千とおうきどの神隠し (翠晶 秋)
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一話・バームクーヘンって無性に食べたくなるときが来るよね。そんなことよりLINEやってる?の巻
王将きどり。略しておうきど。
人は僕をそう呼ぶ。
最近……というかだいぶ前から車内配信をやっている。
ひよこだったり生物図鑑だったり、最近のリスナーに手を焼いている。
それで、なぜ一般社会人となった僕が、こんな所にいるのか。
そもそもの話。
「ここはいったいどこなんでしょう」
なぜ僕は、神隠しに遇っているのか。
◇
ことの始まりは最近の異状気象が原因だと思う。
熱帯低気圧の急増、大量に湧き出るネズミや照りつける太陽。
地球もそろそろ終わりなのではと頭を抱える……ような事は全くもってないが、まぁ少し心配なのは真実だ。
が、しかしそんな思案は一抹の泡となって虚空に消えていく。
考えても無駄なこと。なにより現状を打破する一手にはならないし、今の僕に考えるという行動が許されているのかも分からない。
そんなことを、喉元に刃物を突きつけられながら思った。
「………………」
「えーと……」
なんとも無口な人である。いや、そもそも人なのか?
考えることしか出来ない体は思考をぐんぐんと加速させ、ついには走馬灯も赤ん坊の頃までに走り出した。
視線だけを動かして辺りを見渡す。
鉄パイプ。乱雑に生えた雑草や茂る苔。あまりにも情報量が少ない。これは詰んだ。
視線を下に持って行く。鎌だろうか。大きさから、少なくとも雑草を刈るための物では無いことが窺える。
「見てる」
「は」
どうやら口が無かったワケではなかったらしい。
目深にフードをかぶり、僕の喉に鎌の鋭利な部分を突きつけた人物はフードの闇の中に宿る鋭い眼光を光らせ、刺すようにこちらを
「見てる」
「で、ですから何を」
「周り」
周り。
しゃがれた声にハッと気がつけば、なるほど、たしかに本人からすれば挨拶もせずにキョロキョロキョロキョロと、失礼と言えば失礼だ。
「初対面で申し訳ありませんがね、ここはどこでしょう?」
「……見て分からない?」
「わからないから言ってるんですが」
「…………」
ぐいと鎌が押しつけられた。口答えするなということだろうか。
「神」
「神?」
「選別」
神と、選別。
「救済」
救済。
端的に告げられた言葉。
単語を組み合わせると、神の選別。そして、救済。
「神様は僕を選び、救ったと?」
救われるようなことをした覚えはないのだが。
「…………」
「沈黙は肯定、と誰かが言っていましたが」
「…………」
鎌が降ろされた。
これは少なくとも了承の意と見て良いのだろうか。
フードの人物は鎌を抱えたまま僕に背を向け、この狭い空間を進んで行く。
蒸したような臭いが鼻につく。
足下には小さな虫がカサカサと耳障りな音を立てながら佇んでいる。
しかしフードの人物は気にとめる様子も無くずんずんと奥へ進んでいく。
足下に向けた視線に気がつかれたのか、フードの人物が振り返る。
肩がびくりとはねるが、これくらいの自由は許されるのではないだろうか。
そのまま地面を舐めるように眺めていると、何かを納得したのかフードの人物は再び背を向けた。
徐々に視線を上に向けていくと、そこにあるべきものがないことに気がつく。
「……幽霊?」
足が無かった。
見間違いでも無ければ、服がだぼだぼで足が隠れている訳でもない。
パーカーの腰回りから下がないのだ。
しばらく進むと、蒸したような臭いにも慣れてきた。
濃い湿気からくる、密度が高まったような空気に喉を絞められつつ、しかし自分の頬を常温の風がぬるりと撫でたことはわかった。
光が差す。
大きく開けた道の真ん中に、一つの祠のような物があった。
吹き抜けのようになっている。壁は苔がびっしりと生えていて、登れそうに無い。
振り向くと、フードの人物はいなくなっていた。
祠ということは、これが先ほどいっていた神というヤツなのだろうか。
がしかし、僕に何をしろと言うのだろうか?
と、祠の台部分に何かが乗っかっている。紙だ。
拾い上げて広げると、この空間……というか、この空間周りの見取り図と、そこに意味ありげにつけられた五つの印が目に入った。
顔を上げると祠の扉が目に付き、そこに五つのくぼみがある。
ちょうど、この地図の印に描かれた角形と同じ形をしている。
……ここまでくればさすがに分かる。伊達にゲームを長らくやっていない。
つまりコレは、この地図に描かれた印の所へ赴き、この角形の何かを集めてこい、という事なのだろう。
見取り図的にはこのホール(吹き抜け)から二つの道が続き、そこから幾重にもルートが分かれる。
右へ行くか、左へ行くか。スマホは使えるが電波がないため写真機能やメモ機能しか使えない。
とにかくこの状況をどうにかするには、敷かれたレールを進むしかないということだろう。
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