導きの青い星と蒼い絆の物語 (MAMYU9)
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復讐編
導きが生んだ出会いの予感


 ’’モンスター’’それは人と同く生物である。姿は違えど、棲む環境が違えど同く生物である。

 ただし、人もモンスターも分かり合えない、当然の事だ。モンスターには人の気持ちが解らぬ。だから村を襲ったり、人を襲う。人にはモンスターの気持ちが解らぬ。だからモンスターを狩り人を守り自然を調和させる’’ハンター’’がいる。

 お互いに分かり合えない怒りも悲しみも。

 その関係の中にある存在があった。モンスターと心を通じ合わせ、お互い一心同体となり、生活する存在。

 名を、’’ライダー’’という。

 これは、そんなハンターとライダーが出会い少しずつ分かり合う物語。絆の物語だ。

 

 

 ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

 「どうですか?良い物語だと思いません?荷物を整理してたら偶々出て来たんですよ!続き気になりません?貸しましょっか?」

 

 そう言いながら分厚い、少し古びれた本を無理矢理押し付けてくる女性がいる。

 はっきり言って迷惑なのだが、ここは一つ許す事にした。もちろん理由があった。

 

 「ライダー?馬鹿馬鹿しい、そんなのいるわけ無いじゃない。それより頼まれたクエストある?」

 

 少し彼女を小馬鹿にしたかったから。

 私がさっきから会話してる彼女は此処、アステラの受付嬢と呼ばれる仕事をしており、私の編纂者だ。皆からは受付嬢だったり、ミーナの編纂者と呼ばれている。彼女の特徴というか、トレードマークはその肩に掛けている私に見せている本とは比べ物にならないほどの分厚い本である。

 ミーナというのは私の名前でハンターをやっている。

 此処、アステラは古龍渡りというのを目撃されてから新大陸に設置された拠点である。定期的にハンターや学者が派遣され私のでもう5期団目だ。

 そんな私にあるクエストが渡された。なんでも後数日もすれば交易船がアステラに着くというのでその付近の環境調査をしてくれとのこと。

 理由はここ最近、モンスターが活発化しているから。簡単な理由だ。モンスターは時に私達に害のある事をすることがある程度。私はそれを何度も経験済みだ。

 

「もう少し興味を持ってくれたっていいのに…。クエストですね、こちらになります。」

 

 そう言うと彼女は私に1枚の紙を渡してくる。これがクエスト用紙だ。私達ハンターはこの紙に書かれた事の為に命懸けでモンスターと闘う必要がある。今思うと本当に馬鹿馬鹿しい。

 

 「それと、古代樹の森周辺で’’バゼルギウス’’が確認されたの事で、発見次第、討伐してくれとのことです。」

 

 「’’バゼルギウス’’?何でまたそんなのがうろついてんのよ?」

 

 爆鱗竜’’バゼルギウス’’ここ新大陸に来て新たに発見されたモンスターで、どんな場所にも現れているのにも関わらず討伐数は他のモンスターとは比べ物にならない程少ない。飛竜というのもあってか、その場に長時間居座ることが少なく、残っていたのは痕跡だけだったなんてよくある話だ。

 バゼルギウスには特徴があって、体型は他の飛竜より一回り程大きく、鎧のような甲殻に被われており、その強靭なります翼は様々な環境を飛び回る為にあるといえる。そしてバゼルギウス最大の武器は爆発する鱗にあるといえる。驚異的な早さで生まれ変わり、脅威的な威力を見せつけるその鱗はまさに自然が生んだ爆弾とも言える。

 そんなのがこの辺りをうろついてるなんて…。

 

 「分かったわ、見つけたら討伐すれば良いんでしょ?」

 

 バゼルギウス自体に罪が無いのは分かっている、それでも情けはかけないつもりだ。

 狩るか狩られるかの存在。モンスターもハンターも。

 

  もし手を抜いてしまえば狩られるのは私。

 

 「無事に帰って来て下さいね。」

 

 彼女は私にそう言った。

 

 

 

 出発してからおよそ3時間がたった。

 私は無事にクエストから帰って来た。古代樹の森の生態系に変化は特に見られなかった。ただ…。

 

 「バゼルギウスと思わしき痕跡が多数見つかりました。」

 

 私は今回の調査の報告をする。

 相手は調査班のリーダーだった。見た目は若く、私と同じ20代前半といったところか。

 

 「そうか …分かった、明日の早朝、一度ハンターをまとめて行くか…勿論お前も含めてな。」

 

 リーダーは私にそう言った。明日は特に何も用事は無いが…

 「早朝ですか?昼間の方がバゼルギウスも行動している筈ですが…勿論、理由があってのことでしょうが…」

 

 「あぁ、どうやら交易船が明日の昼頃に到着するみたいでな、バゼルギウスに船を襲われちゃぁたまったもんじゃないからな。」

 

 私の質問にリーダーは答える。どうやら交易船は私の知らない間に到着予定が早くなっていたみたいだ。

 

 「明日の4時30分には古代樹の森に出る。しっかり準備をしておけ。」

 

 リーダーは私にそう告げると何処かへ去ってしまった。

 私の見たところではバゼルギウスの姿を目撃することは出来ず、痕跡だけが残っていた。あの風来坊が長時間、一定の場所に留まるとは考えにくい。それでも早朝から大人数でもう一度調査するか必要があるってことか。

 

 リーダー、貴方が探している’’その’’バゼルギウスは一体…

 

 「相棒、調査お疲れ様です!…相棒何か考えことですか?」

 

 受付嬢が私の方へ近寄って来た。

 

 「ただいま。まぁ考えことって程でもないから気にしなくて大丈夫。」

 

 嘘はついてない。

 

 「そうですか…明日は朝早いそうですね、頑張って下さい!」

 

 「聞いていたの?まぁ頑張って来るよ、お休み。」

 

 「お休みなさい!相棒!」

 

 ふと顔を上げてしまった。

  何故だろう? 

    今日は夜空の星が一段と…

 

 「綺麗…」

 

 

 

 

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 少し潮風が強かった。別に迷惑って訳じゃ無いけどね。

 

 「船長さん、今日は夜空が綺麗ですね。」

 

 少し語りかけてみる。

 

 「おぉ!確かにこいつぁ綺麗だなぁ!ん?おぉ嬢ちゃんあれを見てみろよ!青い星だぜ、運が良いんじゃないか?」

 

 そう船長さんが返してくれる。

 

 「青い星?縁起が良いんですか?」

 確かに綺麗だけど。 

 

 「ん?嬢ちゃん、導きの青い星を知らねぇのかい?ありゃ見れること自体が奇跡みたいなもんだ。よかったなぁ!」

 

 それは凄いものを見たんだと思う。祈ると良いことでも起こるのだろうか?

 

 「なんでも、アステラじゃぁ、とあるハンターにその二つ名がついたみたいだぜ?」

 

 ハンターか…

 一つ聞いてみる事にした。

 

 「船長さん、貴方は…

     モンスターと絆を結ぶライダーを信じますか?」

 

 

 

 

 これは誰も予想しなかったハンターとライダーの物語である。

 

 

 

 

 




読了、本当にありがとうございました❗
小説を書くのも、作品を投稿するのも初めてで、右も左もわからないようなものですが、これからも頑張って投稿していきたいと思います❗
本当にありがとうございました‼️


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蒼い紅蓮に呑み込まれて

前回、誤字などが多く、大変読みにくかったと思われます。大変申し訳ありませんでした。これからは気を付けて投稿していきたいと思います。


 日が出始めて1時間は経つ、ちょうど午前6時といったところか。

 私達は現在、古代樹の森でバゼルギウスの捜査及び交易船の進路の安全確認中。

 今の所バゼルギウスの姿も見なければ他の大型モンスターも見当たらない。いや、確かに安全なのだが…

 

 「妙だな…ここまでの静けさは…一度散開して、くまなく探してみるか…」

 

 そう言い出したのはリーダーだった。

 

 「しかし、それはバゼルギウス相手に有効な手ではないでしょう、せめて二人一組で動くのはどうでしょう?」

 

 私がリーダーに反論する。バゼルギウスは普通の飛竜とは一線を越える存在だ。1人で動くには危険すぎる。

 それに…

 貴方の探しているバゼルギウスは’’特別な存在’’なんでしょう?

 

 「ミーナ、どう?私と一緒に行動しない?」

 

 そう言いながら近寄って来た女性がいた。

 その女性は顔以外を陸の女王と名高いリオレイアの防具を纏っており、赤いショートヘアーが似合っている女性だった。

 名前はサシャ・ ナリシア、私の友人で凄腕のハンターだ。

 

 「私は構わないけど、リーダーが決めることでしょう?私達が決める権利はないわ。」

 

 「まぁ、それもそうね…お互い頑張りましょう。」

 

 結局、私とリーダー、サシャはもう1人のハンターと行動することになった。

 サシャ達は森の深層を、私達はアステラ付近を捜索していた。

 ふと、異変に気付く。

 

 「ジャグラスもアプトノスも居ない…昨日とはまるで違う…何があったの…?」

 

 昨日はアプトノスも群れで生活していて、ジャグラス達はそのアプトノス達を狙ったりしていた筈なのに…まるで別の場所に居るみたいに此処は変わってしまった。

 一体、何があったの?

 

 

 

 

 

 気づけば太陽は既に昇っていて私達を照らし続けていた。

 もうお昼なのだろう。

 

 「…これだけ探して見つからないとはな…バゼルギウスはもう移動したと考えるしかないだろう…」

 

 もう長いこと探した。それなのにバゼルギウスの姿どころか痕跡すら見当たらない。

 本当に何処かへ去ってしまったのだろうか?

 

 「ん?あれは…交易船か?いつの間にかそんな時間になっていたのか…」

 

 リーダーが海の方を向いて私に語りかけてくる。

 目線の先には大きな交易船がアステラの方へと進んでいるのが確認できる。

 

 「そういえば…お前らに伝えておく事が──

 

 リーダーが何かを言いかけたときだった。

 

 

 『ウ”オ”オ”ォ”ォ”ォ”ァ”ァ”ァ”ァァ!!』

 

 そんな音とも捉え難い騒音を発しながら、木々をへし折り飛び出してくる、生物としては余りにも規格外な大きさをした翼を生やした生物。

 ”バゼルギウス”が。

 

 「そんなっ!?バゼルギウス!?一体何処に居たっていうの!?

それに…その姿は特殊個体のっ!?」

 

 モンスターには特殊個体というのが存在する。

 通常の個体とは少し異なる姿をしており、生態系の中で強くなる為に進化していった姿と捉えられている。

 

 そんな特殊個体のバゼルギウス。

 名を”紅蓮滾るバゼルギウス”という。

 

 「私達に目もくれない…!?あの方角…目的はまさか交易船!?」

 

 不味い事態になった。まさかバゼルギウスの目的があの交易船だったなんて。

 

 「俺が閃光玉でアイツを墜とす!お前はアイツの迎撃にかかれ!」

 

 リーダーが私にそう指示する。

 それと同時に閃光玉が発射される。

 よし!あのバゼルギウスが墜ちたら私が攻撃すればいい。

 

 私は背負っている太刀を抜きながら近寄り──

 

 「墜ちない!?いや、閃光玉が効いていない!?」

 

 閃光玉はちゃんとあのバゼルギウスに命中した筈なのにアイツは怯みもせず進んで行く。

 

 「クソッ!!もう海に出て行きやがった!!」

 

 リーダーがそう怒鳴る。 

 嘘でしょ…?もうアイツには手出しが出来ないっていうの…?諦めるしかないっていうの…?

 嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ、それだけは絶対に嫌だ。

 もう何でもいいからあのバゼルギウスと止めてくれ…!

 藁にもすがる思いでただ祈ることしか出来なかった。

 

 

 『ア”ア”ア”ァ”ァ”ァ”ァ”ァァァァ!!』

 

 突如として謎の咆哮がバゼルギウスの飛ぶ空に響く。

 一体何処から現れたのだろうか?その身体を赤い甲殻で身を覆い、バゼルギウスのような強靭な翼を持ち、2回り程大きい相手に臆することなく、威嚇した生物がいた。

 

 空の王者’’リオレウス’’

 飛竜の代表的なモンスターだった。

 

 「リオレウス!?何処から…?まさか海の方から飛んできたの…?」

 

 信じ難い光景だった。そのリオレウスは船のある方角、海の方から飛んできたということになる。

 しかも、あのリオレウスは身体が少し小さい。まだ幼体なのかもしれない。

 何故リオレウスはバゼルギウスに立ち向かうのだろう?

 私にはもモンスターの気持ちが分からない。けれど…

 あのリオレウスを信じるしかない。

 

 

 『ア”ア”ア”ア”ァ”ァァ!!』

 

 リオレウスが咆哮する。

 それと同時に火球をバゼルギウスに向けて放つ。

 火球はバゼルギウスに見事命中。

 バゼルギウスはそれに怯み、その場で止まる。

 効いている。このまま押せばバゼルギウスを討伐できる…!

 

 「えっ…」

 

 バゼルギウスが船とは真逆の方向へ向いて進み出した。

 逃げてるの?あのバゼルギウスが?

 

 「追わなきゃ…!」

 

 追いかけなきゃ。あのバゼルギウスを逃がしてはいけない。

 

 「おい!?待て!」

 

 リーダーが私に言ってくる。構っている時間は無い。

 あのバゼルギウスを追わなければ!

 

 「っ!?伏せろ!!」

 

 リーダーが怒鳴る。伏せる?何を言って──

 

 上を見上げた、上から何かが落ちてきた。

 蒼い何かがパチパチと音を鳴らしながら落ちてくる。

 それは多分、バゼルギウスの爆鱗なのだろう。

 バゼルギウスの爆鱗は空中で爆発した。

 

 私は──

   その爆発に巻き込まれ──

          意識が途切れてしまった──

 

 

 

 

 

 




読了ありがとうございました!!
リーダーの言っていたバゼルギウスは特殊個体だったみたいですね!これからどのようにこの物語は進んでいくのでしょうか?これからも投稿していくので、読んでいただければ良いなと思います❗
ではまた!!
   導きの青い星が輝かんことを…


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導かれ此処に集う

もう少し文字数を増やすべきか、更新頻度をあげるべきか…
次までには考えておきます。
それではどうぞ!


 私達の前には己の武器を構えるモンスターがいた。

 そのモンスターは、己の武器で私の仲間達を切り裂いている。

 此処は瘴気に満ち溢れる谷の奥深く、救難信号も届かない程奥深く。

 私達を待っているのは救いようのない未来だけのようだ。

 これ以上誰にも死んで欲しくないのに、モンスターの攻撃は止まらなかった。

 

 「僕は先にいかせてもらうよミーナ、君にはまだまだ生きてて欲しいんだ。さようならミーナ。」

 

 若い男性が私にそう告げ、モンスターの元へ行ってしまった。

 

 「待って!?嫌!お願い!行かないで!お願い!!」

 

 「私も一緒に連れて行って!!1人になりたくない!!だから待って!!嫌!!嫌!!」

 

 お願いだから…!!行かないで!

 

 

 

 「お願いだから………!」

 

 

 

 

 

 

 

 

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 「──ッ!?……此処は…マイハウス…?…ってことは今のは…夢?あれ…?私…爆発に巻き込まれて…その後………」

 

 どうやら私は爆発に巻き込まれて意識を失っていたらしい。

 

 「最悪な夢だったわ…もう2度と見たくない……」

 

 あんな夢は死んでも見たくない。いや、死んでしまった方が楽になれるかもしれない。

 けれど私が死んでしまったら彼は喜んではくれないだろう。絶対悲しむに決まってる。

 もう死にたいと思うのはやめよう。

 きっと皆悲しんでしまうから。サシャも受付嬢も

 そして、彼も…

 

 「あっ、相棒!!目が覚めましたか!良かった…大丈夫ですか?どこか痛む所でもありますか?」

 

 マイハウスのドアが開いたから誰かと思えば受付嬢だった。

 どうやら私のことを相当心配してくれてるみたいだ。

 悪いことをしたと思う。今度、彼女を食事にでも誘ってあげよう。

 

「心配かけてごめんなさい。私は大丈夫よ。それよりも船の方は大丈夫なの?…まさかとは思うけど…」

 

 バゼルギウスやリオレウスに襲われたなんてことがあったら…

 

 「いえ、交易船は無事でした。バゼルギウスはあの後、行方を眩まし、リオレウスはバゼルギウスを追って行ったと思われます。」

 

 「そうなの…良かったわ…船が無事で。それにしてもあのリオレウス…一体何処から現れたのかしら…?」

 

 あのリオレウスの謎は深まるばかりだ。

 まるで人を襲う対象として見ていない気がする。

 

 「そういえば…相棒にお礼を言いたいと言っていた人が居たんですが…何処に行っちゃたかな…」

 

 お礼?そんなこと言われるような事した覚えが無いのだが…

 

 「ちょっと探してきます!」

 

 そう言うと受付嬢は駆け足で出て行ってしまった。

 

 「………あのバゼルギウス…本当に特殊個体だったのかしら……」

 

 誰も居ない部屋で独り言を言う。

 特殊個体のバゼルギウスとは一回対峙したことがあったが、あれは少しそれとも違うような……

 

 「そう思うか?」

 

 男性の声が聞こえる。

 

 「リーダー!?いつからそこに…何か一言掛けてくれてもよかったんじゃ…」

 

 本当に気づかなかった。扉の前にリーダーが立っているのだ。

 

 「いや、すまん。別に驚かす気は無かったんだがな…」

 

 驚かす気が無い人はそんな事しないと思うが…

 

 「そんな事より…お前、気になるか?あのバゼルギウスのことが…」

 

 

 リーダーが聞いてくる。

 

 「えぇ。特殊個体とも少し違うような…あのバゼルギウスは一体なんなのですか?」

 

 リーダーはあのバゼルギウスのことを知っているという確証があった。

 

 「あのバゼルギウス紛れもなく特殊個体だ。だがお前の知っている個体とは違う、イレギュラーな存在だ。

 俺らはアイツを

   ”蒼紅蓮(そうぐれん)滾るバゼルギウス’’

                 と呼んでいる。」

 

 「蒼紅蓮滾るバゼルギウス…」

 

 聞いたこと無い。特殊個体の中の特殊な個体なんて…

 

 「知らなくて当然だ…イレギュラーな存在だからな…’’ギルド’’もまだその存在を知らない位だしな。」

 

 ギルド、正式名はハンターズギルド。私達ハンターを裏で支えている存在であり、ハンターにとって無くてはならない存在である。この調査団もギルドの指示により派遣されてたりもする。これ程大きな調査団を裏でまとめているのだ。ギルドの偉大さを改めて実感する。

 

 そんなギルドが認知していないなんて…

 

 「ありえるんですか…そんな事…?」

 

 「ならお前の見たバゼルギウスは一体何だ?」

 

 そう言われてしまったら言い返すことが出来ない。

 

  ───ならアイツは──

 

 

 「相棒!!居ました!この子ですよ!お礼を言いたいと言っていた人は!!」

 

 

 受付嬢が帰ってきた。それも一人の女の子を連れて。

 その女の子はまだ幼く見えた。私よりも5歳位年下だろうか。

 綺麗な青色をした長い髪は女の子らしさをかもし出しているが顔立ちは中性的、いや、少し男っぽい気が…まさか

 

 「あんた、男?」

 

 「初対面で僕のことを男と分かる人はそう多く無いのですが……鋭い観察眼をお持ちのようで。」

 

 目の前に居る綺麗な子供は男だと言う。本当に信じられない。いや本人が認めている訳だから…男なのだろう。

 

 「あの時はモンスターから守って頂きありがとうございました。」

 

 少年は私にそう言う。

 

 「あの時…?モンスターから守る…?あっもしかして、貴方交易船の人?お礼なんて…私は何もしていないし、あの時は信じがたい話だけどリオレウスが私達を庇ったと言うしかないわ。」

 

 

 本当に私はあの時何も出来なかった。

 

 「信じがたい話…ですか…僕はモンスターとも分かり合えると思うんですがね…」

 

 この少年は何を言っているのだろうか?

 

 「無理に決まってるでしょ?人とモンスターは分かり会えない。あのバゼルギウスも私達を襲った、リオレウスはバゼルギウスを狙っていただけよ。」

 

 「そのリオレウスがバゼルギウスから僕達を守ってくれたとは思わないんですか?」

 

 「それがありえないと言ってるの。」

 

 「モンスターにだって心はあります。人と同く生きているんですから、考えることが出来ます。それを否定するんですか?」

 

 いつの間にか私は目の前の少年と口論になっていた。

 モンスターと分かり合うなんて馬鹿馬鹿しい。

 

 「おい、ミーナもミコトもそれくらいにしとけ。」

 

 リーダーが私達の口論を止めにかかる。

 どうやら少年の名前はミコトというらしい。

 

 「貴方とは気が合わないみたいです。これから先が思いやられる。」

 

 …?コイツは何を言っているのだろう。これから先…?

 

 「ミーナ、お前には言って無かったな。ミコトは

 ’’ライダー’’で、これからお前と一緒に行動してもらう。」

 

 え?待ってくれ、ライダーで?え、ライダーってあのライダーで?私と一緒に行動する?え?え?

 

 

 「はぁ!?」

 

 

 

 これから先が本当に思いやれそうだ………

 

 

 

 

 




読了ありがとうございました‼️
バゼルギウスの本当の名前が決まりました。
少し二つ名みたいですが…
そしてやっとライダーであるミコトも新大陸にてミーナと出会うことが出来ました。
この二人の活躍に期待です❗
次回は一度キャラクター設定をあげようかなと思います。
ここまで読んで頂きありがとうございました‼️
ではまた次回‼️
導きの青い星が輝かんことを…


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火炎と踊るは雷と知る 

少し更新が遅くなってしまいましたが、次は早めに出すと思います。



 あれからミコトという少年と一緒に行動していくことになったのだが…これがどうもミコトとは気が合いそうになくて…

 

 「どうして関係の無いジャグラスまで殺したんですか…」

 

 「狩りの邪魔をされたらたまったもんじゃないでしょう?それにモンスターはモンスターよ。ジャグラスだって縄張りを広げていたようだし、あれくらいがこの生態系の為にも丁度良いのよ。」

 

 バゼルギウスの件があってから、古代樹の森の様子も変わり、いろんなモンスターが縄張りを広げていた。

 

 今日は縄張りを広げていて問題視されている 

 ’’蛮顎竜アンジャナフ’’の狩猟を依頼された。

 古代樹の森の中でも凶暴である。

 そんなモンスターが縄張りを広げているというのだ。

 

 「ジャグラスだって生きているんです……貴方にはもっと命の尊さを学んでほしい。」

 

 「私より三つも年下の癖によく言うわね。ハンターは命懸けでモンスターと戦うの…ジャグラスに隙を突かれてなんて事もよくあるわ…可能性は潰しておくべきよ…」

 

 「歳の差なんて関係無いありません。…貴方は何故モンスターにそこまでの恨みを持っているのですか?」

 

 この通り、いつの間にか口論になっている。

 

 「うるさい。導蟲が反応してる…近くにいるわ…」

 

 アンジャナフの痕跡を集めていたら導蟲が反応した。

 導蟲を辿ればアンジャナフを見つけれる。

 

 「あんたはそこで待ってなさい、すぐ終わらしてくるから…」

 

 「いいえ、僕も行きます。此処で待っていたら貴方と行動している意味がない。」

 

 「私はあんたを邪魔だと言いたい訳。あんたを守りながらアンジャナフは狩れない。」

 

 「別に守って貰う必要はありません。自分の身は自分で守れます。」

 

 「どうやって守るつもりよ。あんた武器持って無いじゃない。」

 

 「見てれば分かります。それとも僕にこのクエストを任せますか?」

 

 本当に頭にくる。

 

 「冗談じゃない。」

 

 ドシンっと地面が揺らぐ。

 音がする方向へ目をやるとそこには、ピンク色の毛で身をつつんでおり、飛竜とはまるで違う姿をしたモンスター

 ’’アンジャナフ’’が私達の前に姿を現した。

 

 

 

 

 

  

 

   ─────────────────────

 

 

 

 僕とミーナが話している最中だった。

 突然、ピンク色の毛をした、アンジャナフが割り入って来た。

 これがアンジャナフ…資料で見たものより大きい。もしかしたら歴戦の個体なのかもしれない。

 

 「私がやるわ。あんたは隠れてなさい。」

 

 ミーナが僕にそう言う。

 悔しいけどここは…

 

 「分かりました。気を付けて下さいね。」

 

  

 

 

 

 

 

 

 

 

 ミーナの実力は凄まじいものだった。

 あのアンジャナフの攻撃を紙一重のところで避け、攻撃を与えていく。

 彼女はハンターとしての才能はどうやら素晴らしいものみたいだ。

 

 「っ!?」

 

 一瞬の出来事だった。

 彼女の攻撃が弾かれてしまった。

 アンジャナフの牙に攻撃が当たってしまったらしい。

 アンジャナフはその隙を逃さず、タックルをしかける。

 タックルはミーナに命中した。

 

 「うぶぇっっ」

 

 ミーナは少し吹っ飛ばされたが、太刀を地面に突き刺し

再び武器を構える。

 

 「大丈夫ですか!?」

 

 「馬鹿にすんじゃないわよ。これくらいでへばってちゃぁハンターとして失格よ。」

 

 彼女は僕にそう告げるがこっちから見れば痛々しい光景立った。

 

 「…たっくしぶといわね。早く倒れてくれないかしら?」

 

 彼女が戦っているアンジャナフは既にボロボロで、今に死んでもおかしくないだろう。それでも…

 アンジャナフから感じる生への執着心がどんどん強くなっている。

 

 「アンジャナフだって貴方と同じく生きているんです。

死にたく無いと思うのは当たり前の事です。」

 

 「…っそ。」

 

 彼女の声は何処か怒っているように聞こえた。

 

 『ア”ア”ア”ァ”ァ………』

 

 アンジャナフが突然うねり声をあげる。

 もう痛みに耐えられなくなったのだろう。

 アンジャナフの命の灯火が消えてしまった。彼は縄張りを広げた、というだけで討伐されてしまった。

 

 「……フンッ。」

 

 ミーナは血まみれになった太刀を再びアンジャナフに刺した。死んでしまったアンジャナフに。

 信じられない光景だった。

 

 「何…してるんですか…?」

 

 その光景には声をあげて怒鳴る事もできず、ただ臆病に聞く事しかできなかった。

 彼女の目は獣のように何かに飢えているようだった。

 食欲に餓えたイビルジョーのような、戦うことに餓えたイャンガルルガのような、そんな目で睨まれれば凍りついてしまうような目だった。

 

 「……ただ死んでるかどうか確かめただけ。」

 

 ミーナは僕の問いにそう答えた。

 

 「……貴方は何故、そんなにもモンスターを恨むんですか?」

 

 人の好奇心というのは恐ろしいものだと感じた。

 こんなにも彼女の目を恐ろしいと感じているのに、どうしても興味が湧いてくる。

 分かりたくも無い、生物学者の気持ちが少し分かってしまった。

 

 「…関係無いでしょう?さっさと報告しに帰るわよ。」

 

 「関係無くは無いでしょう?」

 

 「うるさいわ──

 

 会話の途中だったが、ふと気が付く。

 いつからだろうか?異様な視線を感じる。

 まるで獲物を狙うような狩人の鋭い視線に似ている。

 ミーナも気付いたようだった。

 

 「……あんたは隠れてなさい。」

 彼女は少し怯えているように見えた。

 それも仕方ないだろう。この視線はとにかく僕達に恐怖を与え、殺気を感じさせる視線なのだから。

 なんせ、さっきから手が震えて止まらなくなっている。これを武者震いだと言えればなんと格好いいことか。

 

 「気を付けて下さい。相手が何処に居るか分からないのですから、下手に動けば不利になるのはこちらですよ。」

 

 「分かって──

 

 彼女が言葉を返そうとした瞬間だった。

 木々の隙間から空色の甲殻と白い毛をを身体に纏う巨大なモンスターがミーナ目掛けて飛び出して来た。

 ミーナは咄嗟に太刀を構えたが、受けきれず吹っ飛ばされる。

 

 『ワァオオオオオオオオォォォンンンン!!』

 

 モンスターの咆哮と同時に微かに静電気が辺りを駆け巡る。

 そのモンスターの名を

            ”雷狼竜ジンオウガ”

 

 とても竜と思えない、どちらかといえば獣に近いその外見をしているジンオウガだが、その実力は飛竜をも凌駕する力を持っている。

 そんなモンスターが今、目の前で、その圧倒的な力で蹂躙していた。

 不味いことになった。

 ミーナは意識こそあるものの、どうやら腕をやられたそうで、今すぐにでも応急措置をしないと大変なことになってしまう。

 しかし、この自然の狩人がそう易々獲物を逃がしてくれる訳無いだろう。

 絶対絶命といえる状況だった。

  ──ただ、もし彼が来てくれるのなら──

 

 服の中にしまってあったペンダントを取り出し強く祈りながら握る。

 

 

 

 

   ─────────────────────── 

 

 

 

 

 もう終わったと思う。

 私の前には睨み付けてくるジンオウガがいる。

 腕が動かせない。原因はさっきのジンオウガの攻撃だろう。

 多分このまま殺されてしまう。

 もう恐怖は無かった。というよりは、後悔の方が大きかった。

 私は仇も取れないままこのジンオウガに殺されてしまうのだろう。

 だけれど死ぬのは私だけでいい。ミコトには逃げて貰わなければならない。彼は無関係だ。

 まぁモンスターがそんなお願い聴いてくれる訳が無いのだから。

 だから私が狙われている隙に逃げて欲しいのだが、彼はペンダントを握りしめて全然逃げない。

 神頼みだろうか?そんな事していないでさっさと逃げてくれ。

 きっとこれが最後になるだろうから、空を見てから死にたいから顔を上げる。

 ふと青い大空に異様な影が見える。どうやら幻覚まで見え始め方みたいだ。

 あれ?けど私が負傷したのって腕だけで……

 突然風が吹き荒れる。そしてまた突然、赤い何かがジンオウガを襲った。それも空から。

 それは──

      空の王者 リオレウスだった。

 

 信じがたい事だった。

 このリオレウスはあのバゼルギウスを襲った個体と一緒だったのだ。

 二度も私を救ってくれたのだろうか?このリオレウスは?

 ありえない、このリオレウスはジンオウガを狙っていただけだろう。

 そう思ったのもつかの間、そのリオレウスの背中にミコトが乗っているのだ。

 頭の処理がとうとう追いつかなくなってきた。

 もしかしてあのリオレウスはいわゆるミコトのオトモンというやつなのだろうか。

 そんなミコトが私の腕を掴む。

 どうやらこのまま逃げる気らしい。

 私は足に力を入れ、思いっきり地面を蹴飛ばし、リオレウスの背中に乗る。

 リオレウスはそれを確認し空高く飛ぶ。

 こうなってしまえばジンオウガも精々、こちらを睨むことしか出来なくなっていた。

 

 

 

 

    ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 私達はジンオウガから尻尾を巻いて逃げて来てなんとか近くのベースキャンプに逃げ込めた。

 丁度昼間を迎えた為か太陽は逃げて来た私達を嘲笑うかのように照らし続けていた。

 けれどそのせいか先程までのジンオウガとの対峙をした時の緊張感が消えていた。

 腕はミコトの応急措置のお陰で動かせるようにはなった。応急措置といっても痛む箇所に回復薬とクーラードリンクを染み込ませた包帯を巻いただけだが。

 

 「良かったですよ骨が折れてななくて…」

 

 私も腕が動かせなくなるほどだから骨くらい折れていると思っていたが折れていなかったみたいで。

 

 「さてと、私はこれからジンオウガを狩りに行くけ

ど…あんたはどうすんの?」

 

 「僕も着いていきますよ。」

 

 意外だった。

 私をアステラに無理やりでも連れ帰ると思っていた。

 

 「まぁ、あんたはいいけど…ソイツも連れていくの…?」

 

 そう言って私はミコトの隣に居座ってるリオレウスに指差す。

 

 「ソイツじゃなくて”ソラ”です。…彼次第です。」

 

 そんなあやふやなことを言われても困るのだが、と言ってやろうと思ったが止めておこう。

 

 「まぁ…行くも行かないもソイツ…じゃなかったソラ次第ってこと?あんたが従えているのに?あんたが指示出せば従うんじゃ…」

 

 「僕にとってソラはパートナーですからそんな無理やり従わせることはしませんよ。彼にだって彼の意志があるのですから。」

 

 「分かった、分かったから、けどあんたはジンオウガ討伐は反対するかと思ったけど。」

 

 「アンジャナフを倒してしまったから此処一帯を縄張りとするモンスターが居なくなってしまいましたから…生態系というのは些細なことで崩れてしまう可能性があります。もし此処をジンオウガが縄張りにしたらアンジャナフよりも被害が出てしまいます。

 

 「…優しいのね、あんたは…」

 

 聞こえないように独り言を言う。

 

 「…さぁ行きますよ。ジンオウガを狩りに。」

 

 私達は雷鳴なる森の奥地へと向かうのだった。

 




読了ありがとございました‼️
あのリオレウスはミコトのオトモンでした❗
(だいたい分かってましたが…)
まぁ次回はジンオウガ討伐回です。
最近コロナが流行っているので皆さんもお気をつけて下さい。
それでは❗
導きの青い星が輝かんことを…


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狩人が待ちわびる森へと

お気に入り10人を目指そうかなと。






 此処は古代樹の森の奥地、此処まで来ればまともに太陽も拝めず、辺りに不気味さを醸し出してる。

 まるで瘴気の谷の奥地みたいだがあの忌々しいモンスターは生息していない。プケプケやらトビカガチがいるくらいだろう。

 今回の目的はプケプケでもトビカガチでもなく、ジンオウガだった。

 クエストで来た訳ではないが、ジンオウガに縄張りを広げられたら予想も出来ない被害が出てしまう為、急遽狩りに行くわけだ。

 そんなジンオウガを狩りに来た私とミコトは別々に行動していた。私は導蟲頼りに、ミコトはソラことリオレウスに乗って空から索敵を行っている。

 しかしジンオウガが嘘のように見つからない。ミコトからの信号も無いし、どれだけ導蟲を追っても追っても見つかるのは痕跡だけでお目当てのジンオウガは見つからない。かれこれ1時間は経つだろうか、導蟲が反応しているということは確実にこの森に居るわけだ。

 なんだか宝探しをしている気分になってくる。しかし、子供のように無邪気に、楽しく探している訳じゃない。今後の人生全て宝に託したような…まるで賭け事に似ている。命を賭けた勝負だ。もし、そこの木々の間から飛びかかって来られたら次こそ本当に死んで奴の餌になる。その危険はジンオウガだけじゃなく、他のモンスターにもいえることだ。

 もしかしたら、私達が相手をしているのはジンオウガなんて存在じゃなくこの森、否、自然そのものじゃないかと思ってしまう。

 自然からしたらジンオウガなんてちっぽけな存在で私達人間なんかハコビアリみたいなものだろう。じゃあハコビアリは?……この話はもう止めよう。

 今はジンオウガに集中しろ、いつ狙われててもおかしくない。

 今の私には背中を預けれる存在はいない。とうの昔に瘴気の谷で亡くした。

 ジンオウガからすれば私は飛んで火に入る夏の虫だ。私はその死んでいった虫達の中の一匹にならぬよう気をつけなければならない。

 

 

  『パチッパチッ』

 

 ふと右側の木々の奥で何かが光ったように感じる。視線を前に戻すと目の前でパチッと音を立てて青く光った。それがあちこちに起きてゆく。

 そして、ジンオウガを追っていた導蟲が赤くなったと思えばサッと散ってゆく。この時、異常な重圧を感じる。圧倒的な強者に見下される感覚。死という名の敗北を身近に感じさせる。

 その重圧は木々の中から正体を現した。

 

 「ジンオウガ…!」

 

 ソイツの目はあの時よりも鋭かった。

 

 

 

 

 

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

 

 

 まるで鋭利な刃物を突きつけたような視線だった。それからは”生きては帰さない”と語りかけてこられたと錯覚するくらいに恐怖をおぞましさを感じさせた。

 その恐怖は私に行動をさせた。それもすこぶる臆病な一手を。

 ミーナに知らせる為の信号弾が入ってるポーチに手を送り、卑怯者の証を取らせた。数の有利を得ようとした。本当に卑怯で臆病な一手だ。

 信号弾を射つため引き金に触れる。その瞬間『バチッ』

と音が鳴り、痛みが腕から脳へと伝わる。とても強い静電気が不運にも発生してしまった。

 

 「イタッ!?」

 

 手から信号弾が物凄い勢いで跳び跳ねる。まるで生きてるみたいに信号弾はジンオウガの元へ吹っ飛んでしまい、そのまま……『グガキィ』と音を立てジンオウガに踏み潰されてしまう。私は絶対あんな風には死にたくない。

 信号弾を潰された以上、増援を呼ぶことも出来ない。腹をくくるしかない。覚悟を決めるしかない。死ぬことは許されない。私なら出来る。こんなピンチさっさと乗りきってやろう。ジンオウガに勝ってやろう。自然に勝ってやる。

 

 「来い!雷狼竜ジンオウガ!テメェは私に負けるんだよ!!」

 

 『ワァ”オ”オ”オ”オ”オオオォォォン”ン”!!』

 

 私は武器を構え、ジンオウガは攻撃の態勢をとる。先手は出来るだけ取りたかったが、ジンオウガはそれを許すことはなく、その強靭な前足で地面を叩きつける。バンッっと殺気が入ってることが分かるような一撃。しかし、私はそれをひらりと避けて隙だらけになった前足を四、五回斬りつけてやる。ザシュッっと生々しい音を立てている。攻撃は通っている。このまま優位な状態を保つ為、ジンオウガの頭の真下に行き、反るように太刀を叩きつける。まるで大剣みたいな使い方だ。

 

 『ワ”ァ”オ”オオン!?』

 

 想像以上に効いたのかジンオウガは拍子抜けた声を上げる。確実に効いてはいるが油断してはいけない。図に乗って馬鹿やって殺されるのだけは勘弁だ。

 少しバックステップでジンオウガと距離をとる。

 

 『バギィ”ィ”ッッ!!』

 

 突然、隣の木が折れ、青い弾が飛び出してくる。その不意討ちを避けることが出来ず命中してしまう。

 今のはジンオウガと共存関係にある雷光虫が束となってぶつかって来た。

 雷光虫一匹の電力は弱いが、数が集まれば意図も容易く生命体の活動を停止させられる。実際に見たことがあるが、あれは凄まじいものだ。

 

 「ウッ!?」

 

 こんなことになるならジンオウガに張り付いて攻撃しとけば良かったと後悔しながら回復薬を口に流し込む。コイツは決して美味といえる物ではなく、むしろ不味い物なのだがハンターとして生きていく為には欠かせない物なのだ。勢いよく回復薬のボトルを空にしたらジンオウガに投げつけてやる。

 ボトルはジンオウガにの顔面に命中した。別にダメージは期待していなかった。ただ目眩まし程度になればいいなと思って。

 どうやらジンオウガにとっては当たり所が悪かったみたいで、おもいっきり怯んでいた。

 

 「オラァ!!」

 

 私はその隙を突いてジンオウガに畳み掛ける。まずは頭を二回斬りつけてやる。その次に右前足を力任せに太刀を叩きつける。

 良いぞ!完全に私のペースに持ち込めている!さっきは不意を突かれたがあんな失態はもうしない。

 ジンオウガの不意討ちに細心の注意をはらい再びジンオウガに攻撃するために武器を構える。

 攻撃していて分かったことだが、コイツの攻撃の後に行動をするとリスクを減らし、より攻撃出来ることが分かった。

 

 「ハハッどうやら勝負は見えたみたいね…あんたの不意討ちももう喰らわないわ。…フフッどうやら飛んで火に入る夏の虫はあんたの方みたいね。」

 

 ジンオウガ相手に挑発をいれてみる。どうやら私は警戒しすぎてみたいだ。不意を突かれただけで弱気になりすぎていたみたいだ。

 

 『ワ”ァ”オ”オ”オン!!』  『ワ”ァ”オ”オ”オン!!』

 

 突然、ジンオウガが咆哮する。それは静寂だった森に響き渡る。

 

 「何?あぁ…これが負け犬の遠吠えってわけ?」

 

 ジンオウガの目はまだ私を映していた。見てろ、今にもその目を見えなくしてやる。

 

 「まずはそのご自慢の角からだバカ野郎。」

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

 

 

 

 戦闘が始まってからそこそこの時間が経ったと思う。

 ジンオウガの自慢の角は折れて、地面に刺さっており、身体は傷だらけになっていた。

 

 「オッラァ!!」

 

 ジンオウガの頭に張り付いていた私はジンオウガの目に太刀を刺す。

 

 『ワ”ァ”オ”オ”オ”オ”オ”オ”オ”ォ”ォンンン!?』

 

 相当な激痛がほどばしったことだろう。

 

 「フンッ、次は左目だ。それとも今すぐ死ぬか?負け犬。」

 

 ジンオウガは残った左目で私のことを睨み付ける。

 もはやこのジンオウガは強者としての威厳を無くしたといっていいだろう。負け犬。ただこの言葉がとても似合っている。

 

 『ワ”ァ”オ”オ”オン!!』 『ワ”ァ”オ”オ”オン!!』

 

 またか。馬鹿馬鹿しい。鬱陶しい。

 どれだけ騒げば気がすむのだろうか。

 

 

 『ワ”ァ”オ”オ”オ”オ”オ”オ”オ”ォ”ォ”ン”ンン!!』

 

 今までとは全く違う咆哮。否、”雄叫び”を上げた。

 稲妻のような静電気が木々をへし折っていた。ジンオウガの甲殻は開き、毛が逆立ち、稲妻を纏う。まるで別物。

 

  ”超帯電状態”

 

 雷光虫を纏い、電力をわけてもらう。ジンオウガの本気の状態といっていい。こうなる前に決着が着くことを望んでいたが…こうなれば負け犬ではなくなった。

 雷狼竜 ジンオウガの姿だった。

 

 「本気ってわけ…?フフッ面白いじゃない…!良いじゃない…!

さぁ、あんたがただの吠えているだけの負け犬じゃないってところを見せなさい…!」

 

 どうやら私はいつの間にか熱くなっていたみたいだ。

 

 『ワ”ァ”オ”オ”オ”オォォン!!』

 

 まるでそれに答えるかのようにジンオウガは雄叫びを上げる。そして右前足を挙げる。それには雷光虫を纏っており、パチパチと音を立てながら地面に勢いよく叩きつける。

 同時に大タル爆弾が爆発したんじゃないかと思うほどの轟音が響く。地面の焼き焦げた跡と音が威力を物語っていた。

 私は紙一重のところで避けて反撃の一撃を与える。

 ジンオウガはゆっくりと地面に崩れ落ちる。決まったか?今の一撃で?

 ジンオウガはピクリとも動かない。どうやら勝負あったみたいだ。

 

 「ふぅ…終わった…」

 

 急に全身の力が抜ける。少し長く続き過ぎたか?

 確かあっちにジンオウガの角が落ちていた筈。

 

 「確かここら辺…」

 

 『ワ”ァ”オ”オ”オ”オ”オ”オ”オ”ォォンンン!!』

 

 すぐに武器を構え後ろを振り向くが遅かった。ジンオウガのタックルに当たり、勢いよく木にぶつかる。

 ここでジンオウガが前足で私が動けないように押さえる。

 更に最悪な事態に陥る。

 丁度、右肩辺りだろうか?そこの防具がぶつかった衝撃で外れてしまった。ジンオウガはそれを逃さずなんとかじりついた。

 

 「っ!?あ”あ”あ”ぁぁ!?」

 

 痛い。顔に血が飛びはねる。生々しい音と共に激痛が伝わる。

 

 「クソッ!?あ”あ”ぁ!?離……れろ!!」

 

 左手で太刀を握りしめ、ジンオウガの脳天に刺しつける。けれどジンオウガは怯みもしなかった。

 

 「あ”あ”ぁ”!?クソッ!?クソッ!?何で!?」

 

 分からない分からない。何で死なない!?このままだと私が………。

 隣を見るとジンオウガの折れた角が落ちていた。やるしかない。コイツで!!

 

 「オッラァ!!」

 

 力強く、握りしめ、勢いよく、ジンオウガの脳天に刺さっている太刀の真横に刺しこむ。

 

 『ッ!?ア”ア”ア”ア”ァ”ァァ………」

 

 ジンオウガは噛むのを止めてバタリと倒れる。やっと倒したんだ。

 

 「ハァハァ…もう…意識…が…」

 

 私も限界を迎えていた。少しずつ視界もぼやけてきて、意識が遠退いて来た。

 

 「ごめ…ん…なさ…い」

 

 私の意識は持たず、血が肩から流れてくる嫌な感覚。鉄のような嫌な匂いを感じて途切れてしまった。

 

 

 

 

 




読了ありがとうございました‼️
またこの終わり方です…。すいません。
まぁ、4000字をこのペースで書ければ今までよりは良いかなと思っています。
前書きの方でも書かせてもらったとおり、お気に入り人数10人を目指しています。お知り合いなどに広めたりしてもらえれば嬉しいです❗
ではまた次回❗
導きの青い星が輝かんことを…


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勝者の休日

なんか皆、ミコトが良い、ミコトが好きって言うんですよ。というかこの回でまたミコト人気が上がっちゃいそう。
ミーナもサシャも居ますよ皆さん❗



 最近、夢を見るようになった。それも悪夢のような嫌なものだった。見たくもない光景だ。瘴気が漂う谷の奥深く、死とか絶望等といった言葉が似合うだろう。モンスターの死体がそこら中に落ちている。そして岩に残る異様な大型モンスターの痕跡。

 不気味。死という感覚を身近に感じる場所。

 私はどれだけ此処で地獄を見ればいいのだろうか?未練があるのだろうか?後悔しているのだろうか?答えは両方だろう。私はずっとここでさまよい続ける。

 この光景を見るたび、あのモンスターへの復讐心が強くなっていくのを感じる。

 いつか必ずお前を殺してやる。彼の仇を取ってやる。

 拳に力を入れる。この手でだ。この手でお前を殺すんだ。

 私はただ、目の前の地獄を睨み付ける。

 

 

 

 ~~~~~~

 

 

 

 目を覚ます。痛む身体を無理やり起こす。ジンジンと身体が痛く、吐き気がする。吐き気はあの夢のせいだろう。

 このベットは…私の物…ってことは此処はマイハウスか。

 この時、見慣れた光景に生きている実感を感じる。なんのへんてつもない、見慣れた光景なのに…あぁ待って、涙が出てきそうになる。ここまで自分の家で安心するなんて。

 

 「おや、やっと起きましたかお寝坊さん?心配ばかりかけて…」

 

 いつも通りのマイハウスに感動している私に聞き慣れた否、聞き慣れてしまった声がする。

 

 「ミコト…?あんたいつから居たのよ?」

 

 なんとミコトがテーブルで優雅にティータイムを過ごしていたのである。

 

 「フフッ…ごめんなさい…予想どうりの反応で…」

 

 コイツ、笑いやがって。何が予想どうりの反応だバカ野郎っとでも言ってやりたいが…ここは堪えて。

 

 「ふざけんじゃないわよ!!あんた女の家入って何する気よ!?」

 

 どうやら堪えていたものよりも酷いものが出てしまったらしい。

 

 「何って…あなたの傷の手当ての──」

 

 ミコトはその後も何かを話しているが、私の頭には傷の手当てしか入って来ない。ここで気付く。私の防具は脱がされており、いつもの私服に着替えさせられていた。肌に感じる包帯の感覚。まさか──

 

 「あんた私の裸見たの!?」

 

 大声で、とても恥ずかしい、こうなんというか、もしコイツ以外に聞かれていたら恥ずかしくて外を歩けないような、そんなものだった。

 

 「えぇ!?ちょっと待って下さい!?僕はただ包帯を用意しただけで、手当てをしたのはサシャさんですよ!?」

 

 慌ててミコトが返してくる。

 えっ…サシャが手当てを?ってことは私凄く恥ずかしい勘違いをして…。

 

 「フフッ…本当に面白い人ですねミーナは。」

 

 あぁ恥ずかしい恥ずかしい!!変な勘違いして!コイツに馬鹿にされて!本当に恥ずかしい。

 きっと私の顔は太陽みたいに真っ赤だろう。

 

 「あぁ…恥ずかしいぃ…」

 

 「ハイハイ、恥ずかしいのは分かりましたから…それより少し出かけませんか?こっちに来たばかりですから服とか日用品とかが少なくて…」

 

 「……オーケー分かった。だからさっきのことは誰にも言うな分かったな?よし、約束だ。」

 

 

 

~~~~~~~~

 

 

 

 

 「これとかどうですか?似合いません?」

 

 私は大人の約束を交わした後、知り合いが営業している服屋に来ていた。

 しかし…まぁコイツがセンスが無くて…

 

 「バッカ、あんたそんなの何処で着るのよ?もっとこっちの方が似合うわよ。」

 

 ミコトは一体何処から見つけて来るのだろうか?コイツには似合わない、露出が多めの服。私だってこんなの着たくない。

 

 「え?い、いや…その…涼しいそうですし…?」

 

 訳が分からない。服っていうのは機能性も大事だが、見た目も大事なのだ。

 こうなったら…

 

 「これとこれとこれ持って、ハイこれ試着室で着て来なさい。ほら急げ。」

 

 

 

 ~~~~~

 

 

 「どうですか?似合ってます?」

 

 試着室から出て来たミコトは海のような色をした青色のカーディガンを黒色のTシャツの上に羽織って、白色のズボンを着ていた。ズボンのサイズが少し横に大きくなってしまったが、似合ってはいた。

 

 「やっぱり私、センスがあるのかしら?ほらさっさと買って来ちゃいなさい。」

 

 「はい。そうしてきますね。」

 

 ミコトに会計に行かせる。しかし、まぁここまで似合うなんて…正直驚いた。

 

 「ミーナ、会計終わりましたよ。」

 

 「ん、あぁ…あんたその服装のままで過ごすの?」

 

 「えぇ、折角選んでもらったんですしね。」

 

 待ってくれ、その格好で私と歩く…?それって私達凄く目立つのでは…?けれど着替えろとも言いにくいし、本人は喜んでいるわけで…仕方ない。今日は我慢するか。

 

 

 

 ~~~~~~~~~

 

 

 

 

 

 それから私達は日用品を買ったり、昼食を取ったりとまぁ買い出しというよりはデートに近いようなものになっていた。まぁ彼氏のいない私にはデートがどうゆうものかは分からないが。

 まぁ、そんなこんなしていたらすっかり日が暮れてもう夕方になっていた。その夕焼けが綺麗なのなんのって。

 

 「今日は本当にありがとうございました。お陰でこんな楽しい時間を過ごせました。」

 

 「そう?どういたしまして。」

 

 普通の会話。感謝して、感謝されて。

 けど──

 

 「どうしても貴女に聞きたいことがあったんです。…どうしてミーナはそんなにもモンスターを恨むんですか?……確かに今聞くべきことじゃないと思います…それでも、少しでも相談をしてくれませんか?力になりたいんです。」

 

 ミコトは私の過去を知りたいらしい。そして少しでも力になれたらと思っている。──私は彼に相談すべきだろうか?いいや、無関係な人を巻き込めない。

 

 「…ミコト、あんたは本当に優しい人。人にもモンスターにも優しい。だから巻き込めない。あのモンスターは本当に残忍な存在。もしかしたらあんたも私と同じようにモンスターを恨んでしまうかもしれない。…だから…ごめんなさい。」

 

 教えられない。ミコトはあのモンスターと会わせちゃいけない。もしかしたら彼も壊れてしまうかもしれない。

 だから──

 

 「無関係じゃないですよ。だって僕達はもう

”パートナー”じゃないですか。一人で抱え込まないで下さい。一人で苦しい思いをしないで下さい。僕が居ます。貴女は一人じゃない。」

 

 ”パートナー”この言葉を聞いた途端、何かが吹っ切れたきがした。もしかしたら私は抱え込みすぎたのかもしれない。ミコトと私であのモンスターを討伐する。それが叶うのはいつになるか分からない。けれど──ミコトとなら──

 ミコトは彼と似た温かさを感じる。一緒に居て心の底から安心出来るようなそんな温かさ。

 夕焼けが私達を照らす。

 

 「これから私の背中を預けることになるけど責任重大よ。守りきれる?”バディ”?」

 

 「えぇ任せて下さい。それよりも貴女が僕の背中を守る羽目になるかもしれませんよ?フフッ冗談ですよ。僕とソラは貴女の”パートナー”です。背中は任せて下さい。」

 

 夕焼けは新しいチームの誕生を祝っているかのように照らし続けていた。

 私達ならきっと──

 

 「おい!ミーナ大変だ!!ってミコトも居たのか!好都合だ!会議室に来い!」

 

 調査班リーダーが何か急いでるように私達を呼びに来た。

 

 「何事です?」

 

 とりあえず用件を聞かなければ。

 

 「今ハンターから報告があってだな、瘴気の谷の深層で”異常なディノバルド亜種”が発見された!お前と

”カムイ”が遭遇した個体と同一の可能性が高い!」

 

 それはあまりにも早すぎた。

 私にとって因縁の相手でもある

     ───ディノバルド亜種だった。

   

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




読了ありがとうございました‼️
やっと分かったミーナの因縁の相手。ミーナの言っていた謎の人物。そしてミコトとの進展。
物語も少しずつ面白くなって来ました❗
次回は回想だったり戦闘だったりするかもしれません。
ミコト以外もちゃんと応援してね❗
ではまた次回‼️
導きの青い星が輝かんことを…


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恐怖の刃

なんかサブタイトル気に入らない。


 それは本当に早かった。運があるのか無いのか分からない。もしかしたらこれも運命というやつなのかもしれない。あぁ…本当に…本当に早すぎる。心の準備もまだなのに…クソッタレ。もうお前と闘う羽目になるの?もう復讐のチャンスが巡って来たというの?

 リーダーの言っていたハンターからの報告だと瘴気の谷の深層で”異常なディノバルド亜種”が発見されたと。

 もし、これが”あの時のディノバルド亜種”だとすれば…きっとこれは神がくれた千載一遇のチャンスだろう。

 このチャンスでカムイの仇を取れる筈。否、取らなければいけない。

 

 「で、本当に瘴気の谷で異常なディノバルド亜種が確認されたわけ?そのハンターの勘違いだった、じゃ済まされないわよ。」

 

 私とミコトはリーダーに呼ばれて急遽、会議室に来ていて。私もミコトも私服で来ていた為、場違い感が歪めない。

 そこには、既にサシャとアステラの指揮を執る総司令がいた。余談だが、サシャは元ギルドナイトといって、ギルドの方で働いていた為、総司令とも知り合いだったみたいで彼女は調査団の中でも数少ない総司令にため口をきける一人だ。

 

 「特徴が一致してるからな…まぁこの数の少ない特徴で断定するのもあれだが、行ってみる価値はあるだろう。」

 

 「やっと復讐を果たせるわけね?本当に長かったわ。ねぇミーナ?やっと仇が取れるわ。」

 

 「本当に長かった…それで総司令、勿論討伐に向かいますよね?その任務は私達に任せてくれませんか?私とサシャはアイツとの戦闘経験があります。」

 

 総司令は少し、いやだいぶ考え込んだ。

 そして──

 

 「……分かった。お前達に任せよう。だが必ず生きて戻ってこい。これは命令だ。無理をするなよ。」

 

 「分かったなお前ら必ず生きて戻れよ?俺から三期団の期団長に伝えとくから、信号弾を射てばすぐに迎えを寄越すようにな。」

 

 リーダーからも総司令からも許可をもらった。

 これであのディノバルド亜種との闘う準備が出来た。待ってろ、あの時のようにはいかない。一方的に殺されていくのはお前の方だ。

 自然と拳に力が入る。

 

 「出発は明日の早朝だ。万全の状態で挑めるように武器のメンテナンスも済まして置け。しっかり身体も休ませておけ分かったな?導きの青い星が輝かんことを、以上、解散!!」

 

 

 ~~~~~~~~~~

 

 

 

 「ミーナ、貴女に聞いておきたいことが──」

 

 私とミコトがお互いのマイハウスに帰っている途中だった。話し掛けて来たのはミコトだった。

 

 「私の過去のことでしょう?」

 

 「……はい。そのことです。」

 

 ミコトは少し怯えながら聞いてきた。いや私に聞きにくかっただけかもしれない。

 

 「えぇ…教えてあげるわ。私の過去のことを──」

 

 

 

 

 ────────あれは一年前

 

 

 私はアステラに五期団の推薦組として此処、新大陸に来た。来たばかりの私はずっと一人で狩りを続けていた。

 知り合いなんていなかったし、誰かとつるむ気もさらさらなかった。ただモンスターを狩れれば良いと思っていた。アイツと出会うまでは。

 その日の事はよく覚えている。リオレウスの討伐に向かおうとした矢先のことだった。

 

 「やぁ、君もしかしてこれからクエストに?もしよかったら僕も同行させてくれないだろうか?あぁ…まぁ、足手まといになるつもりはないよ。」

 

 空のような澄んだ水色の髪をした高身長の男が話し掛けて来た。こんなひょんな出会いだった。私とカムイが知り合ったのは。

 カムイの実力は凄まじいものだった。腕も私より立つし、モンスターの生態にも詳しかった。けれど彼はモンスターに優しかった。

 彼は関係の無いモンスターは傷つけなかった。今思うとミコトに似てる気がする。瞳や髪なんてそっくりだ。けれどカムイはハンターを生業としていた。

 そのクエストから私はカムイとパーティーを組み沢山のクエストをこなしていった。サシャとも知り合って三人でクエストに行くようになっていた。

 この日は瘴気の谷で”オドガロン”が暴れていると報告があったから討伐に向かっていた。パーティーの中にはオドガロンを発見したハンター、イリッシュを入れて向かった。

 まぁ何度も討伐した経験があったから別に苦戦を強いられることはないだろう。そう思っていた。

 

 しかし、その日の瘴気の谷は違った。

 瘴気は濃く、腐った卵のような臭い、血の臭いが鼻を突く。そこらじゅうに転がっているモンスターの死体。

 地獄。誰が言っただろうか。目の前の光景に私達は唖然としていた。

 

 「あぁ…何よこれ。全部オドガロンが?あり得ないでしょ…もうさ一回、アステラに戻って報告した方が良いんじゃないの?もうさ、ヴァルハザクでも出たんじゃないの…?」

 

 サシャが珍しく臆病になっていた。

 

 「いいや、こんな時こそ、原因を探る方が賢い判断かもしれない…それにヴァルハザクの痕跡も見当たらない…」

 

 「私もカムイの意見に賛成。何も原因が分からないまま帰るのは愚策だと思う。」

 

 今思えばこの時、サシャの意見に賛成しておけば良かったと思う。

 

 「なぁ見てくれ、この痕跡。」

 

 イリッシュは目の前の大きな岩を指差した。そこには…

 

 「これ…まさか…ディノバルド亜種の痕跡?大きい過ぎない…?いくらなんでも…?」

 

 まるで剣でも研いだかのような跡。ディノバルド種特有の痕跡だ。

 

 「ッ!?」

 

 突如として感じる、”殺気”。何かが私達の背後に居る。

今までの臭いや光景がどうにでもなるくらいの恐怖を感じさせた。他の皆も感じていたらしい。全員顔が青ざめている。

 そして、何かを凄い勢いで引き摺る、というよりは滑らしているに近い音が聞こえ始めた。この金属音のような

 

 「避けてッ!!」

 

 私も含めた全員が急いでその場から離れる。巨大な剣のような何かがなんと目の前の岩を斬り裂いたのだった。

 私達はすぐに武器を構えた。目の前の──

      硫斬竜ディノバルド亜種に。

 

 「こいつがこの惨劇を…?あり得ないと言いたいが…クソッ仕方ない。こいつを討伐するぞ。」

 

 そう言いながらイリッシュはトビカガチの弓を構え、ディノバルド亜種に近づく。近づくといっても、ディノバルド亜種の間合いには入らず、かつ自分は攻撃出来る距離だ。きっとディノバルド種を狩り慣れていたのだろう。ただし、それが通常のディノバルド亜種だったらこちらが有利だったろう。

 ディノバルド亜種は己の大剣のような鋭い尻尾をイリッシュ目掛けて突き刺した。

 この距離なら届かない。きっとイリッシュはそんなことを思っていたのだろう。彼はその攻撃を避けなかった。

 だが──

 

 「ウッ!?アァ……何でだ!?クッソ!?」

 

 その光景を一言で表すなら”ディノバルド亜種の尻尾が伸びた”。正確にはディノバルド亜種の尻尾にこびりつく”硫晶”と呼ばれる結晶が急に伸びたのだった。そしてイリッシュの身体を貫いたのだった。イリッシュはバタリと倒れる。

 

 「え……嘘……」

 

 恐怖が身体を支配した。動かせなかった。本当に不甲斐ない、臆病。

 私達はただ現状に困惑し、イリッシュは激痛に苦しんでいた。

 ディノバルド亜種はイリッシュを貫いていた尻尾を抜いた。しかし急に伸びていた硫晶はまるでモンスターに刺さった矢のように突き刺さったままだった。硫晶だけ残したのだ。普通のディノバルド亜種には出来ない芸当。

 

 「クッソ!?ミーナ!サシャ!早く戻って報告をしてくれ!こいつは…多分、特殊個体にあたる存在だ。」

 

 特殊個体と聞いた時、私はゾッとした。

 

 「特殊…個体…?」

 

 「あぁ…通常の個体より一回り大きい…何よりあの尻尾。いや、硫晶か…普通のは重力に従い、下に伸びるが…あれは逆らうかのように真っ直ぐに伸びている。それが長い間、積み重なってる。」

 

 今なら分かるあの刃の異常さが分かる。だってその刃で

英雄をも殺す”英雄を斬り裂いた刃”だったのだから。

 

 「……ッ僕は先に行かせてもらうよミーナ、………君にはまだ生きてて欲しいんだ。さよならミーナ。サシャ、ミーナを任せるよ。」

 

 カムイはそう告げるとディノバルド亜種の元へ行ってしまった。

 それからカムイは帰って来ず、一度瘴気の谷を隈無く捜索したところ、カムイが使っていた太刀が発見され、カムイが生きてる可能性は殆ど無くなった。

 私はそのカムイの太刀を預かった。それが今の太刀だった。

 

 

 ──────────

 

 

 

 

 

 私はミコトに過去の”一部”だけを話した。ミコトの顔は優れなかった。どこか浮かない表情をしたまま家にへと戻っていった。私もそのまま帰路につく。

 家についてからいつもの何倍も武器の手入れに時間をかけた。

 きっと明日は長く険しい闘いになるだろうから。

 

 

 

 

 ~~~~~~

 

 

 

 

 

 

 

 昨日、ミーナから彼女の過去を聞いた。

 何も彼女をささえてあげられなかった。力になれなかった。ただ悔しかった。自分を不甲斐ないと思った。

 けれど時間は待ってはくれない。こんな時に思うことじゃない。反省することじゃない。

 僕達は翼竜に掴まって、瘴気の谷のベースキャンプまで来ていた。

 その時のミーナの顔は恐かった。何処を見ているのだろう?僕とミーナはまるで別の空間に居るようだった。

 

 「ほれっミーナ。さっさと行くわよ。復讐に。」

 

 「………えぇ。分かったわ。行こう……ミコト。」

 

 気分は晴れない。もっとどよんとしていく。

 重い。まるで谷の瘴気が身体の重しになってるみたいに。

 

 「ねぇミコト、あんた武器持ってる?そのコートの中に隠れているわけ?」

 

 「えぇ…このコートの中にありますよ…見ますか…?」

 

 「いや、いいわ…隠しときなさい。モンスターにとって私達の武器は命を刈り取るもの。見ただけで、モンスターの闘争心に火がつく。無用心に見せびらかす物じゃないわ。」

 

 余程僕が武器を持っていないのが気になったのだろう。サシャさんが聞いてきた。

 

 「……この痕跡…サシャ、ミコト警戒して。これはアイツの痕跡の……早く見つけましょう。」

 

 ミーナは目の前の岩に刻まれた、研いだ跡を見て告げる。この近くに居る。そう思うだけで心臓が握られたかのように痛む。あぁ…こんなにも苦しいなんて。

 

 「この近くか…本当にアイツなの…?信じられない…だってアイツは一年間も姿をくらましたのよ…けどアイツなら絶好のチャンスね。」

 

 一年間、姿をくらますなんて到底出来ないことだ。けれど痕跡が此処に存在する。

 きっとこの谷に────

 

 

 「ッ!?」

 

 何かの視線を感じる。ただこちらを大人しく見ている。けれどこの谷だけじゃ収まりそうにない”殺気”。

 全員がすぐに武器を構え振り替える。

 そこには己の尻尾をこちらに構える存在。恐怖を身に纏い、絶望を与え、英雄を斬り裂いた獣竜種。

 

 

 硫斬竜ディノバルド亜種の姿があった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




読了ありがとうございました‼️
いよいよ目の前に姿を現したディノバルド亜種。
そしてそれと対峙するミーナ達。
次回は戦闘回です。
ではまた❗
導きの青い星が輝かんことを…


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英雄斬り

遅くなって申し訳ない……
次回あたりに貰ったイラスト紹介したいなと





 竜は恐怖を身に纏う。如何なる者にも絶望を与え、残忍に殺した。竜は手にいれた。この世の考えうる物、全てを斬り裂く刃を。そして竜は────

 

              ───英雄を斬った。

 

 その竜の種を人々はディノバルド亜種と呼んだ。

 また、ある者は英雄を斬った竜をこう呼んだ。

 

 ───”英雄斬り”───

 

 

 

 

 

 

 

 

  ~~~~~~~~~~~

 

 

 

 

 

 

 

 冷たく、鋭い視線を放ち、音も無く、ただ異常な気配を感じさせながらディノバルド亜種は僕達の目の前に現れた。

 冷たい空気は辺りを凍てつかせた。小型モンスターのギルオス達は巣を離れ逃げ出し、その群れの親玉であるドスギルオスもせっせと尻尾を撒いて逃げ出していた。

 こんなにも恐ろしいなんて思わなかった。このディノバルド亜種は”恐怖と絶望の化身”だ。

 

 「……はぁ…はぁ……」

 

 自然に息が荒くなる。疲れてる訳じゃない。身体全身が怯えているんだ。自分よりも遥かに強い生物と出逢った時に理解するのではなく感じる。恐怖を絶望を。

 そして弱い生物は逃げ出す。恐怖と絶望を前に。

 しかし僕達はそうはいかなかった。狩らなければいけない。どんなに恐ろしくても。だから不様に尻尾を撒いて逃げる訳にはいかない。そして生きて帰る。

 

 「やっと…やっとお前を殺せる時が来た…」

 

 ミーナは静かに怒りのこもった声で話す。自分のパートナーを殺され、絶望を植え付けられた相手に。

 ディノバルド亜種は特に反応を示さなかったがミーナを見る目はさっきよりも鋭くなってる気がする。

 

 「くるっ!!」

 

 ミーナがそう叫ぶと同時にディノバルド亜種は尻尾を僕達目掛けて叩きつけてきた。

 急いで回避する。危なかった。回避に失敗していたら真っ二つになるところだった。身体が真っ二つ……考えるだけでも恐ろしい。

 

 「クソ野郎め……いきなりかよ……ミコト大丈夫か!?」

 

 「えぇ……なんとか…」

 

 サシャさんは大丈夫みたいだが、ミーナの姿が見えない。この土埃の中にいるのだろうが……まさかさっきの攻撃を喰らって…いやいや、そんな訳ない。彼女は凄腕だ。あれしきの攻撃容易く避けたことだろう。

 

 「クソッ!!ミコトそこから離れな!そこは私の”射線”に入ってるわ…まだ腕とはさよならしたくないでしょ?」

 

 そう言うとサシャさんは後ろから双剣”灼炎のロガー”を取り出した。

 ディノバルドの素材で作られたその双剣は強靭な切れ味を誇る武器だ。

 しかしサシャさんの言った”射線”が気になる。

 

 ジャラッ

 

 金属のような音。サシャさんの方から聞こえる。

 一体何の音────

 

 振り向いた瞬間だった。僕の目の前をジャラジャラと音を立て通過した、いやしている。

 そしてそれは真っ直ぐに進み、ディノバルド亜種の頭部に命中した。そしてサシャさんの元に戻っていった。

 

 「双剣に…鎖…?」

 

 ジャラジャラと音を立ていた正体は双剣と繋がっている鎖だった。

 鎖は双剣の持ち手に繋がれていて、それを器用に鞭のようにしてサシャさんは扱っていたのだ。

 

 「もう…一発!!」

 

 サシャさんはもう片方の剣に繋がっている鎖を大きく振るった。剣は大きくおうぎを描きディノバルド亜種の頭上から勢いよく落下し命中する。

 

 「凄い……圧倒してる…」

 

 ディノバルド亜種に攻撃をさせる隙も与えず、連続で攻撃をする。

 双剣はモンスターの死体の周りを彷徨く虫のようにディノバルド亜種の周りを飛んでいた。

 状況は優勢に見える。だが…

 

 「クッソ!腹立つな!コイツ弾きやがる!」

 

 ディノバルド亜種に近づいてきた剣を避けたり、尻尾を器用に使い、弾いたりしてくる。

 つまり一方的に攻撃をしている割にはダメージにはあまり期待出来ないということだ。

 

 「ミーナは何処にいるわけ…?アイツ野垂れ死んでるわけじゃないでしょうね?」

 

 「彼女が死ぬなんて考えれませんが…彼女はとにかく運が悪いですからね…」

 

 「アイツ運は悪いが腕は立つからな…まぁ今は目の前のことに集中しようや。」

 

 サシャさんの手元に双剣が戻って来る。

 

 「第二ラウンドってか…」

 

 ディノバルド亜種は僕達を鋭い目で見る。あの目は…やっとか、やっと僕達を敵として見始めたらしい。

 勝手に縄張りに入ってきた不届き者ではなく、命を奪いに来た敵として。

 

 『グルガァァ!?』

 

 ディノバルド亜種が突然、悲鳴を上げる。

 ディノバルド亜種の足元で何かが動いてる。

 もしかして何かがディノバルド亜種の足元で攻撃をしているのか?目を凝らしてもよく見えない。動いてるのが分かるが肝心の何が動いてるのか分からない。

 

 「……!ミコト、ボサっとすんな。アイツに続くぞ。ありゃミーナだ。やっぱ変なとこで野垂れ死ぬヤツじゃねーんだよアイツは。」

 

 サシャさんはあれをミーナと言った。近づいてみれば確かにそれミーナだった。しかし、あれがか?とてもミーナには、人には見えない。

 動きが人の域を超えていた。どんなことをすればあんな風に攻撃をかわせるのだろうか。

 ディノバルド亜種の尻尾を使った薙ぎ払いを寸のところで跳んでかわし、尻尾の上に立つ。

 ディノバルド亜種はすぐにミーナを振り落とした。

 そして──

 

 「っ!?」

 

 ディノバルド亜種の止まることなくミーナに降り注いだ。なんとミーナの着地と同時にディノバルドは尻尾をミーナ目掛けて突き刺したのだった。

 

 「っ!!ぅらぁっ!!」

 

 なんとミーナはその攻撃を避けようとせず、真っ正面から受けってたった。

 太刀を構え、ディノバルド亜種の攻撃のタイミングで振りかざす。

 ガキンっと金属と金属がぶつかり合うような音が鳴るミーナの太刀とディノバルド亜種の尻尾がぶつかった。それはジリジリと音を立てている。

 

 「オラァァァ!!」

 

 ミーナは太刀を滑らしながら大きく振るう。後退りをしたのはディノバルド亜種だった。なんとミーナはディノバルド亜種に力勝負で勝ったのだ。

 ミーナは攻撃の手を緩めることは無かった。左腕に付いている装置、スリンガーをディノバルド亜種に向ける。ディノバルド亜種は尻尾を構える。しかし──

 スリンガーから放たれたのは金属で出来た手、クラッチクロー、そしてその狙いはディノバルド亜種の頭部。

 クラッチクローは頭部に命中。しっかりと固定され伸びたワイヤーが巻かれていく。

 ミーナはどんどん巻かれていくワイヤーに身を任せ、ディノバルド亜種へと一気に近づく。途中でクラッチクローを外し、勢いよくディノバルド亜種の頭部の上に乗る。

 

 「くたばれ。」

 

 ミーナは太刀をディノバルド亜種に刺すとそのまま、枝を持って地面に線を引く子供のようにディノバルド亜種の背中を刺したまま走っていく。それは凄い勢いであっという間に尻尾までたどり着いた。

 ミーナは返り血を浴びて蒼かったリオレウス亜種の防具は真っ赤に染まり、顔も汚れたいた。

 なんだかミーナが怖く感じる。

 あの時の優しい瞳は消え、ただ恐ろしい目でディノバルド亜種を睨む。

 このままではミーナが壊れてしまう。あの時の優しいミーナが居なくなってしまう。嫌だ。それだけは絶対に嫌だ。

 居なくなって欲しくない。優しいミーナに。

 

 『グルガァ!!』

 

 突然、ディノバルド亜種が駄々をこねる子供のように身体を激しく動かす。

 ミーナに斬られた傷口から血が飛び散る。

 

 「いきなり何を…っう!?」

 

 ミーナが急に顔に手を当てる。何かを拭き取っているいように手を動かす。ミーナの手が赤くなっていてその場から動かない。まさか──

 

   ”目潰し”

 

 あの動作はミーナの目を使えさえなくするため?頭の中に嫌な事が思い浮かぶ。もし狙ってやったのならディノバルド亜種は──

 急いでミーナの元へ向かう。

 ギイィィィと音を立てて尻尾をミーナへと勢いよく突き出す。攻撃をするチャンスを作ったんだ。避けられない為に絶好のチャンスを。

 

 「クッソ!目に血が……っ!?しまっ!?」

 

 ミーナの目が回復し見れる状態になったがもう遅かった。ディノバルド亜種の英雄を斬り裂いた刃はミーナの目の前だった。

 

  ────────────────────── 

 

 

 空中に大量の血が飛び散ってディノバルド亜種の”刃”は人の血で紅く染まった───

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




読了ありがとございました‼️
ディノバルド亜種との戦闘回です❗
戦闘シーンって書くの本当に難しい……
もう一話戦闘回は続きますので読んで貰えると幸いです。
お気に入り登録などよかったらお願いします❗
ではまた❗
導きの青い星が輝かんことを…



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私の理想とは違っていて

ちょっとタイトル手を抜いた。



 竜はまたしても人を斬った。その刃を紅く染めた。

 竜のその刃は───

 

           ”理を斬り捨てる為此処に在る”

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

  ──────────

 

 

 

 

 

 

 私の視界は突如として奪われる。ほんの数秒だ。何が起きたかって私にも分からない。けれど本能が何故だか分からないが急かす。訳の分からないまま私は必死に視界を取り戻そうと身体を動かす。もたもたしている時間は無い、急げ。

 きっとサシャやミコトが戦っている。早く私も戻らなければ。二人だけに戦わせている罪悪感が私の身体をもっと早く動かす。

 いや違う。恐いからだ。いつあの刃で斬り裂かれてもおかしくはない。あの刃で私もあの時のハンターのようになってしまうのだろうか?

 あぁ、想像もしたくない事だけが頭に思い浮かぶ。しかし私の嫌な妄想は現実へと近づいていった。

 ギィィィィィィっと何かが物凄い勢いで擦れる音。これはディノバルド種がよくやる尻尾を研ぐ行動だった。大抵この後に攻撃が来る。

 いや大丈夫だ。この動作は長い。まだ視界を取り戻して距離を取る時間はある。このまま攻撃を避けて一矢報いてやる。覚悟を決める。

 けれど私は忘れていた。コイツはディノバルド亜種の中でも異常な個体だったことを。

 音が消えた。急に何も無い世界に連れてこられたようだ。ただ恐怖が全身を支配しようとしてくる。恐い。まるで誰にずっと監視されてるみたいだ。いやずっとディノバルド亜種が見ているのだろう。どう殺そうかと考えながら。

 そんな余計な事を考えながら目を拭っていると完全に視界が戻ってきた。目の前は血で真っ赤だったがそれでも光の無い世界とはまるで違っていた。色があるだけでこんなにも喜ばしいなんて。

 けれど喜んでいたのもつかの間、額から一滴の血が垂れてきて目の中にまたはいる。

 

 「クッソ!目に血が…」

 

 すぐに目を拭うと簡単に見えるようになる。だが…

 

 「っ!?しまっ…!?」

 

 ディノバルド亜種の尻尾は私の目の前にあった。先端はとても鋭利で簡単に私の身体を貫いてしまうだろう。ディノバルド亜種の”恐怖の刃”や迫ってきている。もう駄目だ。避けれない。

 私は死を覚悟した。ごめんなさい。カムイ、あなたの仇は取れなかったわ。

 もう駄目だと諦めた時だった。私に横に押される。私のよりも小さな手に押された感覚が残った。力強い、それでも優しい感覚。

 

 「嘘…でしょ…ミコト…」

 

  

 ミコトは私の身代わりになってディノバルド亜種に斬られてしまった。

 嫌だ嫌だ。また誰かを失いたくない。嫌だ。私は…

 

 「嫌っ…」

 

 ミコトは肩を押さえたまま蹲ってしまう。当たったたのは肩なのだろう。血が肩から大量に溢れ出している。

 幸い急所は外れていたがあの出血量は半端なものじゃない。今すぐにでも手当てをしないとまずい。早くミコトの元に行かなければならない。

 けれど身体が動かない。もうすっかり恐怖によって支配されていた。目も瞑りたくなってきた。残酷な光景を見たくないから。

 

 「おいミーナ何してる!?さっさとミコトを連れて逃げるぞ!これはもう負け戦だ…」

 

 駄目だ。動かない。サシャの言うとおりミコトを連れて逃げなければいけないのに身体がいうことを聞かない。

 

 「うぅ……あ”ぁ”ミーナ?何…してるんですか…早く逃げて下さい…」

 

 ミコトが痛みに耐えながら私に促す。

 

 「クッ………ソ!」

 

 私はなんとか身体を動かし、そこで拾った種火石をスリンガーに装填し油がたんまりと入っている瓶を投げるとその瓶がディノバルド亜種にぶつかる直前にスリンガーを放ち、瓶に命中させる。

 瓶は割れ、中の油が宙に飛び散りディノバルド亜種の顔にかかる。そこに火種石もディノバルド亜種にぶつかり炎が発生する。

 

 『ガルルゥ⁉️』

 

 私は怯んだことを確認すると蹲っているミコトをひょいと持ち上げ肩に乗せる。その時にミコトの肩から血が垂れる。相当深くえぐられたようだ。

 私のせいで……

 

 『グルァァ‼️』

 

 ディノバルド亜種が咆哮と共に逃げている私達に刃を振り落とした。もう怯みの硬直が終わったのか、まずい!このままじゃ当たる!

 

 ヒュンっと何かが横切る。それはとても鋭く、銀色に輝いていた。”投げナイフ”しかも投げたのはサシャではなくミコトだった。

 それは真っ直ぐ進みディノバルド亜種の目に刺さった。

 

 「ミーナ…今のうちに…」

 

 このチャンスを逃す手はない。急げ。

 

 「ミーナ!早くこっちに来るんだ!もたもたしている時間はねーぞッ!!」

 

 サシャが呼ぶ。行かなくては。此処から離れなくてはならないけ今すぐにでも。

 

 「ミーナ空が見える開けた場所に向かって下さい…ソラをそこに呼びます…」

 

 「分かったわ…」

 

 ミコトが小さな声で私に言う。こんな近くでも聞こえずらかった。早く手当てをしないとまずい。

 

 「サシャ!とにかく上層に向かうわよ!!」

 

 「もとからそのつもりだ!」

 

 

 

 

 

 

  ~~~~~~~~~~~

 

 

 

 

 

 私達はとにかく上層に向かった。あれからディノバルド亜種は追っては来なかった。目にナイフが刺さった訳だ。私達を追い難くなったから諦めたのだろう。

 

 「ミコトの言ってたのはこういう場所で合ってるか?…特に何もいねぇが……」

 

 ミコトの言うとおりに空の見える開けた場所に来たがソラの姿は見えない。

 

 「えぇ…そろそろ来ると思います。」

 

 ミコトが答えてくれる。一応応急手当はしたがあまり油断出来ない状態だ。

 

 「あっ…来ましたよ…」

 

 突如として巨大な影と共に赤い竜、リオレウスことソラが現れた。

 

 「わっ…本当にリオレウスが…」

 

 サシャは初めてだった為驚いていた。

 

 「…三人も乗れるの?これは…」

 

 いや多分乗れないだろう。この前私とミコトが乗っただけで狭かったから三人となると無理だろう。

 

 「私がミコトを背負うわ…重量的な問題は心配無いでしょうから…」

 

 私がミコトを背負えばいい。

 

 「すいません…」

 

 ミコトが謝ってくる。違う悪いのは私だ。ミコトは謝らなくていい。

 

 「ほれさっさと乗るぞ。もたもたしてたらまたアイツが来るかもしんねぇぞ。」

 

 私達はソラの背中に乗ってアステラにさっさと帰ることにした。

 クエストとしては失敗。ミコトは大怪我を負いディノバルド亜種は討伐出来なかった。

 本当に情けない。またアイツに仲間を傷つけられて、いや私が守れなかっただけだ…私がなりたかったのはこんなのじゃない。もっと違う存在になりたかった筈。

 私は空を飛ぶリオレウスの背中に乗りながら考える。

 

 私は…私は何になりたかったのだろう。私には夢があった筈。

 

 

 

 ──私はあの二人のハンターのようになりたかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




読了ありがとうございました‼️
いやぁ…最近、文字数が減っていて申し訳ない。
それとイラスト紹介ももう少し先になりそうです。
本当に申し訳ない。
そしてこの小説は不定期更新から毎週金曜日の定期更新に変わりました。時間帯は20時から22時頃ですがTwitterの方では詳細に報告をするつもりです。どうかこれからもよろしくお願いします。
ではまた‼️
導きの青い星が輝かんことを…


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贋作の私

貴方の心は本物?
この問に答えられますか?


 「……此処は?」

 

 気づけば私は不思議な空間に居た。辺り一面真っ白な空間だ。

 

 『ミーナ、君は強くなくちゃいけない。』

 

 突然声が聞こえる。いやまるで脳に直接語りかけてくるみたいな気持ちの悪い感覚。

 

 「誰…?」

 

 『君は戦う為にモンスターを殺す為だけに此処に生きてるんだ。』

 

 誰なんだ。一体何なんだ。

 

 『君は何が何でもモンスターを殺し続けなくちゃいけない。仲間が傷付こうが死のうが関係無いだろう?君は偽物だ。本物にはなれない。』

 

 一体何を言ってるんだ。偽物?私が?

 

 『君は偽物らしく使命を果たせばいいだけ。叶うことの無い愚かな夢なんて捨てろ。それは最も自分を傷付けやすい残酷な凶器に変わる。』

 

 『もう少しの間、私はこうやって見させてもらうよ。君がどんな絶望を見るか楽しみだ。』

 

 「貴方は!?貴方は誰なの!?」分からない。貴方は一体。

 

 『私かい?私は本当の────』

 

 

 

 

 

 

 

 

 「───おい!ミーナ!起きろ!」

 

 私はサシャに揺すぶられながら目を覚ました。

 

 「…?此処は…」

 

 「此処はってまだリオレウスの背中だ。てめぇ変な夢でも見てたのか?相当魘されてたぞ。」

 

 どうやら悪い夢を見ていたようだ。けど気持ち悪いのは飛んでるせいか?

 …いや違う。まるで背中を得体の知れない気色の悪いものに触られた感覚のような気持ち悪さは夢のせいだろう。

 もう永遠に見たくない。

 

 「ん?…やっと見えてきたぞ…アステラだ…」

 

 真下が緑に染まりきった先に見えるのは私達の拠点、アステラだ。

 

 「ミコト持つの替わるか?随分長い間持ってたし疲れただろう?」

 

 「ミコト…あぁ!そうだった!」

 

 サシャのお陰で思い出した。私が寝てたせいで変な態勢になって辛くなかっただろうか。

 

 「ハハッどうやらアンタの背中は安心するみたいだ。子供が母親と一緒にふかふかのベッドで寝るみたいに安心して熟睡してやがる。」

 

 ミコトは私の背中でスヤスヤと眠っていた。

 

 「…このまま寝かしておいてあげましょう。」

 

 「なんだ?このままの方がお前は幸せなのか?」

 

 サシャが笑いながら言ってくる。

 

 「冗談じゃない。…もうすぐアステラに着くわ。」

 

 「そうだな…少し離れた所に降りるか。」

 

 

 ~~それから私達はアステラの近くに降り、ソラと別れた後、ミコトを部屋へ運び総司令達に事情を話した。あの時の総司令の顔は忘れられなかった。どこか悲しそうな顔を。

 時間は経って夜になり辺りは暗闇に包まれた。

 私は今、ミコトが寝ている部屋でずっと考え事をしている。

 部屋は一本の蝋燭だけで薄く照らされていて外より少し明るいくらいだ。

 私のせいでミコトは怪我をしディノバルド亜種の討伐を断念した。

 

 「…ぁあ?ミーナ?」

 

 ベッドの方から音がしたので目をやるとそこには身体を起こしているミコトがいた。

 

 「ミコト…アンタこんな夜中に起きて…それに傷の方は…」

 

 「心配かけてごめんなさい。傷の方は大丈夫ですから。」

 

 ミコトは笑顔で答えてくれる。謝るのは私の方だ。

 

 「ミーナ?大丈夫ですか?どこか顔色が悪いですよ。」

 

 私が悪い。私のせいでカムイが死にミコトが傷つき彼女が犠牲になった。

 私は…私はなんの為に生きてるんだ?

 

 それからミコトは私に語りかけて来たがよく覚えていない。

 私はマイハウスに戻り寝ることにした。ふかふかのベッド腰を掛けると眠気が私を誘う。その後すぐに眠ってしまった。

 

 

 

 ~~~~~~~~~

 

 

 

 

 気づけばまた私はあの白い空間に居た。そして声が聞こえる。

 

 

 

 『君は生かされているんだよ?感謝しなきゃ。アイツらに、そして私ね。アイツら君の道具と化し君は私の道具と化す。面白いじゃないか。』

 

 何を言っているか分からない。

 

 『お前が生かされている意味は分からななくていいんだよ。ただモンスターを殺せ。その身が使い物にならなくなるぐらい壊れるまで。」

 

 嫌だ。早く覚めてくれ。

 

 『お前の身体は私の物だ。今は好き勝手やらせてるがその内本当に私の物になる。偽物の心が住み着くには豪華過ぎる恵まれた身体だからな。』

 

 もう嫌!

 

 『拒むな、恐れるな。醜い人間の弱さを見せるな!心が弱い人間はすぐ恐れる。だから私はお前が嫌いだ!何故!何故!恐れる!?力が手に入るのに恐れる!?』

 

 『人は自分が使いきれない力が手に入る事を拒む!それは何故かっ!?それは責任を背負いたくないからだ!人々に英雄として責任を背負わされたくないからだ!お前は違っただろう?英雄になりたがってただろう?』

 

 『私は本物だ。英雄になりたがっていたお前自身だ。力が欲しくないと言い切れるか?お前には護れなかった物は私には護れる物になる。』

 

 あぁ……貴方が…私…?

 

 『この世界では力こそ全てだ。金だって手に入る!護りたい物も護れる!欲しい物も手に入って夢だって叶んだ!

この世の中に存在する全ての物は他の存在から何かを奪わなければ存在する事の出来ない物だ!万物なんて、何も奪わず存在する事なんて出来ない!力だ!力がその理不尽から身を守る為の武器となる!』

 

 もう…もう…私を壊さないで…!

 

 『さぁミーナ!私を!本物を受け入れろ!力が!本物の力を受け入れろ!』

 

 もう嫌ぁッ!!

 

 

 

 

 ──────私は目を覚ました。

 

 何故かは分からないが自分の顔を触れる。ベタベタと確認するように触る。

 涙が出てくる。私は…私は

 

 ”世界の理不尽から身を守れないニセモノなのか?”

 これは私に問われた最悪の問だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




読了ありがとうございました‼️
今回は少し暗いお話でした。
ミーナの心は偽物なのか、英雄とは夢とは何なのか。
次回をお楽しみに
ではまた❗
導きの青い星が輝かんことを…


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雨が降るアステラで

この回ケッコー好き


 天気は優れていなかった。太陽の光も拝めない程の黒い雲に覆われた。どしゃ降りの雨は僕達の傷を癒すことなくもっと深くえぐった。

 

 「…ミコトか?…此処は濡れるぞ?」

 

 屋根の無い場所で突っ立っていた僕にサシャさんが声を掛けてくれた。

 サシャさんは黒のフリルに白いロングスカートを履いていた。なんやかんやでサシャさんの私服を見るのは初めてだった。

 

 「サシャさんの方こそ…ずぶ濡れじゃないですか…」

 

 サシャの赤い綺麗な髪は濡れて服はびしょびしょ…

 

 「んッ……」

 

 僕はおもいっきり顔を背けてサシャさんから目をそらす。

 

 「あぁ?ミコト…どうした?」

 

 だって…

 

 「……スカート…透けてます…」

 

 恥ずかしいから自分で気づいて欲しかったがどうやら無理みたいなので言うことにした。

 

 「えっ………あー、そうか…まぁいい。」

 

 サシャさんは自分の身体を見下ろすように確認した。

 

 「まぁいいって…恥じらいとかそういうのは?」

 

 「…無いね…これインナーだし…」

 

 そういう問題ではないと思うが。

 

 「まぁそれより飯食いに行かねぇか?少し一杯やりたい気分でな。」

 

 いきなりすぎる。

 

 「それなら一人でも出来るんじゃ…」

 

 「馬鹿野郎、聞いてもらいたい愚痴だってあるんだぜ?」

 

 つまりは愚痴を聞いてほしいと。

 

 「行きつきの店があるんだぜ。そこに行こう。」

 

 「ハァ……分かりました。そこに行きましょう。」

 

 しかしずぶ濡れの客を入れてくれるのだろうか。もし入れてくれたのならそこは変わったお店なのだろう。

 

 「乾くかな…?」

 

 「…雨に晒しておいて乾くかなはないでしょう?一度着替えてきたらどうです?」

 

 この後も店に着くまで似た会話は続いた。  

 

 

 ~~~~~~~

 

 

 そのお店は想像していたのと違っていた。こう少し年期のはいった居酒屋みたいな所ではなく、お洒落なバーのようで僕にはまだ少し早いように思えた。けれどすぐ中には入れなかった。

 

 「やっぱりびしょびしょですね…スカートも…まだ透けてますし…」

 

 この調子じゃぁ迷惑を掛けそうで入店するには結構な勇気が必要だ。

 

 「濡れてるからな…迷惑は掛かりそうだがもうスカートの件はいいだろ?」

 

 「貴方はいいのかもしれませんがお客さんが困りますよ…あっそうだ…」

 

 いいことを思い付いた。

 僕は緑色の濡れているコートを脱いで少し乱暴だが濡れた雑巾を絞るかのようにして水を出すとサシャさんに渡す。

 

 「お前…女にそんなの渡して何がしたいんだ…?」

 

 恐る恐るサシャさんが訊いてくる。

 

 「勘違いしないで下さい…それで隠せって事ですよ…」

 

 「ほへぇ……そういうことね。サンキュ。」

 

 あのディノバルド亜種との闘いで猛威を奮った人物とは思えないような間抜けな声を漏らす。

 

 「長い間話してたせいで服もさっきよりはマシになりましたね。」

 

 サシャさんは隠すのに苦戦していたが何とか袖の部分を鉢巻きを結ぶようにして隠しきれていた。

 

 「さっさと入るか。」

 

 ドアは両開きで少し高級感があってここでもお洒落だなと思ってしまう。

 サシャさんがドアを開けると上に付いていたベルがチリンチリンと鳴り出迎えてくれる。

 中は想像通りの素敵なバーといった感じで棚に並べられた数々のワイン、綺麗に手入れされているグラス。下を見れば真紅のカーペットが敷かれており歩みを進めることを拒んで来る。

 

 「いらっしゃ……何でそんな濡れてんだ。」

 

 カウンターの奥から一人の若い男の人が出てくる。

 背が高く金髪で前髪を上げておりびっしっと白いシャツを着こなしていた。ここの店長さんなのだろう。

 やっぱりこうなる。幾らなんでも迷惑すぎるだろうずぶ濡れの客が二人入って来たのだから。

 

 「ほれっ。」

 

 急に目の前に現れて顔に触れる白いモフモフの物体。頬を垂れていた水が一瞬にして消える感覚。

 

 「えっ…これって…タオル…?」

 

 タオルを手に取ると店長さんを見る。

 

 「それで頭でも拭いとけ。マシにはなるだろ。」

 

 「ありがとうございます。」

 

 しかしこのタオル…顔を沈めたくなるくらいフワフワだ。吸水性にも優れていて綺麗なタオルだ。きっと新品なんだろう。

 いいのだろうか?こんな物を使ってしまって。

 

 「ありがとうな…あーいつもの貰っていいか?コイツにはアップルジュースでも出してやってくれ。」

 

 「いいのか?そちらの子にはアップルジュースなんかで?君がこの前甘ったる過ぎて飲めなかったワインでも出そうか?」

 

 いやワインは飲めないから勘弁してほしいのだが。

 

 「駄目だ駄目。コイツはまだ十三だぞ?ガキにぁアップルジュースがお似合いだ。」

 

 「…ガキで悪かったですね…ですがまぁお酒は飲めないのでアップルジュースを頂きます。」

 

 「分かった。」

 

 店長さんがそう言うとコトッっと目の前にコップを出され不透明な液体が注がれる。

 

 「わぁ……美味しそう…」

 

 思わず言葉が出る程魅力的なジュースだ。早く喉に流し込みたい。

 しかし店長さんは焦らすかのようにジュースの入ったコップを手前に戻す。

 

 「あぁっ。」

 

 店長さんはこの状況を楽しんでるようだった。

 キュッポっと気持ちのいい音がなる。空中にはクッキーのような色をしたコルクが飛んでいて、コルクの抜かれた瓶からは真紅のワインがグラスに注がれる。

 

 「さぁどうぞ。」

 

 そしてようやく飲み物が僕達に渡される。

 

 とても冷たいコップを両手で持つと少しずつ冷えたアップルジュースを喉に流し込んでいく。

 

 「ぷはッ美味しい!微かな酸味があってもっと甘さを引き立たせてる!本当に飽きない味…幾らでも飲めそう…」

 

 「よかったなマスターこんなチビッ子はアップルジュースで喜んでくれてるぜ。」

 

 サシャさんはワインを少しずつ喉に流し込みながら言う。本当に一言余計だと思う。

 

 「…!サシャさん、その指輪って…」

 

 ふと気が付く。サシャさんがグラスを持っている右手の人差し指に填められた指輪の存在に。

 その銀色の指輪には竜の首に短剣が刺さっている絵が彫られており、その絵に僕は見覚えがあった。

 

 「二つ名のあるハンター、つまりギルド直属のハンターが階級を示す為に渡されるアクセサリーですよね…三つある内、指輪の階級は確か…」

 

 「よく知ってるじゃねぇか…指輪の階級は二級、正式名称は“ハンターズギルド公認資格第二級”って堅苦しい名前だ。そして私の二つ名は灼刃(しゃくじん)だ。聞いたことあるか?」

 

 「灼刃と聞けばあのテオ・テスカトルをたった一人で撃退した偉業を成し遂げた事で有名じゃないですか。それに、試験のモンスター達も驚きの早さで討伐していますよね?」

 

 「…なんかお前やけに詳しくねーか?」

 

 僕が二つ名のハンターに対して詳し事に疑問に思ったらしくサシャさんが聞いてくる。

 

 「…兄が二つ名だったんですよ…」

 

 「お前の兄貴が?だってお前ライダーじゃねぇかよ?てっきりお前の村の奴ら皆ライダーかと思ってた…それで兄貴の階級は?」

 

 相当驚いた様子でグイグイ聞いてくる。

 

 「第一級ですよ…」

 

 「なっ!?第一級だって!?お前、第一級って言えば十人もいない精鋭達だぞ?もしかしたら私も知ってるかもな。」

 

 駄目だ。どんどん興奮している。

 

 「…兄の話はもういいでしょう?それよりもサシャさんは何故二つ名のハンターになったんですか?数々の特権が目当てですか?」

 

 二つ名のハンターには数々の特権が渡される。名も売れ、大金が手に入る。これに目が眩むハンターが多い。

 

 「うん?あぁ夢があってな…かつての友人との約束を果たす為に私は二つ名になった。」

 

 「夢の為に人々から“生物兵器”と罵られるんですか…?」

 

 二つ名ハンターの別名それは“生物兵器”と言われ罵られていた。誰が言い出したかも分からず、いつの間にか定着していた不名誉な名前だ。

 

 「私はなアイツとの約束を果たす為なら命を捨てる覚悟は出来ている。私は選んだ道に正解も不正解も無いと思う。ただ楽か苦しいかその違いだけ。きっと私の道は棘だらけで泥水を啜ることにもなるだろう。」

 

 「けど後悔はしてない。私は後悔なんてこれからもしない。進むなら後悔している時間なんて無い。」

 

 「…それが罵られてもいい理由になるんですか?」

 

 きっと自分なら耐えきれない。

 

 「ならなかった勇気の無い奴らに勇気のある彼らを侮辱する事は出来ない。アイツらの言うことは嫉妬だ。なれなかい自分と比べて羨ましがってるだけだ。」

 

 「強い方ですよ…貴方は本当に…」

 

 彼女をいつの間にか尊敬してしまいそうだ。

 

 「なぁ…ミコト…私考えてたんだお前の兄貴の事を…一人思い当たる奴がいるんんだよ。第一級で凄腕の知り合いのハンターを。」

 

 「────お前の兄貴ってまさか“英雄カムイ”か?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




読了ありがとうございました‼️
まぁ冒頭の方にちょっッッとアレな部分もありましたけど、この回が一番好きです。
ミコト君の回答は次回です。
それと投票をおこなっているので是非、そちらの方もよろしくお願いします。
ではまた‼️
導きの青い星が輝かんことを…


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 灯りと影

最近暗い話ばっかりだな…


 

 「───お前の兄貴ってまさか“英雄カムイ”か?」

 

 この一言でお店の中の雰囲気はガラリと変わった気がした。

 さっきまでカチャカチャと音を立て濡れたコップや皿を拭いていた店長さんも目を見開いて聞いていた。

 

 「…どうなんだミコト…答えてくれないか?」

 

 「……」

 

 サシャさんの問にゆっくりと頷く。

 

 「…悪い…」

 

 「サシャさんは悪くありませんよ…兄もハンターという命を失ってもおかしくない仕事をしていたんです。遅かれ早かれ人は死ぬ。兄はそれが少し早かっただけです。」

 

 頑張って笑顔を作ってみせた。本当は叫びたいくらい悲しい、辛い、苦しい。けれどサシャさんやミーナも苦しい筈。けれど悲しいなんて誰も口に出さない。だから僕もこうやって堪えてれば大丈夫。

 

 「……そうか。大事な人を失う気持ちはよく分かる。辛かったよな。」

 

 サシャさんはさっきよりも明るく、暖かい笑みを浮かべていた。止めてくれ、そんな優しくしないでくれ。

 目が潤んで来た。どうやらまだ雨に濡れた髪から水滴が垂れ目に入ってしまったようだ。だからそう、決して泣いている訳じゃない。

 

 「…マスターハンカチを貸してくれないか?ミコトの顔がまだ雨で濡れてるからよ。」

 

 「あぁ…これでいいか?」

 

 そう言って店長さんは僕に水色のハンカチを渡してくれる。僕は「ありがとうございます。」とお礼を言いそれを受け取った。

 ハンカチを目の少し下に当て水分を吸収させる。さっきよりハンカチは重くなった。

 

 「なぁミコト、後でミーナの所に行ってやってくれないか?きっとアイツいろいろ抱え込んでるだろうからさ。」

 

 サシャさんワインを飲みながらお願いしてきた。

 

 「えぇ全然構いませんが…帰りにミーナの家に寄ろうと思ってましたし…」

 

 「それならいい。…アイツの傍にいてやれ。人は一人の時が一番苦しいんだ。痛みなんかよりずっと、私はそうだった。」

 

 そう言いながらサシャさんは自分の赤い髪をどかし首を見せてくる。

 

 「え…それ……」

 

 サシャさんの首には模様のような火傷の跡があった。くっきりと跡が残っており、それはうなじの部分まで拡がっており、焦げたような痛々しい跡だった。

 

 「こんなにも跡は残ったけど…もう痛くはない。けど心は今もずっと痛いままだ。…人間ってのは身体は進化しても心は変わらないままなんだな。」

 

 サシャさんの言葉には共感出来るような気がした。いつも心の何処かで寂しがっているような自分がいる気がす

る。

 

 「まぁ、さっさとミーナの所に行ってやるんだな。お前はアイツのパートナーなんだろ?お代は私が払ってやるから。」

 

 「いや悪いですよ…」

 

 さすがに奢ってもらう訳にはいけない。

 

 「十八のお姉さんとして十三のガキに金を払わすつもりはねーよ。」

 

 「けど……分かりました。けど今度は僕に奢らせてくださいよ?とびきり良い店に行きましょう!」

 

 僕はサシャさんにとびきりの笑顔を見せた。お互い大自然と命懸けで闘う、だから次は無いかもしれない。けれどサシャさんには生きて、前に突き進む覚悟が、僕にはミーナやソラという頼もしい仲間がいる。だからお互いに簡単には死なない、必死に生しがみつくだろうから。

 僕はミーナの所へ向かう為に席を立つ。

 

 「ご馳走さまでした。アップルジュース、美味しかったです。」

 

 「じゃぁな。ミコト君。」

 

 僕は両開きのドアを開ける。入ってきた時と同じようにベルが音を奏でるがあの時よりも心地のよく感じ、ドアはとても軽かった。

 

 

 ~~~~~~~~~~~

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 最悪の目覚めだ。夢はあんなのを見るし、外の天気も最悪だ。

 ベッドから身体を起こすと着ていた寝服を乱暴に脱ぎ捨て、インナーだけの姿になる。それはもう真っ裸と差ほど変わらない姿だったが私以外の誰かが居るわけでもないから恥ずかしがることなくそのまま茶色のズボンを履き、白色のシャツを着て窓から外を覗いた。

 窓越しの外は嘘みたいに暗くて、クシャルダオラが現れたみたいな大雨だ。

 外はどしゃ降りの雨の音でうるさく、部屋の中は湿気が溜まって暑苦しかった。けれどこの汗は暑苦しさだけのせいじゃないだろう。きっとあの悪夢の仕業だ。

 身体はとても重くて、腕には力が入りにくい。歩こうと思っても足がふらついて、なかなか歩けない現状だ。

 やはり外が暗いのでマイハウスも似て薄暗いから私はベッドの横のサイドテーブルに置いてある蝋燭にマッチで火を着ける。

 さっきよりは部屋も明るくなったが未だに陰が多く、不気味さが残る。家具達の影が背伸びをしているように見え、余計怖く感じる。

 蝋燭を別の所にやれば今より明るくなるだろうか。

 何故か分からないが私はこの暗い不気味さに恐怖を覚えてしまっている。なんとしても部屋を明るくしたい。

 

 「あちっ」

 

 私は別の場所に置いてやろうと燭台に手を掛けると、蝋燭が揺れてしまって溶けて、溶岩みたいな液体になった蝋が右手の甲に少量、飛び跳ねてしまう。

 私の手は何かに動揺もしくは怯えているように震えており、このまま燭台を持てば次に手に当たるのは蝋燭本体かもしれない。

 手の甲に付いた蝋を拭く為、そこに落ちている脱ぎっぱなしの寝服を拾って拭いてしまう。私自身、そこまで自分の服の、それも他人には見せないような寝服の汚れなんて気にしない人種の人間なので、何の躊躇いもなく一連の決まった動作のようにやってのけた。

 長い後ろ髪がパサパサ、と首に当たり鬱陶しく感じてくる。今まで自分の後ろ髪を鬱陶しく感じた事はあまりなかった。

 確かヘアゴムなら目の前にある黒色の小物入れに入ってた筈だ。私は髪を結ぶ為、ヘアゴムを探しに小物入れの方に向かい引き出しを上から順に開けていく。

 

 「あった。」

 

 ヘアゴムは三つ引き出しがある内の一番下、つまり三番目の引き出しに入っていた。三番目の引き出しは中に色んな物が散乱していたが、探していたヘアゴムより一際目立つ、異様な物も入っていた。それに関しては何も分からなかったがその“分からなさ”がより一層、違和感を醸し出した。

 

 「布…?けっこう清潔そうな…新品かしら。買った覚えはないし…けど裏、この赤色って…血?」

 

 清潔そうな真っ白な長い包帯ような布に染みてる赤…いや薄いくなってオレンジ、それよりも汚い感じで薄い。多分これは血だろう。なんとも清潔そうで血のような物が染みてる矛盾した布だった。

 

 「使った覚えも買った覚えもないし…誰かから貰ったのだろうかかしら…」

 

 けれど私は血の染みた布を欲しがる程、悪趣味な女じゃない。何だかだんだん気味が悪くなってきた。

 

 「…しまっとこう。」

 

 こんな物が私の家の小物入れの中に入ってたなんて考えたくない。しかし次の瞬間─

 

 「いたっ…!」

 

 頭を押さえる。急な頭痛が私を襲った。ズキンズキン、と何かで頭を殴られたような、いや頭の中に何かが直接入り込んできたみたいな感覚。

 

 「うぅ…あ”っ…」

 

 堪らず獣のようなうめき声が出てしまう。

 

 『ミーナ、こっちにおいで。ほら、■■■が待ってるわよー』

 

 『■■■■、そうミーナを急かしてやるなよ、アイツにはアイツのペースがあるんだから。』

 

 脳内に語りかけてくるみたいな、いや思い出してるのか。聞いたことのある声が聞こえてくる。それも二人。

 

 「うっ…お”ぇぇぇ…」

 

 駄目だ気持ち悪い。油断してしまえば吐いてしまいそうだ。痛い、気持ち悪い。

 

 「うっ…うぅ…」

 

 床の赤色のカーペットに一つ、二つと水滴、私の目から流れる涙がこぼれ落ちて吸収されていく。

 嘘、私泣いてるの?自分でも驚いてしまった痛みと気持ち悪いだけで泣いているなんて信じがたい。

 私は力の入らないフラフラした足取りで洋風タンスに近寄ると、ふっ──と息を漏らしもたれ掛かる。

 ここに来るだけでも限界がきていた。一体、私の身体に何があったのだろうか。

 タンスの扉がキィィ─と音を立てながら開いている。きっともたれ掛かった時の衝動で開いてしまったのだろう。

 部屋の中は蝋燭一本の明るくしているので、あまり服を収納していないタンスの中は真っ暗で、もっと奥に続いてそうだった。

 この暗さに怖さを懐かしさを感じたのは──

 

 キィィィ──

 

 此処とは真逆の方向で音がなる。この時私の心臓は鷲掴みにされたように絞まって、息が荒くなる。

 何かがドアの方に居る。それだけが分かる。いやそれだけしか分からないがから尚更怖い。

 人だと決まっている筈だがどうしても別の、ありえない可能性を考えてしまう。

 あの時みたいになってしまうのだろうか。だとしたら今度は私の番だろう。

 私はただ、ドアの方向を睨み付け、立て掛けて置いた、一本の太刀握る。蒼火竜の素材で作られた

      ────英雄の太刀を

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




読了ありがとうございました‼️
「もう分かってた。」っていう人もいると思いますが、ミーナの元相棒カムイはミコトの兄でした。
本来はもっと後になったら分かってくるつもりでしたがこの段階で出しちゃいました。
それとアンケートの方もやってるので、是非投票お願いします。
意外とミーナが人気なので驚いています。もしよかったら感想の方で理由の方を書いてみてください❗(露骨な感想稼ぎ)
ではまた‼️
導きの青い星が輝かんことを…


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タンスの中の暗い過去

 今でもあの日の事は鮮明に覚えてる。今日みたいな大雨で部屋の中は湿気が多くて、そうとても暑かった。

 ボロボロの机の上に溢れてる火薬、コロコロと転がっている弾薬、ぬるくなってしまった水瓶。

 蝋燭で照らしていても尚暗く、家具の影が背伸びをしていた。

 カタカタと木の床を車輪が動いてる音が家の中に響く。

 そこには車椅子に乗った、金髪の綺麗な女性がいた。名前を“ミルシナ・クリシア”という元ハンターだった。

 ハンターを辞めた理由はモンスターとの戦闘で足に重症を負い立てなくなったことが原因らしい。

 彼女はとても優しくて私と雨の日はさほど広い訳でもない家でかくれんぼをして過ごしていた。

 私がよく隠れていたタンスは子供一人入れるくらいの大きさで、いたるところ傷んでいた。

 

 「おねぇちゃん!ねぇもう一回!」

 

 「もう一回?もー仕方ないなぁー」

 

 駄々をこねるように毎回、私はミルシナにお願いした。ミルシナは仕方ないなぁと言いながらもいつも私と遊んでくれた。

 私には母親や父親という存在はいなかった。私は渓流に近いユクモ村付近に捨てられていたらしい。それを拾ってくれたのが、ミルシナと師匠である“ロジエ”だった。二人は双子らしく、似たような綺麗な金髪、似た顔つき、背こそ師匠の方が高かったが、ミルシナの方が先に生まれ姉の立場にいたらしい。

 私にとって親というのは噂のようなもの。本当の両親は何処かにいるかもしれないが、噂のように本当に存在するかは確かではない。それに私は許せなかった。私を一人にしたことを。けれど、ミルシナと師匠は私を決して一人にはしなかった。師匠が居ない時はミルシナがミルシナが居ない時は師匠が居て遊んでくれた。

 心の底から嬉しかった。こうやって駄々をこねても、それが望んだ返事じゃなくても返してくれる人がいる。遊んでくれる人がいる。

 だから寂しくなかった。一人じゃないと実感できるから。

 あの時のドアから鳴る音は気味悪さを醸し出す嫌な風のせいか、それとも別の何かは分からない。けれどいつも通りの日常では決して鳴ることのなかった音がする。

 ただ恐怖を煽るだけのびっくりするような感じではなく、少しずつ近づいてくる気味悪さ。

 この時私はずっと「昨日、おねぇちゃんに読んでもらった怖いお話しの絵本のせいだ。」と思い込んでいたが、本能的なものが私に身の危険を報せていたのだろう。

 

 「誰かいるのかしら……あっロジエが帰ってきたのかも!ちょっと待っててね。」

 

 ミルシナは車椅子で玄関の方へ私を置いて行った。ちょうどドアの前に着くと違和感を感じたようで、すぐに私の元へと戻ってきた。

 

 「ねぇ……ミーナ、ロジエが帰ってきた時、驚かしちゃお?私は別の所に隠れるから、ミーナはタンスの中に隠れててね?」  

 

 この時の私はいつもの師匠へのイタズラをするんだとワクワクしながら「いいよ!」と答えたが、この時のミルシナの顔は永遠に会えなくなった人へ向ける最後の笑顔によく似ていた。

 もし、私が代わりになれたらなんて今考えて後悔しても過去に喪った者は決して取り戻せない。どれだけ残酷で哀しい悲劇だっただろうか。

 あの時、ミルシナはどんな思いだっただろうか。これから自分が死ぬ運命を悟って対峙した。お世話になった人達に会いたかっただろう、死ぬ前にもう一度師匠に、自分のたった一人の弟の顔を見たかっただろうに。

 

 「……私が…いいよって言ったら出てきて驚かそうね。」

 

 私は何故気付かなかったのだろうか、いいよって言ってしまえば驚かすもクソもないじゃないか。気が付けば一緒に逃げれたかも、いやきっとミルシナは自分は車椅子だから遅れてしまうから此処に残ると言い張っただろ、あの人の性格なら絶対そう言うに決まってる。けど、どうしようもなかったじゃ済まされない。方法は幾らでもあっただろうに。

 幼い私は本当に子供一人入れるくらいの大きさをしたいタンスの中にミルシナの言う通りにして馬鹿正直に隠れた。タンスの中は確かに嫌な暑さだったが、師匠の服が大量に重なり、心地のよい枕代わりになって少し時間が経てばすぐ寝てしまった。

 数時間ぶりにまぶたを開いた時の光景は、タンスの扉は勢いよく開いており、目の前には力強く、私の両肩を掴みながら俯いてる師匠と、いつも皆で食事を囲んだテーブルはバキバキに壊れており、いつもの風景は赤に染まっていて、倒れている車椅子の横には見馴れた白い肌をした女性の腕が無惨に転がっていた──

 

 

 

 

 

 

 

 ~~~~~~~~~~~~

 

 

 

 

 

 きっとドアのきしむ嫌な音を聞いただけでこんな辛い思いをするのはあの過去のせいだろう。自然と太刀を握る手に力が強くなっているが、こんな手汗がだらだらじゃ思う存分には振れないだろう。重いんだよ、この太刀は元々。

 

 ガチャッ──と扉が開くと同時に腕にありたっけの力を入れ、振る準備をする。刃がちょうど首を切り落とせるように角度を微調整しながらここ、というタイミングで斬るために。

 しかし、開いたドアから入ってきたのは青髪の見知った顔だった。

 

 「……ノックでもしたらどうなの…ミコト?」

 

 「しましたよ…数こそ少ないけれど、大きな音でしたよ。」

 

 ノックの音なんて聞こえなかった。よっぽど満身創痍だったのだろう。

 

 「あら…じゃぁごめんなさい。聞こえてなかったわ。」

 

 軽く謝ると雨で少しとは言い難い程濡れたミコトキョロキョロとは私の部屋を見る。

 

 「前…そう、ジンオウガの件の時、こんなに部屋の中、散乱してましたっけ?」

 

 痛いところを突かれてしまった、あの時は偶然いや、奇跡的に片付いていたが、この部屋の本来の姿というべきか散らかっているところを見られてしまった。

 

 「これがいつも通りなのよ、気分を害したならごめんなさいね。」

 

 「いえ、そんな事はないですよ。むしろ何だか思ってた通りで、フフッ…」

 

 何が思った通りなのか、ミコトは急に笑い出してしまった。一体何が面白いのか私には分からないし、無性に腹立ってきた。

 

 「ちょっと…何で笑うのよ…」

 

 「ご、ごめんなさい。ちょっと想像していたミーナの部屋とそっくりでしたからつい…理想の片付けが出来ない人の部屋みたいな?」

 

 「何が理想の汚部屋よ馬鹿馬鹿しい。困ってるんだからこっちは色々と。」

 

 片付けだって出来ないし、私が納得いく整理が出来ても他人からはまだ散らかっているとため息を吐かれ、憐れな目で私を見つめられるだろう。

 

 「……そういうアンタはどうなのよ?片付け…出来んの?」

 

 「任せてください!一応、幼い時からずっと一人暮らしだったので洗濯、片付け、料理くらいならずっとやってきていますから。」

 

 幼い時から一人暮らしって両親はどうしたのか聞きたいのだがそれよりも、年下の男にこういった面で負けているのはどうなのだろうか。

 

 「けど…こんな濡れてたら部屋には入れませんね。また今度片付けに来ますから覚悟して待ってて下さいね?」

 

 「覚悟ってちょっと怖いわね…」

 

 今度、ミコトが来る前にまで少し片付けおこうと思った瞬間だった。

 

 「それにしても良かった…ミーナ考えて込んでるんじゃないかってサシャさんがずっと心配してましたよ。」

 

 「考えて込んでるって私が…?…冗談じゃないわ…一体何を考えて込む事があるわけ?」

 

 サシャはこういった勘が鋭いから、毎回私の考えてる事を当ててきたりして面倒くさい。

 

 「…アンタの方こそ…もうだいぶ乾いているけど…傷の方は大丈夫なの?」

 

 「えぇ、もうバッチリです。」

 

 ミコトの服は濡れていると言った割には意外と乾ききっており、それでも濡れていたのら傷にさわらないか心配で訊いてみたが明るく返ってきた、元気な年頃の少年の返事的に大丈夫なのだろうと自分を納得させた。いや、本人も大丈夫だ、と言っているのだからそうなのだろう。

 

 「あの…さっきからそのヘアゴム、ずっと握り締めてますけど…これから髪でも結ぶんですか?」

 

 「えっ…?ヘアゴム…?あぁ!そうだった!髪を結ぼうと、やだ私ったら忘れちゃってて。」

 

 もう関係のない事に夢中になりすぎて、本来の目的を忘れるなんて、これを可愛く『ドジッ子』なんて言えたらいいが、生憎さま私は魔性の女でもないし、天然でもない。ただの十六の男っ気も女子力も無い女だ。

 

 「あぁ…もう本当に髪結ぶの面倒くさいわね!何でこうも、失敗し続けるかな…」

 

 毎回、後少しのところで髪がまとまらず、また一からのやり直しになる。こんなにも結ぶのが下手だと失望してしまう程の不器用さ。あぁもう本当にうんざり。

 

 「…ちょっと貸してください。」

 

 「えっ」

 

 ミコトが予想外な言葉を突然言うもので、驚きながら理解しようとしていると、パッと私の手からヘアゴムを取ると器用に髪を束ね、サッとヘアゴムでまとめてしまった。この無駄のない一連の手馴れた動作に呆気を取られてしまった。

 

 「嘘…アンタ髪束ねた事あんの…?その長さなら束ねててもおかしくはないけど。」

 

 「少し…結んでた時期がありましたから…」

 

 「ふーん。」

 

 少しばかり興味はあったが、さりげなく、興味の無いような思春期の男子っぽく返してみた。

 コイツの束ねてた時期なんて相当笑い物だろうに見れなかったのが惜しい。

 

 「そーいえば、すっかり服乾いちゃいましたね…あの…」

 

 「ン?何よ?」

 

 ミコトは少し恥ずかしそうに、もじもじしながら目を下に向けながら話しかけてきた。こういうところが女々しくて、普通に女と見られてしまってもおかしくはないだろう。

 

 「泊めてもらってもいい…ですか?」

 

 きっぱりととは言い難いが私の目を見ながら言ってきた。

 

 「は?」

 

 泊めるって何処にだろう。こんな汚部屋じゃないだろうな多分いやそうに決まってる。

 

 「ぢょ、じゃなかった…ど、何処に?」

 

 「此処ですよ、ミーナの家に。」

 

 もう聞こえてしまった。二回も、同じことを。

 聞きたくないけれど耳栓なんて便利な道具はここにはないし、聞きたくないもの程良く聞こえてしまう。

 

 「もう一体どういう事なのよ…」

 

 私にはとうとう、一人ため息を吐き、ベッドに寝転がる暇すら今日は与えられなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




読了ありがとうございました‼️
最初の部分はミーナの過去となっております。ミルシナ、ミーナの師匠については今度、何かしらで解説したいとおもってます。
投票などでミーナの人気が凄いですね…正直驚いています。
よければ、感想、評価のほうをよろしくお願いします。
ではまた‼️
導きの青い星が輝かんことを…


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課せられた三つの試練

本当に先週、投稿できなくてごめんなさい。


 「なーんだ…そういうことだったのね…それなら最初からそう言えばよかったのに…」

 

 口も手元も同時に動かすのは中々容易ではなくて、目で些細なほこりの溜まり場を探し、頭では会話の続きを考えなくてはならない。

 強く掃くとほこりは怒ったかのように荒ぶり、小規模の竜巻を作り上げ宙に舞う。それが口の中に入ると大変気持ち悪いのでそれにも注意しなければならなかった。

 

 「早とちりしたのはミーナです。家が雨漏りしてなったら、いつもどうりに一人で過ごしてましたよ」

 

 ミコトが住んでいる家が雨漏りをしていて、何とかしてくれと頼んだところ、一日、家を空けてくれたら何とかすると言われて私の家に泊まりに来たのだった。

 ミコトは少しばかり口を尖らせて私に告げるが、舞ってるほこりの攻撃を受け「クシュッ」とくしゃみをしていた。

 木製の古くてボロボロな床はあまり力を入れて踏むと、ギーギーを音を立ててしまう為、子供が鬼ごっこで鬼にそっと音を立てず近づくようにして歩かなくてはならない。

 窓ガラスも外側は今は雨で拭きに行けないが、明日の早朝もし、雨が止んでいたならミコトに手伝わせようと思ってる。とにかく、今は散らかってる物を片付け、窓ガラスの内側を拭き、床を掃除する。

 

 「ゲホッ…何でこんなにもほこりが…」

 

 「いつだったかしらね…最後、掃除したの…?」

 

 半分は自分に問いかけ、もう半分はミコトに問いかけるように言った。 

 すると、ミコトは呆れた顔をして「いい加減にして下さいよ…」とボソッと独り言を呟いていた。

 

 「ふぅ──」

 

 手に持ってるほうきに顎を置きながらため息を吐く。今日が雨だからだろうか、いつもよりも(掃除なんていつも気が乗らないが、今回は一段と)気が乗らず、だるいかった。

 腹が立ってくる。何でこんなになるまで掃除をしてこなかったのだろう。

 

 「サボってないで掃除してくださいよ~」

 

 コツンっと私の頭をほうきの柄で叩いてくる。

 

 「イタッ」

 

 私は手で頭を押さえる。そしてそのまま、うずくまる真似をする。

 

 「そ、そんなうずくまる程の事じゃないでしょう…?」

 

 ミコトが私の意外な反応に動揺したのか焦った顔で近づいてくる。狙うならここしかないだろう。

 私は手を離して、落としてしまったほうきを拾い上げ、近寄ってきたミコトの額目掛けて突く。

 

 「てりゃっ!!」

 

 「イッ!?──────!!」

 

 見事、命中しミコトは額を押さえたままうずくまってしまった。

 

 「罰よ、罰。年上の私に対して、ほうきで頭なんて叩くからよ」

 

 腕を組んで笑ってやった。十三のガキが私に歯向かう方がおかしいのだ。

 私は平均的にも身長は結構、高い方で力も人一倍強い。屈強な男にも負けない自信はある。

 そんな私がへなちょこなミコトに負ける訳がない。腕も細いし、背も低い。

 

 「────ッ!?どんだけ…強く突いたんですか!?」

 

 ミコトが涙目になりながらも声を荒げて怒ってくる。そんなに痛かったのか、悪いことをしてしまった。

 

 「そんなに痛かったの?悪いこしたわ…ごめんなさ──ぶふっ!?」

 

 いきなりだったが、何が起こったか分からず、正体不明の物体が顔に当たる。柔らかいが、速度がついてそこそこ痛い。

 そして、それはポトリと地面に落ちる。落ちた物を確認すると、それは私が使っている枕だった。

 ミコトは手で口元を隠し、笑っている。

 

 「あ、アンタね…いい加減にしなさいよ…!」

 

 これに怒った私は再びほうきを強く握りミコトに向かっていった。ミコトも枕を盾代わりにして自分をほうきから守ろうとしていた。

 結局、昼前に始めた掃除は日が暮れるまで終わらなかった。

 

 

 ~~~~~~~~~

 

 

 「お昼ご飯も食べてないのに、夕食も食べれないんですか…?」

 

 「しょーがないでしょ。こんなにも雨が降ってるんだし買い出しは無理」

 

 もう、すっかり僅かな太陽の光も消えて月が代わりに出てきたはいいが、雲に隠れてしまって光は届かず暗闇のまま放置されていた。

 雨だってまだ降っている。

 

 「我慢ですか…さすがにお腹は減りますよ…あぁもう限界」

 

 「やめて、私まで減ってきちゃう。アンタだけひもじい思いしときなさい」

 

 ミコトはそっぽ向くと、そのまま私のベッドへダイブした。

 布団の上に重い物が乗った音がして、パサパサとほこりが辺りに散り消えていく。

 

 「…………ベッド貰いますね…」

 

 「ふ、ふざけないで!?アンタ床で寝なさいよ!」

 

 いい加減にしろ、と大声で叫んでやりたいくらいだが今は時間帯的にあれだったので止めておいたが本当にそれくらい腹の中煮えたぎっていた。

 

 「あぁ…もう最悪ッ!アンタ最初に会ったとき、こんなうざったらしい雰囲気じゃぁなかったでしょうよぉ!!」

 

 溜まってきていた物を全て、という訳じゃないが半分ぐらいを声に出してしまった。

 言い過ぎた気がするがこれでもまだ残っているのだ。

 ミコトはキョトンとした顔でこちらを見てくる。

 

 「そんなにベッドがいいんですか?」

 

 「そうじゃない」と言ってやったが、ミコトは何がだか分からないと顔をしかめながら床に座った。

 

 「もう…いいわ。私が床で寝るからベッド使いなさい」

 

 結局ベッドはミコトが使い、私は床で寝るのが嫌だから新しい蝋燭を用意して日を点けて起きていた。

 さすがに蝋燭の揺れる炎を見続けることは厳しいから、眼鏡をかけて本を読んだ。

 小さい本の文字は最近、目が悪くなってきている私にとって腹正しいものすごいだった。

 暗くて見えにくいとかじゃなくてもう単に見えにくいのだ。

 髪をおろして状態だけは完全に寝る準備は整っていたが寝場所だけが最悪だった。

 けれど人間ってのは次第に眠くなっていき、勝手に寝てしまう。

 私の記憶はそこで途切れてしまった。

 本もどこまで読んだか覚えれてないし、きっと栞も挟めていないんだろう。

 頭を打ち付けたのは硬い木製のテーブルだろうか?

 そんな曖昧な記憶だけが頭に叩き込まれていた。

 

 

 ~~~~~~~

 

 

 

 

 目が覚める。

 何だか、寝心地が良かった。床やテーブルの上に頭を叩きつけ、不恰好な姿で寝ている筈なのに背中に伝わる感触はフワフワで隣からは微かに良い香りがする。

 私、何処で寝たんだ?

 足元も冷えきっていないどころか温もりがあって、白い布か何かが私の身体に覆い被さっていた。

 まさか、私ベッドで寝ているのか?

 慌てて身体を起こすと、予想は現実になってしまう。

 

 「う、嘘でしょ…」

 

 私の隣で寝ているミコトは静かに寝ていて、二人分もこのベッドには寝るスペースがあったんだと驚く。

 けれど驚きよりも羞恥心が私を刺激する。

 私、ミコトと同じベッドで寝てしまった。そうカップルみたいに。

 きっと本を読んだ後、うとうとしながらベッドに寝入ってしまったのだろう。だから眼鏡も掛けたまま寝てしまった。

 私はミコトの顔を覗く。

 その男とは思えない華奢な身体を少しばかり捻らせてスースーと寝息を立てていた。

 まだ寝てるだろうから私はベッドから出て服を脱いで着替えようとした。

 

 「あっれー?着替え何処だったかなー?」

 

 タンスを開けても、着たい服は中々見つからない。

 

 「おい、ミーナ起きてるか──あっ」

 

 「あっ」

 

 扉が開く音がしたと同時に調査団リーダーの声と拍子抜けした顔が入り込んできた。

 リーダーの目にはどのように映ったのだろうか。

 インナーだけの私。私のベッドで寝ているミコト。

 

 「ぅん……今から集会だ。準備して来てくれ」

 

 その後、私はミコトを起こして準備してから向かった。

 

 

 

 外に出ると昨日のどしゃ降りが嘘だったような晴れ具合で苛立ってくる。

 何も食えていないから集会が終わったら食堂に行こう。

 

 「朝から集会なんて珍しいですね。ねぇそう思いません?」

 

 「此処に相当いりゃ珍しくもない。ただアンタは初めてだろうけどね」

 

 指定された場所に私とミコトが着くとそこにはリーダーと総司令、そして様々な学者達と人際目立つ赤髪のサシャがいた。

 

 「よーう。朝っぱらから仲の良いことで。さすが一つのベッドで夜を過ごしただけあるな」

 

 「何でしってんのよ」

 

 リーダーの軽い口から漏れたのか、また一段と腹正しい女だ。

 

 「あーもう始まってるぞ」

 

 総司令の渋い声が聞こえる。

 

 「そう。もうお話は始まってる訳。私が簡単にまとめてやるよ、瘴気の谷でヴァルハザクの翼が丸々一本切り落とされているのが発見された」

 

 「ヴァルハザクの翼…?切り落とされてたってどういうこと?」

 

 それだけの為に呼び出されたのか?

 

 「あー話見えないか?教えてやるよ。この件の犯人は私達が対峙したあのクソッたれたディノバルド亜種じゃないかって話だ」

 

 「あれが…古龍を斬ったっていうの?」

 

 確かに強いがまさか古龍も相手に出来るなんて。

 

 「それでヴァルハザクは傷を癒すために瘴気を蔓延させてしばらくは谷には行けないって訳」

 

 「何でそんなことを…アイツは私達と闘ったばっかで体力も消耗してる筈なのに」

 

 そうディノバルド亜種には闘う理由はない。

 

 「消耗してるから、だそうだ。深層で姿を眩ましてたアイツにとっちゃヴァルハザクの瘴気なんて平気らしい。ヴァルハザクを適当に傷つけて瘴気を蔓延させてハンター達が縄張りに入ってくるのを防ぐ為。それが専門家達の考察さ」

 

 

 「そしてお前達に集まってもらったのはその影響で棲みかを奪われ、暴れているモンスター達の討伐をお願いしたい」

 

 ようやく此処に集まらされた原因が分かった。

 リーダーはそのまま話を続けた。

 

 「今回暴れているモンスターはオドガロン、オドガロン亜種。ティガレックス、そして深層から姿を現したヴァルハザクだ」

 

 「ヴァルハザクまで討伐対象に…!?」

 

 過去にない事例には周囲の反応もいつもと違っていた。

 

 「現在、ディノバルド亜種の件はギルドに報告中だが、恐らく特殊個体として扱われるだろう」

 

 その言葉に誰もが息を飲む。

 特殊個体扱いされるなんてそうそうないことだ。

 

 「ミーナには陸珊瑚の大地に行きオドガロンとその亜種の討伐、ミコトには龍結晶の地に行きティガレックスを、サシャはヴァルハザクを頼む」

 

 野放しにすれば災害のような被害が出るであろうモンスター達。特に古龍であるヴァルハザク。

 きっとこれは苦しい闘いになる筈。

 私は拳が震える程力を籠め、唇を噛んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




読了ありがとうございました‼️
こっち書くの久しぶりで感覚忘れちゃった…
最近は小説家になろうで新しい物語を書いているのでよかったらそっちも見てください❗
ではまた‼️
導きの青い星が輝かんことを…


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吠える獣と陸珊瑚の幻想世界

 きっとこれは天国へ進む為の道のりなのだろう。

 目の前には薄い一筋の光が幾つも幾つも束となって奥へと進んでいく。

 きっとこの光の束は私の精神なのだろう。

 肉体としての個は保ってなく、精神としての念となり進む。

 何処へ進むんだいるのか、そもそも進んでいるのかすら分からない長いような短いような念だけの旅路。

 思念体だけを暗くて明るい穴へと落としている。

 奥へと奥へと速度をつけて堕ちていく。

 もう眠ってしまいそうだ。

 けれど、まだ念は個を呼ぶ。

 ───まだ闘いたいと。

 だから私の奥底の存在に声を掛ける。

 驚くことに念としての私も個としての私もまだ死にたくなかったようだ。

 

 

 

 

 

 ~~~~~~~

 

 

 

 

 

 

 空飛ぶ海月、泳ぐ生物、生きるモンスター達。

 生命が溢れ、輝くことを忘れない陸珊瑚の台地。

 下は地獄のような谷は死を意味し、此処は生を意味する。そしてそれらは循環を意味する。途切れる事のない世界の理、摂理、作用と色んな呼び方がある。

 ただ私には興味の無い話だった。

 生とか死とかそんなのは必ず来る。そうただそれだけの事。

 死ぬのが怖いとかそんなの考えてたらハンター何てやっていけない。

 だから死にたくないとか言ってる奴らは嫌いだ。死ぬような思いをしてから言ってくれと願うばかりだ。

 それでも陸珊瑚の大地は天国のように美しく、地獄のように静かだった。

 まだ瘴気の谷の方が活力がある。

 ベースキャンプを出るとそこにはケルビ達が呑気にあくびをしていた。

 今の私にどうやったってあくびは出来ないだろう。眠気は無いしこれから狩りだというのにあくびをするほど緊張感を持ち合わせてない訳じゃない。

 オドガロンとその亜種の二頭同時狩猟。一筋縄ではいかないだろう。

 気を抜けば…ポックリとではないが、苦痛を味わいながら死ぬことになるだろう。

 それだけは勘弁だった。死ぬなら痛みを伴わず楽に死にたいと思ってる。多分、不可能だけれど。

 

 「フゥ~」

 

 声を出して呼吸を整える。

 こんな簡単な動作も死んでしまえば出来なくなってしまう。悲しいことだ。

 当たり前が当たり前じゃなくなるということは相当恐いのだろう。

 話せなくなる、聞こえなくなる、見れなくなる。たとえ私が生きて帰ったとしても何も見えなくなってるかもしれない。

 生きて帰れれば良いなんて思っちゃ駄目なんだ。

 本当の無事は帰って当たり前に過ごせる事なんだろう。

 

 「………フゥ」

 

 また息を整える。

 なんだか調子が悪い。目の前が霞んだり、クラクラしたり頭痛、吐き気と様々な症状が私を襲った。

 

 「う…うぅ……」

 

 目の奥が焼けるように熱くなり、喉の奥は煮えたぎっていた。

 もう駄目だ。

 

 「うっ……おえぇえぇ……」

 

 此処に来る前に食べて胃の中にしまっていた物を吐き出してしまう。

 酸っぱい臭いと味が口の中に広がる。

 

 「何で…う、おぇぇえ…」

 

 また吐いてしまう。

 そして悲しくもないのに泣いてしまう。

 

 「うぅぅ…あぁ…何でッ…」

 

 何なんだろう?昨日も今日も何だか私、様子がおかしい。

 頭痛の痛みが激しくなり様々な光景や声が情報として脳に直接叩き込まれてるみたいにフラッシュバックする。

 ──静かな河川の光景。──木の匂いがする家。──南京錠とテーブルに置かれてる金色の鍵。──そして奥の部屋。暗くてよく見えない。

 

 『ミーナァ!!助けてッ!!嫌だッ嫌だッ!!お願い…!!』

 

 『ミーナ…?待ってくれ!何処へ行くんだ!?おいていかないでくれ!!』

 

 誰かが私の脳内に直接語りかけてくる。

 あの時とは違う女性の声と男性の声。

 私を、私を呼んでいる。激しく、悲しそうに。

 

 

 「うぁあ…うぁ…やめて……」

 

 苦しい。痛い。

 ──死んでしまいそう。

 ──助けて。

 誰に助けを求めたのだろう?サシャ?カムイ?ミルシナさん?師匠?誰も此処にはいない。

 本当に私は弱い。

 

 「駄目ね……私は」

 

 泣いて誰かに優しくされたい。慰めてもらいたい、『頑張ったね』と誉めてもらいたい。

 けど駄目。私は無理してでも強く見せなくちゃいけない。誰かに優しくされたいとか思っちゃ駄目。

 ───何で頑張らなくちゃいけないんだっけ?

 

 「あれ………?何で私……」

 ──頑張ってるんだろう?

 どうせ私が死んでも悲しむ人なんていないだろう、そう考えるとだいぶスッキリした。

 私は何時でも何処でも死ねる。もう頑張らなくていいんだ。

 救いかどうかは分からないけれど気持ちはスッキリした気分だ。

 ───辛かったよお姉ちゃん。もうすぐ会えるか─。

 

 その時だった。

 赤い何かが私の前を空を飛び回る虫のように宙を舞いながらこちらへと向かってくる。

 急いで私は回避するが呑気に昼寝をしていたケルビ達の首ははねられ空を仰いだ。

 ゾッとする。もし避けてなかった葬式すらロクなものにならたかっただろう。

 鮮血を浴びて狂気染みた爪は空気を震わせる。

 宝石のような目で人をその美しさで魅了させ、全身の筋肉を露にしたような体を見せつけ殺す。

 惨爪竜オドガロンの姿は確かにそこにあった。

 

 

 

 

 

 

 

 ~~~~~~~~~

 

 

 

 

 

 

 

 オドガロンは鋭い視線を私に向けさせ襲わせる。その威圧感だけで殺されてしまいそうだ。

 筋肉だけで構成されていそうな前足をジリジリと私に近づけさせ、飢えているようによだれを垂らしながら襲い掛かる構えをとっていた。

 今まで見てきたモンスターの中でももっとも化け物というあだ名が似合いそうだ。見た目だけなら。

 オドガロンの鋭すぎる危ない視線は私の骨の髄まで震わせた。

 こいつは利口のりの文字もないほど暴れまわることが取り柄のモンスター。だからこそ、その尽きることの無い獰猛さはとても恐ろしいものだった。

 私は太刀に手を掛け、いつ攻撃が来てもいいように反撃の構えをとる。

 オドガロンは私がまだ太刀を抜いてからか油断し、ケルビの頭部をはねた時のように飛びかかってくる。

 これをもう一度誘発させるのが狙いだった。

 確かに危ないが空中に跳んだオドガロンには避けるすべなどなく、地に足をつけっぱなしの私は回避をして一発ぶちこむことも出来る。

 

 『───────!!』

 

 

 オドガロンは悪魔のような声を発しながら命を刈り取る形をした爪を震わせた。

 付着していた土は宙を舞い、閃光の如くその場から消えて突然と霧のように目の前に現れる。

 駄目だ。まだここで太刀を振るってはいけない。

 私は背中から太刀を一瞬にして抜き、オドガロンの攻撃を太刀の柄で受け、しなやかいなす。金属と金属が激しくぶつかり合った後に聞こえる耳鳴りがするが今、手で耳を抑えては次の攻撃に備えられない。

 私は顔をしかめてグッと堪える。

 オドガロンはいなされたからといって、驚く素振りもせずに私から一旦距離を取った。

 まだ宝石のような目で私を睨み続けている。

 オドガロンはまだ一発も攻撃を喰らっていないからきっと油断している筈だ。

 ───だからドでかいのを一発ぶちこめる。

 私は太刀を器用にくるっと回して腕に沿うように刃は装備と接触し、当たる日光をオドガロンに向けて反射させる。

 

 『───────!!』

 

 オドガロンは威嚇をすると常識はずれの脚力を利用し、陸珊瑚の台地に出来た自然の壁を地を走るように爪をねじ込ませてフックみたいに固定させ走り始めた。

 まるで壁を走ること自体が当たり前かのように受け入れるしかなかったが、オドガロンはそれだけではあきたらず壁に前足をぶるんと振るって、辺りに岩を飛ばす。

 尖ったものから何だか説明も出来ないような不恰好な形をしたものが飛び散り、私の視界を悪くして空から雨みたいに降ってくる。

 小石程度なら当たっても何ともないが、肉を貫通して骨を砕いてきそうな岩は舞台の上で踊るようにステップを刻んで避けた。

 

 「やってることはとことん三流ね」

 

 きっとオドガロンには通じないけど小馬鹿にしてやった。

 けれどオドガロンはそれに反応したように壁を蹴って突っ込んでくる。とても速くて直視するのが怖いくらいだった、弾丸か何かじゃないかと間違えてしまいそうだ。

 怖いけれど私はオドガロンの腹の真下に潜り込み、魚の開きを作る要領で太刀を振るって斬る。

 

 『─────!?』

 

 声かも疑わしい騒音が響き渡り、オドガロンの腹からは大量に出血して倒れるが、すぐに起き上がるとまた私に向かって性懲りもなく飛び掛かってくる。

 私は後ろに退いて回避するとクラッチクローを太刀の柄に掴ませて連続で飛び掛かってくるオドガロンの顔に目掛けて発射する。

 ぶれることなくクラッチクローはオドガロンの顔どころか目に刃が刺さり、これにはおもわず怯んでいた。

 ワイヤーは私をオドガロンの方へと導き、進ませた。

 手で太刀が触れれるくらいまで近付くと力強く握りしめて刃を叩きつける。

 そして痛みにおもわず顔を上げた顔にバットを振るうように太刀をオドガロンの頬に斬りつける。オドガロンに頬なんて可愛い部位があるのかすら怪しいが人間なら頬の肉に該当する部位を斬る。

 最後にもう一振り顎を切り分けるように下から切り上げる。

 

 『────!?─────!?』

 

 オドガロンの体力はもう限界のようで血を垂らしながら私を見つめるが目はもう宝石のようには輝いていなかった。

 

 「もう終わりよ」

 

 私は最後の一太刀を止めと言わんばかりに振るおうとしたその瞬間、私の身体に激痛が走る。

 

 「あぁッ!?」

 

 そして身体はオドガロンとは反対の方向に吹っ飛び、吐血する。

 腹の辺りがジンジンと痛むから触れてみれば血がべったりと手に付いていた。

 視線をオドガロンの方向に戻すとそこには瀕死のオドガロンともう一匹、黒い龍気を纏ったオドガロンに酷似したモンスターが私のことを睨んでいる。

 

 「嘘でしょ…クソッ!」

 

 そのモンスターはオドガロン亜種だった。

 何故かは分からないがこの二体は相容れない存在の筈なのに共存をしているように見える。

 守ってるんだ。オドガロンをその亜種が。

 私は絶望的な状況に追いやられた。数で負け、傷を負い、精神的にもやられそうだ。

 それでも私は太刀をもう一度強く握りしめ抗うことにした。

 死にたくない訳じゃないが、それでも闘うのはきっと大切な人を奪ったモンスターが憎いからだろう。

 今はただ前を見て覚悟を決めた。

 

 「さぁ……来い!!」

 

 

 

 

 

 

 

 




読了ありがとうございました‼️
ケッコー二作品の両立ってキツくて少し文の質が劣ってる可能性があります。ごめんなさい。
お気に入り登録や感想の方もよろしくお願いします。
ではまた‼️
導きの青い星が輝かんことを…


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獣達

 

 「はぁ…はぁ…くそッ」

 

 脇腹がじんじんと痛み、触れると溢れるくらいの血がべったりと手に付いて気持ち悪い。この血を触るって感覚が手袋越しにも伝わって嫌いだった。この生暖かさなんて一番嫌い。

 目の前に映るのは私よりもよっぽど傷付いた(私が傷付けたのだが)瀕死のオドガロンとそれを守るように私を睨み付け、オドガロンの周りを彷徨くオドガロン亜種。この二体には奇妙すぎる生存関係があるように見えた。

 相容れない存在が共存している。まるでミコトとソラみたいだ。

 けれどコイツらはミコト達と違っていて話なんて通じない。殺すしかないから、私は再び太刀を握って前を睨む。

 今までで一番、死の恐怖を肌で感じているんだろう。直接見なくても鳥肌が立ってるのは手に取るように分かるし、吐きそうになるが吐くのはきっと血反吐とこの現状に対しての愚痴だろう。

 手は少しばかり震えていて汗が酷い。雨にでも濡らされたみたいで柄をうっかり滑らしそうになる。けれどこの巻かれている布のお掛けで少しは持ちそうだ。

 周りを見渡す。私の後ろは見なくても分かるが、さっき衝突した壁で退くことは不可能だし、前は二体のモンスターが牛耳っていてうかつに進めもしない。

 にらみ合い、互いに次はどのように動くかの探り合いの連鎖は絶えない。狂気を宿したようなおぞましいオドガロン亜種の目は見続けられるものではなく、つい逸らしたくなる。

 

 「最悪ッ……夢なら覚めてほしいわ…」

 

 これが悪夢なら幸せだったがこの痛みが夢を見ようとしている私に現実を叩きつける。

 視界は決してぼやけることはなく、全てが鮮明に見えオドガロン亜種のことを追い続けていた。もはや考えてなどいなかった。ただ次の次の行動を読み、それに対応できる技で対処する。先に動くのは脳ではなくて身体だった。遅れて考えが来てそこでようやく私の中のモノ全てが一つとなる。

 これは確かカムイに教えてもらった気がする。それか師匠か。しかし二人とも闘い方が似ていて区別はつきそうにない。彼らは「考えはそのうち追い付いてくる。だから今は生きるために身体を動かせ」と言っていた。これはカムイが言っていた。よく覚えている。

 私は血で濡れてしまった手に精一杯、力を籠めて握る。フラフラとして、震えているのは身体のせい。私の心はもうすっかり覚悟は出来てる。決して揺らぐことのない覚悟だ。

 ───ごめんなさい。カムイ、師匠。

 私ってば意志が一番に来るみたい。

 

 

 

 

 

 ~~~~~~~

 

 

 息は荒いが決して倒れはしない。

 手は震えて、力を籠めても太刀を落としてしまいそうだが決してこの覚悟だけは離さない。

 目の前の光景は目を閉じたくなるが決して後ろは向かず一生懸命、前だけを見続けけよう。

 この精神の細い覚悟の糸が束になり一つの丈夫な意志を作り出す。

 オドガロン亜種は前足にぐっと力を入れると、瞬きの間に神隠しにあったかのようにその場から消え去っていた。本当に瞬きの間だった。音もなく、痕跡もなく風のようだ。

 はっと驚いて後退りをしてしまうがこれが命を救い元いた場所に尖った岩が矢のようにザザザと複数個、突き刺さる。

 

 「危なっ───」

 

 肌にまとわりつく恐怖という空気はずっしりと重くなり背後に信じられない殺気を感じる。言葉じゃ説明出来ないような恐ろしいモノだった。

 すぐに後ろを振り返って太刀を音速の領域まで持ち込んで振るう。

 あと一歩の所まで物凄いスピードで飛び掛かって来ていたオドガロン亜種の鋭利な爪に刃は当たり、火花が飛び散り腕には相当な負荷が掛かった。

 何とか太刀を持つ腕を支えるがオドガロン亜種はまるで曲芸師のように前足を一瞬だけ刃に乗せると、空中で回転し、私の傷付いた腹に尻尾を当てて凪ぎ払う。

 

 「おぇッ!!」

 

 吹っ飛ばされ壁に衝突し、また血反吐を吐いた私にオドガロン亜種は容赦せず襲い掛かり、力一杯腕を振るい私を叩き潰そうとしてくる。

 私は地面に手を置き、指先まで力を入れて勢いよく地面を手のひらで蹴ると私は一瞬にしてその場を離れた。

 オドガロン亜種の渾身の一撃は私のしなやかな身体の動きと頭の回転の早さのお陰で難なくと避けれたが、他のモンスターよりもか弱そうな前足から生み出されたとは想像も出来ない程の衝撃は私の元いた場所をえぐり、小石を四方八方へと弾き飛ばした。その内のいくつかは私の背中を突き痛みを感じない物から激痛を走らせる物と様々な影響を与えた。

 

 「~~~~!?」

 

 声は出さなかったが苦痛の表情を浮かべてしまう。

 ジンジンと背中が痛いのだが尻尾を撒いて逃げるつもりはないし、狂気に満ちているこの魔物が私を逃がしてくれる訳がない。

 私は後ろに振り返り太刀を再びオドガロン亜種に向けて構える。刀身はいつもよりも格段に重く感じ、本当に振れるのか心配になってきた。

 ちらりと視線を刀身の先端に向ける。先端は赤い血が固まっていて結晶という程の物ではないが苔みたいにこびりついていた。不覚にもあのディノバルド亜種の尻尾に似ていると思ってしまった。まだこんな事を考えて、反省している余裕があったみたいだ。

 私は呼吸を整え真っ直ぐオドガロン亜種の目を凝視した。

 

 

 

 

 ~~~~~~~~~~

 

 

 駄目みたいだ。私は悟ってしまう。

 目の前には少しばかり傷付いたオドガロン亜種が口からよだれと龍気エネルギーを漏らしながらボロボロの私に近寄ってくる。

 オドガロン亜種の横に視線を向けてやれば私の太刀がオドガロン達の血ではなく、私の血で染まっていて真っ赤になった状態で放置されている。

 いつもならあれだけ汚れていればモンスターを狩り終えて手入れくらいしてあげるくらい汚れてた。

 あの太刀は誰かが拾ってくれるのだろうか、私のいや、カムイの形見として大切に扱ってくれるのだろうか、死ぬ前だというのに随分と余計なことを考えれるらしい。

 あれから私はオドガロン亜種と対等に張り合えていたのだが、死にかけていたオドガロンの不意打ちを喰らってしまって今は壁に持たれて死ぬらしい瞬間を待つだけとなった。

 私はどんな風に殺されるのだろうか。やはりあの小さな口で頭からパックリといかれるのだろうか。それともあの前足で叩き潰されるのだろうか、いやその可能性は低いな、どうせ瘴気の谷で見たオドガロンのように部位ごとに引きちぎって何処かで食べるのだろう。その時、コイツらが取り合いになってお互いに殺し合うのを願うばかりだ。

 後悔してることは一杯ある。

 この前だってサシャにお酒を飲みに行こうと誘われまた今度にしようと断ってしまった。私はまだお酒を飲んだことがないのでどんな味か気になっていたのだが分からぬまま死んでしまうのだろう。

 私は土だらけで汚れてしまった両手で顔を覆ってしまう。

 嫌だ死にたくない。なんて考えはしなかった、今考えていることはコイツらをどうにか殺せないかばかり考えてしまっている。やっぱり私はちょっぴり性格が悪いみたいだ。

  

 「あぁ……くそッ」

 

 もう大声も出せない。私の夢……何て無かったと思うがあったなら叶わず死んでしまったとあの世でうんとドでかい後悔の海に溺れてしまうだろう。

 そして溺死し、私は二度死ぬ。面白い話じゃないか。誰かに話してやりたいくらいだ。

 私はノロノロと近付いてくるオドガロンと亜種を最後に瞼を閉じた。

 

 『もう死ぬのか?』

 

 『早すぎるだろう?不様だな』

 

 『お前はそこでじっとしていろ、後は──』

 

 『───私が終わらす』

 

 その声が聞こえた瞬間、さっきまでの私の意志とは違う何かが心の穴を昇って行き、私の意志は深い穴へと落とされた。

 この時の私はもうすっかり個ではなかった。

 

 

 ~~~~~~

 

 

 

 二体の似た姿をしたオドガロン達はミーナを食らおうと歩み寄り、どの部位を誰が食うかを目線だけで相談していた。

 瞼を閉じて、動かなくなってしまったミーナはもう死んでしまったと判断しオドガロンが右腕を食らおうと口を大きく開け、牙が肌に触れれるぐらいまで近付いた時だった。

 オドガロンは痺れたように口を開けたまま硬直してしまってその次の瞬間にはバタリと白目をむいて倒れてしまっていた。 

 その大きく開いたままになってしまった口からは紫色の蒸気が出ていた。

 あまりにも異常な事態にオドガロン亜種は咄嗟に後ろに跳んで下がり、安堵の息を漏らすと空気が通っている最中の喉に短い刃が突き刺さった。

 

 『─────!?』

 

 唐突さと痛さにオドガロン亜種はその場で野田れうちまわり、喉から血がベットリと付いた刃を振り払うとそれは地面に転がり、姿を確認出来た。

 ナイフだ、よくハンターが剥ぎ取りなどに使うナイフだった。

 オドガロン亜種の視線はミーナへと向く。

 そこには死んだと思っていたミーナが左腕をピンと伸ばしてオドガロン亜種に指差ししてるミーナの姿があった。

 オドガロン亜種は冷静に現状を理解すると尻尾で地面を二回叩くと、尖ったり丸かったりしている小石が宙に浮いてオドガロン亜種の周りに浮くとそれを尻尾を鞭のように扱い、小石をミーナ目掛けて尻尾で弾き飛ばしたのだった。

 小石達は弾丸の如くミーナへ飛ばされたがミーナは背を低くして走りだすと、近くを横切った今まで見てきた中で一番尖っている小石をキャッチするとスリンガーにセットしオドガロン亜種にお返しした。

 一つだけオドガロン亜種の命令を逆らった小石は特攻しなんとオドガロン亜種の右目に突き刺さる。

 

 『────!?────!?』

 

 再び身体中を巡る激痛は獰猛に襲い掛かり、オドガロン亜種の精神を蝕んだ。

 精神を蝕ませた張本人でもあるミーナは落ちていた太刀を拾い上げるとクラッチクローに柄を掴ませて発射する。

 金属のワイヤーはみるみる伸びていき、伸びるのが止まったかと思えば今度は逆に縮んでいきミーナを引っ張った。これはクラッチクローいや、太刀がオドガロン亜種の腕に突き刺さりミーナを引っ張っていた。

 オドガロン亜種は引っ張られるミーナを迎撃しようと凝視し身構えたいたが、ミーナはスリンガーを付けた方とは反対側の手に持っていた尖った石を思い切りオドガロン亜種の脳天に突き刺す。

 怯んだオドガロン亜種は休む暇をも与えられずミーナを食い殺そうと牙を剥けるが口の中に入ってきたのは旨い肉ではなくて、不味い金属の刀身だった。そしてもう一つ団子のような物が口に入った途端、身体が言うことを聞かなくなり硬直してしまう。

 オドガロン亜種は理解した。これは毒けむり玉だ。きっとさっきのオドガロンのけむりはこれによるものだんだと今さら理解して倒れてしまう。

 オドガロン亜種は最後はミーナに目をやると首に刃を当てたかと思えば神速の如く刃を振るい、オドガロン亜種の息の根を止めた。

 ミーナは空を仰いで両腕をバッと拡げ地面に倒れる。

 

 「いでっ!?」

 

 その後ミーナはベースキャンプで一日、傷の手当てをして身体を休めた後、アステラへと戻ったという。

 




読了ありがとうございました‼️
いやーミーナの戦闘シーン久し振りな感じやなぁ。
それとなんと投票ではカムイとミコトに一票ずつ入ってっるんです❗ミーナだけかと思ってたけど嬉しい♪(サシャはいないんすか?)
まぁその内サシャの活躍が見れますが、次はミコトです。
ではまた‼️
導きの青い星が輝かんことを…


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絶対強者現る

いよっ!!ミコト回ッ!!


 

 此処に来てから見馴れないモンスターや、環境、生態系ばかりだ。決して現大陸では見れない物の方がうんと多い。足元に落ちてるこの結晶達だってそうだ。

 結晶達は時々、天井と言うのは間違っている気がするが空も五割くらいは巨大な結晶に覆われていて、そこから落ちてくる結晶は僕の頬当たったりして少し痛い。これでは歓迎されているのか僕がこの地へ侵入するのを拒んでいるのか分からない。

 リオレウスのソラとはずっと一緒にいたからお互いのことは知らないことなんて無いくらい知っているのだが、この結晶はずっと一緒にいたって多分、どうして出来たのかぐらいしか分からないんだろう。 

 しかし龍結晶の地というのは僕が想像していたものとは随分と違っていた。

 こう、もっとあちらこちらに結晶が生えていて、天井は無粋な灰色で狭苦しい場所だと思っていたが実際は空は綺麗な青色を何処までも拡げ続けていて、至るところに結晶は生えていたが洞窟なんてのは此処のほんの一部でしかないのだか、それでも今まで見てきた洞窟と変わらない程、広くてこの地の広さを実感させられた。

 

 「広い……」

 

 声に出てしまうほど圧巻だった。

 この地で僕は大自然に無謀にも足を踏み入れ、死に抗い、モンスターを狩らなければならない。

 時々、足元から奏でられる氷を砕くような音は静かすぎる空間によく響いた。

 うるさい。と思った時もあったけれど段々聞き慣れてくると自然の演奏のように感じとれてきた。

 上から降ってくる砂の微かな音は大自然の優しさを表していて、結晶が踏まれ砕ける音は大自然での命の呆気なさを表しているように感じる。

 壮大さは時に人を感化させ、時に人をその底知れない広さで絶望という深い谷に落としてしまうこともある。 

 谷に落ちないようにしなければと僕は常に美しい大地には警戒を怠ることはなかった。

 首にかけた絆石を強く握る。不安になったとき、いつもこうやって絆石を握って勇気を分けてもらってる。僕を強くしてくれるおまじないのようなものだった。

 今回のターゲットはティガレックス。橙色と青色の縞模様が特徴的でリオレウスのような空を飛ぶ為に特化した訳ではないその翼は飛ぶ力の退化と引き換えに強靭な前肢として機能し岩も撫でるように粉々に砕く力を手入れ、強力な咆哮は轟竜の名の通り凄まじく離れていても鼓膜を破りにくる。

 その荒々しさと強さから「絶対強者」なんて呼ばれている。そんなおぞましい二つ名を聞いただけでも鳥肌が立ってしまう。

 怖くて仕方ないけれど一人じゃないと思うと心の底から安心出来る。

 僕は少し歩き疲れたので後ろの巨大な結晶の柱を背もたれにして休憩した。

 久し振りに持ち歩いた武器は背中と足にずっしりとだるさを感じさせるような重さをしていて、いつも常備している投げナイフとは別物だった。

 腰のポーチから水の入った瓶を取り出すと蓋を開けて入っていた半分くらいの量を喉に無理矢理流し込む。

 瓶は透明だから中の水の量や小規模の波が見えて飽きない物だったからこんな緊迫した状況の中でもついつい、見続けてしまう。

 小さな波達がお互いにぶつかり合っているのを見ていると瓶の中の水が今までよりも大きく揺れて水が暴れだした。

 少しそのまま見届けたが、揺れているのが瓶の中のの水だけじゃないことを理解すると背中に手をかけて警戒体制を取る。

 よく目を凝らせば奥の大きな穴からまるで鉱石の鎧を身に纏ったかのような全身金色の獣竜種であるウラガンキンがこちらに何かから逃げてるように走ってくる途中で行き倒れてしまう。

 そして動けなくなってしまったウラガンキンの頭上から巨大な生物が降ってきてウラガンキ目掛けてダイブした。

 その瞬間に発生した土煙は霧のように濃くて何も見えなくなるが、それは驚いたことに風とかそういうのではなくて信じられない程の“轟音”でかき消されたのだった。

 そしてその特徴的な色合いをしたリオレウスと同じ飛竜種とは思えない骨格をしたモンスター、ティガレックスの姿が目の前に現れた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ~~~~~~~~

 

 

 

 

 恐ろしい。何かに飢え続けてる目が僕のことを凝視していて身体が動かない。どれだけ動こうと思っても自由は許されずにいたままだった。

 背筋が凍えてるように戦慄して僕は圧倒されていた。

 ──こんなにも恐ろしいなんて。けれど何だかこれはティガレックスのものではない気がしてきた。

 

 「……ッ!」

 

 僕は精一杯、恐怖に打ち勝とうと力を振り絞り背負っていた自分の身長よりも少し大きいであろう長い棍棒のような武器を手にとって構える。

 先端は夕焼けのようなオレンジ色をした鋭利な刃になっていて反対側は黒色の鎌に似た形をしており、素材はベリオロスの物を使って作られた操虫棍、アンバーハーケン改の刃をティガレックスに向けた。

 一瞬、ティガレックスは首を傾げたような動作をしたように見えたがその後に大きく後ろに下がると地面に落ちた結晶をも吸い込む勢いで息を吸い、爆音を周囲に放った。

 

 「あがッ……!?」

 

 武器を片手で持ったまま僕は耳を押さえる。近くで爆音を浴びてしまったせいか耳鳴りが凄く、自然に涙が出るほど脳が震えてしまった。

 途中から催した吐き気は今まで感じてきた中でもトップを争うものだった。

 

 「ッ……」

 

 ようやく耳鳴りと吐き気が治まったと思えば目の前からティガレックスの姿が土埃を残して消えており、上を見上げると太陽を背にティガレックスがこちらに速度をつけて落ちてきていた。

 僕は慌てて横に回避したがティガレックスが地面とぶつかった衝撃で僕は離れていても吹っ飛ばされてしまった。

 

 「──!」

 

 宙に浮いてしまった身体を無理矢理ねじって背中を空に向けてうつぶせになる。

 操虫棍の刃を地面へと突き刺して地にゆっくりと足をつける。

 視線の高さをやっとティガレックスと同じくらいになり、恐怖のあまり冷や汗が出てきて頬に垂れていく。

 絶対強者のあだ名は伊達ではなく、そのうち荒々しさがティガレックスの全てを物語っていた。

 

 「くッ……!」

 

 足の震えを何とか止めようと大きくティガレックスの真似事のように息を吸い、呼吸を整える。

 ───恐がってなんかいられない。

 ティガレックスは覚悟を決めた僕をその生物らしさを全く感じさせない青一色の小さな目で見つめてくる。あぁ、こんなことはあまり思いたくないがなんて恐ろしい目なんだ。ソラとは違って無機質なその青い瞳からは何も感じれなかった。

 僕も操虫棍を構えてティガレックスに刃を向けて威嚇をしていると彼か彼女かは分からないが驚いたことにティガレックスは死んでしまっているウラガンキンの死体を貪り始めたのだった。時々、見せてくる口元はベッタリと付いた血で汚れていて吐き気が込み上げてくる。

 僕はティガレックスが何をしているのか分からないまま傍観していたその時だった。血まみれの顔をこちらへと動かしたのは。そして僕はまたもや戦慄してしまう。

 口の中に何かを含んでいるのだ。肉かと思ったが明らか発せられる音は硬い物同士がぶつかり合ってる音であってティガレックスは以前同様、大きく後退りした。

 

 「──ッ!?しま──」

 

 もうティガレックスは息を吸っていたのだった。

 そしてハンターの扱うボウガンから発射される散弾に似た白い大小様々な固形物が咆哮と同時に放たれた。

 

 

 

 

 ~~~~~~~~~~~

 

 

 

 

 ティガレックスは仕留めたと思った。その無機質すぎる青い瞳でただぼんやりと目の前の土埃だらけの光景を見ながら思った。

 彼が飛ばした固形物はウラガンキンの骨でそれを口の中で砕いた後、咆哮と共に自然に足を踏み入れた愚か者に骨の散弾という鉄槌を下したのだった。

 土埃が晴れていくと露になっていく地面に突き刺さった骨達。ウラガンキンの骨はとても頑丈で人は武器に加工したり建築の時に使ったりするほど重宝されていた物を彼は何も思わず、ただ目の前に佇んでいた人間を殺すことだけを考えて噛み砕いていた。

 彼は自分の巣に帰ろうと背を向けた時だった。

 スコンと何かが宙をよぎり、当たった音が響く。ティガレックスは困惑した。

 その時の彼の脳には『上から巨大な結晶の柱が落ちてくる』なんて予想もしていなかったのだ。

 彼が音の異変に気づき、空を見上げた時にはもう遅く、ティガレックスは巨大な結晶の柱の下敷きになってしまった。

 柱はぶつかった衝撃で粉々に砕け散ってしまうがティガレックスには壮絶な痛みが走り、思わず転倒してしまう。

 彼がその無機質な瞳で睨んだのは、土埃の中から腕を伸ばし、自分の瞳の色とおんなじ青色の長髪をなびかせた。ハンターの姿だった。

 ティガレックスは久し振りに〈好敵手〉に出逢えてこれほど喜ばしいことはなかった。

 再び、彼の闘志に火が灯った。




読了ありがとうございました‼️
待望?のミコト回です。やったね(?)
次回も同じミコト回です。
お気に入り登録や感想、評価等よろしくお願いします。
ではまた‼️
導きの青い星が輝かんことを…


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竜王の降臨

また似たような単語ばっか使ってる…気を付けます。


 伸ばす腕には鋭利な刃物のように尖った骨の一部が突き刺さっていて、その傷口にさっきから土埃が刺激を与えてきて痛みが増していく。そのせいか少し口元がひきつってしまう。

 それでも僕はティガレックスから目は離すことはなく、ひたすら相手を凝視する。

 ティガレックスの瞳は青色から汚染されてるようにだんだんと赤く染まっていき、それに伴い前肢も繊維のような赤い線が広がっていき最終的には瞳は真っ赤に前肢には血管が浮かび上がり口から息を荒々しく漏らしていた。

 “怒り状態”。これ程分かりやすく変化するモンスターはいるのだろうか、と疑問にも思えてしまうくらい分かりやすくそして恐ろしい姿に変化した。

 理性も何処か遠くへ置いてきたのだろう。さっきのような冷静さは失せていた。

 ティガレックスはいきなり此方に前肢を乱暴に地面へと叩き付けて突進してきた。落ちている結晶は弾かれたり震動の影響で宙へと飛び交っていた。

 僕は急いで右側に回避しティガレックスの荒々しい突進を避けることに成功したがティガレックスはその先に僕がいないことは分かりきってる筈なのに突進を続け、そのまま壁に衝突してしまう。

 

 「……何で…」

 

 その土埃だらけの目の前の光景から目を離すことは出来なかった。

 もはや今のティガレックスには僕をただ殺すという殺戮衝動に駆られて無理矢理身体を動かしてるようにしか見えなかった。

 まるで雲のような大きさまで育った土埃の中から元は青と橙色だった筈の赤色の前肢がバンっと地面に叩き付けられたところを見て僕は慌てて真後ろへと下がった。

 次の瞬間にはティガレックスは疾風の如く突進をしてきて大地を削った。まるで空間ごと削りとられた気分だ。

 僕はまた操虫棍を弧を描くように頭上で振り回し、また方向転換してきたティガレックスに対し僕は操虫棍の刃とは反対側の部分を両手で強く握りしめてオレンジ色の刃をティガレックスの頭部に斬りつける。

 

 『──────ッ!!』

 

 ティガレックスは堪らず怯み、突進を中断しその場に止まり、僕はまだティガレックスの頭上にある刃をそのまま真下へ振り下ろした。

 攻撃は見事命中しティガレックスの顔に切り傷が付き、そこから血が大量に流れていた。

 しかしティガレックスはその自慢の脚力を使い後ろに飛んで下がると地面をえぐるように前肢を振るって扇の形を描いていた。

 前に何処かのハンターに聞かされた事があった。

 

 「ティガレックスの地面をえぐるような攻撃…しまっ──!」

 

 そのハンターの情報が正しければこの攻撃は近くの敵対存在を薙ぎ倒す用にもしくは遠くにいる敵対存在に“大きな岩を飛ばして潰す”為に使われる危険な技だった。

 僕は対応が間に合わずリスクの高い回避をせざるおえなかった。

 それは──

 操虫棍で地面を強く突いて飛んでくる岩達よりも高くに跳んで回避するしか他無かった。

 操虫棍の刃で地面を突いて僕は宙へと跳ぶと目の前には岩が当たるか当たらないかぐらいの距離まで詰めてきてて足りないんじゃないかと被弾を覚悟したがそれでもやっぱり諦めきれず操虫棍の刃を岩を突き刺して足場にすると操虫棍の持ち手の部分に足を乗っけるとそのまま片手で武器を掴み、もう片方の手で岩を支えにして狭い足場の上で高く跳んだ。その時には岩から操虫棍を抜いて真下へと刃を構えた状態で落下していく。

 ティガレックスは目の前から姿を眩ました僕を捜していたが上に居るなんて気づくはずも無く、刃はティガレックスの背中を貫いてそのまま横に傾けられ肉を削がれる。

 

 『─────!!────!!』

 

 ティガレックスは痛みに堪えきれずのたうち回り、理性が追い付かぬまま暴れだした。

 こうなってしまえばもう手はつけられなかったがそれは僕の手であって自然の巨大すぎる残酷な手のひらで叩き潰すことはまだ可能であった。

 僕は落ちている結晶を拾い上げ、スリンガーにセットすると真上へ腕を掲げ結晶の柱へと撃ち込んだ。

 コツンという頼りない音が響いたと思えばティガレックスの頭上からは数え切れない細かな結晶と共に比べ程にもならない大きさの結晶の柱が一日に二度も衝突したのだった。

 

 「ツイてない…ですね貴方は…」

 

 僕はそう言いながら操虫棍で円を宙に描いた後に地面へと突き刺した。

 

 

 

 

 ~~~~~~~~~~~

 

 

 静かにベリオロスの刃を使われたオレンジ色の刃は半分申し訳程度に地面から刀身を出して吹き荒れる風を裂いていた。

 僕の青色の長髪は風に好き放題されてずっとなびいたままだ。

 虚ろを向きかけているティガレックスだがまだ確かにちゃんとした息があり、苦しそうに呼吸をしながらうつ伏せになったティガレックスは前肢を動かそうとしていた。しかし力はもう入らないのかバタリと崩れ落ちてしまう。

 見ててこっちも苦しくなってしまうような顔をしたティガレックスの瞳は赤色から青色へと戻っていて痛みを苦しみを訴えかけていた。

 ───楽にしてあげなくちゃ。そう思ってしまう。

 苦しんでるから助けてあげなくちゃとかじゃなくて殺してあげることも救いの一つだとこの大自然に足を踏み入れてから理解した。

 今まで無駄な殺生はしてこなかったつもりだ。小型のモンスターとの戦闘も極力避けて、大型モンスターは精々撃退止まり。そうやって生き延びてきたけど今回は違う。

 ここまでやったのなら自分で終わらせないと。

 僕はローブの右の袖から二本のナイフを落として手に取ると瓶に容れてあった毒液をナイフの刀身に掛けてティガレックスに投げようとする。

 その時だった。空から何かが爆発するしているような音と灰色の煙を引き連れてティガレックスに衝突したのだった。途端、周囲にとんでもない爆風と火の粉が飛び散り、阿鼻叫喚な光景へと様変わりした。

 結晶は灰になって風に乗って飛んでいき、天変地異でも起こったかのように黒焦げていた。

 僕はティガレックスとあの隕石のような何かが衝突する前に確かにこの目で見た。

 金属のような独特の色合いと形をした甲殻、蒼白く輝いていた鱗達、そして悪魔のような顔を確かにこの目で捉えたのだった。

 一つ思い当たるモンスターがいた。

 今見た特徴を全て持ち合わせていて、自分の鱗を人々に爆鱗と呼ばせる凶悪なモンスター、バゼルギウスだ。

 黒く染色されていく煙の中から太陽のような赤い瞳が浮き出ていた。それを見た瞬間、脳が今すぐ逃げろと命令した。

 僕は服の中にしまっていた絆石を取り出すと祈るように待機させていたソラを呼び出して、背中に乗ると急いでその場を離れた。

 空中に逃げてもあのバゼルギウスはきっと追いかけてきている。そう確信出来たのは後ろからなる怒涛の爆発音のお陰だった。

 

 「────ッ!!もっと…速く!」

 

 ソラを急かすつもりは無かったのだが無意識の内に急かすような言葉を発してしまった。

 僕達は真上へ飛んだのではなく、溶岩流れる洞窟の方へと進んでいた。あの巨体ならば入り口をソラの火球で岩を落として塞いでしまえば通ることが出来ないとふんだからだ。

 

 「ソラッ!火球!」

 

 洞窟の入り口をくぐり抜けるとソラに火球を放ってもらい、入り口を岩石で塞ぐ事に成功した。

 隙間は確かにあったがソラでも通れないような小さな隙間をあの巨体で潜ることは不可能だ。

 ────逃げ切れた。そう思った。

 

 『─────!!』

 

 『──────────!!』

 

『────────────────!!』

 

 近づいてくる悪魔のうなり声。

 

 「まさか!?突っ込んで──」

 

 急いで入り口から離れると蒼い光が隙間から漏れだしたと思えば隙間と言うよりは塞いでいた岩石達が瞬きした間に消し飛び、辺りに蒼色の火の粉を煙りのように纏ったバゼルギウスがまた姿を現した。

 

 『─────────────────!!』

 

 この洞窟に響く悪魔の咆哮は何もかも震わせて、バゼルギウスの爆鱗は再生を初め、一瞬にして蒼白くなる。

 間違いない。このバゼルギウスはあの時、この新大陸に来て初めて出逢ったあの個体だ。

 僕は覚悟を決めた。生き延びる覚悟を。

 

 

 

 

 




読了ありがとうございました‼️
忘れてる人もいるんじゃないかと蒼紅蓮バゼルギウスというオリジナルモンスターの再登場です❗
もう久し振りすぎて色々設定忘れてたけど…
ミコトの回がこのまま続くかと思うと思いますが次はサシャの回です。やった❗
次回も楽しみにしておいてください❗
ではまた‼️
導きの青い星が輝かんことを…


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死への挑戦

 こうやって一人で瘴気の谷に出向くのは何だかんだで久しぶりだった。

 殺風景とは言い難いし学者達からして見れば情報の倉庫とにでも見えるのだろうかこの谷の景色はこの前とはだいぶ違っているように見えた。

 壁には白く線が引かれているようにも感じれる何かに斬りつけられた痕、そこら中に討ち捨てられたギルオス達の酷い死体の山が大地を作り上げていた。

 いつもなら私が今通っている道も本来、オドガロンがよく通る道であって歩くことは推奨されなかったし、此処を通らないことはパーティーを組んだハンター同士での暗黙の了解でもあった。

 しかしオドガロンは通っておらず導虫も反応しないあたりこの瘴気の谷の生態系が根本的に変わっているように思えた。

 それもこれも全てあの憎きディノバルド亜種の仕業なのだろう。

 この地を牛耳っていると言っても過言ではないヴァルハザクと対等に渡り合いその上、古龍の翼を丸々一本切り落としたと言われれば生態系がガラリと変わっても何一つ不思議ではない。

 実際にオドガロンは棲みかを奪われて陸珊瑚の台地に逃げ込んでそれを狩りにミーナが向かったのだ。

 私はというとこの騒動の被害を受けた存在でもあり今まさにこの地の生態系を荒らしているヴァルハザクを狩りに来たのだった。

 古龍を相手に一人で対峙するのは些か心許ないが、それでも頼れる仲間達も皆クエストに出かけ、普段大きな出来事がないと動かない暇してるミーナとミコトもクエストへと出向く程の事態に陥ってた為、何度も言うが本当に心許ないが一人でヴァルハザクを相手する羽目になってしまった。

 

 「ん…」

 

 暗く、鼻の奥を突くような刺激臭が漂う道中を歩いていると腰に付けていた籠から導虫が青く光、目の前の地面に群がった。これはモンスターの痕跡があると教えてくれる行動だった。

 

 「さぁて……狙いのヤツならいいが…」

 

 私は背を低くして屈むとじっくりと形を作っている導虫達を睨み付け、まだかまだかと屈んだ状態で貧乏揺らしをする。

 徐々に徐々に形を作っていくと導虫は縦長い足跡を作り出した。

 

 「ビンゴッ!ヴァルハザクはこの先か」

 

 あまりにも嬉しかったので思わず指を鳴らして声を上げてしまったがこんな早くヴァルハザクの痕跡を見つけ出すことに成功したのだった。

 意外と苦労せずに済んだといつの間にかかいていた額の汗を腕で拭いながら一息つく。

 ラフィノスがいつの間にか私の頭上を二、三匹の群れをなして飛び回っていたが襲ってくる様子も無いし今気にすることではない。

 しかし何だか今日の瘴気の谷は妙に蒸し暑く、身体中が素直になって汗をかいていた。

 すると突然、ベタついた肌に奇妙な感触が触れてきた。涼しく、優しい感触。

 

 「風……?」

 

 まだ浅い所だとはいえ、風何かが吹くわけも入ってくる訳でもない風は肌を触れてきたのだ。それも目の前の奥深くへと進んで行く道から。

 その奇妙さはとても不気味でまるでこの瘴気の谷全体が生まれ変わろうとしているようだった。

 

 「何で……不思議なことばかりだな…」

 

 

 私は頭上に目をやるとさっきまでいた筈のラフィノス達が突如、姿を消していて橙色の岩肌を見せていた天井は暗闇に侵食されていた。

 するとヴァルハザクの痕跡の周りをうろちょろしいていた導虫達が青色から真逆の赤色へと変わって暗闇に吸い込まれていく。

 そして暗闇から瘴気のブレスが飛んできて急いでその場から離れると暗闇から姿を露にしたのは丈夫な棒に糸をくくりつけたような頼りない翼、長い頭部と鋭利な小さな牙は巨大な魚を連想さる古龍、ヴァルハザクだった。

 

 「お前さんの方からのお出ましか…」

 

 ヴァルハザクはその夕焼けの虚ろを向いているような夕焼けの目で私のことを凝視すると飛ぶのを止めて降りてきた。

 翼で空気中をさ迷う瘴気を私の方へと吹き荒れさせて咆哮する。

 

 龍は骸のような身体で生あるものへ正しい死を贈る為、今私の前に立ち塞がった。

 

 

 

 

 ~~~~~~~

 

 

 ヴァルハザクはただ私を見詰めながら確実に瘴気で追い詰めようとしていたようだが、私は双剣を手に取ると鎖に握り替え、そのままリーチの効いた中距離攻撃をヴァルハザクの頭部に命中させる。

 そしてもう一本で鎖をヤツの首に絡ませるとしっかり引っ張り絡んだことを確認すると思い切り走りだしヴァルハザクを壁側に引っ張って衝突させる。

 その激痛にヴァルハザクは倒れてしまい、私は何回も双剣の乱舞を叩き込むがやはり古龍といったところかまだ体力には少し余裕があるように見えて、そのままヴァルハザクは地面に向けてブレスを放ち、瘴気を辺りへ散布する。

 

 「これは離れるしか…」

 

 すると瘴気に姿を眩ましたヴァルハザクは突然、瘴気の中から突進を仕掛けてきたが、それは難なく回避してカウンターを喰らわせる。

 

 「まだ!」

 

 そして二つの刃を地面に走らせ、下から上へ振り上げる形で攻撃をしているようだったヴァルハザクを怯ませる。

 よし、と私は心の中で叫び、ヤツの細い骨に肉片をくっつけてだけのような心許ない脚を踏み台に宙へと跳ぶと何回、何十回も竜巻のように斬りつける。

 ヴァルハザクの頭部、翼の部位破壊に成功し、古龍相手に異常すぎる程の手応えと違和感を感じた。

 いくらなんでもおかしい。古龍は普通のモンスターの何倍もの生命力を持ってる筈なのにこの闘う前から体力を消耗しきっていた感じには違和感ばかり感じる。

 けれどこんなのは今考えなくてもこいつを狩った後に好き放題考察すればいい話だと自分に言い聞かせ、次に飛んできたヴァルハザクのブレスを回避し、爪攻撃、尻尾の薙ぎ払いも難なく避けた。

 もうヴァルハザクの攻撃の一つ一つが苦し紛れの一手にしか見えなかった。

 私はもう一度、力を籠めて双剣を振るうとヴァルハザクは簡単に脚を崩し倒れてしまった。

 

 「…………」

 

 私はこのチャンスを黙って見逃した。ただ、もう限界を迎えているように見えるヴァルハザクのことを傍観しながらずっと立ち尽くしていた。

 ヴァルハザクは立ち上がると、ふらついた足を地面に叩きつけて強い古龍としての意志を見せたが夕焼けの目は本当に虚ろを向いていえ口からは涎を垂らしていた。

 するとヴァルハザクはまるで私に興味を無くしたように後ろへ振り向くとそのまま足を引きずって谷の奥深くへと進んでいった。

 私はこのヴァルハザクの謎を突き止める為、意志を抱いて奥へ共に進んでいった。

 

 




読了ありがとうございました‼️
前回、更新できなくて本当に申し訳ない‼️
先週は結構多忙でして…(言い訳)
あんまり話すこともないのでこの辺で❗
ではまた‼️
導きの青い星が輝かんことを…


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勇気の月と冷徹な息吹き

過去を振り返ろう。恐れずに。
そして思いだそう。
あの時の勇気を。



 「ミコトがまだ帰ってない…?」

 

 クエストから帰っきてから三日ぐらい経った日のことだった。辺りは既に夕方から夜へと姿を変え始めていて、雲からちょっぴり体を出している月がアステラの松明やランプの次にアステラ全体を照らす光源となっていた。

 報告を終えた後に調査班リーダーに呼ばれて話を聞けば私と同じ日にクエストに出た筈のミコトがまだ戻ってないというのだ。

 その話を聞いたときは私は酷く混乱してしまった。調査班リーダーの肩を揺らしてしったり本当に動揺して頭の中も心の奥もぐちゃぐちゃになっていた。

 明日の早朝に私は龍結晶の地に向かうことになり今はそれに備える為、マイハウスで休んでいた。

 ベッドの上に寝そべってても中々寝付けなかった。きっとミコトのことをずっと考えてるからだろう。

 今の私は誰にも頼ることは出来なかった。

 いつもなら先頭に立って私にどうすればいいか教えてくれて導いてくれたサシャもクエストに出向いた為、いないし、カムイだって師匠だっていない。

 あまりにも寝付けないので私はベッドから体を起こして窓から外を覗くとつい先程まで雲に一部隠れていた月が全体を露見させていて、それはうっとりしてしまう程美しいので私は気分転換の為にも月を見るため外に出た。

 外に出た瞬間、肌に触れた風が鳥肌を立たせるくらいに冷たかったため一度部屋の中に戻って何か羽織る物を探して外に出た。ちょうどベッドの上に乱暴に置かれていた黒のカーディガンを見つけ、それを羽織った。

 内側のドアノブは大して変わりなかったが、外側のドアノブは凍っているように冷たくて情けない声を出してしまった。

 

 『ご、ごめんなさい…大丈夫ですか…?』

 

 声が聞こえた。若い女性の声だ。

 何処からともなく聞こえ、私は周囲を見渡すが何処にも声の主は居らず、そもそも夜のアステラは静寂な姿をずっと維持したままだった。

 だから空耳なんて絶対にないと思うが私はそうやって受け入れた。

 少し歩いてるといつの間にか私は月が映し出されている海面広がる港に着いていて私はくつろぐように足を伸ばして座った。

 変わらない風景の筈なのに綺麗に見えるのが不思議だった。

 此処でずっとこうして風景を眺めるのは初めてなのに懐かしく感じるのは何故だろう。一度だけこうしたことがあったのだろうか。

 するとずっと考え込んでいた私に突然、潮風が吹いて私の髪をなびかせ脳内に何かを流し込んだ。

 

 『いつもミーナは何処を見てるんだ?』

 

 男性の声…いや、これは……。

 

 「カムイ……?」

 

 少し女性のよう高くて私より年上の男性の声とは思えないけれど、それでも優しくて温かく、安心させてくれた声だ。忘れる訳がない。

 そうだ、此処にはずっと前にカムイと私の二人きりで来たことがあったんだった。

 思い出に浸かろうとすると冷たい夜風と潮風が混じり合い、また私の脳内に直接ねじ込むように思い出させた。

 

 『何時の話…』

 

 この声の主は私なのだろう。

 

 『モンスターを狩ってる時さ』

 

 『そんなのモンスターを見てるに決まってるでしょ…?』

 

 『本当に?』

 

 口数が少ないのは会って間もない頃だったからこの会話はそんな時期のものなのだろう。

 

 『モンスターの目って見たことあるかい?』

 

 『………?どうかしら…』

 

 『怖いのか?モンスターのことが』

 

 『まさか!そんなことあるわけ無いじゃない!アイツらは私から大切な人を奪っていったのよ!…憎いのよ!』

 

 少しずつ私の声の大きさに頭痛がしてくるが痛みに我慢することにした。

 

 『けれど君はモンスターの目を見てないじゃないか。それどころかモンスターから攻撃を受けそうになっても何処か遠くを見つめてる。まるで何かを受け入れるのを拒んでいるみたいだ』

 

 『なんなのよ…!何を言いたいのよ…!』

 

 『モンスターに大切なものを奪われた人は沢山いる。俺だってその一人さ。偉そうに言えたもんじゃないだろ?守れなかったんだからな』

 

 その時の感情が蘇る。

 どうすればいいか分からなかったんだ。彼も私と同じような境遇で胸が痛くなったんだ。

 

 『けれど時々、モンスターの目を見ると彼らは必死に光の薄れていく目で睨むんだ。何かを守るためにね。それが自分の生命(いのち)なのか子孫なのかは分からないけどね。見ると凄く苦しくなるんだ俺も彼らから大切なものを奪ってるんだなって自覚させられるよ』

 

 『それでも…それでも…!アイツら…私からかけがえのない人を…奪ったのよ!そんなの関係ない!私は復讐の為にモンスターを狩ってるの!』

 

 耳を塞いでしまった。脳内に直接入ってきているのに、

無駄だと分かっているのにしてしまう。

 これ以上聞きたくない、思い出したくない。

 それなのに風は無理矢理ねじ込んでくる。

 

 『ミーナはさ、多分強がってるんだよ。頑張って強いフリをして逃げてるんだよ』

 

 『違う……違う…違う!違う!!』

 

 『…ミーナ』

 

 私は声を出してしまった。

 

 「やめて……お願い…」

 

 それでも止まらなかった。止まれと何度も願ったのに止まらないのだ。

 思い出そうとせずに考えるのを止めても誰かに話されてるみたいに頭の中に入ってくる。

 

 『俺さ故郷の村に弟を一人で置いてきたんだ。情けないだろ?あれから仕送りとかはしてるんだけど帰るのが、アイツと会うのが怖くてしかたなくてね一度も帰ってないんだよ』

 

 『弟さんはいくつなの?』

 

 『それがな、恥ずかしい話アイツが何歳なのか分かんなくてな…もう十は越えてるだろけどな…』

 

 『…弟の歳も分かんないの?』

 

 『そう言ったじゃないか』

 

 今思えば不思議な話だ。

 彼は色々と変なところがあった。

 

 『君も俺と似てるのかもな…まぁ、けど君にはまだチャンスがある。そのチャンスを絶対に逃すなよ』

 

 『アンタは?』

 

 『俺には無いさ。だからミーナには俺の分も頼みたいんだ。何だか君と俺の弟は何処かで会いそうな気がするからね。…あー信じてないだろ?俺の勘は結構当たるんだぞ?会ったら言ってくれよ?』

 

 『…そう』

 

 『それと、モンスターの目を絶対に見るんだ。そうすれば彼らの考えても分かるし、なによりも“本当の君”に出会える筈だから』

 

 『“本当の私”?何を言ってるの?』

 

 『うーん中々に表現するのは難しいな…強がるフリはもうおしまいにして素直な自分でいてくれって感じかな』

 

 『強がってなんか…』

 

 『ありのままの自分でいいんだぞミーナ。君は君以外の何者でもないんだ。素直に生きよう、意思だけでもいい、言葉だけでもいい、態度だけでもいいんだ。他人の、命の温かさを知ろう』

 

 思い浮かんだのは彼の優しい笑顔だった。

 けれど、それっきりどれだけ風を浴びても思い出に浸ることは出来なくなってしまった。

 その前もその先も思い出せない。

 

 「なんで忘れてたんだろ……」

 

 この言葉の意味は後悔。

 こんな大切な思い出を消して、私は自己満足程度に強く生きようとしてたみたいだ。なんて自分勝手なんだろう。

 月光が海を照らして何百、もしかしたら何千メートルもあるかもしれない海底を明るくさせようとしていて、一部の光が海面を反射して私を照らした。

 覗き込めば私の顔がプクプクと海中から浮いてきたように海面に映し出され、その顔は涙を流していた。

 

 「ごめんねカムイ、私…あなたに話せなくって」

 

 聞こえる筈もない彼に必死に謝って謝って謝り続けた。

 自分でも何故、謝ってるのかは分からないがそれでも私は無意識の内に握っていた拳をゆっくりと開かせて、海面に涙で幾つかの波紋を作る。

 

 「ミコトを助けに行くよ。大丈夫、もう大丈夫だから。私決めたの。彼の目を見て話したいこと全部話すって、これからは命の温かさを覚えていくよ」

 

 ミコトは私にとっての大切な相棒、もう失いたくない。

 腕を伸ばし夜空へ掲げる。その背景には自分のありのまま姿を躊躇なく晒し出している勇気の月が浮かんだいた。

 

 ──少し私にもその勇気、分けてください。

 

 私はその後、マイハウスに戻ると手入れをしたばかりの装備を身に付けて太刀を手に取ると私は覚悟を決めてアステラを夜の内に発つことにした。

 夜中に翼竜に掴まって移動するのはリスクが伴うが今出ればもっと早い時間帯からミコトを捜し始めることが出来るだろう。

 私は翼竜に付けてあるロープに掴まり今、アステラから発った。

 

 

 

 

 

 

 ~~~~~~~~

 

 

 

 

 瘴気の霧が濃くなってきていて、雨が降って濃霧が発生した時よりも遥かに目の前の光景は阿鼻叫喚な状態だった。

 次第に汗も酷くなっているが残念ながらこの汗は気温の影響で発生したもではなく、ずっとこの異様な気配を感じつつけて発生した冷や汗だったのだ。普通の汗ならどれ程良かっただろうか。

 ヴァルハザクを追いかけて深層へ潜って行くにつれてこの気配も比例して強くなっている。もはやこれは肌が気配を察知しているというには耳元で誰かに「此処から先は危ないぞ」と囁かれてるみたいだ。気持ち悪い。

 この気持ち悪さに気を取られて私はすっかり足元に注意するのを忘れていた。

 

 「うわっ──こりゃ……ヴァルハザクの翼か?」

 

 血だらけの地面をカモフラージュしているつもりなのかは知らないが明らか逆効果なグロテスクな翼がシートのように敷かれていた。

 ヴァルハザクの翼を踏んだ時の感覚なんて初めてで、というか古龍の翼を踏むなんて体験はまず経験したことはない。だからこの感覚には驚かされた。まるで枝みたいだが、踏んだ程度じゃ何処も破損なんかはせず、やはりこんな脆そうな翼でも古龍の一部位なんだと実感させられる。

 

 「報告にあったな…ディノバルド亜種に翼を斬られたって…調査団もよくまぁこんな深層、いやまだ結構浅い所か…」

 

 ヴァルハザクを相手するのは大抵この谷の深層だから勘違いしてしまうが私とアイツが対峙したのはオドガロンやらドスギルオスが通るエリアだ。調査団も此処までなら楽勝だったろう。

 歩みを止めず、そのまま進み続けると少し瘴気の霧が晴れた場所に出て、そこにはヴァルハザクが居たのだった。それも骸となって。

 

 「死んでるのか……?惨いな…肉を食われてやがる。この痕跡とかはコイツのじゃねぇ…」

 

 私はとにかく落ち着いて周りを調べ始めて此処でヴァルハザクの身に何があったのかを考え始めた。

 そして目に留まったのは爪痕にしては長い痕跡。ヴァルハザクのものではないから私は導虫に頼ってヒントを貰うことにした。

 導虫達は痕跡に群がってしばらく経つと更に奥へと進み始めた。

 私はそれに導かれ進んで行くとそこには息を飲む光景があったのだ。

 そこはもう谷の中腹の位置だというのに光が差し込んでいたのだ。つまりこの事からこの先からは空が見えることを指していて、こんなエリアは今までに報告されたことのない未知の土地。

 そしてその先に導虫達は躊躇うことを忘れて進んでいく。

 私も一旦、心から恐怖を消してこの先へ足を踏み入れる。

 外へ続く所はアーチ状に大きく穴を空けていて、そこには目を疑いたくなるような存在(ヤツ)が居た。

 ただその深緑と群青色を足したような甲殻を自慢気に飾り付けて何処を見つめてるのかその目は私に焦点を合わせず何処か虚ろを見ているようだった。

 

 「ディノバルド亜種…!」

 

 

 声が震えてしまうほど恐いのだ。この竜はどれとも違う雰囲気を身に纏っているのだヴァルハザクが瘴気を纏うように。

 コイツがあのヴァルハザクに止めをさ刺した犯人で間違いなかった。

 まだヤツの尻尾には生暖かそうな黒い液体がポタポタと露のように垂れていて、導虫は先程からそれに反応してか緑色に発行し続けている。まるで太陽に照らされたドラグライト鉱石みたいだ。

 私は納刀した双剣を抜刀し、刃をディノバルド亜種に向けて投げ振るおうとした途端、アーチ状を保っていた出入口が突然、崩れ始め、土埃を舞い上がらせた。

 土埃が消えるとアーチ状の出入口は積み上げられた岩達に塞がれてしまい、ディノバルド亜種はこの奥へと閉じ込められてしまった。

 

 「クソ!びくともしねぇ!」

 

 足で思い切り蹴ったり双剣で斬ったりしているが変化は見られず、この様子なら大タル爆弾Gでも爆発させない限り、これを突破することは出来ないだろう。

 ただ私は嘲笑うかの如く私を見下ろす岩に憎しみの感情を覚えることしか出来なかった。

 そして感じた。異様さを。この奥に居座ってるディノバルド亜種の存在感を。

 ふと思い付く。これはチャンスではないのかと。

 此処にヤツを閉じ込めてる間に準備を整え此処で討伐する。やはりこれは絶好のチャンスだ。

 私は拳を握り締めて復讐のチャンスを手に入れたことを心の底から喜んでいた。

 ───きっとこれがヤツとの最終決戦になる。

 

 

 




読了ありがとうございました❗
ミーナとカムイの会話はこれで二回目かな?
これから一つの物語が終わりに走っていきます。
安心してください。まだ一つの物語だけです一杯この世には物語があります。
けれど彼らは因縁の物語をどのように終わらすのでしょうかね?復讐か、ハンターとして闘うのか、
この長い闘いもいよいよ佳境に入りました。
終わりをどうかその目で見届けてはくれませんか?
大丈夫です。彼らも一緒ですから。
導きの青い星が輝かんことを……


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再会

 

 全てに飢えていた。喉の渇きに堪えきれず、空腹感に襲われ続け、睡魔が甘い言葉で囁いてくる。それでもなんの希望もない現実に意識をもどしてこられるのはこの止まない痛みのおかげだった。

 空の色は腹正しい程、透明感溢れる水色が長く続いていて、あの悪魔が僕を捜す為に空を巡回していないことを確認すると安堵の息を漏らせた。

 手に触れてくるのはジャリジャリした幼児の歯の大きさにも満たない程の石粒が傷口から溢れている血液を塗装して手のひらに張り付いてくる。この気持ち悪さはやはり慣れないものだ。

 腰に手を当ててぶら下げている瓶を手に取ってもその異様な軽さから中身は予想できる。

 

 「からっぽかぁ……」

 

 分かりやすいよう、うつ向いて力の抜けた瓶を地面に落とし落胆してしまう。

 こんな休息も此処では、いやあの悪魔からは許されないのだ。いくらなんでも苦しい、限界はもうとっくに迎えてるとバゼルギウスに報告してやりたかった。

 あれから幾つか覚えてはいないが夜を数回、乗り越えて悪魔からの追跡を逃れていたのだがソラも時間が経つにつれて疲弊した様子だったので彼だけを逃がして僕は囮役に申し出た。

 あれから一回一回の水分補給や食料の管理にいつも以上に気を配り食事なんて数が少なすぎて味はせず、何を口に放り入れたか分からなくなったがそれでも飢えを凌ぐ為に何回も噛んで空腹感を紛らわした。こうやって試行錯誤した末この状態なのだ。ソラをアステラに帰したのは昨日の昼間だだ。そろそろ着いててもおかしくはないが、もしアステラにいる人達の目に留まらなかったら僕はこのまま飢え死にするかバゼルギウスに見つかって殺されるかのどちらかになってしまう。

 背中は凹凸の激しい岩肌に預けて座ってたせいか立ち上がると同時に滝のように砂が背中から流れて地面に山を築いた。

 けれど今はこんな砂山よりもあのバゼルギウスのことが気になってしまって仕方ないのだ。この静けさは不思議すぎる。先程までの爆発音は一切聴こえなくなり、段違いに周囲の物音が聴こえるようになっていた。

 だから何かが巨大な翼をはためかせて空を駆ける音を察知するのは容易かった。

 

 「くる…!」

 

 居場所がばれたのか理由は知らないが音は確実に僕のいる方へと近付いてきていて、居場所がばれていなくても発見されてしまえばそれは終わりを意味する。

 僕の体力は底を尽きていて走ることなんて到底出来ないだろう。ここは相手より先手を取って動くことが大事だ。

 周りの安全の確保を最優先に少しずつぎこちない歩みを進めていく。

 命がけだ。歩くのも休むのも一切の油断は許されず、地獄を耐え抜く精神力が必要だ。

 欲しいのは食料と水。どちらも此処で手に入る物の筈なのに手に出来ないのがここまで悔しいなんて。

 僕は手すりのように手を置いて老体のような不安定な身体を支えていた壁を殴る。弱かった。あまりにも衰退している。限界が近い証拠だ。

 視線を前に戻すと人のような何かが幻想のようにぼやけて見えて手を振ってるのが分かる。

 助けだ。助けが来てくれたんだ。

 

 「こっちだ!」

 

 ふらつく足を大木の丈夫な枝で地面に突き刺すように一歩一歩に力を入れて歩いていく。

 誰かが呼んでいる。行かなければ、もっと速く。

 僕はいつの間にかその誰かとの距離を素早く詰めていた。いや、相手もこちらへ寄り添いに来てくれたのかもしれない。

 

 「やっと助かる…」

 

 僕はその誰かに倒れ込む形で支えられたがその時、異様さを感じる。

 空気に触れている。いや、見えない何かに触れているのだ。さらに凄く熱い。燃え盛る焚き火に近付いてしまった時のようなそれ以上の熱さを感じる。

 そして熱さのおかげで目を醒ます。

 人のような何かの姿は霧のように姿を消して現れたのはただニヤリと悪魔のような微笑みを浮かべたバゼルギウスだった。

 

 

 

 

 

 

 

 ~~~~~~~

 

 

 「ミコト!何処に居るの!?」

 

 導蟲は小さな古い人の足跡に反応し名前の通り私を導いてくれていたが今は時間が惜しい。こんな古い足跡を追っていては今、彼がいる場所にはすぐには辿り着けない。

 私は声を荒げながらミコトを捜し回っている。

 

 「ミコト!」

 

 精一杯、声を上げて返事を待つが返ってくるのは腹腹正しく感じる静けさだけだった。早く見つけないと大変なことになってしまいそうな気がして止まない。

 早く、早く見つけないと!

 

 『───────────!!』

 

 その刹那、空気を轟かせ、空を斬り、地を割るような物凄く恐怖を感じる咆哮に出逢う。私はこの咆哮の持ち主を知っている。いや覚えれていた。

 

 「バゼルギウス!」

 

 私は嫌な考えが思い浮かぶ。まさかミコトはバゼルギウスと対峙しているのではないか。確証はないが行かなければならない。もしそうだった時、彼を助ける為に。

 意外と近くで聴こえたので素早く辿り着けるとは思うが何故かバゼルギウスが残した筈の痕跡に導蟲達は反応しないのだ。いや反応はしているがバゼルギウスの痕跡レベルは相当高く、一つの痕跡で本体を追えた筈なのに何故か導蟲達は訳の分からないまま霧のように消えていく。

 そうかこのバゼルギウスは通常の個体じゃないんだ。私は咄嗟に理解する。

 導蟲はモンスターを通常個体と特殊個体を別物として区別して反応する習性がある。その通りにいくとこのバゼルギウスは特殊個体と仮定され、私は二通りの狂暴な個体を知っている。

 一つは新大陸にもギルドにも存在が知られている紅蓮滾るバゼルギウス、そして知っているのは極少数、そのことからギルドにも未だに認知されていない蒼紅蓮滾るバゼルギウスの二種だ。

 そして私は紅蓮滾るバゼルギウスの方の痕跡も既に導蟲に教えてる為、たった一体に絞ることができた。

 

 「蒼紅蓮…!」

 

 どのみち最悪な事態に変わりはなかったが蒼紅蓮と紅蓮滾るバゼルギウスとでは天と地の差があることを私は知っている。

 ただひたすらバゼルギウスの居るであろう方向へ走っていくとそこには燃え盛る紅蓮の炎の海と化していた。火柱が全て無我夢中に空へと炎を上げていた。

 炎と煙の中ではバゼルギウスの姿は見えなかった。

 

 「ミコトー!!返事をして!!」

 

 私は必死に呼び掛けるが返ってくるのは炎がパチパチと音を立てているだけだった。

 その時だった。私に向かって火柱達が手を伸ばすように私へ一気に襲い掛かったのだ。その光景はもう目と鼻の先まで迫ってきた火槍を呆然と眺めてるのと同じ絶望しか感じられない。きっと襲い掛かってきた原因はさっき一瞬だけ吹いた強い風が原因だろう。

 

 「あっ……」

 

 終わった思ったその刹那、私に向かって炎の中から誰かがぶつかってきてその誰か諸とも一緒に転がっていき私はなんとか炎の攻撃を避けることができた。

 私助けてくれたのは他の誰でもなかったミコトだった。彼の綺麗な髪は土や煤で汚れてしまっていて服もだいぶ破けていた。

 

 「ミコトっ…!良かった!無事で…!」

 

 安堵は一瞬だった。すぐにヤツは燃え盛る太陽のような炎の世界からその餓えている瞳を現し翼を拡げおぞましく咆哮する。私の背筋は一瞬にして凍え、視線は必死にヤツを見ないよう無意識の内に逸らされている。

 再び私の前に姿を現した蒼紅蓮滾るバゼルギウスは己の爆鱗を真っ青に染め膨らませ今にも地面に零れそうだ。赤く腫れ上がった目蓋を開けたバゼルギウスは静かだった。そう妙だ。何故すぐに襲ってこないのだろうか?そこにはどんな理由があるのだろうか?まさかこうやって考えさせることも狙いの一つなのだろうか?だとしたら相当達が悪い。

 

 「ミーナ──」

 

 こんなにも近くにミコトが居るのにその声は遥か遠くで聞こえたみたいに掠れて小さい。弱っているんだ。早く安全な場所で介護してやりたいがどうもバゼルギウスはそれを許してくれそうにはない。

 お互いが目を動かすのは互いの動きを観察するため。酷い話だがミコトを助ける為には早く動かなければならないのだが先には動いた方が相手から一発貰う羽目になる。

 動くなと自分に言い聞かせる自分は本当は動いて逃げたい。

 

 「待っててね、ミコト」

 

 必死に言葉を絞って出した。彼を安心させたくて仕方ない信頼の無い言葉だ。本当は絶対助けてやると胸張って言いたいが自分が情けない。

 もっと力があれば──

 

 「すぐ終わらすから」

 

 力のある自分にはまだ出会えない。

 私は華奢な細い腕からは緊張のあまり汗が噴きでているが何もかもが今はふっ切れて堂々とバゼルギウスの前を歩きミコトを岩の陰に隠した。彼はさっきのまでが限界だったらしく気を失っていた。

 すぐに迎えに戻ると約束の指切りをして互いの小指を交わらせた後、バゼルギウスの前に立つ。

 バゼルギウスは私を見るなりその溢れるがままの恐ろしさを周囲に波動として放った。その恐ろしさはイビルジョーすらも喰わないだろう。

 私は柄を握りしめて刃を向ける。時間稼ぎだって撃退だって何だっていい。バゼルギウスはニヤリと笑うかの如く顔を近付けてくる。馬鹿にしているのだろうか。

 今はどんなことも忘れて集中しよう。

 そう思った次の瞬間、絶望する。

 

 「あ──」

 

 口を開けたまま放心しそうになる。バゼルギウスが顔を近付けた理由は馬鹿にするためじゃない。攻撃だった。

 バゼルギウスは近付けていた顔で空を仰ぎ零れそうな蒼い雫を地面へと叩きつけようとしていた。

 今から回避運動は出来ない!あれを喰らえばまともに身体は残るのだろうか?遅かった。気付くのに遅かった!

 助かる道はない。そう思った。

 しかし、こんな絶望の最中、私は一つの走馬灯を見た。

 

 金髪で背の高い男性が不規則かつ何処かおかしいリズムで呼吸をし、剣先が向いているのは地面、刃も決してモンスターに向けてはいなかった。太刀なのに一体どこで斬るというのだろうか。

 その男性はモンスターからの攻撃をもろに喰らってしまった。その筈だった。

 しかし男性は瞬間移動したように太刀を納刀をしていてモンスターの攻撃を避けていていつの間にか後ろへと下がっていたのだった──

 

 意識は走馬灯から戻り覚悟する。

 見よう見まねで私はあの不規則でおかしいリズムの呼吸をし、太刀を構える。

 集中するしかない。今はこの手しかないと言い聞かせて私は息を吸って吐いて吸って吐いてそしてまだ吐き続ける。

 私はバゼルギウスの目を真っ直ぐ見つめた。

 

 

 

 

 

 

 

 




読了ありがとうございました‼️
最近、本当に忙しくなってきてて投稿を第一に考えてるつもりなんですがこの一週間で少し書き貯めようかなと思っています。
よかったらお気に入り登録や評価のほうもよろしくお願いします。
ではまた‼️
導きの青い星が輝かんことを…



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大切な物

モンハンも楽しいがarkも楽しくて仕方ない。


 この刃を誰かを守る為に振れたのなら──

 最初からそうだったら──

 思い出される私の夢。こんなピンチの最中、頭をよぎるのにはきっといや、意味があった。復讐や恨みの力で振るう刃よりも誰かを守る為の刃の方が強い。

 私の夢は───

 誰かを守ってあげられるそんなハンターになりたかったんだ。

 ずっと昔からの夢だった。

 

 

 

 ─・─・─・─

 

 今はただ無心になって太刀を構える。目の前からどんな強力な攻撃がこようが怯むな、臆病になるな、目を瞑るな。目線は攻撃でも刃でもなくバゼルギウスの目を捉えらえている。

 状況は音だけで確認を済ませ、爆炎が灰色をした煙の装束を纏いながら前方不注意な突進を仕掛けてくる。足を無理矢理立たせて震えを止まらせる。独特なリズムの呼吸をして体勢を整える。

 そして爆炎が目と鼻の先まで迫ると焦りが堪えきれず爆発し太刀を苦し紛れに振るおうとした。

 しかし、誰か囁いた。太刀を振るうなと、身に任せろと。

 私は爆炎を前にして放心状態であるかのように立ち尽くした。もうこの攻撃を受けるしかないと思った瞬間だった。

 痛みはない。身体も動かせる。目の前は暗闇を混ぜた煙が道を隠している。私はいつの間にか後ろへと下がっていた。握りしめていた太刀もいつの間にか鞘へ納めて漠然としていた。

 意識は遅れたように戻ってくるのだった。何が起こったのか理解できない。何故、此処にいるのだろうか?攻撃は?全てが分からないまま消え去ろうとした時に情報は一気に私の頭の中へなだれ込んだ。

 痛みが全身を駆け回り、気を失いそうな頭痛に見舞われるがそれでも歯を食いしばって意識を留めた。これがさっきの代償なのだろうか。

 いや、代償ならこうはならないだろう。今の私には何が起きたのかが理解できた。うっすらだがその時の光景は一つの情報として私の頭になだれ込んだ中に入っていたのだった。

 その時の光景はまるでおとぎ話のような事が起こっている。神話にでも無さそうな摩訶不思議、未曾有な事態。それは私の目の前まで迫っていたバゼルギウスの爆炎は私が太刀を納めて後ろへと下がったと同時に空気に吸い込まれたかのように消えたのだった。

 この原理については私には理解出来ないし、もし理解出来た者が存在するのならそれは人を超えた何かと考える他無い。

 理解はいずれ私にも必要になるかもしれないが今はそれにぽかんと唖然するよりも冷静になってバゼルギウスを撃退する方法を練る。あの爆鱗を遠くへ飛ばして爆発させる技は隙の無いように思えたがバゼルギウスとの距離が近い程、攻撃が当たらない安全圏が広くなっている。 

 バゼルギウスの絨毯爆撃を回避すると私はヤツの弱点の一つでもある頭部から首部分にかけての下部は最大の武器である爆鱗を生み、それを巧みに扱う。だからこそそこには甲殻がなく、柔らかい為ダメージを与えるには申し分ない。

 私は身体を地面に滑らせバゼルギウスの弱点の真下にスライディングで潜り込むとヤツは一歩遅く自分の爆鱗を周囲へ乱雑に飛ばした。バゼルギウスの身の回りには一つも落ちてない。私はそのことを確認すると安堵の息を漏らす。

 しかし、まだ油断は出来ない。私の手と額から汗がぶわっと噴き出て柄は水浴びをしたようにびしょびしょで瞳には雫が入って視界の邪魔をする。視界からバゼルギウスが消えてしまったらそれは終わりを意味するだろう。空からの攻撃は一番、気を付けてなければならない。

 私はバゼルギウスに一太刀浴びせ次の連撃の準備の為、一歩下がるとバゼルギウスは強靭な翼をはためかせ風を送った。その風と一緒に火の粉のような物も混じっている。

 

 「あつっ!」

 

 その風、いや〈熱風〉と呼べる風は火の粉を混ぜた〈熱風〉を肌の露出した部分に当たり微かな火傷を起こす。すぐに防具で守りを固めている右腕で顔を覆うが防具を身に付けていても〈熱風〉の熱さでやられてしまう。

 爆撃が一撃を重視しているというのならばさしずめこの〈熱風〉は継続的にダメージを与えるのに特化した技といえよう。本来、このような技は一般的なバゼルギウスにもこれとはまた別の特殊個体にも無い技だ。きっとヤツだけの特別な技。今まで行ってきた対バゼルギウス用の戦い方も通用しにくいだろう。

 イレギュラーに慣れるんだ。行ってきたヤツの全ての予備動作、攻撃方法とその範囲、威力を覚えるんだ。何もかもが違うこの激戦に油断の一言を持ち込めばその刹那、私はヤツに狩られるだろう。

 生きるか死ぬかの狩りに慈悲は無い。いつだってそうだったんじゃないのか。忘れていたのか?この死と隣り合わせの恐怖を勝つビジョンが見えなくなった時の絶望感を忘れていたのだ。ずうと前に。

 見えなくて怖くて仕方ないのだ。ビジョンが、バゼルギウスが。

 けれど守るんだろう!自分に叱る。

 あの約束を守って生きて二人で帰るんだ。苦し紛れの約束だとしてもそれが今唯一の希望なのだ。希望を見失えばもう何にもすがれなくなって力の使い方が分からなくなる。見失う前に決着を着けるんだ。

 私は吹き荒れる〈熱風〉の中、太刀で火の粉を打ち消すように振り回しながら進みバゼルギウスに一撃を喰らわす。そして柄ごと地面に手のひらを叩き付けて身体を逆さにして後ろへ飛ぶ。

 バゼルギウスは隠していたのだ。その巨体で私に斬られたことによって落ちた爆鱗を覆い隠すようにして。そんなことだろうと予想はしていた。だから事前に回避をしていた。

 ざっと落ちている数は三つ。奥にまだ隠しているのかもしれないが此処まで来れば被弾はありえない。しかしバゼルギウスは。

 

 「なっ───!!」

 

 頭を地面に潜り込ませると私の方へ周りの土や石を巻き込みながら突進してくる。そうもうすっかり破裂しそうな位、蒼白に膨らんだ爆鱗も巻き込んで。その姿はまるで津波のようだ。

 動こうとするとさっきの〈熱風〉を防いだ右腕が痛む。金属が熱を伝えて腕を焼いている。中できっと火傷しているんだ。まずいこのままでは満足に刃も振るえないだろう。

 私は追尾してくるバゼルギウスの突進を避けるが成長を遂げていた爆鱗の爆風に飛ばされてしまう。熱いのだ。肌はピリピリ焦げてゆくような臭いを発している。なるほど、こんなにも苦しいのか。多分、相当私の顔はしかめていることだろう。

 私は吹き飛ばされた身体を起こし、近くに落ちていた小石を拾い上げてスリンガーに装填するとまた一気にバゼルギウスに近寄り一太刀浴びせ、一歩下がりスリンガーに装填した小石をバゼルギウスの頭部目掛けて放つ。

 ヤツは一瞬怯む。ここだ。叩くならここ以外ありえない。

 

 「叩けっ!!」

 

 自分を震い立たせ強く地面を蹴って跳び、バゼルギウスの頭上へと舞い上がると刃を空高く掲げてヤツの頭部へ振りかざす。落下のスピードも上乗せした〈兜割り〉。

 バゼルギウスの頭部に赤い線が過る。そして凄まじい斬撃が襲った。

 着地した足が震えるのを確認して私は体力の限界を悟る。バゼルギウスは確かに大きく怯みはしたがまだヤツの体力は削り切れていない。

 その刹那、私の脚はがくりと崩れて膝を地面につけて立てなくなる。

 

 「だ、駄目…!立ってよ…!」

 

 自分に何度も言い聞かせるが言うことを聞かない。そんな私にバゼルギウスは顔を近付けてきて匂いを嗅ぎ始めた。

 

 「いや…!」

 

 私は動く腕で顔を覆い視界を闇に染める。終わったと思った。走って離れることも出来ない。

 辺りは静寂に包まれたが少し時間が経つと翼をはためかせて飛んでいく音が聴こえた。

 私は腕をどけて視界を回復させた。

 

 「嘘…逃げたの?」

 

 私の視界の中にはバゼルギウスの姿はもう無かった。おかしいと疑問も抱いたが今はもう何も考えられない。

 この状態を何とかしようと立とうとして両手を地につけて姿勢を戻そうとするが手にも力が入らない。

 

 「んっ……嘘でしょ。立てないよ…」

 

 すると目の間に人影が現れた。長髪の空のように澄んでて海のように深い青色の髪をしたミコトがボロボロの手を差し伸べてくれた。

 

 「帰りましょ、ミーナ」

 

 「ありがとうね。…あの、そのおんぶしてくれない?立ち上がれなくて」

 

 「ふふっ…いいですよ。乗れます?」

 

 ミコトは屈んで乗りやすいように背を向けてくれたが私は乗るのに苦戦して挙げ句の果てに「ちっちゃいから乗りにくい」と文句を言ってしまった。

 

 「小さくてごめんなさいね。…さっきはありがとう守ってくれて」

 

 ミコトは頬を赤らめて感謝を告げた。なんだかこっちまで恥ずかしくなってきた。

 

 「どういたしまして」

 

 私はまだ言いたいことがあるんだ。勇気を絞って言葉を出す。

 

 「もう、私から離れないでね」

 

 「……!ありがとうミーナ」

 

 私達はその後、ベースキャンプに戻り後から来た調査班リーダー率いる捜索隊に発見され長い帰路に着いたのだった。

 アステラに着けばリーダーから説教をくらい、サシャには「もう心配を掛けないでくれ」と告げられたがその次の瞬間には私もミコトも肩に腕を回されて笑顔で食事に誘われた。

 あのバゼルギウスの件は疑問だらけだったが三日間、ミコトを追い続けた為の疲労による撤退だと推測されたのだった。

 そして私はサシャとの食事の後、すっかり夕陽も落ちた夜にミコトに港に来るように誘われたのだった。

 

 

 




読了ありがとうございました❗
急なんですがミーナの詳しい紹介をしたいと思います❗
結構ミーナって悲惨な過去経験してて産みの親には捨てられてロジエとミルシナに拾われて生活してたら今度はミルシナがモンスターに殺されて新大陸でカムイも死んじゃったって結構可哀想ですね。自分でも思います。
だから強がって他人を寄せないような生き方したんでしょうかね?あるあるの設定だと思うんですが今はミコトのおかげで更生中。
実は良い子だったりしてるけどそんなミーナを書くのは苦手なんで書かないと思います。はい。(要望があればそれよりに書くかもしんないです)
まぁ導き星屈指の人気キャラクターのミーナはすごく強いんですがそれもサシャのせいで薄い存在になっちゃってます。(ミーナは第二級レベルの強さだからサシャと同等ではあるけどサシャの方が数段上という)
 サシャ→ミーナ→ミコトの順番。(強さ)
 ミーナあの性格だからモテない設定があるけど今なら滅茶苦茶モテる筈。というかモテてほしい。
一応、カムイの太刀を引き継いでるですが相当年季が入ってだんだんなまくら扱いを受けてきてる。鍛冶屋から新しい武器の新調をおすすめされてる。
でですね…まぁ実はこの物語最大の欠陥がミーナとサシャの名前似てるというか滅茶苦茶似てるんですよ。本当に何の設定もなく、ただ忘れて似た名前を付けちゃったっていうひどい話です。
 以上❗長文失礼しました❗
 ではまた❗
 導きの青い星が輝かんことを…
 


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再び動き出すハンターとライダー

 今日は潮風が一段と強かった。爽やかで気持ちの良い潮風の吹くなか私はミコトに指定された港へと足を運んでいた。あれから体力も回復して一人で歩けるようにもなっていた。明日には完全復帰を遂げるだろう。

 私の服装はこの前の夜とはほぼ変わらずおめかしをした格好とは程遠い服装だ。

 するとばっと吹いた潮風が私の髪を拐う。

 

 「うわ」

 

 その強さに驚いてしまい、私は両目を瞑る。時々潮風の波に緑の落ち葉も混じり込み何処か遠くへと泳いで行った。

 それを横目に眺めていた私の目の前にはハーフパンツを履いて露出している脚を海水に浸して涼んでいるミコトの姿があった。水中に柱を建てて浮かせている木の板に尻餅をついて自分の足元を見続けている。波紋はまるで魚のようにミコトの足を口で吸い付いてるみたいだ。

 

 「気持ち良さそうね?隣、いいかしら?」

 

 「──ミーナ!いつから其処に?」

 

 私は今来たばかりだとミコトに説明すると彼は簡単な言葉で返してきてくれた。青い瞳はずうと先の空の黒と海の青が混ざる地平線を眺めていた。

 私はそっとミコトの隣に座ると隣の彼は私の顔を覗いてくる。手のひらに乗せれば水のように隙間という隙間から零れてしまいそうな空色の髪は風に揺らされて、その幼さからは信じられない程の魅力を感じさせていた。

 私は不意にも彼の髪が出会った頃よりも伸びている小さな変化に気付いてしまった。後ろ髪は首まで伸びていてそろそろ背中の半分近くを占めようと企んでおり、前髪は目に掛かりもみあげは左右非対称で右の方が少し長い。

 

 「ミーナ、あの時は助けに来てくれてありがとうございました。……心配を掛けてごめんなさい」

 

 彼は視線を地平線へ戻し申し訳なさそうにお礼を告げた。

 

 「ううん。私の方こそだいぶ遅れてごめんね。苦しかったでしょう…」

 

 罪悪感だけが募ってゆく。彼は三日間も地獄を味わい続けたのだ。空腹感に襲われて絶望から逃げ続ける苦しみは私には想像も出来ない。

 私は気晴らしに星空を見上げたが星は私の心の穴を埋めてはくれない。

 

 「ミーナ」

 

 「どうしたの?」

 

 ミコトは私の名前を響かせて腕を私の方へと伸ばしてきた。手は何かを握っていて小さくて綺麗な手でも感じれる力強さはやっぱり男の子だと再度、気付かされる。

 

 「これで僕の後ろ髪、結んでくれませんか?」

 

 彼は握り締めていた手を開けて私の手のひらにもうボロボロにほつれている黒色の紐を渡してきた。

 

 「これ、昔に大切な人がくれた物なんです。ずっと仕舞ってて使ってなかったんです」

 

 「そうなの…けど、私不器用なの忘れたの?髪なんて結べるかしら?あなたがやった方がいいんじゃないの?」

 

 私は髪を結ぶのが下手くそでこの前、ミコトに結んでもらったくらいなのに彼はお願いしてきたのだ。意図が分からなかった。

 

 「大切な物だから大切な人にしてほしいんですよ、ミーナ」

 

 「そう……分かったわ。下手だろうけど許してね」

 

 私は恐る恐るミコトの後ろ髪を手のひらに乗せて一つの束にまとめると紐で円を描いて一週させるとキツくならないようにかつ、ほどけないように強く結んだ。不器用ながらも私的には上手く出来た方だと思う。

 

 「……よし。出来たわ、キツくないかしら?」

 

 「全然キツくないですよ。ありがとうございます」

 

 彼はさっきよりも綺麗に見えた。髪をまとめたことで清潔感が増してより男の子らしく、年相応の雰囲気が漂っているが中には魅力も混じっている。

 まとめた髪の束かた時折、ちらりと見えるうなじ、髪を後ろへとやったことで好き放題伸びていたもみあげが調った。

 私はミコトの後ろで両手を口に当てて驚いてしまった。

 似ているのだ。あのカムイに。

 彼には弟がいると言っていた。考えたくもない。罪悪感という重圧で押し潰されて壊れてしまいそうだ。

 

 「……ミーナ?」

 

 彼は心配そうに声を掛けてきた。きっと息が急に荒くなった私を心配してくれての行為だろう。今の私は多分、顔色がすごく悪いだろうからミコトを振り返させないように「何でもない。大丈夫」と返した。

 心臓は心拍数を上げて変な汗をかかせてきた。

 私はゆっくりと怖さを伴いながらも声を出した。

 

 「ミコトってさ…お兄さんとか、いるの…?」

 

 「───いないですよ?どうかしたんですか…?」

 

 ミコトのその言葉を聞いた瞬間、私は大きくため息をついては安心感に浸れた。

 

 「ミーナこそいないんですか?」

 

 「私は──知らないから」

 

 「知らない?」

 

 「そう知らないの。拾われたら身だからさ何処で生まれたのかも分かんなくてさ本当の母親も父親も知らない」

 

 ミコトは驚いた顔をしていた。

 私は笑顔を作って話を続けた。本心でこの話の最中に笑ったことはない。笑われたことが無いのは当然だと思うが私にとっては否定したい話。これが作り話だったらと今でもその妄想は止めていない。

 

 「…僕にはよく分かりません。捨てられた気持ちは。けれど苦しかったでしょう?その事を知った時は、いや今でも苦しいんじゃないですか?」

 

 痛いところを突いてくると思った。全部が全部、図星で実はミコトが私の心を見透かす超能力者じゃないかと思ったが冷静に考えてこれぐらいのことを見透かすのは容易いかという判断に至った。

 私は遠くを見つめながら自分の過去の事についてボーッと考えていると私の手に暖かい指が絡んできた。声を上げて驚いてしまう。

 

 「あっ──ごめんなさい…」

 

 ミコトは慌てた様子で私の手に絡めていた指を離して頬を赤らめながら私とは反対の方向を向いてしまった。

 

 「あ、べ、別に嫌な訳じゃないけどちょっと驚いちゃってね」

 

 「ご、ごめんなさいぃ…」

 

 彼は夕陽の如くうずめた顔を紅色に染め上げて蒸気を噴火させながら言葉を続ける。その仕草はまるで小動物のような愛らしさがあった。

 

 「その…ミーナの手って意外と小さいんですね…嫌味で言ってる訳じゃないですよ!」

 

 「分かってるわよ…けど初めてだな小さいって言われるのは、ちょっと嬉しいかも」

 

 私はこの身長のせいであまり女性らしい扱いはされず、そこへさらにハンター稼業という過酷な仕事が拍車を掛けていた。

 そして私はその扱いを受け入れていたのだ。自分はハンターだと言い聞かせて差別的な扱いを。

 私は自分の手のひらを掲げてじっくりと観察をする。時折、手首の角度を変えてみたり拳を握ったり広げたりする。

 自分の手は武器を握ったり様々な土地での狩りのせいで血豆ができていたり傷が多かった。やっぱり女性の手じゃない。

 けれども私はこんな手が欲しかったのを思い出す。苦労して生き抜いた証、努力家の証、誰かを守ってあげれる手が欲しかった。

 似てきた。師匠やカムイの手に。

 

 「頑張ってきたんですね」

 

 ミコトは私の手を両手で持ち上げると月光に照らさせて彼と私の小指を絡ませた。

 

 「えっ……」

 

 「約束してくれます?もう強がらないって、無理しないって」

 

 「あはっ…なんだ結局あなたに見透かされてたじゃない」

 

 私は本心で笑えた気がした。彼の手は暖炉のように暖かくて冷えていた私の手だけではなく心までも鳥が卵を温めるが如く温めてくれた。これが幸せなんだなと実感する。もう忘れてしまった心地よさは私を癒してくれた。

 私は小指に力を入れてミコトの小指をぎゅうと絡めつけると彼は驚いた顔をして頬を赤らめさせれいた。視線は私達の小指付近を凝視し続け飛び出しそうだった。

 

 「じゃあ私からも約束、絶対に居なくならいで、何かあったら私が絶対に助けてあげるから」

 

 「──はいっ」

 

 彼は笑いながら答えてくれた。

 本当に優しい子だ。

 

 「ねぇさミコト、私は誰かを守れるようなそんなハンターになれる…かな…?」

 

 「変なの。ミーナはもう既に僕を救ってくれたじゃないですか。もう立派なハンターですよ」

 

 ミコトはそのまま言葉を続けた。まるで憧れの人を嬉しそうに自慢しながら話してるみたいに。

 

 「英雄になれますよ。きっとミーナなら皆に応援されながら誰かを助けるためにモンスターを狩る英雄になれます。僕が言うんですから大丈夫ですよ!」

 

 「ふふ、ありがと、ミコト」

 

 私は彼にお礼の言葉を告げると「そろそろ帰って寝なきゃね」と続けてミコトとその船着き場で別れを告げた。彼の後ろ姿は幼い少年の筈なのに少しばかり私よりも大きく見えたのだった。それが彼の優しさが溢れ出て後ろ姿を大きく見せたのか、はたまたただ目が疲れているからなのかは分からないままだった。

 私は誰もいない静かな自宅の扉を開けて中に入ると闇の沈んでいる足元に注意しながら何とかベッドへとたどり着き休眠を取ることに成功した。

 そして次の日の朝、私とミコトはサシャと調査班リーダー、総司令達に呼ばれて会議に出ることになった。

 その会議の内容はバゼルギウスとディノバルド亜種の件だった─────。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




読了ありがとございました‼️
いよいよですよ❗迫って参りました‼️ディノバルド亜種戦❗
戦闘シーンを書きたくてしょうがない‼️って感じでテンションが上がっちゃってます。はい。
ディノバルド亜種とか他の細かい話してない設定はまた後日ということで……
今回でミーナ以外にも票が入って欲しいのですが厳しいかな…
まぁ評価やお気に入り登録の方もよろしくお願いします‼️
ではまた❗
導きの青い星が輝かんことを……


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決戦前日

特に戦闘は無し‼️
あと少し書き方を変えてみた


 「集まってもらったのは他でもない。あの『蒼紅蓮滾るバゼルギウス』とディノバルド亜種…いや、特殊個体『武神を宿すディノバルド亜種の件についてだ。『蒼紅蓮』の方はまだ本格的な調査が行われていないから今は置いとくとして『武神宿すディノバルド亜種』についてはサシャと学者先生達からの報告が挙がっている。頼むぞサシャ」

 

 清々しく透き通っている青空を背景に調査班リーダーはいつもよりも大人数を会議に集めると、『蒼紅蓮滾るバゼルギウス』と『武神を宿すディノバルド亜種』の件を話しだしてサシャへと議題を投げた。サシャは一瞬だが拍子抜けた顔をしてそれを誤魔化すように咳払いをするとそのまま続けた。

 

 「えー、特殊個体と見なされたディノバルド亜種は現在、瘴気の谷の中層の大穴から空を仰げる広い未発見エリアに居座っている。あそこは出入口の大穴以外からは出入り出来ず、それも今は岩が崩れて塞がっている状況になっている」

 

 サシャの言葉に周りのハンターや学者達はどよめいていた。未発見のエリアなど、散々調査し続けてきたハンターからしてみれば信じがたいことであり、そこへディノバルド亜種という様々な要素が混ざり込んでしまっていた。

 そんな疑問やら不満、不安を抱いている大勢にサシャは再び言葉を続ける。

 

 「この状況は私達にとっては絶好のチャンスだ。ヤツにとって崩れた岩なんぞ尻尾の刃を扱えばクモの巣のように簡単に突破できてしまうような防壁だが、今此処でヤツを見逃すような真似をしてしまえば瘴気の谷の生態系は崩れその被害は谷だけではなく、陸珊瑚の台地、古代樹の森と他の環境までにも被害を出すことだろう。私達は何としてもそれだけは食い止めねばならない」

 

 

 サシャは今までよりも言葉を強調して言い放った。

 

 「何としてでも!ヤツをあのエリアから出す前に仕留めなければならない!!ヤツに此処で終止符を打たないと前回同様に瘴気の霧に姿を眩ませてその刃で生態系を脅かせる事になるだろう!ハンターとして!新大陸に生けるハンターとして!!『武神を宿すディノバルド亜種』を必ず討つ!!」

 

 そのサシャの大声は此処に居るハンター達に火を着けた。彼らは腕を上げて、おおぉーっ!!と声を上げた。

 するとそんな中に弱々しい声が聞こえる。

 

 「まぁまぁサシャさん……指揮を上げるのもいいが次は我々の仕事だ…ではまず我々の調査結果の方も聞いてもらいましょうかね…」

 

 その身長はテーブルにも満たない程の小人っぷりは童話を彷彿とさせてた。その学者特有のローブ衣装はてっきり何かの決まり事なのかと妄想を膨らませ、よぼよぼの皮膚とベリオロスの毛のように透き通った白い髭を持った学者がサシャの話の中に割って入ってきた。

 

 「これはすいませんでしゃばり過ぎましたね…」

 

 「いいえ…これ程指揮が上がっているのは悪い事じゃない…人が集まれば次の仕事は我々が彼らに情報を与えてればもう準備は整ってしまう。むしろ、情報の提供よりも指揮を上げさせる方が困難の筈なのに…凄い統率力ですな」

 

 学者はサシャを褒めちぎり疎かにしていた調査報告を再び語り出す。これがなければ間違いなく負け戦と化すであろう。狩りに大切なのは技術に経験、それと情報の三つだ。技術があっても経験が無ければ慣れない状況下の闘いを強いられ、技術はあっても情報が無ければ知らぬ動きに翻弄されて格好の的に成り果てる始末。この三つは切っても切りきれない存在なのだ。

 

 「まぁ…動きも通常のディノバルド亜種との違いも少ない老年の個体でいてくれればよかったのにな…あれは知性も技量も段違いのもの、武神を宿すという表現もあながち間違いではない。その技量と知性に加えてあの武器にさえ使われる鉱石混じりの大岩さえ砂の城を崩すように断ち斬る硫黄の刃。通常個体と違って定期的な手入れもされてる様子もなく、真剣状態を目の当たりにしたハンターは今のところ誰一人しておらん、見つかったのは見せつけるばかりの磨ぎ跡のみよ」

 

 学者は言葉を淡々と続ける。その表情はよく見えないが私達に顔面(おもて)は上げず全てを語るのはその言葉と立ち姿。それは此処に集まる誰もが理解した。否、させられたのだ。

 彼は、我々はヤツを言葉に表すことすらも恐ろしく躊躇いのあるものなのだ。自然に誰もが想像する。我々に合っていないヤツの目の焦点を。弱き存在を見て吐くようなため息混じりの呼吸を。おぞましい闇を纏って武神が振りかざすあのもうすぐ(くれない)に染まり切るであろう獰猛な刃を我々は恐れていた。

 私もミコトもサシャすらも立ち尽くすだけだった。もうこの場に居合わせる誰もが立ち尽くす。ヤツを表す言葉にさせ。恐れを抱く。

 

 「注意を払うのは通常個体同様に強力な腐食性の体液だが、あの通常よりも長い年月を掛けて作られた硫黄を纏う尾からの攻撃を喰らえば腐食性の体液を浴びていなかろうとも一発で防具ごと真っ二つだろうな。体液に当たれば防具は徐々に溶けて行く。体液は本当なら原種にとっての錆び同様切れ味を落とす邪魔な存在でしかない筈なのにヤツにとっては己を強化するためのものになっとる」

 

 容易に想像出来る。自分があの尾に斬られる姿を。

 綺麗な横線を入れて断面を作り上半身と下半身が別々の場所へと崩れ落ち、そのまま息を引き取る姿を。

 姿をそのまま残す死は望めない。かつてカムイがそうであったように。

 

 「もちろん、対抗手段が無い訳ではない。一回り大きいディノバルド亜種だからこそ距離は空いてしまい必ずヤツは己のリーチをそこで活かす。だから我々はヤツのリーチを殺して距離を詰めた闘いをしなければならない。だが、こんなの自殺行為のようなものだ」

 

 皆、息を呑む。その行為ですら咎められるような静寂の場でを垂らし息を呑む。一人がそうすればそれは連鎖反応のようにして皆に拡がる。

 そして学者の低い声が響く。

 

 「して……誰が最前線に、ヤツと刃を交えるのだ?」

 

 誰も挙手はしなかった。己の名を出さなかった。あれほどサシャの言葉に火を着けられた威勢も自ずと消えていった。此処はまた静寂に戻る。

 

 「私がやる」

 

 私はその静寂をうち壊すように声を出して前へ出る。辺りは意外な行為に驚きを隠せずどよめき始めた。

 そしてそのどよめきの中から自殺行為という言葉が聞こえた。

 

 「確かにそうかもしれない。けれどもしディノバルド亜種を倒さなければいずれこの大陸の生態系は好き放題荒らされ、耐えるのも限界を迎えてしまう。それだけは避けなければならない事態。一緒に闘ってくれとは言わない。それでも私一人では絶対に勝てない。だからどうか!私に協力して!あの大岩だって私ではどかせないし、大岩をどうにかするだけの物資も運べない。だから!どうか!どうかお願い…!!」

 

 私は頭を下げて頼み込む。答えは慈悲の無い静寂だった。私は歯を食いしばりながら更なる返答を待つことしか出来なかった。

 返答を待つ時間は永遠のようにも感じた。だからこそ私にとって都合の良い返答が聞けるまで待てると思ってた。

 けれどその安堵の空間を切り裂いたのは学者の言葉だった。

 

 「一人だったな……名を挙げたのはたったの一人のハンターだ。まぁそれが答えというのならよいが……さて、まだライダーの返答を訊いていなかったな?」

 

 学者は冷たい視線をミコトへと向けて彼に注目を集めさせた。まるで彼を威圧で殺すかのように学者は仕向けた。

 ミコトは唇を噛んで威圧に堪えながら答えた。

 

 「行かない訳無いじゃないですか。僕は彼女のパートナーです。一緒に闘い必ず此処へ戻ってきます」

 

 「ほぉ……そんじょそこらのハンターよりもよっぽど勇ましいわ…顔負けだぞ、おぬしら…」

 

 学者の視線はキッパリと断言したミコトから、集まるハンターに向かった。また重たい空気を纏わせ威圧を放つ。

 黙り混むハンター達はどうすればよいか分からず隣り合わせで顔色を伺う。もはや自分達は協力も出来ない臆病者だと認識しあった。

 

 「私だって行くさ」

 

 サシャは腕を組ながら自慢気に言ったがそれはすぐに調査班リーダーによって消された。

 

 「いや駄目だ。サシャ、お前は此処に残れ。あの二人に行かす」

 

 「おい待ってくれ!何でだよ!?」

 

 「あの円形の狭い場所ではお前にとっては不利な闘いを強いられる。それにもしあの二人が負けた時、誰が『武神を宿すディノバルド亜種』を討伐するんだ。サシャ、お前はこのアステラのいや俺達の最終兵器のようなものなんだ。自覚を持ってくれ」

 

 調査班リーダーはサシャの両肩を掴みながら頭を下げ頼んだ。

 

 「だからってあんな場所に二人だけで行かせるのかよ!?納得出来ねぇ!私も──」

 

 「大丈夫よサシャ。私達はそんなに弱くないし必ず此処へ戻って来るから大丈夫。心配しないでいいからあなたはあなたの仕事に集中して」

 

 「僕とミーナで必ず勝って来ますから!」

 

 私達はサシャへそう声を掛けると彼女は下を向いてしまった。まるで子供みたいだ。

 

 「……………もう仲間を喪うのは嫌なんだ……」

 

 「何か言った?」

 

 「───いや、何でもないさ。必ず勝って戻って来いよ!」

 

 サシャは顔を上げて私とミコトの肩を強く何度も叩いた。その力強さには私もミコトも顔をしかめてしまう。

 

 「頼むから……!」

 

 気付けばサシャは泣いていた。雫を煌めかせながら掠れた声で力強く言い放つ。

 

 「────死なないでくれっ!!」

 

 「えぇっ!!」

 

 「もちろんですよ!!」

 

 調査班リーダーはその様子にいち早く気付き他のハンター達に解散するように促してくれた。そういった面では彼はすごく紳士的だ。普段の彼女を知っている人間であればサシャが泣く姿なんて想像も出来ないからそういった印象を崩さない為の行動だろう。サシャも人間なんだからと彼らに再認識させるのも悪くはないと私は思うがサシャは調査班リーダーの言う通り私達の最終兵器的な存在。希望の一つなのだ。もしかしたらサシャは想像以上に厳しい生活を送っているのかもしれない。

 丁度、この場からハンター達が立ち去った頃に調査班リーダーは学者の顔色を伺いながら尋ねた。

 

 「それで学者先生。例の『蒼紅蓮滾るバゼルギウス』の調査の方は順調ですか?」

 

 誰も居ないから訊けたのかもしれない質問だった。次に恐ろしい古龍級のモンスターの異常な個体の話も先程持ち込めばいよいよアステラから出ていく人もいるかもしれない。だからこの話は後に持ってきたのかもしれないと想像する。多分、この予想はあっているだろう。

 

 「なんだ…?ディノバルド亜種よりもそっちの方が気になるのかい?まぁ…結果として完全に姿を消されて手の出しようが無いんだよ。これといってヤツの痕跡も見つからない厳しい状況だ。いわゆる…御手上げってやつさ」

 

 学者は言葉の通りカサカサの皮膚の手を上げた。

 

 「そうですか……分かりました。引き続き調査をお願いします」

 

 調査班リーダーは何処か不満げな顔をして私達の所へ歩いてくる。

 

 「ミーナ、ミコト、すまないな。お前ら二人だけで行かせることになってしまって…どうかあいつらを恨まないでやってくれ」

 

 「別に恨む気なんてさらさら無いよ」

 

 「そうか…ありがとう、ミーナ。だが…大岩の件はどうするんだ?報告で聞くと相当な物資を運ばないと破壊で不可能みたいだが…」

 

 すっかり忘れていた。肝心の所が抜けてしまってる。私には正直に言ってあれをどうにかするのは無理だ。

 私も調査班リーダーも指を顎に当てて悩み込む。とそこへ───

 

 「空から、はどうですか?」

 

 空を飛べるリオレウスをオトモンにしているからこそのミコトにしか出来ない提案だった。

 

 「それよっ!!」

 

 「わっ!?け、けどその分危険度が増して危ないですよ?」

 

 「けれどそれしか彼処へ行く方法は無いわ!さぁ決まったわ!後は各々準備を済ませましょう!」

 

 私はミコトの腕を取り頼んだと言わんばかりにブンブンと上下に激しく振った。

 

 「ちょっとミーナ!痛いですよ!や、止めてください!」

 

 ミコトが目を瞑りながら私へ訴えかけてくると調査班リーダーは大声で笑い出したのだ。

 

 「お前らが負けるなんて想像も出来なくなってきた!無事に戻って来いよ!」

 

 「えぇ!」

 

 「はい!」

 

 もう守れなかったと後悔しない為に私は、私達は前を向く。

 お互い拳をぶつけ合った。約束である。絶対に二人、また此処へ生きて戻ってこようとゆう約束を交わして──。

 彼に、私達に導きの青い星が輝かんことを──

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

  

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




読了ありがとうございました‼️
最近、お気に入りが20いったと喜んでいたらいつの間にか18まで下がってたりと色々ありましたがこの調子でいけば1章は難なく終わりそうです。
もしよろしければお気に入り登録や評価の方もよろしくお願いします。
ではまた‼️
導きの青い星が輝かんことを…


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激突

 強風が吹き荒れる陸珊瑚の台地を抜ければそこは生と死が混じりある混沌の地、瘴気の谷へ出れる。空の航路も安全なんかではなく舞い上がる綿のようなのが視界を覆い、迫り来るレイギエナの認知を遅れさせられた。

 しかしリオレウスの機動力は気球とは大違いで難なくレイギエナの攻撃を回避し続けることは出来ていたが谷が近付くにつれて次第に体力の消費も激しくなる一方でレイギエナの攻撃を回避しながらの移動ではなく被弾覚悟での最短ルートの直進であった。

 下に見えるのは間違いなく地獄。此処では焦げたような煤を全身に浴びたようなレイギエナの死体しか見たことがない。その出所も死んだレイギエナが落ちてきているのかはたまたそこで死んだからこそあれ程までに汚れているのかは私も知らない。

 

 「ミーナ、そろそろ目的地です。此処の真下と言ってもいいかもしれませんけど……」

 

 私の前に座っているミコトが顔を合わせずに声だけで私に報せてくれる。下を覗き込めば隕石でも落ちて穴でも空いたかのとうなドーム状の地形がうっすら見える。そのドームを完全に包み込み日光を遮断しようとしているのは牙のような形の岩というべきだろうか壁は反り返っていて大きく口を開けてるみたいだ。

 

 「地獄か…恐いわね。あの学者の言葉がまだ記憶の片隅に残ってる…これから狩りへ向かうハンターを恐がらせて何が楽しいのやら…」

 

 「僕にも分かりませんよ…人の楽しみなんてそれぞれバラバラですからね。だからと言って悪趣味だとは思いますよ?」

 

 私は不意にも笑ってしまうとそれにつられミコトも笑い出してしまう。笑えることも幸せに感じられるこの瞬間が何よりも幸せだった。

 ミコトが息を呑み首元に掛けてあったゴーグルを装着すると「降りますよ」と合図を出す。その合図を聞き取るとスリンガーに閃光弾を装填し不安定なソラの背中で立とうとする。何とかミコトの背中を掴んで屈むことは出来たがこれ以上は出来そうにない。

 すると一気に掠れていた視界がぱぁっと晴れる。今まで私達が飛んでいたのは霧の中。追ってきていたレイギエナの姿も見えなくなっていて間違いなく真下へ急降下しているという実感だけが私を襲う。

 だんだんと呼吸元に苦しくなっていく中、気付く。霧に見える細長い竜のシルエットを発見する。どうやらレイギエナは私達と距離を取った所に位置しているのが。しつこいことにヤツはまだ私達を着けている様子。

 

 「ミコト!まだレイギエナは追っかけてきているわ!急いで着地しましょう!」

 

 振り替える度にレイギエナとの距離が縮まっているのが確認できる。空の王者とはいえ陸珊瑚の主には若干劣るか。そう思っている間にソラは地面すれすれの所まで降下していて私は身体を回転させながら着地すると目の前には片目を淡く光差す空へ向け、もう一方は自分の縄張りに侵入した不届き者を睨む『武神を宿すディノバルド亜種』が仁王立ちしている。

 私は睨まれたことに気付くとすぐにスリンガーをディノバルド亜種に向けてもう片方の手で太刀を構えるがディノバルド亜種は私を無視して空を飛び回っているソラとレイギエナに目をつけた。

 

 『────────‼️』

 

 「っ─!!」

 

 するとディノバルド亜種は金属音混じりの咆哮を轟かせてレイギエナの狙いをソラから自分へと仕向けさせた。私は耳を塞ぐことしか出来なかったがあれだけ離れていたレイギエナは臆すことも怯むこともなく一直線にディノバルド亜種へと急降下し砲弾のような体当たりを喰らわせたかと思えばそれは一瞬にして終わった。レイギエナの体当たりなんぞよりも何倍もの素早さで尾でレイギエナを叩きつけて地面へ引きずり落とす。レイギエナはそれでも翼をはためかせ体勢を整えようと必死こくがディノバルド亜種は嘲笑うかのように頭部に尾を突き刺す。意図も容易く命は消え去った。脳天を貫通した刃は血みどろながらもきらりと結晶の光沢が輝き続ける。

 

 「下がれってこと…?さもなければレイギエナみたいに殺す…って言いたいの?」

 

 ディノバルド亜種は殺戮的な尾に、強靭的な爪に、冷徹的な牙に、その(まなこ)に武神を宿していた。悪魔なんぞ趣味の悪いものではなく立ちはだかる者全てを鏖殺(おうさつ)する“鬼”。

 レイギエナの首に牙を突き刺し自分の後ろへと放り捨てる外道。まさしく死体にすら慈悲を与えない“骸殺し”。

 吹く風すらも怯え冷たくなる。此処は完全に彼の独壇場。全て彼有利に物事は進み鏖殺。虐殺。彼が他へと与える死は救済。玩具はその骸。骸にして尚、遊び足らず玩具とかし彼の糧となる。

 私は招かれた客なのだと気付く。レイギエナへの攻撃はあったものの私への攻撃はまだ無い。此処へ来たものは天秤に掛けられるのだろう。遊びがいがあるものと無いもの。あるものは彼の鏖殺を受けて無いものは虐殺を。二通りの地獄が待っているのだこの地では。

 そして私は偶然か必然かは分からぬも前者を引き当てたらしい。 

 

 「やっぱ運良いみたいね私…」

 

 私はスリンガーから閃光弾を放つと眩い光が拡がり目を開けるのも困難にさせると放つ前に頭に叩き込んだディノバルド亜種との間合いを思い出しながら目を瞑りながら詰める。音、臭い、感触だけが今の全てだが風は確実にディノバルド亜種へと私を導いてくれてる。だからヤツの位置も手に取るように把握出来ている。

 そしてその閃光のフラッシュが切れる丁度に互いの視界が回復すると私の刃はディノバルド亜種の首を捉えていた。今さら対応は不可能。

 私は一発反るように切り上げて比較的肉質の柔らかい部分を斬り、追撃の横一線を顔面に喰らわせようとしたが相

手の噛みつきからの尾での回転攻撃と柔軟な反撃を避けるのに必死でそのチャンスを失ってしまう。

 更にディノバルド亜種は距離を取った私の目の前に尾を突き刺す。ギリギリ距離が足りなくて助かったが抜くときに何やら巨大な矢じりのような結晶を残していった。

 結晶は瘴気に似たような煙を発していてその黄色にはいささか嫌悪感を覚える。

 ディノバルド亜種は尾を地面に擦りつけてその鋭利さを保とうとしていた。ギリギリと歯ぎしりのような鈍い音が響いて彼の刃は火花を散らす。そして勢いよく───

 

 「なっ!?」

 

 ヤツの刃が目と鼻の先まで迫る。

 『大回転斬り』、ディノバルド種の得意とする大技の一つ。普通なら口に咥えて牙で切れ味を底上げしながら放つ大技の筈。ディノバルド全体を通して牙の存在は大技いや、技全てにおいてなければならない存在。牙を使わない『大回転斬り』は間違いなく最大火力ではない筈。ならこの迫り来る感覚は何なのだろう。細胞レベルまでが私に避けろと叫んでいるのだ、この技は危ないと必死に叫ぶのだ。

 私は屈んで背を低めることで間一髪、その攻撃を回避することが出来た。ディノバルド亜種の刃はそのままぐるっと一回転して周りの全てを凪いだ。

 すると結晶の塊は凪がれたと同時に四方八方へと飛び散って地面に突き刺さる。その様子はまるで天井から氷柱が落ちたようだった。

 ディノバルド亜種のこれはハンター達が扱う投げナイフやスリンガー弾薬等の投遊びがげ物を真似してるように見える。賢いってのは本当らしい。

 

 「近付けない…!」

 

 これが何よりの問題だった。あの飛び散った結晶は近づけば必ず私にとって不利なことが起こると勘が言っている。黄色の煙を放ちながらディノバルド亜種を守っている。酸の煙だ。迂闊に近づけば防具は溶けて皮膚までももっていかれるだろう。

 そんな酸の煙に近付けないままじりじり距離を離しているとディノバルド亜種は身体をぐるんと捻って尾を伸ばして叩きつける。

 危ないと危機一髪で避けるも一瞬、ヤツの尾から目を離しただけでそこにあったはずの尾が消えていて空を見上げてみればディノバルド亜種の尾がすぐそこまで迫っていた。

 

 「クソッ!!」

 

 息を飲んで正面から太刀で防ぐ覚悟を決めるとヤツの尾の先端と刃を交えて足で何とか踏ん張りながら受け流すことに成功する。しかし腕が相当やられた。圧倒的力量差の前に虚しいが張り合うことは出来ず、無理矢理受け流すことで精一杯だった。

 ぶらんと腕から力を抜ききることで痛みを最小限に抑え込みながら相手の出方を探る。受け流すことにもう一度は無いのだ。

 するとディノバルド亜種は力強く踏み込むと地面を蹴り飛ばして跳んで攻撃を仕掛けてきた。当たれば一撃必殺の渾身の技だろうがその大振りな予備動作が目立っている。

 だから私はヤツよりも一歩先に動けた。短いこの時間で頭をフルで働かせ今とれる最善の手段に転じる。

 私は堂々とディノバルド亜種の前には仁王立ちをして勝ち誇った顔で言い放った

 

 「喰らいなさい」

 

 そうやって私はスリンガーを付けてる腕を空に掲げて二発目の閃光弾を放った。

 さぁ、徹底的にこちらが攻める番だ。

 

 

 ▽▽▽▽▽

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 灰色の空に日光の代わりと言わんばかりに離れていても眩しい閃光が散っていった。これで二回目。

 この二回目の閃光はミーナからの作戦実行の合図で、僕はソラを真下に滑空させて行動を本格的に作戦へと移す。

 作戦は幾つかあるが今はミーナの体制を安定させる為、二回目の閃光弾の合図でソラと共に低空飛行から火球での攻撃を開始しようとしていた。

 下の様子を伺えばディノバルド亜種は先の閃光弾で転倒していて多分、起き上がるまで時間が掛かる筈であろうからそれまでに位置を取りに急ぐ。

 

 「ソラ!此処で止まって!」

 

 ソラをある程度ディノバルド亜種の近くまで寄らせるとそこで移動するのは一旦終わりで苦しいだろうがソラにはこの位置でホバリングをしてもらう。翼を細かく上下に動かして些細な位置調整も済ませる。

 僕らの視線の先ではミーナが太刀を物凄い素早さで振るい身体にありったけの赤黒い血を浴びている。けれどミーナが斬れているのは比較的柔らかい部位、特に腹部等で強固な甲殻に振るえば確実にダメージの期待は薄い。

 するとミーナはしかめ顔をしながら後ろへと下がる。成る程。もう起き上がるのかいくらなんでも早すぎる気もするが彼は常識はずれだ(特別だ)

 その身体との比率をみればあまりにも小さすぎると感じてしまう脚を動かし地面につけてディノバルド亜種は復活する。

 

 「今だっ!!ソラ、ミコト!!」

 

 その次の瞬間、ミーナが僕らを信頼しきった様子で叫ぶ。攻撃の合図だ。

 

 「ソラっ!!」

 

 ソラは口から煮えたぎる太陽をディノバルド亜種に向けて放った。パチパチ音を立てながら進んでいく火球は僕の位置でも肌を焦がすように熱いのだ。少なくとも直撃すればただでは済まない。

 そして、ソラの火球は見事ディノバルド亜種に直撃をしたのだった────。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




読了ありがとうございました‼️
いよいよディノバルド亜種最終決戦に突入です。
ではまた❗
導きの青い星が輝かんことを…


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空へと大地へと絶望を

 燃え盛る小太陽は今、確かに目の前の標的であるディノバルド亜種に直撃した。リオレウスの火球は人であれ竜であれ有無を言わさずに束の間、業火で焼き苦しみから解放されるように短時間で想像を越えるダメージを残しながら弱らせるリオレウス得意の十八番の技。比べるにも他のものでは大した比較にもならず僕は仕方ない気持ちで“太陽”と例えたのだ。

 なら、今目の前で起きてる光景は何なのだろうか。このような事を予想の範疇に入れて置くのは厳しい、いや不可能だ。それは長い間、共に行動し、共に暮らしてきた僕が一番知っている。心の底から拒否している。それも無意識の内に。

 

 「立ってる…!?」

 

 びくともしていない。手応えが無いこの様子はまるで山にでも火球を放ったみたいに、いやもっと当たった感触すらも感じれないこれは火球自体が吸い込まれ消えたような感覚に陥った。今はただ困惑だけが僕とソラを襲っていた。ディノバルド亜種でもレイギエナでもない困惑という感覚だけが襲ってくる世界に“堕ちた”。

 ディノバルド亜種の甲殻はパチパチ音を立てながら燃えているが、実際は“ただ燃えているだけ”。ダメージなんて無いように平然な顔をして動じていない。それだけ格上の相手だったのか?生物の壁を越えてしまっているのだろうか?何をしても無駄なような気がしてきている。まさか気持ちが先に滅入るとは想像もつかない。

 圧倒的な実力差が此処にはある。単純なパワー、頑丈さ、そして素早さ。こちらも何かでは優ってはいるのだろうがその“何か”が分からず仕舞いでは挑もうと思う気すら湧かない。

 先からミーナも少し焦っている様子だった。特にこれといった分かりやすい驚いた表情は現さないが、じっくりと窺えば少し下唇を噛んで赤く腫れさせてるのが見てとれる。ただ、ディノバルド亜種は堂々と静かながらも僕らを黙らせた。

 

 「ソラ…まだ、やれるよね」

 

 ソラの背中を撫でながら頼み込む。僕らがここから引き下がることは今はミーナの戦況を不利にさせる一方と行為だ。避けがたい行為は無茶をしてでも避けねばならない。たとえ自分の命が危険に晒されても此処に居るということは元からその覚悟があって来た。

 必ずミーナとソラだけは───

 

 「ソラッ!!もう一度!!」

 

 ソラはもう一度火球を放つ。一発目と何も変わらない一撃である。けれどディノバルド亜種はそれを先よりも柔軟に受け止めた。くるりと身体を動かしたと思えばその古い結晶を纏い続けている尾でキャベツを一玉、新品の包丁で真っ二つに切り裂くように小太陽を切り分けた。いとも簡単にやられたので少し動揺を隠せないが狙いは元よりこれではない。

 

 「今だっ!!」

 

 ディノバルド亜種と目が合う。それも二メートルもあるか無いかのこの距離まで一気に詰めた。わざわざ威力のある火球を囮にしてまで詰めた理由があった。もし火球が駄目だというのなら、ただ力にものを言わせた物理で圧すだけのこと。ディノバルド亜種の顔面に向けてフルスイングの勢いを思い切りつけた尻尾での攻撃。威力だけで語ってるのではなく技術も力を貸すこの技。

 クリーンヒット。確実に顔面に直撃し、火球以上の手応えを異常な違和感も感じる程の手応えを覚えた。全身の骨の髄まで振動が染み込みさっきとは違うと身体に伝わった。達成感と驚きが奥底で混ざり合う。

 ディノバルド亜種もこれには堪えたようでドスドスと力強くも頼り無い千鳥足で後ろに退きながら倒れて込む。ミーナはここぞとばかりに刃を背に預けながら直進する。太刀分の空気抵抗が減ったのかいつもの倍ほどに感じれた。

 

 「ハァァア!!」

 

 繰り出される斬撃は最初のうちは目で追えたものの、時間が経つにつれて一筋の細い線に変わり閃光がほどばしっている。これが人の繰り出せる巧みな業なのかと目を疑ってしまう程の凄まじいものだった。

 僕はソラを地面に降ろすと少し休憩をさせる。時間が無いことは承知の上だが今はミーナが一方的な攻撃を続けているので休ませないと次に万全の状態で迎え撃てないかもしれない。ソラだって疲弊する。ミーナだって疲弊する。

 だからこの順番交代の戦い方、作戦が生まれたのだった。ミーナと僕たちが順番で交代し休み無くディノバルド亜種に攻撃を続け、生じるであろう隙で交代する繰り返しの作業のような作戦。

 僕はコートの袖から手にナイフを三本落として受け止めるとコートの胸ぐらを自分で掴んでバサッと宙に脱ぎ捨てた。中からは日光を反射させるイャンガルルガの素材が使われた防具が姿を現した。

 

 「そろそろ、だよ…」

 

 ソラの背中を優しく撫でながら僕は言う。ソラはそれに少しばかり声をだして応えてくれる。

 

 「皆で一緒に帰ろうね」

 

 するとミーナがばっと後ろに飛び下がり息を荒げて膝をつく。彼女の目の前にはディノバルド亜種が体勢を立て直して僕らを一気に睨む。恐ろしい(まなこ)は自然と僕らの背筋を凍りつけさせて視界からごみを扱うように捨てる。寧ろそれが僕らにとっての彼なりの敬意の行動でもあるかのように思えてくる。

 僕はくるりと指を器用に扱いナイフを一回転させるとそれを勢いつけて、空を切り裂きながらディノバルド亜種に向けた投げて進む。

 三本の内、二本は甲殻に弾かれてしまうが残りの期待が籠められた一本は恐怖をしまい込んだ眼に突き刺さる。悲鳴を上げる程の苦痛の筈なのに彼は顔を下に向けるだけの反応を見せるだけで、それ以上のことは期待出来そうになかった。

 けれども、その僅かに怯んでくれた時間はソラがこの離れた距離を詰めるにはあまりにも十分だった。

 

 「ソラ!!薙げ!!」

 

 ソラに指示したのは尻尾でディノバルド亜種の顔面をまた弾いて後ろ飛ばす。打撃系の手段が効くと分かれば後はこの手で攻め続けるだけである。

 ディノバルド亜種が叩かれた顔面をこちらへ向け直すと覗くようにソラの顔は先に向いていて、それを飲み込みように大きく口を開けている。そしてまた小太陽が放たれた。

 痛恨の一撃である。これ程の距離で放たれればいくら炎が効きにくいといってもその反動が勝る。これにはディノバルド亜種も唸りながら空を仰いでよろめく。

 このチャンスに乗じてソラを飛ばせて足の鉤爪で攻撃を開始させると彼は何も出来ないまま攻撃を耐え忍んだ。効果が薄いか。

 だがその次の瞬間、目を見張るような出来事が起こる。ソラが姿勢を急に崩して地面にばたりと墜ちて倒れ込んでしまったのだ。僕はその時にソラの背中から放り出されてしまう。

 

 「ソラ!!」

 

 よくソラを見ると足の裏に大小、まばらの結晶の棘が数本刺さっていたのだ。理解は未だに追い付かず無駄な行動ばかりを取ろうとしてしまう。それでも一握りの理性で腰からナイフ一本を取り出して、正確に目に狙い定めて投げ刺す。もちろん狙っただけあって理想通りに命中する。刺さったのは先程の目だった。

 僕はソラへ駆け寄ろうとするがディノバルド亜種が常識を逸脱した摩訶不思議な攻撃を仕掛けてきた。

 ドンと自分のすぐそばの地面に尾を叩きつけたかと思えば結晶がその先、一直線に延びて背の低い、針山のような壁を作り上げた。僕の右足が少し被弾して犠牲になってしまう。

 

 「うあっ!?」

 

 ふくらはぎが鋭い針にやられて血だらけになるが、おぼつかない足取りでソラの元まで立ち寄ると足に刺さっている棘を抜いてやる。きっと僕よりも痛い筈だ。

 ごめんね、と言ってやりたいのだが痛みに耐えるだけで口が縫われたように開かないのだ。

 背後から背を通って伝わるこの威圧感はヤツが近づいて来ている証拠だ。もうダメかと残り一本のナイフを握り締めて、振り向き投げようとした瞬間だった。目の前に眩い刹那的な閃光が走る。顔を伏せて閃光が過ぎるのを待つとミーナがディノバルド亜種から僕らを守るように立った。その姿は見慣れてる筈なのにどこか引き寄せられるものがある、英雄的な立ち姿である。その美しい黒の長髪をなびかせて、傷だらけのリオレウス亜種の防具が頼りになる。

 

 「ありがとうね。アンタ達。後は私がやる」

 

 ミーナは背中から太刀を抜くと空高く刃の先端部分を掲げて、もう片方の手でポーチから黄ばんだ液体が入った瓶を取り出すと真上に投げてそれを太刀を振り下ろして真っ二つにした。刃は黄ばんだ液体を十二分に纏っている。

 

 「さぁ、ここからが本番よ」

 

 スリンガーに装填している火種石がキラキラと日光を反射して刃を照らす。ミーナは刃の側面を火種石に擦り付けるような真似をすると一気に刃を滑らせた。

 すると火打ち石のように発火した火が刃に吸い込まれて瞬く間に炎へと規模を拡げた。そして炎を纏う。

 パチパチ音を立て、巧みに扱う。液体のように正体は油、それが発火した火を強めて(ほむら)として纏わせた。

 ミーナのとっておき、〈(ほむら)の刃〉である。

 

 

 

 

 




読了ありがとうございました❗
ここで説明することじゃないと思ったんですが結構これから先、物語で絡んでくるので二つ名ハンターについてご紹介。
 まず何?って話ですけど二つ名ハンターはこの創作のオリジナル要素でギルドから直接的に雇われたハンターと思ってください。ギルドナイト?って思うかも知れませんがギルドナイトよりも幅広い依頼を受ける狩猟のプロって感じです。
 階級も分けれてて、第三級の実力は4人パーティーで古龍の完全討伐が可能なレベル。
 二級は1、2人での完全討伐可能レベルで、最高クラスの一級が1人での完全討伐、もしくは4人パーティー(それ以上)での禁忌級のモンスターの討伐、もしくは迎撃可能レベルっていう感じです。
 この中にサシャが二級で入ってる感じで、それぞれアクセサリーみたいな物が配られていて、三級はネックレス、二級は指輪、一級にはイヤリングと区別されていて、それぞれに竜の首に剣が突き立てられている紋章が入っています。
 これから二つ名ハンターは結構登場するのでその為の解説でした。
 ではまた❗
 導きの青い星が輝かんことを…


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青空が降る日だまりに

 

 「此処で決着をつける」

 

 柄を握るてはからは熱さの影響で汗を流して燃えているようにピリピリ焦がされている。刀身に塗られた油に火が引火し、元より刀身は焔で出来ていたように錯覚させる。

 吹き荒れる突風は焔を拐い、空を游がせているが、未だにくっきりと刀身の形は此処に残る。

 私はただ、“あの時”のようにひたすら無心になろうとする。身体中で風を受け止め、音を全て吸収して、視界だけは遮断する。

 そうだった。“あの時”もそうだった。

 ただ、この自分と感覚しかないこの空間が、

 この世界が───

 “心地よくて仕方ないのだ”────

 

 「さぁ楽しもう──」

 

 自分でも思いがけない言葉をまだ目を瞑りながら呟くとまるで私がディノバルド亜種に吸い込まれてるように無意識に、素早く近づく。視界は今も真っ暗のまま、時折、照らされてしまうが依然、心地よい。

 肌を触られた感覚を感じて確信する。目の前には驚いて慌てて注視したディノバルド亜種が無防備にも漠然とした様子で立っていると確信できた。

 あぁ、この瞬間が堪らない。

 突然、湧いて出たこの謎の衝動の正体は一向に分からぬままだが最早、そんなことはどうでもよかった。今は本心でこの闘いを楽しめればいいと思ってるのだ。

 自分じゃないと思う心の形も堪らない程好ましくなる。壊れ行くような水槽から零れ出る水も気分を良くさせる。それら全部が私の身体をいつも以上に働かせてくれる。まるで一種の“ゾーン”に入ったみたいだ。

 私は誰かに任せるように太刀を振るうと気持ちいい感覚が痺れさせる。音で様子を捉えると今の攻撃はディノバルド亜種に命中して怯ませたらしい。そんな感覚は伝わりはしなかったが、それもこれもさっきの感覚の麻痺が原因だろう。

 

 「当たったの!?それは!それは良かったぁ

 !!」

 

 誰が叫んだのだろう?まさか私か?正気も保つのが難しくなってくる。この暗闇の中では私一人なのだ。壊れ行く私一人。世界に立つ、絶対支配者ただ一人。

 私はこの空間から現実(?)の私へと命令して柄を握っていない片方の手の人差し指をクイクイとディノバルド亜種に向けて挑発する。

 多分、相手攻撃を受けたら発狂してしまうんじゃないか。怒りも苦しみでもなく、ただこの闘いを盛り上げるスパイスの一つとして感じてしまう。そしてこのゾーンを更に加速させてしまう。

 しかし、あぁ…なんて心地良いのだろうか。思わず浮き足で歩いて、鼻歌でも歌いたい気分だ。

 私は適当に刃を振るうがまたしても吸い込まれるように勝手にディノバルド亜種に命中して、できた切り傷に炎がえもいわれぬ苦痛を与える。

 っ───楽しい!!

 思わず腕を振るう速さが一段と上がり、目を瞑った状態でもより鮮明にヤツの位置が分かるようになる。今は感覚も音も勘も全てが味方についているんだ───

 そう。カムイも──

 

 「心地良いぃ!」

 

 今まで出し方を忘れていた天賦の才の出し方を思いだしたようにはっきりと次にどのような行動を取ればいいか自然に思いつく。

 右足を、左足を、また右足をとタップダンスでも踊るかのように舞って距離を詰める。時折過ぎ通る風と音はあの尾での突き刺しの攻撃により生じたものだろう。けれども私はそれが来ることを感じていた。或いは知っていたのかもしれない。どちらにせよ、一発も私に当たることはなかった。

 そしてまた、刃を振るう。

 

 『───────!!』

 

 その瞬間、ディノバルド亜種は鋭い雄叫びを上げた。私の振るった刃に重い衝撃がのし掛かり、私の手には手応えと虚無感が宿る。

 尾での相殺か。この数秒とも無い瀬戸際に、ヤツは尾で私からの攻撃を防ぐ判断に至り実行に移した。手応えはその頑丈さに触れたことによってのものか。虚無感は確実なダメージが入っていないことによるものか。

 けれどヤツは小さな人間の攻撃を己が誇る最強の武器で防いだ。成る程。追い込んだか。

 不意に瞑ってる目元に柔らかい感触が伝わり何かが覆い被さってることを知る。少しだけ、鉄の臭い。知っている。これは──

 

 「“あの包帯”か──」

 

 そう、私があの雨の日に見つけた包帯。それを此処に来る前に御守り代わりに柄に巻いていたんだった。

 そういえば熱中してたせいで興味はあまり持たなかったが飛竜種特有の翼をはためかせる音が聞こえていた。きっとソラのものだろう。彼らの視線が無くなっていることに気づく。

 そうか。それはありがたい。今の私には一人で十分。いや一人で楽しみたいんだ。此処を広々と使って。

 私は目元に張り付いている包帯に手を掛ける。そうすれば本気の出し方を思い出せる気がする。もっと楽しくなれる気がする。 

 私は空よりもずっと高い所にいる彼のことを思いながら、彼に伝えたかった言葉を思いながら目から包帯を取る。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「愛してるわ──────カムイ」

 

 目を開けば其処は、全てが真っ青な空の世界だった。

 

 

 

 

 

 ─--z--z──---ーー

 

 

 

 

 ミーナは驚いていた。見えるもの全てが青色に変わって美しいのだから、その光景には思わず開いた口が塞がらない。包帯を握っている手からも力が不意に抜けていってしまう。空はより蒼く。ディノバルド亜種はより綺麗な澄んだ青に変わり果てている。

 しかし、実際に全てが青になっている訳ではなかった。青に変わっていたのはミーナの瞳だった。海のように深い蒼をした瞳孔、空のように澄んだ青した虹彩。ミーナ自身が変化しているのに彼女はそれに気づくことはなく、目の前に広がる光景に胸を踊らせていた。

 ディノバルド亜種は漠然と立ち尽くして動けなかった。彼の本能が叫んでいたのだ。今動いたら確実に不味い事が起こると必死に呼び掛けて制御していた。

 今のアイツは危険だと──

 

 「始めましょう──第二ラウンドよ」

 

 途端、ミーナは頭から倒れ込むように力なくして前に倒れ始めた。ゆらりゆらりと木綿のように不安定な倒れ方をして、地面すれすれの所まで胸がくると足で力強く蹴って前に進むための加速をつけてディノバルド亜種へ向かっていった。

 迫真の演技であったそれは、ディノバルド亜種の目をも騙して頑なに閉ざされた蟻一匹も通さない警戒心を容易くくぐり抜けた。

 ヤツの首下まで凄まじい勢いで潜り込むとミーナは蒼い瞳孔を狂ったかのような開き方を見せながら空中で刃を振るいながら一回転してディノバルド亜種が喉を斬る。

 微かな量の血液が刃に帯びていて、いつの間にか煮えたぎっていた焔は消えていた。

 ミーナはスライディングをして窮屈なディノバルド亜種の身体の下からの抜け出すと甲殻達をなぞるように太刀を滑らした。がぎがぎと耳を痛めるような金属音が響き、効果が薄いように感じる。それでもミーナは尾まで刃を滑らし走り抜けた。

 そしてミーナは一瞬で体ごとヤツの方へ振り向いて気配を隠し近づいていたディノバルド亜種渾身の噛み付きを───弾いた。

 激しい金属音が鳴り止んだ時、彼は困惑していた。自分よりも遥かに小さな虫けら(人間)に攻撃を無力化されたのだ。避けられた訳でもいなされた訳でもなく、ただその蒼く滲んで見えた刃に押されて攻撃の相殺、いや負けたのだった。単なるパワー勝負であったそれに彼女は技量に似せた何かを持ち込んだ。それが勝因であった。言い返せばそれを持ち込んだだけで圧倒的不利な場面を押し勝ったのだ。

 

 「随分と──静かね、どうしたのさっきまでの威勢は」

 

 言葉も通じぬ相手にミーナは煽るような口調で応えを待った。それは言葉でなくともミーナは立ち尽くして待ち続けた。

 彼女に帰ってきた応えはディノバルド亜種の尾を地面に滑らしての出始めが素早く対処の効きにくい攻撃だった。しかしミーナはそれを無駄の無い動きで紙一重で避けた。ただ後ろに一歩、二歩下がって目の前を通らせて空振りに終わらせた。

 彼は目を見開いてしまった。それは驚きの分かりやすい現れであった。

 

 「せっかちね。きらわ──いいえ。何でもないの。ただ…」

 

 何かを言い止めるとミーナは思い切り刃を振るう。

 ガギンッ。もたもや耳の奥を痛める。

 

 「私は好きよ──」

 

 何処が痛もうが最早、彼女にとっては何の支障にはなりはしなかった。一時的な快楽を得られるただそれだけだった。

 ミーナはこのだんだん海の底へと沈むような感覚に陥る。これがたまらない。飽きない。虜になっていった。

 経過する時間が増えていくにつれてミーナの動きもより俊敏になり、無駄な動きは完全に無くなった。全てが完璧へ近づいていく。この状況を嬉々として楽しめる感情以外は全て捨ててきていた。

 海のように深く、暗闇を含んでいく瞳孔の様子は本物そのもので、彼女の前に何が来ようとも今だけは無に帰した。

 ミーナは迫る来るディノバルド亜種の猛攻も見慣れた顔つきで技量で弾き、ねじ伏せていく。内、彼は察する。力などではこの並外れた化け物級の人間を嬉々としてどうにかするなど到底、叶いはしないことだと。

 刃同士を打ち付ける数も上昇していき、脆くなっていくのは必然的に結晶を纏っているディノバルド亜種の刃だった。

 ディノバルド亜種は一度、距離を取ろうと尾で薙ぎ払おうと振ろうとしたその時、ミーナは無茶な行動に出た。なんと、ミーナは薙ぎ払いに対して敢えて、ディノバルド亜種の尾が届く距離に入って刃を打ち付けたのだった。無理で無意味な攻撃であった。否、それは攻撃であったかどうかすら定かではない。何せ、それは防御しているようにも見えて確かな攻撃ではなかったようにも感じれた。

 しかし──今は──それが攻めの兆しへと変化した。

 なんと無理やり攻撃を受けて弾いたことによって一瞬の爆発的な威力を生んでディノバルド亜種の尾に纏う結晶を粉砕し切断なではいかないものの、一部的な部位破壊に成功した。それはディノバルド亜種に大きなダメージと衝撃を与えた。彼が幾年もそれで己を守り、落としてきた命を積み重ねた証拠。どの金属にも強度で上回り、がらくたに仕立て上げてきた。それが今、この少女に消された。

 

 「終わりじゃ───ないでしょうね」

 

 ミーナの目はその青みをだんだんと失っていって最終的にはいつもどうりの黒い瞳へと戻った。

 ディノバルド亜種は尾を顔まで巻いて寄せて傷をまじまじと見つめる。深くえぐられた傷だ。まとわりつき、凍らせたように尾を守ってきた結晶もポロポロと剥がれ落ちていく。

 ディノバルド亜種はその鋭すぎる牙で尾を噛んでガリガリ音を立てて“研ぎ始める”。牙は砥石の役割を果たしていた。そして───

 

 『───────────!!』

 

 咆哮と同時に結晶は弾け消えて彼の真剣が現れる。口からは結晶と同じ色の煙が漏れ始め、より彼の眼差しを鋭くさせた。

 ミーナは再びポーチから油の入った瓶を取り出して豪快に刃に塗りたくる。

 スリンガーにセットしていた火種石に勢い強くぶつけて火花を起こし、焔を握る。

 最終決着が今、決まる。

 




読了ありがとうございました‼️
最近、ダブルクロスに再熱し始めてハマってます。(どうでもいい)
ではまた‼️
導きの青い星が輝かんことを…


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今──蒼空に陽が差し英雄が覇す

遂に決着!!


 希望を切り裂く刃は──今──その強靭な衣を破壊され、ただの武器へと成り下がった。ただ、随分みすぼらしく感じさせる哀愁が漂いながらお互いに硬直する。動かないのだミーナもディノバルド亜種も今はずっと、お互いに相手の出方を探る。彼は臆しながら、彼女は息を荒げながら。

 ミーナの目は濁ったような黒色に戻っていたが、何時、あの時のような狂った蒼に染まるか分からぬ。それは彼女自身も知らないし、その時の記憶が曖昧だった。

 しかし、彼は感じ取れた。あの不気味な見えぬオーラが見えていた。まるで誰かに呪われているようなおぞましいもの。恐怖が具現したか?あるはずの無い、黒の霧が手の形になってディノバルド亜種の方へ伸びてくる。そして彼の顔に触れた。

 その瞬間、ディノバルド亜種はこの世のものとは思えないものに触れた恐怖を体感して電撃がほどばしった。痛みはなく、痺れも無かったが気付けば一歩後ろへと脚を戻していた。

 ディノバルド亜種はある疑問を抱えて、それに困惑して

いた。

 ───今、生まれて初めて感じているこの恐怖という感覚は──彼女が恐怖なのか──それとも──恐怖が彼女なのか分からない。恐れを抱くというのはここまで臆病にさせるのか──

 ディノバルド亜種はもう動けなかった。何故なら存在しない筈の手達が辺りを囲んでいる。ミーナから、あのむかっ腹の立つ、あの気味悪い女からウジ虫のように湧いて出ている。

 ──あの女、何処を見ているのだ?

 ミーナの目は彼の目を見ている訳ではなく、ただじっと地面にを見続けている。あの黒の目が彼にとっては恐ろしく感じるものへ変貌したいた。この手達と何一つ変わらない程、深い暗闇を含んでいる。

 

 「終わりにしましょう」

 

 ミーナは強く地面を蹴って瞬く間に空いていた距離を詰めた。例えるなら閃光のような素早さ、目で追うのには必死にならなければいけなかった。

 ばっと目の前に彼女がいきなり現れるとディノバルド亜種はその、反射神経の良さを活かして噛み付こうとしたがミーナはそれをいなすと一旦離れた。

 

 「なっ!?」

 

 その刹那、ディノバルド亜種が彼女の避けた方向へ大きく口を開けて喉の奥から吐き出すように尾の結晶を発射し

た。その棘状の結晶は真っ直ぐミーナの方へと音を切り裂きながら進んでいく。すぐに理解出来た。絶対に避けられないと悟れた。

 

 「くそっ!!───なら見せてやるよ私の度胸ってヤツを!」

 

 するとミーナは驚くがことに利き手の方に太刀を持ち変えると片方の手で胸に突き刺さりそうだった棘状の結晶を掴んだ。

 ぐちゃぁ、と生々しい気持ちの悪い音と鉄の臭い、そして目を見開いて声も出ないような激痛。ミーナの手のひらを幾つかの大小様々な棘が突き刺さり中には鋭く細長いものは骨まで到達した。

 ディノバルド亜種はその光景にも目を疑ったが今、もっと恐ろしい光景が広がっていた。

 自分の周りには手のひらに落書きのような黄色い目がついている黒の手達に囲まれていた。何回も震えた手で縦に細長い黒色の輪郭をどんどん内側へ描き込まれている。

 そして『音が』聞こえる。

 

 [傷付けた…傷付けた…傷付けた…傷付けた…傷付けた…]

 

 [痛そう…可哀想…酷い…惨い…]

 

 [あぁぁぁぁぁぁぁあぁあぁぁぁぁ………]

 

 まるでディノバルド亜種の視界を塞ぐように多くの手が寄って集まって手を繋いでいた。そしてディノバルド亜種もまた悟る。恐怖が彼女じゃない。彼女自身が恐怖という概念であり存在であると──

 

 「はぁぁあっ!!」

 

 ミーナはまた一瞬でディノバルド亜種に近付くと顔の側面に思い切り刃を高速で振るった。炎がきめ細かな傷口に入り、涙が滲むような痛みに襲われる。

 だがそれも今の彼を止めるのには足りなかった。克服したのだ。恐怖を、痛みも──この闘いにはどちらも要らない要素だと理解した。そしてこの黒の手達もただ、自分が抱いていた恐怖という感情から見えるようになってしまった幻覚だと知る。

 なら─もう──今を楽しむまで

 

 『────────!!』

 

 短い咆哮を荒げると真剣状態の尾を滑らせながら大雑把ながらも器用にミーナの元まで威力を殺さずもっていった。

 しかしミーナも止まらない。その攻撃を紙一重のところで交わすとミーナは血だらけのスリンガーからクローをディノバルド亜種の顔面へ向けて発射して金属の爪は命中すると離れないようにがっしりと固定された。

 そしてクローから伸びた紐がどんどんミーナごと引き寄せて短くなってゆき、彼女はディノバルド亜種の顔に張り付いた。

 クラッチクロー。あるハンターがそう呼び初めてからその呼び名が通っていった高等テクニック。

 モンスターの頭に張り付いてスリンガーに装填されている弾を発射して標的を吹っ飛ばすテクニック。それを発展させたものとして空中に飛んでいるモンスターの体勢を崩して撃墜させたり、壁や障害物目掛けて吹っ飛ばし転倒させるという更に上のものがある。

 今ミーナが行おうとしているのは後者、壁にぶっ飛ばしてディノバルド亜種の転倒を狙っていた。

 骨が軋んでミーナに絶えることの無い激痛が襲い続けているのにも関わらず、必死にすがる気持ちで手が耐えてくれる事を祈りながらしがみついている。時間もチャンスもこの一度しかない。外せば討伐は不可能になってしまうかも──いや不可能になるだろう。外せない。この感情がただひたすらミーナを追い込んだ。

 けれど、ミーナは“追い込まれてる時ほど想像以上のことをしでかす”タイプだった。彼女の口の端がほんの少しつり上がる。

 

 『─────────!!』

 

 ディノバルド亜種が彼女の足を噛み砕いて無理やり引き離そうと顔を揺らした瞬間、彼の目にズブリとミーナの太刀が刺さり込み奥へ奥へと進行を進める。

 ディノバルド亜種はこの瞬間、確かに目にしたのだった。今となってはもう使いものにならぬ程まで壊された眼は確かに捉えていた。ミーナの後ろにから太刀を持つ手にまで触手を伸ばした黒い影を。

 あぁ──何と、“気持ちの悪い”───

 

 『────────!?───!!』

 

 ディノバルド亜種の悲痛の叫びは気にも止めずミーナは突き刺した太刀の柄を離さずようぎゅうと握り締めてスリンガーを近付ける。

 

 「ブっとべっ!!」

 

 スリンガーに残っていた火種石がディノバルド亜種の顔面に向けて全て放たれ彼は壁の方へ頭から飛ばされ鈍い音と共に衝突する。

 ミーナは逆の方向に、すっぽり容易く抜けてしまった太刀と飛ばされて尻餅をついて着地するが腕の痛みは更に加速してしまっていた。

 けれどもこれで──

 

 ディノバルド亜種は地面に顔を擦り付けてもがかせる事に成功した。ミーナはその隙に絶え間無く攻撃を与え続け一気に瀕死の状態まで持ち込むが腕一本しか使えないということもあり狩り始めの時より素早さも威力も落ちてディノバルド亜種の体力を削り切ることは不可能だった。

 

 「なかなか……しぶとい…わねぇ」

 

 ディノバルド亜種がふらつきながらも、その頼りなさそうな二本の脚で立つ光景を見るとやはりまだ死に抗える余裕があるんだとミーナは感じる。だからか彼女の腕の痛みは引いていきこの残り僅かの闘いに集中出来た。

 ミーナが最後に狙うわ太刀の奥義、【兜割り】。これをディノバルド種の弱点部位である頭に当てれれば勝利は確実の美酒はミーナの物となる。だがディノバルド亜種に妨害、もしくは攻撃を喰らえば逆に彼女が追い込まれるか、もしくは敗北するか──二つに一つ。

 ミーナはディノバルド亜種に刃を向けると彼は尾を身体に擦り付けるかのように寄せて自分の身を守り始めた。

 ミーナはこの行動を以前見たことがある。これは──確か物凄い素早さでの突き刺しだったはず。見てからの回避は難しく、その直前の長い溜めが攻撃の合図。

 彼女は思い出すとはっとした顔をして慌てて横に回避するとディノバルド亜種はさっきまでミーナが立っていた場所で尾を研ぐように素早く突き刺してきた。あのまま突っ立っていたら間違いなく胸部から腹部にかけて縦長い穴が空いていただろう。

 ミーナは振れる回数も限られてきた腕の力を温存する為に刃を地面に添えて預けるように余分な腕の力を抜いていった。精々振れて二、三回。全力なら【兜割り】で限界。

 落ち着いて深呼吸し、イメージを膨らませる。彼女のイメージの中に映っているのは勝利していう自分の姿があった。

 此処からどう動くかは大方決まった。これで負けたのなら相手の方が自分よりも一歩上手だったと認めるしかない。だから──最後の力を振り絞れ!!

 

 「ああぁぁっ!!」

 

 強く地面を蹴って背を低くし加速する。兎のように俊敏で、迎撃しようと先程のように口から棘状の結晶を放つもそれは容易く避けられたりあと少しの所で緩やかな動かし方で力を使うこと無く刃を振るって弾いた。

 ディノバルド亜種は自分の近くで瞬く間に尻尾を研いで素早い【大回転斬り】を放った。広範囲に及ぶ大技も満身創痍の彼女の前には届かず尻尾と地面との間に生まれる僅かな隙間を彼女は滑って通り抜けるといよいよディノバルド亜種の目前まで迫れた。

 するとさっきまで視界に入っていた尾がまた消えていて今度は真上から振りかざされた。──がミーナはこれを危機一髪、何とか避けた。地面との衝突により弾けとんだ砂や小さな石がミーナの顔に切り傷をつけるものの彼女は突き刺さった尻尾を踏み台にディノバルド亜種の背中を放った駆けると一気に頭部まで走る。

 

 「喰らえぇっ!!」

 

 頭部まで辿り着くと一気に跳躍し刃の先を真下に向けながら落下しそのまま一直線で頭上から突き刺しながら着地する。縦に赤い線が光ると同時にミーナの持つ太刀の刃がパキッと音を立てて砕けた。そして塵のように風に拐われて地面に零れる。

 ディノバルド亜種はまだ倒れてはおらず、ひざまつく彼女を嘲笑うがように首もとを噛み付こうとして迫っていた。

 ミーナの敗北である。彼女の顔に悔いの表情は無かったがもう柄しかないその太刀を握り締めながら涙を流していた。

 その刹那──黒い巨大な影がディノバルド亜種の顔面を蹴り飛ばして怯ませた。それは空から舞い降りて再び現れ、ミーナは一人で闘ってたんじゃないと思い出させる為に、助ける為に、ライダーとそのオトモンは再び馳せ参じた。

 

 「ミコト!!ソラ!!」

 

 ミーナはパッと顔を輝かせて立ち上がる。絶望の言葉は元より無かったが今は希望という言葉だけが彼女の中に満ち溢れていた。

 ミコトとソラは少しディノバルド亜種から離れた所に着地するとミコトは背中に手を伸ばし始めた。

 

 「ミーナ!!これをっ!!」

 

 ミコトと背中から操虫棍を手に取りミーナへ投げると再び迫っていたディノバルド亜種が噛みつく前に負傷した手で受け取り持ち変えるとディノバルド亜種の喉に突き刺し押し込む。

 

 「これで!!終わりだぁっ!!」

 

 溢れ頭から浴びる大量の出血。ディノバルド亜種の喉に突き刺さる操虫棍は血液に浸されながら奥へ進み、そして斬り上げる。空高く鮮血は飛び散り、模様を描きながら雨になる。

 ディノバルド亜種は───力無く──虚ろな目をゆっくり閉じながら倒れ伏す。

 ミーナは──その傷だらけの鮮血滴る腕を──上げながら────またひざまつく。

 

 太陽が差し、雨が止む。日だまりもまた、どんどん影を侵食して進む。

 照らすは新たに生まれた英雄を──

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 今──蒼空に陽が差し英雄が覇す。

 

 

 

 

 

 

 




読了──本当にありがとうございました‼️
この後の後日談と茶番回をもって第一章は終わりとなります‼️
今はただ、読んでくださっている方々に感謝の念しかありません❗こんな約30話を読んでくださって本当にありがとうございました‼️
これからも頑張って行きます‼️
ではまた‼️
導きの青い星が輝かんことを…❗


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更に導く。この大自然へ──

 「ねぇ……ソラの脚はもう大丈夫なの?」

 

 「すっかり傷口も塞がっていつもどうりです。それよりも、ミーナの方が重傷じゃないんですか?」

 

 「私、回復は早い方だと思ってたけど…骨に到達するほどまで抉られてたみたいで…全治にはまだ時間が掛かるって」

 

 そうミーナは笑いながら包帯を巻かれた手をミコトに見せる。薄い布が分厚くなるほどぐるぐる巻きにされていてどれ程護っている傷が重傷さを物語っていた。

 二人はあの闘いからアステラに戻ってきて一日が経過していた。まだその時の疲労感や傷の痛みも残っているせいかあまり勝利した実感を得られてはいなかった。

 昨日はミーナは介護を受けて寝たきり、ミコトはソラの傷の処置と今のところぐっすりと言い切れる程休めておらず、二人は調査班リーダーから報告を聞いた後、少しばかりの休暇を貰いに行く途中だった。流石に傷だらけの重傷者であるミーナはクエストに出されることはまず無いとはおもうが、ミコトに関しては他のハンターの補助に回されるかもしれないのでその為の申し出だった。

 

 「あんまり…実感が得られませんね。本当に終わったんですか…ね」

 

 「ハンターとしての仕事は終わってないけれど、アイツとの闘いは確かに、確かに終わったのよ…。生態系もこれから元通りに調和していけばいい」

 

 ミコトは彼女の事を凄い人だと思っていた。というか今も思っている。いつも目の前の事だけじゃなくて一歩、二歩先を見据えて行動している尊敬出来る人。それがミコトにとってのミーナの人物像。

 

 「……ほんっとうに疲れたぁー。お酒でも呑みたい気分だわ」

 

 「ミーナも呑むんですか?」

 

 意外。そういったのを呑むのは身近ではサシャ位だと思っていたミコトにとってミーナが呑んでいる所は想像出来なかった。何だか今まで興味も無く、得体の知れない液体という認識だった酒を呑めることが急に憧れてきた。

 

 「美味しいんですか?そんなにお酒って」

 

 「疲れてる時は美味しく感じるし…あんまり美味しくない時もあるし…ワインとか結構いけるわよ?」

 

 「じゃあ今度、貰うことにします」

 

 ミコトはクスリと笑いながらミーナの先を進んでいく。彼女はその足取りを不安に感じた。自分よりも何処か遠くへ行ってしまうのではないかと不安で胸が苦しくなる。

 もうあんな思いはしたくない──

 

 「──ちょっと待ってよ」

 

 ミーナは焦るように片方の手を伸ばしてミコトの後ろを追う。置いていかれたくない。彼女はもう一人きりにはなりたくなかった──

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ~~~~~~~~~~~

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「ディノバルド亜種の回収は済んでるし、大方の素材もお前らに譲ることになってる。…あぁ、後処理の方は俺とサシャでやっとくからお前らは少し休め。その体じゃまだロクに休めてもないだろう?」

 

 調査班リーダーの所に向かった二人は休暇の件について話すと調査班リーダーはすんなりと要求を呑んでくれた。寧ろ、この事を話し掛けられるのを待っていたような会話の手際のよさと早口。ミーナは元々、自分たちにその命を出そうとしていたんじゃないかと仮定した。多分、サシャもグルだろう。

 何にせよ、二人の望みは難なく叶った訳だった。

 

 「そうかぁ…私達勝ってきたんだよね…」

 

 「まだ実感が湧きませんか?」

 

 「…うん」

 

 二人は去っていく調査班リーダーの背中を見つめながら事の静かさに疑問を抱く。まだ胸騒ぎが止んでいないのだ。止まることのない恐怖が心の奥底で鼓動を打っている。─── 私は一体何に恐れているのだ?

 心の空はまだ曇って青空は見えはしなかった。

 また、虚ろに染まるのだろうか?

 

 「───?───ナ?ミーナ?」

 

 「あっ…ごめんなさい。ちょっと考え事をしてて…」

 

 「そうですか…」

 

 彼女自身もミコトを不安にさせようとは考えてもいないが気を抜けば直ぐに周りの声が聞こえなくなるらしい。

 ミーナは鼻の付け根をつねりながらミコトに訊いた。

 

 「…それで?どうしたの?」

 

 「ミーナはこれから家で休むんですか?よかったら一緒にサシャさんに挨拶行きませんか?」

 

 「……アイツ、忙しいんじゃない?一応、二級クラスのハンターなんだし私達の書類をまとめてくれてるみたいだし邪魔になると思うんだけど…」

 

 「………えっ。ミーナがやってたんじゃないんですか…?いつも報告書出そうとすると僕から奪い取るもんですから、てっきりミーナが今回も出してくれてるもんだと…」

 

 するとミーナは意表を突かれたような間抜け面を晒してしまうと自分の髪をいじくりまわしながら続けた。

 

 「いつも……サシャが…やって……くれてる…ます」

 

 「…………」

 

 ミコトの目は完全に冷めきっていて、開いてる口は簡単には閉じそうにはなかった。それほど彼にとっては中々衝撃的な事実だった。

 ミーナに目すらも合わせるのがためらいたいものになってしまう。

 ミーナは少し反省した口調で話した。

 

 「…今度からちゃんとやります」

 

 ミコトはまだ何故、サシャがミーナの代わりにやってるのか疑問に持ちながら、その不完全燃焼感に襲われていた。今度、サシャ本人に直接訊いてみるのも良いかもしれない。多分、ミーナに訊くよりも確かでちゃんと答えてくれそう。それが理由だった。

 ミコトは何だかミーナとサシャの詳しい関係も気になり始めたので次に機会には、何かお菓子でも持っていってそういう話をすることで頭が一杯になっていた。

 だんだん、こうたわいの無い会話をしながらあの地獄の記憶が薄れていく───幸せにも感じて──何だかまだ終わっていない恐怖も──残ってはいるが今が幸せだとお互いに感じていた。

 だからただ、今は何も起こらないことを祈った。

 

 

 

 

 

 ~~~~~~~~

 

 

 此処は元マイハウス。アステラでは死んでいったハンターや現大陸に戻ったハンター達の空いたマイハウスを作業場に変えて誰かが其処に居座ることはさほど珍しいものではない。

 今日は常連のサシャと調査班リーダーが居座っていた。デスクの上には散乱した大事な書類と新聞が置かれていた。

 

 「どうだサシャ?書類の方が一段落ついたらコーヒーでも飲まないか?交易船の連中が豆を持ってきたんだ。一息ついたらどうだ?」

 

 「コーヒーか…久々かもな…。よし、一杯貰うことにするよ」

 

 サシャはデスクの上に散らばっている書類を大雑把に一ヶ所にまとめると椅子から尻を離して声を掛けてきた調査班リーダーの方へ歩み寄った。

 手にはすくったように今でも溢れそうなコーヒー豆を持っていて、サシャに「そこのコーヒーミルの蓋を開けてくれ」と頼み込んだ。サシャはコーヒー豆を持った手から目を離せなかった。なんと大胆な。何かしらの容器に入れる考えには至らなかったのかと頭を抱えてしまうが、今は先にコーヒーミルの蓋を要望通りに開けた。

 その後、コーヒー豆を砕いているのを横目にサシャは机に置かれている新聞に目をつけた。

 手に取ると一番に目が行く内容が大きく載っている。

 

 『“ライダー殺し”再び!?ライダー護衛のハンターを含める六名の殺害』

 

 「まだ捕まってないのか…」

 

 サシャは感じていた。その文面から筆舌に尽くしがたい恐怖に似つかわしい、得体の知れないものをしっかりと感じていた。じわじわくる吐き気。喉の奥が煮えたぎって堪える涙が垂れかけて、体が重くなる。

 “ライダー殺し”。数年前から突如として現れた執拗にライダーを狙って殺しを行う謎の人物。その件数はざっと百近くまで上り詰めて“ライダー殺し”は単独犯ではなく複数の腕利きが行動しているなんて一説もある。

 最初の頃はライダーだけが殺されていたが護衛のハンターやギルドナイトが付き始めれば問答無用、誰問わずの鏖殺が繰り返された。武器の特定も出来ず、大小様々な傷口も複数犯の可能性を高めさせる要因の一つである。これの恐ろしいのが事の全てがモンスターではなく、ただの人間が全てをやったのだということ。

 

 「ギルドも総戦力を挙げて挑んでいるらしいが……現場には一切の痕跡は残さないらしく例え足跡が元はあったのだとしても……血の水溜まりで沈んでるのがオチだ」

 

 「こえーよな…」

 

 サシャは置かれたカップを取りコーヒーを口に流し込むと新聞を置いて事務作業に戻った。

 美味な苦味が口の中に広がっている間に出来ることは済ませておきたい。

 サシャは窓から見える澄みきった青空に小粒の違和感を抱きながらペンを動かす。

 

 

 

 

 

 

 ~~~─~──~──~────

 

 

 ───~───

 

 ~───

 

 

 「クソっ…!!何でこんなことを…!?」

 

 男は大木にもたれ掛かりながらその右腕を失ったことによる痛みに耐えて質問した。簡素ながらも要点を押さえた冷静な頭回り。ただ、今にも消えそうな目の光は目の前の男の全容を捉えきれていなかった。所々黒が混じる。

 

 「何でって…そりゃぁ、お前さんがライダーだからだろ?こんな状況まで追い詰められてても気付かないのか?俺が噂の“ライダー殺し”だって。あんたアタマまわんねーみてぇだな」

 

 “ライダー殺し”と名乗る男は自分の頭を人差し指でトントンと突いて死にかけのライダーを煽るような口調で話す。

 

 「ライダーだけじゃないのか……!?護衛のハンターまで殺して…!ゲホッ…」

 

 息が次第に苦しくなり大量に吐血してしまう。視界の次は耳もおかしくなったみたいで“ライダー殺し”の音が聞きづらくなった。

 

 「邪魔するやつは■■だろ…フッツーじゃね?やっぱあんた■■だな。今すぐ■にしてやろうか?あっ冥土の土産としてさ■■他の■■■の居場所教えてくんね?」

 

 「ハァ…ハァ……無理っだ……」

 

 「そっか…じゃぁな■■■■■■」

 

 すると“ライダー殺し”は落ちてた太刀を拾い上げるとライダーの胸に突き刺し、足で思い切り白目を向く顔を蹴った。

 

 「こんなもんかな……帰って焼き肉…いや、やっぱ酒だな」

 

 “ライダー殺し”はポケットから煙草と発火石を取り付けた簡易的なライターを取り出すと、ライターから空まで立ち上るような火花を出して煙草を押し付ける。無論、油やガスといったものも無いため火花で無理やり煙草に火を点けるしかなかった。

 火花を十分に浴びた煙草は先端から煙を上げながら“ライダー殺し”の口に咥えられる。

 

 「次は……何処にしようか」

 

 そう呟きながら頼りない足取りで森を抜けた。

 次に“ライダー殺し”が向かう先は本人も知らないが、男はただ運命に導かれて向かうだけ。例え、其処が海を越えた新大陸だったとしても────

 まだ、歯車は導きの青い星によって動かされる。

 誰もまだ知らない物語が動き出す───

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




読了ありがとうございました‼️
これにて第一章の本編は終わりとなります‼️
本当にありがとうございました‼️
ではまた❗
導きの青い星が輝かんことを…


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ナナリという腐れ野郎

茶番回ー



 あれから十日が過ぎた。

 平和なんて束の間に終わると思っていたミーナも流石に意表を突かれた様子で食事処の椅子に座っていた。

 テーブルに置かれているカップにはまだ半分程、水が入っていて空の青のように澄んでいる。だが、今はどうでもいいこと。

 腕も完全に治ってクエストにも出れる状態なのだがミーナはそのやるけなさにすがってぐうたらな日々を送っていた。

 けれども今日はいつもよりも早起きをして食事を済ませていた。多分、今日がこの十日間の中で彼女的に一番忙しい日になる予定だった。いや、彼女だけではなくこのアステラ全体が忙しくなる日。

 それは貿易船の来航であった。四日前に突如として発生した嵐のせいで到着が遅れて多くの移民が必需品の枯渇に頭を悩ませていた。そして今日は遅れた貿易船の到着日。まだ早朝だというのに彼らは事件でもあったかのように広場に集まり面白味もない地平線を待ち遠しい気持ちで覗いていた。ミーナにはまだ食事でもして時間を過ごした方がああ待つよりも有意義だと感じていた。

 優雅である理想的ティータイムとは程遠いものではあるがこれも一興と欲を殺して静かに時が過ぎるのを待っていた。

 そもそも彼女は別に慌てて騒いで物品を買い占める必要はなくて、消費の少ない生活。自炊に割く時間も持て余してなければ(今回の件は別)旨い飯を自身に振る舞える実力もやる気も足りない。それがミーナの生き方。ここ一年、未だ著しい変化の片鱗も見せない悪い意味合いが籠った安定した生活を送る彼女にとっては今回の遅れた買い出しも残った余り物を買い込めばいい、どうせ枯渇もしていなければ目を丸くして手に取る商品もない、彼女にとってのこの買い出しは怪我をする恐れもないクエストにネコの保険を掛けるようなこと。

 念のための積み重ねが今の彼女を作っていた。

 

 「嬢ちゃん。買い出しには行かねーのかい?もうすぐ交易船の着く時間だぜ?」

 

 すると食事場のキッチンから右目に傷をつけた大柄なアイルーが机に倒れているミーナを生き返らすように話し掛けてきた。背にはモンスターでも狩りに行くのかと疑う程の磨がれた身長程の包丁を背負い、心なしかの布を身に付けている。

 

 「別にいいのよ…どーせ目ぼしい品なんて無いだろうし売れ残ったモン漁って買いだめしとけばいいんだし」

 

 気力の一切も籠らない軟体動物かのような手をひらひら振ってミーナは反応を示した。ただその仕草はまるで酔い潰れたダメな人間のそれであった。

 これにはアイルー達もその引きついた顔はどう足掻いても隠しきれず暫くは不穏な空気間のせいで客の足は捗らなかったという。

 それから暫くミーナはこの状態のまま時間を過ごして突然、息を吹き返したように立ち上がると朝食代のゼニーを机に叩き付けて去っていった。

 無論、向かう先は交易船からの物が売られる広場。ミーナが周りの者と違った行動とはあまりにも出遅れしたこと。ただ、彼女には後悔の念は一切も無く、寧ろこれぐらいの誰も混雑していないくらいの空間が商品の質や量よりも彼女を喜ばせた。

 人混みが無い。一人一人の顔から服装までを個として認識してとれる。だからこそか久しい顔がすぐに目に留まった。

 その顔を見るのは実に三年ぶりだった。やけに整った顔つきに黒色の髪。高身長と何一つ残念が無いルックスの男が真っ黒のスーツを着て歩いていた。

 

 「あれ………ミーナちゃん…?」

 

 「…………ナナリ?」

 

 実に久し振りの、腐れ縁との再開であった。

 

 

 

 

 ~~~~~~~~~~

 

 

 

 

 

 

 

 

 買い物を済ませたミーナの腕はパンパンに詰まった紙袋を抱いて歩いている。

 少なくともこれは彼女も予知していなかった展開。まさかこの男が此処に来ていたなんて。ミーナは何だか変な気持ちになってしまう。

 ナナリはずっとミーナの隣をニコニコしながら歩いている。

 

 「……なんで着いてくんのよ」

 

 「一人よりも誰かといた方が楽しいだろう?それに僕にも用事があるんだ」

 

 「だからアステラに来たわけ?で、その用事って何なの?」

 

 ミーナは鬱陶しそうにナナリに訊いた。同じ村で育って歳も同じなのにこの仕打ちは中々お目にかけれるものではない。やられた側は相当心が痛むのだがナナリは昔っからミーナのこういう所は慣れていた。

 

 「二級ハンターに会いに来てね。サシャ先輩に……」

 

 「サシャ?」

 

 ナナリの口から思いもよらない名前が出てきた。サシャの名が出たと思えば知り合いかのような先輩呼び。親しい仲なのだろうか、ミーナは思考を巡らす。たが今は一つ言いたいことがあった。

 

 「サシャの居る場所は知ってるから教えてあげるけど…なんでスーツ?」

 

 ただ今の疑問はそのビシッとかしこまったスーツにあった。

 

 「あぁ、これ?実は今はギルドで働いててね、僕はそこで二つ名ハンターのサポートをしている云わば【補佐担当】って呼ばれてる仕事でね。今はサシャ先輩を担当してるんだ」

 

 「ギルドで働いてんの?」

 

 「そういうことになるね」

 

 驚いた。こんな男が二つ名ハンターの補佐を任されているなんて。にわかに信じがたい話だった。

 

 「意外ね……まぁけど確かにアンタ頭だけは回ったからね。頭だけだけど」

 

 頭という単語を大事に何度も強調するミーナに対してナナリは苦笑いをして「そこまで強調する必要、ある?」と甲高い声で笑いだした。

 

 「ウッザ」

 

 心の底からの本音であった。その言葉の鋭さはまるで杭。ナナリの胸に撃龍槍が突き刺さる。ガガガと削り奥へ奥へ直進する。

 けれどナナリは───

 

 「うっわーそれ結構響く!!」

 

 顔がひきつり始めたのはミーナの方だった。この男、村を出る前よりもウザさに磨きが掛かっていやがる。もう一秒でも早くミーナはナナリと離れたくなった。

 

 「それにしても三年間の間に随分美人になったねー。幼い頃の可愛らしさも好きだったけど今の感じもいいね」

 

 「ねぇホントにキモいからやめて」

 

 ミーナ失言の連続。これは構わないことが正解の対応であることは承知だった。けれど抑えられない衝動がミーナを駆り立ててしまった。

 

 「ミーナちゃんってさ、もしかしてそっち系?」

 

 「あーもう!五月蝿い五月蝿い!!この変態っ!!さっさとどっか行きなさいよ!サシャんとこ行くんでしょ!?」

 

 ミーナは声を荒げてナナリを何度も強く叩いた。蹴ったり、聞き取れないような暴言を吐いたり、公衆の面前で散々な事をしていた。

 

 「ちょ、痛い!痛いって!!」

 

 ナナリが少し笑い交じりにミーナを静止させようとしていると、突然ミーナとナナリの間からストレートの拳がバリスタ弾のように飛んできてナナリの頬に命中して彼を吹っ飛ばした。

 

 「ぶはぁ!?」

 

 「ちょっとナナリ!?」

 

 これには両者驚いてしまいナナリはそのままされるがまま転がり続け、ミーナは拳の飛んで来た方を目を丸くして見た。

 其処には拳から怒りの蒸気を上げている、しかめっ面のサシャが立ち尽くしていた。彼女の周りには近付きがたい雰囲気を纏いゆっくりと口を開く。

 

 「おい……テメェ…ナナリ…?一番に報告する上司すっぽかして女とお喋りとはよぉ……中々、良い度胸しているんじゃねぇのか…?よぉ……もう一発、いくか?」

 

 サシャはゆっくりとした口調の中で何度も掌に拳をぶつけ、殺意を溢れさせて今にも倒れているナナリにもう一発骨をも砕く一撃を、ブラキディオスのような猛然一撃を浴びせんばかりだった。

 その様子を見たミーナは危なっかしくて堪らなかったので別にナナリを庇うつもりは無かったが怪我人、最悪の場合の死人を出すわけにはいかないのでサシャを止めにかかった。

 

 「ちょっっとサシャ!?一旦落ち着いてさ!?ね!?あのままだとナナリ死ぬから!少なくとも顎が抉れるから!」

 

 そうやって制止にかかったミーナだがサシャは意外そうな顔をして上がった拳を下げた。

 

 「……?お前ら知り合いか?」

 

 疑問の念が詰まった言葉にミーナが返事をしようとするといつの間にか起き上がっていたナナリが口を挟んだ。

 

 「そうっすよ。ミーナちゃんと僕は一応幼なじみなんッス」

 

 そうやってナナリが頭をかきながらノロノロ近付いているとまたもやサシャの拳が飛んで今度は横腹に命中。そのまま吹っ飛ぶ。

 

 「おふっ!!」

 

 「だからって女と二人きりとは良いご身分だな!?えぇ!?」

 

 ナナリはうつ伏せになったまま中々立ち上がってこず、ずっと呻き声がミーナ達に伝わってくる。

 サシャは次は蹴りに行こうと近付くが、それはミーナの手によって未然に防がれた。

 

 「にしてもねぇ……お前らが幼なじみ…」

 

 サシャは呆れた目でナナリを軽蔑しながら煙草を吹かした。そして白い人から吐き出される有害な濃霧は全てナナリへ向けて吐かれる。

 

 「うわっ!?煙草!煙草臭っ!!」

 

 するとナナリは死んだフリをした虫が慌てた様子で飛び上がるように煙草の臭いに反応して起き上がった。虫か何かを連想させる一連の動きをしたナナリ程、気持ち悪いものはなかった。ナナリ自体が害虫に知性と人の言語を喋れる能力を与えた云わば喋るクンチュウ。仕事するランゴスタ。彼を人と見る人間はこの場には僅か少数。

 

 「あっ……サシャ先輩にこちらを」

 

 そうやって彼は何処に隠し持っていたのか紙袋を取り出してサシャにお納めした。ミーナには何か賄賂に見えないでもなかった。

 

 「んだこれ?いつもこんなので渡してきたか?」

 

 「あーそれお菓子も入ってるんすよ。仕事で寄った村の名物饅頭」

 

 「へーナナリ。意外と気が利くのね。ねぇサシャ、私も一つ貰っていい?」

 

 ミーナのもの欲しそうな顔に負けたのかサシャは紙袋の底から白い箱を一つ取り出して開け出すと、茶色い饅頭を一つミーナに渡した。

 

 「いいの?じゃ、甘えてお一つ───ん!美味しいわね!」

 

 小さい一口だったがミーナはそれだけでも味わえたようで、頬張った次の瞬間には美味しいと口走っていた。それにつられてサシャも急いで一口。

 

 「うん。旨いな。今度からこれ手土産な」

 

 中々の横暴っぷりを見せてくるサシャにミーナは少し呆れつつあったがナナリは「それ、高いんすよー!?」と文句を漏らしていた。

 そんなナナリとミーナを横目にサシャは紙袋の中から幾つかの紙を取り出して饅頭片手に読み始めた。多分、ギルドからの物だろうとミーナは一人勝手に憶測を始めた。

 

 「ふーん。何人かこっちに来んのか…?………二級ハンターと……一級!?」

 

 途端、サシャは声を荒げて饅頭を喉に詰まらせた。一級という単語を遺して。

 

 「えっどういう事…?」

 

 これにはナナリ以外の二人が脳の処理が追い付けぬまま文字と言葉を鵜呑みにし始める。二級と一級。多分これは二つ名ハンターのことを指しているんだろう。サシャが二級ハンターだから同じレベルの人と、それよりも強い人が来るということ。

 一級と聞くのはカムイ以来だった。

 

 「誰が来るんだ?」

 

 一番に処理が終わったのはサシャだった。彼女は気持ち悪いほど冷静に戻りナナリに訊いた。

 

 「えっとっすね………一応、今の所は一級の“フユメ”さんと二級の“メイリン”さんッスね。サシャ先輩、お二方と関わり持ってましたよね?僕、担当したこと無いんで、ちょっと関わりにくいというか何とかいうか────」

 

 ナナリはその後も何やらゴニョゴニョ呟いているがサシャの頭の中には何一つ、入りもしなかった。今はただ反射的に一言返してしまう。

 

 「は?」

 

 拍子抜けな声が静かに響いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




読了ありがとうございました‼️
こういうのがしてみたかった…
ではまた‼️
導きの青い星が輝かんことを…


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ギルドの苦労人

 ミコトは少し散歩に出掛けていた。特段、お洒落して歩いているのでもなく暇潰し程度の散歩。ソラの世話も済ませてミーナと一緒にクエストに出るわけでもない。憂鬱な日々はこのようにして潰すしかなかった。

 今日の目的地は広場。今朝、ミコトの耳に交易船が到着したと入ったので品物でも見に行こうとしていたところだった。

 そう彼女に腕を引っ張られ、足留めさせ喰らわなければ彼は今頃売れ残った品物にありつけていただろう。

 

 「あれっ?サシャさん?あぁ──サシャさんも買い物です───っか!?」

 

 途端、強い力がミコトの腕を引っ張り声を掛けた主が居る方向へ引き寄せられる。引力よりも強い力。女性の腕力とは到底思えず、その痛さに顔をひきつってしまう。

 

 「いったい……ちょっと何するんですか!?」

 

 「馬鹿っ!静かにしろ!バレちまうし聞こえないだろ!」

 

 静かに怒鳴るサシャにミコトは疑問を隠し切れず、脳の処理がいまいち追い付かない。何かハッキリしないようなドッキリをされたような感覚に近い。

 サシャはミコトの頭を鷲掴みにするとそのまま勢いをつけて地面にぶつける速度で彼を屈ませた。ミコトの頭はぐらんぐらん揺れて首が痛む。

 

 「────っ!?ほっんとうに何がしたいんですか!?」

 

 サシャに叱られたこと活かして怒りの感情は感じれるものの随分小さな声でミコトは怒った。

 

 「よく見ろ!あそこを!……ほらミーナとあれが一緒に居んだろ?」

 

 あれがミコトにはよく分からなかったが一目見ればすぐに理解できた。いってもあれの正体だけであるが。

 ミコトの目に映るのはミーナに煙たがられてる一人のスーツを着込んだ男。ナナリであった。

 

 「ミーナ、ナンパでもされてるんですか……?」

 

 「正解かもしれんが一応あの男、ナナリはミーナと同い年だ。改めて言うがナンパかもしれんけど」

 

 ナンパじゃないと言い切れないサシャにミコトは少し疲れたような顔をして聞き流していた。心底とまではいかないがミコトにはどうでもいい事。

 ミコトは華奢な脚で立ち上がると「じゃぁ僕行く所があるんで」とサシャから逃れようとした。

 しかしまだ腕を掴む力強い手がある。

 

 「……痛いじゃないですか。離してくださいよ」

 

 「行くな。止めろ。今お前が行けば絶対にミーナは助けを求めてくるからな…絶対に行くなよ?折角面白い状況なんだから」

 

 あぁ───この人は何故楽しんでいるのだろう?そればかりが疑問に残った。薄気味悪い表情をしている彼女から一刻も早く離れたいミコトだったが相も変わらず力勝負で勝てると思い込むほど彼は思い上がってはいなかった。

 仕方ない。と息を漏らして座り込む

 

 「おもしれーだろ?あのミーナが同年代の野郎と話し込んでんだぜ?こりゃ当分これで笑い話は足りるな」

 

 サシャは手を口にやり笑いを堪えながらミコトの方を窺った。そのミコトは何だかつまらなそうな顔をして不貞腐れていた。何がつまらないのかサシャには中々理解出来ない。もしかしたら無意識の内にその理由を聞くことを嫌っているのかもしれなかった。

 こんな物陰に隠れていたとしても距離がやけに近いせいか二人の声がミコト達によく聞こえていた。内容は他愛の無い世間話。まだサシャの興味が惹かれるような面白いと思える話は聞こえない。あれはナナリによる一方的な会話だった。

 

 「面白くないですよ。サシャさんちょっと趣味が悪いんじゃないですか?」

 

 サシャは「うっ」っと途端に顔色を悪くして俯いた。棘のある言葉だったとミコトはその反応を見た後に後悔した。二人だけの狭い空間と空気。お互い吐く言葉が中々見つからない。

 その気まずさに不味い息を呑み込む。

 

 「ん…確かに趣味が悪いかもな…じゃ私はここいらでおいとまするよ…じゃぁの」

 

 サシャは相変わらずの何かやる気のない気力ゼロの手振りをしながら去っていった。目的地なんてミコトは知らないのは当たり前だが彼女自身もどうしようか迷っているような足取りだった。

 

 「さて…僕もそろそろ──」

 

 「ねぇミーナちゃん。ライダー殺しって知ってる」

 

 聞き慣れた単語と慣れない単語が合わさった空気の重い言葉を聞いたミコトは立ち上がろうとした脚を動かすことが出来なくなっていた。

 聞いたこともない言葉の筈なのに、ミコトは恐怖心を抱いてしまっていた。想像するだけでも何かが其処にいるかのような感覚に陥った。

 

 「………何それ」

 

 ミーナは平然を装って言ったが内心驚いていた。いや彼女もその言葉に恐怖心を抱いていた。何故だろう、その言葉には圧がある。

 

 「今こっちで散々好き勝手暴れてくれてる犯罪者さ───いやもう犯罪者では済まないね──アイツは死ぬべき悪魔だよ」

 

 「死ぬべき悪魔…?」

 

 剣のように鋭く、彼女の知るナナリの言葉遣いとは思えなかった。

 

 「あぁ、ヤツは今もまだ何処かでライダーの鏖殺を目論んでると思われる人物さ。ソイツは今まで何個ものライダーの集落を襲って血の海に変えてきた。被害者なんて一人じゃぁ数えきれない」

 

 ナナリの淡々と吐かれた言葉を黙って聞く。

 

 「動機は不明。被害者の身体と遺族が残ってれば良い方。最悪は其処には元から何も無かったかのように村ごと消される。この前見つかった遺体は骨、血だまり。それだけさ」

 

 「酷い……ハンター達は動かないの?特に二つ名のハンターを動かせばすぐに解決する話じゃないの?」

 

 「それが簡単にはいかないんだ。今回、ライダー達を護衛していたハンターは二級相当にあたる二名のハンターだったけれど結果的には五体が全部バラバラに斬られていた」

 

 曖昧なものだったが二級相当のハンター、それも二名ともなればミーナにしても心強い護衛だった。

 それなのにどうして────

 

 「今ギルドが総力を挙げてライダー殺しを追っている。二級……いや一級全員が捜査に全面的な協力をしている」

 

 「一級全員って何、戦争でもするつもりなの?」

 

 「戦争ならどれだけよかっただろうね………これ、一人の人間に対してこんだけの総力挙げてんだよ?マジで……馬鹿になるよ……」

 

 「疲れてるなら少し休んだ方がいいわよ……結構窶れてるんじゃないの?」

 

 話の内容が重いせいかミーナな急にナナリを労り始めて体調を気にし始めたが「大丈夫」と一声でナナリは断った。

 この仕事休めないし、ライダー達の為にも決して休んではいけない仕事だとナナリも承知の上での過労だった。だから幼なじみがいる新大陸に仕事で向かうことになった時は嬉しかった。

 ナナリはこの仕事を終えた後、本土に戻れば二級ハンター達とライダー殺しの捜索に掛かる予定だった。死ぬかもしれない時に幼なじみに会えたのは幸運だった。

 ───そっか、ハンターっていつもこんな感じなんだ。

 見慣れてはいるけれど慣れてはいない自分の番にナナリは変な気持ちになる。憎悪でもない。後悔でもない。あまりにも不思議な感情───言葉では表せそうにない。

 

 「やっぱり休むよ───少しだけどね」

 

 「手のひら返しかよ」

 

 あはは、と笑うナナリに安心ような顔で溜め息をつくミーナ。このやり取りも随分懐かしい。

 すっかり平穏という生活から離れきってしまった二人には苦しさが残る。明日、死ぬかも───いやな妄想が膨らんでしまう。

 

 「ミーナちゃんさ、“付き合わない”?」

 

 「──────はぁ?」

 

 すっとんきょうな声が出た時にはもう物陰にはミコトは居なかった。

 

 

 

 ~~~~~~~~~~~~

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 夕日が海の彼方に溺れ始めてから随分時間が経ってオレンジは丁度半分を海に沈め終えていた。

 これからナナリの乗った船は夕日を目指して進んでいく。不安と恐怖と一握り好きな人からくれた勇気を乗せて進んでいく。

 

 『────付き合って?』

 

 『うん』

 

 『もっと大人になったら答えてあげる』

 

 脳裏にこびりついて離れない恥ずかしい過去の記憶。必死に上り詰めてきた日々の支えにもなってくれた薄情だったり優しいかったりよく分からないヤツ。

 少しは感謝してるかな───

 

 「ごめんなさい───ナナリ」

 

 精一杯の謝罪であった。次があること願って言葉を考える。その時の言葉は“ありがとう”かな。

 今はただ──脳裏に浮かぶ悪魔を殺して──。

 彼女は一度、ある人に訊いたことがあった。

 

 『人を殺す事は───いけないことですか──』

 

 その人はそう答えた。

 

 『ワリィ事だが──していい時もあると俺は考えるね──好きにすりゃいいさ─こういうのを決めるのは他人じゃなくてテメェさ』

 

 それがまだ残っている。

 

 「どうしようか……」

 

 謎の脱力感に浸ってしまっていた。

 そして騒がしかったミーナの一日が終わった。

 

 




読了ありがとうございました❗
ここであまり解説できていなかったことをご紹介したいと思います。
 受付嬢の出番が全くないのは理由があって率直に言うと担当が変わったっていう設定でして、そもそも受付嬢の担当は元々カムイっていう設定でカムイが亡くなってからはミーナの担当に変わった感じです。
 今彼女はセリエナで頑張ってくれてます。本作の方でも優秀扱いされてましたからね。結構忙しいのでは?

 じゃ今誰がミーナの編纂者やってんだつー話ですけど何故今の今までこれを話さなかったのか担当は“ミコト”がやっています。
 彼は一応、ミーナ付きの編纂者としてクエストに動向し、もしもの場合はライダーとしての独断での行動も許可されてる人物です。なんやかんやイレギュラーな編纂者扱い。
 ティガレックスの時はライダーとして動いてるので編纂者扱いはされてません。
 よし❗話したい事は終わった❗
 ではまた❗
 導きの青い星が輝かんことを……


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夜は痛い

 「てことでぇよ……ヒデェ話だろぉ…?」

 

 ミーナはこの隣の席に座っている酔っ払いの女、サシャをどうにか最善の対処をしなければならなかった。酒を水の要領で飲み続けたせいかすっかりうとうとした自我に磨り減ってしまっている。林檎の芯よりも細い正気すらも最早保てていない。

 

 「ねぇサシャちょっと飲み過ぎよ…ほらお水」

 

 ミーナはコップ一杯に入った水をサシャの前に置くが彼女は気に食わない顔をすると空のジョッキを高く掲げて親しい家族に言うように「御代わり!!」と叫び始めた。

 これには他の席に座っていた肝っ玉の持ち主達も流石に驚いて目を丸くしていた。アイルーの料理長はこの有り様に頭を抱える他無かった。

 

 「ごめんなさい…彼女にもう一杯だけ…」

 

 ミーナは謝りながら彼女のジョッキにもう一杯注いでくれるように頼んで返ってきていた水を一気に飲み干しながら今日一日の出来事をフラッシュバックさせる。

 それは確か今日の朝、クエストボードを確認していたミーナに通りすがった上機嫌なサシャが飲みに誘ってきた所から始まった。

 飲みくらいならとミーナもその時は特段、何も考えずに了承し、日が暮れて月が上り始めた頃には待ち合わせのこの食事処には着いていた。

 其処からサシャと合流してミーナも嗜む程度に飲んで話して────彼女の記憶はここからあやふやだったが断言出来る事は幾つかあった。

 サシャは随分前からこの調子で、もう合流してから日が変わる位には飲み明かしてるということを彼女は断言できた。

 既に隣の彼女の顔は火照って耳の先端まで染まりきっていた。肌の表面から今すぐにでも湯気を出しそうなくらいの赤。

 ミーナも料理長につられて頭を抱えてしまう。その時触れた額に違和感を感じる。そして脳が正常に働いて感覚を取り戻す。

 

 「あっつ……」

 

 彼女は酔っていたのか身体中汗びっしょりに濡れているにも拘わらず今更、汗をかいている事を認識して暑さを感じ始めていた。

 自分にも酔いが回り始めた粉とを恐れたのかミーナは水をもう一杯貰いまたもや一気に飲み干した。

 水の味が分からない。そもそも水に味なんてあったのか?あったか。

 

 「なぁ…ミーナ。今日何の日か分かったりするか…」

 

 「私が地獄の飲み明かしを貫徹してしまった日」

 

 直球に出た言葉。疲れ始めたミーナはふざける事に専念した。

 

 「チゲぇよ。……今日はな私が人を仲間を殺してしまった日だ。記念日だなんておめでたいモンじゃねぇ、戒めの日だよ」

 

 サシャは先程とは明らか顔の色を変えてマッチで煙草に火を点けていた。テーブルにはマッチ箱が置かれていて隣に一本のマッチが追加で置かれた。

 ミーナは言葉が出なかった。頭の中では言いたい事が山程あったが口がゆうことを聞かず、舌は動かず仕舞いで唇は開いたまま硬直してしまっている。

 サシャとの付き合いはアステラに来る前から続いていてもう三、四年ともなる付き合いの中でも初めての告白は異常なモノであった。

 

 「殺したって…急に──」

 

 「嘘」

 

 「嘘なの?」

 

 「嘘だと思うか?」

 

 サシャの言葉に半信半疑なミーナであったが思いきって訊いてみる事にした。初めてする質問。【貴方は人を殺しましたか?】。まるで犯罪者への取り調べ。

 

 「本当……なの?」

 

 「実際に私が手に掛けた訳じゃないし、誰かに依頼した訳でもない。した訳でもないが……仲間を一人だけそんな目に遭わせるってのは詰まる所そういう事だ」

 

 彼女の知らない、触れてはならない過去に触れてしまったミーナは何時ものように口を動かせない。まるで呼吸の仕方を忘れたかのように当たり前が出来なくなっている。

 

 「どう思う?見殺したゲス野郎が今は呑気に煙草咥えて酒を嗜んでやがるんだ。アイツは多分上で私の事を呪い殺そうと頑張ってる最中だろうよ」

 

 ミーナはサシャの過去の何もかもを知らない。「きっと恨んでなんかないよ」なんて言い切れないかった。もしかしたら自分もそうなのかもしれないから。

 

 「私達、共犯かもね」

 

 互いの傷を抉る言葉だった。それでもそれは思いがけない言葉なんかじゃなくて考えて、確証を持って吐いた言葉。

 サシャは一気に白い煙を空の黒に濁らせて吐いた。

 

 「テメーも同類なら私の罪はどんだけ重いんだよ。お前の倍は重いだろうよお互い人を殺した犯罪者なら」

 

 ────悪人を殺すのは罪ですか?

 ────善人を見捨てるのは罪ですか?

 ────私達だけが生き残るのは(ばつ)ですか?

 答えは二つは否。悪人だって処刑という名の制裁(ころし)が行われて例え善人が目の前で死んでいってそれを助けなくてもそれを罰する事は出来ない。

 ただしそれを行った者、見た者が生き残るのは間違いなく理不尽に与えられる(ばつ)である。

 永久的に偽りの罪が描かれた足枷を無理矢理付けられて暮らす事になる。

 描かれた画はその時脳裏に焼き付いて離れない光景。罪状は人殺し。

 

 「辛くないかミーナ。これからハンターとして、人として生きていくって事はそんな事を耐え抜かなきゃいけないんだ。悪人から自分や他人を救おうと悪人を殺しても罪にはならない。“セイトウボウエイ”ってのが働くからな…」

 

 まるでいっそのこと罪にして欲しいと言わんばかりの言いぐさにミーナは言葉を失う。手にしたいるジョッキを見ているのかはたまたマッチ箱を見ているのかサシャの目は何処を捉えているのか分からなくなる。

 

 「その人に呪われたくないからって法に呪われようとしてる訳?馬鹿みたい」

 

 そんな矢先。ミーナの口から思ってもみない言葉が出た。意図的なのか真実はミーナにも分からない。

 

 「そうだな……法ってのは罪という重りから自分を解放させる事が出来る最も簡単な手段だからな…。他人を傷付けておいて金を払うだけで済むケースなんて探せばザラに見付かるものさ。法ってのはどうやっても形で償うだけなんだ」

 

 サシャは一度口から煙草を離して大きき煙を大道芸人みたいに吹いた。二つ指で挟んでいる煙草も元の大きさから随分背を縮めている。

 ミーナの顔は伏せられていて隣のサシャでもその顔色は窺えないが言えることは“真っ黒”だった。

 

 「疲れてるのか?」

 

 「……いいえ」

 

 サシャの心配の言葉にも素っ気ない対応。疲れているだけならどれ程良いだろうか。彼女には少し大役を任せっきりだったりしている。

 疲れているんだ。きっとそうだ。

 

 「その人はどんな死に方だったの───」

 

 サシャはあまりにも率直で悪意すらも垣間見れるミーナの言葉に驚いてしまう。それでも質問された以上、答える気だった。

 

 「テオ・テスカトルに殺されたんだ。前日、私が調査を手伝うのを断ったから彼女一人で向かう羽目になって──それで──彼女は──焼き殺された後が見付かった。顔は真っ黒焦げで、煤で出来てるみたいだった──防具を外そうとしても溶けてた皮膚や肉がくっついて離れないんだ」

 

 サシャの話はまだ続いた。

 ミーナもその異様な程の現実味(リアリティー)は吐き気すらも誘った。

 

 「一日経った後だというのに嗅いだことのない焼死体の臭いが辺りを漂っていてね……何か彼女の形見を親御さんにと思ってね、一番に目を付けたのは彼女が肌見離さずつけていたペンダント。だったけど…煤で汚れたそれは手で触れると砂の城みたいに崩れた───」

 

 「………それでどうしたの」

 

 「───ソイツの腕をくれてやった。既に骨になるまで燃やされて、それでも尚武器を離さなかった腕を渡した」

 

 信じられる話だろうか?親に自分の子供の腕を形見を称して渡すのだ。誰だって正気じゃない。ミーナは分からなくなる。正しいとは何か。正気を保った行動とは何かを考え始める。

 

 「勿論、葬儀にも参加したんだがよ───どうしたことか泣けなかったんだよ。悲しいなんて感情も薄れきっていて──別れの言葉も交わさずに式を抜けたんだよ」

 

 サシャはポツリと呟いた。

 

 「私は──間違ってたか」

 

 「アイツだけじゃない。二つ名のハンターに成ってから身近な死を何度も体験してきた。それでも関係ないと葬儀にも出ず、あまつさえカムイの葬儀もすっぽかした」

 

 ミーナはもう何も喋らなかった。もう聞きたくないってのが本音だった。何故そこまで掘り出してくる?もういいだろう?それは貴方だけの罪じゃない。私の罪でもある。

 

 「なぁ…お前は辛くないか───」

 

 その次の瞬間、ミーナはとんでもない言葉を放った。

 それにはサシャも瞳孔を開いて固まってしまう。

 

 「殺す事に慣れてしまえば───楽になれるかしら──モンスターも人も──両方を殺してしまう事に何の罪も感じないようになるのなら──」

 

 「何……言い出すんだよ……」

 

 「ねぇ──教えて───私はどうすれば良かったの…」

 

 悲痛を混ぜた声が細やかに放たれて哀愁が漂う。人を失った恐怖が未だに祟りのように取り付いて離れなくて、誰かに見られている感触が消えない。

 これがあの日から永遠に続いていた。

 失って気付くそのモノの尊さは何時も自分の首を絞めた。助けれた──そんな虚言を尊さは一心不乱に吐きながら首を絞めてきた。

 

 「どうしようもなかった……んだよ。誰も助けられなかった。私もお前も───あぁ、イテーな」

 

 サシャは上の空で煙草を吸い続けた。もう元の姿ではなくカプセル見たいに縮んで小ぢんまりしたのが冬場の吐息みたいに色薄い半透明な煙を昇らせていた。

 その煙草の姿は今の自分達みたいだとミーナは腕の隙間から覗き込んで感化されていた。

 サシャは流石に吸いにくくなったカプセルを地面に吐き捨てると踏みつけて鎮火した。

 

 「お前はもう帰んな。勘定は私がやるから家帰ってねんねしとくんだな」

 

 サシャはうつ伏せのミーナの頭をひっぱたくと欠伸をしながらもう一本、煙草を口に咥えて火を点けた。モクモクと小さすぎる狼煙を遥か遠く銀河に伸ばして堪能する。

 飲み過ぎ疲れすぎのデバフは表情や身だしなみに影響を現し、ワインみたいな赤い髪がくしゃくしゃに乱れて目の下に隈が出来ている。

 ミーナはそれを最後に捉えると半場、潤んだ目になりながらも少しふらついた足取りで帰路に着いた。

 サシャはそんなミーナを見ながらポツリと呟いた。

 

 「いーな。パートナーが居るって」

 

 まだ月は明るく照らしていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




読了ありがとうございました‼️
これにて第一章完です。
ではまた❗
導きの青い星が輝かんことを……


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ロジエ編
強き者の苦悩


うおーー!!第二章!!


 ミーナはこの古い痛みと新しい痛みに毎晩魘されていた。しゃっくりが中々出ずいつ出るのか焦らされるように時間(タイミング)は一定を留めず日によって変わってくるが毎日、その痛みに魘される事を知って生活するのが苦しくて堪らなかった。

 痛みは時に夢になって襲ってくるがそれは大抵何時も、“彼女が人を殺している夢”だった。手には真っ赤な包丁が紅い(よだれ)を垂らしながら此方を見る。包丁の鋼鉄が彼女の顔を鏡のように写し出すが、それは酷いモノで人の顔を写していなかった。

 そしてベッドから上半身を起こして額に手をやる。

 また、堪えるのか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ~~~~~~~~

 

 

 

 

 

 「あっミーナ!おはようございます!」

 

 ミーナが身支度してマイハウスを出ると青髪のポニーテール少年が彼女に向けて手を振って挨拶をしてきた。その少年、ミコトとミーナは今日朝早くから待ち合わせの約束をしていた。今日は久し振りにクエストに出掛ける予定でいた。

 

 「うん。おはよう」

 

 ミーナは素っ気ない挨拶を交わすとミコトに行きたい場所があるからと告げて先にクエストボードに向かわせた。

 少しだけその時にいつもとは心情には何か違和感を覚えたが仕草にも毛ほど出さず、やり過ごしてみせた。

昨日に急遽入った通達で工房に彼女が頼んでいた物が完成したと聞き、それを今日の朝、取りに行く事になっていた。それは突然の事だったのでミコトには事前に伝えれていなかった。其処ばかり少し反省しながらミーナは工房に足を運ぶ。

 歩いている最中、自然に目に入るアステラは変わって見えた。何だかいつもより町を歩く人達が忙しく見える。特にその様子がよく表れていたのが書類を抱いて急ぎ足で歩く研究員達だった。こういう時は大抵未知の痕跡やモンスターの目撃情報が出た時に見られる光景で腕の立つハンターに依頼を頼んでくる。

 因果応報、その矛先はミーナに向けられた。

 

 「あぁミーナさん!良い所に来ましたね!実は今大蟻塚の荒地で記録に存在しない痕跡が発見されましてね!そこで!そこでですね!!どーか貴方様に調査をお願いしたいのですよッッ!!」

 

 怒涛の有無言わさぬ長文に早口に圧されてしまいミーナは言葉には出さずに喉の奥の方でぐっとそれを縛り付ける。

 

 

 

 

 《チョ~~~ッッ迷惑なんですけどッ!!》

 

 

 

 品性疑われる言葉は堪えて品を申し訳ない程度に持たせた心にもない言葉をまるで辞書から丸々持ってきたような断る時のお手本中のお手本を口に出す。

 

 「ごめんなさい。また後にしてくれるかしら?今はちょっと忙しくてね……大丈夫。このアステラ中くまなく捜せば暇してるハンターなんてゴロゴロ、ハコビアリみたいに見付かる筈だから」

 

 然り気無い他人への標的(ターゲット)変更(チェンジ)を付け加えた模範的な対応を済ませてミーナは即刻、その場から消え去った。脚は水車に滝をぶつけたように凄まじい回転速度を生んですたこらさっさ、逃亡に成功した。

 その場に居合わせ他の研究員達も皆「あちゃー」と仕方ないように唸りを漏らす。今日はよく此処に魚は通るが中々釣れない日。餌も上物。いや彼ら釣り師にとってはこれ程とない天下一品。こうも釣れないのはおかしい。

 研究員達は皆不思議そうな顔を合わせる。これで十二回目を記録した。

 一部の研究員は口を尖らせて「あ~また外れたよっ!!ちくしょ~」と呻き合っているような会話を続けた。

 記録係を押し付けられた女性研究員が手持ちの紙に十二本目の線を書き込むと「次は何方がいかれます~?」となまらせた。

 

 「もう僕勘弁。サシャさんとか滅茶苦茶怖かったじゃないですか……」

 

 「俺も無理かな……」

 

 諦めの言葉が続投される中、女性研究員は頭を鉛筆でつつきながら悩んでいると其処に黒スーツをビシッと着こなしたオレンジ色の髪をした女性が通り過ぎた。女性は出るところは出して抑えるところは抑えたモデルのような体型をした女性で研究員達は一瞬、声を詰まらせたが女性研究員が覚悟を決めて前に出た。

 

 「あの~……その、今アンケートをしててです…ねっ!?」

 

 ひっくり返ったような裏声で話した彼女は顔を真っ赤に染め上げて舌を噛んだのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 熱が籠る室内にミーナは手で仰ぎながら入っていく。金網状の床もすっかり慣れて気にする事も無くなっていた。寧ろ、新大陸に来たハンター達がまず慣れなければならない難色のひとつでもある。

 ミーナは工房を仕切っている加工屋の若頭に頼んでおいた防具の受け取りに来ていた。定期的に防具や武器の点検を彼女はしてもらっていたのだが、どうやら防具にも相当ガタが来ていたようで、この前のディノバルド亜種戦で本格的に壊れて直せなくなってしまった。

 だから以前狩ったオドガロン亜種の素材を使って防具の制作を頼んでいた。

 ミーナは奥で他の作業員に指示している若頭を見つけるとひょいひょいと手招きをする。すると若頭もミーナの素材に気付き「すみません。待たせちゃって…」と詫びながら向かってくる。

 

 「いえ……こっちも急な頼みでしたから、依頼を受けてくれただけでも感謝してます。それで、今は何をお作りになられてるんですか?」

 

 若頭は首に巻いているタオルで汗を拭きながらミーナの問いに律儀に答え始めた。

 

 「今ですねギルドの方から新兵器の設計図が届いて、それを元に部品一つ一つを造り上げている途中なんです。此処に居るのは全員、物造りのエキスパート達ですから時折、あっちからこういった仕事が舞い込んで来るんですよ」

 

 分かりやすいようにミーナに答えると彼女は成る程といったような顔を浮かべて聞いていた。新大陸に来ている人達は何かに特化している人達。研究、食事、加工、そして狩り。何においても並みよりも頭一つ飛び抜けていなくてはならない。

 彼女も推薦を貰ってこの新大陸に来た身としての仕事はしていた。(先程のを除く)

 それがミーナが皆から頼られる事になった原因の一つといえる。もう一つは単に彼女のハンターとしての腕の方も素晴らしいものだからというのもある。

 腕が立つもの同士、話が合いやすかったりもする。苦労とか努力とか。

 

 「お忙しい時期に……ごめんなさいね。こっちも早く狩りができるように復帰しないといけないから…」

 

 「いえいえ。ハンターを誠心誠意サポートするのが我々の仕事ですから」

 

 若頭は丁寧にミーナに一礼を済ますと凸凹に白い布が掛けられた見てその重量感がとれる木箱丁重に抱えて持ってきた。その埃を一切被っていない白い布を取れば中からは黒色が目立つ防具が露見した。

 

 「おぉ……凄い真っ黒だ。ゴア・マガラの一件を彷彿とさせるねぇ」

 

 ミーナが箱を受け取ったその刹那、若頭も彼女も気付かぬ間にその男に背後を取られていた。一切合切気配など感じさせずに其処に突っ立っている。

 黄金のような濃いサラサラの金色の髪を持ち、ミーナとほぼ同様の背丈、ハイライトの篭らない瞳。うなじまで伸ばされた髪を束ねて頬まで垂れるもみあげは少しばかり女性と思わせるが綺麗だがしっかりとした男の声そのものだった。

 男はその身にジンオウガ亜種の防具を纏って背には黒色の刀袋を背負っていた。そして左肩には謎の毛玉が乗っている。

 

 「えっと……見ない顔」

 

 ミーナは困惑した様子のまま尋ね口調で応じた。若頭と一度、顔を見合わせるものの互いにこの男については知らなかった。

 

 「あぁ……こりゃ失礼。俺の名前はメイリン。ギルドで二級ハンターをやってる。ただのハンターさ」

 

 メイリン。ミーナは以前この名前を聞いたことがあった。あれはそう、確かナナリから聞いたものだった。そうか。この男がメイリンなのか。

 

 「貴方がメイリンさん!サシャやナナリから聞いてます!とても凄い人だって!」

 

 目の前の男がメイリンだと知った途端、ミーナは目をキラキラ輝かせて溢れんばかりの嬉々の感情を露にした。その後急激な態度の変化にメイリンは驚いてしまう。

 

 「まったくっ失礼な女ルルな!」

 

 「………?誰か何か言いました?それにルルって…」

 

 正体不明の声が聞こえてミーナが皆に訊いているとメイリンの肩に乗っている例の毛玉がモゾモゾと揺れ初めて刹那、ミーナの顔に突っ込んだのだった。

 

 「んぎゅ!?」

 

 そしてミーナの顔面に張り付いて離れなくなる。後頭部を手のようなもので掴まれて、肩には脚のようなものが置かれる。この毛玉、“生きてる”!?

 毛玉を掴んでも液体のように指と指の間から通り抜けて掴めず、段々ミーナの息が浅くなってゆく。

 

 「んーーーっ!?んーー!んー!」

 

 「ルルネ。そこら辺にしないと怒るよー」

 

 ミーナが毛玉と格闘をするという中々奇妙な光景にメイリンが終止符を打った。

 次の瞬間にはミーナから謎の四肢は離れてメイリンの肩に戻っていったお陰で深く深呼吸が出来るようになっていた。

 彼の元に戻った毛玉はというとなんと中から細い薄緑の手足を生やして毛玉の中央には桃色のハート型を模したお面を着けていた。

 ミーナも若頭もその見慣れない謎の生物に驚いてしまう。

 

 「紹介するよ。彼女は“奇面族”のルルネだ。俺となんやかんやで七年くらい一緒に過ごしてきた大切な友達さ。まー彼女は食わず嫌いでね。すーぐこうやって人様に無礼を働くんだよ。まぁ根は良い子なんだ許してやってくれ」

 

 メイリンが頭を掻きながらははは、と愛想笑いを交えたその奇面族のルルネの紹介を済ませた。

 奇面族と聞いてミーナ達がすぐに脳裏に過ったのはあの“ガチャブー”達だった。いっつも彼らが居合わせる場所で狩りを行えば爆弾は跳んでくるわ、毒性の混じる物もあったりと狩りを難航させる迷惑モンスターの一角だった。

 

 「あの…奇面族…ですか」

 

 「お前!今すごーく失礼な事を考えてたルルね!?ルルナをそんじょそこらの低能ボンクラ奇面族と一緒にするなルル!ルルナはエリート中のエリート!クイーン・オブ!!クイーンなのルル!!」

 

  「ルルネ。あまりミーナちゃん達を困らせるな。ほら、ずっと困惑してる。彼女達は君みたいな奇面族には慣れていないんだよ。俺が聞いた話じゃ此処の奇面族は藪から棒に爆弾や毒を塗った槍なんかを投げつけて襲ってくるらしいし警戒されるのは当然でしょ」

 

 メイリンがそう言うようにミーナ達にとってルルネという奇面族の存在は完全なイレギュラーだった。

 あの野蛮な奇面族がこんなにもメイリンに馴れ親しんで、人の言葉を違和感を持たせずこんなにも流暢に話している奇面族は初めてだった。

 ミーナは暫し、そのハート型のお面を見つめた。

 

 「ん?女!お前このお面の良さが分かるルルか?」

 

 「えっ……いや、まぁ…何と言うかその、可愛らしいお面だなって」

 

 「ふん!見惚れるがいいルル!この無駄のない完璧なデザイン!肌にも優しく、軽い素材の裏に隠された丈夫さと通気性の良さ…あぁ、自分で言っておいてなんて完璧なお面なんだルル!」

 

 ミーナは少し顔を強張らせながら話を聞いていた。最後らへんからは聞き流す程度だったがハート型のデザインだけは彼女も評価していた。こうやって自分に似合わない物を他人が身に付けていると何だか一層その物の特徴が引き出されているような気がしていた。 

 似合わないハート型のアクセサリーなんて着けたことも無いが少し羨ましく感じてしまった。そうは思ってもルルネは可愛いというよりもマスコットに近い。

 

 「自画自賛もいいけどそこら辺にしないとキモがられるよ。君は奇面族の悪いイメージを撤廃させないとこの先苦しいよ」

 

 「確かにそうですね。雰囲気的にルルネさんが悪そうな感じは一切無いんですが……奇面族に抵抗を持つ人は結構いると思いますよ…ハンターなんて襲われての怪我人が多いですから」

 

 「悪いイメージ付きまくちゃってますからねぇ…私も此処の皆も良いイメージ持ったこと無いですね。ハンターじゃないからどんな感じに襲ってくるかは知らないですけど」

 

 両者、口を揃えて奇面族に対してのマイナスイメージを吐き出し、ルルネに不信感を抱く。本当に奇面族なのかどうか疑い始める。こうも慣れている、当たり前のものとうって変わられては少し揺らいでしまう。

 何だか少し怖いっていうか──何かされるんじゃないかと脅えてしまう。

 

 「───ははっ!別にそんなに怖がらなくて良いんだよ。ルルネの言う通り彼女は確かにそんじょそこらの奇面族とは格が違う。知性やコミュニケーション能力に置いたって僕らとほぼ変わりがない。見方を変えれば僕らと違う所なんて見た目の一つしかないんだよ。アイルーだって同じさ人は経験と見た目で片付けてしまう所があるからね。人間誰しもが生まれつき持つ悪癖さ」

 

 「メイリンさんは全くそういうのに抵抗無さそうに見えますけど……その、悪癖は持ってないんですか?」

 

 するとメイリンは苦笑いをしながら答えた。

 

 「何だか矛盾してるかもしれないけど…特訓。経験を積むことさ」

 

 人差し指をピンと立ててウィンクを混ぜた回答が渡された。声がさっーとミーナの耳の横を通り過ぎた。

 予想外。さっき自分から経験や見た目で判断してしまう悪癖と言っておきながら経験を積んだなんて回答になってないじゃないか。

 

 「若い内にじゃんじゃん経験は積んだ方がいい。世間一般論なんて取り込んでいけ。けどね……ここからが面白い。大人にたってそんな世間一般論をぶち壊してやるんだ。奇面族が危なっかしいなんて俺だって最初は思ったさ。けどね世間一般論を取り込んでただいま産まれただけの経験とその裏を見て産まれた経験は全然違うよ」

 

 メイリンは腰に手を当てて誇らしげに言い放った。堂々としているのは二つ名ハンターとしての威厳か─はたまたその経験の量の分厚さかミーナにはまだ分からない。

 

 「積んでいきましょーやお若いモン。君は俺より若いんだからさ、時間があれば本の束だって分厚くなっていくでしょ君と逢えたのも何かの縁だ。一緒に時間掛けて世間論からぶち壊してこ」

 

 彼は笑顔で嬉々として話している。これもまた二つ名ハンターの裏なのかなとミーナは感じた。この人と少しでも行動を共にしていれば何だか色んな事に気付けそうだと思った。

 ミーナは下を向く。今自分がやらなきゃいけない事はすぐに分かった。

 今の自分をどうにかしなければこれから先やっていけない。あの二人と同じ所には肩を並べてなんて居られない。今日の朝のあの違和感は劣等感だ。あの二人、サシャとミコトは私よりも強い心を持っている。私なんかよりもずっと──強い、憧れの人達だ。

 今はやっぱり一緒には居られない。

 その時にはもうすっかりミーナはミコトとの約束を破る気でいた。今の自分じゃかえって彼に迷惑を掛けてしまう。それだけは嫌だった。

 

 「メイリンさん!お願いします!私を、私にありたっけの経験を積ませてください!!」

 

 ミーナは既に手付かずだ。こんなの放っておけば危なっかしくて仕方がなかった。まるでモンスターだ。これは今後、育て方次第では化ける。

 メイリンにはその確証があった。彼は鼻の下を指で擦ると手を伸ばし握手を望んだ。

 

 「宜しく!お若いの!」

 

 「けっーー!旦那様がそう言うならルルネも認めるしかないルル!!」

 

 ミーナは伸ばされたを両手で握って大きく上下に何度も振った。

 そうしてミーナの経験を積む、修行の日々が幕を開けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




読了ありがとうございました‼️
いよいよ詰めに詰める予定の第二章の始まりです‼️
一応、メイリン達は新キャラなので紹介しときます。

メイリン 21歳。身長174cm
 近所の優しい兄貴分みたいな存在(目は腐ってるけど)
 第二級ハンターとしての戦績はトップクラス。(大抵これクエストに同行させればどうにかなっちゃう)
 サシャの先輩。
 多分死なない。

 ルルネ 身長は計らせてくれないが大体メイリンの顔と同じ位の大きさ。
 自称エリート。お面の中に色んな物をしまっている。
 語尾にルルが付く。
 こいつもメイリンと一緒に居る限り死なない。

 こいつらは多分死なないっす()
 ではまた❗
 導きの青い星が輝かんことを……


 


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非力を呪う

 修行というのは実に何年振りかの事だった。

 幼い頃、一人前のハンターになる為に手取り足取り教わっていた彼女。基礎知識は何でも頭に詰め込んで身体的な能力もあの頃の限界まで伸ばしていた。

 こんな過酷な生活をしていてもあの時の日々はもっと苦しいものだったと感じる。

 しかし、そんな二度と体験したくない物が今再び訪れていた。

 

 「ぬあぁぁぁ!?ちょっと!?ちょっとタンマっ!!」

 

 ミーナは無機質な岩しかない荒野を息と声を荒げながら顔に引っ付くルルネを引き離し後方から迫る怒涛の砂煙から逃げていた。

 その砂煙の正体は大きな群れを成したケストドン達だった。

 

 「逃げるルル!ぜぇたい追い付かれるんじゃないルルよ!?───!?ニンゲン!!一匹、凄い危なっかしいヤツがもうすぐ其処まで来てるルル!!」

 

 「お願いだから離れて!?肩に乗って!?見えないのよ前も後ろも!?」

 

 ルルネの毛皮を掴んで引き離そうとしても彼女はミーナの顔の皮膚や肉を握ってつねって離せば離す程ミーナの顔に激痛が走った。

 ミーナは両手でルルネの胴を掴んで何とか引き剥がす事に成功するがルルネは「あーっ!?あーっ!?」と叫びながら後ろを指差す。

 そして彼女は気付いた。今自分が止まっていることを。

 

 「────っっ!?あぁ!!ごめん!?」

 

 すぐに走り出そうとするものの時既に遅し、ミーナは始めの一歩が地面に付く前にケストドン達によって吹き飛ばされてしまった。

 そして突進のルートから命からがら逃れる事に成功した。

 

 「もう……無理」

 

 ミーナがこのような事態に陥ったのは少し前に遡る。

 

 

 

 

 

 

 

 ~~~~~~~~~~

 

 

 

 

 

 

 

 「基礎体力……ですか?」

 

 ミーナは瓶に入った水を口に含ませた後にメイリンに聞き返した。

 彼女達はメイリンの考案で今は大蟻塚の荒地に来ていた。特段、倒れる程暑い訳でもないが乾燥した地帯が多い此処では喉がよく渇いた。

 メイリンは腕を組みながら応える。

 

 「そっ。君はあの特殊個体のディノバルド亜種を討伐した腕の立つハンターだって知ってる…というか又聞きした。けど美術品みたいに見なきゃ全貌は伝わらない。強かったって感想だけじゃ全然程が分かんないからね」

 

 ぺてん師のように感じた。口数の多さと謎に自慢気な顔をしながら喋る辺りが彼女にはぺてん師に見えた。

 

 「メイリンさん。昔詐欺みたいなことやってました?」

 

 「いいや俺がやったのは町の不良をボコして金巻き上げた位さ……とこんな昔話はどうでもよくて…まぁ君の基礎体力を見たい訳さ」

 

 

 

 

 

 

 メイリンは特段、大したことない試験を行うとその後確かにミーナに口にしていた。彼女もその気で居たことが駄目だった。この男、人の心がない。

 

 「ルルネ…生きてる…?」

 

 「このクソ女…お前が止まらなければこんな事にはならなかったルル」

 

 「ハイハイ。お互い喧嘩しないの」

 

 メイリンが仲代に入るとお互い同じタイミングで口を閉じる。この二人、なんやかんやで気があってそうだ。

 暫く地面に倒れてる二人を見ながらメイリンは考えた。

 

 

 (少なくとも……あれはミーナちゃんの全力疾走。いやはや…怪物(バケモン)かよ。よくて二百メートル位かと思ってたけどこれじゃ…五百は行ってるな…防具も武器も装備して負担もあった状態でこれ…凄い逸材だな)

 

 メイリンは微かに期待していミーナの竜頭蛇尾っぷりをあっさり裏切られたが、これはこれで大収穫だった。何せメイリンはミーナがこれから化けるという確証を持てた。

 

 「育てがい、ちゃんとあるね。これくらいイカれてる方が面白い」

 

 「メイリンさん…何か言いました?」

 

 「いや、イカれてるなって」

 

 その瞬間、ミーナは時が止まったような気がした。そしてもう一度訊く。

 

 「え、メイリンさん。本当に何て言いました?」

 

 「ま、そんな事はどうでもよくてー。さて、疲れたっしょ?何か食いに行かない?俺は焼き肉とかがいいかな」

 

 「……私、魚がいいんであの料理長の所にしましょうよ」

 

 「スタミナ丼とかにしたら?多分体力つくよ」

 

 

 

 

 

 

 ~~~~~~~~~~

 

 

 

 

 

 

 

 ミーナが約束を破ってから二日が経過した。

 ミコトはあの日以来、ミーナとロクに会えていなかった。彼女は口を開けたと思えば修行だの経験を積んでくると口実をつけられてすぐに居なくなってしまう。

 どうもまどろっこしくて堪らない。置いてきぼりにされているような気がして止まなかった。

 けれど自分が何をしたらいいのかが分からない。それを一生懸命探して、見つけられなくて惰眠をしての繰り返しを送っていた。

 それでもその惰眠は決して安眠にはならなかった。

 そして今日とてまた模索する。彼はただ疲れていた。

 

 「はぁ……」

 

 目元には寝てはいる筈なのにくまができて窶れた印象が見て感じられた。食事場の椅子に座って全く減らないジョッキの水を上から眺めながらため息をついていた。

 すると息で波紋が起こった水面に人の姿が見える。女性だ。ずっとミコトを見つめている。 

 彼は恐る恐る振り返ってみた。

 

 「……ん?あぁごめんなさいね。でも何かしようとしてた訳じゃないのよ…って貴方ってもしかして噂のライダー君?」

 

 その女性は腰まで伸ばした銀髪をひらつかせ、シンメトリーのような顔立ちに、奥にゆくにつれて何重にも色が重なっていて色彩の輪が増えていっている不思議な瞳。そしてミーナよりも恐らくは高いであろう身長にミコトは言葉を失っていた。

 

 「え、えーとどちら様で」

 

 「こほん。これは失敬、自己紹介を忘れてたよ。私の名前はフユメ、こんなんでも二つ名の第一級の称号を貰ってるんだよ」

 

 そのフユメという女性は少し誇らしげに喋りながら席に座った。彼の隣だ。

 ミコトは何故、自分の隣に座ったのか理解できないままその女性の素性に驚いていた。

 

 「第一級ですか…女性も居るんですね今は」

 

 「おじさん臭いねぇ随分と…君、十五もいってないんだろう?若者らしい言葉使いとかないの?」

 

 ミコトはその言葉使いのくだりを無視して会話を続けた。何故、自分に話し掛けて来たのだろ。その疑問を言葉にして放った。

 

 「それで僕に何の用ですか」

 

 「そんな辛辣にならなくったっていいじゃないか。ほれ、君と私の仲だ。ここは一つ奢ってあげるから気が向くまで存分に話し合おうじゃないか」

 

 フユメはミコトの問には答えず、すっとメニュー表に手を伸ばして取れば、内容を一通り目に通してミコトに渡した。

 ミコトも受け取ると一通り目を通して一番安い野菜定食を指差して頼んだ。他人に奢られるのはあまり良い気持ちがしなかった。そこを含めての野菜定食だった。

 ミコトがメニュー表をフユメに返すと彼女は不服そうな表情を浮かべて即座にミコトが開いていたページを指でなぞり何かを見つけるとピタッと動きを止めた。

 

 「やっぱり─────野菜定食って一番安いじゃないか。こんだけ安いと払う身としては良い気はしないね。時に考えた過ぎた遠慮は相手にとっての短慮になってしまう事を知った方がいい」

 

 「…気を害したなら謝ります。ごめんなさい。けれどあんまりお腹も空いてないのでこれくらい軽めのがいいかなと思って」

 

 「それでも他はあっただろう?まったくぅ。これじゃ私がお金持って無いみたいじゃないか」

 

 ミコトは其処まで下には見られはしないだろうとも思いながらフユメの話した遠慮と短慮について考えていた。その間、フユメはメニュー表を見て熟慮してアイルーの料理長にお勧めを訊いておすすめ定食だ、と返されていた。

 

 「───フユメさんって何でハンターに成ったんですか?」

 

 特に深い意図は無かったものの、単純に気になってしまったという理由だけで人によっては口を紡いでしまうような事を訊いてしまった。

 フユメも直ぐには応答をせず、静寂な気まずい空間をミコトは作ってしまった。

 地雷を踏んでしまったかとオドオド挙動不審気味になり始めたミコトを落ち着かせるかのようにフユメが「あー」と呟き、語り始めたのだった。

 

 「金と男が欲しかった。というか彼氏が欲しかったからその為に金稼いでモテようとしたんだよね」

 

 「お金と男?」

 

 あまりにも想定外過ぎる回答にミコトは目を真ん丸にしてまた随分とすっとんきょうな声を出してしまった。フユメはミコトの発言に対して頷いて肯定する。

 

 「そうなの。私、二十からハンター稼業始めてさ、その時まだ“処女”だったんだよね」

 

 世間話でもするかのように淡々と告げたフユメの言葉にメイリンは過剰に反応してしまう。

 

 「え、あ、え──はい……」

 

 唐突過ぎるカミングアウトに模範的な対応もクソもない事は誰でも知っている。口をだだっ広く開けて放心に浸るか、せめてなりの反応を見せるかのどちらかしかない。

 ミコトの場合、後者だろう。

 何やらフユメの問題発言で食事の雲行きは怪しまれたがいざ食事が間の前に出されればすっかりあの発言の事はこれっぽも残ってはおらず、自然とミコトの手には銀の光沢が美しいフォークが握られていた。

 

 「こんなに──」

 

 しかし、その握る手に力が入る。

 出されたプレートの上に乗る皿ざら。山盛りに積まれたいい焦げ目のキャベツ達。未だに水滴が垂れているのはそのみずみずしさが故なのか───横に置かれた半月の形を模したトマト達も断面からやや黄色を薄めたような汁がひたひた野放図に溢れている。

 他にもプレートには金属の串が二つ、ブロッコリー、トマト、えびの順番で刺さっており、隣のぐつぐつ泡を弾かせ煮だっているチーズの入ったカップがこれ見よがしに置かれていた。

 

 「わ、ケッコー量多いわね」

 

 他人事のように呟いたフユメを横目にミコトはそのフォークでキャベツの山を一差し。そして二枚くらい重なったキャベツを口の中に─────

 

 パクっ。

 

 口に入ったキャベツを舌の上に乗せて歯と歯の間まで運べば勝手にキャベツを噛み始めた。しゃきしゃき、パリパリと耳を幸せにする。そして───

 ────此処は桃源郷か──?

 

 

 「んふふぅー!!」

 

 落ちる頬を片手で押さえて歓喜を溢した。

 これはただ野菜を焼いただけの代物では断じてない。舌の上で濃厚な味付けが残り続ける。

 随分幸せそうな顔をしながらミコトはよく噛んではまた口に入れて、噛んでは口に入れた。

 

 「すげー幸せそうな顔しながら食べるね……ね、そんな美味しいの?」

 

 ミコトの反応に興味を持ち始めたフユメが私にも、と言いたげな人差し指を自分に向けて顔をぐっと近づけた。

 するとフユメは厨房から近づいてきた匂いに反応して前を向くと丁度、アイルーの大将が大きなステーキを乗せた鉄板をフユメの前に置こうとしていたところだった。

 

 「おぉ!凄いボリューム!」

 

 フユメが手を擦り合わせて真ん前の獲物しか目にないその時だった。

 

 「あっれぇ?フユメさんじゃないっすかぁ?」

 

 少しばかり彼女にとって懐かしい声。いや数日ぶりか──。

 

 「メイリンじゃないか。どうしたんだい?後ろの子は」

 

 虹の円が美しい瞳を糸目にしながらフユメは声の方向に振り向いた。そして───安堵した。

 また帰ってきてくれたか───

 

 

 

 

 

 

 

 ~~~~~~~~~~~

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「だからぁ、悪かったって謝ってるじゃないっすか。年下にナンパとかジョーダン言っちゃって」

 

 メイリンは今さっき出来てしまった頬のかすり傷をミーナの処置を施されながらフユメに謝罪していた。

 遡る事、数分前。メイリンが出会い頭にフユメに対し「ナンパしてるんスか?それも年下に」と問題発言を放ち、これ見事に火を点け、彼女の腰から素早く抜かれた拳銃から発射された弾丸が彼の頬をかすったのだった。

 

 「違うだろ、君はその次に私の事をババア扱いしただろ?懲りないな君ってヤツは……あぁ……罰として今度私に焼肉奢れよ」

 

 すっかり食べ終わって何も残っていない鉄板を奥へと押して背もたれに思い切りよれかかって水を口に含む。

 メイリンも傷の処置を受けながらも頼んでいた焼き肉定食をペロリと平らげて行儀悪く肘をついて悪態ついていた。

 

 「お二人とも仲悪いんですか…?」

 

 ミーナがメイリンの頬に絆創膏を貼って恐る恐る訊いた。その後、二人は顔を見合わせて暫し考えると同時に口を開いた。

 

 「超が付くほど生意気なクソガキと仲が良いと思う?」

 

 「こんなババアと仲良しこよし出来る訳ないじゃん」

 

 お互いを指差して口を尖らせる。そしてミコトもミーナもその様子に呆れてしまう。

 何なんだこの二人は。此処までタイミングも合っていて素振りも似ているのにこれ程までの悪口を言うなんて。それも全部本音に聞こえてしまう始末。

 やっぱ仲悪いんだなこの二人。

 

 「おい、クソメイリン。お前次はそのノーミソ撃ち抜かれたいか?拳銃じゃなくてヘビィボウガンでな」

 

 「大丈夫っすかぁ?老眼じゃ照準覗いても何も見えないんじゃないんすかぁ?見えます?此処が俺の額っすよ」

 

 フユメがメイリンの事を睨む中、彼は前髪を上げて自分の額の中心を親指でつつく。一触即発の状態、ミコトとミーナは自分の隣に大タル爆弾Gを置かれているような気分になる。

 ミーナは頭を抱えながらメイリンに声を掛ける。

 

 「メイリンさんホントに撃たれますよ?──実際撃たれたし…ほら、ご飯食べ終わった事ですしそろそろ戻りましょ」

 

 「待ってくれミーナちゃん。このババアに今こそ引導を渡す時───」

 

 「そうだルル!!今こそこの女をヤるルル!!」

 

 ミーナの制止を振り払い丸まってたルルネも動き出し最早誰にも止められないと思われたその時だった。

 

 「ほらお二人とも!また上に報告しちゃいますよ!」

 

 後ろから若い女性の声が二人の喧嘩を止めた。振り返ればそこには肩まで伸ばされたオレンジのような夕陽のような髪を綺麗に整えた全身黒スーツの女性が立っていた。

 

 「げぇ、フーカさん」

 

 フーカと呼ばれたその女性は手に持っていた紙の束でメイリンの頭をひっぱたいた。厚さをそれほどだが何より結構な速度が出たせいか音がよく響いた。

 

 「いって」

 

 「この前怒られたばかりじゃないですか!メイリンさんは目上の人にもっと正しい言葉使いをですね……」

 

 フーカは人差し指を立てながらメイリンに説教した。隣でフユメが野次を飛ばし始めたりもしたが態度と返事はかなり悪態ついたものだったが説教に耳だけは傾けていた。

 

 「つーかフーカさんは今まで何してたんすかぁ?」

 

 「ちょっと事務の方をですね……って分かるでしょ!?お二人のせいで一ヶ月も渡航が遅れたんですから!!」

 

 怒号がメイリンとフユメに向けられると双方、耳を塞いで知らんぷりをする。この様子にはまだ怒り足りなさそうなフーカも顔に手を当てて声を出さず諦めてしまう。

 彼女は乱れた前髪を分けてため息をつくと、茶色の瞳でミーナとミコトを捉えた。新大陸の著名ハンターの外見上の特徴や履歴等はギルドによく入る情報。だから一ギルド職員としてフーカにもこの二人には思い当たる節があった。

 彼女は親切そうな口調かつ、丁寧に二人に訊いた。

 

 「もしかしてライダーのミコトさんと…“蒼風(そうふう)のミーナ”さんですか?」

 

 「えっ……そーふう?は知らないですけどミーナです…はい」

 

 聞き慣れない呼ばれ方をされたが自分がミーナであることを言うと無表情に差ほど変わりなかったフーカの顔から溢れんばかりの笑みが浮かぶ。それはそれはもう涙目になるほどの。そのままフーカは俯いてしまう。

 意外過ぎる反応にミーナは動揺を隠しきれなかった。

 

 「ちょっと大丈夫ですか!?」

 

 どうしたものかと悩んでいるとふっとフーカは顔を上げて涙ながらに宙をさ迷っていたミーナの両手を力強く握って彼女を困惑させた。

 

 「うぅ……私ミーナさんの大大大ファンなんっすよ!!ホントにずーっと応援してます!!私よりも若い可愛らしい少女が危ない現場で生き抜いてカッコいいし!ひゃー!!生ミーナだ!!」

 

 「あ、ありがとうございます?」

 

 ミーナとフーカがじゃれていると奥に座っていたミコトが大きく音を立てて立ち上がった。彼女達の目には少し怒っているようにも映った。

 そして食事場から立ち去ろうとする────

 

 「待った」

 

 フユメが制止した。

 

 「何か困ったことがあるんなら相談に乗るよ。──人生経験豊富な先輩に頼ってみなよ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その後ミコトは黙ったまま頷いた後、何処かへ去ってしまった。

 ミーナはどうにもあのどこか寂しそうな顔が忘れられずに脳裏に焼き付いた。

 そして、ミーナは皆と別れ、マイハウスに着くと直ぐに床についたがどうしても寝付けなかった。色んな感情が湧き出て彼女を落ち着かせてはくれない。

 

 「もう失いたくないな……」

 

 己の非力っぷりをまたも呪った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




読了ありがとうございました‼️
ということで毎度恒例キャラクター紹介です。

 フユメ・イルズハート 41歳 175cm
 目が常人より特殊。射撃の腕はぴか一。
 新大陸に来る一ヶ月前に開かれたフユメのハンター生活二十周年目お祝いという名目で開かれたパーティーでメイリンが間違えてフユメの誕生日パーティーだと誤解し、そのまま41歳を祝ったところ、フユメに右腕を撃たれて一ヶ月渡航が遅れるという事態が発生。(メイリンの腕は跡形もなく完治)



 フーカ・ライハルト 23歳 162cm
 滅茶苦茶ピアス穴開けてる。
 スタイルが良いので結構モテている。

 ではまた❗
 導きの青い星が輝かんことを……


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幼魚が游ぐ

 「ミーナちゃんにはいろいろ頑張って欲しいことがあるからとりま、クエスト行こっか」

 

 これが会って数分、他愛もない呑気な会話の最中にメイリンから放たれた言葉だった。唐突っぷりに驚かされもしたが狼狽える事もなく、本人もそれを望んだ。

 そして向かった先は大蟻塚の荒地。ターゲットは陸の女王とも名高いリオレイア。知名度はあのリオレウスと同列に並び、飛竜の中でも頭指に入る強さを持ち合わせる。

 そしてこのクエストにはメイリンから付けられた条件が一つあった。

 

 「目的地に着いたら君に武器を渡すから持ってこなくて大丈夫だよ」

 

 そんな経緯の元、ミーナ達は大蟻塚の荒地に来ていたのだった。

 

 

 

 

 

 ~~~~~~~~~~

 

 

 

 

 「はい。これが使ってもらう武器ね~あと絶対に研がない事。これ約束」

 

 ベースキャンプで狩りの支度をしていたミーナにメイリンが刀袋の中から一本の太刀を取り出して渡した。直ぐに彼女も受け取ると鞘を外して刀身を拝もうとする。

 それはよく駆け出しハンターに渡されると鉄刀(てっとう)呼ばれる比較的扱いやすい武器だったが───それはあまりにも───

 

 「滅茶苦茶…切れ味落ちてません?こんなにも刃こぼれ……」

 

 ミーナがよく観察眼を凝らせばモンスターを斬るために有るとは思えない程のノコギリみたいな凹凸激しい刀身に、すっかり固まっている血がちらりほらりと付着している。

 これは幾らなんでも……非常識が過ぎる。

 

 「これで勝てるんですか…?」

 

 不安しかないミーナを暫し大事そうに見つめながらメイリンは彼女に声を掛けた。優しい声、言葉、顔、一瞬で彼女を安心させた。

 

 「安心しなって。何かあれば俺が直ぐに助けるからさ」

 

 「そうですよ!!メイリンさんはちゃらんぽらんで責任感無くて性格ネジ曲がってますけど凄い実力者なんですからね!!」

 

 ─────奥から聞こえてくるフーカの発言でだいぶ台無しになってしまったがミーナは気合いを入れる為に自分の両頬をひっぱたいて気合いを入れた。それを横目に丸まったルルネを撫で終えると、メイリンは自分の小指に指輪をはめた。

 

 「さて──各々準備を済ませたことでしょうし一狩り行くとしますか!」

 

 「───あ、ごめんなさい。ちょっと口紅塗ってきますね~」

 

 突然、訳の分からない事を言い出してフーカはテントの中に戻っていった。その様子をこの場の誰もが呆気に取られる。

 

 

 

 

 「───モンスター相手にナンパでもするのかな?」

 

 「マジで言ってるんんですかね……」

 

 「人間ってモンスターにも求愛行動をとるルルか?」

 

 その後約五分間、フーカを待ち続けた三人組はどうしても彼女の色の変わった艶の目立つ唇から目を背けれなかった。

 

 

 

 

 

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 大蟻塚の荒地、エリア七番にてハンター二名、奇面族一体、補佐官一名が異常行動をとるボルボロスと遭遇。

 一名のハンターと交戦を開始し、ハンターの奮闘によりボルボロスを討伐。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「環境が不安定だから気を付けてくれって言われたけど……へぇ~マジなんだ」

 

 メイリンは身を隠せる程の岩の陰に潜みながら目の前の光景に驚いた様子で呟いた。彼らの前に居座るのは小型モンスター達を蹴散らしいる泥の王、土砂竜ボルボロスがそこには居た。

 王冠のような頑強な頭殻に本来弱点である火を通さない泥の鎧。武器にも成りうる攻守共に万能な小さな戦闘要塞にミーナは背負っている太刀の柄を握りながら冷や汗をかく。

 この武器では勝てない。ボルボロスの甲殻と泥の鎧で軽減された竜のナミダにも満たないダメージでは少なくとも太刀打ち出来るものではない。ハンターがモンスターに勝てるのは武器の力が有るから。別に戦わなくていい。勝たなくていい。そうは分かっていてた。

 それでも、武器が変わっただけで、なまくらと知っているだけでここまで相手が強大に見えるなんて知らなかった!!

 

 「メイリンさん……私がやります」

 

 ミーナは柄を握るのを止めて必死に震える手でスリンガーこやし弾を装填した。そしてボルボロスの様子を窺う。

 何故かは知らぬがあのボルボロスは本来自分の縄張りである泥沼から出て、小型モンスターを食用目的以外で襲っているイレギュラー。こういうのは過去に一度体験したことがある。レギュラーからのイレギュラーと成ったケース。かのディノバルド亜種の一件だ。

 ここまで気性の荒いボルボロスを警戒しない訳がなかった。

 

 「いんやぁー。これは俺がやるよ──あのボルボロス、よく見たら幾つか傷があるね…他のモンスターと縄張り争いでもしたんだろ…大方、今回の俺らのターゲットのリオレイアが原因だと思うけどね。ま、環境を荒らしてるんだ討伐しちゃっても問題無いでしょ」

 

 するとメイリンがその様子をよく観察しながらミーナの背中の太刀を取って抜いた。音が立たず、気配を感じず、取られた事にミーナは陰の外にメイリンが出るまで気付かなかった。

 

 「え!?ちょっとメイリンさん!?」

 

 「まーまー大丈夫ですって───私、あの人よりも強い人、一人しか知りませんから

 

 ミーナはその言葉に驚いた。

 一人しか知らないって……あの人まだサシャと同じ二級じゃないの?

 

 「彼の二つ名は『亨花(きょうか)』。二級の中でも最強の一人で一級クラスで比べてもその戦闘能力の高さはこの世に一人覗いて全員を凌駕するレベルの人。だから皆彼の事を信用してるんだよ───だって強いんだもん」

 

 ミーナはメイリンを見つめる。彼は勝てるのか───あんな武器で。

 

 「今から見せるのはミーナちゃんに使いこなせるようになって欲しい技、心眼(・・)さ」

 

 「しん……がん…?」

 

 するとメイリンはそのなまくらの先端を地面に着けて刃をボルボロスに向けた。日光が反射して銀色の光が辺り一面にぎらつく。そしてそれはボルボロスの目にも留まった。

 

 『───────■■■■‼️』

 

 凄まじい雄叫びを上げながら目の前に居座る己の半分にも満たない小さき虫けらに鋭い眼光を浴びせる。しかし───それは虫けらか───否か。

 次の瞬間、ボルボロスは素早い動きでメイリンに噛みついた。そして大量の血が飛び散ったのを見てミーナは絶句する。

 

 「メイリンさん!?」

 

 ミーナが陰から飛び出そうとすると腕をフーカに掴まれる。必死に振りほどこうとするがフーカは両手で掴んでいるため中々振りほどけない。

 

 「ちょっ!?危ないっすよ!?今行ったら巻き添え喰らっちゃいますって!」

 

 ミーナがハンターナイフ一本で無謀な救出を試みようとしたその時だった。突如としてボルボロスの頭部に小さな亀裂と傷が幾つも現れ始める。そしてバキッと何かが壊れた音と共にボルボロスが怯んで一歩後ろへ退いた────のちに、メイリンは血の垂れるなまくらを振るった。

 ミーナが呆然と眺めてる中、彼は此方へ振り返って片手でVサインを送った。

 

 「だいじょうぶい。なーんのなーんの心配ナッシング。やる時はやる男、メイリンはこんなんじゃくたばりゃしませんて」

 

 笑顔だ。彼がミーナ達に向けたのはこんな状況の最中の笑顔だった。

 すると、彼の刀が震え始めた。そして────光の筋が幾つにも束になって──揺らいで流れてるようになって──その後、流れが止まった。

 

 「────やろーかい」

 

 刹那。メイリンが飛び出すとボルボロスが見極めたように頭を叩き付けてきた。しかしメイリンはそれよりもうんと素早く腹のしたに潜り込んだ。けれどそのスピードは刃が光を反射するよりも速い。

 ミーナが目を疑った次の瞬間、大きな光の輪がボルボロスの脚を斬ったのだった。所々に現れる筋の乱れはまるで流れを逆らう幼魚が泳いでるみたいで幻想的──。

 ボルボロスは衝撃に耐えられずに体勢を崩したその時、メイリンは流れる光の筋を泳がせたままボルボロスの尻尾から頭部にかけて身体全体を回転させながら切り刻むという、とても人間離れした業を見せた。

 そして口から血を垂らしていたボルボロスの眼球にメイリンはゆっくりと──ゆっくりと──反撃される事もなくぷつりと刃が刺さる。刹那、メイリンはその場から消えた後、ボルボロスが叫びを上げる前に反対の目も一瞬にして潰したのだった。

 

 『────■■■────■■■‼️』

 

 「目ってのは全生物のウィークポイントでしょ?枝でも潰せりゃ、機能を一瞬無くすだけなら砂でも水でも止めれる。刃こぼれしててもいっちょ前に金属で出来てるんだ。簡単に潰せる」

 

 まだボルボロスを討伐したわけでもないのにメイリンが血のついた先端を眺めながらミーナに話し掛けた。彼女は返事に困ったが暫し熟考したのちに頷いた。ボルボロスに目はいったが。

 

 「けどね大抵のハンターって目を狙わないんだよね。何でか分かる?」

 

 メイリンは自分のまぶたを親指でつつきながらミーナに質問した。するとミーナもこれには不思議そうな顔をして唸ってしまう。

 突然、メイリンが笑いだした。

 

 「いいよその顔!マジで分かんないって顔!いいねーそういうの欲しかった──とそんなんはどーでもよくて……答え合わせだ」

 

 その次の瞬間、ミーナは言葉を失った。メイリンの後ろにはまだ視力が回復していない筈のボルボロスが大きく口を開けて窺っているのだ。そしてメイリンが人差し指を立てたタイミングで一気に頭から───

 

 「メイリンさんっ!!」

 

 するとメイリンは瞬間的な速度で開脚をして、ストンと股を地面に着けてボルボロスの噛みつき攻撃を見事かわしたと思えば、そのままボルボロスに回し蹴りをお見舞いした。

 

 「しょーめんが危ねーからっていう簡単過ぎる理由なんだよね。意外でしょ?」

 

 ミーナはぽかんと口を開けたままメイリンとボルボロスを見つめることしか出来なかった。なんというか戦闘というよりは蹂躙だと思う目の前の光景を驚くことしか出来なかった。

 これが差か(・・)

 

 「じゃ、終わりにしますか」

 

 メイリンが刀を腰の位置に構えた次に何が起きたかは理解出来なかったがミーナには結果としてボルボロスの討伐成功という事だけが残った。幾つもの残光がボルボロスを覆って、隠して、霧が晴れるように光が消えれば目の前には大きな獰猛だった土砂竜の死体だけが倒れていた。

 

 「あれ…?いつのまに───」

 

 はっと放心状態だった我を取り戻し消えているメイリンを目で探すと後ろから誰かに頭を押される。力強くてミーナでさえも転んでしまいそうな力強さ。踏み留まって後ろを振り返ればそこには口角を斜めに吊り上げているメイリンが立っていた。

 

 「……何するんですか。痛いです」

 

 ミーナが本能的にメンチを切る。 

 

 「キレないでよ…おーこわっ」

 

 メイリンはブツブツ呟きながら地面に尻餅をついてポーチの中を漁り始めた。少しすれば中から小さい巾着袋を取り出して紐を緩めて開いた中を覗けば細かく千切られた干し肉のようなものが沢山入っていた。メイリンはそれを一つ手に取り何回も噛んで噛んで噛み続けた。

 

 「貴重な食糧だ。一つ腹ごしらえに食べるといい。ただ、貴重な食糧だから何回も噛んで…空腹感を養うんだ。言うのを忘れていたけどリオレイアを討伐するまでは帰還はしないよ。だからって君が一回で仕留められるとも思わないけど」

 

 メイリンは噛み続けながら語りかけた。そして袋をミーナに投げて受け取らせる。彼女は受け取って直ぐにばっと手を突っ込んで一番大きい干し肉を手にとって何回も噛み始めた。

 

 「もともとそのつもりです…!」

 

 ここまで差を見せつけられれば、生物としての意地が彼女を奮い立たせた。

 彼女は一気に干し肉を噛み千切り、喉の奥へごくんと流す。

 

 「やっぱり。君のそういう所がいい」

 

 メイリンは静かに誰にも気付かれる事なく微笑んでそんな様子のミーナを見つめた。

 

 

 

 ▼▼▼▼▼

 

 

 

 

 大蟻塚の荒地、エリア二番にて目標であるリオレイアとハンター二名と奇面族一体が遭遇。

 一名のハンターが交戦をして─────

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そいつは何者にも脅える事もなく、ただ其処で堂々と辺りを廻っていた。木々に視界を遮られるが物陰になってくれているお陰でミーナ達は至近距離まで近づけていた。其処で彼女が思ったのは一目見てひしひしと伝わるサイズ感。

 彼女は気付かれぬよう小声でメイリンに語りかけた。

 

 「大きいですね…最大金冠はあるんじゃ…」

 

 最大金冠とはギルドが今まで記録した中で最も大きい個体の別称。その遺体の実物を見たわけじゃないが昔にサシャに教えてもらったサイズを覚えていた。一目見てそのサイズ感を測れた訳ではないが大きさの異様には流石に気付いた。

 隣の木に隠れているメイリンはうーんと声を曇らせながら木に背中を張り付けてちらりと様子を窺った。

 

 「確かに少しおっきいな。ちょっとしんどいかもね…一回これは急所を突くしかないね。奇襲を狙おう」

 

 リオレイアが此方を見てない内に──ミーナとメイリンは会話はせずに目だけの合図で互いに頷き腰に装備した太刀の柄を握ってリオレイアが反対方向を向いた──その時だった。

 

 「ごめんルル──くしゃみが──」

 

 「「!?」」

 

 ルルネのその言葉に二人は青ざめて手でバツを作ったり口に指を当てたり、慌てながらくしゃみを止めようとしていた。しかしルルネが大きく顔を仰け反らせるとミーナは走って止めにいった。

 

 「あ、大丈夫ルル」

 

 ゆっくりと顔を戻してきたルルネに二人とも息を吐いて安心した。が、ミーナの方を向いたメイリンが再び青ざめる。

 

 「ミーナちゃん!?」

 

 「あ」

 

 ミーナは木陰からすっかり身体を出していてリオレイアにどうしたものか、覗かれて睨まれていた。それは確実に縄張りに入った虫として見下ろされていたのだった。

 

 「やばっ!!」

 

 何かを察知したミーナが直ぐにメイリン達の隠れている木陰に緊急回避すると彼女の突っ立っていた位置に豪火球が飛んで木を巻き添えに小規模の焼け野原を作り出した。

 

 「あぶね!?って此方に来んな!!」

 

 「あっち行けルル!!そして華々しく散ってくるルル!」

 

 メイリン達が言葉を荒げた後その場を一目散に離れた。そしてようやくミーナはその意味を理解したが──今から行動を起こすには少し遅かった。

 刹那。彼女達の木陰になってくれていた木がバンッと大音を立てて破裂をし土埃の霧が晴れれば黄色い瞳と緑色の鱗の装甲が浮かび上がり出現した。

 ミーナは直ぐに腰から刀を抜いて浮き出たリオレイアの頭部に刀を思い切り振るうがガンッと弾かれてしまう。甲殻も少ししか削れず、腕に振動が響き渡り痺れてしまう。

 

 「ッ!?硬──」

 

 ミーナが動けないままでいるとリオレイアの素早い尻尾からの反撃が飛んできて広範囲の薙ぎ払いが直撃した。地面を抉り、風圧を起こすほどの強烈なもの。これをミーナが喰らってその場に留まる事は不可能で吹っ飛ばされ、木に激突する。

 頭を強く打ち、ぐらんぐらんしながら膝ま突く。額からはヒタヒタ血が垂れていて、ミーナは視界の邪魔にならないように擦って拭った。

 

 「クソ野郎め…いきなりきやがって…」

 

 カチャと刀を構えるとミーナは思考を巡らす。このまま振るえばさっきの二の舞だ。勝つための活路はメイリンの言う心眼しか他なかった。うろ覚えの見よう見まねに懸ける他なかった。

 ミーナは勢いよく地面を蹴り飛ばし一気に接近し、両手を大きく振るうって再度リオレイアの頭部に攻撃を仕掛けた。しかし虚しく結果は同じ、どころか先程よりも硬直が激しく手が痛む。

 するとリオレイアが口を大きく開けるのでミーナは鳥肌が立った。ヤバい──噛み付かれる。

 ミーナは刀身に頭突きをしてリオレイアの口に刃を突っ立てて抵抗をした。

 

 「てめぇ…これの落とし前はつけてもらうからな…」

 

 額には傷が出来てしまい拭ったのにまた血が溢れ出てしまっている。ミーナは我を失ったのかはたまた策略の内なのかあと一歩の所の間近の頭部に蹴りを一発ぶちこんだ。そして少しだけ怯んだ所にもう一発入れ込む。するとリオレイアは大きく仰け反って口から刃を離した。

 

 「クソ…今度こそは……」

 

 「ミーナちゃーん!!」

 

 突然、後ろから声が聞こえてきたので振り返ればメイリンが腕を振りながら呼んでいた。

 

 「リラーックス!!落ち着いていけー」

 

 ミーナはその言葉を聞くと、どこか安心した気持ちになった。彼女の頭に上った血は退いていって賢い判断が可能になり、冷静にスリンガーの弦を引いて一つの弾を装填した。

 もっと落ち着いていけ、私。

 

 「はぁあっ!!」

 

 太刀を構えながら彼女はリオレイアに猪突猛進をかまし、陸の女王を呆気させる。王女の目にはどうしようもない単調な馬鹿にしか映らぬもので、虫けらを焼き払う為に喉の奥を熱くさせる。

 そして喉の奥の燃え盛る物体を吐き出そうとした刹那、彼女の世界は真っ白に染まったと思えば暗転した。

 ────一体何が起こった!?

 

 その時、リオレイアの目はミーナの放った閃光弾により一時的な失明状態に陥ってしまっていた。この盲目の中のリオレイアを前にミーナは太刀を片手に持ち変えて素手で王女のごつめいた甲殻を纏う頭部を押さえてそれを支えに空中高くに身を投げた。

 ミーナは投げ出された際に両手で柄を握りしめて落下を始めた。それも身体の軸を回転させながら重力に従いながら高速で女王の頭部に落下していく。

 そして身体ごと回転した刃は弾かれながらも数回ヒットし、火花を散らす。そのまま着地後迷わず彼女はリオレイアの足元に潜り込みある考えから見いだした斬撃を試した。

 今まで彼女は一発一発を本気で打ち込んできた(・・・・・・・)。ただ、それでは心眼は打てないのでは?あの時のメイリンはまるで水の筆でなぞっている(・・・・・・)ようではなかったか。その一筆に刃という無数の幼魚を現し斬っていた。

 だから彼女はなぞった。正確にはなぞるようにリオレイアの脚を斬った。

 そしてそれは正解であった。見事、女王の脚から血が溢れ出る。少し深く、切り傷が残る。

 

 「成ったな」

 

 メイリンがそう確信したようにミーナは心眼を成功させた。

 ──しかし、成功がある不純物を心に生んでしまった。

 

 「ミーナちゃん!?」

 

 それは勝てると思い込んでしまった自惚れた愚心、元より鈍っていた身体、どうしたものか危機感の欠如───それがミーナに牙を立てて襲った。

 

 「あ───」

 

 たった一瞬の隙を怒りの女王陛下が見逃す筈もなく、回復しきったその眼光を尖らせて瞬く間に飛び立つと暴風でミーナを煽り、その瞬間に────リオレイアの十八番(おはこ)の『サマーソルト』を真っ正面から回避出来る事もなく──直撃する。

 バンと一気に吹っ飛ばされ、多量の毒液を浴びたことを薄く記憶に残したまま──彼女は気を失った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




読了ありがとうございました❗
もしよろしければご意見や評価の方もよろしくお願いします❗
ではまた❗
導きの青い星が輝かんことを…


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志す

メイリンは好き嫌い別れるキャラだと思う


 ミーナが目覚めたのはハリケーンランプの灯りが照らす薄暗い黄色のテントの中だった。時間帯的には夕方を過ぎて夜を指すのだろうか隙間から暗い外の様子が少し窺えた。───寝てたのか、あれからずっと。リオレイアにやられてからずっと──。

 全身を覆っていた布ごと上半身を起こす。自分の胸を見てみれば装備は外されていてインナーだけの姿になっていた。

 

 「おや…物音がしたから様子を見に来たら───もう大丈夫なのかい?頭を強く打ったんだ──体調が優れないなら教えてくれ」

 

 すると入り口の幕が上げられて外から薄い灰色のコートを着込んだメイリンが入ってきた。

 

 「メイリンさん…私って──いえ、あの後はどうなったんですか─」

 

 ミーナはズキズキ痛む頭を抑えながら自分が思い出せたその後の始末を訊いた。彼はハリケーンランプを吊るしていた紐をほどいて木箱の上に奥と彼も座り、喋り始めた。

 

 「あの後はルルネが閃光玉を投げて俺が君を回収した。その手当てはフーカさんのものだ」

 

 メイリンは彼女の額に指差すので指されている位置に手を当ててみれば額にはぐるっと頭を一周している。触れると包帯が少し湿っていたので手についた臭いを嗅いでみれば薬品の臭いがしたので回復薬を染み込ませたのだろう。よく使われる応急処置の一つの手段だ。

 ミーナは俯いた。自分の慢心と自惚れ、危機感の欠如が生んだ結果としても───悔しかった。生物の(ことわり)がこのクエストにも利くならば彼女は確かに死んでいた。気絶した獲物を前に荒ぶる女王がすることなんて直ぐに分かる。

 

 「メイリンさん…すみません手前とらせてしまって…」

 「いや、心眼は発動したんだ。完璧ではないけど上出来だ。流石はイカれてる少女、飲み込みが早い」

 

 褒めているのか貶しているのか分からない言葉を受け止めると彼女は大きくため息をつく。どうしたものか──完全に自信を失っていた。あまりにも驚愕だったのが心眼を成功させた時、初めての手応えの無い斬撃。それは負けた事よりも衝撃的で勝てないのではないかと思い込ませてしまった。

 今の彼女には悲しみ、下を向くことしかできなかった。 

 

 「メイリンさん…私…弱いですね」

 「……あぁ。そうだね…君も──俺もこの世界じゃちっぽけ過ぎる」

 

 その言葉の重みにミーナはまた縮まってしまう。もうどうしようもなくなった最悪な気分に陥って自暴自棄に吐いて臆して、籠りきってしまいそうだった。

 ───泣きそうだった。

 

 「けど可能を不可能と否定するな。不可能を可能にするとか言ったヤツはきっと地獄に落ちた」

 

 メイリンが鋭い表情で言った。ミーナにはその言葉の意図がよく理解が出来なかったが彼が血相を変えて言うのだ。余程意味のあるものなのだろう。頭を回転させて理解しようとした。

 

 「君は心眼をあの時確実に発動させた。今さら討伐できないなんて決めつけるなよ、ハンターだろ?モンスターを狩るんだ」

 「…!メイリンさん…私…強くなりたいです」

 

 自信はない。だが無垢である。信念だけは見事に大木の様に貫き通され、揺らいではいないものが彼女の奥底には在るのだ。ひしひし静かに燃え盛る灯火の如く微かな希望ではあるが可能性が広がっている。メイリンはミーナには明かさなかったがその可能性に賭けていた。

 まだ秘密にしておこう。君の潜在能力の高さは──

 

 「ま、時間はあってもやることの相場は決まってる。明日にでもそっちに移りたいから今日は食って寝るんだね…今フーカさんが肉を焼いてる。…流石に食欲はあるだろう?」

 

 その言葉を聞いてミーナは鼻をすんすんと鳴らした。何故気付かなかったのか外から僅かな隙間を通って香ばしい肉の匂いが空いた胃袋に注がれた。不意に乾ききった口内に唾液が溜まり、飲み込んだ。

 そして入り口の幕が上げられるのをいつかいつかと待ち続けた。腹が減っているせいかどうも長く感じて焦らされている様に感じる。メイリンは幕を凝視するミーナを見て笑いを必死に堪えていた。

 すると外から話し声が聞こえてくるのだった。これは──フーカとルルネの声だった。どうやら少し揉めているみたいだ。

 

 『───だからぁ、何年私が肉焼いてきたと思ってんスか?いいスか?生もんなんてよーく火を通さなきゃいけないんスよ?食中毒になっちゃうかも』

 『よく火を通すのと焦がすのは違うルル!!』

 

 まだかと話を盗み聞きしながらミーナは思っていた。右にメイリンも同じ気持ちらしく腕を組んで立ち尽くしては目を瞑って焦れったそうにしている。

 

 『焦げてないッスよ!ちょっと黒く焼けただけで──』

 『それを世間一般で焦げてるっていうルルよ!───もう退くルル!十分ルルから!!』

 『あーっ!!ダメダメ!!』

 

 長引く会話に遂に痺れを切らしたのかメイリンが幕を上げて外に飛び出した。

 

 『遅ぇよ!?こっちは君ら以上に腹が空いてんだよ!?あーもう!焼けてんじゃないすか!?』

 『怒んなくてもいいじゃないですか!?』

 

 その話し声を聞いて、ミーナは少し笑ってしまった。こんな殺伐とした生死が常脅かされる世界でも、ハンターはそれをサポートしてる人達の会話がここまで温かいなんて彼女は知らなかった。私の傍以外の人達だってこんな優しい会話ができるんだ。

 ────世界は本当広いなぁ。

 

 「はぁ……ごめんね遅れちゃって。たっく…あの二人は気が合うのか合わないのか…二人とも悪い人じゃないんだけどね───って笑ってる?」

 「いえ、なんか懐かしいなって思ちゃって──だってハンターになってからこういう会話って少なくなっちゃって…ホント、懐かしいです」

 

 彼女は微笑みながら口元に手をやる仕草をする。

 メイリンは彼女の少し抑えたような笑顔を見てどうやら彼も懐かしい気持ちに浸ってしまった。何処かわびしい香りがする髪に綺麗に整っている顔つき。純粋な少女の笑顔は数年間見たことがない稀少種。

 

 【メイリン──ありがとうね──】

 

 あぁ、どうしてもこうも一人、愛した彼女に似ているのだろうか───

 メイリンは片手で目元を覆い、疲れた素振りを見せつけながらぶつぶつ呟き始める。

 

 「あぁ…何でかなぁ──ズルいよそりゃ…」

 「メイリンさん?どうしました?急にぶつぶつ言って…」

 

 するとメイリン。手の位置を少しずらして様子を窺うとあー、と呻き声を出したと思えば空気を吸ってくると言い出し外に出ていった。その時、焼けた茶色のこんがり肉を持ったフーカを入れ替えりになる。

 メイリンの様子をおかしいと思ったフーカは彼の顔を不思議そうに立ち止まって見つめた。

 

 「あれ、メイリンさんはいいんですか?美味しそうに焼けましたよ?」

 「ちょっと空気を吸いにね」

 

 完全に外に出たメイリンを尻目にフーカは首を傾げれば呆然としていたミーナに肉を渡した。持ちやすいように骨には紙がくしゃくしゃに巻かれていて熱さも油のぎとぎとも感じなかった。

 近くに肉が寄ったせいか先程まで香って来なかった胡椒の食欲煽る香りがミーナの鼻を刺した。少し下品とは承知の上でも鼻孔を広げて匂いを嗅いでしまう。

 

 「美味しそうですね…!」

 「そりゃ私が焼いたこんがり肉ですからっ!!お店にだって負けはしやせんよっと!!」

 

 フーカは嬉々として自信げに自己評価を始めてしまう。隣でぶつぶつアイテムボックスを漁るフーカを横目にミーナはじゅうぅと音を奏でるこんがり肉に一つ噛みついた。

 すると途端に唾液だけだった口の中が肉汁で直ぐに満たされジューシーが口全体に広がる。

 

 「んんぅ!!」

 「いやぁ~美味しそうに食ってくれて嬉しいッスね!」

 

 そうしてテントの中ではフーカとミーナは話が盛り上がり、すっかり出ていったメイリンの事は頭から離れていた。

 その頃メイリンはテント近くの岩に座って夜風に煽られていた。少し離れたせいかテントから声は聞こえなかった。彼は自ら望んだ静けさにため息をつく。

 

 「旦那さま…一体どうされたルルか?」

 「ルルネか…いや、少しね……ミーナちゃんの事で色々ね…」

 

 ルルネは短い首を傾げる。

 

 「アイツの事なんかで悩む必要──」

 「彼女には…幸せでいてほしいんだ。彼女がハンターとして生きるつもりなら俺は教えれる事は全て教えて、知人にも頼んで鍛えてもらうつもりだ…うん。これはきっと間違っていないだろう」

 

 ルルネは気付いた。配慮を施し始めるには遅かったと感じたがメイリンは悲しんでいるんだ。ずっと忘れられない事を哀しみながら。

 

 「それで…彼女は幸せになれるかな──きっと俺らが彼女の為に尽くせばギルドの上の連中は何が何でも彼女を率いれるつもりだ。有望さは未知数。彼女を生物兵器にすれば大方のモンスターを狩り尽くせる」

 

 メイリンは瞳を真っ暗にしながら続けた。今の彼は哀愁が漂い寂しそうで見ていられなかった。

 

 「彼女の凄まじい点はモンスターを狩ることに何の感情

も持ち合わせないことだ。可哀想とか殺す以外の余計な感情が存在しない、殺戮兵器としてはこの上ない人材。フユメさんといい勝負してると思う…可哀想だよ。彼女」

 「けど…全部あの女─ミーナが決めることルル。だって上にはアイツの───」

 「そうだね。無理強いをギルドがすれば彼が黙っちゃいないだろうね」

 

 メイリンは微かな希望を持ち合わせた虚ろの目で夜空にぽつり浮かぶ無垢の満月を見上げた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ▼▼▼▼▼

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ぎらぎら日が射す真昼。

 次の日から彼女は目の前にある朽ち欠けた丸太を割り始めた。来る時も過ぎる時も考えずに一心に刃のこぼれた斧を丹精込めて振っては割っていった。その一振り一振りには心眼を発動させて繊細なコントロール、任意での発動、そして一振りの威力を高める為のメイリンからのレッスンだった。

 そして四日が過ぎる。

 日差しが彼女の肌を射すが無我夢中に斧を振り続ける為に余計な思考は要らなかった。ただ腕が棒になるまで、手に血豆が出来て潰れるまで、暑さにやられて鼻血をだして倒れるまで一心で斧を振り続けて────

 その直後、斧を振りかざした少女は鼻血を垂れ流して白目を剥いては膝から倒れた。 

 様子を心配そうに眺めていたメイリン達も膝から崩れたミーナを見て一気に青ざめて急いで彼女の傍に駆け寄った。

 鼻血を拭いても上半身を起こしてどれだけ揺らしても反応はせず、口に水を入れても喉には流れず溢れ出てしまう。意識が無いんだ。

 

 「ちょっとミーナさん!?早くお水飲んで!!」

 「駄目だフーカさん!熱中症だ!早くテントの中に入れよう!クッソこんなに暑いんだ!あんだけやりゃ暑さにやられる!」

 

 メイリンがミーナを背負いテントの中まで運び寝転ばせるとフーカが水で冷やした布を傷が残っている彼女の額に乗せて熱を冷ます。息が荒くなってきて段々と顔が火照っている。これは中々不味い状況にある。

 やはり水分が足りないのかとフーカが自分の口に水を含んで口内にリスの様に頬を膨らませて貯めると彼女の後頭部を支えて顎を上げ、口を当てると含んでいた水を素早く移した。直ぐにフーカは口を離して拭うと彼女の喉を水が通過したのを確認するとホッとため息をついて涙目ながら安堵を覚えた。

 

 「ふぅ~。あぶねー…フーカさんマジナイス」

 

 とメイリン、フーカに向けて親指を立てる。彼女はばたりと寝転ぶと腕を上げて同じ仕草で返した。

 

 「はぁ…はぁ…メイリンさんもナイス…」

 

 するとメイリンが頭を抱えて悩み始めた。今の彼女にまた倒れたなんて言えばまた気が滅入ってしまうだろう。彼もそれは一番避けたい事であった。

 その後インナー姿の眠り姫が起きれば彼らは声を揃えて一旦休もうと休憩をさせた。どうやら眠り姫も倒れた事に関しては記憶は朦朧としているらしく、三人の声を殺し合ったような小芝居に気付く事もなく出された昼食をメイリンととった。

 

 

 

 斧を振り始めてから十日間のアクシデントはこの日だけで日々、朝から晩まで休憩を挟んで中々成果の出ない斧振りに勤しんだ。

 そして遂に十一日に移るかと思われたその晩、突然ミーナはメイリンに呼び出される。

 

 「明日、リオレイア狩りに行こっかー」

 「明日ですか!?」

 

 指をパチンと鳴らしメイリンはうろうろうろ…と落ち着きがない動きでミーナに言った。流石に疲れていたミーナには落胆があった。

 

 「えー何で落ち込むの!?ほらほら元気だして!!リベンジチャンス!!本腰入れてこー!!」

 「いや……うん日も腰入れて斧一生懸命振ってきたんですよ…腕は棒、入れれる腰はない、体力もキツいですよ…」

 

 腕をふらふらと振っては無気力さを意思表示するとメイリンは何かを企んだような笑みを浮かべながらミーナに質問した。

 

 「ホントにかなぁ?」

 「──────はぁ?」

 

 どうしてもこのにやけた腹の立つ(つら)が気に食わなかったのかメイリンのその曖昧な質問に辛辣に応えた。メイリンは未だに気に障る顔色を浮かべながらミーナの後ろに周り両肩を叩いた。

 

 「一回走ってみない?」

 

 メイリンはエリア一の方向を指差して言う。

 

 「明日狩りに行くなら余計走らない方がいいんじゃ──」

 「はい後輩!!つべこべ言わずに走る!!」

 

 手を叩いて音を鳴らすと嫌がるミーナを無理矢理走り出させる。目を頑なに開けようとせず、いつ倒れても大丈夫なように受け身の手順を思い出しながら走った。

 彼女は走り出して少しすればもうバテて倒れるかと予想していた。それほどこの十日間の日々は身体的にツラいもので体力に余裕なんてないと思っていた。

 ────だが

 

 「あれっ?」

 

 体を動かしてみればいつも以上に軽く、素早く動いて疲労感を一切感じなかった。ミーナが一旦立ち止まり不思議そうにメイリンの方を見ると彼はニヤつきながら腕を組んでじっとこちらを眺めていた。

 はっきりいって気持ち悪さも覚え始めていた。

 

 「不思議がってるねー思った以上に体が軽くて自由が利いてる事に驚くでしょ?詳しい事は知らないけど限界だと思ってても想像以上に動ける事はよくあることらしい…又聞きだけど」

 「ソースは…」

 「フユメさん」

 

 信用出来るのか出来ないのか随分怪しいラインだったがメイリンよりはマシかと割りきった。この男、長い間過ごしてみて分かったのだが相当、自分勝手な所があり心の底じゃ他人には興味の無いようにも見える何とも軽薄さを保った人間。だがそれにしてはお節介が過ぎる一面もあったり仲良くつるんできたりと掴み所の少ない男であった。

 数少ない長所はそこそこ顔が良いのと腕が立つ所だろうか、とこの前フーカがミーナに話していたのだった。

 

 

 

 「さて…いよいよだ…たっぷりしごかれて来たんだ目にもの魅せてくれよ」

 「期待には応えてあげますよ」

 「言うねー!そういうとこマジ好き!」

 

 そんな言葉、嬉しくないと言わんばかりの無表情を見せつけるとメイリンは不貞腐れた様子で舌を出すと「ひっでぇ」と哭いた。

 

 「全然。酷くなんかないですよ」

 「淑女ならもっとそそられるような返し方ないのー?」

 「そそるってなんスか」

 

 そう言い合いながら二人はテントに戻っていった。

 

 

 

 

 

 

 「おやおやぁ…お二人さん…随分仲が良いご様子で…って痛いッスよメイリンさん」

 「うっせぇ、なぁ~にが仲が良いご様子で、だ。眠いんじゃこちとら」

 

 メイリンの寝付く定位置に寝転ぶフーカを足でげしげし蹴ると無理矢理退けて横になった。

 ちぇ~と気だるそうにノコノコとミーナの横に足を運んではお隣失礼、と一言断ってから割り入った。

 

 「もうそろそろランプ消しますよ…」

 「あ、いいっすよ」

 

 ミーナが訊くと直ぐにランプの蝋燭を消してテントの中を暗くして眠りにつく。

 その最中、ふとメイリンは懐かしくともあり惨めな過去をミーナの事を考えながら思い出した。

 

 【食え。お前の飯だ】

 

 ───出される飯はあいつらの残飯。クソ不味くて汁物を白米と混ぜてぐちゃぐちゃにして───食えただけマシか。何度も吐いてぶちまけたけど。

 

 【────げぇっ、ぶぇっえ──ひくっ】

 【また吐いちゃったの──?】 

 

 その少女は不思議なことに俺を軽蔑しなかった。

 

 【ひっ──ごめんなさいごめんなさいごめんなさい】

 【謝んなくていいよ…はいこれ】

 

 少女が懐から出したのは小さながらも握り飯だった。味付けは単調な塩味。それでも自分の吐瀉物も混じった汁を啜るよりずっと──天国だ。

 

 【あぐっ──うぅ──げほっごほっ】

 【焦んないでいいから。ほらゆっくり──】

 

 一心不乱に食いついた。喉に詰まっても涙を流してながら必死に貪った。

 

 「あっぁ───握り飯食いてーな」

 

 ぽつりと独り言を呟いた。

 

 

 

 




読了ありがとうございました‼️
冒頭でも言ったようにメイリンはこれから好き嫌い別れるキャラだと思うんですが…応援してあげてください。
もしよろしければ感想や評価等もお願いします。
ではまた❗
導きの青い星が輝かんことを…


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大うねり

 

 【さぁ──ここに名前を書くんだ。そしたら君は衣食住を保証され見事、生物兵器のご誕生だ】

 【──────ん。OK、おめでとう君は今日から立派なギルドのアイルーだ】

 

 そうして、瞳に虹を隠した魔女は静かに微笑みながら手を差し伸べた。白く艶のある品高い、触れることにおこがましさを感じさせる色欲の血塗れた手であった。

 

 「おわっ!?」

 

 メイリンは魘されていた。夢から醒めれば声を荒げて上半身を起こす。相当魘されていたのか頬を汗が伝っていた。生ぬるい感触がとても気持ち悪かった。

 青ざめたメイリンを見て心配したのか隣で椅子に座って全身を写せる程の大鏡で確認しながら髪をセットしていたフーカが声を掛けてきた。

 

 「ちょ、メイリンさん大丈夫ですか?どうしたんです?はっ!まさか遂にメイリンさんもあのファンゴに無限回突進され続ける悪夢を見たんですか……?」

 「いや見てねーし。つーか何スかその夢。ぜってぇー見たくねー」

 

 そうすか、とフーカは何処か残念そうな顔をしながら鏡に視線を戻すとふんふん鼻歌を混じらせながら櫛で髪をとかした。

 メイリンはそんなフーカを横目に掛けていた毛布を退けて立ち上がった。

 くしゃくしゃの髪を気に掛け直しながら幕を潜り抜け朝日が突き刺す外へ出た。インナー姿だったメイリンにはこの荒地の暑さも早朝の影響もあるのか幾分涼しく感じさせた。

 奥の方で太陽がぎらぎらと揺れている。ベースキャンプ入り口から射される光が此処を幻想的な入り江にさせる。狭い入り口の先に広がるには深い海ではなく浅い水溜まり。川とも言えない程の浅さ。ブーツの底が浸かる程度のもので、かといってお気に入りのブーツを汚す訳にもいかず、メイリンは仮想入り江を後にしキャンプに戻る。

 すると何処から現れたのかメイリンの本来の捜していた目的であったミーナがEXデスガロンβ装備を着込んで太刀を見つめながら立ち尽くしているではないか。メイリンは呆気とられてしまう。何処に居たんだよまったく。

 

 「何処に居たんだよまったく~」

 「ずっと此処ですけど…」

 「ン~マジ?見落としてたなァ」

 

 冗談だろっと思っているメイリンに冗談でしょ…と呆れるミーナ。どうも合うようで合わない、ぎこちない二人の間に白い毛玉が割って入った。

 「何してるルル!お前はさっさとリオレイアを狩りに行くルル!ほれしっし!」

 

 素早い手慣れた動きでメイリンの肩に登りルルネは小さい手でミーナをあしらうように追いやった。が、ミーナも野良アイルーではない。そもそもアイルーじゃない。

 ミーナは黙って手をゆっくりとルルネの顔に近づけて、ぎゅっと握る。

 

 「~~~~!!ぅ~!?」

 「あァ~らら。俺しーらね」

 

 みしみし聞えだ出した辺りからミーナの手で覆い被さったルルネの顔が青ざめる。汗も垂れて口を動かして助けを求めた。

 

 「んぅ~!!ん!!ん!!」

 「そこまでにしてあげたら~?」

 

 ミーナの手を必死に離そうとするルルネに救いの手。パッと直ぐに素っ気なく離される。少し頭が痛み、混乱する。掴んでいた彼女はというと手を握ったり開けたりしてじっと見つめていた。特に異変のない普通の手だった。ただいつもより力が強い(・・・・)という違和感を覚えさせた。

 

 「………」

 「どうした?手なんかじっと見つめて…あ、血豆潰れた?包帯を持ってくるよ」

 「あ、いや血豆はずっと前に全部潰れてるんで…その、こんな力強かったけって…」

 

 するとメイリン。指を顎に当てて成る程ね、と自己解決を済ます。──どうせ私には教えてくれないんだろう。

 ミーナは自分で考えるも強くなった原因となる節が一つとして思い浮かばない。斧の件は握力とは別の……話か?ミーナは察した。あぁ──あのせいか。

 

 「教えてほし──「結構です」

 「……あっそう。まーともあれ今からミーナちゃんにはリオレイア狩りをしてもらう。覚悟ってのは出来てるよね?」

 「えぇ…勿論」

 

 ミーナはくるっと鉄刀を回して背の鞘に納めると深呼吸をする。覚悟は既に……

 

 「してきましたから」

 「ホント───最高だよ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ▽▽▽▽▽

 

 

 

 エリア二番にてリオレイアとハンター一名が交戦──

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 導蟲が明かりの少ないエリア二番の宙を駆けて標的を追っていた。体を蛍光色に光らせて自らが明かりとなりミーナ達を先導する。ここまで一種の狩猟道具として活躍をしたものは数少なく、導蟲はその中でも現大陸に持ち込もうと計画までされている。

 その優秀さのお陰で特定のリオレイアの痕跡を発見し、居場所を突き止めたれた。そして今は明かりにもなっている。

 有象無象の静寂が蔓延るエリア二番に耳を凝らしながら恐る恐る侵入していく四人。すると目の前の導蟲が赤く警戒色に移り変わった。

 途端その場の全員が目を見開き各々別々の方向へ回避をする。その次の瞬間に彼らが元居た位置には火球が落ちて爆発し辺りが燃え盛る。

 ミーナは直ぐに木陰に隠れて相手の居所を捜索するが彼女の視線の高さでは見つからなかった。詰まる所それは──

 

 「空かっ!!」

 

 見上げれば品高き女王が優雅に空を飛んでいる。なぜなら気付かなかったんだ!これ程の風圧をモンスターが器用に隠させる訳もなかった。音だって勿論出るし下手をすれば遠くにいてもリオレイアの位置は掴めた筈。

 ならばどうしてか。その答えは次の瞬間に現れた。

 リオレイアはミーナの目の前に着地をすると弧を描くように巻き込んだ【サマーソルト】を素早く繰り出した。彼女は間一髪、持ち前の危機察知能力により回避をすることに成功したがリオレイアの行動に驚かされる。

 何と今【サマーソルト】を終えて飛んでいるリオレイアは音を風を一切立てずにいるのだった。まるで空飛ぶ遊覧船のようだ。

 ミーナは顔を険しくさせながら必死に思考を廻らせた。あれほどの巨体ならば閃光弾で撃墜することはきっと容易い筈、しかしこの場面で貴重ななけなしの閃光弾を消費するのは違うように思えた。──それにあれほどの巨体ならば想像以上に小回りが利かないのではないか?

 彼女の知る大抵の巨体を担うモンスター達は大きく範囲を巻き込むような隙のデカイ攻撃を主軸にしている。大きいとはそういうことだ。ドボルベルクしかりラオ・シャンロンしかり彼らは当てるではなく巻き込むような形の攻撃。自分が大き過ぎて相手のサイズ感と距離感が掴めずそういった形をとる。ならばこのリオレイアも──

 ミーナの予想が当たればこの狩りは彼女の独壇場にだってなれる程の巨体故の弱点。彼女は嫌らしく人間らしく其処を突く。

 彼女は木の後ろに隠れて一旦はリオレイアの視界から消えると素早い動きで木を登り、獲物と同じくらいの高さの枝に位置とると其処から跳躍を付けてリオレイアの背中に飛び乗った。木の葉が彼女を隠していたのか飛び移るまでは警戒網を容易く潜り抜けることが出来た。そして直ぐさま落ちないようにクローを背中に固定させる。支えがワイヤーだけになるとこうも動き続けるリオレイアの背中に立ち続ける事は難しく中々立ってはいられなかった。

 するとリオレイアは大きく体を揺さぶりミーナを振り落とそうとする。地震のようだ。足から震動が伝わって体全体を揺さぶり始める。そうなれば立ち続けるどころの話ではなくなり、ミーナはワイヤーは腕に絡めて落とされないように掴まる。三秒間くらい続いた。やけに長く感じ絡めた腕が痛んで止まず直ぐにでもクローを外したいものだった。

 しかし、突如ミーナは重力に従って宙に吊るされた。腕をワイヤーで縛られたまま木の葉の屋根を抜けて青空に出た。

 何が起こったのか分からなかったが今なら理解出来た。───コイツ上に飛んでる!

 理解出来ても対応のしようがないまま、ワイヤーを絡めた腕はみしみしと悲鳴をあげる。

 

 「イっ───!?あぁっ!?」

 

 すれば登れば登るほど痛みは加速し防具の隙間からヒタヒタと血が垂れて顔に落ちる。キツくなり過ぎたかワイヤーが肌に食い込んで肉を抉り始めた。

 

 「うぇあっぁ!?あっ───!?マッズゥ!?」

 

 垂れる血が喉の奥に入り飲み込まされる。そのあまりの不味さに泣き言を吐いているががこのままいけば確実にワイヤーはミーナを支えることにより締め付けを強くてして彼女の腕が千切れてしまう。

 どんどん上がっていく高度に余裕が無くなっていく。険しくなる顔に涙が零れる。乾燥と痛覚のせいだ。

 もう限界だ──。パッとミーナはクローを外して落下する。しかし直ぐにクローをリオレイアに飛ばして尻尾を掴ませるとそのままゆっくりと引き上げられる。この高度から落ちれば即お陀仏、あのまま居続けてもワイヤーで腕を切られて同じルートを辿っていた。何とも危険な橋の起死回生の一手を打つ事に成功した。

 魚のように引き上げられたミーナは尻尾に何とかしがみつくと一旦はクローを外して今度は背中に向けて飛ばす。ギギッとしっかり固定されている事を確認したら背の鞘から鉄刀を抜いて力強く踏ん張ってなぞるように一太刀、尻尾に浴びさせた。

 その刃は弾かれることなく纏う甲殻を粉砕し傷をつける。刃は確かに光っていた。心眼は成っていた。

 そのまま次の刃を振るうった───

 

 

 

 

 

 

 

 

 同時刻、メイリン達は視界から消えていたミーナ達を見上げていた。遠さ的には雲と変わらないように見えてまるで豆粒が空を飛んでいるようだった。

 その様子にフーカが呆けた表情で呟いた。

 

 「何処まで行っちゃうんでしょーかね?」

 「さぁ……リオレイアもリオレイアでよく飛ぶね…」

 

 メイリンも同じく呆けたように返す。その時だった。一人だけ異変に気付いた。

 

 「…………?」

 

 メイリンは今確かに小さな揺れを感じた。何だ?地震か?周りを見渡すも此処には彼らは三人しか居らず奇妙に感じた。どうやら周りもその時揺れには毛ほどにも感じておらずキョロキョロ見渡すメイリンを疑問に思ったのか声を掛けた。

 

 「ちょっとメイリンさん?どーしたちゃったんですか?」

 「旦那さま何か落としたルルか?」

 

 フーカに続きルルネまでもメイリンの事を気に掛けた。彼にとっては揺れに気付かなかった彼女達の方が不思議に思えたのだった。

 

 「いや…今、揺れたよね?」

 「ハァ?どうしちゃったんですか?揺れてないですよ。ねぇルルちゃん?」

 「そうルル。この女の言う通りルルよ」

 「───そうか。気のせいかな……疲れてるんだきっ──」

 

 その刹那。メイリン達は言葉を失ってそのあまりにも大きすぎる、地中で何かがうねって地盤を打っているような大震動を前に倒れてしまう。

 そして直ぐ背後で地面が抉れて巨大な爆発が起こった。竜巻のような砂埃の柱が立ち上って暴風が襲い掛かり視界を隠す、耳鳴りが止まない。

 

 「───っ!?何がっ!?」

 

 その暴風圧に煽られながらもメイリンは何とか立ち上がり例の砂柱を視認した──その直後に自分達を覆っていた砂埃が突如として向かい風が吹いたかのようにメイリンの前を過ぎっていった。

 そして隣に現れた巨大な影。

 

 「あっ────」

 

 巨大な二本の捻れ角、その先端に付着している透明な水晶体。全身はベージュ色の重厚な外殻に覆われて悪魔のような鋭い蒼の瞳がメイリンを確かに捉えて離さなかった。

 このモンスターは───

 

 「ディアブロス!?」

 

 角竜 ディアブロス。凄まじい巨体故の破壊力と獰猛さから付けられた別名『双角猛る砂漠の暴君』と危険と破壊の象徴、すなわち危ないヤツなのだ。

 何故暴君が襲ったのか、メイリンには理解が出来なかったがそれでも今自分が襲われているとなればハンターとしてやるべき事は一つしかない。

 

 

 

    狩れ。

 

 

 

 

    狩れ

   

 

 

 

 

 

 「フーカさん。降りてきたミーナちゃんの世話頼みますよ。後でゼッテー抱き締めてやる」

 

 そう言うとメイリンは刀袋から一刀の黒い鞘に入った彼の背丈程の太刀を取り出して抜いた。刀身はまるで虹を映し出しているかのように麗しく反射する光が霞んだ。

 

 「狩れ。“麗光(らいこう)”」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ▽▽▽▽▽

 

 

 

 

 

 メイリンは水晶体を纏わせたディアブロスに一太刀浴びさせていた。それは勢いよく初手をかっさらい飛び乗ったヤツの背に渾身の一振りを浴びさせた。

 しかしそのディアブロスはというとメイリンの渾身の一撃を喰らったにも関わらず怯みもしないどころかなに食わぬ顔でメイリンを振りほどいた。

 更にここで彼の腕が動かなくなる。まさか弾かれてたのか?意図せずとも無意識の内に心眼を放てるメイリンにとっては弾かれた弾かれてないは分からなかったがこの異常な痺れが残したきっかけがメイリンを気付かせる。

 どのモンスターとも違う感触の一太刀がメイリンを本気にさせてしまったのである。

 

 「ちくしょー…ヤケに堅ぇじゃなぇかよ」

 

 覚えのない堅さに怖じけつく訳でもなく、寧ろ本気なったメイリンはあの時のように太刀の先を地面に向けて構えを取る。確実な殺意とその実力の圧だけがディアブロスに伝わる。

 だがそれ以上にメイリンにはディアブロスの奥底が読めなかった。モンスターにだって戦う意味がある。縄張りを守るため、奪うため、喰らうため。ただ目の前の仁王立ちするディアブロスは一体何なんだ。何かに取り付かれているみたいな生気の無い有り様、その破壊衝動のどこに意味があるのだろうかメイリンは考え込んでしまう。

 ────何だ?強さよりもよっぽど恐い

 

 

 『──────────■■■■ッ‼️』

 「あぁっ!?ウルセェっ!!」

 

 衝動波を生じる轟音に怯んでしまうのも仕方はなかった。何とその音は周りの木々を朽ち木だったみたいにに粉砕しては半径数メートルを平野に変えてしまっていた。まさに破壊の象徴に相応しい荒れっぷり。

 メイリンはその範囲から少し離れた場所で唖然としながら呟いた。

 

 「いや……冗談キツいぜ…ティガレッスクスじゃねぇんだからさ…もっと優しく吠えろよ…鼓膜破けちゃうだろ」

 

 しかし唖然は直ぐに消えて怒りの感情が込み上げて理不尽にディアブロスに降りかかった。真っ黒な目がディアブロスの奥底を覗こうとしてモンスターに恐怖心を抱かせる人並み外れたクレイジーさ。メイリンはハンターの中のモンスターであった。

 

 「まずは口からか?」

 

 臭いものには蓋をする、とはよく言ったものだとメイリンは痛感した。五月蝿い物にも蓋をしてやらなければならない。だがそれは人の考え方では決してなかった。そうもっと────悪魔的なイカれまくったド畜生の発想だ。

 メイリンは最高の悪魔的な人間だ。

 

 「お~らっよぉ!!」

 

 束の間に近付いたメイリンは荒波を打った。その比喩は実際に正しく、勢いの衝撃波で地面を抉り追い付かない光の波がディアブロスの口元に直撃し水のように発散した。その途端直撃したディアブロスの頭部は今までに感じたほどのないような震動を受ける。岩にでもぶつかったのか───それほど感じた衝撃は異常である。

 メイリンはそのまま微動にしない獲物の足元に潜り込むと太刀をぐるぐる振り回しながら一瞬で侵入した頭部側から反対の尻尾まで通り、潜り抜けた。

 

 

 そして二度、波は打つ。

 

 

 ディアブロスの足元を大きな一輪の波紋が立てば鋭い金属音を鳴らせば突然の痛みに耐えかねたディアブロスはガクンと膝から崩れ落ちて何とも不様に顎を打ち付けて倒れた。

 この一瞬の出来事に処理が追い付かないのに対してメイリンは澄ましたような堂々の憎たらしい笑みを浮かべると太刀を天高く構えては振り下ろし、ディアブロスの角に猛然一撃、波の線を打つ。

 

 

 『────────■■■⁉️』

 

 角の一部が消し飛ぶ威力のまるで砲弾のような一撃は二度も放たれた。一度目は上から振り下ろし、二度目はその刹那にメイリンが体ごと刃をバク転させて綺麗な円を作った後に角と激しく触れる。

 発想も肉体的にもイカれているメイリンはその獰猛なディアブロスも圧倒し、無類の強さを振る舞い続けるかと思われた次の瞬間だった。

 あまりにも素早い体勢の立て直し、狙い澄まされたタイミング。偶然というには不自然過ぎるディアブロスの突進攻撃が着地寸前のメイリンに直撃した。

 

 「おぇっ!!……があっぁ!?」

 

 腹部辺りに命中し防具と角が激しくぶつかり合いメイリンを木々がまだ生える方向へ吹っ飛ばし一本の大木に衝突させる。生まれた衝撃は大木を朽ち木同然のように変えた。

 頭を強く打ったせいか視界が揺れて気持ち悪くなっていく中、無理矢理にもメイリンが立ち上がろうと手と足を動かそうとしたときだった。不思議なことに両方ともピクリとも動かせないのだ。それに先程から痺れたような痛みが長続きしている。

 まさか────

 

 (麻痺状態……!?) 

 

 口を動かそうとしても声も出なければ唇を動かない事でメイリンは理解する。けれど脳では体ではすっかり理解している筈なのに彼の持ち合わせるディアブロスへの知識がそれを全否定する。

 そう。普通のディアブロスは麻痺にさせるような攻撃なんて持ち合わせない筈だった。近くに状態を悪化させる小型モンスターだって居なかった。

 つまり───

 

 (特殊個体の可能性かっ!!)

 

 声を出して助けを求めようにも舌すらも動かせない状況では求めようがなく、しかも目の前ではディアブロスが足を前後に動かし姿勢を低くして如何にも突っ込んできそうではないか。

 予想は正しくディアブロスは抉れる程強く蹴り込むと高速で風の抵抗を感じさせない荒々しい角竜の突進を見せた。メイリンの脳裏に思い浮かぶは明確な死だった。 

 

 (────やばっ)

 

 メイリンは必死の抵抗を見せて麻痺状態を驚きの早さで麻痺を解くと直ぐに消えるようにその場から飛び去った時だった。

 上から空を切るような音がディアブロスとは別に近づいてきていた。それは赤い液を垂らしながら近づくほどに巨大さが表れ始めて突進の最中のディアブロス目掛けて落下し衝突する。

 それはなんとリオレイアだったのだ。

 

 「はぁ!?降ってきたしリオレイアが!?」

 「私ですよ!」

 

 メイリンが驚いていると倒れたリオレイアの翼を退かして傷だらけのミーナが出てくる。額にも髪にも滴る程の竜の血が付着しており彼女は息が上がっていた。

 

 「大丈夫かよ……」

 「無問題(モーマンタイ)!」

 

 そう言うと彼女は血の付いた鉄刀を構えて前を見据えた。やはり起き上がるは砂漠の暴君である。口からでる吐息は蒸気のように白くはっきり認識出来て二匹増えた小さな虫けらを見下した。

 

 「メイリンさん。どれぐらい攻撃しました?」

 「背中に一回、脚に二回、角にも二回だが……相当堅い。常時心眼の方がいいな。それと角だとは思うが付着してる結晶に麻痺毒がある。気を付けて」

 「了解(ラジャー)!」

 

 情報の共有を手早く済ませるとそれを待っていたのかディアブロスは焦れったそうに脚を動かし姿勢を低くとる。

 

 「さぁ、もう一狩り行こうか!」

 

 二人はディアブロス目掛けて刃を振るいながら果敢にも向かっていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

  

 

 

 




読了ありがとうございました‼️
もしよろしければ評価や感想の方もよろしくお願いします❗
ではまた❗
導きの青い星が輝かんことを…


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狂ってイカれて廻っては──

 

 小さな花だった。雪のように白くて嗅げば甘い良い香りがする、如何にも昆虫達が群がって来そうな魅惑の一輪であった。

 それを見た誰もが思った。これをどうにかして飾りたいと装飾にしたいと、このままの状態で保管したいと人々は思った。そう、中々に人間らしさが出た欲望であった。汚く、貪欲で、直ぐに自分の物にしたがる辺りが特に醜かった。

 とある人物が人の有り様を書いた本の話をしていた。

 しかし、ある女はこの話を聞いた途端に笑い出した。

 

 【ぶはっ!なんだいそれ!?人間が人間ディスってるのかい!?こんな笑い話ないよぉ!】

 

 フユメであった。ゲラゲラと堪えきれなかったように漏れ出た笑い声に品が無かったのでメイリンは不意にも記憶の片隅に強く残してしまっていた。

 

 【そんなぁ面白いっすかぁ?】

 【だってさ君ィ!何処の野郎かも知れないヤツが勝手にテメーと同じ人間様馬鹿にしてんだよ!?バッカだろソイツゥ!な~に感慨に浸ってんだよ!!】

 

 行儀悪く、フユメは油が付着したフォークで空中に弧を描きながらメイリンと話した。二人が互いに向き合って囲んでいるテーブルには一皿ずつパスタとキングターキー、そして深紅のワインがグラス半分まで注がれていた。

 

 【ん……メイリン。この世界を生き抜けるのはどんな奴等だと思う?】

 

 突如、フユメは油の付いたフォークを紙の上に置くと両手を組んで顎を乗し掛けてメイリンに訊いた。彼はさっぱり分からず拍子抜けた表情で【どんな人なんスか?】と聞き返した。

 

 【最高にイカれてて、最高に常識破りで腹立つ(とこ)しか人間に似てない奴等だよ】

 

 そうやって答えると彼女はアルコールの度数が高いワインを一気に飲み干して酔っ払った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ▽▽▽▽▽

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その二人は閃光のようにディアブロスとの距離を詰めると互いに心眼を放ち合った。熟練度はメイリンが上をいき、見事なまでの波を作りあげて、一方ミーナは(なか)ば刀身が青く光る程度でディアブロスの足元を潜り抜けながら斬りつけた。

 どちらもパワーでは群を抜いた強さを誇り、頑強な暴君の鎧も一撃で傷をつける程。凄まじいイカれ具合(・・・・・)、メイリンの好きな言葉が良く似合った。

 波と斬撃を打たれたディアブロスは激痛のあまりに後ろに退いてしまう。それでも物足りないのだ。このモンスターを討伐、いや撃退するのにすら十分な程の体力が削れていない。それがメイリンを焦らせた。

 

 「くっそ…まだ逃げねぇーか…ミーナちゃん!!まだいけるか!?」

 「ハァ…ハァ…っ舐めないでくださいよ!こんなんじゃヘコタレませんから!」

 

 息は上がっているが余裕を見せる二人は振り返ったディアブロスに再び太刀を構える。

 先に動いたのはミーナ。軽快な足取りで軽くディアブロスを翻弄すると頭部にクローを飛ばしては固定させて一気に距離を縮めて触れれる程近くまで移動した。そして頭部に掴まった状態でミーナは素早く刃を回すように振るうって何度も斬りつけてはクローを外して地面に降りた。

 

 短い間での連撃は傷つけには効率的で、その後がディアブロスの頭部に白く残っていた。本来であれば普通、二回程度、この類いの攻撃を行わなければならないがミーナはその異常な身体能力を活かして一気に二回分の攻撃を仕掛けていた。

 傷を付ければ簡素な心眼でも攻撃は入るようになる。そうなれば後はメイリンの仕事である。

 

 

 「──うなれぇっ!!」

 

 

 両手持ちの刀から放たれた素早い斬撃がディアブロスの頭部に追い討ちをかけるように波打つ。

 しかし、どうして───メイリンに此処まで力を出させた相手はこの数年間そういなかった。

 好敵手。あぁそうだ──ハンターとしてではなく生物としての本能がこれを望んでいたのだ──強く、貪欲で在りたいと唸るのだ。

 

 

 

 

 

 

 【君のそれはさ…水みたいで綺麗だよね。光ぃ…だよね?威力は自然界の物でで例えるなら波か…うん。初めてみるよ、残光が水のように見える程精錬されてて完璧に使いこなしてる…才能あるよ。君】

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 『─────────■■■ッ‼️』

 

 「おぉっらぁ!!」

 

 ディアブロスの全身を風の如く通り過ぎ去った波が天空に駆け上がると車輪のように回転しては再び獲物に襲い掛かる。目で追えているのならその程度のスピード。だがメイリンの速度は目で捉えきれないどころか音すら遅れてやってきた。

 一瞬で外殻を砕き回ってはふとした瞬間にディアブロスの目と鼻の先に現れて何重もの波を打つ。打たれる束の間に確かに見たのは悪魔の笑み(・・・・・)だった。

 

 「はぇ~……すっご…」

 

 ミーナは啖呵を切れないままでいた。この後も何か言葉を続けたい気分だったがどうもその有り様はえもいわれぬようだ。暴れ続ける獅子は波に竜巻を起こさせる。人間技とは信じられぬ荒らさに力強さ。今の彼には暴虐の限りを暴君に与えディアブロスに勝ることを証明しようとしていた。

 

 「はぁあっ!!」

 

 

 翼、背中、腹部、尻尾と地面に足を着けることなく斬り刻んでは再び背中を抉るように高速で斬り裂いて回る。気付けば一部位には数十にも及ぶ傷の痕が残されている。

 これがメイリンの実力だった。一度見たボルボロスを圧倒した姿の彼が荒れている。あの時同様、相手が砂漠をうねらすような凶暴な暴君であったとしても彼の前にはただのモンスターでしかない。

 

 波はディアブロスの背中から足下まで水が川を下るように綺麗な一直線を作り上げては一気に引き裂く。荒れる荒れる水流はくとくと流れて静かに凪ぐ。

 

 

 

 「ひっひぃ~ん!こりゃいけるなぁ~!!」

 

 気持ちの悪い笑い声を漏らしながら攻撃を中断したメイリンは一旦、ミーナの元まで下がった。振り切る為のディアブロスの攻撃も全てを避けて新たな傷一つないメイリンの実力が窺えたがミーナはこれ以上戦える気がしなかった。そもそも刃こぼれ激しい太刀でリオレイアを相手した後にこんな強敵と連戦を強いられるのがおかしいのだ。

 

 ミーナは唾を呑み込んで腹を括ったその時だった。括った腹に手が回りひょいと体を持ち上げられた。回されていた手はメイリンのもの。彼はミーナの腹部を肩に乗せてディアブロスに背を向けては颯爽と走り出したのだった。

 

 「んなぁっ!?ちょっとメイリンさん!?やめっ…えぇ?」

 

 既にディアブロスの姿は確認出来なかった。それほどまでメイリンは大股で川を飛び越えるような豪快な歩幅で獣道を進んでいた。もはや戻っても意味はないのだろうと悟る。

 だから───一発だけ込み上げた怒りの拳を掲げて殴ることにした。

 

 

 「ふんっ!!」

 「うげぇっ!?」

 

 

 メイリンの無性に整った顔面に一発拳を入れては二人は安全なエリア一に共倒れしたのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ▽▽▽▽▽

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「いいかいミーナちゃん?俺らはあのディアブロスとやり合う必要なんてどこにも無かったのさ」

 

 ベースキャンプのテントの中、二人は淹れ立てのコーヒーを飲んで一つ息継ぎをしていた。

 

 「けどあと少しだったじゃないですか!あんなにも追い詰めていたら──」

 

 メイリンの衝撃の言葉が遮った。

 「はぁ?全然追い込めてなかったよ?」

 「え…いやだって私達すごい量の攻撃を畳み掛けてたじゃないですか…幾らディアブロスといっても」

 「うーん。はっきり言ってディアブロスは一度も怒り状態にはならなかった。これで分かると思うけどそのラインにまで届いていなかった。めんどくせぇけどあのレベルだとサシャちゃんとフユメさんに出向いてもらわねーとなぁ…ななぁフーカさん?」

 

 するとメイリンは腰を下ろして外に居るフーカに大声で語りかけた。間もなく女性の声が返ってくる。

 

 「メイリンさん…次遭遇したらちゃんと本気出してくださいよ…まぁけどそのレベルだと三人の案件ですね」

 「あっ!?余計なこと言うなよ!?俺は最初から本気でしたぜぇ!?」

 

 不満げな顔して声を上げる。

 やはりメイリンという男は何処か読めない人物である。命がけの戦いに手を抜くハンターが何処に居るだろうか……いや目の前にいた。

 

 「ったく…メイリンさんは……いやもういいです。翼竜の準備は済んだんですかね?」

 「あぁ……準備終わってる?」

 「フフン。とっくの前にですねぇ終わってるんですよぉ!私、なつかれてるみたいでぇ!素質あるんですかね!?ライダーとかの!」

 

 幕を勢いよく開けて割り込んできたフーカは自慢気に顎に手を当ててはビシッと決まったポーズと取っていた。その様子に二人は顔を見合わせる。

 

 「二十歳越えてんですから恥ずかしい事してないでさっさよ帰りましょうよ」

 

 最初に口を開いたのはメイリンだった。表情一つ変えずに向きだけを変えてはフーカに釘を刺した。

 彼女はすとんと気力が消えた腕を下ろして落ち込みながら外に出た。

 

 「………ホントにこれで良かったんですかね」

 「え何?フーカさんの事?」

 「そうじゃなくて!ディアブロス!」

 「あぁ~そっちぃ?良いでしょ今すぐに被害出しそうな様子でもないし出たとしても俺関係ないしね」

 

 無責任な言葉に苛立ちを覚えた彼女は声を荒げる。

 

 「そんな!?無責任ですよっ!?」

 「無責任ってねぇ…知らねぇよぉ~あのディアブロスで誰が死のうがよぉ…絶対関係ねぇってぇ…クエスト対象でもなかったんだから狩る意味もないしね。お金、でないじゃん」

 「………金…ですか」

 

 ミーナは続けて怒号を上げる訳でもなく、ただ悲しそうな顔をしながらテントを出た。

 メイリンも一切悪気等はないし、これといって彼女にそんな顔をさせるような発言もした覚えが彼にはなかったので彼女の反応が不思議だった。

 

 「ん~?俺なんか言ったかなぁ…無いと思うんだけどなぁ…」

 「旦那さま…多分金の話だと思うルルよ」

 

 足下から毛むくじゃらのルルネが独り言に対して返した。ルルネが居ることが予想外だったのかメイリンは驚いた顔をしたが次第に何時もの表情に戻って屈んではルルネの頭を撫でた。

 

 「お金って大事だよ…俺の夢を叶えるには特に必要だからね」

 

 メイリンは思い出に浸った。

 ───あれは確か五年以上に遡るか

 

 

 

 

 

 

 

 

 【俺、夢があるんスよ】

 【夢だって?】

 

 

 小さな部屋。砂漠色の床に壁に薄明かりで照らすハリケーンランプが香る。

 部屋の半分を埋めるダブルベッドに男女が裸で寝ていた。灰暗(ほのくら)いこの部屋では互いの裸体はぼんやりとしていた。

 話し掛けているのはメイリン。相手はフユメだった。彼女は布を纏わない上半身を疲れたように起こしては乱れた髪を手でとかした。

 

 【へぇ……教えてくれよ。どんな夢なんだい?】

 

 彼女は興味を示していた。

 

 【金貯めて孤児院を建てて、貧しい子供達を少しでも助けたいんす】

 

 そう言ってハリケーンランプの灯火を消そうと伸ばされたメイリンの手を止めたフユメの白い手。

 メイリンはしぶしぶ伸ばした手を引き戻す。

 

 【君にしては……普通の夢だね】

 【夢ぐらい普通だっていいじゃないですか】

 

 すると彼女は隣で面白くなさそうな顔をする。

 

 【つまんないねぇ】

 【じゃぁ、アンタ夢あるんすか】

 

 何気ない質問に意外にも顎を擦って考え込み始めるフユメ。答えは暫くして出た。

 

 【私の夢か……フフ、たった今叶ってしまったからな…】

 【まさか…夢って性行為だったんすか?】

 

 笑ってみせるフユメに呆れたメイリン。

 

 【ははっ新しい夢を考えないとなぁ……】

 

 そう言うと彼女は口を開けたまま上半身を同じように起こしたメイリンにそっと長く濃いキスをした。離れても唾液の糸が互いの唇を離さない程に濃密なキスを───

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「うぇっぷ」

 

 顔が青ざめたメイリンは口を手で押さえる。こうやってふと思い出そうとすればあの味が口の中に残っているような気分がして吐き気がした。

 あの女は大抵、キスする前にメイリンの嫌いなメーカーの酒を飲む。嫌がらせなのかは今でも分からずじまいだがあの味を思い出すだけで吐き気がするのだ。

 ほつれた顔で髪をかきむしるとルルネを抱き上げて肩に乗せる。

 

 「帰ろっか」

 

 

 

 その後、吐き気がまだ続いていたメイリンが翼竜で飛んでいる際に吐瀉物を撒き散らしたのはまた別のお話。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ▽▽▽▽▽

 

 

 

 

 

 

 

 「飲み会……ですか?僕を誘って……」

 「折角なら皆誘って飲もうじゃないかってのがメイリンの案。私も静かに飲みたいがたまには良いと思ってね。お酒は飲まなくていいから参加するだけでもどうだい?」

 

 アステラ本土では、建物より高く昇った太陽が真下へと照らす時間帯、異色のコンビが肩に並べて歩いていたのだった。

 少女のような小柄の少年に大柄な女性。ミコトとフユメだった。

 話は遡ること一日前、クエストから帰ってきたメイリンがフユメと会い、彼女が飲みに誘った事がきっかけだった。それなら大勢で、と持ち掛けたのはメイリン。

 彼女的には静かにバーのカウンター席で並んで座って嗜むのが好ましいシチュエーションだったがたまにはと思ってその案に乗った。

 

 「僕、あまりお酒飲めないですよ…それこそこんな歳だしもっと他の人を…」

 「今の所、君以外は全員来るって言ってるんだ。ミーナちゃんもサシャもね…あとフーカ」

 「ミーナも?」

 

 ミコトは彼女の名前を確認するかのように強調した。その様子にフユメはクスリと笑う。

 

 「そうミーナちゃんも。メイリン、あの子をべろんべろんに酔わせるまで帰させないって言ってたから介護する人が必要なの。勿論、私とメイリンの奢りだから好きに食べてもらって構わないわ」

 

 フユメは少し屈んでミコトに顔をぐっと近付けた。彼女の髪が揺れてふんわりと良い香りがする。静かにミコトの瞳を見つめた。

 彼は少し顔を赤らめてしまう。

 

 「ち、近いですよ…」

 「そうかい?これぐらいは普通さ」

 

 魅惑的なまん丸瞳に釘つけになってしまう。もうあと少しで唇が触れ合う距離まで───

 と、その時、フユメは彼の唇に人差し指を当てる。瞬間、ミコトはビクッと身震いした。

 

 「流石に……キスは駄目だけどねぇ」

 「ひゃ、ひゃい…」

 

 完全にからかわれていた。焦らされているような仕草にミコトは手のひらで踊らされていた。その美貌は老いた歳を感じさせない。

 

 

 「……分かりました……僕も行きますよ…」

 「そうかい!そりゃメイリンも喜ぶだろうねぇ!」

 

 彼女は手のひらを合わせて表になった甲を頬に触れさした。

 するとミコトは彼女の言動を不思議に思った。

 

 「──?フユメさんって……自分の事、そんなに言いませんよね?さっきからメイリンさんの事ばっかりですよね…」

 「あぁそうかい?自分じゃあまり気にしてないからつい、彼の事ばっか喋ってるんだろうね。大切に見てきたんだ…口から自然に彼の名前が出てしまう…が今回はノーカンだろ。彼考案なんだからさ」

 

 ミコトは言葉にしなかった。何故なら言ってしまえば自分が二人の関係を妬んでいるように聞こえて嫌な思いをさせるかもしれなかったからだ。

 

 『いいですね。そんな関係』なんて言えなかった。

 ────まるで、自分とミーナの関係が悪いみたいな言い方。

 

 「サシャは嫌だなぁ。あの子、酒の席でも煙草を吸うんだもん。ミコトくん、君からも彼女のに一つ禁煙するように言ってくれないか?」

 

 ミコトは悩んでいてその言葉が届いていなかった。よって、結果的に無視する。

 

 「おーい。ミコトくーん。聞いてるかい~?」

 

 呼び掛けるも返事は静寂。下を向いて考え込むミコトの耳元で彼女は悪魔は囁いた。

 

 「聞いてくれないと…明日、君の大切な彼女に乱暴しちゃうよ?

 「ダメっ!!───あっ」 

 

 一秒の間もなく、反射的に大声を出したミコトは直ぐに熱帯イチゴのような顔色になる。そして口端をつり上げて笑う悪魔。

 

 「なーんだぁ。ちゃんと、聞いてるじゃないかぁ」

 

 彼の大声に反応した周囲人間が二人の事でざわつき、視線が集まった。その恥ずかしさのあまり彼は涙目に小刻みに震えだした。

 それを見てクスリと微笑む彼女────あぁ、完全に遊ばれてる。 

 

 「────っ!!行きますよっ!!行ってやりますよ!!」

 「ははっ!あぁー楽しっ」

 

 ミコトとは半泣きになりながらその日の夜、皆が集まる食事処へと向かったのだった───




読了ありがとうございました‼️
変な時間帯で申し訳ない。
多分次もそんな感じです。
それと企画作品が意外と好評で嬉しかったっですね。
もしよろしければ感想や評価の方も宜しくお願いします。
ではまた❗
導きの青い星が輝かんことを…


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ビールと空っぽのコーヒーカップを

大切なお話がありますので後書きの方まで見ていって下さると助かります。


 星の夜、小さな食事処は明かりをまんべんなく点けて人だかりを暗闇から匿うように彼らを照らしていた。

 テーブルには何皿もの食事に一人に一ジョッキずつ配られた達人ビール。それを全員で高く掲げて飲み口をカツンと合わせた。

 

 「かんぱーい!!」

 

 声に出したのはメイリンだった。

 皆、その掛け声に合わして飲み口を合わせればそのまま口へと持っていき飲み干し始める。ミーナもフユメもメイリンもフーカも…ミコトは抵抗があったのかぐっと顔の目の前で堪えた。

 

 「ははっ、まさかホントに叶うなんてねぇ~。こりゃフユメさんのお陰だなぁ!はいっ!皆フユメさんに感謝!」

 「メイリン。今宵の代金はいつかの君の出世払いで頼むよ」

 「はいっ!皆!もっと拍手!今の発言無かった事にするくらいの大拍手を!」

 

 そうやって守銭奴から金の話を遠ざけようとするメイリンに笑うミーナ達。

 一息着いたら各々の話題で盛り上がりながらつまみを食べては酒の手を進めた。

 

 「いやぁフユメさん。ミーナちゃんヤバいっすよ…マジでイカれてると思うぐらい強いしさぁ…」

 「ちょっとメイリンさん言い過ぎですよぉ」

 「そうだなメイリン。言い過ぎかもしれない…彼女にとっては君は強者に映ってるんだ。嫌味に聞こえるかもしれないだろう?」

 

 他愛もない話だった。仕事の話でなく、生々しい箇所はあるがそれでも何時もの疲れるような気だるい話ではなかったためにミーナは酒の手を緩める事はなかった。ぐいぐいとジョッキを何杯も空けていく様はミコトにとって衝撃的だった。

 そんな様子に釘つけにされていると彼の隣から咳をするようなむせる煙が漂ってきた。

 

 「ゲホッゴホッ───っサシャさん…こんな所でも煙草吸うんですか…」

 「ニコチンが足んない」

 

 そう言って彼の隣で煙草にマッチで火を点けて吸っているサシャは片手にジョッキを握り、ミーナよりも豪快に飲み干すのだった。

 目の下にくまを作っていた彼女は窶れた表情の中、黙々とビールを飲んでは煙草を吸って吐いて、またビールを流し込んで煙草を吸って吐いてと作業ように何度も繰り返した。

 

 「ケホッ…なぁサシャ、飲み食いの席なんだ流石に煙草を吸うのは止めてくれ。早死にしちゃうじゃないかぁ…

 「二つ名ハンターにとって長生きなんて地獄でしょうよ……そもそもフユメさんはもう四十年も生きてるじゃないですか…」

 「私じゃないメイリンだ。それと次、歳の話をしたらテメェーのでこに穴空けるからな」

 

 サシャはメイリンという名前を聞いた途端に灰皿に煙草を擦って火を消した。

 ミコトはそんな二人の会話を聞いていた。確か、サシャも長い間、フユメにお世話になっていた時期があってその影響もありかなり親しい関係だと聞いていたが今の話を聞いてみればとてもそうには思えなかった。

 二人ともギクシャクしているというか犬猿の仲に思える。

 

 「あちゃー…喧嘩始めちゃったよぉ…どうすんだか」

 

 フユメの隣に座っていたメイリンが他人事(実際そうなのだが)のように酒を流し込みながら呟いた。彼にとっちゃ今の会話なんて自分が火種になってはいるが当の本人は関わってはおらず、勝手に名前を出されて過保護に扱われている、謂わば自然発火に等しい状況だった。

 そんな痴話喧嘩気にするものかとメイリン、ミーナ、酒を進める。

 

 「プハァ…お、良い飲みっぷりだ!?ミーナちゃんもやるじゃんの!?」

 「へっ…コンくらい余裕ですよ!!酒飲んだくらいちゃへこたれませんから!」

 

 ミーナの手前には空いた五杯のジョッキ、今まさに六杯目も飲み干そうとされている。浴びる程飲まれた酒の効力はとっくにミーナの体内を侵して、呂律が回っていない。顔も真っ赤でだるんとした目をしている。

 そんな彼女を見てケヒヒッと笑うメイリンに堪えるフーカ。

 そんな彼らも五杯ずつジョッキを空けていた。いつの間にかテーブルは空いたジョッキで埋め尽くされてミコトが料理を頼もうとしても置くスペースが無かった。追加でフユメがワインを頼むものなのでミコトは隅に追いやられいるようで寂しかった。

 

 「んぁ……?メイリンさん…ルルネどうしちゃったんですかぁー?見当たんないないですよぉ…?」

 

 するとミーナが空っぽになってしまった六杯目のジョッキを我が子を抱き締める母親のように抱いては辺りをキョロキョロと不自然に見渡した。

 

 そんな彼女はどこか寂しそうに映った。

 

 「あぁ彼女なら借りた家で休んでいるよ。ルルネはこういう場が苦手なんだよねぇ…楽しいのに」

 

 メイリンも寂しそうに返す。

 ミーナは十日間以上も一緒に過ごしたからなのか腹立つ五月蝿いのがいないと物足りなく感じてしまった。それはメイリンも同じだった。──寧ろ彼女以上に長く過ごしてきたメイリンの方がうんと寂しいのかもしれない。

 

 声に出して、面と向かって悪口を言い合うのも悪くなかったのかもしれない───きっと大人になればそういうのはやりづらくなる。だからメイリン達大人は酒の席で貯金するように溜め込んできた鬱憤を晴らしているのだろう。

 

 「大人になりたくないなぁ」

 「……大人になんてならない方がいいよ。本当に……疲れる」

 「……まぁガキは嫌いだが大人も好きじゃないねぇ」

 

 ミーナの発言につけこんでくるメイリンとフユメ。まるで大人代表のような言葉にミーナは「ほぇ~」と漏らす。

 

 「お酒おいしぃ~あぼぁっ……」

 「あぁ……フーカさん飲み過ぎですよ…」

 

 「ミーナ、コイツ頼んでいいか?」

 「キングターキーぃ?あぁっ!!私も食べたいぃ!!」

 

 「メイリンこの酒飲むかい?」

 「ん……ワインっすか…あ、遠慮しますぅ」

 

 「それキングターキーじゃネェよ!!ただのターキーだよ!!あ"っはっは!!」

 「バカねぇ!!ターキーはキングターキーなのよぉ!!」

 

 

 

 そんな楽しい時間がいつまでも続いてくれれば良かったのに……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「ヴォェェェ……ウプッ……オエェェェッッ」

 

 

 

 飲み会が終わり、皆が別々に帰って行く中、ミーナはミコトに連れ添われる道中に胃の中の物を吐き出していた。酸っぱい臭いが周りに二次被害を出している。それでもミコトは何とか耐えて彼女の背中を擦っていた。

 

 「気持ち悪いぃぃ………ウプッ……オエッ」

 「大丈夫ですから……」

 

 酔った勢いもあってミーナは道の端とはいえ声を出して泣き出してしまう。唇からは汚いと嫌悪感を抱く黄色をした液体が垂れており、呻き声を漏らす。

 

 「ヒック………ウゥゥ………ァエッ」

 

 ドバドバっと滝のように流れる吐瀉物に思わず鼻を塞ぎたくなるミコトだがもう一踏ん張りと意を決して顔を背けることはなかった。

 ミコトは真夜中で良かったと少しだけホッとした。これを昼間にやられたら自分以外にも被害を被る事になるところだった。

 

 ハァ……と長いため息が出る。静寂な夜に変わってしまった事に怖さを覚えるのはこれで何度目か。

 

 「ミーナ立てそうですか?」

 「うぅぅ……ヒック……ぎぼぢわるいよぉぉっ……」

 

 まるでいつもの彼女をひっくり返したようなそんな感じだった。ミコトの前であまり弱音を吐かないのもあって彼にはミーナの印象がガラリと変わってしまった。弱音は吐かない代わりにゲロは吐くが。

 

 ビッチュァと垂れる垂れる嘔吐物に胃液。そこに涙が落ちて汚い水溜まりが完成する。

 ミコトは泣きじゃくミーナの顔を見て実感した。

 

 こんなところもまた、愛しいのだ。

 

 「あぁあっ……うえぇ……」

 「家までもう少しですから耐えてくださいよ」

 「やだぁあっ……怖いよぉ…」

 「何が怖いんですかっ」

 「おぉ……お、おオバケェ……」

 

 駄目だ。またため息が出てしまう。

 

 「ハァ……オバケ、幽霊なんていませんよ…ほら見えてきましたよ」

 

 丁度ミコトが指差す奥にミーナの家が見えた。虚空の中にポツリと建っているように感じられるのは周りには外灯が無く、あまりにも今まで通ってきた道より真っ暗だったから。その暗さにミコトもドキッと心を奪われた感触に陥って冷や汗をかく。

 

 ───あれっ?ミーナの家ってこんなに暗かったっけ?少し怖すぎやしないか?

 

 恐る恐る一歩を踏み出すと肩を貸していたミーナが突然何かに襲われたように暴れ始める。

 

 「ひぃぃぃ…!!こわっ、怖いよぉ…!!」

 「えぇ!?ちょっと暴れないで下さいよ!?」

 

 必死にミコトから離れようとするミーナの服を掴んで落ち着かせようとするミコトの小競り合いが急遽始まった。彼がどれだけ綱引きの用量で彼女の袖の部分を引っ張って踏ん張るがそれ以上にミーナの半端じゃない身体能力に勝ることは無かった。

 感覚的にはリオレウスのソラの脚に綱を巻き付けて空を飛んでいる彼を一人で引きずり下ろす感覚だ。

 

 ───あれ?無理じゃないか!?

 

 「ミーナァァ……!!落ち着いてぇ…!!」

 「ヒイィィ……!?ヒック、怖いのムリィ~!?」

 

 駄々をこねる子供のようだった。時間帯的にはすっかり日が変わっているかもしれない夜更けに子供とはおかしなものだが今の彼女のを例えるにはこれ以上似合う物が無いほどの表現であった。

 彼女は暴れなくなった代わりにしゃがんでしまってその場から動かなくなる。

 

 「ミーナ。ほら家に入ったら蝋燭を点ければ良いじゃないですか?明るくなりますよ?」

 「ほ、ホントぉ…?」

 

 そうやってしゃがんだ状態から上目遣いで喋るミーナ。彼を見る瞳は潤んでまるで脅えている小動物みたいだ。

 

 そうやってミコトは何とか古家の扉の前まで辿り着いて彼女のズボンポケットの中へ躊躇いも無く手を突っ込んで鍵を取り出して苦戦はしたが何とか扉を開けた。彼も疲れているのか何度も開く筈の無い方向へ鍵を捻ってカチャカチャカチャカチャ動かしていた。

 

 そしてようやく開いた扉の奥へミーナを連れて立ち入り、気力の無い彼女をベッドに横たわらせて立ち去ろうとしたその時だった。

 強い力が彼の服を引っ張って立ち去ることを拒んだ。

 

 「み、ミーナァ…?」

 

 振り返れば潤んだ小動物の瞳、細い子猫のような声でミーナが服を掴んできたのだ。

 

 あぁ勘弁してくれぇ……もう…ホンットにぃ…

 

 「ねぇ……一緒に寝てくれないぃ……?」

 

 お母さん。お父さん。

 僕は今宵、大切な初めてを失うかもしれません。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ▽▽▽▽▽

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 微かに物を捉えれる灰暗い部屋に男女が一つの狭いベッドで一緒に横になっている。互いの吐息と鼻息が頬を触れ合う程密接な距離で顔を向け合っている。

 彼女の顔をこれ程近くで見たのはこれがミコトにとって初めてだった。やけに整った顔が涙でぐしゃぐしゃににってミコトに寄り添う。

 

 既に彼の理性は限界を越えていた。奥の底に抑えていた男、否雄としての一握りの本能が今にでも彼を駆り立てようと暴れているのだ。自制心なんてこんな場面じゃ何の役にもたたない。

 ───今はただ、これ以上の厄介事(ハプニング)が起こらない事を願い、目を瞑る。

 

 しかし、現実はどうも非情で悪戯好きであった。子供がするような簡単な、怒られるだけで済むようなイタズラではなく最悪、責任を生んでしまうような大人の悪戯を仕掛けるのが大好きらしい。

 

 「ひゃああっ!?ぁぁぁ!?う、後ろぉにぃ!?」

 「あっ──えっちょっと!?」

 

 突然悲鳴を上げたミーナがミコトに抱きついたのだ。手を彼の背中でぎゅっと結んで簡単には振りほどけず締め付けるような痛みが襲う。

 ミコトは白目を向いた。羞恥心、自制心、全てが吹っ飛んでお迎えにあがってきたのは苦しみ、痛みの合唱曲(コーラス)である。

 

 「うげぇっ……」

 

 上向いた(うわむいた)彼の目から涙がポツポツ垂れて必死に悶える。息は出来るのに苦しくて首を絞められたように死にそうになる。

 泡を吹くとは彼は喩えでしか聞いたことがない。というか普通に生きていたら絞められて泡を吹く場面なんて遭遇するなんてことはないだろう。ただ、実際にそのような場面の被害者に一度でもなってしまえば───地獄を見る。

 

 「うっ………あぁ…」

 

 手で相手の肩を掴んで引き離そうと押し出すも彼の力では加害者の怪力に勝つ事は出来なかった。

 

 ───意外と死は身近にあるものだ。

 

 彼がもがき苦しんでいると不意に腕の鎖は解かれて落ち着いて呼吸のリズムを取り戻す事が出来た。これもあまりに唐突だったのでどうしたのかと思えば隣の彼女は静かに吐息を吐きながら熟睡しいているではないか。

 

 次の瞬間には彼は先の苦しみなどは忘れたように底なし沼のようま脱力感に浸かった。

 久し振りに味わう安堵は大草原の丘の上で風にさらされながら寝転ぶように心地よく幸せの涙が溢れそうだった。

 ミコトはもう深い事を考えず寝ようとした。明日になればミーナは驚くかもしれないがその時は彼女に何にもかも赤裸々に告白しれやればいいのだ。

 

 色々あって今日は本当に疲れたなぁ…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「カムイ………ごめんなさい…」

 

 その言葉にミコトは目を見開いた。

 ただの寝言なのだろう。そう、ただの寝言。

 

 それでも───あぁどうして……

 

 

 「どうしてあんなクソ野郎の事を……」

 

 心の底から出た本音が空を過った。

 憎む相手の名を聞いて酒を飲んでいなくても吐き気をもよおした。

 

 ミコトは起き上がって彼女の顔を見た。

 誰かに彼女を奪われたくないのだ。自分だけのモノにして宝石のように大切にしていたいのだ。

 そんな思いが先走り、そうして───近づけて口づけを───。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ▽▽▽▽▽

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 時間帯はがらりと変わって日は登り光がアステラをまんべんなく照らしている太陽が浮かぶ世界に二人はテラスにある椅子に腰掛けていた。他に誰も居ないから賑やかなアステラの中でも一番静かな隠れ名所だった。

 誰も居ないのも夜景だけが取り柄のこのテラスに正午から寄る人なんて普通は居ないのだ。

 

 だからかミーナは暑い中冷や汗をかきながらも言いたい事を言えたのだ。人生でこれ程緊張して心臓がバクバク鳴っているのは初めてだった。ただ相手の口から「いいえ」解かれて出るのを願うのだ。

 彼女は自分を信じていた。大丈夫だ私は自分の自制心には自信があるのだ私より年下の少年に不埒な行為などする筈がないのだ。

 だが先から骨の芯の髄まで凍らすような、吹雪の雪原の中を半裸で歩くような震えは、悪寒は何なのか。

 

 「ね、ねぇ…私貴方に何かしたかしら…そのぉ責任んとるような事を…して、ないわよねぇ……」

 「えぇ……してませんよ」

 

 彼女は向かいに座っているミコトに話し掛けるが彼は外を覗いて目の焦点が合わない。あぁ…気まずい気まずい!!クソッ!!二度と酒なんて飲むか!!

 

 「カムイって人は……元相棒なんでしたっけ」

 「──え?」

 

 突然の事に言葉が詰まる。どうして今になってその名を出したのかミーナは見当つかない。

 

 「昨日あなたが寝てるときに言ってたんですよ…」

 「寝言って……こと?そんな事言ってたんだ……」

 

 少し恥ずかしく顔を赤らめてしまうミーナは手元のコーヒーカップを手に取り隠すようにコーヒーを飲んだ。苦味が彼女を落ち着かせる。

 

 「───好きなんですか、彼の事」

 「えっ──えぇ~……まぁそうかなぁ~?」

 

 驚きはしたが咄嗟の判断で誤魔化すように返した。コーヒーカップを持ってる手は小刻みに震えだし急いで中身を飲み干す。

 

 なんだ!?さっきからのこの空気は何なんだ!?

 

 圧迫する緊張感が抜けないこの空気の中、ミーナは下唇を噛んで次の言葉を待った。

 しかし向けられたのは言葉ではなかった───

 

 「っぇ……………?」

 

 ミコトが身をのり出してそっと唇が触れ合った。柔らかい感触、匂い、息が触れ合うその何もかもが初めてで頭の処理が追い付かなくなる。

 苦しい……苦しい…息が続かない!

 

 「あぁっ………!!」

 

 肩を押さえてミコトを引き剥がし乱れた呼吸を取り戻し彼女は頬を赤らめる。

 一体何が!?

 

 「────っ苦い……」

 

 唇を親指で拭うミコトの顔は彼女が今まで見てきたどんな大人よりも大人びている。

 

 

 

 

 

 

 彼女の心境は飲み干されたコーヒーカップの如く空っぽになっていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




 読了ありがとうございました。
 
 前書きの方で書かせて頂いた大切なお話というのは少し活動を休止させて頂きたいと思います。
 
 休止といっても一ヶ月程、つまり2月の終わりにはまた元に戻るぐらいの短いお休みをさせて頂きたいと思います。

 「お前の創作なんて毛ほど気にならねぇ❗」と言う方も居るかと思いますが投稿してる身として報告だけでもと……

 ではまた一ヶ月後にお会いできたらと思います。

 導きの青い星が輝かん事を……


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THE RACE!! RACE!!


 復ッッッッッッッ活ッゥ!!


 「俺美味い麻婆豆腐屋知ってるんすけど今度食いに行きません?」

 「君の奢りかい?ならいいが……」

 

 日差しが眩い、空に座礁する活気あるアステラの集会所に異色のコンビが佇んでいた。どれくらい異色かと言うとディアブロスと海、ラギアクルスと砂漠と想像も出来ないようなコラボレーション。

 それがメイリンとフユメのコンビだった。

 

 二人揃って飯の、それも奢りの話で盛り上がっている。

 

 「マーボーくらいで奢りたくねぇ~~」

 「私は麻婆豆腐が好きなんだ。その気になれば三皿はペロリとイケる……お値段は?」

 「一皿三千ゼニー」メイリンは指を三本立てる。

 「乗った」

 

 すかさずフユメはパチンと指を鳴らしてメイリン指差す。安くても美味しい料理はあるが実際、値段が高ければ美味い理論があって高い理由は大抵良い食材を使って作られている理にかなったものだ。

 

 一皿三千ゼニーと値段が張られている麻婆豆腐、美味しくない筈がないのだ。(メイリン&フユメ談)

 

 「しっかし……この前食ったばっかだなぁ…麻婆豆腐」

 「あ~…そうでしたっけ?」

 「覚えてないのかい……この間中華行っただろ…」

 

 首を傾げるメイリンに呆れたフユメは何処か悲しそうな表情をちらりと見せたが束の間、偶然二人の前にもう一つの異色男女グループが歩いていた。それも一人は顔を隠すように手で覆っている。

 

 メイリンはそんな二人組に近寄ると手を振って話し掛けた。

 

 「お二人さん昨日ぶり。二日酔いは大丈夫かい?フーカさんは二日酔いでダウン。今ルルネが視ててくれてるんだが……っとミーナちゃん具合悪いのかい?二日酔い?」

 「いえ……その…何でもないですぅ」

 

 明らか、一目で分かるほど様子がおかしいミーナにますます疑問が増えるメイリンは隣に佇んでるミコトに訊いた。 

 

 「ミコト君は何か知ってるのかい?」

 「…………ぃぇ」

 

 虫の声のように小さな声を彼は頬を赤らめて発した。

 

 「んぅ~?とりまどーでもよくって…クエスト、行こっか」

 「クエストですか…どんなんです?」

 

 上機嫌に続けるメイリンはフラフラと酔ったような足取りで受付カウンターに寄るとそこの受付嬢とミーナ達をすっぽかして会話を始めた。

 

 相変わらず自由奔放な人だと呆れて肩を落として溜め息をつくフユメにミーナ、慣れないミコトがナンパと変わりない彼の会話を眺めていると彼は一枚の紙切れを持って戻ってきた。

 

 そして、それをミーナ達が見えるようにちらつかせる。

 

 「それは…ラドバルキンの討伐依頼?」

 「そっ。それも二頭もいるもんだからそこそこの報酬額だし何よりもこれはミーナちゃんとミコト君の後始末でもあったりするんだよねぇ」

 「後始末ゥ?」

 

 明らか不機嫌になったミーナが彼を睨み付けながら尖らせ、口に出した。身に覚えのない彼女にとって唐突ぬ言いがかりを付けられたようで附に落ちなかったがその後始末が何なのか、好奇心があって耳を傾けてしまう。

 

 「武神を宿すディノバルド亜種…であってる?まぁそいつは環境を荒らして過酷なものにした訳。するとなんと!その過酷な環境を生き抜いたラドバルキンは強力な個体に成っちゃいました!名付けて歴戦のラドバルキン!なんちゃって……」

 「歴戦が二匹も……それって私達があの件以来、一切谷のクエストを受けなかったからですか…ぁけど他に受けるハンターなら幾らでもいるか……」

 

 絞ったような声を出したミーナは少し顔色を青く染めたが自己解決したのかすっかりいつもの肌色に戻してメイリンを見た。

 

 そんな彼はきっぱり告げた。

 

 「それが誰も受けなかったんだよね」

 「えっぇ………」

 

 そのつぎ一言に固まってしまうミーナは微動だにしない。その様子はまるで彫刻であった。

 そしてもう一人、ミーナ同様その一件に深く関わり今まさに彼女のように驚いている少年がこっそり口を押さえていた。

 

 (これって私達のせいか……?)

 「誰もあんな環境を生き抜いたラドバルキン狩らない訳だから下はエライ事になっちゃってるんだよね~今じゃこのクエストも高難易度クエストに成りかけててね…報酬額も実際一般の目からしたら割に合わないんだよね」

 

 高難易度クエスト。普通にハンター稼業をしていれば聞き慣れず慣れたくないクエストである。内容としては通常のようなクエストとは異なってどんなベテランハンターでも大変命の危険が伴う完全なクエストカウンターの厄介者である。今回で言うと歴戦のラドバルキンが二体というだけでも厄介なのに報酬額が少ないと来たものだ。

 

 流石のミーナもハンターとして生計を立ててる身としては難易度も高いのに報酬額の少ないクエストはあまり受けた経験がない。こういったクエストを毛嫌いする人がいるのも知っている。

 

 メイリンはそのまま続けた。

 

 「こういった余るクエスト、俺ら二つ名に回される事が多くてねぇ…マジでそうなるとミーナちゃんとかも連れていけないからダルくなる。その前に皆で狩っちゃおって訳なんだけど~」

 

 メイリンの口調はまるで粗悪な品を売り捌くぺてん師のように次から次へと口に出た。

 

 「レース、しない?」

 「レ、レースゥ?」

 

 メイリンはびしっと人差し指を立てる。

 

 「競争しようじゃないか!このクエストの報酬金は十万ゼニー。一体五万ゼニーとしてだ…先に狩った方がその報酬金が貰えるレースだ」

 「先に狩った方にお金が入るんですか?」

 「そういうことだ。一人に十万も入れば儲けがある。いいよなァ~十万もあれば焼肉に中華に食い放題なんだぜ~?」

 

 命懸けというのに随分呑気な口調で告げたメイリンへのミコトの視線は何故か鋭かった。

 生きるという行為を馬鹿にして踏みにじったような彼の言動と考案に苛立ちを覚えていた。それ故──メイリンの軽率な言動がどうも許せずにいた。

 

 だが、その鋭き刃の視線にいち早く気づいたのはメイリンではなく隣のフユメだった。彼女はミコトの目をじっと見つめると不適な笑みを浮かべると、隣のメイリンの腕を掴んで自分の胸で挟んだ。

 

 「げっ、フユメさん……!何やってんスか!?

 「メイリン……もっとイイご褒美が欲しくないか…?

 

 耳元でフユメが囁くと彼は唾をゴクリと飲み込んで喉笛に汗を通らせて心臓の鼓動が格段に早くなる。気のせいか自分でも息が段々荒くなっていくような気がしてきた。

 そして───また囁かれる。

 

 「────君が二体とも倒したら………………………デート、してあげる

 

 途端、メイリンの目が見開いた。どうも彼は素直であったが為か直ぐに体に出てしまっていた。

 

 「何かやる気湧いてきたわ。ゼッテェー負けねェ」

 

 そうやって急に腕を伸ばし始めたり回し始めたりサクサクと準備運動を進める落ち着かない様子のメイリンの心境が窺えた。

 

 

 

 ((とんでもねぇーやる気だ!?))

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ▽▽▽▽▽

 

 

 

 

 

 

 

 

 以前より瘴気の谷の様子は生命の活気が溢れていた。幾ら生命の到着点とはいえ屍を貪って生活する生物もいれば上の陸珊瑚の台地より谷の環境の方が合っている生物も沢山いる。今回の標的であるラドバルキンもそうだ。

 

 ラドバルキンはウラガンキンに酷似した谷にのみ、生息されている大型の獣竜種である。ラドバルキンの特徴といえば全身を纏う骨の鎧。これが骨鎚竜と呼ばれる由縁でありコレクターのように集め身に纏うその様はモンスター界のスカベンジャーと言える。

 それ故、攻撃にも防御にも移動能力でさえも補うその万能さはハンターを苦しませた。

 

 そんな危険生物が徘徊する獣道をミーナは何故かスーツ姿のフユメと探索していた。

 

 「……こっち来たんですかメイリンさんの方じゃなくて」

 「直ぐ終わっちゃうからね」

 

 この二人だけで行動するのは互いに初めてだったからかぎこちない雰囲気が歪めなかった。言葉も少なく会話もよく途切れてまるで仲が良くないみたいだった。

 

 何処かむずむずするミーナが下唇を噛んで焦れったそうにしているとフユメが口を開けた。

 

 「私、女が嫌いなんだよね。メイリンを取られそうでどうも気に食わなくてね。彼に近付くヤツはとことん取り除いてきたんだ。……ねぇ君もそっちなのかい?」

 

 フユメは彼女に目は合わせなかったが横から見えるその不思議な眼は常に監視されて行動を制限されているような感じがして怖じ気立った。モンスターの眼でもビビらなかった彼女が人に恐怖心を抱いたのはこれが三度目だった。

 

 一つは今のフユメと。二つはメイリンと初めて会った時に気配も無く背後を取られていた時、そして三つは昔鍛えられていた時代の師匠の姿だった。

 

 ミーナは動揺を隠しきって告げた。

 

 「興味ありません。タイプじゃないんで」

 「へぇ~~~……メイリンって結構顔もイケててお金もあって超強いのにぃ?君からしたら憧れでもあるんじゃないか?」

 「憧れとタイプは違います」

 

 少しフユメはつまらそうな顔をした。

 

 「じゃぁどんなのがタイプなの?」

 

 その問いかけに彼女は暫しの熟考の末、口を開ける。

 

 「言うことを聞いてくれる子犬ですかね」

 「コワッ……」

 「こう……囲まれてたいですね…タイプっていうか願望というか…」

 

 手を使って分かりやすいように説明しようと試みるミーナの腰から導蟲が光りだす。その色は強者を表す青色になって彼女達の進行方向を先導する。

 

 「あっちの方向は?」

 「四番エリアです」

 「………いくか」

 

 彼女達が小走りで蟲が進む四番エリアへと向かうと青い集団は一つの大きな骸の集合体に寄ってたかって反応しだす。

 ミーナが近付いて漁って骨を一つ取り出し導蟲の入った籠に放り入れる。

 

 すると彼女は目を疑った。回収した痕跡に反応し進んだ導蟲の行き先は自分より少し離れただけの位置で再び反応しだす。そしてゾッとするような戦慄が走る。

 

 

 突如として動き出す一つの骸が影から伸びて僅かに実体を作り出して無機物から生命の鼓動を発信して周りの骸を駆り立たせた。まるで骨一つ一つが命を持つように集まって散らばって大きく鳴る。

 ぎらんと鋭い視線が彼女だけを見つめて離れない。

 

 

  バキンッバキンッバキンッ

 

 

 無数の骨が彼女に迫って嗤っている。口も無く、目も無いただの影から伸びた黒く無骨な巨体がが此方を向く。

 

 「退け」

 

 動き遅れたミーナを体当たりで無理やり退かしたフユメは腰から抜いた拳銃により辺りが金属音と線香花火みたいな僅かな一瞬の光を得た。

 

 その光でミーナもフユメも相手の全容を窺えたがそれはあまりにも────

 

 「デカくないかぁ…?」

 「滅茶苦茶デカイですよ……」

 

 記録されてる最大金冠のサイズは越えているであろう巨体に二人とも一歩後ろへ下がる。禍々しい黒色の体表に纏う幾千もの骸の意志を背負って戦う、『誰かが為のスカベンジャー』。

 この死体漁りの戦士は既に彼女達をを我が物にしようとしていた。文字通り骸に変えて愛し続けるのだ、食すのだ、護られるのだ、此処に眠る朽ち果てた名も無き小さな英雄と同じように彼女達もまた絵画のように神を崇める信者達のように死して尚その身が()に成ってまでも尽くし、張り付けにされるのだ。

 

 「ミーナ、私は下がるが君一人で前線を任してもいけるか?」

 「やってみます」

 

 肉食バクテリアが混じる淀んだ空気が緊迫する中フユメはミーナの肩を押さえて「後は任せたよ」と告げて彼女からも離れた所に向かった。その時、少しだけ彼女に信頼されている気がして自信が湧いた。

 

 ほらりと視線をやると今にも暴れたそうに殺気立って蒸気が溢れるラドバルキンが映る。これを自分がやらなきゃいけない。何故だ、こう怖いのは。

 ────そうだ。いつもの私の狩りは背筋が凝結するような緊迫して、切羽詰まった狩りだ。メイリンやフユメとは違う狩り。 

  

 今、彼女は成長しようとしていた。果たしてそれが人として堕ちたものであっても強さを求める思想を止める事は生物の本能が許さないまま彼女は背負う太刀を抜く。

 その太刀は鮮やかな桃色を帯びて谷に漂う僅かな光すらも吸い込むように反射し、施された花の模様が妖しげに煌めく。少し短めに作られたその太刀は片手でも軽々扱えてその切先を獲物に向ける。

 

 狐刀カカルクモナキ 彼女が現大陸で愛用した太刀だ。

 

 「成長しろよ──私」

 

 とたん、と勢い良く骸だらけの地面を蹴って飛び上がったミーナは空いたラドバルキンとの距離を一気に詰めた。身のこなしは軽い。今まで装備していた防具よりも軽量化されたオドガロン亜種の防具は確実にミーナの狩猟のスタイルに合っていた。

 ふとした刹那にミーナの姿はラドバルキンの腹を狙える位置に降り立っていた。すっかり切先を触れさせてその気になれば振って攻撃を行えるよう構え終えている。

 

 「動くな……言葉が通じるならな……けど無理かぁ」

 

 脅迫の言葉すらも通じぬ相手に脅しを掛けたミーナの体はぐらっと崩れて視界が斜めに変わる。

 

 「ライダーじゃないからなぁ──」

 

 崩れ行く彼女から一時の閃光がほど走りの銀色の線は頑強なラドバルキンの甲殻すらも貫いて矢のように肉まで到達し、突き刺さる。

 ラドバルキンは悲鳴を上げることも怯むことも無かったが仕返しと言わんばかりのタックルをゼロ距離でミーナに放つものの直ぐ様太刀は抜かれて距離を離される。

 

 「私にとってミコトってなんだろ……」

 

 過る今はどうでもいい問題。自分がどう思ってようが………やっぱりミコトは私の事が好きなのだろうか?キスするってことはそう言うことなのだろか。

 やっぱり分からない。こういうのは私が田舎物語だから分からないのだろうか?都会では沢山の小説が売ってて其所に住む人達は皆感性豊かなのか。

 

 幼き日々をベルナ村で過ごした彼女は恋と云うものを知らずに生きてきた。ただモンスターを狩ることを生き甲斐として自分自身の存在価値として見て、見られてきた今日この頃。どうも不思議な感情に溺れる。

 

 「頑張れよ……私」

 

 気張って彼女は刃を振るいラドバルキンへと向かっていった。

 

 

 

 

 ───────────

 

 

 

 

 

 

 

 

 メイリンは血で汚れた頬を腕で擦って滲ませていた。目の前には転がった傷だらけのラドバルキンが横たわっていて目からは生気を奪われて死んでいる。

 

 ミコトはその光景に唖然としていた。今起きた出来事は彼が見てきた狩りとは全く異なる、最早虐殺に及ぶ程の圧倒差をとくと見せつけられてしまった。

 その証拠にメイリンの防具は血で汚れてはいるが外傷は一切無く、息も上がっていない。

 

 エリア九番はたった一人の人間によって制圧された。巨大なスカベンジャーが抵抗しても差し支えない程の圧倒っぷりを魅せた後、その命が途切れる音の余韻に浸っているのだ。

 

 「どうしてこんなレースなんて始めたんですか…」

 

 ミコトの顔色は優れない。何かをずっと溜め込んで今にもストレスが爆発しそうで危なっかしいそんな表情を浮かべてメイリンを睨んだ。

 すると彼は悪びれた様子も無く、ただ純粋に言い放った。

 

 「楽しくするためかな」

 「狩りを……ですか命が懸かってるっていうのに…」

 「だから、だろ。折角命賭けた博打を打ってるのに面白くなかったら頑張る気が起きない。仕事ってのはさーテメーの人生楽しくしようとするために皆汗かいて働くんだ。ハンターなんて死期が早いとこに身を置いてるんだ…人生とにかく楽しんだモン勝ちだから俺は若い内にとことん楽しむね」

 

 逃げるようにメイリンはスタスタと足を適当に運ばせてミコトを置いてきぼりにしては進んで行ってしまった。そんな彼を尻目に転がるラドバルキンの死体にそっと触れる。

 

 もう冷たい───

 

 

 ミコトはため息を吐いた。目前の死体は切りつけられた腹部から臓器が出そうで彼の理性がラドバルキンの腹のようにはち切れそうになり───直ぐに口を押さえた。こんなのいつまでも見てたら吐いてしまう。

 

 「うぅ………せめて…せめて…」

 

 せめて、このラドバルキンが生きていた間だけでも幸せであった事を願ってミコトはメイリンの後を辿った。

 しかし意外にも早く彼の元に辿り着いた。そして呆然と彼と一緒の光景に目を見開き口を開けた。

 

 

 

 

 

 「あ”あ”あァ”ァァ!!」

 

 頭を押さえる。

 

 「死ねっ!!」

 

 目まぐるしく交ざり合う二匹の獣。血が宙に渦巻きを作り出す。少女は淡い桜色の刀と小さなナイフをそれぞれ片手持ちして暴れる。

 

 彼女もまた狩人である。

 

 主役が斬る手を止めて二刀を掲げれば敵役もピタリと動かなくなる。そしてゆっくりと刀を下ろせばまた同時にラドバルキンも脚から崩れてくたばる。

 肌に付着し、すっかり滲んでしまっているモンスターの血が証明するのは紛れもない彼女のハンターとしての殺しの才能。

 

 

 ミコトは絶句して冷や汗を掻いていたのに気付かずあまりの光景に出る言葉が無くなっていた。

 

 

 

 

 

 

 レースは引き分けである。メイリン一、ミーナ一のドローであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 清掃だった白い部屋の隅に埃が溜まっている。無骨な正方形の箱の中に一人の若い男が立っていた。

 漆黒のスーツを纏って気だるそうに部屋の中央に突っ立ている。男と向かい合うように前には横長の木製テーブルと五席の椅子に汚いシワを作った老人がそれぞれ座っている。

 

 窓は赤いカーテンで日差しを遮り部屋の中を舞う大量の埃が薄明かりに照らされて金粉のように映る。

 

 

 「私達は…君の行動に今まで目を瞑ってきた。理由が分かるかね?それ以上に君が有用な存在であったからだ……だがもうこれ以上目蓋をを糸で縫うのは懲り懲りだ…分かってくれ、毎日取っている新聞の見出しに君の犯行が載るようになってしまってから隠蔽工作の限界を迎えている。それは君が一番理解しているのでは…?」

 

 中央に座る髭を伸ばした男は捨てるようにテーブルに置いていた新聞を若い男の足元へほった。

 

 

 『ライダー殺し再び!?』

 

 「いい加減…まだなのかね?君の野望の遂行は……もう幾つ待たされているのやら…後先短い老人達の時間を幾ら費やしてきたと思っておる」

 「君の野望なんて君を利用する為だけの条件に過ぎないのだよ。我々が本当にそんな世界を望んでいるとでも思っているのか?甚だしい勘違いだよまったく」 

 

 

 次々と口うるさく告げ始めた老人達に若い男はにっこりといかんせん不気味な笑顔を見せて腰から長く鋭利な剣を取り出した。

 

 「私は貴殿方に話す許可を出していませんよ?」

 

 

 

 

 

 「─────あっ」

 

 

 一人の老人がはっとしたような声を衝動的に出して薄く光を反射する剣を捉えたが最後、若い男以外のそこに居合わせた全ての人間の視界が揺らぐ。

 それは剣を抜かれて一秒も経たない出来事であった。

 

 

 

 

  

 

 

 

    ー───────────────ー

 

 

 

 男が構えた一瞬にして五人の首がはねられた。踊るように舞い上がり喜びながら血を流して赤いカーペットをもっと濃くした。

 舞い上がった頭部は空中で数回転するとやがてはテーブルの上に落ちて綺麗とは言いがたいが五つの首が意思を持っているように勝手に並んで置かれた。平らな切断面から血が溢れだし滴っていく。

 

 

 並べられた生首を眺めて男は確かに悦に入ったのだ。舞う埃、仄暗い部屋、充満する鉄の臭い、ただの無音、自分好みに調整された夢心地で居られる子供部屋だった。さしずめ、老人達も玩具のようにしか思っていなかったのだろう。

 

 不敵な笑みを浮かべる男は死体に背を向けて部屋を出た。誰にも気付かれぬよう隠蔽するために持ち出した合鍵を使ってさも当たり前かのように鍵を閉めた。そして長い廊下を歩く。

 コツコツ革靴が響くのは彼以外に廊下を誰も歩いておらず故に静かだったのが原因だろう。響きやすい素材、部屋にしかカーペットが敷かれてないのはコスト軽減の為、それでもこのボロ廊下には嫌気がさす。

 

 だが、それも今日が最後だろう。

 これ以上の隠蔽が不可能となれば男はこれからギルドと、世界と闘うことになる。しかし、それも本望であった。

 

 世界など男には関係の無いこと。

 彼が心の底から神に祈るように願うのはライダーの撲滅(・・・・・・・)と唯一の家族の幸せ(・・・・・)であった。が、神が居ないと知れば彼は自分の手を伸ばした。

 

 

 

 ライダーの撲滅。男に出来ない芸当ではなかった。寧ろ男にしか出来ない事。この世でただ一人、最強の称号を持つ彼にしか出来ない悲劇を起こす。

 望むは家族が幸せに暮らせること。 

 

 

 

 金髪が揺れる。透けるように美しい黄金が揺れる。

 

 彼の()が疼く。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

  




 読了ありがとうございました。
 一ヶ月ぶりに更新をし、復活を果たしたドブネズミです。
 これからもバンバン投稿して参りたいと思います。
 ではまた!
 導きの青い星が輝かんことを…


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女と男と男と女と男と男

ワケわからんタイトル。だが、これでいい


 変哲もない日が昇った朝、シーツが乱れたベッドに下着姿で寝ていたミーナがようやく目を覚ましてボサボサの髪を手で直す。

 カーテンで遮られている日光が薄く部屋を照らして埃が輝いて見える。狭い部屋に乱雑に片付けられた箒やバケツ、散らばった衣服などを踏みにじって彼女は身嗜みを整える為キッチンへ向かった。

 

 (そういえば前にミコトが来て掃除するように言われたなぁ…………)

 

 キッチンへ辿り着く前に屈んだ彼女がバッチい物でも持つ持ち方で拾い上げた何日か前の寝間着を適当に畳む。畳まれた寝間着は直ぐにベッドの上にほられてぐっちゃぁと崩れる。

 すっかりミコトのせいで妨害されてしまっていたが本来の目的であるキッチンへ再び足を進めて壁に貼り付けられている鏡で最低限の身嗜みを整えようとした。

 

 (洗面周りも汚ねーなぁ……)

 

 そんな事を思いながら顔を上げたミーナは途端、不機嫌そうな顔をして唸るような声を上げた。

 

 「…………………あァ?」

 

 鏡に映る自分は幾つも亀裂が走っていて区切られた小さな部屋一つ一つに自分がバラバラに映る。

 幻覚、疲れすぎかと騙されたみたいにそっと鏡に触れると亀裂の肉が挟まるような感覚を確認出来た。

 

 「鏡ィ割れてんじゃん……」

 

 最悪な始まり方だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「おっ、おっはーミーナちゃん。昨日はぐっすり?俺ァ勿論ぐっすり寝れたぁ……寝癖ヒドっ」

 

 髪を整えることを諦めていつもの防具を身に付けて家を出たミーナは待ち伏せしていたスーツ姿のメイリンに捕まった。

 

 「鏡ィ割れててロクに直せなかったんすよ。買わなきゃなんなくて…取り付け代も掛かんのかなぁ…金が早速吹っ飛びそうです」

 「アララ…そりゃ可哀想に~って鏡って普通割れるかぁ?付けられてるヤツだろ?家の中で暴れてたの?」

 「暴れませんよ……」

 「十六の少女が家で暴れてたら鏡が割れてるよりもっと異常だな」

 

 

 呆れられたような顔をされるミーナは更に不機嫌なになる。信じてねーだろうなこの人。

 確かに信じる意味もなければ疑う価値すらない会話は直ぐに終えてメイリンが待ち伏せていた理由に話題は変わった。

 

 「つーか何で待ち伏せてたんですか?用件なら他を通してくれれば直接来る必要も無かったのに」

 「誰に通すんだよ………まぁ、加工屋にも用事があったからね。近くなんだテメーの足で寄れるなら寄るさ」

 「その意気込みなら年取っても大丈夫そうですね」

 「あっ!!もしかして老い先の事心配してくれてる!?キャッ!メイリンうれしッ!」

 

 

 五月蝿いと思いながらも口には決して出さず引きつった顔をしながらミーナは適当に頷いた。こういう場合、メイリンに対して適当な態度をしても彼も何も言わないので歳の差を気にせずに疎通が出来る場面でもあった。

 

 ミーナとメイリンの仲は短い期間だったのにも関わらずy長年続けてきたパートナーのような深い仲になっていた。言葉要らず、手だけの合図にも慣れてメイリンにとってもミーナは頼りがいのある人物に成長していた。

 

 「あぁ”……それで?用件は何なんですか?」

 「まぁ…俺らは呼ばれた側の用件だ。三期団…陰気臭い連中だと聞いたが苦手だな…過度なオタク連中と馴れ合いをしなきゃいけないんだが…これだけ聞かされた。後は知らねぇ」

 「三期団ってあの研究者連中ですか?」

 「あれ?もしかして俺と同じ?」

 

 どうやらミーナもメイリンと同じく彼らと面識が無いようだった。

 メイリンはえぇー、と驚いた。てっきり経験があったと思っていたのが何だか裏切られた気分に陥った。顔馴染みならば彼女だけを陰気臭い気球へ寄越して内容の報告だけを又聞きで済ませようと算段を踏んでいたが念入りにミッチリ組まれた計画が一瞬にしてパーになった。

 メイリンの口から大きな溜め息が出る。

 

 「マジかよ……会わなきゃならんのかい?嫌だなぁ……長話、お世辞、食事に…だから上の連中は嫌いなんだ。全部嫌いだ!死ねっ!糞モス供め!!」

 「そんなに嫌なら二つ名ハンター辞めちゃえば良いのに…」

 

 ボソッと呟やかれたミーナの言葉にメイリンは一瞬、言葉を詰まらせた。

 

 「ん~………それはムリ!」

 「そんなに嫌なのに?」

 「そんなに嫌なのに!」

 

 どうして?とあからさまに顔に出てしまっているミーナにメイリンは素直に包み隠さず話した。彼女もその言葉に疑問はあるが疑いは決してしなかった。

 真っ先に分かったのは理由の真相ではなく、それが事実だということだったからだ。

 

 「フユメさんとの約束でね。どっちかが死ぬまで俺はあの人に付いていく約束。ちっさい頃に契約の形で従ってねー七年くらいは共に行動してきたね。そんなんで俺は死ぬまでフユメさんに付いていかなきゃなんねーの」

 「へー大変そうですね~」

 

 大変という言葉にメイリンは過剰に反応して声を上げた。

 

 「そうなんだ!よ!!マジでフユメさん基本、不祥事やらかした時、俺の事指差すから殆ど俺の責任になるんだよなァ!!やってらんねーぜェ!!ホントよォ!!」

 「じゃあ何で約束したんですか?」

 「タイプだったからァ!!」

 「じゃあ約束は何で守るんですか?」

 「スキだからァ!!」

 

 自信満々に勢い激しく答えるメイリンに彼女は腕を組んで顎を上げて目も瞑ったミーナは少しの沈黙の後に口を開いた。

 

 

 「立派な理由じゃないですか」

 

 彼は予想外の事にキョトンと───するハズも無くメイリンは腹正しい位に口角をつり上げてニンマリと笑っているのだ。さもその答えが当然だよね!!と確信していたかのような端から見たら気色の悪い笑みだ。

 

 「ンだぁろォ~~!!」

 「んすねぇ~~」

 

 メイリンとフユメは長い付き合い。そこには二人以外に共有し難いような話も有るだろうし話されても返答に困るだけのミーナは自然に返していた。ただ、嘘は一つも吐かず本音だけを馬鹿正直に口にして細かい所に気を配る。

 最低限の歳の差はここで空ける。

 

 「そう言えばさ、ミーナちゃんは何でハンターになったのさ。少なくとも生きてても地獄で早死にするような職業だというのは知っててなってるんだよねぇ?」

 「あ”……理由ですかぁ……(あれ…何でだっけ)」

 

 彼女がハンターになると決断したのは十年も前。幼くて無知で、外の広さを何も知らなくて、ただ何かにすがる為に認められる何かが欲しかったような気がする。

 朧に霞む霧のように薄く漂っていた記憶が隅の奥へ引っ込んで思い出せずもどかしい彼女は一掴み霧を取り出してそれを返答に変えた。

 

 「─────メイリンさんと同じですよ」

 

 死んでも良いからあの人に尽くしたかったのを思い出した。それくらい感謝しているのだ。

 その言葉を聞いたメイリンは悪人面をニコッと笑わせて握り拳を寄せてきた。暫し彼女は訳の分からぬまま戸惑って雰囲気に合わせて拳を合わせた。

 

 「じゃぁ…お仲間だね」

 「あっそう言う事」

 

 理解した顔で少女は「なんだー」と微笑んだ。十六歳のしていい顔でなかった彼女がようやく年相応の活気溢れる顔をしてくれた。

 過酷な職に就きながらも彼らもまた人間であるのなら笑うのだ。

 

 そうして彼らは三期団の空飛ぶ研究施設へ向かうべく翼竜の止まり木へ足を進ませたのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 アズマ・サッガルン(26) クー・ハイシュ(22)

 ヒスクマ・ブリルア(17) ハブルガドロ(44)

 ゴヂ・ガンガシット(39) イズク・ノノリ(12)

 マナ・ガンガシット(34) トウホク・ノノリ(35)

 ボア・ガンガシット(14) ガーランド(59)

 アガバト・キラ(81)

 

 イナ・ディーマルラ(45) シナト・ディーマルラ(42)

 コルクト・バーバル(45) ディナ・バーバル(73)

 ダトナ・バーバル(78)  シストシア(17)

 ササラ・アネコ(17) ネマ・アネコ(41)

 レノマ・サックル(18) ヨツバ・サックル(11)

 ササクラ・バンダ(46) キズク・ススメ(61)

 テンドウ(33) ホクサイ(93)

 

 ササマ・アキ(21) ガルラ・ハァル(27)

 チモト・ヤッツ(22)

 

 アスカ・クリュヒュリュデ(34) ヌコラ・シシマ(29)

 マツマ・ヨルフサ(31) バン・タイリード(37)

 

 ■■■■(▲▲) ■■■■(▲▲) ■■■■(▲▲)

 ■■■■(▲▲) ■■■■(▲▲)

 ※以下五名は機密保持の為、名前を伏せてから処分をお願いします。

 

 計三十七名は一連のライダー殺し■■■の犯行により一ヶ月の内に現在殺害されている事を確認。

 処理に向かったギルドナイトは速やかに■■■の殺処分を遂行して下さい。───△日

 

 訂正。リスクレベルの改正。

 ■■■の殺処分を一般ギルドナイトから二つ名を持つハンター、もしくはその地域に在中しているハンターに変更。地域在中のハンターに協力を要する場合は大型モンスターの討伐だと説明し、事後処理後に協力した人物の殺処分、もしくは買収を行ってください。買収された人物の処分はギルドが請け負い、その金額も保障します。

 

 ■■■の身柄拘束に成功した場合は当面、ギルド下の監視に置き、幾つかの実験後に兵器として利用が不可能であれば直ぐに殺処分が実行されます。

 また、彼と深く関係があると思われる□□□の処置について二つ名ハンターとギルドの監視の下、特に異常性、■■■との連絡が視られない場合は安全と見なし監視を取り止めるようお願いします。もし、異常性、■■■との連絡、接触が視られた場合は直ぐに担当している二つ名ハンターは拘束を行って下さい。抵抗があった場合は殺処分を行って下さい。

 

 ※現在、上記に対応し、内容を把握している二つ名ハンターは一名しか居ない為、早急にギルドナイトの派遣をお願いします。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

    ■■■の移動先が新大陸と判明。

 直ぐ様ギルドナイトの派遣を優先して下さい。

 目的が不明な為、最大限警戒しながらの作戦となります

 

 

 

 

 

 

           ─ ─ ─ ─△△日。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 新大陸調査拠点アステラの生活区画はまるで蟻の巣をくり抜いて巣の断面を仰向けにしたように入り組んでいる。突き当たれば壁、拓けば海と迷えばキリがない。それが此処へ初めて来た彼らの印象に強く残っていた。

 存外、調査拠点と云う堅苦しい名目の生活区画であってもくまなく目を細めて見ればこの区画は良く機能している町のように昼夜問わず活気が溢れ外出する人の足が途絶えない。個人で出す店も増えたのは人口の増加に伴った自然作用のように右肩上がりになった。

 

 それこそ此処での生活に慣れてしまえばお気に入りの店も出来る訳で眩しい壮観が味わえるミコト行きつけのカフェテラスにフユメと来ていた。

 テーブル上に置かれるコーヒーカップと皿に乗ったサンドウィッチが何の色気も出さずにいる。

 

 「最近になって仕事の疲れが一気に襲ってきてね……楽しい食事もこの前が最後だから…こうやって景色を楽しみながら話すのも良いねぇ…」

 「意外と穴場なんですよ此処。ほら、周りも席が空いてますし」

 

 彼女のコーヒーの水面は揺れない。高所に佇んでいるテラスで風が一切吹かない不吉を漂わせる空はどんよりと空気を落とした。鍛冶屋の煙突から流れ出るような灰の積乱雲が奥にびっしりと並んで後数時間で晴れ間の空を覆い尽くそうと迫ってくる。

 

 「………ミコトはこの世界をどう思う」

 「………っえ?」

 

 呆けた様子で景色を眺めていたフユメが口を開いた。あの積乱雲の中に何があるのか分からぬようにミコトにはその問いの意図が理解できなかった。

 

 「いつまでも経っても誰も最高責任の玉座には座ろうとせず、民衆の声に怯んで支配出来ぬままのこの世界は……私は間違っていると思う。この世界にはいずれ支配者が必要だ…。人でなくても世界はある一つの下に支配され、全てが平等に生きるべきだと私は思う」

 「ハァ…僕にはよく分かりません」

 

 静かな空間が迫って心臓を圧迫してきている。コーヒーの湯気も灰空に融けて小鳥一匹も囀ずらぬ二人だけの空間はただの壁の透けた密室のようであった。

 フユメの眼の輪がぐるぐると廻って催眠をかける。

 

 「─────君は独裁者をどう思う」

 「どく…さい…しゃ…?」

 

 不気味さに()が掛かる。

 

 「この世界は法律で支配され、犯罪者は息を潜めて永遠の眠りに着く。全てが正され悪は一つも見逃さず法律によって裁かれる。世界は法とそれを築く支配者をもとめている…それを遂行するには独裁者が居なければならない」

 「えっ…いきなりどうしたんですか?」

 「ミコト…私は元々うんざりしていた。この世界はクソだ。何処まで行ってもクソみたいな悪党が息づいていて正しく裁かれる事も事実が公になる事もない。誰が望んでいるんだこんな世界」

 

 ミコトは訳が分からなくなる。四方八方から五月蝿く罵声を浴びさせられてる気分に陥る。

 目の前に広がる花鳥風月も楽しめぬまま光の速さで彼は混乱する。

 

 「なぁ…ミコト。─────私と契約しないか」

 「あぁ…え、あぁ……?」

 「私と契約しなさい」

 

 段々脅迫じみてくる彼女の口から放たれた言の葉は彼を縛って鎖付けにしては逃げられなくする。例え、鎖が朽ちとけ縛りが無くなったとしても今の彼には逃げる程の理性が残ってはいない。

 

 ミコトはフユメの罠にまんまと引っ掛かったのだ。落とし罠でもシビレ罠でもない言葉の罠にはまっていた。

 それでも彼はなけなしの理性を振り絞って反発する。

 

 「────いや…で…す…!」

 「………そうかい。嫌ってゆーなら無理強いはしないしこれ以上言う気もない。ただ…」

 

 引き下がったと思われたフユメから予想外の事を告げられる。

 

 

 

 

 

 

 「君はこの先いずれ、ミーナを殺したいと思う筈だ。デマカセでも催眠でもなく、君の心の奥、本心から彼女の死を望む。その時にまた君は私や彼ら(・・)のところへ自分から戻ってくるよ」

 「…………何…言って…」

 「分かるよ。その内ね」

 

 ミコトの頭の中に残った廻る彼女の輪がどんどん大きくなっているのを実感した───

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「陰気くせー……」

 「聞こえますよ…」

 

 薄明かり、吊り下げランタン、薬品臭。揺れる狭い室内に木造階段。不気味なすきま風がメイリンの平常心を煽る。

 薄明かりのせいか声は聴こえるものの人の姿が見えず、幽霊なんじゃないかと不安を募らせながら二人は階段を慎重に上がった。

 

 お呼ばれした筈の身、何かしらの一杯や手土産でもくれるのかと膨らんだ期待は三期団の期団長と面会し、内容を聞いた直後にシャボン玉のように破裂した。

 

 「あ…?バゼルギウスだぁ…?」

 「私知ってますよ。ソイツ、蒼紅蓮ってヤツです」

 「二つ名か?」

 「それが二つ名じゃないのヨネ。実に興味深いでしょ?だから実力のあるアナタ達にソイツを調べて欲しいの」

 

 メイリンは欠伸をすかしては吐き捨てるように告げた。

 

 「そこそこ難易度があるんじゃないか?これは上からの仕事じゃねんだ。勿論はずむよな?」

 

 親指と人差し指で輪っかを作って俗なポーズをして薄ら笑いを浮かべる。それを見ると期団長は頭を抱えてため息を吐く。

 

 「勿論報酬は高いケド……まぁもう少し話を聞いて頂戴ナ」

 「あぁん?話だぁ…?」

 「長くなるんすかね?」

 

 パイプをふかして副流煙を撒き散らす期団長は少し思い詰めたような顔つきで語り始めた。

 

 「実はネ……現在、そのバゼルギウスの簡易的な調査が以前行われた事があったんだケド…彼の痕跡が三ヶ所で発見されたの。一つはアナタが遭遇した龍結晶の地、二つ目は大蟻塚の荒地、そして───瘴気の谷深層付近で発見されたワ」

 「大蟻塚って最近行きましたね…変なディアブロスと殺りあって大変な目に遭いましたけど…」

 「………関係でもあんのかぁ?わざわざその話するっていうのはよ~」

 

 メイリンの核心を突いた質問は数秒間の沈黙の後に期団長の口によって一つの仮説が告げられる。

 

 「痕跡からでも発せられる蒼紅蓮の膨大なエネルギーを彼らが吸収した可能性があるノ。今のところ蒼紅蓮の持つエネルギーは古龍にも匹敵する位の力も持って、それを彼らがどう吸収したか分からないけれど間違いなく出現時期からバゼルギウスの移動場所まで被っている事からここ説は濃厚なノヨ」

 「けどバゼルギウスの目的ってヤツ?が分からねぇんじゃ追えねーんじゃねぇのか?導蟲使っても痕跡が足りねぇンなら使いモンにならねーだろ」

 

 浅い知識でありながらも導蟲の弱点を知っているメイリンは捜索は不可能ではないかと話を持ち出した。いつもとは変わった姿勢にミーナは気付かぬ内に不信感を覚えていた。

 期団長はパイプをふかすと心配は無いと言い出した。

 

 「幾つかの観測班を配置してもらったノ。蒼紅蓮が現れれば直ぐに私の耳に入るようになってるノ。連絡が届けば至急、アナタ達に向かってもらうワケ」

 「観測班って…よぉ。随分ご立派な~」

 「んなに蒼紅蓮って居たら不味いンすか?」

 

 その言葉は彼女を唸らせた。

 

 「今まさに被害が出ている状況ヨ。どれも古龍と張り合える程のレベルにまで達てしてそれぞれの生息する環境を破壊しているワ。ヤツの脅威は他者にその力を感染させるような形で拡がらせていること…殺されるという脅威とは全く異なった怖さがあるノヨ…」

 「あー……難しい話になりそうだなァ?」

 「何と言うか…ホント聞くほど古龍みたいですねぇ……バゼルギウスの生態上、各地飛び回りますからね。被害は増えますよね」

 

 期団長は彼らを一瞥すると肘置きに使っていたテーブルから二つの袋包みを手にとって、彼らにそれを渡すように腕を伸ばした。見てとれる程中には物が入っているようで相当ずっしりとしている。

 ミーナもメイリンも手に取る以前にその物が何なのか分かりきっていた。

 

 「前払いとは随分太っ腹だねー」

 「わぁ、ずっしりじゃないっすか!」

 「アナタ達、全然遠慮しないノネ……まぁ…そのお金の分はしっかり働いてもらうワヨ」

 

 そう告げられると二人は気力も覇気もない敬礼のポーズを取ったのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 愁い帯びた白鳥のラッパ花は狂狂(くるくる)廻って夢を見せう。私は嫌いで貴方が好きなんて、それはただの空虚なのに、可哀想に、可哀想に。

 

 

 

 

 

  ────夢は、夢で終わるべきだった

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 少年はふと、木々に覆われた森の中で目を覚ます。密接し合っている木は彼を陽光から隠すように葉っぱで匿いながら風に揺らされている。横を向いても同じような景色が面白味も感じさせぬまま続いている。

 

 ミコトはやっと体を起こす。上半身だけを起こして頭を抱えた。

 

 「…………あれ?何でこんな場所に……」

 

 彼には此処に来た記憶がなかった。突然、目を覚ませばそこは森の中だったのだ。オオナズチにつままれたような、そんな気分である。

 

 「あ、古代樹の森だ。ここ…」

 「そういう名前なのか」

 「え、あ、はい」

 

 驚いた。本当にオオナズチにでも襲われたかの彼は思ったが隣にいたのはスーツを着込んだ金髪の男だった。身長は物凄く高く、ミーナよりも十センチは超してる程だった。

 男は妙であった。新大陸の顔ぶれの中に居れば目立つような外見をしているのに一切身に覚えがないのだ。整った顔立ちにすらりと伸びた背丈、女のような金髪。ここまで特徴があって何故、覚えがないのだ。ミコトは気になった。

 

 「えっと……僕っていつから此処で寝てました?」

 「あ~~俺が来たときから寝てたな~」

 

 何だかミコトは自分の奥底に眠る本能のような突発的な衝動に駆られ、今すぐに此処から離れなければならない気がしていた。獣が自分へ害を成す恐ろしい化け物を気配で察知するように彼の顔は段々と強張っていき、空の雲行きの怪しさが余計不安を募らせた。

 

 何故こんな男の隣で寝れていた?この男の事を何一つ知らない癖に恐ろしさを全て熟知していたようなこの不安と本能的な恐怖は何なんだ。この男は今から自分に何をするというのだ。

 彼の頬から汗の雫が伝って垂れたその時、男はこちらを向いた。

 

 「怖がるなよ。互いに積もる話があるだろう」

 「貴方に……話す事なんてありません…!」

 「俺はある」

 

 いつでも逃げ出せるように脚に力を入れて直ぐに蹴って飛び出せる準備は済んでいた。後は、タイミングのみ。この男が隙を見せたその瞬間がチャンスとなる。

 本能的な予想は既に確信へと変貌を遂げていた。

 

 「俺の名前はロジエ・クリシアだ」

 「あ…」

 

 予想外の事態が襲い掛かった。ミコトはおよそ三秒間、何も思考する事はなく、力を入れた脚も不思議な事に踏みにじられていた。 

 彼は直後、どうしようもなくなった。もう、逃げ出すには遅かった。

 

 「じゃぁなァ…ライダー…」

 

 ロジエとという男の手から湧いたように取り出された真っ黒の拳銃の銃口はしっかりとミコトの眉間を捉えていたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




読了ありがとうございました!
マジで復帰して読む人が居るかどうか不安でしたけど想像以上に読んで下さったみたいで感謝!
二章も後半へ入っていったんでこれからもよろしくお願いいたします。
ではまた!
導きの青い星が輝かんことを…


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狙撃、虐殺、パーティーの事後

文字少ない。謝謝。


 銃声が森に鳴り響いた。枝や幹に留まっていた鳥達は生存本能が働くと共に慌ててその場から立ち去っていく。間違いなくその判断は正しいもので、今から行われる惨劇には何処にも安置などある筈もなく、或いはあったとしても直ぐにロジエの手によって地獄への片道切符が投げ渡されるところだったろう。

 

 ロジエが握る、真っ黒の拳銃から薫る硝煙の臭いがツンと刺激する中でミコトは死んで冷めたと思ったその体を動かしていた。実感するのは生にしがみついてるようなごく僅かな生き心地のみ。今でも何処からか銃口が向けられているような気がして気が休めない。

 現に、未だにロジエは血が溢れる手でぎゅっと拳銃を握っているのだから。

 

 「成る程、フユメさんか。まんまと釣られたな…最高級な餌って訳だなお前は…しっかり俺がジャストで殺したくなるようなヤツを蒔きやがる」

 「あ……ぁ…?」

 

 狙撃されたのだロジエは、深林からの釣り人の餌に釣られて面を出せば掛かった釣り針が牙を剥ける。随分、手が込まれた仕組みだったが仕掛けた本人とロジエ以外、誰も理解出来ぬまま時間は進んだ。

 ロジエの手は狙撃弾によって見事に撃ち抜かれてはいるが彼は痛がる事も苦しむ事もなければ寧ろ彼は穏やかな表情で微動だにしなかった。まるで痛がるという事を知らないように平然とつっ立っているのである。

 

 「うん……ロジエ・クリシア…人類最強のハンターって感じかい…」

 「黒猫様ぁ!!さっさとこんな野郎ぶっ殺しちゃってワタシを愛でて下さい!!」

 

 頭を落ち着かせる気がないのか次々と目が回るように変わるこの惨状に今度は女が二人、乱入してきた。黒猫と呼ばれた大柄な女はスーツを着込んで黒色の髪を束ねており、右の口端を糸で縫った痕に長い前髪でうっすらとしか目元が見えない。そして取り巻くように黒猫という女の腕を抱いて年相応の幼い笑顔を見せる小柄な女が居た。同様真っ黒なショートボブに真っ赤のリボンを結んでいた。

 

 「黒猫って……あれか。殺し屋だったっけか?んで此処にいんだよ」

 「殺し屋は辞めた……今じゃギルドに尻尾を振って女を愛すだけが取り柄……」

 「だからさっさと死んで下さいね!ワタシ達のイチャイチャを邪魔してもしなくても殺すけど!」

 「チッ……女がぁ…テメェラどのみちこのガキが死んでも関係ねぇんだろぉ?なら人を殺した者同士ここは一つ見逃してくれや」

 「確かに…ソイツがどうなろうと知ったこっちゃないけど……ライダーが死んだらボーナスが減らされちゃう」

 「ボーナスゥ!!ボーナスぅ!!」

 

 この女、或いはギルドという組織自体がとっくの前に放置されえ食せぬ程に腐りきった卵のようであったのか目も当てたくなくなるような惨状である。不純物を混ぜた、煮えくり返るマグマが互いに波を打ち合うように統合性が見られない。内輪揉めも度が過ぎれば内戦と成る。

 

 ギルド保有の最高峰の戦力と人類最強がぶつかり合うという前代未聞の大決闘が今、行われようとしていた。

 

 「……逃げるか」

 

 そんな矢先に彼からにわかに信じられぬ思いがけない言葉が出た。仮にもこの戦場が腕っぷしの狙撃手に狙われているとしても此処で堂々と尻尾を撒く彼ではないと皆が勝手に思い込んでいた。

 それには黒猫一行も面を食らった喰らったかのように立ち尽くしていた。

 

 「……考え直してくれないか。鬼ごっこや昔から下手なんだ……」

 「さっさとヤっちゃいましょうよ!!」

 「んーダメ?」

 「…ダメ」

 

 ロジエは駄目かと肩を落としてあからさまに落ち込んでいる様子で長いため息をついた。深々と顔も下げて顔色を窺わせず、腕もぷらんと下ろしている。

 ────一見、これは降伏のポーズなのでは、と尻餅つくミコトは傍観しながら思う。

 

 手には銃弾で空けられた穴があって拳銃を撃とうものなら撃った時に向かってくる反動が傷を抉る感覚で襲い掛かって、武器もそれ以外は見当たらない。例えあったとしても黒猫一行と彼の距離は拳銃を構えて狙いを定める時間は稼げる距離、隠せる程の武器は短刀かその程度。形勢は一目で分かる。黒猫達の勝ちだ。

 

 

 

 なのに。なのに、ミコトの心を鉤爪で抉り取るような圧迫感と本能的な危機感の正体は一体何なのだろうか。

 ミコトは息を飲んで瞬きをする。

 

 ット────

 

 

 

 

 

 

 

 目蓋を閉じて、開ける一瞬の隙だった。さっきまで聞こえていた彼のため息も、ぽたぽた垂れて血の水溜まりまで作って鳴っていた音も、そしてロジエの姿さえも一つの足音と共に虚空に消えてしまった。

 一瞬の出来事に黒猫一行も理解が追い付いていなかったが何かを察知した黒猫は汗を垂らしながら急いで背中から剣を抜いて自分と女の身を守るようにして構えた。

 

 

 ───二秒後

 

 

 「────っ!!」

 「キャっ!?」

 

 構えた短剣に並のモンスター以上の、ドボルベルク相当の攻撃の重圧がのし掛かり凄まじい金切り音が響くと同時に黒猫達は後ろへ押されてしまう。

 空間から湧いたように現れた衝撃波は幹を容易く薙ぎ払って螺旋状に渦巻くと勢いよく黒猫達を通り過ぎて立ち塞ぐ物を全て木っ端微塵にした。台風がその中心に目を作って巨大な渦巻きを形成して薙ぎ倒すように、或いはそれ自身なのか、その一撃はとても比喩し難い強力すぎたものであった。

 ミコトはただ絶望の海底に打ちのめされた気分に陥った。それとも幸運だったと喜ぶべきだったかも知れない。あの攻撃が自分に刃を向けずに通り過ぎ去って行ったことをこの瞬間は噛み締めるべきだったかも知れない。

 

 ───しかし、刻一刻と過ぎた時間は戻らなかった。

 

 「よぉ……帰ってきたぜ?」

 「しまっ!?」

 

 ロジエによって不意に背後を取られていたミコトは急いで腕を振って払おうとしたが手を動かす以前に彼は横顔に鉄の鈍器で殴られたような激痛が走って、彼を小石のように数十メートル吹き飛ばした。道中の木々は彼の背中でへし折ってようやく地面を引き摺り始めた体は動かなかった。口からも鼻からもドババ、と血液が垂れ流れる。

 立ち上がろうとしても起きない体を必死に動くよう促すがロジエはそれを見逃す程節穴の目を持ち合わせてはいない。

 

 「あがっ……うぼぇ……」

 「なぁ~逃がす訳ねぇよなぁ?」

 

 ロジエがまた目の前に現れる。必然的な事が今から起こるのだ。このまま楽に殺される訳がない。

 このロジエという男は詳細は誰も知らないが、とりわけライダーに深い恨みがあるのだ易々と殺してそれがこの男の復讐としては成り立つとは思えなかった。

 拷問同様、散々に痛め付けてから相手から死を望むその時まで爪を剥がし、針を飲ませ、指を切られるのだ。

 

 ミコトはロジエに後頭部を鷲掴みにされて、そのまま彼の頭部で鋼を打つように地面に強打させた。一度足らず何度も打つように、打つように、打つように、打ち尽くした。やがてはその力強さで地面の方が凹み始めてゆっくり掴んだ顔を持ち上げると、血がのりみたいに顔面から凹みまでの隙間を粘着性があると思わせるほど垂れ続けている。

 ミコトはその激痛のあまりいつの間にか気を失っていた。彼の顔で作ったクレーターに血が溜まって噎せる程の血生臭いものが鼻を刺激する。

 

 「酷い奴だ……コイツの面はそこそこ良かったのに……」

 

 するとまだ続けようとしていたロジエの手を止めるように黒猫は数メートル離れた背後に足ってはなしかけた。手に握られているのは盾無しのゴールドマロウ。ハンターとしての腕が高い事が言葉要らずで証明されていた。

 

 「あー…女ぽいってか?これだから……」

 「何だ………」

 「いや、女なんてしょうもない事によく命を懸けられるな。そんなに女が好きか?」

 「……その方が楽だろ。難しい事を考えるより上に言われた事を脳を殺して取り組んで馬鹿に成れれば万々歳だろ……。幸せだ」

 「~ッ?」

 

 ロジエは不満げな顔色を浮かべるとスーツと内側から慣れた手つきで双剣を取り出した。双剣から滲むように光る青がかった緑色は仄かに彼の手元を照らす。双剣とは思えない程の刃の大きさ、煌めく甲殻のきらびやかな装飾。

 黒猫には見覚えがあった。その異形の双剣に確かな覚えがある。

 

 「………!本当か……まさか、お前がソイツを持っているなんてな…」

 

 双霹刃ユイガドクソン。最強であり、ただ一つを除く全ての運命等に興味を無くした彼を示すような武器である。

 

 「………高く売れるだろ」

 「売らねぇよ!!」

 

 

 

 途端、ロジエの右耳が轟音と共に消し飛んだ。噴き出すように溢れる血の噴出口をロジエは驚きを隠せぬまま押さえた。

 カランと落ちる双霹刃。

 

 「アギャァ!?クッソ~!?またフユメさんかよぉ!?」

 

 悶えるロジエに追い討ちを掛ける黒猫は一気に斬りかかった。突発的に手を出したロジエの手首を切り落とし、そのまま口の中に剣をねじ込んで押し倒した。ロジエは刃を噛んで踏みとどめて、そのまま黒猫の腹を蹴っておよそ三十メートル程吹き飛ばす。

 

 「あー……ウソだろ~」

 彼は言う。

 「あ~手が切れちまったァ~……」

 

 まるで他人事のように呟くロジエに黒猫は拭えぬ不信感を抱いていた。絶望的な状況の最中、まだロジエに大木の如くぶっとい勝ち筋があるような、黒猫は勝利を確信出来ぬままでいた。

 

 「まだ何かあるのかい?……ロジエ……」

 「とっておきさ。ビックリして目ン玉飛び出しちまうかもしれねぇぜぇ~?」

 

 何かを隠し持っていると確かに気づいた黒猫は咄嗟に身構える。攻撃に臆病でいれば何かしらが飛んできても回避をする事だけは出来るかもしれない。緊迫が強くなる。

 ロジエの切断された手首の断面から秒針を読むように血が溢れ出ている。ポツン、と垂れて鳴る音がより緊張感を高めていた。

 

 満ち潮の時、海が荒波を打って生物を呑み込むのと同じく、ロジエは鋭い矛先走らせて波のように素早い動きで一瞬で黒猫に近づいた。

 

 「師匠!!なにっ……してるんですか!?」

 

 森に少女の叫び声が響き渡った。その声はロジエと黒猫の動きを止めた。

 そして目ン玉を飛び出させたのはロジエの方であった。

 

 「………ミーナ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 遡る事、数時間前~

 

 

 「文ネ。アナタ達宛みたいヨ」

 

 それはミーナとメイリンが三期団の気球船で期団長との話を終えた後、食事を済ませようと少し食事処で待機していた時の事だった。

 期団長がほんのり厚い封筒を持って彼らの前に現れた。

 

 「ん~?俺じゃないんじゃない?新大陸に知り合いいねぇーしミーナちゃんでしょ」

 

 そうやってミーナに封筒を渡すメイリン。彼女はしぶしぶ中を済ませようと確認すると折り畳まれた手紙が一枚入っていた。ミーナはそれを取り出して広げる。

 

 「あ、これメイリンさんに届いてますよ」

 「え!?だーれだよ俺に届けるヤツなんて……これフユメさんの字じゃん」

 「差出人書いてないですけど分かるんですか?」

 「あー…長いからな」

 

 ぼんやりと手紙を眺めるメイリンを急かすようにミーナは手に取られた物を覗いた。

 

 「『古代樹の森にミーナと来い。詳細はそこで話す。』だってよ。んな手紙なんざ書く必要があるって事は重要っぽそうだなミーナちゃん」

 「置き手紙みたいな感じですかね?」

 「あーそこ?」

 

 大した考えは持ち合わせてはいなかった。まるで友人に誘われる感覚であった。

 だからこそ、ミーナは正真正銘のこの悪夢に目を背けたくて仕方なかった。

 

 

 「師匠……..どうして…!?それより腕が!?」

 

 木々の間から体を乗り出させていたミーナは明らかに負傷しているロジエに近づこうとする。

 

 「あー動かないでもらえますぅ?殺しちゃいますよぉー?」

 「えっ!?」

 

 背後からの声に振り返ったミーナは額に銃口を向けられていた。向けるのは年端もいかないようなリボンをつけた少女であったがメイリンやフユメと同じよな白シャツを着ている。

 

 「あれは君の子かい?」

 「美人だろ」

 「イイ女だな………」

 「ケッケッケ。アイツに似始めたイイ女だなぁ……」

 

 ロジエは懐かしそうに呟いた。

 

 「いよいよカオスだな…死ぬ覚悟をしとけ……」

 「楽しくなんのはこの後だよ黒猫ぉ!」

 

 いよいよと互いに柄を握る力が強くなる二人にもう一人混ざる男がいた。

 

 「楽しそーだけどよぉ…こりゃどういう状況だァ?」

 

 メイリンも混ざり、舞台は整った。




読了ありがとうございました。
次回は文字マシマシ、内容モリモリでがんばります。
あと人気投票もやってるんでよかったらお気に入り登録とかも一緒にお願いします^^
ではまた。
導きの青い星が輝かんことを…


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四つ巴

 既に古代樹の森に役者は揃いきっていた。どれもこれも腕に覚えのある名役者であり、連ねる顔にも見覚えのある人物ばかりである。

 その中にはロジエの家族さえ居た。

 

 「ミーナ…まさかこんな所で再開するなんてよぉ!驚いた驚いた!」

 「驚いたってぇ…!腕がっ!!」

 「どういう状況だよ?何でロジエと猫オンナが殺し合ってんだ?訳分けんネ」

 「あっー!!あの時の金髪男!?動かないでくださいよぉ!?」

 「面白いね……フユメの子猫まで来て…」

 

 辺りはぐちゃぐちゃ。情報が多すぎて理解が追い付く人間はこの中には居ない。誰から銃口を、攻撃の矛先を向けられてもおかしくはない四面楚歌。いや狙撃の可能性も含めて五面楚歌である。

 ミーナは頬に汗をつたらせる。この状況を呑み込めない事に焦りを覚えていた。どうすればいいのか分からないのだ。大切な人が傷ついて心に余裕がない。

 

 「クソッ!!離れろチビオンナっ!!」

 

 ミーナは素早い動きでリボンの少女の顔面を下から蹴り上げた。爪先は少女の顎を強打し、そのまま吹っ飛ぶ。彼女は舌を噛んだのか微々たる血飛沫を飛ばしながら宙を回る。

 

 「うびゃっ!」

 

 ミーナが動き始めたと同時に黒猫もロジエも再度、動く。

 両者ともに拳を振るうが相手の顔に命中させたのはロジエだった。ロジエは手のある腕を構えながら黒猫から迫る俊足のジャブをかわした後に顔面に音速を超えるほどのスピードでぶん殴る。

 黒猫は自慢の体幹で地から足を離す事は無かったが絶え間なく迫り来るロジエの蹴りが顔面に炸裂する。

 

 「クリィーンヒットォだなぁ!!」

 「………っ」

 

 顔を赤くし、鼻血を垂らす黒猫は少しふらつく。手負いの相手に劣勢なのがどうも気に食わないのか不貞腐れた様子で再び構えをとる。

 土を被ったスーツが風に拐われバサッと揺れる。それが開戦のゴング代わりとなって二人を動かす。

 

 一瞬で蹴り上げた脚はロジエの顔を掠り、ストレートパンチは黒猫を外れて空を切った。しかし、ピッと黒猫の頬に切り傷をつける。まるで刃物のような拳に黒猫は本物の猫みたいに飛び下がった。

 黒猫は袖の間からナイフを手に落としてロジエに向けて投げ飛ばす。

 しかしロジエは難なく投擲されたナイの刃を指で挟んで受け止め、デコイにして近づいていた黒猫をまた蹴り飛ばす。

 

 「うっ………」

 

 吹き飛ばされ、木に叩き付けられた彼女は腹を押さえて悶える。どれほど強力な力で蹴られたのか吐血しながら痛みに耐えていた。

 

 「猫はやっぱよく飛ぶんだなぁ…そういえば液体、だなんて説もあるが液体は蹴れも殴れもしねぇよなあ」

 「師匠…やめてっ!!」

 

 近づくロジエにミーナが静止を呼び掛けた。それにピタッと止まって彼女を視界に捉える。まるでもの惜しそうな顔をして哀愁を漂わせていた。

 

 「ミーナ………」

 

 ミーナもピタリと止まってしまう。

 

 「お嬢さん……逃げろ……ソイツは犯罪者、ライダー殺しだ…現に此処でも一人のライダーが殺されかけた……」

 

 その言葉を聞いた途端、外野にいたメイリンに正体不明の衝動が走り、ロジエに襲いかかった。

 ミーナを後ろへ押してロジエに斬りかかる。しかし、当然の如く避けられて腹部に回し蹴りを入れられる。メイリンも装備は着ず、スーツであったため、幾ら特別製とはいえ最強の回し蹴りは効いた。

 

 「うえぇっ!?」

 

 軽くどころか木々を薙ぎ倒してメイリンは節々を打ち付ける。数十メートルという距離は離されたメイリンは地面に打ちひして踞っていた。

 

 「あがっ………!?クッソォ!?」

 「メイリンか……久し振りだなァ……まだちっせぇんじゃねぇの?」

 

 メイリンに続けミーナもロジエに近付くが彼女の顔を轟音と共に何かが切り裂いた。物凄い突風のような金属の塊が彼女の右の口端に沿って通りかかり、耳元まで頬に亀裂が入って膝を落として頬に手を当てた。

 隙間から溢れる血が傷の深さを顕示していた。

 

 「うっ!?イッ~!?」

 

 唸るミーナにメイリンも黒猫も誰も微動すら困難な状況の中に佇むロジエに遠くからの照準がずっと彼を離さず捉えていた。

 フユメはただひたすらに密林に紛れて引き金に触れている。獲物は素早い動きで翻弄するが群がる猫やら犬やらはしっかりと視認している。

 

 

 

 

 

 

 

 「ミーナに一発当てた。動きは止まってるね。他の狙撃班は?」

 「現在、定位置から移動を開始して距離を詰めています。私達も向かいましょうフユメさん」

 「フーカは此処で待機して、動きがあったら信号弾で合図して。もしミーナが逃げたら撃っちゃっていいよ」

 「分かりました」

 

 フユメは銃口をから煙が漏れる狙撃銃に弾薬を入れ直して髪を紐で編んだ。

 

 「第二狙撃班、行動開始」

 

 彼女の合図で五人で組まれた狙撃班が地獄へ向かい始めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ロジエ以外が動かぬ地獄で一人むくりと起き上がる死体人間がいた。口から滴る血反吐も腕で拭って黒ずんだ眼はロジエを捉える。その様子も彼はしっかり捉えていた。

 

 「黒猫ちゃ~ぁん?もうおっきの時間かぁ?」

 「ん………」

 

 拳を構えて僅か五秒、急接近する黒猫にロジエは蹴りを入れて迎撃しようとするも、すらりと避けられて、真下に滑り込んだ黒猫はアッパーを仕掛けて顎を殴る。

 確実に急所を突いた黒猫は顔面に蹴りを入れようと振るうがロジエは倒れかかるように前のめりになって黒猫の頭を鷲掴みにして蹴りが来る前に頭を地面に打ち付ける。

 しかし、次の瞬間にはまるで黒猫の攻撃がデコイであったかのように背後からメイリンが近づいていて、背に刃を振るう。

 けれども気配を察知したロジエは後ろを向いたままメイリンを蹴りあげて攻撃を無理くり中断という形で防いだ。

 

 「ギャッ!?」

 

 更に追い打ちを掛けてメイリンにとびきりの回し蹴りを浴びせてまた再起不能に追いやる。手負い相手に万全を期したハンターが次々とやられる最中、ミーナは頬を押さえながら叫ぶ。

 

 「師匠!!ホントなんですか!?ライダー殺しだって……!」

 「………まぁな」

 「何で!?」

 「何でって……教えなきゃダメか?」

 

 子供の秘密事みたいに声を曇らすロジエにミーナは問い掛ける。そうであってほしくないという思いがだだ漏れである。

 

 「ちがっ、いや何かの間違いですよね!?そうだ!ドッキリ!ドッキリだ!!」

 「ドッキリで耳やら手首が飛ぶこたぁねぇだろ」

 「あ、じゃ、じゃあホントなんですね……」

 

 ミーナの顔がどんどん暗くなっていき、膝から崩れ落ちてしまう。俯いた顔には涙が浮かんでいる。

 

 「心配する事はネェ。俺は死なねえからな」

 

 ロジエがミーナに向かって手を振った瞬間、彼に鉛の豪雨が降り注いだ。絶え間ない発砲音に硝煙の香り、目の前に居た彼の姿が打ち付けられる弾丸と、巻き上げられる土煙で隠れていく。

 急いで辺りを見渡すとちょっとした木陰から銃口が突き出されてスーツを着込んだ男達が引き金を引き続けている。

 

 「第四班交代!!急げ!!暇を与えんなっ!!」

 

 合図と共に男達が入れ替わり止んだ銃声もまた繰り返される。

 最初の発砲から二十五秒後、およそ百発以上の銃弾の雨が降り注いだ後に離れた部隊から放たれた徹甲榴弾で更に地形を抉り、土煙と黒煙の霧が晴れた時には木々はあらかた倒れてロジエの姿は無かった。木っ端微塵になったとは考えにくい事から恐らく倒れた木々の下敷きになっていることだろう。

 

 「あっ………あぁ………」

 

 ミーナは呆然と何も無くなった場所を涙を流しながら眺めているだけだった。

 そんな彼女を放置して拳銃を構えて進行するスーツの男達。

 

 「ロジエの死亡を確認しろ!!あれだけ撃っても死体を出さなきゃ上は満足しねぇぞ!!」

 「埋もれてるんだ!!警戒しろ!!いや、撃っちまうか!?」

 「あの女だ!!あの女がロジエの跡取りだ!!撃ち殺せ!!」

 

 全てが騒々しい、嵐のような地獄にミーナは絶望していた。撃ち殺されたロジエ、次の標的に移って銃口を向けられる。

 積まれた木々に集う三人の男達。倒れる黒猫一派とメイリン。絶望するミーナ。

 

 しかし、役者は足りない。

 

 聞き耳を立てながら近づく男達の一人が何かに反応した。

 

 「あれっ!?あれ!?」

 「何だどうした!?」

 「何かっ!何か変だ!!変んなんだ!!」

 

 拳銃とはまったく別の方向を確認する男は気が狂ったように同じような言葉を言い続けて、仲間の男と死体確認を放置し、会話を続けた。

 

 「おかしい!!おかしい!!おかしいぞっ!?」

 「おかしいのはテメェの頭だ!!イカれやがったか!?」

 

 男は気が狂った男をまじまじと見ていると段々と異変に気付いた。薄くだが男の顔が横に線が入って三等分にされている。

 

 「お前………その傷……」

 「あああああ!?おかしいいっ!?」

 「何処デェっ───」

 

 次の瞬間、二人の男の顔が三等分に切り裂かれて地面にありったけの脳ミソと血をぶちまけた。まるで心霊現象のような理解不能な攻撃に生き延びた男は直ぐに後ずさる。

 すると背後には誰も居ない筈なのに誰かと衝突する。

 

 「うわぁあ!?」

 

 振り替えると全身穴だらけのロジエが呼吸の音すら聞こえない程、静かに立ち尽くしていた。

 驚いて倒れてしまった男は次に拳銃を向けるが不思議な事にロジエは立ち尽くしたまま、男に指差す。

 男は銃の引き金を引かなかった。ただずっと夢中になったようにロジエの人差し指の先端をじっと眺めて動こうとしない。

 

 

 

 「死になさい」

 

 

 

 ロジエの言葉を合図に男は目から口から耳から血を噴き出して死に倒れた。ミーナはその様子を見ていたがとても喜べはしなかった。また別の絶望がやって来て夜が明けぬまま狼が動き出した。

 

 確実に鈍くなっていたロジエに後続の五人で組まれた部隊が一斉に射撃を開始する。弾道は真っ直ぐ飛び、ロジエの体を次々と貫く。既に死んでいてもおかしくはない彼に掛かった追い打ちだが依然、ロジエは立っている。

 怯む男達とロジエの目があった途端、一人の男が口から大量に吐血して倒れ、それに腰を抜かした男は首を切断されていた。

 果敢にも二人一斉にカットラスに似た剣を持って近接戦に持ち込んだが、二人ともロジエに到達する前に頭を二等分にされる。返り血を浴びる。

 残った男は恐怖のあまり、口に拳銃を咥え込んで引き金を引き自害した。

 

 いつの間にか起き上がった黒猫も状況の整理が追い付いていない。小説の途中を聞かされて、別の物語とごちゃ混ぜにされた気分だった。

 他所を見る目も戸惑いが隠せず、現状を理解していく程焦っているように見える。

 

 「…………何だ…これは…」

 「何だろうな」

 

 ミーナは激しい動揺の結果気を失い、メイリンは這いずりながら彼女の方向へ進める。

 近づけばより鮮明に彼女の裂けた頬の痛々しさが露になる。何とか治療してやらねばと衝動に駆られそうになるが今は此処から逃げる事が先決だった。しかし、一体何処へ?ミーナはギルドから理由は分からないが狙われている。この傷もギルドハンターからの銃弾によるものだろう。迂闊にアステラに帰還すれば裏でミーナは処刑され、ギルドは彼女の存在を消すかもしれない。

 そもそも這いずる事しか出来ない自分に何が出来るのかメイリンは問いただした。焦っていては周りの事が見えなくなってしまう。よく観察すれば何か、ボロがあるかもしれない。

 

 「大丈夫だミーナちゃん……もうすぐ何とかなるからよぉ……」

 

 目の前でロジエと黒猫が対峙している。少なくとも傷だらけのロジエに追い付かれる可能性はないだろう。問題は黒猫と控えるギルドハンター達。単騎最強の黒猫と数ギルドハンターで来られれば逃げ場はない。

 チャンスは誰も手をつけてこないこの瞬間しかない。メイリンは震える体を叩き起こしてミーナを背負って逃げ出そうとした。

 その時だった。メイリンは逃げる足を止めてただ、その光景に驚愕した。言葉も出ない。黒猫も開いた口が塞がっていなかった。

 

 「あーー……」

 

 ロジエは足元に転がる死体の腕を切って残された片手で掴むと、口元まで持っていき、大きく口を開けてそれを貪り始めた。モンスターが殺した獲物の生肉を噛みちぎるように骨から引き剥がして肉を貪る。口に入った人肉はそのまま食道を通って飲み込まれる。

 正気の沙汰ではない。

 メイリンは吐きそうになってしまった。此処まで香ってくる鼻を刺すような刺激臭、頭ん中が真っ白になってしまう程、悲惨な有り様に言葉は出なかった。いや、正確には頭の中にすら言葉は無かった。

 

 「何かの……冗談か…夢なのか?」

 

 これは悪夢だろうか。傷を負って、死人も出して、追い込んだロジエの傷が癒えているのだ。数々の風穴、切り傷、そして撃ち飛ばされた耳、切断された手首がまるで歯が生え替わるように再生していた。

 地獄が口を開けて牙を見せ始めていた。

 

 「クッソォっ!?何だぁ!?んなんだよぉ~!?」

 「これは逃げるしか……」

 

 戦意喪失、即座撤退の意思を見せた二人の行動も虚しく、完全回復を遂げたロジエの素早さは既に、たったの一秒。彼らを通り過ぎていた。

 

 「あっ────」

 「………」

 

 二人の肩から大量の血が一気に噴出する。光の宿っていた眼が薄く暗くなって地面に倒れてしまう。降る血が止まないを動くのはロジエただ一人。一つの銃声も人声も無く、赤い液体が染み込む地面をジャリジャリ言わせながら歩く足音のみ。

 

 「動くなよロジエ──」

 

 静寂だからこそ小さな声が響き渡った。声の主の方向へ視線を向けるとそこには拳銃を倒れるミーナへ向けるフユメと彼女が引き連れる部隊がロジエに銃を構える。

 

 そして彼女が発してから間も無く発射される弾丸は次々とロジエを撃ち抜いてよろけさせる。しかし四肢は撃ち抜けても致命的な損傷は与えられる事はなく、まるで一時的にロジエの機能を停止させているようだった。

 

 「ロジエの足止め。数で押すにはこれぐらい単純でいいね。私はミーナを……」

 

 そうやって他所にやった視線をミーナへ戻すと驚く事に彼女の姿が消えていた。そして付近に倒れていたメイリンも霧のように音もなく消えていた。

 

 「メイリン……?マズイよ…多分、メイリンは保守派についちゃった」

 「…!ヤバイんじゃないですか!?」

 「ヤバそう……」

 「ヤバイねぇ~」

 「ヤバヤバヤババッ!?」

 

 気づけば黒猫一派も姿を眩ましているため──

 

 「───ここは下がろう。ロジエ相手にしてたら負けちゃうよ」

 

 

 しかし、そう簡単にロジエが逃がす訳がなかったのだ。銃撃がたった数秒止んだだけで再び動き出すと土埃の霧の中から散弾のように石ころが真っ正面から飛んできて部隊の銃撃を中断させた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 フユメ、ロジエ、黒猫、メイリンは完全に察していた。これは四大勢力による全面戦争である。既に大久野島死者を出し、人類の歴史に大きく残される事になる最悪の戦いが巻き起こってしまった。モンスターと人間ではなく、人と人の最も醜い戦いが歴史に刻まれてしまったのだ。

 

 

 

 「エグい戦いになっちゃうね~……ロジエ……」

 「ババアになっちまったかぁ?フユメさんよぉ~?」

 「もうババアだよ……」

 

 フユメはロジエを一瞥すると銃口を向けて躊躇なく引き金を引いた──────

 




読了ありがとうございました。
苦手になってんのヤバイ。6000位が限界になってるわぁ…
ごめんなさい……
何かコロナヤバそうなんで気をつけて下さいね。
ではまた。
導きの青い星が輝かんことを…


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だんだんカオス

 ミーナは仄暗い中、四角推の天井を仰いでおる。ずっしりと重い体は起き上がらず、ただ真上に吊るされているランタンが眩しいだけだった。

 顔だけをずらして辺りを確認するとどうやら此処はテントの中らしく、真横でメイリン傷だらけのメイリンが座っていた。

 

 「メイリンさぁ……?」

 「喋れそうだね。よがったぁ…」

 

 メイリンはあからさまに安堵していた。こうやってよく読み取れるのは彼女自信もそういった態度を取ることが多く、自分でもその自覚があったからだ。 

 だからか、どうしようもない不安に襲われて、一瞬の安心感を手にしているメイリンを見るとミーナも同じような気持ちに浸かっていた。

 

 「……あれからどっ…!?」

 

 ミーナは急に痛み出した頬を押さえた。触れると違和感のあるものが感じ取れた。糸のようなのが頬に縫われている。

 

 「あぁ………痛いぃ…」

 「応急措置…糸を縫っただけだけどよぉ。マァ…喋れれば頑張った甲斐があるな」

 

 彼は話しながら赤みがかった白色の布を巻いている肩を抑えていた。ややひきつった顔は痛みに耐えてる顔。メイリンすらも大きな傷を覆ってしまった。

 ミーナの割けた頬も耳元に到達するまであと一歩のところまで抉られて一生治らないと自覚する。切断された腕が生えないのと同じだ。あまりにも傷が深すぎる。

 

 「あれあら……どうなったんです…?」

 「俺も直ぐに逃げてきた。ロジエさんの生存はわかんねーけどあん人なら死んで…死なないと思う」

 「肩…大丈夫ですか」

 「君の頬っぺたよりマシだね」

 

 まるで葬式みたいな暗さの雰囲気でさえ明るそうなメイリンが言葉数を失ってミーナに寄りだすと彼女の背中を擦った。その手つきはやけに優しい。

 

 「………辛かったな…けど今はもっと辛くなる…」

 

 優しくされて、ミーナは涙を流していた。

 

 「私がっ………悪いんですかね?何にもっ…してないじゃないですかぁ…!なんも悪くないじゃないですかぁ…!」

 「………君がロジエの子供だからだ」

 

 泣きじゃくるミーナにメイリンは確信してるように言い放った。どんと心臓に槍を突き刺された感覚が彼女を襲い、瞳から光が無くなった。

 

 「え………?ハハ……んの冗談すか……全然笑えないですよ…それじゃまるで生まれてきた私が悪いみたいじゃないすか……」

 「───そうだよ」

 

 零れる雫が多くなる。

 

 「えぇ……?いやぁ……そんなぁ…」

 「皆、口を揃えて言うよ。君は生まれてこなければ良かったってね」

 「えっ……あぁ…いやぁ……ハッ…ハハ…」

 

 声を出して泣くミーナをメイリンはそっと抱き締めた。もう拠り所を無くした彼女は失望したように壊れかけている。

 

 「心配すんな。俺は君の味方だ…」

 「うえぇ………?」

 「俺は思っちゃいねぇ」

 

 ミーナはメイリンに身を任した。

 

 「私…好きな人がいたんですよ。けど死んじゃって……それでそれから好きな人が一人も出来てないんです…。でも、メイリンさんなら初めてでもいいです……」

 

 しどろもどろになりながらもミーナは続けた。

 

 「もう…色々考えるのも、全部嫌です」

 「あぁ………俺も嫌いだ……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「ミコト…お前大丈夫なのか?そんな大ケガでよ」

 「食事は取れてます。至って問題無いです」

 「機能面の話じゃねぇよ」

 

 二人は生活区のカフェテラスでテーブルを囲んでいた。

 

 「護衛が付くらしいな。フユメさん紹介の人達だ、頼れる人だろうな」

 「僕は貴女の方が良かった。きっとそんな人達よりもよっぽど腕が立つ」

 「私は嫌だ…」

 

 根から出たサシャの言葉にミコトは呆れる。

 彼は左目に眼帯を着けてあちこちに絆創膏を貼っている。見たまんまの重症にサシャも心配していた。

 

 「……大体情報は入ってるんだよ。ミーナの父さんがライダー殺しだったのも、今アステラは飛んできたギルドナイト達に牛耳られてる事もな……」

 

 言葉を続ける。

 

 「けどよ……ミーナとメイリンさんの情報は何一つ入らねぇんだよ。おかしいぜ。ミーナの父さんがライダー殺しなんだ、ミーナの情報はゼロ。それにいっつもはフユメさんにベタなメイリンさんも居ねぇ。おかしい…」

 「………僕に訊いてるんですか?何も知りませんよ」

 「そうか」

 

 サシャは慣れた手つきで懐から煙草を取り出して火を着け一服し始めた。ふう、と煙を漏らした。辺りに服流煙が漂ってヤニの臭いがする。

 

 「僕はもうその臭い嫌いになっちゃいました……」

 「……そうか」

 

 ミコトがそう言うと彼女は口から煙草を離してテーブルに擦り着けて火を消した。

 

 「少し…禁煙する…」

 「へぇ…サシャらしくないね……」

 「フユメさん……」

 

 ひょこっと顔を出したフユメにミコトは緊迫した表情をとる。不気味であった。件の事があってから彼女への警戒心は並のモンスターより遥かに凄い物になっている。

 

 「……あの、ミーナって今どうなってるんですか?」

 「………言いにくいんだけど」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「────ミーナちゃんは死んじゃったよ」

 「はぁ……?」

 「そんなっ!?」

 

 不可解な事ばかりが襲った。信じたくもなければ、受け入れる筈もない悲しき事実。ミコトは自然と涙目になる。

 

 「えぇ……だぁ…だって…ミーナが死ぬ筈ないですよね!?」

 「フユメさん。何の冗談だ?…ホントじゃないだろ………ホントなのか?」

 

 全否定するミコトとサシャにフユメはフォローするような言い方でミーナの事を語り出した。

 

 「まぁ少し語弊があって死体を回収、いや確認が出来てなくてね。おおよそ皆、死んだと仮定しちゃってるから扱いがそうなってる感じかな」

 「……死体も見てねぇのに死んだ扱いって変じゃないすか?んな、ミーナの扱いをそうしてーみたいじゃないすか」

 「うーん、どうだろうね?まぁ…コーヒーを貰おうかな」

 

 同席したフユメは直ぐにコーヒーを頼むとすらりと伸びた脚を組んで肘を置いた。いつもよりも上機嫌彼女の事は放置して、ミコトは恐るべき体験を思い返しながら話し出した。

 

 「本当に…あの人はミーナの家族なんですね…何で殺されそうになったんだ……」

 「うーん。ロジエ個人に恨まれてるなんて事はないね。実際、君以外のたっくさんのライダーが狙われて誰も還らぬ人となったんだ」

 「殺しのプロなんだろうな。モンスターにおいても人にしても、あん人にとっちゃ全部獲物でしかねーんだろうな」

 

 人の心がないと説く二人にミコトは掛ける言葉を見失った。静かな空間が長続きしているとテーブルに頼んだコーヒーが運ばれて解き放たれたようにフユメは告げた。

 

 「実はね、今度また大きく編成されたパーティーでロジエ討伐に向かうんだけど、その時に君達にも来てほしいんだ。何せ気になるでしょ」

 

 少し引いているサシャは訊いた。

 

 「んでミコトまで連れていくんすか…私で十分でしょ…」

 「ミコト君にはその他責任があるでしょ?自分でもそう思わない?」

 

 取っ手に指を掛けて湯気がまだ昇るコーヒーを静かに飲んで一息つく。

 ミコトも口出しをしないまま暫し時が過ぎるとフユメの後ろにぞろぞろとスーツを着込んだ男達がやって来てフユメの耳元で何かを喋っていた。

 終わると視線を二人に戻してフユメは話した。

 

 「ロジエが見つかったみたいだね。今は大蟻塚の方に居るらしいから準備が出来たら来てくれる?」

 

 二人とも互いに顔を見合わせて返事はしなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「黒猫さまァ~これから何処に行くんですか~?」

 「ん………ちょっと…」

 

 黒猫の腕にしがみついて離れないリボンの少女のチャオシンは馴れ馴れしくもあり尊敬した言葉でこれからの行き先を訊いていた。

 古代樹の森の奥、エリアマップにすら載ってない非推奨の場所でロジエからもギルドからも逃げている最中だった。

 

 「う゛ぅ゛~~…まだあのデカ女に蹴られた鼻が痛いィ………」

 「後で絆創膏貼ってあげる」

 「ヤッターーー!!」

 

 軽快に足を運ぶチャオシンは頬を赤らめて黒猫に抱きつくのだった。けれども黒猫の視線はピンインではなくおおよそ五〇メートル程離れた獣道の先を見ていた。

 暗闇の中にピカリと煌めいた瞬きが交差してやがて静止する。煌めきの点は二人を狙ってるかのようにじっと見つめてくる。

 黒猫は直ぐに両手を頭の上に挙げた。煌めきの正体は拳銃を構えるギルドナイト。フユメが率いていた特別隊の一員であった。

 遥か離れた先からも正確に急所を狙って構える腕前はそうそうギルドナイトにも居ない、フユメ直属の秘密にされていた部隊は策略においても並々ならぬ少数精鋭の軍隊である。

 

 「動くなよ…いやロジエ達じゃないな…どうする?武器を徴収するか…… 」 

 「□□□!□□□□□□。□□△△」

 「□□□~?」

 「えっ!何語だ?言葉わかんねぇ…どうするよ」

 

 両者共に聞き覚えのない言語での受け答えに動揺する二人のギルドナイトの男は拳銃を構えながら四〇…三〇…二〇と距離をジリジリ縮めた。

 

 しかし黒猫が挙げた片手を前に突き出して男達を逆に静止させる。これ以上は互いにデッドゾーン。一触即発、動けば互いに殺せる距離である事を指した。

 じりっと辺りに緊張感が漂い、恐怖の風は男達に吹き始める。

 

 「□□□□□□。□□────」

 「んて言ってんのかわかんねぇだよっ!!」

 「クソ!?撃つか!?撃っちまうか!?」

 

 焦りが見え、煮えたぎる切迫感を暴露してまで掛ける指に力が籠る。

 

 「────……もう殺していいって意味だ」

 「は?」

 

 男達が抜けた声を出すと後ろから後頭部に向けて二人同時に銃弾が放たれた。額には掘ったように穴が空いて倒れる。

 背後から撃った二人の女は直ぐに黒猫のもとへ駆け寄って抱き付いた。

 

 「殺した!!パンッて!!ご褒美!!ご褒美!!」

 「……………パァン」

 「可愛いお嬢さん達、ありがとうね。ちゃんとご褒美も用意してあげる」

 

 抱き付く少女達に優しく花束を扱うように丁重に抱擁すると黒猫は警告するような口調で告げた。

 

 「少しギルドナイトの腕が上がってる…用心しないとお嬢さん達も危ないよ。囲まれないようにね」

 「は~いっ!!」

 「はいっ!!はいっ!!はいっ!!」

 「ウン………」

 

 転がる死体を見て高身長の無口な少女、レン・ジンは墓荒らしが如く死体を隅々まで漁っては拳銃から銃弾、作戦内容が記された手帳まであらかた掘り出して有益に繋がる物を見つけていた。

 黒猫も手帳に目をつけては手に取り、ページを捲り出すと、そこにはロジエが大蟻塚に逃げ延びた事や、ミーナとメイリンの追跡と彼女の抹殺、そして黒猫一派の処分の事が記されている。字は男のものだろうがこれを指示し、男達を裏でまとめ上げているのは間違いなくフユメ以上の階級のギルド内部の人物であろう。

 少なくとも今のギルドは公にはしていない秘密の階級が存在している事から霧がかった深淵、或いは聖域と呼ぶべきであろうか、一般には知られてはならない領域が存在していた。

 現に、黒猫一派はギルドの内部も最深部、元帥と位づけされる男から直接依頼を受けている。その額も素晴らしく一人殺せば五〇〇万ゼニーが入る事になっている。常識から並外れた聖域からは神の懐からもお恵みが貰えるらしい。

 

 「美味しい話だと思ってたんだけどなあ………ミイラ取りがミイラになっちゃった…」

 「五〇〇万!!五〇〇万!!」

 

 きゃっきゃ騒ぐ青髪の少女は黒猫に口づけを求めた。そっと彼女はそれに応えると少女の背の高さに合わせて顔を近付けると濃密にキスをする。

 黒猫はキスを交え終えると男の死体を担いで命令した。

 

 「ホウシン、仕事の時間だ。この死体共を改造しろ。手早くな」

 「キキキ!!改造!!改造!!」

 

 ポケットから取り出した煙草を咥えて火を点ける。四人の女達を囲むように白煙は薄くとぐろを巻いて漂った───

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「これから…どうなるんすかね…もしかしてずっと隠居生活?」

 「あり得そうだなあぁ……ケドそっちん方が幸せだったりすんのかなぁ~……辞めてみたらハンター稼業」

 

 下半身に毛布を巻いて体温を保持しているミーナはこれからの事を話していた。追われる事になれば隠居生活を強いられる羽目になる。事が終えるまでは新大陸に隠れて隙を窺っては連絡便に搭乗して抜け出す。それでもギルドの連中が残れば厳重な警備を掻い潜っての出航となるだろうし、一度は大人数での大捜索が行われるのだ。隠居生活にも限界はあれど、道半ば命を落とす方が容易いのだ。

 ミーナは落ち込んだ。沼だと思っていれば底が見えぬ深海だったりするものだ。

 

 「怖いですね…何時此処がバレてもおかしくないですもんね」

 「来ても少人数だろうなあ。ロジエの方に人材は割くに決まってる」

 

 彼女達が隠れているベースキャンプもマップに載っている公表されたもの。しらみ潰しの人海戦術を取られれば今バレてもおかしくない。メイリンは出来るだけ件の場所から離れた位置のベースキャンプに移動したつもりでいたがキャンプを取ったのは誤りだったかもしれないと後悔した。

 時間は然程経過していないにも関わらずミーナは窶れている様子でメイリンに寄り掛かった。少し乱れた彼女の髪が揺れては香り立つ。

 メイリンはこの最悪な日に色んな事を知った。ミーナの首筋、匂い、泣き顔、弱さは普通の少女とは全く違う事を見て、嗅いで、覚えた。今は彼女を年下の幼き少女として捉える事は出来なかった。大切だった彼女に似ている彼女を見ているとメイリンはどうにかなってしまいそうだった。

 

 「これがぁ性欲かあ……」

 「え?」

 

 メイリンは気まずい雰囲気を作っては見なかった事にこれ以上何も言わず口を紡ぐと二人とも黙り込んでしまった。流石に失言が過ぎてしまっていた。とてもうっかりとは言い難い。

 

 「ん…ひ、独り言おぉ…?」

 「あぁ…そうすか…独り言お…なら仕方ないすね…?」

 

 互いに困惑しながら疑問形で話は進んでいた。内容なんて白紙の紙っぺらより薄いものだが理解しようとしないため思いの外スムーズに会話は進んだ。

 しかし、テントの下ろされた出入口にふと影が過った。その一瞬でびりっと緊張感が漂った。メイリンもミーナも直ぐに行動に移せるように構えを取って一言も漏らさずじっと目の前を見つめる。

 そして影が飛び付く。

 

 「近づくんじゃね─えぇ!?」

 「旦那さまぁー!!」

 「ルルネ!?」

 

 飛び付いた影は久しい奇面族の少女ルルネだった。

 ルルネはメイリンの顔に張り付くと焦ったような口調で告げた。

 

 「に、逃げるルル!そこ、そこまでぇ来てるルルよぉ!?」

 

 メイリンもミーナも目を丸くして外を眺めていた。




読了ありがとうございました。
いや、ホント文字少なくてすいません。
出来るだけ精進するので許して下さい…
ではまた。
導きの青い星が輝かんことを…


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人形の気持ち

 

 古代樹の森全体に汚染するかのように拡がった血の臭いに鼻を刺されながらもフユメの率いるギルドナイトの二人組はは足を進めていた。

 所々、雨が染み込んだ泥のようにぐちょっと浸かる足場に鼻に傷をつけた男は苛立ちを叫んだ。

 

 「あぁー!!もうなんやねんこの足場あ!?ぬっちょぬっちょしててキモいわ!!」

 「なんや五月蝿いなぁ!?男ならそれぐらい我慢しい!」

 「おニューの靴やのにい~…最悪やで~来るんやなかった~」

 「お前え…あん嬢ちゃん前でそないな態度とるなや?」

 

 そう言って男よりやや背が高い、高身長の黒髪の女は立ち止まって懐から取り出した水筒を飲み干した。男は不満げに女に訊いた。

 

 「あの子、年下のガキやろぉ?ほなら何で取ったらアカンねん?」

 「アホお!年下でもワタシ達より偉いんや!フユメさんがぁ一目置いとるんや、ヘタこいたら罰や罰!」

 

 女は空の水筒をしまって男を先導する。男はフユメの名が出た時から冷や汗をかき始めて明らかな彼女への恐怖心をむき出しでいた。

 女は言った。

 

 「サシャって子、どないな狩人なんやろなぁ~」

 「狩人なんてイイモンあらへんやろ。この十年間俺らは何を見て来たんや?」

 

 女は暫し考えた後に無言で返した後に集合場所に指定されていた作戦前線基地へと向かうのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「逃げろじゃねぇ!バカ奇面族!」

 

 ミーナとフユメの目線の先に現れたのは見知った赤毛の少女だった。

 

 「びっくりしたあ…サシャじゃない」

 「たっくう~驚かせんなよ~」

 

 スーツ姿のサシャは少し慌てた様子で事情を説明した。切羽詰まった眉間は直さず、有用な事をミーナに警告するかのように今、或いはこれから起きる事はただ事ではないことを伝えた。

 

 「死亡扱いってえ……マジなの…?そこまで私…」

 「サシャちゃんさあ~今そっちってどうなってるか分かんない?こっちじゃ全然把握出来なくてさ~」

 

 如何せん、焦りを見せない二人にサシャは不満に感じたが、それよりも二人の特にミーナの生存を確認出来ただけでも嬉しい限りであったので、彼女は髪をかいては不満も苛立ちもかき消した。

 ミーナも最初はショックを受けていたが次第にどうでもよくなったのか何時もの彼女に戻っている。

 

 「まぁ…今は皆大蟻塚に向かってるから逃げるなら今なんすけど…前線基地が大蟻塚の手前、丁度まだ古代樹の森に位置してる場所なんで気を付けた方がいいっすね」

 「逃げるって…何処によ?」

 「そりゃお前、船出して現大陸で隠居するしかないだろ」

 

 船を出す。それはあまりにも規模が大き過ぎて彼女の頭の中には決して湧くことのなかった作戦であろう。連絡船に搭乗する案は浮かんだが自ら船を出すのは一苦労どころではなかろうに、容易くその案を言い出したサシャには何か、彼女には考えられない作戦があるのだろう。

 

 「ねぇどんな感じで船出すの?」

 「いや…メイリンさんから言われなかったのかよ?二級のハンターが一言言えば小型の船くらいなら出してくれるぜ?」

 「いや流石に緊急事態だ…!出せる訳ねぇぜえ!?」

 

 すると、サシャは何処か秘めていた煮えたぎるような不完全燃焼の覚悟を燃やした。

 

 「これから私がやるんすよ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 前線基地とは名ばかりのものだ。

 適当に持ち運ばれたような携帯の食糧品に三つのテント。数えきれる程のランタンに切り株を椅子代わりにして口調が独特な傷の男は座っていた。余程口が寂しいのか煙草の吸い殻が幾つも転がって未だに火を点けてふかしている。

 その男の元に赤毛の少女、サシャがやって来た。彼女を見て、一瞬はガンを飛ばすも特徴に聞き覚えのあった男は直ぐに起立し敬礼のポーズを取った。

 

 「ん…?あ!おっとこりゃ失礼しましたあ~ええと、サシャさんですか?」

 「そうっすけど…確か名前は…」

 「俺はアデルって言いますう。もう一人デカ女がおる…居ますんけど今は別ん所でヤニ休憩してはりますう。ああ、直ぐに呼んできましょか?」

 

 彼女を見下ろすアデルという男は自分の口調を隠そうとしながら誰が聞いても不格好な喋りでサシャに訊いた。何処か訛りっけを隠しきれていない様子はかくれんぼで表すところの頭隠して尻隠さずのように何処か抜けた口調であったのが印象に残る。

 

 「いやいいですよアデルさん。その人にも迷惑が掛かりそうだ。ヤニぐらい吸わせてやりましょう」

 

 アデルは意外だった。十八のガキと聞いていたから自惚れた、自分の力の限界知らないような馬鹿ガキの相手をするのかと思っていたが実際は社交辞令を弁えたクソガキ。なんらクソガキには変わりはないが話を理解出来るなら幾分、この十年間務めてきた方ではマシな方である。

 

 「それより話って何ですか」

 「あ、ええとですね、君ん担当の臨時補佐官は僕ともう一人のシマって女がやらせてもらいますよおっていう話ともう一つは依頼ですねっ。僕んら担当は古代樹の森から蟻塚方面に動くルートの安全確保ですわ」

 

 そうやってアデルはくしゃくしゃにしたメモ帳を確認しながら如何にも台本通りの大根役者の口振りである。しかし、不思議なのはここまで死後とが乱雑なのに補佐官として認められる功績がこの男にあったという事。狩りの腕だけではなく求められるのは多種多様のスキル達であり、ギルドナイトの選りすぐり、所謂エキスパートである。対人護衛、暗殺、狩りの肉体的任務に上には逆らわないという首輪を着けて忠誠心を誓う。だからこそこの男には何かが欠けていた。

 

 「終わったでえ…ってこれは失礼しました。遅れてしまってえ…」

 「アホお!!遅すぎるわ!」

 「トイレもしてたもんで遅なってしもうたんや…大変失礼致しました」

 

 後ろで髪を結んでいるシマという大女はもたもたしながらお辞儀をするとアデルに遅れた事を責められていた。体調でも悪いのか少しばかり窶れた体躯、目の下に浮かぶクマは不調である証拠であると共に彼女らはそこまで呈しての何かに圧されている事を暗示している。

 

 「大丈夫っすか…?だいぶ、窶れて見えますけど」

 「いやあ…まあ、大丈夫ですわ。こっちも慣れたもんでして」

 

 体調を優先出来ない程の大事なのだろう。隊員の犠牲などものともしない上の覚悟とそれでも何かを隠蔽しようとするギルド上層部、或いはそれすらも牛耳る何者かの企みが垣間見えた。しかし、下で動くものは確かな真相を知る必要などないのだ。故に等しく、此処に派遣された誰もがこの事件の真実の深淵を知ることもなく、また歴史が改竄され、人々の記憶から雨上がりの微かな霧の如く消え去る。今まで発表され、それが真実だと信じ続けて来た事でえ果たして本当の出来事なのか疑いの目を掛ける。

 サシャは故に思う。自分はどれ程この深淵の沼に踏み入る事を許されていて、また其所の住民であるギルドナイトですら真実を知っているのだろうか。

 秘密とは、完璧に隠し通す事は難しく、或いは叶わぬ事であるかもしれないが、虚偽の秘密を晒しても果たしてそれを偽りの内容だと気付く者は現れるのだろうか。苦い思いをしながらふと、甘い蜜を出されてしまえばそれで探求は終わってしまう。

 知っていた。世界は端から嘘で作り上げられていた事ぐらい承知でそれで謀略するギルドに身を呈してきたのだ。だからこそ、虚しかった。また此処に己と同じ無力の狼が居ることに。

 

 「わざわざ此処まで出向いてやる事なんて変わりもしないんですわ。でも、サシャさんが来てくれて漸く書類仕事からおさらばですわ」

 

 アデルがそう言って肩から力を抜くと、重い枷でもしていてそれが漸く外されたように彼は開放的でいた。重労働に肩を入れてすっかり暗くなるまで気を抜けない作業なんかよりもよっぽど肉体労働の方が気楽らしい。理由は分からんでもない。

 

 「しっかしい…まあ僕らあ随分面倒な仕事を押し付けられたもんや、人類最強とやり合うなんてアホらしいわ」

 

 端から諦めたように、アデルは力の籠らない声で臆病になっていた。やはり相手だからだろうか人々にとって最も恐ろしいのは有力者であり、得体が知れない程心の奥底で根源的な恐怖を持ってしまう。こびり付くカビのように消えず、また心の深淵など人間ごときに覗くことすら許されはしないのである。

 

 「アホらしくても仕事せないかんのや。それが大人っちゅーもんや。ほら、ワタシらを呼んだアホ隊長がまーた呼んどるわ」

 

 手まねく大男の誘いにより、三人は指示された作戦に移行するのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「これで終わりかいな?随分倒したなあ~」

 

 転がるトビカガチとジャグラス達の死体も上にアデルは血みどろになりながらも立っている。しかし無造作な物などに構う暇もなく、彼らは獰猛にも人の姿を捉えれば血相を変えて飛び掛かってきた。それは今も尚、現在進行形で燃え盛る火のごとく激しく襲い掛かっていた。

 

 ───唐突にもそれは聳え立つ木々にその巨体を打ち付けながら獲物を踏み潰そうと奮わんばかりのタックルをかましていたのだった。

 

 「ああああっ!!っぶねええぇ!!畜生んでこんなに凶暴なんだよっ!?」

 「サシャさん避けい!!」

 「んえ!?っクソ!!」

 

 ピンクの体色に群青色の毛を覆わせた歴戦のアンジャナフはサシャが避けた場所に的確に追撃を加えて地面を抉っていた。尻尾による叩き付けではその振動で小規模のクレーターはでき、力強さ故足下はふらついてしまう。

 その巨体から引き出される凄まじい一撃は、着実に獲物を余る力で蹂躙した。荒ぶる暴力の化身、いざ動けば止まること知らず例えそれが、殺めるべき標的を見失ったとしても気付かず破壊衝動に駆られる。

 しかし怒り狂う破壊者は見落としていた。うねる鎖繋ぎの鋼鉄が如くの扇の急接近に気付かず一撃を許してしまう。

 

 忍び寄る鎖付きの双剣は蛇行を組んでアンジャナフの肉を僅かに削る。些細な傷を作るだけだが間髪入れずに襲い掛かる。

 華奢な舞の中に刻まれる細かな傷にアンジャナフは叫んだ。また迫力のある咆哮ではあったが中断するようにサシャの双剣がアンジャナフの右頬を叩いた。

 いつの間にかアンジャナフは虎の尾を踏んでいた。尻尾と言ってもアイルー程にも満たないような小さきものだろうがそれでも牙を剥けたのは強靭で姿なき狩人であった。繰り出されるは蝶のような鎖付けの舞に血しぶきが踊った。

 

 「ほえぇ~強いなああの子~」

 「見惚れてる場合ちゃうで。ほら、また黄色いのがようさん来よったわ」

 

 華麗な動きに見とれていたシマをアデルが連れ戻すとまた彼らが押さえる細道からはジャグラスが群れを成して波のように襲い掛かる。さらにその奥にはずっしりと構えたドスジャグラスが向かっていた。いよいよ波も本腰を入れたらしい。

 

 「なんやあれ……食えそうやないか?」

 「完全な肉食らしいで。臭くてアカンやろ」

 

 見栄は張っても内心、腹を空かせていた彼らは先ほどからジャグラスを見る度に唾液を溢れさせていたがいよいよ脂肪をのせた上物が来てしまった。肉食性とはまた曲者の食材ではあるが後であの厳つい隻眼アイルーにでも調理を頼んでみるか。

 

 「うーん、大変やないかあ?あれ処理すんのお…」

 「せやかて…放っておけんやろ。サシャさんの邪魔になるわ」

 

 彼らは覚悟を決め手再び得物を握った瞬間だった。奥で何かがぱっと光るとドスジャグラスとジャグラスの首が宙を飛んでいた。シマもアデルも目を丸くする。動揺を隠せないまま彼らは身動きを取ろうとアデルは足を一歩前へ出した瞬間、彼は吹き飛んだ。

 

 シマはその吹き飛ぶのを確かに見届け僅か数秒の事態に対処は遅れてしまった。

 彼女は背後からまるで閃光のような何かに頬を殴られた。受け身を取る暇も、意味すら感じさせない程の高速のブローは彼女の意識を飛ばした。

 シマはそのまま滑りながら吹き飛ばされやっとの事、木に衝突してクッション代わりになって停止すると気を失ったまま倒れてしまう。

 

 「これで全部か……」

 

 黒髪を揺らしながら黒猫はひりついた拳を開いた。単騎で乗り込んだ彼女は猫等ではなく狼の姿であった。軽装に身を包んだ彼女はそのまま前線基地が置かれた場所へ向かおうとした時、横から木々を薙ぎ倒してアンジャナフが目の前に倒れ込んで来た。

 目は閉じて涎を垂らして、息をしていない獣の静けさを黒猫はじっと見守る。

 

 「──────!!」

 

 その静けさの中で黒猫は僅かな鎖の擦れる音に気付き近付いていた鎖付きの剣を跳ね返した。火花の奥に一人の少女が焼き写る。

 

 「モンスターじゃあねぇのに人なんか襲ってんじゃねぇよ……テメー何もんだ?」

 「………─────っ」

 

 質問に答えず、彼女は俯いてクラウチングスタートのような構えを取ると、刹那、黒髪をなびかせながら凄まじい疾風の如く急接近した黒猫は腰から剣を抜くと閃光を走らせたがサシャは一歩の所でかわした。

 しかし直ぐに伸ばした手を地面に着けてそれを軸として黒猫は蹴りを入れた。流石に避けた後に後続の攻撃も避けれる訳もなくサシャは腕で顔面への直撃を防いだがあまりの重さに声が漏れてしまう。

 

 「いっ───つう───んだよこの力ァ…」

 「よく防いだね」

 「ヒリヒリするぜ…馬鹿力女だな」

 「お喋りが好きなのかい?…舌を噛むよ」

 

 お互いに距離を取って、サシャは遠くへ飛ばした鎖を再び引き戻して、それを手短なサイズにするために両方の鎖を片方ずつ腕に巻いたサシャは防御を兼ね備えていた。構えも先程とは違い、振り回すような体を大きく使う型ではなく、両拳を前に突き出して殴り合えるよう自然と黒猫に近い型になっていた。

 サシャは察していたのだ。この女は少なくとも自分以上の力を持っていて、近接戦闘で勝算があるのは知っているところでメイリンくらいしかいないだろう。時間稼ぎもいいがハッキリ言ってこも勝負は勝たなきゃ意味がなかった。この女は何かしら基地に用がある。彼女に深淵へ足を踏み入れられてしまえば情報が漏洩する可能性だってあり得る事だ。もしかしたらロジエの差し金なのかもしれない。だから踏み込ませる事は断じて阻止しなければならないのだ。

 

 一層覚悟が強まったサシャは一歩前に踏み込むと、下から打ち上げるように拳が上がってきた。いつの間に潜り込まれたのか、考える事さえ許さない猛攻が襲ったが不意に顔を逸らして回避に成功するがまた後続の刃を使った攻撃が飛んできた。

 避けきれずサシャは肩に刃を突き立てられる。苦渋の顔が浮かんだサシャを黒猫は殴り、更に殴り、殴って殴り倒した。更には腹を蹴って、髪を掴んで地面に叩き込み、再び顔面へ殴りを入れる。サシャは口や鼻から血を垂らして倒れ込んでしまったがそれでも構わず黒猫は馬乗りになってまで殴り掛かろうとすると突如、背後から発砲音が鳴り響き、鉛玉が黒猫の頬をかすめる。振り替えればアデルが満身創痍の状態で引き金を引いていたのだった。

 

 「…………殴りで済ましてやったのに…よっぽど自殺願望が強いみたいだな…」

 「アホ…!こんな仕事やっとたら勝手に死ねるわ!」

 

 何か反論する箇所がずれている気もするがアデルのお蔭でで注意はサシャから離れた。よってそれ以上の追撃はなかったものの、完全に殺意はアデルに向けられた。囮としては上出来であろうが本来は殺しとくべき対象が生きてる彼にとって囮はもはや単なる事故犠牲に過ぎなかった。

 倒れたサシャに今何の利用価値があるだろうか。未だ気絶しているシマに助けなど求められない。終わったと思った。馬乗りを止めて、此方に向かって足を進める黒猫から放たれる一瞬の介錯で全てが終わると思っていた。

 

 だが、黒猫の顔面に閃光が走った。

 それは頬を強打すると彼女を吹き飛ばしながら現れた。いや復帰した。満身創痍、絶体絶命。どん底からサシャが苦渋を飲んで這い上がって来たのだ。

 

 「アデルさんサンキュー。お蔭で一発ぶち込めたぜ」

 「いやあ…ナイスタイミングや」

 

 鎖絡みの冷たい一撃は男なんぞの拳よりも遥かに重く、また強烈であり、入り所が悪ければ一撃でノックダウンすらあり得るのだが、タフネス黒猫。鼻を押さえてハナジヲ噴き出すと依然、動揺せずに武器を手に取る。

 

 「アデルさん…まだいけるかい?」 

 「アホ…もう闘えませんわ」

 「覚悟……は出来てるな…?狩人共」

 

 サシャが構えを取ろうとした瞬間、思い切り顔面に強打の強い衝撃がほどばしったが何とか堪えて黒猫の顔にやり返すも殴った腕に剣を突き立てられてそのまま蹴りを入れられる。

 

 「あ"あ"っ!?」

 「ちょっ!?大丈夫っすか────あぎゃあっ!?」

 

 少しの余所見が命取りとなりアデルの腹部に投げナイフが三本突き刺さる。

 ギルドナイトのスーツというのは特別製だ。普通の物より丈夫に作られて、防御性も抜群だった。なにせあのナルガクルガの毛を利用して編まれたものだ。人間ごときが刃を突き立てたところで本当は何ともないのだ。しかし黒猫の馬鹿力は頑丈なスーツを貫通して刃を刺した。浅いが量が多い。

 

 一時の間、意識が他所に向けられていたサシャは傷ついた体を踏ん張り、鎖付きの剣を投げつけるが直ぐに察知され見事に腕ごと叩き落とされた。

 

 「~~~っ!!」

 「遅いね」

 

 サシャはその後です動き終わった体を一瞬もの硬直も無しに動ける訳もなく、黒猫の渾身の拳が飛んで顔面に直撃すると地面に打ちのめされる。

 そのまま後頭部を鷲掴みにして何度も打ち付けて数十回を超えたあたりで彼女の顔を拝むと白目を向きながら血だらけになっていた。

 潮時だと彼女を放り捨てて前線基地の方向へ歩き出した黒猫はひりついた頬を擦っていた。サシャに入れられたのはあの一撃だけだったが想像以上に響いていて、口の中で血の味がしていた。痰を吐いた。

 

 「っよ………」

 「……?」

 

 黒猫の片足が前へ出ない。縛られたような実感と金属が打ち付けられ合う音が響く。

 直ぐに察した黒猫は引き剥がすように足を大袈裟に振るうが彼女の脚に絡み付いてる鎖がそれを拒み、思うほど振れずに引き剥がせず、自由を奪っていた。

 彼女は振り返ると手錠の如く、腕に鎖を巻き付けたサシャが立っていた。

 

 「あばよ……クソ女」

 「しまっ────」

 

 サシャは存分に傷付いた体を振り絞って鎖を巻いた腕を振るった。関節が痛々しい音を立てながらも黒猫の脚を縛った鎖がピンと伸びるほど素早く、そして力強さに彼女ごと動かした。

 まるで黒猫は無様に餌に引っ掛かった魚のように釣糸にただ導かれるがままに投げられる。鉄球投げかの如く鎖を離して振り回された黒猫は横になった体勢のまま木に背中を打ち付けられて地面にずるずると滑り落ちた。

 

 「あっ……っが────!!」

 

 血反吐を噴き出して立てない程のダメージを受けてしまった黒猫は直ぐに思考を巡らした。行き着く先はやがて後悔であった。何故、この女を最初に始末しなかったのだろう。数なんぞよりも土壇場で底力を魅せつけたこの女が一番厄介であったのに、選択のミスがこんな所で仇になるとは。

 黒猫は必死に起き上がろうとすると彼女の額とサシャの額が物凄い勢いでぶつかり合ってひびが入ったような激痛に見舞われた。

 

 「うっ!?あ“が!?」

 「っち……イッテーけどよお…テメーにやられたのはこんなもんじゃなかったぜ?覚悟は出来てるよな?」

 

 するとサシャは黒猫の顔を片手で木に押し付けながら鎖を巻いた拳で思い切り右頬を殴った。殴ったのとは反対方向に血しぶきが飛んで彼女の右頬は真っ赤に染め上がる。更に追撃がほど走り、二回、三回と回数を増やしていった。

 

 黒猫はもう限界を迎えようと事切れそうになりかけていた。

 

 「ラスト、一発だ。こいつで終わりにしてやんよ…」

 

 最後の一発と告示した彼女は特別そうに腕を大振りにして今までのどんなのよりも勢い強く拳を振るおうとしたその時だった。突然、背後から随分と音の軽い発砲音が鳴り響き、サシャはゆっくりと倒れていった。

 黒猫はその目の前に撃った犯人の顔を確かに見た。

 

 「何やってるんだい…?メイリン。こいつは仲間じゃないのか?」

 

 メイリンが木製のライフル銃を構えながら立っていた。

 

 「仲間だ。だから麻酔弾を撃った」

 「……まさか敵に借りを作るなんてね」

 「その借りは直ぐに返してもらう」

 「……何をすればいい」

 

 メイリンは彼女に手を差し伸べた。

 

 「俺らに協力しろ」

 

 

 

 

 




読了ありがとうございました。
いやもうホント、土曜日になっちゃいましたね…ごめんなさい。
お詫びの気持ちを込めて文字を多めに入れたんで許して下さい。何でもしますから。
ではまた。
導きの青い星が輝かんことを…


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血濡れ濡れ

 目の前には煙が集っていた。どうしようもなく炭の薫りが鼻を刺していたが、これがどうも嫌なものではない。

 焼ける音がする。ジュー…ジュー…と滴る脂を蒸発させている肉が置かれていた。未だに赤身、まだ食べ頃ではないだろう。

 しかし男は焦ってトングで肉を掴むと鉄板の上でひっくり返した。

 

 「危な!?アカンわ、もう少しで焦げそうやったで!?」

 「くうてひゃからわかりゃひぇん」

 「食うてから喋れ!」

 「腕動かせませーん」

 「僕が食わしたるからじっとしとき!」

 

 アデルは腹部に包帯を厚くなる程巻いてその上にシャツを被さるように着ていた。

 既に黒猫襲来から数時間が経過し、特に基地に被害があった訳でもなく謎のまま真相は消えてしまった為、彼らは休息代わりに昼間狩ったアンジャナフの肉を使って焼き肉をしていたのだった。

 時間帯もすっかり夜中、これでは晩飯というより夜食に近い何かだが寝たっきりで体力を消耗していた三人には丁度良いくらいの食事であった。

 サシャは両腕に板を挟んで包帯で巻いていた。幸いと言うべきか刃が腕を貫き通した事以外は大した重症はなく、その内動かせるようになるらしい。詰まるところそこまで大事ではないと言うことだ。

 

 「マジで、君んらあんま勝手に触らんで下さいよ?」

 「私が狩った肉っすよ!?」

 「腕動かせねーヤツがどうやって焼くんだ!?」

 「ラッキーこの肉貰うで」

 「それは俺んや!」

 

 シマから奪い取った肉をアデルは再び鉄板の上に置いた。まだ生じゃないか、彼はうなじを掻きながら苛立ちを抑えていた。

 

 「ホンマ…君んら…疲れんで…あ、生一杯」

 「んじゃワタシ二杯持ってきてもらっていい?」

 「煙草…咥えれたけど火つけれねぇや…あ」

 

 サシャは自分が禁煙中だった事を思い出して煙草を吐き捨てた。

 口に残る後味の悪さと、心残りが彼女にはあった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「現状報告でもしようか」

 

 メイリンは凹みのある、使い古された鉄製のコップにコーヒーを淹れて湯気が立つ内にミーナに手渡しながら話した。手渡された彼女はどうしようもなく不健康そうで、生気を感じられぬ程、気を落としていた。彼女はあまりにも悲惨な現実を受け止め切れていなっかったのだ。全ての殺意が自分と、その家族に向けられて正気を保てはしなかった。

 

 「もう…諦めません?」

 

 腐った彼女から放たれた言葉にメイリンは目を丸くして自分のコーヒーカップを落としていた。頬に垂れる汗と見るからに彼は動揺していた。

 彼女の発言は、自殺をしたいと言い出しと程近いものであった。だからこそ彼女を生かす努力をしてきたメイリンは、はっきり言って失望してしまった。

 

 「なあ…何言ってんだ…?どれだけ………はあ……もういい。君はそこでじっとしてればいいんだ…後は俺がやるから…もう…何も言わないでくれ」

 

 吐き捨てるようにメイリンはミーナに告げると彼は森の奥へ入っていってしまった。

 彼女には空しい淋しさが残っていた。空っぽである。何もかも奪い取られて玩具のように放置されている気分である。もう生きる意味なんて彼女には無かった。

 皆疲れているのだ。窶れて、混乱して、常識をなくしてしまった。

 

 「は…ハハ…ハハっ…もう…ホントに…」

 

 噛み締めるように唸り声混じりの悲痛を上げる。

 

 「殺してよ………」

 

 ぽつぽつと彼女には雨が降っていた。

 

 「なら私が殺してあげようかお嬢さん」

 「あっ───ヒィッ!?」

 

 上から覗き込む女にミーナは驚いて腰を抜かしてしまった。その女に見覚えがあるのは当たり前の事だった。この女は確かロジエとやり合っていた────

 

 「黒猫……!」

 「名前を覚えていてくれたのかい?嬉しいね。脈アリじゃないか?」

 「何もないわよ……!この人殺しがっ!!」

 「君もこれから人を殺す同業者じゃないか。そんなに牙を立てないで仲良くしようよ」

 「誰がっ!人殺しですってっ!?」

 

 ミーナはギラつく眼光を走らせてコップを投げ捨てては、黒猫の胸ぐらを掴むと勢いに任せて押し倒した。湿気のある森の尾久は落ち葉が妙に濡れていて地肌に触れる気色の悪い感触が残る。

 彼女は荒い息を吐きながら押し倒した黒猫をひたすらに睨んだ。射殺すような、だが冷たいものではなく怒りに狂い自我を失ったような獣の目をしていた。ギリギリと歯ぎしりを、ヒリヒリと手に力を、全ての憎悪を目先の相手へ。

 

 「ひどいじゃないか…汚れてしまったよ」

 「ハァ…ハァ…クソっ!お前…!!」

 

 少女はかっなって拳を振るおうとした時、背後から構えた腕を捻られて悲鳴を上げた。

 

 「あうあっ!?」

 「離せっ…!その手…!」

 「レン…その手を離してあげな…」

 

 レンという少女はベージュの髪を乱れさせながら、また握る手に命令とは逆に力を籠めていた。ミーナも胸ぐらかた手は離さなかった。

 

 「レン。離せ」

 「………………っ」

 

 しかし、黒猫の強い命令に怯んだレンは悔しそうに唇を噛みながら手を離すとゆっくり後ろへ下がってしまった。ミーナもその様子に黒猫自体の敵対心は薄いと悟りゆっくり手を離した。

 

 「ようやく分かってくれたみたいだね。ありがとう」

 「まだ要件を訊いてないわよ…。信用なんて出来ない。私は絶対に人殺しなんて信用しないわ…」

 「要件を聞いてくれるだけでも十分だよ」

 

 黒猫は泥に汚れた体をゆっくり起き上がらせるとしっかりとその夜を呑んだような瞳をミーナの視線に合わせていたのだった。敵意が薄いと知ってはいても未だ悪意が溢れる子供のような瞳であった。何が悪い事なのか、まだ知らないようなそんな不気味な様子を浮かべている。

 

 「自己紹介の必要はないと思ったけどレンの事は教えてあげようか。名前はレン・ジン、遠い国から私と一緒に行動をしてる私の女だよ」

 「…………」

 「無口なのは私だからかしら?」

 「いいや。元々だね」

 

 拗ねた様子のレンの隠れた顔はまるでお人形のように整っており、しかし感情を失った表情と瞳は静かに彼女を物語っていた。彼女もまた、外道を旅する浮浪者なのだ。

 だからこそ、そのような人間に人一倍鼻が利くミーナは既にレンの事を忌み嫌っていたのであった。

 

 鋭い視線の三角形を作り上げていると森の奥からメイリンが帰ってきた。彼はその様子を見るなり目付きを尖らせて邪険に言い放った。

 

 「合流したか」

 「君が呼んだんだろ」

 

 直ぐ様黒猫が言い返す。

 ミーナはにわかに彼女の発言が真実だと認めれなかったが少し言葉を詰まらせたメイリンを見て真相に気付く。だが意図が分からない。

 

 「メイリンさん…どうして…」

 「比較的安全な選択肢を選んだだけだ…何の問題もねぇで作戦を遂行するにはこれしかなかった」

 「その為に仲間まで裏切ってね…ここまでくると私よりひどいんじゃないか───」

 

 黒猫が言い終える前に彼女の喉元には短剣の刃が張り付いていた。音速の勢いで刃を喉元にやったメイリンだが彼の横でレンはヘェビィボウガンを片手で持ち上げて引き金に指を掛けていた。

 

 「二度とテメーより下にするな」

 「気を付けなよメイリン…私の女は時々寸止めを忘れる」

 

 チッと舌を鳴らして短剣を投げ捨てや否や、メイリンは椅子代わりに置かれていた丸太に腰をどっしり降ろした。そして彼は大きくため息をつくと黒猫に訊いた。

 

 「今、いや…アンタがギルドと共に行動していた時期でいいからギルドの作戦を聞かせてくれ。こっちには何の情報のアドバンテージがない」

 

 黒猫は黙り込んだ。そして決心したかのように口を開いた。

 

 「彼女達の作戦は血の悪魔の殲滅だ」

 「血の悪魔だって?」

 

 メイリンは思わず聞き返した。

 

 「何も知らなそうだね。一から教えてあげよう。君達が今何と敵対しているのかを」

 「ギルドじゃないの…?じゃなきゃ誰と相手してるっていうのよ」

 

 黒猫ははっきりと告げた。

 

 「人類…かな」

 「……はぁ?」

 

 聞き間違いを疑ったがそんな筈はなかった。こんな所で聞き間違いなんて愚行を犯す筈がない。ただ、それを疑ったのは未だ他人を信じようとしていたミーナの心であった。彼女に残ったそれは、未練を捨てきれなかった覚悟の甘さ故なのか、それとも願っていたのか。

 けれど現実は何時だって彼女に絶望を贈った。

 

 「酷い昔の話らしいがかつて、歴史上一番古いとされる人の生きる時代の事、史実には竜大戦が実際にあったとされているがそれよりも遥か古の時代の事だ。血の悪魔の誕生は」

 「……お前頭イッてんのか…?急に童話みてーな事語りだして」

 「黙って聞け…………」

 

 レンが圧かけてメイリンを黙らせて、黒猫に話を続けさせた。

 

 「……伝説の古龍が存在する。その龍は龍を始め竜を統べる始祖の龍。だからかつての時代の龍は始まりを崇めたと云われている。まるでその時から宗教のような形式が存在していたんだ。まぁ驚いたよ。龍も信仰する時代があっただなんて」

 「それがどうその血の悪魔ってのに関係するのよ……てかそもそも何よ血の悪魔って」

 

 黒猫はポケットから煙草を取り出して一服するとミーナの質問に答えるように続けた。

 

 「そんな信仰心の強い龍が溢れていた時代、異端の龍が産まれたんだ。ソイツは自らもの事を上位者だと名乗っては自分が信仰されようとし始めた。それは周りからはとても非難されたらしい。上手く言えばその龍は自らが邪教の神様になろうとしたんだ。けど信仰されていたのは始祖の龍であって異端の龍ではなかった」

 

 

 

 

 

 「─────だから彼女は人の子を孕んだ。いや──人そっくりの化け物をね、産んで自らを信仰させたんだ。その化け物たちが今のロジエと同じ穢れ血の一族の正体、血の悪魔だよ」

 「龍が人を孕むって……冗談じみてきたな。本当に童話みたいだ」

 「結局信仰心が強いのはいつの時代でも人らしいね。なんせ群れるんだ、教会や大聖堂まで造って裏切りの異端、ナーバァの赤龍と仮名された古龍を崇めた一つの血の悪魔よって国が出来た」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ────

 

 

 

 

 

 

 「ミコト君は何で人が神様とかを崇めるか分かるかい?」

 「………いえ」

 

 大蟻塚の荒地の段々が酷く、川が通り日夜構わずモンスターが下で彷徨く崖の上、地図にさえ載っていないエリアにフユメ率いる特別隊と、ミコトは駐屯所を佇ませていた。

 二人は緑色の生地を使った迷彩色のテントの中で話し合いをしていた。

 

 「私はね、感謝してるんだと思う。あの頭を下げる行為や尽くす行為は全て祝福を下さった神様への感謝の表れなんだよ───だから」

 

 フユメは冷徹な口調で続けた。

 

 「人以外が信仰するべきじゃないんだよ。獣も、穢れ血も崇めて、触れていい文化でも行為でもないんだ。信仰とはどの時代でも人以外真似ていい行為ではないんだ。もっと神聖的で、輝かしいものではなくてはならないんだ。だから穢れた血で汚してはいけない」

 「………はい」

 

 フユメの首もとにちらりと車輪を形どった銀のネックレスが見えた。仄暗いこのテントの中でも薄く輝いて淡い光を放つ程磨かれて大切にされていた。

 

 「けど見よう見真似で神聖を侵したなりぞこないだった訳だ。そもそも獣に信仰心なんて存在してなどおらず、人の形をした化け物は己が信仰されようと権力を強めて、いつかは五つの五大勢力を作り上げて内戦を起こした」

 

 フユメは説いた。人のなり損ないごときが信仰心を持つことはそれ即ち侮辱であると。穢れ血を血で洗い、聖血を求め権力を作り、欲の槍に溺れた愚かな獣の突き刺すべきだと。かくゆう多くの学徒がこの考えを素晴らしいものだと考えていた。

 

 某有名な学派の古く昔の学長はこう唱えた。

 

 『信仰と知恵は我らにあり。獣とは宇宙を志す我らを拒む夜である』

 

 その学派は首もとに車輪のネックレスをさげているという。それは永遠に廻る人の脳を暗示し、またこの車輪を蛇と言う者もいる。学派は、宇宙から降った隕石から神聖の神秘を見出だしたとされており、初代学長の偉大なるルーゲウス学長は宇宙を崇めた最初の学者として名を残されていた。

 

 彼らは穢れ血を憎んだという。程度の低い信仰を学ばず繰り返し、さながらその姿は滑稽であまりの愚かさに彼らは自らの信仰心が酷く侮辱されていると考えた。多くの名のある学派出身の学者は当時の国王に関与する程の力を持って彼らを危険と唆し、また王もそれを元より危惧しており殲滅の作戦は順調に進んだという。

 

 「昔起こった事が今こうしてまた再現されようとしている。ただ足りないのは穢れ血同士の討ち合い。それすら足りれば私達は確実な勝利が約束される。国王が望んだ完璧なる穢れの殲滅が遂行されるんだ」

 「夢が叶うんだ。ねぇ素晴らしい事だと思わないか?」

 

 ミコトは言葉を失った。まるで狂信的ではないか。神に心を奪われたのでは決してなく、魅せられているのだ。弱い所に噛みついて一時的な快楽と安心を与えて依存させる。まるで禁じられたご法度の薬品のように震えて差し伸べられる手を待っているのだ。

 

 フユメの幾輪もの輪っかが掛かった瞳が真っ黒の中で揺れている。ああ、またこれか。黒い湖に滴を垂らして波紋をたてる。揺れているのだ、彼女は。

 

 彼女は立ち上がり、テントを出て沈み掛けた夕陽を拝みながら両手を広げて告げた。

 

 「さぁ大粛清の夜が来る」

 

 さながらその構えは今から来る夜を迎え討とうとする狩人の姿であった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 アステラでは反感が翻っていた。狩人が狩りを行う事を禁じられ、狩猟地域への道を封鎖されていた。

 ギルドが反感を受け入れはしたがそれへの対処をする事はなかった。彼らは高価なスーツに身につけてただアステラのハンターを管理して手出し出来ぬように監視していたのだ。

 総指令も今の状況を把握出来ずにいるのだ。他の誰にこの事態が掴めたであろうか。今この災厄の中では正常な者こそ異端者であり、狂う人ほど人らしいのだ。

 

 「じいちゃん!おかしいだろ!?何でギルドが狩りに出る事を全面的に禁じたんだ!?今からもう一度アイツらの所に!」

 「やめんか……奴等に何を言っても今は意味がない…」

 「それでも!」

 

 後に退かない調査班リーダーは必死に何度も抗議したが総指令は彼の提案に頷くことはなかった。何も見えぬ中、国にも及ぶ程の連中に何を言っても聞く耳を持たないであろう。深淵とは隔離と未知によって完成する。深淵を歩ける者はまた、ある選ばれた戦士にのみ実感だけの床を歩かせるのだ。

 

 告発すべき真実は全て深淵の底に隠されているのだ。秘密とはとても甘いものなのだ。

 

 「今は休んでおけ……いつか来るその時までな」

 「なんだよ、来る時って」

 

 総指令は少し考えて答えた。

 

 「いや……胸騒ぎだ。ずっと胸騒ぎがしているんだ…」

 

 彼の胸騒ぎだけが荒事を予言した。否、それはもう既に実行されている最中という形で的中していた。きっと彼らに詳細な真実が伝わる事は決してないだろうが最悪は密かに実行されているのだ。

 きっと彼らに伝わるのは深淵の神隠しにあった後の、嘘で成り立つ歴史だけであろう。

 

 醜い戦争も、飢餓も疫病も自然災害もハッキリとした歴史は残らず、薄れて誰かの記憶で名前を持たずまま途方に暮れるのだ。改竄とその繰り返しとはそういう事なのだ。

 

 「サシャも駆り出されてメイリンもフユメもいない。ミーナに限ってはあれ以来姿を見せていないし…ミコモ行方が分からない。きっとアイツらに巻き込まれたんだ」

 

 彼の考察は見当違いの方向に外れていた。巻き込まれた等、フユメにとって都合のいい勘違いではないか。きっと彼女は彼を見るなり心の底で嘲笑いながら見下すのだ。フユメとはそういう女なのだ。

 彼等はフユメの意図せず作った嘘に見事に騙されて無知以下の大馬鹿になってしまったのだ。

 

 嘘は常に見抜けなければならない。

 愚か者は此処で足をつまづいて地獄を拝むのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「だいぶ疲れているように見れるが?休まないのか?」

 「いや、もう休んださ」

 

 日は落ちてすっかり辺りは常闇に包まれて森は夜に隠されていた。ぱちぱち音を響かせる焚き火は白煙を昇らせて今でも燃え続けている。メイリンと黒猫はそれを囲むように席を離して座っていた。

 他の皆は寝静まって静寂が彼らを覆っていた。そんな中、黒猫は空気を濁すような発言に出た。

 

 「お前、もういい歳だろ。ハンター稼業なんて辞めてもう女の子の一人、嫁に取って余生を謳歌したらどうだ?金なんてギルドから直接雇ってもらってるんだ。貯まってるだろ」

 「急にどうしたんだ。……おい止めてくれ何だかこれ以上は危ない気がしてきたぜ……」

 

 黒猫は静かにメイリンの顔を見つめていた。何だか、気まずい雰囲気になってしまったとひしひし感じていた彼はコップに入ったコーヒーを覗き込んだ。じんわりと彼の顔が浮かぶ。

 

 「─────メイリン。彼女を誰かと被せるのは辞めろ」

 「……………ああ、そう…だな。いや、あの子はただ似てるだけだ別に、被せてる訳じゃねぇんだがなぁ…」

 

 痛いところを突かれた。別にそういう訳じゃないと弁解しようにも自分には彼女に未練が無いかと訊かれて無いとは言い切れないが気がしていた。

 メイリンにとってミーナはただ守りたいだけの存在。いやそれが既に彼女と重なっているのかもしれない。過保護とはある種の束縛なのだろうか、彼女を一時的とはいえど縛る事が救いであるとするならば────メイリンは手段を選ばない。

 

 「もう……寝る」

 「そうかい。確かに寝ないと駄目だな、多分日が変わってる」

 

 そう言って二人は同じテントに戻ると直ぐ様に横になって先に寝ていた彼女たちを見習って眠りについた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ミーナだけが違う方向に寝返りをうってそっぽを向いていた。

 




読了ありがとうございました。
ちょっと重大な報告すると二週間投稿にしました。
これからは頻度が下がるかわりに文字数を増やす方向にしました。
ではまた。
導きの青い星が輝かんことを……


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穢れ物語

作者はブラボ好き!


  この書物は、十二代目国王の意思により全てありのままを記して警句として後世へと遺す。二度と、この醜き獣のような過ちと惨劇を繰り返さぬ為に。

 そして全ては穢れ血の根絶と人類の救済を願って───

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 穢れ血は既に人のように繁殖してしまっていた。彼らはいつの間にか人間の真似をする等、何と狡猾で下賎で愚かな事であろうか。ウジ虫が如く湧いて人の形を偽るのは我々への侮辱であろう。

 

 人は内に獣を潜めるという。それは野蛮で何とも狂暴であると聞くが誰もその形など知らぬのだ。

 人はあのような長く、鋭い頑丈な爪をするだろうか。血に渇く牙は、焔さえ防ぐ毛は、何より感情を無くしたあの瞳は存在などしない。

 

 人の内に獣など存在しないのだ。この時代に存在する医療の技術でさえ証明した。人の身体の内の何処にも獣は存在しないと。

 ならば獣とは。それはきっと穢れ血であろう。醜く汚ならしい、爪も牙も毛も無いがあの瞳は確かに物語るのである。

 彼ら、否あの獣共は兎に角血に渇いているのである。

 不格好に涎を垂らしては無感情で血肉を貪りながら吠えるのである。その姿は獣と何が変わろうか。

 

 狩人とは獣を狩るために在る。

 だからこそ諸君よ。我々が行ったこの戦いは狩りである。血に渇いた獣を狩りに酔った狩人が狩る。何とも粋で当たり前な事である。

 

 

 

 だからこそ、諸君。我々は間違いなど犯してはいない。

 血を、恐れたまえ。

 恐れるならば、汝穢れを克するだろう。

 

 穢れを取り払い、それを永遠として克する事が国王の望みであり責務でもあった。これ以上、穢れを病のように蔓延させてはならぬと彼は仰せになった。

 獣とはやはり汚れなのである。澄んでいた空を汚して自然を汚す。何処までも血にまみれてまた、渇くのだ。だからこそ対照である狩人はある種の掃除屋と言えよう。人が汚れを落とすのに何の躊躇いがいるであろうか。

 

 だから我々は掃除屋を作った。

 人を偽る獣を狩る為だけの処刑隊を、我々は送り込んだ。穢れは既に数を増やしていたが、だがそれは穢れを墓穴へと追い込む事であった。

 我々が処刑隊を送り込むより前に血族は互いに血肉を晒し合って憎み合っていた。獣は、己が信仰の的になろうとしていたのだ。

 

 まさに獣風情に似合う醜さではないか。獣たちは三つの勢力に分かれて互いに真似た武器を手にとって殺しあった。だからこそ処刑隊が送り込まれた時には既に穢れの国は衰弱し多くの屍が家を模した何かに棄てられていた。まるで地獄であったが、まだ獣たちが犯してきた罪の重さには到底届いてはいない。

 

 獣を根絶やしにする。我々人類の悲願であり、いずれは成し遂げなければならない。

 

 

 だから汝、獣に大粛清の夜を。

 恐れを知らぬならば自ら内に刃を突き立てろ。

 汝が獣になりきる前に。

 

 さすれば神は汝を救うだろう。

 汝らに救済あれ。共に世を清潔にいたそう。

 獣を恐れ、共に戦い約束された朝焼けの訪れを待とう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 処刑隊を率いた英雄、穢れ祓いのカルディールはこう言った。

 

 「穢れを取り払う事に意味が在るのです。それ以外、善意も悪意も意味のないものは在るべきではないのです。ですから我々には意味が在ります」

 

 カルディールは己が率いる処刑隊を穢れ血が存在する事によって自分達の存在意義が在ると説いた。彼の考えは正に穢れを祓う為に在るようなものだった。我が国が取り入れていた基本的な考えである相思理論(他人の失敗は己の失敗でもあるとする考え)を否定し、新たな独立理論(全てを己の責任とし、評価を改めさせる考え)は我々に新鮮な考え方であった。先端者である彼は穢れ血を根絶やしにするカラクリ武器を造り上げて独自の工房を持った。その多くの処刑隊員が彼の作った量産型のカラクリ武器を持って狩りしたという。

 

 彼が死後遺したカラクリ武器は今でも工房に保管されている。使い果てた血濡れの大車輪も、火薬薫りの散弾銃も、彼の愛用した葬儀の鎌も全てがありのまま残されていた。以後、王家の者以外が工房に入る事を禁じた。

 

 いくら英雄を創る武器とはいえもう既にあれらは血に濡れているのだ。だからこそ国王は工房を地下に隠してその上に教会を建てた。せめてでも、その禍々しい程の深淵を共にして邪気に濡れてしまった武器を元に戻す為に。

 幾らか行方知らずとなったカラクリ武器も既に壊れているか、或いはまた何処かで保管されているのか、兎に角カルディールの作り上げた金色の時代は霞む霧のように消えていったのだ。

 

 その張本人、カルディールは大粛清の狩りの最期──自らの命が短いと知り───命を断っていったという。

 

 そんな、悲しき最期を我々は英雄譚として語り継がなければならないのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「君らに───最期、この言葉を贈ろう。───人をお想いたまえ────さすれば、君に人の温もりがあらん」

 

 「我が同胞に叡知あらん」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「我々は恐れなければならない。獣には理性など持ち合わせんものだ。だからこそ、獣は我らの手で狩らねばならんのだ」

 

 国王は我々に道を示してくれた。どうしようもなく暗い夜の中に導きの月光のように光で血の海に浮かぶ道を見せてくれた。淡い緑色に輝く神秘の道は例え深淵にあろうともそれは常に我々の前に現れて必ずや道を進むべき先を示してくれることだろう。

 

 血を血で拭ってはならぬのだ。我らは狩る者である。血を、狩りで拭わなければならない。かつて処刑隊はそれを己が使命として神にその身を捧げたという。

 処刑隊の最期など真相は誰も知らぬが、神は己に仕えた者に最期まで慈悲を与えた事であろう。

 だからこそ、狩りとは神聖な儀式の行為であって狩人は輪廻転生を繰り返す神々の代行を行うある意味彼らも聖職者に代わらない存在である。

 

 聖職者の務めは罪を犯した者を正しく裁くことにある。故に、処刑隊の務めは獣を捌く事にある。

 穢れ血を率いていた長はかつての忌みものの龍から意味を授かっていた。忌みものの力は正に禁断の代物であり、常識を遥かに逸脱した物であった。

 

 忌みものを授かった獣はそれぞれに信仰する教団を作った。

 

 一つは、言葉を創り獣に要らぬ知恵を恵んだという言圧の穢れ王。

 一つは、色欲を司り血に美を与えたという色欲に溺れた魔女。

 一つは、復讐を望んでその偶像を崇拝したという紛いの神秘。

 そして名もない白紙の戦士。

 

 獣は互いに呪い、怨み、行き着く道は自滅へのものだった。

 

 カルディールの狩りは決して無慈悲なものではなかった。彼の故郷の、古い弔いをなぞらえた狩りをしたらしく、彼の扱う鎌の刃は罪人を裁き償わせる為の処刑の刃だったといわれている。

 彼にとって狩りとは弔い。すなわち彼は昔より輪廻転生の考えを用いた狩りを行っていたのだ。

 

 それはあまりにも英雄に相応しい在り方ではないか。古英雄、カルディールは多くの血を流し、またその多くを正しき道へ導いたという。

 彼は見たというのだ。真っ黒に染まる程の血の中に微かに伸びる、細く脆く淡く輝く糸を見出だしたと。

 後に生まれた新な狩人はこれを「月光の導き糸」と呼び、見たものは狩人を越えた神秘の存在に近づくと云われてきた。

 

 「獣を恐れ、叡知を得よ。さすれば君、上位者とならん」

 

 

 またこれも、古き言い伝えとなった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 狩人へ告ぐ。忌みを嫌い獣を恐れたまえ。

 血など、恐ろしいものなのだ。恐ろしく、恐ろしくそして渇くのだよ。呑めば晴れて獣と変わりない獣だが狩人はいうように聖職者でもある。

 責務と力がある。月光の導きを受け入れたまえ。

 

 未来永劫、獣狩りの風習が途絶えない事を願い、或いは獣が途絶える事を願って我々は息をし続け学びを得るだろう。

 宇宙にこそ最大の神秘が眠り、我々はその一部、月光の導き糸を授かっただけに過ぎないのだ。浮かれることなかれ、上位者に成るには更なる学びと啓蒙が必要なのだ。

 

 殉教者、カルディール老よ。

 我らに学びを月光の導きの糸の教えを、宇宙の神秘を与えたまえ。貴方が見た景色を後世へ語り継ぎ、我々は神秘に見えなければならない。

 

 

 老いた国王は亡くなられる直前、最期に我々へこう告げた。

 

 「かねてより、血を恐れたまえ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




読了ありがとうございました。
いや…一年、経ってましたね…。
お気に入りの数は多分少ないのでしょうが様々な方々は着いてきて下さって色々感慨深いものがあります…。
ファンアートも昔に貰ったりして、本当に感謝しております。
これからも精一杯頑張って行こうと思います。
 ではまた
 導きの青い星が輝かんことを…


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夢と夢とやっぱ夢

 此処に居ると季節感が薄れていっている、と黒猫はコーヒーカップを片手にぼんやりと考えいた。ふわふわと昇る湯気がうっすらと彼女の顔を靄が掛かるように隠していた。

 まだ夜は明けたばかりの空はほんのり青を足した白色に染まっていて少し肌寒い程度の気温はカップ越しにコーヒーの温もりを感じるには丁度いいくらいだった。

 

 まだミーナもレンもテントの中でまだ寝静まっている。今聞こえる音は優しい風が落ち葉を少量運ぶ音と、コーヒーを飲みやすいように息を吹き掛ける彼女の吐息の音だけだ。朝の静けさと呼びたいものだが嵐の静けさであろうか、小鳥達が鳴きながら二回り程の頭上を通って行った頃には連れて周りも騒がしくなってくる。

 

 ずずっとコーヒーを啜って身体の芯が暖まったのを感じるとふと背後に気配を感じた。

 

 「朝早いんだな。いつ頃から起きてた?こんなコーヒーまで作って」

 

 いつの間にか背後に立っていたメイリンに黒猫は何だ、と少し落胆して彼の質問に返した。

 

 「いや、つい先程だよ。それにしてもこのコーヒー豆が良いのか美味しいな…」

 「それはフユメさんの好きな品種だ。あんたなんきゃに使うにゃ上等過ぎる豆だよ」

 

 すると黒猫はうえと舌を出して嫌そうな顔をした。

 

 「あの女の好きな豆かよ……」

 「しまえよ汚ねー……」

 

 余程気に食わないのか含んだ状態で開けた彼女の口からはコーヒーが垂れている。よくも熱い内にそんなにも含んだもんだと変な方向に感心していたがやはり汚い。

 

 「……別の豆はないのかい?」

 「クソ女原産地でも行ってろ」

 

 勿体無い、と内心叫びながらメイリンは空のカップを掴むとまだ温もりのあるポッドから残ったコーヒーを注ぎ込んだ。白い湯気が昇る程ではないが仄かに暖かさを感じられるそれは時間の経過を実感させられた。

 

 まだ肌寒い朝にコーヒーは染みた。

 メイリンは今まで起こった全ての事を忘れて温かくなった息をホッと吹いた。こんなにも平和だといのについ昨日ぐらいまでは酷く銃声がしていたのだ。

 この聖域とも呼べるセーフゾーンを出てしまえばかつては穢れ血と恐れられた渇きものが牙を剥き、それを狩る者達が見境なく殺しに掛かってくるかもしれない。

 聖域とは呼ぶが、言ってみれば彼らの目の敵である忌みものを寄せ集めたような禁足地に変わりない。

 地獄とは、それだけで地獄なのだ。

 

 メイリンの心には迷いがあった。今、このままサシャを上手い事誘導させて船を出させ黒猫に陽動から最後の護衛まで任す作戦に何の狂いもないのだ。だが、少なくともフユメはミーナを一人の穢れ血として殺したがっている事を知ってしまった。頭痛を惹き起こす程の苦悩に呑み込まれどうにかなってしまいそうだが深く落ち着いて考えた。

 自分にとってどっちがより大切か、そして利益の有ることか。下唇が充血する程噛み締めて考えた。考えに考えて考え続けた。

 

 「───。───い。───おい」

 「……っ!」

 

 没頭し過ぎたか黒猫に声を掛けられるまで彼は斜めに向けて垂れ流し続けたコーヒーに気が付かなかった。さっき自分から注意したばかりなのにと己の不甲斐なさに反省した。

 

 「何をそんなに考えてる」

 「……こうも色んな目に遭うと何が正しい行いなのかワカんねぇだよ……ずっと悩まされる。はっきり…もう魘されたくないんだ」

 

 彼の真っ赤に膨れ上がった下唇は小刻みに震える。

 その様子を見て黒猫は少しばかり呆れながら彼に助言した。

 

 「なら難しい事は考えるな。ずっと先後悔するかどうかなんて分からんだろう。だから、なるべく嫌じゃない道を選ぶんだな」

 

 何とも自由に歩き回ってきた彼女らしい助言ではなかろうか。放浪者にこそ、自由で責任の無い言葉が似合うのだ。

 だがまあ、メイリンは彼女のそういう所に救われた。何だか気が軽くなったような感触が得られた。

 

 「あぁ……まぁ確かにな……テメェに助言されるなんてな……けど楽になったよ。あんがとよ」

 「まさか私もお前に助言するなんて思ってもみなかったさ」

 

 互いに棘のある言葉を交わしたが彼は確かな信用を彼女に置いていた。

 

 「ミーナを助けるんだろうメイリン。努力は惜しまない方がいい」

 「そうだよな……今度は俺が助ける番なんだよな……」

 

 小さな種火に燃え盛る焔がくべられた。まるで粒子状の意志が、くっきりと見える程の形を保って体現したような感じだった。

 メイリンには明白な、やるべき事があった。

 

 「守りたいもんを守るんだ。例え俺が代わりに死んでもな」

 「せめてその篝火が消えないように願っとくよ」

 

 篝火は燃え盛る。

 強い意志であった。もう誰に止める事は出来ないだろうそれは心強かった。己が内にあるものだとしても行動に移すには強い意志と賛同者が必要である。意志が無いものは挫け、また賛同者の無いものは途中で折れてしまう。

 

 篝火とはいうが、鯔のつまり火というのは強い意志であり、それは持つ枝こそ真、強き者である。

 

 「それとだ…どうするんだ?相手は癪だが……フユメが仕切ってる部隊だ。行き当たりばったりで何とかなる相手じゃない筈だ。お前の事だ、策はあるんだろう?」

 「サシャちゃんに船を手配するように頼んだ。俺らが脱出経路までミーナを運ぶ。其処まで行けばお前達も船に乗せて出てもらう」

 

 腑に落ちない黒猫は問い掛けた。

 

 「船を出すって…調達出来たって操縦が問題だろう?」

 「付き添いが居るらしい。何でも、サシャちゃんと親しい仲だったそうだから信用は出来る筈だ」

 

 あんたが裏切らなければな、とからかって自嘲するメイリン。

 

 しかし、黒猫は決して笑わなかった。

 ──どうやら彼女にとってつまらない冗談だったらしい。

 

 「悪い冗談だが──笑ってくれないか?」

 「笑えん」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ミーナは夢を見ていた。

 

 まるで底の見えぬ深淵への落とし穴に落ちている浮遊感に魘されて暗闇を彷徨いていた。途方に暮れて、道標の無い此処は今彼女が置かれている状況を抽象的に写し出していた。

 

 眠っても悪夢、醒めても悪夢とは何とも酷い話ではないか。

 

 何処からかヒゥーヒゥーと風の音が響いた。

 

 出口が在るのだろうか?だとしたら光が一筋でもある筈だ。

 

 ミーナは導かれるように歩きだした。

 

 

 あれ……なんだか……

 

 「──懐かしい匂い……」

 

 

 

 

 ふと、目を醒ます。

 眩い光が辺りを照らして広い広い青い海が浮かんでいた。あぁ、あれは空なのか。

 

 此処は現実なのか。いや、そんな筈はない。確かに彼女はテントの中で眠りに浸かっていた筈だ。ならば此処も夢と言うのか。

 

 夢に醒めるのは初めてのことだった。

 

 何故だか手足の自由が効かず鈍った体であった。長い髪の感触も感じられず、禿げてるように後頭部から布が肌に触れていた。

 

 視界はやや狭い。しかし、そんな世界に写り込む肉付きの悪い、指が伸びきっていない赤ん坊の手が見える。

 

 

 

 ───私は赤ん坊になった夢を見ているのか?

 

 

 陽光が眩しく照らす籠の中の赤ん坊はぎょっと青空を眺めていた。悪夢ではない。晴れたごく普通の日常を見ているというのか。

 

 まるで夢だった。いや、夢なのは間違えないが言うならば天国を游ぐ回游魚にでも生まれ変わった気分だ。今まであった憎悪や不安がさっぱり消えていた。

 

 そんな折、彼女の籠は大きく揺らされた。それはあまりにも自然で意図的にとは思えない程に荒々しい酷いものであった。

 

 ──つい夢心地の世界で発狂しそうになる。

 

 支え手に何かあったのか、しかし今の彼女では状況を確認しようともそんな事さえ儘ならない体だ。

 何とも不便な赤ん坊の体だ。

 

 「私の可愛い児よ……どうか行き長らえて……」

 

 その時だった。ミーナの頭の中に理解し難い神秘的かつ脳を抉るような特別な衝動が過り、またそれを瞬時に理解出来た。

 

 何だこの懐かしさは、初めての女の声は到底聞き慣れたものではない。すすり泣き、今にでも消えそうなくらい掠れた弱々しい声だったがそれは脳内に直接響いたのだった。

 

 まさしく聴覚的な閃光だったと言えよう。

 

 何かをくすぶっていたそれは、まさしく長いことミーナに欠けていたものだった。久しいものと言うには最初から無かったと言う方が適切であろう。

 

 それは、彼女の母親なのだろう。

 

 彼女には、歴史上、確かに存在したかどうかさえ曖昧な半ば幻に近いものだった。幻獣、キリンという古い龍が確かな存在かどうかとされるようにまた、彼女も霧だった。

 

 そんな彼女が今、微かに声を放って、居るのだ。

 幻だろうと夢だろうと本当に居るのだ。

 

 ふと、赤ん坊の視界に写る母は実に奇妙な格好をしていた。

 

 全身を覆う程の黒装束にフードを深く被り込んで目元を血が滲んだ包帯で隠す。しかし、首に掛かった宝石のネックレスは際立って自らの高貴さを醸し出していた。

 

 母は、覚束ない小刻みに震えた手で優しく赤ん坊を入れた籠を地面に置いた。

 

 手の甲は赤く染まって、火にでも炙られたかのように見るに堪えない有り様だった。

 

 「どうか…あぁ、どうか愛しの我が児よ……貴女だけは…」

 

 掠れた声で嘆き、母は膝を着いて祈り(・・)の姿勢をとっていた。母はもしかしたら昔、或いは現在に存在する、何処かの宗教団体の一員だったのだろう。

 

 そう考えれば奇妙な格好にも理由がつく。

 

 そんな所に母の背後から二人組の男女が現れた。顔は見えないが女は木製の、キィキィ軋む車椅子に乗って男は古びれた曲刀を手にしていた。

 

 ミーナに悪寒が走る。もう囲まれてしまっている母は逃げ出せない。しかも彼女はまだ手を組んでその姿勢を保っていた。

 

 けれど、それを保ちながらも母は声を放った。

 

 「私を…殺すのですね?その曲刀で首を切り落とし、その散弾銃で胸に穴を空けるのでしょう?」

 

 彼女は、驚く程冷静だった。振り返って二人組を見つめる目も──そもそもその包帯の奥にあるかも分からない──吹雪のように冷たいのだろう。

 

 母は、袖口から剣を落とした。やけに重厚な短剣だったが、それは次の瞬間に変化を魅せた。

 

 

 美しい、滑かな変形を遂げて柄は細長く、鎌状に片方を伸ばしたそれは古いカラクリ武器(・・・・・・・・)だった。

 

 今の彼女はさながら、童話に出てくる黒装束に身を包んだ死神だろうか。

 

 「お()きなさい。神の落とし児よ……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 彼女は激しい戦闘の末──殺されてしまった。

 あの金髪の、若い男に殺されてしまったのだ!

 

 ミーナは憤怒と憎悪に燃えていた。

 

 今、憎むべき相手が手の届く距離に居るというのに手の出せないもどかしさは鳥肌が立って目玉が転げ落ちそうになるほどに(そう錯覚すほど)頭の中は二人組の事だけが残り、それ以外は漠然としていた。

 

 「この子供はどうする……きっと、この女の子だ」

 「標的は彼女だけ。きっと───にも知られてはいない筈よ。私達で───」

 

 またもやミーナに悪寒が走る。

 

 

 なんだこの匂いは。違うだろ。

 

 否定する。

 脳で否定する。

 

 しかし、彼女の嗅覚、直感がそうだと言う。

 

 この匂いは────

 

 

 

 

 辺りは彼女達を隠すようにひまわりが咲いていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 古い、言い伝えでは円は人の尽きぬ智恵の循環を指した象徴であると。

 

 だからルーゲウス学長は車輪の形を特に好んだ。

 それを、親愛なる家族とする、彼らに首飾りとして渡したのだった。

 

 教え子の学徒達を子供として、彼は愛したという。

 

 

 今でこそ、銀の車輪の首飾りはルーゲウス学長を筆頭とした「家族」を示す証なのである。

 

 そんな折、ルーゲウス学長はある工房に依頼したという。

 

 彼は欲したのだ。自らの手に輪廻の車輪を。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 神秘の車輪。

 

 古い学派、星輪の学長ルーゲウスが工房に作らせたと言う異端の「カラクリ武器」。

 

 現在では大剣のように扱われる異端。車輪の秘匿を破る事で神秘が開放されると言う。

 

 かつてルーゲウスは聞いたと言う。星空の「嘆き」を。

 宇宙に、何も在ろう筈も、無いだろうに。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 フユメははち切れんばかりに腕を振るうっていた。

 

 その手には身の丈より一回り程小さい、大車輪を握って振り回していた。

 

 相対するは複雑に入り組んだ地形から顔を出すアンジャナフ。

 

 もう何度獣を葬った事か、フユメは滲み出る汗を拭いながらも、強く、足元に転がる死体の山を踏みしめて立ち向かった。

 

 ギトギトと滴る大車輪はまるで飢えているようにギィコ……ギィコ……と内臓された神秘(・・)鳴らす。

 

 頭蓋骨を擂り潰したその外見は、いや古くから凹凸が激しくなっていたのだろうが今や特別な金属で出来たそれは最早、車輪の常軌を逸脱した何かに変わり果てていたのだろう。

 

 ぎりっと噛み締めて彼女は目先の出っ鼻に向けて大車輪を振りかざした。

 

 辺りに凄まじい、形容し難い音が響く。

 

 

 「あんな強いんや…フユメさん…」

 「フユメさんは元々、大の一対一(タイマン)好きの人だったんだ。言ってみりゃ、今まで通りだ」

 

 フユメの率いた部隊は突如訪れたモンスター達の大襲撃に見舞われていた。

 

 非常事態に即座に対応していた特集部隊だったが、そんな中でも猛威を振るうっていたのはフユメだった。

 異形を振り回して、寄せ付くものを薙ぎ払って車輪の錆に変えてきた。

 

 しかし、未だ彼女は奥で唸る神秘を開放しはしなかった。

 出し惜しみではない。

 

 ただ、純粋に足りないのだ。

 アンジャナフや転がっている元モンスター共の力では神秘を解き放つ必要など無かっただけなのだ。

 

 

 だが────

 

 「随分……派手だなぁ、フユメ」

 

 憎みべき穢れが姿を現した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




読了ありがとうございました。
よければお気に入り登録や評価の方もよろしくお願いします。
 
ではまた
導きの青い星が輝かんことを…


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星に最も近い

星輪隊の白装束

 雪のように白く染めた鎧の如き装束。
 
 嘗ての処刑隊を真似たそれは何よりも潔白と、
 その純情さを示したのだろう。

 だが、忘れてはいないだろうか
 白は色を薄めると同時に穢されてしまうものだ。


 フユメの部隊は星輪隊と呼ばれるらしい。

 

 ミコトは竜車に揺らされながら彼女のそんな話を思い出していた。

 

 古い話───おとぎ話にしては些かショッキング過ぎる──を聞かされてから、彼は世界が変わってしまったように思えたのだ。

 

 自分の存在が煙のようにふわふわした形容になって、自分の中で確かに形を掴めるのは歴史上に存在したというパスポートを持った歴史だけだった。

 

 けれど歴史など所詮、伝わった程度のものでしかないと彼は知ったのだ。事実を無かった事にして嘘を上書きする事など、何と雑作のない事か。

 

 ミコトは、明らかに肩を落としていた。

 彼は実に簡単な世界だと思っていた。この世界にはモンスターが存在して、人も生きて、互いに対立し合う。

 

 だが、自分のようなライダーという変わった者も居て、協力し合える素晴らしい世界だと何時からか錯覚していた。

 

 どうも青二才、虚偽の上に立つ事に恐れを抱く。

 

 何故だか不意に、自分という形が無くなったように思えて止まないのだ。

 

 

 「こんなガキを殺したいなんて、穢れ血も何がしたいのかよくわかんねぇな」

 「こらアストラ。私語は慎みなさい。今は任務中ですよ。いつ襲撃に遭うか分かりません」

 

 そんな彼の前の席には二人組の男女がいた。

 

 何とも奇妙な格好である。

 彼らの被る鉄の兜は所々、錆び付いているというのに胴体を守る、金属の鎧に匹敵しそうなほど分厚く重厚のある白生地の装束には汚れはなかった。

 

 そして星輪隊である彼らも、フユメ同様、車輪の首飾りを誇らしげにぶら下げていた。

 

 何が誇らしいのかミコトにはよく分からなかったが、はやり誰かに認めてもらえてることを喜べたのだろう。

 

 だが、飾りに堕ちた喜びなど、得たくないものである。

 

 「………何処へ向かってるんですか」

 「おっ、喋った」

 

 男────口調や声、体格からして想定した────アストラはミコトに反応を示した。

 

 だがそれは対等なものとは思えなかった。

 護衛対象。そう言われたが実際はロジエを誘き寄せる餌に過ぎないのだろう。 

 

 ミコトは彼らを軽蔑の目で睨み付けた。

 

 打ち付けられるように揺れ動く車内で、手足を枷で高速された彼は、ひたすらに無力であった。

 

 「作戦の最終確認を済ませましょう。このまま洞窟に設置した基地へ彼を輸送します。この大襲撃、明らか何かがおかしいですが…穢れ血の王もこの期に乗じて攻め込んで来る可能性が高いです。ですから我々が護衛を───」

 

 女であろう星輪隊が何かを言い掛けたその時だった。

 

 竜車は嵐に巻き込まれたかのように激しく揺さぶられ、上品に飾り付けられた装飾も分厚い窓ガラスも粉々に砕かれて大きく転倒した。

 

 ミコトは、こじ開けられた───衝撃に曝されて大破した元々ドアであったもの───から外へ投げ出された。

 

 荒々しい岩肌に彼の細身は打ち付けられる。骨の髄まで響き渡る振動と激しい痛みが同時に彼を襲った。

 

 何が起きたのか、あまりにも一瞬の出来事過ぎて理解など追いつかなかった。

 

 砂塵の中、倒れる彼はその奥に蠢く何かを捉えた。

 

 きっとこの襲撃の犯人なのだろうが逃げようにも足に付けられた枷が邪魔をする。

 

 どうしたものか、あまりにも無力で絶体絶命ではないか。

 

 ミコトはまたもや打ち付けられた。

 哀愁なんて、砂塵に呑み込まれて無くなってしまっただろうが、彼は死んだ表情をそのまま変えず心の中で笑い尽くした。

 

 なんて!なんて呆気ない事だろうか!

 

 死とは実に一瞬で不意に訪れる。

 階段から足を踏み外すように誰にも予想出来ずあた回避することも不可能に近いものだ。

 

 枷が、邪魔をする。意志が、既に未来を見失っていた。

 

 だが、深淵でこそなければ、一筋でも光は存在したのだ。

 

 彼のその気付きは天恵的であった。

 自分の足を見るなり、先の衝撃で枷が壊れかけていたのだ。

 

 奇跡への糸口は、確かに手の届く所にあったのだ。

 

 気付きを得た彼は直ぐ様転がる岩を手に取れば、枷に向かって思い切り振りかざした。

 

 激しい金属音と共に枷は見事に大破して、勢い余って足首まで打ち付けてしまう。強力な電気を浴びたかのように痛みはやってくる。

 

 「────っ!!ああ!」

 

 唸り声に涙混じる。

 

 だがこれで活路を得た。

 まさしく死中に活である。

 

 手の枷は外せてはいないものの、彼は何かを振りほどくようにして逃げ出した。

 

 最後に砂塵奥に見えたのは、確かに───

 

 「ディアブロス……!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 星の大車輪

 

 古き殉教者、カルディールが遺した

 「カラクリ武器」。

 

 ルーゲウスとは、また別の流れを生んだ

 それは、奥底に神秘を宿らせなかったという。

 

 だが、その大車輪は実に素晴らしい

 音を奏でたという。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 星輪隊のアストラは無鉄砲に車輪を振り回した。

 

 ギコォ…と車輪は音を鳴らして微かに回転しながらその恐るべき巨体に激突する。

 

 幾度たる攻撃の間を抜けて叩き込むが分厚い甲殻に阻まれて大したものは期待出来なかった。

 

 アストラは怯んでしまう。

 目の前に立ち塞がる強大過ぎるディアブロスに立ち竦みを起こしていた。

 

 「クソ…!効いてるのか?おい!アシュリー!」

 「続けて!頭部を狙えれば目眩を起こせる筈!」

 

 アシュリーという女はアストラが注意を引いている間にディアブロスの真下に滑り込んだ。

 

 その時、アシュリーはディアブロスの異変さに気付いた。

 

 明らか、この個体は常軌を逸脱した巨体であり、角に纏った黄色の結晶は見覚えがない。

 

 ならばこいつが───

 

 「アストラ!こいつ、報告書のディアブロスです!」

 「まずい事態だな…あのガキもいねぇ…逃げやがって!」

 

 交戦状態にある二人は二つ、失態を犯していた。

 

 一つは、この混乱に乗じてミコトにまんまと逃げられてしまったこと。

 

 そしてもう一つは────

 

 

 

 

 『■■■■■■■■■■■■!!』

 

 時空間も歪みそうな程の轟きが砂を巻き上げた。

 

 彼らでは、明らかな実力不足だった。

 

 きっとこれに打ち勝てるのは彼らの知れる所ではフユメがいい勝負になる程だ。相手していい悪魔ではない。

 

 「アストら──────っ」

 

 一瞬だった。

 

 兜の中で、頬から汗の一滴が垂れるのを実感したのとほぼ同じにアストラの前で鏖殺が行われた。

 

 肉塊が宙を飛んでいた。鮮やかに赤い飛沫が雨のように降り注いで、遅れたのか、今さら轟音と強烈な風圧がアストラを襲った。

 

 『死ぬときは一瞬です。家族の誉れを称えなさい』

 

 真っ二つに散った彼女の兜は粉々に、昔靡かせていた美しい銀の髪を露にしていた。

 

 アストラは息を飲んだ。

 

 彼女は、あのディアブロスの逞しい角による薙ぎ払いで真っ二つに切断されていた。

 

 

 

 彼女の瞳は虚ろ。最期に何を見たのだろうか。

 

 アストラは心を失ったように覚束ない足取りに、小刻みに震えながら死体に近づいた。

 

 「…………っ」

 

 アストラは大きく車輪を掲げた。ぎらりと光が差し込む。

 

 『ギギャアアアアアアアッッッ!?』

 

 死体を捻り潰して、車輪は実に良い声で鳴いた。

 怨念だろうか、果たしてそんな非科学的な事があるのだろうか……しかし、それは確かに呻いたものだ。

 

 「家族よ、私を愛せ」

 

 車輪は、垂らすべきものを垂らしてはいなかった。

 

 大量に浴びた血飛沫を何処へやったのだろう。

 

 『ヴヴヴブブブゥゥァァ!!』

 

 獣のように呻くものだ。

 

 確かな獣性は、ドブのように汚ならしい血を吸い込んでは糧とする。禍々しささえ覚える大車輪は嘗て穢れを取り払えたのだろうか。

 

 恐るべき大車輪の異質はまさに「穢れを無くす」という事だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 『穢れは───私たちの内にもあるのです。ですから寛容さが必要だったのです。─────宇宙は、広いのでしょう?』

 

 

 

 

 

 

 穢れが本性を現した。

 

 消えた訳でもない、ただひたすらに溜め込まれた醜い穢れが呻いたのだ。時だけが流れて、憎悪だけに埋め尽くされたのだろうそれは、武器呼べる代物ではなかった。

 

 『ア〝ア〝ア〝アアァァァ……』

 『ギャアアアアィィィィィ!?』

 『ヒャイイイイィィィィー!?』

 

 無数の悲鳴が忘れ去られた過去の中で蠢いた。一体、幾人の魂があの車輪を気取った牢獄に囚われているのだろうか。

 

 そんな悲惨な事実とは裏腹にアストラは車輪が重くなったのを確かに実感していた。

 

 血を吸って本性を現すなど何と獣めかしい物であるだろうか。だが、カルディールは確かに見出だしていたものだ。

 

 唯一、穢れを取り払う手段を獣道の中で得ていたものだ。

 

 ルーゲウスとは道を違えたとしても本質は変わらないのだ。

 

 血の活路を得て、鬼に金棒のそれをアストラは必死に振るった。妖艶と共に音を奏でさせた大車輪はディアブロスに触れると凄まじい威力を誇った。

 

 あれほど有無を言わせなかったディアブロスの甲殻が、陶器のように砕けたのだ。

 

 素晴らしい血を纏う乱舞は人の狂気を保てたものではない。

 

 長時間、穢れに曝されれば人を保てなくなる。力を得る代わりの代償といった所だろうか、まさしく禁忌そのものであろう。

 

 だが、星輪隊は恐れぬものだ。獣に等しい愚かさを克して賢者となる。 

 

 「うらあっ!!」

 

 全身を使った大車輪のフルスイングがディアブロスの頭部に命中する。衝撃波が、彼の装束を煽った、腕に痺れが回るほどの一撃は一番いい場所にめり込んだのだ。

 

 「どうだぁ!?」

 

 更に、勢いに身を任せて体重を掛けて押し潰しに掛かる。

 

 流れが来た──アストラはそう直感していた。

 

 だが、彼は何かが宙を舞うのを見て驚愕した。

 

 「あっ!?ギャィアアア!?」

 

 断面から溢れ出る血。

 舞ったのは彼の右腕だった。

 

 

 狼狽える彼に追い討ちを、ディアブロスは畳み掛けた。

 

 「ぶっ─────」

 

 その時には、もう上半身がくっついてはいなかった。

 

 

 倒れるのは下半身だけ。ミコトを護衛していた星輪隊はディアブロスの襲撃に遭い、たった今全滅したのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「まさか……ここまで手痛くやられるなんてね……」

 

 フユメは、車輪を突いて岩壁にもたれていた。

 

 所々に散っていった家族たちが転がっている。大抵の者が上半身と下半身を分けられて倒れている。

 

 「側近の子たち以外は……クソロジエめ……殺してやる…」

 

 フユメはくしゃくしゃに打ち捨てられた煙草を拾い上げて一服始めた。

 

 火はランタンが倒れて薪にしようと集めていた枝に燃え移って困りはしなかった。

 

 「皆……いるかい?」

 「フユメさん大丈夫ですか?」

 「あちゃー……みーんなやられちゃってるよ……」

 「ひっでぇなぁ!?ロジエの野郎はまだ殺せてないんすよねぇ!?」

 「手痛いねェ~これを一人でェ?」

 

 フユメの呼び掛けで集まった側近たちは次々に命を下された。

 

 「フーカは本部と連絡を、レデイは生存者の確認と救護を、アナベラとユーべべは私に着いてきて……ゲルバは?」

 「ゲルバはぁ逃げたモンスター追ってどっか行っちゃいましたぁ!」

 

 少し窶れた表情を見せた彼女は「彼は追跡を任せるとしようか」と何処か腑に落ちない様子で、致し方なく本人に聞こえる訳もないのに人知れず命を下した。

 

 「いい皆?私たちは今から穢れを取り払う。互いに死んでしまうかもしれない。だから、家族に月の導きがあらんことを」

 

 

 嘗ての星輪隊には上位の派閥があったという。

 月の狩人。隊長であったカルディールを含めたごく一部の側近たちがそれに所属していたという。

 

 今はもうその名残しか残ってはいないが彼らが誓いに月を用いたのはただの真似事なのか、或いは本当にカルディール老のように導きを見たというのか。

 

 見たというのならば────また囚われてしまったのだろう。

 

 きっと夜に何の意味もない意味を見出だすのだろう。

 

 「ミーナはちゃんと接触してるんだろうね?期待はしてるんだ。アナベラ、ユーべべ行こうか」

 「シッシッシ!反撃だねぇ!?」

 「んぅ~頑張りますかねぇ~」

 

 三人が先導する。

 

 「行きますかっ」

 「そうだな…」

 

 その後ろに二人が後を追う。

 

 月光の狩人たちが、遂に動きをみせた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「ねぇ……黒猫、何処まで歩くのよ?」

 「海岸だ…夜になるまでには着くぞ。暮れてからじゃ、あのスーツ着込んだ真っ黒野郎たちを確認しずらいからな…早めに着いて身を隠そう」

 

 じゃりじゃりの、舗装された形跡の一つもない獣道を歩きながら先導する黒猫は指を指した。

 

 すっかり夕焼けは朧気に揺れているが休まずに歩き続けること数刻、やっとのこさ海岸が広がる場所まで辿り着いていた。

 

 しかし、歩みを進めてみれば砂浜───船を停めれる場所───までは激しい高低差があり、まるで崖に立っているような高さがあった。

 

 「こりゃあ…高すぎるな。迂回しよう迂回。こんなン飛び降りようとでもしたら即死だろうよ」

 

 下を覗くメイリンは吹き上げる風に煽られていた。

 

 目的地は確かに目の前だというのに、そこにはあまりにも大きな壁が、いや壁を登ったはいいが降りる手段を持ち合わせてはいなかった。

 

 夕陽は今にでも深海へ堕ちそうだった

 

 「時間は無いな。暗くなってしまえば森は危険だ。此処を降りよう。私が先に降りる。ロープを持ってるんだ、役に立つだろう」

 

 何故か焦っているような素振りを見せる黒猫はアイテムポーチから麻のロープを取り出しては背後の丈夫そうな木に巻き付けて崖の先端に立った。

 

 「別に無理しなくてもいいのよ?……ほら危ないし…こういうのって何かあってからじゃ遅いのよ?」

 「これぐらいいつも登り降りしてる。直ぐに降りれるようにするさ」

 

 そう言い残して黒猫は念を押すように縄がほどけない事を確認すると、腰に巻いて命綱を作った。

 

 そして、仄暗くなってきた景色と同化して消えるように黒猫は姿を眩ました。

 

 ミーナたちは直ぐに崖を覗くもずるずると降ろされて行く縄が暗闇に消えていくのを確認出来るのが最後、黒猫の姿は見えない。

 

 「行っちゃった…けど縄が引かれて行くって事は降りてれるのかしら…随分無茶するものね」

 「あぁ…だが、アイツがやってくれてるお陰で少し休めそうじゃねぇかぁ?」

 「クソメイリンの苦労知らずめ……」

 「あんだぁとぉ!?レン!この女ぁ!」

 

 ミーナは日が沈んだ海の向こうを眺める。

 

 もうすぐサシャの作戦でこの大陸を出る。けれど向こうに行った後の生活をまったく想像する事ができないのだ。

 

 実感が湧かない──と言うのだろうか。彼女の漠然とした感情は虚ろに近しいものだった。

 

 騒がしい後ろの喧嘩を見る事ができるのは、もう最後なのではないか。現大陸に着いてしまえばギルドから身を隠す隠居生活を強いられる。

 

 果たしてそれが幸せと呼べるほどの代物なのか、深く考えさせられたが決して不満を口に出す事は無かった。あまり迂闊に口に出すことは賢い行いではない。

 

 ミーナはちらりとメイリンを横目に見る。警戒の眼差し───つまりは何かに恐れているのだ。

 

 彼女は──如何せん子供のような訳だがメイリンに怒られる事が怖いのだ。

 

 それに、彼女は何よりも一人になることを恐れたに違いない。

 

 ミーナはただ、日が落ちて不気味なほどに静寂の白色に染まりきった黒の海を見ながら立ち尽くしていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 一体どのくらい降りてきただろうか。黒猫は命綱を頼りに絶壁を滑るようにしながら進んでいた。

 

 時折吹き荒れる、強い潮風が彼女と命綱を大きく煽り、ぐらんと揺らすのでその度に振りはなされないか肝を冷やしていた。

 

 「危ないなっ。もう少しで離しそうだ……」

 

 黒猫はかいた冷や汗も拭う暇も無く、やむやむ休める事もせずに靴底を滑らした。

 

 そんな最中、偶然滑らした岩肌から小さな石ころが転げ落ちた。うっかり、足場を崩してしまったかと戦慄したがしかし転げ落ちた石ころは真っ暗な闇へと消えていった。

 

 黒猫がそんな石ころの行く末を静かに見守っている中、黒猫は確かなそれを見逃しはしなかった。

 

 

 ────コツン。

 

 確かに、真下で小さな音が聞こえた。

 

 まさかもう地面は直ぐそこにあるのか。

 

 黒猫は覚悟を決めて足を離し自由落下を味わった。煽る風が妙に不安を募らせたがトンと足の裏に再び衝撃がやってくると彼女は安堵した。

 

 「着いたな……」

 

 微かに聞こえていただけの波の音が今では隣にいるように近くで鳴り響いている。

 

 黒猫は直ぐに腰に巻いていた縄をほどいて垂らすと、大きく揺さぶって上にいる彼女たちに合図を送る。見事なまでな一連の動作だが二つ盲点があるとすれば、彼女たちに合図を送る事を教えていないことと、この合図では少々派手さをに欠けることだろうか。

 

 だが、合図を送らないのもまずかろう。絶えず縄を揺さぶり続けたその時だった。

 

 音に対して絶対的に敏感であった黒猫は決して見逃す事はなかった浜辺を、複数人で歩く音。二───いや三人の足音が此方に近づいている。

 

 黒猫は本能的に極めて危険であることを察して、縄を、見上げなければ見えない高さで素早く切り落とし、海へと投げ捨てた。

 

 今から何が起こるというのだ。黒猫は後退りした。

 

 「黒猫……何処に行く予定だったンだい?まさか…作戦を放棄したのかな?」

 

 暗闇から二人の男女を連れたフユメが姿を見せた。

 

 「っ……こんな…所で」

 

 黒猫は失意したのと同時にあの時の、咄嗟の判断は正しかったと思った。

 

 「潮風が強いね…散歩には、ロマンチック過ぎるね黒猫。────私は君を一度逃がして恩を売ったつもりだったんだけど…それを君は、やっぱり仇で返すんだ」

 

 もはや、避けられない。

 

 「黒猫ォ~ダメだよダメだよ!!逃げれないもン!!」

 「弁解の余地もないねぇ~」

 

 「少し…静かにしてて?」

 

 騒ぎ出した後列にフユメは強調して注意した。

 

 「黒猫……私は今、怒ってて悲しくて……呆れたよ。君はもう少し…もう少し賢い人間だと思ってたのに…もう、いいよね…?」

 

 フユメは拳銃を前へと突き出して黒猫を捉えた。

 

 「さようなら。お馬鹿な子猫ちゃん」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




 
 星輪隊

 嘗てのカルディール老が率いたという処刑隊を
 模したとされる宗教。

 今や彼らの思想は止めどなく、いつかは実現
 するのだろうか。

 だがそれは善きものであっても
        賢くは、ないのだろう。




         導きの青い星が輝かんことを…


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さざ波ムーン

 引き金に掛ける指に、力が籠る。

 

 間違いなく放たれたらこの距離だ。常人──またや飛び抜けた反射神経と運動神経を持ち合わせても、避けることは不可能だろう。

 

 ぐわん、と拳銃を揺らしたが最後──閃光が夜を照らした。耳奥を痛め付ける金属音に、飛び散る小規模の花火、香る硝煙が突き進む銃弾と共に放たれた。

 

 銃弾は見えないが、確かにその恩恵を受けてまっすぐに進むのだろう。

 

 ならば───黒猫はあり得ない程の、天賦の運動能力にものを言わせて銃弾が自分に着弾するよりも早く、その軌道を屈むことで避けてフユメたちに近づいた。

 

 普通、じゃんけんで後だしとは強いのだ。だが、いや、例えの話だがもし自分が後だしで、だす拳が無かったのなら、もはや勝負にもならないのだろう。

 しかし、先ほども述べたが…それは例えの話である。

 

 勝負とは公平の元にあるのではなく、公平にねじ曲げてこその真剣勝負だ。

 

 敢えてもう一度、言わせてもらおう。

 

 後だしとは強いのだ。

 

 

 「…………!」

 「此処で終わりにしてやる…!」

 

 黒猫は疾風が如く駆けて降りてきた絶壁を蹴り飛ばすと、その反動で、より精練された、首を刈り取る為の動きを実現する。

 

 飛び出した黒猫に弾丸を外したフユメは微動だにせず、それ以上に彼女に視線を向けることさえしなかった。

 

 不気味だが、何にせよこれ以上に好機会は待っていられない。

 

 しかし、隣に付く長身の男の蹴りが黒猫を妨害した。

 

 「…………ッチ」

 

 進行方向に蹴りを入れられ直ぐに戻る様は流石黒猫といったところか、だがこの勢いを失ってしまえばきっと勝負は呆気ない方向に終わってしまうだろう。

 

 黒猫は勢いのついた篝火を絶やすことなく猛攻に打って出る。

 

 素早く抜かれた二本の剣は金銀を主調とした斜陽の火竜と臨月の火竜、その伝説的な陽月が宵闇に耀く。

 

 途端、黒猫が姿を眩ます。

 

 彼女の狩りが始まったのだ!

 

 男女は直ぐに黒猫の居所を目で追った。しかし追い付ける筈が無いのだった。

 

 もはや止めどなく、また後悔するには遅かろう。

 彼らの愚行を一つ挙げるとするのならば、彼女の独壇場であるこの人の真意さえも見失いそうな夜に、勝負を仕掛けたことであろう。

 

 疾風の如く、またそれが過ぎ去ったのすら感じさせないほどに高速で仕掛けた。

 

 まるで風を視認出来るようになったと勘違い───麻痺するようになり、しかし軌道はどうにも美しく、また、見えるたびに戦慄するのだ。

 

 よりインスピレーションされた、確実な一手が牙を剥ける。

 

 その時、周囲を吹き抜けていた黄金の残光と銀河の軌道が確かに男の首を狙ってねじ曲げて、凄まじい湾曲を描きながら通り過ぎるのだった。

 

 男は一瞬のことで理解が追いつかなかったが歴戦の中、鍛え抜かれた身体と磨かれた本能が動かせて、不意に避けたのだった。

 

 時間を経て、やがて彼女の攻撃は弾けた。

 

 対モンスター用に作られたボウガンの弾丸で唯一、破裂して擬似的な斬撃を放つ、斬裂弾。またしてもそれは特殊な調合の後になし得る物で、少なからず、人がただそれだけの技量とセンスだけで成せるものではないのだ。

 

 たとえ彼女の実力が、ロジエに及ばなかったとしても、それでもギルドの上層部が直接、忌むべき殺し屋であった彼女を雇った訳がある。

 

 ロジエを命からがら足留めできるほどの実力があれば、それで十分なのだ。

 

 「おわっ」

 「ひゃいい!?」

 

 瞬く間に二人を蹴倒して、フユメの方へ駆け抜けた黒猫は両手の刃を振るい奇襲を仕掛けた。交わる軌道、煌めく線はフユメを通りすぎると再び、残光を残して走り出す。

 

 「っ……」

 

 フユメは肩を押さえて顔を歪ませていた。まるで紙が触れたような軽い感触しかなかった筈なのに、抉られた傷は深く、出血も激しい。

 

 もしも、次に同じような手段で攻撃を仕掛けられたのなら黒猫は確実に首を取りに来る。あの浅い一撃でこれなのだ。彼女にとってなに食わぬ顔で行える芸当なのだろう。

 

 残光走り出す糸のように靡いて、黒猫は曲芸士の如く、巧みに操って技を繰り出す。

 

 地方の言い伝えではつむじ風のように素早く切り裂く、鎌鼬という伝承があるが、黒猫のそれは鎌鼬に通ずる何か、或いは上位を行くものだろう。

 

 残光が、再び湾曲を描いて波のように押し寄せる。

 

 弾けて、足音と残光が加速して星空の下を駆け抜けた。揺れる二つの光が束に重なり燃え尽きるように煌めき続けながら銀河の刃が振られた。

 

 焦げる銀河の軌道に臆すこともなくフユメは後ろに隠した車輪で斬撃を防いだ。僅かばかりか、散った火花が夜を照らして黒猫は彼女の顔を窺った。

 

 鋭い目付きの中、口角を斜めに吊り上げて微かに微笑むのだ。余裕と、そう言いたいのだろうか、彼女はがむしゃらに閃光の速さで動く黒猫を目で追いかけていた。

 

 黒猫は焦りを覚えいていた。徐々に、この戦況が悪くなっていくのと同時に顔も引きつる。────さっきの手で少しもダメージを与えられなかったのは相当な痛手だ。蹴倒した二人も次に備えていつの間にか構えまで取っている。

 

 これ以上長引かせるのは得策ではなかった。

 

 「黒猫。私は一度、君のこの技を確かに打ち破ったことを忘れたのかい。破られた技で再び挑もうなんて、君も落ちぶれたものだ」

 「あの時の私とは違う…!見切られる前に今度こそ斬り殺す…!」

 

 確かなる殺意が刃に籠り、ひゅんと宵闇に身を隠す。いずれは巡ってくる好機を待ち望んで砂場に微かなクレーターを、岩壁を砕いて、飛び回った。

 

 何かに衝突するほど加速し、それは狭い立方体の中でバウンドし続けるボール玉のように動きを止めなかった。それ故、伴って体力の消耗も激しいが巨大な蜘蛛の巣で囲んだように、初見で、確実に殺しにかかるための技。

 

 過去に一度、初見の上でこの技をフユメに破られたことのある黒猫だが、彼女は賢くあったのだ。

 

 「私が…!何の対策もなく挑む訳がないだろ!」

 

 すると彼女はアイテムポーチに片手を忍び込ませそこから取り出した粒上に幾つも持ち込んだ閃光玉をばら蒔いた。

 

 眩い閃光玉が夜を照らすと、あまりの刺激に思わず皆、目を覆った。

 

 「目が良すぎるのも考えものだな…フユメ」

 

 視界を奪われたフユメは頼りきっていた聴覚に異変が現れたことに気づいた。最後の黒猫の言葉を境目に一切の物音が消えていた。

 

 ───まさか仕掛けたのか!

 

 早くも月夜、星は微笑んだのか勝敗は雌雄を決しようとしていた。誰の牙が噛みつくのか、はたまた野蛮な猫風情を見事なまでの、彫刻のような肉塊に変えるのだろうか。

 

 フユメは片目に力を込め、回復速度を異常なまでに高めて再起させ、直ぐに辺りを身体をぐるんと捻りながら見渡す。

 

 だが先ほどまでの残光の形はない。

 

 ───しかし急接近する空を切る音がする。

 

 「終わりだ────フユメ」

 

 フユメは───空を見上げた。

 満天の星空に金銀の流星が駆けていた。

 

 

 

 彼女は直ぐに車輪を振るい、だがそれは遅かったのだ。

 

 

 

 夜の浜辺──作戦決行の前夜──歴史は動いたのだろうか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「あっ………あぁ?……」

 

 何かに悶え、恐れ、理解が追い付く筈もあり得ず、けれども叡智を拝領した。しかし、望んでもいない突発的な叡智を拝んだ代償は酷いもので顔の半分は人間的な機能を果たさなくなったことだろう。

 

 目蓋を閉じた眼球さえ果して無事なのか、右の耳は定規で線を引いて切り落としたように断面は垂直で頬は正しく焼け爛れている。嗅覚なんぞ、遠の昔に人間らしさを棄てていたと思っていたが酷い臭いがする。

 

 肌身を晒した部位に吸い付くように付着する砂はザラザラして痛かった。合間をぬって海水が口内を満たしていく。

 

 黒猫は動かせる片目をどうにか労使して自分の有り様を見た。全身の右は果して動くのだろうか。着ていたスーツは焼け焦げて骨を所々浮かした肌は黒く変色している。半裸に近いがこうも色が変われば焼死体と呼ぶ方が近しいだろう。

 

 膨らみのない乳房を面にして、腹部を過剰に膨らませるほどの呼吸を行う。

 ぼんやりだった視界が徐々に鮮明に映し出されていく。

 

 「おぉぉぉい!?まだ生きてんのぉ!?シッブット!?」

 

 五月蝿い声が騒ぎ始めたと思ったら黒猫の腹部に激痛が走った。

 

 「あがぁっ……ヒィ……ハァ……ゲホッ、ボゴボェッ!?」

 

 腹を強く踏まれた黒猫は苦悶の表情でじたばたと転げ回った後に血と嘔吐物を混ぜた物を吐き出した。

 

 喉の奥は焼けるように痛んで声を出すこともままならない。

 

 何ら焼け焦げた衣服が灰になって風に拐われている。皮膚と肉の間が痛み続ける。肌寒い気候だ。

 

 「生きてるだけで奇跡だね…」

 

 するとフユメが随分と軟化した態度で現れた。

 

 先ほどの冷徹な視線は面影をなくして我が子を見守るような視線を注がれていた。

 

 「なんっ……で?」

 「私の方が速かったんだよ。やっぱり、君には無理だよ」

 「違……わた……が、やかった……」

 

 掠れた声はいよいよ夜に消えて、星が視野いっぱいに広がり続けていた。

 

 「君は神秘を見た。君は神秘に敗れた。君は神秘を拝領しなければならない。これは仕上げのようなものだよ」

 

 フユメの声は悪寒が走るほど奇妙に優しく、鮮明になった視野に映る彼女は微笑んでいた。

 

 「わ…たしは……なに、にまけ……た?」 

 

 断片的に単語を並べて会話を試みる。

 

 「言ったでしょう。君は、神秘に敗れたんだ。神秘を宿す剣の、月光の熱に焦がされた、だけど君はまだ死なない」

 

 フユメは答えた。そして優しい、温かさで続ける。

 

 「君は神秘を見れた。素晴らしい素質だ!君は、あの戦いで確かに別次元の、思考の世界で戦っていていた!後は神秘を拝領さえすれば!君は完璧に遂行できる!」

 

 フユメの声に力が籠り、狂気的な高揚を露にした。黒猫は、そんな彼女の調子の異変に気付き、また分からないでいた。

 

 「なん……なんだ……いみ…がわからな、い」

 「思考的理想世界での、罪にも及んでしまいそうな快楽的な世界での君はどうだったのか見当もつかないけれど君は現実では負けてしまったのだよ。けれど喜んで、それは奇跡の賜物だった」

 

 意味が分からないし、思考が追い付かない。

 

 「君は、神秘を拝領する器にあったんだ」

 

 狂気的な高揚が収まった。

 

 「ゆ……め…?」

 「夢のようなものだよ。そう、君は夢を見ながら戦っていたんだ。夢と現実の区別が不安定になって…月光に惑わされた。けれど、君は生きて、神秘を見ることできていた。その記憶まで鮮明に存在して感覚まで残っている」

 

 何故だか、黒猫の体を安堵が波のように押し寄せて彼女を沈めた。

 

 「君はこれから月光の、深淵の神秘を知る。暗いところほど射し込む光の眩いように真実を知り、やがて拝領するのだよ。さぁ…何も怖くないさ」

 

 そっと手が差し伸べられて苦痛は消えていた。まるで絵画の世界の天使のようだった彼女の手に、どうしようもなく頼りたい衝動に駆られそうになるも、一歩踏みとどまった。

 

 いや、正確には事が起きた。

 

 「待って!」

 

 ミーナが制止を呼び掛けた。

 

 「ミーナっ…!?」

 「まさか、本当のお目当てが自分から出てくるなんて…!探す手間が省けて嬉しいね…」

 

 半ば奇跡的なミーナの登場で危うかった黒猫は何とか免れることはできたが、これでは本末転倒、ミーナが出てきてしまえばフユメは目的を遂行するだけだ。

 

 「にげ…ろ!」

 

 黒猫は必死に忠告を促すがミーナの耳には入っていなかった。

 

 「フユメさん。わたしはあなたの願い通りにする。だからもうこれ以上、黒猫への危害は加えないで」

 

 ミーナはフユメに交渉を持ち掛けた。その内容はあまりにもフユメたちにとって都合の良すぎる、断る理由が見つからないものだった。

 

 二人組に臨戦体勢を取られている中、彼女は手を挙げて白旗を掲げていた。

 

 「ヒヒッ…!!ブフッ!!バーかぁ!雑魚雑魚雑魚雑魚雑魚雑魚雑魚しかいないお前らが決める権利なんてねぇんだよ!!」

 

 するとアナベラはミーナや転がる黒猫に対して嘲笑したか思えば怒りのような感情を表に出してミーナの脛を思い切り蹴った。

 

 「いっ!?」

 「オラっ!!お前はっそんな言える立場な訳ねぇだろ雑魚が!」

 

 脚を挫かれて、ひざまつくミーナの顔をブーツで何度も感情的に蹴りつけた。冷徹とはほど離れた私情はほとんどを占める意味の無い暴力をふるった。

 

 やがて、ミーナはうねり声も上げなくなった。

 

 「ヒハッ!!ヒッドイ顔ぉ!!ホントにオンナの子かなぁ?ヒヒっ!」

 

 顔は酷く腫れて、歯も欠けて鼻も折られて、綺麗だった彼女の原形は形をなくしている。何とも醜いものだ。

 

 「……アナベラ」

 「おいっ雑魚!!何か言えよ!!」

 

 アナベラは酷く感情的で、絶対的忠信を誓っていたフユメの呼び掛けにすら気付かなかった。

 

 「お願い……します」

 「喋ってんじゃねぇぇ!!──この!!クソッカスがぁ!!」

 

 人から響いてはいけない音が、ミーナから出る。

 

 「こんのぉお────ザコがぁぁぁぁ!!」

 

 何度も何度も踏みつけながらアナベラは歓喜しているようだった。最早、熱狂的な信者の域を越えて他人を痛ぶることに快感を覚えた変態にしか感じられない。

 

 「……アナベラ。もういい」

 

 フユメの二回の制止でアナベラは踏みつけるのを止めた。べっとりと靴底には血糊が垂れて地を踏めば、砂が密着する。

 

 「あっ……みぃ…な」

 「黒猫……しっかり聞いてね」

 

 黒猫を見下ろすフユメは優しい声で話した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 その後、黒猫はたださざ波の音を聞いて横たわることしかできなかった。

 それでも静かになった現状を思えば、想像に難くないことであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 





 古獣の大杭

 変形前は両刃の短刀として、変形後は長い鎌として
 使用するカラクリ武器。

 嘗ては、儀式的な狩りで古い獣に用いられたが
 時代が移り変わると用途も変わり特別な一族だけが
 扱っていたのだ。

 鼻孔を刺す鉄の臭いと生臭さは、
 また一つの忌ましめなのだろう。

 


       導きの青い星が輝かんことを……


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モルモルモット

 不意に目が覚めた。頭痛に魘されながら乱れた前髪が彼女の視界に入って、目の前の光景に溶け込んでいた。

 

 視野は狭く、辺りは仄暗い。その次に自分は椅子か何かに座っていて、手足は頑丈に縛られていることが分かった。ミーナは今の情報を全て鵜呑みにして受け入れた。

 

 以前、自分を引き換えに黒猫を助けて、そして今自分は…彼女の記憶はそこで途絶えていた。思い出そうとしても頭痛がそれを拒んで拒否する。まるで自分自身が思い出すことを拒んでいるようだった。

 

 彼女は指先を動かそうとする。縛られているのは手首だけであって指先まで自由が利いた。それを伸ばしたり横に振ったりして暗闇のなかを模索する。

 

 何もない。触れれない。何も見えない。音もしない。ミーナはまるで巨大な箱の中に閉じ込められているように感じた。何か手掛かりが欲しいがまず第一に徐々に失われている感覚を手放さないようにするので手一杯だった。

 

 彼女は手を握ったり、開いたりの一連の動作を繰り返した。座る椅子に背もたれを確認できたらどんと背中を預けて一応、天井なのであろうを仰いで繰り返し、握り、また開いた。

 

 この手が何も触れないことに安堵を覚えている。

 

 「やぁミーナ。お目覚めみたいだね、どこか痛いところはあるかい?」

 

 その時だった。暗闇の奥底から女の声が聞こえた。落ち着いた口調で、しかし威厳を保って自分を見下しているのが声色で分かった。そして聞き覚えのある声でもあった。

 

 「フユメ…わたしは今何処にいるの?」

 「答える義理はないね。それと君に発言権は無いと思った方がいいよ。わたし達の質問に答えてくれれば、その目隠しと拘束具は外すと約束しよう」

 「随分と、自分勝手ね。そんなんじゃ男は寄ってこないわよ?」

 「君はまだ自分の置かれてる立場に気づいてないね───やって」

 

 その言葉を合図にミーナの腹部に強烈な拳が捩じ込まれた。胃液が荒波を立てて喉まで上ってきた。喉の奥が焼けるような感覚に襲われると激痛が絶頂期を迎えて呻き声を上げた。

 

 「うっ!?あぁぁ…っ!?」

 「今の君には発言権は疎か、一般的な人権すらも保たれていない。穢れの器である君には丁度いい。もう一発くれてやれ」

 

 再び腹部を殴打されて今度こそ彼女は胃液を口から垂れ流した。目隠しに巻かれている布は目の位置が滲んで息を乱していた。

 

 「うぅ……あぁ……」

 

 握る拳に青緑の血管が浮き上がって下唇から顎にかけてまだ胃液が唾液と混ざって垂れている。口を開ける時は荒い呼吸をするときだけで、気に障るよな声が耳を撫でて消えて、吐瀉物の形容をさせない鼻を刺す臭いが残るばかりだった。

 

 そのなか、彼女の腕は拘束具に押さえ付けられながらも痙攣しているように震えていた。いくら察しが悪くてもここまでいたぶられたのなら察しがつく。これは尋問などではなく拷問であることに気づくだろう。

 

 「はぁ…はぁ…あなた達、狂ってるわよ。自分達が正しいと思い込んでる。環境とか教育とか関係ないわ。最初から狂ってるのよあなた達は」

 

 そのミーナ言葉に姿の見えぬフユメは確かに声色を低くして返した。

 

 「わたし達は、正義と秩序の名のもとに於いて然るべき事を執行する。私たちは浄化的存在。目的の為なら手段は厭わないし、それが非道徳的だと蔑まれることは決してあり得ない。浄化は何の影響も受けることなく秘匿の内で執行される。陽が出れば陰は消えるだろう?」

 「けれどまた新たな陰は出来るわ」

 「それを消すのも私たちの使命だ」

 

 確固として否定しあう論争に終わりは見えない。

 しかしフユメは一つ、終止符を放った。

 

 「まあいい。ミーナの目隠しを外せ。予定通りに始めるよ」

 

 するとミーナの目隠しが外されてランタンの明るさが失明するほど眩しく、まるで太陽を肉眼で覗いたような視界がチカチカする感覚に陥った。

 

 目の前には蝋燭が内蔵されたランタンがテーブルの上に置かれていて、その他にも血糊の付いた金槌や錆びたペンチ、テーブルの間に刺されたナイフが視界に入る。

 

 それは古びた拷問道具で、これから自分の身に何が起こるのかと想像に難くないことだった。だからこそ彼女は視線を拷問道具から逸らすことも叶わず知らぬ内に鳥肌を立てていた。

 

 「拷問しようっての?それで、何を聞き出すのかしら。わたしがあなた達に話すことなんて何一つ無いわよ」

 

 するとフリラが嘲るように手で口元を隠すと目を細めていた。海月のいうに妖しい銀の髪を彼女は揺らしていた。

 

 「別に拷問をしようとしてる訳じゃないのよ?わたしはただ、あなたに忠義を示してほしいだけなのよ。そうすれば…あとは気持ちいいわよ?」

 

 フフフっと不気味な笑い声を溢すフユメにミーナはどうしようもない悪寒を感じ取った。悪寒はやがて全身を襲って爪先なで辿り着くと再び上がってくる。

 

 「忠義?一体何のことかしら?わたしはあなた達のイカれた思想に示す忠義も誓う忠義は一つも無いわよ」

 「違うね。君はわたし達に服従する。君は、自ら懇願し、やがていつからかそれは悲願になる。望むのだよ…さぁ…」

 

 彼女はそおとミーナの片腕の拘束具を外してテーブルの上に手を取って誘導した。彼女の手は雪のように冷たくて、しかしその手つきは優しかった。これから、酷い事を行うというのにフユメからは何の感情も感じ取れず、ただ何かを確信しているようだった。

 

 一体何を確信しているというのだ。頭が破裂しそうなほどの頭痛に襲われて彼女は深く考えることはしなかった。

 

 だからこそ、その優しい誘導に誘われるがまま彼女は先導されて、テーブルの上に置かれた手を型どった幾つもの小さな拘束具が指先の位置に施された装置に手を嵌めた。

 

 「いいかいミーナ、これはね最新の拷問道具だ。これでわたし達は君の真意を確かめれるんだ。そして何度でも、望む答えが返ってくるまでわたし達はこれを繰り返す。君のためにもその真意を見せておくれよ?」

 

 彼女に戦慄が走る。ぴくりとも動かせない指に彼女は無意識の内に力を入れている。カチャカチャと金属音を奏でて、その嵌めた手には汗が凄かった。

 

 「何をする気なのフユメ…」

 

 目を見開いて虹彩を揺らす。ランタンが照らす短い範囲では手の爪先より先は朧気でテーブルが続いているのか知る由もない。 

 

 彼女は震えている。訳も分からない恐怖に魘されている。ただ目の虹彩を揺らし続けて目先の悪魔をどういった感情で見定めるか考えているだけである。

 

 彼女はフユメを恨んでいなかった。何故かはっきりした。

 

 「さて、…一つ質問だ。ミーナ、これは何に見える」

 

 そうやって彼女が取り出したのは銀色のコップ。ランタンに照らされて艶やかなそれは市販でも売られていそうなものである。なかにも液体も個体も入っているわけでもなく不気味なほどまでに平凡、やはり意図が分からない。

 

 「……銀色のコップじゃない。ただの、コップよ」

 「そうかい。…ナンセンスだ」

 

 それが起きたのは答えた瞬間だった。嵌めた手の中指が信じられない方向に曲がり折れるよう装置が強制した。爪が手の甲に触れるまで装置は指を曲げ続けた。

 

 「ああっ!?いたい!やめて!何で!?」

 

 ミーナは苦痛に堪えきれず椅子ごと体を揺さぶった。

 

 「ミーナ。もう一度訊くぞ。これは、何だ?」

 

 コップをテーブルに叩き付けてフユメはもう一度囁いた。次の瞬間には暗くて見えなかった周りから次々と明かりが灯されて大柄な黒ずくめの男たちが揃いに揃ってシルクハットを被り込んでマネキンのように薄っぺらい表情で立ち尽くしている。

 

 ミーナの瞳に映るのは相も変わらずただのコップ。中身もなくほんのり明かりに照らされているだけで異様の無いコップに彼女は瞳を揺らして凝視する。

 

 「ただのコップよ!?これ以外の、どんな答えが欲しいって言うのよ!」

 「もう一度だ」

 

 今度は薬指が、中指と同様、百八十度に折れ曲がって鈍い音を鳴らす。彼女の叫び声以外には静寂。ミーナ以外音を知らないように反応も示さず視線は彼女に集まる。

 

 「あ"あ"あ"っ!?いだいっ!いだいいだい!!お願いよ!止めて!誰か!何が違うの!?」

 

 黒ずくめの男が顎髭や杖を携えて哀れの目もくれずにただ唇を噛み締めて悲鳴を上げる彼女を傍観する。それは見世物に近しいもので、この拷問にも全然意味は持たない。

 

 苦しむことに価値がある。意義がある。ランタンの光越しに映り込んでいく顔は表情を抜き取られた鉄の男、コップを持つ悪魔はその男たちと違ってより一つ一つの仕草が印象に残る。

 

 眉をしかめれば自分も眉をしかめ、舌打ちをすれば勝ち誇った顔を、苛立っているときは彼女は無意識の内に指で机をつつく。そういうときにこそ、軽口を叩いて挑発に乗らせる。

 だが、今は自分が見世物になって、相手の欲しい表情と声を上げる。相手が涙を浮かべることを所望すれば、たちまちミーナは望まない苦痛の末に涙をボロボロと流して惨めに命乞いを始める。

 

 「おねがいっ!!助けて!!ねぇ見てないで助けてよぉ!?離しっ───!?あ"あ"あ"あ"あああっ!?」

 

 彼らが服従を所望すればたちまち、犬のように忠義を示す。何の誇りも未練も、躊躇いすらもないままに、簡単には堕ちる。

 

 「おねがいおねがい!!何でも、何でもするからぁ!!許してえっ!!ロジエも殺す!!ミコトにして!!わたしじゃないミコトを拷問してっ!!」

 

 仲間を売り、親を殺める。今の彼女にその言動の愚かさを再認識する余裕もないが後にこれを思い出せば自分の身の安全のために捨てた彼らへの背徳感に絞め殺されて、しまうだろう。

 

 「何で…わたしばかりぃ……もう…」

 

 彼女は口を閉める力もなくして不恰好によだれを顎にかけて垂らしては深淵を含んだ天井を仰いで静かに泣いている。腕を拘束した肘掛けは彼女の指の力で削られ、また爪は元の形状を失っている。

 

 今は、僅かばかりの理性を残してぶつぶつと謝り続けて何かに許しを乞おうとしている。

 

 「ミーナ」      

 

 フユメが、彼女の名を呼んだ。

 するとミーナは目を大きく見開いてその奥で瞳を揺らし、歯をがたがた震わせて肘掛けの手はがりがりと爪を立てて削り始める。

 

 「違う、違う!ごめんなさい!ごめんなさいごめんなさ!!もう痛いのは嫌!!誓う!!服従!服従するから!!だからだからわたしじゃなくて拷問は他のやつに!!だから……!」

 

 彼女は口を開けたまま勢いを失って声を出すのを止めた。そのまま大粒の涙を溢して下を向いた。

 

 「あ、違っ……違うのわたし……仲間を売りたかったんじゃ……」

 

 フユメはコップをそっと机に置いた。

 

 「あっ、あっあっ……」

 「ミーナ。これは……なに?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「これで完了だよ。さぁ皆、片付けた後でステーキでも食べようか」

 

 フユメはよれたネクタイを締め直すとグラスの水をぐいっと飲み干した。頬を一滴の汗が滴り、それは一時の興奮と成就が彼女を熱狂的にさせたのだろう。シャツを汗で濡らして病的な肌を透けた布越しに露にする。火照った顔も徐々に落ち着きを取り戻しやがて冷水のように冷める。

 

 髪で横向いた顔を隠し、両手の拘束を外されて軟体生物のように伸びきったミーナを背景に、フユメは、自分の肩に手を置いた。音も無く故に何処か静かで、机の上にはペンチと剥がれた爪が三つ放置されている。

 空のコップも床に転がりランタンの明かりではなく太陽の日射しがフユメを横から照らして明暗をくっきりと分けた。

 

 今はただフユメを照らして、ミーナを陰に隠すばかりである。

 

 

 フユメはテントを出た。外には幾つかの黒ずくめの鉄の男たちが立ち尽くして出迎えている。しかしその向こうから白いローブの男たちが手袋を嵌めて点滴道具をテントのなかへと運んで来る。

 

 そのなか一人、異質な程までに古い、縦長い小さな木箱を丁寧に両手で運んでいる。

 

 フユメはその箱に目をやってテントのなかに消えるまで見届けると口端を吊り上げた。

 

 「ハハッ……」

 

 空を敬うように見上げる。ただ青い空には何も思うことはなかったが彼女はやはり何かをやり遂げたのだろう。それは彼女の思想か、或いは誰かの思い残しなのかは我々の知るところではないのだろう。

 

 それでも誰かの意志が、また世代の違う誰かに引き継がれていくのは一つ、人間の性なのだろう。

 

 フユメの銀の髪が稲のように靡いて暖かい風が通り抜けた。前までは寒かったのに、フユメは一種の懐かしさに浸りながら風に煽られる髪を押さえる。

 

 「隊長、少しお時間をよろしいでしょうか」

 「……」

 

 彼女の前に白装束の、フードを深く被り込んだ二人組が現れた。一人は声から察するに女だろう。

 

 「……今から食事だったんだけど…何か用かな?」

 

 一瞬、フユメの顔が曇る。明らか気に障ってしまったようだが白装束はそんな事気にもしないと言葉を続けた。

 

 「見てもらいたい物がありまして」

 「見てもらいたい……もの…」

 

 おうむ返しのようにもう一人の白装束が女声を出す。そして彼女たちはフユメの返答を待たずに先導して先を進んだ。

 

 「さぁ、こちらです」

 

 先を歩く白装束の、フードの奥から黒い瞳がフユメのことを覗いていた。

 彼女は一歩、躊躇ったが先々進んでいく二人を目で追って、進み始めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




1984年大好き


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月の眼

 「さて───君たちは誰かな」

 

 暗闇を混ぜたテントの奥、陽光が僅かに照らし出す白装束の二人を見てフユメは問いた。指さす先にフードから覗き込む二人の瞳が、光と共に揺れて印象に残った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「あぁ……ああ…」

 

 ミーナは上の空だった。剥がれた爪の痛さも気にせず、無痛症を疑う程までに彼女は無反応を通し抜いた。今はただ朽ちた木板が軋むように呻き声を上げるばかりである。

 痙攣する手も脚も今は毛が逆立って落ち着きがない。いつくるか分からない悪夢に対抗の為す術もなく体の何処か内奥で震えったっているばかりである。

 

 そんなミーナの所に赤い腕章を着けた白装束の女たちがフードの内から髪を垂らして、点滴道具を持ち込んで入ってきたのが朧気に見えた。

 どうも女たちは鏡に写った姿を取り出したように皆、何かもそっくりでミーナは自分の気を疑った。───そっくりな人間がこうも沢山いるものだろうか?

 

 しかし女たちはそんなミーナをよそ眼に次々と点滴道具に何か、瓶を取り付け始めた。不思議なことにミーナに外傷以外に悪いところはなく、血を失った訳でもない。故に輸血の必要などからっきし無いのだ。

 

 だが彼らは大抵、意味のないことに意味を見いだす。見えぬ神秘を、見ようとするのと同じく彼らは無いものを新しく見いだすことが好きなのだ。

 その思想は愚かな好奇、或いは再熱から来る。だからこそ試したくなり、叶えたくもなる。自分たちの思想と、信じたものが真、正しかったのだと証明したいがために。

 

 ミーナは未だ朧気にだったが空の輸血瓶に、古めかしい木箱から栓の締められた、赤い液体がとぷとぷ入った瓶を取り出した。

 

 その液体が入った瓶がミーナの印象に残った。まるでそれだけが暗闇のなか、妖しく紫に光っているようだった。

 

  悪寒が走る。足の拘束具が外されていれば今すぐにでも逃げ出したいというのにそれが出来ない。

 肘掛けに爪を立てて、意地ばかりの抵抗を見せるも女たちは気にも掛けずに淡々と作業を続けている。その時ミーナには女たちが、酷く嘲ながら彼女のことを無視しているように思えた。

 ───あぁ、こいつらもわたしのことをオモチャみたいに扱うのか。

 

 指先を動かせても腕を動かすことは叶わない。それはその体力がないのか、或いはもう動かそうとすることすら諦めているのか、おそらく両方なのだろう。

 

 ミーナは虚ろのまま横を向く。女たちから目を背けて事が終わるのを待っているだけだった。視界に頼らない間、ミーナは聴覚と嗅覚だけを頼りにするが女たちは会話も無しに瓶やら点滴道具を響かせるだけであった。

 

 「ねぇ貴女たち」

 

 不意にミーナは女たちに声を掛けた。特に理由があったり考えがあった訳ではないが、何となく、どうしても声を掛けたくなったのだ。

 

 「わたし……これからどうなるのかしら?輸血でもしてくれるの?ご免だけどわたしには必要のないものなのよ」

 

 意外にも彼女の声帯は普段通りに機能して、彼女自身すらも驚くほどのものだった。それでも、体力の喪失で声は少し細々と掠れていた。

 

 横髪の合間から女たちを覗くが彼女たちは動きを一旦止めると、たちまち何もなかったように再開する。それを見て彼女は少しつまらなかった。

 

 「このクソどもが。くたばりやがれ」

 

 ミーナはしっかりと、一人の白装束の女と目があった。女は、まるで人体模型のような真っ黒の穴の目をしていた。フードからはみ出る白の髪を垂らしてこちらを覗き込む。実験動物を見るような目で覗いていた。

 

 「注射針を」

 

 目が合った女は普通の声で初めて喋った。その普通さにまたもや肩を落とす。

 女は別の女から管の付いた注射針を渡された。その管の最後を点滴道具に取り付けた輸血瓶のなかに管を通す。

 

 ミーナは見たところ、このテントには女が三人いることが分かっていた。もしこの女たちが戦闘の訓練も受けていない医療の班の人間だとすれば、今の彼女でも拘束具をどうにかできれば勝ち目はある。

 

 息を潜めて、髪と髪の合間をカーテンを覗くようにして機会を窺いながら拘束具をどうにかしようと考えた。幸い、手の拘束は解かれたまま、不用心でフユメは出ていった。懸念すべきは胸部と腹部、そして脚をどうにか出来れば、とミーナはどうにかするものは思い付くがどうにかする方法が見当たらないのだった。

 

 歯軋りの音を鳴らしながら事ある度に女を睨む彼女の目は一層厳しいものになっていった。まだ机には爪を剥がされたペンチが手入れもされず置かれている。

 

 ───あれで後ろから。

 

 その時、またもやテントに白装束が入ってきた。ミーナは心臓が止まりそうなほど驚いて、今度は心拍数を上げて動揺した。

 まずい、人数が増えた。ミーナは虹彩をゆるゆる揺らしながら決して新しく白装束から目を離そうとはしなかった。しかし、ある異常がミーナが視線を変えさせた。

 

 「え?」

 

 それはミーナの声ではなく女たちが上げた声だった。直ぐにミーナは目を向けて女たちの顔を覗き込む。影がかってはっきりとはしないが目を疑っているようだった。

 

 ミーナはこの隙に机に腕を、ブルブルと震わせながらも何とか伸ばしてペンチを掴む。片方の手は、未だあの拷問故に折られていて使えないが、今を伸ばした手は何とかまだ機能する。覚悟を決めるしかない。彼女の頬に緊張のべっとりとした汗が伝る。

 

 白装束は、袖に手を入れて、一丁のリボルバーを取り出した。そして躊躇うこと無く女たち目掛けて引き金を三回引いた。初弾は設置した輸血瓶に命中して瓶を粉々にした。二弾目は一人の女の肩を撃ち、三弾目は女のこめかみを撃った。

 

 女は続々と倒れて一人、逃げ出す者もいたが背中から弾丸を放たれてその場に伏せてしまった。その出来事はただただ一瞬の内に起こり、儚くも霧散した。今や五発の目の弾丸を息のある女の額に放って惨たらしい現場と惨事をミーナの頭の中に残して終わった。

 

 残り香に、鼻の奥を突く鉄の臭いが漂ってミーナは顔をしかめずにはいられなかった。転がる女たちの死体から目を背けて白装束を鋭い視線で睨み付ける。

 

 白装束は振り返って自分が睨み付けられていることに気が付くと何かゴニョゴニョとフードのなかで言いながら近づいてきていた。

 

 「───、何とかなったみたいだなぁ…ミーナちゃん」

 

 白装束はフードを脱いでその正体を現す。

 

 靡く金髪に鋭い目付きの男、メイリンが姿を明かした。

 

 彼は不敵な笑みを見せて硝煙の香るリボルバーから薬莢を抜いてからテーブルの上に置くとミーナの傍へ寄って彼女を抱き抱えて椅子から降ろした。

 

 ミーナは先ほどの気迫を無くして力が抜けていた。自分でも気づかないほど衰弱しており、もしかしたら夢をにているのかもしれないと思うほど現実で起きていることに実感が薄れていた。

 

 ただ春のように暖かい安堵に包まれながら優しく抱擁されていった。悪魔に忠誠を誓った夜のことなど霧散して涙を溢す。

 

 「もう大丈夫だ…もう帰れるさ。アステラに戻ろう」

 

 数日ぶりに聞いたその名前はもう何年と聞いてないような気がして胸の奥が熱くなった。

 

 懐かしいあの場所へ今すぐ戻りたい。サシャに会いたい。ミコトに会いたい。そう思うほど一時の気の迷いだったといえ、彼らを裏切った罪悪感は深く棘の根を張った。

 

 今だけは、どうかそのことを忘れたい気持ちで一杯だった。

 

 「黒猫とレンが時間を稼いでる。けどフユメさん相手じゃそろそろ頃合いだ…急いで此処を離れよう」

 

 メイリンはミーナを抱きながら急いでテントを出た。テントから出るとそこは密林に入り込んだかのような雰囲気で、微かな獣道とその周囲にはある程度の生物なら潜める茂みが囲むように広がっていた。

 

 メイリンも警戒していなかった訳ではない。身を潜めれる場所なんて茂み以外にも幾らでもあった。まだ中を確認しきれていないテントに木々の木陰、もしかしたら登って枝に潜んでいるのかもしれない。

 

 だか比較的に警戒が薄れたのは開けた場所。それも真正面なんて一番警戒しなかった。

 

 不意にメイリンの横を巨大な何かが横切った。細長く、先端には人影が映っていたような気もした。

 メイリンは目を見開いたまま直ぐに振り返ってその正体を目の当たりにした。

 

 それは地面に杭のように打ち付けられた細長い金属の彫刻が入った槍、そしてその先端の方に人が映った。脱力した腕がぶらんと垂らして顔を横に向けていた。

 

 ベージュの長い髪が乱れてるのを見てメイリンに悪寒が走る。恐る恐る彼は槍に貫かれた女の顔を確認した。直ぐに逃げるべきだとも思ったが自分の頭の中で想像してしまった最悪の妄想を否定したくなったのだ。

 

 そしてメイリンはミーナを抱えたまま片手を差し出して女の顔を確認した。

 

 「おい…嘘だろ…」

 

 メイリンの手はわなわなと震えていた。冷や汗が手の甲を伝って溢れ落ちる。緊迫した空気のなかで息を詰まらせているのを客観的に見て、そして体感した。

 

 その張り付けた様子は抱かれているミーナにも感じ取れた。

 触れ合う胸、彼の心臓の鼓動が肌身に感じれると不意に早くなっていることに気が付く。

 

 それから何か悪いことが起きているんだという考えに辿り着くまでに時間は掛からなかった。

 

 「……レン?」

 

 メイリンが見たものは虚ろを向いたまま口から血を流して槍で胸部を貫かれたレンで間違いなかった。

 

 彼の悪寒は肌をピリピリと刺激して鳥肌させた。言い表せない恐怖に襲われると今、自分には何処にも逃げ場はなく、脚の力が抜けて、切断されたのではないかと疑った。

 

 身近だったものが突如、帰らなくなった恐怖。

 メイリンはミーナを抱く手の力を強めた。息を荒げて嫌な発汗をしていることに気が付くと途端、彼女に触れていた手が同じ体温になった気がした。

 

 直ぐに彼は手を戻す。

 

 「メイリン。槍を抜いてくれないかな?」

 

 女の声がしたがメイリンは直ぐに声の方向は向かなかった。もう彼の中では声の主が誰なのか見当がついていた。

 

 唇を震わせながら彼は俯いてその名前を言った。

 

 「フユメさん………っ」

 

 メイリンは声の方向を向いた。

 

 腰まで届く長い髪を揺らしながらフユメは、メイリンたちの正面に立って行く手を阻んでいた。

 片手にレンに突き刺さった槍と同じ物を持って瞳の内にミーナを捉えていた。

 

 メイリンはフユメを見た瞬間、おぞましい寒気に襲われて嫌な汗がいろんな所から噴き出して見開いた目が痛くなった。

 

 「そんなに驚くことはないよ。ミーナを置いていけば君には何もしない。さぁメイリン。怖がらないで」

 「渡せって言われて渡す訳ねぇでしょうよ…」

 

 メイリンはポーチから球状の物体を取り出すと見せびらかすように突き出した。

 

 フユメはその正体が分からぬまま呆気とられていた。特に何か、その球状の物体で攻撃しようとしてくる気配もなかった為、その木の枝を組み合わせて作ったような物体を警戒することしか出来なかった。

 

 「オレぁフユメさんと殺し会う気ぁサラサラねぇけど大切なモンを失う気もサラサラねぇんだ」

 

 そう言ってメイリンは球状の物体をフユメの近くに投げ捨てた。

 

 フユメは咄嗟に槍で突き刺して地面に叩き付けた。瞳孔を開いたまま静かな時間が訪れると彼女は目をぱちくりさせて突き刺した球状の物体を見た。

 

 「臭い?」

 

 フユメは少し顔をしかめていた。

 突き刺した物体から溢れ出る独特な臭いに気が付くと彼女は黙り込んだ。

 

 するとそんなフユメの隣をメイリンたちは颯爽と駆け抜けて行った。フユメは呆然としたまま振り返った。

 

 「え?」

 

 不意に漏れた驚きの声。あまりにも拍子抜け過ぎたメイリンの行動に呆気とられていた。

 

 「え?は?ちょっと…っえ?」

 

 走り去ったメイリンは既に消えそうな位置にいる。フユメは槍を構えて目を細める。

 そして槍を銛のように放とうとした瞬間、地面が揺れた。

 

 彼女は地面の揺れに足を取られて正確に狙いを定めれず、矛先を下ろして臨戦状態へ入る。瞳の先に、映る双角に矛先を再び構えた。

 

 「臭いはディアブロスを引き寄せるため…これを使って逃げるつもりだったんだ…」

 

 

 

 

 

 

 

 

 メイリンたちは走り続けた。フユメは遠い後ろの方に、姿を消して長い距離を走ったことを実感した。

 

 振り返って見ても、後ろには誰の影もない。それを確認するとメイリンは腰が抜けるような脱力感に襲われた。

 

 しかし、それは野性的な直感だっただろう。悪寒とも呼べる寒気が全身を包んで彼の脳を働かせた。それと同時に身体は一歩後ろへ下がった。

 

 その瞬間メイリンの目の前に槍が突き刺さった。柄がぐわんぐわんと振動して深く突き刺さっていた。

 メイリンは戦慄した。その動揺は嫌な汗となって全身からぶわっと噴き出して槍の先端を見下ろしていた視線を恐る恐る上へと上げていった。

 

 緋色の髪を靡かせたフーカがメイリンらの真上、木の幹から彼らを見下していた。最後に会ったときとは比べ物にならないほどの冷たい視線、それだけで射殺せそうな程、冷徹。

 

 「嫌だなぁ…その目」

 

 ズリズリと後退りしていると槍を引き抜き、フーカは彼らの前に立ちはだかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




遅くなってすいません。
長い葛藤の末、
何とかこの作品は走りきろうと決めました。


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