TSUBAMEを斬りたいのでSAMURAIになりたいと思います。 (天丸)
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第一歌 SAMURAIと初ログイン

防振りのアニメ面白ぇ。せや、防振りとfateのクロスオーバー書いたろ!
という思い付きから生まれた作品。どうしてこうなった…。

初投稿作品なので暖かい目で見守ってやってください。


『ΝewWorld Online』。かつてない程の自由度を誇るVRMMOとして今人気急上昇中のゲームで、装備やアイテムなどの種類も豊富で、条件を満たすとスキルの取得が可能であるため、やり込み要素も多いらしい。

 

 何故私がこれを手にしているかというと、本日、同僚兼友人がおすすめゲームだからやる、と言って渡してきたのだ。友人は既にやり込んでいるらしく、折角譲り受けたのにやらないのも勿体ないと私も機材を揃えた。初心者の私でもできるのか些か不安でもあるが、まあ普段から仕事漬けの私を気遣ってわざわざ購入してくれたのだし、人の厚意には甘えておこう。

 

 とは言ったものの、何分この手のゲームは初めてなので遊び方どころか何を楽しめばいいのかすら分からん。普段やっているゲームといえば○トリスやぷよぷ○なのでそもそものジャンルが違う。魔法やHP、MPといった基本的な用語は説明書に書いてあったので覚えたが、中身までは分からない。友人は冒険して敵を倒したりアイテムを集めたりして楽しめばいいと言っていたが、どんなものか想像もつかん。一体どんな風にプレイすればいいのか……。まあ、なるようになるか。

 

 早速ハード機体の設定を済ませ、ゲーム開始の準備を整えたところで、私はゲームを起動させた。

 

 

 洋風の建物が建ち並び、多くのプレイヤーが集まる城下町に一人の男が現れた。

 腰まで伸びる群青色の長髪を後ろで結い、腰に刀を携えた蒼い双眸の青年──誰あろう、私である。身長や顔は弄れなかったが、髪型と目の色は自由に変更できたので思い切ってイメチェンしてみた。我ながら結構様になっていると思う。

 容姿はバッチリなので、次はステータスだ。ステータス、と唱えるとパネルが浮かび上がりステータスを表示する。

 

 コジロウ

 Lv1

 HP 38/38

 MP 16/16

【STR 0〈+18〉】

【VIT 0】

【AGI 60】

【DEX 40】

【INT 0】

 装備

 頭【空欄】

 体【空欄】

 右手【初心者の刀】

 左手【初心者の鞘】

 足【空欄】

 靴【空欄】

 装飾品【空欄】【空欄】【空欄】

 スキル

 なし

 

 ふむ、特に問題はない。友人からのアドバイスで『ステータスは自分のプレイスタイルに必要なものにだけ振っておけ』と言われたので【AGI】と【DEX】に振り、友人から教わった速攻クリティカルアタッカーというものを目指すことにした。ちなみにプレイヤーネームは本名の下の名前をそのまま採用している。刀を選んだ理由? かっこいいからだが何か? 

 

 それにしても話には聞いていたとしても何とも現実味のある世界である。建物やプレイヤーを見ればここが電脳空間だと理解できるが、景色だけを見れば現実と遜色ない。確かにこれは面白い。始めてまだ何もしていないが見ているだけでも楽しくなるのだから、実際にやってみれば確実にハマるだろう。これは滾る。

 

 もう辛抱たまらんとばかりに私は町から外に出た。暫く進んで行くとすぐに木の生い茂る森に入ったので、獲物となるモンスターを探していく。するとすぐ側の茂みからモンスターが飛び出して来た。

 

 飛んで火に入る夏の虫とはこのことだ。ククク、我が刀の錆にしてくれるわ。

 

「ハァッ!」

 

 刀を鞘から抜刀し、正面からモンスターに一閃、すれ違いざまに首を斬り捨てる。すると、モンスターは鳴き声を挙げ、エフェクトと共に散っていった。

 

 ふっ、決まった(ドヤァ)。

 

 なるほどどうしてこれはなかなか快感だ。何と言うか無双している感じが凄い。確かにこれは積みゲーにはないものだ。気分も高揚しているせいかもっと敵を斬りたくなってくる。

 

 ヒャッハー、この調子で狩り続けてやるぜェ! 

 

 

 暫くモンスターを辻斬りし続けていたら段々このゲームの仕組みが分かってきた。どうやら頭、首、心臓のいずれかを斬り捨てるとクリティカル判定になり、通常の攻撃よりも遥かに高いダメージを出せるようだ。STRにまったく振らなかったので心配だったが、DEXを上げていたおかげか今の所クリティカルヒットも多発しているため、殆どのモンスターが一撃で倒せた。

 それに、モンスターを狩っているといつの間にかこんなスキルも手に入った。

 

【一意専心】……クリティカル発生率が10%上昇する。

 取得条件……クリティカルヒットを途切れさせることなく一定数連続で繰り出す。

 

 このスキルを手に入れてからは比較的にクリティカルが出やすくなったので効率がぐーんと上がった。ついでに武器の基本スキルも取得していた。

 

 しかし、この辺りの敵は粗方狩り尽くしてしまったのでこれからどうするか。町に戻るにしては早い気がするし、移動しようにも何処へ行こうか。

 なんとなく、遠くを見渡しているとかなり先に山があるのが見えた。折角なので行ってみようと思うが、歩いて行けば確実に数時間はかかりそうだ。

 

 よし、走るか。

 

 身を屈め、低い姿勢から勢い良く走り出す。ステータスポイントの六割を【AGI】に振っていたため、そこそこのスピードになるとは思っていたが、想像よりもかなり速い。景色が流れるように変わっていく様と身を切る風の心地良さから更に足に力が入る。もっと速く、もっと速くと一心不乱に走る。そのままスピードを落とすことなく、数十分走り続けているといつの間にか山の麓に到着していた。

 

『スキル【疾走】を取得しました』

 

 はぁはぁ……死ぬ……死んでしまうぅ……調子に乗って馬鹿みたいに走るんじゃなかった……。

 

 その場に倒れ伏し、息を整えながら先程取得したスキルを確認していく。

 

【疾走】……AGIが20%上昇し、DEXが3%上昇する。

 取得条件……全力疾走の状態で一定距離を走りきる。

 

 おお、これはかなり良いスキルなのではないだろうか。速さが20%上昇する上にクリティカルが更に出やすくなるというのだから更に効率よくモンスターを狩れるようになる。瀕死になるまで走った甲斐があった。

 暫くその場で休み、汗を引かせていく。

 

 それにしてもこんな遠くまでよく来たものだ。ここまで来たのだからせめて何かしらあってくれないと困る。休みながら山を見上げていると、山の中腹に何か建物が建っているのが見えた。

 

 あれは、小屋か? 

 

 大きさや形からして小屋に間違いないと思うが何故こんな所に。体力が回復したのを見計らって、その小屋の正体を確かめるべく、登山を開始した。

【疾走】のおかげで今までよりも更に速くなっているため、山を登ることが困難ではなかったのが救いだ。

 

 暫く登り続け、目的地に辿り着くやいなや、思いもよらぬものが目に飛び込んできた。

 

 ……何故にこんな山奥に畑? 

 

 そこには平らな土地に耕した跡が残っており、農具が置いてある。一体何故こんな所に畑があるのかと不思議に思いながら辺りを見渡すと、奥に山頂へ通じる道を発見した。

 

「待たれよ」

 

 取り敢えず行ってみようと足を踏み出した瞬間、何処からともなく声を掛けられた。辺りを見回すと、岩の上に老人が佇んでいた。

 

「いやはや、こんな所までやってくる物好きがいようとは。何とも酔狂な御仁だ。拙者は剣聖と呼ばれている者だが、我が剣に適う者が現れず暇を持て余していてな。今はそこの畑を耕しながらこの道の番人をしている。ここを通りたくば拙者を斬り伏せてからにして貰おう」

 

 背中に長い刀を背負った老人が嗄れてはいるが流暢な声で一息に話し尽くすと、半透明の青いパネルが浮かび上がり、【クエスト 剣聖の試練】と表示されていた。

 達成条件は剣聖の撃破。制限時間はなく、敗北しても失敗にはならないらしい。

 

 どうやらこの先に行こうとすると、クエストが発生するようだ。しかし、山頂に行く前に門番がいるとは。恐らく山頂には大層レアなアイテムか何かあるのだろう。このチャンス、逃す手はない。

 私はクエストパネルに了承の意を示した。

 

「ならば構えるがいい」

 

 老人は軽やかな動きで岩から降りると、刀を抜いた。私も呼応するように腰の刀を抜き、油断なく構える。

 

「剣聖・名無し、いざ参る」

 

 そして、私と老人は同時に刀を振り抜いた。

 




型月の佐々木小次郎は幼少期、山奥に隠居した剣聖の剣技に魅了されて剣の道に入った。ということなのでオリキャラとして登場させてみました。

ステータスを少し変更しました。


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第二歌 SAMURAIと剣聖

 結論から言うと、ボロ負けした。

 

 あの爺さん頭おかしいよ。何処から斬り込んでも返される上に反撃される。かといって下がったらめっちゃ斬り込んでくる。しかも動きがまったく見切れない。同じ攻撃でも相手はこちらの防御をすり抜けてくるので防ぎようがない。それでも何とか躱し、隙を見て斬り込もうと思っていたら、いつの間にか構えてた爺さんの刀が三つになって同時に三箇所から斬り捨てられた。

 

 

 な……なにを言っているのかわからねーと思うが私も何をされたのかわからなかった……催眠術だとか超スピードだとかそんなチャチなもんじゃあ断じてねえ。もっと恐ろしいものの片鱗を味わったぜ

 

 

 何処からか怪電波を受信したが気にしないで欲しい。

 それにしても、あの爺さん本当に強い。最後の技なんて躱しようがないし、はっきり言って勝てる気がしない。

 ここは諦めるのが正しい選択なのだろうが──私は諦めるつもりはない。いっそ清々しいほどの惨敗だが、負けたまま引き下がるというのは納得できない。こうなったら敗北覚悟で挑み続けてやる。そうすればいつかは勝てるはずだ。たぶん恐らくきっとメイビー。

 

 という訳で暫くはあの爺さんに挑もうと思う。正直、序盤にこんなところで足踏みしてていいのか気になるが、こうなればもう意地だ。あの爺さんに勝ってやる。

 

 

 今日も惨敗した。何とか食らいついていたが、攻め過ぎて上段からの振り下ろしを繰り出した時に、カウンターで首を飛ばされたり、防御に徹し過ぎて、唐突な刺突に反応できず喉を貫かれたりした。やられ方は千差万別だが、敗北の二文字はまったく変わらなかった。反撃の糸口すら見えず、ひたすら急所を攻撃されて一撃でやられた。どうやら昨日の対決は様子見で、本気ではなかったようだ。あれで本気じゃないとか本当に人間やめてますねあの爺さん(白目)。

 まだまだ先は長そうだ。

 

 

 今日も今日とて惨敗した。今日は手で長刀を掴んで動きを止めようとしたが、掴んだ瞬間に柄を弾いてこちらの手を斬り、怯んでいるうちに首を飛ばされた。隙がないとは思っていたが流石に無さすぎでは。これからは怯まないようにしていこう。

 そういえば今日リスポーン地点に戻ったら新しいスキルを手に入れた。【挑戦者】というスキルなのだが、どうやらこれがあれば負けても経験値が取得できるらしい。これでピンと来たのだが、スキルを使えばあの爺さん相手にいい勝負ができるのではないだろうか。

 思い立ったら即行動ということで早速、有用そうなスキルの情報を集め、別のクエストをこなして【超加速】というスキルを手に入れた。速さが増すスキルなのでここぞという時に発動すれば一矢報えるかもしれない。

 

 

 今日はそこそこ善戦した。少しずつではあるが、刀の動きを感じられるようになってきたので、以前より比較的に躱せるようになった。攻撃に関してもいい線までいっていたと思う。初めはタイミングを考えず【超加速】を使いまくっていたが、その速さに振り回され隙だらけのところをやられたり、効果が切れた瞬間に斬られたりした。だが、スキルに慣れてからは動きが格段に良くなり、斬り込む瞬間に発動させると首を飛ばす寸前までいった。まあ、ギリギリで上体を反らして避けられたが。しかし、勝ち筋は見えてきた。この調子でいけば近いうちに勝てるかもしれない。

 あとあの爺さんと戦ってる時に爺さんの動きを真似たら動きが良くなった気がしたので、動きだけでなく口調や仕草も真似るようにしてみた。これが勝負に関係するかどうかは不明だが、取り敢えず続けてみようと思う。

 

 

 今日はなんとあの爺さんと斬り合えるようになった。最初の惨敗から考えると信じられないくらい濃密な戦いになっていると思う。少しずつではあるが爺さんに傷を負わせられるくらいにはなっているし、Lvもかなり上がった。装備は相変わらず初期装備のままだが、防具を着ても動きが悪くなるので、一番動きやすい今の装備が好ましい。

 それに新しいスキルも一つ手に入れた。手に入れた経緯がかっこ悪いが、気にしたら負けだ。まあ、気にしなくてもずっと負けてるが。しかし、これが爺さんに通用するかどうかを考えると微妙だ。爺さん以外の相手になら有効なんだろうが、本人に使っても猿真似にしかならないだろう。まあ、折角のスキルなのでとっておく。

 この延々と続く勝負もそろそろ終わりが見えてきた。

 

 

 今日は勝利寸前までいった。あと一歩という所まで追い詰めたが、あの三つに増える斬撃でやられた。あの魔剣への対抗策を考えないと勝利は訪れないだろう。しかし、あの剣は躱したり防ぐことは不可能だが、攻略できない訳ではない。

 今日の最後の戦いで取得したあのスキルは非常に強力なものだ。それも、逆転には持ってこいのスキルと言える。

 もし、私の考えている策が上手くいけばあの爺さんを倒すことができるかもしれない。

 覚悟を決める時だ。明日の勝負で決着をつける。

 

 

 満月の夜、空に雲が棚引き姿を見え隠れさせる月の下、二人の侍が対峙していた。

 遂にこの時がきた。私は、戦いが始まるというのに刀を構えず脱力した状態の目の前の剣聖を見据える。

 

「其方も懲りぬものよ。幾度敗北を期しても何度も噛み付いてくる。正しく鬼神の如き執念。さて、今宵こそはこの首にその刃が届くかな?」

 

「知れたこと。何度敗北の苦渋を味わおうとただ一度の勝利でこちらの勝ち。ならば挑み続けるほかあるまい。だが、その挑戦もこれまでだ。我が剣、届くのかと問うたな。その答え、己が身で証明してみせよう」

 

 何度も繰り返した問答。負け続けること実に百回。しかしそれも今日で終わりだ。今日こそはその首、獲ってみせる。

 静かに剣を構え、相手を射抜くような視線を向ける。そして、もはや暗黙の了解となった開幕の合図を告げる。

 

「刀使い・無銘 コジロウ」

「剣聖 名無し」

「「いざ尋常に」」

 

「「勝負!! 」」

 

 名乗りを上げるやいなや、互いに刀を交える。ひとたび斬り結べば火花が散り、刹那の間に何十もの剣戟が交わされる。

 目に見えないほどの剣の応酬。下段からの掬い上げ、中段からの突き、上段からの袈裟斬り。状況に応じて最適な剣を繰り出す。しかし、それらは呆気なく捌かれ、逆にこちらが反撃される。それを防いで次の攻撃に転じようとするも、それを見越したかのように鍔迫り合いに持ち込まれる。

 

 ここで押し負けて弾き飛ばされれば、その瞬間にあの魔剣を叩き込まれる。だが、こちらが弾き飛ばそうにも膂力が足りない。ならばと足払いを繰り出すも、難なく防がれる。だが、相手が防いだ隙に後方に跳び、何とか危機を脱する。

 そして、油断なく構える私と剣聖の視線が交じり合い、火花が散るのを幻視させる。この状態が何時間も続いている気もするし、一分も経っていない気もする。だが、それなりの時が流れたのは確かだろう。

 

 ここで仕掛ける! 

 

 そんな膠着状態に一石を投じるように、私は【超加速】を発動させ、斬り掛かる。突然のスピードの変化に一瞬の逡巡を見せる剣聖を見逃すことなく、今までの全てをつぎ込んだ剣戟を浴びせる。

 防戦一方となった状態の剣聖だが、それでも危なげなく一つ一つ丁寧に捌いている。

 このままいけばこちらの【超加速】が切れ、逆転されるといういつもの焼き増しになるだろう。だが、そうはいかない。剣聖が攻撃を防ぐ瞬間を見逃すことなく注視する。そして、その時は来た。

 

 ここだ! 

 

 右からの振り下ろしを弾いた剣聖が思わず見せた一瞬の隙。相手の右脇腹の防御が外れたが、刀を弾かれた今の状態ではその隙を突くことはできない。しかし、こちらの武器は刀だけではない。

 私は腰に差していた鞘を左手に持ち、相手の脇腹に思い切り叩き付けた。

 

「ぐぅ!」

 

 思わぬ衝撃に剣聖は堪らず距離を取る。だが、それを許すはずもなく、私は勢い良く相手の懐目掛けて飛び込む。

 

【超加速】の効果時間はあと僅か。今の優勢は【超加速】でのもの。効果が切れれば速さに慣れた剣聖と遅くなった私ではどちらが勝つか一目瞭然、ここで決めなければ負ける。

 

 覚悟を決めて飛び込む私に対し、剣聖はここで初めて構えを見せた。その構えこそ今まで私を敗北に追いやった魔剣を繰り出す必勝の型。

 だが、それを読んでいたからこそ私はこの死地に飛び込んだのだ。今こそ、その必勝の理を覆すとき。その技、破ってみせる! 

 

「ハァァァ!」

 

 身を奮い立たせる雄叫びを上げながら私は相手の間合いに入る。そして遂に、その絶技が放たれた。

 

「【秘剣・燕返し】!」

 

 剣聖の長刀が三つに増え、全く同時の三方向からの斬撃を放った。躱す術のない不可避の技に、私の体は為す術もなく切り刻まれる。そして、力を失った体はゆっくりと落ちていく。

 剣聖はその様子を見届けるとほんの一瞬、気を抜いた。それが勝負の決め手となった。

 

「【不屈の意志】」

 

 死に絶えた体に再び力が甦る。地に沈むはずの体は大地を踏み締め、驚愕する剣聖に勢いのまま刀を振り抜き、刀身はその身を斬り裂いた。そして、役目を果たしたと言わんばかりに私の刀は砕け散り、長きに渡って行われた私達の戦いは、遂に幕を下ろした。

 

 勝った……遂に勝った。

 

 私の心中を勝利の喜びが駆け巡り、脳が沸騰するほどの興奮を覚える。

 やはり勝利の決め手となったのはこのスキルだったか。

 

【不屈の意志】……HPが半分以上ある状態で即死状態になる攻撃を受けても、HPが1だけ残る。

 取得条件……同じ戦闘相手に勝利するまでに100回以上敗北する。

 

 百回目の戦いに敗北してこのスキルを取得した時に、相手がこちらを倒して油断した瞬間に奇襲するという作戦を思い付いた。在り来りな策だったが、結果は効果覿面、その体に刃を通した。切り札として用意していたことは確かだが、それでもここまで上手くいくとは思っていなかった。

 

『クエスト 剣聖の試練を達成。

 スキル【心眼(偽)】を取得しました。

 スキル【透化】を取得しました。

 スキル【宗和の心得】を取得しました』

 

 クエストクリアの表示が現れると同時に、まだ倒れていない剣聖の姿を見る。すると、彼は徐に背中から長刀の鞘を取り外し、刀を鞘に収め、こちらに向かって差し出した。

 

「持って行け」

 

「……良いのか。それは貴殿の得物だろうに」

 

「最早この身には必要ないのでな。何、楽しませてくれた礼だ。遠慮なく受け取れ。それに、この刀もより良い使い手に渡ることを思えば悪くない。……この道の果てには幾人もの強豪を喰らった恐るべき魔物が待ち構えている。行ったところでただの活きのいい獲物になるのが関の山だろう。それでも行くと言うのなら───かの魔物、見事討ち果たしてみよ」

 

 私はその言葉に応えるように、彼の手からその魂とも言える長刀を受け取った。

 

「承知した。その魔物、仕留めてみせよう」

 

「……そうか。案ずるな、其方ならば勝てるとも。…………死に際に拙者を越える剣士が現れるとは。人生、ままならぬものだな。だが、それも良い」

 

 最後に口元に笑みを浮かべ、剣聖の体は光の粒子となって夜空に消え去った。その光景はどこまでも雅なもので、私は静かにそれを眺め、夜空に昇る光の粒子を見送った。

 




【挑戦者】…戦闘に敗北しても、経験値の半分を取得できる。
取得条件…同じ相手に10回以上敗北する。

【不屈の意志】と【不屈の守護者】が被っていることに投稿してから気が付きましたが、【不屈の意志】は【不屈の守護者】の上位互換とお思いください。

※内容を少し編集しました。


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第三歌 SAMURAIとTSUBAME

今回でタイトル回収。
しかしこの程度でTSUBAMEと呼んでいいのか………。


 剣聖の最期を見送った私は、それから少しの間感傷に浸っていた。流石に百回以上も顔を合わせていたのだから、思う所も多分にあった。後悔はないが、どこか寂しさを感じる。本来あれはNPCなので、こんなことを思うのはお門違いかもしれないが、このゲームのリアルな造形と私が初心者ということも相まってこんな気持ちを味わわせる。

 だが、いつまでもセンチメンタル決め込む訳にもいかない。折角山頂までの道が開けたのだから、ここはポジティブにいこう。

 

 さて、センチメンタルモードから脱却したことだし、この道が何なのか調べてみよう。幸いなことに、道の入口に看板があるので、そこに書いてある文字を読むことにする。

 

『ダンジョン【飛燕の山道】』

 

 どうやらこの山道はダンジョンになっているらしい。ダンジョンというのは宝やモンスターのいる危険な領域のことだったと思う。あながち山頂にお宝があるというのも的外れな予想ではなかったようだ。

 

 早速ダンジョンに突入したいところだが、その前に先程取得したスキルやおニューの刀の性能を見てみたいと思う。まずはこの長刀から見ていくとしよう。

 

『物干し竿』

【STR +40】

【DEX +20】

 スキルスロット 空欄

 

 ふむ、どうやらSTRとDEXに補正が掛かる武器のようだ。STRの低い私にうってつけな武器だ。このスキルスロットとやらは説明書に書いてあったので、どんなものかは分かっている。確かスキルスロットには身に付けたスキルを付与が可能で、そうすると一日に五回だけMPの消費をせずに発動できるらしい。付与したスキルは二度と取り戻せないというデメリットもあるが、特に問題ないだろう。まだ相応しいスキルを手に入れていないので、これは空欄のままにしておこう

 

 次はスキルだ。確か三つ取得していたが、どのような効果があるのだろう。あれだけの強敵を倒したのだからそれなりに強いスキルだとは思うが。

 

【心眼(偽)】……自身への攻撃を一度だけ回避し、クリティカル威力を30秒間40%上昇する。一度使用すると30分間のインターバルを必要とする。

 取得条件……クエスト『剣聖の試練』をクリアする。

 

【透化】……気配を遮断し、敵に見つりにくくなる。ただし、攻撃時には効果が弱まる。更に、精神干渉を無効化する。

 取得条件……クエスト『剣聖の試練』をクリアする。

 

【宗和の心得】……自身の間合いの内側においてのみ攻撃が必ず当たるようになり、クリティカル発生率を30%上昇させる。

 取得条件……クエスト『剣聖の試練』をクリアする。

 

 おお、強力なスキルだとは予想していたがここまでとは。何一つ外れの無い凄まじいものばかりだ。

 

 一つ一つ分析していくと、【心眼(偽)】は発動すれば不可避の攻撃であろうと回避することが可能な上に、技を出して隙だらけの相手に高威力のクリティカルを喰らわせることができる。

【透化】は奇襲の成功率が上がるし、精神干渉系のスキルを無効化できる。

【宗和の心得】は相手が攻撃を躱そうと問答無用で攻撃が通るし、クリティカルの発生率も上がるため、【心眼(偽)】と相性抜群である。これで勝つる。

 

 まあ、これでスキルの確認はできたのでこの話は置いておこう。それよりも考えなければならないのがこの先にいるという魔物だ。

 正直に言えばあの爺さん、もとい剣聖を倒すことに躍起になっていたからこの道のことをすっかり忘れていた。剣聖が何も言わなかったらそのまま帰っていたと思う。本末転倒とはまさにこのことだ。

 

 普通ならここで一旦町に戻って準備をしてから攻略するものだが……あんなことを言った手前、戻ろうとも思えないのでこのまま突入する。

 幸いにもポーションなどの回復アイテムは普段から所持しているのでHPは既に満タンまで回復させてある。装備は初期の紙装甲のままだが、元々VITにまったく振っていない回避専門なので問題ない。肝心の武器だが、最上の業物が一振り。これさえあれば大抵の敵は紙屑にも劣るだろう。刀身の長さが違うので間合いを掴むために慣らさなければならないが、タイミングのいい事に山頂までの道中、モンスターが溢れている。登山の道すがら練習相手になってもらおう。

 

「では、行くか」

 

 そして私は山頂へ向かって足を進めた。

 

 

「む、何だ。もう頂上か」

 

 モンスターを斬りながら登ること十数分、あっという間に山頂は見えてきた。問題となっていた刀の扱いも元々、私の戦い方は剣聖の動きを基本としていたのですぐに感覚を掴めた。更に【長刀の心得Ⅰ】というスキルを取得してからは今までと遜色なく振るえるようになっていた。むしろ今までよりも技のキレが増していたように思える。嬉しくなって片っ端から斬っていたらあっという間に【長刀の心得Ⅴ】までスキルレベルが上がった。かすり傷くらいは覚悟していたが、無傷でここまで来れたので僥倖である。

 だが、ここからはそうはいかないだろう。

 

 道の終わりに岩の鳥居らしきものがあり、その先が見えなくなっている。間違いなくボス戦だ。剣聖が門番を務めたダンジョンのボス。一筋縄でいかないことは確実。いや、剣聖以上の強敵の可能性が高い。

 そう思うと、自然と手が震える。私の中にある弱い心が引き返せと悪魔のように囁いてくる。

 だが、引き返すことなどしない。彼は勝てると言った。ならば、証明しなければならない。彼を打ち倒した私が、証明してみせる。

 

 気付けば震えは止まり、手により一層力が入った。心の中で闘志が燃え盛る。体が高揚するが、頭は冷静を保つ。

 

 よし、行こう。

 

 決意を胸に、私は鳥居を潜り抜けた。

 

 

 鳥居を潜るとそこは鳥の巣の中だった。ここがボス戦の場所ということは、ボスはやはり鳥の類いか。ダンジョン名から予想はできていたが、厄介な相手だ。空中にいる敵には刀は届かない。そうなると防戦一方となり、こちらが不利になる。

 どう戦うか考えながら、ボスが現れるのを待っていると、突然何かが舞い降りた。

 

ピィィィィィィ!! 

「……来たか」

 

 けたたましい鳴き声と共に現れたのは、1メートルはあるであろう大燕だった。腹周りが白く、顎の辺りが赤、それ以外が黒い模様の本来の燕と同じ色合いだが、その翼は見事な光沢を宿し、嘴はドリルのように尖っている。

 

 これが、飛燕。

 

 その姿を観察していると、燕はその瞳をこちらに向けた。その瞬間、私は悪寒を感じ、すぐさま右に飛び退いた。

 すると、先程までいた場所に鋭利な嘴が突き刺さっていた。

 

 速い! 

 

 目で追えないほどの速度。あのままあそこに突っ立っていたら確実にやられていた。なるほど、剣聖が『魔物』と言う訳だ。充分過ぎるくらいの化け物である。

 

 燕は嘴を抜くと飛び上がり、その場で羽ばたき始め、やがて機関銃をぶっ放すが如く翼からいくつもの羽根を飛ばしてきた。

 私はすぐに刀を構え、【宗和の心得】の効果で攻撃を外すことなく、間合いに入った羽根を全て打ち落とす。羽根は当然のように刀身とぶつかる毎に甲高いを鳴らす。

 

「たかが羽根と侮れば全身に風穴が開く、か」

 

 鋼鉄の如き硬さの羽根をこんなスピードで放たれればそれは最早弾丸と大差無いだろう。燕は更に数を増して羽根を飛ばすが、こちらも負けじと刀を振るう。

 何度も耳障りな金属音が巣の中に響き、私を不快にさせる。いくつもの羽根が巣の中に散らかり、辺りを羽毛が舞う。

 

 羽根を撃つのをやめた燕は、その場で旋回し始めた。すぐに燕の姿は見えなくなり、旋回の影響で風が吹き荒れ始めた。そして、燕を中心に竜巻が発生した。

 

「飛び回るだけで竜巻を生み出すとは……何とも規格外なやつよ!」

 

 巻き込まれないように刀を巣に突き刺し、その場で踏ん張る。この風に呑み込まれたが最後、あの嘴に貫かれるだろう。それだけは何としても防がねば。

 だが、この技の恐ろしいところはここからだった。突如、私の頬を何かが掠めた。

 

「これは……羽根が風の影響で飛んでいるのか」

 

 先程ばら撒かれた羽根が、竜巻の影響で再び弾丸のように飛び始めた。横から撃ち込んでくる羽根を刀で打ち落とせば、体の踏ん張りが効かず、竜巻に呑み込まれる。かといって放っておけば体を撃ち抜かれる。実に嫌らしい攻撃だ。

 

「だが、この手は私には悪手だ」

 

 刺していた刀を抜くと同時に、私は風の吹く方向に走った。私の体は風の流れに乗り、段々と速さを増していく。そして、飛び回る羽根に追い付くと跳躍し、飛んでいる羽根を足場にして竜巻の中心目掛けて刀を振るった。

 

「ピィィ!?」

「まずは一太刀」

 

 いきなりの衝撃に燕は旋回を中断せざるを得ず、竜巻は消滅し、羽根はひらひらと舞い落ちる。燕の上に表示されているHPゲージを見ると、既に二割も削れていた。

 どうやらこいつは速さはあるが、耐久性はないに等しいようだ。

 

 傷を負わされた燕は、今度は縦横無尽に飛び始めた。これまた弾丸のような速さでフィールドの中を飛び回り、すれ違いざまに翼で攻撃してくる。

 紙一重で躱すと、先程までいた場所に切れ込みが入っていた。

 

「これは……何とも凶悪な」

 

 あまりのスピードに、翼が刃の如き切れ味を宿しているのだ。もろに喰らえば胴体は泣き別れを免れないだろう。躱すにしても最早燕の姿はまったく見えず、耳元を風切り音だけが撫でていく。

 私は刀を構え、耳で奴の動きを探る。そして最も音が近づいて来た時、すかさず防御する。翼と刀がぶつかり合い、甲高い音を鳴らして交差する。動き自体は直線的なので来る場所を予測し、斬り払えば攻撃は入るが、その余波だけでこちらも僅かにダメージを受ける。それが何度も繰り返され、こちらの体力を徐々に削っていく。相手のHPゲージを見ると、既に半分以上削れていたので、強力な一撃を叩き込めれば一気に削れそうだ。

 

「このままでは埒が明かぬか。ここは一か八か、仕掛けさせて貰おう」

 

 再び燕の刃がこちらを切り裂こうと迫る。その瞬間にスキルを発動させる。

 

「【心眼(偽)】!」

 

 燕の翼が当たる瞬間、体が勝手にその場から跳躍して回避する。そして燕の頭上からその首目掛けて刀を振り下ろす。これ以上ない絶好のタイミングで放たれた必殺の剣は───本領を発揮した魔物には通じなかった。

 

 刀が触れる直前、燕のスピードが更に上がり、渾身の一撃は刃の如き翼で防がれた。HPゲージが僅かに削れるも、燕は堪えた様子もなく、再び縦横無尽に飛び始める。

 

「何と……! まだ速くなるか!」

 

 その速さはまさに音速と言っていいもの。先程までよりも格段に攻撃力も上がるだろう。しかも自分は空中にいるため回避行動も取れない。急いで体勢を立て直そうとしたが、狙いすましたかのような一撃がこの身を切り裂いた。

 

「ぐはッ!」

 

 私のHPゲージがみるみるうちに減っていき、1で止まった。【不屈の意志】がなければ即死だった。しかし、もうその手も使えない。あと一撃喰らえば終わりだ。回復する隙など与えられないだろうし、【心眼(偽)】は30分のインターバルが必要だ。

 

 不味い不味い不味い! 何とかこの状況を打破する手立てを考えなければ負ける! くそッ、考えが纏まらない。一体どうすれば……。 

 

 その時、ふと頭の中に剣聖との戦いが流れた。最後の場面、私が彼を倒したところ。【超加速】で極限まで加速した私が剣聖に突っ込む。まるで、この燕のように。それに対し剣聖は──。

 

「……光明が見えたか」

 

 だが、私にできるのか? あれは剣聖の技であって私のものではない。例え真似たところで劣化版が精々だろう。それで倒せるかどうか……いや、待て。あのスキルと【超加速】と【宗和の心得】を合わせればいけるか? 敵はあの速さだ。一撃の攻撃力が高まるのはこちらも同じこと。勝てる可能性はある。

 ならば、やるしかない。

 

「…………ここが勝負どころよな」

 

 己を鼓舞するように呟いた言葉はその場に消えていく。構えを解き、体全体を脱力させる。感覚を研ぎ澄まし、奴の次の動きを予測しろ。

 右……後ろ……左…………前! 

 

「【超加速】!」

 

 スキルを発動し、いち早く構えへと移行する。目の前には私を串刺しにしようと迫る燕。勝負は一瞬、奴が間合いに入った瞬間。この一刀に全てを掛ける! 

 そして、奴のその嘴が間合いに入ったその時、【宗和の心得】が発動する。これで私は絶対に攻撃を外さない。そして私は最後のスキルを発動させた。

 

「【模倣・燕返し! 】」

 

 それはかの剣聖の御業。頭上から股下までを裂く一の太刀、一の太刀の逃げ道を塞ぐ円の軌跡である二の太刀、左右への離脱を阻む三の太刀。それらをまったく同時に放つことによって繰り出される不可避の斬撃。

 

 防げるものなら防いでみせろ。

 

 燕の嘴は私の身を貫く───ことなく、勢いのまま地に墜ちた。墜落した燕の体には三つの斬撃がしっかりと刻まれていた。

 

「一念鬼神に通じる。人の身と侮ったな」

 

 何とか勝てた。正直体力を削り切れるかどうか賭けだったが、勝利の女神は私に微笑んだようで、燕の上に表示されているHPゲージは尽きていた。

 

【超加速】と【宗和の心得】だけでは燕返しを真似ることは不可能だったが、剣聖の真似をしている間に取得していたもう一つのスキルが役に立った。

 

【模倣】……これまでに戦った相手のアクティブスキルを一つだけ模倣する。ただし、性能は20%落ちる。

 取得条件……他者の真似と思わしき行為を一定時間やり続ける。

 

 このスキルで剣聖の燕返しを模倣し、【超加速】と併用することで本家本元にも劣らぬ技が繰り出せた。

 剣聖には通じないだろうから使わなかったスキルだが、今回の戦闘では大いに活躍してくれた。何が役に立つかなど、使ってみるまで分からないものだ。

 

『スキル【長刀の心得Ⅴ】が【長刀の心得Ⅹ】にレベルアップしました。これによりスキル【長刀術】を取得しました。

 スキル【刹那無影剣】を取得しました。

 スキル【燕返し】を取得しました』

 

 また新たなスキルを手に入れたが、一つだけどうにも見覚えがある。というかついさっき模倣した技だ。

 確かに敵は燕だったが、まさか燕を落として取得するとは何とも洒落が効いている。しかし、剣聖の技を受け継げるのであれば、これほど嬉しいことはない。

 あとで他のスキルも詳細を確認しておこう。

 

 そういえばあの燕はどうなったのかと、亡骸のあった方を向くと燕が消滅し、光り輝く魔法陣と共に大きな宝箱が現れた。

 説明文を読むと、【ユニークシリーズ】という単独かつ初戦闘でボスを倒したプレイヤーに贈られる一つのダンジョンに一つしかない希少なもののようだ。

 箱を開けると、中にとても見覚えのある装備が一式揃っていた。

 

【ユニークシリーズ】

『剣聖の陣羽織』

【AGI +25】

【DEX +15】

【自己再生】

【霊基再臨】

 

『剣聖の袴』

【AGI +15】

【DEX+25】

【自己再生】

【霊基再臨】

 

『剣聖の草履』

【AGI +30】

【DEX +10】

【自己再生】

【霊基再臨】

 

「くっ……はっはっはっはっはっ! これはまた洒落が効いているというかなんというか。狙っているのではあるまいな」

 

 笑いを堪えきれず、私は口を開けて笑った。

 それは間違いなく、剣聖の身に付けていたものと同じ装備だった。装備してみると、口調と相まって、彼の姿を真似ているようだ。

 思えば、この口調も真似ている内にすっかり板に着いてしまった。今から元の口調に戻そうとも思えない。そんなところにこの装備だ。まるで「やるなら完璧にやれ」とあの剣聖から言われているような気がする。

 

「よぉし、ここまで来たら徹底的に真似てやるとしよう」

 

 何せこれはゲームだ。現実とは違う仮想の世界。ならば、普段とは違う自分に成りきるのも面白い。

 初めはどう楽しむかも分かっていなかったことを思うと、自分も随分このゲームにのめり込んでいると自覚させられる。

 

 だが、それも仕方のないことだろう。何せ、この世界はこんなにも楽しいのだから。

 




装備やスキルの紹介は次回。


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第四歌 SAMURAIと周回と幸運E

ネタ回です。肩の力を抜いてお楽しみください。

それから作者はfgoのイベントに行ってきますので、次回の投稿は暫くお待ちください。

早期投稿は犠牲となったのだ…イベントの犠牲にな……。


 私コジロウ、今山の中にいるの。

 

 とまあメリーさんならぬコジロウさんな私だが、現在、飛燕のダンジョンの入口にいる。何故いきなりこんな所にいるのかということはひとまず置いておいて、先日取得したスキルの確認からしようと思う。

 

 あの世にも恐ろしい魔鳥、飛燕をスタントマンもびっくりな大立ち回りの末に見事討ち果たした私だったが、その後に取得したスキルの確認もせずにログアウトしたため、まだどのようなスキルか分かっていないのだ。あの時は剣聖を倒してからのダンジョン攻略だったからか、終わったあとで津波のように疲れが押し寄せてきて限界だった。最後の方はおかしなテンションになっていたが、あれが俗に言う深夜テンションである。

 

 何はともあれ早速、装備スキルの確認からしていこうと思う。

 確か【自己再生】と【霊基再臨】というスキルが設定されていたはずだが、【自己再生】はまだ何となくニュアンスで分かるが、【霊基再臨】はまるで検討もつかない。一体どういうスキルなのか見てみるとする。

 

【自己再生】……この装備は破損しても、一定時間経つと元通りになる。

 

 ふむ、これは予想通りのスキルだ。一点物だから壊れるくらいなら戦う時は別装備にしようと考えてもいたが、これなら問題なく着続けられる。

 それから気になる【霊基再臨】だが、どんなものなのだろう。

 

【霊基再臨】……レベルに応じて姿を3つまで変えられる。レベル1の状態で第一段階、レベル20の状態で第二段階、レベル40の状態で第三段階。

 

 どうやらレベルに応じて柄や着方を変えられるらしい。戦闘には何の関係もないスキルだが、装備している者を飽きさせない面白いスキルだ。例えば戦っている時に「私の本気を見せてやろう」とか言ってこのスキルを発動させたら熱いと思う。

 

 装備スキルはこれだけなので、次は飛燕を倒した後に取得した三つのスキルだ。どれから確認しようか迷うが、ここは私が気になっているものから選ぶことにする。

 まずは【刹那無影剣】からだ。名前からして凄く強そうだが……。

 

【刹那無影剣】……攻撃時、AGIの値の50%がSTRの値に上乗せされる。

 取得条件……飛燕を戦闘開始から10分以内に撃破する。

 

 おお、これは嬉しい。今までステータス的に火力不足が否めなかったが、遂にその沼からも脱却できる。それはそうと取得条件だが、強いスキルな分、取得条件も頗る難しい。相手の特性から防御力はないに等しいが、攻撃を当てるのには苦労するどころか並のプレイヤーなら目で追うことも難しい。それを短時間で倒すなど至難の業だろう。

 なんか自画自賛してる気がしてきたのでこれ以上はやめておく。

 

 次は確か【長刀術】というスキルだったか。これは【長刀の心得Ⅴ】がレベルアップして一気に【長刀の心得Ⅹ】になった時に取得したスキルだったと思う。見るからに長刀を扱うスキルだがどんなスキルなのだろう。

 

【長刀術】……以下の長刀スキルを内包している。

 ・【颪三連】……高速の三連突きを放つ。

 ・【風車】……後退しつつ斬り付ける。

 ・【雀刺し】……移動して斬り付ける

 ・【石花】……斜め上に発生の速い斬撃を繰り出す。飛び道具を打ち消す。

 ・【春雷】……前方に発生の速い斬撃を繰り出す。飛び道具を打ち消す。

 ・【痺れ鯰】……斜め下に発生の速い下段の斬撃を繰り出す。飛び道具を打ち消す。

 ・【鬼殺し】……相手の攻撃を受け流して斬り付ける当て身技。

 ・【風流し】……相手の攻撃を受け流して体勢を崩す当て身技。

 取得条件……スキル【長刀の心得】を限界までレベルアップさせる。

 

 なぁにこれぇ。何で一つのスキルにこんなにスキルが入っているのか説明して欲しい。というか一つ一つの説明を読んで気付いのだが、これ全部剣聖が使っていた技だ。スキル名こそ唱えていなかったが、どれも喰らったことのある技ばかりだ。ということは剣聖はこれをスキルではなくただの剣技として使っていたと? やっぱ化けもんだわあの爺さん。

 これは後で物干し竿のスキルスロットに装填しておこう。

 

 最後に【燕返し】だが、説明の必要がない。何度も見ているし、何なら模倣だが使っているのだから。

 だが、まだ見ぬ発見もあるかもしれないので念の為に確認しておく。

 

【燕返し】……限定的な多重次元屈折現象を引き起こし、並行世界から呼び込まれる3つの異なる剣筋が、完全に同一の時間に相手を襲う長刀専用スキル。

 取得条件……飛燕を同時に3つの斬撃を繰り出して撃破する。

 

 …………わけがわからないよ。本当に何だこれ。多重次元屈折現象? 並行世界?? こいつは一体何を言っているんだ(困惑)。

 取得条件とか私以外で取得できるプレイヤーいないと思う。同時に三つの斬撃とか腕二本しかない我々人類にできる訳がない。本当に何でできたんだろう私。

 まあ、これはもう“なんか凄い技"っていう認識で捉えておこう。

 

 色々とよく分からないこともあったが、これでスキルの確認は終わりだ。

 

 さて、ここからが本題だ。本日この山にやって来た理由だが、ずばり、お金稼ぎである。実を言うと、このゲームを始めてからほぼ全ての時間を剣聖への挑戦に費やしていたので、現在、私は圧倒的金銭不足に陥っている。具体的にはポーションを買い込んで一晩宿に泊まって飲み食いしたら全部消し飛んだくらいの金銭難である。このままではアイテムやスキルの購入もままならない。そういう事情でダンジョンに出稼ぎに来ているわけだ。

 それに、お金稼ぎだけでなくレベル上げとスキルの試運転も兼ねているので一石二鳥ならぬ一石三鳥である。飛燕だけに。

 

 こうして立ち止まっている時間さえもったいないので、早速ダンジョンに突入したいと思う。突入してすぐに先日も倒した(魔猪)ライオン(キメラ)(バイコーン)といったモンスターが闊歩していたので、【長刀術】の練習台として殲滅した。

 

 ふはははは! 貧弱! 貧弱ゥ! 

 

 途中から良くないハッスルをしてしまったが些事である。え、剣聖の真似はどうした? 心の中なので何を言おうと関係ないね。

 私の攻撃は最早全てクリティカルを発生させるので、どんなに硬いモンスターだろうと数撃で倒せる。逆に向こうは回避能力の高い私に為す術なく殲滅されていく。

 この調子でダンジョンの入口から山頂手前(ボス部屋前)を最速で往復した。元々、事務仕事や積みゲーの経験で、同じ作業を黙々と遂行するというのは得意なので、この往復リレーもそこまで苦ではない。というか耐性がないと剣聖に挑み続けるとかいうとち狂ったことはしない。

 

 そんなこんなで狩り続けているとあっという間に日暮れ間近になってしまった。金もある程度貯まったし、レベルも上がったので今日はこれまでとする。今日は町の宿に泊まって明日もここで周回するとしよう。

 

 沈みかけの太陽が足下を照らす中、流れる景色を楽しみながら私は全力疾走で帰路を辿っていた。あれ程時間のかかった距離も、今では息を切らさず片道五分で走破できる。これも日々の鍛錬の賜物である。

 

『スキル【千里疾走】を取得しました』

 

「む、何やらまたスキルを取得したか」

 

 走っているとスキルを取得したので、横着をして足を止めることなく確認してみる。

 

【千里疾走】……走行時、自身のAGIの値を50%、DEXの値を30%上昇させる。

 取得条件……合計走行距離が3900キロメートルを超える。

 

 そんなに走っていたのかと驚愕すると同時に、よく考えれば行きだけだとしても百回以上この距離を走っていれば、この結果は当然と言えば当然なのかもしれない。

 それにしてもこのスキルを取得してまたスピードが上がった。この速さで転んだりしたらとてつもない大惨事になりかねない。まあ、そんなことは躓きでもしない限り起こりえないので大丈夫だろう。

 

 しかし、この日の私は運が悪かった。具体的に言うなら幸運Eになっていた。もし私が今日このスキルを取得していなかったら、もしスキルの確認をしながら走るという横着をしていなかったら、もし道端に人が横たわっていなかったら、もしその人物がモンスターによって覆われていなかったら、この惨事を未然に防ぐことができただろう。

 

「へ?」

 

 視界が地面を捉えると同時に私の体が突然宙に浮いた。どんどん地面が迫ってきて、遂に私の顔は地面と零距離接近することとなった。

 

「ぶがッ! ぐべッ! ぐぼはぁッ!」

 

 情けない声を出しながら転がる私は実に滑稽だっただろう。だが、それも仕方がない。自動車も斯くやといったスピードで転べば、現実ならばミンチになっているだろう。逆にゲームだからこの程度で済んだと思うべきなのだ。

 

 まあ何が言いたいかと言うと、現実だろうがゲームだろうが痛いものは痛い。

 

 フラグ回収早くない? という言葉が脳裏を過ったが、今はそれどころではない。恐らく私の顔面は今、人様にはお見せできないグロ映像と化していることだろう。実際にHPゲージが残り1まで減った。まさかこんな所で【不屈の意志】を使う羽目になるなんて誰が想像した。

 

「す、すいません! つい寝ちゃってて! あ、あの! 大丈夫ですか!?」

 

 私が躓いたおかげでモンスターが逃げたらしく、自由の身になり起き上がった少女が大盾を片手に走り寄って来る。そんな少女の足下には石が埋まっており、案の定その石に足を引っ掛けた。驚愕の声を上げながら倒れてくる少女の手には大盾があり、その落下地点には地面に這い蹲る私。

 

 あ、死んだわこれ。

 

 少女の大盾は私の頭にクリティカルヒットし、私は光と共に消えた。

 

「し、知らない人おぉぉぉぉぉぉ!!」

 

 夕暮れの空に、少女の悲痛な叫びが溶けて消えていった。

 

 

 ──とある掲示板

【NWO】やばい大盾使い見つけた

 

 1 名前:名無しの大盾使い

 やばい

 

 2 名前:名無しの槍使い

 kwsk

 

 3 名前:名無しの魔法使い

 どうやばいの

 

 4 名前:名無しの大盾使い

 何か西の森で大ムカデとかキャタピラーとか狼とかに取り囲まれて寝てた

 

 5 名前:名無しの槍使い

 は? 

 普通死ぬだろ、いくら大盾使いでも

 

 6 名前:名無しの弓使い

 強力な装備だったとか? 

 

 7 名前:名無しの大盾使い

 見た感じは初期装備だった

 思い出すだけでも気持ち悪くなるわ

 何で毒虫の中で熟睡できるんですかね

 

 8 名前:名無しの魔法使い

 その状況で死なないのはダメージを無効化してる? としか……

 

 9 名前:名無しの大剣使い

 どんな奴? 

 

 10 名前:名無しの大盾使い

 身長150ないくらいの美少女

 動く速度からしてAGIはほぼゼロっぽい

 ちなみに俺がそいつと同じ事したら一瞬で溶けますはい

 

 11 名前:名無しの魔法使い

 防御に極振りか? 

 まあでも隠しスキルでも見つけたとかかもしれん

 

 12 名前:名無しの大盾使い

 んで、まだ続きがあるんだよ

 

 13 名前:名無しの槍使い

 kwsk

 

 14 名前:名無しの大盾使い

 その美少女のことじゃないんだが、物凄い速度で走る侍がいた

 

 15 名前:名無しの魔法使い

 なにそれ

 

 16 名前::名無しの槍使い

 妖怪? 

 

 17 名前:名無しの弓使い

 UMAでは? 

 

 18 名前:名無しの大盾使い

 んでだ、道端で寝てたその美少女に躓いてそのスピードのまま顔面からいった

 

 19 名前:名無しの大剣使い

 うわぁ

 

 20 名前:名無しの弓使い

 痛い痛い痛い

 

 21 名前:名無しの魔法使い

 おいばかやめろ

 

 22 名前:名無しの槍使い

 おいおい死んだわそいつ

 

 23 名前:名無しの大盾使い

 それで瀕死の侍にその美少女が駆け寄って、足下にあった石に躓いて大盾を侍の頭にクリティカルさせた

 

 24 名前:名無しの魔法使い

 やめて! もう侍のライフはゼロよ! 

 

 25 名前:名無しの弓使い

 なんて惨いことを……

 

 26 名前:名無しの槍使い

 あァァァんまりだァァァァ! 

 

 27 名前:名無しの大剣使い

 侍が何をしたっていうんだ! 

 

 28 名前:名無しの大盾使い

 そして侍は光となって消えた

 

 29 名前:名無しの魔法使い

 侍ィィィィィ!! 

 

 30 名前:名無しの弓使い

 惜しい人を亡くした

 

 31 名前:名無しの槍使い

 侍が死んだ! 

 

 32 名前:名無しの大剣使い

 この人でなし! 

 

 33 名前:名無しの大盾使い

 やばい大盾使いのスレが不幸な侍のスレになってしまった

 まあ、また何か見かけたら書き込むわ

 

 34 名前:名無しの魔法使い

 よろしく

 

 35 名前:名無しの槍使い

 侍についてもまた何かあったら別スレ頼む

 

 36 名前:名無しの大盾使い

 了解

 




「もしもし楓? こんな時間にどうしたの」
「理沙……どうしよう、私………人を殺しちゃった」
「!?」



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第五歌 SAMURAIと修行

一回書いたやつが途中で気に入らなくなって書き直した末にできたものです。
そのため、チェックがいつもよりガバいので不備があれば感想欄に御記入ください。

兵庫や滋賀は8日に登校らしいですね。インドアな作者は休校延長を要請します。



 鍛え直さねばなるまい。

 

 昨日、うっかりで剣聖と同じ末路を辿ったコジロウです。

 何があったのか簡潔に説明すると、爆走して余所見してたら転んで瀕死になって駆け寄って来た少女のドジっ子パワーで光の粒子になった。

 何を言って(ry

 

 昨日の失態を踏まえ、私は思った。これは私の力不足のせいなのだと。

 確かに昨日の惨事は傍から見ればただの私の運が悪かったのが原因だろう。ただ偶然が重なって起きた不幸な事故だろう。

 しかし、私は思う。真の達人ならば、どんな状況でも何事にも反応できるのではないかと。

 そう考えれば、私があんな目にあったのは不運でも不幸でもなんでもなく、私の力が足りなかったことが原因だとはっきり分かる。そう、全ては私の実力不足が原因なのだ。決して私の運が悪い訳じゃない。多分私は幸運Aくらいあるから大丈夫。

 

 では、どうするか。決まっている。鍛え直せばいいのだ。

 己の心を、技を、体を一から見つめ直し、かつての自分を超える。そうすればあのような事態は二度と起こらないだろう。レッツスパルタ。

 

 そういう訳で私は修行場として決めた飛燕のダンジョンの入口にいる。

 何故ここに決めたのかといえば、修行といえば山篭りが定番ということで見知った山でダンジョンもあるここが絶好の修行スポットだと思った次第である。

 

 さて、場所を決めたはいいが、ただ我武者羅にモンスターを倒すだけでは修行にはならない。修行には明確な目的と自らを追い込むための()が必要である。そして、今回の修行の目的は何事にも反応できる“対応力"を養うことだ。

 そのことを念頭に置いて考慮した結果、今回の()としてこの布を用意した。

 無論、これは何の変哲もないただの布だし、汗を拭うためのものでもない。これは目隠しをするためのものである。

 

 そう、私は今回、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()するのだ。

 

 かの有名な願いを叶えてくれる七つの玉を集める物語や海賊の王を目指す物語では、気という概念を読むことで、周りの状況を目で見るよりも正確に感じ取っていた。もちろんこれはあくまで空想の話だが、ここは仮想空間。それの再現まではできなくとも、似たようなスキルくらいはあると思う。

 

 今回の修行の目標は、見えずとも敵の気配を読めるようになること。これができるようになれば、私は更に上の領域に踏み込めるだろう。そして、うっかり躓くこともなくなる。良い事づくめである。

 

 そうと決まれば早速目隠し布を装備し、視界を完全に封じる。目の前には真っ暗闇しか映っていない。装備は整えてあるし、ポーションもしっかり持って来ている。

 準備が万端なのを確認し、私は覚悟を決めてダンジョンに飛び込んだ。

 

 入口の石に躓いた。

 

 

 ダンジョンに入ってからはゆっくりと歩いて山道を登っていた。刀を白杖代わりに、手探りで進んでいく。こうでもしなければ、とてもではないがろくに歩く事もできない。

 暫く山道を進んでいくと、前方から唸り声が聴こえてきた。モンスターだと気付いたものの、声だけでは何のモンスターなのか判別がつかない。取り敢えず様子見で、声の方向に向かって刀を振るった。しかし、刀はモンスターを捉えることなく空を切る。

 そして吠える声が聴こえ、直感的にその場から飛び退いた。

 

「ぐぅッ!」

 

 しかし、回避が遅かったようで、モンスターの爪は深々と私の腕を抉った。

 痛手を負ったが、そのお陰でモンスターの正体がライオン(キメラ)であることが分かった。このダンジョンのモンスターは殆ど把握しているため、声では分からずとも攻撃の仕方でどのモンスターかは判別できる。

 敵が分かれば後は容易い。こいつは引っ掻き攻撃をした後は光弾を放つ習性があり、光弾を放つには数秒のタメが必要だ。だから引っ掻き攻撃を終えた今がチャンスである。

 

「【颪三連】!」

 

 斬り払いではさっきのように空振る恐れがあるので、攻撃の来た方向に素早い三連突きを繰り出す。突きは見事に相手の眉間、鼻根、鼻先を捉え、貫いた。すると、ライオン(キメラ)は「Gyaooo!」という断末魔の声を上げ、消えていった。

 

 戦闘を終えた私は傷を癒すために、ポーションを飲む。先程負った傷が癒えていくのを感じながら、想像以上の難易度に少し心が折れそうになった。

 常ならば片手間で殺せる相手にこのざまだ。先程は一体だけだったので何とか対処できたが、ダンジョンでは複数のモンスターと戦うことなどざらにある。この状態でモンスターの群れと遭遇でもしたら目も当てられないだろう。視界塞がってるけど。

 

 そんなことを考えていたせいか、自身の周囲から複数の鳴き声が聴こえてきた。この感じからして、目も当てられないような状況が早速舞い込んで来たようだ。

 

「いやはや、どうやら道は険しいようだ」

 

 刀を握り締め、私は鳴き声の聴こえる方向に向かって突貫した。

 

 

 あれから数時間後、私は通常と変わらない動きでモンスターに対して刀を振るっていた。

 明らかに動きは先程までより良くなっているだろう。目隠しした状態でモンスターを狩ること幾星霜、遂に私は気配を掴むことに成功していた。

 とは言ってもこれはついさっき取得したスキルの効果に過ぎないが。

 

【気配感知】……自分を中心に半径10メートルの円の中の状況、環境を完全に感知する。

 取得条件……視界を閉じた状態で、モンスターを50体以上討伐する。

 

 このスキルを手に入れてからは、自分の周りの状況が目を閉じていても視えるようになり、目が見えている状態と変わらない動きが可能になった。

 どのような感じかと言えば、サーモグラフィーが一番近いかもしれない。周りの環境がシルエットのみで頭に浮かぶため、人物や個体の特定はできないが、敵がどこにいるのかなどは把握できる。

 

「ふむ、こやつで最後か」

 

 最後のモンスターを斬り捨て、血を振るい落としてから刀を鞘に納める。

【気配感知】で視たところ、もう周りに敵はいないので、これでここら一帯のモンスターは掃討した。となれば後は仕上げだけだ。

 私の足は自然と山頂に向かっていた。

 

 

 山頂に着いた私はそのまま足を止めることなく鳥居を潜った。すると、周りの気配ががらりと変わり、鳥の羽ばたく音が上から聴こえてくる。

 

「相変わらず、落としがいのある首よ」

 

 実に二度目の邂逅、以前と同じ組み合わせ。しかし、向こうが万全なのに対して、こちらはステータスでは幾つか劣っている上に目隠しというハンデを負っているため、明らかにこちらが不利な状況だろう。

 だが、実力という点に関しては、こちらの方が優っている。

 

「いざ参る」

 

 私が駆け出すと共に、飛燕は翼から羽根を射出する。前回は防ぐほかなかったこの攻撃だが、今の私には通用しない。

 私は本物となんら変わらないその弾幕に怯むことなく突っ込み、羽根を足場に縦横無尽に駆け上がった。

 そして、間合いに入り込むと同時に技を繰り出す。

 

「【石花】」

 

 斜め上への斬撃は飛燕の腹を切り裂く。悲痛な叫びを上げる飛燕に更に追撃を試みるが、嘴による攻撃を察知し、腹の傷口を踏み付け、後ろに跳んで回避する。まさしく傷口を抉る行為に飛燕は苦悶の声を漏らすが、すぐに持ち直し、着地している私を睨みつける。

 

 すると、飛燕は低空飛行でフィールド中を飛び始めた。やがて飛燕の速度は音速に到達し、誰の目からも追えないようになる。これこそが奴が魔物と称される所以。その翼であらゆる敵を切り裂き、その嘴であらゆる敵を刺し貫く。私も殺されかけた恐るべき技だ。

 

 だが、この戦いの始まりに述べたように、私と奴の差は歴然なのだ。

 

 飛燕はとうとうその翼で私を切り裂くべく向かってくるが、私はそれを最小限に抑えた動きで躱す。掠りもしなかったことに飛燕は驚愕を覚えるが、まぐれだろうと再度狙いをつけてやってくる。だが、更に私は凄まじい速さで突撃してきた飛燕を跳んで躱す。

 その後も私は飛燕の攻撃の悉くを躱し続けた。そして、私と飛燕の攻防が数十分以上行われ、とうとう飛燕の超高速飛行に限界が来た。明らかにスピードは落ち、息も絶え絶えな飛燕に対して、私は汗をかくことも息を切らすこともなく、悠然と佇んでいる。

 疲れ果てた状態の飛燕を一瞥し、私は終わりを悟り構えをとった。

 

「終わりだ。来い」

 

 その言葉に飛燕は、最後の力を振り絞り、今の状態で出せる最高速度で突っ込んでくる。私は向かってくる飛燕を【気配感知】で捉え、間合いに入った瞬間に絶技を放った。

 

「【秘剣・燕返し】!」

 

 全くの同時に放たれた三つの斬撃は、首、左翼、右翼を完璧に捉え、その全てを斬り落とし、再び燕は地に墜ちた。

 それを感触で察知した私は、布を解き、目隠しを解いた。

 

「刀身に歪みなし。まったくの無傷であった」

 

 完全勝利に酔っていると、飛燕の死骸が消え、ぽとりと何かを落としていった。拾い上げてよく見るとそれは琥珀色の石のようで、真ん中に燕の紋章が入っていた。取り敢えずそれをインベントリにしまいこむと同時に無機質な声がフィールドに響いた。

 

『スキル【燕の早業】を取得しました』

 

「またスキルを取得したか。重畳重畳」

 

 このスキルとアイテムは町に戻ってから確認することに決め、今日の修行を終えた私はそのままモンスターを蹴散らしながら下山した。

 

 

 町に戻って来た私はそのまま宿屋に直行し、受付を済ませ、部屋のベッドに腰掛けた。

 

「さて、今回の戦利品は如何程か。刀を振るうのに役立つものであれば良いが」

 

 早速戦利品の確認を始めることにして、飛燕の落としたこの石から見ていくことにした。

 

 ・燕の子安貝

【AGI +50】

 浄化回復:自身の状態異常を解除し、HPの3割を回復する。一日に5回使用可能。

 

 ほう、これはかなり良いアイテムだ。常々、HPの回復手段が乏しいと思っていたが、これがあれば日に五度が限界だが、回復できる。それに状態異常の解除というのも魅力だが、これの一番良いところはノーモーションで発動できることだ。戦闘の合間に発動できるというのは地味かもしれないが、実に助かる。

 このアイテムはどうやら装飾品に分類されるようなので、早速装備しておいた。

 

「次はスキルだが、思えばどちらも燕に関するもののようだ。まあ、燕を斬って手に入れたのだから当然と言えば当然よな」

 

 そんな呟きを漏らしながらその内容を確認する。

 

【燕の早業】……回避する度に、その戦闘の間だけクリティカル威力が5%ずつ上昇していく。

 取得条件……自分よりもAGIの値が上の相手の攻撃を、連続で20回躱す。

 

 ふむ、こちらも単体ではパッとしないが、他のスキルと組み合わせれば強力だな。特にこのスキルは私の戦い方に非常に合っていると言えるだろう。

 

 修行も無事に完了したし、戦利品はどちらも非常に優秀な性能であることに私は大層ご満悦である。明日は日曜だし、今日は月見酒と洒落込むとしよう。

 それにしてもゲームの中でも飲み食いできるのだから最近の技術は凄いと思う。そろそろドラえもんとか本気で作れるんじゃないだろうか。

 

 

 翌日、私が目覚めると運営から通知が来ていた。なんでも、一週間後に第一回イベントを執り行うらしい。内容は、ポイント制のバトルロワイヤルで、死亡回数や与ダメージ、被ダメージも評価に入るようだが、基本的にはプレイヤーを倒した数を競うらしい。それから上位十名には限定の記念品が贈られるようだ。

 

 イベントの内容を見終えると同時に、私の顔には笑みが浮かんでいた。

 参加者全員によるバトルロワイヤル、それはつまりこのゲーム中からプレイヤーが集められるということだろう。

 正直な話、ランキングにも限定の記念品にも興味はないが、ゲーム中のプレイヤーが集められるのだから、強者とも戦えるということだ。それは俄然興味がある。無論、強者との命の取り合いを楽しみたいという気持ちもあるが、それ以上に今の己の技がどれだけ相手に通用するのか試してみたい。

 剣聖を斬り、飛燕を倒して手に入れたこの技を持って刀を交え、激しい剣戟の末に勝利してみたい。

 欲を言えば乱戦ではなく、一対一の決闘が好ましいが、それを望むのは欲張りというものだろう。乱戦ならば乱戦で総てを斬り伏せるのもまた一興というものだ。

 

 兎にも角にも、一週間後に備えて更に力を磨いておこう。そのために、今日からはダンジョンボスにのみ挑むことに決めた。雑魚をいくら蹴散らしたところで豆粒程度の経験にしかならないが、ダンジョンボスのみを狙えばそれなりに力も付くだろう。

 会社については、この際なので溜まった有給休暇をここで消化する。ちなみに我が社は今時珍しいクリーンなホワイト企業なので、有給手当はしっかり貰えている。私が社畜体質なのは元からなので安心して欲しい。

 

 さて、憂いも絶ったところで、早速ダンジョンに向かおう。

 

 待ってろよ飛燕。今会いに行くからな! 

 




飛燕「来ないで」

白杖…目の不自由な方などが持つ、補助用の白い杖。


作者はイベントの追い込みがあるので次回の投稿はもう暫くお待ちください。
※4/19、最後の方を編集しました。


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第六歌 SAMURAIと第1回イベント ─序─

遅れてすまん。


作者「うーむ、英霊剣豪要素入れるかどうか迷うなぁ。とりあえずガチャ回そ」

アサシン・パライソ NEW!
アーチャー・インフェルノ NEW!

作者「入れろということですね。分かりました」

ローマは来なかったよ……


 その日、町の広場には多くのプレイヤーが集まっていた。

 屈強な体と巨大な武器を持った荒くれ者から華奢な体と荘厳な杖を持った魔法使いまで、それはもう『NWO(ニューワールドオンライン)』の殆どのプレイヤーが集まっているのかと思うほどバリエーションに富んだ顔ぶれだ。

 

 そんな人混みの中にまた一人、何者かが参入してきた。

 その男は、紺を基調とした和装に雅な立ち振る舞いで周りの者を魅せる。広場にいる淑女達はその爽やかな横顔に見蕩れ、叡智を宿したようなキレのある双眸にときめく。

 そして、腕に覚えのある戦士達はその流れるような無駄のない動きから冷や汗を流し、背中の異様に長い得物を見てそれが相当な業物であることを見抜くと身震いする。

 

 その男はその場において良くも悪くも注目を浴びていた。その視線から感じられるのは羨望、情愛、嫉妬、畏怖。きっと彼こそがこの集団において最強の人間なのだろうと誰もが理解した。

 

 そう、その男こそ誰あろう────私である。

 

 肩慣らしに軽く飛燕を屠ってからイベント広場に来たら、ちらほらとこちらを見てる奴らがいたので勝手に脳内でナレーションしてみた。虚無感が凄いから二度としない。

 それにしても何故か先程からこちらをちらちらと見てくる輩がいる。別に侍風の衣装などこのゲームでは珍しくもないだろうに。それにしても、彼等の視線がどこか憐れみを含んでいるのは気の所為だろうか。いや、気の所為ではない。

 

 あ……あの大盾使いの目……。うっかりで死んでしまう間抜けを見るように生暖かい目だ。

 同情の目だ……。「かわいそうだけどイベントが始まったら、運悪く瀕死になったところを躓いた少女にトドメを刺される運命なのね」ってかんじの! 

 

 まあ、何故そんな視線を此方に向けているのか不思議だが、もうじきイベントが始まることだし、そちらに集中しよう。

 

「ふむ、始まる迄もう暫し時間に余裕がある。ステータスの確認でもしておくとしよう」

 

 今回は準備するのは装備だけで良いので最後にスキルなどを確認しておこうと思う。

 ステータスパネルを表示させ、上から順に一つ一つ舐めるように確認していく。

 

 この一週間、剣技向上とレベル上げの為に延々と飛燕に挑んだお陰か、レベルは鰻登りに上がっていった。剣技に関しても無駄な動きを殆ど消せるようになった上に、刀を振るう速度にも磨きがかかった。

 それでも技のキレは剣聖の方が数段上なのだからあの人にはもう一生敵わない気がする。そもそも、NPCと比べる事自体おかしいのだろうが。

 

 やる事も終え、待ちぼうけていると上空から珍妙な声が響いてきた。

 何やら縫いぐるみのような仔竜がイベントの説明をしている。どうやらあれは司会進行役のようなものらしい。今時の若い子はああいうのを可愛いと愛でるのだろうか。社会人のおっさんにはよく分からん。

 

 ルールを簡潔に纏めると、イベント用に用意したマップで三時間プレイヤー同士で殺し合って一番多い奴が優勝ということらしい。

 少々違う気もしなくもないが些事である。

 

 するとあの縫いぐるみ───どらぞうと言うらしい。漢字で書くとすれば怒羅蔵(どらぞう)だろうか───がカウントダウンを始めた。

 

 どうやらもう開始のようだ。折角なのでここはここぞとばかりにかっこつけてから行くとしよう。

 

はてさて、己が剣技、どこ迄通用するか……試させて貰おうか

 

『ッ!?』

 

 最後の言葉だけ低い声で言ったら結構 強キャラ感出たなぁ。などと呑気なことを思いながら、私を含め全てのプレイヤーが光と共に消失した。

 

 

 彼は知らない。

 度重なる飛燕との戦いで、その剣はより敏捷に、その技はより精妙になり、剣聖と同等にまで至っていることを。

 そのステータスが、レベルが、最早()()()()()()()()()()()()()()

 そして、プレイヤースキルに至っては()()()()()()()()()()()()()! 

 そんな彼が発した言葉に、数人の上位プレイヤーが気圧されていた事を。

 その事実を、彼はまだ知らない。

 

 

 

 ──コジロウのステータス──

 Lv46

 HP 38/38

 MP 16/16

 

【STR 0〈+18〉】

【VIT 0】

【AGI 260〈+120〉】

【DEX 100〈+100〉】

【INT 0】

 

 装備

 頭【空欄】

 体【剣聖の陣羽織】

 右手【物干し竿:長刀術】

 左手【空欄】

 足【剣聖の袴】

 靴【剣聖の草履】

 装飾品【燕の子安貝】【空欄】【空欄】

 

 スキル

【一意専心】【疾走】【千里疾走】【挑戦者】【超加速】【不屈の意志】【心眼(偽)】【透化】【宗和の心得】【模倣】【刹那無影剣】【燕返し】【気配感知】【燕の早業】

 

 ────────────────

 

 

「ふむ、ここは……森か」

 

 光と共に体が消えたかと思えば、そこは広場ではなく鬱蒼とした木々の生い茂る森。こういった転移は何度か経験したが、やはり急に視界が変わるというのはいつになっても慣れない。

 

 そんな事を思いながら私はその場から一歩下がる。すると、先程までいた場所に屈強な大男が両手斧を地面にめり込ませていた。【気配感知】でこの場に私以外の人間がいることには気付いていたので、躱すことは容易い。大男は躱された事に驚愕している様子で、一瞬、私を見失ってしまう。

 その隙を見逃してやるほど私は甘くなく、刀を抜き、容赦無く素っ首にスルりと刃が通り抜ける。その後、数える間もなく、大男は光となって消えた。

 

「名乗りも無しに無粋……とは言えぬか」

 

 そう呟きながらも、私の喉笛を狙う短剣遣いの突きを逸らし、滑るように袈裟から斬り落とす。同じように短剣遣いは光と消えた。

 

 息付く暇もないとはこの事なのだろうが、私からすれば生温いの一言に尽きる。何方も一撃で仕留めようとするばかりで、二の太刀、三の太刀の事を考えていない、丸っきり素人の動きだ。

 

 まったく、近頃のプレイヤーは同時に三つの斬撃ぐらい放てないのか。え、その理屈はおかしい? (初心者)が出来るので何もおかしくないネ(暴論)

 

 それにしても数が多いな。【気配感知】で感じただけでもこの辺り一帯に数十人もの人間が潜んでいる。奇襲を仕掛けるつもりなのだろうが、同じ考えの人間がこうもいては隠密の意味がないのではなかろうか。

 取り敢えず、斬ればいいか。

 

 私は足に力を込め、大地を蹴り飛ばす。一歩の内に潜んでいた二人を斬り捨て、二歩の内に三人の首を飛ばし、五歩の内に半数まで数を減らす。

 魔法も、矢も、突きも、薙ぎも、その悉くを紙一重で躱し、首を断つ。

 後は語る迄もなく、一分にも満たぬ間にこの辺りは私を除いて無人となった。

 

「ふむ、ざっとこんなものか」

 

 しかし、無駄を殆ど抑えたとはいえ、少しの無駄でも技のキレは一段落ちてしまう。この無駄を無くせば三十秒以下で事を成せただろう。やはり鍛錬あるのみか。

 

 いや、それにしても弱い。もう少し手間取ると考えていたが、皆一太刀で逝ってしまった。余人よりも強い自覚はあったが、まさかこんなに呆気ないとは。

 やはりそう簡単に強者とは出遭えないということか。

 

「ならば、此方から出向く迄よ」

 

 このマップ中を走り回ってプレイヤーを辻斬りして行けば、いつかは強者にもかち合うだろう。そうと決まれば私はいの一番に駆け出す。大地を踏み締め、刀を振るい、興奮と共に駆け抜ける。

 つまりどういうことかと言うと、いつものバーサークタイムである。

 

 見敵必殺(サーチ&デストロイ)! 見敵必殺(サーチ&デストロイ)!! 

 

 死んだプレイヤーだけが良いプレイヤーだ!! 

 

 

 お馴染みの良くないハッスルをしてから一時間程時が経過しただろうか。私はフィールドの広大さに驚いていた。

 

 このマップ、広いだろうとは思っていたが、此方の想像を遥かに超えていた。何処まで行っても森、森、森。抜け出せたと思えば岩だらけの荒野、荒れ果てた廃墟。

 イベント用のマップだからと甘く見たが、ここまで本格的に作り込まれていると知った時には、素直に感嘆の声を上げた。

 その道中、辻斬りをしまくったせいか、かなりの数のプレイヤーに狙われるようになったが、無論、一人残らず返り討ちにしてやった。

 

 またつまらぬものを斬ってしまった……。

 

 現在、私は一際高い岩の上からフィールド中を俯瞰している。ここならば戦闘の激しい所も分かるというものだ。

 今のところ最も激しいのは、森の北の方での炎だろう。先程から火の玉や火柱が立つなどして、あの辺り一帯火の海と化しているが大丈夫なのだろうか。あれ、どう見てもただの火事なのだが。

 

 流石にあの中に飛び込むのは自殺行為なのでやらない。どう考えても辿り着く前に燃え尽きる。

 

 他に誰か強そうなのはいないかと探していたその時、森の中を二つの影が駆け抜けていった。その速さは尋常ではなく、只者ではないと素人目から見ても分かる。

 自然と私の足は、その二つの影の消えた方向へ向かっていた。

 

 

 走る、走る、走る。

 互いが互いを睨み合い、少しの隙も見逃さんと血眼になって睨み合い、互いの姿が木の幹に隠れた次の瞬間に鋼がぶつかり合い、甲高い金属音を発する。刃の鍔迫り合いにより、武器は悲鳴を上げる。

 相対する二者、その内の女が刀を振り抜き、同時に後ろに飛んで距離をとった。

 

「おいおい、逃げるだけじゃあ俺は倒せないぜ」

 

「よく言う、先程から私のスキルの範囲外に逃げている男のセリフとは思えんな」

 

「ありゃりゃ、こいつは痛いところをつかれたな」

 

 二人の男女、カスミとシンは軽口を言い合いながらもその視線は相手の武器から外れておらず、常に攻撃を警戒している。

 それもその筈、カスミは既に刀スキルを発動させ、シンに浅い傷を負わせ、その脅威を充分その体に刻んでいた。故に、シンも最大限に警戒し、片手に装備した盾を構え、堅実に戦っていた。

 もしここで勝負を急いて飛び込んでいれば、カスミは攻撃を盾で防がれシンに斬られるだろうし、シンが飛び込めば彼が攻撃するよりも速くカスミのカウンターで斬られるだろう。

 互いに動けぬ膠着状態、それを破ったのはシンの方からだ。

 

「本当はもうちっと温存しときたかったが仕方ねぇ、奥の手を見せてやる」

 

 溜息混じりにそう言うと、シンは自らの目の前に片手剣を構えた。そこにカスミは隙を見出したものの、飛び込んだ瞬間に身体中を()()()()()()姿を幻視し、思いとどまった。

 

「へぇ、今 飛び込まなかったのは正解だぜ。そんなことしたら俺の【崩剣】の餌食になっていただろうからな」

 

 シンがその場で【崩剣】と唱えると、その剣の刃が十に分かれ彼の周りを縦横無尽に飛び始めた。

 

「まだ俺の名を教えていなかったな、俺の名はシン。俺の【崩剣】はご覧の通り十に分けた刃を自由自在に操るスキルだ。お前の刃が一に対して俺の刃は十。精々 耐えてみせるんだ、なッ!」

 

 シンが柄だけになった片手剣を振るうと、それに連動するように十の刃がカスミへと殺到する。カスミは何とか刃を刀で弾き、防いでいるが徐々に手傷を負わされ、刀も当たらなくなってくる。こうなっては最早ジリ貧である。

 

「そらそらどうしたァ! もう打つ手なしか!?」

 

 相手は攻撃の手を緩める素振りもなく、この刃はカスミの急所を貫き、その刃を赤く染めるまで止まることはないだろう。

 

「……致し方ないか」

 

 カスミは強めに刀を振るい、【崩剣】を出来るだけ遠くに散らし、納刀する。その流れるような一連の動きを見て、察せられない程シンは愚かではない。スキルが来る。そう直感したシンは盾を構えようとするも───既に手遅れだった。

 

【一ノ太刀・陽炎】

 

 構えた直後に技は発動しており、シンの懐に瞬間移動したカスミは鯉口を切り、瞬時に抜刀すると共に一閃。瞬く間の抜刀術にシンは為す術もなくその身を斬り裂かれた。

 

「スキルを温存していたのはお前だけではない。あまりこの技は見せたくなかったが、お前程の剣士ならば見せるに値すると判断した」

 

 語りながらも静かにゆっくりと刀を鞘に収めていき、最後に己が認めた相手に賞賛を贈る。

 

「私の名を教えていなかったな。カスミだ、覚えて逝くといい。【崩剣】のシン」

 

「……ああ、いいな。いい二つ名だ。お前程の遣い手にそう言われるのなら、剣士冥利に尽きる。だが、次は負けねぇ」

 

 そう言い残し、短く笑いながら満足そうにシンは光に包まれて消えていった。

 カスミは一息付き、彼との戦いの感慨に耽っていた。あれ程の剣士と戦う事はもうないだろうなと小さく微笑みながら、またプレイヤーを斬る為に足を踏み出そうとし───背後から聞こえてくる拍手の音に振り返る。

 

「いやはや、お見事。何とも気持ちの良い勝負であった。良いものを見させて貰った」

 

 声を掛けてきた男はカスミのすぐ後ろの木の枝に腰を下ろしている。男はカスミと同じように和装に身を包み、その身の丈程の長刀を背中に背負っている。

 カスミは【気配察知】のスキルを取得しているため、自身の周りに人がいれば否応にも気付く。しかし、あろうことかこの男の口振りからすれば二人が戦っていた時からずっと観戦していたらしい。

 

「……何者だ」

 

 動揺を隠すように感情を抑え、あくまでも冷静な態度を装う。この時点で男が格上である事にカスミは気付いていた。ここまで近付かれても気付けなかったのがその証拠だ。だからこそ、心だけは上をいかなくてはならない。そうしなければ、万に一つの勝ち目も潰えるから。

 

「なに、ただの刀を振り回す事が取り柄の青二才だ。そう警戒してくれるな」

 

 その姿に見覚えがないという事はこのゲームで名のあるプレイヤーという訳ではないだろう。という事は、このイベントで顔を出した隠れた強者。その腕がどれ程のものか皆目見当もつかないが、どうせ直に知ることになる。

 

「何用、と聞くのは無粋か。構えろ、相手になる」

 

「有り難い。手前は山に篭って燕相手に刀を振り回していただけ故、強者との勝負は久方振りでな。年甲斐もなく昂っている」

 

「ふっ、それは私も同じ事だ。まさか立て続けにこれ程の剣士に出遭えるとは。純粋なプレイヤーならば唾棄すべき展開なのだろうが、私としては寧ろ待ち望んでいたものだ」

 

「ふむ、何方も一本の棒切れに命を懸ける阿呆ということか」

 

「はっ、違いない」

 

 そう、昂っているのは何もコジロウだけではない。シンという腕の立つ剣士を態々 相手にしていた時点で、カスミもどうしようもなく剣というものに魅入られてしまっている。

 その証拠に彼女は今、笑っている。相手が自分よりも強いと理解して、万に一つの勝ち目があるかないかの相手だと理解した上で、彼女は過去最高に昂っている。シンに続いてこうも強者と立ち合えるこの幸運に彼女は感謝してもし足りない。

 最早 イベントなど、ポイントなど忘却の彼方。今、彼女の脳内を支配しているのは圧倒的な闘争心。それ以外は放棄したも同然で、ただ目の前の強敵に脳のリソースの総てを注ぎ込んでいる。

 

「改めて、刀術遣い カスミ」

 

「我流 コジロウ」

 

「「いざ、尋常に」」

 

「「勝負!! 」」

 

 向かい合うは剣姫と剣鬼。

 此より起こるは万夫不当の遣い手同士による空前絶後の大一番。

 果たして勝利を掴むは何方の剣か。

 その戦いの火蓋が、切られた。

 




書いてて思った事。
ステータス盛り杉田智和。
あれ、カスミってこんなキャラだっけ?


作者は地の文を大袈裟に書くという悪い癖があります。気にならない方はこれからもそのままご愛読ください。気になる方はこれからは我慢して読んでください。

それから、誤字・脱字、おかしな言葉遣いなどは感想欄に報告してくださると非常に助かると同時に作者のモチベが上がるのでおすすめです。


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第七歌 SAMURAIと第1回イベント ─破─

待たせたな。

ぐだぐだファイナル復刻にて高難易度のカカレェッ!おじさんを倒したので投稿します。
勢いで書いた。反省も後悔もしない。

※話数表記変えてみました。


 互いの刃がぶつかり合い、耳障りな金属音を何度も響かせる。

 斬り合い始めてまだ数分だというのに、既に刀を交えた回数は二百を優に超える。ここまで互いに傷は負っていない。何方も一切の負傷もなく、かすり傷一つ付いていない。

 だが、カスミが息を荒らげ、滝のように汗を流しているのに対し、コジロウは息を切らすこともなく、涼しい顔でカスミの怒涛の剣戟を時に躱し、防ぎながら対処している。それに加え、カスミは全力でコジロウに斬り掛かっているが、コジロウはカスミに対し一度も攻撃らしい攻撃をしていない。

 何方が有利なのかは一目瞭然、比べるまでもないとはまさにこの事だろう。

 そして、それを理解しているカスミは大いに焦っていた。

 

 ──強いとは思っていたが、まさかこれ程とはな。素の剣術では相手の方が一枚も二枚も上手だ。今は何とか勢いで有利を保っているが、こんなものはすぐに覆されるだろう。

 

 ──勝負に出るしかない、か。

 

 ステータスも実力も相手より劣っている場合、順当に戦ったところで敗北は必須。ならば、とれる手は一つ。

 スキルによる初見殺しの一撃必殺、これしか有り得まい。

 

 しかし、デメリットもある。スキル発動時は隙だらけになる上に、一度見切られれば、その時点でスキルは相手にとって絶体絶命の窮地から絶好の好機に早変わりする。

 故に、大事なのはタイミングと技。相手はまぐれが通じるような生半(なまなか)な相手ではない。絶対に外さない間合い、致命傷を与えられるであろう瞬間、防御も回避も不可能な窮地を狙わなければそれは意味をなさない。

 

 カスミは考える。どのスキルが最も相手に有効か、最適解を探す。【一ノ太刀・陽炎】は速攻には最適のスキルだが、相手に一度見られている上に、あの程度の速度では確実に防がれる。一撃必殺には成り得ない。

 では、それ以外のスキルを用いるのか? ──否、断じて否。他のスキルは確かに威力や速度に長けるものもあるが、溜めがいるものやデメリットを伴うものばかりだ。溜めなどという隙を見せれば殺られるのは必須。かといって、デメリットのあるものを選択し、倒し切れなかったらその時点で詰み。

 だからこそ、最速で相手の虚を衝ける【一ノ太刀・陽炎】を使うしかないのだが、そのまま馬鹿正直に技を放てばカウンターで斬られる。

【超加速】で速度を更に上げるという手もあるが、相手の速さから考えるに、同じ土俵に立つのが関の山だろう。奴を倒すには二手も三手も足りない。

 

 案という案を浮かべ、シミュレーションしてみるが、どれもコジロウを倒すには足りない。ここに来てカスミは行き詰まる。

 

 ──何か、何かないのか。相手を一撃で倒す方法は……いや、待てよ。

 

 ここでカスミはふと思う。別に一撃必殺でなくともいいのではないか、と。今まで一撃で倒す事ばかり考えていたが、別にそうでなくともいいのなら、打てる手はある。

 正直に言うと、こんな事は一度もやった事がないから、成功するかどうか分からない。だが、成功すれば確実に此方が有利になる。ならば、やるしかない。

 

 カスミは相手の刀を強く弾くと同時に後ろに跳ぶ。

 

「コジロウと言ったか。お前、強いな」

 

「いやいや、其方(そちら)もなかなかの腕前。()()もそれなりに腕には自信があったのだが、どうやらその首を落とすには足りぬらしい」

 

「よく言う。全力の私を相手に手を抜いて戦っている時点で、少なくとも私よりは数段上だ」

 

「それは買い被りというもの。拙者は臆病者故、鬼気迫る攻めをする其方(そなた)に対し、受けに回るしかなかっただけのこと」

 

「どうだか。私には首を落とすには足りないだけで、私を斬るだけならいつでも出来たという風に聞こえるが」

 

「さてな、拙者には何の事だかさっぱり」

 

「まあいい。お前がどれだけ強かろうと、()()()倒せる事に変わりはない。ならば、この()()にて斬り裂くのみ」

 

 カスミは両手で握っていた刀を右手に持ち、地面に向かって勢い良く振るう。すると、土砂がコジロウに向かって放たれる。コジロウは思わず刀を持っていない手で目元を守る。その一瞬、コジロウの視界からカスミは外れた。

 それこそがカスミの狙い。相手の目が封じられている内に刀を鞘に収め、構えを取る。その瞬間、スキルを発動する。

 

【一ノ太刀・陽炎】

 

 カスミは瞬時にコジロウの目の前まで移動し、視界の封じられているコジロウに向かって勢い良く抜刀する。

 相手の目が封じられ、困惑している隙にすかさず斬り付ける不可避の斬撃。普通の相手ならばこれでおしまい。カスミは見事に相手を斬り伏せ、勝利の美酒を味わっていただろう。

 

 ───そう、普通の相手ならば。

 

「これしきの小細工では、拙者の目は潰せてもこの()は潰せぬよ」

 

 コジロウは【気配感知】でカスミの居合を易々と躱した。

 カスミの相手は普通ではなく、剣聖を並々ならぬ執念で打倒した普通とは正反対の男。カスミがどれだけ策を弄そうと、全力の技を放とうと、カスミは普通(ノーマル)に過ぎない。だから目の前の異常(アブノーマル)には通用しない──

 

「……そう来ると思っていたぞ」

 

 ──はずだった。

 

 コジロウが目を開くと、そこにあったのは空を切った刀があり──左手に持った鞘がコジロウの目前まで迫っていた。

 

 これこそがカスミが思い付いた逆転の一手。【一ノ太刀・陽炎】は早い話ただの抜刀術だ。回避も防御も種が分かれば容易い初見殺しの技。故に、種が割れた相手にはもう使うことは出来なかった。しかし、カスミはここでもう一つの使い道を思い付いた。

 

 ──種が割れているのならば、それさえも利用してしまえばいい。

 

 このゲームにおいて、鞘が武器として成立する事を知っているプレイヤーは少ない。だからこそ、これを予見することは難しい。先程までの言葉も、「斬る」という事を相手に強調し、この状況に陥れる為のブラフ。

 刀を躱して油断したところを弐撃目の鞘で打ち伏せる。そうすれば、相手を倒すことは出来ずとも、隙を生むことは出来る。そこに立て続けにスキルを放ち、相手を倒す。

 

 “相手を倒す技ではなく、相手を倒す為の技であり、相手が知っているからこそ陥る技”

 

「それこそが、一ノ太刀改メ(いちのたちあらため)逃水(にげみず)

 

 カスミの起死回生の技がコジロウに向かって振るわれ───

 

「生憎、それと似たような事を過去にやったものでな」

 

 ───長刀を持って防がれた。

 

「なッ!?」

 

 技を放った直後で硬直しているカスミをコジロウは思い切り蹴飛ばし、カスミは木の幹に打ち据えられる。

 

 カスミの策、【一ノ太刀改メ・逃水】はこの状況における最高の一手と言えた。同じ状況ならば、最上位プレイヤーと呼ばれる存在にもこの技は決まっていただろう。

 しかし、コジロウはかつてこれと同じ、()()()()()()()()()を行っている。それを用いた場合の効果をコジロウは知っていたからこそ、【一ノ太刀・陽炎】を見て、すぐにこの作戦を思い付いていた。そして、カスミがそれを行うであろうことも、想像に難くなかった。

 

 これはカスミが悪いのではない。ただ、相手が悪過ぎただけの事だ。

 

 カスミは刀を杖にフラフラと立ち上がる。HPバーを見たところダメージは酷くないが、精神的なダメージは大きい。

 

 ──確実に決まると思っていた。今までで最高の一手だと確信していた。

 

「その結果が、これか。はは……軽く心が折れそうだ」

 

「……拙者に女子(おなご)を甚振る趣味はない。ここで去るというならば()()()が、如何に?」

 

 ──見逃す? 見逃す、か。何とも……懐かしい言葉だ。

 

 思えば、この手のゲームにのめり込むようになったのも、あれが切っ掛けだった。

 

 

 まだVRMMOというジャンルが世に出回ってそれほど経っていない頃、興味本位でオンライン対戦型のゲームをやった事があった。武器を用いた一対一の真剣勝負という在り来りなものだが、当時は息抜き程度に遊んでいた。それなりに強かった事もあって、連勝するようになったある日、彼女と出会った。

 

『わっ、綺麗な娘。相手は貴方? そっかあ……あ、別に貴方と戦うのが嫌って訳じゃないのよ? ただ、ほら。今時正統派の黒髪美少女って貴重でしょう? だから本当は()()()()あげたいんだけど、そうもいかないわよねぇ……。よーし、こうなったら手加減無しでいくからね!』

 

 何とも明るい人で、まるで晴れ渡る空のような、そんな印象の人だった。初めは、私の事を舐めてるのか、って突っかかっていた。力の差を見せ付けてやろうとも。

 結果は、力の差を見せ付けられて終わった。何処からどう見ても完敗。いっそ清々しい程の敗北だった。

 

 勝負に負けた私は悔しがるでも負け惜しむでもなく、ただただその剣に魅了された。

 私のようなお遊びの剣ではなく、彼女の剣は本物だった。振り下ろしも、切り上げも、刺突も、どれもが洗練されていた。無駄の省かれた惚れ惚れするような剣を見て、どうしようもなく憧れた。

 

 如何してそんなに強いのか、と興奮冷めやらぬまま、童のように無邪気にその疑問を彼女にぶつけた。

 

『如何してって、そりゃあ剣が好きだからよ! 昔っから剣が好きで修行とか色々やってきたけど、現実じゃあんまり振れないじゃない? それで興味本位でこっちに手出したらハマっちゃって。色んなゲームを渡り歩いて遊んでいく内に思いの外強くなっちゃったのよね。ま、貴方も才能あるし、強くなれるわよ。きっとね! それじゃあ、縁があったらまたどこかで!』

 

 そう言って、彼女は嵐のように去っていった。名前も聞く暇もなく、分かっているのは彼女が()()()だった事と、彼女と戦い、敗れた者は皆同じ言葉を残しているという事。

 

 “─── 鮮やかなり天元の花 その剣、無空の高みに届く

 

 その言葉を聞いて、正しくその通りだと思った。美しくて、激しくて、人を元気付けるような、そんな印象を覚える満開の花。温室で育てられるような愛でる花ではなく、野原に芽吹く逞しい大輪の花。その花はいずれ、無空の領域に至るのだろう。

 柄にもなく、そんなことを思ったのを覚えている。

 

 それから、私はVRMMOにのめり込むようになった。

 また彼女の剣が見たくて、また彼女に会いたくて、刀を扱うゲームなら何にでも手を出してきた。そうしていく内に、いつの間にか剣の腕もかなり上達して、その上達ぶりに伴うように私の願いは形を変え始めた。

 

 ──彼女に会いたいのも確かだが、彼女ともう一度戦いたい。

 

 ──今度こそ、彼女に勝ちたい。

 

 彼女に焦がれる童から、勝利を渇望する剣士に成り上がった。

 その矢先に、『NWO(このゲーム)』を見付けた。何となく、ここでなら、私の小さな望みが叶うんじゃないかと思った。

 

 

 ──そうだ。私は女子でも童でもない。私は、私は……

 

私は、剣士だ!! 

 

 空気が変わった。先程までのカスミから感じられていた諦観は微塵もなく、今はただ嵐ような闘志だけが吹き荒れる。

 

「見事。良く吠えた。ならば我が秘剣、披露する事に異論無し」

 

 勝負は最終、泣いても笑ってもこれが最後。カスミは己の持ちうる最強のスキルを惜しみなく使用する。デメリットなど考えず、後先など頭に無く、ただ目の前の剣士を斬る為に、渇望した勝利を手にする為に、()()()()()()も曝け出す。

 

「【始マリノ太刀・虚】!」

 

 カスミの髪が白く染まり、瞳が緋色の光を灯す。それは装備の耐久値を代償に、【神速】を凌駕する程の速度を得るスキル。

 別の世界線ならば、【崩剣】のシンを倒す筈だった技。しかし、それを今、目の前の剣士に使うとカスミは決断した。

 

 対するコジロウも、体を半歩引き、刀を顔の横に水平に構える。

 それはつまり、コジロウの最速を誇る燕殺しの魔剣が放たれることを意味する。

 

 気迫、良し。刀、良し。構え、良し。ならば後は放つのみ。

 

 先程までの激しさは何処へやら、辺りを静寂が支配する。場に緊張感が張り詰め、両者とも身動き一つしない。ただ、絶好の機会を静観して待つ。

 

 一時間にも一秒にも思えるような、長く短い時間が過ぎていく。

 その時、一陣の風が吹き、両者の姿を一枚の葉が隠す。

 

 それが、開戦の合図となった。

 

 

【終ワリノ太刀・朧月】ッ!! 

 

 

【終ワリノ太刀・朧月】。カスミの持つスキルの中で最速・最高威力の十二連撃を一定時間の全ステータス半減、太刀スキルの封印を代償に放つ最強の技。それを【始マリノ太刀・虚】を使用した状態で放つ。

 紛れもなくこのゲームにおいて最強の十二連撃。

 

 それがコジロウに向けて、放たれる。

 

「コジロォォォオオ!!」

 

 絶叫と共にカスミの絶技が放たれ、コジロウの体を穿つその瞬間、カスミの瞳には、三人にぶれたコジロウが写っていた。

 

 

【秘剣・燕返し】

 

 

 コジロウがそう呟いた瞬間、カスミには三筋の光が見えた。

 そこには時間と空間と存在と概念(あらゆるすべて)を超越した、神域に至った剣技があった。

 

 本来ならばこの神業を前にすれば、絶望を味わった末に全てを諦めていただろう。ここまでか、と悔しさに唇を噛んだだろう。

 だが、いざそれを前にして──カスミにはそれがどうしようもなく輝いて映った。

 

 

 ──嗚呼、これは。

 

 

 あの日、カスミを剣の道に導いた女剣士が、戦いの最後に放った技。カスミには、それがコジロウの放つ技と重なって見えた。

 厳密に言えば、コジロウの技はその女剣士とは違う、いわば対極に位置するものだ。

 しかし、何方にしろ剣を極めた果ての境地である事に変わりはない。

 

 それは刃に魂を載せて疾らせる者だけが到達する極み、数多の剣士が夢想して止まぬ無念無想の境地。

 かつて、一人の童の目を焼いた輝きであり、一人の剣士が求め続ける願いの欠片。

 

 彼女(カスミ)彼女(■■■)を繋ぐ、ただ一つの光。

 

 

 ──良かった……また、見れた。

 

 

 朧の月を、燕の羽根が斬り裂いた。

 

 

 互いに技を放ち終え、すれ違うように交差する。背を向け合い、振り返らずにただ佇む。

 やがて、カスミの体は静かに崩れ始め、光の粒子となっていく。しかし、その顔は先程までからは考えられない程の穏やかな表情で、微笑みを浮かべている。

 そして、勝負の終わりを告げる為、その口を開いた。

 

──勝負あり。勝者、コジロウ

 

 ここに、剣姫と剣鬼の勝敗は決した。故に、敗者は結末を告げる。敗北をその身に刻み込み、勝者を讃える為に。剣姫は、剣鬼を祝福する。

 

「目も当てられぬ惨敗だが、一矢報いるくらいは出来たか」

 

 最後にそう呟き、光と共に彼女は消滅した。

 

 残されたコジロウの頬には一筋の傷があり、HPバーは僅かに減っていた。彼女は最後に、このイベントで初めてコジロウに傷を負わせた。

 

「──お見事」

 

 その事実を称賛し、剣鬼は振り返ることなく、その場を後にした。

 




【一ノ太刀改メ・逃水】の元ネタ…飛天御剣流の双龍閃。


当作品のカスミは、とある女剣士の存在により強化されています。

とある女剣士…一体何者なんだ…(棒読み)

なお、次回投稿も不定期。


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