ポラクス・マルフォイは陰キャを極めたい (於涼)
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賢者の石
1話 僕は空気になりたい。


ハリポタに再熱したから書いてみた誰得の作品です。
暖かい目でよろしくお願いします。


僕、由緒正しき純血のマルフォイ家の次男であるポラクス·マルフォイには前世の記憶というものがある。

 

といっても前世の自分の顔も思い出せないほど記憶はおぼろげだが、3歳ぐらいの頃ふと、自分が今生きている世界は前世で読んだことのある『ハリーポッター』の世界であることに気づいた。

 

 

『ハリーポッター』は主人公ハリーが魔法使いの学校ホグワーツに入学し、親の仇"例のあの人"との因縁と対立しながら学校生活を送る児童文学作品だ。

 

だが、ファンタジーな世界にも関わらず物語が進むにつれて登場人物がどんどん死んでいく危険度MAXな世界。

 

本来の原作では、"ポラクス·マルフォイ"という人物は登場しない。

つまり、僕がいなくとも物語は勝手に進む。

せっかく2度目の命を授かったのならば無駄にはしたくないし、死にたくもない。

原作に影響を及ぼすと僕に何が跳ね返ってくるか解らない。

 

安全に生きるには、原作に影響をもたらさない程僕の存在が薄くなればいい、という考えに達した僕は3歳の頃から、周りに前世の記憶が悟られないように言葉の習得、勉強の進度も双子の兄"ドラコ·マルフォイ"をお手本にしながらごく普通で、素直に両親の言うことを聞く大人しい子供を演じた。

 

 

兄ドラコは原作では、主人公ハリー·ポッターのライバル役のメインキャラだ。

ライバル役にしては活躍の機会にあまり恵まれず小悪党が出てしまった可哀想な人物だったのだが……。

 

つまり僕は不味いことにハリー·ポッターと同学年の為、原作の期間ずっとあの魔窟ホグワーツに居なければならない。

 

 

「ホグワーツがイギリス1、安全な場所なんて誰が言った!?

スリザリンに冷たい校長だし、トロール侵入するし、三頭犬いるし、ドラゴン持ち込む森番いるし、視線で人殺す化け物いるし、頭のネジ飛んだ教授雇うし、敵めっちゃ侵入するし、てか最終学校を舞台に戦争してもちろん生徒もバタバタ死ぬし……無理、絶対無理!安全な要素が1つも見つからない!安全の"あ"の字もないじゃないか!!」

 

 

「ねぇドラコ、アナタの弟大丈夫なの?

目を血走らせてブツブツずっとなんか言ってるけど……」

 

「大丈夫さ、パーキンソン。ポラクスは昔からたまにああなるクセがあるんだ。多分ホグワーツに行くことに緊張しているんだよ。

普段はしっかりした奴だから今はそっとしといてやってくれ」

 

 

僕は影だ、虫だ、透明人間だ。

安全のため、平和のため、僕は空気になってやる!

 

そう決心しながら僕は戦場、ホグワーツに足を踏み入れた。

 

 

まずは組み分け。

マルフォイ家は代々スリザリン。逆にそれ以外だと異端となって注目を浴びる。

ならスリザリン以外は論外。

 

スリザリン、スリザリン、スリザリン、スリザリン、スリザリン、スリザリン、スリザリン、スリザリン、スリザリン、スリザリン、スリザリン、スリザリン、スリザリン、スリザリン、スリザリン、スリザリン、スリザリン、スリザリン、スリザリン、スリザリン、スリザリン、スリザリン、スリザリン、スリザリン、スリザリン、スリザリン、スリザリン、スリザリン、スリザリン、スリザリン、スリザリン、スリザリン、スリザリン、スリザリン、スリザリン、スリザリン、スリザリン、スリザリンー…

 

ただひたすら念じながら、ドラコに続き組み分け帽子を被った。

 

 

「君もスリザリンが希望かね?

というかそれ以外の思考が読めないのだが……。まぁ、スリザリンの素質は充分にある。では……

 

 

スリザリン!!」

 

ということで無事にスリザリンに決まった。

 

 

普通、マルフォイ家のネームバリューのせいである程度注目を浴びてしまう。実際名前を呼ばれた時「双子いたんだ……!」的な感じで視線が集まった。

 

しかし、お前たちは1週間後には僕という存在を気にしなくなり、気づかなくなり空気の様に感じるだろう。

我が圧倒的陰キャスキルに為す術なく呑み込まれるといい!!はーっはははは!!!

 

 

 

 

 

 

 

 

1人心の中で高笑いしながら、テーブルに現れた料理にかぶりついた。

 

うん、このポテトは美味い。




簡単登場人物紹介

・ポラクス·マルフォイ
ドラコ·マルフォイの双子の弟。転生者。
地味に生きれば生き残れる、というポラクス的には完璧な理論のもと常に目立たない努力をしているアホ。

神経質で考え過ぎる性格だが、根っこは単純のバカ。
そのため思考が空回りすることが多い。
ストレスが多い時はテンションの落差がデカい。

見た目は一卵性双生児なのでドラコとそっくり。しかしホグワーツに入学する少し前から"寝てもいられない"気分なので目元にクマが染み付いている。

名前は母方の曽祖父から。


・ドラコ·マルフォイ
皆さんお馴染みのフォイ君。相変わらずの嫌なお坊ちゃまだが、最近テンションおかしい弟を心配している良いお兄ちゃん。


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2話 僕は見て見ぬふりをしたい。

地獄の学園生活が始まった。

 

 

ドラコは家の権力を存分に振りかざし、早速スリザリン1年生のトップとなった。常に子分のクラッブとゴイルを付きまとわせ、彼に黄色い声をあげるパーキンソン嬢もいる。

 

そう、彼は僕とは違い陽キャ中の陽キャなのだ。

弟思いの兄は親切にも僕を気にしてくれるが、人付き合いは苦手だから放って置いてくれていい、と言えばドラコは家での社交パーティーで置物と化していた僕の姿を思い出したのか「次期当主として僕が人脈作りはしてやる!」と胸を叩いて言ってくれた。

 

ドラコは原作のいわばレギュラー。つまりドラコと居れば原作の事件に巻き込まれる可能性が高くなってしまう。

なので僕はドラコとはある程度距離を空けて行動していた。

 

常に人の目に入らない死角を探し、誰とも喋らず、足音すら立たせない。

さながら暗殺者になっていたが一週間たつと誰も僕の存在を気にしなくなった。

 

魔法薬学の授業などペアでする時に、「あー、ドラコの弟か、いたな」ぐらいの感覚で思い出して貰えるのでマルフォイ家のネームバリューも有効活用できている。

 

飛行訓練でドラコがグリフィンドールのロングボトムにちょっかい出しても、夕食時にハリー·ポッターに決闘を申し込んでも素知らぬフリ。

 

確かドラコがロングボトムの『思い出し玉』を取り上げて空中から落とし、それをポッターが見事な箒さばきでキャッチと………うん?

 

思い出し玉、忘れ物を知らせる、忘れ物ー…

 

 

「しまった!」

 

僕は小さく叫ぶ。

前世で読んだ『ハリーポッター』の物語の記憶はあまり鮮明ではない。今後のため少しでも覚えておけるように魔法史の授業の間メモ用紙に書き留めていたのだか、途中で寝てしまいそのまま机の中に忘れてきてしまった。

 

不味い。

この世界の住人にとっては書かれている内容は予言のようなものだ。一見ただの厨二病をこじらせた奴の小説設定になるが、万が一でも気づかれたらいけない。

 

僕は慌ててのこりのスープを喉に流し込み、魔法史の教室へと走った。

 

 

魔法史の教室ではゴーストのビンズ先生がティーカップを前に読書していたが、入室の許可を尋ねるとコクリと頷いたのですごすごと授業で座っていた机からメモ用紙を抜き取った。

 

用紙をローブのポケットにしまい込みホッとしてボンヤリしていたのがいけなかった。

 

僕としたことが何も考えずに階段を降りたのだ。

そう、魔窟のホグワーツの階段を。

 

 

 

その階段は通称"中抜け階段"。

何の嫌がらせか真ん中の段が消えてしまうので、ジャンプしなければならない階段なのだが、「あっ!」と声を上げた時にはもう遅い。

生徒はみな大広間で夕食中。

 

助けてくれる人などいるはずもなく、僕はまっさかさまに落ちる。

 

 

 

 

鈍い衝撃がお尻に響く。

顔を上げればそこは棚が立ち並ぶ埃っぽい部屋だった。

 

ホグワーツにはたくさんの隠し通路、隠し部屋があるとされ教師さえまともに把握していない。

ここも隠し部屋の1つだろう。

 

面倒なことになった。

 

なんとか立ち回り、とりあえずこの部屋の出口を探すことにした。

 

棚には古そうな黄ばんだ本や目をキョロキョロ動かす気味の悪いフランス人形、今にも動き出しそうな角の長い魔法動物の標本など様々な物が置かれている。

 

角を曲がったとき、うっかりと肘を棚にぶつけてしまった。

 

その拍子にガラス瓶が揺れる。

止めようにも間に合わなく、瓶は落下し仰ぎょうしい音を立てて割れてしまった。

 

 

「だ、大丈夫だよな?

こんな部屋のもの使われてないだろうし、しかもたかが瓶だし……」

 

破片などはちゃんと回収した方が良いのだろうか?

恐る恐るしゃがんで割れた瓶を覗き込む。

 

 

カラの瓶だったようで蓋とガラスの破片以外は見当たらなかった。

 

こんな部屋に中々人は入らないだろう。

それなら放っておいて問題無いはずだ。

 

少しばかり気まずいが僕はそのまま出口を探そうと再び立ち上がり角を曲がろうとしたのだが、突然背後からヒュッと風を切るような音がした。

 

「えっ?」

 

振り返ろうとした矢先、僕の視界は暗くなった。

遠のく意識の中で、甲高い少女の声が聞こえた気がした。

 

 

 

 

「やっーと出れた!くっー、シャバの空気は最高ね!!

ん?こいつは……」

 

 

 

 



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3話 僕は実家に帰りたい。

「あぁー、お腹いっぱいいっぱい!」

 

誰の声だ?

僕に姉妹も女の子の幼なじみなんていないし、母上の声はこんなに甲高くない。

……そう言えば僕は家じゃなくてホグワーツにいたんだ。

そう、魔窟のホグワーツに。

あぁ帰りたい。布団に潜り込みたい。暖かいココアを飲みたい。入学してまだ1週間程だけどホームシックがヤバい。

 

って待て。

確かに僕はホグワーツにいるが、女の子となんて一切話してない。ガチめに1度たりとも。いや、1度は話したかも。マクゴナガル先生を女の子のカゴテリーに入れるなら。

 

僕はボッチの陰キャを貫いている。

じゃあ、誰だと言うのだ。僕の目の前で喋っている女の子は。

 

 

……僕は何故か石畳の上に倒れていた。

わけも分からないまま起き上がると声の主の女の子がお腹を叩きながら壁に持たれていた。

 

真っ白な滑らかな肌に、細い首筋にかかる金色の髪。

愛らしいブラウンの大きな瞳はマヌケな顔をしている僕を映していた。

 

「あら、起きた?」

 

そう言いながら少女は熱でピンクに染まった頬を覚ますように、手でパタパタと顔を扇ぐ。

見た目は僕と同じかそれよりも幼いのに、その姿は随分と色っぽかった。

 

「えー、ドナタサマ?

僕、確か変な部屋に迷い込んで……」

 

そう、瓶を割ってしまった後に意識が無くなった。

視界が暗くなる中で聞いた声はこの少女のものだったのか。けど、部屋には僕以外誰もいなかったような……?

 

「ふふっ、アンタ何が何やらって顔してるわね。もとは良いんだから、もっとシャキッとした顔しなさいよ。

私の名前はリャナンシー。恋の妖精よ」

 

「妖精だって!?」

 

ならば言葉や仕草に似合わない幼い見た目にも納得だ。

人とは歳の取り方が違うのだろう。ホグワーツには様々なものが存在するのだから妖精も1匹や2匹ぐらいいるのだろう。多分。

 

「もしかしてこの隠し部屋、君の部屋だったりした?

それなら悪かった。迷い込んでしまったんだよ。よければ出口教えてくれないかい?」

 

「出口ならあのオッサンの絵の裏よ」

 

リャナンシーはあっさりと教えてくれた。殺意満々な魔法生物じゃなくて良かった。

 

彼女が指を指した先には確かに髭を蓄えた男性の肖像画があった。絵を傾ければ出口があるのだろうか。

僕は動かそうと額縁に手をかけた。そう、手をかけたハズだった。

 

 

……なのに僕の手は何故か壁にめり込んでいた。

 

「はぁ???」

 

待て待て、次こそ理解が追いつかない。

僕の手には壁をぶち破った衝撃なんてこなかった。そんな筋力ない。というか今、僕の手は空気を触るように何の感覚もないのだ。

 

あれ、なんか腕とか身体の色素、薄くない?

なんか透けてる?えっ??

 

キギギと僕は首を半回転させる。僕が気絶している間、傍にいただろう妖精。

 

「君さ、なんかやった?」

 

犯人、お前以外いないよね。

 

「テヘペロ♡」

 

あざとらしく舌をだすリャナンシー。

やっぱり?

 

「何やったわけ??どうして僕の身体透けてるの?なんかゴーストみたいになってるんだけど!?」

 

喚き立てる僕に対し、彼女はなんとでもないかのようにのんびりとワンピースのポケットからクッキーを取り出してボリボリ頬張りだす。

 

「えーっとねぇ。ほら、ちょっとだけアナタの生命力頂いただけよ。お腹空いてたから」

 

「生命力頂いたって……えっ、僕生命力吸い取られて死んだの?ねぇ、コレ僕もう死んじゃったパターン?」

 

 

僕、生き延びるために必死になってたのにホグワーツに来て1週間で気がついたら死んでました、って?

そんなのありなのかよ。

……苦しくなかったしそれならありか?いやけど生きてた方がいいよね。死んじゃだめだよね??

 

2枚目3枚目と物凄い勢いで食べながらリャナンシーは言葉を続ける。

 

「私は男の生命力を糧にする妖精なの。けどずーっと瓶に封印されてお腹ペコペコだったところに瓶が割れて出てこられたの。そしたらなんか前にアンタがいたから……」

 

「いたから?」

 

「食べちゃった♡」

 

「食べちゃった♡じゃねえよ!この悪魔!!」

 

 

あーあ、僕死んじゃったんだ。2度目の人生もう終わった。享年11歳で。やっぱりこの世界は魔境だったんだ。僕なんかが無事でいられるわけなかったんだ。あーあ、あーあ、あーあ。

なんかめっちゃ泣きたい。

 

膝を抱えてメソメソし始めた僕にリャナンシーは少し慌てだした。

 

「だ、大丈夫。死んでないわよ!ゴーストみたいになってるのは今はちょとエネルギーが足りてないだけ。

男の生命力は陽のエネルギー。太陽が昇れば元に戻るわ!!」

 

「ホントに?」

 

「ホントにホントよ」

 

「なら……まぁ、いいけど。僕はもう寮に戻るよ。皆が起きる前には元に戻るんだろう?

もう迷惑かけないでくれよ?」

 

なんかもう、混乱し過ぎてどうでも良くなってきた僕は思考停止気味になりながら絵をすり抜けようとした。

 

だけど、どうやって今の僕に触れているのか分からないが、リャナンシーは僕の左手をキツく握りしめてきた。

そして眉を下げながら少し申し訳なさそうな顔で言うのだ。

 

「そのことなんだけど……これからもしばらく分けてくれちゃ、ダメ?」

 

 

えぇ?

 

 

 

 

 

 




・リャナンシー
アイルランドに伝わる美しい女性の姿をした妖精。けどこの小説のリャナンシーは幼女姿。
男に詩才や美しい声を与えるがその代わりに精気を吸い取ってしまうらしい。
この小説はR18ではないです。幼女リャナンシーは生命力です。大丈夫、健全です。


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4話 僕は純血じゃなくなりたい。

出口を通り抜けるとそこは4階の廊下だった。気絶している間に真夜中になっていたようで、ホグワーツは真っ暗になっていた。何か出てきそうな雰囲気だが、残念ながら今は僕が「出た!!」って悲鳴をあげられる側だ。

 

確かに僕は影を薄くしたい。けどゴーストになりたいワケではなかった。

 

 

ガラスの窓に映った僕は(ゴーストも鏡に映るらしい)半透明になっている以外に、少し幼くなっていた。

僕をゴーストにした元凶、リャナンシー曰く彼女の見た目と同じぐらいに変化するらしい。

 

「お願い、坊や。力を取り戻すのにはたくさん生命力がいるの。毎日少しずつならアナタの寿命に影響は出ないから、ねっ、ね?」

 

「嫌だ。あと僕は坊やじゃない、ポラクスだ。

毎日のようにゴーストにならなきゃいけないのはゴメンだね、悪いけど他を当たってくれ」

 

自分から変なことに足を踏み入れたくない。

ずっと断っているのにリャナンシーはしつこく付きまとってくる。

 

「そう冷たくしないでよポラクス。アナタ純血でしよ?アナタの魔力とっても深い味がするもの!とても好みなの」

 

「君の好みって……純血思想のアダがここでくるとは」

 

「お願いよ、私を傍に置いて!いいことあるのよ、魔法がー…」

 

「足音が近づいてくる、ちょっと黙って!!」

 

僅かに聞こえてきた物音に、僕は慌ててリャナンシーの口を抑えた。ゴーストの姿では物に触れるためには力を入れなければならないのだが、妖精は普通に触れられるらしい。

 

ローブのフードを深く被る。

 

迫ってくるのは4人の生徒。息を荒らげながら物凄い勢いで走っている。

深夜肝試しマラソン?何それ、新しい。

 

ついに彼らが僕の横を通り過ぎる……と、思ったのにこっちに直角カーブしてきた。あっ、進行方向こっちだった?

 

パッと先頭の少年と目があった。

 

緑の瞳に風で逆だった前髪の下の稲妻の傷跡。

あっ、主人公。

 

 

僕を捉えた彼はぶつかると思ったのか急ブレーキをかける。

 

「ハリー、そいつはゴーストだよ!」

 

後ろの赤毛の少年 ロナルド・ウィーズリーが悲鳴じみた叫びをあげるがもう時すでに遅し。

 

停止したポッターに後ろの3人が止まりきれずドンドン激突して倒れ込む。

 

「うわぁ!!」

 

ポッターは潰れたカエルのようにピクピク痙攣しながら下敷きになった。

 

「あー、大丈夫?」

 

何とか立ち上がり出した彼らに聞く。

 

「まぁ、何とか……いや不味いぞ!今の音でフィルチが嗅ぎつけてきた、アイツのバコバコした足音が聞こえる!!」

 

ウィーズリーの悲鳴じみた嘆き。

放っておけば良かったものを、ドラコよりも真っ青になった彼らの顔に少し罪悪感を感じたので思わず言ってしまった。

 

「この絵の裏に隠し部屋があるけど……入る?」

 

よっぽど必死だったようで返事もせずに4人は額縁をひっくり返して穴に飛び込んでいく。

 

ああ、主人公と関わると危険度が上がってしまうのに……。

確か彼らがここまで慌てているのはドラコに騙されて夜の廊下を逃げ回っていた時に三頭犬を見てしまってーー、という話だった筈だ。ここで彼らが管理人、フィルチに見つかってしまえば原作が変わってしまうからこの選択は合っていたのか……。

 

妙な詮索をされたら困るので、僕はため息をつきながら隠し部屋に戻った。

 

まさに死ぬ気で走って来たようで、彼らはただひたすら呼吸を整えながら床に倒れ込んでいた。

 

 

そんな彼らの前にボケーっと突っ立っているゴーストの僕。

 

どうしよ……この状況。神様でも誰でも良いから助けてくれ。

 

 

 

 

 

 




純血の新たなるデメリット。


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5話 僕は日刊予言者新聞のクロスワードを解きたい。

しばらくの沈黙。

しかしポッターが深く息を吐いて意を決したように口を開いた。別に無理して話しかけてくれなくていいんだけど。

 

「た、助けてくれてありがとう。僕はハリー・ポッター」

 

恐る恐るながらも手を差し伸べてくる。

こいつ、さては陽キャだな。いくら助けられたとはいえ初対面のゴーストに握手を求めるなんて並のコミ力じゃない。

目の前に出されたものは仕方がないので渋々応じる。

 

「感謝されるほどのことじゃないよ。あぁ……僕のことはシグナスと呼んでくれ」

 

名前をバカ正直に言うわけにはいかないので、ミドルネームを名乗ることにした。

 

「君の手って他のゴーストより温かいかも、ほんの少しだけだけど。あっ!隣はロンで、まだ倒れてるのがネビル。そしてー…」

 

「私はハーマイオニー・グレンジャーよ」

 

食い気味に名乗ったのは4人の中で唯一の少女。

 

「助けてくれて感謝するわ、シグナス。けど、貴方見かけたことのないゴーストね。普段はレイブンクローの"灰色のレディ"と同じようにあまり人前に出ないのかしら?この部屋は物がいっぱいね……倉庫のよう。貴方の住処かしら。その姿、ホグワーツの生徒みたいね、"嘆きのマートル"みたいに学校で死んじゃったの?ーーああ、ごめんなさい。これは無遠慮だったわ。けどこの部屋凄いわ。あの標本なんてユニコーンより希少と言われてるバイコーンじゃない、確か角はー…」

 

まるでショットガンのような勢いで言葉を連射してくる。ただポカーンと口をあけるだけで相槌する余裕すらない。

 

「ーーもうフィルチは行ったかしら?この部屋は興味深い物がたくさんあるわ!じっくり見ていきたいけれど、誰かさん達のせいで明日は変身術の小テストがあるのにすっかり遅くなってしまったから私は寮に帰らせてもらうわ。また後日この部屋に招待してくれないかしら?じゃあさようなら、シグナス」

 

1人で喋って勝手に帰っていった。まるで嵐のような少女だ。マルフォイ家の屋敷しもべ妖精、ドビーだってこんなにせわしっこくない。僕が少し苦手の類の女性だ。

 

スタスタと出ていったグレンジャーの後ろ姿に赤毛の少年が鼻を鳴らす。

 

「アイツが勝手についてきただけだってのに!

……ああ、ごめん。ハリーが言った通り僕はロン、ロナルド·ウィーズリーだ。よろしく」

 

ウィーズリーは僕の半透明な腕をチラッと見て、握手は求めてこなかった。

 

ウィーズリー家と言えば非魔法族であるマグル大好きな一族であり、それに対してマグル大っ嫌いな我がマルフォイ家とは反りが合わない。

 

この前ウィーズリー氏が闇の魔術の品があると噂の我が家に家宅捜査に訪れた時は父上と魔法の撃ち合いを始めたほどだ。

その余波で母上お気に入りの花瓶が割れて、鬼婆のような顔になった母上に2人で仲良く家から追い出されたのだが。

 

 

「悪いね。あのハーマイオニーって女、少し……いや、だいぶ嫌な奴なんだ。

ああ、明日の小テストでアイツが自信顔でマッチ棒をクソ爆弾に変身させたら僕、タップダンスを披露してやるよ!」

 

ウィーズリーは相当苛立っているらしい。この先の展開では彼らは親友になるのだが、確かに今のグレンジャーはトゲトゲしく面倒臭い女でしかない。苛立つのも当然だろう。

 

「大丈夫だよ。まず僕、彼女と会話のキャッチボールが出来なかったし。けどまぁ……僕も気の強すぎる女の子は苦手かな」

 

と、ウィーズリーに返したのだが

 

「ホントいけ好かない女ね。この部屋に招待して欲しいですって!?誰がするもんか!!」

 

やはりコイツが付きまとってくる。

 

「僕は君の方が苦手だよ……」

 

これ以上、変なことをしないで欲しい。切実に。

どこからか突然現れた少女に目を白黒させるポッター達。

 

 

「うわっ、浮いてる!

君もゴーストかい?けどちゃんと色がついてるね」

 

2人の興味津々の視線を浴び、満足そうに奴は口角を上げる。

 

「私は妖精、恋の妖精リャナンシー。そして彼、ポル……じゃなくてシグナスのイケてる彼女よ!!」

 

何言ってるんだ、コイツは。

ウィーズリーはしげしげと僕とリャナンシーを交互に見る。

 

「妖精とゴーストの恋って初めて聞いたや!死んでもなお恋人つくるってちょっと尊敬するよ……。

週刊魔女に投稿依頼してみたら?きっと特ダネとして扱ってくれるよ」

 

「あら、それいいわね!」

 

名案だとばかりに紙とペンを探し出したリャナンシーの首根っこを掴む。

 

「誰が彼女だ!!!つい数分前に会ったところだろ!

ポッター、ウィーズリー。僕はこのバカ妖精を少しばかり痛い目に合わせてくるから!

床に倒れてる子が立てそうなら早めに寮に戻りなよ」

 

「痛い目って……。いったい私に何をしようっていうのかしら!いいわ、なんでも受け止めてあげる!!」

 

「お前は黙ってろ!!」

 

これ以上、彼らと同じ場所にいるのは危険だ。しかもこの何をしでかすか分からない妖精もいる。

リャナンシーを引きずりながら一刻も早く立ち去ろうと壁に半分足を踏み入れた。

 

だが、「待って!」とポッターに呼び止められる。

 

「待てない!」という言葉を何とか飲み込み、渋々振り返ると彼は照れくさそうに頭をかく。

 

「あの、ポッターじゃなくてハリーでいいよ!

ハーマイオニーじゃないけど……これからも仲良くして欲しいな」

 

「ぼ、僕もロンでいいよ!シグナス」

 

僕は務めて内心の動揺を表情に出さないようにしながら、手だけを彼らに振り次こそ隠し部屋から逃げ出した。

 

「あーらシグナスったら。お友達が出来て嬉しいのでしょ?

晩御飯にローストミートでも用意しなきゃね!」

 

「黙れ!!」

 

 

 

 



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6話 僕は改めて辞書を引きたい。

お気に入り登録、評価をして下さりありがとうございます!
この設定どうなんだろう……?と思いながらも投稿した作品を評価してくださったのはとても嬉しかったです。




人目がないことを確認しながらスリザリン寮に戻ったが、とても寝ることは出来なさそうだったので、談話室のソファで変身術の教科書を読みながら夜明けを待った。

 

日が昇ると、リャナンシーが言った通り確かに身体が透けなくなった。ほっと一安心していると、男子寮の階段からドタバタと誰かが駆け下りてくる。

 

「まだポラクスがいない!やっぱり寝る前に探しに行くべきだったんだ……!

クラッブ、ゴイル!ノロノロするな!!ああ、ポッター達を引っ掛けられたのは良かったが、ポラクスが巻き込まれていたら!!」

 

朝一番に起きてきたのはドラコだった。

後ろからまだモゴモゴとローブを着ている最中のクラッブとゴイルも現れた。

 

こちらを見たドラコと目があう。

グレーの瞳が大きく開かれた。

 

「ポ、ポラクス……!」

 

ベッドに居なかった僕を探しに行こうとしてくれていたようだ。

今のドラコはきっと、僕と見分けがつかないだろう。何故なら彼の目下もよく『ゾンビのよう』と比喩される濃いクマが出来ていたからだ。その様子に罪悪感が胸にのしかかった。

 

「おはよう、ドラコ」

 

「おはようじゃないよ!全くどこ行ってたんだ!!」

 

とりあえず挨拶すると、ドラコは大袈裟にため息をついた。

 

「心配かけてごめん、図書室でギリギリまで宿題してたんだ。

あと……探してくれようとしたのは凄い嬉しいんだけど、確認してからの方が良いかも。

後ろの2人、下にパンツしか履いてないよ」

 

そう指摘すると、本人達はズボンを履いていないことに今気づいたようで慌てて男子寮に戻っていき、ドラコはしかめっ面になった。

 

 

 

 

隠し部屋に迷い込んでしまった日から、リャナンシーは一日中僕に付き纏ってくる。鬱陶しいことこの上ない。

妖精というのは何でもありなのか、姿を小さくして僕のローブのポケットに潜り込み授業中まで離れない始末だ。

 

夜になると嬉嬉として僕の生命力を吸い取ってくる。

こないだなんて2段ベッドの上で寝ていたものだからゴーストになった途端、下で寝ていたドラコをすり抜けながらベッドから落下してしまった。

 

突然の悪寒に目を覚ましてしまったドラコに見つからないように部屋から出るのは苦労したものだ。

 

 

「なぁ、3日に1回吸うのは多すぎるんじゃないかい?

僕、多分このホグワーツで1番寝不足な人間だよ……」

 

「アナタはゴーストにならなくったってろくに寝られないんだからいいじゃない」

 

悪びれなくそう言うリャナンシー。

元から濃かったクマがもはや染み付いてしまい、取れなくなってしまった。

 

毎日睡魔と戦い続ける日々を送っていたら、気付けばハロウィンの日になっていた。

 

授業後の夕食はそれは素晴らしいご馳走だった。

ハリー達がグレンジャーと友達になるイベントがある日だ。

確かトロールが出て大騒ぎになるんだっけ。なら、今のうちにカボチャパイをいっぱい食べておかなければ。

 

 

クラッブとゴイルに食べ尽くされないうちに好きな料理を自分の皿に取り分け、お腹いっぱいになってきた頃。

やはりトロールが現れたという知らせを大広間に闇の魔術に対する防衛術のクィレル先生が持ってきて、そのまま気絶してしまった。……この人が黒幕なんだけど。

 

監督生に率いれられて僕らはスリザリン寮に帰らされる。

 

他の生徒達が談話室でトロールがどうやって入ってきたのかやらを興奮気味に話してる中、僕は1人抜け出し自分のベッドに寝転がる。

 

 

……ここからなのだ。原作の、"例のあの人"の動きが出てくるのは。

今はまだ良い、敵以外は誰も死なない。今のように何かが起きても皆笑いながら噂話を出来る。

 

けど時が経つにつれて、"例のあの人"が活発化するようになるにつれて人は簡単に死んでしまうようになるのだ。

 

下から聞こえてくる子どもの楽しそうな話し声。ドラコが人一倍大きな声で自身の見立てを語っているのが聞こえてくる。

 

 

この時間がいつまでも続けばいいのに……。

 

 

 

そんなことを考えていた時、ふと思った。

 

「あれ?もしかして、トロール出現している時点で平穏ではない?」

 

 

トロールが出現してもショックなんて受けず(受けている奴がいたとすればロングボトムぐらい)、マグル界で、田舎の学校で校庭にサルが出た放送を聞くぐらいの感覚でいるホグワーツの生徒達。

自分も世の中平和だな……と凪いでいた。

 

凄腕の魔法使いのダンブルドアに護られている、という気持ちでいるせいなのかもしれないが、それにしたってホグワーツは平常運転だ。

誰かが石になったり、死喰い人ぐらいが侵入してこないとレポートの提出日さえ延長にならない。1年生が使える魔法で入れてしまう場所に三頭犬がいるぐらいなのだ。トロールなんて今更、序の口。

 

やっぱりヤダ、この学校。

 

 

 

……今一度、魔法界全体で"平穏"の定義を話し合い、ホグワーツの"安全体制"も協議すべきだと思う。

 

 

 

 

 

 

 




魔法省に教育委員会なるものはあるのだろうか?
いや、絶対にない。

このホグワーツの緩さは現校長のダンブルドアのせい……、と言うよりは英国魔法界自体かなり適当にやってるからじゃないかと思います。

だからこそ魅力的な魔法の世界であるんでしょうけど、冷静になると中々恐ろしい場所ですよね。


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7話 僕は頭1つのキバがないペットが欲しい。

布団が恋しくなる寒い冬の季節。

僕の場合は恋しい所では無い。自身の低体温と寝不足と冬の寒さが合わさると、朝はベッドから1歩出ただけで震えが止まらなくなる。

 

布団の中で服を6枚、7枚と重ね着してからではないとマトモに歩けなかった。

 

元から冷え性なところはあったが、今年ほどではなかった。

明らかに取り付いている妖精……いや、妖怪のせいだろう。

 

 

僕はリャナンシーをなんとか追い払おうと躍起になった。

自分が今使える全ての魔法をかけようとしても余裕しゃくしゃくの顔でヒラリとかわされ、父上に頼みフクロウ便で届けてもらったあらゆる魔除けグッズも効かなかった。

 

「なんでニンニクスプレーを散布するの!?私は吸血鬼じゃなくて妖精よ!てかクッッサ!!」と、中国産のニンニクスプレーだけは物理的に非常によく効いたのだが、常に身の回りにしないと意味が無いのでリスクがデカすぎた。

 

ドラコに「クィレル2号になるつもりか?」と鼻をつまみながら言われたので即座に利用は中止した。

 

手の打ちようがなくてリャナンシーを引き剥がすことは結局出来なかった。

 

 

かじかむ指をなんとか動かし、僕は衣服や教科書をトランクに詰め込む。

 

「あら、これからお出かけなの?」

 

「今日は家に帰るんだよ、クリスマス休暇だ」

 

ポケットから顔を出したリャナンシーは僕の言葉を聞いてパッと顔を輝かせる。

 

「まぁ!ポラクスのお家に行けるの!!

あぁー…髪をちゃんと整えなきゃね。お義父さまとお義母さまに挨拶していい?」

 

何をほざいてんの、コイツ。

 

「頼むから僕の両親に絶対に、絶対に見つかるなよ!

というか休みの間ぐらい僕から離れてくれても良いんじゃないか?」

 

「イヤ!

ポラクスと私の仲じゃない!地獄へのバカンスにだってついて行くわよ♡」

 

やっぱりコイツは妖精なんて可愛いものじゃない。タチの悪い悪霊の類だ。

 

「おーい、ポラクス!いつまで準備してるんだ。

もう時間だぞ!!」

 

「もう終わったよ、今行く!」

 

談話室の方からドラコの呼び声がしたので、慌ててコートを着てトランクを抱える。

 

もうどうしようもない。

ペチャクチャ喋っているリャナンシーの顔をポケットの中に押し込み階段を慎重に降りた。

 

せっかく魔境ホグワーツから離れられるっていうのに、どうしてこうも安心できないのだろうかー…

 

 

 

 

 

クリスマス休暇は夏の休暇と違い任意で帰るか、ホグワーツに留まるか選択出来る。

と言ってもやはりクリスマスは家族で過ごしたい者が多く、特にスリザリン生はほとんどの生徒が汽車に乗っていた。

 

キングクロス駅では父上と母上が今から社交パーティーにでも行くのかというぐらい着飾った服装で迎えに来てくれていた。

 

「お帰りなさい!ドラコ、ポラクス。

元気にしてたかしら?何か嫌なこともなかった?」

 

母上は僕らの頬にキスをして心配そうな顔でホグワーツでの様子を細かく聞いてくる。

なんか、戦場の死地から帰ってきた気分だ。あながち間違いでもないが。

 

「2人とも少し背が伸びたか?ポラクスのクマが酷くなっているように見えるが……。

まあいい、土産話は屋敷に帰ってからだ。

ドビー!!」

 

父上が声を上げると、僕らの胸辺りの背丈しかない、大きな耳をしたみずぼらしい人型の生物が突然現れた。

 

マルフォイ家に仕える屋敷しもべ妖精、ドビーだ。

 

屋敷しもべ妖精はその貧相な見た目に似合わず魔法に長けている。家に帰るには姿現しの術で移動するのが速いのだが、難しい魔法なので僕らはまだ使えない。

だから彼の付き添いで帰るようだ。……だが、不安だ。

 

「マルフォイお坊ちゃま、ポラクスお坊ちゃま、失礼します」

 

ドビーが僕らの身体に触れた途端、バチン!と音がして景色が変わる。

 

 

 

……目の前に小鳥が飛んでいる。

ヤバい、と思った時には僕の身体は重力に従って落下していた。

 

幸い高さは3m程でなんとか受け身は取れたが、僕とドラコはマルフォイ家の庭、ペットのクジャク達がくつろぐ中に墜落した。

 

ピクピク身体を震わす僕らの周りを仰天したのだろうクジャク達が「キオーン!キオーン!」とけたましく鳴きながらぴょこぴょこ跳ねている。

 

後から現れた父上は、この惨劇を発見し「ドビー!!」と怒鳴り声を上げる。

 

「ドビーは悪い子!ドビーは悪い子!」

 

ドビーは気が狂ったようにそばに落ちていたマフラーで自身の首を絞めようとする。

 

「おい、やめろ!それは僕のマフラーだ!!」

 

なんとか立ち上がったドラコは、自分のマフラーが自殺道具として使われていることに気付き慌てて取り返そうとする。

確かパーキンソンが編んでくれたとかいうマフラーだ。ショッキングピンクのその色合いは余りセンスがいいとは思えないのだが……。

 

「父上、昔から思ってたんですけどドビーは解雇した方が良いんじゃないですか?お互いの為に」

 

「世間体がある。それにアイツはあれでも魔力が特に高い方なのだ。広い我が屋敷の家事をするにはうってつけだと雇ったのだが、どうしてこうも不器用なのか……」

 

苦笑いしながらローブについた草を払い立ち上がると、僕の目には愛しい我が家が映った。

 

広大な庭の奥に建つ我が家は屋敷どころかちょっとした城だ。

純血の名家マルフォイの威厳と財力を示している。

 

僕は喜びで舞い上がりそうな気分だった。

なんせ、愛して止まない安心、安全の我が家なのだ。

……少しばかり危なっかしい屋敷しもべ妖精がいるが、ホグワーツよりは断然マシだ。マルフォイ家の階段は中抜けしないし、ペットは三頭犬じゃなくてクジャクだもの。

 

「あなた達が好きな料理を用意してるわ、早く行きましょう」

 

母上のその言葉にいくらか機嫌を良くしたドラコと共に屋敷へと駆け込んだ。

 

 

 

 

 

 




クジャクの鳴き声って合ってるんだろうか?


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8話 僕はドラゴンのぬいぐるみを抱きしめたい。

まずはトランクを置きに、自室へと向かった。

部屋が腐るほどあるのでドラコとはそれぞれ個別の部屋を貰っている。

 

「ポラクス、あなたって本物のお坊ちゃまだったのね。

私ったら優良物件を当てちゃったみたい!あっ、もちろん私が愛してるのはあなたの中身(魔力)よ!!」

 

ポケットから飛び出たリャナンシーは元の少女の大きさに戻ると、天蓋付きの僕のベッドに飛び込みトランポリンのように跳ね出す。

 

「いいか、絶対に僕の部屋から出るなよ!大きな物音も立てるな。屋敷しもべ妖精が掃除に来たら隠れろ。僕以外の前に姿を現さないでくれ」

 

「本当に家族にすら私を紹介してくれないの?私、色んな人とおしゃべりしたいのに……。

あっ、もしかして独占欲?」

 

「んなわけあるか!

……僕の家はこれでも色々事情があるんだ。君は自覚していないのかもしれないが人間には扱えない魔法だって使えるだろう?生命力を吸い取るのだって本気を出せば僕をミイラにすることぐらい出来そうだ」

 

数ヶ月共に過ごせばわかる。この妖精は頭がお花畑なだけであって、その能力は決して人畜無害ではない。

 

「そんなこと私しないわ!」

 

「君がそう言っても、君を悪用しようとする輩もいるだろう。……父上がそうかもしれない。

君も道具にされるのは嫌だろ?僕も父上が君を知ることを望まない。だから大人しくしていてくれ」

 

僕の言葉にリャナンシーはムスッとした顔をしながらも頷いた。マルフォイ家は原作通りに行けば全員生き残る稀有な存在だ。だからこそ下手に何かを起こすのは得策じゃない。

 

 

 

 

 

クリスマスの朝、窓を覗くと辺りは一面の銀世界だった。

 

リビングへ向かうと、ドラコはだいぶん前から起きていたらしく、クリスマスツリーのもとに積まれたプレゼントの山を漁っていた。

 

「メリークリスマス、ドラコ」

 

「メリークリスマス、ポラクス。やっと起きたのかい?見てみなよ、プレゼントがいっぱいだ!

こっちの分がポラクスのだよ」

 

ドラコに来ているプレゼントは僕のプレゼントより2倍ぐらい多い。理由は単純明快。

みんなマルフォイ家に次男がいることを知らないか忘れているからだ。

 

しかし真に出来るお偉いさんの方々は、いてもいなくても気づかないような僕の存在をちゃんと把握している。

 

「ポラクス、今年は誰から届いている?」

 

父上の問いに僕は自分の分のプレゼントのメッセージカードを確認する。

 

「えーっとね、毎年くれている人以外には……このザガリー·バシールっていう人は初めて見るよ」

 

「ああ、確か最近事業を拡大した商人だったか……。意外に情報収集をするタイプらしい」

 

こんな感じに、ドラコだけではなく僕にも忘れずにプレゼントを贈ることが、父上の人間の識別の判断基準の一つになっている。

 

僕に届くプレゼントはほとんどが社交辞令のようなものだ。顔も知らないおじさん達から贈られてくる。一応どこかで血が繋がっていたりするのだろうが……。ああ、ネクタイはこれで何個目だろう?こんなにあると、ドビーの自虐用のマフラーの代わりぐらいしか使い道が思いつかない。

 

数少ない知り合いからのプレゼントは全て近しい親戚からのものだ。ドラコはホグワーツで出来た友人からも貰っていたが、僕は計画通りに全校生徒の意識から自分の存在を消すことに成功したのでそんな相手はいない。

 

父上と母上からはP·C·Mとイニシャルが彫られた上品な金の懐中時計。ドラコからは『トロール並でも出来る友達テクニック』という本。余計なお世話だ。

 

クリスマスのご馳走は素晴らしいものだ。

マルフォイ家のルーツはフランスなので、ホグワーツでは中々出てこないフランス料理も出される。

フォアグラに舌鼓を打ちながらドラコの話すダンブルドアの愚痴、ハリーの愚痴、ロンの愚痴、クラッブとゴイルの愚痴(これは切実)を聞いていた。

 

父上がホグワーツの理事会で言っておこう、と頷いてくれたのでドラコはご機嫌になった。

 

「ポラクス、あなたは学校どうだった?」

 

「うん、まぁ楽しいよ」

 

妖怪女に取り憑かれて寝不足だけど。

そのことが頭によぎったのが顔に出てしまっていたのか、「本当に大丈夫?」と母上に心配気に覗き込まれる。

 

「大丈夫じゃないよ、母上。ポラクスずっと隠れていて友達を1人もつくっていないんだ!」

 

僕が口を開く前にドラコが僕のボッチぶりをベラベラ喋り出す。自分からそうなるようにしているのだが、それを両親の前であっけらかんに暴露されるのは気持ち良いものじゃない。

 

「プレゼントもお友達から来ていないみたいだし……。クマがこんなにも濃くなって!

悩みがあるなら隠さなくてもいいのよ、ポラクス」

 

物凄く優しい声で母上にそう言われ、父上からは新聞の間から可哀想な奴を見るような視線。

すっかり両親の頭の中で僕は友達関係に悩むあまり眠れていない気の毒な息子になっている。

 

「悩みなんてないよ!僕は好きで1人でいるんだ。イジメもないから安心して。

それより、夜は必ずテディベアと一緒に寝ているドラコの方が母上に話したいことがきっとたくさんあるよ」

 

「なっ!?」

 

僕は知っている。僕がゴーストとなって夜中にドラコの身体を通り抜けてしまったあの日から、彼が寝る時ずっと母上お手製のテディベアを抱きしめていることを。

 

顔をピンクに染め上げるドラコ。ちょっとした仕返しだ。

 

 

必死に誤魔化そうとするドラコと、ハイハイと生返事で微笑む母上。父上さえも「ドラコ、いい加減に成長しろ。そろそろドラゴンのぬいぐるみにするべきだ」と笑った。

 

 

とても素敵なクリスマス休暇だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




・ルシウス·マルフォイ
権力に保身的なドラコ、ポラクスの父親。

作者はハリポタの悪役(もちろん特にマルフォイ家)が好きでこの小説を書き始めました。
ルシウスは名誉とか肩書きが大好きな人間なのに、永遠の命とかそんなんじゃなくて目の前のことに振り回されているどこまでも小悪党(褒め言葉)なところが好きです。


・ナルシッサ·マルフォイ
過保護気味なドラコ、ポラクスの母親。

原作最終巻でのナルシッサの在り方に凄い衝撃を受けた記憶がある。物語のテーマに彼女の名前からして大きく関わっているんじゃないかなー、って個人的に思ってます。


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9話 僕は水族館デートをしたい。

ある意味主人公無双の回。


楽しかったクリスマス休暇はあっという間に終わり、僕はドラコに引っ張られて泣く泣くホグワーツに戻った。

 

ほとんどの生徒が寝静まった真夜中。すっかり夜更かしの癖がついてしまった僕は談話室でやり残した"闇の魔術に対する防衛術"のレポートを書いていた。テーマはゴーストについて。今回ばかりは素晴らしいものが書けるだろう。

 

静寂の中、突然ゴロゴロと音を立てて石の扉が開く。

 

「ダメだ、あそこはダメだ!」

 

情けない悲鳴を上げながらソファに倒れ込むドラコ。

顔は青白いを通り越して真っ白だ。

 

「罰則お疲れ様」

 

震えるドラコにとりあえずココアを出してやる。

試験が近づくこの頃。森の門番ハグリッドのはた迷惑なドラゴン事件に変にちょっかいを出して、ハリー達諸共ドラコは罰則をくらい"禁じられた森"に行かされていた。

 

まったくご苦労な話だ。"禁じられた森"といえば不審者、猛毒キノコ、猛毒クモ。それから途中からは巨人までも住み着く、危険生物なんでもごされの僕が行きたくない場所トップ3にランクインする所だ。

裏山は入っては行けません、レベルではない。なんで学校の敷地内にあるんだ?

 

「出たんだ、ポラクス。森でユニコーンの血を吸う化け物が……!!」

 

よっぽど疲れていたのだろう。それだけ言ってドラコは気絶するように寝てしまった。

 

 

化け物、その正体はクィレル教授と彼に取り憑く"例のあの人"。『賢者の石』を巡る物語は着々と進んでいる。

 

 

「ドラコ坊やは随分と恐ろしいものを見てきたのね」

 

いつの間にやらリャナンシーは僕の横に腰をかけ、ドラコが飲み損ねたココアを手に取っていた。

 

「私ね、このあいだハリーとロンが内緒話しているの廊下で聞いちゃったの。4階の廊下の奥ではこわーい三頭犬が何か大切なもの守ってるって!

ポラクスはこのこと何か知ってる?」

 

リャナンシーはココアを幸せそうに飲みながら、そのクリッとしたブラウンの瞳をパチクリさせる。

 

「友達が1人もいない僕がそんなこと知るわけないだろ」

 

素っ気なく返すが、何が面白いのか彼女はクスクスと笑う。

 

「なるほど、『賢者の石』ね。へぇー」

 

「……開心術か」

 

"開心術"。相手の胸に隠された真意を見透す高等魔法。この魔法がある限り、魔法界で個人のプライバシーが守られる日は永遠に訪れない。

 

「愛しい殿方の心を読むぐらい朝飯前よ。ねえ、夜のデートに『賢者の石』を見物に行かない?

私、それを見てみたいの!」

 

手を合わせてお願いのポーズ。おそらく100年以上は生きてるだろうババアが何してるんだ。

 

「何がしたい、君はいったい何だ?」

 

「私は私。恋の妖精(リャナンシー)よ。

本当にただ見たいだけ、何も企んでなんていないわ」

 

そうニッコリ微笑む彼女に僕は「分かったよ」と答えて教科書を閉じた。

まったく、得体のしれない妖精だ。

 

 

ゴーストの姿となった僕は念の為フードを深く被り4階の廊下をリャナンシーと共に目指す。

 

廊下では噂の三頭犬が待ち構えていた。僕を映した6つの目はどれも困惑している。ゴースト相手にどうすべきかは流石にしつけられていないらしい。

 

ウロウロする三頭犬の足元で僕は力を抜き、スっと床を通り抜ける。侵入者対策の罠が続くが、今の僕には意味をなさない。

 

ひたすら足を進めるだけで1番奥の部屋、『賢者の石』が隠された部屋に辿り着いた。

 

「おかしいわ、何も無いじゃない!!」

 

良かった、まだこの部屋には無かったのか。何もしないと言うが、何しでかすか分からないリャナンシーにあまり『賢者の石』と関わらせたくない。

リャナンシーの言う通り石畳が続くだけの部屋だ。

 

ブーブーと不満を言い続ける彼女を適当になだめ帰ろうとした時、背後からコツコツと足音がした。

 

「おや?先客がいたとは驚きじゃ」

 

しわがれた声。それを聞いただけで僕は泣きたい気持ちになる。

 

現れたのはこのホグワーツ魔術魔法学校現校長、今世紀最も偉大な魔法使いと謳われるアルバス・ダンブルドアその人だった。

 

犬の散歩でもしているかのように後ろに大きな鏡を浮かせて鼻歌交じりにやって来る。

 

「君は見かけないゴーストだの。お隣のお嬢さんは妖精かな?」

 

「ええ!恋の妖精、リャナンシーよ」

 

「ああ……それは素敵じゃ。恋とは良いものだ」

 

愉快そうに笑うダンブルドア。そしてキラキラさせたブルーの瞳を僕に向けてくる。

 

「失礼じゃが君の名前は?」

 

「シグナスです。ずっと隠し部屋に閉じこもっていたものですから顔を合わせるのは初めてですね、ダンブルドア校長」

 

できるだけ声をうわずらせてみる。かなり苦しい誤魔化しだけど、普段の僕は全然声を出さないからポラクスとバレることはない筈。ああ、けどドラコとは声もかなり似ているからな……。

 

「ほうほう、やはりホグワーツは何年過ごしても新しい出会いがある。仲良く散歩している中ー…」

 

「散歩じゃなくてデートよ!」

 

「失礼、デート中悪いがこの鏡を置かせて貰ってもいいかの?」

 

と言ってダンブルドアはその大きな鏡を部屋の中心に置いた。確か、これは『みぞの鏡』。人が心から望むその人の姿を映し出す魔法道具。

 

覗き込んだリャナンシーは嬉しそうに飛び跳ねる。

 

「まあ、珍しい鏡じゃない!ああ、見える……私とシグナスが結婚式を挙げている姿が!!」

 

「なんてものを見ているんだ!!」

 

本気でコイツが気持ち悪い。

 

「現実となったら是非わしもその式に招待してくれんかの?ゴーストと妖精の結婚式とはそうそう見れるものじゃない。

あと……後学のためにたずねたいのだが、ゴーストにもこの鏡には何か映るのかね?」

 

「ええ、まあ。僕にはこの妖精がいない実家でゴロゴロしている姿が見えますよ」

 

参考になった、と言って笑うダンブルドアに僕は愛想笑いを返すしかなかった。

 

ああ、ドキドキなんてものじゃない。魂の底から震えるこんなにも恐ろしいデートはそうそう無いと僕は思った。

 

 

 

 




・アルバス·ダンブルドア
最も偉大な魔法使いと名高いホグワーツのお茶目な校長。とにかく真意が分かりずらい老人。原作終了後でもその考察は難しい。けど、ハリポタの登場人物らしく良い意味でも悪い意味でもちゃんと人間らしさがある。

二次小説では悪役として書かれることが多い彼ですが、この小説では特別に嫌な人物にするつもりはありません。ただ、スリザリン寮所属の主人公達視点なので少し批判的な描写にはなるかもしれません。


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10話 僕は動物愛護団体に訴えられたくない。

学生の最大の敵、テスト。それはマグル界でも魔法界でも変わらない。

 

「目立ちたくないから平均点取ります」なんて余裕は僕にはない。全力で挑まなければ平均点すら危ういのだ。

 

筆記試験では選択ではなく記述式の問題の多さに思わず顔を引きつらせる。

浮遊呪文はなんだったっけ……。ダメだ、ちっこいフリットウィック先生がピョンピョン跳ねながら"ビューン、ヒョイ"を連呼しているのしか思い出せない。

 

変身術は比較的得意な分野なので実技も上手くいったと思うのだが、天文学はかなり酷かった。自信を持って記入出来たのは自分の名前の由来である星"ポルックス"についてだけだ。

 

ドラコの"りゅう座"はメジャーではなく出題されなかったため、少しばかり拗ねていた。

 

ドラコは魔法薬学が得意科目なので、試験終了後クラッブとゴイルに自慢げに答え合せをしていたが、彼らはまず自分の名前のつづりを間違えずに書けたかが怪しそうだ。

 

 

そして夕食後、僕はホグワーツの廊下を走り回っていた。急に運動に目覚めた訳ではない。目を妖しく光らせたリャナンシーが後ろから迫ってくるからだ。

 

「ダメだ、今日は絶対やめてくれ!あと1日だけでいいから!!」

 

「何よ、意地悪ね!私言われた通り試験中ずーっと我慢してたわ。もう今日で終わったんでしょ?ならいいじゃない!」

 

遂に角に追い詰められた僕はガブリと首筋に噛みつかれる。

へなへなと力は抜け、実態が無くなった僕は床へ沈んでいく。

 

そのまま下の階に落ちていったら、ホグワーツ名物のポルターガイスト、ピーブスが愉快そうに空中でニヤニヤしていた。

彼の視線の先には何も見えない。だが、透明マントで姿を隠したハリー達が潜んでいるのだろう。

 

「そーこにいるのはだーれだ?」

 

「恋の妖精リャナンシーよ!」

 

……何でお前が答えるんだ?

今日はクィレル先生と"例のあの人"が『賢者の石』を求め侵入する日。この妖精といると妙にハリーとの遭遇率が高くなる。

 

「ん?何だ見かけない奴らだな?いくらチョークを投げてもすり抜けちまうゴーストのチビッ子には興味がないんだ、さっさと行きな!」

 

邪険にピーブスは僕らを追い払おうとするが、気づけば背後に回り込んでいたリャナンシーが彼の肩に腕をかける。

 

「あら……そんなに冷たくされちゃ悲しいわ、ピーブス。私はチビッ子じゃなくてよ、素敵なことたくさん知っているわ。それこそこんなお子ちゃま達の相手をしてないで私とお話ししませんこと?」

 

リャナンシーは先程僕の生命力を吸ったばかりなので無駄にツヤツヤしている。ピーブスはポーッと頭のてっぺんから煙をだして硬直した。ポルターガイストにそんな概念があるのかは不明だが、彼は多分童貞だ。

 

ピーブスが口をパクパクさせている隙にハリーが隠れているだろう場所に向かう。

 

「あー、急いでるんだろ?ピーブスは何とかしてやるから今のうちに行きな」

 

「助かったよシグナス!」

 

ハリーのホッとした声がそばから発せられた。

 

足音は遠ざかって行く。

彼らは今から『賢者の石』を守るための戦いに行くのだろう。"例のあの人"じゃなくて、ピーブスの相手をするぐらいなら安いものだ。

 

 

気を取り直したピーブスはしつこく足音を追いかけようとする。

 

流石はプロだ。恋愛にもうつつを抜かさず常にイタズラに全力を注ぐ彼の姿勢はもはや尊敬の域に値する。

 

ならば、そんな彼に丁度良い物がある。

 

「こんばんわピーブス。シグナスって言うんだけど僕は貴方のイタズラの大ファンなんだ!」

 

なんだコイツ、とピーブスは怪訝そうな顔でこちらを向いた。

 

「そこでプレゼントしたい物があるんだよ」

 

僕はローブの内側をひっくり返して仕込んでいた品々を取り出す。

これらは、リャナンシーを振り払おうとした時に使った道具の余りだ。結局どれもリャナンシーには効かなかったが、父上の伝手を使ってまで血眼になって集めた世界中の嫌らしい道具の数々。

 

「きっと気に入ると思うよ!」

 

ニッコリ笑って差し出すと、彼はその価値が分かったのか夢中になって道具を漁り始めた。

 

 

ーー後日、管理人フィルチの事務室前の廊下が異様にニンニク臭くなり、彼の愛猫ミセス·ノリスがその発達した嗅覚が仇となって動物病院送りとなる騒ぎがあった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

3日後の夜、学年度末パーティーが開かれた。

校長からの終業の話と伴に寮対抗杯の表彰が行われる。大広間に置かれたスリザリンの砂時計の砂の量は明らかに他の寮より多い。

 

部屋はスリザリンのヘビが描かれた巨大な横断幕に覆われており、発表の前からスリザリンのテーブルはお祭り騒ぎになっている。しかし、これから起こることを知っている身としてはシラケた目でその光景を眺めるしかない。

 

壇上に立ったダンブルドアは『賢者の石』の事件の解決に尽力したとしてロン、グレンジャーとハリーに得点を与えていく。遂にスリザリンとグリフィンドールは同点となった。

 

「ーーわしはネビル·ロングボトム君に10点を与えたい」

 

その言葉が発せられた途端、グリフィンドールからは爆発的な歓声が上がり、スリザリン諸君の顔は死んだ。先程のテンションから急降下してお通夜みたいな雰囲気だ。

 

ドラコはショックのあまり固まって動かなくなってしまった。そんなドラコの様子を見つけて向こうのテーブルでロンがとっても嬉しそうに笑っている。

 

それを鋭く感知したドラコは顔には血を昇らせて癇癪を起こし、持っていたゴブレットを投げつけてしまった。

 

机で砕け散ってしまったゴブレットの欠片が気の毒なことに横にいたゴイルの手に突き刺さり、5秒ぐらいたってから彼は小さく悲鳴を上げて涙目になった。

 

「最悪だ!7年間ずっとスリザリンが1位だったのに!!

しかもよりによってアイツらのせいで!!」

 

「……これからはスリザリンらしい賢さだけでは足りないってことじゃない?」

 

 

 

 

 

 

 

こうして、僕のホグワーツでの1年目が終わった。




原作第1巻の分はこれで終了です。とりあえずここま読んでくださってありがとうございました。
『原作改変』のタグがほぼ生かされてないんですが、次の章から大きく変化を入れていく予定をしてます。

てか原作とほぼ同じ性格のドラコsideで『賢者の石』に改変を入れるのは難易度が高めで、下手したら話が崩壊しそうだったのでやめました……。



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秘密の部屋
11話 僕は墓の場所を決めたい。


『秘密の部屋』開幕です。


7月下旬の真昼間。

外は空気が歪んで見えるほどの暑さだが、一日中魔法によってひんやりとしたマルフォイ邸でゴロゴロと過ごす僕には無縁の話だ。

しかし、どんな所にいても水分補給は大切なので宿題をする合間に僕はキッチンへお茶を飲みに行こうと部屋を出た。

 

ーー2年の夏休み。その危険性を僕はどんな事をするにしろ、もっと配慮すべきだったのに。

 

 

キッチンに行くと、我が家のドジっ子屋敷しもべ妖精のドビーが摩訶不思議なことに自分の頭を目玉焼き用のフライパンで何度も叩いていた。

 

「ドビーはお知らせしなければ……。けれどご主人様の命令にそむいてしまう!ドビーは悪い子!!」

 

「あのドビー?お茶淹れてくれない?」

 

ドビーはぶつぶつと呟き、そしてまだ頭を叩き続けているのに忙しく僕に気づかない。

しかし、しもべ妖精としての本能か注文は認識しているようで、頭を叩きながらも器用なことに魔法でポットからティーカップにお茶を注ぎ、空いた片方の手で僕に差し出してくれる。

 

「しかしドビーは行かなければ!ええ、行くのですハリー・ポッターのもとに!!」

 

「え、ちょっと待って!?」

 

カップを受け取ろうとドビーの指に触れた途端に景色が変わった。そう、ドビーの姿現しの術に巻き込まれたのだ。

 

勢いのまま僕が倒れ込んだのは綿が一切入っていないんじゃないかと疑ってしまうような硬いベッドの上だった。

 

恐る恐る見上げると、そこにいるのはまるでドラゴンがフィギアスケートでトリプルアクセルを決めた光景を見たかのような顔をしたハリー。

 

「……」

 

「……」

 

互いに無言で見つめ合う。誰か胃薬ぷりーず。

 

2年の夏休みのイベントその1。それは我が家のそれはそれはドジでマヌケで傍迷惑な屋敷しもべ妖精は父上ルシウス・マルフォイの企みを知ってハリーに父上の名前は伏せて密告するのだ。ホグワーツに戻らないよう善意を持ってする嫌がらせじみた忠告。それに巻き込まれた。

 

「マルフォー…「ハリー・ポッター!」

 

ハリーがやっと口を開いたが、キンキンしたドビーの挨拶に遮られる。どうやら彼はまだ僕の存在に気づいていないようで、丁度良い高さの枕かクッションだと勘違いして僕の倒れた身体に乗ってくる。

 

「ドビーめはずっとあなた様にお目にかかりたかった……とっても光景です……」

 

「あ、ありがとう。けど君の下……とりあえず横に座ったら?」

 

未だ困惑した様子ながらもハリーはドビーを僕からどかそうとするが、ドビーはその言葉をどう勘違いしたのか飛び上がり、そして勢いよく僕の頭に着地する。

 

「ドビーめはこれまでたったの1度も、魔法使いから座ってなんて言われたことがございませんーーああ、ハリー・ポッターは偉大なだけではなく、こんなにも優しい方だなんて!」

 

またドビーは飛び上がる。そして僕の頭はクラクラする。

 

「……!」

 

そろそろ良いよね、怒って。

 

「ハリー・ポッターはしかも勇猛果敢!でも、ドビーめはハリー・ポッターにご主人様に内緒で警告しに参ったのです。

ハリー・ポッターはホグワーツに戻ってはなりません!!」

 

最後の言葉にハリーは僕を凝視していた目を初めてまともにドビーに向けた。

 

「ど、どういうこと?それにご主人様……?」

 

ドビーはまたしても興奮して飛び跳ねる。

 

……知ってるか、『仏の顔も三度まで』っていう言葉。

 

 

「ドビー…」

 

自分でもびっくりするほど低い声がでた。

 

「お、お坊ちゃま?何故ここに……」

 

下を見降ろしてやっと僕に気づいたドビーはさっきの3倍ぐらい飛び跳ねた。

 

「何故ここにだって?お前が連れて来たんだろ」

 

僕は肺いっぱいに空中を吸い込んだ。

 

 

「帰るんだ、今すぐ僕を連れて屋敷に帰るんだ!!!」

 

 

そうして、僕らは呆然としたハリーを残してマルフォイ邸のキッチンに戻った。

 

ビクビクしながらこちらの様子を窺うドビーに「僕は何も聞かなかったし、何も見なかった」とだけ言って自室に駆け込む。

 

 

 

 

胸に手を当てて深呼吸すると少し冷静になり……絶望に襲われた。

 

「ああ、終わった。あーあ、終わった僕の人生。ハリー・ポッターに目をつけられた。うん、死ぬ。死んじゃうのか。死因は何かな……。マンドレイクの悲鳴?アクロマンチュラの毒?バジリスクの視線?もしかしたらただ単に食中毒かも。出来ればあと20年ぐらい生きたかった。せめてノストラダムスの予言が当たるのか知りたかった。遺書はなんて書こう……とりあえず父上、母上、こんなに不甲斐ない子供を育てて下さりありがとうございました、そしてごめんなさい。僕の持ち物は全てドラコに譲ります。あっ、けどあのノートを見られるのは嫌だな。ノートと日記だけ先に焼いとくべきだな。お墓の場所はどうしよう。海が見えるところが良いかも、多分そこならゴーストになったとしても気分がスッキリするかもー…するのかな?」

 

開心術によって僕の状態をある程度把握したのだろうリャナンシーは、だだっ広い部屋の隅で三角座りをした僕の様子に腹を抱えて笑いやがった。

 

 

 

 

 

 

こうして2年目はホグワーツに着く前から、フライング気味に戦いは始まった。

 

 

 

 




~ハリー目線~

あーあ、ダーズリー一家ウザイしロン達からも手紙こないし萎えるわー。今ならマルフォイでさえ姿を見れたら喜べる……ん?マルフォイ?えっ、ガチで??


というハリーの顔を妄想したかった。


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12話 僕はテストで150点ぐらいとってみたい。

お気に入り登録、評価、誤字報告等ありがとうございます!気付けば一気にお気に入り登録して下さっている方が増えていて驚きました。とても励みになります。


2年の夏休みイベントその2。ダイアゴン横丁でのウィーズリー氏とマルフォイ氏の大喧嘩!!

 

が、あるので僕は家族からのダイアゴン横丁への買い物の誘いを「体調が良くない」と言って断った。

もう一度ハリーと顔を合わせるなんて僕の心臓が持ちそうにない。

 

買う必要がある物は全てドラコと同じなので、2人分買うように頼んでおいた。

 

 

父上は帰ってくると、やはりバトルファイトしてきたようで片目まぶたが青くなっていた。いい歳して何してるんだか……てか、なんで肉弾戦?

 

詳細は語りたくなさそうだったので痣のことはスルーとして、ドラコの持つ大きな荷物に目を移す。1年から持っている教科書も使うので、それほど買う物はなかった筈だが……。

 

「ポラクス、父上が僕らに買ってくれたんだ!」

 

カバーが外されて、現れたのは灰色をした2匹の小柄なフクロウだった。2匹鏡合わせにしたようにそっくりで、僕と目が合うと打ち合わせをしたようにどちらもコテンと首をかしげる。

 

マルフォイ家には他にもフクロウが何匹かいるが僕ら専用のフクロウがいたら便利だろう、ということで進級祝いに買ってくれたらしい。

 

「こいつらは僕らと同じで兄妹なんだ。片方はメスだけど。オスの方を僕が飼うよ!あれ、どっちだっけな……?」

 

ドラコはオスのフクロウに"カストル"、僕はメスのフクロウに"ネストラ"と名付けた。

 

「父上ありがとうございます!僕は頭が一つでキバがないペットが欲しかったんです。夢が一個叶いました!!」

 

有頂天で大喜びしていると、奇異なものを見る目を家族全員にされた。

 

新しく増えた家族を連れて、今年もホグワーツに向かう列車に乗り込む。一人席とは中々いかないのでドラコ、クラッブ、ゴイルと同じコンパートメントに乗り込む。クラッブとゴイルが無駄にデカいので非常に狭苦しい。

 

ダイアゴン横丁の話をドラコは僕と、お菓子に夢中で恐らく耳に入ってないだろうクラッブとゴイルに語る。

 

「このフクロウと、父上が最新の競技用の箒も買ってくださったんだ!しかも驚け、スリザリンの選手全員分だぞ!これで僕のメンバー入も確実さ。まぁ勿論そんなもの無くったって実力でも入れるけど、念には念をだ」

 

普段通り自慢げに話していたドラコだが、嫌なことを思い出したのか苛立ったように目を細める。

 

「けど、成績が上がらないなら選手を止めさせるって……。父上は"穢れた血"のグレンジャーに得意の"魔法薬学"や"変身術"でも僕とポラクスが負けてしまったことにお怒りなんだ……」

 

「成績を上げるのはともかく、100点満点のテストで112点とるやつにどうやって勝てば良いんだろうね」

 

大分、深刻な問題な気がする。

 

ホグワーツ急行を降りた後、去年は小舟に乗ってホグワーツ城まで向かったがそれは1年生が特別だったようで、上級生は引き手が見当たらない馬車で行く。

 

その道中、誰かが「ねぇ、何か赤い物体が湖の上を通った気がする!」と叫んだが魔法界に飛ぶ物はいくらでもあるので誰も大して気にしなかった。

 

 

全校生徒が集まると新入生の組み分けの儀式が始まる。スリザリン生は親戚に魔法使いが多いので、みんなは見知った顔がどこに入るのか真剣に聞いているようだ。

 

僕も家のパーティーで見たことある者が何人かいたが喋ったことなんぞあるわけないので名前も怪しいし他人同然だ。

 

歓迎会の宴も終わり寮に向かう中、ある噂があちらこちらでされていた。

 

スリザリンの談話室に着いても、暖炉の前で生徒は眠気も忘れて僕と同じく2年生のパンジー・パーキンソンの話に聞き入っていた。

 

「私ね、組み分けの時に医務室に行ってたのー…えっ、何でかですって?ほら、少しばかりグレンジャーって女と口論したものだから……。

それはともかく。手当てして貰って大広間に向かう途中スネイプ先生に連れていかれるハリー·ポッターとすれ違ったの!!あと腰巾着のウィーズリーもいたわ。

こっそり会話を聞いたら、あの2人汽車で見かけなかったでしょう?あいつら乗り遅れて、しかもマグルの車に魔法をかけて空をドライブしたっていうらしいの。しかも着地に失敗して暴れ柳に衝突したって!あのスネイプ先生の嬉しそうな顔、きっと退学よ!!」

 

 

「それは傑作だ!!」

 

あいつらは杖を折られて退学するぞ、とドラコは期待していたが次の朝、彼らは普通に朝食を食べていた。

 

ドラコが不満そうに文句を言っていると、グリフィンドールのテーブルから爆発音のようなものが起こった。

そして大広間中に響き渡るとんでもない声量の女性の怒鳴り声。

余りにもの衝撃に、僕のミルクが入ったコップがひっくり返ってしまった。

 

ロンの母親が『吠えメール』というのを送り付けてきたらしい。

全校生徒の前で赤っ恥をかいたロンとハリーの様子にドラコは前の寮対抗杯の時の仕返しとばかりに大笑い。

周りのスリザリンもそれにつられてクスクスと嫌な感じの笑い声をあげる。今年度も我が寮は平常運転だ。

 

しかし、僕はみんなの様に笑える気分じゃない。

せっかく新調したハンカチが牛乳臭くなってしまったというのもあるが、今年起きるだろう事件についてだ。

 

今年は『秘密の部屋』が開かれ、化け物が学校中を徘徊するという僕的には物語の終盤の戦いの次ぐらいに、ホグワーツが一般生徒にとって危険なんじゃないかと思う時期なのだ。

 

グリフィンドールのテーブルの端っこで心配そうにハリーらの方を見つめる小さい赤毛の少女、ジネブラ・ウィーズリー。

 

彼女が今年の要注意人物だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 




突然始まるおまけコーナー。

あったらそこそこ好評かもしれないもの


フクロウ便講座
『マルフォイ氏による世渡り講座』

・講座紹介
人生には重要な選択が迫られることがあります。どちらを選んだ方が得策なのか……。悩む方は大勢いらっしゃるでしょう。しかし、「誰がどちらかを選ばないといけない」と言ったのか。別に選択しなくていいのです!!ルシウス·マルフォイ直伝の世渡り術で良いとこ取りの人生、過ごしてみませんか?

・担当者紹介
聖28一族に数えられる純血の名家、マルフォイ家の現当主。
ホグワーツではスリザリン寮に所属し監督生を務めた。卒業後はマルフォイ家の家業を継ぎながらも死喰人の活動に参加し重要な立場につく。そうでありながらも"例のあの人"行方不明後も投獄を免れ魔法省にも影響を及ぼすマルフォイ家の立場を守った奇跡の手腕の持ち主。そんな彼から保身の術を是非学びましょう!


注意 : この講座はあくまでも自分の身を守る術を得たい方向けのものです。自分の思惑通りに物事を進めるための世渡り論を学びたい方には『アルバス・ダンブルドアによる世渡り講座』をおすすめします。



午後にも更新予定です。


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13話 僕は地に足を付けてボールを触りたい。

今日はクィディッチ選手の選抜試験があった。ドラコが得意顔で戻ってきたので無事受かれたようだ。

 

確かにドラコは小さい頃から箒好きで乗りなれているが、グリフィンドールのメンバーに1年生で選ばれたハリーとは違い天性の才は無い。

ガタイのいい6年生の先輩が恨めしそうに後ろからドラコを睨んでいること、スリザリンチームのキャプテン、マーカス・フリントががホクホクとした様子でいくつかの長細い包みを抱えている様子から完全な正攻法ではないのは確かだ。

魔法界でも世の中は金らしい。

 

だからといってドラコも夏休みの間、真面目に練習していたし全てが金のお陰ではないことを僕は知っている。祝いの言葉を言ったら、彼は心の底から嬉しそうに笑った。

 

「ありがとう。ところで、ポラクスもクィディッチ好きだろ?クィディッチ観戦はいつも乗り気じゃないか。なんで試験うけなかったんだ?」

 

「観戦とプレイは別だよ。あんな危険なスポーツ、命がいくらあっても足らないよ。ドラコも死なない程度に頑張って」

 

「大袈裟だな……」

 

ドラコは呆れた顔をするが、あれは間違いなく寿命が縮むものだ。まず、上空でやること自体がいけない。それだけで致死率は大幅アップ。

なんで魔法界にはメジャーなスポーツがクディッチだけなんだろう。卓球ぐらいお手軽に出来るものがあってもいいのに。

 

 

 

この日の夜も、リャナンシーに生命力を吸い取られた。ホグワーツに入学してから僕はそこそこ背が伸びたがゴーストの姿ではリャナンシーに合わせて姿が幼くなるので目線が低くなる。変化の光景を1匹目撃したネストラはギョッとしたように羽を膨らましたが、すぐにどうでも良くなったようでエサをついばむ作業に戻った。メスのくせに、なんだかクラッブとゴイルに似ている。

 

しかし……今日は一段と体が透けている気がする。明らかに吸い取られた量が多い。

 

「リャナンシー、まだ怒ってるのか?牛乳を拭いたハンカチをお前が入っているポケットに突っ込んだこと。ちゃんと謝ったじゃないか」

 

「謝って済むなら闇祓いはいらないわ。貴方のした行為はまさしく悪逆非道よ」

 

ふん、と彼女は鼻を鳴らす。

口ではずっとこの調子のくせに、それでも僕のもとを離れようとしない。嫌なら離れてくれていいのに。

 

「けど、今からデートに付き合ってくれるっていうなら許してあげてもいいわ」

 

別に許されなくても良いのだが、腹いせで今日みたいに生命力を余分に吸い取られて日中体調が悪くなってしまうのは毎日授業がある学生の僕には死活問題だ。

なので大人しく言うことを聞くことにし、用心のためにゴースト時は常に被るようになったフードを深く降ろして意気揚々と外へ向かうリャナンシーを追いかけた。

 

巨大イカが住む湖のほとりがリャナンシーお気に入りのスポットだ。憧れのシュチュエーションなの、と彼女が「えい!」と言って僕に水をかけてきたが勿論ゴーストの体に空を切って再び湖に還元されるだけ。

何とも言えない沈黙が過ぎる。

 

リャナンシーはげんなりした様子で眠っている巨大イカの顔に強力な油性ペンで落書きをし始める。それをぼんやりと眺めているうちに僕の懐中時計の示す時間は4時になった。

 

巨大イカにピカソ系統の先進的な芸術を施し満足そうなリャナンシーを引っ張って城に戻る最中。

 

鶏小屋の前でポツンと暗闇の中に立つ女生徒がいた。

 

虚ろな目で血塗られたロープを持つ自身の手をひたすらながめている。ホラー映画の序盤辺りで映し出されそうな光景。

 

しかし、彼女は僕と違って怨霊でもゴーストでもない。

返り血を浴びたように見えてくる真っ赤な髪もウィーズリー家のトレードマーク。ウィーズリー兄弟の末っ子ジネブラ・ウィーズリー。

 

彼女は生身の人間だが、悪霊に取り憑かれたような状態ではある。"例のあの人"の分身体のようなものに操られているのだ。

彼女の足元に落ちているのは人間の死体ではなく、雄鶏の死体だ。充分ホラーだけど一線は超えていない。

 

何かヤバい現場を見てしまった感覚で思わず足を止めてしまった。

ふと彼女と目があうと、淀んでいた青い瞳が光を取り戻していく。

 

「貴方、ゴースト?なんでゴーストが寝室に……あれ、外?私また……!」

 

ジニー・ウィーズリーは頭を抱えてしゃがみ込む。

 

「アナタ、随分変わった趣味してるのね。日が昇る前から鶏狩りなんて」

 

面白いものを見た、という様子で突然鼻先に現れたリャナンシーにジニー・ウィーズリーは悲鳴をあげて後ずさる。

 

「お、女の子?」

 

「リャナンシー、もう時間だ!今時の生徒では……ほら、朝から鶏の丸焼きにかぶりつくチキ活が流行ってるんだよ。気にしなくていい。さっさと行くぞ!」

 

ああ、やっぱりこの悪霊といると嫌な場面に出くわす。しかもそこに突っ込んで行くのだから僕はたまったもんじゃない。

 

「ちょっと、置いていかないでよシグナス!!」

 

リャナンシーが慌ててこちらに戻ってきたのでそのまま立ち去ろうとしたら急にジニー・ウィーズリーが「あっ!」と声を上げた。

 

 

「貴方、シグナスなの?私知ってるわ、ハリーの友達なんでしょ!」

 

……向こうは僕を知ってしまっているらしい。

 

 

 

 

 

 




あったらそこそこ好評かもしれないものパート2


フクロウ便講座
『ドビーによる働き方講座』

・講座紹介
ストレスの何かと多い職場。しかし表立って反抗するのは経済的、社会的に厳しいことでありますよね。ですが、真面目に仕事をしながらも上司に不快感を抱かせる方法があるのです!職場の環境は変わらないかもしれない。しかし「ざまぁ」と内心で上司を見下すということは時には他のあらゆることに勝る快感になります。憂鬱な人生の中で小さな楽しみ、見つけませんか?

・担当者紹介
マルフォイ家に長年勤務の屋敷しもべ妖精。屋敷しもべ妖精では珍しく"仕えるが至高"の考えを持たない。彼は心の底から真面目に仕事をしていますが、それでも主人一家に大小の被害を与えることに成功しています。内心面において参考にするのは難しいですが、彼のわざとじゃない嫌がらせの数々は非常に参考になることを保証します。


注意 : あくまでもこの講座はさり気ない嫌がらせをコンセプトとしています。真っ向的な嫌がらせ、職権乱用については『ホグワーツの森番による働き方講座』に詳しくあります。



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14話 僕は朝からでもチョコパフェなら食べたい。

キャラ崩壊注意


普段、ポラクスでいる時は誰かに認知されることなんてほとんど無い。しかも姓を言わずに名前だけで僕の存在を思い出せる人なんていただろうか。

話したこともない人物から知られているというのはどうも気持ち悪く感じる。ちゃんと色が付いてる時より透けているゴーストの時の方が存在に気付かれやすいって、我ながらどうなんだらう。

 

「友達と言う程の関係でもないと思うけど……。多分ハリーが言っていたシグナスは僕だよ」

 

「けど話したりするんでしょ。お願い、今私がしてたこと皆んなに、ハリーに言わないで欲しいの!」

 

目に涙を溜めて必死に懇願するジネブラ·ウィーズリーにリャナンシーは不思議そうに首を傾ける。

 

「あら、チキ活っていうのは1人で豪快に丸々食べちゃうものなの?人間って思ってたより消化器官強いのね」

 

「チキ活?何それ。よく分からないけど、好きでこんな所にいるんじゃないわ。……最近私、おかしいの。記憶が途切れたり、今みたいに気づいたら変なところにいて、変なことをしてたりして。夢遊病なのかしら。そんなことハリーに知られたら……!!」

 

夢遊病ではない。もっとタチの悪い悪に堕ちた魂の破片に彼女は取り憑かれている。我が父上によって仕込まれた"例のあの人"の学生時代の日記帳に。

 

怯えきった目で自身の手を見るジネブラ·ウィーズリーに何を思ったのか「なるほど!」とリャナンシーは艶めかしく口角を上げた。

 

「アナタ……ハリーが好きなのね。いいわ、いいわよ!その初々しい恋心!!」

 

「えっ、ええ、まぁそうだけど」

 

ハイテンションになったリャナンシーに引き気味になりながらジネブラ·ウィーズリーは小さく答える。

 

「分かるわよ、分かるわ。恋愛のプロである恋の妖精のお姉さんには!」

 

「何がお姉さんだ、立派なババアだろ」

 

「シグナス、今度はもっと頂いちゃうわ」

 

凄みのある笑顔が返ってきた。事実を言っただけなのに。

 

「ズバリ、アナタは愛しきハリーのことを想い過ぎてまるで生霊のごとくさ迷ってるのよ!!」

 

違う。しかし、原作の知識なんてある訳ないジネブラ·ウィーズリー目をこれでもかというぐらい見開き衝撃を受けていた。

 

「ハリーを想い過ぎて、ですって!?」

 

「ええ、ええそうよ。なんて素晴らしい恋心。なんて素晴らしい執念!けど生霊になるまでは流石に危険よ、殿方に気味が悪がられてしまう可能性がある。

……この恋の妖精リャナンシーに任せなさい!アナタのその素晴らしい恋、全力でサポートしてあげる!!」

 

なんか話の方向がおかしい。

 

「私ったらそんなにハリーを想っていたなんて!

ありがとう、私に気付かせてくれて!どうかこの未熟な小娘に、あの人を、ハリーを振り向かせる方法をご教授ください!!えっと…·リャナンシーさん」

 

まさかのジネブラ·ウィーズリーの方も超乗り気だ。こんなにがっついた子だっけ?

 

「師匠、とお呼びなさい。こっちの彼は私のダーリン、シグナスよ。さぁ、そうと決まれば今日からターゲット"ハリー·ポッター"の調査を始めるわよ、シグナス!」

 

「誰がダーリンだ!ってか待て!!まず彼女がおかしい原因はそんな可愛いもんじゃ……」

 

「私はジネブラ·ウィーズリー。ジニーって呼んでください!よろしくお願いします。師匠、それに旦那様!」

 

「旦那様はガチで止めてくれ!!」

 

もう、僕の脳は追いつかない。

 

 

その日からというものの僕はその影の薄さを利用してハリーを観察する任務に無理やりつかされた。何が悲しくって男をストーカーしなければならないというのか。

 

3日に1回、僕がゴーストになる夜には生徒が寝静まった真夜中のグリフィンドール寮の談話室の片隅に招集をかけられる。

 

「ターゲット調査の報告よろしく、シグナス」

 

「えー、今日ターゲットは普段通り寝癖をそのままに友人ロナルド·ウィーズリーと共に大広間で朝食をとり、その時の会話から糖蜜タルトが好物と判明。そしてハーマイオニー·グレンジャーとも合流して呪文学の教室へと向かいました。独自調査から、ターゲットとグレンジャーの関係性に恋愛感情が含まれている可能性は低いと思われます。どちらかというとロナルド·ウィーズリーの方がむしろー…」

 

なんで僕は人様の青春をこんなに知らなければならないのか。

 

「なるほど、糖蜜タルトが好物と判明したのは大きいわ」

 

「はい!師匠。私の母は料理が得意なので今すぐにでもレシピを送ってもらい、練習したいと思います。

よくやってくれたわ、シグナス!!」

 

なんとか旦那様呼びと気持ち悪い敬語は回避したが、もう状況がカオスでしかない。ほんと、なんでこんな事になって、僕はこんな事しているのだろう。

 

原作2巻ではもっと可愛らしい、控えめな恋心だったのに。確かに物語が進むにつれジニーは情熱的な女性に成長していったが、それでもこれは……。

 

この生活が数週間たった今、もう僕以上にハリー·ポッターについて詳しい人間は殆どいないだろうと確信するほどになってしまった。

利き手、得意科目、苦手科目、杖の材質、チェスプレイの癖、ホクロの数、来ているローブのサイズ、使うシャンプーのメーカー、メガネの度、人生で何回目玉焼きを作るのに失敗したかだって知っている。

 

そんな自分について改めて考えたら、とてつもなく複雑な気分にさせられた。

 

 

 




あったらそこそこ好評かもしれないものパート3

『Mis.パーキンソン特製手編みマフラー』

・商品説明
色は彼女の好みにより男性用でもショッキングピンク。これを恋人に装着させると、ユニ○ーサルスタジオのクリスマスツリーのライトアップにおいても見失うことないなくだろう。しかし初心者がつくった品の為に編み込みが甘くちぎれやすいことは注意。とある屋敷しもべ妖精によると、そのもろさ加減が素晴らしく締め付けても窒息寸前でちぎれるので自虐道具にピッタリだそう。


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15話 僕は血みどろ男爵にお近づきになりたい。

たくさんの方々、誤字報告ありがとうございます。非常に助かってます。これでも自分で何回か確認はしてるんですが穴に入りたくなるぐらい誤字してますね。



僕が何も嬉しくないポッターストーカーの職を手に入れたことに反し、ドラコはハリーが闇の魔術に対する防衛新任教師ロックハートに良いようにされていること、ロンがナメクジ呪いを逆噴射して自滅したことで、幸せ一杯のとても充実したライフを送っているようだった。

 

そうこうしているうちに、もう10月。

愛しのポッター報告会がひらかれると、ジニーが進歩があったの!と切り出した。

 

「ハリーにね、貴方と知り合いになったって喋ったら"ほとんど首なしニック"の絶命日パーティーに私も貴方を連れてこないかって誘われたの!」

 

絶命日パーティーね……。死んでもなお社交界パーティーという苦行を行おうとする人々の心理が理解出来ない。僕は死んでも行きたくないのに。

 

「ほんとにシグナスはシャイなゴーストね。ハリー達以外に貴方を知ってる人聞いた事ないし。ホグワーツのゴーストコミュニティから外されてしまってるんじゃないか、ってニックが心配して招待してくれたそうよ」

 

「それを余計なお世話と言うんだ」

 

「貴方に拒否権はないわ。ハリーとパーティーで話せる機会を逃すわけないじゃない!!」

 

ゴーストのパーティーにマトモな料理は出てこない。かぼちゃパイを食べ逃してまでパーティーなんてものに行く価値なんてあるだろうか。いや、絶対にない。

 

ハロウィンの夜、僕はリャナンシーが服を選んでいる間に城の庭まで逃亡したのだが結局見つかってしまい強制的にゴーストにされ、地下室のパーティー会場に連行された。

この悪霊は無駄に高度な魔法を扱って僕を追い立ててくる。今まで逃げ切れた例が無い。なんとかして対策法を編み出さなければ。

 

既にジニーは到着しており、パーティーの主役"ほとんど首なしニック"ことニコラス・ド・ミムジー・ポーピントン卿と話していた。

 

編み込んだ赤髪に、薄く塗られたリップ。ハリーと会う準備は万端なようだ。

こちらに気づいたらニックがテーブルを通り抜けながらこちらにやってきた。

 

「これはこれは、貴方がMr.シグナスですね。お忙しいところ私の絶命日パーティーにご参加ありがとうごさいます」

 

「えー、まぁかなり忙しかったー…」

 

「いえいえ、暇していたところの素敵なお誘いシグナスったらとても楽しみにしてたの。この度は501回目の絶命日心よりお祝いー…いや悲しみ?申し上げるわ」

 

リャナンシーにスネを思いっきり蹴られる。

 

「貴女はMs.リャナンシーですね。貴女のこともハリーから聞いていますよ。確かお2人は……」

 

「恋人よ!」

 

「んなわけないよ!」

 

「仲がよろしそうで何よりです」

 

部屋の片隅を1人陣取っている"血みどろ男爵"の方に逃げようとしたのだが、ピーブスに出会ってしまいニンニクスプレーはフクロウ便で購入できるのかしつこく聞かれているうちにハリー達が来てしまった。

 

「聞いちゃった、聞いちゃった !優等生グレンジャーが可哀想なマートルに酷いこと言ったぞ」

 

生徒をからかうネタを見つけたピーブスは意地悪く笑い3人のもとへ飛んで行く。

 

「なんでピーブスなんかをパーティーに呼んだの?」

 

ろくな事しないのに、とジニーが不思議そうに尋ねたらニックは苦虫を噛み潰したような顔になった。

 

「招待しなかったらそれを口実にパーティーを台無しにしようとしてくるのですよ。1回パーティー会場の内装をパリコレのセットにされましてね……私の絶命日を何だと思っているのでしょうか。その時だけ"灰色のレディ"が来てくれましたけど」

 

「まぁ……」

 

いよいよ勝負の時間だと張り切ってハリーのもとに向かうジニーの後ろをノロノロと着いていく。

しかしあんなに鼻息荒くしていたのにハリーと顔を合わせると顔を赤らめモジモジとしだすのだ。

 

「こ、こんばんは。ハリー」

 

「やぁジニー。シグナスとリャナンシーも久しぶり」

 

「ああ、久しぶり」

 

元気にしてる?と言いかけたが、ゴーストの冷気によって居心地悪そうなハリーらの顔を見て口を止めた。

ニックが御大層な挨拶を招待客達にし始めたが、途中で彼が入会出来ずに地団駄踏んでいるらしい首狩クラブの乱入により台無しにされてしまった。無秩序になってしまった会場のざわめきに乗じてジニーがハリー達に先程聞いたニックの死因について話している中、急に話題を振られた。

 

「一思いに切ってもらえないのはキツそうだな……。そういやシグナスの死因は知らないな」

 

ロンの言葉に僕はあー、と言い淀む。正確に言うと僕はゴーストではないし死んでもいない。けど、あえて言うなら……

 

「隣の悪霊のせいかな」

 

「わぁー…やっぱり君たちの話出版社に持っていくべきだよ。きっとドラマ化までしてくれるよ!」

 

ニックがスピーチを始めたが、ジニーは構わず頬を赤らめしどろもどろになりながらもハリーに喋りかけている。

 

その様子からは、あの鶏小屋にいた時の悩み疲れた顔が一切見られない。もう日記を開けなくなったのだろうか。ハリーを見るのに夢中で……。

じゃあ、原作ではジニーが操られて起こしていく事件の数々はどうなるんだ?秘密の部屋は開かれずに終わるのだろうか。安全に過ごせるのは助かるがこの先がどうなるのか。

 

 

色々考えていたが、どうやらある意味それは杞憂だった。

 

ハリーが謎の声を追いかけ行き着いた3階の廊下。硬直した管理人フィルチの愛猫ミセス・ノリスに、窓と窓の間の壁には文字が書かれていた。

『秘密の部屋は開かれたり

継承者の敵よ、気をつけよ』

 

僕は横を見た。そこには信じられない光景に目を見開くジニー。

 

誰が、やったんだ?

 

 

 

その時、僕はすっかり混乱して気付かなかった。

普段付き纏ってくるリャナンシーが何処にも見当たらないことに。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

薄暗い部屋の中、1人の幼い容姿の妖精がやつれた男性の石像の鼻先を撫でている。

 

「若くイケメンだった頃を形どれば良かったものを……。アナタが老いた姿なんて見たくなかったわ、サラザール・スリザリン」

 

妖精は酷く辛そうな声でそう呟いた。




あったらそこそこ好評かもしれないものパート4


フクロウ便講座
『ミネルバ·マクゴナガルによる変身術講座上級編』

・講座内容
ホグワーツ教師によるハイレベルな魔法を学べるコースです。
アニメーガスなどイモリレベルから専門家レベルの魔法をカバーしています。これが扱えれば貴方は偉大な魔法使い!腕に自身のお在りの方はチャレンジしてみませんか?

・担当者紹介
ホグワーツ魔法魔術学校で長年教鞭を執っている変身術教授及び副校長。クディチの熱烈なファンとしても有名。その細やかで正確な教え方は誰もが認めるところ。変身術使いとしても教師としても世界トップクラスの魔女です。


注意 : この講座で扱っている魔法は非常に高難易度かつ危険です。実力調査がありますが、決してそれを誤魔化してまで受講しないでください。実力が満たされないお客様が怪我をする事故が多発しています。先日は2人の少年が変身術で法則を無視してステーキを作ろうとしましたが彼らが黒毛和牛になってしまう事故がありました。


☆ご報告
紅魔の里の方々から「ピエル トーテム ロコモータ(全ての石よ、動け)」がご好評の余り在庫切れとなりました。1週間程増刊をお待ちください。


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16話 僕はソックスを千個はプレゼントしたい。

ハロウィンの後日、学校中がミセス・ノリスが襲われ壁に不穏な文字が刻まれた話でもちきりだった。

犯人は誰だ、ミセス・ノリスが石のようになってしまった原因。事件の不透明さが生徒らの好奇心と恐怖を煽った。もちろん僕も絶賛煽られ中だ。自分がまともに寝れたのは何日前だっただろうか……いや、少し大袈裟だった。魔法史と天文学で少しぐらいは意識が飛んだかもしれない。

 

寮の自分の棚の引き出しから、原作の記憶を書きとめたメモを取り出す。

ミセス・ノリスを襲った犯人。それは秘密の部屋から解き放たれた蛇の化け物"バジリスク"。ホグワーツの創始者スリザリンの愛蛇で、その目を直視した者を殺してしまう怪物だ。

 

そして僕の記憶が間違ってなければ、ジニー・ウィーズリーが"例のあの人"の魂に操られて事件を起こしていった筈。だがジニーはリャナンシーの恋の法則という名の謎理論のお陰で愛しのハリーに近づけるようになりそこそこ順調な生活になったことにより誰の目から見ても健康体だ。

 

メモの裏にあるもう1枚の紙、ジニーからの次の会議の日程を示されたノートの切れ端を見たら、そっちはそっちでげんなりしてくる。

 

だが秘密の部屋は開かれ事件が起こった。原作の流れとは違う、何が起こったのかさっぱり分からない。いったい誰がー…

 

 

「ーーおい、ポラクス。聞いていたかい?」

 

沈み込んでいた意識が、2段ベッドの上からかけられたドラコの声で戻ってきた。慌ててメモを引き出しに突っ込む。

 

「ああー、夢の中でケナガイタチが目の前に舞い降りて来たって話だっけ?」

 

「はぁ!?そんな話何処から出てきたんだ?クィディッチだよ、クィディッチ!!次の土曜日は僕のデビュー戦だ」

 

気を悪くしたようにドラコは鼻を鳴らす。

 

「あ、ああ。そうだったね!頑張って、観戦は好きだし観に行くよ。ドラコの活躍楽しみにしてる!」

 

「本当に覚えてたか?まぁいい。ポッターなんかけちょんけちょんにして、素晴らしいプレーを見せてあげるよ!」

 

ドラコの宣言に10秒ぐらいの沈黙の後、クラッブとゴイルのカスカスの下手くそな口笛が鳴った。

 

 

 

土曜日の朝。虚勢の笑みを顔に貼り付けたドラコを見送り、いくらか準備してから僕も試合会場に向かった。試合開始時間が迫っているのでもう生徒はほとんど城にいない。そんな中、僕は人気の無い廊下を忍び歩きする不審者を発見してしまった。

 

「あぁー…ハリー・ポッターはホグワーツに行かれてしまった。ドビーが命の危険があるとお知らせしても!なんてハリー・ポッターは勇敢!しかし……もう、部屋は開かれてしまった。ドビーはハリー・ポッターをお守りせねば!」

 

……この世で関わったらろくな事が無い存在ナンバーワン(マルフォイ家調べ)の彼だ。

 

「あのしもべ妖精確かポラクスの家の……」

 

「リャナンシー、ここに屋敷しもべ妖精なんていない。いないったらいない」

 

必死でこちらも足音を消して目を合わせないよう横目を向ける。だが横目にし過ぎた。動揺すると僕はどうにもクラッブとゴイルのことを言えなくなるぐらいには間抜けでドン臭くなるらしい。

 

廊下の端に飾られた甲冑に激突して耳が痛くなるような凄まじい音が起こった。

 

「ドラコ……いや、ポラクスお坊ちゃま!!?」

 

その音に負けないぐらい甲高いキーキー声を上げて僕に驚くドビー。僕の頭に反対から覆い被った兜の隙間からドビーを窺うと彼の顔は真っ青だった。

 

「ド、ドビーはー…」

 

痙攣しながら少しずつ上がる右手の人差し指。

 

「ヤバい!」と思った瞬間僕の視界は暗くなった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ーー何やらスースーとした薬品独特の匂いがする。

僕は真っ白なシーツの医務室のベッドで寝ていた。辺りを窺おうと体を動かした音で僕が起きたことに気づいたのだろうホグワーツの校医マダム・ポンフリーがやって来た。

 

「調子はどうですか、マルフォイ?」

 

「大丈夫です。けど僕、なんでここに……?」

 

「覚えてないのですか?廊下で気絶してたそうですよ。金髪の1年生らしき女生徒が貴方を運んできてくれました。お友達なら後でお礼を言いなさい」

 

恐らくリャナンシーの事だろう。彼女なら人に化けることも簡単に出来る筈だ。チラッと奥の窓を見るとリャナンシーが得意顔でクルクルと回りながらアピールしていた。

 

診察書を記入しようとしていたマダム・ポンフリーだが、1行目で困ったようにこちらを向いた。

 

「えー、失礼ですが貴方はどちらのマルフォイですか?」

 

「弟の方です。ポラクス・マルフォイです」

 

申し訳なさそうに軽く謝られたが、弟の存在を把握しているだけで彼女は立派だと思う。

 

多分、というか絶対ドビーに失神呪文でも撃たれたんだろう。ドビーはハリーを守るという名目でクィディッチの試合でボールのブラッジャーを襲わせる準備をしていた。そこを僕はまたもや目撃してしまったらしい。慌てふためいたドビーは思わず魔法を使ってしまった。人混みを避けたのに逆にそれがいけなかったのか……。

 

どうも前世、いや前前世ぐらいかもしれないが僕は妖精狩りかなんかして怨みを買ったに違いない。そうじゃないと僕の周りにいる妖精達のタチの悪さは説明出来ない。

確か去年気絶した時もあの空中でバレエをしているバカ妖精のせいだった。

 

30分ぐらい経ってからマダム・ポンフリーは退院の許可をくれた。医務室を出るとすぐにリャナンシーがローブのポケットに飛び込んできた。

 

「あの屋敷しもべ妖精め、ポラクスにいきなりなんて真似をしてくれるのかしら!ごめんなさいね、襲われる前に防げなくて。やり返そうともしたのよ、なのにあのしもべ妖精自分から縄を取り出して首を絞め始めたの。流石にどうすべきか分からなくなったわ」

 

「……一刻も早くアイツを解雇したい」

 

心の底から願った。

 

かなり長く気絶していたようで外はもう日が沈みかかっている。僕は1日無駄にしたとため息つきながら寮へ帰った。今日1日何をして過ごすつもりだったかすっかり忘れて。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




あったらそこそこ好評かもしれないものパート5

『バジリスクの目』

第3の目としておすすめのこの1品。憧れのあの人をただ眺めてるだけ……という人に、この目で見つめればあの人は何処へも行かず目の前に留まってくれる。ただし威力を加減して落とさないと初めての顔合わせとともに永遠のお別れになる可能性があるので取り扱い注意。瞳孔が切れ長なのがチャームポイント。



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17話 僕は追加で千個ソックスをプレゼントしたい。

僕は葬式会場に間違えて入ってしまったのだろうかと疑った。談話室のスリザリン生全ての顔が死んでいた。

 

そこであっ、と思い出す。今日がクィディッチの試合だったことを。この様子からにグリフィンドールに負けたことは一目瞭然。下手に刺激しないよう壁にへばり付きながら寝室への階段を登った。

 

部屋に入るとドラコが僕のベッドに腰をかけてぼんやりと壁を見つめていた。相当落ち込んでいるのだろう。気まずい空間をなんとか誤魔化そうと僕はクラッブとゴイルが居ないことに目を付けた。

 

「お疲れ様、ドラコ。クラッブとゴイルはどうしたんだい?」

 

声をかけるとドラコは今僕が居ることに気づいたようでビクンと身体を跳ねさせた。

 

「アイツらは多分まだ談話室の何処かでお菓子を食べてるんだと思う」

 

「それはなんと言うか……相変わらず空気が読めない奴らだな」

 

落ち込んでいる時には友達が励ましてくれるものなのだろうが、あの2人に期待するだけ無駄だろう。

 

「その、試合の結果は気の毒だったな。けど頑張ったんだろう?あれだけ練習も熱心だっし」

 

僕がそう言った途端、ドラコの目には感情が灯り頬にピンクに染まった。

 

「あぁ、見苦しく負けたよ!そしてポッターは英雄さ!!そうだ、そうだ僕は恥をかいたさ。けど、その時ポラクスは一体何をしてたっていうんだい?」

 

もしかして怒ってるのだろうか。約束したのに僕が試合に来なかったことを。

 

「空中から君の顔は見えなかった。スリザリン生の誰も君を見てないって言う!……確かにポラクスは影が薄いけどスネイプ教授だって見ていないって!」

 

どんどん興奮していくドラコに僕は慌てて弁明しようとする。僕だって好きでマダム・ポンフリーのお世話になっていた訳じゃない。

 

「違うんだ、ドラコ。僕はー…」

 

「何が違うって?じゃあこれは何だ!」

 

こちらに投げ捨てられたのはノートの切れ端。ジニーからのメモだ。

 

「ベッドの下に落ちていたこれ。『次は土曜日に会いましょう byジネブラ・ウィーズリー』。まさかと驚いた!君があの血を裏切る者の女と付き合ってたなんて!!クディチの試合を蹴ってまでとは相当お熱みたいだな」

 

ドラコは狂ったように笑う。しかしその目は怒りに満ちていた。

ポケットの中でリャナンシーが痙攣しているのが伝わるがまったくもって笑い事じゃない。昨日、記憶を書き留めたメモ用紙を引き出しに急いで入れた際にベッドの下に落ちてしまったのだろう。

 

「君がちょこちょこ夜にベッドを抜け出しているのは知っていた。最近その頻度が多くなったのも。夜這いしてるとは思っていなかったけど」

 

口を挟もうにもドラコの言葉は止まらない。

 

「ホグワーツに入学してから君は何故か僕を避けている。人見知りなのは分かっていたから他人と関わりたくないのだろうと思っていた。けど、違ったんだ!君は僕の事なんてどうでも良かったんだろう!他の奴らと一緒に出来損ないだと見下していたんだ。ああ、ああ。悪かったね。血を裏切る女の方が良かったんだろ!!」

 

一気にそれだけ怒鳴り散らすとドラコは僕を置いて寝室を出ていってしまった。

 

 

僕は兄弟(ドラコ)を怒らせ、傷付けてしまったようだ。

 

 

 

 

数日経ってもドラコが口を利いてくれる気配はない。

僕が起きる前にクラッブとゴイルを無理やり叩き起こして朝食に行き、離れた席を陣取る。授業中でも僕と決して目を合わせようとしない。その態度に流石のクラッブ達も違和感を感じたようで不思議そうに僕を横目で見ながらもドラコに着いて行く。

 

 

「すっかりドラコ坊やに嫌われちゃったわね、ポラクス」

 

可笑しそうにからかってくるリャナンシーに思わずムッとして言い返す。

 

「半分君のせいだろ」

 

「あら、責任転嫁は良くないわよ!メモをちゃんと仕舞わなかったアナタの注意不足のせいね」

 

思い当たるところがあるので口を噤んでしまう。だが、それにしても嫌な形に物事が重なってしまった。

ドラコとの関係だけでも神経がすり減るというのに、秘密の部屋に関しても原作通りグリフィンドールの1年生コリン・クリービーが石となった。犯人とされるスリザリンの後継者とやらにホグワーツの生徒達も流石に好奇心より恐怖心が勝るようになり、神経を尖らすようになっている。

 

そんな中『決闘クラブ』が開かれると知ると生徒らは防衛術が少しでも多く学べるのではないかと思ったのか、多くの者が申込用紙に名前を記入していた。

 

これ以上の厄介事はゴメンだと行かなかったが、次の朝には『決闘クラブ』で起こったことはホグワーツ中に広がっていた。

 

聞き耳を立てたところ、噂は「ハリー・ポッターが決闘で蛇語を操ったことから彼がスリザリンの後継者なのではないか」と言った物が殆どだったが、時々「ドラコ・マルフォイが苛立ちの余りロックハートを吹き飛ばした」というのもあった。

 

学校の雰囲気も合わさってドラコはかなりイライラしているらしい。

 

「困ったな、どうやったら口を利いてもらえるのか……」

 

「ずっとそのことばかりね……。普段は他人の事なんて全然気にしないくせに。私、ドラコ坊やに嫉妬しちゃうわ!」

 

「流石にずっと一緒に過ごしてる家族と仲をこじらせるのは嫌だよ」

 

結局、ドラコに勘違いを説明出来ることなく今学期は終わってしまった。



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18話 僕はフォアグラを食べたい。

父上から今年のクリスマス休暇はホグワーツで過ごして欲しいという旨の手紙が来た。魔法省関係の仕事で忙しいかららしい。つまり、秘密の部屋での生徒被害を言い分にホグワーツの理事長に手を回してダンブルドアを退職させることに心血を注いでいらっしゃるのだろう。

 

クリスマスを家族で過ごせないことに母上はかなりご立腹なようで、プレゼントと一緒に届いたメッセージカードにはタラタラと文句が書かれていた。現在入獄中の姉、ベラトリックス叔母上が何を思ってなのか肋骨辺りの人骨をクリスマスプレゼントに贈ってきた事も苛立ちの原因の1つらしい。

 

 

しかしスリザリン生が殆ど家に帰る中、ドラコと気まずい雰囲気の中寮で過ごすのはとても快適だとは言えない。

 

クリスマスの朝も何も挨拶無しにドラコは大広間へと行ってしまう。リャナンシーのキスを避けながら、少し時間を空けて入れ違いになる形で朝食を食べに大広間へ向かうことにした。

ダンブルドアが指揮するクリスマス·キャロルを2曲ぐらい聴いたところで飽きてきたので寮に戻る中、クラッブとゴイルが地下廊下でロンの兄の1人、パーシー·ウィーズリーに捕まっていた。

 

僕の姿を捉えるとクラッブが「マルフォイ!」と唸るように叫んだので、僕は一瞬ポカンとしてしまう。彼から僕に話しかけてくる事なんて殆ど無いからだ。

 

しばらくしてやっと理解した。2人はクラッブとゴイルにポリジュース薬で変身したロンとハリーだ。そういやあった、そんなイベント。正直ドラコの事で頭が一杯で秘密の部屋の事がすっかり抜けていた。

 

「何やってるんだ?2人とも」

 

「あー、えーっと、ウィーズリーがうるさくて……」

 

ゴイルもどきが何かを伺うように答えると、パーシー·ウィーズリーが噛み付いてきて説教をしだしてきたが適当にあしらいクラッブとゴイルもどきについて来いと合図した。

 

「また寮までの道を忘れたのか?」

 

「うん、そんなところ」

 

クラッブもどきは僕の問いに安心したように頷くが、流石のあの2人でも合言葉はともかく、もう寮への道のりは覚えた。偽物であることはバレバレだ。

 

ハリーとロンはいかにもな純血主義のドラコをスリザリンの後継者ではないかと疑って、内情を聞き出したいのだろう。ならばとりあえずスリザリン寮に案内しなければならない。

 

「純血!」

 

と新しい合言葉を言えば石の扉が開く。

2人は物珍しそうに談話室を眺めている。……2人とも俳優にはなれなさそうだな。

 

丁度ドラコが寝室への階段を登ろうとしていたところだった。

 

「えっ!マルフォイが2人だって!!?」

 

クラッブもどきがあんぐりと口を開けて僕らを指差す。ゴイルもどきも混乱したように交互に目を動かしている。その様子にドラコは遂に頭の病気を患ったかと呆れを通り越して気の毒に思ったのか、どこか優しくクラッブもどきに言った。

 

「マルフォイは2人いるじゃないか!僕はドラコ·マルフォイ、お前の隣は双子の弟のポラクス·マルフォイ。オッケーか?同じ部屋で寝起きしているのにそれすら分かってなかったのか?」

 

どうやらハリーとロンは僕の存在を把握してなかったらしい。ホグワーツの人間の大体がそうだが。

クラッブもどきは目を泳がせながら頭をかく。

 

「あぁちょっと、ケーキが余りにも美味しかったものだからボーッとしてたよ……アハハー…」

 

「まったく、良い癒者紹介してやろうか?」

 

ちっとも言い訳になっていない言い訳だがクラッブの姿だと納得出来てしまう不思議。2人の変身対象のチョイスは間違いなく正解だっただろう。

 

「……しかし、お前たちがポラクスと一緒とは珍しいな」

 

「コイツら、寮への道すら覚えてなかったんだ。たまたま通りかかったから連れてきたんだよ」

 

僕が答えたらドラコはあからさまに目を背ける。

 

「へぇ、そう。僕は少し調子が悪い。先に寝室に戻ってるよ」

 

そう言うと早足に去ってしまった。クラッブもどきとゴイルもどきを窺うと、2人は互いに顔を見合わせ何かを決めたように頷き合って僕の方を向いてきた。

 

「えっと……ドラコに尋ねたいことがあったんだけど聞きそびれちゃったなー」

 

ゴイルもどきが棒読みで言う。

 

「ほら、最近スリザリンの後継者って噂になっているじゃないか。マルフォイ家って有名なスリザリン出身の一族だから、マルフォイ弟ー…じゃなくてマルクスもなんか知ってたりしないかい?」

 

誰がマルクスだ。しかし普段はなんも考えて無さそうな鈍い色の彼らの瞳をキラキラと輝かされて見つめられるのは僕の精神へのダメージが大きい。さっさと帰って貰おうと情報を提供することにした。

 

「継承者が誰かかは知らないな。僕らの父上は知ってそうなんだが全然教えてくださらないんだ。継承者の好きなようにやらして、目立たず関わらずいとけって……僕はいつもやってることなんだけど。まぁ父上は今ウィーズリー氏の手引きで屋敷に調査が入って忙しいみたいだから」

 

クラッブもどきがとても嬉しそうな顔をしたが、ゴイルもどきに横腹を突かれて、心配そうな顔になった。

 

「へー、大変そうだな。けど、ドラコは何か聞いた風にはしていなかった?」

 

「いや、多分ドラコも何も聞いてないと思うよ。……今、ちょっと気まずくて話せてないから詳しくは知らないけどね」

 

「そうなんだー…」

 

ゴイルもどきは何が続けようとしたが、クラッブもどきの顔を見ると顔を青くしていった。

 

クラッブもどきの髪が少し赤みがかってきている。

慌てた様子で「さっきのケーキで腹が痛い、胃薬貰ってくる」と言って本物ではありえない機敏さで談話室を飛び出て行った。

 

 

「何だって言うの、あのトロール達。今日はやけに喋ってたわね」

 

今日はクリスマスじゃなくてエイプリルフールだったかしら、とリャナンシーがカレンダーを確認しだした。

 

「大丈夫、今日は間違いなくクリスマスだよ」

 

けど、毎年当たり前のように家族で過ごしていたクリスマスを1人でいるのは思ったより寂しさがある。寝室にはドラコがいるから行きづらい。何しようかと暖炉の炎をぼんやりと眺めていると、グイッとローブの袖をリャナンシーに引っ張られた。

 

「クリスマスで合っているなら……もちろん、デートしてくれるわよね?」

 

「湖以外なら、良いよ。外は凍え死ぬから止めてくれ」

 

「あら、そこが良いと思ってたのに!」

 

彼女は不満そうな声音ながらも、表情は柔らかい笑みを浮かべていた。その笑みは今ばかりは、本当に今だけなら天使のようだと言っても過言ではないと思える美しさだった。

 

 

「メリークリスマス!ポラクス!!」

 

 

 




こうしてドラコに気づかれず、ポラクスにも忘れ去られた本物のクラッブとゴイルは2人で仲良くモップに覆われながら物置でクリスマスの夜を過ごしましたとさ。


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19話 僕は若年期男性型脱毛症呪いを開発したい。

クリスマス休暇が終わっても僕の生活は大して変わらなかった。主に悪い意味で。

 

ドラコは僕が視界に入った途端に回れ右して去っていくので話しかけるタイミングすら無い。ただ黙々と先生達が大量に出してくる学年末テストに向けての課題と格闘する日々は憂鬱だった。

ただ1つ良かったのは、ハリーをストーカーする任務から解放された事だ。どうやらジニーはハリーと顔を合わせても会話が成り立つぐらいには進歩して、僕を頼らなくてもハリーの口から直接話を聞く事が出来るようになったらしい。

 

 

 

2月の中頃になったがコリン・クリービーが襲われて以来、秘密の部屋の新たな被害者は出ていないので幾らか学校の雰囲気は良くなっている。

 

周りにつられてドラコの機嫌も良くなるかもしれないと期待していた。が、ある日の朝に僕の浮かれた気分は真っ逆さまに転落した。

 

 

「♪嗚呼、愛しいポラクス 神に愛された子!

雪のように真っ白な肌

シルクの如きプラチナブロンドの髪

ひねくれた性根が映るグレーの瞳

高貴なる純血の美味しい魔力

わたしは貴方のことしか考えられない

貴方の財力も魔力も情けなさも全部、全部

わたしは身を焦がす程に愛してる」

 

 

朝一番、朝食を食べに大広間に入った途端これだ。

金色の羽を付けた小人が手紙を見ながら、腹式呼吸を使ったそれはそれは美しい歌声で部屋中に響き渡るラブソングを歌ってくれた。

 

入口で硬直する僕の横をヒソヒソと喋りながら通り過ぎていく生徒たち。

 

壇上でハート型の紙吹雪を舞い上がらせるロックハート。

 

「バレンタインおめでとう!

今までのところ46人の皆さんが私にカードをくださいました。この素晴らしい日の喜びを分かち合おうと、私の愛のキューピットが皆さんにバレンタイン・カードを配達します!」

 

ロックハートはそう大声で喋ったが、僕の前の小人の歌声が余りにも大きいので聞き取り辛い。

 

「おや?もう愛の告白を受けた生徒がいるみたいですね。よっぽど彼を愛おしく想っている女性がいるのでしょう!彼に遅れず皆さんも今日と言う日を謳歌してください!」

 

現実逃避していたがスリザリンのテーブルに座る兄のゴミを見るような顔を見つけてしまった瞬間、僕は杖を構えて呪文を唱えていた。

 

「デューロ、 固まれ!」

 

庭の飾り人形のようになった小人を放置して、僕は群がる生徒を掻き分け廊下に飛び出る。

 

魔法史の教室の前に辿り着いた所で足を止めた。

 

ローブの中からリャナンシーを首根っこ掴んで取り出す。

 

「あの歌、作ったのお前だろ!!」

 

「いやね、昨日の夜あの教師が何か面白そうな事してるなぁ……、って思ったからつい……」

 

親愛なる聖バレンタインの記念日。その日に行われる恋のイベントと僕は無関心に前世含めこれまでの人生過ごしてきた。

 

しかし、今日、たった今、この瞬間。僕はこの記念日を盛大に呪った。

 

 

ロックハート禿げろ、ロックハート禿げろ、ロックハート禿げろ、ロックハート禿げろ、ロックハート禿げろ、ロックハート禿げろ、ロックハート禿げろ、ロックハート禿げろ、ロックハート禿げろ、ロックハート禿げろ、ロックハート禿げろ、ドビー辞めろ、ロックハート禿げろ、ロックハート禿げろ、ロックハート禿げろ、ロックハート禿げろ、ロックハート禿げろ、ロックハート禿げろー…

 

「まさかあんな人前でやるとは思ってなかったのよ!……それで、あの歌の感想はどう?」

 

「ああ、最高だったとも!おかげで全校生徒から注目を浴びれて、ドラコとも2割増に気まずくなれたさ!!」

 

その後、教室以外で魔法を使ったとして罰を受けるかと思いきや、寮監のスネイプ先生からは肩を叩かれ、マクゴナガル先生からは「素晴らしい石化呪文だった」と逆に点数を与えられた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「師匠!私、ハリーにチョコレート風味糖蜜タルトを渡せちゃったの!!しかも、大好物だってとっても喜んでくれたのよ!」

 

ロックハート禿げろ

 

「まぁ、ジニー!『ハリーの胃袋メロメロ作戦』大成功じゃない!!」

 

ロックハート禿げろ

 

「で、どうしてシグナスはこんなにもブルーなの?ゴーストのクセにチョコ1つも貰えなくて落ち込んでいるの?」

 

ロックハート禿げろ

 

「いいえ、逆よ。私からの贈り物が刺激強すぎたみたい」

 

「そういうのでお前は誤解ばっか生むんだよ!頼むからいっそ何も喋らないでくれ!!」

 

リャナンシーはお口はチャック、と口をわざとらしく閉める。

 

「この悪霊は余計なことしかしない。コイツのせいで……大切な人に嫌われたというか、何と言うか」

 

君を彼女にしていると勘違いされて。

 

「ふーん、シグナスも悩みがあるのね。けど良いじゃない、貴方には師匠がいるから。私なんて貴方たちと出会うまで"日記"が相談相手だったんだからー…」

 

その言葉で、若年期男性型脱毛症呪いの開発の仕方を考えがいい所まで行っていたのに全部吹き飛んでしまう。

 

「日記!?ジニー、日記を使ってたんだな?」

 

「ええ、そうだけど……」

 

突然大声を出した僕にジニーは怪訝な顔をする。

 

「その日記、会話機能付きのやつだったりする?」

 

「何で知ってるの!……もしかして、私の事もストーカーしてた?」

 

数歩後ろに退られた。

 

「僕は断じてストーカーの趣味は無い!!ハリーの頼んできたのは君だろ!えーとな、会話機能付きの日記が数年前に流行ってたんだよ」

 

「えっ、あれ商品だったの!……じゃああのリドルとか言ってたのはそういう設定だったのかしら。だからママが用意してくれた本の中に混じってたんだ」

 

納得したように頷くジニーに、僕はフードの下でダラダラと汗をかいていた。

 

「それで、その日記まだ持ってる?」

 

「いや、だいぶ前に奪われちゃったの」

 

「誰に?」

 

 

「ドラコ・マルフォイよ。スリザリンのハリーを目の敵にしてる嫌な奴。ハロウィンより少し前ぐらいに、廊下でぶつかったら落としてしまった時にひったくられたの!なんかあの日記嫌な感じがしてたから、まぁ良いかなって思って放っておいたわ」

 

 

「……」

 

 

わーお。マジで?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




人生の何にも得にならない話ですが、wikiで「脱毛症」と調べたら1番上に俳優のパトリック・スチュワートとショーン・コネリーの写真が出てきます。ハゲに実例写真は要らないだろ…


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20話 僕は出会い系サイトでは年齢詐欺に注意したい。

It's often defficult to see what's right in front of your eyes《灯台もと暗し》とはまさしくこのことを言うのだろう。

 

 

 

「僕、用事があったこと思い出した」

 

「えっ、急にどうしたの!?」

 

ジニーの問いに答えもせず、僕は石壁をどんどんすり抜けてスリザリン寮に向かって疾走する。

 

寝室のベッドでドラコがしっかり寝ているのを確認してから、ドラコのトランクをこっそりと開ける。予備のローブ、クディッチの本、それにドラゴンのぬいぐるみは入っていたが日記らしき物は無い。

だが、絶対持っている筈だ。

 

思い返せばおかしい所はあった。

 

クリスマスのあの日、体調が悪いとドラコはベッドに向かったが、僕と居たくないからだと思っていた。ずっとイライラしているのは僕に対しての怒りが収まらないからだと思っていた。

 

けど、僕はドラコと僕の関わりしか見ていなかった。クラッブとゴイルとはどうしていた?他の日の体調は?他の寮生とはどんな様子だった?クディッチのチームではどうだった?

 

僕は何も知らない、僕は見ていなかった。

 

ドラコの言う通り僕はホグワーツに来てからはドラコに余り近付かなかった。原作に関わりたく無かったから、下手に関わったら最後、何が起こるか分からない。どんな火の粉が降り掛かってくるかー…

 

僕自身に、そして家族に。

 

僕は何の為に逃げていた、隠れていた?

この戦場で僕の望む日常(平穏)を手に入れる為だ。

 

手に入れる"手段"に振り回され過ぎた。譲ってはいけない家族(ドラコ)が傷付いていることに気付かずに。

 

 

ドラコの机の引き出しを開けると、あった。

黒い革製のカバーの手帳。間違いない、リドルの日記だ!

 

直接手で触れないよう、杖で突つきながら取り出す。

こんな凶悪なキーアイテムがまさか自分の寝室にあったとは……。

 

 

「あっ、この不味そうな魔力!最近バジリスクと一緒に学校中にはびこっている魔力と同じだわ!」

 

「もう少し声を小さくしろ。まぁ闇の魔術にどっぷり浸かった魂の成れの果てなんて美味しくないだろうな……って、お前バジリスクのこと知ってるのか!?」

 

リャナンシーがさも当たり前の様に口にした秘密の部屋の化け物の正体の名前。

 

「うーん、昔の知り合い?」

 

「昔って、あのバジリスクは確か1000年前から……」

 

その年月は幾ら妖精基準で考えてもババー…

 

「乙女は永遠の20歳よ、20歳なの」

 

その自称20歳の1000歳オーバーが明らかになった妖精は、精々10歳ぐらいの姿で艶やかな微笑を浮かべる。

これは合法ロリと言うやつなのだろうか。僕個人としてはもはや深く考えてはいけない領域なのではないかと思う。

 

「アナタこそ何でバジリスクのこと知ってるの?この変な日記のことも知ってたし、時々変なことも言うし……。私とアナタの仲に秘密ごとなんて無しよ!」

 

約980歳の年齢詐欺している奴が何を言ってるんだ。

 

 

「ああ、僕も知りたいよ」

 

「ねー、知りたいわよね!……ところでお兄さん、どなたかしら?」

 

横を振り向くと、やけにイケメンな少年がいた。

 

「っ……!!」

 

反射的に距離をとる。

 

 

 

僕と同じくホグワーツの制服を身にまとった、何歳か年上だろう顔立ちの整った少年がいつの間にか床に置いた日記の上に立っていた。

 

彼は体を強ばらせる僕に対して緊張を解かせるように人当たりのいい笑顔を浮かべる。

 

「こんばんは。悪いね、急に口を挟んで。余りにも君達の話が興味深かったものだから」

 

 

「あら、中々のイケメン。けど悪いわね、私面食いじゃなくて魔力食いなの」

 

読んで字のごとく……じゃない。そんなこと言ってる場合じゃない。

 

「リャナンシー……君は妖精の1種かな?そしてそっちの彼はゴーストか。面白い組み合わせだね」

 

目を向けられた瞬間、背筋が凍るように感じた。

単純な恐怖心、そしてその虚偽に塗れた笑顔への嫌悪感。

 

「……」

 

「僕はトム・リドル。この日記に封じられた記憶さ。君達のことは出来れば沢山話を聞きたい所なんだが……。何故、バジリスク、秘密の部屋とこの日記の関係を知っている?」

 

……まさか、もう実体化出来るほどチカラを蓄えていたなんて。

 

父上が例のあの人から預けられていた分霊箱、つまり禁術によって創られた例のあの人の分身体。長年放っておかれていた細かく分割された魂のパーツは、原作ではジニーに約1年間取り憑いてやっと実体化したのに。

 

「……僕はホグワーツに住むゴーストだ。何を見ていても、知っていても可笑しくないだろう?」

 

「ああ、確かに普通の生徒と非道理的な存在のゴーストを比べたらいけない。けど、僕はあらゆる対策をして事を起こしてきた。実際グリフィンドール塔のゴーストも石にしたが、君以外のゴーストは何も気付いていない」

 

分霊箱は通常の攻撃では一切破壊出来ない。通用するのは魔法界に存在するごく一部の貴重な物質だけだ。金で簡単に買えるような品ではない物が殆どだ。

 

こちらからは何にも抵抗が出来ない。ならば取れる行動は1つ。

 

予備動作なく身体を翻しフードが勢いでズレる。目指すのは石壁。

 

 

 

しかし、僕の身体は半分も翻らない内に硬直する。

クラッブとゴイルのベッドの横にある大きな窓。その外に取り付けられた雨水を流す用のパイプ。

 

そこから見えたのは闇の中に爛々と光る縦長の瞳孔。

 

「今は大事な時だ。どんな理由で知っているのであろうとも、とりあえず邪魔される訳にはいかないんでね」

 

遠くなる意識の中でトム・リドルの高笑い、リャナンシーの怒りの絶叫が聞こえた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ドラコは最近疲れが溜まっているのか授業中でもウトウトしてしまい、夜は気絶するかの様に寝ることが続いていた。

 

ギリギリまで睡眠を取ろうと思っていたのに日が昇ったばかりの朝、狩から帰って来たのだろう兄妹のフクロウが煩く鳴き喚くものだから普段よりも2時間程も早く起きてしまった。

 

餌が足りなかったのかと半開きの目で部屋を見渡した時、彼はベッドの傍で石の彫刻のように固まって倒れている弟を発見したのだった。

 

 

 

 

 

 

 




ドラコって、大体の2次小説で苦労人になりますよね。
明日も投稿予定です。


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21話 僕はみぞの鏡を眺めたい。

「ねぇ、ポラクス。私の声聞こえる?

聞こえてるなら返事をして!」

 

 

何度も呼び掛けられるものだから、僕は仕方が無く起き上がった。

 

いや、起き上がったのか?妙な感覚がする。まるで水の中を漂っているような……。

 

「良かった、意識はあるみたいね」

 

傍には安心したように胸を撫で下ろすリャナンシー。

そして、真っ白なシーツのベッドで横になっている僕"自身"がいた。

 

どうも霧がかかっているように、ハッキリしない頭を何とか働かす。

 

「僕はバジリスクに襲われたんだっけ?それで、今はどういう状況?」

 

「アナタの身体は今石のようになっている。そして幽体離脱、と言うのかしら。アナタの意識はそれに近い状態になっているわ。今のアナタは私以外には認識出来ない」

 

「そうか」

 

自分が変な状態である事は理解している。なのに、驚きも、不安も何も感情が湧き出てこない。

 

「日記はどうなった?」

 

「私が噛み付いてやったわ。魔力を吸い取ってやった。けど、余りにも不味いものだから少ししか吸い取れなかった。とりあえずあのリドルって奴を日記の中に押し込めることは出来たけど……また、復活するでしょうね」

 

よく見るとリャナンシーの美しい金色の髪は真っ黒に染まり、肌は病的に白くなっていた。彼女に良くない影響があったのは確かだろう。

 

「アナタは危険な状態だったわ。いくら実体が無い状態とはいえ、生きている身でバジリスクの目を直接見たんだから。アナタから吸い取っていた魔力を少し戻して何とか命は繋ぎ止めたけど……。陽の光を浴びてゆっくり生命力を取り戻していくのが1番よ」

 

「そうか。僕は死にかけたのか」

 

嫌な心配事が1つ実現してしまったらしい。こうなりたくなかったから色々気を張っていたのに。

 

 

 

 

 

マダム・ポンフリーの他にも、時々僕の様子を見に来る人達が何人かいた。

 

「マグル生まれの生徒が狙われていると思っていましたが、まさかマルフォイ家の子が襲われるとは予想外でしたな……」

 

「ええ、認識を変えなければなりませんね」

 

険しい顔をしたスネイプ先生とマクゴナガル先生。

 

 

 

 

 

……ごめん。さっき何人か、って言ったけど来る人物は先生とあと1人だけです。

 

 

その1人、ドラコは毎日のように見舞いに来てくれた。

 

「父上と母上にポラクスのことを伝えた。けど母上はショックを受け過ぎて不安定で……動かない君の姿を見せるのは危ないらしい。父上も報せを聞いて、この事態を収拾する為に全力で動いてくださっているから会うことは出来ないって」

 

でも……、とドラコは持ち込んだ袋の中をゴソゴソと漁り出す。

 

「手紙を一杯書いてくださっているよ。とても心配してる。今は食べれないけど、君の好きなお菓子も沢山送られてきた。あとドビーからも絵が届いてるが……これはタコか?いや、裏に"ポラクス坊っちゃま"と書いてある」

 

ベッドの側の机に見舞いの品を並べてくれた。

 

「……ウィーズリーの女と付き合っていないことはとっくの前に気付いていた。あの女はハリー・ポッターばかり見ているから。けど、君が僕に何かを秘密にしているように感じて、どうでもいいように思われているように感じて、変にイライラして意地張っていただけなんだ。早く、謝らせてくれ……」

 

何も答えない僕に時間の許される限り話しかけて、病棟を去っていくドラコ。

 

その影には、まだ日記の魔力が絡みついている。なのに僕は何も出来ずに毎日見送り続ける。

 

 

 

「……アナタは随分、家族のことが大事なのね」

 

リャナンシーがボソリと漏らした。

 

「ああ、とても大事さ」

 

「アナタは自分を1番大事にしている人間だと思ってた」

 

「ああ、とても大事さ。けど、僕が1番大事にしているのは『みぞの鏡』に映っていたのと同じだ。"家族といる中でゆっくり過ごす"日常が大事なんだ」

 

「ふーん」

 

生返事だけして、リャナンシーは黙り込む。

彼女も随分と疲労しているようで身体を縮めて普段からは考えられない程静かにしていたが、ずっと僕の枕元から離れず窓の外の景色を眺めていた。

 

 

 

 

しばらくして、また何人か被害者が出たようだ。隣のベッドに寝かされたのはグレンジャーだった。

マクゴナガル先生に案内されて硬直したグレンジャーを見たハリーとロンはショックを受けたように突っ立っている。

 

そこに、僕を見舞いに来たドラコが訪れた。彼らは一瞬僕らの姿を見てから、互いに何も言わず目を逸らしてすれ違った。

 

 

 

 

 

更に数日後、ハリーとロンはグレンジャーの元に訪れた。

そして2人は見つける。彼女が右手に握り締めていた事件を解決へ導く本のページを。

 

「パイプ」

 

 

グレンジャーのメモ書きを読み上げたハリーは真相に辿り着く。彼らは弾けるように立ち上がって病棟を後にした。

 

遂にこの日が来てしまった。

どうなったんだ、ドラコは。

 

数分後、マクゴナガル先生の放送が部屋に響いた。

何事かと職員室に向かったマダム・ポンフリーが帰ってくると、僕の元に訪れて同情するように言った。

 

「兄弟揃って襲われるなんて……。しかも今度は石になるどころか連れ去られるとは」

 

 

ずっと平らだった筈の僕の心は、突然激しく荒れだす。

 

 

「リャナンシー。本当なら、ドラコは襲われなくて良かったんだ」

 

「何でそんなこと言えるの?」

 

「僕は知っているんだ。僕の居ない物語(せかい)を」

 

 

原作と関わらないと言いつつも、完全にドラコから離れることはしなかった。ジニーなんかと話したりもした。

 

だって、僕は楽しかった。彼らと過ごす時間が。

全てを妥協していた。

 

けど、それでドラコが死ぬかもしれない所まで来た。

 

 

「僕はやっぱり、居たらダメだったんだ。僕か居たらドラコはー…」

 

「ふふっ、ポラクスはバカね」

 

リャナンシーは何が可笑しいのかカラカラと笑う。

 

 

 

「アナタが知ってる物語(せかい)とやらがアナタが居るから変わってドラコ坊やが不幸になるなら、逆にドラコ坊やをもっと幸せにすることも出来るんじゃない?」

 

彼女は動かない僕の顔を手の平でなぞりながら呟いた。

 

「"未来"なら、変えれるのよ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




次話で2章は完結します。
多分、明日投稿出来ると思います。


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22話 僕は鏡で顔を見たい。

「幸せにする?僕がドラコを?

そんなこと……出来るのか??」

 

「ええ、出来るわよ。アナタが望むなら」

 

そんな簡単なことな訳が無い。

 

「けど、僕には何かを動かせる力は無い。だからずっと隠れていたんだ。変えない方が、家族は幸せになれると思って。今更どうかしようにも僕は身体さえ1ミリたりとも動かせないザマさ」

 

怖い。怖いんだ。自分が居ることで変わってしまうのが。

 

「アナタにもっと、魔力、生命力を返せばアナタは動ける」

 

「動けるからって、どうするのさ」

 

僕は脆い物語(せかい)の破片を知っているだけ。それ以外はビビりの根性無しの才能がある訳でもない、大した魔法も使えないまだ2年生のちっぽけな人間だ。

 

「私が知るわけないじゃないの。けど、アナタはこのままベッドで寝ているのが嫌だ、って顔をしてるわよ」

 

嘘だ。だって僕は怖い、何もしたくない。

 

「今、僕の顔なんて無いだろ。バジリスク見た瞬間の間抜け面なら君が触っているけど」

 

「私には分かるの!だってアナタを愛してるから」

 

「どういう理屈なんだよ」

 

けど……僕が怯えているのも、葛藤しているのも全部そのあやふやな理屈のせいだ。

 

 

「僕はドラコを失うのが嫌だ。だって僕はドラコを愛しているから。本当に大切な家族だから不幸にさせたくない」

 

「なら、行きなさい!ドラコ坊やの元へ。愛しいアナタが幸せでいる為にドラコ坊やが必要なら、私はいくらでも力をあげる」

 

リャナンシーは妖しく微笑む。

 

「本当なら自然回復させないといけない所を無理矢理イジるからリスクはある。それでも、アナタは動きたい?ドラコ坊やの元へどうしても行きたい?」

 

悪魔が契約を持ち出すように、彼女は僕に尋ねる。

 

けど、それなら彼女はとても親切な悪魔だ。

薄っぺらい恐怖から意味もなく逃げる虚無への切符か、僕の"のぞみ"へ向かえるかもしれない切符。どちらが良いか見え透いた選択肢を教えてくれたのだから。

 

 

「僕は家族と過ごす時間が幸せだった。ホグワーツに来てから、それが失われないかとても怖くなったんだ。その恐怖から逃げる手段として僕は隠れようとした。

けど、その手段は逃げる為のものじゃ無いんだ!僕の"のぞみ"を叶える為のものだったことを忘れていた。今、行かないと僕の"のぞみ"は一生叶えられなくなるかもしれない。

だから、お前の手を貸してくれないか?」

 

「もちろん!!」

 

今度は無邪気な子供のような笑顔を彼女は浮かべてから、僕の顔を撫でるのを止めて首筋に噛み付いた。

 

視界がぼやけたかと思うと、何か強い力に引っ張られるように感じた。

 

 

 

 

気付けば、僕は天井を眺めていた。

 

身体に戻れたらしい。

しかし、銀色がかった透明のゴーストのような身体だ。

 

ひょこりとリャナンシーが顔を覗き込んできた。

その幼い顔は更に色を失っていた。

 

「ごめんなさい。私の魔力では完全には蘇生させられなかったみたい」

 

力尽きたかのように彼女は僕をすり抜けてベッドに倒れる。

 

「動けるんだから問題ない。むしろこっちの方が都合がいいかもしれない。けど、お前は大丈夫なのか……?」

 

「大丈夫。ただの、貧血みたいなもんよ」

 

僕はベッドから離れて、彼女の小さな身体に布団をかけ直す。

 

「貧血で人間は死ぬんだぞ」

 

リャナンシーはギュッと手繰り寄せた布団に顔を埋めた。

 

「本当に大丈夫なんだから。最も大丈夫じゃない大切な人がいるんでしょ?早く行きなさい」

 

「うん……行ってくる」

 

 

マダム・ポンフリーの姿が見えないことを確認してから壁に足を踏み入れる。

だけど、もう一度後ろを振り返る。今、彼女に言わなければならないことがあった。

 

 

「ありがとう。君って、僕が思っていたより何倍も素敵な悪魔だった!」

 

ふんっ、と鼻を鳴らす音がした。

 

「バカね!私は悪魔じゃないわ。

恋の妖精、リャナンシーよ!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

この1年、僕は決して近付かなかった2階の女子トイレへ向かう。

 

中に入ると丁度ロックハートがロンに秘密の部屋へと繋がるパイプに突き落とされた所だった。

 

少し離れた所でその光景を眺めていたこのトイレに住み憑くゴーストの少女、嘆きのマートルと目が合った。

 

「あら、また男子?しかも私と同じで死んでるじゃないの!」

 

その声に反応したハリーとロンも僕に気付いた。

 

「あっ、シグナスじゃないか!どうして君がここに?」

 

「君達が秘密の部屋に向かうって話しているのが聞こえたものだから……。連れ去られたのはスリザリン生なんだろ?僕はスリザリン出身なんだ。彼を助けたい。一緒に行かしてくれないかい?」

 

それっぽい理由を並べてみた。

 

「マルフォイを助けたいだって?スリザリン出身にそんな誰かの為に行く気概のある奴がいるとは思ってなかった!」

 

ロンは少し疑うような目で僕を見る。

 

「根性無しも確かにいるけど、皆んな無謀なことはしないだけさ。けど、僕はもう1度死んでるものだから。ちょっとした無謀なら許容範囲なんだ」

 

そのパイプの下にいるのがドラコならね。

 

僕の言葉にロンは困ったようにハリーを見た。

 

「どうする?ハリー」

 

ハリーは明るい緑の瞳でじっと僕を見つめてきた。僕に穴が空いてしまいそうなぐらい見てくるものだから、何だかもどかしくて思わずフードを更に下へ引っ張った。

 

「良いよ、行こう!僕らはこの事件を解決したい。マルフォイは嫌な奴だけど死なれたら良い気分にはならないし、中にはきっと怪物がいる。怪物の相手をして、マルフォイを助けるのは大変かもしれないし……君が手伝ってくれるなら助かるよ!!」

 

そう言ってパイプに飛び込んだ。慌てて追いかけるロンの後に僕も続いた。

 

 

 

 

 

 

 

 




すいません。今日で2章完結させるとか言っておきながら改めて編集してたら書きたいことがどんどん増えて……。もう少しだけ書かせてください。


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23話 僕は口に蛇は住ませたくない。

曲がりくねったパイプの中を滑り台のように落ちていくと、湿った地下トンネルに放り出された。

 

地下深く光が一切届かない暗い通路を、ハリーがルーモスで杖先に灯を点して先頭を歩いていく。

 

しばらく歩くと前方を塞ぐように巨大な蛇の抜け殻が現れた。毒々しい緑の、これを脱いだ蛇は6メートルはある事が想像出来るその代物に一同は思わず唾を飲んで立ち止まる。

 

「なんってこった」

 

ロンがボヤいた時、ロックハートが抜け殻を凝視したまま腰を抜かして地面に倒れた。

 

「立て!」

 

ロンがロックハートに杖を向けて命令したら、ロックハートは立ち上がる振りをしてーー逆にロンを殴り倒した。

慌てて止めようとしたハリーだがロックハートは意気揚々とロンの杖を掲げる。その顔はやつれた様子から、いつものウザったいスマイルに戻っている。

 

彼は巨大な抜け殻を見て悟ったのだ。自分が巻き込まれているのは冒険など生温いものではなく、命をかけた戦いだということを。

 

逃げたくなる気持ちは分かる。だが、僕はコイツにそれなりには恨みがあるのだ。

 

「ーー少年は救えなかった。そして君達はその死体を見てショックで狂ったということにして私は帰ろう。私は忘却術には腕に自信があってね。様々な魔法生物にも試したことがある。ゴーストにも有効だろう。さあ、記憶に別れを告げるがいい!」

 

彼が高々と振り上げた無理矢理テープで補強されたロンの杖は今にも折れそうだ。

慈愛の心をもって"今"の彼に手を振って別れを告げようと思う。

 

 

さようならー…貴方のことは多分、恐らく、忘れない。

 

 

「オブリビエイト、忘れよ!」

 

杖は爆発した。

その衝撃でトンネルの天井は崩れ落ち、上から岩石が降ってくる。

 

咄嗟に身を屈めて抜け殻の方に滑り込んだハリーに、何とか後ろに避けたロン。

岩が直撃こそしなかったものの爆発の中心にいたロックハートは吹き飛ばされたようで瓦礫の中からピクピクと片足を震わしている。

 

瓦礫によって道を塞がれてしまい手前に取り残されてたロンはここに留まることになり、ハリーは先を急ぐことにしたようだ。僕は通り抜けられるので問題ない。

 

吹き飛ばされたロックハートのことは無事戻れた時のお楽しみとして、緊張で息を乱しながらそれでも前に進むハリーを追いかける。

 

蛇の彫刻がされた壁に突き当たった時、ハリーは口を開いた。

 

「シグナス……きっとこの壁は秘密の部屋への扉だ。中に、巨大な抜け殻を作った"バジリスク"っていう蛇の化け物がいるかもしれない。僕が足を踏み入れれば襲いかかってくるかもしれない。僕が何かあればそいつを引きつけるから、君はこっそり付いてきて、マルフォイがもしいたら連れ出してくれないかい?」

 

「任せて、隠れながら君に付いていくのは得意分野だ」

 

「えっ?得意分野??」

 

「あー、何でもない」

 

僕の失言に疑問符を浮かべたハリーだが、今は急ぐべきだと判断したのか直ぐに真剣な顔に戻りシューシューと壁に向かって蛇語で語った。

吸い込まれるように消えた壁の先に現れた広い空間にハリーは杖を構えながら踏み入れる。

 

僕は壁をすり抜けて、奥へと回り込む。

ずっと壁の中にいるのは変な感覚がして好きじゃないのだが、今はそう言っている場合じゃない。

 

部屋の一番奥には年老いた長い髭の魔法使いの石像がそびえ立っている。恐らくこの部屋を造った我が寮の創設者サラザール・スリザリンだ。その足元には屍のように倒れるドラコと古ぼけた日記があった。

 

今すぐ駆け寄りたい気持ちを抑えて、柱の影から少しだけ顔を出して様子を伺う。

 

 

ドラコに気付いたハリーが傍へと向かうと日記から顔立ちの整った青年、トム・リドルが僕と反対の方の柱の横に現れてハリーに語りかける。

 

「彼はまだ、生きているよ」

 

「ーートム・リドル?」

 

原作通り、1度ハリーの手にも日記が渡ったのだろう。突然現れたトム・リドルをハリーは驚いた様に見つめる。

 

"生きている"

その言葉に僕は肩の重みが少し減ったのを感じた。

リドルは混乱するハリーから杖を奪い、事の真相を次々と喋り出す。

 

「最初は赤毛の小娘が持っていたんだが、その内この少年、ドラコに持ち主は移った。小娘は君のことについてのつまらない恋の悩みを書いてきたが……彼はもっとつまらない弟への悩みを書いてきた。余りスリザリンの純血の子は使いたくなかったんだが、なんせ時間が無かった。けど、ドラコはどんどん僕に話しかけるペースが多くなったから思っていたよりも早く彼の暗い気持ち、魂を奪うことが出来た。なのに、あの妖精がー…」

 

「最初はマルフォイが犯人だと思ってた。けど連れ去られて……君がマルフォイを操っていたって言うの?」

 

「ああ、そうさ。だが2月中旬辺りから彼は勘づいてきたのか僕を遠ざけ棄てようとした。しかし幸運な事にハリー、君が拾ってくれた。僕はずっと君と話したかったから……」

 

 

「再び君から日記を取り戻したドラコを使って君をここに呼び寄せた。僕の狙いはーー君だった」

 

トム・リドルもとい"例のあの人"ヴォルデモート卿はハリーにドヤ顔で正体を明かすがそこに美しい真紅色の鳥、ダンブルドアのペット、不死鳥のフォークスがボロボロの包みを持って、歌うように鳴きながらハリーの元に現れた。

 

 

ハリーに未来の自分を罵倒されて遂に頭に血が昇りきった"例のあの人"は蛇語で頭上のスリザリンの石像に語りかける。

するとそれに答えるように石像の口が大きく開き、中から巨大な蛇の化け物"バジリスク"が顔を覗かした。

 

……なんと言うか、偉大な創設者の口から吐き出されたように特大サイズの蛇が出てくる光景はなんともシュールだ。

 

いよいよ始まったハリーとバジリスクの戦闘。巨大な蛇がその体躯を存分に振りかざして暴れるものだから柱が倒れたり壁が削られたり大惨事だ。 その激しい戦闘の直ぐ傍に倒れるドラコを急いで安全な部屋の隅へと移動させる。

 

「ドラコ、しっかりしろ!目を覚ますんだ!!」

 

「……」

 

呼びかけてみるがドラコはピクリとも動かない。

呼吸はしているがかなり浅く、脈拍も不安定だ。

 

……素人目でも分かる、非常に危ない状態。

 

僕は杖を取り出して、呪文を唱える。

 

「リナベイト、蘇生せよ!」

 

回復呪文を唱えてみるが、様子は何も変わっていない。

この呪文はあくまで気を失った人物の意識を回復させるものだ。生命活動が限界に向かっているドラコには焼け石に水。何度試してみても結果は同じ。

 

どんどん血の気を失っていくドラコに僕は焦りを覚える。

 

このままじゃドラコは上に戻るまでに死んでしまう。"例のあの人"に生きる力を奪われ過ぎた。僕の呪文ではどうしようもない。

 

チラリと顔を上げると、ハリーがバジリスクの頭をフォークスが運んだ組み分け帽子から取り出したグリフィンドールの剣で貫いたところだった。

 

それと同時に彼の腕はバジリスクの毒牙に貫かれていた。

 

力無く崩れ落ちるハリーは今にも命を失おうとしている。だが、そこにフォークスがやってきた。

フォークスは真珠のような涙をハリーの傷に流す。するとハリーの傷はあっという間に癒えていくじゃないか!

 

 

そうだ、不死鳥の涙ーー

 

僕はフォークスを大声で呼ぼうかと考えたが、踏みとどまった。

 

「不死鳥の涙も、今のドラコには意味が無い……」

 

不死鳥の涙は類まれなる奇跡の治癒力がある。だが、それは外傷に関してだけだ。魂の傷までは癒せない。

 

どうする、どうする。

 

ドラコの真っ白になった顔が、リャナンシーの顔と重なって見えた。

 

何故、ドラコは死にかけている?

魂が、生命力が足りないからだ。

生命力が足りなかったのは僕も同じだ。

じゃあ僕はどうやって助かった?

 

リャナンシーが生命力を分けてくれた。

 

そうだ、それが出来れば!!

 

「ドラコ、死ぬな!」

 

僕は透明の自分の手を微かに動くドラコの胸に当てる。

リャナンシーが僕から奪う時、与える時の感覚。まるで互いが1本の糸で繋がるような……。

 

体温なんて無いはずの自分の身体から温かい何かが流れ出ている感じがする。僅かに身体が更に薄くなって。

僕もこんな状態だ。生命力が足りていない。だから、今ドラコを延命させれる分だけでも……。

 

 

 

 

 

 

 

 



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24話 僕は耳が悪くなりたい。

「ポ……ラ…クス?」

 

微かにドラコが呟いた。

名前を呼ばれたことにドキリとするが、それよりも安堵感が胸に広がった。

 

「喋らなくていい!しっかり息を吸え」

 

だけどドラコは言葉を絞り出していく。

 

「ご…めん、ポラクス。君の、話も聞かずにお…こって……」

 

 

言葉が途切れたことに慌てて呼吸を確認するが、先程より安定していた。

 

息を付いたその時、部屋に醜い悲鳴が響き渡った。

ハリーが、"例のあの人"を破ったのだ。

 

部屋を見渡して僕らを見つけたハリーが駆け寄ってくる。

 

「シグナス、無事だったかい?

……マルフォイは生きてる?」

 

「うん、何とか生きてるよ」

 

ドラコの身体を魔法で浮かせながらハリーとトンネルへと戻って元きた道を戻って行く。

 

ロンが瓦礫を押し退けた隙間からハリーの無事な姿を見つけて歓喜の声を挙げた。

 

「ロックハートはどこ?」

 

ハリーの問いにロンはニヤリと笑って壁際に座り込んで一人大人しく鼻歌を歌っているロックハートを指差す。

 

「調子が悪くてね。忘却術が逆噴射しちゃったんだ!何もかもチンプンカンプンの状態さ!」

 

近付くとロックハートは人の良さそうな顔で僕らを見上げる。

 

「やぁ、なんだか変わったところだね。ここに住んでいるの?」

 

僕はハリーとロンを押し退けて前に出る。

 

「いや。何言ってるんだい?ここは君の家じゃないか!」

 

「あれ?そうだっけ。私ってこんな大きい家に住んでたんだ!」

 

「「……」」

 

ハリーとロンはちょっと引いたような顔をしてきた。

 

「僕、コイツに幾らか恨みがあって。折角の機会だから1週間ぐらいここで暮らして貰ってもいいかなーって」

 

「流石に……可哀想かな」

 

ハリーにより僕の案は却下になった。

本人もバジリスクの抜け殻を見つけて嬉しそうに「わー!きっとステキな蛇も飼ってるんだね!」とか言って満更でもなさそうなのに。

 

フォークスに連れられて嘆きのマートルのトイレに戻ると、僕は彼らに別れを告げた。

 

「ハリー、ロン。ドラコを助けてくれて本当にありがとう。彼を医務室に連れて行くのを頼めるかい?」

 

「うん、まぁ良いけど……。シグナスもダンブルドア先生の所に一緒に報告しに行かないの?」

 

「僕は人前に出るのが苦手で……。僕がしたことはドラコを運んだぐらいだし行く必要もないだろう。じゃあ、さようなら」

 

ダンブルドアに会いに行くなんて、もう一度バジリスクの待ち構える秘密の部屋に行くぐらいの勇気がいるじゃないか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

僕は急いで医務室に先回りする。病棟を覗き込むと、マダム・ポンフリーが僕のベッドのあるカーテンに入って行くところだった。

 

ベッドで寝ているリャナンシーは硬直した僕に化けているがよく見れば微かに指が痙攣している。

 

「さあ、これで貴方もやっと元に戻りますよ」

 

そう言ってマダム・ポンフリーがリャナンシーに飲ましたのはマンドレイクをとろ火で熟したマンドレイク回復薬。

 

「に、苦い!」

 

飛び起きたリャナンシーにマダム・ポンフリーは満足そうに微笑む。

 

「しっかり効いたようですね。しばらく間を置いて残りの薬も飲みなさい」

 

そう言い残してマダム・ポンフリーは次の患者の元へと向かった。

 

「リャナンシー、ただいま」

 

声を掛けると、リャナンシーは布団を脱ぎ捨て僕に抱きついてきた。

 

「おかえり!ドラコ坊やは無事だった?」

 

「ああ、無事だ。ちゃんと生きている。助けることが、出来た」

 

「そうでなくっちゃ!」

 

 

1日中実体を取り戻すことが出来なかったのでリャナンシーになんとかマダム・ポンフリーにまだ調子が悪いからと誤魔化してもらい医務室に残ることにした。

 

次の日の朝、日の出と共に身体が戻れた。久しぶりの生身だ。7時ぐらいになるとマダム・ポンフリーが僕の様子を見に来た。

「ポラクス・マルフォイ、調子はどうですか?」

 

「ええ、もう大分良くなりました」

 

「確かに顔色も良くなっていますね……貴方達は元から顔が白すぎると思いますが。けれどこれなら大丈夫そうですね。ご両親が面会に来られていますよ」

 

「本当ですか!」

 

 

案内されたのは少し離れたベッドの側の丸椅子。ベッドにはドラコが枕にもたれている。父上と母上は先に座っていた。

 

「ポラクス!良かった……!!」

 

母上は化粧が崩れ落ちてしまうほど泣いて僕に抱きついた。

 

「ドラコも、ポラクスも……本当に、良かった」

 

無表情ながらも旅行用のローブの端を握り締める父上の顔はいつもより青白く僕よりも酷いんじゃないかというぐらい濃いクマができている。

 

「父上、母上……すいません。僕が怪しい道具に手を出してしまったから、ご迷惑をー…」

 

ドラコの言葉を父上は遮った。

 

「違う、お前のせいではない。あの日記は私が、ホグワーツに入れてしまったのだ」

 

「そうだったー…「なんですって!!」

 

母上が金切り声をあげる。

 

「アナタ!怪しげな品をコレクションするのも、より良い魔法界の為とやらに尽力するのもご勝手にして良いですけれど、決して子供達の側に危ないものを近付けさせては嫌だととあれ程何度も言ったじゃない!!」

 

母上は吠えメールなんて目じゃない声量で父上を怒鳴りつける。余りの剣幕にドラコは「いえ、結局僕が触ったからー…」とドラコがフォローしようとするが、逆に母上の怒りは増していく。

 

「悪かった、ナルシッサ!」

 

「アナタが謝らなければならないのは子供達にです!!」

 

ナルシッサはふー、と息を吐くと先程の般若のような顔が嘘だったかのように僕らに柔らかい笑みを向けた。

 

「病み上がりなのにこんな大声出してしまってごめんなさい。けど、良い?悪いのは全部お父様なんだから自分を責めちゃいけませんよ」

 

ドラコは顔を引き攣らせながらもコクコクと頷いた。

しばらくの気まずい沈黙が続く中、僕は恐る恐る口を開く。

 

「あの、父上。家のことの方は大丈夫なんですか?その立場とか、世間的には失態だとか言われるんじゃ……」

 

父上は一瞬母上の方を伺うようにチラッと見た。

 

「あー、少しばかり理事長の座を失ったり噂が立ったりはしたが致命的なものは無いから安心しろ……。そんなものより、お前達が無事で良かった。ああ、そうだとも」

 

父上は腕を組みながら気難しい表情をして何かを考え始めた。きっと、今回の事を表沙汰にしない方法でも練っているのだろう。

 

「ああ。あと、もう1つあったな。まぁ……色々あってドビーを解雇することになった」

 

 

その言葉に僕とドラコは顔を見合わせる。

一瞬気まずさが流れるが、頭の中に蘇るのはあの愉快な妖精とのマルフォイ邸での思い出の数々。

 

 

「それは……残念だね、ドラコ」

 

「ああ、本当に残念だよポラクス。もう家のオーブンの蓋の調子が悪くなることも、庭の木にロープが何本か吊り下げられることも、シートベルト無しのフリーフォールも、マフラーを引き伸ばされることも全部無くなってしまうんだから」

 

「まったくだ!」

 

 

2人で腹を抱えて笑いあった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

両親が帰えるのを見送った後、ドラコは僕の方を振り返って言う。

 

「秘密の部屋に連れ去られて死にそうだった時……、君の声を聞いた気がするんだ」

 

内心汗だくながらも、僕は自然な表情を心がける。

 

「そうなの?」

 

「ああ、とても僕を心配してる声だった。けど石になってた君があんな所にいる訳ないし……幻聴だったかな?」

 

ハッキリとは覚えていないようだ。

けど、僕の声はちゃんとドラコに届いていた。

 

「幻聴じゃない?でもさ、僕も石になってる時記憶はないのに……何となくドラコの心配している声を聞いた気がするんだ。これも幻聴かな?」

 

「それも、幻聴だろ」

 

 

素っ気なく答えるドラコの頬はほんのりとピンクに染まっていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




これで『秘密の部屋』は終了です。最後少し長くなってしまいましたね……。けど、この章で主人公が地に足を付けれた感じなので作者的には満足しています。
その内、今章の補足的な感じで短いハリー視点のsideストーリーだけ投稿しようと思っています。

毎度ながらいつもお気に入り登録、評価、コメント、誤字訂正など本当にありがとうございます。


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ハリー・ポッターと秘密の部屋

ハリー視点三人称

注意 : これは作者が整理する為に資料的な感じで書いたハリー視点の出来事を無理やり1話に詰め込んだものです。場面がコロコロ変わるし、文字数も多いので読みづらいと思います。
読まなくても本編を読む際に影響はしません。


ハリーは生まれてからずっと"夏休み"というものが嫌いだった。何たって意地悪な叔母家族と一日中同じ屋根の下で過ごさなければならないからだ。

 

そして、今年はもっと嫌いになった。ホグワーツで初めて出来た友達か1個たりとも連絡が無いからだ。ホグワーツ、魔法界がもはや全て夢だったのではないかとさえ思えてくる始末。

どんな魔法使い、魔女からでもいいから連絡が来ないだろうか?現実だったと証明出来るなら宿敵ドラコ・マルフォイにだって会いたいぐらいだ……。と、確かに思った。思いはしたがーー

 

 

「……」

 

「……」

 

まさか、自分の部屋に本当に彼が現れるとは微塵も思う訳がない。

 

不健康そうな青白い顔色に冷ややかなグレーの瞳。

向こうも予想外の事態だったらしく、見慣れたその気に食わない顔は困惑の表情を浮かべている。そして何故か頭に小汚い謎の生物を乗せてベッドに倒れていた。

 

驚きの余り喉に突っかかっていた言葉がようやく放たれた。

 

「マルフォー…「ハリー・ポッター!」

 

言い切る前に謎の生物の甲高い声に遮られてしまう。

妖精はハリーにキラキラした目で喋りだした。マルフォイの頭でぴょこぴょこ跳ねながら。

 

謎の生物もとい屋敷しもべ妖精ドビーは何やら主人に内緒でハリーに警告をしに来たようで「ホグワーツに戻ってはならない」だの恐ろしいことを言ってきた。

詳しく聞き出そうとしたのだがそこでマルフォイが青筋を浮かべてドビーに怒鳴りつけ、共にパッと姿を消してしまった。

 

ハリーは今のことこそ自分は幻を見たのではないかと疑っていたが、マルフォイとドビーの大声は下まで届いていたらしく商談中のバーノン叔父さんは酷くご立腹の様子だった。

 

嵐に遭遇したような心地だ。しかし、事はこれで終わりではなかったのだ。

商談相手のメイソン夫妻が帰ると言う時に、ドビーが再び現れて先程より切羽詰まった様子で自分がハリー宛の手紙を止めていたことを告白、ハリーにホグワーツに戻らないことを強要してきた。そんなこと簡単に「OK!」とは頷けない。

 

「では、ハリー・ポッターのために、ドビーはこうするしかありません!」

 

そこからは地獄。

叔母さん傑作の料理の数々がダドリー家を飛び交う。

最後のトドメとばかりにフクロウがメイソン夫人の頭に手紙を落として行き、ハリーの監禁生活は決定づけられた。

 

 

 

ハリーを救出しに来てくれたロンにその事を話すと、

 

「そりゃぁマルフォイの奴が君に何かしようと企んでるんだよ!しっかし、その本人も連れて来るとはかなりドジなしもべ妖精だな……」

 

僕ならそんな奴絶対に雇わないけどね!と続けるロンにハリーは心底同意した。

 

 

数日後、ダイアゴン横丁でまたマルフォイ、その父親までとも出くわした。

だが不思議なことにマルフォイはホグワーツ以来だと言うような言動をとる。「何を企んでるんだ?」と尋ねてみても何言ってんだコイツ?というような顔をしてくる。何故か父親の方が後ろで激しく咳き込んでいた。

 

ハーマイオニーにも夏休みの事件を詳しく話してみたら

 

「その屋敷しもべ妖精は主人に内緒でハリーに知らせたかったんでしょ?きっと忘却魔法で記憶を消されたのよ。屋敷しもべ妖精は魔法が上手いらしいし」

 

と、最もな意見が返ってきた。

だが、それにしてもあの時のマルフォイは変だった気がする。今日出会ったあのマルフォイが、ハリーの家にわざわざ訪れて何もせずに帰るなんてこと有り得るだろうか?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そんなハリーの疑問はクリスマスの日に解決することとなった。

『秘密の部屋』について聞き出そうとクラッブとゴイルに変身してスリザリン寮に潜入すると、なんとマルフォイが2人いたのだ!

ドラコ・マルフォイにはポラクス・マルフォイという双子が存在したらしい。魔法薬学などで一緒に授業を受けて居たはずなのだがハリーもロンも一年以上気づかなかった。

 

ポラクス・マルフォイは兄と同じ容姿に気取った感じの口調だったが、どこか気だるげな雰囲気に目元には濃いクマがあったので1度知ればロンの双子の兄達よりは見分けやすそうだ。

思えばダーズリー家で出会ったマルフォイにはクマがあった気がする。きっとこの弟の方だったのだろう。

 

ドラコ・マルフォイは去ってしまったのでポラクス・マルフォイから情報を聞き出してみたが、彼は何も知らないらしい。それと、彼らの仲は性格の違いからかそんなに仲良くないようだ。

 

「きっと弟にも手柄を取られたくないからドラコ・マルフォイは1人でこっそり事件を起こしたんじゃないか?」

 

今までの話から、ロンと様々な憶測を立てたが意外な事実のせいでマルフォイへの疑いは、何だかよく分からなくなってしまった。

 

 

クリスマス休暇以降、スリザリンの継承者による被害者は出ていなかった。被害者が出ずに過ぎていく時間に比例するようにマルフォイの機嫌が悪くなっていくので、やっぱり彼が継承者なんじゃないかとハリー達は考えたのだが……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ロックハートが大々的にもう被害者は出ないだろうと宣言したバレンタインの次の日の朝に被害者は出た。

被害者はなんとポラクス・マルフォイ。純血、しかもその筆頭格のマルフォイ家の者が襲われたという事にホグワーツ中が衝撃を受けた。

 

ハリーの臆病な同級生ネビルは恐怖の余り授業中もずっと震えていた。普段よりも更に調子が悪くなってしまったネビルは呪文学の授業でハリーの重ねていた教科書をロンのインク壺まで吹き飛ばしてしまったのだ。

教科書の中に混じっていた重要な手がかりがインクまみれの無惨な姿になっていたことに思わずカッとなったが、ハリーの方が罪悪感を抱いてしまうぐらいネビルがペットのヒキガエル、トレバーより小さくなるぐらい平謝りしてくるので怒るに怒れず大きなため息を吐くしかなかった。

 

次の授業の教室で持ち物を整理していた時、ハリーは気付いた。他の教科書の表紙が真っ赤に染まってしまった中、日記だけが何事も無かったかのように以前と変わっていないことに。

 

ジニーも純血までもが襲われたことがショックだった様で顔を青ざめさせ、談話室でパーシーに慰められていた。しかし「2人と、連絡が……!」とずっと何か呟いてパーシーの話は入ってきて無さそうだったが。

 

そんな光景を横目にしつつ、ハリーは同室の誰よりも先にベッドへ向かった。あの日記を調べる為だ。

 

真っ白なページに試しに文字を書き付けてみれば返事が浮かび上がってきた。その語ることによるとこの日記にはトム・リドルの記憶が保存されているらしい。話してみると彼は文字越しでも分かる理知的で魅力ある人物だった。

 

トム・リドルがハリーに衝撃の事実を述べた。50年前にハリーの友人であるハグリッドが『秘密の部屋』を開けたと言うのだ。

 

その事をロンとハーマイオニーに話したが、ハーマイオニーはかなり懐疑的だった。「ハグリッドに直接聞いてみる」という案も出たがそんな事気軽に言える訳ないので、また誰かが襲われない限りこの件は置いておくことになった。

 

だが、こんな悠長に構えている暇は無かったのだ。

 

 

 

 

 

 

 

数日後に被害者が出た。

次はレイブンクローの監督生と、そして親友のハーマイオニー。

 

眉間に深く皺を刻んだマクゴナガル先生に引率され医務室に訪れると、まるで石の彫刻のように硬直したハーマイオニーがベッドに寝かされていた。

ハーマイオニーが襲われてしまうなんて!

ロンは悲鳴に似たうめき声をあげた。

 

「グリフィンドール塔まであなた達を送って行きましょう」

 

ハリーとロンがマクゴナガル先生を追いかけて医務室を出ようとした時、向かいからやってきた人物と肩が擦れた。思わず顔を上げると、そこにいたのはドラコ・マルフォイだった。

 

だがマルフォイの目はハリーより遠くを見ているようだった。

ハリーもその視線を思わず追いかけると、この先にはハーマイオニー。そしてその隣のベッドにはポラクス・マルフォイが虚ろな目で天井を見上げハーマイオニーと同じように硬直していた。

 

ハリーは驚いた。

コイツのグレーの瞳は普段は人を見下すことか情けなく恐怖を浮かばせることにしか使われていないのに、今はどこまでも……寂しげだったのだ。

 

ふとその目がハリーに向けられる。

マルフォイの口が一瞬動いたが下唇を噛んだだけに終わった。

 

お互い何も言わずにすれ違う。

 

 

寮に戻ってから、ロンが口を開いた。

 

「仲良くないって言ってたからアイツは弟を襲ったんだと思った。けど、あの相当落ち込んだ顔は……」

 

「マルフォイが犯人じゃないなら一体誰なんだろう?」

 

「まさか、本当にハグリッドだなんてことは無いだろうな?」

 

2人はハリーの透明マントを使いハグリッドの小屋へと向かった。だがそこで、ハグリッドはマルフォイの父親、ルシウス・マルフォイに示唆された魔法大臣によって魔法使いが"死んでも行きたくない"と口を揃える監獄『アズカバン』に連れて行かれてしまったのだ。

更にマルフォイ氏はダンブルドアを理事長の権限で『停職』にしてホグワーツから追い出すとまで言う。

 

「あの野郎、息子が死にかけたっていうのにどんな神経をしているんだ!?」

 

一緒にマントを被って部屋の隅に隠れているロンは小声で信じられないという風にハリーに言った。

 

「ルシウス。お主は本当に今、わしがホグワーツを離れることが秀逸な判断だと考えておるのかね?」

 

「……」

 

ダンブルドアの去り際の問いに無表情で黙り込むマルフォイ氏。ダイアゴン横丁で出会った時の自信に満ちた表情は陰り、ボサボサの髪に石となった彼の次男と同様の酷いクマができたその姿は威厳の欠片もないものだった。

 

ハリーには彼が正気を失っているように見えた。

 

 

 

その後、ハグリッドが残した手掛かりを追ったらかなり酷い目にあったが、ハグリッドが無実だと言うことが分かった。

僅かに得られた有益な情報……「50年前に『秘密の部屋』関係の事件で死んでしまった女の子はトイレで見つかった」。

 

ーーまさか『嘆きのマートル』?

 

 

 

 

だがこの『秘密の部屋』の騒動のお蔭で今はホグワーツは自由に歩き回ることすら難しいのでマートルのトイレに行くことが中々出来なかった。何とか教室移動の最中にロンと共に列を抜け出す事に成功した。

 

しかし目を光らせて廊下を監視していたマクゴナガル先生に見つかってしまう。だが咄嗟に「ハーマイオニーを見舞いに行こうとしていた」とハリーが言い訳すると、思いの外先生はあっさり信じて涙ぐみながら医務室に行く許可を渡してきたのだ。

 

怒られずに済んだのは良かったが、医務室に来たところでハーマイオニーはハリー達に気付くことすらない。

相変わらず目を見開いたまま微動だにしないハーマイオニーをロンは痛ましそうに見ていたが、ハリーは顔ではなく右腕に気を取られた。よく見てみるとその拳はくしゃくしゃの紙切れを握り締めているのだ。

 

マダム・ポンフリーに見つからないように何とか取り出したその紙には"バジリスク"という『毒蛇の王』と恐られている化け物についての記述だった。そいつは毒とは別に眼を合わせるだけで即死させるというとんでもない怪物らしい。

 

そして紙の隅には『パイプ』と一言だけハーマイオニーの筆跡で書かれている。それを読んだ瞬間にハリーの中で様々なものが繋がった。

 

「バジリスクがスリザリンの怪物だよ、ロン!」

 

そうだ、バジリスクは視線で殺すがカメラや水溜まり、鏡などを通して誰も直接見なかったから石になるだけで済んだに違いない。

 

「だけど、そんな怪物がどうやって城の中を動き回ったんだろう?」

 

「ハーマイオニーのメモ、『パイプ』だよ!」

 

「じゃあそれ『秘密の部屋』に繋がっているんだ!」

 

そこでロンと確信したように顔を見合わせる。

 

「「嘆きのマートルのトイレ!!」」

 

 

 

いざ辿り着いた『秘密の部屋』への道をマクゴナガル先生知らせようとした時、ある指示が学校中に知らされた。「生徒は全員、それぞれの寮にすぐに戻りなさい。教師は全員、職員室に大至急お集まりください」という内容のものだ。

 

ハリー達は物陰に潜んで職員室での先生達の話に聞き耳を立てる。

 

「スリザリンの継承者がまた伝言を書き残しました。少年を、『秘密の部屋』に連れ去ったと」

 

蒼白な顔のマクゴナガル先生の言葉に先生達は息を飲む。

 

「誰ですか?」

 

その問いにマクゴナガル先生は何かを抑え込むように静かに答えた。

 

「ドラコ・マルフォイです」

 

ハリーとロンは「まさか!」と叫びたくなった。

マルフォイをお気に入りの生徒としているスネイプが目を見開きローブの袖先で強く拳を握っているのが見えた。

 

重苦しい空気の中に場違いに爽やかな笑みを浮かべるロックハートが能天気に入ってきたが「適任者ですね」と今までの馬鹿らしい言動を盾に怪物と闘ってこいと職員室を追い出された。

 

 

グリフィンドール塔に戻る最中、スリザリンの生徒らとすれ違った。しかし皆恐怖に震えてハリーに全く気付いていない様子だ。

 

「ああ、終わりだわ。怪物は純血ー…特にマルフォイ家に恨みがあったのよ!」

 

1人で喚くパンジー・パーキンソン。

 

オドオドと列の後ろの方を状況を把握しきれてなさそうな顔で歩くクラッブとゴイル。

 

 

「……いつもあれだけマルフォイにくっついてるのに。これじゃあ流石にアイツも気の毒なもんだな」

 

ロンが眉を下げて呆れ混じりの言葉を漏らした。

 

 

 

 

 

 

 

 

『秘密の部屋』に連れ去られたという事実に、いつもマルフォイを毛嫌いしているグリフィンドールの生徒達も何も言えないようだった。

 

静か過ぎる寮で過ごす中、遂にハリーは我慢出来なくなった。

 

「ロン、やっぱり先生に『秘密の部屋』の場所を教えに行こう」

 

知っていることがあって何も行動しないのは苦痛に感じた。

 

「でも、誰に言ったらいいんだろう?」

 

ロンも気まずい気持ちだったようで頷いてくれた。

 

「じゃあロックハートの所に行こう!アイツは『秘密の部屋』に入ろうとしている」

 

他に考えも思いつかなかったのでロックハートの部屋に向かったのだが、そこでなんとロックハートはホグワーツを出る準備をしていたのだ。

 

「ホグワーツが危険に陥っている中、闇の魔術の防衛術の先生が生徒を放って逃げると言うんですか!」

 

ハリーの叫びにもごもごとロックハートは言い訳を唱えだした。なんとホグワーツの教師として招かれる程の彼の実績は全て記憶を奪い取った他人の物だと言うのだ。

 

反抗を試みたロックハートを武装解除の呪文で返り討ちにしてマートルのトイレに彼を引きずって向かう。

 

「なぁ、ハリー。本当にマルフォイを助けに『秘密の部屋』に行くっていうのかい?」

 

「マルフォイに死んで欲しいとまでは思ってない。それにこのままじゃホグワーツは閉鎖されてしまう。そうなった時の僕の絶望は計り知れないだろうよ……。この事件を終わらせるには行くしかない」

 

部屋への扉はトイレの蛇口だった。蛇語で開かれたパイプにロックハートを突き落とし自分たちも入ろうとした時、ハリーはマートルと自分たち以外の人物がトイレにいることに気が付いた。

 

振り返ると、ハリー達より幾らか幼い風貌のホグワーツの制服を着た少年のゴースト、シグナスがいた。

彼は人見知りなようで出くわした人が殆どいないレアゴーストとして生徒たちに扱われている。しかもフードを常に深く被り顔を決して見せないのでハリー達は顔に彼が死んだ際の醜い怪我が残っているのだろうと睨んでいる。

 

彼は本当に謎が多い。情報通なゴースト、ほとんど首なしニックさえも存在を知っていないと思えば、何故かロンの妹とゴーストのハロウィンパーティーに現れたり。それになんと妖精の彼女持ちだ。これが特によく分からない。

 

ハリーは何度かシグナスと言葉を交わしている稀有な存在だがそれでも彼を掴みきれていなかった。

 

 

そんなゴーストがハリー達に「自分も連れて行って欲しい」と頼み込んできたのだ。彼はスリザリン出身らしくマルフォイが連れ去られたことに心を痛めていると話す。

 

ロンは怪訝な表情をしたが人手は欲しかったし、その真摯な声音は嘘ではないだろうとハリーはシグナスの同行を許可した。

 

ロンとロックハートとは途中分断されてしまい1番奥への部屋へシグナスと2人っきりで向かう。

黙って歩く(彼はゴーストの癖にきちんと足を動かす)シグナスを横目で窺う。

 

そう言えば、いつもは一緒にいる例の妖精の彼女、リャナンシーが見当たらない。危険だからと置いてきたのだろうか。

 

 

マルフォイの救出を任せ『秘密の部屋』へ入れば驚きの連続だった。

後継者は日記のリドル。リドルの正体は"例のあの人"。手助けに現れたダンブルドアのペットの不死鳥フォークス。ボロボロの組み分け帽子から抜き出したグリフィンドールの剣。

 

バジリスクとの戦いを死にかけながらも勝利を収め、ハリーはリドルの日記にトドメを刺した。部屋を見渡せば隅に意識が無いマルフォイを避難させたシグナスがいた。

 

「マルフォイは生きてる?」

 

そう尋ねると、

 

「うん。何とか生きてるよ」

 

そう短く答えるシグナスの声はどこか嬉しそうだった。

 

 

フォークスに捕まってマートルのトイレに戻ると、シグナスはマルフォイをハリー達に押し付け早々と去ってしまった。

 

その後、ダンブルドアにシグナスが協力してくれたことを話したが、ダンブルドアすら1回話したことはあれど彼のことをほとんど知らないらしい。

 

「彼って変なゴーストだよね」

 

とロンと首を傾げていたが、その話を聞いたジニーは何故か「ふふふ」と顔を綻ばせて笑った。

 

 

 

 

 

 

 

夏休み。ドビーに渡してくれとのメッセージ付きで5000個近くのソックスが部屋に届けられ、ダーズリー家の悲鳴の中でソックスの山に埋もれながらハリーは目を白黒とさせる羽目になった。

 

 

 

 

 




次は3巻か……。逆転時計、お前はダメだ。


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アズカバンの囚人
25話 僕は栄光へと導いて欲しい。


頭上に照り輝く真夏の太陽がなんと憎いことか。

 

「次のクディッチ杯こそはグリフィンドールに、ハリー・ポッターに勝つ!」と気持ちを高ぶらせるドラコに部屋から引きずられて僕は炎天下の中練習相手をさせられている。

 

ハリー・ポッターに助けられたことにプライドを傷つけられたらしい。何としてでもハリー・ポッターを見返そうとドラコは夏の真昼間からスポーツに励む体育会系へとジョブチェンジしてしまった。

 

誰の霊に取り憑かれたのかは知らないがその熱意は異常だ。シーカーとして鍛えるためにスニッチを放ったりボールを投げたりする練習の手伝いなら文句はない。だが、僕に課せられた使命はバッティングセンターよろしくドラコに向かって鉄球(ブラッジャー)を棍棒で打ちまくることだった。

 

「ドラコって……ドMだったの?」

 

「違う!今までの試合の経験、読んだ資料からシーカーとして僕に必要なのは動体視力だと判断したからだ!」

 

その資料は恐らくいつの間にか舞台が宇宙規模になってしまうようなスポーツ漫画だろう。そうじゃないとこんなぶっ飛んだ練習をしようとは思わない。

 

「せめて、普通のゴムボールとかじゃダメなのか?」

 

鉄って当たったら痛いんだよ、知ってる?

当たり所が悪ければ相当危険なものを高速で選手に向かって繰り出すこの競技のルールを作った人物の頭が僕は未だに信じられない。「習い事でやってるガチ勢男子のドッヂボールってヤバいよね」なんてレベルじゃないだろ。

 

「ダメに決まっている。練習の時からブラッジャーの緊張感に慣れておくべきだ」

 

「それでも一気に3個も4個も放たなくていいだろ。試合で使うブラッジャーは2個だけじゃないか」

 

「ハリー・ポッターは執拗に狙ってくるブラッジャーを相手にしながらスニッチを捕まえてみせたんだ!なら僕はそれ以上のシーカーにならなくちゃいけない」

 

思考回路が完全に脳筋だ。どうしたっていうんだスリザリン。

 

 

 

毎日毎日兄に向かってブラッジャーを打ち続ける日々。なんて健全な夏休みの過ごし方だろうか。

我ながらコントロールが良くなったがドラコはそれ以上にキレのある動きでブラッジャーを避けるようになっていった。

 

 

そして夏休み最終日。いつものように庭に向かうとドラコは静かに立っていた。

身体のあちこちに痣をつくり、グレーの瞳に炎を灯して使い込まれた箒を持つその姿は、今まで見たどんなドラコよりも貫禄がある。

 

 

「ポラクス。僕は今日、この夏休みの練習の成果を確かめようと思う」

 

ドラコがそう言って指を鳴らすと、パチンと音がして屋敷しもべ妖精が現れた。ドビーの後任として雇った屋敷しもべ妖精、アディだ。

 

「ドラコお坊ちゃま、私めに何か御用でしょうか?」

 

アディは恭しく頭を下げてドラコに訊ねる。彼の性格はとても几帳面、そのうえまさに出来る執事といった落ち着いた物腰でドビーとは真逆といえる屋敷しもべ妖精だ。

 

彼は父上が何度も魔法省の屋敷しもべ妖精転勤室に何度も入り込み、面接を重ねた結果雇った。

普通純血家の者は屋敷しもべ妖精の個体差を気にせず雇うので、父上が何度も訪れる事に屋敷しもべ妖精転勤室の職員は何が不具合なのか分からず肝を冷やしていただろう。

 

ドラコは傍にあるブラッジャーが5個収められた箱を指差す。

 

「アディ、このブラッジャーに魔法をかけてくれ」

 

「どのような魔法を?」

 

「ひたすら僕を攻撃するように仕向けろ」

 

アディはドビーが残した壊れたオーブンの蓋を指示されずとも直して僕らの差し入れにクッキーまで焼いてくれるぐらい気の利く召使い。しかし、このドラコの命令の意図までは流石に理解出来なかったらしくブラッジャーを凝視したまま固まった。

 

「えー、5個ともでごさいましょうか?」

 

「もちろん全部だ」

 

アディは助けを求めるようにこちらを向いてきたが僕は首を振るしかない。

 

困惑しながらもアディがブラッジャーに魔法をかけたと同時にドラコは箒に跨り飛び立った。

その背中をブラッジャーが物凄いスピードで追いかけていく。

 

ブラッジャー達は後頭部を狙って突進するがドラコは背中に目があるんじゃないかと疑うぐらい涼しい顔をして箒をクルリと右へひっくり返して避ける。

 

「ポラクス!スニッチを放せ!」

 

ドラコの指示に従い僕は金色のとても小さな羽の生えたボールを解き放つ。

 

アディがパチンとまた姿を消したのに気を取られた隙にスニッチはもう見えなくなってしまった。

 

 

ドラコはブラッジャーを引き連れながら庭の上空を迂回する。3分程たっただろうか。ドラコがふとクジャク達の小屋の方向へと急降下し始めた。

 

慌てて僕も小屋へと目を向けると餌を入れる用のバケツの傍で何かがキラリと反射するのが見えた。

 

迫ってくるドラコに小屋の前にいたクジャクは慌てて逃げ出す。いよいよドラコがクディッチを掴もうと手を伸ばした時、ドラコのすぐ左、そして右からもブラッジャーが突進してきていた。挟み撃ちだ。

 

「ドラコ、危ない!!」

 

僕は思わず声をあげた。

 

もうぶつかる、という時にドラコはクルリと華麗に宙返りした。ブラッジャーは止まりきれず激突し互いにボロボロになって墜落していく。

 

クジャク達が舞い上がらせた鮮やかな羽が舞い散る中、ドラコは箒から降りた。金色のボール、スニッチを右手の拳に収めて。

 

 

「な、なんと……」

 

振り返るとアディがあんぐりと口を開けて突っ立っていた。力の抜けた手から木の箱が滑り落ちた。箱からは塗り薬や包帯が転がり出る。

 

ドラコが怪我をすると踏んで薬箱を持ってきたようだ。なんと有能なのだろう。今回は予想が外れてしまったようだが。

 

 

 

「僕はスリザリンを優勝の栄光へと導いてやる!!」

 

ドラコはスニッチを握り締めながらそう僕に宣言した。

 

 

 

 

 

 

色々でかかった言葉を飲み込み、僕は1つだけ口にする。

 

 

 

「……ああ、行ってこい」

 

 

 

 

 

 

 

もう、好きなようにやってくれ。

 




『キャプテンまるふぉい』連載決定!




……大丈夫です。これは多分ポラクスが陰キャを極めようとする物語です。


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26話 僕は消費期限に気を付けたい。

夏休みが明け、僕らは例年通りホグワーツ特急に乗り込んだ。ドラコはクィディッチの備品を大量に用意してきたので荷物が普段の倍ぐらいあり、ロッカーに押し込むのに一苦労だった。

 

ホグワーツの駅に着き、引手の見当たらない馬車に乗って城へ向かう道中スリザリン生達の中では「吸魂鬼と遭遇したハリー・ポッターが恐怖のあまり気絶した」という話で盛り上がっていた。

 

馬車を降りてハリーを見つけたドラコは数年ぶりに恋人と再開出来たと言わんばかりに顔を輝かせてハリーの元に駆け寄っていく。

 

「ポッター、気絶したんだって?本当だったとしたら英雄も形無しじゃないか!」

 

クィディッチに対しては真摯に頑張っていたのに、それはそれと置いておいて攻められるところはネチネチと攻めていくスタンスらしい。

 

大広間へと向かうと毎年恒例の組み分けの儀式が行われる。

 

「妹がスリザリンに入れたわ!」

 

「えっ、どの子どの子?」

 

僕は新入生どころか同学年の寮の仲間すら顔と名前が一致するか怪しい人物がいる程だ。だが、去年はその周りへの関心の薄さのせいで痛い目に会った部分がある。今年こそしっかり覚えるつもりだ。

 

……まず、クラッブとゴイルを同一人物扱いしない所から始めるか。僕の中であの2人で1人、ファーストネームがクラッブでファミリーネームがゴイルになっている。見た目以外の違いが全く分からない。

 

儀式の後はダンブルドアがアズカバンから凶悪犯が脱獄したことを踏まえ魔法省により吸魂鬼が城の警備に当たること、新任の先生の紹介をしてお待ちかねの歓迎パーティーが開かれた。

 

 

今年でホグワーツ3年生。選択科目が始まる学年。僕が選択したのは『数占い』と『古代ルーン文字』だ。ハリーがとる『占い学』と『魔法生物飼育学』を避けた結果こうなった。まぁどっちにしろどちらの科目も教授の教え方が独特過ぎるからなぁ……。

 

ドラコは原作通り『魔法生物飼育学』を選択したが上流階級としての教養ナンタラかんたらと父上の指示で『古代ルーン文字』は一緒だ。

 

 

 

 

そして新学期2日目。

今年最初の実技、変身術の授業でいきなり問題が発生した。

 

課題は去年の復習として修復呪文を用いて割れたガラスコップを元通りにするというものだった。

変身術は僕の1番の得意科目だ。既に習った呪文ぐらいなら簡単に出来るだろうと呑気に考えながら杖を振った結果ガラスコップは修復されるどころか大爆発を起こし粉々に砕け散ったのだ。

 

クラス中が物音を立てずに僕の机……いや、黒焦げた木材の残骸を凝視している。

今なら天文台の塔からでも喜んで飛び降りれる気分だ。

 

爆音を聞きつけたマクゴナガル先生が生徒達をかき分けてやって来る。

 

「またですか、クラッブ……」

 

先生のマニュアルにはスリザリンの授業で爆発音がしたらクラッブかゴイルを確認する事が記入されているようだ。グリフィンドールの場合は恐らくロングボトムだ。

 

しかし今日はとても珍しくクラッブとゴイルのコップは普通に割れたままであり、僕のコップが塵と化している。

 

「ポラクス・マルフォイ、貴方ですか!?私の科目ではグレンジャーと並ぶほど優秀な貴方が珍しいですね……。まぁ、調子が悪い日は誰でもあるでしょう」

 

この後の呪文学の授業でも爆発を起こしてしまいフィットフィリック先生が台として愛用している本を数冊焦がしてしまった。

 

……マクゴナガル先生の言う通り今日は少し調子が悪いだけだ。健康を整えるのが1番、睡眠が1番。うん、寝たら何とかなる。

 

 

だが、無情なことに次の日も、そのまた次の日も、1週間経っても僕の杖からは火花しか飛び散らない。

犠牲にした机、作業台の数は計10個。炭化するものだから修復呪文でも直すことが出来ず賠償金を1部求められた。これ程実家が金持ちで良かったと思った瞬間はない。

 

授業で爆発が起きるのは当たり前。誰ももう気にしなくなった。無視されるのは嬉しいが、クラスメイトに変なスルースキルを習得させたかったのではない。

 

「杖が悪いんじゃないかい?ほら、去年ロナルド・ウィーズリーも杖を壊して自分に呪文を跳ね返させていたじゃないか」

 

ドラコの気を遣うような言葉に僕は首を振る。

 

「杖は夏休みにメンテナンスに出したばっかりだよ。原因は僕自身だ」

 

「だけど去年はちゃんと使えていた魔法も出来ないんだろう?」

 

「うん……」

 

遂に犠牲になる机が増えるだけだから調子が戻るまで杖を降らなくて良いと言われてしまった。

 

 

皆んながハリネズミを針刺しに変身させようと四苦八苦しているのを教室の片隅で眺めているのは想像していた以上に苦痛だった。

 

「ポラクス、アナタどこを見ているの?目が何だかおかしいわ」

 

ひょっこりとポケットからリャナンシーが顔を出てきたが、今は注意する気力も無い。

 

「ほら、クラッブとゴイルをより知るための一環としてアイツらのそばかす数えているんだ」

 

「この世で最も生産性の無い動作の1つね」

 

呆れた様にリャナンシーはため息をつくが、僕はため息の在庫が切れるぐらいため息したからそばかす数えていたんだ。

 

もう、僕の人生は終わった。てか人生どうのこうのの前にテストの魔法が出来なければ単位が取れないじゃないか。

まてよ……やっぱり実家が金持ちで良かった。将来ドラコのヒモになって生きる道が残されている。あと、爆発を起こすなら解体業者にもなれるかもしれない。僕の将来の呼び名はきっと"ダイナマイト要らず"だろう。まさしくマルフォイ家末代までの恥だ。

 

 

「ポラクス、ちょっと頂くわよ」

 

思考に耽っていた中いきなりリャナンシーに首筋を噛まれた。そういえば魔力を吸われるのは久しぶりな気がする。

 

リャナンシーは何やら神妙な顔をしながら口をモゴモゴ動かす。

 

 

「やっぱり……アナタが魔法を上手く使えないのは去年あの事件で無茶したからじゃないかしら?回復に努めさせようと、夏休みの間魔力を吸わなかったから気付かなかったけれどアナタの魔力の味が少し変わっているわ」

 

「クソ味にでもなったって言うのかい?」

 

「百味ビーンズで言えば腐った卵味に近いわ」

 

やけくそ気味に訊けば大真面目な顔で答えられた。自分の魔力から腐った卵味がするってかなり嫌なんだが……。

 

「大丈夫よ、アナタの魔力はもとはベルギーの高級チョコのような上品な甘さがするんだから!けどそこに腐った卵が混ざった感じがするのよ」

 

 

とりあえず、僕の不調の原因がその腐った卵味の何かという事だけ分かった。




突然始まるおまけコーナー


作者が提唱したいハリポタ説

『殆どの読者がクラッブとゴイルのファーストネーム知らないんじゃないか説』

彼らのフルネームはビンセント・クラッブとグレゴリー・ゴイルだそうです。テストに出るので覚えておきましょう。

原作でも最初の登場シーンでドラコからハリーに紹介される時ですらクラッブ、ゴイルとしか言われない。描写もニコイチ。明確な違いは最終巻でのデッドラインをふむか踏まないかという中々の壮絶さ。ちなみに原作で生き残ったのはゴイルの方です。読み返したら、「マルフォイの取り巻きのどっちかが死んだ」程度にしか思われない最期ってあんまりだ!と目頭を抑えたくなりました。

7年間苦楽を共に過ごすドラコからも大事にはされていた様だけど永遠の名字呼び。
作者はその理由を「カツオと中島くんが50年来名字呼び」と同じなのだと信じています。


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27話 僕は犯罪予告をしたい。

今日の授業も全て終わり、生徒達は夕食を食べようと大広間へと向かうが僕はリャナンシーと湖の畔にやって来た。

 

夕日に染まる静かな水面に浮かぶ広葉樹の落ち葉に向かって杖を振る。

 

「ウィンガーディアム・レヴィオーサ!」

 

葉は優雅に舞い上がー…らず杖から飛び散った火花により黒焦げになってしまった。

 

「やっぱりダメか……」

 

校医のマダム・ポンフリーにも診察をして貰ったが、僅かな魔力の乱れは確認出来たものの原因までは分からないそうだ。もっと専門的な診察が出来る聖マンゴ病院へ休暇中に行くことを勧められた。

 

「なぁリャナンシー、さっき言ってた不味い魔力が魔法を使うことを邪魔してる……っていないし……」

 

隣にいると思っていたのだが、見渡せばリャナンシーは湖の真ん中に顔を出していた大イカの周りを軽やかに飛び回っていた。まとわりつかれたイカは触手をモゴモゴと動かし小バエを払うような仕草をして不機嫌そうだ。

 

 

このままでは非常に不味い。今は"調子が悪い"で済まされているが、この状態がずっと続けば?出来損ない(スクイブ)と判断されたら?

魔法界に魔法が使えない者の居場所は無い。イギリス魔法界の中心にいるマルフォイ家にも……

 

僕は杖を握る自分の左手が震えていることに気が付いた。

その事実に顔をしかめながら、震えを誤魔化そうと杖を振ったがやはり火花が小さく飛び散るだけだった。

 

「何だっていうんだ!」

 

当たり所の無い文句を吐き芝に倒れ込む。視界に広がる宵の空にはもう一番星が輝いていた。

 

ぼんやりと空を眺めていれば突然ヒヤリとした何かが頬触れた。

 

「随分参っているようね」

 

「まあ……」

 

顔の方に手を伸ばして水筒を受け取った所であれっ?と、動きを止める。

 

喉が乾いていたところに水分の差し入れは嬉しい。だが、リャナンシーがこんな気の利いたことをしてくれるか?っていうか彼女は人間の食物を必要としないから水筒なんて持ち歩いていない。

 

 

首を無理やり反ると、そばかすが特徴的な赤毛の少女が僕の顔を覗き込んでいた。悪巧みが成功したというように悪戯めいた笑みを浮かべて。

 

「久しぶりねシグナス。いや、ポラクス・マルフォイと呼んだ方が良いかしら?」

 

「へっ!?」

 

僕は思わず飛び起きたが腰が抜けて立って逃げ出すことは叶わなかった。

 

「じー…ジネブラ・ウィーズリー、グリフィンドールが何の用だ?」

 

咄嗟に僕が絞り出した言葉にジニーは可笑しそうに笑う。

 

「今更取り繕っても無駄よ。恋人持ちのシャイなゴーストさん?」

 

ジニーは湖に目を向けながら何処か挑戦的な物言いをする。

その視線の先にはフワフワと飛んでくるリャナンシーがいた。

 

「あら、ジニーじゃない!」

 

満面の笑みで挨拶するリャナンシーの様子に僕はあぁ…、と力無く再び倒れ込んだ。

 

「お久しぶりです、師匠!!」

 

元気よくリャナンシーに挨拶してから、ジニーは得意顔で僕に言う。

 

「誤魔化しの言葉は他にもあるかしら?」

 

「……アリマセン」

 

僕は白旗を振った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

幾らかの沈黙の間。観念した僕は口を開く。

 

「それで、ポラクス・マルフォイはゴーストになって夜遊びしてましたって学校中に言いふらすのかい?」

 

「そうね……透明になってハリーをストーカーしていたって噂を広げようかしら」

 

「それだけは止めてくれ!僕が社会的に死んでしまう」

 

慌て出す僕の様子にジニーはカラカラと笑い声をあげる。……リャナンシーと随分似た腹立つ笑い方だ。

 

「冗談よ、冗談。そんな目を向けないで。友達が困っているって聞いたから手助けに来てあげただけよ」

 

そう言ってジニーは右目をパチンとウィンクしてみせた。

 

「ジニーは気付いてたのね!いつから気付いていたの?」

 

流石わたしの弟子!とリャナンシーは何故かご機嫌だ。

 

「ドラコ・マルフォイの話をしたらシグナスが焦った様子で出て行った次の日に、ポラクス・マルフォイが石になったと聞いた時よ。あの日からあなた達を見つけることが出来なかったしね」

 

そう言えばあの時は焦りの余りジニーと不自然な別れ方をしてしまっていた。それがいけなかったようだ。

……だが、僕がマルフォイだとバレたらもっと距離を取られると思っていたのにジニーは以前と変わらない態度で喋りかけてくる。

 

 

「僕の正体を知ってもなお友達と言って手助けするのか?」

 

僕はスリザリン、彼女はグリフィンドール。さらに父親同士の仲、兄同士の仲は最悪だ。何も思わない訳が無い。

 

「ロンとかからマルフォイの悪行の数々は飽きる程聞かされているわ……。だけど、貴方がたまたまマルフォイの人間だったとしても孤独だった時、悩んでいた時に貴方が手助けしてくれた事実は変わらないわ。以前助けてくれた友人が困っていたら、今度は自分が助けるなんて何にもおかしい事じゃないじゃない」

 

「それは……どうも」

 

なんともグリフィンドールらしい真っ直ぐな、だが中々スリザリン生にはしないだろう返答に僕はしどろもどろになってしまう。

 

 

「まぁ、あの師匠に振り回されている大人しいゴーストがマルフォイだとは信じにくかったけど……今のその腑抜けた表情は本当にお兄さんそっくりだわ」

 

「性格は全然違うように見せかけて、根っこはそっくりの双子よね」

 

リャナンシーが深く頷いて同意しているのが何かムカつく。

 

 

 

それからジニーは真摯に僕の相談に乗ってくれた。だが、一介の学生が医師以上の事が診察出来るわけがない。話は行き詰まり遂には唸り声しか発せなくなった。

 

しかし、ジニーはリャナンシーをチラっと見るとそうだ!と手を叩いた。

 

「専門的な事はその専門家に訊けばいいのよ!」

 

何を今更な。

 

「もうマダム・ポンフリーには診てもらったよ」

 

「でもそれは怪我とか病気についてだけでしょ?原因はもっとあやふやな物かもしれない……。違う方面に詳しい人からアプローチしてもらうのがいいと思うわ。専門家に相談するのは良いことよ。私も恋のエキスパートの師匠に師事したお陰でハリーと付き合う事が出来たんだから!!」

 

「なるほどね……って」

 

最後何て……

 

「まぁジニー!いけたの!!?」

 

リャナンシーが手で口を覆う。

 

 

「はい!報告が遅れましたが……ジニー・ウィーズリー、夏休みの間にターゲットを確保しました!!」

 

顔を赤らめながらジニーは衝撃の告白をした。

 

「ジニー!!!」

 

リャナンシーは顔を涙でめちゃくちゃにしながらジニーに抱き着く。

 

 

 

「お、おめでとうございます……」

 

知らないうちに、友は大人への階段を着実に上り進めていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




勿論ジニーからいきました。


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28話 僕は君だけを想いたい。

アプリ、『ホグワーツの謎』のマルフォイ家のイベントで、相変わらず憎まれ口しか叩かないルシウス、ドラコに超ポジティブ思考の受け答えをひたすらしていました。彼らの皮肉に苦笑いしながらプレイしていたんですが、最後の最後のドラコの笑みに撃沈。

……そうか!これは新手の乙女ゲーだったんだ!!



「あのデカブツのお陰で僕の右腕は全治2ヶ月だってさ……。父上は学校の理事会に訴えたし、魔法省にも教育体制の見直しを求められた。きっといい返事が頂ける」

 

地下牢での魔法薬の授業。ドラコは痛々しく包帯に巻かれた右腕には似合わない、クリスマスが早めに来たというぐらい口角を吊り上げた笑顔を浮かべている。

 

その隣でただ黙々と魔法薬の材料を切り刻んでいるのはハリーとロン。彼らは右腕を負傷したことを最大限に嫌らしく利用したドラコによって、手伝いをスネイプ先生に強制させられてしまったのだ。

 

2人を鼻で扱えることに酷くご機嫌なドラコは右腕を擦りながらわざとらしく大きなため息をついた。

 

「僕の腕、果たして元通りになるんだろうか?」

 

僕は死んだイモムシを黒板の図の通り正確に切るために目を細めてナイフを操作しながらも深く頷く。

 

「ああ。1度すれ違うと完全に元通りにするのは難しい。相手の浮気現場を目撃した時はカメラで証拠を抑えるのが良いらしいよ。そして後で浮気を否定するソイツに見せつけてやるんだ。それでもまだ認めないなら絶対に離れるべきだな。相手が潔く謝ってきたらまだチャンスを与えるべきかもしれないが、それでも1度出来た溝は深いんだ」

 

「 浮気?溝??ポラクス、何の話をしてるんだい?僕は魔法動物学の授業での傷のことを……」

 

「ああ。本当に気を付けた方が良いよ、ドラコ。女は怖いから。さっき言ったのは女がしてくる行動だ。どんなしっぺ返しがくるか分かったもんじゃない。浮気はお勧めしないね」

 

「しっかりしろ!!目、目がおかしいぞ!何を人生の全て見てきたかのような目をしてるんだ。現実に戻れ。安心しろ、君に女はいない!」

 

ドラコに激しく揺らされ、ぼんやりとしていた意識が鮮明になる。そうだ、そうだった。僕は多額の賠償金を命じられて、離婚届のサインを迫られているアラサー男性じゃなかった。

 

「ああ……。ドラコ、本当に女って生き物は恐ろしいよ」

 

「一体どんな恋愛小説を読んだって言うんだい!?」

 

君にはまだ早い、とだけ返し僕はため息を吐いた。小説じゃないからより恐ろしいというものだ。

 

昨日、ジニーが衝撃の宣言をしてからは僕の悩みの話は何処へやらリャナンシーの恋愛講座が始まった。最初はデートのオススメスポットだったりコミュニケーションの仕方だったりとまぁ、まだ分かるものだった。しかし、日がすっかり沈んだ頃には話は飛躍して結婚式、新婚旅行の費用の年収の仕方、姑との付き合い方、遂には離婚の時の法律手続きを有利に運ぶコツにまでいった。

 

就寝時刻が迫ってやっと本題を思い出したらしいジニーに「とりあえず闇の魔術に対する防衛術の先生にも相談してみたら?」とだけ言われて寮のベッドへと向かったが、僕の頭はもう魔法について考えるどころじゃ無くなっていた。

夢にはメガネを全反射させた敏腕弁護士を従え父上を追い詰める母上が出てきた。一体いくら持っていかれたらあんな顔が出来るのか。血の気を失った父上の顔が忘れられない。

 

想像できる?付き合い始めたばかりの頃からあらゆるルートでの身の振る舞い方が計算されているという恐怖。

 

僕は20年後のことを思ってこっそりハリーに向かって手を合わせておいた。

 

 

 

 

授業が終わり、教室を出ようとするハリー達をドラコはしつこく引き止めた。

 

「ポッター、君は何も知らないのか?僕なら自分でブラックを追い詰めるね」

 

ハリーは今年も相変わらずデンジャラスライフを送っているらしく、凶悪殺人犯シリウス・ブラックに狙われていると噂がたっていた。シリウス・ブラックは僕らの母上の従兄弟に当たるのでハリーよりドラコの方がシリウス・ブラックについての内情に詳しい。それを利用してドラコは得意顔でハリーを煽っていた。

 

この挑発に乗ってハリーが自ら問題行動を起こしてくれたらドラコとしては万々歳なのだろう。我が兄ながら結構なクズだ。

 

ハリーは基本的に大人しい性格だが煽り耐性はそれ程高くない。繰り返されるドラコの嫌味ったらしい言葉に遂に怒ったハリーは口を開けたが、睨み合う2人の間に入った人影に言葉は遮られた。

 

 

 

「こんな人前で見苦しいことをしないで下さいませんか?スリザリンの名が傷付きます」

 

 

鈴の音のような可憐な声。しかしその言葉からは冷たさとトゲトゲしさばかりが感じられる。

 

いつの間にか2人の間に立っていたのは、ドラコの肩ほどの背丈もないながら全く物怖じする様子なく、唇を固く閉め、一重の目を憎々しげに吊り上げた黒髪の少女だった。

 

「なんだ、お前は。僕の邪魔をするっていうのかい?」

 

急に割り込んできた下級生にドラコは不機嫌そうに眉間にシワを寄せる。しかし、少女は睨みつけてくるドラコに背を向けてハリーに朗らかな笑みをを向けた。

 

「ハリー・ポッターさん。すいません、我が寮の先輩がご迷惑をおかけして……。こんな噛みつきフリスビーより意地の悪い方の言葉なんか気になさらなくて結構ですよ」

 

この子、結構毒舌だな……。

ハリーは少女の言葉に戸惑いながらも頷く。

 

「僕を無視するな!スリザリン生だっていうのに大した度胸じゃないか……!僕を誰だか知らない訳じゃないだろ?」

 

青筋を浮かべたドラコに、少女は振り返りもしない。

 

「ええ、知ってますよ。吸魂鬼に漏らしかけ、ヒッポグリフに泣きべそかいて権力者の父親にすがりつくようなボンボンの全てを親の財力に言わせるドラコ・マルフォイ先輩ですよね?」

 

周りで眺めていた生徒達は少女の余りにも強気な態度に目を叛いた。ドラコはマルフォイ家の威光を利用してスリザリン内ではかなり幅を利かしている。そんな彼に楯突こうという下級生がいるのだ。ドラコ本人も怒りを通り越して驚いているようでポカンと少女を眺めていた。

 

 

「私はスリザリンの1年生、アストリア・グリーングラスと言います。先輩は去年命まで助けられたと聞いていますが随分恥知らずのご様子で。実力も心意気も劣る愚かな方が実績のある方を非難すること、私大っ嫌いですの。……ええ、言いたかったことはこれだけです。お取り込み中に突然失礼致しました」

 

少女、アストリア・グリーングラスはそう言って教室の奥に行き鍋の準備をし始めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「おい、ダフネ。君の妹はどうなっているんだい!?」

 

教室移動の中、ご立腹の様子のドラコに詰め寄られ同級生のダフネ・グリーングラスは困ったように眉を下げる。

 

「ドラコ、ゴメンなさいね。あの子は少し口がキツイけど悪い子ではないの。大目に見てあげて。ちょっと正義感が強いだけだから……」

 

 

正義感、なんとスリザリン寮生に似合わない言葉だろうか。

 

 

僕はポケットからメモ用紙を取り出す。

風変わりな新入生、アストリア・グリーングラス。

 

『ドラコ・マルフォイの妻』

 

そうメモには記されていた。

 

 

 

 

 




あったらそこそこ好評かもしれないものパート6


『ときめき☆ホグワーツメモリアル』

・商品紹介
主に女性対象の学園モノ恋愛シュミレーションゲーム。
フクロウから突然届けられた手紙から、貴女の魔法の世界での甘酸っぱい青春の物語が始まる!!様々な個性ある魅力的なキャラクター達と共に魔法学園の生活を楽しみましょう!




……思ったよりありそうな設定が原作に揃っている。
ドラコはツンデレ。多分人気キャラはスネイプ先生とウィーズリーの双子だと思う。


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29話 僕はやれば出来る子だと信じたい。

午後の魔法史という睡眠時間以外の何物でもない授業もやっと終わり、生徒達があくびをしながらノロノロと夕食に向かおうと立ち上がる中、1人ドラコが見ているこちらの目が醒める程の勢いで教室を飛び出して行った。

 

ドラコが使用していた机の上には乱雑に包帯が投げ捨てられている。

 

寝起きで状況が掴めていないらしいクラッブとゴイルは半開きの目でボッーとドラコが去っていった扉を眺めて突っ立ったまま動かない。

 

「クラッブ、ゴイル。多分ドラコはクィディッチの練習に行ったと思うよ。遅くなるだろうから先に大広間に食べに行っていいんじゃないか?」

 

魔法薬学の教室で少女に言われた言葉が引っかかったドラコは、いてもたっても居られなくなったのだろう。

僕の言葉にクラッブは不思議そうに顔を傾ける。

 

「えっ?手を怪我しているから箒は握れないんだろ??」

 

……どうやら、こいつはドラコがハリーを煽るために大袈裟に怪我を語っていることにも気がついていなかったらしい。ドラコに喋りかけられたら嫌らしい笑みを浮かべて頷いておけば大丈夫だと思っているのだろう。まぁ、大体の場合間違えてはないけど。

 

「腕の怪我の一個や二個、自尊心があれば人間すぐに治せるものなんだよ」

 

コイツら相手に説明するのは面倒くさかったため適当に返せば、「人間凄いんだな」と感心したように頷かれた。

僕は魔法界にすら『バカにつける薬』が存在しないことを非常に残念に思う。

 

 

「じゃあ大広間に行ってくるぞ、マルクス」

 

だからマルクスって誰だよ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ポラクス、今日はその階段大広間の方向じゃないわよ!」

 

"曜日によって繋がる先が変わる階段"を登ろうとするとリャナンシーに止められた。

 

「いや、いいんだ。今向かっているのは図書館だから」

 

「あら、そうなの。何か調べ物?」

 

リャナンシーの呑気に訊ねてくる様子に自分の額に青筋が立つのを感じる。

 

「僕が魔法を使えない理由を本で調べるんだよ!昨日ジニーに相談していた筈が誰かさんのせいで恋愛講座にすり替わってしまったからね」

 

女があそこまで打算的に恋愛をすることにどう思ったかだって?

 

……ショックなんて受けてないし?ホントったらホントだ。

 

 

「充実した話し合いだったと思うけど……。ほら、ジニーから『闇の魔術に対する防衛術の先生と話してみたら?』ってアドバイス貰ったじゃない!図書館も良いかもしれないけど、先生の所に言った方が何か分かることがあるかもよ?」

 

うーん、あの先生今年の重要人物だからなぁ。それに、

 

「初対面の人に込み入った話をするのは、ちょと……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

リャナンシーがコミュ障、ヘタレと連呼してくるのを無視して図書館に入る。

 

夕食の時間の為か利用している生徒の姿は殆どない。向かう先は医療関係の本棚。ページをめくる音をたてることすら許してくれない程厳しいと評判の図書館の司書(ばんにん)、マダム・ピンスの鋭い目線を感じながらも無事医療関係の本が並ぶ列を見つけることが出来た。

 

エルンペントの毒、バ(魔)クテリア性疾患、精神に害を及ぼす呪文、黒斑病、龍痘ー…

 

病気だけではなく魔法界に存在する様々な生物の毒、強力な呪文の後遺症、呪われたアイテムなどについて乗っている本を何冊か読み漁ったが、やはり僕の今の状態に似た症状は見つけられない。

 

魔法が使えないことと、寝不足を除けば僕は至って健康状態なのだ。まず、病気なのかどうかすら分からないのだから困ったものだ。

 

「見て、ポラクス!『トロール並でも出来る友達テクニック』ですって!!これを読んだらアナタの"コミュニケーション障害"も治るかもしれないわ!」

 

「生憎だけど僕が治したいものではないんだ。それに、その本はドラコからプレゼントされたからとっくに持っている」

 

そう小声で返した時、こちらに近づいてくる足音が聞こえた。

 

もう手遅れなのね……と、わざとらしく涙を拭うリャナンシーをポケットにねじ込み振り返ると、本棚の影から姿を現したのはなんと、魔法薬学の教室にいた少女アストリア・グリーングラスだった。

 

僕に気付いた彼女は怪訝そうな目をこちらに向けてくる。

 

「……ドラコ・マルフォイ先輩が1人でこの時間帯にまで勉強していらっしゃったとは驚きです」

 

いつものことであるが、彼女は僕をドラコと勘違いしているらしい。

 

「残念ながら人違い。僕はドラコ・マルフォイじゃなくてその弟のポラクス・マルフォイだ、ダフネの妹」

 

彼女は一瞬気まずそうに口元を歪めたが直ぐに仏頂面へと戻る。

 

「失礼しました、ドラコ・マルフォイ先輩に双子の弟がいらっしゃるとは知らず……。言われてみれば、あの人は腹ただしい方ですが、こんなカビが生えてきそうなジメジメとしたオーラは纏っておられませんでしたね」

 

さっきから、どいつもこいつも僕に対して酷い物言いだ。

 

「まぁ、お兄様のように突っかかってこられないなら結構ですが。私もこの本棚に用がありますのでお隣失礼いたします」

 

と言いつつ3席も間を開けて座るのはどうなんだ?そんなに僕はカビ臭いのか?

 

 

 

 

何か居心地の悪い沈黙の中、ふと彼女は視線は本に向けたまま口を開いた。

 

 

「何故貴方はこのような……病気についての本を読んでいるのですか?」

 

突然の問いに思わずしどろもどろになってしまう。

 

「最近、調子がどうも悪くて。杖を振っても魔法が使えないんだ」

 

 

「そう、ですか」

 

 

彼女は短く相槌を打ったっきり、特に会話を続けることはなかった。

 

 




あったらそこそこ好評かもしれないものパート7

『あつまれ 禁じられた森』

・商品紹介
『フォイフォイ開発』の事業の一環、『禁じられた森移住パッケージプラン』に参加するTPSバトルロイヤルゲーム。人狼、ヤバい蜘蛛、誰かさんの車、後頭部に顔面引っつけた不審者、誰かさんの弟など愉快な面々の中開拓なんて可能なのかだって?
大丈夫!!基地もパパ上社長から費用は前借りで作れるし、親切で頼れるサポートキャラの森番もいるのだから!
えっ?借金の利率はどのぐらいか??……君のような勘のいいガキは嫌いだよ

のんびり殺伐ライフ、送ってみませんか?



注意 : ゲームバランス調整の為、アバダケタブラ連打は禁止です。


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30話 僕は絶毛剤をお見舞いに渡したい。

ハロウィンの土曜日。この日はホグワーツの近隣にある魔法使いだけの町、ホグズミードに行くことが許可された。

 

ホグズミードに行くのはは3年生からの特権だ。僕らにとっては初めてのホグズミード週末という事もあり同学年の生徒達はほとんど寮から出払ってしまった。

 

ドラコがクラッブとゴイルがズボンを履いているかしっかり確認してからホグズミード行きの列に向かうのを玄関ホールで見送ってから、僕は人混みをくぐり抜け階段を登る。リャナンシーは先程何やら用事があると酷く楽しそうな様子で飛び去っていったので今はいない。

 

僕も他の生徒達と同じ様に私服姿だが、出かけ先は違う。

僕は職員室の隣にある応接室の扉を開けた。

 

中に居たのは、赤い座り心地の良さそうなソファに腰をかけ優雅に紅茶を飲む母上と傍に見事な立ち姿で控える屋敷しもべ妖精のアディ、そして母上の反対のソファに座るのは相変わらず不機嫌そうな顔をして腕を組むスネイプ先生だった。

 

僕に気付いた母上は調度飲み干したティーカップをスネイプ先生の顔に放り投げてこっちに駆け寄って来る。

 

「ポラクス!!魔法が使えなくなったと聞いて心配で心配で……。熱は無い?食欲はある?ちゃんと寝れてる?あぁ、私が夏の間に気づいてあげられなかったばかりに不安な思いをさせてしまって!」

 

目に涙を貯め僕を抱き締める母上に胸が少し痛くなった。どうも、去年から気苦労ばかり掛けてしまっている。

 

ちなみに、空中を舞いまだ何が起きたか理解しきれていないスネイプ先生の顔にダイブッ!しようとしていたティーカップは既の所でアディの魔法により止められた。何とも素晴らしい召使いを持ったものだ。

 

 

スネイプ先生は気を取り直すように咳をついて立ち上がり、僕らに紙を差し出した。

 

「ナルシッサ、マダム・ポンフリーからの診療書だ。それに校外への外出許可証……行先は『聖マンゴ魔法疾患損害病院』。これで十分ですかな?」

 

「ええ、ありがとう。セブルス」

 

母上は僕を抱き締める腕を解きその紙を受け取った。

 

「アディ、行きましょう」

 

「はい。奥様」

 

アディはティーカップを丁寧にテーブルに置いてから、部屋の奥にある暖炉に灰……"煙突飛行粉(フルーパウダー)"を投げ入れた。

 

燃え上がったエメラルド色の炎に、僕は母上と共に足を踏み入れた。

 

視界がうねり、やがて落ち着く。

灰を払いながら暖炉をでると、そこは清潔感漂う病院の受付。僕は魔法が使えない症状を細かく検査する為に"聖マンゴ病院"へと連れてこられたのだ。

 

母上が受付の女性に診察書を見せた。予約していたのだろう、女性は手際よく僕らを診察室に案内してくれた。

 

「聖マンゴに来たのは随分久しぶりね。昔はポラクス、身体が弱かったから何度も来たものだけど……」

 

昔、というのはまだ僕が3歳にもならないぐらいだろう。実質僕がここに来たのは初めてだ。思わず当たりを見渡してしまうが、やたらスマイルが輝く男性が視界の端に入った途端反射的に首を真っ直ぐに戻した。

僕はいまだにあの愛すべき聖職者の記念日に起きた悲劇を整理しきれていない。

 

非常に残念な事に奴の毛根は健在だった。

 

 

案内された部屋で待っていた"癒師(ヒーラー)"は得体の知れない奇妙な色をした薬品を飲ましてきたり、杖で僕の身体のあちこちをつついたりしてきた。魔法を使ってみてくれと頼まれたので浮遊魔法の呪文を唱え杖を振るが、癒師のメガネが犠牲になっただけだった。

 

前髪を少しばかり焦がした癒師はカルテを眺めながら困ったように口元を歪める。

 

「うーむ。マルフォイ夫人、こちらでやれるだけの診察をさせて頂きましたがお宅の息子さんは至って健康状態なのです。ただ、魔法を使用する時に体内から杖先に放出される時、エネルギーが真っ直ぐ杖に流れず殆どが放散されてしまっているのが観測されました。魔法が上手く使えないのはこのせいでしょうねぇ……」

 

エネルギーの流れを阻害しているのが、リャナンシーが言っていた不味い魔力なのだろうが、

 

「治療法は無いのですか?」

 

と、尋ねてみるが前例が見当たらない症状なので判断出来ないと返される。

 

結局命に別状は無いからと極論を言われ、様子見ということになった。

 

 

不満な様子の母上と心配そうな顔をするアディと別れ、ホグワーツ城に戻った頃にはすっかり日が暮れ生徒達もホグズミードから戻り大広間へと集まっていた。

 

 

 

大広間は何百もの蝋燭が灯り、コウモリがその間を飛び交っていた。

 

毎年楽しみにしているかぼちゃパイを頬張るがどうも普段程美味しく感じられない。

宴の締めくくりのゴースト達の余興。しくじった打ち首の場面を渾身の演技で再現する「ほとんど首なしニック」の隣で非常に嫌そうな顔のピーブスを相手役に『貴公子と妖精の禁断の恋』とやらの演目を披露するバカ妖精は無視することにした。

 

その後、殺人鬼シリウス・ブラックによりグリフィンドールの扉番の絵画"太った婦人"が襲われた事件が起こり大広間に並べられた寝袋で寝ることとなった。他の生徒たちが不安で中々寝付けずざわめく中、ブラックの無罪を知っている身としては彼による恐怖より今年自分が単位を確保出来るのがどうかが心配で眠れなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

しかし、11月に入るともっと心配すべきことができてしまった。

 

 

「ポラクス、知ってるか?クィディッチはこの世の真理なんだ。クィディッチを極めし者こそ全ての結末へと辿り着く。何故そんなに熱中出来るのかって?僕は探求者(シーカー)。スニッチが僕を呼んでいる……それだけさ」

 

クィディッチの試合が近づくにつれ、グレーの瞳に妙なハイライトを灯していき、頬をピンクに染め訳の分からないことをのたまうようになったドラコについてだ。

 

 

聖マンゴ病院に連れて行くべきなのか、教会やらどこかで憑いてる何かを払って貰うべきなのか僕には判断がつかなかった。




突然始まるおまけコーナー

『キャプテンまるふぉい・燃えろ!3年生編』
~とある先輩の小さな予感~より抜粋

今年でいよいよ最終学年となったオレは例年より更に決意を強くし、クィディッチメンバーを呼び出した。

オレが率いるスリザリンチームは身体のガタイの良さ、タフさを売りにした攻撃力ある自慢のチームだ。しかし、選手を並べてみると1つだけ凹みが出来てしまう。最年少メンバーであるシーカーのドラコ・マルフォイが立つ場所だ。

もっと上手い奴は上級生に他にもいるのだが、ニンバスの最新シリーズを差し出されたらメンバーに入れるしかない。
正直この時オレはコイツに大して期待を抱いていなかったのだが、オレを見る奴の瞳が輝いていることに妙な胸騒ぎを感じた……。




次回、みんな大好き(というか作者が大好き)クィディッチ回です!


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31話 僕は彗星を観測したい。

念の為

~クィディッチの専門用語~

・クィディッチ
箒に乗って行うバスケットボール的な魔法使いのスポーツ。

・クァッフル
クィディッチで使用されるボール。ゴールに入ると10点。

・ブラッジャー
両チームの選手を妨害する為に高速で飛び回る鉄球。これをこのスポーツに取り入れた奴は頭が間違いなく狂ってる。常に2個放たれている。

・スニッチ
羽根の生えた小さな金色の球。シーカーが捕まえると150点得点し、試合が終了する。

・チェイサー
クァッフルで得点するポジション。3人。

・ビーター
ブラッジャーから味方を守るため棍棒で打ち返すポジション。2人。

・キーパー
まんま

・シーカー
クィディッチの花形。スニッチ専門のポジション。



原作では第一試合は悪天候を避けたかったスリザリンチームがドラコの腕を言い訳にして後回しにして貰い、グリフィンドールVSハップルになりましたが、この小説ではドラコが包帯を破り捨て箒を乗り回しているので予定のままになっています。


クィディッチの今シーズンの初試合はグリフィンドールVSスリザリン。ホグワーツ全生徒が待望するその日は生憎の土砂降りだった。

 

クラッブとゴイルが大きな傘をさして競技場に入っていくのを僕は観客席より小高い場所に設けられた実況席の屋根に腰を掛け見下ろす。勿論ゴーストの姿で。

 

大雨のせいで非常に視界が悪い。3メートルも離れた場所から見れば色の薄い僕を捉えることはできないだろう。

 

「まったく、魔力を食べさせてくれるのは嬉しいけど今ゴーストになって余計に状態が悪化しても知らないわよ!それに姿を見せないとまたドラコ坊やが拗ねてしまうんじゃない?」

 

病院から戻ってしばらく再びブルーになっていた僕を心配してくれているらしいリャナンシー。

だが、今日はゴーストになれることを僕は珍しくエンジョイしている。

 

「去年の試合を見逃してしまった分、最高の席で観戦したいんだ。今日は皆んな傘をさしているから顔なんて見えない。試合の詳細を事細かに語ってやればドラコも納得するだろう」

 

そうリャナンシーに返す僕の声は、最近声変わりしたはずなのにまた高くなっていて違和感が凄い。

ゴーストになれば食べれないのに持ってきてしまったポップコーンをいるか?と、リャナンシーに差し出してみたが「こんな湿ったの要らないわよ」と断られた上に何故か大きなため息をつかれた。

 

 

 

 

いよいよ試合が始まった。

両チームの選手達が審判のフーチ先生の合図で一斉に飛び立つ。

 

選手達は曇った視界の中、何とか纏ったローブの色の違いで敵か味方を見分けプレイしているようだ。風も強くどの選手も見ていてヒヤヒヤさせられる危うい飛行になってしまっている。

 

グリフィンドールの女性のチェイサーにクァッフルが渡り、彼女がディフェンスをくぐり抜けてスリザリン側のゴールに急接近した。

スリザリンのビーターは慌ててブラッジャーを撃ち込むが軽く避けられてしまう。

 

もう入れられてしまうか、という時スリザリンキャプテンのマーカス・フリントがその大柄な体躯で右から彼女に突進した。

 

不意に襲われたグリフィンドールのチェイサーはバランスを崩し、何とか数メートル程先で踏みとどまったもののクァッフルは彼女の腕から掠め取られる。

急に攻防が転じた為グリフィンドールは対応しきれずスリザリンがシュートを決めた。

 

スリザリンの観客席からは歓声が沸く一方で、グリフィンドールからブーイングの嵐だ。明らかにルール違反だが視界の悪さのせいで下からでは選手の様子が余り見えなかったのだろう。グリフィンドールの打診も虚しくスリザリンの得点となった。

 

僕の目にはフリントが悪い笑みを浮かべて気分良く一回転する姿がしっかりと映っていた。

 

「まぁ、随分とセコい奴ね!」

 

「何でこんな天候の悪い日にスリザリンチームが素直に出場したのか少し疑問だったけど……この大雨に紛れてグレーなことをしてやろう、っていうのが作戦みたいだな」

 

流石は我が寮。スポーツマンシップなどバジリスクに喰わしてやって代々受け継がれし狡猾の道を極めんとしている。

 

そんなプレイをスリザリンが連発してリードを取っていくものだから、両チームの観客席は別々の理由に興奮を増していき激しい雨音の中でもそのざわめきが聞こえるまでになった。

 

コートの中央で泥試合が行われている中、シーカーであるドラコとハリーは離れた場所を様子見するように緩やかに飛んでいる。今回の試合のキーは間違いなく彼らだろう。

 

この天候でプレイするのはどの選手にとっても相当キツく集中力を持続出来る時間はそう長くないだろう。互いに望むのは早期決着。

クィディッチの試合はどちらかのシーカーがスニッチを捕まえたところで終了だ。2人に掛かる責任は重い。

 

スニッチは小さくすばしっこいのでただでさえ捕まえるのが難しい。この視界の悪さで見つけるのは凡人には不可能と言えるだろう。しかし、グリフィンドールチームには100年ぶりに1年生でシーカーとなったクィディッチの選手としての天賦の才を持つハリーがいる。

 

今はスリザリンがリードしているが一気に150点が得られるスニッチをハリーが手に取れば……。多くの観客がその道筋を胸にして試合を見守っているに違いない。

 

 

だが、多くの者は知らない。その技術の差、才能の差を埋めようとしたもう1人のシーカーの努力の結晶を。

 

 

 

――ほぼ同時に2人が動いた。

 

それに気付いた観客はサァっと波が引いたように静まり帰り、雨音が増して耳に響いてくる。

 

彼らが向かうのは他の選手達が辺りの静けさに気付かず熱中してクァッフルを奪い合っている遥か上空。確かに金色の球体が羽ばたいていた。

 

2人は降り注ぐ雨に逆らい、箒にしがみついて高度を上げていく。

 

「行け!ぶん捕ってやるのよドラコ坊や!!」

 

「何やってるの、ハリー!!そんな青白いモヤシ打ちのめしてやりやなさい!!!」

 

すっかり試合にのめり込んで騒ぎ立てるリャナンシーの声とは別に、グリフィンドール側の観客席から金切り声が聞こえたような気がする。

 

 

2人が遂に手を伸ばしたその時、僕は体温なんて無いはずのこの身体が芯から冷えわたるような悪寒を感じた。

 

2人の、いやハリーの前に何か黒いモヤのようなものがいつの間にか立ち塞がっていた。よく見渡せばグランド一帯に奴らは立ち、一心にハリーの方を向いていた。

 

 

シリウス・ブラック対策に雇われている黒いベールのような物を纏った人の幸せを糧とし絶望を振りまく生物の様な何か……吸魂鬼(ディメンター)

 

 

 

ハリーの身体が箒から滑り落ちた。

彼の箒は弾き出され校庭の方向に吹き飛んで行く。

 

ハリーは数十メートル上空で意識を失ったまま、完全に身一つになり重力に従って落下していく。

 

 

 

「ハリーが死ぬ」と、思ったのは僕だけじゃないだろう。

 

どんどん勢いを増して地面に近づいていくハリー。しかし、それ以上のスピードで降下してハリーに接近する影があった。緑のローブとプラチナブロンドの髪を翻すのは紛うことなき僕の兄、ドラコだ。

 

下手すれば、ドラコまでもが止まりきれず地面に激突してしまう勢い。

 

「無茶だ!止めろ!!!」

 

思わず僕はそう叫んでしまった。しかし、ドラコがスピードを緩める気配はない。

 

 

 

 

 

流星の如く真下に箒の柄を向けるドラコは、脚だけで身を固定し両手を延ばしてハリーの腕を掴む。

 

そして絶妙なコントロールで箒を水平に戻し、ハリーを見事に引き上げた。

 

 

 

 

 

 

 

沈黙に浸っていた競技場。だが、しばらくしてから爆発するような歓声が起こった。

 

 

 

この異様な熱気を嫌がったのか吸魂鬼達はどこかへ去っていく。

 

すると偶然なのかさっきまでの土砂降りが嘘のように雨がピタリと止み、厚い雲の隙間から光が差し込んだ。

 

スポットライトの様に照らされたグランドにハリーを抱えたドラコはゆっくりと着地する。ドラコのローブにはスニッチが入っていた。

 

その様子を見たグリフィンドールの観客達は息を呑む。

 

 

呆然と突っ立っているフーチ先生にドラコは爽やかな笑みを向けた。

 

「フーチ先生。事故が起きました。僕はスニッチを捕まえましたが……この試合は無効でお願いします」

 

 

この瞬間、全ての人間の思考が真っ白になった。

 

 

一番早くに気を取り戻したフリントがドラコに詰め寄る。

 

「何を言っているんだマルフォイ!!この試合完全にオレたちがリードしていた。スニッチも捕まえたっていうのにお前は……」

 

ドラコはフリントの言葉を厳しい表情で手を振りかざし遮った。

 

 

「違う。さっきのあの瞬間、吸魂鬼が現れなければ確実にポッターが捕まえていた。僕は仮初の勝利なんていらない!」

 

 

 

この瞬間、全ての人間の思考が一致した。

 

 

 

 

 

 

 

「「「コ イ ツ ハ ダ レ ダ ???」」」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

土砂降りの試合の後、ホグワーツではとある噂がされるようになった。

 

 

クィディッチの試合の日のみに現れる貴公子。

箒星の王子さま(コメット・プリンス)』の噂が……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




『箒星の王子さま』
スリザリンの試合の日のみ出現するプラチナブロンドの髪でグレーの瞳をこれでもかと言うぐらい輝かせた好青年。常に背後に燃える青春の炎のエフェクトがある。
正体は皆んな知っているが信じたくない。


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32話 僕はホグワーツ校歌を見事に歌ってみせたい。





11月の最後の週のスリザリンVSレイブンクローの試合はドラコが試合開始10分程でスニッチを捕まえるという偉業を成し遂げスリザリンの圧倒的勝利となった。

 

すっかりスリザリンの英雄となったドラコは周りにチヤホヤされ、鼻高々に自分のキャッチがいかに素晴らしかったかを自慢するのが最近の日課になっている。

しかし、一つ下の男子生徒ハーパーがハリーが箒から落下する様子を間抜けな演技で再現してみた際には、途端に真顔になり焦点の合わない目をして吸魂鬼が現れるまでの戦況の緊迫さ、ハリーの箒さばきの分析、それへの対策を事細かに語り始めるのだ。

 

もはや多重人格を疑うほどのドラコのクィディッチの熱の入れように、自慢話を聞きに来ていた後輩達は怯えて逃げていったという。

 

学期末の休暇、殺人鬼に狙われているということでホグワーツ城内から出られないはずのハリーをホグズミードの街で見かけたと訴えるドラコに、皆は遂に可笑しくなってしまったのだと不憫なものを見る目をした。

 

必死でハリーが規則違反をしたことを訴えたのに、スネイプ先生にすら元気爆発薬が入った瓶を片手に医務室を指で示されていたのは流石に気の毒だった。

 

 

 

もう12月も大詰めとなりクリスマス休暇が目前となる中、僕は寒さに身を震わせながら朝食のために大広間へと向かう。

 

途中で分厚い本をどっさりと抱えたハリー達にすれ違いざまに鋭く睨みつけられた。

そこまで恨まれることをした覚えは……とその威圧に目をさ迷わせたが、彼らの腕に抱えられている本のタイトルを見て恨みの原因を理解した。

 

魔法動物飼育学の時間にドラコの腕を傷付けたハグリッドのヒッポグリフが父上によって裁判にかけられたのだ。

 

今回の事件大体はドラコの自業自得なのだが、ドラコが軽傷だったことが判明しているのにも関わらず簡単に訴えが受け入れらているのは、少しばかりお茶目な森番の日頃の行い故からなのだろうか……。

 

肝心のドラコ自身はクィディッチのことで頭一杯であの事件のことなんてすっかり忘れているだろうに。親馬鹿&ダンブルドアの落ち度を作りたいという父上の策略だろう。

 

 

 

ちょっとした罪悪感を抱いたが、大広間に着けばそんな暗い気持ちは吹き飛んでしまった。

 

愛梟ネストラが運んで来てくれた手紙を読み終えた時、口角が上がるのを抑えることが出来なかった。

 

軽い足取りで大広間を後にする僕に、リャナンシーは気味悪いものを見るかのような視線を送ってきた。

 

「まぁ、ポラクスが鼻歌なんて!……酷い音痴だけど。

誰からの手紙?何が書いてあったの?」

 

かなり心をえぐる小言が混ざっていたが、それをスルー出来るぐらいには気分が良い。

 

「母上からだよ。今年は父上の仕事も落ち着いているから家でクリスマスを過ごせるって!!」

 

「それは良かったじゃない!去年のクリスマス休暇はちょっと刺激的過ぎたものね。クリスマスぐらいは穏やかなのが1番よ」

 

ドラコにも同じ手紙が届けられていたようで、寝室で早速ニンバスをケースに収納していた。

そしてクリスマスイブ、僕らはホグワーツ急行に乗りキングスクロス駅で降りた。

 

 

 

「お帰りなさいませ。ドラコお坊ちゃま、ポラクスお坊ちゃま」

 

ホームで待っていたのは深々と優雅に頭を下げるアディと、旅行用のローブを纏い相変わらず険しい顔をした父上だった。

しかし、その隣にはいつもなら出会い頭抱き着いてきて僕らの頬にキスをする母上の姿は見当たらない。

 

僕らの姿を僅かに目を細め眺めてから父上は軽く頷く。

 

「よく戻った。ドラコ、ポラクス」

 

「お久しぶりです、父上。母上はどうされたのですか?」

 

ドラコも同じことを疑問に思ったようだ。

 

「ナルシッサは夕食の準備中だ。今年はお前たちの手料理を沢山振舞ってやろうと張り切っている。期待しておけ」

 

父上は去年の家族で過ごせなかったクリスマスを思い出したのか、少しバツの悪そうな顔をする。

 

「それは楽しみだ」

 

ドラコと目を合わせ微笑みながら、僕らはアディの姿くらましでウィルトシャーの屋敷に向かった。

 

……到着の際、シートベルトなしフリーフォールを味わう羽目にならなかったことへの感動を追記しておく。

 

この日の晩は好物のかぼちゃパイや2年ぶりとなる母上特製のフォアグラといったご馳走を堪能し、チェス盤を抱えて迫ってくるリャナンシーを無視して暖かい毛布に潜り込んだ。

 

 

目が覚め、下に降りるとクリスマスツリーの傍には沢山のプレゼントが積まれていた。

この光景を見て悲しめと言われても無理な話。僕はまだ瞼の重そうなドラコを揺り起こして意気揚々と一緒にプレゼント箱の紐を解く。

 

あっ、今年はクラッブとゴイルからプレゼントが来ている。やっと僕の存在をハッキリと認識してくれたようだ。

ただ……貰った物に文句を言うのもあれだが、正直"ゴキブリ・ゴソゴソ豆板の詰め合わせ"、"百味ビーンズ下手物スペシャル"を贈るセンスは控え目に言って最悪だと思う。

 

「パーキンソンからは今年は手袋か……何で毎年ショッキングピンクなんだろう。

こっちの箱はポラクス宛?女友達なんていたのかい??」

 

ドラコが怪訝な表情で包装紙に結ばれたメッセージカードを読む。

 

『ポラクスと師匠、メリークリスマス!

昨日は素晴らしい夜を過ごせたかしら?私は……えぇ、それはそれは素晴らしかったわよ。詳しい事はまたホグワーツで話すわ。2人にはお揃いのペンダントを贈るわ。高い物は買えないから私の手作りなんだけど、結構自信作だからデートの時は是非つけてね!

貴方達の親愛なる恋の同士より』

 

セーターのポケットの中でリャナンシーが喜びに震えた。

 

「……えっ、まさかポラクス本当に女いるの?」

 

ドラコの言葉にテーブルで談笑していた父上と母上が物凄い勢いで振り返ってきた。

 

「まさか、僕が一番話す女性は母上を除いたらマクゴナガル先生だ。誰かのイタズラだろう」

 

僕がそう言ってその包装紙を後ろに放り投げると、同情に満ちた目線が突き刺さる。

 

ジニーめ、余計な物を……。

投げた筈の包装紙がフワフワと浮いて廊下に出ていくのを後目に、別のプレゼントを開けようと手を伸ばした時。父上がああ、と思い出したように口を開いた。

 

「明後日に縁深い家の客人達を招待してパーティーを開く予定だ。部屋の片付けなどの準備をしておけ」

 

 

 

……物好きの、物好きによる、物好きの為の苦行(パーティー)を開くだって!!?

 

 

絶望にうちひしがれる僕にドラコは呆れたように苦笑する。

 

「そろそろいい加減に人付き合いっていうのをしてみたらどうだい?これ、僕からのプレゼント」

 

そう言って押し付けられたのは『レタス食い虫レベルから始める社交界』という異様に分厚い本だった。

 

 




友人がポラクスとリャナンシーのイラストを描いてくれました!!このポラクスの幸薄そうレベルがカンストしてる感じが最高ですよね。



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33話 僕は僕を知る人がいない地へ行きたい。

あけましおめでとうございます


ホワイトブロンドの髪をワックスで七三分けにギチギチに固め、皺一つ無い真新しい真っ黒のラウンジスーツを着ていると言うよりは着られてしまっている蝋人形の様に棒立ちした少年。

 

 

細かい彫刻が施された壁掛け鏡に映る自分自身を見詰めて僕は小さく呻き声を漏らす。

 

「あの、母上。どうしても、どうしても出席しなければならないのですか?」

 

「貴方は体が弱いし、今もまた調子が悪いみたいだから私も反対したわ。けれど、お父様は流石にこの時期に世間と関わりを持たないのはいけないと今回ばかりは頑なに言われるから……」

 

 

最後の仕上げとばかりに僕のスーツに清めの魔法をかけながら母上は困ったように眉を下げる。

 

「貴方の将来の為なの。私に続いてお客様に挨拶するだけよ、一度頑張ってみなさい」

 

母上はがっちり僕の手首を繋ぎ、広間へと歩き出す。

逃げ場は無いようだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

会場の部屋にはもう多くの客人で溢れかえっていた。

 

「お久しぶりです、マクネア氏。お忙しい中来て下さってありがとうございます」

 

母上は目元が暗く口髭をはやした大柄で男と握手をする。

 

「本当にお久しぶりで、マルフォイ夫人。しかしそのお美しさはお変わりありませんな」

 

男は随分と下手くそな笑みを浮かべ、それからジロっと見定める様に僕へと目を向ける。

 

「そちらは弟君ですかね?兄君とは時々お会いしますが弟君と挨拶するのは初めてじゃないでしょうか」

 

「……」

 

この人、主食にガマガエルの丸揚げとか食べてそうだなーとか考えていたら母上から鋭い視線が送られてきた。

 

僕はひきつる口元を抑えながら渋々相手と目を合わせる。

 

「初めまして。僕はポラクス・マルフォイです。いつも父と……」

 

 

 

こうした会話を幾度と繰り返し、母上に良しと言われる頃にはもう身も心もすっかりクタクタになっていた。

 

そう言えばドラコは何処だろうと部屋を見渡す。すると右奥のソファに親についてきたのだろう見知ったスリザリンの同級生達がドラコを取り囲んでいた。

 

何をしているのだろうかと気になったので会話が聞こえる程度に近づいてみた。

 

 

「僕は新しいペットにサラマンダーを貰ったんだ!ほら、最近予言者新聞で特集が組まれて人気急上昇しただろう?」

 

「私はゴブリン銀製のブレスレット!その模様の美しさといったら……!!」

 

どうやら親から貰ったクリスマスプレゼントを自慢し合っているらしい。ドラコは父上のコネで手に入れたクィディッチ推しチームの選手のサイン入りの自伝を見せびらかしている。

 

たがその輪の中にクラッブとゴイルが見当たらない。彼らだけ何故か少し離れた場所で身をかがめあっていた。

 

 

そういや彼らからクリスマスプレゼントを貰った。嫌がらせ同然の物だったとしても礼を言っておいた方が良いだろうと僕は2人のもとに向かった。

 

 

「やぁ、クラッブ、ゴイル。この間はクリスマスプレゼントありがとう」

 

クラッブは顔を上げてじっと僕の顔を見詰め「ポラクスか……」と小さく呟く。

 

しかしゴイルは何の反応も無く俯いたままだ。何やら文庫本の様な物を持っている。

 

「こいつ、何読んでるの?」

 

そうクラッブに訊ねてみる。

 

「クリスマスに貰った小説らしい。凄いハマったらしくてずっと読んでる」

 

僕は思わず口をあんぐり開けてしまった。

 

「まさか、こいつが15文字以上の英文を読んでいるだって!?何が書いてるって言うんだい?」

 

読むだけでステーキの味がするとか、最新鋭の呪文がかけられているのだろうか。そのぐらいしかゴイルが本を読む理由を思いつけない。

 

「僕も今覗いてみたけど、よく分からない。さっき"乙女小説"とか言ってたけど」

 

僕はしゃがみ込んでゴイルが握り締める本のタイトルを読む。

 

「『妖精とゴースト貴公子の恋物語』??」

 

何処かで耳にしたようなタイトルを脳内で反復しながら僕は廊下に出た。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「なぁ、リャナンシー。さっきの本って……」

 

ジャケットのポケットから飛び出したリャナンシーは誇らしげに胸を張る。

 

「私が書いた本よ。雑誌の週間魔女に寄稿したら見事に採用されて連載化、そして今年の秋に書籍化したの!スゴいでしょう!!」

 

コイツ、最悪だ。

 

「ハロウィンの昼に出かけてたのってもしかして……」

 

「ええ、書籍化の事を話しにロンドンの週間魔女の本社に行ってたの。夜のハロウィンパーティーでそれの告知をしたらホグワーツの女子生徒の間で結構流行ったの!まさかあのウスノロまで読むとは思わなかったけど……トロールまでに純愛の素晴らしさを伝えられるなんて、さっすが私!!」

 

あのピーブスを相手にした馬鹿らしい舞台は小説の告知だった?

 

 

「かつては"詩人の恋人"とも呼ばれたこのリャナンシーの文才を舐めちゃいけないわよ!イギリス魔法界はもちろん、マグルの書店にまで読者層は拡大、印税もホクホク。主な話しのモデルは当然私とポラクスのラブロマンス溢れる華麗な日々にしたわ」

 

 

「……」

 

 

 

どうしてコイツはいつも、いつも……。

 

僕には全くコイツとラブロマンス溢れる華麗な日々を送った覚えがない。恐らく相当内容は盛っているだろう。

もう絶対、コイツの隣にいるゴーストが僕だとバレてはいけない。バレた暁には僕は恥ずかしさのあまり悶えて飛び降り自殺を決行してしまいそうだ。

 

ホグワーツの生徒、イギリス中の女性達で僕をモデルにした何かが噂されている様子を想像したらもう既に死にたくなってきた。

 

 

 

自分でもよく分からない感情に手足が震えるのを抑えようとした時。

 

 

突然風圧が襲ってきたかと思うと机に積まれていた本、壁に並べられていたドラコのニンバスシリーズの箒コレクションといった辺りの物が吹き飛ばされていった。

 

 

 

 

明らかに僕を中心として。

 

 

 

 

魔力暴走だ。

 

 

普通は力を上手く扱えない魔法族の子供達が起こしてしまう、いわば癇癪のようなもの。

 

呪文が使えなくなってから、コップにヒビを入れてしまったりスプーンを捻らしてしまうことが多くなったがこれ程の暴走を起こしてしまうとは。しかも原因がリャナンシーの戯言だなんて。

 

 

驚きと情けなさ、不安に呆然としてしまう。

 

 

 

 

 

 

 

沈黙が流れる荒れた廊下。そこに、鈴のような少女の声が響いた。

 

 

「……何、してるんですか?」

 

 

 

 

角から現れたのは、困惑した顔を浮かべるアストリア・グリーングラスだった。

 




あったらそこそこ好評かもしれないものパート8


『スーパーマルフォイブラザーズ』

・商品説明
毒蛇愛好会会長の魔王.お辞儀様に我が家をアジトにと乗っ取られたマルフォイ兄弟が数々の困難を乗り越えながら、我が家解放を目指す冒険アクションゲーム。
家で待つ金ピカのシャンデリア、クジャク、父上の毛根が失われる前に魔王を打ち倒せ!!


・注意事項
敵モンスターの蛇がうろちょろしているので下水管からの侵入は大人しく諦めましょう。




原作とか映画見てても、お辞儀様が居座っている間のマルフォイ邸の扱いが気の毒でしょうがない。
高そうな家具バンバン壊されるわ、勝手に訳あり物件にされるわ……。チャリティ・バーベッジがナギニにお食事された部屋って戦争終了後どうしたんだろうか…?
マルフォイ一家には強く生きて欲しいですね。


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34話 僕は探求者になりたい。

「あぁ、うん。急いでたら転んでしまってね、その拍子でちょっと……」

 

ふぅん、と僕の言い訳を聞き流し彼女は廊下の惨状を眺めた。

 

「……」

 

 

何か、喋ってくれないだろうか。

 

僕は何処に視線を向かわしたらいいのかすら分からず目を泳がせていると、不意にカチャリと音を立てて墜落した小屋の形の壁掛け時計についた小さな扉が開く。

 

ピポーピポーと間抜けな鳴き声で鳴き始めた白い鳩。

 

 

アストリア・グリーングラスは冷たい瞳でその鳩を見下ろし鼻で笑う。

 

 

「棚がひっくり返り本が散乱、それに壁にあったものも全て落ちて……床にめり込む勢いで転ばれたようですね。お怪我が無いようで何よりです」

 

 

「ま、全くその通りだよね」

 

 

僕は我ながら白々しい笑顔を貼り付けてながら、鳴り止む気配がない鳩を無理やり手で扉の中に押し込む。だがどういう仕組みなのか次はパカッと屋根が開き鳩の大群が顔を覗かし再び鳴き始めた。物凄くうるさい。

 

 

「黙れ!!何だ、この時計……壊れているとしてもおかしくないか?」

 

 

僕は脱いだジャケットで時計を包み縛り上げる。まだモゴモゴと動いているが、とりあえず音量は小さくなった。

 

 

 

未だ黙ったままのアストリア・グリーングラスに恐る恐る声をかける。

 

「君、杖持ってる?僕今持ってなくてさ。この時計に沈黙呪文かけることお願いしたくて」

 

杖があっても僕の呪文では更に被害が拡大するだろう事実は置いておく。

 

「……分かりました。"シレンシオ"」

 

彼女が頷き、杖を振ると鳩どもの鳴き声は静まった。

これは後でアディに修理してもらうとして、本と箒も片付けなければならない。

 

 

本を拾い上げていると、アストリア・グリーングラスはため息をついて僕の側へと近づいてきた。

 

「目の前に困っている方がいて放っておくほど私は腐っていません。お手伝いしますよ」

 

そう言って彼女は再び杖を降って呪文を唱える。すると散らばっていた本は巣へ帰る鳥の様に元の場所へと戻っていく。

 

 

魔法って便利だなぁ。

僕は自分が魔法使いだということを忘れて感動した。1年生ながら楽々と魔法を使いこなしている辺り、彼女は優秀な魔女のようだ。

 

 

礼を言おうとしたが、彼女は何やら穢らわしい物を見るかのように並べられた本を眺めていた。

 

「随分偏った意見の物ばかり並んでいますね……」

 

何が?と彼女の言葉を理解出来なかった僕は彼女と同じように本を眺めていく。

 

 

「あぁ、これのことか」

 

並べられた本の背表紙には『マグル生まれ、汚職事件の数々』、『純血一族一覧』、『オブスキュリアルの悲劇』といったタイトルが記されている。

 

どうやらここに並べられている本はマグル、魔法を使えない人々を批判する内容の物らしい。

 

 

「多分、ここの本は父上がマグル関係の法律案を魔法省に意見する時の為の資料だ。ほら、僕の家は"純血主義"だから。マグルに好意的な法律を制定しようとしているウィーズリー氏とよくぶつかっているみたい」

 

このイギリス魔法界では我がスリザリン寮の創始者、サラザール・スリザリンが唱えた"純血主義"という思想が大きな影響力を持っている。

 

簡単に言うと、魔法が使えない人々をマグルを"穢れた血"と呼び彼らやマグル生まれの魔法使いを蔑み、純粋な魔法使いの血を守ってきた者達が魔法界を治めるべきだという思想が"純血主義"だ。

 

寮の創始者の思想なだけあって今でもスリザリン寮出身の魔法使いは純血主義者が多い。代々スリザリン寮であるマルフォイ家はその筆頭格だ。

 

今日のパーティーだって父上がウィーズリー氏の動きを妨げようと協力者を募る為のものだ。

 

 

「君、純血主義が嫌いなのか?」

 

彼女の親も純血主義だからこそこのパーティーに来たのだろう。だと言うのに今までの彼女の言動はその方針に一致していない。

 

「何の根拠も無いままマグル生まれは純血より劣っているのだの騒ぎ立てているのが馬鹿らしい。私は脳みそがトロールより空っぽな奴らが偉そうにしているのが嫌いなんです」

 

彼女は本から僕へと目を動かす。

 

 

「貴方こそ、マルフォイ家の子息の癖して兄と違い純血主義の態度を見せたことが無い。……それは、貴方が魔法を使えないからですか?」

 

先程までと違い、彼女はどこか緊張した顔で僕を見詰める。彼女とよく会う図書館で医療関係の本をずっと読んでいたからだろうか。踏み込んだ事を訊いていると思っているようだ。

 

 

「僕はまず周りにあんまり興味が無いだけだ。魔法が使えなくなったのは今年からだし別に関係ないよ」

 

正直、純血思想について人に語るのは非常に面倒臭いことなのでさっさとこの会話は終わらせたい。

 

僕の返答にまだ不満そうにしている彼女に背を向け、ニンバスをシリーズ番号を確認しながら浮かせて壁に留められた金具に戻していく。

 

「えっ!?」

 

アストリア・グリーングラスは何故か驚いたように声を上げた。

 

「どうした?」

 

 

振り向くと彼女は不可解な物を見るように眉間に皺を寄せて、僕の腕を指を差す。

 

「箒、浮かせられるんですか?」

 

 

「僕だって箒に指示ぐらい出来るよ。スリザリンのクィディッチの英雄ドラコ・マルフォイの練習相手を休みの間ずっとしているのは誰だと思っているんだー……」

 

 

 

ここで僕は握っていた箒を落としてしまった。

 

 

床に転がる箒に「上がれ!」と命令すると再び僕の手へ収まる。

 

 

僕は夏休みや冬休みは毎日のように箒を乗り回し、時にはビーターとしてブラッジャーをバッティングセンターよろしく打ち続け、ある時には敵チームのシーカーとしてスニッチを追い続けた。

 

マグルがニンバスに跨ったって近所のおばさんから微笑ましい目で見られるだけで決して浮くことはない。つまり箒は使用者の魔法によって操作される道具だ。

 

 

僕はニンバスに跨り「行け!」と叫ぶ。

するとニンバスは素晴らしい速度で廊下の行き当たりまで疾走した。

 

その勢いに本がまた崩れ落ちてしまった。

 

 

 

 

 

「……何で僕、箒に乗れてるんだろう?」

 

 

 

「私が知るわけないじゃないですか!!」

 

 

 

 

 




あったらそこそこ好評かもしれないものパート9


フクロウ便講座
『ポッター少年による審美眼講座』

・講座紹介
CM、雑誌、ポスターといった広告は現代社会の消費活動において多大な影響力があります。それらに起用するモデル選びは非常に重要。新たなスター発掘の術、絶対的な審美眼を養って見ましょう!

・担当者紹介
皆さんご存知、例のあの人を打ち倒した英雄。ホグワーツ入学後は最年少でクィディッチチームのシーカーに就任、実在しないとされていた秘密の部屋の発見並びに危険度XXXXXとされるバジリスクを討伐といった英雄の名に相応しい伝説を築いている。そして何より、人物の容姿に対する辛口なコメントには定評がある。彼のその厳格な審美眼から絶対評価を可能とするセンスを学んでみませんか?


注意:これはあくまで商業的なセンスを得たい方向けです。個人的な人間関係に利用したい方は口にはしないようご注意ください。見た目に囚われずに長い関係を築く相手を探したい方は『ハグリッド・シニア氏による審美眼講座』をお勧めします。


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35話 僕は大人の味を知りたい。

年が明け、ホグワーツに戻り授業が始まる一日前。僕はアストリア・グリーングラスから魔法薬学で使われている地下牢に来るよう伝えられた。

 

「女子からの呼び出し……2人っきり……」

 

リャナンシーは地下牢に向かう間ずっとブツブツと呟いていた。頭がピンク色の花で一杯のコイツはどうせアホらしいことしか考えていないのだろう。

 

 

地下牢に入ると何冊もの本を机の上に重ねた隣で彼女は杖を振りガラス瓶などを棚に並べていた。

 

「やぁ、ダフネの妹」

 

声をかけると彼女は相変わらずの無表情で振り返った。

 

「御機嫌よう、ポラクス・マルフォイ先輩」

 

「あのさ、兄と呼び分けにくいなら普通にポラクスでいいよ。毎回毎回長くないかい?」

 

そう言うと彼女は少し眉をひそめた。

 

「貴方の方こそ名前で呼んでいないでしょうに。アストリアで結構です」

 

「あぁ……うん、分かった」

 

僕は何となく居心地が悪くて頭をクシャクシャとかく。

 

「急に呼び出したりして僕に何か用?えっと……あ、アストリア」

 

同年代の女子のファーストネームを呼ぶなんていつぶりだろうかと考えながら僕は訊ねた。

 

「魔法薬学の予習がしたくて空いていた教室を借り、先輩から助言をして頂く……という建前で」

 

アストリアは黒曜石のようなその瞳で僕の顔をじっと凝視する。

 

「貴方の"魔法が使えない"という不調を解決するお手伝いをしようかと」

 

突然の彼女の言葉に僕は驚きと同時に戸惑いを覚える。

 

「それはありがたいけど……君は僕の病気が何か分かったっていうの?」

 

半年図書館で本を読みふけっても、マダム・ポンフリーや癒者に診てもらっても分からなかったのに、年下の少女が何か掴んだというのだろうか。

 

 

「分かりません」

 

僕の疑問に彼女は当然のように首を振る。

 

「ですが"魔法を使える"ようになれば問題は解決でしょう?」

 

そう言って彼女はローブから何の変哲もない羽根ペンを取り出した。

 

「これに浮遊魔法をかけてください」

 

彼女があまりにも真剣な様子なので取り敢えず彼女の言うことを聞くことにした。

 

「……多分、燃えクズができるだけだよ」

 

杖を取り出し呪文を唱えようとすると、何故か彼女は僕の手から杖を引き抜いた。

 

「杖は無しで」

 

うん?

 

ますます彼女のやりたいことが分からない。魔法を使う時に杖を使用するのは常識。杖なしでも使えないことはないがそれはとんでもない高等技術。ほんの一握りのエリートしか杖なしなんて出来ない。余計に難易度を上げてどうしようというのか。

 

「呪文を知らない子供でも無意識のうちに物を浮かしたりすることがあるでしょう?なので普通の魔法使いでも杖を使うことが当たり前で試さないだけで、その発展である浮遊魔法は意外と呪文無しでも出来たりするんです。取り敢えず一回やってみてください」

 

急かされるまま、僕はせめてもの気持ちで人差し指を突き出し机に置かれた羽根ペンを指し示す。

 

「ウィンガーディアム・レヴィオーサ!」

 

指先から仄かな熱を感じると僕は慌てて目を瞑り、腕を引っ込める。

 

 

だが予想と違い爆発音はせず、机の破片も飛んでこなかった。

 

瞼を恐る恐る上げて正面を見ると羽根ペンは数センチながらフワフワと浮き上がっていた。

 

「えっ、出来た!!?」

 

何故?とアストリアを見ると彼女は取り上げた僕の杖を弄びながら彼女は言った。

 

「恐らく貴方は杖に嫌われているんです」

 

「まさか!その杖は貰い物じゃなくて僕自身がオリバンダーの店で買ったやつだ。あの店の謳い文句は『杖は持ち主の魔法使いを選ぶ』じゃないか」

 

僕はドラコと共にオリバンダー老人の気味の悪い銀色の目でジロジロ眺められたのを思い出す。

 

「一説には杖の素材は魔法使いの性質で持ち主を選ぶとか。貴方に何か変化があったのでは?去年まで使えていたというならば確かに適切な杖だったのでしょう」

 

ポケットの中のリャナンシーがピクリと反応する。

 

確かリャナンシーは僕の魔力が不味くなったと言っていた。やはりそれが原因なのかもしれない。

 

「言われてみれば……少し思い当たることが無いことも無いかもしれない」

 

リャナンシーが不快に感じるならば杖にも好かれるものではないだろう。

 

「箒に乗れていたので魔法が使えないのではなく、杖が使えないのではないのかと……。予想が当たっていたようで何よりです。おめでとうございます」

 

彼女は少しも嬉しくなさそうな顔で言ってのけた。

まぁ、けど確かにこれで原因が分かり対処法が分かり助かった。これで進級は安心安心……

 

 

 

「いや、魔法使えたけど杖なしの魔法って……」

 

進級が判定される試験は別に魔力があることを証明する儀式ではない。魔法が使えることは魔法使いの学校なのだから当然前提条件だ。

 

つまり杖があっても同学年の生徒が四苦八苦するような課題を杖なしで合格しないといけない訳で……。

 

ただの無理ゲーでしかない。

 

 

「前代未聞の杖なしでのホグワーツ卒業。出来れば貴方はダンブルドア校長にも劣らない偉大な魔法使いになれるでしょう。期待してますよ」

 

 

彼女は今までの無表情が嘘のように酷く愉快そうな笑みを浮かべた。

 

 

 

 

 

 

……僕は黙ってフクロウ小屋に向かいネストラにフクロウ便の通販の注文用紙を括りつけた。

 

 

 

後日、『聖水』と書かれたラベルの貼られたビンが箱詰めにされ届いた。僕はその蓋を開け無心に飲み続ける。

 

「おい、どうしたんだこの荷物の数。全部同じビンじゃないか!『聖水』?ポラクスがこんなうさん臭いもの買うなんて珍しいな?」

 

寝室にドラコが不思議そうな顔をしながら入ってきた。

 

「あっ、ドラコ聞いてよ!なぁー可笑しくってさぁ。こんなに聖水飲んだってのに(コイツ)まだ僕の魔力が不味いってゆーんだ。コーラの方が好みだったのかなぁ?」

 

リャナンシーが去年の分霊箱のような闇の魔術は不味いって言うから身体を清めたらいい筈だと聖水を飲んだのに、まだこの杖は火花しか飛ばさない。

 

「コイツ杖じゃなくて花火なのかもー?」

 

「うわぁ、臭!ポラクス、君が飲んでるのって酒なんじゃ……っておい!杖を振り回すな、部屋が焦げる!!」

 

花火だったのならばしょうがない。花火らしく火花をたくさん飛ばして貰わなければ。

 

杖を振り回していればさっきまでの鬱憤とした気持ちが軽くなり、何だか楽しくなってきた。

 

 

 

「ゴイル、クラッブ!早く来て手伝え!!僕らの寝床が消し飛ばされるぞ!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ふと目を覚ませば何故か部屋がまるで巨人が一発拳を叩きこんできた様な悲惨な状況になっていた。クラッブ、ゴイルが髪を黒焦げにしながら物言わぬ死体のように倒れ、ビンの破片が散乱し、ベッドや机はひっくり返り何ヶ所か大きく欠けている。

 

顔を上げると幾つか痣をつくったドラコとスネイプ先生が戦場を死に物狂いで駆ける戦士の様な目で僕を睨み杖を構えていた。

 

 

スネイプ先生は肩で息をしながら、ゆっくりと口を開く。

 

 

 

「スリザリン、20点減点!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




ポラクス、記念すべき初めての減点処罰。


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36話 僕は独身貴族になりたい。

やっと書けた……。


僕が(ポラクス)である最初の記憶。僕はぬいぐるみいっぱいの自室のベッドで毛布に包まれ、そのぬるま湯のような温かさに微睡んでいた。

 

重い瞼を上げてまず目に入ったのは、涙を溜めて人生で一番幸せな瞬間だと言わんばかりの笑みを浮かべる母上。母上は僕の手を力強くも、優しく握りしめた。僕はその手の暖かさを今でも覚えている。

 

その傍にいたドラコはそんな母上を不思議そうに眺めていた。僕がドラコ、と呼ぶとドラコは尚更首を傾げた。

 

外から荒々しい足音が響いてきた。大きな音を立てながら扉は金具が外れてしまうのではないかというぐらい勢いで開かれる。現れたのは父上だ。その背後には怯えて縮こまるドビーが微かに見える。父上は僕を見た途端静止した。だがその表情からは明らかな困惑が伺える。父上は絞り出すように声を絞り出し僕に訊ねた。

 

「大丈夫なのか?」と。

 

「うん」と僕は頷きながら答えた。

僕は風邪でもひいていたんだったけ。寝起きのためまだ頭はぼんやりとするがこれといった不快感は無い。心配してくれてるのだろう父上を安心させようと僕は「元気だよ」と笑顔で続けた。

 

 

 

……だがそんな僕の言葉に父上は期待していたような微笑みは浮かべなかった。その代わりに呆けたように口を開き理解出来ないというふうにそのグレーの瞳を向けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……っていう気持ちの良くない夢を何度も見るもんだから睡眠不足で参っててさ。しかもその時の父上の姿を書類棚から飛び出てきたまね妖怪に化けられたんだよ。ついつい正気を失って酒を飲んでも気づかないぐらいにはバカになってたみたい」

 

「確かに最近ボーッとしちゃって様子が可笑しいとは思っていたけど、まさか一日出掛けてた間に部屋を壊滅させるとは思っていなかったわ」

 

だけどお義父さまがシリアス顔で書類棚から飛び出てくる光景は見てみたかった、とリャナンシーは呟いた。

 

 

僕は荒れ果てた寝室の修理をしながら事のあらましを出版社帰りのリャナンシーに説明する。

 

説明、といっても僕自身は今日の朝までの記憶が思い出せないのでドラコから聞いた話だ。

 

 

どうも僕は怪しげな通販に手を出し、届いた『聖水』なんていういかにもなラベルが貼られた粗悪な酒が入ったビンを飲みまくり酔っ払ってしまったらしい。

 

しかも僕は悪酔いする性質だったらしく、火花しか飛び出さない杖を振り回し部屋をめちゃくちゃにし止めようとしたルームメイトと寮監に喧嘩をうったらしい。

 

我ながらなんてバカな奴なんだろう。

 

 

自寮贔屓が評判のとてもとても優しいスネイプ先生が減点するほどの惨事となった。……その後すぐに「果敢に兄弟の暴走を止めた」とドラコに点を与えたのでプラマイゼロではあるが。

 

罰として、というか当たり前なのだが土曜日である今日は一日部屋を修理することとなった。瓦礫と化したベッドは流石に新しく購入したが、それも組み立てたりしなければならなかったり、剥がれた壁の塗装なども命じられた。

 

 

スネイプ先生に一通り怒られた後、何があったのだとと部屋の前には他のスリザリン生が集まってきたが、呪文学の授業で『元気がでる呪文』が効きすぎてハイになったクラッブとゴイルが一晩暴れたと言えば彼らは納得して解散してくれた。

 

ドラコは床に伸びたクラッブとゴイルを少し見てから信じられないものを見る目を僕に向けた。

 

その時のドラコの表情が例の父上の表情とそっくりだったので僕はかなりの精神ダメージをくらった。

 

 

「でも、アナタが魔法が使えないことを気に病んでた原因がお義父さまだったとはちょっと意外ね。傍から見たらお義父さまってポラクスとドラコ坊やに対してかなり甘いイメージだったけど」

 

「実際可愛がって貰ってると思うよ。良い父親さ。だけど父上の世間的な立場は魔法の力がある血筋を至上とする"純血主義"。その息子が出来損ないだと笑えないよね、って考えると怖くなるんだ。薄情かもしれないけど、僕は父上を信じきれない」

 

父上は確かに僕を大切にしてくれている。ドラコとも分け隔てなく扱ってくれる。しかしそれは家族という無償の愛を注ぐ対象への扱いなのだろうか。ずっと昔、たった一度のあの顔のせいで僕は父上にとっての僕の価値を見極められずにいるのだ。

 

「考え過ぎよ……とは言ってあげられないけど別にそんなに気負わなくて良いんじゃない?お義父さまのアナタへの思いも全部嘘っていう風には感じないし。それに、いざとなったらこの出来る恋の妖精リャナンシーが養ってあげるじゃないの!!」

 

リャナンシーは胸を叩きながら懐から一冊の文庫本を取り出し掲げてみせる。そのタイトルは『妖精とゴースト貴公子の恋物語2』。どうやら売れ行きは去年までのロックハートの本並に好調らしい。世の中って不思議だ。

 

「申し訳ないけど僕は孤高の一匹狼になる予定なんだ」

 

ご親切な提案は丁寧にお断りしておこう。

 

 

「あら、強がっちゃって。けど本当に辛い時は相談して頂戴よ!アナタの力になりたい、手助けしてあげるから。例えばホラ……杖なし魔法の特訓とか!!」

 

そう言ってリャナンシーは組み立て終えたベッドにシーツを敷こうとする僕の手を止め握りしめてくる。妖精の手も思っていたより暖かいことを僕は知った。

 

「……頼むよ」

 

僕の返事に満足そうにしてリャナンシーは笑みを浮かべた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

しかし、この日行われていたレイブンクローVSグリフィンドールのクィディッチ観戦の結果によって、僕の悩みはまた一つ増えることとなった。

 

 

「まさかポッターの新しい箒がファイアボルトだったなんて!貧乏人のアイツがどうやってプロでも早々使えない高級箒をどうやって手に入れたんだ……。しかしあの加速力は素晴らしかった。ファイアボルトの見事なフォルムバランスのお陰だろうな。ニンバスシリーズは尾の先端に僅かながら傾斜があるせいで数年もたつとこれが抵抗になってしまうことが欠点と言われていたがそれと一線を凌駕するカット。前回のニンバス2000が現代の魔法族の技術の最高傑作とされたのにそのハードルを軽々超えてきた。話には聴いていたが想像以上だ……」

 

グリフィンドールは有力選手のハリーの愛箒が前回の試合で暴れ柳よ餌食になったことで落ち目かと思われていたところ、なんとハリーは最新の超高級箒ファイアボルトを新たな相棒にしてきたことで、以前より更に磨きのかかったプレイで圧勝しスリザリンとの決勝戦へと進んだ。

 

天才選手のハリーが最高の箒に乗ってプレイする光景は刺激が強すぎたらしい。ドラコは只々ファイアボルトを賛美する"炎の雷教"の信者になってしまった。

 

 

同士であったらしいマクゴナガル先生と教室で妙な効果音を叫びながらファイアボルトの飛行を再現しているのを見た時、僕は兄の脳天を叩けば良いのかみぞおちを突けば良いのか分からなかった。

 

 

 

 








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37話 僕はテスト勉強を頑張りたい。

お久しぶりです!


午後の授業が終わり生徒達が夕食のために大広間へ向かう中、僕は一人その群れを抜け寮の自室へと向かった。

 

肩掛けの鞄に羽根ペンと大量の用紙を詰めフードを深く被る。

 

「リャナンシー、頼む」

 

そう声を掛けると鏡を見ながら髪を整えていたリャナンシーは呆れた様に振り返る。

 

「別にいいけど……何というか、凄く必死ね」

 

「当たり前だよ。もう僕に手段を選べる余裕なんて無い。何が何でも乗り越えてみせる…――期末試験を」

 

今僕はおそらくどの他の同級生よりも早く、そして真剣(ガチ)に期末試験を見据えている。

 

学生が試験で良い成績を修めたい時いったい何をするだろうか?

 

グレンジャーに代表される優等生という人種は早く対策を始めることで多くの問題に対応出来るようにする。それが第一手段だ。

 

しかしそれは優等生においてしか成績に直結しない。いくら時間があっても一年分の教科書の内容を隅から隅まで暗記するのは常人には不可能だ。そのため多くの学生は第二の手段として情報を収集する。先生の何気ない呟き、先輩からのアドバイス、同級生との等価交換……あらゆるヒントを掻き集めそこから勉強範囲を絞り効率的に対策をする。

 

だが世の中には優等生でも常人でもない底辺が残念ながら存在する。試験当日を空っぽの脳みそで清々しく迎える愛すべき馬鹿どもだ。しかしこんな奴らにも試験という絶望からの救いである最終手段が残されているのだ。失敗すれば全てを失うリスクはあるが、成功すれば一、二の手段すら超越しえる効果を生み出す禁じ手(ギャンブル)。そう、カンニングだ。

 

僕は元々は常人だった。それなりにコツコツやって頑張ってきた。しかし杖を取り上げられた今の僕は優等生は勿論常人の方法でも底辺の悪あがきさえも許されていない。

 

だが、どうしても僕は期末試験を打破しなければならない。

 

ならばなりふり構わず使えるものは使うしかない。三つの方法を全て利用すればそれは究極の試験対策へと昇華するだろう。

さあ、やってやろうじゃないか……

 

早めのカンニング(最終奥義)を!!」

 

 

「ねえ、アナタやっぱりまだ可笑しいじゃない?」

 

「失礼な。限りなく真剣に現実を見た上での行動さ」

 

はいはい、と僕の言葉を軽く流しながらリャナンシーは僕の首にかぶりつく。

 

視線が低くなりローブはぶかぶかになっていく。自分の身体が透けたことを確認すると僕は意気揚々と石造りの壁をすり抜けた。

 

 

冬休みが明け少し過ぎた年度の後半期。先生方は恐らく6月の試験の内容をほぼほぼ決めている。これはジニーを通して聞いた彼女の兄パーシーにフリットウィック先生が漏らした情報だ。僕に頼りになる親しい先輩なんていない。何なら同級生もドラコ以外いない。クラッブとゴイルは試験においては論外だ。良い後輩を持って本当に良かった。

 

人気を確認しながらそれぞれの先生の書斎や研究室に忍び込む。ここホグワーツで教師を勤めている以上どの先生も生徒が万が一でも触れないよう書類が入った引き出しなどには軽い探知魔法がかけていた。スネイプ先生だけ割とシャレにならない呪いだったりしたが、流石にどれもゴースト対策はしていなかった。

 

呪文学は「元気の出る呪文」、魔法薬学は「混乱薬」、変身術はティーポットを陸亀に変えるといった実技課題の内容だけではなく、筆記試験の問題も父上に強請って送って貰った゛高級自動速記羽根ペン゛を駆使しメモしていく。

 

「ズッル……」というリャナンシーの声を無視して僕は作業を進める。筆記試験の対策をしている余裕もないのだ。今このように魔法道具の羽根ペンを使えることからも分かる通り僕は杖は使えないが魔法は使える。それを不幸中の僅かな幸いと思うしかない。試験課題の魔法だけをひたすら杖なしで練習する。それが僕が見出した試験突破の唯一の可能性だった。

 

ゴーストのビンズ先生は勿論食事なんて摂らないので、ずっと本を読んでいて書斎から動いてくれない事件があったが、堂々と侵入しても彼は全く僕に反応しなかった。本に集中していて気がつかなかったのか、気がついている上で関心を持たなかったのか定かでは無いが無事全教科カンニングすることに成功した。

 

「あとは魔法の練習するだけさ……。うん、そう。魔法を、うん」

 

とりあえず今日の収穫を喜ぶことにしよう。

 

 

 

 

 

 

次の日の授業終わり、僕は湖の畔を訪れていた。リャナンシーが湖の浅瀬から手のひらサイズの亀を捕まえてきて僕の前に差し出す。

 

「さあポラクス、このコに元気のでる呪文をかけてみなさい!」

 

僕は人差し指を亀に向る。自分の杖も、ドラコ達から借りた杖も言うことを聞いてくれなかった。頼れるのは自分自身だけ。呪文を唱える。すると亀は甲羅に頭、手足を引っ込めて静止した。

 

「……死んでないよな、この亀」

 

「大丈夫よ。ほら、亀って元気なときでも大して動かないじゃない。それより次よ、このコをティーポットにしてみなさい!」

 

僕は母上が紅茶を淹れるのに使っていたシンプルな白いティーポットを頭に思い浮かべながら亀にまた指先を向ける。

 

亀が頭を出し白く染まったところまでは良かった。しかし亀の形は変化せず口から水を垂れ流し始めた。リャナンシーの手のひらの上から水を流し続ける亀。さながらマーライオンの亀版のようだが、実際にはそんな優雅なものではなくこのままでは脱水症状の亀ができるだけだ。

 

リャナンシーに魔法を解いてもらった亀は先程までとは違い機敏な動きで湖に逃げていく。そんな亀の背中を眺めながら僕は自分の目尻が潤っていくのを感じた。

 

「やっぱ無理だ、絶対無理」

 

「ま、まあ初めはこんなもんよ。亀の色を変えれてたじゃない!希望は大いにあるわ。杖の爆発よりマシ。これからよ、これから」

 

テンパったドビーだってもっとマシな魔法を使う。リャナンシーは慰めてくれてるが僕は成功と余りにも程遠い結果に打ちのめされた。

 









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38話 僕は交際記念日は覚えておきたい。

僕はそれはもう死にもの狂いで魔法の練習に勤しんだ。朝起きたら呪文の発音練習。授業中は申し訳ないが先生の話はほぼ無視して、教科書を立ててこっそりテストに出る範囲のページだけを凝視する。放課後には城を抜け出し湖の畔でリャナンシーとともに実践練習。そんな日々を繰り返していた。

ある日の魔法薬学の終わり、

 

「マルフォイ……君ではない。ポラクス・マルフォイ、少し残りたまえ」

 

そうスネイプ先生に呼び出された時はこの前の惨事を思い出しつつ何かやらかしただろうかと怯えながら身構えたが、先生の口から出てきたのは労りの言葉だった。

 

「随分と顔色が悪いな。魔法はまだ上手くいかないのか?」

 

「ええ、まあ。ですが少し良くなってきました。まだ授業中では杖を振ると周りに被害がでるかもしれませんので使っていませんが、個人的な練習では成功することもあるので試験までにはどうにかなりそうです」

 

僕はこういう質問に対してあらかじめ考えていた答えをつらつらと述べた。しかし、スネイプ先生は眉をひそめて僕をじっと見る。

 

「その言葉は本当だろうな。本当に試験に受かる見立てはついているのだろうな?」

 

「は、はい……」

 

恐る恐るスネイプ先生の顔を見返すと、先生はそうか、と小さく呟くと後ろの教卓に並べられた瓶のうちの一つを取った。

 

「ならいい。だが様子を見るに根を詰め過ぎているのは確かなようだ。これを飲みたまえ、少しは精がつく」

 

先生は瓶を僕に手渡した。

 

「また不調があればすぐに報告しろ。君が進級出来ないようなことがあれば吾輩は君の御父上に顔向けが出来ないのでな」

 

そう言ってマントを翻し教室を出ていこうとするスネイプ先生の背をハグしたい衝動に僕は襲われた。

 

そのぐらいにはこの地獄のようなルーティーンに疲れていた僕だが、練習の中で進歩はあった。以前までの感覚に出来るだけ近づけたほうが良いのではというリャナンシーの指摘のもと、試しにその辺の木の棒を杖の様に見立ててマッチ棒に魔法をかけると見事に金属の針に変化したのだ。普通魔法使いの杖には特別な木や魔法生物の身体の部位が使われているのだが、リャナンシーはそういった物が僕の変な味がする魔力を拒んでいるのではないかと推測した。

 

棒を使うのはとても良かった。指針が持てるし、何より棒を振ると魔法を使っている実感が持てる。

 

周りにまだ異変が続いていることを悟られない為にも丁度良いとがリャナンシーが買ってきてくれた子供用の玩具の杖を使うことにした。これをがむしゃらに振り回す姿はマグルから見ればちょっと痛い少年だろうが僕は魔法使い。だからこの亀はティーポットになるはずだ。なれ、なれよ。なれって言ってるじゃないか!!!

 

 

僕は土日だろうが皆がホグズミードに遊びに行こうが僕は呪文を唱え玩具を振り続けた。

 

「ポラクス、聞いてよ!やっぱり幻覚なんかじゃなかったんだ!!またポッターの首をホグズミードで見たんだ。やっぱりアイツは許可なしにどうにかして城を抜け出しているに違いない!」

 

「そっか。スネイプ先生がこの間良い薬をくれたんだ。君も疲れているなら貰ってきなよ。僕はまたちょっと練習してくるから」

 

「もう少し相手にしてくれてもいいんじゃないか!?というか今からってもう夕食の時間だぞ!」

 

悪いな、ドラコ。僕は真剣なんだ。

 

心の中で詫びながら僕は玩具の杖を握りしめて今日も今日とて寮の裏口から湖に向かう。

 

 

 

少し前に指名手配犯のブラックがまた侵入したということで吸魂鬼(ディメンター)の警備がまた厳しくなったらしい。校舎にほど近いこの場所からも奴らが黄昏に紛れて漂っているのが見えた。

 

「あいつらってホントに気の毒な存在よね……。人間の幸福だけを喰らいながらその味はきっと知らないのよ。だから守護霊から逃げるの。喜び、希望、そして愛。幸福ってとても甘くて美味しいのに、それを丸呑みしちゃうなんて勿体ない」

 

何を思い出しているのかリャナンシーはだらしなく口元を緩めている。エサとされている僕からすればげんなりとする言葉だ。

 

「勿体ないってなあ。リャナンシー、味わい方は知らないが結局それだとお前もあいつらと一緒の幸福を喰らってくる質の悪い化け物になるぞ……」

 

流石にアイツらとくらべるのは良くなかっただろうか。僕はまあ少なくとも廃人にはされてないし。

リャナンシーはわざとらしくため息をつきながら首を振る。

 

「わかってないわね、あんな奴らと一緒にしないでよ!私は幸福を“奪う”んじゃなくて“共有”してるの。幸福だけじゃなくてほろ苦い悲しみ、ピリ辛の怒りもね。アナタの全部を味わうの。だからアタシはアナタの恋人、恋の妖精(リャナンシー)なのよ」

 

そう言って誇らしげにリャナンシーは湖の上で一回転して見せた。

 

 

 

 

 

 

 

数日後の一限の数占いの授業後、教室移動のために廊下を歩いていると校庭からの通路の方から何やら喧噪が聞こえてくる。何事だと野次馬の合間から顔を覗かせるとドラコとクラッブ、ゴイルがハリー、ロン、そしてグレンジャーと向き合っていた。

 

なんだ、いつもの煽りあいか。と思ったのだが、それにしてはドラコが顔に嘲笑うような表情ではなく困惑を浮かべている。それに対し向こう、特にグレンジャーは火を見るよりも明らかに激怒している。

 

「今、あなた何て言った?」

 

「な、何だよいきなり……。穢れた血が気軽に僕に話かけるんじゃ……」

 

「いいから言ってみなさいよ!!」

 

まるでヒステリーを起こしてしまったのかのように普段とは様子の違うグレンジャーの威圧に押されドラコは狼狽えた。僕も同様に戸惑う。何故彼女はあんなに怒っているのだろうか?

 

「見ろよ、あの泣き虫!って…――」

 

「ええ、そして『あんなに情けないものを見たことあるかい。しかもあいつが僕たちの先生だって!』と言ったわね」

 

からくり人形のように一言一句正確にドラコの言葉を唱えたらしいグレンジャーにドラコは怯えながらも対抗しようとした。

 

「それがなんだって言うんだ?あんな図体がでかい大人がハンカチに顔をうずめてメソメソしてるなんて笑ってくれって言っているようなもんじゃないか」

 

ドラコの意地を張ったなけなしの嫌味はグレンジャーの逆鱗に触れてしまったようだ。グレンジャーは顔を真っ赤に染め上げる。

 

「ハグリッドを笑う?どうしてあなたにそんな事ができる権利があるの?マルフォイ、あなたのせいでハグリッドは大切な家族を、バックビークは殺されるっていうのに!!よくもそんなことを。この汚らわしい悪党!!!」

 

そのグレンジャーの叫びに僕があっ、と呟いたのも束の間。

 

バシッ!

 

 

グレンジャーはとんでもない音をたてながらドラコの横っ面をビンタした。ドラコはよろける。

クラッブ、ゴイルは呆気にとられて棒立ちし、ハリーとロンまでもが硬直している。

 

「ハーマイオニー!」

 

気を取り直したロンが慌ててグレンジャーを抑える。ドラコは真っ赤な頬をかばいながら恐る恐る口を開く。

 

「さっきから本当に何なんだよ!バックビークって誰だ?」

 

心底当惑している様子のドラコにグレンジャーの鬼の表情がすんと抜けた。

 

「まさか、あなた何も覚えてないわけ?」

 

「……」

 

無言で肯定したドラコ。ロンが「やっちまえ、ハーマイオニー」とグレンジャーの腕を放してしまった。グレンジャーは静かな動作で杖を取り出し腰の抜けたドラコののど元に突き付けた。

 

「ごめんなさい。前置きなしに罵って。あなたの自業自得での怪我の責任をハグリッドのヒッポグリフに押し付けた結果、そのヒッポグリフがあなたの御父上の尽力で死刑になったっていう話よ。あなたにとって覚えておく価値もない取るに足らない命だったみたいだけど。――このゴミが――」

 

率直ながら優等生の発していいものじゃない言葉を残しグレンジャーは去っていった。

 

 

次の魔法薬学の授業で僕はぼんやりとしたドラコを突いた。

 

「さっきの……クィディッチの前にドラコが魔法生物飼育学で怪我して、父上が訴えたことの話だよ」

 

ドラコは右腕に残った小さな微かな傷跡をさすった。

 

「流石に思い出した。クィディッチが始まってからすっかり忘れていた。父上がずっと手続きなさっていたとは……。グレンジャーがまさか手を出してくるとは」

 

まったくだ。最後はもはや怒りさえ通りこしていた気がする。

 

僕も正直自分のことでいっぱいいっぱいでまた忘れていた。……僕からするとどうせ助かるからいいじゃん、と思うところもないことはないが。

 

危険人物であるとされているブラック。だけど黒幕は彼ではない。本当の黒幕も僕らに少なくとも今は危害を加えない。だからハリーたちのことは放っておけばいい……。

 

本当に良いのか?

 

僕の脳裏に固い大理石の床に真っ白な顔で横たわるドラコの姿がよぎった。

 

 

 

 




次回クィディッチ決勝戦!


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39話 僕は彗星が輝く理由を知りたい。

あの騒動以来ヒッポグリフの控訴のために大量の本を険しい顔をしながら抱え込むロンとグレンジャーをよく見かけた。ハリーだけは迫るクィディッチ決勝戦に向けて練習に駆り出されているようだ。

 

そう、今年勝ち進んだのはグリフィンドールとスリザリン。つまりその決勝戦は全校が忘れられない大雨の日の試合の決着を意味する。学校中が早くも決勝戦の話題でもちきりだ。

 

その一番の的であるドラコもイースター休暇が始まってからはずっと練習に励んでいる。朝はニンバスを抱えながら瞳にギラギラのハイライトを宿し練習場に出ていく。帰りは自室に戻りニンバスをケースにしまった途端に目元を暗くしブツブツとその日の反省点、課題を唱えながら手帳に記していく。

 

「絶対に絶対にポッターに勝つんだ。今回の作戦はどうするか……。スリザリンは合計点グリフィンドールに200点差でリードしている。つまりスリザリンが更に50点差をつけて維持し続ければポッターがスニッチを取ろうがスリザリンは勝ちだ。だけど純粋な攻めは今までの試合からしてグリフィンドールの方が上。だとしたら学校の奴らが期待している通り僕とポッター、シーカーの一騎打ちになる。僕はもちろん全力でスニッチを探すが他にはやはり得点よりもポッターのかく乱を優先させるべきかもしれない」

 

ドラコは寝る前に僕らに作戦の概要を教えてくれたが、クラッブとゴイルは息継ぎなく続くドラコの言葉に圧倒されるだけで頭に入ってきてなさそうだ。

 

「つまり今悩んでいるのはポッターの妨害の仕方ってことかい?」

 

僕の問いにドラコは頷く。するとクラッブが簡単じゃないかと声をあげた。

 

「弱虫ポッターは吸魂鬼に怯えて何度も気絶している。真っ黒のローブを着て急に現れたらアイツきっと泣き出して動けなくなるぞ!」

 

ゴイルは力が抜けて落下していくハリーを真似して自分でゲラゲラ笑っている。だがドラコはダメだと静かに首を振った。

 

「お前にしては名案だったが遠慮しとくよ。以前プロの試合で似たようなことをして失格判定されたチームを見たことある。明確なルール違反は危険だ。僕が欲しいのは文句のつけどころのない勝利だから」

 

ドラコは普段の冷ややかな瞳でもなく、箒を握っている時の炎が燃える瞳でもなく、自信なさげながらも何かを覚悟したかのような瞳で僕を見る。

 

「去年、僕は怖くて不安で君に八つ当たりして弱みを突かれて利用されて君を傷つけた挙句いけ好かない奴に助けられて。父上がおっしゃっていた通りポッターは運よく“例のあの人”から助かったお陰で周りから英雄と持てはやされて良い気になってる勘違い野郎だ。その筈なのに、アイツは僕を良い様に利用した怪物を倒して僕を助けた。僕は全部負けたんだ……最悪の気分だった」

 

ドラコは作戦手帳を握る力を強くする。

 

「僕は勝つ。何がなんでも今度こそ。クィディッチはスポーツでポッターの特技、しかも同じポジションに僕は就いている。クィディッチで勝てば、僕はポッターより優れていることをハッキリ示せるんだ。そしたら僕はきっと――」

 

「きっと?」

 

不自然に言葉を詰まらすドラコにゴイルが続きを促したが、ドラコは下唇を噛みそれ以上は語らずベッドに入ってしまった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

イースター休暇が終わり決勝戦が間近に迫る頃。

 

グリフィンドールとスリザリンの間の緊張はとんでもないレベルになっていた。スリザリン生はハリーにあの手この手で怪我を負わせようとし、グリフィンドール生がそれを全力で護衛する。ハリーは常に親衛隊に取り囲まれて疲れた表情をしている。

僕も僕でドラコと間違われて何度も小競り合いに巻き込まれかけた。肝心のドラコは授業が終わったら一直線に練習場に向かってしまう為、完全に僕は身代わりだ。

 

 

 

 

そして試合当日。その日は以前と真逆で晴天の朝だった。

真っ青な顔をしたドラコを見送ってから自分も観客席に向かう。人が少ない場所を探し先生方の席の後ろの方に座ることにした。ドラコの顔色はそれはもう酷いものだったが、いつも箒を握った途端血色の良い好青年になるのでまあ心配は無いだろう。

 

『我がスリザリンに栄光を』と書かれたお手製の横断幕を飾るドラコの取り巻き筆頭パーキンソンをぼんやり眺めていると誰かに肩を叩かれた。

 

「お隣、失礼しますよ」

 

こちらの了承も待たず気づけば隣に座っていたのはアストリアだった。

 

「何でわざわざ僕の隣に……」

 

「空いている席がもうここしか無かったので。貴方のお兄様の勇姿をぜひ拝んでみようと。『箒星の王子さま(コメット・プリンス)』の噂は良く聞いていたので楽しみです」

 

ちっとも楽しみじゃなさそうな真顔でそんなことを言うアストリア。毎度ながらマルフォイ家を好んでないであろうアストリアが何故僕に話しかけてくるんだ?彼女の真意はよく分からない。

 

正直かなり居心地が悪い。しかし彼女の言う通りもう空いてそうな他の席は無い。試合の注目度が凄いせいでほとんどの全校生徒がここに集まっているのだろう。逃げ場なんてなく、僕はこの愛想のない後輩と試合観戦をすることになってしまった。

 

 

気まずい無言の時間が流れる中、やっとファンファーレと共にそれぞれ深紅と緑のローブを纏った選手たちが現れた。

 

「さあ両チームの入場です!」

 

解説役のグリフィンドール生ジョーダンの声が響く。

 

「まずはグリフィンドールチーム。今年はどのポジションも非常にレベルの高い選手が揃いホグワーツに何年かに一度出るか出ないかのベスト・チームとして広く認められています」

 

瞳孔がガン開きになっているキャプテンのウッドという選手に続きハリーらグリフィンドールの選手たちが緊張した面持ちで出てきた。

 

「そして対するスリザリンチームはメンバーが多少入れ替えたようで、腕より図体のデカさを狙ったものかと――」

 

スリザリンのブーイングにかき消されそうになった解説だが、ジョーダンは声を張り上げ無理やり言葉を続けた。

 

「ああ、良かった。彼らの見た目は非常にトロールに似ていますが流石に奴らよりは賢かったようです。小柄ながらシーカーのマルフォイ選手は続投。これは因縁のシーカー対決が期待出来そうです!」

 

一斉に観客たちはスリザリンチームの列に目を向ける。

先頭はキャプテンのフリント。そしてその後ろは……輝いていた。

 

どういう原理なのか、眩しい炎を背中に纏いドラコが爽やかな余裕のある笑みを浮かべていた。

 

両チームが向かい合った時ドラコが一歩前に出た。

 

 

「ポッター、君に勝つ」

 

見慣れないドラコの透き通る目にたじろぎながらもハリーは小さく頷いてくれた。いい奴だ。

 

そしてキャプテンがお互いの手をへし折……握手して審判のフーチ先生の号令で試合は始まった。

 

横をちらりと伺うとアストリアは世にも奇妙なモノを見たというようにポカンと唯々ドラコを凝視し固まっていた。

 

「すごく……気持ち悪い」

 

初見の彼女に『箒星の王子さま(コメット・プリンス)』は少々刺激が強すぎたようだ。

 

 

 




『キャプテンまるふぉい・燃えろ!三年生編』
〜とある寮監のささやかな期待〜より抜粋

吾輩は担当である寮のクィディッチチームからお願いがあると申し出が来たため研究室に来るように伝言した。

キャプテンのフリントが来るものと思っていたがやって来たのはまだ三年生のドラコ・マルフォイだった。

クィディッチの練習時間の延長を認めて欲しいとのことだった。余りにも真っ直ぐな目に心臓がざわつくような不快感があったが、吾輩としても是非ともグリフィンドールには勝って貰わなければいけないので勿論許可は出した。

許可書を与えると勉学も疎かにしないように、と言いつける間もなくマルフォイは部屋を飛び出していた。


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40話 僕は玄人ぶって解説したい。

フーチ先生の合図で一斉に飛び上がった選手たち。

スリザリンがまず攻撃を仕掛けるが、グリフィンドールの女性選手がクアッフルをかすめ取り先制点を奪った。

ガッツポーズを決める彼女にスリザリンのキャプテン、フリントは面白くなさそうにして目を細める。しかしフリントは何かするわけでもなく近くにいた後輩に耳打ちだけして試合の中心のポジションから離れた。

 

珍しい。フリントは今までの試合のスリザリンチームのプレイングから分かる通りスポーツマンシップという概念を知らないような奴だ。さっきのタイミングなら視界が悪かったとか言って突進し彼女を箒から落とそうと企んでもおかしくない。

 

それからもスリザリンチームは妙に綺麗なプレイングを重ねていく。グレーゾーンなプレイを良心痛まず平気で出来ることが強みだというのに。やはりというべきか強みを捨ててしまったスリザリンチームはかなり一方的に押されている。実況が嬉しそうに次々とグリフィンドール側の得点を伝えるたび、周りのスリザリンの観客は野次を飛ばす元気も無くなっていった。

 

「今回の試合は熱戦になるから絶対に来いと姉が散々聞かされたから渋々来たのに……。素人目から見ても酷いものですね」

 

アストリアはもう観戦してもしょうがないというようにぶ厚そうな本を取り出し読み始めてしまった。彼女はいつも話しかけてくる割にはすぐに会話を断ち切ってしまう。訪れる沈黙はやはり居心地が悪い。

 

 

まあ確かに今日のスリザリンチームのボロボロ具合は目を背けたくなるほどだ。試合が始まって約15分。グリフィンドールチームが一方的に攻撃し、スリザリンチームはただただ得点を許している。というのも、普段スリザリンチームの前衛に立っているフリントを筆頭とする選手達が、クアッフルの奪い合いに参加せずに渦中から離れた外野をウロウロしているのだ。

 

傍から見れば致命的なポジション配分ミスか、フリントらの役割ボイコット。

だが、僕はこれが“作戦”の一環だと知っている。

 

 

「アストリア、この試合を見逃すのは惜しいよ。そんな本なんていつでも見れるがクィディッチは二度と同じプレイを繰り返してくれない。僕の兄の勇姿を拝んでくれるんだろう?試合はこれからだ」

 

「……試合はこれから、ですか」

 

本から顔を上げたアストリアの瞳には興奮の欠片もない。酷くつまらなさそうに目を細める。

 

「では、面白い展開になれば教えてください」

 

あっけなく再び本に目を戻してしまうアストリア。正直僕は他の多くの生徒たちと同様この試合にかなり気分を高揚させていた。だと言うのに、取っつきようのない彼女の酷い冷め具合にこちらのテンションまで下げられてしまう。本当に何で興味ないくせに試合を見に来てわざわざ僕の隣に座るのか。

 

「ねえ、ご存知のことだと思うけど残念ながら君と僕の関係はそう深いものじゃないんだ。僕なんかの傍にいても楽しくないだろう?もっと仲良い人と見たらどうだい?まずまず君に観戦を勧めたのは(ダフネ)なんだろう?」

 

彼女と観れば良いじゃないか、と言ってみたが

 

「スリザリン生は基本皆私を煙たがっています。話してくれるのは姉だけです。その姉が友人と観戦しているので私は一人で観るしかない。なので人気が少ない場所を探していると比較的親交のあるあなたの隣が空いていましたので」

 

と返された。姉に「正義感が強い」と評されるアストリアは当たり前だが絶望的にスリザリン寮の気質と合わないらしく交友面に難のある学校生活を送っているようだ。澄ました表情から毒ある正論を吐く様子からプライド高いお坊ちゃんお嬢様から嫌われることは容易に想像できる。

 

というかよく周りの席を見ると同級生のセオドール・ノットといった僕が言えたことではないが根暗そうでパッとしない奴らばかりが座っていた。噂に聞いて試合を観に来てみたは良いものの連れなんていない悲しき者たちが少しでも落ち着いた場所を求めて集っているらしい。つまりここは陰キャ空間。僕は何となくいたたまれない気持ちになった。

 

「まあ折角来たんだ。少しぐらい試合を楽しんでも損は無いと思うけどね」

 

ドラコの晴れ舞台を切り捨てられるのは、ちょっと嫌だった。

 

 

 

「クィディッチに元々興味が無いのもありますけど……単純に気に食わないんですよ」

 

アストリアはそう言って憎々しげに空を仰ぐ。その視線の先にはスニッチを探して高所を巡回するドラコがいた。その表情はいたって真剣でフィールドの変化を一つも漏らすまいと静かに目を配らせている。

 

「普段どうしようもない子悪党のくせして試合の時だけまるでヒーローのように振る舞う。その態度がどうしても気持ち悪い。あの誠実さを少しでも他のことに回せたら……」

 

彼女は勢いよく本を閉じたかと思うと僕にもその苛立った瞳を向けてきた。

 

「私はあなたのことも気に入りません。こうやって兄や家族の批判をしても決して反論しない。あなたは家族の悪行を理解しているのでしょう?いつも見て見ぬふりをして情けない」

 

この子中々面倒くさいぞ、と僕は思ってしまった。

 

「ううん……何かごめん」

 

勢いに押され特に言い訳は思いつかなかったので取り合えず謝っておいた。そんな僕の様子にアストリアは呆れたように鼻を鳴らす。しかし彼女は「そうだ…」と何か思い悩むように小さく呟くと僕の顔を再度見てきた。

 

「中身の無い謝罪は結構です。ですが丁度あなたの兄のおかげで困っていることがあるんです。そうですね、賭けをして私が勝ったらその悩みの解決を手伝ってはいただけませんか?」

 

「賭けだって?」

 

「あなたの言う通りスリザリンが巻き返せばあなたの勝ち。このまま負ければ私の勝ち。あなたが勝てば私があなたのお困りごとを手伝いましょう。……賭け事にするにはいささか私が有利すぎるかもしれませんが」

 

こうして話しているうちにもグリフィンドールチームの数字が次々と増えていく得点板を見てアストリアは薄く笑う。僕の知らないうちにドラコはまたアストリアと揉めたのだろうか。彼女には何やかんや僕の不調を調べて貰った借りがあるしお礼にドラコの尻ぬぐいぐらい言ってくれればするのだが、賭けにすることで少しでも盛り上がった雰囲気で観戦できるのは良いことだろう。

 

 

「そんなことは無いさ。君が言った通りドラコは人間としての誠実さをほとんどクィディッチだけに捧げている。その誠実さ(狂気)を舐めちゃいけない」

 

 

この賭けはそう僕に分が悪いものでは無い。

 

 

 

 

グリフィンドールチームの得点が70点になり、会場が一段と高揚する。理由はグリフィンドールチームがスリザリンチームに50点以上の差をつけたからだ。ホグワーツのクィディッチの寮対抗戦は勝ち星数ではなく試合の総計得点数で順位が決まる。この試合までにスリザリンチームは200点グリフィンドールチームを勝ち越していた。捕ると試合が終了するスニッチの得点は150点。

 

つまりこの試合はグリフィンドールは50点以上リードしなければスニッチを捕ったとしても総点数負けてしまうスリザリンが優位の条件だった。しかし、その優位をグリフィンドールは覆した。これでスニッチを先にとった方が勝ちという明快なゲームとなったのだ。

 

グリフィンドール側の観客席は歓声に溢れ得点をきめた選手の名前を叫び、絶対的な優位をあっけなく失ったスリザリンチームを冷笑する。それもそうだろう。彼らのチームのシーカーはスニッチ争奪戦では負け知らずのハリーだ。

 

 

 

だが、試合はまだまだこれから。

 

「ここまではドラコの予想通り」

 

 

 

 

グリフィンドールチームが更にシュートを決めたとき、遥か上空で二人のシーカーがほとんど同時に動きだした。

 

 

 







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41話 僕は彗星を捕まえたい。

いつもお気に入り登録、感想、評価などありがとうございます。誤字訂正も恥ずかしながら非常に助かってます……。




ハリーとドラコがほとんど同時に動いた。……いや、ハリーの方が若干反応が早かったか。

 

スニッチが現れたのはグリフィンドールのゴール付近。二人は他のポジションの選手たちを潜り抜けて近づいていく。

 

このスニッチを捕ればその瞬間優勝チームが決まるのだ。グリフィンドールの観客たちは熱烈なコールを繰り返し、スリザリンの観客たちは青ざめた顔で口を覆いながら何とかドラコを目で追う。

 

 

しかしスニッチは二人がたどり着く前に姿をくらましてしまった。

会場全体が緊張の糸が切れて「ああ…」と呻きながら肩をおろす。

 

 

この後何度もスニッチが現れるがハリーもドラコも捕まえきることができない。緊迫した戦いが起こるたび観客は息をのむが決着がつくことはなく会場全体が疲れ切っていた。

 

「グリフィンドールのケイティ・ベルがまた決めた!これで彼女がこの試合で奪った総点数はなんと40点。試合はグリフィンドールが圧倒的な攻勢に回りもはやスリザリンは打ち上げられたグリンデローのような有様。しかし今日は両チームともシーカーの調子が悪いのでしょうか?一向にスニッチが捕まりません。試合は長期戦へと持ち込まれています……」

 

実況もなんども叫びすぎて声がかすれてきてしまっている。グリフィンドールはずっと得点を奪い続け遂にはスリザリンに150点差をつけるまで猛進しているが、クィディッチはどれだけ時間が経とうがシーカーがスニッチを捕まえるまで終わらないルール。公式試合の最長時間は三か月間という相変わらず狂ったスポーツだ。

 

試合時間はもうすぐ四時間となる。選手たちも最初より動きが悪くなっていったがグリフィンドールはそれでも猛攻を続けスリザリンを追い詰めている。アストリアも飽きてしまっているかと様子を窺えば、以外にも彼女はしっかりと選手たちの動きを追っていた。

 

アストリアは眉をひそめながら呟きを漏らす。

 

「スリザリンチームが得点を馬鹿みたいに奪われ続けているのは選手のポジションが定まらず愚鈍に散らばっているから。だけど、その烏合の衆が邪魔となりシーカーはスニッチへとたどり着けない」

 

彼女の言う通りスリザリンの選手たちをよく観察すると、彼らは攻めてくるグリフィンドールのチェイサーを前にしてチラチラとハリーの方を確認してはハリーが動きだすと一定の距離をとりながらも大きく迂回して、時には訳の分からない場所めがけてブラッジャーを打つ。だがそれらは全て遠回りにハリーが飛ぶ軌道を妨害していた。

 

「だからといってこれを作戦と呼ぶにはお粗末過ぎる。だってスリザリンのシーカーのあの人もスニッチへたどり着けない……」

 

確かに無造作に選手たちやブラッジャーが行き交うフィールドは敵味方関係なく動きづらい。実際ドラコがこの作戦をキャプテンのフリントに打診した時もそれはスリザリンの総得点の優位性を無駄にして試合を長引かせることとなると指摘された。だが、それでもスリザリンはこの作戦を選んだ。

 

「今年のチームの技量はグリフィンドールの方が上回っていて順当に勝負すればどうしてもスリザリンは負ける。ドラコもシーカーとしての実力がハリー・ポッターに届いていないことは理解していた。だから、自分の得意で勝負が出来るようにこの作戦にしたんだ!」

 

 

視界の端が煌めく。またスニッチが現れた。場所は地上すれすれの位置。

 

 

ゴールよりも更に上を旋回していたシーカー二人は地面に向かって箒の先端を向ける。

 

「この瞬間をドラコは待っていたんだ!」

 

シーカーとしてハリーはその小柄さを活かした精密な箒のコントロールは勿論、眼鏡をかけている癖にスニッチを見つける感と目が抜群に良い。そのためドラコはスタートダッシュは中々勝てないと判断した。

 

だが、日々の特訓の中でドラコはハリーに勝てると確信する得物も見つけ出した。それが急降下。

 

思い返せばハリーが一年生ながらシーカーに選ばれたのは、ドラコがネビルへの嫌がらせに上空から落とした物をキャッチした際の見事な急降下を見初められたからだった。ちなみにその時ハリーは初めて箒に乗った日だったのだが……。

 

しかしドラコは前回の試合でそれにも勝るとも劣らない見事な急降下を披露した。空気の抵抗を流す技術と頭から真下に突っ込んでいく勇気を会得したあの時、ドラコは一つ壁を乗り越えたのだ。

 

急降下で決まる瞬間を作るためにスリザリンはただハリーの動きを止めることに専念し続けた。この瞬間までの賭けをしたのだ。

 

「突っ込め!ドラコ!!」

 

僕は叫ぶ。隣でアストリアが「うるさ…」と耳を塞ぐがお構いなしだ。

 

ドラコとハリーはクァッフルやブラッジャーが飛び交う間を二人は駆け抜ける。ハリーはファイアボルトの小回りを存分に活かして俊敏に、ドラコは急角度の体勢のまま僅かに自分の身体の位置をずらしながら大胆に障害物を避けて接近していく。

 

ドラコの方が速く高度を落した。あとは直線に飛ぶだけ。

 

しかし、後ろから追ってくるハリーのスピードが想像以上に速い。深紅のローブをなびかせて迫りくる姿はまさしく炎の雷。

 

「ドラコ、逃げ切れ!掴むんだ!!」

 

「ハリー、行け!行け!」

 

両チームの観客も手を振りかざし吠えるように声援を送る。

 

二人が並んだ。スニッチはすぐそこ。

二人が手をのばす。

 

どちらかの指が触れるか、という時にスニッチは直角に方向を変えさらに下へと向かう。また逃がしてしまうかと全員が思った時、ドラコは腕、身体を箒から乗り出したままの体勢で膝を伸ばし箒から真下に宙づりになった。

 

 

 

 

伸ばされた指は黄金のボールの表面に触れる。

 

 

 

が、指は空を切った。

体勢が無茶すぎたのだ。死に物狂いで乗り出したドラコはもう箒をコントロール出来ていないのだ。

 

 

「ああ……」

 

とアストリアがうめく。

 

ドラコは落下していく。いくら地上に近いとはいえ頭からは不味い。

そして地上に近すぎて魔法をかける暇もない。

 

 

 

 

 

 

ドラコが、

 

 

 

 

 

 

 

ぞっとするほど冷たい何かが胸をよぎる。

 

僕の視界は暗転した。

 



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