【完結】フリーズランサー無双 (器物転生)
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本編の20〜10年前
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まず初めに、テイルズシリーズを御存知でしょうか?
もちろん知っているでしょう。そうでしょう? そういう事にしておきましょう。だって、シリーズの説明から始めるのは面倒じゃないですか。一言で纏めると、オープニング曲に合わせたオープニングムービーや、格闘ゲームっぽい戦闘システムが特徴のシリーズです。
そのテイルズシリーズの3作目が『テイルズオブエターニア』です。でも、3作目なんて言っても分かりませんね。この『エターニア』の前のタイトルはPSで発売された『デスティニー』で、この『エターニア』の次のタイトルはPS2で発売された『デスティニー2』です。えっ、そんなこと言われても分からない? 知りませんよ。そんな超初心者の面倒なんて見ていられません。あとはWikiを見るなり何なりしてください。
プレイステーション専用ソフト『テイルズオブエターニア』、これを略すとTOEとなります。でもTOEと言われても、すぐに『エターニア』と思い付くことは出来ません。そうでしょう? そういう事にしておきましょう。だって、TOEよりも「エターニア」の方が分かりやすいじゃないですか。
この「エターニア」は、世界を滅ぼそうとしている神様を止める物語です。どうやって滅ぼすのかと言うと、海面という境界を挟んで向き合っている大地を、ドーンと衝突させる訳です。サンドイッチのようにペチャンコになって、何もかも圧し潰されてしまうでしょう。それには極光術なんて力も関わりますけど、それは今は置いておきます。
なぜ、そんな事をするのでしょう? それは世界を滅ぼそうとしている神様は、現在ある世界の神様ではないからです。この世界の名前は「エターニア」で、セイファートという神様が作りました。かつてあった世界の名前は「バテンカイトス」で、ネレイドという神様が治めていました。
世界と言っても、ネレイド神の世界は非物質世界です。物質のない精神のみの世界でした。そこにセイファート神は物質世界を作りました。他人の土地に、勝手に家を建てたような物です。そりゃもうネレイド神は怒りました。怒って物質世界を滅ぼそうとしています。
しかし、セイファート神に雇われた英雄レグルスによって、ネレイド神は封印されました。そこはレグルスの丘と呼ばれ、近くの村民が管理しています。その村はラシュアン村と言って、エターニアの主人公達が育つ村です。そのラシュアン村へ当然のように私は生まれ、何んや彼んやあって晶霊術士になりました。この晶霊術士とは精霊術士のことで、もっとシンプルに言えば魔法使いのような物です。
ところでテイルズシリーズはタイトル毎に同名の術があります。同名の術でもタイトルによって、術のエフェクトが違ったりします。私の大好きな「フリーズランサー」という術も、「エターニア」の後に発売されたタイトルで別物になっていました。きっと強すぎたので弱めに修正されたのでしょう。
「エターニア」は横スクロールの戦闘画面です。奥行きがないので攻撃を回避する場合、横にダッシュするか、上にジャンプするしかありません。そんな条件の中、猛威を振るったのが「フリーズランサー」でした。画面の上から下まで、つまり地上から空中まで攻撃範囲に収める氷属性の中級晶霊術です。
背後に撃てないという制限はあったものの、挟み撃ちにされる状況なんて珍しい物です。背後から不意打ちされた場合も、ボタン一発で隊列の向きを反転させられます。開幕からフリーズランサーを連発するだけで敵は封殺され、空を飛ぶ面倒な敵も撃ち落とされました。
素晴らしいのは。フリーズランサーの性能だけではありません。氷の矢を乱れ撃つエフェクトは綺麗で、敵に命中した際のカキンカキンという音は心地よい物です。私がフリーズランサーに惚れ込んで、トリガーハッピーになってしまったのも当然の事でしょう。とにかくフリーズランサーばかり使っていました。
そんな私が「エターニア」に生まれたのです。フリーズランサーを使いたいと思うのは当然の話でしょう。しかし、フリーズランサーなどの術を使うためには、クレーメルケイジという晶霊の容れ物が必要になります。クレーメルケイジの製造技術は失われているため、学者などの特別な地位にいる方々しか手に入れる事はできません。
本編でクレーメルケイジを持っていたキールくんは、大学へ飛び級して最難関の学部に在籍していました。英雄レグルスの流派を継ぐレグルス道場では、師範の許可なくクレーメルケイジは持ち出せません。クレーメルケイジは基本的に、個人で所有できる物ではないのです。もしも私がクレーメルケイジを盗んだら、死罪確定でしょう。
盗みませんよ。盗むわけないじゃないですか。私が晶霊術士になれたのは、遺跡からクレーメルケイジを発掘したからです。それはそれは大変でした。クレーメルケイジよりも先に、氷の晶霊が宿ったレアな武器を見つけてしまったくらいです。クレーメルケイジを発掘する前は、一生をトレジャーハンターとして終えるのかと思っていました。
Re
この世界に生まれて30年です。30歳になった私は、やっと魔女になれました。しかし、さらなる問題が私の前に立ち塞がります。氷の晶霊と交渉して、クレーメルケイジに移って貰わなければならないのです。そうは言っても晶霊と会話が通じる訳はありません。
そこで思い出したのは、晶霊と交信を行うためのアイテムです。本編で主人公達は、大樹の上に住む博士から、そのアイテムを貰っていました。さっそく私は大樹の村モルルへ向かいます。これでフリーズランサーを使えると思い込み、恥ずかしながら興奮していました。
ところが博士はいらっしゃいません。村人に話を聞いてみると「博士を知らない」もしくは「そんな人は引っ越して来ていない」との事です。ははぁ、これは隠居前なのでしょう。まさか博士が「生まれてすらいない」なんて、残念なオチは無いと思います。そんなオチだったら無意味に暴れますよ。そうと知った私はミンツ大学へ向かいました。しかし、農民階級に属する私は大学に入る事すら許されません。受付のお姉さんに弾かれてしまったのです。
せっかく私が玄関から訪れて、受付で名前まで名乗ってあげたと言うのに、この対応です。収穫があるとすれば、受付の女性からマゼット博士が存在する事を確認できた事でしょう。つまり、フリーズランサーは目の前なのです。私は30年も待ったのですよ? もう我慢できません。フリーズランサーの事しか考えられなくなった私は、窓から訪れてあげる事にしました。夜になると再び大学を訪れ、フック付きロープを使って大学の壁をヨイショヨイショと登ります。
そうして侵入した私は、マゼット博士の研究室を探します。夜遅くまで残っていた頑張り屋さんを脅し、研究室の場所を尋ねました。親切に案内してくれた頑張り屋さんに、お返しとして首をキュッと締めて、休ませてあげます。そうしてマゼット博士の研究室を荒らし、ピアスらしき物を一つだけ発見しました。そのピアスらしき物を盗んで、私は大学から脱出します。
正気に戻って考えると、我ながら雑な事をしたものです。ピアスが目的の物じゃなかったら、どうするつもりだったのでしょう。後から知ったのですけれど、姿形を覚えられていた上に、受付で名前まで名乗っていた私は指名手配されていました。そうと知らない私は、とにかく犯行が露見する前に、持ち逃げしようと考えます。ミンツ大学を出ると、そのまま町を出て、山に囲まれて通行の不便な田舎へ向かいました。目的地は生まれ育ったラシュアン村です。
大変な事をしてしまったのです。捕まったら、きっと死刑になります。でも、奪ったピアスのおかげで、晶霊と交信する事に成功しました。ありがとうございます、マゼット博士。このピアスは大切に使わせていただきます。これで、ついに私も晶霊術士です。今度こそ本当に、フリーズランサーを撃てるようになりました。
30年来の望みが叶った私は、舞い上がっていました。よく見ると中級晶霊術であるフリーズランサーの氷が小さく、まるで下級晶霊術のアイスニードルのようです。でも、そんな事を気にしてはいけません。やっとフリーズランサーを使えるようになったのです。そんな小さな欠点は、気にする必要もありません。
生まれ育った土地に戻った私は、「村長」に挨拶すると山に篭ります。「猟師」の方に迷惑がかからないように、小さな山の頂上辺りに住み着きました。そして毎日フリーズランサー、フリーズランサー、とにかくフリーズランサーです。ついでに動物を狩って、それを村で買い取ってもらって、その代金で生活します。
水晶のようなクレーメルケイジに話しかけたり、クレーメルケイジに耳を当ててみたり、クレーメルケイジを撫で回したり、お腹が減ったのでクレーメルケイジを舐めてみたり、クレーメルケイジの匂いを嗅いでみたり、クレーメルケイジを口の中に入れて噛んでみたり、クレーメルケイジを抱いて眠ってみたり、クレーメルケイジに寝起きのキスをしたりしていました。
人が居ないって怖い事です。人前では絶対にやらないような事を、やってしまったのです。少しずつ常識と非常識の境界が崩れて、一つになっていく感覚を覚えました。私とクレーメルケイジの境界が崩れて、一つになっていく感覚を覚えました。そして気付くと、いつの間にかクレーメルケイジの中から、晶霊さんが居なくなっていました。
私は慌てます。山に住み着いてから10年間一緒にいた、もはや半身といえる晶霊さんが居なくなっているのです。晶霊さーん、どこですかー? 居なくなっちゃ嫌ですよー。と私は必死に叫びます。もしも氷の晶霊さんが居なくなったら、空に浮かぶ海面を挟んで向こう側のセレスティアへ探しに行かなければなりません。それほど、このインフェリアという大地にいる氷の晶霊さんは珍しいのです。
<およびですか?>
ふと幻聴が聞こえました。珍しい事ではありません。最近は良くある事です。人と接触する機会が少ないので、私の無意識が他人を求めているのでしょう。幼児のように舌足らずな声は、子供が欲しいという願望の現れなのかも知れません。飢えていますね。でも、もう私は40歳になったのですから、また子供を作るなんて今さらな話です。
<こちらです>
また声が聞こえました。足下を見ると、小人がいます。私の周りをグルグルと走り回っていました。わー、かわいいですね。そう思った私は小人を拾い上げると、指先を使って小人のお腹をグリグリします。すると小人はビクビクと震えて、私の手の平に液体を漏らしました。それを見た私は、ポイッと小人を捨てます。
<きらいですか?>
驚いただけですよ。嫌いになる訳ないじゃないですか。ところで小人さん、お尋ねしたい事があります。もしや貴方は、晶霊さんの変わり果てた姿なのでしょうか? できればクレーメルケイジの中に戻って欲しいのです。でも、その大きさだとクレーメルケイジから食み出るでしょう? ダイエットしてください。
<おおきくなったらもどれません>
それは困ります。私は貴方が居ないと困るのです。もしや、これは別れの挨拶で、これからバイバイという事なのでしょうか。ここまで育てたのに、大きくなったらポイッという事ですか? それは酷いのではありませんか? 貴方を育てた私としては、私が死ぬまで面倒を見て欲しいものです。
<おかえしです>
そう言って小人の晶霊さんは、私の体を登り始めました。つまり小人さんは、一緒に居てくれるという事ですね。ああ、安心しました。バイバイだなんて言われたら、どうしてくれようかと思っていました。長年連れ添った小人さんを痛め付けるのは、私も心苦しいのです。
私は小人さんを指先で摘み、胸のポケットへ移します。ここに入れておけば、小人さんが私から逃げようとしても分かります。うふふ、逃がしませんよ。逃がす訳ないじゃないですか。貴方は私の物なのです。では、さっそくフリーズランサーを始めましょう。用意はいいですか、小人さん。そう言うと、私の胸ポケットから顔を出した小人さんは頷きました。
いつものようにクレーメルケイジを握って、ふと思います。私の胸ポケットに小人さんが居るという事は、このクレーメルケイジの中身は空っぽです。こんな物を持っていても仕方ありません。水晶のようなクレーメルケイジを足下に刺した私は、小人さんに晶霊術の発動を願いました。
<ふりーずらんさーです>
空中に描かれた魔法陣から、氷の塊が生まれます。その先端は槍のように尖っていました。撃ち出された氷の欠片は、キラキラと光る軌跡を残します。両手で抱えるほど大きな氷が、私の正面にあった木に衝突し、ドシンと揺らします。続けて撃ち出された氷は、雑草の生えた地面を抉ります。さらに無数の氷が飛び交い、心地よいカキンカキンという打撃音を鳴らしました。
威力と連射性能が上がっているようです。体が大きくなっただけ、では無かったのですね。もしや小人さんは、いわゆる下位晶霊から中位晶霊へグレードアップしたのでしょうか。晶霊は鉱物結晶に宿りやすいから「晶霊」と呼ばれています。クレーメルケイジに入らない小人さんは、どうやって体を休めるのでしょうか? そう思っていると小人さんは、私の胸に潜り込んで来ました。
どうやら小人さんは私の、体の中に潜ったようです。寄宿晶霊という物でしょうか。そう考えていると空気を暖かく感じ始めました。いいえ、これは逆です。私の体温が下がっています。小人さん、大変です。貴方が私の中に居るせいで体温が下がっています。このまま凍死するなんて困りますよ。
<さむいのつよくなります>
いわゆる寒さ耐性ですか。私はフリーズランサーの氷を、一つ出してもらって触ります。すると寒いと感じる事はなく、手が凍る事もありません。これは便利じゃないですか。でも逆に、暑さに弱くなりませんか? なるんですか。そうですか。そうでしょうね。その時はフリーズランサーを使って涼みましょう。
寒さ耐性のおかげで暑くなってきました。しかし山小屋に厚着はあっても、薄着はありません。少し前に木の枝に引っかかって、真っ二つになりました。私は薄着へ着替えるために、ラシュアン村へ戻る事にします。住み着いていた山から下山していると、ラシュアン村から煙が昇りました。何かと思っていると、ラシュアン村から強い光が放たれます。少し遅れて爆音が、私の耳に届きました。
ラシュアン村が襲撃を受けているようです。大学からピアスを盗んだ事が露見したり、盗賊に襲われていたりするという可能性もあります。でも、きっとネレイド神の封印が解けたのでしょう。晶霊さんが大きくなったタイミングで、この事件ですか。神様の介入を疑いたくなります。
このまま山の中に隠れましょうか。そう思ったものの、ラシュアン村が壊滅すると大変です。朝に出発すると夕方に帰り着くレグルス道場まで、物資を仕入れに行かなければ成りません。だからと言ってラシュアン村を見捨てて他の場所に移り住めば、村長は激怒するでしょう。
しまった。そうでした。その村長さんがネレイド神に憑かれています。このまま何もしなければ、次の村長は私に不満を持つでしょう。「何もかもお前が悪い!」と言って村人達を煽るかも知れません。「ミンツ大学から貴重品を盗んだ大罪人」として偉い人に報告されたら困った事になります。
仕方ありません。村人達に私の顔を見せに行きましょう。「村の異常を察して、山から慌てて下りて来た」という感じで登場すれば、あとで文句を言われても言い訳できます。まだ子供の主人公達と同行すれば、安全に避難できるでしょう。そうと決まったら、村まで駆け足です。万が一の時は頼りにしていますよ、小人さん。
<おかませです>
とても不安になりました。
▼『雑種犬さん』の感想を受けて、指名手配された理由が甘い事に気付いたので、受付で名前を名乗った事にしました。
せっかく私が玄関から訪れてあげたと言うのに、この対応です→せっかく私が玄関から訪れて、受付で名前まで名乗ってあげたと言うのに、この対応です。
後から知ったのですけれど、姿形を覚えられていた私は指名手配されていました→後から知ったのですけれど、姿形を覚えられていた上に、受付で名前まで名乗っていた私は指名手配されていました。
▼『ハバネロ1728』さんの感想を受けて、「テイルズ作品の順番が違っていた件」と、「デスティニーで統一されていなかった件」を指摘されたので修正しました。うっかりしてました。それにしても、よく気付いたものです。
次のタイトルはPSで発売された『デスティニー』→前のタイトルはPSで発売された『デスティニー』。
前のタイトルはPS2で発売された『デスティニー2』→次のタイトルはPS2で発売された『デスティニー2』。
▼『ぜんとりっくす』さんの感想を受けて、「クレーメルケイジにから食み出る→クレーメルケイジから食み出る」に気付いたので修正しました。作者が何回読んでも気付かなかった件。
でも、その大きさだとクレーメルケイジにから食み出るでしょう?→でも、その大きさだとクレーメルケイジから食み出るでしょう?
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本編の10年前 山道で避難民と遭遇する
大学へ盗みに入り、
氷の晶霊と仲良くなり、
ネレイド神が降臨しました。
空中を駆けるような速さで、魔女は遠ざかる。その姿を儂等(わしら)は見送った。魔女というのは彼女の事だ。10年ほど前から近くの山に住んでいる魔女だった。10年前に突然現れ、ずっと山に住み着いている。交流は物を売買する程度で、思い出したように村を訪れる。そんな魔女は儂等にとって、不気味な存在だった。
交流を断絶しようという話もあった。具体的に言うと、魔女と売買する事を禁止する。しかし、それに反対したのは儂の息子だ。息子は現在の村長だった。その息子によると、魔女は修行のために山に篭ってると言う。実際、魔女は朝から晩まで、氷の晶霊術を放ち続けているらしい。猟師のビッツ・ハーシェルによると、それを毎日続けている。
しかし、物事には限度という物がある。魔女は毎日、修行を続けている。それこそ1日だって休む事はない。雨の日も、風の日も、修行を行っているという話だった。狂気的な行為だ。まともな人間のする事ではない。とても正気とは思えない。そんな危険な存在を、なぜ息子は庇うのだろうか?
息子と親しい猟師のビッツによると、息子は魔女の正体を知っているらしい。さらに詳しく儂は聞き出そうとしたものの、どこからか駆けつけた息子によってビッツはボコボコにされた。それからビッツが口を滑らせる事はなくなり、魔女の正体も分からないままになる。息子が駆けつける前に聞き出せた事は「変わり果てた姿」というヒントだけだ。
いったい魔女は何者なのか。なぜ、そこまで名前を秘匿するのか。もしや重犯罪者なのではないか。そんな事が明らかになれば、庇っている息子も刑罰を受ける。ビッツのヒントから魔女は、この村の出身である可能性がある。しかし儂は、魔女が何者なのか分からなかった。
おそらく年齢は35歳くらいだろう。息子やビッツに近い年齢だ。息子に近い年代の女性と言えば、インフェリア王の寵愛を受けたロナか。しかしロナは、すでに亡くなっている。ビッツが遺体を確認したと聞いている。生きているという事はありえない。ありえないはずだ。いくら何でも違いすぎる。
ないない。ありえない。いったい何があったら、あの子が魔女になるのか。それにロナが得意なのは染め物で、晶霊術ではなかった。まさか復讐のために力を磨いているのか。そう言えば「ロナは出産していた」という話を聞いた事がある。その子供は行方知れずだ。どこかに囚われているのかも知れない。
そこで儂は考えるのを止めた。万が一という事もある。息子が私に話さないという事は、それほど重要な事なのだろう。息子は魔女の正体を知った上で、魔女を信用している。ならば、それで十分だ。すでに村長の立場を退いた儂は、現在の村長である息子を信じよう。
思えば魔女と、まともに会話するのは初めてだった。いいや、会話と呼べる物ではなかった。儂は混乱したまま、思い付いた事を喋ったに過ぎない。息子が村を焼き、息子が人を殺し、儂は混乱していた。それでも人々を纏めて、村から避難していた。そこへ現れたのは魔女だった。
「何事ですか!?」
魔女は息を切らせながら儂に問う。そんな様子の魔女を見るのは初めてだった。いつも村にくる魔女は、他人と関わる事はなかった。必要最低限の会話しかなかった。それなのに、その時の魔女は、いつもと違っていた。必死な様子で、慌てた様子で、何事なのかと儂に問う。息が切れるほどの勢いで、下山してきたのだろう。まるで儂等を心配しているかのようだった。
「ノリスが、分からん。外から帰ってきたら、火の晶霊術を放ちおった。剣を抜いて。あいつは晶霊術を使えんはずだ。妙なモヤに包まれていた。モンスターに操られているのかも知れん」
「分かりました。ならば私が貴方達を護衛しましょう」
あらかじめセリフを用意していたかのように、魔女は申し出る。儂の説明を聞いて、すぐに状況を飲み込めたというのか。儂等ですら、状況を理解できている訳ではない。魔女は何を考えているのか、何を企んでいるのか。なぜ、息を切らせて儂等の下へ駆けつけ、護衛を申し出たのか。何もかもが疑わしい。
「ねえ! あなた凄い術士さんなんでしょ!? お父さんを助けて!」
そんな魔女の足に孫が抱きつく。その魔女が何のような存在かも知らず、救いを求めた。そんな孫の行動に儂等は身を固くする。正体不明の魔女に、孫が殺されても不思議ではないと思っていた。魔女は冷たい目で孫を見下し、儂等は何が起きても良いように身構える。しかし魔女が晶霊術を使えば、この場に対抗できる物はいなかった。
「お父さん言ってたよ! 山に住んでいる人は、すごい晶霊術士さんだって! 晶霊術で山を壊したりするけど、怖い人じゃないって! おねがい! 私のお父さんを助けて!」
息子の言った事を、孫は信じている。魔女を悪い人ではないと思っていた。そんな事は分からない。この場にいる誰も、魔女が何者なのかを知らない。知っているのは息子と、猟師のビッツだけだ。その息子は村で暴れ、ビッツは息子を止めるために残っている。
息子の様子がおかしかったのは、魔女の仕業かも知れない。そんな疑念もあった。これは魔女が画策した事ではないのか。そんな風に考えた。孫の言葉に、魔女は反応を返さない。魔女が怒って晶霊術を使う前に、何か行動を起こす前に、孫を止めなければならなかった。
「ファラ、無理を言ってはいかん」
儂は勇気を振り絞り、魔女の足に抱きつく孫を引き剥がした。それでも魔女は何も言わない。孫を見て、何かを考えていた。今すぐ魔女から逃げ出すべきなのかも知れない。しかし背を向けた瞬間に、晶霊術で狙い撃たれる恐れがあった。儂等は何も出来ず、魔女の様子を探る。
「分かりました。私が村長さんを止めます」
予想外の言葉に、儂等は驚く。これは魔女の罠なのかも知れない。息子を操って村を襲わせ、その息子を止める事で信用を得ようとしているのか。そんな事を考えた。善意から出た言葉であると、儂等は信じられなかった。何か裏があるのではないかと、そう疑った。
「私もっ」
孫は魔女に言いかける。この孫は本当に怖いもの知らずだ。しかし魔女は、孫を連れて行かなかった。村まで付いて行こうとする孫を、魔女は説得する。「私がお父さんを止めるから、代わりに貴方は皆を守って欲しい」と言った。そうして優しい笑顔を孫に向ける。そんな表情を魔女が出来るなんて、儂等は知らなかった。
息子の言う事は正しかったのかも知れない。儂等が思っていたよりも、魔女は悪い存在ではなかったのだろう。魔女は信じるに値する存在なのか。そうして儂等が答えを出せない間に、魔女は登山道を下りて行く。足の遅い晶霊術士とばかり思っていた魔女は、空中を駆けるような早さで遠ざかっていた。
「がんばってー!」
その後ろ姿に声をかけたのは孫だ。最初から魔女に疑心を抱いていなかった孫は、魔女に声援を送る。その声に釣られて儂等も声を上げた。晶霊術を使えないはずなのに晶霊術を使う息子を、同じ晶霊術士である魔女ならば止める事ができるのかも知れない。そんな風に儂等は期待した。
「たのんだぞー!」
「無理はするなよー!」
「また会おう!」
「帰ってこいよー!」
「結婚してくれー!」
儂等の声援に魔女は足を止め、大きく手を振って答える。それを見た儂等は、ワァッと沸いた。魔女に対する疑心よりも、今は期待の方が大きかった。少し前の儂等は、そんな感情を魔女に向けるなんて思わなかったに違いない。魔女に対する儂等の印象は、少し会話しただけで引っくり返っていた。儂等は、もっと早く、魔女と分かり合うべきだったのだろう。
Re
ネレイドは非物質世界の神様で、セイファートは物質世界の神様です。
しかし、これはセイファート側に寄った表現と言えます。ネレイド側に寄った表現で言えば、セイファートは「有限世界」の神様でしょう。形ある物として存在している以上、いつか壊れます。人は腐れ、木は枯れ、石は砕かれます。有限世界は不幸な「死」で満ち溢れていました。セイファート神が世界を作らなければ、これほど不幸な事は起こらなかったのです。
セイファート神の有限世界に対して、ネレイド神の治める世界は無限と言えるでしょう。インフェリアという土地も、セレスティアという土地も、エターニアという世界の限界もない。痛むこともなく、苦しむこともなく、病むこともなく、老いることもない、無限の世界です。
ネレイド神から見れば、この世界は死の檻でしょう。エターニアという世界は、死の檻に囚われています。無限だった世界を、わざわざ有限で縛っているのです。不死の存在を檻に捕えて「死」を与え、苦しむ様子を楽しんでいる。そんな事をしているセイファート神は外道に違いありません。
でも、この世界を破壊されると困るのです。だって、フリーズランサーが撃てないじゃないですか。キラキラと光る氷の綺麗な軌跡を見れないし、カキンカキンと敵を打つ心地いい音も聞けません。目がなければ光は見えず、耳がなければ音も聞こえません。それは楽しくありません。
ネレイド神がラシュアン村を襲撃しています。とは言っても、ネレイド神に肉体はありません。ラシュアン村の村長さんに憑いているのです。私は事後に言い訳できる証拠を作るために、村へ向かって下山していました。山に隠れたままだと、後で批難される恐れがあるのです。
山道を登ってくる人々を、私は発見します。急いで下りてきた感じを装い、私は息を荒げました。苦しそうな表情を作ることがポイントです。私は何も知りません。村から爆発音が聞こえたので、慌てて下山してきた設定です。何が起こっているのか分からない様子で、村で起こった事を尋ねました。
「ノリスが、分からん。外から帰ってきたら、火の晶霊術を放ちおった。剣を抜いて。あいつは晶霊術を使えんはずだ。妙なモヤに包まれていた。モンスターに操られているのかも知れん」
60歳くらいの男性は思い出すように語ります。ノリスは村長さんで、この男性はノリスさんの父親です。自分の子供が帰ってくるなり無差別殺人を始めたら、それはビックリするでしょう。よくも冷静に「逃げる」という判断ができたものです。逃げ出すことなく、村長さんの説得を試みているのかと思いました。
二度も説明されるのは面倒なので、私は分かった振りをします。そして避難する人々を護衛すると申し出ました。ネレイド神のいる村に行くなんて、お断りです。村長の父親から下手な事を言われる前に、私から護衛を申し出ました。これで私も一緒に避難できます。そう思っていた私に、泣き付いてくる子供がいました。
「ねえ! あなた凄い術士さんなんでしょ!? お父さんを助けて!」
小さな子供です。村長さんの子供でしょう。ついでに言うと主人公組のメンバーです。その子供は片足に抱きつき、私に助けを求めました。それにしても「凄い術士さん」ですか。村長さんは村人の皆さんに、私の事を何と言っていたのでしょう? 少なくとも「大学から貴重品を盗んだ犯罪者」とは言っていないようです。
子供の行動に、村長さんの父親は何も言いません。引き離そうとせず、止めもしません。子供の声に答えた私が、助けに行く事を期待しているのでしょうか。期待されているのでしょうね。村人の皆さんも、私に視線を向けています。私が何と答えるのか、様子を探っているのです。これは困りました。
「お父さん言ってたよ! 山に住んでいる人は、すごい晶霊術士さんだって! 晶霊術で山を壊したりするけど、怖い人じゃないって! おねがい! 私のお父さんを助けて!」
いい言い回しです。褒めてあげましょう。どうやら私は村人の皆さんに、すごく怪しい人と思われていたようです。山に篭ったまま長期間、下りて来なかったからでしょう。そのままでは村で売買拒否されていた可能性もあります。子供の言葉から察するに私は、村長さんに庇われていたのでしょう。
「ファラ、無理を言ってはいかん」
そう言って村長さんの父親は、私の足に抱きついているファラを引き剥がしました。しかし、これは困りました。こんなに人目のある場所で、まさか「やだよー! べー!」なんて言えません。そのお父さんはネレイド神に憑かれています。そのネレイド神を引き剥がす手段は、今のところ村長さんを殴り倒すしかありません。
説得などの穏やかな手段は通じず、暴力で解決する事になります。できれば村人達と一緒に避難したいものの、子供のファラは期待するような目で私を見ていました。そんな目で見ないでくださいよ。断りづらいじゃないですか。こんな雰囲気で「やだよー! べー!」なんて言ったら、村人の皆さんに嫌われます。
仕方ありません。ここは好感度を稼ぐと思って、村長さんを助けに行きましょう。主人公組からの好感度も稼げるはずです。そう考えると悪い選択ではありません。でもネレイド神に私が殺されたら台無しです。勝てないと思ったら、さっさと逃げましょう。そうしましょう。
ネレイドに憑かれている村長さんを止めます。でも、助けるとは言えません。村長さんを倒して、憑いているネレイド神を追い払うのです。それなのに助けるなんて言ったらウソになります。止めると言えば、少なくともウソではありません。だから私は村人の皆さんに、村長さんを止めると宣言しました。ウソではないのです。
「私もっ」
突然、ファラは声を上げました。しかし、その言葉は喉に詰まります。おそらく「私も行く」と言いたかったのでしょう。でも、「行く」と言えなかった。ファラの顔は涙によって汚れています。さっきまで泣いていたのでしょう。こんな子供に付いて来られても困ります。
ピンチになっても逃げられません。足手まといです。見捨てて逃げると問題になります。しかし、そんな言葉を子供に向ける訳には行きません。そんな事を言えば、村人の皆さんに喧嘩を売ったも同然です。ここはファラが付いて来ないように、村人の皆さんと一緒にいるように説得しましょう。
ファラに避難民を守ってもらうのです。実際は子供なんて役に立たないものの、そういう事にしておきます。避難する間にモンスターと出会う事もあるでしょう。私の言った事を真に受けて、ファラは皆を守ろうと無茶をするかも知れません。しかし、それでファラが怪我を負ったとしても、私が責められる事はないはずです。
そんな訳で、私はファラを説得します。皆と一緒に行って、祖父や友達を守るように言いました。私がファラのお父さんを止めるから、その代わりにファラは皆を守ってください。連いて来ないでくださいよ。絶対ですよ。それでも連いてきちゃった時のために、安全は保証できないと言っておきます。
これだけ言っても来るのならば、私の責任ではありません。監督義務を怠ったファラの祖父の責任です。予防線を張り終えた私は、ニコニコとしていました。これで安心して村へ向かえます。もしもネレイドに憑かれた村長さんを止められなくても、私が責められる理由はありません。自由なものです。
「がんばってー!」
「たのんだぞー!」
「無理はするなよー!」
「また会おう!」
「帰ってこいよー!」
「結婚してくれー!」
後ろから声援が聞こえます。ああ、なんて気持ち悪い。寒気を覚えます。私を戦地に送り出しておいて、何を言っているのですか。子供のファラのように、自分も行こうと思わないのですか? だからと言って、連いて来られても困るのですけれど。「がんばれ」なんて私に言わないでください。
そう思ったものの私は、声援に反応を返します。足を止めて振り返り、大きく手を振りました。すると村人の皆さんは、喜びの声を上げます。面倒くさい人達です。でも無視すると、機嫌を損ねるに違いありません。サービスは、これで終わりです。この場所から、早く離れましょう。
<たいへんですか?>
ああ、フリーズランサーで薙ぎ払ってしまいたい。
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本編の10年前 神ネレイド戦
避難民に同行しようと思ったものの、
子供のファラに泣き付かれて断れず、
戦場へ向かう事になりました。
ネレイド神に肉体はありません。精神のみの存在です。なので人に憑いて行動します。とは言っても、完全に肉体を乗っ取る訳ではありません。その人の精神は残っています。精神を上書きしたり、相手と融合したりする憑依ではありません。相手を自分と同じ物にする同化と言えるでしょう。
要するに、人格は失われないのです。ネレイド神に憑かれた村長さんも、人格は残っています。村長さんの子供であるファラを見れば、自身の娘と認識できるでしょう。しかし、ネレイド神がファラを殺そうと思えば、憑かれている村長さんも娘を殺そうと思うに違いありません。
そんな村長さんを発見しました。体から黒いモヤを立ち昇らせて、明らかにボスっぽい雰囲気です。村長を止めるために残った、猟師のビッツさんは見当たりません。あっちこっちに転がっている、黒焦げステーキの中に含まれているのでしょうか? 村は火に包まれて、暑苦しくなっています。
小人さんにお願いして、辺りにフリーズランサーを撃ってもらいましょう。なんて考えたものの、そんな事をすれば村長さんに気付かれます。ここは熱いのを我慢して、村長さんを仕留めるべきです。そう思った私は小人さんに、村長さんに向かってフリーズランサーを放つようにお願いしました。
「小人さん、小人さん。あそこにいる人に向かって、フリーズランサーをお願いします」
<おやすいごようです>
あいさつ代わりにフリーズランサーを打っ放します。空中から氷が湧き出ると、村長さんに発見されました。村長さんに晶霊術の発動を感知されたのでしょう。しかし村長さんは攻撃体勢に移りません。それを不審に思った私は身を隠すのを止め、その場から走り出しました。すると地面から、炎が吹き上がります。
晶霊術の規模から察するに、下級ではなく中級の晶霊術でしょう。思っていたよりも、使用できる晶霊術は強いようです。せいぜい下級のファイアボールを使える程度だと思っていました。村長さんはクレーメルケイジを持っていないので、ネレイド神の力を用いているのでしょう。
危うく火だるまになる所です。髪に燃え移ると困ります。もしも火の晶術を受けたら、火傷を負うのです。ゲームのように体力が減るだけ、なんて事はありません。私は回復用の晶術を使えないので、怪我や火傷を治すことはできません。私は攻撃された事を、村長さんに抗議しました。
「いきなり何をするんですか。危うく火だるまになる所です」
「ビッツの次は君か! 君も私の邪魔をするのか!」
あらら、やっぱり猟師のビッツさんは退場していたようです。それにしても、村長さんが返事をするとは意外でした。ネレイド神に憑かれて、会話が出来ない訳ではないようです。そうは言っても、村長さんの説得は無意味でしょう。ネレイド神という巨大な精神体は、人の精神で抗える物ではありません。
ネレイド神に憑かれていると分からない人から見れば、村長さんの変わりっぷりに驚きます。ストレスを溜めすぎて、弾けちゃったと思われるでしょう。自分の手で村を壊滅させて、どんな気分ですか? 泣いて悔しがっていますか? 気になるので聞いてみました。
「村長さん自身の手で村を壊滅させるなんて、そんなに溜まってたんですか?」
「邪魔をするなぁ!」
まるで話が通じません。村長さんは剣を持って、こちらへ駆けてきます。ネレイド神に憑かれていても、村長さんの剣技が衰える事はありません。剣も魔法も使える魔法剣士タイプに進化しています。とりあえずフリーズランサーを発動させて、カカカカカッと村長さんに撃ち込みました。
フリーズランサーは点ではなく、面による攻撃です。村長さんは回避できません。いいえ、回避は出来るけれど、下手に避ければ怪我を負うでしょう。なので村長さんは剣を振るって氷の槍を迎撃し、壊し切れない分は火の玉を飛ばして破壊しました。そうして私のフリーズランサーを切り抜けます。すごいですね。
「すみません。甘く見ていました」
正直に言うと、最初のフリーズランサーで勝てると思っていました。ネレイド神に憑かれていると言っても、村長さんに素質はありません。素質がないので、闇の極光術を使える訳ではないです。それなのに、そんな小技で私のフリーズランサーを切り抜けるなんて驚きました。フリーズランサーの弾幕が薄かったのですね。
私は背後に大きな魔方陣を展開します。そこから無数の槍が、先端を覗かせました。そして村長さんに向かって、大量の氷を撃ち出します。魔方陣を背後に展開したのは、私の視界を塞がないためです。それほど数多い氷の槍は、村長さんの姿を覆い隠しました。
しかし氷の隙間から、村長さんの姿が垣間見えます。「うおー!」という声も聞こえました。氷の槍を弾きながら、こちらに向かってきています。もちろん全ての槍を弾かれている訳ではありません。村長さんの体に当たっている槍もあります。それらの槍は村長さんの体を貫くことなく、当たった瞬間に弾かれていました。
その現象に対して、闇の極光術を私は疑います。闇の極光術は、ネレイド神の使う神の力です。それは晶霊を体内で混ぜ合わせ、反発させる事で大きな力を生み出します。どこぞの魔法教師が使う、気と魔力の合一のような技です。その晶霊を取り込む過程を利用して、フリーズランサーを分解しているのかと思いました。
しかし本編に、そんな描写はありません。晶霊術を無効化するなんて力はないはずです。そんな力があったら、ネレイド戦が大変な事になります。テイルズオブファンタジアに登場したラスボスさんのように「物理攻撃を受けると体力が回復する」のではなく、「魔法攻撃を受けると体力が回復する」ようになるのかも知れません。そうなると、私のような晶霊術士が使えない子になります。でも、そんな事はありません。
魔法無効化能力という可能性も考えます。どこぞのアスナ姫のように、晶霊術を無効化しているのでしょうか? 光の極光術に「極光壁」という、次元の壁を作り出して敵の攻撃を無効化する技があります。しかし、ネレイド神の用いる「闇の極光術」で、何かを作り出すことは出来ません。「闇の極光術」で、次元の壁を作り出すなんて事はできません。おまけに「闇の極光術で晶霊術を無効化できる」なんて話も聞いた事がありません。
「ああ、剛体ですか」
答えは、もっとシンプルな物でした。剛体もしくはスーパーアーマーと呼ばれる状態でしょう。その状態になると攻撃を受けても怯まず、詠唱を中断される事もありません。そんなスーパーな状態に村長さんがなっているのは、ネレイド神の仕業でしょう。とりあえず、ダメージは蓄積しているはずです。
村長さんは私に近付きつつあります。なので空飛ぶ氷の槍を踏んで、私は空中へ登りました。槍を足場に代えて、空へ駆け上がります。足を止めれば私の体は、槍から滑り落ちるでしょう。射出される氷を踏むのは難しいのです。最初の頃は、そうでした。しかし今では慣れたものです。
村長さんの体も浮き上がります。ああ、そう言えばネレイド神も空を飛べました。大地を隔てる空の海面まで、浮き上がる力を持っています。これは厄介です。私はフリーズランサーの射出を行いつつ、空を駆け上がります。さらにフリーズランサーも詠唱を始めました。
とにかく逃げ回って、詠唱の時間を稼ぎます。村長さんの撃ち出すファイアボールと、私の撃ち出すフリーズランサーが衝突しました。村長さんに照準を合わせるのは難しく、空中におけるフリーズランサーの命中率は下がっています。まあ、闘技場に出現するハーフエルフのように、見当違いの方角へ射出されるよりはマシでしょう。
フリーズランサーの射出を止めて、足も止めます。そうして落下を始めた私に向けて、村長さんが浮き上がってきました。真下に村長さんが居ることを確認すると、私は足下に魔法陣を出現させます。魔法陣はクルクルと回り、平面に広がりました。魔法陣の向こうに村長さんが見えます。
「おお、地の底に眠る死者の宮殿よ、我らの下に姿を現せ」
格好つけて詠唱します。意味はありません。全く関係のない呪文です。どこぞのフェイト人形の、石柱を喚び出す呪文でした。そうして魔法陣から出現したのは、先端の尖った巨大な氷です。フリーズランサーの、でっかい版です。山のように大きな氷の槍は、村長さんに直撃しました。
「うおー!」
おおっと、耐えています。村長さんは、氷の槍を押し返そうと頑張っています。質量的に考えて無理だと思うものの、さすがネレイド神です。おかげで、氷の槍の落下する速度が遅くなりました。このままでは氷の槍を逸らされるかも知れません。せっかく出したのに、それは勿体ないでしょう。
「これで終わりだと思いました? 残念、倍プッシュです」
何をしたのかと言うと、氷の槍を追加しました。先に射出された氷の槍に、新しく作り出した氷の槍を衝突させます。すると村長さんは押し切られ、そのまま地面に叩き付けられました。氷の槍の上に乗っていた私は、轟音に対して耳を塞ぎます。ラシュアン村の周辺に地震が起こり、役目を終えた巨大な氷の槍はカラカラと崩れ始めました。
ラシュアン村もペッタンコです。晶霊術を用いて作った氷は長続きしないものの、地面が大きく凹んでいます。村長さんの晶霊術で焼かれた建物も、圧し潰されて瓦礫の山になっています。あとで雨が降ると、大きな水溜りができそうです。ちょっと地形に問題があるので、村の場所を変える必要があるでしょう。
「そんちょーさん、あーそびーましょ?」
そう言うと、黒いモヤが立ち昇りました。あらら、まだ生きていましたか。死んだと思っていたのにビックリです。次は如何しましょうか? そう思っていると、黒いモヤが人の形を作り始めました。背後霊もといネレイド神でしょう、その力が強まると共に、村長さんの体は壊れ始めました。勝手に肌が裂け、出血を増やします。これは、もう、助かりません。
『受けよ! 極光の洗礼を!』
村長さんの声に、ネレイド神の声が重なります。「闇の極光術」の発動です。しかし村長さんに、「闇の極光術」の素質はありません。あるのならば、「光の極光術」の素質を持つリッドくんに触れた時、キラキラと光っていたはずです。つまり、むりやり発動させているのでしょう。
これは困りました。「闇の極光術」の素質を持っていない村長さんが、まさか闇の極光術を発動できるとは思っていなかったのです。神の力である極光術に対抗できるものは、極光術に限られます。今の村長さんにフリーズランサーを撃っても無効化され、問答無用で即死判定を受けるでしょう。
光の極光術の特性は「創造」で、闇の極光術の特性は「破壊」です。これもセイファート神に寄った表現と言えます。ネレイド神から見れば光の極光術の特性は「束縛」で、闇の極光術の特性は「解放」でしょう。創造によって「形のない物」に形を与えることで物として束縛し、その物を破壊することで「形のない物」は解放されるのです。
要するに、ネレイド神の用いる「闇の極光術」を受けると死にます。その極光術を防ぐ方法を、私は持っていません。まさか私も「闇の極光術」の素質があるというオチはないでしょう。何の事かと言うと「闇の極光術」の素質を持っていれば、闇の極光術を無効化できるのです。極光術は同類に撃っても効果がありません。
まさかテイルズ伝統の強制敗北イベントなのでしょうか。これは困りました。危なくなったら逃げようとは思っていたものの、今から逃げても手遅れです。空を見上げると、巨大な剣が虚空から突き出ていました。あれはHPを1まで減らされる大技です。これならば即死する事はないでしょう。でも万が一、即死すると困ります。30年間プラス10年の苦労が水の泡です。なので、やれる事はやっておく事にしました。
「小人さん、小人さん。私と一つになりませんか? 貴方もハッピー、私もハッピー。そんな素敵な御提案です」
<えっちなのはいけないとおもいます>
「嫌じゃない? それなら、おっけーという事ですね。では、やりましょう」
<あーれー>
小人さんの体を、私は片手に収めます。小人さんの胴体を、片手で握り締めました。すると小人さんはビクビクと震えて、ダーとズボンを濡らします。しかし、こんな事もあろうかと私は、小人さんの胴体を握っているのです。でも、そのままだと汚いので、小人さんのズボンを剥いてポイッと捨てました。小人さん、泣かないでください。
「憑依合体! 小人さん!」
どこぞのシャーマンキングのように、私は小人さんを体の中に取り込みます。単純に体の中に取り込んだのではなく、私の精神と混ぜ合わせました。私と小人さんの境界を崩して、一つになります。これで私と小人さんの精神は一つになりました。小人さんになった私は、フリーズランサーの呪文を唱えます。
『フリーズランサー』
この術式を肉体に取り込みます。とは言っても、人の肉体のままでは晶術を取り込めません。内部で暴発して、肉体はパーンするでしょう。なので小人さんの晶霊としての力を用いて、一時的に肉体を変質させます。どこぞの吸血鬼が開発したという、闇の魔法と呼ばれる技法です。本来は自身の魔力を用いるものの、この世界に魔力はありません。マナを生み出す世界樹がありませんからね。なので晶霊である小人さんの力を借りました。それを用いて変質させた肉体に、フリーズランサーの術式を取り込みます。
『かんりょーです』
ネレイド神のように、声が重なって聞こえます。これで万全の状態です。そこで空から落ちてきた巨大な剣が、地表に突き刺さります。それは漆黒の衝撃波を撒き散らしました。その衝撃波に対して、さきほど出した巨大な氷の槍を、通常のフリーズランサーのように乱射します。もはや対軍用フリーズランサーと言える、それは山でも削れそうな勢いです。しかし巨大な氷の槍も、剣の放つ黒い衝撃波に飲み込まれると消えました。残念な事に、まったく効果がありません。
撃ち出した氷の槍は掻き消され、黒い衝撃波に私も飲み込まれます。そんな事だろうと思っていた私は、流れに身を任せました。諦めたとも言います。ゴリゴリと体を削られる感覚は、思っていたよりも早く終わりました。発動者の村長さんが、「闇の極光術」を満足に発動できる状態ではなかったからでしょう。でも、フリーズランサーを取り込んだ事で氷と化していた肉体は、あっちこっちが割れています。このまま人に戻ると大怪我なので、余った部分の氷で埋め合わせました。
そろそろ私のTPもとい集中力が切れそうなので、憑依合体を解除します。小人さんの精神を、私から分離しました。村長さんの姿を探して辺りを見回すと、荒野が見えます。村の跡はなく、瓦礫すら残っていません。巨大な剣の落ちた場所を中心として、大きなクレーターが出来ていました。
そのクレーターの斜面に、村長さんは倒れています。もう黒いモヤは見当たりません。どうやら、ネレイド神は去ったようです。まだ呼吸は止まっていないため、村長さんは生きているのでしょう。私は村長さんに近寄って、様子を探りました。裂けた肌から流れ出た血で、村長さんの体は赤く染まっています。
「村長さん、私の声が聞こえますか?」
「ああ、ロナ。君に、止めてもらえて、よかった」
ロナは私の名前ではありません。ロナと勘違いしているようです。きっと意識が曖昧なのでしょう。村長さんの怪我を治そうと思っても、私は回復用の晶術を使えません。使える晶霊術はフリーズランサーだけです。「闇の極光術」の反動でボロボロになった村長さんを、助ける方法はありません。なので話を合わせてあげる事にしました。
「はい、ロナですよ。なにか言いたい事はありますか?」
「子供達に、子供達のせいじゃ、ない。封印は、破られていた。伝えてほしい」
最後に言い残す事が、それですか。どこぞのチビのように「じつはヒメが好きでした」なんて告白するのかと思っていました。そういえば、ネレイド神に憑かれている間のことも、憑かれていた人物は認識できるようです。本編でネレイド神に憑かれていた人も、ネレイド神に憑かれている間のことを恥ずかしく思っていました。
「封印は破られていた。子供達のせいじゃない。ですか」
「そうだ。封印は、破られていた。子供達のせいじゃ、ない」
「分かりました。安心してください」
「そう、か。ああ、安心し、た」
「安心してください」
「ああ、ロ、ナ」
「はい、ロナです」
「 」
だまして、ごめんなさい
▼フリーズランサー巨大化
「倍プッシュだ!」をやりたかったのです。
▼「晶術」となっていた部分を「晶霊術」に直しました。
晶術だと、テイルズオブデスティニーに登場する術の名称になります。
▼『ぜんとりっくす』さんの感想を受けて、「ぞうなると→そうなると、な件」に気付いたので修正しました。こんな小さなものに、よく気付いたものだと作者は感心します。
ぞうなると、私のような晶霊術士が使えない子になります→そうなると、私のような晶霊術士が使えない子になります
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本編の10年前 キールくんの闇堕ち
ネレイド神に圧勝していたものの、
強制敗北イベントが発生し、
闇の極光術で自爆されました。
避難する儂等と別れ、魔女は村へ向かった。その後、空に描かれた大きな魔法陣から、見た事もないほど巨大な氷が地面に落ちる。その衝撃は村から遠く離れた、儂等のいる場所にも伝わった。氷を用いるという事は魔女の晶霊術だろう。あれほどの力を持つ晶霊術士は、晶霊術士として最高位とされる宮廷晶霊術士にも居ないかも知れない。
しかし、それで終わりではなかった。禍々しい剣が空に現れ、地面に落ちる。すると、さきほどの衝撃ですら比べ物にならないほどの轟音が鳴り響いた。その衝撃波は山の中まで届き、木々を圧し折る。体の奥まで届くような衝撃波によって、儂等は地面に叩き伏せられた。
そうして、しばらく立ち上がる者はいなかった。巨大な氷による第1波と、禍々しい剣による第2波、それらに続く第3波の到来を恐れていた。想像を絶する破壊力は、もはや人々の争いという規模を超えている。例えるならば、あれは神だ。神々の争いに巻き込まれれば、人に過ぎない儂等に命はない。
しかし第3波は来なかった。日が傾いて、夜が近づく。戦闘は終わったのだろうか? 魔女は勝ったのだろうか? それとも、モンスターに操られた息子が来るのだろうか? 不安で仕方なく、儂等は怯えていた。世界の終わりのような力を感じた結果、儂等の心は等しく折られていた。無力な儂等は祈る事しかできない。
木々に遮られた山の中は暗い。火が必要だと気付いた儂は、重い腰を地面から上げた。今の内に準備をして置かなければ手遅れになる。儂は皆に声をかけ、木々を拾い集めて火を起こした。そうして薄暗くなった山に火が灯る。すると皆は焚き火に集まり、恐怖から逃れるために身を寄せ合った。ああ、儂等は、なんて無力なのだろう。
そんな時、魔女が現れた。息子が帰った。いいや、魔女が息子を連れて戻ってきた。しかし、よく見ると息子の様子がおかしい。魔女に背負われた息子は、ひどい有様だった。全身に内出血の跡があり、肌は青く染まっている。内部から破裂した傷もあり、そこから血が抜けたせいか、息子の顔は気味が悪いほど白かった。
「モンスターに憑かれた村長さんは、無理な使い方をされて体を壊してしまったのです」
儂は葉を食いしばる。魔女はヌケヌケと、そんな事を言った。傷だらけの息子に対して、魔女は傷一つない。衝撃で大地を揺らすほどの戦いを行いながら、魔女は無傷だった。傷だらけの息子と、傷一つない魔女。それを並べて見ていると怒りが湧いた。なぜ逆ではなかったのか。傷一つない息子と、傷だらけの魔女ではなかったのか?
「そうか。息子を連れ帰って来てくれた事に、礼を言う」
しかし、私の怒りは不当なものだ。魔女は儂等を助けてくれた恩人だ。そう思って皆の様子を探ると、喜ぶ訳でもなく、怒る訳でもなく、悲しむ訳でもなく、皆は安心していた。災害が過ぎ去った後で一安心するかのように気を緩めていた。息子の死体で何もかも終わった事を知り、もはや戦いに巻き込まれる事はないと安心していた。
息子の死など、皆にとっては如何でも事になっている。唯一の例外は息子の娘であるファラだ。ファラは息子の死体に泣き付いていた。父親である儂を差し置いて、息子を独占していた。そこは儂の場所なのだ。それなのに何故、この娘は我が物顔で陣取っているのか。
「子供達に村長さんから伝言があります」
魔女の言葉に、儂は引き戻される。儂ではなく、子供達に伝言だと? なぜ子供達に伝言を残したのだろうか。魔女は子供達を呼び集める。大げさに泣き喚いていたファラは、「お父さんから遺言があります」という魔女の言葉によって息子から引き離された。村長だった息子の娘であるファラ、猟師だったビッツの息子であるリッド、ツァイベル夫妻の息子であるキールの3名だ。息子の残した言葉を聞きたかった儂も、その場に加わった。
「村長さんの最後の言葉は、『封印は破られていた。子供達のせいじゃない』です」
封印と聞いて儂は、レグルスの丘を思い浮かべる。この「最果ての村ラシュアン」の村長が代々、管理してきた土地だ。当然、息子の前は儂も管理していた。あの立ち入り禁止となっている土地の地下には、得体の知れない物が封印されている。その封印が破られたという。
魔女が詳しく事情を説明してくれた。レグルスの丘に忍び込んだ子供達は、息子に見つかって追い出される。その後、封印から抜け出た何かに、息子は体を乗っ取られたらしい。それは「子供達の責任ではない」と息子は言い残した。それを聞いて儂は思う。どう考えても子供達のせいではないか。子供達が行かなければ不意を突かれて、息子が乗っ取られる事はなかったに違いない!
そう言って子供達を批難したかった。儂の孫とは言ってもファラは、毎日のようにトラブルを引き起こしていた問題児だ。ついに今回は人の命を奪う結果になってしまった。しかし、すぐ側に魔女がいる。わざわざ詳しく事情を説明する辺り、子供達を気にかけているのだろう。あの災害のごとき力をもつ魔女の前で、下手ことは言えなかった。
Re
最果ての村ラシュアンの消滅から10年が経った。場所を移して再建された村は、以前のようにラシュアン染めを産出していると聞いている。村が盗賊に襲われた程度ならば兎も角、村一つをクレーターに変えた事件は国を揺るがした。宮廷晶霊術士すら動員される大騒ぎになったものの、いまだに事件の犯人は見つかっていない。
そもそも犯人とは誰なのか? それはモンスターに乗っ取られたというファラの父親なのだろう。しかし、国の追い求める犯人は、ラシュアン村をクレーターに変えた存在だ。ファラの父親は死亡しているため情報を聞き出せない。なので現場にいた彼女が、ラシュアン村を消滅させた犯人という事になっていた。
彼女は僕にクレーメルケイジを押し付けた人物だ。子供の頃は今一つ分かっていなかったものの、クレーメルケイジは価値が付けられないくらい貴重な物だった。このクレーメルケイジがあれば晶霊術を扱える。しかし、クレーメルケイジがなければ晶霊術は扱えない。
晶霊術士にとって、クレーメルケイジは命に等しい。なぜ彼女はクレーメルケイジを、僕に押し付けたのだろう? 押し付けられた相手が、僕ではなくファラならば分かる。魔女はファラの父親と関わりがあるからだ。でも彼女は、何の関わりもなかった僕ことキール・ツァイベルを選んだ。
分からない。分からないけれど僕は、力をくれた事に感謝している。結局、僕の両親は行方不明のままだ。両親の代わりに僕を守ってくれたのは、魔女に押し付けられたクレーメルケイジだった。このクレーメルケイジが無ければ、これまで生き抜くことは出来なかっただろう。
僕は私的にクレーメルケイジを所有する、違法晶霊術士だ。晶霊術士として僕は、公的に登録していない。登録する資格もなかった。もしも登録したとしても、「資格なし」としてクレーメルケイジは没収される。でも子供の僕が生きるためには、この力を使うしかなかった。
そうして気付けば僕は、犯罪組織の一員になっていた。貴重な晶霊術士として、犯罪の片棒を担がされている。だからと言って、重宝されている訳ではない。クレーメルケイジを奪おうとする者は当然のようにいた。だから僕は必死に力を磨き、晶霊術を身に付ける。
そんな時に思い出すのは、過去に体験した彼女の力だ。高位の晶霊術士による災害級の力を思い返す度に、僕は自身の弱さを思い知る。そのクレーメルケイジを引き継いだのだから、僕も凡俗ではいられない。もっと強くならなければ、もっと強くなって、いつか全てを見返しやる。
そうして、ふと思う。両親が生きていれば、僕は如何していたのだろう? この町にある大学へ通っていたのかも知れない。普通に生きて、普通に幸せだったのかも知れない。でも、今さらだ。今さらな事だ。僕の手の内にあるクレーメルケイジだけが、今ある僕の真実だった。
Re
ネレイド神の神様パワーもとい極光術によって、ラシュアン村は消滅しました。まさかネレイド神が極光術を、素質のない村長さんで使うとは驚きです。しかし、むりやり晶霊を体内に取り込まれた村長さんの体は、パーンと破裂しました。そうしてネレイド神に使い捨てられた村長さんは、子供達に遺言を残します。
大きなクレーターと化した村の跡地から、生き残りのいる山へ戻ります。もう動かない村長さんも一緒です。いくら10年前はトレジャーハンターだった私でも、大人を運ぶのは大変です。なので、あの場に放置するつもりでした。しかし、村長さんを置いたまま一人で戻れば、生き残りの方々に白い目で見られるでしょう。そういう訳で仕方なく、村長さんを運んでいます。
太陽が地平線に沈みました。これから夜の時間です。山道に出現する攻撃的なモンスターを、フリーズランサーで串刺します。こんな山の中で、生き残りの皆さんは何処にいるのでしょう? その場所に心当たりはありました。英雄レグルスの像が立っている場所へ、私は向かいます。
レグルス像の周りに火が見えました。焚き火をしているようです。生き残りと合流した私は、村長さんを地面に降ろしました。喜ぶ訳でもなく、怒る訳でもなく、悲しむ訳でもなく、村人の皆さんは呆然としています。とりあえず村長の父親に事情を説明しましょう。村長さんが死んだ責任を、私に被せられても困ります。
私は村長さんの父親に、村長さんが自壊したと伝えました。実際、村長さんの死因は「極光術」の暴発による自滅です。村長さんに付いていた剛体効果のおかげで、私のフリーズランサーは傷を付けていません。なので「モンスターに憑かれた村長さんは、無理な使い方をされて体を壊してしまった」と説明します。私は無罪です。
そう説明すると、村長さんの父親は顔を伏せました。息子である村長さんの死がショックだったのでしょう。でも、その感情を私に向けられても困ります。私は親切で、村長さんを止めに行ったのですよ? 行動だけではなく、命も止まりましたけど。私は頑張ったので、その怒りは他の人に向けてください。
「そうか。息子を連れ帰って来てくれた事に、礼を言う」
それは良かった。わざわざ死体を運んだ甲斐がありました。これで私は村長さんを連れ帰った英雄です。「村長を見捨てたのではないか」と、村長さんの父親に言いがかりを付けられる事はないでしょう。村長さんの父親は次の村長になる予定なので、村人の皆さんに言いがかりを付けられても庇ってもらえます。私は当然の事をしたまでですよ。
さて、次は遺言を伝えましょう。子供達は何処にいるのでしょうか? そう思って見回すと、村長さんの娘さんのファラは死体の前で泣き喚き、猟師の息子さんであるリッドくんは青い顔で立ち尽くしています。あと一人見えないと思ったら、離れた場所でキールくんがガタガタと震えていました。
うわぁ。うわぁ。死体を見るのはショックが強かったようです。誰か気を配って、子供達を引き離してくれなかったのでしょうか。子供達の親は何処にいるのですか? そう思って村長さんに聞いてみると、ファラの親も、リッドくんの親も、キールくんの親も、みんな行方不明なのだそうです。それは死んでいるんじゃないですか?
とりあえず、面倒くさい事は早目に終わらせましょう。私は不味い物から先に食べる主義なのです。村人達がお通夜モードな中、死体から離れた場所に子供達を呼び集めます。死体から離れなかったファラは、「お父さんから遺言がある」と言って引き離しました。息子の遺言を聞くために、村長さんの父親も同席しています。
村長さんの遺言は「封印は破られていた。子供達のせいじゃない」です。それを聞いた子供達は安心していました。村長さんが死んだのは、自分達の責任かも知れないと不安に思っていたのでしょう。事情を知らない村長さんは遺言を聞いても、今一つ分かっていない様子でした。
仕方ありません。説明してあげましょう。事前に必要な情報はラシュアン村、ラシュアン村から歩いて行ける場所にあるレグルスの丘、その地下に封印されたモンスターです。その封印が破れかけていたと、私は言いました。子供達が地下に侵入したタイミングで封印が破れたのは偶然だと伝えます。
このインフェリアという大地ではなく、セレスティアという大地にいるラスボスさん。その思念に反応して封印は破られた、という可能性があるものの黙っておきましょう。そんな情報まで教えたとしても混乱を招くだけです。とにかく子供達のせいではないと分かってくれれば良いのです。
山で一晩すごした村人の皆さんは、レグルス道場へ避難します。村の再建が終わるまで、レグルス道場の付近で過ごす事になるのでしょう。そこで一つ気になる事がありました。主人公組の一人である、キールくんの両親も行方不明になっています。行方不明という事は、高い確率で死んでいるのです。
この事件でキールくんは引っ越し、その後ミンツ大学に入学する予定でした。しかし親の支援を受けなければ、大学に入学するなんて無理です。それが原因で、主人公組からキールくんが外れるかも知れません。主人公組の貴重な頭脳役が失われる恐れもあります。キールくんが居なくなると主人公組は、無気力・能天気・変人しか居ません。
それは困ります? 私は困りません。なので放って置いても良いのです。でも、使わないクレーメルケイジがあった事を思い出しました。どうせ「いらない」ものなので、キールくんに差し上げましょう。そんな事を思い付いた私は、どこかの地面に突き刺したまま忘れていたクレーメルケイジを探し始めました。
<こちらです>
私の体から出て、小人さんは歩き始めます。その後を付いて行くと、地面に突き刺さったクレーメルケイジを発見しました。助かりました、小人さん。すごいです。小人さんが頑張ったので、ナデナデしてあげました。小人さんは照れて、体をクネクネさせます。気持ち悪いです。
クレーメルケイジの捜索を終えて、レグルス道場に戻ります。キールくんを呼んで、水晶のような外見のクレーメルケイジをプレゼントしました。でも、「行方不明な両親の事で呼び出された」と思っていたキールくんは落ち込みます。貴重なクレーメルケイジも、両親には勝てないようです。
むー。せっかく渡したクレ−メルケイジの価値を、低く見てもらっては困ります。クレーメルケイジを個人で所有するインフェリア人なんて、世界に数人ですよ? 武力になりえるクレーメルケイジを、国が野放しにする訳がありません。クレーメルケイジは国の所有物なのです。
そこら辺をキールくんは分かっていないようです。とりあえず、クレーメルケイジは晶霊の容器であり、晶霊の力を借りる事で晶霊術を使えるようになり、あと注意するべき点として、衛兵に露見するとクレーメルケイジを没収される恐れがある事を説明しました。するとキールくんはクレーメルケイジを返却しようと試みます。怖いんですか?
大丈夫です、衛兵に見つからなければ罪ではありません。他人に認識されなければ罪ではないのです。「罪になること」なら兎も角、「罪になるかも知れないこと」を心配していたら幸せになれませんよ? そんな事を気にしていたら他人に利用されて、いらなくなったらポイッとされます。それは嫌でしょう?
それでも危険は犯せませんか。ならば、これはお守りと考えてください。キールくんのお父さんとお母さんに会えるまで、このクレーメルケイジを預けます。両親に会えたら私に返してください。キールくんが両親に会えるまで、このお守りがキールくんを守るでしょう。両親に会えるまでの間で良いので、預かってもらえませんか?
そう言うとキールくんは、クレーメルケイジを受け取りました。よしよし、いい子です。私の言う事を聞く子は好きですよ。あれだけ言って聞いてくれなかったら見捨てますけど。まあ、そこまで反抗的な人ならば、我が道を行った方が幸せでしょう。それで死んだとしても、私の知った事ではありません。
その後キールくんは、学問の町ミンツへ引っ越しました。両親は見つからず、血の繋がりがある者に引き取られたようです。残る主人公組のリッドくんとファラは、村の再建を手伝っています。一方の私は事件の調査に訪れる人々から身を隠すために、山奥へ引きこもる事にしました。
それにしても、他人にプレゼントを渡すなんて、
ひさしぶりに良い事をした気がします。
<いいことですか?>
いいことですよ、小人さん。
▼クレーメルケイジは国の所有物
今さらですけど捏造設定です。オブラートに包んで言うと、オリジナル設定です。
▼『ぜんとりっくす』さんの感想を受けて、「クレーメルケイジあれば晶霊術を扱える→クレーメルケイジがあれば晶霊術を扱える」に気付いたので修正しました。ところで、この人、書き込み時期から察するに最低3回読み直して、複数話に渡って誤字を発見してるんだぜ、信じられるか?
このクレーメルケイジあれば晶霊術を扱える→このクレーメルケイジがあれば晶霊術を扱える
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本編開始 メルディがやってくる
キールくんの両親は行方不明になり、
クレーメルケイジをプレゼントした結果、
犯罪に加担する違法晶霊術士になりました。
ラシュアン村の消滅から10年が経ちました。村の跡地であるクレーターから離れた場所に、村は再建されています。さすがに10年も経つと、私を探す人は居なくなったようです。山奥に引きこもっていた私も生活用品を手に入れるために、ラシュアン村へ下りて行けるようになりました。
最近は体の動きが鈍くなって、飛んだり跳ねたり出来ません。10年前のように射出したフリーズランサーを踏み台にして、空を走るなんて軽業は難しいでしょう。それ以前の問題として、走ると息が切れます。20年前はトレジャーハンターだった私ですけれど、そろそろ山暮らしは厳しくなってきました。
そんな時の事です。空が光ったと思って見上げると、流れ星を見つけました。その流れ星は、かつてラシュアン村だった方向に落下します。あの辺りは人が住まなくなったので草木が伸び放題な荒れっぷりです。でも、あの山には英雄レグルスの像が残っているため、その像へ続く山道は残っています。
このインフェリアという大地に宇宙はありません。空にあるのは海面と、その向こう側にあるセレスティアという大地です。空から星が落ちてきたのではなく、セレスティアから人が飛んできたのでしょう。インフェリアとセレスティアにロケットを撃ち合って交流する伝統はないので、主人公組の一人であるメルディがやってきたに違いありません。
再建されたラシュアン村の様子を探ります。すると新村長宅で爆発が起こりました。セレスティアから来た、メルディに対する追っ手が来たのでしょう。言葉の通じないメルディを発見した「猟師のリッドくん」と「格闘家もとい農民のファラ」が応戦しているはずです。そう思っていると村の一部で大地が爆発し、土砂を巻き上げました。
あれは見た感じ、地系中級晶霊術のグランドダッシャーでしょう。あの追っ手に対する基本戦術は、晶霊術の詠唱を行っている間にダッシュで逃げて、晶霊術の発動が終わったら近付いて攻撃します。最初は効果範囲の狭いサンダーブレードしか使わないから楽なものです。
それにしてもグランドダッシャーですか。氷系中級晶霊術であるフリーズランサーと似たような性質の技です。あの晶霊術は難易度でマニアを選択すると使ってきます。マニア未満の難易度における追っ手は、サンダーブレードばかり使うアホの子です。それなのに難易度マニアになると、足を止めれば死ぬ晶霊術を連発してくるのです。おまけに追っ手は瞬間移動します。
つまり、この世界の難易度はマニアなのですか。ノーマルの上がハードで、ハードの上がマニアです。特に最初の追っ手は、その前の山道でレベル上げを行わなければ勝てない上に、装備を買い替えられない上に、ライフボトルもとい復活アイテムは3本しかない上に、まだファラも回復技を覚えていません。ないない尽くしです。
この世界の主人公組も普段から、グミもとい回復アイテムは持ち歩いていないでしょう。武器も防具も良い物ではありません。おまけに主人公組にとって、追っ手は未知の敵です。その結果、リッドくんとファラは死に瀕していました。いきなり物語が終わりそうです。
それは兎も角、村を破壊されるのは困ります。生活用品を仕入れられなくなるじゃないですか。戦うのは村長さんの、家の中だけにしてください。とは思うものの、グランドダッシャーなんて無差別攻撃を行えば、屋内で済むはずがありません。まもなく、村で唯一の商店だった「旅人の店」は、グランドダッシャーによって倒壊しました。
「小人さん」
暗い声でボソッと呟いた私の正面に、回転する魔法陣が現れます。その魔法陣は回転しながら大きくなり、薄くなって宙に消えました。そして、そこから氷の槍が生まれます。空中からニョキッと先端を出した槍は、次の瞬間、村で暴れるアホの子に向かって射出されました。撃ち出された氷の後部から散った粒が、キラキラと輝きます。綺麗でしょう?
「ぎゃっ!」
命中しました。そのまま追っ手さんはバタリと倒れ、動かなくなります。あれ? 一撃ですか? 10年前の村長さんは、何十発受けてもピンピンしていましたよ? 不可解です。まさか、この程度で終わりなんて事はないでしょう。そう思っていると、やはり追っ手さんは立ち上がりました。
「邪魔するな!」
やはり元気そうです。なので私は片手をあげ、視界一杯に魔法陣を展開しました。そこから無数の槍を生み出します。そして「さあ撃ち出そう」とすると、追っ手さんの姿は消えました。瞬間移動でしょう。そう思ってサッと勢いよく背後を振り返ったものの、誰もいません。辺りを見回しても、追っ手さんの姿は見当たりません。あれ?
えっ、逃げたのですか? あの程度で? とんだチキンさんです。この無数に展開した槍は、どこに撃てばいいのでしょう? イラッとした私は、山に向かって撃ち放ちました。氷の槍が山へ突き刺さると共に、カカカカカッと無数の小さな音が鳴り響きます。その結果、氷で形作られた異様な針山が出来上がりました。ちゃんちゃん。
「ありがとー! 魔女さーん!」
ファラが御礼を言っています。意図して貴方を助けた訳ではありません。貴重な商店を破壊されて不機嫌になっただけの事です。なんて余計な事は言いません。私は村を救った英雄として恩を売る事にしました。地系のグランドダッシャーやら雷系のサンダーブレードやらを受けた村は、全体が半壊している状態です。
「また、お前達か。またお前達が災いをもたらすのか!」
村長さんがハッスルしています。どうやら「子供達のせいではない」という前村長さんの遺言を忘れているようです。しかし忘れている事を、私は指摘しません。私の役割は10年前に、子供達に遺言を伝えた時に終わっています。あとは主人公組で何とかしてください。
「出て行け! この村から出て行け!」
「そんな!」
「村長! 昔のことは関係ねぇだろ!」
おっと、言葉の通じないメルディだけではありません。村長はファラとリッドくんも追い出すつもりのようです。家の壁を壊された程度ならば、メルディを追い出す程度で済んだのでしょう。でも10年前に再建した村が、再び壊滅の危機に晒されたのです。この責任を他人に被せなければ、村長さんの責任になります。
そんな訳で主人公組は、村を出て行くことになりました。プンスカしているファラはメルディを連れて行き、その後に混乱しているリッドくんが続きます。メルディは私はチラチラと見て、なにか言いたそうにしていました。なんでしょう? もしかすると戦力として、私に期待しているのかも知れません。
行きませんよ。面倒くさいじゃないですか。私はフリーズランサーを撃っていれば幸せなのです。「フリーズランサーが最強である事を証明する!」とか「ネレイド神にリベンジする!」なんて思っていません。誰にも見られる事なく世界の片隅でコソコソと、私は好きな事を出来ればいいのです。私の世界は、私自身の内側で完結しています。
とりあえず生活用品を買いましょう。そう思って、さきほど倒壊した商店を掘り出します。すると店主の死体を発掘しました。ああ、違います。1時間以内に死にそうな状態ではあるものの生きていました。私は割れていないライフボトルを探します。その売り物を店主に振りかけて復活させました。
「あー、死ぬかと思った。魔女様、命を拾っていただき、有りがとうございます」
「私も貴方が生きている事を、とても嬉しく思っています」
だから早く買い物をさせてください。むりやり奪っても良いんですよ? なんのために貴方を助けたと思っているんですか? なんて事は言えません。そんな事を言えば、これまでに培った信用にヒビが入るじゃないですか。ニコニコと笑顔を浮かべた私は、内心で焦れていました。
「買い物のために下りてきたのですが、大変な事になっていました」
「すみません。お求めの物は、おそらく」
そこで店主は言葉を切り、倒壊した商店に視線を向けました。ああ、そうですか。そうでしょうね。そんな事だろうと思っていました。仕方ありません。ここにある分が使えなくなったとすると、レグルス道場へ行かなければなりません。レグルス道場の周辺にある店に在庫はあるでしょう。
しかし今から行くと、間違いなく主人公組とルートが重なります。ここは先に行くべきです。主人公組は団体なので、進行速度は遅いでしょう。なので後から行くと、主人公組を追い抜いてしまうに違いありません。そうと決めた私は早速、レグルス道場へ向かいました。
なんて思っていたら、川にかかる橋の辺りで追い付かれました。私は主人公組の実力を低く見積もっていたようです。格闘家のファラは準備運動だけで、レグルス道場を数百周するそうです。さらに猟師のリッドくんは極光術の素質の影響か、猟師として生活しているだけでファラの身体能力を上回っています。メルディも極光術の素質を有しているので、常人よりも身体能力が優れているのかも知れません。もしくは闘争社会で暮らすセレスティアンは、鍛えられているのでしょう。
いいえ、そんな理由は言い訳です。事実を認めましょう。私は歳を取りました。体力が落ちています。若い主人公組と比べた事で、ハッキリと自覚しました。昔の私ならば主人公組に追い付かれる事はなかったのでしょう。でも今の私は、自分で思っている上に衰えています。
『大丈夫か?』
「ええ、若い人には負けられません」
気遣われるとイラッとします。親切にしているつもりなのでしょうけれど、私を下に見ないでください。力を貸してもらわなくても、私は自分の力で立ち上がれます。そう思った私は気合いを入れて、前に足を進めました。そんな私をリッドくんとファラは、不思議そうな目で見ています。
あれ? いま私に話しかけたのは誰ですか? そう思って横を見ると、メルディがいました。私に話しかけたのは「セレスティアン」のメルディのようです。セレスティアとインフェリアは言語が異なるので、「インフェリアン」のリッドくんとファラは、メルディの言葉を理解できません。
『バイバ! あなた私の言葉が分かるか!』
「クククク、クイッキー!」
しまった、地雷を踏みました。おのれ、セイファート! 神様の仕業に違いありません、そういう事にしておきましょう。そうしましょう。そう思っている間にキャッキャッとメルディは喜び、ペットの小動物と共に私の周りをグルグルと回ります。メルディと言葉が通じるのは、20年前に大学から奪ったピアスのおかげです。このピアスは晶霊に限らず、セレスティアの言語であるメルニクス語を用いる人と意思を交わす事もできます。
『メルディが言ってる事が解るか?』
「ノーコメントです」
『お願い! あなたの助けが必要だよ!』
「あーあー、聞こえませーん」
『あぁっ、ひどい!?』
「魔女さん! もしかして、その子の言葉が分かるの!?」
「まったく分かりません。適当に相槌を打っているだけです」
『ウソだよ! この人ウソ言ってるよ!』
「でも、なんか、こう、通じてるんじゃないかな?」
「偶然です。期待に沿えなくて申し訳ありません」
ギャーギャーと騒ぎながら、レグルス道場に到着します。さっそく目的の物を入手するために主人公組と別れようとすると、メルディに引っ付かれました。ペットの小動物と共に、私の体に取りすがって離れません。「無理いっちゃダメだよ!」と言ってファラが引き離そうと手伝ってくれたものの、私の体がズルズルと引きずられる有様です。
ええぃ、私は主人公ではありません! 「闇の極光術」の素質を持つメルディに引っ付かれてもキラキラ光らないという事は、私は「光の極光術」の素質を持っていないという事なのです。たとえば「光の極光術」の素質を持つ主人公のリッドくんならば、「闇の極光術」の素質を持つメルディに引っ付かれるとキラキラ光ります。
『世界を救うには、あなたの助けが必要だよ!』
ついにメルディは泣き出しました。泣くなんて卑怯ですよ!? これでは私が悪者みたいじゃないですか! 本編として知っているメルディの性格を考えると嘘泣きではなく、本当に泣いているのでしょう。世界の滅びを止めるという大きな使命を負って、インフェリアに一人で来たメルディは必死なのです。メルディが死んだら世界が滅ぶ、と言っても過言ではありません。
困りました。まさか、メルディを打ん殴って黙らせる訳には行きません。周囲を見回すと、泣いているメルディが人々の視線を集めていました。しかし泣いているメルディを見つめるのは気まずいらしく、その代わりとして私が責めるような目で見られています。私が悪いんですか!?
「分かりました。あなたの言葉を理解できる人が見つかるまで、一緒に行きましょう」
具体的に言うと、学問の町ミンツの先にある大樹の村モルルまでです。王都まで行ったり、海を渡ったりはしません。大樹の村モルルまで行けば、私の付けている物と同じピアスを入手できるでしょう。私のピアスはあげませんよ? これは小人さんと交信するために必要な物なのです。これを奪おうとするのならば、殺してでも守ります。これは私にとって、命に等しい物なのです。
ねー。
<おだいじですか?>
うふふ、もちろんです。
▼『雑種犬』さんの感想で、「クィッキーが居ない件」を指摘されたので追記しました。超わすれてました。
「クククク、クイッキー!」
メルディは喜び、私の周りをグルグルと回ります→メルディは喜び、ペットの小動物と共に私の周りをグルグルと回ります。
メルディに引っ付かれました。私の体に取りすがって離れません→メルディに引っ付かれました。ペットの小動物と共に、私の体に取りすがって離れません。
▼『雑種犬』さんの感想を受けて、「翻訳ピアスの性能を誤解していた件」に気付いたので修正しました。メルニクス語を翻訳する以上の機能は、ゲーム内で明確にされてなかったと思います。たとえば、動物のクイッキーと交信できるか否かとか。
言葉の通じない人と意思を交わす事もできます→セレスティアの言語であるメルニクス語を用いる人と意思を交わす事もできます。
▼よく考えたらクイッキーは翻訳ピアスを付けてないじゃん。翻訳ピアスは双方が着けていないと効果がないのです。いや、でも「メルニクス語を用いる晶霊やセレスティアン」ならばピアスがなくても翻訳してくれるのか。うがー。
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キールくんを護衛として雇う
異なる大地からやってきたメルディの、
言葉を理解できる人が見つかるまで、
主人公組と同行する事になりました。
通訳として同行している私は、主人公組と共に学問の町ミンツへ到着しました。ついでにファラは、幼なじみのキールくんを探します。せっかくミンツまで来たのだから、顔を合わせておきたいようです。最初に大学へ行かなかったという事は、キールくんは大学に通っていないのでしょう。
キールくんを探す途中でミニゲームのようなイベントがあったものの、特に意味はないのでカットします。そうして見つけたキールくんと、ファラは話を始めました。するとファラは「メルディという名前」「セレスティアからやってきた」「大災害を防ぐために大晶霊を集めようとしている」という情報を伝ます。
え? なんでファラがメルディの事情を知っているのか? それはメルディの言葉を、私が通訳したからに決まってるじゃないですか。とは言っても主人公組は、全てを知った訳ではありません。メルディが話していない事は当然、私も通訳していないからです。例えば「大災害を起こしている犯人は、メルディの母親だ」とか。もしも私が口を滑らせたら大変ですよ?
「ね! キールも一緒に行こ!」
「別に構わないが、いくら払ってくれるんだ?」
「またまた、キールったら!」
「僕は晶霊術士なんだ。僕を雇うと言うのなら、1日1万ガルド払ってくれ」
ファラの笑顔が固まります。野菜が約50ガルド、武器防具が約500ガルドです。キールくんの言った10000ガルドを日本の物価で例えると、1日10万円に相当します。貴族ならば兎も角、市民の収入ではありません。まあ、よく考えると晶霊術士を長期間雇用する個人なんて、国や貴族くらいのものでしょう。
「キール、私たち幼なじみでしょ?」
「幼なじみでも関係ないさ。安売りは、その物の価値を自ら眩める行為だ」
「もう、分かったよ! それならいい! さよなら!」
プンスカと怒ったファラはメルディを連れると、キールくんに背を向けて立ち去ります。それをキールくんは涼しい顔で見送りました。うわぁ、どうしてこうなったのでしょう? キールくんが金の亡者になっています。ネレイド神のせいで両親が死んでしまった影響に違いありません。タダで付いて行くと思ったの? バカなの? 死ぬの? という感じです。
「おい、キール。あんな言い方はねぇだろ」
「あんな、だって?」
「ファラを責めるような良い方しやがって」
「事実だ。他人にボランティアを強いるような人間は、信用に値しない」
「もっと刺々しくねぇ言い方が、他にもあっただろうが!」
「そうやってリッドが後始末をするから、あいつは自分の行為を反省しないんじゃないのか?」
今にも殴り合いの喧嘩を始めそうな雰囲気です。なので2人を刺激しないように、私は静かに後退します。巻き込まれない内に逃げましょう。そうしましょう。そう思った私は、その場から立ち去ろうとしました。しかし、なぜかキールくんは私を呼び止めます。突っかかってくるリッドくんを追い払って、キールくんは私と2人きりになりました。え? この状況は、なんですか?
「貴方に雇われるのならガルドは払わなくていい。その代償は、貴方に貰ったクレーメルケイジの分で補填する」
「そうですか。それなら、リッドくん達に協力していただけると助かります」
「それでは貴方のためにならない。あいつらが金を払う訳じゃないんだ。僕は貴方のために働いて、クレーメルケイジの代償を補填する必要がある」
「私のためですか、そう言ってもらえると嬉しいです」
はぁ、そうですか。なんでキールくんは私を「貴方」と呼ぶのでしょう。なんとなく貴方という呼び方に違和感を覚えます、とりあえず、「私のため」なんて気持ち悪い事を言わないでください。これ幸いとキールくん連れ回す事もできるけれど、付き纏われるのは嫌です。
「では、私の護衛をお願いします。期限は「私の通訳としての役割が終わるまで」です。私は「メルディの言葉を理解できる人が見つかるまで同行する」と約束していますから」
「あいつの言葉を理解できる人が見つかるまで? その条件じゃ、セレスティアへ行くまで連れ回される事になるんじゃないか?」
「そうかも知れません」
大丈夫です。ここから洞窟を越えた先にある村に、そのためのアイテムがあります。王都やセレスティアまで同行する必要はありません。なんて事は言えないので、答えを曖昧にしました。するとキールくんは考え込みます。行くか如何か悩んでいるのでしょう。私としては、どっちでも良いのですよ。
「分かった。受けよう。今回を逃したら、クレーメルケイジの代償を補填する機会は無いだろうからな」
「そうですか。では、改めて確認します。キールくんに私の護衛を申し込みます。期限は「私の通訳としての役割が終わるまで」です。その代償は、キールくんに渡したクレーメルケイジの分で補填します」
「ああ、分かった。僕は晶霊術士として、貴方の護衛を行う。期限は「貴方の通訳としての役割が終わるまで」だ」
「はい、契約完了です。キールくん、よろしくおねがいします」
私も主人公組から、通訳の代金を貰いたい所です。しかし、そんな事をすれば主人公組の、私に対するイメージが壊れます。仕方ありません。我慢しましょう。そうしてキールくんを入手した私は、主人公組の下へ行きます。「私の護衛としてキールくんを雇った」と説明しました。
「主人公組は大喜び!」なんて事にはなりません。リッドくんは何か言いたそうな顔をしています。「ファラの勧誘を断った相手」を連れてきた事に不満を抱いているのでしょうか。それとも勧誘を断った相手を「私が雇った」ことに不満を抱いているのでしょうか。主人公組の雰囲気が最悪です。私に、どうしろと言うのですか?
Re
「山の観測所へキールくんを探しに行くイベント」はカットされたようです。そもそもキールくんは大学に通っていません。「大災害の原因と言える黒体を天体望遠鏡で覗く」という何気に重要なイベントも消失しました。次は大樹の村モルルです。モルルに行けば翻訳ピアスを入手できるので、私の通訳としての役割は終わります。その後に如何なっても、私の知った事ではありません。
その前に洞窟がありました。学問の町ミンツと大樹の村モルルを繋ぐ海底洞窟です。満ち潮による浸水で足止めされたり、ずっと後でリッドくんの受ける試練に登場するエッグベアと戦ったりしたものの大した事はありません。私は主人公達の後ろを、息を切らせながら追いかけていただけです。
そんな私に付き添っていたのはキールくんでした。仕事の内容は護衛なのだから、私を置いて先に行くなんて事は出来ないそうです。でも、気まずくて仕方ありません。私としては先を進むリッドくん達と一緒に、モンスターを排除して欲しいと思っています。ほら、こっちをリッドくんが不機嫌そうに見ているじゃないですか。
大樹の村モルルに到着しました。ふと案内板を見ると「木陰の村」になっています。大樹ではなく木陰ですか。そうですか。これは見なかった事にしましょう。主人公組は商店に寄り、回復アイテムを買い揃えます。そして宿屋に泊まると、王都へ行くために密林を突破する事になりました。あれ?
「マゼット博士に会わないのですか?」
「マゼット博士?」
しまった、ついつい口を出してしまったのです。私の言葉に対して、主人公組はハテナマークを浮かべています。翻訳ピアスを持っているマゼット博士を、どうやら誰も知らないようです。キールくんが大学に通っていないので、メルニクス語の権威であるマゼット博士を知らないのでしょう。
これは困りました。博士から翻訳ピアスを貰わなければ、私の通訳としての役割は終わりません。このままではセレスティアまで連れ回される事になります。それは面倒です。なので、これで最後と思って主人公組に、マゼット博士というメルニクス語に詳しい人がいる事を教えました。
「あんたが居るんだから、わざわざ会いに行かなくても良いんじゃないか?」
「マゼット博士は晶霊と交信するための道具を持っていると聞いています」
「晶霊と交信できたって、メルディと会話できるようになる訳じゃねーだろ」
「晶霊の用いる言語はメルニクス語です。その道具を使えば私が居なくても、メルディの言葉が分かるようになるでしょう」
『メルディは、あなたがいいよ』
「貴方の言葉で他人に意思が伝わるのなら、それに超した事はありません。私の通訳に頼っていたら、いつまで経っても貴方自身の言葉で喋れませんよ?」
「魔女さんが居なくても、メルディの言葉が分かるようになったら、私達と別れちゃうの?」
「海底洞窟で分かったでしょう? 私の体力に合わせていると、貴方達の歩みを遅らせる事になります」
いつも通りにリッドくんは面倒臭そうで、なぜかメルディは私の体に引っ付いています。暑苦しいので引っ付かないでください。メルディと同じようにファラも、一緒に来て欲しそうな顔をしています。でも、ダメです。だって面倒臭いじゃないですか。そろそろ私は、山に引きこもりたいのです。
とりあえず村の人に話を聞きます。すると、すぐに博士の場所は分かりました。私とリッドくんとファラとメルディとキールくんの5人は、ゾロゾロと連なって移動します。そうして博士の家らしき建物の前まで来ると、私はリッドくんに先頭を譲りました。そしてリッドくんは、しかし扉を開けようとしません。どうしたのでしょう?
「博士に用事があるのは、あんだだろ? なんで俺を前に出すんだ?」
「私はマゼット博士の場所まで案内するだけです。そこから先の交渉は、通訳として私を誘った貴方達が行ってください」
「じゃあ、交渉なんてしなくていいだろ? これまで通り、あんたに通訳してもらえばいい」
「私は通訳のために、「メルディの言葉を理解できる人が居ない」から同行しているのです。その代わりを探そうと、してはくれないのですか?」
「魔女さんは、私達と一緒に居たくないの?」
「私の歳を考えてください」
ちょっとイラッときました。早く家の中に入って、翻訳ピアスを手に入れてください。これ以上待たせると、フリーズランサーを打っ放しますよ? なんて思っていたけれど、行動で示さずに済むようです。扉の前でグダグダしているリッドくんに代わって、ファラが扉を開け放ちました。
そして中に入って行きます。しかし、キールくんは外に残りました。私の護衛というスタンスだからでしょう。私の通訳としての役割が終われば、キールくんの護衛としての役割も完了します。そうなるとキールくんは主人公組と別れて、学問の町ミンツに帰るのでしょうか? 主人公組の戦力が欠ける事になります。
そんな事を考えていると主人公組が出てきました。しかし、主人公組は翻訳ピアスを付けていません。博士から翻訳ピアスを貰ったのならば、私と同じ物を付けているはずです。あれ? ピアスを貰えなかったのですか? キールくんが大学に通っていないから、博士は力を貸してくれなかったのでしょうか?
「オージェのピアスって物があれば、会話できるかも知れないだとさ」
「そのオージェのピアスは貰えなかったのですか?」
「うん、20年くらい前に盗まれちゃったんだって。どこかにあれば良いんだけど」
「クレーメルケイジと同じで製造技術は失われてるから、手に入れるの難しいらしいぜ」
それは大変ですね。
▼『kic』さんの感想を受けて、「キールくんの求めた報酬が少なすぎた件」を修正しました。思い返してみると作者は、数字系でミスをする事が多々あるので助かります。きっと『kic』さんなら円表記じゃなくてガルド表記のままでも気付いていたに違いありません。
「僕を雇うと言うのなら、1日1000ガルド払ってくれ」→「僕を雇うと言うのなら、1日1万ガルド払ってくれ」
日本の物価で例えると、1日1万円に相当します→日本の物価で例えると、1日10万円に相当します
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インフェリア城に殴り込む
ファラの勧誘を断ったキールくんを雇い、
博士から翻訳ピアスを入手できず、
通訳の役割を終えられません。
「うーはいどぅー、メルディ」
「それで「見つけたぞ、メルディ」となります」
『リッドが言ってる事、メルディは分からないよ』
「発音が悪すぎますね」
王都へ向かう道中です。リッドくんの発音に、メルディがバッテンマークを出しています。何をやっているのかというと、メルニクス語の勉強です。翻訳を自力で出来るようになれば、私が通訳する必要はなくなるでしょう。メルニクス語を覚えようという態度も見せず、私に頼り切るなんて許しません。我ながら名案でした。
残念な事に覚えが良いのは、私の護衛として雇ったキールくんの方です。晶霊術に応用できると考えて、キールくんは熱心に勉強しています。リッドくんとファラの覚えは、今一つ足りないようです。ちなみに発音は兎も角、一番メルニクス語を覚えているのは、不本意ながら私です。私の記憶は肉体で覚えるものではなく、魂に刻むものですから当然の事でしょう。そうでなければ記憶を引き継げません。
長旅を終えて、インフェリアの王都に主人公組は到着しました。主人公組の目的は、大災害の件を王様に報告する事です。そもそも「大災害は本当に起こるのか?」という疑念はあったものの、それは大晶霊と出会ったことで晴らされました。その時、王様に報告する提案を行ったのは、主人公であるリッドくんです。王様に丸投げして、自分は村へ帰るつもりなのでしょう。
まずは王城へ主人公組は向かいます。しかし、門番によって追い返されました。次に王立天文台へ向かいます。しかし、王立天文台の中に入れたものの、研究員は聞く耳を持ちません。最後の希望はセイファート教会です。まあ、そこもダメなのは言うまでも無いことでしょう。
「私は教会の外で待っています」
「ダメだよ。魔女さんが居ないと、メルディの言ってる事が分からないでしょ?」
「少しは分かるでしょう?」
「本当に少しだけだよ!」
ダメですか。そうですか。この後、主人公組は衛兵に捕まります。だから私だけ逃げようと思っていたもののダメなようです。仕方なく私は主人公組に同行し、大災害について説明します。その結果「不届きもの!」と言われました。その場で捕まりそうになったので、主人公組と共に逃げ出します。
しかし主人公組は教会の外で、待ち伏せしていた衛兵に取り囲まれました。このあと死刑判決を受けて水攻めされ、王立天文台長によって死ぬ前に助けられます。しかし、それはキールくんが論文を残していた場合の話です。大学に在籍していないキールくんは、論文なんて書いていません。つまり死刑確定です。
「世界の破滅などという邪説を町中で話しやがって。王の前でひざまずけ! そして直々に死刑判決を受けるんだな!」
「死刑って、」
「どうする? イチかバチか暴れるか?」
「僕も捕まると不味い理由があるからな」
本来ならば暴れる事を止めるキールくんも、リッドくんに同意しています。なぜでしょう? ああ、私の渡したクレーメルケイジのせいですか。そのクレーメルケイジを何処から入手したのか分かると大変ですからね。そういう訳で私達は、衛兵と戦う事になりました。
そう、「私達」です。主人公組ではなく、私も含まれています。これは仕方ありません。この場で主人公組だけ捕らえる、という話ではないのでしょう。応戦しなければ私も捕まって死刑になります。まあ、大人しく死刑になるつもりは無いのですけれど。後で牢屋から脱出するのも、ここで暴れるのも同じ事です。
それに泣き付いて頼み込むのならば兎も角、私に刃を向けて脅すのは許しません。私に刃を向ける者は、明確な敵です。悪口を言うくらいならば許してあげましょう。武器を隠し持っているとしても許してあげましょう。しかし、たとえ身を守るためだとしても、その刃をチラつかせて威圧するのならば、私の敵です。絶対に、許しません。
「フリーズランサー」
私は主人公組を球状の魔法陣で包みます。それは私と主人公組を守る結界のようです。しかし、この魔法陣に身を守る効果はありません。これは攻撃用です。その魔法陣から外側に向かって、針のようなサイズの氷の槍が生み出されました。私と主人公組を包む魔法陣を見た衛兵は、慌てて命令を下します。
「捕らえろ!」
でも、手遅れです。魔法陣の外側に向かって、針のようなサイズの氷は射出されました。キャリキャリキャリという高い音が魔法陣の内側に鳴り響きます。射出される氷の針に覆われて、こちらから魔法陣の外側は見えません。主人公組の様子を見ると、驚いた顔をしていました。私が攻撃を行ったのは、そんなに意外な事ですか?
射出を止めて、視界を開きます。すると辺り一面は、氷に覆われていました。私達を取り囲んでいた衛兵達も、すぐ側にある教会も、近くの建物も、見渡す限りの範囲に氷の膜が張り付いています。これは本編でいう「氷結」の状態異常です。体の表面が凍って動けないだけなので死んではいません。
本来ならば私のフリーズランサーで、周囲の建物ごと叩き潰していた所です。でも、そんな事をすれば主人公組が文句を言うでしょう。なので針のように小さく、脆くしたフリーズランサーを、大量に射出して攻撃しました。リッドくんもキールくんも抵抗するつもりだったので、このくらいは許容範囲でしょう。
「みんな生きてるの、魔女さん?」
「凍らせただけです。状態異常を治す薬を振りかければ治ります。今の内に逃げましょう」
「逃げるって、どこに逃げるんだ? 王都の何処かに隠れるのか?」
「どこまで逃げるのか、が問題だな。ここまでやったんだ。モルルまで戻る事を考えた方が良いだろう」
「ここまでやった」の辺りでキールくんは、凍り付いた街並みに視線を向けます。なんですか? なんか文句があるんですか? 衛兵を殺さなかっただけ良かったと思ってください。主人公組は凍り付いた衛兵を後にして、王都を囲む壁を目指します。おそらく壁を抜ける際に、あと一戦あるでしょう。
「魔女さん! どうしたの!?」
「おいっ、ゆっくりしてる場合じゃねぇぞ!」
「私は別ルートで脱出します。みなさんとキールくんは、そちらから脱出してください」
「それなら僕も、あなたと一緒に行こう。僕は貴方の護衛だ」
「来ないでください。私に戦力が偏っても仕方ありません。リッドくんやファラを助けてあげてください」
そう言って私は、別の方向へ向かいます。「別ルートで脱出する」なんて言ったものの、脱出する気はありません。20年前に翻訳リングを盗んだ時とは訳が違います。あの時は指名手配をされただけでした。でも今回は相手は明確に、私の前で、私に対して敵意を向けたのです。
許しておけません。「これ」を放って置くとモヤモヤします。きっと衛兵を殺していれば、その場でスッキリしていたのでしょう。そのまま主人公組と共に王都を脱出していたはずです。でも、主人公組の前で人殺しはできません。少なくとも主人公組は、私に対して敵意を向けていないのですから。悪く思われたくありません。
私はメルディに泣き付かれて、主人公組と同行する事になりました。それを内心、煩わしく思っています。でも、敵ではありません。刃を向けられて、従うように脅された訳ではありません。不本意ながら、ちょっと強引に迫られれば私は受け入れてしまう所があるのです。けれども、暴力で私を従わせようとするのならば、殺してでも抗います。それだけは、私の意思をおかす事だけは、絶対に許しません。
「おい、何の用だ。そこで止まれ!」
「それ以上近付けば、引っ捕らえるぞ!」
お城の門番が私を止めます。手に持つ槍を私に向けました。そんな小さな槍で、どうするつもりなんですか? 私の持つ槍は、貴方達の持つ槍よりも大きいのですよ? 貴方達が私を突き刺すよりも、私が貴方達を突き刺す方が速いのです。ふふ、おねがいしますよ、小人さん。
<おやすいごようです>
「フリーズランサー」
手加減無用、容赦無用です。先に刃を向けたのは、貴方達なのですから。巨大な氷の槍はドガンッという音と共に、門番を圧し潰しました。岩畳に穴を開け、巨大な氷の槍が突き立っています。その横を通って私は、1つ目の城門を越えました。しかし、城へ続く橋は上がっています。城と門の間には水堀があって、普通に行けば泳いで行くしかありません。そうしている間に、対岸の衛兵によって射られるでしょう。けれども私のフリーズランサーは万能なのです。
「フリーズランサー」
氷の槍を水面に向かって撃ちます。バシャバシャバシャと、大量の氷を撃ち込みました。続いて対岸で弓を構えている衛兵に槍を撃ち込み、水面に出来た氷の道を通ります。壊し過ぎると城が崩れるので、大きな氷を撃ち込むのは止めましょう。私は背後に魔法陣を展開し、中くらいの槍を生み出しました。
「フリーズランサー」
じゃあ、死んでください。私に敵意を向ける者は、みんな敵です。泣いて謝るのならば許しましょう。怯えて逃げるのならば見逃しましょう。そうでない者は、死んでもらいます。そうして、やっと私は安心できるのです。モヤモヤした思いが消えて、スッキリするのです。私の安らかな平穏のために、死んでください。
Re
余はインフェリア王だ。インフェリアにおいて、王とは絶対不可侵のものであった。民は誰もが余を崇め、インフェリアの頂点として当然のものと考えている。反乱などと言うものは文字だけのものだった。王の下で民は階級によって分類され、混乱のない秩序ある統治が行われる。
その王の下へ討ち入る不届きものがいるらしい。その報告を受けたのは謁見の間だ。隣に座る王妃や王女と共に、次の謁見者を待っている時だった。衛兵によって避難を促され、余は玉座から立ち上がる。しかし、衛兵の報告は遅かったようだ。その瞬間、謁見の間にある大きな扉は打ち壊された。
扉を打ち壊した物体が、余の前を横切る。それは余の逃げ道を塞ぐように、壁へ突き刺さった。避難を促していた衛兵は、余の目の前から消えている。どこへ行ったのかと思って氷の表面を見ると、赤い染みが付いていた。もしも一歩先に進んでいれば、余も圧し潰されていたのだろう。そう考えると恐怖から、余の心臓はギシリと痛んだ。
「こんにちは、シネ」
シネ? シネとは何の事だ? ヒトの名前か? それが「死ね」という意味だと気付いたのは、壁一杯から槍が突き出た後だった。あれは氷だろうか? その氷の槍は今にも発射されそうだ。あれほど無数の槍に突き刺されれば、ライフボトルを使っても生き返れぬだろう。なんとか生き残ろうと思った余は、侵入者と会話する事を望んだ。
「なにが目的だ?」
「街中で衛兵さんに襲われまして」
ああ、意味が分からない。なぜ衛兵に襲われた事が、王城へ殴り込む事に繋がるのか。衛兵に襲われたからと言って、王を害そうとする者など居るはずがない。これは困った。侵入者は狂人の類(たぐ)いだ。まともな会話の通じる相手ではない。この者の中で衛兵に襲われた事と、王を殺害する事はイコールで繋がっているのだろう。その思考形態が分からない。余は生き残るため、必死に頭を回らせた。
「今さら何をしに来たのです! あなたの居る場所なんて、ここにはありません!」
王妃が狂人に向かって叫んだ。なんと驚くべき事に、王妃は狂人を知っているらしい。いったい何処で知り合ったのか。王妃の口振りからすると、王城に居た事のある人物らしい。ならば、その人物を余も知っている可能性がある。ここに重要なヒントがあると余は察した。
「王妃よ、彼の者を知っているのか?」
「忘れもしません。あの者はロナ・ウィンディアです!」
なにを言っているのだ、おぬしは。ロナ・フォーマルハウトは20年以上前に余の見初めた者だ。後宮へ入れた際にフォーマルハウトの姓を授けた。余の見初める前の姓が、ウィンディアだ。しかしロナは20年ほど前に、毒を飲んで亡くなっている。誰かに毒を仕込まれたのではなく、自ら毒を飲んで亡くなった。そもそもの原因は王妃が、嫉妬からロナに詰め寄った事だったが。
「私はロナではありません」
「うそおっしゃい!」
「王妃よ。なぜ彼の者をロナと見る?」
「女の勘です!」
ダメだ、こいつ。王妃の発言を聞いて、余は頭を抱えた。20年前にロナは死んでいるのだぞ? 生きているはずが無い。この有様では王妃が、狂人を知っているという話も疑わしい。おそらく王妃は錯乱して、狂人をロナと間違えているのだろう。ロナに詰め寄った王妃は、ロナの死を気に病んでいた。その具合はロナの隠し子に、王国元老騎士の位を与えるほどだ。
「やはり生きていたのですね!」
「黙ってください」
氷の槍が一つ、弾けるように飛び出した。それは王妃の頭部に突き刺さり、内側から破裂させる。顔の潰れた王妃の体は、バタリと床に倒れた。すぐ側にいた王女の横で、その母親である王妃の頭は吹っ飛んだ。それを見た王女は何が起きたのか分からない様子で、何が起こったのか理解すると悲鳴を上げる。
「キャアアアアアア!」
「うるさいです」
またパァンと血肉が弾ける。今度は王女の体がパタリと倒れた。何の迷いもなく、狂人は王族を殺害する。まさしく狂人だ。ほとんど間もなく、余は一人になってしまった。広い謁見の間で、余は一人で狂人と向き合っている。これでは余を殺害する際も、瞬く間に事を終えるだろう。それでも最後まで余は諦めず、時間を稼いだ。
「余を殺す者の名を聞いておきたい。汝の名は何という?」
「私は、」
狂人は困った顔をする。この質問は意外に効果があったらしい。余は耳を澄ます。すると数多くの足音や声が近付いてくる事に気付いた。もう少しだ。あと少しで衛兵がくる。「そうすれば」と思った所で余は、狂人の背後に浮かぶ無数の槍をチラリと見た。これは衛兵が来たところで、どうにかなるのだろうか?
「ロナではありません」
そのセリフは、もう聞いた。と思った所で余の意識は途切れる。おそらく王妃や王女と同じように、氷の槍で貫かれたのだろう。狂人は、やはり最後まで狂人だったか。インフェリアの王である余を殺す事が、どのような結果をもたらすか考えもしなかったのだろう。
狂人は世界の敵となり、世界は狂人の敵となる。
インフェリアで暮らす何者も、狂人を認める事はない。
それゆえに王の殺害は、狂人に身の破滅をもたらすだろう。
呪いを、くれてやる
▼『ソウル体』さんの「フリーズランサーを小さくして散弾銃のようにドパッと出せたりするんでしょうか?」という感想を受けて、「凍結の状態異常を付与する非殺傷用のソウル式フリーズランサー(仮)」を実装しました。やったね、ソウル体ちゃん! ちなみに、もしも『ソウル体』さんの感想が無かったら、普通に主人公組の前で虐殺する予定でした。
▼『真昼』さんの「大きな魔法陣描いてその範囲なら自由に撃てる的な何かとか(妄想」という感想を受けて「立体魔法陣マヒル式ソリッド(仮)」を実装しました。すごいよ、真昼ちゃん! ちなみに、もしも『真昼』さんの感想が無かったら、両手に魔法陣を展開してツイン・マシンガンのように振り回す予定でした。
▼話が飛んでる
今回は始めに「クイッキー捜索」から始まる話を書いて、消して、
次に「水晶霊の河」から始まる話を書いて、消して、
次に「ウンディーネ戦」から始まる話を書いて、消して。
最後に「王都」から始まる話を書いて投稿しました。
大丈夫だ、問題ない。
▼『meldy』さんの感想を受けて、「氷結の状態異常」が「氷結の状態以上」になっている件を指摘されたので修正しました。それにしても『meldy』さんって、メルディじゃあ! メルディ様のお告げじゃあ!
▼『唐木紫檀』さんの感想を受けて、「王妃の死を王妃が見ている件」を指摘されたので修正しました。単語自体は間違っていないため、なかなか発見難易度の高い誤字です。いい目をしていらっしゃる。
王妃は何が起きたのか分からない→王女は何が起きたのか分からない
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通訳やめました
衛兵に刃を向けられたため、
一人で王城へ殴り込み、
王様を殺害しました。
魔女さんの跡を追って、王城へ入った時には手遅れだった。私とリッドとキールとメルディの4人は、あちこちに刺さった氷の槍を発見したの。鎧を着た衛兵の人達が、その槍に貫かれている。どこにも生きている人はいなかった。硬い金属の鎧を氷の槍が貫通しているから、すごい威力だったんだって分かった。
「ひどい。これって本当に魔女さんの仕業なの?」
「相当の使い手だとは思っていたが、これほどの力を持っているとはな」
キールが納得しているけれど、こんな事を魔女さんがするなんて信じられなかった。ちょっと冷たい雰囲気のある魔女さんだけど、本当に困っている時は力を貸してくれる。メルディの通訳をお願いした時だって、嫌々ながらも付いてきてくれた。本当は優しい人なんだって思ってた。
「私達のせいなのかな。私達を逃がすために魔女さんは、こんな事しちゃったのかな?」
「だからって王城に攻め入るのは、やりすぎだろ」
「リッド、ファラ、どうする? 今なら引き返しても、知らない振りをできるぞ?」
「そんなこと、できないよ!」
「お前はどうなんだよ、キール」
「あの人が通訳を辞めるまでは付いて行くさ。そういう契約だ」
魔女さんの通訳が必要なくなるまで、キールは護衛をする事になってるの。キールの雇用主は魔女さんだから、魔女さんが居なくなればキールも居なくなっちゃう。私達がキールを雇おうと思っても、賃金が高すぎて雇えなかった。幼馴染みって理由で、キールは力を貸してくれないのかな?
私達とメルディは王城の中を進む。魔女さんの残した破壊の痕を辿って、広い部屋に入った。そこは謁見の間なんだと思う。魔女さんは頭のない、3つの死体の側に立っていた。その首から上を吹き飛ばされた無惨な死体は、豪華な服を着ていて、すぐに王様の死体なんだって私は気付いた。
「そんな、」
「おいおい、シャレになんねぇぞ」
「王を、殺したのか」
私もリッドもキールも、その光景に驚いていた。王様はインフェリアで一番偉い人なの。絶対不可侵で、インフェリアを象徴する存在だった。王様は王様という人で、私達とは比べ物にならないほど崇高な存在だと私達は信じている。そんな王様を殺すなんて考えられなかった。「なにかの間違いなんじゃないかな?」って思いたかった。
「貴様ら! そこで何をしている!」
私達の後ろから来たのは、街中で魔女さんに凍らされた兵士さんだった。一人だけ先行して来たらしくて、他の兵士は連れていないみたい。その兵士さんは剣を抜いて私達に向けた。でも、私達の向こう側を見ると、魔女さんに気を取られる。ギョッと目を見開いて兵士さんは、魔女さんの足下に転がっている死体を見つめた。
「きさまぁ! よくもアレンデ姫を!」
あっ、王様じゃなくて、そっちなんだ。なんて間抜けな事を私は考える。現実逃避だった。「魔女さんが王様を殺した」って事を認めたくなかったんだと思う。どうして魔女さんは王様に手をかけたんだろう? どうして魔女さんは、こんな事をしたのかな? それは、もしかして、私達のせいだったんじゃないかな?
「ゆ” る” さ” ん” !」
それは地獄の底から這い上がるような声だった。憎しみの篭った声に、私は寒気を覚える。兵士さんは私達の事なんて目に入れないで、魔女さんに向かって走り始めた。魔女さんが悪いのかな? 本当にそうなのかな? そう考えた私は思わず、兵士さんの前に立ち塞がっていた。
「待って!」
きっと私が悪いんだって、それを恐怖していた。私を責める誰かに、トンッと背中を押された気がした。私が魔女さんを誘ったから、こんな事になったんだ。魔女さんを誘わなければ、こんな事にはならなかった。10年前だって、私がレグルスの丘へ行ったから、お父さんは死んで、リッドとキールの両親も死んで、村の人も死んで、家もなくなった。すべてを失った。
「邪魔だ! どけぇ!」
銀色に輝く剣が振るわれる。それは白い軌跡を残して、私の右手を切り落とした。ゴミを取り除くように、斬り捨てられた。兵士は私の体をドンッ押し退けて、魔女さんへ向かって行く。兵士さんに押された私は石畳の上に倒れて、切り落とされた右手を目に映した。私の右手は切り落とされた。そう自覚した瞬間、灼熱の痛みが私を襲う。
「あ、ぅ、ぃ、いたい、いたいよぉ」
「バカ! なにやってんだ!」
『バイバ! ファラが大変だよ!』
リッドが布で私の腕を縛る。右手の痛みは全身に広がって、私の体はビクンビクンと跳ねた。痛くて、痛くて、誰かに助けて欲しい。そう思いつつも私は無意識の内に、自力で治癒功を発動させていた。体の中をグルグルと力が駆け巡って、急速に痛みを和らげていく。
「おい、ファラ! 大丈夫なのか!?」
「うん、ごめん。魔女さんは?」
「問題ねぇよ。お前が庇う必要なんてなかったぜ」
「体が勝手に、動いちゃった」
誰かに崖から突き落とされた。
「大丈夫ですか?」
魔女さんの声が聞こえる。そっちを見ると、魔女さんが近寄ってきていた。その側には氷の柱が突き立っている。その先端は赤く濡れていた。おかしい、おかしいよ。魔女さんは、こんな事をする人じゃない。こんな簡単に、他人の命を奪う人じゃなかった。あなたは誰なの?
そう思っていると魔女さんは足を止めた。私を見て、足を止めた。魔女さんは私を見て笑った。あれ? なんで? どうしたんだろう? 魔女さんは、どうかしたのかな? そう思ったけれど、どうかしていたのは私の方だった。そのとき私は、魔女さんを見て震えていたんだ。
「怖がらせてしまったようですね」
「違う、違うの、魔女さん。これは、」
「風の大晶霊はバロールという町の近くに、火の大晶霊はシャンバールという町の近くにいます。すべて集め終わったらファロース山へ行ってください。そこにセレスティアへ続く道があります」
なにを言ってるのか分からないよ、魔女さん。
「ここで、おわかれです」
そんなの嫌だよ、魔女さん。そう思っていたけれど、声に出せなかった。私の意識は遠くなっていく。治癒功で体を治さなくちゃ。でも、体に力が入らない。体の中でグルグルと回していた力が減っていく。力が足りない。リッド、キール、魔女さんを止めて。このまま、さよならなんて、私は嫌だ。
『ファラ、しっかりするよ!』
「呆けっとするな、リッド! ライフボトルだ!」
「あ、ああ、そうか。わるい」
手を伸ばす事すら出来なかった。私の意識は暗闇に落ちていく。その暗闇の中に魔女さんの背中が、白く浮かび上がっていた。暗闇の中を一人、魔女さんが歩いていく。やがて私の意識が途切れると共に、魔女さんの姿も闇の中へ消えた。魔女さんは一人になったんだ。
Re
コンパスキーという物がある。人の行くべき道を指し示す道具だ。私の持つコンパスキーはセイファートキーといって、創造神セイファートの意思を反映していると云われている。もちろんインフェリア王国の国宝だ。私はインフェリア王より元老騎士の位を授けられ、セイファートキーの意思に従って動くように命じられていた。
そのセイファートキーが、かつてないほどの反応を見せる。いいや、このような事は、かつてなかった。懐に入れたセイファートキーが勝手に発動し、光を発しながら空へ飛び上がる。そして海の向こうへ、その光は放たれた。王都の方向だ。なにか変事があったに違いない。
私は荷物も纏めず、王都へ駆け付けた。そんな私を迎えたのは、無惨に傷付けられた王城だ。王城へ押し入った賊(ぞく)によって王は崩御され、多数の騎士も命を失ったと聞く。王妃も、アレンデ姫も、兵長のローエンも、誰も彼も逝ってしまった。今の王城は真面に機能していない。
「そこでレイシス殿、貴殿には王になっていただきたい」
「こんな時に冗談は止めてくれ。私は一介の騎士にすぎない。次の王は正当な王族から選ばれるだろう」
「それが、もはや王族や側室の方々は、残っておらませぬ」
「まさか、賊は他の王族にも手をかけたというのか?」
「いいえ、賊の手から逃れる事はできました」
「ならば、なぜ? なにが起こった?」
「王が崩御されたと知ると互いに毒を送り合い、その結果すべての王族が共倒れになってしまったのです」
「ありえぬよ。頼むから冗談だと言ってくれ」
「嘘や偽りは申しておりません」
私は目の前が真っ暗になった。この国の未来も真っ暗だ。まさか国民の中から、新たな王を選ぶ訳にはいかない。そのような事を許せば、王を殺して成り代わろうとする者が現れる。誰でも良いのならば、誰もが王座を奪い合うに違いない。しかし、本当に全ての王族が共倒れになったのだろうか?
「遠縁であっても、血の繋がった者はいるはずだ」
「ええ、ですからレイシス殿に、王になっていただきたいと申しているのです」
「知っているのか」
「ええ」
何の事かと言うと私が、王の側室の子供だったという事だ。もしも母が生きていれば、私も王族だったのだろう。しかし、それは有り得なかった話だ。私は血が繋がっているというだけで、正当な王族ではない。王位の継承権を有していない。私は王子ではなく。王に仕える騎士として生きてきた。
「それは王位の簒奪(さんだつ)に当たる。私は王位を継承できないし、継承しようとも思っていない」
「それでは貴殿以外の誰も、王位に就けません。それに王の崩御は、貴方と無関係ではないのですよ?」
「市井で噂になっている、ロナ・フォーマルハウトのことか。何十年も前に死んだ者が、地上を闊歩(かっぽ)しているとでも言うのか?」
「死んでいるはずの人間を見た者は、実際に少なからずいるのです。彼女はラシュアン染めを広めた人物として有名になったため、顔を覚えている者がいました」
「似た顔の人間も、少なからずいるだろう」
「さらに20年前、ロナ・フォーマルハウトが死んだ後、彼女はミンツ大学に名を残しています。その外見は生前のロナ・フォーマルハウトと一致しているそうです」
「王が崩御されて数日の間に、よくぞ其所まで調べたものだ。感心するよ」
「私はロナ・フォーマルハウトの、ファンの一人でしてね」
こいつが黒幕なのではないか? 王族が毒を送り合って共倒れになったという話も怪しいものだ。おそらく、今回の賊をロナ・フォーマルハウトとする証拠を捏造しているのだろう。そして王位に就いた私を簒奪者(さんだつしゃ)として打ち倒し、名を揚げるつもりなのか。
「貴殿はコンパスキーという物を知っているかな?」
「ええ、人の行くべき道を指し示すという道具でしょう」
「それを私も持っているのだ。ここは一つ、私の行くべき道を占ってみようと思う」
私はセイファートキーを取り出して、空へ向かって放り投げる。するとセイファートキーは発光し、その光を特定の方向へ向けた。その光の先には赤い髪の男性と、緑色の髪の女性と、桃色の髪の女性の3人がいる。急に空から降り注いだ光を見て、その3人組は驚いていた。
と思ったら3人組は急に慌て始めた。怪しい。とてつもなく怪しい。降り注ぐ光から3人組は逃げようとしている。しかし創造神セイファートの導きは、逃げる3人組を執拗(しつよう)に追いかけた。まるで「こいつらですよ! こいつら!」と創造神セイファートが告げているかのようだった。よく見ると緑色の髪の女性は、片手の手首から先を失っている。
「どうやら私の行くべき道は、王道ではないらしい。これで話は終わりだ。私は失礼するよ」
「お待ちください! レイシス殿には、どうあっても王位に就いていただきます! 王として相応しい血筋と品性を兼ね備えた人物など、レイシス殿しかいないのです!」
「私を過大評価してもらっては困るよ。私は一介の騎士に過ぎないのだ」
「ええい、こうなれば力尽くでも王位に就いていただきます! ものども、であえー! であえー!」
「わっしょい! わっしょい!」
「わっしょい! わっしょい!」
「わっしょい! わっしょい!」
物陰に潜んでいた兵士達が、かけ声と共に私を取り囲む。その兵士達に遮られて、さきほどの男女女な3人組は見えなくなった。セイファートキーによって指し示された事から考えて、あの3人組は重要な意味を持つに違いない。王を崩御させた賊に繋がる手がかりを持っているという可能性もある。間違いない(確信)。
「さあ、レイシス様を祭り上げるのだ!」
「つつしんで御断りしよう! 神は言っている! それは私の行くべき道ではないと!」
「そーりゅー(↓) ざんこーけん!(↑)」
爪竜斬光剣と、私は声を上げる。それは残像が残るほどの速さで、標的を切り刻む技だ。わざわざ技名を言ったのは、兵士達に対する威嚇(いかく)と警告のためだった。技の種類によって、私の本気度が分かる。爪竜斬光剣は下手すると、怪我では済まないレベルの技だ。さらに「どんな技を使うのか?」を宣言しておけば、避け損なって致命傷を受ける者は居ないだろう。そうやって私は、兵士の壁を突破した。
「大変! リッド、さっきの人が追いかけてきてる!」
「げっ! やっぱ、バレてんのか!?」
『やーだ! やーだ!』
3人組の後を私が追い、私の後を兵達が追う。服装も階級も違う、統一性のない集団だ。その奇妙なマラソン集団は王都の外に出て、「いざないの密林」へ入るまで続いた。さずがに密林まで兵達は追ってこない。ここは「死後に行き場を失った魂」が集う場所だ。数の多い兵士達が無闇に入れば、その気配に引かれて集まった無尽蔵のモンスターと戦う事になるだろう。
「なんとか逃げ切れたね」
「ふぅ、あぶなかったぜ」
『メルディは疲れたよー』
「ところで君達の名を教えて貰えないだろうか? 私はレイスという」
「!?」
「!?」
『!?』
▼『唐木紫檀』さんから改名した『紫檀』さんの感想を受けて、「さきほど」が「さきおど」になっていた件を修正しました。毎回思うのですけれど、よく発見できるものです。「さきおど」ってスクリプトの誤字チェックにも引っかからないんだぜ!
さきおどの男女女→さきほどの男女女
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主人公組の故郷は灰になる
通訳を辞めて主人公組の下を去り、
ファラは片手を切り落とされ。
レイスは主人公組と出会いました。
ファラに魔女さんと呼ばれていた、あの人が居なくなった。キールも契約が終了したと言って、学問の町ミンツへ帰って行った。残された俺とファラとメルディの3人は、レイスと名乗る商人と出会う。商人であるレイスはオージェのピアスを持っているため、メルディの言葉が通じるらしい。
メルディの通訳として、レイスは同行してくれる事になった。乗船許可証を持っていなかった俺達は、レイスと共に海を渡る。「レイスは」というか「レイスも」何かトラブルを抱えているらしく、船に乗るまで騎士に追い回されていた。だが、それでもレイスのおかげで船に乗れたんだ。もしもレイスが居なかったら、乗船許可証を持っていない俺達は船に乗れなかっただろうぜ。そんなレイスの存在は都合が良すぎる気はするが、今は他に海を渡る方法がなかった。
「なんだか、レイスって魔女さんに似てるね」
「そうか? ぜんぜん違うじゃねーか」
「似てるよ。一歩離れた場所から私達を見てる所とか、話し方とか」
「同じピアスを着けてる所とかな。あれってレイスが言うにはオージェのピアスなんだろ?」
「うん、魔女さんは晶霊術士だからメルディの言葉が分かってた訳じゃなくて」
「オージェのピアスを着けていたから、メルディと会話が通じてたって事だな」
それは、あの人がオージェのピアスについて、俺達に黙っていた事を示している。思い返してみると、あの人は王国語でメルディに話しかけていた事もあった。なぜ、あの人はピアスを持っている事を俺達に話さなかったんだ? 木陰の村モルルでオージェのピアスについて、あの人は知らない振りをしていた。意図して隠していたとしか思えないだろ?
「風晶霊の洞窟」で風の大晶霊の力を借り、「火晶霊の谷」で火の大晶霊の力を借りる。そうして「水と風と火」の大晶霊が揃った事で、統括晶霊である光の大晶霊が降臨した。そこで俺とファラとレイスは、大災害が人によって引き起こされている事を知る。それをメルディは知っていた。知っていて黙っていたらしい。
『うまく説明出来なくて、怖くて、言えなかったよ。ごめんな、ごめんな!』
「うまく説明できなかった。怖くて言えなかった。そして言えなかった事を彼女は謝罪している」
「やっぱりセレスティア人は、エターニアの壊滅を望んでるってわけ?」
『違うよ! グランドフォールはバリルが責任、バリルがグランドフォールを起こしてる』
「君のいうバリルとは、誰の事なのかな?」
『セレスティアの総領主、王様みたいな人』
「それは、セレスティアの指導者という意味でいいのか?」
『ん、うまく言えないよ。バリルはセレスティアで一番強い人、セレスティアの支配者』
レイスを通して、俺達はメルディの言い分を聞いた。だが、信用できねぇ。それはファラも同じ気持ちらしい。メルディの態度は、嘘を取り繕っているようにしか見えなかった。思えばメルディが空から落ちてきて、それから俺達の平穏な日常は一変したんだ。故郷を追放され、衛兵に追われた結果、あの人が王を殺害した。
セレスティア人であるメルディが、空から災厄を持ってきたんじゃねぇか? 大災害を起こしているのがセレスティア人だなんて、そんな大事な事が今さら明らかになって、おまけにメルディ本人が明かしたんじゃない。その前に事実を明らかにしたのは光の大晶霊だ。そんな様で、今さら信じられるとでも思ってるのかよ?
俺は怒りを覚えている。メルディは最初から全て話すべきだった。そうでなくちゃ不公平だろ? 全て話しても信じて貰えないんなら、それを補えるように信じて貰えるように努力するべきだった。うまく説明できないんなら、説明できるように努力するべきだった。なにも話さず「信じてくれ」なんていう奴を、信じられる訳がねぇだろ。
「私、なんで、こんな所まで来ちゃったのかな」
俺の横でファラがポツリと呟く。苦労して大晶霊を集めた結果が無駄に思えた。それでも俺達は、まだ軽い方だ。あの人はインフェリア王を殺した。その罪が消えることはねぇ。あの人は俺達のように後戻りできない。兵士に追われる俺達を救うために、あの人は犠牲になったんだ。
「ファロース山へ行く前に、一度ラシュアン村に帰りたい。今は考える時間が欲しいよ」
そう言ったのはファラだった。すでに、あの人によって進むべき道は示されている。ファロース山にセレスティアへ続く道があるらしい。それを何故、あの人は知ってたんだ? まるで何もかも知っているかのようだった。あの人も全て知っていて、メルディのように最後まで黙っていたんだろうか?
風の大晶霊が提供してくれたエアリアルボードという物を使って、俺達はラシュアン村へ帰る。風の上に乗って、海の上も高速移動できる優れ物だ。そうしてラシュアン村へ帰り着いた俺達を迎えたのは、何者かの襲撃を受けた村だった。ほとんどの家が焼け落ち、さらに地面には無数の穴が開いている。
「なに、これ?」
「ちくしょう、どうなってんだよ!?」
あちこちに兵士の死体が転がっていた。見知った村人の死体もある。村の中を見て回ったものの、生きている奴はいなかった。俺の家も、ファラの家も、それ以外の家も焼け落ちている。なにも残っていない。なにが起こったのかも分からなかった。誰も生き残ってねぇのか?
俺達は情報を集めるためにレグルス道場へ向かう。すると村長が生きていると分かった。生き残っていると分かった。だけど全身に大火傷を負っているため、長くは持たないらしい。ライフボトルで復活させても、全身の大火傷による継続ダメージが、村長の命を削りつつある。状態異常を治療するパナシーアボトルを使っても、深部に負った火傷まで回復に至らなかったらしい。そこまで重傷になると、火傷している場所を切除しなくちゃならねぇ。
村長は、まともに会話できるような状態じゃなかった。俺とファラが村長に話しかけると、最後の力を振り絞るかのように「出て行け」と呟き始める。その目は見えていなかった。その声は掠れていた。耳を村長の口元に近付けて、やっと聞こえるような声だった。だが、その声を聞いたファラは「ひっ」と悲鳴を上げる。
「出て行け出て行け出て行け出て行け出て行け出て行け出て行け出て行け出て行け出て行け出て行け出て行け出て行け出て行け出て行け出て行け出て行け出て行け出て行け出て行け出て行け出て行け出て行け出て行け出て行け出て行け、お前達の顔など見たくもない」
最後の声は憎悪に塗れていた。そんな状態の村長から話を聞ける訳がねぇ。他に事情を知っている人を捜していると、あの人から話を聞いた人がいた。レグルス道場の連中から聞いた話によると、あの人を捕らえるために兵士達が来たらしい。その兵士達は、あの人に加担しているという理由でラシュアン村に火を放った。
そうして村の皆は殺された。だけど、村が燃えていると気付いて駆け付けたあの人によって、兵士達は皆殺しにされたらしい。村の地面に開いていた無数の穴は、あの人の使った晶霊術の跡だ。でも、あの人が救えたのは村長一人だった。その村長も虫の息だった。レグルス道場に村長を預けたあと、あの人は「仇(てき)を討つ」と言って旅立ったらしい。
ラシュアン村を焼き払った兵士達は、あの人に対する追っ手だ。インフェリア王を殺したあの人を、捕らえるために追って来たのだろう。村を焼いたのは見せしめと、あの人に協力していたという罪と、あの人を村に誘き寄せるためか。だけど、これが王を殺した罰だってのか?
俺は帰る家を失った、帰る故郷を失った。10年前よりも悪い。みんな死んだ、みんな殺された。村長一人を残して全滅だ。焼き払われた村の中で、兵士と村人の死体が転がる中で、焼け落ちた家の前で、俺は泣き喚いた。なにもない。なにも残っていない。すべて失った。
「くそっ。これが、これが人間のやることかよぉ!」
もう二度と平穏な日常は戻って来ない。俺の中には闇(くら)い感情が根付いていた。ああ、村長も、こんな気持ちだったのか? これから先、俺が安らかに眠れる日は来ないだろう。なにを憎めばいい? なにを呪えばいい? 村を滅ぼした兵士達か、村を滅ぼす原因になったあの人か、それとも村を滅ぼす原因を作った俺達自身か。そして俺は一つの疑問を思い浮かべる。
こんな世界に救う価値なんてあるのか?
死体の埋葬を終えて俺達は、あの人の後を追う。その途中でレイスが、あの人に関する話をキールから聞きたいと言ったので学問の町ミンツへ寄った。そしてレイスは「税金の支払い」とか「国の監査」とか言って、キールを雇う事に成功する。そうしてキールを加えた俺達は、王都の目前まで来ていたあの人を発見した。
「私はレイスという。君が魔女と名乗る者か?」
「魔女と名乗った覚えはありません。そう呼ばれているだけです」
「ならば君の本当の名前を、教えて貰えないだろうか?」
「偽名を名乗る貴方に、返す言葉はありません。そうですよね? 王国元老騎士のレイシス・フォーマルハウトさん」
「ああ、やっぱりか」と俺は思った。都合が良すぎるから、そんな気はしてたぜ。あの人によると商人だと思っていたレイスは、国に属する騎士だったらしい。その指摘をレイスは否定しなかった。俺達を調べていたのか? いいや、違う。本当の狙いは俺達じゃない。あの人だ。くそっ、あんたも俺達を騙(だま)してたのかよ!
「それで何のようですか? 王国元老騎士のレイシス・フォーマルハウトさん」
「君を止めにきた。これ以上、犠牲者を増やす訳には行かない」
「私を殺して終わりにしようと言う事ですか。ずいぶんと貴方にとって、都合のいい話ですね」
「ラシュアンの事は言い訳の仕様もない。兵達の行為は許されないものだった。君と、そしてリッド達にも謝罪する。すまなかった。それでも、どうか怒りを鎮めて欲しい」
「泣き寝入りしろと? 無かった事にして大人しくしていろと? 貴方は、どこまで人をバカにしているんですか?」
「王が崩御された後、人々は混乱している。そこへ、さらに襲撃を受ければ治安を維持できない。なにも知らずに暮らしている人々まで巻き込むべきではない」
はぁ、とあの人は溜め息を吐いた。俺はレイシスの後ろで、愛用の斧を抜く。今すぐ、この詐欺師の頭を、叩き割ってやりたかった。だけど、そんな俺の腕をファラが掴む。城で衛兵に切り落とされて、片方しか残っていない手で、その手で俺の腕を止めていた。ファラは首を横にフルフルと振って俺を止める。なんでだよ! 許せねぇだろ! こいつは村の皆の仇(かたき)なんだ!
『レイス、うしろ!』
メルディが叫ぶ。俺とファラにはメルディが何を言っているのか分からなかった。だけどレイシスにはメルディの言葉が通じる。背後を振り返ったレイシスは、斧を握る俺と止めるファラを目に映した。するとレイシスはメルディを庇うような位置に立ち、あの人と俺達の両方に向かい合う。
「リッド、ファラ。君達は、」
「嘘吐きには付いて行けねぇよ。正論を振りかざす、あんたにもな」
あの人の周囲で空間が揺らぐ。そこから氷の槍が突き出し、レイシスへ向けられた。不利を悟ったレイシスは、メルディと共に後退する。レイシスに雇われたキールも一緒だ。そのままレイシスとメルディとキールの3人は去って行く。その間、あの人はレイス達を攻撃しなかった。
「なんで、あいつらを見逃したんだ?」
「何んだ彼んだ言って、あの人は剣を抜いていません。戦う意思がないのならば見逃しますよ」
やさしいんだな。きっと俺達が裏切らなかったら、レイシスの命は無かったに違いない。あの人が地面へ氷の槍を放つと、無数の氷が突き立った。そして、あの人は王都へ向かい始める。その後を俺達は追った。しかし、あの人は足を止めて振り返ると、俺とファラに向かって不思議そうな顔をする。
「なんで付いてくるんですか?」
「王都へ行くんだろ? だったら俺も」
「私一人で十分です。リッドくんとファラは、広域攻撃の手段がないでしょう」
「だったら、あんたを見てるよ。見ていたいんだ」
「私なんか、見ないでください」
「俺だって同じだ。村を滅ぼした奴らが憎くてたまらない」
「リッド、」
ファラの呼ぶ声にハッとする。今、俺は何も見えなくなっていた。ファラの存在を忘れていた。自身の発した言葉で、俺は闇(くら)い感情の正体に気付く。そうか、俺は憎いのか。村を滅ぼした奴らが憎いんだ。だけど、それは誰だ? 村を滅ぼした兵士か、村を滅ぼす原因となった国か、それとも村を滅ぼす原因を作った俺達自身か? 俺は頭を振って、疑問を振り払う。
「おねがいです。離れた場所で待っていてください」
柔らかい言葉だけれど、言い返せない強さがあった。そうして、あの人は王都へ向かって行く。俺はファラと共に、その場に立ち尽くしていた。あの人は正面から王都へ侵入を試み、当然のように城門の前で騎士達に取り囲まれる。そして戦いが始まった。あの人による、一方的な虐殺が始まった。
Re
お城で敵を片付けていたら、ファラに怖がられました。これ幸いと、通訳の辞意を表明します。ファラが私を怖がるのなら、仕方ないじゃないですか。ねー、小人さん。引き止められない内に王都から脱出し、ラシュアン村へ戻りますす。そうして以前のように山へ棲み着き、フリーズランサー三昧(ざんまい)な生活を取り戻しました。
そう思っていると追っ手が現れます。その追っ手は村を焼きました。大変です。ラシュアン村が使えなくなると、レグルス道場まで行かなければなりません。それは、ちょっと遠すぎます。村に駆けつけてフリーズランサーで敵を排除したものの村人の皆さんは、ほとんど全滅していました。
瀕死状態の村長さんをレグルス道場に預けて、私は王都へ向かいます。その時、レグルス道場の人に「どこへ行くのか?」聞かれたので、「敵(てき)を討ちます」と言っておきました。仇(かたき)ではありませんよ? 私の敵(てき)です。私の平穏を脅かす相手は、排除しなければ安心できません。
そんな訳で、また王都へやってきました。ラシュアン村から王都まで、長い道のりでした。しかし、王都の直前で主人公組と遭遇します。どうやら商人のレイスさんと共に、私を追ってきたようです。ところで便利ですね、その風の大晶霊のエアリアルボード。私も欲しいです。
「私はレイスという。君が魔女と名乗る者か?」
「魔女と名乗った覚えはありません。そう呼ばれているだけです」
「ならば君の本当の名前を、教えて貰えないだろうか?」
「偽名を名乗る貴方に、返す言葉はありません。そうですよね? 王国元老騎士のレイシス・フォーマルハウトさん」
普通に偽名を名乗られたので、正体を露見させてあげました。するとファラがフルフルと震えています。なにかと思って見ると、斧を握るリッドくんを止めていました。それに気付いたメルディがレイシスさんに注意します。レイシスさんはメルディと共に主人公組から離れました。なんですか、この状況は?
その後、レイシスさんやメルディそれとキールくんは去って行きます。とりあえず王都へ行こうとすると、リッドくんとファラも付いて来ました。なので、付いて来ないように言っておきます。リッドくんやファラが攻撃範囲内にいたら、思いっきり戦えないじゃないですか。
さっそく王都へ正面から入ろうとすると、門番に足止めされます。私を捕らえるつもりなのでしょう。なので門番を、フリーズランサーで打ち貫きました。すると王都の中から増援が現れます。手間が省けました。その増援をプチプチと潰す作業を私は行います。いい的ですね。
「大人しくしろ! 貴様は包囲されている!」
「無駄な抵抗をするな! 今ならば苦しむ事なく楽にしてやる!」
「平民ごときが調子に乗るなよ!」
「よくも俺達の王を殺しやがったな!」
「お前のせいで連日、休む暇もないんだよぉ!」
小人さん、お願いします。
「ぎゃー! 晶霊術だー!」
「くそっ、なんて奴だ!」
「落ち着け! あれほど晶霊術を使って長持ちする訳がない!」
「盾に身を隠せ!」
「奴の力が衰えたら、一気に仕留めるんだ!」
私の集中力が切れるのを待っているのですか。残念ですけれど、私は呼吸を行うようにフリーズランサーを発動できます。晶霊術の熟練度が桁違いなのでしょう。20年もフリーズランサーひとすじ、なのですから相応の力は持っています。そんな訳で、わざわざ門まで来てくれた鋭兵の皆さんは、地面の染みになりました。
門番の居なくなった門から、城下町へ入ります。すると石が飛んできました。それをヒョイッと、体を捻って回避します。見ると、市民の皆さんが待ち構えていました。私を見た市民の皆さんは、手に持つ石を投げつけます。さすがに数が多いため避け切れず、フリーズランサーで迎撃しました。
「うわー! 晶霊術士だー!」
「怯むな! 俺達の町を守るんだ!」
「騎士の奴らはどうしたんだよ!?」
「門の外で死んでるよ!」
「人殺しめー! 死ねー!」
「出て行けー!」
「モンスターめ!」
ああ、そうですか。あなた達も敵なのですか。「私の敵」になったのですね。だったら仕方ありませんね。私は氷の槍を、王都の空に展開します。巨大な氷の槍を作り出して、重力に引かれるまま落下させました。それに気付いた人々は、慌てて逃げようと試みます。しかし、そこら辺の家よりも遥かに大きな氷は、逃げ惑う人々を押し潰しました。
逃げるくらいならば、最初から逃げていれば良かったのです。私は次々に巨大な槍を作り出し、王都へ降り注がせます。氷の槍と家々が衝突して、氷の破片や石の破片を飛び散らせました。その破片は逃げ惑う人々を襲い、打ちのめして行きます。地面に赤い華が咲きました。
私は門から出て、王都の外へ退避します。そして氷の槍を打つけて、門を叩き壊しました。その衝撃で王都の城壁は崩れ、中にいる人々へ降り注ぎます。空から落ちる巨大な槍によって、王都は崩れて落ちて行きました。氷の槍が落ちる度にドォンという地震が起こります。男も女も大人も子供も、みんな等しく殺してあげましょう。
夜になりました。この世界に星はありません。その代わりとして、セレスティアの明かりが少しだけ見えます。それを人々は「星空」と呼ぶのです。とは言ってもインフェリアとセレスティアの間にある海面で、その光は拡散されます。大気と海に挟まれた光は、にじんでいました。
私が視点を下へ戻すと、瓦礫の山と化した王都が見えます。王城も含めて、全て打ち壊しました。生きている人は居ないと思います。まあ、生きている人がいても構わないのですけれど。泣いて謝るのならば許しましょう。怯えて逃げるのならば見逃しましょう。そうでない者は、死んでもらいます。とは言っても、生きていればの話ですけどね?
さて、これから如何しましょうか。ラシュアン村は、あんな有様です。もはや復興は望めません。ラシュアン村の近くで山に篭ると、レグルス道場まで行くのが面倒です。ならばレグルス道場の近くに棲み着きましょうか? もしも売買を断られたら、その時は仕方ありません。別の場所へ移り棲みましょう。私はフリーズランサーが撃てれば、どこでも良いのです。
さて、どこへ行きましょうか小人さん?
<せかいはこうだいです>
▼今回はフリーズランサーさんが、主人公組と別行動をしているので説明しましょう。
大晶霊によって大災害の原因が「人」と暴露されて、メルディが「セレスティアの総領主」の仕業である事を白状する。その結果、リッド達はメルディに不信感を覚える。
↓
本来ならば、バリルという人物が「セレスティアへ渡ったインフェリア人」という事に主人公組は気付く。しかし、フリーズランサーさんが主人公組と別れる際にショートカットできるヒントを与えたせいで、主人公組は「バリル」という名前を知らない。たとえばセレスティアへ行く方法は知っていても、その方法が「光の橋」と呼ばれている事を知らないのです。だいたいフリーズランサーさんのせい。
▼『ソウル体』さんの感想を受けて、今までオリ主と呼んでいたオリ主さんを「フリーズランサーさん」と仮称する事にしました。いやぁ、その発想はなかった。いい名前をもらったものです。
▼『九蓮内』さんの感想を受けて、「キールを同行させてメルディをヤンデレ化させる件」を試してみたら、主人公組が空中分解する展開になったでござる。どうしてこうなった。おかしいな。「埋葬を済ませた後は光の橋を使ってセレスティアへ行って、その光を王都を滅ぼしたフリーズランサーさんが見上げてる」っていう予定だったのです。これも一種の玉突き事故なのでしょう。
▼『gura』さんの感想を受けて、「滅ぼす」が「潤ぼす」になっていた件を修正しました。誤字報告があると分かってたから事前に読み直したけど、発見できなかったんだぜ。その後、ちゃんと『gura』さんの誤字報告を読んで修正箇所を発見しました。村を潤して、どうするよ。
村を潤ぼす原因を作った俺達自身か→村を滅ぼす原因を作った俺達自身か
▼『紫檀』さんの感想を受けて、「文字が多すぎた件」を修正しました。「もう誤字はないだろう」と思っていたら、そんな事はありませんでした。びっくりだよ。
ラシュアン村へ戻りますす→ラシュアン村へ戻ります
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ネタばらし回
故郷の村は壊滅し、
主人公組は真っ二つに割れ、
王都インフェリアは瓦礫の山になりました。
商人レイスもとい王国元老騎士レイシスに雇われた僕は、レイシスやメルディと共にセレスティアへ渡った。しかし、大災害を引き起こしている「シゼル」によって、レイシスは殺害される。セイファートキーとやらの導きでレイシスは極光術という秘技を習得していたが、似たような極光術の使い手であるシゼルには勝てなかった。
そこで僕はインフェリアに帰る方法を探す。雇い主のレイシスが死んだからな。すると、旅の途中で出会ったチャットという子供船長から、アイフリードの遺産を探すように提案された。僕はインフェリアに帰れるし、チャットは遺産を入手できる。双方に得のある提案だ。こいつの合理的な性格は、僕にとって都合がいい。
『キール! どうしてチャットとばかり話してるか!』
「航路に関して確認したい事があるからだ。それが如何した?」
『メルディも、キールと話したいよ』
「何の話だ? 会話の主題を決めてから言え。時間の無駄だ」
『ただ話したいだけだよ。いけないか?』
「ダメだな。グダグダと無駄な話をしているくらいなら、寝た方がマシだ」
『キールは、やさしくないよ!』
「人の温もりが欲しいのなら、町へ行って男でも漁ってろ」
『キールの、バカァ!』
メルディは、この様だ。最初から言動が変だったコイツが、さらに変になったのは、レイシスが死んでからだろう。極光術とやら素質があったレイシスは、メルディにとって特別な存在だったらしい。頼みの綱とも言うべきものか。そのレイシスが亡くなったから、あいつは代わりに僕を求めている。そうして精神の安定を図っていた。
「そうだな。僕を雇うのならば付き合ってやる」
なんて言ってみたら、本当にセレスティアの通貨を山ほど持ってきた。どこから持ってきたのかと思ったが、これまでの旅で相応に貯まっていたのだろう。まあ、口だけではなく、金を出すのならば構わない。そうして僕はメルディに雇われ、恋人役として付き合う事になった。晶霊術士としての僕ではなく、恋人としての僕だ。恋人としての僕ならば「それほどの価値はない」から、料金を安くしてやってもいいな。
アイフリードの遺産を使ってインフェリアへ渡る。あとはレイシスの依頼を果たすだけだ。それが終わったら学問の町ミンツへ帰ろう。そういう訳で、僕はリッドを探す。どうせ住人が全滅したラシュアン村に「未練たらたらで残っているだろう」と思って行ってみた。すると、やはり、リッドはファラと共に旧ラシュアン村にいた。
「キールか。なんの用だよ」
「レイシスに頼まれた。こいつを、お前に渡してくれだとさ」
「なんだよ、これ?」
「セイファートキーという物らしい。お前の行くべき道を指し示してくれる」
「いらねーよ」
「そう言うな。もう世界を救えるのは、お前しかいないらしい」
「メルディの言ってたグランドフォールのことか?」
「ああ、それを起こしてる犯人が見つかってな。だが、犯人の持っている特殊な力に対抗できる存在が、お前しかいない」
「このままじゃ世界が滅びるってか?」
「そうなんじゃないか?」
これまで明後日の方向を見ていたリッドは、僕を見る。旧ラシュアン村に家を新築したリッドは、ファラと共に暮らしていた。畑で野菜を育て、山で動物を狩っている。たまにレグルス道場へ生活用品を買いに行く程度で、ほとんど他人と関わる事はないらしい。まるで世捨て人だ。
「世界が滅びるとか如何かなんて、偉い騎士様や晶霊術士に任せておけばいいんだよ。俺はファラと一緒に、ここで暮らせれば十分なんだ」
「お前とファラの小さな世界も、いずれ世界の滅びに巻き込まれるぞ」
「いいさ。俺はファラと一緒に死んで行ければ、それでいい」
これはダメだな。リッドは諦めている。こんな奴じゃ世界を救うなんて無理だ。しかし僕に対する報酬は、すでに「オージェのピアス」として支払われている。これのおかげで僕は、子供船長のチャットやメルディと不自由なく会話できたんだ。だから僕はリッドにセイファートキーを押し付けた。これでいいだろう。たとえリッドがセイファートキーを捨てたとしても、渡し終えた僕には関係ない。
『キールは行くのか?』
「ああ、僕の仕事は終わった。ミンツに帰るのさ」
『そっか』
メルディは、やけに素直だ。嫌な予感を覚えた僕は、背後にいるメルディの様子を探る。しかし、そんな僕の背中に刃が突き立てられた。僕は顔を歪めて「がぁっ」と声を上げる。何が起こったのか考えるまでもない。メルディに後ろから刺された。僕は晶霊術の詠唱を始めたものの、うまく呼吸できない。空気を吸えない。どうやら肺を傷付けられたらしい。
『あんなにお金をあげたのに、まだ足りないか? メルディは足りないよ。キールが足りない』
そう言ってメルディは、僕を優しく抱き寄せる。そんな事より、僕の傷を治療してくれないか? このままでは死んでしまうぞ! 苦しみに足掻く僕の手を、メルディは握りしめる。僕の手を痛いほど、強く握りしめた。メルディは笑っている。気味の悪い笑みを浮かべている。気持ち悪かった。そんな目で僕を見るな。
Re
セイファートキーという重要そうな物をキールが残して行った。その日、俺は夢を見る。王城にあるような豪華な部屋に俺はいた。だが俺の体じゃない。男ではなく女の体だった。俺は他人の体の中にいるらしい。俺の物じゃない体は勝手に動いて、話を進めていた。どうなってんだ?
「王が平民と通じていると知られれば貴族に糾弾され、王としての資質を問われるのです。それを私は心配しています」
「はい、私も承知しております」
俺に向かってネチネチと小言をいう女がいる。話の内容によると、どうやら王妃らしい。よく分からねぇ話だったけど、王妃が嫌な奴ってのは分かった。体を自由に動かせねぇから、余計にイライラするぜ。1時間も長々と王妃は説教を続け、俺の我慢は限界を突破する。そうして、やっと帰って行った。もう二度と来るんじゃねーぞ!
「そんな事を言ってはいけませんよ」
ん? 今のは俺に話しかけたのか? 試しに返事をしてみたものの違うらしい。俺の体、じゃねぇな。俺の入っている女性は、独り言のように誰かに話しかけている。これは気を病んでいるようにしか思えねぇ。その予想は当たっていたらしく、女性は数日後に毒を飲んだ。自殺だ。
それでも俺は女性の中にいる。目は閉ざされているから、周りの様子は分からねぇ。だけど体の感覚から察するに、棺の中へ入れられたようだ。まだ、この人は死んでねぇんだけどな。心臓の鼓動が弱くなっただけで、この人は生きている。でも、このままじゃ生きたまま埋葬されそうだ。
そう思って傍観していると、女性は意識を取り戻した。棺の蓋を押し退けて、体を起こす。すると、棺の前にいる男性と目が合った。男性は流していた涙を拭う事も忘れて、生き返った女性を見つめる。ん? 見覚えがあるな。って、よく見たら父さんじゃねーか! なんで生きてんだ!?
「おはようございます」
「ぎゃー!」
「ちょっと!? なんで逃げるんですか!? ここは感激のあまり抱きつく所でしょう!?」
女性が朝の挨拶を行うと、父さんは悲鳴を上げて走り去った。おい、父さん。10年前に死んだ父さんのイメージについて、再構築する必要がありそうだ。父さんに置いて行かれた女性は、溜め息を吐くと棺から出た。そのまま人目を避けて、建物の外へ出る。そして運悪く近くを通った女性を殺して、その衣服を奪った。
おかしい。こいつは誰だ? 「毒を飲む前の女性と同一人物だ」なんて思えない。あまりにも毒を飲む前と、行動が違いすぎる。毒を飲んで変になったのか? それに何で、わざわざ人目を避けて建物から抜け出た? このままじゃ本当に死んでる事になっちまうぞ?
「当てが外れましたね。やはり自分の体は、自分で守るしかありませんか。ミンツへ行けば、クレーメルケイジの一つや二つはあるでしょう」
そんな独り言を呟いて、女性はミンツ大学へ向かう。最初は正面から行って、入れないと分かると盗みに入った。そしてクレーメルケイジと、オージェのピアスを盗む。そのままラシュアン村へ向かい、逃げた父さんと再会した。女性は父さんに対して、「山に住む」と告げる。
「村の中に住めば良いじゃないか。俺の家とか」
「私は死んだ事になっています。私は村の皆と、顔を合わせてはいけないのです」
「みんなだって黙ってるさ。ロナは村の誇りなんだから」
「死体がなくなったので、きっと指名手配されていますよ。そうなれば王都に連れ戻されて、また毒を飲まされるかも知れません。それは嫌です」
「しかし、山の中はモンスターがいるから危険だ」
「大丈夫ですよ。後宮へ入っている間に、身を守るための道具を手に入れていました」
そう言って女性はクレーメルケイジを見せる。だが、それはミンツ大学から盗んだ物だ。それなのに平気な顔で、女性は嘘を言う。そして父さんは疑うことなく、女性の言う事を信じてしまった。おい、父さん。ちょっとは疑えよ! なんで父さんは、この女性に対して、こんなに甘いんだ?
そろそろ俺は気付いていた。この女性は、あの人だ。ファラに「魔女さん」と呼ばれている「あの人」だ。でも、あの人が、こんな嘘を言うのだろうか? 俺は信じられなかった。ああ、やっぱり夢だ。これは夢なのだろう。ほら、俺は夢から覚める。その直前に、あの人の声を、俺は聞いた。
「ロナ、貴方が望めば、貴方以外の全てを殺しつくしても良かったのですよ」
次の夜、夢の中で「あの人」は、何かに憑かれたファラの父親と戦っていた。
その次の夜、夢の中で「あの人」は、俺達と一緒に旅をしていた。
4度目の夜、夢の中で「あの人」は、王様を殺して、王都を滅ぼした。
こうして客観的に見ると、あの人の行動を異常に思える。まるで、その異常に感化されるかのように、俺達もオカシクなっていった。「あの人」からクレーメルケイジを渡されたキール、「あの人」を庇ったファラ、「あの人」に通訳をされていたメルディ、そして俺は「あの人」を追っていた騎士に殺意を覚えた。
5度目の夜、夢の中で「あの人」は、名前の刻まれていない墓の前にいた。
「『本編』なんて如何でもいいじゃないですか。貴方のいない世界なんて如何でもいいのです。貴方さえ居ればよかった。貴方だけ居ればよかった。貴方だけ生かして、全て殺してしまえばよかった。でも貴方は、それを望まないのでしたね。
だから殺しません。でも私に敵対するのならば殺しても良いですよね? 先に刃を向けたのは相手の方です。貴方の体を壊される訳には行きませんから。だから仕方ありません。正当防衛です」
俺は理解した。あの人は狂っている。顔に貼り付けた笑顔の仮面の下は、悪意に塗れている。「原作」という言葉の意味は分からないけれど、「他人の事なんて如何でもいい」と思っている事は分かった。あの人は俺達を守るために王を殺したんじゃなかったのか? あの人は村の皆の仇(かたき)を討つために、王都を滅ぼしたんじゃなかったのか?
夢から覚めて、一つ疑問に思った事がある。あの人は全て知っていたんじゃないか? 何かに憑かれた村長によって村が滅びる事も、セレスティアからメルディが来る事も、王都で死刑になりかける事も、セレスティアへ行く方法も、あの人自身になってみれば「全て事前に知っていた」としか思えない。
夢の真偽を確かめる方法はあった。だが、今さら俺には関係ないだろ? そう思っていたけれど毎晩、あの夢を見れば気になる。だから俺は、夢を見る原因と思われるセイファートキーを投げ捨てた。だが、そのセイファートキーをファラが拾って、家へ持ち帰る。これって呪いのアイテムなんじゃねぇか? キールの野郎、なんて物を押し付けやがった。
「ねーねー、リッド。どうして捨てたの?」
「そいつを受け取ってから毎晩、夢を見るんだよ。嫌な夢だ」
「それって、もしかして魔女さんの夢?」
「げっ、ファラもかよ。やっぱり呪われてるんじゃねーか、これ」
「私も気になるから「見に行きたい」って思ってたの。リッドも行こうか?」
「行かねぇ方がいいって。ぜったい何かの罠だぜ?」
「もしも本当だったら、どうするの?」
「どうもしねぇよ。俺達は今まで通りだ」
「本当に?」
俺の耳元で、ファラがささやく。
「だって、このままじゃ毎晩、寝不足だよ!」
「そいつは大問題だな」
そんな訳で俺とファラは、学問の町ミンツへ向かった。大学へ行って、受付名簿を見せてもらう。しかし、20年以上前の受付名簿なんて残ってる訳がなかった。だが、ここしか当てがねぇんだ。あの人の事を知っていた父さんも、ファラの父親も、村長も、村の皆も、誰も彼も死んでしまった。
「そういえば20年前に泥棒に入られたって聞いた事があるわ」
「本当!? その泥棒さんの名前って分かる?」
「名前? あーあー、そうそう! 一時期、似顔絵が出回ってたっけ」
「その似顔絵ってありますか?」
「さすがにねぇ。でも名前は覚えてるわ。簡単な名前だったし。泥棒として入る前に、面会を求めて受付で名乗ったって。どうせ偽名だとは思うけど、たしか名前は、」
レナ
それは夢の中で、あの人が受付で名乗った名前だ。正確に言うと、レナ・ウィンディアと名乗っていた。ロナではなく、レナと名乗った。でも、あの人の名前がレナか否かなんて重要な問題じゃない。重要なのは「夢で名乗った名前」と「現実に残っていた名前」が繋がったという点だ。つまり、あの夢の内容は、ある程度まで信用できる。
▼『gura』さんの感想を受けて、「!?」が「1?」になっていた件を修正しました。『gura』さんは「潤ぼす→滅ぼす」という、なかなか発見難易度の高い誤字を発見した方です。いい目をしていらっしゃいます。
ちょっと1?→ちょっと!?
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主人公組と戦う
セイファートキーを渡され、
リッドくんは夢を見て、
真意を知りました。
俺とファラは、メルディとキールが同居しているという家を訪れる。学問の町ミンツへ帰ると言っていたキールだったが、旧ラシュアン村の近くにある山小屋に残っていた。そこで見たのは、キールの股の上に座っているメルディだ。俺とファラは見なかった事にして、そっと扉を閉めた。
「リッド、ファラ、待て! 助けてくれ! 僕は、こいつに監禁されている!」
よく見えるとキールの体は、紐でベッドに縛り付けられていた。なんだよ、驚かせやがって。メルディとキールの家に入り直した俺達は、2人から話を聞く。それによるとキールがメルディに金を貢がせ、用がなくなるとメルディを捨てたらしい。それはキールが悪いんじゃねぇか?
「それは兎も角キール、あの人と戦う事になると思うから力を貸してくれ」
「あの人と? よく分からないが、僕を助けてくれたら無料で手伝ってやる」
おそらく戦う事になるのだろう。戦わないという手段もあるが、それは問題を放置するという事だ。心の中に淀みを抱えたまま生きる事になる。俺はファラと2人で平穏に暮らしたいんだ。だが、この問題を解決しなくちゃ平穏に暮らせねぇ。だったら、あの人に会うしかない。そして会えば戦いになるだろう。まぁ、ファラと一緒に死ねるんなら、どこだっていいさ。
「経緯は分かった。どうりで最近、変な夢を見るわけだ。それで、作戦は考えてあるんだろうな?」
「あの人の居る場所は、夢で見る場所だろうな。たぶん、王都の近くだ」
「つまり、どう戦うのかは考えていない訳か。そんな有様じゃ負けるぞ。僕は負け戦なんてやりたくない」
「じゃあ。お前は何か考えでもあんのか?」
「注意するべき点としては、あの人の晶霊術だ。おそらく、あれは晶霊術じゃない」
「晶霊術じゃなきゃ、なんだってんだよ?」
「それは分からない。あの人自身は「小人さんに力を借りている」なんて言っていたな」
「小人さんって何だよ。そんなもの見た事ねぇぞ?」
「僕も無いさ。本人が言うには「氷の中位晶霊」らしいが、そんな物はあの人の周囲に存在しない。もちろん、あの人の体内にもな。もしも在れば、晶霊術士である僕にも分かる」
「でも、あの人は実際に晶霊術を使ってるよな?」
「先に分からないと言っただろう。とにかく、通常の晶霊術と思わない方がいい」
「今さらな話だろ。あの人は王都を一人で壊滅させたんだぜ?」
「まぁ、そうなったら大晶霊の力を借りるしかないな。何度も大晶霊の力を借りる事はできないから、目標は短期決戦だ」
メルディを説得して、キールを連れて行く、キールを連れて行くと、メルディも付いて来た。そうして俺達は、あの人の居る場所へ向かう。名前の刻まれていない墓の前に、あの人はいた。おそらく、ロナという女性の墓なのだろう。肉体は目の前にあるから、墓の中は空っぽだ。
「皆そろって、どうしたんですか?」
「あんたに聞きたい事があるんだ」
「そうですか」
「あんたは何が起こるのか、全部しってたのか?
10年前に村長が何かに憑かれる事も、
セレスティアからメルディがやってくる事も、
王都で死刑になりかける事も、
セレスティアへ行く方法も、」
「ええ、知っていました」
「知ってたんなら、どうにか出来なかったのかよ。未来の危機に備えようと思わなかったのか? 回避しようと思わなかったのか? なんで教えてくれなかったんだよ? なんで黙ってたんだ? あんたが全て話してくれていれば、こんな事にはならなかったんじゃねぇのか? 10年前の事件も止められたのかも知れねぇ。俺の父さんもファラの父親も、村の皆も死ななかったかも知れねぇだろ? メルディが来る事を教えてくれれば、準備だって出来たかも知れねぇ。ちゃんと話してくれれば、俺達だってメルディを信じられた。あの時、あんたは教会の前で足を止めたよな? 何が起こるか気付いてたんなら、俺達に注意してくれれば良かったんだ。そうすれば国王を殺す事もなければ、村に兵士が来る事も、村が滅ぼされる事もなかったかも知れねぇ。あんたが、もっと積極的に行動していれば、傷つく奴は少なくて済んだ。どうして俺達に「本編」とやらを、すべて話してくれなかったんだ!?」
俺の言葉に、あの人は溜め息を吐いて答える。
「それで貴方は私の敵ですか?」
あの人にとって重要なのは、その一点だけだった。敵であるか、敵でないか。あの人にとって敵の反対は「味方」じゃない。あの人にとって敵の反対は、「殺してはいけない人」だ。あの人にとって他人は「殺してもいい人」と「殺してはいけない人」に分類される。例外は、ロナという女性だった。
あの人は、俺の質問に答える気はないらしい。俺達の事なんて、どうでも良いと思っているのだろう。これまで取り繕っていた態度も、今は崩れつつある。取り繕う必要がなくなったと思っているのか? あの人の冷たい視線が俺達に向けられる。きっと、あの人は俺達の事を、絵本に登場するキャラクター程度にしか思っていない。
「ああ、敵だ。俺は、あんたの敵だよ。他人が死ぬと分かってて、見過ごしたのは許せねぇ。あんたが「知っていた」ことを俺は知ったんだ。知ってしまったから、もう見過ごせねぇ!」
「あなた達は、いつも、そうですね。関われば「邪魔だから関わるな」と言い、関わらなかったら「悲劇を見過ごした」と責めるのです。いいえ、そんな事は如何でもいいのでした。そんな事は如何でもいいのです。私の敵だと言うのならば、殺してさしあげます」
そう言ったあの人の背後に、空中から氷が湧き出る。冷たい輝きを放つ槍は、視界一杯を埋めつくした。何百本あるのかも分からねぇ。あれが放たれれば、一瞬で俺達は全滅する。でも予想の範囲内だ。どういう訳か、あの人はフリーズランサーしか使わない。攻撃パターンを読むのは簡単だった。
「たのむぞ、メルディ!」
『はいな! イフリィート!』
あいかわらずメルディの言葉は分からねぇ。だが、「オージェのピアス」を付けているキールならば、メルディと言葉が通じる。そのキールの合図を受けて、メルディが火の大晶霊を召還した。巨大な炎の魔人が、俺達の前に出現する。桁違いの出力を有する大晶霊は、そこらの晶霊とは比べ物にならない。
『我が灼熱の魔手にて、灰燼と化せー!』
あの人へ向けて火球が放たれる。小さな太陽にも似た炎は、あの人の放つ氷の槍を蒸発させた。しかし次の瞬間、あの人の作り出した巨大な氷によって火球は防がれる。さらに出現した巨大な氷が、炎の魔人に直撃した。ところが炎の魔人は氷を掴み、あの人へ向かって投げ飛ばす。そうして投げ飛ばされた巨大な氷は、別の氷によって撃ち落とされた。キラキラと氷の破片が舞い散る。
あの人と炎の魔人が戦っている。本来ならば必殺の一撃を放った後、炎の魔人は消えるはずだった。しかし、必殺の一撃を防がれた魔人は、あの人に一撃を当てようとムキになっている。これは良い誤算だ。その間に俺とファラは、降り注ぐ氷や炎の隙間を駆け、あの人に接近する。
そうしていると、あの人に気付かれた。氷の槍が俺達へ向けて放たれる。炎の魔人と戦ってるのに、まだ俺達を攻撃する余裕があるのかよ!? 俺とファラは槍を避け切れない。その瞬間、ファラが無事な片手に握っていたオールディバイドというアイテムを発動させた。オールディバイドは味方に限らず、その場にいる敵の受けるダメージも半分にする効果がある。
「鳳凰天駆!」
俺は炎を纏って、氷の槍による弾幕を突破する。無傷という訳には行かなかったが、突破した。そして目前にいる、あの人を斬りつける。1撃目は氷の槍を当てて逸らされた、2撃目も氷の槍で逸らされた、3撃目も逸らされた。しかし、あの人は体勢を崩している。これで決める!
「鳳凰天駆!」
「鳳凰天駆!」
「鳳凰天駆!」
「鳳凰天駆!」
「しまっ、これはっ!」
あの人は俺の技に気付いた。見た事のないはずの技を、なんで知っているのかは聞かなくても分かる。「本編」とやらで「知っていた」のだろう。だが、対応できなければ意味がない。知識があっても、それに対処しなければ意味がないんだ。あんたは、これまで、知っていながら見過ごしてきた。これからだって、そうなんだろ!
「 緋 凰 絶 炎 衝 」
俺は一気に駆け抜ける。あの人の体を駆け抜けた。あの人は防具なんて着けていない。鋼のような体も持っていなかった。俺の愛用している斧は、あの人の体を難なく斬り裂く。ベチャリと、あの人は地面に倒れる。漏れ出た血が、辺りに広がった。あっけないもんだな。
Re
ひさしぶりに主人公組とあったら、不当な罪を被せられました。なんだかグチャグチャと良く分からない事を、リッドくんはおっしゃいます。もっと簡単に纏めてくれませんか? そんなに長々と話されても分かりません。ようやく話が終わると私は溜め気を吐いて、リッドくんの話を短く纏めました。
「それで貴方は私の敵ですか?」
すると主人公組は、いきなり大晶霊を召還しました。開幕から大晶霊を打っ放すなんて酷いですね!? バカみたいな出力の大晶霊に何とか対抗したものの、その隙を狙ったリッドくんに私は斬られます。ボタンを連打するだけで何度も使える、お手軽な秘奥儀によって私は倒されました。そこまでやりますか!?
あー、これはダメですね。もう助かりません。私は諦めて眠る事にしました。すると何処からか声が聞こえます。もしやリッドくん達でしょうか? と思ったものの違うようです。裏切りからの仲間入りフラグは消えました。私の中から、その声は聞こえます。ネレイド神ですか。ラスボスフラグですね。分かります。
『汝の心を我にゆだねよ』
ちょうど良いところに来てくれました。ネレイド神の力を借りれば、私は助かるでしょう。ラスボスのシゼルさんなんて、マシンガンに全身を撃ち貫かれても復活していました。驚きの蘇生力です。でも、私の心は私の物です。私の意思をおかす事だけは、絶対に許しません。ねぇ、ロナ。
『掌握』
だから貴方が私に従え
Re
あの人を倒したと思った。だが、倒せていなかった。あの人の体から「黒いモヤ」が立ち昇る。この黒いモヤには見覚えがあった。夢の中で見た、ファラの父親に憑いていたモヤだ。まさか、10年前にファラの父親がオカシクなったのは、あの人が原因だったのか!?
『バイバ! ネレイドだよ!?』
「ネレイドだと!? たしかに、あの黒いモヤには見覚えがあるな」
「おい、キール! ネレイドって何だよ!」
「グランドフォールを起こしている犯人の名前だ!」
「なんだって!?」
じゃあ、あの人がグランドフォールを起こしていたのか!?
「ぐわぁ!」
「きゃ!」
「うおっ!」
『バイバ!』
俺達は黒い衝撃波に吹き飛ばれた。あの人の背中から氷が生えていく。その氷は黒く染まっていた。黒い氷だ。それは幾重にも重なり、空高く伸びた。氷の槍を集めたかのような状態で、大きな翼のような形になる。そして、黒いモヤを纏ったあの人は、空へ飛び上がった。
あの人の巨大な翼が、地面に影を作る。それでも翼は成長を止めず、地平線の彼方まで伸びて行く。世界でも覆うつもりなのかよ? そう思って呆然として見上げていると空間が歪み、空に巨大な氷が現れた。一つや二つじゃない、氷の群れが空を、隙間なく埋め尽くしていた。笑っちまうぜ。
「ははは、こいつは如何しようもねぇな」
「おい、諦めるなよリッド! メルディ、出せる大晶霊はいないのか!? なんでもいい!」
『えーと、えーと、ヴォルト!』
メルディによって雷の大晶霊が召還される。すると閃光が空を走り、空を埋め尽くす氷の群れを破壊した。しかし壊したと思ったら、すぐに新しい氷が形成される。大晶霊の攻撃が、時間稼ぎにしかならなかった。おまけに大晶霊によって壊された氷の破片が降ってくる。その破片だけでも、俺達を簡単に押し潰せるだろう。やっぱり無理だぜ。
『一掃しなさい』
あの人の声が響き渡る。ゾッとした。空を埋め尽くす、巨大な氷が降ってくる。その先端は尖っていた。そんなこと、どうでもいいか。尖っていようと何だろうと、当たれば即死だ。そもそも、これは人に対する攻撃なんてレベルじゃない。俺達の足下にある大陸すら、割り砕く恐れのある攻撃だ。どうしようもねぇよ。
カッ!
だが、巨大な氷の群れは、横から来た黒い光に薙ぎ払われた。正確に言うと、俺達の真上にあった氷だけだ。遠くの方を見れば降り注いだ氷が轟音を鳴らし、大地を粉砕している。こんどは何だよ!? そう思って黒い光の来た方角を見ると、空に浮かぶ人影が見えた。その人影は俺達の近くに降り立つ。
『無事か、メルディ』
『シゼル!?』
『今のお前達では、奴には勝てぬだろう。退け』
2人が何を言っているのか分からねぇ。だが、メルディの言葉が通じるキールは驚いている。呆然としていると、俺達は黒い球に包まれた。そして宙に浮き、その場から遠ざかって行く。今の奴は俺達を助けてくれたのか? 混乱している俺は、状況が理解できねぇ。いいや、そうじゃない。落ち着いてたって分からねぇよ。いったい何が起こってるんだ?
あの人を遠くから見ると、その大きさが分かる。シャボン玉のような黒い球の中から、俺達は戦いの様子を眺めていた。空から落ちる槍が、大陸を削って行く。地上から昇る黒い光が、空を消し飛ばして行く。あの2人の戦いが世界を削って行く。空間が耐え切れず、バリバリと悲鳴を上げていた。助けられて言うのは難だが、一つ言いたい事がある。
あいつら人間じゃねぇよ
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世界終末の夜
ネレイド神が掌握され、
シゼルは解放されたものの、
主人公組のために犠牲となりました。
創造神セイファートに導かれ、俺は試練を受ける。そして極光術を修得した。「セイファートの使者」と名乗る存在によると、真の極光術というらしい。これはネレイドの用いる闇の極光術に対抗するために必要な物だ。でもネレイドが闇の極光術なら、セイファートは光の極光術じゃねぇのか?
俺とファラとキールとメルディは、インフェリアとセレスティアを駆け回る。そうして様々な大晶霊と契約した。水風火・地氷雷・光闇・時元の全10種だ。インフェリアやセレスティアの遺跡を探索して、エリクシールという体調を完全に回復させるアイテムも集めた。それでも、どれほど準備を整えても、ネレイドに勝てるのかは分からねぇ。
グランドフォールの危機は去った。その代わりとして問題になったのは、あの人だ。ネレイドに憑かれたあの人は、世界を破滅に追い込みつつある。あの人は最後に見た姿のまま、インフェリアの空に浮かんでいた。そして世界を「敵」と定め、インフェリアの大地を削ってる。大地を削られて海だけになれば、人は生きて行けねぇ。このままじゃ。いずれ人類は死滅するだろう。
「あの人に極光術は通じるのか?」
『彼女は「世界を殺す猛毒」だ。晶霊を取り込み、その晶霊を殺す事で、莫大な力を得ている』
そもそも、あの人の言う「小人さん」なんていなかった。
「極光術の天敵じゃねえか。そんな奴を、なんで今まで大晶霊は放って置いたんだ?」
『彼女は人間だ。「人の問題に大晶霊は関わるべきではない」と彼等は定めている』
「こんな時くらい、いいじゃねぇか。世界の危機だぜ? 大晶霊が10体も居れば、あの人も倒せるんだろ?」
『気軽に大晶霊が力を振るえば、簡単に人は滅びてしまうのだ。たとえば今、彼女が力を振るっているように』
「あれは、もう、人じゃねぇだろ」
『あんな様でも人なのだよ。100年と言わず、あと20年も経てば老いて死に逝くだろう。その前に世界は滅ぶが』
「それで世界が滅んだら大晶霊も困るんだろ?」
『その後に世界が滅びてしまっては、意味がないのだ。それに彼女は晶霊の天敵になりえる』
「俺の修得した極光術にとってもな。他に通じそうな技に、心当たりはないのかよ」
『彼女の出力に対抗できるものは、世界を滅ぼす可能性すら秘めた極光術しかないのだよ」
セイファートの使者は、あの人を「猛毒」と例える。たしかに、その表現は合っていると思った。力だけではなく、存在その物が猛毒だ。この世界がオカシクなったのは、何もかもあの人が原因と思える。そもそも、あの人は何者なんだ? ロナという女性じゃない。得体の知れない、別の何かだ。
Re
あの人は巨大な翼を広げ、セレスティアへ乗り込んで来た。ついにセレスティアまで来ちまった。子供船長の船に乗って、俺達は戦場へ向かう。俺達だけじゃない。セレスティアの革命軍も一緒だ。彼等のおかげで船に搭載した晶霊砲は、あの人まで攻撃が届く。だが、それでも、あの人を倒すには至らなかった。
『撤退はない! 進め! 進めぇ!』
『例の船を先に進ませる事だけを考えろ!』
『あの船が沈めば俺達も終わりだぁ!』
『撃てぇ! 撃ちまくれぇ!』
『来るぞ! 空が落ちてくる!』
『後先なんて考えるなぁ!』
降り注ぐ氷の群れが、革命軍の戦艦を押し潰した。瞬く間に革命軍は壊滅していく。その間に俺達は隙間を抜け、あの人の下へ突っ込んだ。革命軍の人々によって作られた道だ。ほとんど言葉も通じない俺達と一緒に戦ってくれる、セレスティアの人々の命で作られた道だ。その道を俺達は突き進んだ。
高速で走る船の甲板に、俺達はいる。風の大晶霊のおかげで、風圧で息が止まる事はない。俺はメルディと手を繋いでいた。メルディの手はキールと繋がれている。でも、ファラと手は繋いでいない。ファラには大事な役目があるからな。俺達はファラ、俺、メルディ、キールの順で横に並んでいる。もうすぐ空に浮かぶ、あの人の真下だ。もうギリギリだろう、これ以上は近付けない。
「始めるぞ!」
「うん!」
「頼むぞ、メルディ!」
『はいな! みんな出てきてよ!』
キールの言葉を受けて、メルディが全10種の大晶霊を召還する。これから少しの間、時間を稼いで貰わなくちゃならねぇ。クレーメルケイジから10個の光が飛び出し、空へ向かって行った。そして、あの人と戦闘を始める。だが、あの人は晶霊の天敵だ。ダメージを与える事はできないだろう。こっちの切り札は、極光術しかない。
俺が「真の極光術」の素質(フィブリル)を持ち、メルディは「闇の極光術」の素質(フィブリル)を持っている。本来ならば「闇の極光術」はネレイドを呼び寄せる。しかし今のネレイドは、あの人に執着しているらしい。だから「闇の極光術」を使ったメルディが、ネレイドに乗っ取られる心配をする必要はなかった。
メルディから放たれた黒い光が、俺の中に入ってくる。俺の中にある白い光と交わって、その輝きを強めた。俺の「真の極光」とメルディの「闇の極光」を、俺の中で混ぜ合わせていた。それによって極光術の出力は増大する。しかし、その代償として俺の体は傷付けられた。増大した極光術の出力に、人に過ぎない俺の体は耐え切れない。
そんな俺の体に、ファラがエリクシールを使う。エリクシールによって体にできた傷は治り、俺の体力も気力も完全に回復した。しかし、回復した側から再び、俺の体は崩壊を始める。あまりの痛みに、俺の意識は真っ白に染め上げられた。だが、極光術の発動だけは止める訳にはいかない。
大丈夫だ。そのためにファラがいる。俺の側にファラが居てくれる。どんなに俺の体が壊れても、隣にいるファラが回復してくれる。俺の役割は、極光術の出力を限界まで高める事だ。ファラの役割は、傷つく俺を回復し続ける事だ。だから俺は、何も心配しなくていい。
そんな俺の手を、ファラが握る。なんでだ? 回復はどうした? ファラの手は片方しかない。だから俺の手を握ったら、薬を使って俺を回復できないだろ? その時、極光術の発動と痛みに耐えていた俺は、気付かなかった。考える余裕がなかった。ファラが俺の手を握った理由は、単純なことだ。
「くすり、きれちゃった」
ああ、なんだ。そうか。じゃあ、これで終わりだ。そう思った俺は、手を上へ向ける。向けようと思ったら、手は上がらなかった。腕が壊れてやがる。ははは、バカみたいだな。そんな俺の体をファラが支えてくれる。上も下も分からない感覚だが、俺はファラを信じた。信じて、撃った。
極 光 波
声は出なかった。だが、白い光が世界に溢れる。俺の体から世界に広がった。それは遠くに見える、黒い闇を押し退ける。白い光によって黒い闇は潰され、どんどん小さくなっていった。あの黒い闇が、あの人なのだろう。そして白い光が、俺だ。大丈夫だ、勝てる。勝てるぞ!
そう思った。思っていた。けれど、絶望が拡大する。黒かった闇が、黒いまま輝き始めた。そして黒い光は、白い光を飲み込み始める。グルグルと回る気持ちの悪い動きで、白い光を浸食していた。黒い光で、俺がおかされていく。そんな、ウソだろ? あと少しだったのに、なんでだ!? こんなのってねぇだろ!?
瞬く間に黒い光は俺の下へ届き、俺の体も飲み込まれる。でも、まだだ、まだ終わってねぇ。俺は死んでねぇぞ! そう思っていたけれど俺は、体が不安定になった。俺の体がグルグルと回っている。なんだ? これ? なにが起こってる? 俺の体はファラが、支えてくれているはずだろ? え? ああ、そうか。つまり、誰もいなくなったんだ。
黒い極光に飲み込まれて
▼『紫檀』さんの感想を受けて、「クィッキー」が「クイッキー」になっている件を修正しました。やっと小動物の名前を出したと思ったら、間違えてたでござる。
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おわり
皆の力を合わせて
ラスボスを倒したと思ったら
極光の輝きに世界は飲まれました。
見張り台の上に、俺はいた。いつの間にか立っていた。なんでだよ!? 慌てて辺りを見回すと、平和そうな山々が広がっている。見覚えのない、一つの村も見えた。ここは、どこだ? どうなってんだよ。とりあえず見張り台から降りるか。そう思って下を見るとファラがいた。ふぅ、とりあえずファラは無事らしいな。
「ひさしぶり! どう、調子は? 獲物は、いっぱい捕れた?」
「お、おう」
やっぱり訂正する。ファラは無事じゃなかった。頭がやられちまったのか? そう思った俺は、ファラの両手がある事に気付いた。おかしい、たしかファラの片手は、あの人を庇った際に斬られたはずだ。右手だったか? いや、左手だったか? うーん、両方ついてるな。
「どうしたの、リッド? なんか変だよ?」
「ああ、いや、なんでもねーよ。それよりファラは、何しに来たんだ?」
「空の様子が変だから、ちょっと見に来たんだよ。最近、色がおかしくない?」
「グランドフォールの影響だろ?」
「グランドフォール? それって、なんのこと?」
「いや、気のせいだった」
「?」
ファラの様子がオカシイ。大災害のグランドフォールを知らないだって? そんな訳ねぇだろ。どうなってんだ? 夢、な訳ねぇか。でも、あの人の夢を見た時の体感に近い。くそっ、どうすりゃ良いんだ? このファラは敵か? 味方か? 誰か説明してくれる奴はいねぇのかよ!
「あっ、いま空が光った!」
ん? 今のセリフは聞き覚えがあるな。たしか猟をしている時にファラが来て、空の色が気になるとか言ってなかったか? さっきのファラのセリフと似てるな。たしかメルディが、乗り物に乗って空から落ちて来たんだ。あの時は危うく、乗り物の下敷きになる所だったぜ。そうして俺は空を見上げる。すると、見覚えのある光が空から落ちてきていた。
「やべぇ! ファラ、逃げろ!」
「リッド!」
その光は見張り台に直撃した。だが、見張り台から飛び降りた俺とファラは無事だ。すると元気なファラは「落ちてきた物を見に行こう!」という。そこで俺は疑問に思った。メルディが落ちてきたんだよな? 俺とファラが墜落現場へ向かうと、やはりメルディが倒れていた。すっかり忘れてたけど、クィッキーもいるな。
『こんにちは。助けてくれて、ありがとな』
「ああ、それより早く離れようぜ。その機械、爆発するから」
「リッド、この子の言葉わかるの!?」
「なに言って、いや、それよりも早く離れろ!」
ドカーンと機械が爆発する。メルディとファラの体を引っ張った俺は、そのまま地面に伏せた。すると、俺とメルディの体が接触して、キラキラと光を放つ。これは極光の輝きだ。「真の極光術」の素質がある俺と、「闇の極光術」の素質を持つメルディが触れた事で発生している。あの時は分からなかったけれど、今の俺は理解できた。
『ふぃぶりる! ふぃぶりる! おねがい! メルディに力貸してよ!』
「分かった。分かったから、しがみつくなっての!」
「この子、どこの誰だか分からないけど、一つだけ確かな事があるね」
「助けを求めてるんだよ、オレ達に!」 「きっとリッドが好きなんだよ!」
「って、あれ? リッド、私が言うこと分かったの?」
メルディの目的は分かってる。インフェリアの大晶霊を集める事だ。まあ、大晶霊に大災害の阻止を頼んでも「人の責任だから」って理由で断られるんだけどな。結局、諸悪の根源である「あの人」を倒さなくちゃ世界の終わりは防げねぇ。あの輝きに世界はおかされるんだ。
俺とファラは、メルディを連れて村へ戻る。でも、村の場所が違うな? 10年前に大きなクレーターができた場所だ。かつて村があった場所だった。なんで現実と違う部分が、こんなにあるんだ? なにか意味であるのか? 村の奴らに聞いてみると「10年前に村が消し飛んだ」という事はなかったらしい。なんだって?
「お、おい、なんで泣いてるんだ?」
「いや、なんでもねぇ。なんでもねぇよ」
兵士に殺されたはずの村人が生きている。その事に気付いた俺は、思わず涙を流した。涙が止まらなかった。俺は自分の家に駆け込みたかった。でも、場所を覚えていなかった。不思議そうに俺を見るファラは、俺の家まで案内してくれる。「もしや父さんも生きているのか?」と思ったけれど、やはり父さんは10年前に死んだらしい。残念だ。
落ち着いた俺は、メルディの話をファラへ伝える。すると、やはりメルディは、グランドフォールに自分の両親が関わっている事を話さなかった。まぁ、仕方ねぇな。本当に悪いのはネレイドとあの人だ。そう思っていると突然、壁を壊して不審者が現れた。せっかく無事だった「俺の家」を壊して現れた。
『見つけたぞ、メル』
「てめぇ! 俺の家を壊してんじゃねぇよ!」
『ぎゃーっ!』
現実で、再建された村を破壊した奴だ。こいつのせいで俺とファラは村から追放された。だから手加減なんていらねぇ! 現実で全10種の大晶霊を集めていた頃に習得した特技を、不審者に叩き込む。この頃には覚えていなかった「真空裂斬」だ。すると不審者は斬った衝撃で、壊れたばかりの壁から飛び出て、ビッタンビッタンと地面の上を派手に跳ね飛んでいった。
『これで終わったと思うなよ!』
そう言って、俺の一撃でフラフラになった不審者は早々に帰って行く。だが、俺は知っている。この後、不審者は二度と現れない。ここで姿を見せてから、あの人が世界を滅ぼしそうになっても、最後まで姿を見せる事はなかった。たしか現実では、あの人のフリーズランサーを一発くらっただけで引き下がっている。何者だったんだろうな?
「すごーい! リッドって何時の間に、そんなに強くなったの!?」
「たまたまだよ、たまたま。そんな事より部屋を片付けねぇと。ったく余計な事しやがって」
床に落ちた絵を拾う。現実では10年前に失われた物だ。この絵も村の消滅と共に失われた。その絵には、父さんの姿が描かれている。それと知り合いらしき女性も描かれていた。その父さんの横に描かれた女性の絵を見て、俺は手を止める。これって、あの人じゃねぇか? そう言えばロナって人と、父さんは知り合いだったな。
ラシュアンから旅立った俺達は、学問の町ミンツに到着した。ミンツへ寄ったついでに、ファラはキールを訪ねに行く。すると、なぜかファラは大学へ向かった。ファラによるとキールは、大学に通っているらしい。本当かよ? あの拝金主義者のキールだろ? メルディに金を貢がせたキールだぜ?
しかしキールは居なかった。連鎖的世界崩壊説を唱えて、休学処分を受けているらしい。グランドフォールの事だ。それに気付くなんて、こっちのキールは優秀なんだな。キールに会えなかったファラは諦めず、岩山の観測所までキールへ会いに行くという。いいんじゃねぇか? こっちのキールが如何なのか、俺も気になるからな。
そうして会ってみた結果、キールは研究主義者だった。拝金主義者よりはマシか? どっちにしても好みが偏ってるな。ファラに聞いてみると、キールの両親は生きているらしい。キールの両親は、現実では10年前に死んでいた。この差が現実のキールと、こっちのキールの差を作ったのか。
そろそろ、俺は気付いていた。こっちには、あの人がいない。ロナという女性じゃなくて、その死後に現れた「化け物」がいなかった。それだけで、こんなに違うのか。たった一人、あの人が居ただけで、あんなにも世界は歪んでいたのか。この世界は俺に、それを教えるためにあるのかも知れない。
キールを連れて、俺達は木陰の村モルルに到着する。現実では、あの人がマゼット博士の存在を俺達に教えた。でも、こっちではキールの提案で、マゼット博士に会いに行く。こっちのキールにとってマゼット博士は恩師らしい。おかげで現実では入手できなかった「オージェのピアス」を、マゼット博士は俺達に譲ってくれた。
このピアスは現実で、あの人に盗まれた物だろう。ピアスを着けた後、ちょっとした事件が起こり、ファラとキールの2人もメルディと言葉を交わせるようになった。それをメルディは、とても喜んでいる。ああ、そうだ。現実では、あの人が通訳をしていた。でも俺達はメルディと意思を交わせていなかった。だから、ちょっとした誤解で、メルディに疑心を抱いてしまったのだろう。
俺達は王都に着いた。キールは論文を持って、あちこち回る。しかし、誰もキールの言う事を信じてくれなかった。たしかグランドフォールは「セイファート再臨の予兆」とか言われてるんだったな。そして俺達は教会の前まできた。いつかのあの人と同じように、俺は教会の前で立ち止まる。
どうする? きっと教会から出れば、兵士に待ち伏せされている。そうして兵士に捕まれば、待っているのは死刑だ。だからと言って反抗すれば、もっと酷い事になる。あの人がいた現実では、王が死んだ。王都も無茶苦茶になった。いいや、ダメだ。そんな事にはさせねぇよ。
「おい、キール。そろそろ止めとこうぜ。兵士に睨まれたら捕まっちまうだろ?」
「何を言ってるんだ! これは世界の一大事なんだぞ! セイファート教会ならば、黒体という異常に気付いているはずだ!」
「黒体はセイファート再臨の予兆って言われてるんだよ。だから教会は信じちゃくれねぇ」
「なんだと? そんなバカな。待てよ、じゃあ、まさか大学で、僕の理論が相手にされなかったのは、そのせいか」
キールを止めた。止められた。よし、これで王が殺されるなんて事態には、間違ってもならねぇだろう。俺達が兵士に追われる心配もない。その代わりに俺達は、これから如何すれば良いのか分からなくなった。とりあえず、その日は宿屋に泊まる。どうする? 順番をショートカットして大晶霊を集めに行くか? 大晶霊の場所やセレスィアへ渡る方法なら俺が教えれば、
『風の大晶霊はバロールという町の近くに、火の大晶霊はシャンバールという町の近くにいます。すべて集め終わったらファロース山へ行ってください。そこにセレスティアへ続く道があります』
俺は思わず、立ち上がった。幻聴か? なんだ幻聴か。ビックリしたぜ。でも、そうだな。それじゃ、あの人と同じだ。あの人の示した道筋を辿るのは、嫌な予感しか覚えねぇ。別の方法を考えるべきだ。なんとか知恵を絞っていると、キールを訪ねて偉い人がやってきた。キールの論文を拾った、王立天文台長ゾシモスというらしい。
その偉い人のおかげで「インフェリアとセレスティアの距離が縮まっている」と確認された。そして俺達はゾシモス台長の計らいで、王による重大発表の場へ参加する事になる。きっとインフェリアの総力を挙げて、グランドフォールの問題を解決してくれる。そう信じていた。俺は疑っていなかった。まったく学習しねぇな、俺は。
「インフェリアとセレスティア、この2つの世界が今、徐々に近づきつつある。天文台の望遠鏡で計測した結果、このままだと100オスム後には、衝突することになるはずだ。原因は、セレスティア人達の謀略とみなされている! 奴らは、数々の災厄を引き起こすだけでは飽きたらず、世界全体を破壊させようと計画したのだ!」
やっぱり殺した方がマシだったかも知れねぇ。国王はグランドフォールを「セレスティアの陰謀」と宣言したんだ。結局、俺達は独自に大晶霊を集める事になった。さらにキールが、王立天文台に引き抜かれる。俺とファラとメルディの3人で、大晶霊を集める事になった。やっぱり、こっちのキールも、現実のキールと同じだったか。上手く行かねぇな。
風の大晶霊の下へ向かう途中で、俺達はレイシスと会った。旅の商人と名乗っているが、じつは元老騎士である事を俺は知っている。現実では王都で出会ったんだけどな。こっちでは国王が死ななかったから、王都へ戻らなかったんだろう。現実ではキールから聞いた話によると、セレスティアでレイシスは命を落としたらしい。
「コンパスキーは人の進むべき道を指し示す。不思議な力をもった鍵だ」
「聞いたことあるある! へえ、これがそうなんだ」
「レイシス。あんたの進むべき道ってのは、どこなんだ?」
「やだぁ、リッドったら。レイシスじゃなくて、レイスだよ!」
「おっと悪い、レイス」
「いや、大した差ではないさ」
やべっ、やっちまった。偽名が安直すぎるんだよぉ! レイスが熱い視線を俺に向けているのは気のせいだと思いたい。俺はレイスと視線を合わせないように、目の前の焚き火を凝視した。そしてチラッとレイスの様子を探る。すると運悪く、レイスと目が合った。こっち見てんじゃねーよ!
その後、風の大晶霊と戦ってクレーメルケイジに入れる。そうして風晶霊の空洞から出ると、レイスが俺達と別れた。ん? そうか。こっちじゃ俺達は王殺しに関わった訳じゃない。強いて言えば大晶霊の力を借りた程度で、レイスが俺達を捕まえる理由なんて無いはずだ。現実では敵対していたせいで、こっちでも敵って印象が強いな。
「キール! どーしてここに?」
レイスと代わるように、キールが現れた。王立天文台に引き抜かれたんじゃなかったのか? どうもキールの様子がオカシイ。嫌な予感がするぜ。それは兎も角、風の大晶霊が提供するエアリアルボードに乗って、俺達は火晶霊の谷へ向かう。そうして火の大晶霊をクレーメルケイジに入れると、光の大晶霊が降臨した。
「レム! お願いがあります! グランドフォールを止めて欲しいんです!」
『それは出来ぬ。人間の起こした問題は、人間が自ら答えを見付けるのじゃ』
ここでグランドフォールが人の起こした災害だと判明する。そしてメルディが問い詰められて、セレスティア人の仕業である事を白状するんだ。これを何とかしなくちゃならねぇ。だが、そのヒントはメルディの言葉の中にあった。セレスティアの総領主「バリル」だ。王都で「キールの論文を読んでくれたゾシモス台長」から聞いた、セレスティアへ渡った奴も「バリル」って名前じゃなかったか?
「なあ、セレスティア人って、みんなメルディみたいに肌が黒くて、額にガラス玉つけてんのか?」
『はいな、エラーラついてる』
「バリルもか?」
『ううん、バリルはない。つるつるのおでこで、白い肌で、みんなといっしょ』
バリルはインフェリア人だった。現状でグランドフォールを起こしているのは、インフェリア人という事になる。これでメルディに対する信頼は回復できただろう。そして光の橋の場所は俺が言わずとも、キールが王立天文台で聞いてきたらしい。やるじゃねぇか、キール! そういう訳で俺達は、ファロース山へ向かった。
そこで俺達はレイスと再会する。ファロース山の頂上にある石室で、レイスは元老騎士である事を明かした。レイスは「セイファートキーが指し示す君達は、王国の平和を乱すものに違いない」という。そう言って俺達に刃を向けた。そうだったな、こいつは、そういう奴だった。現実のレイスと、そういう所は関わらない。だったら遠慮はしないぜ!
「 猛 虎 連 撃 破 」
「ぐわぁー!」
現実で全10種の大晶霊を集めていた頃に習得した特技を、レイスに叩き込む。王都が崩壊していた、この頃には覚えていなかった奥義だ。すると俺の連撃を受けて、レイスは床に膝を突いた。俺の攻撃を受けたレイピアが耐え切れず、バラバラになる。レイスの手もブルブルと震え、立ち上がる事さえ満足にできない状態になった。
「リッド、それほどの力を持ちながら、なぜ?」
「答えは、そのセイファートキーとやらに聞いてみろよ」
思い出した。これは呪いのアイテムだ。知らずに受け取ると、毎晩悪夢を見せられる。この様子だとレイスは見てねぇらしい。ああ、そうだ。セイファートだ。セイファートの使者に会えば、なにか分かるかも知れねぇ。セレスティアへ行ったら、極光術の試練を受けるセイファート神殿へ行ってみるか。
そう思った俺は、レイスの持っていたセイファートキーを取り上げた。悪いな、レイス。このセイファートキーがないと、セイファート神殿の鍵は開かないんだ。しかしレイスにとって、よほど大事な物らしい。レイスは地面を這ってでも、セイファートキーを取り戻そうとしている。
「ま、待て。返してくれ」
そんなレイスを置いて、仲間達の下へ戻る。すると俺の方を見て、仲間達の顔は引きつっていた。何事かと思って背後を振り返ると、地面を這うレイスしか見えない。そうか、仲間達が見ているのは、俺か。「床を這う死に体のレイスから、レイスが大事そうにしている物を奪う俺」。なるほど、これは酷い。
「リッド、お前って外道なんだな」
メルディに貢がせたキールには言われたくねぇよ! そんな事より、さっさと光の橋を渡ろうぜ! 俺達の目の前に、光の大晶霊が作った光の球がある。その中に俺達は入り、空へ浮かび上がった。そんな俺達をレイスは、絶望に塗れた目で見ている。そんなレイスの姿を見た俺は、そっと視界から外した。見なかった事にしよう。
セレスティアへ渡った俺達は、子供船長の部下になる。そして、やっと船を手に入れた。あの人と戦うために乗った船だ。この甲板で俺達は、最後の戦いに挑んだ。そして、どうなったんだろうな? その答えを知るために、さっそくセイファート神殿へ向かう。現実でセイファートの試練を受けために行った事があるからな。だからセレスティアにある神殿の場所を、俺は知っていた。
「おい、リッド。なんだ、ここは? どうして、こんな場所を知っている?」
「夢で見たんだよ。ちょっとセイファートの使者に会ってくるぜ」
「おい! ちゃんと説明しろ!」
キールの声を後に、俺は鏡面を越える。ここから先は、資格のある者しか入れない。早くセイファートの使者から話を聞きたいぜ。きっとセイファートの使者なら、現状を説明してくれるはずだ。いったい如何なってるんだ? どうして「この世界」に、あの人は居ないんだ?
そう思っていたけれど、俺は足を止めた。このままキール達に説明せず、先に進んでいいのか? それじゃ、あの人と同じだ。その思いが、俺を引き止める。溜め息を吐いた俺はキール達の下へ、一度戻る事にした、何が起こっているのか俺にも分からねぇ。でも説明しなくちゃならねぇんだ。
「メルディが降ってきた日に、俺は目覚めた。その前は、この世界に似たようで、全く違う世界に居たんだ」
「似たようで、全く違う世界?」
「キールは研究主義者じゃなくて拝金主義者だった。メルディは言葉が通じず、俺達に信じてもらえなかった。ファラは片手を騎士に切り落とされた。インフェリア王は殺された。王都も滅ぼされた。ラシュアンは兵士に焼き払われた」
「なんだ、それは? 無茶苦茶じゃないか?」
「俺も、そう思う。あっちの世界は無茶苦茶だった。なにもかも狂っていた。その原因になっていた奴を倒そうとして、たぶん失敗して俺は、こっちの世界に来たんだ」
「狂っていた原因って?」
「ファラは魔女って呼んでたな。たぶん名前はレナ・ウィンディア。死人の体を乗っ取った化け物だ」
「そんな人、私は知らないよ?」
「こっちの世界には居ないんだよ。だから平和なもんだ」
「どこが平和だ。いや、そうか。リッドの話によると、あっちの世界の僕達は散々な状態だったな。それに比べれば良い方なのか?」
「とりあえず俺も、何が起こったのか分かってねぇ。だからセイファートの使者に、話を聞きに来た。この奥に行けば会えるはずだ」
「セイファートの使者にって。お前、あっちの世界じゃ重要人物なのか?」
「お前等もだよ。世界の敵を倒すために、みんなで力を合わせて戦ったんだ」
「その結果は、どうなったんだ? いや、その途中で、こっちに来たという話だったな」
「ねぇ、リッド。こっちの世界のリッドは如何なったの?」
ファラの質問を聞いて、俺は息が止まる。それは予想外の質問だった。いいや、もしかすると俺は、考えないように避けていたのかも知れない。そうだ、そうだよ。こっちの世界の俺は如何なったんだ? そう思った俺は「ロナが自殺して、あの人になった時」の事を思い出す。まさか、俺も?
「分からねぇ。少なくとも見張り台に上がるまでは、こっちの俺だったはずだ」
「そっか」
「それも含めてセイファートの使者に聞いてくる」
そう言って俺は立ち上がった。ファラの視線から逃れるように、神殿の奥へ向かう。知らぬ間に、体が震えていた。落ち着け、俺は違う。俺は「あの人」とは違う。そう自分に言い聞かせて震えを止めた。目の前に扉がある。この先が試練を受ける場所だ。これから先に進むのは恐ろしい。だが、いつかは進まなくちゃならねぇ。だから俺は思い切って、扉を開けた。
『待っていたよ、リッド』
ああ、よかった。少なくともセイファートの使者は、俺の現状を理解しているらしい。俺は光り輝くセイファートの使者と対面する。ん? 前の世界で会ったセイファートの使者と違うな。そうか。まだ、こっちの世界ではレイスが死んでいないからか。こんな所も違うんだな。
『まず始めに、君が誤解している点を訂正しよう。ここは君が彼女と戦った世界と、同じ世界だ』
「そうなのか? でも、全然違うじゃねーか」
『ここは彼女の中なのだ。君達は彼女の中に取り込まれたのだよ』
「あの人の中だって? それにしては、広過ぎるんじゃねぇか?」
『ネレイドの世界である非物質世界に似た構造なのだ。自身の外側ではなく、内側に小さな世界を内包しているという点で、ネレイドと異なる。とは言っても、そもそもネレイドは収めるべき物質を持たないが故に、大きな世界その物となっているが』
「そうか、悪いが分からねぇ。それよりも如何すれば、この中から脱出できるんだ?」
『我々を捕らえている、この世界を引き裂くしか方法はない』
「どうすりゃいいんだ?」
『グランドフォールを利用する。世界の中心たるセイファートリングに、世界中の晶霊が集まりつつある。その晶霊を用いて極光術を使い、世界を引き裂くのだ』
「おい、ちょっと待てよ。それは俺に、グランドフォールを起こせって事なのか?」
『ネレイドと君の手段は一致する。この世界から脱出するためには有効な手段だ』
「そもそも、この世界にいるファラやキールはメルディは何なんだ? 幻なのか?」
『君の知っている人々だよ。しかし、記憶がない。彼女の操り人形と化して、終わりのない演劇を続けている』
「この世界から解放すれば、元に戻るのか?」
『その通りだ』
セイファートの使者によると、俺以外の奴等は記憶を奪われているらしい。この世界に「あの人」が居ないのは、「あの人」の中だからか。だから「あの人のいない世界」として存在している。でも、この世界を引き裂けだって? それは本当に正しいのか? セイファートの使者の言うことは真実なのか? あとで「間違えました」じゃ済まねぇぞ?
「ネレイドに会ってみる。それからでも遅くはねぇだろ?」
『彼女の中で、時間は限りなく引き延ばされている。じっくり考えるといい』
答えは出ない。だから先送りにした。この世界を引き裂くという事は、この世界を滅ぼすという事だ。簡単に決めちゃならねぇ。ああ、そうだ。俺一人で考えたって、上手く行くはずがない。みんなに相談しよう。みんなの話も聞こう。そう考えながら俺は、試練の間から出た。バタンッと背後で扉が閉まる。だから、その後の、セイファートの使者の言葉は聞こえなかった。
『これが『1回目』という訳ではないからね』
END
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