インフィニット・オブ・ダークネス (nasigorenn)
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第一話 復讐人(ふくしゅうびと)の始まり

書きたくなってついつい書いちゃいました。
後悔はしていない!!
他のIS作品に比べると、かなりビターな仕上がりです。
『装甲正義!織斑 一夏』が撃甘で駄目っ!!
て人はこっち推奨です。
でもあまりきついことは言わないで下さい、作者のメンタルがブレイクしますんで。
気軽に感想書いてくださいね。


 これは復讐人の物語。

ただなんてことのない、一人の人間が復讐するだけの物語である。

 

 

 

 端的に言おう。

物語は通常と変わらず、織斑 一夏は第二回モンドグロッソの決勝戦の日に拉致された。

そこまでは本筋。しかし、その後は本筋と違った。

彼を拉致したのは確かに亡国機業だった。しかし拉致したのは黒服の男ではなかった。

 

「貴様には我等の研究の礎となってもらう」

 

 一夏を拉致した者達は、笠のような物を被った奇妙な男達だった。一夏にそう言ったのは、リーダー格の男は、片目が異様に大きくて左右非対称、それがさらに男に不気味な雰囲気を与えていた。

 当然一夏は抵抗した。

しかしながら、所詮は子供。一撃で沈黙させられた。

その時一夏は薄れゆく意識の中で、その不気味な男の名を聞いた。

 

『北辰』

 

 その名を・・・・・・

 

 

 

 それから目が覚めた一夏に待っていたのは地獄だった。

人体実験で毎日肉を切られ、劇薬を投与され、妙なナノマシンを注入され、人権という人権を否定され続けた。

 研究者は一夏のことをモルモットのようにしか扱われず、満足な食事もない。最低限の点滴のみ。

研究の犠牲にされ、どんどん人が死んでいく。

そのことに一夏の精神は疲労して不安定になっていく。毎日が激痛や苦しみで覆われていった。

 次第に無くなっていく五感。

一番最初に気がついたのは触覚だった。

触られているのに感触を感じなくなっていた。次に味覚。

口の中を喉の渇きから濃縮された唾液が満ちるが、苦いといった味をまったく感じなくなっていった。

それに伴い痛覚も無くなっていった。

いくら身体にメスを入れられても、何も感じられなくなった。

 そして視覚。

目が覚めてから段々と、見えている風景がぼやけていき、次第には真っ暗になって何も写さなくなった。

 最後に聴覚。

これが最後になり、聞こえなくなっていく耳。

一夏は完全に聞こえなくなる前に研究者の話を盗み聞きした。

 

曰く、この研究は男でもISを動かせるようにする研究だと。

そしてもう一つ・・・ある特殊な性質を持つ者を研究するためだと。

 

 そうして一夏は自分が拉致された大まかなことを知った。

そしてその胸には怒りしか湧かなかった。

ただ許さないと・・・殺してやりたいと・・・そう思った。

 しかしいくらそう思っても一夏は何も出来ない捕らわれの身。

結局五感すべてを失った。

 しかもそれだけではなかった。

ISを乗れるようにする方法が一つだけだが、確立されたのだ。

それだけ言えば、世紀の大発見。

しかしそれは非合法の極致であり、人権を無視しきったもの。表に出せるような代物ではなかった。

何よりもまずいのは、『ISコアを人体に埋め込む』ということ。

これによりISと人体を一体化。それにより男でもISを動かせるようになるというものだった。

しかしそんな前代未聞の方法は、当然ながらに上手くいくわけがない。

拒絶反応が酷く、殆どの被献体は死んでしまった。

しかし一人だけ成功した者がいた。

それが織斑 一夏だった。

ここにはもう一つの要素である、ある性質も関係していた。

それにより、一夏への実験はより果敢に行われるようになっていった。

 何も見えず、何も聞こえず、殆ど感じられない。しかし身体はおもちゃのようにいじり回される日々。

一夏はそんな状態でも、諦めずに一つだけを思った。

 

許さない・・・・・・その感情だけを・・・

 

 そのまま行けば一夏は死ぬはずだった。

しかし何の因果か、その研究所は襲撃された。

素顔を見えないよう、マスクで顔を隠し、特殊部隊のような装備をした者達が研究所へと侵入していく。

逃げ惑う研究者達が次々と殺されていく。

その混乱のせいで、一夏を縛っていた拘束が緩んでしまった。

しかし一夏にはそのこともわからない。

ただ・・・・・・第六感とでもいうような、気配を辛うじて感じられるようにはなっていた。

そのため、研究所を放棄しようとする前に、証拠を消去しようとする研究員の殺気は何故だかわかった。

 

 殺される・・・・・・そう感じた一夏は声にならない悲鳴を上げて研究員の気配がするほうに飛びかかり、両手で研究員の首を力の限り絞めた。

どこを掴んでいるのかもわからない。それどころか歩いているのかもわからなかった。

ただ・・・・・・

 

(死にたくない! 俺はまだ、死にたくない! こんなところで・・・死ねない! あいつらを・・・・・・までは・・・)

 

 それだけを思って必死だっただけだった。

結果・・・・・・研究員は首を絞められ死んだ。

初めての殺人。しかしそのことさえ、一夏には分からない。

 一夏の声を聞いて襲撃者がその部屋に突入。

現場の状態と一夏の恰好から大体を推察し、一夏を殺そうと銃を向ける。

 しかしそれは、襲撃者の通信機からの連絡で止められた。

 

『ちょっとそいつを殺すのは待ってくれないかなぁ。少し興味があるんだ』

 

 通信機越しから若い男の声が流れる。

その男がどうやらこの襲撃者達よりも上らしく、襲撃者は一夏を殺すのをやめ、保護することにした。

 こうして一夏は生き汚くも、生き残った。

 

 

 

 保護されてから一ヶ月が過ぎた。

と言っても、一夏にはそれまで何も感じられなかったので何も分からないままだった。

その日に一夏は、少しだけだが、三感くらいまでを取り戻す。

 

「やぁ、調子はどうだい?」

 

 真っ白な病室で戻った三感に驚愕し困惑する一夏に、その男は気軽に話しかけてきた。

歳の頃は二十代前半、茶髪のロン毛で、いかにも軽そうな男だった。

 一夏は急なことに何を言えば良いのか分からずにいる。それを見通してのことなのか、男は軽く一夏の状態を説明し始めた。

 

「そうだね。まず僕の名前はアカツキ。それ以外は今は言う必要はない。君は違法な研究所に人体実験のモルモットにされていた。それを僕達が助け出したってわけさ、格好いいだろ。君は薬物やナノマシンのせいで五感すべてを失ってしまった。それはすまないが、僕達ではどうすることも出来ない。その代わり、ISのハイパーセンサーを応用したこのバイザーを架けていれば、少しだけなら、視覚、聴覚、触覚を取り戻すことが出来る。ちゃんと僕の話は聞こえているだろ?」

 

 男にそう言われて、一夏は自分がバイザーを付けていることに気付いた。

真っ黒なバイザーで、目元まですっぽりと覆う形になっている。

 一夏がそのバイザーを触っていると、アカツキは面白いものを見るような顔で一夏を見る。

 

「まぁ、君の現在の状況はそんなところ。世間じゃ行方不明って扱いさ。つまり君には行くところが無い。このまま表に出たら、また『拉致』されるよ。連中はしつこいからねぇ。そこで相談なんだけど・・・・・・僕達に協力してくれないかなぁ」

 

 アカツキはそう軽い感じに頼むように言うが、実質上の脅迫。

そもそも、アカツキがあの研究所を襲撃したのは利益のためだ。

かの亡国機業の一グループがその研究をしていることは知っていたし、その実験が成功していることも知っていた。

 だからこそ、その研究成果を横取りしようとしたのだ。

そして手に入れた実験の成果。

本来なら、あの研究所と同じような実験をしているところだが、このアカツキがいる『組織』は表のものであり、あまりそういうことは出来ない。今回の襲撃も結構まずいところまで行った。

それほどにまでして手に入れた成果。逃すわけにはいかない。

だからこそ、本人の同意という納得のいく話で進めようとした。

 しかし一夏は答えられない。

まだ回復仕切っていないため、口が上手く動かないのだ。

そのことをアカツキは悟る。

 

「ちょっと急すぎたようだねぇ。ついつい急いでしまうところが僕の悪い癖だ。すまないねぇ、今日はもう帰るよ。三日くらいしたらまた来るから、それまで考えといてね」

 

 アカツキは一夏にそう言うと、手をひらひらと動かして、病室を出て行った。

一夏はその背中を見ながら、さっき言われたことを考えていた。

 

 

 

 そして三日が経過した。

一夏は何とか話せるくらいには回復していた。

そしてまたアカツキが来た。

 

「どうも、織斑君。元気そうで何よりだ。さっそくで悪いんだけど、答え、聞かせてくれるかな」

 

 そう笑顔でアカツキは言うが、答えも何も無い。NOと言えば、今度はアカツキ達によってモルモットにされることを、一夏は理解していた。

だからこそ、一夏は言う。

 

「わかった、協力はする。だけど一つだけ条件がある」

「条件? それは何だい?」

 

 アカツキはその条件が何なのか、楽しそうに待っていた。

 

「俺にあいつ等を・・・・・・『北辰』を殺させろ。それが協力の条件だ」

 

 一夏はアカツキにそう告げた。

殺意が飽和しきったような表情で、静かに。

その答えにアカツキは満足そうにうなずく。

 

「うん、実に良い答えだ。いいよ、その条件を飲み込もう」

 

 そうしてこの日から、一夏の復讐は始まった。

 



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第二話 復讐の刃

感想まってま~す。
気軽に書いて下さいね。


ネルガル・・・・・・それがアカツキの組織の名だ。

正確には、『ネルガル重工』という。

一夏には、その名に覚えがあった。

それもそのはず、ネルガル重工といえば、誰もが知っている電気メーカーの名前だ。しかもそれ以上に、ISが開発される前から宇宙開発に取り組んでいる会社でもある、世界でも有名な組織だ。

 アカツキは自分がネルガルの会長だと言うと、ボロボロの状態の一夏でもさすがに驚いた。

まさか目の前の軽薄そうな男が、『あの』ネルガルのトップだとは・・・・・・

一夏は最初こそ信じられなかったが、自分を助けたのがアカツキだと言うことを思い出すと、会長かどうかは分からないが、それなりの権力をもっていると推察した。

 そしてアカツキが言うには、ネルガルでもISを開発しているらしい。

そのテストパイロットとして、実戦のデータを一夏に取ってきてもらいたいらしいのだ。

兵器にとって、実戦データはとても貴重な物だ。それが命がけの戦いなら尚更に。

一夏にとってもこの話は重畳なことだった。

一夏自身も覚えている、『ISを男でも動かせる方法』を確立されたこと。これにより、

『北辰』も当然ISを使ってくると・・・・・・何故だか一夏は確信していた。

ならば奴を殺すには同じISで無ければ戦えない。そのためにはISが必要だった。

まさに一夏にこの話は天啓であった。

 この話を一夏は即座に受諾した。

アカツキもそんな一夏の反応に満足した。

 

 

 

 そして一ヶ月後。

一夏は日常生活を何とか送れる程度には回復した。

相変わらず味覚と痛覚が無いままだが、一夏は気にならない。一夏は北辰を殺す以外に何の関心も抱かない。ただ殺す、それのみが彼を動かしていた。

 退院と同時にアカツキに連れて行かれたのはネルガル本社の地下研究所だった。

そこで一夏は対面する。

自分の刃(やいば)を・・・・・・

 

「こいつは・・・・・・・・・」

 

 一夏の目の前に置かれているのは人型だった。

ショッキングピンクが眩しく彩りを与え、足のふくらはぎ辺りにキャタピラのようなローラーが付けられている。

 

「確かISはまだ完成していないと聞いたが?」

「もう出来てはいるんだよ。ただ・・・・・・せっかくだから派手に宣伝したくてね」

 

 そしてアカツキはこの機体の名を言う。

 

「これが我が社が開発したIS『エステバリス』だよ。中々イカすでしょ」

 

 ここでアカツキはこのISを使うための条件を言い出した。

今から約二年後にIS学園に入学してもらい、そこでこのエステバリスをお披露目すると。そのために今からでも使ってはいいが、人にはできる限り見られないこと。当然反抗もしないようにと一夏は言われた。

何故二年後にそんなことをするのかと言えば、世界初の男性操縦者として表に出てもらうためだ。そうすればエステバリスにも泊がつくというもの。少なくても二年経ってもISを操縦できる男が居ない前提の話だが。今すぐにでも北辰を殺しに行きたい一夏だったが、さすがにこの衰えボロボロの身体では勝てないと踏み、一年は訓練と操縦に時間を割くことにした。そして後の一年から動きだそうとも、決意した。

 そう計画を立てている一夏を尻目にアカツキが自慢そうに言うが、一夏にはこのISが奇妙な物に見えた。

通常、ISというのはシールドで全身を守られているため、装甲はそこまで必要ではない。

しかしこの目の前のISは全身装甲なのだ。

そのことを悟られたのか、アカツキは更に説明する。

 

「こいつはまさに、『実戦用』さ。こいつには通常のシールドは無いけど、絶対防御は何とか働くようにはなっているよ。シールドの代わりに、我が社で開発した特殊なフィールド『ディストーションフィールド』を持ってる。これがあれば実弾だろうが光学兵器だろうが、重力子砲だろうが、何だって防げる・・・・・・理論的にはね。少なくとも、現在あるISよりも最強だと思っているよ、僕は。例外を一つ除いてね」

 

 そう答えるアカツキの表情が少し陰る。

 

「例外?」

「君も分かってるからこの話を承諾したんだろ。そう、奴等『亡国機業』、それもその中の一組織、『クリムゾングループ』の実働部隊。奴等はきっとISを使う。そしてそれには、このエステバリスでも勝てるか分からない」

「何故だ? 強いんだろ、このISは」

 

 そう一夏が聞くと、アカツキは少しおかしく笑いながら話し始めた。

 

「恥ずかしい話なんだけど、元々ネルガルとクリムゾングループは一緒の組織だったんだ。それが離反して今のようになった。向こうも僕たちと同じ技術を持っているというわけさ」

 

 同じ技術を持っている以上、同じような能力を持った機体が作れるということ。

同じ能力同士がぶつかり合った場合、勝つのは能力ではない。それを使う技術に他ならない。

 

「だから君が彼奴等と戦って勝てるかは保証できないんだ」

 

 そうアカツキは言うが、一夏はそんなことを気にしたりはしない。

 

「別にいい。勝てるか勝てないかじゃない。殺せるか殺せないかだけが重要だからな」

 

 そう一夏は淡々と応える。それ以外の答えを一夏は持ち合わせない。

 

「うん、実にイイ応えだ。これなら君にこいつを任せられる」

 

 アカツキはとても満足な様子で一夏を眺めていた。

一夏は目の前のエステバリスを見て、悪鬼のような笑みを浮かべていた。

 

「これで・・・お前を殺せる。待っていろよ、『北辰』」

 



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第三話 復讐の始まり

感想を頂いてかなり嬉しいです。
これからも気軽に感想よろしくお願いします。


 一夏がエステバリスをしばらく眺めていた後に、今度はアカツキから別の説明が来た。

 

 「これ、何だと思う?」

 

 そう言ってアカツキは一夏の前にあるものを出した。

それは水色をした結晶体で、見た感じ水晶のようなものであった。

 

「何なんだ、これ? 只の水晶にしか見えないが」

「そう見えるのは仕方ないねぇ。いいかい、これは世紀の大発見の代物だよ。それこそISよりも凄い代物さ」

 

 そう勿体ぶった言い方をアカツキはするが、一夏はあまり興味なさげにしか反応しない。その反応があまり面白くなかったのか、アカツキは真面目な顔になって説明し始めた。

 

「これは我が社で研究中の『チューリップクリスタル』という代物だよ。略してCC。こいつはねぇ・・・空間移動を可能にする超技術の塊さ」

 

 自信満々に言うアカツキの説明を受けて、一夏は理解が追いついていなかった。

いきなり空間移動と言われても、そう簡単に理解出来るものではない。イメージとしては分かるが、あくまでもそれは漫画などの絵空事であり、実際に想像しても思い浮かばないのだ。

 

「む、その顔は信じてないなぁ。よし、では試しに使ってみよう。織斑君、これを持ちながら、そうだな~・・・あの端っこに行くイメージを強く持ってみて」

 

 そう言われアカツキからCCを渡される一夏。

取りあえず一夏は言われたとおりにこの部屋の端っこのイメージを強くしていく。

するとCCが光り始めた。

 

「する必要は無いんだけど、こっちのほうがイメージしやすいでしょ。行くときは『ジャンプ』て言ってみて。それで跳ぶから」

 

 言われた通りに一夏は口にした。

 

「『ジャンプ』」

 

その瞬間にCCの輝きが強くなり、一夏の視界が真っ白になった。

そして一夏は青白い光とともに・・・・・・消えた。

そう思った瞬間に、今度は部屋の端っこに青白い光の粒子が集まり人の形になっていく。

そして集まりきった瞬間に、それは一夏になった。

気がつけば一夏の視点は部屋の端っこからさっきまで立っていた場所へと変わっていた。

 

「え・・・・・・・・・」

 

 そのことに驚きを隠せない一夏。

アカツキはそんな一夏の表情を見て愉快そうに笑う。

 

「つまりこういうことさ。やってみてわかったでしょ、これが空間移動。僕たちはボソンの関係からボソンジャンプと呼んでいるけどね」

 

 アカツキが言っていること何とか理解する一夏。

ふと手に違和感を感じて見てみると、CCが無くなっていた。

 

「アカツキ、CCが無くなっているんだが」

「ああ、そうだよ。ボソンジャンプはCCを消費して行うからね」

 

 なるほど。

そう一夏は納得する。

 

「確かに凄い技術だな。これならISよりも凄いかも知れない。これなら世界を変えられるかもしれないな」

「そう何だけど、そうも簡単にはいかないんだよねぇ~これが」

 

 素直に関心している一夏にアカツキはばつが悪そうにそう応える。

 

「どういうことだ?」

「それがね~、実はこれ、使える人が限られてるんだよねぇ」

 

 そうアカツキが呆れ返るように言う。

 

「君が連中に拉致られた理由は知ってるよねぇ。寧ろこっちの方が連中の本題かな、『ある特殊な性質を持つ者を研究』。それがこの、ボソンジャンプを出来る者の研究なんだ。ボソンジャンプを出来る人間にはある特殊な性質があってねぇ、これを持つ者じゃないと出来ないんだよ。僕たちも連中もこれの研究をしているってわけ。どこで知ったのかは知らないが、連中は君にその性質があることを知って君を拉致し研究してたのさ。僕達はこの性質を持つ者を『ジャンパー』もしくは『ナビゲーター』と呼んでいる。ジャンパーにはランク付けがされてて、君は一番上のA級ジャンパーだ。だから奴等の拉致の対象になった」

 

 アカツキにそう言われ、一夏は何故自分が拉致されたのかをはっきりと知ることが出来た。

だからこそ、より北辰への憎しみが深まる。自分にそんな性質があったことも知った後では憎くて仕方ない。しかし、そんな性質があろうとなかろうと、こんな目にあったのは北辰達の組織のせいだ。だからこそ・・・・・・

 

(許さない、絶対に許さない! 殺してやる!!)

 

 アカツキは、そんな憎しみにより更に復讐に執念を燃やす一夏を見て、内心では少し申し訳無く感じる。

 実は一夏に話した情報にはいくつかの誤りがある。

ボソンジャンプは空間移動では無い。『時空間移動』である。

空間から空間へ移動するとき、実は少し時差があるのだ。そしてそれは意識すれば、過去でも未来にでも跳べる。そんな凄い代物を研究はしているが、発表出来ない。そんなことをすれば、それこそIS以上の騒ぎになり、下手をすれば世界が滅びかねないのだ。また、ボソンジャンプは実は意識しなくても跳べはする。これを『ランダムジャンプ』という。ただし、その場合は『どこのいつ』に飛ばされるか分かったものではないのだ。過去の実験では事故が起き、二週間前のアメリカに飛ばされた者も居る。危険過ぎて表には出せない代物だ。しかし研究は続け、ネルガルの役に立つようにはしたいとアカツキは考えている。

 そして・・・・・・もしクリムゾングループに拉致されていなければ、此方がやる予定だったのだ。

ただ違うのは、此方は強引にではなく協力を申し込む形で来てもらうだけで、実験内容はそこまで変わらなかったかも知れない。

 そのことはアカツキの中で死んでも墓に持って行くことにしていた。

 アカツキはその後も簡単にボソンジャンプの説明をすると、またエステバリスの方を向く。

 

「このエステバリスは実験試作機でね、フレームをCCに近い材質で作ってあるんだ。だからボソンジャンプも可能なんだ。ただし、戦闘中にボソンジャンプは危険だから、逃げるための奥の手だって考えておいてくれ。それ以外にも、この機体には色々と試験的なものが多く仕込んであるから、これらのデータも取ってもらいたい」

 

 アカツキの言っていることに一夏は理解して頷く。

テストパイロットとしてこの話を受けたのだから、戦うにしろ、ちゃんとデータは取れ、ということだ。一夏にとっては北辰と戦えれば何だっていい。

 

「問題無い」

 

 そう答えると、アカツキもそう答えた。

 

「わかった。ではテストパイロットをよろしく頼む」

 

 一夏はこうして自身の刃を手に入れ、復讐を開始した。

 

 

 

 操縦と訓練に一年の月日を費やした。

一夏はエステバリスを手足のように扱えるように成長した。

訓練を挟んでネルガルの裏仕事にも積極的に参加し、多くの人を殺し、どのような状態、状況下でも人を殺せるようになった。

 そして・・・・・・やっと北辰と戦える時がきた。

ネルガルの情報網を使って、北辰達の任務地先を特定することに成功した。

 一夏は逸る気持ちを落ち着け、外で北辰達が施設から出てくるのを待ち構えた。

そして五分後、北辰達が出てきた。

事前情報で聞いていたIS『夜天光』と『六連』。クリムゾングループが一夏の時のデータを用いて開発した、男用のIS。

 その姿を見た瞬間、一夏の頭の中は弾けた。

 

「ホォオオクゥシィィイイイイイイイイイイイイイイインッッッッッ!!!」

 

 復讐出来る喜びと憎しみによる狂喜の顔を浮かべながら、一夏は夜天光へと突撃していった・・・・・・

 

 

 

 そして約もう一年後。

 

「研究所内にボソン粒子反応! ボソンアウトします!!」

 

 ネルガル本社の地下研究所に悲鳴に近い声が響いた。

このことを言った研究員は最近配属になったばかりの者であり、この緊急時に慌て返っていた。

しかし周りの研究員は平常にしていた。彼等には毎度のことであった。

慌てる研究員の言った通り、研究所の中央にボソンの光が現れ、集まり始めた。

そしてそれは集まり姿を現した。

 それはこのネルガルで開発したIS、エステバリスである。

ただし・・・・・・原型が分かりづらいくらいの破壊され尽くしていた。

元々はショッキングピンクの色をした装甲が、殆ど色を見られないほどに焼け焦げていた。

装甲という装甲はひび割れ、ミサイルで爆撃された後が数多くあり火花をあちこちからちらつかせていた。足の先や腕の先など、操縦者に当たらない部分が破壊され、無くなっていた。

 そんなボロボロのエステバリスを量子変換による解除でなく、強制解除で解除して這い出る人物がいた。

 その人物も機体にたがわずボロボロで、額から血を流し、かけていたバイザーが半分以上割れていた。少し出たあと、その人物は床に倒れると咽せだし、血を吐き始めた。

 

「一夏君、また、みたいだね」

 

 そんな重傷人に、まるで散歩にいくかのように気軽に声をかけてきたのはこのネルガル重工の会長である、アカツキ・ナガレだ。

 

「・・・・・・・・・うるさい・・・・・・」

 

 ボロボロで血を吐きながらも、そう淡々とこの人物、織斑 一夏は言う。

まるで怪我などしていないかのように、痛みなど感じていないかのように。

 一夏がエステバリスを使って北辰達に戦いを挑み、約一年が経った。

その間に仕掛けた回数は七回。

そのすべてを一夏は負けていた。

そのたびにエステバリスと一夏は破壊し尽くされ、ボソンジャンプを用いての離脱による撤退によって生きながらえてきた。

破壊される度に一夏はエステバリスの改修を頼み、今では昔の原型も残っていない。

 一夏はストレッチャーに乗せられながらも、普通にアカツキに聞く。

 

「それよりも頼んだものは出来たのか」

「ああ、完成したよ。あんなぶっ飛んだ代物が使えるとは思えないけど、君なら使いこなせるだろうね」

「使いこなさなければ彼奴等には勝てない」

 

 一夏はそう応えながら医務室へと運ばれていった。

 

 

 

 そして治療を受けて現在はベッドで寝かされている。

アカツキはその病室に気軽に入ると、一夏に話かける。

 

「起きてるかい、一夏君」

「ああ」

 

 一夏はすぐに応えた。

アカツキは少し愉快そうに笑うと、一夏にある発表を行う。

 

「一夏君、約束の二年が過ぎた。それがどういうことかわかっているかな?」

「ああ・・・・・・IS学園に入学しろと言う話か。仕方ない、約束は守る」

 

 一夏は淡々と応える。そこに感情らしい感情は無い。

 

「しかし、俺は北辰を追いかけるのはやめない。彼奴がいるのなら、俺は其方を優先するぞ」

「別にそれでいいよ。君は君でやりたいことをやりたまえ」

 

 アカツキはそう明るめに言う。

一夏はそのことに何の感慨も持たない。

 

「では、来月にはIS学園へ行ってもらうから。学園生活を楽しむといい」

 

 アカツキがからかうように言うと、ここでやっと一夏の顔に表情が出る。

それは『笑み』だ。ただし、そんな軽いものではない、皮肉と自分への嘲笑が込められた笑み。

 

「冗談をいうな、アカツキ。俺にそんなものを楽しむ感性なんか無い」

 

 そう一夏は笑みを浮かべながら応えた。

 

一ヶ月後、一夏はIS学園へと向かった。

 

 



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第四話 IS学園

結構面白くて筆が進んでしまいます。
感想、じゃんじゃんお願いします。


 一夏は今、IS学園の一年一組の前に立っていた。

窓から教室の中が覗け、中にはこれから始まる学園生活に期待で胸を膨らませる女生徒達がいた。

その中でキビキビと動き、授業を取り仕切っているつり目の女性が目に付いた。

彼女の名は織斑 千冬。

一夏の実の姉であり、IS世界大会の第一回優勝者にしてISの世界最強の称号、『ブリュンヒルデ』の称号を持つ女性である。

 二年ぶりに見た姉は変わっていなかった。

一夏は千冬を見ながらそう感じた。しかしそれだけである。

二年ぶりに再会する家族に、一夏は感動のかの字も感じてはいなかった。

一夏の中で千冬はもう家族『だった』人であり、一夏には家族と呼べる人はいない。

別に千冬が悪いわけではない。ただ一夏には、もう復讐すること以外はどうでもよく感じているのだ。

 負い目も何も無い。ただ、関心がない。それだけ。

 

「おや、どうかなさいましたか」

 

 一夏に付き添いで来たのは、この学園の事務員をしている轡木 十蔵だ。

この老人の妻がこの学園の理事長だが、実質上はこの老人が学園を仕切っている。

 そのことは既にネルガルで調べ済みであり、一夏はこの老人を学園のトップとして認識している。

 

「いや、なんでもない」

 

 そう一夏は何の感情も見せずに答えた。

本来ならば敬語で話さなければならないことだが、一夏は敬語では話さない。

あまり敬意といったものにも関心が無いからだ。

 十蔵に促され、教室の扉が開いていく。

一夏は開いていく扉を見ながら、少し前のことを思い出していた。

 

 

 それは学園に行く手続きをしているときの書類手続きの時だった。

 

「あれ? 名前は本名でいいのかい?」

 

 デスクで書類に目を通していたアカツキは一夏の入学書類を見てそう一夏に聞いてきた。

入学の書類の名前の欄には『織斑 一夏』の名前が書かれている。

アカツキが聞きたい事は一夏にも分かっていた。

二年前に行方不明になった人物がいきなり表に現れても大丈夫なのかと。

下手に騒がれて一夏のことが表に出たら一番困るのは一夏本人だ。

だからこそ、アカツキは一夏の偽名を考えていた。

要は『男性操縦者が動かしているのは我が社の商品だ』ということをアピールしたいのであって、名前はあまり関係ないのだ。

 だからこそ、アカツキは一夏に聞きたいのだ。どういうことなのか、と。

一夏は淡々と話し始めた。

 

「別に本名だろうが偽名だろうが俺のやることは変わらない。ただ・・・・・・アカツキにはそれなりに感謝もしてはいる。だからこそ、本名にした。ネルガルのISを使っているのは、『あのブリュンヒルデの弟』だということにすれば、更に箔も付くだろう」

「恩返しのつもりかい?」

「彼奴等を殺さないと返せそうにない。だから前金だ」

 

 そう一夏は言いながらアカツキを見て口元で笑みを浮かべる。

しかしそれは歪んだ笑みにしか見えず、むしろ恐怖すら抱かせるものになっていた。

 

「それにな、アカツキ。あの頃の俺はもう死んだんだ。ここにいるのはその残りカスだけだ」

 

 そうアカツキに告げ、一夏は会長室を後にした。

アカツキはそんな一夏を見て、

 

「あまりなれないことをするもんじゃないよ、一夏君」

 

 と内心少しだけ感謝した。

 

 

 

 一夏はその時の事を少しだけ思い出した。

我ながらに可笑しな話であり、馴れないことはするものではないと思った。

しかしアカツキに恩があるのは事実であり、それはいつか返そうとは思っている。

その前に返せる状態ならばの話だが・・・・・・

その可能性も含めて、前倒しで少し返しただけだ。そこはきっちりしたいと一夏は考えている。

 そして扉が完璧に開かれた。

 

「織斑先生、山田先生、急ですが急遽入った入学生を紹介します。どうぞ、入って下さい」

 

 そう十蔵に促され、一夏は一年一組の扉を潜った。

 

「「「「「「「「「ッ!?」」」」」」」」」」」

 

 一夏の姿を見て、皆息を呑む。

理由は単純、この学園では有り得ない存在である『男』だからだ。

 

「「ッ!?」」

 

 そして別の理由で驚愕する者が二人。

織斑 千冬と、一夏と幼馴染みだった篠ノ之 箒の二人。

もはや会えないと思っていた人物に会ったことで驚いた箒と、二年前に行方不明になった弟がいきなり現れたことに驚きを隠せない千冬。

 特に千冬は一夏の姿を見て、言葉を出せなくなっていた。口からは、「ァ・・・ァ・・・」としか声が出ていない。

 

「彼は急遽見つかった『世界初の男性でISを動かした』人だよ。混乱を避けて世界には報告していないですがね。下手に報道すると彼の命や人権が危険ですから」

 

 十蔵は皆を納得させるために一夏について説明し始める。

当然十蔵も本当のことを知って協力しているのだ。

 十蔵の紹介を受けて一夏が教壇の前に立つ。

女子達は本来なら、テンション高めに叫ぶ・・・はずだった。

しかし一夏の自己紹介を聞いて出来なかった。

 

「・・・・・・織斑・・・一夏だ・・・よろしく・・・」

 

 あまりの無表情にそう淡々と一夏は、まるで人形のように見えて、不気味だった。

そのあまりの不気味さに、女子達は口を噤んでしまった。

 

(な・・・・・・何で・・・一夏!?)

 

 千冬はそう言いたくて仕方なかった。

周りの混乱の中、それでも一夏は何も感じない。

 

 新しい学園生活への期待も、もしかしたらあるかもしれない恋愛への期待も・・・・・・

 

 一夏にあるのは、ただ『北辰への復讐心』のみ・・・・・・



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第五話 幼馴染みに決別を その1

やばいですね~。
メインの話が甘いだけに、こっちがまた美味く感じてしまいますよ。
感想、まってま~す。


 一夏が来てから一年一組は大変だった。

あまりのショックに千冬が喪心してしまい、授業を中断。

千冬は副担任の山田 真耶に連れられて保健室へと運ばれていった。

一夏は気にせずに空いている席に勝手に座るが、生徒達は千冬が倒れたことで騒いでいてそれどころではなかった。

 その後帰ってきた真耶によって授業は再開される。

初日だが、ISに重きを置いているだけに授業の難易度はそれなりに高い。

しかし、一夏は二年前からISを使い続けている身。今更初期の知識など本を見なくても分かっている。

 

「ここまでで誰か分からない人はいませんか~」

 

 最初の授業とあって真耶が心配した面立ちでクラスに聞こえるように聞くが、誰からも手は上がらない。一夏はと言うと、そんなことはわかりきっているので別のことをしていた。

教師にばれないようにISのセンサー等を起動、世界各国にあるネルガルの情報網を閲覧していく。

この際に言ってしまえば、一夏にとって授業も、学園生活もどうでもいい。

学園に来たのはアカツキとの約束と義理立てであって、それさえはたせれば後はどうでもいいのだ。

そんなことに時間を割くくらいなら、一夏は北辰達の行方を追うほうが大切だ。

故に授業中であっても、一夏は北辰達の情報をかき集めていた。

 

「お、織斑君は・・・大丈夫かな~」

 

 いきなり現れた一夏のことを心配して真耶が聞いてきた。彼女自身、そこまで男性との会話は得意ではないが、彼女なりに教師として心配してのことだった。

 

「・・・・・・・・・問題ない」

 

 一夏はそう静かに答える。

バイザー越しとは言え、目を向けられた真耶は怖さのあまり喉をひくつかせてしまった。

彼女にとって、初の男子生徒は少し不気味な少年だった。

 一夏はそんな真耶の様子にも目を向けず、又北辰達の行方を調べ始めた。

 

 

 

 休み時間に入り辺りが騒がしくなる中、一夏はまったくそこから動かずにいた。

何をしているのかと言えば、アカツキに頼んで作ってもらった一夏だけが使うエステバリスの専用のパッケージのカタログスペックに目を通していた。

何故一夏だけなのか? それは誰も使いたがらないほどにピーキー過ぎる仕様だからだ。そんなものを使いこなせる人物なんてそうそういない。今ネルガルでこれを使えるのは、これの制作を頼んだ一夏だけだ。事実、正気を疑う仕様をしていた。

 まわりの生徒は一夏に話しかけようかと悩んでいた。

初の男性操縦者にして、容姿秀麗、しかも千冬と同じ『織斑』の性。

気にならないほうがおかしい。しかし、自己紹介といい、さっきの授業での反応といい、何だか近づけない印象を女子達は受けていた。

まるで一夏自身が、周りの人達を近づけないかのように。

 そんな中、一人だけ一夏に近づき声をかけてきた女子がいた。

腰まで伸びるポニーテールを下げた凜々しい女子、篠ノ之 箒である。

 

「ちょっといいか」

 

 箒が何気ない感じに一夏に声をかけると、一夏はバイザーに覆われた顔を箒の方へ向ける。

 

「何か用か」

 

 一夏はそう何の感情も込めずに返す。

目の前の少女についても一夏は知っていた。

ISの産みの親である篠ノ之 束の妹。そして織斑 一夏にとって幼馴染み『だった』人物。

遅かれ速かれ接触してくることは予想済みのことだった。

 箒は一夏に会えたことが嬉しくて仕方なく、それを表に出さないように顔を顰めていた。

しかし一夏は何も思わない。箒と話しつつも、その目はデータに目を通すことにいそしんでいた。

 そのまま箒に無理矢理連れて行かれ、一夏は屋上へと連れてこられた。

移動する理由はなかったが、あのままあの場に居ると言えば駄々をこねられそうな勢いだった。そんなことをされてはデータに目を通すのに支障を来してしまう。

そう判断して一夏は屋上へと向かうことにした。

 箒は一夏の方へと振り向くと、少し嬉しそうに話かける。

 

「久しぶりだな、一夏! 五年ぶりか」

 

 その声には初恋の男の子と会えた喜びがありありと出ていた。

しかし・・・・・・

一夏は何も応えない。

その態度に少しおかしなものを感じた箒は、少し心配した様子で一夏の様子を探る。

 

「どうしたんだ、一夏? 何か気に障るようなことでも」

 

 箒は少し弱気になりながらそう聞く。

元来強気な箒だが、一夏の様子から強気に行くことができなかった。

 一夏はしばらく黙り続けている。

 

「一夏?」

 

 箒が壊れ物をさわるかのような感じに一夏に話かけると、一夏はやっと口を開いた。

 

「誰のことを勘違いしているのかは知らない。しかし、俺はお前など知らない」

 

 そう何の感情も読み取れない声でそう言った。

 

「なっ!? 何を言っているんだ、一夏!! 私は・・・・・・」

 

 感情的になり声を荒立ててしまったが、一夏の『顔』を見た瞬間にその声は出なくなってしまった。

 一夏は箒の前でバイザーを外し、素顔になった。

途端に何も見えなくなり、何も聞こえなくなる。また五感のすべてが関知できなくなってしまう。

立っているのかも、バイザーを持っているのかもわからなくなる。

 そして一夏は口にする。

決別の言葉を・・・・・・

 

『お前の知っている織斑 一夏はもう死んだ。ここにいるのはその成れの果てだ』

 

 そう言い切ると、エステバリスのハイパーセンサーを静粛モードで起動、少し戻った視覚と触覚でバイザーをかけ直す。

 箒が真っ青になりながら何かを言っていたが、一夏は気にせずに屋上から去って行った。

 




この台詞を言わせたいだけに書いてきた気がしますよ。


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第六話 決別の後ろには

 一夏が屋上へと連行されていく中、千冬は保健室のベッドで目が覚めた。

 

「あれ・・・私は一体・・・・・・ッ!? そうだ、一夏!?」

 

 千冬は一夏の事を思い出してベッドから跳ね起きた。

二年前から行方不明になっていた千冬の弟。二年前から躍起になって千冬は探していたが、全然見つからなかった。それで、心のどこかで諦めかけていた。

しかし、一夏はIS学園に現れた。

二年前よりも身長が伸び、がっしりとした体。バイザーをかけているとは言え、面影は昔のままだった。

 行方不明になっていた二年間のことを聞きたくて、千冬はすぐにでも一夏の元に行こうとした。

しかし、その行動はすぐに止められた。

 

「悪いんだけど、今君を一夏君の所に行かせるわけには行かないんだよなぁ」

「誰だ、貴様!!」

 

 保健室の扉の前には千冬の知らない男が立ち憚っていた。

長い髪の毛をした男で、軽薄そうな笑顔が印象的だった。

 

「う~ん、僕の名前を言うと面倒なことになるからね~、教えるわけにはいかないかな。まぁ、一夏君の『今の友人』とだけ言っておこうか」

 

 男がにこやかに笑顔でそう言うが、千冬はこの男から不信感を感じて警戒を強める。

 

「外部の人間が勝手に侵入して許されると思っているのか」

 

 そう殺気を込めた視線で千冬は男に問いかける。その殺気は、普通の人なら青ざめて何も言えなくなってしまうくらいの恐怖を相手に与える。しかし、男はその殺気を軽やかに受け流し、笑顔のままでいた。

 

「一応許可は貰ったんだけどねぇ~、ほら、これ」

 

 男がそう言って千冬の前に出したのは、確かに外部の人間がIS学園に入るために必要な許可証だった。

正規の手段で入ってきたことを知って千冬は軽く舌打ちをしてしまう。男はそれを聞いて、やれやれと言った感じに肩をすくめた。

 

「それで・・・・・・私を一夏の所に行かせないようにするとは、どういうことだ」

「どうも何も言った通りさ。君は一夏君に聞きたがるだろう、この二年間の事とかをね。やめておいた方がいい、彼が嫌がる。この際だからはっきり言うけど・・・・・・一夏君に関わるのはやめてくれ。彼はもう君の知っている弟ではないよ。彼は只の・・・『復讐人』さ。もし彼の邪魔をすると言うのなら、彼は君を容赦なく殺すだろう。彼はもう止まらない、その『復讐』だけが彼を突き動かしているからね」

「なっ!?」

 

 まさか弟に殺されるとまで言われるとは千冬は思っていなかった。

そこまで弟が変わってしまったとは思ってもみなかった。

そして・・・その復讐は千冬本人が対象ではないかと考えた。

二年前に一夏は誘拐され、そして助けられなかった。そのことを恨んでいるのではないだろうか。少なくともそれくらい憎まれても仕方ないと千冬は思っている。

 

「その復讐は・・・私が一夏を助けられなかったからか」

「まぁ、それも一端ではあるかな~。でもそう気にすることはないよ。君に落ち度は無かった」

「そんなわけはない!! 一夏が私を恨んでないわけがない! だって助けられなかったんだ! 大切な家族なのに・・・助けられなかったんだ。それで一夏が酷い目に遭ったというのなら・・・一夏の復讐が私へのものなら、私は大人しく殺されてもいい」

 

 そう千冬は男を真っ直ぐに見据えて言う。

男はその言葉を聞いて・・・・・・愉快そうに笑い始めた。

 

「何故笑うっ!!」

 

 いきなり笑われたことに怒り出す千冬。自分の決意を馬鹿にされたような気持ちになっていた。

 

「いきなり何を言い出すと思ったら・・・何を勘違いしているのやら。まったく笑わせてくれるよ。別に一夏君がああなったのは君のせいじゃないし、そもそも君のことなんて恨んでもいないよ。それどころか意識すらしていない。彼はただ拉致された先で人体実験に使われただけさ。彼が復讐したいのは、その拉致を実行した奴等だけだよ。それ以外は興味ないんじゃないかな」

 

 男は笑いながらそう言う。

そして千冬に最終申告を告げた。

 

「一夏君はもう復讐以外に何も興味なんかない。君はさっき一夏君のことを『大切な家族』って言ってたけど、一夏君はもうそう思ってないよ」

「え・・・・・・・・・・・・」

「一夏君にとって君は、もう家族『だった』人だ。彼に家族は居ない、彼に優しい友人はいない。すべて二年前に捨ててしまったよ。彼は二年前からずっと一人だ、これからもね。彼にいくら問い詰めても無駄だよ。絶対に口を割らないから。寧ろ話しかけたって傷付くのは君だよ。悪い事は言わないから関わらない方がいい。それが彼が一番望んでいることだから」

 

 見知らぬ男から告げられる弟への干渉禁止。

普段なら咄嗟に、理論的に反論してねじ伏せていただろう。

しかし、この目の前にいる男からは絶対の真実を千冬は感じた。

反論のしようも無い真実。この男がわざわざ言いに来たのは、男なりの気遣いからであった。

 ただし、それは千冬への気遣いではない。

一夏への気遣いだ。

一夏の邪魔になりそうなものを事前に撤去するようにしただけである。

そのことを千冬は察し、さらに口を噤んでしまう。

 そして一つだけ聞きたいことを聞いた。

 

「何故・・・・・・貴様は一夏にそこまで入れ込むんだ。さっき言っていたはずだ、一夏に友人はいないと。友人でも無い人間が利益のためであったとしても、ここまで入れ込むものではあるまい」

 

 そう千冬は男に問いかけると、男はそれこそ、本当に楽しそうに笑う。

 

「僕はねぇ・・・見てみたいんだよ。『人の執念』というものをね」

 

 そう男は答えると、部屋から出て行ってしまった。

千冬は部屋でただ、その場で立ち尽くすことしかできなくなっていた。



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第七話 復讐人は気にしない

今回はあんまり暗くない話です。
明るくともないですけどね~。


 千冬は一夏のことは後に問い質そうと何とか心に決めることで精神を平常に保ち、IS学園の教師として振る舞うことにした。そうでもしないと一夏を前にして何も出来なくなってしまいそうだったから・・・・・・。

 そして授業の時間になり、教室へと戻っていった。

 

 

 

 一夏は先程にあったことなど気にせずにまたISを使って情報を集めていた。

先程あった出来事。それは休み時間中に一夏にイギリス代表候補生であるセシリア・オルコットが絡んできたことだ。セシリアはISを使える男ということで一夏にちょっかいをかけてきたのだが、一夏は一切関わらず、無視してずっとISで情報を探っていた。

無視されたセシリアは一夏のその態度にかなり怒り、さらに突っかかろうとしたのだが、授業開始のチャイムによって遮られてしまった。そのため、凄く不満な様子でセシリアは席へと戻っていった。

 普通、このような態度を取られれば誰だって不快に感じるものだ。

しかし、一夏は不快にも感じていなかった。それどころか本当に何とも思っていなかった。

一夏にとって、いくら騒がれようが、いくら罵られようが気にすらならない。いくらセシリアが代表候補生のことを自慢し、男のことを見下す今現在の主流である、『女尊男卑』の思考の持ち主であっても、一夏には気にならないのだ。一夏が今、唯一気になる人間といえば北辰達だけであり、それ以外は範疇にない。篠ノ之 束も似たような感じだが、それ以上に一夏は北辰達に執着している。ただしそれが復讐心ということだけが違うだけなのだが。

 一夏にとってセシリア・オルコットとは、範疇外。つまり気に留める必要もない人間だということだった。故に一夏はセシリアを無視していた。

 

 

 

 「ではこの時間はクラス代表を決めることにする」

 

 教室に入ってきた千冬は一夏を前にしても何とか気丈に振る舞い、声を上げていた。

この時間は急遽、クラス代表を決める話し合いになった。

 クラス代表とは、文字通りの意味でクラスの代表ということ。クラスの代表としてクラスの皆をまとめ、クラスの代表として会議に出席する。言わば学級委員である。

ただIS学園ではそれ以外にもクラスを代表して他のクラス代表とISを使って試合を行ったりもする。クラスを代表するだけに、弱者ではあまりよろしくない。必然的に強い者がクラス代表になりやすい。

 そう千冬は皆に説明していく。

無論一夏も聞いてはいるが、気には留めていない。

目は常に世界から情報を集めていた。

 

「自薦、他薦は問わない。誰かいないのか」

 

 そう千冬がクラスに問いかけるが、皆少しざわつきながら中々手が上がらない。

確かにクラス代表と言えば格好良く聞こえるが、言い換えればクラスの雑用係。余程真面目でも無い限り、やりたくはないのだろう。

 そうして少しざわついたあとに、やっと一人の生徒から手が上がった。

 

「わ、私は、織斑君を推薦します」

 

 手を上げた少女は一夏のことを見ながら、おっかなびっくりにそう言った。

彼女としては、一夏のことを知るのに良い機会だと思った。確かに一夏はよく分からない人間だが、だからこそ気にもなるというものでもあるのだ。年頃の少女達には、一夏の容姿は格好いいと分類されるものだ。そんな格好いい男子のことを気にするな、ということのほうが年頃の女子には無理な話であった。

 

「あ、なら私も」

 

 それに乗じてさらに手を上げていくクラスメイト達。

一夏は断ろうと手を上げようとした。

そんなことにかまけている時間など、一夏には無い。一夏はすぐにでも北辰達を殺したいのだ。

 しかし、そう行動に移ろうとしたところで、大きな声が上げられた。

 

「納得がいきませんわッ!!」

 

 クラス中の視線が声の方向へと向くと、そこには一夏が推薦されたことに我慢ならないセシリアが席から立ち上がって怒っていた。

 

「納得がいきませんわっ!! 何故イギリス代表候補生である私ではなく、ISを満足に使えない彼なのですか!?」

 

 セシリアが怒るのも分からない話ではない。

さっきも言ったように、クラスを代表する以上、強い者がなったほうがいい。その点ではこのクラスで唯一の代表候補生であるセシリアは、このクラスで今現在一番強いだろう。そう言う点を鑑みれば、クラス代表はセシリアが一番ふさわしい。

 しかし、彼女達はまだ十代の少女なのだ。

まだ幼さが抜けきらない彼女達は、そこまで合理的に考えることを良しとはしない。

 

「だって私達、もっと織斑君のことを知りたいし」

「このクラスだけの特性だしね~」

「普通に選んでも面白くないじゃない」

 

 そう彼女達は口々に言う。

その言葉に悪意は一切ない。しかし、その言葉は彼女の琴線に触れた。

 

「そのような選出は認められませんわ! そんなわけのわからない不気味な男がクラス代表なんて、このIS学園での良い恥じさらしですわ。私にそんな屈辱を一年間味わえとおっしゃるのですか!?」

 

 セシリアはそうクラス中にまくし立てる。

真面目な物言いにも聞こえなくも無いが、そこには一夏への侮辱が込められている。

 

「実力からすればこのわたくしがなるのが必然。それを物珍しいからという理由で極東の猿にされては困ります! わたくしはこのような島国までIS技術の修練に来ているのであって、サーカスをする気は毛頭ございませんわ!大体! 文化として後進的な国で暮らさなければ行けないこと自体、わたくしにとっては耐え難い苦痛で―――」

 

 彼女はさらにまくし立てて言った。

最早それは一夏への非難では無く、日本そのものへの非難へと変わっている。

頭に血が上っているセシリアには気付かなかったが、彼女がやっていることは本来なら代表候補生にあるまじき行いである。国を代表する候補生とは言え、国を背負っている身。それが他国を侮辱するということは、国際問題になりかねないのだ。

 クラスメイト達はそんなセシリアの様子を見て若干引け気味になっていた。

彼女達の世代は女尊男卑が主流の世代。とは言え、セシリアほど激しくは無い。その上自分の国のことを馬鹿にされているというのは、あまり愛国心が無いとは言え気分は良くないものだ。

 そして罵詈雑言を言われた一夏はというと・・・・・・

まったく気にも留めず情報収集に勤しんでいた。

聞こえてはいるし、理解もしてはいる。

しかし・・・・・・

 

だからどうした。

 

そう言わんばかりに一夏は気にしない。

愛国心と言う物など、一欠片も持っていない。侮辱されて腹を立てるようなプライドなど二年前に捨ててしまった。女尊男卑を気にするようなこともない。一夏はたとえ誰であろうと邪魔するのならば容赦はしない。女だろうが男だろうが、邪魔ならば関係ないのだ。

 しかし、その何も聞いていないかのような態度にセシリアはさらに怒る。

 

「聞いていますの! 織斑 一夏!!」

「・・・・・・・・・・・・言いたいことはそれだけか」

「なぁッ!?」

 

 一夏の何の感情も抱いていない応答に、セシリアは空いた口が塞がらなくなっていた。

一夏はそんなセシリアの様子を気にもせずに千冬の方に顔を向ける。

顔を向けられた千冬はビクッ、として固まった。

 

「彼女はやる気があるらしい。こういう役職はやる気があるものが好ましいものだろう。なら彼女がクラス代表でいいだろう、どのみち俺はそんなものをやる気は無い」

 

 そう一夏は淡々と千冬に言う。

そこには否定も肯定も感じられない。ただ事実を淡々と述べるだけであった。

しかし、その様子はセシリアの癪に障った。

 

「馬鹿にしていますの!」

「・・・・・・別にしていない。クラス代表になりたいのだろう、ならば丁度いいはずだ。俺としても、そのほうが有り難い」

 

 一夏は素直にそう答えた。

しかし、その様子にセシリアは自分が馬鹿にされたように感じたようだ。

 

「馬鹿にしていますわね!! キィーーーー、決闘ですわ!! 負けたらあなたを私の小間使い・・・・・・いえ、奴隷にしますわっ!!」

 

 セシリアはそう一夏にまくし立てながら言う。若干ヒステリックになっていたが、一夏はまるで何ともないかのように聞いていた。

 

「お前たちで勝手に決めるな。しかし、自薦も推薦ももうないようだしな。よし、では来週の月曜日に第三アリーナで決闘を行う。構わないか」

 

 これ以上は話が進まないと判断し、千冬が話を強引に進めていき、この話は終わりとなった。

 

 

 

 一夏はその授業が終わったのちにプライベートチャネルでアカツキに連絡を取った。

別にする必要はなかったのだが、念には念をいれるためだ。一応とは言え、一夏はエステバリスのテストパイロットをしている身だ。当然データを取るのなら報告もすべきだろう。それぐらいの義理はある。

 さっそく出たアカツキにこの話を報告すると、アカツキは何故か笑っていた。

 

「さっそく青春してるじゃないか、一夏君。いいんじゃない、そういう青春も」

「冗談はよせ、アカツキ。そんなものは俺に必要無い。しかし、『アレ』のテストをするのに丁度いい。データが取れたらそちらに送る」

「ああ、わかったよ。学園生活を楽しんでね」

 

 そう笑いながらアカツキは言うが、一夏はそれを無視して通信を切る。

これ以上の通信は無意味と判断したからだ。一夏には冗談を聞いている暇はない。

 

 

 

 そのまま放課後になり、一夏は寮へと向かっていた。

教室を出て職員室へ行くことに。IS学園に通う以上、入寮は当然の条件になっている。

一夏は極秘裏に学園に入ったため、急遽部屋を用意する必要があった。そのことは十蔵によって何とかなったが、流石に急すぎたので一人部屋は確保出来なかった。

 しかし、一夏がこんな感じでは間違いの一つも起こらない。そう十蔵は判断を下した。

職員室につくと、一夏は真耶から寮の鍵を渡され諸注意を聞かされる。一夏は何の表情も浮かべずに大人しく話を聞いていた。

 その後真耶から、同室の女の子に変なことをしてはいけませんよ、と真っ赤になりながら言われたが、一夏はそれも平然と聞き、返事も返さずにそのまま職員室を出て行った。

 寮に着き自分の部屋を探す一夏。

手に持っている鍵の番号は1025となっている。

部屋は探していてすぐに見つかった。一夏はさっそく扉をあけ、部屋に入ると浴室の扉が開いた。

 

「む、同室の方だろうか? こんな恰好ですまないな。私は篠ノ之・・・・・・てぇッ!?」

 

 開いた扉から出てきたのは箒だった。

さっきまでシャワーを浴びていたらしく、バスタオル一枚を体に巻き付けているだけの姿である。

箒は同年代の女子からすれば、かなり胸が大きくスタイルが良い。そんな彼女が男の前でバスタオル一枚巻いただけの姿で出てきたのだ。普通の男性なら、その姿に欲情を抱いただろう。

箒も一夏の姿を確認して顔が真っ赤になっている。しかし・・・・・・

一夏はそんな箒の事など目もくれずにそのまま部屋を進んでいき、勝手に机に荷物を置くと、何も言わずに机に座り込み、何かを始める。

そこに箒がいることなど、まったく気にせずに。

一夏には性欲なんてものはない。本来の年頃にあるべきはずの感情が無い。

いくら目の前で美女が全裸で誘惑しようが抱きついてこようが、何も感じない。

一夏にある唯一と言っていい感情はただ一つのみ。

 

『復讐という憤怒のみ』

 

 ただそれだけである。

一夏は『アレ』の調整をしながら北辰達のことを考えていた。

 

(あぁ・・・・・・はやく・・・・・・はやくッ・・・・・・・・・殺したい・・・・・・・・・)

 

 そう考えている一夏の後ろで、箒は昼間の事とさっきのことを気にも留めない一夏にショックを受け打ち拉がれていた。

 

 

 

 

 

 



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第八話 復讐人の決別

今回も真っ黒です。


「一夏、ちょっといいか・・・・・・」

 

 寮の自室で情報を漁っていた一夏は急に部屋に来た千冬にそう話しかけられた。

箒はその急な事態に固まっていた。

 自分を知っている人間なら当然来るであろうことは、箒の件でもすでにわかりきっていた。

一夏は何も言わずに千冬について行くことにする。この手合いは答えないとずっとへばり付くのだ。

一夏がこれからもすべきことに、それは邪魔以外の何物にもならない。だからこそ、一夏は千冬と話すために部屋を出た。

 

絆という繋がりを断つために・・・・・・

 

 

 

 千冬に連れてこられたのは寮の外の林だ。

この時間に室内では、誰かに聞かれるかもしれないからだ。少なくとも、聞かれて良い話では無い。

 

「何の用だ」

 

 一夏は林につくなり、千冬にそう聞き始めた。

その声には不満も何も感じられない。淡々としたその声に千冬は恐怖を感じながらも一夏に聞く。

 

「お、お前が居なくなってからの二年間心配していたんだぞ! 一体どこにいたんだ! ずっと探していたのに見つからなくて・・・・・・」

 

 千冬は一夏のことを如何に心配していたのかを一夏に言うが、一夏はそのことに何の感情も浮かばせずに黙ったまま聞いていた。

 そして千冬が言い終えると、やっと口を開いた。

 

「それだけか・・・・・・なら俺は戻らせてもらう。こちらは忙しい」

 

 一夏はそれだけを言うと、この場を去ろうとする。そんな一夏の態度に、千冬は言いたいことを言い切れず、頭の中が滅茶苦茶になって何を言おうとしていたのかが分からなくなってくる。このままでは一夏が去ってしまうッ! そう思った千冬は思わずに叫んでしまう。

 

「ま、待て一夏! 復讐なんて止めるんだッ!!」

 

 その叫びに一夏の足が止まる。

そして千冬の方に振り返ると、今度は一夏から話しかけてきた。

ただし、その顔には冷徹な殺意が貼り付いていた。

 

「・・・どこでそれを聞いた。返答次第では・・・・・・殺す」

 

 初めて一夏に向けられた殺意に、千冬は自分の呼吸が乱れ冷や汗を掻き始めたことを自覚した。

怖いと、そう素直に感じた。昔の一夏からは想像も出来ないその感情。それを初めて向けられた千冬は一夏に恐怖した。

 

「保健室で外部の男が言って来たんだ。か、髪の長い男で、精神を逆撫でするような笑みを浮かべていた。そいつが言っていたんだ。今の一夏は昔とは違う別人で、関わるなと。お前が拉致されてどんな実験を受けさせられていたのかは知らない。でも、復讐なんてやっても無駄だ。やったところで何かが戻ることなんてないのだから・・・」

 

 そう千冬は捲し立てるように言った。

一夏はそのことを聞いて内心で軽く舌打ちを打つ。

 

(アカツキめ・・・・・・来ていたのなら、こんな茶番をさせる必要もないだろうに・・・・・・)

 

 アカツキが笑う姿が一夏の頭の中に浮かぶ。

それを少し腹立たしく思いながらも、千冬の話に耳を傾け、そして・・・・・・ドロドロとした怒りがこみ上げてきた。

 目の前の奴は何を言っている? 復讐なんてくだらない。やるだけ無駄だからやめろ? せっかく助かったのだから、お前は幸せになれ?

 

(冗談ではないっ!!)

 

 この時、初めて一夏は感情らしい感情を外に出した。

しかし、それは千冬の望んだものからはほど遠い。

別に声が荒立っているわけではない。顔が歪んだりしているわけではない。

只の無表情。声も淡々としたしゃべり方で、いつもと変わらないように聞こえもするだろう。

しかし・・・・・・その『声』は、誰が聞いても分かるくらい、黒い感情があふれ出していた。

 

「無駄かどうかではない。奴等が生きていることが許せないからするんだ。これは俺が俺足り得る唯一のものだ。邪魔する者はだれであろうと、それこそ肉親だろうが友人だろうが容赦なく殺す。奴等を殺すことを邪魔するのなら、俺はすべて殺し尽くす」

 

 一夏から発せられるあまりに凄まじい殺気に千冬はさっきまで話していた口が止まってしまった。

何も話せなくなる。それどころか呼吸すら出来なくなり、さっきから喉からヒューヒューと空気が漏れる音だけが聞こえてきた。

 

「幸せなど俺には必要ない。奴等を殺せさえすれば後はどうなるかなど、知ったことでは無い。助かっただと? あんたにわかるのか? 五感すべてを失うということがどういうことなのかを。何も見えず、聞こえず、感じられず、己が生きているのかも分からない状態を。わかったような口をきくんじゃない」

 

 一夏はそう千冬に淡々と言う。

千冬の顔はあまりの恐怖に真っ青に変わっていった。

一夏はある程度湧いて出た感情を吐き出すと、千冬に真っ正面から向き合う。

そして、箒にしたように目の前でバイザーを外す。

途端に一夏の目には闇夜よりも真っ暗な闇が広がった。

周りで聞こえていた喧噪や音の一切が聞こえなくなる。

肌を撫でていた風の感触が消え去った。

一夏は何も感じられない状態のままに、千冬に話しかける。自分が何を言っているのか聞こえない。どんな顔をしているのかわからない。千冬がどんな顔をしてこの言葉を聞いているのかわからない。

それでも、一夏は言った。

 

「頼むよ、千冬姉。これが千冬姉の弟である、織斑 一夏の生涯最後のわがままだからさ。何も言わず、俺に一切関わらないでくれ。あなたの知っている弟はもう死んだ」

 

 バイザーを外した一夏は笑顔でそう言った。

勿論本人に自覚は無い。その声も優しさに満ちたものだった。

 それを聞いた瞬間、千冬は泣き崩れてしまった。

そして理解してしまった。

 

もう一夏を救うことは出来ないと・・・・・・

 

 一夏は再びバイザーをかけ直す。その表情はさっきまでの笑みからはほど遠い無表情へと戻っていた。

 そのまま一夏は何も言わずに千冬の前から去って行った。

林の中からは、静かに泣く千冬の声だけが聞こえていた。

 




次回はやっとセシリア戦になりそうですよ~。


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第九話 クラス代表決定戦。 学生とは言え復讐人は戦うのなら容赦はしない

ISのゲーム買いました~。
いやぁ~楽しみですね~。でもここの一夏はラブコメしないですけどね(笑)


 決闘までの一週間はあっという間に過ぎた。

本来ならば決闘に向けて訓練なり何なりをするべきなのが普通なのだが、一夏はまったくそれらをしてはこなかった。世間的に考えればISが使えることが分かった時点から訓練をしたところで代表候補生に操縦時間で勝てるわけが無い。しかし、一夏は二年前から何度もISを使って死線を潜り抜けてきたのだ。最早ISを己の体同然に使うことも造作も無いこと。それどころかISの補助無しには生活することもままならないことを考えれば、まさにISは一夏の体そのものなのだ。

今更訓練も何もない。酷い話だが、一夏のISの操縦技術は北辰達との戦いで格段に上がった。命も賭けたこともない輩に負けるほど一夏は甘くない。

 箒はこの一週間を実に気まずく過ごした。

あの決別から話しかけることがしづらくなってしまったのだ。別に無視をされているわけではない。話しかければ返事は一応とは言え返すのだから無視はしていない。しかし、その反応には何の感情も込められてないのだ。一夏は箒のことを完璧に他人として扱っている。初めからやり直しとかならまだ、また友情を育むなり何なりとしたのかもしれない。しかし、一夏は一切人と関わらなかった。必要最低限に会話をするだけで関わろうとしない。クラスの女子も最初こそ話しかけていたが、今では腫れ物に触るような対応しかとらない。

 また箒はこの一週間、一夏と同室だと言うことを別の意味で意識させられた。

箒はこの一週間、一夏が食事をしたり寝たりしている姿を見たことが無い。

いつも机に座って何かを調べている以外の姿を箒は部屋で見たことが無いのだ。朝起きると既に部屋には居ないし、食堂に来たところも見たことが無い。昼休みも教室には居ないうえに、どこに行っているのかもわからない。授業が終わってもすぐどこかに行ってしまうため、箒は一夏がどこに行っているのかわからないのだ。追いかけてみようともしたのだが、気がつけば目の前から消えているのだ。そのため箒は一夏と同室なのにまったく一緒に過ごしている感触がしない。

だからこそ、別の意味で意識させられたのだ。

一夏と同室の感じが全然しないと・・・・・・

 

 

 

 決闘の時間になり、一夏は現在第三アリーナのピットに居た。

セシリアは先に出ているため、アリーナの中央で威風堂々と構えていた。

その姿はまさに、決闘に望む騎士そのものである。

 一夏は皆に何も言わずにアリーナに向かって歩いていた。その姿は特注のISスーツである真っ黒なボディスーツを纏っていた。これも特殊な代物で、一夏の五感の補助の役割を果たしている。一夏はいつも制服の下に着込んでいた。

 

「お、織斑君、ISは?」

 

 千冬はあの一週間前から一夏に話しかけられずにいたため、一夏にはもっぱら真耶が話しかけるようになっていた。

 

「・・・・・・問題ない。展開する」

 

 そう一夏は淡々と言うと、さっそくISを展開し始めた。

首に架けていた真っ黒い石のペンダントが光り始め、そして『一夏の胸辺りも光り始めた』

あっという間にISが展開されていき、箒達の目の前には悪魔のような真っ黒な姿が現れた。

全身装甲をしていて色は真っ黒。足は完全に巨大なスラスターユニットと化しているのか、足らしい形をしていない。肩の張り出した大きな装甲にまるで羽のような巨大なスラスターバインダー。まるで悪魔の尾を連想させるテールバインダー。そして・・・・・・通常のISよりも一回り大きかった。

 通常のISとはかけ離れたその異形の姿に、その場にいた三人は戦いた。特に驚いたのは教師の二人だ。学園の教師である以上、当然生徒の持つ機体の情報も把握していなければならない。一夏の機体であるエステバリスを見たときもその普通とは違う姿に驚いたが、今回の姿は事前の情報とはまったくかけ離れていた。通常のISはパッケージを装着すると、多少形は変わるが、それでも装着前の面影は充分に感じられるものだ。しかし、一夏の機体はもはや別物にしか見えない。

 

「「「なっ!?」」」

 

言葉に詰まる三人。しかし、一夏は何も気にせずにその場でPICで浮遊し、発進する。

 

「『ブラックサレナ』・・・・・・出る」

 

 そして火を噴く足のスラスター。まるで砲弾のように一気に一夏はアリーナへと飛んでいった。

 

 

 

 ピットから出た一夏を見たセシリアが最初に抱いた感想は『不気味』だった。

一夏の纏っているISは、とてもISには見えない異形。その姿にセシリアは不気味に感じ、少なからず恐怖を感じた。

 しかし、そんなものを認める訳にはいかなかった。男なんかに怖じ気づいてしまった自分を認めることなど、出来るはずが無い。彼女はプライドでそれをねじ伏せた。

 

「随分遅かったですわね。逃げずに来たこと、まずは褒めて差し上げますわ」

 

 そう自分を鼓舞する意味合いも込めて挑発的に言うが、一夏は何も答えない。

その事に業を煮やしそうになったが、何とか堪えてさらにセシリアは言う。

 

「わたくしが一方的な勝利を得るのは当たり前のこと。ですから、惨めな姿を公衆に晒したくなければ、今ここで謝るというなら、許してあげないこともなくってよ」

 

 そう胸を張って一夏に向かって言うが、一夏は何も返さない。そのままじっとしていた。

そしてセシリアは堪えきれなくなり、声を叫び上げた。

 

「キィーーーーーーーーーー! 無視するとは失礼なっ!! いいですわ。ならばあなたには無残に負けて、皆の笑いものになってもらいましょう。二度と楯突かないように!」

 

 そう叫ぶと同時に試合開始のブザーが鳴り響き、セシリアは持っていたレーザーライフル『スターライトmkⅢ』を一夏に向けて発砲した。

 

 

 

 一夏は目の前のセシリアの機体の情報に目を通していた。

イギリスが開発した第三世代IS『ブルー・ティアーズ』。射撃メインの機体で最大の特徴はその機体名にもなっている特殊兵装、『ブルー・ティアーズ』だ。これは遠隔操作可能な独立兵装らしい。

一夏はそう言った情報や機体スペックを確認していき、内心で落胆していた。

 

(この程度の機体か・・・・・・テスト出来ても50パーセント出来れば良い方か・・・・・・)

 

 セシリアが何かを一夏に向かって喋っていたが、一夏は気にせずに情報を漁り、そして決めた。

20分で終わらそう、と。

 そしてブザーが鳴ると同時にセシリアがライフルを構えて撃ってきた。

中々に見事な射撃であり、普通ならまず当たるだろう。

しかし・・・・・・

 

「なっ!?」

 

 セシリアの顔は驚愕に歪む。

一夏はその巨体からは信じられない速さでセシリアのレーザーを回避したのだ。

 

「ま、まぐれですわ!」

 

 セシリアはそう叫びながらさらに果敢にライフルを撃っていく。しかし、一夏はそのレーザーをことごとく回避していく。その巨体からは想像もつかないほど軽やかに、まるで空を舞うように、軽々とアクロバティックに避けていった。

 その事にセシリアは驚き焦るが、一夏は何の感情も浮かべずに機体を動かしていた。

 

「まだ甘いな。反応速度がコンマ3遅い。それと出力はもう少し上げるべきだ。でなければ奴等には・・・・・・」

 

 そう独り言を口にしながら回避していた。アカツキに要請して作って貰ったパッケージだが、まだ一夏の満足のいく物では無かった。この程度は北辰達には勝てないと、一夏はまだ詰められるところを報告事項として挙げていく。常にその目は機体の状態や取れたデータなどに向けられていた。セシリアには殆ど向けられていない。

 

 

 

 管制室は異様な空気に包まれていた。

代表候補生と初めて試合をする男子。普通なら苦戦して当然。しかし、現実はまったく違った。

セシリアの射撃を軽々と回避していくその姿には余裕が溢れているようだった。

その光景に三人は唖然としてしまっていた。

唯一真耶がデータを取ろうと解析をしていたが、その顔が驚愕で固まった。

 

「えっ!? これって・・・・・・何で!?」

 

 その声にはっとして二人が真耶の方へと行く。

 

「どうしたんだ、山田先生」

「お、織斑先生。それが・・・織斑君の機体がおかしいんです!」

「おかしい? どういうことだ」

 

 千冬はそう聞きながら解析したデータに目を向け、真耶はそのまま説明し始めた。

 

「織斑君の機体のシールドエネルギーを見て下さい。通常のISは高くても700くらいが限度です。ですが、織斑君の機体からは2500と出ています。これはどう考えたっておかしいですよ」

 

 真耶が言うことはもっともな事で、この数値は軍事用のISでさえ凌駕する数値である。

通常のISコアから出せるエネルギーの量としては異常すぎるのだ。リミッターを外したところでここまでの数値にはならない。

 

「なんなんだ・・・これは・・・・・・」

 

 さすがの千冬もこの異常事態にはついて行けない。箒も言っていることの重要性こそ理解は出来るが、何故そうなっているのかはまったくわからない。そのため、三人はまた二人の試合を見つめることしか出来なくなっていた。そして千冬はデータに出ていた機体名を思い出して呟いた。

 

「ブラックサレナ・・・・・・黒百合。花言葉は『呪い』『復讐』・・・・・・」

 

 その呟きは二人の耳には届かなかった。

 このシールドエネルギーの秘密。それは単純なことだった。

先程真耶が言っていたことはISコア1個に対してのことであり、それが普通の話。しかし、一夏の機体にはISコアが『2個』使われている。エステバリスを自分に埋め込まれたコアと同期させまず一つ。そして、そのあまりの性能からコアなしには無理と判断されてコアを使い作られたパッケージ『ブラックサレナ』に一つ。これら二つを同時に展開しているときのISの総エネルギー量は2倍以上である。つまり、一夏のISにはコアが2つ使用されているのだ。そうでもしなければ北辰達には勝てないと一夏が判断したために、こうなった。七対一ならば仕方ないことである。

 

 

 

 一夏はある程度ブラックサレナの機動性をテストし終えると、今度は防御性能を測るために敢えてセシリアの射撃を受けた。

 

「やった!」

 

 初めて攻撃が当たったことにセシリアの顔が晴れる。

それまで一発も当たらないことに焦り、顔からは疲労がにじみ出ていた。やっとのヒットにセシリアの戦意は少しは高揚する・・・・・・はずだった。

 

「え・・・・・・・・・」

 

 セシリアの期待は物の見事に裏切られた。

撃たれたブラックサレナは何の支障も無く、平然とその場に浮いていた。

その装甲には焦げ目一つ無い。

 一夏は受けたダメージを調べるが、そのあまりの少なさにまた落胆した。

 

(威力が低すぎて計れない。これではディストーションフィールドのテストも出来そうに無い)

 

 とてもじゃないが、この程度の威力ではブラックサレナには傷一つ付けられない。

一夏はセシリアに落胆しつつも、更に攻撃性能を試すべく武器を展開した。

両腕に展開されるハンドカノン。手をすっぽりと覆い、機体のサイズに見合うよう大型の銃口を持つそのハンドカノンを見て、セシリアは一夏が攻撃してくることを悟ると、狂乱気味に叫ぶ。

 

「イヤァアアアアアアアアアアアアアアッ!? 行きなさい、ティアーズ!!」

 

 セシリアの叫びに応じて背中の非固定ユニットからブルーティアーズが飛び出し、ブラックサレナに向かって一斉掃射を始める。

 それはまさにレーザーの雨。普通のISならば大ダメージを受けていただろう。

しかし、ブラックサレナはまるでシャワーを浴びているかのごとく、平然とその場に浮いていた。

その装甲には傷一つ無い。

 一夏は念のためシールドエネルギーにも目を通すが、2500から一桁も減っていない。

エステバリスにはシールドバリアーが無く、絶対防御を作動させないかぎりは減らない。そしてこの硬い装甲を打ち破らなければ、絶対防御は発動しないのだ。

 そのことも視野に入れて一夏はテストする。

セシリアの顔には完璧な恐怖が貼り付いており、歪みに歪んでいた。そしてブラックサレナをまるで、化け物を見るかのような目で睨みながら叫ぶ。

 

「き、消えなさいッッッッッ!!!」

 

 腰にあるミサイル型のティアーズも全弾発射し、さらに通常のティアーズも用いての一斉砲撃。

普通のISだったらとっくに機能停止しているだろう。

 ミサイルの爆炎がブラックサレナを覆い、姿が見えなくなってもセシリアは射撃を辞めない。もはや無我夢中で撃ち続けていた。

 そしてミサイルが尽きたところでやっと止まる。

その顔は疲労で歪み、息切れを起こしていた。

 

「こ、これでもう・・・・・・」

 

 そう淡い期待を抱きながらブラックサレナの居たところに目を向ける。

そこには・・・・・・

 

 まったく無傷のブラックサレナが浮いていた。

 

 多少煤で汚れてはいたが、まったくダメージを受けた様子が無い。

セシリアにはその姿が背景の爆炎と相まって、悪魔にしか見えなかった。

 

「この程度か。ならもう用は無い。終われ」

 

 一夏はそう言うと同時にセシリアに向かって手に持っているハンドガンを連射しながら突進する。その射撃は一件粗雑な様に見えて、実に的確に相手へと食らい付く。

 

「キャァーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!?」

 

 セシリアは咄嗟に回避を試みるが、一夏は回避先も読んで連射するためにセシリアは避けきれずに銃撃を受けた。その片手用の武器からは考えられないほどの威力にブルーティアーズのシールドエネルギーがガリガリと凄まじい勢いで減っていく。

 そのまま一夏はセシリアに体当たりを嚙ます。咄嗟にセシリアはライフルを盾にして堪えようとするが、思いっきり撥ねられた。

 

「かはぁっ!?」

 

 セシリアはその威力と衝撃に肺の空気を吐き出してしまう。そのままアリーナの壁に叩き付けられてしまった。

 ブラックサレナはそれを確認すると、その場で一端止まる。

一夏はまだブラックサレナの機動性を全部を出し切ってはいない。だからこそ、最後はそれを試そうと考えた。

 セシリアに通信で最後の言葉を贈ったのは、テストの礼替わりかもしれない。

 

「これで終わりだ・・・」

 

 一夏はそう通信を入れると、セシリアに向かってまた突進する。

前回と違うのは、その速度である。両肩の展開式スラスターバインダーを展開、肩部や腰部などに各部姿勢制御用ノズルも推力に回す。前回よりも断然に速い速度、まさに砲弾そのものと化してセシリアに向かって行く。

 セシリアは意識はあるが、最早死に体同然だった。

先程の体当たりでライフルは破壊され、ティアーズはほぼ全部使用不能。機体の各所からはスパークが散っていた。ダメージクラスC、最早戦える状態では無い。

 しかし、一夏は容赦はしない。

壁に寄りかかるようにして立っているセシリアに向かって、黒い砲弾は容赦なく激突した。

壁が粉砕され辺りに粉塵が舞う。

 セシリアは最早声すら上げられなかった。ただ、その顔は恐怖で染め上げられたまま気絶した。

粉塵が収まるとそこには、直径五メートルほどのクレーターが出来上がっており、その中心にはほぼ全壊したブルーティアーズと、絶対防御が発動して強制的に気絶したセシリアが転がっていた。

 あまりの光景に皆声を上げることが出来なくなっていた。

まさか代表候補生を相手にして、ここまで一方的に叩き潰すとは誰が思っていようか。

そのあまりの悲惨さに誰もが声を失っていた。

 一夏はそれを気にせずにその場から自分の発進したピットへと戻っていった。

 

試合終了のブザーは鳴らなかったが・・・・・・

 

 



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第十話 復讐人の報告

今回は短めです。


クラス代表を決める試合を難なく終わらせた一夏は周りの反応も気にせずにピットへと戻っていった。現在アリーナでは、気絶したセシリアが担架で保健室へと運ばれていた。セシリアの外傷は打撲がいくつかだけであり、そこまで酷い物は無い。

あの破壊力の直撃を受けてこの程度で済んでいるのは、偏にISの性能の御蔭だと皆は思うことだろう。実際は一夏が加減しただけであったりする。最高速度のテストをしただけであり、そこまで体当たりは意識していない。本当に一夏が手加減しなかった場合、すなわち北辰達と同じように殺そうと考えて攻撃した場合、セシリアはISの絶対防御を作動させながらも絶命していたかもしれない。

それぐらいの差がさっきの体当たりと本気の体当たりにはあった。

 ピットに戻ると、箒、千冬、真耶の三人は何も言えない状態になっていた。

しかし、聞かなければならないと、千冬は勇気を振り絞って一夏に聞く。

 

「お、織斑・・・そのISは何なんだ? シールドのエネルギー量が異常だぞ」

「・・・・・・・・・そういう仕様だ、問題は無い。知りたければネルガルに直接問い合わせろ。それと・・・・・・クラス代表を俺はやらない。オルコットにでもやらせておけ」

 

 そう淡々と一夏は言いながらピットを出て行く。

その後ろ姿に、三人は一切声をかけられなかった。

 

 

 

 試合を終えた一夏は、さっそく誰も居ないところに行くと、アカツキに通信を入れた。

 

『やぁ、一夏君。学園ライフを満喫してるかな』

 

さっそく冗談めいた口調で一夏に話しかけるアカツキ。当然のごとく、一夏は取り合わない。

 

「そのようなことを聞くために通信を入れた訳では無い」

『わかってるよ~、ただ少しからかっただけだって。それで、試合はどうだった』

 

 アカツキはそう笑顔で聞くが、その結果など聞くまでも無く分かっていることは一夏にだって分かっていた。

 

「一々聞くか、そんなわかりきったことを」

『まぁね。一応聞いとこうかなぁ~なんて思ったりしてね』

「・・・・・・あの程度で国家代表候補と言うなら、その制度そのものも底が知れる。あれではテストにすらならない」

『そうかい。君の前じゃ、国家代表候補生もお手上げだね。いや、あの最強の君のお姉さんでさえ、今の君に勝てるかどうか・・・』

「そんなことに興味は無い」

『はいはい。で、どうだい、あのパッケージの使い心地は?』

「反応がコンマ3遅い。出力をもっと上げてくれ、あれでは彼奴等には勝てない」

『あれでもまだ不満かい? かなりピーキーにしたつもりなんだけど。ぶっちゃけ君以外にあんなの使える人間なんていないよ。ISの反応速度を余裕で超え、あの高速機動戦闘は通常のISではなしえないのに。普通のIS操縦者が使ったらまともに動かせる代物じゃないんだけどな~、アレ。三半規管がぶっ飛んで使い物にならなくなるくらい危険なのに』

「それでもだ。戦闘ではコンマレベルでも遅れれば致命傷だ、すぐに調整して貰いたい。これからそっちに持って行く」

『まぁ、わかったよ。君がそこまで言うのならそうなんだろうね。すぐに調整できるようにしておくよ』

「感謝する」

 

 そう何の感情も浮かべずに感謝の言葉を口にすると、一夏は通信を切った。

そして懐からCCを取り出し、この二年間よくやっていたことをする。

ネルガルの地下研究所をより鮮明に、より明確にイメージしていく。すると、持っていたCCが青い光を放ち始めた。

そしてこの言葉を口にする。

 

『ジャンプ』

 

 そう口にした瞬間、一夏は青い光と共に消え去った。

 

 

 



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第十一話 クラス代表決定 しかし復讐人には関係無い

 試合を終えた翌日。

朝のSHRで真耶は笑顔で連絡を皆に伝えていく。

 

「一年一組のクラス代表はセシリア・オルコットさんに決まりました。オルコットさん、頑張って下さいね」

 

 真耶がそう言うと、クラスはシーンと鎮まってしまった。

別にセシリアに決まったことが皆不満なのではない。セシリアが代表というのは、彼女達にとってもめでたいことではある。寧ろ祝いたい気持ちだった。

だが、心中はそれどころではなかった。

 

 昨日の試合を見て、皆ショックを受けてしまった。

 

 代表候補生と言えば、IS学園に通う者にとっては憧れの一つである。

それが・・・・・・初めてISを操縦出来る男性に、ISを動かしてそこまで経っていない人間に(表ではそうなっている)こうも徹底的に倒されるとは思っていなかったのだ。

一夏を推薦した少女達も、こんな事態になるとは思っていなかった。そのため、その困惑も特に激しかった。

 セシリアは保健室で目が覚めた後に、試合の記憶が蘇ってパニックを起こしかけた。

しかし、それでも代表候補生。意地でそれを何とか抑え、今日も普通に何とか登校してきた。

だが、彼女が負った心の傷は想像以上だったのだろう。廊下で一夏を見た瞬間に、恐怖が蘇って息を呑み込み、体が震えだしてしまった。セシリアには一夏への恐怖が刻み込まれてしまったのだ。

 対して一夏は通常通り。

何の感情も浮かべずにバイザー越しで世界を見ていた。

その顔に昨日の試合の疲れなど、一切感じられない。事実、一夏は疲れていなかった。

あの程度など、最早遊び同然である。よくよく考えてみれば、一夏はISを使って戦闘をする場合、無傷で済んだことはない。いつも死ぬ一歩手前状態で何とか北辰達から離脱してきた。死ななかったのが不思議なほどの大怪我が毎回のことであり、今回のようなことは初めてである。普通なら喜ぶことなのだろうが、一夏は北辰達を殺す以外に喜ぶ事など無いだろう。少なくとも、セシリアとの試合は一夏にとってお遊び以下であったため、疲れる事も精神的に高揚することも無かった。

 クラスの反応に戸惑ってしまう真耶。いつものお祭り騒ぎのような感じと違って、お通夜といった雰囲気である。どうすればいいのかと困り、千冬に縋るような視線を向けていた。その視線を受けて、千冬は仕方ない、とため息を吐いていた。内心では、自分も一夏のことに困惑していたが、それを皆の前で出すわけにはいかなかった。

 

「皆、話は以上とする。クラス代表はオルコットで決定だ。では、解散」

 

 そう千冬は言うと、真耶を連れて教室から出て行った。

その途端にセシリアに寄って励ましてくクラスメイト達。中には一夏を睨み付ける者もいたが、一夏は気にせずに席に座ったままであった。

そんなことなどまったく気にかけず、一夏はISを使っていつも通りに情報を収集していく。

 

(どこにいる、北辰・・・・・・はやく・・・早く! お前達を殺したい・・・・・・)

 

 昨日の試合などまったく気にせず、一夏はそのことだけを考え続けていた。

 

 

 

 その日のISの授業はアリーナで行われることになった。

授業課程ではそろそろ生徒に実機での授業を行う事になっている。

そのため、皆には間近でISが動いている所を見せた方が良いと判断してアリーナに集められた。今日はISの基本的な飛行操縦を見て貰うためだ。

皆朝の雰囲気から少しは和らいでくれたようで、千冬と真耶は内心少し、ほ、としていた。

 すぐに動けると言うことで専用機持ちが皆の前に呼ばれた。

セシリアが呼ばれた後には一夏も呼ばれ、セシリアは一夏の姿にひぃ、と息を呑んでいた。

一夏はそんなセシリアを気にも留めずに前を見ていた。

 別に一夏を呼ぶ必要は本来ならないだろう。飛行を見せるだけならセシリア一人で事足りる。

しかし、一夏を呼んだのはその機体の情報を集めるためである。

ISを渡すように言ったところ、これを一夏は拒否した。機体に関してはネルガルの物であり、IS学園に貸す気は無いと。当然そんなことが普通、通るわけがない。しかし、一夏の放つ禍々しい殺気に皆当てられ、何も言えなくなってしまったのだ。そのため、一夏のISの情報はネルガルが提供したもの以外は分からないのが現状であった。ならば外部から収集していくしかない。

そのため、一夏には少しでもISを使わせる必要があった。故にこの授業でも前に呼び出した。

 

 

「それではこれよりISの基本的な飛行操縦を実践してもらう。オルコット、お、織斑は試しに飛んでみせろ」

「は、はいですわ!」

「・・・・・・了解」

 

 そう千冬に言われると同時に二人はISを展開した。

そこでまた周りは目を剝くことになった。

セシリアよりも一夏の展開速度のほうが早かったのだ。時間にしても一瞬、0.1秒以下。最早神業であり、各国代表候補よりも早かった。

周りがその事に驚愕していることも気にせずに一夏は機体を少し浮遊させる。

皆の前には昨日見たものと同じ、真っ黒い悪魔のようなIS、『ブラックサレナ』が現れた。

その姿を見てISを展開し終えたセシリアの顔が青ざめる。

 

「・・・・・・はっ、で、では飛べ!」

 

 さすがの千冬もこの事態に意識が飛んでしまっていたらしく、その声は困惑していた。

千冬が言うと同時に、二人とも行動し始める。

セシリアが上空へと意識を向けた途端、すぐ近くをまるで砲弾が通り過ぎるかのような衝撃を感じた。そして一瞬にして遙か上空にブラックサレナが飛行していた。

 一夏は号令と同時に足の大型スラスターを一気に噴かせた。

途端にISの重力制御では押さえきれないGが体にかかるが、一夏は気にせずに上空へと飛んだ。

このエステバリス専用パッケージ『ブラックサレナ』はその加速性、その速度故にISの重力制御では押さえが効かない。その押さえきれなかったGだけでも相当なものであり、戦闘機乗りでもない人間にはきつくてすぐにブラックアウトしてしまうだろう。一夏がしない理由は過度な訓練とその薄れすぎた触覚がそれを感じさせないためだ。

 セシリアがブラックサレナの居る所に着くのに二秒経った。

 

「では今度は降下してみろ。着陸目標は地表10cmだ」

 

 千冬がそう言うと同時に一夏がまた動く。

上空から体をくるりと回転させ頭を下に向けると、ほぼ垂直にスラスターを噴かせながら落下してきた。落下速度も加わって見ていた皆には上空に飛ぶ以上に速く見えた。

あまりの速度に地表にぶつかると思い、皆目を瞑ってしまい、体が勝手に衝撃に構えてしまう。

しかし、しばらくしても激突音も衝撃も何も襲ってこない。

目を開けると、地表近くにブラックサレナが浮いていた。その様子から危なっかしい様子は一切見られない。

 

「お、織斑・・・・・・10cm丁度だ」

 

 千冬はその情報を見て告げる。

しかし、内心は驚愕してばかりだった。

あの速度で殆ど誤差無しに目標を達成するのは、それこそ千冬でも出来るか分からないことだった。

それを一夏は難なくやってのけたのだ。この能力だけ見ればモンドグロッソに出てもおかしくない。

 その後も皆の驚愕は続く。

武器の展開は最早一瞬、コンマ1よりも速い。

セシリアはポーズを決めなければならないのに対して、一夏はだらりと垂らした手に一瞬にして展開したのだ。最早一夏を素人呼ばわりできる人間はこの場にはいなかった。

 皆の驚愕のままに、その授業は終了した。

 

 

 

 その日の夜、セシリアのクラス代表を祝うパーティーがクラスの面々で行われた。

食堂の一部を借りきって行われ、皆笑顔ではしゃいで楽しんでいた。セシリアも皆の気遣いが嬉しく、少しは元気が戻っていた。

 当然ながら、その場に一夏はいない。皆セシリアのことを気遣って呼ばなかったし、それでも一夏を気遣おうとしたクラスメイトは呼ぼうとしたのだが、部屋にも居ないため呼べなかったのだ。

 一夏自身も参加する気は毛頭無いのだが・・・・・・

そのパーティーに来た二年生の新聞部副部長に一夏のことをセシリアは聞かれ、その場でセシリアは泣き出してしまったとか。

一夏は知るよしもない。

 

 

 

 「まったく~、第一受付ってどこよ!」

 

 暗くなったIS学園の敷地内で苛立ち声を上げている少女が一人いた。

この少女の名は鳳 鈴音。中国代表候補生である。彼女は明日にIS学園に転入するため、今日中に書類を受付に渡し、入寮の手続きをしなければならない。

しかし、初めて来た土地に迷子になっていた。

ISを使えば簡単に調べられるのだが、『本来』であればISの無断使用は禁止されているため出来ない。そのため、彼女は地道に第一受付を探しているのだ。

 

「もう~、こんなんじゃ日付けが変わっちゃうじゃない」

 

 迷子である事実にイライラしながらも、彼女は歩いて行く。そのため、周りがよく見えなかった。

そのため、角を曲がろうとしたところを何かにぶつかってしまい後ろに倒れてしまった。

 

「いったたたた、一体何なのよ~」

 

 そう不満を漏らしながらぶつかった物を見ると、そこにはIS学園の制服を着た『男性』が立っていた。その事に本来なら驚くなり何なりしただろうが、今この少女は虫の居所が悪かった。

そのため、ぶつかった男性に食ってかかった。

 

「あんた、一体何処見てんのよ! 痛いじゃないのよ! ・・・・・・え!?」

 

 しかし、その顔は一瞬にして驚愕に変わった。

バイザー越しから見えた瞳、そしてその顔に見覚えがあったからだ。

 

「あ、あんた・・・一夏!?」

 

 彼女にぶつかったのは一夏であった。

彼女、鳳 鈴音にとって織斑 一夏は大切な幼馴染みであり、好きな異性であり、二年前に行方不明になった人であった。その人物がいきなり現れたのだ、驚かない方がおかしい。

 しかし、一夏は無表情のままであった。

 

「・・・・・・人違いだ・・・」

 

 そう答えると、一夏は早足で角を曲がって行ってしまう。

 

「ま、待ちなさいよ!」

 

 鈴は一夏を追いかけようと急ぐが、角を曲がった先に一夏はいなかった。

まるで幻であったかのように。

 その後、鈴は第一受付を見つけ、何とか手続きを終えた。

 

しかし、その胸中は穏やかではない。

 

(何で一夏が・・・・・・)

 

 そんな思いが、その小さな胸の中に渦巻いていた。



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第十二話 第二の幼馴染み、それでも彼は

「ねぇねぇ聞いた? この話」

「二組に転校生が来るんだって! さっき職員室で聞いたって人がいたらしいよ」

 

 翌日、一年一組は騒がしくなっていた。

どうやら今日から二組に転校生がくる、そんな話題のようだ。この時期に転校生というのは珍しい上に、IS学園の転入試験は難しいことで有名である。それをクリアして来たと言うからには、余程優秀なのだろう。そのため、皆その話題に興味津々であった。

 しかし、そんな中一人だけまったく興味を持たない者がいた。

この学園で唯一の男子生徒である織斑 一夏である。

一夏にとってこの学園に新しい生徒が来ようが、まったく関係ない。

一夏の目的は北辰を殺すことのみ、それ以外に考えることはない。この学園生活は言わば、ネルガルの協力を得るための交換条件であり、一夏の本意ではない。なので一夏にとって学園生活とは、邪魔でしかないが仕方ない、そういうものだ。

 クラスがその話題で盛り上がっている中、やはりと言うべきか一夏はエステバリスを使って情報を収集していた。

 

「もしかしてかなり強いのかなぁ?」

「そりゃそうじゃない。こんな次期に転入してくるんだから。でもちょっと心配かも・・・」

「大丈夫じゃない! うちのクラスなら楽勝だよ、何せうちのクラスには代表候補生のセシリアがいるんだし。それに・・・・・・・・・」

 

 そう会話していた少女達の視線が一夏に向いていく。

さっきまで強いと言っていたその代表候補生を徹底的に叩き潰したその存在がこのクラスにはいるのだ。簡単に負けるとは思えない。

 

「―――――その情報古いよ」

 

 そう騒いでいるクラスにそんな冷や水を浴びせるような声が扉付近からかけられた。

皆その声に反応してそちらを振り向くと、そこには小柄でツインテールの女の子が立っていた。

 

「二組も専用機持ちがクラス代表になったの。そう簡単には勝てないから」

 

 そう勝ち誇って小さな胸を張っているのは、中国代表候補生である鳳 鈴音である。

この少女は昨日受付を終えた後に入寮。その後自分のクラス代表と話し合いという名の力業を持ってクラス代表を交代してもらったのだ。

 鈴は皆の前に堂々と出ると、皆に自分という存在を刻みつけるように自己紹介を行った。

 

「中国代表候補生 凰 鈴音! 今日は宣戦布告に来たってわけ」

 

 その自己紹介に皆息を呑んでいた。

まさか二組にも代表候補生がくるとは思わなかったのだ。

 鈴はその光景を見て内心でニヤリ、と笑う。

彼女はその可愛らしい外見からよく下に見られやすい。なので彼女は意思表示を行うことで自分を大きく見せようとしたのだ。それに、彼女がこのクラスに来た理由はそれ以外にもあった。

 織斑 一夏に会うためである。

既にこの学院に織斑 一夏の存在は知れ渡っていた。

それも珍しいというだけではない。代表候補生を完膚なきまでに叩き潰したことで、その名は別の意味も持って知られているのだ。

 昨日一夏とぶつかった鈴は、最初こそ幻でも見たんじゃないかと自分を疑ってしまった。

だが、寮に入り自分のルームメイトと仲良く話していると、ISを操縦出来る男子の話題が出てきた。その話題とさっき見た一夏のことが気になって鈴はその話を詳しく聞いてみることにした。

結果、一年一組には男子生徒が一人だけおり、名前を織斑 一夏ということ。企業に所属しているらしく、専用機を持っていること。自分のクラスにいる代表候補生相手に余裕で圧勝したということだった。

 その人物が本当に一夏であるのか、それを確認するために来たのだ。

そして鈴は見つけた。周りが騒いでいる中、ただ一人で何の感情も浮かべずに座っている一夏を。

黒いバイザーで目元を覆っているとは言え、その顔はまさに鈴の知っている織斑 一夏だった。

 鈴は騒いでいる皆の前を通り、一夏の前に立った。

 

「久しぶりね、一夏。やっぱり昨日のは一夏だったんだ」

 

 二年前に行方不明になっていた想い人と再会したことに、鈴は笑顔になっていた。

周りのクラスメイト達は、そんな鈴を見て驚愕していた。

『あの』織斑 一夏に笑顔で話しかけられる人物を初めて見たのだ。その衝撃は彼女達がこの学園に来てから初めて感じたものであった。

 

(な、何ぃいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいい!?)

 

 箒もこのことには驚きを禁じ得なかった。

まさか自分の幼馴染みにこんな風に笑いかける娘がいるとは思わなかったのだ。

 しかし・・・・・・

 

一夏は鈴の言葉を一切無視していた。

そのことに鈴が不安になりながら一夏に話しかける。

 

「どうしたのよ、一夏?」

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

 

 この距離で聞こえていないことはないだろう。だが、一夏はそれでも反応を示さない。

そのことに段々と不安になっていく鈴。まさか自分のことを忘れてしまったのではないか、と危惧し始めた。

 

「もしかして・・・・・・私のこと忘れちゃったの? あんたの幼馴染みの『何を言っているのかは知らないが、人違いだ。俺はお前のことなど知らない』なっ!?」

 

 やっと反応を示した一夏はそう淡々と何の感情も感じさせずに鈴に言った。一夏から言われたことに、鈴は驚愕しながら怒りがこみ上げてきていた。

自分の想い人に知らないなどと言われて、黙っていられるほどこの少女はまだ大人ではなかった。

 

「何言っているのよ、あんたっ!? この私を忘れたなんて言わせないわよ!!」

 

 鈴は一気に頭に血が上り、激怒した。

だが一夏はさっきの反応以降、まったく反応を示さない。

そのことが鈴の怒りに拍車をかけていく。次第に鈴は泣きそうになっていた。

 

「何を騒いでいるんだ、この馬鹿者共!」

 

 そう騒いでいるクラスに一喝が響き渡った。

声の元に皆振り返ると、そこにはこのクラスの担任である千冬が仁王立ちしていた。

 

「ち、千冬さんっ!?」

 

 さっきまで激情していた鈴だったが、千冬の姿を見て頭に昇った血が一気に下がっていった。

千冬は隣のクラスに鈴が転入してくることを知っており、一夏の所にくることは予想していた。しかし、今の一夏にはあまりにも近づけないために、どうしようもなかった。

 千冬は鈴の方を見ると一回溜息を吐き、少し呆れつつ鈴に言い渡す。

 

「織斑先生だ、馬鹿者! もうSHRが始まるぞ、さっさと自分のクラスに戻れ、凰」

 

 そう千冬に言われると、鈴は弾かれるように教室を出て行く。

鈴は一夏と知り合ってから、千冬のことが苦手であった。

 

「一夏、また後で来るからね!!」

 

 そう鈴は一夏に言い残して行った。

一夏はその言葉を聞こえてはいたが、当然無視していた。

何度も言うことだが、一夏にとって学園生活とは余分な物でしかない。

その目は常に世界から集められる情報を調べ、怨敵である北辰の居所を探し続けていた。

 

 

 

 

 



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第十三話 第二の幼馴染み強襲 しかし一夏は止まらない

アンケートでヒロインの投票を行っているのでよかったらどうぞ。
それと、感想じゃんじゃん気軽にお願いします。


 鈴はその後、昼休みに食堂で一夏を待ち受けたりしていたが、一夏は一向に捕まらなかった。

そのことに段々と不安を感じ焦る鈴。

対して一夏はいつも通りであった。

そのまま時間は放課後にまで移る。

箒はいつもの様に一夏を探すが、やはり見つからない。

そして寮に戻ると、既にデスクで座りながら何かをしていた。

その様子もいつも通り、箒の方に一切の関心を向けずに調べ物に耽っていた。その顔からは何の表情も窺えない。

 箒はそんな一夏に、何の声もかけられない。

あのバイザーを外した時に見た顔を見て以来、何も言葉をかけられなかった。

詳しいことは知らない。だが、箒は人がどんな目に遭えばあんな顔を出来るのか分からなかった。

箒自身普通の人とは少し違った経験を積んでいるとはいえ、一夏のあのときの表情は異常だった。何が人をああするのか・・・・・・それは人生経験の浅い箒には分からなかったのだ。

故に話しかけられない。今の一夏に話しかけられるのは、あの表情を理解できる者だけだと、箒は感じたから。

 そのため、一夏がいるこの部屋で箒は居辛く気まずかった。

その扉がノックされ、その音で箒は扉の方へ向かった。無論一夏は無視したままであった。

 

「はい、どちらさまでしょうか」

 

 そう言いながら扉を開けた先には、今日学園に転校して来て箒達一組に宣戦布告してきた凰 鈴音が立っていた。その手にはボストンバックが一つ掲げられていた。

 

「あんたが一夏と同室の子? 悪いんだけど、部屋替わってちょうだい」

「はぁ?」

 

 いきなり現れて何を言っているんだ? と箒は鈴をジト目で睨み付けた。

鈴は箒のその睨みに、負けじとにらみ返しながら説明し始めた。

 

「男の子と一緒って疲れるでしょ。だから部屋を替わってあげるって言ってんのよ。私は一夏の幼馴染みだから気心も知れてるから大丈夫だしね。だ・か・ら・部屋替わって」

「そ、そういうわけには行かない! 私だって一夏の幼馴染みなのだから、そこまで疲れてなどいない。だから替わらない!」

 

 箒は鈴の物言いに反発するように答えた。

実際は嘘で、箒の精神は疲弊していたのだが。

鈴は箒の言うことに聞き逃せないことがあったので、問い詰める。

 

「あんたが一夏の幼馴染みってどういうことよ!」

 

 そう怒りながら言う鈴に、箒は胸を張りながら自慢げに答えていく。

そしてそれを聞いた鈴は、箒の一部を睨み付けながら、ぐぬぬ、と呻く。

少なくとも、箒の言い分もあれば、鈴の説得の条件も意味を成さない。気心しれている幼馴染みなら、疲れる事はない、ということなのだから。

 このままでは埒が空かないと判断し、鈴は一夏の方に話を振ることにした。

 

「い、一夏はどうなのよ! 女の子と一緒の部屋って疲れない?」

 

 自分もその女の子だというのに、そんな矛盾した問いかけを一夏に振る鈴。

しかし、一夏は変わらずに無視していた。

その事にまた頭に血が上る鈴。

 

「人の話を無視するな!!」

 

 そう怒りながら一夏に言うが、それでも一夏は無視を続ける。

その様子に箒はじっと見ていることしか出来ない。内心ではあたふたしていた。

鈴は一夏の様子に、ついにキレた。

 

「無視するなぁああああああああああああああああああああああああ!!」

 

 そして自分のIS『甲龍』の腕を部分展開して殴りかかってしまう。

本来、IS学園では部分展開とはいえ、許可無しにISを使用することは禁止されている。だが、この少女は頭に血が昇るとそういった事が頭から抜けていく短気な少女だった。

流石にこれはまずいと箒は判断するが、時既に遅し。箒の位置からは止められない。

その鋼鉄の拳は一夏の顔へと向かって行き・・・・・・・・・

 

チャキッ・・・・・・そんな金属の音が鈴の目の前で鳴った。

 

 鈴がそれを意識して目の前を見ると、そこには・・・・・・

 

一夏の手によって、でかい銃口が自分の眉間に突き付けられていた。

 

一夏はデザートイーグルと呼ばれる大型拳銃を制服の袖から出すと、殴られる前に鈴の眉間に突き付けたのだ。

 ISだけあれば安全というわけではない。故に、一夏は制服の中にこういった火器も仕込んでいる。

鈴は自分に向けられているのが銃だと理解した瞬間に止まった。

その事実にショックを受けている鈴に向かって一夏は淡々と言葉を告げる。

 

「・・・・・・俺の邪魔をするもの、俺に害を成そうとするものに容赦はしない・・・」

 

 一夏から告げられた冷たい言葉に、鈴はISを解除した・・・・・・殆ど無意識に。

一夏から発された僅かな殺気。しかし、それは鈴を恐怖させるには充分なものだった。

一夏はそれを確認すると、制服の袖に銃をしまう。早業であり、一瞬で見えなくなった。

そして一夏は口をまた開く。

 

「さっきの話・・・俺が出て行けばいいだけだ・・・・・・」

 

 そう言うと、一夏は何も言わずに部屋を出て行った。

扉がパタン、と音を立てて閉まる。

その音を聞いた瞬間、鈴は恐怖のあまり床にぺたりと、座り込んでしまった。

 

 その後、箒によって鈴は介抱される。

結局鈴はその日、箒と一緒の部屋に泊まった。

その際、一夏のベッドを使ったが、ベッドからは一夏の匂いは一切しない。新品同様の香りしかしなかった。

 

 

 

 

 



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第十四話 その夜に彼女は出会った

アンケートがもうきそうにないので打ち切りました。
一応ヒロインは『簪』ちゃんに決定です。
でもイチャつかせませんけどね。
イチャついてるのが見たいですって? そんな方は『装甲正義』の方をご覧下さい。


一夏は部屋を出て行くと、当てもなくさまよい始めた。

別に何処で寝たって一夏には問題がない。今の季節は夜でも暖かいので野宿だろうと大丈夫なうえ、一夏は温感を失っているので寒かろうと暑かろうと問題ないのだ。

そもそも、あまり睡眠を取る気がない。一夏は殆どの欲というものを失っていた。当然人として最も必要である三大欲求も失っている。寝たり食料を口にするのは、体を維持するためだけである。

 一夏は取りあえず散歩をすることにした。正直、気が少し参っていたのだ。

まさか鈴が来るとは思っていなかったのだ。それが来たのだから、当然一夏に会いに来るのは予想出来る話。一夏はまたか・・・と内心で溜息と吐く。

 昔の知り合いが来れば、必ず自分に接触してくる。そのたびに一夏は無視するなり何なりとと対応するが、向こうはそれに食ってかかってくる。一夏としては、そのたびに決別の言葉を口にしなければならない。

 復讐に執念を燃やす一夏だが、それでも十五歳の人間なのだ。まだ精神的に甘いところもあり、親しかった人に決別の言葉を口にするのは心が痛んだ。そんな思いをするくらいなら、復讐をやめろ、と言われるかもしれない。だが、それは絶対に出来ない。そんなことをしたら、それこそ今現在の『織斑 一夏』という存在が死ぬ。消滅し、一夏は真の意味で生きることが出来なくなる。

一夏にとって復讐こそが生きる目的であって、それを失ってしまったら、もう何も出来なくなるだろう。

 故に一夏は止まらない。止まるときは死ぬときか、目的が達成されたときだけだろう。

そのままふらふらと歩いていると、アリーナ辺りで何かの音が聞こえてきた。

その音が気になり、そちらに歩いて行く。

中を覗き込むと、そこには一人の少女がISを纏って訓練をしていた。

一夏は頭の中でその少女が誰なのかを検索する。

 

(確か・・・一年四組の更識 簪。この学園の生徒会長である更識 楯無の妹にして、日本の対暗部用暗部である更識家の次女。日本の代表候補生で第三世代型IS『打鉄弐式』のパイロット)

 

 学園に入る前に洗える情報はすべて洗った。

なので一夏はこの学園の裏側までしっかりと把握している。亡国機業の人間や他の国や企業のスパイなど、色々と警戒しなければならないのだから当たり前のことである。

一夏の把握している限り、更識 簪という人物は裏にどっぷりと浸かっている人物ではない。

姉である更識 楯無は更識家の当主として暗部の仕事をしているようだが、簪は一切関わっていないようだ。故に無害と判断する。

 簪はどうやら高速機動をしたままミサイルを目標に当てる、そういう訓練をしているようだ。この時間でもアリーナの使用許可は下りるらしい。さっきからずっと高速で動いては複数の目標に向かってミサイルを発射している。

その顔からは疲労と焦りが色濃く出ていた。明らかにオーバーワークであったが、本人は訓練に集中していて気付かないのだろう。

一夏はそんな訓練の様子を眺めていた。

普段ならそんなことはしなかっただろう。

 だが、目が離せずにいた。きっと、彼女の表情が鬼気迫るものだったから。

その表情には、何かしらの執念のような物を感じた。それに一夏は少し惹かれた。

簪は自分の限界も忘れて無我夢中に訓練を続けていく。

そして限界は来た。

 

「え?」

 

まるで車がスリップを起こすように、簪もまた高速機動中に空中でスリップを起こしたかのように一夏に向かって滑り飛んできた。

そのままいけば一夏に激突し、一夏は只ではすまないだろう。

一夏は自分が避けられないと即座に判断すると、ISを展開した。

その場に真っ黒い悪魔のようなISであるブラックサレナが顕現する。

 そのまま飛んできた簪を一夏は軽く受け止めた。

簪はいきなりのことに理解が追いつかないのか、一夏の腕の中でポカンとしていた。

一夏はそのまま簪に話しかける。

 

「訓練に集中するのはいいが、自分の限界を把握出来ていない訓練は只の毒だ・・・・・・」

 

 いつも通りに淡々と話す一夏の言葉を聞いて、簪はやっと自分がどのような状態なのかを理解する。

 

「キャッ!? ご、ごめんなさい・・・・・・」

 

 急いで一夏の腕から離れると、ぺこぺこと頭を下げ一夏に謝り始めた。その様子は、普通に見れば可愛らしいものだろう。

一夏は簪が無事なのを確認すると、ISを解除する。

解除した姿を見て、簪は自分を助けたのが『あの』織斑 一夏であることに気付いた。

 

「あ・・・い、一組の織斑君・・・・・・」

 

 一夏の知名度は凄く、IS学園では知らない生徒はいないほどだ。

セシリアを完膚なきまでに叩き潰したその試合は、ある種の恐怖を彼女達に植え付けた。

曰く、

 

『織斑 一夏は冷徹で人のことを何とも思わない冷血な人物だ』

 

 というものである。

一夏の普段の言動と態度からも、そう取られてもおかしくないのがさらにそれを助長していた。

そのため簪は萎縮してしまう。目の前にいるのはそういう人物だと聞いているから。

一夏は何の感情も浮かべずに、簪に背を向ける。

 

「怪我は無いようだ・・・・・・だが、それくらいにしておけ。それ以上はしても訓練にはならない」

 

 そう簪に告げると、一夏はアリーナから去って行った。

簪は一夏が告げた言葉の意味を少しして理解した。

 

(もしかして・・・・・・私を気遣ってくれた・・・のかな・・・・・・)

 

 そう理解した途端に受け止められたときのことを思い出した。

自分が危険になったときに颯爽と現れ、自分を助け気遣ってくれた。

噂からは考え付かない行動に、簪が抱いていた織斑 一夏のイメージが変化する。

まるで自分を助けてくれた正義の味方のような、そんな物へと・・・

 そして簪は無意識に呟いていた。

 

「・・・・・・・・・格好いい・・・・・・・・・」

 

 それを自覚した瞬間、簪の顔は真っ赤になった。

 

 

 一夏はこの後も少し散策をした後に、外にあるベンチに座って夜を明かした。

 

 

 

 

 

 

 



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第十五話 彼女は頑張った。

今回も黒く頑張ります。
感想、気軽にじゃんじゃん簡単なことでもよろしくお願いします。


 一夏は簪と会った後、外で夜を明かしそのまま朝の学園へと向かい、いつも通りに授業を受け、いつもと同じ様に生活していた。

 いつもと同じようにエステバリスを使い世界から情報を収集していく。本来ならば禁止されている行為だが、エステバリスはそれを気付かせず遂行する。一夏が使うエステバリスにのみ搭載されている『静粛モード』。これは学園側や企業などに一切悟らせずにコアを起動させ、世界から情報を収集することが出来る。はっきり言って違法であるが、ばれなければ誰も罰することは出来ない。

それ以外にもネルガルからの情報提供もあり、一夏は殆どの時間を集めた情報に目を通すことに使っていた。今更座学など一夏には必要もないことなので、時間はたっぷりとあった。

故に今日も一夏はいつもと変わらずに同じことを行っていた。

 鈴はというと、昨日一夏に銃を向けられたというのにまったく気にせず果敢に一夏に話しかけていた。

 恋する乙女は何とやら、と言ったところだが、それを見て箒は何とも言えない気持ちになる。

これが昔と変わらない一夏だったのなら、それはもうイライラとしていただろう。だが、今の一夏にはそういう恋愛的な感情を上手く抱けない。

 箒は一夏の事について何も知らない。

拉致されて人体実験をされていたことも、実験のせいで五感や人としてあるべき欲求など、人を形作る要素の大半を失ってしまったことも。

 箒に分かっていることはただ一つ。

一夏が昔と変わりすぎてしまった・・・・・・ただそれだけである。

それもただ成長して変わったというものではなく、想像も絶する過酷なことがあり、そのせいで変わってしまったということを推察出来る程度である。

 そんな変わってしまった一夏が誰かに心を開くとは到底思えない。そのため、鈴がいくら話しかけようとあまり何かが変わるとは思えないのだ。

 そして昼休みになり、一夏はまたどこかに行こうとする。

箒は一夏に拒絶されたため、一夏に話しかけることは出来なかった。一夏はそんな箒に目も向けずに教室を出ようしていたのだが・・・・・・

 

「い~ちか、来たわよっ!!」

 

 一夏の行く先を鈴が立ちはだかった。

一夏はそんな鈴を見ても何も言わずに出口へと向かおうとする。

 

「ちょっ、ちょっと! 待ちなさいよ」

 

 鈴はそんな一夏を呼び止めようとする。

鈴だって昨日のことを忘れた訳ではない。だが、それでも鈴にとって一夏は一夏なのだ。二年前まで一緒にいた想い人なのだ。箒と違い、別れたのがここ最近だ。それがその二年間でここまで変わってしまったことに鈴は驚いていた。だからこそ、余計に気になるのだ。一夏が何故こんなに変わってしまったのかを。

 しかし、一夏は止まらない。徹底的に無視をし、出口へと向かって行く。

その時、一夏の前の扉が開かれた。

 

「あ、あの・・・・・・織斑君は・・・いますか・・・・・・」

 

 開いた扉の先には、簪がオドオドした様子で立っていた。

周りにいた生徒は簪を見てかなり驚いた。簪が日本代表候補生だからではない。生徒会長の妹だからではない。『あの』織斑 一夏に用があることに驚いたのだ。

鈴は休み時間の度に来ては一夏に無視されているので、最初こそ驚いたがすぐに慣れた。鈴の口調からも一夏と知り合いであったことが窺える上に、鈴が強気で物怖じしない性格なことも知れたので毎回話しかけにいってもおかしくない。

 だが、簪のような見るからに気弱そうな生徒が一夏を訪ねてきたのだ。一体何の用だろうかと皆興味津々になる。

 簪は一夏が目の前にいたことに驚き、「きゃっ!?」と少し声を出してしまった。

いきなり驚いてこんな声を人にあげてしまうのは失礼なことである。しかし、一夏はまったく気にしない。

 

「・・・・・・・・・俺に何の用だ・・・・・・」

 

 いつもと変わらない、何の感情も感じさせない声で一夏は簪に話しかけた。

 

「ちょっと、あんた何よ!?」

 

 いきなり割り込まれた鈴は不機嫌になり、簪に噛み付いた。

いきなり大きな声でからまれたため、簪は、ひぅ、と怯えてしまう。

しかし、簪はそれでも鈴に立ち向かうように応じた。確かに気が弱い簪だが、それでも彼女は芯が強い少女なのだ。怯えながらも鈴に応じる。

 

「わ、私は・・・お、織斑君に言わなくちゃいけないことが・・・あるから・・・・・・」

 

 顔を真っ赤にしながらもそう答える簪に、鈴は自分と似たような気配を感じさらに不機嫌になる。

 

「別に今じゃなくてもいいんじゃないの!」

「わ、私は・・・放課後・・・用事があるから・・・」

 

 鈴の視線に簪は怯えつつも何とか言葉を紡ぐ。

そして鈴の視線から逃れるように一夏の方に振り返った。

 

「そ、その・・・あの・・・」

 

 簪は一夏の前であたふたとしつつも、何とか決意を固める。

 

「き、昨日は助けてくれて・・・あ、あり・・・がとう・・・・・・」

 

 そう消えそうなほど小さな声で一夏に告げ、頭を下げた。

その行為に、その場にいた皆は目を剝いた。

何せ『あの』織斑 一夏が礼を言われているのだ。人のことなど何も思わないと思われている一夏が人を助けた。これほど衝撃的なことは、セシリアを叩き潰した以降は無かっただけに皆驚いていた。

 

「・・・・・・・・・別に自分が危険だからしただけだ。礼をされる覚えはない・・・・・・」

 

 一夏は頭を下げている簪にそう言った。

やはりと言うべきか、そこには感情が一切感じられない。

 しかし、簪はそれでも嬉しかったようで少しだが、笑った。

 

「そ、それでも・・・だよ・・・」

 

 そう一夏が言ったことに反応する簪。そこには、何というか・・・少し良い感じな雰囲気を鈴は感じた。何せさっきまで話しかけていたのに、一夏は一切喋らなかった。それが見知らぬ生徒に応じたのだ。気にくわなくて仕方なかった。

 

「もう、お礼は言い終わったんでしょう、だったらもういいわよね! あ、そうだ一夏、あんた昔の約束覚えてる?」

 

 鈴は捲し立てるように言い簪を退けると、まるで簪を警戒するように『昔』を主張して一夏に聞く。鈴にとって一世一代の決意を持ってした約束であり、特別なものだった。約束をしたのは小学生のころの話であり、結構古い。それでも鈴にとっては大切な約束だった。

 しかし、一夏は気に留めずに簪に話しかける。

 

「・・・・・・話はそれだけか・・・・・・なら俺はもう行く・・・」

「う、うん・・・」

 

 感情を感じさせない淡々とした口調でそう言われたが、簪はそれでも嬉しかった。

鈴はそれでも気にせずに一夏に話しかける。

 

「小学生の時の約束よ。覚えてない?」

 

 そう言われ昔の約束とやらを思い出そうとしてしまうのは一夏がまだ甘いからだろうか。

そしてすぐに思い出した。小学生の時、鈴とした特別な約束を。

当時はまったく能天気だったため、言葉通りにしか受け止めなかったが、今となってはそれがどういう意味なのかは大体分かる。

だが・・・・・・

 

その約束に応じることは絶対にない。

 

 今の一夏は『そんなこと』をしている暇は無い。そんなものに時間をかけるのなら、すぐにでも北辰達を殺しに行きたい。そして・・・・・・

 

文字通りに一夏はその約束をかなえることが出来ない。

 

 それをするために必要なものを、一夏は失ってしまったから。

だからこそ、一夏は鈴にこう言うしかなかった。こう言うことしか出来なかった。こう言うこと以外なかった。

 

「・・・俺はそんな約束など知らない・・・・・・」

 

 そう言われた途端に鈴の顔が曇る。だが、持ち前の負けん気で何とかこらえて逆ギレする。

 

「最低!! 女の子との約束を忘れるなんて~! だ、だったら、思い出させてやるわよ! 思い出せなかったとしても、また約束してもらうわよ! 私が今度のクラス代表戦で勝ったら聞いてもらうからね~!!」

 

 そう言い捨て鈴は自分のクラスへと走りながら戻って行った。

皆がそのことに唖然とする中、一夏は気にせずに教室から出て行った。

簪はと言うと、驚いていたが、それよりも一夏に話しかけられたことに素直に喜んでいた。

箒はと言うと、いたたまれない視線で鈴が去っていたところを見ていた。

 

 

 教室から出た一夏は屋上で固形食料を囓りながら情報を漁っていた。

その時にネルガルからとある情報が来た。

 

「これは・・・・・・」

 

 そこには、クリムゾングループが開発したあるISの情報が載っていた。

そのISは情報の通りなら、世界初の無人ISの情報であった。

 

 

 

 



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第十六話 クラス代表戦

 暗い通路を複数の人間が通る音がする。

集団で歩いていたのは笠を被ったおかしな七人であった。

先頭を歩く男はリーダー格らしく、皆付き従っている感じである。

男は左右で大きさの違う目を愉快そうに笑いながら先頭を歩いていた。

 

「良かったのでしょうか、貴重な試作機をあんな所に行かせて」

 

一人に部下がそう男に聞いてくる。その声には懐疑の念が含まれていた。

男達は今、その組織で作っていた試作機の一つを勝手に持ち出し、とあるところへと差し向けたのだ。

 

「問題はない。上にはテストだと言ってある。何、壊れたところでデータが取れるのなら彼奴等も喜ぶであろうよ」

 

 そう男は部下に言いながらさらに前を歩く。

 

「く、く、く、・・・・・・我から入学祝いだ。楽しむといい、『復讐人』よ」

 

 そう愉快そうに言いながら、男達は通路を歩いて行った。

 

 

 時間は流れ、あっという間にクラス代表戦当日になった。

鈴は試合までの日を練習に費やしていた。一夏との約束を一方的とはいえ取り付けた(本人はそう思っている)のだ。今度のクラス代表戦は絶対に勝つ! と鈴は意気込んでいた。

 そう鈴が意気込んでいる間、一夏はやはりと言うべきか、いつもと同じ感じに生活していた。

情報を集め、世界中から北辰達の居所を探る。それが一夏の日常であり、どのような学校行事があろうとも、ここは変わらなかった。

 一夏は現在、観客席に座っていた。

実のところサボりたかったが、これも学校行事故にサボれない。そこまで真面目である理由もないが、別に情報を集めるのは何処でも出来ると割り切り、仕方なく参加した。

別にCCを使いボソンジャンプで逃げても良かったが、そんな事のために使いたくは無かった。

 なので一夏は観客席に座りつつ、情報を集めていた。

一夏の周りには誰も居ない。噂にもある『怖い』人物の前には誰も座りたがらない。

まぁ、そんなことを気にする一夏ではないが。何処であろうと平常運転であった。

 そして開会式の宣言の後にさっそく試合が始まっていく。

各クラスの代表がぶつかり合い、己の力量を試していた。

その中には簪も入っており、簪はかなり頑張って二年生の専用機持ちから勝利をもぎ取っていた。

 そして今度は一夏が所属している一組と、鈴がいる二組との対戦になった。

一組からはセシリアが、二組からは鈴が出ており、アリーナでにらみ合っていた。

そして試合開始のブザーが鳴ると同時に二人は動き出した。

鈴は青竜刀のような武器を展開すると、さっそくセシリアに斬りかかっていき、セシリアは最初からブルーティアーズを展開して鈴を迎え撃つ。

代表候補生の名にふさわしい戦いっぷりにアリーナが沸いたが、一夏はまったく気にも留めずに情報を漁っていた。

 確かに今試合をしている二人の力量は代表候補生として胸を張れるものだ。

だが、一夏が興味を向けるような物ではない。一夏からすれば、それでも『お遊び』なのだ。

二人には絶対に分からない、『絶対防御が作動しても尚、貫通し己を殺す威力の攻撃』。これを受けたことのある一夏にとって、そういった攻撃がない試合など、お遊びにしか映らない。

機体機動とて、北辰達と比べれば幼稚で甘い。その程度の機動では、実戦では耐えられない。

故に一夏は試合に目を向けることをしない。まったく必要がないからだ。

 そして二人の試合も佳境に入って来たところで、事態は急変した。

突如アリーナの上空で重力子反応をレーダーが捕らえたのだ。

無論一夏のエステバリスも察知している。そしてその瞬間・・・・・・

 

アリーナのシールドバリアが破壊された。

 

 見えない激流のようなものによって、バリアは破壊されたのだ。一夏はこの攻撃に見覚えがあった。

 

 グラビティブラスト。

 

ネルガルで研究している重力波砲だ。莫大なエネルギーをPICに投入し、強力な重力波を収束させて放射する兵器だ。まだ研究中の代物で、ネルガルでは完成していない。(ISサイズでは)

そんな物を撃てるところなど、ネルガルを除けば一つしかない。

 そしてアリーナを破壊した存在は降下してきた。

 

「「なっ!?」」

 

 急な事態に驚くセシリアと鈴。

警戒態勢と避難勧告のブザーが鳴り響き、アリーナにいた観客は急いで避難していく。

千冬達はこの事態にすぐさま対応しようとするが、アリーナの隔壁等にハッキングがかけられロックされてしまい、動き辛くなっていた。

 一夏はその襲撃者を見た途端・・・・・・

 

 『笑った』

 

 そう、一夏はこの学園に来て初めて笑ったのだ。

ただし・・・・・・それは明らかに邪悪な笑みだった。一般人が見たら一瞬にして逃げ出す、そういう類いの笑み。殺意と狂気に満ちた喜悦。捜し物が見つかった子供のようで、長年探していた敵を見つけたような、そんな顔。

十代の人間がして良い顔では絶対になかった。

しかし、それでも・・・・・・一夏は笑っていた。

 

「・・・・・・舐めた真似をしてくれる・・・・・・」

 

 そう淡々と言いながらも、その顔は笑っていた。

 

 

 

 鈴とセシリアは襲撃者を見て驚いていた。

 

「何よ、あれ?」

「IS・・・なのでしょうか?」

 

 そう疑問を二人に持たせる理由。

それは、襲撃者があまりにもおかしかったからだ。

全身を覆う装甲。顔のところも覆ってあり表情が分からない。体もがっちりとしていて、胸部の装甲は特に分厚い。そして腕が体に比べて長かった。背中にはウィングのような物が付いてる。

そして一番に二人が疑問に思ったのは、その色と機体形状だ。

足と腕が赤く、ボディが青い。まるで、子供が好きそうなロボットアニメに出てきそうなカラーリングと形をしていた。まるで現代の兵器を無理矢理子供の好きそうなロボットに変えた感じである。

 鈴とセシリアはいきなり来た襲撃者に通信で話しかけるが、相手からは何も返ってこない。

そして襲撃者は鈴達の方を振り向くと・・・・・・

 

 大出力のレーザーを撃ってきた!

 

 咄嗟のことに鈴とセシリアは回避する。

避けた先にあったアリーナの壁にレーザーが当たると、一気に爆発して壁が溶融した。

それを見て顔を青褪める二人。

すぐにでも退避したくなるが、この場で退避すれば他の生徒にも危険が迫ってしまう。そのため、二人は逃げることが出来ない。どちらにしろ、先程教員からの通信でアリーナがロックされてしまっているため逃げられないことは知っている。

この場で鈴とセシリアが出来ることは、教員がロックを解除して救援に来るまで襲撃者を足止めすることである。

 

「行くわよ!」

「はい!」

 

 二人はそう言って襲撃者に攻撃をし始めた。

鈴は自分のISに積まれている第三世代IS用の兵装、『龍砲』を敵に向かって発射する。

これは衝撃砲と呼ばれる物であり、衝撃を弾にして発射する兵器だ。鈴のISである『甲龍』の専用武装である。

セシリアもブルーティアーズを展開して襲撃者に攻撃を加えた。

二機のISのこの射撃攻撃。通常の兵器やISなら、何も出来ずに破壊されるだろう。

 だが・・・・・・

 

「「えっ!?」」

 

 鈴とセシリアの驚きの声が重なった。

理由は・・・・・・撃った攻撃が一切敵に当たらなかったからだ。

回避された訳ではない。まるで・・・見えない壁によって逸らされたように攻撃が敵を避けていったのだ。

衝撃砲は目に見えないので分からないが、セシリアのレーザーが曲がっていくのを見て、そう結論付けた。よく見ると、敵を覆うように、薄い黒い色をした膜のようなものが展開されていた。

ISから敵機の周りに空間の歪みが検出されていた。

 

「一体何なのよ!?」

「一体何なんですの、あなた!?」

 

 そう叫ぶも、敵は何も答えずに鈴達に襲いかかった。

 

 

 一夏はすぐにでもアリーナに行きたかったが、人混みに流されてしまい避難用の通路に押し流されてしまった。

 できる限りボソンジャンプは見られたくない。そのため、アリーナに向かうためには三年生や専用機持ちが開けようとしているロックされた扉を開ける必要があった。

人混みをかき分け、その扉の一つにたどり着いたら、そこには三年生と簪の姿があった。

どうやらハッキングを仕掛けているようだが、全然進んでいないよういだ。

 

「どうしてっ!?」

 

 簪が悲痛そうな声を上げる。

一夏はそれを見た後に簪に話しかけた。

 

「・・・・・・退け・・・・・・」

「え・・・お、織斑君!?」

 

 一夏の姿を見て驚く簪。

一夏はそんな簪を気にせずにブラックサレナを展開。そして悪魔の尾を連想させるテールバインダーをプラグの接続口へと伸ばす。

するとテールバインダーの先がさらに割れ、そこからコードが伸び扉に接続される。

 

「・・・・・・やれ、『オモイカネ』」

『了解』

 

 一夏がそう言った途端に、一夏の視界に文字が出現した。

ブラックサレナのサポートAI、『オモイカネ』である。ブラックサレナの戦闘補助や電子戦を主にこなしている存在だ。その性能は世界トップクラスといっても過言ではない。

一夏が接続した扉は、物の五秒でロックが解除された。

そのことに驚愕する周りの人達。簪は驚きのあまりポカンとしていた。

 一夏はロックを解除した扉を開けると、浮遊してアリーナに飛ぼうとする。

 

「ど、どこ行くの、織斑君!? あ、危ないよ」

 

 簪は一夏が行こうとしたのを止める。

しかし、一夏は止まろうとしない。

 

「・・・・・・ここから先は危ない・・・・・・お前は避難しろ・・・・・・」

 

 一夏はそう簪に言うと、一気に足のスラスターを点火してアリーナへと通路を飛んでいった。

 

「織斑君・・・・・・」

 

 簪はその場で一夏を見送ることしか出来なかった。

 

 

 

 

 



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第十七話 復讐する一夏の喜悦

今回も圧倒的にいきました。
もっと感想、お願いします!


「きゃぁああああああああああああああああああああああ!!」

 

 鈴は巨大な腕によって思いっきり吹っ飛ばされ壁に叩き付けられた。

襲撃者はその後追撃と言わんばかりに腕を鈴の方に向けると・・・

 

 その巨大な腕そのものを飛ばしてきた。よく子供が好きそうなロボットが出す技の『ロケットパンチ』そのものである。それが勢い良く鈴に向かって飛んで行く。

 

「えぇっ!? そんなのってありなの!!」

 

 鈴は崩れた壁から何とか起き上がると、目の前にまで迫っている腕を急いで回避する。

腕はそのまま崩れた壁に激突し、壁を粉砕した。

それを見て、鈴の顔がさらに恐怖で強ばる。

 

「あんなもの受けたらぺしゃんこじゃないの!!」

 

 そう襲撃者に文句を言うように叫ぶ。

当然ながら襲撃者は何も答えない。何の感情も感じさせない。それなのに此方が死んでもおかしくいない威力の攻撃をし続ける。そのことに鈴は内心恐怖で震えていた。

今戦っているのは人を殺すことに何のためらいもない人間なのだと。

代表候補生として訓練を積んできた鈴だが、人を殺すような訓練は一切していない。それが初めて行う殺し合い。

初めて感じた死の恐怖。それが鈴を震え上がらせていた。

 それはセシリアも同じことであった。

どんなに攻撃しても、例の黒いバリアによってねじ曲げられてしまう。

仮に当たっても、分厚い装甲によって防がれてしまう。

その上で敵は一切の損傷無く此方に攻撃をしてくる。大出力のレーザーやミサイル、例のロケットパンチが此方に容赦なく襲いかかり、セシリアや鈴は避けきれずにダメージを受けてしまう。

そのたびに此方のISは破壊されていく。既に損傷はランクCを超えており中破を過ぎている。

後少しで大破状態に到達するだろう。装甲の殆どがひしゃげ、砕け、ひび割れ体を成さない。

スラスターは壊れかけており、さっきから出力が安定しない。

そして・・・・・・さっきから絶対防御でも抑えきれなかった威力が貫通し始め、セシリアの頭から血が流れ始めていた。それが視界に入り、セシリアは鈴と同様に死を感じた。

 既に鈴もセシリアもボロボロだった。

今はもう攻撃を避けるので精一杯であり、反撃に転じる余裕もなかった。

しかし、相手は容赦しない。

そして・・・・・・・・・

ついに鈴とセシリアは直撃を受けてしまった。

 

「「きゃああああああああああああああああああああああああああああああ!?」」

 

 ロケットパンチを受けて、二人は地面に叩き付けられた。

その場に大きなクレーターが二つ出来上がる。あまりの衝撃に鈴とセシリアは意識を持っていかれそうになった。

既に二人の生命維持機構は危険域に突入しており、警告音が鳴り響いていた。

あまりのダメージに二人は動けない。そして襲撃者は動けない二人に対して、無慈悲に胸部を向ける。そして襲撃者の胸の辺りの空間が歪み始めた。

それが何なのか、それが分からない二人でもそれが自分達を殺す攻撃であることは充分にわかった。

そして既に逃げ切れないことも・・・・・・

 

「「っ!?・・・・・・」」

 

 二人が息を呑み目を瞑った瞬間、それは放たれた。とてつもない轟音がアリーナに轟いた。

 

 

 

 

「「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・?」」

 

 いつまで経っても何も起こらない。

その事に二人は疑問に思って目を開けると、そこには・・・・・・

 

 漆黒のISである、ブラックサレナが立っていた。

 

 鈴とセシリアの周り以外はすべて地面が深く抉れている。

ブラックサレナが立っている所以外はすべて吹き飛ばされていた。その吹き飛び具合からどれだけの威力だったのかが窺える。

そんな中、鈴とセシリアを庇うように前に立っているブラックサレナは何も損傷はしていない。よく見ると敵と同じ薄い黒色をしたバリアに覆われていた。

その光景に唖然としている二人に、一夏は話しかけた。

 

「さっさと退け・・・・・・こいつは俺の敵だ。邪魔するのなら・・・・・・容赦なく殺す」

 

 淡々と言っているはずなのに、その声からは溢れんばかりの殺気と狂喜が感じられた。

それを聞いて鈴とセシリアは呼吸が出来なくなる。あまりの殺意に体が竦んでしまった。助けて貰ったはずなのに感謝出来ない。ただ・・・・・・今すぐに逃げ出したかった。

その感情に鈴とセシリアは支配され、何も言えなくなってしまった。

取りあえず危険と判断し、二人で危険が及ばないよう退避した。

 

 

 

 一夏は襲撃者がグラビティブラストを撃とうとした瞬間に二人の前に立った。

ディストーションフィールドを展開し、二人にグラビティブラストが当たらないよう敵に相対する。すぐにでも戦いたかったが、一応知り合いに死なれるのも後味が悪い。甘いと分かっているが、それでも二人を助けた。その心に内心苛立ちながらも二人に避難するよう言うと、襲撃者に目を向ける。

それを見た瞬間にその狂喜の笑みはさらに深まる。

 

 ダイテツジン。

 

 それがこの『無人IS』の名称だ。

少し前にネルガルから送られた情報にあった、クリムゾングループが開発したISだ。

無人であるが故に無茶が効き、それ故に通常のISでは考えられないほどの高火力、重装甲を成している。

 そしてこれが一夏の前に来るということは・・・・・・・・・

北辰達が此方の居所を掴んでいるということに他ならない。

つまり・・・・・・このダイテツジンは北辰の差し金である。

それが分かる故に、一夏の顔は更に深い笑みに包まれる。そこにあるのはもう千冬や箒、鈴が知っている『織斑 一夏』ではない。

 『復讐人』である織斑 一夏がそこにはいた。

十代の人間が出来る顔ではなかった。何をどうしたらこんな顔になるのか、きっとこの学園にいる人間では絶対に分からないだろう。

 

 

「・・・・・・・・・行くぞ・・・・・・」

 

 言うと同時に一夏は敵に向かって突撃を仕掛ける。

ダイテツジンはそれに反応して頭からレーザーを連射してくるが、ブラックサレナは止まらない。

襲いかかって来たレーザーはすべてブラックサレナのディストーションフィールドによって逸らされる。

そのまま一夏はダイテツジンに激突!!

更に肩部や腰部などの各部姿勢制御用ノズルも解放し、ダイテツジンを壁にまで押しやる。

ブラックサレナによって壁にまで押し込まれるダイテツジン。そのまま壁に叩き付けられ、壁にめり込む。一夏はさらに出力を上げて強引に押しやった。

ダイテツジンがどんどんと壁にめり込んでいく。そのままめり込んでいくと、装甲に罅が入っていく。そして背中の一部が破壊された。

それによってダイテツジンのディストーションフィールドが消えた。

事前に得ていた情報で、背中の方にディストーションフィールド発生装置があることを得ていた。

それ故に、力押しで破壊したのだ。ブラックサレナのディストーションフィールドのテストでもあった。

これによって敵はディストーションフィールドを展開することはもう出来ない。

ダイテツジンはブラックサレナを引きはがそうと、胸の大出力レーザーを発射した。

それを察してブラックサレナは咄嗟に離れる。その回避行動は神速で、最早人の域を超えている。

そのまま上空に踊り出ると、ハンドカノンを展開。ダイテツジンに向かって連射する。

その攻撃を受け防御の構えを取るダイテツジン。その装甲からは被弾による火花が散っていた。

そのままブラックサレナはさらに胸のレーザーバルカンも連射。弾幕を張りながら突進して体当たりをダイテツジンに嚙ます。

凄まじい激突音と共にダイテツジンが吹っ飛ばされる。

吹っ飛ばされた先を予想して一夏はその位置にハンドカノンの雨を降らせる。

その被弾によって更に装甲を削られるダイテツジン。そのままロケットパンチを此方に放つが、一夏は弾かずに突進。体当たりを持ってロケットパンチを迎え撃つ。

激突するブラックサレナとロケットパンチ。

激突音が轟くと、ロケットパンチはダイテツジンの後方に吹き飛び地面に突き刺さった。そのまま爆発する。

一夏はそのままさらにダイテツジンに向かって突撃していく。

その戦いは最早、一方的な蹂躙であった。

 あまりの圧倒的な蹂躙に、アリーナを見ていた者達は息を呑んだ。

代表候補生二人を相手に圧倒的だった襲撃者。それが一夏のブラックサレナによって一方的に蹂躙されているのだ。その戦いは高レベル。国家代表でさえ出来るか分からないレベルになっていた。

 見る間にダイテツジンはボロボロになっていく。

両腕は無くなり装甲は砕け散り、顔は潰れかけていた。

それでも戦闘を止めないダイテツジン。ブラックサレナはそんなボロボロな相手でも容赦なく攻撃を加えていく。

 そして、敵は最後を悟ったのか胸にエネルギーを集め始めた。

胸の前の空間が歪んでいく。つまりグラビティブラストを撃つ。

一夏はそれを察し、ブラックサレナを突撃させた。

ディストーションフィールドを最大出力で展開。肩部や腰部などの各部姿勢制御用ノズルも推力に回す。

 まさに黒い砲弾と化したブラックサレナがダイテツジンに向かって飛んで行く。

そしてダイテツジンはグラビティブラストを発射。

ブラックサレナはそれに飛び込み、突き進む。

アリーナには轟音が轟き、空気が震えた。

そして・・・・・・グラビティブラストを撃ち終えたダイテツジンの前に・・・・・・

 

ブラックサレナは突進してきた。

 

 体当たりを受けて後方に吹っ飛ぶダイテツジン。

ブラックサレナは更に押し込み無事な壁にダイテツジンを叩き付けると、ハンドカノンを収納。

代わりに大型のレールガンを展開。

叩き付けられたダイテツジンの胸にその大口径の銃口を突き付ける。

 

「・・・・・・終わりだ・・・・・・俺をあまり舐めるな、北辰」

 

 そう言い切ると同時に引き金を引いた。

発射された弾丸によってダイテツジンの胸部を貫通、あまりの威力に全体が崩壊した。

そのまま崩れるダイテツジンを尻目に、一夏はブラックサレナを使って去って行った。

 その場には、もう崩れ去ったISの残骸だけが残った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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第十八話 幼馴染みに決別を その2

今回も暗く、それでいて一夏の心理描写も少しは入れてみました。
感想、じゃんじゃん書いてくれると嬉しいです。


 一夏は襲撃者を完膚なきまでに破壊し尽くした後、そのままどこかに行ってしまった。

千冬や真耶は本来ならば一夏を呼び止め、色々と話を聞かなければならないはずだった。しかし、それが出来ない。目の前で行われた蹂躙劇に二人とも言葉を失ってしまった。

代表候補生二人でも勝てなかった敵に対して、たった一機で、しかも圧倒的な能力を持って蹂躙し尽くし破壊した。最早異常と言わずにはいられない。

 そして、この襲撃者を見て二人は別の意味でも驚愕していた。

ISは人が乗って初めて動く物。その認識がこれまでの常識であった。だが、一夏が破壊し尽くした襲撃者のISからは人が出てこなかったのだ。操縦者が居るはずの所には肉片一つ無く、機械が詰まっていた。そして破壊し尽くした残骸からは血の一滴も流れていない。

 つまりは人が乗っていない、無人機であるということ。

無人ISの研究は各国でされてはいるが、まだ実戦に出せるような代物など何処も開発出来てはいない。

千冬はそれを開発出来る人物に覚えがあったが、今回襲撃してきたISは彼女の知る人物が開発した物ではないだろう。何故なら、彼女の知る人物の趣味では無かったから。あそこまで無骨なデザインは彼女の知る人物の趣味では無い。ということは、今回襲撃に来たISは千冬の知る人物が開発した物ではない。

 では何処の組織が開発した物なのか? それはこの二人では皆目検討もつかないことであった。

 

 

 

 現在は破壊された残骸を回収し解析に回しているが、まったく判明しない。

学園の設備は最新の物だが、原型もとどめない程に破壊された物を解析するには足りなかった。

それでも調べられることは調べるべきと解析してみるが、なかなかに進まない。

特に無人機として重要なAIなどの部分は破壊された場合、自動で電子的、物理的に破壊されるように仕組まれていたらしく、解析不能になっていた。また、ISコアに限っては、一夏の大型レールガンによって半壊状態。辛うじて登録されていないコアだということがわかったくらいである。しかも、そのコア自体は現存するISのコアとは少し違う物らしく、解析出来る範囲でも構造が違っていた。そのことにも二人は頭を抱えていた。

 

「それにしても・・・・・・何だったんでしょうね、この無人機?」

「ああ、まったくだ。此方への襲撃ということはIS学園が狙いだったのか・・・・・・それにしてはおざなりだったが。何が狙いなのか全くわからん」

 

 真耶の疑問に千冬はそう答えることしか出来ない。

今回の敵、つまりこの無人ISを送り込んできた組織の狙いがイマイチ分からないのだ。

普通に考えれば無人機の性能テストといった所なのだろうが、それにしてはいい加減なのだ。この無人機に搭載されていたコアは現存するISのコアとはまったく違う。もしかしたら男でも動かせるISを作れるのかもしれない。世紀の大発明と言っても良いかも知れない。ならば普通は表で発表し、正式な手続きでISと戦わせた方が良い。その方が、勝ったときにそのコアの有用性をより広めることが出来るのだから。そうでない目的とすると、IS学園に襲撃すること自体が目的という場合もあるが、それにしては戦力が少なすぎる。この無人機は確かに強力だったが、IS学園に攻め込むには数が足りない。千冬が本気を出せば倒せるかもしれない。そうでなくともIS学園の教師がISを装着して戦えば、もっと簡単に勝てたかもしれない。つまりIS学園に攻め込むことが目的では無い。そして、無人機が乱入してきた際にハッキングをかけられたこと。これによってさらに狙いが分からなくなる。まだアリーナだけをハッキングして人が出れないようにし、他の所に攻め込むというのなら分かる。だが、無人機はアリーナ全体、しかも自分が入って来たところのシールドバリア発生装置にもハッキングを仕掛け、自分も出れないようにアリーナを閉めたのだ。つまり、他の所を攻め込むつもりではない、ということになる。

 以上のことから、敵の狙いがまったく分からない。

そのことが千冬を更に焦らせていた。

そんな千冬を見かねてか、真耶は話題を少し変えることにした。

 

「そう言えば、織斑君は凄かったですね。あの無人機をああも一方的に倒すんですから」

「ああ・・・・・・あれには驚かされた。一体どうなればあんな戦い方が出来るのやら」

 

 一夏の戦いぶりは最早熟練したIS操縦者を超えている。

自身の機体の特性を理解し尽くし、射撃も上手い。そして何より、ためらいが一切無い。

相手が誰であろうと、一夏は攻撃に躊躇しない。それがIS操縦者にある特有の『絶対防御による安心感』などではない。誰であろうと『殺す』気で攻撃しているのだ。

そうでなければあんな戦闘は行えないだろう。千冬でさえ人を殺せと言われたらとどまるだろう。

だが、一夏は止まらずに躊躇無く殺す。それが如実に出ていた。

 それ故に、千冬は内心で恐怖に震えた。

改めて実感させられたのだ。一夏が如何に復讐に燃えていることを・・・・・・。

 

「一夏・・・何故そんなに変わってしまったんだ・・・・・・」

 

 千冬はそう呟かずにはいられなかった。

 

 

 

 所変わってここは保健室。

ベットでは二人の女性が眠っていた。

鈴とセシリアである。二人は一夏がアリーナで無人機を倒し去った後に教員によって救助され、現在は保健室で寝かされていた。セシリアの方は疲労が酷かったのと睡眠薬の効果もあって深い眠りに就いていた。鈴は何だか薬を飲める気分ではなかったため、薬を飲んでいない。そのため目が冴えていた。眠る気にもなれず、鈴はただ天井を眺めるばかりであった。

 そんな二人がいる保健室の扉がいきなり開いた。

誰かは分からないが、取りあえず鈴は目を向ける。そして固まった。

鈴の向けた視線の先には、彼女の想い人たる織斑 一夏がいたからだ。

一夏は何も言わずに鈴の方まで歩いて行った。

いつもなら声をかける鈴だったが、先程の容赦無い戦いぶりを見て本能が恐怖し、声を出せなかった。もしセシリアが起きていたらパニックを起こしていたかもしれない。

 一夏がここに来た理由。

それは、鈴との絆を断つためだ。箒よりも別れたのがここ最近の鈴は、一夏に何があったのかを箒以上に聞き出そうとする。やはり自分を知っている人間というのは嫌でも関わろうとするのだ。

それが鬱陶しい。邪魔で仕方ない。

普通だったら嬉しくなる甘い言葉をかけてくるのだ。

それは心を犯す猛毒となる。復讐を止めて今すぐ千冬や箒、鈴達と過ごしたい。それはとても楽しくて、幸せなのだろう。

そんな甘い誘惑に駆られるのだ。そんなこと・・・・・・

 

許せる訳がない!!

 

そんな誘惑に捕らわれそうになる自分が許せない。

そんな甘さがまだある自分の心が許せない。

決めたのだ! 復讐すると・・・北辰達を殺すと!! 

 

(よく考えて見ろ! こんな身体で普通の生活を送れるわけがない。生きることですら辛うじて、人として生体機能が働いているのが奇跡的なこの身体。そんな身体で千冬姉や箒や鈴達に助けられながら、迷惑をかけながら生きていく? 出来る訳がない。俺の身体は生きているのが奇跡であり、いつ死ぬか分からないほどボロボロだ。そんな人間が普通の生活を送れることは絶対にない。何より・・・・・・俺の身体をこんな風にした彼奴等が生きているのを俺は許せるのか・・・・・・絶対に許せるわけがない。俺がこうなった原因である彼奴等が生きている限り、俺が彼奴等への復讐心を抑えられるわけがない! 彼奴等の命でもって贖って初めて、俺は俺としての自分を取り戻せて死ねる。それをするためには・・・どんなものでも邪魔になるのなら、排除するしかない)

 

 一夏はそう考え、この保健室に来た。

鈴との絆を断つために、たとえ鈴が傷付こうとも、復讐のために。

 

「ど、どうしたのよ、一夏」

 

 鈴は目の前に立ち、何も言わない一夏に向かってそう声をかける。その声は消えかけていた。

一夏はその声を受けてやっと動くと、手に持っていたドリンクを渡した。

 

「な、何!? お見舞いってわけ!」

 

 一切一夏に構ってもらえなかった鈴はここに来て一夏から差し出されたドリンクを見て驚く。

まさかあの一夏が自分にお見舞いをするとは思えなかったのだ。昔ならともかく、今の一夏がするとは、誰も思えないだろう。

しかし・・・・・・鈴の顔はドリンクのパッケージを見た瞬間に喜びから一瞬にして嫌そうな顔に変わった。

 

「何でよりによってこれなのよ!」

 

 鈴が凄く不満な声を上げて一夏にドリンクを突き付ける。

鈴が嫌な顔を浮かべる理由。それは一夏が持ってきたドリンクが、この学園で販売されているどのドリンクよりも不味いのが原因だ。あまりの不味さに失神する生徒も多いらしく、何故こんなものを販売しているのか、IS学園に伝わる謎の一つである。また、何故企業はこんな物を作り販売しているのか、鈴も含む多くの生徒が疑問で仕方ない。それぐらい不味い代物で、鈴から言わせて貰えば、『人の飲み物ではない』レベルの劇物だ。ちなみに鈴は転校して二日目にこれを口にしており、その際に気絶した。鈴はもしこれを好んで飲むような奴がいたら、そいつは人間ではないと思っている。

 それぐらい不味い代物を渡してきたのだ。お見舞いというには酷すぎる。寧ろいじめにしか取れない。

 怒る鈴を無視して、一夏は鈴に話しかけた。

 

「・・・・・・昔した約束・・・・・・忘れたわけではない」

「えっ・・・」

 

 いきなりされた昔の約束の話に鈴は急な事だったため、そんな声を上げてしまう。

そしてその言葉を理解した瞬間、心が喜びを感じ笑顔になった。

 

「そ、そうなんだ。一夏ったら酷いじゃない、忘れたなんて言ってさ」

 

 上機嫌になりながらそう嬉しそうに言う鈴。

だが、一夏はまったくの無表情のままだった。

 

「そ、それで・・・・・・へ、返事なんだけどさ」

 

 鈴が何かを期待しながらもじもじとしつつ聞く。

それがどうしてそうなるのか、一夏は理解はしていた。故にこう答える。

 

「約束には応えられない」

「えっ・・・・・・」

 

 淡々と何の感情も込められていない答え。でもそこに確かにある拒絶の意思に、鈴は固まってしまった。しかし、一夏は続けていく。

 

「応えられないのではなく、応えることが俺には一生不可能だ」

「そ、そんな・・・・・・」

 

 一夏の拒絶を聞いて目から涙がこぼれそうになる鈴。

しかし、このまま行くとさらにしつこく理由を聞かれると予想し、一夏はさっさと白状した。

 

「・・・・・・今の俺には味覚がない」

「え?」

 

 一夏が言ったことに、鈴の理解が追いついていない。

一夏はそれを理解させるために、もう一本買ったドリンクを鈴の目の前で開け、飲み始めた。

鈴はその光景に驚く。そして急いで止めようとした。

代表候補生である鈴でさえ気絶するような代物なのだ。そんな物が飲めるわけがない。

だが、一夏は何も言わずにそれを飲み干した。まるで水でも飲んでいるかのように、何の嫌悪感も出さずにそれを鈴の前で飲み干したのだ。

飲み干した後、一夏はまた鈴に向き合う。そして、もはやトレードマークになりつつあるバイザーを外して言う。これを外した時、一夏は昔の『織斑 一夏』に戻る。そのためのスイッチのようなものでもあり、外した途端にすべてを感じなくなる。だが、それでも心に決めて言うのだ。

 

「この通り、今の俺は一切味を感じない。だから、お前の酢豚を食べても、それが美味いか不味いかなんて一生わからないんだ。だからすまん、お前の約束には一生応えることが出来ない」

 

 そう言い終えた一夏の顔は笑顔だった。

だが、鈴にはその笑顔があまりにも悲しそうに見えた。

その悲しみがあまりにも深い、深すぎることを鈴は理解してしまった。

一夏はエステバリスの力を借りてバイザーを付け直すと、そのまま無言で部屋を出て行った。

鈴はその後ろ姿を黙って見ることしか出来なかった。

 

 

 

 一夏は保健室を出ると、そのまま屋上へと向かった。

よくある黄昏れたい気分に襲われたためである。そうで無くとも、アカツキに報告する必要もあったため、人目が少ない場所に行くというのも理由であった。

そのままアカツキに通信を入れ今日の無人機の話を報告すると、アカツキはいつもと変わらない笑顔で楽しそうに聞いていた。そして報告が終わり次第に一夏は通信を切った。

長く通信をしていると、傍受される危険性がある・・・・・・という建前で切ったが、実のところ学園生活でからかわれたりするのが聞くに堪えないからだ。そんなくだらないことを聞く必要はない。

 そのまま一夏は夕日を眺めていた。

すると、急に扉が開く音がした。

瞬時に警戒して振り向くと、そこには息を切らせた簪がいた。

 

「こ、ここにいたんだ・・・織斑君・・・」

 

 簪はそう言うと、一夏に近づいていく。

一夏は念のために警戒しつつも、簪を待った。

 

「・・・・・・何の用だ・・・・・・」

 

いつも通りの淡々とした口調。

周りはそれを聞く度に怖がるというのに、簪はオドオドしつつも恐がりはしなかった。

 

「あ、あの、その・・・・・・今日も、助けてくれて、ありがとう!」

 

 そう必死な感じに頭を下げてお礼を言う簪。

 

「・・・・・・俺は何もしていない・・・」

「そ、それでも・・・ありがとう」

「お前のためではない」

「それでも、だよ。織斑君の御蔭で・・・助かったから。だから、お礼」

 

 一夏の何の感情も感じさせないその言葉に、簪はそれでも感謝を述べる。

一夏はそのまま簪を無視して屋上から出ようとしたが・・・・・・

無意識に言葉を発した。

 

「・・・・・・好きにしろ・・・・・・」

 

 一夏は簪にそう告げると、そのまま扉へ向かい屋上から出て行った。

一夏にそう告げられた簪は・・・・・・

 

「っ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・!?」

 

 夕日の所為かは判断が付かないが、確かに顔が真っ赤になっていた。



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第十九話 転校生

感想がもっと来てくれたら嬉しいです。


鈴に決別を告げてから二日が経った夜。

一夏は寮の屋上に来ていた。当然こんな時間に入って良いところではないが、そんなことを気にする一夏ではなかった。

 何故そんな遅い時間に一夏がそんな所にいるのか?

それはつい今し方、通信が入ったからだ。一夏が報告することはあっても、一夏の方に通信が来ることは珍しい。それが重要な話だと判断し、一夏は誰にも聞かれないようにするためにこんなところにきたのだ。

 通信に出るとやはりと言うべきか、にやついた顔のアカツキがウィンドウに出ていた。

 

「やあやあ、こんばんわ。今日も元気そうで何よりだ」

「・・・・・・それで・・・用件は・・・・・・」

 

 一夏はアカツキの戯れを聞く気は無いので、そう流す。

 

「そうせかせかしなさんな」

「・・・くだらないことを聞く気はない」

「まぁまぁ、結構面白い話だから」

 

 そう面白そうにアカツキは言うと、さっそく話始め、一夏は無言でその話を聞いた。

 

「うん、実はねぇ~、明日君のいるクラスに転校生が二人来るんだ。しかも一人は『男子』と来たものだ、実に面白くないかい」

「・・・・・・それで・・・」

 

 一夏は話を促す。確かにそれは気になる情報であった。

 

「その男子は、かの有名な『デュノア社』の社長の一人息子だってさ。名前はシャルル・デュノア、貴公子みたいに格好いい少年だ。実に面白い話だろう、そんな大企業の息子が世界で『初の正当な男性操縦者』というのは・・・・・・明らかに出来すぎだ」

「・・・・・・・・・調べは・・・」

「当然調べたよ、表も『裏』もね」

 

 そう言って黒い笑顔でニヤリと笑うアカツキ。

その顔がどういう結果だったのかをはっきりと告げている。

 

「表では御曹司ってことで取り上げられているけど、実の所そんな名前の人物はいないよ。デュノア社の裏側まで思いっきり調べてみたけど、シャルル・デュノアなんて人物は社長の表の血縁の中には一人もいなかった。だけどね~、実は愛人の子に似たような名前の『女の子』がいたんだなぁ、これが。はい、これがその子の写真とデータ」

 

 アカツキがそう言うと、此方に写真と情報が送られてきた。

写真に写っている女の子はシャルル・デュノアとそっくりで、名前は『シャルロット・デュノア』

デュノア社社長の愛人の子供で、表には出ていない。二年くらい前に母を亡くし、父である社長のところに今は引き取られているらしい。

 

「どう? そっくりでしょ。しかもこの子、男装もとても似合いそうだ」

「・・・・・・本人だろう・・・確実に・・・」

「ああ、まったくその通りだ。デュノア社は何を血迷ったか、この子を男と偽って学園に来させた。まったくもってアホだよねぇ~、そんなボロがすぐに出るような作戦を実行するんだから。それで、こんな馬鹿丸出しなことをしでかしてまでしたいことって何だと思う?」

 

 アカツキは一夏にそう問いかける。その声は明らかに愉快そうな感じであった。

無論、一夏もそう聞かれてすぐに答えられるくらい、この狙いは明らかだった。

 

「・・・・・・此方の情報が狙いだろう。向こうは偽証、此方は一応『本物』だ」

「そう、その通りだ。向こうの狙いは一夏君ってわけだ。君もモテモテだねぇ、羨ましい」

「・・・・・・どうでもいい・・・・・・」

「まぁ、君がそんな反応しかしないのはわかりきっていたけどね。それで、どう思う?」

「・・・・・・無視しておけ・・・・・・」

「まぁ、そうだろうねぇ。別に暴いたところで此方の得になるわけじゃないし。今更あんな潰れそうな会社を手に入れようなんて気はまったく起こらないよ。ISコアの『開発』だって順調に進みそうだから、一々他のコアを手に入れる必要も『ウチと敵』には無いしねぇ~」

 

 そう愉快そうに言うアカツキ。

その『ウチと敵』というのが、ネルガルとクリムゾングループのことだというのは既にわかりきっていることだろう。敵が既に無人機を送ってきたように、ネルガルも既に独自のISコアを開発している。ただし向こうと違い、こちらはまだ実戦に出せるようなものではないのだが。それでも実験を行ったりするには充分に機能する。

それを表に発表しない理由は、まだまだ未完成だからだ。当然、このコアも一夏の体から取れたデータを基にして開発されている。

故にISコアで困ることは無く、他の企業からコアやISを手に入れる必要がない。

 だからこそ、一夏は無視しろと答えた。

デュノア社が如何に一夏から情報を入手しようとしても、一夏の体に埋め込まれているコアを調べなければ何も得られない。一夏が首にかけているのは『ブラックサレナのパッケージ』であって、IS本体ではない。いくら調べようと、デュノア社の欲しがる情報など出てこない。ちなみにブラックサレナに使われている技術は殆ど表に出ている技術だけで、調べても目新しいものは何も無い。

強いて言うのなら、その性能が常人では使えないくらいおかしいことくらいだろう。

 それに、一夏の情報がバレる訳が無い。もし知られたと判断したのなら、一夏がボソンジャンプを用いてデュノア社のすべてを破壊し尽くすだろう。今の一夏は躊躇せずにそれを行う。

 

「・・・・・・邪魔をするのなら殺す・・・・・・それだけだ」

「うん、実に君らしい良い答えだ。そうでなくてはブラックサレナのパイロット足り得ない」

 

 一夏の答えにアカツキは満足そうに笑う。

その顔には一夏がそう答えることが分かっていたことが窺える。

 

「そうそう、もう一人なんだけど、こっちは君のお姉さんと縁があるみたいだよ」

 

 茶化した感じにアカツキは言うが、一夏はそれに応じず沈黙していた。

その様子を見て、やれやれ、といった感じ手をすくめるアカツキ。その後普通に話し始めた。

 

「名前はラウラ・ボーデヴィッヒ。ドイツの国家代表候補生にして、ドイツ軍のIS部隊『シュヴァルツェア・ハーゼ』の隊長で軍の階級は少佐。この歳でこの階級というのはすごいねぇ~。もしかしたら史上初なんじゃないのかな? それで君のお姉さんとは、過去にドイツで教官をしていたときの教え子のようだ」

「・・・・・・それだけか・・・」

「おや、気になるかい?」

「・・・・・・それだけなら・・・お前がそんな顔で話すわけがない・・・」

「あらあら、ばれてた? 君も随分と僕のことを理解してきたようだねぇ」

 

 アカツキはそう面白そうに言うが、一夏は無言で流していた。

その様子を見て満足そうにアカツキは笑うと、愉快そうにまた話し始めた。今度は裏の情報だ。

 

「ラウラ・ボーデヴィッヒはドイツで作られた試験管ベイビーだよ。まったく、あの国はほとほと禁忌に触れるのが好きだねぇ~。それで調整されて作られた兵士だけど、残念なことにちょっとした実験の失敗で失敗作の烙印を押されちゃった可哀想な女の子ってわけ。たしかナノマシンによる擬似的なハイパーセンサーを人体に付与する、だったかな。それの適合に失敗して性能がガタ落ち。あとちょっとで廃棄処分ってところで君のお姉さんと会って、そこからまた性能を取り戻していった。う~ん、実に感動的なお話だ。それ以来、彼女はお姉さんのことを心酔しているらしいよ」

「・・・・・・・・・そうか・・・・・・くだらない・・・」

 

 ラウラの話は普通の人が聞けば同情するなり何なりとあるかも知れないが、一夏がそんなものを抱くはずがない。そんな報告よりも、一夏としてはそれより気になることがある。

 

「そんな情報より・・・・・・あの残骸から出た情報の解析は出来たのか・・・」

「まだ途中かな。もう少し待ってくれ」

「・・・そうか」

 

 あの無人機から得た情報から北辰達の居所を調べてもらえるよう頼んだのだが、まだ手がかり一つ出てきていないらしい。一夏はそれを聞いてもいつも通りだった。

 その後、またアカツキがくだらないことを言いそうだと察した一夏はすぐに通信を切り、そのまま自室へと戻っていった。

 

 

 

 「はーい皆さん、静かにして下さい」

 

真耶が元気よくクラスの皆に聞こえるように大きく言う。

皆それを聞いて静かにしようとするが、まだまだささやき声が聞こえてくる。

 

「実は今日は何と、転校生が二人も来ます!」

 

そう笑顔で真耶は言うと、クラスは一瞬にして静まり・・・・・・

 

「「「「ええええええええええええええええええええええええ!!」」」」

 

爆発した。

それぐらいの爆音が教室に轟いた。その中で一人だけ静かにしているのは、当然ながら一夏である。

 

「静かに! それでは入ってきて下さい」

 

 真耶がそうクラスに促すと、さっそく扉が開き転校生が入って来た。

一人は金髪の男の子のように見える人で、もう一人は銀髪の女。一夏は既に情報を受けていたので何とも思わない。

 

「今日から皆さんと一緒に勉強する転校生の、ラウラ・ボーデヴィッヒさんとシャルル・デュノア君です!」

 

シャルルの方に視線が集中した。

もし彼が男なのなら、『世界で二番目(一夏は非公式なので実質一番目)の男性操縦者』なのだから、注目が集まるのは当然のことだ。

 真耶に促されて、さっそくシャルルが自己紹介を始める。

 

「フランスから転入してきたシャルル・デュノアです。ここに僕と同じ境遇の方がいると聞いてやって来ました。よろしくお願いします」

 

 その自己紹介を聞いて、皆理解する。

つまり目の前の人が『男』であると。

その瞬間・・・・・・

 

「「「「「「キャーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!!」」」」」」

 

 また教室が音の氾濫に飲み込まれた。

 

「二人目の男子、キターーーーーーーーーーーーーーーーーーー!」

「金髪の王子様みたい!」

「織斑君と違って優しそう!」

 

 女子が思い思いにシャルルについて感想を叫ぶ。

その反応にシャルルもタジタジであった。

中には一夏との比較をして一夏を酷く言っているものもあったが、当然一夏は気にしない。

 

「お前等、まだもう一人いるんだ。静かにせんか!!」

 

 転校生と一緒に入って来た千冬に一喝され、皆静かになった。

このクラスの生徒は基本、千冬には逆らえないのだ。一部を除けば、だが。

 

「次はお前の番だ」

「はい、教官!」

 

 千冬にそう言われたラウラは、千冬に敬礼して返事を返す。

それを見て呆れ返った表情をする千冬。

 

「教官はよせ。私はもうお前の教官ではない、お前の担任だ。織斑先生と呼べ」

「わかりました」

 

 千冬にそう返事を返すと、ラウラは教壇の前に出て自己紹介をした。

 

「ラウラ・ボーデヴィッヒだ」

 

 簡潔にそれだけを言う。

その後何もないことに、皆唖然としていた。それを見かねてか、真耶が話しかける。

 

「え、えーと、・・・・・・以上、ですか? 」

「以上だ」

 

 そう言い終わると、ラウラは一夏の方に向かって歩いて行く。

その顔には憎悪が浮かんでいた。

 

「貴様がっ・・・・・・!」

 

 そして手を振り上げ、叩こうとした。

そのまま一夏に振り下ろされる手。だが、それは一夏に当たることはなかった。

一夏は即座に立ち上がると、左手で飛んできたラウラの手を掴み引き込み、急な事で体勢を崩しかけたラウラの足下に足払いをかける。そのまま床に倒れたラウラの喉に向かって右足を踏み出し、踏み潰そうとする。

 

「やめろっ、一夏っ!!」

 

 その声でピタっと一夏の足が止まる。

その叫びを上げた人物は千冬であった。

 

「この場で血を流すような真似はするな」

 

そう言われ一夏はその足を退かした。理由は特にない。敵対しなければ一夏は攻撃しない。

足を退けた途端に咳き込むラウラ。既に半分近く足が喉に入っていたのだった。

 

「げほっ、げほっ、げほっ」

 

 ラウラが咳き込み苦しんでいる中、一夏はそれを無視して席に着いた。

その光景を見て青褪めるクラスメイトとシャルル。

 

こうして、転校生の挨拶は終わった。

 

 

 

 

 

 



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第二十話 模擬戦と事故

久々の投稿です。
本筋の話にかかりっきりでしたので。
感想、まってます。


転校生の紹介を終えた後はすぐに授業に取りかかる。

 

「今日は四組と合同でISの訓練を行う! すぐに着替えて第二グラウンドに集合! 遅れた者は鉄拳制裁だ、分かったか。わかったならばとっとと急げ!」

 

 千冬が騒いでいる者達にそう言うと、皆脱兎のごとく凄い速さで移動を開始し始めた。

一夏は普通に移動をしようと歩き始めたが、千冬に呼び止められた。

 

「ま、まて、織斑。デュノアの面倒を見てやれ」

 

 千冬が何故そう一夏に言ったのか?

当然ながら、『同じ男子』だからである。

 

「・・・・・・・・・了解・・・」

 

 一夏は機械的に返事を返すと、シャルル・デュノアの方に近づいていく。

その姿を見て、シャルルは笑顔で一夏に話しかける。

 

「君が織斑君だよね? よろしく。僕は・・・」

「・・・・・・行くぞ・・・・・・」

 

 にこやかに自己紹介をしようとしたシャルルにそう何の感情も感じさせない声でそう言うと、一夏は先をずいずいと歩いて行く。

 

「あっ、ちょっと待って」

 

 先を進んでいく一夏に置いて行かれないようシャルルは声をかけて一夏の後を追っていった。

シャルルが何とか付いてきているのを確認して、一夏はアリーナの更衣室へと向かって行く。

その際に周りにいた女子達はシャルルには近づきたいが、一夏がいるので近づけないという状態になっていた。誰も危険な目には遭いたくないのである。

シャルルはそんな女子の視線を感じて、どうしてこんなに注目されているのか不思議そうだった。

その理由は当然一夏は知っていたが、言う気は無かった。

 そしてアリーナの更衣室に付いたところで一夏はシャルルを無視して着替え始め、シャルルはそれを見て赤くなっていたが、当然これも気に掛けなかった。

 

 

 

「本日から格闘、および射撃を含む実戦訓練を開始する」

 

 授業の内容を説明していく千冬。

既に授業を受けるまでもない一夏にとっては、聞く意味も無い話であった。

 

「あ、あのっ・・・・・・織斑君!」

 

 そのためいつも通りに情報収集をしていた一夏に、後ろから声を掛けられた。

一夏は首を後ろに向けると、そこには四組のクラス代表である更識 簪が座っていた。一夏の後ろには簪が座っていたのだ。

 

「きょ、今日は一緒の授業だね・・・」

 

 簪は一夏にそうたどたどしくも嬉しそうにそう言った。

その頬は若干赤みがかっている。

 

「お、織斑君は、射撃とか上手なの? わ、私は格闘が少し苦手で・・・」

 

 簪は何とか話題を振ろうと奮闘していた。

あの戦闘を見れば、一夏がどちらも上手いことはわかりきったことであり、それを聞くのは愚鈍というものである。そのことは一夏の周りにいる生徒にはわかりきっているだけに、何故そんな質問をしたのかと、疑問を投げかけたい表情をしていた。

一夏が答える時の反応は、誰であっても辛辣である。故に、周りの生徒は簪を内心で責めていた。

自分でなくても聞いただけで心がえぐられそうになるのが一夏の言葉だ。そんな言葉を聞きたいと言う人はいないだろう。なので皆簪にきつい視線を向けていた。

 

「・・・・・・射撃の方が苦手だ・・・俺の武器は狙って撃つものではない・・・・」

 

 周りの生徒が身構えていたが、一夏から返ってきたのはそんな答えだった。

その事に驚愕する周りの生徒達。いつも通りの何の感情も感じさせないしゃべり方だったが、まさかそんな答えを言うとは思わなかったのだ。

その答えを聞いて簪は少しだけだが、確かに笑顔になった。

 

「そ、そうなんだ」

 

 一夏に言葉を返してもらえたことが嬉しくて、簪の顔が綻ぶ。

周りはそんな一夏の反応に戸惑ってばかりであった。

 

「今日は専用機持ちに戦闘を実演してもらう。オルコット、更識! 前に出ろ」

 

千冬にそう言われセシリアは前に出るとISを展開した。

 

「それで相手は? この四組の方でしょうか?」

 

 セシリアはそう千冬に聞く。

一夏でなければ普通に話せるようになり、今ではクラスに溶け込んでいるセシリア。だが、一夏を前にすると震えが止まらなくなる。なので、一夏でなければ普通に対応できるのだ。

簪もセシリアを対戦相手と認識したのか、少しやる気を出していた。

どことなくなのだが、一夏に恰好悪い姿を見られたくないと簪は何故か考えていた。何故そう考えて居るのか、本人でもよく分かっていない。

簪はそう思いながら前へ出ようとした。

セシリアの様子を見て千冬は少し呆れる。

 

「慌てるな、お前達。対戦相手は・・・」

 

そう千冬が説明しようとすると、上空から降下音が聞こえてきた。

 

「きゃぁあああああああ、ど、どいてください~~~~~っ!!」

 

真耶がIS『ラファール・リヴァイヴ』を装着した状態で落下してきた。

皆それを見て逃げ出す。落下予想地点は一夏がいるところであり、丁度簪がいる場所でもあった。

そのままいけば簪と一夏に直撃する。簪は咄嗟のことに身をすくめてしまい、悲鳴を上げてしゃがんでしまった。

 

「きゃぁっ!?」

 

 そのまま目を瞑ってしまう簪。

地面に激突したことによる轟音が簪の鼓膜を叩く。そのあまりの轟音にそれがどれくらいの衝撃なのかが窺える。

しかし、いつまで経っても衝撃は襲ってこない。

そのことを不思議に思いながら簪が目を開けるとそこには・・・・・・

 

ブラックサレナが浮遊していた。

 

 まるで何もなかったかのようにその場にいた。

簪はその姿を見てきょとんとしてしまう。

 

「え・・・・・・織斑君?」

 

 そう声を呟くが、当然一夏は何も応えない。

そして少しして簪は思い出す。

自分達に落下してきた真耶のことを。そのまま辺りに視線を巡らせると、一夏の後方で目を回しながら倒れていた。

 簪が目を瞑っていた間に起こったことは、その場で避難していた全員が見ていた。

真耶が落下して一夏達にぶつかりそうになったとき、一夏は即座にブラックサレナを展開。

少し上に浮遊すると、そのまま各部姿勢制御用ノズルを操作して体を真横に回転させた。

そのあまりの速度に肉眼では見きれない速さで回転すると、悪魔の尾を連想させるテールバインダーが鞭のようにしなり空気を切り裂いて振るわれる。

それが真耶に激突し、真耶は思いっきり弾かれたのだ。

そのため落下してきた真耶は一夏に弾かれ、一夏の後方の地面に叩き付けられた。その衝撃は一夏達のところに落下していた場合とほぼ同等の衝撃であった。一応これでも一夏は手加減をしている。

そうでなければ、今頃真耶のラファール・リヴァイヴはかなり破壊されていただろう。攻撃の意思がない相手には一夏は攻撃しないのだ。

 簪が真耶の姿を見つけたときに一夏はブラックサレナを解除する。

その顔はいつもと変わらない無表情だった。さっきまで危険に晒されていた人物とはとても思えない。

 

「お、織斑君・・・・・・助けて・・・くれたの?」

 

 簪はそう一夏にそう聞く。

当然答えが変えてくるわけがない。だが、簪はそれでも言いたかった。

無論だが、一夏は何も答えない。

しかし、簪にはそれが肯定してくれているかのように感じて嬉しく思った。

 

「た、助けてくれて・・・ありがとう・・・織斑君」

 

 簪は一夏にお礼を言って軽く頭を下げる。

その顔は赤くなっていた。

 

「・・・・・・・・・言われる覚えはない・・・・・」

 

 一夏はそう言うと一人静かに地面に座った。

そんな一夏の背中を見つめる簪の瞳は、何か熱のようなものを宿し始めていた。

 

 

 

 そして授業は再開される。

千冬は目を回していた真耶を起こすと、気を取り直して授業を再開し始めた。

また元の位置に戻る生徒達。ただ、一夏の周りは更に生徒が離れていた。

そしてセシリアと簪は前に出ており、ISを展開していた。

 

「ではこれより、山田先生と候補生二人の模擬戦を実演してもらう。二人とも、山田先生はこんな感じだが、これでも元日本代表候補生だった優秀な人だ。あまり甘く見るなよ」

 

 千冬がそう言うと、二人は気を引き締めて返事を返す。

そして三人による模擬戦が始まった。

模擬戦中に千冬がシャルルに真耶が使っているIS『ラファール・リヴァイヴ』について説明するように命じると、シャルルは丁寧に皆に聞こえるように説明し始めた。

しかし、一夏はその説明に一切耳を傾けず、いつもの通りに情報を集め始めた。

 

 模擬戦は僅差で真耶が勝利した。

 

 

 



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第二十一話 ドイツの襲撃、しかし復讐人は揺るがない

気がつけばお気に入りが200以上増えていることに驚きです!?
まさかこんなに読んでもらえているとは・・・・・・感激です。


 真耶が起こした騒動も何とか落ち着き、授業は滞りなく進んでいく。

模擬戦の後はISを装着しての歩行練習となった。

専用機持ちはそんなものは必要ないので、教え監督する立場となっている。

一組と四組の生徒がグループに分かれていく。その際、千冬は自分のミスを自覚するはめになる。

 グループのことを特に指摘していなかったため、皆男子であるシャルルの所に集中してしまったのだ。

急に集まった女の子達に戸惑うシャルル。当然ながら、一夏の所には一人も来ていない。

それを見て千冬は呆れつつも檄を飛ばす。その声に戦いて皆蜘蛛の子を散らすようにシャルルから離れていった。

 結局グループは出席順になり、シャルルの所からは明るく自己紹介の激しい声が聞こえてきた。

他のグループからも楽しそうな声が出ていた。

だが・・・・・・二つのグループだけはそんな声はまったく上がらず、静まりかえっていた。

ラウラと一夏の班である。

ラウラは元々他者と関わることをしない性格のため、その言葉はかなり素っ気ない。なのであまり盛り上がってはいなかった。

だが、一夏の所はさらに酷かった。

それまで楽しそうに話していた生徒が一瞬にしてお通夜のような雰囲気になったのだ。

一夏が与えた衝撃はそれほどに深く、恐ろしいイメージだった。

まさに恐慌状態。皆顔を青くさせ、震え上がっていた。

別に一夏にとっては何でもないことであり、授業を言われた通りに進めた。

いつもと同じ何の感情も感じさせない声で指示を出し、グループの皆はそれを聞く度に震えながらISを装着して歩行していた。

他のグループはその姿を見て、気の毒に思いながら眺めていた。

 

 

 

 授業も終え、いつもと同じように一夏は行動しようとしていた。

教室から出て屋上なり自室に戻るなり、適当にふらつきながら情報を調べる。それがいつもの一夏の日常であり、それ以外にすることはない。

なので教室を出ようとしたのだが・・・・・・呼び止められてしまった。

 

「ちょっといいかな、織斑君」

 

 その声の方を向くと、そこには笑顔のシャルルがいた。

一夏は何も答えないが、その場で止まった。それは取りあえずは話を聞くということである。

 

「よかったら僕と模擬戦をしてくれないかな」

 

 シャルルがそう言うと、一夏はそのまま歩き出そうとした。

やはりと言うべきか、予想通りに『此方の情報を盗みに来た』のだ。一夏はそれに応じる気は当然ない。そのまま無視をすることにした。

 

「ちょっ、ちょっと待って!?」

 

 一夏の反応に慌てながらシャルルは話しかける。

一夏は関わられるのが面倒であり、切り捨てるように言う。

 

「・・・・・・・・・・・・戦う気はない・・・・・・」

 

 それだけ言うと、そのままシャルルを無視して教室を出ようと扉に手を掛けた瞬間、扉が勝手に開いた。

 

「あ、あの・・・・・・織斑君は・・・いますか・・・」

 

 開いた扉の先には簪が顔を赤くしながらもじもじと指をいじりつつ立っていた。

その姿を見た瞬間に止まる一夏。自分に用があると言って来た以上、一夏は話を聞くように構えた。

こういう所はまだ甘いところである。

 

「・・・・・・・・・何だ・・・・・・」

 

 いつもと変わらない様子で一夏は答える。

だが、他の生徒と違い簪はそれを普通に答える。

 

「その・・・よかったら・・・・・・この後私の訓練を・・・見てくれない・・・かな」

 

 顔を赤らめつつそう言う簪。

一夏はそれを受け、どうするか少し考える。

本来であれば付き合う理由はない。そのまま無視し、本願である北辰への復讐のために情報を収集することに集中する事の方が重要だ。

だが、一夏はこの簪のことが少しだけ気になっていた。

それが思春期にありがちな物ならば可愛気もあると言う物だが、そんなものではない。

今の簪の眼差しからも感じる、一夏と少しだけ似たような執念。それに一夏は少し惹かれた。

自分と似たような気がしたからだ。

そのためか、一夏は自分でも予想だにしない答えを口にした。

 

「・・・・・・・・・別にいい・・・問題はない」

 

 その答えを聞いて顔をさらに真っ赤にする簪。

言った後に一夏は内心少し驚いた。だが、すぐに考え直す。情報を収集するのに場所は関係ないのだから、付き合っても問題はないと。それは考えようによっては只の逃げである・・・・・・が、何故かこのときはそれが一番の答えだと、そう一夏は思った。

 

「あ・・・だ、だったら、僕もその訓練、見させてもらってもいいかな」

 

 それに便乗するようにシャルルが言う。

少しでも一夏と接することで信頼関係を築き情報を得られるようにしていることが、一夏には分かり切っていた。だからと言って、ここで一夏がとやかく言う気はない。最初から特に気にする理由もないのだから。

 

「べ、別に・・・いい・・・よ」

 

 簪は笑いかけるシャルルにそう恥じらいながらそう答えた。

簪は当然ながら、シャルルのことを男子だと思っている。美男子に笑顔で話しかけられれば花も恥じらう十代の女子ならば、当然の反応であった。

 そのまま簪とシャルル、一夏はアリーナへと向かった。

更衣室で着替えたのちに簪はアリーナでさっそく打鉄弐式を展開し、訓練に臨んでいた。

高速機動からの射撃や格闘、独立稼動型誘導ミサイル『山嵐(やまあらし)』による多重ロックオン攻撃など、多種多様な訓練を積んでいく。

 

「へぇ~、彼女は凄く上手だね」

 

 シャルルは簪の訓練を見ながらそう感想を洩らす。

当然それは一夏に向けられたものだが、一夏はそれに反応を示さない。

その目は簪の訓練を見つつも、ちゃんと情報を収集し続けていた。

簪は訓練のとき、やはりその顔に執念めいた物を感じさせており、それ故に一夏は目を離してはいなかった。だが、だからと言ってシャルルに答える必要もないので答えない。

 そのまましばらくして、簪は訓練を終えた。

息が上がっており、その肌には玉のような汗をかいていた。

顔は上気しており、見ようによって艶っぽく見える表情をしていた。

 

「ど、どう? 織斑君」

 

 訓練について聞きたい簪は、息を切らせながら一夏にそう聞く。

一夏は簪の様子を見ても、平常に淡々と答える。

 

「・・・・・・・・・・・・少し型にはまりすぎている・・・・・・もう少し臨機応変にすべきだ・・・・・・」

 

 一夏は簪にそう答えた。

実際にはもっと他にも言うことがあるのかもしれない。だが、一夏は簪の訓練を見てそう感じたが故にそう答えた。

それを聞いて簪の顔が綻んだ。

 

「わ、わかった・・・・・・頑張る」

 

 一夏にそう言われたことを素直に喜び、簪は力強く頷く。

簪はその後も一夏に話しかけ、一夏は淡々と答える。

そしてシャルルが一夏が言わなかった部分を丁寧に教えたりなど、それなりに穏やかな空間が出来ていた。

 そんな空間を壊すかのごとく、アリーナはざわめきに包まれた。

 

「ねぇ、ちょっと・・・見てよあれ!」

「あれってもしかしてドイツの・・・」

「第三世代型IS!? まだ本国でのトライアル段階って聞いてたけど・・・」

 

 騒ぎになっている方に一夏達は目を向けると、そこには黒いISをまとったラウラ・ボーデヴィッヒが立っていた。

そのISを見た途端に一夏は頭の中の情報を照らし合わせる。

 

(あれは確か・・・・・・ドイツの第三世代型IS『シュヴァルツェア・レーゲン』。イグニッションプランの防衛候補機の一つだったな。第三世代型装備『AIC』を装備しているのが特徴)

 

 そう思い出している一夏に、ラウラが話しかけてきた。

 

「おい!」

「・・・・・・・・・・・・・・・」

 

 強めに呼びかけられたことに対して、一夏はまったく取り合わない。

 

「ふん! 無視か・・・・・・まぁいいだろう。貴様、専用機を持っていると聞いた。ならば、私と今すぐ戦え!!」

 

 そう言いながらラウラはISに装着された大型レールカノンを一夏に向ける。

明らかなまでの敵意を一夏に向けていた。

一夏はそれを内心で面倒臭がりながら答える。

 

「・・・・・・・・・断る・・・」

 

 こんな私闘に時間を割いている暇はない。

簪の訓練に付き合ったのはそれでも情報収集が出来るからであり、一々こんなくだらないことで時間を取られたくないと一夏は考える。だからこそ、こう言った。

それを聞いて青筋を浮かばせるラウラ。

 

「っ!? ・・・・・・・・・貴様がいなければ教官が大会二連覇の偉業を成しえた。しかし、貴様のせいで成せなかった。だから私は・・・貴様の存在を認めない! 絶対に!!」

 

 ラウラは激怒しながらそう叫び、簪はそれを聞いて、ひぅ、と肩を竦ませる。

 

「お、織斑君・・・・・・」

 

 そう話しかける簪の瞳には、一夏への心配と、助けて欲しいといった感情が込められていた。

シャルルはこの事態にどうして良いか分からずにいた。

 

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・行くぞ・・・・・・」

 

一夏はそんなラウラの叫びを聞いても尚、一切顔に感情を出さずに簪にそう言う。

つまりはそのままラウラを無視してアリーナを出ようとしたのだ。

その一夏の行動を見て、ラウラの怒りが頂点に達した。

 

「逃げる気か!! ならば・・・・・・戦わざるを得ないようにしてやる!!」

 

 その叫びと共に、ラウラはレールカノンを一夏に向けて撃とうとした。

正常な判断を持っているのならば絶対にしない行動。ラウラは怒りのあまりに判断力が低下していた。今一夏を撃てば、すぐ隣にいる簪やシャルルも巻き込むことになる。それがその後どういうことになるのか・・・・・・この時のラウラは頭に血が昇りきっていて判断が出来なかった。

だが・・・・・・レールカノンは発射されなかった。

ラウラが撃とうとした瞬間・・・・・・

 

レールカノンが爆発し破壊された!?

 

 それをラウラが認識出来たのは、爆発の衝撃で体が揺れた後だった。

突然の事態に周りにいた生徒は唖然としてしまっていた。

何故爆発したのか・・・・・・皆一夏を見てやっと何が起きたか理解出来た。

一夏は腕のみ部分展開し、ハンドカノンを呼び出すと一瞬でラウラのレールカノンを撃ったのだ。

つまり早撃ちである。

それがどれほど凄いことなのか・・・・・・それはISを操縦する者なら誰でも理解出来るだろう。

 ラウラは一夏に攻撃されたことを理解すると、その顔をさらに憤怒で歪ませた。

 

「きっさまぁあああああああああああああああああああああああああああ!!」

 

 自分のISを傷付けられたことと、撃たれたことに気付かなかった自分への怒りがその叫びには込められていた。

一夏はその叫びを聞いても何も感情を浮かべない。

そのままハンドカノンをラウラに向ける。

 

「・・・・・・・・・これは警告だ・・・・・・『俺の邪魔をするな。すれば・・・・・・殺す』」

 

 殺意が飽和状態になったせいで何の感情も感じられないその声を聞いて、その場にいた全員が怯んでしまった。まるで目の前に戦車の大砲を突き付けられているような、そんな感覚に全員が襲われる。それは絶対に逃れられない死のイメージ。回避不能、絶対に命中し生存不可能なイメージを皆に抱かせた。

当然ラウラもそれを感じてしまい、息を飲み込んで怯んでしまう。

 一夏はラウラが動けないことを見越すと、簪に話しかける。

 

「・・・・・・・・・訓練は終わりだ・・・・・・行くぞ・・・・・・」

「!? ・・・・・・う、うん!」

 

 それまで怯んでいた簪はこの声を聞いて我に返り、その言葉に頷いた。

 

「・・・・・・デュノア・・・・・・お前もだ」

「そ、そうだね・・・・・・」

 

シャルルも一夏の言葉に頷く。この気まずい空間からすぐにでも逃げ出したかったのだ。

 そのまま一夏は簪とシャルルを連れてアリーナを出て行った。

 

 ラウラやアリーナにいた他の生徒達は、一夏が去るまで一歩も動けなくなっていた。

 

 

 

 

 

 



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第二十二話 シャルルの正体発覚。しかし復讐人は気にしない

感想まってますよ~。


 放課後にあった騒動もそのままに、一夏は寮の自室へと戻っている。

その際、真耶が来て部屋の調整の件を伝えられた。箒が一夏の部屋から出て行く形となり、箒は何とも言えない表情でこれを受け取り退室した。

今の一夏と一緒の部屋にいることに、箒は精神的に参っていたのだ。

その後は入れ替わりでシャルルが部屋に入るようになり、シャルルは一夏と同室になった。

 

「これから一緒の部屋だね。よろしく、織斑君」

 

 シャルルは一夏に笑いかけながらそう言う。

その笑顔は、女性ならば赤面して喜ぶようなものだが、一夏はそれに反応するわけもない。

何も言わずに一夏はシャルルの言葉を聞きながら無視を決め込んでいた。

誰が同室であろうと一夏にとっては何も変わらず、己がやるべきことも変わらない。

いつも通りに情報を収集するだけである。

 そんな一夏を見ながら、シャルルは苦笑していた。

 

 

 

 それから3日が経った。

シャルルは相変わらず一夏に話しかけては無視され苦笑する日々が続いていく。

たまに簪が来て一夏に話しかける以外は特に変わったことはなく、ラウラの一夏を睨み付ける眼差しに、より殺気が込められている以外はまったく変わらない。

 その日の放課後も一夏はふらっと教室から出て行った。

これを追いかけようとシャルルも動くが、当たり前のように一夏を見失ってしまっていた。

そのまま一夏はどこぞへと消えていく。

シャルルはそのため、焦り始めていた。

 

 

 

 ラウラはその日の放課後、千冬にそれまで溜まっていたストレスと共に願いを叫んでいた。

その願いは単純な話であった……

 

「何故ですか! 何故こんな所で教師など!!」

「何度も言わせるな! 私には私の役目がある、それだけだ」

 

 ラウラは千冬にそう声を荒立てて叫ぶ。

一応場所は考えられているのか、周りに人は一人もいない。

 

「こんな極東の地で何の役目があるというのですか! お願いです教官、我がドイツで再びご指導を……ここではあなたの能力を半分も生かせません!」

 

 これがラウラの願いである。

自身が崇拝する教官に国でもっと自分達を鍛えて貰いたい。それ自体は純粋に綺麗な願いだろう。

だが、その後に出たのは周りの生徒への侮辱的な感情であった。

 

「この学園の生徒はISをファッションか何かと勘違いしている。教官が教うるに足りる人間ではありません! 危機感が全く出来てない。そのような者達に教官の時間を割かれるなど……」

 

 その言葉に千冬はついに我慢が出来なくなった。

流石にこの物言いは流石に不味かったのだ。

 

「そこまでにしておけよ小娘」

「っ・・・・・・!!」

 

 千冬から発せられた怒気を感じてラウラは黙る。

その怒りが凄まじいことを感じて何も言えなくなってしまった。

 

「少し見ない間に随分と偉くなったな。十五歳でもう選ばれた人間気取りとは恐れ入る」

「わっ、わたしは……」

「寮に戻れ、私は忙しい」

「くっ……」

 

 ラウラは何も言い返せず、その場を逃げるように去って行った。

千冬はその後ろ姿を見ながら、疲れた溜息を大きく吐いた。

 

 

 

 

 時間は夜になり、一夏はシャワーを浴びていた。

こんな体とは言え、流石に代謝機能はまだ働いている。そのためシャワーを浴びるくらいはしなくてはならない。別に一夏としてはそこまで必要に感じていないが、一応は人前に出る身。身なりは最低限しておきたいのも確かなことであった。

服を脱ぎ、ISスーツとバイザーを外して籠の中に入れていく。その際、エステバリスのハイパーセンサーを起動させていないと一夏は歩くことすら出来なくなってしまう。そのため一夏は脱ぎながらもハイパーセンサーを起動させていた。

視界が何度か歪み、体のバランスが幾度となく崩れる。それを精神力で堪え、体が馴染むのを待つ。

馴染んできて体がいつも通りに動くのを見計らって動き始める。ブラックサレナのペンダントを籠の中に入れると、シャワー室に入って行った。

 その姿を隠れながら見張っている者がいた。

クローゼットの中に隠れ、息を潜めて一夏を見張っていたのは……シャルルであった。

この3日間、シャルルは一夏に接触して情報を得ようとしたが、まったく隙がないためにその試みはことごとく失敗していた。

 一夏は人がいるところではまったく隙を見せない。しかも人と関わろうとする気持ちがまったくないために、取り付く島もなかった。

結果、何も出来ずに3日過ぎた。そろそろ少しでも情報を得て本社に送らねば、シャルルの身もデュノア社も更に危うくなっていく。

 そのためシャルルは焦り、ついに実力行使に出た。

人がいるところでは絶対に隙を見せない以上、隠れていることを悟らせないようにすれば隙が出来るのではないか? そう考え実行に移した。結果は成功し、一夏はいつもならしない(いつもはシャルルが部屋に戻った時点で浴び終わっている)シャワーを浴び始めたのだ。

 これは好機だと見て、シャルルは一夏にばれないように音を立てないようにしてシャワー室に忍び寄る。

 シャルルだって本当はこんなことはしたくない。

だが、そうも言ってはいられないのだ。自分の身を守るためには、こうする以外に方法がない。結局盗人と変わりないのだった。

その事に罪悪感を抱きつつも、シャルルは一夏のISを盗みに行った。

 シャワーを浴びている一夏にばれないように忍び寄ると、籠の中を調べ始める。

そして見つけた『真っ黒いペンダント』。シャルルはそれを掴むと、音を出さないようにしてその場から離れた。

 

 それが既にばれていることも知らずに……

 

 シャルルはさっそくペンダントをノートPCに接続し、データを調べ始める。

男である一夏がISを使える理由、それを少しでも解析しデュノア社に送ることがシャルルのすべきことである。

だが……調べてもそういった情報は何も出なかった。

それどころか、このペンダントからは得られる情報はどれも正気を疑うような物しかなかった。

あまりの高機動性故に発生するGは、PICですら抑えきれない。その発生するGによって、常人では十分と持たずに気絶する。機体各所に取り付けられている姿勢制御用ノズルにより、通常のISでは考えられないようなアクロバティックな動きを可能にする……が、反面、三半規管にかなり影響を与える。フルで回した場合、真っ直ぐに立つことも出来なくなるだろう。

 それ以外にもデータを調べてみるが、そのどれもがシャルルの求めているものではなかった。

出てくるのはどれもこれも似たような、常人では扱えられないような物ばかり。

デュノア社に送ったところで何にも使えない情報ばかりであった。

 

「何で情報がないんだ……」

 

 調べれば調べるほどに焦るシャルルはそう独り言を口に出す。

明らかになったのは、これがISではなく『パッケージ』だということだった。

それが更にシャルルを焦らせた。自分がISだと思って調べていた物が、まさかパッケージだとは思わなかったのだ。では一夏の『IS』は何処にあるのか? それらしい物は身につけていなかったはずである。

 故にさらにシャルルは焦る。当てが確実に外れた以上は、どうすれば良いのか分からなくなっていた。

そんなシャルルに、何の感情も感じさせない声がかけられた。

 

「………気は済んだか……」

「っ!?」

 

 急にかけられた声にシャルルの顔が凍り付く。

そして目が声の方を向くと、そこには一夏が立っていた。

いつもと変わらない無表情に黒いバイザーをかけた顔。髪が濡れていることは分かるが、その姿はさっきまでシャワーを浴びていたとは思えない立ち姿をしていた。

 

「お、織斑君……」

 

 一夏が現れたことに絶句するシャルル。

先程の物言いからシャルルが何をしていたかはわかりきっている様子であった。

一夏は固まっているシャルルをよそに、黒いペンダントをノートPCから外す。

一夏はそれを首にかけ直すと、そのまま机に座りまた情報を収集し始める。

そのいつもとまったく変わらない様子に、シャルルは取り乱す。

 

「な、何で何も言わないの!? 何でっ!!」

 

 一夏はそんなシャルルの方を一回だけ見ると、すぐに視線を元の位置に戻した。

その様子にシャルルは慌てる。

 

「僕が何をやっていたのか……君はもう分かってるはずだよね! 何で何も言わないの! 何で僕を責めないの! 何で……」

 

 興奮して一夏に叫ぶシャルル。

その感情は罪悪感により、自分を罰して貰いたい気持ちもあった。

まだ責められるほうがマシだった。だが、一夏はさっきまでのことを無視しているのだ。

その一夏の行動があまりにも信じられなかった。

 一夏はシャルルの方を向くと、何の感情も浮かべずに答える。

 

「………お前の狙いは分かっている……だが…どうでもいい…」

「どうでもいいってっ!?」

 

 その答えを聞いてシャルルはさらに驚く。

もはや正気を疑う返答であった。自分のISの情報を許可なく第三者が勝手に盗むことをどうでもいいなんて、ISに関わっている人間ならば誰も言わないことである。

 驚愕しているシャルルを見て、一夏はさらに言う。

 

「……シャルル・デュノア……デュノア社社長の一人息子にして御曹司。世界で二番目に発見された男性操縦者……すべて嘘だ…」

「っ!?」

 

 一夏の言った言葉を聞いて凍り付くシャルル。

 

「……本名シャルロット・デュノア……デュノア社社長の愛人の子供…性別は女性……男性操縦者としてIS学園に入った目的は、俺のIS…また俺自身の情報の入手…」

 

 シャルルは目的と正体を見破られ、顔が真っ青になっていく。

 

「い…いつの間に…知っていたの…」

「……学園に来る前からだ……此方の方はすべて知っている」

 

 一夏は何の感情も浮かべずにそう答えていく。

シャルルはそれを聞いていて、自分が終わったことを理解していく。

 

「ははは…そうか……もう全部ばれてたんだ……」

 

 諦めからそんな乾いた笑いがこみ上げきて、シャルル……いや、シャルロットは笑う。

 

「それで…君は僕をどうするの? 学園と政府に報告して僕を追い出す? 別にいいよ……会社は潰れるかもしれないし、僕も強制送還されるだろうけど……もうどうでも……」

 

 シャルロットは諦めからそんなことを洩らす。

だが、一夏は何も気にせずに、ただ口にした。

 

「……どうでもいい……好きにしろ……」

 

それを聞いてシャルロットが激昂する。

 

「何で!? 君は何で僕を責めないの! だって君のことを騙そうとしてたんだよ!! 普通なら絶対に責められるはずなのに…何でっ!?」

 

 その激情に一夏は内心で呆れつつ応えた。

 

「……お前がどうしようと、俺には関係ない。お前が泣き寝入ろうが、怒りを会社に向けて暴れようが、俺には関係ない。ただ……『俺の邪魔をするのなら……殺すだけだ』」

 

 一夏は殺気を込めてシャルロットにそう言った。

その言葉の殺気と、その様子からシャルロットは理解する。

 

一夏は本当に今回の件をどうでもいいと感じていると。

 

まるで道端にいる蟻などの虫を気にせず踏んづけるかのごとく、意識すらしていないのだ。

ただ…一夏の邪魔になるようなら、一夏は絶対に殺すと、ただそれだけを伝えてきた。

そのあまりの異常性にシャルロットは絶句して固まってしまう。

体から一瞬にして嫌な汗がブワッと流れ、寒くもないのに震えが止まらなくなる。

感じているのは、ただひたすらにある異端への恐怖だけであった。

 一夏はそんなシャルロットを一回だけ見ると、手元にあった物をシャルロットの目の前に投げつける。

 

「…………読んでおけ………」

 

 それだけ言うと、一夏は部屋を出て行った。

 

その日、一夏は部屋に帰らなかった。

 

 

 



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第二十三話 姉妹の話

感想をじゃんじゃんお願いします。
今回は少し甘め…です。


 一夏は部屋を出て行ってから一晩、例の如く外のベンチで夜を明かした。

そして翌朝荷物を取りに部屋に戻ったところ、既にシャルロットが起きていた。

 

「お、織斑君! 渡されたの、ちゃんと読んだよ」

 

 シャルロットはずっと起きていたのだろう。

目に深い隈が出来ていたが、その顔は活き活きとしている。

 

「織斑君が言いたかったのって、この『IS学園特記事項第二十一』のことだよね。ありがとう、教えてくれて」

 

 そう感謝を述べるシャルロット。

一夏は当然それを無視していくが、それでもシャルロットは一夏に感謝の視線を送る。

確かに一夏が言いたかったことは伝わったようだが、ここまで感謝されるようなことでもない。

一夏はただ猶予があることを教えただけであり、その後の行動等はシャルロットが決めることである。感謝されるようないわれはない。寧ろ変な感謝をされて付きまとわれては堪らない。

故に一夏はこう答えた。

 

「………何の事かは知らない……俺は好きにしろと言っただけだ………」

 

 そう言うと一夏はさっさと部屋を出て行った。

一夏が部屋を出るまでの間、シャルロットはそんな一夏に感謝し続けていた。

 

 

 

 そして一夏は授業をいつも通りに受け始めた。

進んでいく授業、一夏は毎度の如く情報収集に余念がない。

何かしら変わったこともなく通常通り。ラウラがいつも通り敵意の籠もった視線を向け、一夏はそれをまったく気に掛けない。その事にハラハラとするクラスメイト達といった感じであった。

シャルロットは正体がバレたというのに男子の制服のままであったが、一夏はそんなことは気にしない。邪魔されなければ気にすらしないのだ。だが、シャルロットはどこか険が取れた感じになっていた。

 そのまま放課後となり、一夏はいつものように教室を出ようとしたところで呼び止められた。

 

「お、織斑君…今、大丈夫…かな……」

 

 扉が開いた先には、簪が顔を赤くして立っていた。

もうクラスのみんなも慣れ始めたのか、そこまで注目を集めていない。

一夏は簪を前に無言で立っていた。

取りあえずは用件を聞こうという構えでもある。

 

「……何か用か……」

「う、うん…あのね…昨日も助けて貰ったから……その、お礼……」

 

 簪は赤くなりながらも一生懸命にそう言うと、一夏の前に袋を出した。

中にはカップケーキが入っており、抹茶の香りが出した瞬間から教室に香っていた。

これは簪が唯一得意なお菓子であり、一夏に感謝のお礼として焼いてきたものである。

その香りから、近くにいた生徒達が少し欲しそうな視線を向けてしまう。それぐらい美味しそうなお菓子であった。

だが悲しいことに一夏にはそれが伝わらない。

一夏は味覚と嗅覚を失っている。そのため、いくらそれが美味しかろうと一夏にはそれを感じることが出来ないのだ。

 だが、一夏はそれでもそれに応じることにした。

理由は自分でもよく分からないのだが、簪といるのは一夏にとって気が少し楽になるのだ。

 

「わかった……話を聞く……」

「うん!」

 

 一夏が応じたことを簪は素直に喜ぶ。

そのまま簪に連れられて、一夏は屋上に連れて行かれた。

 そのまま屋上のベンチに簪は座ると、少し横に移動して空間を空ける。

そこに座って、と言うことらしい。一夏は無言でそこに座った。

 

「こ、これ、どうぞ…」

 

 簪は恥じらいながらさっそくカップケーキを一夏に渡す。

その視線には、何処とない期待が込められていた。

一夏はそれを受け取るのを拒否しようとした。理由は言わずとも知れず、味覚がないので食べても何も分からないからだ。だが、そう言おうとした瞬間……

簪と目が合ってしまった。その目には、とても必死な思いが感じられた。そのため、一夏は断れずにカップケーキを受け取る。

そのまま一口囓るが、やはり味も香りも感じられない。まるで無味無臭の粘土を食べているかのような食感がした。

 

「ど、どうかな………」

 

 簪が不安そうに、それでいて何かを期待したような視線を一夏に向ける。

その視線を受けて、素直に感想を言おうかと一夏は内心で悩む。

正直に言えば美味くない。味覚がないのだから、味を感じないのは当たり前のことである。

嘘でも美味いと言えばこの場は丸く収まるだろう。そうすべきである。だが、簪の真剣な視線を受けて一夏はその嘘を言うことが出来なくなっていた。

 仕方なく観念して答える。

 

「……すまない……昔の事故で味覚と嗅覚がない。そのため…味が分からない……」

「そ、そんな!?」

 

 一夏の答えに簪がショックを受ける。

流石に正直に言う訳にはいかなかったので、昔のことを『事故』として言った。こういった嘘はいえるようだ。

簪が受けたショック……それは自分のお菓子の感想をもらえなかったことではなく、一夏の体のことを知ってのショックであった。そしてそんな体の一夏になんてことをしてしまったのだろうと、自責の念に駆られてしまった。

 

「ご、ごめんなさい! 私……」

 

 急いで頭を下げる簪。

その顔は今にも泣きそうになっていた。

一夏は何だか気まずくなってしまい、内心で急いで言葉を紡ぐ。

 

「……別に…お前が謝るようなことじゃない……もう慣れた。それに……きっとこの菓子は美味いのだろう……たぶん……そう思う……」

 

 そう言いながら一夏はさらにカップケーキを囓り始めた。

そのまま無言でカップケーキを食べ続ける一夏を見て、簪は泣き出してしまった。

その涙は悲しみから来る物ではないということは、誰が見てもわかることだろう。

 それを一夏は只、ひたすらに眺めていた。

 

 

 

 その後簪が泣き止むまで一夏はじっとしていた。

簪は泣き止んだ後に、凄く恥ずかしそうに一夏を見ていた。その顔は羞恥で真っ赤になっている。

 

「ご、ごめんなさい…織斑君……」

「………問題ない……」

 

 一夏は謝る簪にそういつも通りに答える。

そこには何の感情も感じられないが、簪にはそれでも嬉しく感じた。

そのまま簪は一夏を下から眺めるように見ながらあることを聞くことにした。それは端から見れば上目使いにしか見えないだろう。

 

「どうして……織斑君は私に優しくしてくれるの……」

 

 簪は顔を赤らめながらそう聞く。

一夏の噂は簪も知っている。だが、実際の一夏は皆が思っているような人ではない。そう簪は感じた。確かに何の感情も浮かべず、敵対する者に容赦が無い。しかし、一夏は優しい人だと、簪は思うのだ。何かを決め込み、それを貫くためにはそういった感情を捨てきらなければならないのかもしれない。それでも、一夏は優しいと簪は感じた。

だからこそ、聞きたかった。何故こんな自分を助けてくれて……優しくしてくれるのかを……

 優秀な姉と比べて何も無い自分。確かに日本の代表候補生と言えば凄いのかもしれないが、それでもあの姉と比べれば霞んでしまう。そんな『駄目』な自分に、何故優しくしてくれるのか

と……

 一夏はそう聞かれ、悩む。

一夏自身にも何故そうなるのか、まったく分からないのだ。

簪に優しくしたところで得があるわけではない。寧ろこれからすることを考えれば、仲良くなどしない方がいい。下手をすれば巻き込みかねないのだから。

この復讐は一夏だけの復讐だ。他者を巻き込んで良い物ではない。

そのためにしがらみを持つようなことをするわけにはいかないのだ。

だが……何故か簪を振り払おうという気にならない。

簪といる時間が嫌いではなかった。別に邪魔になるような感じではないのも理由の一端だろう。

他の人達と違い、過去のしがらみが無いのも気が楽な理由の一つだ。

そして……あの目が気になるのが一番の理由だ。

あの、何かに執着し必死になる目が、一夏の気を惹いていた。

 自分とどこかが似ていると……一夏はそう簪に感じたのだ。だからこそ……簪といることを苦に感じないんだろう。

 

「……お前はどこか……俺と似ている…そう思う……」

 

 一夏はそう簪に答えた。

それを聞いて簪はまた泣きそうになってしまった。

それを見て一夏は初めて感情を表した。

 

「……泣くようなことか」

 

 その口元には、この二年間で久しぶりに浮かべた笑みが浮かんでいた。

 

 

 

 その後簪は一夏に自分のことを話し始めた。

更識家のことや、自分の目標である姉のことを……

更識家で常に姉と比べられ、姉に追いつこうと必死だったこと。姉を追い越そうと頑張っていたことを。

 今までため込んでいた物を吐き出すかのように簪は話し続けていく。

一夏はただひたすらに、それを静かに聞いていた。

 

 

 

 簪の話を聞き終えると、簪は恥ずかしそうに真っ赤になりながらお礼を言って去って行った。

それを一夏は見送る。その顔はどこか満更でもない顔をしていた。

 そしてその場でしばらく情報を収集した後に、一夏は屋上を後にした。

そのまま自室に戻ろうと廊下を歩いていたところで、一夏は一旦止まった。

 

「………出てこい……」

 

 そう言うと制服の袖から拳銃を出し物陰に向ける。既に撃てるように安全装置も解除済みであった。

すると向けた先から一人の女子が出てきた。水色の髪に服の上からでもわかる抜群のプロポーション。胸元のリボンから二年生であることが窺える。

 

「あまり学園内で物騒な物を出さないで貰いたいわね~」

 

 女子はそうおちゃらけた様に言うと、扇子を顔の前で広げる。そこには、『危険物厳禁』の文字が書かれている。

一夏は即座にその女子の正体を見抜いた。

更識 楯無……更識家の現当主にしてIS学園の生徒会長、ISのロシア代表。そして簪の姉でもある。

 

「……何の用だ……」

 

 一夏は警戒を強めながらそう聞く。

拳銃は変わらずに下げない。その様子に苦笑しながら楯無は一夏に笑いかける。

だが、その笑顔の目はまったく笑っていない。

 

「正直に言うわ……これ以上簪ちゃんに関わらないで」

 

 そう言うなり、楯無は一夏に殺気を向ける。

一般人からしたら結構な殺気だが、一夏からすればそよ風のようなものにしか感じられない。

楯無はさらに押すように言う。

 

「貴方のこと、調べさせて貰ったわ。ネルガル所属のテストパイロットにして、世界初の男性操縦者。でも…貴方の強さは異常過ぎよ。代表候補生ですら余裕であしらうその強さは、普通に訓練して身に付く物じゃ無い。しかも、貴方の経歴には二年間の空白が開いている。それが如何にもうさんくさいのよ。そんな『不気味な人物』を簪ちゃんと一緒にいさせるわけには行かないわ。もし聞かないと言うのなら、そのときは実力をもって排除させてもらうわ」

 

 楯無はそう言うと、扇子を前に向けた。

その扇子がISの待機状態であることは、既に一夏は調べてある。

一夏はそう言う楯無を見ると、拳銃を袖に仕舞う。

 

「………お前とは戦わない……」

 

 そう言うと、楯無に背を向ける。

 

「なっ!? 待ちなさい!」

 

 まさか何もせずに去るとは思わなかったのか、楯無の反応が遅れた。

一夏は楯無に聞こえるように言った。

 

「……お前と戦うのは……あいつのするべきことだ……俺は戦わない……」

 

 そう言い切ると、一夏は楯無を無視して反対方向へと歩き出した。

急いで楯無もその後を追おうとするが……

角を曲がった先に、一夏の姿はなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 



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第二十四話 パートナー

 一夏が生徒会長である更識 楯無と会ってから三日が経った。

その間、楯無からの接触は一切無い。一夏にとって敵対しなければ問題にはならない。

故に気にも留めず、今まで通りに情報収集に集中していた。

今のところ目新しい情報は出てこない。そのことに若干苛つきつつも、いつものことだと割り切り一夏は過ごしていた。

 その間に簪の稽古に一回だけ付き合ったが、いつもと同じように訓練を眺めているだけであった。

だが、それでも簪は嬉しそうであった。

 そして今、一夏は屋上に来ていた。

いつも通りの情報収集と、アカツキからの連絡が来たためである。

さっそく一夏はアカツキに通信を入れる。

 

「………何だ……」

『おいおい、いきなりな挨拶だね~。いやさ、あの後例の転校生達はどうなったのかな~って思ってね』

 

 アカツキは相変わらず愉快そうな笑顔を浮かべていた。

 

「……何も問題はない……」

『そう? データを盗みに来たり、危うくレールカノンで撃たれそうになったりしてるのに問題ないって言えるのかな?』

「………『問題無い』。その程度、問題にはならない」

「……ぷっ…あっはっはっは、まったく。そうだよね、君はそういう奴だ』

 

 そう言いながら腹を抱えて笑うアカツキ。

一夏にしても、既に知れていることであろうということは予想済みである。

その上で言ったのだ。『問題無い』と。

 

「……わざわざそんなことを言うために通信したわけではないだろう………本題は…」

 

 笑うアカツキを無視して一夏は本題を聞こうとする。

いつも通り、その顔には何の感情も感じられない。

 

『駄目だよ、せかせかして本題に行こうとするのは。女の子にすぐに迫る男は嫌われるよ』

「………………切る…」

『ごめんごめん、冗談だよ。だから切らないで』

 

 冗談を聞く気は無いと意思表示をする一夏に、アカツキは苦笑しながらそれに応じる。

 

『実は追加の情報かな。デュノア社はどうでもいいんだけど、ドイツの方だね。何でも、ドイツの一部が何か実験したいらしく、IS学園に送ったラウラ・ボーデヴィッヒのIS『シュヴァルツェア・レーゲン』に何か仕込んだらしい。どうもこれが違法らしいんだよね~』

「………それで……」

 

一夏はその話を聞いても何も感じてはいない。

いくらラウラが一夏に敵意を向けようが、一夏にとっては敵になり得ない。

それ程に……ラウラは一夏の眼中にない。

故にラウラに何があろうとも、一夏は気にしない。

 

『まぁ、君ならそう答えるだろうね。もうちょっとは驚いたり何かリアクションしてくれてもいいんじゃないかな』

「………必要ない……」

 

 そのまま一夏はアカツキとの通信を切った。

どうせこの後はアカツキが一夏をからかったりするのがいつも通りである。一夏はくだらない話を聞く気が無いので、すぐに切るのだ。

 そのまま屋上で風に吹かれながら情報収集をすることにする一夏。

肌を撫でていく風の感触を感じていく。一夏がよく屋上に行く理由は……もしかしたら風を感じるためかもしれないと、一夏は少し考えた。暑さも寒さも感じない、味も匂いも感じないこの体で感じる唯一の感触、それが僅かに治った触覚だ。それが感じられるのが、この屋上。風が肌を撫でる感触だけが、一夏の感じられる数少ないものであった。

 そう考えながら一夏は風を浴びていく。

相変わらず暑いのか寒いのかは分からない。だが、風は確かにながれていく。それが気持ち良いのかは分からない。だが、確かに肌を撫でていくのだ。

その感触を感じながら情報を集めている一夏の耳に、音が聞こえてきた。

まるで大量の群れを引き連れた水牛の如く、とてつもない足音が階下から聞こえてきた。場所は一夏のいる一組付近のようだ。

 その足音を聞きながらも、特に気にする様子もなく一夏はまた情報を調べようとした。

そうした瞬間、屋上のドアが開いた。

 

「や、やっぱり…ここにいたんだ…織斑君…」

 

 開いた扉の先には、簪がいた。

走って来たのだろうか、息を乱し、顔が少し赤くなっている。

簪は呼吸を整えると、一夏のいる方へと歩いてきた。

 

「…………何か用か……」

 

一夏はそんな簪を見ながらも、いつも通りに何の感情も出さずにそう聞く。

 

「あ、あのね!……そ。その……」

 

 簪は一夏の前まで来ると、顔を真っ赤にしながら手を胸の前でもじもじと動かし始めた。

その手には、何かのプリントが持たれていた。

そのまま少しもじもじした後に簪は決意を固めると、一夏に向き合う。

 

「こ、これ!!」

 

 大きな声で簪はそう言うと、一夏に持っていたプリントを渡す。

一夏は無言でそれを受け取ると、内容を読む。

簪が一夏に渡したプリントの内容、それは……

 

『今月開催する学年別トーナメントでは、より実戦的に行うため、二人一組での参加を必須とする。なお、ペアが出来なかった者は抽選により選ばれた生徒同士で組むものとする』

 

という通知であった。

どうやら急遽決まった話らしい。先程聞こえた足音も何か関係があるかも知れないと一夏は思ったが、考えるのは止めた。あまり一夏には関係が無いと判断したからだ。

一夏がプリントを読み終えるのを確認して、簪は一夏を見つめる。

 

「お、織斑君! わ、私と……ペアになって…下さい……」

 

 簪は一夏にそうお願いしてきた。

あまりの必死さに顔を真っ赤にして、今にも泣き出しそうな勢いであった。

一夏は少し考える。

別にペアだろうが一人だろうが一夏にとって問題は無い。一夏が簪とペアを組む必要はまったくないのだ。

だが……逆に断る理由も無いのだ。寧ろ知らない相手よりも、簪の方が一夏としては気が楽ですらあった。

ではどうするか……結果、

 

「………分かった……その話…受けよう……」

「あっ……」

 

 一夏はそう簪に答えると、さっさと屋上から出ていった。

あまり長く簪と一緒にいては、また楯無に何かしら言われるかも知れないと思ったからだ。

 そして簪は………

 

「っ…………!! やった………」

 

顔が喜びで真っ赤になっていた。

 

 



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第二十五話 学年別トーナメント

 一夏が簪とパートナーを組んでから一週間後の学年別トーナメントまでの時間はあっという間に過ぎ去った。

 その間、一夏は簪の訓練を見ていたが……特に何かすることもなかった。

通常であればペアを組んだ者同士、連携訓練をするものである。だが、一夏は簪とそういった訓練などは一切しなかった。ブラックサレナの性能上、他と合わせることは出来ない。あまりに高すぎる機動性故に、連携など取れないのだ。

それもそのはず、ブラックサレナは北辰達と戦う為に作られたものだ。1対7の戦闘を前提で開発された物故に、その異常過ぎる高機動性を求められた。そのため単独での戦闘を極めたものであり、他者との共闘は前提に入れていない。結果、連携が取れない。逆に取ろうものなら、ブラックサレナの性能をまるっきり発揮出来ないのだ。

 それは誰の目から見ても明らかな事であり、簪もそのことは理解していた。

一夏は連携訓練の不要を伝えると、簪は気にしないで、と一夏に笑いかけながら言っていた。その顔は少しだけ寂しそうであったが。

 この一週間、一夏が簪と一緒にいてやっていたことはいつも通りの情報収集、それと簪への助言であった。

簪だって代表候補生である。その実力は決して低くは無い。だが、それでもやはりまだ甘いところがある。一夏はそういった甘い部分を指摘し、簪は一夏の助言を素直に聞き入れ反映させていった。

結果、簪はこの一週間で更に実力を向上させた。

 また、一夏は連携の代わりに作戦を簪に伝える。

1対1に持ち込むようにし、ペアが危なくなったら助ける。それだけである。

ブラックサレナの性能上、連携が取れないなら必然的にそうなる。

酷い話を言えば、そもそも1対2だろうがここの生徒では一夏の相手にはならない。一夏にとって遊びにもならないのだから、敵と認識することすらないだろう。

別に一夏一人で2人を叩いても良いが、それはせっかくペアに誘ってくれた簪の出番が無くなる。それは何だか悪い気がしたので、こういう作戦にしたのだ。

 連携訓練をしないことを伝えた時、少し悲しそうな笑顔をした簪のことを考えると少し悪く思ったが、作戦を詳しく伝えると簪は顔を真っ赤にして胸元で指をもじもじとさせ、

 

「お、織斑君が、私の事…助けるって……えへへ」

 

と笑っていたが、一夏はその顔を見ていなかった。

 そして学年別トーナメントのことを知ったラウラは、当然とでも言うかの如く一夏に噛み付いてきた。

 

「このトーナメントで貴様を八つ裂きにしてやる。私は絶対に貴様を認めないっ!!」

 

 教室に居た生徒全員に聞こえる程の大声でラウラは一夏に言い放ったが、一夏はこれを当然の様に無視した。

 

 

 

 そして学年別トーナメント当日。

一夏と簪は控え室で試合の組み合わせが出るのを待っていた。暇つぶしがてらに観客席のモニターを見ると、大勢の人が来ているようだ。

 

「わぁ……凄い大勢……」

 

 簪は人の多さに驚いていた。

元々人見知りがちな簪に、この人の多さはより緊張を促してしまう。

それを解そうと、簪は一夏に話しかけていた。

 

「これ……きっと織斑君の事も見に来たんだよね。織斑君の事、もう知れ渡っちゃってるから……」

 

 一夏はこの学園に非公式で入学したが、それでもああまで暴れれば嫌でもその情報は漏れる。別に一夏自身、そんなことは全く気にしていないのだから、問題はないのだが。

 

「…………………………問題無い……」

 

 一夏はいつも通り、何の感情も感じさせない声でそう答えた。

簪はその声を聞いて、緊張が解れていくのを感じていた。こんな大勢の人が見ていると知っても、まったく動じていない一夏の事を頼もしく思ったからだ。一夏としては、誰がいようがやることは変わらないということなだけであったりする。

 そしてモニターに対戦表が映し出された。

 

「え………?」

 

 簪からそんな声が漏れた。

モニターに映し出されたのは、一回戦の試合である。

 

『第一試合 織斑 一夏、更識 簪 VS ラウラ・ボーデヴィッヒ、神崎 美亜』

 

 そう映し出されていた。

簪が驚いた理由は一つだけ、ラウラが対戦相手だからである。

前に一度だけ関わっただけだが、危うくレールカノンで撃たれかけたのだ。忘れるには衝撃が大きすぎた。それが一夏を狙ってのことであるのだから、尚更であった。

 

「お、織斑君……」

 

簪は一夏に不安そうな視線を向ける。

その視線には、一夏への心配が込められていた。

 

「………問題無い……」

 

一夏はそう短く言うと、そこからピットへと歩き出す。

そして出口の前で止まると、簪の方を振り向いた。

 

「……誰であろうと……潰すだけだ……」

 

口元を少しだけつり上げて笑みを浮かべながら簪にそう言い、部屋を出た。

それが簪を励ますためにした事なのかは…誰にも分からない。

 

 

 そしてアリーナで一夏とラウラは相対する。

 

「1戦目で当たるとは、待つ手間が省けたな。これでやっと貴様を叩きのめせる」

 

 威嚇するかのようにそう一夏に言うラウラ。だが、一夏はそれを無視し、全くの無反応であった。

簪は簪でそんな一夏を心配しつつ、自分が戦うであろう対戦相手の方を見ていた。ラウラとペアを組んでいた生徒は五組の生徒らしく、まったく知らない生徒であった。

実は彼女はここ最近まで風邪で休んでおり、久々に学校に行ったら勝手にくじでペアを決められてしまったという可哀想な人物であったが、そんなことを知ることは一夏達にはない。彼女は一夏を睨み付けるラウラの雰囲気にオロオロしていた。

 そうしているうちに、試合開始のブザーが鳴り響いた。

 

「おおぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!」

 

 開始と同時にラウラが吠えながらレールカノンを一夏に向けて発射する。

一夏はそれを察知し、即座に上空へと回避した。

簪は未だにオロオロしているもう一人の方へと攻撃をしかけに行った。

その様子に申し訳無く簪は思ったが、もう試合は始まっているのである。一夏の邪魔にならないよう、簪は倒すべき相手へと向かう。

 一夏はというと、上空に逃れながら回避を続けていた。

事前にシュヴァルツェア・レーゲンの情報は調べてある。武装から機体特性まで、調べられるものは大体調べた。確かにAICは他のISからすれば脅威になるのかも知れないが、一夏にとっては脅威にならない。AICを使用するには停止させる対象に集中しなければならない。それは『実戦』では致命的になる。一々停止させるのにそれでは、多方向の攻撃には対応出来ない。また、距離が遠くては集中出来ないために止められないという欠点もある。

そんな欠点だらけの兵装に負けるほど、一夏は甘くは無い。

 

「どうした! 逃げ回っているだけか!」

 

 ラウラは苛立ちながらそう叫ぶ。

そう挑発をしてはいるが、先程から発射しているレールカノンがかすりもしないことに苛立っているのだ。

 

「………………………」

 

 一夏はこの挑発には一切乗らず、攻撃を避けていた。

大口径のレールカノンは当たれば結構なダメージになるだろう。だが、当たらなければ問題無い。

いくら高速の砲弾が襲いかかろうと、所詮は一人の攻撃。1対7の攻撃に晒され続けた一夏にとって、この程度避けるのは何てこと無い。

そしてそんな攻撃をするラウラに対して、一夏は内心で落胆する。

代表候補生でドイツ軍の軍人。それがどれだけの腕前なのか、ほんの少しだけ期待していたのだ。

北辰達と比べれば格段に弱いことは、最初に会ったときから気付いてはいた。

だが、少しはマシ程度にも感じたのだ。この学園に来てから戦闘という戦闘をしていない一夏にとっては暇つぶし程度にはなると。

 しかし、実際に戦ってみて感じたのは、ただの失望だけだった。これならば、まだ前回襲撃に来た無人機の方がマシであった。

一夏はラウラにそう失望しつつ、視線を簪の方に向けると、簪は一生懸命に戦っていた。

 

「えええい!!」

「きゃあぁああああああああああああああああああああああああああああああ!?」

 

 手に持った長刀で相手を突き飛ばし、隙を突いてミサイルを発射する簪。それが相手へと襲いかかる。

それを全弾喰らい、相手のISは機能停止した。

 簪が勝ったことで笑顔を浮かべるのを見て、一夏はラウラの方に視線を戻す。

 

「…………この程度か……なら…もう終わりだ…」

 

 そう言うと同時に、一夏はラウラに仕掛けに行った。

足の大型スラスターに火が灯り、砲弾のようにラウラの方に向かって突進する。

 

「ちっ!? 速い!!」

 

 ラウラは舌打ちをしながらレールカノンを連射するが、一夏はそれを機体の推力を損なわないように僅かに機体を傾けるだけで避け、さらに加速していく。

ラウラは一夏を打ち落とせないと判断すると、即座に一夏の体当たりを回避した。

それに周りの観客は驚いた。今まで一夏の体当たりを避けた者がいないこともそうだが、あんな加速した者を避けたということにも驚いたのだ。

 だが……甘い。

一夏は体当たりが躱されたのを見計らって、手にハンドカノンを展開。腕を下げたままラウラに向かって発砲した。

 

「ぐぁ!? なんだと!!」

 

 放たれた弾がラウラに襲いかかり、ラウラが被弾する。

それを喰らい、驚くラウラ。まさか体当たりの後から撃たれるとは思わなかったのだ。

 一夏はそのままターンし、またラウラに仕掛けに行く。

 

「舐めるなぁああああああああああああああああああああああああああああああ!!」

 

 ラウラはそう吠えながらワイヤーブレードを一夏に向かって射出する。

4つのワイヤーブレードが独自に動き、ブラックサレナへと襲いかかる。

一夏は迫り来るワイヤーブレードを無視して更に速度を上げて体当たりをしに行く。

ワイヤーブレードがブラックサレナの装甲を切り裂こうと刃を立ててくる。

それをみて、ラウラの顔に笑みが浮かんだ。このブレードは、通常のISでも結構なダメージを与えることが出来る。それに上手く絡め取れば、ブラックサレナの動きを封じることが出来ると判断したのだ。だが……

刃はブラックサレナの装甲に触れた途端、あまりの硬度から弾かれた。

 

「何!?」

 

 それに驚愕するラウラ。

だが、一夏はそんなことはお構いなしに突っ込む。

砲弾と化したブラックサレナの体当たりが、ラウラを捕らえた。

 

「がぁああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!」

 

 まるでダンプカーにでも撥ねられたかの如くラウラはその場から弾かれ、アリーナの壁に叩き付けられる。

さらに追撃でハンドカノンの砲撃がラウラに襲いかかり、見る見る間にシュヴァルツェア・レーゲンのシールドエネルギーが減っていく。

ラウラはそれを見ながら舌打ちをする。

 

「私は! ……負けない! 絶対に!!」

 

 ラウラはそう自分に言い聞かせるように吠えながら壁から退避すると、その後からさらに砲弾の雨が降ってきた。無論ブラックサレナのハンドカノンである。

 距離を取った戦闘は不利と判断したのか、ラウラは接近戦を仕掛けるためにプラズマ手刀を展開する。

 

「おおぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!」

 

 裂帛の気迫を込めながらブラックサレナに斬りかかるラウラ。

一夏はその斬撃の雨を紙一重で避けていく。

 

「織斑君!!」

 

 簪が一夏が窮地だと思い、そう大きな声で叫んでしまう。

だが一夏はそんな簪に何の感情も浮かべずに通信を入れる。

 

「……問題無い……」

 

 まるっきり問題無いと言わんばかりにそう答える一夏。

その声を聞いて簪は安心する。まぁ、一夏の手助けをすることは簪では出来ないのだが……速すぎて。

一夏は斬撃の雨を余裕でかい潜ると、至近距離でハンドカノンを撃つ。

それを受けてしまい、ラウラは後ろへと距離を取った。

 

(ちっ……まさかここまで強いとは……。未だに一撃も有効打を与えられないなんて……)

 

 そう思ってしまい、ラウラは更に苛立つ。

本当ならばAICを使って停止させたいところだが、対象の動きが速すぎて集中しきれないのだ。

一夏は更にボディのレーザーバルカンもラウラに向かって撃っていく。

ラウラはそれを躱そうとするが、数発は受けてしまう。

 

「くそぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!」

 

 そう吠えながらレールカノンとワイヤーブレードで攻撃していく。

空気を切り裂き、轟音を立てながら襲いかかる砲弾。独自に動き、対象を狙ってくるワイヤーブレード。その二つの攻撃によって、ブラックサレナは距離をとる。

しかし、すぐさまラウラに向かって突進した。

それを好機と見るラウラ。

 

「ワンパターン過ぎだ! この愚か者が!!」

 

 ラウラはカウンターでAICを使い、ブラックサレナを停止させようとした。

ブラックサレナはラウラに向かって真っ直ぐ突進してきている。これならば、集中もしやすい。

だが、ブラックサレナはラウラのAICが襲いかかる前に弾かれるようにコースを変えた。

 

「そんな!?」

 

 それを見て驚愕に固まるラウラ。

あの速度で途中から進路を変えるのは、通常では有り得ない。そんなことをすれば、無事ではすまない。だが、一夏はそれを難なくやってのけた。

そんなラウラを無視して一夏は更に加速する。

 

「だが、まだだ!!」

 

 ラウラは驚き固まっているところから復帰するとブラックサレナに向かって手を翳し、またAICを使おうとする。

すると、ブラックサレナはラウラの前で動きを変えた。

体当たりから上に逸らすように軌道を変えると、その場で前転した。

 

「な、何を! ぐはぁ!?」

 

 その意味不明な行動に目を剝いたラウラは、その後に上から来た衝撃で地面に叩き付けられた。

その途端に砕けるシュヴァルツェア・レーゲンの装甲。

ラウラが何とか起き上がり、自分に何が起こったのかを考えてブラックサレナを見た瞬間に何が起こったのか理解した。

ラウラを見下すように上空で浮遊しているブラックサレナ。その体から垂れ下がる悪魔の尾。

ラウラはテールバインダーによって叩き墜とされたのだ。

 その場に居ては不味いと即座に判断すると、ラウラは急いでその場から引いた。するとその場にブラックサレナが突進してきた。

地面に激突し、凄まじい轟音を起てる。まるで砲弾が地面に激突し炸裂したかのような衝撃がアリーナに走り、土煙が上がる。

ラウラがその光景に意識を呑まれていると、また衝撃が走った。

 

「今度は一体!?」

 

 土煙を裂いて砲弾がラウラへと襲いかかり、ワイヤーブレードを撃ち砕いていく。

土煙が晴れると、そこにはまるで何も無かったかのようにブラックサレナが佇んでいた。

装甲に一切の損傷は見当たらず、少し土で汚れただけであった。

 

「…………これで終わりだ………」

 

 一夏が感情のこもらない声でそうラウラに言う。

その声を聞いて、ラウラを寒気が襲った。あれだけ此方を責めておいて、まったく疲労を見せない。それどころか、戦っているという意識すらしていないんじゃないかと思わせるほどの、淡々とした物言い。それはラウラに、お前は敵とすら認識していないと言っているに等しい。

もはやそれは人ではない別の何かにしか見えない。

ラウラはこの時、初めて一夏を敵に回したことを後悔した。

すでにシュヴァルツェア・レーゲンは中破状態。プラズマ手刀とAIC以外は先程の攻撃も含めてすべて破壊されてしまった。

満身創痍になりそうな相手であろうと、一夏は躊躇しない。

そのままブラックサレナをラウラに向かって突進させる。

 

「くっそぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!」

 

 半ばやけっぱちになりながらラウラはブラックサレナにAICを使う。

そして……

 

「や、…やった……やったぞ!!」

 

 ついにブラックサレナを停止させる事に成功した。

ラウラの顔に喜びが灯る。

だが………

 

「………この程度か………」

 

 ぞっとするような声がラウラの耳に届いた。

その場で停止しているブラックサレナは足のスラスターの出力をさらに上げていく。

肩部や腰部などの各部姿勢制御用ノズルも展開され、ブラックサレナはさらに推力を増していく。

AICで停止していたブラックサレナが段々と前へと進んでいくのをラウラは感じた。

 

「何ぃいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいい!!」

 

 そしてついに……AICの呪縛を打ち破った。

今まで溜められていたエネルギーを解放するかのように突進するブラックサレナ。

その神速の砲弾が、ついにラウラを捕らえた。

 

「っ………………………!?」

 

もはや声も上げられない。

それぐらいの衝撃がラウラに襲いかかった。

ブラックサレナはラウラの体に激突すると、そのままアリーナの壁にまで押し込む。

壁に激突したラウラは、さらに壁にめり込んでいく。

シュヴァルツェア・レーゲンは火花を散らしながら破壊されていき、大破まで持って行かれる。だが、それでも尚、ブラックサレナは停止しない。

そしてついに絶対防御が作動して、ラウラが倒れ込む。

それを見て、ブラックサレナが離れた。

もうラウラのISに戦う力は無いと判断したからだ。

そのままその場を離れようとしたら、途端にラウラが起き上がった。

 

「あああぁああぁあああああぁああああああああぁあああ!!」

 

突然絶叫し始めると、大破していたシュヴァルツェア・レーゲンが紫電を放ち始めた。

紫電が収まったかと思うとシュヴァルツェア・レーゲンは黒いどろどろとした泥のようになり、ラウラを包んでISを纏った人型の何かに変わっていた。

それを見て、一夏はまだ戦闘が終わっていないことを悟った。

 

 

 



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第二十六話 偽の戦乙女 対 復讐人

最近少し甘いんじゃないかと言われてしまっています。
ですが、それはあるフラグです!


 一夏の目の前でラウラのISがドロドロとした泥の様になり、その泥のような物がラウラを包み込む。そしてあっという間に人型を形作り始めた。

それはまるでISを装着した女性のようなシルエットになり、片手に近接ブレードのような物を持っていた。

 通常では有り得ない事態に周りは騒然となっていく。

この非常事態に教員達は警戒態勢レベルDを発令。全試合を中止し観客を避難させ、鎮圧のために教師部隊を送り込んだ。

展開される部隊により、人型が包囲されていく。

 

「だ、大丈夫、織斑君!?」

 

 一夏を心配して簪が声をかける。

その声には一夏への安否を気遣う意思が込められていた。

一夏はその声を受けるが何も答えない。だが、その雰囲気にはいつもと同じ何の感情もない雰囲気が醸し出されていた。

 それを感じて簪は一夏が無事だと判断し、安心する。

 

「早く…ここから出よう……後は先生達が何とかしてくれるから……」

 

 簪は一夏にそう声をかけ、アリーナから出るよう促す。

最早事態は自分達には手に負えないと判断したのだ。それは当たり前の事であるし、既に鎮圧部隊も出ているのだから自分達が出来ることは何も無い。

そう考えることは、決して間違ってはいない。寧ろこの判断は正しいものだ。

だが………

 

一夏はその場から動かなかった。

 

 それを見て簪が不安そうに一夏に話しかける。

 

「……どうしたの…織斑君?」

「……………先に行け……」

 

 一夏は簪にそう言うと、人型の方に向く。

それがあの人型と戦うのだという意思表示なのだと簪は理解し、慌てて一夏を止めようとする。

 

「お、織斑君!? ど、どうして…戦おうとするの……別に織斑君が戦わなくても……もう事態は収拾するんだよ……」

 

 一夏は必死に止めようとする簪の方に振り向くと、短く答えた。

 

「………試すだけだ……」

 

 そう答えると、ブラックサレナは足のスラスターの出力を上げて人型に突撃を仕掛けた。

 

 

 

 一夏が今回、あの人型と戦う理由。

それは学園の平和のためでも、中に取り込まれたラウラの救出でもない。

アカツキから聞いた話を念の為調べた結果、あのシュヴァルツェア・レーゲンに搭載されているのは違法である『VTシステム』であることが分かった。

 『VTシステム』……正式名称、ヴァルキリートレースシステム。

第一回モンドグロッソ。その総合部門優勝者に送られる称号『戦乙女』(ブリュンヒルデ)。そのヴァルキリーの戦闘機動を再現するシステムである。違法になった理由は、それが操縦者に多大な負担を掛けるからなのと、平等性に欠けるからである。誰でも使えば最強の力を簡単に手に入る、そんな物が認められるはずもない。

そして第一回モンドグロッソの優勝者は『織斑 千冬』である。

一夏の実の姉であり、このIS学園で現在は教師をしている。IS業界において、ブリュンヒルデと言えば千冬の事を指し、その強さは未だに崇高の念を抱かれている。

つまり……あの人型は現在、VTシステムによって最強の織斑 千冬を再現している。

一夏が戦おうとした理由はこれである。

紛い物とは言え、IS最強をトレースした物。『その程度』に負けるようでは、北辰達に勝てる訳が無い。つまりは腕試しである。

 この学園に来てから、温い戦闘ばかりであった。無人機との戦闘では少しはマシだったが、所詮はその程度。腕が錆び付いていないかと少しは心配になった。

その錆落としの意味合いも含めていた。

 

「………見せて見ろ……」

 

 ブラックサレナが人型に向かってハンドカノンを連射しながら突撃する。

その砲撃に反応して人型は手に持っていたブレードで砲弾を弾く。

 

「何をしているの、あなた!?」

 

 鎮圧のために包囲していた教員の一人が一夏にオープンチャネルで話しかける。

だが、一夏はそれにまったく答えずに攻撃を続ける。

人型はブラックサレナを迎え撃とうとブレードを接近しながら斬り付ける。ブラックサレナはその斬撃を紙一重で躱しながらすれ違いざまにハンドカノンを撃ち込む。

人型はそれを後退しながら弾き返していた。

その戦闘は高速で行われ、一人と一体は目にも止まらない激しい戦闘を繰り広げていた。

弾かれた跳弾が地面や壁を砕き弾かせ、人型の斬撃が空気を切り裂いていく。

その破壊の嵐に包囲網は保てなくなっていく。

 

「総員、退避しろ!!」

 

千冬が鎮圧部隊にそう通信を入れる。

もはや目の前で繰り広げられている戦いは次元が違っていた。現役の千冬ならば戦えたかもしれないが、今の千冬では勝てるかどうか分からないレベルであった。

その歯がゆい思いを悔しく感じながらも、千冬は自分の判断が間違っていないことを確信していた。

こんな戦闘力を見せる相手に、この鎮圧部隊では歯が立たなかっただろう。そのまま鎮圧しに向かわせていたら、かなりの被害を出していたかもしれない。

そう考えながら、千冬は部隊が撤退するのを見ていた。

 鎮圧部隊が撤退した後も戦闘は続いていく。

戦いは拮抗していた。ブラックサレナがハンドカノンを連射し、人型が弾きながら神速の速さを持って斬りかかり、ブラックサレナはそれを躱していく。

それが幾度となく続けられていた。

既に十分が過ぎ、辺りには破壊の跡が刻まれていった。

通常であればスタミナ切れを起こしているだろう。だが、一夏は息切れ一つせず汗もまったく掻いていない。元から汗など掻かないのだが。

一夏の瞳は真っ直ぐに人型を見つめていた。

その瞳には何の感情も浮かんではいない。ただ冷徹に人型を見据えるのみである。

 

「………この程度か………」

 

一夏は人型に向かってそう呟く。

あれほどの戦闘をしておきながら、一夏は人型に脅威を感じなかった。

この程度の強さでブリュンヒルデなどと、たかが知れる。これでは北辰を殺す為のウォーミングアップにもならない。

 

「………もう終わらせる……」

 

落胆の籠もった声でそう人型に告げると、ブラックサレナはハンドカノンを収納し、代わりに別の武装を展開した。

長い柄の先端に刃がついた武器。それは槍にも、長刀にも見える。

『フィールドランサー』

それがこの武装の名だ。

この武装はエステバリスの専用の近接兵装。その特性は高密度のディストーションフィールドを刃に纏わせ、相手のディストーションフィールドを切り裂くこと。

別に人型がディストーションフィールドを使うわけではないが、高密度のディストーションフィールドはそれだけでも凶悪な攻撃となる。

 ブラックサレナはフィールドランサーを構えると人型に向かって斬りかかった。

人型はブラックサレナに応戦する。

そこから何合もの剣戟が繰り広げられ、そのたびに火花が辺りに散っていた。

だが、先程とは違い、戦況は傾いていた。

ブラックサレナがフィールドランサーで斬り、突き、なぎ払う。

その猛攻は凄まじく、人型は段々と押されていった。

そしてついに……手に持っていたブレードをへし折った。

そのまま一夏はコアがあるであろう部分にフィールドランサーを突き刺そうとする。それは人で言うところの心臓に当たる部分。取り込まれたラウラの頭部があるであろう部分でもある。そのまま突き刺そうものなら、ラウラを頭部を貫通することになる。つまりラウラは絶対に死ぬ。

それが分かっていながら一夏は迷わず躊躇無く突き刺そうとする。一夏は人を殺すことに何も感じることはないのだ。

だが………

 

「織斑君、駄目ぇええええええええええええええええええええええええええええ!!」

 

 簪の悲痛な叫びがアリーナに響き渡った。

簪は一夏がラウラを気にせずに攻撃することを理解し、即座にそう叫んだ。

結局の所、簪は一夏が心配で退避していなかったのだ。

 その声を聞いた途端、一夏の手は止まった。

一夏自身、止める気などなかった。なのに手が止まってしまった。そのことに内心で苛立ちと驚愕の二つを感じつつ、一夏は別の攻撃を放った。

この間に掛かった時間は一秒にも満たない。

フィールドランサーを持っている右手を止めたかわりに、左手にディストーションフィールドを集中させて手刀による突きを人型に向かって突き出した。

高速で放たれた手刀は人型に突き刺さり、そのままブラックサレナは手を下に強引に振って人型を切り裂く。すると中からラウラが現れた。意識が無いのか、目を瞑ってぐったりとしている。

一夏はラウラを見つけた途端に左手のディストーションフィールドを解除。そのままラウラの首を掴むと、人型から引き抜き宙に放り出した。

それを見て急いで簪がラウラを回収する。息があることを確認し、簪の顔が安心から和らぐ。

一夏は気にせずに追撃をかける。

既に操縦者がいないのだから動かないはずだが、一夏は相手が『死ぬ』まで攻撃の手を緩めない。

機体を横に急回転させ、テールバインダーで人型を弾き飛ばすと、飛んだ先に倍以上の速度で回り込み、体当たりを嚙ます。

そのまま人型はアリーナの壁まで叩き付けられ、壁にめり込んだ。

 

「………終われ………」

 

一夏は人型にそう呟くように告げると、ディストーションフィールドを高出力でフィールドランサーに纏わせ、槍投げのように壁にめり込む人型に投げつけた。

高速で飛ぶ矢のようにフィールドランサーは飛んで行き、人型に突き刺さる。

それは串刺し状態で、見ようによっては貼り付けにされた聖人と、それに突き刺された杭のようにも見えた。あまりの威力もあってか、人型の腕と足は千切れ飛んでいた。そしてすぐに人型は原型を保てなくなった為か、泥のようになって崩れ落ち崩壊した。

その場に残ったのは、壁に深々と刺さるフィールドランサーと、その下に泥のような何かがあるだけであった。

 一夏はそれを見届けると、その場で反転しアリーナの出口へと向かった。

それを見て簪もラウラを抱えたまま一夏の後を追うように出口へと向かって行った。

 

「……この程度では…北辰を殺せない……」

 

 そう一夏は呟くが、その声は誰もいないアリーナに吸い込まれていき、誰にも聞こえなかった。

 

 



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第二十七話 保健室では

感想が一杯きて嬉しいです。
この作品は一週間に一回更新出来れば良い方だと思いますので、少し遅くなっちゃいますが楽しんでくれれば嬉しいです。


 一夏がアリーナを去り、簪はラウラを保健室へと運んだ。

そのまま保健室のベッドにラウラを寝かせると、簪はラウラの看病をすべく、ベッドの近くに置いてある椅子に座った。

さすがにこんなボロボロなラウラを放っておくわけには行かなかったのだ。

保健医が居なかったため、簪はラウラに手当を施していく。

そしてラウラはあっという間に包帯でぐるぐる巻きにされたのだった。

 

「ほぉ、中々の手際だな」

「!? ……お、織斑先生!」

 

 急に背後から声をかけられ、簪は驚きながら振り向く。

振り向いた先には、千冬がラウラを覗き込むように立っていた。

いつの間に入って来たのか……全然気付かなかった簪は、千冬の登場により心臓が止まるかと思うほどに驚いていた。

驚いて固まっている簪を見て、千冬は苦笑しつつ簪に話しかける。

 

「そんなに怖がるな。何、取って食ったりはしないさ。すまんな、こいつの看病をさせてしまって」

「い、いえ……別に…たいしたことじゃないです……」

 

 簪は千冬にそう答える。その顔はお礼を言われたことによる照れから赤くなっていた。

そのまま簪が恥じらっていると、ラウラが気がついたのか、目を開けた。

 

「うっ・・・・・・ここは・・・・・・」

「どうやら気がついたようだな」

 

 ラウラが起き始めたのを見て、千冬がラウラに声をかける。

ラウラは千冬を見て急いで起き上がろうとしたが、全身に走る激痛に呻き声を上げながらベッドに倒れた。

 

「くっ…~~~~~~~~~~~~~っ!?」

「へたに動くな。更識、ボーデヴィッヒの体の状態は?」

「は、はい……重度の全身打撲です………あまり動けない…です……」

「だそうだ。そのまま楽にしていろ」

 

 千冬にそう言われ、ラウラはベッドに体を預けた。

ラウラは体に走る痛みに顔が歪みつつも、収まるのを待ってから口を開いた。

 

「何が・・・起きたのですか・・・」

 

ラウラは千冬の目を見ながらそう千冬に聞く。

それが先程あった試合の事であることは、誰が聞いても明確に分かることであった。

千冬はそれを聞いて話そうとすると、簪は空気を読んで部屋を出ようとした。

 

「更識、別に部屋から出て行かなくてもいい。どうせすぐに知れることだ」

 

千冬はそう言って簪を引き留めた。

そしてラウラの方を向くと、真面目に話し始めた。

 

「一応重要案件である上に、機密事項なのだがな。あれだけ派手にやってしまっては、機密もクソもないんだがな………VTシステムは知っているな?」

「ヴァルキリー・トレース・システムですか? 確か過去の世界大会の部門受賞者の動きをトレースするシステムですよね」

「そうだ、現在はIS条約で禁止されている代物だ。それがお前のISに搭載されていた。操縦者の精神状態、機体の蓄積ダメージ、そして何より操縦者の意志……いや、願望か。それらが揃うと発動するようになっていたらしい」

 

 それを聞いてラウラは何かを考える。

そして思い当たったらしく、気まずそうに答える。

 

「私が望んだからですね……教官のようになりたいと……」

 

 それがVTシステムの起動条件。

ラウラは織斑 千冬のような、最強になりたいと願ったのだ。

それが千冬には、それが痛い程理解出来た。

教官として教えていたときから、ラウラは千冬を慕っていた。落ちこぼれだったラウラは千冬の御蔭でまた最強の座に戻ることが出来たのだから、懐くのも無理は無い。だが、ラウラは千冬にそれ以上の感情を抱いた。それは憧れよりも上、すなわち崇拝である。

それは神を信じる信徒の如く、ラウラにとっての千冬とは、まさに神と同じであった。

故にラウラの中で千冬は最強で、誰にも負けない絶対者となった。

一夏に負けそうになったラウラはどこからか声が聞こえ、そして願った。

 

『比類無き最強(織斑 千冬)になりたい』

 

そう願ってしまったのだ。

その結果が今現在の状態である。

ラウラは千冬に話しながら、自分がどのようになったのかを大体悟った。

つまり………織斑 一夏に負けたということを。

そしてをそれを完全に自覚した瞬間……体が震え始めた。

寒さからではない。部屋の気温は最適になっているのだから。ラウラの脳裏には、砲弾のように自分に向かって突進してくるブラックサレナが思い出されていた。

ラウラが如何に攻撃を出しても、真っ正面からすべてを弾き返す。此方のすべてをことごとく蹂躙するその姿に……ラウラは恐怖した。

 顔を真っ青にして震え上がるラウラに、千冬は落ち着かせるために一喝する。

 

「ラウラ・ボーデヴィッヒ!」

「は、はいっ!!」

「お前は何者だ!?」

 

 いきなりそう言われ、ラウラは動揺してしまう。

誰だっていきなりこんな事を言われたら動揺してしまうだろう。

 

「誰でもないなら丁度いい。お前はこれから『ラウラ・ボーデヴィッヒ』になるがいい。お前は私のようになりたいと思っているようだが、人は結局自分にしかなれないのさ。それにな……」

「それに?」

 

 千冬はラウラに向かって、普段は浮かべないような笑みを浮かべながら答える。

 

「お前は私の強さばかりに目が向いているが、私だって人の子だ。そこまで強くはないし、女らしいことはからっきしだ。現に寮の部屋は散らかりきっているしな。料理一つ満足に作れん。それが最強だなんて笑わせてくれるだろう」

 

 ニヤリと笑いながらそう答える千冬を見て、ラウラは………

 

「……ぷっ……あっはっはっはっはっは!」

 

あまりにもおかしく見えたのか笑い出した。まさか千冬がそんなことを考えているとは、思ってもみなかったのだ。ラウラにとって千冬は最強の人物のはずだった。そんな……普通なことを考えているとはラウラには考え付かなかったのだ。

 

「流石に笑いすぎだ、馬鹿者」

「す、すいま…痛ぅ!?」

 

 笑われ過ぎたことにムッとする千冬。ラウラは千冬の様子を見て慌てて謝るが、痛みで顔が歪む。

 

「ま、まだ…安静にしてないと…駄目……」

 

このやり取りを聞いていた簪がラウラを急いでベッドに寝かしつける。

 

「お前は……そうか。この手当をしてくれたのはお前か……礼を言う」

 

 ラウラは簪の姿を見て、手当をしてくれたのが簪であることを理解して礼を言う。

簪はそれまでのラウラのイメージもあってか、あわあわと慌てながら礼に応じた。

 ラウラはまるで険が取れたかのように穏やかな気持ちになり、簪に今までの非礼を詫び、簪はそれを慌てながらも応じ、千冬はそんな二人を暖かな目で見ていた。

 ある程度簪と打ち解けたラウラは、真面目な顔になって千冬の方を向いた。

 

「教官……お聞きしたいことがあります」

「教官と呼ぶなと言っているだろうが……。まぁ、今回は見逃してやる。それで、何だ」

「はい…教官の弟、『織斑 一夏』のことです」

 

 その途端、さっきまで保健室に満ちていた暖かな雰囲気が凍り付いた。

ラウラが憎み、今では恐怖の対象になった織斑 一夏。ラウラが知っていることは、一夏のせいで千冬が第二回モンドグロッソの優勝を逃したということだけである。

ラウラにとって、それはあまりにも許せないことであった。だからこそ、一夏がIS学園にいると情報を得て、叩きのめしにきた。一夏がIS学園に来る前の二年間、その間の空白はドイツ軍の情報網を持ってしても分からない。そんな不審極まりない人物だったが、ラウラは憎しみが先行し過ぎて意識しなかったのだ。

だが、今はそれが如何に異常なのかが分かる。

 

「教官……織斑 一夏は異常です。この空白の二年間に何があったのかは分かりません。ですが……彼はこの私を…『ISを装着する軍人』を圧倒しました。とてもつい最近にISを触った人間とは思えません! 実は………VTシステムに取り込まれている時、少しだけ意識がありました。その時に見た彼の強さは…有り得ないものでした。私は教官の強さに尊敬を持っています。ですが……あの男から感じた強さには………恐怖しかなかった。負けたくないとか、勝ちたいとか、反骨精神といった物を根こそぎ破壊し尽くすあの力は、人が持てるような力ではない。彼は一体何者なんですか」

 

 ラウラは顔を青くしながら千冬にそう聞く。

その顔は、今でも恐怖を感じ怯えている。

ラウラの質問に、簪も気になって千冬の方を向いた。

ただし、ラウラとは感じていることが違ったが。

 簪は一夏を見て、怖いと感じたことがない。

確かに凄まじい強さには素直に驚くし、それがおかしなことだということも分かっている。

だが、簪はそのことを一夏を見て納得してしまうのだ。

一夏ならこの強さなのも納得できると。

簪は寧ろ…一夏を見て、『必死さ』を感じる。

人にも自分にも厳しい。それは、何かを必死になって成そうとしているように感じる。

それが何なのかまでは分からないが、簪にはその必死さが羨ましく共感を覚えるのだ。流石にラウラに止めをさそうとしたときには怖かったが……。

その必死さが……何だか愛おしく感じてしまう。

簪はそれを少し自覚してしまい、顔を赤くしてしまった。

 千冬はラウラと簪の視線を受けて、どう説明しようかと悩む。

ストレートに言うのは、さすがに憚られた。それを言ってしまっては、千冬の中の一夏が完璧にいなくなってしまいそうで……。

 

「そうだな……私も詳しくは知らない。だが、彼奴は何かしらの目標があって、それを達成するためにこの二年間を費やしたらしい。しかし、未だに達成出来ていないらしい。それを達成するためには、強さが必要だったから、ああなったとしか言いようがない。すまないが、私はそれぐらいのことしか知らない。すまないな」

「い、いえ……分かりました」

「あ、ありがとうございます」

 

 千冬の答えを聞いて、二人は考える。

だが、二人で考えていることはまるっきり反対のことであった。

ラウラはどうすればあそこまで『人を超える強さ』を持てるのかを恐怖に震えながら考え、簪は一夏の目標に向かって進む姿勢を素直に格好いいと感じて頬を赤く染めていた。

 千冬はそんな二人を見てから、保健室を後にした。

 

 

 

 一夏は自室で一人、黙々と考えていた。

考えていることは一つだけ……今日の試合の時、ラウラを殺そうとフィールドランサーを振ったときに聞こえた簪の声で攻撃を中止してしまったことである。

あの時、一夏は相手を殺す為に最適な方法を取ったつもりだった。それを簪の声が聞こえた時、無意識に止まってしまった。何故止まってしまったのか、それが一夏には分からない。

止まる理由など何もない。誰が何と言おうと、確実に殺そうとしたのだ。

それが分からなくて苛立つ。

だが、理性の面では少しは説明がつく。

相手はドイツ軍の軍人。下手に殺そうものならば、ややこしい事になったかもしれない。別にそれを恐れていることなんてないが、邪魔をされては困る。それに表では貴重なISコアを破壊してしまっては各国から文句が出るだろう。下手に監視されては困る。

そういった面を考えれば、寧ろ殺さないようした方が正解である。

だから殺すのを止めたと考えれば、あの時止まったのも考えられるのだ。

だが……妙に釈然としない。

それが一夏の苛立ちを加速させていた。

 

 結局、その日一日使っても、一夏の苛立ちが解消されることはなかった。

 

 

 

 

 



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第二十八話 復讐人は宿敵と再び相対する。

今回は簪ちゃんとデート回。ですがあの人も出ますよ~。


暗い通路の中、7つの影が動いていた。

 

「隊長、次の任務は」

「うむ、少し遠出になるが、日本の近くへ向かう。上手くいけば、復讐人と相まみえることになるやもしれんなぁ」

 

 7つの影の先頭は、そう愉快そうに声を上げて笑っていた。

その笑い声は、暗い闇の中で木霊していく。

 

 

 

 トーナメントも無事終わった翌日にシャルル・デュノアは名を戻し、『シャルロット・デュノア』と名乗って転入し直してきた。

本人も何かを決意しての行動なのだろう。その顔は何かを吹っ切った良い笑顔となっている。

その調整の関係で真耶はげっそりとしていたが、それを気にする一夏では当然ない。

シャルロットが女だと言うことが発覚しクラス中が騒いだが、一夏と同室だったということを思い出すと皆静かになってしまった。

一夏が普通の少年だったのなら、これはこれで結構な話題になっただろう。

だが、今この場にいる織斑 一夏に限ってはそんな話にはならない。『あの一夏』に限っては、浮いた話や年相応の話などは一切出ないのだから。

 その後、ラウラも普通に登校してきたが、それまで一夏に向けていた殺意はすっかり消えていた。

そのかわりラウラの心には、一夏への恐怖が刻み込まれていた。

 

『窮鼠猫を嚙む』

 

そんなことわざが日本にはあるが、嚙んだ所で倒せるわけではない。

ラウラと一夏を比べるには、『兎と獅子』と言ったほうが良いだろう。猫と鼠ならまだ戦いようもあるかもしれないが、兎はどうあがいても獅子には勝てない。攻撃力も走る速度も何もかもが勝てないのだ。

ラウラは一夏と戦い、それを本能で察してしまった。

自分ではどうあがいても勝てないと。

故にもう関わりたくなかった。一夏の本気の殺気を受けたら、ラウラは絶対に死ぬだろう。ラウラの心はあの一戦でへし折られてしまった。

 と、各自思うことを考えながらまた日常が始まっていく。

無論、一夏がそれらについて考えることなど一切ないのだが……。

 

 

 

 (何故こうなってしまったのだろうか……)

 

一夏は現在の状況を見て、そう考えてしまった。

 シャルロットが転入し直してから一週間近くが過ぎていた。

その間に何かあるわけもなく、一夏はいつも通りに情報収集に集中していた。

これもいつもの通り、何も見つからなかったのだが。

クラスでは、そろそろ間近になった『臨海学校』の話題で持ちきりになり、皆楽しそうにしていた。

当然一夏がそんなことを気にすることはなく、行くことに意味を見出すこともない。

一夏としてはそんなお遊びをしている暇などなく、すぐにでも北辰達の居場所を突き止めたいところであったが、これも学園行事。アカツキが休むことを許さなかったのだ。

 

「せっかく海に行けるんだから、是非とも楽しんできてくれたまえ。若い女の子の水着姿を無料で、間近で拝めるんだよ! 絶対に行くべきだ!」

 

 アカツキはそう言って、秘書の女性にきついことを言われていたが。

何はともあれアカツキにそう言われては、一夏は聞くしかない。

考え方を変えれば参加さえすればよいのだから、後は自由で良いはずである。何処であろうと情報収集は出来るのだから、場所が変わっても問題は無い。

そう一夏は判断した。

 そこまでは問題ない。

別に泳ぐ気もないのだから、水着を手に入れる必要もない。

では何故………一夏は現在、駅前のショッピングモール『レゾナンス』に来ているのか?

それには少し前に遡る。

放課後、誰もが出て行った教室で一人、一夏がいつも通りに情報収集をしていた時にそれは来た。

 

「お、織斑君……す、少し…いいかな…」

 

 いきなり開いた教室のドア。

それ自体は全く気にしない一夏だが、ドアを開けた人物には少し目が行った。

 

『更識 簪』

 

一夏にとってよく分からない少女。

少なくとも一夏は彼女のことを嫌ってはいない。過去のしがらみと一切関係が無いため、一緒にいてもそこまで苦にならない。訓練をしている姿から、自分と似たような執念を感じる少女でもあった。

この少女だけが一夏に話しかける。それを一夏は煩わしくは思わなかった。

一夏にとって簪とは、

 

『少し気に掛かる、それでいて話していてもあまり苦にならない少女』

 

といった評価である。

少なくとも………嫌いではない。

 

「……何の用だ……」

 

いつもと変わらない感情を感じさせない声で一夏は答えると、簪は顔を真っ赤にして指を胸元でもじもじと動かしながら恥ずかしがり、一生懸命に言った。

 

「あ、あの! ……明日のお、お休み…一緒に出かけませんか……」

 

一夏としては断るべきだったが、断ろうと口を開きかけた瞬間、簪は泣きそうな顔になったのだ。

そして一夏は答えた。

 

「……わかった……」

 

 そう答えてしまった。何故そう答えてしまったのか、一夏本人にも全く分からない。

それに内心驚きつつも、そう答えたのを聞いた簪が花が咲いたかのような笑顔になったのを見たら、そこまで気にならなくなった。別にどこにいようと自分のやるべきことは何処でも出来ると考えた。故に問題は無いと自分で納得してしまった。

 そして翌日、一夏はレゾナンスで待ち合わせをすることになった。

世間では所謂デートだが、一夏はそんなことを考えない。服装はIS学園の制服を着ていた。

一夏には私服が無い。基本はISと専用のISスーツ、そしてバイザーさえあれば生活には困らない。町中を出歩くようなこともしないため、服を持つ必要がなかったのだ。

 IS学園の男子制服という珍しい恰好だが、一夏が周りから注目をされることはなかった。

気配を消して、一夏は風景に溶け込んでいる。これぐらいは過去2年の訓練と実戦で積んでいる。そのため、駅前にいる人々は一夏を気に掛けることはなかった。意識して見れば分かるだろうが、意識しなければそこに人が立っているくらいにしか認識されないだろう。

 待っている一夏がしている事といえば、結局情報収集である。

それに集中すること約5分。

一夏はこちらに駈けてくる足音を聞き、聞こえた方に顔を向ける。

 

「はぁ…はぁ…はぁ…ご、ごめんなさい、織斑君。……その…待った?」

 

簪が一夏の方に息を切らせながら向かってきた。

一夏はそれを見ると、いつもと変わらない表情で答える。

 

「……問題ない……」

 

事実、簪が遅れようと一夏には問題がない。

簪は一夏の返答を聞いてそれでも謝ってきたが、一夏はこれを聞いても何も答えなかった。

どうやら簪は一夏と出かけられることが嬉しいらしく、テンションがいつもより若干高めであった。

恰好も熱が入っていて、水色のワンピースに真っ白なトップスを羽織っていた。

それに合わせ、最近暑くなってきたこともあり麦わら帽子を被っている。

その姿はまさに可憐の一言に尽きる。その証拠に、その簪の姿を道行く男性達がちらちらと見ていた。

一夏がその服装を褒めることもないのだが……。

 一夏と簪がレゾナンスに来た目的。それは……簪が水着を買うことである。

どの水着が似合うのか、一夏に観て貰いたいと簪は思ったのだ。一夏はどう思っているかはともかく、簪にとって一夏は気になる男子であった。

 それが完璧に恋なのか、将又別の感情なのか? 

それは簪には判断することが出来なかったが、本人が意識していないだけで、それは恋に近い感情であることは明白である。

 簪は一夏と一緒にいることにドキドキと胸を高鳴らせながら歩いて行く。

まるでデートみたいだと考える度に、簪は自分の顔が熱く真っ赤になるのを感じていた。

 

「きょ、今日は…良い天気…だね…」

 

 と天気の話を振ってしまうくらいに簪は緊張していたが、一夏はいつもと同じように淡々と答えるのみである。答えるだけマシではあるが。

 そのまま一夏と簪は水着売り場にまで行き、簪はさっそく水着を選びに行く。

一夏は店の外で待っていようとしたが、簪に呼び止められた。

 

「ま、待って…織斑君! そ、その…私の水着…観て欲しい…かな」

 

 恥ずかしがり、顔をポストよりも真っ赤にさせながら言う簪。

一夏はそれを何故か聞き入れてしまう。どうも簪の『一生懸命』な所に、一夏は言うことを聞かなければいけないような気を感じた。

 そして約10分後……試着室のカーテンが開いた。

 

「ど、どうかな…」

 

 恥じらいながら出てきた簪の恰好は、白いビキニ姿だった。

簪にしては珍しく露出が派手で、色気重視の水着である。

普通、このタイプの水着は胸が大きな人でないと似合わないが、簪には似合っている方だろう。

体が小さいので分かり辛いが、簪だって決してスタイルが悪いわけではないのだ。ただ、簪の周りにいる人が胸の大きい人だらけなだけで。

 簪は恥ずかしがりながらも一夏に感想を求める。簪にとって、この水着は結構冒険しているのである。

 一夏はというと、どう答えれば良いのか内心で困っていた。

基本、一夏は人を褒めるようなことはしない。故に簪の水着姿にどう答えればいいのか分からないのだ。

 困った末に、一夏は他のハンガーに掛かっている水着を指差した。

 

「……悪くはない……だが、こちらの方が…良い……」

 

 一夏が指差した水着は、薄い水色のワンピース。

一夏には、その色が簪に合っていると、何となく思い挿しただけであったが、簪はそれを聞いて笑顔になった。

 

「こ、こっちの方が…似合ってる?」

 

 簪は一夏が自分の為に似合ってる水着を判断してくれたことが嬉しくて、いつもの様子からは考えられない速さで水着を取ると、試着室に駆け込んだ。

そして5分後にまた声がかけられ、カーテンが開く。

そこには一夏が指差した薄い水色をしたワンピース水着を着た簪が顔を赤くしながら立っていた。

その姿は可憐で、妖精のような美しさがあった。

 

「お、織斑君…似合ってる?」

「…………………」

 

 そう聞く簪に一夏は無言でいたが、それが肯定という風に取れて簪はかなり喜んだ。

 

 

 

 その後も一夏と簪は少し出歩いていく。

簪は小物や服、好きなアニメのDVDなどを色々な店を観て廻っていく。

一夏ははしゃぐ簪の後ろについて回り、簪を見守っていた。

少なくとも、ここまでの間に一夏の気分は悪くはなかった。

無駄だと分かっていたが、悪くはない。そんな気分である。

 そして時間は3時頃。

簪は駅から離れた公園にあるクレープ屋に一夏を連れて行った。

この店は学園で話題になっている店であり、女の子ならば誰でも一度は必ず行きたいと評判である。

簪はそこでイチゴのクレープを頼んだ。一夏はというと、屋台には近づかずにベンチの近くで簪が買い終えるのを待っていた。

簪はクレープを持って一夏と一緒に近くのベンチに座り食べ始めた。

 

「……美味しい!」

 

 一口食べて簪が笑顔になった。クレープの味は評判通りでありとても美味しいらしい。

簪は美味しそうにクレープを食べ始め、一夏はそれを眺めていた。

 

「お、織斑君…どうしたの…」

 

簪は一夏に見つめられていることに少ししてから気付き、真っ赤になる。

そしてクレープ見て、一夏を見ると少し考えた。

 

(もしかして……クレープを食べたい…のかな…)

 

この時の簪は浮かれていて忘れていた………一夏が味覚を失っていることを。

浮かれている少女にしては仕方ない事なのかもしれないが……

簪はこれから自分がやろうとしていることに心臓がドキドキと高鳴っていくことを感じる。

それは普段からすれば有り得ないほどに大胆な行動であった。だが…今簪と一夏の間に流れる雰囲気は決して悪くはない。それが簪の背を押す。

 

「お、織斑君……クレープ…食べる?」

 

 簪は恥ずかしそうに顔を赤らめながら一夏にそう聞くと、一夏にクレープを差し出す。

それは食べかけ物であり、つまりは間接キスになってしまう。きっと簪は無意識にそのことを理解しているだろう。

 一夏はと言うと……

 

「えっ…………」

 

簪はいきなりのことにそう声を漏らしてしまった。

簪が差し出したクレープを一夏は……叩き落としたのだ。

急な事に理解が追いつかない簪。さっきまでの雰囲気からは考えられない行為に、普通なら泣き出していただろう。だが、簪は泣いていなかった。

頬に伝う生暖かい液体の感触。

それは涙ではない。簪はそれを感じる前に、それが何であるかを理解した。

それは………血だ。

無論簪の物ではない。ならば誰の物なのか? この場には簪以外には一人しかいないのだから、その人物の血である。つまり……一夏の血だ。

 一夏が簪のクレープを叩き落とした瞬間、腕に衝撃が走り何かが刺さる感触がした。

それは簪を狙って放たれたクナイである。簪が一夏にクレープを差し出していた時、一夏は此方に向けられた殺気に反応して簪を庇った。

結果、簪が差し出したクレープを叩き落としてしまったがそれどころではない。

一夏はクナイが飛んで来た方向に視線を向けると、そこには笠を被った人達が立っていた。

数にして7人。真ん中に立つ男は左右非対称の目をした、爬虫類を彷彿とさせる男だった。

 

「くくく……随分と和やかなことをしているようだな…復讐人よ」

 

 リーダー格と思われる男はそう一夏に話しかけた。

 

「……北辰……」

 

一夏はそれに対してそう呟くだけ。だが、その口元からは凄惨と言っても良いほどの笑みを浮かべていた。

そしてそのまま制服の袖から拳銃を出すと、躊躇なく引き金を引く。

 

「きゃっ!?」

 

簪は急に鳴った銃声に驚く。

一夏は気にせず4発ほど北辰に撃ち込むが、銃弾はすべておかしな方向へと逸れていった。

 

「………ディストーションフィールド……」

「その通りよ。貴様…もしかして温くなったか。でなければそのような負傷もしないはずだ」

 

北辰は愉快そうにそう言う。

一夏は返答替わりに2発さらに撃ち込むが、当然ディストーションフィールドに拒まれた。

 

「やれやれ……あまり失望させてくれるなよ、織斑 一夏。この程度でしかないなら……この場で捕獲させてもらう」

「隊長、女はどうしますか?」

「好きにしろ。我はそんな物に興味などない」

「は!」

 

北辰が部下にそう言うと、部下は一夏達に襲い掛かろうと構え始めた。

 

「お、織斑君!」

「………逃げろ……」

 

 一夏は簪をクナイの刺さった腕で庇いつつ、簪にそう言う。

腕からは未だにだくだくと血が流れていた。一夏はそれを感じはするが痛みは感じない。

一夏の顔には狂喜の笑みが浮かんでいた。

簪はどうすれば良いのか分からず慌てていると、北辰の部下の一人が一夏に飛びかかろうと動いた。

その瞬間……

その男は後ろへと飛び退いた。

さっきまで男が行こうとしていた場所には、複数の弾痕が刻まれていた。

 

「やれやれ、貴様等は随分と無粋な真似をしてくれるな」

 

 そんな声が一夏達の背後からかけられる。

一夏と簪が後ろを向くと、そこにはクレープ屋の制服を着た長髪の男が立っていた。

一夏はその男のことを知っている。

 

「………ツキオミか……」

 

一夏の前に現れたのは、ツキオミ ゲンイチロウ。

ネルガルのシークレットサービスのリーダーだ。

一夏とは2年前からの付き合いである。

 

「久しぶりだな、織斑」

「何故……お前がここにいる」

「北辰達が日本に来ているという情報を入手してな。それでお前の周りを張っていた。お前はあいつのお気に入りのようだからな」

 

 ツキオミはそう一夏に答えると、北辰の方に向く。

 

「大人しく投降せよ」

 

降伏勧告を迫られた北辰はニヤリと笑う。

 

「嫌だと言ったら」

 

それを聞いてツキオミもニヤリと笑った。

 

「死んで貰う」

 

そうツクヨミが答えた途端に、公園のあちこちから黒いスーツを着て拳銃を持った人達がわらわらと出てきた。人数にして二五人はいるだろう。

そして一夏達が座っていたベンチの隣に置いてあったゴミ箱が独りでに持ち上がった。

 

「!? きゃあ!?」

 

簪はそのことに驚き、ビクッとしてしまう。

持ち上がったゴミ箱は真っ二つに割れると、中から厳つい大男が出てきた。

 

「……ゴートか……」

 

一夏が出てきた男にそう言うと、男は頷き返す。

これも一夏の知っているネルガルの人間だ。

ツキオミを除く全員が北辰達に銃を向ける。いくらディストーションフィールドとは言え、出力が低ければこの拳銃の量の弾丸には耐えられない。

 

「どうやら今日はこれまでのようだな。ではお暇するとしよう。あまり我を失望させるなよ、復讐人よ」

 

 北辰は周りを見てやれやれ、といった感じに呆れると、一夏にそう言う。

そして体が青白く光を発し始めた。

 

「ちっ! させるか! 撃てぇ!!」

「『跳躍!!』」

 

 ツキオミが命令を発するのと北辰が光となって消えるのはほぼ同時だった。

北辰達は消え去り、撃った弾丸が北辰達がいた所を破壊する。

 

「……ボソンジャンプで逃げられたか……」

 

一夏はそう言いながら北辰達が消えた跡を見ていた。

 

 

 

 その後、一夏と簪はツキオミ達に護衛されてIS学園へと戻った。

簪は混乱し過ぎて訳が分からず何も喋らずにじっとしていた。一夏はツキオミに話しかける。

 

「奴等の狙いは…」

「そこまでは分かっていない。ただ、日本で存在を最近確認されたので調べていた。お前のほうに連絡が遅れたのは謝ろう」

「いや、いい………」

 

そのまま簪と別れ一夏はただ一人、屋上に行った。

屋上で風に吹かれながら考える。

 

(ついに見つけたぞ……北辰! やっと…やっと殺せる! だが……奴の言う通りかもしれない……俺はもしかして……温くなったのか? 奴に勝つためには……捨てなくてはいけない!!)

 

そう考える一夏の顔は、この学園に来たときから、一番凄惨な狂喜を宿した笑顔だった。

 

 

 

 

 



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第二十九話 臨海学校の朗報

気がつけばお気に入りが800を超えていました。
凄く驚きです!!


 北辰達と再会した一夏は、それ以降簪と会うことは無かった。

簪は一夏を心配して会いに行こうと教室を訪れるが、行ったところで一夏はいない。

一夏は休み時間になる度に、すぐどこかに行ってしまうからだ。

いつも通りに考えれば、簪が来ても無視すればいい。

だが、一夏はそれが出来なくなっていた。

未だに理由までは分からないが、簪のことを少なからず気にしてしまう。

それは、この二年間の自分からは考えられないことだった。

それを自覚すると、怨敵に言われた通りなのかもしれない。

 

『温くなった』

 

そう考えると、簪と顔を合わせるわけにはいかないと思ったのだ。

簪といる時間は嫌いではない。それが……己を温くさせる要因になっている。

一夏はそう判断した。だからこそ、簪から隠れるように教室から離れて休み時間を過ごすのだ。

 

「織斑君………」

 

簪は教室にいない一夏を思いながらそう呟くが、それは誰の耳にも届かなかった。

 

 

 

 そして時間は過ぎて行き、臨海学校となった。

旅館まではバスで行くことになっている。無論一夏もバスに乗り込んでいた。

北辰に会った後、そんな物に参加している暇などないとアカツキに抗議したが、それは通らなかった。アカツキは笑顔でそれを拒否したためだ。

流石にスポンサーでもあるアカツキにそう拒否されては、従わざるを得ない。

それに苛立ちながら、渋々了承することになった。

 仕方なく参加することになった臨海学校。

当たり前のように一夏は楽しむ気などなかった。

水着も持ってきていないし、娯楽品の類いも当然ない。

持ってきている物は、『ブラックサレナ』のペンダントにISスーツ、替えの制服、それと……各種火器類。

これから向かう先に必要がないものばかりである。

一夏はいつでも北辰達と戦えるよう準備を改めてしただけだ。

あの後、一夏はツキオミから聞いたが、北辰が日本のどこかに潜伏しているらしい。

それを聞いて一夏はすぐにでも戦えるようにした。

本音を言えば、今すぐにでも居所を突き止めて殺しに行きたい。

その衝動に駆られるが、それを必死に押さえ込む。

何だかんだと言っても、アカツキの命には逆らえないのだ。

 一夏はそういったどす黒い感情を表に出すのを堪え席に座っていた。

一夏が座っている席はバスの一番前の座席であり、その場所だけ遠足ムードからは遠く離れた雰囲気を放っていた。

 

 

 

 バスでの移動に数時間が経ち、一夏達は臨海学校で泊まる旅館に着いた。

早速出迎えにきた旅館の女将に挨拶をする教員。一夏はその光景に何も思わず、いつもと同じく情報収集をしていた。

千冬は挨拶を終えると、1組の生徒に挨拶をさせる。

 

「本日からお世話になる旅館の方だ。皆、ちゃんと挨拶をしろ!」

 

「「「「「「はーーーーーーーーーーーーーーーーーーーい!!」」」」」

 

1組の生徒達から元気良い挨拶が辺りに響き、女将はそれを笑顔で聞いていた。

これも当たり前のことだが、一夏は一切言っていない。

そのまま千冬は旅館での注意事項を生徒達に伝えていく。

 

「今回の臨海学校では、他にも宿泊客がいる。なのでそこまで騒ぐなよ、お前等!」

 

千冬の言ったことに返事を返す生徒達。

明るく楽しそうに返すその返事には、真面目に聞き入れようとする意思は感じられない。

 一夏はそれを無視して勝手に行動を開始する。

別に他に宿泊客がいようとも、一夏がやることは変わらず、意識もしない。

それを咎めようとする者は誰もおらず、千冬は複雑そうな顔でそのことを女将に謝っていた。

 一夏はそのまま自分に宛がわれた個室にズカズカと向かう。

その後の行動は特に決めておらず、部屋で情報収集をするだけだろう。

そして部屋の扉の前に立った途端に、戸を開けるのを止めた。

バイザー越しの視界にISからの情報が加わる。すると、一夏に宛がわれた個室に生体反応が二つ出ていた。

それが何者かは分からない。だが、警戒するには充分であろう。

先程言っていた宿泊客というのはありえないのだ。何故なら、この旅館の作りは単純だ。部屋を間違えることはない。一夏の個室は旅館の端の部屋だ。間違えようが無い。

そして従業員でもない。客が来る時間は把握しているだろう。客が来る時間に従業員が作業していては仕事にならない。そのため、従業員という線も消える。

考えられるのは不審者だけである。

一夏はそのまま制服の袖から拳銃を出すと、扉に向ける。

ISのハイパーセンサーの御蔭で、戸を開けなくても人の位置は分かる。

威嚇射撃をするくらいは簡単に出来る。

一夏が引き金を引こうと力を込めた途端に戸越しの声がかけられ、一夏は中断した。

 

「待って待って! いきなり撃とうとしないでよ!」

 

そう声がした後に戸が開くと、そこにはアカツキが座椅子に座りくつろいでいた。

一夏はそれを見て、拳銃を袖にしまう。

ちなみに戸を開けたのはアカツキの秘書である、エリナ・キンジョウ・ウォンだ。

 

「………何故いる……」

 

一夏はアカツキを見ながらそう聞くと、アカツキは愉快そうに笑う。

 

「いやねぇ~、僕も結構働いているからさ~、たまには休みが欲しくてねぇ~。それで休暇というわけさ」

 

アカツキの言うことを聞いても一夏の表情は何も変わらない。いつも通りの無表情で、何も感情を感じさせない声で答える。

 

「………くだらない事は聞きたくない……」

 

 そのまま荷物を部屋に放り込むと、部屋から出ようとする。

 

「ああ、ちょっと待ってよ! まったく、もうちょっとはジョークも聞いてくれてもいいんじゃないかい」

 

アカツキはわざと慌てた感じにそう一夏に言って来た。無論本気ではない。

そのことに呆れつつ、一夏は内心で溜息を吐く。

そのまま話を聞くために部屋に留まった。

 

「……話は……」

 

そう聞く一夏に、また笑いながら答えようとするアカツキ。それを遮るようにエリナが一夏に説明する。

 

「会長がこの旅館に来たのは、わざわざ君にあることを伝えるためよ。そんな必要は無いと言っているのに、自分で話すと言って聞かないのよ」

「ま、そういうことだね。良い情報と悪い情報、どっちから聞きたい?」

 

そうふざけるアカツキ。

一夏はそれを見ながら平然と答える。アカツキが直に言いたい事ということは、重要な事なのだろうと分かったからだ。

 

「……悪い方からだ……」

 

そう一夏が言うと、アカツキがニヤリと笑った。

 

「まぁ、君ならそう言うだろうねぇ。うん、そうこなくてはね。まず悪い方だが……このIS学園の臨海学校だが……狙われているよ、奴等にね」

 

アカツキが言ったことを聞いた瞬間に、一夏の顔は凄惨な笑みへと変わった。

それは見ていた者ならば、誰もが恐怖で震え上がる程の笑みだった。

アカツキの言う『奴等』。それが誰なのかなど、言うまでもない。

一夏はその情報に心底喜びながらアカツキに聞く。

 

「……狙いは?……居所は分かっているのか……」

「そこまでは分かってないんだよねぇ。ただ、これはツキオミ達から入った情報だから、信頼性は凄く高いよ」

 

一夏の笑みを見てアカツキは実に楽しそうであった。

一夏はそのまま次の情報を聞くことにする。

 

「……良い方は……」

「うん。それはね……ブラックサレナのための追加パッケージが出来たので持ってきたんだよ。これでより戦況に応じることが出来るようになるよ」

 

成る程、と一夏は頷く。

それは確かに良い情報だった。

一夏の使うIS、エステバリス。その強化パッケージとして装着されたブラックサレナ。実はこのブラックサレナに更に装着されるよう開発されているパッケージがいくつかあるのだ。それの一つが完成したらしい。

 一夏はそれを聞いて笑みを深める。

その姿は最早人とは言えない。復讐に駆られた鬼そのものであった。

 その話を聞いた後、一夏はアカツキから渡されたパッケージをブラックサレナにインストールしていく。それはエリナも手伝った。エリナが一緒に来た理由には、これを手伝う意味合いも含まれていた。

そして用が済んだと判断したアカツキ達は部屋を出て行こうとする。

それを一夏は少しだけ呼び止めた。

 

「どうしたんだい?」

 

不思議そうに聞き返すアカツキに、一夏は凄みのある笑みを口元に浮かべながら答えた。

 

「……先程の情報……俺にとっては両方とも朗報だ……」

 

それを聞いてアカツキが満足そうな顔を浮かべた。

 

「そうかい。それは良かったよ」

 

そう言って、二人は部屋を出て行った。

 部屋には一夏だけが残された。一夏の顔は狂喜の笑みに彩られていた。

 

 

 

 

 

 

 



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第三十話 兎来訪

気軽に感想、じゃんじゃんよろしくお願いしま~す。


 アカツキ達が部屋を出てから少し経ち、一夏は少し旅館を歩くことにしてみた。

事前に旅館の情報は調べてあるが、やはり実際に見てみなければわからないことも多くある。

有事に際し、それを知っていると知っていないでは全く状況が違くなるのだ。調べておいて損はない。

 そのまま旅館の外の通路を歩いていた時にそれは起こった。

通路から少し離れたところに、少女が少し屈み何かを見ていた。

一夏はそれを見た瞬間に歩みを止める。

その少女は……簪であった。

簪はそこにある何かを不思議そうに眺めていたが、一夏の視線に気がついて振り返った。

 

「あ……織斑君……」

 

一夏の姿を見た瞬間、簪は会えたことに笑顔になった。

その笑顔は純真過ぎて、今の一夏には眩しく感じた。

流石にこう会ってしまっては避ける訳にもいかず、一夏は簪の方に歩いて行った。

それを見て簪は嬉しさと別の感情によってドキドキと胸を高鳴らせていた。

一夏が側に来たのを確認して、簪は見ていた物の方に視線を向けて一夏に聞く。

 

「これ……なんだろう?」

 

簪が見ていた物に一夏も目を向ける。

 

そこには……ウサミミが地面に刺さっていた

 

勿論、生の耳ではない。機械で作られたらしいメカニック的なウサミミである。

当たり前の話だが、まったくもって意味が分からない。

本来の用途がそうだから刺さっているのか、そうではなくたまたま刺さっているのか? 故意に刺したのかそうでないか?

それらが全くわからないのだ。

だが、一夏にはこのウサミミに少し見覚えがあった。

二年以上前に、ある人物が似たような物を身につけていたことを思い出したのだ。

それを思い出した瞬間、頭の中にISからの接近警報が鳴り響いた。

丁度今一夏達が立っている地点の真上、上空1800メートルから落下してくる物体を確認。

落下速度算出、数秒後にはここに落ちてくる。

 一夏はそれを理解した瞬間、簪の手を掴み凄い速さで自分の胸の方に抱き寄せる。

 

「ひゃっ!? お、織斑君!?」

 

 驚く簪を気にせず、一夏は簪を抱えたままその場からバックステップで少し距離を取る。

その後すぐに、そのウサミミが刺さっていたところに何かが落下してきた。

凄い衝撃に旅館が揺れ、もうもうと土煙が辺りに充満した。

衝撃の度合いから、結構なサイズの物が落下してきたのだろう。

一夏は簪に被害が出ない様に自分の後ろで庇うようにし、右手の袖から拳銃を出した。

一夏が銃を取り出した瞬間に、落下地点からけたたましい音が鳴り、そして一夏に向かって何かが飛びかかってきた。

 

「会いたかったよ~~~、いっくーーーーーーーーーーーーーーーーーん!!」

 

土煙の中から何かの人型が飛び出した。

簪はいきなりの事に息を呑んで怯んだが、一夏は無表情に右手を動かして殴るように銃口をその人型の頭部だと思われる部分に突き付けた。そのまま引き金を引こうとすると……

 

「待って待って、撃たないでーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!!」

 

そう人型は両手を挙げて言って来た。

一夏がその言葉に反応すると同時に、辺りに満ちていた土煙が晴れてきた。

そして認識した。

一夏が銃を突き付けた先には、ピンク色の長い髪をした女性が両手を上げていた。

二十代後半くらいの年齢で、ニコニコとした笑顔を浮かべている。服装は歳に全く会わず、何やら衣装臭い。そしてその歳の女性にしては平均を遙かに超えるほどに胸が大きかった。

簪はそれを見た瞬間、少し暗い顔になった。それを一夏が気にすることは全くないのだが。

 一夏は目の前の人物が誰なのかを理解した。だが、照準は外さず、引き金から指も離さない。

一夏はいつでも撃てるよう構えながらその女性に聞く。

 

「…………何の用だ……篠ノ之 束……」

 

 一夏がそう言った女性。

それは、ISの産みの親である篠ノ之 束博士であった。

一夏とは、一夏が小学生の時に千冬との繋がりで知り合った。箒の実の姉でもある。

ISコアを467個作った後、自ら出奔し行方をくらませた変人である。

 一夏は久々にあった知り合いに、それでも全く感情を動かさない。

そのまま無表情に銃口を突き付けたまま動かない。

そんな状態だというのに、束はまったく気に留めずに一夏に言う。

 

「ひっどいよ、いっくん! 私はいっくんに久々に会えて嬉しいだけなのに~」

 

束は自分の状況などまったく気にせずにぶうたれ頬を膨らませる。

一夏はそれを見て自分がやっていることがバカバカしく感じてしまい、銃を下ろした。ただし、しまいはしない。いつでも撃てるようにはしておく。

そんな一夏を見て束は気分を良くしたのか、抱きつこうと一夏に飛びついたところ、また額に拳銃を押しつけられ断念した。

それすらまったく気にせずに束は言った。

 

「もうっ、本当に心配したんだからね~! いっくんは二年前に行方不明になっちゃうし、私でも行方が分からないってどれだけだよって感じ! その後も探してもまったく見つからないしさ~。ちーちゃんなんか危うく自殺しかけて大変だったんだよ! それで調べ続けてたら何! 今年IS学園にいきなり入学してきたじゃない。 すぐにでも会いに行きたかったけど、うるさいのが多くて動きづらくてさ~~」

 

 捲し立てるように束が笑顔で言うが、一夏はまったく聞く気も無く聞き流していた。

そして束は言いたいことを言い切ると、一夏から一歩離れた。

 

「まだまだいっくんと一杯話したいことがあるけど、この後も用があるから、バイバ~~イ」

 

そう言って凄い勢いでどこかに消えた。

それを一夏は確認すると、簪から手を離し、また旅館を調べる為に歩き始めた。

 簪はと言うと………

 

(織斑君に抱きしめられちゃった………)

 

そのことで頭が一杯になり、顔がポスト以上に真っ赤になっていた。 



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第三十一話 語られる復讐人の秘密

今回一夏は全く出ないです。


 束と会った後、一夏は旅館の中から周りの土地まで散策して調べ上げていく。

クラスの皆が海で青春を謳歌している中、一夏はただ一人情報収集をして過ごしていく。

アカツキに言われたことが確かなのなら、きっと北辰とまた相まみえることになる。

その事が一夏の殺意を駆り立てていた。

少しでも、一秒でも早く北辰達に会い……殺したい。

それが今の一夏の頭の殆どを占めていた。

 

 

 

 その後、自由な時間も終わり辺りは暗くなっていく。

生徒達が遊び疲れながら旅館に戻った時には、もう夜になっていた。

 しかし、彼女達はまだまだ疲れ知らずの十代女子。

テンションを更に上げて旅館内で騒いでいく。そのまま夕食となり、彼女達は旅館で出された夕食を実に美味しそうに食べていた。その中に一夏の姿がないことが彼女達をよりリラックスさせていた。

その一夏はと言うと……自室で未だに情報収集をしていた。

臨海学校への参加は最低限果たしたのだから、後は一夏が参加する道理はない。本来ならばそんなことが通る訳が無いのだが、北辰と再び会って以来、一夏から発せられる威圧感は凄みを更に増し、千冬や他の教員にも何も言えなくなっていた。そのため、一夏は気にせずに作業を続行していく。

あっという間にIS学園一の問題児となった。当然、そんなことを気にする一夏ではないが。

そしてその日、一夏が部屋から出て来ることはなかった。

 

 

 

 一夏が自室に籠もっている中、千冬や箒、鈴、そして簪の方では別の出来事が起きていた。

 入浴を終えて、後は就寝するのみの状態である。勿論、皆眠る気など全く起きないのだが。

千冬は部屋で一人、酒を呷っていた所で扉をノックされた。

誰かと思い千冬はドアを開けたが、そこには誰もいない。生徒のイタズラか何かと思いドアを閉めようとした所、足下に何かが落ちていることに気付いた。

それはただの紙切れ。ゴミかと思い拾いあげた千冬だが、その紙を見て表情が凍り付いた。

紙には、

 

『織斑 一夏の秘密が知りたいのなら、○○○○号室に来い』

 

そう書いてあった。

それはイタズラというには、あまりにもきつすぎる。

一夏が何故ああなったのか、いくら調べても分からない千冬にとってこの手紙は無視出来ないものであった。以前アカツキから一夏が拉致され人体実験をされたことは聞いていた。

だが、具体的に何をどうされたのか? そもそも拉致した組織などについては、何も知らない。

一夏から何も聞けない以上、千冬はこの手紙を信じて指定された部屋に向かった。

 箒や鈴、簪に限っては自分の荷物の中からその紙が出てきた。

皆そんな手紙が出てきた以上、気にならないわけがなかった。

結果、手紙を受け取った者達は指定された部屋へと歩いて行った。

 そして指定された部屋の前で皆顔を鉢合わせた。

 

「お前達、どうしてここに?」

「「「お、織斑先生も何で!?」」」

 

千冬が真剣な声でそう箒達に聞くと、箒達は自分達の荷物から出てきた手紙を千冬に見せた。

それを見て驚く千冬。まさか自分以外にも手紙が送られているとは思わなかったのだ。

千冬は自分にも同じ手紙が送られてきたことを箒達に告げると、箒達も驚く。

そしてこの場に揃った四人は目の前の部屋に警戒心を抱きながら扉を開けようとするが、その前に声がかけられた。

 

「ちょっと待って欲しいな、ちーちゃん、箒ちゃん」

 

その声がした方を向いた瞬間、千冬と箒は驚愕で顔が固まった。

 

「な、何でお前がここに!?」

「ね、姉さん!?」

 

そう、千冬達に声をかけてきたのは篠ノ之 束であった。

服装はこの旅館では違和感がありすぎる服装であった。まるで不思議の国のアリスの服だ。

鈴と簪は目の前に現れた人物が、あの『篠ノ之博士』であることを理解して固まっていた。

千冬は気を取り直して束に問う。

 

「何故お前がここにいる」

 

そう千冬が聞くと、束はいつもと変わらない笑顔を浮かべつつ、実に不機嫌な声でその問いに答えた。

 

「それがね~、私宛にメールが来たんだよ。『織斑 一夏の秘密が知りたいのなら、○○○○号室に来い』ってね~。しかも送信者がまったく分からないんだよ。『この私の頭脳を持ってしても調べられない』んだよ。明らかに私のことを馬鹿にしてるよね~。そのまま言うことを聞くのは癪だけど、私だっていっくんのことは知りたいからね~。久々に会ったらいっくん、まるで別人みたいだったし。てっきり反抗期かちょっと遅めの中二病かと思ったよ」

 

 まるで嘲笑われているかのように束は感じたのだ。

実際、本当に調べて分からなかったのだから、苛立っても仕方ないのだが。

 そして千冬達に束を入れて五人。

その指定された部屋に入って行った。

 

「やぁやぁ、いらっしゃい。良く来たねぇ~」

 

部屋に入った五人に、そんな緩い声がかけられた。

聞き様によっては、癪に障る声かもしれない。そしてその声を千冬は聞いたことがある。

その声を出した人物が目に入った瞬間、千冬は嫌悪感を顕わにした。

 

「貴様は……あの時の!」

「やぁ、一夏君のお姉さん。おひさ」

 

千冬の殺気の籠もった視線を我関せずと流し、その男はふざけた感じに挨拶をする。

それが更に千冬を苛つかせた。

そんな千冬を無視して、その男は他の人達にも挨拶をしていく。

 

「篠ノ之博士や他の娘達は初めましてだね~」

 

そのちゃらけた声を無視して今度は束がその男に話しかけた。

 

「随分と人を馬鹿にしてくれたね~。君みたいなのが私に何のようだい?」

 

顔こそ笑顔だが、その目は全く笑っていない。常人ならその目で見られた途端に、恐怖で体をガチガチと震わせるだろう。だが、目の前の男は全く気にせずに話を続ける。

 

「いやぁ~、君たちにちゃんと届いて良かったよ。本当は僕がやりたかったんだけどね~。秘書に止められちゃって」

 

そう男が言うと、別の所から声が帰ってきた。

 

「会長ですと、この子達の私物(下着)とかを漁りそうでしたので」

 

その声がした方に急いで千冬達が顔を向けると、そこには浴衣を着た女性が立っていた。

キチッとした佇まい、その身に纏う雰囲気はまさに秘書そのものであった。

その秘書はジト目でその男を睨みながら言うと、男は少し慌てた感じに抗議の声を上げた。

 

「そんなことはしないよ。僕は紳士だからね。少女達の心を傷付けるようなことはしないよ」

 

そう答えるが、秘書はまったく信じていないようだ。そのやり取りのせいで、さっきまでこの場に満ちていた殺伐とした雰囲気が霧散してしまった。

男はそれをワザとしたのか、コホンっと咳払いをして気を取り直した。

 

「う~ん、まぁ場の雰囲気も解れたところで本題に入ろうか。エリナ君、みんなにお茶をお願いね」

 

男がそう言うと、秘書…エリナと呼ばれた女性は部屋に置いてあった急須からお茶を人数分淹れ、千冬達へと配っていく。

それをいぶかしげに千冬達は見るが、男はそこら辺に座るように言い、千冬達は適当にその場に座った。

 

「ではまず、僕の事を言おうか。と言っても、全部は教えないけどね。僕の名前はアカツキ。まぁ、一夏君の『友人』だよ」

 

その男、アカツキは明るくそう自己紹介をする。

しかし、その紹介を受けたところで千冬達の表情が和らぐことはない。皆、目の前の男の事より、一夏のことが気になるからだ。一名を除いて。

 

「お前の名前なんてどうでもいいよ。でも、私に宛てたメールは気になるね。どうやって送ったのさ」

 

束がアカツキに食ってかかるが、アカツキは、あははっと笑っているだけであった。

 

「別に? ただ普通に送っただけだよ。家の社員は優秀だからね」

 

ニヤリと笑いながらそう答えるアカツキ。それを聞いて千冬はアカツキの正体に気付き始めた。

 

(まさかこの男……ネルガル重工の関係者か!)

 

アカツキは束をさらに押すように言った。

 

「篠ノ之博士は天才ではあるけど、残念ながらその程度。人に興味が無い人間じゃあ、僕達には勝てないかな」

 

それを聞いて青筋を浮かべる束。それを見て、千冬は内心で驚いた。この親友以上に人を苛つかせる人間がいるとは思わなかったのだ。

 

「ムッキーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!」

 

そんな声を上げる束。それを見てもアカツキは笑顔を崩さなかった。

 

「さて、コントはこれで以上にしようか。そろそろ真面目なお話だ」

 

アカツキは笑顔で皆にそう言ったが、その身に纏う雰囲気からふざけた雰囲気が抜けた。

それを感じて、千冬達は身構えた。束や千冬は納得がいかない感じだが、さすがにそれでも一夏のことが気になり押し黙る。

 

「さて……一夏君の秘密だけど、そうだね。ことの始まりから話そうか」

 

そうしてアカツキの口から語られる一夏の秘密。

拉致した組織名や拉致されてからされた実験の数々。そしてそれによって失ったもの。そうなった原因である拉致した実働部隊を追いかけて鍛え過ごした一年。そして復讐しようと戦いを挑み、何度も瀕死の重傷を負った一年間を語っていく。

ただし、アカツキは何故拉致されたかについては語らないのだが、それに気付く者はいなかった。

 それを聞いて千冬達は何も言えなくなってしまった。

特に箒や鈴、簪にはあまりにもショックが大きすぎた。

幼馴染みがまさかそこまで酷い目に遭っているとは思わなかった二人は、何故気付いてあげられなかったと泣きそうになっていた。

簪はもっと悲しそうに顔を俯かせた。この五人の中で、簪だけはその実働部隊を見たのだ。

簪はあの出来事をすぐにでも思い出せる。水着を買いに行ったあの日、一緒にクレープ屋台の近くのベンチに座っていた時に来たあの男達のことを。

その時の恐怖が蘇り、簪は体を震わせた。

千冬は一夏が何故ああなったのかが分かり、そんな目に遭わせた組織…『亡国機業』に怒りを募らせていく。束だけは前向きで、一夏がそうなった原因がナノマシーンであるならば、それを駆除して一夏の体を元に戻そうと決意した。

 

「と、まぁこんな感じが一夏君の秘密かな」

 

そう説明を終えたアカツキの顔は、何とも愉快そうな表情をしていた。

千冬は怒りを堪えつつ、アカツキに疑問に思ったことを聞く。

 

「何故私達にこの話をした?」

 

そう聞かれることが分かっていたかの様にアカツキは笑った。

 

「それはね……一夏君の邪魔をさせないためだよ」

 

「「「「「はあ!?」」」」」

 

そう答えられ、理解出来ない千冬達。

普通、こういう話をしたときは一夏を止めて欲しいとか、そういう風なお願いをする場面である。それが真逆だとは、誰も思わないだろう。

 

「それは……どういうことだ?」

「どうもこうもその通りだよ。君達に一夏君の復讐を邪魔させないために教えたんだよ。彼は嫌がるだろうけどね。これで君達は一夏君の復讐する理由を知った。それを知った上で彼を止められると思うかい? そんな、味わったことも苦痛を受けたことのない者の言葉が彼に伝わるわけがない。だからこそ、教えたのさ」

 

アカツキは実に愉快そうに教えた理由を語る。

千冬達はこれを聞いて絶句した。癪に障るが、アカツキが言っていることはもっともなことなのだ。

一夏の苦痛は一夏にしか分からない。それを実際に受けた者でなければ理解は出来ない。理解のない者の言葉が、あの一夏に届くわけがない。

それを理解させられた。

アカツキは話し終えたらすっきりしたのか、気を緩めくつろいでいた。

それが何だか負けたような気がして、千冬はアカツキに質問する。

 

「だが……何故貴様等は一夏の支援をしている。彼奴の復讐は個人の問題だろう。いくら敵が共通だからと言って、一夏を支援する理由はないはずだ」

 

そう言う千冬を見て、アカツキはこの部屋で話していた限り、一番愉快そうに笑った。

 

「それはね~…彼に可能性を見たからさ」

「可能性?」

「そうだよ。いや、執念と言うべきか。少しブラックなことを言うとね、彼が捕まっていた施設に襲撃をかけた時、人は全員始末しようと思ってたんだよ。目撃者を残すのは不味いからね。それで僕の襲撃部隊が一夏君が捕らわれていた部屋を開けた時、何があったと思う?」

 

それを聞いて千冬はわからないと言い、先を促した。

アカツキはそれを来て、口元をニヤリを開けた。

 

「部屋にいた人間は二人。一夏君とその施設の研究員だ。彼はね……研究員の首を絞めて殺したんだ」

 

「「「「!?」」」」

 

その瞬間、千冬達はショックのあまり息をするのも忘れてしまった。

 

「別にそれだけなら驚くようなことじゃないよ。僕が彼に感心を抱いたのは、彼の体の状態だ。彼はね、この時点で五感の殆どを失っていたんだ。見えず、聞こえず、何も感じず…なのに彼は自分の身が危険に晒されていると察知し、研究員を殺した。それを気付く術もなにもないのに。それはもう人間技じゃない! まさに執念がなせる復讐人の技さ」

 

アカツキは満足そうに、実に愉快で満足そうに千冬達に答えた。

そこには、一種の崇拝のような念も感じられる。

 

「だからこそ、僕は彼を支援するんだ。人の執念、それが何を成すのかを見たいからね」

 

 アカツキがそう言うが、もう千冬達の耳には入らなかった。

あまりのショックに足下がおぼつかなくなる。

そうして千冬達はアカツキ達の部屋から去って行った。

聞いたことのあまりの重さに心が押し潰されそうになりながら……

 

ちなみに、束だけはこの話を聞いても特に気にせず、一夏の体を治すことだけを考えていた。復讐を止めろとか、そんなことを言う気は全くなかった。

束にメールが行ったのは、アカツキなりのお遊びであった。

 

 

 




次回、またあの人が出ますよ。


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第三十二話 福音奪取

 深夜、とある軍事基地から突然に緊急のアラートが鳴り響いた。

基地の防衛兵器が突然爆発し始めた。それが襲撃だということは、誰が見ても分かるだろう。

それによって基地から兵士達が完全武装で飛び出してくる。兵士達は急な事に驚きつつも、襲撃者を迎撃しようと戦意を高めて銃を構える。

だが、その戦意は襲撃者を見た途端に粉砕された。

兵士達が見た物、それは……7機のISだった。

紅い全身装甲の機体が一機。茶色をメインとした装甲で、足が完全にスラスターと一体になっている異形のISが6機。これも全身装甲である。

通常、3機いれば都市を壊滅できると言われているIS。それが7機、基地に襲撃してきた。

この基地は研究・開発がメインに置かれている基地だ。それ故にそこまで軍備は備えていない。

少なくとも……IS7機を相手に戦うことなど出来る訳が無い。

だが、それが分かっていても彼等は抵抗しないというわけにはいかない。

兵士としての職務は、喩え相手に勝てないと分かっていても戦うことである。

故に彼等は銃をISに向けて撃ち続ける。

 

「ファッッッッッック!!」

 

彼等は叫びながらISに向かって銃を撃ち続けるが、見えない壁のような物で全て逸らされてしまう。それでも攻撃を止めない彼等が次に見たのは、此方に向かって飛んでくる槍のような物だった。

そして彼等の肉体は全て消し飛んだ。

 

 

 

「もう少しは骨があるかと思ったのだが……いやはや、なんと脆いことか」

 

当たり一面が炎で燃えさかる中、紅いISからそんな言葉が漏れる。

その声には明らかな落胆が込められていた。

紅いIS……否、『夜天光』(やてんこう)を纏った北辰はそのまま燃えさかる基地へと降り立つ。

周りに動く物はもう何もない。兵器も人も、等しく殺されていた。

 北辰がそのまま基地の施設の方へと歩いて行くと、施設の中からISが静かに出てきた。

それは北辰の夜天光と一緒にこの基地に襲撃をかけたIS『六連』(むづら)である。

それを駆るのは北辰直属の部下である、『北辰衆』である。

 

「首尾はどうだ」

「はっ! 全施設の制圧、完了しました」

 

そう答える六連の機体には赤い汚れがあちこちに付着していた。それが何の汚れなのか、言わなくても、その報告結果から分かることだろう。

その報告を受けた北辰は、特に気にした様子もなく施設へと入っていく。

 北辰達がここに襲撃をかけた目的。

それは、とあるISを奪取することだ。

この基地で開発している、アメリカ・イスラエル軍が共同で開発している第三世代型IS『シルバリオ・ゴスペル』、通称『福音』。

それが北辰達の標的である。二つの軍によって開発されたこれは、『世界初の無人IS』の実験機でもあった。別に無人でなければ動かないと言う訳でも無く、普通のISとしても使用出来る。

その先進的な兵装に軍事をメインに置いた性能は、通常ISとは比較にならないくらい高い。

亡国機業はそこに目を付け、この機体の奪取に乗り出した。

 と言っても、北辰達は最初はあまり乗り気ではなかった。

組織にはまだ教えていないだけで、既に北辰達のいる組織『クリムゾングループ』ではISコアとISを作る技術が出来上がっている。

今更余所から奪う必要などまったくないのだ。

だが、その技術を教える気など全くない。そのため、それを隠すためにもこうして組織からの任務を忠実にこなしている。

普通ならばすぐにばれそうなものだが、クリムゾングループにはそれを可能にする『変人』がいる。

その変人の御蔭で、北辰達はこうしてISを平然と使用することが出来るのだ。

 後は福音を回収し撤退するのみ。だが、北辰はISを持って帰る気など無かった。

それは、ある情報を入手したためだ。

己をもっとも震え猛らせるあの男……復讐人、『織斑 一夏』。

北辰自体そこまで戦闘狂というわけでないが、それでも今まで戦ってきた相手には不満しかなかった。皆弱かった。殺し合いにならない。己を窮地に追いやれないその実力に辟易していた。自分が死を意識するようなことがなかった。故に退屈。

正直なところ、殺し合える敵が欲しかった。ライバルなんて生優しいものではない、殺意を全面にだして殺し合える本当の意味での宿敵。

織斑 一夏を拉致した当初は、そんなことはまったく考えてなかった。他の人間同様、捕まった後は死ぬまでいじくり回されるだけ。そう考えていた。

研究所が襲撃されたと聞いたときも何も感じなかった。だが……

その一年後、ISを纏い己を殺す事だけを考え襲いかかって来た一夏を見て、少しだけ北辰は一夏に期待した。研究所の研究結果は報告で聞いている。その研究結果によって、自分達はISを纏うことが出来ているのだから。それが生きていて、しかも自分を殺しに来るとは……

期待しないわけがない!

そして戦ってみれば勝負にはならなかった。だが、絶対の窮地に地力で自分達から逃げ出せたのだ。普通ならとっくに死んでいる重傷を負いながらも、それでも撤退した。

それが更に北辰の興味を引き、2回、3回と戦っていく度に驚く速度で成長していく。

そのたびに死んでもおかしくないのに、ものの見事に逃げおおせる。そして次に戦うときには更に成長を遂げて襲い掛かってくるのだ。

自分を殺すためだけに襲い掛かる織斑 一夏。そのあまりの成長に、1対1ならばもう北辰と互角だろう。北辰は心の底から喜んだ。

 

やっと……全力をもって殺し合える相手と巡り会えた。

 

それが北辰が一夏に執着する理由である。

その一夏が、この基地から直線上に海を渡った先にある土地にいると分かった。

少し前に会った時、鈍っていたような感じを受けた。

それは困る。北辰はせっかく殺し合える相手が見つかったというのに、それが鈍り始めることは許しがたいことである。

故に……この奪取した福音を使い、IS学園、その一夏達がいる場所へと襲撃をかける。

宿敵が鈍る原因になったであろうものを排除するために。そして、それによってさらに殺意を纏ったより強い織斑 一夏にするために。

 そのために、北辰達は福音の所に向かって歩き始めていた。

 

「くくく……我からの学園行事だ。存分に楽しむといい」

 

北辰はそう笑いながら言うが、その声を聞いた者はいない。

 

 

 

 時間にして、そろそろ夜が明けそうな時間。

一夏は未だに眠らずに情報収集をしていた。

アカツキから聞いた情報だと、この行事を狙って何か仕掛けてくるらしい。だが、具体的にはどう何をやってくるのかが分からない。それを特定し、奴等がいる場所に襲撃をかける。

それがいつものことだ。

だからこそ情報を洗っていると、急に部屋の扉が開いた。

 

「あれ、まだ起きてたの? 寝ないと体に悪いよ~」

 

開いた扉の先では、アカツキが浴衣姿で立っていた。

そのままアカツキは躊躇わずに堂々と部屋に入る。普通なら文句の一つでも言われるところだが、一夏は何も言わない。

アカツキはそのまま一夏の前まで行くと、座りくつろぎ始めた。

 

「あ、そうそう。君のこと、彼女達にばらしちゃったから」

 

まるで今思い出したことをさらっと言うかの如く、アカツキは重大なことを一夏に告げる。

それは一夏にとって、絶対に知られたくないことであるはずだ。

誰だって知られたくないことはある。それが重ければ重いほど尚更。

一夏はそのことに関して、怒って良い。

だが、一夏は何も言わない。

 

「あれ、怒らないの?」

「…………余計な気を回したな………」

 

一夏はそう短く答えるだけだった。

その声は何の感情も感じられないが、一夏はそれなりに感謝していた。

何故アカツキがそんなことをして、自分に言いに来たのか。その気遣いに気付いたから。

一夏はくつろいでいるアカツキの方に顔を向け、話しかける。

 

「……用は……」

 

ただ何気なしにアカツキが一夏の所に来ることは無い。

何かあるからこそ、来たのだと一夏は分かっている。

 

「察しが良くて助かるよ。それでさっそく朗報だ。つい今し方、米国の軍事基地の一つが襲撃された。基地は壊滅状態で、生存者はゼロだろうね。ハッキングして得た監視カメラの映像で北辰達の姿を確認したよ。目的は多分、ここでイスラエルと共同開発しているISの奪取だと思う。奴さん、自分の所の組織内でも色々と内緒が多いようだ」

 

 愉快そうにそう話すアカツキ。

それを聞いた一夏は笑う。口だけがつり上がり、目からは飽和した殺気によって感情が窺えない。

狂喜に満ちた笑み。

それを浮かべ、一夏は立ち上がった。

 

「それじゃあ、基地の座標情報を送っとくよ。行ってらっしゃい」

 

アカツキは寝そべりながらそう一夏に言う。

一夏は情報を受け取ると、何も答えずに部屋を出た。

そして懐に手を入れ、ある物を握る。

 

「……ジャンプ……」

 

そう呟いた途端に一夏の体は青白く光を発し、旅館の中から織斑 一夏は消えた。

 

 

 

 壊滅し、未だに炎上し続ける基地に、青い光が集まり人の形を取ると、それは織斑 一夏となった。

一夏はボソンジャンプを用いて一気に基地にまで飛んだのだ。

そのまま一夏はブラックサレナを展開し、基地に突入しようとしたところでレーダーに反応があった。目の前の基地の入り口に七つの機影。

それが北辰達であることは誰にでもわかるだろう。

一夏はそのまま北辰達に向かって突進する。

 

「遅かりし復讐人………滅!」

 

そう北辰が言った途端に北辰達はボソンジャンプをした。

そして同時に……

 

基地は自爆し、大爆発を引き起こした。

その爆発に、一夏は飲み込まれた。

 

 

 

 

 

 

 

 



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第三十三話 追撃開始

 全てを巻き込み破壊し尽くす大爆発が起こり、基地は文字通り『壊滅』した。

辺りは建物の影一つ無く、瓦礫だけがその場を埋め尽くす。燃えさかる炎は全てを焼き尽くし、周りの全てを灼熱地獄へと変えていた。

全てが消滅した世界。何者の生存をも許さないその空間。

そんな空間の中、一部の瓦礫の山が急に崩れる。

崩れた瓦礫の山から、一つの影が起き上がった。

真っ黒い体に悪魔を連想させる翼と尾。周りの風景と合わせればまさに地獄の風景にぴったりだろう。

その悪魔の体はあちこちに罅が入り、一部からは赤い液体が流れぽたぽたと地面に垂れる。

少しふらつきつつその悪魔は立ち上がる。

そう、この基地にいる北辰達を殺しに来た一夏は立ち上がり辺りを確認する。

一夏が来た時の状態と比べ、明らかに違う風景に何があったのかを悟る。

そして時間に目を通すと、襲撃から随分と時間が経っていた。

一夏は襲撃が失敗したことを理解し、内心でかなり苛立つ。相手として取り合わせることも出来なかったのだ。簡単にあしらわれたと言っても良い。

その事実を苛立つなと言うのは無理な話だ。だが、いくら苛立とうとも事態が変わるわけでもない。

一夏はすぐに頭を切り換え帰投しようとしたが、動こうとした瞬間に体がいきなり倒れた。

段々と動かなくなっている体にそれでやっと気がつく一夏。

その時に通信が入った。

 

「一夏君、大丈夫かい? ついさっきそこの基地が自爆したって報告受けたんだけど」

 

アカツキがいつもと変わらないにやついた笑顔で一夏に話しかける。

その様子から一夏が生きていることは分かっているだろう。

一夏はアカツキに言われてから改めて機体のダメージチェックおよび、自身の体を調べる。

 

『機体中破。推進機関に問題は無いが、装甲が一部大破状態。生体に関して……腕や足、体に中度の火傷。各所に裂傷。腹部から刺傷、現在流血中』

 

 との報告結果が上がる。

流石はブラックサレナと言うべきか、丈夫に出来ている。通常のISならとっくに破壊されているだろう。一夏の体が即入院しなければならない程度で済んだことからも、ブラックサレナの防御力が窺える。

一夏は腹部の方に目を向けると、そこには黒い破片が突き刺さっていた。

サイズは40センチくらいで、そこから今も血が流れ出ていた。

それがブラックサレナの装甲だと気付くと、一夏は無造作にその破片を引き抜いた。

抜いた途端に、そこからおびただしい量の血が噴き出した。

常人なら痛みに悲鳴を上げるだろう。だが、痛覚のない一夏は声一つ上げない。

傷口からは未だに血が流れる。一夏は傷口に手を当てると、ブラックサレナに搭載されている生体応急措置プログラムを起動させる。

ブラックサレナに積まれているのは何も武器だけでは無い。

傷口などを塞いだりするための薬剤なども搭載されており、このプログラムはそれを使い生体の損傷を無理矢理に塞ぐ。あくまで応急であり、動けるようにするための最低限度の措置だ。

これの御蔭で今まで北辰との戦いから撤退することが出来てきた。

一夏の体のあちこちにある傷に何かが塗られていく。

塗られた後の傷からは血が一切流れず止血されていく。一夏は自身の体の状態を看終わると、アカツキに返答する。

 

「…………問題ない……」

 

何の感情も感じさせない声で淡々と一夏は答える。

とても怪我人とは思えないほどに、その声はしっかりとしていた。

 

「まぁ、君ならそう答えるだろうね。早速だけどね……少し面倒臭い事になったんだけど……」

 

アカツキは一夏がそう答えることを既に予測していた。

それを踏まえた上でさっそく新しい情報を報告する。

 

「君の襲撃が失敗したのは基地の自爆で分かってる。それで何だけど~、ちょっと面倒な事態になっちゃって。その基地にあった『シルバリオ・ゴスペル』が奪われちゃってね。別にこれは良いんだけどさ~、それが何と僕達がいる旅館に高速飛行で向かって来てるんだ。どうせ彼奴等の気まぐれだと思うんだけどさ。今から帰っても良いんだけど、エリナ君が帰ったら休暇は終わりだって言うんだよ。せっかくの休みをこんなことで潰されるのは流石に我慢がならないね。まぁ、君が仕留め損なったのにも一端があると言えばある。簡単に言えばまだ僕は休暇を満喫したいから、責任もって潰してきて」

 

アカツキが笑顔であっけからんとそう一夏に言う。

常人ならふざけるなとキレるところだが、一夏は何の感情も浮かべずに返答した。

 

「…………了解…………」

「うん、君なら絶対にそう言ってくれると信じていた。そういう訳で、後よろしく~」

 

アカツキがそう言うと、通信が切れた。

そして次にエリナから通信が入る。

 

「会長がわがままを言ってごめんなさいね」

 

エリナは少しだけ申し訳なさそうに一夏に謝る。一夏はこれを特に感謝するなりすることもなく、無言で聞くだけであった。

そしてエリナは表情を真面目な顔に変えると、一夏に改めて話しかける。

 

「ではこの後の話をするわよ。現在、通称『福音』は此方に向かって高速で飛行中よ。このまま行けば、あと3時間で此方に到達するわ。その前にあなたには福音を破壊してもらいます。今回、相手が常に移動中の為ボソンジャンプは使えないわ。有り難いことに、貴方には今回の作戦前に渡した強化パッケージ『高機動ユニット』があるわ。これなら超高速での飛行が可能になり、今からでも福音に追いつくことができるわ。これを使って」

 

 エリナから指示された通りに、一夏は追加されたパッケージを展開する。

途端に体が横に倒れるが、視界はISを通して真っ直ぐに正面を見る。

一夏は新たに加わったパッケージの情報に目を通していく。

追加されたパッケージによって、ブラックサレナの体は更に巨大になった。

翼のような大きなスラスターが更に追加され、頭の部分には機首のような物が取り付けられている。

腕は更に動きづらくなっており、真下にしか動かないようだ。

全体的に見て、それはもう人型ではない。航空機のようなシルエットをしていた。

これがブラックサレナの新たなる追加パッケージ『高機動ユニット』だ。

元々は敵の集団などに強襲をかけるための使い捨て装備として開発されたが、その異常な出力は単純に飛行するだけで現状あるどのISよりも群を抜いて速い。

 一夏はさっそくPICを使って浮遊し始めた。

機体は横になったまま浮かび上がり、空に飛び立とうとしている鷹のように待つ。

 

「時間はあまりないわ。遅くなるとIS学園側が動き出す。旅館に接近しているんだから、動くのはこの旅館にいる専用機持ちになるわね。そうされると、余計旅館が慌ただしくなるの。会長はそれを望まないわ。すぐに終わらせて」

「……了解…」

 

エリナは一夏にそう言い、通信を切った。

そして一夏はブラックサレナのスラスターに火を入れ、発進した。

その瞬間、まるでブラックサレナは解き放たれた凶鳥のように大空に飛び出していった。

 

 

 

 その頃、千冬達は海辺でISの訓練を行っていた。

日付は変わり、臨海学校は2日目に突入。臨海学校の2日目は専用機持ちが国から送られたパッケージや武器の試運転などをし、通常の生徒はいつもと違う環境でのISの運転などがメインとなる。

その際、授業に篠ノ之 束が乱入し混乱が起こった。

彼女は妹の篠ノ之 箒の為に『第4世代型IS』を持ってきた。

そう彼女は公言し、それによって騒ぎはさらに酷くなっていく。

その後、箒は束から第4世代IS『紅椿』を無理矢理受け取らされ、フィッティングを開始。

そして紅椿の試運転をそこで行い、その性能をその場の皆に見せつけた。

 それに驚いている最中、真耶が凄く慌てた様子で千冬に駆け寄る。

そしてその場に聞こえないように真耶は小声で千冬に緊急事態を話すと、千冬は表情を厳しいものに変え、生徒達に授業の中止を宣言。緊急事態に基づき専用機持ちを集め、ミーティングを始める。

その様子を見て、束は焦り始める。

 

(あれ、何で!? 確かにハッキングしてこっちに持ってこようとは思ってたけど、速すぎる!? 一体だれが!!)

 

 束は妹の晴れ舞台の為に戦う相手を用意しようと考えていた。

最新式のISに乗った箒が、このアクシデントの元凶である敵を見事に打ち倒す。

そう言うシナリオだ。ただし、流石に装着して間もないのでは流石に心配だったので最終日の朝に行おうと画策していた。だが、それがよりにもよって第三者が勝手に束が操ろうとしていたISを奪い此方に向かわせてきたのだ。

何の意図があってのことかは分からないが、予定外のことになってしまった。

それが束には非常に困るのだ。

 こうして、箒は新しいISと共に、専用機持ち達とミーティングに参加し作戦した。

 

 

 

 その頃、束が持ってきた紅椿の様子をモニター越しにアカツキは見ていた。

 

「ふ~ん…あれが篠ノ之博士が作った第4世代機ね。なんだ、この程度なの? これなら家の『ブラックサレナ』の方が上だね。やっぱり……人を信じていない者が作る物は駄作だね」

 

アカツキは皮肉を込めて、見ていたモニターにそう語りかけていた。

 

 

 

 

 

 



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第三十四話 福音と復讐人

 『シルバリオ・ゴスペル』の暴走の話を受け、IS学園一年生専用機持ち達は授業を中断し旅館の一室に集められた。その一室を旅館から急遽借り、臨時CICとして機材を設置。仮の作戦本部とし、早速ブリーフィングを始める。

代表候補生は時として、こういう緊急時において軍事作戦にかり出される時がある。

今回はそのケースであった。

 

「では作戦会議を始める」

 

千冬のその声により、作戦会議が開始された。

その一声により、その場にいる専用機持ち六人の顔に緊張が走る。

彼女達は専用機持ちになった時から、こういうことがあることは理解していた。だからこそ、そこまでの動揺は無い。

ただし……箒だけはそういうことを知っているだけで、実際に理解している訳ではなかった。

急に来た姉に色々とかき回されたが、やはり彼女は十五歳の少女でしかない。心の奥底で新たに手に入れた力にどこか浮かれていた。そのため、そこまで深くは考えてはいなかった。

姉は苦手だが、それでも手に入れた現況最強の力。これさえあれば何者にも負けない。一夏が復讐しようとしている組織も軽く捻り、一夏を救うことが出来る。

そんな淡い期待の籠もった考えすら浮かんでくる。今の箒の心はそんな風に浮き足立っていた。

 そんな箒を余所に作戦会議は進んでいく。

千冬の口から今回の騒動の原因であるISのスペックなどが語られ、それについて専用機持ちは質疑応答をする。それらに関し、千冬は軍事機密により情報の秘匿を約束させた上で答えていく。

そしてそれらを知った上で専用機持ちは作戦を聞いていった。

 現在、この旅館に向かって作戦対象が高速で接近中。後3時間後には此方に到達してしまう。その前に対象に追いつき、撃墜しなくてはならないのだ。失敗すれば、この旅館付近に多大な被害が出るだろう。下手をすればこの辺り一帯が焼け野原へと変わってしまいかねない。

そのため、事態は急を要した。専用機持ち達は本国から送られてきた装備を作戦と照らし合わせ、この現状を打破すべく千冬に進言していく。

そして一緒にこの部屋に入った篠ノ之 束により、『紅椿』単機による展開装甲での高速飛行で対象に接近、そして撃墜という作戦が上げられた。

束本人の思惑と少しずれたが、それでも誤差の範囲と判断して束は千冬に進言する。

装着者の技量と世界初の第四世代機。この二つがあれば、多少イレギュラーでも対応出来ると踏んでの進言である。

それを聞いて反対する他の専用機持ち達。皆、箒が浮かれていることを見抜いていたのだ。

結果、高速飛行可能なブルーティアーズと紅椿に打鉄弐式と甲龍を一緒に運んで貰い、福音と戦闘を行うということになった。ラウラとシャルロットは後ろで控え、仮に突破された際の第二陣として控える事となった。

 作戦開始時刻となり、専用機持ち達は皆浜辺でISを展開。

箒とセシリアは背中に簪と鈴を乗せ、此方に向かっているであろう福音の元へと、高速飛行で飛び出して行った。

 

 

 風を裂き、空を高速で駈ける二機。そしてその二機に背負われる二機。

そろそろ福音と接触するというところで、箒達に急遽通信が入った。

 

「みなさん、注意して下さい! 現在、福音の背後から高速で飛行する物体が接近中! これは……ミサイル? でもサイズが大きすぎる気が……」

 

 緊張した面立ちの真耶からそんな報告が入る。

向こうの調べでもそれが何なのか分からないようだ。それを聞き、四人の顔がさらに強ばった。

そして福音をハイパーセンサーで捉えられる距離にまで近づいた瞬間、四人はあまりの衝撃の事態に驚愕した。

 四人がハイパーセンサーで福音を捉えた瞬間にそれは起こった。

此方に向かって飛行してくる福音が突如、上空へと弾かれたのだ。

それは高速飛行中の急な方向転換などではない。明らかに何かに激突して弾かれた動きだった。

まるでトラックに撥ねられたかのように空中を舞う福音。そして福音とすれ違い様に四人に向かって飛んでくる黒い高速物体。

四人のハイパーセンサーがそれを捉えたのは、福音が上空に打ち上げられた後である。

四人が見た物体。それは……

航空機のような形をしたナニカ。

人が一人乗り込めるくらいのサイズの航空機。それが福音を撥ねた正体であった。

航空機がISを撥ねる。そんな今まで見たことの無い事態に思考が停止しかける四人。しかし、自分達は福音を撃墜しにきたのだと思い返し、外部マイクも使ってその航空機に話しかける。

 

『この空域および海域は現在封鎖されております。危険ですので、至急退避して下さい。尚、この作戦を妨害するような行いをした場合、無力化し拘束させていただきます。ですので、至急退避して下さい』

 

 セシリアが勧告を促すが、その航空機は聞く耳を持たないのかその場で旋回し福音の方へと向かってしまう。

それにより焦る四人。実際、こう勧告こそするよう教わってはいたが、聞かなかった場合の後についてはそこまで深く教わってはいない。何より、その後のことを実戦でやるというのは彼女達にとって初めての事である。戸惑って当然であった。

 だが、その考えはすぐにひっくり返された。

その航空機は、寄りにも拠って福音に向かってまた突進し始めたのだ。

福音は体勢を整え、自身を撥ねてまた突進してくる航空機に攻撃を開始する。

背中の特殊なスラスター。それに搭載されているエネルギーカノンが雨のように発射され、航空機へと襲い掛かる。航空機はその弾雨を時にバレルロールで回避し、またはその弾雨に晒されながら突撃を敢行する。

結果、また福音は撥ねられるという事態に。

IS以上に大きな質量が高速で激突するのだから、それだけでもとてつもない威力となる。

航空機は元々そういうことをする前提で作れたのか、そこまでの損傷は見受けられない。そしてまた航空機は福音へと襲い掛かる。

その機動は既存の戦闘機とはかけ離れすぎていた。航空力学を無視したかのような急旋回や急上昇、そして機体を激突させるという原始的な方法で福音に襲い掛かるその攻撃方法。通常、航空機は空を飛ばすために重量は落とすように作られている。結果、頑丈さも失われてしまう。

現代、ISの登場により技術は格段に上がったが、航空機関連のこの常識だけは変わらない。

だが、その全てにこの航空機は当てはまらない。

その動きは常に高速でハイパーセンサーで追いかけるのがやっとであり、その旋回性は航空機の常識を無視していた。寧ろロケットなどに近いかもしれない。

 その後もこの航空機と福音の戦闘は続いていく。

福音の装甲は衝撃のあまり、あちこちがへこみ歪んできていた。

航空機はというと、装甲のあちこちに被弾した焦げ跡が刻み込まれていた。

お互いにその戦いほぼ互角。お互いに引かず離れずの戦闘を繰り広げていた。

航空機が体当たりを仕掛け、福音がエネルギー弾の弾雨を降らせる。

その光景に箒達四人は安全圏で見ていることしか出来なかった。

 

手が出せないのだ。

 

そのあまりに複雑な激戦に、四人が入る余地は無い。

少しでも入ろうものなら、戦っている福音と航空機によって一瞬で撃墜されそうだと。

そう直感が告げているのだ。

故に手が出せないのだった。

 そしてこの2機の戦闘も終わりをみせた。

航空機の体当たりを福音は躱し、その背後に弾雨を放ったのだ。

それをまともに受けてしまう航空機。

機体を少し揺らしながらも飛行を継続するが、機体の各所から火花を散らしていた。

そのまま行けば墜ちてしまうだろう。そうだとその場の四人は皆考える。そうなった場合は救助しなければならないと鈴が構える。

航空機の背後から福音は更に迫り、止めを刺そうと襲い掛かる。

その前に航空機は飛ぶのにも、もう耐えられなくなったのか瓦解し始めてしまう。

 

だが……それは瓦解では無かった。

 

航空機から外れていくパーツが福音にぶつかり、福音は攻撃を阻まれてしまう。

パーツが外れていくと、そこから急に何かが光った。その途端に福音は後ろへと吹っ飛ばされてしまう。

光った所を見ると、そこにはカノン砲の銃口が見える。

そしてすべてのパーツが取れると、そこには……

 

黒い悪魔がいた。

 

真っ黒い鋼鉄の体に赤い両目。翼のようなものに長い尾。

それは箒達四人が知っている物であった。

その途端に四人のIS、および仮設CICに情報が入ってきた。

その未確認の航空機から、

 

『ブラックサレナ』

 

という反応へと変わっていた。

 

『ブラックサレナっ!? ていうことは織斑君ですか!!』

 

急遽入った通信に真耶の驚愕の声が響く。

それは箒達にも言えたことで、驚愕に皆固まってしまっていた。

昨日アカツキに聞かされたこともあり、皆そのことを意識してしまう。

 しかし、そんな皆を放って置いてブラックサレナを駆る一夏は福音へと突進しながらハンドカノンを連射する。

先程までの体当たりと違った攻撃に戸惑う福音は、ハンドカノンの弾雨に晒され機体をズタズタにされてしまう。連射しながらさらにブラックサレナは加速し福音に迫る。

福音はブラックサレナに向かってエネルギー弾を乱射しブラックサレナを迎え撃つが、ブラックサレナは一切避けることをせずに体当たりを福音に喰らわせた。

まるでダンプに撥ねられたかのような衝撃が福音を襲い、その体はあちこちがひび割れ火花を散らす。

そして力尽きたのか、そのまま海へと落下していった。

 その光景を呆然として見ることしか出来なくなっていた四人。仮設CICでも同じように皆驚いていた。

 

「やったの……?」

 

簪はその光景を見てそう零す。

あれほど完膚なきまでに叩かれたのだ。動けるとは思えない。

それはこの場にいる皆がそう思わずにはいられなかった。

だが……

そう思った直後、突然真下の海から巨大な水柱が起った。

そして急上昇してくる福音。その姿は先程とは変わっていた。

背中の独特的なスラスターが無くなり、変わりにエネルギーで出来た光る八枚翼へと変わっていた。

ISが姿形を変えるには主に一つしかない。

 

「まさか……二次移行!?」

 

その事実に驚愕する簪。

箒達もその事実に考えが至り、驚きを隠せない。

 福音は上空にまで飛び上がると、その八枚翼を大きく広げ、機械的な甲高い雄叫びを上げる。

その姿はまるで解放された獣のようにも見えた。

そして福音はブラックサレナの方を向くと、背中の翼を一カ所に集める。

そして放たれたエネルギーはそれまでのエネルギー弾とは比較にならない。激流のようなエネルギーの大渦がブラックサレナに向かって飛んで行く。

ブラックサレナはこれを大推力のスラスターを噴かして回避する。

大渦はそのまま海面へと叩き付けられ、水蒸気爆発を起こし海水を吹き飛ばす。

その威力は、喩えブラックサレナの防御力が高くても耐えられない。

そう思い、箒達は急いで一夏を助けようとする。だが……

ぞくりっ!? と何かが背筋に走り、一夏の方に向かうのを本能が止めた。

それが何なのか、理解するのに少し時間が掛かった。

 

それは殺気だ。

 

圧倒的な殺気がこの場を支配していた。

それが誰から発せられているのか……考えるまでも無く分かる。

それは一夏から、ブラックサレナから発せられていた。業火のような激しい物ではない。まるで刃物を目の前に突き付けられているような、そんな印象を感じさせる。

 

「おっ…」

 

簪は一夏が心配になり声をかけようとした途端……

 

「え?」

 

簪の目からブラックサレナが消えた。

それとほぼ同時に吹っ飛ばされる福音。

その背後には追撃しようとするブラックサレナがいた。

 IS学園では今まで何かと押さえていたが、今の一夏は完璧に復讐人となっていた。押さえが取れた今、一夏はその力を躊躇なく存分に振るう。

 そこからは圧倒的の一言に尽きた。

ハイパーセンサーでの察知が追いつかない程の速度でブラックサレナは福音を蹂躙していく。

福音はブラックサレナへの反応が追いつかず、文字通り『ピンポン球』になっていた。

距離が離れればハンドカノンの弾雨を浴びせ、接近しては思いっきり体当たりを喰らわせ、テールバインダーで不意を打つ。

福音はなすすべも無くボロボロになっていき、がむしゃらにブラックサレナに砲撃を放つがディストーションフィールドでことごとく逸らされてしまう。

 そしてそろそろ行動不能になって来たと判断し、ブラックサレナは大型レールカノンを展開。

八枚翼を全て根元から打ち落とす。そのままフィールドランサーを展開し、一瞬で福音との距離を詰めると持っていた腕を振るう。

その斬撃により、福音の四肢が斬り飛ばされた。

 

「………これで終わりだ……」

 

ブラックサレナはそう福音に告げると、その場で一回転しテールバインダーを縦に叩き付ける。

それにより海面へと吹っ飛ぶ福音。

その回転の勢いのままに、ブラックサレナはフィールドランサーを福音に向かって投擲する。

放たれたフィールドランサーはその速度のままに福音へと突き刺さり、福音を海面へと叩き付けた。

その衝撃で福音は爆散する。

 

「……任務終了……」

 

それを見届けた一夏は、未だに固まっている四人を尻目に陸へと飛行していく。

その後ろから、赤いしずくが飛び散っていることを、その場の四人は気付くことが出来なかった。



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第三十五話 復讐人のいつもの

 福音撃墜の知らせを聞いて一応安堵する千冬達。

ブラックサレナが突然現れた時には驚いたが、誰も怪我することなく無事に帰って来れた事に今となってはそこまで問題ではない。

仮設CICでは真耶達教員が皆の無事を喜んでいた。

千冬も何だかんだと言いつつ、皆が無事であったことが嬉しくて頬を緩ませていた。

ただ一人、束だけはそのことを素直には喜べずにいた。

他の有象無象はどうでも良いが、箒が無事なのは嬉しい。だが、そこではない。

箒を活躍させることができなかったから? いや、それもあるが些細な問題である。

では、なんなのか? 

それは……一夏のことであった。

束にとって、第四世代機『紅椿』は自信作だ。

現在あるISの中でも最高の性能を持っている。少なくとも、まだ専用機に慣れていない箒が使っても余裕で福音を倒せるとは見積もっていた。

まぁ、多少は苦戦するかもしれなかったが、それは誤差の範囲だ。

だが、その前に一夏が来て福音を倒してしまった。

圧倒的な強さを持って、何者をも近づけずに敵を蹂躙し殲滅する。

そのISは束の全く知らないIS。使われているコアもよく分からない、束から言わせれば紛い物だ。だが、その紛い物が福音を倒した。束が作った訳ではないが、福音は軍事用ISだ。そんじょそこいらのISとは強さの質が違う。

それを束以外が作ったISが倒したのだ。

千冬達にバレないよう内緒で戦闘データを取ったが、はっきり言ってあの束ですら正気を疑うレベルであった。

所謂、搭乗者保護機構というものがまったく働いていない。

今回の戦闘で見せた起動だけでも、常人がやれば内臓破裂を起こしていてもおかしくない動きであった。あんな戦闘をIS操縦者がした場合、絶対に大怪我を負い戦闘どころでは無いだろう。それを一夏は平然とこなした。この時点で聞いていた以上に一夏の体の状態が危険なことが分かる。

紅椿は展開装甲の展開によってパッケージ換装無しで戦況に対応できる万能機。

だが、このブラックサレナはそれとは全く違うコンセプトであった。多分パッケージであることは推測できるが、そのコンセプトがおかしい。

単独での戦闘に特化しているのだ。防御力と速力のみを重点的に、それ以外の殆どを捨てている。保護機能すら戦闘する方に全振りしているその姿勢は諸刃の剣だ。

 故に束は複雑な思いをする。

自分が作った物以上の性能を持っているかも知れない物への嫉妬と、一夏の安否が胸の中で交錯する。

 そんな束を尻目に、真耶達は箒達を迎えに行った。

それを見て、束は皆とは行かずに、旅館から出て行った。

その姿は誰にも見られていない。

 

 

 

 千冬達が浜辺に行くと、箒達が浜辺に着陸し始めていた。

 

「みなさん、無事で良かったですよ! お疲れ様でした」

 

真耶は着陸しISを解除していく箒達に労を労う言葉をかけながらスポーツドリンクを渡していく。

それを少し複雑そうな顔で受け取る箒達。

実際に箒達は何も出来なかったのだから当然だろう。

だが、極度に緊張していた箒達の喉はカラカラに渇いており、渡されたスポーツドリンクを箒達は勢いよく飲み始めた。

 少し遅れて着陸した一夏だが、何故かISを解除しない。その事に不思議に思った真耶が近づいていく。

それに続いて千冬も一夏に近づいていった。

作戦外の行動を勝手に取った事への説教と、福音を倒したことを褒めるためである。

だが、その言葉はかけられる事は無かった。

 

「ひっ!?」

「なっ!? これは…」

 

二人はブラックサレナの前まで言って言葉を失った。

黒い装甲はあちこち焼け煤けた跡があり、綺麗なところなど一つも無い。しかも装甲全体に亀裂が入りいつ崩壊してもおかしくない印象を受ける程にボロボロであった。

そして装甲のあちこちから、赤い液体が滴り流れていた。

その液体がなんなのか……言わなくてもすぐに想像できるだろう。

二人がそれを想像した瞬間、ブラックサレナは解除され、一夏が砂浜に倒れ込んだ。

 

「織斑君!?」

 

倒れた一夏を見て、急いで簪が一夏の側へと詰め寄った。

簪は一夏が福音と戦っている間から、ずっと一夏のことを見ていた。

アカツキから聞かされたこともあって、簪は一夏を心配する気持ちで一杯だった。

彼が何故ああも強く悲しく、そして優しいのか。

それが嫌と言うほど良く分かり、簪は一夏からどう思われおうとも構わずに彼のことを放っておけなくなった。

一夏のことが心配で仕方ない。それだけが今の簪を動かしていた。

簪は急いで一夏の元まで向かうと、一夏の状態を見て息を呑んだ。

一夏の体は酷い状態であった。

身体中に裂傷が走り血が流れ、腹部からドクドクと血が溢れていた。しかも左足はおかしな方向に曲がっており、血で赤く染まっているのに、顔は真っ青になっていた。動けないのか、ぐったりとしていて呼吸もあまりしていない。

すぐにでも病院に行かなければならない大怪我に、簪は驚きつつも一夏に意識があるかどうかを確かめようとした。

 

「大丈夫、織斑君!! 意識はある!!」

「………………」

 

普段では考えられない程の大きな声で簪は一夏に呼びかけるが、一夏からは何も帰ってこない。

それが更に簪の不安を煽る。

真耶はこの事態に慌て、千冬は事態に驚くが生徒の手前混乱するわけにはいかないと思い気を取り直して真耶に指示を出し、自分でも救急車を呼ぼうとした。

箒達はあまりのショックに固まり、真耶によって急いで別の場所へと移動させられた。

簪が尚も大きな声で話しかけるが、一夏は何も応えない。

そのことにさらに焦燥し、簪は一夏の体を軽く叩こうとするのだが……

 

「は~い、みんなそこまで」

 

 この場に似つかわしくない明るい声が響き渡り、皆その声の方に顔を向けた。

そこには、浴衣姿のアカツキがいつもと変わらない笑顔で立っていた。後ろには秘書のエリナも浴衣姿で控えている。

 

「みんな、そこまでだよ。何、そんな慌てるようなことじゃないさ」

 

アカツキがその場の全員に明るくそう言うと、一夏の方へと歩いて行く。

 

「貴様、何を!!」

 

千冬はいきなり来たアカツキに警戒を込めた視線で睨み付けながら叫ぶ。

それを受けたアカツキは仰々しく反応を返した。

 

「おお、こわ! そんな怒らないでよ。別に変なことはしないからさ~」

 

真剣な千冬にアカツキは巫山戯た感じで返す。それが千冬の神経をさらに逆なで、千冬の額には青筋が浮かび上がる。それを見たアカツキは『おお、おっかない』と言っていそいそと一夏の所へと行った。

 

「そこの可愛いお嬢さん。彼が心配なのは分かるけど、あまり彼に触らないでくれるかな。彼、あまり人に体を触られたくないんだってさ」

 

 アカツキにそう言われ、簪は一夏を触ろうとしていた手を離した。

何故かアカツキの言葉には、そうしなければならないような、そんな思いにさせる何かがあったからだ。

簪に笑顔でそう言ったアカツキは、笑顔を崩さずに一夏へと話しかけた。

 

「やぁ、一夏君。お疲れ様。具合はどうだい」

「………問題無い……」

 

先程まで簪の声に何も応えなかった一夏から返事が返ってきたことに簪は驚き、急いで声をかけた。

 

「大丈夫なの、織斑君! その怪我っ!」

「………問題無い……」

 

一夏の体を心配して声をかける簪に一夏は何の感情もない声で淡々と答えた。

それで一夏が少しは平気だと分かり……

 

「織斑君……織斑君!」

 

 簪は泣き始めてしまった。

さっきまで張っていた緊張の糸が切れてしまった反動である。

一夏の顔にぽたぽたと簪の涙が落ちるが、一夏は何の感情も浮かべない。

 

「おやおや、これは…一夏君、君は女泣かせだね~」

 

アカツキはそんな様子を見て一夏をからかうが、エリナにジト目で見られたので辞めた。

 

「……奴等の行き先は……」

 

一夏は顔をアカツキの方に向け、淡々と聞く。

目の前で簪が泣いていることなどまったく気に留めない。

するとアカツキは巫山戯た感じに答えた。

 

「ごめ~ん、逃げられた。まぁ、いつものことでしょ」

「………そうか……」

 

リラックスしきったアカツキといつもと変わらないように会話する一夏に、ついに千冬が耐えきれなくなり叫び出す。

 

「さっきから何のうのうと話している! 織斑は早く病院に搬送せねばまずいのだぞ!」

 

その叫びを受けて、アカツキは面倒臭そうに千冬に答えた。

 

「だからそんなに怒らないでよ。別に驚くような事じゃないんだからさ。これもいつものこと。今日の狙いは福音とかいうおもちゃじゃないんだよ。アレはおまけ。本命は北辰達だったんだけど、彼奴等福音を暴走させたら基地丸々自爆させてくれちゃってさ~。それに一夏君は巻き込まれただけ。別に……北辰達に挑んで一夏君が死にかけるのはいつものことなんだよ。今更慌てるようなことじゃないって」

「なっ!?」

 

その事実に驚きを隠せない千冬。

アカツキはそんな千冬を鼻で笑いながらエリナの方を向く。

 

「んじゃエリナ君、研究所の方に連絡入れといて。今から一夏君をそっちに送るから」

 

そうエリナに指示を出すと、エリナはどこからか携帯を取り出し連絡を入れ始めた。

そしてアカツキは一夏の方に向かうと、躊躇わずに一夏の体を持ち上げた。

持ち上げた途端にアカツキの浴衣に一夏の血が付き汚れる。

それをまったく気にせず、アカツキは道路へと歩き出した。 

道路ではいつの間にかネルガルの車が止められていて、いつでも乗り込める状態になっていた。

 

「ま、まって!」

 

簪は一夏を持って行こうとするアカツキに急いで声をかけた。

 

「お、織斑君は無事に…治るんですか!」

 

一生懸命な声でそう聞かれ、アカツキはフフっと笑いながら答えた。

 

「それは分からないけど、多分大丈夫でしょ。彼が死ぬなんてことは、目的を果たさない限り絶対にないから。まぁ、君が心配するようなことでもないがね。心配していたことは、伝えといてあげるよ」

 

そう笑いながらアカツキは答えると、簪に笑いかける。

すると簪は安堵すると同時に、顔が一気に真っ赤になった。

それを見てアカツキはニヤニヤと笑い、簪は何故だかは知らなかった恥ずかしくなって仕方なかった。

 アカツキはそんな様子の簪を見て、満足そうに笑いながら車の方へと向かう。

そして手を振り車に乗り込んだ。

気がつけばエリナもいつの間にか車に乗り込んでおり、車は静かに走り去っていった。

そして砂浜は先程の騒ぎが嘘かと思うくらい、静かになっていた。

 

 

 この後……織斑 一夏の姿は二学期になるまで、誰も見なかった。

 

 



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第三十六話 夏休みの過ごし方 簪の場合 

今回はこの作品にはおかしいくらい甘いです。


 臨海学校も終わり、IS学園は夏休みに突入した。

いくら世間でも類を見ない学園とは言え、当然夏休みはある。主にこの休みは実家に帰るのに使われ、その中に更識 簪も入っていた。

 今、簪は実家に帰省中である。

更識家は古くから伝わる対暗部用暗部の名家。

それだけに裕福であり、屋敷もかなりの大きさがある。

古き良き日本屋敷であるが、中身は最新のテクノロジーにより最適化されていて見た目の割には凄く住みやすくなっている。

そんな屋敷の一室。和風な屋敷には似つかわしくない洋室のベットで簪は寝っ転がりながらテレビを見ていた。テレビには簪が大好きな特撮ヒーロー物が放送されていた。

いつもならそれを目を輝かせながら見ている簪だが、臨海学校以来まったく夢中になれないでいた。

 

「はぁ………」

 

そんな疲れたような溜息を吐きながら簪はベットで転がる。

テレビを見つめていながらも、まったく中身が頭に入ってこない。

大好きなヒーローよりも、簪は別のことで頭が一杯になっていた。

 

「何で……織斑君のこと……考えてるんだろ……」

 

簪の頭の中は、織斑 一夏のことで一杯になっていた。

いつも無感情で何を考えているのかまったく分からない人。でも、どこかやっぱり優しい人。

戦う相手に容赦はしない恐ろしい人。でも、簪を何度も助けてくれた人。

今まで人とそこまで接することがなかった簪にとって、初めて意識する他人。

確かに布仏家の人達も他人ではあるが、簪からすれば古くから付き合いがあるので家族や身内と言っても過言じゃない。

そういうことを考えれば、まさに初めて意識した他人なのだ。

簪は一夏のことを考えると、何とも言えない気持ちになる。

助けて貰った恩もあるし、訓練を手伝って貰った恩もある。

恩人と言えばそうだろう。だが、恩人というだけではないという気持ちも確かにあるのだ。

何というか、簪は一夏と会うのが楽しみで嬉しかった。

一夏は何に感情も浮かべないがちゃんと答えてくれるし、簪のペースで話しても嫌がったりしない。

それが簪には嬉しかったのだ。

物静かと言えばそうなのだが、会話が切れても苦にならない。

少なくても簪はそう感じた。

その気持ちは友人にも感じられはするが、それだけではない気がする。

簪は一夏と一緒にいると、何故か胸が満たされるような、温かいような…そんな安心感で満たされるのだ。学園では一番恐れられている生徒と一緒にいてこんな気持ちになるのも変な話だが。

それに臨海学校では、死んでしまうんじゃないかと思い心配した。いなくなっちゃ嫌だと思った。一夏が消えてしまうんじゃないかと恐怖したのだ。

友人にも感じないその気持ちに簪はどうすればいいのか分からないでいた。

 

「ぅ~~~~~~~~~~~~~」

 

そのまま枕に顔を埋めながら唸るが、当然答えなど出るはずがない。

この時、簪は考えすぎていた為にわからなかったが、一夏のことを考えている簪の顔は赤くなっていた。

いくら考えても答えが出ない。悶々とした気持ちでテレビを見るが、全く頭に入ってこない。

完全に簪の思考は行き詰まっており、どうしようもなくなっていた。

そのため、部屋に人が忍び込んだことに気付かなかった。

 

「か~んざ~しちゃん!!」

「わひゃぁ!?」

 

いきなり耳元で大きな声をかけられ、抱きしめられれば誰だって驚くだろう。当然簪は驚き、可愛らしい声を上げてしまった。

 

「も、もう、何、お母さん!」

 

簪は背後から自分を抱きしめた人物を軽く睨む。

そこには簪の母が抱きついていた。

簪と同じ水色の髪をした、美しい和服の女性。和服越しだというのに、スタイルの良さが窺えて簪は凄く羨ましく思っている。名は更識 渚。

簪にとって、尊敬できる親であり、同時に苦手な大人でもある。

渚は一通り簪を抱きしめると少し離れた。

 

「いやね~、簪ちゃんったら、帰ってきてもどこか上の空なんだもの。お母さん、寂しいわ」

 

渚は少しおちゃらけた感じにそう簪に言う。

簪にとって、いつもと変わらない母であった。だが、その通りだったのも事実であり、見破られたことが恥ずかしくて簪はそのことを否定する。

 

「そ、そんなこと…ない」

「だったらなんでテレビ見てないの? 簪ちゃん、気付いてる? 目が泳いでるわよ」

「っ~~~~~~!?」

 

だがやはり親は子のことをよく見ている。

いくら簪が隠そうとしても、渚にはお見通しであった。

 

「お母さん、ちょっと心配なの。ヒーロー好きの簪ちゃんがそれに熱中できないで何か別のことを思い詰めているのが。何があったのか……話してくれない?」

 

渚にそう言われ、簪は酷く動揺した。

この母には何も隠せないのだろうかと思ったし……何よりも、相談しようか悩んでいたのだ。

簪は姉と不仲な以上、相談できるのは母くらいしかいない。

自分よりも長く生き、経験を積んでいる母ならば、このもやもやした気持ちがなんなのか分かるかもしれない。だが、何故か恥ずかしくて中々切り出せないでいたのだ。

それを察してか、簪に助け船を出してくれた。

簪はそう言われて……観念して話すことにした。

 

「あ、あのね、お母さん…」

「なぁに?」

「そ、そのね……実は……」

 

こうして簪は母に自分が抱えている気持ちを打ち明けた。

渚はそれをただ静かに聞いている。

 

「だ、だからね……どうしたらいいんだろうって……」

「成程ね~。まさか簪ちゃんがね~…うふふ、そっか…」

 

簪の話を聞いた渚は、何やら嬉しそうに笑っていた。

 

「簪ちゃん。何でその織斑 一夏君のことが気になると思うの?」

「え? それは…私は……分からない」

「もう答えは出てるのに?」

「え?」

 

不思議そうに首を傾げる簪に向かって、渚は優しく言った。

 

「男の子のことが気になって、その子がいなくなってしまうんじゃないかと怖くなる。その子と一緒だとどこか安心して一緒にいたいと思う……もう答えなんて出てるじゃない。簪ちゃん……その男の子のこと、好きになっちゃたのよ」

 

簪はそう言われた瞬間……顔が爆発するかと思う程真っ赤になった。

 

「え!? え、そんな…私……」

 

混乱する頭を必死にどうにかしようと簪はするが、渚の言葉のせいでどんどん一夏のことを考えてしまう。

そして………理解した。

 

(わ、私………織斑君のことが……好き……なんだ)

 

それは自覚した瞬間、全てを塗り替えていった。

簪は一夏が好きだと認識した瞬間、さっきまで感じていたもやもやが全て感じなくなっていた。

胸にあるのは、もう別の感情である。

一夏に会いたい、会って話がしたい、一夏と一緒にいたい。一夏と……

その思いが溢れかえり、簪はどうして良いのか分からなくなってしまった。しかし、先程と違いどこか嬉しい。

そして一夏の顔を思い出しては、簪は顔を真っ赤にして枕に顔を埋めるのだった。

 

「あらあら、まさかお姉ちゃんより先に恋するなんてねぇ~。うふふ」

 

そんな娘の様子を、渚はただ嬉しそうに見ているのであった。

 

 

 この夏、更識 簪は織斑 一夏を好きだと自覚した。




次回は滅茶苦茶黒いお話の予定です。


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第三十七話 夏休みの過ごし方 一夏の場合

推薦して下さったことは嬉しいのですが、流石に作品事態を貶されて推薦されるのはちょっと……と思ってしまいます。
まぁ、確かに自分は下手ですが。


 簪が実家で自分の気持ちに気付いていたころ、織斑 一夏はというと……

燃えさかる何処ぞの研究所で一人立っていた。

闇夜を照らす炎の明かりが辺り一面を照らし、一夏の顔や体を明るく照らしていた。

その体や顔は真っ赤に染まっている。

それは血だ。まだ乾き切っていないのか、足下には垂れてきた血がポタポタと落ちて地面を赤く染めていた。

しかし、それは一夏の血ではない。返り血である。

それがどこの誰の血なのかは、言わなくても一夏の後ろで燃えさかる研究所を見れば分かるだろう。

一夏は振り返り、研究所を少し見てその場を去って行った。

 

 

 

 臨海学校の騒動の後、一夏はネルガルの研究所で『いつもと同じ』ように目を覚ました。

北辰達との戦いではいつも死にかけてばかりであり、ネルガルの人間にとっていつものことであった。

いつもと同じ真っ白な天井を少し見つめた後、一夏はベッドから起き上がる。

そしてアカツキに連絡を取り、現在の状況について随一に聞く。

臨海学校から既に一週間が過ぎており、その間寝たきりになっていたこと聞いて一夏は内心で舌打ちをする。

北辰と再び相まみえたのに、もう一週間も時間が過ぎてしまったのだ。既に北辰達が日本を離れ、行方をくらませていることは言うに及ばずだ。

しかし、いつまでもそのことに囚われていても仕方ないと判断してこれからのことを考える。

幸い、ブラックサレナの修復は既に終えているとの報告は受けていたので、すぐにでも動くことは出来る。

まずは修復されたブラックサレナの試運転と慣らしが必要と判断し、一夏はブラックサレナを受け取りに行った。

 そして地下研究所に付き次第、ブラックサレナを受け取って試運転を開始。

一週間ぶりに展開したブラックサレナは元通りになっていた。

研究所の外で飛行し、異常がないかチェックしていく。

一夏はその飛行において、違和感を感じていた。

 

(何だ? ……反応が鈍い?)

 

一夏の反応にブラックサレナが追いついていないような感じを受けたのだ。気がするだけであり、そこまで酷い誤差はないのだが。

念の為にステータスチェックを行うも正常である。

一週間ぶりに飛行しているから感じている違和感だろうかと判断するも、やはり違和感が消えない。

それを感じたままに急上昇や急停止、アクロバティックな機動をして確かめていく。

すると突然、目の前に黒い何かが現れた。

いつもなら避けられたかもしれない。

しかし、一週間ぶりに動かす体とその違和感のせいで一夏の動きはいつも通りには動かせなかった。

結果、センサーにも察知しなかったそれを一夏は避けることが出来ずそれに飲み込まれてしまったのだ。

中は暗闇であり、何も無かった。

その中をひたすらに進んでいると、奥に一つだけ光を見つけた。

その光に向かって行くにつれて明るくなっていき、そして目の前が真っ白になった。

その光が収まると共に目の前に広がったのは、見慣れたIS学園であった。

しかし、周りの風景が違く周りの気温も違っていた。

一体何が起こったのかは分からない。だが、一夏は取り乱すことをしなかった。

ボソンジャンプの訓練をしていた時、度々転移先を間違えてしまうことがあったからだ。

今でこそまずないが、当初は結構取り乱していた。

しかし、今回一夏はボソンジャンプをしていない。ならば何故IS学園に移動しているのか?

先程の黒い何かが原因であることは予想が付く。

取り合えず一夏はこの場所が何処なのかをちゃんと知るためにを飛行して辺りを調べ始めた。

そして大体分かったことが時期の違い。

今、このIS学園は冬を迎えているということだった。

そのことに疑問を感じながら更に辺りを調べ、そして見つけた。

自分と同じ姿形をした人物を。

何が何やらと分からなかったが、まずは調べることにした。

そして結果、その人物が自分と同じ人物であることが分かった。

それが時間の疑問と結びつき、一夏の中で答えが出た。

 

それは……ここが違う世界で、自分とは違う織斑 一夏がいる世界だということ。

 

滑稽だが、それが一番近いと一夏は確信した。

その理由までは分からない。だが、目の前でどこか楽しそうに笑っている織斑 一夏を見ていると苛立って仕方なかった。同じ織斑 一夏なのにここまで違うということをまざまざと見せつけられた気がした。それが一夏には許せなく思えた。

そして同時にもう一つ気になることがあった。

それはこの織斑 一夏からは何とも言えない威圧感を感じることであった。

それは一夏の知る限り、ツキオミなどから発せられる威圧感に近い。

つまり強いということだ。それならば、目の前の織斑 一夏はどれだけ強いのかを知りたいと思ったのだ。

だからこそ、仕掛けた。

結果、一夏の予想以上に強かった。

一対一の戦いにおいてISではない別の兵器を使ってきたが、それ自体の運用方法は単純な物だった。だが、その馬力や近接戦での手管はかなり凄かった。

それがあの謎の兵器の性能とは思えない。あの躍動感のある動きは人間だからこそ出せる物だと判断した。つまりツキオミと同じように何かしらの武術をやっているということだろう。

腹を大型レールカノンで撃ち抜いても、怯まず此方に攻撃をしかけようと言う気迫。その鬼気迫る迫力はまさに武人のそれだ。

その堂々とした姿が一夏には眩しく見え、同時に疎ましくも見えた。

だからこそ、消し去りたいと思い仕掛けようとしたら突如他から声を出され中断。

中断させたのは、全身装甲のこれまた見たことのない兵器であった。

一夏は即座に大型レールカノンを撃ち込むが、寄りにも拠ってその兵器は素手でその砲弾を此方に撃ち返してきたのだ。

誰が高速で飛んでくる砲弾を素手で打ち返してくると予想しようか。

そんなことはあの北辰でさえ不可能だろう。

これにはさすがの一夏も呆気にとられてしまった。

そんなことを平然とやってのける相手が此方に近づいてくるのだ。一夏はすぐに顔を引き締めて距離を取ろうとする。

だが、その兵器の操縦者が何かを叫び手を上に上げると、そこから重力異常が発生してブラックホールが出来上がった。

その吸引力に捕らわれそうになるのを何とか堪えようとする一夏。

そのため、動きが止まってしまった。それを見計らってか、敵はその技を解除。

そして一夏の目の前から消えた。瞬間に体に走る衝撃に驚いたが、その時には既に目の前が真っ暗になっていた。

一体何が起こったのか、一夏は全く分からなかった。

 そして最初の時と同じように光を見つけそこに向かって進んでいった結果、元の研究所の敷地内に戻っていた。

時間を確認するも、あの黒い何かに巻き込まれる前から殆ど変わっていない。

それにより白昼夢かと思われるかもしれないが、機体に刻まれた損傷がさっきのことが現実だと証明する。

一夏にとって、この出来事はさらに力への渇望を起こさせることとなった。

 

 

 

 その後、研究所に戻ったら研究員から何事かと驚かれたが一夏は何も言わなかった。

実際にISの記録媒体に一夏が経験したことは一切何も記録されていなかったからだ。

一夏は慌てふためく研究員を尻目にアカツキにブラックサレナの改修をさらに進言した。

それを受けてアカツキはやれやれだと呆れ返っていたが、素直に頷き周りの研究員にその指示を出す。その改修プランに全員一夏の正気を疑ったが、元から狂っているといってもいい一夏に何を言っても無駄であった。もうネルガルでは常識になりつつあることである。

アカツキはそのプランを見て愉快そうに笑い、一夏のプランを進めることにした。

改修に掛かる期間は二ヶ月近くであり、それまではブラックサレナは使えない。

一夏はそのことを了承する。

 ではその間何をするのかというと、ネルガルシークレットサービスの手伝いであった。

主にネルガルの敵となる相手を裏から処分する部署。

ここで一夏は夏休みの全部を過ごすことにした。

違法研究をしている研究所やらに襲撃をかけ、その情報を入手すると共に研究所を人員もろとも処分する。

一夏はあの出来事以来、その仕事を一人で引き受けてきた。

ボソンジャンプを使い研究所内に潜入。

その後はエステバリスのセンサーを使い中にいる人間を片っ端から殺してまわる。

 

「や、やめろっ! 殺さないでくれ!!」

 

そう命乞いをしてきた人間も数多くいた。

しかし、一夏はそれを聞き入れない。

より自分という刃を研ぐために、より甘い感情を消す為に。

 

何も言わずにその引き金を引いた。

 

全ては北辰を殺す為に。ただそれだけを考えて。

そうでなければ、一夏は一夏としての全てを取り戻すことができないから。

 

そうしながら一夏は研究所にいる全ての人間を殺し、研究所に火を付けて去って行った。

 

 

 

 これが……織斑 一夏の夏休みの過ごし方であった。

 

 

 

 

 



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第三十八話 二学期

気付けばお気に入りが1000を超えていました。
読者の皆様には感謝です。


 とある施設のある一室では会議が行われていた。

いや、それは会議というには会話は殆ど交わされていない。ほぼ一方的な話し合いであった。

 

「手前ぇらみてぇな胡散臭せぇ奴等にこれ以上でかい顔させるかよ! 今回の仕事は俺達だけでやるからすっこんでろ!!」

 

怒鳴り散らし憤るのは二十代前半の女性である。

黒いタンクトップにショートパンツというラフな恰好に長い癖のある茶髪をしていた。普通に見れば美しい女性だが、今は怒りで顔が歪んでおりその美貌は損なわれていた。

 

「オータム、あまり騒がないの。ごめんなさいね、この子は素直なのよ」

 

怒る女性をオータムと呼んだのは、これまた美しい金髪の女性であった。

年頃はオータムと同じか少し上くらいだろうか。美しく豊かな金髪に艶やかな赤いドレスで豊満な身体を包んでいる。町中で見かければ十人中十人が絶対に振り向くだろう、そのくらいの絶世の美女であった。

 

「だけどよぉ、スコール! 何で男なんかが私達より上の扱いなんだよ!! 上の連中は何考えてんだっ!」

「そこまでにしときなさい。上の人間は現場の人間のことなんてあまり理解してないんだから、あまり文句をいっても仕方ないわ。私達現場の人間は言われたことを遂行するだけよ」

 

オータムは金髪の女性、スコールにそう言われ、それでもごねる。

そんなオータムを見てスコールは慈愛に満ちた表情で優しくオータムの頭を撫でる。

するとオータムは先程まで辺りに散らしていた怒りを静め始めた。

そしてオータムが静かになるのを待ってから、スコールは改めて先程から話していた人達に話しかける。

 

「でも、私もこの子と意見は同じよ。今回の任務は私達だけでやるから、あなたたちは静かにしていてもらえないかしら……『北辰』」

 

スコールが言葉を向けた先には、不気味な雰囲気を醸し出す男が座っていた。

笠を被り全身を外套で包んでいて、何よりも不気味なのは左右非対称の大きさの目である。

その全てが男を不気味にする要因であった。

そう、その男こそ北辰。

『亡国機業』の中にある一組織『クリムゾングループ』の実働部隊の隊長である。

クリムゾングループは亡国企業内でも随一の異端、人体実験の末に男でもISを使えるようにする研究や『無人IS』の研究開発を行っている組織だ。

『男でも使えるISは今現在実験中であり、無人ISは未だに実戦で使えるようなものが出来ていない』

そう亡国機業内では認知されている。

組織内の男性達からの期待は大きいが、その分女性達からのきつい目で見られていた。

そのためか、北辰達は亡国機業内の女性達から疎まれている。

北辰はスコールに言われると普通に答える。

 

「別に好きにすれば良かろう。我等は我等で好きに動かさせてもらう」

「じゃあそうさせて貰うわ。でも、手を出すなら容赦はしないわよ」

 

スコールは北辰に意味深い笑みを浮かべながら言うと、オータムとその後ろに控えている少女に声をかける。

 

「オータム、エム、話は終わったわ。帰るわよ」

「ああ、帰るか! こんな所、とっとと出たいぜ」

 

オータムはスコールに呼ばれ勢いよく動きスコールの隣に付いて歩き始めた。

そしてエムと呼ばれた少女は無言で二人の後を付いていく。

三人はそのまま部屋を去って行き、部屋には北辰と北辰の部下二人が残った。

 

「隊長、よろしいのですか?」

 

静まりかえった部屋の中で、部下が北辰に聞く。

それを受けて北辰はニヤリと笑いながら答えた。

 

「くく……何、この程度でやられるほど復讐人は甘くない。寧ろ彼奴等の方が苦労するだろう。我等は我等で動くのみだ。いくぞ」

「「はっ」」

 

北辰は部下にそう言って立ち上がると、部下と共に部屋を出て行った。

 

 

 

 夏休みも過ぎ去り、今日から二学期へと突入する。

IS学園も一ヶ月半ぶりに賑やかになっていた。

皆久々の友人との再会に和気藹々としていた。それはどこのクラスでも当然あることであり、一年一組も漏れずに同じであった。

しかし、その中で一人だけ周りの空気からはみ出している者がいた。

席に静かに座り何かを調べている少年……織斑 一夏である。

一夏は学園に着き次第、いつもと変わらずに情報を調べ始めていた。

この夏休みの間、己の中にある復讐の刃をひたすらに研ぎ澄ましてきた。

その結果、その身に纏う雰囲気がさらに殺気を増していたため、クラスの人間は無意識に一夏に近づかないようにしていた。

触らぬ神に祟り無し……という言葉を体現している。

一夏自身、もとから話しかけられる事など無いと分かっているので、気にもかけていない。

だからこそ、より情報収集に余念が無い。

逆に言えば、今現在それ以外に出来ることがない。故に一夏はそれだけに集中する。

 そんな一部だけ静かになっている教室にチャイムと共に副担任である山田 真耶が入って来た。

 

「は~い、皆さん、お久しぶりです。夏休みは楽しめましたか」

 

ほがらかな笑顔を浮かべて生徒達に話しかけると、

 

「「「「は~~~~~~~~~い!!」」」」

 

生徒達は元気よくその問いに答えた。

それを見て真耶は満足そうに笑う。

 

「みんな楽しめたようで何よりです。でも、今日から新学期ですから気を引き締めて頑張りましょうね」

「「「「は~~~~~~~~~い!!」」」」

 

皆それを楽しそうに答え、教室には笑いで溢れていた。

こうして新学期最初のHRは笑顔で終わった。

しかし、一夏だけは一切その輪に加わるようなことは無かった。

 

 

 初日からでも授業があるのがIS学園である。

朝の和やかな雰囲気もすぐに引き締まった物へと戻り、皆授業に取り組んでいく。

そして三時間目が終わり休み時間に入った。

一夏は朝からずっと同じように情報収集をしていた。無論、成果は上がっていない。

それでも、今の一夏にはそれしか出来ることがないのだ。

 

「あ、あの……織斑君は…いますか……」

 

そう声を出しながら教室に入って来たのは、更識 簪であった。

簪がクラスの人間にそのことを聞くと、クラスメイトは手振りで一夏の席を指す。

それを見て簪は一夏の方を見た瞬間、自分の顔が凄く熱くなるのを感じた。

いつまでもその場で立っている訳にもいかないと簪は一夏の方へと歩いて行く。

そして未だに何かに集中している一夏に声をかけようとするが、喉がカラカラに渇いてきて上手く言葉を出せなくなりそうになる。

それを唾を飲むことで何とか押さえる。

一夏の姿を見て簪は正直泣きそうになってしまった。それは一夏が怖いからではなく、あの大怪我から無事に学園に戻って来れたという安堵からであった。

泣きそうになるのを堪えつつ、簪は一夏に話しかける。

 

「あ、あのっ、…お、織斑君……」

 

一夏はその声を聞いてはいるのだろう。だが、目線は簪の方を向かずに虚空を見ていた。

 

「…………何の用だ…………」

 

一夏はいつもと同じように何の感情も感じさせない平坦とした声で簪に答える。

簪は一夏に答えてもらえたことで顔が真っ赤になっていく。

夏休みに自分の気持ちに気付いて以来、簪は一夏のことで頭が更に一杯になっていた。

すぐにでも会いたい、会って話をしたい。一夏の声が聞きたい……

そんな思慕の念に焦がれていた。

だからこそ、簪は一夏に答えてもらえて嬉しかった。

感激のあまり、さらに涙腺が緩んでしまう。

簪は目の前が涙で歪みそうになりながらも、一夏に聞きたかったことを聞こうとするのだが……

 

「きょ、今日は…お日柄も良く……」

「…………」

 

緊張のあまりに全く違うことを聞いてしまい、あまりの恥ずかしさに赤面して萎縮してしまう簪。

 

(なっ、何聞いてるの私~~~~~~~~~~~~~~~! 聞きたい事は違う事でしょ~!)

 

恥ずかしさで真っ赤になりながら簪は内心懊悩する。

思いっきり失敗してしまったと恥ずかしがりながらも、簪はそれでも勇気を振り絞って一夏に聞きたい事を決死の覚悟で聞く。

 

「そ、それでね……お、織斑君…大丈夫だったの、その…身体……」

 

小さく聞こえづらい声、それでも簪は一生懸命に一夏にそのことを聞いた。

夏休みに入って以来、ずっと簪はそのことが気になって仕方なかった。

臨海学校での負傷はどう見たって危険な物であった。普通ならまだ入院していなければならないくらい大怪我である。

想い人がそんな大怪我をしたことに簪は気が気ではなかったのだ。

簪に聞かれた一夏は目線は変わらないままであったが、確かに答えた。

 

「……問題無い……」

 

その声はいつもと変わらない声。だが、確かにしっかりとした肯定の声でもあった。

それを聞いた簪は安堵のあまり、ついに涙腺が崩壊を起こした。

 

「…よかった……ひっぐ…よかったよ~~~~~………」

 

その場で急に泣き出す簪にクラスの生徒達は何事かと目を向ける。

簪はそのまま子供のように泣きじゃくってしまい、さらに泣いてしまう。

しかし、その心は一夏が無事だということによる安堵で一杯であった。

 そんな簪に一夏は何も言わず、ただ情報を集め続けていた。

 

 

 簪はその後、休み時間が終わるまで泣き続けた。

チャイムが鳴るのと同時に入ってきた真耶は何事かと慌て、簪をあやしながら四組へと送り届けて行く。

その話は瞬く間に一年生全体に伝わり、生徒会長である更識 楯無へと伝わった。

 

「あ、あの男~~~~~~……簪ちゃんを泣かせるなんて……絶対に許さない!!」

 

この騒動はこうして更識 楯無に伝わり、一夏は楯無の怒りを買うことになった。



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第三十九話 更識 楯無襲来

気がつけば装甲正義を余裕で超えてしまった……。
何だか感慨深いです。


 二学期初日も問題なく進み、時間は放課後に差し掛かった。

生徒達は放課後を満喫しようと、部活に出る者や友人とカフェでお茶をしたりと様々に過ごしていた。

その中で一人だけ、それから外れている者がいる。

黒いバイザーをかけた無表情の青年…織斑 一夏である。

一夏は朝から変わらずに情報を集めていた。

しかし、当たり前のように北辰達の情報は入らない。そのことに若干じらされつつも、それ以外にすることがない以上どうすることも出来ない。

自分のISの整備や調整なども出来ないこともないが、パッケージであるブラックサレナは現在改修中であった。夏休みにあった出来事と損傷の為、急遽修理から改修に変えたのである。

一夏が動かした際、一夏の反応速度に機体が遅れ始めていたことが主な改修理由だ。

ある種においては一夏が成長している結果でもあるが、それで弱体化しては元も子もない。

なので現在、ブラックサレナはネルガルの研究所に預けていた。

エステバリスは手元にあるが、これは学園に来る前にネルガルができる限り改修を行った。

弱いとは言わないが、ブラックサレナがない状態の一夏ではエステバリスが唯一の戦力と言って良い。自衛の為にもそこは急務で行ったのだ。

 なので一夏がISを整備する必要がない。

だからこそ、情報収集をすることしかない。拳銃の整備も出来るが、それは自室でないと何かしら問題が起こる可能性が高い。

無駄な騒ぎは一夏とて本意ではない。

だからこそ、今の行動が一番無難なのであった。

 そのままある程度調べ、日が暮れ始めたので寮へと一夏は帰ることにした。

その帰り道、一夏は自分を尾行している人間がいることを察していた。

実は教室にいたときからずっと監視されていた。それに気付いたからこそ、いつもと変わらないように行動していたのだ。

廊下をゆっくりと歩き曲がると、少ししてから一夏の歩いていた方向に小さな足音が鳴る。

このまま無視しても一夏に問題はないが、尾行している人物からの殺気がヒシヒシと一夏に伝わってくる辺り、只事ではないだろう。

このIS学園で一夏は疎まれている存在だが、殺気を向けられるというのは少ない。

最初こそ多かったが一夏の強さを見せつけた結果、周りの人間はその強さに恐怖し避けるようになっていった。つまり殺気を向けられるような対象から外れたということになる。

その一夏に殺気を向けられる人物を、一夏は知っている限り一人しかいない。

だからこそ、一夏はこの尾行者を捕まえることにした。

次の曲がり角を曲がり次第、反転して制服の袖から拳銃を出し構える。

そして尾行者が曲がり角に入り次第、銃を突き付けた。

 

「………何の用だ……更識 楯無…」

「あれ、もう気付いたの。いつの間に気付いたのかしら」

 

一夏を尾行していたのは更識 楯無であった。

普段と変わらずにおちゃらけたように話すが、その目は怒りに燃えていた。

一夏はそれを踏まえた上でいつもと同じように何の感情も感じられない無機質な声で対応する。

 

「……最初からだ……」

「そう…」

 

楯無はそう反応し一夏に質問する。

 

「ねぇ…貴方が簪ちゃんを泣かせたって聞いたんだけど……どうなの」

 

その質問と共に、一夏への殺気が膨れ上がった。

それは一般人なら失神しているぐらいに凄まじいものだった。だが、一夏はこれを平然と受け流していた。

 

「…………」

 

一夏は何も答えない。

何故なら、既に答えは出ているから。更識 楯無の殺気が物語っている。更識 簪を泣かせたのは織斑 一夏だと。

別に一夏自身、何かしたわけではない。だが、客観的に見てあの場面はどう見ても一夏が泣かせたようにしか見えない。

過程がどうであれ、更識 簪が泣いたという事実はかわらない。

だからこそ、この応答に意味はない。

更識 楯無は織斑 一夏を倒しに来たのだから。

それに一夏自身、答える気がなかった。

どう答えても一緒であり、しかも一夏自身も否定しないのだ。

故に答えない。

その反応を見て楯無の我慢は限界を超えた。

それまで溜込んでいた怒りを全開で爆発させ、楯無は一夏を睨み付け吠える。

 

「簪ちゃんを泣かせたなぁああああああああああああ!! 死ねぇえええええええええええええええ!!」

 

叫ぶと同時に自身のISを部分展開し、呼び出した蛇腹剣を一夏に向かって振るう。

尚、IS学園では指定された場所以外でのISの使用は禁止である。部分展開であろうと例外は無い。破った者にはそれ相応の処罰が下るが、今の楯無は怒りでその事が頭から抜けていた。(一夏はいつも内緒で使用しているが、バレていないので問題ない)

自身に向かってくる蛇腹剣を一夏は後ろへと跳ぶことで回避する。

先程まで一夏がいた床は蛇腹剣で切り裂かれ、無残な姿になっていた。

楯無は蛇腹剣を手元に戻すと、一夏に向かって声高々に叫ぶ。

 

「今のは挨拶替わりよ! 織斑 一夏! 私と戦いなさい!!」

 

先程の攻撃を宣戦布告として楯無は一夏に戦えと言う。

無論、それがスポーツや素手の戦いではないことは楯無の殺気からしてわかるだろう。

一夏はそれを聞いた後に踵を返して去ろうとする。

こんなくだらないことに取り合う気はない、そういう意思表示でもあった。

それを見て楯無の頭にさらに血が昇る。

 

「逃げる気? 勝てないから逃げるっていうの? この臆病者!」

 

怒りに身を任せながら思いっきり一夏を罵倒する楯無。

だが、一夏はそれを無視して進む。

 

「この根暗! むっつり! 朴念仁! 女の子を泣かせて謝らない下衆!」

 

語彙が無くなってきたのか、単調な言葉で一夏を責める楯無。

この辺りに歳頃の女子らしさを感じさせる。

無論、そんなことで一夏が止まる訳が無い。

無視され続け、楯無の堪忍袋の緒が切れるのも時間の問題であった。

 

「無視するなぁあああああああああああああああ!」

 

そのまま一夏に向かって蛇腹剣を振るう楯無。今度は威嚇でもなく本当に当てる気で放った。

何も付けていない人間が受ければ、必ず死ぬであろう威力を、楯無は怒りに任せて一夏へとぶつけようとしたのだ。

エステバリスのハイパーセンサーがバイザー越しにその攻撃を察知し、一夏に伝える。

一夏はその攻撃を横に跳ぶことで回避し、楯無と向き合う。

 

「ようやくその気になった?」

 

怒りを顕わにしながら、肉食獣のような獰猛な笑みを浮かべる楯無。一夏はいつもと変わらない無表情で楯無を見る。

 

「………戦う気はない…だが、邪魔をするなら…容赦しない」

 

そう楯無に言うと、一夏はもう片方の腕の袖からも拳銃を取り出した。

それは楯無相手にISなど必要ないという意味でもあった。

最早常識となっていることだが、IS相手に通常の兵器はあまり効果が無い。

既存の兵器を余裕で凌駕するISには、同じISでないと対応できないと言われている。

それが常識であり絶対の理。それを知った上で拳銃という最弱の武器を自分に向けてきたのだ。

それがどういう意味なのか、分からないわけがない。

それが怒りに更に火を注ぎ、大爆発を引き起こす。

 

「舐めるのもいい加減にしろぉおおおおおおおおおおおお!!」

 

楯無は怒りのままに蛇腹剣を振るい、一夏へと襲い掛かる。

一夏はその場で銃を構えるとある一点に向かって連射する。

一夏の狙い……それは蛇腹剣のつなぎ目であった。

刃と刃のつなぎ目、それは構造状脆い部分であり、その分狭く狙い辛い部分でもある。

そこを狙って一夏は飛んでくる蛇腹剣に銃弾を浴びせる。

そして後少しで一夏に当たるというところで、蛇腹剣が悲鳴を上げた。

ガチンッと何かの音がすると共に蛇腹剣の先端部分が千切れた。

 

「なっ!?」

 

まさか蛇腹剣を壊されると思っていなかった楯無は驚愕する。

その隙を突いて一夏は一気に距離を詰め、楯無の眉間に銃を突き付けた。

 

「………この程度か……これで終わりだ……」

 

あまりの速さに頭が追いつかない楯無に向かって一夏は静かにそう言うと、踵を返した。

さっきまでの事にやっと頭が追いつき始めた楯無は舐められたことに更に激昂する。

別に一撃加えられた訳でも無く、部分展開とは言えシールドバリアは張ってあるので撃たれた所でダメージはない。

だからまだ勝負は付いていない。

なのに一夏は帰ろうとしている。

それはつまり、『貴様などISを使うまでも無く勝てる』と、そう言っているに等しい。

そこまで馬鹿にされて耐えられるほど楯無の精神はタフではない。

 

「待てぇええええええええええええええええ! 織斑 一夏ぁあああああああああああ!!」

 

楯無は怒りのあまりに我を忘れて自身のIS、『ミステリアス・レイディ』を展開する。

そのまま一夏へと持っていた武器、蒼流閃と名付けられたランスを向け突進しようとした。

だが……

 

「何やってるの! 姉さん!!」

 

その突進は楯無の後ろからした声で止められてしまった。

楯無にとって一番聞き覚えのある声に、さっきまで怒りの形相だったのが一気に青ざめていく。

ギコギコと玩具のような感じに首を動かし後ろを見た楯無の目に映ったのは……

 

「か、簪ちゃん……」

 

今回、楯無が一夏に激怒する原因となった簪であった。

簪はいきなり目の前でISを展開した楯無に驚き避けようとしたのだが、その姉の血走った視線が一夏に向けられていることを知って急いで止めに入ったのだ。

 

「織斑君に何しようとしたの、姉さん!」

 

簪は深淵の炎のように深い怒りを目に宿しながら楯無に問うと、楯無は先程まであった勢いを嘘のように失い、歯切れ悪く答えた。

 

「だ、だって、あいつが簪ちゃんのことを泣かせたって……」

 

それを聞いて簪は怒りをぶつけるように楯無に大声で言った。

 

「それは私が織斑君が無事だって知って安心したから泣いちゃっただけ!! 姉さんが考えてるようなことなんてない。それなのに勘違いして襲うだなんて……最低! 姉さんなんて大っきらい!!」

 

簪は思いの限りを楯無にぶつけると、急いで一夏の方へと向かった。

楯無は最愛の妹にそう言われ、ショックのあまりにその場でうなだれISを解除した。

その後ぶつぶつとしゃがみ込みながら言っていたが、それは誰の耳にも入る事はなかった。

 

「大丈夫、織斑君!! どこか怪我してない? ごめんなさい、姉がとんだことを……」

 

簪は一夏の元まで走ると、泣きそうな顔で一夏を心配する。

一夏はそんな簪を何故か無視することが出来ず、仕方なく答えた。

 

「……問題ない……」

 

いつもと変わらない感情の分からない声。

でも、簪はそれを聞いて一夏が気にしていないということを理解する。

 

「そう…ならよかった。でも、やっぱりごめんなさい。私のせいで……」

「……気にする必要はない……邪魔だから退かしただけだ……」

 

一夏は簪にそう答えると、そのまま先へと歩いて行ってしまった。

一夏にそう言ってもらえた簪は、

 

「よかったぁ…」

 

心底安堵していた。

姉はしょぼくれ、妹は安堵する。廊下には良く分からない空気だけが残されていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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第四十話 学園祭開始

少し前にチラシ裏に書けって評価が来てしまいへこんじゃいましたよ。
今回はそう言われないよう頑張りました。


 楯無が一夏に突っかかってから三日余りが経った。

あの事件があろうとも一夏が何か変わる訳ではないが、楯無はそうではなかった。

簪に大嫌いと言われて以来、楯無は生徒会の仕事を遂行出来なくなるくらいにショックを受け塞ぎ込んでしまっていた。

その事で生徒会の仕事は滞ってしまい、布仏 虚は事態に急を要すると判断。

簪に頭を下げて楯無を説得するよう頼み込んだ。

更識家と布仏家は主従の関係。主たる更識家にそんなことを頼むのは甚だしいこと極まりないが、このままでは学園祭を開催することが出来ない。

主従の関係であるが、学園でのことに家のことを全て持ち込む訳にはいかないので、主をそっとしておくわけにもいかないのだ。

虚自身、何度も説得を試みるが楯無は聞いてくれない。

もう楯無を復活させるには、今回の原因となった簪本人に説得してもらう以外に道は無いのだ。

対する簪は最初こそ拒否していたが、虚の泣きそうな顔での説得に心折れた。

確かに姉には苦手意識があるが、本当に嫌いというわけではない。

姉が自分の事を気にかけていることは、どことなく理解もしてはいた。それでも苦手で劣等感を抱くのは変わらないが。

簪にとって、確かに姉は苦手で劣等感を抱き超えるべき存在ではあるが、同時に家族でもあるのだ。

その家族がこうして主従の関係とは言え人を困らせ、そのせいで学園全体に被害が及んでいる。しかもその原因が自分にあると言うのなら、その責任は取らなければならない。

だからこそ、簪は虚と一緒に楯無を説得しに向かった。

そしてそこで楯無は簪に許しを請い、簪はこれを渋々受け入れた。

楯無は簪に許して貰ったことに号泣し、何とか復帰。

その後は今までの遅れを取り戻すように楯無は仕事に励んだ。

その御蔭で何とか学園祭は開催出来る状態へと持ち直した。

 

 

 

 皆、一週間後に開催される学園祭で浮かれた雰囲気になっている中、一夏だけは取り残されたようにその雰囲気に入っていなかった。

別にその事を気にする一夏ではなく、興味もない。一夏はいつも通りに誰とも関わらずに過ごしていた。

そして学園祭前日になり、その情報はいきなり入って来た。

その日の深夜、皆が寝静まった時間帯に一夏はいつもと変わらずに情報を漁っていた。

それまで事態には何も進展はなく、一夏自身そのことにいつもと変わらない苛立ちを覚えていた。

そんな時、アカツキから通信が入ってきた。

一夏はいつもと変わらない無表情でそれに応じる。

 

「やぁ、こんばんわ! 元気にやってるかい」

 

通信に出たアカツキはバスローブにワイン片手でくつろいでいた。

アカツキは一夏に上機嫌で話しかけるが、一夏の表情は何も変わらない。

アカツキの表情を見るに、少し酔っているようだ。

一夏はそのままアカツキをバイザー越しに見ているだけである。アカツキはそんな一夏を見ながら笑うと、さっそく話し始めた。

 

「その様子だと変わらないようだね。結構結構」

「………話は……」

「そう急かさないでよ。もう少しゆっくりしたらどうだい」

「………………」

 

明るく陽気に言うアカツキをジッと見る一夏。

表情に出てはいないが、内心ではジト目になっていることだろう。

それを受けてもアカツキは笑顔を崩さない。

しかし、笑顔のまま本題を話してきた。

 

「君がせっかちなことはいつものことか。まぁ、それは別にいいよ。それで本題なんだけどね~……ウチで掴んだ情報によると、どうやら君の所の学園祭に亡国機業が遊びに行くらしいよ」

 

アカツキはまるで友人が今度家に遊びに来るよ、と言うかのように軽く重大な事を一夏に告げた。

それを聞いた一夏は静かに話を聞く体勢になる。

 

「……奴等か……」

 

一夏は笑うアカツキに静かに聞く。

その声には狂喜と殺気に満ちていた。

それを聞いてアカツキは苦笑する。

 

「ん~……残念ながら、彼奴等ではないんだよね~」

 

それを聞いた途端、一夏から溢れ出していた殺気が収まる。

その様子を見てアカツキは苦笑していた。

 

「そうがっかりしないでよ、気持ちは分かるけどね~。まぁ、学園祭は外部から様々な人が出入りするからね。侵入には最適ってわけだ。そんな侵入の仕方を考えている自体、お行儀のいい連中だよ。狙いは十中八九、君だね。どうやら連中、自分達の情報を組織に隠してるらしい。でなきゃこんなことは考えないよ。でだよ、さっそくだけど君に指令だ」

 

アカツキは先程と変わらずに笑顔で一夏に指令を話し始めた。

 

「まぁ端的に言うと、この亡国機業の人間を捕まえてくれない。こっちで調べるよりも多くの情報を持ってるみたいだから、是非とも欲しいんだよ。来るのは実働部隊でもトップの女性らしい。写真を送るけど、結構な美人さんだよ。是非とも一緒にお茶したいねぇ~。おっと、エリナ君が睨んでいくる。綺麗なんだから怒らないで欲しいねぇ~」

 

アカツキは笑いながらそう言う。

一夏はそれを聞いて大体を把握する。

つまり情報源入手のために此方に襲い掛かる敵を逆に捕らえろ、ということ。

そのために生け捕りにしなければならないということを一夏は理解した。

ただし、それは言い替えるなら相手が口を利ける状態であるのならどのような状態でも良いということになる。最悪、喋らなくなっても自白剤の投与で無理矢理吐かせることも出来る。

現代の薬学ならば、それくらい何てことは無い。

つまり……アカツキはそう言っているのだ。

それを理解し、一夏はアカツキに返事を返す。

 

「……了解……」

 

返事を聞いてアカツキは満足そうに頷くと、今度はニヤニヤと笑いながら一夏に話しかける。

 

「そうそう、後ね……学園祭にはちゃんと参加しなよ」

「………」

 

アカツキにそう言われ、一夏は何故? と疑問に思った。

はっきり言って参加する必然性がまったくない。寧ろ参加せずに亡国機業の人間を探した方が断然良いはずなのに。

しかし、一夏はニヤニヤ笑うアカツキを見て何か考えがあることを察する。そして同時に嫌な予感も感じた。こういうふうにニヤニヤと笑うアカツキが考えることはろくな事がないことを一夏は身を持って知っている。

 

「……狙いは?」

「うん、そうだね~。せっかくの学園生活だ、ちゃんと満喫しないとね。と説明しても君は納得しないだろうからね。僕の予想が正しければ、君が探さなくても向こうから来てくれるよ。だからその間は学園祭を楽しみなさい。そうだね、そう言えばあの眼鏡をかけた女の子を誘うといいよ。たぶん彼女は…」

 

最後まで話す前に一夏は通信を切った。

何を馬鹿馬鹿しいことを言っているのやら……そんな温いことが出来るわけがない。

そう一夏は思うが、それを裏切るかのように携帯にメールが来た。

一夏は無表情でそれを見ると、アカツキからだった。

内容は……

 

『追伸……応援としてツキオミとゴートを向かわせるから』

 

それを見て一夏は内心うんざりした。

この応援というのは任務の応援も兼ねるが、専ら一夏が学園祭に参加しているかの監視だろう。

ゴートはともかく、ツキオミがニヤニヤした目で此方を見てくるだろう。

それが微妙に苛立つ。

笑われていることにではなく、そんなことを命として受け入れるあの二人に。

自分にそんなことが出来る訳が無いと分かってそういうことを言っているアカツキが妙に恨めしかった。

 

 

 

「良いのですか、あのような事を言って?」

 

通信を終えたアカツキに向かってエリナがそう聞いてきた。

今の一夏の現状を理解している彼女は、一夏にはそんなことが出来るわけがないことを知っている。

エリナに聞かれたアカツキは苦笑を浮かべながら答える。その苦笑はどこか寂しい雰囲気を纏わせていた。

 

「確かに彼は復讐人だ。その姿は美しい。だが、それと同時に十五歳の少年だよ。少しくらい楽しんだって罰は当たらない」

「ですが、そんなことを彼が出来るわけがないのは社長も御存知ですよね。何故…」

 

エリナの質問にアカツキは少し真面目な顔をする。

 

「僕の予想だけどね……彼は彼奴等と戦って彼奴等を殺せた時、彼も死ぬよ。それまでずっと抱いていた復讐を果たして何の未練もなく、生きる目標も同時に失うことになる。それだけが彼を生かし続けてきたからね。僕だって鬼じゃない、年若い若者がそんなふうに何もなく死んでいくのは見るに堪えない。だから死ぬ前にせめて、思い出の一つでも作ってもらいたくてね」

 

それを聞いたエリナはアカツキを少し尊敬した目で見た。

まさかそんなことを考えているとは思わなかったのだ。

しかし、ここでアカツキはその尊敬を裏切る。

 

「そ・れ・に、彼みたいな根暗な男がどう学園祭を過ごすのか興味あるじゃないか。それを見るためにゴートとツキオミを送ったんだしね」

 

それを聞いたエリナは眉間に青筋を立てて静かに怒っていた。

さっきまで自分が感じていた感動をこの男はことごとく裏切ってくれたのだ。

その感動した自分に恥ずかしさを感じ、同時にその感動を返してもらいたくなった。

そのため、エリナはアカツキをジト目で睨み付ける。

 

「どうかしたのかい、エリナ君?」

「ッ……何でもありません!!」

 

アカツキのふざけたような声に、エリナの怒りの籠もった声がその場に響き渡った。

 

 

 

 学園祭当日になり皆朝早くから教室へと向かっていく中、一夏は亡国機業を相手にすべく銃器の整備や弾薬の補充、各種装備の点検などを行っていた。

アカツキにはああ言われたが、真面目に聞く気はない。

今の自分がどのような顔で学園祭を楽しめば良いというのだろう。せいぜい、ずっと廊下を歩き続けるしかない。

出店に行ったとしても食べ物は食べる意味がないし、催し物を楽しめる精神構造ではない。

どちらにしろ、楽しいなどという感情は一夏からは消え去っているのだから。

命じられたからには聞くが、それはあくまでも向こうが接触してくるのを待つということだけ。

満喫するといった気はない。

だからこそ、一夏は戦うために準備を整えている。

そうしていると、急遽部屋の扉がノックされた。

一夏は無表情で扉に近づくと扉を開けた。

何となくだが、予想がついたから。

そして開けた先には、予想通り……更識 簪が立っていた。

 

「お、織斑君…ちょっといい?」

 

簪は顔を赤らめながら一夏に聞いてきた。

一夏は少し考えた後に答える。

 

「………問題ない…」

 

それを聞いた簪は何かを言おうとして一瞬留まり、顔を先程以上に真っ赤にし瞳を泣きそうなくらい潤ませながら一夏を見つめて聞く。

 

「よ、よかったら! ……い、一緒に学園祭……回りませんか!!」

 

その様子は本当に一生懸命であった。

一夏は断ろうと考えたのだが、断った瞬間には泣き出しかねない簪を見て仕方ないと判断し答えた。

普段ならばそんなことは絶対に考えない。しかし、一夏は何故か簪を泣かせるのはまずいと思ったのだ。理由を挙げれば色々あるが、何よもあの生徒会長が此方の邪魔をしてくる可能性が高いというものだった。いなすのは容易だが、すればするだけ余計に絡んでくる。ああいうタイプはそういうものだと一夏は分かっている。ならばここは素直に頷くのが得策だろう。

そう理性は判断するが、どこか納得のいかない答えであった。

 

「………了解した……」

「っ……よかった!」

 

一夏の答えを聞いて簪は花が咲いたかのような笑顔になった。

その笑顔はとても可愛らしく、男性十人が見れば全員が振り返るような笑顔である。

そんな笑顔を向けられた一夏は、何とも言えない気持ちになるのであった。

 

 

 こうして、一夏は簪と学園祭を回ることになった。



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第四十一話 復讐人の学園祭めぐり 前編

今回はこの作品しては甘いです。
でも最後は注意ですよ。


 アカツキの命とは言え仕方なく簪と学園祭に参加することになった一夏。

簪は一夏と学園祭を一緒に回れることに心の底から喜び、内心舞い上がっていた。

 

(やった! ……織斑君とデート…織斑君とデート! …)

 

そんな簪と比べて、一夏は内心どうしてよいか悩んでいた。

今回の話は言わば半日休暇のような物だが、だからと言って喜ぶ一夏ではない。

時間が空いたのなら、すべてを情報収集に当てる。

それが今までの一夏の過ごし方であり、それまで人と一緒に行動することなどなかった。

故に、こんなことになってどうして良いかわからない。

取りあえずは簪に付いていくことにした。

簪は顔を赤らめながら嬉しそう歩き、一夏はバイザーをかけた状態で無表情に歩く。

その光景は少し異様であり、IS学園以外の外来者から見ても少しおかしく見えた。

しかし、本人達がそんなことを気にする事も無く賑やかな廊下を歩いて行く。

 

「お、織斑君……ど、どこ行こうか…」

 

簪は早速一夏にそう聞く。

その顔は赤くなりつつも嬉しそうに微笑み、普通の男性だったら見とれてしまうくらいに可愛い表情をしていた。

だが、一夏はこの期待に応えることが出来ない。

単純に学園祭のことにまったく関わっていない一夏は何処で何をやっているのかを知らない。

正確に言えば知識としてどのクラスが何をやっているか程度は知っているのだが、それと簪が期待しているものとは違うのだ。

何処が潜入しやすかったり、危険物を取り扱っているかどうかなどの如何に相手が潜み武器を入手しやすそうなのかといったものである。

到底女の子が喜ぶようなものではない。

だから一夏は、内心で困りながらも何とか簪に応える。

 

「………好きな所にしろ……」

 

明らかに投げやりな答えであり、普通に聞けば速攻で嫌われるような答えであった。

通常、こういうときは男性がエスコートするものであり、一夏の反応は絶対にしてはいけないものだ。

だが、簪は一夏のこの答えを、

 

『どこにでも付いていくから安心して楽しむといい』

 

そう認識し、顔をさらに赤らめていた。

恋する少女にとって意中の男性の言葉はプラス思考で聞こえるらしい。

 

「あ、ありがとう……じ、実は行って見たい所……あるの……」

 

簪は赤い顔で一夏の顔をジッと見つめながら言う。

それを受けて一夏は無言で頷き肯定の意を表した。

どちらにしろ一夏には女性をエスコートする能力など皆無だ。ならば簪に従うしかなかった。

 その後、簪に連れられて横を歩く一夏。

簪は嬉しそうに歩いて行くのだが、移動していくに連れて人混みで廊下や通路がごった返していた。

このまま通れば離ればなれになることは確実である。

簪はこの人混みを見て若干怯え、一夏に縋るような視線を向ける。

 

「お、織斑君……少しお願い……いい?」

「………何だ………」

「……手……繋いでも…いい……このままだと…はぐれちゃうから……」

「…………好きにしろ………」

 

一夏は無表情にそう返すと簪は感激して頬を赤らめながら喜び、一夏の制服の腕の裾を軽く摘まむ。

簪としては本当は手を繋ぎたい所だが、流石にそれはまだ簪には恥ずかしかった。

簪にとって、手を直に繋ぐの大胆な行動に思えたから。

簪に制服の裾を引かれながら歩く一夏。

一夏自身、あまり人に体を触られるのは好きでは無いので簪のこの行動は少し有り難かった。

そのまま二人は廊下を歩いて行く。

一夏は顔はバイザーを付けているので表情は分からないが、その下は変わらずに無表情であった。

対して簪は真っ赤になっていて、内心幸せで顔がにやけそうになってしまっているのを必死に堪えていた。

 

(織斑君の手、繋いじゃった……裾だけど。これだけでもドキドキする…)

 

そして一夏は簪に引っ張られながら向かった先は……占い屋であった。

この時代の最先端をいくIS学園で占いなどというオカルトは如何なものかと思うが、いつの世になろうとも女子というのはこういう物に興味を持つものらしい。

簪は一夏を覗き込むように見つめる。

 

「こ、これなら……織斑君も楽しめるかなって……」

 

恥ずかしそうに顔を赤らめながらそう一夏に言う簪。

それは簪なりの一夏への気遣い。

一夏に味覚が無いことを知っている簪は、前の失敗を踏まえて飲食店を避けたのだった。

学園祭では飲食できるカフェなどの出店が多く出ている。

当然簪も行ってみたいが、それでは料理を味わうことの出来ない一夏が学園祭を楽しむことが出来ない。

一緒に回るのだから、一夏にも学園祭を楽しんで欲しい。

だからこそ、簪は一夏でも楽しめる出し物を選んだ。

一夏は簪の気遣いに当然気付き、何とも言えない気持ちになる。

感謝といえばそうなのだが、哀れまれているような……そんな感じがする。簪が一夏を哀れんでいるわけではないので、一夏にとって複雑な気持ちになった。

だが、決して嫌ではない。

それが何の感情なのかは分からない。ずっと昔に失ってしまったもの故に一夏に思い出すことは出来ない。だが……一夏にとって、決して不快ではなかった。

 

「……………」

 

一夏は無言で簪に頷くと、簪は嬉しそうに笑った。

そして二人で占いの屋へと入っていく。

 

「いらっしゃ~い」

 

部屋に入ると間延びした声で挨拶される二人。

簪は一夏の手を引いて席に座る。

丁度二人で座る椅子のようで、簪が座った後に一夏もその椅子に座るのだが、

 

(うわぁ!? 織斑君がこんなに近くに! わ、私の肩当たってる! ひゃあ~~~~~~!!)

 

一夏の体が近づき、簪の肩に当たったことで簪は顔を真っ赤にしてしまう。

意中の相手にここまで近づかれてドキドキしてしまい、冷静でいられる女の子はいない。

簪は今にも心臓が口から出てしまうんじゃないかと思っていた。

 

「どんな占いをご所望ですか~」

「ひゃ、ひゃい! あの……」

 

占いをする生徒からそう聞かれ、簪は慌ててその生徒の耳元に占って貰うことを小さい声で言う。

一夏は気にしていないが、余り聞かれたくないことなのだろうと推察する。

 

「あ、そういうことですか~……へぇ~~」

「ぅ~~~~~~」

 

簪の話を聞いた生徒は妙ににこやかに笑うと、簪は恥ずかしさで顔を真っ赤にしながら可愛らしく唸る。

 

「それじゃどれどれ~~~~」

 

生徒は水晶を取り出すと簪を水晶越しに見て、その後簪の手相を見て占う。

 

「ど、どうですか……」

 

恥ずかしいけど結果が気になる簪は消えそうな小さい声で生徒に聞く。

生徒は少し真剣そうな表情を浮かべて簪に占いの結果を発表する。

 

「えぇ~っと……基本的には良い方かな。目標にしていたことがもうそろそろ達成されるかもしれない。金運は普通。ただ……恋愛運はちょっと複雑だね。悪くは無いと思うんだけど、何か障害がいくつも立ちはだかってきそう。前途多難かもしれない。でも、相手も決して悪くは思ってないと思う」

「そ、そう…ですか…」

 

結果を聞いて喜ぶ簪。

少し前なら確実に後ろ向きに考えていたのでへこんでしまう結果だが、今の簪にとっては朗報である。一夏との仲が悪くなく、一夏も悪く思ってないということは簪にとって嬉しい限りの情報だ。

 

(織斑君との仲が悪くなくてよかったぁ~~~~~~)

 

簪は心底そう思いながら話を聞き終えると、今度は一夏の番になった。

一夏は先程簪がされたのと同じように占われる。

実は少しでもおかしい真似をしたら銃を抜く構えを一夏は取っていたが、それに気づける者はいなかった。

そして占いが終わり次第、占った生徒は冷や汗を掻きながら実に言いづらそうに結果を発表した。

 

「そ、その~~~~……正直最悪としか良いよう無いかも。て言うか、他の運勢が全部見えない。死相しか見えないんだけど……」

「そ、そうなんだ……」

 

その結果を聞いて簪はショックを受け、一夏は何も感情を浮かべずにいた。

気まずい雰囲気が流れ始め、簪は慌てて一夏に話しかける。

 

「お、織斑君! つ、次、次に行こうか!」

 

簪はそう一夏に言うと、少し強めに一夏の上着の袖を引っ張る。

一夏はそれに逆らうことはせずに、そのままその部屋を後にした。

 

 

 

 その後、簪に連れられて美術部の爆弾処理ゲームなどに参加する一夏。

爆弾処理では簪以上の速さであっという間に爆弾を無力化し、見事に賞品を受け取った。

しかし、一夏がそんなものを喜ぶ事など無く、貰った賞品……何やら黄色い顔に水色をした服を着た良く分からない生物のぬいぐるみを簪に上げた。

実はとある市のゆるキャラで最近全国でも有名になっているのだが、それを一夏が知るわけがない。

 

「い、いいの?」

「……俺には必要ない……」

 

簪は一夏を顔を赤らめながら聞くと、一夏は何の感情もなくそう答えた。

捨てても良かったが、近場にゴミ箱がない。そのままポイ捨てすればそれを見た人に拾われて返されるのがオチである。結果、ぬいぐるみを物欲しそうに見ていた簪に上げるという選択肢を選んだ。

そのぬいぐるみを受け取った簪は顔を真っ赤にしながら喜び、ぬいぐるみを力の限り胸に抱きしめる。

 

(お、織斑君から貰っちゃった! これってプレゼントってことかな……キャァーーーーー)

 

簪の胸の前で変形し原型がわからなくなるぬいぐるみ。

一夏はそのぬいぐるみを静かに見ていた。

 

 

 

 そのまま簪がしばらく喜びを噛み締めた後、美術部から出て他の出店なども見ていく二人。

そんな二人を影から尾行する者達がいた。

 

「かぁ~、何やってるんだ、あの唐変木は。そこはもっとがっといっても良いだろうに」

「…隊長、あまりそういうことは…」

 

スーツを着た男の二人組で、片方はすらっとした身長に腰まで届く黒い長髪。女性ならば誰もが見惚れてしまう美しい顔をした年若い男。もう一人はがっしりとした体型に巌のような顔をした男であった。

二人は一夏達を遠くで見ながら特殊な小型カメラで写真を撮っていく。

 

「そうだが、ゴートよ。私達はあの腹黒に命じられて写真を撮っているんだぞ。ならもっと面白そうな写真がとれないと面白くないではないか」

 

そう長髪の男はもう片方に言う。

そう、この二人はアカツキに命じられ一夏の応援と監視をしにきたネルガルシークレットサービスのツキオミとゴートだ。

殆ど私用に近い命をツキオミはニヤニヤ笑いながら受け、ゴートは仕方なくそれに付き合っている。

二人は一夏に気付かれないよう気を付けながら尾行を続けていたのだ。

 

「はぁ……」

 

未だにノリノリで一夏を尾行していくツキオミを見て、ゴートは深い溜息を吐いていた。

 

 

 

 昼も近くなり、一夏と簪はそれなりに学園祭を回っていく。

簪は一夏と一緒にいられることに喜び、一夏はそこまで悪くない気分で満たされる。

 

「次は…どこに行こうか」

 

簪は上気した頬を意識せずに一夏に話しかける。

一夏は何も感情を浮かべずに答えた。

 

「………好きにしろ……」

 

そう言われ、次はどうしようかと簪が悩んでいると……

 

『きゅる~~~~~~』

 

そんな音が簪から鳴った。

それが聞こえた瞬間、簪は恥ずかしさのあまり顔を真っ赤にして慌てて音が鳴ったと思われるお腹を押さえる。

 

「や、今のは、あの…その!」

 

そんなふうに慌てながら一夏に弁論する簪だが、その行動で先程音の正体がなんなのか分かってしまう。

一夏は慌てる簪を見てから辺りを見回し、そして目的のものを見つけてから簪に言う。

 

「………行くぞ……」

「え?」

 

言われた意味を理解出来ず疑問符を浮かべる簪を一夏は引っ張ってその目的の場所へと歩いて行く。

簪はその最、初めて一夏に手を引かれたことにドキドキしてしまっていた。

そして行き着いた先にあったのは、和装喫茶であった。

それを見て簪は一夏が言いたいことを理解し、慌てて入るのを辞めようとする。

 

「いや、でも! これじゃ…織斑君が…」

「……問題ない……」

 

一夏は簪にそう静かに答えると、そのまま簪を引きずるように部屋へと入っていった。

簪は一夏に手を引かれていることにドキドキしてそれどころではないため、反論も出ない様子である。

そのまま案内を受けて席に座る二人。

 

「お、織斑君……ごめんなさい……」

 

簪は一夏に飲食店に来させてしまったことを悪く思い謝罪するが、一夏は感情一つ浮かべずにそれを静かに聞く。

 

「……お前が謝る理由はない……」

「で、でも……」

 

一夏にそう言われ簪は一夏を申し訳なさそうに見つめる。

一夏はその様子に何も言わずにジッとしていた。

そして簪の注文を取り終え、待つこと数分。

テーブルの上にはあんみつが乗っていた。

簪はあんみつを見て目を輝かせ、さっそく一口食べ始める。

 

「うん、あま~い」

 

恍惚とした表情であんみつを食べる簪。一夏はそれを静かに見つめるだけであった。

 

「ごめんね、織斑君。わたしだけこんな……」

「………気にするな………」

 

また申し訳なさそうに謝る簪に一夏は何の感情も浮かべずにただ、そう言って簪を見ている。

それが何だか恥ずかしくて、簪は余計に頬を赤く染めてしまう。

そのまましばらく、簪は恥ずかしく思いながらもどこか嬉しい時間を過ごした。

 

 

 

 簪があんみつを食べ終えて店を出た後、次は何処に行こうかと一夏に相談していたところでそれは来た。

 

「すみません、ちょっとよろしいでしょうか」

 

一夏に向かってそんな声がかけられた。

二人で振り向くと、そこにはスーツを着た女性が笑顔を浮かべて立っていた。

ぱっと見で分かる美しい女性で、簪は少しだけ見惚れてしまっていた。

 

「すみません、確かあなたはネルガルの織斑さん、ですよね。私、こういう者です」

 

女性はそう言って一夏と簪に挨拶として名刺を渡す。

名刺には『巻紙 礼子』という名前と会社の役職が書かれていた。

 

「実は折り入って織斑さんに話があるんですよ」

 

女性は笑顔で一夏にそう言い、簪はどうしようかと悩んでしまう。

一夏は無表情のまま簪の方を向き、簪に言った。

 

「……すまない……会社の用事を思い出した……すぐに終わるから……待っていろ……」

 

一夏にしては珍しい長い言葉、そして待ってろと言われたことで簪は嬉しくなってしまい素直に頷く。

それを見た後、一夏は女性の方を向き話す。

 

「………話を聞く………」

「では、こちらに」

 

女性にそう言われ、一夏は女性に付いていく。

その後ろ姿を簪は待ち遠しいように見つめ、女性は内心でほくそ笑んでいた。

だから気付かなかった。

 

一夏の口元が…ぞっとするほどに歪んだ笑みを浮かべていることに……。



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第四十二話 盗人の末路

久々なので結構難しいです。


 『巻紙 礼子』と名乗る女性に連れられて、一夏は人気の無いアリーナの更衣室へ向かうことに。

一夏がその事を疑問に感じたと思ったのか、女性は一夏に振り返り笑顔で説明する。

曰く、静かな所で話がしたいということらしい。

一夏はそれを無表情で聞いていたが、実際の所は辟易していた。

今、この学園内で使われていないアリーナの更衣室に向かっているというだけで、その話は明らかな嘘だということが丸わかりであった。

そもそも、何故そこが静かだと分かるのか? それは調べなくては分からないはずのことであり、それを知っている時点で何か目的があることを露呈しているに等しい。

一夏は事前に情報を受けているので、今自分の目の前を歩く女性が亡国機業のオータムという人間であることを知っている。

あの『北辰』が所属している大本組織の人間がどれほどの者かと思ったが、こんな露骨に尻尾を出すような人間では期待外れもいいとこである。

それでも一夏が話に乗ったのは、何よりも此方にとっても人気がない所の方がやりやすいからだ。

一夏は期待外れの事に落胆するとともに、何故か早く終わらせて簪と合流しようと考えてしまった。

それを考えた瞬間に疑問に思う。

何故、自分はそう考えてしまったのか……と。

自分の中に生じた説明しがたい何かに苛立ちを覚える。

確かに簪に一夏はすぐに戻ると約束した。

だが、正確な時間を指定したわけではない。故に簪の所へ戻るのにいくら時間がかかっても問題はないのだ。だが、何故かそう考えてしまった。

その苛立ちを誤魔化すために、一夏はその思考に無理矢理結論付ける。

はっきりと言えばこんな期待外れの相手をしているのは時間の無駄だと。

そう結論付け、一夏は女性と一緒に歩き、アリーナの更衣室へと向かった。

 アリーナの更衣室に入ると、中は静かで人の気配が一切感じられない無人であった。

女性は部屋の中央まで歩くと、一夏に振り返り笑顔で話しかける。

 

「すみません、織斑さん。こんな所まで来ていただいて」

 

軽く頭を下げて謝る女性に一夏は何も感情を浮かべずにただ聞いていた。

その様子を見て、特に気にしていないと判断したらしい。女性は一夏に謝りつつ一夏に頼み事をしようとする。

 

「すみません、織斑さん。実は織斑さんに折り入ってお願いがありまして」

 

一夏にそう言うと、女性はさらに笑顔を浮かべて一夏に言った。

 

「織斑さんのISをいただきたく思います」

 

一夏はそれを聞いて何も答えない。

その様子を見て聞こえなかったと判断したのか、女性は先程の上品な笑みとは打って変わって獰猛な笑みで表情を塗り替えて荒々しく言い直した。

 

「テメェのISをよこせっつってんだよ、このダボォッ!!」

 

そう言うと共に、女性ことオータムは一夏に向かって回し蹴りを放った。

一夏はそれを見切り、体を少し反らすだけでその蹴りを避ける。

その表情は何の感情も浮かべずに無表情のままである。

その事に苛立ちながらオータムは一夏に吠える。

 

「何だぁ、その面は! 何で驚かねぇんだよ!!」

 

それを聞いても一夏の表情は変わらず、何の感情も窺えない声で答えた。

 

「……貴様の目的は既に知っている…亡国機業のオータム……」

「何だよ、知ってて着いて来たってかぁ!」

 

オータムは荒々しく一夏にそう聞くが、一夏は何の反応もせずに淡々と言う。

 

「……この程度で北辰と同じ組織の人間とは……呆れてものも言えない……」

「んだとっ!! あのクソの名前を言うんじゃねぇ!」

 

そう叫ぶと更に一夏に向かって飛びかかり、蹴りを2、3発放つ。

一夏はその全てを表情少し変えずに避けていく。

それが癪に障ったのか、オータムは激怒しながら一夏に向かって叫ぶ。

 

「チョコマカと逃げてんじゃねぇ! このガキっ!!」

 

一夏が後ろに少し跳んで距離を取ると、オータムはISを展開する。

 

「こいつでとっととぶっ潰してやるぜ!」

 

一夏に向かって吠えるオータムは蜘蛛の様なISを身に纏っていた。

アメリカで開発された『アラクネ』というISで、多脚に見えるものは移動補佐もするが、それ以上に火器を積んだ武装腕である。装甲も堅めであり、機動性よりも火力に重きを置いているISだ。

ISを展開次第、オータムは一夏に向かって呼び出したアサルトライフルと武装腕を使って一夏に集中砲火を浴びせる。

一夏はこれを真横に飛び込み回避。一夏が先程までいた場所は弾雨に晒され、見るも無惨な光景へと変わっていた。

一夏は起き上がると共にISを展開する。

その姿を見てオータムが怪訝そうな声を上げた。

 

「あぁ? 何だ、その姿? 報告で受けてたのと違ぇじゃねぇか!」

 

オータムの目に映ったのは、ショッキングピンクをした全身装甲のISであった。

それは一夏がいつも使っているISの姿ではない。

一夏が展開したのは『パッケージ』ブラックサレナを装着していないエステバリスである。

一夏は何も言わずにアサルトライフル、『ラピッドライフル』を展開してオータムに向かって応射する。

一夏が撃った弾丸はそのまま吸い込まれるようにオータムに着弾するが、その装甲は全く損傷を受けない。

 

「舐めてんじゃねぇ! このクソガキッ!!」

 

オータムは銃弾が当たったことに苛立ちながら一夏へと更に襲い掛かる。

多脚とアサルトライフルを用いての雪崩の様な弾雨を部屋に響き渡らせるが、一夏は更衣室のロッカーを盾にして銃弾の嵐を防ぐ。

その様子を見て、オータムはさらに激怒していく。

 

「とっとと死にやがれぇええええええええええええええええええええええええ!!」

 

一夏はそう叫ぶオータムを見て、あることを疑問に感じた。

敵の目的は此方のIS。もしかしたら一夏自身も含めているのかもしれないが、あの攻撃のしようから見て一夏の身柄は含まれているとは考えづらい。

ではどうやってISを奪うのか、その手段が気になった。

量産型と違い、専用機などは個人のデータで調整されているためただ奪っただけでは使えない。中のデータを書き換えるにはかなりの設備が必要であり、場合によっては盗んでも書き換えられない何てこともある。つまり専用機は盗んだところで戦力になるとはっきりは言えないのだ。

では、何故あそこまで奪うと公言して正面から襲撃してきたか……それが一夏には気になった。

だから……釣ってみようと判断する。

一夏はわざと銃撃に当たり、壁まで跳んだ。

それを見てオータムは愉快そうに笑いながら一夏にさらに砲撃を加えていく。

 

「おいおい、最初の威勢はどうした、クソガキ! そんなんじゃすぐに死んじまうぜぇ!」

 

オータムは更に弾雨を濃くして一夏を追撃する。

エステバリスの装甲から火花が弾け、装甲が弾痕で汚れていく。

そのまま一夏はワザとその弾雨を全身で受けて、後ろにあったロッカーを倒しながら吹っ飛ぶ。

装甲を破らない限りエステバリスではシールドエネルギーを消耗しないからこそ出来る方法である。

 

「オイオイ、この程度かよ。たく……こんなのだから男は……」

 

倒れたままでいる一夏にオータムは近づくと、動けない一夏をワイヤーを使って宙吊りにすると白い六角形の機械を呼び出した。

そして聞こえているか分からない一夏にオータムは上機嫌に説明し始めた。

 

「こいつはなぁ、離剥剤(リムーバー)つって、ISを相手から引き剥がすことが出来る。こいつでテメェのISをいただかせて貰うぜ」

 

オータムは手に持った六角形の装置をエステバリスの胸に押しつけると、装置から触手のようなコードが出てきてエステバリスのボディに絡みつき、そして紫電が走った。

離剥剤を使用すると強引に操縦者からISを解除することが出来る。ただし、その際には強烈な激痛が操縦者に襲い掛かり下手をすればショック死する可能性もあるのだ。

だが……

 

「………それが手か………」

 

エステバリスから何の感情も窺えない声が聞こえ、オータムの表情が固まる。

 

「え……」

 

それを皮切りに、いきなりエステバリスが動き始めた。

右腕に巻かれていたワイヤーを無理矢理に引き千切ると、未だに紫電を発している離剥剤を鷲掴みにして強引に引き剥がした。

そしてオータムに見せつけるかのように右手を前に出し、掴んでいた離剥剤を握り砕いた。

 

「なっ!?」

 

驚愕に顔を歪めるオータムを尻目に、エステバリスは空いた右腕にナイフを展開してワイヤーを切り裂き床に着地する。

離剥剤があるからこそ、相手からISが奪える。

だからこそ、オータムは一夏のISを奪いに来た。

一夏はそれを理解すると同時に、やはり落胆していた。

北辰達だったら、そもそもこんな幼稚な手は使わない。

奴等なら、一夏を確実に殺すか無力化してからISを奪うだろう。そんな抵抗できる状態で使うような間抜けは奴等の中に一人もいない。

奴等と比べてその程度のことしか出来ないオータムに一夏は呆れるしかなかった。

そのまま何も言わずに一夏はオータムの方へと歩いて行く。

アカツキに頼まれたこともある以上、オータムを捕らえなければならない。

一夏はまるで物事を淡々と片していく境地で歩を進める。

一方、オータムは近づいてくる一夏に段々と恐怖を感じてきた。

離剥剤を使えば、当然操縦者に激痛が走る。それもショック死するかもしれない激痛である。

そんなものを受けて、平然としていられるはずがない。痛みに伴う血圧の上昇や、それによる呼吸機能への障害、さらに意識障害なども引き起こすのだ。

そんな消耗しているのが当たり前だというのに、目の前にいる一夏は何も無かったかのように普通に歩いてきているのだ。

その異常な光景にオータムは恐怖し、ついには耐えきれなくなった。

 

「何で平然としてんだよ! 化け物かテメェ! 死ねぇええええええええええええええええええええ!!」

 

アラクネの多脚と両手に呼び出したアサルトライフル。

その全てを使って暴風の如き集中砲火をエステバリスへと放つ。

しかし、エステバリスは薄黒い膜のようなフィールドを展開。

放たれた集中砲火の弾丸は、膜によって全て四方へと逸らされてしまった。

エステバリスは何も無かったかのように更に歩を進め、オータムはがむしゃらに火器をエステバリスへと撃ち続けるがその全ては逸らされてしまい、エステバリスには傷一つ着かない。

尚も平然と歩を進めていくエステバリスがオータムの目には明らかに不気味に映った。

まるで不死身のゾンビを相手にしているような、そんな恐怖をオータムに感じさせる。

段々と近づいて行くエステバリスに、オータムは後ろへと下がっていく。

そして気がつけばアラクネの後ろの多脚が更衣室の壁に当たっていた。

それにオータムは気づき、そして前からゆっくりと、しかし確実に近づいてくるエステバリスを見て恐怖が頂点を突き破った。

 

「っっっっっっっっっっっっっっっっっ………………………!!!!」

 

声にならない叫びを上げ、オータムはアラクネに着いている自爆装置を作動させて強制排除でアラクネを外し、自立行動モードでエステバリスへと走らせる。

これがアラクネ最大の攻撃である。アラクネは蜘蛛のような姿に変形すると、エステバリス目指して突進する。

オータムはそのまま恐怖から逃げるようにアリーナの方へと走っていく。

そしてオータムがアリーナに出た途端、背後から爆発の轟音と衝撃が伝わってきた。

その衝撃にオータムは前のめりにアリーナの地面へ転がる。

体は転んだので痛かったが、それを感じて恐怖が解け始めた。

オータムはそのことに心底喜び、恐怖で消耗した体を起き上がらせる。

ふらふらと立ち上がっていくと、目の前に急に青白い光の粒が現れ始めた。

その粒は集まっていき、やがて形を成すと辺りが見えなくなるくらいの閃光を走らせた。

その光に目をやられ、オータムは目を瞑ってしまう。

そして目を開けたとき、オータムの前には…………

 

ほぼ無傷のエステバリスが立っていた。

 

あまりの恐怖に声を失ってしまうオータム。

そんなオータムに一夏は無慈悲に告げる。

 

「………終わりだ………」

 

そう告げた瞬間にフィールドランスを展開し、高速で三回振るう。

目にも止まらない早業に、オータムには何も見えなかった。

そして次の瞬間、オータムの体は床に落ちた。

 

「え………」

 

オータムの口から呆気にとられた声が出る。

何故なら、本来自分の視点からは見えないものが映ったから。

それは……自分の両足と、地面に転がる両腕だった。

 

「っっっっっっっっっっっっっっっっっっっ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~!?!?」

 

それを認識した瞬間、手足の斬られた切断面から血が噴き出し、オータムは今まで感じたことの無い激痛に襲われた。

その痛みのあまりショックで気を失ってしまう。

一夏はオータムがもう動かないことを確認して顔を別の方に向けて其方に言う。

 

「………これで終わった……速く持って行け……」

 

そう一夏が声をかける先には、いつの間に来たのかツキオミとゴートが立っていた。

 

「もう少し織斑は女性に優しくしたほうがいいんじゃないか。あぁ、これじゃ早くしないと死んじゃうよ」

「しかし、持ち運びやすくなったのだから問題はないでしょう」

「そういう問題か、ゴート?」

 

二人は軽口を叩きながらオータムへと近づき、特殊なトランクにオータムを止血処理して詰めていく。

そんな二人を見ながら一夏はエステバリスを解除する。

 

「………俺はもう行く……」

 

二人にそう伝えると一夏は学園の方へ歩いて行く。

するとツキオミが一夏の背中に向かって少し大きな声で言ってきた。

 

「眼鏡の可愛い娘とのデート、楽しんでこい」

 

一夏は何も言わずにそのまま歩いて行くが、内心ではやはり見られていたことに若干苛立っていた。

 



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第四十三話 復讐者の学園祭めぐり 後編

装甲正義が終わってしまったため、砂糖不足に………


 一夏はツキオミ達と別れると、簪と待ち合わせをしていた場所へと向かっていく。

しかし、その歩みは突然止められた。

 

「ちょっといいかしら、織斑 一夏君」

 

一夏は声がした方向を向くと、そこには口元に扇子を当てていた更識 楯無が立っていた。

一夏は特に何も感情も浮かべずに楯無を見る。

それが話を聞く体勢だと判断し、楯無は一夏に話しかける。

 

「さっきアリーナの更衣室で何かあったみたいだけど、あれは君の仕業?」

 

楯無はにこやかな笑顔を浮かべてそう聞くが、その目と雰囲気は全く笑っていない。

今にも一夏を糾弾しようとする意思がはっきりと感じられた。

きっと先程更衣室であった騒動の事について言いに来たのだろう。学園祭と言うこともあって人が集まっている中であの爆発である。何かあったのではないかと皆困惑したのかもしれない。それを一夏が気にすることなどまったくないのだが。歩いている最中、周りの生徒は特に気にした様子はないことから、何かしらの手は打ったのだろう。

一夏はそのまま無視したかったが、先日のことを考えると面倒なことになると判断し答えることにした。

 

「……鼠がちょっかいをかけてきた……それだけだ……」

「そう、それであの爆発なわけね」

 

楯無は一夏の言い分を聞いて深い溜息を一回吐き、一夏に向き合う。

そして…楯無は頭を急に下げた。

 

「ごめんなさい」

「…………」

 

一夏は突然謝られたことに理解が出来ない。一夏の考えでは、学園を危険に晒した奴を許すわけにいかないと因縁を付けて襲ってくるのではないかと思っていたのだ。

それがいきなり謝られるとは誰も思わないだろう。

一夏は特に感情には出していないが、内心では若干困惑していた。

そんな一夏に楯無はさらに言う。

 

「本来、生徒会が学園の治安を守らなければならないのにあなたを危険に晒してしまった。それは私達のミス、本来あってはならないことなの。だからごめんなさい」

 

真剣な表情で謝る楯無に、一夏は変わらず無表情で答える。

 

「………狙いは此方だ。謝られることはしていない……」

「それでもよ。私は生徒の長として学園の生徒を守らなければならない。私も亡国機業が侵入してくることは分かってた。だから誘い込んで捕らえようとしたけど……」

 

その先の言葉が楯無の口から出ることはなかった。

しかし、言いたいことは分かっている。それを一夏は分かった上で何も答えない。

何度も言うようだが、今回学園がどう思おうと一夏には関係がない。狙いが此方で襲ってきたから返り討ちにして逆に捕縛しただけである。此方の事情でそうしたのだから、謝られるような事では無い。

だから一夏は無視して歩き始める。

それを見て楯無は一夏を呼び止めようとする。

その様子を感じて一夏は内心呆れつつ楯無に振り返った。

 

「……何度も言う…此方の勝手だ……気に病むようなことじゃない……」

 

それを聞いた楯無は呆気にとられてしまう。

何故なら、そう言った一夏の顔は若干ながら笑っているように見えたから。

それを見て、楯無は少し笑うと、謝る以外のことを口にした。

 

「こ、今回は助かったわ。で・も・簪ちゃんとの仲は認めないからね」

 

そう一夏に言うと、楯無は照れ隠しをするように早足で去って行ってしまった。

一夏はそんな楯無を見て何を言っているのか全く分からないと思い、そのまま簪との待ち合わせ場所へと再び歩き始めた。

 

 

 

 待ち合わせ場所であった和装喫茶の前に着くと、そこには簪がちょこん立っていた。

 

「あ、織斑君!」

 

簪は一夏を見つけると顔を赤らめながら喜び、一夏の方に歩いてきた。

そして一夏の顔を見て少し驚いた。

 

「織斑君、頬から血が出てるっ!」

 

簪に言われ一夏は自分の頬を触ってみると、確かに出血しているらしく手に血が付いていた。

どうやら先程の戦闘でISを展開する前に回避した際、飛んで来た壁の破片か何かで切ったようだ。

一夏は痛覚を失ってしまっているため、まったく気付かなかった。

バイザーの御蔭で怪我をしていることを認識することは出来る様になっているが、あまりにも小さい、戦闘に支障をきたさない怪我は意識しないのだ。

自分が怪我をしていることをやっと認識した一夏は、相変わらずの無表情で簪に答える。

 

「……問題ない……」

「問題ないじゃないよ! はやく手当しないと…」

 

簪は慌てた様子で懐から絆創膏を取り出すと、一夏に貼るために近づく。

そして一夏が何かを言う前に絆創膏を一夏の頬に貼った。

 

「こ、これで大丈夫だと思う…」

 

簪は一夏の頬に貼った絆創膏を見て満足したのか笑みを浮かべる。

一夏はその笑みから何故か目が離せない。

 

「………感謝する……」

「そ、そんな、感謝だなんて……っ!?」

 

簪は一夏に礼を言われ顔を上げて照れるが、その時に一夏と視線が合ってしまった。

そして気付く…………自分の顔が一夏の顔の近くにあるということを。

絆創膏をちゃんと傷に貼るために傷を見る必要があり、そのためには顔を近づけなければならない。

簪は傷の手当てで精一杯だったため、一夏の顔に自分が顔を近づけていることにまったく気付かなかったのだ。

その距離は間近であり、後2~3センチ前に進めば触れてしまうほどである。

簪はそのことを理解した途端、顔を真っ赤にして慌てて一夏から離れた。

 

(は、はうっ! 織斑君の顔、近かった~~~~~~~~~!! ど、ドキドキしちゃう……)

 

簪は真っ赤な顔で静かに下を向いてしまうが、一夏は何故そうなっているのかまったく分からない。

だから今の簪に何を言えば良いのか分からず、一夏は何も言わない。

そのため、二人とも静かになってしまう。

そしてそのまま少し経ってから簪は一夏に顔を向ける。その顔は未だに真っ赤であった。

 

「きゅ、急にごめんなさい。そ、その…びっくりしてしまって…」

「? ……問題ない…」

 

謝る簪に疑問符を浮かべながらも一夏は答える。

それを聞いて簪は咳払いを軽くしてこの気まずい空気を切り替え、一夏に笑いかけながら聞く。

 

「そ、それじゃあ、どこに行こうか…」

 

そう言われ、一夏はやはりと言うべきか無表情で答えた。

 

「……好きな所にしろ……」

「っ…うん!」

 

それを聞いた簪は笑顔になり、無意識に一夏の手を引っ張って歩き出した。

一夏はただ、それに従うように一緒に歩いて行った。

少なくても悪い気分ではないと、そう感じながら。

 こうして、簪は一夏と一緒に学園祭を過ごした。

この日、簪にとって忘れない一日となったのは言うまでもないだろう。

 

 

 

 そんなふうに二人? が学園祭を楽しんでいる際中、一夏によって手足を斬り飛ばされたオータムはツキオミ達によってネルガルの特殊な部屋へと運び込まれていた。

そこのベッドでオータムは目を覚ました。

 

「……あれ……ここは……」

 

オータムは辺りを見回すが、全く知らない場所だったために少し混乱する。

そして未だにぼんやりとする頭で何故自分がこんな所にいるのかを思い出そうと思考する。

その瞬間、フラッシュバックするエステバリスとの戦闘。そして斬り飛ばされた手足の記憶を。

 

「っ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~!!」

 

思い出してしまい、意識が完全に覚醒したオータムは声にならない叫びを上げそうしなってしまう。

しかし、それはやんわりと止められた。

オータムの口は手によって塞がれていた。

 

「こらこら、起きたばかりに騒ぐと疲れてしまうよ」

 

この場ではおかしいと思えるくらいに優しい声をかけられ、オータムは咄嗟に声の方を向く。

そこには、長髪の男が立っていた。

咄嗟に男から離れようとオータムは体を動かそうとするが、体は一ミリたりとも動かない。

その前に手足を斬られたのだから、当然のことなのだが。

だが、そうではなかった。

オータムの手足はちゃんと綺麗にくっついていた。まるで最初からそのようにあったかの如く、先程一夏に斬り捨てられたのが悪夢だったかのように。

しかし、その手足はぴくりとも動かない。

それを分かっていてなのか、長髪の男……ネルガル会長、アカツキ・ナガレは笑顔をオータムに向ける。

 

「いやぁ、ウチの一夏君が手荒ですまなかったね。まさか手足を斬り飛ばして持ってくるとは思わなかったから驚いてしまったよ。悪いと思ったから手足はちゃんと付けといたからね。まったく一夏君もとんだ事をするよ。こんな美人の手足を何とも思わずに斬り飛ばすんだから」

 

笑顔でオータムにそう言うが、オータムはアカツキの笑顔を見て恐怖する。

何気ない笑顔。でも、それが何だか冷ややかに感じるのだ。

オータムは何とか開ける口でアカツキに聞く。

 

「な、何が狙いだ…何故、手足を……」

 

オータムにそう問われ、アカツキは親しい友人に話しかけるように答えた。

 

「それはね……君に君の組織のことを教えて貰いたいから。僕は女の子には優しいからね。手荒な真似はしたくないんだ」

 

それを聞いてオータムはアカツキを変人を見るような目で見た。

普通、聞かれて素直に答える者はいない。しかもワザと負傷を治癒させる奴なら尚更。

 

「答えるとでも思ってるのか…」

「出来れば素直に話して欲しいかな」

「馬鹿か?」

「それは酷いなぁ」

 

オータムは答える気など全くない。

それを理解した上でアカツキは部屋を出ようと扉の方へと歩き扉を開ける。

そして出る前に思い出したかのようにオータムに言った。

 

「あ、そうそう。これから君に話して貰うために人が来るけど、その人が言うには手足をくっつけた理由があるんだ。それはね………『だって指がないと拷問で痛めつけられないじゃないか』だってさ。まったく酷いよね~」

 

アカツキは愉快そうにそう言うと、今度こそ部屋を出て行った。

 その後、この部屋ではオータムの悲鳴や叫び声が響いたのは言うまでもなく、部屋では目を覆いたくなるような悪逆非道、人道無視の行いが行われ続けたとか。

その数日後、その声はぱったりと消えたらしいが、オータムの姿を見た人は誰もいない……。

 

 

 

 



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第四十四話 情報入手

前回が黒すぎたっぽいので反省です。


 学園祭が終わってから一週間近くが経った。

それまであったお祭り騒ぎの雰囲気もようやく成りを潜め始め、今では月末に行われるISの高速レース『キャノンボールファスト』の話題で持ちきりである。

これは専用機持ち全員が参加する行事であり、一夏も強制参加だ。

だからと言って一夏が何かをするということは無く、いつもの用に情報収集に精を出し続けていた。

此方から特に有用な情報は未だに得られていないが、今回はいつもより若干気が楽であった。

理由は学園祭で捕まえた亡国機業の構成員である。

いくら北辰達の組織が勝手な動きをしていようと、流石に大本の組織の意向には従わなければならない。ならば、その組織の人間である構成員を捕え情報を聞き出すことが出来れば多少なりとも相手の行動が予測出来る。

奴等への手がかりになるかも知れない。

その事に一夏は若干ながら喜び、暗い笑みを深める。

そしてそれを後押しするようにその日の放課後、アカツキから通信が来た。

 

『やぁ、一夏君。元気かな』

 

いつものようにさわやかな笑顔を浮かべるアカツキ。

一夏もいつもと同じように無表情にそれに応じる。

 

「……用件は……」

『そう急かさないでくれよ。そんなんじゃこの娘に嫌われちゃうよ』

 

いつもと変わらない一夏にアカツキはやけにニヤついた笑顔を浮かべ、手に持った物を一夏に見えるようにヒラヒラと動かしていた。

それは写真である。

その写真には、無表情の一夏が手に持っていたよく分からないぬいぐるみを簪に渡している所が写っていた。

一夏はいつもと変わらない顔をしているのだが、ぬいぐるみを受け取った簪は恥じらいで顔を真っ赤にしつつもどこか嬉しそうに笑っていた。

それは学園祭の時、一夏が簪と一緒に行った美術部の催し物、『爆弾解体ゲーム』をクリアしたときのものである。

これはアカツキがツキオミとゴートの二人に命じて撮影、もとい盗撮した物である。

その写真を一夏に見えるようにひけらかすアカツキは明らかに一夏をからかう気がありありと出ていた。

それを見せられても一夏は無表情であったが、内心では若干ながらに苛立っていた。

二人を学園祭によこした時点でこうなることは予想されていた事なので、こうなることも分かってはいた。だが、それでもやられて苛立たないわけではない。

一夏はその感情を悟られぬよう、表情を引き締めアカツキに答える。

 

「お遊びは程々にしろ……それで本題は……」

『あれ、怒ったかい? 別に怒ること無いだろ、ただいつもの君からは考えられないような行動をしてるから驚いたってだけでさ~」

 

尚も食い下がるアカツキに一夏は静かに言う。

 

「……今すぐに其方に向かう……墓の準備をしておけ……」

『いやいや、そんなに怒んないでよ! 只の冗談だよ、冗談』

 

一夏の顔と雰囲気から本当にやりかねないと思ったのか、アカツキは慌ててからかうのをやめた。

そして軽く咳払いをすると、いつもの不敵な笑顔を浮かべて改めて話し始めた。

 

『コホンっ…さて、ある程度一夏君をからかったことだし本題に移るとしようか。それで本題なんだけどねぇ………君が捕まえてくれた彼女の件だよ』

 

一夏はそれを聞いて顔が変わった。

表情自体はさっきと変わらない無表情なのだが、その身に纏う雰囲気が殺気を含んでさらに濃い物へと変わっていた。

それを見てアカツキもさらに笑みを深める。

 

『彼女から得た情報だと、『奴等』は亡国機業に殆ど情報を渡していないらしい。でも、亡国機業の上の連中は成果を上げているのでそのことを黙認しているようだ。と言っても、流石に亡国機業の作戦には組み込まれているということが分かった。それでなんだけど、どうやら連中は近いうちに行動を起こすみたいなんだ。だけど、そこから先はまだ明確には分からない。それでちょっとした朗報なんだけど、どうやら彼女達は君の学園にまたちょっかいをかけに行くらしいんだ。詳しくはキャノンボールファストかな。それに襲撃をかけるってさ。それでお願いなんだけど、それに来る子をウチに招待してくれない。あ、そうそう、あの美女みたいに手足を切り落としちゃ駄目だよ。あんまり女の子に乱暴なことをするのは僕、感心しないなぁ。ちゃんとその子は『丁寧』に扱ってね。その子からもうちょっと情報を提供して貰いたくて』

 

それを聞いた一夏は無言で頷く。

少なからず手に入った情報をより鮮明にするのにはより多くのサンプルが必要だ。

一夏は僅かとは言え手に入った情報に歓喜する。

それを分かっているのか、アカツキは少し笑みをほがらかな物にして一夏に話しかける。

 

『そうそう、近いうちにこっちに来てくれない。ブラックサレナの改修が終わったから取りに来て欲しいんだ』

「………分かった……」

 

そうアカツキに返事を返し、一夏は通信を切った。

その顔には狂喜の笑みが浮かんでいた。

 

 

 

 アカツキの通信を受けてから三日が経ち、一夏はネルガルの地下研究所へと出向いていた。

いつもの様に研究所に入り、担当エンジニアからブラックサレナのペンダントを受け取る。

するとアカツキが少し微妙な笑顔を浮かべながら一夏に近づいてきた。

 

「……何だ、アカツキ?」

 

一夏はその微妙な笑みに何かあると思いアカツキに聞くと、アカツキは少し言いづらそうにしたがやがて話し始めた。

 

「いや、実はね……ブラックサレナの改修なんだけど、そのままだとまだ君の反応速度に追いついてないんだ」

「……どういうことだ」

「君の反応速度なんだけど、前にブラックサレナに乗っていた時よりも急激に上がってるんだよ。とくに福音を落とした時から劇的にね。それで今のウチの技術では君の反応速度に合わせることが出来ないんだ。ウチで出来ないんじゃ、世界中でも出来ないって事。それで少し観点を変えて対応することにしたんだ」

 

アカツキは一夏にそう説明すると、意を決したかの様な笑顔を一夏に向けた。

 

「君自体を改造することで反応速度を上げようってことになったんだ」

「……………そうか……」

 

それを聞いた一夏はいつもと変わらない無表情で頷く。

そんな反応を見たアカツキは少し滑った。

 

「あれ、普通に返しちゃう、そこ。一応真剣な感じに言ったつもりなんだけど」

「……お前がそんなことを気にするような人間か……」

「ま、それもそうだね。君の体はある意味、もうウチの所有物だからねぇ」

「………くだらない巫山戯は終わらせろ……本題は…」

 

そう言われたアカツキは大げさに両手を挙げると、少し言い訳がましく話し始めた。

 

「いや、だって最近僕、悪者に見られがちじゃない? 別にそこまで酷いことしてるわけでも無いのに影でこそこそ色々言われてるみたいだし。ここいらで誤解を解いといたほうがいいと思って。僕ほど善良な人間はそうはいないよ」

 

それを聞いた一夏は内心呆れながらアカツキに何の感情も込めずに言った。

 

「……俺は……お前ほどの悪人はそうはいないと思っている……」

「酷いな~一夏君は」

 

苦笑しながらアカツキはそう返すが、一夏は口に出してないだけできっとツキオミもゴートもエリナも皆同じ事を思っていると確信していた。

しかし、いつまでもこんな馬鹿な話をしている訳にもいかないので、一夏は改めて自身の改造法を聞く。

 

「……俺をどうする?」

「うん、実はね……君にウチの研究で出来たあるナノマシンを注入してみようと思うんだ。と言っても、元は君から取れたデータで研究してるものなんだけどね。これを注入することにより、君とISをより一体化……つまり一々体を動かす必要を無くさせるのが狙いだ。この特殊なナノマシーンを使った『IFS』(イメージフィードバックシステム)は、使用者の思考をISにダイレクトに伝える。まぁ、ぶっちゃけ考えた通りに体が動くって事だね、それもタイムラグなしに。これを使えばきみの反応速度でも追いつくと思う。ただ……」

「………」

「正直何が起こるのかまったくわからないんだよね~、これが。分かってるのは君しか試せそうな人がいないこと。普通の五感がある人間だと、不具合を起こして下手すると精神崩壊を起こすみたいなんだよねぇ~。ただ、これしか君の要望に応えられるのがないんだよ。どう、受ける?」

 

そう問いかけるアカツキに一夏は口元をつり上げてにやりと笑う。

 

「……彼奴等を殺せるんだったら何だっていい………どうせ俺がそう答えるのも折り込み済みだろう…好きにしろ」

「うん、君ならそう言ってくれると思ってたよ。んじゃさっそく注射しようか」

 

一夏の答えに満足したアカツキはどこから持ってきたのか透明な液体の入った注射器を取り出した。

そしてそれを一夏に刺し、中の液体を注入していく。

抜き終わり次第、一夏は体を見るが変化は無い。

実はこの注射、体内に入った途端に身体中に激痛が走る代物である。

その痛みは凄まじく、被験者の中ではそれだけでショック死した者もいたらしい。

だが、一夏は痛覚が無いので何が起こっているのか全く分からなかった。

それを見届けたアカツキはさらに満足そうに笑うと、一夏に提案する。

 

「うん、良いみたいだね。それじゃさっそくテストしてみようか。それが終わったら渡すものがあるからこっちに来てくれ」

 

それを聞いて一夏は久しぶりにブラックサレナを展開し、テストをすべく研究所の外へと飛び立っていった。

 

 

 数時間後。

アカツキと担当エンジニアは一夏のテスト結果を見て笑っていた。

アカツキは満足そうな笑みを浮かべ、担当エンジニアは狂喜する。

 

「この結果は想像以上ですよ、会長! 特にこの反応速度はもう人外です」

「そうだね~。さすがは一夏君だ。彼も奴等と戦えると聞いてモチベーション上がったみたい。これも偏に執念だねぇ」

「ですね」

 

一夏が帰った後、二人はその結果に満足していた。

 

 

 IS学園に戻った一夏は、ある部屋を訪れていた。

いつもはまず他の人の部屋になど近づかないだけに、その光景は異様としか言いようが無い。

そして一夏がその部屋をノックすると、中の住人が出てきた。

 

「はい…誰ですか……って織斑君!?」

 

部屋から出てきたのは更識 簪であった。

簪は一夏の姿を見た途端、顔を真っ赤にして慌て始める。

 

「な、何で部屋に!? って私、こんな恰好で!!」

 

慌てると共に簪は自分の恰好に恥ずかしくなり、急いで扉で体を隠す。

簪の恰好は上は水色の薄いパジャマで、下は下着だけの姿だった。IS学園特有の、『女だらけだと恰好も気が抜けてだらける』という状態であった。

簪は少しして扉から顔だけ覗かせる。

 

「ご、ごめんね。急にこんな慌ただしくしちゃって……」

 

顔を恥ずかしさで真っ赤にしながら簪は一夏に謝る。

一夏はそれを受けて何も答えない。それが簪には気にしていないと言っているように思えた。

 

「そ、それでどうしたの?」

「………ツキオミを覚えているか……」

 

そう一夏に言われ簪は少し考える。

そして一夏の言った人物を思い出した。

 

「うん。確かネルガルの人だよね」

「……彼奴から…正確にはアカツキからお前に渡し物だ……」

 

一夏は簪にそう言うと、持っていた紙袋を簪に渡した。

 

「これは?」

 

簪は不思議そうに受け取り一夏に聞くが、一夏は何も答えない。

 

「……確かに渡した……」

 

そう静かに簪に言うと、一夏はさっさと簪の部屋から去ってしまった。

それを見てから簪は部屋に戻り、渡された紙袋を早速開けてみることにした。

そして中から出てきた物を見た瞬間、顔が沸騰したかのように真っ赤になった。

 

「なっ、なっ、何でこんなもの!?」

 

簪が見た物、それは一夏の頬に絆創膏を貼っている簪の写真……つまりキスするくらい顔が近い一夏とのツーショットだった。

写真を撮られた覚えはないのにあるということは、盗撮ということである。

つまり全て見られていた。

それを理解した瞬間、簪は恥ずかしさのあまり頭を抱えてベットで転げ回ってしまう。

 

(キャーーーーーーーーーーーーーーーーーー! 見られてた!! 見られてたのーーーーーーーーーーーーーーー!!)

 

そして一通り転がった後にむくりと起き上がると、改めて写真を手に取り見つめる。

 

「お、織斑君とのツーショット………えへへへへへ」

 

少しふやけた笑顔が湧き上がってしまい、簪は嬉しさのあまり近くにあったぬいぐるみを抱きしめまたベッドで転がる。

 

「織斑君とのツーショットだよぉ~、えへへ、嬉しいなぁ~。ど、どうしたらいいんだろう、ねぇ、ふ〇シー?」

 

その抱きしめられたぬいぐるみは学園祭に一夏にプレゼントされた? ものだった。

そのつぶらな瞳は喜びに打ち震えている簪を見つめているのだった。

 

 

 



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第四十五話 M

今回は一夏が出ません!


 とある国のホテルの一室。

そこには二人の女性が椅子に座っていた。

一人は美しく豊かな金髪に艶やかな赤いドレスで豊満な身体を包んでいる絶世の美女で、もう一人は真っ黒く体にフィットしたダイバースーツのような服を着ていて、黒い髪に鋭い目つきをした少女であった。

 

「あぁ………オータム……」

 

金髪の女性は悲しみ悲嘆に暮れた様子であった。

彼女の名は『スコール』。亡国機業のIS実働部隊の一つに所属しており、その部隊のまとめ役を担っている。

そんな悲しみに暮れている彼女を、特に感情も浮かべずに見ていた黒髪の少女もまた、このスコールが率いる部隊の一員であった。

彼女の名は『M(エム)』。その姿は……現代における最強の呼び名も高い女性、『織斑 千冬』と非常に酷似していた。織斑 千冬を十代にしたらこのような姿だろう。

同じ部隊に所属していた人員はもう一人いたが、今はもういない。

その人物の名は『オータム』。

先のIS学園での単独任務において、音信不通となった。

それがただIS学園に捕まったのなら、スコールがそこまで悲しみに暮れることはなかっただろう。

少なくても彼の学園組織は温厚である。オータムの生存は確実であっただろう。

だが、オータムが捕まったのは別の組織。

 

『ネルガル重工』

 

世界に名だたる大企業。

一電化製品から宇宙開発まで手広くやっている一流の企業。

そしてスコール達が所属している組織、亡国機業に所属している組織の一つ、『クリムゾングループ』の大本となった組織。

その壮大な栄華の裏には、常に黒い噂が絶えない。

その組織に所属している『織斑 一夏』が今回の作戦のターゲットだった。

そのターゲットと戦い、こうして連絡が途絶えた。

しかも調べた情報によると、ターゲットは冷酷無比で殺人も躊躇なく行うということが分かっていた。現に夏の間に亡国機業の研究所がターゲットとネルガルによっていくつも破壊されている。無論、生存者は無し。全員殺されている。

そんな組織に捕まったのなら、オータムの生存は絶望的といっていいだろう。

部隊の隊員の生死が不明というのは確かに悲しいだろうが、スコールの悲しみようはそれ以上であった。

実の所、オータムはスコールの恋人であった。

彼女は所謂同性愛者なのである。

その恋人が死んだかもしれないと知れば、その悲しみようも納得出来るものだ。

しかし、いくら悲しんだところでオータムは帰ってこない。

それが分かっているからこそ、スコールは気を持ち直してMと作戦について打ち合わせをする。

 

「ごめんなさいね、M」

 

スコールはMに向かって軽く謝るが、Mは特に気にした様子はない。

そのまま無言で話を聞く体勢を取る。

それを見てスコールは次に行う作戦について話し始めた。

 

「前回の作戦の失敗でオータムを失ったのは手痛いわ。でも、まだターゲットがいる限り作戦は続いてる。それで次に仕掛けるの時はIS学園の行事、『キャノンボールファスト』。この行事を行う時は、学園内ではなく外にある民間のホールを使用するの。いつもの様な厳重な警備がない分、仕掛けようはいくらでもあるわ」

 

説明するスコールの話をMはただ静かに聞いていた。

 

「今回はそこに二人で仕掛けるわ。もう失態は犯せない」

 

そう言うスコールにMは嘲笑うかのように答えた。

 

「今回は私一人で充分だ。寧ろ今のお前では邪魔にしかならない」

「なっ!?」

 

部下にそう言われ顔を歪めるスコール。

それを気にせず、Mは部屋を出ようとする。

それを急いでスコールは呼び止めた。

 

「待ちなさい、M」

 

呼び止められたMはスコールに振り向くと、無表情で言う。

 

「オータムを失ったお前では冷静な判断が出来ない。そんな危険な状態の人間と一緒に戦えるほど私は温厚ではない。大人しく黙って引っ込んでいろ」

 

そう言い、今度こそMは部屋を出て行った。

スコールはその言葉の真意、『もうしばらく悲しんでおけ』ということを理解し、外に聞かれないよう声を押し殺して泣いた。

 そんなスコールとは別に、通路を歩くMは様々なことを考えていた。

最初は自分の『姉』である『織斑 千冬』のことを考える。

Mの知る限り最強かもしれない人物。それを殺す事によって初めてMはMから変われると。

当初はそれだけを考えて生きてきた。

だが、ここ数年でその考えは少し変わってきた。

当初の考えは変わらないが、それ以外にも考えることが増えてきたのだ。

その最たるが、『クリムゾングループ』の実働部隊、そのリーダーの北辰のことである。

初めて会ったとき、途端に逃げ出したくなった。

見た目が不気味だとか、雰囲気がおかしいからとか、そう言うことではない。

Mは北辰を一目見た瞬間、即座に殺されると思ったのだ。見た瞬間、その一瞬で北辰に抱いたイメージは『死』そのものだった。

その死が自分を見て嘲笑う。それだけで体が芯から震えた。

まるで蛇に睨まれた蛙のような……事実、北辰の気配はそういった爬虫類じみたものをMに感じさせた。

直接戦いを見たことはないが、その戦果は凄まじいの一言に尽きる。

全てを破壊し殺し尽くす…………まさに『最凶』。

できる限り近づきたくはないMだが、それでもその凶悪さには少し惹かれるものがあった。

その北辰がしつこく、それこそ粘着的な妄執を向けている人物がいた。

それが『織斑 一夏』。

今回のターゲットであり、ネルガル所属の死神。千冬の弟でもあった。

これが単なる男だったら興味も示さなかっただろう。

だが、あの北辰があそこまで執着する人物にMは少なからず興味を持った。

その男がどれほどのものなのか、千冬とどう違うのか気になった。

だからこそ、それがどれほどのものか見てみたい。

Mはそう考えながら自分の部屋へと歩いて行った。

 

(どれほどのものか見せてもらうぞ………織斑 一夏!!)

 

そう思いながら歩くMの口元はつり上がり、暗い笑みを浮かべていた。

 

 

 

 



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第四十六話 キャノンボールファスト

まだMとは戦いませんよ~。


 時間は過ぎ、キャノンボールファスト当日となった。

IS学園の生徒は皆、近くにある民間の多目的ホールへと集まっていた。

今日はこのホールを用いて専用機持ちによる個人レースとクラスによるリレーが行われる予定となっている。専用機持ちは皆、戦意を高めながら意気揚々としていた。

専用機持ちにとっては自身とISの性能とデータを周りに示す良い機会であり、一般生徒にとっては競争意識を刺激する行事となっていた。

そんな、言わば体育祭のような雰囲気を醸し出すホールの中、只一人だけは物静かに立っていた。

織斑 一夏である。

一夏は一人でいつもと変わらずに情報を収集していた。

学園の行事がどうだろうと、一夏が意識することはない。皆が盛り上がり観客が期待を込めた視線でホールを見守る中、一夏だけはその類から外れていた。

この日、一夏にはレースよりも重要な事がある。

情報の通りであれば、この日のこの行事の際中に亡国機業から奇襲があるということである。

一夏の目的はこの奇襲犯の捕縛であり、レースに真面目に参加する気は毛頭ない。

なので周りの他の人のように機体をいじくったりはしない。

他の専用機持ちは皆機体の調整に余念が無く、追加ブースターを付ける機体やキャノンボールファスト専用のパッケージを装着する機体などが多く出ていた。

その光景は一種の万博会のようであった。

そんな空気の中、一夏に向かって一人の少女が近づいてきた。

 

「お、織斑君!」

 

一夏はその声を聞くと情報収集の手を止め、声がした方に視線を向ける。

そこにはISスーツ姿の更識 簪が顔を赤くしながら一夏の近くに立っていた。

一夏はいつもと変わらない無表情で簪を見ると、簪は嬉しそうに笑いながら一夏に話しかけてきた。

 

「そ、その…織斑君の調子……どうかなって思って」

 

恥じらいながらもそう聞く簪。

その表情は可憐であり、その恰好もあって普通の男性なら見惚れるくらいに可愛らしいものであった。だが、それが一夏に通じることはなく、一夏は淡々と答える。

 

「………問題ない…」

 

明らかに何も感じさせない声に、普通の女性だったらショックを受けているかもしれない。

しかし、簪はちゃんと答えてもらえたことが嬉しかった。

 

「そ、そうなんだ。私はパッケージがないからブースターを追加するんだけど、織斑君は…」

 

少しでも会話を続けたくて、簪は懸命に話しかける。

一夏はそれを受けて平然と答えることにした。通常であれば此方の情報を話して良いものではないが、既に見られているのでそこまで深く言わなければ問題無いと判断する。

 

「……強襲用パッケージ『高機動ユニット』を使用する……」

「そ、そうなんだ。確か前に臨海学校で使ってたのだよね」

「………そうだ…」

 

その受け答えが簪には嬉しくてたまらない。

意中の人との会話は簪はさらに心を弾ませる。

しかし、邪魔をしても悪いと思ったのでそろそろ会話を切ることにした。

 

「そ、それじゃあ…私はそろそろいくね。お、お互いに頑張ろう……」

 

本当は元気よく言おうとしたのだが、そんな大きな声を簪が出せる訳も無く簪は恥ずかしさで顔を真っ赤にしながら一夏の元から去って行った。

それを見て、一夏はまた情報収集に戻ろうとしたところで通信が掛かってきた。

それに何も言わずに一夏は応じる。

 

『やっほ~、一夏君。ちょっと時間が空いたから遊びにきたよ~』

 

モニターに出てきたのは、いつもと変わらないさわやかな笑顔をしたアカツキだった。

一夏は無表情のままアカツキに応じることにした。

 

「………目的は何だ……」

『いやぁ~、君の活躍を見にねぇ~。そ・れ・に・さっきメガネの可愛い女の子と良い雰囲気だったじゃない』

 

アカツキは一夏を冷やかすようにニヤついた笑顔でそう言う。

見られていたことに若干の苛立ちを一夏は感じる。

しかし、一夏は感情を出さずに確実にはっきりとした口調で答えた。

 

「……くだらないことを言っていると切る……」

『ごめんごめん。まぁ、冗談は置いといてっと。ちゃんとした仕事でもあるんだよ。君はウチ所属の操縦者でもあるからね。我が社の商品のすばらしさを世間様に知って貰う良い機会だから、その視察も兼ねているんだよ。あとね……』

 

アカツキはさっきまでのふざけた笑顔から一転して、少し真面目な顔になった。

 

『君が今回やり過ぎないようにする監視もあるんだ。君が復讐に燃えるのは大いに結構。だけどね~、いくら敵だからってあまり女性に乱暴は感心しないなぁ。美人なら尚更ね。まぁ、前回は持ち運びやすくしようとしたのが分かるから不問にするけど。今回はもっと穏便に済ませたいからね』

 

一夏はそう言われてから確認するように聞き返す。

 

「……つまり……肉体の損傷を最低限に敵を無力化し捕らえろと……」

『まぁそんな感じ。こっちで調べたいこともあるからねぇ~。あまりやられると直すのが大変だし。前の彼女は途中で精神がイっちゃってさ~、あまり怖がらせると良くないんだよね~。それにお願いされたんだよ、『あの人』にね。僕は美女のお願いには弱くてね~』

「………兎か……」

『まぁね』

 

それを聞いて一夏はアカツキが束と何らかの取引を行ったことを理解する。

差し詰め、ナノマシンのことで何か協力してもらったのだろう。確かネルガルはナノ技術がそこまで凄くはなかったはずである。なのに『IFS』のような凄いものを開発出来たというのは、つまりそういうことだろう。

するとここで気になってくるのは、何故束が今回の捕獲対象を欲するのかである。

殆どの人間に関わることをしない束が求める……それはその対象が凄く興味深いからである。

一夏はそれを察し、アカツキに聞く。

 

「アカツキ……今回の捕獲対象には何がある……」

『あれ、もう気付いちゃった?』

「…兎が要求する自体、通常では有り得ない……」

『さすが一夏君! 冴えてるねぇ~』

 

アカツキは愉快そうに笑う。

 

『でもね~、これを君に教えるわけにはいかないかなぁ~。まぁ、すぐにわかる事だしね』

 

まるで勿体ぶるかのような言い方をするアカツキに一夏はこれ以上聞くのは無駄だと察した。

こういうふうに言ってくるということは、会った瞬間に分かるということなのだろう。

それらを踏まえ、一夏はアカツキに返事を返す。

 

「……了解……」

『うん、それじゃそれを踏まえて頼んだよ』

 

アカツキは笑いながらそう言うと通信を切った。

一夏はアカツキから更に命じられたオーダーを念頭に置きつつ、レースの始まりを待つことにした。

 

 

 

 そして少し時間が経ち、一学年専用機持ちのレースが始まろうとしていた。

専用機持ちはスタートラインで皆、今か今かと開始の合図を待っている。

一学年の専用機持ちは計七人。箒にセシリア、シャルロットにラウラ、鈴に簪、そして一夏である。

セシリアや鈴、ラウラや一夏はパッケージを装着し、シャルロットや簪は増設ブースターを装着することで対応することに。箒はエネルギーを操作し展開装甲の出力を変えることで対応するようにしている。

その中で異彩を放っているのは、やはり一夏のブラックサレナだろう。

他のISと比べ、その姿は最早航空機である。

そんな姿に、観客から驚きと興味の視線が集まっていた。

その視線を感じ、皆緊張が走り顔が強ばる。

唯一顔を出していない一夏はその視線を受けても表情はまったく変わらず無表情のままであった。

そんな空気の中、ついにスタートの合図がホールに鳴り響いた。

それを機に動き出す専用機持ち達。

だが、そんな六機をまるで砲弾が横を通り過ぎるような衝撃が横から襲い掛かった。

 

「「「「「「っ!?」」」」」」

 

その衝撃に煽られながら驚く集団。

その遙か先には、すでに一機のISが独走していた。

それは航空機のような形をしたIS………一夏のブラックサレナである。

ブラックサレナはまるで大気を切り裂いて飛ぶ凶鳥の如く、凄まじい速度で先頭を飛行する。

その速度はISの速度にしてはかけ離れている。そんな速度で飛べば、いくら絶対防御があろうとも操縦者は無事では済まない。ブラックサレナは今、瞬時加速し続けていると言っても良い速度を叩き出していた。

その光景に観客の皆は驚き歓喜するが、ISの専門職の人間は驚愕していた。

普通ではまず有り得ない……それを平然とやっている。

それはISに関わる人間なら、誰もが驚きを禁じ得ない光景であった。

そしてそれは専用機持ちにも言える。

箒達は追いつこうと必死に速度をさらに出すが、ブラックサレナはそれを嘲笑うかのように突き放していく。

皆が焦る中、簪だけが素直に驚いていた。

 

(やっぱり織斑君、凄い………格好いい……)

 

簪がそう思い頬を染めていることなど知らない一夏は、先行しながらある物を索敵していた。

そしてその捜し物は一夏に向かって発射されたレーザーと共に見つかった。

飛んで来たレーザーをバレルロールで回避すると一夏は高機動ユニットをパージした。

顕わになった悪魔の様な姿。

それを見て、一夏が探していた物が一夏を睨み付けてきた。

 

「貴様が織斑 一夏か」

 

そう話しかけてきたのは、見たことの無いまるで蝶のような形をしたISであった。

そしてその操縦者は、ハイパーセンサーを解除し素顔を晒していた。

その顔は一夏の知っている人物の顔にそっくりであった。

 

「貴様がどれほどのものなのか、見せて貰う! そして私は姉さんを超える!!」

 

敵はそう叫ぶとともにセンサーを展開し顔を隠した。

そのまま此方に仕掛けようと接近し始める。

それを見て一夏は、何故束が興味を示したのかを理解した。

そして、口元に狂喜の笑みを浮かべ、敵に向かって突撃した。

 

 

 



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第四十七話 新らしき復讐人の刃

今回は前回に比べれば暗くないはず……です。


 一夏は目標……亡国機業の構成員を発見し笑みを浮かべた。

そしてその顔を見て、何故束がそんな条件を付けてきたのかが分かった。

目標の顔は一夏の姉であった人物、『織斑 千冬』に酷似していた。それだけなら変装や整形で何とかなるものだが、そうでないことは目標の見た限りの年齢で察することが出来た。

この手の偽装なら、本人に体型や体重、年齢も合わせるはずである。千冬に似ているが、明らかに年若い見た感じ十代中頃。顔は似ているのに年齢はまったく若い。そこから考えられ、なおかつ先程言った『姉さん』と言う言葉から、一夏はこの目標が『織斑 千冬のクローン』だと推察した。

クローンというのは全く同じ人間だと誤解されがちだが、その成長速度は自然としたものになる。そのため、いくら自分と同じ遺伝子を持ってるとはいえ年齢だけは同じにならない。

今の医学や科学において生物の成長を促進させる技術はあるが、せいぜいより大きく丈夫にしたりする程度である。急成長させるような技術は確立されていないのだ。

だからこそ、その結論が導き出せる。千冬に似ているのに年若い。何よりも、そんな対象の身柄を束が欲するということが決め手となった。

彼の兎は殆どの人間に興味を示さないが、自分と深い関わりを持つ人間には寛大だ。

対象に興味を示すということは、つまり兎にとって対象はそれに値する何かだということ。

故の取引。だからこその無傷での捕獲。

一夏はアカツキの真意を完璧に理解した。

もし、これが何の変哲もない『普通の一夏』だったのなら、動揺して戦闘がおろそかになってしまっていただろう。

だが、ここにいるのは『復讐人』だ。

彼の怨敵『北辰』に復讐する以外、何も持ち合わせない復讐者。

その復讐のためなら、何者をも殺す悪鬼羅刹の類い。

既に決別したも同然の姉のクローンが目の前で現れたところで、この復讐人が止まることはない。

 ブラックサレナは目標が此方に向かってくるのを確認して此方も突撃を仕掛ける。

敵……Mの駆るIS『サイレント・ゼフィルス』はブラックサレナに向かって高出力レーザーライフル『スターブレイカー』を三連射する。

その射撃は正確で、さらに回避先を読んでの上手いものであった。

ブラックサレナはそれを最低限機体を動かすことで回避し、反撃に両手に持ったハンドカノンをサイレント・ゼフィルスに向かって発砲する。

その砲撃をサイレント・ゼフィルスは見事に回避し、そのまま接近しながら応射して距離を詰めていく。ブラックサレナも負けじとハンドカノンで弾幕を張りながら接近し、そして互いの影がすれ違った。

これは軽い挨拶のようなものだ。

Mは口元に暗い笑みを浮かべながら反転してブラックサレナに射撃を加えると、ブラックサレナもそれに応戦する。

 

「こんなものではないだろう。あの男が執着する程の力を見せてみろ!」

 

Mはそう叫ぶなりサイレント・ゼフィルスに搭載されているビットを四機展開。

それぞれを独自に動かし、自身のライフルと合わせて他方向からの射撃を行う。それはまさにレーザーによる嵐。

通常のISなら回避は困難だろう。

ブラックサレナはそれを有り得ないほどのアクティブな機動で回避する。

その様子にMは笑みを深めながらさらに果敢に射撃を加えていく。

 

「どうした! そんなのでは私には何もできないぞ!」

 

今までにない戦闘の興奮を覚えながら、Mはブラックサレナを追い立てる。

ブラックサレナは縦横無尽に宙駆け巡り、レーザーの嵐を回避していく。その結果、下にある町や建物がレーザーの流れ弾にあたって破壊されていく。

この事態にIS学園は緊急事態と判断して観客の避難と鎮圧用の教員部隊を向かわせようとする。

しかし、その前に専用機持ちが勝手に行動を初めてしまったため部隊を動かすことが出来なくなった。

正確に言えば、セシリア・オルコットが敵のISを見て困惑しながらも敵機に向かって行ってしまったのだ。

何故なら、それは彼女の国にとって屈辱の象徴だから。

Mの駆る『サイレント・ゼフィルス』はイギリスから奪取された機体である。

それが目の前で使用されていることにセシリアは我慢が出来なかった。自分の国の失態のせいで周りの人に迷惑をかけることが許せなかった。

だからこそ、イギリスの恥はイギリスが濯ぐべく、セシリアは戦闘が行われている所へと飛び出していった。

それを簪が追いかけて止めようとする。

 

「お、オルコットさん…危ないから戻って!」

「ですが、あの機体は!!」

 

セシリアはそう言いながらそのまま先を行く。

簪はその必死さに驚きながらも何とか止めようとセシリアに着いていった。

そして二人はほぼ同時にその場で停止した。

その二人の視線の先には、レーザーの嵐を発生させているサイレント・ゼフィルスとそれを見事に回避するブラックサレナが共に宙を舞っていた。

 

「っ!?」

 

セシリアが止まった理由…それはあまりにも激しいレーザーのせいではない。

ブラックサレナ……一夏が戦っているからである。これが一夏と戦う前のセシリアだったら気にせずに攻撃しに行っていたかも知れない。

だが、セシリアにはもうあの一夏の恐怖が刻み込まれてしまっている。

あの時の恐怖がセシリアの体を止める。自身の国のためと言っても、まだ十五歳の少女である。大義だけで恐怖を克服出来るわけが無い。

それに拍車をかけるように、セシリアは感じ取ってしまったのだ。

一夏の殺気を。そして見てしまった……一夏の口元に浮かんでいる狂喜の笑みを。

理解した瞬間、セシリアの体は恐怖で一歩も動かなくなってしまっていた。

そんな恐怖に駆られ震えているセシリアを余所に、簪は別の意味で止まっていた。

目の前で光り輝くレーザーの嵐を、そしてそれを見事に避けていくブラックサレナを見て、簪は……綺麗だとその光景を思った。

まるで幻想的な輝きに溢れ、その嵐の中を高速で動いていくブラックサレナに見惚れていた。

神話に登場する神々を見ているような、そんな気持ちにさせられる。

だからこそ、簪は無意識に口にしていた。

 

「織斑君………格好良くて…綺麗……」

 

そして口にしたことを自覚して真っ赤になる簪。

 

(こ、こんな時に何言ってるんだあろ、私………)

 

どちらにしろ、二人がこの戦闘に介入するのは無理であった。

 

 

 

 尚も続いていくレーザーの乱射にブラックサレナは回避していくが、そろそろしびれを切らせ始めた。

一夏はそのままそのまま回避しながらもハンドカノンで応戦していく。

 

「ちっ!」

 

その射撃は回避しながら撃ったと思えないほどに正確にサイレント・ゼフィルスを捕らえる。

サイレント・ゼフィルスはそれを舌打ちしながら回避。

その瞬間に少し薄くなった弾幕をブラックサレナは突き破ってサイレント・ゼフィルスへと突進を仕掛ける。

黒い巨体が砲弾のような速度と迫力を持ってサイレント・ゼフィルスに迫っていく。

サイレント・ゼフィルスはそれを瞬時加速を用いて回避した。

それはギリギリの回避であったはずなのに、Mの口元はニヤリと笑っていた。

 

「引っかかったな! 貴様のISが頑丈なのは知っている。だが、これならどうだ!」

 

そうMが叫んだ瞬間、ブラックサレナが爆発した。

 

「なっ!?」

「織斑君!?」

 

いきなりの目の前を覆うばかりの爆発にセシリアと簪が驚く。

二人とも、何故ブラックサレナが爆発したか分からなかった。

何故こうなったのか? それはMがサイレント・ゼフィルスに搭載されているもう一つのビット『エネルギー・アンブレラ』を使用したからである。

この兵装は今までのビットと違い防御用のビットだ。エネルギーシールドを張り、自機の周りに展開して全方位からの攻撃を防御する。

だがこれにはもう一つの使用法がある。

それはこのビットに搭載されている高性能爆薬による自爆だ。

Mはこれを使用し、突進してきたブラックサレナを避けるとともにビットを射出。そしてそのままブラックサレナにくっつくかのように動かし、止まったところでビットを自爆させたのだ。

近距離からの爆撃。

いくら丈夫なISだろうと、こんな近距離で爆発させては無事では済まない。

Mは自身が感じた手応えに笑みを浮かべる。

 

「確かに腕は悪くは無いようだが、それまでのようだったな。この程度で執着する奴の気が知れない。やはり姉さんの前には貴様など取るに足らない」

 

嘲笑しながらMは爆発したところを見る。

事前の情報でブラックサレナがディストーションフィールドを発生させることは知っていた。

だからこそ、この攻撃方法を取った。いくらMでも、あのフィールドを展開されてはきつい。だからこそ、それを展開させる隙を与えないよう攻めたてこうして爆破したのだ。

だが、その嘲笑は爆炎が晴れるとともに驚愕へと塗り変わった。

 

「なっ!? ど、何処に行った!!」

 

爆炎が晴れた先には何も無かった。

墜落していないにしても、かなりのダメージを負ったはずである。すぐに動けるはずが無い。

Mの予想では、爆発したところで浮いていると思っていた。

だが、それどころか実際には欠片一つ無くいないのだ。流石に爆発で全て吹き飛んだとは考え辛い。

そのことに困惑した瞬間、Mは背後から襲い掛かった衝撃に吹き飛ばされた。

 

「がっ!?」

 

まるでダンプにでも跳ねられたような衝撃に錐揉みしながら吹き飛ばされるMが辛うじて見たものは、まるで何事も無かったかのように悪魔のように佇むブラックサレナだった。

 

「なっ……何故っ!? さっき爆破されたはずなのに…何故貴様がそこにいる!!」

 

襲い掛かった激痛に顔を歪めつつ、Mは体勢を立て直して吠える。

一夏はそれを聞いても何も答えない。その代わりにMの前からまた消えた。

ブラックサレナが爆撃される少し前、一夏は特に何かした訳では無い。

ただ単純に下に回避しただけである。

だが、その速さが最早神業の域に達していてISですら感知できないだけで。

改修されたブラックサレナは以前よりもさらにその性能を上げた。

もはやその機動性はISの比でなく、ISでいうのなら常に瞬時加速しているようなものである。

それも真っ直ぐだけでなく、全ての機動がその速度で行われている。

その機動はもうISではない。もし、ISで同じような速さで動いたら、操縦者は致命的な重傷を負うだろう。それこそ、死んでもおかしくないくらい。

何よりもその反応速度がおかしすぎる。それはもう人間の反応速度を超えていた。

それが新しくなったブラックサレナ。

一夏にしか本当に扱えない『ワンオフ機』である。

真下に動いたブラックサレナは速度を落とすことなく直角に曲がり、そのままサイレント・ゼフィルスの背後へと回り込んだ。

そして背後へと体当たりを仕掛けたのだ。その動きが見えた者はだれもいない。

ブラックサレナはそのまま超高速でサイレント・ゼフィルスに体当たりを仕掛ける。

漆黒の砲弾と化したブラックサレナにMは全ビットとライフルを合わせて集中砲火を放つ。

セシリアのブルーティアーズとは比較にならない火力がブラックサレナへと襲い掛かるが、ブラックサレナはその業火を難なく躱していく。それも、速度を一切変えずに。

それはやがてMの目でも捉えられなくなっていき、またMは凄まじい衝撃と共に吹っ飛ばされた。

その人智を超えた動きに目を見開きながらも機体の情報を見るM。

サイレント・ゼフィルスの機体は各所の装甲がひび割れ火花を散らしていた。

絶対防御があればどんな攻撃でも防げる。

だが、凄まじい威力の攻撃はシールドを貫通してダメージを与える。それを如実に表していた。

依然、ブラックサレナは何もないのかのように浮遊している。

 

「………その程度か………その程度で北辰と比べようとは……それこそ笑わせてくれる……」

 

その時、Mは初めて織斑 一夏の声を聞いた。

まるで底が見えない暗闇のような、虚無のような声。しかし……殺気が飽和した声であった。

それを聞いたMは本能で恐怖を感じた。

それまで勢い立っていた自分が嘘であるかのように、その心は冷たく凍り付かされていた。

目の前にいる男は、最早人間ではない。

そう本能が告げていた。

その恐怖と自身のプライドを天秤にかけるが、そんなことに意味はない。

Mにとっての千冬は絶対的なものだが、それはあくまでも人としてである。

ハリケーンや地震を人が止めることは出来ない。

そんな災害のように、目の前の男もその類に入るものだと。

そんなものを止める方法を人は持っていない。

故に本能に従い、Mは離脱しようと瞬時加速を使い離れる……だが……

 

「………逃がす訳が無い………」

「なっ!?」

 

さっきまで自分の後ろにいたブラックサレナが次の瞬間には目の前に浮いていた。

そのことに恐怖しか感じないMはもうどうしてよいのか分からなくなる。

倒すことも逃げることもできない。そして……

 

「……終わらせる……」

 

後悔する間も与えられない。

一夏がそう呟いた瞬間には、もう目の前まで迫ってきていた。

 

「ぁああああああああああああああああああああああああああ!!」

 

恐怖で叫び声を上げながらMは残っているもう一つのエネルギー・アンブレラでエネルギーシールドを張り、持っているスターブレイカーの銃剣を使ってがむしゃらに攻撃する。

ブラックサレナはその速度を維持したまま真横に回転し、テールバインダーを一閃。その高速の鞭によってエネルギー・アンブレラとスターブレイカーを纏めて破壊する。

更にその回転から縦の回転へと移り、サイレント・ゼフィルスへとテールバインダーを振るい地面へと叩き落とした。

 

「ぐはぁっ!?」

 

真下にあるアスファルトを砕き、盛大なクレーターを作って倒れ伏すサイレント・ゼフィルス。

それを更にハンドカノンを連射しながらブラックサレナは追撃し、落下速度を合わせた体当たりをサイレント・ゼフィルスに行う。黒き流星は地面にめり込むサイレント・ゼフィルスを更にめり込ませ、強大なクレーターへと発展させる。

 

「っっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっ~~~~~~~~~~~~~~~!?」

 

もはやMは声すら上げられなくなる。

これだけでサイレント・ゼフィルスは大破状態だ。しかし、一夏は容赦しない。

地面にめり込むMの首を掴むと、そのまま地面に押しつけアスファルトを削りながら遠くにあるビルへと突っ込み叩き付けた。

叩き付けられたビルは壁の殆どを倒壊させ、崩れる寸前までになっていた。

 

「……………………」

 

この衝撃で絶対防御が働きMの意識は完全に落ちた。

サイレント・ゼフィルスはこれを止めに、それこそコアを除く殆どを破壊されISとしての体を成さない状態まで破壊され尽くした。

一夏は気絶して倒れているMを確認すると、アカツキに通信を入れる。

 

「……終わらせた……はやく持って行け……」

 

アカツキは笑いながらそれに応じる。

 

『うん、確かに女の子には傷付けてないようだね。でも、本当に容赦ないね、君は』

「……………………」

 

一夏はそう言われても無視をして通信を切る。

そして一応アリーナへと戻ることにする。

その胸中はほんの少しだけだが、後味の悪さを感じていた。

決別したとは言え、それでも姉というべきか。同じ顔をした人物を倒したことに若干の気の悪さを感じた。

そんな一夏の前に、いつの間にか簪とセシリアがいた。

セシリアは恐怖で顔を真っ青にしていたが、簪は一夏を心配そうに見つめていた。

 

「だ、大丈夫、織斑君?」

 

それは一夏の何に対してかは分からない。

簪に話しかけられた一夏は、その声にこう答えた。

 

「…………問題無い……レースに戻る……」

 

そう言って簪達よりも先を飛んで行く。

簪はその声を聞いて……笑った。

そして一夏は簪に声をかけられ、何故か知らないが後味の悪さを感じないようになっていた。

 

 

 

 

 



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第四十八話 自分と似たものの違い

 Mが襲撃をかけてきたためにキャノンボールファストは中止となり、観客は皆帰っていく。

そのことを残念に思う人々であるが、その中には寧ろ驚愕している者達もいた。

それは企業の人間であり、今回のレースでネルガルのISの性能を見せつけられたのだ。

その性能は現状のISを遙かに凌駕するものであり、技術の提供や共同開発をしたいと言い出す企業がネルガルに殺到することだろう。

だが、それは一夏が気にすることではなくアカツキ達の仕事である。

なので一夏はそのことを全く気にせずにIS学園へと帰っていった。

 そして一週間が経った。

その間一夏が特にすることはなく、いつもと変わらない情報収集をして過ごしていた。

実は先の騒動にて市街地で勝手に戦闘を行った事について当然咎められたが、とある所からの圧力でかなり減罰された。IS学園はどこの国からの干渉を受けないということになっているが、それでも全てを防ぐ事は出来ない。各国政府は勿論、巨大な企業からの圧力や意向には何かしら左右されるものなのだ。

そこで一夏に下った処罰は『反省文』四百枚なのだが、一夏がこれを真面目に受ける訳が無い。

一夏はこの反省文をネルガルのシークレットサービスに任せ、偽造文を作成させて提出したのだった。一夏自身反省などないし、そもそも真面目に書くなんてこともない。

そんなことに時間を費やしているのなら、その分の時間を情報収集に当てた方が何も見つからなかったとしても有意義である。

一夏は自分に当てられた処罰をさっさと済ませ、屋上で日課に集中していると、突如プライベートチャネルでの通信が入った。

それが誰なのかは見なくても一夏には分かっている。

 

「………情報は………」

『君は本当にせっかちだなぁ~』

 

ホロウィンドウにはアカツキがいつもと変わらない笑みを浮かべて映っていた。

 

「…………………………………」

 

一夏はそれを無表情で答える。

そもそも、アカツキからの連絡というものは情報が手に入った時以外にはない。

それを理解しているからこその反応である。

アカツキのおふざけに付き合う気は毛頭ないのだ。

 

『君はもうちょっとユーモアを学んだ方がいいと思うよ。まぁ、それは置いといて。まずは良くない情報から教えようか』

 

アカツキが苦笑しながらそう言うと、一夏は無言で頷く。

 

『君がエスコートしてきた彼女なんだけど、これが中々に強情でね。中々に教えてくれないんだよ。前の彼女みたいにこっちでやれば全部分かるんだろうけど、流石にあの人と契約した手前、勝手にするわけにもいかなくてさ』

「…………それで連絡してくる理由は………」

『まぁ、それで終わりだったら連絡しないよねぇ~。実はねぇ、その彼女なんだけど、君に会いたいっていうんだ。会ったら話してくれるっぽいんだよね。だから明後日の休みにこっちに来てくれない』

「…………わかった………」

 

一夏はそう返事を返すと、通信を切った。

そろそろ秋も深まる冷たい風が頬を撫でるが、一夏はその冷たさを感じる事も無く屋上を後にした。

 

 

 

 その通信を受けてから明後日、祭日であり休みとなっている。

学園の生徒が悠々とくつろぎ己が時間を有意義に過ごしている中、一夏は学生服のままネルガルの地下研究所へとボソンジャンプを使って跳んだ。

 そして到着次第、さっそくアカツキに呼び出された部屋へと向かうことにした。

そのまま研究所内を無言で歩いて行く一夏。すれ違う研究者達は一夏を見ても特に何か思うこと無くすれ違っていく。お互いの不文律のように、研究者は基本的に一夏には話しかけないようになっていた。だが、それは単に一夏が怖いからではなく研究に夢中だからである。ネルガルの研究員の殆どは変人であった。

ある意味、この研究所だけが一夏に物怖じする者がいない場所である。

そして一夏が呼ばれた部屋に近づいて行くと、部屋から何やら五月蠅そうな声が聞こえてきた。

 

「だ~か~ら~、抱きつくなと言っているだろう!」

「えぇ~、いいじゃん。だってこんなに柔らかくてすべすべしてて抱き心地がいいんだからさぁ~」

「や~め~ろ~!」

 

何やら騒がしい様子だが、一夏は気にせず部屋に入った。

 

「…………………………………」

 

入った途端に目に入ったのは、白いワンピースを着た亡国機業のMが篠ノ之 束によってもみくちゃにされている光景であった。

一夏はその光景を見て……………気にせずに置いてあったソファに座りアカツキに来たことを伝える。

 

「あ、いっくん、おっひさ~。元気~」

 

一夏に気付いて束が声をかけるが、一夏は何も答えない。

それでも束は気にせず、Mをいじり始めた。

 

「いや、そこは止めるところだろう!」

 

Mは束にもみくちゃにされながら一夏に突っ込むが、一夏はいつもと変わらない無表情で何も答えないままであった。

そのまま少ししてからアカツキがその部屋へと入ってきた。

 

「いやぁ、呼び出しといて遅れてごめん。ちょっとエリナ君に怒られてねぇ」

 

アカツキはさわやかな笑顔を浮かべながら近くにあった椅子に座る。

 

「べっつに~。『アッキ~』はどうせ遅れてくるって分かってたし~」

 

そんなふうに束が返してきた。

束のことを知っている人間なら誰しもが驚愕することだろう。

束が名を呼ぶということは、つまり個人を認識しているということである。それはつまり、束がアカツキを認めているということだ。きっと取引の時に何かしらあったのだろうが、一夏は気にしない。

束は世紀の大天才だが、アカツキも負けない程の天才である。ただし、その才は悪事にのみ向いている才で、一夏はアカツキのことを『悪事の大天才』だと認識している。

天才同士、何かしら認め合うものがあったのだろう。

 

「そう言われると手痛いね。お詫びと言ってはなんだけど、美味しいケーキが手に入ったんだ。それを御馳走するよ」

「え、ケーキ! やった~」

 

アカツキはそう言うと室内の連絡機に連絡を入れてケーキを持ってくるよう命じる。

その様子に一夏は内心呆れた。

遅れてからのこの提案まで全て計算の内だろう。それを白々しくやるアカツキを見て一夏は面倒な奴だと思った。

そしてケーキが届けられ次第、早速皿に取り分け束達に配膳される。

束はそのケーキに喜び、Mも気になるのかちらちらと見ていた。

 

「それじゃあ、話す前にこれで気分を落ち着けようか」

「お~う!」

 

アカツキの声に束が頷き、さっそく一口食べ始めた。

 

「う~~~ん、甘~い、美味しい~!」

 

束は笑顔でそう言うと、Mに向かってケーキを掬ったフォークを差し出した。

 

「ほら、あ~~~ん」

「自分で食べられる!」

「別にいいじゃん。はい、あ~ん」

 

束にケーキを差し出されたMは嫌がるが、束は強引に口の中にケーキを入れる。

そのことに若干驚きつつもMはケーキを咀嚼し…

 

「美味しい……………」

 

その美味しさに恍惚とした表情を浮かべた。

そして自分がそんな顔をしていたことに気づき、顔を羞恥で真っ赤にしながら咳払いをした。

そしてそんな光景を見ても一夏は何も言わずにアカツキをじっと見る。

 

「………これは嫌がらせか……」

「いや、そういうわけじゃないよ。ごめんごめん、忘れてたよ」

 

一夏がアカツキにそう言った理由。それは、一夏の前にもケーキが置かれているからであった。

一夏に味覚が無いことを知っているのにこんなことをするアカツキに一夏は若干ながら苛立つ。

このわざとらしい行為。それにどんな意味があるのか?

それを理解した一夏は呆れて物も言えない気分になった。

一夏は無言で出されたケーキをMの前に持って行く。

それを見たMは真剣な目で一夏を睨み付けながら聞く。

 

「………いいのか……」

「………俺には必要ない……」

 

一夏がそう言うとMはそのまま無言でケーキを自分の方にたぐり寄せた。

きっと本人は自覚していないが、その顔は喜びに満ちていた。

一夏はそれを気にせずアカツキの方を向いて早く話を進めるよう催促する。

そんな一夏をアカツキはなだめながら少しの時間が経過した。

 そしてやっと落ち着いてきたのか、話を聞けるような雰囲気になった。

 

「さてと。気分も和らいだところでさっそく君……『織斑 マドカ』君のことや、組織について教えてもらおうか」

 

Mのまたの名は織斑 マドカというらしい。

それが本名なのかまた別のものなのかは分からないが、Mと呼ぶよりは呼びやすいだろう。

そう言われたマドカは、束の膝の上に座らせられ抱きしめられながら話し始めた。

自分が織斑 千冬のクローンであることや亡国機業のことを。

 

「君が一夏君に会わせたら素直に話すと言っていたから会わせた。それで素直に話してくれるのは嬉しいけど、一体何でだい?」

 

アカツキが優しい顔でそう聞くと、Mは束にケーキを食べさせられながら答えた。

 

「戦った時に思ったんだ。あの北辰がそこまで執着する奴がどんな人間なのかを。それにどっちみち捕まった時点で私に帰る場所などない。姉さんを殺したいと思っていたが、そんな気持ちすらもう起きないくらいに叩き潰されたからな」

 

重要な話をしているはずなのだが、口の端に付いたクリームのせいで重みが全く感じられなくなっていた。

 

「それで…実際に一夏君はどうだい?」

「実際に見て思ったよ。私では絶対に勝てないとな。何だ、この男は! まるで闇を濃縮したような奴じゃないか。この感じ……北辰かそれ以上だ。こんな不気味な奴を私は北辰以外知らなかった。確かに姉さんは強い。だが、姉さんでも天変地異には適わない。そこにいる奴はそれと同じだ。人が手を出しても止まることを知らない。そんな奴に勝てる訳が無い。そんな奴を敵に回していたと思ったらな……何だかバカバカしくなってきたんだ」

 

どこか達観した様子でマドカは語る。

一夏が特に気にすることは無い。欲しいのは北辰達の情報であって、マドカの生い立ちやら何やらではないからだ。

 

「ウチの一夏君を高く評価してくれるのは有り難いね。でも、組織の情報を話しちゃっても本当に平気かい? 裏切ったと思ったりは?」

「姉さんを殺そうと思ってたので精一杯だったし、ナノマシンで私の命は握られていたからな。逆らう気はなかったが、逆らうことも出来なかったんだ。まぁ、もう私をさっきから弄ってる奴が外してしまったようだから意味を成さないがな」

「ふ、ふ~ん。あの程度、束さんに掛かればお茶の子さいさいなのさ」

 

そう言いながらマドカを抱きしめる束。マドカは束の大きな胸に埋もれて苦しそうにしていた。

それからも話は続き、亡国機業の大体の作戦内容をアカツキはマドカから聞いていった。

それにより今後の亡国企業の作戦が明らかにされていく。

 

「うん、大体分かった。ありがとう」

 

アカツキはそうお礼を言うが、マドカはフンッ、と鼻を鳴らしてそっぽを向く。

そしてそのままお開きになるかと思われたが、マドカは一夏を見つめながら聞いてきた。

 

「最後に聞きたいことがある。どうして貴様はそこまで強い。どうして……」

 

その質問を受けた一夏は、口元をニヤリと笑みを浮かべながら答えた。

 

「……殺したいからだ。あの男を……北辰を殺したいからだ……」

 

マドカはそれでも納得がいかなかった。

それだけなら自分と同じだからだ。それがどうしてここまで差が出たのかを知りたかった。

一夏は更に口角を上げながら言う。

 

「あの男は…全てを奪った……目を、耳を、鼻を、肌を、俺の世界の全てを奪った…それが許せない……取り戻したいのではない……そうなった原因である奴が許せない……だから殺す!」

 

その怨嗟の声を聞いてマドカは納得した。

既に差がここまで違うと。

マドカは千冬のクローンで名は無かったが、ちゃんと見えるし感じることも出来る。存在の定義は曖昧だったが、それでも一人の人間ではあった

だが、一夏は奪われていた。名こそあったが、人の人たる物の殆どを奪われてしまった。

それはもう存在の定義からは外れてしまっている状態である。

マドカは千冬を憎みこそすれど、恨んではいない。だが、一夏は北辰に憎悪する。

これが差となったのだ。

 

「そうか……それが人を超えた者か……」

 

マドカはそう言うと席を立ち、部屋から出て行った。

それを追って束も外に出て行く。

それらを見送ってアカツキは一夏に冗談を言うように聞いてきた。

 

「羨ましいかい、彼女が」

 

それを受けた一夏はニヤリと口元を笑いながら答えた。

 

「………笑わせるな……俺には必要ない……」

 

そんな二人の会話は、廊下で騒ぐ束とマドカの声でかき消されていった。

 

 

 

 

 

 

 

 



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第四十九話 タッグマッチの約束

山田先生のAGPにシャルの学生服のAGPと首を変えて、『学生服の山田先生』に萌え死にそうな作者です。だが、この作品は作者の心境のようには甘くないですよ。


 とある国にある亡国機業の秘密基地。

そこの一室では、七人の男と一人の女が座っていた。

女は美しく豊かな金髪に艶やかな赤いドレスで豊満な身体を包んでいる絶世の美女であった。この質素と言うほか無い部屋には明らかに不釣り合いである。

対して男達は室内だというのに笠を被り、黒い外套に身を包んでいる不気味な者たちであった。

金髪の女性……それはこの亡国機業のトップ戦闘部隊のリーダーである『スコール』と呼ばれる女性であった。彼女の部隊は現在、ほぼ全滅していた。

トップクラスの戦闘部隊、ISを用いての戦闘と強奪をメインに行うのが仕事であり、その部隊員は彼女を除いて2名のみの少数精鋭となっている。

それがこの一ヶ月も経たない内に生死不明になった。それも任務失敗という結果だけを残して。

スコール自身、自分の部隊が最強だとまでは言わないが一国の軍隊に匹敵する強さはあると思っている。イギリスの最新鋭の試作機を本国の操縦者以上に使いこなすM、それにアメリカのアラクネを多才につかうオータム。二人ともモンドグロッソに出れば優賞を狙えるかも知れない腕の持ち主である。それがひよっこしかいないIS学園に向かって行き消息を絶った。

IS学園と言えば、ブリュンヒルデの『織斑 千冬』がいるが、彼女は現在専用機がない。いくら『最強』の名を冠する彼女とて、専用機無しでこの二人と戦えるとは思えない。また、日本の対暗部用暗部『更識家』の現当主にしてIS学園生徒会長、更識 楯無が向かってきたところで、あの二人なら逃げ切ることが出来る。

そう考えると、この二人を倒したのは今回のターゲットである『織斑 一夏』しかいない。

ネルガル所属のISを使える男。非公式なだけにまだまだ使える者がでるかもしれない。現にスコールの前にいる者達は全員ISを使える。

だが、その強さは尋常ではない。代表候補生を一蹴する強さがあるのは知っていた。だが、それでもあの二人ならどうにか出来ると踏んだからこそ、向かわせたのだ。

それが、こうも簡単に潰されるとは思わなかった。

その事を目の前にいる男達のリーダー……『北辰』に言ったところ、北辰は肩を震わせて笑った。

 

「笑わせてくれるな、スコール。アレはそんな甘いものではない。地獄の業火で鍛えられた復讐の刃、全てに復讐する人ならざる者。人を超えた者に人の域から出ぬ者が勝てる道理などない」

 

とスコールは北辰に言われた。

それは侮蔑の意味も含まれており、そのことがスコールの癪に障る。Mは少し違うが、オータムは信頼している以上、その彼女達を侮辱されるのは我慢ならなかった。

だからこそ、彼女はこうして北辰達の所に来てあることを『頼み』に来たのだ。

 

「して、我等に何の用だ」

 

用件を聞いてきた北辰にスコールは感情的になりそうなのを我慢して用件を言う。

 

「今度の作戦、それに参加させて欲しいのよ」

「ほう…」

 

今度の作戦。

それは亡国機業のクリムゾングループが主導で考えているIS学園への奇襲作戦である。

裏から活動する亡国機業が何故表だってまでこんな作戦を取るのか? それは戦力拡大のためである。下手をすれば他の国なんかよりもISの保有数が多いIS学園は、言わば宝の山だ。

今までは此方にそれを手に入れる程の力が無かったため出来なかったが、此度はISを使える絶大な強さを持つ男達や、未だに実験中だが結構な性能を持った試作無人機がある。

戦力も充実してきたところで、やっとIS学園に攻め込めると上が決定したのだ。

と言っても、この作戦は亡国機業ではそう考えられているが、クリムゾングループでは只の実験にしか思われていない。無人ISの研究、そのデータを取るための襲撃作戦。

思惑が違うが、それを察せられないようにするのはクリムゾングループの十八番である。

その作戦に参加したいと言ってきたスコールに、北辰は愉快そうに聞き返す。

 

「何故、そのようなことを?」

「私としても、ターゲットのことはどうにかしたいのよ。オータムとMをやったのはきっとターゲットよ。なら、部下の失敗を拭うのは上司の責任よ」

 

それがオータムをやられた復讐だと察した北辰は笑いを噛み殺す。

 

「成る程………別に良い。此方としても、戦力が多い方が良いからな」

「そう言ってもらえると有り難いわ」

 

そうスコールは言うと、もう話すことはないと判断して部屋から出て行った。

スコールはそのまま廊下を急ぎ足で歩いていく。その顔はある決意を固めた表情をしていた。

 

(奴等は『人を超えた者』と言っていたけれど、私だって人とは言い切れない。だから、私ならターゲットを殺せる! オータムとMのためにも、死んで貰うわよ。織斑 一夏!!)

 

その後ろ姿を見て北辰は愉快そうに笑う。

 

「まったくの思い違いをしている。いやはや、何を勘違いしているのやら……『人を超えている者』とは、肉体ということではない。それに気付かぬ自体で、貴様は絶対に勝てぬよ」

「隊長、良いのですか?」

 

そう聞いてきた部下に北辰は狂喜の笑みを浮かべて答えた。

 

「これは『彼奴』の仕上げよ。これにあの女が加わった程度で殺られるようでは、それまでということ。まぁ、今の彼奴ならまずそんな事は無いだろうがなぁ」

 

その笑みは見る者を心底震え上がらせる凶悪な物であった。

その笑い声は、暗い室内に響き渡るように木霊した。

 

 

 

 Mこと織斑 マドカから受けた情報を解析している間、一夏は変わらずの生活をしていた。

いつもと変わらない情報収集を行い過ごす日々。一夏に出来ることはただ情報が来るのを待つことしかない。だが、その心に焦りはなかった。

捕らえた二人からの情報で大体浮き彫りになっていく亡国機業の姿。そしてその先にあるクリムゾングループ……北辰の姿が見えてきたのだ。ならば、後は煮詰め追い詰めるのみ。

そう思うと一夏の口の端がニヤリとつり上がる。

その笑みは狂喜。もしこれをクラスで浮かべたら、その瞬間には皆恐怖に震え上がるだろう。

今は誰もいない屋上だったので、その笑みを見る者はいない。

それはある種幸いであった。

そんな一夏がいる屋上に、突如来客が現れた。

 

「あ、あの……織斑君……」

 

扉を開けて一夏の元に来たのは、更識 簪であった。

その顔は恥じらいで真っ赤になっている。

 

「…………………」

 

一夏は無言で簪を見る。

それはそのまま用件を言えということであり、簪はそれを察して話そうとする。だが、やはり恥ずかしいのか顔をさらに真っ赤にして言いづらそうにしていた。

一夏は簪が話すまでじっと待ち続ける。そのことが申し訳無く思うが、同時に嬉しく感じてしまう。

簪はそのことに内心で喜びながら一夏に話しかける。

 

「あ、あのね……今度のタッグマッチなんだけど……知ってる?」

 

簪は上目使いに近い感じに一夏を下から見つつ聞く。

その瞳には不安と期待が揺れ動いていた。

 

「………知っている………」

 

参加する気はないが、学園行事なので把握はしている。

一夏としては当然出る気はないのだが、どうせアカツキに参加するよう命じられるのがオチだろうと予測が出来ていた。

故に不本意ながらに参加するしかないのだ。

一夏が知っていることを分かって簪の顔には笑顔が浮かんだ。

その喜びようは簪を初めて見る人が見てもわかるくらいである。

 

「そ、それでね……組む人って…もう決まってるかな……」

 

恥じらいながらもそう聞く簪。

しかし、その質問は愚問としか言いようがない。このIS学園で一夏に話しかけられる生徒など、簪とシャルロット・デュノアくらいだろう。その上でシャルロットは一夏の意を酌んでか出来る限り関わらないようにしている。彼女自身、別に一夏をそこまでは恐れてはいないが、やはりその修羅の如き強さの前には恐怖を感じてしまっているのだった。

そんな一夏にタッグを組もうという相手など、この学園には一人もいないだろう。

 

「………決まっていない………」

「そ、そうなんだ! だ、だったら……私と組んでもらえないかな……」

 

簪はそんなことに気付かずに一夏に期待を込めた目で見つめる。

一夏はそんな簪を見つつ、いつもと変わらないように何の感情も窺えない声で答えた。

 

「………分かった……組む……」

「あっ! ありがとう!!」

 

一夏の答えを聞いて簪の顔が歓喜に染まる。

若干感動で目は潤んでいたが、一夏は気にしない。

 

(やった~~~~~! お、織斑君とまたタッグを組んでもらえて良かった~! こ、これって、嫌じゃないってことだよね? ………キャーーーーーーーーーーーー!)

 

一人ではしゃいで少し喜んだ後、それを一夏がじっと見ていることに気づき簪は恥ずかしさで顔を一気に真っ赤に染める。

 

「あ、あの……その……」

 

恥ずかしがりながらも気まずそうにしている簪に一夏は無言で応じることにした。

一夏から見て、この少女は感情を表に出しやすい。それが最近、若干ながらに羨ましく感じる。

 

「っ……そ、それじゃぁ…私は訓練、あるから!」

 

一夏に見つめられ、簪は恥ずかしさに絶えられなくなりポストのように真っ赤にした顔を押さえつつ逃げるように慌てて屋上を去って行った。

そんな簪の背中を見つめていると、急遽一夏に通信が入った。

その通信に一夏は即座に応じる。

 

『やっほ~、どうやらまた青春してるようだね。けっこうけっこう』

 

出てきたホロウィンドウにはニヤついた笑顔を浮かべるアカツキが映っていた。

一夏は即座に通信を切ろうとする。

 

『あぁ、待って待って、切らないで! まったく、もうちょっと付き合ってくれても良いんじゃないかな~』

「………付き合うだけ時間の無駄だ……」

『おやおや、これは手厳しいね』

 

巫山戯るアカツキをばっさりと斬り捨てる一夏。

これも最近では毎回になりつつある。一夏は内心で呆れ返りながら本題を話すよう言う。

 

「……本題は……」

『はいはい。まぁ、いつものことだよね、これも。それでせっかちな君のためにも、さっそく情報を教えようか』

 

それまでへらへらと笑っていたアカツキはここで顔を不敵な笑顔に変える。ホロウィンドウ越しだというのに、その身に纏う空気が変わったのが感じられた。

 

『実は近いうちに亡国機業がまたIS学園に攻め込むってさ。それも今までの手を出した程度の問題じゃない、本格的な襲撃だよ。戦力は詳しくまでは分からないけど、ツキオミ達に調べさせて見たところ、無人機がいくつかって所だね。あの『ダイテツジン』とかが一遍に来られたら流石にこの学園でもきついかもしれないね。それで襲撃の時なんだけど、たぶんさっきメガネの娘が言っていたタッグマッチの日だ。ここまで分かってるんだから、今回は寧ろ向こうの出鼻を挫こうと思ってるんだよ。だからね………向こうがIS学園に来る前に此方から仕掛けようと思うんだ。どう思うかい?」

「………問題無い……」

 

アカツキから聞かされた情報を受け、一夏は無表情で頷く。

聞いた情報に北辰がいなかったのは残念だが、同時に北辰の意図を理解した。

つまり……

 

『この程度で死ぬならその程度、失望させるなよ、復讐人』

 

ということ。

その意図を理解した一夏は口元をつり上げる。

 

『さっきの娘との約束のために、早々に終わらせよう』

「………了解……」

 

そう言い、アカツキは通信を切った。

最後の辺りのからかいに若干苛立ちつつ、一夏は屋上から移動する。

 

(舐めた真似をしてくれる。だが、それに乗ってやろう。その上で……貴様の玩具は壊させてもらうぞ、北辰っ!!!!)

 

そう空に向かって憎悪を込めながら、一夏は『笑う』のであった。

 

 

 

 

 



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第五十話 招かれざる者

今回はあまり上手く書ける気がしないですね~。


簪とタッグマッチの約束をして数日が経ち、タッグマッチ当日となった。

一夏はそれまでの時間を情報収集と簪との訓練に当てて過ごしてきた。と言っても、訓練自体は昔にタッグを組んだ時と同じで、一夏は簪に助言するだけで一緒に連携したりするような訓練は一切していない。

今のブラックサレナの性能は最早既存のISを……それこそ篠ノ之 束の作った第四世代をも超えている。と言っても、それはそもそも普通の人間が乗るよう考えられていないからなのだが。

最早ISと言ってもいいのか分からない化け物に連携しろと言うのは無茶でしかない。自身一機のみで全てをこなせるのだから、連携する必要が全くないのだ。

だからこそ、一夏が簪とタッグを組んで出来ることは戦術と簪の技量を上げるための助言しかないのだった。

そんな一夏に、簪はそれでも一緒にいられることを心底喜ぶ。

簪にとって、何であれ一夏と一緒にいられるのは嬉しいのだ。思い人と一緒にいられるだけで少女の心は満たされ昂揚していた。

 そしてタッグマッチ当日になり、今は二人で選手控え室にいた。

 

「だ、大丈夫かな……織斑君………」

 

簪は開会式を待ちながら、これから行うであろう試合に緊張している。

不安に駆られ、そわそわとしながら一夏の方を見る姿は一種の保護欲を掻き立てるだろう。

そんな簪に一夏は何か言葉をかける訳でも無く、平然と壁に背を預けている。

緊張したところでどうしようもないし、結局のところは本人次第ということもある。そのため一夏が簪にかける言葉はない。それに現在はそこまでの余裕はない。

一夏は現在、ひたすらに待っていた。

アカツキからの通信を………亡国機業の襲撃を。

今回の亡国機業のIS学園襲撃の情報を得て、逆に此方から仕掛け出鼻を挫く。

それが今回の趣旨である。今までイニシアチブを取られていたこともあり、そろそろ此方が主導権を握るべきだとアカツキは言い、それには一夏も大いに賛成であった。

故にその時を一夏はひたすらに待ち続けていた。

 

 そして遂に………その時が来た。

 

突如一夏にプライベートチャネルでの通信が入る。

出た途端に目の前に不敵な笑みを浮かべるアカツキが映し出された。

 

『やぁ一夏君、お待たせ。やっとデートの相手が来たみたいだ。後数分でIS学園のレーダーに引っかかるんじゃないかな。だ・け・ど、その前に片づけてしまおうか。今から進行方向の座標データを送るから奴等の前に『跳んで』ね』

「…………奴は…………」

『ん~、そこは残念なことにいないんだよね~。敵戦力は前に戦った『ダイテツジン』一機に同じシリーズらしい『デンジン』二機、それと『ダイマジン』が二機の計五機の無人機。何度見ても巫山戯てるとしか思えないデザインだよねぇ。まぁ、男ゴコロを刺激するけどね。それと見たこともないISが一機……この豊満な胸からして相当な美人だと思う。たぶん、彼女達の上司が仇討ちに来たって所かな』

 

一夏は内心で少し落胆しつつ確認した戦力について考える。

そして自分が随分と舐められたものだと察した。

別にそこまでの怒りはない。だが………そんな『無人機五機』程度で試されるというのは心外だ。

だからこそ、すぐにこの茶番を終わらせようと考えた。

 

『あ、そうそう。今回なんだけど………『捕らえなくていい』からね』

「………了解………」

 

そして通信が切れると、一夏は体を壁から離す。

そして外に出ようと扉の方へと歩き出した。

 

「お、織斑君、どうしたの? まだ開会式まで時間はあるよ」

 

いきなり動きだした一夏に簪が不安そうに声をかけた。

今、まさに不安の絶頂である簪にとってこの部屋に一人取り残されるのは怖くて仕方ない。

だからこそ、少しでも一夏を引き留めようとしてしまう。これでもし一夏が単にトイレに行くだけだと言ったりしたら、簪は恥ずかしさのあまり気絶してしまうだろう。

まぁ、一夏がそんなことを言うわけ無いのだが。

 

「………少し出る………」

 

一夏は簪にそう言うと、静かに部屋を出た。

そして人気が無いところに向かうと、その場でテールバインダーだけを部分展開し、扉に付いている端子からハッキングを仕掛ける。

 

「……やれ……『オモイカネ』……」

 

一夏がブラックサレナに搭載されているサポートAI『オモイカネ』にこの場の監視カメラをハッキングさせてニセの映像へと書き換えていく。ブラックサレナのことは見られても良いが、さすがに『CC』のことを見られるわけにはいかない。それ故の処置である。

ハッキングが終わったことを確認すると、一夏はブラックサレナを展開した。

そして自分の懐にしまってあるCCに意識を向けながら言われた座標へと意識を集中させる。

そして……

 

『ジャンプ』

 

その言葉と共に、一夏は青白い光となってその場から消えた。

 

 

 

「もうそろそろIS学園ね」

 

スコールは自分のIS『ゴールデン・ドーン』を纏い、IS学園へ向かって先行して飛んでいた。

此度の襲撃作戦には一夏への敵討ちという側面があるのだ。それは無人機なんかには任せてはならない。だからこそ、スコールは先行してIS学園を目指す。

 

敵である一夏を討つために。

 

そして後もう少しでIS学園と言うところで、スコールの眼前に突如青白い光が発生した。

 

「な、何っ!?」

 

その事にスコールは驚く。

何せ先程までハイパーセンサーには何の反応も出ていなかったのだ。それなのに目の前に現れた光。その理解出来ない現象にスコールは恐怖を抱く。

そして光が集まっていくと、それは一際輝いたのちに消えた。

その光が消えたところには、黒い悪魔が顕現していた。

 

「貴方はっ!?」

 

スコールはその悪魔………ボソンアウトしてきたブラックサレナを睨み付ける。

いきなり目の前に現れた敵に混乱しそうになったが、気を取り直してブラックサレナへと両腕の武装『ソリッド・フレア』を連射する。

 

「オータムとMの敵っ!!」

 

発射された火球がブラックサレナへと襲い掛かる。

だが、それがブラックサレナへと当たることは無かった。

ブラックサレナに向かってる際中に、突如火球が全て逸れたのだ。

そのことに驚きつつスコールはブラックサレナをよく見ると、薄い黒色をしたエネルギーフィールドを張っていた。

 

「それが例の……」

 

それはネルガルとクリムゾングループがだけが持つ技術……『ディストーションフィールド』である。

それを一応知っていたスコールは改めてその性能に舌を巻く。

ソリッド・フレアの火力はアサルトライフルよりも上であり、それをやすやすと逸らせるあたりその防御力は凄まじい。

一夏はディストーションフィールドを展開し終えると……笑った。

相手には表情は見えない。だが、確かに一夏が笑っていることをスコールは理解した。

その笑いは嗤い。哂う姿はまさに悪魔そのものであった。

ブラックサレナはそのまま顔を目の前に上げる。

 

「…………行くぞ………」

 

何の感情も込められていない声で一夏はそう呟くと共に、次の瞬間……

 

スコールの前からブラックサレナが消えた。

 

「え………」

 

スコールはそれまで一夏から目を離していない。なのに、突如目の前から消えた。

その事に思考が追いつかないスコールの耳に届いたのは、大砲の着弾音のような轟音であった。

その音に驚きながら後ろを振り向くと、五機ある無人機の内の一機の『デンジン』が吹っ飛ばされていた。更に追い立てるように黒い影が凄まじい速度でデンジンを追いかけ、そのまま体当たりをデンジンに仕掛ける。

それを受けたデンジンはさらに別方向に吹っ飛ばされ、その巨躯を崩壊させていく。

そしてとどめとばかりに黒い影は目にも止まらない速さでデンジンに突っ込むと、右腕をデンジンの胸部へと突き刺し何かを引っこ抜いた。

そしてやっと黒い影が止まる。

それは……

 

ブラックサレナだった。

 

それまでの間の時間は本当にごく僅かしか経っていない。

スコールの目の前から消えてほんの少ししか、それこそスコールが音を聞いて振り向いてからは十秒も経っていない。

その動きを見てやっとスコールは理解する。

消えたのではなく、あまりの速さに消えたように見えただけだと。

無人機でさえ、その速度にはまったく追いついていない。

ブラックサレナはそのままデンジンから抜き取った………

 

擬似コアを握り砕いた。

 

それが生物の死の如く、コアを抜き取られたデンジンはその身を崩壊させながら海へと落下していく。

 

「…………一機目………」

 

ブラックサレナからそんな呟きが漏れたが、それを聞ける者はこの場には誰もいなかった。

 

 

 

 

 



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第五十一話 無粋な者には退場を

今回は殆どブラックサレナ無双ですよ。


 IS学園のアリーナで、簪は緊張した面立ちで開会式に参加していた。

一夏はすぐに帰ってくると言ったが、結局開会式には間に合わず簪は一人で開会式に出ることになったのだ。そのことに不安を感じオドオドとしそうになってしまうが、簪にとっての目標……生徒会長である更識 楯無にそんな姿を見せるわけにはいかないと自分なりに気丈に振る舞う。

しかし、やはり内心は怖くて不安で仕方ないのであった。

 

(お、織斑君……どこに行ったの………)

 

簪が不安に怯えながら待っていると、楯無の司会の元に対戦発表が行われた。

簪達の試合は後半であり、まだ時間が空いていることを見て簪は若干不安が和らいでいくことを感じた。

 

(よ、よかった……まだ試合まで時間がある。それまでに………帰ってきて、織斑君……)

 

そう願ってやまない簪。

そのまま開会式も終わり控え室へ戻ろうとした矢先、突如アリーナに緊急警報が鳴り響いた。

そのことに困惑する生徒達。何事かと騒ぎ始めるが、それを楯無と教員が静め急遽タッグマッチトーナメントの中止を宣言して一般生徒を避難させる。

そしてタッグマッチに参加する専用機持ちはその場で集められ、入って来た情報を千冬自らが説明し始めた。

 

「いきなりですまんとは思うが、皆に集まって貰ったということがどういうことか……お前等ならば言わずとも分かるだろう」

 

そう答える千冬に集められた専用機持ち達は皆無言で頷く。

専用機持ちが呼び出される緊急時など、『有事』しか有り得ない。

そのことに簪は不安を感じながらも気を引き締める。

 

「よろしい。ではまず情報だが……IS学園のレーダーの届く範囲外ギリギリのところで突如爆発が連続で起こっている。これは明らかに戦闘行為をしているということだろう。いくらIS学園のレーダーに引っかからない範囲とは言え、これを見過ごす訳にはいかん。お前達は即座に対応出来る様この場で待機。レーダーの範囲に入り次第、この『アンノーン』を無力化せよ」

 

千冬が落ち着いた様子で状況を説明し、何か質問がないかを皆に聞いていく。

すると楯無が早速手を上げた。

 

「織斑先生、その『アンノーン』の情報については何かありますか。それに先程、先生は『戦闘が行われている』と言っていました。つまり誰かと戦っていると言うことですよね。その戦っている相手に関しては」

「ああ、それについてはこの情報を掴んですぐに無人偵察機を飛ばしたので、そろそろ着くはずだ。モニターに映像を映そう」

 

楯無の質問に千冬はそう答えると、ホロウィンドウを操作して飛ばした無人偵察機からの映像を映し出す。

出現したホロウィンドウから映し出された映像は、やけにカラフルな全身装甲のIS四機と、見たこともない黄金色のISを纏った女性が一点に集中して砲撃を行っている所であった。

その映像を見て、顔を顰める楯無。それとセシリアと鈴。

楯無が顰めた理由はその黄金のISを見たせいであり、セシリアと鈴が顰めた理由はそのカラフルな全身装甲のISの一機に見覚えがあったからだ。

 

「あの、織斑先生、これはっ!」

 

セシリアが若干の恐怖を感じながら手を上げずに発言する。

それを見て千冬は咎めずに答えた。

 

「ああ、お前が言いたいことは分かっている。あの一機は一学期に学園を襲撃してきた機体と同じものだろう。つまりこれを仕掛けてきたのは前と同じ組織ということだ」

 

千冬は冷静に答えるが、内心はそれどころでは無かった。

嫌な予感がする。

このカラフルな全身装甲のIS……調べた結果無人機だと判明したISが来たということは、つまり一夏に何かしら関係があるということ。そしてその予感を裏付けるように、この場でざっと探してみるが一夏の姿がない。

その予感が確信に変わったのは、映像の爆炎が収まった瞬間であった。

ホロウィンドウの画面を覆いつくさんばかりの爆炎が晴れていくに連れて、その集中砲火を受けていた存在が顕わになっていく。

そこには………黒き悪魔が佇んでいた。

先程の爆炎をものともしないかのように、平然とその場で浮かんでいる。

そしてその悪魔は、この場にいる人間なら大体知っている者だった。

その姿を見て頭を押さえる千冬。

そしてその姿を見て驚愕する箒達と簪。

 

「なっ、何で……織斑君が………」

 

驚きのあまりそんな声を洩らしてしまう簪の脳裏には、少し前に一夏が控え室から出て行くところが思い出されていた。

一夏は無表情だったが、まるで少し出歩いてくると言わんばかりな感じで出て行ったのだ。それがまさかこんな事になっているなんて、簪には想像も付かなかった。

簪は映っている一夏を見て、ただひたすら心配するしか出来なかった。

 

 

 

 一夏はまず最初に一番近い距離にいた無人機のデンジンを一機始末した。

その事にスコールが気付いた瞬間、他の無人機達も反応してブラックサレナにミサイルやレーザーを発射していく。

ブラックサレナはその怒濤の集中砲火をディストーションフィールドで防ぎながら、次の標的へとそのまま突進を仕掛けていく。

この無人機の中でデンジンは防御力が一番高いが、その分機動性が低い。

そのことを見抜き、一夏はもう一機のデンジンへと仕掛ける。

そのまま先程と同じトップスピードを持っての体当たりを叩き込み、その戦列から弾き飛ばす。

砲弾の如き突進を受けたデンジンは衝撃に装甲を砕かれながら吹っ飛び、それを更に追撃しようとブラックサレナが豪速をもって追いかける。

他の無人機がそれを察してレーザーとミサイルの雨をブラックサレナに向かって降らせるが、それを物ともせずにブラックサレナは進み続ける。

寧ろミサイルに関しては殆ど追いついていない。

吹っ飛ばされたデンジンもブラックサレナを迎え討とうと両腕を飛ばしてきたが、ブラックサレナはその速度を一切殺さずに身体を回転させテールバインダーを両腕に叩き付けた。

その神速の鞭は両腕を切り裂き弾いて破壊した。

ブラックサレナはそのままさらに加速し、デンジンに激突する。

慣性がまったく違う方向だというのに、ブラックサレナの体当たりを喰らったデンジンは直角に違う方向へと吹っ飛ばされた。

装甲の破片を宙に舞わせながら火花を散らすデンジン。

ブラックサレナはそのまま更に近づき、大型レールカノンを展開するとコアの部分に銃口を叩き付けながら発砲。

コアを貫かれたデンジンは崩壊しながら海へと落下し爆発した。

 

「なっ………」

 

その事に言葉を失うスコール。

さっきからずっと撃ち続けているが、まったくダメージを負ったような素振りがない。

数の有利を圧倒的な力でねじ伏せていくその姿は、悪魔以外の何者でもない。

その暴力に本能が恐怖するのをスコールは感じ取った。

だからといって退くなんてことは出来ない。もう逃げるなんて選択肢もない。だからこそ……

 

「墜ちなさい、織斑 一夏っ!!」

 

そう叫びながらスコールはさらに苛烈にソリッドフレアをブラックサレナに撃っていくしかなかった。

 ブラックサレナはデンジンに大型レールカノンを撃ち込んだ後、今度はダイマジンへと突進する。

それに反応したダイマジン二機は両腕に搭載されている小型重力波砲をブラックサレナへと発射する。

小型と言えど重力波砲。その威力はISの火力を余裕で上回る威力を有している。その砲火をブラックサレナはアクロバティックな機動で回避し、更に速度を上げていく。

近くにいたダイマジンはその突進を迎え討とうと小型重力波砲の放射を切り上げ、ディストーションフィールドを展開しブラックサレナへと突進した。

ディストーションフィールドが激突し合い、激突音が空に轟く。

双方ともお互いを弾き飛ばそうとスラスターの出力を上げていく。

ダイマジンの機体がきしんでいく中、一夏は無表情に告げる。

 

「………………この程度か…………」

 

そう呟くと共に、ブラックサレナは肩部や腰部などの各部姿勢制御用ノズルも推力に回してさらに推力を上げると、最大出力でそのままダイマジンを押し込んだ。

その出力の凄まじさから根負けして押し出されたダイマジンはもう一機のダイマジンに激突。

ブラックサレナはそのままその二機を一緒に押し込んだまま海面へと叩き付けると、大型レールカノンを収納してイミディエットナイフを二本展開すると逆手に持って二機のコアに突き刺した。

爆散する二機に向かって残った一機……ダイテツジンが胸部の重力波砲(グラビティブラスト)を発射した。

激流のようなエネルギー波がブラックサレナに襲い掛かり、海水を吹っ飛ばす。

ブラックサレナはそれを察して自らを弾くような機動で回避すると、ダイマジンに向かって突進を仕掛けようとした。

しかし、それまでの戦闘を見ていたダイテツジンはブラックサレナを近づけまいと頭部の速射レーザー、胸部の大型レーザー、両腕の大型ミサイルを使って弾幕を張る。

レーザーとミサイルの嵐がブラックサレナへと襲い掛かっていく。

それをブラックサレナは回避していくが、その凄まじい砲撃に距離を詰めることが出来ない。

そのままダイテツジンは胸部にエネルギーを平行して溜め始め、もう一回グラビティブラストを撃とうとする。

それを察した一夏は、フィールドランスを展開。

ディストーションフィールドを纏わせると、その速度を載せてダイテツジンへと槍投げのように投げつけた。

それと同時にダイテツジンがグラビティブラストを発射した。

その激流にフィールドランスが矢のように向かって行き、まるで切り裂いていくかの如く進む。

そしてそのままダイテツジンの胸に突き刺さり、コアを貫き破壊した。

その威力はそれに留まらず、ダイテツジンの身体その物を崩壊させていく。

そのまま粉砕されたダイテツジンはその残骸を海へと落下させ、爆発した。

 これで全ての無人機を破壊した一夏は、最後に残っているスコールに向かってゆっくりと振り向く。

 

「………後は…お前だけだ………」

 

スコールはこの言葉を聞いて、自分が絶望していることに初めて気がついた。



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第五十二話 大雨の止んだ日

今回はあまり上手く書けてるか難しいです。
何せスコールさん、あまり戦闘したところがないですから。


 一夏は全ての無人機を破壊し、残る一人であるスコールに向き合う。

何故無人機を先に片づけたのか? それは一夏もまた北辰の意図に気付いたからだ。

この襲撃において、何故スコールがいるのか? 無人機を統率していない様子から見て、本来この襲撃に参加するというわけではないことが窺える。

つまり……急遽加わったということ。

何より、北辰なら無人機だけ寄越して様子を見るという考え方をするだろう。憎むが故に、一夏は北辰の考え方をある程度分かるようになっていた。

なら、北辰の意図は無人機五機プラスα如きで負けるなら戦うに値しないと言っているということ。

あくまでも無人機が本題である以上、プラスαのスコールは後回しにしたということである。

実際に一夏の中の戦力図において、この襲撃の脅威は無人機の方が上だった。

技量ではなく、単純な火力の差という意味で。

 ブラックサレナを改めて見たスコールは自分の顔色が真っ青になっていることに気づけないでいた。

それどころか、彼女のIS『ゴールデン・ドーン』は操縦者の精神状態の低下や心拍の不規則な上昇などの異常をけたたましく表示するが、それでもスコールが気づくことはなかった。

 

彼女はただ、魅入ってしまっていた……………ブラックサレナという……死そのものに。

 

人間、死に直面すると大抵はわめき散らすものだが、稀に静かに納得してしまう者もいる。

それは妙に精神が落ち着き、理由もないのに絶対の納得出来る力がある。

スコールは落ち着いてその姿に魅入ってしまった。

自分を殺す死の形を。

それに自分で気づき、気を取り直す。

確かに自分の死を納得してしまったが、それと敵討ちは別問題。

相打ちだろうが何だろうがそれでも敵を取るんだ!と自らを震え立たせ、負けじとにらみ返す。

 

「随分とした強さね。流石、あの男が執着するだけのことはあるわね」

 

余裕を装いながら不敵に笑いかけるが、一夏は何も答えない。

ただし、返事の代わりにハンドカノンを展開してスコールへと向ける。

それを見て、スコールは挑発的な笑みを浮かべる。

 

「いいわ……さぁ、殺し合いましょうかっ!!」

 

スコールはブラックサレナにそう叫ぶと、互いに弾かれるように動き撃ち合いを始めた。

ゴールデン・ドーンからソリッド・フレアの火球が押し寄せるようにブラックサレナへと殺到するが、ブラックサレナはその巨躯からは考えられないアクロバティックな機動で回避して反撃にハンドカノンの応射を放っていく。

スコールはこの砲撃の精密さと向こうの行動予測の正確さに舌打ちをする。

 

(改めて相対するとその凄さが分かる。一見乱射にしか見えないのに、此方の回避先を予知するかのような射撃。それをあんな普通じゃまず出来ないような機動を行いながらするなんて……Mも大概と思っていたけれど、これはもうまったく次元の違うものね)

 

スコールはそう考えながらも此方も負けてないとソリッド・フレアの応射を繰り返す。

それはしばらく続いていき、接戦になっていく。

ただしこれは双方とも様子見。

スコールは表情こそ余裕を崩していないが、内心では焦れていた。

理由としてはこちらは先程戦闘らしい戦闘をしていないのに対して、向こうは大立ち回りをしたというのにその勢いが全く衰える様子がないからである。

互いに互角だが、その前に向こうは戦闘をした後にこの強さ。

そして此方の精神は摩耗していき、機動や射撃の精度が低下してきていた。

対して向こうは全く低下せず、寧ろ更にその精度は上がってきている。

もはや人間ではない。そんな人外との戦いにスコールは更に焦っていく。

そして遂に、その焦りは表に出始めてきてしまった。

スコールはブラックサレナの砲撃を回避し切れなくなり、被弾してしまう。

 

「くぅ!?」

 

その衝撃に歯を食いしばり、シールドに目を通すとかなりの量が減っていた。

そのことに余計焦り、機動が乱れていく。

それを見透かされてか、さらに砲撃を受けてしまいシールドエネルギーが減っていってしまうという悪循環に陥りそうになる。

それにジレンマを感じながらも、気を持ち直して更に仕掛ける。

 

「たとえ貴方が私よりも強かろうと、私はあの二人の敵を取らないといけないのよ!」

 

悲痛に満ちた叫びを上げながらも、スコールは果敢に攻めていく。

しかし、それをまるで嘲笑うかのようにブラックサレナは防いでいく。

スコールは必死だが、一夏には何も感じることはない。

この差が出るのは、ブラックサレナがディストーションフィールドを持っているからでも、ブラックサレナとエステバリスの装甲を貫かなければシールドが消費されないからでもない。

スコールは今、言わば一夏と同じ『復讐者』となっている。

だが、同じ立場でもその年期………憎悪の量は桁違いに違う。

それがこの差を出した。

同じ復讐者なれど、その憎悪は……復讐心はあまりにも違い過ぎた。

一夏は北辰を倒すために、復讐するために戦う。自らの全てを奪った原因たるあの男を殺すために。

対してスコールは味方の敵を討つという、今はいない味方のために一夏と戦っている。

他人のためというのは尊いものだが、自らのためでないのならそれは只の虚栄だ。

復讐とは、本来自らのためにするものである。その理由を他者に預けてしまった瞬間には腐り只の腑抜けた嘘に成り下がる。復讐とは尊いものにあらず、醜いものである。

その醜さを自覚せずに認めぬ者に負けるようでは、北辰と戦える訳が無い。

故に一夏は理解している。

目の前の人間が脅威にすらならないことを。

それを見透かされているかのように感じ、スコールは吠えた。

 

「あぁあああああああああああああああああああああああああああああああああああ!! 絶対に負けない!!」

 

そのまま接近戦にスコールは移行する。

射撃戦では既にブッラクサレナに分がある。現に此方のソリッド・フレアは殆ど回避され、当たったとしてもディストーションフィールドによって逸らされ本体には当たらない。

射撃で此方がダメージを与えられないのなら、接近戦でたたき込むしかない。

スコールはブラックサレナに向かって突進すると、自分よりも大きな尾をブラックサレナへと振るう。その尾は開閉式の鉤爪を持ち、その鉤爪がブラックサレナを貫こうと突き出される。

それはディストーションフィールドでも防ぎ切れず、ブラックサレナへと激突した。

その衝撃で後ろへと飛ぶブラックサレナ。

 

「………………………」

 

一夏が攻撃を受けた所を見ると、少なからず損傷を受けていた。

別に驚くようなことでもない。ディストーションフィールドだって万能ではないのだ。

先程までの戦闘で流石にフィールドも摩耗していたらしい。

一夏はそのことに驚かない。しかし、この一撃はスコールにとって大きいものとなった。

 

「やった! なら今こそ! はぁああああああああああああああああああああああああ!!」

 

スコールは勝機と判断し、両腕を前に出す。

その腕に装備されたパーツが回転し始めると、自機の周りを覆うように熱線のバリアを張り始めた。

 

「受けなさい、『プロミネンス・コートっ!!』」

 

バリアを纏ったままスコールはブラックサレナへと突進し、体当たりを嚙ました。

その体当たりを受け、さらにブラックサレナは吹っ飛ばされる。

この武装は本来、バリアを張って攻撃を防ぐものである。こうして体当たりをするために使うものではない。だが、その並外れた出力のバリアはそれだけでも触れたISにダメージを与える。

故にスコールにとってコレが最大の攻撃手段であった。

 

「これで終わりよ!!」

 

スコールは止めと言わんばかりにソリッド・フレアの集中砲火をブラックサレナへと放った。

それを全弾受けたブラックサレナはその場で大爆発に飲まれる。

その爆発は凄まじく、通常のISならば確実に機能停止を引き起こすほどであった。

 

「やったわよ……オータム……M……」

 

その爆発を見て、スコールは小さく呟いた。

これで彼女は敵を取れたと、心の底から喜ぶ。敵が取れたからといっていなくなった人間が戻ってくるわけではない。だが、その者達に報いることが出来たと。そうスコールは思った。

そしてそのままその感傷に浸っているところで………

 

胸部に衝撃が走り、その身体が吹っ飛ばされた。

 

「っっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっ!?」

 

その衝撃に心底驚きながら何が起こったのかを確認すると、胸部に砲弾が撃ち込まれたことが報告されていた。その衝撃で一部の装甲が砕ける。

そのことにスコールは驚きながら砲撃が来た方向を見ると、そこは先程まで爆炎が覆っていた空間だった。

その爆炎が晴れていくにつれて顕わになるブラックサレナ。その手には大型レールカノンが握られていた。

その姿は確かにダメージこそ負っているものの、弱っている様子はまったくない。

そのままブラックサレナは更にレールカノンをスコールに向かって発砲し、スコールは急いでそれを回避した。

 

「な、何で貴方がっ!? さっきの爆発でも沈まないというの!!」

 

スコールは驚愕の声を上げるが、一夏はそれを聞いても何も答えない。

酷く言えば、ブラックサレナは基地の自爆にも耐えられる程の耐久性を持っているのだから、高々IS一機の起こした爆発如きで落ちる程柔ではない。

そして多少損傷したブラックサレナの中で一夏は………

 

嗤う。

 

「…………この程度で沈むようでは……彼奴等を殺せない……死ね……」

 

そう小さく、しかし確実に聞こえるように呟く。

それを聞いたスコールは全身が凍り付くかのような恐怖に襲われた。

先程まで昂揚していた精神がまた一気に凍り付く。

そんなスコールに向かってブラックサレナは突進する。

 

「く、くるなぁああああああああぁああああああああああああああああああ!!」

 

恐怖に駆られながらソリッド・フレアを連射するスコール。

それを全身に浴びながらもブラックサレナはまるで勢いを失う事無くさらに加速する。

 

「あぁあああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!」

 

スコールは損傷を受けても気にせずに突進してくるブラックサレナに恐怖し、吠えながら鉤爪の付いた尾を突き出す。

それを察してブラックサレナはテールバインダーを下からすくい上げるように自身を後転させた。

激突する尾と尾。

テールバインダーよりも太く丈夫そうな尾は、この一撃を受けて根元から千切れ飛んだ。

 

「っっっっっっっっっっっ!!」

 

その事で言葉を失いながらもスコールは後退し、牽制でソリッド・フレアをばらまく。

それを受けながらもブラックサレナは突き進むのを止めない。

 

「はぁあああああああああ! 『プロミネンス・コートっ!!』」

 

スコールはプロミネンス・コートを展開すると、最大出力でバリアを張ってブラックサレナへと突進した。

もうこの状況を脱するには、正面から打ち勝つしかないと判断したからだ。

それを見たブラックサレナは全スラスターを解放し、文字通り黒い砲弾と化してスコールと激突した。

結果、空中で違いに火花を散らしながら競り合いに発展した。

 

「くぅうううううううううううううううううううううううううううううう!!」

 

スコールが苦悶の声を上げる中、一夏はニヤリと笑みを深めた。

そして出力をさらに引き上げていく。

それによってスコールは押し出されていき、やがて跳ねられた。

 

「ぐはっ…!?」

 

口の中から鉄の味がするのを感じながらスコールは何とか体勢を取り直す。

そして機体状況を確認すると、プロミネンス・コートがオーバーヒートを起こして崩壊していた。

そのことに舌打ちをしつつブラックサレナを探すが、その姿が何処にも見えない。

探そうと辺りを見ようとした瞬間、砲弾で撃たれたかのような衝撃が真横から襲い掛かった。

 

「がっ………」

 

その衝撃に腕がへし折れる。

あまりの威力に絶対防御が作動しても尚、その攻撃力が貫通してきたのだ。

さらにそれは続き、四方八方から衝撃に襲われゴールデン・ドーンは崩壊していく。

すでにエネルギーは底を尽き、最早只の重しとなる。

そしてスコールの身体は折れ曲がり千切れ、サイボーグとしての機械部分を露出している。

全身から火花を散らし、スコールは満身創痍であった。

ブラックサレナはそれでも攻撃を止めず、ハンドカノンと大型レールカノンで撃ち抜き、テールバインダーで切り砕き、そして………

手足の殆どを失ったスコールの首だけを持って持ち上げる。

 

「………………………………」

 

スコールにはもう声を上げることも出来なくなっていた。

そんなスコールを見て、一夏は静かに言う。

 

「………『誰か』のための復讐など……復讐じゃない………そんな半端な奴に殺されるほど……甘くない…………死ね」

 

そうスコールに言って、展開したフィールドランスで、

 

その首を撥ねた。

 

海へと落下していく首を見届けて、一夏はアカツキに通信を入れる。

 

『お仕事ご苦労さん』

「………後で拾っておけ……」

『ああ、分かってるよ。君もはやく学園に戻りなさい。それじゃね』

 

アカツキとの通信を終えて、一夏はIS学園へと戻っていった。

学園で簪があまりのショックに言葉を失って泣いていることも知らずに………

 

 

 

 

 

 

 



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第五十三話 復讐人の感謝

今回はあまりにここの一夏らしくないかもしれません。


 IS学園に戻ってきた一夏を待っていたのは、忌避と恐怖の籠もった視線であった。

別にIS学園に来てから今までずっと怖がられていることはいつもと変わらない。だが、それらの視線とはもっと本質が違う。

他の生徒からはいつもと同じように怖がられている程度だが、一夏の戦闘を……あの無人機五機を瞬く間に殲滅し、スコールを殺したところを見た専用機持ちからはそれ以上の恐怖を込めた目で見られた。

別にそれを一夏が気にするということはまったくないのだが、周りはそうではすまない。

特に一夏と関わったことがある生徒は、そのショックがあまりにも大きかった。

箒と鈴は幼馴染みという身近だった人間が殺人を犯したということにショックを受け、セシリアは一学期に蹂躙されたことを思い出してしまい、顔を真っ青にして放心状態に。ラウラもセシリアと大差ないようだが、此方は軍人故にそこまで殺人については驚かない。寧ろ一夏ならして当たり前だと思っている。

シャルロットは目の前で行われた惨劇に言葉を失ってしまっていた。

彼女にとって、一夏は恩人である。その恩人が殺人を犯したことに何も言えなくなってしまう。

千冬は一夏の精神の状態を知っているので、もはや言葉はない。

一夏は千冬がどう言おうとも、止まらないことは千冬自身嫌という程に理解させられていたからだ。

真耶はというと………気絶していた。

元々温厚な性格の彼女にこの光景はきつすぎたのだろう。

そんな皆の中、楯無は険しい顔をして一夏を睨み付け、簪は床に跪いてひたすらに泣いていた。

一夏はアリーナに来て人がいないことを確認すると、そのまま着陸してブラックサレナを解除した。

寮の自室へ帰るために控え室を通ればこのような視線に晒されたが、一夏は気にせずに廊下へと出る。

そのまま行こうとした所で、一夏の背後から声がかけられた。

 

「待ちなさい、織斑 一夏君」

 

水のように涼やかでありながら、その実中には激流のような怒りが込められた声に一夏は振り返る。

 

「…………何の用だ………」

 

普通の人が聞いたら卒倒しそうな程怖い声に、一夏は何の感情も浮かべずに応える。

その声を聞いた楯無は笑みを消して一夏を軽く睨み付けた。

 

「君……さっきまで戦ってたことがみんなに見られてたってことは知ってる?」

「……………それが…………」

 

先程の戦いで一夏がIS学園の無人偵察機に気付いていないわけがなかった。

IFSにより本当にブラックサレナと一体化した一夏にとって、此方のレーダーに引っかかるものに気付かないはずがない。その上で気にせずに戦っていたのだから。

そう答えられた楯無は目をカッと見開き、一夏に叫ぶ。

 

「何で殺したの!! 殺す必要なんて無かったじゃない! いくら犯罪者だからって人を殺して良いと思ってるのっ!!」

 

その叫びを聞いて、一夏はいつもと変わらない感情の窺えない声で楯無に答えた。

 

「………俺の復讐を邪魔する者は許さない……誰であってもだ。……それにあの方が……都合がいい……」

「っ!? あなた、正気なの!!」

 

楯無は一夏の返答を聞いて正気を疑った。

先の戦闘で人を殺しておいて、そこに何の感情もない一夏に楯無は心の底から恐怖した。

普通、人を殺せば少なからず精神に何かしら現れるものである。

それが禁忌を犯したという恐怖なのか、もしくは犯した事による狂悦なのかは人それぞれだが。

楯無とて暗部の端くれ。殺したことはないが、そういう人間を見てきたことはある。

だが、一夏はそのどちらにも入らない。

恐怖も喜びも何もない。まるで機械のように、ただ人を殺したのだ。

それはもう人としておかしい領分である。たとえ殺人鬼や人を殺す仕事を生業にしている人間でも、人を殺せば少なからず精神に揺らぎが生じる。

だが、一夏からは揺らぎが感じられない。本当にただ殺したのだ。まるで人が無意識に呼吸するように、人を殺した。

一夏はそのまま帰ろうとするが、楯無は少し冷静になりつつ一夏を睨む。

 

「君がそういう人間だっていうことは知ってるわ。でもね、それでも……簪ちゃん、あなたを見て泣いていたのよ!」

「………それがどうした………」

「っ!? どうしたじゃないわよ!! あなた、簪ちゃんの気持ち、分かる? 簪ちゃんにとってあなたは『止めて、姉さん!!』か、簪ちゃん…」

 

楯無が捲し立てるように言おうとしたところで、いつの間に通路に出ていたのか簪が泣きはらした顔で楯無を止めた。

 

「だって、簪ちゃん!!」

「言わないでっ!!」

 

簪の登場に慌てた楯無はそれでもと言おうとする。

それを簪は頭を振って全力で言わせないようにしていた。

その様子を見た一夏は無言で立ち去ろうとするが、それを許す楯無ではなかった。

 

「ま、待ちなさい、織斑君。まだ話は終わってないわよ!」

 

止めようとする楯無に一夏はいつまでもこれでは帰られないと判断し向き合う。

そして楯無が自分では無く簪のことを思って一夏に話しかけていることを理解し、簪に向かって静かに話す。

 

「……更識………屋上で……待つ………」

 

それだけ言うと、一夏はもう用は無いといわんばかりに二人に背を向けて歩き出した。

 

「あっ、ちょっと!?」

 

楯無はそれに納得いかず一夏を追いかけ、一夏が曲がった角を急いで曲がるが、既に一夏の姿はどこにも無かった。

 

 

 

 秋も中頃であり、辺りはもう夕闇に飲み込まれていた。

そんな暗闇の中、一夏は只一人で屋上に来ていた。

そのまま屋上で一夏は冷たい北風を浴びながら情報収集をして、ある者を待っていた。

そんな一夏の背後で、重たげな扉が開く音がした。

 

「……………………」

 

一夏が振り向くと、そこには俯いた簪がいた。

下を向いているので表情は窺えないが、それでも全身から悲しみを感じている雰囲気を発していた。

簪はそのまま一夏が立っている灯りの所へゆっくりと歩いて行く。

そして一夏の前に出て………感情を爆発させた。

 

「織斑君、どうしてっ!? どうして殺したの!! どうして……」

 

叫びながらも泣き崩れかける簪。

いつもの様子とは180度変わり、その感情のままに一夏の胸に飛び込んで胸を握り拳で叩く。

一夏はそのことに何も言わず、簪のなすままにさせていた。

簪は子供のように泣きじゃくりながらも、何故一夏が人を殺したのかを責める。

その事に一夏は無表情に答えた。

 

「…………必要だったからだ………」

「必要って……何で殺す必要があったの!! 確かにあの所属不明機達はIS学園を攻めに来たのかもしれない。だからって殺す必要なんて……」

 

簪の目は真っ赤に腫れ上がり、声も枯れてきていた。

それでも彼女は一夏に縋り付く。

想い人が何でこんなことをしたのか、それを一夏にちゃんと答えて貰いたいから。

一夏も最初はいつもと変わらないように話を切り上げて去るつもりでいた。

だが、予想外の簪の精神にそれは無理だと判断し始めた。

彼女は今の自分が何を言っても納得してくれないと。

何より、何故か胸が凄く気持ち悪くなった。痛みなど感じないのに、何故かそれに似た何かを感じる。

念の為エステバリスで身体検査をばれないように行うが……異常はない。

故に、一夏は簪に素の自分を晒すことにした。

何故か彼女には知っていて貰いたいと、そう思ったから。

一夏は未だに泣きじゃくりながら縋り付く簪をできる限り優しく身体から離し、簪を見つめる。

簪はいきなり動いた一夏に若干驚きながらも一夏の顔から目が離せなくなっていた。

そのまま一夏は顔に付けたバイザーを外す。

すると途端に目の前が何も見えなくなる。それまで見えていた夜空も、夜の暗い校舎も、目の前にある簪の顔も……

一夏は見えない暗闇を見つめながら、ただ………自分の本心である『ただの一夏』として笑った。

そしてゆっくりと話し始める。

 

「いいかい、更識。確かに殺す必要は更識から見てなかったのかもしれない。でも、俺の方にはあるんだ。アイツは俺と同じ復讐者だった。復讐者がその敵と会い戦うのなら、それは互いに殺し合うことへの同意だ。互いに命をかけて殺し合うんだ。そこでもし、勝ったとしても相手を生かそうと思うのは……それは相手と相手の敵を討つ理由全てを侮辱したことになる。それは許されないんだよ。確かに人の命は大切なのかもしれない。でも、命以上に大切なことも確かにあるんだ。確かに彼女に悪い事をしたと思ってる。この罪は絶対に消えないし、死ぬまでまとわりついてくる。でも、俺は死ぬわけにはいかないんだ」

 

簪は一夏の素顔、その悲しそうな笑顔を見て何も言えない。

 

「俺は絶対に彼奴等を殺さなきゃいけない。それは誰のためでもない、俺だけの物だ。それを成すためだけに、今まで必死に這いつくばって生きてきた。そしてこれからもそれは続くよ。俺が死ぬまで、それはずっと続く。この罪は絶対に償わなければならないってことは分かってる。でも、それでも、俺は俺としての全てを取り戻すために立ち止まるわけにはいかないんだ。俺自身が許さない。もし立ち止まったら、今度こそ『織斑 一夏』は消滅してしまうから。それは絶対に許さない。消えるにしても、彼奴等も一緒だ。じゃなければ、この汚い命に価値はないよ」

「そ、そんなこと……」

 

自分を卑下する言い方に簪は否定しようとするが、それも出来ない。一夏の笑顔がそれをさせないのだ。

 

「それにあの女性を殺さなきゃいけない理由は他にもあるんだ。ネルガルが調べた結果、あの女性は身体の殆どが機械のサイボーグだ。その身体のメンテナンスをしているのが……」

 

ここで一夏の表情が変わった。

バイザーを外したことで分かる、簪が初めて見る憤怒の表情がそこにはあった。

 

「『ヤマサキ』……俺の身体をこんなふうにした張本人。北辰達が実行犯なら、彼奴は計画犯だ。北辰に命じて俺を拉致させ、その狂った精神で人の身体を玩具のように実験した奴を……俺は絶対に許さない。だから……絶対に殺す。そのためには、奴の足が着いたものを探す必要があったんだ。そしてそこで見つかった彼女。彼女の脳にあるメモリーチップが彼奴の居場所を突き止める唯一の手がかりだった。それを取り出すには……殺すしかなかった」

 

それを話し終えた一夏は軽く息を吐くと、笑顔で簪に言う。

 

「更識が俺のことを気にかけてくれることは凄く嬉しかった。更識と一緒にいる時間は他の奴等と居るのと違って、苦しくなかった。前にどうして優しくしてくれるか、って聞いたことがあったな」

「う、うん……」

「確かにあの時答えたように、更識には俺と似た執念を感じたからってのもあるけど、実はもう一つあったんだ。更識はさ、昔の俺を知らない。それでも俺に笑顔で話しかけてきてくれる。それがさ……暖かかったんだよ。たぶん、更識は俺に取って日常だったんだと思う」

 

それを聞いた簪は悲しみとは別の意味で涙が溢れてきた。

それは感激に近いのかもしれない。想い人にそう思ってもらえていたことが簪の心を甘く締め付けた。

 

「だからさ、もうここからはお別れだ。ここから先はもっと殺伐としたことになる。俺と一緒にいたら、もっと後悔することになる。だからさ、更識………」

 

そこで一端、一夏は言葉を切る。

簪はその後の一夏表情を見て、凍り付いてしまった。

それは……今までで一番悲しそうな笑顔だった。

 

「今までありがとう。更識と一緒にいる時間はたぶん、幸せだったよ。だからもう……さようならだ」

 

そう簪に言った所で、一夏はバイザーをかけ直した。

その途端に再生する視覚。

一夏の目の前では、簪が涙を溢れさせていた。

そのまま一夏は簪に背を向け屋上から出ようと歩く。

それに気付いた簪は泣きながら必死に一夏を呼び止め追いかける。

 

「まって! まってよ、織斑君っ!!」

 

だが一夏は止まらない。

その歩はしっかりと前に進む。簪はそれでも追いつこうと駆け出した。

しかし、簪の手が一夏を捕らえることはなかった。

簪の手が届く一瞬、一夏は青白い光を放ち、そして………消えた。

簪は触れることのなかった手を見て、その場でペタンと座ってしまう。

そして……………

 

「うわぁあああぁああああああああああああああああああぁああああああああああああああああああああああぁああああぁっぁぁぁぁぁあああああ!!」

 

悲しみの籠もった悲痛な叫びを上げ泣くが、それを慰めるものは誰もいなかった。

 

 



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第五十四話 少女の決意

今回一夏の出番はないです。


 一夏が簪に別れを告げた翌日。

その日から織斑 一夏が学園に来ることはなくなった。

その日の早朝、職員室にある千冬のデスクに一つの封筒が置かれていた。

千冬はそれの中身を見て、納得してしまう。

 

それは………織斑 一夏の退学届けであった。

 

あれだけのことをしでかして何もないということはない。

ただし、そんな自責の念に駆られてということではないということは千冬で無くとも分かるだろう。そんなことをする人間でないことは、この数ヶ月間で嫌というほどに学んでいる。

つまり……もうこの学園に通う必要がないということ。

それは向こう側の言い分であり、学園としてはいきなりそんなことをされても承服しかねる。

千冬は一夏がもう部屋にいないと予想しながらも、念の為に一夏の部屋へと向かった。

そして千冬の予想通り、部屋には一夏の姿は無かった。

その部屋は元からあった通り、人が暮らしていた気配を一切感じさせなかった………。

 その事を確認した千冬はその場で深い溜息を一回だけ吐いた。

 

 

 

 早朝のHRで一夏が『休学』したことが皆に報告された。

そのことに驚く生徒は多かったが、その殆どが怖い人物がいなくなったことへの安堵であった。

それを見て若干苦悩する千冬。今までの行いからすれば仕方ないとは言え、実の家族がそんな風に思われてしまっていることは、やはり複雑な心境になってしまうというものである。

その話を聞いて箒とシャルロットは少なからずショックを受け、セシリアとラウラは全身の力が抜けるくらい安堵した。隣のクラスの鈴も聞いてショックを受けた。

そして……その日、学校を休んだ簪にもその話はやってきた。

一組にいる簪の幼馴染みにして従者の布仏 本音からもたらされたその情報を聞いて、簪は尚悲しみに暮れてしまう。

現在、簪は学園を休んで何をしているのかというと………

真っ暗な部屋で布団にくるまりながらずっと泣いていた。

一夏が簪の目の前から消えてから、ずっと簪は泣き続けた。

それこそ体中の水分が無くなるんじゃないだろうかと言うくらい泣き、同室の生徒や布仏姉妹、そして目標であり超えるべき壁でもある楯無にも心配された。

特に楯無は簪に近づく一夏を警戒した時以上に怒り、その目は殺る気でらんらんと輝いていた。

それを泣きながらでも簪は押さえ、未だに泣き続けたままであった。

 

(もう……織斑君と会えないのかな……そんなの、嫌だよ………)

 

そう思いながら、簪は涙を流し続ける。

その胸の痛みに喘ぎながら、どうしようもない気持ちに苦しみながら。

 

 

 

 そのまま時間は過ぎ、放課後になった。

簪は未だに泣き続けている。昨日から一切何も食べていないというのに、身体は空腹を訴えることがない。それだけ精神的に参っていた。

既に布団のシーツは涙でぐっしょりと濡れてしまっているが、それを不快に感じることもなかった。

流石に服装はパジャマへと無理矢理着替えさせられたが、それでも泣き続けていたために入浴はしていない。それは年頃の娘としてはどうかと思われるだろうが、簪にはそんな余裕は一切なかったのだ。

身体は汗でべたつき、髪は少しばさつく。肌は荒れており、顔は涙の後が消えずに濡れたままで目は真っ赤に充血していた。

それでも簪は泣き続ける。悲しくて悲しくて仕方ないから。

想い人に感謝され、そしてもう一生会えないと別れを告げられた。

それが悲しくて仕方ない。そして後悔の念が押し寄せて自分を責め立てていく。

何故、もっと早く告白しなかったのか?

彼に感謝されていた自分なら、彼のことを止められたのではないか?

あの最後の時に抱きつければ、こんな風にならなかったのではないか?

後悔がどんどん沸き上がっていき、それが簪の胸を押し潰していく。

苦しくて苦しくて仕方ない。何よりも苦しいのは………

 

もう一夏と会えないということ。

 

それが苦しくてたまらなかった。

簪はその苦しさに押し潰されそうになりながらも、布団の中で身を苦しそうによじる。

そんな悲しみに暮れている簪のいる部屋の扉がノックされた。

そしてそこから少しくぐもった声が聞こえてきた。

 

「簪ちゃん、入るわよ」

 

そして扉が開き入って来たのは、簪の姉である更識 楯無であった。

楯無は部屋にゆっくりと上がると、簪が寝ているベッドへと歩いていく。

 

「簪ちゃん、大丈夫」

 

楯無は心配そうに、それでいてできる限り優しく声をかける。

簪は来たのが姉だと知り、くるまっていた布団から顔だけを少し出した。

 

「……お姉ちゃん………」

 

普段簪は楯無のことを『姉さん』と呼んでいる。

それは姉への劣等感からそう呼んでいるのだが、元は……まだ姉に純粋に憧れ懐き慕っていた頃はこう呼んでいた。

それが今出てしまっている辺り、簪は本当に弱ってしまっていた。

劣等感を抱いているとはいえ、それでも大切な家族。その家族に縋りたいと思ってしまうのは仕方ないことであった。

簪は楯無を見ると、そのまま抱きつき更に泣きだしてしまう。

楯無はそんな簪を優しく抱きとめ、ゆっくりと頭を撫でながらあやす。

 

「簪ちゃん……泣かないで。泣いてたら可愛い顔が台無しよ」

 

明るめにそう言い、簪を少しからかうように言う。

しかし、簪はそれを聞ける状態では無いため、それでも泣き続けたままである。

 

「お姉ちゃん……お姉ちゃん……ひっく…ひっく……ふぇ……」

 

簪は殆ど無意識に胸の苦しみから逃れようと、楯無にぎゅっと抱きつく。

その様子は幼い子供を連想させる。

楯無は慈愛に満ちた表情でただひたすらに簪を優しく抱きしめることしか出来ない。

抱きしめられた簪はもう何度目になるか分からないほど話した懺悔を話し始める。

 

「だって……私は! 織斑君が言ってくれたのに、それなのに私は……彼を救うことが出来なかった。彼を止めることが出来なかった。だって…だって!」

「うん……うん……分かってるよ。簪ちゃんは頑張ってた。それに彼は言ってくれたんでしょ。『更識の御蔭でこの数ヶ月幸せだった』って。救ってないなんて、そんなことない。簪ちゃんは確かに織斑君の心を救っていたわ」

「そんなことない! それに私……伝えてない……もう二度と会えなくなるかもしれないのに、織斑君に伝えられなかった!」

 

簪の悲痛な叫びを聞いて、楯無は内心苦しくて仕方ない。

この悲しみに暮れている大切な妹を少しでもその苦しみから解き放ってあげたい。そのためなら、悪魔に魂を売ってもいいとすら思った。正直、今すぐにでも一夏を見つけてふん縛って簪の所まで連れてってその場で簪を悲しませたことを土下座で謝罪させたいくらいであった。

しかし、実際にそんなことが出来る訳も無く、姉として大切な妹をただ慰めるのみである。

 

「そうだ、簪ちゃん。お腹空いてるんじゃない? お姉ちゃん、リンゴとか色々持ってきたから、何か食べる?それに桃缶もあるわよ。簪ちゃん、確か風邪とかの時に桃缶食べるの好きだったわよね」

 

楯無は明るい声でそう簪に話しかける。

ちなみに更識家は名家であり裕福な家である。

そのため、そこで出される食事は一級品であり庶民が簡単に手を出せるような物ではない。

桃の缶詰といった非常食類などの食べ物などまず口にしない。そのため、その滅多に食べることのない庶民の味をたまたま幼馴染みの本音が持ってきて、食べた簪は感動した。以降、簪は風邪を引いたときなんかにはそういった物を欲しがるようになった。

 

「………今はいらない………お腹空いてない……」

 

楯無の胸に顔を埋めたまま簪は消え入りそうな声でそう答えた。

その様子に胸が痛む楯無。本当は昨日から何も食べていないのだから、無理にでも食べさせたほうが良い。しかし、それをこんな弱っている最愛の妹に無理にさせることは出来ない。

その苦悩に内心で唸っていると、突如部屋の扉からゆっくりと控えめな拍手が聞こえてきた。

そのことに楯無ははっと気づき急いで音の方に顔を向ける。

するとそこには、一人の青年が立っていた。

茶色い長髪をした、何やら怪しげな笑顔をした男である。

 

「いやぁ、麗しき姉妹愛というもの、実に良いものだねぇ。良い物を見せてもらったよ」

「貴方は……アカツキ・ナガレ……」

 

楯無はいきなり現れた男……ネルガルの会長、アカツキ・ナガレを見て警戒する。

世界に名だたる大企業、ネルガル重工の若き会長。

裏では黒い噂が絶えない人物で、楯無は一夏と繋がりがあることで調べていた。

いきなり物音もさせずに部屋に入られれば、誰だって警戒する。それも『対暗部用暗部、更識家当主の更識 楯無』に気配すら気付かせずに部屋に入ってきたのだ。

それは普通では有り得ないことであり、一介の会社員が出来ることではない。

故にその警戒は最大に膨れ上がっている。

楯無は自分が動揺していることを悟られないように、不敵な笑みを浮かべアカツキに話しかけた。

 

「いきなり女の子の部屋に入って来るなんて随分と失礼な人ね」

「おや? 一応ノックはしたんだけど、気付かなかったかな? それは失礼したね」

 

話しかけられたアカツキはニッコリと笑みを浮かべながら答えた。

楯無はその反応を見て内心で舌打ちをした。

アカツキは年若いが、その中身は老獪な老人共と同じだと楯無は感じた。

それは凄く厄介なことであり、出来れば関わりたくないものである。

しかし、今は簪がいる手前もあって無理矢理にアカツキを追い出すことは出来ない。

それ故に強気の態度を崩さないようにしてアカツキに顔を向ける。簪を守るように抱きしめながら。

 

「それで? 大企業の会長様は一体何の用かしら? 覗きだったら今すぐにでも織斑先生を呼んで叩き出したいんだけど」

「おやおや、随分と物騒なことを言うね、君は。確かに君達を見るのはとても興味深いけど、そうすると秘書に怒られちゃうんでね。彼女、怒ると凄く怖いんだ。実は用があるのは、そこで泣いているお嬢さんなんだけど、今大丈夫かな?」

 

アカツキは笑顔のまま簪の事を示し、楯無はそれを見て簪をぐっと抱きしめながら答える。

 

「悪いけど今、この子はそんなことに答えられる状態じゃないの。お帰り願えるかしら」

 

楯無にそう強く言われたアカツキは、そこでニヤリと笑みを深めながら、今簪が一番気にしていることを言った。

 

「『彼』のことでもかい?」

「っ!?」

 

それを聞いて簪の身体がビクッと震えた。

そしてゆっくりとアカツキの方を向く。

 

「………織斑君のこと……ですか?」

 

消え入りそうな声なのに、何故か胸に染みこんでいくように聞こえる。

それを聞いたアカツキはニッコリと簪に笑いかけながら頷いた。

 

「うん、そう。彼のことだよ。知りたくない?」

「お、教えて下さい!!」

 

アカツキの言葉にいつもでは考えられないような程大きな声を出す簪。

その声量には楯無でさえ驚いた。

返事を聞いたアカツキはとても愉快そうに笑う。それはまるでその返事を待っていたと言わんばかりである。

 

「その前に聞きたいことがあるんだけど、いいかな?」

「……何ですか……」

 

真剣に聞き入ろうとする簪に、アカツキは先程まで浮かべていた笑顔から一転して真面目な顔になった。

 

「君は………一夏君のことが好きかな」

「っ!? そ、それは………」

 

いきなりそんなことを聞かれれば年若い少女は皆戸惑ってしまうだろう。

そこで只好きかどうかを聞くだけなら、この後は普通に笑い話になるだろう。

だが、アカツキの瞳は簪を捕らえて放さない。そのことでアカツキが真剣であることが簪には分かった。

だからこそ、簪も真剣に答える。

 

「………す、好き……です………」

 

そう言うと共に、簪は自分の顔が真っ赤になって熱くなっていくのを感じた。

それを聞いたアカツキはまだその表情を崩さず、次に簪の心が凍り付くようなことを聞いてきた。

 

「そうか。なら………彼が復讐のために、今まで何人も、それこそ大勢の人間を殺してきたとしても?」

「っ!?」

 

あの時からもしかしてそうなのかもしれないと思っていた。

しかし、実際に聞くとやはりそのショックはでかい。それが簪の胸に突き刺さり、心を恐怖で浸食していく。

それを見て、アカツキは更に押す。

 

「その復讐だけが生きる目的で、それを成すためなら死んでもいい。寧ろその後なんて何も考えていなくても、それでもかい。少なくても、絶対に一緒にはなれないよ。きっと彼は復讐を果たしたときに死んでしまう。それでも………彼のことが好きかい?」

「………………………」

 

アカツキに言われ、簪は沈黙してしまう。

それを見かねて楯無がアカツキに噛み付く。

 

「何、簪ちゃんをいじめるために来たの? だったら……」

 

そのまま腕を上げると、自らのISを部分展開して武装を展開。ランス(蒼流閃)を出すとその穂先をアカツキに向けて睨み付ける。

 

「今すぐ力尽くでこの部屋から出て行って貰うわよ」

 

ランスを向けられたアカツキは楯無に向かって笑うと、そうじゃないよ、と真面目な顔で答える。

そして簪を見つめる。

簪はというと、ずっと黙ったまま考えていた。

彼がそれでも好きなのかと。

確かにそう真実を言われれば怖い。だが、それでも………。

 

簪は一夏と一緒にいたかった。

 

怖いけど……それ以上に一夏がいなくなることが怖くて仕方なかった。

死んでしまうと言われたことが一番………怖い。

そして一夏のことを想えば想う程に、涙が溢れて会いたい気持ちで一杯になる。

会って、話して、そして手を握ってもらいたい。

一夏のことを想えば胸が苦しくて仕方なくなっていく。しかし、それは不快な物ではない。

人を殺したことは許されないことである。それは償わなければならない。だが、それは生きていなければ出来ないことだ。ならば……一緒に償ないたい……生きて欲しい。

そう簪は考えた時点で、その答えは出た。

 

「わ、私は……それでも……織斑君のことが……好き!! たとえ死んじゃうとしても、その前にこの想いを伝えたい! 織斑君に伝えたい! あなたは一人じゃないって。あなたを想っている人がいるって!!」

 

決死の思いでそう言った後、簪は自分が如何に恥ずかしいことを言ったのかを自覚して真っ赤になった。

その告白を聞いた楯無も真逆妹がここまではっきりというとは思っていなかっただけに内心で驚愕していた。

そしてその簪の告白を聞いたアカツキは思いっきり笑みを深めて笑った。

 

「うん、そういう答えを聞きたかったんだ。そこまで言える君なら連れて行っても良さそうだ」

 

そうアカツキは言うと、簪にニッコリと笑いかけて話し始めた。

 

「近々、亡国機業狩りを各国政府と企業で行おうと思ってるんだ。その作戦で一夏君は復讐する相手と戦う。だからその時、それが終わる頃合いを見て君を一夏君の所へ連れて行って上げるよ。勿論、彼の邪魔はしちゃ駄目だよ」

 

それを聞いた簪は先程まで泣いていた顔から瞳を希望で輝かせてアカツキに向き合った。

 

「ほ、本当ですか!?」

「ああ、勿論。彼が気にかけた人なら、是非とも連れて行きたいと思っていたからね。そのためには覚悟を決めた人じゃないと。ちゃんと安全を考えて動くから、お姉さんも一緒にくるといいよ。他の人も誘っていいしね」

 

そう言い終えると、アカツキは扉を開けて外へと歩き出す。

 

「それが言いたかっただけだから、近々連絡するからね。それじゃ」

 

そう言ってアカツキは部屋を出て行った。

その後ろ姿を簪と楯無は見つめる。

 

「簪ちゃん………」

 

楯無は心配そうに簪を見ると、簪は決意を秘めた瞳でアカツキが出て行った扉を見つめていた。

 

(これで………やっと織斑君に会える!! その時は………)

 

簪はもう、泣くのを止めていた。

 

 



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第五十五話 復讐者の狂宴

今回はグロ注意です。


 織斑 一夏がIS学園を去ってから二週間後、世界は激震した。

何と世界各国の軍とISを所有する企業での大規模な実弾演習を行う事が決定し、即座に実行されたのだ。

この発表を行ったのは世界的大企業である『ネルガル重工』。

此度の大規模演習はこの企業が中心となって行う事になっている。

演習目的は各国の軍の士気、及び企業の創作意欲の向上。または、技術の発表の場の提供などといった側面的な部分もあった。

いくら大企業とは言え、それだけで各国の軍まで動かせるわけがない。

だが、その呼びかけに即座に応じたのはアメリカ軍とイギリス軍であった。

両国の軍ともこの演習にとても感心を抱き、周りの国にも積極的に参加するよう呼びかけてくれたのだ。

それによって他の国の軍や企業もそれに賛同していき、此度の演習が可能となった。

 ただし、これは表の話。

この裏ではまったく別の話が進んでいた。

この演習の本当の目的。それは…………

 

亡国機業の壊滅!

 

それがこの『作戦』の本当の目的である。

この大規模演習は隠れ蓑であり、その面目を持って各国の戦力を動かし亡国機業を根絶やしにする。

それがネルガルが主導で行う本当の目的だ。

そしてアメリカとイギリスの両軍が動いた本当の所は、ネルガルが単純に脅したからである。

現在、ネルガルには二つのISコアがある。

それは一夏が破壊した亡国機業のIS………サイレント・ゼフィルスとアラクネのコアだ。

この二つの機体のコアは、詰めるところ元々はイギリスとアメリカが所有しているものであった。それを亡国機業に奪われた負い目がある両軍としては、それをちらつかされては言うことを聞かないわけにはいかなかった。尚、ネルガルの黒い噂は世界各国の軍や企業にも知れ渡っている。真偽はともかくとしても、その黒さは凄まじく下手に敵に回すのはまずいと判断するに充分なものであった。

 そうしてこの大規模演習は実行に移された。

尚、この作戦に要請を受けていない中に、IS学園も入っていた。

 

 

 

 演習当日、世界の各国の軍が『亡国機業と言う仮想敵を相手にした』演習を開始し始めたのと同時に、ネルガルの地下研究所の一室ではとある作戦会議が行われていた。

その場にいる人数はたったの四人である。

 

「さて……我等ネルガルが起こしたこの殲滅作戦。各国軍や企業が亡国機業の基地や施設に攻撃している間に、我等は目的である『クリムゾングループ』の殲滅を行う。これはネルガルの悲願でもある。だから君達には是非とも頑張って貰いたい」

 

最初こそ堂々とした言い方だったが、後半には殆ど砕けた様子でそう言ったのはネルガルの会長であるアカツキ・ナガレであった。

この亡国機業殲滅作戦はネルガルにとって、クリムゾングループを潰すことが本当の目的なのである。これはネルガルにとって一番重要なことだ。

 

「そう簡単に言ってくれるな、アカツキ。言っておくがお前だって今回はちゃんと働いて貰うからな」

 

その物言いに呆れながら返したのは、このネルガルの暗部である『ネルガルシークレットサービス』の隊長を務めるツキオミ・ゲンイチロウである。

そう言われアカツキは苦笑する。そして今度はツキオミの部下にあたる大きな巌のような男がツキオミに変わって今回の作戦について説明し始めた。

この男の名はゴート。ツキオミの腹心で仕事に実直な男である。

 

「今回の作戦ですが…」

 

ゴートがそう言い手元の装置を作動させる。

すると薄暗い部屋の中央にホロウィンドウが現れ、男の姿が映し出されていた。

 

「この男、クリムゾングループのヤマサキ博士の殺害が目的です」

 

それを見た途端に、この部屋にいた最後の一人。全身黒づくめの男……織斑 一夏がニヤリと口元をつり上げた。真っ黒いバイザー越しに見える瞳には、周りを凍てつかせるかのような殺気が宿っている。

 

「ヤマサキ博士はクリムゾングループのISやその他の兵器を全て手がけている天才です。博士を生かしておけばクリムゾングループが弱体化することはないでしょう。今回の作戦の重要標的の一人として、早急に処分する必要があります」

 

ゴートが説明すると、それを補足するようにアカツキが笑いながら話す。

 

「それに一夏君をこんな身体にした張本人だ。まぁ、彼の御蔭で男でもISが使える方法がある程度分かってきたんだけどね。その点で言えば偉大だけど、だからといってとても尊敬は出来ないなぁ。どう、一夏君。殺れるかい?」

 

愉快そう笑うアカツキに一夏は無表情で応じる。

しかし、その身に纏う殺気は聞かれたことを肯定していた。

 

「うん、結構だ」

 

アカツキは一夏の反応を見て満足そうに頷く。

そのままゴートに話を進めるよう促すと、ゴートから具体的な作戦が発表された。

 

「今回の作戦に向けてヤマサキ博士が籠もっている研究所を特定しました。すでに何処の部屋にいるのかも把握しています。ですので、ターゲットを殺すために戦力を二分します」

 

そう言ってゴートがまた装置を操作すると、ヤマサキが潜伏しているであろう基地の情報と図がホロウィンドウに映し出された。

 

「今作戦では、まずシークレットサービスが数班に分かれ基地の各所から正面突破で突入します。それを陽動として基地内の戦力をあぶり出し、その間にヤマサキ博士がいるであろう場所に織斑を単独でボソンジャンプさせ……そして処分します。その後は織斑は内側から残りの人間を全員殲滅に移行。基地を殲滅します」

「うん、大いに結構。それでいこう」

 

作戦を聞いてアカツキはにこやかに笑う。

 

「よし、それじゃあみんな………盛大にパーティーを始めようか」

 

その声と共に四人は頷き、各自作戦のために部屋を出た。

 

 

 

 その数時間後……クリムゾングループの所有している秘密基地が突如として襲撃された。

出入り口を守っている兵隊が瞬く間に銃弾でもの言わぬ骸へと変えられ、その集団は施設内にいる研究員にも襲い掛かる。

突然の襲撃にパニックになる基地の職員達は皆必死に逃げ出そうとするが、その背後から銃弾を受けて身体をズタズタに裂かれて絶命していく。

遅すぎるくらいになってようやく鳴り響く非常事態宣言の警戒音。

すでに集団は更に奥地へと侵入していき、殺戮の限りを尽くしていく。

そこには嘲笑も何もない。ただ、機械のように淡々と殺していくのみである。

その警戒音を聞いて、基地の奥にある研究室の中にいる男はのんびりと言った。

 

「おやおや、これは危ない。早く逃げないとね」

 

すぐにでも近づいてくる死の可能性。常人ならば恐怖し慌てるというのに、その男……ヤマサキはのんびりとして落ち着き払っていた。

彼はそのまま研究室のデータを手早く纏め始めた。彼自身、研究さえ続けられるのならば場所は何処でもよかった。なのですぐにでも移動出来るよう常に纏められるよう準備はしていたのだ。

そして彼が情報を纏め終え部屋を出ようとした瞬間、彼の目の前に青白い光が現れた。

それは段々と増え集まっていき、人の形を成していく。

そして一瞬目映く発光すると、そこには全身黒づくめの男……一夏が立っていた。

それを見たヤマサキは少しだけ驚きに目を開いたが、すぐにいつもと変わらないのんびりとした感じに戻った。

 

「ボソンジャンプか。なら今来てるのはネルガルの人達だね」

「…………………」

 

一夏を見て笑いながらそう聞くヤマサキに一夏は無言で銃を突き付ける。

そして少しだけバイザーを外し素顔を見せると、またバイザーをかけ直した。

一夏の素顔を見てヤマサキは思い出したように手を叩く。

 

「あぁ、君か! 織斑 一夏君。君の御蔭で研究はとても進んだよ。是非ともお礼を言いたいが、今はそんな場合じゃないね。それに出来れば君のことはもうちょっと研究したいけど、いいかな」

 

ヤマサキは一夏に笑いかけるが、その目は人を見る目ではなかった。

研究対象に向ける情のない好奇心の瞳が一夏に向けられる。

一夏はその視線を受け、表情こそ変えないが声に憎悪の念を込めて返した。

 

「………ふざけるな……貴様の所為でこうなった。貴様の所為で俺は全てを失った。貴様がいたから俺は………」

「そう言われてもねぇ~。研究に犠牲は付きものだよ。君は一々モルモットに情を抱く暇があると思うのかい? 僕は研究者だ。研究対象に一々何か思ったりするくらいなら、その分研究に情熱を注ぐよ。君のように研究したいモノはたくさんあるからね」

「………………」

 

さも当たり前のように答えるヤマサキに一夏は無表情のまま向けた拳銃の引き金を引いた。

暗い室内に発砲音が響き、空薬莢が床に落ち転がる。

しかし、その部屋が血で汚れることはなかった。

 

「…………………」

「あっはっは~、驚いた?」

 

一夏が放った弾丸は確かにヤマサキへと飛んでいた。

しかし、それは途中で『黒い半透明の膜』のようなものによって逸らされ、ヤマサキの背後にある機材に当たり機材を破壊した。

 

「………ディストーションフィールド………」

「正解。何も用意してないわけじゃないんだな~、これが」

 

まるでイタズラが成功したかのように喜ぶヤマサキに一夏は更に銃を発砲するが、悉く逸らされてしまう。

 

「それが無駄だってことはわかるだろうに。これで君は僕を殺すことは出来ない。だから僕はそろそろお暇させてもらうよ。もっとやりたいことが一杯あるからね」

 

ヤマサキは一夏にそう言うとのんびりと部屋を出て行こうとする。

その歩みにあるのは絶対の余裕。事実、ヤマサキが張っているディストーションフィールドを破れる火器を持っている者は誰もこの場にいない。

ヤマサキはそのままディストーションフィールドを張ってさえいれば、いくら銃弾の嵐に飲み込まれても怪我一つなく研究所から出られるだろう。

一夏はそのまま去って行くヤマサキの背中に向けて拳銃を向け、そして小さく何かを呟きながら引き金を引いた。

その瞬間、確かに炸薬の破裂した音が鳴ったが銃弾が砲口から飛び出すことはなかった。

そして………

 

「っっっっっっっっ!?!?」

 

ヤマサキの胸から真っ赤な鮮血が飛び散り、ヤマサキは跪く。

 

「な、……何で………」

 

自身の心臓から血があふれ出ていることを感じながらヤマサキは不思議そうに呟く。

そして正解が分かったらしく、笑いながら一夏へと話しかけた。

 

「そ…そうか……。銃弾を発射させた瞬間に『銃弾をボソンジャンプさせた』んだね。銃弾を僕の内側に………」

 

一夏は答えない。

しかし、その沈黙が正解だと判断してヤマサキは嬉しそうに微笑む。

それを不快に感じ、一夏は感情を噴出させて叫ぶ。

 

「死ねぇえええええええええええええええええええええええええええええええええ!!」

 

そして銃弾に意識を向けて発砲と同時にボソンジャンプさせた。

次の瞬間、ヤマサキの頭蓋は炸裂して部屋に肉片と脳漿をぶちまけた。

力なく床の血だまりに沈むヤマサキだったものを見つめ、少しした後に一夏は部屋から出た。

そして目に付くクリムゾングループの人間を誰彼構わずに殺していった。

 

 

 こうしてその日、クリムゾングループの秘密基地から人は一人もいなくなった。

 

 

 



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第五十六話 復讐人への贈り物

今回は案外束さんがいい人ですよ。


 ネルガルの一室でアカツキ達四人が集まり、今後の作戦についての話し合いを行っていた。

 

「出だしは良好! 実に良い感じだね」

 

アカツキは楽しそうに笑い、上機嫌に喜ぶ。

それを補足するようにゴートが作戦の進捗情報の報告を行っていく。

 

「今回のヤマサキ博士の暗殺の成功により、クリムゾングループの戦力拡大を防ぐことが出来ました。これでしばらくは新しい兵器は開発されないと思われます。また、施設からさらに綿密なクリムゾングループの作戦内容と研究データの入手に成功しました。これで更に向こうの出方が分かります」

 

その説明を聞いてゴート以外の三人が頷く。

此度の襲撃の成功に手応えを感じているからか、アカツキの顔はどこか緩んでいた。

それに釘を刺すように、ツキオミが強く言う。

 

「せっかく得たアドバンテージだ。ここで連中に暇を与える気はない! このまま一気に攻め込むぞ。ゴートはこのままシークレットサービスを率いてクリムゾングループの殲滅を継続。俺はアカツキと別件で少しだけ離れるが、すぐに戻る。そして織斑……」

 

ツキオミはそこで一旦言葉を切ると、一夏を真剣な顔で見る。

 

「クリムゾングループの最大戦力である『北辰衆』、これを叩くのはお前の仕事だ。この作戦において奴等を潰すことが成功の鍵を握る。ウチの組織内で奴等に対抗出来るのはお前と俺くらいしかいない。本来なら戦力を分けるのはどうかと思うが………これは言わなくても分かるだろ。彼奴の相手はお前しかいない」

「…………ああ……」

 

ツキオミの言葉に一夏は静かに応じる。

しかし、その瞳には確かな憎悪の炎を滾らせていた。

その様子を見てツキオミはニヤリと笑う。

 

「良い殺気だ。今のお前には勝てそうにない」

「そうだねぇ。僕は今すぐにでも逃げ出したいくらい怖いもの」

 

アカツキがそれにちゃちゃを入れるが、それもいつものことである。

そしてアカツキが話を纏め始めた。

 

「では………たぶんこれが最後の作戦になると思う。いや、最後にしなければならない。これ以上連中の跋扈を許すほど僕の気は長くないんだ。この奇妙な因縁に決着を付けよう」

 

そう言うと、ツキオミ、ゴート、一夏の三人を見回す。

 

「ゴート、君は先程ツキオミに言われた通りシークレットサービスを率いて殲滅作戦を遂行してくれ。ツキオミは僕と用事があるからここから少し離れるけど、作戦に影響はないから。ツキオミ、悪いけど僕は少し遅れるから先に準備をしておいてくれ。そして………一夏君。君は………思うさま全てを賭けて戦ってくれ。これが最後の戦いになるのなら、ここで全てを終わらせよう。君が奴等に執着するように、僕も奴等には手痛い目に合わせられていたからね。いい加減奴等の顔も見飽きた。だからこそ………後悔のないよう、渾身の力で殺しなさい」

 

そう言われ三人は静かに頷いた。

その顔は皆死地に赴く戦士の顔。そして一夏は、復讐に焦がれ焦がれた復讐人の深い笑みを浮かべていた。

そして誰ともなく各自に動いていく。

ゴートは更に大きなクリムゾングループの施設への襲撃をかけるために装備を調え、部下達に作戦を伝えるために部屋を出て行った。

ツキオミはアカツキとの所用のために先に準備をすべく部屋を出た。

二人が出て行ったところで、部屋には一夏とアカツキの二人が残った。

アカツキは一夏の方を見ると、何やら楽しそうなことを考えている笑顔を浮かべる。

 

「これで君に会うこともなくなるかもしれない。だから君に取っておきのプレゼントをあげよう」

 

アカツキはそう言うと、指をパチンっと鳴らした。

その瞬間天井の一部が開きシュタッと何者かが降りてきた。

 

「呼ばれて飛び出てじゃじゃじゃじゃ~んっ!!」

 

そんな場違いな明るい声を上げて立ち上がったのは、紫色の長髪をした奇妙なエプロンドレスを着た女性……篠ノ之 束であった。

一夏は目の前に現れた束には目を向けずにアカツキの方に目を向けた。

 

「…………何故…兎がいる………」

 

その問いにアカツキはイタズラが成功したかのように笑いながら答えた。

 

「さっき言ったじゃないか、プレゼントがあるって。篠ノ之博士、アレ、お願い出来る?」

「モチのロンだよ~! このために作ってきたんだからね~」

 

束はそう上機嫌に言うと、二人に見えるように懐からある物を取り出した。

それは無針注射器であった。中には水のような液体が入っている。

 

「……………これは………」

 

無表情に聞く一夏に束は笑顔で答えた。

 

「これはいっくんの身体を元に戻すナノマシンだよ! いやぁ~、流石に専門外だったから開発に苦労しちゃったよ!でもさすがは束さんだよね~。天災にかかればこれくらいすぐに作れたよ」

 

それを聞いた一夏はまたアカツキの方に目を向けた。

その視線には何故こんな物を用意したのかという真意を問いかけていた。

アカツキはそれを受けて、少しだけ優しい笑みを浮かべた。

 

「確かにこれから行う戦いには必要ないかもしれない、寧ろ五感が戻ったせいで戦闘で足を引っ張るかもしれない。でも、君には最後に『人』として戦ってもらいたいんだ。人の執念、その集大成たる『復讐人』として。これは君に出来る最後になるかもしれない餞別だよ。ただ……」

 

そこで言葉を切ると、束が申し訳なさそうに手を前で合わせて一夏に謝ってきた。

 

「ごっめ~ん。実はそれ、すぐに効くわけじゃないんだ。効くのに結構時間が掛かるの。たぶん八時間くらいかなぁ~。それぐらい経たないといっくんの身体は戻せないんだよ」

「だから君の身体が元に戻るのは、北辰達と戦っているか戦闘が終わったころになってしまうんだよ。その効力が発揮される頃合いに君がどうなってるかは正直分からない」

 

謝る二人に一夏は無言でいたが、静かに腕を出した。

それは二人の善意を酌んでの行動である。

そして一夏はバイザーを外して束のいる方向を向きながら笑顔を浮かべた。

 

「ありがとう、束さん。確かに戦うのには邪魔になるかもしれない。効き始めた頃に俺がどうなってるかはわからない。それでも、こうして俺の身を案じてこんな凄い物を作ってくれて……。正直感謝してる。だから、お願いします」

 

一夏に笑顔でそう言われた束は……涙が溢れてしまっていた。

いつものニコニコとした笑顔からは考えられないくらいに泣き出してしまっていた。

アカツキはそれを見ないように明後日の方向を向く。

 

「いっくん……いっくん……ひっく、ひっく……」

 

他にも言いたいことがあったのに、いつもと同じように笑いながら一夏と向き合おうとしていたのに、ここに来て『復讐人』ではなくただの『織斑 一夏』として感謝されてしまい束の感情の堤防は決壊してしまった。

篠ノ之 束という人物は他人と身内を苛烈に区別する人物である。

身内……自分が認めた親しい人達には最大の友情と愛情を、それ以外の者には何もあたえない。

その身内である一夏から、小さいころから見ていた実の弟と言ってもよい彼に感謝された。

これから死にに行くような戦いをしに行く彼から、本心で感謝されたのだ。

もしかしたらこれからの戦いには邪魔になるかもしれないし意味がないのかもしれない。

それでも彼は笑顔で束に本当に感謝した。

それがあまりにも悲しくて、束は我慢が出来なくなってしまった。

本音を言えば、せっかく身体が治るんだからこんなくだらない戦いなんかしないでIS学園に帰って千冬達と楽しく幸せな学園生活を送って貰いたい。

でも、それが不可能なことは嫌というほど理解させられている。

束は天災だが、人の感情についてはイマイチ理解出来ていない。

天災故に欠けている人間性だが、そんな束でさえ理解させられる一夏の復讐の憎悪。

そのあまりに凄まじい憎悪はどうやっても消えることはない。静める方法もない。

それを押さえる方法はただ一つ。

復讐を果たすだけだ。

だからこそ、束は一夏を止めることが出来ない。

現在バイザーを外しているため、一夏には外の様子は一切伝わらない。

だから一夏は束が泣いていることに気付かない。また、束もそれを理解して泣いている。

そんな事になっていることに気付かないまま一夏は外したバイザーをかけ直そうと動く。

それを見て束は慌てて涙を拭うと、いつもと同じようにニコニコとした笑顔を作る。しかし、その笑顔はどこか歪になっていた。

 

「うん、じゃあ早速お注射いきますか~!」

 

束は妙に明るい声を上げて突き出された一夏の腕に注射を打ち込んだ。

中の液体が見る見る内に一夏の体内へと注入されていく。

全てが入り終わったのを見計らって一夏は腕を引いた。

そして改めて束の方をバイザーをかけた瞳で見つめる。

 

「…………感謝する………」

 

その様子からもう『織斑 一夏』でないことを理解して、束は一夏にバレないように悲しそうな笑顔を浮かべた。

一夏は束に礼を言うと、アカツキと向き合った。

 

「………今まで感謝する……行ってくる……」

 

それだけアカツキに言うと、一夏は出口へと歩き出した。

その背中にアカツキは応援するかのように少し大きな声をかけた。

 

「そうそう、もう一つあったんだ。ウリバタケさんが渡したい物があるってさ。この戦いに向けて密かに作ってたらしいよ。だからそれを取りに開発室に来いって」

「…………了解………」

 

そう返事を返すと、一夏は部屋を出て行った。

それを見送ったアカツキは束に笑いかける。

 

「僕はこの後用事で出かけるけど、篠ノ之博士はどうする?」

「私も一緒にいくよ! だっていっくんのこと、見届けたいもの」

 

それを聞いたアカツキは愉快そうに笑いながら束と一緒に部屋を出て行った。

 

 

 

 世界が如何に賑わおうと、それがIS学園に直に響くことはない。

一夏達が部屋を出て行った時刻から四時間が経った頃、IS学園では放課後になっていた。

その時間、簪はアリーナで一人静かに訓練している。

アカツキから一夏の所に連れてってもらえるよう約束してからしばらく経ったが、簪はずっと待ち続けていた。

心が会いたいと焦がれて仕方ない。

その気持ちがどうしようもないものだから、苦しくて仕方ない。それを訓練で少しでも誤魔化そうと必死になりながら訓練を行っていた。

ある程度訓練をし終えると、簪はISを装着したまま休み始めた。

 

「……織斑君……」

 

もう何度呟いたか数えるのも億劫になるくらい呟いた言葉を口にし、簪は空を見上げる。

その表情はこの少女からは考えられないくらい大人びた印象をあたえていた。

それがここ最近の彼女に日課になりつつある。

いつもと変わらない空を見ながら一夏に想いを馳せていると、突如アリーナに警報が鳴り響いた。

 

「な、何!?」

 

いきなりのことに驚いていると、簪の目の前が突如無色のエネルギーの濁流によって爆発を起こした。

これを簪は見たことがあった。

それは…グラビティブラストだ。

つい少し前にもIS学園に襲撃をかけてきたあの無人機が放っていた砲撃。

それに気づき簪は急いで上を見ると、予想した通り襲撃してきた無人機『ダイテツジン』が二機。それと所属不明のラファール・リヴァイヴ二機がアリーナのシールドを破って突入してきた。

 

「無人機は此方に向かってきた奴等を殺せ! 私達は待機中のISを奪うぞ」

 

入って来たラファールの片方が僚機にそう指示を飛ばす。

それを受けて僚機とダイテツジンが動き始めた。

すると簪に気付いたダイテツジン二機が速度を上げて簪へと迫っていく。

 

「こ、来ないで! やぁああああああああああああああああああ!!」

 

簪はそれに恐怖しつつ、距離をとって打鉄弐式のミサイル『山嵐』を発射して迎撃する。

無人機に当たってミサイルが空に爆炎の華を咲かせていく。

しかし、その爆炎を突き破って二機のダイテツジンが飛び出して来た。

その身には、先程の爆発を物ともしていないかのように損傷は一切見受けられない。

二機はそのまま人の身体ほどの太さを持つ巨腕を振り上げ簪へと襲い掛かった。

簪はその怖さに身を縮め目を瞑ってしまう。

 

「助けて……織斑君!!」

 

そのままいれば凄い衝撃が簪に襲い掛かるだろう。

絶対防御があるので死ぬことはないが、それでも大怪我は覚悟しなければならない。

だが、いつまで経っても簪に衝撃が来ることはなかった。

そのことを不思議に思いながら目を開けると、そこには……

 

白がいた。

 

全身を純白の装甲で覆った人型が簪の前に立っていた。

その両腕から飛び出した長い鉤爪がダイテツジン達の胸を貫いている。

その人型はダイテツジン達から両手を引き抜くと、抉った部分を握り潰した。胸に大穴を開けたダイテツジン二機はそのまま地面へと落下していく。

砂煙を立てながら地面に叩き付けられたダイテツジン達はまるで魂を抜かれたかのようにぴくりとも動かない。

白い人型はそれに目を向けずに首を動かして簪の方をみると、簪にオープンチャネルで通信が入って来た。

 

『織斑じゃなくて悪いな。彼奴は彼奴の仕事でこっちにこれないから俺が代わりだ。文句なら奴に言え』

「えっ、その声…」

 

簪はその声を聞いて驚いた。

何故ならそれは、『男』の声だから。

一夏以外、未だにISを操縦出来る男性は正式には見つかっていないというのに、確かにこの白いのからは男の声が聞こえてきたのだ。

それに驚く理由はもう一つあった。

それは一緒に出てきた顔に見覚えがあったから。

簪はその男のことを知っている。それは夏に入る頃に世話になった『ネルガル』の人間だからだ。

一夏のことを助けに来た男……ツキオミ・ゲンイチロウだからだ。

簪がその事に驚いている間に、アリーナに侵入してきたラファールの二人組は別の意味で驚いていた。

何せあの硬い装甲を持つダイテツジンの装甲を一発でえぐり取ったのだから。

一体どこにいたのかも分からないのに、それはいきなり現れた。

それに警戒して二人組はツキオミにアサルトライフル『ガルム』を向ける。

 

「貴様! 一体何処に!」

 

一人がそう叫びながら引き金を引くと砲口から銃弾が吐き出された。

しかし、次の瞬間に………

 

ツキオミは姿形なく消えてしまった。

その事に二人組は勿論、目の前にいた簪も驚愕する。

青白い光と共に、目の前から本当に消えたのだ。

光学迷彩などでないことは、簪の頬を撫でていく風で分かる。

 

「き、消えたっ!? 一体何処にっ!!」

 

二人組は慌てて周りを見渡すが、その姿は見えない。

勿論ハイパーセンサーにも反応がなく、本当に消えたのだ。

そのまま二人組が困惑している間、その背後に一瞬青白い光が輝いた。

 

「どこを探している! ここだ!!」

 

その声と共に白い人型が突如現れ、その凶悪な鉤爪を持ってラファールのスラスターを破壊し、一気に二人組を地面へと叩き付けた。

そのあまりの衝撃にクレーターが出来上がり、二人組のラファール・リヴァイヴが解除され二人は気絶した。

 

「ふん! この程度俺と『アルストロメリア』の敵ではない」

 

そう言うと、白い人型……IS『アルストロメリア』を解除してアリーナの地を踏んだ。

簪もその光景に驚きつつ、地面へと着陸し解除する。

驚いている簪に向かってツキオミが歩いて行くと、いつの間にいたのかアカツキもアリーナへと入って来た。

 

「やぁやぁ、更識 簪さん。約束通り迎えにきたよ。さぁ、一緒に一夏君の所に行こうか」

 

いきなり現れたアカツキにも驚き頭の処理能力が限界を超えそうになるも、一夏の名を聞いて簪は約束のことを最優先にした。

 

「……はい、行きましょう!」

 

そう返事を返し、簪はアカツキの元へと歩いて行く。

 

(織斑君、今そっちに行くから!!)

 

簪はその決意を胸に、行動を開始した。



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第五十七話 始まった最後の戦い

今回は戦闘回です。上手く書けてれば良いのですが。


 アカツキ達が亡国機業のIS学園襲撃を察知し、簪を迎えに行くと共に殲滅した。

その際のアリーナの騒ぎを聞きつけた千冬達IS学園の教師陣と代表候補生達が駆けつけてきたが、すでに駆けつけた時には騒ぎは鎮圧されており、突如現れた部外者であるアカツキ達に警戒を強める千冬達。

しかし、そんな千冬達を見てアカツキは意味深に笑いながら一夏を見に行かないかと誘われ、苦悩の末に千冬達はアカツキ達に同行することにした。

同行するメンバーは千冬、箒、鈴、デュノア、楯無の計五人。

この五人と簪を連れて、アカツキはIS学園の外へと向かう。

 

 一夏の最後に会わせるために………

 

 

 

 全てを白銀で覆われた世界………北極。

白一色の世界に別の色が空を横切っていた。

紅い色が一つと、茶色い点が6つ。

その7つはとある目的地へと向かっている際中であった。

 

「隊長、今後我々の活動は」

 

茶色の一つ……六連(むずら)と呼ばれるISから壮年の男の声が流れる。

隊長と呼ばれ応じるのは、唯一の紅いIS『夜天光(やてんこう)』。

 

「此方の作戦が読まれて先手を打たれてしまったのが一点。そしてヤマサキ博士が殺されたとくれば、我々の勝利はもう………」

 

そう答えたのは、左右非対称の目をした爬虫類を彷彿とさせる男。

一夏の最大の敵であり仇……北辰。

彼等は別の作戦で襲撃を行った帰り、その際中に自分達『亡国機業』の作戦が全て逆手に取られ逆に襲撃されていることを知った。それと同時に自分達の組織の重要人物であるヤマサキ博士の死の報告も上がり、組織の置かれている状況を察した。

もうクリムゾングループが壊滅間近なのを……。

自分達がどう立ち回ろうが、組織の壊滅は免れない。しかし、だからといって投降する気はさらさらない。

だからこそ、北辰達は亡国機業が保有する北極の秘密基地へと向かっていた。

そこは極地故に目立たず、人が通ることはない。身を隠すにはうってつけである。

それに………

北辰にとっても、これが最後の戦闘であるとそこかで感じていた。

そしてその決着を……復讐人との最後を決めるにふさわしい所はここだと思ったからこそここに来た。

この何もない場所こそが、悪鬼羅刹たる自分と復讐人にはふさわしい。

きっと来るであろうことを北辰は確信していた。

 そして彼は……北辰は待ちわびているであろう復讐人が………

 

来たっ!!

 

「前方にボソン反応! 距離5000! これはっ!?」

 

陣形の左側で併走している六連から報告が上がると共に、その六連と隣に併走していた六連は轟音と共に爆散した。

 

「なっ!? 何ぃいいいいいいいいいいいいいいいいいいい!!」

 

その光景に他の六連の操縦者から驚愕の悲鳴が上がる。

何故なら、その『砲撃』は此方しか持っていないはずのものだからである。

それを見た北辰は口がニヤリとつり上がり、心の底から狂喜していることを自覚した。

 

「全機、散開せよ! 奴が……復讐人が来た!!」

 

北辰の命により、陣形を保っていた六連は皆ばらけるように散り、それまで北辰達が集まっていた空間を『グラビティブラスト』が薙ぎ払った。

 

 

 

「…………ここまでだ………」

 

北辰達の行く先を予測した一夏は、その進行速度に合わせてボソンジャンプを行い先手を打って砲撃を行うことにした。

この最後の戦いをするに当たってネルガルの研究者『ウリバタケ セイヤ』が作った追加パッケージ『X』を餞別として受け取った。

これはIS単体でもグラビティブラストを放てるようにしたパッケージであり、全体を覆うようにして装着される。グラビティブラストの威力は凄まじいが、反動が強すぎて今までISに装着することが出来なかった。だが、クリムゾングループはこれを無人機にすることで操縦者への反動を無視することにし、ネルガルは破壊した無人機の残骸から得られたデータを元に開発に成功させた。

制作者であるウリバタケ曰く、

 

「ロボットに格好いい砲撃とかはやっぱロマンだろ!」

 

とのこと。

クリムゾングループのヤマサキもアレだったが、此方のウリバタケも負けていないくらいに変人であった。

そのウリバタケが作ったブラックサレナ専用の追加パッケージが、この『X』だ。

擬似コアの開発がより進んだことにより、ISのコアとして使える程に完成した。

そのコアを二つ用いてやっと完成させた物だが、それでも問題がいくつもあった。

まず、重すぎて動くことがほぼ出来ないので砲台としてでしか使えないこと。

次にやはり反動が強すぎるため、一夏のような人の域を出てしまっている者でないと使えた代物ではないということ。

最後に………その強大なエネルギーを取り扱うために、いつ爆散するか分かった物ではないということである。ウリバタケはまぁ大丈夫だろ、と鼻で笑うが実戦ではそれではすまない。

そんな危険な物だが、相手の射程外からの超絶な破壊力は確かに使えるので一夏はこの危険なパッケージを受け取り装着、ボソンアウトとともにグラビティブラストを放った。

一射目ですでに各所から異音が鳴り出し、二射目で黒煙を上げ火花を散らし始めた。

一夏はこの強襲で二機も沈められた僥倖に喜びを感じながらその場で『X』を強制パージした。

真っ白い大地へと落下していくパッケージは、地面にぶつかると同時に爆散した。

その爆発と共にブラックサレナは北辰達の方へと発進した。

そして互いに視認できる距離まで近づくと、北辰から通信が入って来た。

 

「………来たか、復讐人」

「…………………」

 

通信を受けた一夏は無言。

しかし、その口元には憎悪と殺意が浮き上がっていた。

それを感じた北辰は狂喜し満足そうに笑った。

 

「良い憎悪と殺気だ……………では……決着を付けよう」

 

そう言うとお互いに一定距離を置いて少し停止。それに従い六連も後ろで停止する。

そして、両者の間に流れる時間が遅くなっていく。

まるで時が止まったかのように両者とも動かない。

そんな両者だったが、一陣の風が吹くと共に同時に飛び出した。

ブラックサレナと夜天光が動き出すと同時に六連も弾かれるように動き出し、ブラックサレナへと向かって行く。

ブラックサレナは全機を警戒するようにハンドカノンを展開すると連射し始めた。

その砲撃をこの五機はアクロバティックな動きで回避していく。

 

「……待っていた………この時を待っていたっ! これでもうこの鼬ごっこを終わらせてやるぞ、北辰っ!!!!」

 

一夏は本心の、今まで秘めていた憎悪を全開に顕わにして叫ぶ。

その叫びに北辰は大いに笑う。

 

「そうだ、その憎悪に身を焦がした貴様を待っていたっ!! あんな生ぬるい場所で緩んでいた貴様ではない真の復讐人としての貴様をっ!! そうでなくては戦う意味などないっ!!」

 

北辰は一夏にそう叫ぶと共に多数のミサイルを放つ。

ブラックサレナがそれを回避している隙を突いて六連が同じようにミサイルの波状攻撃を仕掛けてきた。

 

「…………」

 

ブラックサレナはそのミサイルをディストーションフィールドで防ぎつつ応射する。

しかし、今までと違い相手は同じ技術を持った機体達。

向こうも同じようにディストーションフィールドを使い砲撃を防いでいく。

そのため、戦況は好ましくない。

能力が似た者同士が戦い合えば、そこにあるのは膠着である。だが、一夏と北辰では圧倒的に違うものがある。それは………物量だ。

 

「死ねぇえええええええええええええええ! 復讐人!!」

 

四機の六連がブラックサレナへと連携を組みながら襲い掛かっていく。

ミサイルの波状攻撃に手に持った錫杖での攻撃。

入り乱れていながらも統率が取れた攻撃に一夏は苦戦を強いられ苦虫を噛み潰したような顔になる。

それに更に襲い掛かる夜天光。

 

「これならばどうだ?」

 

そう言うと共に、錫杖を一回鳴らす。

しゃりん、と鈴の音のような音が鳴り響くと共に閃光が放たれた。

それを受けた瞬間、ブラックサレナの機体が停止した。

 

「チッ………」

 

一夏は急な停止に舌打ちをした。

原因を調べると、突如とした光によって情報処理が追いつかなくなったためだと出ている。通常の光ではないのは明白である

それと同時にブラックサレナにミサイルが殺到し、白銀の世界に真っ赤な爆炎の華が咲いた。

その爆炎をかき分けるようにブラックサレナは夜天光へと突進を仕掛ける。

 

「やはりその程度でヤラれるようではないか」

「………当たり前だ………」

 

北辰にそう返すと共に、ブラックサレナは黒き砲弾と化して夜天光へと突き進む。

 

「させぬぞ!」

 

そう叫ぶと共に六連二機から錫杖が投げつけられた。

槍投げの要領で投げられた錫杖は豪槍と化してブラックサレナへと向かって行く。

勿論、高密度のディストーションを纏わせた物であり、高速で飛んでくるこの槍をブラックサレナは防ぐ手立てがない。

錫杖はそのままブラックサレナのディストーションフィールドを突き破って突き刺さる。

錫杖が刺さった背部の装甲は砕かれ、ブラックサレナのシールドが一気に減る。その威力は尚も尽きず、絶対防御が作動しても止まらずに一夏の背まで刺さった。

 

「………………」

 

一夏は表情にこそ表さないが、口の中から血がこみ上げてくるのを感じた。

見なくても錫杖が体内の臓器を破壊したことが分かった。それが2本である。

その錫杖の所為でブラックサレナは弾かれてしまい、夜天光に攻撃を仕掛けることが出来なかった。

すでに通常ならば致命傷足り得る怪我を負いながらも、一夏は表情一つ変えずに果敢に挑んでいく。

その様子を見ながら北辰もブラックサレナへと仕掛けに行き、両手の拳を持って何度もブラックサレナを殴った。

何度も、何度も、鋼がぶつかり合う激突音が鳴り響く。

 

「怖かろう…苦しかろう……たとえ鎧を纏おうと、心の弱さは守れないのだ!」

 

そう言う北辰に向かって殴られていたブラックサレナは機体を回転させテールバインダーを振るう。

それを察知し、夜天光は後ろへと引くことで回避した。

 

「それでも! この憎悪は止められないっ!!」

 

一夏はそう叫ぶと共に北辰から一転して錫杖を投げた六連へと全速力で仕掛けた。

途端に口から溢れ出す血。しかし、そんなことなど気にせずに六連へと突進する。

 

「おぉおおおおおおおおおおおおおおおお!!」

 

六連の操縦者は向かってくるブラックサレナに雄叫びを上げながら迎え撃つ。

ミサイルを全弾打ち込むが、それでもブラックサレナは止まらない。

そのまま突っ込むと共に六連に激突した。

 

「ぐぅっ!?」

 

衝撃のあまり弾かれ苦悶の声を漏らす六連にさらに接近すると、両手に大型レールカノンを展開して銃口を叩き付けた。

 

「これで三機目!」

 

そう叫ぶとともに、大型レールカノンを発射した。

 

「ごぱっ………」

 

零距離で発射された砲弾が六連の装甲とシールドを食い破り、中の操縦者を貫く。

胸に大穴を開けた六連はそのまま力なく地上へと落ち、爆発した。

 

「…………これからだ、北辰」

 

一夏はそう夜天光に向き合いながら言う。

それを聞いて北辰は顔を喜悦に歪ませた。

 

「そうだ、そうだな!あぁ、これからもっと楽しいことになろう、復讐人よ!」

 

そしてまた、両者は激突し合う。

 

 

 残り、夜天光1機、六連3機。

 

 

 

 

 

 



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第五十八話 彼女の選ぶ道

今回は簪ちゃんがでますよ、ちゃんと。
頑張れ、簪ちゃん!!


 一夏が最後の戦いを始めた頃、アカツキ達は特殊な大型ヘリを使って北極へと向かっていた。

機内はとても広く、15~16人は乗り込めるんじゃないかと思われるほどに広い。

そんな広い機内では、簪達IS学園から来た6人と、愉快そうに笑うアカツキ、同じく不敵に笑うツキオミ、そしてアカツキの秘書にしてお目付役であるエリナの計9人が座っていた。

その中で簪はと言うと、表情にはあまり出さないようにしていたが、その焦りがにじみ出ていた。

 

一夏にすぐにでも会いたい。

 

その想いだけが高まっていく。

それを察してか、アカツキは簪ににこやかに笑いかけた。

 

「更識 簪さん、まぁ落ち着きなさいな。別に一夏君は逃げはしないよ」

「っ~~~~~!?」

 

自分の現在の心境をアカツキに察せられてしまい、簪は恥ずかしさから顔を赤く染めてしまう。

しかし、それとは別に一夏を気にしている面々はアカツキに現在の状況を聞いてきた。

 

「それで……現在の一夏の状況は一体どうなっているんだ」

 

基本見ず知らずの大人にそこまで堂々と話しかけることが出来ない箒達に変わり、千冬が皆を代表して聞く。

聞かれたアカツキは笑顔でそれに応じる。

 

「そうだね~。今一夏君は……丁度戦ってるみたいだね。へぇ~、ウリバタケさんが作ったアレを使ったのか。良く出来るなぁ、そんなこと。僕なら怖くてまず出来ないよ。初撃で2機も潰せたのは実にいいことだ。出来れば後一機は仕留めたかったかな」

 

まるで少しラッキーであることを喜ぶかのように言うアカツキに、千冬は若干の苛立ちを感じてしまう。気になっているのは一夏の状態であって戦況ではないのだ。

それを察したかのようにエリナが千冬に謝ってきた。

 

「すみません、織斑様。会長はどうもこういうことには疎くて」

「いえ、別に」

 

エリナの真面目な謝罪を受けて少し戸惑いながらも千冬は応じた。

あのアカツキには勿体ないくらいの真面目さにそれまで感じていた苛立ちが少しだけ収まる。

そしてエリナはアカツキに変わって皆に見えるようホロウィンドウを展開した。

 

「これが現在の彼の状況です」

 

エリナの声と共に展開されたホロウィンドウを千冬達は見て、そこに映る光景に絶句した。

 

「なっ!? これは!!」

「何だ、これは!? 5機と戦っているのか」

「何よ、あの動き!? 私じゃ絶対に出来ないわよ」

「凄い連携!? こんな相手に織斑君は戦ってるの」

「何なの、このIS!? こんなの今まで見たことない!」

「織斑君っ!?」

 

6人がそれぞれその映像に驚愕の表情を浮かべる。

今までに見たことがない全身装甲のIS。それが代表候補生……いや、国家代表でも出来ないような機動でブラックサレナへと襲い掛かっていく。

赤い一機を覗いた4機から繰り出される連携に熟練度が高いことが窺えておりその猛攻に苦戦を強いられるブラックサレナを6人は初めて見た。

5機の連携に苦戦を強いられつつも、それらに引けをを取らない機動で戦い続けるブラックサレナ。

しかし、数の差には勝てないのか、段々と押されつつあった。

千冬はこの映像を見ながらアカツキに問いかける。

 

「これは……」

 

その声が何を聞きたいのかを察したアカツキは皆に聞こえるように答えた。

 

「これが一夏君の一番の復讐相手だよ。正確には2年前に一夏君を拉致った実行犯だけどね」

 

それを聞いた千冬と鈴に衝撃が走った。

一夏が誘拐されたことを知っているのはこの二人だけである。

それまで分からなかった犯人達をこうして見ることになるとは思っていなかっただけに、その衝撃は大きかった。

それまでそんなことがあったとは知らなかった箒、デュノア、簪もショックを受けた。

楯無はアカツキの言った2年前という話から現在までの空白の時間が埋まっていくのを感じた。

そして簪はあることに気付く。

今戦っているのは一夏の本願である復讐相手。

そして簪はその相手を一回だけ間近で見たことがあった。

忘れようにも忘れられない、左右非対称の目。爬虫類を彷彿させる『あの男』を。

それを思い出し、噴き出す恐怖に身体を震わせながらも簪はアカツキに聞く。

 

「あ、あの……アカツキさん……もしかして、あの赤い機体は……」

「ああ、そう言えば君は一回直にあったことがあったけ。そう、君の予想している通りの人物だよ」

「っ!?」

 

予想していたとは言え、あの男……北辰を思い出した簪は息を詰まらせた。

簪にとって、北辰は2重の意味で恐怖の対象である。

まず、普通に怖いということ。人を害するのに一切躊躇せずに平然と行うその神経、生理的嫌悪を抱かせるあの男に簪でなくとも恐怖しただろう。

そして……一夏を変化させるということの恐怖である。

簪にとって、一夏は無表情で何を考えているかイマイチ分からない人だった。しかし、その内には確かに優しさが眠っていた。あの男と会うまで、簪は一夏からその優しさを感じていたからこそ、好きになった。だが、北辰とあった瞬間、一夏からその優しさは消え、代わりどころではすまない量の憎悪が一夏を満たした。そんな一夏が、簪は怖かった。憎悪に染まった一夏が怖いのではない。そんな風に一夏を変えてしまう北辰が簪は怖かった。

故に二重の意味で恐怖する。

顔を真っ青に染めている簪を見て楯無は簪を抱きしめる。

そして少しでも震えを押さえようと優しく微笑みつつも、アカツキにきつめの声で問いかけた。

 

「簪ちゃんがここまで怖がるなんて………一体どんな奴よ、そいつ」

 

楯無に聞かれたアカツキはすぐに答えようとするも、エリナに睨まれて苦笑した。

このままいけばアカツキがいらぬ情報まで口にするかもしれないと危惧したからである。

だが、自分がどうきつく言おうとこの上司がすぐに話してしまうことを分かってしまうエリナは深い溜息を吐く。

それを受けてアカツキはさわやかに笑顔を浮かべて装置を操作し別のホロウィンドウを立ち上げた。

そのウィンドウに映る人物を見て、千冬達はまた驚く。

何故か……それはその人物が『男』だからである。

その様子を見て面白そうに笑いながらアカツキは話し始めた。

 

「この男は亡国機業の一部隊を率いている『北辰』という男だよ。亡国機業の作戦実行犯であり、一夏君を拉致したのはこいつさ」

「な、男だと!? 一夏以外にも操縦出来る者がいたというのか!」

 

皆を代弁するかのように千冬がそう口にする。

それを聞いたアカツキは補足のために説明をする。

 

「それについては少し誤解があるかな。別に一夏君じゃなくても男はISを動かせるよ」

「なっ、それってどういうことよ!?」

 

それまで静かにしていた鈴がアカツキに食い付いた。

今の世において、ISは女性しか使えない。男で使えるのは今の所一夏しかいないというのが現状であり、一夏が動かせる理由は判明していない。そのはずである。

それがまさか、男でも動かせて誰でもと言われば、流石に驚かずにはいられないだろう。

何せ今まであった常識が根底から覆るのだから。

鈴の声を聞いてアカツキは笑みを深めながら語り始めた。

 

「実はね……男でもISを使う方法があったんだよ。ただ、それは普通ではいかない非人道的なものでね。成功すれば誰でも使えるようにはなるんだよ。ただし、成功率は低いから大抵は死んでしまうのだけれど」

「成功率が低いって? それに死ぬって……」

 

その説明を聞いてデュノアが呟く。

女性なら適正さえあれば誰でもISは動かせる。そこに生命の危機なんてものは存在しない。では、何をやったらそんなことになるのだろうか? デュノアは考えてみるが、答えは全く浮かばない。

それすら見越してなのか、アカツキは少しだけ真面目なふりをして答えを明かす。

 

「男でもISを動かせる方法、それはね………ISコアを人体に直に埋め込むことなんだ」

 

「「「「「「!?」」」」」」

 

唐突に明かされた事実に6人の顔が驚愕に固まった。

それを見たアカツキは実に愉快そうに笑い、エリナは何とも言えない表情を浮かべる。ツキオミだけは唯一呆れ返っていたが。

 

「ISコアを人体に埋め込み、それらをナノマシンで調整する。それにより、コアと人体を一体化させることでISの起動を可能にしたんだ。ただし、そんなことはコアが出来てから今まで一度も行われなかったからね。前人未踏の領域だからどうなるかわからなかった。結果、数多くの人間が適応出来ずに死んだよ」

 

そう聞かされた簪は一夏の事が心配になり、必死な様子でアカツキに聞いた。

 

「なら、織斑君は!!」

「そういうことだよ。彼は拉致された後、ISコアを埋め込まれて実験されたんだ。ありとあらゆる非人道的な実験をね。その所為で五感を失っていた」

「そ、そんなっ!?」

 

簪はその事を聞いて思い出す。

屋上でカップケーキを食べて貰った時に、自分の味覚と嗅覚が昔事故に遭ってなくなったと言っていたときのことを。

あれが本当は、こんなことになったために失ったのだと知った。

その瞬間、簪の目から涙が零れてしまう。

一夏がそれにどれだけ苦しんでいたのか、理解してあげげられなかったと。

簪の様子を見てアカツキは少し苦笑する。

 

「別にそんな泣かなくても。まぁ、彼の御蔭でその技術は少し進歩したんだ。結果殆ど廃人と変わらない状態だったけど。亡国機業はその技術を用いて、あの男『北辰』にISを動かせるようにして専用の機体をあたえたんだ。彼女が怖がっているのは、前に少し一悶着あってその時に北辰に会ったからだよ。こいつが一夏君の復讐相手さ。誰だって自分の全てを奪った原因の人物を許せるわけないからね」

 

そう語るアカツキを見て、一夏が如何に復讐に燃えているのかを再認識させられた6人。

そのことを考えてる内に一夏の戦況はまた変わり、赤い機体が錫杖を鳴らすと閃光にモニターが包まれた。そして映像が元に戻ると、そこには5機のミサイルによる波状攻撃を受けて大爆発に巻き込まれるブラックサレナが映し出された。

 

「織斑君!?」

 

簪はウィンドウを見て大きな声を上げてしまう。

しかし、次の瞬間に爆炎を突き破って突撃を仕掛けるブラックサレナを見て安堵した。

それを見てアカツキは笑う。

しかし、簪の安堵は次の瞬間にはまた悲痛な叫びへと変わった。

ウィンドウに映るブラックサレナは赤い機体に仕掛けるも、後ろから投げつけられた他の2機からの錫杖によって弾かれてしまう。しかもその錫杖は黒いエネルギーフィールドを……IS学園で強固な防御力を見せつけたフィールドを突き破り、あの堅い装甲を砕いて突き刺さった。

 

「キャァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!」

 

その光景に千冬と楯無を除く2人も悲鳴を上げた。

ISは通常、絶対防御があるので操縦者の安全は守られる。

その発動条件は本体である操縦者に直に被害が掛かる場合が多い。

一夏のISであるエステバリスは見た目こそ異端だが、その条件は変わらないと思われていた。

だが、目の前の映像では操縦者である一夏がいる所へと深々と錫杖が2本刺さっていた。

 

「何故絶対防御が発動しない!」

 

さすがの事態に声を荒立てる千冬。

そんな千冬を落ち着けさせるようにアカツキは説明する。

 

「あの錫杖は一夏君が使ってるあのフィールドと同じ物を纏ってるんだよ。あれは収縮させると結構な威力になるからね。さっきの爆発とともに攻撃されて絶対防御すら貫通したみたいだ。大丈夫かな、一夏君」

「何を暢気なことを言っている!」

 

平然と語るアカツキに千冬は苛立ちながら叫ぶ。

そして簪がこれ以上見ていられないと我慢出来ず、ヘリの背部ハッチへと駆け出そうとした。

このままハッチを破壊して外に飛び出し、一夏を助けだそうと思ったのだ。

どう見ても致命傷を受けた一夏を見ているだけなんて簪には耐えられなかった。

しかし、それは前方からの声で止められた。

 

「助けようなどと思うな。あれは彼奴が渇望してやまなかった戦いだ。たとえ彼奴のことを大切に思っている奴だとしても、彼奴の邪魔をする権利はない。彼奴が死ぬとしてもな」

 

一体いつの間に移動したのか、ハッチの前にはツキオミが手を組んで仁王立ちしていた。

 

「そ、そんな!? でもっ!」

 

目の前に立ちはだかるツキオミをキッ、と睨みながらも涙が零れる目で簪は食い下がる。

そんな簪にツキオミは堂々と、少しだけ優しく告げた。

 

「察してやれ。これは彼奴が魂のそこから望んだ戦いなんだ。自分の全てを決算するためのな。それを邪魔したら、彼奴は一生廃人と変わらなくなる。彼奴の復讐は彼奴だけの物だ。誰にも取り上げることは許されない」

 

そう言われた簪はその場で崩れ降ちて泣き出してしまう。

己の無力さを噛み締めながら、その悲しみで胸を一杯にしながら。

そんな簪を楯無は優しく抱きしめることしか出来ない。

悔しいことだが、あの戦いに乱入出来るような人間はこの場に誰もいないのだから。

しかし、簪は泣きながらもツキオミの目を見て言う。

 

「確かに何も出来ないかも知れない。でも、それでも私は織斑君に絶対に会いに行きます!!」

 

その決意に満ちた瞳にツキオミは少しだけ笑みを浮かべた。

そして簪は姉に抱きしめられながらも、ホロウィンドウを見つめる。

そのウィンドウでは、ブラックサレナが両手に持った大型レールカノンで零距離射撃を行い

茶色い4機の内の1機の胸に大穴を開けて沈めていた。

 

 

 

 一夏は再び夜天光へと攻撃を仕掛ける。

両手に持った大型のレールカノンを撃ち込んでいくが、連射が利かない分さらに回避されてしまう。

 

「貴様、よくも同士をぉおおおおおおおおおおおおおおっ!!」

 

六連の一機がブラックサレナに叫びながらミサイルを発射し、残りの2機が錫杖で斬りかかる。

そしてそれと一緒に夜天光がミサイルを死角から発射してきた。

 

「……………チッ……」

 

一夏は口の中の血を吐きながらもそのまま北辰へと突っ込む。

そして激突する2機の錫杖をその身に受けながらも弾き飛ばし、ミサイルの雨に自ら飛び込んだ。

再び白銀の世界に爆炎の華が咲き、辺りを真っ赤に染め上げる。

それを見て笑みを浮かべる北辰の部下だったが、次の瞬間にその笑みは消えた。

 

「何? くぅ、やるな」

 

何と爆炎の中からレールカノンの砲弾が北辰の夜天光目がけて飛んできたからだ。

ディストーションフィールドは確かに凄まじく光学兵器等には無類の強さを発揮する。実体弾にも有効ではあるのだが、流石にレールカノンのような高速弾には利かないのだ。

そのため、発射された砲弾は夜天光に被弾する。

北辰はそれを本能で察したのか、咄嗟に防御態勢を取ることで直撃を防いだが、その威力は確かに夜天光へと刻み込まれた。

左腕の装甲が砕け、右足のスラスターから黒煙が上がり火花を散っていた。

その損傷に北辰は愉快そうに笑う。

事実、今までの人生で一番楽しんでいた。

2年前、自分達に手も足も出なかった小僧が、今では自分達を追い詰めるほどの急成長を見せた。

それが楽しくてしかたない。

復讐という執念一つでここまでの成長を見せた一夏は今、確実に自分の敵であるということを、北辰は心の底から喜んだ。

 

「死ねぇえええええええええええええええええ!」

 

若干の恐怖と大きな怒りを感じさせる声と共に六連3機が襲い掛かる。

手にした錫杖を片手に突進してくる3機に対し、ブラックサレナは両手の大型レールカノンを持って迎撃に当たる。

 

「「「取ったぁあああああああああああああああああ!!」」」

 

4者が同時にぶつかると共に再び爆発と装甲が砕け散る音がした。

そして爆発が晴れると、そこには………

 

「ごぷっ……な、何故……」

「そ、そんな………がぁ……」

 

胸に大穴を開けた六連と、イミディエットナイフが胸に突き刺さった六連がいた。

一方ブラックサレナは3機目の六連の錫杖が右肩に突き刺さり、一夏の右腕が千切れかけていた。

一瞬にして血まみれになる機内。しかし、ブラックサレナに搭載されている生体応急措置プログラムが起動し血を止める。

ブラックサレナはこの攻防において、大型レールカノンを盾にすることで一機の六連の攻撃を防ぎもう片方の手のレールカノンを零距離で発射。即座にあいた手にイミディエットナイフを展開して錫杖を受け流して胸に突き刺したのだ。

流石に3機目の攻撃は防げなかったが。

既に死に体。普通なら動くことしか出来ない。

しかし、一夏は痛覚がまだ戻っていないことに加え、IFSにより身体を動かさなくても操縦出来る。

だからこそ……まだ戦える。

 

「何ぃいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいい!!」

 

死に体でもまだ戦おうとするブラックサレナに残り1機の六連の操縦者が恐怖してしまった。

それがいけなかった。

その一瞬で、状況が変わった。

ブラックサレナは落下する前の破壊された六連の錫杖を掴むと、六連に向かって身体を回転させテールバインダーをたたき込んだ。

それにより、北辰の方へと六連が吹っ飛ばされる。

それを見ながらブラックサレナは奪い取った錫杖にディストーションフィールドを纏わせ、吹っ飛ばされた六連に向かって投げつけた。

豪槍と化した錫杖はその速度を殺すことなく突き進み、体勢を整えようとする六連を貫き、そのまま北辰へと飛んで行く。

 

「がはっ……隊長……」

 

そのまま爆発する六連を余所に、北辰は楽しそうに、心の底から声を上げて大いに笑った。

 

「そうきたか、復讐人よ! もはやここまで成長しているとはな。楽しくて仕方ない」

 

北辰の笑いを受けながら一夏は『嗤った』。

 

「………ああ。ここまでだ………北辰!!」

 

一夏の叫びと共に、最後の決着を付けようと、互いに突撃を仕掛けた。

 

 

 

 残り……夜天光1機。

 

 

 

 

 



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第五十九話 彼の復讐の終わり

これでやっと一夏の復讐は終わりを告げます。


 全てが白銀で覆われた世界…北極。

今、そこでは一つの復讐劇の幕が下りようとしていた。

向かい合う黒と紅。

両者の間にあるのは殺意のみ。

一人は憎悪に身を焦がし、もう一人は愉悦に狂喜の笑みを浮かべる。

この場にいるのは、既に人ではない。

一人の復讐鬼と一人だけになった修羅。

彼等の足下には、燃え散る骸が6つ。

顔は見えないが、その者達の顔は恐怖に歪んでいた。

それらの者達を骸に変えた黒は最早死に体。

身体には3本の錫杖が突き刺さっており、その身体はひび割れていた。

対して紅は軽傷。

左腕がひび割れ、右足からは火花と黒煙を上げるのみ。

しかし、そんな状態であっても両者の気迫は衰える様子を見せない。

それまで両者は只佇み、何かを待っていた。

そしてどこからか風が吹くと共に、両者とも同時に動いた。

 

「ぬぅあぁあああああああああああああああああああぁぁああああぁああああ!!」

「ッ………………………………!」

 

互いに向かって突進する黒と紅。

高速で互い違いにすれ違うと、黒…ブラックサレナは即座に反転してハンドカノンを両手に展開。そのまま紅…夜天光に向かって砲撃を浴びせる。

それに対し夜天光も同時に反転し、ミサイルをブラックサレナに向かって発射した。

どちらの攻撃も牽制なし、相手を殺すことだけを考え放たれた攻撃。

両者は2機を挟んだ中間で激突し、爆炎を燃え上がらせる。

その爆炎をかき分け、両者は再び激突した。

 

「おぉおおおおおおおおおおおおおおおおお!!」

 

北辰が気迫の籠もった叫びを上げながら錫杖を前に出してブラックサレナを串刺しにしようと突撃する。

ブラックサレナはそれを真っ正面から迎え撃とうと体当たりを仕掛けた。

両者のディストーションフィールドが激突し唸りを上げる。

そのまま両者とも弾かれると、互いにすぐに体勢を立て直し再び敵に向かって攻撃を仕掛けていく。

 

「あっはっはっはっはっ!! 愉快、実に愉快だぞ、復讐人!」

 

北辰が外部音声で笑い声を上げる。

その実に愉快そうな笑いに、一夏はさらに憎悪を燃やす。

 

「………黙れっ!!」

 

そう叫ぶと片方のハンドカノンを収納し、大型レールカノンを展開。

夜天光へと明確な殺意を込めて発砲する。

発射された砲弾は高速で夜天光へと襲い掛かるが、夜天光はその砲弾を手に持っていた錫杖で叩き落とした。

 

「いやはや、まだ甘い」

「…チッ…」

 

今度は夜天光がミサイルを放ちながらブラックサレナへと錫杖を構え仕掛ける。

 

「しゃぁあああああああああああああああああああああああああ!!」

 

ブラックサレナはその突進を避けようとハンドカノンと大型レールカノンを乱射する。

発射されたミサイルが破壊され爆発していく。

しかし、ハンドカノンはディストーションフィールドで逸らされレールカノンは連射が効かないため回避されてしまう。

 

「ぬぅんっ!!」

「ぐぅっ!」

 

ブラックサレナの懐まで接近した夜天光は錫杖を振るう。

その攻撃にブラックサレナは咄嗟に大型レールカノンを盾にすることで防ぐ。

だが、ディストーションフィールドを纏った錫杖の威力は凄まじく、錫杖はそのままレールカノンを破壊し、ディストーションフィールドを強引に破ってブラックサレナの装甲へ激突した。

その途端に砕ける装甲。絶対防御が作動しても尚、その猛威は留まることを知らずに一夏の身体を切り裂いた。

自身の左肩から右脇下へと錫杖が肉を切り裂いていくのを一夏はブラックサレナを通じて感じる。

幸いと言うべきか、内臓までは到達していないために戦闘にそこまでの支障はない。

ブラックサレナが生体応急措置プログラムを作動させようとするが、一夏はそれよりも先に残った右手のハンドカノンを夜天光の身体に叩き付けると共に零距離射撃を敢行した。

ハンドカノン自体の威力では夜天光の装甲は破れない。

だが、暴発覚悟で零距離で連射すればその限りではない。

即座に夜天光とブラックサレナの間で爆発が起こり、両者は離れる。

 

「ぐぅ……くくく…くっはっはっはっはっ! まさかそう来るとわなぁ。御蔭で此方の腹が持って行かれた」

 

夜天光の腹部の装甲が砕け散り、そこから血があふれ出ていた。

対してブラックサレナは右手が綺麗になくなっている。

ハンドカノンを零距離で暴発させたため、右手がハンドカノンごと消し飛んだのだ。

既に致命傷だが、痛覚のない一夏は特に何かを感じる事もなくそのまま夜天光を見据える。

現在の状況は矢張り一夏の不利である。

北辰の損傷は左腕の装甲と右足、それと腹部。腹部の出血していた具合を察するに内臓までいっている致命傷だが、ISは生命維持装置があるのでまだ持つだろう。右足の損傷により機動力が下がっているのは僥倖だが、依然その戦闘力は変わらない。

対して此方はかなりの損傷である。

右手の喪失により武器を左手でしか使えない。加えて機体と肉体の損傷も激しい。

特に機体の損傷は酷く、いつ壊れるか分からない状態であり肉体は出血多量による体力の低下が挙げられる。

それらの状況を考えつつも、一夏は口元をつり上げ笑った。

 

(だから何なんだ!!)

 

この身は復讐のためだけに生きている。

ならば、今更身体がどうなろうと知ったことではない。

仇が目の前にいて、こうして戦っている。

仇を殺せれば他は何もいらない。元からそれ以外考えていないのだから、状況が不利だろうが行うことは変わらない。

故に一夏は気にせずに戦いに集中する。

既に此方の攻撃に使える武器は少なく、ハンドカノンでは夜天光の装甲を貫くにはきつい。大型レールカノンがなくなった以上、遠距離戦は不可能と判断する。

イミディエットナイフが1本あるが、この状況ではあまり役に立ちそうにない。

そこで一夏が選択出来る武器は一つだけである。

残った左手に一夏はこの現状で一番有用である武装『フィールドランス』を呼び出した。

そして左手一本でフィールドランスを構える。

 

「来るかっ!」

 

フィールドランスを片手に構えながら突っ込んで来るブラックサレナに対し、北辰は笑みを深めながら錫杖を構えブラックサレナへと突き進む。

 

「がぁあああああああああああああああぁああぁあああああああああああああああ!!」

 

咆吼を上げながら錫杖で斬り掛かる夜天光にブラックサレナは左手のフィールドランスで斬り掛かる。

フィールドランスと錫杖が激突し合い、纏わせたフィールドが悲鳴を上げる。

お互いに力の限り武器に力を込めて押し合い、肉体が軋みを上げる。

そのまま両者とも弾かれるように離れると、何合も同じように激突し合った。

夜天光はそれにミサイルによる牽制を混ぜた攻撃を行いブラックサレナを爆破し、ブラックサレナは体当たりを混ぜた攻撃で夜天光を撥ねようとする。

夜天光はその神速の体当たりを完璧に躱しきることは出来ずかすり、その衝撃だけでもダメージを負っていく。

互いに斬撃を交えた応酬は互いの機体・肉体の両方をボロボロに酷使していく。

ブラックサレナは装甲の彼方此方が切り裂かれ罅が入っていないところがないくらいに壊れていた。装甲の漆黒も今では煤けた黒色に変色してしまっている。

対して夜天光も負けてはいない。

此方も装甲の彼方此方が切り裂かれ罅が入りミサイルの射出口が潰されている。

 

「くっはっはっは! やはり我が思った通りだ。貴様は我を凌駕しうるやもしれんと思っていたが

……もはやそれ以上とはな」

 

北辰は狂喜しながら一夏に話しかける。

その様子は邪悪な無邪気さを感じさせていた。

一夏はそれに何も答えず、返答の代わりに夜天光へ襲い掛かる。

その様子に満足したのか、北辰は笑うのを止めると叫んだ。

 

「だが、負ける気は毛頭ないッ!!」

 

向かってくるブラックサレナに対して、錫杖を鳴らした。

その瞬間に目が見えなくなるほどの閃光が辺りを照らし、ブラックサレナは急に停止した。

それは夜天光の持つ特殊なジャミング。

そして停止したブラックサレナに向かって夜天光が容赦なく錫杖で斬り掛かった。

 

「これで終わりだ、復讐人よ」

「………させるかっ!!」

 

錫杖が当たる一歩手前でブラックサレナは復帰すると、そのまま機体を回転させテールバインダーを錫杖に向かって振った。

 

「何っ!? ぐぉっ!!」

 

ブラックサレナに振るわれた錫杖はテールバインダーに絡め取られ、そのまま夜天光の右手共々引っ張る。

 

「そこだっ!」

 

その隙を突いてブラックサレナ伸びている右腕にフィールドランスを一閃。

夜天光の右腕の肩から先が斬り飛ばされた。

それを終えると共にフィールドランスも役目を終えたと言わんばかりにへし折れて砕けた。

そして両者とも力なく地面へと距離を開けながら降りていく。

既に互いに満身創痍。

使える武器は互いに残っていない。あるのは残った左腕のみ。

互いに静かに降り立ち、また佇む。

 

「よくぞここまで……人の執念、見せてもらった」

 

北辰が一夏に向かってそう言った。

そこにあるのはただの感想。しかし、確かに北辰の求めていた答えがあったのかもしれない。

その言葉に対し、一夏は静かに、しかし憎悪の炎を滾らせて答えた。

 

「……勝負だ」

 

そして互いに構える。

夜天光は残った左手を握り構えるとディストーションフィールドを纏わせる。

もう既にフィールドジェネレーターも稼働限界を過ぎていて、この一撃から先はフィールドを使うことが出来なくなる。

対してブラックサレナも同じ状態であり、フィールドを張る力はもう残されていない。

そしてブラックサレナはハンドカノンを呼び出し構えた。

 

「抜き打ちか………笑止!」

 

ブラックサレナの様子を見て北辰はそう言うと、ほぼ同じタイミングで互いに動いた。

互いに最後の一撃を繰り出そうと、最高速度を出して突進する。

既に崩壊しかけの機体。スラスターが爆発を起こし互いの機体が揺れるが、構わずにそのまま突き進み、互いに最後の一撃を放った。

先に当たった方が勝者という状況。

先に攻撃を当てたのは……………

 

夜天光だ。

 

そのまま振り抜いた左拳がブラックサレナの胸へと突き刺さる。

装甲が砕け散り、深々と突き刺さった胸からは血が溢れ出す。絶対防御が作動しない程に、もう互いの機体のエネルギーはない。

夜天光の拳を受けた一夏は自分の胸部が貫かれた感触と何かが砕けた感触を感じながら口から血を吐き出す。既に口内は溢れ出した血で呼吸することも出来ない。

確実な致命傷にもう死んでいても可笑しくない。

だが…………その目は死んでいない。

 

「ッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッ!!!!」

 

声にならない叫びを吐血と共に吐き出しながら、ブラックサレナはハンドカノンを投げ捨て、左拳を握る。拳にナックルガードが下り、最後の一撃に取っておいたディストーションフィールドを纏わせると夜天光の胸部に渾身の力を込めて叩き込んだ。

叩き込まれた拳は夜天光の胸部装甲を砕き潰し、深々と突き刺さった。

そしてその手から北辰の心臓を潰した感触を確かに一夏へと伝えた。

その感触に一夏は吐血しながらもニヤリと笑う。

 

「ごふっ……見事だ……」

 

夜天光の中で北辰が吐血しながら静かにそう告げると、夜天光は全ての力を失ったようにその場で倒れ込み膝立ちになる。既にもう中から生体反応はなくなっていた。

それと共にブラックサレナのパッケージは全て砕け散り、血まみれのエステバリスが姿を現した。そしてそのまま白い地面へと力なく倒れる。

身体から力が抜けていく感覚を感じながらも、一夏の顔は笑っていた。

エステバリスからは既に生命維持の危険域に突入している警告が発せられている。と言うよりももう持たなくなっていた。

だが、一夏には気にならない。

 ただ今は、全てを終えたことに満足していた。

そんな一夏に向かって、近くに特殊なヘリが着陸する。

そして中からは、コートを着込んだアカツキ達と、同じくコートを着た簪達が降りてきた。

一夏はそのことに気づきはしたが、驚かない。寧ろ驚く程の体力も残されていなかった。

一夏の惨状を見て目をそらしてしまう箒、鈴、楯無。千冬はあまりの光景に泣くことも出来なくなっていた。

9人が一夏の方に歩いて行くと、エステバリスの頭部装甲が砕け散り、中から一夏の顔が出てきた。特徴的な黒いバイザーも粉々に砕けている。

既に力を失った瞳がその9人を捕らえる。

アカツキ達は一夏の顔を見て、何とも言えない顔をしていたが、その表情に込められた意味を一夏は理解していた。

 

(成すべきことは成せたようだね)

 

その思いを感じ、一夏はアカツキの目を見た。

それを見てアカツキは満足そうに頷いた。ツキオミも同様である。

そんな風にネルガルの人間は頷くが、簪はそうではない。

今にも死にそうな一夏に簪は泣きながら駆け寄る。

 

「織斑君! 織斑君ッ!!」

 

簪はそのまま一夏の顔を抱きかかえると、泣きながら叫ぶ。

 

「死んじゃ嫌だよ、織斑君!! 死なないでっ!!」

 

そう叫ばずにはいられない簪だが、簪にだって既に理解していた。

もう一夏は助からないと。

戦闘の一部始終を全部見ていたのだから、一夏がどんな状況か分かってしまう。

常人ならとっくに死んでいるのである。そんな状態で未だに意識を留めている方が奇蹟としか言いようがない。

 

「………さ、更識……か……」

 

一夏は翳み始めた目で簪を見ながら声を出した。

ここに来て束に注入されたナノマシンが効き始めてきたのだ。御蔭で少しづつだが、五感が戻りつつあった。そんな状態のため、声は途切れ、尚一夏が死へと近づいていることを実感させる。

簪はそんな状態の一夏を泣きながら優しく抱きしめ、伝えたいことを口にする。

 

「ま、まだ織斑君に教えて貰いたいこと一杯あるんだよ。射撃戦の効率の良い戦い方とか」

 

そう言いながらも内心で違うと葛藤する。

言いたいことはそういうことじゃないと。

 

「それに、まだ姉さんに勝ててないよ。織斑君に戦うところを見て貰いたいの。だから……」

 

何故こんな事ばかり言ってしまうのかと簪は自分に苛立つ。

今にも消えそうな一夏に向かって言いたいことはそんなことではないのに、それを言う決心が上手く出来ない。言ってしまったら、本当に消えてしまいそうで……。

そんな簪を見て、一夏は…………

 

笑った。

 

そこにあるのは、今までの復讐人の顔ではない。

織斑 一夏の本当の笑顔。

復讐を終えて、やっと全てを終えた一夏の笑顔がそこにはあった。

 

「……更識……唯一の姉妹……なんだ……仲違いしても……仲良くしないと……な………」

 

途切れそうな声で一夏が言ったのは、簪達姉妹への心配だった。

そこには自分が千冬と別れてしまったことへの懺悔のような気持ちが含まれていた。

とても死にゆく人間の答えることではない。

だが、それでも一夏は今にも死にそうな自分よりも簪のことを心配した。

その心に簪はさらに涙を溢れさせてしまう。

自分の事よりも他の人のことを。その優しさこそが、本当の一夏の心だと知っていたから。

そして簪の感情は溢れ出す。

 

「うん、分かったから! お姉ちゃんとこれからはもっと仲良くするから! だから……」

 

そう言いながら笑顔の一夏を見て、簪は叫ぶ。

 

「死んじゃいやだよ、『一夏』!! 私、まだ一夏が好きだって言ってないのに、死んじゃいやだよ! 私、一夏のこと好きなんだよ! これからもずっと一緒に一夏といたい!! だから……死なないで!!」

 

死に際の異性からの告白を聞いて、一夏は簪を見て微笑んだ。

段々と感じていく痛み。だが、今ではそれすらも嬉しい。

人に戻ってきているとわかるから。

 

「……まさか……こんな可愛い女の子に……告白されるなんてな………案外悪くない人生だったな……」

「一夏っ!」

 

簪の告白にそう返した一夏に、簪は更に泣いてしまう。

返事を答えて貰う必要はない。

伝えたいことは本当に伝えた。

そしてもう、一夏の命の炎が消えそうになっていることにも気付いていた。

一夏は幸せそうな笑みを浮かべて、簪に言った。

 

「……更識……ありがとう……」

 

そう告げると共に、静かに目を瞑った。

そして………その場で一夏の炎は消えた。憎悪の炎と共に。

 

「っっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっ!!!!」

 

白銀の世界に、簪の声にならない叫びが響き、涙が『一夏だった』物の頬を濡らしていく。

 

 

 

 こうして、約3年近くにも及んだとある復讐人の復讐は終わりを告げた。

復讐を終えた彼のその顔は安らかな笑顔だったと言う。

尚、その後彼の身柄はネルガルへと回収されることになったが、それを肉親である織斑 千冬は止めることが出来なかった。

 こうして…………織斑 一夏はこの世から消えた。

 

 

 




尚、まだお話は続きますからね。
これで終わりじゃないですよ!!


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第六十話 そして彼と彼女は……

これでこの物語も終わりです。
皆様、今まで読んでいただきありがとうございました。
そしてお気に入り数1300越えに驚愕し嬉しい限りです。
本当に皆様、ありがとうございました


 彼はふと目を覚ますと、そこには闇が広がっていた。

何も見えない暗闇の中、彼は自分の状態について思い出す。

自分は『あの最後の戦い』で死んだはずだと。

 

(ここは…………どこだ? 俺は死んだはず………)

 

そしてすぐにどこか見当がついた。

あれだけ非道の限りをしてきたのだ。自分が天国などに召されるわけがない。

ならば…そんな自分が行き着く先は地獄しか有り得ない。

 

(地獄というのは、ここまでに暗く静かなのか……)

 

彼はそんなことを考える。

聞いた話だと灼熱の地獄で鬼がいると仏教では伝えられているものだが、実際は違ったらしい。

そして、そんなことを考えてしまう自分に笑ってしまった。

まさかそんな下らないことを考えるとは、思わなかったからだ。

それもこれも、執念の行き着く先……復讐を果たしたからだろう。

今まで心の殆どを締めていた復讐心がなくなったため、そんなことを考える余裕が出来ていた。

成すべき事は成した。

故にもう心残りはない。強いて言えば、別れ際に告白されたことの返事を返せなかったのは少しばかり気がかりになる程度である。

だが、彼はもう死んだ身。今更気にしても仕方ないと割り切った。

今はただ、この何もない暗闇に身を任せてゆっくりとするのも良いだろう。時間は限りなくあるのだから………。

そう考えて目を瞑ろうとした彼だったが、急遽目を見開くことになった。

 

「あれ、やっと起きたんだ」

 

その声を彼は知っている。

彼が知っている中で、一番あくどいあの男の声。

その声を聞いた瞬間、彼は自分がいるところが地獄でないことを察する。

寧ろ地獄の方がどれだけ穏やかなことかと思ったくらいだ。

彼はその声がした方向に目を向けると、そこにはニタニタとした笑みを浮かべた長髪の男が立っていた。

 

「やぁ、久しぶり。目覚めはどうだい?」

「……………最悪だ…」

 

彼はその男にそう答えた。

せっかくゆっくり出来ると思ったのに、この男の所為で彼は自分の状況を改めて認識させられたのだ。

彼は身体を動かそうとしたが、激痛が走り即座に呻く。

それが彼の現状……生きているということを嫌でも理解させられた。

彼はその痛みに堪えつつ、その男へと聞く。

 

「………何で……生きているんだ……」

 

改めて声が出辛くしゃがれた声を出す自分に彼は驚いた。

気付けば喉がカラカラであり、身体が水分を欲している。

それを察して長髪の男がいつの間にかコップに注いだ水を渡してきた。

 

「取りあえずこれでも飲んで落ち着きなよ。喋るのもしんどいでしょ」

「……………」

 

彼はその提案を無言で受け、受け取った水を身体に浸透させるようにゆっくりと飲む。

染みこんできた水分によって身体が潤っていくのを感じながら、彼はその水を飲み干した。

そしてそれを終えるとコップを持ったまま長髪の男に再度聞く。

 

「何で……俺は生きているんだ? あの時、死んだはず……」

 

彼の質問を受けたその男は、何やら驚きと呆れ返りの混ざった笑顔で答えた。

 

「いや~、死んだと思ったんだけどね。どうやら君の身体は君が思っている以上に執念深いらしい。君の遺体を回収して研究所に持って行く際中、急に心臓が動き始めるんだからさ。しかもよく調べたら、胸に埋め込まれたコアの御蔭で心臓が潰れなかったようだ。流石に出血はまずかったけどね。それで急遽、君の治療をしたんだよ」

 

その後、その男から改めて自分の当時の状態を聞かされたが、聞いていた彼自身呆れ返るしかないほどにその状態は酷かった。

死んでいるのが当たり前だというのに、自分の身体はそれでも生きようとしていたのだから。

それに関して彼は戦いを始める前にある人物にしてもらった物が原因ではないか? と疑ったが、

 

「いや、あの人のアレは君の身体を治すためだけのものであってそんな機能はないよ。まさか本当に人外になっているとは思わなかったよ」

 

その男は面白い物を見るような目で彼にそう答えた。

彼は気付かぬ内に自分の身体が正常に戻っても戻りきっていないことに少々引く。

そしてまた、別の事に気付いた。

それは彼の右腕である。あの戦いで自分の右腕は使い物にならなくなるくらいボロボロになっていたのだ。それが綺麗さっぱりと治っているのは可笑しい。

 

「何で右腕が治ってるんだ? 腕は肩から千切れかけてたし、右手はハンドカノンの暴発で消し飛んだはずだが?」

 

その質問にその男は意地悪い笑みを浮かべた。

 

「君が運び込まれてから結構経ったからね。君の右手を細胞から培養して作り、元通りにくっつけるくらい何てことはないよ」

「………どれくらいあれから経った?」

 

明らかに異常なことに彼は驚かない。

彼が知る限り、その男の有している組織は人格は崩壊しているが腕は確かな天才揃いである。当然、自分の細胞から何までのデータもとってあるのだから、それくらい難なく行えるだろう。

 

「あれから三週間くらいかな。君の右手をくっつけるのに一週間は経ったけど」

 

その時間を聞いて彼は改めて呆れてしまう。

自分はあの戦いで満足して逝けると思ったのに、自分の身体はそれを良しとせずに生き残ろうとした。

その生き汚さに呆れるほかないだろう。

彼の考えていることにその男は気づいているのか、笑いながら改めて聞いてきた。

 

「さて、せっかく生き残ったんだからこれからどうしようか。僕としてはウチで専属の操縦者をしてほしいかな。君の胸のコアは砕けちゃったけど、君の御蔭でもう擬似コアは完成したからね。気兼ねなくISに乗れるよ。何なら、IS学園にだって通えるけど、君はどうしたい?」

 

その男の問いかけに彼はクスリと笑う。

その笑みには自虐の念が込められていた。

 

「あまりイジワルなことは聞くな。今更どの面下げてあの学園に行けというんだ? あの戦いでもう、『俺』は死んだんだ。死人が生者の前に出しゃばっていいわけがない。それにな……普通の身体に戻ったんだ。そんな痛いのはもう御免だ」

「ま、それもそうだね」

 

彼の答えに男は笑う。

それはその男自身が望んでいた答えらしい。

 

「なら、どうする。僕としては、せっかく身を粉にして働いてくれた大切な友人だ。君の御蔭で僕達の悲願は叶ったんだから、その立役者である君の願いは何だって叶えたいと思っているよ。何か願いはないかい? あるんだったら、それを僕は全力で助けよう」

 

その男の提案に彼は少し考え込む。

いきなりそんな事を言われれば誰だって考え込むものだろう。

そして今までの願いがたった一つしかなかった彼は、その提案にどう答えようかと真剣に悩んだ。

そうして悩むこと数分。

彼はとあるものを思いついた。

それはまだ小さい頃にあった夢。無邪気だったころに思い描いた将来。

それをお願いしてみるのはどうだろうかと。

せっかく元の身体に戻った今なら、それを叶えることも出来るかもしれない。

 

「だったら、俺は…………なってみたい」

 

その願いを聞いた男は………その場で爆笑した。

それはもう可笑しいとばかりに笑い、笑われた彼は自分の頬が熱くなっていくのを感じた。

 

「あっはっはっはっはっはっ!! いや、真逆君からそんな願いが出るなんて思いもしなかったよ! 実に可愛らしいことじゃないか」

「あまり笑うな……」

 

恥ずかしさを紛らわせるように殺気を込めてその男を彼は睨むが、男はその殺気をそよ風のように受け流す。

そして一頻り笑ったら笑うのを止めて彼に話しかけた。

 

「わかった。そんなささやかなことでいいなんて思わなかったけどね。是非とも協力させてもらうよ、君の夢に。他に何かあるかい?」

 

そう聞いてきた男に、彼は改めて答える。

 

「だったら……新しい名前と戸籍を用意してくれ。さっきも言ったが、『俺』はもう死んだからな。死人は出歩くわけにはいかない」

「ああ、分かったよ。そうだな~……それじゃあ名前は僕が決めよう」

 

いきなりそう言われた彼は少し驚き、そして男に聞く。

 

「随分と急だな。真逆変な名前を付けるつもりじゃないだろうな?」

「いやいや、そんな事ないよ。実は君が学園に本名で行かなかった場合を考えて用意しておいた名前があるんだよ。結局使わなかったからお蔵入りだったけどね」

「どんな名前なんだ?」

「それはね……………………」

 

彼は男からその名を聞いて、やっと……笑った。

 

 

 

『拝啓  織斑 一夏様。

 

冬もますます厳しくなり、寒さで凍える毎日となっております。そちらは如何でしょうか? 出来れば天国でゆっくりと過ごしていることを願います。貴方は誰よりも頑張っていましたから、ここいらで羽をゆっくりと伸ばして休んで下さい。

 

貴方がいなくなってから、早三ヶ月の時間が経ちました。

貴方がいなくなっても世の中は全く変わらずに進んでしまいます。それが私は少し悲しいです。まるで貴方がいたことが嘘であるかのように感じてしまって。

あの後の近況を方向させていただきますね。

あの後、私は姉さん…ううん、お姉ちゃんと仲直りをしました。

私が気にしているように、お姉ちゃんもずっと気にしていたみたいで、泣きながら謝ってました。お互いに似たもの同士なんだなぁ、って改めて思ってたら、私も泣いちゃって、気がつけばどちらが謝っているのか分からない始末です。でも、御蔭で今ではわだかまりなく、お姉ちゃんと仲良くしています。ただ、それでタガが外れたのか、過保護になってしまうお姉ちゃんにはちょっとタジタジですけどね。

でも、だからってお姉ちゃんに挑戦することは変わっていません。仲直りしたからって、お姉ちゃんが目標であることはかわらないから。貴方のように、自分の信念を貫いてお姉ちゃんに勝とうと日々頑張っています。

あまり長話も何ですから、今回の報告はこれで以上です。

次回もまた、すぐにご報告に上がりますので、それを楽しみにしていただければ幸いです。

 

                            敬具

 

 

追記

 

私は今でも貴方のことを想っていますので、返事を聞けなかったことには少しばかり怒っております。出来ればその事を後悔してもらえると有り難いです   

                      

                              更識 簪より  』

 

 

「簪ちゃんもよく一週間に一回報告にくるわよね~」

 

そう少し呆れながらも笑うのは、水色の髪をしてプロポーション抜群の美しい少女……IS学園生徒会長の更識 楯無である。

彼女にそう言われた少女は頬を恥ずかしさで赤らめながら楯無に答える。

 

「だってお姉ちゃん……一夏に会いたいんだもん」

 

少し悲しそうな笑顔を浮かべつつも恥じらい答えるのは、更識 簪。

楯無の妹であり、復讐人であった『織斑 一夏』が唯一心を開いていた少女である。

簪はそう楯無に答えると、手に持っていた手紙を目の前の墓に添える。

御影石で作られた美しい日本式の墓石。その墓標に刻まれたのは『織斑家』という文字。

織斑 一夏の姉である織斑 千冬が買った彼のための墓である。

と言っても、この墓には一つも遺骨は入っていない。

遺体は彼が属していた組織に引き取られ、返却されることはなかった。

そのことで幾度となく抗議したが、それを聞き留めてもらえることはなかったのだ。

そのため、彼の遺骨は入っていない。

しかし、簪にとってはここが彼の墓であった。

現在、簪達がいるのはIS学園から離れた郊外にある墓場。その中でも見通しが良い丘の上に作られたのが彼の墓。

簪は一週間に一回、必ずと言っていいくらいにこの墓に墓参りをする。

その際に、自分の近況を手紙に書いて報告し、墓に添えるようにしていた。

簪にとって、それは一夏との思い出を大切にすると同時に、一夏への抗議でもある。

一夏は告白しても答えを言わないで消えてしまったのだから、告白した側としては文句の一つでも言いたいところである。

 

(私は私で頑張ってるから。一夏みたいに頑張ってるからね。だから一夏。ゆっくりと休んで……)

 

墓の前でそう願う簪のことを楯無は姉として優しく見守る。

この墓参りが簪の傷を癒すのに必要だと分かっているから。

そして思う。

 

(簪ちゃんの心にここまで入って来て、それでさっさと消えちゃうんだから。本当に妬ましいわよ、織斑君! 覚えてなさい!)

 

そう楯無は今はこの世にいないであろう一夏に毒づくのであった。

 

 

 

 そしてしばらく二人は墓で話し合った後、これからどうするか話し合う。

今日は休日であり、時間は丁度お昼頃。そして二人のお腹が丁度同時に空腹を訴えた。

互いに鳴った腹の可愛らしい音に赤面しつつ、昼食を取りに行こうと提案する楯無。

その提案を受け、簪はあることを思い出した。

 

「あっ!? そう言えばこの辺の近くに美味しいラーメンの屋台があるってクラスの人達が噂してたよ」

「ラーメン? そう言えば聞いたことはあるけど実際に食べたことはないわね?」

 

楯無と簪は対暗部用暗部の家柄にして名家である『更識』のお嬢様である。

故にそう言った『俗な食べ物』を口にすることが今までなかった。

しかし、興味は二人ともあり、それを聞いて即座に昼食をその屋台で取ることにした。

 

「簪ちゃん、そのラーメン屋さんってどんな感じなの?」

 

その屋台があると噂されている所に二人で移動している際、楯無が聞いてきた。

そのことに簪は噂を聞いた程度ながらに答えた。

 

「ええっとね。何でも二ヶ月前くらいに始めたらしいんだけど、これが凄く美味しいんだって。それで今じゃ学園でも結構噂になってるんだ」

「そうなんだ。ちょっと楽しみね」

「うん!」

 

初めて食べるラーメンに二人とも胸を弾ませながら歩いていると、その屋台らしきものを見つけた。

見た感じは木製の屋台で、少し前に作られたらしく真新しさを感じさせる。

だが、その屋台から流れてくる良い香りは、二人の食欲を刺激していく。

お昼が始まったばかりの所為なのか、お客さんは入っていないようだ。

屋台の名前は……

 

『天河ラーメン』

 

と書いてあった。

たぶん店主の名前を使っているのだろう。

二人はその如何にもなラーメン屋に期待を膨らませながらのれんを潜った。

 

「すみませ~ん、営業してますか」

 

楯無の明るい声に店主であろう人が声を出す。

 

「あ、今丁度営業開始です!」

 

簪はそんな勢いの良い声を聞いて、目の前にいる店主が思った以上に若い人だと認識した。

そして店主は振り返り、満面の笑みを浮かべて二人に挨拶をした。

 

「いらっしゃいませ、お客様! ようこそ、天河(てんかわ)ラーメンへ……え?」

 

そして店主は挨拶をしながらその顔を固めた。

その顔を見た簪と楯無もあまりの衝撃で固まってしまった。

何故なら、その人物は本来いるのが可笑しいから。

他人のそら似かもしれない。簪の知っている人物はそんな威勢の良い声は出さないし、こんな綺麗な笑顔なんて浮かべない。

だが、その店主は簪の顔を見て固まっていた。つまり簪のことを知っている。

そんな人物など、一人しかいない。

そして簪は顔を真っ赤にして、腹の底から大声で叫んだ。

 

「あぁあああああああああああああああああああああああ! 一夏ぁあああああああああああああああああああああああああっ!!!!」

 

 

 

 この後、この店の店主、『天河 明人(てんかわ あきと)』と名乗っている織斑 一夏だった彼と簪達は一騒動起こすわけだが、それはまた別の話である。

ただ言えるのは、その騒動の際に簪が喜びで涙を流しながら騒いでいるということであった。

 

 

 

 

 



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