世界のハザマに蝶が舞う (ローグ5)
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オルフェウスのウワサ
オルフェウスのそのウワサ
未練を残して死んでしまったアナタも一安心!
この世とあの世のハザマ
其処をうろつくオルフェウス
彼に会えたらそれはラッキー!
若くして死んだアナタの心残りを叶えてくれる
おまけに残された人を守ってくれる
そんなヒーローがいるってもっぱらのウワサ!
カッコイイー!
「──────じゃあな。あと70年は来るんじゃねぇぞ」
彼方にある光の中に消えていく小柄な影。まだ幼かった少女の姿が完全に見えなくなっていくのを見ると青年は草の中に寝ころんだ。
腕を枕にした青年の前に広がるのは少女の消えていった光の中、巨大な樹を中心に穏やかな街並みが広がる世界でなく何の変哲もない河原。
青年の寝ころんだ雑草の生い茂る土手が延々と広がり、横合いには破れたフェンスがあるだけの面白みのない場所だ。
それでもこの河原は青年にとってなじみの深い場所である。
短かった人生の中でもここ以上に思いで深い場所は、世界中の洗濯物を真っ白にしたいなどと大真面目で考えていた男がやっていたクリーニング屋の店舗くらいしかない。
そう言えばあいつらと会わなくなってどれくらい経つっけな────そんな事を考えながら青年は目をつむる。
そうしてしばらく経つと土手の上に気配。
このハザマの世界に来てから慣れっこになった事だが一人送り返して、すぐにかと青年は目を開く。
彼の目線の先に居たのは中学生くらいの少女だった。
「こ、こんにちは……」
多少ワイルドな点のある青年の風貌に押されたのか少女は曖昧にえへへと笑う。
「ええと僕、安名メルって言います」
メルと名乗った少女の恰好は青年が生きていた現代社会、西暦2003年から2015年あたりまでを基準にすると良く言えば個性的な、悪く言えば目立つ格好だった。
メルは黒いインナーの上に若草色のふわふわとした髪と同色の、ゆったりとした衣装を着込んでおりその上から天女のような薄く透ける布を纏ってる占い師風の姿をしている。
メルが生来持ち、周囲の人から愛されてきた事によって育まれてきた愛嬌とやけにマッチしていたものの、日本の街中においてはとても印象的な恰好だろう。
「ボクはその、最近この世界に死後の世界に来て、ああ死んだのは結構前なんですけど、お頼みしたいことがあるんです」
「……そうか」
青年は自分もかなり早く死んだ方だがそれよりも若い、おそらく中学生程のメルが死んだのは気持ちの良い事ではなかったと感じた。
「いいぜ。まず話を聞いてやるよ。俺は──────」
そして青年は自分の名前をメルに告げた。
「乾巧だ。短い間だがよろしく」
「よろしくお願いします乾さん!」
何処か色褪せた蒼色に広がる空の下、メルと巧は土手の上を歩いていく。
まるで彼らがいるのがこの土手しかない本当に小さな星であるかの様にただ同じ景色が広がる中を二人は歩いていく。
「……さっき結構前に死んだって言ってたって事は、ここがどんなところか知っているんだよな」
「はい。乾さんの前にあった人に教えてもらいました。ここは、現世と死後の世界の間だって」
「そうだ。ここは死んだ奴が天国だかどっかに行く前に通る世界、さしずめ『世界のハザマ』ってやつだ」
彼らの言う通りここは生と死の二つの世界の境界にある場所である。
現世で死んだ人間の一部はこの場所を通り死後の世界に行くのだという何とも不思議な場所だった。
「しかも妙な事にここにはいろんな世界の死人が流れ着くらしいが……なあメル。お前は何処の街に住んでたんだ?」
「ボクは神浜市っていう街に住んでいました。人口300万を超える大都市だったんですけど知っていますか?」
「神浜か。前もそこから来た奴がいたけど、俺のいた世界だとその場所にあったのは横浜市って街だった。お前も俺と別の世界から来たようだな」
「聞いた時は驚きましたけど本当にそんな、パラレルワールドとか異世界なんて本当に有ったんですねー」
それからメルは元から話好きな質であるのか口数の多くない巧に話しかけ続けた。占いが好きで将来は占い師になりたかったという事。
凄腕の占い師になりたいという願いをかなえる為、キュウべえと契約して魔法少女になったという事。
尊敬できるリーダーの七海やちよや少しだらしないところのある梓みふゆ達と共に人々を魔女の脅威から守る為に戦っていた事。
長くはないけど幸せな時間だった事。
そして、その果てにやちよを護りメルは死んでしまったという事。
「ボクは最後にやちよさんを守る事が出来ました。死んでしまったのはとても悲しいけど……それでも大切な仲間や家族はまだ生きている、その事がとても嬉しいんです」
「そうか……」
巧はただそれだけ言った。
二人は似た世界で似たような時代を生きた人間同士だが、メルと巧の歩んできた人生は多くの点で異なる。
それでも巧にはメルが短い人生を頑張って必死に、それこそかつての自分や仲間達と同様に走り抜けてきた事は痛いほどに良く分かった。
だから巧はガラじゃないと思っていてもメルの頭に手を置いてこう言った。
「よく頑張ったな、メル」
「えへへ……ありがとうございます巧さん」
わしゃわしゃと髪を撫でられて笑うメルの顔が本当にまだあどけなくて、彼女が夢を叶える事もなく死んだ事が巧は悲しかった。
巧とメルはそれからも歩き続けた。
メルの自己紹介から彼女の頼み事へと話題を変えながら。
「一応お聞きしますが、ボクが生き返るのは無理、なんですよね?」
「ああ。完全に死んでしまった人間を生き返らせるのは無理だ。それこそオル────―何でもねえわすれてくれ」
様々な事情から非常に特殊な死者であり、稀にだが現世に行く事すら出来る巧はこのハザマに来てから何度か、現世において殆ど死んでいる人間完全な死に至ってない人間をこのハザマから現世に送り返してきた。
メルの直前に一緒にいた少女もそうだ。
しかし完全に死んでしまった人間、それこそメルのように死んでから時間がたち、肉体すらない人間を生き返らせるのは無理だ。
人は死という軛から逃れられない。
もし死から逃れる方法があるとするならそれは死より生まれ出る怪物になるか、全ての生者と死者をひっくり返す機械を使うか、または世界そのものの歴史を改変するか、いずれにせよ相当な外法を使わねば無理だろう。
それを聞いてメルは残念そうだった。
しかし元より覚悟の上だったのか大きなショックを受けた様子はない。
「やっぱりそうでしたか……なら乾さん、せめてものお願いがあるんです」
そう言ってメルが取り出したのは何枚かのタロットカード。
何事か書き連ねてあるそれらを束ねてメルは巧に手渡した。
「このタロットカードを僕のお母さんや、仲間達に渡してほしいんです。死んだ時にやちよさん以外には何も言えなかったから……」
「…………」
巧はタロットカードをメルから受け取った。使い込まれたタロットカードの数は十枚たらず。
「……アタシからも宜しく頼む」
「うわっかなえさん!? いつから其処へいたんですか!?」
「……さっきから来てた。アタシはメルを迎えに来た」
いつの間にか二人の行く手には黒を中心としたパンクな衣装の少女がたっていた。
顔立ち自体は童顔な物の所々が破れた衣装もあり、かなえと呼ばれた三白眼の少女は巧を睨んでいるように見える。
一方かなえも微妙にガラの悪い巧に同じような印象を持った。
((……こいつ微妙に俺/アタシと似てるな……))
そんな事をほぼ同時に考えたからか二人は同時に目をそらし、かなえは再度頼むという様に頭を下げ、巧はこの世界のハザマの出口へと歩きだした。
「……分かった。お前の願い、引き受けてやるよ」
「ほ、本当ですか! ありがとうございます! 乾さん!」
「だけどその前に一つだけ聞かせてくれ。……なぁメル。お前の人生は幸せだったか?」
振り向いた巧はメルに問うた。
かなえは自分の横に立つメルを少しだけ不安に感じて見る。
巧の問いにメルはにっこりと笑って答えを返す。
「ハイ! 幸せでした!」
「……なら、良かった」
巧は背を向けて歩き出した。
もう死んで久しい身だが、彼には今やる事が出来た。
ふわりと鮮やかな蒼のモルフォ蝶が幾つも羽を重ねて空を飛んでいった。
「はぁ……はぁっ……」
神浜市にある墓地のごく近く、一人の女性が息を荒げへたり込んでいた。
その目前には死体のように濁った白い体をした怪物が歩み寄っている。
何処か蛸に似た表情のない怪物は実に醜悪だ。
女性が白い怪物に襲われたのは若くして逝ってしまった娘の墓参りに来た後だった。
ある日突然死んでしまった娘、宝物だった娘の冥福を祈る為女性は墓参りを欠かさなかった。
先月は娘と仲の良かった先輩たち二人が来てくれたが今月は自分一人で来ていた。
それが悪かったのかもしれない。
突如襲い掛かってきた白い化け物は無言の振る舞いの内からも明らかに女性を嬲る事を楽しんでいた事がうかがえる。
何処か悠然と歩み寄る怪物はこの世の物とは思えないが、その振舞は負の意味合いで人間臭い。
この世界、特に神浜市においては人を襲う化け物すなわち魔女とそれらと戦う魔法少女と超常の存在は存在している。
だが、仮にメルや彼女の仲間であったやちよでもこの怪物を見れば奇怪に感じるだろう。
それほどまでに白い怪物は異質だった。
醜悪な怪物はその腕に携えた叉槍に似た形状の獲物を振りかざす。
怪物の手による死を観念した女性は目を閉じ、謝罪した。
娘の分も可能な限り生きると誓ったのに、こんなに早く終わってしまうとは。
ごめんなさいメル。お母さんは何もできなかった。
無念の内に生を終えようとする女性に対し、嘲笑う怪物は獲物を振り下ろ────────す前に古びたバイクが怪物を跳ね飛ばした。
「えっ? あの、これは」
「……あんたは逃げろ。それとこれを持っとけ」
怪物をはねたバイクに乗っていた男は女性を立ち上がらせると背を押して化け物から遠ざけた。
持っていたタロットカードの一枚をカバンに滑り込ませる事を忘れずに。
女性が頭を下げ何とか逃げていくのを背に巧は怪物と対峙する。
どういう訳かは知らないがこの世界に現れた、かつて彼が毎日の様に戦っていた死者から生れた存在、オルフェノクに。
しっかりと立つ巧の腹部には既に武骨なベルトが巻き付けられている。
更に右手には似たデザインのガラケーが握られており、巧は慣れた手つきで5,5,5、と連続して撃ちこむ。
「お前、何でここにいるのか知らねえが舐めたマネをしてくれたなぁ」
<<stannding by>>
蛸に似た姿のオクトパスオルフェノクはたじろぐように獲物を構えた。
新たに表れた巧が哀れなウサギではない自分を狩る力を持った戦士だと気づいたのだ。
「今度はこっちから行かせてもらうぜ! 変身!」
<<complete>>
ガラケーをベルトに装填すると放たれるのは紅い光の奔流。
眩しさに目をそらすオクトパスオルフェノクをよそに巧は構わず拳を撃ち込んだ。
「オラァッ!」
ややガラの悪い掛け声とともにオクトパスオルフェノクを殴り飛ばした巧の姿は一変している。
蛍を思わせるイエローの目を持つ頭部に、変身した巧の全身には黒いスーツとメカニカルな装甲が装着されており、鮮やかな赤のラインがその間を奔っている。
頭部は蛍のような黄色の目をしていた。
この姿こそ
かつて巧が人々の夢を守る為戦っていた頃の姿だ。
チャッと手首を回すとファイズはオクトパスオルフェノクに殴りかかる。
嵐のような連続攻撃に立ち上がった敵は長物を振り回すがファイズには当たらない。
むしろファイズの荒々しくも的確な攻撃に防戦一方だ。
「どこ見てんだっハァッ!」
「グギャッ!」
それどころかオクトパスオルフェノクが盾にした三叉槍を掴むと反動をつけて頭突きを叩き込みダウンさせた。
のけぞるようにして崩れ落ちるオクトパスオルフェノクに対してファイズは一度距離をとり必殺技を叩き込もうとするが、インターセプトの射撃がファイズへと襲来した。
「ぐぉっ!? 二人目いんのかよ!」
新たに表れたのは蜂に似た姿を持つビープオルフェノクだ。
一体どこから手に入れたのか左腕で保持する実銃と右手のボウガンに似た針を発射する機構でファイズの急所を狙う。
「しかも何処からパクってきたんだよその銃!? 治安悪いにもほどがあんだろ!」
高速で射線を遮るように動きながらファイズは背後でオクトパスオルフェノクが復帰するのを察知した。
このままでは挟み撃ちにされまずい事になるがそれよりもファイズがオートバシンにたどり着く方が早い。
飛び込み前転のように回転しながらファイズはオートバシンの横を通り抜けると、その時には既に赤く輝くファイズエッジが握られている。
ファイズエッジを手に入れたファイズは針と銃弾を弾きながら突進する。
動揺するビーオルフェノクに対してファイズは必殺技を発動する為のミッションメモリーをファイズエッジに装着。
<<Exceed Charge>>
「オオアアアッ!」
エネルギーの充填を告げる音と共に流星の如く輝く斬撃が三度ビーオルフェノクを切り裂いた。
ビーオルフェノクが蒼い炎と共に灰燼に帰していくその時には、ファイズはすでにオクトパスオルフェノクに向き直っている。
オクトパスオルフェノクは覚悟を決めたのか距離の空いたファイズへ向けて三叉槍を掲げ全力で突進していく。
対するファイズも今度はファイズポインターにミッションメモリーを装着し本能に任せるままに疾走した。
「ハアアアアアッ!!!」
メルの想いを、すでに死んでしまった女の子の想いを背負う様に走るファイズは高く跳躍すると同時にポインターから紅い円錐を放つ。
紅い円錐はオクトパスオルフェノクの三叉槍をへし折りながら白い体に突き刺さり一泊遅れてファイズが飛び込んだ。
オクトパスオルフェノクを貫いたファイズが背後に着地すると同時に、オクトパスオルフェノクは信じられない物を見る様にぎこちなく振り向き、ファイズを見るとそのまま相棒と同様に蒼い炎の中に崩れ落ちていく。
春風に吹かれオルフェノクたちの残骸である灰の一部が、ファイズに降りかかった。
巧は先程助けた女性が自分のカバンの中にあるタロットカードに気づき、嗚咽するのを木の影から見ていた。
タロットカードに書かれていたのはメルらしい言葉で書かれた家族の健康と幸せを願う言葉。
それは大切な娘を失った女性にはどのように感じられるだろう。
先程怪物から救われた事と合わせ死んだ娘が護ってくれたと感じるのだろうか。
親であったことがない巧には分からない。
「さてと、次行くか。次は……なんだこりゃ、七海やちよに梓みふゆ、由比鶴乃に十咎ももこ。後は全員反対側に居んのか。こりゃ明日にする方がいいかもな」
しっかし名前みたいな名字が妙に多いぜ。そう言いながら巧はオートバシンのスロットルをひねり走り出した。
夜の神浜市を巧は一人走っていく。
巧には分からない。
今自分が行っている事の価値が。
自分にも仲間や家族はいたがメルのそれとは異なるからただ想像する事しかできない。
ただそれでも占いが好きで凄腕の占い師になりたいという夢を持っていた安名メルと言う少女が、ただ傷ついてただ苦しんでただ失うだけの人生ではなく、愛し愛される幸福な人生を送っていた事を証明する事は、無意味ではないはずだと巧は思う。
狼の遠吠えにも似たエンジン音を響かせながら巧は走り続けた。
Rogue 5の拙い作品を読んでいただきありがとうございました。
この作品と同じ世界観での作品はあと一つ考えていますが実際にお出しできる形にまとめるにはもうしばらくかかりそうです。
ちなみに本作で個人的に気に入っている部分は
>わしゃわしゃと髪を撫でられて笑うメルの顔が本当にまだあどけなくて、彼女が夢を叶>える事もなく死んだ事が巧は悲しかった。
>春風に吹かれオルフェノクたちの残骸である灰の一部が、ファイズに降りかかった。
のあたりです。
人によっては辛気臭く感じると思うのですがこういう部分がファイズらしさかなとRogue 5は思うのです。
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