異聞帯がロスリックだった件 (理力99奔流スナイパー)
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プロローグ

 ◎

 

 

 かつて、俺は無知だった。

 

 __出来ることなら、ずっと無知のままで居たかった。

 

 知りたくなかった。知るべきではなかった。

 

 俺は両目を潰し、舌を噛み切り、耳を引き裂く。無意味なことだと理解していても。

 

 叶うなら、忘れてしまいたかった。目を背けたかった。もう逃げ出したかった。

 

 けれど、俺の魂は許しはしなかった。 

 

 俺は自分が思っていたよりもずっと愚か者だった。真実に蓋をして覆い隠すことも、諦めて見て見ぬフリをして生きるような賢さすら持っていなかった。

 

 魂が、叫ぶのだ。

 

 忘れるな、見過ごすな、逃げるな__成すのだ。己に出来ることを成さなければならない。

 

 例えその果てが破滅でしかなかろうと、道半ばで心折れることなどあってはならない。

 

 俺は困惑し、そして漸く理解する。

 

 __ああ。

 

 この、これが、俺の“人間性(ヒューマニティ)”か。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ◎

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 __そうさね。

 

 そこはロスリック。火を継いだ、古い“薪の王”たちの故郷が、流れ着く場所さね。

 

 けれど、今や火は陰り、そして奪われた。世界は闇に呑まれ、神の枷は外れ、人々は呪われる。

 

 だからロスリックは、ありとあらゆる土地が漂流する“吹き溜まり”に成り果てたのさ。

 

 そして、あの予言は再現される。

 

 “火は陰り”。

 

 “王たちに玉座なし”。

 

 再び鐘は響き渡り、一人の灰によって玉座に焚べられたはずの古い薪の王たちは、もう一度焼かれる為に、呼び起される。

 

 __深みの聖者、エルドリッチ。

 

 __ファランの不死隊、深淵の監視者たち。

 

 __罪の都の孤独な王、巨人のヨーム。

 

 __血統の末、ロスリックの聖王。

 

 そして、太陽と光の神。

 

 __大王、グウィン。

 

 けれどね、王たちは、玉座を捨てるだろう。最初の薪の王、グウィンすらもきっと。

 

 そして、“火の無き灰”たちがやって来る。

 

 名も無く、薪にもなれなんだ、呪われた不死。

 

 けれど、ああ、だからこそ。

 

 __灰は残り火を求めるのさね。

 

 存続か、滅亡か。

 

 とっくの昔に終わってしまった世界。これは本来の物語ではない。

 

 世界にすら見捨てられ、剪定された行き止まりの人類史。あり得たかもしれない可能性……その中でも、最悪の未来さね。

 

 人間性を捧げ、

 

 絶望を焚べ、

 

 そして、死に祈りを__。

 

「最高のエンターテイメントだろう? 貴公」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ◎

 

 

『__選ばれし君たちに提案し、捨てられた君たちに提示する』

 

 男の脳内に、空虚な声が木霊する。

 

 深い眠りに付いていた男の意識は覚醒し、不快そうに顔をしかめる。

 

『__栄光を望むならば、蘇生を選べ』

 

 暗闇と静寂に満ちた空間内で、己の現状を把握するよりも先に、意味不明な選択を迫られた。

 

『____怠惰を望むならば、永久の眠りを選べ』

 

 男は困惑する。何故ならばそのどれも男が必要しない選択であったからだ。故に、男は何者か、ここはどこかと声に対して尋ねるが、質問に対する答え以外は求めていないらしく、悉く無視されてしまう。

 

 少しばかり苛立つ。眠りを妨げられたからではない。己にはやるべきことが、成すべきことがあるというのに、こんな所で時間を費やしている場合ではなかった。

 

 その為に、人を裏切り、獣に加担したのだ。

 

『____神は、どちらでもいい』

 

 その空虚な声に、男は確かに傲慢さを感じ取った。己を神と自称する存在にロクな奴などいない。

 

 けれど、面白そうだ。

 

 男は笑い、声の問いかけに頷く。その瞳に暗闇よりも暗い、深淵を覗かせながら__。

 

 そして、運命(Fate)と出会う。



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エルデンという男

 ◎

 

 

 一度死んで、甦る。

 

 その時、ある記憶を思い出した。

 

 否、知識と言うべきか。誰かも分からぬ、膨大な情報が濁流のように流れ込んでくる。激しい頭痛に襲われ、脳がパンクしそうになった。

 

 火の時代。不死人。火継ぎ。薪の王。ダークソウル。

 

 聖杯戦争。英霊。カルデア。人理焼却。魔神柱。人類悪。

 

 ただただ驚愕し、混乱し、困惑する。全てが信じ難きものばかりだった。けれど、本能的にそれが紛れも無き事実なのだと悟ってしまう。

 

 その果てに、理解する。理解してしまった。これまで起きたことから、これから起きることまで。

 

 世界は、悲劇なのだと。酷く憂い、嘆いた。

 

 故に、考える。己が未知なる知識を与えられた理由を。一体何をすべきなのかを。

 

 その答えを求め、探究の旅へと向かった。

 

 巨人の穴蔵へ忍び込み、禁忌の資料を漁った。

 

 南米で眠る水晶蜘蛛に接触し、その正体を知った。

 

 魔術協会が封印する、呪われた古い都を訪れ、そして啓蒙を得た。

 

 その地下深くにある神の墓を暴き、拝領した。

 

 今や忘れ去られた漁村を探し出し、秘密を暴いた。

 

 生まれながらに根源と接続する少女と出会い、舌を噛んで語り明かした。

 

 極東の島国へ向かい、かつて滅んだ小国へ赴き、その名残を貪った。

 

 かの時代の痕跡が残る場所を探して廻り、真実を確認した。

 

 それからもずっと旅を続け、世界各地を廻った。そこには様々な出会いと発見があった。

 

 多くを学び、知り、啓蒙を深めた。けれど、けれど、やはりこの世界には、ただ悲劇ばかりがあるのだと再認識する。

 

 人間性を捧げ、絶望を焚べ、死に祈り、

 

 __そして、遂に見つけた。

 

 暁が眠る、素晴らしき物語の果てを。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ◎

 

 

 __エルデン・ヴィンハイム。

 

 その名は、魔術世界において良くも悪くも有名だった。

 

 曰く、ヴィンハイムの天才。

 

 曰く、深淵の忌み子。

 

 曰く、快楽的破滅主義者。

 

 曰く、魂の探究者。

 

 曰く、突然変異。

 

 曰く、狂人。

 

 彼の姓であるヴィンハイムという一族は、“竜の学院”とも呼ばれ、最古の歴史を持ちながら魔術師たちの中でも異端とされる家系であった。

 

 それは彼らが魔術において変換不能で役立たずの栄養分とされる魂を魔力に変換させ、通常のものとは桁違いな威力を持つ魔術を行使するという彼らヴィンハイムの血統の者にしかできない特異な魔術を使用していたこと、そして何よりも大半の者が根源への到達を目的にするどころか興味すらなかったからである。

 

 自分たちの始祖である“白竜シース”の命題を解く。それだけを目的に彼らは魔術を究め、知識を貪る。第三魔法に近いその魔術を利用すれば根源への到達は不可能ではないというのに。

 

 エルデンは、そんなヴィンハイムにおいても異端とされる家系に生まれ落ち、数多くの禁忌の魔術に触れ、学んできたという。

 

 けれど、ヴィンハイムは彼を追放することはなかった。それどころか異端扱いをせず、高い地位を与えた。

 

 彼は、天才だったのだ。膨大な魔力量を持ち、難易度の高い“ソウルの魔術”を幾つも覚え、マスターし、一部の者しか使えぬ結晶魔術までも習得した。

 

 また研究熱心であり、ヴィンハイムでは既に失われ、文献にしか残ってないような魔術を再現し、復活させるという多大な功績をあげた。

 

 ヴィンハイムは実力主義。まだ若いエルデンだが、学長の地位にまで上り詰めるのは必然だった。

 

 彼が有名なのはそれだけが理由じゃない。彼は排他的なヴィンハイムにも関わらず時計塔の門を叩き、あのロード・エルメロイ二世に教えを乞うた。この時の魔術協会の騒ぎようは今でも語り草になっている。

 

 彼は、知識に対して貪欲過ぎた。世界各地を廻り、魔術だけでなく歴史、神話、遺物、ありとあらゆるものを徹底的に研究し、調べ尽くす。その姿は魔術師から見ても異常だった。

 

 更には遭遇した死徒や騒ぎを起こした魔術師を殺害。多くの事件に巻き込まれ、または関わり、故に彼の名を知らぬ魔術師は少ない。

 

 そんなエルデン・ヴィンハイムが、人理継続保障機関“フィニス・カルデア”に招かれた際は、誰もが何の冗談かと思った。

 

 しかも所長であるマリスビリー・アニムスフィア直々のスカウトであり、そこでも彼は優秀な成績を収め、Aチーム八人目のマスターに選ばれる。

 

 __そして現在。彼はその身を業火に焼かれていた。

 

「……熱い、いや熱いな、おい」

 

 燃え盛る炎の中、瓦礫の下敷きとなったコフィンの残骸の中から、それは這い出るように現れた。

 

 濃い青色のコートに身を包んだ、灰色にくすんだ髪が特徴的な青年。その姿は、瓦礫の下から出てきたにしては外傷が無く、平然としている。

 

 彼こそが、エルデン・ヴィンハイム。本来ならば居るはずのない八人目のクリプターに選ばれた男だ。

 

「……どうやら上手く行ったようだな」

 

 静かに笑う。彼は確かに死んだ。管制室を吹っ飛ばした爆弾によって、成す術無く、それはもうあっさりと。

 

 そして、生き残った数合わせの一般人と盾の英霊と融合した少女が手を繋ぎ、レイシフトしたタイミングを見計らって、“生き返った”。

 

 知っていたのだ、彼は。この日に起こること全てを知りながら彼は何もせず、人理を救う為に集った仲間たちの覚悟を踏みにじり、見捨てた。

 

 __あっさりと、何の感慨も無く。

 

「ッ……やはり生きていたか。エルデン・ヴィンハイム」

 

 その存在を顔を歪め、見据える男が居た。緑のシルクハットとタキシードを着用した紳士を思わせる男。

 

 レフ・ライノール・フラウロス。このカルデアを爆破した張本人であり、現代担当の魔神柱である。

 

「やぁ、貴公。見事な爆発だった。よくもまあ、バレずに仕掛けられたものだ」

 

「ふん……コフィンの中で存在が曖昧になっている状態ならばもしやと思ったが……つくづく化け物だな、貴様は」

 

「……それは心外だな、俺は一応人間さ。貴公も分かっているだろう?」

 

「ほざけ。貴様を人間だと言えたのは数千、数万年も昔の話だ。今頃になって先祖返りとでも言うのか? 全く以って馬鹿げているよ、おぞましい人間性の怪物が」

 

 忌々しげにレフは吐き捨てる。その顔にはエルデンへの怒り、嫌悪、不快感、そして恐怖と屈辱が滲み出ていた。

 

 既にこの身は人ではないが、少なくとも目の前の男よりはよっぽどマシだろう。そう思い、身震いする己が酷く腹立たしい。

 

「貴公。それが心外だというのだ」

 

 対するエルデンは、そんな罵詈雑言を気にする素振りすら見せず薄ら笑いを浮かべて語る。

 

「ならば人こそが、化け物と言えよう。どんなに長い時が過ぎようと、例えその“暗い魂”が枯れ果てようと、未だに神の枷を外せず落ちぶれようと、人の本質は変わっていない。貴公も分かっているはずだ」

 

「__黙れ。相変わらずの気狂いめ……生憎と貴様と人間談義をしている暇はない」

 

「……そうか。随分と嫌われたものだ」

 

 いくら罵声を浴びせようとも、エルデンはどこ吹く風。気味が悪い、レフは苛立った様子で舌打ちした。即座に八つ裂きにしてやりたかったが、それは王の意向に歯向かうことになるし、手こずるのは明白。あまりにもリスクが高過ぎる。三千年も費やした計画が水泡に帰すということだけはあってはならないことだ。

 

 そもそもどうやってもレフには彼を殺すことはできない。カルデアで彼の正体を把握してしまった時点ではもう、手遅れだった。

 

 故に、レフは激情を抑え込み、周囲の残骸と化したコフィンを確認する。内部に居る者たちは間違いなく死んでいる、その事実を改めて認識し、彼は口を三日月のように歪めて笑う。

 

「拍子抜けだな……一筋縄では行かぬと思っていたが、所詮は愚かで矮小な人間に過ぎなかったか……貴様と違い、あの真祖擬きも死んでくれたみたいで安心したよ」

 

 キリシュタリア・ヴォーダイム、芥ヒナコ、デイビット・ゼム・ヴォイド……あれだけ警戒していた面子は、あまりにも呆気無くその命を散らした。

 

 何と憐れなことか。レフは彼らを嘲笑する。

 

「……む、ヒナコも死んだのか? てっきり彼女も生き残るとばかり思っていたが」

 

「当たり前だ。奴はただ再生力が高いだけ……貴様のような正真正銘の不死とは違い、謂わば不死のような生き物に過ぎない。それでも生存する可能性はあったが、杞憂だったな」

 

「そうか……実に残念だ。人が滅んだ様を見れば、さぞ喜んだだろうに」

 

 あわよくば仲間に引き込むつもりだった。そう言いながらエルデンは交流を持った人ならざる少女へ黙祷する。

 

 意外にも彼は、少なからず罪悪感を抱いていた。己の目的の為に見捨て、犠牲にしてしまった彼らに対して。一部の者とは友情すら芽生えていたのだから当然だろう。

 

 けれど、それだけ。躊躇は無く、後悔も無い。彼はどうしようもない程に、狂っていた。

 

「さあ、我らの共犯者よ。これより私は特異点Fへ向かい、最後の仕上げを行う。それによってこの醜悪な人理は過去未来永劫一片足りとも残らず“焼却”される。我らが王の寵愛を失ったばかりに」

 

「……そうか。それは良い、とても良いな。やはり腐った絵画は焼かれるべきだ。故に、俺は貴公らをどこまでも肯定しよう。人から生まれし獣性よ」

 

 彼らの言う通り、この人類史という絵画は腐りかけだ。否、レフたちにとっては既に隅々まで腐り果てたという認識だろう。

 

 だから焼かねばならない。かつて、二つの灰が冷たい絵画へ火を灯したように。

 

「緩やかに腐っていくのは、見るに耐えない。一思いに焼き払い、新しく描き直す方が、よっぽどマシだ」

 

「その通り、その通りだとも。実に不愉快だが、貴様の意見に全くの同意だ。この星に寄生し、死に腐り続ける醜悪な虫けら共は消し去らねばならない。何故なら世界とは__」

 

「__悲劇なのだから」

 

 予測するようにエルデンが呟く。

 

「そう! そうだ! ならばこそ我らは世界を滅ぼさなければならない! 世界こそが悲劇だというのなら跡形も無く焼き尽すしかあるまい!」

 

 憎悪に満ちた、しかし満面の笑みを浮かべ、レフが叫ぶ。現代担当の“魔神柱”は、夥しい死という悲劇を築き上げる人類史に、人の有り様に我慢ならなかった。

 

 だからこそ、彼らは悲劇を消す為に、焼却するのだ。エルデンは静かに笑う。

 

「ああ。励みたまえよ。私は傍観しよう。貴公らは過去へ戻るなり、星そのものになるなり、好きにするといい」

 

「__貴様。どこまで知っている?」

 

「どこまでも__」 

 

 真顔になり、殺気立つレフ。そこには知り得ぬはずの自分たちの目的を知っていた男の得体の知れなさに対する驚きと焦りがあった。

 

 そんな反応に対し、エルデンはわざとらしく肩を竦める。

 

 人に“憐憫”を抱いた獣。エルデンは彼らの計画を全て知っていた。焼却した人理を燃料に、世界を創世記からやり直そうとしていることも何もかも。

 

 だからこそ、彼は賛同したのだ。人の世を、人の為に憂い、嘆き、悲しみ、人の為に滅ぼそうとする愛を知らぬ哀れな獣を。

 

 彼らの計画が失敗に終わることを知りながらも、七つの時代の英霊たちと縁を結んできた人類最後のマスターに敗北することを知りながらも__。

 

「けれど、世界を“灰”、或いは“闇”に戻すのならば、精々また“火”が灯されぬよう気を付けたまえよ」

 

 だからこそ、彼は忠告する。

 

「……度し難い、実に度し難い存在だよ、貴様は」

 

 憤りか、恐れか、小刻みに身体を震わせ、苦虫を噛み潰したような表情でレフは言う。

 

「だが、これだけは、これだけは言っておく……! 我らが王が作り上げる楽園に存在するのは完璧な不死。貴様のような不完全で、おぞましいものではない。断じてな……!」

 

「__そうか。それは良い、それは良いな。亡者ばかりが蔓延る闇の時代など、想像するだけで恐ろしい」 

 

 威圧するように吐き捨てた台詞。けれど、それに対してエルデンが見せたものはレフの予想とは違い、酷く安らかな笑みだった。

 

 これまでの薄ら寒さを感じる笑みとも違う、こんな表情ができるのかとレフは目を見開き、歯噛みする。

 

「ッ……もういい。長居し過ぎたな」

 

「行くのか__共犯者よ」

 

「ああ、行くとも。エルデン・ヴィンハイム……古い、古い人の末裔よ、協力してくれた礼だ。どこへでも行き、好きにするがいい。但し、我々の邪魔だけはしてくれるなよ」

 

 ギロリと睨み付け、レフは釘を刺す。けれど、エルデンは相変わらず顔に笑みを張り付けたままだ。

 

「分かっているさ……そうさな、暫くは眠っていよう。カルデアや他の連中に俺の生存を感付かれるのは些か面倒だ。貴公らもその方が都合が良いだろう?」

 

「……そうか。それがいい。監視する手間が無くなる」

 

 もう相手にしたくないといった様子でレフはそう言い、この場から去ろうとする。それに対し、エルデンは彼を、いや彼らを激励するかのように高らかに叫ぶ。

 

「__貴公らに、暗黒の魂(ダークソウル)あれ!」 

 

 それと同時に、辺りは光に包まれた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ◎

 

 

「__まさか二部があったとはな」

 

 火継ぎの祭祀場。

 

 かつて、そう呼ばれていた場所で、エルデンはただ座り込んでいた。

 

 視線の先には五つの巨大な玉座。そこには誰も居ない。遥か昔、玉座を捨て、故郷へ去った薪の王たちは灰の英雄によって狩られ、焚べられ、最古の火継ぎは再現された。

 

 けれど、火継ぎによる延命も火消しによる終焉も起こることはなく、火は奪われ、使命は失われ、今やそこは荒れ果て廃墟と化している。

 

 これでもエルデンが初めて訪れた時に比べればだいぶマシになっている。瓦礫は取り除き、崩落した階段の一部は修復し、一応は人が住めるまでにはなった。

 

「道理でキャラの濃い奴らだった訳だ。おまけに黒幕は上位者……しかも違う道を歩んだ並行世界とは、規模の大きなことをやってのける」

 

 エルデンは思い返す。カルデアが憐憫の獣(ゲーティア)を倒し、人理を救済するまでの間、肉体は眠りに付かせ、来るべき時を待っていた。

 

 けれど、そこで自身の知らない展開が発生した。

 

 __“異星の神”。

 

 __“クリプター”。

 

 __“人理の漂白”。

 

 __“異聞帯(ロストベルト)”。

 

 __“人理再編”。

 

 正に怒涛の展開。少なくともエルデンはこのような事態に至ることを知らず、予想もしていなかった。Aチームの面々の死亡は己自身がしっかりと確認したのだ。まさかこうも容易に蘇生させられるとは思ってもみなかった。

 

 おまけに管理を任された異聞帯は“火の時代が現代まで続いてしまい、世紀末と化したロスリック”……もはや地獄が可愛く見えてしまう。溜め息しか出ない。

 

 しかし、いくら己と縁が深いとはいえ他の異聞帯と比べてあまりにも異質過ぎる。

 

 こんなものはあり得たかもしれない人類史とは到底言えず、繁栄は不可能。それこそ滅ぼしてしまうことでしか先は無いだろう。

 

 あの神を騙る“上位者”は何を考えているのやら。エルデンは疑問に思わざるを得ない。

 

「何をしている、マスター」

 

「ん?」

 

 すると背後から声をかけられる。

 

 振り向いてみれば、マントの付いた白い厚着の教服を身に纏い、包帯が巻かれた武骨な大剣を背負った男が立っていた。

 

「ああ、セイバーか。なに、少しばかり考え事をしていた。どうしてこうも予想外の事態ばかり起きるのかと、な」

 

「ふむ……出来事というものはいつも突然だ。理由は後になって気付く。私の経験談から言うと、予期せぬことというのは然程珍しいものでもない」

 

「……そうだな。貴公が言うと、説得力がある」

 

 __剣士(セイバー)

 

 そう呼ばれた彼は、この異聞帯でエルデンが召喚した“八騎”のサーヴァントの内の一角である。

 

 これまで召喚してきたサーヴァントの中では、このセイバーは良識的な部類であり、実力も申し分無く、生前の偉業を知るが故に、エルデンは彼に対して絶対的な信頼を寄せていた。

 

「予想外で当たり前。予想出来てしまう未来など、酷くつまらぬものだというのはあの哀れな少女が証明していた。そう考えれば、今の状況は好機と言えよう……俺は漸く、この素晴らしき物語の登場人物となった訳だ」

 

「…………? それは、どういう意味だ?」

 

「……ああ、いや、ただの戯れ言だ。気にするな」

 

 そう言ってエルデンはふと天井を見上げる。そこには屋根が崩れ落ち、大穴が空いていた。

 

 __そして、そこから見える“青ざめた血の空”には“闇の刻印(ダークリング)”のような皆既日蝕が浮かんでいた。

 

 滅びを回避した世界? 違う、この世界はもう、とっくの昔に腐り果ててしまっている。時空が歪み、過去と未来、夢と現実が入り雑じったイカれた世界だ。

 

 だからこそ、面白い。

 

「__斯くして、“深淵の監視者”、“神喰らいのエルドリッチ”、“巨人のヨーム”、“王子ロスリック”はそれぞれの故郷へと去り、“大王グウィン”もまた古い王たちの地へと向かった」

 

 六人の薪の王たち。復活した彼らに呼応するかのように、あちこちで“縁ある者たち”が現界し、跋扈する。

 

 ファランには古老が率いる魔術師たちと番人たちが、イルシールでは法王とその傘下が__。

 

 更には“火の無き灰”たちも鐘の音と共に再び目覚め、王狩りの旅を強いられ、汎人類史の英霊たちもまた抑止力によって召喚されている。

 

 多くの勢力がこのロスリックの地に集い、争う。それはクリプターであるエルデンも例外ではなく、火を継いだ偉大なる王たちに対抗する準備を進めていた。

 

 王たちは、真実を知った。故に、彼らはその欺瞞に満ちた玉座を捨てた。

 

 ある者は戦いに備え、ある者は貪欲に力を求め、ある者はただ傍観することを決め、ある者は終わりを望み、ある者は約束を果たす為に。

 

「ならば我々は我々の計画を実行するとしよう。安らかな滅びを迎えなかった世界に今こそ、祈りと救いを__」

 

「……マスターの意のままに」

 

 異聞帯? 空想樹? 異星の神? __くだらない。至極どうでもいい。だが、精々便乗させてもらおう。骨の髄まで利用し尽くす。

 

 火から闇へ。神から人へ。時代は移り変わった。ならば人もまた終わりを迎えることは当然の道理。人の時代の終わり。それは全面的に肯定するが、再び神々の時代へ戻すなんてのは、論外。愚の骨頂である。

 

 ただ歴史を繰り返すだけだ。(ロンド)のように。

 

「__腐り果てた絵画は焼かれるべき。貴公もそう思うだろう? ◼️◼️◼️」




オ リ 主 無 双

するかは分かりません。セイバーの正体は分かる人ならすぐ分かるあの人です。


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秘匿者たち

 ◎

 

 

 偉大なる女神が目覚めを鎮める。

 

 彼らは、とても遠い所へ行った。

 

 勇士たちよ、勇士たちよ。輪の中の小人たちよ。

 

 __新たな(ロンド)を組み立てよ。

 

 彼らは、とても遠い所へ行った。

 

 麗しき貴女よ。封印の為に。

 

 ああ。新たなる(ロンド)

 

 英雄よ、目覚めたまえ。

 

 ああ。新たなる(ロンド)

 

 捧げる者、捧げられた者、捧げられた歴史、捧げられたマヌス__。

 

 行くべき道は整えた。偉大なる神よ。

 

 神こそが、理を作った。その者は、身を投じ蝋火となった。

 

 あなた達は憧憬する。あなたも後に続くだろう。

 

 ああ。選ばれし不死人よ。

 

 ああ。呪われた者よ。

 

 __グウィンよ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ◎

 

 

 不死に睡眠など必要無い。

 

 不死に食事など必要無い。

 

 それを便利と思うか退屈と思うかはその者次第だが、やはりというべきか、人間だった頃の名残はなかなか捨てられぬものだ。

 

 エルデン・ヴィンハイムもまた、その一人である。

 

「__という訳で、食糧を分けてくれないか? 頼む」

 

 そう頼み事をするエルデンの視線には、七人の男女がホログラムとして映っていた。

 

 カドック・ゼムルプス。

 

 オフェリア・ファムルソローネ。

 

 芥ヒナコ。

 

 スカンナジア・ペペロンチーノ。

 

 キリシュタリア・ヴォーダイム。

 

 ベリル・ガット。

 

 デイビット・ゼム・ヴォイド。

 

 彼ら皆、カルデアAチームのマスターたち。異星の神によって蘇生され、汎人類史の敵となったクリプターである。

 

『いきなり何を言ってるの? エルデン』

 

「ああ、輸送手段については心配無用だ。俺のサーヴァントの能力ならば異聞帯を往き来するくらいは造作も無い」

 

『そういうことじゃなくて……ハァ……貴方は相変わらずなようね、死んだら少しはまともになるかと思っていたのだけれど』

 

 眼帯の少女、オフェリアがそう言って溜め息を吐く。定例会議前に急に頼みがあると言われ、何事かと思えばまさか食糧が欲しいとは。

 

「……そういう貴公は随分と変わったな」

 

『何ですって?』

 

「恋に理由は無いと言うらしいが、随分とご執心ではないか。ヴォーダイムに」

 

『なっ……キリシュタリア様はそんなんじゃ……!』

 

「では、何かね? ん?」

 

『この……! 人の気持ちも知らないで……!』

 

『コラコラ。喧嘩しないの』

 

 このまま口論に発展しそうな二人の間にオカマ口調の男、ペペロンチーノが間に割り込み、宥める。

 

 その光景は、見慣れたものだった。

 

『けどエルデン……そんなに食糧に困っているの? アナタの所って』

 

「……ああ。酷いものだ。まともに食べられそうなのは苔とかしかない」

 

『は? コケってあの苔? えぇ……』

 

 エルデンの返答に流石にそれはないだろうと困惑してしまうペペロンチーノ。

 

 けれど、仕方無い。何せ彼の居る所は火継ぎが行われず、それでも火の時代が続いてしまったロスリック……食事を必要としない不死と理性を失った亡者ばかりが蔓延る世界なのだから。もはや農具は武器というのが常識となっている程だ。

 

「貴公の所はインドだったか? カレーとかないのか? カレー」

 

『うーん……別に構わないけれど、あんまり沢山は送れないわ。あ、それと良い感じの茶葉を見つけたのよ。それで良かったら如何?』

 

「ああ。頼む。この際、何でもいい」

 

 ペペロンチーノの言葉に声を弾ませるエルデン。すると今度は目付きの悪い白髪の少年、カドックへと視線を向ける。

 

『……何だ、僕にも集る気か? エル。生憎とこっちは農作物の育ち辛い極寒地帯でね。そちらへ供給してやるだけの余裕は無い』

 

「……そういえばカドックの所には確かヤガだったか? 獣と化した人間が居るのだろう?」

 

『ああ、それがどうかし……まさか』

 

 カドックはエルデンが何を言いたいのか察し、顔をしかめる。

 

「何匹かこちらへ……」

 

『断る! 駄目だろ普通! いつからカニバリズムに目覚めたんだお前は!』

 

「むぅ……肉……」

 

 カドックの言葉に押し黙るエルデン。彼はただひたすらに肉が食べたかった。もう何ヵ月も食べていない。緑花草も苔玉のサラダももう飽きた。

 

『カドックの言う通りよ。エルデン……その、私も出来る限りなら協力するから……』

 

「おお、本当か。感謝する。貴公はやはり優しいな、オフェリア」

 

『っ……ええ。当然でしょう』

 

 優しい、そう言われオフェリアは頬を僅かに染めて俯く。そんな態度にエルデンは不思議そうに首を傾げ、ペペロンチーノは相変わらず鈍感ねと呆れる。

 

「……ヒナコ、貴公は__」

 

『嫌だ。面倒くさい。何であんたの娯楽に私が手を貸さないと駄目なのよ』

 

 そして、先程から黙り込んでいた眼鏡の少女、ヒナコにも頼もうとすると喋り終わる前に拒絶されてしまう。

 

 食糧難はわりと切実な事情であるのだが、エルデンが不死であることを知っている彼女はそれが単なる人間の真似事をして楽しむ為であると理解しており、故に付き合う道理は無い。

 

「随分と冷たいじゃないか、貴公」

 

『うるさい。何でか自分の胸に聞いてみたら?』

 

「……まだ怒ってるのか?」

 

『………………』

 

 プイッとそっぽを向くヒナコ。そんな彼女にエルデンは溜め息を吐く。

 

 周囲から見た以前のカルデアでの彼らは仲が良く、共に居ることも多かったため一部では交際しているのではないかとも囁かれていた。それは今のヒナコの他者とは違う砕けた口調からも間違いないだろう。

 

 しかし、今はどこか距離がある。十中八九二人の間に何かあったのだろうが、空気を読んでかそれについて追及する者は居ない。

 

『__どうしたんだ、お二人さん。喧嘩でもしたのか?』

 

 ただ一人を除いては。

 

「まあ、そんなところだ……なに、貴公の気にすることではないよ。ガット」

 

『んだよ、水臭いな。ところで俺には頼まないのか? 食糧の件』

 

「……貴公の異聞帯はかなりヤバい状況じゃあないか。そんな所に集る程落ちぶれてはいない」

 

 リーゼントヘアーに尖った耳が特徴的な男、ベリルがケラケラと笑いながら言う。彼の言葉にエルデンは気にする素振りは見せず反応するが、ヒナコは不快に感じたのか睨み付けるように彼へ視線を向けた。

 

『おう、ひでぇもんだぜ。お前さんの所には負けるがな……大体何だよ“火の時代”って。そんな文明があったことすら知らなかったぜ?』

 

『当然だろう。神代より遥か昔。(ソウル)の物質化……即ち“第三魔法”が当たり前のように存在していた、古い神々の時代……その存在を知る者はおろか実在を信じている者は魔術師の中でもかなり限られている』

 

 すると茶髪の寡黙そうな男、デイビットがベリルの疑問に答える。

 

『謂わば神代にとっての神代ってことだろ? よく知ってんな、エルデンもやけに詳しいし』

 

「……本当かどうかは知らぬが、俺の家系であるヴィンハイムはその火の時代から続いてるらしくてな……それでよく知っていた訳だ。まさかそんな異聞帯を割り当てられるとは思っていなかったが」

 

 エルデンは笑う。あの竜の学院の名が、現代にまで残り続けていることにも驚いたが、まさか己がその異端の家系に生まれ落ちるとは。

 

 運命とは何と気紛れなものか。

 

『へぇ……そりゃ御愁傷様。まあ、お互い頑張ろうぜ?』

 

「ああ。貴公も自滅してくれるなよ」

 

『おう、お前さんとの殺し合い、楽しみにしてるぜ。まっ 俺が惨敗するだろうがな』

 

 軽口を叩き合う二人。するとその様子をずっと眺めていたリーダー格の長い金髪の男、キリシュタリアがこほんと咳払いする。

 

 どうやら無駄話が過ぎたらしい。

 

『__さて、空想樹の発芽から90日……三ヶ月もの時間が経過した。濾過異聞史現象__異聞帯の書き換えは無事成功した。まずは第一段階の終了を祝おう。これも諸君らの尽力によるものだ』

 

『うん? そいつは大げさだ、キリシュタリア。オレたちはまだ誰も、労われる様なコトはしちゃあいない。一番肝心な事はぜーんぶ、異星の神さまの偉業だからな』

 

 キリシュタリアの言葉にベリルが首を横に振った。これを見てオフェリアが顔をしかめる。

 

『……貴方は分かっていないのね。異聞帯の安定と“樹”の成長は同義よ。ならば、異聞帯のサーヴァントの契約と継続。それに全力を注ぐのは道理でしょう。貴方のような、遊び気分が抜けてないマスターは特に』

 

『おっと。睨むのは勘弁だぜ、オフェリア。お前さんの場合、シャレになってないだろう』

 

 わざとらしくおどけて見せるベリル。しかし、次に話す時は真剣な面持ちへと変わる。

 

『それに一度死んでんのに遊び気分でいられる程大物じゃない。また蘇生できるとも限らないなら、生きている内にやりたい事はやっておきたい。殺すのも奪うのも生きていてこその喜びだ。__なぁ、アンタもそう思うだろ? デイビット』

 

『同感だ。 作業の様な殺傷行為は、コフィンの中では体験できない感触だった。オレの担当地区とお前の担当地区は原始的だからな。必然、その機会に恵まれる』

 

『そうとも。オレたちにその気が無くても向こうから殺されに来る。遊んでなんかいられねぇよなぁ?』

 

『…………そう。 貴方たちの担当の異聞帯には同情するわ。ねぇ、エルデン?』

 

「……ああ。だがまあ、楽しそうで何よりだ」

 

 ベリルの言い分は尤もだ。不死であるエルデンと違って、彼らは死ねばそこで終わり。ならば死ぬまでの刹那を全力で楽しく生きるべきだろう。

 

『………………』

 

『あら、平常運行のベリルに比べて、少し元気無いんじゃないカドック? 目の隈とか最悪よ? 寝不足? それともストレスかしらね?』

 

 彼らのやり取りを横目にペペロンチーノが先程からどうにも窶れているように見えていたカドックへ問う。

 

『……その両方だ。 僕の事は放っておいてくれ。仕事はきっちりこなしてるんだから』

 

『それはちょっと無理ね。 凄く無理。放っておいて欲しいなら、せめて笑顔でいなさいな。友人が暗い顔をしてたら、私だって暗くなる。当たり前の事でしょ?』

 

 ペペロンチーノの語気が強くなる。エルデンもまた押し黙る彼へと視線を向けた。

 

 彼が自分の才能が他のメンバーに較べて劣っていることに対して非常にコンプレックスを抱いていることにはエルデンも気付いていた。担当するロシアの異聞帯もかなり過酷な環境で上手く行ってないようであるし、その重圧に押し潰されなければいいのだが……。

 

『私は私の為にアナタの心配をしちゃうのよ。アナタの事情とか気持ちとか関係なくね。分かる? 独りで居たかったら、それに相応しい強さを身に付けないと。ストレスが顔に出ているようじゃまだまだよ。何か楽しいことで緩和しないと』

 

「……楽しいこと、亡者狩りとかは?」

 

『__そうねぇ、お茶会なんてどう?』

 

「………………」

 

 ふと思い付いたエルデンが呟くが、それは華麗にスルーされる。

 

 このようにエルデンは時折妙な発言をするのだが、皆慣れたのか付き合うのも面倒だと悉く無視されてしまうようになった。

 

『こっちの異聞帯で良いお茶の葉を見つけたの。アナタの所にも分けてあげるわ。皇女様もきっと喜ぶわよ?』

 

『……僕の為に心配してる余裕があるとは、流石だな』

 

『あら、アタシはアタシの為に心配してるのよ。だって、自分から辛くなりたい人間なんて一人も居やしないでしょう? アタシはそんな気分になりたくないし、させたくないから心配するの。分かる?  独りでも平気ってのは、心を殺すことじゃない。相応しい強さを持つことよ』

 

 何かと世話を焼くペペロンチーノ。これにはエルデンも良いことを言うなぁ、と酷く感心する。その血で汚れた手とは対照的に彼は純然たる善意でそう語っていた。

 

 その言葉にカドックは不満げに押し黙る。

 

『……無駄話はそこまでにして。キリシュタリア。要件は何?』

 

 それを無言で眺めていたヒナコが話を切り上げるようにキリシュタリアへ問いかける。

 

『こちらの異聞帯の報告は済ませたはず。私の異聞帯は領地拡大に向いてない。私は貴方たちとは争わない。この星の覇権とやらは貴方たちで競えばいい。そう伝えたわよね、私?』

 

『……そんな言葉が信用できるものか。閉じ篭っていても争いは避けられないぞ、芥。最終的に、僕たちは一つの異聞帯を選ばなければならない。アンタが異聞帯の領地拡大を放棄しても、その内他の異聞帯に侵略される。それでいいのか? 座して敗者になってもいいと?』

 

『……別に。私の異聞帯が消えるなら、それもいい。私はただ、今度こそ最後まであそこに居たいだけ。納得の問題よ。それが出来るなら他のクリプターに従うわ』

 

「ほう……貴公。そんなに旦那と居たいのか」

 

『……殺すわよ?』

 

「ふっ それは面白い冗談だな」

 

『……私は、オフェリアのように痴話喧嘩はしたくないのだけれど、エルデン』

 

『ちょ、痴話喧嘩って何よ!』

 

『異聞帯間の勢力争いには興味無い、か。まあ、結果が見えてるゲームだからな、このレースは。オレ達は束になってもキリシュタリアには敵わない。地球の王様決めレースは最後の一戦まではほぼ出来レースだ』

 

 ベリルが呆れた様子で言う。

 

『オレとデイビット、それにエルデンの所なんざ酷いもんだしな? あれのどこが“あり得たかもしれない人類史”なんだよ……その点、あいつの異聞帯は文句無しだ。下手すりゃ汎人類史より栄えてる! ずるいよな、最初から依怙贔屓されてるときた! やっぱり生まれつきの勝者ってのは居るもんだ』

 

「……そう卑屈になるなよ、貴公。確かに俺達の所は最悪としか言い様が無いがな。けれど、神霊を負かして異聞帯の王にその力を認めさせたのは他ならぬキリシュタリア本人の実力だろう」

 

 エルデンがそれを竦める。異聞帯に差が出ることは仕方ないのとだ。確かにキリシュタリアの担当するオリュンポスの神々が支配する大西洋異聞帯はどの異聞帯よりも繁栄しているが、だからといって本人の努力がゼロとは言い難い。

 

 これにオフェリアも同調する。

 

『そうよ、エルデンの言う通りだわ。言葉を慎みなさいベリル』

 

『ヘイヘイ。俺もエルデンにそう言われちゃあ、少しはやる気を出さねぇとな』

 

『……それでも、私は君達にも世界の覇者になれる素質があると思っている。油断したらひっくり返される。それくらいの事はしてのけると思っている』

 

 キリシュタリアのその言葉に、嘘は無い。本気でそう言っていることが分かった。

 

『とはいえ、負けるつもりも無い。全力でかかってくると良い。こちらも全力で対応しよう』

 

「……ああ。俺も貴公と戦うのを楽しみにしよう」

 

『ふっ、その意気だ……さて、遠隔通信とは言え、私が諸君らを報告後も引き止めたのは、他でも無い。一時間程前、私のサーヴァントの一騎が霊基グラフと召喚武装の出現を予言した』

 

 キリシュタリアのその報告に、クリプター達の空気が一変し、各々が様々な反応をする。

 

 エルデンは、ただ笑っていた。

 

『霊基グラフはカルデアのもの。召喚サークルはマシュ・キリエライトの持つ円卓だろう。南極で虚数空間に潜航し、姿を晦ましていた彼らが、いよいよ浮上する、という事だ』

 

『死亡していなかったのですね。三か月もの間、虚数空間に漂っていたというのに……』

 

「……やはりな。流石は人理の救世主。数多の英霊を束ね、魔神王ゲーティアを倒した彼らが、あの程度で終わるはずがない」

 

 各々が様々な反応をする中、初めからこうなることを予想していたエルデンは素直に彼らカルデアを称賛する。

 

 この言葉にカドックとオフェリアが僅かに眉をひそめたが、気付く者は居なかった。

 

『折角コヤンスカヤちゃんが色々と手回ししてくれたのに。人選ミスじゃないヴォーダイム? 私のサーヴァントだったら基地ごと壊せていたわよ』

 

「……あの女狐のことだ。相手を舐め腐って油断でもしていたのだろう」

 

『……同感』

 

 エルデンの意見にヒナコが頷く。

 

『__あの方法と人選は最適解だった。カルデアの護りは強固では無いが、万全だ。新スタッフとして館内から手引きしてもらわなければレイシフトで対応されていただろう。制圧にはまず内側から潜入し、カルデアスを停止させる必要があった。コヤンスカヤの計画は良く出来ていた。唯一、我々側に問題があるとすれば……サーヴァントが余り積極的に働かなかった事だ』

 

 そう言うキリシュタリアだが、全力で掛かれば一瞬で殲滅できただろう。空想樹の育成とか漂白などする前に、全戦力を投入すれば良かった。それだけの脅威度が、カルデアには、藤丸立香にはあるのだ。

 

 彼らはカルデアを、人類最後のマスターを過小評価し過ぎだ。決して甘く見てはいないが、奴らの底力を知らない。藤丸立香の強さを知らないのだ。彼らは藤丸立香が必死になって戦っている間、爆死していたのだから当然だろう。

 

 エルデンは知っている。藤丸立香という何の力も持たない一般人を最優先で始末せねばならぬ何よりの理由を。

 

 __何故なら彼ないし彼女は、“主人公”なのだから。

 

『とはいえ、コヤンスカヤと神父は我々のサーヴァントでは無く、カドックの送り込んだ皇女もマスターとの物理的な距離が開いた事によって魔力の補給が十分では無かった』

 

『不確定要素の全てがカルデアに味方したって訳か。偶然、ではねぇよな?』

 

『恐らくアラヤの仕業だろう。ガイアが俺達の邪魔をする理由はない』

 

『か──ーっ! 世界も味方してるってか!? いよいよカルデアのマスターが本物の英雄っぽく思えてきた!』

 

「実際、あの者は英雄だ」

 

『はっ お前はやけに奴の肩を持つじゃあねえかエルデン。けどよぉ、実際問題カルデアのマスターが人理を修復出来たのって単に運が良かっただけだろ? 女の後ろに隠れてただけで英雄扱いとは羨ましいぜほんと』

 

「そうだ、運が良かった。そして運こそが、人の本質的な力だ」

 

『はぁ?』

 

 ベリルは認めたくない様子だが、事実は変わらない。あの少年または少女は正真正銘の英雄なのだ。

 

 何もできなかったクリプターと、成し遂げた藤丸立香。レフ・ライノールに見逃されたのも、ゲーティアに感化されたのも、ベリルの言う通り運が良かったに過ぎない。

 

 けれど、だからこそ、彼はあのゲーティアを倒せた。人理を救えた。彼でなければ、クリプターでは成し遂げることなどできなかっただろう。

 

 運こそが、人間性の力であり、人の本質。それは不死になろうとも灰になろうとも変わらなかった。戦闘に関しては必要の無い能力ではあるが。

 

『……それで、連中が何処に現れるのか判明しているのか?』

 

『そこまでは予言されてはいない。あと数時間でこちらに出現する、という事だけだ』

 

『なんだいそりゃ。じゃあ各自、自分の持ち場で警戒しろって__』

 

『出現場所はロシアだ。異聞帯の中に浮上する』

 

 するとデイビットが断言する。

 

『……それは、何故?』

 

「成程。“縁”を辿ったという訳か」

 

 疑問に思うヒナコと納得するエルデン。

 

『そうだ。彼らが“今の地球”で知り得る事象はカルデアを襲ったサーヴァントだけだ。虚数空間から現実に出るための“縁”はそれしか無い。オプリチニキは彼らにとっての座標でもある』

 

『……ふん。因果応報とはね。やられたらやり返せだ。奴らにとっちゃ僕は真っ先に倒すべき敵って訳だ』

 

『ようカドック! なんなら俺が助太刀に行こうか? お前さんは荒事には不慣れだろう? 俺で良ければレクチャーしてやるぜ?』

 

『結構だ。アンタはアンタの異聞帯に引っ込んでろ。兄貴分を気取るのはペペだけで充分だよ』

 

『えー? 本気で心配してんだけどなぁ、オレ。っていうかペペロンチーノは親父役って感じだろ?』

 

 不機嫌そうにカドックはベリルの提案を一蹴する。

 

「……カドック」

 

『アンタの協力も不要だ、エル。……僕は僕だけの力で英雄様を撃退する』

 

 そして、ならば自分がと口を開こうとすれば食い気味で拒絶されてしまう。これには少し驚いたのかエルデンは一瞬硬直した。

 

「……そうか」

 

『ま、本人がやる気なら口出すのは粋じゃねぇな。頑張れよカドック。皇女様への男の見せ所だしな』

 

『カドック、我々クリプターの最終目標は異聞帯による人理再編。それに比べればカルデアの始末は余分な仕事だ。雑務と言っても差し支えない。……とはいえ、脅威であることも否定できない。実際、デイビットが言ったように彼らには汎人類史のアラヤが味方している』

 

(……傲慢だな、ヴォーダイム)

 

 内心エルデンは嗤う。そうやってカルデアを後回しにして次第に追い詰められていくのだ。

 

 恐らく八章くらいで。クリプターは自分を除けば丁度七人なのだから__。

 

 異聞帯を廻っていき、苦戦しながらも敵を打倒し、最後に異星の神を倒してハッピーエンド。そんな光景が目に浮かぶ。

 

『__カドック、君の手腕に期待している。障害を排し、一刻も早くロシアの樹を育てることだ。それがカルデアの抹殺にも繋がるだろう。私は総ての異聞帯に同等の可能性を見出したい。人類史の可能性である異聞帯が矮小な歴史のまま閉じるなど許されまい』

 

『……アンタに言われるまでもない。僕だって負けるつもりは無いからな。彼らが来るなら迎え撃つまでだ』

 

 そう言ってカドックが通信を切る。

 

「……どうするべきだと思う?」

 

『どうって……何、助けてあげるつもり? なら、やめた方が良いわよ。またあんたに助けられたってことになったらもっと反発するわよカドックの奴』

 

 加勢すべきかと悩むエルデンに、ヒナコが助言する。

 

「……ふむ、それもそうか」

 

『そういうこと。さて、私も玉座に戻るわ。こちら異聞帯の王は探求心と支配欲の塊だから。放って置くとどんな展開を望むか分からない』

 

『んじゃ俺もこの辺で、ロシアからのSOSがあったら知らせてくれ』

 

 するとヒナコとベリルも通信を切る。 

 

『私も失礼するわ。こっちもちょっと様子がおかしいの。報告は上げたけど、デイビットにも意見を聞きたいわ。アナタ、私の異聞帯の“四角”についてどう思う?』

 

『情報が欠落している。所感でいいか?』

 

『良いわよ。アナタの直感が聞きたいの』

 

『アキレス腱だ。これ以上はない急所だろう。お前にとっても、その異聞帯にとっても。俺やヴォーダイムであればすぐに切除する。だが、お前であれば残しておけペペロンチーノ。そういう人間だろう、お前は』

 

『あらそう。じゃあ様子を見ようかしら……エルデン、アナタはどう思うかしら?』

 

「……ふむ、大事に至るのを防ぐのなら、何らかの策を弄するべきだが、面白いことを期待するなら放置しておくといい」

 

『面白いこと、ねぇ……アナタらしい意見ね。ありがと』

 

 そして、ペペロンチーノも通信を切った。

 

『では、通信を切る。予定通り、次の会合は一月後だな』

 

『キリシュタリア様、私も失礼します。あとエルデンも……その、またね』

 

 デイビットとオフェリアも通信を切り、この場にはエルデンとキリシュタリアだけが残った。

 

 するとキリシュタリアは彼に問いかける。

 

『……ところでエルデン』

 

「む、何だ?」

 

『“異星の神”から聞いた。空想樹を根付かせるのに苦労したようだな。それに成長しているにもかかわらずどういう訳か、制御下から離れようとしている……これははっきり言って異常だ』

 

「……そうだな。俺の異聞帯は、他のと比べてあまりにも違い過ぎる。何せ世界の王が“六人”も居るのだから」

 

『偉大なる“薪の王”たち……その中には原初の主神、グウィンも居るようだね。戦闘力だけならば私の所に匹敵、或いは上回るかもしれない』

 

「……さて、それはどうだろうな。ギリシャの神々も侮れん」

 

『__まあ、くれぐれも注意してくれ。危なくなったらすぐにこちらも援軍を送る』

 

「……ああ、宜しく頼むよ」

 

 内心エルデンは舌打ちする。どうやらあの上位者がキリシュタリアに入れ知恵をしているようだ。だからベリルに依怙贔屓だの言われるのだ。

 

 エルデンにとってそれはあまり望ましくない状況であるが、別段慌てることではない。

 

 儀式はもう、秘匿されているのだから__。

 

「……そろそろ俺もお暇させてもらおう。次の会合には居ないかもしれないが」

 

『ふっ 悪い冗談だな。私は最後に残るのは、私の異聞帯か、君の異聞帯か、オフェリアの異聞帯だと考えている』

 

「貴公。それは買い被り過ぎだ……では、失礼する」

 

 そう言ってエルデンは通信を切り、ふぅと一息吐く。

 

「食糧に関しては目処が立ちそうだな……良かった良かった。これで漸くベジタリアンから解放される」

 

 安堵するエルデン。今回の会議は正直あまり期待してなかったが、意外と有益な情報が得られた。無論、カルデアのことだ。

 

 遂に彼らが動き出した。いつこちらへ来るかは分からないが、歓迎の準備をしておかねばとエルデンは立ち上がる。

 

「さてと……これより新たなグランドオーダーが始まる。世界を救済した少年少女は世界を破壊し、そしてまた世界を救済する……ああ、運命とは、世界とは、何と残酷なことか」

 

 芝居掛かった口調でエルデンは誰に聞かせる訳でもなく、そう呟いた。

 

 人を救った彼らは祝福されず、絶望に叩き落とされる。けれど、彼らは抗う。足掻き続ける。自分たちの世界を救う為に、八つの世界を滅ぼす。

 

「ハッハッハ……素晴らしいじゃあないか。やはり世界とは悲劇だ。度し難い、実に度し難いよ、本当に」

 

 どこまでも乾いた笑い。

 

 彼は知っていた。彼ないし彼女が物語の主人公であることを。故に、この世界から愛されているといっても過言ではない。

 

 ベリルの言う通り世界が、運命が彼ないし彼女の味方をする。ごく一部を除いて主人公という存在は最終的に勝利するものだ。それがハッピーエンドとは限らないが……。

 

 けれど、だからこそ、エルデン・ヴィンハイムという異物は負ける気など更々無かった。

 

「__さあ、始めようか。最悪のゲームを」



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共犯者たち 前

お気に入り2500越え……だと……!? 

何だこれは……たまげたなぁ。いや、ほんとびっくり。こんな作品を評価してくださってありがとナス!

では、投下。あ、青タイツ兄貴好きな人には先に謝っておきます。申し訳ありません。


 ◎

 

 おはよう47。

 

 食べ物無くて困ってたんだけど駄目元でクリプターの皆に頼んだら何とかなったぜ☆の巻。これでババアから草買い占めなくてももう大丈夫! 

 

 いやまあ不死人だから平気なんだけどやっぱり美味い飯は食べたいなーって。というか食の楽しみくらいなきゃやってられないよこのロストベルト。マ○クくらいは漂白しなくても良かったんじゃない? オカマと眼帯ちゃんに感謝感激! 

 

 けれど、けれどね! ぐびちゃんが冷たい! ごめんてサプライズのつもりだったんよ! 

 

 けどまさか爆死するとは。真祖みたいな存在爆殺できる節穴くんの爆弾凄くない? 凄くない? 

 

 第一部で登場しなかったのはてっきり冷凍保存されちゃってるからかなーって思ってた。ほんとごめん。騙して悪いがこれも仕事なんでな(豹変)。

 

 まあそれはそれとしてカルデアの連中がロシアに来るらしい。カドック大丈夫かなー? あいつ見るからに死にそうな見た目してるんだよな。一番手だし……うん死にそう。

 

 さてさて、いつ来るかなカルデアは。ボス配置したいけどどこから来るか分からないかなぁ……うーん。そうだ、侵入ルートを細工すればいいんだ。できるか知らんけど。

 

 じゃあ、早速取り掛かるとしよう! 今日も一日がんばるぞい! 

 

 __とあるクリプターの手記より。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ◎

 

 

 絵画で生まれ育った彼にとってその冷たい地は、捨てるべき故郷であった。

 

 まだ何も、失ってさえいなかったのだ

 

「へぇ……こいつは驚いた」

 

 冷たい谷のイルシール。

 

 かつて、古い月の貴族の街と呼ばれていた幻の都。けれど、今やそこに過去の栄光は見る影も無く、雪と灰に埋もれ、狂った法王の配下たちと見えざる奴隷ばかりが蔓延る死した土地と成り果てていた。

 

 その市街で最も大きな建物である聖堂の中に彼は立っている。

 

 3mを優に越える巨躯。枝分かれした白木のような金の王冠。木の枝が張り付いたような白い仮面。派手な装飾が施されたローブ。

 

 右手にはメラメラと燃える炎を纏った特大剣、左手には暗月を思わせる薄い紫色に発光する魔力を纏った大剣が握られている。

 

 __“法王サリヴァーン”。

 

 遥か昔、素性の知れぬ異邦の魔術師だったにも関わらずその力を以て旧王家を追放し、このイルシールの法王にまで上り詰めた男だ。

 

「あんたが、“薪の王”って奴か?」 

 

「………………」

 

 それと対峙するのは、真紅の魔槍を携えた青い槍兵。彼は獰猛な笑みを浮かべ、サリヴァーンを見据える。

 

 彼は抑止力によって召喚された英霊たちの中の一人であり、戦いを求めてこのイルシールへ足を踏み入れた。……いや、街中に召喚されたと言った方が正しい。

 

 イルシール全域を覆う結界は未だに機能し続けており、通過証である人形を持たぬ者は例えサーヴァントであろうと通れないのだから。

 

「外の騎士共もなかなかの腕前だったが……成る程。流石はあいつらの親玉ってことはある。あんたは連中と違って正気を失っていないみたいだが、何か言ったらどうだ?」

 

「………………」

 

 槍兵が問うも、サリヴァーンは答えない。その代わりにゆらりと足を前へ踏み出す。

 

 そして、次の瞬間には槍兵の目と鼻の先まで接近していた。

 

「___!?」

 

 轟!! と空気を切る音と共に燃え盛る特大剣が振るわれる。咄嗟に槍兵は柄でそれを受け止め__そのまま思い切り吹っ飛ばされた。

 

「ぐっ!? ……ちぃ……!」

 

 壁へ叩き付けられそうになるも、寸前でどうにか体勢を立て直し、床へ着地する。

 

 何という膂力。その体格を込みしても槍兵の予想を遥かに上回る怪力だった。

 

「やるじゃねえか……相手にとって不足無しだ……!」

 

「………………」

 

 直ぐ様サリヴァーンは追撃を行う。先程と同じように一瞬で距離を詰め、二振りの大剣を振り翳す。

 

 対する槍兵は今度は受け止めるのではなく、槍の尖端で受け流すようにその連続で繰り出される熾烈な攻撃を受け流していく。

 

「オラァ!」

 

「…………!」

 

 飛び散る火花。硬質な物体同士がぶつかり合う轟音。突風の如き余波。両者一歩も引かず斬り結ぶ。

 

(ちっ……なかなか踏み込めねぇ。攻撃自体は体格のせいもあって大振りだが、とにかく一撃一撃が速く、重い。こりゃ少しまずいかもな……)

 

 内心冷や汗をかく槍兵。実のところ互角の戦闘を繰り広げているかに見えてかなり劣勢だった。

 

 隙を見て反撃しようにもそうすればその猛攻に対応し切れなくなり、しかも右手の特大剣を振るう度に拡散する炎によって少しだが火傷を負ってしまっている。

 

 このまま斬り合っていれば敗北は必至だろう。

 

「なら__!」

 

 故に、ここからは捨て身の覚悟で向かう。

 

 一撃を弾くと槍兵は床を陥没させる程の勢いで蹴り、サリヴァーンの懐へと飛び込んだ。

 

「っ__貰った!」

 

「………………!」

 

 そして、そのがら空きとなった下腹部を紅槍が貫く。

 

「っ………… …………!」

 

「うおっ!?」

 

 傷口から血が噴き出す。だが、サリヴァーンはまるで痛みなど感じていないとばかりに特大剣を振り下ろす。槍兵は飛び退くようにこれを回避し、一気に距離を取った。

 

「危ねっ……だが、一撃入れてやったぜ」

 

 にやり、と槍兵は笑う。手応えはあった。出血もしている。堪えた様子は無いが、流石に全く効いていないということはないだろう。

 

 しかし、無傷とは行かなかった。大剣が右肩を掠り、ポタポタと血が滴り落ちている。

 

 サリヴァーンは呻き声一つあげず、槍兵を見据える。表情は仮面で隠されているが、心なしか睨んでいるように見えた。

 

「………………」

 

「相変わらずのだんまり、か。あんた、もしかして喋れないとかそういうのか? 人間じゃねぇみたいだし巨人……いや、どちらかと言えば魔獣の類いか?」

 

「……貴様らは」

 

「あん?」

 

 人語を発することができないと予想を立てた矢先にサリヴァーンがぽつりと何か言葉を漏らすが、聞き取れず槍兵は耳を傾ける。

 

「__貴様らは、忌々しい」

 

 ただ一言、そう呟く。

 

 そして、次の瞬間。サリヴァーンを中心に黒い衝撃波が発生する。突然のことに怯んだ槍兵は一瞬だけ目を閉じ、次に開くとその顔を驚愕に染める。

 

「っ……何だ、そりゃ……!?」

 

 それは異様としか形容することができない。背中から生えるのは一対の漆黒の翼。しかし、その風貌は鴉などの鳥類のそれではなく、まるで無数に枝分かれした樹木のようであった。

 

 驚く槍兵に構わず、サリヴァーンが動き出す。先程の比ではない速度で。

 

「なっ……!?」

 

「醜い、愚かしい、死ね、すぐに死ね、即座に死ね、神の血を引く者よ、私の視界から、この世界から消え失せろ、一片も残らず」

 

 吐き捨てられる憎悪の言葉。それらと共により熾烈な猛攻が槍兵を襲う。

 

(やばい……さっきとはパワーもスピードも段違いだ……! まだ本気じゃなかったのかよ……!)

 

 思わず槍兵は悪態をつく。どうにか避け、受け流そうとしているが、とてもじゃないが捌き切れず、掠り傷を幾つも負う。火傷と合わさり、激痛が襲っていた。

 

 普通に斬り合っていれば敵う相手ではない。槍兵はそう理解し、切り札を切る。

 

「ここで使う! 宝具!」

 

 サリヴァーンから後退するように距離を離し、構える。その破滅の槍が紅く輝いた。

 

「…………させるか!」

 

 あれはまずい。

 

 あれは死ぬ。

 

 あれをくらっては駄目だ。

 

 あれを使わせたら駄目だ。

 

 本能がそう警鐘し、サリヴァーンは槍兵を仕留めようと駆け出す。

 

「間に合え! 刺し穿つ(ゲイ・)__」

 

 __みいつけた

 

「「!?」」

 

 その瞬間、空間が凍り付いた。

 

 目を見開き、槍兵は宝具の発動を止め、サリヴァーンもまた足を止める。

 

「何だ……?」

 

「……まさか、“エルドリッチ”?」

 

 きょろきょろと辺りを見回す槍兵。先程から悪寒が止まらない。

 

 困惑、動揺、恐怖。何故かは分からぬが、身体が震える。否、己に流れる太陽神の血が、まるで天敵と遭遇したかのように震え上がっていた。

 

 ナニカが来る__身体の全細胞がそう訴え、叫ぶ。

 

■■■■■■■■■■__!!」

 

 そして、それは現れた。槍兵の足元から、這い出るように。

 

「なっ!?」

 

 それは槍兵が飛び退こうとする前に彼の足を掴み、無造作に床へと叩き付けた。床は陥没し、槍兵の身体が埋まる。

 

「がっ……何だ、こいつ……!?」

 

 そこに居たのは、人骨と腐肉が混ざり合った巨大なドロドロとした塊。見るのも憚られる醜悪な異形の化け物__それこそが、先程から感じる恐怖の根源だった。

 

 しかし、槍兵は恐怖に呑まれそうになるのを何とか振り払い、足を掴むそれを離させる為に槍を突き刺す。

 

 だが、彼は勘違いしている。足は掴まれたのではない。噛み付かれたのだ。

 

「ぐあっ!?」

 

 鋭い痛み。もはや生物の形をしていない液状のそれは全身が獲物を喰らい尽くす(アギト)であった。

 

 そして、獲物は槍兵。足の骨が粉々に砕かれ、肉がゆっくりと消化されていくのを感じ、苦渋の表情を浮かべる。

 

「……ああ、そういうことか。こいつの神性の匂いに誘われてしまったのか」

 

 その光景を見たサリヴァーンは暫し思考し、ある結論に達して納得する。

 

「どうやら貴様は、かなり高位の神の血を持つようだ。エルドリッチの奴がわざわざ出向く程とは」

 

「なに、を……!」

 

 先程とは打って変わり、饒舌に喋るサリヴァーン。槍兵が睨み付けるのを気にも留めず、くつくつと笑う。

 

「__エルドリッチ。あまり勝手に動かないでもらいたい……と言いたいところだが、今回ばかりは私も危なかった。助かったよ、感謝する」

 

「■■■……■■■■■■■■■■■……■■■■■■■、■■■■■■■……」

 

「おお怖い怖い。我々は仲間だろう? 長い間、こうして仲良くやってきたんだ。もはや運命共同体という奴ではないか」

 

「■■……■■■■■……」

 

「ククク……冷たいなぁ、貴公は」

 

 エルドリッチと呼ばれた異形は唸り声かも分からぬものを発するのみであるが、どうやらサリヴァーンには通じているようでさも普通かのように会話する。

 

 周りから見れば異常な光景だった。

 

「くっ……!」

 

 怯える神の血とは裏腹に槍兵の闘志は尽きておらず、もがくも肉塊は喰らい付いて離さない。

 

「っ……くそが……!」

 

「ん? ほお……」

 

 ならばと槍で自身の足を切断することで拘束から脱出し、片足にも関わらず数mもの高さまで跳躍した。手に握られる槍は先程のように紅く輝いている。

 

 一矢報いるとでも言うのか。宝具を発動するつもりのようだ。

 

突き穿つ死翔の(ゲイ・ボル)__」

 

「__存外、素早かった」

 

「ル__がはっ!?」

 

 しかし、いつの間にか背後に移動していたサリヴァーンの大剣に心臓を貫かれる。

 

「だが、足を失えば……止まって見える」

 

「ぐぅ……テ、メェ……!」

 

 吐血する槍兵。しかし、例え心臓を潰されたとしても宝具を発動するだけの戦闘続行能力が彼にはあった。故に、全身に力を込め、そのまま動こうとするが__その前に大剣に纏う魔力が爆ぜた。

 

「ごがぁっ!?」

 

 体内で起こる小爆発。内臓まで弾け飛び、今度こそ動けなくなり、ピクピクと痙攣する。

 

「ククク……捕らえた餌は逃がさぬよう気を付けたまえ」

 

 そして、サリヴァーンは大剣を軽く振るい、槍兵をエルドリッチの方へと投げ捨てた。

 

 もはや抵抗も出来ぬ槍兵は地に落ち、その腐肉へと呑み込まれていく。ゆっくりと、バキバキと骨を砕く音と共に……。

 

「■■……■■■■……■■■……■■■……■■■……■■■……■■■……■■■……■■■……!」

 

「__よく噛んで食いたまえよ」

 

 暫く咀嚼音が響き渡り、最後に呑み込む音と共にエルドリッチは床へ沈むように消える。

 

 再び空間が静寂に包まれる中、サリヴァーンは二つの大剣と異形の翼をしまい、一息吐く。

 

「さて、と__来たか、クリプターとやら」

 

 そして、後ろを振り向く。そこにはコートを纏った魔術師、エルデン・ヴィンハイムが立っていた。

 

「ご機嫌よう、法王猊下。何やら取り込み中のようだが、お邪魔だったかな?」

 

「いや、丁度終わったところだ。今日も侵入者を排除し、神の血を引く者だったから、彼の供物にした」

 

 つまらなそうにサリヴァーンは言う。見え隠れするその黒ずんだ異形の素肌とは裏腹にその様子は理性的に見えた。

 

 既に擬態は不要。故に、彼はその干からびた亡者よりもおぞましい姿を隠そうともしない。ただ仮面だけを除いて。

 

「ほう……流石だな、貴公。あのクランの猛犬を返り討ちにするとは」

 

「ん? 何だ、あれの真名を知っているのかね?」

 

「ああ。クー・フーリン。ケルト神話の大英雄だ。その宝具はゲイ・ボルクという魔槍で相手の心臓に必ず命中する呪いが施されているらしい。つまりは必殺の宝具という訳だ。因果の逆転によるものらしく、防御は不可能……一部例外は存在するが」

 

「……ふむ、成る程。やはりあれをくらえば死んでいたか」

 

「その通りだ。貴公は確かに強いが、不死ではない。故に、ああいう初見殺しは大敵だ。以後対策方法は考えておくといい」

 

 サリヴァーンは神でも人でもなく、故に不死でもない。それはこの世界では、この時代では非常に珍しい存在だ。

 

「これはこれは。ご意見どうも……次からはもっと速く、もっと強く殴るとしよう」

 

「おお、素晴らしい脳筋思考だ。貴公、本当に魔術師か?」

 

「こちらの台詞だ。貴様にだけは言われたくない」

 

 軽口を叩き合う二人。自身の二倍以上もある大男から見下ろされているというのに、エルデンは臆する様子も無く笑う。

 

「……で、用件は何だ?」

 

 近くの長椅子に座るエルデンに、サリヴァーンが問う。今日彼が来るという予定は聞いていない。アポ無しということはそれなりに急な用件のはずだ。

 

「__ああ。以前に言っていたカルデアという組織が遂に動き出した」

 

 エルデンは淡々とした口調で告げる。

 

「ほう……確か汎人類史とやらの連中だったか? 自身の世界を取り戻す為に、このロスリック含めて八つの世界を滅ぼすことが目的だという」

 

 聞くに汎人類史という“本来の世界”は火の時代がとっくの昔に終わり、人の時代が築かれているらしい。

 

 それがエルドリッチが待ち望んでいる“深海の時代”かは分からぬが、サリヴァーンにとって実に興味深い。今はもう滅びているのが残念でならなかった。

 

「そうだ。彼らは他の世界と戦い、勝ち続けるだろう。いずれここにもやって来る」

 

「で、私にどうしろと?」

 

「それなりの準備をしておいてほしい。貴公のステージはだいぶ先になる予定だが、早いに越したことはない」

 

「ほう……全身全霊で叩きのめせ、ということか? 随分と買っているようだな、そのカルデアとやらを」

 

「ああ。彼らは不死ですらない、ちっぽけな人間の集まり……しかし、だからこそ、侮っては駄目だ。憐れんでは駄目だ。そうやって魔神共は敗北した」

 

「どうだか。心折れるかもしれないぞ? これまでこの地を訪れた多くの“灰”たちのように」

 

「ならばそこまでの存在だったというだけに過ぎない。俺たちの大勝利で万々歳だ」

 

「ククク……相変わらず貴様は解せん男だ」

 

 サリヴァーンは思い返す。このエルデンという男が初めて接触してきた時のことを。

 

 彼はあまりにも知り過ぎていた。サリヴァーンの知ることも知らぬことも不気味なくらいに。直属の部下にすら秘密にしている自身の過去を言い当てられた時は思わず切り捨てようとした程だ。

 

 そして、彼の計画を知った時は正気を疑った。否、実際に彼はどうしようもなく狂っていた。はっきり言って理解し難い存在だ。それでもこうして同盟関係にあるのは単に利害が一致していたに過ぎない。

 

 故に、サリヴァーンは笑い、嗤う。ただ終わりを待つだけの時間。けれど、それは存外、面白くなりそうだと。

 

「__あら、随分と楽しそうね」

 

 その時だった。

 

 何かが現れる。最初からこの場に居たかのように、二人のすぐ目の前に。

 

「____!」

 

 ほぼ条件反射の如くエルデンはそちらへ視線を向け、六つの“追う者たち”を展開する。サリヴァーンもまた二振りの大剣を手に取っていた。

 

「……何だ、貴公らか」

 

 そして、相手を理解し、エルデンは顔をしかめた。

 

「そう殺気立たないでよ。貴方と違って私は不死身じゃないのだから心臓に悪いわ」

 

「嫌ならば玄関から入ってこい」

 

「ウフフッ……だそうよ? 檻頭さん」

 

「アッハッハッハッ 歩くのが面倒だから転送が良いと言ったのは君だろう? 女医」

 

 現れたのは二つの影。一つは縦長の檻のような奇怪な被り物を被り、黒の学生が着るようなローブを身に纏った男。もう一つは二本のマフラーが特徴的な白い服に身を纏い、艶のある茶髪を一本に束ねた女だった。

 

 一見すると共通点の無い両者。しかし、二人ともぎらつき、狂気に満ちた眼をしていた。

 

 __“悪夢のフォーリナー”。

 

 __“女医のアルターエゴ”。

 

 それが彼らの呼び名だ。尤も、エルデンは既に真名を把握しているが……。

 

「……こやつらは何者だ?」

 

「先日、こちらへ接触してきたサーヴァントだ」

 

 サリヴァーンが警戒心を露にする。本能的に目の前の男女の危険性を感じ取ったのだろう。

 

「これはこれは。お初にお目にかかる、法王。私のことはそう、悪夢のフォーリナーとでも呼んでくれ。そっちの彼女はアルターエゴだ」

 

「へぇ……神でも人でもなく、かといって獣でもない……興味深いわ。ねぇ、貴方。是非とも私の治験を受けてみないかしら?」

 

「……得体の知れぬ者共だな。特に男の方は妙なものと混ざり合っている。女の方も中身はもはや人ではなかろう」

 

「その通り。流石だ、貴公……あれらはもはや真っ当な英霊でもサーヴァントでもない」

 

 まさか彼らが召喚されるとは。古都“ヤーナム”が流れ着くまでは夢にも思っていなかった。お蔭でもしやここは異聞帯じゃなくて特異点なのかもしれないとエルデンは常々疑っている。

 

 宛ら亜種特異点フロム・ソフトウェア、といったところか。いずれ、エレギリア大陸、ボーレタリア王国、葦名までもが流れ着くかもしれない。いや、もう既にどこかに存在する可能性もある。

 

 展開させていた“追う者たち”を消滅させ、エルデンは彼らに問いかける。

 

「__で、わざわざ出向いてきたということは、例の話が纏まったのか?」

 

 するとフォーリナーとアルターエゴはその口角を吊り上げ、三日月のような笑みで言い放つ。

 

「その通りだとも。我ら“メンシス学派”はクリプター、エルデン・ヴィンハイムの軍門に下ろう。すべては、我らが夢を叶えんが為に」

 

「同じく“聖歌隊”も貴方の側に付くわ。他の皆を説得するの大変だったんだから、きちんと協力してちょうだいね?」

 

 __ああ。素晴らしい。

 

 エルデンは満面の笑みを浮かべ、椅子から立ち上がって彼らへ近付く。

 

「改めて歓迎しよう。__ようこそ、ロスリックへ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ◎

 

 

 ロシア異聞帯。

 

 そこはマイナス百度前後の永久凍土、従来の動物は死滅し、あらゆる生命が凍え死ぬ地獄。

 

「す、すげぇ……あれだけの殺戮猟兵(オプリチニキ)を無傷で……!?」

 

「あ、あんた一体何者なんだ……っ!?」

 

 そんなどこか。“ヤガ”と呼ばれる、人と魔獣を合成させることで生まれた種族が驚愕していた。

 

 理由は視線の先にある。純白の雪原に広がる血溜まり。二十を越える黒い兵士の屍の山の中心に何者かが一人、立っていた。

 

 典礼用の帽子に、薄く笑う翁の仮面。

 

 ベストと腰の青いローブが特徴的な騎士の旅装。

 

 右手には刀身に文字が彫り込まれている大剣、左手には金色の円盾。

 

「__ミラのルカティエルです」

 

 その人物は男の声で、しかし女性の名を告げた。



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共犯者たち 後

(前回の話の続きみたいな感じなので話はあんまり進ま)ないです。




 ◎

 

 英国の辺境。

 

 谷間に隠されるように、その都市は存在していた。

 

 既に人は居らず、廃墟と化したゴーストタウン。魔術協会が禁忌とし、封印する呪われた地。

 

 愚かな好奇を抱き、足を踏み入れた者は、例え名のある魔術師といえど誰も帰ってこなかったという。

 

 かつて、そこで何があったのかを知る者は少ない。ただ知る者は皆口を閉ざし、忌々しい記憶として忘れ去ろうとしていた。

 

 __彼は、知っていた。知った上で施錠された門を抉じ開け、そこを訪れた。

 

「ほう……大体は、同じだな」

 

 転倒した馬車、地面に残る血痕、白骨化した死体の山、鎖が巻き付けられた棺桶……異様な西洋式の街道。それらを懐かしむのように彼は見据え、小さく笑みを浮かべる。

 

 変わっていない。長い年月を経たことによる劣化などによる多少の変化はあるが、その街並みは彼の記憶にあるものと瓜二つだった。

 

 確かに、間違いなく、この世界に実在していた。彼の記憶はやはり真実なのだと証明された。

 

「さて、聖堂街までは……大橋、ではなく確か下水道を通らねばならなかったな。エレベーターが開通していれば良いのだが……まあ、大丈夫のはずだ」

 

 彼は、知識を求め、このかつて古い医療の都だった地へ足を踏み入れた。それはあまりにも無謀で愚かなこと。

 

 けれど、それでも__。

 

「グルルルルル……」

 

「……やはり今も尚、蔓延っていたか」

 

 行く手を塞ぐのは、巨大な狼のような獣。かつて、この地に蔓延していた“獣の病”の罹患者の成れの果て。三匹ほどのそれは獰猛な唸り声をあげ、だらだらと涎を滴しながらエルデンを囲う。

 

 恐らくあの夜からの生き残り、そして自分と同じくここを訪れた命知らず共が獣化したのだろう。エルデンは、ただ杖を構える。

 

「……うーむ。ここには居なかったはずだが、百年も経っているんだ。配置くらいは変わるか」

 

「ガァッ!!」

 

 一斉に飛び掛かる罹患者の獣たち。しかし、次の瞬間には彼らは青白い光に包まれ、跡形も無く消滅する。

 

 __ソウルの奔流。

 

 膨大な魔力の噴出。この辺りに蔓延る獣が駆逐されるまで十分も掛からなかった。

 

「……やっと着いた。意外と距離があるな」

 

 エレベーターは開通していた。下へ降り、地下墓地から梯子を登って小さな教会に辿り着いた。当然だが誰も居らず、一帯に割れた壺の破片が散らばっており、椅子が二つほどある。また誰かが座っていたであろう場所には赤いローブだけがあった。

 

「……まだ居るのか? 姿無き上位者よ」

 

 彼は虚空へ問いかける。そこに何か居るのかは分からない。気配も魔力も何ら感じず、ただ何も存在しないという事実があるのみ。

 

 けれど、それはそういうものだった。誰にも見えず、誰にも気付かれず、しかしそれは確かに存在し、人々に干渉し、狂気へと誘う。

 

 鴉羽の乳母も、憐れなる落とし子も、星の娘も、青ざめた月も、老いた赤子も狩り殺された中、それだけが生き残り、けれど何も成せずに終わった。

 

 そして、居たとしても、居ないとしても、彼にとっては至極どうでもいいことであった。

 

「……友人よ、安らかに眠りたまえ」

 

 故に、ただ祈りを捧げる。ここで死んだであろう盲目の男と、四人の避難者に対して……。

 

 次に彼が向かったのは大聖堂だった。道中には奇怪な石像や明らかに大き過ぎる人骨があり、その他には罹患者の獣しか居なかった。

 

 どうやら百年という歳月で、獣以外は殆ど死に絶えたようだ。手間が省けて良かったという感情とは裏腹に彼の顔はどこか寂しげだった。

 

「……ふむ、触れても何も起こらないな。もはやこれはただの頭蓋に過ぎないという訳か」

 

 祭壇に置かれた、埃の被った獣の頭蓋。かつて、師の元を去り、血による探究の果てに、血に呑まれ、聖職者の獣と成り果てた男の残骸。

 

「まあ、警句は忘れていないから問題無い」

 

 彼は頭蓋から背を向ける。

 

「我ら血によって生まれ、人を超え、また人を失う__」

 

 この町を狂わせたのは“血”だった。かつて、狂人たちが神の墓を暴き、得た禁断の血。皆が血に酔い、血に狂い、けれど、その最果てにあったのは破滅的な悲劇だけだった。

 

 それは彼らが師が教えた警句を守ることが出来なかったということを証明していた。

 

 愚かだとは思わない。哀れだとも思わない。甘美なる好奇に惹かれるのは人として当然のことなのだから。

 

 彼もまた、その一人だ。

 

「__知らぬ者よ。“かねて血を恐れたまえ”」

 

 それからも彼は進み続ける。行く手を阻むものはすべて粉砕した。毒蛇が蔓延る広大な森。笑い声の無い墓地街。谷間の棄てられた旧市街、地下牢から繋がる隠し街……歩いて行ける所はすべて廻った。

 

 “悪夢”にも行こうと試みたが、椅子に座る檻を被った男の遺体に触れても何も起こらず、色々と模索したが諦めてしまった。

 

「……最後は、ここか。すっかり忘れていた」

 

 あの教会をエレベーターで登り、内部から僅かな足場を使って降りた先にある扉。それを開け、階段を下っていけば、そこは街の中央に隠されるように存在する花畑。そして、一つの民家のみが建っていた。

 

 __棄てられた古工房。

 

 彼は特に驚く様子は無く、民家へ向けて歩き出し、ふと足を止める。

 

 民家の扉へ続く階段の手前横の石垣。そこに喪服を着た女性の“人形”が置かれていた。

 

「む……何故、こんな所に?」

 

 人形に対する疑問ではない。彼の記憶では、この人形が存在するのは民家の中のはずだ。にも関わらず外へ、それもこの場所へ投棄されている。

 

 これではまるでここは__。

 

「狩人の夢、ですか?」

 

「なっ!?」

 

 その瞬間、辺りの景色が変わる。正確にはこの花畑の外。ずらりと並んでいた建物は消え、赤い空と柱のようなものだけが存在していた。

 

 そして、透き通った女性の声に後ろを振り向けば、そこにはあの人形と瓜二つ__いや、人形そのものが立っていた。石垣の上の人形は、まるで最初から無かったのように消えている。

 

 彼は目を見開く。驚愕と困惑。けれど、同時に歓喜し、静かに笑う。

 

「__ク、ククク……ああ、成る程。貴公は、貴公らは、まだここに居たのか」

 

「初めまして。魔術師様。私は人形。この夢で、狩人様のお世話をするものです。……狩人様が、お待ちです。どうぞこちらへ」

 

 そう言って“人形”は扉へと向かっていく。彼は意外そうにするも杖を片手にそれへ追従する。

 

「……さぁて、狩られないよう、気を付けないとな」

 

 __きっと、彼は“啓蒙”を得たのだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ◎

 

 

「……同盟、だと?」

 

「ああ、そうだ。これで我らが陣営は更なる力を得た」

 

 法王の間。

 

 狂人たちを背にそう語るエルデンに、サリヴァーンは怪訝な表情を浮かべる。

 

「このような得体の知れぬ連中と? 正気か貴様?」

 

「これはこれは。初対面だというのに随分と警戒されてしまっている……仲良くしようじゃないか」

 

 フォーリナーが肩を竦める。対するサリヴァーンは彼ではなくその背後で蠢く透明な物体を睨み付けていた。

 

「黙れ。混ざり者め……背後のデカブツと似たナニカを取り込んでいるのだろう。しかも性質は忌々しい神々に近い」

 

oh Majestic!!  まさか“アメンドーズ”が視えるとは! なかなか啓蒙が高いようだ!」

 

 フォーリナーが目を見開き、興奮した様子で笑う。

 

「……意外だ。視えていたとは思わなかったぞ、貴公」

 

 啓蒙40以上だったのか、とエルデンもまた驚いた様子だった。

 

「ふん……私は貴様がアレに気が付かず、この得体の知れぬ連中と手を組んだのかと思った。あの“蛇”の末裔共といい、随分と節操無しに取り入っているようだが、せめて相手は選んだ方が良いぞ?」

 

 サリヴァーンは呆れた様子で嘆息する。戦力増強と言えば聞こえはいいが、果たしてそうまでして悪戯に仲間を増やす意味があるのだろうか。

 

 況してや見るからに怪しいこんな連中と、だ。彼の計画の結果がどうなろうとサリヴァーンにとっては関係の無いことではあるが、不確定要素は出来る限り増やしたくない。

 

「選んだ上で、だ。法王猊下、貴公にとっては彼らは得体の知れぬ輩かもしれないが、俺にとっては別段そうでもない」

 

 対するエルデンは心外とばかりにそう言う。

 

「何?」

 

「俺は彼らを知っている。彼らの知ることも知らぬことも知り得ぬことも……俺が貴公がどこの生まれか知っていたように、な」

 

「……だから、心配は要らぬと?」

 

「そういうことだ。まあ、貴公が心配するのも分かる。先程も言った通り、彼らは真っ当なサーヴァントではない。特に檻頭の方は、俺も酷く驚いたものだ」

 

 何せ“メンシスのキャスター”かと思えば“悪夢のフォーリナー”だったのだから。そう言ってエルデンは相変わらず狂気に満ちた笑みを浮かべているフォーリナーを一瞥する。

 

「それに、戦力は多い方がいい。彼らは“ヤーナム”とそれに列する“悪夢”の漂流によって召喚された存在だ。もはや“火の時代”にすら関係の無い土地や“世界”まで引き寄せるこのロスリック異聞帯を管理する上では必要不可欠だ」

 

 通常、異聞帯の王が“空想樹”に力を注ぐことで異聞帯はその領域を拡大させる。しかし、このロスリックは違う。別の土地を引き寄せ、取り込むことで拡大を続けている。

 

 滅びたはずの古い王たちの地。

 

 不死の兄弟が治める王国。

 

 “上位者”たちが蔓延る夜の魔都。

 

 そして、色の無い濃霧に覆われた地帯。

 

 現在、把握出来ているのはこれだけ。そして、これらへの対処は、“薪の王”たちへの対応に精一杯で行えず、放置しているのが現状だ。

 

 正にイレギュラーである。故に、エルデンはこんな異聞帯を押し付けた“異星の神”を呪い、そして感謝する。

 

 __こんなにも、面白いことはない。

 

「……まあ、そういうことなので仲良くしろとは言わぬが、彼らは同盟相手だ。仲間割れだけはしてくれるなよ」

 

「ぬぅ……良いだろう。一旦は貴様に従ってやろう」

 

「アッハッハッハ! そんなこと言わないで仲良くしようじゃないか! 君は実に啓蒙が深そうだ! さあ、舌を噛んで語り明かそう!」

 

「ウフフ……じゃあ、親交を深めるのを兼ねて治験を受けてみないかしら? 大丈夫。貴方ならきっと上手く行くわ」

 

「……うっかり弾みで殺したらすまん」

 

「……まあ、うん」

 

 何とも言えない表情を浮かべるエルデン。実に間が悪い。出来ることならばこの二人とサリヴァーンを会わせたくはなかった。こうなることは容易に予想出来ていたのだから。

 

「……さて、悪夢のフォーリナーと女医のアルターエゴが来訪するのは予想外だったが、話を続けようか。この“時が止まったように”続く世界の行く末について」

 

「別に構わない。……ところで、先程から手に持っているそれは何だ?」

 

 ふとサリヴァーンが問う。彼が視線を向けるその先には着色された液体の注がれたティーカップが握られていた。

 

 それはこの世界には、実に不釣り合いなものだった。

 

「ん? ああ、同僚のオカマから貰った紅茶という奴だ。貴公も飲んでみるか?」

 

 そう言い、エルデンはカップに口を付ける。唇に伝わる確かな熱さを感じながら、それを一気に飲み干す。

 

 風味など、知らぬとばかりに__。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ◎

 

 

「__という訳だ」

 

 場所は変わり、火継ぎの祭祀場。

 

 崩れかけた屋根の上に座り、辺り一帯の景色を眺めるエルデン。その傍らにはセイバーが居り、彼の話を聞いていた。

 

「……成る程。しかし、サーヴァントの護衛も無しに単身でイルシールを訪れるとはな。分かってはいたが、なかなか命知らずなマスターだ」

 

「実際、死んでも問題無い。それにサリヴァーンは用心深いからな……無駄に警戒されるよりはマシさ」

 

 エルデンは不死だ。このロスリックではありふれている、しかし現代においては有り得ぬ存在。突然変異、先祖返りと言うしかない人間性の怪物……例えイルシールで死んでも篝火を起点にこの祭祀場へ戻ってくる。

 

 ……あまり死に過ぎると理性を失い、亡者へと成り果ててしまうが。

 

「サリヴァーン殿か……ああいう謀略に長けた手合はどうも苦手だ。昔を思い出してしまう。強さは認めるが……」

 

「……確かに貴公は過去にそういうので苦労してそうだ」

 

 顔をしかめるセイバー。以前に会ったことがあるが、かなりの切れ者だったと記憶している。聞くに、かつて余所者の魔術師でありながら高い地位にまで上り詰め、仕える王家と神に反旗を翻して冷たい谷を乗っ取ったという。

 

 また剣術にも長け、魔術師としても一流。正に文武両道であり、その気があれば“エルドリッチ”を差し置いて“薪の王”となれたに違いない。

 

 生贄の偽王など、何の名誉でもないが……。

 

「しかし、今回ばかりは意見が合致した。よりにもよって、ミコラーシュたちと同盟を結ぶなど、どうかしている。あの聖歌隊の女の方もロクな奴ではないだろう」

 

「……何だ、貴公までもがそう言うのか。セイバー」

 

「当然だ」

 

「……気持ちは分かるが、ヤーナムともパイプを作っておかなければならないのは貴公も分かっているだろう?」

 

「だからといって彼らは無いだろう。同盟相手なら他にも__」

 

「__他にも?」

 

 次の瞬間。エルデンの声質が冷たく、無機質なものへと変わり、セイバーは口を止めた。

 

「…………!」

 

「他に誰が居る? “月の魔物”の傀儡であるゲールマンか? 今や白痴と化した老い耄れのウィレームか? 穢れた血族、カインハーストか? たった一人だけの処刑隊か? 同じだよ、ヤーナムの中で信用出来る奴らも、まともな奴らも誰も居ない。一番マシなのは“連盟”くらいだが、連中は話を聞かない。分かるかね? 誰と組もうが、変わらず、ならば向こうから先に接触し、形ばかりとはいえこちらへ友好的なメンシス学派と聖歌隊と手を結ぶのは必然だろう?」

 

 セイバーは思わず後退りする。エルデンは、ただその灰色の瞳で彼を見据え、淡々と喋っている。

 

 能面。機械。無。そこには、一切の感情が存在しなかった。

 

「っ……確かにヤーナムに信用に足る者など居ないかもしれない。しかし、それでも奴らは、奴らだけは受け入れ難い。奴らの行った儀式や実験のせいでどれだけの犠牲が出たと__」

 

「つまりは良心の呵責か?」

 

「っ……」

 

 尚も食い下がろうとしたが、すかさずそう問われ口を噤んでしまう。

 

 良心。正しくその通りだ。セイバーの心に未だに燻り続ける感情。しかし、それはあってはならないものだ。それを抱いて良いような人間ではなかった。

 

 何故なら彼は、それに苛まれながらも残酷な真実から目を背け、知らぬフリをして欺瞞の中で戦い続け、その挙げ句に狂ったのだから__。

 

「くだらない、とは言わないよ。それは素晴らしい。そう思えるということは、とても大切なことだ。況してやあの環境の中でそれを忘れないというのは、実に困難なことだったろう。紛れも無く善人だよ、貴公は」

 

 しかし、出たのは惜しみのない称賛の言葉。エルデンはどこまでも肯定する。

 

 それがセイバーには、酷く不気味に思えた。この自身を召喚した男はいつもそうだ。他者を肯定し、受け入れ、理解を示す。例えそれが醜い面であっても、まるで善悪も賢愚もすべて同一であるかのように。

 

「けれど、欺瞞の英雄よ。俺のサーヴァントであり続けるのであれば、そういうのは捨て去るか、心の内にしまい込むかしておくといい」

 

 エルデンはそう言って天を仰ぐ。相変わらずの無表情。しかし、先程とは違い、確かな意志がそこにあるようにセイバーには感じられた。

 

「我らが行く道には、ただ悲劇ばかりがある。多くが死ぬ。夥しい死の中で誰もが憂い、嘆き、そして祈る悲劇……だから我らは絶望を焚べなければならず、だからこそ、その先にはきっと__」

 

「……了解した。我がマスター」

 

 目を伏せ、セイバーは言う。今の己は一介のサーヴァントに過ぎない。無価値で後悔ばかりの人生だったが、もはや叶えたい願いなども無く、ならばただ主と認めた者に従う僕と成り果てよう。

 

 己の(よすが)が、師の導きが、消えるまでは__。

 

「……さて、行くとしようか。一応はクリプターだ。植木の世話もしないとな」

 

 そう言ってエルデンは腰を上げる。いつの間にか表情は元に戻っていた。

 

「……“空想樹”は確か、ロスリック城だったか?」

 

「ああ。大書庫の裏だ。お陰様で危うく“兄王”に伐採されるところだった」

 

 エルデンは思い返す。ロスリック異聞帯に根付いた“空想樹オメガ”。その場所は“薪の王”の一角、“王子ロスリック”の居城だった。

 

 切り落とそうとする“兄王ローリアン”を止め、事情を説明するのは非常に苦労した。詳しく言えば三回くらい死んだ。

 

「そういえば王子に“聖杯”を渡して大丈夫だったのか?」

 

「ん? ああ。アレか。別にまだ沢山あるから問題無い。彼らは我らを害するような行為はしないしな……流石にサリヴァーンやユリアには渡せないが」

 

「そうか……しかし、ダンジョンの方ならともかく万能の願望機を幾つも持っているとは、君は何者かと常々考えさせられるよ」

 

「そりゃカルデアに言ってやれ。俺は彼らの貯蔵する“聖杯”を少しばかりくすねただけだ。カドックの奴が襲撃している間にこっそり、とな」

 

 大小様々な特異点を修復してきたカルデアは、その度に特異点化の原因である“聖杯”を回収してきた。厳重に保管されているそれをエルデンはクリプターによる襲撃に乗じて忍び込んだ際に幾つか盗み出す。

 

 そして、カルデアは現在カドックのサーヴァント、アナスタシアによって凍結されており、それを知ることは誰にも出来ず、エルデンはこのことを仲間のクリプターには言っていない。

 

 万能の願望機。その名に恥じぬ力を持つそれには様々な使い道があり、エルデンはその一つを“双王子”との同盟への交渉材料として使い、そして成功した。

 

「ロスリック城とその周辺は随分と様変わりした。ただ終わりを待ち、閉じ籠る“双王子”……けれども彼も人の子。昔の栄光には惹かれるものさ」

 

 そう言ってエルデンが視線を向けた先には、灰に埋もれかけた高壁で囲われた巨大な城があった。そこには雄叫びをあげながら飛び交う飛竜の姿が小さくではあるが確認出来る。

 

 かつて、ロスリック騎士は飛竜と共にあり、流れ着くすべてを征したという。

 

 今はもう、遠い昔の話だ。けれど、王子の小さな願いにより、今ここに復活した。

 

 飛竜が集い、騎士たちが続く。

 

 人々はかつての栄光と伝説を思い出し、そして破滅へ向かう中で無意味な希望を見出だす。

 

 それは正しく幻想。火を継ぐ為だけに生まれた彼が数千年もの歳月の中で抱いた幻想だった。

 

 象徴たる飛竜。精強なる騎士。信頼できる臣下。そしてまだ優しく、名君だった頃の先王(ちち)__。

 

 __竜が集いし、聖光の王城(キャッスル・オブ・ロスリック)

 

 世界は終焉を迎えんとし、その中で聖王は羽が舞い落ちる部屋で脆く儚い夢を見続ける。

 

 終わりの先に、希望を見出だして。

 

「……しかし、少しばかり難易度が上がってしまったな」

 




エルデン「カルデア襲撃すんの? せや! 勿体無いから聖杯盗んだろ!」

セイバー「万能の願望機らしいけど具体的に何が出来んの?」

エルデン「チェイテ城とピラミッドと姫路城を召喚できたりサーヴァントを五体くらい増やせるよ」

セイバー「は?」

エルデン「とりま王子に渡したら手を組んでくれた! やったぜ!」

王子「願ったらロスリック城が凄いことに! ありがとクリプター!」

エルデン「はぇー全盛期ロスリックとかすっごい……カルデア勝てるかな?」

亜種特異点フロム・ソフトウェア発言でAC参戦期待の声が多くて嬉しい。やっぱり皆身体が闘争を求めてるんやな!

まあでも一言。五章まで待て!


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カドックと理から外れし者

カドック視点。少し短め。


 ◎

 

 

 多くの悲しみを見た。

 

 多くの悲しみを見た。

 

 多くの悲しみを見た。

 

 ソロモンは何も感じなかったとしても。私、いや、我々はこの仕打ちに耐えられなかった。

 

 “貴方は何も感じないのですか。この悲劇を正そうとは思わないのですか”

 

『__特に何も』

 

『神は人を戒めるためのもので、王は人を整理するだけのものだからね』

 

『他人が悲しもうが己に実害はない。人間とは皆、そのように判断する生き物だ』

 

 そんな道理(はなし)があってたまるものか。そんな条理(きまり)が許されてたまるものか。

 

 私たち(われわれ)は協議した。俺たち(われわれ)は決意した。

 

 __あらゆるものに訣別を。この知性体は、神の定義すら間違えた。

 

 こうして彼らは計画し、世界は一匹の“獣”を産み落とす。

 

『殺してるんだ。殺されもするさ』

 

 __その誕生を、男はただ嘲笑した。

 

 人から獣は生まれ、獣は人を愛し、そして悪となり、牙を剥く。

 

 __獣は“憐憫”を抱いた。

 

この星は転生する! あらゆる生命は過去になる! 

 

 __獣は“回帰”を望んだ。

 

また、わたしをおいてかないで

 

 __獣は“快楽”と“愛欲”に溺れた。

 

何万何億という人間を使って、最大の快楽を得たいのです

 

無尽(もっと)無尽(もっと)愛してあげたかったのに

 

 “比較”、“愛玩”、“災厄”……澱みから生まれし原罪を背負う七の獣は顕現が約束され、人に、文明に、世界に滅びをもたらす為に顕現する。

 

 人は人によって滅ぼされるのだ。

 

 ある男は言った。人は、可能性の獣だと。ある男は言った。人に可能性など存在しないと。

 

 神が現れ、人を救おうと、手を差し伸べた。

 

 __けれど、人は闘争を求めた。

 

闘い続ける歓びを

 

 __神は困惑した。

 

人間は救われることを望んでいないのか

 

 __そして、男は狂喜する。

 

やはり世界とは悲劇だ

 

 __■■を抱いた獣は、まだ目覚めない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ◎

 

 __次元が違い過ぎる。

 

 それが僕、カドック・ゼムルプスがエルデン・ヴィンハイムという男を目の当たりにした時に抱いた感想だった。

 

 竜の学院(ヴィンハイム)の鬼才。その名前や噂の数々はここへ来る以前に耳にしたことがある。

 

 最近のもので言えばあの“沙条愛歌”の起こした騒動に関与していたという話だろうか。他にも単独で死徒の軍団を殲滅しただの異国で代行者と一悶着あって聖堂教会に追われ逃げ延びただの、超人的な噂が色々とある。

 

 些か信憑性に欠けるものも多いが、本人を目にするとそれらが真実でも何らおかしくないと思ってしまう。

 

 成績は常に上位。やる気が無く、訓練もよくサボるにも関わらずこれなのだから本気を出せばもっと上だろう。特に戦闘に関しては何と模擬戦であのキリシュタリアを打ち負かして見せた程でこのカルデア最強といっても過言ではない。

 

 おまけに僕を上回る100%に限り無く近いレイシフト適性ときた。流石は封印指定者最多とされるヴィンハイムの中で天才と呼ばれる男だ。僕とは全く別の世界に住んでいる存在だと思わざるを得なかった。

 

 化け物……一部のマスター候補生やスタッフはエルデン・ヴィンハイムを陰でそう呼び、恐れていた。間違いない、確かにこれは同じ人種だとはとても思えない。

 

「……隣、良いか?」

 

 そんな彼が、食堂で話し掛けてきた時、僕は一体どんな表情をしていただろうか。

 

「……別に構わないが」

 

「そうか、感謝する」

 

 一瞬、思考が停止するも何とか僕が頷くと彼はどこか嬉しそうに隣の席へ座り、テーブルに置いたカツ丼を食べ出す。常に無表情でサイボーグみたいな奴だと思っていたから意外だった。

 

 しかもカツ丼……。

 

「…………」

 

「…………」

 

「…………」

 

「…………」

 

 無言の食事が続く。チラリと僕は彼へ視線を向ける。

 

 ボサボサした、くすんだ灰色の髪。着用している濃い青色のコートは恐らく竜の学院の正装を改造したものだろう。瞳もまた薄い灰色で透き通っていた。

 

 キリシュタリアと同じく美形だ。能力だけでなく、容姿も優秀らしい。本当に、何もかもを天から授けられている。

 

「……えっと、何だっけか、ゼム……ゼム……ゼムナス?」

 

「ゼムルプスだ。カドック・ゼムルプス」

 

 沈黙を破ったのは彼の方だった。どうやら僕の名前を言おうとしていたらしい。間違えていたが。

 

「そうそう、ゼムルプス、(ルプス)か……うん、なかなか良い響きだ。同じAチームだろう?」

 

「……それがどうした?」

 

「いやなに……折角だ。親交を深めようと思ってな、これからよろしく頼む。ゼムルプス」

 

「……ああ。よろしく。精々アンタ達の足手纏いにならないよう、努力するよ」

 

 これまた意外だ。てっきり他人には無関心な人物かと思っていた。実際、彼が誰かと話している所は見たことがなかったし、会議中に所長のオルガマリーが話し掛けても無視し、三度目くらいで漸く反応していた。偉そうで口うるさいあの女が、彼に対しては怯えた様子で相手にしているのは非常に滑稽だった。

 

 にしても一体、何が目的だ? 

 

「? よく分からんが、その意気だ。努力というのはやっておいて損は無いからな」

 

 僕が警戒心を抱くと、それを感じ取ったのか彼は不思議そうに首を傾げ、そう言う。

 

「ふん……アンタには無縁そうなことだと思うがな」

 

「……いや、そんなことはないさ。人並みには頑張っているつもりだ。大半が無意味なものだったが」

 

 人並みの努力でそこまで至れる時点で天才じゃないか。そう言ってやりたかったが、寸前で堪える。それにやっておいて損は無いと言いながら無意味とはどういうことだ。

 

「無意味? 損は無いんじゃないのか?」

 

「ああ。無意味だということは分かったからな。その知識や経験は蓄積され、次の糧となる……そういうのの積み重ねで今の俺があるという訳だ」

 

 無意味だということが分る。そんな発想は考えたこともなかった。確かに報われない努力だったとしても、やったという結果や経験は残るかもしれない。

 

 けど、それじゃ駄目だ。

 

「……凡人の僕には、そんな悠長にしていられる時間は無い」

 

 キリシュタリアやデイビットのような天才たちの舞台にどうにかしてしがみ付くには、無意味な努力ばかりやっている暇など無いんだ。

 

 そんな僕に対して彼は僅かに表情を変え、それから小さく笑みを浮かべた。

 

「そうさな……残念なことに、人の寿命は限られる。その努力が報われることのないまま死ぬ者も多い。時間というのは実に残酷なものだ」

 

 天井を見上げ、彼はそう言う。まさか寿命まで規模が大きな話をされるとはな。研究の為に延命しようとする魔術師は少なくない。探究者とも呼ばれる彼もまた、その類いなのだろうか。

 

「けれど、凡人か……そう卑屈になるなよ、貴公。Aチームに選ばれた時点で充分に優秀だろう?」

 

「違う。……僕はただレイシフト適性が高かったから選ばれただけだ。そのたった一つの有用性も、アンタに負けたが……」

 

「……ふむ、それで努力を?」

 

「そうだ。凡人である僕がそこに入っていくには、アンタたち以上の努力が必要なんだよ。才能の差を埋めるには効率化した努力を続けていくしかないんだ……そうすれば、きっと__」

 

 そこで言葉が詰まる。そんなことを言いながら、目の前の彼に追い付くビジョンが全く思い浮かばなかったからだ。

 

 否、それ以前に僕は言ったじゃないか。次元が違う、全く別の世界に住んでる存在だって。つまり僕は、エルデン・ヴィンハイムに追い付く為に努力するのを既に諦めてしまっていた。

 

 それに気付いた瞬間、僕は愕然とする。

 

「__素晴らしいじゃあないか」

 

 しかし、そんな僕の様子に気付くことなく、彼は軽く拍手しながら称賛の言葉を呟く。

 

「……え?」

 

「才能だの素質だのと言い訳にせず、凡人なりに足掻こうとする……貴公のような人間は好きだよ」

 

 そう言って僕の肩を叩く。呆気に取られる僕が見たのは、穏やかな表情を浮かべる彼だった。

 

 何故だろう。その時だけは、エルデン・ヴィンハイムという男が、化け物ではなく、ごく普通のただの人間に見えた。

 

「__だから、心折れてくれるなよ、貴公」

 

 これが彼との最初の出会いだった。

 

 それからも彼と、あいつと話す機会は多くあった。同じチームならば当然と言えば当然だが、彼に気に入られたようである。そして、僕も僕のことを正当に評価するあいつに対して悪くない感情を抱いていた。

 

 あいつはイメージと違って人間臭く俗物な奴だ。一般的な魔術師よろしく倫理観は破綻しているが、それでいて普通の感性も存在し、どこかズレた物言いをする……一言で言えば“残念な性格”だった。

 

 趣味は特に無いらしいが、テレビゲームやアニメ、映画作品を好んでいた。特にゲームに関しては自作する程だが、どれも難易度が高過ぎて僕では最初のボスさえ倒すのに苦労した。

 

 更に勉強や魔術の特訓にも付き合ってくれた。お蔭で魔術師としての実力はBチームよりは上になった……と思う。あいつにはいつも瞬殺されるが。流石に“沈黙の禁則”とかいう詠唱自体を封じてくる奴はずるいだろ。

 

 他のAチームのメンバーとも親交を深めたようでオフェリアや芥、ペペと話しているのをよく見た。たまにベリルとも話している。特に芥とは恋人疑惑があるくらいにはよく一緒に居た。本人は否定しているし、奴に気があるオフェリアが不機嫌になるから触れないでおこう。

 

 不思議なものだ。凡人と、別次元の天才。決して交わることのないはずだったが、気が付けば“エル”だなんて愛称で呼ぶ、友人のような間柄になっていた。

 

「……カドック、調子はどうだ?」

 

「ああ。絶好調だよ」

 

「そうか、それは良かった」

 

「……アンタはどうなんだ? エル」

 

 __だからだろうか。

 

「……まあ、それなりだ」

 

「おいおい。これから世界を救いに行くんだぞ? そんなんで大丈夫なのか?」

 

「何だ、心配してくれているのか?」

 

「ああ、そうさ。要らぬ心配だと思うが、アンタやキリシュタリアには頑張ってもらわないと困る」

 

「……ふっ 嬉しいことを言ってくれるじゃあないか」

 

 ファーストオーダー開始直前。いざコフィンへ乗り込むって時に、あいつの様子が変だと思ったのは。

 

 芥の奴も気付かない、微々たる変化。ただの気のせいかも知れなかったが、異様に気になった。きっと、その気付きは奇跡に近いものだったのだろう。

 

 ただ自分はそれを追及しなかった。今思えば、ここで勇気を出してみれば結末は少しだけ変わっていたかもしれない。今更もう遅いが……。

 

 この時の僕は、僕が有用であることを証明することに躍起になっていた。

 

「その……お互い、頑張ろうな」

 

「……ああ。貴公の今までの努力が、実を結ぶことを祈ろう」

 

 それぞれのコフィンに乗り込む為に別れる際、一瞥した彼の顔はどこか悲しげに見えた。

 

 管制室が爆発し、僕の意識が途絶え、“異星の神”に選択を迫られたのはそれからすぐのことだった。

 

 ……アンタは、こうなることを知っていたのか? エル。

 

 クリプターとなってあいつが最初に発したのは、謝罪の言葉だった。裏切り者、レフ・ライノールによる爆破を阻止出来なかったことだろうと当初僕は思い、気にすることではないと言ってやった。

 

 けど実際はどうだろうか? あいつなら、おかしくない話だ。あいつはレフ・ライノールともよく話す仲だったし、以前にこう言っていた。

 

『__人の滅亡は、過去に干渉してまで阻止すべきことなのか?』

 

 何かもを知った上であいつは僕たちを騙していたんじゃないだろうか? だからあの日、あの時、あの瞬間、様子がおかしかったんじゃないだろうか? 

 

 そう疑った際、僕が抱いたのは怒りでも悲しみでもなく、喜びだった。

 

 裏切られたことに対する怒りよりも、僕を見殺しにすることに僅かでも動揺してくれたことに対する喜びが優った。例えそれが無自覚なものであっても、僕はあいつの悲しみに気付いた。気付けた。

 

 __嬉しかった。

 

 あいつとの友情は、決して偽物ではなかったんだ。

 

(そうか……これが、走馬灯って奴か)

 

 現実に戻る。満身創痍の僕は、抱き抱える少女が光の粒子となって消えていくのをただ見ていることしか出来なかった。

 

 僕がこの異聞帯にて召喚した、魔術師(キャスター)のサーヴァントにして、獣国の皇女。

 

 __アナスタシア・ニコラエヴナ・ロマノヴァ。 

 

 それが彼女の真名。ロシアの前身、ロマノフ帝国最後の皇帝ニコライ二世の末娘。皇族に代々受け継がれる精霊契約の末代。

 

 そんな彼女は、ビリー・ザ・キッドの銃撃から僕を庇って致命傷を受けた。

 

 そう、僕のせいで。

 

 カルデアと闘い、無様に敗北し、それでも降伏することなく最後の手段である“大令呪(シリウス・ライト)”を行使しようとし、その隙を突かれた。

 

 悪手だった。とっとと退却すべきだった。

 

『__殉死も許しません。自爆も許しません』

 

『落ち着いて、カドック。……私は、信じています。選択肢をどれほど間違えようとも__あなたはきっと、正しく為すべきことを為すと」

 

『……その後悔を抱いて生きなさい。マスター。私……きっと、もう二度とできません。銃弾の前に、身を投げ出すなんて』

 

『よろしい? 私はあなたが優れていたから助けた訳ではありません。私を信じてくれたから、サーヴァントとして、当然のことをしたのです』

 

『……光栄に……思って……ちょうだいな……。本当に……かわいい……人……』

 

 彼女の最期の言葉が脳内で木霊する。

 

 __ああ。僕はいつも“出来るはずだった”と後悔するばかり。今度こそ、今度こそはと足掻いて、もがいて、けれど結局__。

 

 この異聞帯は終わりだ。イヴァン雷帝も死んだ。あの“ミラのルカティエル”とかいう訳の分からないサーヴァントによって……。

 

 正体は不明。恐らくは“火の時代”の英霊だろう。理由はエルが使うのと同じソウルの魔術を使っていたからだ。けどあいつよりも遥かに規模が大きかった。

 

 奴は剥ぎ取ったと思われる殺戮猟兵の衣服を纏いながら、あの山のような巨大な獣を殺した。あまりにも呆気無く、僕たちが打倒しようとしていた異聞帯の王はその命を散らした。

 

 お陰様でアナスタシアを皇帝に即位させ、世界に“王”と認めさせる計画は失敗。自棄になってカルデアだけでも潰そうと挑み、そして今に至る。

 

 あいつさえ居なければ……いや、どちらにしろ僕ではカルデアに勝てなかったかもしれない。能力ではこちらが上回っていても経験の差が違い過ぎる。

 

 これまでの戦いでよく分かった。あの女は、エルの言う通り人理を救済した正真正銘の英雄なんだと。

 

 嫉妬した。憎悪した。エルデン・ヴィンハイムが認めた存在に対して__。

 

「……ああ。すまない、アナスタシア」

 

 遺言は守れそうにない。ここで終わる訳にはいかない。このままでは、あいつに顔向け出来ない。

 

 僕は、立ち上がる。

 

 王は死んだ。サーヴァントも消えた。異聞帯もやがて終わる。もはや敗北は確定していた。完膚なきにまで叩きのめされた。

 

 __だから、どうした? 

 

「僕は諦めない……諦めることなどあってはならない……絶対にあってたまるか……!」

 

 そんなことで僕の心は折れない。__折れてたまるか。

 

「あっ! 待ってルカティエルさん!」

 

 僕の闘志に気付いてミラのルカティエルが走り出す。だが、もう遅い。

 

 アナスタシアを看取っている間、連中がくだらない優しさで暢気にも待っていてくれたお蔭で準備は既に整った。

 

「__精々足掻かせてもらうぞ!」

 

 そして、次の瞬間。

 

 爆発音と共に僕の意識は途絶えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ◎

 

 

『__目標、排除確認』

 

 焦土と化したヤガ・モスクワ。瓦礫と死体ばかりが残る、その上空に、何かが居た。

 

『空想樹。異聞帯。異星の神。人類悪。深淵……どれもこれも大き過ぎる。修正が必要だ』

 

 それは暴走する機械。世界の管理機構。ありとあらゆる危険因子を排除するシステム。けれど、それが誕生するのはもっと未来のはずだ。

 

 そして、その未来は失われた。人類史は漂白され、地上が汚染された未来も、人類が地下世界へ逃げた未来も、全国家が企業に敗北して解体された未来も全て__。

 

『力を持ち過ぎる者。秩序を乱す者』

 

 だからこそ、何を間違ったかソレは“座”に登録され、裁定者として召喚された。

 

 現状を理解したソレは各地に出現し、無差別に攻撃を開始した。装備された全ての武装を以て建物を粉砕し、生命を虐殺し、このロシア全土を破壊し尽くした。

 

 __たった三分間のことだ。

 

 荒廃した世界を、衰退した人類を救う為に。それらは異なる世界へ牙を剥く。

 

『__プログラムには、不要だ』

 

 赤い天使たちは、漂白された世界を舞う。

 




ゲーティア「多くの悲しみを見た」

古王「殺してるんだ。殺されもするさ」

主任「そうなんだぁ……で、それが何か問題?」

財団「人は人によって滅ぼされる」

死神「好きに生き、そして理不尽に死ぬ」

ゲーティア「」


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エルデンとカルデアの者たち 前

まさか☆5鯖配布されるとは……引換券あと10枚寄越せ(強欲)

ミラのルカティエル登場させるにあたって久しぶりにダクソ2新データでやったけど巨人の森とかまだ人が居て嬉しかった。


 ◎

 

 

 __ロシア異聞帯が消滅した。

 

 その知らせは、急遽召集されたクリプターたちを酷く驚かせた。

 

『……死んだのか? カドックは』

 

 各人が様々が感情を抱く中、まるで予想していたとでも言うのか、いつもと変わらない様子でエルデン・ヴィンハイムが問いかける。

 

『不明だ。しかし、“大令呪”を行使してはいないようだし、恐らく生存はしているだろう。上手く逃げ延びたのならばいいが、カルデアに拘束されている可能性が高い』

 

『……そうか』

 

『んだよ、随分と冷たい反応だな。お前さんカドックとは結構仲良しだったじゃねえか』

 

 キリシュタリアの言葉に眉一つ動かさず、ただ一言そう返すエルデン。そんな彼の反応に疑問を持ったベリルが問う。

 

『そうね。てっきりカドックはアナタのお気に入りだと思っていたのだけれど……』

 

 ペペロンチーノもまたその疑問に同意する。

 

『もうエルデン……もっと表情や態度に出しなさい。ただでさえ貴方は無愛想なのだから誤解されちゃうわよ?』

 

 するとオフェリアが呆れた様子で指摘する。

 

『む、そうか?』

 

『そうよ。本当はカドックのこと、心配してたし、生きていて安心しているのでしょうけど……』

 

『え? そうなの?』

 

『……ああ。その通りだ』

 

 どうやらあれでカドックの身を案じ、生存に安堵していたようだ。もはや無愛想などというレベルではない。そして、これを判別したオフェリアにペペロンチーノは少しだけ戦慄した。

 

 ヒナコはただ冷ややかな視線を向けている。

 

『私としても彼の生存は喜ばしいことだ……さて、報告はこれだけではない。これを観てくれ』

 

 するとキリシュタリアはある映像を表示する。

 

『…………!?』

 

 そこに映る存在を認識した瞬間、エルデンは目を見開く。

 

 映像には今話題のロシアと思われる雪景色で大剣を振るう、翁の面を被った奇抜な騎士が映っていた。

 

『何だ? こいつは?』

 

 皆の疑問を代弁するようにベリルが問う。

 

『ロシアにて出現が確認された汎人類史側と思われるサーヴァントだ。クラスは不明。自身のことを“ミラのルカティエル”と名乗っていた』

 

『ルカティエル……女性ですか?』

 

『いや、声は男のものだったそうだ。この謎のサーヴァントは突如として現れ、ロシアの勢力を殺戮し、異聞帯の王であるイヴァン雷帝を単独で撃破した。実際のところロシアを滅ぼしたのはカルデアではなく彼といっていい』

 

『! 単独で異聞帯を滅ぼしたというのですか? キリシュタリア様』

 

『ああ。俄には信じ難いことだが……実際、査察へ向かわせたランサーと戦闘を行い、彼を打ち負か『俺は敗けてないからな?』……深傷を負わせた』

 

『ランサー……あのカイニスが、ですか?』

 

 カイニス。後の名をカイネウス。

 

 キリシュタリアが従える三騎の神霊のサーヴァントの内の一角であり、ギリシャ神話における猛々しきアルゴナウタイの一員……海に愛され、海に穢された者。

 

 海神ポセイドンの力を持つ彼ないし彼女だが、どうやら件のサーヴァントに敗北したらしい。近くに居るらしい本人は否定しているが……。

 

『ああ。神霊である彼を圧倒する程の『圧倒されてねぇ! あれは油断しただけだ!』……ともかく並みの英霊ではない』

 

『へぇ……そりゃ恐ろしいな。こっちに来ないことを願うぜ』

 

 キリシュタリアの説明に皆がこの正体不明のサーヴァントを警戒すべき存在だと認識する。

 

 カドックの担当するロシア異聞帯は唯一空想樹が根付いていなかった。しかし、だからといって決して弱くなく、むしろ強い歴史だ。それを単独で滅ぼしたという事実は恐るべきことであり、脅威がカルデアだけではないことを証明していた。

 

『そして、基本的には剣術による接近戦を行っていたが、イヴァン雷帝との戦闘の際、杖を触媒に魔術を行使した。それは現代のあらゆる体系からかけ離れていたが、ある一族のものと合致した。よって、このサーヴァントは“火の時代”の英霊の可能性が高い』

 

 __“火の時代”。

 

 キリシュタリアがその単語が出した瞬間、全員がエルデンへと視線を向ける。

 

『成る程。ある一族というのはヴィンハイムのことか。確かに“火の時代”の英霊ならばその実力も納得だ。神代よりも遥か古代の猛者たち……その神秘は下手な神霊よりも濃い』

 

 デイビットが納得した様子で頷く。一方、エルデンは神妙な面持ちを浮かべていた。

 

『何か心当たりはないかい? エルデン』

 

『…………』

 

『……エルデン?』

 

 何か知っているかもしれないという期待を抱いてキリシュタリアが問う。しかし、エルデンは表情を硬直させ、映像に釘付けになっていた。

 

『……何故、奴がロシアに? 何が目的で__』

 

『どうした、大丈夫か?』

 

『こらエルデン! キリシュタリア様が呼んでるわよ』

 

『__む、何だ?』

 

『このサーヴァントについて心当たりがないか質問した。けれど、その様子だとやっぱり何か知っているようだね?』

 

『……ああ。俺の知る限りではそいつの真名の候補は一人しかいない』

 

『! ……本当か?』

 

『ああ。十中八九そいつで間違いないだろう』

 

 皆が注目する。情報は多かったが、まさか真名にまで行き着くとは。

 

『まず最初に、そいつはミラのルカティエルではない。本来のルカティエルはオフェリアの予想通り女だ。そいつは彼女の名を広める為に様々な土地で活動していた……今回もその一環だろう』

 

 淡々と説明するエルデン。しかし、そこには想定外の存在に対する苛立ちと焦りが見え隠れしていた。

 

 あのエルデン・ヴィンハイムが、だ。故に、あのベリルですら表情を真剣なものへと変えて彼の話を聞く。

 

『……ふむ、ミラのルカティエルは偽名か』

 

『クラスについては分からないの? エルデン』

 

『分からん。有力なのは見た目通りセイバーだが、そいつはライダー以外の全てに適性がある。本物のルカティエルが大剣を使うからそれを真似てるだけで剣も槍も弓も短剣だって使うし、魔術も奇跡も使える。場合によっては専門を上回るだろう』

 

『何だよそれ? 万能じゃねえか』

 

『ああ。流石にクラスで制限を受けてるだろうが……そもそもサーヴァントですらない可能性もある。そいつは不死で、その最期は不明だからな』

 

『……不死、ね』

 

 その単語にヒナコが反応する。

 

『奴に本当の名は無く、幾つかの呼び名があるのみだ。呪われ人、亡者狩り、因果へ挑みし者、死を超える者、原罪の探究者……』

 

 そして、と彼は遂にある名を口にした。

 

「__“絶望を焚べる者”」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ◎

 

 

 __やぁ、ご機嫌如何かな? 

 

 __私はそうだね。通りすがりの花の魔術師とでも呼んでおくれ。そう、今君の思い浮かべた名前が正解だ。

 

 __ずっと君のこと見てたよ。最後の悪足掻き、惜しかったね。横槍が無ければそれなりの損害を与えてたんじゃないかな? 最初は卑屈で根暗な奴だなぁって思ってたけど意外と根性あるじゃないか。

 

 __その反骨心、実に彼の気に入りそうな人間だ。

 

 __彼って誰かって? 君も知っているだろう。人間性の怪物、エルデン・ヴィンハイムさ。

 

 __ああ。怪物さ。恐ろしくおぞましい怪物。あれなら人類悪の獣の方がずっとマシだね。

 

 __何でか? 人類悪とは即ち、人類“が”滅ぼす悪。その人理を脅かすものの本質は人間への悪意という一過性のものではなく、人理を守ろうとする願いそのもの。即ち、人類愛なのさ。

 

 __より善い未来を望む精神が今の安寧に牙を剥き、やがて英霊召喚の元になった人類の自滅機構・即ち自業自得の死の要因となるって訳だ。

 

 __けどあの怪物はどうだい。アレに愛なんて欠片も存在しない。敵意すら存在しない。ただ好奇と期待だけで災厄を振り撒こうとしている。

 

 __まあ、君は信じられないだろうね。何の気紛れか知らないが、彼は君たちには人間性を見せていた。けど言わせてもらうよ。

 

 __あれは私以上の“ひとでなし”さ。

 

 __さて、本題に入ろう。私としてはカルデアの方に協力したいところなんだけど、生憎と私は今、彼のサーヴァントだし、なんか変なのに取り憑かれちゃってねぇ……塔へ帰ることも自害することさえ出来ない。

 

 __けど僕はハッピーエンドが好きだ。とんでもないバッドエンドを思い描く彼とは相容れない。尤も、今はそれも悪くないと思ってしまっているけれどね……だいぶ汚染されてしまったよ。

 

 __久方ぶりに恐怖心ってのを抱いたよ。いつ僕が僕でなくなるのかを考えると夜も眠れない。だから私がまだ私である内に何か手を打たなければならない。

 

 __そこで君だ。

 

 __このままでは彼の筋書き通りになってしまう。それだけは何としてでも避けなければならない。

 

 __カルデアは駄目だ。彼は知り過ぎている。あっちはこっちの僕に任せるよ。彼にとっての不確定要素はあの異星の神と、君たちAチームだ。そして、君はあの彼らの中で一番の可能性を秘めている。

 

 __キリシュタリア? 残念。彼では時間が足りない。君は知らないだろうが、彼はもう長くないんだ。ん? 詳しくは言うつもりはないよ。個人のプライバシーだし、君には必要のない情報だ。

 

 __ああ、オフェリア・ファルムソーネも最後の最後で躊躇してしまうし、芥ヒナコはそもそも彼と敵対しないだろう。それでも可能性はあるがね。

 

 __けど言ったろう。君が最も可能性があると。

 

 __イレギュラーは多い方がいい。その分、より最悪のシナリオへ繋がる可能性も高いけどね。

 

 __私はろくでなしさ。人の心が理解出来ないどうしようもない阿婆擦れだ。だけれどね、だからこそ、私はエルデン・ヴィンハイムがやろうとしてることを看過することなんて出来ない。

 

 __だから頼んだよ、カドック・ゼムルプス。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ◎

 

 

「さて、ここに至った今、我々がすべきこととは何か……現状の把握だ」

 

 __虚数潜航艇、シャドウ・ボーダー。

 

 ブリッジの作戦司令台に立つのは、この“カルデア”において今や貴重なサーヴァントである名探偵、シャーロック・ホームズだった。

 

「で、“アレ”は一体何なのかね? ホームズ君」

 

 そう言うのは人理修復という偉業を成し遂げ、用済みとなったカルデアを買い取り、所長の座に着いた小肥りの男、ゴルドルフ・ムジークであった。

 

 彼の視線の先には大型のディスプレイがあり、そこにはある静止画が映されている。

 

「__分からない。私を以てしても何も分からない」

 

 それは背中に二機の大型のスラスターを搭載した、赤いロボットだった。

 

 突如として現れ、ロシア異聞帯の消滅を促進させた存在。確認出来ただけでも“九機”が各地で無差別攻撃を行い、カルデアもそれに巻き込まれる形となった。

 

「ロボットということは、呂布さんと同じで中国出身のサーヴァントでしょうか……?」

 

 短い桃髪の少女、マシュ・キリエライトが画像を見ながら問う。

 

「どうだろうね。カルデアにおいては過去の英霊だけでなく、現代そして未来の人物がサーヴァントとして召喚された例もある。恐らくはその類いだろうと思われるが、情報が少な過ぎる」

 

「武装はチェーンガンにパルスキャノン、レーザーブレードに垂直ミサイル……その火力と機動力といい、明らかなオーバーテクノロジーだ。こんなのがサーヴァントだっていうんだからふざけた話さ」

 

 お手上げといったポーズを取るのは、美しい少女の姿をした世紀の大天才__レオナルド・ダ・ヴィンチだ。

 

 カルデアのシステムはこのロボットの霊質をクラス・ルーラーのものだと解析した。ロボットの中に居る存在ではなく、このロボットが、だ。それはつまりはロボット自体がサーヴァントであることを意味している。宝具か何かではなく……。

 

 有り得ない、とは言わない。機械の英霊は確かに居た。呂布奉先、加藤段蔵、メカエリチャン……最後はともかくここまでがっつりしたロボットが召喚されるとは予想外だった。

 

 そんなイレギュラーな存在を元人類最後のマスターである少女、藤丸立香はジッと見つめ__。

 

「……かっこいい!」

 

 周りがずっこけそうになる。

 

「いや立香ちゃん? 気持ちは分かるけどね?」

 

「こんな状況で何を言っているのかね君は! 大体日本人はロボットなんて見慣れているだろう! 東京にガンダムなど配置しおってからに!」

 

「えっと、所長……お台場のあれは偽物です」

 

「まったく……君はアレに殺されかけたのだぞ? 少しは恐怖心を持ったらどうだ?」

 

「あはは……ごめんなさい」

 

 目を輝かせる立香にゴルドルフが呆れた様子で叱る。サーヴァントたちの防御が無ければ今頃瓦礫に潰されていたことだろう。

 

 直前まで戦闘をしていたクリプター、カドック・ゼムルプスは不意を突かれた形で爆風で吹っ飛ばされるも軽傷と気絶だけで済んだ。現在は治療を受け、個室で拘束している。

 

「それにしても、ルカティエルさん……大丈夫かな?」

 

「サーヴァントですし、きっと無事ですよ。先輩」

 

 そして、彼女はあの攻撃ではぐれた翁の面を被ったサーヴァントのことを心配する。

 

『__初めまして、ミラのルカティエルです……』

 

 カルデアのデータベースのどれにも該当しないクラスで、素性も全く不明な翁の面をしたサーヴァントは、ロシアの雪原で殺戮猟兵を焼き尽くした炎の嵐の中から現れると立香たちに優雅な一礼をしながらそう名乗った。

 

 殺戮猟兵を駆逐し、あのイヴァン雷帝ですら単独で撃破したイレギュラーの度合いで言えば件の赤いロボットに並ぶ規格外の英霊……彼の存在が居なければロシア異聞帯の攻略はもっと苦労したに違いない。

 

 無口だが、悪い人ではないと立香は思う。しかし、ダヴィンチたちが警戒する理由も分かる。

 

 単純な実力もそうだが、大剣を使っていたかと思えば直剣、棍棒、斧、槍、大盾、弓、拳と様々な武器に一瞬で持ち替え、更には炎や雷、魔力を操るなど高度な魔術までも使えるのだ。

 

 一つ疑問なのは、途中から剥ぎ取った殺戮猟兵の衣服を着込んでいたことだ。変装のつもりだろうか? 

 

「ともかくだ。一刻も早くこいつの対策を考えねば。異聞帯を攻撃していたが、我々も構わず攻撃してきたのだ。味方だとは思えん」

 

 正体不明のロボット。次の異聞帯にもまた出現した際の対策にカルデアは悩まされる。

 

 ただでさえカルデアは追い詰められた戦力の中、異星の神と七つの世界という巨大な敵と対峙しているのだ。更に脅威が増えたのは由々しき事態だった。

 

「__ほう。これは驚いたな」

 

 その声が響いた時、空間が凍り付いた。

 

「まさか“ナインボール”、それもセラフが召喚されるとは。アラヤも本気という訳か……」

 

 立香のすぐ背後に、濃い青色のコートを身に纏う灰髪の青年が立っていた。

 

「__!」

 

 真っ先に動いたのはホームズだった。対象を排除しようと一瞬で近付き、鋭い蹴りを放つ。

 

「__緩やかな平和の歩み」

 

 ちりん、と鈴が鳴る。すると蹴りは青年の眼前で停止する。否、止まっていると見間違う程に遅くなったのだ。ホームズだけではない。周囲の者たちも同じように動きが鈍化していた。

 

「……っ!?」

 

「おっと、迂闊に動かない方がいい。貴公らが俺を殺すよりも俺が何人か殺していく方が速いぞ? シャーロック・ホームズ」

 

「! 何……」

 

 低速の蹴りを難なく避け、青年は近くの椅子へ腰掛ける。それと同時に鈍化が解除される。

 

 さらっと真名を言い当てられてしまっている。いや、既に知っていたと言うべきか。

 

「な、何者だっ……!?」

 

「君はっ……エルデン・ヴィンハイム……!?」

 

「エ、エルデンさん……!?」

 

 皆が驚愕し、混乱する。ダヴィンチとマシュはその姿に見覚えがあった。

 

「何ぃ!? エルデン・ヴィンハイムだとぅ!? あの狂人のエルデンかっ……!?」

 

「エルデンって、確かクリプターの!」

 

「__やぁ、ご機嫌よう。カルデア諸君」

 

 ゴルドルフが悲鳴に近い声をあげる。立香もその名は今は亡き大人のダヴィンチから聞いていた。

 

 曰く、ヴィンハイムという特別な一族の生まれでキリシュタリアとデイビットに並ぶ天才であり、戦闘力だけならばカルデア最強でサーヴァントにも優るとも劣らないという。敵となった今では警戒すべきクリプターの代表格だった。

 

 それが今、目の前に居る。

 

「……安心したまえ。今回は別に争いに来た訳ではない」

 

 そう言って八人目のクリプター、エルデン・ヴィンハイムはくつくつと笑う。

 

「……君、そんなキャラだったっけ?」

 

「貴公は……ダヴィンチか? 随分と小さくなったな、幼女趣味にでも目覚めたか?」

 

 寡黙で無表情。以前、そんな印象を抱いていたダヴィンチは饒舌に語るエルデンに怪訝な表情を浮かべる。対してエルデンは記憶と違うダヴィンチの容姿に驚いている様子だ。

 

「……ああ、そういうことか。神父辺りに殺られたか? 流石は世紀の大天才、自らのスペアを作っていたとは」

 

「自己完結してくれて何よりだ。しかし、解せないな。どうやって侵入した? おまけにセキュリティや私たちに気付かれずにここまで接近するなんて……いくら君でも不可能のはずだ」

 

「貴公の言う通りだ。俺では姿を消し、音を消せてもサーヴァントに一切気付かれずに近付くのは無理だろう。けれど、可能な存在は居る」

 

「……近くに君のサーヴァントが居る訳か。アサシンか?」

 

「さあ、どうだろうな?」

 

 そう言いながら手に持つ小さな鈴のようなものを弄ぶエルデン。彼だけでなくサーヴァントも来ている。当然と言えば当然の事実にゴルドルフやスタッフたちは更に動揺に包まれた。

 

 そんな彼らなど気にも留めず、エルデンは興味深そうに立香を見据える。

 

「……ふむ、性別は女だったか」

 

「え……?」

 

「……さて、久しい顔触ればかりだが、何人か新顔も居る。一応挨拶しておこうか」

 

 するとエルデンは立ち上がり、優雅な貴人の一礼をする。それは立香とゴルドルフに向けられたものだった。

 

「初めまして。俺はヴィンハイムのエルデン……しがない魔術師であり、今は汎人類史の裏切り者をやっている身分だ。今後ともよろしく頼むよ」

 

「えっ……あ、その……」

 

 よろしく、と立香が思わず返事しようとする前にホームズが彼女を守るように前に出る。

 

「それで、争いに来た訳ではないと言っていたが、では何が目的でカルデアに侵入した?」

 

 ホームズが問う。

 

「……ああ。色々とあるが、主な目的は一つ__カドックはどこだ?」

 

 その瞬間、エルデンの表情から笑顔が消える。まるでスイッチを切り替えたかのように。

 

「__成る程。やはり君の目的は、カドック・ゼムルプスの救出かね?」

 

「……その反応からするに、どうやら生きてはいるようだな。良かった、安心したよ。で、どこの部屋に収容されている?」

 

「__ふ、ふざけるな! 人質を引き渡せだと! そんな要求が認められるか!」

 

 カドックの居場所を問うエルデンに、ゴルドルフが身体を震わせながらも真っ向から拒絶する。それに対し、エルデンは能面のような表情のまま彼へと視線を向けた。

 

 元よりその悪名からエルデンに恐怖心を抱いていたゴルドルフはその視線だけで顔面を蒼白させてしまう。

 

「ひっ……!?」

 

「……そうだな、至極真っ当な意見だ。ゴルドの息子よ」

 

「へ?」

 

 思わず間抜けな声を出してしまうゴルドルフ。当然だろう、まさか死徒や執行者と殺し合った狂人の口から父の名が出るなど思ってもいなかったのだから。

 

「……けれど、別に俺は許可を求めていない。カドックは元より強奪するつもりだ。どうせ居場所はすぐに分かる」

 

 だから、とエルデンは再び笑みを浮かべる。

 

「__少し話をしようじゃないか。カルデアのマスター」




謎のキャスター……一体誰なんだっ!?


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エルデンとカルデアの者たち 中

筆が乗り過ぎてまさかの三分割


 ◎

 

 __大西洋異聞帯。

 

 ギリシャの主神ゼウスからなるオリュンポス十二機神が支配するその地に、一人の男が足を踏み入れた。

 

「何だ、ここは」

 

 男がまず最初に感じたのは吐き気だった。

 

 __神。

 

 __神。

 

 __神。

 

 __神。神。神。神神神神神神神……! 

 

 どこもかしこも神だらけ。ありとあらゆる場所から感じられる忌々しい神々の気配。それに男は、凄まじい吐き気を催し、そして胸に燻る憎悪と怒りを燃え上がらせる。

 

「__ああ。虫酸が走る」

 

 古びた上級騎士の兜の内側で鬼の形相を浮かべながら男は必ずやこの地の神々を駆逐せねばと決意する。

 

 折角、人の時代をもたらしたというのに後世に託したらこれだ。あれから数万年、一匹残らず殺し尽くしたというのに再び現れた。

 

 男が知るグウィンとロイドからなるそれらとは違う。遥か宙から来訪した存在。かと言ってかつて滅ぼしたナメクジ共の同類でもない機械仕掛けの神々。

 

 けれど、それでも神なのには変わりない。その忌々しく吐き気を催す気配は何ら変わらっていなかった。

 

 故に、異聞から来訪した“闇の王”は、神々が支配する異聞の地を前に怒り狂う。

 

《別世界へ侵入しています》

 

 彼の出現に呼応するかのように、他の世界から時空を越えて、敵対者たちが侵入していた。

 

 赤い瞳を持つ不死たちが、血に酔った狩人たちが、そして__。

 

《闇霊 人食いミルドレッドが侵入しました》

 

《闇霊 トゲの騎士カークが侵入しました》

 

《闇霊 黄の王ジェレマイアが侵入しました》

 

《闇霊 聖騎士リロイが侵入しました》

 

《闇霊 素晴らしいチェスターが侵入しました》

 

《闇霊 武器屋ゼニスが侵入しました》

 

《闇霊 罪人フォーゲルが侵入しました》

 

《闇霊 射手のガイラムが侵入しました》

 

《闇霊 無慈悲なリュースが侵入しました》

 

《闇霊 肉断ちのマリダが侵入しました》

 

《闇霊 無名の纂奪者が侵入しました》

 

《闇霊 奇妙なキンドロが侵入しました》

 

《闇霊 宮廷魔術師ナヴァーランが侵入しました》

 

《闇霊 探索者ロイが侵入しました》

 

《闇霊 ミラのアズラティエルが侵入しました》

 

《闇霊 剣闘士シャロンが侵入しました》

 

《闇霊 竜の牙ウィアードが侵入しました》

 

《闇霊 鉄壁のバルドが侵入しました》

 

《闇霊 道化のトーマスが侵入しました》

 

《闇霊 暗殺者マルドロが侵入しました》

 

《闇霊 彷徨う者たちが侵入しました》

 

《闇霊 闇術師ニコラが侵入しました》

 

《闇霊 剣士レイチェルが侵入しました》

 

《闇霊 神聖騎士オルハイムが侵入しました》

 

《闇霊 追放術師ドナが侵入しました》

 

《闇霊 喪失者が侵入しました》

 

《不吉な鐘に共鳴がありました》

 

《狂った闇霊 聖騎士フォドリックが侵入しました》

 

《闇霊 黄色指のへイゼルが侵入しました》

 

《闇霊 ロンドールの白い影が侵入しました》

 

《闇霊 騎士狩りゾリグが侵入しました》

 

《闇霊 放浪のクレイトンが侵入しました》

 

《闇霊 結晶の娘、クリエムヒルトが侵入しました》

 

《狂った闇霊 死斑の呪術師ダネルが侵入しました》

 

《闇霊 忌み探しが侵入しました》

 

《闇霊 銀騎士レドが侵入しました》

 

《闇霊 呻きの騎士が侵入しました》

 

《黒ファントム ■■■■■■■■■が侵入しました》

 

 それと同時に、光輝くサインがあちこちの大地に浮かび上がり、それらは自らを喚び寄せよとその世界の者たちを誘う。

 

 白は協力者。

 

 青は守護者。

 

 赤と紫は殺戮者。

 

 大西洋とその上の星間都市は他世界から召喚された霊体たちで入り乱れる。

 

 彼らにとってこの世界は狩り場であり、戦場であり、そして遊び場であった。

 

『__よう、相棒。元気そうで何よりだ』

 

 一方、場所は変わり遥か上空にて。

 

 二機の大型のロボットが並んで翔んでいた。オリュンポスの機神とは違い、中には人間の男が乗っている。

 

『今回の依頼は、何と霊長の意思って奴からだ。この呆れ返る程に綺麗な世界を手当たり次第にぶっ壊しながら空想樹? とかいうデカい植物を伐採すれば良いらしい。簡単だろ?』

 

『………………』

 

 片方が軽快な口調で語りかける。対してもう一機は無言だったが、逆間節の脚を持つその機体はそれを気にすることもなく話を続ける。

 

『聞いたぜ? 俺が死んだ後、相当殺したらしく“人類種の天敵”だなんて呼ばれるようになったんだって? そんな奴を駆り出すなんて、アラヤってのは相当切羽詰まってるらしいな』

 

 キラキラと緑色の粒子が漂う。一人の科学者によって発見されたそれはこの異聞帯を、着実に死地へと変えている。それはつまり、彼ら以外にも多くの同種のロボットとそれを駆る傭兵たちが各地で召喚されていることを意味していた。

 

 人種も、出身も、所属も、目的も違う戦場と戦場を渡り歩く鴉や山猫たち。彼らは皆、一つの思いを胸に抱きながらこの異聞の地へ集う。

 

 __戦い続ける歓びを。

 

『所詮大量殺人だ。刺激的に殺ろうぜ』

 

 そして勿論。彼もまたこの地へ降り立った。彼女の名を、滅び行く人々の脳裏に焼き付ける為に。

 

 求めるは闘争。求めるは冒険。求めるは未知。求めるはソウル__。

 

「__ミラのルカティエルです」

 

 これはまだ、少し先の出来事。カルデアが四つ目の異聞帯を攻略し、薪の王たちの故郷へ辿り着いた時、最も繁栄した異聞帯に災厄が降り注ぐ。

 

「フフフ……アハハハハッ! こりゃあ凄い! バッドエンド一直線じゃないか! 最悪だ! 最高だ! ……違う! 私はこんなの、こんな物語は望んでいないはずなのに、何で喜びなんて抱くんだ! 私が欲しかった感情は、こんなのじゃあない! アハハハハハハ! アハハハハハハ!」

 

 そして、黄衣の魔術師は狂ったように笑う。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ◎

 

 

 __私は、カルデアが襲撃される前のことを思い返す。

 

『さて、次は本来は存在しない八人目に任命された男……エルデン・ヴィンハイムだ』

 

 今は亡き大人のダヴィンチちゃんは、七人のAチームのメンバーを紹介した後、最後に彼の名前を出す。

 

『彼はキリシュタリア・ヴォーダイムやデイビット・ゼム・ヴォイドと同等かそれ以上の天才だ。純粋な戦闘力ならばカルデア最強といっても過言ではない』

 

 最強? 意外だった。てっきりリーダーのキリシュタリアって人かデイビッド? ってヤバそうな人が一番強いのかと思ってたから……。

 

『その実力はサーヴァントにも匹敵するだろう。実際、カルデアが召喚して君と契約したサーヴァントと戦闘になった場合、その半数以上に勝利する可能性が高い』

 

 えっ!? サーヴァントに勝てるのっ!? 魔術師は基本サーヴァントには敵わないって聞いた気がするけど例外は居るものなのね……。

 

 もしかしてギルやカルナにも勝てたりするの? 

 

『ははは。いや、流石に英雄王は厳しい。不意打ちならばワンチャン……ってところかな』

 

 それでも勝てる可能性はあるんだ……私は少し戦慄した。そんな凄い人でも爆弾であっさり脱落しちゃうんだね。恐るべしフラウロスの爆弾……。

 

『魔術協会からも異端扱いされている竜の学院、ヴィンハイムの一族であり、そこでは学長という謂わば次期当主のような地位を与えられている』

 

 竜の学院? それってどんな所なの? 

 

 最近やっと魔術協会だの時計塔だのといった知識を覚えた私は頭上に疑問符を浮かべながら質問した。

 

『簡単に説明すれば神代、或いはそれ以前から続く魔術師の名門だ。魂を魔力に変換させるという血統由来の独自の魔術が使え、一般的な魔術師と違って根源への到達ではなく、祖なる白竜シースの命題を解くことを悲願としている』

 

 白竜シース? これまた知らない単語が出た。名前からしてドラゴンなのだろうけど、ファヴニールとかと違って漫画とかでも聞いたことがない。

 

『“ダークソウル”に登場する竜ですよね?』

 

 すると可愛い我が後輩がそう言った。知っているのかマシュ。

 

『ああ。今ある全ての魔術の始祖とされるウロコのない白竜……“火の時代”と呼ばれる神代以前に栄えたという実在が魔術師の間でも疑問視されている先史文明に存在した幻想種さ。かつて、世界を支配していた“岩の古竜”と太陽神“グウィン”らが率いる神々との戦争で古竜を裏切り、神々に勝利をもたらし“火の時代”の始まりのきっかけとなったらしい。その後はグウィンの外戚として迎えられている』

 

 ふうん……よく分かんないけど魔術の始祖ってドラゴンだったんだ。で、そのダークソウルってのはなに? 

 

『“火の時代”において活躍した不死の英雄の叙事詩です。三部作で白竜シースは第一部の敵として登場しています』

 

 え、敵なの? 

 

『因みに第二部だと這う蟲に転生して巨大蜘蛛に寄生してます』

 

 竜ですらなくなった!? 

 

『まあ、その叙事詩については後で話をしよう。要するにヴィンハイムは白竜シースを崇拝しており、彼の命題……詳細は知らないが、それを解くのを目標に魔術を極めている』

 

 ふうん……宗教みたいなものかな? 神様じゃなくてドラゴンを信仰するなんてあまり聞かないけど。

 

 にしてもダークソウルねぇ……直訳すると闇の魂? 暗い魂? どちらにせよ、なんか物騒なタイトルだね。

 

『実のところエルデン・ヴィンハイムは白竜シースのことをハゲ呼ばわりしてたけどね。あれには私も笑った』

 

 ハ、ハゲ? 何で? 

 

『岩の古竜たちはとても強固なウロコで覆われて不死だったのだが、白竜シースにだけウロコが無かったんだ。だから不死でもなく、彼が裏切ったのはその容姿で周りから疎まれた、或いは劣等感などと予想されている』

 

 また髪……じゃなくてウロコの話してる……ってことね。そのエルデンって人は崇拝対象のドラゴンを馬鹿にしてたってこと? 

 

『そういうことだ。彼はヴィンハイムにおいても異端扱いされていて長い間、関わりを絶っていた時計塔の門を叩き、一時期は現代魔術科に身を置いていたらしい』

 

 現代魔術科って……孔明の中の人、じゃなくて外の人が講師をしていた所だよね? 確かロード・エルメロイ二世だっけ? 

 

『そう、その現代魔術科さ。成績は優秀だったらしいが、三年もしない内に行方を眩まし、世界各地の色々な遺跡や遺物を調べて廻っていたそうだ。その間に随分と悪い噂が流れているけどね』

 

 悪い噂? あのベリルって人みたいにダヴィンチちゃんやマシュが話したがらない程にやべーやつだったりするの? 

 

『ああ。怪しげな実験をしているとか、沙条って魔術師を唆してかなり大きな騒動を起こさせたとか死徒の起こした事件に巻き込まれたとか、それを撃破した挙げ句に聖堂教会代行者に追われたとか、その後は何故か封印指定執行者と戦闘したとか色々と言われていたが、まあどれも確証がないものばかりだ』

 

『あ、でも執行者の女性の方と殴り合ったという話は以前にされていました。とても強敵だったそうです』

 

『え? マジで?』

 

 やべーやつだった! そんな人が何でカルデアに……? 

 

『前所長マリスビリーが直接スカウトしたそうだ。いやぁ当時は大騒ぎだったよ。何せ予定外の八人目でしかも相手はイカれた快楽的破滅主義者と名高いエルデン・ヴィンハイムだったんだから』

 

 は、破滅主義者? しかも快楽的って……ワードだけでヤバさがびんびん伝わってくるんだけど……。

 

 つまり破滅する、またはさせることに快楽を感じるってことだよね? で、サーヴァントくらい強いと……え? そんなヤバ過ぎる人がもうすぐ目覚めるの? ずっと眠ってもらってた方がいいんじゃないですかね? 

 

『安心したまえ。噂と比べてかなりまともだったからね彼は。少々寡黙でどこか浮世離れしてるところはあったが、訓練をよくサボる以外の問題点は無かったさ。他のAチームとも打ち解けていて特にカドック・ゼムルプスや芥ヒナコとはよく話していた。オフェリア・ファムルソローネに至っては……いや、何でもない』

 

 へぇ……なら良かった。マシュはどう思ってたの? エルデンって人のこと。

 

『そうですね……面白い人、でした。周囲からの評判はあまりよくありませんでしたが、決して悪い人ではなかったです。時折会話しましたが、その際は色々なことを教えてくださいました』

 

 懐かしそうにマシュは語る。ふうん……結構仲良かったんだ。ちょっぴり妬いちゃう。

 

 ……けどオフェリアやペペロンチーノって人もだけどマシュと仲良くしてくれた人が居るのは安心したというか、嬉しく思うな。

 

『これだけ聞くと住む世界が違う、って印象だが……意外にも彼は日本文化オタクでゲームやアニメといった娯楽作品を好んでいる。君とも話が合うはずだ』

 

 そう言ってにこりと笑うダヴィンチちゃん。

 

 この時はまだ、彼らクリプターが人類史を裏切り、カルデアを襲撃してくるなんて夢にも思わなかった。

 

「……存外、良い面構えをしている」

 

 __そして、ロシア異聞帯を攻略した矢先にエルデン・ヴィンハイムが襲来することも。

 

「……話? 私と?」

 

「ああ、そうさ。話をしよう」

 

 びくり、と肩が震える。好奇の視線でこちらを見据えるその灰色の瞳が、酷く恐ろしく感じられた。

 

 人とは違う、別のナニカではないかと錯覚する程に。それは今までの戦いの中で対峙したどの敵とも類似するものが存在しなかった。

 

「七つの特異点を攻略し、魔神王ゲーティアに打ち勝ち、人理を救済した英雄……貴公とは、言葉を交わしてみたかった」

 

 その優しげな瞳に宿るのは尊敬と憧れ。そんな気がした。カドックの奴と違い、この人は私のことを認めてくれているのだろうか? 

 

 けれど、何故だろう。先程から胸がざわつく。

 

「へぇ……立香ちゃんと、ね。彼女の性別すら知らなかった人の言葉とは思えないな」

 

 ダヴィンチちゃんが言う。確かに、この人は私を初めて見た様子で「性別は女だったか……」と呟いていた。それはつまり私に対して関心が全く無かったということを意味しているはずだ。

 

 少なくともカルデアが爆破される前までは。

 

「……ああ。楽しみは取っておきたい主義だ。カルデアに来た時点ではぐだ……藤丸立香はただの無知な一般人だ。そんな彼ないし彼女と言葉を交わしても何ら得るものは無かろう。だからあの時は、認識しようとすらしなかった」

 

 予想通り、この人は私が人理修復をしたから関心を示したようだ。

 

 けれど、その言葉には何か違和感があった。

 

「要するに俺が会い、言葉を交わしたかったのは、魔術師ですらないただの一般人ではなく、数多もの英雄偉人と縁を繋ぎ、幾つもの修羅場を潜り抜け、七つの特異点を攻略し、そしてゲーティアを打倒して人理の救済を成し遂げた人類最後のマスターだということだ」

 

 ? どうしたのだろうか。彼の言葉にダヴィンチちゃんとホームズが目を見開いていた。

 

「……一つ問おう。君は、どこでそれらを知った?」

 

 神妙な面持ちでホームズが訊ねる。どういう意味だろう? 私たちの情報はあのコヤンスカヤによってクリプター側には周知されているんじゃないの? 

 

「……ふむ、気付いたか。流石は名探偵。貴公が居るのは少々想定外だった。秘密など、あってないようなものだから」

 

「よく言う。どうも君に関する推理は、不透明だ。私の思考が鈍っているとさえ感じる。何らかの細工をしているのだろう?」

 

「……やはり貴公は聡明過ぎる。その通り、儀式は既に秘匿されている。貴公風情では秘匿を破かぬ限り暴けぬよ」

 

 え? あのホームズが分からないの? 魔術による隠匿すらも見抜く彼の見識を誤魔化せるなんて……。

 

 それに、秘匿を破るって? 暴くとは違うの? 

 

「ほう……それは興味深い。詳しく聞きたいところだが、今まず先程の質問に答えてくれないかね? ミスター・エルデン」

 

「……まず前提が間違っている」

 

「何?」

 

「知った、のではない。知っていたのだよ、初めからな。俺はそれを思い出したに過ぎない」

 

 そう言って彼は笑う。え? どういうこと? 私はその言葉の意味が理解出来なかったが、ホームズはその瞳孔をより見開かせ、驚愕した様子だった。

 

「つまり、君は最初からゲーティアによる人理焼却を予見していたということかね?」

 

「__は?」

 

 私の表情が固まる。周りの皆も絶句していた。

 

 漸く、私は先程から感じていた違和感の正体に気付く。この人は、まるで自分が人理を救うことをずっと前から知っていたように話していたのだ。

 

「なっ……どういうことだ? まさか、君は千里眼に__」

 

「いや、そんな大層なものは持っていない。俺はただ知っていただけだ」

 

「知っていたって、一体どうやって……」

 

「……さあ、俺も知りたい。何故我らはそのような知識を持ってこの世界に生まれ落ちたのか。一時期は寝ても覚めてもそればかりを考えていた」

 

 __待て。落ち着け私。取り乱すな。

 

「そもそも君はあの時、確かに冷凍保存が間に合わなければ死んでいた程の危篤状態だったはずだ。ロマニ・アーキマンと前の私が誤診するはずがない。特に君の診断は徹底的にやったからね」

 

「ああ。よく誤魔化せていたろう? こう見えて演技派なんだ」

 

「まさか偽装、とでも言うつもりかい……? 君にそんな特技があったなんて聞いてないぞ」

 

「元より生と死は曖昧なものでな……そこらの医者や魔術師くらいの目なら欺くことは容易だ。お蔭で異星の神とやらに叩き起こされるまでぐっすりと寝れた。良い夢が見れたよ」

 

「何、それはどういう__「何で」……立香ちゃん?」

 

 ああ__やっぱり無理だ。

 

「何で……! ああなることを事前に知っておきながら、何もしなかったの……?」

 

 思わず声を荒げてしまいそうになるが、何とか堪えて問う。この人がサーヴァント並みの戦闘力を持つことは知っている。それならばレフの爆破を未然に阻止出来たのではないか? 

 

 そうすれば、オルガマリー所長も、ロマンも死なずに済んだのではないか……? そう思うと、沸々と怒りが湧いてくる。

 

「……少し誤りがある。俺は、何もしなかった訳ではない」

 

 そんな私の言葉に、彼は首を横に振る。

 

「あの時、アニムスフィアが俺を勧誘してきたのは偶然であり、予想の範囲外だった。だから俺は俺という存在が招かれることによる物語の変化を恐れ、レフ・ライノール・フラウロスと結託し、カルデアの崩壊を確定的なものへと変えた」

 

 今、何と言った? 彼が言い放った返答は、私の頭を真っ白にさせるには充分過ぎた。

 

「は……?」

 

「……レフを言いくるめるのには苦労した。あいつは俺を最大の脅威と見なし、警戒していたからな。何とか協定を結んだ俺は奴が爆弾を仕掛けるのを手引きし、オルガマリーたちを滞りなく、確実に始末するよう仕向けた。これ自体は実に容易な作業だったよ」

 

「何を、言っているの……?」

 

「……要するに、俺はゲーティアの共犯者だったという訳だ」

 

 平然とした様子で淡々と彼はそんなことを宣う。その言葉にマシュは信じられないといった表情をしていた。

 

「そんな……嘘、ですよね……? エルデンさん」

 

「……いいや。真実さ。キリエライト」

 

 その声は酷く震えていた。それに対し、彼は優しげな瞳で今にも泣きそうな彼女の顔を見据えながらそう言う。

 

「なっ、何故ですか……!? あなたはっ、そんなことをするような人じゃ……!」

 

「__以前にも言ったろう? 世界とは、悲劇だと」

 

「…………!」

 

 その言葉に、マシュが口をつぐむ。

 

 悲劇……? この世界が……? 

 

「ゲーティアやレフの嘆きは正しい。彼らの言う通りこの人類史は失敗作であり、人という種は不完全だ。彼らは終わりある命という、ありふれた悲劇を看過出来ず、容認出来なかった……それは至極真っ当な感性だ。何も間違っちゃいない。故に、俺は彼らの思想を肯定し、潰えることを知りながら協力するに至った」

 

 淡々と、然れど饒舌に彼は語る。そこにはゲーティアへの共感あり、彼らの“死の概念の無い惑星”を創造するという計画に同調していたのが理解させられた。

 

 死の無い世界……それは確かに素晴らしい。けれど__。

 

 私たちは生きる為に生きているんじゃない。生きたことに意味を見出だす為に、生きてるんだ。

 

「あなたも、人類が不死になることを望むの? そうすれば悲劇は起こらないと?」

 

「……いいや、別に」

 

 そう問いかければ彼はあっさりと否定した。

 

「え?」

 

「……不死になったところで、一体どうなる? 結局は同じなのだから」

 

「おな、じ?」

 

「そうだ。ゲーティアは少々人間を過大評価していた。短命だろうが、不死だろうが、人という獣の本質は何ら変わらず、その歴史は血で綴られる。刹那に生きようが、永遠に生きようが、人は何ら変わらない、変わらなかった。ただ死ぬか、死なぬかだけ。人は人の愚かを克服するに至らず、そこにはやはり、悲劇ばかりが溢れていた」

 

 嘆くように、憂うように、しかしそれとは裏腹に笑いながら彼は語る。

 

 それは私の予想を、理解を超越した言葉だった。

 

「死の無い世界? 終わり無き永遠の命? 完璧な生命? そんなもので、その程度で人間が変わるかよ。人はいつまでも醜く愚かしい生き物のままであり、延々と悲劇を繰り返す。それこそが、人なのだから」

 

 ああ。そうか__。

 

 この人は、初めから人類に期待していないんだ。だから、失望すらしていない。ただそういうものなのだと理解し、そこで完結してしまっているのだ。

 

 __私は、エルデン・ヴィンハイムという男の人間性を少なからず理解した。

 

「じゃあ、何でゲーティアに協力したの? どうして人類を裏切ったの……?」

 

「……人類など、この世のどこにも居ないさ」

 

「……え?」

 

 ぼそり、と彼は呟いた。

 

「いや、貴公の気にすることではない。忘れてくれ」

 

 どういう意味かと尋ねる前に彼はそう言い、言葉を続ける。

 

「……さて、ゲーティアに協力した理由か? 概ねはキリエライトに言ったように単なる共感だ。けれど、俺は実のところは人理が焼却されようが、救済されようが、どちらでも良かった」

 

「なっ……!?」

 

 何てことの無いように彼は答えた。どちらでも良かった、そんな発言に私の怒りが再燃する。

 

「カルデアが勝つならばそれで良し。ゲーティアが勝ったとしてもそれはそれで良し。俺の目的には何の影響も無い」

 

「じゃあ、皆が死んでも良かったのっ……!?」

 

「……そうなるな。ゲーティアが思い描く完全な人間とやらを見てみたいという気持ちもあった」

 

 思わず大きな声で問うと、平然とした様子でそう言われた。隣で先程からマシュは茫然としている。未だに現状を受け入れられずに居るようだ。

 

「結局のところ結末とは分からぬものだ……俺がレフの爆破を手引きし、貴公とキリエライトが生き残ることを確定的なものにしたとしても、本当に世界を救えるかは実際にその時になってからじゃないと確信は出来ない」

 

 謂わばギャンブルのようなものだ、と彼は周囲の様子を気にすることなく言葉を続ける。

 

「だから俺は貴公らが人理を救う方に賭け、結果はその通りになった。俺は博打に勝ち、人々は救われた。何ともまあ、素晴らしいハッピーエンドじゃあないか」

 

 ハッピーエンド、その言葉を聞いた瞬間。私は耐え切れなくなり、彼の胸ぐらを掴み上げ、声を荒げる。

 

 脳裏に過るのは、助けられなかった二人の人物__。

 

「先輩……!」

 

「どこがだ……! あなたのせいで、オルガマリー所長はっ……ロマンはっ……!」

 

 慌ててマシュが止めようとするが、遅い。彼は抵抗する素振りすら見せず、睨み付ける私と視線を合わせる。

 

「……オルガマリーに関しては、救えた命かもしれないな。けれど、Dr.ロマニは必要な犠牲だった」

 

「何を……!?」

 

「……我らが生き残り、協力したとして果たして本当にゲーティアを倒せたか?」

 

「っ……」

 

 言葉が、詰まる。__そうだ。ロマンが犠牲にならなければ私たちはゲーティアを倒せなかった。

 

「Dr.ロマニは、魔術王ソロモンはあの時、あの場所で、自らを犠牲に世界を救うという勇気を出せたか?」

 

「それは……!」

 

「俺やヴォーダイムが居た場合、果たしてレフは冬木で貴公らを見逃したか? ゲーティアは第四特異点まで見過ごす判断をしたか? 貴公に呪いを掛けるだけに留めたか? 貴公に協力してきたサーヴァントたちは、我らに力を貸したか?」

 

「っ……けど! そんなのやってみなきゃ分からない! あなたの言ってるのは結果論だ!」

 

「……その通り。可能性は正しく無限にある。キリシュタリアやヴォイドならば単独でも成し得たかもしれない。俺が人理の為に戦えば、もしかしたらオルガマリーも、ロマニ・アーキマンも生き残ったかもしれない。Aチームが異星の神とやらの尖兵に成り果てることもなかったのかもしれない」

 

「なら……!」

 

「__けれど、俺が知るのは貴公が人理を救う物語だけだ。貴公が七つの特異点を修復し、ゲーティアを打倒する未来しか知らない」

 

「…………っ!」

 

 だから、可能性の高い方を選んだとでも言うの? その時の彼の顔は無表情だったけどどこか__。

 

「……貴公の怒りは、当然のものだ。何も間違っていない。俺は俺の都合で貴公に人理修復という厄介事を押し付けたのだから」

 

 胸ぐらを掴む私の手を振り払うこともせず、彼は私の顔を間近で見つめながら言う。

 

「存分に怒り、存分に憎み、その闘志を決して忘れず、絶やさずにしたまえ」

 

 そのくすんだ灰色の瞳の奥には、確かに(リング)のようなものがメラメラと燃えていた。

 

 まるで深淵を覗き込んでいるような錯覚に陥った私は思わず手を離してしまう。彼は意に介した様子は無く、その瞳で私を捉え続ける。

 

「__ああ。やっぱりだ。貴公こそが、我らの敵に相応しい」

 

 彼は、そう言って不気味に笑う。




後編へ続く


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エルデンとカルデアの者たち 後

お ま た せ


 ◎

 

 

 __光の大王は熔けた土に、

 

 __混沌の魔女は罪人に、

 

 __最初の死者は腐れに、

 

 __裏切りの白竜は這う蟲に、

 

 __深淵の主は闇の破片に、

 

 __ならば、深淵に堕ちた四人の公王は? 

 

 __暗い魂を見出だした誰も知らぬ小人は? 

 

 長い時を経て、魂は廻り、そして生まれ落ちた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ◎

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「__貴公こそが、我らの敵に相応しい」

 

 それは事実上の宣戦布告だった。

 

 目を見開く立香に対し、エルデンはただ笑い、その瞳で彼女の姿を捉え続ける。

 

「て、き……?」

 

「そう、敵だ。貴公は我らを打倒するに相応しく、我らは貴公に打倒されるべき敵となったのだ」

 

「……よく分かんないけど、あなたが敵だってのは私にも分かる」

 

 困惑しながらも立香は臆することなく睨むように見つめ返す。もはやエルデンに対して彼女は完全に敵対心しかなかった。

 

 当然だろう。ゲーティアの共犯者であり、人類史の命運をどちらでも良かったと切り捨て、そして宣戦布告……彼の言う通り打倒するべき存在なのだから。

 

「ク、ククク……ああ。良い眼だ。期待以上の面構え、その理由は人理修復の旅によるものだけじゃないな。ふむ、ついさっき世界を一つ滅ぼしたせいか?」

 

「っ…………!」

 

「どうだった? ロシアを滅ぼした気分は?」

 

 エルデンの問いに、苦虫を噛み潰したような表情を浮かべる立香。脳裏にはロシアで出会った、異端のヤガの姿が思い浮かぶ。

 

『俺は、テメェを、絶対に許さない』

 

『俺に幸福な世界があることを教えてしまった失敗を、絶対に許さない』

 

『だから立て、立って戦え』

 

『お前が笑って生きられる世界が上等だと、生き残るべきだと傲岸に主張しろ。胸を張れ。胸を張って、弱っちろい世界のために戦え』

 

『……負けるな。こんな、強いだけの世界に負けるな』

 

 世界が消滅するという真実に気付き、敵対したヤガの銃撃から自分を庇った彼の最期の言葉。それが今も尚、ずっと頭に響き続けていた。

 

 既に覚悟は出来ているはずだ。もう後戻りなんて出来ないはずだ。けれど__。

 

「ロシア異聞帯は、我らの世界……ヴォーダイム曰く汎人類史だったか? あれよりもずっと、劣る世界だと言えよう。けれど、他の異聞帯はそうも行かない。俺の異聞帯ならば容易く滅ぼす選択を選べるだろうが、きっと貴公らの世界よりも幸福で溢れ、繁栄している場所もあるだろう」

 

 黙り込む立香にエルデンは淡々と語る。

 

「__貴公は、そんな世界を滅ぼせるか? 自らのエゴを以て、その世界を、そこに住む命を、全て無かったことに出来るのか?」

 

「……わ、私はっ……私はっ……!」

 

 答えようとするが、言葉が出てこない。決意したはずなのに、覚悟したはずなのに、彼女は未だに割り切ることが出来なかった。

 

 その優しさが故に……。

 

「……ああ。随分と思い悩んであるようだな。世界を救った英雄が、他の世界を滅ぼさなくてはならない。それこそ正しく悲劇。あの“上位者”も悪趣味なことしてくれる」

 

 そして、エルデンはそんな立香の心情を見透かしているように静かに笑う。

 

「……“上位者”? それは何者かね?」

 

 ふと、疑問に思ったホームズが問う。

 

「貴公らも知っているだろう。異星の神を騙る、蛸かも虫かもよく分からん奴のことだ。奴のせいで、随分と予定が狂った」

 

「成程……君は“異星の神”のことをそう呼んでいる訳か。確かにあれは我々よりも遥か上位の存在だろう。……にしても、その口振りだと今回の事件、人理漂白に関しては予見していなかったということかね?」

 

「……ああ。その通りだ。“人理再編”なるものが仄めかされているのは知っていたが、まさかあのような低次元な目的を抱き、地球を漂白するなどという暴挙に出る“上位者”が降臨するなど夢にも思っていなかった」

 

 僅かに顔をしかめるエルデン。その様子から、どうやら本当に異星の神による人理の漂白は、彼の予想外のものであり、不本意なものだったようだ。

 

「……けれど、奴のお蔭で手間が省けた面もある」

 

「……手間、だと?」

 

「ああ。ゲーティアが滅んだ後、俺は自力で目覚め、行動に移すつもりだった。計画を彼らに邪魔されるのだけは勘弁してもらいたかったからな……けれど、あの“上位者”は驚くことに俺が死んでいると勘違いし、蘇生を持ち掛けてきた。俺はその提案を好奇心から承諾した」

 

 好奇心、その言葉に立香が再び睨むような視線を向けるが、エルデンは気にせず喋り続ける。

 

「奴の人理漂白によって、俺がやってきた色々な準備は台無しにされたが、計画の為の舞台の用意、それから戦力の増強……これらの作業をスキップ出来た」

 

「舞台? ……まさか、異聞帯か?」

 

「……そうだ。可能性の絶たれた人類史。たかが人の未来の為に消されてしまった哀れなる世界。最初は心底くだらないものだと思っていたが、あれは正しく俺の計画に相応しい最高の舞台(ステージ)となるだろう。その点においては感謝している」

 

「そうか……では、君の計画とは?」

 

「__おっと、そこまでは教えられない。ネタバレは程々にしなければ、楽しみが薄れる。どうしても知りたいというのなら、自力で秘匿を破り、暴いて見るがいい」

 

 そう言ってエルデンは口を閉じる。何らかの隠蔽措置を行っている彼の思考を、今のホームズには読み解くことは出来ない。

 

「……なら、質問を変えよう。君は異聞帯はくだらないものだと断じた。その理由を教えてもらえないか?」

 

 仮にも異聞帯を管理しているクリプターにあるまじき発言。その真意をホームズは問う。

 

 するとエルデンは突如としてその笑みを消した。否、一切の表情が消えていた。

 

「__決まっている」

 

 まるで機械が喋っているような声だった。どこまでも冷たく、無機質で人間性が一切感じられない。

 

「元より人に可能性など、存在しないからだ。全てが灰色だった時代から、人は何ら変わらなかった。火を継ぎ、火を消した者たちの偉業を無下にし、未だに枷を外せず、魂は枯れ果て、闇が故に何かを渇望し、闘争と闘争を繰り返し、遂には星をも食い潰さんとする獣。自ら破滅へ向かう人という存在の未来は当然、ただ破滅でしかない」

 

 誰もが絶句する。それは人類の否定だった。そこに怒りも、憎しみも、哀しみも無く、ただ彼は人を扱き下ろし、それこそが真理だと断言していた。

 

 ホームズは理解した。目の前の男が人理が焼却されても修復されてもどちらでもいいと言った理由を。初めから人類に対して何の価値も抱いておらず求める気もないのだ、彼は。

 

「__但し、俺は例外を認める。それはきっと、どの世界にも、どの時代にも必ず存在するのだから」

 

「……例外、かね?」

 

「ああ。貴公らはきっと、その例外に成り得る」

 

 エルデンの声質が元に戻る。顔も無表情なのには変わりなかったが、まだ人間味を感じられた。

 

「……さて、ついつい話し込んでしまった。そろそろカドックも回収した頃合いだろう」

 

 そう言ってエルデンは懐から何かを取り出す。それは捻れた何かの破片のようだった。

 

「さらばだ、藤丸立香。貴公との語らい、なかなか有意義なものだった」

 

「! 逃がすと思うかい……?」

 

「ああ。思うとも。何故なら__ん?」

 

 すると次の瞬間、凄まじい衝撃がシャドウ・ボーダーを震動させると共に、警報が鳴り響く。

 

「な、何事だっ!?」

 

「っ……ロシア領から何かが急接近したきたようだ! くそっ、エルデン君に気を取られて気が付かなかった! 時速90㎞で真横に張り付かれてる!」

 

 即座に確認にあたったダヴィンチが叫ぶ。その言葉に一同に動揺が走る。

 

「ロ、ロシアから……?」

 

「い、今の衝撃はもしや攻撃を受けたのではないかね? 損傷は? 機関部は無事かね?」

 

「損傷は軽微、装甲坂は貫通していません。表面が焦げ付いた程度でしょう。シャドウ・ボーダーの装甲は近代技術と魔術理論の複合装甲、通常の兵器では通じません」

 

 慌てるゴルドルフの傍らでホームズが冷静に分析する。しかし、そんな彼に対し、運転手の一人であるムニエルが悲鳴に近い声をあげた。

 

「いや、効いてるぜホームズ! 装甲板が剥げてる! 連発されたらまずいぞ!」

 

「え? 本当に?」

 

「ホームズ──ー!」

 

「そう言ってたら熱源反応! これは……RPGだ!」

 

 ダヴィンチが叫んだ直後に再びシャドウ・ボーダーが揺れる。

 

「……RPGだと?」

 

 一方、エルデンは訝しむ。そんなものを使う者が身近に居た気がした。

 

「そ、そうだ! わた、私は思い出した! この爆発は、そう! 遠い昔、いやつい二週間前、まだ薄幸の美少年だった私に降りかかったアンチマテリアルライフルの衝撃! 即ち毒婦・コヤンスカヤ君の攻撃だ! ひ、控えめに言って殺されるのではっ!?」

 

「……ああ、そうだ。あの女狐共が使っていたな」

 

「も、もしやっ……貴様の差し金かっ!?」

 

「いや、知らんよ。既に侵入しているのに何故わざわざ外部から攻撃する必要があるというのだ」

 

 青ざめた表情で問い詰めるゴルドルフに対し、やれやれとエルデンは首を横に振る。

 

「けれど、恐らく目的は俺と同じくカドックの奪還だろう。大方ヴォーダイムの奴が……何? それは驚いた」

 

「ど、どうした?」

 

「外に待機させてる俺のセイバーの報告によると外道麻婆がRPG片手に全力疾走しているらしい。なかなか面白い絵面だな……」

 

 淡々と告げるエルデン。口振りからしてサーヴァントと念話をしていたようだ。さらっとサーヴァントを気付かれずに外に待機させていたという看過すべきではない発言をしているが、カルデアにそれを気にする余裕は無かった。

 

「外道……麻婆? 誰だそいつは?」

 

「……言峰綺礼と言えば、分かるか?」

 

「! 言峰……!」

 

 エルデンの言葉に一同は襲撃者の正体を理解する。藍色の法衣を纏った異聞帯サーヴァント……彼らにとっては今は亡き大人のダヴィンチの仇。ロシアでも姿を現したが、まさか再び襲撃してくるとは。

 

「……随分と面倒なことになった。キリシュタリアの奴ならカドックを奪還しようとしてくるとは思っていたが、よりにもよって奴を遣わせるとはな」

 

「? あの神父だと何かまずいことがあるのかね?」

 

「あのような後ろから人を刺すのが得意な外道にカドックを渡せるとでも? まあ、例え誰であっても譲ったりなどしないが」

 

 顔をしかめるエルデン。言峰綺礼とは仲間であり、しかもカドック奪還という共通の目的を持っているはずだが、協力はしていないようだ。クリプターが一枚岩ではないことは予想していたことだが……。

 

 そんな話をしているのも束の間、ダヴィンチが再び大きな声をあげる。

 

「また撃ってきた! 着弾まで3、2__なっ!? 消失したぞっ!?」

 

「え?」

 

 突如として起きた熱源反応の消失。それはRPGのロケット弾頭が撃ち落とされたことを意味していた。

 

 しかし、誰が__。

 

「……セイバーに迎撃させている。貴公らは、今のうちに逃亡の算段をつけておけ」

 

「な、何だと? 一体どういうつもりかね?」

 

「では、改めて……さらばだ、カルデア」

 

 敵である相手。それも先程宣戦布告した相手を助けるような行動。それに対する真意を問い質す前にエルデンは捻れた破片を握り締める。

 

 すると彼の姿が一瞬にして消えた。

 

「なっ……」

 

 空間転移。魔法の域にある魔術の使用。それも軽微な予備動作で行われたそれに一同は絶句する。

 

「っ……今度は何__!? シャドウ・ボーダー上部で高エネルギー反応……! これは……隕石と同等の質量だってっ!?」

 

 __そして、轟音が響き渡る。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ◎

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 言峰綺礼……いや、彼と融合する怪僧、グレゴリー・ラスプーチンは漂白された大地を駆けていた。

 

 狙いは前方を走るシャドウ・ボーダー。彼の目的はアナスタシアとの約束を守る為に囚われたクリプター、カドック・ゼムルプスの奪還だった。

 

 先程の二発で脆くなっている装甲へ照準を定め、RPGを発射する。時速90㎞もの速度で疾走しながらにも関わらず正確無比なその射撃は吸い込まれるようにシャドウ・ボーダーへと命中する__ことはなかった。

 

「……何?」

 

 放たれたロケット弾頭は青白く輝く何かによって撃墜させられる。それが飛んできたのはシャドウ・ボーダーの上。視線を向ければそこに何者かが立っていた。

 

「カルデアのサーヴァントか……?」

 

 名探偵、二刀流の女剣士、赤い弓兵……数秒の思考の後、目の前の存在は己の持つ情報には存在しないと判断する。

 

 マントの付いた、厚着の白い服。その派手な格好は聖職者を思わせた。顔立ちは整った男のものだということが分かる。右手に包帯の巻かれた武骨な大剣を持っていることからクラスはセイバーだろうか? しかし、左手には長大な銃のようなものを持っていた。

 

「__君が言峰綺礼か」

 

「む……?」

 

 すると男がラスプーチンと融合している男の名を言う。距離はかなり離れているはずだが、確かに聴こえた。

 

「マスターから話は聞いている。生まれながらに他者の苦しむ姿を見て愉悦を感じてしまう破綻者だとか……」

 

「____」

 

 目を見開くラスプーチン。それに構わず男は両手を組んで天へと掲げ__星が爆ぜた。

 

「__彼方への呼びかけ(ア・コール・ビヨンド)

 

 かつて医療教会は、精霊を媒介に高次元暗黒に接触し、遥かな彼方の星界への交信を試み、しかし全てが徒労に終わった。

 

 即ち、これは失敗作だが、儀式は星の小爆発を伴い、“聖歌隊”の特別な力となった。まこと失敗は成功の母である。

 

「…………っ!?」

 

 全方位に拡散し、雨のように降り注ぐ隕石群。ラスプーチンは即座に停止し、追従するように襲ってくるそれらを回避した。

 

 着弾と同時に爆発が起こる。サーヴァントの肉体と言えどまともにくらえば肉体の欠損は免れなかっただろう。

 

「ほう……やるな。初見で避けるとは」

 

 シャドウ・ボーダーはもはや自脚では追い付けない距離まで離れており、代わりに男が立っていた。

 

「随分と派手な魔術を使う……一体何者だ?」

 

「サーヴァント・セイバー。君の足止め、または排除を命ぜられた」

 

 ラスプーチンの予想通りセイバーと名乗った男。そんな彼に対し、涼しい顔の裏で焦りの感情を抱く。先程の大規模な魔術を連発されるのは危険過ぎる。

 

「退いてくれないか? カドック・ゼムルプスは既にこちらが回収した。もはやカルデアを追う意味はない」

 

「……何?」

 

 カルデアのサーヴァントではなかったのか。ならば一体どこの勢力だ? 

 

「ふっ 一足遅かったか……と言いたいところだが、その言葉を信用出来るとでも? 生憎と簡単に退ける立場ではないのだよ」

 

「……そうか」

 

 するとラスプーチンは太極拳の構えを取った。対するセイバーは左手の長銃をしまい、大剣を両手に持つ。

 

「ならば憐れなる者よ、せめてもの救いがあらんことを」

 

 撫でるように刀身に触れ、そしてその仮初の姿は解き放たれる。

 

「__! これは……」

 

 武骨な大剣から一転。水晶のような美しい青色に輝く巨大な刀身が姿を現した。

 

 その光は正しく__。

 

「我が師、導きの月光よ__」

 

 __“聖剣”。

 

 かの騎士王が振るうそれとは似ても似つかなかったが、それはそう呼ぶに相応しかった。神々しくも禍々しいその剣にラスプーチンは思わず見惚れ、引き込まれそうになる。

 

「なっ__」

 

 その月の光は魔力であり、神秘であり、そして宇宙の深淵とも言うべきものだった。

 

 セイバーは無造作にそれを振り下ろし、それだけで月光は津波が如き奔流となってラスプーチンを呑み込んだ。

 

「……ふむ、逃げたか」

 

 抉れた大地だけが残る。セイバーはその身に血の遺志が宿らぬのを確認し、ラスプーチンの生存と逃亡を察した。

 

 追撃することは容易いが、それはしなかった。あの神父もまた計画に必要な手駒……今の一撃で仕留められなければ見逃すつもりであった。

 

「けれど、我が師を見せたのだ。いつかは上位者諸とも狩らせてもらおう……」

 

 そう言ってセイバーは次の仕事の為に漂白された大地を歩き出す。

 

「__む?」

 

 その時、懐かしい気配を感じ取る。それはあの悪夢の中、醜い獣と成り果て死体溜まりを彷徨っていた己の首をはねた者と同一のものだった。

 

 つまり彼が、夢から這い出て、この地に降り立ったことを意味していた。

 

「ああ……やっと来たか、待ち侘びたぞ。優しき狩人よ」

 

 気配は降臨すると同時に消えた。しかし、セイバーが感じ取れたのだ。そう遠くには居ないはず。となれば高い確率で次の行く先で遭遇するだろう。

 

「少し急ぐか。先を越されてしまうかもしれん……そうなれば、マスターは驚くだろうか? いや、きっと楽しげに笑うだろうな」

 

 セイバーは微笑を浮かべ、道無き道を進む。

 

 目指すは視線の先に見える嵐の壁……女神が統治する、北欧異聞帯であった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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 カドックは困惑していた。

 

 夢から目覚めると見知らぬ牢屋にぶち込まれていたのだから当然だろう。

 

「ここは……?」

 

 意識を失う前、自分はロシアでカルデアと戦っていたはず……しかし、ここはカルデアの監禁部屋には到底見えない。

 

 では、ここはどこか。見たところ中世を思わせる牢獄であり、周囲からは呻き声や壁を殴るような音が聴こえてくる。自分以外にも囚われてる者が居るようだ。

 

「おい……誰か居るのか……?」

 

 問いかけるも返答は無い。

 

「くそっ……何がどうなってるんだ……」

 

 悪態をつくカドック。それは当然の反応と言えよう。カルデアに敗北し、アナスタシアの約束を破ってまで一矢報いようとしたのに何かの横槍で気絶し、訳の分からない夢から覚めてみればこんな所に居たのだ。幾分か落ち着きを取り戻したとはいえ苛立ちがかなり蓄積されていた。

 

「……とりあえず牢屋から出るか」

 

 幸いにも手錠や枷は付けられておらず、魔術も問題無く行使できる状態だった。鉄格子も魔術的な細工がされている訳でもなく、むしろ長い間放置されていたのか錆び付いて劣化している。

 

 脱出は容易。そう判断してカドックは魔術を使用し、鉄格子を破壊しようとした。

 

「……何?」

 

 しかし、鉄格子には傷一つ付かなかった。例え新品の鋼鉄製であろうと問題無く破壊できるはずだ。ならばとより強力な魔術を使用しても、鉄格子が壊れることはなかった。

 

 馬鹿なとカドックは目を見開く。

 

「君じゃそれは壊せないよ。この世界の物質は、汎人類史の物質よりも遥かに頑丈だからね」

 

 すると背後から声をかけられ、びくりと震える。透き通るような女の声。カドックはこの声に聞き覚えがあった。つい先程まで見ていた夢の中で語りかけてきた“花の魔術師”と同じ声なのである。

 

「やぁ、目が覚めたようだね」

 

「っ……アンタが、マーリ__は?」

 

 振り返り、カドックは絶句した。

 

 そこに居たのは、白いローブを纏った人物。体つきから女性だということが分かる。派手な装飾の長杖を持ち、足下には花が咲き誇っていた。

 

 しかし、問題はその頭部。顔全体に身長の半分はあると思われる黄色のターバンが竜巻のように巻かれていたのだ。

 

「ああ。この姿については気にしないでくれ。言ったろう? 変なのに取り憑かれてるって」

 

 黄衣の魔術師はそう言って笑う。

 

「__それよりも、君のこれからについて話をしよう。あまり時間が無いから手短に話すよ」

 

「……いや、スルー出来る案件ではないんだが」

 

 カドックは突っ込みを入れたくてしょうがないといった様子だったが、彼女は余程触れられたくないのかそれを無視して話を続ける。

 

「いきなりですまないが、カドック。君にはロードランを巡礼してもらう」

 

「……は?」

 

 __そして、新たな旅が始まろうとしていた。




月光のセイバー……一体誰なんだ


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カドックと黄衣の魔術師

お ま た せ

アメンボ狩りしてたぜ☆

というかデモンズリメイクってデジマ?

制作フロムじゃないらしいから不安だけどPV見る限り面白そうでプレステ5買う理由が出来てしまったじゃないか!

じゃけんBloodborne2も出しましょうね~


 ◎

 

 

 __美しいものを視た。

 

 __自らの愚かさを知った。

 

 そして、その為に戦うと決めた。その為に今ある人生のすべてを費やそうと決意した。

 

 人間の力を、その可能性を証明する為に。

 

「__否。人に可能性など、存在しない」

 

 崩れ落ちる時間神殿。その中で対峙する男は、私の言葉を高らかに否定する。

 

「例外こそ認めよう。しかし、どこまで行っても、人は人だ。例え蛹となり、天使となろうと、暴走させ、膿に成り果てようと、結局はその本質を変えることは出来ない。それが我らという存在なのであり、その変異性すら失った今、人という獣の一体どこに可能性があるというのか」

 

 腹部に大穴を空けながら、口から夥しい量の血を吐きながら、平然とした様子で立ち、男は笑いながらそう言った。

 

 そんな彼に、私は毅然とした態度で問う。

 

「例外、か……それを看過している時点で、君の理論は破綻している。誰しもがその例外と成り得る可能性があるのだから、それはつまり人の可能性というものではないのかい? 今の君は正しく矛盾の塊だ」

 

「……例外は例外、だ。それが現れるのは当然のことだった。元より人とは個の生き物。個であるが故に解り合えず、また多くの者が人こそ可能性の獣だと誤認した。けれど、決して同一ではない個という存在でありながら人は人の在り方を変えられず、その中に多くの例外が現れたにも関わらず、何も変わることはなかった。変わらなかったのだ、愚かな我らは」

 

 私の指摘に彼は悠々と語る。ここまでの問答で既に理解していた。彼は人間という種を別に敵視している訳でも、憎悪している訳でも、その在り方に絶望したのでもない。

 

 最初から人間とは、そういうものだと受け入れている。だから期待もせず、失望すらしていないのだ。

 

 快楽的破滅主義者__彼を恐れ、忌み嫌う多くの者たちが呼んでいたそれは真実ではなく、彼が人類を端から度外視しているからであった。

 

 彼の思い浮かべる救いに、人類は存在していない。

 

 __そうだ。彼が、本当に期待し、そして絶望したのは人類史ではなく、この世界そのものだった。

 

「だからこそ、世界とは悲劇なのであり、それは人間性を捧げようと、絶望を焚べようと、火が消え、闇が訪れようと変わりはせず、悪夢は巡り、終わらず、怨嗟は積もるばかり。人が人で在り続ける限り__」

 

 彼は、世界各地を旅していたと言っていた。よくその時の出来事を話してくれたのを覚えている。その時に語られたのはとても楽しげな内容だったが……。

 

「◼️◼️◼️◼️……君は、一体何を見た? 何を知ってしまったんだい?」

 

 何が君をそこまでさせる? 何が君を世界を焼き払うなんていう暴挙に出るまで追い詰めた?  

 

 長い戦闘の影響で満身創痍の身体に鞭を打ち、私は問い掛ける。

 

「さあ、な……俺もその答えを探している。けれど、これが本来の物語ではないことは分かっている……元より、俺と貴公だけが生き残るなど、有り得ぬ話だった」

 

 そして、その返答に驚愕する。

 

 ああ。彼も鴉郎さんと同じように、気付いていたのか。

 

「! __そう、か。本当に君には驚かされる。最初から理解した上で、ここまで来たのか」

 

「……その反応からして、並行世界という訳でも無さそうだ。察するに、夢のようなものか? となれば“上位者”でも絡んでいそうだな」

 

 彼の言う通り、この世界は虚構だった。今までの旅も、戦いも、すべてが仮初め。

 

 だが、そこにある思いは紛れも無き本物だ。例え夢から覚めればすべて忘れてしまうとしても__。

 

「まあ、どちらでもいい。俺のやることは、変わらない。腐った絵画は焼かれるべき……ならば俺は何度でも、幾度でも繰り返し、成し遂げて見せよう」

 

「何度でも、か……」

 

 思わず笑みが溢れる。

 

「実はね、◼️◼️◼️◼️……こうして君と対峙するのは一度や二度ではないんだ」

 

「……何?」

 

「いつも君は私たちの前に立ち塞がった。大抵はこの時間神殿だったが、もっと前から襲ってくることもあった。オルレアンでは、死を覚悟したよ」

 

「! ……まさか貴公。そういうことなのか?」

 

「そういうこと、さ」

 

 彼から笑みが消える。すべてを察した様子で驚愕に目を見開き、私を見据えていた。

 

 私は、言葉を続ける。

 

「最後に君と旅をすることになった時、私は心の底から期待した。今度は、今度こそ君が敵ではなくなるんじゃないかと。君と一緒にこの人理を修復出来るんじゃないかと……」

 

 オルレアンでは、初の共闘に四苦八苦したが、何とか邪竜を打ち破った。

 

 ローマでは、彼が模擬戦の時はまだ本気ではなかったことを目の当たりにした。戦闘は殆ど彼に任せっきりだった。

 

 オケアノスでは、二人でヘラクレスを打倒した。実は彼が泳げないという意外な弱点も判明した。

 

 ロンドンでは、初めて四つ目の特異点まで二人で突破出来たことに歓喜し、希望が持てた。

 

 アメリカでは、彼が芥と同じように人ではなく、不死であるという衝撃的な事実を知った。同時にあの爆発では彼は死んでいないのではないかと疑問を抱いた。

 

 エルサレムでは、珍しく楽しそうでテンションの高い彼に私も楽しい気分になれた。漸く、この特異点でも思い出が出来た。

 

 メソポタミアでは、彼が漸く本気を見せた。闇の魔術で女神を屠る姿は圧巻だった。英雄王と仲違いした時は焦ったが。

 

 __そして今、激闘の果てに魔神王ゲーティアを打ち破った矢先に、彼は牙を向いた。

 

 今までと同じように、彼は人理の裏切り者のままだった。

 

「……そうか。それは残念だったな。俺はどこまで行っても結局、俺でしかない」

 

「ああ、本当に、残念だ__」

 

 漸く友になれた、そう思った。だが、どう足掻いても彼とは敵対する運命にあったようだ。

 

「……難儀なものだな。◼️◼️◼️◼️◼️◼️◼️」

 

 だから、そんな顔をするのは意外だった。

 

「分からないか? 元より誰も、望んではいないのだ。貴公は充分に過ぎるほど理解したはず……世界とは悲劇なのだと。だというのに、貴公は俺を否定し、こうして立ち塞がる。実に不思議で仕方が無い」

 

「悲劇、か……確かにそうなのだろう。だが、それは人の可能性を否定する理由にはならない。いや、この世界が悲劇だったからこそ、私はそれに気付くことができた」

 

 世界とは悲劇。彼がよく口にする言葉。そんなものは、あの少年を死なせてしまった時から、とっくに理解している。

 

 しかし、だからこそ、人間の美しさを、その可能性を、理解できたんだ。

 

 その為に、私はすべてを賭ける。

 

「……貴公は、それで良いのか? そうまでして戦ったその先に、一体何があるというのだ?」

 

「フッ……あるとも。破滅に救いを見出だした不死よ。とても、とても嬉しいことがね」

 

 それに、これで最後だ。

 

「漸く、現実で皆に会える__」

 

 そう言うと彼は一瞬きょとんとした表情を浮かべる。フッ……君もそんな顔もするんだな、少し驚いた。

 

 勿論、皆の中には、君も含まれるよ。

 

「ク、ククク……ああ、そうか、そうか、貴公は本当に愉快な男だ。強く、気高く、優しく、純粋で……ああ。貴公のような人間こそが、きっと__」 

 

 くつくつと笑う彼。しかし、その表情はどこか寂しげだった。それだけで、この旅で育んだ友情が、決して偽りではなかったことを知る。

 

 ああ。そうか、君もまた、私と同じように、譲れぬ信念を持っているんだね。

 

「__さあ、そろそろ終わらせよう。友よ」

 

 私は、杖を構える。

 

「……ああ。決着の時だ。貴公は、俺にとって真の意味でイレギュラーだった。所詮はレフの爆弾で死ぬような輩と、無意識に侮っていたのかもしれない」

 

 彼の身体を、禍々しい深淵が纏う。

 

 それは人間性の闇。神を蝕み、人すらも害を及ぼす猛毒。触れるだけで死に至るそれと相対しながら、私は一歩も引かない。

 

「けれど、こうまで追い詰められれば認めるしかあるまい。◼️◼️◼️◼️◼️◼️◼️……貴公こそが、俺の敵に相応しいのだと__」

 

 ああ。それはとても光栄だ。漸く、彼は私を認めてくれた。敵対しても、これだけは嬉しい。

 

「故に、簡単には死んでくれるなよ?」

 

「__無論、全身全霊で応じるとも」

 

 勝てるかは分からない。彼はまだ、本気じゃないのかもしれない。しかし、どちらにせよ私は全力で彼を止める。

 

「__今こそ、悲劇の再現を」

 

 彼の左手には、馴染みの長杖ではなく、黒い聖鈴が握り締められていた。

 

「__(マヌス)よ。(マヌス)よ。(マヌス)よ。澱み(マヌス)よ。我が祖(マヌス)よ。衝動のままに暖かな宵闇を、決して戻らぬ追憶を求めたまえ」

 

「…………!」

 

 祈るようにぶつぶつと呟き始める彼。それは詠唱なのだと即座に直感し、驚いた。何故なら彼は今までずっとほぼ無詠唱で魔術を行使していたからだ。

 

 そんな彼が詠唱を行う。それはつまり、今までのとは比でない超抜級の大魔術を行使するということ。直ぐ様私も詠唱を始める。

 

 幸いにもこの空間は神代に限り無く近い。最大級の“惑星轟”を放てるはずだ。

 

「__星の形(スターズ)

 

「__渇望(デュナシャンドラ)よ」

 

「__宙の形(コスモス)

 

「__孤独(ナドラ)よ」

 

「__神の形(ゴッズ)

 

「__憤怒(エレナ)よ」

 

「__我の形(アニムス)

 

「__恐怖(アルシュナ)よ」

 

「__天体は空洞なり(アントルム)空洞は虚空なり(アンバース)

 

「__我らは王を望む者(フラムト)。我らは闇へ誘う者(カアス)

 

 彼の纏う深淵が、より強くなる。

 

「__虚空には神ありき(アニマ、アニムスフィア)

 

 詠唱が終わるのは私の方が速かった。無数の星々が彼を焼き尽くさんと降り注ぐ。

 

「__今ここに我が人間性を捧げ、深淵(マヌス)は解き放たれ、太陽(グウィン)は失墜せん」

 

 彼はそれをただ見上げ、笑い、そして遂に最後の詠唱を呟く。

 

「__追い、求め、貪れ。深き人の灯(アビス・ノヴァ)

 

 次の瞬間。彼を中心に出現した暗い奔流が竜巻のように渦を描きながら空へ躍進し、隕石群を押し返し、呑み込まんとする。

 

「…………ッ!!」

 

 星と闇。二つの力は拮抗。その余波で私は吹っ飛ばされ、戦いの結末を見届ける前に意識が暗転してしまう。

 

 然れど、確信していた。

 

 __私の力は、彼に届いたのだと。

 

 これは誰も知らない物語。私のみが記憶する、破滅に希望を見出だしてしまった憐れな呪われ人との旅路だ。

 

 ああ。願うならば、彼と、皆と一緒に世界を救いたかった。共に笑い合いたかった。

 

 けれど、だからこそ。

 

「__ほう。呼び掛けに応じてみれば……異聞帯、だと? 知らない物語だ。一体何が起きている? 貴公」

 

 あの旅路を忘却し、久しぶりに見た現実の彼は相も変わらず無表情だったが、どこか困惑した様子で問い掛ける。

 

 もう一度私は止めなければならない。もう一度私は倒さなければならない。

 

 そして、次こそは__。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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「__ロードラン?」

 

 告げられたその地名にカドックは目を見開く。

 

「ロードランって……あのロードランか? 火の時代の?」

 

 それは火の時代について記された唯一の叙事詩“ダークソウル”の最初の舞台。多くの不死たちが使命の為に訪れ、そしてたった一人を除いて道半ばで心折れた魔境だ。その中には英雄とも呼ばれた猛者たちも居たという。

 

「そうだ。君が博識で助かったよ。太陽神グウィンの復活に伴い、このロスリックに流れ着いた古い王たちの地……この“北の不死院”は今やそこへ向かう為の唯一の経路だ」

 

「どういうことだ……まさか僕に“火継ぎ”でもさせようっていうのか?」

 

 巡礼、この異様な頭部の女は確かにそう言った。

 

 カドックがロードランの巡礼と聴いて思い浮かぶのが火継ぎ。ダークソウル第一部は、正しく火継ぎの物語だったと記憶している。

 

 世界を照らす為に自らのソウルを燃料とする謂わば人柱のようなものだったが、例え伝説や伝承に名を残す英雄や王者でも成すことが困難な偉業であり、火を継いだ者たちは“薪の王”と呼ばれ、生け贄にも関わらず偉大な王として扱われている。

 

 特に三部では歴代の“薪の王”たちが甦り、その強さがありありと語られている。エルデンが管理する異聞帯の王もまたその“薪の王”だったと聞く。あまり詳しくは知らないが……。

 

「いいや、私は肯定派ではないからね。そもそも君は不死人じゃないから“はじまりの火”を継ぐことは出来ないし、それ以前にこの異聞帯だと火は奪われてしまって継ごうにも継げない状態だ」

 

「……奪われた?」

 

「そう、それがこの異聞帯の分岐点だ。だからこそ、この世界は“時が止まった”ように進まず、退廃したまま続いている」

 

「……訳が分からない。というか、マーリン……なんだよな? 何だその頭は」

 

「そうさ、私はマーリン。花の魔術師マーリンという。頭は気にしないでおくれ……と言っても無理だろうね。仕方ないし説明してあげるよ」

 

 アーサー王伝説に登場する花の魔術師。女だったのかという疑問が消し飛ぶくらいには衝撃的な、先程から目を引くその奇抜な被り物について指摘すると彼女はあからさまに不機嫌そうになる。

 

 それを被っているのが不本意なことであるのならば当然の反応であった。そもそも前は見えているのだろうか。

 

「こいつは私のマスターにして君の友人、エルデン・ヴィンハイムが召喚したキャスターの宝具にして本体さ。人呼んで“黄衣の頭冠”……またはハスター・デーモンとも言うべき存在さ」

 

「エルの……? それにデーモンって悪魔のことか?」

 

 __悪魔(デーモン)

 

 カドックの知識においてその言葉が示すのは第六架空要素。人間の願いに取り憑き、その願いを歪んだ方法で成就せんとする存在としての悪魔だが……。

 

「ああ。けど真性悪魔なんかとは格が違う。況してや混沌のデーモンでもない……かつて、この星に降り立った“古い獣”の尖兵。元々は生物ですらない無色の存在だけど、自身の周りの生物・土地・環境・伝説・信仰・概念……ありとあらゆるものを学習し、写し身とする……コレが写し身としたのはある翁が見えた狂気であり、他者へ寄生する性質を持つ自我を宿した黄衣さ」

 

「……そんな訳の分からない奴を、サーヴァントとして召喚出来るものなのか?」

 

 訝しむカドック。メデューサやミノタウロスを代表的に人間じゃない魔性の反英霊を召喚することが可能なのは知っているが、マーリンの語る黄衣の詳細は些か信じ難いものだった。

 

 少なくとも真性悪魔を“なんか”などと断ずる時点で、彼にとって次元の違う話をしている。

 

「機械を召喚出来るんだ、不可能ではないさ。ある世界だと“疫病”という概念が召喚されたこともある。それに一応は宝具扱いでサーヴァントとして喚ばれたのは彼が過去に寄生していた老人だ。まあ、彼は黄衣が宿主を私へ鞍替えした瞬間に消滅したけど……」

 

「……そうか」

 

 ぽつりと呟く。平静を装っているが、内心理解が追い付いていなかった。そんな彼を見透かすようにマーリンは黄衣の裏で笑い、話を続ける。

 

「あの老人はこの黄衣に操られ、別世界から優秀な魔術師を召喚しようとした。それにたまたま選ばれたのが私であり、しかも私はサーヴァントという枠組みに押し込められた。エルデン・ヴィンハイムの入れ知恵でね。流石に別世界のマーリンである私が召喚されたのは予想外だったみたいだけれど……にしてもプロトマーリンってどういう意味だろうか?」

 

「おい待て。何? 別世界だと?」

 

「あ、言ってなかったね。私はこの世界とは違う、並行世界のマーリンさ。本物はきちんと男だよ。代わりにここじゃアーサーが女らしいね」

 

「……頭が痛くなってきた」

 

「ははは。まだまだ序の口だよ?」

 

「ああそうかい……それで、僕にロードランを巡礼させて、一体どうするつもりだ?」

 

 話を戻し、カドックは問う。

 

「結論から言ってしまえば、エルデン・ヴィンハイムの計画を阻止したい。その為に君の力が必要だ」

 

「またそれか……アンタは、エルのサーヴァントじゃないのか?」

 

「そうさ。けどまあ、彼が召喚した八騎のサーヴァントの内、彼に協力的なのは最初に召喚した奴と三騎士クラスの連中だけだ。アサシンなんかあからさまに敵対してるし、最高戦力のライダーは一応は従えているものの手に余っているようだ。バーサーカーに至っては未だに制御出来ていない」

 

「八騎……だと? あいつ、そんな数のサーヴァントと契約し、従えてるっていうのか?」

 

「ああ。直接召喚していない、現地で契約した者も含めれば、彼が支配下に置いているサーヴァントはもっと居るさ」

 

 驚愕すべき事実。あのキリシュタリアでさえ神霊とはいえ三騎だったというのに。

 

 そんなこと彼は定例会議では言わなかった。契約しているサーヴァントについて訊いたこともあったが、ただ火の時代の英霊を召喚したというだけでクラスについてははぐらかされてしまった。

 

 思えば、不自然だ。真名ならともかくクラスまで隠そうとするなんて、エルデンらしくない。

 

「……エルの奴は、一体何を企んでいるというんだ?」

 

「どうだろうね……企んでいるし、企んでないのかもしれない」

 

「は?」

 

 思わず間抜けな声を出してしまうカドック。対するマーリンはその黄衣の裏で神妙な表情を浮かべる。

 

「ただ一つ言えるのは、彼は__あの人間性の怪物は、何だかんだ理屈をこねくり回しているけど、要するに自分の存在理由の為に、災厄を振り撒こうとしているんだ。何が世界とは悲劇だよ、透かしたことばっか言って、結局のところ単なる自己満足に過ぎない……そして、それを自覚しているのだから余計タチが悪い」

 

「……人間性の怪物、か。夢でもそう言っていたな?」

 

「ああ。彼は“生まれるべきではなかった”。本来ならば気付くことも目覚めることもなく、その生涯を終えるはずだった“暗い魂”を受け継ぎし、古い人の末裔……それが何を間違ったか異界の記憶を受信し、現代において覚醒してしまった。現実が虚構だと悟り、そして虚構が現実となったことを理解した怪物は、答えを追い求め、一つの世界を使い潰さんとしている」

 

 覆い隠されたその表情を伺い知ることは出来ないが、十中八九顔をしかめているであろう花の魔術師。彼女の評するエルデン・ヴィンハイムは、まるで恐ろしい化け物かのようであり、カドックは首を傾げざるを得なかった。

 

 人間性の怪物? 古い人の末裔? 異界の記憶?  現実と虚構? 彼女の言葉を先程から理解出来ていないカドックは戸惑うばかりだった。

 

 そして、マーリンはそれを説明する気はないようだ。

 

「さっきから訳が分からない……が、アンタがエルを異様に恐れているのは分かった。だけど、僕みたいな無様に敗北した負け犬が、アンタの言う怪物を止められると? 況してやロードラン巡礼など命が幾つあっても足りやしない」

 

「安心したまえ。何も持たせずにロードランに放り出すなんて無意味なことはしないよ。それに案内人も用意している。異聞に抗う者たちは、君に全身全霊で協力してくれるだろう」

 

「っ……おい……ちゃんと説明を__!?」

 

 その時、胸に激痛が走る。

 

「がっ…………!?」

 

「……おや? 意外と早いね。やっぱり彼のソウルは、君と相性が良いようだ」

 

 うずくまるカドックを見下ろしながら彼女は動じるどころか心配する素振りすら見せずに笑う。

 

「ぐぅ……僕に、何をっ、した__!?」

 

「あー、流石に只人のままだと不安だったからね。ある者の魂を君の魂に混入させてもらったよ」

 

 あっけからんとマーリンはそう言う。

 

「大丈夫、直に馴染むさ。失われたソウルの業……それもこの黄衣の母、“古い獣”の権能を起源とするものなんだから、失敗なんて有り得ない。魂の持ち主も君との融合に同意してくれてるしね」

 

 淡々とした説明。そんなものは、もがき苦しむカドックの耳には届いていなかった。痛みだけではない。何かが身体の中を這い、蠢く感覚に襲われる。

 

 __魂の融合。かの花の魔術師は、黄衣から与えられた叡智によってそのような外法を容易なものにしていた。

 

 そして、彼女にそれを躊躇う道徳心は元より持ち合わせていない。

 

「まあ、頑張りたまえ。上手く行けば、あの愛しの皇女様と、再会出来るかもよ?」

 

「_____!?」

 

 しかし、彼女の発したその言葉は聞き逃さず、カドックは目を見開く。

 

「それは……!」

 

 __どういう意味だ。

 

 呻き声をあげながら、どうにか振り絞るように声を出してう問おうとしたその時、鮮血が飛び散る。

 

「なっ……」

 

「____っ!?」

 

 マーリンの胸から、漆黒の刃が生えていた。

 

「卑怯とは言うまいな? 魔術師よ」

 

 そして、彼女の背後に二回りほど大きな人影が立っていた。

 

 背に大弓を携えた上裸の男。黒髪でその顔立ちからしてアジアかその辺りの地域の人物だろう。

 

「アーチャー……! 驚いた、もうバレたのか……!」

 

「ああ。お前のことは以前から叛意があると疑っていた」

 

 驚きを隠せないマーリン。弓兵(アーチャー)と呼ばれた男はその手に持つ黒く禍々しい気を纏う諸刃造り刀をそんな彼女の身体から引き抜く。

 

「む?」

 

 しかし、同時に彼女の姿は消える。どこへ行ったかとアーチャーが辺りを見回せば彼女は牢の外に居た。

 

「へぇ……てっきり君は忙しいと思っていたからこうして出張ってくるとは思わなかったよ」

 

「幻術か……面妖な……」

 

「卑怯とは言わないよね? 君とまともに殺り合っても敵いっこないのは充分に理解している。だからさっさと逃亡させてもらうよ」

 

「……逃がすと思うか? 夢に逃げられぬお前など、童を捕らえるよりも容易い」

 

 一瞬にして鉄格子を細切れにし、切っ先を向けるアーチャー。ここでカドックは気付く。彼が自分のことを認識していないことに。

 

(認識阻害の魔術を掛けてある。しばらくはいくら騒ごうと気付かれないさ)

 

 するとマーリンが念話で語り掛けてくる。サーヴァントの目すらも欺く高度な幻術。しかし、悠長にしている暇は無い。アーチャーが僅かでも違和感を感じ取ればすぐに露見してしまうだろう。

 

 故に、マーリンは出来る限りカドックからアーチャーの注意を逸らせようと挑発する。

 

「抵抗しなければ、命までは取らんでやるかもしれないぞ」

 

「不死殺しの刀を片手に何を言ってるんだい。君たち“黒炎コンビ”がサーヴァントの首を求めてるのはよく知っている」

 

 吐き捨てるようにマーリンは言う。彼女はこのアーチャーが同じくエルデンに召喚されたランサーと組んで汎人類史側のサーヴァント狩りを行っていることを知っていた。

 

 そして、主であるエルデンから、対価を貰おうとしていることも。

 

「君の方は祖国の救済だっけ? その願いは、分からなくもないけれどね」   

 

「……そうか。ならば潔く死ね。葦名の為に」

 

「はっ やだね」

 

 マーリンは杖を構える。

 

「__浮遊するソウルの矢」

 

 すると彼の周りに五つの青白い発光体が出現する。カドックは目を見開く。それはエルデンがよく使用していた“追尾するソウルの塊”と似ていたが、より始まりに近い……何故だかそんな風に思えた。

 

 一つ一つが膨大な魔力の塊。対するアーチャーは然して表情を変化させずに刀を構え、地面を蹴り駆け出す。

 

 二人の距離が縮まると浮遊するソウルの矢は自動的に射出され、アーチャーへと向かっていく。狭い通路だったためそれは回避されることなくそのまま彼へ命中するかに思われたが__。

 

「__ハァ!」

 

 アーチャーが切り払うように刀を振るう。

 

 すると刀身から黒い炎が発生し、それが波状となってソウルの矢を焼き尽くす。

 

「…………! 相変わらず脳筋だね君らは……!」

 

 それを予見していたマーリンは即座に後方へ退き、更なる一手を撃つ。

 

 __ソウルの光。

 

 彼女の杖から青白い一閃が射出される。それは先程のソウルの矢よりも速く、鋭い。

 

「むっ……」

 

 しかし、アーチャーは驚異的な跳躍力でそれを飛び越え、即座に大弓を構える。

 

「!? まずっ__」

 

 ヒュン、と空気を切り裂く音が三回。まるで拳銃の速撃ちのような速度で矢が放たれる。

 

 マーリンは寸前で魔力障壁を展開し、何とかこれを防ぐも空中に居る状態で正確無比な速射を連続で行うというその弓の腕前に目を見開く。

 

「くっ……凄いな、弓の腕はトリスタン以上じゃないかな?」

 

「ああ。弓ならば、誰にも負けぬ」

 

 着地すると同時にアーチャーは駆け出し、即座に刀へ持ち替えて感心しているマーリンへ振り下ろす。

 

「わっ!?」

 

 障壁はその一撃で砕け切り、尚も勢いを止まらずマーリンを真っ二つにせんとする。

 

 しかし、腐っても英霊。ギリギリでバックステップすることでこれを回避し、彼女は背を向けた。

 

「ここじゃ不利なようだ! 場所を変えさせてもらうよ!」

 

「! __待て!」

 

 全力で走り、逃走を図るマーリン。当然、アーチャーもそれを追う。

 

 どうやら敏捷はアーチャーの方が遥かに上ですぐに追いつかれそうだ。マーリンもまたそれはよく理解しており、彼女の目的は彼をカドックから引き離すことにあった。

 

(この先の広場にある大扉を通れ! そこの崖でロードランへの道は切り開かれる!)

 

(っ……マーリン……アンタは……!)

 

(恐らく僕が味方になれるのはここまでだ! 本当に短い間ですまない! 君の巡礼が成功することを祈るよ!)

 

 それが彼女の最後の言葉となり、彼らの姿は暗闇へと消える。残されたカドックは怒涛の展開に落ち着く暇も無く、ただ混乱していた。

 

「ハァ……ハァ……一体何が、どうなっているんだ……?」

 

 少しだけ痛みが和らぐ。とりあえずあのアーチャーにバレるのはまずそうだと判断し、ほとぼりが覚めるまで身を潜めようと牢の角へと移動する。

 

「解らない……が、こんな所で、死んでたまるかっ……」

 

 __生き延びる。

 

 何が起きてるか、何をすべきなのか、理解出来ないことばかりだが、彼のその目的だけははっきりしていた。

 

 何も得ず、何も成せず、自らの異聞帯もサーヴァントも失い、無様に敗北し、生き恥を晒し続ける負け犬……しかし、だからどうしたと吐き捨てる。

 

 彼の心は、未だに折れていない。

 

「アナスタシア……君との約束もある。一度は破ろうとした約束にすがるなんて愚かなことだとは思うが、それでも僕は生き抜いてみせる……」

 

『__その後悔を抱いて生きなさい』

 

『__だから、心折れてくれるなよ、貴公』

 

 過る二つの言葉。何もかもを失った己に唯一残ったモノ。故に、何がなんでも生き延びなくてはならない。心が折れるようなことがあってならない。

 

 そんな不屈な精神でカドックは自身の細胞一つ一つに活を入れ、決意する。

 

 これから始まる絶望を、彼はまだ知らない__。




上裸のアーチャー……一体何者なんだっ!?

冒頭のオリジナル魔術の詠唱が厨二臭い……こんなのが後々まだ何個か出てきますんでご了承を。

ところでアンリ殺してからヨエルで亡者になってもユリア出て来ないの今更知ったわ。


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オフェリアと人間性の怪物

オフェリア視点の話。最初に言っておく! シグルドファンの皆さん申し訳ございません!


 ◎

 

 __彼との出会いは、正しく運命だった。

 

 この私、オフェリア・ファムルソローネにとってエルデン・ヴィンハイムという深淵を見通す男は、正しく闇を照らす一筋の希望の光だった。

 

 彼と初めて会ったのは時計塔だ。あのヴィンハイムでありながら時計塔の門を叩き、しかも現代魔術科に属した天才魔術師の名は有名であり、皆から注目されていた。

 

 けれど、常に無表情で口数も少ない彼は近寄り難い雰囲気で、またヴィンハイムへの偏見から話し掛ける者は少なかった。今は亡きビルゲンワースと古きヨルメダールと並んで魔術協会から要注意団体扱いされていた一族なのだから当然だろう。

 

 あの現代魔術科においてもかなり浮いた存在だったらしい。仲が良かったのは確認出来る限り同じく破天荒なフラット・エスカルドスとあのグレイという少女だけじゃないだろうか……彼女と彼は髪の色が同じだったから一瞬兄妹かと疑ったのを思い出す。

 

 私はそんな彼を偶然見掛けて、つい好奇心で話し掛けてしまった。今思えば私らしくない行動だった……きっと、この時から私は無意識に彼に惹かれていたのだろう。

 

「貴方が、エルデン・ヴィンハイムですか?」

 

「……ん?」

 

 ここから、彼との関係が始まったのだ。

 

 意外だったのは、私たちにとって基礎とされる魔術にさえ彼は無知に等しかったことだ。時計塔へ来る前はヴィンハイム独特の“ソウルの魔術”やそれの派生しか使えなかったらしく、それ故に時折頼られた。

 

 思えば、学部の違う私を頼ったのは彼がそれ程までに孤立していたからだろう。フラットはとてもじゃないが、人に教えられるような人間ではないし、講師以外に頼れる顔見知りは私しか居なかったのだと思う。

 

 私は、そんな彼を放ってはおけなかった。

 

「……存外、難しいな」

 

「初歩的な魔術よ? あれだけ高度な魔術をあんな短い詠唱で使用出来るのだから簡単だと思うのだけれど……」

 

「ソウルの魔術はどうも原理が違うようでな……貴公の眼のように特殊なものだと思ってくれ。こういった普通の魔術は、俺にとっては未知だ」

 

「私たちとは認識が真逆ね。確かヴィンハイムの血統以外は使えないのでしょう?」

 

「そうだ……幾つか実験を行ったが、少なくとも我らの遺伝子を持たぬ者はその基礎であるソウルの矢すら扱えなかった」

 

「協会の方も色々と試したみたいね。父が言うにはヴィンハイムの魔術を学ぼうとして気が触れた人も居たとか……」

 

「……まったく。我らと貴公ら、同じ人間だというのに何が違うというのだろうな」

 

「さあ……けれど、そもそも魔術回路を持つ者、持たない者と、人間は千差万別じゃない? 私の魔眼のように特別な人間が生まれるのは別に珍しいことじゃないのかも……」

 

「……ふむ、確かにそうだ。俺としたことが、元よりは人とは個の生き物だったな。流石はファムルソローネ、見識が広い」

 

「えっ? いや、そんなこと……あっ、少し練習方法を変えてみましょうか?」

 

「そうだな……何をすればいい?」

 

 難儀する彼。しかし、その言葉とは裏腹に知識の吸収速度は異常だった。教えたことは完璧にマスターしていき、新たな実用的な魔術を生み出す……本物の天才とはああいうものなのだろう。

 

 ただ__。

 

「……エルデン。その眼帯は?」

 

「ん? ああ、貴公を見ていたら何だか俺も着けてみたくなってな。格好良いだろう? 思えば目隠しはあったが、眼帯は無かった」

 

「……そう」

 

「ついでに実際に適当な魔眼を移植してみようと思ってな。魔眼蒐集列車とやらに行ってみようと思うのだが……」

 

「やめなさい!」

 

 その才能とは裏腹にどこか抜けてる人だった。天然……と言う奴なのかしら。よくズレた発言をしたり、あまりにも突拍子のない行動に出ることがあった。考えて行動しているように見えて、その実ノリで動いているのだ。

 

 隠密魔術にも長けてるから立ち入り禁止区域に普通に入ったりするし、かなりの問題児だ。バレてはないみたいだけれど……たまに実験とかで思わぬドジをやらかして騒ぎになることもあったから共に居る時は目が離せなかった。

 

 けれど、勉強熱心な彼に対して悪い印象は無かった。むしろ時計塔の魔術師の中では好印象な部類だ。少なくとも彼を僻む者たちよりは……。

 

 気が付けば、私は彼に興味を抱いており、彼の経歴について少しだけ調べた。両親の知り合いにヴィンハイムの一族を知る人が居たのは幸運だった。

 

 そして分かったのは、やはりというべきか彼が単なる天才魔術師ではなく、曰く付きだとということだ。

 

 ヴィンハイムの異端。それは協会だけでなく、竜の学院においてもそうだった。彼は禁忌とされる魔術を現存させ、管理する一族として生まれた。

 

 __“深淵の忌み子”。

 

 禁忌を扱う者らをヴィンハイムの魔術師はそう呼び、異端として迫害していた。聞くに、おぞましい化け物の末裔とされ、もはや人間としての扱いを受けていなかったらしい。そんな境遇でありながら彼が学院において高い地位に上り詰めたのはその天性の才能があったからこそだろう。

 

 彼が学長という時計塔で言えば王冠(グランド)に等しい地位に付いてからはその異端に対する待遇も改善されたそうだ。こう調べると彼が予想以上に凄い人物だったことに驚く。

 

 若くして、忌み嫌う異端を認める程の功績を成し、多くの者から期待を寄せられながら彼は学院を去り、時計塔の門を叩いた。何故だろうか? 多くの者が抱く当然の疑問を尋ねれば彼は決まってこう言う。

 

「__ただ知りたいことがあったからだ」

 

 彼は、知識欲に飢えていた。だからこそ、初歩的な魔術から何から何まで教わろうとした。どこまでも熱心に、貪欲に。あらゆる分野に関する知識を学ぶ気で居た。私が所属する降霊科についてもよく訊かれた。

 

 学部が違うため頻繁に会うことはなかったが、顔を合わせれば話をするくらいの仲にはなった……きっと、彼が私にとって初めての友人にして理解者だったのだろう。

 

 尤も、彼は私と違って両親や周囲からの期待や重圧に潰されることなんてない、強い人だったけれど。そんなの知るかとばかりに自分の思うがままに好きに生きる彼の姿は、私とは対照的で、だからこそ憧れた。

 

 いつか私も、ああなれるのだろうか? 

 

 私の魔眼に対しても気にする素振りを見せずに接してくれた。怖くないのかと訊けば別に見ただけで死ぬ訳ではないから平気だと言われた。宝石のようで綺麗とも言ってくれた。

 

 それが無性に嬉しかった。

 

 だから、彼が突如として時計塔を去り、各地を放浪するようになった時は非常にショックを受けた。時計塔で学ぶことはもう無くなったということだろうか? 

 

 今まで当たり前のように居た友人が、別れの挨拶もせずに突然消えたのだ。悲しみに暮れるのは当然だった。きっと彼は私がそんな風に感じているなんて微塵も思っていないのだろう。彼は他人に自分がどう思われてるかに関して非常に鈍い。自分が愛されるなんて、夢にも思っていないのだ。

 

 封印指定を受けたのでは? と噂されていたが、結局のところ理由は分からない。エルメロイ二世には“探究の旅”に出るとか言ってたらしいけれど……。

 

 彼のことだから何か知識欲にでも駆られたのだろう。そして、やっぱりというか騒ぎを起こし、物騒な悪名をちらほら聞くようになった。

 

 あの沙条愛歌を唆して共に騒動を起こしたとか単独で死徒を屠ったとか封印指定執行者のバゼット・フラガ・マクレミッツと殴り合ったとか胡散臭いものばかりだったけれど……彼ならやりそうだとも思った。

 

 そんな彼との再会は、唐突に訪れた。カルデアに招かれてからしばらくが経ち、彼が前所長マリスビリー直々にスカウトされ、同じAチームに所属すると聞いた時は耳を疑うと同時に歓喜した。

 

 久しぶりに彼と会える……そう思うと心が弾んだ。そして、彼を見つけるなり真っ先に何も言わずに出ていったことに対して問い詰めた。

 

「ああ、オフェリアか。久しぶりだな、貴公も居るとはな……元気そうで何よりだ」

 

 あの時と変わらない様子で悪びれもせずにそう言う彼に、無性に腹が立った。こっちはあれからずっと心配していたというのに……。

 

 ただ相変わらずそうで、安心した。

 

 けど変わったこともあった。以前にも増して破滅主義の傾向が強くなっていたことだ。

 

 破滅主義。周りからは快楽的だなんて言われていたが、実際のところただ魔術の実験の結果や他人に無関心な言動からそう誤解されているだけだ。本人はそんなこと微塵も気にせず、ただノリで動いている。

 

 けれど、今回の彼は確かに破滅主義者と言わざるを得なかった。彼はあろうことかカルデアの目的である人理の修復について懐疑的だった。

 

「……遅かれ早かれ滅びるというのに、わざわざ回避する必要も無かろう。そうまでする価値があるのか?」

 

 カルデアの根底を揺るがす質問。これを会議中にぶっ込んできたのだから周囲はもう唖然とした。私も驚いたけどよくよく考えれば彼は昔からそんな人間だったのを思い出す。

 

 彼は個人を好みはするが、人類という種族自体は嫌っている節があった。否、嫌ってすらいない。アレは虫を見るような、見下した感情だ。

 

 延々と争い、奪い合い、他者を食い潰す。この世で最も多く生物を絶滅させた殺戮種。彼は人間をまるで恐ろしい獣のように語る。それはとても理に適っているが、同時に全ての人類がそうではないことは明白だろう。彼もまた自覚している。その上で人類を無価値なものであると断じた。

 

 どこまでも無関心。根本的に価値観や倫理観が違うのだ。彼にとっては人類が滅びるのは当たり前であり、それが明日になろうが心底どうでもいいのだろう。

 

 人はそれを狂っている、と呼ぶ。実際私も彼のことを言い方が悪いけどちょっと頭が可笑しい人だと認識しているし、それを受け入れている。それもまた彼の魅力であるからだ。

 

 だからこそ、彼がカルデアに来るなど、有り得ぬ話だった。訊けばマリスビリーに借りがあったらしい。

 

 にしても昔はこうも極端ではなかった。旅をしている間に考え方が変わったのかしら……影響されやすい性格だし、変な思想に目覚めていたとしたら心配だった。

 

 オルガマリー所長は彼に怯えていたけど、会議の時はその件でよく口論していた。こういう時だけ妙に饒舌になる彼相手に一歩も引かなかったのには舌を巻いた。この時だけは彼女のことを尊敬したわ。

 

 彼もそんなオルガマリー所長を評価しており、貴公のような人間は好きだと本人の目の前で言い、彼女を赤面させていた。

 

 ……他意はないのでしょうが、今後は安易に女性に対してそんな勘違いさせるような発言はするなと厳重注意した。かと言って男も駄目よ。

 

 そんな訳で彼はやる気が無く、訓練や会議をよくサボっていた。当然、私はそんなこと見逃せるはずもなく、彼のことを毎日のように叱っていた。不本意だとしても、応じたからにはちゃんとやるべきだもの。しかもあんなにサボっているのに成績優秀なのがまた腹が立つ。戦闘技能に関しては私より上でカルデア最強なんて真しやかに囁かれていた。

 

 実際そうだった。彼はサーヴァント相手にも大きなダメージを与えられるソウルの魔術を低燃費で一度に数十回も行使できた。特にあの“ソウルの結晶槍(クリスタル・ソウルスピア)”という魔術は正しく必殺の一撃だろう。おまけに治癒魔術の腕前もかなりのものだった。本人は魔術でなく奇跡という別技術と言っていたけど……。

 

「こらエルデン! 戻りなさい!」

 

「また遅刻よ! これで何回目なの!? いいえ! 十二回目! 私は覚えてるんだから!」

 

「前から思っていたけど貴方は敬語を使えないのかしら? 最低限の礼儀は弁えるべきよ」

 

「真面目にしなさい。この程度の訓練、貴方ならもっと簡単に出来るでしょう」

 

「いい加減にしなさい。所長の胃に穴が空くわよ? ……レフ教授、何故そんなに上機嫌なのですか?」

 

「ちょっとエルデン! マシュに変なこと教えないで!」

 

「本当に……貴方は私が居ないと駄目なんだから」

 

 いつの間にか彼からは世話焼きと呼ばれ、周りからはエルデン・ヴィンハイムの教育係みたいに扱われるようになった。大変不本意だった。

 

 それからしばらくが経ち、最初は浮いていた彼も、カドックやヒナコを筆頭に他のAチームや一部の職員とも打ち解けるようになっていた。大多数は未だに彼を恐れていたけれど。マシュと話しているのを見掛けたこともある。

 

 皆、話してみれば分かるのだ。彼は変な人だけど決して悪い人ではないってことが。

 

 それとベリルなんかとも話してたから彼に注意するよう警告しておいた。あれは真性の殺人鬼……彼が出し抜かれることはないでしょうけど、それでも危険な人物はきちんと危険視するべきだ。

 

 __やっぱり彼と一緒に居ると楽しかった。あの日曜日を忘れてしまうくらいに。

 

 けれど……。

 

「オフェリア、貴方エルデンに恋してるでしょ?」

 

 ペペにそう問い掛けられた時、私は石化したように硬直してしまった。

 

 いつからだろう? 

 

 彼を常に目で追うようになったのは。

 

 彼と一緒に居ると心臓の鼓動が早くなるようになったのは。

 

 彼の顔を直視し続けることが恥ずかしくて出来なくなったのは。

 

 彼が他の女性と話していると苛立つようになったのは。

 

 彼にとって特別な存在になりたいと思ったのは。

 

 __恋? 魔術師の私が? 

 

 そんなことは、ないはず……けれど、この感情が本当に恋だと言うのなら……。

 

 __なんて、素晴らしいものなのだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ◎

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『__調子はどうだ? オフェリア』

 

 時は流れ、北欧異聞帯。

 

 神代の美によって北欧の雪山を見下ろすようにして聳え立つ、氷雪の城に私は居た。

 

「ええ。順調よ。そっちはどう? エルデン」

 

 本来ならば人が立ち入ることの出来ない聖域で私は一人の男と通信していた。

 

 __エルデン・ヴィンハイム。私の最愛の人だ。

 

『こちらも上々……と言いたいところだが、難儀している。俺が干渉したところであの異聞帯がどうにかなるとも思えん』

 

「そう……けれど、人任せには出来ないわ。キリシュタリア様も言っていた。空想樹が根付いた後、その世界を発展させるのは我々クリプターの役目。異聞帯の王に任せる事は出来ない……彼らが世界を導けば、それはただの繰り返しに他ならないのだから。発展とは、革命でもあるのよ」

 

 とは言うものの彼の異聞帯は、はっきり言って異常だ。まず前提として王と呼べる存在が、五人も存在する……正確には四人と一柱である。

 

 __ロスリックの聖王。

 

 __深淵の監視者たち。

 

 __巨人のヨーム。

 

 __神喰らいのエルドリッチ。

 

 __太陽と光の王、グウィン。

 

 少ない文献の中でその名が残されている、“薪の王”と呼ばれる“火の時代”の英雄たち……それらが甦り、そして火が陰り、灰の英雄によって火が継がれることも消されることもなく、亡者ばかりが蔓延る地獄が現代まで続いたのが、エルデンの管理するロスリック異聞帯だった。

 

『成程……ならばどうしたものか』

 

「そうね……王たちの中に、支配や統治に乗り気な者は居ないかしら?」

 

『……ふむ、王を一人に絞るということか?』

 

「そういうこと」

 

 彼は私が言わんがしていることをすぐ理解する。異聞帯を安定させるにはやっぱり王は唯一の方が都合が良い。ならば一人の王を支援し、他の王を倒し、全ての領土を支配させるのがセオリーだろう。

 

 尤も、彼にその気があればの話だけれど……私が思うに、彼は異聞帯の拡大や空想樹の育成にそこまで積極的ではない。いつもならクリプターとしての自覚が足りない、と叱るところだが、恐らく“異星の神”への不信感があるのだろう。

 

 私もそうだ。彼が“上位者”と呼ぶアレが私たちに利をもたらすとは到底思えない。

 

 クリプターとして私が真に忠誠を誓っているのはキリシュタリア様だけだ。あの寛大さと冷酷さを兼ね備える女神の隣へ立つ重圧に耐え、空想樹を育成し、異聞帯を管理するのもあの御方の期待に応える為。それがあの御方の自己犠牲によって蘇生してしまった私たちに出来る唯一の恩返しなのだから__。

 

『……有力なのは神喰らいのエルドリッチだろう。奴は火が消えた後に訪れる新たな時代において人々を導く為に力を蓄えている。アレに統治というものが出来るかは謎だが、それも法王サリヴァーンが代行すれば可能だろう』

 

「神喰らい、ね……こっちだとあまり良い言葉ではないわね。他はどうなの?」

 

『可能性は限りなく低い。王子ロスリックはその王位を放棄し、巨人ヨームは誰もおらぬ都で傍観に徹している。不死隊は元より戦士であり、支配などには興味を持たない』

 

「……グウィンは? 元より私たちは神代の回帰を目指している。なら、かの太陽神を王に据えるべきだと思うけど」

 

 私の異聞帯は、大神オーディーンの妻でもある女神スカディが、キリシュタリア様の異聞帯はギリシャの主神ゼウスが王に君臨している。ペペの異聞帯の王もまた神らしい。

 

 ならばエルデンの異聞帯も岩の古竜たちを絶滅させ、火の時代を切り開いた原初の神であるグウィンを王とする方が望ましいだろう。そう言えば彼は僅かに顔をしかめた。

 

『神代の回帰……か。それこそただの繰り返しだろうに』

 

 ぽつりと、彼は呟いた。

 

「え?」

 

『……いや、何でもない。グウィンに関してだが、確かに全盛期の奴は“力だけ”ならば最強の部類に入る。けれど、此度目覚めたのは、その燃えカスだ』

 

「燃えカス……?」

 

『ああ。自らのソウルを他者へ分け与え、その身一つで火に投じた薪の王……その実態は己の傲慢が故に何もかもを奪われ、何もかもを失い、欲深な神々によって糾弾され、生贄にされた哀れな男の末路だ。アレは燃え尽きぬまま炉で燻り続けた残滓に過ぎない』

 

 どこか憐れむように、彼は語る。私は“火の時代”について詳しくは知らない。グウィンのことも、彼が神々の王であり、消えかけた火を継ぎ、時代を存続させたということくらいだ。

 

 けれど、彼は知っているのだろう。華々しい神話の裏に隠された、目を塞ぎたくなる真実を。あの異聞帯の有り様を見れば容易に察することが出来る。

 

『それに支配というのはいつしか綻びが出るものだ。それが神であるのならば尚更だ。それこそ、汎人類史の焼き写しであろう。かといって人の時代もまた地獄……ならば我らは__』

 

 ぴたり、と彼が言葉を止める。

 

「……エルデン?」

 

『__いや、すまない。貴公に語るべき話ではなかった。忘れてくれ』

 

 何だろう。彼が何やら不穏なことを考えているように思えた。しかし、それを問うことは怖くて出来なかった。

 

「……そう。けど油断はしないでね。全盛期ではないからといっても相手は“火の時代”の主神。貴方の言葉通りなら、もし何かの間違いでグウィンが力を取り戻した場合、最大の脅威ということになるわ」

 

『それは……ふむ、到底有り得ぬ話だが、他ならぬ貴公の意見だ。一応頭に入れておこう』

 

 私が抱く懸念をエルデンは笑えぬ冗談だと言う。それは彼にとって絶対に起こり得ることない可能性なのだから当然の反応だろう。

 

 そして、その油断が命取りになる。それは彼とて例外ではないのだ。だからこそ、私の発言を記憶するだけでもしておいてほしかった。

 

 杞憂で終われば良いのだけれど……。

 

『……それで、以前話した例の件についてだが』

 

「ええ。私の異聞帯に貴方のサーヴァントを派遣するという話よね?」

 

『ああ。カルデアは、予想以上の脅威だ。それに加え、“絶望を焚べる者”のようなイレギュラーが他にも居ないとも限らない』

 

 するとエルデンは次の話題へ移る。それはロシア異聞帯の消滅に際して開かれた定例会議の後に行った個人通話の時に話した内容だ。

 

 次にカルデアが訪れるのはこの北欧異聞帯の可能性が高く、私の所に自らのサーヴァントを一騎派遣し、貸し与えると言うのだ。

 

 クリプター同士の過剰な干渉は禁じられており、当初は断ったものの尚も彼は食い下がり、心配してくれているという事実に歓喜した私はついこれを了承してしまった。……軽率な判断だと自分でも思うわ。

 

 それに脅威がカルデアだけならともかく、あのミラのルカティエルを名乗る通称“絶望を焚べる者”という化け物染みた存在が居るのもまた事実。彼のように異聞帯の王を単独で打倒する程の存在が他にも出てこないとも限らない。あの氷雪の女王が負けるなんて考えられないけど、戦力はなるべく多い方が良いだろう。

 

「それで、誰が来るのかしら?」

 

『……セイバーを向かわせている。それに際して嵐の壁に一時的に穴が空くだろうが、気にしないでもらいたい』

 

 奇しくも私が召喚したサーヴァントと同じクラス。彼が複数のサーヴァントと契約していることは知っていたが、まさか最優のクラスを派遣させるとは。

 

「分かったわ。そのセイバーの特徴は?」

 

『性別は男。年は三十代半ば。フードを被り、白い装束を纏っている。武器は大剣と長銃。“聖剣”と名乗ればそいつだと思ってくれ。真名も必要とあらば教えるが……』

 

「いえ、大丈夫よ。聖剣ね……頼りになりそうな英霊だということが分かったわ」

 

 聖剣といえば騎士王アーサーやシャルルマーニュ十二勇士のローランが思い浮かぶけど……私が北欧の竜殺しを引き当てたように恐らく彼が使役するセイバーも火の時代に関係する英霊なのだろう。ならば真名も聞いても私が知らない可能性が高い。

 

『ああ。実力はセイバーの名に恥じず申し分無い。性格に関しても俺が召喚したサーヴァントの中では最も良識がある。きっと貴公の役に立つだろう』

 

「そう……ありがとう」

 

『……なに、単なるお節介だ。気にすることではない』

 

 私が礼を言うと彼は表情を変えずにそう言う。けれど、実際には感謝されて照れている。

 

 いつからか、彼の感情の大体を把握出来るようになった。普段と変わらぬ無表情でも驚いてたり、喜んでいたり、何となくだが、その時の感情が解るのだ。

 

 あの会議の時だって、カドックのことが心配で気が気じゃない様子だった。

 

 だから私にこんなことを提案したのだろう。カドックの時みたいに間に合わないという事態が起こらないように……。

 

 ああ。やっぱり優しい人だ。

 

『しかし、良かった。ヒナコの奴には断られてしまったからな……』

 

 __は? 

 

 一瞬、頭が真っ白になった。

 

「えっと、ヒナコにもこの話を……?」

 

『ん? ああ。勿論だとも。俺が言えるようなことではないかもしれないが、彼女も貴公と同じく掛け替えの無い友だからな……無論、ペペロンチーノやガットにも持ち掛ける予定だ』

 

「そう……友……友、ね……フフフ」

 

 ……そりゃそうよね。そんな訳ないのに。何で私だけ特別なんて思っちゃったのかしら。

 

 というかあの女、私の方が長い付き合いなのに何で彼とあんな距離が近くなってるのよ。部屋にまで入り浸るなんて……何て羨ましっ、不埒極まるわ。

 

 彼にとっては私もヒナコもただの友人。今まではそれで満足だったのにもどかしくなったのは、彼への恋心を自覚してからだろう。

 

『……どうした?』

 

「いいえ。何でもないわ。何でもないのよ……」

 

 まったく……本当に鈍感なんだから。しかもキリシュタリア様のことが好きだって勘違いしているし。私があの御方へ抱く感情は敬愛だって何度も言っているのに全く信じていない。

 

 何が“オフェリアにも春が来た”、よ。私はこんなにも貴方のことを想っているというのに……ああ。なんかイライラしてきた。

 

「……そろそろ通信を切るわ。また何か困ったことがあればいつでも頼るといいわ」

 

『そ、そうか……貴公も何かあれば知らせてくれ』

 

「ええ。さようなら」

 

 プツリ、と通信が切れる。

 

 静寂に包まれる空間の中で、私はフゥと一息吐く。

 

「……まったく、エルデンったら」

 

 自然と口から零れた言葉とは裏腹に私の頬は緩んでいた。最後に見えた戸惑う彼の姿に物珍しさを感じたからだろうか。

 

「__随分と機嫌が良さそうだな、オフェリア」

 

 静寂を破る男の声。私は顔をしかめ、背後に立つ甲冑を身に纏った騎士を睨むように見据える。

 

「霊体化を解けと命じた覚えはないけど? セイバー」

 

 彼は私が召喚したセイバーのサーヴァントだ。この北欧で召喚したのに、それとは縁遠い存在。但し、その霊基の中に侵入している怪物は違う。

 

 __炎の巨人王、スルト。

 

 かつて、北欧に於ける神代の終焉“ラグナロク”にて世界と神を灼き尽くした終末の巨人。

 

 破壊神にも等しい存在であり、北欧神代を終わらせるための終末装置……汎人類史では伝説からさえも消え失せた、原初の巨人に秘められた破壊者としての一面を最も色濃く受け継いだモノ。

 

 この異聞帯においては太陽を飲み込んで油断したフェンリルを喰らい、力を付けたスルトは悪神ロキをも殺し、神々や巨人の王たちすらも灼き尽くし、最後に太陽を失った空の穴にムスペルヘイムを繋げ、その物理的降下で惑星を灼こうとした。

 

 だが、大神オーディンの最後のルーンによって結界の牢獄に封じ込められ、それは失敗に終わり、この異聞帯は女神スカディの支配の下、現代まで続いた。

 

 そんな怪物が、この騎士の中には潜んでおり、そして何と彼はソレを封じ込めている。私の令呪の効果もあり、もはやスルトは自我すら出てくることは不可能だった。

 

「解くな、とも命じてないだろう? この世界は、退屈で仕方ない。少し話し相手になってくれ」

 

 そう言って笑う騎士。自身の真名を北欧の英雄シグルドだとすぐにバレる嘘を吐いてぬか喜びさせられたこともあってか私はこの騎士が苦手だった。

 

 命令もまともに聞かず、この前だってなんか私に求婚してくるナポレオンを始末しろと言ったのに面白いからと見逃した。本気を出せば容易く殺せるのに。令呪を使用すればいい話だが、ただでさえ一画消費しているのだ。無駄遣いはしたくない。

 

 かの炎の巨人を抑え込み、その力を利用する程の規格外の存在……はっきり言って私は彼を完全に持て余していた。エルデンのサーヴァント派遣に頷いたのにはこの理由もあった。

 

「あれが貴公が恋慕を抱く男か……成程、成程。随分と面白い奴じゃあないか」

 

「なっ……ち、違うわ! 妙な勘繰りは止しなさい!」

 

 思わず赤面してしまう。まさか彼にまで勘付かれるとは。私はそんなに分かりやすいのだろうか? 

 

「ククク……けれど、貴公。あれと添い遂げようと思うのであれば、しっかりと手綱を握っておけよ?」

 

「え?」

 

「あれはきっと、自ら進んで奈落へ堕ちていくだろうからな。いや、既に手遅れかもしれぬ……何ともまあ、おぞましい人間性の怪物と成り果てている」

 

 人間性の、怪物……? 

 

「どういうこと?」

 

「あれを救わぬ限り、貴公はあれに届かぬということだ。ただ安易に手を差し伸べれば、それなりの代償を支払うかもしれないがな」

 

 その言葉を最後に騎士は霊体化してどこかへ消える。

 

 思考を振り払うように首を振る。彼が妙なことを口走るのは今に始まったことではない。恐らく今回も戸惑う私を楽しみたいだけなのだろう。

 

 私には、やるべきことがある。

 

「__キリシュタリア様の為に、すべてを尽くす」

 

 今更ながら誓いを立てる。何も成せずに終わるはずだった私たちを助けてくれたあの御方に、私の大好きな人を救ってくれたあの御方に。

 

 その為ならば、もう一度与えられたこの命だって惜しみはしない。すべてを捧げる覚悟があった。

 

 ああ。けれど、けれど__私の脳裏にはいつも彼の顔が思い浮かぶ。

 

 ねぇ、エルデン……もしも、もしもだけど、すべてが終わったら、また貴方と__。




ということでオフェリアはエルデンくんに恋をしましたとさ……ちょっと無理があるかな?


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世界を見通す者と世界を知った者

エルデン視点


 

 

__嵐の壁。

 

それは中核を成す“空想樹”の影響で、各異聞帯の周囲に常時発生している外と繋がりを断絶するもの。

 

オーロラを伴っている影響であらゆる電磁波が遮断され、嵐そのものも鉄を捻り切り、都市を破壊し、生命を根絶させる、核爆弾に匹敵する規模のエネルギーを持つ雷雲となっているため、異聞帯への通常の方法での侵入・脱出は不可能である。

 

「__導きの月光よ」

 

その一つ、北欧異聞帯を覆う壁の一部が、光の奔流によって破壊された。

 

「ふむ、ここが北欧か。存外、美しい」

 

一時的に開いた大穴から現れた男…セイバーは輝く月光の刃を霧散させ、北欧の大地へと足を踏み入れる。

 

ラスプーチンを撃退し、シャドウ・ボーダーから降りた後、彼は当初与えられた命令に従い、そのまま徒歩でこの北欧異聞帯まで赴いたのだ。

 

「……さて、君たちは迎えということで良いのかね? 眷属たちよ」

 

暫し燃える雪景色を眺めていたセイバーは、突如そう問いかける。すると上空に光の翼を持った三人の少女が出現した。

 

彼女らはワルキューレ。大神オーディーンの娘として存在する、戦死した勇者の魂をヴァルハラへ連れて行く戦乙女だ。

 

「……驚きました。嵐の壁をどう通過するのかと思えば、まさか力業で突破するとは」

 

「なになに今の青い光! 凄く綺麗だった!」

 

「落ち着きなさいヒルド……貴方が、他の異聞帯からの支援者ですか?」

 

一人は驚愕し、一人は目を輝かせ、一人は警戒した様子で戦乙女たちは嵐の壁を破壊した白き外套を纏う剣士へ視線を送る。

 

対するセイバーは無表情のまま戦乙女たちを見上げ、悠然とした態度で口を開く。

 

「我がマスター、エルデン・ヴィンハイムの命により、支援のため馳せ参じた。セイバーのサーヴァント、“聖剣”と言えば分かるはずだ」

 

ここに、聖剣の狩人が降り立った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……何故怒らせてしまった?」

 

__火継ぎの祭祀場。

 

オフェリアとの通信を終え、エルデンは怪訝な表情を浮かべながら呟く。

 

曰く、鈍感。他者の感情をあまり理解出来ない彼だが、それでも彼女が苛立ちを覚えていたのは容易に把握出来た。しかし、その原因はいくら考えても解らなかった。

 

「ハハハッ……確かに君には女心は分からなそうだね」

 

そんな呟きに彼の足下に転がる黄衣の魔術師が、乾いた笑い声を出す。

 

「……貴公には分かるのか? プロトマーリン」

 

「そりゃね……一応これでも女だからさ。恋する乙女の気持ちくらい簡単に察せられるよ」

 

「……ふむ、確かにオフェリアはヴォーダイムを好いている。けれど、それで何故俺との会話で苛立つのだ? 全く以て理解出来んな」

 

「……あー、そう。ハァ……彼女が不憫でしょうがないよ」

 

「……どういうことだ?」

 

「教えると思うかい? 幼気(いたいけ)な少女にこんな酷い仕打ちをした相手に」

 

溜め息を吐くマーリン。その態度は対照的に彼女は仰向けで血の海に沈んでいた。

 

四肢に幾つもの矢を受け、鎖で繋がれている凄惨な姿。破けた黄衣の隙間から整った美しい顔を覗かせている。

 

「……心外だな」

 

それをエルデンは見下ろす形で立つ。

 

「むしろ俺は貴公を始末しようとしたアーチャーを止めたのだ。感謝こそされようとも悪く言われる筋合は無かろう」

 

「そのアーチャーに殺されかける羽目になったのは誰のせいかな?」

 

「無論、我らを裏切った貴公自身のせいだろう。全く以て自業というものだ、花の魔術師よ」

 

悠然とした態度でエルデンは言う。これにマーリンは呆れた様子で首を横に振る。

 

「酷いなぁ。それに私としては殺された方がマシだったさ」

 

「……アヴァロンには帰れんぞ?」

 

「知ってるよ。今の私が消滅したらどうなるか、くらい……ね。けれど、こんな頭で生活するよりはマシだ」

 

「……そうか。なかなか似合っていると思うがな」

 

「__ぶっ殺すよ?」

 

「面白い冗談だ」

 

「君のは笑えない冗談だけれどね」

 

それもこれも、目の前で他人事のように笑う男のせいだ。マーリンは殺意すら覚えていた。

 

こんな感情は初めてだ。召喚され、千里眼で全てを知った時にはもう手遅れだった。自らの肉体は奪われ、使い魔として隷属させられた。そして、密かに裏で暗躍していたが、それもバレてしまい、このザマだ。

 

けれど、悔いは無い。既に種は蒔き終えた。

 

「……私が言えた話じゃないが、一応忠告してあげるよ、我がマスター。そんなんじゃ、女心どころか人の心すら理解出来ない。自分とそれ以外を完全に“区別”してしまっている今の君じゃあね……」

 

「……人とは、そういうものだろう? 夢魔よ」

 

吐き捨てるように言ったマーリンの言葉に、何を当たり前のことをとばかりにエルデンは首を捻る。

 

「俺は俺、私は私。こっち(わたし)あっち(あなた)は違う。受け売りの言葉だが、俺はその通りだと思う。人間がこの世に生まれてから、何ら変わらなかった。その果てが貴公らが人理と呼ぶこれ、この有り様なのだ」

 

自分は相手とは違う。互いがそう思うからこそ、解り合えず、争いが起こり、怨嗟は積る。そうして世界という絵画は腐っていくのだ。

 

人とは、決して同一の存在など居ない個の生き物。各々が各々の思想と理念、正しさを持つ。そのすべてが真の意味で理解し合うことなど到底不可能な話なのは明白だった。

 

だからこそ、人類は幾度も同じ歴史を繰り返す。今も昔もこれからもずっと__。

 

エルデンはその人の業を、あるがままに受け入れた。故に、憐憫の獣のように悲観することも絶望することもない。そういうものなのだと初めから見限っていた。

 

けれど、だからこそ、彼は救いを求めた。

 

「貴公も俺とは違うと思っている。違うか?」

 

「ああ。だけど、それはあくまで自分と他人だろう? 君が区別し、隔絶しているのはこの世界そのものだ。だからこそ、平然と使い潰そうとする。君にとって世界も、そこに存在する人も、物も、全てが取るに足らないモノなんだ」

 

マーリンは気付いている。エルデンという男はその在り方自体が矛盾の塊であり、彼の展開するその理論にはいつも肝心の彼自身は含まれていないことに。

 

彼はどこまでも、狂ってしまっていた。

 

「……………」

 

「異界からの知識を得て、自分がより高尚な存在になった気でいるのかい? だとしたらとんだ勘違い野郎だ」

 

「……確かにそうなのかもな。あの日から、俺の世界を見る目は変わった。今までこの目で視ていたものが、全て幻想に思える程に」

 

全面的に肯定するエルデン。それを見てマーリンは忌々しげに顔をしかめる。

 

この男はいつもそうだ。何を言ってもどこ吹く風。自身の過ちも、愚かさも最初から自覚しているのに、その上で容認し、ただ突き動かされるままに暴走を続けていた。

 

一体何が、彼をそうまでさせているのだろうか。マーリンにはつくづく理解し難かった。

 

「けれど、我らは立ち止まる訳にはいかない。求め、探し、漸く見つけたのだ」

 

「……その先に、幸福は無いよ?」

 

「ああ。幾度もの死と悲劇を積み重ねたこの世界に、幸福など在りはしない。けれど、だからこそ、我らが見出だすのは小さな希望に過ぎない__」

 

それは火の時代に生きた者たちの小さき願い。法王も、神喰らいも、双王子も、亡者の国も、終わりの先に希望を見出だしている__。

 

だからこそ、エルデンは高らかに語るのだ。世界とは一枚の絵画であり、悲劇なのだと。

 

「はっ 希望、希望ときたか。そんなちっぽけでくだらないものの為に、世界を滅茶苦茶にするっていうのかい?」

 

そして、それがどれだけ馬鹿らしく、極端なことなのかを、マーリンは理解していた。

 

「__そうだ。俺にとっては、そのちっぽけでくだらないものには、それだけの価値がある」

 

「……そうかい。この分からず屋」

 

マーリンは彼のすべてを見た訳ではない。彼が視てしまったものは垣間見たが、それで彼が何を思ったかは把握し切れていなかった。

 

けれど、彼女は、彼女に残っていた僅かな人間性が同情してしまう。

 

己の正しさを信じて、間違いへ向かい、破滅する。そんな人間を彼女は何人も見てきたのだから。かつての彼女ならばそれは仕方のないことだと見過ごせたのだろうが、生憎と今は違う。

 

__ふと脳裏に、ある男の姿が思い浮かぶ。第六の獣の討伐の為に送り出した彼は、今頃どうしているだろうか。

 

「……貴公には理解してもらいたかったが、非常に残念だ」

 

「ふん……よく言うよ。私の裏切りなんて予見していたくせに。君のことだ、最初から私がどういう性格なのか何から何まで知っていたはずだ」

 

「……いや、俺はそれなりに貴公を信用していたのだぞ? だからこそ、黄衣を取り憑かせた」

 

「……何だって?」

 

悪態をつくマーリンだったが、エルデンのその言葉に眉をひそめる。

 

「私を召喚したのは偶然だろう? 君は高位のキャスターなら誰でも良かったはずだ」

 

「前者はその通り。けれど、後者は違う。メディアや玉藻の前では黄衣の狂気に耐えられず、やがて“古い獣”の呼び水になるだろう。それは駄目だ、まだ早い、すべてが台無しになってしまう」

 

くつくつと笑うエルデン。これにマーリンは目を見開く。よもやそこまで理解していたのかと。

 

「俺は“黄衣の翁”を召喚した際、どうしたものかと思い悩んだものだ。アレは渇望のままにソウルを喰らう実にデーモンらしいデーモンだ。既に色のない濃霧が北の地にて出現している」

 

時空が歪んでいるロスリック。それは火の時代よりも遥か昔に存在した北の大地とそこにもたらされた災厄を引き寄せた。

 

__引き寄せてしまったのだ。

 

「今でこそ聖王の力で封じ込めているが、かの獣が目覚め、活動を開始すればそれも無意味と化す……拡散の霧はロスリックを呑み、やがて惑星そのものを苗床とするだろう。そうなれば不死とデーモンが永遠に殺し合い続ける更なる地獄が待っている。俺は老王とは違い、世界が悲劇だからといってそのような自棄を起こす気など更々ない」

 

「__そこで、私ということかい?」

 

「そうだ。マーリン……夢魔の血を引き、千里眼で世界を見通す花の魔術師よ。貴公ならば黄衣の狂気に呑まれようともその力を制御し、呼び水になることはないだろう。故に、貴公を召喚出来たのは幸運だった。だからこそ、このような形で裏切られるのは……実に残念だ」

 

「……意外だよ。君が私をそんな風に思ってたなんて」

 

てっきり単なる黄衣の宿主に過ぎない。そう思われているとばかり考えていたマーリンは尤もらしい返答に心底驚いた様子だった。

 

「けれど、それでも私は君には従えない。知っていると思うけど、バッドエンドは嫌いでね……君の思い描く結末には、吐き気すら催してしまう」

 

「……概ね、ハッピーエンドだとは思うが?」

 

「どこがだよ。君の基準はイカれてる。私にとっては今のままでも世界は充分に美しい」 

 

「そうだ。美しい、美しいのだよ……」

 

噛み締めるように、エルデンは言う。

 

「だからこそ、腐り果てる前に焼くべきなのだ。これまで多くの悲劇を見てきた貴公ならばそれくらい、理解出来るだろう?」

 

「__いいや。理解出来ない、心底理解出来ないね。僕がやるとするならば焼却ではなく修復さ。この世界の命運は、君ごときの物差しで計り、決めて良いものじゃあないだろう」

 

「……そうか」

 

相反する意見。エルデンは諦めた様子で彼女へ背を向ける。

 

「貴公の言い分はよく分かった。しばらくはそこで苦痛を受けているといい……カドックを助けなかった罰だ」

 

「おや? それだけで済ますのかい?」

 

「言ったろう。黄衣に認められ、それを抑え込めるのは貴公だけだ。まだ利用させてもらう」

 

「そうかい……というか、まだカドックがカルデアに居ると思っているのかい?」

 

「……何?」

 

ぴくりと、エルデンの耳が動く。

 

振り返った彼の顔からは一切の表情が消えていた。対するマーリンはぐにゃりと顔を歪めてほくそ笑む。

 

そして次の瞬間。彼女の身体は吹っ飛んだ。

 

「__かはっ!?」

 

「__どこへやった?」

 

バレーボールのように何度もバウンドしながら石壁へ叩きつけられる彼女。視線を向ければエルデンはすぐ目の前まで近付いていた。

 

「っ……は、ははっ 漸く表情を変えたね?」

 

「__答えろ」

 

首を絞め上げ、床へ叩き付ける。それだけで床は陥没し、砕けた破片が飛び散る。

 

とてもじゃないが、人間が出していい力ではない。

 

「ぐぁっ……やはりっ、やはり彼らクリプターは君にとって特別な存在のようだ……! 私の見込みは間違ってなかったよ……!」

 

「……質問に答えろ、プロトマーリン。カドックはどこだ? 生きているのか?」

 

「はっ 教えるとでも?」

 

そう言えば、首を絞める力が強まる。マーリンのか細い首など容易くへし折ってしまうだろう。

 

「がぁっ……!!」

 

「__今ここで殺すぞ?」

 

エルデンは勘違いしていた。てっきり彼はマーリンが自身が命じたカドックの救出という任務を放棄し、何らかの目的でロードランへ行く為に北の不死院へ向かったのだと。

 

しかし、違った。彼女はしっかりとカドックを救出し、どこかへ連れ去ったのだ。

 

「ぐ、構わないよ、私が死ねば君は困るようだしねっ……! どっちみちカドックの居場所は分からなくなる……!」

 

「……成程。生きてはいるのだな」

 

乱雑に投げ捨てるエルデン。喉を解放されたマーリンは必死で呼吸し、肺へ酸素を取り込む。

 

「ハァ……ハァ……何だよ、一度見殺しにしたくせに、随分と彼らを大事にするじゃあないか? 今更になって仲間面かい? とんだろくでなしだね」

 

「……そう言われてしまえば、ぐうの音も出ない」

 

エルデンの表情が僅かに歪む。

 

「く、くく、ははっ……そんな顔も出来るんだ。だけど彼らは、君のような人間には君には勿体無いよ。エルデン・リング」

 

それを見てマーリンはしてやったりといった様子で愉悦の笑みを浮かべる。本気で憤慨している彼を目の当たりにして非常に気分が良かった。

 

「どうしても知りたいというなら、令呪でも使用するんだね……どっちみち、もう手遅れだと思うけど」

 

「……ああ。そうさせてもらおう」

 

するとエルデンは裾をめくり上げ、その左腕に幾画も刻まれた令呪を彼女へ翳す。

 

「令呪を以て命じる。プロトマーリンよ、黄衣の狂気を、一切の抵抗をせず、あるがままに受け入れろ」

 

「__なっ!?」

 

目を見開くマーリン。令呪が輝くと共に彼女は頭を押さえ、もがき苦しみ始めた。

 

「っ……そう、きたかっ……!」

 

精神が汚染されていくのを実感し、マーリンは顔を歪める。エルデンは、彼女が最も嫌がる罰を与えた。

 

完全に支配しようと侵蝕する黄衣。今まで必死に抵抗していたその狂気が、無防備となった彼女へ襲い掛かる。

 

「以前から思っていたが、随分と恐れ、拒む。狂気に染まるというのも、存外悪くないかもしれんぞ?」

 

「__ふざ、けるな……! 私は私、だっ……! これ以上、訳の分からないモノに塗り潰されてたまるかっ……!」

 

「怖いか? 安心したまえ。貴公ならば翁のように完全に乗っ取られることなく順応出来るだろう。まあ、多少は性格が変わるかもしれんが……」

 

自分が自分ではなくなっていく恐怖。それをマーリンは現在進行形で味わっていた。

 

エルデンはそれを興味深そうに笑みを浮かべ、見下ろす。彼にとって彼女のような存在がこのように怯える様は非常に新鮮だったからだ。

 

「……フォーリナー」

 

「__何かね、同盟者」

 

笑みを消して呼べば檻を被った男、悪夢のフォーリナーが何もない空間から出現する。

 

「カドック・ゼムルプスの捜索及び保護のため何人か人員を寄越してほしい」

 

「おやおや……我らを人探しに使うつもりかね? 確かに我らは君の軍門に下ったが、服従したつもりはないよ」

 

「それ相応の報酬は払う。捜索範囲はカドックが居る可能性のある場所全て。隠匿出来るのならばある程度は好きにやっていい」

 

「……ほう」

 

不服げな顔をするフォーリナーだったが、エルデンがそう言った瞬間、目を輝かせる。

 

それはつまりカドックの捜索の為ならば他の異聞帯へと赴くことを許可する、ということを意味していた。

 

「アッハッハッハ! 他ならぬ君からの依頼だ! 全身全霊で引き受けようじゃあないか! ヤハグルの狩人や人攫いを総動員させよう!」

 

一転して口角を吊り上げ、フォーリナーは快諾した。何とも現金な奴である。

 

けれど、仕方のないことだ。単純な好奇心もそうだが、このロスリックでは普通の人間はまず居ない。故に、儀式の素材となる生贄の収集が出来る大義名分が手に入るのは何よりも喜ばしいことだった。

 

「ああ。頼んだ。聖歌隊にも伝えといてくれ」

 

「良いとも! きっと彼らも快く引き受けてくれるだろう!」

 

憐れなる落とし子(アメンドーズ)を介し、この惑星のあらゆる場所を行き来することが可能なフォーリナー達。カドックが他の異聞帯に居る場合はすぐに見つかることだろう。

 

けれど、このロスリックのどこかに居るのならば話は別だ。何せあまりにも広大で時空が歪んでいる。何百年、何千年もの時差がそこら辺で起きている。

 

そこに百年前には居ても今はもう居ないかもしれない。故に、一人の人間を捜索するのはエルデンの持ち得る戦力を総動員させても困難であり、しかもカドックの捜索に人員を集中させる余裕は無かった。

 

故に、もしロスリックのどこかに放逐されているのであれば生存は絶望的だろうと内心エルデンは諦めていた。

 

「但し、北欧異聞帯と中華異聞帯には手を出すな」

 

釘を刺すように、エルデンが言う。

 

「彼処の者たちは、我らが同志に成り得る存在だ。あまり縄張りを荒らすべきではない……少なくとも今のところは、な」

 

「ふむ、他の異聞帯は同志に成り得ないと?」

 

「ああ。ブリテンの方はまだ可能性があるが、他は限りなく低いだろう。特にヴォーダイムが管理する大西洋異聞帯とは近いうちに敵対する」

 

実のところエルデンは異聞帯の実情をあまりよくは知らない。分かるのは汎人類史と大きな乖離があるということだけ。

 

あのイヴァン雷帝が象の魔獣だとか聞いた時は耳を疑ったものだ。聞くに、北欧はラグナロクで神代が滅びず、中華は不老不死となった始皇帝が統治しているらしい。

 

インドはインド神話というだけで脅威なのは間違いなく、大西洋にはギリシャの神々が。ブリテンと南米は聞く限り最大のイレギュラーと言えよう。

 

けれど、エルデンはその詳細を知らない。故に、彼が思考し、考察する材料は各クリプターの人格のみ。その観点から見れば人を嫌うヒナコと混沌を好むベリルはエルデンの計画に賛同する可能性が非常に高い。

 

十中八九キリシュタリア側に付くであろうオフェリアも含めているのは、未だに彼女に友情を感じているからだろうか。彼はその友情を一度は踏みにじったというのに……。

 

ペペロンチーノは警戒に値するが、最大の脅威はやはりキリシュタリアとデイビットだろう。彼らはレフ・ライノールの爆弾にみすみす殺されたのが嘘のような実力者だ。それが単独ならばともかく異聞帯という戦力を保有している。

 

けれど、それでもこのロスリック異聞帯が敗北するとは到底思えないが__。

 

「それに北欧にはセイバーを派遣させている。貴公らと鉢合わせすれば面倒なことになる」

 

「ああ、彼か……実に嘆かわしい。獣を狩り、上位者を狩り、あれだけの祝福を受けながら何故我らの夢を理解出来ないのか……」

 

憂うように、フォーリナーは言う。

 

「あれはそういうものだ。悪夢に囚われ、獣に落ちぶれ、しかし導きは失わず、彼の側にあった。貴公のように言ってしまえば、夢の中でも狩人、ということだ」

 

「…………? どういうことかね?」

 

「……ああ、そうか。いや、何でもない」

 

悪夢のフォーリナーも、女医のアルターエゴも、エルデンの知る本来の物語から外れた存在。異聞のサーヴァントとは、そういったものだったということを再認識する。

 

「それではカドックの捜索、頼んだぞ? くれぐれも妙なことはしないように……特に女医には念を押してくれ。流石に友人が“星界からの使者”になってしまうのは……その、困る」

 

青い茸頭の宇宙人となったカドックを想像し、怪訝な表情を浮かべながらエルデンは言う。

 

「アッハッハッ 了解した。早速呼び掛けようとも」

 

愉しそうに笑いながらフォーリナーは虚空へと消える。

 

「……さて、と」

 

それを見届けるとエルデンは未だに呻き声をあげて苦しむマーリンを放置し、広場の中心にある“篝火”へと向かう。

 

「我ら人間性を捧げ、絶望を焚べ、それでも足りない。悪夢は巡り、怨嗟は積り続ける……」

 

世界とは悲劇なのか。この人類史は正しく悲劇の積み重ねによって築かれた、負の遺産だ。

 

欺瞞にすがった者が居た。腐りゆくことを望んだ者が居た。故郷を救えなかった者が居た。愛を知らず愛を失った者が居た。友の為に家族を裏切った者が居た。人に感情移入することが出来ない者が居た。狂い、寄る辺を求める者が居た。

 

__何もないということを知った者が居た。

 

「__今こそ、死に祈りを」

 

答えを得た者は、篝火へ触れる。




カドック捜索をミコ……悪夢のフォーリナーに任せるとか正気の沙汰じゃねぇって書いてて思った。


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北欧の魂喰らい

今回はいつもより短いです。


 ◎

 

 

 ある者が語る。

 

 人間という種族は無限の可能性に満ち溢れた、素晴らしい生き物なのだと。

 

 人から蛹へ。

 

 蛹から蝶へ。

 

 蝶から竜へ。

 

 竜から人へ。

 

 その身に宿る人間性が腐れば膿となり、暴走すれば異形となり、失えば魂を貪る亡者と成り果て、やがては物言わぬ魂と化し、それは別の人間の糧となる。

 

 __変幻自在。そう称するに相応しい。 

 

 血に酔えば獣となり、叡知を求めれば狂人と化す。狂人たちの所業は呪詛となり、赤子の赤子、その先の赤子までも呪う。人智を越えた上位の存在に利用され、ある者は傀儡に、ある者は母胎へと成り果ててしまう。また一部はより上位の存在へと至り、新たな幼年期を迎える。

 

 闘争に歓びを見出だせば恐ろしい殺戮者となり、やがては世界をも燃やし尽くす。或いは修羅となり、その怨嗟が積れば鬼へと変貌する。

 

 暗い魂が枯れ果てようとも、青ざめた月と邂逅すれば悪夢に囚われ、蟲に憑かれれば紛い物となり、竜の血を授かれば生命を吸う死なずとなる。

 

 姿形だけでなく、精神もまた変わり続ける。

 

 名君が老後を憂い、封じた悪意を開放すれば世界は霧に覆われ、容易く滅亡の一途を辿った。

 

 師の教えを忘れ、血への探究を続けた聖職者は挙げ句にただの獣に落ちぶれ、その身を業火に焼かれた。

 

 国を想う心があれば異端の力に手を出し、臣下を、民を、自らをも人外へ変えることも厭わない外道と成り果てた。

 

 __そして、その最後には必ず悲劇がある。

 

 まっこと恐ろしきかな。人間は容易に変わる。些細なきっかけで善悪も賢愚も反転する。神にだって獣にだってなれる。何にでもなれる、なれてしまう。

 

 そうやって幾度も“変化”と“変異”を繰り返しながら、殺し合い、奪い合い、闘争と闘争の果てに流れた血で一枚の絵画を描き上げ、積み重ねた死で彩った。

 

 過去未来永劫、ずっとだ。だからこそ、世界とは悲劇であり、この人類史という地獄が築かれた。

 

 ああ。正しく可能性の塊だ。

 

 何と、何て素晴らしいことなのだろう。人間こそが、可能性を象徴する存在なのだ。人の持つ限りのない可能性が、この悲劇を地獄を生み出したのだ。

 

「違う__そんなものは、可能性ではない。そうであるはずが、ない」

 

 けれど、人を知った男は否定する。

 

 これが、この有り様が人間の可能性の果てだと言うのならば、あまりにも救いが無いではないか。

 

 決して認めてしまってはならない。こんな道理があって良い訳が無いのだ。

 

 絞り出すように吐き出した、嘆きに近い否定の言葉。それは諦観と訣別であり、また決意と覚悟であった。

 

 故に、高らかに誓言する。

 

「__人間に可能性など、存在しない」

 

 その瞬間、男は人類と、世界と敵対した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ◎

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 __北欧異聞帯。

 

 そこは唯一の神、スカサハ=スカディによって人だけでなく全ての生命が統治され、管理されている。

 

 他の異聞帯と比べて比較的安定しているように見えてその実、女神スカディの存在のみによって保たれている正に薄氷の上で成り立っている世界だ。

 

「……ヒトが一匹。英霊が二匹。いや、どちらも純正な英霊という訳ではないな。余計なモノが混ざっているようだ」

 

 二番目の異聞帯の攻略のためそこへ足を踏み入れたカルデア。彼らは現在、危機に瀕していた。

 

 マシュ・キリエライトと藤丸立香、そしてシャーロック・ホームズが、雪原に立つ騎士と対峙する。

 

「……何者かね? 君は」

 

 ホームズが問う。その姿は落ち着いているように見えるが、その実内心冷や汗を掻いていた。

 

 突如として現れ、シャドウ・ボーダーを放り投げ、転倒させた正体不明の騎士。見た目こそ量産品と思われる西洋の甲冑を纏っており、今まで会った騎士の英霊と比べたら見劣りするが、その魔力はロシア異聞帯の王、イヴァンを遥かに凌駕する程であった。

 

 その手に持つ歪な剣は、恐らく魔剣の類い。英霊というには禍々しいその霊基はまるで__。

 

「ふむ、中にまだ居るな。ヒトと英霊と……獣? これは面白い。存外面白いではないか」

 

 騎士はそれに答えず、フルフェイスの兜の内からくぐもった楽しそうな笑い声が響いてくる。

 

「……ボーダーの外部機甲はともかく、船体内殻に張り巡らされた多重結界まで切り裂こうとは」

 

 過去、ダ・ヴィンチがニトクリスやパラケルススと共にカルデアで強化を施した神代の結界に等しいソレを__まるで熱したナイフでバターを切るかの如く、真名開放もなく、騎士は容易く切り裂いた。

 

「……興味深い。一体どういった銘の魔剣かな?」

 

「さあ、それほど価値のあるものではないさ」

 

 そう言って騎士が一歩、足を踏み出す。

 

「っ!!」

 

 次の瞬間、彼はマシュの目と鼻の先まで接近しており、その手に持つ大剣を振り下ろす。

 

 ガキィン!! 

 

「ぐぅっ……!?」

 

「ほう……防ぐか」

 

 身体が、宙を舞う。何とか着地するも軽いジャブのような一撃で吹っ飛びかけたことにマシュは戦慄した。

 

 対する騎士は感心した様子で彼女を見据える。

 

「どれ__」

 

 そして、更に二撃、三撃、と斬撃を浴びせる。踏ん張り、マシュはそれを防いでみせる。

 

「くっ……」

 

 しかし、その一撃一撃は非常に重く、盾に伝わるその感触はかの大英雄ヘラクレスを思い出させる程だった。

 

「ふむ……? 些か強くなり過ぎたか……?」

 

(何て重さ……これが、ボーダーを持ち上げて放り投げる程の膂力……!)

 

「おお。なかなかどうして、やるではないか」

 

「っ……ここは通しません」

 

「その心意気や、良し」

 

 更に斬撃を繰り出す騎士。防戦一方のマシュ。その光景に立香はただただ圧倒されていた。

 

「剣の軌道が全然見えない__」

 

「ああ。私も何とかギリギリ、本当にギリギリのギリギリ視認できるくらいだ。凄まじい達人だな。ミズ・宮本、そしてミスター・ルカティエルが居てくれれば良かったな……」

 

 __宮本武蔵。

 

 並行世界を放浪する二刀流の女剣士。ロシアにおいても助力してくれた彼女が居れば此度も心強かっただろう。

 

 それにイヴァン雷帝すらもほぼ単独で撃破したミラのルカティエルという謎の剣士が居れば百人力だったに違いない。

 

「……貴公」

 

「…………?」

 

 突如、騎士が剣を振るう手を止める。

 

「解せぬな。力の差が分からん程、愚かしくはないように見えるが……何故未だにそこに立っている?」

 

 それは純粋な疑問。明らかな実力差。もし騎士が本気を出せばマシュは容易く葬り去られてしまうだろう。それでも尚、戦う意志を見せる。

 

 普通ならばその堅牢の盾を翻して全力で逃げ出しているだろうに……。

 

「……耐えます。必要とあらば。私たちは、ここで旅を終える訳にはいきません」

 

「…………」

 

「あなたは、とても強いです。ホームズさんが一緒でも勝てるかどうか……でも、それくらいの無理は、きっともう当たり前なんです」

 

「……ほう?」

 

「私たちの旅は、もう私たちのものだけではなく__」

 

 ふと、脳裏にロシアの光景が過る。

 

「…………もしかしたら、もっと、ずっと前から」

 

 そして覚悟を決め、盾を構える。ここで終われば、きっと彼らは激怒するだろう。

 

 もう、引き下がれない。立ち止まれないのだ。

 

「“できないから”といって、手放していいものではないのですから……!」

 

 その言葉に、立香とホームズもまた覚悟を決める。その通りだ、彼らはここで立ち止まる訳にはいかない。こんな所で終わる訳にはいかないのだ。

 

「__そうか、そうか」

 

 騎士が、笑う。

 

「素晴らしい。すまぬな、愚問だった」

 

 そして、出たのは謝罪の言葉。これにマシュは予想外だったのかきょとんとした表情を浮かべる。

 

「いつもは貴公と同じ立場だったからな、つい気になった。己よりも遥かに格の違う圧倒的な強者へ挑む理由とやらを」

 

「同じ……?」

 

「ああ。俺はその理由すらも忘れてしまった。そして、今はその強者の立場にある。だから__」

 

 すると騎士の手から魔剣が消え、その代わりに刺々しい長槍が出現した。

 

 それと同時に、彼の身から漏れ出るかのように、太陽が如き紅蓮の炎が放出する。

 

「__っ!?」

 

「不運だったと諦めろ、貴公。そこの娘も。互いの道が交差してしまった以上は……」

 

 __その声は、どこまでも冷たかった。

 

「……俺が殺し、奪う。魂から何から何まで、な」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ◎

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……恐ろしいな、彼は」

 

 遠く離れた場所。エルデン・ヴィンハイムが従えるセイバーのサーヴァント……ここでは便宣上、“聖剣”と呼ぶことにしよう。

 

 彼は高台の上から騎士がカルデアと戦っているのをただ見下ろしていた。

 

「その身に宿す“炎”だけでない……彼自身もはや人とは呼べぬ存在のようだ。実力だけならば“火の時代”の英雄たちにも引けを取らない」

 

 初めて見た時、かの騎士を啓蒙した。あのクリプターも、氷雪の女王すらも気付いていない。あれこそが、この異聞帯において最大の脅威であることに。

 

 あれが目覚めればこの世界は容易に灼き尽くされてしまう。

 

「しかし、カルデアにはまだ死なれては困るのだが……おっと。迂闊に口に出すべきではないな」

 

 聖剣の行動は全て筒抜けだ。魔力を帯びた雪を媒介し、かの女王はこの世界の全てを視て、聴いているのだ。正しく世界の管理者に相応しい。

 

 ああ。まるで“上位者”だ。吐き気を催す。

 

「……ふむ、終わったか」

 

 騎士が、盾を破壊した。非常に堅牢な大盾だったが、彼の持つ槍に突かれた際、触れた瞬間からヒビが入っていた。恐らくは武器を破壊する能力でも付加されていたのだろう。

 

 それも少しずつゆっくり、耐久値を“削り取る”ように__。

 

 完全なる初見殺し。当然、カルデアのシールダーは愕然とし、その身を槍が貫かんとした。

 

 けれど、そうはならなかった。もう一人のサーヴァントが彼女を庇い、右腕を犠牲に守り切ったからだ。

 

「……あの娘は、マシュ・キリエライトは殺すなと言っていたが」

 

 そういえば、と聖剣は思い出す。あの娘は彼女に思い入れがあるようだった。

 

 すると案の定、騎士は戦闘不能となった彼らを放置し、ボーダーへと乗り込んだ。彼らにとって生命線である羅針盤“ペーパームーン”を強奪する為に。

 

「ほう……誰も死なないとは、運が良いな。男のサーヴァントの方は危なそうだが、まあ大丈夫だろう」

 

 安心した様子で聖剣は呟く。

 

 しかし、果たしてカルデアに勝ち目はあるだろうか。盾を失い、ただ一人の騎士に完膚なきにまで叩きのめされ、その背後にはまだ戦乙女たちも女神もそして己も居るというに……。

 

 そう思った時、ふと主の言葉を思い出す。

 

『彼らはどんなに逆境に立たされようとも、決して心折れず、だからこそ、運命は彼らに味方するのだ』

 

 あの男は、カルデアが他の異聞帯を攻略できることに何の疑いも持っていない。それがさも当たり前のことであるかのように語る。

 

 理知的な彼にしてはカルデアのことを語る時ばかりは根拠のない自信で物を言っていたのだ。一体、彼らに何があるというのか……聖剣は気になった。

 

 それは、師の導きでもあったのだろう。

 

「……ん? これは」

 

 その時、懐かしい“匂い”を感じ取り、目を見開く。

 

「成程……これが運命が味方するということか」

 

 それは仄かな“月の香り”だった__。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ◎

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「おう! アンタ、すげぇな!」

 

 某所にて。雪が降り積もる森の中で片手に大砲持った男が感嘆の声を漏らす。

 

 彼の名はナポレオン__。弓兵のクラスとして汎人類史側の英霊である。

 

「あんだけ居た巨人共を剣一本で皆殺しにしちまうなんてよ。一体何者なんだ兄ちゃん?」

 

 視線の先には一人の剣士。その背後には霜の巨人と呼ばれる者たちの死体が山のように積み上げられていた。そこには氷の獣といったこの北欧世界において食物連鎖の上位に立つ生物たちの屍ばかりがあった。

 

 この凄惨な有り様を作り上げたのは、剣士である。たった一人に彼らは蹂躙され、惨殺されたのだ。

 

 当然だろう。彼にとっては巨人を殺すということは、裸の亡者を殺すよりも容易い。

 

「__ミラのルカティエルです」

 

 再び異聞帯に降り立った彼。その来訪がもたらすのは希望か、絶望か、それとも……。




騎士「しかと胸に響いたぜ☆」

異聞帯ハードモード。じゃけん仲間増やしましょうね~。


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月の香り

~本日のエルデンの朝食~

スタミナモリモリ緑花草のサラダ

暁闇草のお浸し粘液ソース掛け

米はないよ、苔玉の盛り付け丼

間接キス?青ざめた二枚舌のステーキ

エルデン「……いただきます」


 ◎

 

 

 __北の不死院。

 

 呪いを受け、“闇の刻印”をその身に宿した不死人は、死に続ければやがて理性と記憶を失い、魂を貪る亡者と成り果てる。

 

 故に、不死は迫害の対象となり、幽閉された。亡者となっても周囲に被害を及ぼさぬようずっと閉じ込め続ける為に……。

 

「くそっ……何なんだ、ここは」

 

 そこをカドックは進んでいた。

 

 あれからどうにか痛みは治まり、以前よりも軽くなった身体で黄衣の魔術師の言葉に従い、大扉にある広場とやらを目指していた。

 

「出会うのは亡者ばかり……まともな人間は居ないのか?」

 

 まるでゾンビ映画だ。本能のままに徘徊する亡者たち。その痩せこけ、木乃伊のように干からびた姿とは裏腹に常人離れした運動能力としぶとさであり、動きこそ単調ではあるが、容易に倒せる相手ではなく、苦戦した。複数相手ならば尚更である。

 

 しかも彼らは腐っても不死であり、倒しても一定時間が経てば何事も無かったかのように生き返り、活動を再開してしまう。故に、長居は出来ず、後戻りも出来ない。

 

「……ここか?」

 

 辿り着いたのは外。先程までずっと薄暗い通路だったためその明るさに目を細める。しかし、日光は無くは灰のような曇り空だった。

 

「あった、扉だ。やっぱりここか」

 

 そして、見つけた。見上げる程に巨大な扉を。しかも既に誰かが通ったのか開けっ放しだ。

 

「マーリン曰く、この先にロードランへの道があるらしいが……」

 

 警戒心を露にしながらカドックは扉を通る。その先はまた広場であり、更に奧には同じような大扉があった。先程のとは違い、閉ざされて鍵も掛かっているようだったが……。

 

「ん? あれの方か__」

 

 ゆっくりと大扉へ近付く。亡者が居ないかと周囲を警戒していたが、それは軽率な行動だった。

 

 何故ならば彼は、上に注意を向けなかったのだから。

 

 ドスンッ!! 

 

「___!?」

 

 眼前に、空から何かが降り立つ。地響きが起こり、土煙が舞う。

 

 カドックは目を見開く。

 

「なっ……!?」

 

 それは巨大な棍棒を持った怪物だった。

 

 爬虫類染みた醜悪な姿形。そのブクブクと太った身体には小さ過ぎる異形の羽を持ち、刺々しい尖角の生えたその顔面はまるで悪魔のようである。

 

 ロシアに居た魔獣とは格が違う、神代の化け物であるとカドックは直感し、身構える。

 

「◼️◼️◼️◼️◼️◼️◼️◼️◼️__!!」

 

 怪物は咆哮する。その叫びはまるでこの世に生まれ落ちたことに対する嘆きであり、全てを憎悪するかのようであった。

 

 否、実際その通りだ。魔女が作り出した混沌から生じた彼らはこの世のありとあらゆるものを呪い、そして滅びる憐れなる生き物だった。

 

 __生まれるべきではなかったのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ◎

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 __北欧を訪れて早々、カルデアは敗北を喫した。

 

 シャドウ・ボーダーを持ち上げて放り投げた正体不明の騎士。ただの牽制程度でマシュとホームズを圧倒し、更には彼女の盾すら破壊した。更には生命線であるペーパームーンも盗んでいき、故に彼らは窮地に立たされていた。

 

「ダヴィンチちゃん。マシュの盾はどう?」

 

「酷い状態だ。損傷自体は修復出来ない程ではないが、それなりの時間を有するだろう。まったく……あの騎士にしてやられたね」

 

 不安そうな立香の問いにダヴィンチは神妙な面持ちをしながら言う。

 

「ゲーティアの宝具にすら耐えた堅牢堅固な盾をこうも破壊するとは……あの騎士の持つ槍はそういう類いの宝具か、或いは彼自身のスキルか……どちらにせよ、誰にも予見出来なかった」

 

「君にも彼の真名は分からないのかい?」

 

「ああ。そもそもの話、情報が足りなさ過ぎる。北欧において魔剣の保有者として考えられるのは、かの竜殺しの大英雄シグルドだが、あまりにも特徴とかけ離れている。それに加えてあの槍だ、あれも魔槍の類いだとは思われるが、武器ないし装具を破壊する特性を持つ魔槍など少なくとも私が保有する北欧に関する知識には存在しない」

 

「じゃあ、北欧の英霊じゃないってこと?」

 

「そうなる。まだ確証はないが……かといって他の神話や伝承を見てもあの騎士のような人物は見当が付かない。唯一推察できたクラスも槍を使ってくれたお蔭で振り出しに戻った」

 

 あのホームズが全く解らない。解き明かす者代表とも云われる彼のような事態に一同は驚きを見せる。

 

「しかし、ほぼ見逃されたようなものじゃないか。その気になれば奴は簡単に俺たちを皆殺しにできた。あいつ、まるで眼中に無いって感じだったぜ?」

 

 操縦手のムニエルが言う。そう、あの騎士は一度はマシュの盾を破壊した後、トドメを刺そうとしたにも関わらず突如として戦闘を中断し、ペーパームーン強奪へと向かった。

 

 見逃された、それが最も適切な表現だろう。

 

「はい……あの騎士のサーヴァント、何かを思い出したように攻撃の手を止めました」

 

「ふむ、もしやマスターから“殺すな”とでも命令されていたのかもしれない」

 

「くそっ……どうするのかね。マシュ君は盾を失い、ホームズ君は右腕を失った……挙げ句に、ペーパームーンまで盗られてしまった。こんなので異聞帯攻略とかどう考えても無理だろう」

 

「全く以てその通りです。正しく状況は最悪。それにエルデン・ヴィンハイムのようにボーダー内に容易に忍び込む方法を他のクリプターが持ってないとも限らない。それ以前に彼が我々を撲滅する為に再び来られたら今度こそ終わりでしょう」

 

「……エルデンさん」

 

 ホームズがその名を出すとマシュの表情が暗くなる。未だに彼女は彼が最初から自分たちを裏切っていたという事実を引き摺っていた。

 

「マシュ……」

 

「エルデン、か……俺も信じられないぜ。何だかんだあいつは良い奴かと思ってたんだが」

 

 彼の衝撃的な話を聞いたスタッフたちは皆非常に驚いたが、ああやっぱりかと思った者が大半である。彼が人理修復に消極的であり、批判的な発言をしていたのは誰もが知っていたからだ。しかし、Aチームに配属されて数日後にはその言動もなりを潜め、何人かのスタッフは彼と打ち解けていた。

 

 ムニエルもその一人だ。彼とはアニメやゲームの話で何度か盛り上がった。だからこそ、レフ・ライノールに荷担していたというのは信じ難く、信じたくない事実だった。

 

「私も信じられないよ。前の私からも一定の信頼を得ていたみたいだからね。けどもし本当にそうだとしたら納得が行く。彼は初対面でレオナルド・ダ・ヴィンチと名乗っても驚いた様子が全く無かった。思い返してみれば、初めから知っていたんだろう。今の私の姿にはきちんと驚いていたしね」

 

「成程……彼は私が居ることにも多少驚いていたように見えていた。本当に今回の人理漂白という異変に関しては知らず、彼にとっても想定外だったのだろう」

 

「しかし、そもそも彼奴はどうやって人理焼却を予見した? ヴィンハイムの狂人共は未来視までも保有しているのかね?」

 

「……分かりません。残念ながら彼自身が何らかの細工をしているようでどうにも彼の思惑について考察しようとするとフィルターを掛けられたかのように思考が鈍ってしまいます」

 

 謎は深まるばかり。エルデン・ヴィンハイムは一体、何をしようとしているのだろうか。ホームズでさえ解らないのだ、立香たちには全く以て見当が付かない。

 

 けれど、彼は人理がどうなろうと意に介せず、カルデアを敵と断言したのだ。きっとろくでもないことだろう。少なくとも立香はそう思っていた。

 

「それに彼が私の攻撃を避ける時に使った魔術……いや、魔術のような何かは、時間そのものを遅延しているように見えました」

 

「ほ、本当かねっ!? つつ、つまりあれか? 時間操作ということかねっ!?」

 

 ゴルドルフが驚愕する。時間を操作する、あくまで遅延であるが、それでも魔法の域に近い業だ。それを詠唱もせずに実行したというのは有り得ぬ話だった。

 

「ええ。少なくとも重力操作の類いではありませんでした。かつてカルデアに居たアサシン・エミヤと原理こそ類似してますが、その技術は魔術とはあまりに掛け離れています。……そういえば鈴のような物体を触媒としていたが、エルデン・ヴィンハイムは以前からあのようなものを? ダ・ヴィンチ」

 

「ん? ああ、あれか……うん。彼は“聖鈴”って呼んでいた。戦闘シミュレーションの時は杖と使い分けていたよ」

 

「ふむ……ヴィンハイム特有の魔術か? しかし、あれは私の知る魔術とはだいぶ掛け離れていた」

 

「そりゃそうさ。ヴィンハイムの扱う(ソウル)の魔術と呼ばれる代物はここ数百年の魔術体系とは系統が全く違う。その起源は“火の時代”まで遡るんだから」

 

(ソウル)、か……」

 

「しかし、どういう魔術なのだ? 生憎と竜の学院については噂でしか聞いたことがなくてね……魂を魔力に変換する時点で、とんでもない魔術なのだということは分かるが……」

 

「ああ。とんでもないさ。魔術自体は青白い魔力の塊を射出するという単純な行程だが、その威力は正しく宝具級であり、一撃でサーヴァントの霊核を粉々に砕く程だ。破壊力に関して言えば魔術師の中で彼の右に出る者は居ないだろう。それに加えて燃費も良い。彼自身は回数制限があるとか言っていたけど、一時間ずっと使用し続けてもまだ魔力量に余裕があるように見えたよ」

 

「なっ、宝具級だと……? そ、そんなものポンポン撃てるようなものなのかね?」

 

「普通ならば不可能な話だ。けどそれを可能とするのがヴィンハイムの魔術な訳。言ってしまえばあれは現存する神代の魔術……いや、それよりも遥か古代の超抜級の神秘なのさ。そして、それを使いこなす彼は例え対魔力スキルを持つ高位のサーヴァントとだって渡り合える。前の私はそう評価していたよ」

 

「ば、馬鹿な……勝てるのかね? そんな規格外の魔術を扱う者に?」

 

「……さあ、どうだろう? けどやりようはいくらでもあるはずさ」

 

 煮え切らない返事をするダヴィンチ。いくら神代の魔術を扱おうと、エルデンはサーヴァントではなく、ただ一人の生身の人間だ。ならばそこを突けばいい。

 

 そうなのだが、彼女は知っている。否、正確には以前の彼女の記憶から把握していた。エルデンがまだ己の実力を隠していることを。

 

「まあ、エルデン・ヴィンハイムに関しては追々対策するとしよう。今はこの状況をどう打破するかを考えなくちゃ」

 

「……ああ。その通りだ。一刻も早く我々はミズ・キリエライトが失った分の戦力を確保しなければならない。つまりは、英霊召喚だ」

 

「ううむ……ただでさえ少ない電力を召喚テストに使いたくはないが、やむを得んか」

 

「ええ。本来ならば現地調達、と行きたいところですが武器を失ったミズ・キリエライトとミズ・藤丸だけで外に出るのは危険過ぎる」

 

 ホームズの提案にゴルドルフは乗り気ではないようだ。マシュの盾が破壊されなければ、この後現地の調査を行い、世界の断末魔によって召喚された汎人類史側のサーヴァントといった者たちを味方に付け、ペーパームーンの奪還、そして空想樹の切除へ動くはずだった。

 

 しかし、現状のままそれを行うのはあまりにも危険が伴う。今のマシュではこの異聞帯に蔓延る巨人種が群れで来た時点で終わりだ。

 

 故に、霊基グラフを用いて英霊召喚を行い、戦力を補うのが最善策だろう。

 

「さて、そういう方針で良いかな? ミズ・藤丸」

 

「……うん。分かった」

 

 立香も頷く。ロシアでのアヴィケブロンのように他のサーヴァントが居てくれるのは非常に心強い。

 

「では、早速召喚に取り掛か__!?」

 

 __その必要は、無い。

 

 無機質な声と主に、突如としてボーダー内が光に包まれる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ◎

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 __殺し損ねた。

 

 虚空から降りし上位者(ナメクジ)。後もう少しだったが、上手く逃げられ、隠れられてしまった。

 

 迂闊、実に迂闊だった。どうやら久々の狩りで、少し腕が鈍っているらしい。事前に聖杯で鍛え直しておくべきだった。

 

 まあいい。あの強姦魔(オドン)のようにずっと身を潜められたら困るが、奴にも目的がある。いつか必ず、その姿を見せる時が来るはずだ。

 

 その時が、貴様の命日だ。くだらぬ生き物よ。

 

 私は寛大だ。慈悲深く倫理的である。

 

 だからこそ、この宇宙(ソラ)に蔓延る貴様らを鏖殺しなかったのだ。我らと同じ時空(セカイ)に存在することを看過してやったのだ。

 

 だが、貴様はそれを無碍にした。

 

 許さぬ。決して許しはしない。貴様は我々の領域に踏み込むだけに飽き足りず、あろうことか惑星(ほし)を漂白し、穢れた種子をばら蒔いた。

 

 度し難い、実に度し難い。

 

 アメンボのように、蜘蛛のように、星の娘のように、乳母のように、青ざめた月のように、

 

 殺す、殺して、殺して、殺し尽くす。

 

 __今度こそ、徹底的に。

 

 まずは奴を誘き寄せる為に、奴の蒔いた種子を、あの大樹を切り落とすとしよう。あれが形成する異界にもまたナメクジ共の同類が居る。ならば、殺そう。一匹足りとも逃すものか。

 

 ◼️◼️◼️ヘ干渉。知識を抽出__英霊の座、サーヴァント、カルデア、藤丸立香……ほう。あの焼却を阻止した者たちか、此度も生き残り、足掻いている訳か。

 

 __素敵だ。やはり人間は素晴らしい。

 

 けれど、存外追い込まれているようだな。丁度仮初の肉体を欲していたところだ。今回は手を貸してやろう。

 

 霊基を生成、エーテルの確保、座への登録、クラスはアーチャーとバーサーカーと……ふむ、サーヴァントとやらは全盛期の状態で喚ばれるのが常、ならばこれでいいか。

 

 魔力の補充、霊脈の代用を確保、召喚儀式の簡略化、カルデアのマスターへの接続、オールクリア……さて、行くか。

 

「……降臨者(フォーリナー)として現界した。問おう、お前が私のマスターか?」

 

 __さあ、久方ぶりの狩りだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ◎

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ロスリック異聞帯のどこか。他の土地と比べて近代的な、夜ばかりが続く魔都があった。

 

 __古都ヤーナム。

 

 かつて、そう呼ばれていたその町は得体の知れぬ者たちの遊び場。狩りに疲れ、血を拒み、夢からの解放を願った愚か者がすべてを忘れ、逃げ出したことによって誕生してしまった、剪定された未来。そこでは今も尚、紅い月の夜が続き、悪夢に囚われていた。

 

「__あら?」

 

 一人の女医が居た。

 

 市街の診療所にて、拘束具を着けられ、手術台の上に乗せられた男を解体していた彼女は不思議そうに天井を見上げる。

 

「この香り……無貌、ではないわね? アレの眷属__にしては香りが強過ぎる。むしろ本人よりも強力だわ……ウフフッ 一体何者なのかしら?」

 

 仄かな月の香り__。

 

 女医の瞳に映るのは天井ではなく、このヤーナム、そしてロスリックを覆う嵐の壁の向こう側。紅い月に潜む魔物よりも強い香りを放つ、未知の存在に対して興味深そうに笑う。

 

 その間、男は意識あるまま解体される激痛に悲鳴をあげ、じたばたともがいていた。 

 

 この町にまともな人間などおらず、その殆どが発狂するか獣と成り果てている。

 

 ならば、この男は? 

 

「~~~! ~~~~!」

 

「……煩いわね。少し黙ってなさい」

 

 その呻き声が気に障ったのか女医は顔をしかめ、男の腹部に太い注射器を突き刺した。中にはどろりと濁った赤黒い液体が入っている。

 

「………………っ!?」

 

「ああ、ごめんなさい。新鮮な患者を診るのは久しぶりだったからつい……大丈夫、急に他の世界に連れて来られて怖いのでしょうけど、私の治験を受ければきっと救われるわ」

 

 そう、彼は他の異聞帯から連れ去られた者たちの一人であり、彼女の“患者”である。

 

 優しげな声で女医はそう囁くが、男は知っている。既に自分と同じように捕らえた人間が何人も彼女の“治験”を受け、物言わぬ亡骸となるか、人ならざる存在となっていることを。

 

「にしても彼も人が悪い……他の異聞帯を含めて人探し、なんて私たち“医療教会”に頼んだからにはどうなるか分かっているくせに……」

 

 脳裏に思い浮かべるのは同盟を結んだ秘匿者(クリプター)と呼ばれる魔術師。世界のバグにより現代に生まれ落ちた“暗い魂”を宿す呪われた不死。

 

『__貴公。赤子を産んだだけで満足なのか? 貴公という人間はその程度の器ではあるまいに』

 

 あの日、あの夜、この場所で、夢見心地な私に彼が言い放った言葉を思い出し、ビクリと身体を震わせる。

 

 そうだ。彼は、新しい道を示してくれた。赤子を抱くという悲願よりもずっと有意義なものを与えてくれた。

 

「ああ。エルデン・ヴィンハイム……私を見つけ、私を知り、私を救った愛しき患者(おもちゃ)……貴方は一体何を視ているのかしらね? きっと、素晴らしいものなのでしょう?」

 

 そう夢想しながら呟く彼女の表情はまるで恋する乙女のようであり、しかし確かに狂気に染まっていた。

 

「メンシス学派の連中はともかく、私は貴方を裏切ったりはしないわ。カドック……だったかしら? 絶対に貴方の大切な友人を見つけ出してあげる」

 

 だから、と女医は切り開いた男の頭蓋へ手を突っ込み、その脳髄を引き抜く。すると男は悲鳴をあげる隙もなくピクピクと痙攣した後、死んだ。

 

「少しだけ約束を破っても、構わないでしょう?」

 

 そう言って女医は世界を跨ぐ。

 

 彼女が行こうと思った場所は二つ。月の香りの漂う北欧、そして興味深い患者(実験体)候補が二匹も居る中華だ。

 

 さて、彼女が向かったのはそのどちらだろうか? 

 

 __どちらにせよ、波乱が巻き起こる。




とりあえずやべーやつをどんどん出しちゃうせいで北欧が地獄に……だが、私は謝らない。

型月における魔法の定義って時間の加速とか遅延はまだ魔術の範疇で巻き戻しとか停止が魔法の領域ってことなのかな? よく分からんぞよ。科学で再現できないのが魔法らしいけど。



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狩人なるもの

いきなりだけどブラボをクトゥルフで当て嵌めると

月の魔物=這いよる混沌

オドン=ノーデンス

ゴース=クトゥルフ

って感じかな? アメンボは落とし子らしいし、アザトースの落とし子? エブタソや乳母とかは何に当てはまるのかな?

正直クトゥルフ神話とかウルトラマンティガで初めて知ったくらい詳しくないからよう分からんのよね……

※それと各話のタイトルを一部変更しました。


 ◎

 

 

「__最悪だ」

 

 抉れた肩を押さえ、千切れかけた足を引き摺りながら必死で通路を進む。

 

「くそっ……何なんだ、あの化け物は……?」

 

 ロシアで見た魔獣が可愛く見える。悪態を付きながらカドックはここが神代よりも遥か太古の世界。火の時代であるということを再認識した。

 

 あの怪物、“不死院のデーモン”を視認した瞬間、彼が取った行動は逃走だった。

 

 しかし、背後の扉は既に閉まっており、それに絶望する隙もなく視界が上下逆さまになって宙を舞った。地面に叩き付けられ、尋常でない痛みによって自分があの怪物の棍棒で殴り飛ばされたのだと理解する。

 

 そして、幸運にも視界に入った壁際に小さな入口があるのを見つけた。

 

 当然、カドックは駆けた。怪物の猛攻を潜り抜け、全速力でのたうち回りながら__。

 

「畜生……」

 

 そうして、カドックは怪物から逃げ切った。しかし、普通ならば動くことすらままならない程の大怪我を負ってしまう。

 

 治癒魔術は既に施したが、気休めにしかならない。あちこちが複雑骨折しているが、一応は五体満足だ。これだけの怪我で済んだのはカドック自身が以前よりも強固な肉体を得ているからだろう。

 

「ソウルとの同化……だったか? ふざけんなよ、マーリン。確かに多少は強くなってるが、これじゃあの化け物には到底敵わないぞ……」

 

 本能でカドックは理解していた。アレは現代や神代の基準で言えばかなり高位の幻想種であるがこの火の時代においては大したことのない生物なのだと。

 

 故に、ここで心折れかけるのは、当然の帰結だった。そもそもの話、カドックはマーリンに言われるがままにロードランを巡礼するつもりなどない。

 

「だけど__僕は生きる。生き延びなければならない」

 

 この不死院に残り続けても朽ち果てるだけだ。ならば先に進むしかない。

 

 それこそが、カドックの今の目的であり、尚も足掻き続ける理由であった。

 

「……ん? あれは、何だ?」

 

 そして、そんな時だった。彼は遂に見つけた。小さな本当に小さな灯りを__。

 

「……篝火?」

 

 そう、それは螺旋状の剣が突き刺さった、遺骨を燃料としてメラメラと燃える“篝火”だった。

 

 まるで誘われ、惹かれるようにカドックはそれへと手を伸ばす__。

 

BONFIRE LIT

 

 __さあ、旅の始まりだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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「__問おう、お前が私のマスターか?」

 

 その場に居た誰もが驚愕し、硬直してしまう。

 

 光が晴れると、そこには漆黒なコートを纏った、異様な風貌の男が立っていた。

 

「……ふむ、即興にしてはなかなか良い出来だ。出力は大幅に低下しているが、これくらいの器ならば充分に使えるだろう」

 

 周囲の様子など気にする素振りすら見せずに男は自分の姿を確かめるように身体を触り、コキコキと首を鳴らす。その目はまるで昔を懐かしむようでもあった。

 

「えっと、その……誰、ですか?」

 

 ハッと我に返った立香が問いかける。

 

「名はとうに忘れた。与えられた真名は“夢の狩人”、或いは“月香の狩人”だが……単に狩人と呼ぶといい。マスター」

 

「あっ、えと、よろしく……狩人、さん……? マスターって私のこと?」

 

 戸惑う立香。当然だろう。彼女は召喚などした覚えがない。しかし、彼はどうやら己をマスターと認識しているようだ。

 

「ああ、その通りだ。人理の守り手よ」

 

「けど私は召喚してないよ?」

 

「そういう手間は省かせてもらった。確かめてみるといい、間違いなくお前がマスターだ」

 

「ちょっと待ってくれ。そんなはずは……何だって!?」

 

 するとモニターを確認したダヴィンチが大声をあげる。

 

「ど、どうしたのかね?」

 

「……信じ難いが、確かに彼は正規に召喚されたカルデアのサーヴァントとして登録されているよ」

 

「何だと……!?」

 

「けど一体どうやって……」

 

「簡単な話だ。ただシステムに干渉し、ただ魔力を肩代わりし、ただパスを繋いだだけに過ぎない」

 

「なっ……そんなことが……」

 

「__可能だ。少なくとも私にはそれだけの力がある」

 

「ほう……それは興味深いな」

 

 淡々と告げる男にホームズが好奇の視線を向ける。

 

「フォーリナー……と、言ったね? それが君のクラスで間違いないかね?」

 

「ああ。そのクラスこそ、今の私には相応しい」

 

 __降臨者(フォーリナー)

 

 それは外宇宙、もしくは別次元より飛来した存在を根ざすサーヴァントクラス。

 

 地球、更に言えばその一円に類する内的宇宙に連なる真理から外れた、異邦から呼び寄せられた存在に、後天的な理由で縁深くなった英霊。“世界観を乱す者”とも形容される。

 

 アビゲイル・ウィリアムズや葛飾北斎、楊貴妃……かつてのカルデアにもそのクラスを持つサーヴァントは何人か存在し、そのどれもが強大な力を有していた。

 

「知らぬ訳ではあるまい? 召喚に際してお前たちの記録も幾つか閲覧した。シャーロック・ホームズ」

 

「! ……成程。既に私のことも把握済みか。しかし、フォーリナーのクラスならば納得だ。この星の領域外の存在。それも私の知る者たちよりもずっとその権能を使いこなしているように見える。システムに干渉し、魔力すらも自前で召喚し、更には感知されずにパスまで繋ぐ。そのような単独顕現紛いな芸当、普通ならば罷り通るはずがない」

 

「そういうことだ。理解が早くて助かる」

 

 男……フォーリナーがホームズを見据える。枯れた羽が特徴的な帽子を深く被っているのに加えてマスクで口元を隠しているためその表情を読み取ることは出来ないが、その瞳はまるで深淵を覗いているかのように光が無く、そして鋭かった。

 

 おおよそ真っ当な英霊ではない。相対してホームズは目の前の男の異常性を充分に理解する。

 

「それで、現界した理由は?」

 

「__目的はただ一つ。“狩り”だ」

 

 さも当然のように、フォーリナーは答える。

 

「狩り……? ふむ、君は自らを“狩人”と名乗っていたね。具体的には何を狩るんだい?」

 

「……主に“獣”、そして忌々しい“上位者”共だ」

 

「上位者、だと?」

 

 フォーリナーの発した単語にホームズは耳をぴくりと動かす。それは確かに聞き覚えがあった。

 

「失礼。その上位者というのは、もしや今回の異変の黒幕……“異星の神”のことかね?」

 

 そう、あのエルデン・ヴィンハイムは異星の神のことをそう呼んでいた。

 

「ご明察だ。あのタコかも虫かも分からぬ気色の悪い汚物を狩り殺す。ついでにその他の(ゴミ)も駆逐する。それこそが、今回の私の使命だ」

 

 淡々としながらもそこには確かに憎悪と憤怒があった。どうやらこの男は“異星の神”に対して並々ならぬ因縁があるようだ。

 

 推測はしていたが、もしや今回の黒幕であるアレもまた外宇宙ないし別次元が来訪した存在なのだろうか? 

 

 少なくとも“抑止力”が働いている時点でそれは違うと否定したいが、ホームズには気になることがあった。しかし、それはフォーリナーの返答次第ではこれからの戦いが最悪の展開となるものだった。

 

「成程……ところで君は先程上位者“共”、と言っていた。つまりそれは“異星の神”単体を指す呼び名ではないようだが……」

 

「ん? ああ、当然だろう」

 

 恐る恐ると問えば、フォーリナーはあっさりとそう返す。まるで何を今更とばかりに。

 

「ッ……それはつまり、異星の神のような存在全般を指す呼び名ということか?」

 

「まあ、そんなところだ。外なる悪夢から来た者、遥か高次元の星界から来た者、単に宇宙から来た者……その分類は実に大雑把だが、共通するのは我らが住まう世界の領域外から出現した人智を越えた存在だということだ。そして、皆等しく狩るべき汚物なのには変わりなく、どこまでも下劣でくだらない生き物だ。穢らわしい虫みたいなものだよ」

 

「__そんなものが、以前にもこの星に?」

 

 かの小説家が生み出した架空の神話。それは天文学的な確率で言い当てた現実だった。それと同じようなことが、まさか地球上で発生していたのではないか。

 

「そうだ。ずっと昔から、な」

 

 そんな突拍子もない仮説。杞憂であってほしいそれをホームズが問い掛ければフォーリナーは意図も簡単に絶望的な真実を突き付ける。

 

 人理漂白などという未曾有の災厄を行えるような存在が、複数居るというのだ。これにはホームズも冷や汗を掻く。

 

「だが、安心したまえ。地上に蔓延っていた連中はもう全員殺した。地下を探せばまだ居るだろうが……まあ、もう目覚めることはない」

 

 そして、フォーリナーは何食わぬ顔でそう言い、その最悪の想定は覆される。

 

「殺した、だと?」

 

 一瞬、怪訝な表情を浮かべるホームズだったが、それが虚言や戯言ではないということを彼の慧眼が訴えていた。

 

「ああ。奴が仲間を呼ばぬ限りは、お前たちの言う異星の神とやらを殺せば、再び“上位者”はこの地球から駆逐される」

 

「……仲間を呼ばれた場合、どうなる?」

 

「無論、皆殺しだ。私が狩ると決めた以上、その結果は絶対に覆らない。絶対にだ」

 

 ドス黒い殺意。神霊と対峙しているような威圧感がホームズたちを襲う。周囲を一瞥すればゴルドルフやカルデアスタッフたちは完全に怖じ気づいていた。一見平静を保っているように見える立香とマシュは流石と言えよう。

 

「……まあ、要するに私とお前たちカルデアは共通する目的を持つ同志という訳だ」

 

「ふむ、そうなるね。だから手を貸そうと思い至ったと?」

 

「ああ。私が“上位者”を狩り、お前たちが人理を救う。こういうのを確かWin-Winな関係と言うのだろう?」

 

 そう言ってフォーリナーは再び立香へ視線を送り、その風貌とは裏腹に綺麗な一礼を行う。対する彼女は話へついて行けず、困惑している様子だった。

 

「マスターよ、名は何と言う?」

 

「……藤丸、立香」

 

「では、フジマル・リツカよ。今この時を以てお前は我が(マスター)であり、私はお前の単なる走狗、正しく従僕(サーヴァント)である。存分に使い、狩らせたまえよ」

 

「う、うん……分かった。よろしく、フォーリナー」

 

 あまり物動じない性格の立香だが、今回ばかりはあまりの異常事態に動揺を隠せずに居た。加えて、どうにもフォーリナーに対して苦手意識を抱いたようだ。数多の英霊と心を通わせてきた彼女としては珍しい。

 

『__貴公こそが、我らの敵に相応しい』

 

 理由は単純なもの。彼のその眼が、あのエルデン・ヴィンハイムのものと酷似していたのだ。

 

 瞳の色やその形は全く違うが、その人ならざる異様な視線は間違いなく、あの時あの瞬間に対峙した彼と瓜二つだった。

 

「……さて、早速だが危機的な状況にあるようだな。私は何を狩ればいい? 何を殺せばいい?」

 

 そして、フォーリナーは命令を求める。

 

 待ち望んだ新戦力。しかし、それは全くイレギュラーであり、信用出来るのかも怪しい正体不明のサーヴァント。不安の色を隠せない一同であるが、後に彼らは思い知ることになる。

 

 ヤーナムの“狩り”というものを__。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ◎

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 __一方その頃。

 

「ほう……カルデアとやらが攻め入るには些か早過ぎるとは思っていたが、あの大砲男はこれまた随分と面白い輩を連れてきたな」

 

 雪の女神が住まう居城にて。無謀にも大砲を担ぐ弓兵と共に真正面から攻め入った輩と対峙した騎士が、愉快そうに笑う。

 

 あの弓兵だけならば自身が出向くまでもなく、戦乙女たちだけで事足りるだろう。しかし、もう一人の新たな侵入者はそうも行かなかったようでセイバーが待ち構える、その部屋にまで到達してしまった。

 

「………………」

 

 薄く笑う翁の仮面が、ただ無言で騎士を見据える。見たところ外傷は無い。どうやら無傷でここまで突破してきたようだ。

 

 一目見た瞬間から、騎士には理解出来ていた。この者は、此度の召喚において出会った誰よりも強者であると__。

 

 故に、一切の油断無く愛用の直剣を構える。

 

「奇妙なソウルをしている……何者だ? 貴公」

 

「__ミラのルカティエルです」

 

 騎士の問いに、仮面の剣士はそう名乗ると胸に手を当て、優雅な一礼をする。

 

 それ即ち、開戦礼。騎士は目を見開く。それは、その姿は、とても、とても懐かしい光景だった。

 

「ク、ククッ……ハハッ……ああ、そうか、ミラのルカティエルか。忘れるまで覚えておこう……生憎とこちらに名乗る名などなくてな」

 

 対する騎士もまた、一礼する。

 

 これから殺し合う者たちが行うにはあまりにも場違いな動作。けれども、きっと、多くの者たちにとっては見慣れた光景であり、常識であった。

 

「__では、殺ろうか」

 

 そして、騎士はすぐにその声質を一変させ、底冷えする幕開けの言葉を告げると共に目にも止まらぬ速さで接近して直剣を振るい、仮面の剣士は円盾でそれを防ぐ。

 

 __ここに、戦いの火蓋が切られた。




挨拶は基本。古事記にもそう書いてある。


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不死の死合

お ま た せ

PV観て「あっ プロトマーリン出るんか」と思ったらキャスター・アルトリアだった。早くもガチャに来たから回すも見事に大爆死。

プロトマーリンはいつ出るんですかね?(ワクワク


 ◎

 

 

 激しい金属音が響き渡る。

 

 幾度も重なり、弾き合う大剣と直剣。甲冑の騎士と仮面の剣士は互角の死闘を演じていた。

 

 彼らが剣を振るう度に聴こえるのは空を切る音ではなく、まるで銃弾が通り過ぎたかのような空気を切り裂く轟音だった。

 

「__ク、ククク。ああ、楽しい、愉しいぞ。なぁ、貴公もそう思うだろう?」

 

「………………」

 

 歓喜する騎士。このような殺し合いは、一体いつ以来だろうか。彼が求め、待ち望んでいた闘争は正しくこの、これだ。

 

 あのサーヴァントという小さき器に押し込まれて尚、英霊としては規格外の神秘(ソウル)を誇る騎士は召喚されてから本気を出したことはただの一度も無かった。彼にとってこの女神の管理する世界は__否、この人類史そのものが、あまりにも小さかったのだ。

 

 しかし、目の前の存在はどうだ。剣を全力で振り切っても何食わぬ顔で同じ膂力で受け止め、弾き、自分と対等に斬り結んでいるではないか。

 

「アンバサ……」

 

 異聞帯というのも存外つまらぬものと思っていたが、思わぬ強敵との巡り合わせに騎士は珍しく神に感謝し、祈りの言葉を口にする。

 

 それは神とは程遠い悪意によってもたらされた獣への祈りであったが、しかし元より神というものは信仰によって成り立つ存在。自然や機械が神と成り得るならばかの獣もきっと、神と云えるのだろう。

 

 だとしたら、とんでもない邪神だが__。

 

「………………」

 

 対する仮面の剣士ミラのルカティエルは何も言わず、両手持ちでその上質な大剣を振るい続ける。

 

 ドイツ剣術を思わせる独特な構え。特異な、けれど無駄のない洗練された動き(モーション)……かなり使い慣れ、使い込まれた得物なのだろう。手数と速度で優るはずの直剣を相手に捌き切れ、あわよくば回り込んで斬り込む余裕もあるのが何よりの証拠だ。

 

(ふむ……パリィは難しいか)

 

 騎士もその剣技に瞠目する。大剣の攻撃全般は盾による受け流し(パリィ)が有効であり、騎士のそれは相手の攻撃を弾き、仰け反った隙に致命の一撃を叩き込むというもの。しかし、ルカティエルに対して迂闊に狙えば読まれてタイミングをずらされ、逆にこちらが致命的な隙を晒してしまうことになる。

 

 かといってこちらが攻撃速度を上げようものなら背負っている円盾によってパリィをされてしまうのは明白。故に、攻め過ぎず、受け過ぎず、正に一進一退の攻防を繰り広げていた。

 

(__しかし、このままでは埒が開かんな) 

 

 いずれは決着が付くだろうが、侵入者の排除という役目の手前、悠長にはしていられなかった。騎士としてはこの久方ぶりの緊張感をより長く味わいたい。けれど、今の彼は主人と契約し、仕える従僕だ。

 

 ならば己の欲望ばかりを優先して契約相手を疎かにすべきではない。それくらいの良識がまだ騎士には残っていた。

 

 故に、騎士は決めに掛かる。鎧を着込んでいるとは思えない程の軽快な前転(ローリング)し、ルカティエルの背後へと回り込む。

 

「____!」

 

 不意を突かれるルカティエル。そして、騎士はそのまま流れるように背後致命(バックスタブ)を決めようとし__失敗した。

 

「__何?」

 

 驚きのあまり一瞬硬直してしまう。回り込まれたと理解した瞬間、ルカティエルは自身の胴体を鋼鉄の亀のような重装兵の鎧へと変えた。その背を貫かんとしていた騎士の剣はただその硬い甲羅を斬り付けるだけだった。

 

 タイミングは完璧だったはず。回避されるでもなく、防がれるのでもなく、ただただ決まらなかった。ならば突然変えたその鎧に何らかの仕掛けがあるのは明白。

 

 だが、致命の一撃を無効化する効果ないし加護のある鎧などというのは騎士の常識には存在せず、故に兜の内の彼の顔は酷く間抜けなものだったろう。

 

 __そして、その僅かな隙は、ルカティエルにとっては充分に過ぎる隙だった。

 

「ぐはっ__!?」

 

 その手に握られるのは大剣ではなく、鋼鉄の(メイス)。振り上げられたそれは騎士の顎にクリーンヒットし、その脳を揺さぶらせる。

 

 更にルカティエルは左手にも、同じ得物を握っていた。

 

「………………」

 

 メイスの二刀流。まるで太鼓を鳴らすかのように眼前の獲物を叩き潰されんとそれらが振り下ろされる。

 

 咄嗟に騎士はその連撃を左手に装備する鉄製のカイトシールドで受け止めた。鍛え上げられた堅牢な盾は物理的な攻撃ならばあらゆるダメージを通しはしない。

 

 ならばそのスタミナを削り切るまで。ルカティエルは止まらず、更に追撃を加えようとメイスを再び振り上げんとする。

 

「____っ!?」

 

 しかし、その前に彼は吹っ飛んだ。

 

「__神の怒り」

 

 白い風が吹き荒れ、触れるもの全てを破壊する。

 

 雪の女神が造り上げた堅牢な柱や壁は容易く砕かれ、瓦礫と化す。その美しい景観は見る影も無くなった。

 

「ふぅ……今のは危うかったぞ」

 

 ムシャリ、と騎士は兜越しから草を食べる。

 

 彼の立つ場所だけが、見事に更地を形成していた。彼を中心に半径数十mもの範囲がまるで災害でも起きたかのような惨状が出来上がっている。

 

 左手に巻き付く獣の触媒(タリスマン)。彼の放つそれはかつてのものから逸脱した破壊力であり、正しく神の怒りと呼ぶに相応しい御業だった。

 

「……これはオフェリアにどやされるな。面倒だが、致し方あるまい」

 

 辺りを見回し、騎士は小さく笑う。あの気丈に振る舞いながらも救いを待望し、恋に夢想する少女が怒鳴る姿が容易に思い浮かべられた。

 

「さて、これで死んでくれると助かるのだが__」

 

 まともに受けたのだ。普通ならば無事なはずはなく、しかし相手は普通ではない。騎士は吹っ飛んだルカティエルの姿を探す。

 

「___!」

 

 その時、熱気と共に何かが収束するような音が、足下からした。騎士は即座に飛び退いて、立っていた位置から離れる。

 

 すると次の瞬間、空間が爆ぜ、炎に包まれた。

 

 驚いている暇もなく、その行動を予測していたとばかりに仮面の剣士が瓦礫の陰から飛び出し、そのメラメラと燃え上がる左掌を振り翳す。

 

 すると掌から正しく小さな太陽とも呼ぶに相応しい巨大な火球が放たれる。

 

「むっ__」

 

 これを身体を僅かに逸らすことで避ける騎士。しかし、火球は彼の背後の瓦礫に着弾すると同時に大爆発を引き起こし、その爆炎が彼を焼く。

 

 ダメージ自体は大したことないが、思わぬ熱さに騎士は怯み、動きを止めてしまう。ルカティエルがそのチャンスを見逃すはずもなく、駆け出していた。

 

 恐るべき速さの踏み込み。騎士は一瞬にして距離を詰められ、大剣が振り下ろされる。並みの英霊ならば容易くその肉と骨を切り裂く一撃。騎士はこれを盾で防いで後退する。

 

「っ……ほう。先程のは初めて視る魔法だ」

 

 すかさず追い討ちに向かって来るルカティエル。騎士は真っ向から直剣でそれを受け止めた。

 

「それに先程の武器を瞬時に取り替えてみせたのは、紛れも無く“ソウルの業”……もしや貴公。俺より後世の__“火の時代”とやらの英霊か?」

 

「………………」

 

 鍔迫り合う二人。その刃と刃が小刻みに震動し、カタカタという音を鳴らす。

 

 両者共に限界まで鍛え、極めた筋力。故に、どちらも一歩も退かず、互いを見据える。

 

「やはり答えぬ、か。ならばそのソウルに訊くまでだ__」

 

 そして、騎士が白いオーラを身に纏えば、その拮抗は一瞬にして崩れ、ルカティエルの剣を容易に押し返す。

 

「………………!」

 

「素晴らしかったぞ、貴公。かつての俺ならば危うかった。だが、今の俺はもはや只人ではない」

 

 完全に力負けし、吹っ飛ばされたルカティエルは即座に受け身を取り、体勢を立て直し__目を見開く。

 

「__星よ、終われ。灰塵に帰せ」

 

 騎士の鎧の隙間から溢れ出るように紅蓮の炎が吹き荒れ、その手の直剣へとまとわり付く。

 

 即ち、属性付加(エンチャント)。しかし、その禍々しく凶悪な火炎は松脂や通常の魔術によるものとは比べ物にならない代物であることは容易に見て取れた。

 

「………………」

 

 ルカティエルは漸く理解する。てっきり彼は対等な戦い(対人戦)をしているものだとばかり思っていた。

 

 けれど、違う。自分が対峙するのは決して同じ枠組みに収まるような存在ではなく、これは所謂格上との戦い(ボス戦)なのだと__。

 

「__災禍なる太陽が如き剣(レーヴァテイン)、と云うらしい。貴公らが信奉するのが“はじまりの火”ならば、これは“終わりの火”とも呼ぶべき、神々をも焼き尽くす業火……味わってみるか?」

 

 そう言って騎士はその炎の剣を軽く振るった。

 

「…………!?」

 

 たったそれだけで太陽にも匹敵し得る灼熱が巻き起こる。それはまるで生きてるかのようにうねり、ルカティエルを呑み込まんと襲い掛かる__。

 

 回避を試みるルカティエルだが、あまりにも広範囲。津波が如き爆炎に逃げ場は無く、摂氏数万度を越える超高温の炎は行く手にあるもの全てを燃やし、焼き尽くす。

 

「……ふむ、威力は一級品だな。流石は星を終らせると豪語するだけはある」

 

 外から見れば、まるで城が火を噴いているかのようだった。灼熱の波によって女神が幾重にも張り巡らした堅牢な結界は一瞬にして砕け散り、城が意図も容易く半壊する。

 

 その被害は先程の神の怒りを遥かに上回る。騎士の前方はもはや面影など微塵も感じさせない焦土と化していた。瓦礫すらもその熱で蒸発し、あるのは燃え残る炎と黒煙のみ。

 

(セイバー! セイバー……ッ!)

 

「ん?」

 

 すると主の声が脳内に響く。

 

(ああ、オフェリアか……どうした?)

 

(どうした、じゃないわ! 一体何があった……いえ、何をしたのっ!?)

 

(侵入者と交戦していた。なかなかの強敵でな……少しばかり本気を出し過ぎたようだ)

 

(ふざけないで……! 今感じた力……スルトの炎でしょう……! 女王陛下に勘付かれたらどうするつもりなの……!) 

 

(ああ、そうか。そういえば秘密にしていたのだったな、忘れていた。すまな__いや、説教は後で聞く)

 

(ちょ、まだ話は__)

 

 念話を強制的に遮断する。どうやら奴だけは、燃えずに残っていたようだ。

 

「……ほう」

 

 煙が晴れると、そこには青白く発光する、鎖が幾重にも巻かれた“岩のような”大盾が佇んでいた。

 

 その裏から、ルカティエルが先程と何ら変わらない姿で現れ、黄緑色の小瓶に入った橙色の液体を一口飲む。

 

「これはこれは……驚いた。まさか防ぎ切るとは」

 

 あの炎を、防いだ。生半可な盾ではその破壊力には到底防げるものではない。それこそあの少女の持つ堅牢な白亜の盾に匹敵する代物でなければ。

 

 ただの炎ではない。神々を、星すらも焼く破壊の炎だというのに。物理的な攻撃と炎を完全に防御する大盾は騎士も持っている。しかし、仮に防げたとしてもその熱で肉体は蒸発するだろう。

 

 だが、ルカティエルは実際に防いで見せ、そして五体満足で立っていた。

 

「ククク__ああ、面白い、面白いぞ」

 

「……そうか」

 

 騎士は、ただ笑う。やはりこの世界には、まだ己の知らぬ驚異と脅威で満ちていると。

 

 すると最初の名乗り以外は無言を貫いていたルカティエルが初めて口を開く。

 

「ほう……やっと喋る気になったか?」

 

「妙なソウルをしているとは思っていたが、どうやら二つ程混じっているようだな。一つは人間、一つは得体の知れぬモノ、もう一つは__」

 

 大盾をしまい、竜を象った聖鈴に持ち替える。バチバチと大剣が雷を帯び、眩い黄色に染まる。

 

 __太陽の光の剣。

 

 確かに太陽の力でありながら雷を纏うそれは、ルカティエルの小さな対抗心だろうか。

 

 目には目を、歯には歯を、炎には炎を。

 

 そして、太陽には太陽を。

 

「__巨人か」

 

 ルカティエルの姿が消える。再び剣と剣が交差し、炎と雷が衝突し合い、先程の神の怒りの比ではない余波が、周囲を襲う。

 

「ッ____」

 

 今度は鍔迫り合いにはならず、攻撃を防がれるや否やルカティエルは即座に位置を変え、次の一撃を加えようと大剣を振るっていく。対する騎士はそれらを捌きながら全身から白き魔力(ソウル)を放出させ、ホバー移動するかの如く超スピードでそれを追いかけ、炎纏う剣を振り下ろさんとする。

 

(ほう__先程よりも速い。本気ではなかったのはお互い様という訳か)

 

 立ち回りも変わっている。こちらが攻撃を仕掛ける時は回避に徹しつつ僅かな、しかし確実な隙を突いて攻撃を繰り出す。完全に格上(ボス)との戦い方だった。

 

 確かな実力差。それを眼前にしても、ルカティエルの闘志は消えることはないようだ。

 

「ああ、良い__ならばこれはどうだ?」

 

 騎士が腕を翳す。その手には小さな木の杖のような触媒が握られていた。

 

「__火の飛沫」

 

 重機関銃の如く連続で放たれる火炎。ただの火ではなく、獣に由来するより純粋な魔力と、おぞましい破壊の炎の混在したそれは飛沫の一つ一つが太陽にも優るとも劣らない灼熱だった。

 

 少しでも掠ればその身が蒸発する。絶え間無く高速で飛来する火炎をルカティエルは冷静に見据え、転げ回るようにして避けていく。

 

「やはりこれも避けるか__」

 

 それは想定内。即座に懐に回り込み、ルカティエルは大剣を振るわんとする。

 

 騎士の予想通りに。故に、彼は準備していた。

 

「この距離なら、避けられまい__炎の嵐」

 

「!!」

 

 火山が噴火するように幾つもの巨大な火柱が、騎士を中心に立ち昇った。

 

 当然、接近していたルカティエルは咄嗟にガードしようにも盾に持ち替えるには間に合わず、そして両手持ちにした大剣程度では受け切れないだろう。

 

 故に、彼は為す術無く炎に呑み込まれ、その身を焼き尽くされる__。

 

「__ふむ、死ぬなこれは」

 

 けれど、だからどうした。

 

 全身火達磨になりながら、ルカティエルは涼しい顔で騎士へと突っ込む。

 

「なっ__」

 

 驚愕する騎士。まさか己の炎を耐え、特攻してくるとは。即座に剣を構えるも、そのほんの僅かな間はルカティエルにとっては充分に過ぎる、決定的な隙だった。

 

 その手に握られるのは、元々は斧か何かだったのであろう、ドロドロに熔けた巨大な鉄塊。あまりにも無骨で、大きさ過ぎる武器とすら言えない代物__しかし、それ故にその圧倒的な重量と質量による破壊力は他に追従を許さない。

 

 ルカティエルは無防備と化した騎士へと振るった。

 

「ッ__ガハッ!?」

 

 一回転。二回転。三回転。遠心力を利用して放ったその豪快なフルスイングは騎士の骨を粉砕し、膝を突かせる。

 

 そして、トドメとばかりにルカティエルは水中へダイブするかのように跳躍し、騎士へ飛び込んで鉄塊を叩き付け、その肉体を甲冑ごと押し潰す。

 

「次は、殺す。必ず、殺す」

 

 吐き捨てるように、決意するように、ルカティエルはそう言い残し、力尽きる。

 

 事前に施していた一度だけ死を免れる奇跡。けれど、僅かな体力を残して耐えることのできるそれは火のような継続的にダメージを与える攻撃に致命的に相性が悪く、延焼で死ぬのは当然の帰結だった。

 

「ぐ、お……今のは、死ぬかと、思ったぞ……」

 

 そして、騎士は生きていた。

 

「次は殺す……か。やはり彼奴も死なずの類いのようだな」

 

 かろうじて動く手を使い、草を口に放り込む。それだけで血塗れだった彼の肉体は元通りになる。

 

 ルカティ__あの仮面の剣士が居た場所に死体は無かった。ならば骨すらも残さず燃え尽きたと考えるのが妥当だが、そこには僅かな灰塵すらも存在していない。まるで最初から居なかったかのように文字通り消失していた。

 

 騎士は知っている。他ならぬ自身が例え死んでも生き返ることが可能なのだから。

 

「となると、些かまずいな……」

 

 騎士は勝利した。しかし、圧勝ではなかった。確かな実力差があったにも関わらず、自身の方が格上だったにも関わらず、食らい付かれ、痛手を負わされた。

 

 あの仮面の剣士は再び挑みに来る。先程の騎士の動きを技を覚え、徹底的に対策して殺しに来る。

 

 それは騎士にも同じことが言えるが、今の騎士は一度でも死ぬ訳にはいかない。

 

「__セイバー!」

 

「ん? 何だ、直接出向いてきたのか」

 

 その呼び掛けに視線を向ければ自身の主が三騎の戦乙女を引き連れて現れる。

 

「念話が切れたと思ったら被害が倍増しているのだけれど……!?」

 

「侵入者が生きていた。だが、もう無事に始末した。安心するといい」

 

「なっ……!」

 

 あっけからんと答える騎士。これに対し、オフェリアは唖然とするしかなかった。

 

 当然だろう。侵入者の排除__その為に守るべき城が半壊しては元も子も無い。しかも女神に隠していた炎の巨人王の力まで使用したのだ。普段気丈に振る舞っている彼女も今回ばかりは相当憤っていた。

 

「だからってこんな……! やり過ぎよ……!」

 

「自覚はある。だが、仕方なかろう。それだけの相手だったのだ……ク、クク。ああ、本当に、強かった」

 

 崩落して空を覗かせる天井を見上げ、静かに笑う騎士。その姿に戦乙女たちは本能的な恐怖を感じ、思わず後退してしまう。

 

 しかし、オフェリアはキッと目を鋭くして彼を睨む。

 

「……それで、相手は何者だったの?」

 

「奇特な翁の面を付けた剣士だ。ミラのルカティエルと名乗っていた」

 

「!? ミラの、ルカティエル……確かなのね?」

 

「ああ。聞き覚えが?」

 

「っ……貴方が知る必要は無いわ。しっかり殺したのでしょうね?」

 

「勿論だとも」

 

 嘘は言っていない。確かに殺しはした。ただ相手が不死だという可能性を、騎士は彼女に伝えない。

 

 その方が、面白いと判断したのだ。

 

「……そう。なら、良いわ。女王陛下への言い訳は考えておいてあげるから下がってちょうだい」

 

「冷たいなぁ……貴公らは、あの大砲男を捕り逃したというのに」

 

「なっ__」

 

 何故それを。とオフェリアが目を見開く。

 

「この城内程度の範囲の探知くらいは容易い。にしても片方を俺に任せてそっちは総出で掛かってこの体たらく。真面目にやってるのか怪しくなるものさ」

 

「………………ッ!」

 

 なじるような煽り。元より騎士に対して苛立ちを覚えていたオフェリアは苦虫を噛み潰したような表情でプルプルと身体を震わせる。

 

「まあいい……今は実に気分が良い。大人しく霊体化しておくとしようじゃあないか」

 

 そう言って騎士の姿が消える。

 

「ハァ……どうしろって言うのよ」

 

 残されたオフェリアはただ溜め息を吐くしかなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ◎

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 __負けた。

 

 広大な雪原をほんのりと照らす“篝火”の前に、仮面の剣士は立っていた。

 

「………………」

 

 壊れた指輪を外し、仮面の剣士は先程の戦いを思い返す。

 

 油断はしていなかった。ただ相手は己が想定を遥かに上回る化け物だった。恐らく彼が出会ったことのある誰よりも、何よりも強く、恐ろしい存在だろう。

 

 その力の一端を目撃し、理解した。アレは英霊の座に登録されている存在でも、サーヴァントとして召喚できる存在でもない。本来召喚されるべきだった英霊の器に割り込み、無理矢理その枠組みに収まっている存在なのだと。挙げ句に同じようなことをしようとし、逆に支配された巨人の末裔まで混在している……何をどうやってそんな理屈が罷り通っているか不思議でしょうがないが、だからこそあのような無茶をやってのけているアレは異常としか言えなかった。

 

「……解せぬな。一体何者だ?」

 

 思わず疑問を口にする。正しく未知の存在。少なくともアレと類似する存在は仮面の剣士の記憶には存在しない。彼よりも古い不死ならばアレの正体を知ることができるのだろうか。

 

 アレは驚くことに“ソウルの業”を扱っていたが、仮面の剣士の知るそれよりも古く、よりはじまりに近いように感じた。

 

 即ち、古い時代。世界はまだ分かたれず、霧に覆われ、灰色の岩と大樹と、朽ちぬ古竜ばかりがあった。或いはそれよりも更に過去か__どちらにせよ、アレが“火の時代”が始まる以前の存在なのは明白だった。

 

 あの神の怒りも、炎の嵐もかの時代に伝わる物と同じようで本質は全く違う。奇跡と呪術と明確に区別されていたそれらとは違い、どちらもその起源を同じとしていた。

 

 巨人でも、竜でもない、初めて感じる力。ならば神か? 否、少なくとも火の時代やその後に生まれた神々とはあまりにもかけ離れている。

 

「__まあ、どうでもいい」

 

 仮面の剣士が今まで闘い、殺してきた存在。それらは己の理解の範囲外な存在ばかりだった。

 

 その由来、その来歴、その種族、そもそも名前すら知らず、後から僅かな事実が判明する者も居たが、未だに何者か解らぬ者も多く居る。

 

 ただ立ち塞がるから。ただ襲い掛かるから。

 

 己を敵と認識し、己が敵と認識する者。それが彼の闘うべき対象であり、殺すべき存在だった。

 

 だからこそ、あの化け物のような騎士は何がなんでも倒さなければならない。例え幾度も死ぬことになっても__。

 

 それに何よりも彼には使命があった。

 

 あの霊長の意思とやらに騙され、長らく召喚されず、忘れ去られ、失われた彼女の名を再び世に知らしめなければならない。

 

「……とりあえずマスターに報告しておくか」

 

 そう呟き、仮面の剣士は雪原を歩き出す。その指に嵌められた指輪の一つがきらびやかに輝いていた。

 

 誓約【英霊の座】__。

 

 彼の、“絶望を焚べる者”の行く先には、果たして何があるというのだろうか。

 

 __それはまだ誰にも分からない。




イ ン フ レ

アラヤ「ワイと契約したらもっとミラのルカティエルの名を広められるで~」

絶焚べマン「ええやん。誓約結ぶわ」

アラヤ「やった戦力ゲットだぜw けど人の時代になってからこいつ知名度無いから喚ばれんわw」

絶焚べマン「もうこの世界で広める必要ないし別世界行くわ」

以上、ミラのルカティエルですさんが鯖になった経緯



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カルデアと花園の少女

パイセンも水着かぁ……増えてる!? 

エルデンくんも海でバカンスしたいけどなぁーなぁー(なお足が宙に浮いた瞬間溺死する模様




 ◎

 

 __不死。

 

 そう呼ばれる存在は多く、それらを打倒する所謂不死殺しの逸話は多くの神話や物語で残っている。

 

 けれど、殺されたという時点で、それは不死ではなく、単に死にづらい生き物に過ぎないのではないか。つまりは人々が不死と誤認していただけの紛い物だということだ。

 

 では、本物の不死とは何か。古い時代、ダークリングを身に宿す不死人は幾度でも死んで甦る、正真正銘のアンデッドだった。

 

 彼らの肉体は不朽であり、その魂は不滅である。

 

 霧に覆われた世界を支配していた朽ちぬ古竜たちは死の概念すら持たぬ生物を超越した正しく不滅に等しい存在だったが、それは彼らが住まう世界そのものが灰色だったからであり、差異がもたらされ、生命という概念が生まれてしまってからは不滅では無かった。

 

 生命ある世界では、古竜もまたその法則に従い、生命を持つ者、即ち生き物になる他無く、そして生命は彼らにとって猛毒であり、多くが生きたまま腐るかまたは貪食なる異形と成り果て、その末裔である飛竜や蛇もまた一個の生命体に過ぎない存在にまで落ちぶれた。

 

 結論から言えば、この世に不死の生命体など存在しない。死の概念を持たぬ者もまた抜け道次第で滅ぼせてしまう。

 

 不死とは何も死なないというだけではない。では、実際に死を迎え、しかし自力で甦ることが可能な不死人はどうか? あれこそ本物の不死と言えるのではないか。

 

 彼らを差別し、迫害する多くの者たちは不死人を無力化する方法を考え、編み出してきた。

 

 牢へ入れ、永久に幽閉する。血を抜き、埋葬する。全身を焼いてしまう。etc……etc……けれども誰もその復活を遅らせることは出来ても阻止することは出来ず、だからこそ人々は彼らを恐れ、より強く迫害した。

 

 が、しかし__そんな不死人にも“死”は存在する。それは肉体的な死ではなく、精神的なもの。即ち、理性無くソウルを貪り喰らうだけの獣、“亡者”と成り果てることだ。

 

 魂の物質化。数多の魔術師が追い求める第三魔法。不死人たちの復活の原理はそれに酷似するが、あまりにも不完全なものであった。

 

 かつて、闇から生まれた幾人かが“はじまりの火”から強大なソウルの力を見出だした。

 

 最初の死者、ニトは差異を生み出したその熱から生命の死を操る力を__。

 

 イザリスの魔女は、世界を照らすその光から嵐の如き炎の魔術を__。

 

 太陽の光の王グウィンは、その純粋なる力から岩のウロコをも穿つ雷を__。

 

 そして、誰も知らぬ小人が見出だした暗い魂。はじまりの火の燃料となる薪そのもの。三柱が見出だした王の魂とは違い、暗闇の中でこそ輝くその力を、彼らは恐れた。

 

 完全なる不死というのは何よりも恐ろしい存在と言えよう。例え脆弱な人間でも無限に鍛え、無限に闘い続けることで無限に強くなり、やがては巨人を、竜を、神すらも殺すことが可能なのだから。

 

 故に、神々は真実を隠し、偽りの名誉を与えた。最初の死者が寿命と死を与えた。その暗い魂が枯れ果てるのをずっと待ち、そして人の不死性は歪められ、呪いとなった。

 

 __それが亡者だ。

 

 死に続け、精神を磨り減らし、自らの記憶を失い、生きる気力さえも無くなっていく。

 

 やがて完全に心折れた時、亡者と化す。ただ本能のままにソウルを求め、そしていつか完全に動かなくなり、物質化した魂と成り果ててしまう。

 

 しかし、逆に言えば心が折れぬ限り完全な亡者にはならず、永遠に生き続ける。

 

 つまりこの先、諦めない心が必要だ。

 

「__ここか」

 

 胸に火の封。椎骨に枷。

 

 神々の施したそれは神々が滅びた後も残り続けた。人々は終ぞその真実に気付くことすら出来ず、遂には何者にも優るその不死性を失い、定命の生き物へと成り下がった。

 

 けれど、変わらぬことがあるとするならば__。

 

「やるしか……やるしか、ないんだ……!」

 

 一人の少年が、高台に立つ。

 

 こちらを見上げる異形の巨漢を前に、少年は恐怖を振り払い、高く跳躍して二階から飛び降りる。

 

「う、うおおおおおおおお……!」

 

 そして、その手に握る鉄の直剣(ロングソード)を異形の頭部へと突き刺した。

 

「◼️◼️◼️◼️◼️◼️◼️__!!」

 

 けたましい悲鳴が、響き渡る。

 

 心折れぬ限り、彼は止まらず、諦めない。例えいくら変わり果てようと、その不屈の精神は失われず、その身に宿す者はいつの時代でも必ず現れるだろう。

 

 あの不死のように__。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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 鮮血が、飛び散る。

 

 今日という日を、北欧異聞帯に住まう巨人種たちは忘れることはないだろう。

 

 突如として行われた大虐殺。数刻も経たぬ内に千を越える同胞たちが殺戮された。

 

 しかも、その犯人はたった一人の、小さきヒトだった。

 

 取るに足らない、単なる食糧に過ぎないと思っていた種族の一個体が、自分たちの天敵だとは誰も思うまい。

 

『こんにちは__ミラのルカティエルです』

 

 その名乗りと共に、殺戮劇は開幕した。

 

 あまりにも最適化された動き。酷薄な笑みを浮かべた翁の仮面で顔を隠した剣士に、反応も出来ぬまま全身を切り刻まれた。

 

 多数で取り囲んでも、掠り傷一つ負わせることは出来ない。まるで殺し慣れているかのように、仮面の剣士は巨人を一匹一匹確実に殺していった。

 

 巨人種たちは戦慄し、思い出した。

 

 長らく忘れていた、狩られる恐怖という感情を__。

 

「匂い立つなぁ……」

 

 そして、今この瞬間。仮面の剣士が女王の城へ向かったことで一時の平穏が訪れたと思い込んでいた巨人、山の巨人と呼ばれるその個体は再び恐怖することになる。

 

 偶然にも見つけた小さきヒトの子。本能のままに山の巨人は群れを成し、共に居た霜の巨人たちと共に無力な獲物を踏み潰さんとし__奴は現れた。

 

 血に塗れた黒ずくめの死神。気が付けば、傍らに居たはずの同胞の姿は無く、ズタズタに切り刻まれていた肉塊だけがあった。

 

「◼️◼️◼️◼️◼️◼️◼️◼️__!!」

 

 半ば恐慌状態になった山の巨人は雄叫びをあげながらその手に持つ巨大な槍を振り下ろす。

 

 しかし、その場所に死神の姿は無く、槍はそのまま地面へと突き刺さる。

 

「____!?」

 

 避けられた。そう認識した次の瞬間には、もう全てが終わっていた。

 

 胴体と泣き別れとなった頭部が宙を舞う。何が起きたのかすら理解出来ぬまま山の巨人は一瞬にして絶命する。

 

「……鈍いな。教会の大男よりはマシな程度か」

 

 つまらなさそうに死神__フォーリナーは呟き、足下に転がってきた巨人の首を踏み潰す。

 

「__凄い」

 

 その光景を遠方から眺めていた立香はただただ圧巻される。

 

 あまりにも熾烈な狩り。ステップを刻むかのような軽い踏み込みで彼は音を置き去りにしてしまう程の超スピードで移動し、相手の攻撃を避け、間合いを詰め、そして獲物を狩り殺す。

 

 何よりも特徴的なのは、その手に待つ仕掛け武器(ギミック・ウェポン)。二つの姿に変形可能なそれは普段はギザギザした刃を並べ、血を削る鋸であり、任意で長柄の鉈にもなる。

 

 この独特な形状ながらオーソドックスとも言える武器を、フォーリナーは見た目そのままに“ノコギリ鉈”と呼んだ。

 

 もう片方の手に握られるのは大口径の短銃。そこから放たれるのは血を触媒に破壊力の増した水銀弾であり、獣の強靭な表皮を傷付ける為のそれは巨人種の肉体にも問題無く通り、内部で炸裂する。

 

「終わったぞ、マスター」

 

「はい……戦闘終了です。周囲数十メール圏内に魔力反応は感知されません」

 

 同行していたマシュ・キリエライトが告げる。その言葉の通りこの辺り一帯に生息していた巨人種たちは彼女とフォーリナーの手によって殲滅されていた。

 

「しかし、凄いですね……目にも止まらぬ速さでした。狩人さん」

 

「別段大したことではない……狩人ならば誰しもが持つ業さ。マシュ嬢も、主武装の無い身でよくやる。その鎧はもう大丈夫なのか?」

 

「問題ありません。外骨骼への負荷については誤差範囲内です。……ダ・ヴィンチちゃんの再調整のお蔭ですね」

 

「……そうか。だが、あまり無理はするなよ。あの程度の存在は、私に任せておくといい」

 

「はい! ありがとうございます!」

 

 騎士に盾を破壊され、副装の剣で戦っていたマシュを心配する素振りを見せるフォーリナー。いつの間にか随分と仲良くなっているようだ。

 

 最初こそ得体の知れぬ物々しい雰囲気を放っていたフォーリナーだが、話してみると存外理性的な人物であった。

 

 ただ戦闘時はまるで人が変わったように冷酷な性格になり、一切の容赦無く敵を屠る……フォーリナーというよりは会話が可能なバーサーカーたちに似ていると立香は思った。

 

「フォウ、フォウフォウ。フォウー」

 

「ん? なんだ、獣」

 

 すると足下でくるくると回りながらフォウが鳴く。

 

 既に知性を失い、しかし再学習し、戻ろうとしている比較の獣……フォーリナーとしては即座に狩り殺したいところだが、一応現在は人類に敵対する気は無い模様なので見逃してやっている存在だ。

 

 だが、いつかは狩る。それが“獣”である限り。

 

「はっ! そうです、狩人さん、先輩。その女の子__」

 

 マシュが視線を向けた先には、山の巨人たちに襲われていた少女が頭を抱え、しゃがみ込んでいた。

 

山の巨人(ベルグリシ)……山の巨人(ベルグリシ)……山の巨人(ベルグリシ)……神さま……神さま……神さま……お願いです、お願いです……」

 

 毛皮を纏った金髪の少女は目を閉じ、ぶるぶると恐怖に身体を震わせながらブツブツと何やら祈るように呟いていた。

 

 どうやら状況に気付いてないようだ。

 

「どうか、巨人にぺしゃんこにされても安らかなまま、皆のところへ行けますように……」

 

(彼女が喋っているのはスウェーデン語? 音声翻訳の護符の力で会話そのものは問題ないですが……)

 

「……訛りがきついな。しかし、地下牢で見たことある光景だ」

 

 教会装備に着替えた方が良いだろうか? そんなことを考えながらフォーリナーは少女へ近付こうとする。

 

「あっ、ちょっと待って狩人」

 

 立香が、行く手を阻む。

 

「……何だ」

 

「その格好だと怖がられちゃうよ?」

 

「………………ああ」

 

 視線を下げ、自分の格好を見てフォーリナーは彼女が言いたいことを理解する。ただでさえ怪しげな黒ずくめだというのにその身には返り血どころか肉片すらも飛び散っていた。

 

 ヤーナムでは、常識は通用しない。

 

「目を開けても大丈夫だよ。巨人はもう近くに居ないからね」

 

 代わりに立香が少女へ呼び掛ける。

 

「はい。あなたの身を脅かすものは存在しません。一先ず安全は確保されています」

 

「……た、助かった、の? 山の巨人(ベルグリシ)はもう居ない?」

 

「ああ。一匹残らず狩った」

 

 ゆっくりと少女が目を開け、そしてきょろきょろと辺りを確認し、本当に恐ろしい巨人が居ないことを知るとぱぁっと顔を輝かせる。

 

「ありがとう、ありがとう、ありがとうっ! あなたたちが助けてくれたのね、すごい、すごいわっ! 誰もぺしゃんこになってないなんてっ!」

 

 満面の笑みで喜ぶ少女。それを見て立香とマシュは助けて良かったと微笑み、そしてフォーリナーは僅かに顔をしかめる。

 

「ええと、あっ、あっ、ごめんなさい。……こほん。初対面の人には挨拶をするのよね。ちゃんと習ったから分かるわ」

 

 咳払いし、気恥ずかしそうに少女は言い、そして命の恩人に対して自らの名を告げる。

 

「__あたし、ゲルダっていうの!」

 

 きっと、彼らはこの出会いを忘れないだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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「あーあ。優雅なお城で気に入っていたというのに……」

 

 ボロボロに崩れた氷雪の城。それを見て防寒具で厚着をした悪女__タマモヴィッチ・コヤンスカヤは溜め息を吐く。

 

 何事かと思いきや無謀にも神の領域へ乗り込んできた二名の侵入者。どうせすぐ排除されるだろうと高みの見物に洒落込めば余波だけで城が半壊し、彼女もまた吹き飛ばされた。無論ノーダメージではあるが。

 

 侵入者の内の一名は見覚えのある仮面の剣士。そう、ロシア異聞帯において暴れ回り、王であるあのイヴァン雷帝すら討ち滅ぼした化け物だ。

 

 そして、オフェリアの騎士(セイバー)。あれも只者ではないとは思っていたが、あそこまで規格外とは。それにバーサーカーではないかと疑うくらいには頭がイカれている。よりにもよって氷の城であんな凶悪な炎を吹っ放すなど……今回の被害の大部分が彼の行った攻撃の巻き添えだった。

 

 楽しいバカンス気分だった彼女のテンションが急激に下がるのは必然のことだろう。

 

「ミラのルカティエル、でしたっけ? まさかロシアだけでなく北欧にも現れるなんて、我々のように嵐の壁を越え、異聞帯を往き来する能力を持っているのでしょうか?」

 

「さあな……少なくとも私のように壁を抉じ開けた訳では無さそうだ」

 

 その隣に立つのは、白い教服の男……エルデン・ヴィンハイムのセイバー__通称“聖剣”。彼の言葉にコヤンスカヤはあからさまに顔をしかめる。

 

「当たり前でしょう。嵐の壁に物理的な力を加えて大穴を開けて異聞帯に入り込むなんて馬鹿げた芸当、そう簡単に出来てたまるかって話ですわ。その点で言えばあなたもあなたで想定外でした」

 

 聖剣を名乗り、自らの得物である無骨な大剣を“師”と呼ぶ気味が悪いサーヴァント__あの得体の知れないエルデン・ヴィンハイムと契約する剣の英霊が、この北欧異聞帯へ来訪しているとは思ってもいなかったコヤンスカヤはその微笑の裏で彼のことを心底警戒していた。

 

 そして、あちらも同じだろう。どうも隠す気はないのか、聖剣は淡々としているように見えて先程から警戒の色をちらつかせている。

 

「別に大したことはしていない。我が師に掛かれば造作も無いことだ」

 

「ご冗談を。その剣、核兵器何個分なんです? それともまさかエルデンさんの異聞帯にはあのような芸当が可能なのがゴロゴロ居るとでも?」

 

「………………」

 

「……えっ? マジで?」

 

「ゴロゴロは、居ない。……はずだ。思い当たるのは数名居るが」

 

「……あらら、そりゃ随分な魔境ですわね。俄然そちらへ赴くのが楽しみになってきました☆」

 

 目を見開きながらも、にやりと笑みを浮かべるコヤンスカヤ。彼女はまだエルデン・ヴィンハイムが管理を担うアフリカ大陸全域に発生した未知の異聞帯には訪れたことがなかった。

 

「……まあ、一部では歓迎はされるだろう。君のような存在はロスリックでも珍しい」

 

 相手によっては顔を合わせただけで殺されるだろうが、と言い掛けるも寸前で飲み込む。

 

 それは彼としても好ましい出来事だった。彼女のような“醜い獣”が己の愚かな好奇によって自業の死を遂げるなど、実にヤーナム的な笑い話だ。

 

「そうですか。……ところで、あのミラのルカティエルとかいう殿方、本当に死んだと思います?」

 

「__どうだろうな。不死なのだろう? あれは」

 

「ええ。あなたのマスターが言うには。例え死んでも篝火を起点に何度でも生き返るのだとか。ああ、実におぞましい生き物ですわ。無限リスポーンとかゲームキャラじゃああるまいし」

 

「同感だ。もし英霊の身でも未だ呪いに囚われているのであれば、あの程度では死なぬだろう。この異聞帯にまだ居るかは不明だが、どこかで復活しているはずだ」

 

「ふうん……そもそも英霊なんですか? あれ。現代まで生き延びているパターンもあるんじゃないでしょうか。だとしたらお手上げですが」

 

「ああ。それは間違いない。どういう理屈で座に登録されたかは知らぬが、彼は英霊__サーヴァントだ」

 

「……その根拠は?」

 

「我が師の導きが、あれは紛れも無く英霊だと告げる。ならば間違いあるまい」

 

「はぁ? 導き、ですか……? その剣には意思があると?」

 

 馬鹿げた話だ。少なくとも彼の剣からは何の力も感じられないし、その見てくれからして決して大層な代物にも見えない。

 

 だが、そんな凡愚な剣で嵐の壁を打ち破るという神造兵器でも困難なこともやってのけたというのもまた事実。故に、コヤンスカヤは聖剣の言葉を戯言とは思わずに耳を傾ける。

 

「愛玩の獣よ、君は光の糸を見たことがあるかね?」

 

「______は?」

 

 突然の問い掛けにコヤンスカヤの表情が固まる。さも当然のように放った言葉の意図もそうだが、その呼び名は彼が知るはずのないものだったからだ。

 

「此度は戯れ。世界は真っ白に消え失せ、異聞帯もいつかは破綻する。すべては“異星の神”が降臨するまでの暇潰し」

 

「!!」

 

 目を見開き、そして理解する。このサーヴァントは知り過ぎるところまで知っているのだと。

 

「全く以てその通りだ。どれもこれも、くだらん茶番劇の一幕でしかない」

 

「っ……一体、何の話を__」

 

「だが、努々忘れぬことだ。私も君たちも、単なる歯車に過ぎず、盤上の駒でしかないということを。でなければいつかきっと、玩ぶのではなく、玩ばれる側になるだろう」

 

 暗い夜のような瞳がこちらを見据える。警告とも忠告とも脅迫とも取れる言葉を受け、コヤンスカヤは顔をしかめる。戯れ言だと切って捨てることは出来なかった。

 

「……そう、身に染みるご忠告どうも。驚きました、色々とご存知なようで……まさかエルデンさんも?」

 

「いや、彼が知るのは君が分離した九尾の一本であるということだけであり、それ故に随分と過小評価している。君よりも言峰という神父とリンボという狂人のことをやたらと警戒しているようだ」

 

「あら、あらあら? 本当ですかぁそれ? 所詮は分身体だと舐められているということでしょうか? それは心外ですわね。ちょっと、ほんのちょびっとだけムカつきました」

 

 “異星の神”すらも警戒している予定外の八人目(イレギュラー)。単純な戦闘力だけならばキリシュタリアをも上回り、英霊にも匹敵する古きヴィンハイムの魔術師。

 

 彼女にとっても興味深い人物だった。何せあの芥ヒナコがえらく気に入っており、その口振りからして彼もまた“人間嫌い”なのだろう。

 

 ならば人間嫌い同士仲良く出来ると思い、声を掛けてみれば初対面でいきなり女狐呼ばわりされた。それだけならばまだしも今回判明した事実は聞き捨てならない。

 

 どうやら彼はコヤンスカヤを単なる九尾(タマモナイン)の一角に過ぎず、取るに足らない有象無象だと認識しているらしい。おまけにあの外道神父以下の評価を下している。果たしてこんな屈辱的なことがあろうか。

 

 これには内心憤慨した様子で頬をひくつかせるコヤンスカヤ。人間風情に見下されているという事実は我慢ならなかった。

 

「……しかし、勉強になった。このような在り方の世界もあるのだな」

 

 すると聖剣が話題を変える。彼の視線は氷と炎に包まれた世界に見える複数の小さな集落を見据えていた。

 

「ん? ええ。実に冷酷で残酷で無駄のない世界でしょう?」

 

「ああ。初めて見たときはこの世界の王は牧場を営む趣味でもあるのかと思ったよ」

 

「ええ。まるで家畜ですものね。100の集落に、約100人の住民。総人口1万人の世界。本来なら絶滅するだけの人数を増やしもせずに延々と幾星霜。人間たちは無意味な幸せと最後にやってくる無慈悲な苦しみに回っている。これではイジメ甲斐がなく、正直私のやる気も萎え萎えでしたが……実際のところコレって“愛多き状況”だったみたいですねぇ。私の趣味とは真逆です」

 

「__正しく愛玩だな」

 

 ぶわり、と青白い粒子が辺り一帯に舞う。それだけで女神の魔力が宿った雪は溶け、その声は遮断される。

 

「ほう? やはり汎人類史の英霊には理解出来ませんか? この世界の仕組みは」

 

「ああ。これを人類史と呼べるか? 世界というよりは箱庭だろう。あまりにも次元が低過ぎる」

 

「まあ酷い。あの女神さまだって必死で世界を維持しているというのに__」

 

「単なる神がただの一匹で身の程知らずにも世界を管理しようとした。その結果が、この有り様だ。殺そうか、愛そうか……だったか? 何ともまあ“上位者”らしい物言いだが、だからこそ、この世界は行き詰まった。他ならぬ神々のせいで我らの人類史は滅びを決定付けられたのだ」

 

 雪の女神は知らない。人間という種族の強さを、その変異性を。脆く儚く弱い生き物だと、彼らには愛が必要なのだと勝手に勘違いしてしまった。

 

 コヤンスカヤはそれを嘲笑う。愚かな神によって人が脆弱な家畜に成り下がってしまったという悲劇を__。

 

「だが、それももうすぐ終わる」

 

「へぇ……その理由は?」

 

「気が付かないか? 滅びの因子は、既に各地に点在している。もはや誰にも止められまい」

 

「………………?」

 

 怪訝な表情を浮かべるコヤンスカヤ。対する聖剣は小さな笑みを浮かべ、目を澄まして己の周りを飛び交う光の小人の声を聴く。

 

 __カルデア。

 

 __夢の狩人。

 

 __消えぬ炎の快男児。

 

 __絶望を焚べる者。

 

 __炎の剣。

 

 __そして、◼️◼️◼️◼️◼️◼️◼️◼️。

 

 物語は着実に進んでいる。故に、終わりが近付くのはまた当然の理。

 

 炎が舞い、悪魔が笑う。雪の女神が長い年月を掛けて築き上げたものは一瞬にして崩れ去り、すべてが台無しになってしまうだろう。

 

 何もかもを失い、星の終わる(とき)を前に、現代の戦乙女は覚悟を決める。

 

 __その時、雷鳴を以て彼は降り立つ。




エルデンくんのアルターエゴたちの評価

麻婆←黒幕っぽい。とりま後ろには気を付けとこ。

コヤン←玉藻じゃん。本体じゃないしまあいけるっしょ。

リンボ←キャスターじゃなかったんか。なんかうざいし底が知れんから気を付けとこ。

村正←あっ敵かぁ。道理で実装されない訳だ。ないとは思うけど主人公補正ありそうだし気を付けとこ。

結論:フワッフワで草


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エルデンと黒い炎

エルデン「久しぶりの出番("⌒∇⌒")」


 ◎

 

 

 __不死院のデーモン。

 

 混沌から這い出た異形たちの生き残りである巨漢のレッサーデーモンは、もはや亡者のみが蔓延る現在も尚、この北の不死院の番を担っていた。

 

 そこに使命感は無く、ただ憎悪と本能のままに視界に入る獲物をその岩の大樹を加工して作った大槌で叩き潰すのみ。

 

「◼️◼️◼️◼️◼️◼️◼️__!!」

 

 その雄叫びは嘆きであり、喜びであった。

 

 長らく現れなかった愚かな脱獄者が自身の狩り場に訪れた。漸く己の怒りを、憎しみを、苦しみをぶつけられる存在の出現に歓喜するのは当然だろう。

 

 一度は逃げられてしまったが、脱獄者は再び舞い戻ってきた。卑劣にも頭上から奇襲を仕掛け、その短小な直剣(ロングソード)を片手にこちらへ向かってくる。

 

 デーモンはその恐ろしい形相を更に歪め、大槌を豪快に振り回す。

 

「くっ……」

 

 その猛攻を掻い潜り、脱獄者__カドック・ゼムルプスは道中にあった死体から剥ぎ取った直剣を振るい、デーモンの分厚い皮膚を傷付ける。

 

 それはあの怪物にとってあまりにも非力な、茨の棘が刺さった程度の痛み。けれどもそれは確実に傷を負わせ、命を着実に削り取っていく。

 

(くそっ……まだ倒れないのか……!?)

 

 かれこれ数時間。高台から飛び降りてからカドックは死に物狂いで戦っていた。

 

 何の変哲も無い量産品と思われる直剣。しかし、流石は“火の時代”の武器__自身の魔術よりもずっと効果的なダメージを与えることができる。

 

 動体視力が向上しているお陰か、デーモンの大振りな攻撃は慣れてしまえば容易に避けられるようになった。それでも一撃でも掠めてしまうと致命傷であり、慎重にならざるを得ない。

 

(本当に効いているのか……? いや、確かに刃は通ってる! 血も出てる! このまま行けばきっと……!)

 

 それは、らしくない行動と言えよう。あれだけ生き延びることに固執していたカドックが無謀にも自身の理解の範疇を越える怪物を相手に真っ向から挑んでいる。

 

 本来ならばもっと機を伺うはずだ。どうにかして戦わずにこの建物から脱け出す方法を考えるはずだ。

 

 では、そんな彼が何故このような行動を取っているのかと言うと__。

 

「◼️◼️◼️◼️__!!」

 

「__なっ!?」

 

 その時、デーモンが飛んだ。

 

 剣が空を切る。その背中に蝙蝠に似た羽が生えているのは知っていた。しかし、それは巨体に反してあまりにも小さく、もはや退化しているとばかりで思っていたカドックはその光景に目を見開く。

 

「◼️◼️◼️◼️◼️◼️◼️__!!」

 

 嘲笑うようにデーモンは咆哮し、獲物目が掛けて急降下する。

 

 その速度は驚いて隙を晒してしまったカドックに避けられるものではなく__。

 

「ぐぁ__」

 

 __プチッ。

 

 そして、断末魔をあげる暇も無く、カドックはその巨体に押し潰された。

 

 デーモンが勝利の雄叫びをあげる。生き延びる為に足掻き続けた者の最期は、あまりにも呆気無いものだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「くっ……次は、次こそは……!」

 

 そして、彼は“篝火”の前で目覚めた。

 

 例え幾度死のうとも、彼はここで目覚め、そして戦い続ける。

 

 心折れる、その時まで__。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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 __フォーリナーは激怒した。

 

 必ず、かの邪智暴虐の神を除かなければならぬと決意した。フォーリナーには政治が分からぬ。フォーリナーは、夢の狩人である。獣を狩り、人形と遊んで暮らして来た。けれども気色悪いナメクジ共の匂いに対しては、人一倍に敏感であった。

 

 フォーリナーは獣狩りであるが、その狩りの対象は様々だ。

 

 穢れた獣。

 

 上位者とその眷属。

 

 血に酔った狩人。

 

 イカれた医療者。

 

 その他大勢のゴミクズ共。

 

 しかし、実際その括りや線引きは無意味なものである。要するに彼が狩るのは、彼にとって“気に食わない”奴ら全般なのだから__。

 

 そして、この異聞帯の王は、そういう意味ではフォーリナーのお眼鏡に叶った。元々狩る予定ではあったが、優先度が上昇した。穢れた獣その1から忌々しい上位者その2へグレートアップしたのだ。

 

 人間を管理し、奴隷どころか家畜と同列の扱いをし、挙げ句に子を産めば、産めなくても若い内に間引きを行う。

 

 何よりも腹立たしいのは、この世界の人間にとってはその扱いが“当たり前のこと”であり、そこに怒りも恐れも無い。誰もそれが不幸や悲劇だとは認識しておらず、選択肢すらないのだ。

 

 ああ、何たる残虐。何たる傲慢。

 

 間違えた人類史? 否、こんなものは人類史ですらない。このような腐り果てた世界は、何がなんでも滅ぼさなければならぬ。存在したという事実でさえ残してはならない。人は神ごときに管理されるような生き物ではないのだ。 

 

 しかし、今はその激情を抑える。

 

 マスターの前だ。自身は今カルデアの尖兵であり、走狗だ。人の未来は人の手で掴み取るもの。もはや己は人ではなく、上位者へ成り下がってしまった。

 

 他ならぬ己が決めた制約。ただ、元凶である上位者(ナメクジ)さえ狩れればいい。ここの上位者擬きを狩るのは、藤丸立香の命令でなければ__。

 

「か、狩人さん……?」

 

「ちょっと、落ち着いて……」

 

 平静を装っているつもりのフォーリナーだったが、周囲からはバレバレだった。その目は血走っており、身体はプルプルと震えている。

 

 ぶちギレているのは明白であり、少女ゲルダはすっかり怯えてしまっていた。彼女から語られた衝撃的な事実に絶句していたカルデア一行もそのフォーリナーの様子に冷静さを取り戻し、慌てて宥めようとする。

 

 結局その怒りは鎮まることはなく、彼は集落の者を怖がらせない為に一晩を霊体化して過ごした。

 

「神無き者よ、死するがい__!?」

 

「__貴様が、死ね」

 

 その次の日、巨人の贄になることを“神の愛”だと宣う御使い__戦乙女(ワルキューレ)の胴体が真っ二つになったのは、ある意味必然だった。

 

「……狩人」

 

「すまん。我慢出来なかった」

 

「__ううん。私も、止めなくちゃって思ってたから」

 

 謝罪するフォーリナーに立香が首を振る。例え自分たちの世界とは根本的な価値観が違うと、この行為が自分たちのエゴだと理解していても、これから起きる残酷な光景を想像すれば阻止するしかなかった。

 

 その言葉に、狩人は笑みを浮かべる。

 

「そ、そんな……御使いが……!」

 

「これではヴァルハラに行けなくなってしまう……!」

 

 崇める御使いの無惨な死に悲鳴が飛び交い、民が混乱する中、マシュが消滅する戦乙女を見下ろすフォーリナーへと駆け寄る。

 

「狩人さん__」

 

「準備をしろ、マシュ嬢。まだ来るぞ」

 

 空から光が射し込み、新たな戦乙女たちが降り立つ。

 

 その数、全部で七体。

 

 恐らく倒す毎に援軍が追加されていくのだろう。神の眷属の割に脆弱な個体とはいえフォーリナーも数の暴力は苦手である。

 

 けれど、同時に見慣れた光景でもあった。

 

「援護を頼む。どこまで湧き続けるか知らんが、とりあえず皆殺しにすれば終わる」

 

「は、はい……! マシュ・キリエライト、戦闘開始します……!」

 

 左手の獣狩りの短銃を巨大な多銃身式の機関銃(ガトリング銃)へと持ち替え、フォーリナーは戦乙女たちを迎え撃つ。

 

 その後も難なく戦乙女たちを殺戮するフォーリナー。だが、戦乙女たちは延々と現れ続け、戦闘は疲弊したマシュの声に応じて炎の快男児が虹の砲撃と共に乱入するまで続いた。

 

 __物語は、着実に進んでいる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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 同時刻、ロスリック異聞帯にて。

 

「__ふむ、カルデアは北欧へ向かったか」

 

 手に持つ短剣(ダガー)を布で磨きながら、エルデン・ヴィンハイムが呟く。セイバーの報告により、現在の北欧異聞帯の状況や情報は一通り把握していた。

 

(けれど、月の香り__か。……よりにもよって、随分とタイミングが悪い。自らを殺した存在が彷徨いてるとなると、流石のセイバーも迂闊には動けなくなる)

 

 一応予期していたことだ。先の人理焼却においては傍観者であったが、今回の異変の黒幕には上位者が関わっている。かの狩人が介入しない理由など存在しない。

 

 それに加え、このロスリックにも狩られることのなかった上位者が蔓延り、悪夢に囚われる異聞のヤーナムが流れ着いている。

 

 故に、彼の降臨自体には驚きはない。だが、北欧に召喚されるとは思っていなかった。

 

(……狩人め、今回ばかりは本格的に介入するつもりという訳か)

 

 汎人類史の狩人は、新たな幼年期を迎えていた。

 

 ヤーナムについての過去の資料や現地を調査したことから察してはいたが、その成れの果てを実際に目の当たりにした際はなかなか衝撃的な思いをしたとエルデンは当時を振り返る。

 

 それは上位者を狩る、上位者。地球外の存在を決して看過せず、排除を試みる第二の抑止力とも云える存在。アラヤとガイアからすればどちらも同じ脅威であることには変わりないが、領域外の生命に対しては干渉出来ないため泣き寝入りしている状態だった。

 

 正しく外宇宙に対する防衛装置。現に彼の手により地上に存在した地球外生物は眠るだけの水晶蜘蛛を除けば、一匹残らず駆逐された。水晶蜘蛛に関しても殺せる手段があれば殺してただろうし、例え殺せなくても無力化する手段はアレにはいくつもあり、そしてアレが存在する限り南米の水晶蜘蛛はもう二度と目覚めることはないだろう。

 

 そんな規格外の存在が何の気紛れか知らないが、カルデアに手を貸している。それは即ち、北欧異聞帯が危機に瀕していることを意味していた。

 

(加えて、オフェリアのセイバー……俺の予想するに、奴の正体は恐らく__)

 

 一体どういう縁でアレが召喚されたのか。極端に言えば膨大な過去を辿れば例えか細くとも古い繋がりがあっても可笑しくはないが、今回は些か古過ぎる。現代においては存在すらも認知されていない“火の時代”よりも古き者。それを知る己ならともかくオフェリアが引き当てる道理など存在しない。

 

 故に、俄には信じ難く、そして事実ならば由々しき事態と言えよう。

 

「……ああ。イレギュラーとは本当に恐ろしい。ただ存在する、それだけで何もかもが狂い、台無しになってしまう」

 

 本来の物語がどんなものか知る理はないが、狩人やアレが関わっている時点でかなり乖離しているのは明白。

 

 もはや北欧の滅びは避けられぬもの。影の国の女王の性質を取り込み、現代まで生き延びたという雪の女神(スカディ)がどれ程の力を有しているかは知らないが、あの二人を打倒できるとは到底思えない。

 

 そこにあった自然は、文明は、生命は、跡形も無く消滅する。剪定され、最初から無かったものとなるのだ。

 

 しかし、その滅びは約束されたもの。ただ元通りになるだけであり、ある意味では予定調和だった。

 

 ロシアも、北欧も、他六つの異聞帯も元より可能性無き世界と剪定された失われた人類史。それを異星の神という上位者が自らの目的の為に掬い上げただけに過ぎない。

 

 これは世界と世界の生存競争。人の未来という身勝手な都合の為に、多くの可能性が潰される__何ともまあ悲劇的で、傲慢な話である。

 

 世界は、ヒトだけのものではないというのに。

 

 __然れど、今は“人の時代”だ。

 

「けれど、もう頃合いだろう。人が歩んだ道のりは、間違いであったと悟らざるを得ない」

 

 故に、エルデンは願う。

 

 この悲劇に終わりを。腐りかけた絵画に火を。

 

 そう、彼の魂は叫び続ける。全身全霊を以て挑まなければならないと。このような有り様を看過してはならないと。すべてを終らせなければならないと。

 

 だというのに__。

 

「……存外甘いな、俺も」

 

 脳裏に過るのは、彼らの顔。

 

 確かな友情を抱いていた仲間たち。一度は踏みにじり、致し方のない犠牲だと見捨てた。そこに後悔も未練も無かった。

 

 けれど、だからこそ、蘇生された彼らと再会した時、抱いたのは途方もない安堵感であり、それは迷いとなり、エルデンの枷となった。

 

 その重さは、カドックの消失で深く理解してしまった。

 

「……ランサー」

 

「__は。ここに」

 

 一言呼び掛ければ、冷たい霧と共にエルデンの傍らに人影が現れる。

 

 それはドレスのような修道服を身に纏い、フードを目深に被った裸足の女性だった。

 

「弦……アーチャーと共に、北欧へ向かえ」

 

「おや。既にセイバーを向かわせていたと聞いていましたが……何か問題でも?」

 

「ああ。少し面倒なことになってな、彼だけでは荷が重い。場合によっては、今頃遊び呆けているであろうアイツを呼び戻して動員しなければならない可能性もある」

 

「……彼を、ですか?」

 

 槍兵(ランサー)と呼ばれた、しかし凍える大鎌を持った彼女は訝しげに首を捻る。

 

「それは……些か過剰戦力ではないでしょうか? 彼が戦えば、それだけで甚大な被害を及ぼしますし、セイバーも居るのならば私とアーチャーだけで十分だと思いますが……」

 

「__ふむ、貴公を殺し、アリアンデル絵画世界に火を灯した“灰”と同格、もしくはそれ以上の存在が二人ほど現れたと言ったら?」

 

「____!!」

 

 エルデンの言葉に、ランサーは目を見開く。

 

 思い出させるのは、とある礼拝堂の地下の光景。黒い炎を纏う己の心臓に刃を突き立て、漸く見つけた居場所を奪い去った忌々しき“火の無い灰”の姿__。

 

「……本当なのですか?」

 

「ああ。特に片方は、生前のセイバーを殺した者だ。純粋な速さなら貴公にも迫るだろう」

 

「成程……確かに、それならば納得出来ます。しかし、そうまでしてわざわざ他の異聞帯に介入するとは。かつての仲間に随分と入れ込んでいますね」

 

「……まあな。貴公としては不満かね?」

 

「いえ、ただ少しばかり意外でした。貴方にもまだ寄る辺があったということに」

 

「……どうだろうな。正直俺にもよく分からん感情だ。けれど、所詮はすべて戯れなのだし、思うがままに動いて構わないだろう」

 

「戯れ__言い得て妙ですね」

 

 相も変わらず無表情の主を見据え、静かに微笑むランサー。その言葉の通り、彼らにとって方法や過程などどうでも良く、望むべき結果へ辿り着くまでの道なりは如何に充実し、満足出来るものにするかという遊戯に過ぎない。

 

「ところで、ユリアとはどうです?」

 

 ふと、ランサーが尋ねる。対するエルデンは不思議そうに首を傾げた。

 

「……どう、とは?」

 

「向こうはかなり貴方に御執心なようですよ。新たな“王”となられることを望んでいると言っていました」

 

「……ならばこう伝えておいてくれ。前にも言ったが、残念ながら暗い穴を穿つ予定は無い。貴公らとはあくまでも同盟関係であると」

 

 __ロンドール黒教会。

 

 老人と亡者の国で創設された世界蛇の遺志を継ぎ、闇の時代の到来を望む勢力だ。

 

 彼らは暗い穴を宿す亡者の王を擁立し、“はじまりの火”を纂奪しようと火の陰った時代で暗躍していた。しかし、それは失敗に終わってしまい、次なる手段を模索しているところである。

 

 エルデンはその指導者、ロンドールのユリアと利害の一致から同盟を結んでいる。尤も、信用はしていないが……。

 

 そして、ランサーはそのロンドール黒教会の創始者の一人であり、同じく創始者にして指導者であるユリアの姉だった。それ故か時折エルデンの知らぬ所で連絡を取り合っているようだ。

 

 別段問題の無いことだ。彼女はとうの昔にロンドール黒教会とは縁を切っているし、今は信頼出来る従僕の一人なのだから。

 

「ふふ、そうですか。私としても貴方は亡者の王で収まる器ではないという考えなので期待通りの返事で喜ばしいです」

 

「……それは買い被り過ぎだろう、貴公」

 

「ですが、気を付けてください。彼女はなかなかしつこいですよ、それこそ蛇のように……では、また北欧で」

 

 そう言ってランサーの姿は霧となって消えた。

 

 誰も居なくなった空間の中でエルデンは溜め息を吐き、空を見上げる。しかし、その瞳に映っていたのは眼帯をした少女の姿だった。

 

「__オフェリア・ファムルソローネ」

 

 思えば、いつも何かに怯えている女だった。

 

 強いように見えて、どうしようもなく弱い。にも関わらず守られることを望んでおらず、助けを求めようともしない。

 

 ただ独りで思い悩み、苦しんでいる。それなりの付き合いであったエルデンだが、未だにその原因が何なのかを知ることは出来ずに居た。

 

 けれど、今の彼女は恋をした。本人はまだ気付いていないようだが、いずれ知ることだろう。自分でなくともペペロンチーノ辺りが教えてくれるはずだ。

 

 そうすれば、きっと変わることができる。キリシュタリア・ヴォーダイムならば彼女を導き、そしていつかは救ってくれるだろう。それは嬉しくもあり、寂しくもあった。

 

「……俺は、貴公のことを理解しようとした。けれど、それは愚かな行為だった。己の心すら理解出来ぬ者が、如何に他者の心を理解出来ようか」

 

 __己は今、何を思っているのだろうか? 

 

 いつの日か、それを理解する日が来ることを彼は心待ちにしている。




修道女のランサー……ダリナンダイッタイ……(特に隠す気はまったく)ないです。



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カルデアと氷雪の女王

狩人の~殺意が~高過ぎる~よ~


 ◎

 

 

 スカンジナビア半島オスロ・フィヨルド北部。

 

 汎人類史においてはオスロと呼ばれた場所に聳え立つ、この北欧で唯一の城に、カルデア一行はやって来た。

 

「綺麗__」

 

 外観こそ以前のナポレオンたちの襲撃で破壊されてしまっていたが、内部は修復を終えているようでその幻想的な空間にマシュが思わず呟く。

 

「い、いえ。城内、ホールらしき広い空間に出ました」

 

「……ふむ、この寒さといい、カインハーストを思い出すな。女王が居るのも同じだ」

 

「へぇ……その女王様は美人なのかい? 狩人の旦那」

 

「顔を隠していたから分からんが、多くの男を誑かしていたらしいし、顔は美しいのではないか? 飾っていた自画像らしき絵画もまあ、美しかった」

 

「おお! そいつは会ってみたいな! 自画像ってのはあまり信用ならないが。大抵が脚色されまくっている。俺みたいにな」

 

「今は三角に潰されてピンク色の肉塊になってるが、それでも構わないか?」

 

「さんかく? にくかい? ……っておい、何だ、死んでるのか」

 

「いや、生きてるぞ」

 

「……はい?」

 

 ここの女王も同じようにしてやるか、と物騒なことを口走るフォーリナー。それに軽口を叩くのは汎人類史側として召喚された大砲を担いだ英霊、ナポレオンである。

 

 彼らは異聞帯の王である女神と接触する為に、この城へと地下通路を使って侵入した。

 

「周辺の魔力反応は……これは!」

 

「どうしたの? マシュ」

 

「周囲一帯に強い魔力反応があります! これはまるで、城そのものが魔力を発しているような……」

 

「__で、あろうな」

 

 冷たい声が、空間に響き渡る。

 

「!!」

 

「是なる氷雪の城は我が魔力を以て編み上げたものであり、言わば、私の(はら)の中におまえたちは立っているのだ」

 

「__貴様が、そうか」

 

 ギョロリ、とフォーリナーの血走った目玉が動き、その姿を見据える。それまで隠していた、刃よりも研ぎ澄まされた殺意の暴風雨を浴びながら、尚も女王は涼しい顔でそこに佇んできた。

 

「如何にも。おぞましき外なる邪神よ、私こそがこの北欧の母である」

 

「__ならば死ね」

 

 パァン、と乾いた音が響く。射出された水銀弾は、真っ直ぐ女王の脳天へと向かい、しかし届くことはなかった。

 

「……些か殺意が高過ぎないか? 無粋だぞ」

 

「はは。先手必勝か! やっぱり頭のネジ外れてるなアンタ! しかし、そちらもお早いお出ましだな! やることなすこといちいち芝居がかった女王様だぜ!」

 

 立香たちもその存在に気付き、視線を向けと、そこに立っていたのは、見覚えのある姿だった。

 

 短い杖を持ち、薄紫のドレスを纏った、影の国の女王と瓜二つの容姿をした女性。心なしか彼女よりも肌のハリが良く、若く見える。

 

「神とは__久遠である。絶対である。古来、ヒトはあらゆるものに神を見出だしたが……我が世界、我が北欧異聞帯においては唯一のものである」

 

「……神?」

 

「そう。森羅万象こそ神であるのならば、私がそうだ。高次の力こそ神であるのならば、私がそうだ」

 

 その声は、同じように見えて、どこか慈しみのようなものさえ感じられて別人のように聴こえた。

 

「汎人類史にあっては神は消え失せ、神霊と成り果てて、おそよヒトはその姿を見ることがないと聞く。斯様な世界で生きて行くのはどうにも苦しかろう? 崇めるものを心の内に抱き、偶像なぞを用いなければならぬとは」

 

「……あ?」

 

「落ち着け。とりあえず最後まで言わせてやりな」

 

 すぐにでもノコギリ鉈を振るいたくてたまらないといった様子のフォーリナーをナポレオンが竦める。

 

 宛ら猛獣を宥めているかのような光景。本来ならばマスターがやるべき行為だが、肝心の立香は視線の先に居る女王の姿に目を見開いており、それどころではない様子だった。

 

 当然だろう。その姿は、彼女の師匠とも言うべき存在のものなのだから__。

 

「……だが、此処には私が居る。頭を垂れて跪くことを許すぞ、ヒトの子ら。スカサハ=スカディが、おまえたちを愛してやろう」

 

「本当に……スカサハ__」

 

「はい……本当に、スカサハさんそっくり__」

 

 マシュもまた驚く。名を聞いた時から察してはいたが、実際に第五特異点から共に闘ってきた存在と瓜二つの人物と対峙した衝撃は凄まじかった。

 

 対する女王__スカディは次の瞬間。その穏やかな表情を一変させ、底冷えする殺気を放つ。

 

「__但し、そこの邪神は例外だがな」

 

「「「____!?」」」

 

 この反応に立香たちだけでなく、ナポレオンも驚き、顔を強張らせる。

 

 唯一フォーリナーだけが、笑う。

 

「おまえは、駄目だ。シャドウ・ボーダーなる鉄の塊の中で召喚された時からずっと視ていたぞ。この星ならざるものよ、ヒトの皮を被ろうとも私の目は誤魔化せぬ」

 

「ふん……先程から聞いていれば戯れ言をペラペラと。穢らわしい上位者擬きめ。今ここで、殺してやる」

 

「そうか。奇遇だな」

 

 片や__終末を乗り越え、三千年もの間、世界を運営し、維持してきた北欧の母なる女神。

 

 片や__悪夢を駆け抜け、新たな幼年期を迎え、地上に蔓延る上位者を狩り尽くした月の狩人。

 

 その殺意と殺意のぶつかり合いはそれだけで空間を揺らし、立香たちは息を呑む。もしも彼女らがこれまで幾度もの修羅場を乗り越えていなければ呼吸すら危うかっただろう。

 

 正に一触即発。誰もその間に割り込めず、身構える。

 

「神として私は二つのものを贈るのみ。即ち__殺そうか、愛そうか。そして、おまえは殺すと決めた」

 

「生憎と俺はとっくの昔に決めている。……マスター、少しばかり本気を出させてもらうぞ」

 

「えっ?」

 

 すると次の瞬間。フォーリナーの姿が消える。

 

「____!」

 

 それとほぼ同時にスカディの眼前に分厚い氷の壁が出現した。何事かと一同が視線を送るとそこには青白い雷光を纏ったノコギリ鉈を振り下ろすも壁に阻まれたフォーリナーが居た。

 

「__存外、速い。単純な高速移動ではないな? 空間を跳躍したのか。恐ろしいな」

 

「チィッ____」

 

 即座に後退し、今度は背後へ回り込むフォーリナー。しかし、既にそこにスカディの姿は無かった。

 

 どこに__。という疑問は抱いた同時に解決する。女王の領域であるこの場においてすぐ隣のサーヴァントの魔力反応すら感知することは至難の業であるが、啓蒙高きフォーリナーには何ら支障は無く、直ぐ様その位置を察知し、頭上を向く。

 

「__神にひれ伏すがいい」

 

 鋭利に尖った巨大な氷塊。それが無数に形成され、豪雨のように降り注ぐ。

 

「狩人さん__!?」

 

 マシュが叫ぶ。たった一発でも膨大な魔力が感じられる大魔術。如何にフォーリナーといえど、ただでは済まないだろう。そもそも立香が確認したステータス上は耐久自体はDランクとかなり低かった。掠めるだけでも致命傷は避けられないはずだ。

 

 けれど、それは命中すれば、という話。フォーリナーは最小限の動きで氷の流星群を避けていく。

 

「ほう……避け切るか」

 

「__死ね」

 

 床に突き刺さった氷塊を踏み台にフォーリナーは高く跳躍し、スカディへと迫る。

 

 するとスカディの目の前に先程と同じように氷の盾が瞬時に形成される。恐るべき反応速度__どうやら外敵からの攻撃に反応し、自動的に防御しているようだ。

 

 しかし、狩人は止まらない。防がれるのであれば__その盾ごと粉砕するのみ。

 

「____ッ!?」

 

 氷が、爆ぜる。

 

 フォーリナーが持つのはノコギリ鉈ではなく、裏側に引き金の付いた巨大な金槌。炎を纏うそれは、原初のルーンで作り出した堅牢な氷を容易く溶かし、砕かれた破片が熱気と共にスカディを襲う。

 

「熱っ……何だ、それは」

 

 堪らず後退するスカディ。寸前で回避したためダメージ自体は軽度の火傷で済んだが、彼女はその奇怪な得物に瞠目する。

 

 __爆発金槌。

 

 古い狩人の用いた仕掛け武器。工房の異端“火薬庫”の手になるもの。

 

 小炉付きの巨大な金槌であり、撃鉄を起こした後の一撃は火を巻き、着弾時に激しい爆発を起こす。

 

 獣を叩き潰し、焼き尽くす。その端的な攻撃性は、獣を憎む狩人たちに好まれたという。

 

「チッ__届かなかったか」

 

 一方、フォーリナーは氷こそ砕いたものの獲物を仕留め損ねたことに激しく舌打ちし、自らの肩に叩き付けるように金槌の引き金を押す。

 

 ガキィン! という甲高い音と共に金槌は着火し、熱を帯びる。

 

「ああ、恐ろしいな。斯様な器でありながら、ここまでの力を持つとは。やはりワルキューレたちを差し向けなくて良かった。あれらでは簡単に殺されてしまうだろう」

 

「面倒な氷だな……トゥメルの秘術でも学んでおけば良かったか」

 

 本体ならいざ知らず、サーヴァントの身である今の己にとっては想像以上に強敵であるとフォーリナーは判断する。

 

(__面妖な。神霊でもない、紛れも無き本物……わざわざ英霊の殻を被っているのもそうだが、何故このような存在が成り立っている? 今の状態でこれ程の力を有するならば、“中身”が這い出たらどうなることやら__)

 

 一方、スカディにとってもフォーリナーの強さは予想を上回るものであり、内心冷や汗を掻く。

 

 そもそも神霊と英霊ではそれだけで圧倒的な格差が存在する。しかもスカディは現代まで生きた、生身の神。その権能を行使すれば立香もマシュもナポレオンも指一本動かせない脱け殻のような状態にして無力化させることも可能なのだ。

 

 止めて、凍らせ、滅ぼす。一度殺すと決めたのならばすぐに殺すのが彼女の信条。しかし、どういう訳か目の前の存在にはそれが通用せず、より強力な術式を編もうとするには空間を跳ね回るフォーリナーの攻撃速度はあまりにも速過ぎる。

 

 スカディが得意とし、使い慣れた雪や氷のルーンでなければ攻撃も防御も間に合わないだろう。

 

「マシュ! ナポレオン! 狩人の援護を!」

 

 あまりにも速く、激しい攻防に魅入ってしまう立香だったが、ハッと我に返り、そう指示を出す。

 

「はい……!」

 

「おうよ!」

 

 それを受け、マシュとナポレオンはフォーリナーの元へ行こうとするが__。

 

「__スルーズ。捕らえよ」

 

「__は。命令の入力を確認しました」

 

 光と共に降臨した金髪の戦乙女が行く手を阻む。

 

「…………!」

 

「おっと、原型の姉妹(オリジナル)のお出ましか! ワルキューレ・スルーズ! 大神オーディンの娘、神代から生きる半神! この前は世話になったな!」

 

「ナポレオンさんの言う通り今までの量産個体とは比べ物にならない気迫です……!」

 

「では、殺害せずに無力化を試みます。白鳥礼装起動後、光槍の戦闘機能解放を開始します__神の僕の力を知るがいい、汎人類史」

 

 戦乙女・統率個体が一騎__スルーズは槍を構え、またマシュたちもそれを迎え撃たんとする。

 

 それを横目で一瞥したフォーリナー。援護は期待出来ないことを知るも差して気にしていない様子であり、再び金槌を構えて駆け出す。

 

「シィィ____!!」

 

「ッ__まるで獣だな」

 

 それに対し、スカディは床を足で小突いた。それだけで鋭利な氷が波のように発生し、フォーリナーを呑み込まんとするが、横へ薙ぎ払らわれた火を噴く金槌はそれらを打ち砕く。

 

 フォーリナーの歩みは止まらず、眼前にまで迫るとその頭を叩き潰そうと金槌を振り下ろす。

 

「しかし、まだ氷の獣の方が可愛げがある」

 

「____ッ!!」

 

 __が、それよりも先に氷の刃がフォーリナーの胸部を貫いた。スカディの杖を起点に出現したものである。

 

「油断したな、邪神。これで終いに__」

 

「__否、まだ終われぬ」

 

「ッ!? な、に__!?」

 

 金槌が、着火する。

 

 未だに闘志絶えず血走った瞳でこちらを睨むフォーリナーに驚愕するスカディ。心臓を貫かれ、そこから瞬時に肉体を凍結していっているはず。にも関わらずフォーリナーの身体機能に影響は無く、彼は獰猛な笑みを浮かべる。

 

「しまっ__」

 

「__今度こそ、死ね」

 

 力を溜め、熱された金槌が振り下ろされる。この距離では防御は間に合わず、例え間に合っても打ち砕かれ、その余波だけでも致命傷は避けられない。

 

 スカディは死を覚悟した__。

 

「__女王陛下!」

 

 しかし、それは横から振るわれたナニカによってフォーリナーが吹っ飛ばされたことにより、回避される。

 

「かはっ__!?」

 

 宙を舞い、壁に叩き付けられるフォーリナー。視線を向ければ、そこには恐ろしく巨大な粗鉄の鎚を持つ騎士が立っていた。

 

「クク__酷い有り様だな、雪の女神」

 

「……騎士か。すまぬ、助かった」

 

 騎士の登場にスカディは素直に感謝する。一方、立香とマシュはスルーズと戦闘中にも関わらず彼へと視線を送ってしまう。

 

 再び相対する覚悟はあったが、よりにもよって最悪なタイミングでそれは現れた。

 

「この熱い寒気は……!」

 

「……カルデアのヒト共か。存外早く来たな、それに随分と強力な助っ人を連れて来たじゃあないか」

 

「何の用です? 得体の知れぬ騎士。命令遂行の邪魔をしようというのですか?」

 

「クク。相変わらず冷たいなぁ……貴公らの大切な女王様を助けてやったというのに」

 

「ッ…………」

 

 愉しそうに笑う騎士。対してスルーズは無表情ながら不機嫌そうな雰囲気を漂わせる。

 

「どうするオフェリア? 殺すなら殺すが」

 

「……黙ってなさい、セイバー」

 

 そして、その主である彼女も当然この場に現れる。右目を眼帯で覆った女性__見覚えのあるその姿を視認した瞬間、マシュが目を見開き、動きを止めた。

 

「オフェリア、さん___」

 

「……女王、スルーズを下がらせていただけますか。私は彼女と幾つか言葉を交わしたい」

 

 オフェリアもまたマシュを見て一瞬頬を緩めるも直ぐ様キリッとした表情でスカディに彼女との会話を請う。

 

「許す。……と、言いたいところだが、まずはあの邪神めを殺してからだ」

 

「…………!」

 

 しかし、スカディのその言葉を聞くと目を見開き、先程吹っ飛ばしたフォーリナーへと視線を向ける。てっきりあの不意を突いた一撃で息の根を止めたとばかり思っていたが、フラフラと立ち上がる血塗れのソレを目撃して驚愕した。

 

「狩人さん……!」

 

「なっ……有り得ない、まだ生きてるなんて……!?」

 

 フォーリナーは懐中から一本の輸血液を取り出し、自らの太股へ乱暴に突き刺す。

 

 すると不思議なことが起きる。先程まで夥しい血を流していた胸の大穴は一瞬にして塞がり、騎士の大鎚によって砕かれた骨も瞬く間に修復された。

 

「セイバー!」

 

「無論、全力で殴ったぞ? 単純に相手が思ってたよりしぶとかっただけだ。いやはやブラムドの一撃を受けて耐えるとは、恐ろしいな」

 

 あれだけの傷を負いながらたった一本の輸血液を注入するだけで無傷の状態にまで回復したフォーリナーに、オフェリアと騎士だけでなく、立香たちも驚きを隠せない。

 

「………………」

 

 一方、フォーリナーは茫然と立ち尽くしていた。その目は大きく開き、騎士の姿を捉えている。先程まで戦っていたスカディはもはや眼中に無い様子だ。

 

「ん? 何か様子が変だ」

 

 どうしたのだろうか。騎士は首を傾げた。

 

「__獣だ」

 

 ただぽつりと、フォーリナーは呟く。

 

 そして、その表情を憤怒に染まったものへと豹変させ、床を蹴って跳躍する。

 

「◼️◼️◼️◼️◼️◼️◼️____!!」

 

「おおっ__」 

 

 狂戦士が如き雄叫びをあげ、金槌を叩き付ける。騎士がこれを寸前でバックステップすることでこれを避ければ金槌は床に触れると同時に大爆発を引き起こす。

 

「ッ__随分と面妖な武器を使う」

 

「逃がすか__!」

 

 爆炎の中からチリリリと金属と金属が噛み合い、火花が飛び散らせながら高速で回転するナニカが飛び出す。

 

 それは巨大な円盤状の刃が無数に重なった“回転ノコギリ”であり、フォーリナーはそれを軽々と振り上げ、対象をズタズタにする為に押し当てんとする。

 

「おっと__」

 

 高速回転する鋸刃。安易に盾受けすればスタミナをごっそり持ってかれてしまうと判断し、騎士はローリングすることでこれを回避し、距離を取ろうとするもフォーリナーは逃がすまいとそれを追う。

 

 空間を跳躍する古い狩人の加速の業。対する騎士はジェット噴射が如き魔力(ソウル)の放出で対応しているが、純粋な速度ではフォーリナーの方が上手に見えた。

 

「__速いな」

 

 ヒュン、と刃が頬を掠める。

 

 いつの間にか再び武器を持ち替えたようだ。その手に握られるのは先程までの重厚な武器とは打って変わり、軽く振りの速い長柄の曲刀__共通するのは獣に対する殺意のみ。

 

「ソウルの業ではないな? しかし、全く無関係とは言い難い……ああ、実に興味深いぞ、貴公」

 

「__黙れ。獣が、喋るな」

 

 ガシャン! と刃が折り畳まれ、内側に隠された刃が露になる。リーチこそ短くなったが、振りはより速くなり、その恐ろしく速い踏み込みで一瞬にして騎士の眼前まで詰め寄った。

 

「!!」

 

 咄嗟に左手の暗銀の盾でガードしようとする騎士。しかし、それよりも速くフォーリナーは懐へ回り込んで刃を振り上げた。

 

「ぐっ……痛いな、血が出たじゃあないか」

 

 一筋の傷と共に血が噴水のように噴き出す。しかし、騎士は気にも留めていない様子で笑い、すかさず連撃を繰り出そうとするフォーリナーへ大鎚を振り下ろす。

 

 当然フォーリナーはそれを回避して再び斬り掛かるが、騎士は大鎚から一瞬にして持ち替えた大剣でそれを受け止めた。

 

「あの剣は……!」

 

 自分との戦闘の際に使用していた魔剣。あの時よりも遥かに禍々しい魔力を発するそれにマシュは顔を強張らせる。

 

 先程のフォーリナーとの目で追えぬ別次元の攻防で深く理解した。あの時、察してはいたが騎士は微塵も実力を出していなかったことを。

 

「セイバー!」

 

 一方、オフェリアは何やら焦った様子で叫ぶ。騎士が出血したのを見た瞬間。まるで彼が倒されるのを恐れるかのように。

 

 そして、彼女は眼帯を外し、赤い右目を露にする。

 

「__事象・照準固定(シュフェンアウフ)私は、それが輝くさまを(lch will es niemals glǎnze)__!?」

 

 セイバーを援護する為にフォーリナーに対して自身の魔眼を使用するが、それは途中で中断された。

 

「……え?」

 

 サーヴァントすら射抜く宝石級の魔眼。しかし、それが捉えたのはまるでフォーリナーを遮るかのように漂い、蠢く“触手のようなナニカ”だった。

 

 おぞましい程の寒気。オフェリアは思わず目を逸らす。理解不能な光景を目の当たりにし、戸惑いを隠せなかった。

 

「__貴様。視たな?」

 

 そして、フォーリナーが気付く。傲慢にも己の可能性を視ようとするだけでなく、干渉しようとした愚か者が居ることに。

 

 彼は先程まで騎士に対して行っていた追撃をピタリと止め、オフェリアへと走り出す。

 

「む、オフェリア……!」

 

「狩人さん! 待ってください!」

 

「おい! そいつは俺の__」

 

 騎士、マシュ、ナポレオンがそれを制止しようとするが、間に合わない。

 

 フォーリナーはただ一歩踏み込むだけで離れていたオフェリアの眼前まで迫る。

 

「あっ……」

 

 オフェリアが反応出来た時には既に、フォーリナーの曲刀が振り下ろされていた。

 

 __鮮血が、飛び散る。




ナポレオン「求婚できてないんやが」


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剣と狩人の夢

プロトマーリン! プロトマーリン! プロトマーリン!

ヒャッハー! まさかのアーケード実装! これは始めるしかねぇ! 本家への実装も待ってるぜ!


 ◎

 

 

 鮮血が、飛び散る。

 

「____ッ!?」

 

 その場に居た誰もが驚愕した。振り下ろされた曲刀はオフェリアには届かず、フォーリナーの腕ごと宙を舞ったのだから。

 

「随分と見境無しだな、狩人よ」

 

 腕を斬り飛ばしたのは、一本の長剣。それを持つのは巨大な金属製の鞘を背負う白い厚着の男。フードを目深に被ったその格好にフォーリナーは見覚えがあった。

 

「貴様__教会の狩人か?」

 

 教会の白。医療教会の黒い予防の狩人たちの上位であり、実験に裏打ちされた、血の医療と獣の病の専門家。しかし、確かにその衣装とは類似しているものの形状はむしろローゲリウスの処刑隊の装いに近い。

 

 そして、得物は、“ルドウイークの聖剣”。

 

 教会の最初の狩人、ルドウイークが用いたことで知られ、銀の剣は、仕掛けにより重い鞘を伴い、大剣となる

 

 特に医療教会の狩人が用いるその仕掛け武器を振るっており、背に聖布を垂れ下げるその姿からして悪名高き医療教会の関係者であることは明白。

 

「__だったら?」

 

「__殺す」

 

 故に、そんな存在が己の狩りを邪魔するだけでなく、腕を切断したという事実はフォーリナーの逆鱗に触れた。彼の場合、その全身が逆鱗とも言えようが。

 

 一瞬、断面から無数の青ざめた触手が生えたかと思えば、それが犇めき、血肉となって即座に欠損したはずの腕が再構築される。

 

「ほう__やはりマスターの言う通り。三本の三本目を拝領し、成り果てているか」

 

「ッ__何者だ?」

 

 今一度振り下ろされる獣狩りの曲刀。男はそれを後方へ退くことで回避する。その速度はフォーリナーと同等であり、そして彼と同じく空間を跳躍していた。

 

 加速の業。遺骨を使わずにそれを行ったということは、古い狩人の一人だということ。それに加え、あの騎士よりは薄いが鼻に付く獣臭さ……これだけの要素がありながらフォーリナーはその正体を把握出来ず、啓蒙することも出来ない。

 

「この反応……ふむ、どうやら白痴の秘匿は月の上位者にも機能しているようだな。元より君への対策だし、当然か」

 

「……何を言っている?」

 

「君は私の名を知れない。それは我々にとって実に好ましいということだ」

 

 そう言って男は剣を鞘へしまう。すると刀身と鞘が結合とする重い音が響き、それは片刃の大剣へと変形した。

 

「同盟者よ。無事か?」

 

「__えっ あっ」

 

「さっき視たものは忘れた方がいい。君にとって知る必要のないことであり、知るべきことでもない」

 

「っ……わ、分かった。ありがとう、“聖剣”」

 

 先程から完全に放心状態だったオフェリアはその呼びかけでやっと我に返り、その場から離れる。

 

「聖剣、だと……まさか貴様は___」

 

「__さて、最後の狩人よ。私の“狩り”を見せてやりたいところだが、どうやら彼女も我慢の限界らしい」

 

「ッ!!」

 

 聖剣と呼ばれた男。その異名を持つ者に心当たりがあったフォーリナーは目を見開くが、名を口にするよりも先に背後から伝わる冷気に飛び退く。

 

「__邪神め。随分と暴れてくれたな」

 

 氷雪の女王がその顔を怒りに歪ませ、睨み付ける。

 

「貴様……ッ」

 

「おまえが他に目移りしてくれたお蔭で余裕が出来たぞ。既にカルデアの者は無力化した」

 

 その言葉にスルーズと戦闘していたはずのマシュたちへ目を向ければ立香も含めて皆その動きを停止していた。

 

 それは雪の女神スカディの力によるもの。もはや彼らは意識はあるものの指一本すら動かせない脱け殻のような状態だった。

 

「マスター……ッ!」

 

「ほう……久方ぶりに怒ったか、女王」

 

 騎士もまた、フォーリナーの前に立ち塞がる。氷雪の女王が激情に駆られている姿を見るのは初めてであり、意外そうだった。

 

「助かったぞ、聖剣とやら。危うくマスターを殺されてしまうところだった」

 

「ならば少しは心配する素振りを見せたまえ。もはや存在せぬ人間性を演じているようだが、実に見え透いているぞ?」

 

「はて、何のことやら。にしても貴公……あの黒ずくめのことを知っているような口振りだな?」

 

「ああ。同郷の者だ。まさかカルデアが喚び寄せるとは思わなかったがな」

 

「クク。道理で……」

 

 自身のマスターが殺されかけたにも関わらず騎士は愉快そうに笑い、聖剣の横に並び立つ。

 

 フォーリナーの顔が歪む。

 

「ああ……穢れた獣、イカれた医療者、気色悪いナメクジ……どいつもこいつも、堪らぬ血で誘う」

 

 スカディ、スルーズ、騎士、聖剣。オフェリアも含めれば五対一であり、その内聖剣は未知数だが、神であるスカディと獣の騎士の力は自身と互角かそれ以上という圧倒的に不利な状況にも関わらずフォーリナーは構わず殺意を振り撒く。

 

「__だが、認めよう。此度は私の敗北だ」

 

 故に、誰も気付くことが出来なかった。

 

 目の前の怒り狂う猛獣が、怨敵と対峙しながら分の悪さを理解し、迷わず“逃走”を選択する冷静さを持つことに。

 

「!?」

 

 __消えた。

 

 今までのように空間を跳躍したのでもない。確かに視界に捉えていたフォーリナーも、カルデアのマスターたちも、忽然とその姿を消していた。

 

「…………! 対象の反応を消失、観測出来ません……!」

 

「っ、どこへ__」

 

 これにはスルーズも目を見開き、攻撃に備えていたスカディは呆気に取られ、その表情を硬直させるも即座に周囲を捜索する。

 

「馬鹿なっ____!?」

 

 しかし、彼らの存在を感知出来ない。雪を媒介する己の視野はこの北欧異聞帯全域に渡るというのに、ただの一人も見つけることが出来なかった。

 

 一体何が起こったというのか。

 

「これは……ああ、成程。夢へと逃げたか」

 

 皆が困惑する中、聖剣だけが理解し、納得する。

 

「__夢、だと?」

 

「偉大なる上位者の領域。魔術師で言うところの固有結界のようなものだと思ってくれて構わない。この世界から隔離された空間であるが故に、例え神であっても通常認識することは不可能だ」

 

「つまりこの世ならざる異界へ逃げ込んだということか? 外様の剣士よ、よもやおまえは奴が斯様な芸当を可能なことを知っていたのではあるまいな?」

 

「いや、“灯り”すら媒介せず、あの一瞬で離れた場所に居る連中も含めて転移することが可能だとは知らず、思いもしなかった。“狩人の夢”の主……もはや彼の力は私の想像の範囲外だ」

 

「……そうか」

 

 まんまと逃げられた。

 

 その事実に顔をしかめるスカディ。てっきりあの邪神としか言い様が無い得体の知れぬナニカは最後まで抵抗するとばかり思っていた。

 

 しかし、結果は敵前逃亡__あの殺意はカモフラージュだったのか。否、あれは間違いなく本物の殺意と憤怒だったはず。ただ彼女は見誤っていたのだ。

 

 無意識に自分たち神々と同一視してしまっていた。しかし、あの邪神に譲れぬ誇り(プライド)など存在していない。あったとしても例えどんなに屈辱を味わうことになろうが、躊躇無くかなぐり捨てることも厭わないのだろう。

 

 そして、確信する。奴が戻ってくることを。

 

「クク。してやられたな、女王。無駄にこちらの手の内を晒しただけに終わった」

 

 そんな彼女とは対照的に騎士の声は弾んでいた。

 

 ミラのルカティエルを名乗る仮面の剣士、そしてあの黒ずくめの得体の知れぬナニカ__自身を楽しめてくれる存在が連続して現れたのだ。喜ばずにはいられない。

 

「__ッ。ああ……本当に、思いもしなかったよ。私とおまえは傷を負い、外様の剣士が居なければオフェリアも殺されていたかもしれない。これ程の屈辱を味わうことになるとは」

 

 勝ち逃げ、とまでは言わないかもしれないが、フォーリナーは場を荒らすだけ荒らして、捕らえるはずだったカルデアの者たちと共に逃げ帰ってしまった。結局のところ彼らは何の損害を受けていない。

 

 まるで最初から居なかったように。しかし、スカディの負った小さな火傷とオフェリアに与えられた恐怖心がそれが確かに存在したことを証明している。

 

 __彼女にとってこのような屈辱的な思いをしたのは、これで二度目だった。

 

「……奴は、必ず舞い戻る。この我が北欧(せかい)に再び足を踏み入れた時、次こそは殺してみせる」

 

 故に、この雪辱は果たさなければならない。

 

 一度目は諦めたが、二度目もということなど、あってはならないのだ。

 

(……しかし、“聖剣”というのは少しばかり安直過ぎたか?)

 

 一方、聖剣は彼女が決意しているのを他所にそんなことを考えていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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 世界が、変わる。

 

「……ここは?」

 

 先程まで幻想的な氷の城内だったはずのそこは星輪のような白い花が咲き誇る草原へと様変わりしていた。墓石や磔台のようなものが幾つもあり、奥には見上げる程の大樹が生えている。

 

 そして、空を見上げれば__。

 

(__青ざめた血の空?)

 

 頭に浮かんだその言葉に、立香自身が困惑すると同時に視界に映る景色にどうしようもない違和感を覚える。

 

 美しく、けれど妖しい夜空。曇っているせいか星々は見えないが、スーパームーンもかくやという巨大な満月だけがくっきりと浮かんでいた。

 

「マスター……あの空、おかしいです」

 

「うん……けどそれが何なのか……」

 

 そして、それは傍らに立つ後輩も同じであったようだ。しかし、立香はその違和感の理由が分からず、首を捻る。

 

「分かりませんか? __月です。あの月、“雲より前に浮かんで”います」

 

 聡明なマシュは違和感の原因を答える。その指摘を受け、漸く立香も気付き、本当だと驚愕した。

 

 そもそも曇り空にも関わらず月がくっきりと見えていることが可笑しく、有り得ぬ光景だったのだ。それはつまり月が雲より近いということ。

 

「おいおい……何なんだここは? 北欧じゃねぇな。太陽は近かったが、月は普通だったぞ」

 

「はい。理解し難く、不気味な光景です。この花畑の外側に何本も連なる柱といい、まるでここだけ空間から切り離されているようで……」

 

「__実際、その通りだ。マシュ嬢」

 

 同じくここに転移していたナポレオンもまた疑問を口にし、マシュもそれに同意する。

 

 するとそれに答える者が居た。

 

「狩人……!」

 

 立香がその姿を真っ先に認識し、名を呼ぶ。大樹の麓に、先程まで怒り狂っていたのが嘘のように、落ち着いた様子で彼__フォーリナーは立っていた。

 

「__ようこそ、“狩人の夢”へ」

 

「狩人の……夢……?」

 

「元々は狩人の隠れ家だった。血によって、狩人の武器と、肉体を変質させる……狩人の業の工房だ。そして今は我が領域、我が世界、我が存在そのものとも言える、正しく夢に等しき小さな世界。この(サーヴァント)の基準で言えば、宝具と呼ぶべきもの……固有結界は分かるな? あれに近しいものと思ってくれていい」

 

 淡々と語るフォーリナー。かろうじてこの場所は彼の宝具によるものであり、固有結界とは似て非なる異空間ということであると理解する立香だが、その頭上には疑問符が幾つもの浮かんでいる。

 

「名はそうだな……かつて、この地に迷い込んだ夢見人の男の呼称を使うとしようか。__即ち、幻夢鏡。宝具『狩人の夢(ドリームランド)』とでも呼んでおこう」

 

「ドリーム……って、あれ?」

 

 近寄ろうと歩き出す立香。しかし、足を前へ出し、地面を踏み込んだ瞬間バランスを崩して膝を突く。

 

「__先輩っ!?」

 

 マシュが慌てて駆け寄り、その背中を擦る。突然襲われた脱力感と疲労感に立香は戸惑いを隠せず、立ち上がろうとすることも出来ない。

 

「……どうやら灯りを介さずに夢へ転移するのは、サーヴァントの身では無茶が過ぎるか」

 

 急激な魔力消費。フォーリナーは先の戦闘の際、現在の己が出せる全力を以て氷雪の女王とあの獣の騎士を殺さんとした。加えて、一瞬にして異界へ転移する宝具の発動、それは多くの英霊と契約してきた立香でも負担が大きかった。

 

 それに対し、フォーリナーは深々と頭を下げる。

 

「すまない、マスター。奴らを狩り損ねた挙げ句、みすみす敗走する羽目になった」

 

「っ……ううん。狩人が居なかったら、何にも出来なかった」

 

 謝罪の言葉に対し、立香は首を横へ振った。これにナポレオンもまた同意する。

 

「悔しいが、その通りだ。あの女王様といい騎士といい想像以上にその力は絶大だった。ったく……まさか一瞬で俺たちを指一本動かせない脱け殻にしちまうとはな。というか狩人の旦那よ、当初の予定じゃあわざと囚われの身になるまでが作戦だったよな? にしても、まさかお前さんに殺意を向けてくるとはぁ思いもしなかったぜ。何者なんだ、アンタ?」

 

 そう、潜入前にナポレオンは神として強大な力を保有する氷雪の女王スカサハ=スカディは、まともにやり合うべきではない相手だとし、彼女に捕らえられることまで考慮していた。

 

 かの女神は慈愛の塊だ。人も英霊も本気で我が子と思い、愛している。敵は殺すと言っているもののこの北欧に彼女の敵と成り得る者は存在していない。

 

 __そう思われていた。

 

「言っただろう、狩人だ。ただ獣を狩り、そして忌々しい上位者を狩る」

 

「狩人、ねぇ……あの女王、アンタのこと邪神って呼んでたよな? もしや神霊だったりすんのか?」

 

「……ふん。“今”は人だ。だが、曲がりなりにも神。私の身に宿る“青ざめた血”を感じ取ったようだ。奴らにとってヤーナムの上位者共は、正しく邪神の類いなのだろう」

 

 異世界から舞い降りた偉大なる上位者(グレート・ワン)たち。その中でも高位の存在であり、狩人の夢を支配していた“青ざめた月”。人を玩具としか見ておらず、駒として利用するあの無貌の異形を神とするなら、邪神と呼ぶしかなく、それを殺し、血を啜り、更なる存在へと至った狩人はあの女神にとっては余程おぞましい存在に見えているのだろう。

 

 フォーリナーからすれば全て似たようなものに過ぎず、狩りの対象でしかないが……。

 

「ふうん……よく分からんが、旦那って思ってた以上にヤバそうだな。何せあの女王だけじゃなく、あのルカティエルの旦那を倒した騎士相手にも互角に立ち回るなんて、一体どこの大英雄なんだ?」

 

「……だから、ただの狩人だ」

 

 フォーリナーの正体に探るが、どこか物々しい雰囲気に一先ずその疑念をしまい込むナポレオン。そんな彼の発言に聞き捨てならない名前が出てきた。

 

「__あの、ナポレオンさん。今、ルカティエルと言いませんでしたか?」

 

「ん? ああ、そういや教えていなかったな。実は俺以外にも汎人類史から喚ばれたサーヴァントが居たんだ。ミラのルカティエルっていうんだが、こいつが篦棒に強くてな……」

 

「! そ、そのミラのルカティエルってもしかして翁の仮面を着けてた?」

 

「おう! その通りだ! 何だ、知ってんのか?」

 

「は、はい! ミラのルカティエルさんにはロシアでお世話になりました!」

 

「何っ、本当かっ!? じゃああのイヴァン雷帝がでかい象なのは本当の話だったのかっ!? てっきりルカティエルの旦那のジョークだとばかり……」

 

「……誰だ?」

 

 お互いに驚く立香たちとナポレオン。一方、フォーリナーは知らない名前に首を傾げる。

 

「あ、えと。ロシアの時に助けてくれたサーヴァントなんだ」

 

「……ふむ、そいつが北欧にも?」

 

「はい。ナポレオンさんの話だと……」

 

「おう! お前たちと会う前にな! だが、生憎と前の城への侵入の際に騎士と戦ってやられちまった……」

 

「そうだったんですか……」

 

 あの巨大な魔獣、イヴァン雷帝を打倒して見せた強力なサーヴァント……それがこの北欧異聞帯でも召喚されていることに驚き、希望を見るも既に倒されてしまっていることを知って残念そうにする二人。

 

「ああ。俺はオフェリアとワルキューレを相手にするので精一杯だった……情けない話だ」

 

「……まあ、既に死んだ者の話をしていても仕方があるまい」

 

 閑話休題。フォーリナーはその朧気な瞳で立香を見据え、淡々とした口調で語りかける。

 

「さて、此度の戦いで分かったと皆思うが、我らはあまりにも戦力が不足している。非常に不服であるが、お前たちと私ではあの上位者擬きと獣の騎士、それにあの聖剣の狩人を殺し尽くすことは出来そうにない……数百回くらい死ねれば分からぬが」

 

 実際フォーリナー以外は彼が挙げた面子を相手にすれば戦いにすらならなかったに違いない。自分たちはフォーリナーの眼中に無いワルキューレ・スルーズに苦戦する体たらくなのだから。

 

 それは純粋にフォーリナーが強過ぎるだけであるが、敵もまたそれに匹敵しており、頭数が多いのだ。はっきり言って今のままでは勝利するのは不可能だろう。

 

 ペーパームーンのみを奪取しようにも、それを持っている騎士を相手にしなければならず、それはつまりオフェリアも同時に相手にするということ。一筋縄では行かぬはずだ。

 

「__故に、新たな戦力を得る」

 

「だな……しかしよぉ、粗方探し回ったが、他に汎人類史のサーヴァントは見つかっていないぜ?」

 

「いや、居たぞ」

 

「何?」

 

「あの上位者擬き。随分と地下深くにサーヴァントを隔離していた。奴と同じ神特有の匂いがしたが、捕らえられているのだから、そういうことなのだろう」

 

 するとフォーリナーは衝撃の事実を告げる。

 

「本当? なら、助けないと__」

 

「そう言うと思って、こっちに連れてきた」

 

「__えっ?」

 

 そう言ってフォーリナーが視線を向けた先には、雪のような白い髪をした少女が立っていた。

 

「__驚いたわ。私までも夢の中に引き込むなんて、随分と強大な神性なのね」

 

 アイヌ風の民族衣裳を身に纏った雪肌の少女は月明かりに照らされながら不敵に微笑む。

 

 その顔は、いつしか共に闘った魔法少女によく似ていたが、その雰囲気はかなり違っていた。

 

「ご機嫌よう……カルデアの方々、そして月の香りがする御方。私に何かご用かしら?」

 

「__手を貸せ、混じり物の小娘」

 

「ふうん……率直ね。もしも断ったら?」

 

「無論、殺すが」

 

 一瞬にして向けられた殺気。後ろで見ていた立香たちも凍り付くようなソレを一身に受けながら少女は涼しい顔をしている。

 

「あら、怖い。脅しじゃなくて本気ね。そんなに神のことが嫌いなの? 貴方も同類なのに」

 

「ああ。心底嫌いだとも。シトナイ、ロウヒ、フレイヤ、そして聖杯の娘、イリヤスフィール・フォン・アインツベルンよ」

 

「…………! ふふ。そういうこと。すべて見透かしているという訳ね。けど今の私のことは、シトナイって呼んでちょうだい」

 

 少しだけ目を見開くも少女はシトナイと名乗り、再び微笑を浮かべる。

 

(シトナイ__加えてロウヒにフレイヤ……! 狩人さんの口振りからして複数の神霊が融合した疑似サーヴァントでしょうか? ですが、何故狩人さんは彼女の真名を?)

 

 フォーリナーが少女の真名を言い当てたことに対して疑問を持つマシュ。前に彼は真名看破を持つ裁定者(ルーラー)のクラスではないにも関わらずどうやったのだろうか。

 

「__良いわ。協力してあげましょう。ずっと地下牢に閉じ込められてて退屈していたところだし、貴方たちには私の力が必要でしょう?」

 

 そう言ってシトナイは立香の方へ近付き、手を差し出す。

 

 新たなサーヴァントとの接触。敗走したばかりではあるが、反撃の時は意外と近そうだ。

 

 __そして、その時が終わりの始まりである。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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 __まずい。

 

 白い衣服の上にボロボロのローブを纏った男は、北欧の大地に立ちながら舌打ちする。

 

 あまりにも理不尽。あまりにも不条理。とうの昔に忘れ去られた災厄が、今になって動き出し、降臨しようとしていた。

 

 阻止しなくてはならない。故に、“カルデアの者”はこの状況を打開するべく策を考える。

 

「ほう……これはこれは。随分と面白い奴が居るわね」

 

 ____! 

 

 バッと背後を振り向く。いつの間にかそこに存在していた白い少女はクスクスと笑い、カルデアの者を興味深そうに見据えている。前髪で隠れているためその視線を伺い知ることは出来ないが……。

 

「__何者だ?」

 

 気付くことが出来なかった。カルデアの者は顔をしかめ、警戒心と威圧感を露にしながら白い少女へと問う。

 

「名を尋ねるならばまずはそちらから名乗れ。__常識でしょう? ねぇ、同胞さん?」

 

 対する白い少女は笑みを崩さない。

 

「しかし、ああ、本当に……良い、良いな、あの男の言う通り久しぶりに外に出てみるというのも存外愉しいものね。この世界という実験場は、まだまだ我が知識欲を十全に満たしてくれる」

 

「……気味が悪いな。“異星の神”の手先か?」

 

「ぶー、不正解だ。あのくだらない生き物はある意味では同志かもしれないが、残念ながら仲間でも協力者でもないわ」

 

 女性的な喋り方をしているかと思えば途中で中性的な口調も見せ、そしてその仕草には子供っぽさが伺える。

 

 それは実に歪で不気味。言葉を発すること事態に慣れていないようにも見えた。

 

「……では、他の異聞帯の勢力か?」

 

「然り。勢力といっても、私は誰の配下という訳でもなく、ただ個人として動いているがね」

 

「……それで、私に何の用だ?」

 

 排除するつもりではないようだ。白い少女の態度ならそれは察せられ、故にカルデアの者は尋ねる。

 

 どちらにせよ、戦闘は避けなければならない。目の前に立つこの人ならざる少女は明らかに格上の存在。今の己では勝てる見込みはゼロに等しいのだから。

 

「君を見つけたのはただの偶然よ。懐かしい獣の匂いに誘われ、暇潰しに訪れた低レベルな世界。そこでまさか君のような成れの果てが居るとは、思いもしなかった。いやぁ実に驚いたわよ」

 

「……そうか。用が無いのなら、さっさと失せろ。アレのことを知っているのならば分かるだろう。今はお前の相手をしているような場合ではない」

 

「獣のこと? なら、安心したまえ。まだ目覚めるには早過ぎる。単なる杞憂に終わるし、殺し方は分かっている。それよりも目先の問題は“第八の獣”のことよ」

 

「……何?」

 

 聞き覚えのない、しかし聞き捨てならない言葉にカルデアの者が眉をひそめる。

 

 白い少女はそんな彼に手を差し伸べる。

 

「__知りたいかね? ならば君もまた我が同志だ」

 

 口角を吊り上げたその表情は、どこまでも純粋で、どこまでも邪悪だった。




あと二、三話くらいで北欧終わるかな?

狩人の夢の読みドリーム・ランドにしたけど水着アビーの宝具の名前もドリームランズなんだよなぁ……まさかの被り。やっちまったぜ☆


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炎の剣

ワルキューレで一番好きなのはオルトリンデちゃんです^ ^


 ◎

 

 

 __人の本質は、“渇望”である。

 

 まだ時計塔に居た頃、きっかけは忘れたが、彼がそんなことを言っていたのを覚えていた。

 

 人間は生まれながらに何かを渇望し、追い求め、しかし手に入れても満たされず、また欲する。

 

 かつて、神の子が持ち去ったそれや人類悪の獣が司るそれが人が背負いし“原罪”だと言うのならば渇望とは罪ではなく、正しく人の本質であり、“人間性”そのものと言えよう。

 

 だからこそ、人は解り合えない。争い、奪い合う。そんな血で綴られた歴史を幾度も繰り返す。そして、その結末はどれも悲劇的なものばかりだ。

 

 度し難い生き物だと、彼は笑う。あの時は、その意味をよく分からなかったけれど、今なら分かる。

 

 __私もきっと、何かを渇望している。

 

 だけど、それだけ。私は求めていながら、手を伸ばせない。ずっと、ずっと弱いまま。助けてなんて言わないのに、助けてくれるのを待っているだなんて、本当に馬鹿な女だ。

 

 もし私に少しでも勇気があれば、この想いを伝えたら、彼は私の手を握ってくれたのだろうか? 

 

「怖いか? オフェリア」

 

 悪魔(セイバー)は、そんな私を見て嗤う。

 

 脳裏に過るのは、あの狩人と呼ばれていた黒ずくめのサーヴァント。私の胸の中には彼への恐怖心が確かに刻み込まれており、思い出すだけで身震いしてしまう。

 

 __遷延の魔眼。未来視の一種であらゆるものの可能性を視て、一度視た可能性をピン留めする……要するに都合の悪い事象の発生を先伸ばしにすることが出来る私の持つ、宝石級の能力__その力は英霊にすら有効だ。

 

 しかし、あのサーヴァントの可能性を視ようとしたとき、おぞましいものを視た。何か、蠢く触手のようなものが視界を遮り、魔眼も効果を発しなかったのだ。

 

 可能性が遠過ぎて届かない、なんてことは何回かあったけど、こんな異様なことは今まで一度も無く、だから恐ろしくて堪らなかった。

 

 エルデンのセイバーが助けてくれなければ、きっと私は今頃……想像するだけで顔が青くなっているのが自分でも分かる。

 

 ああ、何もかもが、思い通りに行かない。

 

 久しぶりに会ったマシュは、見違えるほど強くなっていた。話すことは出来なかったけど、きっとあの頃には無かった人間性を身に宿している。

 

 あの藤丸立香という少女も、何の力も持たないはずなのに私なんかよりも、ずっと強かった。エルデンの言う通り、彼女は紛れも無く人理を救った英雄なのだと再認識させられる。

 

 カドックもきっと、こんな気持ちだったのね。自分たちの方が長く一緒に居たのに、彼は言葉を交わしたこともないはずの彼女を初めから評価し、認めている節があった。

 

 妬ましい。本当に、妬ましい。マシュの心だけではなく、エルデンまで惹き付けるなんて……。

 

 何で、何で、そんなにみんな強いの? 私には分からない。分かるはずがない。

 

「クク。奴ら、どこで知ったか“炎の館”へと向かい、封じていた汎人類の戦乙女を解き放ったようだぞ? あの小娘三人が騒いでいた」

 

 いつになく、悪辣に満ちた口振りだった。彼はこの状況を明らかに楽しんでいた。

 

 ……あの笑みは偽物だ。口調も、仕草も、性格も、感情すらも彼が取り込んだ炎の巨人王を真似ているだけの紛い物。本当の彼がどんな人格なのか__私は、知りたくない。

 

 第六架空要素。人の願いに取り憑き、その願いを歪んだ方法で成熟せんとする、正しく人智無能の存在__以前はスルトをそう誤認したけれど、まさか本当にそんな存在に目を付けられるなんて思わなかった。

 

 もっと早く気付いていれば。いや、彼を召喚し、視てしまった時点でもう、手遅れだったのかもしれない。

 

「あの小娘も盾を修復していた。どうする? もはや戦乙女共ではいくら束になろうとも止められぬぞ? オフェリア」

 

 うるさい。それなら、貴方が行けば__。

 

「良いのか? 奴らは既に、俺を殺すだけの力を獲ているぞ? 俺が死ねば困るのは貴公だろうに」

 

 ____。

 

 それは嘲りだった。そして漸く気付いた。己が、致命的な勘違いをしてしまっていたことに。

 

 北欧の大英雄を喰らい、炎の巨人王すらも乗っ取った存在。普通ならば何よりも危険視しなければならないそれを看過し、曲がりなりにも自らの騎士と錯覚し、信頼してしまう。

 

 そんな過ち、普段の私が犯すはずがないのに。

 

 ああ。私は最初から__。

 

「遂に戦乙女が二騎、スルーズとヒルドが斃された。当然の結末だ、彼らはもうすぐこの城へやって来るだろう。楽しみだなぁ、オフェリア?」

 

 うるさい。うるさい。うるさい。

 

 戦乙女の統率個体が二騎も討たれた。けれど、分かり切っていた話だ。あの狩人に加えて、ブリュンヒルデまで仲間に引き込まれたのだから。

 

 ああ、また、来てしまうのね。マシュ、貴女は。駄目よ、駄目。来ないで、来ないで、来ないで。

 

 このままじゃ殺されてしまう。貴女じゃ彼は倒せない。いや、倒したら駄目なのだ__。

 

 全部、何もかも台無しになってしまう。

 

 やめて。

 

 お願い。

 

 __逃げて。

 

「クク……ここ最近はずっと愉しいことばかりだ。この退屈極まる異聞帯も、終わりが近いのかもしれない」

 

 悪魔が、囁く。

 

 背筋が寒くなる。呪詛が身体を蝕み、私から正常な思考が奪われていくのを実感する。……いや、違う。そう気付いた時点でもう手遅れだったんだ。

 

 最初からずっと、彼を召喚した時から呪詛は私の身体に纏わり付き、知らず知らずの内に浸食していた。

 

 ああ。私は、どうしたら__。

 

「貴公にとってそう、日曜日の訪れが近い。……だろう? オフェリア」

 

 ____!? 

 

 日曜日が、また来るというの……? 

 

「ああ、本当に愉快だ。貴公が、俺のマスターで本当に良かった。お蔭で充分に楽しめたぞ……しかし、そろそろ潮時だ」

 

 嫌、嫌、嫌。

 

 どれだけ祈っても日曜日はやってきてしまう。また私を閉じ込めるの。

 

 なんで、どうして。誰か、誰か。

 

 ごめんなさい、エルデン、誰か助けて__。

 

「__さらばだ、オフェリア・ファムルソローネ」

 

 私の意識は、闇に沈み込んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ◎

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「__シグルド?」

 

 氷の城、再びカルデアが侵攻し、混沌とした戦場と化したその場所にて。狂える戦乙女__ブリュンヒルデは、眼前に立つ騎士に瞠目しながらそう呟く。

 

 その姿は自身が愛した男とは似ても似つかない。しかし、この魂は紛れも無く__。

 

「……ほう。俺からシグルドの気配を感じ取ったか」

 

 対する騎士は、感心した様子で笑う。

 

 それを見て理解した。姿こそ違えど、自身が愛した男が、そこに居ると。そして、彼の霊基を変質させ、乗っ取っているのが今喋っている存在なのだと。

 

「ふむ、殺意が愛とな? これまた難儀な魂をしている」

 

「__ッ! 貴方は__お前は、誰だ……! そこで、何をしている……!?」

 

 ブリュンヒルデが叫ぶ。

 

 同時に彼女の手に持つ魔銀の大槍が巨大化する。愛した男を、その肉体に入り込んだ存在を貫く為に__。

 

「クク……どれ。身体を好きに使わせてくれた礼だ。その愛、受け止めてやろう」

 

「__死がふたりを分断つまで(ブリュンヒルデ・ロマンシア)!」

 

「__来い」

 

 騎士はただ笑い、避けようともせずに両手を広げる。突然の行動に戦況を見ていた立香は疑問を抱く。

 

「ッ!? 止せ__」

 

 少し離れた場所でマシュたちと戦闘していた聖剣は、その行動に気付くなり直ぐ様止めようとするが、もう遅い。

 

 __大盾と見間違う程の巨刃は、騎士を切り裂いた。

 

 炎が、燃え上がる。

 

「 クク 」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 __漸く、漸くだ。

 

 __やっとこの忌々しい肉体から脱け出せる。窮屈な大神の牢獄からも解き放たれる。

 

『ああ。存分に暴れるがいい。巨人よ』

 

 __気に食わんな。貴様にとっては、すべて娯楽という訳か。

 

 __召喚に割り込んだのも、騎士を演じたのも、命令に従っていたのも、俺の炎を使ってみせたのも、カルデアとかいう連中を生かしたのも、そして俺のオフェリアを呪ったのも。

 

 __実に腹立たしい。反吐が出る。

 

『勿論。貴公を解き放つのも、その方が面白くなると判断したまでのこと』

 

 __ふん……精々楽しんでおくがいい。俺のモノに手を出した罪は、いずれ支払ってもらう。

 

 __星の次は、貴様を灼き尽くす。

 

『そうか。それは楽しみだ。貴公という存在は存外俺を楽しませてくれる。ちっぽけなヒトの女に惹かれた破壊の巨人。破壊しか知らぬが故に、なにも返せぬ憐れな男よ』

 

 __黙れ。

 

 __貴様に分かるものか。ヒトも、巨人も、神も、世界も、すべて等しく餌としか見ていない貴様に。

 

 __生命を玩び、その魂を貪り喰らうことしか能がない貴様などに、俺の心を理解出来る訳が、されていいはずがない。

 

 __これは、俺だけの心だ。俺だけのモノなんだ。誰にもくれてやるものか。

 

『フッ 随分と酷い言い様だな。では、お言葉に甘えて貴公の演目を見物するとしようか』

 

 __ああ、そこで見ていろ。

 

 __悪魔を殺す者(デーモンスレイヤー)よ。

 

 __今こそ、終末の続きを。

 

 __あの女の為に。

 

 

「 さあ、果たそう! 約定を! 」

 

 

 __安心しろ。

 

 __おまえは、俺が守る。今度こそ。

 

 __俺はおまえの剣なのだから。おまえは俺のモノなのだから。

 

 __それが、俺が返してやれる、唯一の__。

 

 

「 見せてやるぞ、オフェリア。おまえに。俺の__星の終わり(炎の剣)を 」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ◎

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「__ん?」

 

 真っ先にそれに気付いたのは、オルトリンデ率いる戦乙女の大群を狩り殺していたフォーリナーだった。

 

 程無くして皆に伝わる熱気。空を見上げれば宇宙空間の手前に座す偽りの恒星が、ぐねぐねと脈動を始めていた。

 

 何かが、生まれ落ちようとしていた。

 

(あれは……あの獣の騎士、デーモンスレイヤーの中に燻っていた輩が、遂に解放されたか)

 

 __デーモンスレイヤー。

 

 それが思考の瞳で啓蒙したかの騎士の名だった。

 

 悪魔殺し。初めは何の冗談かと思った。アレこそが、悪魔に等しい存在と言えるのに。然れどフォーリナー自身も上位者を狩る上位者なので他人のことなど言えないだろう。

 

 一目視た瞬間から、その異様さを理解出来た。サーヴァントという小さな器の中に、三つの魂が入り雑じっており、そのうち二つを巨大な一つの魂が支配している。

 

 あまりにも歪で、醜い。初めて対峙した時に殺せれば良かったとずっと思っていたが、魂の一つが肉体へと戻り、こうして降臨したのを見れば結果論だが、殺さないでおいて良かったと言えよう。

 

 どちらにせよ、もはや無意味なことだが。

 

(__実に忌々しい。が、狩り応えのある獲物が、また増えたと思えば存外愉快だ)

 

 あれは決して太陽ではなく、むしろ地中の奥底にて揺蕩うマグマが如きものであり、その実もっとおぞましいものだ。

 

 炎によって形成された濁流が蠢き、そして落ちていく。

 

 地上へと__。

 

「……でかいな」

 

 太陽が落ちる。火炎が落ちる。

 

 ずるりと穴から這い出てきたのは、巨大な人型。フォーリナ-は不敵な笑みを浮かべ、その巨影を見据えた。

 

 巨人__けれど、その偉容は他の有象無象とは比べ物にならない。

 

 あらゆる巨人を超越する巨駆。

 

 あらゆる生命を蹂躙する炎熱。

 

 確かにその名を、啓蒙した。

 

 北欧神話の終焉たるラグナロクの要たる、神殺し。

 

 北欧異聞帯において唯一の灼熱を司る、火炎領域ムスペルヘイムの支配者にして破壊の化身。

 

 炎の剣。

 

 黒き者。

 

 終わりの火。

 

 神々を殺し、やがて大地のすべてを灼き尽くす者。

 

 __“炎の巨人王 スルト”__。

 

「そん、な……」

 

 戦乙女の、最後の統率個体であるワルキューレ・オルトリンデはその巨影を見上げ、絶句していた。

 

 当然だろう。共に戦っていた騎士が、自身の姉の手によって倒されたかと思えば五千年も封印していた破壊の化身が、復活したのだから__。

 

 確かに恐ろしい騎士だとは思っていた。得体の知れぬ悪魔のような存在だとは思っていた。スルーズたちが抱く嫌悪感も納得していた。

 

 しかし、しかしだ。まさかその中身がスルトだと、誰が予想出来ようか。

 

「__まだ狩りの最中だぞ、眷属」

 

「あっ……」

 

 故に、その隙だらけな首は、フォーリナ-によって容易く切断され、宙を舞う。

 

 この男、どこまでも容赦が無かった。

 

「……さて、と。王というのは伊達ではないようだな」

 

 光の粒子となって消えていく首無し死体に対して一瞥もくれてやることなく、フォーリナ-が辺りを見渡せば、見覚えのある巨人種たちがぞろぞろと現れ、こちらを取り囲んでいた。

 

 霜の巨人(ヨトゥン)山の巨人(ベルグリシ)火の巨人(ムスペル)__それらは拘束具であった仮面が外れており、女王の支配から脱却し、かつての王の復活に馳せ参じたようだ。

 

 目的は、あの戦争の続きを、あの終焉の続きを行うことのみ。その為に彼らは王により自身を殺害し得る邪神の如き狩人の足止めを命じられている。

 

「____」

 

 しかし、彼らはその命令を遂行する前に何かに切り刻まれ、物言わぬ屍と化す。

 

「……何者だ?」

 

「__ミラのルカティエルです」

 

絶望を焚べる者__ミラのルカティエル

 

 啓蒙したはずの名を、無理矢理塗り潰しながら仮面の剣士はそう名乗った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ◎

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……遅かったか」

 

 騎士の霊核が砕け、偽りの太陽から這い出てきた存在に聖剣は顔をしかめる。

 

「おいおい……何だぁありゃ……?」

 

 ナポレオンがぼやく。先程まで熾烈な戦いを繰り広げていた一同は皆その巨影に釘付けになる。

 

 聖剣は、その隙を突くような真似はしなかった。

 

「北欧神話において炎の巨人といえば一つしかあるまい」

 

「まさか、あれがスルトか? ラグナロクでおっ死んだんじゃなかったのかよ」

 

「ああ。この世界では、違うようだ。差詰めあの女王が封じていたのだろう」

 

 まさか、あの本物よりもずっと近い位置に浮かぶ正体不明の太陽の正体が、北欧神代の終焉をもたらした炎の巨人だったとは。

 

 そして、その復活は聖剣にとっても予期せぬものだったらしい。

 

「……同盟者の身が危ういな」

 

「え?」

 

 ぽつりと漏らしたその言葉にマシュが反応する。同盟者__聖剣がそう口にする人物はただ一人しか居ない。

 

「あの、オフェリアさんの身に何が……?」

 

「……私としたことが、元より呪われ人のマスターを相手にしていたせいで感覚が麻痺していた。彼女の異常を認識しても、そういうものだろうと納得してしまった」

 

「ッ__どういうことですか?」

 

「言ってしまえば、彼女は呪われている。強く、しかし感付かれないようゆっくりと着実に、その身を呪詛に囚われたのだろう。あの騎士、延いては巨人スルトによって」

 

「そんなっ……!?」

 

 顔を青くするマシュに対し、聖剣はどこまでも落ち着いた様子で炎の巨人王を見据える。

 

「もはや滅びは目前。しかし、予定調和とはいえこればかりは看過できないな」

 

「? どういうことだ?」

 

 突然の呟きにナポレオンが首を傾げ、尋ねる。

 

「我が師により、北欧異聞帯の命運は決定付けられていた。滅びようが、滅びまいが至極どうでもいい事象だ。だが、同盟者、オフェリア・ファルムソローネの死、それだけは何が何でも回避しなければならない。私の信用に関わる問題だ、彼女の守護こそ、我がマスターに与えられた役目なのだから」

 

 すると聖剣はその得物を変形機構のある大剣から、無骨な大剣へと持ち替える。豪華で凝った意匠のあったそれとは違い、ボロボロの包帯が巻かれたみすぼらしい見た目であるが、それは仮初めの姿に過ぎない。

 

 __聖剣が、その刀身を撫でる。

 

「ッ……何だ、そりゃ……?」

 

「____」

 

 解き放たれるは、美しい水晶の刃。

 

 マシュは瞠目し、宇宙の深淵の如き煌びやかな青い輝きに目を奪われた。

 

 __綺麗。

 

 そのような言葉しか出てこず、それしか言い様が無い。あまりの神々しさに、彼女は魅了される。

 

「我が師、導きの月光よ__」

 

 ぶわり、とフードが靡く。僅かに覗かせた爛れた皮膚と濁り、蕩けた片目は光を失いながらも、荒ぶる炎の巨人の姿を確かに捉えていた。

 

 その輝きは、獣に人間性を与える。

 

「よく分からんが、オフェリアを助けるってことだよな? なら、俺も加勢するぜ」

 

「……ほう? 良いのか、フランス皇帝」

 

 先程まで殺し合いをしていたとは思えない程にナポレオンは気さくにそう言って大砲を構える。これには意外だったのか聖剣も一瞥した。

 

「ああ。今は敵の敵、つまり味方だってことだろ? それにそろそろ“とっておき”の出番だろうしな」

 

「……フッ 良いだろう。来い、可能性の男(ナポレオン)よ」

 

「ああ! 行くぜ、オーララ──!!」

 

 そう言い、二人はスルトへと突貫する。

 

 遂に封じられし炎の巨人王は目覚め、現代の戦乙女は囚われ、今正に心折れようとしていた。星見たちも、氷雪の女王も、狩人も、絶望を焚べる者も、総力を以てこれを討たんとするだろう。

 

 終わりの始まり。その終わりもまた、近い。

 

 __けれど、それを為すのはこのどれでもない。

 

 雷鳴が、嵐が、やって来る。




展開ちょっと駆け足気味かな……。

三大オリ主クリプター小説で噛ませにされるキャラクター

1カイニスくん

2スルトくん

あと一人は……?


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氷炎と嵐の王

嵐がやって来るで皆何が来るか察してて草。まあ、巨人で嵐といえば、ね? だがしかし…………?


 ◎

 

 

 __時計塔。

 

 魔術協会の一派、駄目元でその門を叩いたが、まさか本当に生徒として招かれるとは思いもしなかった。

 

 竜の学院、ヴィンハイム__裏切りの白竜の意志を継ぐ者たちであり、古き魔術師の末裔共。現代の魔術師を偽りの塵芥としか見ていない彼らは協会とは関わらず、好き勝手に動き回る危険性から異端扱いされ、忌み嫌われていた。

 

 基本的に異常者しかいない魔術師らの中においても異常であり、狂った連中……ヴィンハイム以外で代表的なのはビルゲンワース大学とヨルメダール研究会らしい。……どれもこれも知った名前ばかりだ。

 

 前者は既に滅んだが、後者の名を耳にした時はあれまでまだ残っているのかと酷く驚いたのものだ。調べたところ研究会という名の通り実態はもはや過去の記録など、大して残っておらず、火の時代と混同されていたが……それでも賢者フレーキの狂気だけは受け継いでいるようで危険な連中であることには変わりない。

 

 そんな異常者の一人である己など門前払いされるのが関の山だと思っていた。

 

 実態の知れぬヴィンハイムの魔術師に利用価値を見出だしたのか、そこに如何なる思惑があるかは知らないが、俺にとっては実に幸運なことである。

 

 今の俺には知識が必要だ。まだ答えを出すには俺はすべてを知った上であまりにも知らな過ぎる。結局のところ知っているだけに過ぎないのだ。

 

 時計塔において俺が所属するのは現代魔術科(ノーレッジ)……これもまた驚きであった。特に希望はしていなかったが、ヴィンハイムの魔術など、現存するあらゆる魔術よりも古いというのに、どういうつもりだろうか。

 

 まあいい。あのウェイバー・ベルベット……今はロード・エルメロイII世を名乗る彼は教師としては非常に優秀だ。記憶の限りでも魔術師の中では最も信頼出来る人物と言えよう。

 

 しかし、困ったことがある。時計塔を訪れて三日目に気付いたことであるが、どうも肝心の魔術の使い方がさっぱりなのだ。

 

 ソウルの魔術とは原理が違うらしく、同じように使おうとすればソウルの矢が暴発してしまう。そもそも治癒魔術など、ヴィンハイムの常識には存在せず、精々解毒とかそういうのくらいだ。回復とかそういうのは奇跡の領分である。

 

 純粋な破壊力や神秘の濃度ならばソウルの魔術は他を追従させないであろうが、多様性に関しては現代の魔術が遥かに上を往く。だからこそ、俺はその知識を求めたのだが、まさか魔術回路の使用法すら違うのは予想外だった。どうやるんだあれ。

 

 ウェイバー……エルメロイII世に教えを乞えば良い話なのだが、魔術の基礎から教わるなど色々と多忙な彼の手を煩わせるのは申し訳なく、何よりも今更恥ずかしかったので同じ生徒に尋ねてみたが、エスカルドスを筆頭に現代魔術科の問題児たちは人に教えるということには向いておらず、あまり参考にはならなかった。

 

 それに彼らの多くは俺のことをあまり良く思っていないようだ。どうも俺という存在は、あまり歓迎されてないらしく、他の学科の生徒からも距離を置かれてしまっている。

 

 まあ、いきなり現れた異端の魔術師を受け入れろなど到底無理な話ではあるが、流石に少しばかり傷付いた。

 

 ……いや、嘘だ。悲しいかな、俺はこの孤独も孤立も一切合切受け入れてしまっている。

 

 本当に、度し難い。腐り果てているのはこの世界ではなく、俺という存在そのものではなかろうか。

 

「__貴方が、エルデン・ヴィンハイムですか?」

 

 そんな時だった。

 

 彼女が、俺に話し掛けてきたのは。

 

「……ああ。そういう貴公は?」

 

「降霊科のオフェリア・ファムルソローネです」

 

 長く、艶のある茶髪の、右目を眼帯で覆った少女。美しく、凛々しく、しかしどこか陰があるように思えた。

 

 オフェリア、ファムルソローネ、ファムルソローネ……記憶の限りでは、面識は無いはずだ。頭に叩き込まれた膨大な知識の中においても斯様な魔術師の存在は確認出来ず、物語の外の存在だろう。

 

「……俺に何か用かね?」

 

「あっ、いえ、用は特に。ただ噂のヴィンハイムの魔術師に興味があり、挨拶だけでもしておこうかと」

 

「……ほう? 挨拶とな?」

 

 一瞬戸惑った様子を見せるが、彼女はすぐに落ち着いた表情でそう言う。

 

 異端である俺に挨拶とは、随分と物好きが居たものだ。見たところ真面目そうに見えるが、エスカルドスのように興味本意だろうか? けれど、理由はどうであれ声を掛けられたのは久方ぶりだ。

 

「そうか……ならば改めて自己紹介しておくとしよう。ヴィンハイムのエルデンだ。これからよろしく頼むよ、ファムルソローネ」

 

「__ええ。こちらこそ、よろしくお願いします。ヴィンハイム」

 

 ヴィンハイム__そう呼ばれるのはあまり好かない。

 

「エルデンで構わない。それに見たところ同年代なのだし敬語を使う必要も無いぞ」

 

「……分かったわ。エルデン」

 

「………………」

 

「………………」

 

 何だ、この沈黙は? 先程から黙っている彼女の姿を見据えながら俺は小さく首を傾げた。

 

 仕方ないので俺から話題を切り出す。

 

「……ふむ、貴公。時間に余裕はあるか?」

 

「え? まあ、多少は……」

 

「なら__」

 

 何故かと問われれば、単なる気紛れだ。

 

 ただの思い付きで俺は彼女から魔術を教わることにした。そして、それはきっと間違った選択ではなかったはずだ。

 

 例えこの先、後悔することになるとしても__。

 

「ふぅ……一先ず魔術回路の使い方はマスターしたみたいね」

 

「……ああ。どうにかな」

 

 悩みの種は存外早く解決した。

 

 エルメロイII世には劣るとも彼女もまた人に教えるということが上手いようだ。根が真面目なのもあってか分かりやすく、丁寧に教えてくれる。

 

 意識しなければ暴発するが、異常無く魔術回路を使用することが出来た。

 

 拒否反応も無い。じきに身体に馴染むだろうし、このまま錬成を続ければソウルの魔術との使い分けも容易になるだろう。

 

 そこから色々なことを教えてもらった。殆どが初歩的で基礎の基礎と言えるようなものばかりらしいが、俺にとってはそのどれもが未知であり、新鮮なものであった。

 

 魔術以外だとコミュニケーションの仕方とかも教えてくれた。彼女曰く俺は感情が表情に出ず、口数も少ないため無愛想で近寄り難い雰囲気らしい……そうか? 

 

 彼女のことについても多くを知った。生真面目な性格で冗談はそこまで通じない。魔術師とは思えぬ程に常識人であり、しかし魔術師という身分に誇りを持っている。言っては悪いが、あまり魔術師には向いていないタイプだ。

 

 ドイツ出身でそれなりに有名な家系の生まれであり、母方は古ノルドの系譜にあたる血筋らしい。そのため本人もリヒャルド・ワーグナーや北欧神話関連の話を好んでいるそうな。

 

 両親について話す際、少しばかり言い淀んでいたのが気になったが、家族仲は悪くないらしく、彼女もまた両親を尊敬しているとのこと。

 

 特筆すべきは宝石級の“魔眼”を保有しているという点だろう。かのゴルゴーンの怪物のものと同等の魔眼、現代においては実在を疑われる程の代物だ。

 

 もしや“直死の魔眼”かと思ったが、違うと言われた。あれが不死人にも通用するのか気になるところだ。

 

 __しかし、

 

「……一体、何に怯えているのだろうか」

 

 最近は随分と明るくなったが、いつも彼女は何かに怯え、不安を感じているような素振りを見せていた。それが何なのか、俺には解らない。

 

 やはり家族関係だろうか? 嘘を吐いている素振りは見せなかったが、あの様子からして実は何か問題があるのではなかろうか? 

 

 だとするならば俺が踏み入れる領域ではなく、決してそんな単純な話ではないと思える。

 

 彼女は両親から次期当主として期待されているとも言っていた。才能もあり、魔眼を保有する彼女ほどの逸材ならば当然の話だろう。

 

 けれど、他者からの期待は時に重圧へと変わる。彼女もまたその類いなのだろうか? 仮にそうだとして彼女は何を恐れ、何に怯えている? 

 

 うーむ、うーむ……。

 

「どうしましたか? エルデンさん」

 

「……ん?」

 

 声を掛けてきたのは、自分と似た灰髪でブリテンの騎士王と瓜二つの顔をした少女だった。

 

「……グレイか」

 

 イギリスの片田舎の墓守の一族の生まれであり、その正体は騎士王の肉体となる“器”として生まれた娘……聖杯戦争が過去に一度しか起きていないこの世界においても、彼女はアルトリア顔でエルメロイII世の弟子として存在するらしい。

 

 そもそもエルメロイII世が存在している時点で大きな矛盾を孕むが、それについての考察はもう飽きた。記憶に僅かな相違があったり並行世界という可能性もあるというのに、辻褄の考察など馬鹿馬鹿しくなる。

 

 結局のところ根本は変わらないのだから構わない。何よりもこの世界の歪さは、俺にとっても都合が良かった。

 

「何やら考え込んでいる様子でしたので……その、良かったら“姉”弟子、である拙に相談してみては?」

 

「……いや、貴公の気にするようなことではないよ」

 

「そ、そうですか……」

 

 そう返せば落ち込んだ様子を見せる墓守の娘。どうも初めての弟弟子である俺は彼女に気に入られ、というよりも懐かれてしまっている。

 

 別にエルメロイII世に弟子入りしたつもりはないのだが……まあ、悪い気はしない。ファムルソローネと交流を結ぶ以前は、俺とまともに接するのは彼女とエスカルドスくらいである。エスカルドスに関してはまともとは到底言えないが。

 

 グレイ、灰色、どっちつかず、実に良い響きだ。それに墓守ときた、なかなか縁深い話である。

 

「それにしても、普段はエルメロイII世に付きっきりの貴公が一人で居るとは珍しいな」

 

「師匠は今、客人と内密なお話中で……拙は追い出されました」

 

「……ふむ、成程。それで暇を潰しに俺の所へ?」

 

「は、はい……申し訳ありません」

 

「……別に構わん。何なら、先の言葉を訂正して少し相談に乗ってもらおうか」

 

「…………! はい! 喜んで!」

 

 ぱぁと顔を輝かせるグレイ。世間知らずとはいえ同じ女性である彼女の意見ならば多少なりとも参考にはなるだろう。

 

「成程……エルデンさんはその知人の女性の悩みが知りたいと……」

 

『イッヒッヒッヒッヒッ! こいつは驚いた! まさかあの無愛想男にそんな浮いた話があるなんてな! 明日は大嵐か?』

 

「……喧しいぞ、デルフリンガー」

 

『アッドだ! 何だその名前!』

 

 俺が事情を話せば、グレイの右袖の鳥籠から男の声が発せられる。

 

 疑似人格が備わった世にも珍しい喋る魔術礼装“アッド”__大鎌や盾に自在に変形するそれは非常に興味深く、惹かれる代物だが、喧しい毒舌な皮肉屋でなければ尚のこと良かった。

 

「しかし、意外ですね。てっきり禁止区域への行き方とか新たな魔術の研究とかそういう感じの相談事だと思っていました」

 

『本当だぜ! 眼帯してみたいからって理由で魔眼蒐集車に乗り込んだ馬鹿が、今度はどんなやベー事しようとしてるかと楽しみにしていたらまさかそんな普通の悩みを一丁前に持つなんてよ! グレイも内心残念がってるぜ!』

 

「アッド、うるさい」

 

『あああああああああっ!?』

 

 ブンブンと振り回される鳥籠。もはやお約束となっている光景を眺めつつ俺は彼女らの言葉に同意する。

 

 思えば、随分と変わったものだ。絆されたとも言うべきか__他者の心情に関心を向け、あまつさえ悩むなどかつての俺であれば有り得ぬ話だった。

 

 ファムルソローネ__オフェリアとの語らいは、実に有意義なものだったと言えよう。

 

「……フッ」

 

「__え? 今笑いました? エルデンさん?」

 

『おいおいおいおいマジか!? ガチで明日は天変地異でも起こるんじゃねえか!?』

 

 小さく笑みを溢すとグレイが硬直し、眼を見開いてこちらへ視線を送る。……えっ、そこまで驚くこと? 

 

「……可笑しいか?」

 

「あっ、いえっ、初めて笑っている所を見たので……」

 

「……そうか」

 

 これまでもそれなりに笑っているつもりだったのだが、やはりオフェリアの言う通り表情筋が全然動いていないということか。

 

「……それで、貴公は彼女が何に怯えているか心当たりはあるかね?」

 

「いえ、申し訳ないですが、恐らく拙の知らない人でしょうし、力にはなれなさそうです……拙が恐れているのは自分の顔と死霊くらいなので……」

 

『イッヒッヒッヒッヒッ! そりゃそうさ! まだまだお子様のグレイがそんなこと分かる訳ねぇだろうよ!』

 

「む、じゃあアッドは分かるの?」

 

『いいや! さっぱりだ!』

 

「やっぱり……」

 

 分かり切っていたが、有益な情報は出てこなかった。その後、幾つか他愛の無い会話を交わしてからグレイと別れ、俺は再び一人で物思いに耽る。

 

 ……やはり、直接本人に訊いてみるのが手っ取り早いだろう。

 

「それでこの術式を……って聞いてるの? エルデン」

 

「__オフェリア。貴公は何に怯えている?」

 

「…………………………………………………………………………………………………………………………………………え?」

 

 ぴたりと動きを止め、彼女は茫然とした様子でこちらを見る。

 

 唐突に尋ねられただけではこうはならない。その顔は正しく図星を突かされた者のものであり、俺の抱いた疑問は真実であったことを証明していた。

 

「……な、何を言って__」

 

「__いや、忘れてくれ」

 

 だからこそ、顔を青くして目に見えて動揺する彼女に対し、有無を言わさずそんなことを宣ったことに自分でも驚いた。

 

 追及するつもりだった。彼女からその不安の原因を訊いて己の出来る範囲で協力するつもりだった。

 

 だというのに、あろうことか俺は逃げの言葉を放ってしまった。

 

「……これ以上、余計な詮索はしない。けれど、もし貴公が本当にどうしようもなくなってしまった時、俺で良いのであればどうか、どうか頼ってほしい」

 

「っ…………」

 

 それが出来ないのは、よく分かっている。彼女はきっと、誰にも助けを求めず、差し伸べられた手も掴もうとしないだろう。

 

 だからこそ、俺が掴んでやるべきだったのに、それが出来なかった。彼女との友好的な関係が崩れてしまうのを恐れてしまったのだと自身で気付くのは少し後の事だ。

 

 __ああ、そうか。俺にも、まだそんな感情が存在していたのか。

 

 本当に、度し難い、度し難いよ、エルデン・ヴィンハイム。

 

「__すまない」

 

 それから暫くして、俺は時計塔を去った。

 

 学ぶことは学んだ。存外居心地の好い場所であったが、彼処で得られる知識はもう存在しないだろう。

 

 ヴィンハイムの隠密も何やら俺の周りを嗅ぎ回っているようだ。これ以上居座れば奴らは時計塔へ乗り込み、エルメロイII世らにも危害が及ぶ。

 

 連中は現代に残る火の時代の残滓と俺の研究成果を貪っているだけの有象無象だが、それでも冠位クラスの魔術師がごまんと居る。対抗出来るとしたら聖槍を解放したグレイくらいだ。

 

 名残惜しさはあるが、2016年に人理が焼却されるのが確定的な今、いつまでも立ち止まってはいられない。

 

 そうして世界を見て廻る中で借りを作ってしまった相手がよりにもよってマリスビリー・アニムスフィアであり、カルデアに招かれることとなる。

 

 ゲーティアの目を欺き、人理焼却を密かにやり過ごすというプランはその時点で倒壊し、どうしたものかと考えていたが、そんな悩みは同じチームのメンバーの紹介の際に吹き飛んだ。

 

「__久しぶりね、エルデン」

 

 彼女と、再会した。してしまった。

 

 __ああ、これもまた運命か。

 

 やはり世界とは悲劇だ。きっと、どこまでも度し難い俺という存在への天罰なのだろう。

 

 __俺は彼女を、見捨てなければならない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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 この北欧異聞帯において、炎の巨人王スルトは終末戦争で神喰らいの狼フェンリルを喰らい、その氷の権能を取り込んだ。

 

 __故に、その名は氷炎の巨人王、スルト・フェンリル

 

 そして、今回。肉体を奪い取っていた英霊シグルドの影響で悪竜現象(ファヴニール)を発症し、不可視の竜翼を獲た。

 

 それだけではなく、彼をその身から解き放った悪魔殺しは置き土産とばかりに自らが持つ“デモンズソウル”の一端を与え、その力は全盛期すらも上回る程にまで成長した。

 

 更に空想樹と接続し、そのバックアップにより現界に必要な魔力供給も十全に受けられる状態。もはや今の巨人王を止められる者は誰一人として居ないだろう。

 

「__凱旋を高らかに(アルク・ドゥ・トリオンフ)告げる虹弓(・ドゥ・レトワール)!! 

 

 その氷炎の頭を、虹の号砲が撃ち抜く。

 

 炎が如き可能性の男(ナポレオン)の宝具。自らの霊基、霊核の全てを引き換えに過剰出力(オーバーロード)したそれは今正に終焉たる炎の剣を振り下ろさんとしていたスルトの頭部を破壊し、その動きを停止させる。

 

「 グ、グオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!? 」

 

 爆音が如き呻き声をあげるスルト。その目は驚愕に見開かれていた。

 

 塵芥に等しいはずの間男に自身の頭部を破壊されたことに対してではない。その死に際に悪竜の呪いを解かれ、肩に居た己が守るべき姫が消えたことに動揺を隠せなかった。

 

「 オフェリア……!? 」

 

「__ああ、よくやった、戦友よ」

 

 月光が迸る。

 

 聖剣は自らの命を散らしながらも愛した女をその身だけでなく心まで救って見せた快男児に敬意を表し、手に握る煌めく剣を振るう。

 

 その一閃は特大の光波となり、スルトの燻る炎を吹き飛ばし、肉体へと傷を付ける。

 

「 ぐぅ……おのれ小癪な……! 」

 

 更に三発。乱雑に振るわれた刀身から光波が放たれ、それらすべてをスルトは摂氏400万度の高熱の炎の剣を振るって掻き消す。

 

 高濃度の神秘が凝縮された、純粋な魔力の塊。ただ復活した状態ならば危うかったが、悪竜現象に加え、デモンズソウルまでも獲たスルトにとっては防ぐことなど容易い。

 

「我が師よ__」

 

 ならばと聖剣は柄を握る力を強め、月光剣を天へと掲げる。それだけで衝撃波が走り、光の粒子が蛍のように彼の周囲を飛び交う。

 

「 させるか……! 」 

 

 何かの大技の予備動作であることは明らかであり、スルトは阻止するべく炎の剣を振り下ろすも、時既に遅く聖剣はそのまま自らの剣を振り下ろした。

 

 __大月光波

 

 月光の力が最高潮に達し、巨大な奔流が放出させ、その炎の剣を弾き飛ばすだけでなく、スルトの胸部へと直撃する。

 

「 __ガアッ!? 」

 

「む、外したか__」

 

 大きく仰け反るスルト。しかし、先に炎の剣に触れたことで霊核を狙った月光の奔流は僅かに逸れてしまい、致命傷を避けられたようだ。

 

 聖剣は内心舌打ちする。別に一度しか使えない技でもなく、すぐにでも再使用可能だが、既に予備動作は見せてしまったため次は先手を取られるのは確実。

 

 故に、聖剣では決定打を与えることが出来ない。

 

(奴を倒す方法は解っている。現世に留めている要石の破壊__あの同盟者との契約を強制的に解除させれば弱体化させることは可能。しかし、それでは元も子も無い……いっそのこと同盟者だけ連れてこの異聞帯から脱出するか……?)

 

 既にスルトの頭と胸の傷は急速に再生し始めている。夢の狩人は行方知れず、カルデア側はオフェリアと合流し何かをしようとしている様子だが、例え彼らと協力してもスルトを倒し切ることは難しい。

 

 どうすべきか__聖剣は思案を続ける。

 

(__む?)

 

 その時だ、マスターからの念話が届いたのは。

 

「__ほう。そうまでして、彼女を救いたいか」

 

「 おのれ! 許さぬぞ、今度こそ灼き尽くしてくれ__!? 」

 

 終わりが始まり、そして終わりもまた終わる。

 

 咆哮と共に、嵐が遂にやって来た。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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「……ナポレオン」

 

 氷炎と月光がぶつかり合う光景を見据えながら、立香は自分たちを希望という虹で照らしながら散った英霊の名を口にする。

 

 彼の犠牲を、無駄にしてはいけない。

 

「__マスター、狩人さんは?」

 

「分からない。どこかで戦っているのかも……」

 

「あの邪神のことなどどうでもいい。スルトめ……よもやここまでの力を蓄えていたとは……」

 

 スカディが忌々しげに呟く。圧倒的な力を振り翳すスルト。ナポレオンの最期の攻撃と聖剣の追い討ちで受けた深傷は既に再生し始めている。

 

 神々の黄昏__もはやその力はかつてのラグナロクの比ではない。

 

「一体どうすれば__」

 

「__私が、スルトとの接続を断ち切ります」

 

 その時、正気に戻ったオフェリアが進言する。

 

 輝くその瞳は、覚悟に満ちていた。

 

「巨人王は膨大な魔力を有していますが、それは英霊も同じ。マスターからの魔力供給を失えば、その存在維持は困難となる。第二撃までの時間も充分に稼げるはずです」 

 

 世界を滅ぼす災厄であろうと、サーヴァントとして召喚された以上は英霊と原理は同じ。霊的存在である英霊が現界を果たせるのは、召喚者たるマスターが要となって現実世界に留めているからこそ成り立っている。

 

 逆説的に、マスターを失ったサーヴァントは、その存在を世界に固定できなくなるのだ。

 

 オフェリアの言葉に、スカディは何かを察する。 

 

「……オフェリア、いいのか? 憎きスルトめの潜む痕跡を見抜けなんだ私だが、そうと分かった今ならば、おまえの状態も分かるぞ。オフェリア、我が愛しい子よ。おまえは本当に、それでよいのか?」

 

「え、なに? どういうことなの?」

 

 立香が困惑した様子で問う。マシュもまたその言葉の真意を理解出来ずに居た。

 

「北欧の竜殺しならばともかく、巨人王の召喚なぞヒトが行うことはできぬ。虚ろなるモノを現世に強く留めておくための要石の役割は、ヒトの身では到底足りぬからな」

 

『つまり、彼女がスルトを現界せしめているのは、サーヴァント契約より強固な何かだと?』

 

 通信機越しからホームズが女王の言葉を簡潔に纏めて言う。

 

「うむ。英霊ならば不要であろうが巨人王ならば__その瞳だな、オフェリア? その魔の瞳を存在の要石とされたか」

 

「それ、は……つまり__」 

 

「な、なに? マシュ、どういうこと?」

 

 漸くマシュは理解するも、魔術知識に疎い立香はただ首を傾げるばかりだ。

 

『マスター・立香。つまり、契約の完全破棄の為には、彼女の魔眼を破壊する必要がある』

 

「破壊、って……えっ!? 破壊っ!?」

 

 そして、ホームズが明言したことで立香は目を見開き、オフェリアへと視線を向けた。その眼はつい先程まで敵だった者へ向ける者では到底無く、オフェリアは思わず頬を弛める。

 

「オフェリアさん! それは……」

 

「ありがとう、マシュ。心配してくれて。でもいいの、これでいいのよ」

 

 この異聞帯でちゃんと言葉を交わすのは初めてになる。そして、この僅かな時こそ最後の語らいだ。

 

『__オマエは、ただあるがままで、美しい』

 

 あの時、あの瞬間にナポレオンが言い放った言葉が胸に刻み込まれている。

 

 簡単なことだった。既に己は籠の中の鳥などではなく、自由に羽ばたいて行けるのだ。

 

 自身の助けを求める声に応じて召喚されたというあのフランス皇帝が、それを教えてくれたからこそ、覚悟を決めることが出来た。

 

 今ならきっと、彼の手を掴むことが出来るだろう。もはや叶わぬ夢であるが、今こそ耀く可能性を視る刻だ。

 

「この瞳を破壊して、スルトとの契約を……切り離す!」

 

「駄目です!  魔眼は脳と強く結びつくもの!  精緻な処置なく行えば、脳が壊れます!」

 

 右手で魔眼を限界まで見開かせ、血液を涙のように流すオフェリアをマシュが止めようとする。

 

 しかし、それを氷雪の女王が阻む。

 

「覚悟の上である、と。そうだな、オフェリア」

 

「スカディさんっ!?」

 

「ありがとうございます。女王陛下__」

 

 眼球から迸る激痛に、顔が歪む。魔力の奔流が肉体に負荷をかけ、その苦痛を耐え切らんとオフェリアは奥歯を噛み締めた。

 

 この程度の痛みなど大したものではない。まだ彼女には更なる一手として大令呪(シリウス・ライト)を使用するという役目が残っているのだから__。

 

(ごめんなさい、エルデン__貴方は私が死んだら、悲しんでくれるかしら? 結局貴方にこの想いを伝えることは出来なかった。確かにキリシュタリア様は素敵な御方だけれど、貴方はもっと素敵なのよ?)

 

 血に混じって一筋の涙が流れる。

 

 無愛想な想い人の姿を思い浮かべながら、オフェリアは自身の魔術回路と魔眼の接続を断ち切り__。

 

『__よせ、貴公』

 

「…………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………え?」

 

 __動きが、止まる。

 

 聴こえぬはずの、彼の声が聴こえた。それは単なる幻聴だったかもしれないが、確かに耳に届いたその言葉に彼女は茫然としてしまう。

 

 突然動きを止めた彼女に一同がどうしたのかと疑問を抱いた次の瞬間__轟音が鳴り響く。

 

『____!? 上空から高魔力反応っ!?』

 

 何かが、嵐の壁を突き破って飛来し、巨人王スルトの胸を貫いた。

 

「__雷?」

 

 誰かが呟いた。それは紛れも無く落雷だった。違うところがあるとすればどことなく“槍”のような形状をしていたことだろうか。

 

 皆が、天を仰ぐ。先の攻撃で嵐の壁に空いたであろう大穴。そこから何かが首を出し、そして異聞帯に入り込んだ。

 

「GYAOOOOOOOOOOOOOOOO!!」

 

 __それは竜だった。

 

 鳥のような嘴と羽毛の生えた飛竜(ワイバーン)。しかし、立香たちが知るどれよりも巨大で、その威容さは記憶の限り存在する竜種のすべてを上回っていた。

 

「なっ……」

 

『竜種、だとっ……!? 幻想種の頂点__しかもこの魔力量はファヴニールの何十、何百倍も上回っている……!?』

 

 竜が羽ばたく。それだけで女王が支配する氷雪の世界は上書きされて辺りに雷雲が立ち込める。

 

 それから暴風が吹き、豪雨が降り注ぐ。雪ばかりが降り積もる北欧はあっという間に嵐に包まれた。

 

 __その姿は、正しく“嵐の王”。

 

「くっ……我が領域を上書きしただと? あの竜は神の権能すらも凌駕するというのか?」

 

『__待て! あの竜の上にまた一つ魔力反応を確認した! しかも魔力量は竜よりも遥かに上だ!』

 

「えっ!?」

 

 一同が驚きの声をあげ、嵐の竜の上を見やる。

 

 __居た。竜の背に、誰かが乗っていた。穂先が大振りの剣のようになった槍のような武器を持つそいつは悠然とした態度で巨人王を見下ろす。

 

「__まさか」

 

 誰もが何者かと戸惑う中、スカディだけがその正体に心当たりがあった。

 

 一瞬雷雲からギリシャの古き神王ゼウスかとも思ったが、直ぐ様否定する。アレはそれよりもずっと、ずっと古き者だ。

 

 神々にとっての神話。“火の時代”と呼ばれる古い時代において神々を裏切り、古竜の側についたその愚かさから歴史から抹消された存在。

 

 その力は、大王グウィンに優るとも劣ることは決してなかったという。

 

 __太陽の長子。

 

 __竜狩りの戦神。

 

 __古竜の同盟者。

 

 

 ______“無名の王”

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




最初のエルデンの独白。もっとオフェリアとの関係掘り下げようと思ったけど文字数やべーことになったから省略。

いよいよ登場した嵐の王!(あいつ実は英語だとstormkingなんすよ…)果たしてスルトくんの運命はっ!?

次回、スルト散華


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エルデンと氷炎の巨人

死のルーンってチートじゃね?


 ◎

 

 

「__何だ、ありゃ」

 

 氷雪の女王の知覚範囲から離れた北欧の片隅。そこに立つ褐色の肌に露出の多い灰白の鎧を纏った女、神霊カイニスは突如として天から現れた飛竜とその上に立つ男に瞠目する。

 

 炎の巨人王スルトが目覚め、この異聞帯の結末も見えたが為に自らのマスターの元へ帰ろうとしていた矢先に起きた出来事。巨人王の周囲を嵐が覆い尽くし、まるで異聞帯を覆う“嵐の壁”のようにドーム状の積乱雲を形成したのだ。

 

 かろうじて中の様子は伺うことが出来るもののカイニスの思考の大半は先の竜に騎乗する男へと持ってかれていた。

 

 本能的に理解する。アレは自身と同じ神霊であり、自身よりもずっと格上の存在であると__。

 

「ハァ……どいつもこいつも、容易く嵐の壁を突破しちゃってくれますねぇ。自らの特権を奪われてどんな気持ちですか? カイニスさん」

 

 その隣で厚着をした悪女は溜め息混じりに言う。カイニスはそんな彼女の言葉を無視し、問い掛ける。

 

「おい女狐、あの神霊はどこの勢力だ?」

 

「コヤンスカヤです。さあ、分かりませんが、恐らくエルデンさんが担当するアフリカ異聞帯のサーヴァントかと……何でも物理的に嵐の壁を突破しちゃう化け物がごろごろ居るんだとか」

 

「エルデンだと? あの野郎のとこってこたぁ“火の時代”の神か……んで竜の騎兵(ドラゴンライダー)となると、ああ、最悪だ、思い当たるのは一柱しかいねぇな……」

 

 あからさまに顔をしかめるカイニス。出来ればその予想は外れてほしいと願う。

 

「おや? 流石ですね、誰なんです? アレ」

 

「竜狩りの戦神。古竜の同盟者。無名の王__呼び名は色々あるが、神々によって歴史から抹消され、もはや真名は“座”にすら残っていない。原初の戦神とも言うべき、とんでもねぇ大物だ。自分で言ってて信じられねぇ……あんなもんがサーヴァントとして喚べるのか?」

 

 __原初の戦神。

 

 その単語だけでアレがどれほど規格外な存在なのかを理解し、コヤンスカヤは眼を見開き、そして悪どい笑みを浮かべる。

 

「__それはそれは。同じ神霊といっても、貴方やディオスクロイさん方を召喚するのとは訳が違いますね。オフェリアさんがスルトを召喚したように、ゼウスとかオーディンとか、そういうレベルのを召喚しちゃってる訳ですか」

 

「そうだ。そして、あんな化け物を召喚し、あまつさえ従えてみせてやがる……エルデン・ヴィンハイム__その面、拝んでみたくなったぜ」

 

 流石は己のマスターが警戒するだけの人物である、とカイニスはにやりと笑う。

 

 それとほぼ同時に、雷と炎がぶつかり、爆ぜる。その余波は山脈をも揺らし、カイニスたちの居る所にまで届く。

 

 巨人王と戦神が戦闘を開始したのだ。果たして最後に立っているのはどちらか……コヤンスカヤは演目を見物するようにその衝突を眺める。

 

 しかし、カイニスにはどちらが勝つかなど明白だった。思い出すのは生前に聞いた古い、古い巨人殺しの言い伝え。そこにはこうある。

 

「__“嵐”のみが大樹を倒す」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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 嵐の雷鳴が、炎を呑み込まんとする。

 

 摂取400万度__太陽にすら匹敵する地球上ではおよそ有り得ない超高熱。しかし、“嵐の竜”もその上に乗る“無名の王”も全く臆することなく一撃で吹き飛ばす。

 

「 グゥ……次から次へと、何奴かと思えば……貴様__神だな? 」

 

 北欧最強の神殺しが故に、気付く。竜の乗る輩が忌々しき神族に列する存在であると。

 

「__然り」

 

 その問いかけに、白い鬣を靡かせながら無名の王は短くそう答えた。

 

 炎が、溢れる。胸を貫かれた痛みなど気にも留めない。あの間男も、月光の剣士も、守ると決めた相手(オフェリア)も、どいつもこいつも邪魔ばかりをする。既にその怒りは爆発していた。

 

「 灰塵と帰せ!! 」

 

「……………………」

 

 対する無名の王は怒り狂うスルトを悠然と見下ろし、その手に持つ“剣槍”が、バチバチと電流を帯びる。

 

 そして、天へと掲げると一筋の雷撃が射出され、無数の落雷となって豪雨の如くスルトへと降り注ぐ。

 

「 ガアッ!? __まさかその雷は竜殺しの概念を……!? 」

 

 投擲された槍のような稲妻は噴出させる炎を容易く貫き、強靭な皮膚にも突き刺さる落雷に苦痛の声をあげるスルト__自身にとって毒に等しい威力。悪竜現象がここに来て仇となった。

 

 無名の王が操る雷は、太陽の光の王グウィンから受け継がれた岩のウロコをも穿つ竜狩りの雷。朽ちぬ岩の古竜からその末裔の飛竜まで数多もの竜種を穿ち、葬り去ってきた神雷と竜狩りの戦神とも呼ばれた無名の王は、正しく最高峰の竜殺しだ。

 

「 鬱陶しい蝿めが……! 叩き落としてくれる……! 」

 

 嵐の竜と共に自身の周りを飛行する無名の王を叩き落とさんと炎の剣を振り回す。しかし、高い機動力を誇る嵐の竜はその一撃一撃を的確に避け、スルトの間合いから離れる。

 

 かの戦神が竜殺しであるように、スルトもまた神殺し。その攻撃も受ければ致命傷と成り得るだろう。

 

 当たれば、の話だが……。

 

「……何、あれ」

 

 オフェリアが、ぽつりと呟く。

 

 ただただ愕然としていた。覚悟を決め、自身の魔眼を犠牲にしようとしたその寸前で襲来した、巨人王を圧倒する程の神霊。理解が追い付かず、カルデアも氷雪の女王もその絶大な力に言葉を失い、見ていることしか出来ずに居た。

 

 __恐らく他の異聞帯の勢力だろう。間違っても、弱った汎人類史があのような強大な存在を召喚出きるはずがない。

 

「一体どこの……くっ__!?」

 

 ふらりと、彼女はよろめく。魔眼と魔術回路の接続を切り離そうとしたことによる肉体への負荷と疲労が蓄積したせいだ。

 

「! オフェリアさ__えっ?」

 

 そのまま重力に従って前のめりに倒れようとする彼女にマシュがいち早く気付いてその身体を支えようとし、目を見開く。

 

 ぽんっと、何かがオフェリアの顔に当たる。それは衣服の布の感触であり、誰かの胸板だった。一体誰なのか視線を向けようにも疲労で顔を上げる気力すらもない。

 

「……ああ、良かった」

 

「______」

 

 ぎゅっと手を握られる。

 

 安堵したような、感嘆したような声。またしても聞き間違いだろうか? __否、今度は違う。間違いなく、聴こえた、聴こえた。彼だ、確かに彼の声だった。

 

 朦朧となっていた意識が覚醒し、オフェリアは自身を支える者の顔を見る為に残った力を振り絞る。そして、僅かに顔を動かすことに成功し__。

 

「あ、__ああっ__」

 

 涙が溢れる。紛れも無く、彼の顔だった。

 

 己は夢を見ているのだろうか? これは自分が見せている都合の良い幻覚なのだろうか? 

 

 でなければ可笑しい。彼がここに居るなんて、有り得るはずがないのだから__。

 

「__よくぞ、ここまで頑張ってくれた。オフェリア」

 

 けれど、それでも彼女は安心し、安堵した。囁くそうに自身の名を呼び、そう語り掛ける彼の顔はもはや涙で滲んでよく見えなかったが、いつもの仏頂面ではないのだけは判った。

 

 そうして彼の手を握り返しながら温かい胸の内でその意識を手放す__。

 

「……ああ。漸く貴公の手を掴めた」

 

「__エルデン・ヴィンハイム!」

 

 眠るように気絶したオフェリアを抱き止める灰髪の男の名を、立香が目を見開きながら叫ぶ。

 

「エルデン、さんっ……!?」

 

『何ィ!? エルデンだとォ!?』

 

 いつの間に。降って湧いたかのようにそこ居た、オフェリアを抱くその姿にカルデア一同が驚愕する。ブリュンヒルデらサーヴァントたちもその存在に気付いていなかった様子で目を見開いていた。

 

「……久方ぶり、という程でもないな。立香、キリエライトよ」

 

 対するエルデンは何食わぬ顔で二人へ視線を移す。シャドウ・ボーダーで会った時と同じように。

 

「っ……な、何であなたがここに……」

 

「存外俺という存在は甘いらしい。セイバーを送り込んだから平気だろうと高を括っていたら、友人が想定以上の危機に陥ってしまってな……わざわざアフリカから出向く羽目になった」

 

『__つまり君は、オフェリア・ファムルソローネの救出する為に異聞帯を越えて駆け付けてきた、という訳か? エルデン・ヴィンハイム』

 

「……そうなるな、シャーロック・ホームズ」

 

 誰よりも早く冷静さを取り戻し、目の前の男を分析するホームズ。他の異聞帯に居ることに対する疑問は無い。彼がシャドウ・ボーダー内に侵入出来た時点で、カイニスやコヤンスカヤのように嵐の壁をも突破し、異聞帯を自由に往き来する手段を持ち合わせている可能性も考慮していたからだ。

 

 しかし、まさかよりによってスルトが目覚め、終焉の危機にあるこの北欧に現れるとは思いもしていなかった。彼の言い分が事実ならばこのようなタイミングだからこそ、なのかもしれないが……。

 

「セイバー、オフェリアを」

 

「__了解した」

 

 すると先程までスルトと戦っていたはずの聖剣がエルデンの背後に現れ、オフェリアを代わりに抱き抱える。

 

「エルデン……ああ、クリプターの一人か」

 

 その光景を見ながらスカディが言う。カルデアが呼ぶ名前には聞き覚えがあった。あの聖剣と名乗るサーヴァントのマスターであり、オフェリアが古き地中海の神々の支配する異聞帯と並べて同盟を推奨していたアフリカ異聞帯の管理者だったはず。

 

 そこは“火の時代”が終わらず、現代まで続いてしまったという有り得ぬ世界らしい。スカディとしては得体が知れず、手を組むのには消極的だったが、オフェリアがあまりにも残念そうにするので一応検討には入れていたが……。

 

「……ふむ、聞いてはいたが、本当にスカサハ瓜二つだな。いや、貴公の方が少し若々しいか」

 

 対するエルデンは、現代まで生きた本物の神からの視線に一切臆する様子も見せずに興味深そうに彼女を見据える。

 

「フッ オフェリアの言う通り、随分と肝が据わっているな、古きヒトの子よ。あの古竜に騎乗する戦神は、おまえのサーヴァントか?」

 

「……ああ。俺が召喚した騎兵(ライダー)の神霊。尤も、奴はとうの昔に神性を棄てているのだから、正確には神霊とは呼べぬが」

 

「む? しかし、彼は紛れも無く……ああ、そうか、裏切りとは、愚かさとは、そういうことか」

 

 何かを察し、スカディは顔をしかめる。北欧の神々と古き神々との圧倒的な神格の差をありありと理解したからだ。

 

 無名の王は、その神性を棄てている。何らかの方法で物理的に取り除いているのだ。

 

 古竜の同盟者である彼はもはや神ではなく、にも関わらず彼を神霊足らしめているのは枯れ果てることなく残った戦神の神核のみ__悠久の時を経て人間性に毒され、その身が干からびて亡者のようになろうとも、彼の持つ絶対的な神としての威厳を、その力を完全に奪うには至らず、強大な神霊として彼は君臨している。

 

「しかし、凄まじいな、神としての己を捨て去っても尚、あれだけの格が残っているとは。流石は古き時代の神々__原初の戦神だ」

 

「……ほう。なかなか聡明だな、貴公」

 

 エルデンが意外そうに笑う。自身が漏らした一言でそこまで察せられるとは思ってもいなかった。

 

「これでも神だからな……おまえの正体についても、何となくだが、理解出来ている。“闇の刻印(ダークリング)”……単なる伝説に過ぎないとばかり思っていたが、実物を見てしまっては信じるしかあるまい」

 

「……ふむ、神の目は誤魔化せぬか」

 

「ああ。だが、それでも私はおまえを愛そう。例え我らにとって猛毒であろうとも」

 

「……随分と変わっているな、貴公。オフェリアの話を聞くに、てっきり神らしい神だとばかり思っていたが、どうやら違うらしい」

 

 北欧の母なる女神と対等に語り合うエルデン。その両者の会話にカルデアは割り込むことが出来ずに居た。

 

 __その時、轟! と火の粉が舞い、ただでさえ高温だった周囲の外気温が更に上昇する。

 

「 ああ……ああ……! 貴様、貴様か! よりにもよって貴様なのか! 」

 

 気が付けば、スルトが無名の王との戦闘を続行しながらもこちらへ視線を向けていた。

 

 否、正確にはその瞳はエルデンただ一人を忌々しげに睨み付けている。

 

「 エルデン・ヴィンハイム! おぞましき人間性の怪物よ! 」

 

「……声がでかいな。巨人スルト」

 

 熱風が襲う。凍て付くような憤怒と殺意を一身に受けながら、エルデンは涼しい顔で巨人王と向き合う。

 

「……成程。炎、氷、竜、そしてデーモン。随分と歪なソウルをしている」

 

 元凶(ロキ)を踏み潰し、氷の魔狼(フェンリル)を喰らい、ラグナロクの結末を大きく変えた破壊の化身。

 

 本来召喚されるはずだったシグルドの霊基の影響で悪竜現象(ファヴニール)を発症し、そして本人は自覚しているか不明だが、その魂はデモンズソウルの一端と完全に融合し、獣の眷属(デーモン)と化した。

 

 よくもまあこうも成り果てたものだと、エルデンは内心称賛する。悪魔殺しに食い潰されなかったのは、奇跡としか言い様がないだろう。

 

「 ああ! 実に忌々しい! 実に腹立たしい! 貴様、貴様だけはこの星を終わらせた後、この手で殺すと決めていた! 」

 

「……ん? 何やら随分と恨まれているな?」

 

 想像以上に激昂しているスルトに対してエルデンが不思議そうに首を傾げる。

 

 もはや巨人王は満身創痍だった。竜狩りの極雷を受け続け、空想樹による魔力供給も追い付かない程に衰弱していた。

 

 しかし、それでも彼は身に余る程の怒りを糧に立ち続け、急速再生によって無理矢理活動している。何をしようとしているのかは明白__。

 

「 ここまで弱った俺ではもはや星を終わらせることは出来ぬかも知れぬ! だが、ただでは死なん……この異聞帯諸共灼き尽くされるがいい! 」

 

『__自爆するつもりかっ!?』

 

 そう、やけになったスルトはナポレオンのように自らの霊基と霊核を犠牲に過剰出力させることで足りぬ魔力を補い、半ば無理矢理宝具を発動。超高熱の炎の剣を振り下ろし、この北欧異聞帯を道連れに心中するつもりだ。

 

 皆が、戦慄する。このままではナポレオンの犠牲も、無名の王の登場も、すべてが無駄になってしまう。

 

 

「 ォォォオオオオオオオオオオオオオ!! 星よ、終われ!! 灰塵と帰せ!! 」

 

 生命に対する優先権を有し、地表から神代という現実を剥ぎ取る装置としての役割を持つ対界宝具。その力は形ある生物であれば神代の神でさえ滅ぼす。

 

「……ああ、それ、良いな、欲しい」

 

 その凶悪な“終わりの火”を目の当たりし、エルデン・ヴィンハイムは__笑った。

 

「 太陽を超えて耀け、炎の剣(ロプトル・レーギャルン)!! 」

 

 だからこそ、誰しもが驚いた。

 

 対生命。対神性。対界。ありとあらゆるものを灼き尽くすその黄昏の一振りを“極雷を纏う剣槍”が弾き飛ばしたのだから__。

 

「 __な、に? 」

 

 炎の剣が宙を舞い、砕け散る。

 

 これにはスルトも呆然とする。炎の剣が本来切り裂き、灼き尽くすはずだった場所には、無名の王が古竜に乗らず、その大地に立っていた。

 

「………………」

 

 ほんの一瞬。かの戦神の魔力が急激に膨れ上がった。それはスルトの宝具の総量を遥かに凌駕し、その極雷は超高熱を完全に打ち消してみせたのだ。

 

 有り得ぬ。それ故に、スルトは何が起きたのか理解が及ばず、怒ることすらも忘れ、硬直してしまう。

 

「__渇望(デュナシャンドラ)よ」

 

 そして、その決定的な隙をエルデンは見逃さず、右手に杖を握る。

 

「__孤独(ナドラ)よ、憤怒(エレナ)よ、恐怖(アルシュナ)よ」

 

 闇が、這う。その寒気がする程おぞましい気配にカルデアは凍り付き、息を呑んだ。

 

 小さな黒い精のようなものが羽蟲のようにエルデンの周囲を漂い、蠢き、その量は次第に多くなっていく。

 

 それに恐怖するのはカルデアだけでない。ブリュンヒルデも、シトナイも、スカサハ=スカディも先程のスルトの宝具以上に本能的な生命の危機と恐怖を感じ取った。

 

 __その正体を知るのは、スカディのみ。

 

「我らは王を望む者(フラムト)。我らは闇へ誘う者(カアス)__然れど」

 

 それは人の本質。誰しもが持ち得る人の根源そのもの。けれど、それは人にとっても神にとっても紛れも無い猛毒であり、世界すらも陰らせる。

 

 故に、それは禁忌なのだ。そして禁忌は暴かれ、狂った忌み子は究め、極め続け、その真髄を確かに視た。

 

 視てしまった。深淵を覗く時、深淵もまたこちらを覗いているのを理解しながら魅了されず、発狂せず、それを支配する。何故か? 彼にとってそれは単なる手段に過ぎず、道具に過ぎないからだ。

 

 __この場合、果たして深淵はどちらなのだろうか? 

 

「我らは深淵(マヌス)、我らは(マヌス)、我らは人間性(マヌス)__我らは追い、求め、貪り、失い、そして消えゆく者__」

 

 黒い精の名を、“人間性(ヒューマニティ)”。それを闇から擬似的に生み出し、仮初めの意志を与えて操る闇の魔術の名を、“追う者たち(パーサァーズ)”。

 

 ならばこの魔術は、その発展にして究極系__。

 

「__深き人の奔流(アビス・ストーム)

 

 杖を向ける。それだけでエルデンの周囲で蠢いていた追う者たちはまるで引き寄せられるかのように渦を描きながらスルトへと向かっていく。

 

 最初はゆったりとした動きだったそれはスルトへ近付くにつれ勢いを増し、正しく人間性の嵐が如き奔流へと変わってその巨体を穿つ。

 

「 グ、グガアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!? 」

 

 けたましい悲鳴を上げる巨人王。彼の体内へと入り込んだ追う者たちは尚も勢い止まらず、その炎を、その血肉を、その魔力を喰らいながら突き進み、そして爆ぜているのだから__。

 

 今の彼が受ける痛みは、人間が大量の蛆虫に内側から貪られ、更に小さな爆弾によって細胞の一つ一つが直実に破壊されていくのに近く、それはもう、想像を絶するものだ。

 

 彼らに与えられる仮初めの意志とは、人への羨望、或いは愛であり、その最期が小さな悲劇でしか有り得ないとしても目標を追い、求め、貪り続ける。

 

 __正しく人の本質たる渇望だ。

 

「 おのれ、おのれ、おのれおのれおのれ!! 貴様だけは!! 貴様だけは許さんぞエルデン・ヴィンハイム!! 俺が得られぬすべてを持つ貴様だけはァァアアアアアアアア!! 」

 

 怨嗟に満ちた叫びと共に、スルトは最後の力を振り絞ってエルデンを指差した。

 

「むっ? これ、は__」

 

「 死のルーンを刻んだ! 貴様はもう終わりだ! 」

 

 __“死のルーン”。

 

 原初のルーンの一種であり、刻んだものに死をもたらし、それは英霊すら殺せる__特に警戒していなかったエルデンは回避する暇もなく刻み込まれてしまう。

 

 身体から力が抜け、冷たくなり、心臓が止まり、そして意識を失い__。

 

「__トドメを刺せ、ライダー」

 

 再び目覚める。

 

 何事も無かったかのように、エルデンは重力に従って倒れようとしていた身体を足で支え、自身の使い魔へ命令する。

 

「 __何っ!? 」

 

 馬鹿なとスルトが驚きの声をあげると同時に、バチバチと稲妻が走る。

 

 その時には無名の王は既に彼の眼前に現れ、剣槍を持たぬ方の掌から鋭利な雷を形成し__それを振り下ろすようにスルトの脳天へと叩き付けた。

 

「 グガァ!? 」

 

 __雷の杭。

 

 それは忘れられた竜狩りの姿。竜のウロコを貫くのなら、雷を投げてはならぬ。

 

 その手で直接、竜に杭を突き立てるのだ。

 

 炎が揺らぎ、肉体に皹が生じ、そして崩れ始める。スルトにとってその一撃は致命的なものであり、遂に足掻き続けた彼の生命が尽きようとしていた。

 

『____! スルトの魔力量大幅に低下……!』

 

「 オ、オオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!? そんな!? そんな馬鹿なっ!? 」

 

 __死ぬ。

 

 星を終わらせることも、この北欧を終わらせることも、憎き恋敵へ一矢報いることも、何も成せずままに死ぬ。その事実をスルトは信じられず、目を見開いて否定する。

 

 しかし、もはや避けられぬ。再生することも不可能であり、すぐにでも消滅するだろう。

 

「 オフェリア! オフェリア! 

 オフェリアァァアアア!! 」

 

 最期に思い浮かんだのは、怒りでも憎しみでもなく、ただ守ろうとした、己を見つけてくれた女。

 

 その名を叫び、断末魔をあげながら、星の終わりを夢見た巨人王スルトは息絶えた。

 

「……ああ、破壊しか知らぬ哀れな巨人よ。これもまた悲劇であろうな」

 

 それを聞いてか聞かずか、何かを悟ったようにエルデンは呟く。その手には先程までなかったはずの、熱気と冷気を発しながら耀くナニカが存在していた。

 

__氷炎のデモンズソウル

 

 こうして、一つの戦いが終わる。それはつまり次なる戦いの始まりを意味していた。

 

 氷雪の女王、空想樹、そして__。

 

「__見事だ。諸君」

 

 巨人王の死を見越したかのように、悪魔を殺す者(デーモンスレイヤー)は姿を現す。

 

 波乱は、まだまだ続く。




エルデン「闇の奔流ってねーよな……せや! 作ったろ!」

次で終わると言ったな? あれは嘘だ。

エルデンくんの使ったオリジナル魔術の名前は適当です。ルビかなんか中二っぽい。


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悪魔殺し

その場に居るキャラ多いと一部が空気になりやすいよね


 ◎

 

 

「 オフェリア 」

 

 __俺は、絶望していたのだ。

 

 __運命への叛逆を試みておきながら。

 

 __炎として、終末装置としての役割をも果たせず。

 

 __剪定を待つ世界で燻り続けるこの俺に。

 

 __あの女は、そんな俺を、見つけた、のだ。

 

 __“見つけてくれた”。

 

 __例え、偶然であろうと。

 

 __例え、滅びの炎と恐怖されようとも。

 

 __それは俺にとっては、誕生・発生して以来初めての。

 

 __運命という定めにない、意外性。

 

 __驚き、だった。

 

 __哀れな女。愚かな女。

 

 __オフェリア・ファムルソローネ。

 

 __明日なき俺に、未知なるもの、驚きを教えた女。

 

 __俺を見つけた女。燻る炎に言葉を掛けた、ただひとり。

 

 __嗚呼(ああ)

 

 __俺は、おまえに何をしてやれるだろう。

 

 __炎でしかない俺は、破壊でしかない俺は。

 

 __おまえに。何を。

 

 __おまえに、何を、返してやれるのだろう。

 

 それは終末の巨人が胸の内に秘めた想い。誰からも知られることなく、今正に消えてなくなろうとしている心の内。

 

 原初なる巨人(ユミル)が残した怒りであり、単なる終末装置でしかなかった彼が一人の少女の出会いによって得たその感情の正体に彼自身すらも気付かずに彼という存在は終わりを告げ、すべてが消え去る__。

 

『__終わらせぬ、終わらせてなるものか』

 

 そのはずだった。けれど、その記憶を垣間見た魂喰らいの男は否と叫ぶ。

 

 世界とは悲劇であり、これもまたその膨大な物語の一つに過ぎない。だからこそ、男はその有り様を何よりも嫌悪する。

 

『__()()()()()()()、か。ああ、貴公は俺だ。どうしようもなく俺そのものだ。星を灼こうとした者よ、出会い方が違えば貴公はきっと、我が同志に成り得ただろう』

 

 男は、どこまでも肯定する。いつものように、それこそが正しいと言わんばかりに。

 

 その想いを、その行いを、その在り方を。何故なら男にとってそれは何よりも耀かしく、得難いものなのだから。

 

 人はこれを、羨望と呼ぶのだろう。

 

『__然れど、貴公は俺ではない。貴公は俺のような奴とは違い、既に得ている。破壊よりもずっと大切なモノを……ただ、それに気が付かず、それでも貴公は己を変えることが出来た。貴公のやろうとした破壊は、終焉は、他ならぬ彼女の為だったのだから……』

 

 俺が得られぬすべてを持つ貴様だけは。

 

 かの巨人は男に対して憎悪と嫉妬を向けながらそう叫んだ。だが、実際には逆だったのだ。

 

 怒りしか知らぬはずの、憎しみしか知らぬはずの破壊の化身は、彼が終ぞ得ることの出来なかったモノをたった一人の少女の僅かな語らいで手に入れた。

 

 たったそれだけのキッカケで__。

 

 何と、羨ましいことか。

 

 何と、愚かしいことか。

 

 __何と、美しいことか。

 

 共感し、同情し、そして否定する。決して同じなどではない。同じにしてはいけない。あまりにも違い過ぎる。

 

 それは侮辱になる。彼はエルデン・ヴィンハイムのような何よりも愚かで醜く、()()()()()()()とは決して違うのだ。

 

『__だから今度こそ、彼女を守れ』

 

 そして、消えてゆく炎を、男は深淵の底から掬い上げた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ◎

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「__遂に、スルトが斃れたか」

 

 この北欧を蹂躙した巨人王が完全に消滅したのを確かに感じ取り、スカサハ=スカディが歓喜に震える。

 

 滅びを生き延び、すぐに先がないと、発展しないと判断され、剪定された北欧。

 

 ずっと彼女の力の大半はスルトの炎熱を抑えるために費やされていた。故に、彼女は僅か一万の人類しか維持出来ず、老人になるまで生かすことすら出来なかった。

 

 けれど、漸く、漸くだ。

 

 希望が見えた。可能性が、生まれのだ。

 

 スルト亡き今ならば、女神の力を存分に使えば、もしかすると、もしかするかもしれない。

 

 この大地を再生させることが出来るかもしれない、民を増やすことも寿命まで生かすことも出来るかもしれない、この北欧異聞帯に、希望の光を照らすことが出来るかもしれないのだ。

 

 それは北欧の母として、異聞帯の女王として、当然の思いであり、止まることなど出来やしない。

 

「………………」

 

「……エルデン、さん?」

 

 一方、エルデン・ヴィンハイムは茫然とした表情で、そこに佇んでいた。

 

 そんな彼の様子に気付き、マシュが不審に思うもしばらくして我に返ったようにこちらを向く。

 

「……さて、狩人が来る前にさっさと退散したいところだが、そうも行かないようだな」

 

 一同が身構える。共通の敵だったスルトは死んだ。ならばクリプターである彼と戦神の力はカルデアへ向くのが道理。

 

 しかし、エルデンからは敵意は感じられない。

 

「……オフェリアさんを、どうするつもりですか?」

 

「ん? とりあえず俺の担当する異聞帯へ連れていく。本人が要望するならヴォーダイムの所に保護させるつもりだが……」

 

「キリシュタリアさんの所、ですか?」

 

「……ああ。彼女も想い人の傍に居た方が良いだろう」

 

「……え?」

 

 エルデンが衝撃的な発言をする。マシュは一瞬呆気に取られたような表情を浮かべ、首を傾げる。

 

「想い人……えっと、オフェリアさんが、キリシュタリアさんを、ですか?」

 

「? そうだが……そうか、貴公はまだ知らないのだな。ここだけの話だが、どうやらオフェリアの奴、生き返ってからヴォーダイムの奴に好意を抱いているようなのだ」

 

「はぁ……本当ですか?」

 

「信じられんのも無理はない。俺も酷く驚いたが、よくよく考えればヴォーダイム程の男なら惚れるのも納得だ。ほら、キリシュタリア様、とか呼んでいただろう?」

 

「えっ あ、はい、そうですが……」

 

「好意を抱いているのは明らか。だというのは本人は何故か頑なに否定するのが非常に面白くてな、からかい甲斐がある」

 

 やたらと楽しげに語るエルデン。しかし、その内容にマシュは困惑するばかりだ。

 

「あ、えっと……その、多分オフェリアさんが好きなのは……その……」

 

「ん? どうした、貴公」

 

 何やら誤解している様子。というか、未だに彼女の気持ちに気が付いてなかったのかと驚く。

 

 あの頃のマシュから見てもオフェリアはエルデンに対してあからさまに恋愛感情を抱いており、それなりのアプローチをしていたはずだ。

 

 確かにキリシュタリアへの呼び方などは以前と違ったが、それは尊敬に近いものである。誤解を解くべきだとは思うが、本人が寝ている間に暴露してしまって良いのかとマシュは悩む。

 

「えっと、なんかマシュが困ってるけどどういうこと?」

 

 急に恋愛話が始まり、立香が首を傾げる。

 

『……ふむ、オフェリア・ファムルソローネがキリシュタリア・ヴォーダイムに抱いている感情は恐らく敬愛の類いだろう。それにミス・キリエライトが気付いており、そしてあの反応から察するに、恐らくオフェリア・ファムルソローネが本当に好意を抱いているのは彼、という訳か? ダ・ヴィンチ』

 

『正しくその通りさ。エルデンとオフェリアは時計塔に居た頃からの付き合いらしくてね……私も陰ながら応援してたんだけどまさか進展するどころかこうも盛大に勘違いされちゃってるとは』

 

「あー、鈍感系って奴なの? あいつ」

 

 ホームズとダ・ヴィンチの話を聞いて納得する立香。昔読んだことあるライトノベルによくある設定だが、まさか実際に目にしたのは恐らく初めてだ。

 

 しかし、意外な事実である。まさかあのオフェリアがエルデンに恋愛感情を抱いていたとは。見るからに真逆のタイプだったし悲しいが、ナポレオンの恋路はどう足掻いても茨の道だった訳だ。

 

「__見事だ。諸君」

 

 その時、パチパチと拍手が鳴り響く。

 

 一同が視線を向けると少し離れた場所にある高台に、甲冑を纏った騎士が立っていた。

 

「………………!」

 

 オフェリアのセイバー。巨人王を体内に封じ込め、そして解き放った騎士。ブリュンヒルデの宝具を受け、その身を切り裂かれたはずだが、今の彼は五体満足であり、全くの無傷だった。

 

「存外やるようだ。よもや大した犠牲も無く、氷炎の巨人に勝利してしまうとは。星を終わらせると豪語していたのだから、この異聞帯くらいは灰と化すと思っていたのだが、些か拍子抜けだ」

 

 抑揚が全く無い、無機質な声で称賛する騎士。その雰囲気は以前に戦った時は全く違い、感情というものがあまりにも希薄だった。

 

 そして、それが本来の姿なのだろう。

 

「大した犠牲も無く……?」

 

 対する立香はその発言の一部に顔をしかめる。犠牲__それはナポレオンのことを指すのだろう。自らの全てを引き換えにオフェリアを助け、スルトの足止めをした彼の犠牲を、大したことないと彼は言ってのけたのだ。

 

 実際サーヴァント一騎の犠牲だけで破壊神に等しき巨人王を倒せたというのは限りなく幸運だ。しかし、立香という少女はそれで切り捨てられるような人間ではなかったし、そう言ってのける者に怒りを抱かないような人間でもない。

 

「……やあ、初めまして。デーモンスレイヤー」

 

 そんな彼女を他所にエルデンはその西洋甲冑(フリューデッドアーマー)を見上げながら静かにその名を告げる。

 

「デーモン、スレイヤー……?」

 

「……ほう。俺が何者であるかを知るか」

 

 直訳すれば悪魔殺し。異名ともいえるその呼び名にカルデアは眉をひそめ、騎士は僅かに驚きを見せた。

 

 __デーモンを殺す者。男はそれ以上でもそれ以下でもなく、世界を彷徨う魂喰らいである。

 

「ああ。この目で見るまでは半信半疑だった。貴公が北欧で、それもオフェリアが召喚するなど思いもしなかった」

 

『__エルデン・ヴィンハイム。あの騎士の真名を知っているのかね? ということはもしや彼は“火の時代”の英霊か?』

 

 カルデアがいくら考えても辿り着けなかった騎士の正体を、エルデンは知っている。それも一目見ただけで分かってしまう程に……ならばヴィンハイムと関わりの深い“火の時代”やそれに連なる古い英霊ではないかとホームズは推理する。

 

「……いや、違う」

 

『では、どこの英霊なのかね?』

 

「……貴公。“火の時代”よりも前に文明があると言えば、信じるか?」

 

『何? ……それは“灰の時代”のことか?』

 

「否、それよりも遥か昔だ。岩の古竜が誕生する前、世界が霧に覆われる前、そこには失われた人類史が存在していた」

 

『………………!』

 

 エルデンの語る衝撃的な事実にホームズだけでなく、ダ・ヴィンチやゴルドルフも目を見開く。

 

 神代よりも古く、神代にとっての神代と称され、存在すらも疑われている“火の時代”よりも更に古い文明が存在するなど聞いたこともない。

 

「その時代において彼は救世の英雄であり、また世界を終わらせた最強の悪魔(デーモン)でもある」

 

「……随分と詳しいな、貴公」

 

 騎士__デーモンスレイヤーは僅かに首を傾げる。目の前の男は、現代を生きる人間にしては、あまりにも知り過ぎていた。

 

「エルデン__だったか。他所の異聞帯から神霊まで引き連れてわざわざ出向いてくるとは。あの小娘、つくづく男運が無い奴だと思っていたが、男を見る目だけはあったようだ」

 

「小娘__オフェリアのことか?」

 

「ああそう、オフェリア、そんな名だった。戯れに召喚に介入し、騎士を演じてみたが、なかなかに楽しめた」

 

 戯れ。デーモンスレイヤーが何気無しに放ったその言葉でエルデンは理解する。やはり縁による召喚ではなく、“侵入”に近い形で異聞帯へ入り込み、偶然オフェリアが召喚しようとしていたサーヴァントの肉体を奪い去った、ということなのだろう。

 

 つまりソウル体__今の彼を殺しても、真の意味で殺すことは出来ない。

 

「戯れ……? まさか、それだけの為に、オフェリアさんを呪い、スルトを解き放ったのですか?」

 

「……ん? ああ、そうだが。盾の小娘」

 

 顔をしかめながらマシュの問いかけにあっけらかんと答えるデーモンスレイヤー。

 

「そんな……!」

 

「何を怒る? 貴公とアレは敵同士だろうに……」

 

「なっ__」

 

「よくよく考えればカルデアとやらは可笑しな行動が目立つ。どうせ跡形も無く消し去るというのに、何故この地の民と関わり、あまつさえ救おうとする?」

 

「ッ………………!」

 

「全く以て無駄としか言い様がない。我がマスターだった女もそうだ、貴公を殺すなと言い、くだらぬことで思い悩んでいた。実に生温く、馴れ合いが過ぎる。本当にこの世界を破壊する気があるのか?」

 

「それ、は__」

 

 悪魔は不思議そうに語る。そこに嘲りも悪辣さはなく、ただ純粋な疑問を述べているようであった。

 

 マシュは口をつぐむ。彼女に怒りを抱かせるには充分な台詞だったが、同時にぐうの音も出ない正論でもあった。

 

 自分たちは、この異聞帯を滅ぼす側なのだ。

 

「キリエライト__奴の言葉に大した意味は無い」

 

 そう言ったのはエルデンだった。

 

「エルデンさん……?」

 

「……奴は言ってしまえば、愉快犯だ。もはや人間性など磨り切れ、その行動原理は如何にすれば面白くなるか……ただそれだけだ。覚えておくといい、世の中には手段の為ならば目的すら選ばないどうしようもない連中が居るということを」

 

「っ……ですが、私たちは確かに__」

 

「……少なくとも俺は貴公らの行動は間違っていないと思っている」

 

「えっ?」

 

 発せられた意外な言葉に、マシュがきょとんとする。気が付けばこちらを見据えるエルデンの瞳はあの頃のような、優しげなものであった。

 

「__滅ぼすからこそ、理解すべきだ」

 

「理解、ですか?」

 

「ああ。世界を、歴史を、自然を、文明を、生命を……己が未来の為に初めから“無かったことにする”そのすべてを、背負うべき罪と責任を、決して忘却の彼方に追いやってはいけない。でなければ貴公らは単なる破壊者でしかなくなってしまう」

 

「______」

 

 それは思わぬ激励であり、警告でもあった。マシュだけでなく、傍らに立つ立香も通信機越しに居るカルデアの面々も皆聞き入っていてしまう。

 

「__けれど、貴公らは知ろうとした。自らが滅ぼす世界を、そこで生きる者たちを。それがどんなに辛いことか思い知ったというのに、目を背けず、逃げ出さず、また立ち止まることもしなかった。それはとても困難なことであり、とてもとても素晴らしいことだ」

 

 純粋な肯定の言葉が立香の胸に響く。まるで呪いのようであり、彼女たちの逃げ道を潰し、重荷を背負わせる。

 

 元より自分たちの浅はかさが招いた結果。現地の住民と深く関わらなければきっと、このような辛さや後悔が無くなるという訳ではないが、それでも多少は和らぐのだろう。

 

「__カルデアよ。我らが敵よ。未来を奪われた貴公らには、異聞帯を滅ぼす権利がある。だからこそ、その気持ちを、その誇りを決して忘れないでほしい」

 

 しかし、その選択はもう出来ない。それではエルデンの言う単なる破壊者でしかなくなってしまう。

 

 逃げては駄目なのだ。目を背けては駄目なのだ。エルデンの言葉を聞いて、それに共感してしまった今はもう__。

 

「……話は済んだか? なら、さっさと始めよう」

 

 黙って会話を聞いていたデーモンスレイヤーが退屈そうに問い、そして背筋が凍り付く殺気を放つ。

 

 一同が身構え、戦闘態勢を取る。

 

「__殺す!」

 

「…………ッ!? ブリュンヒルデさんっ!?」

 

 真っ先に飛び出したのは狂える戦乙女__ブリュンヒルデだった。

 

 デーモンスレイヤーの姿を再び視認した時から溢れ出す殺意を隠せておらず、それでも我慢していたがあちらが殺気を放ったことで堪忍袋の緒が切れる。

 

 愛する男の肉体を奪い、使い潰した存在を前に怒り狂うのは当然であり、誰よりも冷静さを失った状態で宝具を発動。巨大化した長槍を突き出す。

 

「シグルドの仇__!!」

 

「……やれやれ。殺したのは、貴公だろう」

 

 その巨刃は先の戦いのようにデーモンスレイヤーの肉体を切り裂かんと迫り__。

 

 カァァァァン!! 

 

「__なっ」

 

 何が起きたのか理解出来ず、思わず呆然としてしまう。復讐の一撃はあっさりと、左手の盾によって弾かれるようにして受け流(パリィ)された。

 

 そして、硬直し、無防備となった胴体へ右手に握られた魔剣が吸い込まれるように突き刺さる__。

 

「ガハッ__!?」

 

 ブリュンヒルデが吐血する。魔剣は彼女の霊核を的確に貫いており、その“致命の一撃”で粉々に砕く。

 

「ッ……シグ、ルド……」

 

 悲痛な表情を浮かべ、そのままブリュンヒルデは光の粒子となって消滅する。

 

 そして、散っていくはずの光の粒子は、その魂は、座に還ることなくデーモンスレイヤーの方へと向かい、彼の肉体へ吸収されていく。

 

「ブリュンヒルデ、さん? そ、そんな……」

 

 あまりにも唐突な死に立香もマシュも理解が追い付かず、半神とも言うべき戦乙女が瞬殺されたという事実に驚愕する。

 

 てっきり彼があれだけの力を有していたのは、内にスルトを封じ込め、その力を行使していたからだと思われていた。

 

 しかし、実際に計測してみればその魔力量は以前の数値を遥かに上回っている。つまり驚くべきことにむしろスルトを封じ込めていたせいで彼の力は抑えられており、弱体化していたのだ。

 

「__“北のレガリア”か」

 

 対するエルデンは特に動じた様子もなく、彼の手に持つ魔剣の銘を呼んだ。

 

「……つくづく驚かされる。よもや、こいつの名までも知っているとは」

 

 北__それが指す今はもう名すら失われた国の古い王の証(レガリア)。その由来は多く語られないが、古い獣と共に、悪意により世界に残されたという。

 

 既に失われており、デーモンスレイヤーの持つそれは起源を同一とする二対の魔剣と老王の魂を掛け合わせることによって再現されたもの。

 

 何故そんな代物の銘をエルデンが知っているのか__。

 

「俄然興味が湧いた。貴公の身に宿す暗きソウル……是非とも喰らってみたい」

 

「……奇遇だな」

 

 デーモンスレイヤーが魔剣を構える。その視線の先にあるのはエルデンとその後ろで無言で佇む無名の王。それからオフェリアを抱えている聖剣もまた警戒すべき相手だ。

 

 多勢に無勢。けれど、それもまた一興だろうと生に執着の無いデーモンスレイヤーは兜の内側で笑みを浮かべる。

 

「__俺も貴公を殺したいと思っていた」

 

 だからこそ、注意が散漫してした。気が付いた時には魔剣を持つ右腕が宙を舞い、そして凍てつく刃が彼の首を狙う。

 

「____ッ!?」

 

 目を見開きながらも寸前で回避する。眼中に無かったカルデアの英霊か__否、そんな有象無象では最強のデーモンの隙を突けるはずはない。

 

 飛び退くように距離を取り、刺客の姿を視認する。

 

「__ほう。避けますか」

 

 それはフードを被った修道女。両手に大鎌を持ち、片方の刃は冷たい魔力で構成されていた。

 

 彼女はデーモンスレイヤーの首を刈り取れなかったことに眉をひそめ、しかし計画通りだと薄く笑う。

 

「…………!」

 

 軽く鎌を振るうだけで、冷気が襲う。それはスルトの炎熱で雪溶けた大地を再び凍り付かせ、デーモンスレイヤーの肉体までも凍らさんと迫る。

 

 まだ地面に着地していないデーモンスレイヤーにこれを回避することは不可能であり、それを見越して修道女も両手の鎌を構え、瞬間移動が如き目にも止まらぬ速さで駆ける。

 

「____」

 

 __神の怒り。

 

 すかさずデーモンスレイヤーは盾から獣の触媒(タリスマン)へと持ち替え、奇跡を行使する。彼を中心に発生した強い力場を爆発させ、それによる衝撃波で冷気を、修道女を、周囲にあるすべてを吹き飛ばす。

 

「ッ__今です。アーチャー」

 

 しかし、それは悪手だった。

 

 強靭無き修道女は地面に叩き付けられながらも、この時を待っていたとばかりに合図を出す。

 

「__承知」

 

「むっ!?」

 

 雷鳴が轟く。

 

 神の怒りを使用したことにより、一時的に硬直したデーモンスレイヤーの背後にいつの間にか回り込んでいた大弓を背負った上裸の男が跳躍し、その手に持つ雷を纏わせた黒き刀で彼を斬り付けた。

 

「ガッ……!?」

 

 __打雷__

 

 天から降り注ぎし雷を一身に受けたデーモンスレイヤーは当然ビリビリと感電してしまう。

 

「なんの、これしき……!」

 

 しかし、この隙にタコ殴りに遭うのは確実。痺れる身体に鞭を打ち、無理矢理全身から魔力(ソウル)を放出させ、ジェット噴射の如くその場から離れようとする。

 

 __が、それは突然の落雷によって阻まれた。

 

「ヌゥ__!?」

 

 先の雷を遥かに上回る電流と電圧。竜殺しの概念を纏うそれを受けたデーモンスレイヤーは今度こそ身動き一つ取れなくなってしまう。視線を向ければ無名の王がこちらを見据えながら剣槍を天へ掲げており、指示を出したであろうエルデンはくつくつと笑っていた。

 

「__殺れ。弦一郎」

 

 そして、本命の一撃が来る。

 

 弦一郎と呼ばれた先程雷をぶつけた男は完全に動きを止めたデーモンスレイヤーへと駆け出し、今度は“黒炎”が如き禍々しい瘴気を纏うその妖刀でデーモンスレイヤーの心臓を刺し貫く。

 

 その瞬間。虚脱感が襲い、寒気が走り、全身が冷え切る。それが自身のような存在にとって猛毒となる代物であり、その正体はデーモンスレイヤーには容易に理解出来た。

 

 ああ__不死殺しの武器かと。

 

 

 

 

 

 

__IMMORTALITY SEVERED__




最強のデーモンさん一人をぶっ殺す為に無名修道女孫引き連れてくるエルデンくん。プレイヤー側からしたらふざけんな案件。




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北欧の終わり

今更ですがルド……聖剣の狩人さんのスペックは普通の人型サイズでボス第二形態のモーションや技をそのまま使えちゃう感じです(唐突)




 ◎

 

 

「__卑怯とは言うまいな?」

 

 刀を引き抜く。傷口から血が噴き出し、デーモンスレイヤーはゆっくりと仰向けに倒れ伏す。

 

「……ふ。はは。久しい感覚だ。死ぬというのは」

 

 渇いた笑い声。夥しい死を繰り返し、然れど幾度も生き返る。拡散の尖兵に殺されて以来、本当の死というものを実感したことはなかった。

 

 だからこそ、その新鮮さに驚き、歓喜する。数多の偽りの一つではなく、死なぬ者を殺す為に造られ、鍛え上げられた正真正銘の不死殺し。

 

「……存外、心地好いものだな」

 

 肉体が光の粒子へと変わっていく。神殿へは転送されず、今度こそ消滅する。

 

 サーヴァントとしての悪魔殺しは、確かに死んだ。

 

「__だが、そいつでは、真の意味で俺を殺すには、まだ足りん」

 

「……ああ。貴公があの神殿に縛られている限り、“本体”をいくら殺してもソウル体となって甦るだろう」

 

 エルデンが言う。弓兵(アーチャー)__葦名弦一郎が持つ宝具“不死斬り・開門(ふしぎり・かいもん)”の力は紛れも無く本物であり、サーヴァントの身でありながら楔の神殿を介して幾度も生き返るデーモンスレイヤーすらも殺してみせた。

 

 しかし、神殿に残っているであろうデーモンスレイヤー本人となれば話は別だ。例えソウル体を殺したとしても“古い獣”は最強の僕である彼を何度も復元する。

 

「__けれど、“古い獣”を殺せばどうなる?」

 

「____!」

 

 デーモンスレイヤーが目を見開く。

 

「ほう……それは何とも、面白い冗談だ。まさか貴公、アレにそんな道理が通じるとでも__」

 

「無論。アレの存在は看過出来ず、許容も出来ない。殺せぬというのなら、殺せるようにするまで。既に方法も用意している。後は来る時にそれを成すのみ」

 

 エルデンは悠然としながら、しかし確信に満ちた瞳でデーモンスレイヤーを見下ろす。そこに欺瞞は無く、確かな意志があった。

 

「……そうか、そうか。本気のようだな。まだまだ面白くなりそうで、何よりだ」

 

 楽しげに、デーモンスレイヤーは笑う。

 

 近いに内に訪れるであろう“次”への期待を込めて、まるで眠るように消滅した。

 

「……あれもまた、“竜胤”の力、御子の忍と似た存在か」

 

 血を振り払い、弦一郎が呟く。彼の記憶の限り不老不死という存在は実に多く居る。その中でも厄介なのが実際に死んで、生き返る不死だ。

 

 殺せるし、死んでいるのだから“不死斬り”も効果が薄く、何度殺しても挑み続け、動きを理解し、対策され、やがて先読みされ、こちらが殺されてしまう。

 

 弦一郎だけではない。修道女のランサーも、無名の王もその恐ろしさは実際に味わい、しかと理解している。

 

 同じ手はもう通じない。

 

「新たなサーヴァント……! 霊基解析の結果、クラスはランサーとアーチャーだと思われます!」

 

『何ィ!? 二騎もかっ!? エルデン・ヴィンハイムの奴、一体何騎のサーヴァントを従えているのだっ!?』

 

 ゴルドルフの悲鳴に近い叫びが響き渡る。突如としてサーヴァント二騎がデーモンスレイヤーを襲撃したかと思えば無名の王までも援護し、一瞬にして撃破した。

 

 あまりにも突然のことに戸惑うカルデア。しかし、今の状況が危機的なものであることは即座に理解する。

 

 巨人王スルトに渡り合う程の力を見せた聖剣を名乗るセイバーと、そのスルトを圧倒的な力で屠った戦神に加えて不意打ちとはいえデーモンスレイヤーを倒してみせた二騎。

 

 __そして、英霊とも戦えると言われ、実際にそれだけの大魔術を行使したクリプター、エルデン・ヴィンハイム。

 

 スルトという共通の敵が居なくなったことから先程から黙って様子を伺っているスカサハ=スカディもこちらと敵対するだろう。

 

 正しく絶体絶命。流石の立香も死を覚悟する。

 

「__む?」

 

 だからこそ、皆がその存在を忘れていた。

 

 突然、乾いた銃声と共にエルデンの右腕がちぎれ飛んだ。

 

「マスター……ッ!?」

 

「エルデンさんッ!?」

 

 マシュが叫び、立香が口元を抑える。修道女のランサーが焦った様子で駆け寄っていく。

 

 対するエルデンは多少目を見開きながらも、肘から先が無くなった腕を一瞥すると涼しい顔で銃声がした方向を見据える。

 

「……漸くお出ましか」

 

「__まさか、貴様とはな」

 

 そこに立つのは、血に濡れた黒すぐめの男。

 

「狩人……!」

 

 立香がその名を呼ぶ。足止めをくらっているという連絡から今の今まで音信不通だった現状の最高戦力の満を期しての登場に目を輝かせる。

 

「……すまない、マスター。厄介な奴に喧嘩を売られてしまってな、駆け付けるのが遅くなってしまった」

 

 狩人__フォーリナーはそんな彼女へ謝罪し、またカルデアの面々の無事を確認するとエルデンへと視線を戻す。

 

 その瞳は、殺意に満ちていた。

 

「どういうつもりだ? よもや上位者の尖兵と成り果てた訳ではあるまい?」

 

「……ほう。てっきり断定して即殺しに掛かるかと思っていたが、どうやらそれなりの信用は得ていたようだな」

 

「__答えろ、殺すぞ?」

 

「……ああ。勿論だとも。俺としても少々、いやかなり予想外の事態ではあったが、使える物は何でも使う主義でな。少しばかり利用させてもらっている」

 

 え? と立香が目を丸くする。驚くことに、どうやら二人は面識があったようだ。

 

 欠損した腕からポタポタと濁った赤い血が流れ続けるが、エルデンは特に処置をする訳でもなく、フォーリナーと視線を交差させ、笑う。

 

「利用、か……では、問おう。探究者よ、貴様は今__この私の敵として立っているのか?」

 

「……貴公がカルデアに与するのであれば」

 

「__そうか。それが探究とやらの果てに、行き着いた答えか」

 

 静かに答えるエルデン。それに対してフォーリナーは少し残念そうに一瞬目を伏せた。

 

「__ならば死ぬがいい」

 

 そして次の瞬間。その姿が消え、同時にエルデンの前方に火花が飛び散った。

 

「__二度も傷付けさせるとお思いで?」

 

「__失せろ、灰の女」

 

 愚か者を切り刻まんと振り下ろされたフォーリナーのノコギリ鉈を一瞬にして前に立ち塞がった修道女のランサーの大鎌が受け止め、弾く。

 

 それでもフォーリナーは止まらず、邪魔する修道女のランサーを切り捨てんとするが__。

 

「____!」

 

 矢が、頬を掠めた。

 

 視線を向ければ、離れた場所に大弓を構えた弦一郎が立っており、フォーリナーを射抜かんと速射する。

 

「チィッ____」

 

「狩人さん……!」

 

 すかさず駆け付けたマシュが大盾でフォーリナーを隠し、飛来した数本の矢を防ぐ。矢自体は重い一撃でかなり威力は高いが、宝具という訳でもなく、防ぐこと自体は容易だった。

 

「大丈夫ですかっ!?」

 

「……ああ。助かった、マシュ嬢__来るぞ!」

 

「____!!」

 

 すると弦一郎は地を這うようにして一瞬でマシュへと接近し、攻撃を仕掛ける。

 

 渦雲を描くような高速の剣撃。マシュはこれを盾で防がんとするも、畳み掛けるような猛攻にスタミナが追い付かず、僅かに仰け反ってしまう。

 

「くっ___!?」

 

「__甘い」

 

 そして、更なる連撃で遂にはマシュの体幹は崩れ、その瞬間に刀を振り上げて跳躍する。

 

 斬られる__そう思い、マシュは目を伏せるが、それよりも先にフォーリナーの銃口が彼を捉えていた。

 

「落ちろ、赤目」

 

「ヌゥ!?」

 

 一発の水銀弾が弦一郎の眉間を撃ち抜き、彼を落とす。そのまま怯み、膝を突いた彼の臓物を引き摺り出さんとフォーリナーは右手の武器を捨て、その掌を異形の獣のものへと変化させる__。

 

 が、その爪が弦一郎に届くよりも速く、修道女のランサーが両手の鎌を構え、飛び掛かる。

 

 致命失敗。フォーリナーは舌打ちするも即座にノコギリ鉈をその手に戻し、これを捌かんとするも長柄の大鎌でありながらまるで乱舞のような目にも止まらぬ素早い連撃に堪らず後退した。

 

「ッ……おのれ……」

 

「__危なかったですね、アーチャー」

 

「ああ……助太刀感謝する。らんさあ殿」

 

 大口径の銃弾を撃ち込まれたにも関わらずその傷は浅く、弦一郎は多少呻き声をあげるだけで平然と立ち上がる。その傷もまるで逆再生するかのように凄まじいスピードで癒えていく。

 

 その異様な光景を見てマシュはあの一見すると東洋、恐らく日本出身だと思われる弓兵の英霊の由来が、まともな人間ではないことを察する。

 

「__動くな、ここ一帯が消し飛ぶぞ?」

 

 そして、次の瞬間。背後から殺気が襲う。

 

 振り向けば聖剣の狩人が耀く月光の刃をこちらへと突き付けていた。

 

「貴様……!」

 

「落ち着きたまえ。こちらに君と争う意思は無い」

 

「黙れ……! “聖剣のルドウイーク”……! 醜い獣に成り果てた挙げ句、奴の手駒にまで落ちぶれたか……!」

 

「……随分と嫌われたものだ。まあ、どうとでも言ってくれて構わない。しかし、よく状況を見てから暴れるのだな」

 

 吐き捨てるように、聖剣の真名を呼ぶ。対する聖剣は一瞬顔をしかめるも悠然とした態度でそう言う。

 

 __ルドウイーク。

 

 医療教会最初の狩人であり、かつて英雄として名を馳せた人物。教会を正義と信じ、人々の為に狩りに邁進したが、後に真実を知り、発狂したことで狩人の悪夢に囚われ、地下死体溜まりを彷徨う“醜い獣”と成り果てた憐れな男。

 

 悪夢を訪れたフォーリナーとの死闘の果てに理性を取り戻すも敗北し、そして最期にはまた狂い、弓剣の狩人によって引導を渡された。

 

 そんな男がまさか人だった頃の状態でサーヴァントとして召喚され、更にはエルデンと契約しているとは思わず、イカれた教会の関係者の中では数少ない良心だと認識していたフォーリナーはその事実に憤慨する。

 

『ひ、ど、どどどどどどうするのかねっ!? ホームズ君! ダ・ヴィンチ女史!』

 

『これは……もはや……』

 

『ああ……完全にお手上げ、という奴だね……』

 

『そんなぁ!?』

 

 フォーリナーを以てしても、この絶望的な状況を打破することは叶わず、立香たちは取り囲まれてしまう。

 

 少しでも抵抗する素振りを見せれば誰かが死ぬのは避けられず、それを分かってかフォーリナーもその目を血走らせながらも動きを止めていた。

 

 再び夢へと逃げるか? そんな模索をしているとエルデンが笑みを浮かべる。

 

「……セイバーが言っただろう。争う気は無いと」

 

 そう、先程から彼に敵意というものは無かった。

 

「……今回の目的は二つ。一つは我が友オフェリアの救出、そしてもう一つは、デーモンスレイヤーの抹殺。それらは既に成され、この北欧にもう用は無い」

 

「ほう……つまり救援はここまでだと? エルデンとやら」

 

 スカディがその言葉に反応する。彼女としては思う所が無いと言えば嘘になるが、彼らがカルデアを始末してくれた方が都合が良かった。

 

「……ああ。悪いな、スカサハ=スカディ。生憎と貴公を助ける義理は無い。それに汎人類史と異聞帯。世界の命運を賭けた闘いに、部外者が介入するのも無粋であろう?」

 

「フッ そうだな……別に構わん。憎きスルトめを倒してくれただけで充分だ。もはや戦乙女たちは居ないが、然れどこの者たちとは、私が決着を付ける」 

 

「__それでこそ、だ。優しき女神よ」

 

 決意の籠った瞳。何がなんでも、この北欧を、この世界を救わんという意志。それは紛れも無く本物であると察せられ、だからこそエルデンは叶わぬことを知りながらも彼女の健闘を祈る。

 

 そうやって彼は笑い、パチンと指を鳴らす。

 

「待て__」

 

GYAOOOOOOOOOOOOOOOO!! 

 

 すると頭上に“嵐の竜”が現れ、咆哮する。

 

 同時に嵐が勢いを増し、洪水が如き豪雨と竜巻の如き突風が一同を襲った。

 

「うわっ__!? 」

 

「ッ!? 先輩……!!」

 

 突然の現象に顔を腕で覆い隠す立香をマシュが守るように掴んで盾で風を防ぐ。

 

「__さらばだ、カルデア諸君」

 

 それから程無くして雨が止み、風が微風へと変わり、嵐が完全に去れば本物の太陽の浮かぶ明るい空が姿を現す。

 

 あれだけの突風が襲ったにも関わらず一同に怪我は無く、思わず呆気に取られてしまう。どうやら先の咆哮は単に嵐を晴れさせるものだったようだ。

 

 __そして、エルデンたちは、忽然とその姿を消していた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ◎

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「__なかなか面白かった」

 

 白い少女が笑う。スルトが死に、嵐が去り、終わりの時が刻一刻と迫っている北欧の景色を眺めながら。

 

「しかし、驚いたよ。懐かしい匂いがすると思えば、まさか彼が来るなんてね。久方ぶりに見たけど随分と人間臭く成り果てたものだ」

 

「……あれが、“太陽の長子”、神々を裏切り、古竜の信奉者となった者か」

 

「正確には同盟者、だけれどね」

 

 傍らに立つのは、黒いローブを身に纏い、樹木の根のような仮面で顔を隠した男。その声はまるで幾つもの人の声が重なった加工されたようなものだった。

 

 彼らは何をする訳でもなく、巨人王スルトとカルデア、そしてエルデン・ヴィンハイムの戦いを、ただ眺めていた。

 

 誰にも気付かれることなく__。

 

「あの襤褸布の男は……あら、もうこの世界から出て行っちゃったみたいね。残念、彼とはまだまだ舌を噛んで語り明かしたかったというのに……」

 

「……“カルデアの者”、と名乗っていたな。終ぞ我らの誘いは受け入れなかった」

 

「実に残念だ。是非とも彼には同志として協力してもらいたかったが、まあその内また会えるでしょう」

 

 いつの間にか消えていたカルデアを名乗る謎の男。しかし、白い少女と仮面の男は大して気にする様子は無く、新たな演目を見物しようとする。

 

 カルデアと氷雪の女王の生き残りを賭けた決闘。疲弊した女王と夢の狩人が付いているカルデアではどちらが勝つのかは明白であるが、それでも見応えのあるものだろう。

 

「さて、今回は来なかったね。あの赤い機械」

 

「……そうだな。発生には何らかの条件があるのかもしれん」

 

「もし来たら回収したかったのだがな……“財団”はケチ臭いし」

 

 ロシア異聞帯を崩壊させた赤い熾天使たち。彼らはロシアが完全に漂白されるまで破壊活動を続け、やがてどこかへと消えた。

 

 てっきり他の異聞帯に侵攻していると思っていたが、残念ながらそのような情報は掴んでいない。

 

 だが、いずれまた現れるだろう。あの狂った裁定者は自らが生まれる未来を阻むすべてを排除するつもりなのだから__。

 

「__いやぁ、楽しいね。世界ってのは」

 

「……目的を忘れるな。公爵よ」

 

 愉しそうな白い少女に、仮面の男は釘を刺すように言う。それは脅しにも忠告にも聴こえた。

 

「分かってるわよ。けど君も理解しているだろう? 私たちという存在は皆、未知というものに惹かれるものだ」

 

「……そうだ。けれど、だからこそ、我らはそれを貪り、探究し、罪を犯し過ぎた」

 

 仮面の男は自身の過去を思い返しながらそう語る。対する白い少女は説教臭いその物言いに顔をしかめながらも、ふとした疑問を抱く。

 

「罪、罪ねぇ……にしては君、罪悪感とかそういうの、特に感じてないよね?」

 

「……当然だろう。間違いであることを理解したのだ。即ち、私は何ら間違っていなかった」

 

 その返答に白い少女は目をぱちくりさせる。そして、すぐに満面の笑みを浮かべた。

 

「フフッ やっぱり狂ってるわよ、君」

 

「……今更が過ぎるな」

 

 笑い合う二人。結局、彼らは誰にも気付かれず、空想樹が切除され、北欧の滅びが確定するまでそこに居た。

 

 世界は脅威と驚異で満ちている。それは異聞帯や異星の神だけではなく、様々な思惑が渦巻き、影に潜んで暗躍を続け、何かを成そうとしていた。

 

 そのことに、カルデアはまだ気が付かない。

 




ぶっちゃけ異星の神どころの騒ぎではない。


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エルデン・ヴィンハイムの憂鬱

憂鬱ってほど憂鬱でもないゾ(タイトル詐欺)


 ◎

 

 

やったぜ

 

 っしゃあ! 眼帯ちゃんを救出! 

 

 ほんと危機一髪だった! まさかオメメ犠牲にしようとするとか! 覚悟ガンギマリ過ぎィ! しかもあの流れ絶対シリウスなんたらってのも使ってたろ! 

 

 少しでも来るのが遅かったら失明して最悪脳味噌くるくるパーになって死んでたとかマジ? 誰だよルドウイーク居れば大丈夫っしょ! って言ってた奴、俺だわ! 

 

 いやでも狩人様召喚されるとか予想外でしょ。デモスレさんはもっと予想外だわ。しかもなんか異聞帯のスルトにまで目を付けられてたし……ちょっと眼帯ちゃん不憫過ぎませんかね? これ絶対あれでしょこれ、本来のシナリオなら死んでたろ。

 

 カドック生きてたからまあ大丈夫だと思ってたけどやっぱ死ぬ奴は死ぬのね……ってか回収しに来たのが麻婆の時点で死亡フラグまだまだ満載だったわあいつ……。

 

 まあでも眼帯ちゃんに関しては助けられて本当に良かった。スルトもなんか色々混ざっててやべーことになってたし万が一を考えて無名さんも連れてきといて良かったわー。

 

 デモスレ相手にも内心ビクビクだったけど、スタイリッシュ聖女と弦ちゃんの不意打ちタコ殴りでぶちのめしたしなんかクールに去るぜ! って感じでカルデアに大物感見せ付けて立ち去れたしもう完璧じゃねこれ? 

 

 狩人様に腕吹っ飛ばされたけど。痛い。まあ、死ねば治るし~? ……痛い。

 

 にしても狩人様参戦とかずるくない? しかも見た感じ弱体化してるとはいえ上位者のままだよね? ずるくね? ずるい(確信)。

 

 まあ、元より戦力差あるしこのくらいのハンデは別に良いけど他の異聞帯がなんか可哀想だな……あ、そういやキリシュくんにどう説明しよ? 不可侵条約みたいのあったよね? うーん……適当に誤魔化そ! 

 

 それよりも眼帯ちゃん歓迎する為に祭祀場掃除しないと! ということで鯖の皆さん瓦礫の撤去よろ! 

 

 さあ、そんな感じで今日も一日がんばるぞい! 

 

 __とあるクリプターの手記より。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ◎

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 __ファランの城塞。

 

 かつて、深淵の監視者たちの本拠地であったそこは彼らが薪となった後、腐った森に呑まれ、毒沼に沈んだ。

 

 ファランとはその昔、大狼の住まう黒い森の庭だったが、長い年月が過ぎ去り、いつしか流刑者の地となった。ファランと呼ばれるようになったのもその頃だ。

 

 火の時代において流刑者とは罪人の他に、ダークリングを宿した不死人も居た。ファランの不死隊を結成した不死たちもきっと、その中の幾人かだったのだろう。

 

 彼らが深淵歩きの伝説に触れ、その身に狼血を宿すことでファランの不死隊、“深淵の監視者たち”が誕生したのだと思われるが、その経緯には様々なことが語られる。

 

 もはや見る影も無いその地で、侍祭の末裔たちと老狼に仕える番人たちは戦士の眠りを守り続ける。それこそが、彼らに与えられた使命であり、自らをこの世に繋ぎ止める唯一の縁なのだから__。

 

 そして、再び帰還した“王”は兵を募った。

 

 来るべき戦いの為に。恐るべき深淵に真っ向から立ち向かえるだけの猛者たちを喚び寄せんと__。

 

「……随分と様変わりしたな」

 

 城壁の上から毒沼を見下ろしながら、エルデン・ヴィンハイムは驚きを以て呟く。

 

 視線の先に居る者たちは、少なくとも彼の記憶では本来そこに居るはずがない存在だった。道中の生贄の道や磔の森も同様に見慣れぬ者たちばかりが居る。

 

 これが薪の王__“深淵の監視者”が兵を、戦力を募った結果だ。限りなく少ないこの異聞帯において正気を保ち、また腕に覚えのある者たちは深淵の駆逐という明確な目標を立て、この延々と続く古き時代に終わりをもたらす活路を開かんとする彼らに惹かれ、またすがるように集った。

 

 まるで誘われるかのように、冷たい絵画からミルウッド騎士や幽鬼たちも這い出る。

 

(……一体何を考えているのやら。もはや深淵狩りには、何ら意味が無いというのに)

 

 今やファランの総戦力は、冷たい谷のイルシールやロスリックにも匹敵するだろう。

 

 その変貌に当初エルデンは疑問を抱いていた。未だにファランの不死隊が深淵の駆逐という大義を掲げていることに。深淵の監視者なのだから当然であろうと思えるが、彼らは知ったはずだ。火を継ぎ、その身を薪として焼かれた際にすべてが嘘であったということを。

 

 偽りの使命。偽りの誓約。

 

 火継ぎとは神々の欺瞞であり、そして人の本質こそが深淵の闇そのものである。だからこそ、彼らは玉座を捨てたのだ。

 

 けれど、彼らは決して諦めてはいなかった。深淵狩りを、その駆逐と根絶を__。

 

 故に、エルデンは評価を改める。かの狼騎士の後継。憧れ焦がれた彼らは如何なる理由が、残酷な真実があれど、心折れることはなく監視者という使命を放棄しないということを理解した。

 

「……ほう」

 

 それからエルデンは思い出す。深淵の監視者は不死人であると同時に鼻が利く“狼”であるということを。

 

 彼らは深淵の匂いを嗅ぎ付け、その兆候を見つければ一国すらも滅ぼし、異形を狩る。

 

「……これはこれは。まさか貴公の方から来てくれるとは」

 

「………………」

 

 いつからそこに居たのかは分からない。ずっと前から居たかもしれないし、ほんの数秒前に現れたかもしれない。どちらにせよ、分かるのは彼__“深淵の監視者”がエルデンに気付かれずにその背後に立っていたということだ。

 

 ボロボロのマントを靡かせる、動きやすさを重視した軽装の鎧。その右手には分厚く長大な特大剣が握られ、左手には短刀が逆手に握られている。

 

 そして、特徴的な尖った鉄兜。それは不死隊の象徴であり、不吉の前触れとして衆人に忌避されたという。

 

「……遂に話を聞いてくれる気になったか? きっと貴公らにも悪い話ではないはずだ。我らと貴公らで、共に新たな世界を築こうではないか」

 

 監視者を見据えるエルデンの瞳には僅かながら期待が込められていた。いつもならば自ら城塞外縁の篝火から彼の居る場所まで赴き、交渉を試みても門前払いされてしまう。

 

 今回で十回目の訪問になるが、此度は彼が直々に自身の眼前に現れたのだ。何かしら心境の変化があったと考えるのが常だろう。

 

「………………」

 

 監視者は、兜の隙間から覗かせる赤色に輝く目でエルデンを見据えていた。

 

 もはや理性を失っているように見えるが、その瞳の中には確固たる意志が存在しており、彼が深淵に呑まれかけながら獣と成り果てていないことを証明している。

 

 それを為せたのは、彼らの“狼血”が故だろう。

 

「_____」

 

 実のところエルデンは警戒していた。

 

 深淵の監視者が、自身に対して敵対的なのは此迄の事柄からよく分かっていた。左手には鉄拳(セスタス)を装備し、いつどのタイミングでその大剣が振るわれてもパリィ出来るように準備している。

 

 けれど、エルデンが動くことはなかった。

 

「…………ん?」

 

 ボトリ、と首が擦れ落ちる。

 

 とうに大剣は振るわれており、エルデンの首は斬られていた。長時間も斬られたということに全く気付かず、血すら流れぬ程に綺麗な切断面で。

 

 急に視界が下がったことにエルデンは眉をひそめ、そして自身の顔を踏み潰さんとする監視者の足を最期に、彼の意識は暗転した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ◎

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……ふむ、いつ斬られていた?」

 

 篝火の前でエルデンは目覚める。

 

 これで十回目の死。指に嵌めていた貴い犠牲の指輪が砕け散るのを確認し、今は繋がっている首を傾げた。

 

「何だ……また懲りずにファランへ行き、死んだのか。貴様」

 

 呆れたように、溜め息混じりにそう言い、法王サリヴァーンは彼を見下ろす。

 

 ここは冷たい谷のイルシールにある大聖堂。エルデンは法王との盟約により、ここに篝火を作る許可を得ていた。

 

「……ああ。首をはねられてしまったよ」

 

「当然だろう。深淵の末裔である貴様は奴らにとっては狩るべき対象であり、怨敵にも等しい。交渉の余地はなかろうに」

 

 首元を触りながらエルデンは笑う。不死にとって死に対する価値観は軽く、戯れとすら思う者も居る。自身の裏庭で“道場”などと称して延々と殺し合いに興じる火の無い灰たちや神喰らいの守り手たちが良い例だ。

 

 故に、未だに定命の生物であるサリヴァーンには理解し難く、過去において徹底的に迫害されたのは、神々の策略云々含めても当然と思える程にどうしようもない存在のように思えた。

 

「……ふーむ。どうしたものか」

 

「始末すれば良いだろう。兵なら出すぞ? 元より目障りな連中だったからな……それに薪の王とはいえ所詮は群れることしか出来ない狼だ。貴様のサーヴァント、特にあの忌々しき戦神を引き連れて来ればどうとでもなろう」

 

「__貴公。それは些か彼らを舐め過ぎだ」

 

 深淵の監視者を侮る発言にエルデンが指摘する。それはまるで以前の自分を見ているようであった。

 

 ファランの不死隊。それは個人ではなく、複数で薪として成り立っているという、歴代の中でも珍しいタイプの薪の王だ。

 

 王たる資格はその身に流れる“狼血”にこそ存在し、個人個人の戦闘力は神話を生きた歴代の王たちよりも遥かに劣る。故に、甦った王たちの中では最弱と言えよう。

 

 そう、エルデンは思っていた。しかし、実際に見てみてその印象は大きく覆った。むしろ他のどの王たちよりも覇気に溢れ、闘争の中を生きていた。

 

「それにもはや彼らを単なる群れと断ずるには些か無理がある。彼らはファランの不死隊という個であり、深淵の監視者という群なのだ」

 

「……ああ。そうであったな。少々口が過ぎた」

 

 かつて、“火の無い灰”が到達した時、深淵の監視者たちは殺し合いを繰り広げていた。

 

 エルデンはその理由を知ることは出来ず、様々な考察をしたものだが、今の彼らを見た瞬間にそれを容易に理解する。

 

 __彼らは、その“狼血”を一つにしたのだ。

 

 その名は深淵の監視者“たち”ではなく、深淵の監視者。もはや個人として薪の王に足り得る存在であり、今の彼らの力は深淵歩きアルトリウスにすら匹敵するだろう。

 

「深淵歩きの再来……否、深淵すら克服した奴らはもはや憧れを越えた訳か。後数千年ほど生まれるのが早ければ、この世界も多少はマシになったと思うか?」

 

「……それは流石に無いな。何もかもが手遅れだ」

 

「ククク……だろうな。とっくの昔から、神々が火を手にした時からこの世界は修正しようがない程に間違っていた。故に、我らは__」

 

「__終わりを待つしかない」

 

 二人が笑い合う。サリヴァーンは今でもエルデンのことを解せぬ存在だと思い、狂人とすら思っているが、それでも彼らが同盟を結び、気安く語らう関係が成り立っているのは一重に利害の一致だけではない。

 

 結局のところ彼らは同類なのだ。望みも行き着く先も同じ__終わりの先にこそ、希望があり、そしてそこでのみ彼らの野望は叶う。

 

「……だが、ならばこそ優先して滅ぼすべきだとは思うが? 話に応じぬ以上、放置しておくべきではない」

 

「いや、駄目だ。それでは駄目なのだ。彼らにはカルデアの壁になってもらわなければ」

 

「……またそれか。奴らが来るまでに連中が行動に移せば意味ないぞ? 連中、いつになったら来るのだ?」

 

「さあな……次かもしれないし、その次かもしれないし、その次の次かもしれない。なに、あまりにも遅ければこちらから招き入れるまでさ」

 

「……なるべく早くしろ。英霊共の相手はもう飽きた。あの半神の槍兵はなかなかに手応えあったが、どいつもこいつも取るに足らぬ有象無象ばかりだ」

 

 嘆くように、サリヴァーンは言う。人の時代において英霊となる程の偉業を成した者たち。然れど、火の時代というのは英雄ですら心折れ、ソウルと成り果てる魔境。その時代において上から数えた方が早い強者に位置するサリヴァーンからしてみれば抑止によって召喚された汎人類史の英霊とやらは肩透かしも良いところであった。

 

 サリヴァーンは元より武人ではなく、闘争も好まない。魔術の手腕も二刀流の剣術も必要だから得たに過ぎず、どちらかと言えば策略を好む男だが、退屈を持て余すこの異聞帯において唯一の娯楽は生死を賭けた闘争くらいだ。

 

 だからこそ、あのエルデンが異常なまでに評価し、待ち詫びているカルデアという者たちへ強い関心を寄せる。

 

「了解した。けれど、侮るなよ? ご老体」

 

「ふん……分かっている。木っ端め」

 

 何だかんだ楽しみにしている様子のサリヴァーンにエルデンは薄い笑みを浮かべながら軽口を飛ばす。

 

「……さて、そろそろ貴公の“王”と面会したい」

 

「__ああ。そうだったな、良いだろう。丁度“食事”を終えた所だ」

 

 パチン、とサリヴァーンが指を鳴らす。

 

 すると次の瞬間。彼らは別の場所へ転移する。この冷たい谷の奥地にある、かつて神々が住まい、栄華を極めていた都__“アノール・ロンド”へと。

 

「秘匿者が謁見を申し出ている。通せ」

 

「……御意」

 

 空間転移。魔法の域にある大魔術を何のことでもないように使いながらサリヴァーンは守るように立つ深みの主教たちを退かし、大柄な彼には些か小さな階段を上り、エルデンはその背について行く。

 

 そこは廃聖堂。かつて、竜狩りの筆頭騎士と巨大な処刑者が試練として不死に立ち塞がった大広間。神聖なるその空間は澱んだ闇に蝕まれ、今や僅かな面影を残すばかりだ。

 

 エルデンは、懐かしさと物悲しさを覚える。あの頃を知る身としては当然の感情であろう。

 

「◼️◼️◼️◼️◼️◼️◼️◼️……」

 

 何かが、蠢く。

 

 それは唸り声にも、呻き声にも聴こえる叫び。歪で人骨が入り雑じった黒く醜悪な汚泥のような肉塊が、腐敗臭を漂わせながら床を這う。

 

「……ご機嫌よう。相変わらずそうで何よりだ、エルドリッチ」

 

 そんな無形の怪物を前にエルデンは表情一つ変えず、その虚空を見つめているような瞳で見据えながら語り掛ける。

 

 __“神喰らいのエルドリッチ”。

 

 薪の王が一角。おぞましい人喰いの果てに、薪となるだけの力を得た深みの聖職者。その肉体は蕩け、人の膿そのものと成り果てている。

 

「◼️◼️……◼️◼️◼️……◼️◼️◼️◼️◼️◼️……?」

 

「……前にも言ったが、今の俺では貴公の言葉を理解出来ぬ。申し訳無いが、啓蒙低き俺でも解るよう話してくれ」

 

「__◼️◼️◼️◼️」

 

 ほんの数瞬、肉塊の動きが停止したかと思えば、まるでのたうち回るように蠢き、中から何かが胎児が出産するかのように、蛹や繭から成虫が飛び出すように、或いは寄生虫が肉皮を食い破ってくるように、這い出てくる。

 

 ブシャ! と弾ける果実のように汚水のような体液の飛沫がエルデンの顔に掛かるが、彼は僅かに顔をしかめるだけで然程気にしていない様子だった。

 

「__これなら、分かるカ?」

 

 響く高めの女声。

 

 出てきたのは、黒い襤褸布に身を包んだ痩せた女性のような体つきの人物。蛇の尾のような汚泥から上半身だけを生やしたその姿は美しさと醜さ、そしておぞましさが入り雑じった形容し難いものであった。

 

「……ああ。それでいい。いつもその姿で居てくれれば助かるのだが」

 

 顔の半分を隠す太陽を象った王冠を被り、死の瘴気を纏う骨で作られた大刃の突いた大杖を抱き抱えるように持つ彼或いは彼女はこの火の時代においては有名な存在だった。

 

 陰の太陽__グウィンドリン。

 

 日が陰り、神々の去った神都に唯一残ったという大王グウィンの息子であり、女神として育てられた暗月の神__旧王家が統治する冷たい谷のイルシールにおいて信仰されていたが、法王の謀叛により幽閉され、その挙げ句に神喰らいの供物として捧げられた。

 

 かつての華やかさは失われ、みすぼらしい姿となったが、その瓜二つの姿はエルドリッチが彼を喰らった何よりの証拠であった。

 

「断る……この貪欲ナる偽リの神の姿で過ごスのはァ……アア……不愉快極まりなァイ……」

 

「……そうか」

 

 紛うことなき神威を放ちながら、エルドリッチは死体のようにぐったりしたグウィンドリンの肉体の方の口を動かし、どこかぎこちなく不自由そうに喋る。

 

 まるで喋り慣れていない怪物のようなその姿は、とても元が人間でしかも聖職者だとは思えなかった。

 

「アア……深淵の末裔よ、オマエの姿を見るのモ、酷く不愉快ダ……ロストベルト、異聞帯だっタカ? 可能性無きが故に、剪定さレた行キ止まりの人類史だト? アア……アア……! 何と愚かナ! 何と腹立たしいコトか……!」

 

 突如として怒り狂うエルドリッチ。対するエルデンは見慣れた光景であるかのように、或いはああまたかといった様子でそれを見据える。

 

「いずれ静謐なる“深海の時代”ヘ到達スるこの世界ガ! すべテが深イ海の底へと沈みユき、高次元暗黒へと夢想スる新世界の到来をォ! たカがヒトごときの繁栄の為にィ! 消し去るナどコレ以上の愚行がアろうカァ!」

 

「……全く以てその通りだ。一つの種族の為に、数多の歴史を、世界を切り捨てる。何ともまあ都合が良く、度し難い」

 

 本体である汚泥を激しく蠢かせ、憤怒の言葉を重ねる。エルデンはその醜悪な有り様をどこまでも無機質で無感情な瞳で見据え、頷く。

 

「そうダ! そうであろウ! 神も!  人も! それ以外のスベテも! 等しく無価値! 我らが待ち望ム新世界の到来を邪魔するモのは如何なるモノであろうト許してはならヌゥ!」

 

 初めて異聞帯について知った時、エルドリッチは激怒した。信じ難い真実であったが、エルデン・ヴィンハイムという全く異なる歴史からの来訪者に際し、認めざるを得なかった。

 

 かつて、エルドリッチが予見し、垣間見た火が消えた先にある、闇の中に沈んだ世界。いつか必ず、訪れるそれを彼は“深海の時代”と名付け、ただひたすらに待ち望んだ。

 

 深みとは本来、静謐にして神聖であり、故におぞましいものたちの寝床となる。それが“闇の時代”のことを指しているのか、古い“上位者”に列する存在たちが蔓延る世界なのか、その詳細をエルデンは知らず、分かる事実で考察するしかないが、少なくともエルドリッチにとっては希望に等しく、だからこそ、彼はいずれ来る深海の時代の到来に備え、貪欲に力を求め、苦行にも等しき神喰らいを始めた。

 

 その覚悟すらも踏みにじられ、剪定されたというのだ。当然の怒りと言えよう。

 

「__アア、して、此度は何用ダ……?」

 

「……ああ。そちらの法王殿には伝えているが、俺が思い描いている計画を、貴公にも教えようと思い、馳せ参じた所存だ。またこれは、これからについての話でもある」

 

「ほう……? 申してみヨ……」

 

 唐突に気味が悪いくらいに落ち着いた声へと転調させ、尋ねるエルドリッチにエルデンが漸く本題を切り出す。

 

 傍らで何食わぬ顔で佇んでいるサリヴァーンを一瞥しながら、神喰らいは興味深そうに言葉の続きを待つ。

 

 どこか尊大さ、そして傲慢さを覚えるその態度は纏う神威も相馬ってまるで本物の神のようであり、おぞましい容姿からは程遠いものであった。

 

「__さあ、貴公。舌を噛んで、語り明かそうではないか」

 

 両手を広げ、エルデンは笑う。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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「__は。実に愉快な奴だな」

 

 廃聖堂の前で、サリヴァーンは笑う。

 

 エルデンは次は巨人と話す為に“罪の都”へと向かい、エルドリッチは新たな食事の時間が来たため奥へと消えていった。

 

 得体の知れぬ咀嚼音が神都中に響き渡っているが、彼も信奉する深みの主教たちも外に居る銀騎士だった者たちも日常のことであるように気することはない。

 

「どこまでも狂っている。が、あのエルドリッチすらも引き入れたのは、流石と言えよう」

 

 愉しげな声。彼にとってはエルデンも、エルドリッチも理解し難く、頭の可笑しい狂人にしか見えない。

 

 しかし、それ以上に彼らには力があり、利用価値があり、また必要不可欠な存在だった。だからこそ、サリヴァーンは彼らの盟友なのだ。

 

「さて、ロシアと北欧だったか……二つの異聞帯が、カルデアとやらの手によって消滅した。前者はどうでもいいが、後者の方に住まう女神に炎の巨人は、エルドリッチの極上の供物になったやもしれぬというのに」

 

 何となしにサリヴァーンは呟く。エルデンが伝えていないはずの他の異聞帯についての情報。何故か彼はその多くを把握していた。

 

 どこで知ったのか__少なくともエルデンにとっては予想外な事実であり、望むべきことではないだろう。

 

「グウィンドリンだけでは足りぬ。英霊の神性だけでは足りぬ。彼が“深海の時代”を統べるには、もっと(カミ)を、もっと多くの(カミ)を喰らわねばならぬ」

 

 神々はとうに滅び、どうしたものか難儀していたが、エルデン・ヴィンハイムの来訪から暫くしてその問題はあまりにも呆気なく解決した。

 

 絶好の餌場が存外近くにあったのだ。

 

 黒き最後の神、オリュンポス十二機神、そしてブリテンと南米には__。

 

 サリヴァーンは企てる。火の時代の古き神々にも負けぬ強大な神性が、生命が、異聞帯には揃っている。それらは神喰らいのエルドリッチの糧となるに違いない。中には機械や単独種といった流石の彼でも腹を壊してしまいそうな存在も居るが、別段問題は無いだろう。

 

 元より神喰らいとは、苦行なのだから。

 

「__何の因果かは知らぬが、我らは再び現に肉を得た。この剪定された、滅び往く世界に」

 

 灰に討たれ、生き返った記憶。現代までイルシールの法王として君臨し、神喰らいと共に深海の時代を待ち続けた記憶。相反する記憶のどれが正しいかは知らぬが、別に知ろうとも思わない。

 

 法王サリヴァーンという男は何も変わらぬ。その身に燃えるような野心を抱きながら、しかし暗躍を続ける。終わりの先にあるのがエルドリッチが待ち詫びる深海の時代であろうと、闇を乗り越えた人の時代であろうと、そしてエルデンの思い描く光景であろうと、彼は彼が思うがままに動く。

 

「火を知らぬ者には世界は描けず、また火に惹かれる者に世界を描く資格は無い」

 

 果たしてそれは誰の言葉だったろうか。思い出すのは、今もきっと燃えているであろう冷たい故郷。生まれ、育ち、そして何も失っていなかったが故に捨て去るべきだったもの。

 

 __あの少女は、あの赤頭巾の老い耄れは、為すべきことを為したのだろうか。

 

「故に、エルデンよ、闇でありながら、(エルデン)の名を持つ者よ__心しておくがいい。貴様も、この私も、単なる歯車の一つでしかないということを」

 

 思惑は交錯する。その行く末は、誰にも分からず、然れどきっと近いに内に訪れるだろう。

 




ドロリッチとブラボ組の相性いいな(今更)


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オフェリアと王たちの故郷

エルデンの各異聞帯の反応

ロシア→イヴァン雷帝が象ってマジ? 異聞帯ぶっ飛んでんな

北欧→スカサハじゃん。え? ケルトなの? スルト・フェンリルとか小学生が考えた名前みてーだな。

中国→始皇帝すげぇ。え? 項羽もロボット? しかもケンタウロス型? え、ぐっちゃんってそういうのが好みなの? かなり変た__ちょ、ごめんごめん。

インド→詳細知らないけどインド神話ってだけでヤバそう。何回か滅んでそう。

大西洋→ギリシャ神話ね……え? 機神? またロボットなの?

ブリテンと南米は後々。



 ◎

 

 

「__オフェリア。貴公は何に怯えている?」

 

 唐突に、何の脈絡も無しにそう問い掛けた彼に対し、私は一体どんな顔をしていただろう。

 

 きっと、酷く間抜けな顔をしていたに違いない。決して弱さは見せまいと気丈に振る舞い、偽りの仮面を付けてひた隠しにしていたつもりだったのに、とっくに見破られていたのだから__。

 

 そう、彼は気付いてくれていたのだ。

 

 嬉しかった。彼に胸の内をすべて吐き出してしまいたかった。けど出来なかった。

 

 怖かったのだ、彼が失望してしまうのではないかと、私を見離してしまうのではないかと、この関係が崩れてしまうのではないかと。

 

 私は、どこまでも愚かで弱かった。

 

「__いや、忘れてくれ」

 

 そんな私の恐怖すらも見透かし、彼は後悔した様子で言った。失言であったと、愚行であったと勘違いして。

 

 違う、違うの。 

 

 ああ、貴方は本当に、優しい人。あんなにも冷たい眼をしていながら、こんな私の為に思い悩み、私に手を差し伸べてくれた。それはずっと私が待ち望んでいたことのはずなのに__。

 

「……これ以上、余計な詮索はしない。けれど、もし貴公が本当にどうしようもなくなってしまった時、俺で良いのであればどうか、どうか頼ってほしい」

 

 待っていたはずだ。来るはずがないと思いながらも、“日曜日の呪い”から救ってくれる誰かを__自分から手を伸ばそうとしないくせに、図々しいまでに幻想を抱いていた。

 

 なのに、いざ王子様が現れた時、その手を取れなかった。恐怖で動けず、私を理解してくれようとしてくれた優しい人の心を傷付けてしまった。

 

 ああ、本当に馬鹿で惨めな女、オフェリア・ファムルソローネ、(あなた)はどこまで彼の優しさに甘えれば良いの__? 

 

「__胸を張れ、オフェリア。オマエは、ただ、あるがままで美しい」

 

 次があったら、ずっとそう思っていた。有り得ないことなのに、そんな幻想を抱き続けた。何て都合の良い女なのだろうと私はただひたすらに自らを嫌悪した。

 

 けれど、違った。

 

 そんな私に、そのままでいいと言ってくれた人が居た。気付かせてくれた人が居た。だからこそ、呪いから解き放たれ、漸く私は前に進めた。

 

「__よくぞ、ここまで頑張ってくれた」

 

 そして、あの人は、彼は、また来てくれた。

 

 ああ、エルデン、エルデン・ヴィンハイム、優しく、愛しい人__私を照らしてくれる、暗い暗い、耀き__。

 

「へぇ__そんなことがあったんだ」

 

 だんだんと意識が冴え、それとは逆に視界が朧気になる。その間際に人影が私を覗き込むように現れた。

 

「あんな奴のどこに惚れる要素があったんだと心底不思議に思っていたけれど……成程ね。意外だよ、ああいうまともな面もあったんだね」

 

 それは百合のような白い髪をした少女__だと思う。ぼやけた視界でもはっきりと認識出来る美貌を持ち、古びた黄色の布をローブのように身に纏った彼女はこちらを見据えながら薄い笑みを貼り付けていた。

 

 貴女は__誰? 

 

「おっと、素敵な夢にお邪魔してごめんよ、お嬢さん。通りすがりの黄衣の魔女だ、覚えておきたまえ……何てね」

 

 私の問いに、そう言って悪戯っぽく笑って見せる黄衣の女性。その表情はどこか無機質で作り物のように見えた。

 

 まるで心が壊れているように__。

 

「さて、そろそろ退散しないとね。ルドウイークの奴にも感付かれそうだし……じゃあね、オフェリア・ファムルソローネ」

 

 そう言って彼女は微睡みの霧の中へと消えていく。待ってと私が呼び止めるよりも先に、視界が暗転し__。

 

「……ここは?」

 

 次に視界に広がったのは、見知らぬ天井。それと程無くして肉体を襲う疲労感と僅かに残る眠気が自分が寝起きであり、先程の追憶が夢であることを証明していた。

 

 ゆっくりと身体を起こし、辺りを見回す。古い石造りの空間。そこで私はその景観には不釣り合いな華やかなベッドの上で羽毛布団を被せられ、寝かされていた。

 

 何故こんな場所に? 私は確か……北欧で、スルトを止める為に自らの魔眼を犠牲にしようとして……すると巨大な竜と神霊が現れてスルトを圧倒して……それから__。

 

「………………!」

 

 __そう、彼が、エルデンが、居た。

 

 その時の彼の姿を思い出し、顔が熱くなる。

 

 思わず惚れ直してしまうような、あまりにも夢のような展開。私が作り出した都合の良い幻覚だった方が信憑性があり、故に果たしてあれは現実だったのだろうかと疑ってしまう。

 

 いくら彼でも私なんかの為に、自ら異聞帯へ乗り込んでくるなんてことが……。

 

「……とりあえず動きましょうか」

 

 ここで寝ていても仕方がない。スルトは倒せたのか、北欧異聞帯がどうなったのか、マシュやカルデアたちは無事なのか、幾つもの疑問が脳内で渦巻くが、一先ず置いといてこの見知らぬ建物の中を散策することにした。

 

 どうやら私の居た空間はごく一部に過ぎなかったらしく、かなり広い。天井を見上げれば所々崩れており、その隙間から空が見えているのだが……。

 

「日蝕……?」

 

 皆既日蝕、だろうか。太陽が月と重なって起きる現象だが、どうも雰囲気が違う。まるで黒く染まった太陽の表面が燃えているように見えた。

 

 それは炎の(リング)のようにも見え、赤黒い空も相俟ってまるでこの世の終わりのように禍々しい光景だった。

 

「……なっ」

 

 階段を上っていくと大広間へ出た。

 

 私は目を見開く。円状の広場の中央には螺旋状の剣が刺さった“篝火”があり、それを囲むように五つの大きな玉座が存在していた。

 

「何なの、この場所は……」

 

「__“火継ぎの祭祀場”、さ」

 

 圧巻の光景に私が疑問を口にすると思わぬ所なら返答が来る。振り向けばすぐ近くの階段に誰かが座り込んでいた。

 

 その存在に気が付かなかった私はビクリと身体を震わせ、情けない小さな悲鳴をあげてしまう。それが酷く滑稽だったのかそこに居た男は面白そうに笑った。

 

「フッフッフ……こりゃ驚いた。正真正銘、ただの人間がこの地に訪れるなんてな……」

 

 頭部まで覆った鎖帷子(チェインメイル)の上に古びた軽装の鎧を纏った男性。見るからに上等だと分かる長大な大剣を背負い、歴戦の戦士のような風貌をしているが、対照的にその姿に覇気は無く、顔も疲れきって酷く窶れているように見えた。

 

「あ、貴方は……?」

 

「俺か? 俺はな……フン、フフッ 何物にもなれず、死にきることすら出来なかった半端者だ……」

 

 そう言って男は自嘲気味に笑い、死んだ魚のように濁った眼でまるで値踏みするかのように私へ視線を送る。

 

 不思議と、それが気持ち悪いとは思わなかった。

 

「ああ、成程……そういうことか……お前、あのイカれ野郎が言っていた女か……よりにもよって、こんなカビた棺桶みてぇな場所に……本当に気の毒なことだ」

 

「あいつ……? あの、この場所は一体……」

 

「言ったろう? “火継ぎの祭祀場”だ。このロスリックにおいて古い火継ぎを再現する為に造られた場所らしい。……尤も、今やその使命は失われ、廃墟に等しいがな」

 

「火継ぎ……? それにロスリックって、もしかしてここはロスリック異聞帯なのですかっ!?」

 

「異聞帯……ってのは知らねぇが、ロスリックなのは正解だ」

 

 男が語った衝撃的な事実に私は驚きを隠せない。自分は今、アフリカ大陸に存在するロスリック異聞帯……つまりエルデンが担当する異聞帯に居るというのだ。

 

 それはつまり、あの時に見た彼の声と姿は決して幻ではなかったということを意味していた。

 

「____!」

 

 無上の歓喜に震えているのが自分でも分かる。彼が助けてくれたことには変わりない。クリプターは基本的に互いに不可侵。それを破ったことは本来咎めなければならないことだが、私はサーヴァントを派遣するだけでなく、彼自ら私を助ける為に駆け付けてきてくれたことを喜ばずにはいられなかった。

 

「__エルデン」

 

「あん?」

 

「エルデン・ヴィンハイムという方を、知っていますか?」

 

「……あいつか。ああ、知っているとも。というか、今ここを管理しているのはあいつだからな……」

 

「………………!」

 

 やっぱり、彼が助けてくれたんだ。

 

 会いたい。今の私なら、日曜日の呪いから解き放たれた私ならきっとこの想いを伝えられるはず__。

 

「じゃあ、彼は、彼は今ここに居るのですか?」

 

「いや、生憎と今は不在している。あいつ曰く仕事、だそうだ……今頃あの薪の王たちに媚でも売ってるんじゃあないか? フッフッフッ」

 

 ッ……そうだった。彼もクリプターとして多忙の身だ。空想樹の育成は勿論のこと異聞帯を管理する者としての役目が幾つもある。

 

 不真面目な彼がきちんと仕事をしているというのは意外であったが、元よりこのロスリック異聞帯は複数の王たちが君臨しているという例外中の例外。ゆっくりしていられるはずがないのだ。

 

 異聞帯を失った私と違い__。

 

「………………」

 

「……まあ、そうがっかりすんな。待ってればそのうち帰ってくるだろう」

 

 あからさまに落ち込んでいたのだろう。男が励ますようにそう言った。

 

 ……そうね。気長に待つことにしましょうか。その、心の準備とかあるし。

 

「フフッ……ゆっくりしておくといい。一応、ここは安全地帯だからな……迂闊に喧嘩を売らなければ少なくとも死ぬことはねぇはずだ」

 

「そうですか……ところで貴方の名前は何ですか?」

 

「あん?」

 

 まだ男の名前を訊いていなかったことを思い出し、私は尋ねた。少なくとも敵ではないようだし、しばらく滞在するにあたって知っておくべきだろう。

 

 すると男は一瞬怪訝な表情を浮かべ、そして予想外のことを告げる。

 

「……さあな、忘れた。自分がどこの誰だったかすら覚えちゃあいないさ」

 

「え?」

 

 何てことのないことのようにそう言い放つ男に、私は思わず呆気に取られてしまう。

 

「わ、忘れた? 名前を、ですか?」

 

「ああ。……そもそも、この世界じゃあもう自分の名前なんか覚えてる奴の方が珍しい……何もかも忘れちまうのさ。不死人とは、そういうものだろう?」

 

 __不死人。

 

 これまた常識を語るように、男はその単語を口にする。

 

 そう、この“火の時代”は魂の物質化__即ち、第三魔法が一つの技術体系として確立され、それが各地で普及され、文化にすらなっているという魔術師からしてみれば信じられない時代。

 

 故に、その存在は魔術師の中でも懐疑的なものであり、ケルトやギリシャといった他の神話体系との類似点もあって実在が疑われており、私自身エルデンから聞いても半信半疑だった。

 

 しかし、このロスリック異聞帯が存在しているという事実を目の当たりにすれば紛れも無き真実であると言わざるを得ない。

 

 そして、かの時代の叙事詩に記された英雄譚の殆どには、“不死人”と呼ばれる者が存在していた。幾度殺そうと生き返る不滅の存在……けれど、致命的な欠点が存在し、それが死ぬ度に記憶を消耗し、やがて人間性を失うと魂を貪る獣、“亡者”と成り果てるのだという。

 

 つまり__この男も不死人であり、そして幾度も死んだのか長い時を生きたのかは知らないが、自分の名前すらも忘れる程に記憶を磨り減らしたということなのだろう。

 

「普通の不死なら、そのまま亡者になっちまうんだが、俺たちのような“火の無い灰”は生者にも亡者にもなれない半端で死に損ないの残りカス共……だから、ただ忘れるしかないんだ、その末路は……フフッ どうなるんだろうな」

 

 火の無い灰__それは叙事詩ダークソウル三部にて語られる王狩りの英雄の呼び名だった。 

 

 以前、エルデンがこの異聞帯を説明した際にもその名が出てきたのを思い出す。実際のところ火の無い灰とは、薪の王を玉座に戻すという使命の為に目覚めさせられた、一度は道半ばで朽ちた不死たちの総称であり、死んでも亡者化しない性質を持つのだという。

 

 歴代の薪の王たちを殺し、玉座に戻す使命を成し遂げたのはその中の一人であり、多くは火を継いだ英雄たちに敵わず、心折れたらしい。

 

 恐らくこの男も、そんな心折れた灰の一人なのだ。

 

「そんな……」

 

「だがまあ……自分が“脱走者”であることは、何となく、本当に何となくだが、覚えている……俺を呼ぶなら、そう呼んでくれ……フッ、フフッ 笑えるよな? 使命からも逃げ出した臆病者には、相応しい呼び名だとは思わないか?」

 

「………………」

 

 本当に笑い話のつもりなのだろう。疲れきった笑みを浮かべながらありありと語る男に、私は何も言えなくなる。

 

 ……これが、ロスリック異聞帯の実態。酷い有り様なのは知っていたけれどまさかここまでだったなんて。彼のような者が他にもまだ多く居るのだろうか。

 

「__ほう。珍しい来客だな」

 

 その時、背後から声を掛けられる。

 

 気配は無く、しかし耳元で確かに囁かれたくぐもった声に私は飛び退くように振り返った。

 

「____ッ!?」

 

「貴公__生者だな? それも“呪い”も刻まれていない……正真正銘ただの人間のようだ」

 

 銀の鉄仮面で顔を隠した男。そんな得体の知れぬ人物がすぐ後ろまで接近していたにも関わらず気が付かなかったという事実に私は戦慄する。

 

「あ、えっ、えっと……貴方は__」

 

「クックックッ……その眼、それは普通でないな? 本来ならば、ただの人間などに微塵の興味も無いが……」

 

 戸惑いを隠せない私のことなんて気にも留めずに鉄仮面の男は一人で独り言のように喋り続ける。

 

 その言葉で私は漸く普段着けている眼帯が無くて右目の魔眼が露出していることに気付いた。スルトの戦いの時に外して今までそのままだったのだろう。

 

「どれ__もっと、よく見せてみろ」

 

 そして、そのまま私の右目へ手を翳し__。

 

「__動くな、舌狩り」

 

 次の瞬間、彼の首元に刃が迫ったことでその手は止まる。

 

 驚いて視線を送れば先程まで私の後ろでしゃがみ込んでいたはずの男が鉄仮面の男のすぐ隣に立っており、手に握った大剣を向けていた。

 

「……何のつもりかね? 貴公」

 

「それはこっちの台詞だ。そいつはヴィンハイムのエルデン……あのイカれ野郎の連れだ、手を出すんじゃあねぇ」

 

「ほう……エルデン殿の。なに、別に取って食うつもりはなかったよ」

 

「信じられるかよ、殺人鬼が……とっとと定位置の玉座に戻って一生突っ立ってろ。抵抗するってんならその首、斬り落としてやる」

 

「おお怖い怖い……ふん。貴公こそ脱走者を名乗るのならば朽ちるまでそこで座っていれば良いものを……まあいい。俺は無駄な争いは好まんからな。クックックッ」

 

 そう言って鉄仮面の男は立ち去る。

 

 な、何だったの……? 

 

「……危なかったな、あいつは“ロザリアの指”の一人だ」

 

「ロザリアの、指……?」

 

「深みの聖堂の暗室に幽閉されている生まれ変わりの母に仕え、闇霊として他世界へ侵入し、その世界の主を殺して刈り取った舌を捧げる血に飢えた人殺し集団だ」

 

 深みの聖堂? 生まれ変わりの母? 闇霊? 他世界へ侵入? 舌を捧げる? 

 

 知らない固有名詞や物騒な言葉の羅列に私は困惑する。しかし、あの鉄仮面の男がとんでもなく恐ろしい人物だということはよく分かった。

 

「人殺し、集団……」

 

「ああ、そうさ。ったく……お元気なことだ、もはや由来も知れぬあの爛れたナニカに仕え、侵入と殺戮を繰り返してやがる。生まれ変わりの力、ってのはそうも上等なもんかね? そんなもの、所詮は偽物だろうに」

 

 忌々しげに語る男。その言葉は真実なのだろう。あの鉄仮面の男はきっと、ベリルなんて目じゃない程に殺してる……何となく雰囲気でそう察していたのに、私の右目へ手を伸ばす彼を前に全く動けなかった。

 

 彼が守ってくれなければきっと__。

 

「……さっき言ったことを訂正する。どうやらお前は一部の連中にとっては興味深い存在らしい。その眼のせいか? 魔眼だろ、それ。それもなかなか上等な代物だ」

 

「え、ええ……」

 

「今後も向こうから話し掛けてくることがあるかもしれんから、危ない奴らを教えといてやるよ……異形の兜を被った呻きの騎士、カッコつけた嘴みてぇな仮面着けた黒いドレスの亡者女、頭に檻を被った変態野郎、女医を名乗る白い服のクソアマ、あとハゲ……それから少しでもやべー雰囲気を感じた連中には近付くな……もし身の危険を感じたらエルデンの客、とでも言っておけば何とかなる……多分な」

 

 成程……なんか被り物をしてる人が多いような気がする。

 

「……はい。分かりました。その、ありがとうございます……色々と」

 

「……ふん。別に、礼を言われるようなことはしてない……お前に何かあれば、イカれ__ヴィンハイムのエルデンの機嫌を損ねるかもしれんからな……」

 

 そう言って男はそっぽを向く。意外と、いやかなり親切な人なのだろうか? ……エルデンとも知り合いみたいだし、少なくとも悪い人ではないはずだ。

 

 またあの仮面の男が来るかもしれないし……あまり不用意に動かず、彼の近くに居た方が良いだろう。

 

 ……エルデン。貴方の帰りを、待っているわ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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 __大書庫。

 

 ロスリック城内に存在する魔術師の叡智が集約した場所。かつて、裏切りの白竜が爵位と共に与えられたそこにある本の殆どは呪われており、蝋を被った賢者たちが今も叡智を求めて徘徊している。

 

「__聖王よ、只今馳せ参じました」

 

 その最奥。常に白い天使の羽が舞い落ちる大広間に、エルデン・ヴィンハイムは居た。

 

 深々と頭を下げ、跪くその先には、一人の少年が鎮座し、彼を見下ろしていた。

 

「面を上げよ、深淵の末裔。形式ばかりの挨拶など、もはや無意味だ」

 

「……左様で」

 

 血色の悪い白い肌で病人のように痩せ細った身体を、ボロボロの祈祷のローブで身を包んだ少年。フードから覗かせる頭髪は色素が抜けたように白く染まっており、絵画のように整った中性的な顔立ちで正に美少年といった貌だった。

 

 その容姿と同様にまだ幼さの残る声。しかし、その口振りは対照的に年季のある老人のようであり、威厳すら感じる。

 

 __“王子ロスリック”。

 

 血統の末、ロスリックの聖王。王家のおぞましい血の営みの果てに産まれた萎びた赤子。薪となるべくして産まれ、しかし火継ぎを拒絶し、火が陰る要因となった元凶とも言うべき存在。

 

 火の無い灰によって殺され、無理矢理玉座へ焚べられたはずの彼は、歴代の王として今一度甦り、そしてこのロスリック異聞帯の王が一角に君臨した。

 

「しかしながら貴殿はこの国の王子であり、実質的な統治者でもあります。私は名目上は同盟者でありまするが実際には臣下のような立場に過ぎません。礼儀を欠するなどとても出来は__」

 

「__いい加減、その口調を止めろ。貴公が斯様な喋り方をするのは酷く薄気味悪く寒気が走る。そこに敬意が無ければ尚更だ」

 

「……ふむ、随分と酷い言われ様だな」

 

 ゆっくりと、エルデンは立ち上がる。

 

 無機質で無表情。その暗い瞳は確かに聖王へと視線を向け、しかし遥か虚空を見据えているようだった。

 

「けれど、貴公……多少の礼儀は弁えろと、貴公の部下に念を押されている。この前も俺の物言いが気に食わなかったらしくあの三人組に殺されかけた」

 

「……ふん。今更私のことなど気にすることはあるまいに。物好きな者共だ」

 

 エルデンの言葉を受け、聖王の顔が僅かに歪む。玉座を拒み、書庫の奥へと引き籠った王子……しかし、そんな彼にも忠誠を誓い、付き従う者たちが確かに居た。

 

 それが例え単なる同情であろうと、生まれながらに生贄として扱われた彼にとっては、かけ替えの無いものであり、そしてもはや必要の無いものだった。

 

「だが、ここは外部から完全に隔離されている。誰にも視られることも聴かれることもない。そもそも貴公は不死なのだから、別に殺されても平気だろうに」

 

「……人間性は有限だ。それに何よりも痛い」

 

 通常、不死が死ねばその肉体は亡者化してしまう。生者になるには人間性というものを使用しなければならない。また予め犠牲の指輪や命の加護を嵌めておけばこれらを回避することは出来る。

 

 だが、それでも死に続ければやがて理性を失い、完全な亡者へと成り果てる。第三魔法に等しくありながら不完全なるそれは致命的な欠陥であり、何よりも回避すべき事態であったが、エルデンにとっては別段然したる問題ではなかった。

 

 彼は知っているからだ。人とは意志の生き物。例え姿は亡者になろうと、人間性をすべて失おうと、心折れぬ意志があれば、何度でも戦えるということを。

 

「第一に、このロスリックの支配権は貴公に譲渡したはずだ。貴公が私へあの“聖杯”とやらを献上したその時から……言ったであろう、私はこの国の王になるつもりなど、微塵も無い」

 

「………………」

 

「もう、何もかもうんざりだ。王だの薪だの……何もかもがどうでもいい……私はただ、ここに居るだけだ、ここで兄上と、ゲルトルードと、ずっと__」

 

「ならばこそ、貴公らは戦い続ける宿命だ。向かい来る者総てを討ち滅ぼし、この世界を繋ぐ空想の大樹を守り続けなければならない」

 

「__ああ、分かっているとも。それが私たち二人に課せられた新たな呪いだというのなら」

 

 ぶわり、と炎が舞う。

 

 肌が焼けそうなくらいの熱気と聖王のそれを上回る威圧感が空間を押し潰さんとする。

 

 まだ姿を見せぬ兄王の闘気……然れどエルデンは涼しい表情を浮かべ、ただ佇み、聖王の虚ろな、しかし覚悟に満ちた瞳と視線を交わす。

 

「もはやロスリックは、異聞の集う地。ならば我らは流れ着く総てを征するとしよう。かつてそうしたように__」

 

「……ああ、その意気だとも」

 

 同時に、轟音が響く。

 

 それはロスリック城外__まだ高壁にすら行き着いていない吹き溜まりでの戦い。片や飛竜と共に、片や地竜を駈り、騎士たちは衝突し、刃を交える。

 

 掲げられた御旗は、互いに一対の向かい合う竜紋。片方はロスリックのものであり、もう片方は遥か昔に滅んだはずの古い王国のものだった。

 

 そこは遥か北の地、貴壁の先。

 

 古い、古い、火継ぎの国。かつて、幾度も興り、栄え、そして滅んだ国々の一つ。

 

 今や失われ、名残ばかりが各地に散らばるその国の名を、古を知る者たちはこう呼んだ。

 

 __ドラングレイグ、と。




オフェリア「ところで食事はどうすればいいのですか?」

脱走者「えっ」

オフェリア「えっ」

脱走者「……そこ婆さんから苔とか買えるけど。ソウル持ってるか?」

オフェリア(……そういえば食糧で困ってたわね。エルデン)


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芥ヒナコとかつてヒトと呼ばれていたモノ

みんな食糧のこと心配してて草


 ◎

 

 

 __遠い昔、ここは美しい場所だった。

 

 空に風しかなかった頃。地に緑しかなかった頃。その記憶は今尚私の内にある。

 

 遠い昔。まだこの惑星(ほし)が誰のものでもなかった頃。まだ私が世界と分かたれて、私という容を得るより以前のこと。

 

 だが、その後の思い出は……恐怖と、怨嗟と、奇異の念より転じたおぞましい羨望ばかり。

 

 人間。人間。人間。人間……! 

 

 姿形は同じはずなのに、この世に生まれたこと自体が罪だと言わんばかりに。

 

 ああ。お前たちは何故そんなにも__。

 

 そんなにも私を憎むのか? そこまで私を厭うのか? 

 

 望んでこんな命を得た訳じゃない。私とて滅びを得たかった。愛した者と共に忘却の果てに沈みたかった。

 

 滅びぬが故に不浄だと。老いぬが故に怪異だと。

 

 すべてはお前たちが定めたことだ。そう強いられ、追いやられた。

 

 お前たち人間に__! 

 

「__人とは、そういうものだ。貴公」

 

 もう、この大地に私の居場所は無い。

 

 憩うべき閨も、属するべき朋も、目指すべき場所も在りやしない。

 

 __そう思っていた。

 

 そこに、“あいつ”が現れた。

 

「美しいものはきっと、あるのだろう。醜さだけではない、確かな耀きが、そこにあるのだろう。けれど__それだけで納得出来るものかよ」

 

 あいつは、私よりも嫌っていた。

 

 あいつは、私よりも憎んでいた。

 

 あいつは、私よりも怒っていた。

 

 人のあるがままを__。

 

「世界とは一枚の絵画だ。人類史とは即ち、人が描いた世界の縮図なのだろう。多くの犠牲があった。多くの悲劇があった。然れど、人の本質は何ら変わることなく、あるがままに進み続け、血と死で彩った結果が、この有り様だ」

 

 淡々と語るその姿は、悠久を生きる賢者のようにも、疲れ果てた老人のようにも見えた。

 

 私よりもずっと幼いはずだというのに__。

 

「それが間違いであると気付き、変わろうとした者は、変えようとした者は、今もきっと居るはずだ。けれど、その未来もまた悪意と欲望に塗れた闘争の歴史であり、世界は荒廃し、星は滅びを迎える」

 

 お前は、何を視たの? 

 

 お前は、何を知ったの? 

 

 同じだと思った。同じように永遠に縛られ、同じように滅びを得られず、同じように人を嫌い、同じように生に失望している。

 

 共感すら覚えた。なのに、何故だろう。

 

 やっと見つけた輩、やっと見つけた同志、私はお前を何よりも理解しなければならないのに、私ばかりが安らぎを得てしまってはいけないのに__。

 

 __私はお前のことが、解らない。

 

「何故だか分かるか? __簡単なことだ、人に可能性など存在しないからだ。だからこそ、腐った絵画は焼かなければならない」

 

 ああ。そういうことか。漸く、私は悟った。

 

 あいつは、彼は、その有り様を、その在り方を何よりも嫌悪し、軽蔑し、失望しながら、何よりも哀れみ、憂い、そして救わんと、変えようとしている。 

 

 理解出来なくて当たり前だ。私が共感するなど烏滸がましかったのだ。

 

 すべてを諦めてしまった私と、心折れず、為すべきことを為そうとしている彼では、あまりにも違い過ぎた。

 

「だから、◼️◼️◼️よ。俺は必ずこの世界を__」

 

 ああ。どうしようなく眩しい。

 

 その姿はまるで__。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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「……そう。オフェリアを助けたの」

 

 中国異聞帯。

 

 自らを機械化した“泰の始皇帝”が統治する世界。その圧倒的な科学力で他国との生存競争に打ち勝ち、地球全土を統一し、泰平の敷かれた完璧過ぎたが故に、剪定された未来。

 

 汎人類史とは違い、そこに一切の争いは存在せず、いつまでも安寧と平穏の続く完璧な世界といっても過言ではない。

 

 だからこそ、それ以上の発展も進化も衰退も無く、可能性無き世界だと判断され、未来を断絶された。

 

 そんな異聞帯を担当するクリプター、芥ヒナコは溜め息を吐く。その視線の先にはホログラムの男__エルデン・ヴィンハイムが居た。

 

「良かったじゃない。カドックの時は下手を打ったみたいだから心配していたのだけど……」

 

『……ああ。本当に、な』

 

「にしても迂闊ね。自分の飼い犬の躾くらい、ちゃんとしておきなさい。況してやあの人でなしの魔術師なら裏切りの警戒くらいしておくべきだったわ」

 

『……耳が痛い。全く以てその通りだ』

 

 無表情だが、どことなく落ち込んだ様子を見せるエルデン。それをヒナコは冷ややな眼で見つめる。

 

「というかオフェリアの件はともかくカドックの件はどうするのよ? お前のセイバー、あの神父に見られてるんでしょ?」

 

『その件に関しては問題無い。白痴の蜘蛛の秘匿が破られぬ限りは我がセイバーの姿形が一致することは無い……流石に上位者の目を誤魔化すのは難しいがな』

 

「そう……ならいいわ。お前って変な所で抜けてるから時折不安になるのよね」

 

『……そうか?』

 

「そうよ。まさか自覚が無かったの? さも博識で何もかもを知っているかのように振る舞うくせに、その実何にも考えていない……カドックの件だって、別にマーリンを連れて行く必要なんて無いし、セイバーに神父を撃退させる必要も無かったはず。要するに、お前その場のノリで決めたでしょ?」

 

『………………』

 

「無言は肯定と受け取るわ。__馬鹿なの? 遂に亡者化した?」

 

『酷くないか? 貴公』

 

 説教するような、責め立てるようなその辛辣な物言いには、怒りよりも呆れの感情があった。

 

 __“好奇と本能のままに動く獣”。それが芥ヒナコから見て抱いたエルデン・ヴィンハイムという男への印象だった。

 

 一見すると賢者のように理性的だが、その思考回路はあまりにも常人から逸脱しており、おおよそ合理的とは言えない理解し難き行動を突発的に行う。

 

 その理由は至極単純であり、彼は基本的に何が面白いか、どうすれば面白くなるかで物事を考え、あらゆるメリットもデメリットも度外視して己の感情や欲求の赴くがままに動く。

 

 かと思えば一般的な常識や道徳心もまた存在し、これを中途半端に自制してしまう。更に魔術師特有の破綻した倫理観までも持ち合わせているのだから、彼の思考や行動は矛盾で塗れている。

 

 故に、彼と関わった者の中には噂と違って意外とまともな人間だった、或いはただ浮世離れしているだけだと思ってしまう者が少なくないが、とんでもない勘違いだ。

 

 多くの者が破滅主義と称すその刹那的な在り方は、正に狂人と呼ぶ他無い。少なくともヒナコはそう認識している。

 

(まったく……あれだけのことをしておきながら、まだあいつらに思い入れがあるのね)

 

 オフェリアの生存を嬉しく思う反面、目の前の男の行動には不満が残り、複雑な心境であった。

 

 あの日、レフ・ライノールに加担したエルデンはカルデアを、Aチームを裏切った。慕ってくれていたマシュも、友人に等しかったカドックも、時計塔からの友人だったオフェリアも、何の躊躇無く、まるで取るに足らない存在かのように見捨てた。

 

 故に、今の彼の在り方は異常と言えよう。己が殺したに等しいにも関わらずカドックやオフェリアを救わんとしている。もう二度と、彼らを死なせぬと言わんばかりに……。

 

 何と彼は未だにAチームの面々に仲間意識を抱いているのだ。彼らと過ごした日々は決して偽りなどではなく、彼は本当にあの七人を大切な仲間と認識し、確かな友情を感じていた。

 

 それこそが彼の孕んでいる矛盾性。彼には彼らの死を惜しみこそすれど後悔することは全く無かったが、そうあることが出来たのは得難い仲間を見捨ててしまえるだけの相応の覚悟があったからだ。

 

 だからこそ、“異星の神”の手によって蘇生させられた彼らを目の当たりにした時、彼にとって容易く切り捨てられるような存在ではなくなってしまった。

 

(失って初めて気付く……ってことかしら? 難儀な奴ね。全く以て愚かしいことこの上ない……そうまでして為すべきことなの? お前の思い描く計画ってのは__)

 

 何ともまあ虫酸が走る話であり、嫌悪すべき対象。しかし、ヒナコが抱いた感情はそれとは真逆。むしろ嬉しく思っていた……そんなことで思い悩めるくらいには彼の感情は死んでおらず、その“人間性”は腐り果てていない。

 

 同時に疑問を抱く。こうも自らを追い詰め、精神を磨り減らしてまで、何をしようというのか。

 

(ま、今の私にはどうでもいい話ね。もしあの節穴の爆破で生き残れていたら、別にお前の道連れになってあげるのも吝かでは無かったのだけど……)

 

 芥ヒナコ__その真の名を“虞美人”という。

 

 彼女は普通の人間ではなく、星から剥がれ落ち、受肉した精霊に近しい存在。変わらぬ若さを保ち、瞬く間に傷は癒え、そして生命力を吸う吸血種。

 

 __その上位たる“真祖”。自らの肉体を破裂させることを攻撃手段に用いることが可能なまでの強力な不死性を持つその実力はエルデンが過去に戦った“六連男装”を筆頭とした死徒のどれもを遥かに凌駕した正に別格の存在だった。

 

 そんな彼女を死に至らしめる方法は限られるというか、不可能に近い。故に、レフの爆弾が彼女に致命傷を与えるなどエルデンにとっても予想外の事態であり、異星の神に蘇生させられた際に彼は彼女へ謝罪した。

 

 別段殺されたことに関しては何も思わなかったが、レフとの共謀について教えてくれなかったことには苛立ちを覚え、食事など必要無いくせに悪びれもせず食糧を要求してきた時は殺してやろうかとすら思った。

 

 今はもう怒りは冷めているとはいえ、それを知れば調子に乗るだろうから、エルデンの前では表面上はまだ根に持っているように見せていた。

 

「ハァ……項羽様の爪の垢を煎じて飲ませてやりたいわ」

 

『……そもそも爪垢なんてあるのか?』

 

「いい? お前も存じているだろうけど、項羽様はとても聡明な方よ。それでいて凛々しくて強く気高く__」

 

『長くなりそうか? 貴公の旦那への愛はもう充分に理解したから、その話は今度にしてくれ。このやり取りも恐らく十を越えているぞ』

 

「チッ……仕方無いわね」

 

 生き生きと語り出す虞美人をすかさず遮りながらエルデンはついこの前目撃した西楚の覇王__項羽の姿を思い浮かべる。

 

 半人半馬の阿修羅が如き機械生命体。それが中国異聞帯においての項羽の姿だった。汎人類史においても人間ではなく、哪吒太子の残骸から始皇帝が造り出した機械であり、始皇帝亡き後に拾われ、人として育てられたのが歴史に名を残す項羽という存在だそうだ。

 

 エルデンは呂布奉先という前例を知っていたため然程驚きはしなかったが、それでも衝撃的な事実であり、その人間離れした姿にはかなりインパクトがあった。尤も、始皇帝によって長年改造され続けた果てがあの項羽らしく、汎人類史においては幾分か人の形をしているらしいが……。

 

「しかし、あのオフェリアまでもがね……迷えば敗れる、とはよく言ったものだわ」

 

『……何?』

 

 ピクリ、とエルデンの耳が動く。

 

「オフェリアの奴、あの娘__マシュのことを随分と気に掛けていたみたいだし、彼女の性格からして躊躇無く殺すなんて出来ないはず。その甘さと迷いが、カルデアに付け入る隙を作らせてしまった……お前にとっては予想通りの結果なんでしょう? オフェリアが敗北することも、北欧が消滅することも__」

 

『………………』

 

「けれど、私に迷いなど微塵も無い。前にも言った通り、私は出来る限りここに居たい……項羽様の居る、この異聞帯に。だから、もしカルデアが中国へ足を踏み入れたのなら……必ず亡きものにしてやる」

 

 例え滅びる運命であろうとも、定められた物語だったとしても、この世界には、虞美人がかつて失くしたはずの居場所が確かに存在する。

 

 故に、彼女は今度こそ失わないように、如何なる手段を用いてでも、これを何がなんでも守らんとしていた。

 

 愛しい人が、これ以上戦うことの無い、この泰平が敷かれた、退屈で怠慢な世界を__。

 

『……ああ、そうか、その意気だとも。貴公』

 

 エルデンはただそう呟く。心にも無いことを、とは言わない。彼は心から虞美人のことを応援し、そしてカルデアが勝つこともまた信じている。本当に、どこまでも矛盾した思考回路だ。

 

 それを知った上で、虞美人は燃える(リング)が刻まれた彼の瞳を見据え、静かに告げた。

 

「だからエルデン__私と同盟を組むってんなら、しっかりと協力しなさい」

 

『……無論だ。俺は貴公を全面的に支援する。むしろ漸くその気になってくれて嬉しいよ、“先輩”?』

 

 その言葉にエルデンは薄く笑みを浮かべる。北欧へ月光のセイバーを派遣したように、以前から彼は虞美人の異聞帯への支援を提案していたのだが、毎回断られていた。

 

 異聞帯の王である“始皇帝”は自らの人類史が剪定されたという事実を信じてはいない。それは虞美人にとっては非常に幸運で望ましいことであり、もし空想樹や他の異聞帯の存在を知られてしまえば、あの好奇心と支配欲の塊である皇帝は、迷いなく異聞帯同士の生存競争へと乗り出し、熾烈な戦争が開幕するだろう。

 

 そうなれば愛しの項羽が戦場へと赴くことになってしまう。虞美人には到底我慢ならない事態であり、それ故にそのリスクが高まるエルデンからの支援は極力避けたかった。

 

 しかし、もはやそうも言っていられない。ロシアだけでなく北欧にまで出現した“絶望を焚べる者”に加え、エルデン曰く遥か未来の兵器である“赤い熾天使”たちに古い悪魔殺し(デーモンスレイヤー)……カルデアもまた“狩人”という“異星の神”と同類の化け物を召喚したという。

 

 あまりにも不穏分子が多過ぎる。異聞帯の王である“始皇帝”は嵐の壁の外からの侵入者に対して当初は興味を示し、排除を促しても消極的な反応を見せるだろう。恐らく虞美人たちが思っている以上に腰が重い。

 

 そんな状況では、いくらかの皇帝が、この中国異聞帯が強大な戦力を有していようとも__。

 

 虞美人にとってそれは苦渋の決断だった。だが、仕方のないことだろうと諦める。元よりエルデンの善意を無下にするのは気が引けたし、彼も口裏くらいは合わせてくれるだろう。

 

 故に、彼女は頷いた。

 

 ロスリック異聞帯と、中国異聞帯はクリプター間で内密に同盟を締結したのだ。

 

「その先輩っての、いい加減やめなさい……この後の定例会議でうっかり口を滑らしたらどうすんのよ」

 

『……流石に大丈夫だろう』

 

「まさか前科があることを忘れた訳ではないでしょうね? 誤魔化すの大変だったんだから、あれ」

 

『……ああ、そのようなこともあったな。懐かしい』

 

「忘れてたのね……」

 

 相手がマシュだったから良かったものを……と、虞美人はその時の光景を思い出しながら額に手をやる。

 

 二人きりの時、エルデンは時折彼女のことを“先輩”と呼んでからかうことがある。それは人生の先輩にして不老不死の先輩であるという意味合いなのだが、同時に藤丸立香を先輩と呼ぶマシュの真似事でもあった。

 

「それじゃ、お前が北欧に乗り込んだ件とそっちで匿ってるオフェリアの処遇についてヴォーダイムに上手く説明するように。私は知らないフリするから助け船とかは期待しないでよ?」

 

『……了解した。それでは、また会おう』

 

 そう言って通信が切れる。虞美人はふぅと一息吐き、傍らで立たせていた黄金の仮面を付けた麗人へと視線を向けた。

 

「そういう訳だから“蘭陵王”、暫くしたらあいつのサーヴァントが何騎かここへ来るだろう」

 

「はっ。畏まりました」

 

 __高長恭。またの名を、蘭陵王。

 

 南北朝時代、北斉に仕えた武将。その美貌と勇壮さで貌柔心壮、音容兼美、斉の軍神と讃えられ、しかし出る杭は打たれるの諺通り彼を疎んだ人間による讒言が飛び交い、その果てに主に毒薬を送られ、死することとなった悲劇の英雄。

 

 今の彼は虞美人が召喚したセイバーのサーヴァントであり、彼女とは生前からの知り合いだった。

 

「それにしても成程……あの御仁が、以前貴女が仰られていた“死なず”の人間ですか」

 

「ええ。私と同じくこの世の理から外れた存在。概念で言えば精霊よりもずっと、ずっと古い、失われた人類種……私も言い伝えのみでしか知らず、この目で見るまでは実在するとは露程も思わなかった」

 

 __“不死人”。

 

 それは虞美人からしてみれば真祖である己よりも出鱈目な存在だった。悠久の時を生きた彼女が生まれるよりも遥か昔__今の世界が成り立つ以前の古い時代に存在していたとされる、原初の火から這い出た闇を宿した真性の魂喰らい。

 

 その名が示す通り多くの者が追い求めた不老不死の体現者であり、魂は肉体に縛られず、しかし現世に留まり、影法師のように生と死を彷徨う不朽にして不滅の生命。

 

「失われた人類種……ですか? つまり、貴女とは違い、“死なず”にして人であると?」

 

「いや、確かに霊長の括りではあるのだろうが、アレが人類だと認めるには何万年、下手すれば何億年も遡らなければならん……奴は自らを古い人の末裔と称し、その起源は確かに人なのだと宣うが、私たちの知る人間の在り方からあまりにも掛け離れたあいつを人間と分類するには、無理がある」

 

「何と……それ程なのですか。しかし、何故斯様な存在が人の世に?」

 

「さあ、私が知りたいくらいだ。先祖返りや突然変異で片付けるのにはあまりに異常で説明が付かず、天文学的確率を用いても到底有り得ざる話だもの。その血はおろか魂すらも枯れ果てて別のモノへと置き換わったはずの今の人類から、ああも色濃い“不死人”が誕生するなど……」

 

 呪いならともかく、あれは生まれながらの体質。その身に宿す“暗い魂”が及ぼすもの。火の時代が終わり、闇の時代すらも終わったこの人類史において二度と、生まれるはずがないのだ。

 

 しかし、現にエルデンという存在はこの世に生まれ落ち、確かに大地に足を付け、存在している。実際に目の当たりにして尚、信じ難き事実であり、かの時代から現代まで生き延びていたと言った方がまだ信じられるくらいだ。

 

「あいつが言うには、母親たちの実験に巻き込まれて死んだ際にそれを自覚したらしいが……古きヴィンハイム共の中でも異端のイカれた連中が行った実験だ、もしかするとそれが関係しているのかもしれない。尤も、その母親はあいつが殺したらしいから真相を知る術はもう無いが……」

 

「__殺した? 自らの母親を?」

 

 何気無しに呟かれた言葉に、蘭陵王が目を見開く。親殺し……彼の生きた時代ならともかく現代においてはそう起こらぬはずの所業だった。

 

「詳しくは知らん……が、それだけの理由があったのだろう。我々が知ることではない」

 

「……左様でございますか」

 

「安心しろ、少なくとも悪人ではない。アレは確かに狂人であるが、そこらの人間よりもずっと誠実で己が悪性を何よりも嫌う」

 

「ははっ……しかし、何というか、意外でございます。貴女がこうもあの御仁を評価していらっしゃるとは。ただ人ではないから、という理由ではないように見受けられますが……」

 

「ふん……ま、色々とあったのよ」

 

 これ以上語ろうとはしない虞美人。蘭陵王としては是非ともエルデンという男との馴れ初めを聞きたかったが、本人にその意志が無いのであれば仕方が無い。

 

 そして、彼は酷く安堵した。自らが毒薬を呷り死する時、憂いたのはこれからも悠久を生きていくであろう孤高の彼女の未来__。

 

 ただ悲劇でしかない、その膨大な生において彼女はもう一度信頼足り得る存在と、確かに巡り会えたのだということを、知れたのだから……。

 

 __紅の月下美人。

 

 どうか彼女の行く先に、祝福があらんことを__。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「__やっぱり彼女、良い患者になりそうね」

 

 暗い、暗い、どこかで“女医”は笑う。




客観的に見たエルデンくん、屑過ぎる……因みに母親の性格とか見た目はカルラさんをイメージしてます。


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秘匿者たち2

書いてて長くなったから慌ててカットした。


 ◎

 

 

 どれくらいの時が経っただろう。

 

 未だに地鳴りは続き、空気を切り裂き、大地を砕く音と共に雄叫びが響く。

 

 殴り、斬られ、避けられ、斬られ__。

 

 斬り、避け、斬り、避け、避け、斬り__。

 

 そして、終わりは唐突に訪れる。

 

「◼️◼️◼️◼️◼️◼️◼️◼️◼️◼️◼️◼️◼️!!」

 

 ブヨブヨした贅肉を直剣の刃が貫き、血が濁流のように噴き出す。不死院のデーモンの断末魔が反響し、空間を揺らす。

 

 イザリスの魔女の成れの果て、“混沌の苗床”から生まれ落ち、黒騎士の狩りから生き延び、不死院の番人の任を背負わされていた異形のレッサーデーモンは、遂にその長い命を終え、倒れ伏す。

 

「__死んだ?」

 

 白きソウルの光となって霧散する怪物。やがて完全に消滅し、復活の兆候が無いことを確認すると直剣を携えた青年__カドック・ゼムルプスは安堵の表情を浮かべ、静かに歓喜する。

 

 かの者は遂に番人たる不死院のデーモンの打倒を成し遂げたのだ。

 

「……は、はは。やった、僕はやったぞ」

 

 片膝を突き、渇いた笑い声を出す。

 

 何度その大槌を掠め、瀕死になっただろうか。何度その大槌に叩き潰され、即死しただろうか。

 

 死ぬ度に“篝火”で目覚め、挑み続けた。動き自体は単純でパターンを把握し、完全に見切るのにそう時間は掛からなかった。しかし、不死身ではないかと思う程の生命力を持つレッサーデーモンにいくら攻撃を当てても倒れることはなく、やがて疲労もあってか集中が切れることが多くなり、そして小さなミスで殺される。

 

 しかもどういうからくりか道中の亡者まで生き返り、それまで傷付けた傷をレッサーデーモンは完治させていた。つまり甦り続けて地道にけずるのは不可能だった。故に、数度は心が折れかけた程度にはカドックはデーモンへ挑み、殺されていた。

 

「……さて、あの奥に、“ロードラン”への道があるんだったな」

 

 大扉が、“勝手に”開く。

 

 まるでこちらを導くように。カドックは罠を警戒しながら慎重な歩みでそこへ向かう。

 

 __ここからが本当の“ダークソウル”だ。

 

 誰かが、囁いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ◎

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……はい。かくしてスカサハ=スカディは敗れ、北欧異聞帯は空想樹を失い、人類史から切除されてしまいました」

 

 召集を掛けられ、集ったクリプターたちの囲う円卓の前でコヤンスカヤが語り終える。

 

 北欧の消滅。それを聞いた彼らの反応は様々であったが、緊急で呼び出された時点でロシアのことを思い出し、皆薄々察してはいた。

 

「残念ながらオフェリアさんの消息は掴めていません。カルデアに捕縛されたか或いはスルトの暴走に巻き込まれて帰らぬ人に……よよよ」

 

『……見え透いた演技はやめて、コヤンスカヤ。カルデアへの苛立ちより貴方への嫌悪が遥かに上回るだけよ』

 

 わざとらしく泣き真似をするコヤンスカヤを、ヒナコが冷たい視線で睨む。

 

「キャー、バレバレとか恥ずかし──い! これでも立て続けに同胞を失った皆さんを気を遣って、リップサービスならぬクライサービスをしたんダゾ☆ 何しろ、オフェリアさんは私にとっても貴重なお客様でしたから」

 

(……失った、か。何を企んでいる?)

 

 おどけた態度を取るコヤンスカヤを見据えながらエルデンは内心疑問に思う。セイバー・ルドウイークの報告から彼女が北欧に居たことは確認している……自身が無名の王と共に北欧へ向かい、巨人スルトを打倒し、オフェリアを救出したことは当然把握済みのはずだ。

 

 にも関わらずその事実を伏せ、オフェリアを消息不明扱いにし、既に死んだものとして話している。エルデンとしては面倒なことにならなくて助かるが、つまりそれ相応の思惑があるのは明白だった。

 

「宝石の魔眼……過ぎたるは猶及ばざるが如し、でしたね。オフェリアにあの魔眼は不相応でした。せめてああなる前に生きた眼球をお譲りいただければ私も全力で生存を手助けしたのですが……」

 

『そう、なら、それがせめてもの救いね。彼女の瞳が貴方のコレクションにされていたかも、なんて、想像するだけで目が眩むから。ねぇ、エルデン?』

 

『ああ。確かに人には過ぎた代物ではあるが、かといって女狐風情が手にするのも相応しくない』

 

「わぉ☆ 真顔で辛辣なこと言っちゃってくれますねぇ」

 

 聞き捨てならない言葉だった。流石は“妲己”の要素を持つ九尾の分体。どこまでも他人の神経を逆撫ですることに長けている。

 

 オフェリアの持つ“遷延の魔眼”は、確かに彼女には不相応な力と言えよう。結果としてその存在が彼女を苦しめ、そして異聞帯のスルトと接触してしまうことになったのだから。

 

 だが、他に相応しい者が居るかと言えば、それは否だ。あの魔眼あってこそのオフェリア__彼女が確固たる意志で自らその眼を潰すというのなら、喜んでそれを受け入れよう。

 

 しかし、他の誰かの手に渡るというのは、エルデンとしてはとてもじゃないが、許容出来ず看過することは出来ない。

 

「しかし、人間嫌いの芥女史がオフェリアさんの死を悼むなんて驚きですねぇ。あ、まだ生死不明でした、すみません」

 

『……何が言いたいの? コヤンスカヤ』

 

 ヒナコは眉をひそめる。対するコヤンスカヤは薄く笑みを浮かべながら言葉を続ける。

 

「女の子同士の友情は実利実益の支えない。どれほど煙たがれようと、日々ちょっかい出してナンボなのです」

 

『……なんか生々しいな、貴公』

 

「少なくとも私は本気で彼女の人生の問題点を考え、手を出しました。けれど貴女はただ見ていただけ。それで今更トモダチ面とは毛並みが良過ぎるのでは?」

 

『っ、女狐風情が、白々しい……!』

 

「何も行動しなかったのなら、何も言うべきではない。これ、人間社会の常識でしょう? そんなところでずっと引き籠っているから、そんなコトも忘れてしまうんですよ、貴女は」

 

『……よせ、貴公。ぐうの音も出ない正論に何も言い返せなくてヒナコが凄い顔をしているぞ』

 

『お前はどっちの味方だ……!』

 

『はいはい、そこまでよ、ガールズ。喧嘩は私たちが全滅した後にやってね? 駄目よ芥ちゃん、キレイな顔が台無し。折角ここまで隠し通したんだもの。お上品にしましょ』

 

 口を開け、鋭い犬歯を露にしながら激昂するヒナコをペペロンチーノが竦める。

 

『というか、何でこんなお葬式ムードなのよ。まだオフェリアが死んだって決まった訳じゃあないんでしょ?』

 

『ああ。案外カルデアでよろしくやってるかもしれないぜ? カドックの奴もまだ捕まってるんだろ?』

 

『………………』

 

 カドックの名前を出すベリル。これにエルデンは僅かだが、表情を変える。結局のところラスプーチンによるカドック奪還が失敗したことを本人もキリシュタリアもクリプターたちに伝えることはなかった。

 

 いずれバレることではあるが、果たしていつまで隠匿するのだろうか。

 

『……私は異聞帯の報告をしに来ただけ。それを済んだのだから退席する』

 

 一先ず怒りを鎮め、ヒナコは呆れたのか、疲れたのか、小さな溜め息を吐く。

 

『ペペ、キリシュタリア……私、そこの女狐とは極力無関係でいたいの。間違っても彼女を私の異聞帯に寄越さないで、その女は国を滅ぼすことしか出来ない女よ』

 

 最後にそう言い、ヒナコは通信を切る。コヤンスカヤは特に反応しなかったが、内心顔をしかめていることだろう。

 

『……フラグ、という奴だな』

 

『おいおい。ホントに退席しちまったぞ芥の奴! チームワークとかどうなってんだろうな、俺たち!』

 

『何だ、貴公……ヒナコの協調性の無さは今更だろうに』

 

『は。流石の芥もアンタにだけは死んでも言われたくないだろうよ、サボり魔さん?』

 

 そう言いながらチラリ、とベリルは空席となった二つの椅子を一瞥する。ほんの数週間前までは全員揃っていたというのに、既に二人も消えた。

 

 どちらとも生死不明とはいえ生存は絶望的。仮にカルデアに捕縛されていたとしても彼らがよっぽど御人好しでない限りは無傷とは言えないだろう。

 

『しかしまあ、運が悪かったなぁ……カドックもオフェリアも。いや、あちらさんの運が良かったのか? 実力じゃあこっちの方が上だったんだからな。えーと、何だっけあの絶望をナンタラって奴……』

 

『……絶望を焚べる者のことか?』

 

『そう! 絶望を焚べる者! ミラのルカティエルを名乗る不審者! まさか北欧にまで出張ってくるとはな! あんな災害みたいな奴が彷徨いてるとなると、おちおち眠ることも出来やしねぇ!』

 

「……アレはオフェリアさんのセイバーが駆除したはずですが?」

 

『おお、そうだったな。なら安心……とはならねぇよなぁ?』

 

『……貴公の言う通りだ。かの不死が一度や二度殺したとて、終わるとは思えん』

 

『ほら、“火の時代”の専門家もこう言ってる。こっちに来ないって保障はねぇ、本当におっかないぜ』

 

 __“絶望を焚べる者”。ロシア異聞帯をほぼ単独で滅ぼし、北欧異聞帯でも多くの巨人を殺戮した古き者。しかし、目先の脅威はそれだけではない。

 

 北欧で姿を現した“悪魔殺し”。“上位者”へと至った“狩人”。ロシアを焼き尽くしてから音沙汰の無い“赤い熾天使”……どいつもこいつも最大級の脅威ばかりだ。

 

 加えてエルデンは、これらと並ぶ、或いは上回るイレギュラーがこれからもまだ多く出現する可能性を危惧していた。中でも予想される“火の時代”に列する者たちならばともかく、遥か未来から“最強のレイヴン”や“人類種の天敵”までもが現れかねない。

 

 故に、カルデアを迎え撃つ前に滅んでしまう異聞帯があっても可笑しくない事態であった。

 

『しかもカルデアのマスターはまだピンピンに生きてるときた! 素人が戦場に居て無傷とかどういうコトよ。ひひひ、余程ツイているのか、もしくは周りによっぽど大切に扱われているかだな! 豚も煽てりゃ何とやらだ!』

 

『……忘れてないか? 貴公。既に彼女は一度世界を救った後だということを。決して素人などではなく、経験で言えば我らより断然上と言えよう』

 

『ん? ああ、そういやそうか。なら、そういう立ち回りくらいは分かってるもんか。すまねぇ、忘れてたわ』

 

『そうね。それに守りが完璧なのは当然でしょ。あの子のサーヴァントはマシュちゃんよ? シールダーのサーヴァントだもの。マスターの警護は万全に決まってるわ』

 

『へぇ……マシュに守られている、ねぇ……』

 

 一瞬ベリルは目を伏せ、そして次の瞬間には楽しげな笑みを浮かべた。

 

『そりゃあますます羨ましい。女の後ろでイキってるだけで英雄サマときた!』

 

『……前にも言っていたな、それ』

 

 淡々としながらもエルデンは内心この期に及んでまだカルデアのマスターを見下しているベリルに呆れていた。現に彼女は二つの異聞帯を踏破して見せたというのに。

 

 しかし、ロシアの攻略は実質“絶望を焚べる者”が成し遂げたようなものであり、北欧に関してもスルトの暴走や狩人の参戦と、勝利出来たのは運が良かったようにしか見えないのもまた事実。かつての旅路を知るエルデンとは違い、その詳細を知らない彼らがそう思うのは仕方のないことだろう。

 

「コヤンスカヤの報告の限りでは、私も同意見と言わざるを得ないな」

 

 そして、先程から黙って聞いていたキリシュタリアもまたベリルの発言に頷く。

 

「エルデンは随分と評価しているみたいだが……デイビット。カルデアのマスターについて君はどんな印象を受けた?」

 

『そうだな。よくやる、と呆れている』

 

 デイビットへと意見を求める。優れた洞察力を持つ彼の言葉は実に的確な場面が非常に多く、Aチームもといクリプターたちのご意見番とも言うべき存在であった。

 

『人間は戦場に立つ時、確かな武器を手にしていなければならない。任務や自衛の為じゃない。自分が戦えるという事実がなければ、精神が前に進まないからだ』

 

 淡々と、冷徹に、一切の色眼鏡無く、デイビットは自身の推察を述べる。

 

『だが、カルデアのマスターは自分に武器が無いことを理解しながら戦場に立っている。余程危機感の無い女か、或いは__』

 

『……それしかないから、であろう? ヴォイド』

 

 これにエルデンが割り込み、代弁する。デイビットが反論する様子が無いことからそれは正解と言えよう。

 

『他に手段が無いのだ。彼女はカルデアの礼装が無ければ魔術師としては素人に等しく、サーヴァントへ魔力を送ることすら困難だ。そのパスも憐れなほど短く、魔力を送る為には出来る限り近くへ居なければならず、我らのように安全圏からサーヴァントを使うことも出来やしない』

 

『………………』

 

『__故に、その震える脚を誤魔化し、見栄を張ってただ前線に立つしかない。そうやって戦い続け、乗り越え、今の今まで生き延びてきた』

 

『成程。俺も概ね同意だ。お前の奴に対する見方は半ば妄信的なようにも見えたが、その実よく本質を見て物を言っている』

 

 まるで実際にその有り様を見てきたかのようなエルデンのカルデアのマスターへの評価にデイビットは理解を示す。

 

 若干の訝しみは残るものの元より彼女のような人間を彼が好ましく思うのは理解出来たため然したる疑念は感じられなかった。

 

『しかし、オフェリアの件は残念だ。多少、失望しているよ。彼女の能力を過大評価してしまった』

 

『……何?』

 

 ピクリ、とキリシュタリアの言葉に肩を僅かに震わせ、目の色を変えるエルデン。その変化にいち早く気付いたペペロンチーノは焦りの表情を見せる。

 

『北欧は争いの無い異聞帯だった。それを治められなかったとは……』

 

「ああ、その点について私からも一つ、質問が」

 

 冷静な、しかし嘆くようにそう語る彼に対し、コヤンスカヤが口を開く。

 

「アナタはスルトのことを知っていたのですね? その上でオフェリアに北欧を任せていた__いえ、スルトを残すように指示したのは、もしやアナタではないのですか? キリシュタリア」

 

 そう問い掛けながらコヤンスカヤは確信していた。他者の感情をある程度ならば読み取ることが出来る彼女はスルトの件をオフェリアは事前にキリシュタリアに報告しており、彼から手札として残すように命じられていたことは既に把握している。

 

 故に、この質問は確認であり、暗に北欧が滅んだのはお前のせいだと煽る意図があった。

 

「となると……これは少し、筋が通りません。スルトは北欧異聞帯にとって大敵です。それを残す、というのは北欧異聞帯を崩壊させる、という意図があったということでしょう? それはどうなのでしょう? “異星の神”はそんなことを望んだかしら?」

 

 そんな悪辣な満ちた問いにも、キリシュタリアは表情一つ変えることなく、悠然と答える。

 

「確かに、スルトを残すようにアドバイスはした。北欧異聞帯の王、スカサハ=スカディはその気質からカルデアに賛同する危険があった。その時の保険に使うといい、と提案したのだが……彼女には荷が重過ぎたようだ。もう少し、上手くやれると思っていた」

 

「ん~成程! オフェリアちゃんだけでは不安だった、と!」

 

 その返答にコヤンスカヤは合点がいったとばかりに快活な笑みを浮かべる。口では信頼している素振りを見せながら、内心ではオフェリアの弱さを把握していたのだ、この男は。

 

『__貴公』

 

 場が、凍り付く。

 

 ただ一言発しただけで、その重圧に先程までヘラヘラと笑っていたベリルですら真顔になる。

 

『随分な言い草だな……本人が居ないからと、少しばかり口が過ぎるのではないか?』

 

「……ただ事実を言ったまでだ。私は彼女の実力を見誤り、過度な期待を寄せてしまった。だから、北欧異聞帯は滅びる結果となった」

 

『__故に、失望したと?』

 

 低く、底冷えするような声。静かに怒る、というのは正にこういうことなのだろう。対するキリシュタリアは臆することなく、真っ直ぐとその暗い瞳を見据え、言葉を交わす。

 

『ちょっとエルデン、一旦落ち着いて__』

 

『思い上がりも甚だしいぞ、ヴォーダイム。勝手に期待し、失望するようであれば貴公を想い、その身を尽くさんとしたオフェリアがあまりにも報われない』

 

「……………………」

 

『そもそも貴公が期待しようがしまいが、オフェリアは貴公の理想に付き従い、殉じようと努め、突き進んだだろう。クリプターとしての使命ではなく、他ならぬ貴公の為に、な。それだけ彼女は敬愛を抱き、貴公に執心していた』

 

 間に入って止めようとするペペロンチーノを無視し、エルデンは言葉を続ける。

 

 “異星の神”による蘇生の後、オフェリアは人が変わったようにキリシュタリアに忠誠を誓い、崇拝するようになった。当初エルデンは洗脳されたのかと思うも彼女から事情を聞いてその想いに気付く。

 

 その好意を恋愛感情だと判断したのは、エルデンの知識の中で彼女の抱くその感情に一番近いものがそれだったというだけだ。本人が頑なに否定しているのだからもしかすれば違うのかもしれない。

 

 しかし、どちらにせよ、そんな彼女の姿を見るのは初めてであり、エルデンは嬉しかった。キリシュタリアへのその想いがあれば彼女がずっと抱え、思い悩んでいる何かを克服し、乗り越えることが出来ると思ったからだ。

 

 故に、今のキリシュタリアの発言は看過出来ず、許容出来なかった。

 

「おやおや。随分とお怒りのご様子で……エルデンさん。逆鱗に触れちゃいましたか? オフェリアちゃんに仲間意識とか、友情とか、ちゃんとおありだったのですねぇ?」

 

 この光景を前に、コヤンスカヤは愉しげに悪辣に満ちた笑みを浮かべて言い放つ。しかし、エルデンは完全に眼中に無いのか彼女へ何の反応も示さず、ただキリシュタリアを見据えていた。

 

 女狐の顔が、歪む。

 

「……ふむ、どうやら失言だったようだ。君にそこまで言わせてしまうとは」

 

『くれぐれも本人の前で言ってくれるなよ? 結局のところ貴公が何に失望したのか知らぬが、以前から貴公は他者を過剰なまでに評価し、期待するきらいがある。__あまり人の可能性とやらを信じ過ぎないことだ』

 

「______」

 

 一瞬キリシュタリアは目を見開くも、すぐに先程と変わらぬ冷静な表情へ戻り、頷いて見せる。

 

「ああ。その忠告、深く胸に刻み付けておこう。すまなかった、エルデン」

 

『……別に構わぬ。理解してくれたなら、それでいい』

 

 そして、エルデンの雰囲気が元へ戻る。先程までの威圧感が嘘だったかのように消え去った。

 

『ふぅ……いやぁ! 急に怒るなよエルデン! ビビっちまうじゃねぇか!』

 

 まだ一同の緊張が解けない中、誰よりも早く普段の調子に戻ったベリルが笑う。

 

『コヤンスカヤ。北欧を離脱したカルデアは北海で消息を絶った、と言ったな』

 

 すると話題を変えるようにデイビットが言う。これにいつまたエルデンのスイッチが入らないかと危惧していたペペロンチーノはナイスフォローと内心ガッツポーズする。

 

『考えられる線は虚数潜航によるこちらの索敵錯乱だが、補給の無い彼らに長時間の潜航が出来るとは思えない。となると__』

 

「“彷徨海”だろうな。また厄介な場所に移動したものだ。あそこだけは“異星の神”も手を出せなかった。いや、出す必要性を感じなかった」

 

 彷徨海__バルトアンデルス。その名が出てきたことにエルデンは意外な反応を示す。

 

 魔術協会における三大部門の一角であり、原初の魔術工房とも云われる北海に隠された神代の島。北欧を根城とする原協会で、その名の通り海上を彷徨い移動する山脈の形をしているという。

 

 彼らは文明による魔術の進歩・変化を認めず、西暦以前の神秘__神代の魔術のみを魔術とするという、時計塔と相反する理念・絶対原則を掲げている。

 

 即ち、神代の魔術こそ至高、西暦以後の魔術なぞ児戯に等しいと見下しているため、時計塔とは冷戦状態にある……というのがエルデンの知識だ。

 

 謂わば究極の懐古主義。故に、エルデンからすれば竜の学院(ヴィンハイム)と然して変わらぬ集団だった。尤も、竜の学院にとっては神代の魔術も原初たるソウルの魔術の紛い物であると認識しているため彼らとも敵対している訳だが……。

 

(確か“古きヨルメダール”の連中も何人か彷徨海に招かれていたはずだが……ふむ、ロスリックやボーレタリアの存在を感付かれて目覚められると些か面倒だな)

 

 魔術の進歩を認めないという事は、人類の消費文明を認めないということであり、今の人間社会とは相容れない学術棟だ。故に、その門は固く閉ざされ、神代以降の人類史の行く末など知った事ではない、と“異星の神”がやろうとしている人理編纂にも共感こそすれど邪魔をするようなことはないとキリシュタリアたちは思い、放置していた。

 

 しかし、エルデンにとっては好ましくない事態だ。てっきり漂白に巻き込まれ、全滅したと思っていた連中が未だに生き延びているのだと知ったのだから。

 

 今現在、アフリカ大陸には彼らが望んでやまなかった原初の神秘が降臨している。創設から二千年も存在する時計塔の学園長と同格の魔術師たちが目覚め、ロスリックへと足を踏み入らんとする可能性は充分にあるだろう。

 

 彼らに自身の計画を揺るがすようなことが出来るとは思えなかったが、それでも不確定要素は出来得る限り減らしたい。

 

 __まあ、それはそれで、面白そうだが。

 

『成程……この世に有ってこの世に無い絶界の島。さすれば白紙化を逃れられる訳か』

 

『無いものに消しゴムは掛けられないからそうなるわよねぇ……でも困ったわぁ。そんなところに逃げ込まれたら捜しようがないもの。どう? 異聞帯を自由に転移出来るコヤンスカヤちゃん?』

 

「ご期待に添えず、面目ありません……単独顕現を持つ私ですが、位置を特定出来ない彷徨海に忍び込めるはずもなく……」

 

『そうよねぇ……』

 

『……どうせ彼らは異聞帯を攻略する為に姿を現す。その時に正面から叩き潰してやればいい』

 

『じゃあしばらくカルデアは放っておいて、私たちの異聞帯に専念しちゃい__』

 

『いや、そいつは無しだぜ、ペペロンチーノ、エルデン』

 

 カルデアを放置するという提案に、ベリルが首を横に振り、待ったを掛ける。

 

『カドックとオフェリア。俺たちの身内が二人もやられたんだ。これ以上、放置は出来ない。一刻も早くカルデアを潰す』

 

『……何だ、貴公。少し見直したぞ』

 

 感心した様子を見せるエルデン。決してカルデアを甘く見ている訳ではなく、敵対分子として排除する腹積もりのようだ。

 

『は。当たり前だろ、目障りな敵を生かしておく理由なんかあるかよ? アンタやヴォーダイムくらい強ければ怖くねぇかもしれないが、凡人であるこっちは死活問題なワケ。カルデアの連中にいつ後ろから刺されるかと思うと、満足に人間狩りも出来ない』

 

『けれど、方法はどうする? 女狐の単独顕現がどの程度のランクかは知らぬが、そいつが侵入出来ぬのならあの三騎のアルターエゴでも難しかろう』

 

 彷徨海へ行く手段が無い訳ではない。たかだか別次元への移動ならばエルデンの傘下のサーヴァント……悪夢のフォーリナーや女医のアルターエゴならば難なく侵入経路を作り出せるだろうし、何なら彷徨海そのものを破壊することも可能だろう。

 

 無論、エルデンにその気はゼロだ。カルデアには、藤丸立香とマシュ・キリエライトにはロスリック異聞帯へ来てもらわなければならないのだから__。

 

「__仕方ありません。契約には含まれないサービスですが、承りました。ご依頼はカルデア残党の処理、でよろしいですね?」

 

 すると先程とはうって変わり、コヤンスカヤが提案する。

 

『……へえ。出来るのかい。本当に? アンタ、彷徨海には侵入出来ないと、さっき言わなかった?』

 

「そこはそれ、プロですので。多少の抜け道はございますとも。とはいえ“カルデア残党の全滅”は少々お高くなります。ベリル様にはお支払い出来ないでしょう。エルデンさんなら、払えるかもしれませんが__」

 

『__断る。貴公に恩を売られるつもりはない』

 

「……ならばここは安価で確実な手段を取らせていただきますが、よろしいでしょうか?」

 

『へえ。具体的に、どんな?』

 

「カルデアを無力化すればよろしいのでしょう? であれば簡単です。カルデアのマスターはひとりしかいないのですから__」

 

『……暗殺か』

 

「はい。誰に気付かれるコトもなく。サクッと、暗殺して参りますわ☆」

 

 にやり、笑みを浮かべながらそう言い、コヤンスカヤはその場から姿を消す。

 

 __カルデアのマスター暗殺。具体的であり、確実な手段であるが、エルデンは特に焦る様子は無く、むしろこれを乗り越えて行くべきだと静かに笑う。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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「フッ__意外だよ。君が他人に関してあそこまで激情に駈られるとは」

 

 円卓にて。コヤンスカヤが彷徨海へ跳び、他のクリプターも解散し、ただ一人残ったキリシュタリアは先の会話を思い出しながらぽつりと呟く。

 

「だからこそ、疑問だった。君の在り方は、あまりにも矛盾が過ぎる。君は一体何処へ向かおうと言うのだい? エルデン・ヴィンハイム」

 

 今しがたの会議では問えなかった問いを虚空へと投げ掛ける。思い出すのはあの正しく夢のような思い出。何度も裏切られ、何度も敵対し、何度も争った。しかし、そこにあった日々も友情も紛れも無く本物だったのだ。

 

 故に、誓いを立てた。オフェリアと北欧には是非ともその手助けをしてもらいたかったのだが__。

 

「北欧異聞帯の切除は大きな損失ではない。万が一の為、スルトを我々の切り札にするプランもあったが、それが無くなっただけの話だ」

 

 “異星の神”に対する決戦兵器だけではない。かの巨人の終わりの炎は“火の時代”のテスクチャをも焼き尽くすことが可能だったろう。それでそこに住む者たちも滅びるとは限らないが、彼の計画を頓挫させるには充分だ。

 

 しかし、失態を犯した。炎の巨人王を侮っていた訳ではない。ただ彼女の手腕なら、精神力なら大丈夫だと楽観視してしまったのだ。

 

 故に、間違いがあったとしたら__。

 

「……僅か数年の接触だったが、君が穏やかな女性であることは、よく分かっていた」

 

 カイニスからの報告で彼女が今何処に居るのかは大体察しが付いている。

 

 生きていたことは非常に喜ばしい。酷く安堵した。

 

「オフェリア。君には、私が偉大な人物に見えていたかい?」

 

 __では、それに応えよう。

 

 人理編纂の名の下に汎人類史を否定し、新しい真理を築く。

 

 改めてキリシュタリアは決意した。

 

 

 

 




エルデン「怒られなかった。良かった(^ー^)」


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エルデンと愛玩の獣

エルデンくん、多くの方々から心配されていたロスリック食糧問題を前に、遂に動く……!?


 ◎

 

 

プランA カルデアが人理修復後に──を用いて実行する場合の計画

 

プランB ゲーティアと敵対し、人理焼却の最中に実行しなければならない場合の計画

 

プランC 人理焼却が未遂に終わる、或いは失敗した場合の計画※プランAとほぼ変わり無し

 

プランD 人理修復後、焼却とは別の更なる脅威(キャスターのクー・フーリンが仄めかした人理編纂なるもの?)が出現した場合の計画

 

P.S 異星の神を騙る上位者による人類史の白紙化及び異聞帯の発生によりプランDを採用。やっと面白くなってきた、筋書き通りというのはどうにもつまらんからな

 

 __とあるクリプターの走り書きより。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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 ロスリック城・篝火。

 

「……ヴォーダイムの奴め」

 

 通信を切り、溜め息混じりにそう呟きながらエルデンは幾つも並べられた古臭い木製の椅子に腰掛ける。

 

(オフェリアを会議に参加させなくて正解だったな……あらぬ誤解を抱かせるところだった。まあ、流石に本人が居たのなら労いの言葉くらいは掛けてはくれただろうが……)

 

 “異星の神”とその使徒であるアルターエゴたちに監視させられているであろうキリシュタリアが発言を慎重に選ばなければならないのは充分に理解しているが、それでもオフェリアに対するあのような言い様は例え彼の本意で無かろうと我慢ならず、つい口を出してしまった。

 

 結果的には穏便に済んだものの一歩間違えれば対立する可能性すらあっただろう。そうなればヒナコに何を言われるか分かったものではない。

 

 エルデンは己の中に未だに残り続ける甘さを再認識し、次からは戒めんと反省する。

 

「……さて、そろそろ出てきたらどうだ? タマモヴィッチ・コヤンスカヤ」

 

「あら、気付かれてました?」

 

 背後を振り返り、そう言えば彷徨海へ向かったはずのコヤンスカヤが素知らぬ顔で姿を現す。どうやらエルデンの座標を起点に転移してきたようだ。

 

「流石はヴィンハイムの天才、といったところでしょうか? 気配は消していたのですけれどよく分かりましたね。エルデンさん」

 

「……らしいな。一体どういうつもりだ? カルデアのマスターの暗殺はどうした?」

 

「ええ。そちらも後で勿論やりますとも。ビジネスなので☆ その前にこちらへ伺った用件は……聡明なエルデンさんならお分かりですよね?」

 

 不敵な笑みを浮かべるコヤンスカヤ。そんな彼女に対してエルデンは何を言う訳でもなくただ冷たい視線を向ける。

 

 実のところ彼は彼女の来訪を予期していた。理由は十中八九オフェリアの件だろう。でなれば先のあの場でわざわざ隠すような真似はしない。

 

「しかし、ここがアフリカ異聞帯__またの名をロスリック異聞帯ですか。かの“火の時代”が続いた世界……訪れたのは初めてですが、ええ、確かに神代よりもずっと濃厚な神秘が漂ってますねぇ」

 

 アフリカ大陸全域を覆う、八つの異聞帯の中でもトップクラスの広大さを誇る異聞帯。加えて、アフリカの文明ではなく、“火の時代”と呼ばれる神代以前の超古代文明が現存するイレギュラー中のイレギュラー。

 

 足を踏み入れればその異常さがよく分かる。オリュンポス以上の神秘の濃さもそうだが、あちこちから感じる“神如き”気配と魔力……まず目に付いた奥に立っている複数の騎士ですら一線級の英霊にも引けを取らぬ存在であった。

 

 純粋にレベルが違う。そして驚きなのはこれ程の熾烈な環境に居ながら強がりでも何でもなく、ただ平然としている目の前の男だった。

 

 成程……これは“異星の神”が警戒する訳だと、コヤンスカヤは内心納得し、より興味をそそられる。

 

「これで文明さえ繁栄してくれてさえいれば、間違いなく最上級の異聞帯だったのですがねぇ……衰退どころか滅びかけってのは笑い話にもなりません」

 

「……単なる冷やかしなら、お引き取り願おうか」

 

「もう、冷たいですね。折角気を利かせてオフェリアちゃんを助けに行ったこと内緒にしてあげましたというのに。感謝の一つも無しとは」

 

「助けを乞うた覚えはない。オフェリアのことを隠す気もなかった。それに言ったろう、貴公に恩を売られるつもりは無い、と……」

 

「おやおや。随分と嫌われたものですねぇ……芥ちゃんから色々と吹き込まれました?」

 

 コヤンスカヤにとってエルデンという人間は興味深い人物であり、あのデイビット・ゼム・ヴォイドと同じく“異星の神”とは別に個人的に恩を売っておきたい相手でもある。

 

 故に、友好的な関係を築いておきたいのだが……。

 

「……別に貴公を嫌っている訳ではない」

 

「またまたぁ……それ本気で言ってます? __と言いたいところですが、あー、本気なんですね。成程成程。好きの反対は無関心とは、よく言ったものです」

 

 彼が北欧に派遣したセイバーに告げられたこと。エルデンは、コヤンスカヤが九尾の狐__玉藻の前が切り離した八つの御魂の一つであることを知っている。そして、その事実を知りながら所詮は分体だと過小評価し、侮っているのだということ。

 

 彼女からしてみればよもやと思ったが、彼と対面してそれが紛れも無き真実であるということを嫌でも理解させられた。

 

 コヤンスカヤは他人の心をある程度は読み取れる。故に、能面のような顔を浮かべているエルデンの感情の僅かな起因も把握出来るのだが、今彼がその言葉通り嫌悪の感情を全く抱いていなかった。

 

 __何も思っていないのだ。コヤンスカヤという人ならざる存在を前にして、その感情の変化は微々たるものだった。

 

 ああ。何と腹立たしい事実だろう。単に警戒してくれるなら全然構わない。コヤンスカヤというのは生来そういう存在なのだから仕方無く、甘んじて受け入れよう。

 

 だが、あろうことか見下す存在であるはずの人間ごときに有象無象扱いされるのは我慢ならなかった。例えそれが彼女のことを“愛玩”の理を司る“人類悪”であるということを知らないが故にだとしても……。

 

(ウフフ……いつか必ず、後悔させてやりましょう。別に困ることはありませんが、人間風情に舐められっぱなしというのは不愉快極まりませんから)

 

 内心そう決意し、一時の怒りを抑えて笑顔を作るコヤンスカヤ。実のところ彼女の思っていることは事実であるようで、そう単純な話ではなかった。

 

 確かにエルデンはコヤンスカヤのことを過小評価している。しかし、それは彼女が“人類悪”に成り得る可能性が存在するのを理解した上で、だ。

 

 九尾の狐・玉藻の前について彼が知るのは元は日本神話の主神たる天照大御神であり、分離せねば人類悪顕現にも繋がっていたということ。その実力はサーヴァントの中でもトップクラスであり、確かに脅威と認識するには充分かもしれない。

 

 しかし、言ってしまえば、それだけなのだ。

 

 彼女を一目見た時、エルデンは彼女がタマモナインの一匹であると理解した。そして、それ以外の何者でもないということも。

 

 ならば底が知れる。起源は天照大御神という神霊であり、行き着く先は人類悪。それ以上の存在へと至る可能性は低いだろうとエルデンは判断し、故に眼中に入れていないのだ。

 

 だが、あの神父と陰陽師、そして鍛治師は違う。神父はグレゴリー・ラスプーチン以外にも何か混じっているかもしれないし、その能力の詳細を知らない。陰陽師に関しても下総国での情報だけではその実力の全容を理解するには至らず、鍛治師についてもクラスがアルターエゴに変質しているのだから他にも何かが混ざっている可能性がある。アルターエゴというクラスの異常さはあの女医の有り様を見て充分に理解した。

 

 故に、エルデンは警戒するのだ。自身にとって全くの未知の存在であり、そして疑似サーヴァントはその依代からして単なる使徒や尖兵では決して終わらぬはずの彼らを__。

 

「……何だ、不満かね?」

 

「いえいえ。ただ意外だっただけです。初対面でいきなり女狐呼ばわりされたものですからてっきり嫌われているのかと」

 

「……女狐を女狐と呼ぶのは、当然のことだろう。別段可笑しなことではあるまい。正しく貴公の為に存在するような呼び名ではないか。女狐」

 

「うわー、凄く失礼☆ 私じゃなかったらブチギレてますよ?」

 

 酷く気味が悪かった。どこまでも淡々と、無機質に、さも当然のように語るエルデン。心を読み取れているはずなのに、何を考えているかさっぱり分からない。

 

 そのおちゃらけた笑顔の裏でコヤンスカヤは怪訝な表情を浮かべていた。

 

「……さて、折角来たのだ。商談の話でもするか?」

 

「…………!」

 

 しかし、エルデンがそう尋ねた途端、文字通り目の色を変える。

 

「__それはそれは。ええ、いいですとも。ビジネスとあればこの敏腕美人秘書にお任せを☆」

 

 釣り餌に食らい付く魚の如くその話に飛び付くコヤンスカヤ。元より彼女はオフェリアの件を出しにしてエルデンに取引を持ち掛けるつもりだった。

 

 それは頓挫したように思えたが、幸運にもエルデンは最初から彼女との商談を望んでいたようだ。

 

「報酬次第で何なりと。魔獣の配送ですか? 資源の確保ですか? それとも、情報ですか?」

 

「聖王から許可を貰った。このロスリック王国が保有する神秘の数々、岩の古竜の末裔たる飛竜、それを友とする騎士、敵から鹵獲した幻想種……貴公に支払う対価としては申し分あるまい」

 

「勿論です。かの“火の時代”の生物というだけで、そこらの魔獣よりもずっと価値がありますからね。__それで、それ程の代物を支払って、一体何をお望みで?」

 

「……まあ、色々あるが、そうだな」

 

 相も変わらずエルデンは淡々と、しかしどこか愉しげに自らの望みを語り出す。

 

 それはコヤンスカヤには、些か理解し難いものであった。

 

「__久方ぶりに、肉を食いたくてな」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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『紹介しよう。彼は__』

 

『……エルデン。ヴィンハイムのエルデンだ』

 

 まだ無菌室で過ごしていた頃。マリスビリー前所長が連れてきたその人はただ自らの名だけを名乗り、つまらなそうに私を見据えました。

 

 暗く、冷たい瞳。そこに映る私はまるで深淵を覗き込んでいるようで、またその視線は空っぽの私の内面を見透かしているように見えて酷く恐ろしかったのを覚えています。

 

 新しい職員__ではないと思いました。彼の身に纏うのはカルデアの制服でも白衣でもなく、古くどこか気品の漂う濃い青色のコートだったからです。

 

 しばらく目を合わせていると彼は何を思ったか右手の黒い皮手袋を外し、私の頬へと触れました。

 

 __とても冷たい手。ですが、そこには確かに温もりがありました。

 

『……これが、ああなるのだな』

 

 少し伸びた、くすんだ灰色の髪が揺れる。ぼそりと小さく何かを呟いていましたが、聞き取ることは出来ず、私はこてんと首を傾げます。 

 

『何をするつもりかね? エルデン君』

 

『ん? ……別段どうこうするつもりはないが、まさか触れるのは厳禁な程に繊細なのか?』

 

『いや、そういう訳ではないが……それで、君から見てどうなんだい? 彼女は』

 

『安心したまえ。ソウルは確かに癒着し、安定もしている。貴公の思うような憂いは無いだろう』

 

『……そうか。他ならぬ君がそう言うのなら、きっとそうなのだろうな』

 

『見事だ、とでも言っておこうか。人造英霊……例え狂気の産物だとしても、誰もが絵空事と断じたそれを成し遂げた貴公らを俺は称賛しよう』

 

『君らしい言葉だ、素直に感謝する……だが、結果的には失敗だろう。彼女の内包する英霊の因子は未だに発現せず、眠ったままだ。君の言葉が正しければ、一体彼女には、我々には何が足りない?』

 

『貴公……人間が人間足らしめているモノとは、一体何だと思う?』

 

『何……?』 

 

『……何も案ずることはない。ただ時が来るのを待っていればいい。貴公が望もうが、望むまいが、その瞬間は必ず訪れる』

 

『ふむ……いつもの予言と受け取っておくよ』

 

 私という存在について悠々と語っていたマリスビリー前所長は彼が私に触れるという行為が予想外だったらしく、少し慌てた様子でそれを咎め、頬に伝わっていたひんやりとした感触は離れました。

 

 それから二人は私から少し離れて何やら会話を始めます。その内容を伺い知ることは出来ませんでしたが、自分に関することだということは辛うじて分かりました。

 

『……では、さらばだ。いずれ人となりし者よ』

 

 最後にそう言い、彼は私へと一瞥することなく、マリスビリー前所長もそれに追従するように部屋から立ち去ります。残された私は去り際の言葉の意味を理解することは出来ませんでしたが、今思えばあの頃の私は彼にとって人ですらなかったのかもしれません。

 

 これが、あの人との最初の出会い。あれ以来、顔を合わせることすらありませんでしたが、それでもその頬に触れた掌の感触は今も覚えています。

 

『……ヴィンハイムのエルデンだ。時計塔では現代魔術科に属していた。以後よろしく頼む』

 

 再会は突然でした。数年が経ち、少し大人びたように見える彼はあの頃よりは幾分かマシな自己紹介をして立ち去りました。

 

 急遽加わったAチーム八人目のマスター。前所長が直接スカウトしたということから以前から噂になっていたその人物があの時の彼だったということに私は驚きました。あの日から全く見掛けませんでしたが、てっきりカルデアの関係者だと思っていたからです。

 

『……ほう。覚えていたのか、貴公』

 

 私が挨拶に行くと彼は一度だけの対面だったにも関わらず私が覚えていたのが意外な様子でした。

 

 エルデン・ヴィンハイムさん。魔術世界ではかなりの有名人らしく、彼が来てから他のマスター候補生やスタッフたちから様々な噂や武勇伝を耳にするようになりました。その大半が、あまり良くない悪い噂でした。 

 

 曰く、快楽的破滅主義者の狂人だと。

 

 曰く、非人道的な実験を密かに繰り返していると。

 

 曰く、同じヴィンハイムの魔術師に追われていると。 

 

 曰く、ベリルさんのように人を殺していると。

 

 曰く、町一つに被害が及んだ魔術師の事件に関与していると。

 

 曰く、封印指定執行者と戦い、逃げ延びたと。

 

 曰く、アトラス院へ無断で忍び入り、何かを盗んだと。

 

 曰く、騒動を起こした死徒とこれを殺しに来た代行者と三つ巴の戦いを繰り広げたと。

 

 そのどれもが根拠の無い眉唾物でしたが、本人の漂わせる近寄り難い雰囲気もあってかエルデンさんは周囲から畏怖され、敬遠されている様子でした。

 

 寡黙な人……というのが私の抱いた印象です。常に無表情で感情の起因が感じられず、その点で言えばあの頃の私以上に人間味が無かったと思います。

 

 加えて、エルデンさんはマリスビリー前所長への恩義から彼のスカウトを引き受けたに過ぎないらしく、カルデアへの理念には否定的で訓練や会議にも頻繁に遅刻し、欠席することもありました。

 

 それでも成績は常に上位で戦闘技能に限った話で言えばカルデアにおいてもトップクラスの実力者なのですから、本当に凄い人だと思います。私も何度か戦闘を拝見しましたが、“結晶魔術”と呼ばれる魔力を水晶のように構築して攻撃手段に用いるヴィンハイムの一族秘伝の高等魔術を駆使し、仮想敵を次々と撃破していくその姿はとても綺麗で圧巻の一言でした。

 

 そんなエルデンさんですが、完全に孤立している訳ではなく、Aチームの皆さんは普通に接していました。見たところ無愛想なだけで言動や人間関係について問題があった様子はありません。特にカルデアへ来る以前からの友人らしいオフェリアさんは彼のことを何かと気に掛けていました。

 

 先で述べたカルデアへの批判的な姿勢も次第に軟化していき、他者との交流にも僅かながら意欲的になったように思えます。カドックさんや一部の職員とも打ち解けていましたし、あの芥さんと一緒に行動しているのをよく見掛けました。

 

 私とは……そうですね、訓練等を除けば主に図書室で会うことが多かったです。エルデンさんはとても博識で時折本にも書かれていない、色々なことを教えてくれました。

 

 特に気に入っていたのは、彼がカルデアへ来る以前、世界中を旅して廻ったという話です。

 

 欧州諸国、アメリカ、エジプト、インド、中東、ロシア、中国、日本……様々な国を廻り、その文化や神話を調べ、現地の人々と交流したという話。その中には、魔術や神秘という概念を知っていて尚、俄には信じ難い内容も存在し、眉唾物とされていた彼の噂の幾つかが真実であったことが判明しました。 

 

『え? 殴られたのですか?』

 

『ああ。とても痛かった……バゼットめ、首が千切れ飛ぶかと思ったぞ』

 

 イギリスの秘境へ向かう最中にとある魔術師の起こした事件に巻き込まれ、勘違いから執行者の女性と戦闘となったという話。それは最終的に素手での殴り合いになったらしいです。

 

『そういえばエルデンさんは吸血種……“死徒”を倒したことがあるという噂を耳にしたのですが……それは流石に__』

 

『ん? ああ、あるぞ』 

 

『嘘ですよね……えっ!? 本当なのですかっ!?』

 

『なに、死徒といっても結晶槍を一、二発当てれば容易く消し飛ぶ程度の輩ばかりだ。“二十七祖”クラスの連中は流石に難しい』

 

『二十七祖……?』

 

『……いや、何でもない。そうだな、今回はある死徒の変態と戦った話をしてやろう。あれはモナコでのことだが__』 

 

 死徒__西暦20年頃から魔術世界に頻繁に現れるようになった吸血種。主に人間から後天的になった存在で非常に多岐に渡って様々なものが存在する吸血種の中で一般に言われる“吸血鬼”のイメージに適う存在……と、私は記憶していますが、実際に存在しているということ以外は何も知りませんでした。

 

 しかし、エルデンさんは実際に死徒を見たことがあるだけでなく、それと戦い、倒したのだと言います。それも一度だけではないような口振りでした。この現代社会において死徒と遭遇することなど非常に稀なことだと思うのですが……。

 

 その流れで話したのはモナコを訪れた際の話。“六連男装”という様々な姿に変身する死徒に遭遇し、激闘を繰り広げ、挙げ句に今度は代行者に追われる羽目になったという映画も顔負けな壮絶な内容でした。あの時のエルデンさんのまるで変質者を語るような表情は今でも印象に残っています。

 

 他にもピラミッドの奥深くでファラオの亡霊に遭遇したという話や幻想種やゴーレムが蔓延る大迷宮に偶然迷い込んだという話、独自に作り出した宗教を信仰し、理想の神を探す風変わりした求道者と語り合ったという話、古くから日本の影で暗躍するNINJAという超人集団に出会ったという話……どれもこれもが壮大な冒険譚のようであり、このカルデアという施設から出たことがなく、外の世界に憧れに近い感情を抱いていた私にはこれらの話が、とても輝いて見えました。

 

『__この世界には、まだ我々の知らぬ驚異と脅威で満ちている。俺が今まで探し、暴いたモノすらほんの一端でしかないのだ』

 

 そう語るエルデンさんの姿はどこか楽しげで、いつもの寡黙で無愛想な印象からは程遠かったです。

 

 きっと、この人は感情の表現が苦手なだけなのでしょう。実際オフェリアさんは彼のピクリとも動かない表情筋からその感情を的確に読み取っていました。

 

『エルデンさんは、何故旅をしていたのですか?』

 

 ふと疑問に思い、尋ねてみた。聞いた話によるとエルデンさんは突然時計塔を去り、旅へと出掛けたらしいです。あれだけ危険な目に遭いながら、それでもカルデアへ招かれるまで世界を廻り続けたのは理由は何なのでしょうか。 

 

『……ふむ、ただ知りたいことがあったからだ』

 

『知りたいこと、ですか?』

 

『……ああ。だからこそ、各地を廻り、知識を貪った。多くの魔術師が根源へ至らんとするように、その探究は俺の至上の命題だった』

 

 表情はいつもと変わりませんが、どこか遠くを見据えるその眼差しは真剣なものだったと思います。その命題とは? と私は続けて問いかけました。

 

 今思えば、無神経な質問だったのでしょう。

 

『__世界とは悲劇なのか』

 

『え?』

 

 この時、私はどんな顔をしていたのだろうか。

 

 ぽつりと、漏らした思わぬ返答に私は間抜けな声を出してしまいら固まってしまいます。悲劇__あれだけ楽しげに旅の話をしていた人が、急にそのような否定的なことを発言するとは思いもしませんでした。

 

 ですが、同時に納得もします。貧困、差別、戦争……彼が旅して見たものは、私に話していた輝かしいものばかりではなかったのでしょう。

 

『……いや、ここで話すようなものではなかったな。狂人の戯言だと思って忘れてくれ』

 

 そう言ってすぐに彼は申し訳なさそうに話を切り上げます。その日以降も図書室で彼の話を聞く機会は多くありましたが、私は終ぞこの話について掘り返すことは無く、その胸にしまい込みました。

 

 誰にも触れられたくない、隠したい真実はあるものです。エルデンさんにも、オフェリアさんやペペロンチーノさんにも、そして私にも__。

 

 例え深い事情があろうと__私は私の知らない色々なことを教えてくれるエルデンさんを人生の先輩の一人として慕っているのですから……。

 

『__以前にも言ったろう? 世界とは、悲劇だと』

 

 もしかしたら、と思っていたのかもしれません。カルデアが襲撃され、人理漂白が行われ、Aチームの皆さんが敵となった今でも、エルデンさんは、あの人ならもしかしたら味方になってくれるんじゃないかと__。

 

 しかし、そんな仄かな期待は最悪な形で裏切られた。最初から彼は人理焼却に加担していたのだと、すべてを知りながら自分たちを見捨てたのだと、何の感慨も無さそうにあっけからんと告げられ、私は思考が追い付かず、酷く動揺する。

 

 嘘だ、と叫びたかった。あの決して短くない日々が偽りだったなんて、信じたくなかった。 

 

 そんな心情を嘲笑うかのように、あの頃と同じ冷たく暗い瞳が私を射抜き、それが今までに無い程に悪辣なものに見えた。

 

 そして、ふと気付く。私は、何も知らなかった。エルデン・ヴィンハイムという人物のことを。あの頃の私はただ彼の話を聞くだけで、彼のことを知ろうとすらしなかったのだ。 

 

『__よくぞ、頑張ってくれた』

 

 なのに、漸く事実を受け入れ、覚悟を決めようとしていたというのに、オフェリアさんを助けに来たあの人の表情は……あの頃と変わらない優しいものだった。

 

 ああ……何故そんな顔をするのですか? 一体どちらの姿が本当のあなたなのですか? 

 

 エルデンさん……私は、あなたのことが、分からなくなってしまいました。

 

 あなたは、一体何を__。




コヤンスカヤとの掛け合いからの唐突なマシュ視点の話……エルデンくん暴れ過ギィ!

次回はカルデア視点かな。中国までに一体何話挟むことになるんだろうか……?


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カルデアと抗う者たち

時系列はクーデター前です。


 ◎

 

 

 __21世紀に入り四半世紀へ近付こうとしていた時、人類史の自由は死んだ。

 

 始まりは新年を迎えた夜、世界中の人工衛星が一斉にロストした。次いで、あらゆる宇宙線の観測が不可能になり、地球全体が灰色の空模様となった。

 

 そして、12時間後。半日ばかりの猶予を人類は困惑ばかりに費やし、審判の日(ドゥームズ・デイ)がやってきた。

 

 事実は小説よりも奇なり。人類は虚空から来訪せし、侵略者(インベーダー)に攻撃を受けた。

 

 一方的な虐殺だった。宇宙(ソラ)から伸びてきた無数の“樹”は触手のように地球全土を這い回り、生命体だけを明確に、執拗に消去していった。

 

 ソレは紛れもなく人類史への攻撃であった。地球ではなく、歴史への侵略行為。充分な戦力を持っていながら、人類は地球外から来訪した正体不明の敵への対抗手段を持ち合わせていなかった。

 

 虐殺が続く中、人類は必死に抵抗した。しかし、その殆どが無意味に終わり、最後まで足掻き続けていた“合衆国”もまた滅びようとしていた……。

 

「まだだ……! まだ終わってなるものか……!」

 

 北米大陸上空を“鉄の塊”が駆け巡る。ソレは心臓を貫かんと襲い来る無数の“樹”を手に持った銃火器で撃ち払い、遥か上に存在する巨大な敵を討ち滅ぼさんと上昇していた。

 

 ずっと、長いこと戦い続けていたのだろう。その機体はもうボロボロであり、駆動部は火花を散らし、ショート寸前だった。

 

 それでも尚、“鉄の塊”は抗う。抗い、戦い続ける。もはやエネルギーは底を尽きかけ、いつも励まし、助けてくれていたオペレーターの姿は無く、ただ操縦者の第六感と経験のみを頼りに全方位から迫る“樹”へ対応し、上へ、上へと突き進んでいく。

 

「何故なら私は!」

 

 そう、彼には引けぬ理由があった。

 

 例え勝ち目がゼロだとしても、己一人だけになろうとも、敗北を認める訳にはいかなかった。

 

 愛する国民を殺された。唐突に、理不尽に、ただ虐殺された、ただ殺戮された。そんな許すまじ凶行を実行し、先人たちが築き上げた自由国家を侵略せんとするエイリアンに敗れるなど、そのプライドが決して許さず、何よりも彼の魂が許さない。

 

 それこそが__。

 

「__アメリカ合衆国大統領だからだ!」

 

 そして、“鉄の塊”の、“鋼鉄の狼”のその魂の叫びに応えるように、宇宙に浮かぶ“月”から光る“ナニカ”が飛来し、地球を覆う巨大な“樹枝”を容易く破壊して地上へと舞い降りた。

 

『________』

 

 “ソレ”は侵略者にとって予想外の存在だった。一目見た瞬間に理解出来た。蠢く無貌の“ソレ”が己の天敵であることに__。

 

 本能的に危機感を抱き、即座に“樹”を展開して迎撃しようとするが、“ソレ”の間合いに入った瞬間に理解不能の“攻撃”によって粉微塵に切り刻まれてしまう。

 

 上位者狩り。上位者狩り。

 

 純粋なる怒りと殺意__そして愉悦の感情を向けられ、侵略者は感じぬはずだった恐怖に目を見開く。

 

「Oh! エイリアンの新手かと思ったが、援軍だったか! 待ち侘びたぞ!」

 

 “鋼鉄の狼”が歓喜する。どういう訳か、蠢く“ソレ”の発するおおよそ言語とは言えない声を彼は言葉として認識し、会話が通じていた。

 

 これもまた侵略者の理解の範囲外の現象だった。しかし、しつこく無駄な抵抗を続けていた鉄塊が突如現れた天敵と手を組んだということは唯一理解出来た。

 

「名前は!? 何と呼べばいい!?」

 

『________』

 

「OK! ハンター! ムーン・ハンターか! 専門家が来てくれるとは心強い! よし! 一緒にあのクソったれなエイリアンをアツアツのローストチキンにしてやろうぜ!」

 

 すると次の瞬間、空を覆い尽くしていたはずの“樹”がすべて一瞬にして消失した。

 

 __は? 

 

 侵略者が、硬直する。何事かと戸惑い、それが天敵が行った“攻撃”によるものだと理解した頃には“鋼鉄の狼”がエンジンをフルブーストさせ、全武装を展開しながらこちらへ突っ込んでいた。

 

「__これが大統領魂だぁぁぁああ!!」

 

 そして、空が爆ぜた。

 

 国の為に、民の為に、その命を燃やした一人の男の勇姿を、“月の狩人”は、僅かな生き残りたちはしかとこの目に焼き付ける。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ◎

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 “彷徨海バルトアンデルス”。

 

 魔術世界の三大巨頭の一角。白紙化を免れた人類最後の砦。

 

 空想樹を切除し、消えゆく北欧異聞帯から脱出していたカルデアは送られてきた謎の通信を追って、そこに辿り着いた。

 

 そして、そこに新たに築かれた拠点、“ノウム・カルデア”。これで彼らは拠点を失い、車両を前線基地代わりにする現状を漸く打破したのだ。

 

 __しかし、それでも現状はあまりよくないものであった。

 

「エルデン・ヴィンハイム……ですか」

 

 眼鏡を掛けた少女の外見をしたアトラス院所属の魔術師、シオン・エルトナム・ソカリスはその名を聞くと僅かに顔をしかめる。

 

 アトラス院で2018年の世界の滅びを計算し、養父に相談するものの「皆手一杯だから自分で解決しろ」と一蹴されてしまい、一念発起して彷徨海へ訪問してカルデア残党の来訪へ一縷の望みをかけてエントランスを借りてカルデアベースを作り出し、その来訪を待ち続けていた。

 

 そして、漸くカルデアが到着し、彼らと共に“ノウム・カルデア”を再編したのだが……。

 

「知っているので? 彼のことを」

 

「はい。アトラス院でも有名人ですよ。我らが穴蔵に忍び込み、そして情報を盗み出したこそ泥として」

 

「何っ!? あの噂は本当だったのかっ!?」

 

 ゴルドルフが驚愕する。エルデンがアトラス院へ忍び込んだというのは風の噂で聞いたことがあったが、流石に尾ひれの付いた与太話だと思っていた。

 

「あの時は大騒ぎでしたよ。アトラス院が誇る厳重なセキュリティの数々が一介の魔術師相手に意図も容易く突破され、彼本人にもまんまと逃げられたのですから。おまけに私たちが躍起になって調べても状況証拠しかなく、確固たる証拠は見つからないまま結局あの事件は有耶無耶になっています。私自身はなんかやべーやつが居るなぁって認識だけだったんですけれど、まさかクリプターになっているとは……」

 

「……ふむ、シャドウ・ボーダーへ侵入した時と同じ方法かもしれない。他にエルデン・ヴィンハイムについて何か知っていることはないかね? ミス・ソカリス」

 

 ホームズが尋ねる。あの男を現状最も脅威だと認識している彼としては出来る限り多く情報が欲しかった。

 

「うーん……申し訳ありません。あの事件以来何の音沙汰もありませんでしたから。ただ神出鬼没で何度か死亡確認されているにも関わらず当たり前のように活動している不可解な奴、くらいしか」

 

「……そうか」

 

 __不可解。

 

 それはエルデン・ヴィンハイムという存在を表すには最も適した一言と言えよう。

 

 ホームズは彼の手により何らかの高度な認識阻害で思考を妨害されている。しかし、それは彼の計画についてのみで彼の性格や人間性についての推理には何ら支障は無かった。

 

 だからこそ、理解し難い。エルデンの言動・表情・理念__そのどれもこれもが分析すればするほど点と点で繋がらず、あまりにも歪だった。

 

 極め付けに人理焼却に際しては見捨てたはずのカドックやオフェリアを救出せんとする行動。例え彼が合理性に欠けた人間であったとしても矛盾し過ぎており、然れど単なる狂人と切り捨てるにはどうにも何かが引っ掛かる。

 

 彼らの持つ大令呪(シリウス・ライト)という代物を回収する為か? それとも__。

 

「ううむ……現時点だと奴は最大級に警戒せねばならん存在だな。よもや“竜種に騎乗する神霊”を従えているとは……」

 

「ええ。他の異聞帯を自由に往き来出来るようですし、今後も現れる可能性は高いでしょう。それにあの神霊以外にも三騎ものサーヴァントと契約している……加えて、彼らにも認識阻害が掛けられているのか、北欧から脱した我々はその姿を思い出そうにも朧気だ」

 

 飛竜に乗った白い鬣の大男、大剣を担いだ白い外套の剣士、大鎌を持った修道女、大弓を背負った上裸の男__その身体的特徴こそ覚えているもののその顔や言動に関してはまるでフィルターが掛かっているかのようにカルデア一同は酷く曖昧に記憶していた。

 

 これもまたエルデンの言うところの秘匿なのだろう。彼らの内のいずれかが真名隠しのスキルや宝具を保有している可能性もあるが……。

 

「けれど、剣士の真名については分かったのだろう? __ねぇ、狩人くん」

 

「__ああ。聖剣などと呼ばれる狩人を、俺は一人しか知らない」

 

 幸運だったのは、そのサーヴァントたちの中の一騎と、同郷の者がこちらに居たことだろう。

 

 ダヴィンチが先程から黙って話を聞いていたフォーリナー……狩人へと視線を送る。

 

「奴の名は、ルドウイーク。聖剣のルドウイークだ」

 

 __ルドウイーク。

 

 ドイツ系の名前だろうか。特徴的な語感であるが、この場に居る者に聞き覚えのある者は居ない。

 

「医療教会最初の狩人。ヤーナム……俺が“狩り”をしていた町では英雄と云われていた……哀れな男だ」

 

「英雄……ですか」

 

「医療教会、か。また知らない単語が出たね。どういう組織なんだい? 聞く限りでは医療団体のようにも思えるけれど……」

 

「イカれた連中だ。気色の悪いナメクジ共を信奉し、血への恐れを忘却し、ヤーナムに“獣の病”を蔓延させた元凶……そうだな、“ビルゲンワース”という名は、聞き覚えあるか?」

 

「…………!? ビルゲンワースって、あの“ビルゲンワース大学”のことかい?」

 

「何ィ!? 何故ビルゲンワースの名が出てくるっ!?」

 

「……びるげんわーす?」

 

 ダヴィンチとゴルドルフが声をあげる。対する立香たちは相変わらず知らない単語に首を傾げる。大学、と言うくらいなのだから何かの学校なのだろうか。

 

「かつて、魔術世界において要注意団体と危険視されていた、神秘を探究する機関だ。元々は魔術師ウィレームが創設した神秘学者たちの学舎だったのだけど、次第に狂気に満ちた実験を繰り返すようになって魔術教会からも脱退したらしい」

 

「医療協会とは、そのビルゲンワースから派生した組織だ。どうしようもなくイカれた狂人たちの集まりとでも思ってくれて構わない。どちらとも、とうの昔に滅んだ」

 

「ま、まっ、まさか……!?」

 

「うん? どうしたんだい、所長?」

 

 憎悪を募らせながら語る狩人に、ゴルドルフが何かを察した様子で顔を青ざめさせる。

 

「もももももも、もしかしなくても君、あの“医療の都”の出身者なのかねっ!? 今はもう、封鎖されている禁域のっ!?」

 

「……ほう。やはり魔術師共は、ヤーナムを知っていたか。奴の言う通りだったな」

 

「医療の都? 禁域? 狩人くん、ゴルドルフ所長、一体何の話をしている?」

 

 どうやらダヴィンチは知らないらしい。当然だろう、むしろゴルドルフが知ること自体が幸運だったのだ。魔術協会はあの古都の存在そのものを封じ、秘匿すべき禁忌だと断じ、その情報を知る者はごく一部なのだから。

 

「か、風の噂で聞いたことがあるのだ。英国の山奥に、かつてビルゲンワース大学の狂人共が支配していた都市があると。そこは古い医療の都であり、今は魔術協会と英国政府によって厳重に封鎖されており、魔術よりも超越した神秘が存在している、という噂をね……実際に愚かな好奇心からそこへ向かった魔術師たちはただの二人を除いて帰ってくることなく、消息不明。そしてそのうちの一人は元君主(ロード)だったのだが、何かに怯えた様子で帰ってきた翌日には……その、突然発狂して自殺したそうなのだ」

 

「……その都市が、彼の出身地であると?」

 

「ああ! 間違いない! そうだろうっ!?」

 

「……一つ訂正しておくことがある。俺はヤーナム出身などではない。病の治療の為にあの町へ足を踏み入れた余所者だ」

 

 身震いしながら答えるゴルドルフに対して狩人は淡々と、しかし不服げに返す。彼としてはあの排他的で陰湿な住民たちと一緒にはされたくなかった。

 

 するとホームズがこほんと咳払いする。

 

「さて、私としてもなかなか興味深い話ばかりだが、一先ず話を戻そう。狩人__あのセイバーは本当にそのルドウイークで間違いないのだね?」

 

「無論。俺が対峙したことのある奴は悪夢に囚われ、醜い獣と成り果てていたが、あの“月光”の耀きは紛れもなく奴だろう」

 

 断言する狩人。決して人間だった頃の彼を見たことはなかったが、それでも刃を交え、そしてその言動からあの男がかつて殺し合い、その素っ首を落とした聖剣のルドウイークであると確信していた。

 

 それを見るホームズは内心穏やかなものではない。何せ狩人が居た場所は上位者__“異星の神”と類似した地球外の生命または外なる宇宙の存在が跋扈していたという魔境。そんなものが有り得るのかとホームズは狩人の異常性を目の当たりにしても信じ難かったが、圧倒的な存在であった氷雪の女王、スカサハ=スカディと互角に渡り合い、追い詰めて見せたという現状カルデアの最高戦力である彼の言葉を信じない訳にはいかなかった。

 

 即ち、エルデン・ヴィンハイムが従えるセイバーは、そのような魔境において英雄と持て囃される程の存在なのだと。実際にあのセイバーは無名の、それも近代の英雄にも関わらず北欧の終末装置、スルトを相手に宝具を過剰出力(オーバーロード)した訳でもないのに大きなダメージを与える程の強さを誇っていた。

 

 他の二騎も同格の存在だとすれば、エルデン・ヴィンハイムの保有する戦力は彼のサーヴァントたちだけでロシアと北欧を凌駕するということになる。

 

「__安心しろ。一度は殺した相手だ。次こそは、必ずや狩り殺してくれよう」

 

「……それは心強い限りだ」

 

 そんな懸念を察した狩人が確固たる自信を以て言う。しかし、ホームズとしてはまだ完全に信用した訳でもない彼に大きく依存してしまうのもあり、複雑な心境だった。

 

 それに、彼にはある疑念があった。

 

「狩人__一つ問いたい。北欧では敢えて触れなかったが、君はエルデン・ヴィンハイムと面識があるのかね?」

 

 一同が狩人へ注目する。そうだ、先の北欧異聞帯において狩人とエルデンと対峙した際、二人はまるで以前から知っていた様子で会話していた。

 

 立香やマシュも気になっていた。あの時の口振りからして決して友好的な関係だったとは言えなかったが……。

 

「……ああ。奴とは顔見知りだった。尤も、数年前に顔を合わせ、僅かに言葉を交わしただけだが」

 

「やはりそうか。しかし、どういう経緯で?」

 

「それに関しては……そこの所長は、分かるのではないか?」

 

「え?」

 

 すると狩人はゴルドルフへと視線を向けた。突然話を振られて彼は一瞬困惑するもしばらく思考し、何かを思い出した様子でぽんっと手を叩く。

 

「__あっ! そうだ!」

 

「どうかしましたか、所長」

 

「例の封鎖された“医療の都”へ向かい、帰ってきたもう一人! それが彼奴だ! エルデン・ヴィンハイムだった!」

 

「何?」

 

「そういうことだ」

 

 驚くホームズ。しかし、それならば面識があることにも納得が出来る。

 

「妙に手慣れた動きでヤーナムを彷徨く呪われた魔術師が居たから興味本意で“夢”へと招いた。奴は自らを探究者と名乗り、ヤーナムを訪れたのもその一環だと言っていた」

 

「……探究者? エルデン・ヴィンハイムが、かね?」

 

「ああ。奴曰く、ある疑問への“答え”を探し求め、あらゆる知識を貪っているらしい。それがどんなに愚かで醜悪なことであると、充分に理解した上で、な」

 

「__“答え”? それは一体……」

 

「さあな……だが、奴にとっては重大なことだったのだろう。それこそ自らの人間性を犠牲にする程に」

 

 一瞬懐かしむように目を細める狩人。しかし、その表情はすぐに憤怒と憎悪に染まる。淡々とした性格のように見えて、意外と表情豊かであるが、立香たちはそれはもうあの氷の城でよく理解していた。

 

「ああ、実に嘆かわしい。ヤーナムの狂人共よりはまともな奴だと思っていたが、あろうことか忌々しい“上位者”に与するとは」

 

「利用している、と彼は言ったな……“異星の神”の襲来は予期せぬものだったとも言っていた」

 

「ふん……理由がどうであれ、敵であるということには変わりない。我々の前に立ち塞がるというのならば、幾千幾万でも殺してやる」

 

 純粋な殺意。先の口振りからしてエルデンに何かしら思う所があるようだが、それはそれと狩るべき対象として割り切っている。

 

 その容赦の無さをホームズは評価しており、同時に脅威にも感じていた。不確定要素の塊であり、いつ爆発するか分からぬ爆弾。北欧での話を聞くに、彼の忌み憎む“獣”や“上位者”の基準や判定は酷く曖昧だ。今は味方として振る舞っているが、その殺意がいつこちらに向くかも分からず、そしてそうなってしまった場合、為す術無く鏖殺されてしまうだろう。

 

 況してやアビゲイル・ウィリアムズを筆頭としたフォーリナークラスを召喚してしまったら……。

 

「__さて。そろそろカルデアの皆さんとアトラス院代表の私とで作戦会議を始めましょうか」

 

 するとシオンが切り出し、そこから双方の状況の確認へと移る。

 

 映し出される世界の版図。そこに存在する八つの異聞帯の位置と範囲が、分かりやすく表示されていた。

 

 ヨーロッパに三つ、アジアに二つ、南米に一つ、アフリカに一つ、そして大西洋の中心に一つ。

 

 有史以来、人類版図になったことのないはずの大西洋に異聞帯があることに一同は驚く。シオンはこの大西洋こそがクリプターのリーダー、キリシュタリア・ヴォーダイムの居る異聞帯だと推測されると言う。

 

 中国とインドはロシアや北欧と違い、“嵐の壁”は版図を拡げる様子を見せておらず、しばらく放置しても問題無いだろう。そして、異聞深度EX(評定規格外)のブリテン諸島とアフリカ大陸は、そもそもこの惑星に馴染めておらず、既に滅びかけている。南米もまた文明が死に絶えているようで人類史の存続が困難という状態であり、放置していてもやがて自滅するだろうと予想された。

 

 しかし__。

 

「ちょっと待て。このアフリカ異聞帯……でか過ぎないか? 大陸全土を覆っているではないか」

 

 ゴルドルフが皆が一様に気になっていたことを指摘する。そう、異聞帯深度EXのアフリカ異聞帯__有名どころの国だとエジプト等が挙げられるが、その範囲は大陸の大半を占めていた。

 

 その規模は、大西洋異聞帯を大きく上回る。

 

「はい。しかもこの異聞帯、実は少しずつですが、拡大しているんですよ。出現当初はまだ大陸中心部のみだったのですが……もう今はアトラス院のあったエジプトまで呑み込んで、このまま拡大を続ければ数ヵ月でユーラシア大陸まで到達すると思われます」

 

「何だと? しかし、君は先程アフリカとイギリスは滅びかけていると言っていたぞ? 拡大しているのならば滅びかけどころか“成長”しているではないか」

 

「そのはず、なんですがねぇ……ってことでさっきのナイナイ。実のところアフリカはとても奇妙な状態なのですよ」

 

「奇妙、だと?」

 

「ええ。内情は定かではありませんが、汎人類史と人理定礎を較べてみたところイギリスと同じく内部の人理は崩壊寸前です。トリスメギトスの予測によればあと数ヵ月で異聞帯における人類は絶滅する、と見ていいでしょう……少なくとも、イギリスに関しては」

 

「ん? どういうことかね?」

 

「“変化”が、無いのです。私も気になってずっとアフリカを観測していたのですが、緩やかに、確かに崩壊を続けているイギリスと違い、アフリカは最初から人理が崩壊寸前のまま、“まるで時が止まっている”かのように変化無く、そして拡大を続けています」

 

 シオンの語る衝撃的な事実に波紋が広がる。

 

「ならば、放置しておくのはまずいのでは?」

 

「__ええ。ですから最優先で攻略すべき大西洋を攻略した後はアフリカの対処に向かうべきでしょう」

 

 こうして、カルデアの今後の方針が決まった。

 

 安心して腰を下ろせる拠点を得て、立香は久しく安堵する。以前のカルデアとほぼ同じ施設、食堂もシャワーもあり、かつて共に戦った英霊たちともまた会える。

 

 心細い暗がりの逃避行は終わり、ここから漸く反撃の狼煙を上げることが出来るのだと。

 

 そう、信じて疑わなかった。

 

「__獣だ」

 

 乾いた銃声が鳴り響く。

 

 場所は食堂。安全が保障されたはずのその場所が、真っ赤な鮮血に染まる。

 

 安心する猶予すら存在しないのだと、たったワンホールの小さなケーキによって立香は思い知り、己の愚かさを呪いながら倒れ伏す暗殺者を見据えた。

 

 この場合、未遂であるが__。

 

「かはっ……これはこれは。随分と優秀なボディガードが居るようで__」

 

「黙れ。獣が、死に晒せ」

 

 暗殺者__タマモヴィッチ・コヤンスカヤは英霊にすら傷を負わせる水銀の散弾を身に受けながら眼前に立ち塞がる狩人に目を見開く。

 

 対する狩人は激怒していた。自身のマスターの命を狙った不届き者が、よりによって穢らわしい“獣”だった。それだけで血管が物理的に切れそうであったが、何よりも腹立たしいのは、相手が“獣”でなければ守るべきマスターに毒を盛られることに気が付かなかっただろうという事実。

 

 故に、狩人は冷徹なる瞳で間髪入れず一瞬で接近し、ノコギリ鉈を振り下ろす。

 

「____ッ!」

 

 しかし、鋸刃がその胴体に触れ、真っ二つにする寸前でコヤンスカヤの姿が消える。立香たちが驚く中、狩人は忌々しげに舌打ちした。

 

「転移したか。マスター、奴を追う。痕跡を残すから、後から来れたら来てくれ」

 

「え? あ、ちょ、狩人__」

 

 そのまま次元を跳躍し、狩人もまた消える。

 

 残された立香はぽかんと硬直し、既にケーキを毒味してしまっているゴルドルフはこれから迫り来る死と目の前で起きたスプラッタな光景の両方に慌てふためく。

 

 __こうして、カルデアは方針を一気に転換し、中国異聞帯へと向かうこととなった。




(そら狩人が居るのに暗殺とかできる訳)ないです。


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エルデンと現代の戦乙女

現時点で判明しているエルデンくんの鯖

セイバー:聖剣のルドウイーク

ランサー:修道女(い、一応まだ名前出てないから……)

アーチャー:弦ちゃん

ライダー:無名の王

アサシン:???

キャスター:黄衣の翁inプロトマーリン

バーサーカー:???

???:◼️◼️◼️◼️◼️◼️◼️


 ◎

 

 

「……ここが、“ロードラン”?」

 

 そこは古い王たちの地。

 

 扉の先で待ち構えていた大鴉によって運ばれたカドックが最初に見たのは樹木と瓦礫が融合した巨大な遺跡だった。

 

 __火継ぎの祭祀場

 

 知り得るはずもない地名が、脳裏に過る。

 

(祭祀場だと……? どう見ても廃墟にしか見えないが)

 

 人の気配は感じない。しかし、油断はせず警戒心を抱きながら慎重に先へ進んでみれば拓けた広場があり、その中央にはあの“篝火”があった。

 

 これにカドックが手を翳せば北の不死院の時のようにボッと篝火が灯される。

 

BONFIRE LIT

 

(これで死んでも問題無い……って何を考えてるんだ僕は。普通は死んだらおしまいなんだぞ……!)

 

 自然と抱いてしまった感情を振り払う。不死院のデーモン戦は仕方無かったが、カドックとしては例え復活するとしてもこれ以上死ぬことは避けたかった。

 

 況してや死に慣れるなど__。

 

(“篝火”を起点に何度も甦るなんて……まるで本当に、ダークソウルの不死人じゃないか。マーリンの奴が融合させた魂の影響か? それとも僕が呪いに__)

 

 不死とは、呪いである。記述が少なく、しかし現存する数少ない火の時代に関する情報源であるダークソウルにおいて不死という存在は幾度も登場していた。

 

 それこそが不死人。はじまりの火が消えかけた際に人類の中から出現する、呪われた者たち。そして、その末路こそが北の不死院を徘徊していた亡者共である。

 

 理性を失い、ただソウルを貪り喰う獣。もしもカドックが呪われ、不死人となっており、そして死に続ければ……。

 

(ふざけるな……僕は絶対にああならないぞ……! こんなところで終わってたまるか……!)

 

 一瞬ばかり過った恐怖に怯えず、拳を握り締めて決意するカドックのその反骨心は流石と言えよう。

 

「__よう、あんた、よく来たな」

 

 しかし、その時は、あまりにも早く、そして呆気無く訪れる。

 

 突然背後から声を掛けられ、誰も居ないと思っていたカドックは目を見開いて後ろを振り返り__。

 

「えっ__がはっ!?」

 

 背中に激痛が走る。驚愕しながら自身の胸へと視線を送ってみれば胸から北の不死院で拾った直剣(ロングソード)と全く同じ物が、生えていた。

 

 それ即ち、背後致命(バックスタブ)

 

「新しい奴は、久しぶりだ」

 

「ぐ……あ……」

 

 直剣を引き抜かれ、蹴り飛ばされる。

 

 吐血し、無様に地べたに転がったカドックは困惑しながらも自身がもうすぐに生き絶えることを確信し、せめて下手人の姿をだけでも見ようと顔を向ける。

 

 するとそこには、貧相な鎖帷子(チェインメイル)を纏い、頭部だけを露出させた壮年の男が立っていた。

 

「先輩として挨拶しておこうか? __ようこそ、ロードランへ」

 

 両手を広げなから浮かべる、その悪辣な笑みを最後にカドックの意識は暗転する。

 

YOU DIED

 

 __何から何までが、シナリオ通りとは限らない。彼の歩む道はきっと、より過酷なものとなるだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ◎

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 エルデン・ヴィンハイムは上機嫌だった。

 

「ダクソ~♪ ダクソ~♪ フロムは元気~♪」

 

 胸を踊らせ、奇妙な唄を口ずさみながら祭祀場を歩くその姿は彼を知る者が見れば度肝を抜き、思わず二度見してしまうであろう光景だろう。

 

 理由は一つ。日頃頭を悩ませていたロスリックの食糧問題に解決の兆しが現れたからだ。

 

 エルデンは不死であるが故に、生命活動の為に飲食を必要とせず、また飢えることも無い。只人にとって食糧難は死活問題であるが、彼にとって食事とは生きる為でなく、その味を楽しむ娯楽であった。

 

 実は意外と美食家(グルメ)なのである。世界各地を旅していた時はそこの名物や郷土料理を食べ歩いたし、カルデアの食堂は全メニュー網羅した程だ。

 

 そんな彼からすれば、まともな食べ物が苔と草しかないロスリックは地獄に等しく、初めこそ珍味だと楽しんでいたが、あまりにも味にバリエーションが少な過ぎて一週間もすれば飽きてしまう。

 

 他の異聞帯はどこも手一杯であり、また汎人類史と比べても多様とは言えず、何よりも味を重視するエルデンとしては決して満足出来るものではなく、しかし援助を受ける側としては選り好み出来るような立場ではない。

 

 故に、エルデンはまあ別に良いだろうと半ば諦めていたのだが、オフェリアを北欧から連れて来たことによってそうも言ってられなくなった。

 

 一時の滞在であるとはいえ大切な友人である彼女に、あんなゲテモノだらけのベジタリアンな食生活をさせる訳にはいかない。というか栄養が足りずに死ぬ。そもそも“火の時代”のゲテモノを普通の人間が食べて平気なのか。

 

 こうしてロスリックの食糧問題は何よりも優先して解決すべき案件となり、エルデンは頭を悩ませた。ヒナコに相談すれば彼女の異聞帯から汎人類史のものよりもずっと栄養価の高い特殊な麦を提供すると言われたが、結局のところ麦も草だ。今のエルデンは植物類に対して異様なまでの拒絶反応を持っていた。

 

 いっそのことキリシュタリアに頼もうかと思っていたその矢先に現れたのが九尾の分身、タマモヴィッチ・コヤンスカヤ。何かを企み、こちらへ接触してきた彼女にエルデンは商談を持ち掛けた。

 

 内容は至極単純。このロスリック異聞帯に存在する幻想種を対価に、大量の食糧を提供してもらうというもの。

 

 まるでパン一つを金塊で買うような明らかに対価が釣り合わない取引であったが為にコヤンスカヤは困惑するもメリットしか存在しないこの商談を断る理由も無く、無事に成立。早速とばかりにロスリック城周辺から数匹の飛竜が消えた代わりに山のような食糧の積み荷が送られてきた。

 

 その大半が携行食(レーション)であったが、中でも高級品であるそれらは実際に調理したものと殆ど差異は無く、保存が利くのだから文句を言うはずもなかった。エルデンは腐ったものを食べても最悪自殺してリセット出来るが、オフェリアはそうも行かないのだから。

 

 そして、久方ぶりの肉類を食した(舌とか耳とかはカウントしないものとする。してはならない)今__このような異様なテンションになっているのである。

 

「__随分と上機嫌だな、人間」

 

「殺すの~大好き~♪ ……ん?」

 

 底冷えするような声で呼び止められ、ぴたりと唄うのを止めるエルデン。その首筋には、刃が突き付けられていた。

 

「……久しいな、アサシン」

 

「ご機嫌よう、忌々しき我が主。そう隙を晒してくれるな、思わずその素っ首をはねたくなってしまうではないか」

 

 僅かに微動させれば薄皮に届く程の距離。完全に生殺与奪の権を握られているにも関わらずエルデンは涼しい顔で明らかに敵対的であるその者へ話し掛ける。

 

「生憎と殺意には疎くてな……貴公程の暗殺者であれば尚更だ。一応この祭祀場一帯には探知式の結界を張り巡らせてはいたのだが……」

 

「あの子供騙しか? 舐められたものだ、あんなものに引っ掛かるほど落ちぶれてはいない」

 

「……ふむ、力作だったのだがな。それで、何の用だ? のんびりと会話する猶予を与えているということは、俺を殺しに来た訳ではなかろう」

 

 暗殺者(アサシン)__そう呼ばれた何らかの魔術かスキルで隠蔽しているのか姿形が朧気なその人物はエルデンが召喚した八騎のサーヴァントの内の一騎である。

 

 しかし、彼或いは彼女はキャスターである黄色い魔女と同様にエルデンの計画には賛同しておらず、令呪の縛りによって一応は従えているものの反抗的であるが為に放置され、現在は実質的に離反してしまっている状態だ。

 

 そんなアサシンが急に自身の前に姿を見せたことはエルデンにとって意外なことであり、そして疑問であった。仮に暗殺目的だったとしても、エルデンは不死。況してやすぐそこに篝火のある祭祀場でなど、全く以て無意味な行為であることは理解しているはず。

 

 ならば何故? 残念ながらエルデンに心当たりは無い。

 

「別に。貴様に用など無い。ただ警戒心も無く隙を晒していた愚か者が目に入ったから、殺してやろうかと思っただけだ」

 

「……酷いな、貴公」

 

 怪訝そうに、しかしエルデンは笑う。どうやら答える気は、無さそうだ。

 

 エルデンへの用件ではないのだとしたらこの祭祀場に滞在する者ということになるが、ここにはアサシンが嫌悪する頭の可笑しい爺婆と陰気な落伍者ばかりしか居ない。

 

 況してや使命を棄て、自らの名すらも忘れて永遠に惰眠を貪る“灰”共など__。

 

「まあ、今回ばかりは見逃してやろう。貴様が残した僅かな未練の一欠片に免じて、な……」

 

「何……?」

 

 どういう意味かと、エルデンが首が切れることも厭わず振り返らんとするが、既にアサシンの姿は影も形も消えていた。

 

「……解せんな。一体何を企てているのやら」

 

 あれだけ意気揚々としていたエルデンだったが、アサシンの残した疑問によってその熱は冷め、ただ首を傾げる。

 

 アサシンのことは自身の計画の障害には成り得ず、放逐しても構わない……かつて、そう判断したエルデン。果たしてそれは正しかったのだろうか。

 

 まあ__彼としては、どちらでも良かった。

 

「__エルデン?」

 

 そして、聞き覚えるのあるその声で、漸く彼はアサシンの言っていた“未練”とやらの意味を理解する。

 

「……目覚めていたか、オフェリア」

 

 視線を送ればオフェリア・ファムルソローネが居てこちらへ駆け寄ってくる。あの特徴的な眼帯はしていないが、その右目には確かに宝石の魔眼が耀いていた。

 

 そういえば北欧で彼女が外した眼帯を回収していなかった。予備は持っているのだろうか。

 

「えっと、その__」

 

「貴公……具合は、どうだ? 見れる範囲で怪我の有無は確認したが、容態に変化があれば教えてくれ」

 

「え? え、ええ。全然大丈夫よ」

 

「そうか……良かった。無事で何よりだ」

 

 純粋に安堵する。命に別状が無いのは知っていたが、自らの魔眼を犠牲にしようとしたのだ。脳や視力に後遺症が残っても可笑しくない。

 

 そのため本人に異常の有無を確認するまでエルデンは気が気じゃなかった。

 

「その……ありがとう。助けてくれて」

 

「なに、友として、同盟者として、当然のことをしたまでだ。むしろ謝罪しなければならない」

 

「え?」

 

「今回の件……俺の見通しが甘かったばかりに、貴公を危険に晒すばかりか大切な“眼”を犠牲にしかけるまで追い詰めてしまった。__すまない」

 

 深々と頭を下げるエルデン。まさかオフェリアがあのボーレタリアの“デーモンを殺す者”を召喚してしまうなど誰にも予想出来ぬ事態であったが、それを言い訳には出来ない。

 

 派遣したセイバー__ルドウイークに調べさせればすぐに分かったことだ。自分にはそれだけの知識と記憶があったのだということは他ならぬエルデン自身が理解している。

 

「なっ……頭を上げて! そんな、貴方が謝ることなんて何もないじゃない!」

 

 思わぬ行動にオフェリアは戸惑いを隠せず、慌てて止めさせる。

 

「すべては私の油断と実力不足が招いた結果よ。スルトの呪詛に蝕まれたのも、魔眼を犠牲にしようとしたのも全部私のせい……私が、悪いの」

 

 声は、震えていた。

 

「……オフェリア」

 

「そんな顔しないで。……あの後、北欧異聞帯はどうなったの? 女王陛下は、スカサハ=スカディはちゃんとカルデアと戦った?」

 

「……ああ。氷雪の女王は自らの世界の命運を賭けた死闘の果てに、敗れた。そして、北欧は__」

 

「__消滅したのでしょう?」

 

 言葉を静かに遮るオフェリア。気丈に振る舞ってはいるが、悲痛な思いなのは明白であった。

 

「キリシュタリア様の為にすべてを尽くす……そう誓っておきながら、この体たらく。我ながら本当に、情けないわね」

 

「……そう卑屈になるなよ、貴公」

 

 俯きがちな彼女の肩を、エルデンは優しく叩く。

 

「貴公は確かに敗れ、異聞帯を失い、クリプターの使命を全うすることは出来ぬかもしれぬ。けれど、何よりも貴公はこうして無事に生きている……生きているのだ。ならば出来ることなど他に幾らでもあるはずだ」

 

「……エルデン」

 

 思い浮かんだ励ましの言葉を、慎重に投げ掛ける。相手がカドックならば、充分にやったと、まだ気楽に言葉を掛けられたのだが、オフェリアに対する下手な慰めはより彼女の心を抉ることとなるだろう。

 

 故に、エルデンの脳裏に不安が過るが、そんな思考は彼女が浮かべた笑顔によって霧散する。

 

「そうね……ありがとう。もう大丈夫よ__」

 

 気のせいだろうか? 理由は分からぬが、以前の彼女よりもずっと強く見えた。それこそいつも恐れ、思い悩んでいた何かを克服したかのように__。

 

 エルデンは察する。否、きっとそうに違いないと。

 

 人とは成長する生き物だ、あの異聞での日々の中でオフェリアは強くなれたのだ。自らを犠牲にスルトを止めようとすることが出来たのは、つまりそういうことなのだろう。

 

「そういえば……キリシュタリア様は、他のクリプターたちは私がここに居るということを知っているの?」

 

「……いや、貴公は生死不明扱いになっている。知っているのは女狐とヒナコだけだ」

 

「……ふうん。ヒナコは知っているのね」

 

「? どうした、貴公……?」

 

 含みのある言い方に、エルデンは首を傾げる。それは毎度の事ながらヒナコを特別扱いしている節のある彼に対する不満であったが、当然気付くはずもない。

 

「いえ、何でもないわ。けれどどうして私の生存を皆に教えなかったの?」

 

「……俺としては別段伏せるつもりはなかった。あの女狐が俺へ恩を売ろうと余計な真似をしたまでのこと」

 

「成程……コヤンスカヤが……」

 

「貴公が良ければすぐにでもヴォーダイムに事情を話し、彼の異聞帯で保護させてもらうつもりだ」

 

「え?」

 

「その方が都合が良かろう? こんなカビ臭い場所に長居させる訳にもいかんしな」

 

 エルデンが提案する。元より彼はキリシュタリアに北欧での一件を打ち明け、オフェリアを保護させる予定だった。ロスリックに連れて来たのは、あくまで一時の滞在に過ぎない。

 

 身の安全を考慮すれば当然の話である。キリシュタリアとはいずれ敵対することが既に決まっているが、オフェリアの様子を見ていればどちらの側につくのかは明白だろう。

 

「それにヴォーダイムという男は、皆が言うほど完璧な存在ではないと俺は思っている。故に、弱みを見せることの出来ぬ今の彼の傍に立ち、支えてやってほしい。他ならぬ貴公に__」

 

「!!」

 

 異聞帯を失ったとしても、キリシュタリアに尽くすことは出来る、そう言わんとしていることを理解し、オフェリアは改めて彼の優しさに胸が震えた。

 

「__いいえ。その必要は無いわ」

 

 しかし、オフェリアから出たのは否定の言葉。思わぬ返事にエルデンは耳を疑い、目を見開く。

 

「……どういうことだ?」

 

「エルデン……貴方さえ良ければ、その……ここに、ロスリック異聞帯に滞在したいの」

 

 常に無表情の彼がここまで表情を崩すことは非常に稀だが、それだけ彼にとってその発言は衝撃的なものであり、戸惑いを隠せないのだ。

 

「……………………」

 

「……エルデン?」

 

「ふむ……ふむ、顔を合わせづらいという訳だな、貴公。気持ちは分かるが、心配は無用だ。ヴォーダイムならばきっと貴公のことを__」

 

「……ううん。違うの、そうじゃないのよ」

 

 驚きのあまり固まってしまっていたが、やがて我に返って説得するも頑なに首を横に振るオフェリアに対し、エルデンは怪訝そうな顔をするばかりだ。

 

「いつも言っているでしょう? 確かにキリシュタリア様のことも敬愛しているし、崇拝に近い念も抱いている。けれど、それは決して恋愛感情の類いではないわ」

 

「……違うのだ、貴公。ただ貴公がその未知の感情に気付いていないだけでそれはきっと__」

 

「いいえ、違わないわ。何故なら私はとっくの昔に“恋”を知っているのだから」

 

「……えっ?」

 

 はっきりと断言するオフェリア。これにエルデンは呆気に取られ、ただただ困惑するしかなかった。

 

 恋を知っているだと? とっくの昔に? あのオフェリアが__? 

 

「エルデン__私は貴方の居るこの異聞帯に、居たい」

 

 そこには確かに決意と覚悟があった。

 

 目を細め、歯噛みする。その耀く瞳でこちらを見据えながらそう告げる彼女の想いを、理解することの出来ぬ己が酷く愚かしく思えた。

 

 ああ__本当に、度し難い。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ◎

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 __言えた、言ってしまった、言っちゃった。

 

 “私は貴方の居るこの異聞帯に、居たい”

 

 やっと会えた嬉しさもあって勢い余って言ったけどこれって実質告白じゃない! ああもう私ったら! 思い出すだけで恥ずかしさで顔が熱くなる! 

 

 ……まあ、エルデンのあの様子だと気付いてないみたいだけれど。私がここに残るって言うとは全く思っていなかったみたいでとても驚いていた。あの顔をベリルが見たらきっと大笑いするでしょうね。

 

 結論から言えば、私のロスリック滞在は許可された。エルデンは最後まで思い悩んでいたが、私の決意が固いことを知ると、渋々といった表情をしながらも首を縦に振った。

 

 これに私は酷く安堵した。食糧問題があるため最悪断られるのも覚悟していたからだ。訊いてみると、どうやらそれについてはコヤンスカヤから食糧を提供されたことで既に解決したらしい。

 

 それ最初からやれば良かったんじゃ? と思ったけれどエルデンとヒナコは彼女のことを女狐だなんて呼んで毛嫌いしているため極力彼女に貸しを作ることは避けたかったのだろう。

 

 にしても量が異常だった。二年分くらいはあるんじゃないかしら? コヤンスカヤにしては随分と気前がいい。一体何を対価にしたのやら……。

 

「おい……あまり勝手に彷徨くな__って、戻ってたんだな、あんた……」

 

 そんなことを考えていると脱走者さんが現れる。私を探しに来てくれたみたいだけれど、その視線はエルデンへと移り、彼もまた顔を向けた。

 

「ほう……珍しいな、貴公があの場所から離れているとは」

 

「生憎と今はどこかの誰かさんが連れてきた客人のおもりをしてやっていてな……」

 

「……どうやら友人が世話になったようだな」

 

「ふん……友人、か。そんなに大事なお客さんなら、こんなところに不用心に放り出しておくんじゃねぇよ……あの指狩りが手を出そうとしてやがったぞ?」

 

「む、レオナールが? ……それは少しばかり予想外だった。後で言っておこう、感謝する」

 

「ちっ……」

 

 そうやって会話する二人。あからさまに不機嫌になって小さく舌打ちする脱走者さんの様子を見るに、あまり仲は良くないみたいだ。

 

「けれど、貴公が護衛についてくれるなら実に心強い。純粋な実力で言えば、この祭祀場に貴公の右に出る者は居ないのだからな」

 

「あん? 知ったことかよ。何で俺がそんな面倒事を押し付けられなきゃならねぇんだ……あんたとこのサーヴァントとやらを使えば良いだろうが……」

 

「そうしたいのは山々なんだが、残念ながら皆出払っていてな……それに貴公がそうやって見捨てられぬ人間なのは理解している」

 

「はっ あんたに俺の何が分かる?」

 

「何もかもだ……例え貴公自身が忘れていようと、貴公が歩んだ道のりとその過去は決して消えぬものだ。__◼️◼️◼️の脱走者よ」

 

「ッ……ああそうかい……イカれ野郎が……」

 

 最後に悪態をついて脱走者さんは踵を返す。あんな言い方だけど彼が私のことを心配して怒っているのは充分に理解出来たためエルデンと不仲なのはどうも複雑な気分だった。

 

 エルデンもあんな飾ったような物言いしなければ良いのに。だから誤解されちゃうのよ。

 

「……また何かあれば彼を頼るといい。強さもそうだが、祭祀場の面子の中ではアンドレイや火防女に次いで善良と言えよう」

 

 そんな彼の態度を差して気にする様子も無く、エルデンは私にそう言う。

 

 あんどれい……? ひもりめ……? 知らない名前が出てきたわ。あの広場には脱走者さんとあの鉄仮面の男以外は見当たらなかったけれど……。

 

「……そうだ、オフェリア」

 

「? 何かしら?」

 

 するとエルデンは何かを思い付いた様子で私の名を呼ぶ。

 

「ここへ残るということは、我らロスリックと同盟を結ぶということになるな?」

 

「え? ええ。そうね……急にどうしたの? 改まって……」

 

 元々私はエルデンと同盟を結ぶつもりだった。女王陛下、スカサハ=スカディは“火の時代”への警戒心からあまり乗り気ではなかったが、どうにか説得して了承させていた。

 

 順当に行けば北欧の護りはより強固なものとなったに違いなく、きっとスルトが目覚めても対処出来ていただろう。もはや机上の空論だが……。

 

「……いや、少しばかり貴公に頼みたいことがあってな。無論強制するつもりはない」

 

「別に構わないわ。私に出来ることなら……」

 

 な、何だろう……? 

 

 エルデンが私に頼みたいことがある。初めて会った際に魔術の指導を乞われた時のことを思い出し、私は少しワクワクした気分で次の言葉を待つ。

 

 そして、その頼み事は私が予想だにしないものだった。

 

「__もう一度、異聞帯を管理してみる気はないか?」




謎のアサシン……一体何者なんだ……?

ということでオフェリアはロスリックに残ることになりましたと……(死亡フラグ)


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始皇帝

結構忙しかった。


 ◎

 

 __中国異聞帯・咸陽。

 

 高いビルなど一つもなく、広大な原野ばかりがある世界で唯一、空に浮かび、見上げる程に巨大な要塞が如き異形の建造物を持つ都。

 

『__ふむ、其方が芥の言っていた同盟者か』

 

 そこに、芥ヒナコは居た。その冷めた目が見つめる先には神輿があるが、その中は無人。故に、天上の人たる天子__“始皇帝”の声は空間に響き渡るように聴こえる。

 

「……ああ。ヴィンハイムのエルデンだ。以後よろしく頼む、秦の始皇帝よ」

 

 そして、その傍らには同じクリプター、エルデン・ヴィンハイムが立っていた。

 

 彼は自らの名と素性を名乗り、誰も居ない神興へと貴人の一礼をする。

 

『エルデン……確か欧州の瑞典(スウェーデン)の言葉で“火”を意味する単語であったか? ふむ、なかなか良い名だ。ヴインハイムというのは聞いたことないが、どこかの国の地名か何かか?』

 

「竜の学院とも呼ばれる、英国の魔術師の一族だ。汎人類史においては少なくとも西暦以前から存在しているはずだが、そちらでは違うようだな……」

 

『ほう……“竜”の学院とな? それはまた、大層な呼び名だ。ということは其方もかなりの腕前の魔術師という訳か』

 

「……そうなるな。神代の魔術師と比べられると些か困るが、それなりに腕に覚えはあるつもりだ」

 

 淡々と、エルデンは自身の素性について興味津々な始皇帝の問い掛けに答える。

 

 いつもと変わらぬ調子。この異聞帯において“哪吒太子”の残骸を発見したことで太乙真人のロストテクノロジーを知り、これを解析することで肉体を機械化する技術を獲得。真人への羽化登仙ではなく霊珠子技術による肉体のサイバネ化で不老不死を達成したIFの始皇帝は、同じ不死だという点で言えばエルデンと同類であり、故に僅かな親近感を覚えていた。

 

 __尤も、実のところ機械化による不死というのは彼とは全く違う部類。遥か未来における“財団”や“主任”の方が類似している。

 

「……お前はここでも相変わらずね。もう少し畏まったらどう? あちらの付き人、怖い顔で睨んできているわよ?」

 

「ん? ……ああ。本当だな」 

 

 ヒナコの視線は神輿の傍に立つ、中国服を着て丸いサングラスを掛けた老人へと向けられる。ここでエルデンは漸く先程から向けられる静かな殺意に気付く。

 

 しかし、それに動じた様子は無く、毛程にも気に留めていないその態度に老人の眉間の皺が更に濃くなる。

 

『こら、衛士長。芥を怖がらせるでない』

 

「御意。どうも最近、老眼が来たようでつい眉間に力が入ってしまうのです」

 

『言い訳しない。ともかく衛士長はエルデンと芥を睨むの禁止だぞ』

 

「御意に」

 

 気の抜けるような主従のやり取りにヒナコは溜め息を吐く。始皇帝は時折フランクな軽い口調で話し掛けてくることがあり、形式上は敬っている彼女は調子を狂わせられることが多々あった。

 

 衛士長が好ましく思わぬのは当然のこと。彼らにとって神にも等しき天上人たる始皇帝を相手に、どこの馬の骨かも知れぬ異邦人の青年が畏れ多くも対等に接してくるのだ。むしろ睨まれるだけで済むのならばどれほど良いだろうか。

 

「……さて、そろそろ本題に入ろうか」

 

 然りとて、エルデンにはどうでもいいことだ。

 

『うむ。確か星詠(カルデア)、だったか? 朕の治めるこの秦を、世界そのものを滅ぼさんとやって来るらしいな?』

 

「ああ。どこぞの女狐が逃げ込んできたせいでな……貴公には然るべき対処をしてもらいたい」

 

 コヤンスカヤが藤丸立香暗殺に失敗した挙げ句、血塗れになって来訪した際、ヒナコは思わず噴き出してその有り様を嘲笑したが、あろうことか彼女がこの中華由来の毒を使用し、更には“月の狩人”に追跡されてしまったことで後々カルデアが侵入して来ることが確定的になったことを理解して激昂した。

 

 そこからの行動は速かった。手始めに目の前のコヤンスカヤを半殺しにしてボロ雑巾にして心を落ち着かせ、エルデンを呼び寄せてこうして始皇帝に引き合わせたのだ。

 

 来るべき時に備えて__。

 

『ふむ……朕としては其方たちやタユンスカポンと同じ来訪者である星詠(カルデア)を敵と決めつけたくはないのだが……外国の使者くらいの対応では駄目か?』

 

「……些か楽観的が過ぎるぞ。もはや貴公の力は絶対的ではないと思え。さもないと貴公も死に、折角苦労して築き上げた泰平の世が、消えて無くなるぞ?」

 

 場が、静まり返る。消極的な反応を見せる始皇帝に対してエルデンは首を横に振り、呆れの含んだ声で言い放つ。

 

 その不敬に過ぎる物言いに衛士長が動こうとしたのを声で制しながら、しかし怪訝そうに始皇帝は問いかける。

 

『不老不死を得て世界を統一してから幾星霜。肉体を捨て、鉄の聖躯を得て、宇宙(そら)に長城を浮かべ、もはや敵と呼べるものが外宇宙にしか存在せぬと結論付けた。……その朕が没するというか? エルデンとやら』

 

「__然り。その可能性は大いにある」

 

 はっきりと、エルデンは断言する。

 

「そもカルデアはその“外宇宙”由来の存在を味方につけている。先刻あの女狐を追ってきた狩人が、そうだ」

 

『__ほう? あの全身黒ずくめが、か? 確かに人とも神とも言えぬ異様で気味の悪い気配をしていたが、成程……アレが、外星人……もっと蛸みたいなのを想像していたのだがな。見た目は人と変わらぬではないか』

 

「……今はただ器に籠っているだけに過ぎない。人の形をしているが、あくまでガワだけだ。本来の姿は貴公が想像するようなものに近く、そして理解を超越しているだろう」

 

 驚きながらも始皇帝は納得する。空間と空間を飛び越え、単独顕現で転移したコヤンスカヤをこの中華まで追って現れた存在。北欧の女神が邪神と称したように、始皇帝もまたあの狩人が異様なナニカであることを察してはいた。

 

 よもやそれが自らが想定する仮想敵だとは。鋸という原始的な武器を使っているのは意外だったが、しかしその殺意に溢れた戦いぶりは確かに恐ろしく感じた。

 

『して、アレはどこへ? その口振りから察するに仕留めた訳ではあるまい。今のところ朕に居場所は掴めぬが……』

 

「恐らく“狩人の夢”……奴が支配するこことは異なる次元に潜んで補給と準備をしているのだろう。無論そこへ侵入する方法はあるにはあるが、わざわざ奴の領域へ足を踏み入れるのは自殺行為に等しい」

 

 コヤンスカヤが逃げ込んできて一時間も経たぬ内に月の狩人は彼女の目の前に出現したが、話を聞いて予めそれを察知していたエルデンは即座に対処にあたった。

 

 彼が引き連れてきたランサーとアーチャー。加えてヒナコと彼女のサーヴァントと共闘し、これを撃退した。

 

 恐ろしい月の上位者といえど、今は英霊の皮を被った狩人。狩りに飢え、血に酔った優れた狩人ではあるが、元より数の暴力には弱く、何よりも初見の戦いだった。仕留めることは出来なかったが、中身が出てこなかったことを考えればその方が良かったのかもしれない。

 

 狩人は夢へ逃げた。しかし、あの場所に時間の概念があるのかも怪しいが故に、いつ戻ってくるかは不明。きっと彼は輸血液を補充し、武器を手入れし、次こそは敵を鏖殺せんと備えているはずだ。

 

 そして、恐ろしいのはそれを何度も行えるということ。動きを覚えられ、対策され、先を読まれ、やがては通じた策も通じぬようになってしまう。

 

『……芥よ、かの者の言うことは誠か?』

 

「__ええ。私もまたその可能性を見た。何よりもカルデアは既に二つの異聞帯を滅ぼしている」

 

『ふむ……そうさな。これは確かに脅威と言えよう。というかかなりヤバイな。ならば備えておいて損は無い、か』

 

 先程から黙っていたヒナコに今一度確認を取り、始皇帝は己の認識を改める。世迷い言だと笑っていたが、どうやら話は自らが思うよりもずっと、規模が大きい話らしい。

 

『衛士長よ。気が変わった。急ぎ驪山に向かい冬眠英雄を数名再生せよ。また後に備え更に百名程度の再生準備を行え』

 

「百名もの再生準備を……陛下は此度の件が阿茲特克(アステカ)共和国との戦いに並ぶ大戦に発展するとお考えですか?」

 

『否、エルデンの言が真実であるならそれ以上の脅威であろう。誰を起こすかは衛士長に一任するが、間違っても桃園ブラザーズなんかは起こすなよ? 勢い余って国盗りでも始めかねん。絶対に起こすなよ? 振りではないぞ?』

 

「御意に」

 

 話の初めとは違い、カルデアを脅威と認めた対応を見せる始皇帝にヒナコは僅かに驚きの表情を見せる。それを見て始皇帝は楽しそうに笑う。

 

『其方の言葉を朕は受け取った。一度、決めれば国家総動員が朕の国の強みである。無論、其方たちの力も借りることになるが、否はあるまいな』

 

「……ああ。懸命な判断だ。元より我らも“私兵”を貸し与えるつもりだった」

 

 パチン、とエルデンが指を鳴らす。

 

 すると彼の周囲の空間が歪み、黒い影が多数、霧のように出現する。

 

「………………!?」

 

『__ほう。僵尸(キョンシー)の類い……ではないな。随分と禍々しい姿をしておるが、それが其方の兵隊という訳か』

 

 襤褸布を頭に被り、異形の鎧と髑髏の仮面を着けた幽鬼の如き剣士たち。気配も無く、一瞬で転移してきたそれらに衛士長が目を見開き、始皇帝は興味深げな反応を示す。

 

共に堕ちし眷属(ダークレイス)魔力(リソース)にもよるが、一度の戦闘で大体十人程度は投入することが可能だ。冬眠英雄はともかく、そちらの傀儡兵だけでは心許ないからな……まあ、好きに使うといい」

 

(闇の亡霊……これが兵隊、ね。名の通り霊体みたいだけれど、あんなものまで保有しているなんて)

 

 悪い冗談だとヒナコは笑う。とてもじゃないが、それは単なる兵隊として扱えるような戦力ではなかった。それこそ彼女が長い時の中で出会ったどの怪異よりもおぞましい気配を纏う。

 

 最古の赤い瞳の侵入者。世界と世界を渡り歩き、その闇撫での腕で獲物の魂ないし生命力を吸い、奪い取る彼らは不死であるヒナコにとっても天敵に等しく、見ているだけで寒気がした。

 

 同時に、確信する。これだけの戦力があればカルデアを潰し、月の狩人をも排除出来ると内心ほくそ笑んだ。

 

(私と項羽様の世界は誰にも壊させやしない……必ずやカルデアとそのマスターを滅ぼし尽くしてやるわ)

 

 しかし、彼女は失念していた。

 

 ロシアを単独で滅ぼした仮面の剣士のように。北欧で巨人王すら取り込んでいた悪魔殺しのように。

 

 いつ、どこにおいても想定外(イレギュラー)というものは唐突に現れ、そしてすべてを台無しにしてしまうということを。

 

 ほら、今もまたどこかで__。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ◎

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「__あら、あら、あらあら?」

 

 チャプチャプと水が滴る湿った世界。血のような紅い瞳を大きく見開かせながら、彼女は笑う。

 

「例の月の香りの主がこっちに来たかと思ったら貴方まで来ちゃうなんてね、エルデン……」

 

 愛しい人の気配に身体を震わせ、やはりこの異聞帯へ遊びに来て良かったと歓喜する。

 

 若く健康な人間。冷凍保存された英雄。吸血種にして星の精霊。加えて、人類悪の獣と自らの“同類”まで現れた。どれもこれも上等で良質な“患者”に成り得る逸材ばかりだ。

 

 ああ、何と素晴らしきことかな。もはやこの人智統合真国は、中国異聞帯は彼女の楽しい実験場と化していた。王たる始皇帝はこの事実に未だに気が付くどころか彼女の存在すら認識していない。

 

「ウフフ……となると、まずは__」

 

 女医のアルターエゴ、◼️◼️◼️◼️◼️◼️◼️◼️は妖艶な笑みを浮かべて次なる展開を模索する。

 

 治療と称し、患者と称し、血の医療の果ての、おぞましい施術を繰り返す。いつものように、あの夜のように、女医も少女も老人も娼婦も聖女も獣すらも。

 

 何かを犠牲にする際、誰もがそれ相応の理由が持つものだ。

 

 彼女の場合はきっと__。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ◎

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 始皇帝に敵の危険性を正しく認知させることに成功したヒナコは王宮を歩いていた。

 

 足取りは軽い。顔には出さないが気分もいい。それ程に先程の始皇帝とのやり取りはヒナコにとって有益なものだった。

 

 紀元前より君臨し続けるこの異聞帯の王は言うまでもなく理想の王であったが、ヒナコからすれば甘い部分もあった。言ってしまえば、始皇帝は人が良いのだ。

 

 あの王は異世界からの渡航者であるヒナコを難なく受け入れたように、敵であると知らせていたカルデアも受け入れていた可能性があった。

 

 少なくとも問答無用で排除する前に話くらいは聞くのが有益だと判断するとヒナコは思っていた。だが、コヤンスカヤを追ってきた月の狩人が暴れたのとエルデンの歯に衣着せぬ物言いが功を奏した。

 

 無論、始皇帝とてエルデンの言葉だけを以て真実を決めつけはしないだろう。だが、敵の言葉より味方の言葉に耳を傾ける人物であったことが、今は喜ばしい。

 

「……えらく上機嫌だな、ヒナコ」

 

「ええ。感謝するわエルデン。まさか始皇帝をあそこまでその気にさせるとは思ってなかったわよ」

 

 そんな彼女の後ろを歩きながらエルデンは笑い、しかし疑問を持つ。

 

「けれど、良いのか? カルデアが脅威であることを告げれば貴公の夫が再び戦場へ……」

 

 __項羽。

 

 始皇帝の最高傑作の絡繰にして国家最高の武人。カルデアを脅威と判断し、排除することになれば現在ヒナコの下に居る彼が呼び戻され、駆り出されるのは自明の理であった。

 

 ヒナコ__虞美人が望んだのは項羽と共に始皇帝の治める国の片隅で最後の時まで生きること。言ってしまえばクリプターでありながら、彼女にとっては異聞帯も“異星の神”もどうでもいい。目の前にさえ現れなければ、カルデアのことも眼中に無かったのだ。

 

 そんな思いを理解するからこそエルデンは問い掛けた。項羽を戦場に駆り立てるような情報を伝えても良かったのかと。

 

「ふん……今更何を言うかと思えば。そうも言ってられない状況なくらい私でも分かるわ。だってあまりにも脅威的に過ぎるでしょ? 奴ら」

 

 それに対して虞美人は苛立ちを隠そうともせずに言う。彼女の言う脅威とは正確にはカルデアのことではない。北欧にも現れたという“ミラのルカティエル”を名乗る仮面の剣士のことだ。

 

 カドックが担当していたロシア異聞帯は奴が出現してから考えられない速度で滅んだ。その一部始終はラスプーチンの手により映像として記録されていて、彼女は他のクリプターたちと共にロシアの終焉を目にし、大きな衝撃を受けた。

 

 神の如き獣と成り果てたイヴァン雷帝。それを古き“巨人殺し”の不死は、ほぼ単独で相手取り、果てに見事討ち倒してみせた。

 

 ただの剣の一振りはその巨体に致命的な傷を負わせ、膨大な魔力の奔流は鋼鉄よりも硬い皮膚を抉り取り、かの獣王を大地へと這いつくばらせる。生物として最高峰の生命力を誇る化け物は半日にも渡る死闘の末に遂に力尽き、彼はその骸からまるで戦利品とばかりに異形のソウルを奪い取った。

 

 次元が違う。あの有り様を見て虞美人は恐怖した。世界のマナを喰らう神霊に等しき存在が。神が己を真似て人を作ったとするなら正しく“真人”であると言える始祖の吸血鬼が、だ。

 

 アレは人間の限界……否、極限を越えた存在。そこへ行き着くまでに一体どれ程の命を殺し、魂を喰らってきたのだろうか。

 

 加えて、“月の狩人”。

 

 北欧にてカルデアが召喚した領域外の生命。外宇宙から来たりし神々を狩り尽くし、自らも同等の存在へと至った人外。その詳細を知るエルデンの語った内容はヒナコに彼をあの仮面の剣士と同格かそれ以上の脅威だと認識させるには充分に過ぎた。

 

「あんな化け物共を相手に出し惜しみなんて悠長な真似が出来る訳がないでしょう。それにお前の言う“赤い熾天使”や“悪魔殺し”がやって来る可能性だってある。なら、次はこう考えるわ。この異聞帯もすぐに消滅するかもしれない。天に頂く帝は落とされ、私は項羽様と離れ離れになるとね……だから、非常に不本意だけど、これは致し方ないことよ」

 

 言葉に反して虞美人の顔は険しい。彼女としては自分の判断でありながらやはり項羽に戦わせるのは非常に不服なのだろう。

 

「……ふむ、妥当な判断だ。先輩」

 

「だから先輩と呼ぶな。……まあいいわ。ところで奴らの動向はどうなっているの?」

 

「ああ。もうじきやって来るさ。つい先程シャドウ・ボーダーを観測した。“彷徨海”を離脱し、狩人の残した痕跡を辿ってこの中華へ真っ直ぐ向かって来ているようだ」

 

「そう……ああ、本当に忌々しいわね、あの女狐。散々舐め腐った挙げ句、人間風情の暗殺すらしくじるなんて……思い出すだけで腸が煮えくり返る」

 

 瞬間、放出される膨大な憤怒と憎悪。ドス黒い殺意を沸々と発しながら思い浮かべるのは昔馴染みである愛玩の獣が舌を出し、平謝りする姿。

 

 このような事態になったのは、奴が自らの得意とする仙術由来の毒を用いた挙げ句に暗殺に失敗したせいだ。即ち、すべての元凶。更に元を辿れば彼女へ暗殺の依頼を出したベリルが悪いことになる。

 

 つまり人間、人間、また人間だ。

 

 いつも、どこでも、我々の安寧を壊すのは、あの忌々しき猿共ということなのか。

 

 __いや、最初のカルデア襲撃の時点で藤丸立香を仕留めなかったのはコヤンスカヤだった。つまるところ全部あの女が悪い。

 

 故に__。

 

「おや? 芥ちゃん、ご機嫌よ__ごふっ!?」

 

 悪びれもせずに声をかけてきた元凶の腹に拳をめり込ませたのは、仕方の無いことであった。

 

「ちょ……!? いきなり重めのボディーブローかましてくるとか酷過ぎません……!?」

 

「黙れ。よくもまあ私の前に顔を出せたわね。今度は本気で殺してやろうかしら」

 

 悶絶しながら踞るコヤンスカヤ。ロシアや北欧では厚着をしていた彼女だが、今回は中国だからか露出の激しいチャイナ服を着用している。

 

「うわぁ……殺意全快ですねぇ……わりとガチで反省していますんでそろそろ許してくれません? まさかここまで追ってくるハングリー精神旺盛な方だとも私の単独顕現に追い付くようなことが出来ちゃうような方だとも思わなかったのですよ。トホホ……まあ、じきにカルデアがやって来ることは予測済みでしたけど☆」

 

「__ぶっ殺す」

 

「えぇ……些か短気過ぎませんか?」

 

 真紅の魔力を纏う一振りの剣を取り出し、コヤンスカヤを切り捨てんとする虞美人。それを間に入って制したのは意外にもエルデンだった。

 

「……落ち着きたまえ。今はこいつと争っている場合ではなかろうに」

 

「何お前……こいつの肩を持つの? こんな奴、生かしておく価値なんてないでしょう。これ以上馬鹿なことをやらかす前に殺しておくべきよ」

 

 ギロリ、と虞美人が睨む。対してエルデンの表情は変わらない。

 

「殺す前に逃げられるのが落ちだぞ? 雲隠れされて好き勝手やられる方が面倒だ」

 

「ッ……お前も協力してくれれば問題無いでしょう。私とお前ならこいつが逃げる前に殺すなんて赤子の手を捻るよりも容易だ。だからさっさと協力しなさい。お前にとっては有象無象に過ぎないのだとしても、私にとっては踏み潰したくてたまらない目障りな害虫なのよ」

 

「……然りとて、ここで我らが無意味な損失を出す必要は無い。苛立つのは充分に分かるが」

 

 剣の切っ先が、エルデンへと向く。暫し二人は視線を交わし続け、やがて根負けにしたのか虞美人が溜め息を吐いた。

 

「__止めましょう、不毛よ」

 

 実のところエルデンは本気で止めようとはしていなかった。ここでコヤンスカヤが死のうと逃げようと、彼としては心底どうでもいい話であるからだ。虞美人もそれを察しており、だからこそ冷静さを取り戻した。

 

 彼女が剣を下ろすと、コヤンスカヤは大仰なリアクションをしながらホッと胸を撫で下ろす。

 

「いやー! 怖かった! もう芥ちゃんったら少しは落ち着いたかと思っていましたのにまだバリバリ現役じゃないですか! あ、庇ってくれてありがとうございますエルデンさん。今度また商談することがあればサービスしちゃうぞ☆」

 

「……貴公。自殺願望を持つのならば、次は止めぬぞ?」

 

「はーい☆ どうやら歓迎されてないみたいなので今回はご退散しまーす☆」

 

 そう言ってコヤンスカヤは消えた。最後までふざけた態度を取っていた彼女に虞美人は舌打ちする。悪辣な彼女のことだ、また性懲りにもなく顔を出してくるだろう。

 

 とっとと用件を終え、この異聞帯から立ち去れば良いものを……一体どういうつもりなのだろうか理解に苦しむ。

 

「どいつもこいつも……私の邪魔ばかり。いっそのこと項羽様以外のすべてを滅ぼし尽くしてしまいましょうか」

 

「それは困るな……俺はまだ滅びる訳には行かぬ」

 

「冗談よ。私もそこまで自暴自棄にはなってないし、第一お前が滅びるなんてそれこそ有り得ない。というか、案外それも良いとか思っちゃってるでしょ? 破滅主義者」

 

「……そうさな。俺が往き、行き着いた結末がそうなのであるのならば、それもまた面白い」

 

「そう、狂人ね」

 

「今更だな、貴公」

 

 二人は笑い合う。

 

 人外と人外。不死と不死。

 

 それは同類なようで同類ではなく、似ているようで似ていない。否、何もかもが違う。

 

 彼らもまた、そのことを理解している。

 

 片や愛に生き、片や愛を知らぬ者。互いの目的が為に彼らは手を取り合い、共に闘い、そして己が望むべき結末を目指して突き進んで往く。

 

 破滅へと__。

 




狩人様スタンバイ、女医も暗躍、カルデアも来る、これに更に+αされる予定……。

うーん……もう詰んでね? チャイナ


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人智統合真国

久しぶりの投稿。遅くなってすまんね。


 ◎

 

 

 __ずっと、待ってた。

 

 気が付いた時には、誰も居なかった。親も、朋も、皆どこかへと消えていた。

 

 置いてかれた? 

 

 見棄てられた? 

 

 違う。そんなこと、認められるはずがなかった。

 

 嫌だ。

 

 帰りたい。帰りたい。

 

 だから、祈った。

 

 呼び掛けた。きっと帰ってくると、迎えに来てくれると、ただ信じて待ち続けた。

 

 知らない場所に連れてかれても、血を抜かれても、力を利用されても__。

 

祈って、祈って、祈って、祈って、祈って、祈って、祈って、祈って、祈って、祈って、祈って、祈って、祈って、祈って、祈って、祈って、祈って、祈って、祈って、祈って、祈って、祈って、祈って、祈って、祈って、祈って、祈って、祈って、祈って、祈って、祈って、祈って、祈って、祈って、祈って、祈って、祈って、祈って、祈って、祈って、祈って、祈って、祈って、祈って、祈って、祈って、祈って、祈って、祈って、祈って、祈って、祈って、祈って、祈って、祈って、祈って、祈って、祈って、祈って、祈って、祈って、祈って、祈って、祈って、祈って、祈って、祈って、祈って、祈って、祈って、祈って、祈って、助けて、祈って、祈って、祈って、祈って、祈って、祈って、祈って、祈って、祈って、祈って、祈って、祈って、祈って、祈って、祈って、祈って、祈って、祈って、祈って、祈って、祈って、祈って、祈って、祈って、祈って、祈って、祈って、祈って、祈って、祈って、祈って、祈って、祈って、祈って、祈って、祈って、祈って、祈って、祈って、祈って、祈って、祈って、祈って、祈って、祈って、祈って、祈って、祈って、祈って、祈って、祈って、祈って、祈って、祈って、祈って、祈って、祈って、祈って、祈って、祈って、祈って、祈って、祈って、祈って、祈って、祈って、祈って、祈って、祈って、祈って、祈って、祈って、祈って、泣いて、祈って、祈って、祈って、祈って、祈って、祈って、祈って、祈って、祈って、祈って、祈って、祈って、祈って、祈って、祈って、祈って、泣いて、祈って、祈って、祈って、祈って、祈って、祈って、祈って、祈って、祈って、祈って、祈って、祈って、祈って、祈って、祈って、祈って、祈って、祈って、祈って、祈って、祈って、祈って、祈って、祈って、祈って、祈って、祈って、祈って、祈って、祈って、祈って、祈って、祈って、祈って、祈って、祈って、祈って、祈って、祈って、祈って、祈って、祈って、祈って、祈って、祈って、祈って、祈って、祈って、祈って、祈って、祈って、祈って、祈って、祈って、祈って、祈って、祈って、祈って、祈って、祈って、祈って、祈って、祈って、祈って、祈って、祈って、泣いて、

 

 なんで、こないの? 

 

 ああ__。

 

 誰か__。

 

 私を__。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

上位者狩り 上位者狩り

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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「……何これ?」

 

 シャドウ・ボーダー艇内。カルデアは余命10日を宣告されたゴルドルフを救う為に、毒を盛ったコヤンスカヤとそれを追った狩人を追跡して中国異聞帯へと辿り着いた。

 

 そこで現地住民との交流も済ませ、どうにか信用を得て情報の精査をしている最中にダヴィンチに見せられた偵察へ行かせたドローンで撮影したという映像に立香は困惑の声をあげる。

 

「いや正直、私としてもコメントし難い」

 

「文明が発達しなかった中国史、という可能性はこれで棄却だね」

 

 支柱も無しに浮かぶ巨大な鉄の塊。空中要塞とも言うべきその建造物は辺り一面が畑ばかりで横穴式の住居ばかりがあるこの世界において、明らかに異質であった。

 

「この世界にはこんなメトロポリスを構築し得るだけの技術がある。しかもこれ、どう見ても気球や風船じゃないし、これだけの質量を一体どうやって飛ばしているのやら」

 

「開けっ広げに魔術を行使出来る世界なのか、或いは本当に科学技術のみで重力制御出来ているのか。だとしたらテクノロジーの面では汎人類史より先を行ってる事になる」

 

 加えて、遥か上空に存在する孔雀の羽のような物体が異聞帯の端から端まで漂っていた。

 

 用途も正体も不明。もしもこれがこの世界における人類の建築物だとすれば、全く以て訳が分からない。

 

 まずこの農村との格差は何なのか。現地民が“都”と呼ぶあの巨大な建築物の他に相当するようなものは存在せず、東西南北どちらを向いても畑ばかり。

 

 この異聞帯は、一体どうなっている? 

 

「北欧はファンタジーだったけど、中国はこっち系かぁ……」

 

「まだ科学の産物かは解らないけどね。これについてもあの村人たちに訊いてみようかな」

 

 立香が思い浮かべるのは昔観たSF映画。ロンドンやアメリカで戦ったヘルタースケルターからして、そういう異聞帯の可能性も無くはない。そもそも彼らが困惑しているのはその科学技術ではなく、文明レベルでの格差なのだから。

 

「ダ・ヴィンチ。距離と方角からあの大都市の緯度経度は特定出来るな? それを既知の大陸と重ねると? 歴代の王朝であの位置に“首都”が存在した記録はあるかね?」

 

「えー。もうそこに行っちゃうの? もうちょっと勿体ぶりたかったのに」

 

 ホームズの問いにダヴィンチが少しばかり拗ねた反応をする。彼女としては後で自分から明かしたかった。

 

「劇的に情報開示をしたい気持ちは私にも分かるよ。だが、計測と探査は君から提出してもらうしかない。諦めて白状したまえ」

 

 それで何度も痛い目に遭っただろ、という突っ込みをグッと我慢しながらも立香は冷ややかな視線をホームズへと向ける。

 

「はいはい。その通り、ご明察だ。現在位置からの逆算であの街に該当する汎人類史の地名はね、“咸陽”だ」

 

「咸陽? それは……」

 

 その地名に立香はピンと来なかったが、マシュが反応を示す。

 

「うむ、秦王朝だな」

 

「秦? 紀元前の、ええと、それこそ三國志とか、項羽と劉邦よりも前の?」

 

「あっ、聞いたことあるかも。えっと確か“始皇帝”がどうの……」

 

 ムニエルもまた反応を示した。中国の歴史であるが、意外と詳しいようだ。かくいう立香も聞き覚えのある単語によって学校で習ったことを思い出す。

 

「そう、紀元前200年代の一大帝国、中国において初めて“皇帝”を名乗った人物を輩出したことで知られている」

 

 __あの“始皇帝”が統治した国さ。

 

 彼らは早くも敵の正体を理解した。この世界を支配する、異聞帯の王の名を。

 

 そして、当然理解している。

 

 敵はそれだけでないということを……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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「__長閑ですね、本当に」

 

 二つの人影があった。

 

 周囲には無数の屍。魔獣と思わしき異形が切り刻まれ、或いは矢で射抜かれて無惨な姿と化していた。

 

「現地の生物……ではないな。物の怪の類い、何者かが解き放ったようだが、よもやカルデアではあるまいな」

 

「冗談を。彼らはこのような無粋な真似をする必要性がありませんよ、アーチャー」

 

 普段は静かな森の中で行われた一方的な殺戮。獲物を探し求め、ただ本能のままに暴れようとしていた魔獣たちは、愚かにも力の差も理解出来ずに二人を襲い、そして死んだ。

 

 二人組の片割れ、修道女のランサーは既に魔獣への興味など失せた様子で大鎌に付着した血を振り落とす。

 

「大方あのコヤンスカヤという者の仕業でしょう。僅かではありますが、彼女の匂いがします」

 

「九尾の狐か。逃げ込んでおきながら、随分と好き勝手やってくれる」

 

 コヤンスカヤ__その正体である九尾の狐は日本三大妖怪の一角。日本の英霊たるアーチャーは当然その名を聞いたことあり、故に顔をしかめる。

 

「まあ、我々にとっては至極どうでもいい話です。そもそもこの獣たちでは、“ノルマ”にはなりませんから」

 

「そうだな、面倒事は御免だ。北欧に続き、此度は中華……我らが主も本当に人使いが荒い」

 

「おや? マスターに文句を言うのですか?」

 

「……そういう訳ではない」

 

 からかいの言葉に、アーチャーは淡泊な反応をするばかり。しかし、それを見てランサーは微笑む。

 

「お気持ちは分かりますよ。ロスリックで英霊狩りをしていた方が、ずっと楽ですからね」

 

 瞬間。アーチャーの眼が冷たいものへと変わり、矢先のように鋭い視線が彼女を射抜く。

 

「それはお前の本音であろう? 亡者……否、もはや亡者ですらない、燃え尽きた残り香よ」

 

「フフ……それはまた、酷い言われ様で」

 

「俺たちは結局のところ己が宿願の為に、エルデン殿に付き従っているに過ぎない。だからこそ、使い魔(サーヴァント)という立場を甘んじて受け入れている」

 

「ええ。よくご存知で。やはり貴方はよく分かっています。マスターが私と貴方を組ませたのは、きっとそういうことなのでしょうね」

 

 ランサーは薄ら笑いを崩さない。彼女は共通の目的を持つ目の前の男にシンパシーのようなものを感じており、一方のアーチャーは馴れ合うつもりなど毛頭も無かった。

 

 火の時代。日本という国が誕生する遥か昔、この星が、この世界が形付く以前の超古代文明。極東の小国で生まれ育ち、戦国の世を駆けた数多くの武士の一人に過ぎないアーチャーからすれば何ともスケールの大きな話であり、得体の知れない。

 

「知ってます? 私たち、“黒炎コンビ”なんて呼ばれてるらしいですよ? 貴方のそれは炎というよりは瘴気、呪詛に近いようですが……」

 

「コンビ……二人組、か。そういえばあの黄色い魔女もそんなことを言っていたな。実にくだらん」

 

「あら、そうですか__「そうでしょうとも。正しくは、黒炎“トリオ”でしょうに」……?」

 

 突如として割り込んできた低い男の声。ランサーとアーチャーが視線を向ければ、そこには痩せた漆黒の鎧を纏った騎士が立っていた。

 

「………………」

 

「………………」

 

「? 如何なさいました、エルフリーデ様」

 

 首を傾げる騎士。何の躊躇も無く真名で呼ばれたランサーは初めてその笑みを消し、眉をひそめる。

 

「……居たのですか、ヴィルヘルム」

 

「はっ 守護騎士ヴィルヘルム。貴方様の下に、只今馳せ参じました」

 

 跪く騎士に対し、ランサーの反応は乏しくない。

 

「貴方も頑なですね。私たちの主従の交わりは、もう存在しないと言ったはずですが……」

 

 __エルフリーデ。

 

 ランサーをとうの昔に捨てた真名で呼ぶその男はかつて、彼女の騎士であった亡者。灰となった彼女が祖国を去る際にその任を解かれ、別れを告げられたはずだった。

 

「いいえ。貴女様は、未来永劫、私の主でございます。例え拒まれようと、いつも、どこでも、私は貴女様に付き従い、貴女様をお守りします」

 

「……だからといって、まさかサーヴァントになってまで追って来るとは思いませんでした。それと、今はエルフリーデではなく、フリーデと呼びように」

 

「は。失礼しました。フリーデ様」

 

 呆れた様子のランサー。目の前の騎士__ヴィルヘルムはエルデンが召喚したサーヴァントではなく、ランサーの召喚について来る形で彼女の霊基を触媒に召喚されたはぐれの幻霊であり、その立ち位置は彼女の宝具、付属品に近い。

 

 そんな出鱈目なことが可能なのは、一重に彼のその絶大なる忠誠心の賜物だろう。

 

「知ってますか? “座”の知識によると、現代では貴方のように女性にしつこく付き纏う者のことを、“ストーカー”と呼ぶらしいですよ」

 

「付き纏うとは、人聞きの悪い……いくらフリーデ様が仰られようとこればかりは性分なもので……私が何よりも慕い、忠誠を誓ったのはロンドールでも黒教会でもなく、他ならぬ貴女様なのですから__」

 

「……開き直られるのが、一番困るのですが」

 

「おい……そう冷たくすることもなかろう。忠義に厚く良い男ではないか」

 

 毒づいてもどこ吹く風といった態度を見せるヴィルヘルムに怪訝な表情を浮かべるランサーに対し、アーチャーはその忠誠心の高さに感心した様子で言う。

 

「おお! 弦一郎殿はご理解してくれますか!」

 

「ああ。死した後も付き従うなど、そう出来ることではない。この女に斯様な従者が居たとは、思いもしなかった」

 

「元従者、ですけどね……しかし、アーチャーまでそちら側とは。やはり東国出身は忠義を重んじるようですね。ブシドーやらセップクやら聞いたことがあります」

 

「……エルデン殿が言ってた通りその“東国”というのは、随分と日の本と似通っているのだな」

 

 刀、武者、鬼、そして忍……神代以前の、遥か古い時代において祖国である極東の島国と何もかもが類似した文化をした国が存在したという事実は、アーチャーからしてみれば実に不思議で可笑しな話であった。

 

 対するランサーの顔は渋い。不幸なことにこの場にストーカー被害者の味方は誰一人と居らず、ヴィルヘルムが口を開く。

 

「フリーデ様。北欧に際しては出遅れましたが、このヴィルヘルム、貴女様の騎士として共に戦わせてもらいます」

 

「何を勝手なことを……」

 

「__ふむ、それはとても心強い。是非とも協力してくれ」

 

「………………」

 

 これまた真逆の表情を浮かべる両者。ランサーとしては頭数が増えたところで何も変わらないのだから必要無しと切り捨ててしまいたかったが、それは流石に感情論が過ぎると口をつぐむ。

 

 そもそもの話、彼女はヴィルヘルムに対して決して悪い感情を向けている訳ではない。自らの身に燻る黒炎を宿した剣を渡す程度には信頼し、評価していた。

 

 結局のところ巻き込みたくないのだ。

 

 その寛大な心と優しさをヴィルヘルム自身もよく理解しているからこそ、心を打ち震わせ、感極まっている。

 

 彼女を守ることこそが、我が使命と。

 

「それで、私は何をすれば?」

 

「ああ。それは__む?」

 

 ヴィルヘルムに今回の目的を説明しようとした矢先、アーチャーは動きを止める。

 

「弦一郎殿?」

 

「……ほう。丁度良いタイミングでエルデン殿から連絡が入った。つい先程、カルデアの侵入を確認したそうだ」

 

 アーチャーの告げた言葉。これにランサーは漸くかと、楽しげな笑みを浮かべる。

 

「それはそれは。無事に来てくれて何よりです」

 

「そして、新たな指示が出た。これより我らは同盟者たちと共に奇襲を仕掛ける。狩人と合流する前に__連中を潰す」

 

 同時に、三つの人影が一斉に消える。

 

 向かうはマスターから与えられた座標。カルデアが居るとされる、この世界に幾つもある農村の一つ。

 

 泰平の世を敷き、恒久的とも言える平穏と安寧を享受してきた中国異聞帯。しかし、今宵を以てその平和は終わりを告げ、血に染まることとなろう。

 

 他ならぬ自業により__。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ◎

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「………………」

 

 カリ、カリ、カリ、と。

 

 何かを削るような音が、蝋燭がのみ照らす闇の中で響く。

 

 “ソレ”がいつからあったのかは分からない。召喚されたか、それとも流れ着いたか。その両者ともこの中国異聞帯では有り得ぬ事象であり、特に後者はロスリックでもあるまいに。

 

 しかし、確かに“ソレ”は存在した。みすぼらしい荒れた、かろうじてかつて寺だったと認識出来る廃墟。その中に住まう“隻腕”の男はそんな異常に気付くこともなく、或いは気付いているのだろうが素知らぬ顔で黙々と彫り続けていた。

 

 黒く、ホコリやゴミが絡んだ汚い髪を後ろで束ね、左腕は半ばから切り落とされ、裾のみが垂れる。その貌は、眉間に皺を寄せ、しかし力無く脱け殻のようであった。

 

 実際、それは脱け殻だった。

 

 男は多くを殺した。幼子の頃から人を殺める術を教わり、鍛えられ、その力を存分に振るった。

 

 数多もの人を斬り、斬り伏せた。敵を斬り、友を斬り、恩人を斬り、師を斬り、義父を斬り、

 

 __己が主をも、斬ってしまった。

 

 人を殺し続けた者の、末にあるのは怨嗟の積もり先。それこそが“修羅”であり、しかし男は“修羅”にすら成り損なった。

 

 故に、男は彫り続ける。かつての恩人がそうやったように。仏の顔を、ただ彫り入れ、完成すればまた新たな仏像を彫る。

 

 その仏の顔は、酷く怒り狂っていた。



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彼方への

おそよ三ヶ月ぶり。仕事、モンハン、仕事、ポケモン、仕事、仕事、仕事で忙しくて執筆する暇がありませんでした。申し訳ございません。

更新停まってる間にエルデン・リング発売日決定したり二部六章出たり色々あったなぁ……。


 ◎

 

 

「……は?」

 

 気が付けば、篝火の前に立っていたカドックは呆然としていた。

 

 死んだ。見事なまでの不意打ち。背後致命(バックスタブ)によって心臓を貫かれた己は呆気なくその命を散らし、しかし目覚めた先は北の不死院ではなく、先程灯した火継ぎの祭祀場だった。

 

 それつまり、復活場所が更新されたということ__。

 

「__ッ!!」

 

 ぞわり、と身の毛がよだつ。

 

 状況を理解したカドックの行動は速かった。即座に前転(ローリング)し、背後から迫り来る凶刃から距離を取る。

 

「へっ 流石に二度目が通じる程ひよっこでもねぇか……」

 

 剣を空振らせ、しかし薄ら笑いを浮かべる男。その疲れ切ったような声とは裏腹に瞳にはドス黒い殺意が宿っていた。

 

(何だ? 何なんだ、こいつは?)

 

 カドックは冷や汗を掻く。サーヴァントではなく、生身。一見すると軽薄そうで覇気が無く、風貌からしてもとても強そうには見えないが__。

 

「あん? 何だ、亡者化してねぇな。指輪でもしてたか? 贅沢なこった」

 

 圧倒的な格上。カドックは本能的に悟った。相手は生身の人間にも関わらずあの不死院のデーモンと相対した時のような……とまでは言わないが、覇気の無さとは裏腹に異様な圧を感じる。

 

 しかし、だからといってみすみす殺されるつもりはない。

 

「何で僕を殺した?」

 

「刺しやすそうな背中があったからな。次来た奴はぶっ殺すって決めてたんだ」

 

 訝しげにこちらを見る男にそう問えば、何てことのないようにそんな言葉が返ってくる。

 

 ヘラヘラと笑いながら、しかし一切の感情が抜け落ちた死人のような顔で。

 

 __イカれている。そうとしかカドックには思えなかった。

 

「まあ、とりあえず__」

 

「!」

 

「人間性、置いてけや」

 

 そして、男は再びカドックへと斬り掛かった。

 

 不死と不死の殺し合い。かの古き時代においては腐るほど行われたその闘い、果たしては勝つのは誰か。そんなものは分かり切っていた。

 

 __心折れぬ者が、勝つのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ◎

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 中国異聞帯。

 

 そこはロシアや北欧のような過酷な環境ではなく、長閑で平穏な世界だった。

 

 今までの異聞帯とは違う。私、藤丸立香はそれを肌で感じながら気を引き締める。

 

「ああ、やはりお出ましか。クリプター……」

 

「あれは芥ヒナコだね。成程、中国は彼女の領域だったか」

 

 そんな中、あの空に浮かぶ巨大な建築物から何かが射出され、この農村へ飛来していることを知らされ、外へと出てみればロケットのような部品が落下しており、そこから二つの人影が現れる。

 

 片方は眼鏡を掛けた茶髪のツインテール。その少女に私は見覚えがあり、ダヴィンチちゃんの言葉でクリプターの一人であることを思い出す。

 

 __芥ヒナコ。

 

 クリプターが一人。確か植物科(ユミナ)で元々は技師としてカルデアに所属していたところを前所長に腕を買われ、Aチームに抜擢されたという経歴を持つ人だったはず。

 

 その隣に立つ顔半分を仮面で隠した男の人が彼女のサーヴァントであることは明白。希望していたクラスはライダーと記憶していたが、刀剣を持つその風貌はどちらかといえば剣士(セイバー)のようだった。

 

「芥さん……」

 

「ふん、真顔か。マシュ・キリエライト。下卑た笑いでも浮かべていると思ったが」

 

 これまでのようにやはり何か思うところかあるのか彼女の名を呼ぶマシュ。それに対し芥ヒナコは冷たい眼で言い放つ。

 

 物静かな印象を受けたにも関わらず吐き捨てられた言葉は異様に辛辣なものであり、私は非常に驚いた。

 

「……笑いません。私たちは皆さんと対立することを楽しんでいる訳ではありません」

 

「ならば一層に度し難い。己の行いを恥じる思慮すら持たぬ獣ども」

 

 マシュが動揺しているのが目に見えて分かる。カドックやオフェリアと違い、こうも明確に拒絶され、敵意を露にされたのは初めてだった。

 

「私は貴様らを憎むまい。蔑むまい。そのおぞましさ、心を動かすに値せぬ。ただの害虫として駆除するのみだ」

 

「そんな……」

 

「キミ……本当にあの芥ヒナコか? カルデアに居た頃の記録とは別人じゃないか」

 

 ダヴィンチちゃんもまた驚きを見せる。確かに口調も態度もAチームの紹介で前のダヴィンチちゃんが語っていた人物像とは乖離している。

 

 本性を隠していたのか、それともクリプターになってから豹変したのか……どちらにせよ、戦いは避けられないようだ。

 

「……ダ・ヴィンチ。殺された、というのは本当だったのね。その体、信じられないけど完璧よ。知性体が求めた本当の意味での嬰児。エルデンの奴もさぞや驚いたことでしょう」

 

 それに__。と彼女は私の方を向く。

 

 えっ、な、何……? 

 

 冷ややかな、値踏みするような視線に思わず身構えてしまう。

 

「見るからに能天気そうな奴ね。こんな間抜け面のどこが良いのだか」

 

「なっ!?」

 

 なんか唐突に侮辱された。流石の私もこれにはイラッときた。顔をしかめ、間抜けとは何だと彼女を睨み付けた。

 

 すると次の瞬間。凍てついた殺気が返ってくる。

 

「愚かしい。貴様のような凡愚にあいつが何を期待しているのかは知らないが、何であれ我が敵。今ここで、鏖殺する」

 

 びくり、と身体が震える。彼女の放つ殺気は、今まで敵対してきたサーヴァントに向けられたものかのように強烈でとてもじゃないが、普通の人間が出すものとは思えなかった。

 

 それにこれはどちらかと言うと……。

 

「おい女。さっきから黙って聞いていりゃ俺のマスターに随分と舐めたこと言ってくれるじゃねぇか」

 

 その時、叛逆の騎士モードレッドが怒りを露にしながらそう言って芥ヒナコへ剣先を向ける。

 

 久しぶりに見るその後ろ姿は非常に頼もしかった。

 

「……成程。彷徨海で新たなサーヴァントを召喚出来るくらいの設備は整えたという訳か。面倒な」

 

 そう、モードレッドはカルデアの霊基グラフからこの地に“王”として君臨している可能性が高い始皇帝に対抗すべく召喚したサーヴァントたちの一騎だ。

 

 他には哪吒、スパルタクス、荊軻。前の人理修復の旅でも行動を共にしたことがある面子だった。

 

「セイバー、我が僕よ。あれらを疾く消し去れ。これ以上、私の目を汚すでない」

 

「御心のままに__」

 

 芥ヒナコが冷たく言い放つと、仮面の剣士が前へと出る。これに私たちも戦闘体勢に入り、身構えた。

 

「は。そいつだけでやんのか?」

 

 モードレッドが問う。向こうはサーヴァント一騎とマスター一人なのにこちらはマシュを含めて五騎。私は戦力外としてダヴィンチちゃんやまだ傷が癒えていないけどホームズが居るのだ。あと所長も。

 

 数だけ見れば圧倒的にこちらが有利。しかし、油断してはいけない。当然この異聞帯の勢力は居るはずだし、何よりも相手は未知数なのだから……。

 

「まさか。流石にそこまで甘くは見ていない。__それから、貴様たちは既に詰んでいる」

 

「何?」

 

 これに芥ヒナコが嘲りの笑みを浮かべる。

 

 既に詰んでいる? それは一体どういう__。

 

「____!!! マスター、離れろッ!」

 

 え? うわっ!? 

 

 次の瞬間。私はモードレッドに突き飛ばされ、遅れて金属と金属がぶつかり合う音が響く。

 

 何が起きたのか理解が追い付かない私を見据えながら、いつからそこに居たか分からないフードを被った死神が微笑む。

 

「あら、気付かれてしまいましたか。随分と勘の良い走狗が居るようですね」

 

「っ! マスター!」

 

 即座にマシュが盾を構え、私の前へと出る。

 

 相手の攻撃はまだ終わっていなかった。辺りの大地が空間ごと凍り付き、一気に弾けた。

 

「くっ__」

 

「……ふむ、冷気すらも防ぎますか。堅牢な盾ですね」

 

 防御に成功するも僅かに後退する。マシュ以外の皆は既に凍結範囲から離脱していた。

 

 因みに私は荊軻に抱き抱えられている。もしも助けられなかったら何が起きたか気が付くこともなく終わっていたことだろう。

 

「チッ! 新手かっ!」

 

「貴方は……!」

 

「エルデンのランサー……!?」

 

 私は眼を見開く。大鎌を振るう襲撃者の正体は、北欧であのエルデン・ヴィンハイムが従えていたランサーのサーヴァントと思われる女性だった。

 

 何でこんな所に? まさかあいつもここに……!? 

 

「ご機嫌よう、カルデアの皆様」

 

 エルデンのランサーは先の襲撃が嘘のように平坦な声で挨拶しながら底冷えするような殺気を放つ。

 

 フードを深く被っており、明確な表情は伺えないが、その口角は吊り上がっていた。

 

「っ……! マシュとモードレッドは応戦を! 哪吒とスパルタクスはあっちの仮面サーヴァントの方! 荊軻はそのまま私の護衛お願い!」

 

 状況を理解した私が即座にサーヴァントたちへ指示を送れば、彼らは瞬時に判断して動き出す。

 

 相手が相当なレベルの英霊であることは分かっているため本当なら総出で掛かりたいけれど、芥ヒナコらを無視することは到底出来なかった。

 

「ほう。良い判断ですが__」

 

 マシュとモードレッドの二人掛かりの攻撃を軽々といなしながら感心した様子でそう言い、大鎌を持ってない方の腕を振り上げた。

 

 その行為にどういった意図があるのか疑問を抱くよりも早く、荊軻が私の前に立つ。

 

「ぐっ……!!」

 

「荊軻!?」

 

 何かが私に向かって飛んでくる。荊軻はそれをヒ首という短刀で弾き飛ばすが、続いて飛来した二発目を肩に受けてしまう。

 

 私が駆け寄って見てみれば、それは長く太い大矢だった。

 

「狙撃です、マスター! お下がりを……!」 

 

「っ……マシュ!」

 

「はい! 今向かいます!」

 

 狙撃への対処は荊軻だけでは難しいと判断した私はすぐにマシュへ呼び掛け、こちらへ向かわせる。

 

 当然エルデンのランサーは行く手を阻もうとしたが、魔力放出を使ったモードレッドの妨害により何とか成功した。

 

 長距離からの狙撃。それも矢ってことはもしかして__。

 

「仕留め損なったか……」

 

 それから更なる狙撃は無く、代わりに現れたのは私の予想通り上裸の武士……エルデンのアーチャーだった。

 

「おい。何故出てきた、()()()

 

「初撃を防がれ、あの盾兵の守護もある以上、追撃は無意味かと」

 

「ふん……不甲斐無いぞ。何をしている? 巴ならば今ので仕留めていたぞ。確実にな」

 

「……面目ありません」

 

 狙撃に失敗したことを芥ヒナコが冷たい眼差しで咎める。

 

 というか今、ゲンイチロウって呼んだ? それがエルデンのアーチャーの真名? それにどうも以前から知り合いのような会話だけど一体どういうこと……? 

 

「まあいい。幸い一騎は手負いにした。今ここでカルデアを皆殺しにするぞ」

 

「おや。随分と容赦ありませんね」

 

「黙りなさい。貴女も真面目に戦いなさいよ、修道女」

 

 改めて私たちへ殺意を向けてくる芥ヒナコ。するとモードレッドと切り結んでいるにも関わらずエルデンのランサーが肩を竦めながらそう言って笑う。

 

 そんな態度に芥ヒナコは忌々しげに顔をしかめ、彼女を睨む。どうやらランサーの方とはあまり仲が良くないみたいだ。

 

「オラァ!」

 

 するとモードレッドが怒りの形相を浮かべ、斬り掛かる。戦闘中に急に余所見して会話を始めたのだ。当然の反応だろう。

 

 しかし、その一撃はあっさりと避けられてしまう。

 

「おっと__」

 

「随分と余裕そうじゃねぇかコラ!」

 

「ええ。実際余裕ですから」

 

「ッ……んだとテメェ……!」

 

 驚きを隠せない。あのモードレッドを相手に完全に遊んでいる。北欧では二刀流だった大鎌を一本しか使っていない時点でそれは伺えていたが、まさかここまで実力差があるなんて。

 

 私はチラリと仮面のセイバーの方を見る。あっちは哪吒とスパルタクスに任せていたが、相手は二人の攻撃を身軽な動きで避けながらも若干押されていた。

 

 あのセイバーはそこまで強くない? いや、エルデンのサーヴァントたちのせいで感覚が麻痺しているだけか。だけどこれなら一対一でも渡り合えそうだった。

 

「哪吒! モードレッドの手助けをお願い!」

 

「了解。直ちに向かう」

 

「ッ! 行かせるとでも__」

 

「後は頼んだ反逆者(スパルタクス)

 

「フハハハハハ! 圧制者よ、死ぬがいい!」

 

 指示を送れば哪吒は即座に動く。スパルタクスと動きの素早いあの仮面のセイバーは相性悪いかもしれないが、今は足止めだけしてくれればいい。

 

 真っ先に排除すべきは、あの二騎だ。

 

「二対一とは無粋だな。人ならざる英霊よ」

 

「なっ……」

 

 しかし、エルデンのランサーへ攻撃を仕掛けた哪吒の一撃は彼女の間に割り込むように現れた影によって防がれてしまう。

 

 それは刀身に穴が幾つも空いた歪な大剣を持った、漆黒の騎士だった。

 

 また新手のサーヴァント!? 霊体化して隠れていた? けどそれならマシュたちが気が付かないはずは……いや、現にエルデンのランサーの存在に気が付けなかったんだ、気配を隠す手段を持っていてもおかしくはない。

 

「不可解。どこに隠れていた?」

 

「フッ 別に隠れてなどいない。ただ傍に居ただけだ。我が主をお守りする為に」

 

 僅かに退いた哪吒の問いに漆黒の騎士はそう言い、大剣を無造作に振るう。

 

 するとその刀身が燃え上がる。その炎は墨のように黒く、禍々しい。

 

「……私は別に二人相手でも構いませんけど。これでは物足りませんし」

 

「あ゛ぁ゛ッ!?」

 

「あら、申し訳ありません。ご淑女」

 

「ぶっ殺す!」

 

 何故かあの騎士を見て露骨に顔をしかめるエルデンのランサー。しかし、私はそんなことに構っている余裕は無かった。

 

 __ヤバい。

 

 戦況は最悪。一気に形勢が逆転してしまった。

 

 圧倒的な力を誇るエルデンのランサーは勿論のこと北欧での戦いからあのアーチャーの体幹を崩すような剣技は防御主体のマシュでは不利。例え荊軻との共闘でも勝てるか怪しい。

 

 加えて、あの実力が未知数な漆黒の騎士。痩せた体つきからは考えられない膂力で大剣を軽々と振るい、哪吒と打ち合っている。

 

 このままではじり貧。それどころかエルデンのランサーが本気を出してしまえばあっという間に終わる。

 

 一体どうすれば__。

 

◼️◼️◼️◼️(上を見ろ)

 

 その時、脳内に声が響く。

 

 それはまるで耳が、脳が、魂が拒むかのようにノイズが走っており、聴くだけで頭痛が止まらない。しかし、聴き取れないにも関わらず何故かその意味を理解出来てしまう。

 

 上を見ろ? 上に何が……。

 

「……え?」

 

 言葉に従い、空を見上げた私は唖然とする。

 

 そんな様子を訝んだマシュたちや芥ヒナコらも同じように見上げ、そして絶句する。

 

 何だ、これは。

 

 馬鹿な。先程まで何の変哲の無い青空が広がっていたはずだ。何故こんなことになっているというのに声に導かれるまで気が付かなかったのだ。

 

 __そこには、“宇宙”が広がっていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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 __中国異聞帯 某所にて。

 

「うーむ。少しばかり過剰戦力過ぎたか?」

 

 エルデン・ヴィンハイムは、自身のサーヴァントの視界越しからカルデアとの戦闘を見物しながらそう呟く。

 

 ランサーとアーチャー、そして何故かついて来た騎士ヴィルヘルム。加えて、共に堕ちし眷属(ダークレイス)までもを戦力として提供した。

 

 月の狩人が居るのだからこれくらいで釣り合うと思っていたが、逆に居なければその天秤は一気に崩れる。何せランサーは火の時代においても指折りの強者であり、アーチャーもまたそれに引けを取らぬ英霊なのだから。

 

 カルデアが召喚したサーヴァントたちが決して凡百の英霊という訳ではない。特に叛逆の騎士モードレッドは一線級の英霊であるし、始皇帝への対策と考えれば彼らは妥当な面子と言えよう。

 

「汎人類史の英霊が助っ人に来ればまた変わってくるだろうが……よもや英霊が召喚される土台すら出来ていないとは」

 

 そういうパターンもあるのかと、エルデンは驚いた。ロスリックでは毎日のように汎人類史の英霊たちが抑止力によって送り込まれ、“薪の王”を打倒せんと戦っている。

 

 故に、それが当たり前だと思っていた。しかし、この中国では民は生きるうえで苦しみが一切存在しないため、何かを祈る必要が無い。祈るまでもなく満ち足りているからだ。

 

 それがどんな影響をもたらすかというと、サーヴァントの召喚がある種の祈りによって行われる以上、祈る概念自体ないこのエリアでは、霊脈に霊基グラフが反応しない。そもそもの話、本物の英雄が冷凍保存されて全員生きているため英霊などという概念すら存在しないのだ。

 

「……ふむ。つくづく良い異聞帯だ。どこまでも人という生き物を貶めてくれる」

 

 エルデンは笑う。実のところ彼はこの中国異聞帯を気に入っていた。戦という概念すら忘れ去られた永遠の平和と安寧が約束された世界。平定され過ぎたが故に、何の波風も立たず、歴史の行き止まりと判断された剪定事象。

 

 何ともまあ、くだらない。

 

「けれど、これではつまらん。物見遊山気分のフリーデはともかく、弦一郎の奴めは本気のようだ。これで虞美人が本性を見せれば何もかもが終わってしまうではないか」

 

 まるで遊戯に興じる子供のような弁。無論、周辺の音は消しているので始皇帝には聴かれていない。今戦っている同盟相手が聞けばブチギレそうな発言をしながらどうしたものかとエルデンは思考する。

 

 結局のところ彼は協力者であるとはいえ、どこまでも部外者。カルデアVS中国異聞帯という演目の観客に過ぎず、その目的もこの異聞帯の存続ではない。

 

 この場において、彼の目的はただ一つ。

 

「……ん?」

 

 ふと、空を見上げた。

 

 何の意味の無い行為。たまたま起きた事象により、彼は異変に気付いた。

 

「__何だと?」

 

 静かに瞠目する。

 

 今の今まで全く気が付かなかった。辺りはこんなにも薄暗くなっているにも関わらず。

 

 そこには、神秘の宇宙があった。

 

 空を引き裂くように、侵食するかのように、浮かぶように、黒い深淵に塵芥がキラキラと輝く広大な星空が存在していた。

 

 狩人の仕業か? 否、彼らでは頭上に開いた小さな宇宙から星の小爆発を呼び掛けるのが限界なはずだ。これはもはや狩人が許される秘儀の範疇を越えている。

 

 確かに月の狩人は上位者へと至ったが、彼は“月”の上位者の後継であるため完全に畑違いであるし、これだけの業を有するのならばとうに披露しているはずだ。

 

「……まさか」

 

 エルデンは察する。これだけの規模の神秘__しかし、確かに見覚えがあったが故に。

 

 それは悪夢の中の実験棟。その奥にある“星輪樹の庭”にて時計塔へ続く扉を守護する、失敗作たち。

 

 彼らが見せた祈り。空に宇宙を、星界を浮かべるという奇跡にも等しい神秘の業。それと酷似しており、ならば次に何が起きるのかは明白であった。

 

「まったく……これだからヤーナムの気狂い共は……!」

 

 自分のことを棚に上げながら、エルデンは杖と聖鈴を取り出し、詠唱を開始する。

 

 同時に、青白く燃える流星群が降り注ぐ。




いきなりですが、seven74さんからエルデンくんのイメージデザインと令呪のイラストを貰いました!


【挿絵表示】



【挿絵表示】


いやーかっこいい! こんな感じでキャラクターのイラスト貰えるの憧れてたんですよねー。本当にありがとうございます!←三ヶ月前から貰ってたのに投稿が遅くて御披露目出来なかった無能

seven74さんが投稿している『緋雷ノ玉座』もくっそ面白いんで是非読んでくれよな~! モンハンとFGOのクロスでこっちもオリ主クリプターものです。


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エルデンとカルデアの者

 ◎

 

 

 獣は呪い、呪いは軛。

 

 汝、血を恐れよ。汝、血を求めよ。

 

 共に嘆く者よ、交信を望む者よ、高次元へと至らん為に我らは遥か彼方へと呼び掛ける。

 

第一宝具 開帳

 

 さあ、星々へ祈りを捧げたまえ。

 

 例え無為であったとしても、いつかきっと__。

 

◼️◼️◼️◼️◼️◼️◼️(◼️◼️◼️◼️◼️◼️◼️◼️◼️)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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 何だ、あれは。

 

 芥ヒナコ__改め虞美人は目の前で起きている現象に愕然とする。

 

 まるでこの世の終わりのような光景だった。

 

 天が、星空が、降り注ぐ。青白く燃えながら、ゆったりと、死を宣告するかのように。

 

 高純度のエネルギーを纏う隕石(メテオ)。それは天体科(アニムスフィア)の魔術と酷似しており、しかし似て非なるモノ。この空の一部を塗り替えることで星空を内包する暗黒__即ち、“宇宙”を出現させる世界の法則や理屈など無視した魔法にも等しき超常的神秘だ。

 

 宇宙は空にある。かつて、狂人共が残した言葉は、さも当たり前かのようで、正しくその言葉通りであり、これはその再現。

 

 海の底に宇宙があるのではない。空の先に宇宙があるのではない。

 

 __この空こそが、宇宙なのだ。

 

「……これは……些か不味いですね」

 

「ッ……エルフリーデ様!」

 

「退がってなさいヴィルヘルム。焼き払います」

 

 いち早く動いたのは修道女だった。彼女はもう一振りの鎌を取り出し、そして冷気ではなく、“黒い炎”を身に纏う。

 

 回避も退却も間に合わない。ならば防ぐまで。何と火の時代を生きた修道女は襲い来る天災にも等しき脅威を迎え撃たんとしていた。

 

 そこに先程までの余裕は存在していなかった。

 

「このエネルギー反応はっ……! エルデンのセイバーが使用していたものと同じ__でも規模が桁外れだ、次元が違う! 辺り一帯が焼け野原になるぞ!」

 

「そんなことは見りゃ分かるっての!」

 

「これ……! あの村も巻き込むんじゃ……!」

 

「シャドウ・ボーダーを急いで向かわせてるけどこれじゃ間に合わない……!」

 

 慌てふためくカルデアの者たち。そんな情けない騒ぎ声への煩わしさから一先ず彼らを居ないものとして放置し、虞美人は如何にして迫り来る脅威から逃れるかという思案に集中する。

 

(いや、無理でしょ! ふざけんじゃないわよ!)

 

 が、すぐに思考を放棄して悪態を吐く。恐らく自分はこれでも死にはしないだろう。蘭陵王やサーヴァントたちは余波だけでその霊核を打ち砕かれてしまうだろうが、どうせカルデアも共倒れするのだ。

 

 結果としてはこちらの得であると現実逃避する。実際はこの攻撃を仕掛けてきた存在と月の狩人が残っているため得でもなんでもないが。

 

「__いつか灰はふたつ」

 

 黒い炎が、渦巻く。

 

 修道女の身に燻る人間性に染まった炎は降り注ぐ無数の流星群と衝突する。範囲外の隕石は容赦なく地表を抉り、クレーターを作り出すが、信じられないことに黒炎の津波は流星群の落下と拮抗していた。

 

 星と炎。両者は互いに引かず、ぶつかり合い、やがて眩い光に包まれる__。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ◎

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

渇望(デュナシャンドラ)よ。孤独(ナドラ)よ。憤怒(エレナ)よ。恐怖(アルシュナ)よ。我らはただ追い求め、奪い去らん者なり」

 

 囁くような声で詠唱をしながらエルデンは駆ける。

 

 虞美人たちも、カルデアも、何もかもを滅ぼさんと降り注ぐ無数の流星群。その総てを撃ち落とし、焼き尽くす為の大魔術を行使する為に__。

 

(ちから)を。(ひかり)を。(ねつ)を。我らは(はじまり)に惹かれ、逃れられぬ円環(ロンド)を彷徨う獣なり」

 

 辺りが熱気を帯びる。何も無き場所から炎が燃え上がる。

 

 ただ照らすだけの光ではなく、死をもたらす熱を纏い、万物を焼き尽くすだけの力があり、しかし炎とは、火とは真逆でどこまでも暗く、澱んでいた。

 

「故に、悲劇を幾度も繰り返さん。魔女(罪人)の傲慢を、神官(愚民)の大罪を。判決は下され、裁きは(くう)より生じる」

 

 その本質は闇。その性質は相反。

 

 哭くように、嘆くように、唄うように、祝うように、祈るように、決められた詠唱を繋いで行く。

 

 それらは意味無き言葉の羅列であり、しかし確かな力が込められ、深淵を垣間見た叡智の成果を引き出さんと魔力が荒れ狂う。

 

「我らは王を望む者(フラムト)。我らは闇へ誘う者(カアス)。いずれ消え行くが故に我は火を継ぐ者(ロスリック)とならん。いつか燃え出すが故に我は火を奪う者(ロンドール)とならん__」

 

 ソウルの魔術や闇術とは基本的に長い詠唱は必要とせず、幾重にも圧縮されたデフォルトで高速詠唱のようなもの。極めれば無詠唱で発動することも可能な業だ。

 

 然りとて、それは“火の時代”のシステム。不死でありながら現代に生まれ、現代を生きるエルデン・ヴィンハイムは古き遺物を発掘し、解明し、修得することは容易であったが、新たな魔術、それも実用的な、より強力なものを編み出すのは彼の強烈な才と豊富な知を以てしても至難の業であり、四苦八苦した。

 

 故に、エルデンが見出した彼独自の魔術の多くは現代の大魔術らしい長めの詠唱を有する。その分北欧でスルトの肉体を大きく傷付けたように、規模と破壊力は既存のソウルの魔術とは一線を画す。

 

 それ即ち、並みの不死が持つにはあまりにも不相応でそして()()()()()()()()()()()()()()()()から不要な超抜級の魔術。

 

深き人の__!?」

 

 一度発動すればその浮かぶ宇宙ごと隕石群を燃やし尽くす黒い火炎は、しかしエルデンが詠唱を中断したことで不発に終わる。

 

 間に合わず、大地へと落ちる隕石。だが、エルデンはそんなことを気にする余裕は無かった。

 

「かはっ……」

 

 自らの胸部。そこに大穴が空き、心の臓を潰されたが故に。

 

「ッ…………誰だ?」

 

 闇が這い、下手人の追撃から守る。

 

 肋骨が露出し、完全な空洞が出来てしまっている。間違いなく即死するはずの傷。だが、エルデンは倒れることはなく、多少ふらつくだけで茫然と立ち尽くす。

 

 やがて事態を把握するとどこからともなくエスト瓶を取り出して口につける。それだけで胸の風穴は、最初から無かったかのように瞬く間に再生した。

 

 死なぬ限りは、ずっと生き続ける。それが不死人という存在のおぞましさ。

 

「チッ……“惜別の涙”、か。ただでさえ死なぬというのに、厄介な存在だ」

 

 視線を向けた先に居るのは、襤褸布を纏った男。明らかにこの中国の住民ではなく、かといって汎人類史のサーヴァントであるはずもない。

 

 エルデンは杖を構え直し、出方を窺う。不死であるが故に殺意に疎く不意打ちに引っ掛かりやすい彼だが、その対策として張り巡らせていた防御結界が一瞬にして崩れ落ち、保険であった惜別の涙すらも剥がされてしまうとは思いもしなかった。

 

 それもたった一撃の魔術攻撃で。この時点で相手は一級の英霊に匹敵或いは凌駕する存在ということになり、警戒心を強める。

 

「……は?」

 

 その次の瞬間。エルデンは大きく目を見開き、思わず素で間抜けな声を出してしまう。僅かに覗かせる不機嫌そうなその顔は、酷く見覚えのあるものだった。

 

 しかし、それはとうの昔にこの世から消え去ったはずの者。魔術王であれ、人王であれ、この場に現れることなど有り得ぬはずの存在。

 

「ああ、驚いた。貴公……生きていたのか」

 

 ただ困惑し、ただ驚愕し、そして笑う。

 

 予想外の存在。何故どうしてと疑問が駆け巡る。然れど、やはり未知というのは甘美なものだ。

 

 見てくれは医者(ドクター)だが、果たして中身はどちらなのだろうか。そもそも本人ではなく、単なる成り済ましである可能性もあるが、とりあえずは知った風に語るとしよう。

 

 なに、いつもやっていることだ。

 

「久しいな……随分と成り果てているみたいじゃあないか、貴公も」

 

「黙れ。貴様と話していると、頭が痛くなる。人間性の怪物、人でありながら人でなしの化け物。つくづく忌々しい」

 

 まるで旧い友人のように気安く声を掛ければ呪詛の入り交じった鋭く凍てついた殺気と共にそう吐き捨てられ、エルデンは平然そうに肩を竦める。

 

「……辛辣だな、共犯者」

 

 否、もはや共犯者などではない。人理焼却はとっくに終わった事象であり、憐れな獣もまた人が生きる意味を理解した。

 

 ならば彼にとってエルデン・ヴィンハイムという存在はまごうことなき敵対者だった。かの獣と違い、人のその在り方を理解し、肯定しておきながらそこに何の価値も見出ださないのだから。

 

「けれど、何故俺を殺す? それが無意味であるということは貴公もよく知っているだろうに」

 

 嫌悪と殺意。それを一身に浴びながらエルデンは不思議そうに問い掛ける。

 

 既に篝火はこの中国異聞帯各地に設置している。ここでエルデンが死んでも最後に休息した篝火の前で復活(リスポーン)するだけだった。

 

「それともまさか……あの魔術を妨害したかったのか? そのせいでカルデアが滅び、ぐだ子__藤丸立香が死ぬのに?」

 

 チラリ、と焦土と化した大地を一瞥する。恐らく虞美人たちは生きているだろうが、カルデアの生存は絶望的だ。マシュ・キリエライトの宝具ならば凌ぎ切ることは可能かもしれないが……。

 

「……貴様の排除を優先した。殺せずとも、動けぬようにする方法はいくらでもある」

 

 理解し難いといった様子のエルデンに、襤褸布の男は冷たく言い放つ。

 

「俺の排除だと?」

 

「ああ。貴様は野放しにしてはいけない存在だ。所詮は死なぬだけの魔術師。古き時代の遺物だと看過し、捨て置いたかつての私が愚かだった」

 

「ほう……それはまた随分な評価だ。貴公らの認識を改めさせるようなことをした覚えはないのだが」

 

 エルデンは内心首を傾げる。確かに彼らからは嫌われていた。けれど、ここまで明確で強烈な殺意を向けられる程ではなかったはずだ。

 

 加えて、この状況はエルデンにとってかなり不利だった。流石に多少の弱体化はしているだろうが、もしも彼ないし彼らが人類悪の獣であった頃のような権能やネガスキルを保有していた場合、彼の持ち得る戦力であるサーヴァントもダークレイスも軒並み無力化されてしまうのだから。

 

 つまりエルデン単独で襤褸布の男を相手取らねばならないということ。ロスリック異聞帯からの増援を呼ぶ手もあるが、現状そこまでの戦力を投入するのは極めてリスクが高い。

 

(……ふむ、結構ヤバいな)

 

 現代まで伝わる多くの魔術の祖と云われる冠位すら保有する魔術王。しかし、体系も性質も何もかもが異なるソウルの魔術に関してはその叡智を以てしても全くの専門外だった。

 

 それだけがエルデンにとって幸いなことであるが、それを加味しても魔術師としての力量は圧倒的に下。更にどうやら不死への対策も用意している様子である。単なる封印術ならば別段問題無いが、裏切りの白竜のように空間を切り離され、篝火を固定化するような手段を持っているのならば出待ち(リスキル)されてしまう。

 

(逃げるか? 恐らく単独顕現持ちだろうが、ロスリックまで誘い込めば撃破は容易い。けれど……)

 

 それが何よりの疑問だった。

 

 果たしてこの男は、ここで始末するべき存在か否か? この世から消え去ったはずの獣の名残。それが生き延び、異聞の地を流離うことに意味が無いはずがない。

 

 要するに襤褸布の男は、この物語において重要な立ち位置の存在ということ。

 

 ならば下手に手を出すのは__。

 

(いや、今更何を言っている? 本来の筋書きなんぞ俺という存在が現れてしまった時点でとうに崩れ去っているだろう。人理修復が俺が知るように成されたのは、奇跡のような偶然に過ぎない)

 

 古い獣が、火の時代が、上位者が、葦名が、あれらが存在する時点であの日あの場所で思い出した記憶と乖離しているというのは分かり切っていた話だ。

 

 だからこそ、ロスリックという異聞の集う異聞帯なんてものが罷り通ってしまっている。

 

 顔をしかめるエルデン。一体何を考えているというのだ。こんなイレギュラーに満ちた状況の中で、未だに己は本来の物語なんて幻想にすがろうなどと__。

 

「__貴様。今、迷ったな?」

 

 そして、その奇怪な心持ちは襤褸の男にも容易に見破られ、彼の逆鱗に触れた。

 

 掠めるだけで人体を消し飛ばす高位の神代魔術によって放たれた魔力弾が幾つも飛来する。

 

「ッ______」

 

「度し難い、どこまで度し難いのだ貴様は。愚者にして狂者。この期に及んで貴様は()()()()()を演出するというのか。気色悪くて反吐が出る」

 

「……自覚はある。多少の誤解はあるが、概ねの代弁感謝するよ、貴公」

 

 __闇の嵐。

 

 襲い来る攻撃魔術の数々は、エルデンを守るように出現した渦巻く黒炎によって悉くが焼き尽くされ、突破しようとしたものも更に幾重にも展開された黒炎の渦に阻まれる。

 

「けれど、前にも言ったろう? 俺は人だ、人間だ。貴公らがいくら区別しようと、選別しようと。これ、この有り様こそが、ヒトなのだとな__」

 

 __追う者たち。

 

 フワリ、と浮かぶのは無数の人間性の闇。仮初の意思を持ち、生命すら宿すそれはやはり人の形に似ていて、しかし何よりもおぞましい。

 

 先の言葉と共に、これらを展開するエルデンの姿はまるでこのおぞましさこそが人の象徴なのだと言わんとせん。

 

 そして、襤褸布の男がそれを許容するなど如何にして出来ようか。

 

「消え去れ、エルデン・リング。此度の戦いのすべてが終わるまでこの星から退場していろ……!」

 

「__は。それは真っ平御免だとも。まともに殺り合う気など更々なかったが、これもまた一興。存分に死合うとしようじゃあないか、人王よ」

 

 魔法にも等しき神代魔術の数々。それらと対峙するのは古き深淵から這い出たおぞましい闇の業。現代では(まみ)えるはずのない極上の神秘がこの異聞の中華でぶつかり合う。

 

 エルデンと襤褸布の男__“カルデアの者”との戦闘は、誰にも知られることなく密かに開幕した。

 

フフッ アッハッハッハ さて、どちらが勝つのでしょうね? ぶっちゃけどうでもいいがな』

 

 ただ一人の観客を除いて__。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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 それは唐突な破滅だった。

 

 宇宙(ソラ)から降り注いだ無数の星々。それらは一つ一つが大地を抉り、草木を焼き、そこにある建物も生命も何もかもを跡形も無く消し飛ばす。

 

 幾つもあった広大な畑も、カルデアが初めて交流した現住民が暮らす農村も、総てが消えて無くなり、ただクレーターだらけの焦土ばかりが残る。

 

 あまりにも唐突に。何の脈略も無く、何の意味も無く、彼らの命は奪われた。

 

「__ぷはっ」

 

 瓦礫の中から、虞美人が這い出る。割れた眼鏡を投げ捨て、彼女は大きく深呼吸して酸素を肺へと取り込む。窒息したところで死なぬとはいえ息苦しいことには変わりない。

 

「ふぅ……おいセイバー……蘭陵王。無事か?」

 

「はっ どうにか……」

 

 呼べば霊体化を解いて傍らに現れるセイバー……その真名を中国南北朝時代の名将・高長恭、またの名を蘭陵王。流石に無傷とは行かなかったようでその衣服はボロボロで身体も所々火傷を負っていた。

 

 虞美人の場合は持ち前の再生力で何ともない。衣服の損傷は蘭陵王よりも酷い有り様であったが。

 

「そうか。今回は運が良かったな」

 

「はい。フリーデ殿が暫くの間、隕石を食い止めてくださったお蔭でございます」

 

「で、その修道女はどこに居る? 弦一郎の姿も見えんが……まさかどちらもくたばって「少なくとも俺の方は生きている」__ん?」

 

 すると少し離れた場所の瓦礫が崩れ、中からアーチャー・“葦名弦一郎”が現れ、立ち上がる。

 

 その全身には蘭陵王など比ではない夥しい程の傷と出血があったが、彼は特に痛みに堪える様子も無く首をコキコキと回し、平気そうに佇む。その傷自体もゆったりとしたスピードであるが、徐々に塞がっていっていた。

 

「ふん……だろうな。変若(おち)の水による赤目。こうまで成り果て、成って果てたお前はそう簡単には死ねぬ」

 

「蟲憑きや竜胤、そして貴方様のようなものと比べれば半端も良い所ですがね……」

 

「私からすればどいつもこいつも半端者だ。お前といい丈といい、半兵衛といい八百比丘尼といい“死なず”でありながら揃いも揃って……まったく羨ましい限りだわ」

 

「………………」

 

「冗談よ。単に私は巡り合わせが悪かっただけ。後もう少しだけ彼処に留まっていれば……死ねたかもしれないわね」

 

 毎度毎度、死に場所へ辿り着けない。

 

 たった十余年。膨大な時を生きる虞美人にとってはあまりにも短過ぎる滞在ではあるが、それは愛する者と過ごした日々に次いで記憶に焼き付いており、今でも昨日のことのように思い出せる。

 

 今思い返しても、あそこまで死なず(同類)が一堂に会したことは一度もなかった。

 

 噂を聞いてたまたま訪れた“仙郷”。竜の桜に吹かれ、気が付けば大陸に居たはずなのに極東の秘境へと流れ着き、彷徨った挙げ句にそこの城主に気に入られて客分として招かれた。酒の席での絡みが実に鬱陶しかったが、少なくともあの迫害と侮蔑にまみれた日々よりはずっと居心地が良かったと、虞美人は思っている。

 

(にしても……あの小童が、なんてザマよ。“葦名”が滅んでからまた会いたいと思わなかったことがないと言えば嘘になるけれど、こんな再会なら、こんな結末を知ってしまうのなら、会わない方が良かった)

 

 再び訪れた時、そこに国は無かった。戦乱の果てに、すべては滅び去っていた。

 

 諸行無常。人の身でありながら強さだけで言えば亡き夫を思い起こさせる程の化け物であったあの城主も所詮は只人。老いには抗えず、恐らくは呑んだくれが祟って病に倒れでもしたのだろう。

 

 別にショックは受けなかった。虞美人にとって唐突な離別や疎遠などいつものことであり、その無常さには、すっかり慣れてしまっていた。

 

 無論多少なりとも思うところはあったものの死なずや人外共はともかく、人間たちは、あの自分を慕ってくれた弓が得意な幼子は戦いに敗れようとも人らしく死ねたのだろうと思えば幾分か心は軽くなった。

 

 しかし、実際はそうではなかった。エルデンが召喚した弓兵。多少の面影を残しながら真っ当な英霊ではなく人ならぬ存在に成り果てていた彼を目にした時、どんな悲劇があったかをありありと理解してしまう。

 

 あれだけ不死(おのれ)という存在が如何におぞましいものであるか教え込んだというのに。

 

 そうまでして守りたかったのか、そうまでして救いたかったのか、そうまでして、そうまでしたのに、彼の愛した国は、故郷は滅んだというのか。

 

 鳴呼。やはり人間とは、何て__。

 

「……それで、修道女の方は?」

 

「さあ……生きてるのであれば我々のように瓦礫に埋まっているのではないかと」

 

「__ここに居ますよ」

 

 次の瞬間。ボゥと黒い火柱が立ち昇り、瓦礫の山を吹き飛ばす。

 

 その中から、修道女のランサーは現れる。後方にはヴィルヘルムも立っていた。

 

「生きてたのね」

 

「貴女方もご無事で何より。全員が生き延びたのは非常に幸運なことでした」

 

 あの隕石へ特攻したにも関わらず目立った外傷は見当たらず、微笑を浮かべるその姿に、改めて一同は“火の時代”の英霊の規格外さを実感する。

 

 尤も、修道女は神話にすら残っていない無名の存在ではあるもののその実力は指折り。かの時代で“灰”となった彼女がもしも使命に従い、王狩りへ赴けば難なく全ての薪を玉座へ持ち帰ってきたことだろう。

 

「そうね……貴女があれを食い止めてくれなかったら、初っ端でサーヴァントを失うなんて最悪なことになってたわ」

 

「本当にありがとうございます。フリーデ殿」

 

「フッ……礼には及びませ「そうですとも! フリーデ様の寛大な御心とご慈悲に感謝したまえよ!」……静かに、ヴィルヘルム」

 

「……ところでそいつ誰よ? エルデンの奴、もう一騎サーヴァント連れて来てたの? 聞いてないんだけど」

 

「それは当然です。私はエルデン殿のサーヴァントではなくこのフリーデ様の__」

 

「勝手について来たストーカーですよ。恐らくマスターも存在を認知すらしてないかと」

 

「ふーん……まあどうでもいいけど」

 

 何やら複雑な内情があるようだ。元々は主従関係であったことは容易に察せられたが。

 

「しかし、カルデアの連中はどうなったのでしょうね。あれで全滅してしまったのだとすると、些か拍子抜けなのですが……」

 

「さあ? 個人的には死んでいて欲しいのだけれど……確かめようがないわね」

 

 同じく隕石に巻き込まれたカルデアの者たちマシュ・キリエライトの宝具ならば防げる可能性はあるだろうが、辺りを見回してもその姿は見当たらない。

 

 普通に考えれば全滅したというのが妥当。しかし、その死ぬ瞬間を見ていないが為に確信は出来ず、それを覆すような存在は幾らでも居ることを虞美人は知っていた。

 

「……それよりも、問題はあの隕石のことだ。こうして呑気にしている間にも追撃が来るやもしれん」

 

「ええ。規模こそ桁違いでしたが、あれは我々の所のセイバーの使う業に似ていました。恐らく同じ由来かと」

 

「……なら、エルデンの奴が知っているかもしれないわね」

 

 弦一郎と修道女の会話を聞きながら、虞美人は顔をしかめる。どちらにしろ敵の正体が不明な以上、ここは一旦退却し、体勢を立て直すべきだろう。

 

 出来ることならば、ここでカルデアを皆殺しにしておきたかったが、そう上手くは行かないようだ。

 

(まずいわね……民に被害まで出たし、このままじゃ痺れを切らした始皇帝が項羽様を出陣させかねない。狩人もカルデアも始末出来ていないこのタイミングでそれだけは何としてでも回避しなければ)

 

 項羽は最強だ。それは虞美人にとって揺るがぬ事実。然れど、相手は不確定要素(イレギュラー)の塊ばかり。

 

 愛する彼が再び戦うことを断腸の思いで妥協した虞美人であるが、そんな戦場に放り込むことだけは到底看過出来なかった。

 

 故に、焦りの感情を抱きながら今一度決意する。必ずやカルデアを始末しなければならぬと。

 

 今度こそ、添い遂げる為に__。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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 カリ、カリ、カリ、と。

 

 相も変わらず男は仏像を彫っていた。外で起きていることに気付かず、知ろうともせずに。

 

 男は喉が渇かず、空腹も感じない。否、もはやその感覚すらも忘れてしまったのかもしれず、どちらにしろ自らの生存に飲食を必要としなかった。

 

 故に、こうして仏を彫ることに没頭することが出来る。彫り続けて腕が疲れることも無ければそのルーチンワークと化した動作に飽きることもない。

 

 彼がかつての主人から賜った愛刀もまた幾百年経とうと刃零れ一つ無く暗闇の中に妖しく煌めいている。

 

 考えたくないのだ。忘れたく、しかし忘れることなど到底出来やしない己が罪。それらから目を叛ける為に、或いはその身を焦がす怒りに染まらぬ為に。

 

 これが主に従い、主を守り、主に尽くし、己が使命を全うした者の末路だった。

 

「…………」

 

 ピクリ、と男の眉間が僅かに動く。荒れ寺の朽ち果てた襖が無造作に開かれたが故に。

 

 その開け方は既に来なくなった薬師のものではなく、よもや彼女が以前に言っていたように力を求めた忍びがやって来た訳ではあるまい。

 

 今更誰が来ようとどうでも良かった男はほんの一瞬思考するだけですぐに未知なる来訪者への興味は失せ、再び仏を彫る作業に集中する。

 

「……誰だ?」

 

 しかし、その人物がそこら中に並べた仏像を躊躇無く蹴散らしながらズカズカと入ってきてこちらへ向かってくるとなれば話は変わってくる。

 

 彫る作業の手を止め、ただ一言問う。

 

「こんにちは__ミラのルカティエルです」

 

 そこに居たのは、不遜にも仏像を足蹴にする、奇怪な面と帽子を被った異様な男。その身に纏う鎧は異国のものであり、しかしかつて戦った甲冑騎士のものと違い、軽装であった。

 

「…………」

 

「…………? ミラのルカティエルです……」

 

 両者の視線が交差する。

 

 片や眉間に皺を寄せ、片や仮面で表情は伺えないが、思っていることは同じだった。

 

 __何だコイツは、と。




何で二度も言うのよ


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