合わせ鏡越しに彼を追う (≒=≠)
しおりを挟む
世界を楽しむ者同士
この後お時間あったら、一緒に冒険しませんか?
珍しい誘いは、彼女の方からやってきた。
同じクラン、一緒に戦ったこともある、きっと自分より少し年下の女の子。
狐の仮面で隠したその素顔は、もしかしたらリアルの顔をそのまま使っているのかもしれない。
かくいう自分も、随分と願望が入りじまったとはいえリアル寄りのアバター造形だ。別にそれをとやかくいう気気もない。
断る理由はない、はずだ。今日は特段予定もない。
楽郎君は今日は別のゲームするつもりと、下校途中で聞いた。
だから自分はなにをしようか。また彼と一緒に冒険するときの準備として、いつも通りレベリングか、素材集めか、あるいは新規マップの開拓にしようか、と、いつもの喧騒と比べたら少し落ち着いているラビッツで黄昏ていただけだ。
「そう、ですね。…どこかいってみようという場所はあるんですか?」
肯定の意を返す。
「えっと、まだあまり探索してないところなんですけれど…」
そうして提案されたのは、千紫万紅の樹海窟だった。
___
ラビッツからサードレマに転移して、二人で夜道を散策する。
そういえば、サンラク、楽郎くんのアバターと、この世界で初めて出会ったのはサードレマだった。
「どうしたんですか?」
「いえ、思い出していただけです」

自分にできないことをできる人。
最初は、楽郎君がやっているゲームとそれ以外のゲームの2種類しか知らなかった。
けど今では、いろんなジャンルのゲームがあって、その中でも彼は特段難易度の高いゲームを好んでプレイしているということを知っている。
彼が買ったゲームを、話の話題になればと考えて自分もあれこれ買ってはみたものの、その難易度に、あるいは環境に、結局慣れることができずに、いつのまにかプレイしなくなっていた。
結論から言ってしまえば、モチベーションが続かなかったのだ。と、思う。
ゲームはあくまで彼との話題作りという手段で先にリアル側で接点ができていたら、もしかしたら結果は違っていたかもしれない。けれど、ゲーム内で出会うところまでに、彼はまた別のゲームに手を出したりしていたし、自分がそれを話題に話しかけられるほど成熟することもなかった。
岩巻さんの勧めで、まずゲームという楽しさを覚えるところから。と勧められたこの世界は、その人気もあって、自分でも十分に達成感を得ることができた。
いつかのゲームのように、ひたすら他のプレイヤーを害しあうだけのものでもなければ、手がけた収穫を頻繁に無にされることもなく。
ユニークモンスターという試練こそあれ、手軽に挑めるものから、力試しという難易度のものまで、門戸は大きく開かれていた。
なんの縁か、姉もこのゲームをプレイしていて、クランに誘われてからは、あれよあれよという間に、ゲーム内での存在価値を高めていって、後はここに彼がいてくれたらなぁ。と思っていたところ、巡り巡って、彼と同じクランに所属するところまでこれた。
そうして、彼と共通の話題を作るという手段だったゲームは、彼と一緒に楽しむものという目的になった。
そのおかげもあって、先日はリアルにでー...逢び...
....
リアルでも一緒に遊ぶというこれまでにない体験につなげることができた。
来ている。
ポロロッカ。
加えて言えば、今隣に歩いている彼女のおかげで、彼と同じ拠点に至ることができたのだった。
リュカオーン戦を共にしたときには、後輩と聞いて、なんとも言えない危機感をいただきこそしたものの、もしかしたら幸運を運ぶ青い鳥のような何かだったのかもしれない。
ふと、すたすたと隣を歩いている彼女を見る。
光る苔が朧に照らし出す彼女の横顔は、綺麗な一つの絵のように、自分の視界に収まっていた。
「? どうしたんですか?」
ふと立ち止まってしまっていた自分を疑問に思ったのか、彼女が訪ねてくる。
「...いえ なんでも...なんでもないんです」
そう言えば、JGEの時に買ったタペストリーも、綺麗な一枚絵として完成されていたなぁ。とか、あの時自分は彼とツーショットを作ってしまってしまっ
「と、ところで、今日はどんな目的でここに?」
危ない。
飛びそうになった思考をなんとかつなぎとめて、話題を変えようとしたらそんな質問が口から出てきていた。
そういえば、一緒に冒険に。ということで誘われたが、マップ開拓だろうか。あるいは素材集めだろうか。
「え...と...」
と、彼女はやや気恥ずかしそうに頬を掻く。
「?」
「ただ、歩きたかっただけなんですけれど、迷惑だったでしょうか...」
「いえ、そんな!ことは!」
あまりにも多彩な景色を見ることができるこの世界だ。
ちょっとした小物のグラフィック描写の一つ一つにまで、細にまで凝らされた造詣が素晴らしいという話も聞いたことがある。
そう言った、自分だけの美しい景色を集めてキャプチャーを撮ることを目的としたクランまで存在するくらいだ。
そういう楽しみ方もあるし、というか以前そんなことを別の場所でしてしまったこともあるようなないようなゴニョゴニョ
と、少し落ち込むようなそぶりを見せた彼女に、そんなことはないと言葉を重ねる。
「普段は駆けてばかりですし、こうやってゆっくり、リアリティのあるグラフィックを楽しむのもいいかと」
と、言いかけて思い出す。
"楽しむ"
それが何にも増して重要なことだ。
彼も、私も、彼女も、他の誰であっても。
楽しいから、この世界に遊びに来ていて。そして私が惹かれたのも、そんな彼の姿がきっかけだったはずだ。
「楽しみましょう。今日はゆったりと」
そうして笑いかけた私に対し、彼女は一瞬きょとんとした表情をしたものの、ほっこりと破顔した笑みを返してくれた。
書き溜め中
目次 感想へのリンク しおりを挟む
しおりを挟む
それはきっと季節性の
「初めて会ったのは別のゲームだったんです」
珍しくエネミーとの遭遇率が低いなぁと思いながら、洞窟の中をふらりふらりと歩き回る。
似たような光景が続くようでその実、万華鏡のように多彩な色彩を描く木と樹と、光は、千紫万紅の樹海窟という名の通り、千変万化の移り変わりを見せてくれる。
そんな光景の中を散策しながら、いつぞやのリュカオーン戦の時に口にしていた、先輩という言葉が気になって聞けば、そんな答えが帰ってきた。
「ベルセルク・オンライン・パッションという格闘ゲームですね」
彼がプレイしていたのであればきっと、一筋縄ではいかないゲームなのだろう。
話の続きを促せば、彼女は、つらつらといろんなことを語る。
あまりお小遣いがなくてワゴン売りされている安価なゲームばかり買っていたこと。
そんな中に、件のゲームもあって、たまたまPVPの時に受けて立ってくれたのがサンラクさんだったこと。
たまたま同じ名前の人がこのゲームの中にいると聞いて、追いかけてみようと思ったこと。
ゲームを超えた、リアル以外での繋がりが初めてで、つい、そんなことをしてしまったこと。
そんな彼女の話を聞いて思う。
彼女はちゃんと、ゲームを"楽しめる"人なんだな、と。
「そういえば、えっと、サイガ-0さんは...」
「レイ、で......いい、ですよ」
「レ...レイ先輩は、どうしてこのゲームを始めたんですか?」
彼女、茜ちゃんが問いかける。
きっと世間話の延長。あるいは、今まで話していた話題を広げて。
ふと自省する。自分は、私はちゃんとゲームを楽しめているのかと。
楽郎君と同じ時間を過ごすことができて、共通の話題ができて、クラスメートに対しては同じ秘密を有する密かな連帯感を抱いて、楽郎君の手助けができて、楽郎君に助けれられて、共同作業をして。
だから楽しい。それは、間違いない。
自分の中で楽郎君という存在は、確固たる、大きな質量を伴って存在している。
そのためのゲームであるなら、ゲームは手段にしか過ぎない。
けれど、今の自分は、それはそれとしても、ゲームを目的として楽しめているような気がする。
「最初は、逃避だったのかもしれません」
一緒に遊びたい人がいて。でも、その人は遥か先で、追いかけるには随分と難しくて。
思えば姉に引き摺られたとはいえ、1年と言う準備期間をもってして、やっと彼と対等ーきっと、おそらくー対等に近いところにまで、追いつけているのだと思う。
本来の目的にやっと追いついてきた。
彼と一緒にゲームを楽しむというその目的に。
そんな安堵もあって、口が滑る。
「好きな人と、一緒にゲームがしたくて。でも、彼がプレイしているゲームは難しくて」
そうして、人気のゲームにまず触れてみようと思って始めたら、彼が....彼が??
「あうあうあう........」
「誰かの恋バナを聞くのって初めてです」
「ふぎゅ」
滑りかけた口が、なにか小恥ずかしいことを口走っていたような気がして、急に思考が停止する。
車は急に止まれない。それが氷道のカーブでアクセルを吹かしたなら尚更に。
ちょっと待て。自分は今なにを口走った?
「あの....その....」
「ひょっとしてそれはサンラクさんですか?」
「 」
あっスリップした。
と、俯瞰視点でオーバーヒートした自分を見ているような気がした。
____◇
そういえばレイ先輩は、サンラクさんと現実でもお知り合いなんですよね。
と、いつぞやのSNSのやりとりを思い出す。
伝言があれば伝えておくといったレイ先輩に、ということは実際に会える距離にいるんだよね。とペンシルゴンさんが言っていたっけ。
それにしても、サイガ-0さんは以前の男性のアバターとは随分雰囲気が違う。
リュカオーンと戦った時以降しばしば行動を共にすることもあったけど、ゆっくり考えながら、重みをもって言葉を紡ぐサイガ-0さんの姿は、その最大火力/アタックホルダーの二つ名の通り、ずいぶんと威厳があるなぁと思っていた。
けれど、今のアバターは、そのころの雰囲気とは全然違う。
もしかしたら、リアル側の姿に近づけたのかな?と思った。
私と比べたら少し大人びて見える少女の姿は、サンラクさんの前ではずいぶんと顔を赤らめていて。
以前のアバターでは表情が見えなくて、威厳に感じられていた語りかたも、今のアバターだと、可愛い人だな。という印象に変わる。
『好きな人と一緒にゲームがしたくて』
そう語るレイ先輩の、キラキラとした横顔が、ふと、顔を赤らめている時の姿と結びつく。
だからこれは噂に聞く恋というものなのかと、知らぬ間に思い浮かんでいた。
「ひょっとしてそれはサンラクさんですか?」
思えばそのままに声にしていて、それが図星だったのか、それともその通りなのか。
レイ先輩はピシッと、古いゲームソフトが止まってしまった時みたいにピシッっとその動きを停止した。
◇
「あまり...その...いや...ほんとうに....言わないでくださると.....」
「わかってます!応援します! けど、お友達と恋バナをするのは初めてです」
私の友達は、そういう話を私の周りではあまりしない。
混ざってみたい。という気持ちもあれば、どんな話をしたらいいんだろう。という疑問もある。
話に聞く限りでは、どこかふわふわしていてもたってもいられなくなるような、心を締め付けるような、胸がポカポカするような
「うまくいくといいですね」
挑む姿は、好きだ。
何かに取り組む誰か。の背中を見ると、いつもは、「よし、私も頑張ろう」っていう気持ちになる。
私もできることをしよう。
走れなくなるまで走り込んでみよう。
行けるところまで全力を出してみよう。
そんな気持ちになる。
なのに、レイ先輩に、頑張って。と、うまくいくといいね。と、声をかけた時に、きゅうと胸を締め付けられるような感じがしたのは、どうしてだろう。
ズキっと心を握り潰されるような痛みを感じたのはどうしてだろう。
レイ先輩?
「レイ先輩?」
問いかける相手は、先にログアウトしてしまっていて、また明日と手を振った後ろ姿がまだ残っているように錯覚して。
私の知らないことを知っている先輩なら、もしかしたら、この痛みの理由も知っているのだろうか。
そう思っても、聞く相手はもうログアウトした後だ。
問いかける先を見失って、痛みは痛みを引き寄せる。
ふと考える。
サイガ-0とサンラク越しにしか、2人のことを知らない。
そのアバターの先にいる生身の誰かのことを、私は知らない。
一応、2人のSNSのアカウントと、ベルセルク・オンライン・パッションの時のサンラクさんのことも知ってはいる。
知ってはいるけど。
けど。
偶然できた不思議なつながりと、その中にいる愉快で痛快なみんな。
ペンシルゴンさんとオイカッツォさんは、サンラクさんと随分付き合いが長そうだし、モルドさんとルストさんは、いつも2人で行動しているし、やっぱり現実でも付き合いがあるのだろう。
ふと、「秋津茜」のことは、みんな知っているけれど、「隠岐紅音」のことを知っている人は誰もいないんだと。
この世界に誰もいないんだと、そんなことを思ってしまった。
◇
「紅音、珍しいのね」
起きると、ズキズキ痛む頭、ちょっといつもと違う感じがする喉、なんだかおかしいと母親に告げると、渡された体温計は微熱どころではない温度を示した。
「休みなさい。暖かくして寝ておくのよ」
わたしも休みを取るから、安心して寝てなさい。と、母がいう。
布団を羽織って、ベッドで横になる。
母がいるから寂しくはない。
けど、起きる元気がないと、どうしても私の心は沈んでいく。
昔、昔といっても、数年。数十年ということはない、自分がまだ小さい頃。
あの頃は、体が思うようにうごかせなくて、というか病弱で息も続かなくて、事あるごとにこうやってベッドに寝転んで、外で遊ぶ誰かを羨ましそうにみていたっけ。
部活は、楽しい。
ずっと、走っていられるから。
ただ、頭を空っぽにして、前を向いていられるから。
そうやって、みないようにしてきたものが、こうやって立ち止まった時に、自分の後ろから追いかけてくるような気がして、どうしても気が滅入る。
自分の携帯の連絡先に入っている大半の友人は学校の友達ばかりで、こういう時に、こちらから連絡しようとはならなかった。
自分じゃない自分を見せるのが、どうしてか怖い。
いや、今の自分が本当の自分なんだろうか。それとも、元々の自分といえばいいのか。
元気な自分じゃなくなった自分は、果たしてちゃんと自分なのだろうか。
そんな寒気がやってきて、けれど頭は熱を持ってうとうととして。
風邪、ひいちゃったみたいです。
そんなSOSを、誰かに送ったような気がしたけど、ぼうっとした頭はちゃんと働かなくて。
いつの間にか眠りに落ちていた。
目次 感想へのリンク しおりを挟む
しおりを挟む
ぴちゃんと跳ねる飛沫の
ーー大丈夫ですか?ーー
しとしとという雨音とともに目が覚めた。
日はまだ、空に残ってそう。
雲に隠れて見えないけど、窓越しに外の景色が見えるぐらいだから、まだ落ちてはいないのだろう。
認識したのは、まだ薄暗いということだけ。そんな私を置いて、窓の外ではしとしとと雨が鳴っている。
雨は、好きじゃない。
気もそぞろに、布団を被りなおす。自分を隠すように。外を見ないように。
サラサラサラという音が少し遠のいたけれど、それでもしっとりとした音が耳に届いてくる。
こんな日ばかりは、早く夜になってしまえばいいと、思ってしまう。
明日になれば、朝日が登れば、太陽がきっと、雨雲を押し返してくれるから。
そんな不確かな信頼を勝手に抱いて掛け布団をぎゅうと握り直す。
ビィ。
ブルっと震える携帯端末が、誰かからの着信を告げる。
友達だろうか。
放課後といっても遅い時間のはずだ。
そういえば、部活を休むって連絡は、母が入れてくれてたのだろうか?
と、枕元のそれを手に取る。
『大丈夫ですか?』
嫌いな雨のせいで、もしかしたら心細くなっていたのかもしれない。
ありふれていて、ただ普遍的な、そっけない一文が、どうしてか自分の中にジワリと降りてくる。
それはきっと、特別な気遣いとかじゃなくて、きっとそう聞けば誰にも同じように返すような、それだけのもの。
特別な意味を持たないはずの、ただの返事。
そうだ、体を動かすのは辛くても、ゲームの中なら自由に動けるじゃないか。
そう思えば、体の気だるさはひとまず感じなくなっていた。
会えませんか?
いつの間にか送っていた一文。
答えを待たずに、ベッドを起きて水分補給に向かう。
もう大丈夫?と聞く母に、寝てたら退いたみたいと手早く返して。
部屋に戻れば、「いいですよ」と肯定の返事がやってきていて、はやる気持ちを抑えつつ、待ち合わせ場所を送信する。
ヘッドセットを手早く準備して、私は夢の中へとダイブした。
「ありがとうございます!」
頭の気だるさはほとんどなくて、体の熱っぽさも、横なっていれば気にならない。
何よりゲームの中では体が思うように動くのが本当に嬉しくて、楽しくて。
そして、駆けつけた待ち合わせ場所で、一人佇んでいた先輩に声をかける。
「それより、体調は大丈夫何ですか?」
「一日休んだので、もう全快です!!!」
無理しちゃダメよ。と母は言ったけれど、寝転がっている分には頭痛もない。
思えば、寝てる間にもこっちにきていればよかったのかもしれない。
でも、注意書きには、体調が悪い時にはプレイしちゃだめって書いてあったっけ。
「それで、今日はどこに行きましょうか」
自分と対して視線の高さが変わらないアバターの先輩は、さてどうしようかな。と所在無さげだ。
なんだか、ぼうっとしていた。
もしかしたら、自分の頭はまだ重たいままなのかもしれない。
くるくると回る、レイ先輩の頭装備の目玉が、キュッと止まって、ジィっとこっちをみている。
レイ先輩に、茜ちゃん?と声をかけられるまで、その目玉とずっとにらめっこをしていた。
◇
病み上がりなのにゲームをプレイするのはどうだろう?
と、少しぽうっと呆けた彼女をみながら考える。
そういえば楽郎くんと一緒に言ったJGE。あの帰り…に…
色々あった。
色々あった、そういえば。
ぐちゃぐちゃになったアレコレソレを落ち着けようとサウナと水風呂を行ったり来たりして、案の定揃いも揃って風邪を引いてしまったこともあったけど、そんな時でも楽郎くんはゲームをプレイしていたって言ってたっけ。
そう、確か、あんまりパフォーマンスが上がらない。
楽郎くんをしてそう言っていた。
だから、茜ちゃんを誘うなら、また別の、静かに遊べるところがいい。少しばかり意識を向けながら、どこがいいだろうかと考える。
リヴァイアサン…騒々しい。
というか一般フィールドをぶらつくのは、何かと遭遇してしまいそうな気がする。
そういえば、楽郎くんに聞いてみたら、最初のレベリングは釣りで経験値を稼いだと言っていた。
ところで、祖父と釣りの話に少し花を咲かせていた気もするけれど、楽郎くんは釣りも嗜むのだろうか?
「釣り…なんてどうですか?」
「?」
ぽうっと、少し頬に赤みがかったままの彼女に提案してみると、茜ちゃんはしばらく首を傾げたままだった。
週末に続き投稿予定。
雨の日の紅音chang かわ.........
目次 感想へのリンク しおりを挟む
しおりを挟む
染み入る先は、岩か泥土か砂地か道か
釣りで1匹も釣れないことを坊主というのだっけか。
祖父が、「今日は坊主だったなぁ」といささか薄くなった頭を撫でていた記憶がある。
そういえば、楽郎くんは釣りにも詳しいのだったっけ?
以前うちにきたときに、祖父と釣り具の話をしていたようなきが….気が………..
…………..
心頭滅却。
釣りはどこか座禅に通じるところがある。
空っぽになって、思考から手を離して。
離れて。
戻ってこないで。あの時の空回りした私。いえ、決して見栄を張った訳ではないのです。
たまには…たまには家でも着物を着ることも!あり!ます!
と、誰に言い訳をしているのか、私、斎賀玲、いや、サイガ-0の脳内では結局滅却できていない思考が火を吹きながら暴れまわっている。
その横では、茜ちゃんがまた1匹、また1匹と魚を釣り上げている。
今日は、新大陸の外れに足を伸ばして、岩場に腰掛け投げ釣りと洒落込んでいる。
特段目的があったわけじゃない。
とはいえ、何につけても理由がなければ何かを始めちゃいけないなんてことはない。
きっと楽郎くんなら、まぁやってみようよ。と、気軽に最初の一歩を踏み出すんだろう。と、そんな妙な信頼がある。
「いっぱいです!大量ですよ、玲先輩!!」
ピチピチと跳ねる魚(モンスターじゃないし、普通のアイテムなんだろうか?)をインベントリに格納しながら、跳ねるように茜ちゃんが笑う。
「すごい…ですね」
自分の手元には餌となる消耗アイテムが噛みちぎられた針先。
茜ちゃんはこういう、運が絡む時にめっぽう強いな。と、最近一緒に行動していて気がついた。
本人が望んでいるわけじゃなくて、あくまでも自然体で過ごしているのに、自然と結果が付いてきている。
自分はあまり経験したことがない。
当然に努力して、それは当然の訓練で、だから当然に結果もついてくる。
きっと家という環境にも恵まれていたのだろう。
努力できる環境にあって、そしてたまたま自分がそれを十全に活用できただけ。
そんな土台がない。ということが、どれだけ大きな差になるかということは、ここ数年で身をもって知っている。
私では到底クリアにまでは至らなかったゲームの数々。
楽郎くんは、そんなゲームの数々をクリアして、トロフィーもコンプリートしていると、岩巻さん伝手に聞いている。
私が1年のんびりと過ごしていたシャングリラ・フロンティアの世界。その1年は言うなればアドバンテージだ。
一年かけて稼いだそのアドバンテージも、あっという間に追いついて、そして追い越されて。
『玲さんもすごいよ。アタックホルダーの称号なんて、そう簡単に取れるものじゃない』
と、混じり気のない言葉で言われて照れたりもしたものだけれど、それに半年とかからず追いついてきた彼は、やっぱりすごいのだ。
そして、それとほとんど変わらない道を、同じようなスピードで駆け抜けてきた女の子が、一人。
「うん…すごいですね、茜ちゃん」
「ん?何がですか?」
キョトン。と、一体今の自分のどこかに褒められるところがあっただろうか?
と、混じり気のない疑問符が頭の上にみえるよう。
こてっと傾けた顔は、例えるならやんちゃな大型犬、だろうか。
「そういう、ところ。ですかね….」
「????」
苦笑まじり、だろうか。屈託無く笑えているだろうか。
「サンラクくんのことを、思い出してました。すごく純粋に、ゲームを楽しんでいて。すごいなぁ。って。それと、茜ちゃんが被って見えて、あぁすごいなぁ。って。ただそれだけなんです」
「私と、サンラクさんがですか?」
「はい」
「….なんだか、恥ずかしいです」
少しだけ赤みが乗った頬を隠すように、釣果をインベントリにしまいおえた彼女は、再び竿を構えて岩場に向かう。
「隣、いいですか?」
「…! もちろん!」
きっと、彼女が犬なら、尻尾がパタパタ揺れていただろう。はらりと揺れるポニーテールがそんな幻想に重なって見えて、私は彼女の隣に腰を下ろして竿を構えた。
◇
すごいね。
レイ先輩は、私のことをそう褒めた。
どうして。という気持ちはある。
何か褒められることをしただろうか。
私はいつも通り、もしかしたら、考えなしに振舞っているかもしれなくて。
….
部活のことを思い出す。
私に優しくしてくれなかった先輩。
きっと、何か、あの人が嫌がることをしてしまったのだろう。
もともと最初は、体調が落ち着くかわからないから、個人競技で始めたのもある。
そのままずっと、短距離走とか、徐々に中距離にも伸ばしていったけど、ずっと、ずっと、個人競技を続けてきた。
自分の結果は、自分の努力の結果。
いつか、挑戦を続けていればいつか、きっと、絶対に、実を結ぶ自分の努力。
優勝という結果に結びつけばもちろん嬉しいし、家族はよく頑張ったね。と声をかけてくれる。
それが、そんなはずはないのに、昔の、病弱な自分の姿との違いから出てきた言葉なんじゃないか。って。誰にもいえなく思いを抱いたことが、ある。
だから、どうしてか、手放しの賞賛の言葉には慣れていなくて、同級生が、クラスメートがかけてくれるそれとは全然違っていて。
もともと見ず知らずの誰かが、ちゃんと、私を見てくれているという実感が、きっと、きっと、心地よかった。
のかもしれない。
違いが互いに、過大評価しあってる状態すき。
それはそれとして、オルケストラ編がいよいよ盛り上がってきてテンションおっつかないんですが。
偽物と本物の相対構造大好き侍。
目次 感想へのリンク しおりを挟む
しおりを挟む
ガラス細工は永らえない
楽郎くんが別のゲームをプレイしているときとか、あるいは、完全にソロで攻略しているときは、最近までは1人でプレイすることが増えていた。
以前なら姉に連れられて素材周回とか、金策周回とか、レベリング周回とか周回周回周回…..
それでいいのか、姉….
ともあれ、イムロンさんや、相変わらず姉と一緒に世界を探索することもあったけれど、最近は、もっぱら、1人でフィールドの開拓に励むことが多くなった。
…
決してデートスポットの開拓ではない。
あまりに綺麗な世界だから、楽郎くんとあちこちデートできたらいいなとか、そんな思惑はない。
ないったらない。
自覚したら、頭が爆発してしまいそうだから、そのことには意識の焦点を外している。
そうしないと、発熱でVRシステムからアラートが出てしまいそうだから。
とはいえアバターはリアル側に近づけたし、特に意味はないけれど、白いワンピースをはじめとして、服飾系の生産職の人が出店していたプレイヤーズメイドの一点ものをあれこれ買いあさったりもした。
大した意味はないけれど。
うん。ないったらない。
現実だと実現できないデザインがここなら実現可能なのよぉと、なぜか屈強な男性アバターから可愛らしい女性の声を響かせるデザイナーがいたが、それは置いておいて。
スクショを撮って1人ファッションショーをして自分に似合っているかどうか確かめて。とはいえゲームの中で着飾って彼の隣に立つのは、まだちょっと気恥ずかしくて。
と、そこで、ふと、女子会というフレーズが頭に降りてくる。
いささか有名になりすぎたプレイヤーネームではあるけれど、あまり人気のないところなら、と、脳内でデートスポっっ……
…
落ち着いた場所のリストを並べて、候補地にあたりをつける。
頭に浮かぶのは、最近仲良くなった、同性の友人。
あるいは、私を応援してくれると、面と向かって微笑む彼女。
思えば、一緒にゲームを楽しむ同性の友人は、初めてかも知れない。
クランメンバーとはまた別の、あるいは協力者とも違う、新鮮な関係。
そんな、親しみを込めようったって文字にその感情が乗ることなんてないのに。
『女子会しませんか?』
送ったのはそんなそっけないメッセージ。
そんなそっけない提案を、鳥に託した。
◇
綺麗な場所ですねー!と天真爛漫に笑う彼女を見ながら、やっぱりこんな場所は独り占めするものでもないな。とひとりごちた。
天高くそびえる山の麓から、広く、広く広がるフィールドマップを睥睨する。
遠く、遠くまで遮られるものなく見渡して、その先に月が煌々と輝いている。
「私、女子会って初めてです!」
なんだか大人の女性みたいでかっこいいですね。
そう笑う彼女に、そっと手渡したのは蛇の林檎で買ってきたピクニックセット。
玲さん、最近秋津茜と仲良いんだ?と、帰路楽郎くんと雑談に花を咲かせていたところ、そういえば食事アイテム買うなら蛇の林檎の高いやつ一度買ってみなよ。というので、思い切って最上級のものを奮発してみた。
ちなみに楽郎くんは、今日は別のゲームをやるらしい。
また今度デベリオン一緒にやる?と茶化されて顔に登った熱は、恥ずかしさだったかそれともほのかな怒りだったか。
冗談冗談と軽く受け流されて、まぁまた今度新しいゲーム一緒にやろうよと誘われて、是非ともと返事をしたのが数時間前。
今は彼とは別の世界で、友人と綺麗な景色を前にお茶と洒落込んでいる。
月が綺麗ですね。
と、唐突にそんな言葉が隣からこぼれてきた。
忘れもしない、自分が錯覚したその言葉。
きっとあの時の楽郎くんは、あの時の”サンラク”は、きっとただ、そのままに、見た通りのままのことを口にしたのだろう。
圧倒的な臨場感。ここがゲームの中だということを忘れさせるような、空気の肌触り。
月明かりが狂気を導くといったのは、ヨーロッパ方面の古代文明だっただろうか。
誰かに見つめられているような、月を正視していると、そんな錯覚すら覚えるほどに、月明かりが肌にあたるふわりとした光の木漏れ日すら感じられる。
だから、きっと。
これは言葉通りのまま。純粋に今感じているこの精緻なグラフィックに対する感想のはずだ。
そうだよね?茜ちゃん。
そうして視線を落とした自分の隣。
自分とそう大差ないはずの身長の彼女が、一回り小さく見えたのは、いつもの覇気がなかったからか。
茜ちゃん?と繰り返しそうになって、その震える指先に気がついて。
とっさに私は抱きしめていた。
◇
月が綺麗ですね。
スゥッとお茶を飲んで一息。あんまり味がしなかったはずのゲームの中の食べ物が、珍しく豊かな甘みとかを口の中に広げていて。
そのせいか、思いもしない言葉が、自分の口から漏れていた。
いや、あまりにもそのままの言葉だったかも知れない。
口から出たのは、ただ目の前の美しい光景に意識を取られた。それだけの、無味無臭の、透明な言葉のはずだった。
そういえば、英雄夏目は、I love you.を月が綺麗ですね。って訳したんだって。ロマンチックだよね。
と、SNSのポエマーについて語っている友人が説明してたのを思い出す。
思い出すまでは、なんでもない言葉だったその言葉。
なのに、思い出した途端に、自分の中の事実が入れ替わる。
いや、気づいただけかもしれない。
自分のことなんて、自分ですらよくわからないんだから。
ただ、きっと自分はそうだったと、腑に落ちた言葉が私を肯定する。
と、ふと隣にいた、レイ先輩に視線を向ける。
交差したのは、刹那か永遠か。
どうしてレイ先輩は自分を抱きしめているのだろう。
そんな理由の知れない振る舞いとは裏腹に、私は私の認識をすり替えていく。
この瞬間に気づいてしまう。
気づかないで。と私がいう。
それ以上考えるな。と私にいう。
でも、転がりだした石が坂道の途中で止まることのないように、投げたナイフが、そのまま宙に浮いたはずのままでいられないように。
何かに当たって止まるか。地に落ちるか、あるいは、何かに当たって砕け散るか。
私がレイ先輩に好意を抱いているということに気がついて、でも、レイ先輩はサンラクさんが好きで。
私はレイ先輩に応援するといって。
ありがとうと笑ったレイ先輩の笑顔がどうしてか痛かったのは今思えばきっとそのせいで。
だから。
どうすればよかったんだろう。
目次 感想へのリンク しおりを挟む