嫁はドイッチュラント・第二幕 (レイギア)
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プロローグ

前作に引き続き、指揮官とレイシェの物語です!

色々大変な世の中ですが、これを読んで少しでも楽しんでいただけると嬉しいです!



 外から差し込んだ日差しが、俺と俺の膝の上に横たわるレイシェを照らす。開かれた窓からは冬の終わりを告げる温かな風が優しく吹き付け、カーテンを揺らしていた。

ぐっすりと眠り込んだ彼女は、安心したように無防備な顔を俺に晒している。

 

 愛しい嫁さんの頭を撫でる。つやつやとした黒髪は、俺の手にしっとりと吸い付くような極上の手触りをしている。そんな心地よい感覚と春の陽気を感じていると、ふと、レイシェとの思い出の数々が蘇ってくる。

 

最初は中々衝撃的だったなぁ...

 

 

―――ふぅん。あなたがここの指揮官? あなたはもうこのドイッチュラントの下僕よ? 光栄に思いなさい。それから、「うん」はダメ、返事は「はい」よ?わかった?

 

 

 これが、レイシェとの最初の出会い。昔はまだドイッチュラントと名乗っていた頃の彼女はいきなりこちらに指を差し、高らかに笑ってそう宣言したのを覚えている。

いきなり会って最初の一声が、"お前はもう自分の下僕だ"である。なんて生意気そうなやつが来たものだと思ったりした。

 

 

―――あっはははは! 通りがかりの子達を驚かせたら逃げていっちゃたわ!

 

 

 彼女は、暴君のように振る舞った。自らを強者とし、他者を見下し、傍若無人なその態度に艦隊の皆が手を焼いていた。彼女は...うん。正直言うと、いわゆる問題児だった。

下僕、やら子豚ちゃん、なんて呼ばれたこともあったが、まさか下等生物とまで呼ばれる日が来るとは当時は思わなかったなぁ...

 

 

―――はぁ? 私が秘書艦? なんでそんな面倒なことをこの高貴な私がやらなきゃいけないのよ

   ...断ったら鉄血寮のビールの量を減らす? チッ、下等生物が考えそうなコスい手ね

 

―――ああもう! 量が多いったらありゃしない! おい下等生物! この高貴な私の変わりにちゃっちゃと仕上げてしまいなさい! へ? 自分でやらないとオイゲンの店を出禁にする!? ふざけるな! この下等生物め!

 

―――私はこれで上がるけど、その書類はどうしたのよ? ...今日中に終わらせなきゃいけない書類? もう外も暗いのよ? ...チッ、このドイッチュラント様も手伝ってやるから、さっさと終わらせるわよ!

 

 

 少しでも他者の気持ちをわかってもらえるように、秘書艦に任命して様々なことを教えた。最初はあれこれ反発していたが、次第に態度こそ変わらないものの少しずつ優しさを覚えていった。

たくさん喧嘩もしたが、だんだん彼女の性格も丸くなっていったのだと今になって思う。

 

 

―――どうだ下等生物! このドイッチュラント様にかなうものなんているものか! あははははは!

 

―――紹介するわ! この私のかわいい妹、ドイッチュラント級三番艦、シュペーよ! さあ下等生物! 妹の可愛さに咽び泣くが良いわ!

 

 

 戦場でも、彼女は持ち前の実力を発揮していた。当時はまだまだ荒削りな戦闘ではあったが、それでも彼女の中に光るものを感じた。

シュペーという妹が来たことによって、他者を思いやる気持ちを持っていたことも知った。少々シスコン気味だったが...

 

 

 そんな彼女の仮面が、ふとしたことがきっかけあっさりと砕け散った。

 

 

―――私、本当は強くないんだ...皆に騙されているだけなんだ...

 

―――放っといて。私は、お前の役には立てないわよ

 

―――仲間たちに散々気を使われて、それでも気が付かないのにスピリチュアルリーダーだなんて言って...とんだピエロね

 

―――ドイッチュラントは強いって言われて、それでこの"私"も強いと勘違いして...

 

―――触るな! お前も私を馬鹿にするために秘書艦にしていたんだろう!

 

―――お願い。ひとりにして...

 

 

 薄々感じていた真実を、それでも彼女は意地と虚勢で覆い隠していた。...プライドが高かった彼女は、その奥には少女らしい脆さを秘めていた。

 

 

『あの子は鉄血の"ドイッチュラント"だけではなく、北連の"リュッツォウ"としても生まれました。あの大戦の戦場で奮戦した"リュッツォー"ではなく、北連に浮揚された"リュッツォウ"として』

 

『あの子は自分のカンレキが悔しいの。だから仲間になりたくて、頑張って鉄血らしい自分を必死に演じていた』

 

 

 "リュッツォウ"のカンレキが、彼女に重荷を与えてしまっていたことに仲間たちは気づいていた。

 

 

―――結局皆、私を騙していたんじゃない...

 

 

 ねえ、私はどうしたら良いの?

真実を知り、自分の中の芯を失ったドイッチュラントは声を震わせて、泣きそうな顔をしながらこちらにすがりついてきた。その体は小さく、普段の力強さを感じさせないほどにその背は縮んでしまっているように見えた。

 

結局自分は、鉄血の一員にはなれない...

 

小さくそうこぼす彼女の背を撫でる。こらえきれずに涙をこぼし始めた彼女へ、続きを聞くようにと促す。

 

 

『あの子に真実を打ち明けないまま、私達は"今のドイッチュラント"を受け入れて仲間の一員にしました』

 

『あの子はどうなろうとも私達の仲間よ。...でも、気を使うばかりであの子を傷つけてしまった』

 

『本当のことを打ち明けましょう。彼女には、今よりもっと素直に生きてもらったほうがいいわ』

 

 

 それでも彼女たちは、ドイッチュラントは自分たちの仲間だと言い切った。彼女のことを気遣い、彼女の幸せを願っていた。

 

―――何よ。皆して...

 

 震える少女の手を引き、仲間たちの前へと連れていく。

 

 

『俺は、そしてみんなは、ドイッチュラントのことを本当に大切に思っている』

 

 

 指揮官として、みんなの代表として、ドイッチュラントのことが必要だと伝えた。ありきたりな言葉ではあったが、心を込めたその一言は、確かに彼女の心に届いてくれたようだ。

 

―――仲間にしてくれて、ありがとう―――

 

 そう言って笑った彼女の顔を、俺は一生忘れることはないだろう。

 

 あの一件を経てから、彼女は大人の女性へと変わっていった。傲慢な性格は鳴りを潜め、他者を思いやり弱いものに手を差し伸べるようになった。

未だに"リュッツォウ"という名前には抵抗があるようだが...それでも少女は、間違いなく新しい一歩を踏み出したのだ。

 

 

 

――それから、それから...――

 

 

 ああ、いろんな事があった。泣きもしたし、笑いもした。時にはケンカもしたし、お互い助け合ったりもした。

いつ頃から彼女を意識し始めたのか、はっきりとは覚えていない。あるいは最初から、一目惚れをしていたのかもしれない。

お互いに惹かれ合い、いつしか恋仲になっていた。

 

 陽光にきらめいた指輪の輝きが目に入る。俺とレイシェの右手の薬指には、同じデザインの金と銀の輝きを放つ指輪がはめられていた。

それこそが、俺とレイシェが"結婚"をした証。指揮官とKAN-SENとしての"ケッコン"ではなく、一人の男として、一人の女性と将来を誓いあった証である。

 

 

『愛している』

 

『愛しているわ』

 

 

 お互いに愛を誓った結婚式。自分だけの名前を望んだドイッチュラントに、俺は"レイシェ"という名前を贈った。

どうか、"カンレキ"に、過去に縛られることなく、"レイシェ"という個人として、俺とともに歩んでほしい。そんな願いを込めた名前だ。

 

 

 

「アナタ、ねえアナタったら」

 

 

 懐かしい思い出に浸っていると、急に声をかけられて我に返る。

顔を下に向けると、いつの間にか起きたのかレイシェが目を開けてこちらを見つめていた。

 

 

「どうしたのよぼーっとしちゃって。アナタも寝てたの?」

 

「いや、ちょっとな... 昔のことを思い出してたんだ」

 

 

 色々あっただろ? と問いかけると、そうねぇ...とレイシェも懐かしむように目を細める。

 

 

「懐かしいわね...今思い出すと、中々恥ずかしい言動が多かった気もするけれど」

 

「確かにな。今となっちゃ、下僕やら下等生物なんて呼ばれていた頃が懐かしいよ」

 

 

 わざとらしく、大げさにため息をついてみせる。しかし俺のそんな様子も手慣れた様子で受け流すレイシェは、俺に向かって意地悪な笑みを浮かべる。

 

 

「あら、それならまたそう呼んであげようかしら? ねえ、下等生物?」

 

「おいおい。ちょっと懐かしいと思ったけど、流石にもう呼ばれたくはないぞ」

 

「冗談よ。ね、アナタ♪」

 

 

 ちらりと舌を出すレイシェ。その可愛らしさには勝てないと痛感しつつ、お返しだと言わんばかりに思い切り彼女を抱きしめると、キャー♪と嬉しそうな悲鳴を上げるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ここはアズールレーンのどこかにあるKAN-SENたちが集う母港

そこでは日夜少女たちが海の平和を守るために戦いながらも、穏やかな日常を過ごしている場所

これはそんな場所にいる夫婦となった一人の指揮官と、一人のKAN-SENの穏やかな日常

 

騒がしいけど賑やかで、時にはとろけるほど甘い日常である

 

 

 

 

 

 

 

 

「それにしても、アナタの膝って硬いのね...」

 

「そりゃあ鍛えてますから。とゆーか、こういうのって普通逆じゃないのか? 俺はするほうじゃなくて、される方だと思うんだが...」

 

「アナタの膝枕はよく眠れるのよ。いいから膝を貸しなさいな」

 

「へいへい。仰せのままに。次は俺にもやってくれよ?」

 

「嫌よ。アナタが寝ぼけて寝返りをうつと角が刺さって痛いのよ」

 

「そんなー...」




「嫁はドイッチュラント」の方、たくさんのご愛読ありがとうございました

頂いた数々の感想の言葉、本当に嬉しかったです。自分の書いた文章が誰かを楽しませ、励ますことができたのであれば、書いてよかったと心から思っています。

ではでは、ぜひ今回の作品も楽しんでいってください。


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母港の鉄血

二話投稿です

すっかり遅くなってしまった(焦)


ブゥゥゥン....

ブロロロロ...

 

 エンジンが軽快な唸り声をあげ、艦載機が風を切って空を駆ける。

よく晴れ渡った空を堪能するかのように縦横無尽に飛び回り、時には急降下や回転などの動きを加える。

見るものが見れば、その艦載機を操っているものの練度がいかに高いかを推し量ることができるだろう。

 

 

『卿よ。聞こえるか』

 

 

 耳につけた小型の通信機から、艦載機を操り海を駆けるグラーフ・ツェッペリンの声が聞こえてくる。

 

 

「聞こえてるぞ。どうした?」

 

『定期報告だ。こちらは特に異常なし。...呆れ返るほど平和だぞ』

 

 

 どこか気の抜けた、退屈そうな声色だ。

 俺は今、グラーフの操る量産型の艦船に乗り込み母港周辺海域の巡回に出ている。母港では毎日の巡回任務では、練度が低い子たちに付き添いで高練度の子を一隻つけて見回りをさせているのだが、今日は俺が指揮官権限を使ってお供にグラーフを指名し、他の低練度の子たちを引き連れ海に出てきている。

最近は執務続きで部屋にこもることが多く、そろそろ海の匂いが恋しくなってきた。息抜きも兼ねて、グラーフに声をかけこうして出てきている。

 

 船の甲板に立ち、両腕を大きく広げ胸いっぱいに海の匂いを吸い込む。小さい頃から、重桜で暮らしていた頃から嗅ぎなれた匂い。落ち着く匂い。船が波を立てながら進んでいく音も心地良い。

つくづく、自分は海が好きなのだと実感する。

 

 海風を感じながら気持ちよく伸びをしていると、通信機からグラーフの呆れたような声が聞こえる。

 

 

『卿よ... 執務で疲れているのは分からなくはないが、少々気を抜きすぎではないか? 一応、今も出撃中なのだがな』

 

 

 げっ、のんびりしてたのがバレてる。

一体どこから俺の様子を覗いていたのか辺りを見回してみると、一機だけ護衛かはたまた監視かグラーフの艦載機が円を描きながら俺の上を飛んでいた。

 

 

「覗きなんて感心しないぞ。見張っているのか?」

 

『無論、監視だ。指揮官自ら海域に出たというのに、気の抜けた顔をされても他の者達に示しがつくまい』

 

 

 俺の心を覗いているかのようにグラーフの言葉が刺さる。指揮官として海に出ているのだから、自分はともかく他の子から幻滅されるような真似はするなよ、ということだろう。

その言葉にがっくりと肩を落とすと、その様子も見ていたグラーフの笑い声が通信機越しに聞こえてくるのだった。

 

 

 

 

 

「ただいまー」

 

「おかえり」

 

 

 見回りを終え、鉄血寮の扉を開くと、寮の共有スペースでくつろぐレイシェが出迎えてくれた。一緒に来ていたグラーフは、『海風で髪がベタつくのでな。我はシャワーを浴びてくる』と言ってさっさと風呂へ行ってしまった。

 

 

「特に異常なし?」

 

「ああ、なーんも。今日も平和そのものだ」

 

 

 軍服の前のボタンを開けながら、ソファーに座るレイシェの隣に腰掛ける。

 

 

「ちょっと、だらしないわよ」

 

「いいじゃないか。今更誰も気にしやしない」

 

 

 そもそもこういった堅苦しい服は嫌いなのだ。指揮官という立場上着ざるを得ないが、もうちょっとラフな格好も許してほしいものだ。

俺の言葉に呆れた顔を見せるレイシェ。一方の彼女も、いつものあの鉄血の軍服らしい服装ではなくゆったりとした黒色のブラウスを着ている。人のこと言えないだろう。

 

 

「...あの服、最近胸のところがきついのよ。誰かさんのせいだと思うんだけど?」

 

 

 俺がそれを指摘すると、バツが悪そうにレイシェがジトッとした目でこちらを睨みつけてくる。

...俺のせい? うーん...俺のせいかぁ...

少し恥ずかしそうに胸元を隠すように押さえるレイシェ。

...こういう姿が見られるのならば全然オッケーなんだよなぁ。

 

 

「...」ベシッ!

 

「いてっ!?」

 

「スケベな顔してるわよ」

 

「くっ... 考えていることがバレた...」

 

「アナタに隠し事なんて無理よ。すぐに顔に出るんだから」

 

 

 両方の手のひらでぐにぐにと自分の顔をほぐす。そんなに俺の表情はわかりやすいのだろうか。

 

 ソファーに体重を預け、深く体を沈める。本来は執務室に戻るべきところではあるのだが、グラーフと連れ立って歩いているうちについつい鉄血寮まで来てしまった。

レイシェと結婚した俺にとっては、鉄血寮というのは第二のホームのような感覚であり、とても居心地がいいのだ。

今日の秘書艦の子にも寮に戻っていいと伝えておいてあるため、レイシェと一緒にくつろがせてもらおう。

 

 

「あっ指揮官! お戻りになってたんですね!」

 

 

 偶然部屋に来ていたキュンネ、ハンス、カール、ヴィルたち鉄血駆逐艦ズが俺を見つけ、一緒に遊べとせがまれる。

この四人は名前の数字が続いていることもあってか、いつも一緒に行動しているイメージがある。四人の中ではハンスが一番見た目が幼い感じがするが、時折しっかりしたところを見せる辺りやはり姉のポジションにいる子なのだと実感する。

 ...彼女たちよりも数字が大きいニーミが鉄血駆逐艦たちの中で一番大人っぽく見えるのは何故なのかという疑問が不意に頭をよぎるが、あまり深くは考えないことにした。姉よりも姉らしい妹なんてこの母港にはザラに居るのである。

 

 

「あらあら、小さい娘たちに囲まれて幸せそうね、お父さん?」

 

「おいおい茶化すなよ... 俺の年齢的には、どっちかというと年の離れた妹のような感じなんだがな」

 

 

 流石にまだここまで大きい娘がいるような年齢でもないため、自分としては兄貴分として振る舞っているつもりである。

 

 しばらくの間遊んでやり、ちびっ子たちも満足して俺の元を去っていたあと、体を動かしたせいかグゥ、と腹の虫が空腹を訴えかけてくる。壁の時計へと目をやると、針は18時を過ぎたころを示していた。夕飯を食べに行くには丁度いい時間帯だ。

鉄血寮からなら、母港の食堂よりもあそこが良いかな...

 

 

「レイシェ、夕飯を食べに行こうか」

 

 

 

 

 

 鉄血寮の隣には、2階建ての小さな建物が隣接して建てられている。外からも入れるようになっているし、寮の中を歩いてその建物に行くことも可能だ。

レイシェと連れ立ってその場所へと向かう。たどり着いたドアの横には、『バー・オイゲン』というプレートがぶら下がっていた。

 ドアを開け中へと入るとチリンチリンと鈴の音が響く。鉄血にあるバーの内装をしたその店には、夕飯時が近いせいか多くの客で賑わっていた。

 

 

「いらっしゃいませー...ってアンタたちね。開いてる席があっちにあるから案内するわ」

 

 

 鈴の音に反応して現れたのはエプロン姿のアドミラル・ヒッパーだった。さっと店内を見回した彼女は、慣れた様子で俺達二人を席へ案内していく。案内された席へ腰掛けると、「注文が決まったら呼んで」と言い残しすぐに別のテーブルへと向かっていった。

 

 

「相変わらず忙しそうねぇ」

 

「繁盛しているのは良いことじゃないか」

 

 

 パラパラとメニューをめくり何を頼むかを考える。ここの料理は非常に美味しいものが多いため、来るたびにどれにするか迷うのだ。

 

 

「...眺めてても決まらないからな。日替わりメニューにしとこう」

 

「私もそうしておこうかしら。ヒッパー! 注文をお願い!」

 

 

 レイシェが声をかけると、「ちょっと待ってなさい!」と返答が飛んでくる。どうやら今日は一段と忙しいようだ。しばらくしてやって来たヒッパーに、先ほど決めたメニューを注文していく。

 

 

「他に注文は?」

 

「特にないわ」

 

「そ。じゃあしばらく待ってて」

 

 

 エプロン姿のヒッパーがパタパタとせわしない様子でカウンター奥の厨房へと引っ込んでいく。厨房では店主のプリンツ・オイゲンが忙しそうに料理をしているのだろう。

 

 

「店員、増やしたほうが良いんじゃないかしら」

 

「俺もそう思う」

 

 

 多くのKAN-SENたちで賑わうこの店は、母港の食堂と合わせて人気のお食事スポットになっていた。昼はレストランとしてランチを、夜はバーとしてお酒を抵抗する店は、アドミラル・ヒッパー級の姉妹たちが切り盛りしている。

陣営の垣根を超え愛されているこのお店は、最近加入した北方連合のKAN-SEN達に合わせて向こうのお酒も取り揃えてあった。カウンター横にある棚には、様々な陣営のお酒がずらりと並んでいる。

 

 ただ最近は母港の人数も増えたせいか、忙しくなってきてしまい先程のようにヒッパーが店を飛び回りオイゲンが厨房にこもりっきりになってしまうことも多くなっていた。

手が回らなくなる前に手助けをしておいたほうが良いだろう。

 

 

 

 

 チリンチリン、と鈴の音が響き、また新しいお客が入ってきたことを知らせる。何気なくそちらの方に顔を向けると、レイシェに負けない美しい黒髪を伸ばした長髪の女性が、二人の少女を引き連れて店に入ってきている様子が見えた。

向こうもこちらに気づいた様子で、席へ案内しようとするヒッパーに何かを話した後、まっすぐと俺達の席へと向かってくる。

 

 

「ボウヤ達もここに来ていたのね。相席、いいかしら?」

 

「どうぞどうぞ」

 

「ありがとう。ほら、二人も座りましょう」

 

 

 俺のことをボウヤと呼ぶその女性...鉄血の戦艦であるフリードリヒ・デア・グローセが、一緒に来ていた少女二人へと声をかける。駆逐艦と空母の二人、レギとツェッペリンちゃんは、ぴょこんと俺の隣へと飛び込んできた。

 

 

「あらあら、ボウヤの隣が取られちゃったわ。それじゃあレイシェちゃん。隣失礼するわね」

 

「構わないわよ」

 

 

 グローセがレイシェの隣へと腰を下ろす。俺の両隣にいるちびっこ二人は、すでにメニューへと手を伸ばし目を輝かせながら中を見ていた。

 

 

「プリン! 我はプリンが食べたい!」

 

「待て、小さき友よ。食事を取らずにいきなりデザートというのは行儀が悪いだろう」

 

「うう...じゃあ...」

 

 

 うんうんと唸りながらメニューと睨めっこするツェッペリンちゃん。そんな様子を尻目に「私はこれにしよう」とさっとメニューを選んでいるレギ。二人の様子をニコニコしながら眺めるグローセ。

...親子連れが入ってきたみたいだな。グローセが母親か?

 

 しばらく悩んでようやくメニューを決めたツェッペリンちゃんが元気よくヒッパーを呼ぶ。丁度こちらの料理が終わっていたのか、注文を取るついてに俺とレイシェの分の料理が運ばれてきた。

 

 

「はい、お待たせしました。それで、アンタたちは何を頼むの?」

 

 

 三人がそれぞれ注文を言っていく。ちゃっかりツェッペリンちゃんは注文の最後に二人分のプリンを付け加えていた。

 

 

「小さき友よ。二人分のプリンを頼むつもりか?」

 

 

 驚いた顔をしながらレギが目を見開く。

 

 

「流石に我もそんなことはしないぞ! 2つあるのは、レギと一緒に食べるためだ!」

 

「おお...」

 

 

 驚きで見開かれていたレギの目に、キラキラとした喜びが満ちていく。その様子を見たツェッペリンちゃんも嬉しそうに笑顔をみせ、俺とレイシェ、グローセは微笑ましい光景を目にして思わず笑顔になるのだった。

 

 他愛ない会話をしているとすぐにグローセたちの料理も届き、5人で仲良く料理に舌鼓を打つ。ツェッペリンちゃんが頼んだ二人分のプリンには、シェフが気を利かせたのか小さな鉄血の旗が立っていた。

賑やかさをますバーの空気を楽しみつつ、皆で囲む食事の席を楽しむのだった。

 

 

 

 

 すっかり外も暗くなり、駆逐艦達が眠りにつく時間帯になった頃、オイゲンの店はまだまだこれからという賑わいを見せていた。

数時間前までは厨房で忙しそうに働いていたオイゲンも、ようやくカウンターの方に出てきてやってくる大人組にお酒を提供していた。

レギとツェッペリンちゃんは食事が終わった時点でグローセが寮へと連れ帰ってくれた。今頃は二人を寝かしつけていてくれることだろう。

 

 辺りを見回すと、やはり鉄血寮に隣接しているだけあって、店内には多くの鉄血のメンバーが揃っていた。

カウンター前のテーブルで飲んでいるのは... ビスマルクにティルピッツ、シャルンホルストとグナイゼナウ、それにローンか。

グローセと同じ開発艦であるローンはつい最近俺の母港でもようやく建造することが出来たため、ビスマルクたちがあれこれとこの母港について教えているのだろう。

 

ローンの建造には色々と不安もあったのだが、今となってはそれも杞憂に終わった。まあローンについては、いずれどこかで話のネタにでもさせてもらおう。

 

 

 少し離れた席では、シュペーとシーナが一緒の席でなにやら楽しそうにお喋りをしていた。

二人共あまり喋らないタイプのはずだが、付き合いも長いからか結構二人で楽しそうにしているところを見ることがある。普段二人がどんな話をしているのか気になるところだ。

ぼんやりと眺めていたらたまたまこちらを向いた二人と目があったので手をふると、二人も笑顔で手を振り返してくれた。

...最も、二人共口元が隠れているためその表情は若干分かりづらかったが。

 

 

 端っこの方では、シャワーを浴びてこちらに来ていたグラーフが、北連のガングートと一緒にジョッキを酌み交わしていた。

いつの間に仲良くなったんだ...?

遠目から見ると見た目がそっくりなため、取り敢えず黒がグラーフで白がガングートだろうと大雑把に判断する。あの二人の間にツェッペリンちゃんが加わったらややこしいことになりそうだ。

 

 

「どうだった? 今日の料理の味は?」

 

 

 不意に声をかけられ、音のする方を振り返ると、仕事が一段落したのかオイゲンがビールグラスを片手に俺達が座るテーブルへと近づいてきていた。

 

 

「美味しかったよ。また腕が上がったかな?」

 

「あら、嬉しいことを言ってくれるわね。少し味付けを変えてみたのよ」

 

 

 そのままスッ...と俺の隣へと自然な様子で座ってくる。こういうときは大抵俺をからかいに来ているときである。

 

 

「相変わらず指揮官はお茶しか飲まないのね。たまには私達と一緒にビールでも飲みましょう?」

 

 

 良いお酒、揃ってるわよ? とオイゲンがこちらを覗き込むが、手を横に振りやんわりと断る。

 

 

「あまり好きじゃないんでな。それに、俺が飲んだらどうなるかなんて、オイゲンならとっくに知ってるだろう?」

 

「あら、それが狙いなんじゃない。指揮官が酔っ払って寝ちゃったところで、私が持ち帰って可愛がってあげるのよ」

 

「計画を立てるのは良いけど、それを堂々と私の目の前で話すのもどうなのかしらぁ?」

 

 

 レイシェが呆れ顔で首を横に振るが、オイゲンはそんなレイシェの反応も楽しんでいるような素振りを見せる。

 

 

「いっそのこと、三人で楽しむ? 私は一向にかまわないわよ?」

 

「お生憎様。この人は私の旦那よ。誰かに渡す気なんてさらさら無いわ」

 

「あら残念。それなら、せめて晩酌ぐらい付き合って頂戴?」

 

 

 オイゲンがどこからかビールの瓶を取り出してくる。先程持っていたグラスの分も加えて、今夜はまだまだ飲むつもりのようだ。

 

 

「明日はお店も休みだから、思いっきり飲むつもりよ」

 

 

 グイッとグラスの中のビールを飲み干し、プハァっと大きく息をつく。空になったグラスにすぐに次のビールを注いでいき、どんどんと飲み進めていっていた。

 

 

「おいおい、あんまり羽目を外さないでくれよ?」

 

「良いじゃない。たまには、ね?」

 

「ま、付き合ってやるわ」

 

 

 レイシェ差し出したグラスへと、オイゲンがビールを注ぎ込んでいく。

俺もお茶が入ったグラスを持ち上げながら、三人て乾杯をするのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「それでね! 毎日大変なのよ! お客も多いし、人手が足りないの!!!」

 

「うん、分かってる。分かってるからもうちょっと声量抑えようか」

 

「お姉ちゃんも手伝ってくれてるからまだいいけど、そろそろなんとかしないと不味いの!」

 

「そうだな、こっちで良さげな娘に声かけてくるから、頼むから絡みつくのはやめてくれ!」

 

「オイゲンも酒癖悪いんだから。隣に座られた時点で覚悟しておいたほうが良かったわね」

 

「ぐおおおおこの酔っぱらい離れねぇ...! ヒッパー! ヒッパーーー!!!」

 

「何ようるさいわね。オイゲン、こっちよ」

 

「お姉ちゃ~ん」

 

「おお、ヒッパーにオイゲンが抱きついていった...」

 

「オイゲンも妹ってことね」





【挿絵表示】

バー・オイゲンの様子はだいたいこんな感じ
本当はもっと広いのですが、家具の数や配置センスに限界があったので大体のイメージだと思ってください

こっそりローンが初登場です
彼女に関するお話は、また今度に


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かまってシーナさん

お久しぶりです
最近投稿ペースが遅いですね...
読んでくださる方に申し訳ないです


「...」

 

「...」

 

 

 執務室の椅子に座り、デスクに積まれた書類に目とペンを走らせる。

いつもと変わらぬ母港の様子を書類越しに確認する。

みんな平和に過ごしているようだ。特におかしな事は起きていない。

...何故か俺の膝の上に座り、俺の首へと手を腕を絡めているシーナを除いては。

 

カリカリ...

 

 

「...」

 

 

カリカリカリ...

 

 

「なあシーナ...」

 

「どうしたの?」

 

「膝の上に座られたまま抱きつかれると、すっごい仕事しづらいんだけど...」

 

 

やんわりとシーナにそこをどいて欲しいと伝えてみる。

 

 

「知らない」

 

 しかしあっさりと俺のお願いはスルーされてしまう。非難するような目をシーナへと向けるが、当の本人は素知らぬ顔で相変わらず抱きつき続けている。

 

最近は執務が立て込んでおり、夜遅くまでかかることも多かった。次から次へと積まれる書類の山に目眩がするが、手を動かさなければ終わらないのでできれば仕事に集中したい。

しかしそんな折に不意に執務室に遊びに来たシーナは、急に俺の側まで来たと思ったらあっさりと俺の体の自由を奪っていた。

疲れた頭を奮い立たせ、右腕で書類をさばきつつ、左手をどいてくれそうもないシーナの背中に回しその体を支えているのだが、中々にきつい。

 

 

カリカリ...

 

 

「...」

 

 

ペラッ...カリカリカリ...

 

 

「...」クンクン

 

 

暇だからか、シーナが俺の体の匂いを嗅ぎ始める。身だしなみには気を使っているため変な匂いはしないはずだが、体臭を嗅がれるというのは結構恥ずかしい。

 

 

「...シーナさんや」

 

「なあに?」

 

「俺の匂い嗅ぐのやめて?」

 

「嫌よ。指揮官の匂い、落ち着くんだもの」

 

 

 俺の願いもむなしく、そのまま匂いをかぎ続けるシーナ。しまいには俺の胸板に頬をこすりつけ始めた。変態か?

 

 

 鉄血艦隊の裏のエース、母港にいる潜水艦達のトップに立つシーナ。彼女の能力は凄まじく、出撃の際は水上部隊を差し置いて撃破数トップに立つほどの実力の持ち主だ。

レイシェと同時期に母港に加入した彼女は、いつも気だるげでうるさいのを嫌い、あまり他人とも接しないタイプだったのだが、今ではすっかり彼女の性格も丸くなって、同じ鉄血のUボートたちと海で遊んだり、自転車が好きな子と一緒にどこかへ出かけたりとしているようだ。最近はシュペーと特に仲が良いようで、二人で楽しそうにおしゃべりしている姿をよく見かけた。

 

 ...なのだが、どうやら一緒に過ごしていく過程で俺のことを好きになったらしく、レイシェと結婚した今でも積極的にアプローチをかけてくる事がある。レイシェとは昔からよき恋のライバル同士だったらしく、俺の知らないところで二人で競い合ったりしていたようだ。

以前から口下手だったシーナは言葉で好意を伝えることはあまりせず、今のように不意に抱きついたり甘えてきたりしてくることで気持ちを伝えてくる。

シーナの行動にレイシェは特に目くじらを立てることなく容認しているのだが、なぜなのかは未だに分からない。

彼女の右手の薬指には誓いの指輪が輝いており、U47という名前を味気なく思った俺がシーナという名前をあげてからは、更に大胆なアプローチをしてくるようになった気がする。

 

 

 

(まいったな、仕事にならない...)

このままでは執務を続けるのが困難だと判断した俺は、仕方なくペンを走らせる腕を一旦止めて、右腕をシーナの両足の下に回して立ち上がり抱きかかえる。いわゆるお姫様だっこをしている状態だ。

 

 

「もしかして、このままベットに行くの?」

 

 

 まだお昼だよ...? と言いながらもじもじとしつつ顔を赤らめるシーナだが、完全になにか勘違いをしていらっしゃるようだ。

でも、指揮官なら...と盛り上がっているシーナを運び、ソファーへと下ろしてやる。

 

 

「ここで大人しくしていてくれ」

 

 

にこやかに微笑みながらポンポンとシーナの頭を撫でて諭す。

出来れば早めに終わらせたい書類があるのだ。しばらくの間はそっとしておいてほしい。

 

 恨めしそうな目でシーナから睨まれるが、見て見ぬ振りをしてデスクへと戻る。

改めて書類に目を通しながら仕事をしようとするが、しばらくするとシーナが動き出しすぐに先程の状態へと戻ってしまう。

その様子は、なんだかかまって欲しい時の猫の仕草に似ていると感じた。

 

 

「シーナ、執務ができないと困るんだ」

 

「どいてほしければ構って」

 

「直球だなオイ。で、具体的には」

 

「添い寝」

 

「へっ?」

 

「添い寝して」

 

「いや、執務室に寝っ転がれるような場所なんてないんだが...」

 

「隣に仮眠室があるじゃない。そこで良い」

 

 

 えー...という声が思わず漏れてしまう。

 

 

「私と添い寝をするのは、嫌?」

 

 

 俺の反応にシーナが少し声のトーンを落としながら悲しそうな顔をするので、慌てて俺は否定する。

 

 

「違う違う。むしろ可愛い子の添い寝は大歓迎なんだが...」

 

「ならどうして?」

 

「俺と一緒に寝たときに、シーナ、俺に何もしないって約束できるか?」

 

 

 そう問いかけると、シーナの顔がサッと横に向けられる。さっきのしおらしい表情はどうした。完全に襲う気満々だったろ。

 

 

「シーナ。俺の目を見て約束してほしい。俺と一緒に寝ても、俺を襲わないって約束できるよな?」

 

「...重桜の言葉に、"据え膳食わぬは女の恥"って言葉があるじゃん。目の前にごちそうがあるのに、食べないのは失礼だよ」

 

「それを言うなら"男の恥"だ! せめて嘘でもいいからできるって言ってほしかったなそこは!」

 

 

 シーナさん、再びのそっぽを向いての素知らぬ顔。こういうときに限ってレイシェは用事があるとか言って側にいないのだ。

 

 

「ごちゃごちゃうるさい。してくれないなら、無理矢理にでも連れて行く」

 

「あっ、おいちょっと待... あでででで!!! 艤装の力をこんなことに使わないでくれ!」

 

 悲しいかな、普段は普通の少女程度の身体能力程度しかないKAN-SEN達だが、一度艤装の力を開放すると"フネ"としての力も加わるのだ。

一応俺自身も鍛えてはいるが、フネの馬力には勝てそうもない。

 

 首根っこを捕まれ、ずるずると引きずられながら隣の仮眠部屋へと連行される。ドアを開けた先にあるのは飾り気のない簡素な部屋で、執務で疲れた俺や秘書艦の子が休むために部屋の中央に置かれた大きベットと周りには休憩中の娯楽様か雑誌が転がっていた。

ドサリとシーナによって俺の体がベットへと投げ出され、ドアを閉めたら即座に俺を巻き込みながら布団をひっかぶっていた。

てっきり俺の胸に顔をうずめてくるのかと思ったら、それとは反対に俺の顔がシーナの胸へと埋められる。シーナの特徴的な服は胸元がガッツリ縦に開いており、ちょうど露出したところに顔が埋まり柔らかな感覚が顔を包む。

めっちゃいい匂いする...

 

 

「あの、シーナ... 当たってるんだけど...」

 

「当ててるのよ。だって指揮官、女の子の胸好きでしょ?」

 

「...はい」

 

 

逆らえぬ男の性に項垂れていると、ふふんとシーナが鼻を鳴らす。

 

 

「私だってけっこう大きいし、指揮官が喜んでくれるなら私も嬉しい」

 

「それはいいんだけど、角が刺さったりしないか?」

 

「さっき角に布のカバーをかけておいたから大丈夫」

 

「いつの間に」

 

 

 どうやら用意周到に準備をしていたようだ。胸元に埋めようとしてくるシーナの腕からは、離さないというしっかりとした意思が感じられる。こうなってしまうと、もう逃げることはできないだろう。

それにしても、少し体を動かしただけでこう、シーナの柔らかな体の感触が伝わってきてしまって落ち着かない。

しかも俺は頭まですっぽりと布団に覆われており、シーナの良い匂いが布団の中に充満してクラクラしてくる。

 

 

「流石にこの体制は落ち着かないな」

 

「私の体、指揮官の好きに触って良いんだよ?」

 

「年頃の娘がそんなこと言うんじゃないよ」

 

「むぅ」

 

 

 お返しだと言わんばかりに更に抱きしめる腕を強くされ、俺の体へシーナの足が絡められる。胸の感触と太ももの感触のダブルパンチ。必死に理性を総動員して本能を抑え込む。

布団の中で強まっていく匂いと温度で頭は朦朧とし、素肌同士が触れ合う場所はシーナの体の柔らかさを伝えてくる。

 

 

「じゃあせめて、私の胸の中でゆっくりしてよ」

 

「分かったよ...」

 

 

 シーナの柔らかい体と固い意思の前に白旗を上げ、好きなようにさせておくことにした。

しばらくの間じっとしていると、強ばった体からも力が抜けていくのが自分でも感じられた。その間シーナは何をするわけでもなく、ただ俺の事を抱きしめ温め続けていてくれた。

体の力を抜けると、今までの執務の疲れからか眠気が一気に襲ってくる。

 

 

「すまん、眠気が限界だ...」

 

「いいよ。そのまま、ゆっくり休んで」

 

 

シーナの声が心地よく鼓膜を揺らす。抗うことのできない睡魔に身を任せ、俺の意識は眠りに落ちていくのだった。

 

 

「おやすみ。指揮官」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ガチャリ

 

「上手くいったようね」

 

「うん。指揮官、ぐっすり眠ってる」

 

「最近無理してたしねぇ。休んでもらわなきゃ、母港に悪影響が出ちゃうわ」

 

「でも良かったの? こういうの、レイシェがやってあげるべきだと思うんだけど」

 

「私が言っても、聞いてくれないことがあるの。昔みたいに実力行使も悪くないけど、夫婦だからこそ彼相手にやりたくないこともあるのよ」

 

「ふーん。ま、私としては約得だったし、WIN-WINってところかな」

 

「それなら良かった。それにしても、シーナも律儀よね。無防備でいるところを襲わないなんて」

 

「私は誰かさんとは違って自制心があるの。それに、指揮官のほうから手を出してほしいから」

 

「それ、私の前で言っていいの?」

 

「ダメだった?」

 

「ふっ、いいじゃない。だったら私は、あなたに靡かないように彼の心をしっかり掴んでおくだけよ」

 

「負けないよ」

 

「こっちこそ」




今回はシーナ(U47)のお話でした!

何となく小説を書くコツを思い出してきたので、次はもう少し早めに投稿できるように頑張ります!


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真面目な騎士

「ふうぅぅぅぅ...」

 

 

 吐き出される深い、深い溜息。心に溜まった疲れを押し出すかのように吐き出されたそれは、俺の口からだけではなく隣に座るレイシェからも漏れ出ている。頭痛が痛い、なんてへんてこな言葉が口から出てきそうな悩みは、目の前に居座るベルファスト、レナウン、レパルスの三人と、その傍らで不安そうな表情を浮かべ俺達の様子を眺めている、小さな少女によってもたらされたのだった。

 

 

「またか」

 

「はい、またでございます」

 

 

 短く問いかけると、普段と変わらぬ優雅さで俺の言葉を肯定した女性、メイド長のメルファスが微笑を浮かべる。普段ならいかにもベルファストらしい、と表現したいところだが、頭を抱えている今の状況に至っては、まるで俺とレイシェが悩んでいるのを楽しんでいるのではないかと邪推してしまう。最も、ベルファストがそんなことをするのは絶対にないので勝手な俺の被害妄想なのだが。

 

 

「原因は...あいつらしかいないよな」

 

「ご推測のとおりでございます」

 

 

 ベルファストの説明によると、夕張と明石がセイレーンから奪取した装置を使って実験を行っていたらしい。そこに偶然工廠へとやって来ていたレナウンが巻き込まれ、気がついたらこの子が現れていた...ということだ。

下手人二名は既に捕縛済み。反省の色は一応見せているらしい。

 

 再びのため息。この母港を支えてくれる技術屋である二人には心の底から感謝しているが、その強すぎる好奇心からたびたび問題を起こしてしまうのには首を横に振らざるを得ない。もういっそのこと、他の子を巻き込まないように彼女たち専用の実験施設でも作ってやるべきか。

 

 気を取り直して改めて顔を上げ、レナウンの傍らにちょこんと立っている少女を眺める。美しい金髪にくりりとした青い眼、小さな体ながらに大きな剣を携えまっすぐに立つその姿は、まさにロイヤルの騎士たらんとするレナウンを小さくしたような姿だった。

 しげしげと眺められた少女は、知らない人間からジロジロ見られて怖かったのかヒュッっとレナウンの後ろに隠れてしまう。

 

 

「指揮官様。お気持ちはわかりますが、レディーをまじまじと眺めるのはマナー違反でございます」

 

 

 やんわりとベルファストからたしなめられる。確かに、いきなり知らない人物から不躾な目線を送られれば小さい子は怖いだろう。

 

 

「済まない。女性相手に失礼だったな」

 

 

 ペコリ、と少女の方に頭を下げて仕切り直し、隠れてしまった女の子へと声をかける。

 

 

「じろじろ見てしまってごめん。俺はここの指揮官をやってるラギと言うんだが、お嬢ちゃんの名前を教えてもらってもいいかな?」

 

 

 なるべく優しく、怖がらせないように言葉を選ぶ。少しだけこちらへ顔を出してくれた少女へ向けて満面の笑顔を向けて、怖い人じゃないよとアピールをする。

 

 

「アナタ、笑顔が気持ち悪いわよ」

 

「人が頑張っているのにひどくないか!?」

 

 

 ニヤついているように見えるわ、とレイシェから容赦ない言葉の棘が飛んでくる。

無理に笑顔をつくろうとしたのが悪かったのだろうか、そんな俺の顔を見た少女は、再びその姿を隠してしまった。

がっくりと項垂れていると、レイシェが椅子から立ち上がり、少女の元へと近づいていく。膝を折り少女と目線を合わせたレイシェは、柔らかな笑顔を浮かべる。

 

 

「怖がらせてしまってごめんなさいね。悪い人じゃないのよ。...それで、あなたのお名前を教えてもらってもいいかしら?」

 

 

 とても優しい声で、名前を教えてくれと問いかける。昔のドイッチュラントのころだったら考えられないような光景だが、今のレイシェは大人の落ち着きがよく似合うようになっていた。

 少女の方も、レイシェは怖い人ではないと思ったのかおずおずと顔を出す。

 

 

「レ、レナウンです。あなたは...?」

 

「私はレイシェ。そこで変な顔をしている男の奥さんよ。ついでに秘書艦も兼任してるわ」

 

 

 たどたどしくも、はっきりとした口調で自己紹介をするちっちゃいレナウン。芯のありそうな子だと満足げなレイシェは、再び立ち上がり今度はレナウンとレパルスの方へと向き直る。

 

 

「それで? この子は一体どうするの?」

 

「私達のところに来てもらうよ! ちいさい姉さんと一緒に過ごせるなんて、すごく楽しそうじゃない!」

 

 

 レパルスはいつもと変わらぬ陽気な性格で小さな姉を歓迎している。ちっちゃいレナウンの方も、自分よりも大きい妹が嬉しそうに自分に屈託のない笑顔を向けてくれることが嬉しいようだ。「おいでー♪」と手を広げたレパルスの腕へと飛び込んでいき、そのまま抱きかかえあげられている。

 しかし、一方のレナウン本人の方はどこか困ったような表情をしており、眉間にシワを寄せ首をかしげてしまっている。

小さい自分がいきなり現れたことがショックだったのだろうか?

 

 

「あまり、嬉しくはなさそうね」

 

 

 レイシェもレナウンの曇った表情を見て、少し声のトーンを落とし気味に問いかける。レイシェの言葉に驚いたのかレナウンがビクッと体を震わせるが、すぐにそれは違うと慌てて手を振って否定する。

 

 

「ち、違います...! 家族というか、まるで妹が新しく増えたようなこの状況はとても嬉しいのです。嬉しいのですが...」

 

 

 そこまで言ったところで言い淀む。レナウンは両手をギュッと固く握りながら、小さいレナウンへと不安そうな目を向ける。小さいレナウンの方も、そんなレナウンの様子を見て不安そうにレパルスの腕をキュッと掴んでいる。

 

 

「...ですが、今まで私はこういった小さい子とはあまり接してきませんでした。ですので、いきなり一緒に過ごすとなると、どう接していいのかわからないのです...」

 

 

 しゅんとした表情でレナウンがうつむく。自分は一体どうすればいいのか本気で途方に暮れているようで、きれいな顔の眉間にはシワが寄ってしまっている...が、レイシェの方はレナウンの言葉に目を丸くした後、大きな声で笑い始めたのだった。

 

 

「あっははははは! 成程成程、それで難しい顔をしていたのね!」

 

「むっ。笑わないでいただきたい! 私も真剣に悩んでいるんです!」

 

「くふふふっ、ごめんごめん。でも大丈夫だと思うわよ。同じような体験をしているのはあなただけじゃないのだし」

 

 

 笑い過ぎで出てきた涙を拭うレイシェ。レパルスも姉の真面目すぎる話を聞いて、辛抱たまらずに吹き出しているようだった。一人小さいレナウンだけが、状況を飲み込めずにキョトンとした顔をしている。

 

 

「相変わらず姉さんは真面目だね! そんなに難しく考えなくてもいいのに」

 

「しかし、私はロイヤルの騎士として、この子の模範になるように振る舞うべきで――」

 

「そんなに肩肘張らなくても大丈夫よ。それでも不安なら、他の同じような状況になってる子から話を聞いてみましょう? 私達もついていってあげるから」

 

 

 ポンポン、とレナウンの肩を叩きながら任せなさい! と胸を張るレイシェ。この母港を指揮官と一緒に支えているものとして、誰かの悩みを解決してあげるという使命にレイシェは燃えていた。

 

 

「そう...ですね。私だけで考えるより、他の方々の話を聞いて回るのは確かにいいことだと思います。レパルスに任せるのは、それはそれで不安なので」

 

 

 姉さんひどい! というレパルスの抗議の声を華麗にスルーしながら、凛とした顔でレナウンは小さくなった自分の両手を自分の手で包み込む。

 

 

「では行ってきます小さな私! 私は頑張ってあなたの模範となれるような騎士になってみせます!」

 

「は、はい!」

 

 

 レナウンの力強い真っ直ぐな瞳と言葉に釣られて、小さいレナウンもしっかりと返事をする。

こうして、レイシェと俺は、レナウンと共に母港のあちこちにいる保護者達に、保護者としての心構えを聞いて回ることにしたのだった。

 

 

「ところで、この子はどう呼べばいいのかしら。同じ名前が二人いると混乱するわ」

 

「それなら、レナウンちゃんでいいんじゃないか? 他の子にもそういう名前の子がいるし」

 

「あの...それだと、なんだか私が呼ばれているようで落ち着かないです...」

 

「うーん、そうねぇ... それなら、縮めてレナちゃんでどうかしら」

 

「私もそれがいいです!」

 

「決まりね。それじゃあ行きましょうか」

 

 

 

 

 

~ロイヤル~

 

 

「行くわよ、と言ったはいいものの、目の前にいるのよね」

 

 

 話がまとまった執務室、最初に聞きに行くのは誰にしようかというところで、一緒に来ていた人物が丁度その該当者だということに気がつく。集まった面々から目線を向けられたベルファストは、待ってましたと言わんばかりに優雅に両手でスカートの端を掴んで持ち上げお辞儀する。その洗練された動作は、まさにロイヤルのメイド長の名に相応しいものである。

 

 

「お嬢様方のお力になれるのでしたら、このベルファスト。いくらでもご協力は惜しみません」

 

 

 ベルファストからの心強い言葉に、先程まで曇らせていた顔が一気に晴れていくレナウン。確かに最初に聞く相手としては、母港でも随一を誇る人格者であるベルファストの言葉はとても参考になるだろう。

さっそくレナウンは、普段ベルちゃんにはどうやって接しているのかを訪ねている。

 

 

「やはり、可愛い妹、といった感覚でしょうか。私には姉がおりますが、下に妹はいませんでしたので。いきなり現れたときは私も驚きましたが、今ではなくてはならない存在です」

 

 

 ふんふん、とレナウンは頷きながら熱心にベルファストの言葉に耳を傾けている。

 

 

「私と同じ"カンレキ"を持って生まれたあの子ですが、"ベルファスト"と"ベルちゃん"は別物の存在だと捉えております。あの子にはあの子の意思がありますので、私と姉さんはあの子の意思を尊重することを大事にしています」

 

「たとえ元は同じ存在でも、今は別々の存在です。レナウン様達と共に過ごす内に、レナちゃんにも選びたいと思える道が見つかるでしょう。それをどうか、レナウン様やレパルス様には応援してあげてほしいのです」

 

 

 その結果、ベルちゃん自身の意思で自分と同じメイドとして、日々一緒に働くことを選んでくれるのを嬉しく感じているのだとか。ベルちゃんに立派なロイヤルメイドになってもらうために教育をするのが、最近のベルファストとエディンバラの楽しみのようだ。

 

 

「素晴らしいお考えです! 確かに、あの子にはあの子の生き方がありますからね!」

 

 

 レナウンの言葉に、ベルファストが大きく頷く。

 

 

「今度ベルちゃんとレナちゃんを会わせてみましょう。きっと、あの子にも伝えられるなにかがあるはずです」

 

「分かりました! 是非お願いします!」

 

 

 大きく頭を下げたレナウンにベルファストは微笑むを向ける。「それでは、私は次の仕事がありますので」と去っていったベルファスト。

目を輝かせ、去っていくベルファストの背中を見つめ続けるレナウン。

 

 

「流石ロイヤルのメイド長。素晴らしいお話を聞くことが出来ました! お二人共、次の方へと参りましょう!」

 

 

 幸先の良いスタートを切ったレナウン。波に乗った彼女は、意気揚々と次の人物の元へと向かうのだった。

 

 

 

 

~ユニオン~

 

 

「うん? リトルとの過ごし方?」

 

「はい! 普段どのように一緒に過ごしているのか、教えていただきたいのです!」

 

 

 母港の中央、島に建てられた施設である学園へと足を運ぶ。次のお目当ては、ユニオンでリトル達と過ごしているクリーブランドとヘレナ、サンディエゴたちだった。

 ユニオン寮へ向かおうとしたら、偶然通りがかったエンタープライズに「クリーブランド? ああ、それなら学園でバスケをしているはずだ」と教えてもらう。聞いたとおりにバスケコートへと向かうと、丁度いいことにバスケを楽しんでいるクリーブランドとリトルとその姉妹たちの傍らには、ヘレナとリトルも見つけることが出来たのだった。

 バスケの試合がキリがよくなったところで声をかけ、今回の話を持ち出してみる。

 

 

「ううん...急に聞かれると、なんて答えたらいいか分からないな」

 

「改めて聞かれると結構難しい話ね」

 

 

 流れ出る汗をクリーブランド達が首にかけたタオルで拭う。ヘレナ達はそんなクリーブランドに予め準備していたのであろうスポーツドリンクを渡して回っていた。

 

 

「あんまり接し方とかは考えないかな。私には妹がたくさんいるから、この子もそのうちの一人って感じ」

 

 

 クリーブランドが傍らでスポーツドリンクを一気に飲み干しているリトル・クリーブランドの頭をガシガシと撫でる。リトルクリーブランドの方は「なにすんだー!」といいながらも嬉しそうに笑っている。

 

 

「あれこれ難しく考えるよりも、流れに任せちゃってもいいんじゃないかな? 下手に気を使ってもお互い疲れちゃうよ。手探りでもお互い遠慮せずに接したら、自然に仲良くなってるもんさ!」

 

 

 爽やかな笑顔を見せながらレナウンへとアドバイスを送るクリーブランド。後ろではモントピリアとデンバーが「姉貴いいよね...」「いい...」とどこかで見たことがあるようなコントを繰り広げていた。

 

 

「私からはそんな感じかな。どうかな? すこしは参考になると嬉しいけど」

 

「勿論です! とても素晴らしいお話を聞かせていただきました!」

 

「そっか。それなら良かった。ヘレナの方はどう?」

 

 

 クリーブランドが今度はヘレナへと話題をパスする。「そうねぇ」と顎に手を当てながら考え込むヘレナ。

 

 

「私もクリーブランドと同じように、この子のことは妹のようなものだと思ってるけど... クリーブランドとは違って私は末っ子だから、この子と一緒に過ごすことになったときには少し苦労したかな」

 

「苦労?」

 

 

 ヘレナから出てきた言葉を思わず聞き返すと、ヘレナはコクンと頷いた。

 

 

「私も最初は、レナウンさんみたいにこの子とどう接すれば良いのかわからなかったの。ヒトの姿になってから妹ができるなんて、考えてもみないことだったから。だからそのたびに、姉さんたちに色々とアドバイスを貰ったりしてたわ」

 

 

 セントルイス姉さんはちょっとアレだったけど...とヘレナは懐かしそうに昔を思い出す。

 

 

「私からのアドバイスとしては、もっと妹さんを頼ってあげてもいいと思うな。私の場合は姉たち二人だったけど、絶対にレパルスさんもレナちゃんのこと大切にしてくれるはずだから」

 

「困ったときに頼れるのはやっぱり身内よねぇ。レパルスも乗り気みたいだし」

 

 

 ヘレナのアドバイスに、レイシェからの援護射撃が飛ぶ。レナウンの方も、ヘレナの言葉を素直に受け止めていた。

 

 

「確かにそうですね。あの子も...妹も、普段はあんなですが根はしっかりしている子だと思っています。帰ったら、二人で話し合ってみようと思います」

 

「ええ。それが良いと思うわ」

 

 

 ニッコリと微笑むヘレナに、ありがとうございますと笑顔で答えるレナウン。これで二人から話を聞くことが出来た。

 

 

「よし! それでは次はサンディエゴさんのところですね。クリーブランドさん、サンディエゴさんがどこにいるのかご存知ないですか?」

 

「あーっと、それなんだけどさ...」

 

 

 サンディエゴのことを尋ねられたクリーブランドの顔が苦笑いに変わる。

 

 

「さっきちらっと見たんだけど、サンディエゴもそのちっちゃいのも、両方花壇に埋まってたんだよね」

 

「へっ?」

 

 

 クリーブランドの言葉が一瞬理解出来なかったせいか、レナウンが一瞬ピシリと動きを止めて固まる。

 

 

「あ、あの、埋まってるってどういうーー」

 

「言葉通りの意味なんだ。花壇の土を掘って穴をあけて、そこに二人共頭だけ出して埋まってる」

 

 

 その様子を、クリーブランドがジェスチャーを交えながら説明する。その状況に理解が追いつかず、とうとうレナウンの目が遥か彼方の方を見始めてしまった。

 

 そういえば以前聞いた話では、KAN-SENの名前には奇妙な"因果"を引き寄せる能力があるらしく、サンディエゴの場合には何故か彼女がそばにいると植物がよく育つ、という"因果"があるらしい。真偽の程は不明だが、サンディエゴとそのリトルはその身をもって証明しようとしているようだ。

 

 

「サンディエゴに聞きに行くのはやめておいたほうが良いかもしれないな...」

 

「そうね...」

 

 

 意識がどこかに飛んでいってしまったレナウンを揺さぶってなんとかこちら側に引き戻す。クリーブランドとヘレナ達にお礼を言い、次の場所へと向かおうとする―――が、

 

 

「ああ、指揮官! ちょっと待って!」

 

 

 クリーブランドが呼び止めてきたかと思うと、ガッっと力強く肩を組まれる。何事かと思っていると、ぐいぃとお互いの俺の顔を自分の方に寄せ、普段とは違うトーンを落とした声でクリーブランドが囁きかけてくる。

 

 

「そろそろ、コロンビアを迎えに行ってあげてもいいと思うんだけど、どうかな?」

 

 

 ヒュッと小さな声が俺の口から漏れる。ちらりと目線を贈った先のクリーブランドの顔は相変わらずの笑顔のままだったが、先程までには無い般若の面が透けて見えるような気がした。組まれた腕が万力のように徐々に俺の肩を締め付け、軋ませる。

 

 

「戦力的にはもう迎えにいけると思うんだ。あの子は意外と恥ずかしがり屋だから、すぐには出てきてくれないかもしれないけど... でも、指揮官なら絶対に見つけ出してクレルヨネ?」

 

「ヒェッ...あ、いやなんでも無いです。善処します...」

 

「頼むよ指揮官。コロンビアだけいつまでも一人ぼっちじゃ忍びないからね」

 

「ウィッス」

 

 

 俺の返事を聞き終わると、パッと離れたクリーブランドが再びの屈託のない爽やかな顔に戻る。

一体何を離していたのかとヘレナから怪訝な表情をされるが、上手くごまかして「じゃあね!」と笑顔でその場を去っていった。

 

 

「アナタどうしたの? 顔、引きつってるけど」

 

「何でもないんだ。次、行こうか」

 

 

 コロンビア捜索計画を早急に立てよう―――

心のなかで固くそう誓いながら、次の場所へと向かうのだった。 

 

 

 

 

~鉄血~

 

 

「おや、我が兄。珍しい客人を連れてきたのだな」

 

 

 慣れ親しんだ鉄血寮。相変わらず硝煙とアルコールの匂いがうっすらと漂うその場所でレギが出迎えてくれた。手には分厚い辞書のような本が握られており、どうやら読書をしていた最中だったようだ。

 

 

「レギ、丁度いいところに。グラーフとツェッペリンちゃんを見なかったか?」

 

 

 鉄血にて唯一、自らの分身とも言える存在を預かっている人物の居場所を尋ねる。普段から一緒に行動しているため、どちらかの動向がわかれば自然にもうひとりも見つかるはずと踏んでいた。

しかし、レギの口から返ってきたのは驚きの返事だった。

 

 

「我が友たちなら、重桜寮へと行っているぞ」

 

「えっ? 重桜寮?」

 

「天城、という人に会いに行くのだと聞いた」

 

 

 レイシェと二人、目を丸くする。グラーフが天城さんに会いに行く。その二人の組み合わせの間に一体どんな用事があるというのか、まるで想像がつかなかった。

 

 

 

 

~重桜~

 

 

「よく来た指揮官。鉄血の小さいのから連絡があったと駆逐艦づてに話は聞いている。グラーフは天城さんのところにいるぞ」

 

 

 巡って巡って最後の場所、重桜寮へと足を踏み入れる。入り口の門のところでは、加賀が待っていてくれた。

さ、行くぞ。と話もそこそこにさっそく寮内を案内してくれる。母港の中でも一番広いユニオンと同じくらいの規模を誇る重桜寮は、その中に住んでいる者でないと不用意に足を踏み入れると迷子になる程の場所だ。それゆえに案内人が必要で、今回は加賀がその役目をしてくれるようだ。

 

 

「私はただの案内役なのでな。ついていくのは部屋までだ」

 

 

 一つの部屋の前で立ち止まり、「只今参りました」と加賀が襖を開け放つ。そこでは、天城さんとグラーフがお互いに赤城ちゃんとツェッペリンちゃんを膝に載せ、お茶をすすっている光景が広がっていた。

 「どうぞこちらへ」と天城さんが手招きをするので、近くにあった座布団をならべ畳の上に腰掛ける。

 

 

「ようこそいらっしゃいました。加賀から話は聞いています。グラーフさんをお探しとのことですが... どのようなお話でしょう?」

 

 

 にこやかな微笑みをたたえ、この部屋に集まった俺達を見回す天城さん。丁度探していた面々が揃っていて都合が良かったので、今までの経緯を洗いざらい説明する。話が終わったところで、天城さんが俺達が最初にベルファストから話を聞いたときと同じようにはぁ、と深い溜め息をつく。

 

 

「成程。明石と夕張がそのようなことを... この度は、我ら重桜の者が大変ご迷惑をおかけいたしました。彼女たちに変わって、謝罪させていただきます」

 

 

 そう言うと天城さんはレナウンに向かって深々と頭を下げる。天城さんの突然の行動に、面食らってレナウンは大慌てしてしまう。

なんとか天城さんに頭を上げてもらい話を再開させる。流石にレナウンも、重桜一の智将からいきなり頭を下げられるとは思ってもいなかったようだ。

 

 

「さて... この子との接し方についてですか」

 

 

 改めて話を本題に戻す。俺達の騒ぎなど気にもとめず、相変わらず天城さんの膝の上でかりんとうをかじる赤城ちゃんへと目を向ける。

 

 

「今までの方々は、ご自身の"妹"として接してきたようですが... 御存知の通り、艦種は違えど私と赤城は姉妹であり、あの子は可愛い妹です。当然、小さくなったこの子も、本来であれば私の妹、ということになるのでしょう」

 

「しかし私は、この子のことを娘のように思っております。お腹を痛めた経験というのは私にはありませんが、それでもこの子は私にとって本当に大切な子。赤城や加賀と満足に一緒にいられなかった分、今は二人と一緒にこの子と過ごす時間を大切にしていきたいのです」

 

 

 本当に愛おしそうな手付きで赤城ちゃんの頭を撫でる天城さん。かつて共にいることが出来なかった妹への、今度こそという強い意志がその目には宿っていた。

 

 

「レナウン様がどのようにレナちゃんに接すればいいのか分からない、とおっしゃっていますが、それは裏を返せばそれだけその子のことを真剣に考えているということ。そんな貴方であれば、共に時間を過ごしていく内におのずと答えは見つかりましょう」

 

「どうか、その誠実な心をお持ちのままでいてください。それが何より、レナちゃんの良き手本となるでしょう」

 

「おお...!」

 

 

 天城さんの教えに、レナウンが感嘆の声を上げる。そばで聞いていた俺とレイシェ、それにレナウンまで、その言葉の重さに思わず姿勢を正していた。

 しばらく感動に打ち震えていたレナウンが、天城さんに向かって深々と頭を下げる。

 

 

「大変素晴らしいお言葉、心に刻み込みました。音に聞こえし重桜一の智将。流石の一言でございます」

 

「買いかぶりすぎです。私はただの保護者でございますよ。 ――貴方もきっと、同じような考えに至るでしょう」

 

 

 ぽかんとした様子で二人のやり取りを聞いていた赤城ちゃんが「何の話をしているのー?」と天城さんの袖を引っ張る。「あなたたちに、新しい友だちが増えたのよ」と優しく返す天城さん。先程の言葉通り、その光景はまさしく親子のような二人だった。

 

 

「私の話はこれでおしまいです。次は、グラーフさんに」

 

「今の話の後に我に話せというのか。随分酷なことを言うではないか」

 

 

 お茶をすすっていたグラーフが天城さんをねめつける。確かに、俺もグラーフの立場だったら今の話の後に自分の話をしろと言われても困ってしまうだろう。それでも、ぜひ聞かせてほしいとレナウンの熱い要望に折れ、仕方無しにその口を開いてくれた。

 

 

「いいだろう――と言っても、我はこの小さいのに、特に気を使って過ごしているわけではない」

 

 

 皿の上のお茶菓子へと手を伸ばしているツェッペリンちゃんの後ろ髪を梳かしながら言葉を続ける。

 

 

「いつの間にか我の前に現れて、気がついたら一緒に過ごすようになっていた。他の者のように妹として扱ったことも、まして娘として扱ったこともない」

 

 

 淡々と、特に感情を込めることもなく話すグラーフ。その様子に、最初に出会ったときのクールなころの姿を重ねて思い出す。

 

 

「我らは共に、かつて未完成のまま打ち捨てられた者どうし。だが、この小さいのは我と同じ存在でありながら、我に対して"すべてを愛する!"などとのたまうのでな。クククッ、全てを憎むと言ったこの我にだぞ? 故に、興味が湧いてな」

 

「こやつがこの先、一体どのような考えにたどり着くのか。それを我は見てみたくなったのだ。我と同じ存在が、果たして同じ考えを持つのか、はたまた全く違う思想を抱くのか―――楽しみではないか」

 

 

 フッ、とキザったらしく笑うグラーフ。いつものように独特な言葉遣いでツェッペリンちゃんのことを評しているが、つまり今の言葉はうまく翻訳するとするならば...

 

 

「要は、何だかんだでその子の成長が楽しみってことでしょ。分かりづらい言葉使って誤魔化そうとするんじゃないわよ」

 

 

 レイシェからの容赦ない言葉が飛ぶ。図星を突かれ、僅かに顔を赤くしながら咳払いをしているグラーフに、レイシェからのさらなる追撃の言葉が刺さる。

 

 

「それにね、気を使ってないとか言ってるけど、アンタがその子やレギ達小さい連中の世話を甲斐甲斐しく焼いてるの皆知ってるんだからね! それにアンタ小さい連中から人気に出てるの密かに喜んでるでしょ! 今更クールなフリしたところで無駄なのよ!」

 

「ええいその口を閉じぬか! 余計なことを言うでない!」

 

「ふふっ。グラーフさんはお優しいのですね」

 

 

 天城さんからもそう言われてしまい、とうとう撃沈したグラーフはツェッペリンちゃんの髪に顔を埋め拗ね始める。ツエッペリンちゃんの方はどこ吹く風で、相変わらず美味しそうに和菓子をぱくついていた。もしかしたら小さいほうがメンタルが強いのかもしれない。

 

 

「大きい我は優しいのだぞ! この前も、我やレギのためにプリンを作ってくれたのだ!」

 

 

 ツェッペリンちゃんからの止めの一撃。これでもう、グラーフが演じたかったクールな自分像というのは脆くも崩れ去ってしまった。

あとに残ったのは、不器用ながらも優しさに溢れた一人の拗ねた保護者の姿だった。

 

(あれ多分、三日は部屋に引きこもるわよ)

 

(やったのレイシェじゃんかよー)

 

 致命傷を与えた当人はそんなことは知らんとばかりだ。というか明日も出撃の予定があるので、引きこもられるのは非常に困る。なんとか後でご機嫌を取る算段を立てておくとして、当初の目的であったレナウンの方へと向き直る。

 

 

「どうだったレナウン? 参考になる話だったかどうかはちょっと怪しいけど―――」

 

「いえいえ! そんなことはありません! グラーフさんのとてもお優しいお心が大変伝わってきました!」

 

 

 おお、無自覚な褒め言葉がグラーフにグサグサと刺さっているのが見える。死体蹴りとはまさにこのことを言うのだろう。グラーフはさらにその体を縮めてしまっていた。

 

(やっぱりそっとしておいてあげたら?)

 

(明日の出撃、誰か他の子に変わってもらおう)

 

 存分に休んでくれ... 

心のなかでグラーフに慰めの言葉を送っておく。諦めろグラーフ。もうクールでミステリアスなお姉さんポジは無理だ。

拗ねるグラーフはほっといて、天城さんにお礼を伝える。

 

 

「ありがとうございます天城さん。おかげで、レナウンもしっかりと学ぶことが出来たみたいです」

 

「お役に立てたようで何よりです。本当ならば、比叡にも話を聞くのがよろしかったのでしょうが...」

 

「生憎、比叡と比叡ちゃんは今、食材が切れていたため買い出しに出てしまっております。しばらくすれば戻ってくるでしょうが、すぐに厨房に入ってしまいますので...」

 

 

 比叡は重桜の厨房を守る面々の内の一人だ。しかも、今日が丁度料理担当の日だったのだろう。忙しいところを邪魔してしまうのは悪い。

 

 

「お忙しいのでしたら、無理にお願いを聞いてもらうわけにも参りません。それに、お二人からも金言を頂くことが出来ました」

 

 

 レナウンが再び、深々と二人に頭を下げる。

 

 

「お二人共、本当にありがとうございました。ようやく、私の中で何かが掴めそうです」

 

 

 顔を上げたレナウンは、とても晴れ晴れとした表情をしていた。俺のところに相談に来ていたときの曇った顔が嘘のようだ。

言葉通り、レナウンは大事なことを掴むことが出来たのだろう。

 

そういえば、俺も聞いておきたいことが...

 

 

「天城さんとグラーフって、仲いいのか? 二人に接点があったなんて知らなかったぞ?」

 

 

 気になっていたことを聞いてみると、天城さんがあらあらと微笑んだ。

 

 

「実は、私とグラーフさんは遠い親戚のようなものなのです。私も詳しいことは分かりませんが、"フネ"であった頃に、何かしら縁があったようで。ですので、よくこうして仲良くさせていただいている、というわけです」

 

「へぇー。全然知らなかった」

 

 

 グラーフと天城さんが親戚かぁ... 

よく母港で天城さんがツェッペリンちゃんにお菓子をあげたりして甘やかしているのを見ることがあったが、なるほどそれで合点がいった。

親戚のおばちゃんみたいなものだろうか?

 

 

「指揮官様? 何か失礼なことをお考えになっているご様子ですが?」

 

 

 にこやかな微笑みを浮かべながら静かに怒気を飛ばしてくる天城さん。怒らせるとめちゃくちゃ怖いので、捕まる前にさっさと二人を連れて脱出するのだった。

 

 

 

~ロイヤル寮・入り口~

 

 

「指揮官、レイシェさん。今日は本当に、ありがとうございました」

 

 

 すっかり日も傾き、夕日が辺りの景色をオレンジ色に染める頃、俺達はレパルス達が待っているロイヤル寮へと戻ってきていた。

お礼を言って頭を下げるレナウン。その言葉からは、話を聞いて回る前のような不安そうな響きはどこにもなかった。

 

 

「いいのよ。私達も色々と話が聞けて楽しかったわ。それで、なにか掴めた?」

 

「はい! 答えは未だに出ませんが、様々な方のお話を聞いて焦る必要はないと感じました。」

 

 

 今日一日、いろんな陣営の子に話を聞きに行ったことでレナウンにも新たな発見があったようだ。

 

 

「姉ちゃーん!」

 

 

 声がする方を見ると、寮の窓からレパルスが手を振っているのが見えた。しばらく待っていると、レナちゃんの手を引きながら元気よく俺達のもとまでやってくる。

 

 

「姉さんお疲れ様。指揮官とレイシェも、今日一日ありがとね」

 

「構わんさ。積極的に動いていたのはレイシェだったしな」

 

「いいのよ。それが秘書艦の役目でもあるしね」

 

 

 果たして首尾はどうだったのか。レパルスとレナちゃんは、興味津々といったようすでレナウンの言葉を待っている。

 

 

「今日一日、お待たせしてしまって申し訳ありません。ですが、今日一日様々な方から話を聞いてきたことで、私もようやく結論を出すことができました」

 

「それで、姉さんはどうするの?」

 

「聞かせてください! 大きい私!」

 

「はい。正直に言ってしまうと、未だにレナちゃんに見せるべき模範となる騎士のあり方というのは私自身分かっていません。ですが、経験したことの無いものにいきなり満点の解答を出すというのはあまりに難しいことです。ですので、私はレナちゃんと共に過ごす中で、私自身の姿を探していこうと思います!」

 

 

 はっきりとそう言いきったレナウンの言葉に、二人はしばし驚いた顔をしたあとにっこりと顔を見合わせる。

 

 

「というわけでレナちゃん。言うのが遅くなってしまいましたが、これからよろしくお願いします!」

 

「はい! こちらこそよろしくお願いします!」

 

 

 嬉しそうに腕の中に飛び込んできたレナちゃんを、しっかりと抱き返すレナウン。レパルスもよっしゃ! と会心のガッツポーズを決める。こうして、無事に母港に新たな保護者と賑やかな仲間が増えたのだった。

 

 

「よし! それなら今日はレナちゃんをお迎えした記念日だ! 私達の部屋でパーッとお祝いをしようよ!」

 

「それは良いですね。レナちゃんは何が食べたいですか?」

 

「私、大きないちごが乗ったケーキを食べてみたいです!」

 

「オッケー! それなら今すぐサフォークに伝えてくる!」

 

 

 善は急げと言わんばかりに、元気よく寮の中へと走り去っていったレパルス。慌ただしい妹の背を少し困ったような、でもとてもうれしそうな顔で見送るレナウン。

 

 その日の夜、ロイヤル寮のとある一室では、いつの間にか話を聞きつけて集まったロイヤルの面々が盛大にパーティーを開いたらしい。とても賑わったそのパーティーの中心では、よく似た金髪碧眼の姉妹が楽しそうに笑い合っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「無事に解決してなによりねぇ」

 

 

 自室へと戻り一息ついた後、レイシェは満足そうな表情でニコニコしながらベットに腰掛けていた。レナウンたちの話がうまく収まったことが嬉しいのだろう。

 

 

「それにしても、レナちゃん可愛かったわぁ。小さいながらも芯のある子だったから、大きくなったらもしかしたら本人以上に成長するかも」

 

「随分ご機嫌じゃあないか」

 

「当然。あーあ、私もあんな可愛い子供が欲しいなぁー」

 

 

 ポフンと音を立てながら後ろのベットへと倒れ込み足をばたつかせる。どこか物憂げな表情は、先程のレイシェの言葉が紛れもない本心だということを示していた。

 

 

「ふーん、それなら、今夜も頑張ってみる?」

 

 

 寝転んだレイシェに覆いかぶさり、耳元で囁く。徐々にその体に熱を帯びていくレイシェ。そっと抱き返してきた彼女からは、少しの間をおいて「うん...♡」と小さく甘えたような声が聞こえたのだった。




今回ではじめて一話1万文字超えました
内容が増えると、まとめるのが大変になってきますね...


前の作品でもちょくちょく話題を出していましたが、指揮官とレイシェの子供はいつか登場させたいと思っています。
いつになるかは...未定です


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ハッピーバースディ・ドイッチュラント

5月19日、ドイッチュラントの進水日でしたね。
一応ギリギリセーフってことでお願いします。

最近投稿頻度が遅いですが、読者の方により面白いと思っていただくために1から書き方の勉強をし直している最中です。色々と試行錯誤しながら手探り状態で書いていますが、徐々に上達することが出来ていければと思っています。


――2年前――

 

 

「誕生日、おめでとー!!!」

 

「な、ちょっと…!? きゃぁっ!?」

 

 

 シュペーから呼び出され、何事かと鉄血寮のとある一室へと足を運んだドイッチュラント。ちょうど近くにいた下等生物(ラギ)を引き連れて部屋のドアを開けた瞬間パァン! と部屋のあちこちから盛大にクラッカーの音と飾りが放たれ、パチパチパチ…と拍手が続いて起こる。

 

 

「へ、何これ…?」

 

「何呆けた顔をしてるのさ姉ちゃん。今日は姉ちゃんの誕生日でしょう?」

 

「あ…今日…そっか…」

 

 

 突然のことに驚いてへたりこんでしまったドイッチュラントへ、シュペーが微笑みかける。ドイッチュラント自身は、今日が自分の誕生日だということをすっかり忘れていたようだ。突然起こったサプライズに目を白黒させていると、急に後ろからラギに抱きかかえられ、所謂お姫様抱っこの体制をさせられる。

 

 

「ちょっと下等生物! いきなりそんな…、皆の前でなんて恥ずかしいじゃない!」

 

「腰抜かしてるやつが何言ってるんだ。ほらお姫様、お席へどうぞ?」

 

 

 腕の中でわずかに抵抗の意思を見せたドイッチュラントだったが、すぐにおとなしくなり顔を赤らめながらラギのされるがままに運ばれる。

優しく降ろされたテーブルの前には、ローソクのたったケーキと豪勢な食事が並べられていた。

 

 

「さ、主役も来たところで、パーティーの時間だ! ドイッチュラント、誕生日、おめでとー!」

 

「「「おめでとー!」」」

 

 

 

 

 

――1年前――

 

 

「今日って私の誕生日のはずよね…」

 

 

 鉄血の仲間たちから盛大に祝われてから一年後、右手の薬指に誓いの指輪を輝かせる彼女は、今年もきっとみんなが祝ってくれるのだろうとこの日を楽しみにしていた。…のだが、いつもどおり下僕(ラギ)の業務を手伝う中、誰からも一回も「おめでとう」の一言を受け取っていなかった。それどころか下僕(ラギ)にそれとなく聞いてみたら、「今日なんかあったっけ?」の一言である。ドイッチュラントの苛立ちは時間が立つにつれて大きくなっていた。

 

(おかしいじゃない! 去年はあんなにみんな祝ってくれたのに! それに下僕も! ケッコンした相手の誕生日はふつう忘れるわけ無いでしょう!?)

 

 

 怒りを抑えきれず、大股で歩きながら威圧的なオーラを周りに撒き散らす。そんなドイッチュラントの様子を見て蜘蛛の子を散らすように逃げていく仲間たちを見て、更に苛立ちを募らせるのだった。

 

 

 

「あ、いたいた姉ちゃん。指揮官が探してたよ?」

 

 

 日も落ちて辺りが暗くなって来たころ、結局だれからも誕生日のことを言われることもなく、すっかりふてくされてしまったドイッチュラントへシュペーが声をかける。どうやらラギが探しており、とある場所に来てほしいとのこと。どうせ残った仕事の手伝いだろうと一人で勝手にやってるが良いわと突き放すドイッチュラントだったが、どうしても言ってほしいとのシュペーの嘆願によりその重い腰を上げる。

 

 

「一体なんだって言うのかしら。私のこと放っといたくせに…」

 

 

 ぶつぶつつぶやきながらも言われた通りの場所に向かう。妹の頼みじゃなければ絶対に行ってなかった。あの下等生物にあったら一発パンチでもお見舞いしてやろうかと考えているドイッチュラントが到着したのは、母港の外れにある指揮官の車が停めてあるガレージだった。車の整備でもさせるのかと訝しんだドイッチュラントだが、ほんとにそうだったら怒鳴りつけてやろうと中へと踏み込む。

 

 

「来てやったわよ下僕! この私を呼びつけるなんていい度きょ…う…」

 

「ようやくお出ましか。今日一日、じれったい思いをさせて悪かったな」

 

 

 苛立ちを込めたドイッチュラントの言葉が切れ切れになって消えていく。彼女の目に飛び込んできたのは、普段は着崩している指揮官用の制服をきっちりと着こなし、いつの間にかきれいに洗車されていた愛車の横に立つラギの姿だった。服装に合わせているのか、普段は緩んだ表情の大いその顔も、一端の軍人であることを示すように引き締まっていた。

 一瞬普段見ない彼の顔にドキリと心を動かされた彼女だったが、すぐに先程までの不機嫌そうな表情を作り直しラギを睨みつける。

 

 

「ちょっとどうしたのよその格好。これから会議でもあるの?」

 

「いや…今日はドイッチュラントの誕生日だろ?」

 

 

 ここに連れて行きたくてな、と言ってラギが差し出してきた端末を覗くと、そこにはとある一件のレストランの予約が入っているという旨のメールが表示されていた。

 

 

「ここって…」

 

「この前話しているときに、こんなレストランに行ってみたいって行ってただろ? だからさ、頑張って予約取ってきたんだ」

 

 

 以前彼の前で、雑誌をめくりながらこのレストランに行ってみたいとつぶやいたことがあった。本来であれば彼がそれを聞いた時点ではこのタイミングの予約は取れないはずの人気のあるレストランだ。驚きつつもドイッチュラントがどうやって予約をとったのかと聞いてみると、「ま、指揮官だしな。いろんなところに顔は利くんだよ」と苦笑いしながらも答えてくれる。

 

 

「みんなもホントは祝いたがっていたらしいけど、今回は俺だけの特権、ってことにさせてもらったんだ。その分気を悪くさせてしまったら済まない。けど、きっちり埋め合わせはするからさ」

 

 

 ラギがドアを開け、仰々しくドイッチュラントを車の中へと迎え入れる。

 

 

「それじゃ行こうか。お姫様」

 

 

 

 

――現在――

 

 

「「「お誕生日、おめでとー!!!」」」

 

 

 パァン! と部屋のあちこちから盛大にクラッカーの音と飾りが放たれ、パチパチパチ…と拍手が続いて起こる。今年もやって来たレイシェの誕生日の日に、会場となっているバー・オイゲンは多くのKAN-SENたちが押し寄せごった返していた。誰もがこのめでたい日に、主役のレイシェに祝いの言葉と日頃の感謝を届けようと押しかけたのが原因だ。

 ちなみに本日の主役は、流石に精神年齢も上がったし三年目ということもあってか、特に取り乱すこともなく次々に訪れる仲間たちと楽しげにお喋りをしていた。

 

 

「お待たせしました~! ケーキの到着ですよ~!」

 

 

 勢い良く開け放たれたバーのドアからは、自分の顔を隠れてしまうほどの大きさをしたケーキを抱えたサフォークが入ってくる。ドスン! と重たげな音を立ててレイシェの目の前のテーブルに置かれたそれは、様々なフルーツやクリームがふんだんに使われた、見ためも鮮やかなフルーツケーキだった。一番上にはろうそくが立てられているとともに、ハッピーバースディとチョコで書かれたクッキーのプレートと、レイシェの姿を模した小さな人形が置かれていた。

 その豪勢なケーキの登場に、バーのあちこちから感嘆の声が漏れるのが聞こえる。

 

 

「ダンケルクさんと一緒に作ったケーキです! ちょっと気合が入りすぎちゃいましたが、味は保証しますよ~!」

 

「ありがと、サフォーク。わざわざ悪いわね」

 

「なんのなんの! スイーツ作りは元から好きですし、この母港にとっても大事な人のお祝いの日ですからね! 是非味わって食べてください!」

 

 

 サフォークの自信満々な姿にレイシェもはにかむ。サフォークのスイーツは絶品と評判で、たまたまよそからここの母港を見学しに来ていた人に出したら"ここの母港にはプロのパティシエでも雇っているのか"と聞かれたほどだ。

 

 準備が整ったところで、レイシェが立ち上がり皆へと顔を向ける。

 

 

「みんな。今日は私の誕生日を祝ってくれてありがとう。まだまだ未熟な私だけれど、この母港がよりよい場所になっていくように頑張っていくから、みんなも協力して頂戴!」

 

 

 レイシェの言葉が終わると、誰からともなく誕生を祝う歌が歌われ始める。その曲が一旦止まったところでレイシェが思い切りろうそくの火を吹き消せば、「おめでとー!」と皆から祝福の言葉が飛び交う。

 

 こうして、一人のワガママ娘から本当のリーダへとなった少女の記念日が、盛大に祝われたのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「すげぇレイシェにプレゼント渡す娘達並んでんな。レイシェ、あんなに人気があったのか」

 

「卿も知らないところでレイシェも多くのものと関わっているようだ。あのお転婆娘が、大した成長をしたものだ」

 

「何か、俺の誕生日のときよりもプレゼント多くない…?」

 

「それだけレイシェに人徳がある、ということだろう。我が兄も、もう少し執務だけでなく色々なものと関わったほうが良いぞ?」

 

「はーい…」




一応、レイシェと指揮官の今度はストーリー仕立ての新しいお話を構想中です。
まだ時間は掛かりそうですが、そちらも待って頂けると幸いです。


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私の髪はお好き?

お久しぶりです!
長い期間更新を止めてしまっていてすみません
物語を書く気力がなくなってしまい、一旦勝手にお休みをさせて頂いてました

待っていてくださる方もいることを知り、ようやく気力が戻ってきた次第です

またぼちぼち更新していきますので、どうぞお付き合いください


「姉ちゃんってさー」

 

「んー?」

 

 

 お風呂上がり。髪をとかしていた私に、部屋に遊びにきていたシュペーが声をかける。

 

 

「すっごい丁寧に髪のお手入れしてるよね。黒くてツヤツヤで、とっても綺麗」

 

「そう? ありがと。そう言われるのは嬉しいわねぇ」

 

 

 いいなー、とシュペーが私の髪を見て羨ましそうな顔をする。

 愛する妹から向けられる眼差しに内心得意げになりながら、顔には出さずにシュペーの方に振り返る。

 

 

「シュペーもきれいな白い髪をしているじゃない。私はあなたの髪、大好きよ」

 

「そう言われるのは嬉しいけど…… 私は姉ちゃんみたいな黒い髪が好きだな。でも不思議。昔はそんなに髪に気を使うタイプじゃなかったのに」

 

「そうだったかしら?」

 

 うん、絶対変わった。とシュペーがビシッと断言してくる。

 櫛を動かす手を止めて、自らの髪をすくい上げてみるとサラサラと手のひらからこぼれていく。

 

 確かに、昔と比べて自分自身とても変わったものだとしみじみ思う。

 以前の私だったら、ここまで身だしなみに気を使うことなんてなかったはずだから。

 

 

「もしかしなくても指揮官の影響でしょ。姉ちゃんの髪が綺麗になり始めたのって、確か指揮官にアプローチかけ始めた頃じゃなかった?」

 

「よく覚えてるのね。ま、隠す必要もないし、正解だと言っておくわ」

 

「へぇ! ねえ、その時の話を聞かせてよ!」

 

「えぇ? たいして面白い話じゃないわよ?」

 

「いいの! 私が聞きたいんだから!」

 

 可愛い妹(シュペー)が期待の眼差しを向けてくる。

 この目をされると私は弱い。

 

 まあ、でも。

 話したところで減るものでもない。それなら、期待に答えるとしよう。

 あのときのことを思い出しながら、ゆっくりと私は口を開く。

 

 

「そうねぇ……あれは確か……」

 

―――

――

 

 

「いよぅし! これでこの付近の海域の安全も盤石なものになる! よくやってくれた!」

 

 

 私の報告を聞いた下等生物(指揮官)が、目の前で大きくガッツポーズをする。

 先程の出撃で、ようやく目標としていた海域を制圧することができたからだ。

 普段はあまり大振りな行動をしない人物なだけに、今回のことにとても喜んでくれているのだと、思わず私の顔も綻んでしまう。

 

 

「しかもドイッチュラントが活躍してくれたんだろ? ありがとうな」

 

「…っ/// ま、まあ? 私にかかればこの程度、造作もないことよ!」

 

 

 彼の素直な賞賛に、頬を染めながら胸を張って答える。

 驕りを捨てて自分と素直に向き合うことが出来るようになった私は、以前よりも成長していると感じることができていた。

 

 それでも大したことはないと言った私の頭を、彼は感謝の思いを込めて撫でる。

 最初の方こそ子供扱いされているようで気に食わなかったが、最近はみずから帽子を脱いで、進んで撫でられるようになっていた。

 彼の温かい手が自分の頭を包んでくれる。

 彼のぬくもりが感じられるこのひとときが私は大好きだった。

 

 しばらくは彼のぬくもりを堪能していたが、ふと手を止めた彼がわずかに表情を曇らせる。

 

 

「髪が海風のせいで傷んでしまっているな…… すまない。きれいな黒髪なのに……」

 

 

 先程まで喜びに満ち溢れていた声が、申し訳ないとわずかに悲しみを込めたものに変わる。

 

 

「そうかしら? 私達は海に出て戦うのが役割なんだし、髪がこうなるのは当然だと思うけど」

 

「だって、ドイッチュラントだって女の子じゃないか……」

 

 

 女の子、というところにくすぐったさを感じる。

 この人は出会ったときからそうだ。私達KAN-SENを、ヒトとして扱ってくれる。

 そんなところが、彼がみんなから信頼される所以なのだろう。

 

「気にしなくていいわ。部屋に戻ったらシャワーは浴びているのだし、洗えば髪なんてもとに戻るわよ」

 

「そうか…… なあドイッチュラント。今回のお礼と言っては何だが、俺から一つ提案があるんだがいいか?」

 

「あら、何かしら」

 

「後で、俺の部屋に来てくれないか?」

 

「は……? へぇっ!?」

 

 

 

 

 

 

 

(い、一体何かしら? 突然風呂に来いだなんて。もしかして、もしかするのかしら?)

 

 彼からいきなり自分の部屋に来てくれと言われ、悶々とした思考で頭がいっぱいになってしまう。

 

 自分のことを女の子だと言った彼からの、自室へのお誘い。

 しかも指揮官は未だに結婚をしておらず、KAN-SENにも誓いの指輪を渡していない。

 

 これはひょっとして、ひょっとするのではないだろうか。

 そんなことを考えながら、彼の自室へと歩みをすすめる。

 

(私が選ばれたのかしら///)

 

 正直なところ、自分自身も多少は…… いや、かなり彼には惹かれている。

 そんな折に今回の申し出だ。変な勘ぐりをするなという方が無理だろう。

 

 まさかとは思いつつも、何が起きてもいいように私の部屋で入念にシャワーで体を洗い流し、一番良い下着を身に着けて今ここを歩いている。

 

 大丈夫。そういう展開になったとしても、シュペーから借りて読んでいた少女マンガで勉強済みだ。

 きっとなんとかなる。

 

 期待と不安が入り混じりながら、いつの間にか着いていた彼の部屋の前に立ちドアをノックする。

 程なくしてどうぞーと中から声が聞こえてきたので、意を決して部屋の中へと踏み込んだ。

 

 

 

 

「うん、まあ知ってたわ」

 

「何だ? なんか言ったか?」

 

「なんでもない」

 

 

 ふてくされたように頬をふくらませる。

 

 彼の部屋に入ったあと、急に風呂に連れ込まれたと思ったらいきなり「髪の手入れをさせてくれ!」などどのたまうのだ。

 呆気にとられていた私をあれよあれよと風呂へと連れ込み、あっという間に髪を洗われたと思ったら今は彼の部屋のリビングで椅子に座らせられている。

 

 ……結局彼に"そういう気"はなかったようで、ただ純粋に私の髪を心配していた…というのがオチだった。

 先程までの乙女のような思考を思い出し、今更ながらに顔から火が出そうになる。

 

 私の後ろにまわった彼は、何やらボトルを取り出し、中のオイルのようなものを自らの手のひらの上に出していた。

 

 

「これは重桜でよく使われてる、花の油を集めたものでな。これで髪を手入れしてやると、とても綺麗になるんだ」

 

 

 明石の店で売ってたから買ってみたんだ。と言いながら、手に広げたそれを手櫛で私の上に塗り込んでいく。

 言われてみればほのかに花の良い香りがするそれは、自然に私の髪へと馴染んでいった。

 

 これでよし、と彼がドライヤーで私の髪を乾かしていく。

 

 髪を乾かされている間、なんとなしに彼の部屋の中を眺めてみる。

 この母港で一番上の立場に立つはずの彼の部屋は、しかしてその立場に似合わずに私達の部屋とそう大差ない広さだった。

 豪華な家具や内装が置かれることもなく、彼の故郷が重桜であるためか、母港にもある重桜寮と似たような作りをしていた。

 

 

「意外と普通の部屋に住んでいるのね」

 

「もっと豪華だと思ったか? あいにく、俺はそういったものには興味がなくてな。広い部屋ってのも落ち着かないんだ」

 

「いいんじゃない? 私は好きよ」

 

「そうか。それなら良かった」

 

 

 終わったぞ。と髪を乾かし終えた彼が、私を部屋にあった鏡の前に立たせる。

 

 先程までボサボサとして、決して綺麗なんて言えなかった私の髪が、今は黒い光沢を放ちながらぱさりと私の動きに合わせて揺れていた。

 

 

「凄い…… こんなに変わるものなのね」

 

「重桜自慢の品だ。これはやるから、使い続けてみるといい」

 

「ありがと。でも、なんで私のためにわざわざこんなことするのかしら?」

 

 

 思ったことを素直にぶつけてみる。どうせまた海に出れば、再び髪は傷んでしまう。

 ならばなぜ、こんなことをするのか、と。

 

 

 聞かれた彼は、照れくさそうに笑って答えた。

 

 

「だって、もったいないじゃないか。女の子の髪が、手入れもされずにボサボサのままだなんて」

 

 

 それにな、と彼は付け加える。

 

 

「俺さ、ドイッチュラントの黒い髪がすごい好きなんだ。だからこそ、綺麗になってほしかったんだよ」

 

 

 

――

―――

 

 

「いやもう、ご馳走様です」

 

「何よシュペーったら。対して面白くもなかったでしょう?」

 

「十分濃厚なお話だったよ。砂糖吐いちゃいそう。昔っから指揮官と姉ちゃんはイチャイチャしてたんだねー」

 

「イチャイチャって…… 当時はまだ付き合ってすらいなかったのよ?」

 

「傍から見ればただのカップルだね。それで、今も指揮官に勧められたものを使ってるんだ」

 

「そうよ。あの日以来、一度も欠かしたことはないわ」

 

 

 そう。あの日以来、私は彼から渡されたものを使い続けている。

 ときにはもっと良いものもあると勧められることもあるが、それでも私には彼が渡してくれたものが一番合っている気がするのだ。

 

 

「いい女の秘訣ってやつだね」

 

「シュペーも使ってみる? きっと、もっとツヤツヤになるわよ」

 

「せっかくだし、お言葉に甘える」

 

 

 そう言ったシュペーの背後に回り込み、彼がしてくれたように今度は私がシュペーの髪を手入れしてあげる。

 彼が帰ってくる頃には、きっと二人して綺麗な髪になっているのだろう。

 そしたら、うんと褒めてもらうのだ。

 

 

「指揮官に早く見せてあげたいな。なんて言ってくれるだろ?」

 

「きっと褒めてくれるわ。焦らないで待ちましょう」

 

 

 そうして二人、彼が帰ってくるのを待ちわびる。

 しばらくしてガチャリと部屋のドアが音を立てた時、二人で玄関へと駆けていくのだった。

 

 

「おかえり、アナタ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「いいなぁ。私も姉ちゃんみたいに長い髪にしてみたいなぁ」

 

「シュペーは髪の毛伸びるの遅いものね。ロングにしたシュペーも、見てみたいわねぇ」

 

「明石ちゃんと夕張ちゃんに頼もうかな。あの二人なら、きっと髪が伸びる薬ぐらい作ってくれそう」

 

「いいわね。今度相談しに行ってみましょうか」

 

 

 

―工廠―

 

 

「儲け話のにおいにゃ!」

 

「どうした明石。また妙ちきりんなことでも思いついたか?」

 

「酷いにゃ夕張…… そうじゃないにゃ! みんなに喜んでもらえるもののアイデアが来そうな気がするにゃ~」

 

「なんだそれ…… まあ、誰かの役に立てるものなら別に変なものでもないか」



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