女勇者と蟹工船 (邪骨)
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蟹工船に乗った勇者

ノベプラで投稿していたものです。続きが書けそうな予感がしたので投稿します。


 血だまりの中に私は寝そべっていた。

 意識は朦朧としていて、立つこともままならない。

 (……私は、死ぬのか)

 抉られた臓腑が床に散らばっているのが見える。私の臓腑だ。

 

『オ”オ”オ”オ”オ”オ”オ”オ”オ”ン”!シュバルボルゾクベンベ!ボルガブボルブベンベ!』

 

 魔王ベリュブギャーダが邪神を呼ぶ(召喚)声がする。

 

 ……そうか、私は負けたのだったな、魔王に。勇者だ何だと言われては来たが、結局この世界には私が守りたいものが、救いたいものが何一つ無かった。大切なものは私を勇者と称えた者共が全て奪い去っていったのだからな。

 

 クックッと乾いた笑いが血と共に口から零れ出る。

 

 私から全てを奪ったこの世界が、魔王の手によって滅びるか。なんて愉快なのだろう!もはや悔しいとも思わない。ただ奴ら目に思い知らせてやれと祈るだけだ。私を勇者と謳ったものに裁きを、彼女を救わなかった世界に災いを。

 

 体力も限界に近づき、瞼を閉じる。浮かんでくるのは懐かしいあの子の影だった。

 

 (…ジュル!そうか、来てくれたのか)

 

 私は陰に手を伸ばす。彼女はそっと包んでくれた。

 

 (行こうか、誰も私たちを縛らない、自由へ……)

 

 

 

 その日、私は死んだ。

 

♦ ♦ ♦

 

 「ユウシちゃん、がんばれ!眠るな!給金も飯も貰えなくなるぞ!」

 

 「わかっている!」

 

 私は塩風こもる船の中、泣きながらカニの様なモノをひたすらに缶詰にしていた。私の涙と鼻水で味付けされた「カニの様なモノ」は、さぞおいしいのであろうな。食べる奴の顔が見てみたい。

 

♦ ♦ ♦

 

 私がこの、蟹工船と呼ばれる船に自ら詰め込まれたのは、半年前のことである。

 

 私は彼女に連れられ、この世から消えたはずだった。

 しかし何故か意識があった、目が開いた。

 そこは見たこともないような巨大な建造物が立ち並ぶ都市だった。恐ろしく早い鉄の箱が道を往来して行く。

 

 ここは異世界か。

 

 そうか、まだ私には生きろというのか、ジュル……。

 ならば生きてみせようではないか。使命に縛られず、真に自由に。

 

 私はこの世界で生きてやるのだ。

 

 

 

 私がこの世界に来て半年くらいたったころだったろうか。その頃の私は、見事なホームレスに仕上がっていて、朝から晩まで空き缶を拾ったりゴミ箱を漁ったりする生活をしていたのだが、そんなある日、知り合いの中年ホームレスの通称シゲさんからこんな誘いを受けたのだ。

 

『ユウシちゃん、蟹工船って知ってるかい。蟹工船てのは、船の中にカニの缶詰工場を引っ付けた代物でさ、これは昭和の頃に廃止されてしまったんだけれども、実はまだ陰で生き残ってるやつがいるんだな。そいつはいつもはコンテナを積んだ貿易船の見た目をしているんだが、中身はそう、その蟹工船ってやつと同じなのさ!しかもそこでは俺たちみたいな国籍もあやふやなホームレスたちが働けるんだと!しかもきっちり働きゃサラリーマンと同じくらいの月給をもらえるって話だ。な、いい話だろう?おれはそれに乗って一つ稼いでやろうと思うんだが、ユウシちゃんも一緒にどうだい?君みたいな少女がホームレスから抜け出すには、手っ取り早く金を稼ぐしかないが、君や俺みたく戸籍のない人間を雇ってくれるとこなんて、そんなにありはしない。だから蟹工船さ、蟹工船では身元の証明なんていらねえからさ、だから俺らでも働ける。』

 

 身元の証明できないような私たちを雇い、かなりの給料も貰えるという話。それはホームレスとして残飯みたいなものをかっ喰らってきた私にはとても魅力的で、もちろん乗るに決まいる。

 

 シゲさんが言うには、その蟹工船とやらは毎月末に港にやってくるのだそうで、現在は十二月二十五日。職ある者達の間ではクリスマスだとかいうイベントがあるそうなのだが、住所不定無職な私らには全く縁のないことだ。

 そんなことはさておき、二十五日ともなれば月末である。シゲさんの言っていた蟹工船がいつ来てもおかしくない時期だ。

 私はひもじいと嘆く腹を抑えながら、シゲさんに言われていた場所に向かう。

 そこはとてつもなく大きな港 (クラーケン何匹分なのだろう?)で、私と同じ目的で集まってきたであろう人たちでごった返していた。

「すごいな…」

 私が思わずそう呟くと、隣から「そうだな」と頷く声が。

「シゲさん、来ていらしたんですか」

 声の主はシゲさんであった。

「そりゃ来ているに決まっとるだろう、最初に此処の話を教えたのは俺なんだしよ」

 なるほど、そりゃそうだ。

「それでシゲさん、蟹工船がいつ来るのかは分かっているんですか?」

「いや、知らん。だが港のこの賑わい様、船はまだ来ておらんのと違うか?」

「そのようですね」

 

 私はシゲさんと共に港を見て回ることにした。

 人が多く集まることもあって、これに便乗せんと商魂たくましい浮浪者たちが、港のいたるところに露店を開いていた。その光景はまるで一つの町のようである。私はそれに元の世界の名残を見たような気になって、すこし懐かしく思った。

 (そうか、私にとってあの世界の事は既に思い出になってしまっていたのか・・・)

 一通り港を見て回ったのには、ちゃんと意味がある。キャンプ地を見つけるためだ。蟹工船がいつ来ても乗り遅れないようにするために皆、港で寝泊りをするのである。

 私たちは港の南端に空きスペースを見つけた。シゲさんは「まるで花見の場所取りのようだ」と言っていたが、ハナミとは何だろうか。新種の魔物?

 私は以前ゴミの集積場で拾ったオンボロリュックサックから黄ばんだ毛布を取り出すと、それを地面に敷く。これで寝床は完成だ!・・・ホームレスにテントを買ったりする金は無いのだ。

 隣ではシゲさんが同様に赤い染みのついた毛布を敷いていた。私の目にはあれがどうしても血痕にしか見えないのだが、気のせいだろうか。

 

 結局蟹工船が来るまで三日待った。三日も潮風に当てられ続けた私の髪の毛は非常に磯臭くなっていた。

 

 蟹工船は巨大だった。全長が百メートルはあり、高さも三十メートル近くあるようだった。

 (巨神よりも巨大だ、これが異世界の技術か)

 私はシゲさんの背中を追いながら船内に乗り込む。

 船の内装は木では無く、全てが金属でできていた。なんてすごいのだろうか。

 

「お次の方~」

 

 受付嬢の様な格好の女に呼ばれ前へ出る。どうやら台帳に氏名を書くらしい。

 私は『ユウシ・ユーギリィ』と記して、女に渡す。

 

「はい、では奥の方へお進みくださーい」

 

 私の新な人生は、まだ始まったばかりである。



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女勇者の過去話① ② ③

文字数制限回避のため、三分割だった話を一つにしました。


 ユウシ・ユーギリィ、私がその名前になったのは五つになったばかりの頃だった。

 

 この世界、『ムブジュゲン』では、全ての子供は五歳になると教会で神より真名を授かるのが通例になっている。私もその例にもれず、協会に連れられ、真名を授かったのだ。

 

 真名は元名の後ろに付く、私の場合はユウシが元名で、ユーギリィが真名だ。

 私の授かったこの真名、ユーギリィというのは、神の苗字である。この名を授かったものは神に英雄と認められたものとして、魔王を屠る使命をも同時に授かってしまう。

 

「すごいじゃないかユウシ!英雄として神に認められるなんて!」

 

「お祝いの準備をしなくちゃいけないわね!」

 

「「お前は家族の誉れだ!」」

 

 平民の家から英雄が生まれたというのは、両親にとっては非常にうれしいことだったのかもしれない。

 だけれど私はそうでもなかった。

 毎日のように教会内で行われる戦闘訓練に参加させられ、女らしい趣味なんてのは一切禁止にされて、それでも世界のため、人間のためと自分の心を殺してきた私の気持ちが分かるか!嫌だったに決まっているだろう!何度逃げ出そうと思ったことか!しかし親からのあの、期待と羨望のこもった瞳を見てしまうと逃げだせなかった、裏切れなかった!

 

 十才になった日、私は旅立たされた。世界を救う旅に。仲間はいない、装備は聖剣一振りに腰当だけ。こんなものでどう世界を救えというのだろう。

 

 両親は見送りには来てくれなかった。

 

 ただ村を出るとき、母親らしき人が私によく似た、赤毛の女の子を抱いていたのを見て、私はひどく悲しくなった。

 きっと私の事なんて忘れてしまっているのだろうな。

 

 

♦♦♦

 

 

「・・・これで、最後だ」

 私は聖剣を怪物の脳天に叩きこむ。

 グチャリという鈍い音と共に、生温かい液体が私の頬にへばり付く。

 

 ブリュゲルヒェ大森林、そこに立ち入ったものは決して生きては出られないといわれる魔境である。

 この森には魔王を倒すカギがあるという噂があり、私はそれを信じてここにやって来たというわけだ。

 

 私は先ほど倒した異形の怪物―――、ギュブルグゾゥの腹部に聖剣の刃を突き立てる。ズニュリとした感触が実に気味が悪いが、気にせずそいつの腹を縦に掻っ捌く。

 そして私はギュブルグゾゥの開いた腹に両手を突っ込むと、鋤骨あたりまで一気に掻き分ける。肉のぬめった感じがまた気持ち悪いが、続ける。すると心臓あたりだろうか、硬いものを触った。形的には骨ではなく、カットされた宝石のようなものだった。私はそいつをつかむとまた一気に引っこ抜く。

 引き抜いた手の内を見ると、緑色に輝く石があった。

 これが魔王にたどり着くためのカギだ。

 ギュブルグゾゥはこの森のボスだったのである。

 (どうりで強かったわけだ)

 

 私はすっと立ち上がる。早くこの忌まわしい森から抜け出さなくてはな。

 

 ユウシ十二歳の頃の事だった。

 

 

♦♦♦

 

 

「ユウシってすっごく強いのね!」

 

 先程から私に引っ付いて離れぬこの少女は何者だろうか。

 

「私の名前はジュルギュガンテ!ジュルって呼んで!」

 

 少女は頭から牡牛の様な角を生やしていて、尾骶骨辺りからは先のとがった尻尾が揺れている。

 それは所謂魔族と呼ばれる種族の特徴と一致していた。

 魔族というのは魔王と共に世界を破壊すると伝えられている、魔王の眷属の事を指している。つまりは人類の敵だ。見つけ次第殺すことが推奨されている存在なのだ。

 しかし私は殺せなかった。初めて見る魔族は、あまりにも人間に似すぎていた。私の目には、その魔族の少女は異形の化け物ではなく、ただの可愛らしい、汚れを知らぬ無垢な少女にしか映らなかったのだ。故に私はこの少女を放っておくことにした。ついてきたいのならば勝手にすればいいと思った。

 それが悲劇を生むことも知らずに。

 

 

♦♦♦

 

 

 ジュルギュガンテが私の旅に同行するようになってから一年と数か月が過ぎた。

 この頃になると私にとってジュルは居なくてはならない、かけがえのない存在になっていた。幼少の頃より使命を背負い孤独に生きてきた私の、唯一の心の拠り所になっていたのだ。

 ジュルと生活を共にするうちに、私は魔族っていうのは人間と同じなんだと思うようになった。

 普通に意思の疎通が可能で、同じ釜の飯を食いあえて、笑いあえる。彼らに人間との差など角と尻尾程度でしかないのだと、思い知らされた。

 

 ある日、いつものように野宿をするため食材を取りに森の深くに足を踏み入れた。森の中は危険な怪物がわんさか出るから、ひ弱なジュルはテントを張った場所で待たせることにしていた。

 

「ジュル―、今日はグブブズギョンが獲れたよ、鍋にしよう」

 

 私はグブブズギョン、百の触腕を持つ四十センチ程の軟体生物を手に、キャンプ地に帰ってきた。

 

 が、肝心のジュルはどこにも居ない。いつもだったら「お帰りユウシ!寂しかったんだから」と抱き着いてくるはずなのに、居ない。

 

「ジュル!どこだ、どこに居る!」

 大声で叫ぶも、返事は返らない。自分の叫び声が空しく木霊するだけだった。

 

 胸騒ぎがした。

 

「ジュル、ご飯にしよう?お前、鍋が好きだったろう?・・・出てきてって!」

 

 いやな予想が頭をよぎる。

 馬鹿な、そんなことありえない!

 

 私は気づけば森を抜けだして、名もない村落の入り口まで来ていた。

 深夜だというのに、人々の嗤う声と灯りが絶えない。祭りの時期でもないというのに!

 

 人ごみを掻き分ける。

 

 その喧騒の中心へ!

 

 私は立ち尽くしていた。こんなことがあっていいのだろうか、そんなはずない。

 

 見よ!その明々と照らされた見慣れた者を!成れの果てを!

 

 えぐられた臓腑が木々に吊るされ、首は槍に突き刺されている。

 

 太鼓の音がうるさい。

 心臓の鼓動も喧しい。

 

 嘘だと言ってくれ!

 

 バラバラにされた二十本ばかりの枯れ枝のようなものが、散らかっている。

 

 串刺しにされた緋色の双子が火に照らされてキラキラと光っていた。

 

 細長く先のとがったものが紐替わりに使われている。吊られていたのは拳大はある二本の角!

 

「嫌だ、嫌、あ、あああ」

 

 そう、全てはジュルギュガンテの成れの果て!彼女が愛した魔族の少女!

 

「全く、こんなところに魔族が湧くなんて、とうとうここも魔境に飲まれるか?」

「でも魔族ったて、結構楽勝だったじゃん?」

「ああ、二、三度殴ってやったら泣き出したからな、あれは痛快だった!」

「『助けて、ユウシ助けてェ!』『痛いよ、怖いよォ』ってなあ!グヒャハハハ!」

「だがユウシってのは何者なんだろうな?」

「さあ?魔族の仲間かなんかじゃねえか?」

「だけど心配はいらねえぜ!魔族の仲間だか何だか知らねえが、このブギーキ様にかかれば瞬殺よォ!」

 

 ブギーキが爆ぜた。

 

「・・やる・・・してやる、殺してやる」

 

「あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”」

 

「ブギーキ?!畜生、ナンダてめぶくぷぴゅ」

「やめ、やめてくれええええええええ!」

 

 ユウシ十四歳の頃の事だった。



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女勇者と蟹工船の日常

 ・・・・・・嫌な夢を見た。懐かしい夢だった。

 そういえばあの世界は無事に滅亡してくれただろうか。そうであってくれるといいな。

 

 今は二月四日の午前四時。船内の備え付け時計とカレンダーからの情報だから、これで合っているのかはわからない。

 さて、私は粗末な布団から抜け出して、ジャージを脱ぎ捨て作業着に着替える。本日の操業開始時刻は午前五時、私は毎日操業時刻の一時間前には起きるようにしている。これはこの船で二か月程働いて身に着けた習慣みたいなものだ。

 

「ユウシ~おはよ~」

 

 私にそう話しかけてきたのはナンシーだった。彼女はこの船の中でも数少ない女性工員の一人で、私の唯一の同性の友人である。

 ナンシーは今日も短く切りそろえた金髪をふわふわと揺らし色香を撒き散らしているようで、床には股間を抑えた男衆が蹲っている。彼女曰く、「何か勃起して襲ってくるから返り討ちにしてやったのよ」だそうだ。

 ナンシーさん、その淫靡なオーラは無自覚でしたか、そうですか。私は一回も襲われたことないんですけど・・・はッ、まさか胸の大きさか?!

 私は彼女のけしからん脂肪の双丘を眺め何となく嫉妬に駆られた。別に男にモテたいわけじゃないんだけどね。

 

 だって私にはジュルが居るんだもん!寂しくないよ!

 

 ・・・はぁ、話を戻そうか。

 

 それから私はナンシーを連れ立って、これまた小汚い食堂に向かう。

 何が小汚いって、食堂全体が妙にアンモニア臭いのがまず不愉快なんだけど、それ以上にそこら一面に撒き散らされた吐瀉物が汚い。吐いた奴はちゃんと掃除しろ。

 

「ユウシちゃんはどれにするの~?」

 

「どれをと言われても選択肢が無いのだが」

 

 カウンターテーブルの固定回転椅子 (これまた錆びだらけの)に座った私たちの目の前には、海老のようなものと鮭のようなものをそれぞれトマト (缶詰)で煮込んだもの、それが二皿あった。

 ちなみに何故「のようなもの」と付くのかというと、それは彼らの見た目に原因があった。

 海老のようなものには人間の手に見える器官が生えていたし、鮭のようなものには人間の足に見える器官が生えていた。これを「のようなもの」と呼ばず何と呼べばいいだろう。ナンシー曰く「こんなキモイもの初めて見るよー」とのことだったので、おそらくこれはこの世界の現地人ですら知らない悍ましい存在なのだろう。

 ぶっちゃけ食べたくない。

 しかし今日の朝食はこの二品しかなかったので、仕方なくといった感じで注文したわけである。

 ちなみにこの「のようなもの」は昨日釣れた新鮮なものらしい。こんなキモイのが釣れるのか、この海は。

 

 この世界の海原に若干戦慄しながらも、私たちは「のようなもの」を食べてみることにした。

 

 ・・・んッ、これは・・・?!

 

「クセェ!!公衆便所の臭いがする!!!!」

 

「ゲェエッ、オポッ、ゲロロロロロロロロロロォッ」

 

 私はその味に怒鳴り、ナンシーはカエルみたく鳴いて嘔吐した。

 

 こんなヒデェもん食わされりゃそりゃ床一面ゲロ塗れになるわ!!ふざけやがって!!

 

 「わたし、もうこれ食べたくない・・・ユウシにあげる・・・」

 

 胃の中のものを全てばら撒いたナンシーが、鮭のようなものの腕を私の口に捻じ込んできた。

 いらん、超いらん。スゲー不味い!!

 だが何だかドキドキしたのでまあ良しとする。

 

 これを何処かの界隈では百合というそうだ。シゲさんが言っていた。

 だから私はナンシーに「これって百合なのかな」と言うと、彼女に「バカなの?」と呆れた顔で否定された。

 そうなのか。

 

 胃液薫る空気に耐えかねた私たちは、操業開始まであと十五分はあったが、逃げるように工場に向かった。



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女勇者と蟹工船の日常②

 コンベアの上を走る缶の中に蟹のようなものを詰めるのが私含む女性工員の仕事だ。男どもは早朝から深夜まで、延々と蟹のようなものを捕獲し捌くことを仕事として与えられている。

 こう見ると私たちの仕事の方が楽そうに見えるが、そんなことはない。

 カニのようなものは、「のようなもの」とつくだけあって普通のカニではない。

 

 このカニの切り身は人を殺すのである。

 

 私たちはその暴走するカニの切り身を制圧し、缶詰にしなければならない。殺意を持ったカニの切り身を相手にするのだから、当然死人も出る。

 カニに殺された奴らは皆、簡単に葬式をした後に海に流される。これは疫病を防ぐためである。

 海は厳しい。

 

「ヨシザキィィイイイ?!」

 

「手が、ああ、いぎゃあ、いでぁあああああああ!!!!」

 

 ヨシザキと呼ばれた女が、股間を湿らせ絶叫。その手首からは鮮血がビュービューと噴出していた。どうやらカニの切り身に巻き付かれ、手首を圧迫されて切断されたらしい。

 

 これが蟹工船の日常である。

 

「あ~あ、やんなっちゃう。ね、ユウシちゃん?」

 

「おしゃべりをする暇があったら手を動かせ。死ぬぞ」

 

 ヒュッ、ヒュッと虫の息なヨシザキを尻目に暢気な事を言うナンシーに、私は注意の声を掛けながらカニの切り身を聖剣で切り裂く。ビチビチと床で痙攣する切り身を掴み、缶に押し込み密封。

 元から切り身なこいつらを切ったところで死ぬのかという疑問は最初はあったが、今ではもう気にしていない。そんな暇が無かったからだ。

 

 ちなみにカニを切り裂くのに使ったこの剣を聖剣と呼んだが、これは嘘ではなく本当に聖剣なのだ。私が以前居た世界で愛用していた、正真正銘の聖剣である。これは私がこの世界に持ってこれた唯一の装備でもある。

 

 聖剣もまさか自分が包丁の代わりに使われるとは思ってもみなかっただろうな。(これが包丁の正しい使い方であるかは知らんが)

 

「三匹目ェ!」

 

 ナンシーが叫び、カニの切り身を両断。彼女の手に握られているのは、彼女のゆるふわな雰囲気とは反する漆黒のコンバットナイフ。デカ乳幼女な外見の彼女だが、ここにやって来る前は凄腕の暗殺者として活躍していたらしい。

 道理で肝が据わっているわけだ。

 

「へへぇん、どうだユウシちゃん!私ってば強いでしょ!」

 

 そう犬のように駆けよってくる彼女だが、私から言わせてもらえば及第点程度。彼女の実力では下級デーモンすら倒せまい。

 というわけで、お手本を見せてやることにした。

 

「フッ、強いってのは、このくらいになってから言うんだな!!」

 

 私は聖剣に魔力を纏わせ、カニに向かって一太刀。それは紫電を伴いカニの切り身を同時に数百絶命させる。

 今のはまあまあの剣だったが、全盛期の私であれば今の倍は切り刻めたであろう。しかしまあ、こんなものか。

 

「おお、ユウシちゃんすごーい・・・」

 

 ナンシーはそう言って惜しみない賛美をくれる。

 気持ち良い!実に気持ちが良いぞ!アハハハ、もっと私を褒めるんだナンシー!

 

 

「うわぁああッ、ヨシザキ、死ぬなヨシザキィ!!」

「・・・空が、蒼いよ・・・みつ子ちゃん・・・」

「ヨシザキ、何が見えてんだ?!ここは船の中だぞ!!」

「まま・・・ぱぱ・・・しょうちゃん・・・」

「おい!しっかりしろヨシザキ!!」

「・・・・・・・・・」

「ヨシザキ?・・・返事しろよ、なあ・・・!」

「・・・・・・・・・」

「ヨシザキ、イヤだ・・・死んじゃイヤだよォ・・・」

「・・・・・・・・・」

 

 

 ボーン、ボーンと船内に鐘の音が響く。昼休憩の合図だ。

 

「・・・食堂行くか、ナンシー」

 

「そうしよっか」

 

 カニ汁で塗れた私たちは食堂に向かうことにした。

 

 食堂には今朝と変わらずゲロが巻き散らかされたままだった。だから誰か掃除しろってば、私はしないけど。

 

 

「退けテメェラ!!急患だァ!!」

 私たちが椅子に座ろうとしたとき、ずかずかと衛生班の女たちが担架を担いで走り去っていった。

 「ヨシザキ、死なないでぇ!!」

 そしてその女たちの後ろを、ポニテの女が泣きながら追いかけていく。

 

 

 ・・・・・・食事が不味くなるからヤメロってば!!なんだよアイツらデキてんのか?!死ぬなよ!!

 

 しかし食事が不味くなるとは言ったが、目の前に出された昼食は今朝と同じく鮭のようなものと海老のようなもののトマト煮込みだ。元から不味い料理なのだから、これ以上不味くなりようがなかった。

 

「うげぇ、またこれぇ?」

 

 ナンシーは顔を歪めて呟く。私もそう思うが、これ以外食べるものが無いのだから仕方ないだろう。

 

「文句を言わず食え、ホラ」

 

 私は嫌がるナンシーの口に海老のようなものを捻じ込んでやる。今朝の仕返しだよフフフ・・・。

 

「オゲェ!!死ぬ!!死ぬ!!!アバァァァアアア――――!!!!」

 

 ゲボゲボと噴水の様に吐瀉物を床一面に散らし、頭をテーブルにガンガンと叩きつけ悶えるナンシー。そんなに不味かったか、それ。今朝はそこまで不味くなかったのに。

 興味が湧いたのもあって、私もそれを口に含んでみる。

 

「グェエエエ!!苦しい!!死ぬ!!イヤァァアアアアア――――!!!!」

 

 結果、私もナンシー同様額をテーブルに打ち付けることとなった。

 味は今朝のアンモニア臭のするものから大幅にグレードアップしていた。今朝のが小便だとすれば、今のはウンコみたいなもんだ。とても食えたもんじゃない!

 

「おいババァ!!テメェ一体何混ぜやがった!!」

 

 私は厨房のババァ怒鳴りつける。

 こんなゲロ不味いもん食わせやがって、泣かせてやる!

 

「何を混ぜたって、これよ!!」

 

 キレ気味の天パババァが厨房の奥からヌッと顔を出し、私の眼前にソレを叩きつける。

 

 ソレは脳味噌に毛がいっぱい生えたような見た目で、裏にはびっしりと短い触手が生えた悍ましい生き物であった。

 

 

「何じゃこれはぁぁああ――――?!?!?!」

 

 

 私は絶叫した。

 

 

 これが蟹工船の日常である。

 



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