主人公の前に初期で現れて圧倒的な強さを見せつけて終盤で味方になってすごくかっこよくなる悪役になります『リメイク』 (??????)
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プロローグ
始まり


前世の記憶というものを信じるだろうか?何故こんな馬鹿げた話をしているかと言えば、ついこの間前世の記憶がよみがえったからだ。そして気が付いてしまった。あれ此処、前世で読んでたラノベの世界じゃね?という事実に。

 

まあ、最初は混乱したものの別段どうということはなかった。前世の記憶と言っても、他の人の人生をドキュメンタリーで見たような感じだし、ラノベの世界に似ているからと言っても個人的にはここが現実なのだから仕方がない。

 

 

 

一つ問題があるとすれば、俺の生まれだった。この問題を整理する上で、この世界について整理しないければならない。

 

魔物と呼ばれる謎の生命体から世界を守るため魔法師という存在が一般的になった現代の東京もどきを舞台にしていて、主人公はひょんなことから学校の帰り道で傷だらけの少女を見つけて助けてしまう。それが、名家のお嬢様でその出会いから魔法使い育成のための名門の高校に通いだして魔法使いの犯罪を取り締まる組織に入ることになるという王道なストーリーなのだ。

 

さて、この世界で暮らす上で問題となることが二つある。一つはこの世界はモブに厳しいということだ。もう主人公の周りマジで治安悪い。魔物が街を襲撃にくるし、犯罪組織は学校にもぐりこんでくるし…しかも事件が起こるたびモブが必ず死ぬ。

 

二つ目は、俺がヒロインの一人である柊雪花の兄ということだ。え?何が問題なのかって?確かに一見、モブではなくなるので死にづらくなったように見えるのかもしれない。だが!この世界では主人公陣営の人間であろうと、死ぬときは死ぬのだ!実際問題、前世の俺が最後に読んだ最新刊ではすでに柊雪花は死んでいる。マジで由々しき事態である。そもそも、柊家自体に問題があるのだ。父親は怪しげな人体実験してるし、ストーリー上でのラスボスの組織の幹部が出入りしてるし。最後には真実に気付いた雪花は父親に捕まり人体実験の披検体だ。

 

 

 

これを踏まえたうえで、俺が生き残るための生存戦略を考えた。まず、ストーリーが終わるまでは平穏な生活を送るっていうのは無理だろう。主人公が速くラスボスを倒してくれることを願う。目下の問題は、柊家だ。あの父親を倒さないことには俺も人体実験の被検体にされかねない。モブに厳しいという問題は、モブにならず適度に目立ってストーリーが改変されない程度に物語に関わればいいのであまり問題ではない。

 

 

 

とりあえず逃げるにしても戦うにしてもある程度の力が必要だ。だから俺は、名家の権力をすべて動員してまず強くなることを決意した。今までの訓練で、俺にはかなりの魔法適性があることが分かっている。人は一つか二つの属性の魔法しか使えないというのが原則だ。特別な才能があるものでも三つだ。

 

例にもれず俺の属性もまた二つだった。だが俺の場合、柊家の特色でもある氷属性、その適正がずば抜けていた。魔力量もそこそこ多い。そして何より魔力の扱いにたけていた。名家の英才教育様様である。

 

 

 

というわけで、俺は使用人たちから教えられる魔法の基礎的な知識以外にも、将来必要になるであろう魔力制御の訓練を始めた。使用人たちは俺のことを天才だと評価したが、俺を上回る才能を妹が持っているのを知っている身からすればなんとも複雑なものだ。俺は主人公ではないので、才能があると言ってもそんなに簡単に力が身に着いたりしない。ただ、俺にアドバンテージがあるとするなら、未来の知識と効率のいい鍛錬の方法、そして早めに訓練を始めたという時間的なものだけだ。俺もできることなら主人公補正が欲しかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そうして6年の月日が流れた。俺は14歳になり、妹は11歳だ。予想に反して、鍛錬の成果は想像を遥かに超える形で出ていた。俺は現在当代最強と噂されるほど強くなっていた。まあ、最強といえどもランキングにはラスボスとかは入っていないし割と小さなくくりの中での話だ。数年後には誰かに抜かされるだろうし、終盤では必ず主人公の方が強くなっているだろう。だが、期待以上になったのは変わらない。

 

問題は、父親と柊家をどうにかする算段が立っていないことなんだけど…。ま、まあ、最悪、妹が殺されるまでにどうにかすればいいんだし問題ないよね…。

 

 

 

 

 

俺は数日後この考えがいかに浅はかだったのか知ることになる。なぜなら、

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その日は記録的な大雪だった。大して雪が積もらない東京でも5cmを超える雪が積もっていた。しんしんと辺りを銀世界に染めていく雪。そして、銀世界を染め上げている赤い血。あたり一面から生えている氷の槍柱も相まって、柊邸は異世界と化していた。

 

「私としたことが……息子の資質を見誤っていた、ようだ……カハッ」

 

氷の槍にその身を貫かれながら、その男柊千里は吐血しながらも笑みを浮かべる。

 

「魔力の暴走で辺り一帯に干渉してみせるとはな…お前はやはり」

 

「もうしゃべるな…」

 

「…ハハハハ。浮かべているのは憐憫か?後悔か?怒りか?」

 

「全部だよ」

 

顔をゆがめる緋色とは対照的に千里は愉快そうに笑っている。

 

「実験は失敗だ。私は、想定を遥かに超えるものを作り出してしまったらしい」

 

「ああ、………俺もあんたも愚かだった。自分の理解を超えたものなど作り出してはいけなかった。その結果がこの惨状だ」

 

「……結局、私の願いは人には過ぎたものだったらしい」

 

「なあ、何がそこまであんたにさせた?」

 

「…緋色………いずれお前にもわかる。愛情とは人を最も狂わせる麻薬なのだと」

 

緋色と千里、二人の会話は驚くほど静かなものだった。まるで音も感情も何もかもを雪が冷やしてしまったかのように。

 

「ひ、緋色ぼっちゃん」

 

二人の間に第三者の声が吹き抜ける。そこには片腕をかばいながら、足を引きずって歩く初老の男性いた。

 

「クハハハッ!ガフッ!?ハァ、ハァ、しぶとさだけは一流だな…翁」

 

「だ、旦那様」

 

未だに事態を把握しきれていない翁は、目を見開き困惑する。氷の槍に貫かれ満身創痍の千里とその場に立ち尽くす緋色。翁にとってその光景を理解するには情報量が少なすぎた。そんな翁を見かねたのか千里は助け舟を出した。

 

「真実が……知りたいのであれ、ば一人で地…下に…行け。用がなく…なれば資料は廃棄しろ。ハァ…ハァ…ハァ、当主としての最後、の命令だ」

 

「そ、それはいったい…これは」

 

「次期当主には雪花がなる」

 

「翁…後のことは頼んでいいか?」

 

困惑したまま立ち尽くす翁だったが緋色の目を見て、疑問をすべて飲み込んだ。その眼は14歳の少年がするには、あまりにも痛々しい、後悔と残痕が混じった眼だったからだ。

 

「ッ……はい」

 

「柊千里は俺が殺した。目的は不明。柊千里を殺めた後に使用人を虐殺。屋敷を半壊させ、逃走を図った。いいな?」

 

「…よろしいのですね?」

 

「ああ…どうやら俺は思っていた以上に周りの人間のことが好きになっていたらしい」

 

無邪気な少年がするには何とも儚く痛々しい笑みを浮かべ、自嘲気味に翁に笑いかける緋色を見て千里は嗤った。

 

「クハハハハ…ひいろ…お前は必ず私と同じ道を選ぶ…なぜ、なら———」

 

緋色は、そう言い残して力なく倒れていく父を見ながら、淡く幼い魔力を感じて後ろを振り返る。

 

「お兄様?」

 

「雪花か」

 

庭には、雪花がいた。ここまで走ってきたのだろう。息を切らせながら、朱色の目を見開いている。

 

「これはお兄様が…」

 

雪花は信じられないといった声を出しながら、数歩あとずさり座り込んでしまった。倒れ伏す父とその傍らに返り血を浴びた兄がいれば理解が追いつくだろう。

 

「昔、お前は言ったな。魔法で多くのものを守りたいと。傷つけるためには使いたくないと…。教えてやる。お前の魔法では誰も助けることなどできない…お前は、無力だ。あやふやな理想でなせるものなど何もない」

 

「兄さん、何で…こんな」

 

一面から生えた氷の槍は多くの人間を刺し貫いている。氷も、地面も、赤い血で染まっており、振りだした雪をも赤く染めている。まさに地獄絵図。11歳の少女には、トラウマだ。

 

「フン、俺の目的のために行動しただけだ。いいか、雪花……守りたくばつよくなれ。余計な感情など捨てろ」

 

そう言い残して、緋色は屋敷を後にした。

 

 

 

 

 

 

 

この日、予想外の出来事と自分の言動を鑑みて俺は今後の方針を大きく変えた。そう、これからの俺の方針は———

 

 

 

主人公の前に初期で現れて圧倒的な強さを見せつけて終盤で味方になってすごくかっこよくなるそんな悪役になる。

 

 



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2話

七星———この国の魔法関連を中心に大きな影響力を持つ七つの家を総称し、七星と呼ぶ。

 

藤風、白百合、空菊、萩野、莇、柊、夜桜。この七つの家こそが七星と呼ばれる名家であり、現在の日本の最大戦力である。

 

魔法評議会。それは、日本において魔法関係の事案を扱う組織の名称だ。魔法に関する事案の精査、魔物に対する対策、国外とのパワーバランス、魔法師の育成、様々なことを議論し決定する機関だ。数百年前、七星が作り上げた組織であり、現在行われているのは一年間で議論されてきた問題に対する最終決定を行う会議である。

 

「白百合はどうした?」

 

それほど広くない室内に夜桜森厳の挙げた疑問は不思議とよく響く。

 

「彼は病欠だそうです」

 

「まあ、仕方がないでしょう。彼も引退を考える年ですし」

 

夜桜の質問に返答したのは萩野家の現当主、萩野国近だ。それに追随するように言葉を続けたのは莇家の当主。

 

「代役が後から来るって話ですよ」

 

莇家の当主、莇草月は灰色の髪を撫でながら続ける。

 

「それより、問題は柊でしょう?生き残りの柊雪花を早く当主に据えたらどうなんです?七星が一つ欠けたままでは話にならない」

 

「それについては会議で話すべきことでしょう。短気は損気ですよ?草月君」

 

「そういうあんたこそ、いつまでも当主の椅子に噛り付いてないで息子に譲ったらどうだ?大層優秀らしいじゃないか?」

 

「……」

 

「……」

 

莇と萩野の間に見えない火花が散りだしたのを見て、夜桜森厳が介入しようとした瞬間、第三者の声が二人の間を通り抜けた。

 

「あら、会議の開始にはまだ早いはずだけどもう白熱しているのかしら?」

 

二人の視線が自然と介入してきた主に向く。曇りのない翡翠色の髪。老いを感じさせない魔女の姿がそこにはあった。

 

「あまり見っとも無い姿は見せないでちょうだい?腐っても、七星の一員でしょう?」

 

皮肉交じりの藤風の言葉に渋々といった調子で、自分を押さえ席に座り直す二人。

 

「まったく…藤風が介入しなければわしが黙らせるところだったんだがな」

 

「だから止めに入ったんですよ」

 

藤風は夜桜の発言を聞いて冷や汗をかきまくる萩野と不満そうにそっぽを向く莇を見ながら、ため息を吐く。夜桜森厳が発する覇気は、この場にいる誰よりも重く鋭かった。通常、引退を考えるであろうこの老人が未だに当主の席に居座り、軍事関連に大きな影響力を持っているのは、ひとえに彼以上の魔法師が日本に存在しないからだ。

 

「後ろにいるのが白百合の代理か?」

 

ここまで一言も話さなかった空菊家の当主が初めて口を開いた。空菊の質問に吸い寄せられるように全員が彼と同じ人物に目を向ける。

 

 

 

「はい、お初目にお目にかかります。白百合夏葉と言います。以後お見知りおきください、空菊様」

 

低くもなく高くもなく威厳があるわけでもなく、かといって矮小さも感じない。表現のしようのないか気を含んだ声が部屋に響く。優雅にお辞儀をしたその少女は、その場にいたものの視線を独り占めにした。

 

儚い…その少女を見ればきっとほとんどの人物がそういう類の感想を抱くはずだ。しかし、空菊はその少女に対してそういった感情は抱かなかった。確かに美しい造形をしている。純白の白髪は汚れなく、琥珀色の瞳は理知的かつ優雅な印象を抱かせる。だが、空菊は彼女を受け入れる気にはならなかった。本能が、拒絶したのだ。

 

「……七星家の当主は原則平等な関係だ。当主の代理できたというのなら、謙るのはやめろ」

 

「失礼しました」

 

空菊の灰色の鋭い視線が夏葉を貫く。しかし、夏葉はまるで動揺することなく丁寧に言葉を返した。

 

「これで、六人そろったな」

 

六人全員が円卓を囲み席に着く。

 

「では、決定議会を始めよう」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(朝天気予報を見た時は、晴れの予報だったが存外天気予報は当てにならないな)

 

柊緋色は雨雲に覆われた空を見上げてため息をついた。

 

(まあ、悪天候の方が好都合だ)

 

緋色は眼下に広がる警備網を見下ろしながら、自嘲気味に嗤う。必要なこととはいえ、人を殺めるのはやはり得意になれない。名家ゆえに幼いころに自分を殺そうとする暗殺者と戦ったことはある。だが、あれは自分の中で自衛するためだと納得していたからこそ、できたことだ。

 

(まったく…自分に嘘をつくのはこんなにも難しい)

 

緋色はキツネのお面をかぶりながら覚悟を決めると、詠唱を紡いだ。

 

「『氷剣時雨』」

 

空中に、40個の氷製の剣が生成される。緋色は、一拍置きその氷の剣を一気に放つ。上空から、振ってくる氷剣は容赦なく命を刈り取る雨と化した。

 

「うああああああ」

 

警備の者たちの足や腕、腹部をめがけて氷の剣が襲う。

 

「応援が来るまで、20分ってところだろうな」

 

緋色は魔法で強化した腕で、氷の槍を投擲する。槍は、門に吸い込まれていき、いとも簡単に鉄の門を貫き破壊した。

 

轟音を挙げて、崩れていく門を見ながら口角を上げ緋色は叫んだ。

 

「さあ、タイムアタックといこう!」

 

「何者だ!」

 

警備兵の一人が、警戒しながら緋色に問いかける。

 

「お前らにとっての悪魔だよ」

 

緋色はそう言って、再び背後に氷の剣を展開する。

 

「うまくかわせよ?『一斉掃射』」

 

次の瞬間、鮮血が氷を濡らした。空中から掃射される氷の剣は確実に警備兵を刈り取っていく。

 

「ぐわあああああああッ!」

 

「痛ぇぇ!!!!」

 

「『強化』」

 

うまくかわして生き残った相手に、緋色は身体強化魔法を使い肉薄する。身体強化魔法は、魔法使いの中ではもっとも簡単で使い勝手のいい魔法である。しかし、それゆえ鍛えていない人間と鍛えている人間とでは差が大きい。

 

結果として、肉薄された警備兵は緋色を視認することなく緋色の蹴りを食らい消し飛んだ。

 

「もう終わりそうだな」

 

「クソッ!何が起こってる!!!!」

 

「一気に半数以上やられたぞ!?」

 

「残りは、10人。七星の管轄にしては警備が薄いな」

 

「と、とめろぉぉぉ」

 

「『氷陣の杭』」

 

警備の人間が放った魔力弾は全て氷の杭に阻まれ撃ち落とされる。それだけにとどまることなく、氷の杭は警備の人間を刺し穿つ。

 

「…悪いな」

 

緋色は、傷口が凍り付き出血が止まっている警備の人間を確認してから、悲鳴と苦悶の声を背に施設内部に入って行った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

突入から五分、研究所は地獄となっていた。辺り一面が、銀世界。氷の彫刻と思われるのは人間が凍っているものだ。外にいた、警備のものは一人残らず氷の杭で貫かれ行動不能、中にいる警備兵は氷の置物になり果ててしまっている。この時間わずか三分。この制圧時間が、緋色とその他の魔法師との技量を明確に表していると言えた。

 

「才能に感謝だな。魔力制御のコツを知っていたとはいえ、常人にはたどり着けない領域までこれた。終盤で出てくる敵並みにはなれたかな」

 

自身の成果と生存のために必要不可欠な力を着実に手に入れつつあることに、達成感を感じつつ緋色は廊下を進む。少し歩いていくと、地下への階段があった。

 

緋色は階段を飛び降り、一番大きな扉の前で止まる。緋色は一歩、扉から引いて強化した拳で扉を蹴り破った。

 

緋色は、簡単に扉が吹っ飛んでいく扉を眺めながら悠然と部屋に入りつぶやいた。

 

「ごきげんよう。研究者諸君(クズども)

 

 

 

 

 

『今■■被検■■人潰た。素■し■■では■るが■■■■■法の■は惜しいことをした。成■■■■ったはずなのにな。■■■次の手配■に』

 

声が聞こえる。いつもの声だ…目を開けると、最初に見えるのは液体の中に浸された自分の姿。そして、次に見えるのはたくさんの容器に入れられた人間の被検体…もうここに来てからずいぶん長い時が経つ…いや、正確な時間など思い出せないのだが…それでも長いこといるのは分かった。

 

「おう、起きたか。7000番。喜べ、今日をもってお前は生まれ変わるんだ。ひひひひひひひ」

 

研究員の一人が声を掛けてくる。だが、もう何も感じない。特に怖いなどという感情は持ち合わせていない。そんなもの、とっくの昔に壊れてしまったのだろう。

 

「さあ…」

 

ドォォォォッン!!!!!

 

轟音とともに、研究室の扉が消し飛んだ。

 

 

 

「何事だ!!!」

 

研究員の男が叫ぶ。周りの男たちもうろたえている。そして、その男は、現れた。

 

「見つからないためとはいえ、外部の情報を遮断したのは失態だったな。確かに見つかりにくい場所ではあるが、見つかりさえすれば、こうもたやすく食い破られる…」

 

夜の空を想起させる黒い髪に仮面中から覗く碧い瞳。

高校生くらいの少年が、入ってきているのが見えた。少年は、まるで、街道を悠然と歩いていくように…自然に、違和感なく研究室の中を歩く。そして私を見て、悲しそうな、うれしそうな、悔しそうな、ぐちゃぐちゃな感情が混ざり合った複雑な顔をしていた。そしてすぐに視線をそらし、研究者に言い放った。

 

「ほんとに助かるぜ…お前らみたいやつは、殺しても罪悪感に苛まれないからな」

 

ゾッと底冷えするほど、冷淡な声で彼は言い放つ。

 

「…『氷結世界』」

 

少年がつぶやいた瞬間、少年が立つ足元を中心として氷が吹き荒れる。廊下一面が薄氷によって覆われていく。この場にあるもの全てが圧倒的な魔力に支配されていく。

 

たった数秒で私を除いた部屋のすべてが停まった。

 

 



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3話

「さて、一通りの議題は片付いけたことだし本題に入ろう」

 

「柊家について……ですね」

 

「柊家の問題は大きく分けて二つあります。一つは、跡継ぎの問題。もう一つは、柊緋色の問題です」

 

「緋色の小僧はいまだ足取りがつかめずか?」

 

夜桜の眼光が萩野が貫く。萩野は冷や汗をかきながら、言い訳を並べる。

 

「ええ、何しろ神出鬼没なものでして。捕捉した時には時すでに遅く…」

 

「ハッ萩野家の当主が聞いてあきれる……たかがガキの一人にここまで振り回されるとはな」

 

安い挑発をする莇を射殺さんばかりににらみつける萩野だが、この場では抑え込んだようで大人しく沈黙を貫いた。

 

「………」

 

「そういった油断はご自身の足元をすくいかねませんよ?」

 

「なに……?」

 

助け舟を出したのは今までほとんど会話に参加していなかった白百合夏葉だった。

 

「カカッ!確かに緋色の小僧は弱冠13歳にして当代最強を噂された男だからな」

 

愉快そうに笑う夜桜森厳に顔をしかめた莇が噛みつく。

 

「あくまで噂!俺ら当主たちに及ぶわけがないでしょう!?」

 

「そうか…当主の中では莇だけは緋色の小僧と対面したことがないのか」

 

「こと魔法技能において、彼はあの年ですでに我々以外では相手ができないであろう実力を持っていたわ」

 

「ッ!それはッ、貴方の娘の元婚約者だからという身内贔屓が入っているのでは?」

 

「まあ、落ち着け莇。議題から逸れておる」

 

緋色が評価されていることが心底気に食わないのかなおも食って掛かる莇を夜桜は諫めた。

 

元はと言えば夜桜が火をつけたようなものなのだが、話が逸れていることも事実である。一同は一端頭を冷やし、再度話し合いを開始した。

 

「前回の会議で跡継ぎは柊雪花の成人を待つという案が出たはずだ」

 

「ああ、それは儂も覚えてはいるがな?そう何年も七星の一席を空席にしておくわけにもいかんだろう?」

 

空菊の言葉に森厳は疑問を返す。

 

「ならばそこの白百合同様、代理として出席させればいいだけの話だ」

 

「12歳の少女を代理にするのか?現実的に考えて無理があるだろ?」

 

「夜桜殿に同意します。空菊殿の意見はいささか無理があるように思われますが」

 

「あら?私はいいと思うわよ?あなたはどう考えているのかしら?」

 

空菊の意見に助け船を出したのは、意外にも藤風だった。意見を肯定したうえで、何かを言おうとしていた莇に視線を向ける。

 

「……女狐め」

 

莇は小声で悪態をついた。うまく、この場を丸め込み自分の息のかかったものを柊家の一時的な代理に仕立て上げようと画策していた莇にとってこの流れは最悪なものだった。莇自身、最年少で当主の座に就いた経歴があり、14のころには当主の代理としてこの場にいたこともある。幼さを理由に雪花の当主代理を否定することはできないのである。

 

(さとりか、この女!)

 

「空菊の意見を一概に否定しようとは思わない…が、やはりまだ幼いと言わざる負えないと思うがな」

 

苦虫をかみしめたように、発言する莇にはこれが精一杯の抵抗だった。

 

「———では私の方から代替案を出しましょう」

 

「ほぉ?」

 

今まで黙り込んでいた白百合の発言に、夜桜は興味深そうに目を細めた。

 

「生き残った唯一の柊の使用人。聞けば彼は柊家の分家の出身だというではありませんか」

 

「彼女が代理を務められる年になるまで、彼を代理にすればいいと?そういいたいのか?」

 

ニコニコと笑みを浮かべる夏葉と無表情の空菊の視線が交錯する。そのどちらも目は笑っていなかった。

 

「はい、空菊さんいう通りです。一応は、柊の血を引いているのですから」

 

「おい!まて!柊家の分家?そんなものの存在初めて聞いたぞ!?」

 

「あら、勉強不足ね。今は存在していないけれど200年前ぐらいまでは存在していたわ」

 

動揺をあらわにする莇に冷ややかに解説する藤風。しかし、彼女もまた多くの疑問を覚えていた。

 

「白百合夏葉さん…公式な記録では200年前に分家は取り潰されていると記憶しているのだけど…なぜ彼が分家の人間だと?」

 

「取り潰しになったとはいえ、皆殺しにしたわけではありません。片田舎でひっそりと暮らしていたのが、彼の先祖なんですよ」

 

「証拠は?」

 

「お爺様が確かめました」

 

「「ッ…!?」」

 

「カカッ、なるほど…天聖のやつが確かめたのか。これ以上ない証拠だな」

 

「なるほど、今年になって床に臥せることが多くなったのは魔力を過剰に使ったからか」

 

「相変わらず、予想外の手を打ってくるわね」

 

莇と萩野は驚愕で固まり、夜桜と藤風、そして空菊は納得の色を示した。

 

「いいだろう、決を採る。白百合の案を支持するものは挙手を」

 

莇、白百合以外の人間が挙手する。莇は下を向いたまま、沈黙を貫いている。

 

「莇、反論を聞こう。何に問題を見出している」

 

「くッ!すべてだ!今は存在しない分家を持ち出して、代理に据えるだと?そんなことしていいわけないだろ!!」

 

「だが、薄まっているとはいえ、血を引くものが存在している以上他の家が出しゃばる理由はない。七星に不平等はあってはならない。だからこそ、柊と藤風の婚約を認めた時もある程度の制限を設けたのだ」

 

「グッ…」

 

「そもそも、五対一だ。これ以上の反論がないのであれば、この議題は終了とする」

 

淡淡と告げる空菊と冷や汗と青筋を立てている莇の構図は両者の力の関係性を表しているともいえた。それを見て、白百合は口角を上げる。

 

(やはり、今代の莇家当主は歴代の中でも最低ですね。所詮は魔法の技量のみで成り上がった男。それも、大海を知らずに吠えているカエル以下……やはり脅威となるのは空菊家と夜桜家ですね。…藤風家は立ち位置も特殊ですし、今は捨て置いてもいいでしょう)

 

頭の中で素早く各家を評価。計算する白百合を夜桜森厳は口角を上げて眺めていた。その計算高さと思考を巡らせている顔がどうにもかつてのライバルである白百合天聖を想起させたのだ。

 

「では———「し、失礼します!!!!」…なんだ?」

 

議会を勧めようとした瞬間の乱入者に視線が集まる。本来であれば、即刻首になりかねない愚行であるが、緊急時の報告に用いられる赤い腕章を見て、七星の当主たちは乱入者の次の言葉を待った。

 

「わ、私、い、いえ自分は日本魔法軍特殊隠密部隊所属の花山大尉であります!萩野様より頼まれていた人物を捕捉しました!」

 

「見つけたのかっ!彼は今どこにいる!!!!」

 

「対象は現在たった一人で第四研究所を襲撃しています!!!」

 

「夜桜殿!現在動かせる部隊は?」

 

「好きに動かせるのは第三だけだ」

 

「では、第三を向かわせてください!そこに柊緋色がいます!!!」

 

呆気にとられるもの、冷静に現状認識を行うもの、指示を飛ばすもの、魔法軍に回線をつなぐもの様々な者がいるが皆一様に余裕がなかった。そんな中、白百合夏葉だけが————嗤っていた。



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4話

さて、予想外の展開で柊家が機能しなくなったことで否応なく原作が変わってきてしまうのは想像に難くない。ただ、究極的に言えばどんなに原作が変わっても俺としては主人公が力をつけて、仲間たちとラスボスを打倒してくれれば問題ないのだ。そのためには、主人公強化に必須な彼女を万が一にも殺させるわけにはいかないのである。原作がどの程度変化するかまだ予想がつかない以上、一番不安定な立場にいるこの少女だけは確保しておきたい。だからこそ無理を押してここに来た。

 

ただ一応知識として彼女を知っているだけで初対面ではあるので、俺はガラス張りタンクの中で死にそうになっている少女に声を掛ける。

 

「おい、お前名前は?」

 

「…7000番」

 

「そうじゃない、お前の本当の名だ」

 

「本当の名前…黒薙 翡翠」

 

「…そうか、では黒薙。早速だが質問だ。お前はここから出たいか?」

 

「…分からない」

 

死んだ目のまま、黒薙は言う。このままでは死んでしまいそうな雰囲気さえ感じる。当然と言えば、当然だ。彼女は、この研究所で3年間体を弄られ続けたのだ。良く生きていたと思う。正直、父親が行っていた人体実験を知るものとしてはどれだけおぞましいことをされていたのか、彼女の傷とデータを見ればある程度想像がついてしまう。

 

前世の知識で分かっていたこととはいえ、実際の目の当たりにすると気分が悪くなる。

 

「…そうか、だがここにお前を殺そうとする者はいない。お前は、図らずも自由になったわけだ。お前は分からないといったが、このままここにいたいのか?いや、そもそも生きていたいのか?」

 

わずかに目を見開いて、彼女は息をのんだ。そして

 

「私…今…生きていたいと思えませんでした…」

 

「ッ…」

 

言葉に詰まった。原作ではもっと後になってから救出された彼女は、軍の中将に引き取られ原作が開始される頃には多少人間らしい生活を送れるようになっていた。だから、この段階からここまで生きる気力を失っているとは思ってもいなかった。

 

きっと、彼女はここで死なせてあげたほうが幸せなのかもしれないと俺は思う。俺が知るのはラスボスが倒れるまでの話だけ。その後のエピローグは知らない。彼女が本当に幸せな人生を歩むかなんて誰にも分らないのだ。

 

だから、これは俺のエゴだ。俺が生き残るために…今は彼女に生きていたいと思ってもらう。

 

「フン、下らん。お前何歳まで外にいた?」

 

「…10歳までです」

 

「はははっは。たかが、10歳……10年間しか世界を見ていないから生きたいと思わないんだ。現にお前は、死にたいとも思ってないのだろう?だったら、お前は、探すべきだ。見るべきだ。生きたい理由など、自分で見つけるものだ。自由を手にしたなら謳歌するしかあるまい?」

 

「生きていたい理由を探す……あの…あなたの名前は?」

 

「緋色…ただの緋色だ」

 

「ひいろは…私を外に連れ出してくれる?」

 

「ああ、お前がそれを望むなら」

 

氷の剣を作り、タンクを切り裂いた。ガラスは、砕け、中に入っている液体は外に漏れていく。体に力が入らないのか倒れてくる少女に俺は手を伸ばしてその体を支える。服が濡れて気持ちが悪いとか、謎の液体の匂いがきついとか、そんな感想より先に軽いと思った。

 

 

 

彼女を背負って、研究所内を駆け巡る。あるのは死体、死体死体死体死体死体死体死体。気分が悪くなってくる。一般人なら吐き気を催す光景だ。ここの研究員は、明らかに人を殺すことを快楽として感じて生きていると感じた。そのことを証明するかのようにまともな死体は一つもない……四肢がないもの、溶けていて原型が確認できない死体、恐怖で顔が歪んでいるもの、様々な死体が各部屋に転がっている。想像の数倍気色悪い場所だ。

 

「あわよくば研究データを回収しようと思っていたが…存外用心深いな」

 

どうやらあの研究者どもがいた部屋以外には研究資料は残っていないらしい。もっと、小規模な魔法を使えばよかったと後悔しつつも、出口までの最短を走り抜ける。

 

タイムリミットギリギリの中背中に背負っている彼女が話しかけてくる。

 

「ねえ、あなたは…なんでここに来たの?」

 

「ここを出て行けたら教えてやる」

 

余裕がないため、淡白に返すことしかしない。そして、出口の光を捉え話題をそらす。

 

「そろそろだぞ」

 

「ッ………太…陽!?」

 

3年ぶりに、浴びる光に体が驚いたのか、心が追いつかないのか、その両方なのか。黒薙は背中で硬直していた。

 

「間に合わなかったようだな」

 

本当なら声をかけてやりたかったが、そんな時間は残念ながらない。

 

「黒薙、先に謝っておこう」

 

「え?」

 

俺は黒薙の意識を無理やり刈り取り、瓦礫の裏に横にする。

 

「さて、タイムアタックの時間だな」

 

 



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5話

自分は天才であるのかと聞かれれば、その通りだと答えるだろう。幼いころから、神童、夜桜家始まって以来の天才と言われてきた祖父に認められるほどの才を有していた。一応最年少で精鋭部隊の副隊長にもなった。だから自分が天才だという自覚は確かにあった。だが、私は知っている。上には上がいて、そいつは下の者のことなど眼中にないことを。

 

柊緋色。初めて奴に会ったのは、10歳の誕生日を迎えた時。名家を集めた誕生日会が開かれた。様々な家のものが私のところに挨拶に来る中、興味がないとばかりに外を見ている奴が一人いた。

 

当時の私はそいつに声を掛けた。当時の私はかなり増長していた。自分より上の同世代を知らないことによる全能感が私に傲慢を与えていたんだ。

 

「僕の名前は、御影。よろしく」

 

同世代でも有名だった私は、大抵こちらからあいさつに行けばいい反応をしてもらえていたのだが

 

「ああ、柊緋色だ。よろしく、夜桜」

 

下の名前を名乗ったのにもかかわらず、上の名前でしかも呼び捨てで呼ばれたのだ……衝撃だった。

 

何より、気に食わなかったのは、その目だ。私はおろか、何も映していないその目が気に食わなかった。だから、当時の私は突っかかってしまった‥‥…今思えば命知らずだったなと思う。

 

「決闘だ!!!」

 

大騒ぎになったものの、すぐに誕生日の余興だと納得させて私は決闘に準備をさせた。

 

親も、この時は何故か止めなかった。しかし、その理由を私はすぐに知ることとなった。

 

一対一の魔法を使った決闘。負けるなんてみじんも思っていなかった。当時の私は、自分の強さに酔っていたのだろう。だから、その結果を受け入れるのは時間が必要だった。

 

勝負は一瞬。私の放った炎は、もう魔法軍の少佐レベルにすら肉薄していた。だが、そんなものは意味がないとあざ笑うかのように奴の氷は私の炎を消し、私に敗北を叩きつけた。

 

「……この程度なのか」

 

あいつは、そう吐き捨てて去って行った。冷えた雪の絨毯の上で私は大の字に倒れたまま、しばらく動けなかった。遅れて湧き上がってきたのは、羞恥心その後は怒り、くやしさそして何とも言えない高揚感。

 

これが私とあいつとの、ファーストコンタクト。今思えば、よくこれで関係がこじれなかったものだ。いやこじれたからこそ、私は緋色を理解できなかった。

 

それから、私はあいつに挑み続けた。どうしてもあの目が許せなかった、自分をきちんと認識させたかった。何度も何度も挑み、三年後、一度だけ攻撃を当てたことがある。その時のあいつの驚いた顔は忘れられない。あの時初めて、あいつは私のことを御影と呼んだ。そこからだ、彼とはよくしゃべるようになり、友人と呼べる存在にまで彼は私の中でなっていた。だが、友人だと思っていた男のことを私は理解していなかった。そして一年が経たぬうちにそのことを思い知らされた。

 

彼が、実の父を手にかけ使用人を殺しにして家を出たと聞いた。助かったのは、妹とあいつの専属の使用人の一人だけだったという。そこから、二年間軍に入った私は緋色を追ってきた。そして———

 

「久しいな、御影」

 

今、私の前に、あの日と何も変わらぬ友がいる。あの時には気づけなかった、暗く歪な炎をその目に宿して。

 

「緋色…お前を拘束する」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「懐かしい顔だな…その服紋章。その年で中佐か。偉くなったな。二年という歳月は人を変えるな」

 

黒いロングコートに身を包み、散歩するような歩調で歩いてきた緋色は言う。その様子は、まるで勇者の前に現れる魔王の貫禄だ。

 

「変わったのは、お前じゃないのか。緋色」

 

「変わった?…俺は、昔のままだ。変わったと思うならそれは、おまえが俺を理解出来なかっただけだ」

 

「ッ…!」

 

御影は、顔をしかめた。その顔には、後悔と怒りが浮かんでいる。

 

「それで?そんな大人数を連れてこんなところに何をしに来た?」

 

軍の中でもテロの制圧を得意とする部隊。その精鋭たち50人を目にしても緋色の態度の変化はなかった。

 

「我々の情報網をなめるな。お前が、ここで確認されて放っておくとでも?」

 

「ははっ、職務怠慢はよくないぞ。御影。お前ここのことを何も知らないでここに来たのか?呆れた男だ」

 

緋色は心底おかしいというような調子で笑っている。

 

「何だと…ここは研究所だろう。おまえこそこんなところに何の目的があったんだ。罪なき人たちを大量に殺して!!」

 

「おいおい。ちゃんと確認はするべきだぞ。いや、そこの困惑している部下にでも聞いてみたらどうだ?」

 

「なに?」

 

「中佐…警備の者たちを確認してきたのですが、まだ息があります」

 

「ッ……」

 

御影は、困惑したようにつぶやくが相手の狙いを推測し顔色を変えた。

 

「緋色ォ!お前!まさか!?」

 

御影の顔色を見て緋色は凄惨に嗤う。

 

「息がある以上見捨てることはできないよなぁ?御影。何せ体裁的にはお前たちは正義のヒーロー様だ。助かる見込みのあるケガ人は見捨てられない!そうだろう?」

 

「クソッ!!部隊を半分に分ける!大至急!怪我人を保護!この場から運び出せ!!残りは私に続けぇ!!」

 

「ハハハハハッ!御影ぇ!戦えるのかぁ?周りの人間を巻き込まないように気を配りながら?俺を相手に?ハンデ無しでも俺に勝てない男がか?」

 

「何と言われようと私はここでお前の蛮行を止める!」

 

「蛮行…か。…お前らでは、何も変えられない。正しい行いが、正しい結果を生むとは限らない。そういうことだ。だから、お前らはせめて俺の前に立つな!」

 

「「ッ…・・」」

 

冷風とともに、殺気が緋色から放たれる。第三部隊は別名を精鋭部隊と呼ばれる。第三の人間は、能力、実戦ともに高い者が選ばれるのだが、その彼らをもってしても緋色の気迫に押し負けていた。

 

「クソ!本当に何も変わっていないな。緋色。その恐ろしい実力に少しは近づけていたと思っていたが」

 

「思い上がりだな。全力のお前でも俺を一人で相手取ることは出来ない」

 

「ああ、だが…私は一人ではないんだ!緋色!」

 

「………」

 

緋色は、後ろに控えている精鋭部隊の面々を視界に入れる…そして、笑った。

 

「それが、思い上がりだと教えてやる…」

 

「全員、構えろッ!!来るぞ!!!」

 

御影は、腰の刀を引き抜いて仲間を鼓舞する。

 

「氷陣の杭」

 

瞬間、氷の杭が精鋭部隊の足元から現れる…その時間はほとんどないといってもいい。故に、躱しきれないものが続出し、一瞬で戦いの流れは緋色に傾いていた。

 

「ぐわあああああああああ」

 

「いッ…」

 

「クソォォォ!!……」

 

「随分躱したな…流石だ」

 

三分の一がやられ、残りはぎりぎりで躱し傷をほとんど受けていない…しかし、動揺は広がっていく。

 

「何だ!あの、異常な魔法の発動速度は!?」

 

「あんなの反則だろ…」

 

「規模も段違いだ…」

 

「気を付けろ、あいつは弱冠14歳にして当代最強を噂された男だ!」

 

「クハハハハッ!!!」

 

緋色は笑う…鮮烈に、嗤う。哂う。笑う。

 

「理解できたか?お前と俺との差が?」

 

顔を伏せる御影に、緋色は笑いかける…もちろん悪い意味でだが。

 

「ああ、私の剣はお前に届くというのが分かったよ。私たちは、この程度でへこたれるようなやわな鍛え方などしていない!」

 

御影の目は死んでいなかった。

 

「何?」

 

緋色は、訝し気に顔をしかめる…その目には、警戒の色が浮かんでいた。気が付けば、動揺していた部隊の人間たちももうそれほど動揺していない。

 

「『蒼炎よ』―――我が剣に力を」

 

御影の刀から青い炎が漏れ出て来ている。

 

「ほう…俺に接近戦か」

 

「強化エンチャント…」

 

青炎は、御影の刀に覆いつくす。

 

「行くぞ?…緋色ォォ!!」

 

身体強化魔法によって底上げされた御影の一歩は、爆発的な加速を以って緋色との距離を詰める。

 

その勢いを殺さず、緋色に向かって御影は刀を一閃。

 

緋色は、最小限の動きで躱しそのまま勢いを殺さずバックステップで距離を取る。

 

「『造形』 氷剣」

 

緋色は、氷の剣を作り御影に肉薄する。

 

「ッ……!」

 

緋色の上段からの攻撃に対し、御影は刀を斜めに構え受け流すという選択肢を取った。

 

しかしそれをあざ笑うかのように、緋色の剣は短剣へと形状を変える。

 

「何?」

 

緋色は、強引にそのままの体制から一回転して御影に再度切りかかる。迎撃の姿勢を取る御影だが短剣から長剣に姿を変えた緋色の剣をまともに受け、刀を叩き落とされてしまう。

 

「終わりだ」

 

それだけでは止まらず、さらに追撃をしようとするが緋色の頭上に20を超える炎の球が発生した。

 

「チッ!…」

 

炎の雨が着弾する頃には、緋色は地を蹴り全力でその場を後退していた。緋色が先ほどまでいた場所には炎の球が雨のごとく降り、地面を焦がしている。それだけで炎の球に込められていた熱量を察する。

 

「なるほどな」

 

目を向けるとそこには腕を前にあげた兵士たちがいた。

 

「俺らのことも忘れるな!!!!!!」

 

兵士たちが、身体強化を掛け緋色に突っ込んでいく。緋色は嘆息しながらそれを迎え入れた。放たれる拳を躱し、十分に魔力を纏った手で一人の兵士の背中に掌底を放ち、足を払う。バランスを崩した兵士は、反対側から突っ込んできていた騎士に激突した。

 

「グッ…」

 

怯んだその隙を逃がすほど緋色は甘くない。瞬時に、魔法を発動させる。

 

「『氷陣の茨』」

 

「ぐあああああッ!!!!!」

 

近くにいた騎士ごと氷の茨に巻き込まれる。

 

「緋色ォォォ!!!!」

 

全身に、炎を纏い御影が突っ込んできた。だが、

 

「残念だ」

 

緋色は、手のひらを向ける。咆哮と共に放たれる渾身の一刀を受け止めた。片手で行われる真剣白刃取り———それは、現在の両者の技量の違いを示していた。

 

御影が驚愕の表情を浮かべるのとほぼ同時。

 

足場であるアスファルトに氷が張り、それは四方八方へと瞬時に展開されて――。

 

「潮時だ———『氷銀世界』」

 

騎士団の動きを封じた。膝までを氷で拘束された騎士たちに動ける者はおらず、それは御影とて同じだった。

 

「ここに用はない。これ以上いても時間の無駄だ」

 

「待ってもらいましょうか」

 

声が響く。男だか女だか判断のつかない声…御影でも、兵士でもない声に緋色は驚き目を細める。

 

「誰だ?貴様…」

 

シルクハットに、仮面。正体不明の何者かが、翡翠を抱えて立っていた。



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6話

その男は、気配もなく降り立った。その男は、戦場に立つにはふさわしくない格好で、シルクハットに、何も描かれていない無地の仮面、そして極めつけは白いタキシードだ。完全に人を馬鹿に仕切っている。

 

しかし、俺は知っている。この男の名は、結露。自らを奇術師と称す魔法使い。原作ではラスボスが率いる組織の幹部で…その強さは作中でも10本の指には入ると言われている。

 

それは、仮にこいつのことを知らなくても理解できるだろう。この男の魔力は、殺気は、存在感は、それほどまでに不気味でその上圧倒的だ。それが分かるからこそ、御影は本来、足止めをするためにはなった魔法である『氷銀世界』を解かずに、警戒したまま動けないのだろう。

 

「君に会うのは二度目ですかね?柊君」

 

結露は、大げさにお辞儀する。

 

「さて、記憶にないな。自分を奇術師なんて自称する道化の知合いなんて俺にはいないはずだ」

 

「相変わらずつれないですね~」

 

「失せろ道化。今お前に時間を割いている余裕はない」

 

「ははっそうカリカリしないでくださいよ~私は、証拠を始末しに来ただけなんですから」

 

そう言って、結露は俺を見る。俺は、その視線に怯むことなく結露を見返す。

 

「証拠を始末しに来た」それを聞いただけで、この男が何を言いたいのかを悟った。背中に、嫌な汗が流れるのを感じる。

 

「……好きにさせると思うか?」

 

「いや~、無理でしょうね~。君がどうやってここを突き止めたのかは知らないけど、ここに来た以上目的は彼女でしょうし?」

 

結露は、仮面に手を当て少し考えこんでから軽やかに声明を上げる。

 

「あなたには私のショーに付き合ってもらいましょう。この道化めが必ず満足させて差し上げますよ?」

 

俺から無意識に出ていた殺気に、誰かがごくりと唾を呑み込んだ。近くいるものにとっては、その音すら耳障りに感じてしまうほどの沈黙。

 

「炎を———」

 

結露はステッキを前方にかざし、炎を直線状に放出した。

 

「氷壁よ」

 

赤い紅蓮の炎が俺に迫るだが、万物を焼きかねないと錯覚させるほどの熱の塊は氷の壁に瞬時に鎮火されていく。

 

「風よ―」

 

結露のステッキから放出された、乱気流がアスファルトを切り裂き迫って来る。

 

「強化」

 

俺は、身体強化魔法でその場を全力で離れて回避した。そのまま、瓦礫と土煙をかき分け、結露の背後に移動する。

 

僅かな土煙の違和感に気が付いたのか、結露は後ろを振り返りステッキをかざすがもう遅い。体に負担がかからない程度に抑えた身体強化は結露の動きを少しだけ上回る。俺の蹴りが、結露の仮面を穿った。

 

「ッ!?」

 

パキリ、と。嫌な音を奏でる仮面。ガラスを砕いた時のような感触を突き放すように、俺は結露の顔面を蹴り抜いた。

 

結露はダメージを軽減するために後方に飛び、先ほど俺が展開した氷壁へと激突した。

 

激突の衝撃と共に氷の砕ける音が鳴り響く。やはりというべきか、宙を舞う破片の中に仮面の破片も混ざっていた。

 

俺は空中で翡翠を受け止め着地する。そして、すぐに結露に視線を向ける。

 

「何の真似だ」

 

「何の話でしょう?」

 

ゆらり———。砕け散る砕氷が降りしきる中ノータイムでその男は立ち上がった。その不気味な糸目を俺に向けて。

 

「お前、俺の蹴りをわざと食らったな?」

 

「ん~、どうでしょうか?」

 

「お前があの程度の不意打ちに対処できないはずがない……それは俺がよく知っている」

 

「嬉しい評価ですね~。で~も、舐めプしてた君に言われるのは心外ですよ」

 

お見通しってわけか。

 

「……彼女を巻き込まないために威力と範囲を絞ったのはわかりますけど、私以外ならその隙は見逃したりしませんよ?」

 

「………」

 

「やはり柊君は甘いですね~」

 

「知った風な口をきくな」

 

「…思うに君は誰かを守りながらの戦いにはあまり向いていないんですよ。眼前の敵を殺す。君の動きはそういう動きですから」

 

俺の怒気は無視して、まるで、ダメな教え子に教育しているのかのように俺の問題点をあげつらっていく。

 

「そんな中途半端な状態じゃ、我らが王には届きませんよ?」

 

糸目を少し見開いてその緋色の瞳でにらまれた瞬間、気温が下がったような錯覚を起こした。

 

「ッ……化物め!」

 

「その様子では前回した話はご検討いただけないようですね…では今回はこれでお開きにしましょうか」

 

パチン―――。結露は、指をはじく。瞬間、結露を中心に風が吹き、砂塵を巻き上げる。その結果、第三部隊と俺の視界を奪った。

 

「これにて閉幕!続きはまたいずれ!」

 

そんなセリフだけを置き去りにして、結露は消えていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「お疲れさまでした。母上」

 

別室にて静かに会議が終わるのを待っていた壮介は入室してきた美鈴にそう声を掛けた。

 

「ええ、ありがとう」

 

「随分お疲れのようですね」

 

 はーっ、と息を吐きながら扇子を仰ぐ美鈴に、聡介が苦笑する。

 

「白百合の長女…かなり曲者ね。あなたも気を付けた方が良いわよ?」

 

「母上が言うんだからよっぽどなんだろうな」

 

ため息をつきながらベンチに腰掛けた美鈴を見て、壮介も腰の刀を鞘ごと抜いて隣の席に座った。

 

「千歌は?」

 

「姉さんは雪花ちゃんの所に行ってくると言い残したっきり連絡なし」

 

「珍しいわね。今日の会議の内容は千歌好みの内容だったのに」

 

「だからこそじゃない?姉さんは随分と雪花を可愛がってるみたいだし」

 

「あら、嫉妬かしら?お姉ちゃんが取られた―みたいな?」

 

「冗談。姉さんに執着されるなんて御免被るよ。先輩もよく姉さんの婚約者なんてやってられたもんだ」

 

壮介は尊敬と呆れが入り交ざったような表情をしつつ、携帯を取り出す。腕に真剣を抱え、右手でスマホを操作する様はひどくシュールだった。

 

「壮介はどうなの?」

 

「どうって?」

 

「そういうあなたは緋色君には興味ないの?」

 

美鈴の問いかけにスマホを操作していた手をぴたりと止め、壮介は腕に抱いている刀の柄を撫でる。

 

「…できれば、木刀を用いた格式ばった試合じゃなくて、本気の先輩と戦ってみたいっていうのはあるけどね…」

 

無意識に笑みを浮かべる自分の息子のバトルジャンキーっぷりに、美鈴は嘆息しつつ会議での報告を思い返す。

 

『研究所は壊滅。ほとんどの人間が一命をとりとめたものの、数名の死体が地下施設から発見された。柊緋色と戦闘を行った精鋭部隊はほぼ壊滅。謎の乱入者との戦闘で柊緋色の追跡もかなわず』

 

(後日、詳細な報告書が作成されるという話だけど、少しきな臭いのよね…。確かに地下施設自体は第四研究所には存在してるけど、現在は使われていないはずだし。身元の確認が、取れたという話も上がってこない。何より、怪しかったのは萩野の言動ね。連絡してきた現場の隊員がより詳細な報告をしようとした瞬間、急に隊員の体調を慮り始めてついには無理やり通信を切った)

 

「きな臭いのよね…」

 

(表面上は自然体だったけど、間違いなく萩野は現場の情報をあの場で流出させることを嫌がった。それに乱入者っていうのも気になるわ。精鋭部隊を一人で相手取れる彼を押さえることができる人物。日本中を探してもそんな人物は数えるほどしかいないはずだ。

 

何より不気味なのは白百合家ね。あの娘……報告の最中一度も動揺してなかった)

 

美鈴は扇で仰ぐのをやめ、立ち上がる。それに倣うように壮介もベンチから立ち上がった。

 

「ま、白百合の長女の件は貴方たちに任せるわー。まだ引退するつもりはないけど、その内あなたたちが相手にすることになるんだから」

 

「えー?丸投げかよ」

 

壮介の心底めんどくさそうな声を聴きながら、美鈴は微笑む。美鈴のその言葉は自分の息子たちに対する信頼度の高さを物語っていた。

 

 



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第一部
7話


夜気にうなだれた枝垂れ桜が夢のようにほの白く咲く。春というには少々寒すぎるが冬というには暖かい季節の変わり目。龍禅寺と呼ばれる寺の山門で緋色はその何とも言えない気温を肌で感じながら、桜を肴に杯を傾けていた。

 

「やあ、やあ、家出少年。お酒は二十過ぎてからって親に教わらなかったのかな?」

 

夜の何とも言えぬ静けさをあざ笑う声が一つ。翡翠色の髪をたなびかせ、幼子のような汚れのなさと魔性のような怪しさを同居させた美しい琥珀色の瞳。紺色のセーラー服とフリルをあしらった改造スカートに身を包んだその少女。その姿を確認するまでもなく緋色は、彼女が誰であるのか分かっていた。

 

「心は青年だから問題ない」

 

「え~、君、昔は自分のことを『童心を忘れない少年』って言ってなかったけ?」

 

「大は小を兼ねるんだ。青年の心は童子の心も兼ねてるんだよ」

 

「ひどい暴論だ……」

 

ひどい屁理屈をこねる緋色をジト目でにらみつける千歌は、ハァ~っとため息をつくと山門への階段を静かに上がり始める。山門まで上がりった千歌は、緋色の隣に座って緋色の杯を奪う。

 

「あ、おい!」

 

呆気なく杯を奪われた緋色は、取り返そうと手を伸ばすがそれよりも早く杯の中身を千歌は飲み込んだ。

 

「うわっ!?なにこれ!?果実水?すごい甘いんだけど…あ、でも後味すっきり」

 

「…傍若無人っぷりは変わってないな。ほんと風情のかけらもないな」

 

文句を言いながらも、杯を緋色に向かって差し出す千歌を見てため息をつく緋色。毒気を抜かれたように緋色はわずかに纏っていた緊張感を解き、徳利を掴み空になった杯に果実水を注ぐ。薄ピンク色の液体が杯を満たす。

 

「サクランボの果実水か~。まだ時期には早くない?」

 

「国産じゃないからな」

 

「うわぁ、風情とか言ってる人がよりにもよって輸入品かよぉ~」

 

「嫌なら飲むな」

 

「あ~ごめん。ごめんって」

 

杯を取り上げようとする緋色に平謝りを繰り返す千歌。

 

「しっかし相変わらず器用だね~。その徳利の中身、魔法で温度保ってるんでしょ?」

 

千歌は適切な温度に保たれた果実水を口に含んで、緋色の器用さと魔法の無駄遣い加減に舌を巻く。

 

「慣れれば誰でもできる。逆に言えばこの程度の魔力制御ができないやつは、いくら高度な魔法を覚えてもそう簡単には使いこなせない」

 

「ん~、雪花ちゃんには耳が痛い話だろうね」

 

「…俺がどうしてここにいるってわかった?」

 

「心外だな。ボクほど君を理解してる人間はいないんだぜ?」

 

軽くウインクをしながらそんなセリフを告げてくる千歌に緋色はため息をついた。

 

「…ハァ~」

 

「え~、こんな美少女が赤面必須なセリフを言ってあげてるのにその反応はつまんなぃ~」

 

「わッ、ちょっ!お前酔ってるだろ!これ果実水だからなッ!?いい加減離れろって!?」

 

緋色は、杯を持ったまま抱き着いてくる千歌をどうにか支えながら叫ぶ。

 

「ッ!?」

 

しかし、限界を迎えバランスを崩して倒れる緋色の上に馬乗りになるような形で千歌も倒れる。かすかに頬を赤く染め、涙ぐんだその瞳に見つめられ、緋色は視線をそらさざるをえなかった。

 

「名前…会ってからずっと呼んでくれてない」

 

「……千歌」

 

「昔……みたいにセンとは呼んでくれないんだ?」

 

「……俺は死人だ。公式見解でも柊緋色は死んでる。藤風千歌の婚約者『柊緋色』もあの日に死んだんだ。父親を殺し、使用人を殺し、数々の罪を重ねた」

 

「死んでない!あれは君の正当防衛だッ!」

 

「やっぱり、翁はお前には話したんだな」

 

「…うん」

 

「そうか」

 

フワリ———。千歌はその身を襲う強烈な睡魔に体の制御を奪われる…。

 

「ひ…いろ」

 

「悪いな。まだやるべきことが残ってるんだ」

追加で飲んだ果実水に何かを混ぜられたのだと気が付いたころには、千歌の体は全く動かなくなっていた。

 

「まってよ…ひーくん、ボクは…君の、ことが…」

 

「ごめん。———セン」

 

その一言を最後に千歌の意識は暗転した。

 

 

 

 

 

 

 

 

「翁。そこにいるのは分かってる。出て来い」

 

「…お久しぶりです。ぼっちゃん」

 

桜の木々の陰から見慣れた顔が現れた。魔力探知で分かってはいたが、いったい何時から居たのやら。千歌の前だからって完全に油断していたな。

 

「約2年ぶりか。柊家の当主代理が板についてきたらしいな。このまま分家の復権まで頑張ってみたらどうだ?」

 

「お戯れを」

 

「……雪花にはばれてないんだろうな?」

 

「ええ、もちろんです」

 

翁が柊家の当主代理を命じられた数週間後、俺は翁を呼び出し協力者になってくれるように説得した。協力者と言っても、全部を話すわけにはいかないので軽くこれからの見通しを説明した後に、半年に一度七星と雪花の動向を俺に伝えてもらうことを約束させてもらった。

 

最初は猛反対されたが、父の所業や雪花の立場に思うところがあったのか最後には俺に咎をすべて背負わせることはできないと言い、しぶしぶ了承してくれた。

 

「なんで千歌に教えたんだ?」

 

「お言葉ですが、千歌様は緋色坊ちゃんが柊だから婚約を了承したわけではないのですよ」

 

それは知っている。千歌のことは前世の知識を思い出す前から知っていた。最初にあったのはパーティ会場。二回目は夜の公園。元々波長があっていたのだと思う。彼女といる時は心地よかったし、悪くなかった。なんとなくだが、前世の記憶なんかを使わなくても千歌とは長い時間をかけて今と同じような関係になっていたと思う。だが、俺は使ったのだ。前世の知識を使い、彼女の弱い部分に付け込んで心に土足で侵入した。だから――

 

「坊ちゃんが、昔から千歌様に罪悪感のようなものを感じていたのは知っています(・・・・・・)。ですが、貴方が心から彼女を思っていることも知っています(・・・・・・)

 

「知ったような口をきくな」

 

「いいえ、私は知っています。生まれた時から貴方を見てきた私は知っているのです」

 

あくまで諭すように淡々と冷静に翁は俺に言葉を投げかける。謎の圧力に負けそうになり、なんとなくそれが癪で、俺は無理やりこの話を切った。

 

「計画は前回伝えた通りだ。千歌のこと頼むぞ」

 

「…緋色ぼっちゃん。これだけは覚えておいてください。あなたは優秀ですがご自分を騙せるほど器用ではないのですよ」

 

無理やり背を向けた俺に投げかけた言葉は、とげのように俺の心に引っかかっていた。

 



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プロローグまでの登場人物まとめ

評価感想ありがとうございます。励みになります。




主人公サイド

 

柊緋色

本作主人公。プロローグ終盤では15歳。七星に名を連ねる柊家の長男。黒髪に碧い瞳を持った少年。所持属性は氷と風。前世の記憶を持つが記憶があるだけで自我が残っているわけではない。世間的には行方不明扱いされており、柊家を半壊させた事件については隠蔽されている。原作は自分が存在している時点で多少変わってくることを考慮して、裏でこそこそ動いている。

 

黒薙翡翠

ある実験所で三年間人体実験の被検体として幽閉されていた。緋色に対しある種の依存感情を抱いている。現在は(第一部開始時)原作主人公や藤風千歌と同じ高校に通っている。

 

 

 

七星サイド

 

藤風美鈴 

 

風の属性を司る藤風家の女当主。息子と娘が一人ずついる。柊家には思うところがあり、真っ先に雪花の保護と柊家の利権を守る対策を考案した。

 

藤風千歌

藤風家の長女。プロローグ終盤は15歳。柊緋色の元婚約者。翡翠色の髪に琥珀色の瞳の美少女。ボクっ子。雪花のことを甚く気にいており、実の妹のように可愛がっている。

 

藤風壮介

藤風家の長男。緋色とは幼いころに共に剣術を習った同門であり、弟弟子である。バトルジャンキーな一面もあり、緋色との直接対決を望んでいる。

 

白百合天聖

 

水を司る白百合家の当主。夜桜家の当主と歳はあまり変わらないが体が弱いらしく、引きこもりがち。しかし、その実力は各当主が認めるものであり政財界への影響力は七星の中で一番強い。孫が二人いる。夜桜森厳とはライバル関係だった。

 

白百合夏葉

白百合家の長女。純白の白髪に琥珀色の瞳を持つ儚げな美少女。物静かで丁寧な口調で見た目は絵に描いたようなお嬢様であるが、一部の当主たちを警戒させる何かを持っている。

 

空菊玲

 

七星に名を連ねる空菊家の当主。

 

 

萩野国近

 

雷を司る萩野家の現当主。魔法軍にもある程度顔が効き、政界にも伝手がある。45歳。最近髪が薄くなってきたように感じており、育毛剤を買い込んでいる。才能があまりあるわけではなく、魔法のみでいえば七星の中では最弱にあたる。本人の努力と執念で当主の座まで上り詰めた。娘と息子がおり、ともに優秀。

 

莇草月

 

土属性を司る莇家の当主。若くして当主となったためプライドが高く、自分に過剰な自信を持っている。そのため、当主たちが注目している緋色に対し対抗意識を持っている。莇家の利益のため、柊家の利権を狙ったもののあっさりと美鈴に阻止された。

 

夜桜森厳

 

炎属性を司る夜桜家の現当主であり、七星家の当主の中では別格の実力を有している。魔法軍の実質的なトップであり、政財界にも多少顔が利く。孫が2人いる。一部の当主を震撼させるほど恐れられているが、普段はただの好々爺。

 

夜桜御影

夜桜家の長男であり、最年少で魔法軍の中佐まで上り詰めた男。緋色とは10歳の誕生日に出会った。天才だともてはやされていたところを緋色に容赦なくへし折られた。その後、しつこく緋色に挑み続け友人のような関係になっていた。灼熱のような赤い瞳は祖父譲り。

 

柊洞爺

今はなき柊家の分家出身。柊家当主の代理。柊家の人間からはその見た目と名前から翁と呼ばれている。

 

柊雪花

緋色の妹。緋色と父親にひたすらトラウマを植え込まれた哀れな少女。

 

敵サイド

結露

シルクハットに、そして白いタキシードを身に着けている不気味な糸目男。普段は無地の仮面をつけているので素顔は見えない。ラスボスの組織の幹部。何故か緋色を気にかけている。

 

 

 

その他

花山大尉

日本魔法軍特殊隠密部隊所属の大尉。萩野の元で働いている。今後の出番はきっとない。

 

 



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9話

俺が家を出てから三年。翡翠を回収してから二年が経った。うまいこと根回しが進んだこともあれば、そうでないこともある。

 

確かなことは様々なことが原作から乖離しているものの、大きな流れは何一つ変わっていないということだ。主人公君はヒロインと出会って学園に入学したし、今後のイベントの伏線でもある魔物の大量発生と東京湾での魔物の目撃情報も確認した。

 

大きく変わったことと言えば、やはり俺に関することだろう。ここ数年で俺は必要最低限の仲間を集めきった。仲間にする条件は二つ。物語終盤まで大きな動きをしない、または原作開始前に死亡するはずの人物である。もう一つの条件は、比較的いうことを聞いてくれそうかつ共通の敵を持っていることだ。

 

翡翠を除けば、四人ほど集まった。厳密にいえばあと数人ほど候補はいるが、接触自体が現段階では困難な人物ばかりだ。

 

「それで?東京湾沖の事件はどういう決着になった?」

 

「『黒狼』が出てきてからはあっという間でした。五分もかからずにその場にいる魔物を制圧。今は極秘で周辺の調査を行っているようですね」

 

正面でコーヒーを片手に事件報告をしてくれるのは、原作開始時にはすでに死んでいたはずの男、和藤圭壱だ。和藤は本来であれば、原作開始の三か月前に殺害される予定だった。———日本魔法軍によって。この男は特有魔法を活かし、フリーの情報屋をしていた。和藤の特有魔法である『壁に耳あり障子に目あり(シークレットエクスポーズ)』は自身の触れた場所に『眼』を…分かりやすく言えば、視認が不可能な監視カメラを設置する能力である。この能力は敵対者にとってはかなり厄介だ。

別に和藤自体が軍と敵対関係にあったわけではない。ただ、意図せず魔法軍の見てはならない秘密を見てしまったが故に殺されるはずだったのだ。いや、一応殺されたことになっているはずだ。

 

「しかし、死人というのはいいものですね。何にも縛られない」

 

眼鏡をはずし、ネクタイを緩めながら和藤は心底楽しそうに笑う。こうしてみるとただのサラリーマンだ。

 

「色々不便の方が多いと思うがな。身分証の偽造には限界がある」

 

「ハハハ、貴方がそれを言うんですか?僕を利用するために助けたあなたが?」

 

「事実お前は助けられた。そしてそのおかげでお前を嵌めたやつの調査ができる」

 

「まあ、助けられたのは事実ですし。恩義もありますから、契約は守りますよ」

 

底を見せない張り付けた笑みではあるが、この男は裏切るという行為をしないと断言できる。それは前世の知識からくる確信ではなく実際にこの男と過ごして出した結論だ。

 

「それでいい、お前に契約以上のことを求めようとは思わない」

 

「…では僕はこの辺で」

 

「もう帰るのか?」

 

「ええ、まだ仕事が残っていますし。それに、そろそろお姫様が帰ってくる時間なのでは?」

 

時計の針を見れば7時30を指していた。

 

「『黒狼』のデータをそろえたらまた来ますよ」

 

「ああ、ご苦労だった」

 

 

 

 

 

 

「ただいま」

 

和藤が帰ってからしばらくして玄関からドアが開いた音と共に鈴がなったようなソプラノボイスが聞こえた。

 

「ああ」

 

部屋に入ってくる翡翠を見ながら時の流れを感じた。2年が経った。だが、翡翠にとっては短い二年だったはずだ。よくもまあ、ここまでメンタルが盛り返したものだ。まじで年の近い世話役をつけておいて正解だった。特別明るいわけでもないが、暗くもない。

宝石のような曇りのない瞳に長いまつげ。高い鼻筋に引き締まった唇。サイドでまとめられた黒髪は今どきの女子高生らしい。やはり、心の底では傷はいえきってないだろうが、表面的には普通の女子高生だ。

 

「最近学校はどうだ?」

 

「なんですかその不器用な父親みたいなセリフ」

 

「一応お前の保護者みたいなものだからな」

 

「歳は1つしか違わないのに?」

 

「あと数か月で2つ違いになる」

 

「またくだらない屁理屈を……まあ、緋色に拾ってもらったのは本当ですし感謝もしてますけど」

 

「ハハハ。お前ほんとに遠慮がなくなってきたな」

 

昔は俺のことも緋色さんっと敬称をつけて呼んでいた礼儀正しい子だったのに…っていうか原作でもそんなに砕けた口調で話すタイプじゃなかったはずなのに。どうしてこうなったのか?

 

「それを言うなら緋色だって私の前だとキャラを演じてないじゃないですか」

 

「……」

 

痛いところを突かれた。まあ、確かに作ったキャラじゃあ翡翠は心を開いてくれそうにもなかったからな…。

 

「えーと。なんでしたっけ?学校生活ですか?順調ですよ、おかげさまで。なんでしたら、恋バナでもします?」

 

順調、ね…。

 

「それは面白そうだな」

 

「あ、もちろん緋色からしてください」

 

「……昨日髪の長い女にめった刺しにされる夢を見た」

 

「わぁ~全米も号泣の大作ラブコメですねー」

 

「だろ?」

 

などとくだらない話をしている間に翡翠はテキパキと準備を進め、食事の用意のためキッチンに入っていく。

 

「この前お前が言っていた転校生。どうなった?」

 

「佐々木礼音君ですか?友達作りに苦戦してましたよ。時期も時期ですし、それに七星の一族の推薦となると訳ありなのは確定ですから。みんな近付きづらいんですよ」

 

「そういうお前はどうなんだ?」

 

「何がですか?」

 

「友達はいるのか?」

 

「…………い、いますヨ?」

 

すげー長い間が開いたけどな。絶対出来てないだろ。原作でもそうだったけど、実際攫われてからまともに学校生活を送っていないんだから、そんなに簡単に同世代とのコミュニケーションがうまくいくわけないんだよな。

 

「友達…いないんだな」

 

「い、いますよ!?友達くらいッ!」

 

「名前を挙げてみろよ」

 

「きょ、きょうちゃんとか?」

 

眼が泳いでますよ翡翠さん?

 

「それは学園外の人間だろ?」

 

「う、うぅ~。ひ、緋色だって友達なんかいないじゃん!」

 

この女涙目でとんでもない爆弾をぶち込んできやがった。俺に友達がいないだと?……こっちに来てからは忙しかったからしょうがないんだ!生き残るのに必死だったし!

 

「俺の話はどうでもいいんだよ」

 

「なんですかそれ!」

 

「……友達がいないんなら、その転校生と翡翠が仲良くしてやればいいんじゃないか?」

 

「どうしたんですか緋色さん?ついに頭がおかしくなったんですか?」

 

翡翠はキッチンからヒョイっと顔を出し、心配そうに俺の顔を見つめる。この女真面目に俺の頭がどうかしたと思ってるのか?

 

「喧嘩売ってんのか」

 

「だって、七星の関係者ですよ?私経由で緋色のことがばれたら終わりですよ?」

 

「そんなへまをしないで仲良くなればいいだろ」

 

「えー、私そんなにコミュ力高くないですよ」

 

「だが、いずれはお前も普通の生活を送ることになる。俺らが何時までも面倒を見てやれるとも限らない。人脈は必要だぞ」

 

「……緋色さんについていくと決めたのは私。緋色が死ぬなら私も———死ぬよ?」

 

重い思い重い。マジでどうしてこうなったし

 

「誰も俺が死ぬとは言ってないだろ?ただ、『あいつら』と事を構える以上仲間たちが一緒にいられるとは限らないんだ。雲隠れをしないといけない可能性もある」

 

「……そこまで言うなら、話しかけてはみるけど…」

 

渋々といた様子で頷く翡翠を見ながらこれからの動きについて考える。なるべく、原作を壊さないように動いてきたが、俺が存在している時点で原作を壊さないで進むのは不可能に近いだろう。まあ、原作が多少変わろうが最後にラスボスを主人公が華麗に倒してさえくれれば問題ない。ようは主人公のパワーアップイベントさえ原作通りにいけばいいのだ。そのためには翡翠には主人公君に関わってもらわないといけない。

 

「……差し出された少女(翡翠)の親愛に対しての返答が利用するための言葉()とか…俺もだいぶクズになってきたなー」

 

そんなつぶやきは誰の耳にも入ることなく虚空に消えていた。

 



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