ゴムとびの唄 (紫 李鳥)
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ゴムとびの唄

 

 

 輪ゴムをつなげて作った長いゴムで、いつも友だちとゴムとびをして遊んでいた。

 

 だけど、父さんの仕事で転校することになって、もうみんなと遊べない。

 

「元気でね」

 

 みんながそう言って、鉛筆やノートをくれた。

 

「……ありがとう」

 

 私は、仲良くしてくれたみんなとの別れが悲しかった。

 

 

 汽車に乗って着いたのは、海が見える小さな町。

 

 私は越してきたばかりで友だちもいない。

 

 だから、空き地にある木の幹に結んで、一人でゴムとびをした。

 

 

 

 エッサ エッサ エッサホイ サッサ

 

 お猿のかごやだ ホイサッサ

 

 日暮(ひぐ)れの山道 細い道

 

 小田原提灯(おだわらぢょうちん)ぶらさげて ソレ

 

 ヤットコ ドッコイ ホイサッサ

 

 ホーイ ホイホイ ホイサッサ

 

 

 

 父さんと私は、表札に山田とある女の家に住んでいた。

 

 山田は三十過ぎだろうか、()せた小柄な女で、家の近くにある小さな畑でナスやトマト、キュウリやウリを作っていた。

 

 

 そんなある日、父さんが自転車で転んで、入院することになった。

 

「ったく。あんたの父ちゃんは酒飲みで、遊び人。その上、入院までしちまって、収入もないし。あんたたちが来てから、ろくなことがない。一間(ひとま)を貸すのは構わないが、家賃払えなかったら出てってもらうよ」

 

 山田はまずそうに夕飯を食べながら、味噌汁をすする私を(にら)んだ。

 

 その目は底意地の悪さを教えていた。

 

 父さんは好きで自転車で転んだわけじゃない。仕事に急いでたからじゃないか。

 

 私は腹の中で、そう反論した。

 

 父さんの前ではおべんちゃらを言って、入院した途端(とたん)に悪口を言う。こんな人間は嫌いだ。でも、父さんがこのまま働けなくて収入がなかったらどうしよう。そしたら、この家を追い出されるのかな。……住むとこがなくなるのは嫌だ。

 

 

 翌朝、山田は、

 

「キュウリを採ってくる」

 

 と言って、畑に行ったまま帰ってこなかった。

 

 私は父さんから教わっていた料理を作って食べた。

 

 

 学校の帰りに父さんが入院している病院に寄った。

 

「山田のおばちゃんがいない」

 

「いないって、いつからだ」

 

 片足にギプスをした父さんが目を丸くした。

 

「きょう。朝、畑から帰ってこなかった」

 

「……どこに行ったんだろう」

 

 父さんは考える顔で、開いてる窓から空を見た。

 

 

 夏休みになっても山田の行方は分からなかった。

 

 

 退院した父さんは、山田の家の近くに間借りをすると、また働き始めた。

 

 その家には、私より一つ下の小学五年生がいたので、一緒にゴムとびをして遊んだ。

 

 

 

 緑の丘の赤い屋根

 

 とんがり帽子の時計台

 

 鐘が鳴ります キンコンカン

 

 メイメイ 小山羊(こやぎ)も鳴いてます

 

 風がそよそよ 丘の家

 

 黄色いお窓はおいらの家よ

 

 

 

 畑の肥溜(こえだ)めから山田の遺体が発見されたのは、それから間もなくだった。

 

「用を足してて足を踏み外したんだろうか?」

「だな。小柄で痩せてたから、運悪く落ちたんだろう」

 

 それが、近所から聞こえた会話だった。

 

 

 

 

 

 誰一人、私を疑う者はいなかった。――



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