勇者の日誌 (Yuupon)
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第一章 旅立ち
01(勇者日誌)


 

 

 

 一日目

 全国一斉勇者調査の紙が家に来た。

 何でも、魔王を討伐するには勇者しかないとか。

 国が送った軍勢が魔王に蹴散らされた話は聞いたけど、とうとううちの国王もとち狂ったようだ。

 しかも見たところ強制かよ、いかなかったら投獄とか頭おかしいだろマジで。

 しゃーなしで調査は行くけどさ。

 どうせ俺には関係ない話だしサッと行ってサッと帰ろう。

 

 

 

 二日目

 【速報】俺氏勇者だった模様。

 マジかよ、選ばれたんだけど。

 測定に行ったら、地面に突き刺さってる剣に触れとか言われて触ったらピカーって光って、その後は有無を言わさず城に連行されたのを覚えている。

 王国の人曰く俺は二人目に発見された勇者だそうだ。

 先に見つかっていた勇者を紹介されたが、クソイケメンだったわ。

 金髪の痩せ型。男前の顔というよりは美少年だな。

 コミュ障の俺ともちゃんと話してくれて、めっちゃ良いやつだった。

 クラスに居たらリア充タイプだろう。

 見た目だけじゃなく性格も良いとか、マジで勇者やんけ。

 そう考えたら俺の場違い感やべぇな。

 

 

 

 三日目

 国王に招集された。

 白髭をたくわえたジーさんだ。

 なんか世界を救えとか言われた。

 軍資金も割とくれたけど、世界を救うにしてはしけてやがる。

 軍資金を使って仲間の武器や防具を整えるのだ、とか言われたけど仲間どこよ。

 セルフサービスですか、そうですか。

 とか思ってたら、国王との面会が終わった後にイケメンが仲間を探せる場所を教えてくれた。

 カルロスの酒場って場所らしい。

 そこで気の合う仲間を探すと良いよとイケメンスマイルで言ってた。

 つかあいつマジで良いやつだわ。良かったら案内しようか? とかめっちゃ世話焼こうとしてくれるもん。

 あ、ちなみにお誘いは断った。

 たりめーだ、こちとらコミュ障だぞ。知らんやつと旅出来るか。

 それにそもそも俺は旅に出る気ねーしな。

 誰が死ぬと分かりきってる魔王討伐に行くか。

 すまんけど、俺はいつも通り家でこもってぬくぬくとニートすると決めている。

 そう思って家に入ろうとしたら両親に追い出された。

 何でも「魔王を倒すまでは家には上げない」だそうだ。

 あの、息子に死ねと申されてます?

 ……いつもなら家の前で赤ん坊のように泣き叫んで、両親が根負けするまでアピールするところだが今日は軍資金という名の金がある。

 つーわけで宿に泊まった。

 五〇〇ソルの軍資金に対し、宿一泊あたり、六ソル。

 リーズナブルだぜ、飯が美味い。

 ……とはいえいつかは金が尽きてしまう。

 金を稼ぐ手段を考えなきゃな。

 

 

 四日目

 ファッキン!

 もう俺が勇者に選ばれたことが周知されてやがった。

 知り合いは俺が魔王討伐に向かう前提で考えてやがる。お陰でバイトも出来やしない。

 となると残った金稼ぎの手段は一つしかない。

 というわけでしゃーなしで武器屋で武器を買った。

 銅のつるぎ一本で一二〇ソル。

 高い、ぼったくりじゃねーだろーな。

 剣の手入れとか振り方を教わってたら日暮れになってた。

 とはいえ、これで戦うすべは手に入れた。

 明日からは街の外で魔物を倒して金稼ぎをしようと思う。

 まぁ、街周辺のミニスライムとかなら余裕だろ。

 

 

 五日目

 魔物ってヤバいわ。

 ふつーに殺されかけた。

 一匹なら何とか対応出来るんだけど二匹超えると途端にヤバイな。

 ミニスライムって柔らかいし、核を潰すだけで倒せるから余裕かと思ってたけど案外攻撃が痛い。

 三匹出てきてボコられ始めたときはマジで死を覚悟した。

 剣を振り回して何とか倒したけど、満身創痍だ。

 それに普段動かないニートだったから全身の筋肉痛もやばい。

 しかも全部で五匹倒して、たったの一〇ソル。

 宿代考えて儲けはたったの四ソル……世知辛い。

 死ぬ思いして四ソルかぁ……、マジでやってられねー。

 ニートしてぇよ……。

 

 

 六日目

 宿屋で目が覚めたら筋肉痛と怪我が全て治ってた。

 何を言ってるか分からないけど俺も分からん。

 宿屋やべーな、こんな効果あるとか知らんかったわ。

 ともあれ、昨日死にかけたばかりで狩りに行く気は起きず街中で美味い話がないか情報収集することにした。

 ……とはいえコミュ障だから殆どまともな情報は得られなかったな。

 有用そうな話としては、道具屋で売ってるポーションを飲むと体力が回復出来るとかか。

 あとは人が噂してるの盗み聞きしたけど、イケメン勇者は三人の仲間と共に国を旅立ったっぽい。

 構成は勇者、戦士、僧侶、魔法使いで仲間は全員男だとか。

 ……ホモかな?

 別に性的嗜好を否定するつもりは無いが、俺を狙ってるならノーサンキュー。

 すまない、俺はノーマルだ。

 とりあえず一日置いたことで気力も回復したし、明日は道具屋でポーションを買って魔物を狩りに行こう。

 

 

 

 七日目

 ポーション凄ぇわ。

 一本あたり六ソルと割高だが、骨いったかな? くらいの怪我ですら一本呑むだけで完全回復した。

 ……まぁ治るのは怪我だけで、体力は戻らないんだけどな。

 家に篭りっぱなしのニートだった身からすれば数時間歩き回るなんて苦行に加え、戦闘は中々に厳しいものがある。

 あ、それと新しい魔物と戦った。

 プチモンキーというらしい。緑色の小さな猿で、木の枝を武器に攻撃してくるやつだ。

 ミニスライムも緑色の見た目だけど、この周辺は色的に緑縛りみたいなものでもあるのだろうか?

 ともあれ戦果としてはミニスライム六匹と、プチモンキー一匹。

 素材を換金して一六ソル!

 ミニスライムが一匹あたり二ソルに対し、プチモンキーは一匹で四ソルも手に入る計算だ。

 収支を考えればポーションと宿で一二ソル消えるから四ソルしか儲けられてないわけだが、これは良い情報が手に入った。

 明日からはプチモンキーを中心に討伐してみよう。

 

 

 八日目

 死ぬかと思った。

 今までは平原で戦っていたが、今回プチモンキーが多く居そうな森の方に入ったらいつもより多く魔物が出てきてヤバかった。

 毎回の戦闘で敵が二匹以上出てくるから、ポーションの減りも早い。

 三本買ったポーションを全部使う羽目になった。

 結果としてはミニスライム四匹、プチモンキーを三匹討伐したが、収支もマイナス。

 ダメージが地味に痛いんだよな。

 俺の体力が全快だとして、ミニスライムは三発まで耐えられるが、プチモンキーは二発が限界。

 急所に当たったら普通に死ねる。

 まだプチモンキーを主体に討伐するのは早いかもしれん。

 何とか宿屋に帰ってきた時には回復アイテムを使い果たしてた上に、体力もギリギリだったしなぁ……。

 漫画も修行パートがあって強くなるわけで。

 ……明日からは討伐ついでにミニスライム相手に攻撃を避ける練習でもしてみるか。

 

 

 

 九日目

 いつも通り宿を出ようとしたら宿の親父に呼び止められた。

 用を聞くと、防具を着てないのが気になったとか。

 ……言われてみればこれまで私服で戦っていたな。そりゃダメージも大きいわけだ。

 そういうわけで防具屋に行ってみた。

 鎧とか色々売ってて実際に試着させてもらったけど、駄目だわ。

 いや、普通に重さが三〇キロとかすんのよ。

 ニートやってたやつが、そんなの着た状態で動き回れるわけもなく防具は断念した。

 かわりに軽い装備が無いか聞いたら旅人の服があるとか。それを買った、八〇ソル。

 で、それを着て街の外に討伐に行った。

 総評としてはミニスライムの攻撃が四発まで耐えられるようになった。

 ……思ってたより効果あるんだな。

 一発分の差は結構でかい。

 で、昨日書いた敵の攻撃を避ける方も試してみた。

 うん、避けるだけに集中すれば意外と避けられる。敵の攻撃を剣で受け止めても良いわけだからな。

 ただ問題が一つ。

 怪我的な意味では大丈夫なんだけど、根本的な体力が足りない。

 ぶっちゃけ息切れがやばい。

 一戦終わるごとにハーハー言ってる。

 そのせいで後半の被弾率が高かった。

 ミニスライム自体は七匹討伐して、ポーション未使用。

 疲れたけど今までで一番結果が良かった。

 とりあえず教訓としては三匹以上は駄目だわ。

 避ける間も無く連打されるとキツい。よって即逃げ安定。

 明日はこのやり方をもとにプチモンキーに再チャレンジしようと思う。

 

 

 

 十日目

 やったぞ。

 疲労感やばいけどプチモンキーが沢山倒せた。

 万が一に備えてポーションを三本買ってたけど、消費も二本で済んだ。

 ここ何日か戦ってるからかミニスライムが一撃で倒せることも増えてきた気がする。

 反省点としてはやっぱり回避だな。

 敵が一匹の時はいけるんだけど、二匹以上になると厳しい。

 森の中だと特に、敵が二匹以上で出てくることも珍しくないからな。

 一度に戦うのは二匹まで、しっかり回避もする。

 この俺ルールが無かったらやべーやべー。

 最終スコアとしてはミニスライム四匹、プチモンキー七匹。

 合計三六ソル、諸々差っ引いて一二ソルの儲け。

 やっと一日の収支が二桁になった。

 ……それはともかく最近街の人の視線が痛い。

 こいついつ旅立つんだよ、みたいな顔で見ないでほしい。

 

 

 

 

 

 



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02(勇者日誌)

 

 

 

 十一日目

 最近マジで人の視線を感じる。

 別に俺が気にしすぎてるわけじゃなくて、実際に俺を指差してコソコソ言ってる連中が増えた。

 多分だけど悪口言われてる気がする。

 そろそろ国を出ることも考えなくちゃ駄目かもな。

 とはいえ一番近い街に行くには今住んでる、ルッカの国を出て北の方にある森を抜けにゃならんのよな。

 そこに小さい街があるとか。

 つーか狩りをしてて思うんだけど勇者なら何か特別なパワーとかないもんかね。

 スペックがそこらの一般人と大差ないんだけど。

 せめて魔法が使えれば良いんだが。

 教会とかに行ったら教えてもらえるんかな?

 ……明日行ってみるか。

 

 

 十二日目

 【朗報】魔法が使えるようになった。

 ヒールっていう回復魔法だ。

 ポーションと同じくらいの効果があるっぽい。

 使うと結構疲れるかわりに怪我が治る。

 これでポーションを毎度一本ずつ買わなくて済むぜ……!

 神官のおっちゃん曰く、魔法を使うには適性が大事らしい。

 その上で、使える人間に師事をすることで覚えられるそうだ。

 注意点としては魔法を使うには魔力が必要。

 んで、魔力切れになるとぶっ倒れるとか。暫く経てば自然回復するが、戦闘中の魔力切れは避けろとのこと。

 俺の感覚としては一日に使えるのは二回が良いとこだな。

 宿屋で寝れば翌朝には全快するから、ヤバい時は出し惜しみしないようにしようと思う。

 それと個人的に嬉しいことが一つ。

 プチモンキーを一撃で倒せた。

 なんていうか、急所に入ったというか。会心の手応えというか、そんな感じになる瞬間があるんだよな。

 最近は戦闘も安定してるし、回復手段も得たから明日はもう少し森の奥まで行ってみるか。

 

 

 

 一三日目

 ヤバい、洒落にならん。

 森の奥に行った時に紫色の蝶みたいな魔物が三匹出てきた。

 んで、そいつらが何か放ったと思ったあと、次に目が覚めた時には死にかけてた。

 多分眠らされたんだと思う。

 地面に倒れてた状態で、全身の骨がいってた。

 すんでのところでヒールを唱えて逃げ出したけど、今度は森の中で遭難した。

 夜になると魔物が強くなる話を街で聞いたから今は息を潜めて夜明けを待ってるけど正直、恐怖でガタガタ震えてる。

 森の中を歩き回っている間に小さな戦闘を繰り返したせいで、魔力は限界。ポーションも全部使い切っててマジで笑えない。

 もし次に魔物と出会うことがあったら全部逃げるしかねー。

 うまく逃げ切れることを祈るしかないな。

 うおお死にたくねー!

 

 

 

 一四日目

 生き延びた……生き延びたぞ!

 無事に朝を迎えた後に森を歩き回って、何とか森を抜けた。 

 戦闘は全部迷わず逃げて、何発か追撃を喰らったけど何とか生きて王都に帰ってきた。

 血まみれだったから、入り口の兵士の人がめっちゃ引いてたわ。

 そのまま宿に直行して風呂に入って飯を食べて、やっと生き伸びた実感が生まれた。

 それと紫の蝶のことを宿屋のおっさんに聞いてみたらスリープフライというらしい。

 奴らが放つ鱗粉(りんぷん)を浴びると眠らされてしまうそうだ。

 んで、眠ってる間にフルボッコと……リンチやんけ!

 虫系の魔物だから、炎の魔法が使えれば燃やせるとかいってた。

 宿屋のおっちゃんがちょうど使えるらしいので教えて貰った。

 フレア、というらしい。

 魔力がゴミカスしか残ってなかったけどちっこい炎弾が出たから、明日それをあのクソ蝶にぶち込んでやるつもりだ。

 

 

 

 一五日目

 また眠らされて死にかけた。

 いや、うん。

 森の中に入ってクソ蝶を探してたらすぐに見つけたのよ。

 んで、俺はそのにっくき虫にフレアを放ったわけ。

 そしたら勢い良く発射された炎弾が見事にあのクソ虫ことスリープフライを燃やし尽くしたわけだが、仲間が出てきやがった。

 しかも三匹も。

 ……もう一匹にフレア撃ったとこまでは覚えてるんだけどな。

 次に目が覚めたらまた地面に倒れてたわ。

 案の定死にかけで身体がクソほど痛かった。

 咄嗟にヒール掛けたら魔力がほぼ無くなるしよ。

 慌てて逃げ帰る羽目になった。

 今度は森の中で遭難するポカはやらかさんかったけどまた血塗れだ。

 旅人の服、意外と洗うの大変なんだぞ。

 最初は青かった服が徐々に血の色と混ざって紫色になってるのが隠せなくなってきてる。

 ……高いから買い換えないけど。

 つか森の中走ってて思ったけどスリープフライ思ったよりも多い。

 多分、森をねぐらにしてるんだろうけど数が多いのは厄介だ。

 ここ数日でより一層周囲からの視線を感じるから隣町に移動したいけどあのクソ虫がいる限りそれも厳しい現状。

 前に剣で切った感覚的には二発当てれば倒せるんだけどな、眠らされさえしなけりゃ何とかなるんだけど。

 ……そもそもどういうメカニズムで眠らされてるんだ?

 鱗粉だから、吸ったらアウトってことだろうか?

 それとも肌に当たったらアウト?

 確かめようにもそれで死んだら馬鹿だしなぁ。

 浴びないためにはやっぱ回避を集中するか? でも当たったら即死亡or死にかけを考えるとまともにやりあいたくない。

 フレアも撃てるのは三発までだし、撃ちすぎたら回復に回せるリソースが無くなる。

 やっぱりここは基本に立ち返って、多くても二匹までしか相手にしないことが大事か。

 明日こそあのにっくき虫どもを駆除してやる!

 

 

 一六日目

 二匹以上を相手にしない戦法は有効っぽい。

 何度か眠らされたけど、一、二匹の攻撃なら目が覚めた時に瀕死になってることもないしな。

 それとフレアだと三発撃った後は撤退するしか無くなるから、今日は剣主体で戦った。

 虫だけあって耐久力はあまりないようだ。

 ゆーて二発は当てにゃならんがな。

 ともあれ今日一日で八匹駆除した。

 魔力も全部ヒールに回し、虎の子のポーションは使わないように取ってこれなのでそれなりに調子は良かったと思う。

 そういえば今更だけど魔物って倒したら何で泡になって消えるんだろうな。

 綺麗に死体が消えて、素材を落とすのは片付けなくて良いから楽だけど、ふつーの家畜を殺した時みたいに死体が残らんのが謎。

 あ、そうそう。

 今日の狩りで、五〇〇ソルまで金が貯まった。

 やっと銅の剣と旅人の服+諸経費の支払いが終わったぜ。

 ローンを完済したみたいでちょっと嬉しい。

 あと最近体調が良い。

 全く動かなかったニート時代と違って毎日動いてるからか、朝起きる時にスッキリ起きれる。

 いつもなら昼までぼーっとして、気が付けば夜なんて当たり前だったが最近は朝からお目々ぱっちりだ。

 ニートから真人間になっていくのを日々感じている。

 ……なんとなく悲しい。

 

 

 一七日目

 いつものように森に狩りに行ったら他の冒険者達と出会った。

 構成は武闘家(女)、魔法使い(男)、僧侶(女)、盗賊(男)。

 武闘家と盗賊が前衛で敵のヘイトを稼ぎつつ攻撃。

 魔法使いが攻撃魔法を撃ち、僧侶が回復とバフをかける。

 戦闘を見させて貰ったけど、チームワークというか複数人で戦うことで戦いを有利に進めてた。

 なるほど、パーティーってあんな感じかと納得したわ。

 まぁ、俺は魔王に挑む気ないから、パーティ作れないけどな。

 イケメン勇者に紹介されたカルロスの酒場にも行ってみたけど、ありゃあ無理だ。

 だって陽キャしかおらんもん。

 所詮、俺はただの隠キャじゃけぇ……。

 お礼に俺も戦闘を見せた。

 相手はスリープフライ一体と、プチモンキー二匹。

 普段なら逃げるけど、他の冒険者も居るし挑んだ。

 うん、個人的には中々上手くいったと思う。

 害悪のスリープフライを開幕ぶっ殺し、プチモンキーの攻撃を避けつつ各個撃破。

 正直かなり理想ムーブだけど、反応は悪かった。

 武闘家ちゃんに、

「あの、あなたはいつもこんなことを……?」

 って言われた。

 なんだよう、殺し方でも悪かったか?

 でも、そう思われてもしゃーない。

 だって、我流だしな。

 武闘家とかだとちゃんとした道場に通って、型を習ってるだろうからおかしいと思うかもしれんけど、俺は戦い方なんぞ知らんのだ。

 それから暫くしてそのパーティとは別れたけど、連携とか色々勉強になったわ。

 ……使い道ねーけどな。

 

 

 十八日目

 昨日もそうだったけど、今日も他の冒険者を見かけた。

 森の魔物は金稼ぎとして美味しいからな。

 狩り場を奪われるのはシャクだが、相手は陽キャ。

 対し、俺は孤高の狩人。

 故にスルー安定っすわ。

 つーわけで、今日は森の奥まで狩りに行くことに。

 奥に行くほど魔物の数が増えるから嫌なんだよな。

 まぁ、今日を生きるには金がいる。

 手入れをしているとはいえ、銅の剣の耐久力もそろそろ心許なくなってくるこの頃。

 しっかり稼いで新しい剣を買っても痛くないくらいには稼がねば。

 そんなわけでモンスターハンティングである。

 書いてなかったけど、最近は新しい魔物とも出会うことが多い。

 でかい紫の幼虫の魔物とか、サナギの魔物とか。

 多分、スリープフライの幼少期だろう。

 他の冒険者が「ムラサキイモムシ」とか「ムラサキサナギ」とか言ってるのを聞いた。

 ま、スリープフライに比べたらこいつらは雑魚だ。

 強いていうなら糸を飛ばしてきて、当たってしまうと動きづらくなるくらいか。

 めちゃ大量の糸をぶつけられたら動かなくなるかもしれんが、ちょっと邪魔程度だし、最悪フレアで燃やせるからな。

 結果ムラサキイモムシを十〇匹、ムラサキサナギを六匹倒した。

 一日で売上が五〇ソル超えたのは初だ。

 やったぜ!

 

 

 十九日目

 街中でも森のことが噂になっている。

 何でも、森の中で行方不明になった冒険者がどーとか。

 その話を聞いて俺はすぐにピーンときたね。

 これは罠だ。

 森の中の魔物は換金率が良いのは知っての通り、そんな中で森の中で行方不明の冒険者が出たなんて噂を流すってことは、人々に森に来ないで欲しい人間がいるわけだからな!

 つまりは、森を狩場にしたいクソ冒険者達の罠!

 というわけでいつも通り森へ狩りに行った。

 ……結論から言うと、行ったのは馬鹿だった。

 最近そうなんだが、森に糸が張り付いてる率が上がってたのよ。

 ムラサキイモムシとかムラサキサナギのせいだろーな、とか思ってたけど、違ったわ。

 森の中にやべーのがいた。

 普通サイズの三倍はありそうな、クソでかいサナギだ。

 その周囲には糸で縛り上げられたのか身動きの取れなくなったらしい冒険者が七人くらいぶら下がってた。

 まだ皆生きてるっぽかったけど、完全に糸で縛られて動けないみたいだった。

 スリープフライが一〇匹近く飛んでたから、動けてもすぐ眠らされただろうけどな。

 しかもだ、驚いたことにその中にはこの前会った冒険者達も居た。

 見捨てようと思ったけど、後ろからこの前の武闘家の子に声を掛けられた。

 超びびった。いやマジで漏らすかと思うくらいびびった。

「……助けるつもり、ですよね。分かりました」

 しかも知らない間に話が進んでるし。

 彼女曰く、陽動をすれば助けられる算段があるらしく、スリープフライの気を引いてくださいとか無茶振りされた。

 ……マジで言ってる? スリープフライ一〇匹くらい居るよ? と思ったがグッと呑み込んだ。

 流石に自分より年下の女の子に言うにはダサすぎる。

「では、お願いします」

 そんな自分自身のプライドと戦ってる間に武闘家の子が行ってしまった。

 こっち睨んでて怖い。

 やらざるを得ない空気なので仕方なく陽動をやることにした。

 具体的にはデカいサナギにフレアを撃って魔物の視線を誘導した隙に、一気に捕まってるやつを助ける作戦だ。

 撃ってみたら案の定スリープフライどもは火を消すほうに夢中になった。

 その隙に武闘家の子が素早い身のこなしで糸を粉砕してた。

 足も速いし、手刀一発で糸引きちぎってるのヤバすぎん?

 スリープフライも流石に気付いたがもう遅い。

 自由に動ける冒険者が増えたことで、数の差は埋められたからな。

 実際全てを倒すまでそんなにかからんかった。

 で、問題はデカいサナギの方だった。

 なんか冒険者の人曰く「ジャイアントフライ」という上位種の魔物のサナギらしい。

 こいつが居るとスリープフライや、その幼虫、サナギが森の中で活発化するとか。

 捕まってた経緯を聞いたら、まだ幼虫だったこいつを仕留めに来て、想定を遥かに上回るスリープフライに襲われ、眠らされたのだという。

 冒険者の人曰く、とりあえずこのサナギはこちらで観察するから、帰って良いよとのことなのでお言葉に甘えて帰った。

 王国にはこの前会った冒険者達が報告してくれるそうだ。

「……ありがとうございます」って武闘家の子が感謝してくれた。

 出来れば言葉だけじゃなく金をくれたら嬉しかったけど、まぁ無事に済んで良かった。

 ……しばらくはこんな死ぬ思いはしたくねーな。

 

 

 

 二〇日目

 国王に呼び出された。

 用件を聞いたらジャイアントフライを倒せと言われた。

 俺に死ねと言うか。

 聞いてみたら冒険者達と共に戦って欲しいとのことだが、無茶言うなし。

 とゆーわけで夜逃げする! 俺は隣の街まで逃げるぞぉっ! 

 さよなら王都ルッカ!

 そう思って街を出たところで他の冒険者に見つかった。

 哀れ、俺は連れ戻された上に冒険者達の群れに強制連行された。

 その中には昨日の武闘家の子も居た。

「やっぱり貴方も志願したんですね」

 とか言ってたけど、俺は志願してねーぞ。

 んで、話を聞いてみたら明日討伐をするらしい。

 今日は作戦の説明と、連携確認が主な目的だった。

 作戦としては炎系魔法を一斉に放ち、燃やす。

 前衛職は魔法使いや僧侶を守るのが主で、本命のジャイアントフライ以外の雑魚の討伐などが主な仕事だとか。

 んで、俺の仕事は前衛だった。

 逃げようと思ったけど、ペアを組まされた。

 しかも相手は例の武闘家の子だ。

 昨日のことを思い出すとこの子めっちゃ素早いんよね。逃げても見つかる未来しか見えん。

 ……仕方ない、腹はくくった。

 何事も起こらず討伐出来ることを祈って今日は寝よう。

 おやすみ。

 

 

 



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03(勇者日誌)

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 二十一日目

 今日は色々あったから最初から書いていく。

 やってきたジャイアントフライ討伐当日。

 夜の間に逃げようとしたけど、ペアになった武闘家の子に見張られてて逃げれんかった。

 んで、配給された朝飯食ったらすぐに森に直行だ。

 その際もトイレと嘘を吐いて逃げようとしたけど、ちょうど向かった方向にスリープフライが隠れてやがったせいで逃げれなかった。

 その後も逃げようとしたけど、スリープフライが出るわ出るわ。

 そうこうしている間に俺達は現場に到着してしまった。

 もうこーなったら正面から打倒するしかねー!

 戦いは数だよ! という言葉を信じて戦ってみよう。

 駄目なら逃げれば良いしな。

 で、この前見たジャイアントフライは相変わらずクソでかいサナギだった。

 心なしか前よりでかくなってる気がする。

 というか実際でかくなってた。当社比二倍くらい。

 んで周囲にはスリープフライが数十匹飛んでた。

 うん、数十匹。前より増えてた。

 ついでにムラサキイモムシとか、ムラサキサナギもわんさか。

 ここまで集まるとちょっとキモい。

「作戦通り行くぞ、炎魔法発射!」

 そんなことを考えてたら合図が鳴った。

 魔法使いたちから一斉に放たれた炎魔法がジャイアントフライのサナギに降り注ぐ。

 一部の火の粉が森に燃え移ってたけど、大丈夫だろうか?

 そっからはもう無茶苦茶だった。

 武闘家と交互にスイッチしながらスリープフライを斬り捨てて、糸を飛ばしてくるムラサキイモムシとムラサキサナギを駆除するお仕事。

 この前連携は見たけど、スイッチってこれで大丈夫なんだろうか? 

 武闘家が攻撃したら、交代で前に出て敵の攻撃を受け止め、斬り捨てる。終わったら素早く後ろに下がって武闘家のターン。

 んー、分からん。

 まぁ、有効打をもらわなかったから多分大丈夫だろう。

 それなりに消耗もしたが、あっという間に雑魚を狩り尽くし、後はボスのみ。

 魔法使いが継続的に炎魔法を放っており、倒せるのも時間の問題かと思ったが、甘かった。

「離れろ!」

 そんな声が聞こえた直後、皆ぶっ倒れた。もちろん俺も。

 風圧で吹き飛ばされたと気付いたのは直後のことだ。

 見るとサナギが羽化して、デカい蝶がそこに居た。

 サナギの殻を破り、飛び出したジャイアントフライの羽ばたきでまとめて吹き飛ばされたらしい。

 うん、この時点で悟ったね。

 あ、こりゃアカンわ。周りも壊滅的だし、このまま居たら死ねる。

 つーわけで目潰しする為に顔面にフレアをブッパして、一目散に逃げたんだけどなんとジャイアントフライの野郎、俺をターゲットにしやがった。

 そっからはマジで地獄だった。

 糸をめっちゃ吐き出してくるわ、羽ばたきで起こる真空刃を飛ばしてくるわ。

 攻撃の隙がマジでねーの。

 しかも一発喰らえばオワタ式とかクソゲーかな?

 まさか……っ! 残機が一個しかないシューティングを現実で味わうことになるとは……っ! このニートの目をもってしても見抜けなかった……っ!

 まぁそんなわけで逃げ回ってたんだけど、その間に冒険者達が体勢を立て直してくれてた。

 後は総力戦だ。

 魔法使いを中心に火炎魔法で燃やしたり、前衛が真空刃を防いだり、直接切り掛かったり。

 中でも武闘家の子の動きが凄かった。周辺の木を利用して飛び移りながら、蹴り飛ばしたりしたのは感動したわ。

 人体ってあんな動き出来るんだな。

 あ、ちなみに俺はその時には後方で火炎魔法撃ってた。

 いや、逃げ回ってたせいで体力使い果たしたのよ。

 逃げる体力が無いからせめて倒せる方に掛けて援護してたわけだ。

 んで、ジャイアントフライは見事撃破出来た。

 終わった頃には皆、魔力を使い果たして疲労困憊だったけど何とかブッ倒せた。

 残党も駆除して、完全に討伐完了だ。

 報酬は明日貰えるらしいが、敵前逃亡しようとした身からすると行きづれー……。

 どうせ今回の話も広まるだろうし、これ以上街の人に見られて噂されるのも嫌だしな。

 うん、丁度良い機会かもしれん。

 ルッカの街を後にして、隣町に行こう。

 

 

 

 二十二日目

 朝早くに宿を後にした。

 宿屋のおっちゃんには世話になったから少し大目にチップを置いてったぜ。

 アイテムの補充も済ませたし、準備万端。

 早速森の中に突入して行く。

 何回も潜ってるから分かるけどこの森、かなり広いんだよな。

 一応聞いた情報だと北にまっすぐ進み続けたら森を抜けるらしいけど……。

 少なからず昨日大規模な掃討をしたばかりだから魔物の数は少なかった。

 まぁ少なくても居るんだけどな。

 プチモンキーとかはよく遭遇した。

 最初は一対一でも殴り合いになったものだが、今や三匹相手でも安定して倒せるようになったのが嬉しい。

 徐々に筋力が付いてきたのだろうか、一撃が前よりズンと入る。

 ニート時代よりはるかに動いてるお陰で足にも筋肉が付いてきた。

 ……勇者に選ばれた時は人生オワタ、って思ったけどなんだかんだで生きてるな。

 根本的な性根は置いといて、俺にしては頑張ってる気がする。

 野宿しながらふとそんなことを思った。

 

 

 二十三日目

 隣町に着いた。

 いやー、疲れたわ。

 野宿して、森を抜けたら平原が広がってて。

 そこに見たことない魔物がわんさか居るから大変だった。

 今日見たのだと、鉤爪の脚を持つカラス、剣を持ったガイコツ、火を吹く二足歩行のネズミ、杖を持ったゾンビとかか。

 カラスとガイコツは物理攻撃を受けたら普通に致命傷だ。まぁ鉤爪に剣だからそりゃそーだって話だけど。

 でも、攻撃受け止めた時に銅の剣がボキっと根元が折られたから相当のパワーだと思う。

 火を吹くネズミはフレアを唱えてきやがるから、当たれば大火傷だ。

 唯一、杖を持ったゾンビの攻撃はそこまで痛くないが、あいつら仲間を呼んだり、ヒールを唱えやがるから害悪だ。一撃じゃ倒せない耐久力はあるし、正直あまり戦いたくない。

 総評、この土地やべー。

 まだスリープフライみたいに眠らされて殺されかけたりしないだけマシだけど、街に辿り着いた時には死にかけだった。

 つか門番もやべーよこの街。

 血まみれの俺を見て何て言ったと思う?

「ようこそ、ここはリベリアの街です」

 だぞ。

 感情が欠落してるのか、それとも見慣れてるのか。

 後者なら怖い。

 とにかくその後は宿を取ったけどちょっと高かった。

 一泊あたり一〇ソルかかる……まぁ、払えるけどさ。

 とりあえずは付近の魔物の情報収集だな。

 この街には図書館があるっぽいので明日街の散策がてら調べてみようと思う。

 

 

 

 二十四日目

 新しい街って新鮮だな。

 そもそも俺、生まれてから他の街に行ったことなかったから余計に。

 ルッカの街のレンガ造りの街並みに比べて、リベリアの街は石で舗装された街並みに木造建築が多い。

 森が近いからか?

 街全体を歩き回ってみたけどそこまで広くない街だ。

 売ってる商品もちょっと違うみたいだった。

 ちょうど武器も折られたことだ、武器屋に寄ったら青銅の剣を売ってたから買った。

 四〇〇ソル。全財産の半分近くが飛んだ。

 んで、図書館に行った。

 そして付近に住む魔物についての本を聞いたら見せてもらえたわ。

 その結果、昨日の魔物の名称が分かったぜ。

 

 デカラス:鋼鉄の鉤爪を持つ。上空からの首を刈り取る。

 ガイコツ戦士:蘇った戦士の亡骸。錆びた剣で切り刻む。

 ボムチュウ:赤い毛のネズミ。フレアで人間を燃やす。

 ゾンビ神官:ゾンビの神官。仲間にヒールを唱え回復する。

 

 うん、こうやってみるとどいつも害悪だ。

 やばいなこの土地。

 それとこの付近にはもう一匹魔物がいるみたいだ。

 

 シャドガ:夜になると現れる。冒険者の影にとり憑き、寝ている間に体力を奪い、殺す。光を嫌う。

 

 ……言いたいことは分かる。

 やばいわこの土地(二回目)。

 取り憑くとか恐怖しか感じないんですけど。

 とりあえず暫く寝る時は明るくして寝ようと思う。

 

 

 二十五日目

 普段暗くして寝るから全然寝れんかった。

 それでも朝には怪我は治ってるし、魔力が全快してるから宿は凄い。

 とりあえず昨日、図書館で勉強したから今日は狩りをした。

 うん、青銅の剣は中々良い感じ、結構手に馴染む。

 ただやっぱここらの魔物強いわ。

 まだ慣れてないこともあってタイマン以外は逃げてるけど、それでも受け止めた時の威力が明らかにルッカ周辺の魔物と違う。

 それとどいつも厄介だ。

 フレアを撃ち出したのを見てから避けるor斬り捨てるのはかなりギリギリ。

 ヒールされたらせっかく与えたダメージが全快される。

 カラスも普段は空を飛んでるから対応が難しいし、ガイコツも武器の使い方が上手い。しかもガイコツによっては剣じゃなくて槍を持ってたりするから間合いが難しい。

 総評、クソ。

 倒した時の素材は高く売れるけど、多対一だと殺されると思う。

 つーかやってられん!

 こんなとこに居たらいつ死ぬか分かったもんじゃない!

 でも、今更ルッカの国に戻っても、敵前逃亡したこととかは多分バレてるから嫌だ!

 ……明日からどうしよう。

 

 

 

 二十六日目

 色々考えて名案が浮かんだ。

 もしかしなくとも俺は天才かもしれん。

 ルッカの街では俺を勇者だと知ってる人間が多かったが、この街では居ないわけだ。

 つまり普通にバイトすれば良いんだよ!

 ……ニートの感覚的に働くのは負けだが、この際しゃーない。

 生きるためだ。

 つーわけで早速求人を見てきた。

 少しずつ話せるようになってきたが、コミュ障は依然継続なので出来るだけ喋らなくて良い仕事。

 配達バイトがあったので受けた。

 荷物を持って街中を駆け回るだけの簡単なお仕事だ。

 これでも一ヶ月近く剣を振り回し、森の中を歩き回ってきた身だ。最初こそ剣に振り回されていたが最近はマシになってきたし、荷物もいけると思ったが辛い。

 普通に一個あたりの箱が重いのよ。

 中身はなんすか? って聞いたら薬の原料だと。緑色の粉が袋に入れられてて、それが限界まで詰め込まれていた。

 それを病院まで全部配達するわけだ。

 まぁ、文句を言うことなく真面目に働いた。

 んで、気になるお給料だが……。

「お疲れさま、まさか全部運ぶとはね。上乗せしとこう、これが君の給料だ」

 そう言って渡された袋に入っていたのが一〇ソル。

 宿代一〇ソルで、収入が一〇ソル。

 ……働いたら負けだ!

 俺は仕事をやめるぞォーーッッ!!

 やってられるかこんなもん!

 真面目に働くとか考えた俺が馬鹿だったわ!

 こんな悲しい収入で生活するくらいなら魔物を狩るわボケェッ!

 

 

 

 二十七日目

 日雇いの仕事なんてもうしない覚悟をして翌日。

 怒りの魔物狩りを敢行してたら、魔物に襲われてる人を見かけた。

 シスターさんだ。

 助けたらお礼を言われた。

 事情を聞いたら、街の外に共同墓地があるらしい。

 そこは夜な夜なガイコツ戦士や、ゾンビ神官が湧いてくるスポットらしく、昼の間に聖水を振り撒くことで少しでも数を減らしているのだという。

 聖水にはアンデッド系の魔物を浄化する効果があるからな。

 だが、その帰り道で魔物に襲われてしまったらしい。

 いつもなら護衛の人が居るそうだが、今日から四日間だけ用事で来れなくなったとか。

「……死者が安らかに眠れるなら、リスクなど恐れません」

 と言うのがシスターさんの言。

 助けた手前、ほっぽり出すのもアレなので街まで送ることに。

 んで、街に着いた時にこんな依頼をされたわ。

「よかったら三日間、墓地までの護衛をして貰えませんか?」

 勿論断った。

 理由は決まってる。

 一人でも死にかける奴が、他人の護衛なんて出来るわけないだルルォ!!?

 それもキチンと説明したけど、大丈夫だろうか?

 

 

 

 二十八日目

 気になってこの街の教会に訪ねてみた。

 昨日のシスターさんの姿は無かったので、神父に昨日のことを話すと驚いていた。

「……危険だとあれほど説明したのに」

 と、そんな感じに手で顔を押さえてた。

 んで、聞いてもないのに色んなことベラベラ喋り始めやがったわ。

 簡単にまとめるとシスターは小さな頃に両親を失ったらしい。

 その時に埋葬されたのが街の外にある共同墓地だ。

 そこでは多くの亡骸が埋められていたらしい。人々も訪れては献花をしたり、お参りをしていたとか。

 だが、魔王が現れたことで状況は一変した。

 死者の亡骸が魔物化するようになったという。

 それは天国にいった人間を無理やり現世に引き戻す行為に他ならない。

 そしてアンデッドとして蘇っても自らの体は動かせない。意識はあるのに、魔王の命ずるままに体は動き、人を殺す。

 そんなことにはさせまいと毎日、聖水を撒くことで少しでもアンデッド化させないようにしているのだ、と神父は話した。

 と、ここで神父から依頼をされた。

「お願いがあります、どうか護衛が帰ってくるまで彼女を見てやってくれませんか?」

 魔物に襲われた時だけで良いから助けてやってほしいという依頼だ。

 金も出すらしい。

 俺も初めは渋ったが、断りきれなかった。

 受けちまったもんは仕方ねぇ、頑張ろう。

 

 

 

  

 

 二十九日目

 朝早くから教会近くにスタンバイし、街の外に出ていくシスターをストーカーする依頼はーじまーるよー。

 というわけでバレないように後ろを着いていき、何事もなく墓地に到着した。

 聖水を振りまくシスターさんの表情は悲しそうだった。

 死んだ両親のことを考えてるのだろうか?

 暫くして帰り道。

 魔物に襲われることなく、無事に帰路に着いたのを見届けて今日の依頼は完遂だ。

 んで、街中を歩いてたら見覚えのある顔と会った。

 武闘家の子だ。

 俺を見つけるなり走ってきて、めっちゃまくしたてられた。

「何で報酬を受け取りに来なかったんですか……?」

 怖い目で見ないでほしい。

 それと報酬って……あれか、ジャイアントフライか。

 そりゃあ行けないでしょうよ、敵前逃亡やぞ。

 当たり前の話だ。

 そう言ったら、驚かれた。

 むしろ俺が驚くわ、何だよその反応。

 まさか俺のことを、恥知らずだとでも思ってるのか? 流石に敵前逃亡したにも関わらず我が物顔で報酬受け取りには行けんわ。

 とか考えてたら武闘家がめちゃくちゃなことを言い出してきた。

「……私を仲間にしてください」

 ナカマ? 仲間、だと?

 いや、何が目的か分からん。

 ここまでの話の流れで仲間になりたがる理由が分からんのだけど。

 あと、君の実力考えたらよそのパーティの方がええぞ。それに元々お前別のパーティおったやろ。

 それを聞いたら、

「……あれは即席のパーティで、私自身はフリーです」

 と言われた。

 その後も何とか断ろうとしたけどお願いしますの一点張りだ。

 というわけで方針を変えた。

 題して、俺の普段を見てもらって諦めてもらう作戦だ。

 というわけでしばらく俺を観察するように言った。

 ふふふ、すぐにやっぱ仲間なりたくないですごめんなさいという武闘家の姿が容易に想像出来るぜ……!

 

 

 

 



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04(勇者日誌)

 

 

 

 

 三十日目

 武闘家と合流して今日もストーカーの仕事だ。

 ちなみに仕事内容は説明してない。

「好きに観察しろ、その上で本当に仲間になるべきか考えるんだな」

 といって放置だ。

 今思うと光景がシュールだな。

 シスターさんをストーカーし、物陰から観察する男を更にストーカーするロリッ子だ。

 光景が謎過ぎて草生える。

 そのまま今日も墓地に行ったけど道中は何も起こらなかった。

 聖水も振りまいて、シスターさんの日課も終了。

 あとは帰るだけ、そんな時だ。

 地面からデカい骨の手が生えてきた。

 サイズ的に明らかに普段見てるアンデッドと違った。その手が真っ直ぐシスターさんを捕まえようとしたところで、慌てて間に入って攻撃を受け止めたけど、力が強い。

 無理やり攻撃を弾いたら地面が大きく隆起して、鉢巻きを付けたガイコツが現れた。

「ガイコツリーダー……!?」

 とシスターさんが言ってたので、名前はガイコツリーダーらしい。

 こんな魔物、図鑑には載ってなかったんだけどなぁ。

 とはいえアンデッド対策で、聖水を買ってたのが生きた。

 それを浴びせかけて、よろめいたところに剣を叩きつけて骨を砕いた。

 後はタコ殴りだ。

 攻撃こそ最大の防御である。ありったけの聖水をぶちまけて、剣でめった斬り。

 その上で目くらましにフレアをブッパしてシスターさん連れて逃げようとしたけど、回り込まれた。

 骨のくせに足早すぎワロタ。

 シスターさん殴ろうとしたからかばったけど、一撃がゲロ重い。

 つか一発でふつーに死にかけたんだけど。

 腹を腕が突き抜けたのは予想外にもほどがあるわ。

 ヒール掛けなかったら死んでましたねクォレハ……。

 元々、剣で受け止めるつもりだったけど思いっきり外したのも悲しい。

 ガイコツリーダーのハチマキにかすって、切り落としたけどダメージ的には意味ないしな。

 とか思ってたらなんか崩れてったわ。

 よくよく考えたら元々弱ってたのかもしれない。

 だってあの墓地、シスターさんが毎日聖水を振りまいてたし、そこで眠ってたらそらそーなるよ。

 そんなわけで任務達成、街まで送り届けて神父から報酬をもらった。

 中々良い報酬額だった。特に金銭と別で聖水をくれたのが嬉しい。

 聖水、一つ買うのに一〇ソルするからな。割と高級品なのよ。

 それとガイコツリーダーについても聞いたけど神父にも分からんっぽい。

 少なくともここらには生息してないはずとのこと。

 ジャイアントフライもそうだけど、見慣れない魔物が現れるのはなんか嫌な感じだな。

 

 

 

 三十一日目

 昨日はがっつり仕事したからかなり懐が潤った。

 よって今日はお休みだ!

 というわけで街に繰り出したは良いが、空気を読まない子が一人。

「……今日はどこに行くんですか?」

 武闘家ぁ! いやまぁ、観察しろと言ったのは俺だけども。

 にしても酔狂な話だよな、魔王を倒す気のないやつの仲間になりたいとか。

 俺としては俺が勇者だと知ってる人間が近くにいると、過ごしにくくなるから困るんだけど。

 ともあれ昨日の仕事でかなり稼げたから、金はある。

 一日でも早く諦めてもらえるようにしばらくはぐーたら過ごそう。そうしよう。

 というわけで今日は図書館に行った。

 昨日のガイコツリーダーのように知らん魔物に出くわしたら面倒だ。

 よって図鑑を見て知識をたくわえるのが目的である。

 調べたらガイコツリーダーは以下の記述だった。

 

 ガイコツリーダー:ガイコツ戦士をまとめるリーダー。聖水にも耐えられ、俊敏、不死身。ただし、頭のハチマキが無くなるとただの骸骨になってしまう。

 

 お前不死身だったんかよぉ!

 つかそう考えたらハチマキ切れたのめっちゃ運良かったな。

 もし次回戦うことがあればハチマキ狙おう。

 あと、教会にも行ったけど護衛の人が帰ってきてた。

 剣持った、戦士のおっちゃん。頭がツルピカだった。

 何でも東にずっと行った先にある街に住んでる母親が病気らしく、薬を届けに行ってたらしい。

 めっちゃお礼を言われた。あとシスターさんも神父から事情を聞いたみたいで改めてお礼を言ってくれた。

 うん、感謝されて悪い気はしない。

 しかも戦士のおっちゃんが技を教えてくれた。

 剣を握ったままフレアを唱えると、剣に炎を纏わせることが出来るらしい。

 そのまま斬ると、『火炎斬り』だ。

 言われてやってみたら出来た。めっちゃかっけぇ!

 魔力を使うから乱発は出来んけど、今度使ってみよう。

 

 

 

 三十二日目

 今日も仕事はしないデー。

 だが、昨日までの俺とは一味違う。

 今日は酒場に行ったのだ!

 そう、あの陽キャの巣窟ことSAKABAである。

 というのも昨日の戦士のおっちゃんが呑みに誘ってくれたのだ。

 一人で行く勇気はないけど、一緒に行く相手が居るなら行ける。

 問題があるとすれば……、

「……なんですか、私成人してますよ」

「お前、年齢いくつか言ってみろ?」

「……黙秘します」

 このロリっ子の武闘家である。

 嘘つくなお前、どう見ても未成年だろが。

 とりあえず俺と戦士のおっちゃんはビール、武闘家にはミルクでも頼んでやった。

 見るからに不貞腐れたけどざまーみろ。

 酒が飲みたいならちゃんと成人してから飲むんだな。

 にしても昼間から酒とはいい身分だぜ。

 そうこうしてると戦士のおっちゃんが話を振ってきた。

「そういやお前さん、ルッカ王国から旅立った勇者の話は知ってるか?」

 噴き出しそうになったわ。

 いやまぁ、これ以上なく知ってるよ。

「二人居るらしいが、そのうちの一人が東の街。ゴルドの街ってんだが、そこに現れたみたいで町中その噂でもちきりでよ」

 とか思ってたらイケメン勇者の方だったわ。

 で、おっちゃんの話を聞くにゴルドの街ではでかい賭博場があるとか。

 そこでは魔物が飼育されており、魔物同士を戦わせる見世物が楽しまれていたが、何とその支配人が悪魔だったそうだ。

 その悪魔は『飼育している魔物に街を襲わせる計画』を立てており、しかも計画が実行に移される寸前だったとか。

 そこに現れたのが勇者一行だ。街中に解き放たれた魔物を倒し、悪魔をも撃破したらしい。

 お陰で勇者人気はうなぎのぼり。

 勇者アッシュは街の英雄となったとか。

 ……つか、アッシュって名前だったのか。初めて知ったわ。

 とはいえ流石イケメン、俺に出来ないことを平然とやってのける。

 どうかそのまま魔王まで倒してほしい。

 うん、切実にお願いしたい。

「最近は明るいニュースも少ないからな、魔物の被害の話ばっかだ。そんな中でこんなことがあるとちょっと嬉しくなるよな、と。マスター、おかわり!」

 つかおっちゃんめちゃ酒飲むな。

 酒豪かよ。とか思ってたらおっちゃんがこんなことを言い出した。

「……もう一人の勇者の話は聞かんけど、どこに居るんかねぇ。旅立ったとは聞いてるけど」

 お前の横で酒飲んでるよ。

「……それなら」

「マスター、この子にミルク追加で!」

 あと武闘家ちゃん、言わんくて良い。

 何が悲しくて自ら勇者と広めにゃならんのだ。

 俺はやらんぞ! 魔王討伐なんて絶対やらんからなーッ!!

 そんな不屈かつ鋼の意思が俺にはあるのだ。

 まぁ、そんな感じで飲んだけど楽しかったわ。

 基本的に戦士のおっちゃんマジ良いやつだし、話の内容が面白い。

 んで、ほろよい気分で店を後にして、戦士のおっちゃんと別れた。

 そのあとに武闘家ちゃんが何で勇者と名乗らないのか尋ねてきたけど、そんなの決まってるべ。

「言ったら(俺が)不幸になるからな」

 まだ子供には分からんかもしれんが、期待とか同調圧力というものが世の中にはあるのだ。

 勇者として周囲に認識されたが最後、魔王討伐に直行なんて誰がやりたいの?

 つかニートに魔王倒せとか無茶だろ。

 むしろ分かれ、せめて勇者らしい凄いスキルがあれば別だが、そんなのねーし!

 チート能力の一つや二つ発現してから言えや!

 そういうわけです、はい。

 

 

 

 三十三日目

 今日も今日とてニート。

 相変わらず武闘家はついてくるがそろそろ諦めてもらえんものか。

 とりあえず今日は色んな店にいって買い出しをした。

 武器なぁ。一般的な戦士は剣と盾を持つことが多い。

 剣で攻撃、盾で防御って具合にな。

 そもそも剣は刃こぼれするから敵の攻撃を受け止めるのには向いてないし。

 個人的にはそりゃあ盾が使えたらいいんだが、やっと剣に振り回されず使えるくらいだしなぁ。

 盾を持ったら回避も無理そうだ。

 そう考えるとまだ今みたいな片手剣スタイルが一番かもしれん。

 防具も重いのは疲れるからやだ。

 というわけで旅人の服を新しく買いなおした。

 血のあとが染みになってたし、腹に穴を開けられたときにほつれるどころじゃないくらい破けたしな。

 軽い素材で防御力の上がる防具だと嬉しいけどこの街にはなさそうだった。

 つか、歩いてて思ったけど今日はやけに武闘家が静かだった。

 なんか、疲れてるというかそんな感じ。

 歩き回ったからか? ちょっと申し訳ない気持ちだ。

 

 

 

 三十四日目

 武闘家が来なかった。

 ようやく諦めてくれたのだろうか?

 にしてもあの執着ようを考える限り、せめて一言くらい挨拶にきそうなものだが。

 思えば昨日静かだったのも体調が悪かったのかもしれない。

 ……ちょっと気になるし、明日様子を見に行こうと思う。

 

 

 

 三十五日目

 武闘家の泊まっている宿に行ったら、彼女が出迎えてくれた。

 どうやら病気にかかったらしい。

 寝ても疲れが取れず、体に倦怠感があるらしい。

 熱はないようだが、凄く辛そうだった。

 ベッドに寝かせて、果物を切ったりして看病した。

 つか、熱が無いのが気になるな。

 それにこの症状、以前調べたシャドガって魔物に取り憑かれたときの症状に似てる気がする。

 ……怪しい。

 というわけで看病を終えたあとに、図書館に行って調べたらやっぱそうだわ。

 

 シャドガ:夜になると現れる。冒険者の影にとり憑き、寝ている間に体力を奪い、殺す。光を嫌う。

 

 倦怠感ってのは体力が吸い取られてるせいと考えれば納得だし、どんな怪我をしても一晩で直る宿に泊まってるにも関わらず回復してないのはおかしい。

 で、どうやったら取り憑いた状態を回復できるかも調べたら以下の記述を見つけた。

 

 『取り憑いたシャドガは激しい光に弱い。そのため光魔法の「シャイニング」を唱えるか、潰すと激しく光る「光の玉」を使うことで実体を現す』

 

 病院に行って、その光の玉とかが無いかを聞いてみたらちょうど在庫はないらしい。

 だが、材料があれば作れるとの回答を得たので採りに行くことにした。

 材料はボムチュウが落とす尻尾と、リベリアの街の西にある洞窟に生える夜行草(やこうそう)という草だ。暗闇の中で青く光るらしい。

 とりあえず本人を病院に連れてって寝かせたり、入院の手続きはした。

 早速明日の早朝から向かうとしよう。

 

 

 

 三十六日目

 朝、お見舞いに行ったが昨日より目に見えて悪化していた。

 身体が起き上がらないらしい。

 ちょっと不味いかもしれない。

 病院側の診察もしているみたいだが、症状的にはやはりシャドガに憑りつかれていそうというのが医師の談だ。 

 というわけで昨日言ってた素材を取りに行った。

 数日明けての戦闘だが、戦士のおっちゃんに教わった火炎斬りが良い感じだ。

 ただ、件のボムチュウは炎耐性があるようであんま効かなかった。

 まぁ普通に切り殺したけど。

 何発かフレア受けたけど、目的の素材を手に入れたので問題ない。

 次はリベリアの街の西にある洞窟だ。

 言われた通り西へ西へと歩いてったら洞窟が見つかったわ。

 ただ、中は真っ暗だった。

 しゃーなしで火炎斬りよろしく、青銅の剣に炎を纏わせることで明かりがわりに使ったわ。

 んで、奥まで潜ったけどいくつか知らん魔物とでくわした。

 ピッケルを握ったコウモリとか、手がドリルになってるモグラとか。

 火炎斬りを維持したまま斬り捨てたけどかなりボコられた。

 しかも魔力が空になりかけて慌てて火炎斬りを解除する羽目になった。

 普段なら撤退するけど人命が掛かってる。

 もはや何も見えない闇の中で、手探りでポーションを飲んで、洞窟内を歩き回って、やっと見つけたわ。

 洞窟の奥でぼんやり光る草。

 それを摘んで洞窟を出るためにまた歩き回った。

 それから数時間、ようやく出口を見つけて外に出た時にはもう夜だ。

 急いで街に戻って病院に素材を渡した。

 作成には朝までかかるらしい。

 外に行ってる間に武闘家の意識がなくなったようで、寝顔なのに苦しそうにしていた。

 間に合えば良いんだが……。

 

 

 三十七日目

 間に合った。

 出来た光の玉を潰すと、目が潰れるかと思うくらいの光が部屋を満たして、魔物、シャドガが姿を表したのだ。

 何だろう、ぺらぺらの真っ黒な魔物だった。

 空中をふよふよ浮かんでて、三日月の形の口をしている。

 体から追い出されたシャドガはすぐさま逃げようとしたけど、甘い。

 フレアで撃ち落とした後に、叩っ斬ってやった。

 強さはあんまりだが、悪質過ぎる。

 武闘家の意識は戻らないままだが明日には回復するらしい。

 うん、良かった良かった。

 

 

 三十八日目

 突然だが、東に向かうことにした。

 戦士のおっさんが言ってたゴルドの街だ。

 理由は簡単、武闘家の件だ。

 彼女には悪いが、やっぱり俺は魔王討伐をする気はない。

 仲間になるったって俺は一人で食えてけばそれで良いのだ。

 というわけで申し訳無いけど、こっそりと旅立とうと思う。

 そもそも俺みたいなやつに関わって人生を無駄にするのももったいない話だしな。

 同じ勇者ならあのイケメン勇者の仲間になった方が幸せだろう。

 一応、別れの手紙は病院に置いたから不義理ではない……よな?

 まぁ、もう気にしても仕方ない話だけどな。

 で、ゴルドの街に行くには、リベリアの街を出て東に進み、山を二つ越えると到着するらしい。

 ……らしいんだが、思ったよりも山がキツい。

 真っ直ぐ突っ切ろうと思ったのが馬鹿だったか。

 わざわざ山頂まで登って、反対側に降りようとしてるからな。

 ただ景色は綺麗だ。

 リベリアの街や、ルッカ王国。今まで歩いてきた街が見える。

 それと山にも新しい魔物が出た。

 洞窟内で見かけたドリルモグラや、ピッケルバットも夜に出てくるし、昼間には斬ると毒の胞子を放つドキノコ、角の生えた狼の魔物ツノウルフなど色んな魔物だ。

 特にドキノコはきつい。

 最初、知らなくて普通に斬ったけどすぐに毒が身体を蝕み始めた。

 なんか一歩歩くごとに命が削れるというか、侵食するから恐怖感ヤベェ。

 暫くして効果は解けたけど、毒を受けた状態だと戦闘どころじゃないからな。

 ……つか、気のせいかもしれんけど進めば進むほど魔物が強くなってる気がする。

 旅立った当初よりは俺も強くなってるはずなのになぁ。

 

 

 三十九日目

 久々に死にかけた。

 魔力もポーションも切れたあとにドキノコに囲まれて、毒を受けたからなぁ。

 何とか気力で歩いてたけど、意識を失ったらしい。

 んで、次に目が覚めたら知らん家だった。

 木造のログハウスで、金髪の女性が住んでいた。

「まだ起き上がらないで。毒が全身に回ってたから」

 彼女曰く、偶々通りかかって、助けてくれたらしい。

 こんな辺鄙(へんぴ)なところに住んでるのは彼女が魔法使いで、材料のキノコが沢山生えてるからとか。

 マジで天使に見えたわ。

 料理もだしてくれてめちゃ美味かった。

 お礼を言ったら「お節介だから気にしないで」と言われた。

 大天使かな?

「ゴルドの街に行くために山を真っ直ぐ登ってた……? しかも毒消し草も持たず……? あっきれた、あなた馬鹿なの? はぁ、仕方ないわね」

 口調は厳しいけど、その優しさは天上を知らないらしい。

 毒を消すための魔法まで教えてくれたわ。

 キュア、という魔法でこれを使えば状態異常を治せるらしい。

 例えば毒や痺れ、眠りもいけるとか。

 女神だったわ。

 そのあとゴルドの街の道筋まで教えてもらって家をあとにした。

 ありがとう、女神様!

 そう言ったら「えっ?」と言われたけどこれは俺の素直な気持ちだ。

 ありがとー!

 

 

 四十日目

 ゴルドの街に着いた!

 やーっと着いたぜ。

 にしても街が全体的にピカピカ光ってんな。

 王都の繁華街よりもキラキラしてら。

 はえー、すっごい。

 これが眠らない街ってやつっすね。

 とりあえず安定の宿は取ったし、明日街の観光をするとしよう。

 戦士のおっちゃんが言ってた賭博場も気になるしな。

 

 

 

 



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05(武闘家日記)

 
2020/04/05
昨日は一度投稿しておきながら消してすみません。
また、お気に入り登録や評価ありがとうございます。
励みになっております。


 


 

 

 

 

 

 

 

 一日目

 ……ルッカ王国全国統一勇者調査をするとか。

 最近は魔王による被害が大きいですからね。

 国が一つ滅んだとの話も聞きましたし、人類の存亡に関わる事態だとようやく皆が理解し始めてきたからこその措置でしょう。

 私にも紙が届きました。

 

 

 二日目

 ……私は勇者じゃないみたいです。

 むぅ、絵本のような勇者に憧れてたのですが、残念です。

 代わりに二人の勇者が見つかったと聞きました。

 金髪の勇者と黒髪の勇者。

 王国内では大騒ぎになっています。

 早速多くの冒険者が我こそが勇者の仲間に! と名乗りを挙げているようです。

 私も、急がないと。

 

 

 

 三日目

 勇者様を探しにカルロスの酒場にやってきました。

 臨時のパーティを組む時も大概使いますからね。

 もしかしたら勇者様も居るかなと予想してきたのですが、残念ながら居ないみたいでした。

 というか他の冒険者も同じことを考えてたのかいつも以上に人が多かったです。

 ……まぁ居ないなら仕方ありません。

 せめて臨時パーティを作ってお金稼ぎに行きましょう。

 それとマスター、何でお酒を出してくれないんですか? 

 子供だから? はっ倒しますよ。

 

 

 四日目

 (何も書かれていない)

 

 

 五日目

 (何も書かれていない)

 

 

 六日目

 (何も書かれていない)

 

 

 七日目

 ……このままだと三日坊主なので何か書きます。

 どうやら金髪の勇者が旅立ったそうです。

 しばらく探し回っていましたが、結局会えませんでした。

 噂ではもうパーティを組んでいるようです。

 ……となると金髪の勇者の仲間になるのは難しそうですね。

 一方、黒髪の勇者はまだ街にいるようです。

 もう少し特徴が分かれば良いのですが……。

 

 

 八日目

 新人の門番さんと話してたら愚痴を言われました。

 最近、一人で街を出てはボロボロで帰ってくる人が居るそうです。

 しかもその人は防具を着てないとか。

 ……自殺志願者ですかね?

 

 

 九日目 

 仲間を募るのに酒場を利用するのはいつものことですが、毎度のごとく子供扱いされるのは困ったものですね。

 お陰で生まれてこの方お酒を飲めた試しがありません。

 むぅ。

 

 

 十日目

 ……一人で街の外に出てた人、やばいですね。

 街の人が噂してました。

 明らかにドクターストップな程のダメージを受けているのに、翌日には平然と狩りに行くとか。

 もし本当ならどんな回復能力してるんでしょうか?

 武闘家としては少し羨まし……やっぱ羨ましくないです。

 

 

 十一日目

 ルッカ王国とリベリアの間にまたがる森。

 そこでスリープフライが増殖しているそうです。

 どうやらムラサキイモムシや、ムラサキサナギの姿も見るとか。

 他の街では魔王からの刺客も送られてると聞きましたが、もしかしたらこれもその一種かもしれません。

 スリープフライは、人を眠らせる魔法『スリープ』を唱えますから、討伐して数を減らさないと危険ですね。

 

 

 十二日目

 (何も書かれていない)

 

 

 十三日目

 ……昨日は日記を書く時間が無かったのでまとめて書きます。

 昨日は臨時パーティを組んで、今日は森に向かいました。

 そこでスリープフライと戦いましたが、駆除は疲れます。

 武闘家としては、敵との距離が近い分避けるのが大変ですが、スピードには自信があるので、この程度ならどうにかなりそうです。

 ただ一戦あたりかなり脚を使うので消耗が激しいのが難点ですね。

 

 

 十四日目

 狩りをした帰りに、街で例の一人で外に行く人を見かけました。

 ……印象としてはちょっと怖かったです。

 血まみれの服を着て嬉しそうに笑ってました。

 血だとするならどう見ても致死量だったので、多分あれはペイントでしょうね。

 よく武勇伝を語りたがる馬鹿な人がやってるのを見たことがあります。

 

 

 十五日目

 三日連続狩りをしたので今日はお休みです。

 冒険者としては休むことも仕事ですから。

 良い仕事には体調管理が欠かせません。

 しっかり時間を掛けてコンディションを整える、それこそが良い冒険者だと思います。

 

 

 十六日目

 新人の門番さんと話してたらまた愚痴を言われました。

 最近、一人で外に行く人が毎日血まみれで帰ってくるそうです。

 ……もう何も言えませんね。

 

 

 十七日目

 例の一人で外に行く人に出会いました。

 しかもスリープフライを狩る為に行った森の中で。

 正直、馬鹿なのかなと。

 だってスリープフライですよ。一人で戦ってる最中に眠らされたらそれこそ一巻の終わりじゃないですか!

 慌てて臨時パーティの仲間と共に助けましたけど!

 それで色々話をしましたけど、彼は「いつも一人で戦ってる」と言い張って聞かなかったので思わずこう言ってしまいました。

「それなら戦ってるところを見せてください」

 こうすればどんな馬鹿でも現実を知るはずです。

 すぐにスリープフライやプチモンキーといった魔物も現れて、彼の戦いを見てたわけですが。

 ……彼、強かったです。

 鱗粉を放つ寸前にスリープフライを斬り捨て、続いて背後から襲ってきたプチモンキーの攻撃を、まるで見えているかのように避けて、一匹ずつ冷静に処理。

 いや、めっちゃ強いじゃないですか!

 何で昨日まで血まみれで街に帰ってきてたんですか!?

「だから毎日やってるって言っただろ」

 って言ってましたけど馬鹿なんですか!? 馬鹿なんですね!?

 ……というか、一体何者なんでしょうか?

 

 

 十八日目

 彼の正体を探る為に街中で聞き込みをしました。

 その結果ある事実が判明しました。

 彼の正体はどうやら勇者のようです。

 それもニートなどの悪い噂の絶えない黒髪の勇者。

 ……昨日の動きを見る限り、とてもそうは思えないんですけどねー……。

 もし次に会うことがあれば確かめようと思います。

 

 

 十九日目

 彼はちゃんとした勇者でした。

 それが分かったキッカケは臨時パーティを組んで、森の中で発見されたジャイアントフライの幼虫を討伐するクエストを受けたことです。

 ジャイアントフライは本来ここいらには生息していない強力な魔物ですし、八人パーティを組んで挑みました。

 で、結論から言うと壊滅しました。

 原因は戦闘中にジャイアントフライが変異したからです。

 幼虫からサナギへの変異で吐き出された糸を避けられなかった冒険者達が丸ごと無力化されました。 

 私は回避出来ましたが、いくらなんでも一人ではどうしようもありません。

 でも、見捨てたら彼らはジャイアントフライの餌です。

 どうすれば、彼が現れたのはそんな時でした。

 彼はジャイアントフライのサナギを見上げたまま私の前に出てきて、周囲を観察し始めたのです。

 多分、今助けないと不味いと考えていたんでしょう。

 私が作戦を提案すると彼は嫌な顔一つせずに受け入れてくれました。

 内容は彼が陽動を行い、私が助ける。

 スピード勝負で危険な策でしたが、驚くほどあっさり成功しました。

 助けた冒険者をよく気遣っていたのを覚えています。

 街に帰ったあとに改めてお礼を言いましたが、「無事で良かった」と一言告げて去っていきました。

 その姿が勇者らしくて、冒頭の結論に至ったわけです。

 ……元々、私は勇者に憧れてたのでちょっと興奮してます。

 私、勇者と共闘したんですね……!

 

 

 二十日目

 ジャイアントフライの討伐隊が組まれることになりました。

 とはいえルッカの国は以前、軍隊が魔王に壊滅させられて余裕はありません。

 そこで志願制という形を取っていました。

 ……その中に彼の姿を見つけて、ちょっと嬉しかったです。

 昨日の結論が正しかったことが証明されたような気がしました。

 その後ペアを作れという話になったので、私は彼を指名しました。

 他の冒険者は彼の悪い噂を知っていたようで、彼とのペアを嫌がっていましたし、何より私自身が勇者と組みたかったからです。

 ……勇者と一緒に戦う仲間、凄く良いです。

 

 

 二十一日目

 勇者ってやっぱり凄いんですね。

 今日一日一緒に行動してそれを強く感じました。

 まず索敵能力。私達の誰も気付かないようなところに隠れているスリープフライを見つけては何度も駆除していました。

 次に間合いの取り方。ジャイアントフライ戦が始まったあとに連携して戦いましたが、間合いの取り方がすごく上手でした。

 敵の攻撃がギリギリ届かない位置を取り、攻撃を見切って切り返す。

 更にはバックステップをして次の敵の攻撃を避けて私にバトンタッチ。

 私のペースに合わせてくれて、戦いやすかったです。

 ……そして、何よりも勇気。

 ジャイアントフライが羽化した時、私達は一度壊滅し掛けました。

 とても戦いを続けられる状態じゃない、そんな時に勇者はたった一人で囮となり、時間稼ぎをしてくれたのです。

 そのお陰で陣形を元に戻すことが出来ました。

 正直、その姿はめちゃくちゃかっこよかったです。

 まるで、まるで小さな頃に読んでた勇者のような姿で、あの時の憧れが目の前にあるかのような錯覚を覚えました。

 ……決めました。

 私、勇者の仲間になります。

 報酬が明日支払われるそうなので、その時に会って本人に打診してみようと思います。

 

 

 二十二日目

 報酬を受け取る場に勇者様の姿はありませんでした。

 確かに、確かに報酬を辞退するとか勇者らしいですが……。

 うう、どこに行ったんですか……。

 

 

 二十六日目

 まだ勇者は見つかりません。

 正直足取りが掴めず、困っています。

 もうルッカ王国の周辺には居ないのかもしれません。

 ……彼のことです。

 多分魔王討伐の旅路をしていることでしょう。

 となると港町を目指すのが目下の目標になるはずです。

 何せ、魔王城は他の大陸にありますからね。

 とはいえルッカ王国から海まではかなりの距離があります。

 問題はどの港に向かっているかですね。

 ……運を天に任せて、北の方面を目指すことにしました。

 中継としてリベリアの街をひとまず目標として向かって、そこで改めて聞き込みを行いましょう。

 

 

 二十七日目

 臨時パーティを探しましたが運悪くリベリアの街へのメンバーが集まりませんでした。

 仕方ないので一人でリベリアの街に向かっています。

 こうしている間にも勇者は一人で旅を続けているに違いありません。

 ……なら、私だってそのくらい出来なければ。

 そう思っての旅ですが、現実は厳しいです。

 だって一発でも重いのを受ければ動きは途端に悪くなりますから、戦闘において攻撃をもらうこと=死を表します。

 それを踏まえて戦闘をすると、とても一体以上は相手出来ません。

 今日だってどれだけヒヤリとしたか。

 でも、くじけません。

 

 

 二十八日目

 リベリアの街に到着しました。

 歩きと、戦いで、もう疲れたので寝ます。

 

 

 二十九日目

 街中で勇者を見つけました!

 何で報酬を受け取りに来なかったのかを聞いたら、不思議そうな顔で「当たり前だ」と言っていて、この人は本当に勇者なんだと確信しました。

 だって、報酬を拒否するってそれこそ報酬のために戦っているわけじゃない裏付けじゃないですか。

 わざわざ追いついた甲斐があるというものです。

 意を決して仲間になりたい! と言ったら断られました。

 はい、凄い当たり前の顔で断られました。

 いや、確かにいきなり言い出した私が悪いんですけどね。

 でも諦めず食い下がりました。

「……パーティ組んでいなかったっけ?」

「あれは即席のパーティで、私自身はフリーです」

「……仲間になりたい理由は?」

「魔王討伐に行くんですよね? 私も貴方と戦いたい、です」

「……そうか」

 その後も何度も断ろうとしましたが、私は諦めませんでした。

 何度もお願いしますと頭を下げて、一緒に戦いたいと言い続けました。

 その結果ですが、ちょっと折れてくれました。

「……好きに観察しろ、その上で本当に仲間になるべきか考えるんだな」

 観察しろ。

 ……本当に仲間になりたいのかを聞いているのでしょうか。

 とにかくやってみようと思います。

 

 

 三十日目

 観察一日目。

 勇者の身体が貫かれました。

 ……順を追って書きます。

 朝、今日の勇者は誰かを尾行していました。

 シスターさんでしょうか。

 街の外まで歩く彼女にバレないよう、後ろをついて行きました。

 今思えば、護衛の任務を受けていたんでしょうね。

 そして街の外にある墓地まで行ったところで、ある魔物と交戦になりました。

 ガイコツリーダー。

 多分多くの人間は知っているでしょう。ルッカ王国の軍勢が負けた理由の一つと言われる魔物です。

 この魔物の厄介な点はいくら攻撃しても倒れない不死身さにあります。

 弱点は頭のハチマキです。これを完全に落とすことでその不死性を消すことができるのです。

 そんな化け物にも勇者は臆せず立ち向かっていました。

 聖水を浴びせ、首、腕、足など部位を斬り付けた彼はシスターさんを抱えて離脱を図っていたようでしたが、失敗。

 回り込まれ、シスターさんを狙われた勇者はその攻撃を庇って。

 その身体をガイコツリーダーの腕が突き抜けた瞬間を私はよく覚えています。

 ぐちゃりと肉が潰れるような音がして、背中から骨の腕が血飛沫と共に突き抜けました。

 私はあまりの光景に動けませんでした。

 でも、信じられないのはここからです。

 腕で身体を貫かれた勇者が、その状態から一歩踏み出してガイコツリーダーの鉢巻を切り落としたのです。

 恐ろしいほどの激痛がはしったに違いありません、でもそれでも動いた。

 その事実に私は信じられない思いでした。

 私がようやく我に帰ったのはこの時です。ガイコツリーダーが崩れ去った瞬間、慌てて助けに動きましたが勇者は平然とした様子で回復魔法を唱えていました。

 ……どれほどの修羅場を潜り抜けたらあんな行動が取れるのか。

 もしかしたら勇者は私に何かが足りないことを伝えようとしているのかもしれません。

 ……明日からも気合を入れて観察しましょう。

 

 

 三十一日目

 観察二日目。

 勇者のいく先について行きました。

 今日向かったのは図書館と教会です。

 熱心に魔物の本を読み込んでいました。

 何で魔物の本を読んでるのか聞いたら

「知っていると知らないとでは大違いだろ? 知らないから死んだなんて馬鹿らしいじゃんか」

 とのことでした。

 それと教会では戦士のおじさんと楽しそうにお話をしていました。

 昨日の出来事について聞きました。

 やっぱり依頼を受けていたみたいです。

 それもシスターの護衛を依頼されていたようですね。

 

 

 三十二日目

 観察三日目。

 ……最近、寝ても疲れが取れないんですけど何ででしょう。

 まぁ、それは置いといて。

 今日は勇者と共に酒場に行きました。

 お酒を頼もうとしたら止められました。

 どころか、ミルクとか頼みやがりましたよ。

 注文した以上は飲みますけど!

 というか酔っていつもより饒舌だからか、私の扱いが雑でした。

 子供扱いしないでください、まったく。

 ……私だって気にしてるんですよ。

 あ、そうそう。勇者なんですけど。

 話の流れで黒髪の勇者は誰なんだろう? と戦士のおじさんが言った時に勇者は自分がそうだとバレたくない素振りを見せていました。

 聞いてみたら、

「……不幸になるから」

 と悲しそうな表情で言っていました。

 ……一体どういうことなのでしょうか?

 

 

 

 三十四日目

 観察四日目。

 これまで観察してきて思ったことがあります。

 ……勇者って、意外と普通の人かもしれません。

 もちろん、戦闘を考えると勇者らしい姿もあります。

 でも、そうじゃなくて日常にも目を向けると普通なんです。

 ……でも、一緒にいて悪い気分はしません。

 

 うぅ、疲労感がすごい。

 これ以上書けません。

 寝ても体力が戻らなくて、手にも力が入らなくなってきました。

 もしかしたら病気かもしれません。

 

 

 三十五日

 倦怠感が徐々にひどくなっています。

 勇者に行けないことを伝える気力もなく、一日中寝ていました。

 

 

 三十六日目

 勇者がお見舞いにきてくれました。

 

 

 三十七日目

 (何も書かれていない)

 

 

 三十八日目

 (何も書かれていない)

 

 

 三十九日目

 目が覚めたら病室のベッドで寝かされていました。

 話も全て聞きました。

 私に魔物が取り憑いていたこと。

 私を助けるために勇者が素材を集めてくれたこと。

 それがなければ私は死んでいたこと。

 そして勇者から預かった手紙を渡されました。

 

『この数日間楽しかった。こんな別れになってしまってすまない。でも俺は決めた。やっぱり、巻き込むわけにはいかない。仲間になる件についてはどうか諦めてほしい』

 

 巻き込むわけにはいかない。

 その文字を見た時にある記憶を思い出しました。

 それは数日前の酒場でのことです。

「何で、自分が勇者だって名乗らないんですか……?」

「……言ったら不幸になるからな」

 あの不幸、という言葉。

 これはもしかしてこれを意味していたのではないでしょうか?

 勇者の近くに居れば、知っていれば不幸になる。

 魔王に目をつけられる。

 聞いてみればシャドガもここ最近は発見されていない魔物だそうです。そんな魔物が取り憑いた? 偶然? 私に? 

 リベリアの街の外で出たガイコツリーダー、ルッカ王国付近の森のジャイアントフライ。

 あれらも本来あの場所には居ないはずの魔物です。

 そう気づいた時、点と点が線になるような感覚がしました。

 一人で戦うことに固執するのは魔王からの脅威に誰かを巻き込みたくないから。

 自分が勇者だと名乗りたくないのは、知った誰かを不幸にしてしまうから。

 ……やっと分かりました。

 でも、勇者。私のことを舐めてもらっては困ります。

 そんなもの、最初から受け止めてやるつもりです。

 私だって本気で魔王を倒す、倒したい。 

 どんな障害だって、どんな脅威だって乗り越えてみせます。

 助けられて、その思いはより強くなりました。

 ……絶対に仲間になってやります、絶対に!

 

 



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06(勇者日誌)

 

 

 

 四十一日目

 ゴルドの街を見て回ったけど活気が凄い。

 街自体が荒くれの街みたいなイメージ。全体的に押しが強かった。

 歩いてるだけで露天商の人にめっちゃ呼び掛けられるし。

 戦士のおっさんが言ってた賭博場にも行ってみたけど臨時休業してた。

 残念だが、仕方ない。

 

 

 

 四十二日目

 街中で、この前俺を助けてくれた女神様に会った。

 思わず「女神様!」って言ったらめちゃ怒られたわ。

 女神じゃなくてアーシアと呼べ、と言われた。

 そのあと何故か質問攻めにされた。

 何で私を女神、と……? とか不可解な表情を浮かべてた。

 多分、女神ってあだ名を付けた理由がわからなかったのだろうか?

 何でってそりゃあ対応が「女神だからですよ」と答えたら驚かれた。

 というか、アーシアさん美人だわ。

 怪訝そうな顔とか、困惑した顔も絵になるから美人って得だよな。

 

 

 

 四十三日目

 この街にもカルロスの酒場があるらしい。

 どこにでもあるなこの酒場。

 それは置いといて今日は街の外に狩りに行った。

 毒を受けたらキュア、ダメージを受けたらヒール。

 うん、かなり安定してた。

 とはいえまだ三体を相手するのは難しいな。

 戦闘中に一発は重いのくらってしまう。

 ツノウルフのタックルとか普通に貫通するし。

 いてーんだよな、あれ。

 

 

 

 四十四日目

 狩りからの帰宅途中、女神様もとい、アーシアさんとエンカウントすることが出来た!

 普通に嬉しい。

 ただ、アーシアさんの表情がなんか優れなかったので、公園に行って愚痴を聞くことになった。

「あんたになら言っても良いか……」

 と言って彼女が切り出したのはこんな話だ。

 何でも、アーシアさんの同僚が次々行方不明になってるらしい。恐らく魔王の手によるものだとか。

 確かアーシアさんは魔法使いだったよな。同僚が行方不明、確かに心配な話だ。

 いつか自分もそうなるかもしれないと、呟いていた。

 ……魔王、魔王かぁ。

 とりあえず安心させるために魔王は勇者が必ず倒す、って話をした。

 実際、イケメン勇者が各地で頑張ってるみたいだしな。

 とにかく最後にはお礼を言うくらいには落ち着いてくれたので良かった。

 魔王討伐、任せたぞイケメン勇者。

 

 

 

 四十五日目

 意を決してカルロスの酒場に入ってみた。

 臨時のパーティ募集や討伐の依頼がめちゃ貼られてたわ。

 試しにゴーレムって魔物の討伐依頼を受けてみた。

 ゴルドの街の南にある岩石地帯に住んでいるらしい。

 実際行って、挑んでみたけどアホみたいに硬かった。

 そもそもゴーレムが石とかのかたまりで出来た巨人みたいなやつで、まともに刃が通らんのよ。

 おまけにパンチ一発で宙を舞うほどの攻撃力。

 いや、意識飛ぶかと思ったわ。

 それでも何とか隙間に剣を差し込んだり、目とか口の中に突っ込んだりして、更に火炎斬りを重ねてやっと倒した。

 一体だったから良かったけど、二体以上居たら死んでたな。

 俺も少しずつ強くなってるつもりだけど、油断出来ん。

 一体の割に報酬が美味かったし、明日も酒場で依頼を受けよう。

 

 

 

 四十五日目

 カルロスの酒場でゴーレム二体の討伐があったので受けた。

 昨日で一体討伐の勝手はわかったし、一体ずつ倒せばかなり美味しい依頼だと考えたからだ。

 まさか同じ場所に居るとは思ってなかったけどな!

 いや、笑えないんだけど。

 とりあえず逃げようとしたけど回り込まれたので戦った。

 死ぬかと思った。マジで死ぬかと思った。

 ゴーレムに挟まれて、同時にパンチされた時に咄嗟にしゃがまなかったら死んでた。

 なんか、運良くお互いのパンチが突き刺さったみたいでダブルノックダウンしてくれて助かった。

 

 

 

 四十六日目

 ゴーレム討伐で金があったので今日はお休みにした。

 思い返せば良くここまで来れたな。

 ニートだった俺に言ったら絶対信じないぞ。

 生活も安定してきたし、人と喋れるようになってきた。

 ……今はふらふら旅してるけど、そのうち安住の地を見つけたらそこで根を張らないとな。

 人々が優しくて、それなりに都会で、楽に稼げる土地がいい。

 良し、今後の目標はそれでいこう。

 住みたい街探しだ。

 そうと決まればもう少し金を稼いで、アイテムを揃えて次の街に行こう。

 それとどこに行くかも決めないとな。

 楽しみだ。

 

 

 四十七日目

 ここいらの土地について調べてみた。

 今、俺が居るのがルッカリア大陸。

 ルッカ王国を始めとして、いくつかの街が存在する大陸だ。

 他の大陸に行くには最北端の街ノーランドか、最南端の街サーランドに行く必要がある。

 とりま、距離的にノーランドが近いのでそっちを目指すつもりだ。

 その前にもう少し金稼ぎしなきゃな。

 

 

 

 四十八日目

 カルロスの酒場に行ったら騒ぎが起きてた。

 何事かと思ったら、緊急クエストが発令されたらしい。

 それもゴルドの街の地下に幽閉されていた凶悪な魔物が逃げてしまったとか。

 しかも小さな女の子が一人で戦いに行ってしまったらしい。

 とはいえだ。

 沢山冒険者いるし、誰か行くやろと思って店を出ようとしたら、なんか店主に声をかけられた。

「……行くのか?」

 無言で出ようとしただけなのに、俺が助けに行こうとしてると勘違いされたらしい。

 慌てて釈明しようとしたけど駄目だった。

 うおおおお! と酒場全体が盛り上がってしまい、お前だけに任せておけるか! と全員で行くことになったのだ。

 こうなっては一人だけ帰るのは無理だった。同調圧力って怖い。

 んで、現場。閉鎖中の賭博場に着くとその化け物がいた。

 真っ黒い身体の獣だった。鋭く長い尻尾を生やした、二足歩行の獣。

 素早い動きで爪や、尻尾で攻撃してくるやつ。

 その化け物と、ボロボロの武闘家ちゃんが戦ってた。

 いや、何でここにいるし。

 脚を使って、素早い身のこなしで紙一重で攻撃を回避して、隙を見て回し蹴りをしていたが、化け物もまた避ける。

 だが、武闘家ちゃんもかなり限界近かったのだろう。

 よろめいたところをすんでの所で助けられた。

 そこに他の冒険者が雪崩れ込んで、戦い始めたので俺は武闘家の怪我を回復させることに。

 いや、よく頑張ったと思う。

 一人で援軍が来るまで持ち堪えたのは立派だし、凄い。

 んで、敵もかなり弱り始めてるしあとは任せろー、と前線に向かおうとしたら武闘家に止められた。

「……お願い、一緒に戦わせてください。私も、戦いたいんです」

 バーサーカーかな?

 まぁ、断る理由も無いしよろしくって言ったら嬉しそうに立ち上がってた。

 前線もかなり疲弊してたし、交代して俺と武闘家で連携して戦った。

 化け物もかなりダメージがあったが、動きは素早い。一人ならヤバかったが、二人いたから余裕だった。

 どっちかが攻撃を防いで、どっちかが殴るだけのお仕事だ。

 最後は武闘家が青いオーラを拳に纏わせて、トドメを刺してた。

 そのあと武闘家がバッタリ倒れたからビビったけど、疲労が原因だったようで良かった。

 とりあえず武闘家は俺の泊まってる宿で一室追加で借りて、そこに寝かせた。

 

 

 

 四十九日目

 昨日の魔物。

 どうやらイケメン勇者が討伐した悪魔が育てていた実験体の魔物らしい。

 今までは定期的に餌が与えられていたが、前任者が倒されたことで存在を知るものが居なくなり、放置された結果飢えて自ら檻を破ったとか。

 極限まで飢えてあの動きと考えると、満腹ならどんだけ強いんだよあの魔物。

 何にせよ討伐出来たから良いけど。

 それと何故か、アーシアさんが訪ねてきてお礼を言われた。

 あれを逃したらとんでもないことになるところだったとか。

 相変わらず優しい人だぜ。

 あ、そうそう、武闘家も今回は無事に目覚めた。

 

 

 

 五十日目

 俺の旅に武闘家が付いてくることになった。

 彼女曰く、仲間として認めてもらえなくてもついて行きますとのこと。二日前の戦闘を見る限り、振り払える気がせん。

 ……どうしてこうなった。

 

 

 

 

 

 

 



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07(武闘家日記)

 

 ランキング載ってました。
 閲覧ありがとうございます!

 


 

 

 

 四十日目

 教会や図書館の人。

 戦士のおじさまにも聞きましたが誰も勇者の行方を知らないそうです。 

 やっぱり、徹底しているのでしょう。

 勇者と共に行動している人を危険に晒さないために、自分がそこに居た痕跡を残さないように。

 改めて確信しました。

 私が置いて行かれたのも、結局はそれだったのです。

 勇者にとって私は、守られる存在でしかない。

 勇者は魔王の手から私を守るために、一人で行ってしまった。

 だからこそ、証明しなくてはなりません。

 次に会った時は、私は守られる存在じゃなくて、ともに肩を並べて戦えるんだと。

 そのためには、まずオーラを習得しなければ。

 私の武器はこの身一つ、だからこそ自分自身をオーラでコーティング出来なければ話になりません。

 まずは片腕だけでも……。

 

 

 

 四十一日目

 聞き込みの結果は芳しくありません。

 最後に見たのが宿の店主で、それも朝早くに出ていったという証言だけです。

 それに追いかけるにしても私の実力も足りません。

 勇者が一人で旅をしているなら、仲間になる人物もそれくらい出来なければ話にならない。

 それは分かっている、でも今の私では着いていくことすら出来ません。

 少なくとも、リベリアの街の外の魔物に苦戦しているようでは。

 肝心のオーラも、出すことは出来ても小さく、纏わせることも出来ない。

 ……ちょっと焦りを感じます。

  

 

 

 四十二日目

 岩を相手にオーラの特訓をしました。

 深く呼吸をして、体内の気を循環させる。

 そして腕の形に沿わせ、現出。

 一日中繰り返して、気が付けば教会のベッドで寝かされてました。

 どうやらオーラを使いすぎたようです。

 倒れたところを戦士のおじさまが見つけて運んでくれたとか。

 とても怒られました。

 修行は結構だが、倒れるまでやるやつがあるか! というのがおじさまの言葉です。

 冒険者は身体が資本。体を壊すくらいなら修行などやらん方が良い、とまで言われました。

 それは分かってはいます、分かってはいるんです。

 でも、追い付くにはこうするしかなくて。

 矛盾した思いが抑えられず、思わず涙が出ました。

 戦士のおじさまが慌てて慰めてくれましたが、自分自身が情けなくて余計に涙が止まりませんでした。

 私、どうしたらいいんでしょうか?

 

 

 

 四十三日目

 戦士のおじさまがある提案をしてくれました。

 私の修行に付き合ってくれるそうです。

 でもタダではなく、代わりに、シスターの護衛を手伝って欲しいとか。

 勿論承諾しました。

 昨日、迷惑かけちゃいましたしね。

 任務内容はシスターさんを町はずれの墓地まで警護し、戻ってくることだそうです。

 早速今日から向かいましたが、思った以上に戦士のおじさまが強かったです。

 聞いてみると戦士のおじさまはいつも、一人で護衛をしているとか。

 まさか、勇者と同じく一人で外に出る人がいるなんて。

 でもこれはチャンスかもしれません。

 彼のやり方を理解すれば、私も一人で……。

 

 

 

 四十四日目

 護衛が終わった後に私の修行を見ていた戦士のおじさま、いえ、師匠が修行法を提案してくれました。

 何でも、私の修行法では、実践で使えないとか。

 確かにゆっくりと全身で循環させて、少しずつ纏わせては実践では使えません。

 師匠曰く、パッと出して、パッと消す、が出来ないといけないそうです。

 そのために、常に体内でオーラを動かす修行を言い渡されました。

「起きてる間。飯食ってる時も、戦闘中も、風呂入ってる時も常にオーラを動かせ。そうすりゃ、いつでもオーラを出せるようになる」

 無意識のうちにオーラを循環させられるほどになれば、腕だろうが足だろうが、全身だろうがオーラを纏えるそうです。

 まずはそれを目指せ、と。

 早速意識して常に動かしましたが、思った以上にキツイです。

 修行中もそうでしたが、体力をかなり使うんですよね。

 でも、諦めません。

 これくらい乗り越えなくては勇者の仲間になるなんて出来ませんからね。

 

 

 

 四十五日目

 一日中オーラを意識して動かしました。

 昨日より動かしやすくなってきた気がします。

 何というか、感覚としてこの流れがオーラだというのが明確に感じ取れるようになってきたというか。

 ただ、操作は難しいですね。

 例えば腕だけにオーラを集めるには、時間と体力を使います。

 それを繰り返して、ふと意識が無くなりそうになる寸前に師匠に止められました。

 今思えばこの人も何者なんでしょうか?

 強いし、戦士なのに武闘家の知識も持っていて、限界を見極めるのが上手い。

 普通に考えて、ここいらの街に住むような戦士には思えないのですが……。

 

 

 

 四十六日目

 ゴルドの街に現れた黒髪の男が、一人でゴーレムを討伐したらしいという噂を聞きました。

 何でもその人は片手剣使いで、あまり喋らないとか。

 ……間違いなく勇者だと思います。

 これを逃したら次はいつ見つけられるか分かりません。

 それを師匠に伝えたら「行ってこい」と言われました。

 いいか、オーラは基本が大事だ。ゴルドの街に着くまでに片腕くらいはオーラを纏えるようになれ、と。

 それから手紙も預かりました。

 もし、旅の途中でクロオビと名乗る武闘家に会ったら渡せ、と言っていました。

 とにかくまずは勇者に追いつかなくては。

 ゴルドの街まで山二つ、一気に越えていきましょう。

 

 

 

 四十七日目

 身体がいつもより軽く感じます。

 オーラが体中に循環しているからでしょうか。

 動きが良くなったような感覚が、実践に出たことでより顕著に感じますね。

 道中の魔物も二体までなら問題なく蹴散らせます。

 肝心のオーラを纏うのはまだ中途半端で、途中で消えてしまうのが難点ですが。

 それでも、威力自体は上がってはいます。

 ちゃんと纏えたらどれだけの威力になるのか。

 ただ、オーラの扱いはまだ注意が必要ですね。

 限界まで使いすぎると倒れてしまいますから。

 師匠は、オーラは使い続ければ少しずつ総量も増えてくると言ってましたし、今後の成長に期待しましょう。

 ……出来れば、体ももう少し大きくなってくれると嬉しいのですが。

 

 

 

 

 四十八日目

 目が覚めたので、忘れないうちにまとめます。

 私は今日の出来事を一生忘れることはないでしょう。

 ゴルドの街に着いた私はカルロスの酒場に向かいました。

 そこで聞いたのが緊急クエストです。

 街の賭博場の地下で収監されていた、二足歩行の黒い狼が檻を破って暴れているとか。

 それを聞いてすぐにピンときました。

 何故なら、そいつは私にとっては憎むべき魔物だからです。

 ーー魔獣シャドウウルフ。

 ……私の村を滅ぼした魔物。

 いてもたってもいられず、賭博場に行くとそれは確かにシャドウウルフでした。

 気が付けば私は戦いを挑んでいました。

 この魔物の厄介な点は、食べることで相手の強さを吸収出来ること。

 私が食われれば、それだけ強くなってしまう。

 今回、運が良かったのは相手が飢餓の状態だったことです。

 でも、それでも魔物の攻撃は非常に鋭く、速かった。

 どうにかギリギリでついて行って、それでも避け切れない。当たらない。

 でも、私はどうしても倒さなくてはなりませんでした。

 こんな化け物を街中に放ってしまえば、手が付けられなくなります。

 何としてでもここで仕留めるという思いで、戦って、それで。

 ……私は再び勇者に助けられました。

 しかも自分でよろめいて、殺されかけたところを。

 それなのに、彼は私に回復魔法を掛けながらこう言ったのです。

「よく頑張って持ちこたえてくれた。あとは任せてくれ」

 その光景はシャドガに憑りつかれ、助けられて、去っていったあの時とまったく同じでした。

 彼と一緒に戦うためにここまでやってきたのに、私は一体何をやっているのか。

 ……私、お荷物にしかなってないじゃないですか。

 そう思ったら足に力が入りました。

 戦わなくては、そのために私は来たんですから。

 そして、私は勇者と共闘しました。

 心の中の迷いが消えて、自然とオーラが体中を回り始めて。

 そして、オーラを纏った拳で、シャドウウルフにとどめを刺しました。

 私は守られるだけじゃない、一緒に戦える。

 これでそれが証明できたとは思ってません。

 でも、これが私にとっての第一歩です。

 最後、気絶してしまったけど、それでもやりきったという思いを感じた一日でした。

 

 

 

 

 四十九日目

 今日一日は大事を取って休めとお医者様に言われました。

 やることがないと暇なので、またオーラを一日中操作する一日。

 うん、一度成功したことで一部位なら纏わせられるようになりましたね。

 それと勇者がお見舞いに来てくれました。

 

 

 

 

 五十日目

 無事に退院しました!

 今度はちゃんと逃がしませんでしたよ。

 そして、勇者にもお願いしました。

 まだ、私を仲間とは認めてもらえないかもしれません。

 でも、私は諦めません! と素直な気持ちを口にすると、勇者は言いました。

「俺についてくれば君は後悔することになるぞ」

 構いません。

 どんな危険な場所や旅でも着いていくつもりです。

 それに私にはもう帰る場所なんてありませんから。

 ……前に進み続けるために、勇者と共に戦いたいんです。

 ーーーー私のような人を増やさないために。

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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第二章 目覚め
08(勇者日誌)


 

 

 

 

 五十一日目

 本当に武闘家が着いてくる。

 お陰で戦闘は非常に楽なのだが、申し訳ない感がやばい。

 彼女は一体俺のどこに魅力を感じたのだろう?

 本気で謎だ。

 んで、そんな武闘家はなんか一日中オーラみたいなのを操ってた。

 聞いてみたらこれはオーラの特訓らしい。

 良いなー、俺も腕にオーラ纏わせたりしてみてぇ。

 なんか漫画でもありそうだし。こう……破ァッ! ってやったらビームが出る的なの。

 俺にも出来ないか聞いてみたけど、オーラは武闘家ちゃんの村の出身以外は無理らしい。

 うーん残念。

 色々出来そうなのになぁ。

 

 

 

 五十二日目

 オーラの特訓がしたいから手伝って欲しいとお願いをされた。

 何でも意見が欲しいとか。

 それで何か知らんけど模擬戦することになった。

 うん、死ぬかと思った。

 まだみぞおちがジンジンと痛む。

 オーラ纏った一撃を迷いなく人に叩き込むかふつー。

 意識もってかれそうになったけど舌噛んでギリギリ保てたわ。

 何が言いたいかというとぅゎょぅι゛ょっょぃ。

 しかもこれでまだオーラは未完成とか。

 おK、良い子だから今後は絶対人に向けて使うなよ。

 いいか、絶対だぞ! 絶対だからな!

 ……意見はしたけど、もう二度と特訓に付き合いたくねー。

 

 

 

 

 五十三日目

 次の目的地の話を武闘家とした。

 ルッカリア大陸最北端の街、ノーランドに行く方針は武闘家も同意してくれた。

 その後、ルートを調べに図書館に行った。

 どうやらノーランドに行くためには二つのルートがあるらしい。

 一つが橋を使って平原を歩くルート。もう一つが洞窟を使って川の底を抜けるルート。

 当然、リスクの少ない橋ルートを選ぼうとしたが、カルロスの酒場で変な噂を聞いた。

 なんか、橋が落ちたらしいとか。

 原因を調べているが、元々老朽化が進んでいたから落ちたんだろうとか言ってた。

 マジっすか。

 ……しゃーなしで洞窟ルートで行くことにした。

 松明やらで金が飛んでいくのが悲しい。

 

 

 

 

 五十四日目

 準備も万端だし洞窟に向かうことになった。

 んで、出発直前に偶然アーシアさんと会ったわ。

 武闘家のことをアーシアさんに紹介したら、驚いた表情を浮かべた後に、流石ねと言われた。

 なにがだろう?

 そのあとちょっと話し込んだけど、彼女も偶然、ノーランドに向かうところだったようだ。

 どうせなら一緒にどうですか? と誘ったら「是非、お願いするわ」と言ってくれた。

 了承してくれた手前言いづらいけど、ちょろくない?

 武闘家もそうだけど、着いていく相手をちゃんと考えた方が良いと思う。

 そりゃあ、俺個人は嬉しいけどさ。

 そんなわけで三人で洞窟に向かった。

 巨大なカマキリとか、二足歩行のカブトムシとか見たことない魔物も居たけど正直余裕だったわ。

 現れた魔物は武闘家が片っ端から倒してくし、打ち漏らした魔物もアーシアさんが氷の魔法でどんどん仕留めてくからな。

 ぶっちゃけ俺、要らんと思う。

 お陰で今、戦いながら日記書いてるぞ。

 あ、戦闘終わった。

 流石におんぶに抱っこは良くないし、次の戦闘くらいは真面目に戦うか。

 

 

 

 

 五十五日目

 っべーよ。

 普通に死にかけたよ。うん、最近死にかけすぎん?

 きっかけは昨日のアレだ。

「次の戦闘は任せてくれ」

 なんて言ってしまったことが原因だ。

 まさか、次に出てくるのがドラゴンとか誰が思うのよ。

 しかも洞窟だぞここ。何でドラゴンが居るんだよって思ったら、橋が出来て便利になったことで洞窟はほぼ使われなくなったから知らない間に生態系が変わっていたのではないか、とか。

 もしくは……とアーシアさんは続けようとしてたけど、話してる余裕もなく戦闘になった。

 しかも任せてくれって言ったからか武闘家もアーシアさんも手伝ってくれなかった。

 いや、助けてくださいお願いします。

 目の前にいる魔物分かる? ドラゴンだぞ? ドラゴン。

 任せろって言っても、ふつう物事には限度があるだろ?

 ……悲しい。

 そんなわけでドラゴンとタイマンした。

 物語みたいにマジで火とか吐いてくるのな。鋭い爪の攻撃もやっばい。

 剣で受け止めた衝撃だけで腕が折れるかと思った。

 防御面も厄介だ。攻撃しても剣が弾かれるわ、明確な弱点が見つからないわ。

 最後はやけになって剣をぶん投げたら、なんかドラゴン逃げてったけど何でだろう。

 分からんけど助かった。

 その後何とか洞窟を抜けたけど、もうドラゴンとは金輪際戦いたくない。

 あぁ、生きてるって素晴らしいぜ。

 

 

 

 

 五十六日目

 ノーランドに到着した。

 はえー、これが海か。初めて見たわ。綺麗なもんだぜ。

 ゴルドの街は武骨な街って感じだったけど、こっちは白い建物が多くて、白亜の街ってイメージだった。

 いくつか露店で買い食いしたけど、めっちゃ美味い。

 ルッカ王国じゃとれたての海の幸なんて食えんしなぁ、やっぱ新鮮なのは良い。

 それと武器屋で新しい武器を買った。

 先日のドラゴンとの戦いで武器持ってかれたからな。

 鋼の剣というらしい。二千八〇〇ソルもした。宿も一泊五〇ソルもする。

 ルッカの街の宿代が懐かしいぜ。

 その分、魔物を倒したときの収入もでかいけど、やっぱ高いって感覚が先に来る。

 それと、今日はなんかアーシアさんが挙動不審だった。

 街の中央に設置されている像をぼんやり見て、何というか悲しそうにしてるというか。

 そういえばあの像ってどの街にもあるけど、何の像だろうな?

 法衣を着た女性をかたどった像、なんかの宗教か? 引きこもりしてたから分からん。

 何か見覚えがあるような気はするんだけどな。

 まま、ええわ。

 その後、アーシアさんとは別れた。

 なんか、やらなければならないことがあるらしい。

 森の中に住んでたり、めちゃくちゃ強かったり、ミステリアスだよな。

 

 

 

 

 五十七日目

 困ったことになった。

 ノーランドから他の大陸に行こうと思ったんだが、船が出せないらしい。

 なんでも、船が出航するたびに嵐が起こって船が転覆するとか。

 恐らくは魔物の仕業だからと討伐隊を募ってた。

 あ、俺達は当然スルーだ。

 まだ街に着いたばっかだし、どこに行くかも決めてないしな。

 にしても物価が高いせいか、一日あたりの消費が激しい。

 そろそろ狩りでもして金を稼がにゃな。

 それと武闘家は毎日飽きもせずに修行してる。

 なんか、足にもオーラが纏えるようになりました! とか言ってた。

 実際に壁を走ってるのを見ると、人間辞め始めたな感が凄い。

 やっぱ、俺じゃなくてイケメン勇者に着いてった方が良いんじゃないだろうか?

 

 

 

 五十八日目

 今日もさしたる予定はない。

 ないのだが、財布が軽くなってきたので狩りに行った。

 足にオーラを纏った武闘家が、残像を作ってかく乱しながら敵を倒してた。

 とうとう分身まで覚えやがったか。

 ただ、本人曰くかなりオーラを使うからキツイらしい。

 一方俺はいつも通り。

 剣を新しくしたことで威力は上がってるんだろうけど、武闘家ほど分かりやすい変化は無いな。

 そうそう、海辺だから初めて見る魔物も多かった。

 槍を持ったタコとか、痺れる唾液を吐いてくるカニとか、宙に浮いたまま氷魔法撃ってくるクラゲとか。

 あとはスライム。

 特にスライムとカニがやばい。

 スライムは一度貼りつかれると引きはがすのが困難だ。

 大体、そのまま窒息させられる。それに核がちっちゃいから斬りづらい。

 カニは痺れさせてくる上に、偶にめちゃくちゃ痛い攻撃してくる。痛恨の一撃というか、急所に当たったというか。

 キュアを覚えてるから痺れの解除は出来るけど、解除してる間に殴られるからな。

 何度、武闘家に助けられたことか。

 というか武闘家ちゃんよ。

 君、強ない? とてもロリっ子の強さとは思えんのだけど。

 戦闘民族か何かなの? オーラもなんかそれっぽいし。そのうち髪色が金髪になり出さんよな?

 あ、ちなみに今日の稼ぎは千二〇〇ソルだった。

 

 

 

 

 五十九日目

 船に乗れないなら仕方ない。

 というわけで宿でぐーたらしてたら、武闘家にたたき起こされた。

 要件を聞いたら、稽古に付き合えとか。

 断ったら涙目になったから仕方なく受けた。

 こういう時、子供はずるい。泣けばどうにかなると思ってやがる。

 ……とはいえこういう状況では俺は弱い。

 そもそも既婚者に見えない男がロリっ子連れてる時点で傍から見れば事案だからな。

 兵士呼ばれたら逮捕されてしまう。

 世知辛い世の中だぁ……。

 ちなみに稽古はめちゃ疲れた。

 反撃していいって言われたけど反撃する余裕がないんだよ!

 しかも最後には急に倒れたからビビったわ。幸い、オーラを使い果たしただけみたいだったけど。

 背負って帰ってる間の周りの視線がえぐかった。

 起きたら説教してやろうと思う。

 

 

 

 

 六十日目

 カルロスの酒場に行ったら、忠告を受けた。

 何でも最近は魔王軍の動きがより活発らしい。

 各地で本来居るはずのない凶悪な魔物が現れる現象が起こってて、大変だとか。

 ノーランド周辺でも嵐以外にもそれらしい魔物が出たから気を付けろと言われた。

 危険な魔物か。

 こりゃ暫く討伐は控えた方が良いかもしれないな。

 その旨を武闘家に伝えようとしたら言う前に「分かってます」と言われた。

 やっと俺のことが分かってきたようだ。

 

 

 

 (追記)

 

 

 

 武闘家が危険種討伐のクエストを持ち帰ってきた。

 訂正、やっぱ何も分かってねぇ!

 

 

 

 

 



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09(勇者日誌)

 

 

 

 六十一日目

 結局、危険種討伐に行くことになってしまった。

 武闘家がキラキラした目で見てくるけど、俺の目は多分濁ってると思う。

 とりあえず今日は作戦説明的な感じで、話を聞くだけだった。

 どうやら敵は空を飛ぶらしい。

 出発は明日らしいので、今日一日準備しろとかどーとか。

 最近の修行の成果を試すチャンスだと思ってるのか武闘家はめちゃやる気だった。

 危ないからやめた方が良いとは言ったけど、聞く耳もたんし。

 そりゃあ武闘家はオーラとか使えて、分身とかして人間辞めだしてるからいけるかもしれんけどさ。俺はただの一般人だぞ? もう少し俺のことも考えて欲しい。

 

 

 

 

 六十二日目

 危険種討伐にはアーシアさんも来てたようだ。

 武闘家と一緒に無双してた。

 ちなみに危険種の正体はこの前のドラゴンだった。片目に青銅の剣がぶっ刺さってたのをみて気づいたわ。

 前に何で逃げ出したのか不思議だったけど、納得した。そりゃ片目を潰された上に、戦いにくい洞窟なのを考慮したら逃げるわな。

 そのせいかアホほど目の敵にされた。

 つか、攻撃全部俺に飛んできたような気がしないでもない。

 腹が立ったから鋼の剣をぶん投げてやった。

 そのあとは終始逃げ回っている間に戦闘が終わったっぽい。

 終わったっぽいというのは俺が気絶してたからだ。

 逃げ回ってる最中に何かが頭に当たったみたいで、それ以後の記憶がない。

 近くに黄色い球が落ちてたから多分それが原因だろう。どっから落ちてきたのか知らんけど何だこれ?

 一応高く売れるかもしれんから持って帰った。

 

 

 

 

 六十三日目

 鑑定屋に例のオーブを持っていったら「それを売るなんて とんでもない!」と言われた。

 いや、良いからせめてこれが何かくらい教えろや。

 何店舗か回ったけど皆買い取ってくれなかったのが悲しい。

 見た目は割と高価そうなんだけどなぁ。

 武闘家に見せたら。

「高純度の魔力? いえ、オーラでも魔力でもない力を感じますね」

 とのこと。

 

 

 

 六十四日目

 魔法使いだし何か分かるかも、と例のオーブをアーシアさんにプレゼントしたら抱き着かれた。

 いや、めちゃドキドキしたわ。女の子とハグしたの初めてだし。おっぱい大きいし。いいにおいするし。

 とか思ってたらアーシアさんが急に光り出してビビった。

 手の中のオーブが吸い込まれていったように見えたけどあれは現実なのか?

 最後にはお礼を言われたけど、魔法使い的にはそこまで喜ぶようなものだったのかな?

 

 

 

 六十五日目

 また船が転覆したらしい。

 しかも今回は討伐隊の船がやられたそうだ。

 生き残って流れ着いたやつが言うには雷を操る化け物が居るとかなんとか。

 うへー、怖い話だ。

 武闘家がワクワクした顔をしてたけど今回は行かないからな。

 というかやっぱり君、戦闘民族だったりしない? 実は尻尾生えてるとかそんなことないよな?

 

 

 

 六十六日目

 最近、武闘家が戦闘のことばかり考えている気がするので遊びに誘った。

 本人は修行がとか言ってたけど無視だ無視。

 修行ばかりでは伸びないぞ、と言ったら渋々着いてきた。

 んで、やっぱりというか武闘家はあまり遊び慣れてないようだ。

 欲しい服とかを聞いてみたけど戦闘に支障が出る服は嫌らしい。見た目より利便性重視だとか。

 どおりでこれまで道着らしい服しか着てないわけだ。

 とはいえ戦闘以外の日もあるわけで、私服の一つくらいはいるだろうに。

 おしゃれに興味がないのかとも思って聞いてみたけど、別にそういうわけではないとか。

「……私だって興味はありますけど、でも今は楽しんでる場合じゃ」

 とか、モゴモゴ言ってたから店員さん呼んで全身コーデしてもらうことにした。

 嫌がる武闘家が店員さんに連れてかれる様子は微笑ましかったぜ。

 で、コーデを待つ間に、戦闘中でも問題なく普段使い出来るものが無いか別の店員に聞いたらアクセサリーが良いらしい。

 案内されたコーナーに置いてあった小さな花の髪飾りを購入した。

 ショートヘアとはいえ、髪留めくらいは付けてても問題ないだろう。

 で、その頃になってちょうど武闘家が帰ってきた。

 赤を基調としたフリル満載のミニスカを押さえてめっちゃ慎重に歩いてた。

「な、何ですか……こっちは。スカート履きなれてないんです。あの、恥ずかしいから見ないでください」

 うん、うんうん中々良い。ゴスロリチックだが、お嬢様的なイメージがある。

 店員さんにご購入されますか? と聞かれたので即決で購入した。

 そのまま着ていくかと言われたのでそちらも頷いた。本人がめっちゃ反抗してたけど、無視無視。

「なーーーーっ!? 鬼ですかあなたは! それでも勇者ですか!?」

 うるせえ。

 そんなわけで一日中連れまわしてやった。

 わーぎゃー言ってたけど多分、本人も楽しんでたと思う。

 あ、そうそう。

 宿に帰った後、元の服装に戻った武闘家に髪飾りを渡しておいた。

 

 

 

 六十七日目

 武闘家が昨日渡した髪飾りを付けてくれていた。

 どうやら気に入ってもらえたようで何よりだ。

 修行の方も早めに切り上げているようだった。

 あの子は目標に一直線に突き進むタイプだからな。

 まだ子供なんだから無茶せず成長していって欲しい。

 

 

 

 六十八日目

 思うところがあって、トレーニングを始めた。

 内容としては武闘家と狩りに行く日以外にも一人で狩りに行くこと。

 最近は特に複数人で戦ってきたからか、久々な感じだ。

 二人で戦ってる時は思わなかったけどここらの魔物も強い。

 避けることに集中すれば問題ないが、攻撃を挟むとどうしても一発は貰いやすいんだよな。

 火炎切りが効くからそれなりには戦えるけど。

 まぁ戦闘に関しちゃ俺は素人だし、とにかく実践で鍛えるしかねーか。 

 

 

 

 六十九日目

 第二次討伐隊がようやく結成したらしい。

 今日から嵐の魔物の討伐に向かうとか。

 どうか頑張って討伐して欲しい。

 うん、マジで切実に頼む。

 街の人の話を聞く限り、二週間くらい貿易がストップしてるみたいだしな。

 これ以上続くと経済への影響が大きいとか。

 まぁそれはともかく俺は今日も狩りだ。

 一人で戦うにあたってここらへんの魔物の名称も調べてきた。

 

 スライム:核を持っており、そこが潰されない限り生き続ける。人に纏わりつき、窒息させることで殺す液体状の魔物。

 オクトスピア:八本の手で槍を巧みに使うタコの魔物。どの腕でも槍は扱える。

 ビリリクラブ:痺れる泡を吐くカニの魔物。その巨大な腕から放たれる痛烈な一撃は、数々の冒険者を葬ってきた。

 アイスクラゲ:ふわりふわりと浮きながら、氷属性の魔法アイスを撃ってくる。稀に魔力の多い個体がアイシクルを撃ってくることも。

 

 基本はこの四種だ。

 個人的に一番面倒なのはスライム。割とでかいし、どう戦っても核を斬らなきゃいけない以上粘液まみれになる。しかも臭いも結構臭いから、夏場は最悪だろうな。

 厄介なのがオクトスピア。対策が分かればどうにかなるビリリクラブと比べて、オクトスピアは単純に槍の扱いが上手い。ちょっと気を抜くと普通に槍で串刺しにされる。

 特に複数の魔物を相手にしてるとグサグサ刺してくるからマジで勘弁してほしい。傷は治せても痛いもんは痛いし、何より洗濯がだるいし。

 というわけでガンガン戦った。

 スライム三匹、オクトスピア二匹、ビリリクラブ四匹、アイスクラゲ一匹。

 それなりの戦果だろう。旅だった当初は移動だけでゼーゼー言ってたものだが、最近はかなり体力が着いてきたと思う。

 足も筋肉がついてきたし、何より腹筋が少し割れてきたからな。

 お腹周りのたるんでたニート時代からすごい進歩を感じる。

 この調子で頑張ろう。

 

 

 

 

 七十日目

 またもや船が沈んだらしい。

 これで第二次討伐も失敗か。

 生還者が持ち帰った情報を元にまた、新たな討伐隊を組むという話を聞いた。

 それと街がこの異変に懸賞金を掛けたとか。

 街にとっては大損害も良いとこだろうし、いい加減解決したいのだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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10(勇者日誌)

 
 2020/04/10
 オリジナルの日間ランキングで一位だと……。
 どうもありがとうございます!

 


 

 

 

 七十一日目

 ドアに手紙が挟まってた。

 差出人はアーシアさんだ。

 なんか明日の夜に大事な話があるらしい。

 一人で街外れの広場まで来て欲しいと書いてあった。

 わざわざ深夜にいったい何の用だろう。

 

 

 

 七十二日目

 深夜にこっそり宿屋を抜け出した。

 ニート時代に鍛えたステルススキルは今日も好調だぜ。

 で、現場に着くとアーシアさんが居た。

 いつもの魔法使い姿だけど、月明かりに照らされる様子が女神みたいだったから思わず「女神様」と口にしたら、泣かれた。

 慌てて謝ったけどめっちゃ気まずかったわ。

 そんなに嫌なあだ名だったのか……二度と口にしないようにしよう。

 そのあと大事な話について聞いたけど、この前プレゼントしたオーブについてだった。

 見つけたら教えて欲しいらしい。分かったと伝えた。

 

 

 七十三日目

 武闘家とアーシアさんにクエストに行きませんか? と誘われた。

 ホイホイ付いてったら何か船に案内された。

 ……嫌な予感がする。

 いや、だって周りにやたら武装した連中が一緒に乗ってるし。

 それに海って今は嵐を起こす魔物が出るから船を出せないとか聞いてたんだけど。

 ……いや、でもまさかなぁ。

 

 (次のページ)

 

 まさかとは思ってた。まさかとは思ってたけどさぁ。

 やっぱりこの船は第三次討伐隊の船らしい。

 うん、雷を操る魔物を討伐するための船だ。

 いや、知り合いだからってよく聞かなかった俺も悪いよ? でもこりゃあねぇだろ! 

 海の上だから降りるのも無理だし、もう覚悟決めるしかねー!

 装備は、いつもの鋼の剣と旅人の服、ポーションと聖水。

 いつ襲われるか分からんから、休める時に限界まで休んでおこう。

 いざとなれば泳いででも逃げられるようにしなければ。

 死なん、俺は死なんぞぉーーーーッッ!!!!

 

 

 七十四日目

 ちょっと色々あったから最初から書いてく。

 天気晴朗なれども波高し。

 まぁ雲一つない青空だったんだが、それが急に黒雲が発達し、瞬く間に雨が降り出した。

 それはどんどんと激しくなり、土砂降りに。

 波も激しく荒れ狂い、雲がより暗く、黒くなってた。

 で、噂の魔物が現れた。

 そいつが居たのは空だ。黒雲の近くにそれがいた。

 いや、めっちゃデカかったわ。

 空見上げたら巨大な半魚人が空を飛んでるとか、それなんてホラー?

 しかもそいつがモリを振るうたびに、落雷が落ちて船が激しく揺れやがる。

 魔法使い達が撃ち落とそうと攻撃したが、当たらない。遠すぎて当たらないのか? と思ったがそうじゃなかった。

 ……魔法が効いてないらしい。

 俺も試しにフレアを撃ってみたけど、当たったはずなのに手応えがなかった。

 ……この時点で俺は悟ったぜ。

 あ、勝ち目ねぇわこれ。

 いや、だって無理じゃん! 相手は空飛んでるから魔法で攻撃するしかねーわけで、その魔法が効かないんじゃそりゃどうしようもない。

 他の人達はまだ諦めてないようだったが、一抜けだ。

 悪いな、俺はまだ死にたくねぇんだ。泳いででも逃げたらぁーーっ!

 そんな思いで勢い良く海に飛び込んだ。

 そしたら目の前に魔物がいた。

「……え?」

 半魚人みたいな魔物が一匹。あとオクトスピアがいっぱい。

 見た目は空に浮いてる魔物とそっくりだった。

 しかも、そいつの手にはモリと、謎の機械のようなものが持たれてて、魔物達は船底に無数の穴を開けてた。

 ……うん、俺は察した。

 とりあえず機械ぶっ壊したら空に浮かんでた半魚人や、荒波、黒雲が綺麗さっぱり消えた。

 どうやらこの機械が原因だったようだ。

 おおかた、あの機械的なもので空に幻影を映してたんだろう。そりゃ攻撃が当たらんわけだ。だってそこに居ないんだから当たるわけない。

 で、皆が空に釘付けになってる間に集まった魔物達が船体の底に穴を開けて船を沈めてたと。

 ネタバラシすればこんなところだろう。

 それさえ分かればこっちのものだった。大声で伝えたら冒険者達が一斉に魔法を水中の魔物目掛けてぶち当ててた。

 魔物達も反抗してたけど、アーシアさんが放ったブリザードって魔法で一瞬で氷漬けにされてたわ。

 何匹か甲板に上がったオクトスピアも武闘家が蹴り一発でぶっ飛ばしてたし。

 ……もう全部この二人だけでいいんじゃないかな?

 

 

 

 七十五日目

 どうやら貿易が再開されるらしい。

 報酬として金と他の大陸に行くための船の永年パスを貰えた。

 にしてもこの街に来てからそれなりに日数が経ったからな。そろそろ他の大陸に移動しても良いかもしれない。

 そう思って武闘家に聞くとそうですねと頷いていた。

 

 

 七十六日目

 明日、船が運転再開するらしい。

 丁度いいので俺たちも乗っていこうと思う。

 というわけで武闘家と共に今日一日は移動の準備に費やした。

 船上だと暇だろうしトランプとかを買っておいた。

 

 

 七十七日

 アーシアさんとバッタリ会った。

 彼女も船で別の大陸に行くつもりだったらしい。

 ノーランドから出ているのはトンカー王国と呼ばれる海に面した国に向かう便だから、そこまでは一緒だとか。

 偶然もあるもんだな。

 その日の夜は三人で大富豪をやった。

 武闘家は真面目だからか考えが読みやすくて、カモにしまくったらもう一回と何回も挑んできた。

 お遊びでも負けるのは嫌らしい。ムキになるあたり子どもらしいな。

 その様子を見てアーシアさんが笑ってた。

 

 

 七十八日目

 天気は晴れ。

 穏やかな波に揺られて今日も一日海の上だ。

 昨日カモにしすぎたせいでトランプはしたくないらしい武闘家がしきりに模擬戦を求めてくる。

 痛いのは嫌なので丁重に断った。

 それにしても魔物を追い払ったからか船旅も好調だ。

 二日後に目的地に到着するらしい。

 良きかな、良きかな。

 

 

 七十九日目

 やっと遠くに島が見えてきた。

 目的地が見えてくるとちょっとホッとするな。

 トンカー王国、一体どんな国なのか楽しみだ。

 

 

 八十日目

 久々の陸地に上陸! 

 あー、まだ揺れてる感覚がするわ。

 これで長い船旅ともお別れだ。

 とりあえず今日はゆっくり休むぞー!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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11(武闘家日記)

 


 2020/04/11
 まさかの総合の日間一位。
 ありがとうございます!
 

 


 

 

 

 五十一日目

 勇者に着いていく宣言をして一日目。

 いつも通り修行をしていると勇者が声を掛けてきました。

 どうやら私のオーラが気になるみたいです。

 軽く説明したら便利だなーと言っていました。

 俺にも使えないの? と聞かれましたけど無理です。

 これは私の一族にしか継承されないものですからね。

 ……今書いてて思いましたけど、何故戦士のおじさまはオーラの鍛え方を知っていたのでしょうか?

 

 

 

 五十二日目

 勇者にオーラの特訓を手伝ってもらうことにしました。

 彼の意見が欲しかったというのもありますが、一番は私の今の実力を分かってもらうためです。

 そう思って本気でオーラを練り上げて、殴ってみました。

 魔物ならこれでワンパンですけど、勇者はあっさり耐えられるようです。

 まだ未完成なのもありますが、ガイコツリーダーに腹を貫かれてすら動ける人ですから、まぁ当然なのかもしれません。

 二つアドバイスをくれました。

 一つ目、オーラを人に向かって使わないようにしましょう。

 二つ目、オーラは使いようによっては色んな使い方が出来ます、よく考えましょう。

 ……言い方が子供向けなのが引っかかりますが、勇者の言うことですからね。

 というか凄く念押ししてきましたけどやりませんよ!? 私が人相手に使うのは勇者だけですから!

 

 

 

 五十三日目  

 勇者と次の目的地について話し合いました。

 どうやらノーランドに行こうと考えているようです。

 港町としても大きいと聞きますし、他の大陸に行くことも考えたらいいんじゃないでしょうか?

 その後ルートを調べに行ったところ、洞窟ルートしかないようです。

 とりあえず松明を沢山買いました。

 

 

 

 五十四日目

 魔法使いのお姉さんがノーランドまで一緒に着いてくることになりました。

 勇者の知り合いでアーシアさんというらしいです。

 金髪のとても美人な女性でした。

 勇者の知り合いというだけあって実力もかなりのものですね。

 氷魔法の扱いが上手く、次々と魔物を仕留めてくれるので私も戦いやすかったです。

 ちなみに灯りはアーシアさんがライトの魔法で照らしてくれたので松明は無駄になりました。

 勇者が嘆いてました。

 

 

 

 五十五日目

 洞窟内を歩いてる時に勇者が急に「次の戦闘は任せてくれ」と言い出しました。

 どういうことだろう? と思っていたら急にドラゴンが出てきて驚きました。

 何で洞窟の中にいたのかは分かりません。

 勇者が真っ先に斬りかかっていったのを見て、そこで我に返った私が助けに行こうとしたら何故かアーシアさんに止められました。

 理由は分かっています。オーラの総量が底をつきかけていたからです。

 多分、それが勇者には分かっていたのでしょう。

 結局、勇者は一人でドラゴンを追い返していました。

 ……勇者にとってオーラの使えない私は、まだ足手まといでしかないのかもしれません。

 早く、早く強くならないと。

 

 

 

 五十六日目

 ノーランドに着きました。

 潮風のかおる白亜の街です。

 港には何隻もの船が停泊し、海の男たちが歩いていました。

 街中には露店が多く、また貿易が行われているからか普段見ないようなお店もたくさんありました。

 今日のところは宿を取ってしっかり身体を休めて、明日からまた修行を始めましょう。

 

 

 

 五十七日目

 両足にオーラを纏えるようになりました。

 腕にオーラを纏えるようになった時にコツをつかんだからか、かなり早かったですね。

 どのくらい動きの変化が起こるか、一日かけて確認しました。

 少なくともゴルドの街で戦ったシャドウウルフよりも早く動けますね。

 ただ、目測を誤ると移動しすぎてしまうことがあります。

 一度木にぶつかってしまいました。

 ……まだちょっとぶつけたところが痛いです。

 明日からは広いスペースで試そうと思います。

 

 

 

 五十八日目

 今日は勇者と共に街の外に狩りに行きました。

 武闘家にとっての問題は遠距離攻撃が出来ないことです。

 いかにオーラが強くとも、近づかなければその力は発揮できません。

 そこで、素早く二つの地点を移動することで残像が出来ないかを試してみました。

 うん、思いの他上手くいったのではないでしょうか?

 実際に魔物は騙すことが出来たようですし。

 ただ、素の体力をかなり使いますねこれ。

 これならまっすぐ行ってぶっ飛ばす方が早いかもしれません。

 あと足にオーラを纏うと、それぞれの足にオーラを纏わなくてはならないので、中々難しいですね。

 正直使うオーラにかなり無駄があります。

 もっと使うオーラ量を少なくして同じ効果を発揮出来る様にしないと……!

 

 

 

 五十九日目

 勇者に稽古をお願いしました。

 一度断られましたが、二回頼んだら引き受けてくれました。

 そして、足にオーラを纏って攻撃を仕掛けましたがやっぱり勇者、強いです。

 全部、決定打を外されました。

 思わずムキになって拳を振るいましたが、軽く避けられる始末。

 残像を使ってかく乱してもあっさり見抜かれましたし、隙がありません。

 しかも避けてる割にこっちを一度も攻撃してこないのであからさまに手加減をされていると感じました。

 その後もラッシュをしましたが、結局決定打は一度も当たらなかったです。

 それでも何とか一矢報いようと最後のオーラを振り絞って、その後の記憶がありません。

 気づいたら宿屋で寝ていたので、恐らくは勇者が運んでくれたんだと思います。

 勇者には無理するなと怒られました。

 ……悔しいです。

 やっぱり、勇者にとって私はまだ一緒に戦える存在ではないのでしょう。

 強くなりたい、少しでも早く。 

 

 

 

 

 六十日目

 勇者と共に依頼を受けにカルロスの酒場に行きました。

 どうやら最近、街の近くで危険種の魔物が現れたそうです。

 既に一般人も襲われているそうで緊急度が高いとか。

 勇者を見ると、彼も何やら深刻そうな表情を浮かべていました。

 ……そうですよね。

 勇者が困っている人が居たら助けに行くような人なのは私もよくわかってます。

 代わりに後のことはやっておきますと言ったら、先に帰るとのことでした。

 というわけでカルロスの酒場で危険種討伐のクエストを請け負いました。

 勇者に置いてかれないようにしっかり準備をしないと!

 

 

 

 

 六十一日目

 危険種討伐の説明会が開かれました。

 作戦説明といった感じで、パーティごとに配置を決めるようです。

 私達は敵と一番近い位置で交戦する役割です。

 不謹慎かもしれませんが、こういう場面って勇者の物語に出てくる一節みたいで興奮しました。

 やるからには全力です。

 少しでも勇者の役に立てるように頑張るぞー!

 

 

 

 六十二日目

 危険種の正体、この前勇者が戦ったドラゴンだったんですね。

 片目に勇者の青銅の剣が突き刺さったままだったのですぐに分かりました。

 ……文字通り勇者が目の敵にされていて、すごく戦いやすかったです。

 どれだけ攻撃しても全部勇者に攻撃が向かってて、はい。

 でも、勇者凄かったです。ドラゴンの攻撃を避けながら鋼の剣を天に向かって投擲して、ドラゴンのもう一方の目も潰していました。

 お陰でドラゴンが平衡感覚を失って落ちてきたので、後はタコ殴りでしたし。

 それにしてもドラゴンの身体って硬いですね。

 オーラを全力で纏った腕でようやく貫通して、まともにダメージが入りました。

 魔法は普通に効くみたいでしたけど、それでも耐久力もかなりありましたし。

 途中まで削ったところでガス欠になって、皆さんにお任せすることになりました。

 最後はアーシアさんがトドメを刺して戦いは終わりました。

 

 

 

 六十三日目

 勇者が不思議な玉を見せてくれました。

 なんというか、黄色く光る玉ですね。高純度の魔力? オーラ? いずれとも違う力でよく分かりませんでした。

 

 

 

 

 六十四日目

 今日も一日中トレーニングです。

 基礎トレーニングをみっちりやった後に、オーラを全身に纏うチャレンジを始めました。

 でも、正直実践で使うのは難しそうです。

 何故かというとオーラの消費量がえげつないんですよね。

 三十秒。これしか持ちません。

 終わったらバタンキューです。

 

 

 

 六十五日目

 海で嵐を起こす魔物が出ている話を聞きました。

 何でも雷を落とすらしいです。

 現在は第二次討伐隊が組まれているとか。

 この魔物のせいで船が出せず貿易が出来ないそうで、「このままじゃ経済無茶苦茶だよ」と街のおじさんが嘆いていました。

 ……勇者のことです。

 近いうちにこの魔物も討伐しにいくことでしょう。

 それまでにしっかり強くならないと……!

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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12(武闘家日記)

 

 

 

 六十六日目

 ……知らない間に、私は気負っていたのかもしれません。

 勇者に「今日一日修行禁止な」と言われて気づきました。

 理由は鬼気迫る姿が目に余るとか。

 確かに、最近の私は焦っていました。

 今、世界各地では魔物による被害が後を絶ちません。この瞬間も世界のどこかでは、魔王の手によって苦しむ誰かが居る。私のような人が。

 村を、大切な人を失う辛さは私が一番分かっています。

 だからこそ、私は私のような人を増やしたくない。

 そういった焦りから、より過酷な修行を自分に課していました。

 それが勇者には好ましくなかったのでしょう。私に向かって「遊びに行くぞ」と言い出しました。

 勿論、私は激しく反抗しました。苦しんでいる誰かが居るのに私だけ楽しんではいられないと。

 けれど、最後には「修行だけでは伸びない」と言われ、渋々着いていくことになりました。

 そして街に繰り出して。

 渋々だったはずの遊びを、いつの間にか私は楽しんでいました。

 アパレルショップに連れていかれて、あろうことか店員さんを呼んで全身コーデ。

 普段絶対着ないようなフリフリのミニスカートを押さえて恥ずかしがる私に臆面もなく「似合ってる」なんて勇者が言ってくれて。

 それを勝手に購入して、しかもそのまま着て行きますとか言い出して。

 反抗しても聞く耳を持ってくれなくて、食事に連れてかれて。

 最後には普段から使える髪飾りまでプレゼントしてくれて。

 ……凄く、凄く楽しくて、嬉しかった。

 こんな感情になったのはいつぶりでしょうか?

 こんなことを思う余裕もなかったのか、と気付いて愕然としました。

 恐らく、勇者が伝えたかったのはこれ、なのでしょう。

 白い花の髪飾り、宝物にします。

 

 

 

 六十七日目

 修行を見直しました。

 一日中やるんじゃなくて、ちゃんと時間を決めることにしました。

 修行も楽しくやらなければ身に付きません。

 いざという時、動けないのが一番問題です。

 心に余裕をもって一歩一歩進みましょう。

 

 

 

 六十八日目

 全身にオーラを纏ったらすぐに尽きてしまう。

 なので私は考えました。

 必要な部位だけ纏えればよかったんです。

 すなわち、両手と両足。

 ここさえ纏えれば、スピードと攻撃力の強化が出来て、しかもオーラの消費量も抑えられます。

 全身なら三十秒しか持たなかったオーラも、四部位なら三分近く持ちます。

 これは大きな発見です!

 

 

 

 六十九日目

 昨日の発見を踏まえて更に実験をしてみました。

 腕だけを強化して殴るよりも、全身を使って殴った方が当然破壊力は高いわけです。

 そこで、全力で踏み込んで、殴りに行ったらどのくらいの威力が出るのか。

 試しにそこらへんに生えてる木に放つと、穴を開けることに成功しました。

 はい、腕が貫通したんです。

 これならドラゴンの皮すら貫けるかもしれません!

 

 

 

 七十日目

 海に現れる、嵐を起こす魔物。

 その第二次討伐隊の船が沈んだという話を聞きました。

 また新たに討伐隊を組むそうです。街からも懸賞金が出るとか。

 勇者も深刻な表情でした。

 行きますか? と聞いたら「あぁ」と答えていたので、討伐する気のようです。

 登録は任せたと言いたげに歩いていったので、今回も私が登録を済ませておきました。

 その後は勇者といつもの狩りです。

 戦闘してて思うんですけど、勇者は相手のターゲットを取るのが上手いんですよね。

 敵の攻撃を自分に向かせるというか。

 ……見習わなくては!

 

 

 

 七十一日目

 今日は修行をお休みしました。

 明後日には例の嵐の魔物の討伐がありますからね。

 オーラの消費を抑えるためにも、体内でオーラを循環させるだけに留めました。

 

 

 

 七十三日目

 クエスト当日。

 出発時刻が近づいてきたころに、私達は船に乗り込みました。

 今日の波は非常に穏やかだそうです。

 ですが、既に戦った人々からは急に天気が荒れ模様になるという話を聞きました。

 そして空に浮く巨大な半魚人が現れるそうです。

 いつ襲われるか分からないからこそ、戦いの時までしっかりと身体を休めておきましょう。

 隣に座る勇者も、目を閉じて体力の消費を抑えてますし、私も。

 

 

 

 

 七十四日目

 船に揺られて半日近く経った頃。

 晴天だった空が急に黒雲に覆われ始め、雨が降り始めて。

 今の今まで晴れていたのに、急激に変わり出した天候を見て私達は敵の出現を感じました。

 そして雨はやがて土砂降りになり、荒波が船を揺らしだした頃。

 その化け物は現れました。

 巨大な半魚人ーー数十メートルはあろうかという巨体が、まるで最初からそこに居たかのように。

 魔法使いたちが一斉に魔法を放っても、まるでダメージを受けていないように巨体が空を泳ぎ続ける。

 そのあまりにも異様な光景に目が釘付けになって、だからでしょうか。

 私は勇者の行動に気づくのが遅れました。

 気が付いたら、勇者が船の外目掛けて走り出していたんです。

 それを見て私は心臓が凍り付くかと思いました。

 ……だって、海は船が大きく揺れるほどの荒波です。

 そんな波の中に飛び込んだら死んでしまうのは間違いありません。

 慌ててオーラを纏って止めようとしたけど間に合いませんでした。

 伸ばした手は届かず、ドボンッと音を立てて沈んでいく勇者を見送ることしか出来ませんでした。

 何でこんなことを? さっぱり分からず、混乱して。

 後を追って海に飛び込もうとして他の冒険者に取り押さえられて。

 離してくださいと泣き叫んで。

 だから、直後に聞こえた声に心底安心しました。

「空の巨大な魔物はフェイクだ! 本命は船底に居る!」

 ……勇者の声。

 そんな叫びが響いた直後、空に浮かんでいた半魚人が大きく揺らめいて消えました。

 同時に、空も元の青空に戻り、荒波も穏やかに。

 慌てて私達が下を覗き込むと、沢山の魔物が船の周りにいました。

 私達は魔物に謀られていたのだ、という真実にたどり着いたのはその時です。

 そこからは鬱憤を晴らすかのような戦いでした。

 アーシアさんが放った氷系上級魔法、ブリザードで一気に水面の魔物を凍らせると、他の魔法使いたちが魔物を駆逐していきました。

 私も少しだけ戦いましたが、あんなのじゃ到底お役に立てたとは思えません。

 それで戦いは終わりでした。勇者が魔物の謀に気付いて、それで解決。

 ……勇者が、遠い。

 

 

 

 

 七十五日目

 私は、ちょっと悩んでいます。

 勇者を支える為に着いていくことを望んだのに、私は未だに彼の為に何をすることも出来ていません。

 むしろ貰ってばかりです。

 こんな私に勇者に着いていく価値があるのでしょうか?

 結局私は勇者に頼りきりです。

 今までの勇者との旅でいくつかの強敵と戦ってきて、一度として役に立てていない。

 強くならなければならないのは分かる。ただ無茶もいけない。

 でも、思うんです。

 一歩一歩進んでいったとして、仮に勇者が五歩ずつ進んでいたら? 

 追いつくには、一歩では追いつけません。

 

 

 

 七十六日目

 一日かけて勇者と共に明日船に乗る準備をしました。

 私には帰る場所がありません。

 だから、進み続けなくては。

 次は、次こそは役に立ってみせます。

 もし、それで駄目なら……。

 

 

 

 七十七日目

 ノーランドから出ている、トンカー王国行の船に乗るとアーシアさんと出会いました。

 彼女も同じ船でトンカー王国に向かうつもりだったようで、一緒に行くことになりました。

 夜は三人でトランプをしました。

 勇者はいじわるです。

 結局一度も一位は取れませんでした。

 でも、楽しかったです。凄く心地の良い空間でした。

 

 

 

 七十八日目

 勇者に模擬戦を断られました。

 代わりにアーシアさんに頼み込んで模擬戦をしました。

 オーラが切れるまでにタッチできれば私の勝ち。切れたら私の負け。

 その条件で実際戦ってみると弾幕のような氷の魔法が飛んできてとても近付けませんでした。

 避けるにしても、かなり密度があるせいで難しい。弾き落とすことは出来ますがとても近付けない。

 全身にオーラを纏えば強引に突破は出来ますが、辿り着いたところで実戦ならそこでオーラが切れて殺されるだけなので却下。

 最後は私のオーラが切れて負けてしまいました。

 

 

 

 七十九日目

 アーシアさんからアドバイスを受けました。

 何か技を作ればいいんじゃないとのことです。

 私に出来る技、何かあるでしょうか?

 

 

 

 

 八十日目

 新しい技が思いつかないままトンカー王国に到着しました。

 今日は疲れたので、明日また考えましょう。 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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13(女神日記)

 

 

 

 一日目

 私の存在が完全に消えてしまう前に記録に残すことにした。

 まず初めに、私は女神だ。女神アルテミシアという名前で、この世界を見守っている。

 ……いや、正しくは見守ってきた、というべきか。

 経緯をここに記しておこうと思う。

 簡単に言えば、女神アルテミシアは魔王と戦い、そして敗北した。

 その結果、女神としての権能はおろか、存在ごと魔王に消されてしまったのだ。

 もう、人々の記憶の中に女神の記憶は残されていないだろう。

 私の存在を覚えている者はこの世界には誰一人存在しない。

 辛うじて、消される寸前に女神としての力を世界中にばら撒くことで私自身の消滅は免れたが、今の私はそこらの魔物にも倒されてしまうちっぽけな存在だ。

 今も魔王の魔の手からどうにか逃げているけど、いつ見つかるか……。

 見つかれば今の私なんて容易く消されてしまうだろう。

 ……消されるわけにはいかない。

 

 

 

 二日目

 魔王の魔の手から隠れるため普通の人間として過ごすことにした。

 この有様では女神なんてとうてい名乗れないからだ。

 それでどうにか人里に逃げ込んだけど、やっぱり村の人は誰も私のことを覚えてないみたいだった。

 それどころか村に置いてる女神像すら、昔からあるけど何の像か分からないらしい。

 ここまで徹底されるとむしろ感心する。

 女神としては天界に残してきた天使達とどうにか連絡を取りたい……きっと、私が消えて混乱してるだろうから。

 

 

 

 十日目

 風の噂でルッカ王国が勇者調査を行ったと聞いた。

 二人の勇者が見つかったとか。

 ……おかしい、本来勇者は一人しか居ないはずなのに。

 もしかしたら女神という存在が消えたせいで、世界に不具合が生じているのかもしれない。

 もしくは単純にどちらかが偽物か、あるいは。

 ……女神の力があればそれも分かるんでしょうけど、今の私には何も分からない。

 いったいこの世界に何が起きているの?

 

 

 

 十五日目

 魔物の追手が激しい。

 力を失った私には逃げるしかない。

 助けてくれる人もいるけど、甘えるわけには……。

 私が狙われている以上、迷惑をかけてしまう。

 どうにか、どこかで再起をはからないと。

 せめて天界に残してきた天使たちと交信が出来れば。

 

 

 

 二十五日目

 ゴルドの街を勇者が救ったという話を聞いた。

 ひとまずは勇者に追いつくことを目標にして、本物の勇者なら助けを求める方針でいこう。

 そうでなければ、また対策を考える。

 

 

 

 三十日目

 ゴルドの街に辿り着いたが、既に勇者の姿は無かった。

 何でも街を救った後、足早にこの土地を去ったとか。

 急いで追いかけたいけど、どこに行ったのかが分からない。

 それにゴルドの街から先の魔物は私一人では相手出来ないから、すぐに向かうことは断念した。

 代わりに山中の休憩所に向かおうと思う。

 あそこは元々、私の信徒達が作った山の教会だ。

 それなりにアイテムもあるはずだし、そこで潜んで足取りを追う準備をしよう。

 

 

 

 三十五日目

 山の教会に辿り着いてから三日がたった。

 ここ数日間、私を追う魔物は見ていない。

 上手く撒けたのだろうか? いや、でも魔王がそんなに手ぬるいはずがない。

 現に、買い出しにゴルドの街に降りた際に、ルッカ王国でジャイアントフライが出たとか、リベリアの街でガイコツリーダーが出たという話が噂になっていた。

 この周辺にもそれらしい魔物が再配置されるのは時間の問題だろう。

 その前にどうにか天使達と連絡を取らないと。

 

 

 

 

 三十八日目

 山の中で勇者を拾った。

 いくら弱ってても間近で見たから間違いない。

 全身に毒が回ってたので急いで解毒した。

 何故こんな山の奥にある小屋の近くに?

 ゴルド~リベリア間を移動するなら普通山は迂回するはずなんだけど。

 

 

 

 三十九日目

 勇者が目覚めた。

 話を聞いてみると、ゴルドの街に向かっていたらしい。

 しかも毒消し草も持たずに一人で、とか。

 ……もしかしなくても馬鹿なのかしら?

 思わず呆れた私は悪くないと思う。

 まぁ、彼も勇者だ。こんなところで死なれては困るのでキュアの魔法を伝授した。

 ……これでも女神だった身だしね。 

 本来与えるべき加護も与えられてないんだから、これくらいはしないと個人的にも気が済まなかった。

 ただ、一つだけ驚かされた。

 勇者は私のことを見て「女神様」って言ったの。

 驚いて硬直してる間に出て行ってしまって、慌てて外に出た時には既に姿は無かったけど、もしかして彼は女神の存在を覚えてるのかもしれない。

 次に会ったときに聞いて、出来れば協力を取り付けたい……。

 

 

 

 

 四十二日目

 勇者を探しにゴルドの街に降りて二日。

 ようやく勇者を発見した。

 というか向こうから声を掛けられた。

 急に女神様って呼ばれて、そっちを向いたら勇者が笑っていた。

 聞き間違いじゃないーーーー勇者は私のことを覚えててくれた。

 私の事を覚えている人が居た。

 それが凄く嬉しかったけど、でも街中で女神呼びは不味いのでお説教した。

 万が一街の中に魔物が紛れていたら大変なことになるもの。

 今後はアーシアっていう名前で呼ぶように厳命した。

 そのあと色々話を聞いたわ。

 何で私が女神だと分かったのかを聞いたら、当たり前の顔で「女神様だからですよ」と言われて改めて確信した。

 間違いなく彼は覚えている。

 なぜかは分からないけど。

 

 

 

 四十三日目

 天使達と連絡を取るための魔法薬が完成した。 

 情報共有したけど、状況はすこぶる悪かった。

 私が存在を消されたことで、天使たちの力も激減したらしい。

 そして天界は魔王に襲われ、残った天使達も散り散りになったという。

 大天使もあらかた捕縛され、生き延びた天使たちの行方も知れない。

 どうか生き延びてくださいと言って、連絡していた天使も直後に捕縛されてしまった。

 不味い、思っていたよりも魔王の侵攻速度が速い。

 ……私に出来ることをやらないと。

 

 

 

 

 四十四日目

 打開策が見当たらない。

 唯一の良い点としては魔王側に私が女神だとバレてないこと。

 でもそれ以外の全てが悪い方向に進んでいる。

 捕らわれた天使を助ける、魔王を倒す、女神としての力を取り戻す。

 急がねばならないけど、でも。

 そんな時に勇者と会ってどうしたのか聞かれて、つい現状を話してしまった。

 ただでさえろくな加護を与えることも出来てないのに、私の事情を。

 天界が魔王にやられたこと、天使……同僚が殆ど捕まってしまい行方が分からないこと。

 迷惑な話だと思う。でも、全てを聞いた勇者はこういってくれた。

「魔王は勇者が倒すよ、必ず」

 ありがと、ちょっと希望が湧いてきた。

 

 

 

 四十五日目

 まずは順番を決めた。

 一番回避しなければならないのは私自身が捕まってしまうこと。

 そうなれば今度こそこの世界から女神は完全に消えてしまう。

 その上でまず優先すべきは、私自身の力を取り戻すーー魂のオーブを集めることだ。

 とはいえ、場所が分からないからまずはそれを炙り出すところからだけど。

 

 

 

 五十日目

 オーブ集めが芳しくない。

 というのもやはり場所が分からないからだ。すぐ近くにあれば流石に分かるんだけど。

 聞き込みをしても知らないという話ばかりだし……。

 場所を変えた方が良いかもしれない。

 とりあえず北のノーランドに向かうことにした。

 そこからなら他の大陸にも足を延ばせる。

 

 

 

 五十四日目

 勇者と偶然出くわした。

 仲間が増えたらしい、武闘家の少女を紹介された。

 というか一目で分かったけど、この子『龍の一族』じゃない?

 一族にのみ継承されるオーラと呼ばれる特別な力を使い、魔物と生身で渡り合えることからその存在を魔王に疎まれ、滅ぼされたって女神時代に報告で聞いていたけど。

 ……まさか生き残りが居たとは、しかもそれを仲間にするなんて。

 そんな挨拶を終えて今後どこに行くか聞いてみたら勇者達もノーランドに行くところだったみたい。

 誘われたので一緒に行くことにした。

 

 

 

 

 五十五日目

 ノーランドに向かう道すがら、洞窟の中を通っている最中のこと。

 勇者が次の戦闘は任せてくれと言いだした。

 何故か分からなかったけど、次に出てきた魔物を見て納得した。

 ドラゴン、魔王直属の魔物。

 恐らく勇者は私たちの正体にドラゴンが感付くことを恐れたのだろう。

 女神である私と、龍の一族である武闘家。

 どちらも気付かれれば目の前のドラゴンは迷わず報告に戻るはずだ。

 しかし狭い洞窟内とはいえドラゴンはドラゴン。

 一対一では無茶だと止めようとしたが、彼は一人で戦い始めてしまった。

 そして最後には武器を投げてドラゴンの目に突き刺すことで見事に追い返すことに成功していた。

 

 

 

 五十六日目

 ノーランドに着いたことで勇者達とは一時別れることになった。

 まずは生活基盤を整えて、女神としての力を取り戻そう。

 とにかく早急に。

 

 

 

 六十二日目

 すぐ近くに魂のオーブの力を感じて危険種討伐に参加した。

 相手は以前勇者が戦ったドラゴンだった。ただ、以前と違うのはドラゴンからオーブの力を感じたこと。

 恐らくだけど、魔王軍に回収されたオーブを与えられたのだろう。

 以前戦った時より、格段に強くなっていた。

 それでも私達に大きな被害が無かったのは勇者が一人でドラゴンの攻撃を受け持ってくれたからだ。

 ……そして戦いが動き出したのもやっぱり勇者の行動からだった。

 不意に剣を投げ、ドラゴンの目を貫いた瞬間に、急にドラゴンの身体からオーブの力が消えた。

 恐らくは目にオーブを埋め込まれていたのだと思う。

 それが切っ掛けでドラゴンは力を奪われ、討伐された。

 ただ、一つ困ったことがある。

 ドラゴンから感じたオーブ。それが見当たらない。

 隅々まで探してるけど見当たらないし、力も感じないし。

 いったいどこに……?

 

 

 

 

 六十四日目

 何と勇者がオーブを持ってきてくれた。

 思わず抱き着いてしまったけど、それくらい嬉しい!

 お陰で力の一端を取り戻すことが出来た。

 ……それでも人間で言うなら上級入りたての魔法使いくらいだけど。

 でも、これで前よりも戦える。

 この調子で力を取り戻していけば……!

 ただ、一つ疑問がある。

 勇者が持っていたのなら、何で私はオーブの力を感じ取れなかったのだろう?

 

 

 

 六十八日目

 街の外で魔王軍らしき魔物たちが居るのを見た。

 恐らく、ドラゴンが討伐されたことで確認に来たのだろう。

 幸い、私の存在には気付くことは無かったけれど、かなり敵の動きは早い。 

 ハイディングの魔法で隠れて会話を盗み聞きしたけど、どうやら魔王軍も私の力。

 魂のオーブを探しているらしい。

 その力を使って魔物を強化出来るとか。

 ……一刻も早く回収しないと、でもこのままでは。

 

 

 

 七十一日目

 決めた。

 勇者に正式に協力を要請しようと思う。

 何にせよ今の私には力が、人手が足りない。

 これ以上迷惑を掛けたくなかったけど、でもそんなことを言ってられる場合じゃない。

 勝手に魔王に挑んで、勝手に負けた身分が言えることじゃないのは分かってる。

 でも、背に腹は代えられない。

 

 

 

 七十二日目

 勇者が女神様と呼んでくれた。

 こんな私でもまだそう呼んでくれるのか、と思った瞬間に涙が止まらなくなった。

 勇者はきょとんとしてたけど、この人はどこまで底抜けのお人好しなのか。

 普通、責められても不思議じゃない。

 女神としての役割も全うできず、勇者に与えられるべき加護も与えられない、挙句の果てには力を敵に利用される女神なんてお荷物どころの話じゃない。

 なのに、この勇者は当たり前の表情でそんなことを何とも思ってないかのように接してくれる。

 優しすぎると思う。

 そんな彼だからか、オーブ集めに協力して欲しいと話したときも二つ返事で受け入れてくれた。

 ごめんなさい、ありがとう。

 

 

 

 七十三日目

 海に現れ、船を沈める嵐の魔物。

 恐らく、魔物は各国が連携することを恐れているのだろう。

 だから、お互いの情報が届かないように封鎖を行っている。

 どんな魔物が相手かは分からないけど、でも私に出来ることをやろうと思う。

 大丈夫、勇者達と一緒なら。

 

 

 

 七十四日目

 魔王軍側にも頭の切れるものがいるようだ。

 女神として情けないことに、すっかり騙されてしまった。

 空に現れた巨大な半魚人ーー未知の魔物。

 全身に感じるほどの溢れる濃厚な魔力は、てっきりこの化け物が発していると錯覚していたが、まさか船底に潜む本命を隠すためなどと誰が思うだろう。

 あらゆる魔法攻撃を放っても手ごたえがなく、どう倒せばいいのかと絶望的な空気に陥った船を救ったのはやっぱり勇者だった。

 彼が気付かなければ恐らく、船は沈んでいたと思う。

 しかしこれを考えた魔物は、誰なのだろう。

 空に幻影を浮かべるアイデアを出し、実行できる。相当な強者で、知能のある魔物に違いない。

 

 

 

 七十六日目

 ノーランドの街では早くも勇者のことが噂になっていた。

 嵐の魔物を討ったストームキラーだとか、剣一本でドラゴンを撃ち落としたドラゴンキラーだとか。

 彼こそがルッカ王国から旅立った後、行方をくらませた黒の勇者ではないか、とか。

 自分の事ではないのに、少しだけ誇らしい。

 

 

 

 七十七日目

 貿易が再開されたので、他の大陸に移動することにした。

 まさか勇者たちが一緒の船に乗っているとは思わず、驚いたけど、せっかくなので一緒に過ごすことに。

 三人でトランプをした。勇者にカモにされた龍の少女がムキになっているのが微笑ましかった。

 

 

 

 七十八日目

 龍の一族の少女に模擬戦を頼まれた。

 彼女の実力を知るためにも戦ったけれど、まだ彼女は未覚醒のようだ。

 基本のオーラを練る、纏うまでは出来ていたので恐らくそこまでは教わったのだろう。

 年齢を考えると異常な力だけど、龍の一族と考えれば弱い。

 師が居ないからか伸び悩んでいるのかしら?

 出来ることはしてあげようと思う。

 

 

 

 七十九日目

 ヒントは与えた。

 あとはあの子の発想次第、頑張ってほしい。

 

 

 

 

 

 

 



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14(勇者日誌)

 

 

 

 

 

 八十一日目

 トンカー王国に到着して一夜が明けた。

 街のイメージを書くなら青だな。全体的に青い屋根で統一されていた。

 ノーランドは白亜の街って感じだったけど、こっちは水の都市みたいな感じだ。

 街中まで水路が引かれてて、当たり前のように街中を船が通っているのには驚いた。

 やっぱ、大陸が違えば生活も違うんだろうな。

 川に小船が並んでて、それが全部露店とか初めて見たわ。

 ドドラサンドっていうサンドイッチを買った。美味い。

 ただ、あれだな。

 武闘家やアーシアさんと一緒に国の中を歩き回ってみたけど、なんか物々しいな。

 兵士が街中をうろついているし、どいつもこいつも武器を持ってるから、余計に。

 話を聞いてみたら最近、魔物による王国襲撃が後を絶たないらしい。

 街の外に出るなら気を付けなよと兵士の人に言われた。

 ……まさかのガチ戦争中だったでござる。

 うん、来る時期を間違えたかもしれん。

 

 

 

 八十二日目

 アーシアさんに暫く行動を一緒にしないかと提案された。

 勿論、了承した。

 だってこの国、物騒だもんな。

 というか今、武闘家とアーシアさんが消えたらマジで困る。

 そういうわけで今後の方針を話し合った。

 結論としては状況が状況だから暫く、狩りはお休みして情報収集に徹しようということだ。

 うん、俺もそれが良いと思う。

 

 

 

 八十三日目

 武闘家にアドバイスを求められた。

 何でもオーラを使って新しい技が作りたいらしい。

 アドバイスと言われてもなぁ。

 とりあえず当たり障りのないことを言った。

 

 

 

 八十四日目

 街の中を歩いていたらいきなり魔物に襲われた。

 いや、マジでビビった。

 川の中から何匹かアイスクラゲとか、半魚人が出てきて、急に攻撃してくるんだもんな。

 とりあえずアーシアさんと武闘家が一緒に居てくれて助かったわ。

 あっという間に殲滅してた。

 二人とも強えー、俺が一匹倒す間に三匹は倒しやがる。

 つか街中でも襲われるとかマジで怖くね?

 もしかしなくとも早めにこの国から出た方が良いかもしれない。

 

 

 

 八十五日目

 昨日のことがもう街では噂になっているようだ。

 流石にトンカー王国でも街の中で魔物が暴れたのは初めてらしい。

 警備の兵士が増員されていた。

 ピリピリした空気というか、ちょっとなぁ。

 仕方ないので、宿の中で一日を過ごした。

 

 

 

 八十六日目

 兵士に拉致られて城まで連れてかれた。

 武闘家とアーシアさんも一緒だ。うん、意味が分からない。

 話を聞いたら二日前の街中に魔物が現れた例の事件。あれの解決者を探していたとかどうとか言ってたけど、せめて話を通せや。

 しかも王様が来るからしっかりとした所作で対応しろとか言われたけど、怒っていい?

 ……いやまぁ、権力に逆らう真似なんてしないし出来るわけもないけど。

 んで、案内された部屋に立ってたら王様が来た。

 トンカー王国の王様もまた、爺さんだった。ルッカ王国の王様は太ってたけど、こっちは枯れ木みたいな身体の爺さんだ。

 ただ、目つきがやばかった。明らかに過去に何人も殺ってきたような顔してた。

 しかもその爺さん、俺を見るなり黒の勇者とか言い出しやがった。

 何だその異名みたいなの、知らないんだけど。というか俺、身バレしてね?

 とか思ったら王様が知ってただけみたいだ。ルッカ王から聞いているとのこと。

 まずはお礼を言われた。良くぞ魔物を退けてくれたと。

 望みのものがあれば言うがよいと言われたけど、正直俺はほぼ敵倒してないからなぁ。

 とりあえず一番倒してたアーシアさんに振った。

 魂のオーブを探している旨を伝えていたが、残念ながらトンカー王国には無いようだ。

 代わりに情報を話していた。

 三か月くらい前に、空から降り注ぐ光を見たという話が上がってきたことがあるらしい。

 その光はトンカー王国の北西の森の方に消えていったという。

 王様との謁見が終わって宿に帰ってきたけど、街の外かぁ……。

 とりあえず明日また方針を決めないとな。

 

 

 

 

 八十七日目

 三人で方針を話し合った。というよりも確認だ。

 アーシアさんはやはり北西の森に行きたいらしい。武闘家も同意見のようだ。

 ……二人は強いから魔物に襲われてもどうにか出来ると考えてるんだろうなぁ。

 俺としては行くにしてもまずは調査をすべきだと思う。

 ここら辺の魔物の強さも分からんし、それくらいは調べてからじゃないと不安だ。

 そう提案したら、二人とも受け入れてくれた。

 とりあえず明日一日でその確認をしよう。

 その上で再度協議だ。

 

 

 

 

 八十八日目

 図書館で周辺の魔物について調べてきた。

 大体出てくるのは六種類くらいのようだ。

 

 ワーウルフ:二足歩行の狼。爪や尻尾での攻撃などがシャドウウルフと似ているが、関係性は不明。

 ハーフマーマン:半魚人の姿をしている。水辺に住み、銛を持っている。魔物にしては知能が高く、物の使い方を理解して使うことが出来る。

 かおまじん:顔だけの魔人。転がることで移動する。巨体での体当たりや、口から吐く炎のブレスは強烈。

 ブルーゴーレム:青いゴーレム。ゴーレムに比べ、少し小さく素早い。しかしそのパワーは岩をも砕く。

 スライム :人の顔にはりつき、窒息させる。体内にある核を潰すことで倒すことが出来る。

 まどうじょ:幼い少女に見えるが魔物。見た目で油断した冒険者の隙をついて、フレアやアイスなどの魔法で的確に殺す。

 

 で、これを踏まえて三人で狩りに行ってみた。

 遭遇できたのはワーウルフとスライムだけだが、レビューしていこう。

 まずは新顔。ワーウルフ。

 戦った感じだが、群れで行動するみたいだ。出会ったときは常に二匹から三匹の群れだった。

 戦闘スタイルについてだがゴルドの街で戦ったシャドウウルフとよく似ていた。

 動きも、攻撃方法も、素早さも。

 ……パーティならともかく一人じゃキツイな。普通に事故ったら死ねる。

 危険度:八点。一人で群れに遭遇したら逃げるべし。

 

 続いてスライム。

 こっちはノーランドのスライムと同じかと思ったら、ちょっとでかい。

 そのせいで刃が通りにくいな。水に向かって剣を振ってるようなもんだし、でかけりゃでかいほど核を斬るのが難しい。

 しかもでかい分、体積があるからのしかかられたりしたら息が出来なくなって死ぬな。

 危険度:七点。殺し方がエグいからやばい時は逃げるべし。

 総評、ノーランド周辺よりやばい魔物が多い説を提唱します!

 というかあれよ。普通に強いし、キツイ!

 それにまだ出くわしてないけど個人的には最後のまどうじょが怖いしな。

 もし見た目が本当に童女なら殺せる気がしない。

 武闘家とアーシアさんもそうだと思う。

 いざとなったら逃げることも考えなきゃな。

 

 

 

 八十九日目

 パーティ内で話し合って、二日後に北西の森に行くことなった。

 仕方ない、準備しよう。

 いつもなら逃げだすけど、この国にいる間は二人から離れてる方が怖いからな。

 頑張ってついていこう。

 

 

 

 

 九十日目

 森の中に行くのは久々だ。

 ジャイアントフライを討伐に行ったとき以来か。

 とりあえずポーションは五個ほど買った。

 今日のところは早めに寝て、明日に備えるとしよう。

 

 

 

 

 

 

 

 



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15(勇者日誌)

 


 次回くらいで二章の主人公視点は終わらせたいところ……。

 


  

 

 

 九十一日目

 トンカー王国を出て北西の森に向かった。

 道中での目立つイベントとしてはブルーゴーレムに襲われた。

 事前の調査通りゴーレムより小さかったが、動きが速い。

 例のごとく剣で攻撃しても弾かれる硬さがあるので、倒すには以前のように隙間に剣をねじ込んでやる必要があるが、小さいからねじこみづらい。

 ぶっちゃけ、ゴーレムより強いと思う。

 おまけに氷魔法への耐性もあるみたいで、アーシアさんが凍らせてもすぐに脱出してた。

 直後にアーシアさんのフレアで燃やされてたけど。

 あとはかおまじんに出会った。

 名前に恥じず、首から上しかない魔人だった。

 しかもでかい。二メートルくらいある。こっちを見るなり転がってきてめちゃビビった。

 タックルで木とかなぎ倒しやがるからな。転がりながら炎のブレスを撃ってくるから近付けないし。

 直後にオーラ纏った武闘家の蹴りで沈黙したけど。

 ……あの、君ら強ない? 俺いる? 

 

 

 

 九十二日目

 ようやく北西の森に着いた。

 森の中に入ったからか魔物の数が多い。

 スライム、ワーウルフ、後は川沿いにハーフマーマンと連戦でキツイ。

 武闘家とアーシアさんも省エネモードみたいで、それぞれオーラと魔力を抑えめに戦ってるようだ。

 そのせいか、戦闘が昨日より激しい。

 まぁ、武闘家はオーラ無かったら素の身体能力だしなぁ。それでも強いけど。

 アーシアさんは大技より、小技を駆使してくれてる。相手の足だけを凍らせるとか、魔法で敵の動きを誘導するとか。うん、賢い。

 現状出会った敵でやばいのはやっぱりかおまじんとブルーゴーレムだな。

 このあたりと出会うとオーラと魔力を確実に削られている。

 目的が魂のオーブの捜索なだけに、長期戦になるからな。

 少なくとも回復はポーションを使うことで節約はしているが、それでもカツカツだ。

 回復したとこで治るのは怪我だけだしなぁ、肉体的疲労は継続だから余計に疲労感がやばい。

 二人もかなり疲弊してるみたいだし、引き際を考えないとな。

 

 

 

 

 九十三日目 

 例の光が落下したと思わしきポイントに着いた。

 うっそうと木が生い茂る森の中で不自然に出来ているクレーターっぽいのがあったから、何かが落ちたのは間違いないと思う。

 ただ、件のオーブは見つからなかった。

 アーシアさん曰く、ほんの僅かだが力を感じるそうなのでここにあったのは間違いないらしい。

 誰かに持ち去られたのか、あるいは砕け散ったのか。

 付近も捜索してみたが、それらしいものは無かった。

 ただ、代わりに幼女を見つけた。正しくは童女か。

 アホ毛がゆらゆらしてる黒髪赤目のロリっ子。魔法使いのコスプレみたいな格好して地面に座って、にぱーとした笑顔でこっちを見てくる。

 多分、こいつがまどうじょだと思う。いや、恐ろしい魔物だった。

 ……なんてったってだ。

「おねえ、ちゃん?」

「ぐはっ!」

 小首を傾げながら言ったこのセリフだけでこんな感じで武闘家が撃沈した。

 あのクソ真面目で魔物殺す少女な武闘家が一瞬でだ。

 アーシアさんも初めは凄い自分に「これは魔物これは魔物」と言い聞かせてたけど、うん。

 「少しだけ」とか言いながらしっかり頭を撫でてたのは覚えてるからな。

 あ、ちなみに俺は大丈夫だ。二次絵はいけるけど、リアルのロリは守備範囲外だからな。

 イエスロリータ、ノータッチ。というか昨今は子供に声を掛けるだけでも通報される時代だし、迂闊に触れん。

 ……それに見た目が人間だから、すっごい倒しにくい。

 完堕ちした武闘家がこの子を持ち帰りましょうとか言い出したけど、そいつ魔物だぞ分かってんのか。

 過去を聞くに、武闘家は愛に飢えてるんだろうけど、それでも凄い固執してた。

 うん、分かったから強く抱きしめるのは勘弁してさしあげろ。

 お前の身体能力で抱きしめると痛いじゃすまないから。見てたから分かるけど、「ぎゅー」って言いながら抱きしめられた瞬間のまどうじょの顔やばかったぞ。

 最終的には「殺されるー!」って言いながら逃げてたし。

 あ、しょんぼりした武闘家のケアはアーシアさんに丸投げした。

 それと落ち着いた頃にパーティで話し合って一度撤退することにした。

 武闘家もオーラがガス欠で、アーシアさんも魔力が尽きそうだったからな。

 

 

 

 

 九十四日目

 トンカー王国が魔物の軍勢に襲われてた。

 森を抜けたあたりで街の方から火の手が上がってることに気付いたあと、迷いなく武闘家とアーシアさんが駆けていってた。

 慌てて追いかけたけど姿を見失ったし、マジでやばかった。

 しかも運悪く街を襲う魔物の軍勢の一部に遭遇して戦闘になったしな。

 ワーウルフ六匹相手によくもまぁ、生き残れたと自分を褒めたい。

 お陰でポーション全部尽きたけど、命に比べりゃ安いしな。

 この頃には戦線は無茶苦茶になってて、そこらじゅうで魔物と兵士が戦っている状態になってた。

 とりあえず近くの兵士に加勢して魔物は倒して、数時間は探しただろうか。

 俺自身の魔力も尽きてきた頃にようやく見つけたわ。

 ただ状況が謎だった。

 武闘家がオーブの載った杖をもったジジイ魔法使いな魔物と向かい合ってた。

 んで、武闘家の背後に倒れ伏した兵士とアーシアさん。倒れてる彼らを庇うように武闘家が立ってるイメージ。

 で、何故かよぼよぼなジジイ魔法使いの放つ超凄いビーム的なものを、武闘家が謎の巨大な盾みたいなのを出して防いでるというのが俺の見た光景だ。

 うん、訳が分からん。

 よく分かんないけど、敵っぽいからじじいを背後から斬り捨てたったわ。

 その後、その爺さんの魔物が撤退宣言して一斉に魔物が消えた。

 なんか知らんけど、生き残ったぞー。

 

 

 

 九十五日目

 トンカー城に呼ばれた。

 アーシアさんも武闘家も病院だから今回は俺一人だ。

 トンカー王が出てきてまたお礼を言われたわ。

 で、昨日の話に戻ったけど、どうやら昨日の爺さんが魔物たちの親玉らしい。

 魔道老ゼメル。魔王軍の幹部の魔物だとか。

 魔法を得意とした魔物で、どこからともなく現れて、軍勢を召喚するとか。

 いつ現れるか分からない、神出鬼没の魔物。

 撤退時も霧のように消えるみたいで、そのせいで下手に打って出られないそうだ。

「頼む、どうかゼメルを討って欲しい」

 倒したらお礼はするとのこと。

 王様直々のお礼かぁ、何がもらえるか知らんけど多分良いものだろうな。

 武闘家とアーシアさんにも相談しよう。

 

 

 

 九十六日目

 武闘家とアーシアさんが復活した。

 二人とももう大丈夫らしい。良かった良かった。

 早速昨日の依頼について話したら武闘家は乗り気のようだ。

 リベンジに燃えてた。

 一方、アーシアさんは不安そうな表情。

 大丈夫か聞いてみたら「えぇ、いつかはこうなると分かってたから」との返答。

 よく分からんけど、大丈夫ならいいや。

 で、方針を話したけど、次に街を襲ってきた時に討つ方面でまとまった。

 ただアーシアさん曰く、倒すには必要なアイテムがあるらしい。

 それを作りましょうという話になった。

 

 

 

 九十七日目

 魔道老ゼメルは火と闇の魔法のエキスパートらしい。

 そして何より魔力量が桁違いに多いとか。

 正面から挑んでも勝てないとアーシアさんが断言するくらいだから、相当やばいっぽいな。

 ただ、弱点もあるらしい。

 ゼメルの弱点は、魔法に頼りすぎていること。

 そこで作りたいのが魔法殺しと呼ばれる魔法薬だそうだ。

「この薬は振りかけるだけで一定時間、魔法を使えなくすることが出来るの」

 成る程、魔法に自信を持つがゆえに魔法さえ封じてしまえば怖くないと。

 ただ、材料が問題だった。

「……材料に『まどうじょ』の落とす、涙が必要なのよ」

 確かにそれは難題だ。

 何せ絵面がやばい、見た目が童女だから倒すだけでR18G待ったなし。

 それに倒さないにせよ、童女を泣かせてアイテム入手する構図はどう見ても犯罪臭い。

 でも、手に入れないと勝てない。

 ううむ。

 

 

 

 九十八日目

 ハンサムな俺は天才的アイデアを思い付いた。

 まどうじょの涙が入手出来ればそれでいいわけだ。

 つまり感動の涙でも、笑いの涙でも、痛みの涙でも種類は問わないはず。

 早速アイデアを口にしたらすぐさま試そうとなって、北西の森に向かった。

 まどうじょはすぐに見つかった。

 しかも以前会った個体みたいで、武闘家を見て真っ先に逃げようとしたから三人がかりで取り押さえた。

 まどうじょが「助けて! 人殺し!」とかうるさかったが無視だ。

 作戦通り俺が包丁を取り出したらもっとうるさくなったから、黙れと怒鳴りつけたら震え出した。

 震えるまどうじょの目の前で包丁を構えた俺は目の前で大量の玉ねぎを取り出し。

 そして、玉ねぎをみじん切りしてやった。

「----痛い! 目が痛い! 何したいの!? 馬鹿なの!?」

 作戦通りだ。

 すぐさま涙を零しだしたまどうじょから見事、涙が回収できた。

 これで魔法薬が作れる。

 玉ねぎは後でオニオンスープにして美味しく頂いた。

 

 

 

 九十九日目

 無事に魔法薬が完成したらしい。

 アーシアさんが報告に来てくれた。

 

 

 百日目

 戦いに備えてポーションを買い込んだ。

 これで敵がいつきても大丈夫だ。

 かかってこいや!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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16(勇者日誌)

 

 次回からまた別の人視点です。

 


 

 

 

 

 百一日目

 (何も書かれていない)

 

 

 

 

 

 百二日目

 (何も書かれていない)

 

 

 

 

 

 百三日目

 目が覚めた。

 信じられないことに生きているようだ。

 ……絶対死んだと思ったんだけど。

 まだちょっと記憶が混乱してるから、とりあえず、明日。

 百日目にあったことをまとめようと思う。

 

 

 

 

 

 百四日目

 起こったことをつらつら書いていく。

 百日目、魔物たちが攻めてきた。

 慌てて街の外に飛び出したら、文字通り軍勢が迫ってたわ。

 ただ、例の白髭ジジイ魔法使いの姿は無かった。

 代わりに数の暴力というか、倒しても倒しても魔物が現れたのを覚えている。

 武闘家とアーシアさんが無双してたけどキリがない。

 俺も兵士さんと協力して討伐してたけど、マジで終わりが見えなかった。

 というか俺も中々頑張ったと思う。

 兵士と戦うワーウルフを背後から切り伏せ、兵士を襲うスライムを貫き、兵士に殴りかかってたブルーゴーレムの体の隙間目掛けて一閃し、兵士目掛けてブレスを吐くかおまじんを横からざっくり。おまけに兵士にモリを突き付けるハーフマーマンもばっさり。

 ……チキン戦法? うるさい黙れ。勝ちゃあいいんだよ!

 というかこれだけ数が居る中で正面から戦えるかぁ!

 正面から戦ってる間に俺がやられるわ!

 いやまぁ、武闘家とアーシアさんは正面から戦ってたけどさ、あの人らは例外だから。

 というか武闘家の動きが凄かった。

 この前覚えた盾っぽいやつでブルーゴーレムの攻撃を正面から受け止めたり、盾を投げつけて敵を昏倒させたり、かと思えばオーラを纏って転がり迫るかおまじんを正面から殴り飛ばしたり。

 ヒーローものの主人公か何かかあいつは。

 アーシアさんはアーシアさんでアイスやフレア、アイシクルやメガフレアなどの氷と炎の魔法を巧みに操り、的確に魔物を撃ちぬいている。

 ビューティフル。

 うん、比べたら負けだ。自分に出来ることをしよう。

 そんな感じでせこせこと魔物を倒した。

 で、それから数時間くらい戦った頃だろうか。

 朝方は晴れてたのにこの頃には曇りになっていて。

 ダメージはともかく、割と真面目に疲労感がピークに達した頃にようやく魔道老ゼメスが出てきた。

 疲労させてから登場とは卑怯だぞジジイって言ったら「背後から斬り捨てたやつに言われたくないわい!」って言われた。解せぬ。

 兎にも角にも勝負だ。

 こっちには魔法殺しの薬という秘策がある。勝てると分かってる勝負なら何も怖くない。

 とか思ってたんだけど、ここで俺はあることに気付いた。

 ……どうやってゼメスに薬を浴びせかけるんだ?

 相手が居るのは空中だ。上空数十メートルの高さに浮いている。うん、俺はとどかない。

 となると撃ち落とす必要があるわけだが……どうやって?

 そんなことを考えてたら空にいたジジイが十メートルくらいありそうなクソでかい豪火球を作ってた。ギガフレアというらしい。

 しかもそれを地上目掛けて撃って来やがった。アーシアさんが気付いて、同じくギガフレアで対抗してたけど撃ち負けて、それを武闘家が巨大な盾を召喚してどうにか防いだけど、ここで悲報。

 武闘家とアーシアさんが共にオーラと魔力を使い果たしてしまったらしい。

 二人同時に力尽きて倒れてたけど、待てや。

 しかもジジイの矛先が何故か俺に向いたし。そうされる心当たりはあるけど待てや。

 聞いちゃくれなかった。

 返答とばかりに大量の火球と、闇の球が降り注いできて死ぬかと思った。

 しかも避け切ったら今度はもっとでかい火球と闇球が降り注いできたし。

 何発か直撃したわ。すぐにポーション飲んだけど。

 それを何度か繰り返したけど、駄目だった。近づく方法が思い浮かばんのよ。

 そうこうしてたら相手も業を煮やしたのか、また巨大な火球を作り出した。

 で、それを俺目掛けて撃ってきて、どこにも逃げ道がない状況になった。

 いや、もう終わりかと思ったわ。対抗手段がないし。

 リアルに豪火球が近づいてくるのがスローモーションに見えた。多分、死の間際だったからだろう。ゾーンってやつだな。

 視界一杯に降り注いでくる炎がゆっくり近づいてきて、周囲を見まわせば絶望の表情を浮かべる兵士達や、炎に飲み込まれそうになる俺を見て目を見開いている武闘家とアーシアさんが見えた。

 とにかくどうにかしないとと、咄嗟に剣を抜いたのを覚えている。

 そして剣を全力で振り下ろしてーーーーその後の記憶がない。

 ……何で俺、生きてんの?

 あれだけの火球が直撃したらどう考えても丸焦げどころか、灰になると思うんだけど。

 もしかして斬ったのか? いや、でもアーシアさんと武闘家が二人がかりで止めるような技を斬れるとは思えんし……。

 そもそも、王国は無事っぽいけどあの後どうなったんだ?

 

 

 

 百五日目

 お見舞いに来てくれた武闘家達から事の顛末を聞いた。

 ……信じられないことに俺、あの豪火球を斬ったらしい。

 極大の黒い光が出たとか何とか、中二病かよ。

 ついでに鋼の剣が跡形もなく消えたとか言ってたけど、今気づいたわ。確かに剣が無い。

 なんてことだ……俺の二千八〇〇ソルが。

 あと魔道老ゼメスは捕らえたらしい。例の魔法殺しを使って、今は城の特別な独房に入れているとか。

 ゼメスが捕まったのを見て魔物達も蜘蛛の子を散らすように撤退していったそうだが、うん。

 どうやって捕まえたのか知らんけどよう捕まえたな。

 

 

 

 百六日目

 身体はとうの昔に回復してたけど検査入院という名目で病院に押し込まれていた俺だが、ついに今日退院した。

 しかも今日は丁度、魔物の軍勢に勝利したことを祝う宴をするらしい。

 会場に行ってみたら、主役の登場だとか言われてめっちゃ酒を注がれた。

 周りの兵士のおっちゃんやにいちゃんがスゲー気が良くてめちゃ楽しかったわ。

 そうそう、こういうのだよこういうの!

 豪華な飯を食って、一緒に戦った仲間と酒を酌み交わす。最高だぜ。

 武闘家とアーシアさんもお酒を飲んでた。

 武闘家って酒飲んでいい年齢だっけ? まぁ、今日ぐらいいいか。  

「ゆーしゃー……いっしょに、のみまひょー」

 武闘家は顔真っ赤にしてフラフラだった。多分、二日酔いになるやつだと思う。

「ふふっ、もう一杯。まだまだいけるわっ!」

 対してアーシアさんだけど、やべえ。アホみたいに飲んでるのにまるで酔ってなかった。

 周囲に大男が何人か酔いつぶれてるのを見るに、多分競争でもしてたのだろう。

 そんな具合にめっちゃはしゃいだ。

 いや、まぁ途中から眠ってしまった武闘家を介抱してたけど、でも楽しかった。

 

 

 

 百七日目

 城に呼ばれたけど、武闘家が中々部屋から出てこなかった。 

 入ってみたら案の定、二日酔いだったらしい。

 武闘家曰く「やばいです、痛いです。頭が割れるみたいに痛いです。何ですか、二日酔いってこんなに頭がガンガンするんですか、うっぷ」とのこと。

 仕方ないので同性のアーシアさんに武闘家の看病をお願いして俺一人で城に行った。

 城に着くとトンカー王の元にすぐに案内されて、めっちゃお礼を言われた。

 そしてお礼として剣と防具を貰った。

 ……防具が黒でやたら中二病っぽいのは気になるが、置いておこう。

 まずは剣。

 魔力を通しやすい剣だそうだ。かなり高価らしい。

 試しに火炎斬りをしようとしたら普段の倍くらいの出力が出た。つよーい。

 続いて防具。

 旅人の服に近いが、素材は耐久性に優れるドラゴンの皮をなめして作ったらしい。軽くて丈夫だとか。

 ……中二病っぽいけど実用性ええやん。

 総評、神かな? 多分普通に買ったらめちゃ高いだろうし。

 王様は太っ腹なことに、他の二人の武器や防具も用意してくれるらしい。

 神だったわ。顔はどう見てもヤのつく自由業の親玉だけど神だわこの爺さん。

 一応、本当に良いのか聞いてみたら「この程度の出費で平和が手に入ると思えば安い買い物じゃわい」とのこと。かっけぇ。

 しかも今後は困ったらいつでも相談していいよと言われた。それと魂のオーブとやらはこっちでも探すから見つかり次第連絡するよーとのことだ。

 おいおいマジかよ、大盤振る舞いじゃん。

 日記書いてる今もテンションがハイだぜー! なんたって国の後ろ盾が出来たからな。

 割と本気でこの国に住んでも良いかと思い始めてきた。

 

 

 

 百八日目

 二人にも武器と防具が届いたらしい。

 武闘家には動きやすさと防御力を兼ねそろえたオレンジ武闘着と、指ぬきグローブ。

 アーシアさんには魔法力を高める白いローブと、世界樹の木で作られた杖。

 装備した二人が嬉しそうに見せてくれた。

 似合ってる似合ってる。

 それと、改めてアーシアさんから話があると言われた。

 聞いてみたら「私を仲間にしてください」らしい。

 今更な話だ。思わず武闘家と顔を見合わせたわ。

 いやまぁ、確かに暫く一緒に行動しましょうだから、正式に仲間とかは決めて無かったけどさ。

 でも今更だろ、もうとっくに仲間だよ。

 そう答えたら感極まったらしいアーシアさんに抱き着かれた。

 

 

 

 

 百九日目

 三人で次の旅の目的地について話し合った。

 アーシアさん曰く、今いるドドランド大陸の北にあるユグノーシアという街に行きたいらしい。

 近くに火山のある温泉街だとか。

 へー、良いじゃん。最近は戦闘漬けだし、ゆっくりできそうだ。

 行こう行こう。

 

 

 

 百十日目

 それなりに長くいたトンカー王国だが、お別れだ。

 俺達が旅立つという話を聞いてか、沢山の兵士達が見送りに来てくれた。

 スライムに襲われてたライアン、ワーウルフに噛みつかれてたジャスティン、ブルーゴーレムに殴られてたザスティン、かおまじんに跳ね飛ばされたロドリゴ。

 ありがとう、お前たちのことは次の目的地に着くくらいまでは忘れないぜ。

 さぁ、次の目的地は温泉街ユグノーシアだ!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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17(武闘家日記)

 

 

 

 

 

 八十一日目

 トンカー王国は水の都と呼ばれる国です。

 町中に張り巡らされた水路が特徴的で、人々は店代わりに船で商品を売ったりしているとか。 

 話には聞いていましたが、本物を見るとやっぱり綺麗ですね。 

 あと勇者がドドラサンドを買ってくれました。

 ドドラ大陸で育ったドドラ豚をジュワーと焼き上げ、新鮮なレタスと一緒に挟むパン。

 食べてみましたが、美味しかったです。すごく、肉厚で。

 ……ただ、街中は凄くピリピリしていました。

 何でも、最近になって魔物が街に攻め込んでくるようになったとか。

 成る程、それで兵士が町中を巡回してたんですね。

 

 

 

 八十二日目

 トンカー王国を襲う魔物の軍勢。

 そんな話を聞いたからか、アーシアさんからしばらく行動を共にしないかと提案がありました。

 こちらからしても願ってもない話です。勇者も頷いていました。

 

 

 

 八十三日目

 私の一族に伝わる力、オーラ。

 アーシアさんに技を作ればいいという話を以前伺ったのですが、どうにもアイデアが浮かびません。

 勇者に聞いてみたら「武闘家のやりたいことを技にしたらいい」と言われました。

 わたしの、やりたいこと?

 言われてみればそうです、私のやりたいことって何でしょうか。

 一口に勇者と共に戦える仲間になりたいと言っても、戦い方は色々あります。

 戦士のように、勇者と共に武器を振るい、時には誰かを護るために盾を構える。魔法使いのように魔法で敵を殲滅する。僧侶のように味方を回復、強化する。

 私が目指すべき、やりたいことって何?

 

 

 

 八十四日目

 情報収集のために街中を歩いていたら魔物に遭遇しました。

 アイスクラゲと、ハーフマーマン。 恐らくは水路から現れたんでしょう。

 アーシアさんは凄いです。魔法の力で、沢山の魔物を一気に殲滅することが出来ます。

 勇者も凄いです。周囲を観察して最善の行動をとり、個として強く、居るだけで安心感を与えます。

 対して、私に出来るのはオーラだけ。

 しかも自分しか強化出来ない上に、その攻撃も勇者に全く通じない。素早さだって負けている。

 今の私は、ワガママを言って、それを勇者の厚意で聞いてもらって着いてきているだけ。

 早く、二人に出来ないことを身に付けないと。

 ……修行あるのみ、です。

 

 

 

 八十五日目

 二人に出来なくて、私に出来ることって何だろう。

 分からない、私にはオーラしかない。

 私一人を強化する力。でも、これじゃ駄目だ。これだけじゃ私しか守れない。

 もっと上手い使い方は出来ないのか。

 誰かに力を分け与えたり、大勢を護れるような力。

 あるいは何物も寄せ付けないような個の強さ、何でもいい。何か、何か。

 

 

 

 八十六日目

 トンカー王国の王様に呼ばれて城に行きました。

 気乗りはしませんが、王様の呼び出しでは仕方ありません。

 勇者が、黒の勇者と呼ばれていました。もう一人の勇者は最近、白の勇者と呼ばれているそうです。

 王様からの報酬は何でも好きなものを言えとのことで、アーシアさんが望みのものを口にしていました。

 魂のオーブ。聞いてみたら、以前勇者が見せてくれた、魔力でもオーラでもない力を宿すオーブのことだそうです。

 彼女はそれを探し、集めているとか。

 残念なことに実物は無いようでしたが、北西の森に光が降り注いだという目撃情報を得ました。

 

 

 

 八十七日目

 最近は魔物と戦う機会がなく、アーシアさんが言い出した「私はオーブを探しに行く」という言葉は渡りに船でした。

 私も賛成しましたが、今回の勇者は慎重です。

 周囲の魔物の強さを確認したいとのことでした。具体的には明日、周囲の魔物を調べて、実際戦ってから改めて出発しようとのことでした。

 

 

 

 八十八日目

 午前中はフリーで、午後に狩りに向かいました。

 そして出てきた魔物を見て、ドキリとしました。

 ワーウルフ。シャドウウルフにそっくりな魔物。しかもそれが三匹も。

 思わず警戒しましたが、シャドウウルフのように食べただけ強くなるような性質はないようです。

 オーラを使えるようになった今、素早さで上回れます。

 私も成長していますから。

 でも、勇者はオーラ無しで真正面からワーウルフと戦えます。

 ……追いつくには、どうすれば? 

 

 

 

 

 八十九日目

 二日後に北西の森に向かうことになりました。

 何か新しい技を身に着ける為に、新しいチャレンジをしようと思います。

 ……オーラの良い点、それは攻撃力や防御力を底上げ出来ること。

 これを纏わせるのではなく、何かの形に出来ないか。

 出来ることをしましょう。出来ることを。

 

 

 

 九十日目

 オーラ量の少ない私にとって、オーラだけに頼る戦い方は限界がある。

 でも、私にとっての武器はオーラしかない。

 私がもっと強くなるにはオーラ量を増やすとともに、自らの体を鍛えなければ。

 でもそれだけじゃ足りない。本当の仲間になるには、まだまだ。

 

 

 

 九十一日目

 北西の森に向かう日。

 道中、ブルーゴーレムやかおまじんに襲われました。

 蹴り飛ばす瞬間だけオーラを高め、全力で蹴ってようやく一撃。

 動きは良くなっている、と思う。

 ただ、オーラはどうも形に出来ません。仮に球体を作ろうとしても霧散してしまう。

 諦めません……。

 

 

 

 九十二日目

 北西の森に着きました。

 戦っている間は気が楽です。何も考えずに済みますから。

 とはいえ連戦に次ぐ連戦。

 オーラの残量もかなり減ってきました。

 流石に野宿では疲れもあまりとれませんし、厳しいです。

 アーシアさんも疲労してるようでした。

 ……あの、何で勇者はそんなにけろっとしているんですか?

 

 

 

 九十三日目

 まどうじょ。

 魔物なのは、魔物なのは分かっています。

 私を見て、おねえちゃんって呼んでくれました。

 そんな呼び方をされたのは、里を滅ぼされてから一度もありません。

 もう家族の居ない身。そんな呼び方をされることは生涯無いと思っていましたが、ずるい。

 しかも希望を抱かせといて逃げるって何ですか!

 なんだか泣きたいくらい悲しいです。 

 

 ……そうそう。

 結局、魂のオーブは見つかりませんでした。

 私もオーラが残り僅か、アーシアさんも魔力が切れかけなので一時撤退です。

 帰ったら改めて、探しに行きましょう。

 

 

 

 九十四日目

 日記に書くには濃厚すぎる一日でした。

 トンカー王国が魔物の軍勢に攻められていて。

 兵士さんを助ける為にアーシアさんと戦場に飛び込んで。

 とにかく少しでも数を減らそうと戦って、戦って、戦って。

 ようやく魔物たちの勢いが収まってきて、希望が見えてきた頃、魔王軍幹部を名乗る魔物が現れて。

 弾幕のような魔法で兵士さんがあっという間にその魔物に倒されて、疲労困憊でふらついた私を庇うためにアーシアさんが身代わりになって。

「……護れなくて、ごめんなさい」

 私の目の前で、倒れたアーシアさんの姿はよく覚えています。

 どうして庇ったのか聞いたら、体が動いてしまったと彼女は答えていました。

 それを聞いてーーーーようやく私は気づきました。

 ……私は何を悩んでいたんだろう。

 私がなりたかったものは、別に誰にも出来ないようなことが出来る人間じゃなかった。

 里を滅ぼされて、大切な誰かを失って、たった一人で生きていくしかなかったあの悲しさを。

 そんな重たいものを抱える痛みを、もう誰にも味わわせたくなかった。

 それが私の原点。大切な誰かを奪わせないための決意。

 そう思ったとき、不思議と身体からオーラがあふれてきました。

 急速にイメージが固まっていって、オーラが形を作っていって。

 気が付けば私の目の前には、盾がありました。

 誰かを護るための、盾が。

 直後でした、幹部の魔物が極大の闇を放ってきて、私はとっさに皆の前に出て盾を構えました。

 もう尽きかけてたオーラを振り絞るように全力で力を籠めて。

 耐えて、耐えて耐えて耐えてーーーーもう、限界かと思った時にゼメスが倒れた。

 勇者が背後から魔物を斬り捨てた、そのことに気付いた瞬間、身体から力が抜けて、その後の記憶がありません。

 気が付けば病院でした。どうやら、病院の先生の話によると魔王軍は撤退していったそうです。

 身体がボロボロで、明日までは休むようにと言われました。

 

 

 

 

 九十五日目

 勇者がお見舞いに来てくれました。

 フルーツと、それから昨日のことを褒めてくれて嬉しかったです。

 勇者が帰った後、同じ病院にいる兵士さんに話を聞くと、勇者はずっと戦場で人助けをしてたとか。

 何人もの兵士が彼に命を救われたと話していて、自分の事じゃないのに嬉しくなりました。

 私もあんな人になりたいです。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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18(武闘家日記)

 

 これで武闘家視点終わり、次からは女神視点


 


 

 

 

 

 九十六日目

 トンカー城に呼び出されていた勇者が帰ってきて、色々お話をしてくれました。

 先日の白髭のお爺さんな魔物ーーなんと魔王軍幹部だったそうです。

 魔道老ゼメス、という名前で火と闇の魔法を得意とする魔物だとか。

 確かに前回戦った時も様々な魔法を行使していました。

 炎系魔法のフレア、メガフレア、ギガフレア。

 闇系魔法のダーク、マダーク、ダークネス。

 最後のビームは分かりませんが、恐らくは闇系魔法の何か……。

 どうやって倒せばいいのか見当がつきません。

 ……オーラを纏ったところで軽減は出来ますが、ダメージは入りますからね。

 むやみに突っ込むのも愚策だし……仮に届いてもテレポートで逃げられる。

 王様直々の依頼ですし、討てるものなら討ちたいですがどうすれば……。

 

 

 

 九十七日目

 ゼメスを倒すために、魔法が使えなくなる薬。

 魔法殺しを使おうというアイデアが出たところまでは良かったのですが、うぅ。

 材料にまどうじょのなみだ、ですか。

 あんなに可愛いのを、倒さなくてはならないのでしょうか。

 魔物なのは分かってるんですけど、ちょっと踏ん切りがつきません。

 

 

 

 九十八日目

 勇者のアイデアで無事、まどうじょの涙を入手しました。

 オニオンスープ、美味しかったです。

 

 

 

 九十九日目

 先日の戦いで目覚めた、オーラを形にする力。

 一日かけて試しましたが、今の私ではまだ盾以外のものを形成することは出来ないようです。

 剣とか、球体とかイメージしやすいものを作ろうとしてもどうも霧散するんですよね。 

 代わりに、盾は色んなことが出来るのが分かりました。

 例えば攻撃を防ぐ、盾自体を投げる、盾を大きくする、小さくする。

 それなりにオーラを消費しますが、盾で攻撃を防げばダメージを完全にカット出来ます。

 私だけを護るんじゃなくて、他の誰かを護れる力。

 早く使いこなせるよう、頑張りましょう。

 

 

 

 百日目

 いつ魔物の軍勢が攻めてくるか分からない以上、体力は残さなければなりません。

 そろそろ、がっつりと修行したいんですけどね。

 

 

 百一日目

 ついに来た、魔物の軍勢。

 ただその中に、魔道老ゼメスの姿はありませんでした。

 とはいえ、見過ごすわけにはいきません。

 波のように押し寄せる魔物を兵士達や、有志の冒険者達と協力して戦って。

 誰かを護るための盾を使って、魔物の攻撃から守って。

 時にはオーラを纏って、拳を振りぬく。

 誰かを助ける為に拳を振るう、誰かを護るために盾を構える。

 やりたいことが出来たからか、いつも以上に身体が軽やかに動いた、と思います。

 ただ予想外だったのは、やはり数ですね。

 魔物の数が多い。倒しても倒してもキリが無い。

 途中からオーラを温存して戦って、それでも使わざるを得ないタイミングで使うことを繰り返して。

 文字通り、死力を尽くしました。

 一匹でも多くの魔物を倒し、一人でも多くの人を生かす。

 そうしてやっと、やっと魔物の数が減ってきた時に、それが現れました。

 ーーーー魔道老ゼメス。

 ……恐らくは、これは相手の作戦だったのでしょう。

 魔物をけしかけて、私達や兵士を消耗させ、あと少しで魔物を倒しきれるような、そんな希望を持ち始めた時に現れる。

 ----文字通りの絶望として。

 正直、この段階で私は消耗しきっていました。

 いや、私一人ではありません。アーシアさんも、兵士さんも、皆が限界に達しようとしていて、そんな時に現れたゼメスは絶望を感じさせるには十分な存在でした。

 そして、私達が何より絶望したのが、ゼメスが現れた位置です。

 前回は地面に降り立っていたゼメスが、宙に浮いていたのです。

 前回。勇者に斬られたことで近づかれるのを嫌がったのでしょう。

 ですがこれは私達にとっては大きな問題でしたーー何せ、近づくことが出来ません。

 これでは、必殺の策として用意した魔法殺しの薬が使えない。

 死戦。今ここで戦うのは死を覚悟する必要がありました。

 ……少なくとも私を含む、殆どの人にとっては。

 実際、ゼメスが放った一発の巨大な火の球を防ぐだけで、アーシアさんは全魔力を使わされ、私のオーラも全部使い切ってしまいました。

 体に力が入らなくて、倒れこんで、見ているしか出来なくなって。

 対して、魔道老ゼメスは笑っていました。勝利を確信していたのでしょう。

 そして勇者をいたぶるように狙いを付けて攻撃を始めました。

 降り注ぐ、大量の炎と闇。それを勇者は避けていました。

 更に密度が増して、何度か勇者に攻撃が直撃するのが見えました。

 勇者は不思議なほどに反撃をせずに堪えていました。

 今思えば、魔法殺しが使えないと分かった時から、勇者はそれを狙っていたのでしょう。

 ……ゼメスは対策を講じてくる敵です。

 ゆえに、一度見せた技は対策するし、危なくなればテレポートで逃げてしまう。

 だからこそ、魔法薬が使えないなら勇者は耐えて、待っていたのです。

 空から、極大の豪火球が地表目掛けて降ってきた瞬間。

 ゼメスから勇者が完全に見えなくなるーーーーその瞬間を。

 その瞬間のことは、私は生涯忘れることは無いでしょう。

 全てを飲み込むような獄炎を前に、勇者は初めて、剣を構えました。

 刀身が黒く染まり、続いてバチバチと赤い光が、周囲で弾けて。

 その剣を、振りぬいた瞬間、極大の黒い光が放たれて。

 一瞬で獄炎を貫いた黒の光が、ゼメスを飲み込み、奔流を天へと伸ばしていった。

 目を疑う光景でした。

 あの力が何なのかは分かりません。闇を凝縮したような、おどろおどろしい。でも、不思議と嫌な感じはしない。よく分からない、力。

 勇者は、一体何者なんでしょうか?

 

 

 

 百二日目

 戦いの結末をまとめます。

 魔道老ゼメスは、捕らえました。地面に墜落し、意識を失っていた魔物を捕らえるのは容易でした。

 今は魔法を発動できなくする牢屋に閉じ込められているはずです。

 勇者は、病院に居ます。

 昨日、あの不思議な力を使った勇者は力つきたように地面に倒れていました。

 あれだけの力を行使したのだから仕方のない話かもしれません。

 

 

 

 百三日目

 ゼメスを捕らえたからか、魔物が攻めてくる様子はありません。

 指導者を奪取するつもりはないということでしょうか。

 私達を消耗させるためだけに魔物を戦場に投入するようなやつですから、人望はないかもしれません。

 

 

 

 百四日目

「あの後、何があったんだ?」

 目を覚ましていた勇者が開口一番そんなことを言い出したので、説明をしました。 

 どうやら記憶が混乱しているみたいです。

 長居はやめて、ほどほどに帰りました。

 

 

 

 百五日目

 あの力は何だったのか、尋ねても勇者は答えてくれません。

 話しづらい力なのでしょう。あんな力ですから、嫌な思い出があるのかもしれません。

 ……こればかりは仕方ないので、本人が教えてくれるまで待とうと思います。

 

 それと、病室を出てから久々に修行をしました。

 やっぱり、修行はサイコー、です。

 あの戦いを乗り越えたからか、オーラ量も少し増えた気がします。

 それと修行してると街の兵士さんが最近、挨拶してくれるようになって嬉しいです。

 あ、そうそう。

 明日、街をあげて宴をするそうです。

 魔物に勝利したことを祝うそうで、私達も是非参加してくれと言われました。

 

 

 

 百六日目

 (読めない文字が書かれている)

 

 

 

 

 百七日目

 頭が、頭が痛いです。

 何ですかこれ、マジでやばいです。

 二日酔いってこんなにつらいものなんですか。

 文字を書くだけで吐き気が、うぅ。

 

 

 

 百八日目 

 ゼメス討伐の報酬として王様から装備が与えられました。

 これ韋駄天のグローブと、疾風の装束、ですよね。

 どちらも装備した者の素早さを高めてくれる装備。

 大事にしましょう。

 それとアーシアさんが正式に勇者の仲間になりました。

 これからは三人旅、ですね。

 

 

 

 

 百九日目

 三人で次の目的地について話し合いました。

 ユグノーシアーーーードドランド大陸の北にある温泉街。

 ドドラ火山が近くにあり、より危険な魔物が出るという話を聞いたことがあります。

 良いですね、新たな装備が手に入ったことですし、ワクワクします。

 

 

 

 

 百十日目

 出発の日になりました。

 沢山の人が見送りに来てくれて嬉しかったです。

 何にせよ久々の冒険、楽しんできましょう!

 

 

 

 

 

 

 

 



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19(女神日記)

 

 

 

 

 八十一日目

 トンカー王国に着いたは良いもののやけに物々しい。

 何でも、魔物の軍勢に何度も街が襲われてるとか。

 呆れるほど手が早い。この土地にも魔王の手が迫っているようだ。

 元々この街は通り道にして、さっさとユグノーシアに行くつもりだったけれど、そうはいかないと。

 国相手に派遣されることを考えると、恐らく幹部級が居るはず。

 流石に今の私が挑むには厳しい相手だ。

 これはちょっと、考えて動かないとね。

 

 

 

 八十二日目

 そこらの魔物はともかく、幹部級の魔物に姿を見られれば女神だとバレてしまう可能性もある。

 大陸の魔物たちの動きが不穏なことも踏まえて、勇者達に行動を共に出来ないかお願いした。

 特に勇者は私の事情を知ってくれている。

 今の私に助けを求められる相手が他に居なかったのもあるけど。

 ……暫くは派手な動きを控えて情報収集に徹しよう。

 

 

 

 八十三日目

 一日かけて情報を集めてみた。

 魔物の軍勢は決まって、街の外に姿を現すらしい。

 それもどこからともなく、突然現れるのだとか。

 ……恐らくはテレポートの魔法だと思う。

 ただ、軍勢と言われるほどの数をテレポートで運ぶなんて常識的にあり得ない。

 そんなことが出来る魔物は、やはり幹部級だろう。

 可能性は高い。

 

 

 

 八十四日目

 街中で急に魔物に襲われた。

 街の人に聞くと、魔物が街の中に現れるのは初めてらしい。

 これは偶然なのだろうか?

 もしや、私を狙って? でもそうなら前々から私の居場所を相手が知っていたことになるし、泳がせている理由が分からない。

 ……分からないけど、最悪を想定して動こう。

 

 

 

 八十五日目

 昨日の一件のせいか、兵士の数が増えた気がする。

 それと、最近は武闘家さんの様子がおかしい。鬼気迫るというか、なんというか。

 悩みでもあるのかしら?

 

 

 

 八十六日目

 トンカー城に招かれた。

 二日前に魔物を討伐したことが知られたらしい。

 何でも好きなものを言えと言われて、オーブを探していることを伝えたら有用な情報が返ってきた。

 三か月前に北西の森に空から降り注いだ光、間違いなく魂のオーブだと思う。

 時期もあってるし。

 このオーブさえ手に入れば、女神の力を使えるくらいになるかもしれない。 

 ちょっと希望が湧いてきた。

 

 

 

 八十七日目

 早速オーブを探しに行きたいことを伝えると武闘家さんが賛成してくれた。

 ただ、勇者にちょっと待ってと言われてしまった。

 周囲の魔物の強さの確認がしたいらしい。

 ……言われてみればちょっと気がはやっていた。

 落ち着かないと、私。

 

 

 

 八十八日目

 周囲の敵と戦った。

 たったオーブ一つ、されどオーブ一つ。

 勇者から貰ったオーブのお陰で、以前よりかなり戦える。

 少なくとも、フレアやアイスなどの初級魔法しか使えなかったのに比べて、魔力量が回復したことで一気に上級魔法まで唱えられるのが、その証拠だ。

 とはいえ、魔王と比べれば蟻のようなもの。

 やはり早急にオーブを回収したい。

 

 

 

 九十一日目

 数日ぶりに日記を書く。

 私達はトンカー王国を出て北西の森に向かった。

 道中の魔物も以前より確実に強くなっていて、改めて魔王の影響を感じる。

 明日には森に足を踏み入れられるだろう。

 より注意して行動しなければ……!

 

 

 

 九十二日目

 温存してはいるけれど、魔力の消費が激しい。

 これは不味い。まだ目的地にも着いてないのに。

 それと周囲に警戒しながら歩いているせいか、肉体的な消耗も激しい。

 冒険中は仕方ないことだけど、汗が少し気になる。

 女神だし、におわないよね? 大丈夫よね?

 ……お風呂に入りたい。

 

 

 

 九十三日目

 目的地に着いたけど、オーブは無かった。

 僅かに力を感じるからここにあったのは間違いないと思う。

 恐らくは誰かに持ち出されたんだろう。

 問題は誰に持ち出されたのか、だけど。そこまでは分からなかった。

 

 それと、まどうじょに遭遇した。

 武闘家さんが年相応な姿を見せているのを初めて見た、と思う。

 目がキラキラしてお姉さんぶろうとしている姿を見ると微笑ましい。

 強く抱きしめすぎて逃げられていたのは思わず笑ってしまった。

 

 

 

 

 九十四日目

 私は知っている。

 魔王軍幹部ーーーー魔道老ゼメル。

 永い時を生きた狡猾な魔法使い。元は人間だが、永遠の命を求めて魂を魔に売り捨てた男だ。

 何より、一番目を引いたのがその手元。

 紫色のオーブの載った杖を持っていた。あれは、間違いない。私の力、魂のオーブの一つだ。

 恐らく、北西の森にあったオーブだと思う。同じ力を感じたし。

 よりにもよって魔王軍に回収されていたのか……。

 私が倒れた後のことは武闘家さんから聞いたけど状況は良くない。

 

 姿は見られたと思う。

 もし、あれで私が女神だとバレていたら本当に不味いかもしれない。

 対策を考えないと。

 

 

 

 

 九十六日目

 トンカー王から直々に魔道老ゼメルを討伐せよとのお達しが出たようだ。

 討伐……難しいことを言ってくれる。

 魔道老ゼメルは魔力ある限り、永遠の命を保つことが出来る。

 仮に殺せても、蘇って終わりだ。魔力がある限り、やつは死なない。

 だからこそ、ゼメルを殺すうえで大事なポイントは時間だ。

 魔力が回復できない場所に閉じ込めて、その魔力が尽きるのを待つ。

 これが私の考える、唯一の殺す方法だ。

 逆に言えば魔力さえ尽きれば、やつは死ぬのだけれど……。

 とはいえ正面から戦っても勝てないのよねー。

 捕らえるには、魔法殺しを用意するしかない、か。

 

 

 九十七日目

 魔法殺しの制作は問題ない。

 だが、幹部級に効くほどの薬だと質が大事になる。

 まどうじょの涙、どうやって手に入れよう。

 

 

 

 九十八日目

 無事に素材は入手できた。

 オニオンスープも美味しかったし、制作頑張ろう。

 

 

 

 九十九日目

 最高品質の魔法殺し、完成! 

 かなり集中力使ったし、私自身の魔力を込める必要があったから疲れたー。

 ……とりあえず、これを浴びせることが出来れば、どうにか出来るはず。

 

 

 百一日目

 予想外に苦しめられた一日だった。

 トンカー王国を襲うおびただしいほどの魔物。

 私達が消耗するのを待ってから現れたゼメル。

 そして先日持っていたはずのオーブを何故かゼメルが持っていなかったこと。

 終始ゼメルが宙に浮いたままで、近づくことが出来なかったこと。

 何よりーーーー最後に、勇者が放ったあの一撃

 見た目はまるで、闇の力のようだが違う。

 あれは間違いなく、勇者だけが使える光の力だ。

 なのに、どうしてあんな色に染まっているの?

 分からない、ただ一つだけ確信した。

 女神が消えたせいか、それ以外の要因があるのかは分からないけど。

 ーーーーこの世界に私も知らない何かが起こっている。

 ……たぶん。

 

 

 

 百二日目

 戦いをまとめる。

 ゼメルは捕らえることが出来た。

 勇者の一撃のお陰で捕らえるのは容易だった。

 あとは、魔力の回復が出来ない場所に閉じ込めて時間を待てば、自然に息絶えるはず。

 オーブは行方知れずだ。

 結局、どこに消えたのかは分からないまま。

 魔王軍の本拠地に献上したのか、どこかにある拠点に置いているのか。

 どちらにせよゼメルが死ぬには時間がかかる。そのうちに尋問も行われるだろう。

 その結果は私達にも教えてくれるそうなので、それを待つことにしよう。

 ……正直、今もまだ現実感が無い。

 今度こそ本当に消えてしまうと思ったけど、生き残れた。

 勇者は眠ったままだ。早く起きて、元気になってほしい。

 

 

 

 百三日目

 昼間、お見舞いに行ったけど勇者はまだ目覚めていなかった。

 お医者さん曰く、怪我はもう治ったらしい。

 起きたらお礼を言って、それからあの力について尋ねよう。

 

 それと、私自身のこともそろそろ考えないとね。

 恐らく、もう魔王軍には私の存在は割れているとみていいと思う。

 仮にそうじゃなくても、そうだと考えた方が良い。

 その上で、私はどう動くべきか。

 

 

 百四日目

 勇者が目を覚ましていた。

 まだ記憶が混乱してるみたいだったけど、無事で良かった。

 

 

 

 百五日目

 あの力について尋ねたけど、本人は何も答えてくれなかった。

 少しだけ哀しそうで辛そうな顔を浮かべていたから、何も知らないということではないと思う。

 多分、過去に何かあったんだろう。

 聞けなかったし、まだ私に聞く資格はないだろう。

 だから、せめて感謝だけ伝えた。

 ありがとう、って言ったら笑ってくれて、私も嬉しくなった。

 

 

 

 百六日目

 魔道老ゼメルを打倒した記念のパーティが行われた。

 街全体でお祭り騒ぎだったと思う。

 勇者は色んな人に引っ張りだこだった。普段は飲ませてもらえない武闘家さんも今日ばかりは許可が下りたようで嬉しそうに飲んでいた。

 私もたくさんお酒を飲んだ。

 やっぱり、お酒って美味しい。女神時代もこっそり人に紛れて飲んでいたけど、久々に飲んだから余計に美味しかった。

 

 ……少し酔ったからか、余計に現実を考えてしまう。

 今、私が生きているのは勇者のお陰だ。二度も命を助けられた。

 もし勇者が居なければ、既にこの世界から永久的に女神は失われていた。

 そろそろ私の立ち位置を決めなければならない。

 今いるこの空間は心地よいけど、でも。恐らく顔が割れている私を狙う魔物が今後、必ず現れるだろう。

 魔王の討伐を目指すにあたって、私を抱えるのは大きなリスクだ。

 でも、私は二人と冒険したい。

 

 

 

 百七日目

 二日酔いの武闘家さんの介抱を任された。

 目を見開いてはーはー言ってたのでかなりやばい状況だったと思う。

 大丈夫か尋ねた時の返答も「だいじょうぶです、ちょっと頭が割れるように痛くて、なんか力が欲しいか? って声が聞こえてくるだけなので」とか言ってておかしかったし。

 ……不味いと思って魔法で眠らせたのだけれど、私の判断大丈夫よね?

 次に目が覚めた時にはだいぶマシになったようだから、大丈夫と信じたい。

 

 

 

 百八日目

 王様から届いた装備を受け取った。

 

 それと、先送りにしていたお願いを勇者達にした。

 ……覚悟は決めていたつもりだったけど、いざ本番口に出すのは緊張した。

 仲間にしてください、その一言がとても私にとっては重かったのだろう。

 だから、「もうとっくに仲間だよ」と言ってくれた時は嬉しかった。

 思わず、感極まって抱き着いてしまった。

 

 

 

 百九日目

 ゼメルの方はトンカー王国が厳重に管理することを約束してくれた。

 その上で次の目的地の話になったので、北の街ユグノーシアを提案した。

 元々、私がこの大陸を訪れた目的はユグノーシアなのも大きい。

 勇者達も提案を受け入れてくれた。

 

 

 

 百十日目

 黒く染まっていた勇者の力。

 消えたオーブ。 

 分からないことが多いけど、今は前に進もう。

 まずは前々から決めていた、ユグノーシアに。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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第三章
20(勇者日誌)


 

 

 

 百十一日目

 心なしか足取りが軽い。

 やはり、装備が前と違って整ったからだろうか。

 精神的な安定感が違う。あとは魔力温存の為にポーションを数十個まとめ買いしたのも心理的に効いている気がする。

 ユグノーシアに向かうにあたって事前に道も調べたからな。

 北の森を抜けて、川を渡った先に見えてくるドドラ火山のふもとにあるとか。

 火山の近くと聞くと噴火が怖いが、ここ数百年は全く噴火しておらず、天然の温泉が湧くことから観光地になっているらしい。

 温泉かー、良いよな。

 最近は戦いばかりだし、美味いものを食ってゆっくり温泉に浸かったってバチは当たるめぇ。

 それに観光も出来るって話だから、久々に羽が伸ばせそうだ。

 楽しみだなぁ。

 

 

 百十二日目

 ユグノーシアに向かって二日目。

 北の森に差し掛かったあたりで見慣れない魔物と遭遇した。

 銀色に輝くスライム。

 イーエックスライムというらしい。

 倒すと強くなれるとかでアーシアさんと武闘家がめちゃ本気で襲い掛かってたけど逃げられてた。

 いや、マジで素早くてビビったわ。

 まさか武闘家の速度で追いつけないとは。

 世界には色んな魔物が居るもんだな。

 

 

 百十三日目

 俺、呪われてるのかもしれない。

 なんか攻撃するときになんか剣が黒く染まるようになった。

 凄い中二感。いや、マジで何だよこれ。もっと力を込めると赤い電気みたいなのがバチバチ鳴るし、どんな仕組みだ。

 というか属性盛りすぎィ! 黒い剣に黒い防具の勇者とか完全に中二病やんけ!

 

 あと心なしか最近、カラスに狙われてる気がする。

 歩いてる最中もなんかずっと頭の上の方を飛んでるし、寝てる時も木陰に止まってこっちを見てくるから怖い。

 ちょっとマジで呪われてる気がしてきた。

 ユグノーシアに着いたら教会に行って呪いを解いてもらおう。

 

 

 百十四日目

 最近は水代わりにポーションを飲んでる気がする。

 なんだかんだ戦闘は無傷とはいかないからなぁ。武闘家やアーシアさんもダメージは受けているみたいだし、買い込んで正解だった。

 

 それと一日中歩き続けて森を抜けると川にたどりついた。

 そんなところで今日は小休止。

 川で魚が取れたので今日はバーベキューだ。

 塩漬けにして焼いて食うと美味いんだこれが。

 

 

 

 百十五日目

 橋を渡って更に進むと火山が見えてきた。

 噴気しているようで白くモクモクとした煙が空に立ち上っている。

 とても大きな火山だ。恐らくはあれがドドラ火山なのだろう。

 橋を渡ったからか出て来る魔物も急に見たことないものに変わった。

 歩く木の魔物、燃える岩の魔物、煙の魔物、卵っぽい魔物。

 とはいえ、装備の充実した武闘家とアーシアさんの相手ではない。

 バッタバッタと薙ぎ倒されていく姿を見てると、勇者が本当にこの世界に必要なのか首を傾げたくなってくる。

 ……それにしてもカラスが相変わらず鬱陶しい。

 近くで見られるから余計に怖いんだよなぁ。

 今日なんか夜寝る直前に目が合ったし、おー怖。

 

 

 百十六日目

 やっとユグノーシアに着いたぞー!

 到着が夜だったからか何も見えねー。

 とりあえず宿は取った。

 温泉は明日に取っておいて、今日は早めに寝よう。

 

 

 百十七日目

 改めましてユグノーシア!

 山のふもとというか、山に沿って街がある感じだなこりゃあ。

 街中のあちこちで風呂屋があるせいか、至る所から白い煙が上がっている。

 観光地だからか食べ物屋も多いな。

 ドドラ火山名物のドドラ唐揚げを買った。この付近でしか出ない鳥を使っているらしい。熱々で美味い。

 流れるように情報収集もしたけど、ここらへんは魔物の被害も少ないみたいだな。

 あと、ドドラ火山にはユグノーシアの守り神が住んでいるとか言ってた。酒などの供物を捧げるかわりに街を守ってくれるらしい。

「守り神ねぇ……私も聞いたことないし地域ごとの風習かしら?」

 アーシアさんもこう言うように、地域にある伝説的な何かだろう。

 それはともあれ、温泉だ温泉。

 街の人にオススメを聞いたら『華流の湯』という宿を紹介してもらった。何でもそこの湯は浸かるだけで怪我すら治すとか。早速行ってみたけど、いやー最高だったぜ。お湯がすべすべで、心なしか疲れも取れた気がする。

 暫くはここに泊まるかー。

 

 

 百十八日目

 今日は三人とも自由行動の日。

 前々から心配だったこともあって教会に行ってみた。

 神父さんに呪われてるかどうか見てもらったけど、呪われてはいないようだ。

 黒い力を直接見せてもみたけど、勇者パワーですと言われた。

 えっ、待って。この黒いの勇者パワーなの?

 なんかこう勇者って白い光とかそんなイメージがあるんだけど。

 もしかして俺の心が汚れてるから勇者の力も色が濁ってるとか?

 ……イケメン勇者がゴルドの街を救った時は白い光を放ったとか聞いたし、あり得そうなのが悲しい。

 

 

 

 百十九日目

 武闘家に修行をせがまれた。

 あのねえ、俺はお前のサンドバッグじゃないんだけど。

 というか今更ながら武闘家はちょっと常識が無いのかもしれない。

「お願いします! (修行に)付き合ってください! 一人だともう我慢出来ないんです! 何でも、何でも言うこと聞きますから!」

「分かった! 分かったから黙れ!」

 街中でこんなことを叫ばれたから周りの人の目がヤバかった。

 あれは明らかに俺をロリコン扱いする目だった。

 武闘家、ちゃんと全部言え。

 というか確信犯じゃねーだろうなこいつ。

 ちなみに修行は模擬戦だった。

 

 

 百二十日目

 何でも言うことを聞くそうなので、武闘家には今日一日ノーランドで買った例の服を着るように命令した。

 相変わらずスカートは苦手なようだ。

 そのまま外に連れ出してやったら「鬼、悪魔、勇者ーっ!」と呪詛を吐かれたが自業自得。

 何でもする、なんて安易に言うからだ馬鹿め。

 むしろこの程度で済んで感謝して欲しい。

 ロリだがこいつの見た目は充分可愛い部類に入るからな。

 誰それ構わず修行の為に何でもするなんて言い出したらいつか本当に痛い目見ることになる。

 ついでに今日一日でユグノーシアまでに使ってしまったポーションを買い足しておいた。これでしばらくは買い物もしなくて良さそうだな。

 

 

 

 

 



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21(勇者日誌)

 不穏な回。

 


 

 

 

 百二十一日目

 昨日からアーシアさんの姿が見当たらないらしい。

 何でも夜になっても部屋に帰って来なかったとか。

 心配だったので武闘家と手分けして街中を探してみたけど居ない。

 やる事があるとは聞いてたけどどこに行ったんだろう?

 アーシアさんのことだからそんじょそこらのやつにやられることは無いと思うけど、美少女だからなぁ……。

 ゴロツキに襲われててもおかしくないし、心配だ。

 

 あ、それと変な人が訪ねてきた。

 背中に天使の羽みたいなのを付けてる女の人。よくそんな目立つアクセサリー付けて外出れるな。

 しかもなんかボロボロだったし。

 ヒールしようとしたら結構だって言われた。

 それよりも女神様から伝言がある、とか何とか。

 思わず「えっ」ってなったわ。

 いや女神様って誰だよ、うちには女神なんて居ないんだけど。宗教関連か? 確かアーシアさんも女神を復活させるとか何とか言っててたけどそれか? 

 というか怪我見てられんから治すわとヒール掛けたら逃げられたし。

 つか、逃げてったせいで伝言内容まだ聞いてないんだけど、あれは何だったんだ?

 不審者かな?

 

 

 百二十二日目

 アーシアさんは今日も見当たらない。

 仕方なく街中で情報収集をしていたら、アーシアさんらしき人が一人で火山に向かうのを見たという人が居た。

 火山って……ドドラ火山か。

 何でも街を出て、すぐ先に火山への入り口があるらしい。中は非常に暑く、入るなら装備を整えることを勧められた。

 あと火山には守り神が居るから、くれぐれも奥にある祭壇には近づくなよとか何とか。フリかな?

 というかそんなところにアーシアさんは何の用事があるんだろう。

 分からないけど、明日から探しに行こう。

 

 

 百二十三日目

 火山に行く準備は万端。

 早速行こうとしたら、また変な人が訪ねてきた。

 この前と同じ天使の羽を背中に付けた女の人。

 うん、帰れ。

 そう思って追い立てようとしたけど、様子が変だった。

「私がここに来なかったか!?」

 今思えばすっごい台詞だなこれ。

 なんとなく雰囲気が違うし、ボロボロだったからしゃーなしで怪我を治す間だけ話を聞くことにした。ついでに、前回聞き逃した伝言も気になるし。

 聞いてみると彼女は天使らしい。

 今まで支配された天界で捕まっていたそうだが、悪魔が女神の信頼する天使に成り済まして殺すという計画を聞いて、仲間の協力のもとどうにかこうにか逃げ出して来たとか。

 で、最初に言ってた「私がここに来なかったか!?」という話だが、なんと仲間の天使からの情報だと悪魔は彼女に成りすましているらしい。

 ……中二病かな? 正直怪しいことこの上ないんだけど。

 

 それにしてもまた女神様だ。

 念のため女神って誰のことか聞いてみたらアーシアさんのことを女神と呼んでるらしい。

 アーシアさんと初対面時の俺かな? いや、まぁあの人美人だし性格が女神だからそう呼びたくなるのも分かるけど、アーシアさんその呼び方泣くほど嫌いっぽいからやめた方がいいと思う。

 というかそれがマジならアーシアさん、悪魔に狙われてるってことじゃん。

 火山に向かったという情報は手に入れてるし、早めに様子を見に行った方が良いかもしれない。

 

 

 百二十四日目

 今日のことをまとめる。

 女の人、天使リステと呼べと言われたのでリステと書こう。

 リステは近衛をしていたらしく、槍と盾の扱いに慣れているらしい。

 どのくらい強いのか確かめようと試しに火山の突入前にそこらの魔物の戦ってもらったけど、呆れるくらい弱かった。

 動く木の魔物ーーウッドモドキに突撃したまでは良かったが、まず槍が弾かれ、盾も奪われ、あっという間にピンチになったから慌てて助けたけど、うん。

「女神様の存在が消されたことで我々も弱体化しているのだ」

 とか言ってたけど、うん。

 …………うん。

 流石に人一人守りながら火山に行くのはキツいわ。

 そう思ってリステは宿に置いていこうとしたけど、本人が意地でもついて来るから置いていけなかった。

 流石に縛りあげるのは不味いしなぁ……、見つかった時俺が逮捕されるし。

 連れてくにしてもリステを守る役を俺か武闘家がするわけで、盾が使える武闘家が一番適任になる。

 というわけで基本は俺一人で戦うことになった。つらい。

 

 

 百二十五日目

 一合目から山を登っている都合上、頂上まで二日も掛かった。

 いや、マジで疲れた。

 魔物は多いわ、歩みもゆっくりだわ。相変わらずカラスがうるせえわ。

 ただ、嬉しい発見もあった。俺意外と戦えることに気づいた。

 例の黒く染まる剣が思ったより強いのよ。割とサクサクなぎ倒せたと思う。

 攻撃も何度か受けたけど武闘家の一撃に比べれば軽い。

 この前の模擬戦も一撃で意識飛んで、痛みで意識が戻るとかしたし、あれに比べれば多少はね?

 そんなわけで頂上に着いたけど、ユグノーシアの人が言っていた祭壇があった。

 デカい祭壇だ。お供物が置かれていた。周囲にアーシアさんの姿はない。

 確か『祭壇には近づくな』と警告されたのを覚えている。

 とりあえず近付かないようにしつつ周囲を見回そうとしたけど、なんか一直線にリステが祭壇行きやがった。

 まぁ、何も起こらなかったから良かったけど。

 アーシアさんも見つからなかったし、もしかしたら入れ違いになった可能性もあるので下山した。

 

 

 百二十六日目

 ユグノーシアに帰ってきた。

 アーシアさんはまだ帰ってないようだ。一体どこに行ったんだろう?

 ここまで来ると本格的に誘拐の可能性がありそうだな。

 あるいは、火山で遭難してる可能性もありうる。

 ……ちょっと改めて山の中に潜ってみよう。

 

 

 百二十七日目

 アーシアさんを見つけた。

 ……順を追って書く。

 改めて山を登るルートを注意深く見ながら歩いていると、道中の道で分岐している道を見つけた。

 山を登る道というよりは山にある洞窟に繋がっている道だった。暗かったから一回目は完全に見落としてたわ。

 割と広く、中に潜ってみると意外と奥まで続いている。

 装備自体は大丈夫なので、目印を付けながら奥へと向かうと、行き止まりにたどりついた。

 なんていうか、崩落した後というか土砂が壁みたいになってる感じだ。

 んで、他のルートも無いし帰ろうとした時だ。

 ーーーー目の前の行き止まりから急に風を感じた。

 改めて壁をみると、ゴロゴロした岩の隙間から僅かに風が吹いている。

 ……もしかして。

 そう思って武闘家に壁を全力で殴るようお願いしたら、ぶち抜いた。

 予想通り、壁の向こう側にも空間があったらしい。 

 床に魔法陣のようなものが描かれているのが見えて、さらに中に入ると倒れている人影が見えた。

 ……アーシアさんだった。

 慌てて生きてるか確認したけど息は普通にしてた。

 ただ、意識が無かったので回復魔法を掛けようとしたけど、何故か魔法が発動しないから、担いで病院まで連れて行った。

 大丈夫か心配だ。

 

 

 百ニ十八日目

 どうやらアーシアさんは無事に助かったようだ。

 医者の人が治療は完了したよと報告してくれた。

 生きてて何よりだ。

 ちょくちょく様子を見にお見舞いに行こうと思う。

 

 

 百ニ十九日目

 アーシアさんの目が覚めた。

 話を聞くと、火山の山頂を目指す途中でカラスに杖を盗られたらしい。

 それでカラスを追いかけてったら洞窟まで行ってて、どうにか取り返したとき、急に洞窟の入り口が崩れて出られなくなったとか。

 で、外に出ようにも何故かあの空間では魔法が使えなかったらしく、持っていたポーションや携帯食料、あとはネズミを食べたりして食いつなぎながら岩を片付けていたそうだ。

 とにかく生きていてくれて良かった。

 とりあえずカラスは次見かけた時にぶっ倒そう。

 

 

 百三十日目

 アーシアさんが無事に退院した。

 次からは一人で行動する前に相談するように言った。

 今度からはそうしてくれるらしい、何にせよ無事で良かった。

 

 

 

 

 

 

 



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22(勇者日誌)

 

 色々事情があって遅くなりました。
 少しずつですが書いていくのでよろしくお願いします。

 


 

 

 

 百三十一日目

 今日は本当に色々あった。

 まず第一に、朝起きたらなんでか、リステが俺の上にのしかかってたのよ。

 マジでビビったわ。

 目が覚めたら目の前にリステだぞ。夜這いならぬ朝這いは予想外だ。俺が起きたのを見て大慌てで逃げてったけど……うん。

 そこまで好感度上がる要因あったのか……?

 事情を聞こうにも、内容が内容だけに本人には聞きづらいし、朝ごはんの時には当たり前の顔してたから俺が気にしてるのが間違っているみたいに思えてくる。

 結局話は聞けないまま、パーティでドドラ火山に登ることになった。

 アーシアさんとは一人で勝手な行動をしない約束をしたしな。

 一回登ったお陰で道は覚えてるし、出てくる魔物も強いは強いけど、前回と違ってアーシアさんが居るからどうにかなる。

 そんなわけであっという間に山頂に辿り着いた。

 マジであっという間だった。それで、アーシアさんに何でここを目指してたのかを聞いたら「忘れ物を取りに来たの」とのこと。

 ……忘れ物ねぇ、ってことは前に一度来たことがあるのか。

 そのあとアーシアさんは迷いなく祭壇に近付いて地面に触れてた。

 直後、祭壇が光りだしてたから何かやったんだろうと思う。

 で、祭壇からなんか鏡が出てきて喜んでた。

 アルテミシアの鏡というアイテムらしい。

 よく分からないけど多分、アーシアさんの言ってた忘れ物がこれだと思う。

 何にせよ見つかってよかった。

 

 

 百三十二日目

 アーシアさんが一日中鏡を布でこすってた。

 何というか、鏡が写らないらしい。

 言われて覗き込んだけど、普通に顔は写りこんでるように見えるけどなぁ。

 写ってるじゃんって言ったらそうじゃないって言われた。

 意味分からん。

 

 

 百三十三日目

 夜這いならぬ朝這いをされてからリステの様子がおかしい。

 妙に俺のことを見ているような。

 うーん、俺が自意識過剰なだけか?

 そうそう、話が変わるけど今日は狩りに行った。

 例の剣が黒く染まる現象が起こってから調子が良いからな。

 なんていうか、これが勇者のチート能力的なやつだろうか? 

 色合いが明らかに魔族的な力というか、中二病なのは悩みどころだけど実用性はかなり良い。

 使っても魔力を消費している感じじゃないし。

 正直よく分からん。

 というかちょっと怖い。フレアとか火炎切りは使った後の消費が納得感あるじゃん。

 なのにこの黒い力、使っても疲れたりしないから何が原料なのか分からんくて怖い。

 魔法でも何でも代償はつきものだしなぁ。魔力を使ったり、オーラを使ったり。

 しかも、なんか最近前より出力が上がっている気がするし、余計に不安だ。

 

 

 百三十四日目

 リステの様子が妙だ。

 フラフラしてて、大丈夫かと声を掛ければすぐに普段通りの様子になるし。

 暫くしたら急に動かなくなって、声を掛けたらようやく気付いたり。

 ……それと武闘家の様子も妙だ。

 武闘家から散歩をしませんか、と珍しいお誘いがあった。

 普段から修行ジャンキーな彼女にしては珍しい。

 ようやく、普通の遊びの楽しさを感じてくれたのだろうか。

 でもその割には妙に殺気立ってた。なんか周囲を気にしているというか。

 帰ってからも終始そんな様子だった。

 何かあったのだろうか、困ってるなら相談してほしい。

 

 

 

 百三十五日目

 朝、目を覚ますとリステが部屋の中に居た。

 今度は部屋の中で立ってたけど、どうも様子が妙だった。

 虚ろな目をしてて、その場から微動だにしない。

 声を掛けたらようやく気付いたようで、普段の表情に戻ったけど。

 ……ただ、不思議なのが本人が凄く驚いていたことだ。

 まるで自分が何でこの部屋にいるかさっぱり分からない様子で混乱してた。

 ただ、それ以上に驚いたのが直後に聞こえた音だ。

 カラン、と音がしてリステの手から何かが落ちたーーーーナイフだ。

 いや、マジで恐怖だった。

「ナ、イフ? な、何で、私」

 本人も良く分かってないようだが、一番怖いのは俺だ。

 状況まとめたら虚ろな目をした女がナイフを持って部屋に侵入してる状況だぞ!

 怖いよ! 非日常すぎるわ! 

 つか俺この状況、知ってるし! これ刺されるやつだろ! 

 ヤンデレなのか嫌われてるのかは分からないけど刺されるやつだよ! しかも俺被害者ポジションじゃん!

 とりあえず内心怯えながら犯人を刺激しないように落ち着かせた。

 背中を見せないように動きつつ、ポットでお茶を淹れて。これほど細心の注意を払ったのはいつぶりか。

 出来る限り「気にしてないから」と言って事情を聞いた。

「……実は、最近意識がハッキリしないことがあるのだ。寝ていたはずなのに、気が付いたらお前の部屋に居たり。今のようにナイフを握りしめて立っていたり。そんなことは考えてもいないのに、脳内でやれと声がするし、私はいったい……」

 本人曰く、こういうことらしい。

 このパターンだと何だろうな。二重人格とか、あるいは乗っ取られてるとか、催眠か洗脳か。

 こうなるのは割と最近で、俺達に会ってかららしい。震えながら話していて、めっちゃ謝られた。

 うーん、話を聞いている限り、嘘を吐いてるようには見えかったんだよなぁ。

 とりあえず危ないから持ってる武器は没収した。

 本人もしばらくは自室で静かに過ごすようだ。

 とりあえずリステのことは武闘家に対応をお願いした。

 

 

 百三十六日目

 ……昨日、あんな目にあったのに爆睡できる自分はもしかしたら図太いのかもしれない。

 とりあえず思い浮かぶのは魔物の影響だ。

 リステの症状に近いものがないか図書館に探しに行った。

 で、見つけたわ。

 

 悪魔:様々なものに化けることが出来る。また、生き物の心の隙間に住むことが出来、悪魔のささやきを行うことで宿主の脳内に声を届けることが出来る。また契約をすることで相手の願いを叶えることもある。

 

 他にも洗脳する魔物とか、宿主を乗っ取る虫とか色々あったけど目についたのはこの悪魔だ。

 ……いや、というのも悪魔は以前リステに化けて俺達のもとを訪ねてきたからな。

 正直第一候補だ。

 脳内で声が聞こえるとはリステも言ってたし、症状も似ているし。

 とはいえ討伐方法が分からん。居るか確認する方法もないしなぁ。

 どうしたものか。

 

 

 百三十七日目

 今日は疲れた。

 リステの件をアーシアさんに相談したら「それなら」と例のアルテミシアの鏡を見せられた。

 何でもこの鏡は映すことで真実を暴くことが出来るとか。

 ただ、これを動かすためには女神力がいるそうで、もう一つオーブが必要らしい。

 ……のだが、なんとそのオーブが見つかったそうだ。

 街中の露店で見つけたらしい……非売品と言われたみたいだが。

 

 で、どうにか貰えないか交渉したら、火竜のウロコとなら交換するという約束を取り付けたそうだ。

「火竜はドドラ火山の山頂を住処にしていて、供物を捧げると現れるらしいわ!」

 そんなわけで酒樽を背負って山登りに行った。今回は俺とアーシアさんの二人旅だ。

 酒樽はクッッッッソ重かった。

 普段が鎧とか背負ったりしない軽装スタイルだけに重いものは持ちなれてないからな。

 しかもその状態で登山とかマジで死ねる。

 回避どころか移動だけでガンガン体力減る感覚というか。

 基本はアーシアさんが蹴散らしてくれるけど、今日に限ってやたら魔物に襲われたし。

 ようやく山頂に着いた頃は夕方で、祭壇に樽を置いたら本当に空から赤錆びたような色の鱗を持ったドラゴンが空から現れて戦闘になった。

 いやー、あれは凄かった。

 火竜の放った炎の弾をアーシアさんが巨大な氷柱でぶち抜いてた。

 そのまま連続で氷魔法を放って全身を氷漬けにしてたし、魔法ってすげーな。

 とはいえ相手は火竜、全身氷漬けの状況からでも炎を噴き出して脱出してた。

 ただ、火竜もアーシアさんが明らかにやばいと思ったんだろうな。

 そのせいか知らんけど、いきなり俺を狙ってきやがった。

 前足で鷲掴みにされて空の旅にご招待されたときは死んだかと思ったわ。眼下に見える景色は綺麗だけどそれどころじゃなかったし。

 どうにか前足を切り裂いて背中に這い上がった時には心臓バクバクだった。正直混乱してて、自分でもよく分からん行動をとってたと思う。

 背中の鱗をはぎ取ったりとか、うん。今思えばやっとる場合かー案件だった。

 案の定、鱗をはぎ取った直後に振り払われて落ちたし。

 死の直前だからかまた世界がスローモーションに見えたわ。死ななかったのは、落下速度を抑えようと地面に向かって全力で魔力を開放したのが功を奏したと思う。

 めっちゃ痛かったけど、少なからずポーションを取り出して飲める程度には生きてたし。

 その後は戦闘を避けてアーシアさんと逃げた。丁度、落下時の魔法で凄い煙が出てたし、逃げ切るのは楽勝だった。

 ……書いててあれだけど、よく生きてたな俺。

 平和な生活が恋しい。 

 

 

 百三十八日目

 火竜のウロコをもってアーシアさんと露店に向かった。

 店主の老婆に鱗を渡したら「交渉成立さね」と赤いオーブを渡してくれてアーシアさんが凄く喜んでいた。

 で、オーブを受け取った後に例のごとくアーシアさんが光り出して、オーブが消えてたけど、これはもしかして毎回あるのだろうか?

 権能の一つが戻ってきた、とか。私本来の力が使えるわ、とか言ってた。

 というわけで早速アルテミシアの鏡で自宅待機してるリステを照らしてみた。

 何ていうべきか、黒いリステが映ってたわ。黒髪で、黒い羽根のリステ。

 堕天使というらしい。原因は悪魔ではないようだった。

 アーシアさんが酷く驚いていて、リステ本人も驚いていたのを覚えている。

 ただ、心当たりがあるようで話してくれた。

 何でも魔王の手に落ちた後、天使たちは牢屋に閉じ込められていたらしい。

 で、毎日決まった時間に一人ずつ連れ出されては闇のエネルギーを注入されたとか。毎回その後の記憶がなく、気付けばまた牢屋の中にいたことからもしかしたら自分はいつの間にか堕天しているのかもしれないと語って、急に苦しみだした。

 白かった羽根や髪の毛が急に黒く染まり出して、アーシアさんが慌てて魔法的なのをかけてた。俺も慌てて介抱した。

 暫くしたら髪の毛とか羽根も元の色に戻ったので、多分アーシアさんの魔法が効いたんだと思う。

 改めて鏡で照らしたときも通常のリステが映ってたし。

 よく分からんけど、治ってよかった。

 

 

 百三十九日目

 リステが目覚めた。

 話を聞いてみると頭に響いていた声も聞こえなくなり、すっきりした気分らしい。

 本人にも鏡を見せたら、「戻ってる……?」と驚いた様子だった。

 

 

 百四十日目

 久々に酒でも飲むかとカルロスの酒場に行ったら変な噂を聞いた。

 最近、ドドラ火山で火竜が暴れているらしい。

 原因が分からず街で調査が始まったが、第一隊が蹴散らされたとかどーとか。

 おっちゃん曰く。

「第一隊が何とか持ち帰った情報によると、その火竜の逆鱗が無くなってたらしい」

「これ以上暴れられたらたまらねぇってんで、最近じゃ討伐した冒険者には報酬を出すそうだ」

 とのこと。

 

 ……いや、うん、言いたいことは分かる。

 流石に、酒を一杯も飲まずにすぐさま帰ったわ。アーシアさんに報告したら、フリーズしてた。

 「え゛っ?」みたいな感じで濁音がつくような声を上げたあとに完全にフリーズしてた。

 とりあえず明日には討伐に行く方向で話をまとめた。

 

 

 

 

 

 

 



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23(勇者日誌)

 

 半月くらい空いたから実質初投稿です。

 


 

 

 

 百四十一日目

 責任を取って火竜を討伐に行った。

 で、山を登ったけど中層を越えたあたりから山の風景が様変わりしてたわ。

 あちこち燃えてた。あと地面が抉れてて、山頂の方からは炎の弾がまき散らされて大惨事だった。

 多分、山頂で暴れてる火竜があちこちに炎弾を吐いてたんだろうな。

 どう登ったものかと思ってたらアーシアさんがおもむろに武闘家に手を向けて力を送っていた。

 本人曰く、加護を与えたらしい。

 まだ本調子じゃないから一定時間で切れてしまうようだが、相手を強化出来るとか何とか。

 実際、武闘家が盾を出すといつも以上の力が出たらしい。

 そのまま盾で防ぎながら頂上まで登れてしまった。

 頂上はもっと酷かったな。まず熱気が凄い。地面に何本もの火柱が立ってた。煙で苦しいのか武闘家がゴホゴホしてたし、およそ最悪のロケーション。

 そして件の火竜もそこに居た。

 ……前見た時と印象が違ったけど。

 なんていうか、身体から紫のオーラが出てて、いかにも強化されました感あった。

 アーシアさん曰く、闇のオーラらしい。

 実際俺とアーシアさんを見た瞬間火炎ぶっぱしてきたけど、明らか威力が以前の三倍くらいに跳ね上がってた。

「やばいです、二人とも。こいつの火炎……以前戦ったゼメルの魔法と同等の威力があります!」

 初撃を防いだ武闘家がそう叫んでいたのを覚えている。

 その後何発も攻撃が降り注いできたけど明らかに威力が違ってた。というかクソ熱かった。

 ただ、今回の戦闘はアーシアさんが輝いてた。アーシアさんが結界を貼った瞬間に熱く感じなくなったし、戦いやすいよう場を整えてくれた。

 何より安心感があったのは回復も担当してくれたことだな。ダメージを受けた傍からすぐ回復魔法を飛ばしてくれるから落ち着いて戦えた。

 あとは武闘家も見ない間に強くなっていた。食いちぎるために突進してきた火竜をオーラを纏った状態で正面から受け止めたりしてた。

 ……化物かな? ちっこい体のどこにそんなパワーがあるのかマジで分からん。

 世界の法則の乱れを感じる。

 俺はというと武闘家が受け止めてる火竜を斬りつける作業をしてた。例の黒い剣で。

 これも名前を付けた方がいいんかな? 魔剣とか。めんどいし魔剣にしよう。

 そう言えばちょっと不思議なことがあったな。

 魔剣でぶった切った瞬間に、闇のオーラが俺の身体に吸い込まれてったのよ。正直何が起こったかよく分からんけど、大丈夫かなこれ?

 アーシアさんはもう闇のオーラを感じないから大丈夫だとか言ってたけど。

 まぁ大丈夫か。とにかく無事に事件が解決したようで何よりだ。

 元々悪いのは俺だし、街に大きな被害が出る前にどうにか出来て良かった。

 

 

 

 百四十二日目

 報奨金を断れなかった。

 元はといえば俺が悪いから、どうにか受け取らずに済むように断り文句を並べてたけど、断る方が余計に迷惑らしい。

 これを街中で知られたときに、前例があるからと報酬を渋る習慣は作りたくないらしい。

 仕方ないので受け取った。

 とはいえ流石にこれで受け取ったらマッチポンプにも程があるからなぁ。

 関係ない武闘家には申し訳ないけど、全額寄付してきた。

 百万ソル、過ぎたる大金は身を滅ぼすともいうしこれで良かったんだろう。

 

 

 百四十三日目

 なんか朝からやけに身体の調子が良くて、小遣い稼ぎに一人で狩りに行ってきた。

 いやー、めちゃ身体が動いたわ。

 魔剣が強いのかは分からんけど、なんか勝てる。

 んー、王様に貰った防具と剣が良いからか? 

 あと、なんか知らん間に新しい魔法が使えるようになってた。

 戦闘を乗り越えて魔力が増えてたから、いつもより魔力を込めてフレアを撃ったら、熱線になったんだよな。

 アーシアさんのメガフレアとはなんか違う感じだ。

 いやまぁそもそもフレア自体もアーシアさんのはオレンジだけど俺のは赤だったしな。

 思えば、俺のフレアって宿屋のおっちゃんが教えてくれたのを見よう見まねでやってるだけだし、なんか違ってるのかも分からんね。

 ただこの熱線割と便利だ。遠くの敵でも狙えるし。ビーム感ある見た目も個人的に好きよ。

 そのお陰か今日はなんと被弾0で済んだ。

 やったー!

 

 

 百四十四日目

 リステが攫われて、武闘家が刺されたらしい。 

 部屋に居たら急にアーシアさんが飛び込んでそう言ってきたからびっくりしたわ。

 慌てて案内されるままに着いていったら、ベッドに武闘家が横たわっていた。腕に僅かな刺し傷があって、これが刺された痕らしい。毒針で刺されたとか。

 まだ意識は残っていて、何があったのかを話してくれた。

 武闘家曰くリステの姿をした何者かに斬られたらしい。

 発端は今日の修行を終えて宿に帰ってきて、部屋に戻ると出迎えてくれたリステが近づいてきたことだとか。

 だが、その時部屋の奥から「逃げろ!」とリステの声がしたそうだ。

 明らかに異常事態に、咄嗟に武闘家は回避行動を取ったけど間に合わず、それでもどうにかカウンターを当てたようだが、直後に全身の痺れる感覚がして、床に倒れこんだらしい。

 そのまま武闘家を刺したリステが、部屋の奥に居たらしい縛られたリステを抱き上げて窓から飛び出していったのを見ることしかできず、今に至るのだとか。

「毒自体はもう解毒したけど、暫くは安静ね」

 幸いなことに武闘家は既に処置済みらしい。

「犯人の痕跡も落ちていたわ」

 これ、と見せられたのは真っ黒な羽根だった。

 リステが堕天しかけた時見たものより遥かに黒い羽根だったと思う。

 んー、黒い羽根ねぇ。というか今思ったけどあの羽根どこかで見覚えがある気がするんだよな。

 ……どこで見たんだっけか?

 

 

 百四十五日目

 武闘家の世話をアーシアさんに任せて、リステを連れ去った犯人の情報集めをした。

 ……犯人についての情報は手に入らなかったけど別の情報が手に入った。

 大きな鴉を見たという人が居たわ。火山の方に飛んで行ったらしい。

 ……それを聞いて思い出した。あの黒い羽根、見覚えあると思ったけど鴉の羽根と似てたんだよな。

 何か関係性でもあるのか?

 

 

 百四十六日目

 武闘家が退院した。

 丁度良いので昨日の噂について話したら、アーシアさんが火山に行こうと提案してきた。

 気になることがあるらしい。

 もしかしてアーシアさんも俺と同じことを考えてたりするのか? 

 とりあえず今日一日は前回の火竜戦で使ったアイテムを買いなおしたりした。

 

 

 百四十七日目

 火山の、アーシアさんが前に倒れてた洞窟。

 あそこにリステが居た。

 ……なんか、闇のオーラに包まれてた。髪も羽根も黒く染まってて、堕天化してた。

 虚ろな目をしてて、声を掛けた瞬間こっち目掛けて槍で攻撃してきやがった。

 危うく刺さるとこだったわ。怖いやつめ。

 かと思えば洞窟の入り口からもう一人リステが出てくるし、びっくりだ。

 その後ろには闇のオーラを纏った大量の魔物。それが洞窟になだれ込んできた時は大変だった

 しかも、その時初めて思い出したけど洞窟の中、魔法が使えないから余計にやばかったな。

 アーシアさんが置物と化してたし、いやまぁこの前覚えた加護ってやつで武闘家を強化してたけど。 

 そんな状態だから俺もリステと戦いながら他の魔物にも襲われてかなりきつかった記憶ある。

 ……それに戦ってる間にもう一人のリステも混ざってきて、どっちが本物のリステか分からなくて余計混乱したし。

 流石に本物のリステを斬り捨てるわけにはいかんしなぁ。

 そのせいで防戦一方になった。

 魔法が使える場所ならアーシアさんの強力な魔法があるけど、魔法が使えないだけでこんなに殲滅力が変わるとは。

 アーシアさん、魔法が使えない代わりに加護で援護してて、護る必要があったから、その分被弾も増えた。

 悲しいのは俺に加護をくれなかったことだけど、もしかしたら与えられる数は一人までみたいな縛りがあったのかもしれない。

 まぁ、俺か武闘家かって言われたら武闘家に加護を与えるのは何となく分かるわ。

 実際、武闘家が殴るたびに十体くらい魔物が沈められてたし。

 通常攻撃が全体攻撃で、一撃必殺のロリっ子……人間かこいつ?

 

 あとリステとリステ(偽)だけど、やたらアーシアさんと俺を狙ってきやがったな。

 お前さえ居なければーっ! とか言ってたけど俺、何かやっちゃいました?

 恨まれる記憶はないんですけど、いやマジで。

 あと襲ってくる二人のリステのうち、どっちが本物か分からんから迂闊に切れなかったのうざかった。

 しゃーないから剣を片手持ちして相手の攻撃を受け止めつつステゴロでぶん殴ったったわ、片方。

 殴った方のリステに「こいつ、女相手でも容赦ないのか」とか言われたけど、槍で刺されそうになってるのを考えたら正当防衛だろ。

 いや、まぁ思ったより強く入ったのは正直すまんけどさ。服に隠れて分かりづらいけど俺、結構筋肉ついてきたからかなり痛いだろうし。

 とはいえ本物を斬るわけにはいかんし、無力化の選択肢としては妥当だと思いたい。

 とか思ってたらアーシアさんがアルテミシアの鏡で二人のリステを照らして、偽物を暴いてくれた。思いつかなかったわ、かしこい。

 ただ、その後もまたなんかこじれた。殴った方のリステの見た目が黒髪の長髪美人なおっぱいねーちゃんに変わったまでは良かったけど、その姿を見てアーシアさんが凄く動揺してたんだよな。

 リステと同じ黒い羽根を生やしていて、衣装も似ていた。リステのものより豪華だったけど、素材はほぼ同じというか。

 そのあとアーシアさんと黒髪のねーちゃんが会話してたけど無視した。俺としては偽物が分かればそれでいいしな。

 とりあえず本物を確保&無力化するためにアーシアさんたちとの会話に夢中になってるリステに近づいて、後ろからしめ落とそうとしたらなんかリステの闇のオーラが俺の身体に吸い込まれてってビビった。

 リステの髪の毛と羽根は白くなってたから多分大丈夫だろうけど……。 

 その後は黒髪のねーちゃんが洞窟の入り口を爆破して姿を消したり、代わりに現れた溶岩のゴーレムとの戦闘になったり、残った魔物が最後の一匹まで襲い掛かってきたりと散々だった。

 気合と根性と武闘家の力で倒したけど。意外とどうにかなるもんだ。

 ……いやまぁ、正直言うと俺自身が使ってるよく分からない力もかなり役立ったと思う。

 最後とか、魔力全力で剣を振ったらなんか黒いビーム出て、それが溶岩ゴーレムを埋められた洞窟の入り口ごと吹き飛ばして大穴を開けたりしたし。

 ……これ、人間に当てたら殺すどころか消し飛ばすよな。ちょっと使い方を考える必要がありそうだ。

 ともあれ、どうにか戦闘も終わったし無事に街まで帰ってこれた。

 あの黒い髪のねーちゃん、何だっけ。そうそう、ラファエルとか言ってたか。

 ラファエルを取り逃がしたのは怖いけど、まぁ目的だったリステの奪還は出来たしおっけーおっけー。

 とりあえず疲れたし今日は寝よう。

 

 

 

 百四十八日目

 アーシアさんが改めて昨日のことについて話してくれた。

 昨日俺達に襲い掛かってきた黒髪のちゃんねーこと、ラファエルは元々大天使だったようだ。

 それが、どういうわけか堕天使にされてしまったらしい。

 リステ曰く、天使と大天使は別の場所に収容されていたらしいが、多分同じようなことをされたんだと思うと話していた。

 ようするにあれか。

 今までの敵は魔族だけだったけど、これからは堕天使も敵になるってことだな。

 特に堕天使はアーシアさんと俺の命を狙ってくるとか言ってた。

 ……あの、めちゃ最悪なんですけど。

 俺の平穏な暮らしが消えたじゃねーか。闇討ちとかマジ勘弁。

 っていうかこれさぁ、もしかして魔王倒さないとずっと狙われ続けるん? 

 となるとこの街に留まってるの危ないじゃないですかヤダー。

 とりあえず明日からこの街を離れようと思う。

 目的地はトンカー王国、あそこに逃げ込むつもりだ。

 

 

 百四十九日目

 武闘家とアーシアさんにその話をしたら二人とも頷いてくれた。

「あの国なら確かに、受け入れてくれるかも……」

「そうですね、懐の深い国ですから」

 あの国は良い国だからな。困ったら言えとも言われたし、受け入れてくれると思うと話した反応がこれだ。

 個人的にも俺もあの国は信用してるからな。

 というわけで事情をリステにも話したけど、彼女も頷いてくれた。

 

 

 

 百五十日目

 消費したアイテムもまた買いそろえた。

 トンカー王国に向かうぞー!

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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24(女神日記)

 

 更新速度を戻せるよう頑張るぞ!

 


 

 

 

 百十一日目

 次の目的地、ユグノーシア。

 私にとっては思い出深い場所だ。

 あの温泉街も元は私の信徒の多い街だったし、どうなっているかが気になる。

 トンカー王国からの道なりは順調だ。

 武器や防具が新調出来て、魔法の威力も上々。

 初級魔法が辛うじて使えた頃が懐かしい。もうあれから百日以上経っている。

 ……トンカー王国を幹部が襲ってたりと動いては居るけど魔王軍の動きが妙に鈍いのが気になるところね。

 あの男の考えることだから、嫌な予感がする。

 とはいえ手の届かない場所を考えても仕方ない、か。

 とにかく早くオーブを手に入れて私の力を取り戻さないと。

 そのために打てる手は打っておこう。

 

 

 百十二日目

 イーエックスライム。

 それは、銀色に光り、一体倒せばたちまち強くなれると言われる魔物。

 まさか道中出会うとは予想外だったわ。

 どうにか仕留めようとしたけど物凄い逃げ足でまるで追いつけなかった。

 うう、あれを狩れたら美味しかったのに。

 というか勇者も手伝いなさいよ! 何で見てるだけなの!?

 聞いたら興味ないって言ってたけど、もー!

 

 

 

 百十三日目

 ……勇者の力。

 剣の刀身を黒く染めるあれ、一体どうなってるんだろう。

 勇者の力は感じるけど、絶対それだけじゃない。

 確かに勇者にしか使えない力はこの世界にあるし、それの一種だとは思うんだけどね。

 実際感じる力は勇者のそれだし。

 でも、それだけじゃない。

 あの力には何か、私の知らない力が混ざってる。

 原因は分からないけど、この世界自体に何か問題でも起こってるのかしら?

 んー、何にせよ女神の力が取り戻せないとそのあたりも分からない。

 せめてあと一つオーブが分かれば、少しだけなら女神の力を行使出来るような気がするんだけどなぁ。

 まぁ今のところは戦闘で役に立ってるし、害はないから置いておこう。

 

 

 

 百十四日目

 今日も歩いたー! 疲れたー!

 トンカー王国を出て、北の森を歩くこと三日。

 やっと森を抜けて川まで出られた! 

 これで今日は魔法で水を作らなくて済むわ。それに魔法だと少なくない魔力を食うから、タオルを濡らして拭くくらいしか出来てなかったけど、川なら水浴びも出来る!

 ……出来ればお風呂に入りたいけど贅沢は言えないのが悲しい。

 でもでも、ユグノーシアに着けばあそこは温泉街だから久々にゆっくりお湯に浸かれるわ!

 行程も半分は過ぎたし、もう少しの辛抱。

 

 ……旅は楽しいけど、やたら魔物に襲われるのが気になるわね。

 元々魔物が多い地帯じゃないし、多分私が原因だと思うけど。

 ……ゼメスが私に気付いた時点で、魔王側にアーシアという人間が女神だとバレていると考えるべきだし、もしかしたら既に監視とかいたりするのかしら?

 抜かりないやつだし、やっててもおかしくないと思うけど。

 今を楽しむのはもちろんとして、気を抜かないようにしないとね。

 

 

 

 百十五日目

 今日も一日魔物、魔物、魔物。

 よくもまぁ襲い掛かってくるものだと感心するくらい襲われた。

 ただ、ようやく火山にある街が目視できるくらいまで近づけた。

 それにしてもトンカー王国の戦いを越えてから、武闘家ちゃんもかなり強くなっている。

 正面から敵を殴りつけ、相手の攻撃は盾でガード。盾を投げつけたり、盾で殴ったり。

 龍の一族だけが使えるオーラ。

 ようやく使い方が分かってきてるみたい。

 あれは本人に合わせて何でも出来る力だから、彼女の芯は守ることなのかしら。

 何にせよ優しくて良い子だと思う。可愛いのも高ポイントね。抱きしめたくなっちゃう。

 まぁ、敵に対する容赦はないけどそこはご愛敬。

 にしても人生、もとい神生も分からないものだ。

 これでも女神時代はバリバリ魔王とやりあってたのになぁ。

 今じゃ天界は乗っ取られ、女神としての存在を消されてこの有様。

 女神パワー=信仰力な面があるし、全人類に忘れ去られてるのはかなり痛い。

 勇者は覚えててくれたけど、それ以外だと生き残りの天使くらいしか覚えてないだろうし。

 そのうち本格的に知名度を上げないと魔王には対抗できない。

 悩み事は尽きないけど、前向きにいきましょう。

 ポジティブシンキング、どうせならこの難局を楽しむくらいの気持ちで。

 

 

 

 百十六日目

 やーっとユグノーシアに着いた!

 久々の街! 到着が深夜だったから宿をとって、すぐに就寝態勢なのが悲しい。

 武闘家ちゃんも疲れたみたいで早々に寝ちゃったし、私も早く寝よう。

 温泉が楽しみだわ。

 

 

 

 百十七日目

 ユグノーシアに来るのも久々だ。

 街の中を歩いたけど見た感じは変わらない。

 私の記憶だとこの街は私の信徒の多い街だし、ドドラ火山には私のための祭壇とかもあったはず。

 そこに神器を収めてた記憶がある。

 この大陸に来たのも神器を回収するためだし、早めに行っちゃおう。

 それと街には女神像もあったけど案の定、街の人はこれが何か分かってないみたい。

 火山の祭壇の方も聞いたけど、守り神とかわけ分かんないこと言われたし。

 恐らくは人々の認識が改変されてるんだろうけど、あれは元々私の神器を収める社なのに。

 まぁ、地域ごとの風習とかそんな感じに認識してるようだし、そういうことにしときましょう。

 

 それはともかく温泉よ温泉!

 武闘家ちゃんと一緒に露天風呂に入ったけど気持ち良かった。

 温かいお湯なんて数日ぶりだし、ましてや露店風呂なんて数か月ぶり。

 はぁー、心が落ち着く。

 にしてもあの子を見て思ったけど、あの子はやっぱりまだ目覚めてないみたい。

「ひゃっ、ど、どこを触ってるのですか!?」

 軽く触れてみたけど反応は感じなかったし。そのあと本人にポカポカされたけど。

 白くて綺麗な肌してたし、この子を見た時に龍の一族と見抜ける人はほぼ居ないでしょうね。

 まぁこればかりは才能だし、彼女は遅咲きなんだと思う。

 いつかは目覚めるときが来るはずだし、焦ることはないでしょう。

 

 

 

 百十八日目

 昨日一日ゆっくりしたから、今日は色々頑張った。

 乗っ取られた天界も気がかりだし、散り散りになってる天使達も放っておけないからね。

 というわけで今日は一日かけて街で情報収集した。

 私を崇めるための、アルテミシア教会にも足を運んでみたけど、やっぱり女神アルテミシアについて知る人は居ないみたい。

 それと教会の蔵書も見せてもらったけど駄目だった。

 全部の蔵書から私の名前だけが読めなくなってるのよね。

 で、この教会では誰を崇めてるの? とも質問してみたら神官の動きが止まった。

 やっぱり覚えてないみたい。

 誰を信仰しているかすら分からなくて、酷く混乱してたから申し訳ないけど魔法で忘れてもらった。

 申し訳ないことをしてしまった。

 図書館でも蔵書を調べてみたけど、私に関する記述の載った本はあるのに名前だけが無い。

 やっぱり、『アルテミシア』という存在は完全に消えてしまったみたいだ。

 ……でもそうなると新たな疑問が浮かんでくる。

 なんで、勇者は私のことを覚えていたのか?

 思えば私、あいつのことだけ分からないことだらけなのよね。

 勇者、あいつは一体……。

 

 

 

 百十九日目

 今日はドドラ火山や付近の魔物についての調べものをした。

 知らない間に火山の山頂に火竜が住み着いたようだ。

 神器があるのも山頂だし気を付ける必要があるわね。

 ただでさえ登山は危険だし、遭難に備えて準備は万全にしましょう。

 勇者もこういう時はしっかり準備してるし、私も見習わないと。

 それと今日は早めに寝て明日に備えよう。

 おやすみなさい。

 

 

 

 百二十日目

 まずい、まずいまずいまずい!

 途中までは魔物と戦いつつも安全に登山を進めてたのに、まさかこんなことになるなんて!

 いや、冷静になりなさい私。

 とりあえず経緯だけ書いておこう。

 ドドラ火山を登山中に、大きな鴉に杖を奪われたの。

 杖が無きゃ、今の私じゃ魔法も安全に撃てないし、私はそれを追いかけた。

 あの鴉、最低限制御出来る初級魔法を何発かぶち当てたのに全然止まらなくて困ったわ。

 それでもどうにか追いかけて、ようやく諦めたらしい鴉が杖を捨てたことで取り返せたんだけど、気が付いたら洞窟の中まで来てしまってて。

 で、その洞窟内の地面に魔法陣が描かれてて、気を取られたのが最大のミスだった。

 急に洞窟の入り口の方から激しい振動が聞こえて、慌ててそっちに向かったら崩落したのか入り口が完全に埋まってて、魔法で脱出しようにも洞窟内に描かれてた魔法陣の効果が魔法封印だったから、魔法も使えず。

 ……平たく言えば閉じ込められてしまった。

 もしかしなくてもこれ、やばいわよね。

 見た感じ他に出口もないし、魔法陣を破壊しようにも今の私じゃブレイクスペルは使えないし、それに魔法が使えないんじゃ素手で岩を片付けるしかない。

 幸い、水とか食べ物はある程度あるし、魔法陣のお陰で本来真っ暗になる洞窟内なのに明るい。

 助けを待つにしても、私武闘家ちゃんに行き先を伝えてたっけ?  

 もしかしてやらかした?

 …………ひ、悲観するな私!

 こういう時こそポジティブシンキングよ!

 とにかく助けがくる見込みがないなら、自分で助かるしかない。

 やることは単純、土砂で埋まってる洞窟の入り口を片付けて、脱出!

 そうと決まれば、えいえいおーーーーっ!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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25(女神日記)



 2020.05.23
 展開を変えました。すまぬ、すまぬ。


 

 

 

 洞窟生活一日目

 昨日から多分、一日は経ったと思う。

 ……寝て起きたくらいには時間が経ったはずだし。

 まぁ、太陽の光が届かないから日を跨いだのかも、今が何時なのかも分からないけど。

 

 魔法陣を解析してみたけど、やっぱりブレイクスペルが使えないと壊せないみたい。

 ブレイクスペル以外で無理やり壊したら爆発するようになってるし、こりゃお手上げだわ。

 洞窟内も隅々まで見て回ったけど、脱出口は無いし。

 それなりに大きな広場になってるから酸素不足になることはないと思うけど。

 それと所持品も全部改めて確認した。

 ポーションが三本、あとは飴とか、そんな感じの携帯食料5個と一食分のご飯。

 うーん、心もとない。

 私自身が回復できるから割とポーションケチっちゃうのよね。

 それにいくらポーションでも、どんな怪我でも直せる代物じゃないし、回復量は魔法の方が高い。

 おまじない的に持ってきてはいるけれど……うーん。

 これだけの物資だと、活動限界は一週間もない、か。

 今頃、武闘家ちゃんが私が帰ってきてないことを騒いでる頃でしょうけど、行き先伝えてないから見つけてくれると考えるのはやっぱり甘い考えだろう。

 あー私の馬鹿! せめてメモくらい部屋に残しとけっつーの!

 ……とはいえもう後の祭りなのよね、生きて帰れたら次回からはちゃんと残すようにしよう。

 

 さて、とにもかくにも脱出計画を立てなきゃいけない。

 ここで沈んでても死んじゃうだけだしね。

 とりあえず状況把握的な意味でも洞窟内の状況を書いておこうと思う。

 

 洞窟のサイズ:非常に広い

 出入口   :崩れた場所のみ

 洞窟内の特徴:火山だからか、蒸し暑い。空気は問題なさそう。魔法陣が発光しているため明るい。

 備考    :地面に魔法封印の魔法陣があるため、ブリザードを撃ってようやくアイスにも届かないような氷が出せる程度に魔法が弱体化する

 

 大体こんな感じ。

 魔法も本気でやれば出せなくはないけど、威力が極端に下がるから脱出にはあまり使えない。

 生きるための水としては使えそうだけどね。

 今後の予定としては基本は土砂を片付けて洞窟を出ること。

 あとは長期戦になることを考慮して食糧問題とかの解消を考えること。

 大体こんなところだろう。

 こんな場所、さっさと抜け出しておさらばしないとね。

 

 

 

 

 

 洞窟生活二日目

 作業するとお腹が空くのは仕方ないこと。

 ましてや今の私の体は女神のものじゃなくて、人間だからなぁ。

 信仰力を取り戻さない限り、女神化は難しいし体のケアもしないといけない。

 と、そうだ。

 昨日の方針を達成するための方法を考えたから書いておくわ。

 

 まずは食べ物ね。

 長期戦になると携帯食料じゃ足りないから、ちょっと考えてみたんだけど。

 ……結構広い洞窟だから、何か食べ物になるものは無いか探してみたら、ネズミを見つけた。

 流石に生は不味いけど、これ、焼けば食べれるんじゃない?

 ただ、洞窟の中で火を起こしたら、酸素が大丈夫か怖いけど。

 そもそも洞窟も不思議なのよね。

 見た感じ広場みたいになってて、明らか自然に出来た洞窟じゃないし。

 ……ただ、見た感じかなり長い間放置されてるみたいだけど。

 でもその割には魔法陣だけがやたら新しいから、余計に不釣り合いに見える。

 もしかしなくても、嵌められた?

 魔法陣の効果もピンポイントに私を無効化するようなものだし。

 …………考えても答えでないし、可能性として頭の片隅に置いておこう。 

 

 話を戻してまぁ食べ物に関しては、ネズミとかが早めに食べられるかどうかをチェックしましょう。

 そのために捕獲方法を考えないとね。

 

 で、もう一つの方針。脱出についてだけど。

 実は作業はかなり難航している。

 手作業で岩を動かしたり、土砂を掘ったりしてるけどどうしても時間がかかるわ。

 他の脱出口も検討したけど、さっきも言ったようにこの洞窟、人が作ったようで岩肌がガチの岩肌だからとても掘れないし。

 やっぱり崩れたところを掘るしかなさそうだ。

 魔法が使えればすぐに出れるからもどかしいけど、その辺りは気合とか根性とか意地でまかないましょう。

 

 

 

 

 洞窟生活三日目

 意を決してネズミを食べてみた。

 いや、捕まえるのマジで苦労したわよ。

 素手じゃどうしようもないから罠を作ったけど、考えるのも、作るのも時間がかかった。

 上手くいったから結果オーライだけどさぁ。

  

 ただ、捕まえたといっても流石に生だとどんな病気持ってるか分からないし、調理もしっかりした。

 魔石を燃料に、炎魔法で着火して焼いたけど、匂いは普通の焼いた肉の香りだったと思う。

 で、味だけどなんていうか……豚肉に近かった。

 というか美味しかった。

 いや、思った以上にいける。食べてて調味料が欲しかったけど、全然いける。

 ……一応、毒とかがある可能性もあるから一部位だけを食べて残りは保存してるけど。

 とりあえず明日まで経っても体に異常が無さそうなら食料にするのは有りね。

 ちょっと希望が湧いてきたかもしれない。

 食料の心配がなくなるかも、と思ったからか元気出てきたわ。

 

 そのお陰か今日の掘削作業は結構はかどった。

 作業自体もちょっとずつ慣れてきたしね。

 ただ、筋肉痛だけすっごいけど。特に腕と足と腰。

 岩とか持ち上げるときに前傾姿勢になるせいで腰が痛くてたまらない。

 ちょっとだけ希望が見えてきたわ!

 明日も頑張るぞー!

 

 

 

 

 洞窟生活四日目

 ネズミを食べてから一日経ったけど特に体には影響はなさそう。

 多分だけど、食用にしても問題はないと思う。

 というわけで今日からネズミ料理パーティを開催するわよ!

 空腹は最高のスパイスって言うけれど、そのせいか余計に美味しく感じる。

 無事に帰れたら勇者と武闘家ちゃんにも食べさせたいくらいだわ。

 こんなに美味しいんだから、誰かと食べたらもっと美味しくなると思うし。 

 

 ……それにしても空腹を感じないのも久々だ。

 お腹が満たされてると活力があふれるというか、全身から力が湧いてくる。

 こんなことでも無ければネズミを食べることなんてなかったし、そういう意味ではラッキーだったのかもしれない。

 うん、なんか気分もポジティブになってきた。

 作業スピードもぐんぐん上がってきたし、もう少しで脱出出来たりするのかしら?

 なんかもう何も怖くなくなってきちゃった。

 いけるいける頑張れ頑張れ出来る出来る私!

 掘って運んで掘りまくるわよーっっ!!!!

 

 

 

 

 洞窟生活五日目

 ポーションの力、舐めてたかもしれない。

 というのも掘ってるとき素手だと、結構怪我するのよね。

 爪がガッって岩にぶつかったり、破片が手の皮に突き刺さったり。

 これを放置したら傷口から菌が入って病気になるけど、ポーション飲めばこのくらいの傷なら治るからマジで脱出における生命線だ。

 だから水分は基本的に水を飲むことにして、怪我したとき以外はポーションに手をつけないようにすることにした。

  

 それと掘削の方もやっと。

 やーっと穴を開けられた!

 まぁ、まだ指先も通らないような小さな穴だけど、それでも洞窟の向こう側が見える。

 ……やった、やったやったやったやったーっ!

 この調子なら脱出の日も近いわね。

 

 

 

 

 洞窟生活六日目

 死ぬところだった。

 あと少しで脱出出来る穴が作れそうなくらい掘って、あと少しだーって作業した瞬間にまた洞窟が崩落しやがったのよ。

 直前に魔力を感じたから、多分だけど罠が仕掛けられてたんだと思う。

 触れたら起爆するようになってるとかそんな類のやつね。

 

 これで確信したけど、やっぱりこれって人為的なものだったんだわ。

 犯人も多分あの鴉で間違いなさそうね。

 大方、悪魔か何かが変身してたんでしょうけど。

 それにしても、天井が急に崩れるから、危うく圧死するところだった。

 ……でも、かなりやばい。

 圧死はしなかったけど、降ってきた石が直撃して、大けがはしてる。

 しかも意識を失ってたみたいで、かなり血を流したみたいだ。

 起きてすぐにポーションを全部使って治したけど、頭が痛い。

 身体もフラフラするし、視界がぼんやりする。

 今書いてる文字も少しにじんでるような、そんな感じ。

 駄目だ、今日はちょっと作業出来なさそう。

 

 

 

 洞窟生活七日目

 まずい、身体があんまり動かない。

 だるいし、吐き気がある。

 服が血とか土とかで汚れてて気持ち悪い。

 崩落したといってもそこまで大きくじゃないから、もう少し掘れば出れるのに、力が入らないのがもどかしい。

 ……ちょっと、寝よう。

 ……起きたら治ってるといいな。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 百二十八日目

 目が覚めたら、知らない天井だった。

 なんだろう? 病室?

 よく分からないけど助けてもらったのだろうか?

 身体の痛みも引いてるし、多分そうなんだろう。

 窓の外を見ると星空が見えた。

 久しぶりの外の景色、だけどまだ現実感が無い。

 

 

 

 百二十九日目

 目が覚めると朝になっていた。

 硬い地面でばかり寝てたからか、ベッドの柔らかさに感動を覚える。

 様子を見に部屋を訪れた看護婦さんが私を見るとすぐに医者の先生を呼びに行っていた。

 お爺さん先生だ。

 で、話を聞いた感じ私は勇者と武闘家ちゃんに助けられたみたいだ。

 二日前に病院に運び込まれたらしい。 

 その後、勇者達がお見舞いに来てくれた。

 何があったのかを凄く真剣に聞いてくれる姿を見て、心配させてしまったんだなと凄く感じて、謝った。

 いや、うん。連絡を入れなかったのは本当にごめんなさい。

 あれはどう考えても馬鹿だったと自分でも思う。

 

 

 

 百三十日目

 洞窟内でどう過ごしていたかをお爺ちゃん先生に聞かれて話したら驚かれた。

 だけど、同時に納得もしたみたい。

「通りで九日も洞窟内に居た上に、大けがをしたと思えないくらい健康なわけだ」

 生き残っていたのはちゃんとご飯を食べていたお陰のようだ。

「症状的には貧血だったようだが、食べてなかったら失血死してたかもね」

 と言われて改めて怖さを感じた。

 ともあれ、無事に退院を告げられたことでようやく普段通りの生活に戻れそうだ。

 勇者にも改めて次からは何も告げずに消えないこと、と念押しされた。

 はい、その節は大変ご迷惑をおかけしました。今後は必ず連絡します。

 

 あと、その後久々に宿屋に戻ったけど、驚いたわ。

 まさか、リステが居るなんて。

 天使の子に会えるなんて思ってなかったから凄く嬉しかった。

 その後、あの子の話を聞いた。

 

 どうやら私の命を狙う為に悪魔が派遣されたらしい。

 それも悪魔はリステと同じ姿をしているとか。

 もしかして私を生き埋めにしたあの鴉がそうだったのかしら?

 ただ、今後は注意して行動しようと思う。

 とりあえずは、勇者達にお願いして一緒に神器を回収しに行こう。

 あれがあれば今後の役に立つはずだから。

 

 

 

 

 

 



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