ヒノカミ神楽ガチ勢が鬼滅世界にINする話 (Michael=Liston)
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無惨様…

 おいたわしや、無惨様…。


 ――兄は昔から物静かな人だった。

 弟や妹が大声を出してはしゃいでも静かに微笑んで見守っていて、まるで父のような人だった。あの子たちもお父さんが病気で命を落としてからはよりいっそうお兄ちゃんにひっつくようになったし、お兄ちゃんの落ち着いた雰囲気がお父さんにそっくりだというのもその理由の一つだったのだと思う。

 

 

 ――兄は太陽のような人だった。

 お兄ちゃんの落ち着いた雰囲気はお父さんにそっくりだったけど、お父さんとは明確に違うところが一つだけあった。お父さんは、植物のような人。とても優しいけれど、見ていて不安になってしまうような儚さがあった。お兄ちゃんは太陽のような人。誰よりも暖かい。そばにいるだけで何の理由も無く安心してしまう。お兄ちゃんならばどんなことがあっても大丈夫っていう不思議な気持ちにさせられる。

 

 

 

 

 お父さんは病で亡くなり、残ったのは六人兄妹と母一人。雪が盛んに降る地域で炭を売って生計を立てる。

 決して楽な生活ではなかった。でも優しいお母さんとお兄ちゃん、遊んで遊んでとせがんでくる弟や妹たちにかこまれて過ごす毎日はとても幸せで。

 ずっと、こんな日々が続いていけばいいのに、と思っていたのに………。

 

 

 ▲▲▲

 

 コンコン、と戸が叩かれる音がしたのは、日も沈み、家族全員が寝静まってしばらくしてからだった。深夜の静寂のなかでその音はやけに大きく響き、家族全員が目覚めたようだった。こんな時間に来客なんて来たことがない。もしや、山の中で道に迷ったのだろうか。

 

「はーい、今行きまーす。」

 

 少しばかりの懸念を抱きながら、弟である六太を抱えたまま偶然戸の一番近くにいた禰豆子は戸を開けようとした。

 

「待て」

「お兄ちゃ、ん?」

 

 それを横から鋭く静止したのは兄である炭治郎の声だった。振り返った禰豆子は見たこともないほど真剣な顔つきの兄の姿を見て大きく目を見開いた。

 目つきは鋭く、手には鞘に納まった刀。いつだったか数年前、探検しにいくといって家を飛び出した兄が持ってきた刀だ。

 

「やっぱり今日は家にいて正解だった。茂と花子のおかげだな。」

 

 本来ならば炭治郎は今日炭を売りに街に行く予定だった。だがつい最近に父を失ってしまった悲しみからだろうか、茂と花子は炭治郎が街へ行くことに駄々をこねまくり、炭治郎は困ったように笑ってじゃあ今日は家にいようかと言ったのだ。

 

「炭治郎?どうしたの?」

「そうだよお兄ちゃん、刀なんか持って。そんなに警戒することじゃないでしょ? 道に迷った人かもしれないし……。」

 

 疑問に思って声をかけた母に禰豆子も続く。当の炭治郎は振り返ることなく、炭治郎を除けば最も年長の男児である竹雄に声をかけた。

 

「竹雄、もしなにかあったらお前が家族を守るんだ。」

「兄ちゃん?」

「分かったな?まあ、もしものことはないが。」

 

 刀を持ったまま禰豆子を自分の後ろへとおしやり、竹雄の返事すら聞かないままに炭治郎は外へと出てピシャリと戸を閉めた。

 

「お母さん……」

「どうしたのかしらあの子…。なんだか普通じゃなかったね…」

 

 困ったような顔をした禰豆子に母である葵枝は答えた。

 実際炭治郎の様子は異常だった。廃刀令が出された日本ではあるが、炭治郎が刀を持っていることは知っていた。取り上げるべきかとも思ったが、長男ということもあり様々な我慢を強いている負い目もある。なにより珍しく興奮した様子で刀を手に家から飛び出していく炭治郎の姿を見ては取り上げることもできなかった。

 問題は、あの炭治郎の顔つきである。生まれてからの炭治郎を誰よりも長く見てきた葵枝でさえも炭治郎のあのような、怒ったような表情は見たことがない。そうだ、炭治郎は間違いなく怒っていた。生まれてこの方怒りという怒りを顕にしたことのない炭治郎が、誰とも知らぬ来客に対し葵枝にしかわからぬ程度ではあるが確実に怒っていたのである。

 

「やっぱり、あのお兄ちゃんなんだか変だったよ。私ちょっと様子を見てくるね。」

 

 禰豆子がそういったときだった。

 

「姉ちゃん!!」

 

 竹雄が禰豆子に飛びつき、地面に押し倒した。直後、家の戸が内側に吹っ飛び、舞い散る埃と木屑の中を大きな塊が高速で横切り、家の壁すら貫通して木に激突した。

 

「今のは…?」

「大変だ!兄ちゃんが!」

「兄ちゃあん!!」

「お兄ちゃんが血を流してる!」

「――え?」

 

 言われて葵枝と禰豆子が壁に空いた穴を覗くと、たしかにそこには血を流す炭治郎の姿があった。

 

「お兄ちゃん!」

「炭治郎!」

 

 一体誰がこんなことを――、

 怒りと、そして焦りが頭を占める中で、カツン、とやけに大きく響く足音を禰豆子の耳が拾った。

 

「貴様、よくも人間の分際で私に傷をつけたな……!!」

「――あ」

 

 振り返った先にいたのはあきらかに人間ではなかった。いや、基本的な形は人間であることに間違いはなかった。

 男には腕がなかった。そう、腕がなかったはずだった。たしかに禰豆子が振り返ったとき男は片腕を失っていた。だが今はどうか。禰豆子は固唾を呑んで見つめる前で、みるみる男の腕が生えていくではないか。

 男と禰豆子の目が合う。

 

「ちょうどいい。貴様を殺す前にこの人間どもを鬼にするとしよう。貴様がどのような顔をするのか楽しみだ。」

「禰豆子、皆を連れて逃げなさい!!」

 

 恐怖に体が竦み、動けなくなった禰豆子の腕を葵枝は力一杯に引っ張り上げて叫んだ。せめて、子供たちだけでも――。

 化け物相手に一体どれだけの時間が稼げるのか。自身の命をかけてでも子供たちだけは守る。強い覚悟を瞳に宿して葵枝は男を睨みつけた。

 だが――

 

「やあああああ!!」

 

 響き渡ったのは聴き慣れた声。

 見れば竹雄が木刀を手に持って男に切り掛かっていた。

 

「だめよ!竹雄!!」

「下らん。」

 

 叫ぶ葵枝を嘲笑うかのように男は再生しきった腕を振った。それだけで竹雄が手に持っていた木刀が砕け散る。

 

「気が変わった。まずは貴様からにするとしよう。」

「――あ」

 

 ぺたん、と。 

 地面にへたり込んだ竹雄に向かって男が手を振り上げる。

 葵枝にはそれらすべてがひどくゆっくりに見えた。

 

「貴様は太陽を克服した鬼になれるかな?」

 

 おに、オニ、鬼。

 さっきからこの男は何を言っている?そんなものが実在するのか?

 太陽を克服できない生物。日の光で死んでしまうもの。

 葵枝には一つだけ、心当たりがあった。

 この家にだけ先祖代々伝わる、300年前から受け継がれてきた舞。他では見ぬそれに、葵枝は疑問に思ってその正体を尋ねたことがある。

 

『――約束なんだ。』

 

 あのとき、生まれたばかりの長男を腕に抱いた夫はなんと言っていたのか。

 

『――俺の先祖の、恩人が為したものを後世に伝える。

 あの人の存在が決して無価値じゃなかったと証明する。

 だからこの子にも舞を継いでもらうことになるよ。』

 

 

『舞の名は――』

 

 

 

 

「『――ヒノカミ神楽』」

 

 

 

 振り下ろされた腕が斬り飛ばされる。

 腰を抜かした竹雄の前に悠然と立ちはだかるのは誰よりも憧れる兄の姿だった。

 

「兄、ちゃん」

「よくやったな、竹雄。流石は兄ちゃんの弟だ。あとは任せておけ。」

 

「遅、いんだよ……」

「竹雄!!」

 

 初めて経験する死の恐怖。それでもなお母を守るために飛び出した竹雄の精神は限界寸前だったのだろう。安心するように気を失った竹雄に葵枝は涙を流しながら竹雄に駆け寄った。

 

「母ちゃん、竹雄たちを連れて下がっててくれ。禰豆子達を頼む。」

「お兄ちゃん……」

「大丈夫だ、禰豆子。俺は負けない。

 なぜならば、兄ちゃんは――

 

 

 ――世界で一番強いからだ。」

 

 

 ▲▲▲

 

 静かに刀を構える少年を、男、無惨は激情の宿った瞳で睨みつけた。

 額に奔る大きな痣。頭の後ろで一つにまとめあげられた長い髪。そしてきわめつけの太陽の耳飾り。全てがかつて無惨をあと一歩のところまで追い詰めたあの男に重なる。

 

 だが、まだ大丈夫だ。こいつはあの男ほど化け物染みてはいない。刀も赫くなってはおらず水色、あの男のようになんの感情も浮かべないことはなく、そしてなにより無惨の攻撃に対応できていなかった。

 

「私は攻撃に私の血を混ぜる。私の血を体内に入れたものの末路は二つだ。知っているか?」

「知らん。」

「私の血に耐えられず命を落とすか、あるいは適応して鬼になるかだ。」

 

 そうだ、だからどちらにせよ、炭治郎に勝利はない。適応して鬼になったとすればその時点で炭治郎は無惨の奴隷も同様。死ぬなら死ぬで無惨の命を脅かす者が減って損はない。

 痣が発現しているためおそらく死ぬことはないだろうが、このまま戦ってさらに血を入れれば確実に鬼にできる。

 

「強ければ強い人間ほど私の血に適応し鬼になるには時間がかかる。

 私の最も強い配下は3日かかったが貴様はどうかな?」

 

 無惨の中で勝利はもはや確定事項だった。無惨が腕を切り落とされたのは完全に慢心しきっていたからだった。つまり慢心さえしていなければ、あの程度の攻撃どうとでもなる。

 だがそれは、炭治郎がそのとき本気で攻撃をしていたならばの話である。

 

「何の話をしているんだ?俺はお前の攻撃なんて一度もくらっていない」

「何?」

「本気を出していると思っていたのか?

 俺はお前からでた血を服に塗ってお前の攻撃を喰らったように演技しただけだ。」

 

 ――この男は、何を言っている?

 確かにこの男は攻撃を喰らったはずだった。感触もあった。まさか、あれは錯覚だった?

 いや、そんなはずはない。そんなことが出来るとしたらそれは血鬼術のみ。人の身であるこいつには――。

 

「………」

 

 そこで、無惨は思い出した。

 おそらく炭治郎は唯一無惨を追い詰めた男の呼吸の継承者。ならば、もし炭治郎があの男と同格の強さを保有しているとすれば?

 可能性はゼロではない。

 サァっと。

 血の気が引くのを無惨は感じた。

 

「油断させて一息に殺すつもりだったんだがな。

 そろそろ本気を出そう。」

 

 ここにきて初めて炭治郎が刀を両手で持った。

 両手に脈が浮かび上がる。ギシィ!!と音が鳴る。刀だ。炭治郎が万力の握力で刀を握りしめただけでうるさいほどの音が鳴っている。

 

「――卍解、爆血刀。」

 

 その瞬間、無惨は信じられぬものを見た。

 炭治郎が持つ水色の刀が突如として炎に包まれ、刀身が赫くなったのだ。

 無惨の頭がズキリと痛む。

 細胞に刻まれた300年前の恐怖の記憶が強制的に記憶の奥底から引き摺り出される。

 ――そうだ、あの男が使った刀も今のこいつと同じ赫い――

 

「日の呼吸、壱の型――」

「鳴女ェ、戻せええええ!!」

 

 

 

「――円舞」

 

 

 

 

▲▲▲

 

 ふぅ、というわけでイカした西洋の服を着たマイケル・ジャクソンみたいなやつを撃退することに成功いたしました。私炭治郎、感激の極みでございます。

 生まれてから早十数年、この世界がファンタジー世界だと気付いてから遠くの山で山の王に貰った刀を振り回しておいてよかったとこれほど思った日はなかったよね。

 そう俺は転生者。どうでもいいけど。

 この世界がファンタジーだと気付いた理由はいくつかある。

 まず第一にこの体。鼻が利くよそりゃもう。匂いで感情がわかるってそれもう勘違いじゃないですかやだー。

 第二に額の痣。生まれたときからあるらしいけどこの痣の形がなんとも中二心を燻る形でございまして…。こんな形ファンタジーじゃなきゃありえんだろうということで。

 あとはやっぱりするだけで疲れなくなる呼吸とパピー曰く透き通る世界ってやつ。透き通る世界っていうのは文字通り世界が透けて見えるらしい。パピーが真面目な顔して言ってた。俺にもできるようになるっていうもんだから街ゆく人の裸体を拝みたいなーと思って、透けろー、透けろーと目に力を入れてみたらあら不思議世界が透けたんですわ。でも透かしたい思いが強すぎたのか裸体を通り過ぎて内臓や筋肉をみれるようになってしまった。出来たか? ってきかれたけど流石に裸体通り過ぎて体ん中見ちゃいましたとか言えねーからできませんでしたとしか言いようがなかったよ。

 あと呼吸だよね。息するだけで疲れなくなるってどうよ。冗談じゃなしに三日三晩走り回っても少しも疲れないわけよ。多分この世界はファンタジーだから大気にはマナのような霊力のようななにかが漂っていて、正しい呼吸を使うことでそれらをエネルギーに変換してるんだよねきっと。証拠に魔法使えたし。刀に力を込めたら赫くなるし炎が出る。かっこいい。パピーは魔法とは違うって言ってたけど多分そういう発想がまだこの世界にはないだけなんだろう。

 でも今日は家にいてよかった。花子と茂の可愛さに感謝感謝。

 よくない匂いがしたから出てみたら心臓と脳何個も持ってるやつがいたから超ビビった。色々理由があって負けるフリしようと思ったんだけど竹雄が狙われたからやっぱり倒すことにした。ごめんよみんな、怖い目に遭わせて。

 今はみんなで家の修理してる。夜も明けたし。

 あ、お客さん来た。

 はいはいどちらさまー?

 

「鬼殺隊の冨岡義勇というものだ。少し伺いたいことがある。」

 

 ふむ、やっぱりここは刀で戦うファンタジー世界なんだね。

 

 



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就職

 今回長いです。あと戦いもありません。
 すいません、今大学が色々忙しくて感想とか全然返せてないです。でも全部読ませてはもらってるんで今後ともよろしくお願いします!!


 ――至急産屋敷邸に集まれ。

 鬼殺隊という、鬼を殺すためだけに存在する政府非公認の組織がある。構成するのはわずか数百人の隊員のみであり、実態は完全実力至上主義の階層組織。その最高地位に座するわずか数人のみの柱のもとにそう指令が来たのはまだ雪のしんしんとふる冬の真っ只中であった。

 

 

「緊急柱合会議か。」

 

 

 原則として柱達が一堂に会する柱合会議というものは年に二度行われる。

 そしてそれに加えて今回のように緊急の事態として行われる会議は緊急柱合会議と呼ばれ、大抵の場合その緊急事態とは鬼殺隊の最強戦力である柱の死だ。

 

 

「今回は誰が死んじまったのかねえ?」

 

 

 道に積もった雪を踏みしめながら、音柱である宇髄天元は呟いた。

 鬼殺隊の隊員が命を落とすのは全くもって珍しいことではない。

 鬼は強い。日光に当たれば死ぬが、原則として日光の当たらぬ場所ではどんな傷を負っても時間をかければ再生することが可能であるし、強い鬼ではほんの数秒で手足を再生する。それに対してこちら側が鬼に対抗する手段は日輪刀と呼ばれる特殊な刀で頸を落とすことだけ。死者が大勢出るのは当たり前のことだった。

 それでも鬼殺隊の中では何度も顔を合わせることとなる柱の死は一層重いものだった。戦力的な意味ではなく、同じ柱であるものにとっては精神的にだ。

 一年ほど前だった。当時十七歳という若さで、なおかつ女性でありながら柱を務めていた胡蝶カナエという名の柱が命を落とした。どこへ行っても明るく、鬼にさえも情けをかける妙な女。重苦しい雰囲気になりがちな柱合会議が明るくなったのも彼女のおかげだったし、その雰囲気を天元もまた気に入っていた。

 彼女が死んだとき、柱合会議は元の重苦しいものへと戻った。そしてその直後に彼女の妹が柱となった。

 そのとき彼女を見て天元は思ったのだ。

 ――誰かの死がここまで人間を変えるか、と。

 

 

「誰も死んで欲しくないんだがなあ…」

 

 

 出来ることならば、本当に誰も死んで欲しくはない。だがそれは叶わぬことだと誰よりも天元自身が理解していたし、そして常に誰かの死を覚悟していなければいけないことも理解していた。

 

 

「…………」

 

 

 故に天元は常に覚悟を固めていた。どんな事実を突きつけられても決して折れぬように。

 

 

▲▲▲

 

 

 炭治郎達は突然家を訪ねてきた冨岡義勇と名乗る男に連れられて雪の降る中を歩いていた。

 義勇は鬼殺隊の隊員であり、炭治郎の話を聞いてしばらくしたのち、炭治郎の遭遇した鬼は数ある鬼の中でも相当強い鬼の可能性が高く、炭治郎たちが許すのであれば是非とも本邸で詳しく話を聞きたいと申し出てきたのだ。加え、家を変えるべきだとも。

 

 

「俺街を出るの初めてだよ!」

「私もー!」

 

 

 初めて町の外に出てはしゃぐ花子と茂を禰豆子と微笑んで見守る炭治郎の姿を葵枝は複雑な気持ちで見つめた。

 義勇からこの話をされたとき葵枝は決断を下せなかった。これといった理由はなく、ただの勘であるが、この話を聞いたが最後日常には二度と戻れなくなるような気がしたからだ。加え、葵枝には母親として子供たちを守る使命があった。義勇が本当に信用できるのかどうかもわからない、子供たちの日常をこれ以上壊すわけにはいかない、だがあんなことが起こってしまった以上このままでいいのかという思いもある。

 いくつもの不安に雁字搦めにされ決断を下せずにいる葵枝を尻目にすぐさま決断を下したのは炭治郎だった。思い返せば葵枝や禰豆子、竹雄達が義勇の話を聞いて驚く中、炭治郎だけは何の驚きも示さなかった。鬼というものの存在、その実態。全てが山奥で過ごしてきた葵枝たちにとっては驚きの的であるにもかかわらず、だ。

 

 初めは夫である炭十郎が炭治郎に何かを教えたのかと考えたが、すぐさま否定した。もしそのような日常を脅かす存在がいるのならば自分に伝えていないはずがない。

 そうすると炭治郎は、夫や自分でさえも知らないナニカを知っているということである。

 

 

「大丈夫、大丈夫。」

 

 初めての外。そして生まれてからの全ての時間を過ごした家を離れるという不安からか泣き出した六太を炭治郎は右腕で抱えてあやしていた。

 

 

「悪い奴は兄ちゃんが」

 

 

 左手は強く腰に差した刀を掴んでおり。

 

 

「やっつけてやるからな。」

 

 

 やはり、全ての日常が終わってしまうのではないかという不安が葵枝の脳裏から離れなかった。

 

 

▲▲▲

 

 

「お館様の御成です。」

 

 

 産屋敷邸。鬼殺隊の本邸であり、柱合会議の行われる場所で総勢10名の柱はすぐさま畳の上に正座した。

 白髪の童二人が開いた襖の奥から現れたのは優しげな顔つきをした二十歳前後の男だった。

 産屋敷耀哉。鬼殺隊の当主である。

 

「おはよう皆、急な召集にも関わらずこうして全員集まってくれてありがとう。」

「お、お、お館様におかれましても、ご、ご、ご壮健でなによりです!!」

 

 

 緊張のせいか幾度も言葉を噛みながら柱を代表して耀哉に挨拶をしたのは恋柱の甘露寺蜜璃である。

 

 

「ありがとう。」

 

 

 緊張で震える蜜璃を微笑ましく思いながら、耀哉は頷いた。

 今代の柱は10名。

 風柱の不死川実弥、音柱の宇髄天元、水柱の冨岡義勇、岩柱悲鳴嶋行冥、蛇柱伊黒小芭内、特例として二人で一つの柱を担う時透無一郎、有一郎、蟲柱の胡蝶しのぶ、炎柱の煉獄杏寿郎、そして前述の蜜璃である。

 その全員が確かな実力者であり、歴代でも最高位の実力を持つと輝哉が胸を張って言える剣士である。

 

 

「今日みんなに集まってもらったのは、会って欲しい子達がいるからなんだ。」

 

 

 ――そろそろついたころかな、入ってきてくれるかい?

 耀哉のその声に応えるように部屋に入ってきたのは何の変哲もない一般人だった。少なくとも、その場にいたほぼ全ての柱にはそう見えた。

 だがそれも次の瞬間には覆された。

 

 

「炭治郎!!」

 

 

 部屋に入ってきた先頭の人物、炭治郎を見とがめるや否や、無一郎は炭治郎に飛びついた。

 その瞬間、全ての柱達に激震が走った。

 

 

「まさかコイツが」

「あの炭治郎なのか?」

 

 

 時透兄弟は齢11にして柱へと至った正真正銘の天才である。彼らは一度鬼に襲われたところを偶然通りすがった少年たちに命を救われ、その男と一週間余りの時間を共に過ごし、のちに彼らのもとを訪れた産屋敷あまねに導かれ鬼殺隊へとやってきた。

 彼らの扱う呼吸は霞の呼吸と呼ばれ、そのうち彼らが作り出した最も新たな型が自分たちの命を救った剣士のたった一つの技を再現するためのものだという話は柱達の間では周知の事実である。

 そしてその剣士の名をよく無一郎は口にしていた。

 

 

 ――炭治郎に教えてもらったんだよ。

 

 

 だが今目の前にいる男はどうか。

 満面の笑みで無一郎に抱きつかれ、しかめっ面の有一郎に毒を吐かれながら微笑んでいる姿からはとてもではないが強さというものを全くもって感じられない。強いものからは独特の気配がする。それはあるいは直感とも言えるものであるが、この中では特に杏寿郎や行冥、実弥から濃く感じ取れるものだった。だが炭治郎はどうか。本当に時透兄弟が他の柱達も感嘆するほどの技を磨きながらまだまだ遠いと言葉を溢すほどの技の持ち主だとは考えられなかった。

 それどころか、まるで植物が目の前にあるかのような錯覚がしたほどである。

 

 

「彼の名前は竈門炭治郎、後ろにいらっしゃるのは彼の母親だ。」

 

 

 緊張した様子で頭を下げる葵枝に、柱達もまた戸惑った様子で頭を下げた。

 

 

「皆ももしやと思っているだろうが、彼が無一郎の言っていた炭治郎で違いないよ。

 今回は彼の話を聞いてもらいたくて皆に集まってもらったんだ。」

「話とは?」

「私もまだ本人からは聞いていないんだ。でも義勇から聞く限り、炭治郎は上弦の鬼に遭遇した可能性が高いと思っている。」

「上弦の鬼ですか!?」

 

 

 上弦の鬼とは数ある鬼の中で選ばれたたった六体の鬼を指す名称である。鬼殺隊の柱と同じく、完全に実力のみで選ばれた最強の鬼。その力は絶対的で、ここ100年はその討伐はおろか、交戦したものは柱を含め例外無く命を落とすため情報すらない存在である。

 その情報が手に入るかもしれないというのであれば緊張柱合会議を開いたのも納得というものである。

 柱達の視線が炭治郎に集まったのを見て、耀哉が話してくれるかな、というと炭治郎は頷いて静かに話し始めた。

 

 

「鬼に会いました。耀哉さん、貴方に瓜二つの顔をした鬼です。」

「本当かい!?」

 

 

 それまで柔らかな笑みをたたえていた耀哉は一転、柱達ですら見たことのないような顔で叫ぶように言った。

 対し、焦りを覚えたのは柱達である。鬼は変幻自在に姿を変えられる。鬼が輝哉の姿を真似たのだとすれば、すなわちそれは耀哉の姿が鬼にばれたのと同義だからである。

 

 

「その鬼の瞳には何か刻まれていたかな?」

「刻まれている?変わった色をした瞳でしたが他に特筆すべきことはありませんでした。」

「――間違いない、鬼舞辻だ。」

「な」

「どういうことですか!?柱でさえも遭遇したこともないのに何故コイツが!?」

 

 

 柱達が血相を変えるが、それも当然のことである。鬼舞辻無惨とは全ての鬼の祖であり、1000年以上に渡って鬼殺隊の手から逃れ続けた男であり、日々血眼になって探す柱達ですら会ったことがないのである。

 加え、今の会話だけで無惨だと断定した耀哉の根拠も気になる。

 

 

「そういえば皆にはまだ言っていなかったね。鬼舞辻は私の一族の者なんだ。」

「ならお館様の一族が皆短命なのは…。」

「うん。報いだよ、鬼を一族から出してしまったことの。

 だから私と奴が瓜二つである可能性は十分にある。偶然私と瓜二つに変化したとは考えにくいしね。」

 

 

 ここまで来て、ようやく柱達は何故耀哉が炭治郎をこの場に連れてきたのかを理解した。

 炭治郎が上弦の鬼と遭遇したのであればともかく、鬼殺隊が長年追い続けてきた鬼の始祖であるというのであれば、耀哉がそうしないはずがない。

 つまり――

 

 

「炭治郎、単刀直入に言おう。私は君に鬼殺隊に入ってもらいたい。」

 

 

 ――炭治郎の勧誘。これに尽きる。

 近年鬼殺隊は大きな問題を抱えていた。隊員の戦力の低下だ。隊員に死はつきものだが、最近は特にその頻度が高い。つまり若手が育たず、故に柱への負担は増える一方だった。

 そこに現れたのがこの男だ。無惨を撃退したというのが偶然だろうと偶然でなかったとしても、時透兄弟が完敗を認めているというのだから即戦力になるであろうことは間違いない。加えて無惨の情報を持っているというのだから逃す手はないだろう。

 炭治郎はその言葉を予測していたのか、耀哉の瞳を見つめたまま動かない。

 代わりに動いたのは今まで流れについていけず言葉を発せなかった母の葵枝だった。

 

 

「駄目ですよそんなの!!鬼殺隊に入るということは、あのような化け物とこの子が戦うということですよね!?そんなことになったら、この子は死んでしまうかもしれない!!」

 

 

 鬼殺隊の願いを叶えるためならば、己の恨みを晴らすためならば、ここで彼女の意見を突っぱねてでも炭治郎を引き込むべきだ。本当に無惨を撃退したのならば、ようやく千年にわたる戦いに終止符が打たれるかもしれない。

 だが柱達はその姿に何も言えなかった。

 目の前に初対面の、それも刀を持った奴らが十人いるにも関わらず。その十人が自分が吠えかかっている男に揺るぎない忠誠を誓っていると悟っていながら。斬られる可能性もあるのに声を上げた彼女の姿は、母という存在の強さを示していた。

 

 

「俺もそう思うぜェ。炭治郎って言ったかァ?

 家族がいるんだったらそっちを守ってやるべきだと俺は思うがなァ。」

 

 

 意外にも最初に声を上げたのは最も鬼への憎しみが強く、そして最も耀哉への忠誠の強い実弥だった。

 

 

「うむ!俺もそう思う!

 誰よりも尊敬するお館様に反することになってしまうが、今回ばかりは仕方なし!! 

 惜しい戦力ではあるが、少年は家族と共にいるべきだ!我々は一層修練に励むとしよう!!」

 

 

 次に杏寿郎が反対を示し、そして二人に続くように残りの柱達も次々と実弥に同意を示した。

 いつもは自身の言葉を何も言わずに受け止めてくれる柱達の全員の反対を受けてなお、耀哉は微笑み、炭治郎の瞳を捉えて離さない。

 そしてここに来て、初めて炭治郎は微笑んだ。

 

 

「ありがとうございます、やっぱり貴方達は優しい人ばかりだ。」

「炭治郎?」

 

 

 炭治郎は一度目を閉じると、静かに話し始めた。

 

 

「俺の家は戦国時代から代々ヒノカミ神楽とよばれる舞を受け継いできました。

 俺はある時、その神楽の正体が刀の型であると()()()()()。」

「刀の、型?」

「日の呼吸と呼ばれる刀の型です。」

「ヒの呼吸?炎の呼吸ではないんですか?」

「……、始まりの呼吸だよ、しのぶ。

 正真正銘、一番最初に生み出された呼吸だ。こんな言い方はあまりしたくはないけれど、私の子供達が使う呼吸は炎も水も風も、岩も雷も含めて全てが日の呼吸の劣化版でしかないんだよ。」

「そんなものがあったのですか!?ですが俺は知りませんでした。そんなド派手なものがあるならなぜ後世に伝わらなかったのですか?」

「使えなかったんだよ、誰も。だから廃れてしまったんだ。」

 

 

 正直に言って柱達は頭がどうにかなりそうだった。無惨の出現、そして無惨を撃退した少年がいると思えば使う呼吸は全ての呼吸の祖。情報量があまりにも多すぎた。

 

 

「炭治郎、その神楽は元々誰から教えてもらったモノなんだい?君じゃなくて、君のご先祖様だ。」

 

 

 ある種の確信をもって耀哉は炭治郎にたずねた。そして、果たして炭治郎の答えは耀哉の期待通りのものだった。

 

 

「継国縁壱さんです。」

 

 

 そしてここまでの話から、耀哉は炭治郎が鬼殺隊に入ってくれることを確信した。もちろん、心が痛む。本当だ。本来であれば幸せに暮らしていけるはずの子供を戦場に連れ出すことに申し訳なさがある。だがそれ以上に炭治郎には耀哉以上に選択肢がなかった。そしてそれを耀哉も理解していた。

 だから、家族が恨みの矛先を自分に向けられるように、()()()自分から炭治郎を勧誘したのだ。

 炭治郎が命を落とした時、炭治郎が死んだのは耀哉のせいだと恨めるように。

 

 

「……皆も疑問に思っているだろうね。縁壱とは鬼殺隊で唯一鬼舞辻を追い詰めた男だ。

 そしてそれ以降彼が死ぬまで鬼舞辻は姿を現すことはなかった。私はこれが、彼に家族がいなかったからだと考えている。」

「どういうことです?」

「家族がいないんだ。だから本来継げるはずだったものが継げない。日の呼吸は煉獄家のように親から受け継がれることがなかったんだ。」

「そうか、日の呼吸が誰にも使えないと知っていたから、唯一日の呼吸を使える人間を寿命で殺しにかかったということか…。

 まさか、なら――」

「そうです。今回は間違いなく、俺の家族を狙ってアイツが殺しに来ます。

 俺は家族が奴に見つけられるまでに、アイツを殺す必要がある。」

「待って、炭治郎。

 それじゃ、貴方は――」

「ごめん、母ちゃん。鬼殺隊に入るよ。」

 

 

 呆然とした顔でぺたりと座り込んだ葵枝を、しのぶは慌てて支えた。

 炭治郎の瞳は鋭かった。もはや誰の目にも明らかなほどに戦場に身を落とす覚悟を固めていた。そしてそれが、炭治郎が戦う理由がどこまでいっても家族のためだということがわかっていたからこそ、葵枝は最早何も言えなかったのだ。

 

 

「お子様達はしばらくの間私の屋敷で預かっています。貴方もその間は、私の家にいてください。」

 

 

 青い顔で頷き、隠に先導されて部屋を出る葵枝をしのぶは痛ましい思いで見つめた。

 振り返ると炭治郎は天井を見上げて深い溜息をついていて、しのぶはその姿を見て改めて気づいた。

 この少年はどこまでも優しくて、そして不器用な子なのだ、と。

 

 

「俺が鬼殺隊に入るにあたって、いくつか叶えて欲しいことがあります。」

「私にできることならば、何でもしてみせよう。」

 

 

 炭治郎の示した要求はごく単純なものだった。

 誰よりも鬼を斬ってみせよう、代わりに家族が一生生きていけるだけの金を。

 誰よりも危険な任務であろうと果たしてみせよう、代わりに最も安全な場所に家族が安心して暮らせる家を。

 そして。

 

 

「今ここで鬼殺隊に入ることを誓いましょう。代わりに、もしも俺の妹や弟が鬼殺隊に入りたいと言ってきたときは、最も厳しい、誰も達成できないような試験を与えて下さい。」

「うん、わかった。君の望みを全て叶えるよ。産屋敷の名にかけて。」

 

 

 

 

 かくして、この瞬間新たな鬼殺隊の剣士が誕生した。 

 誰よりも優しく、強く。そして――――

 

 

 

 

「耀哉さん、珠世という女の人を探しています。ご存知ありませんか?」

 

 

 

 

▲▲▲

 

 

 今日は就職の面接だった。

 ごめん一言でまとめすぎちゃったね。

 耀哉さんと喋って思い出した。そういやアイツの名前鬼舞辻無惨だわ。心臓と脳大量にあるの見て縁壱さんが言ってた奴だって確信したけど名前完全にド忘れしてたわ。

 そうそう縁壱さんってのは俺が夢見るたびに出てくる不思議な人なんだよね。最初の方は夢の中では何もできなかったんだけど最近は普通に寝るたびに縁壱さんと喋ってる。あの人ちょっと天然入ってるから結構面白い。

 でも母ちゃんには悪いことをしてしまった。少しでも事態が良くなるようにさりげなく助け舟を出してくれた輝哉さんには感謝しかない。あと柱の人達も。

 今まで家族以外では嗅いだことのないくらい優しい匂いがしたし。あの人達凄まじくいい人すぎるでしょ。俺みたいなやつにはちょっと眩しいくらいだよね。

 それはそうとして明日から遠足に行くことになった。珠世さんっていう女の人を探してるんだけど明確な居場所はわからないけど浅草にいるってのはわかってるらしい。すごいね産屋敷パワー。

 道わかんないっていったら柱を一人同行させようって言われたけど申し訳ないよね、わざわざ俺のために。

 そろそろ来るかな、お、あの人かな――

 

 

「昨日ぶりだなあオイ!!

 俺の名は宇髄天元!!派手を司る祭の神だ!!」

 

 

 や べ え 奴 が 来 た!!

 

 




 今作における炭治郎の人物像。
 ただのヤベー奴。でも家族のためとなるとすごく頭が切れる


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珠世様!! 1

 長らく更新が止まってしまってすいません…
 今回は何の戦闘もありませんし、お目当ての人物ですら登場しません…
 久々すぎてこの書き方であってんのかめちゃめちゃ不安…


「――あまね。」

「どうなされましたか、御館様。」

 

 

 先ほど鬼殺隊への入隊を宣言してくれた炭治郎が部屋を出た後、一人物思いに耽っていた産屋敷耀哉は愛する自身の妻、産屋敷あまねに声をかけた。すぐさまあまねは反応し、耀哉のそばへと寄り添う。既に柱達も下がらせ、この場にいるのは耀哉とあまねの二人きりである。

 

 

「あまねは彼のことをどう思ったかな?」

「私は短い間しか彼のことを見ていませんが、芯のしっかりしているように思えました。あの齢であそこまで成熟した精神の持ち主を見たのは、それこそ貴方に出会ったとき以来です。」

 

 

 彼は、竈門炭治郎はおおよそ普通の子ではなかった。わずか齢十と少しの少年が、家族を守るためとはいえ命の危険の大きい場所へ、それも即決で身を落とすことを良しとしたのだ。あまねだけでなく、柱の面々もあの瞬間の驚きは大きなものだったといえるだろう。

 

 

「うん、私もそうだった。そうだったんだけどね…。」

 

 

 耀哉もそうだった。ただ耀哉が他の面々と違ったのは、炭治郎から感じたものが“家族思いの優しい少年”というだけではなかった、とうことだった。

 

 

「御館様?あなたは何かほかのものを感じ取られたのですか?」

「うん。あまり柱の子供たちや、彼のお母さまには言えないことだったからね。」

「あまり良からぬことだった、ということですか…?」

「彼は、炭治郎は間違いなく鬼殺隊で最も強い剣士だろう。これからそうなるんじゃなくて、おそらく現段階でそうなんだ。鬼舞辻無惨を相手にして家族全員を無傷で守り通し、あまつさえ手傷を負わせるなんて歴代の柱でも出来た所業じゃないだろう。

 でも、彼の精神は驚くほどに未熟だった。」

「未熟、ですか…?」

 

 

 でも、実際炭治郎が喋っている姿を見たあまねは、否、他の柱達も皆そうだったのであろうが、とてもではないがそのようには見えなかった。先ほど自分が言ったように、これほどまでに完成された精神を持つ子供がいるのかと驚愕したほどである。

 そんなあまねの心を読んでか、いや、実際に読んだのであろう耀哉はいつもの微笑みを消し、いつになく神妙な面持ちだった。

 

 

「だからこそ炭治郎は異常だった。

 他の同じ年の子供どころか、大抵の大人よりも完成されているのに、どこか不安定だった。そして私にはそれがとても歪に見えたんだ。

 …これは勘だけど」

 

 

 産屋敷は勘、先見の明ともいえるそれが並外れて優れている。鬼殺隊を千年以上もの間ほぼ一族の財力のみで支えてきた彼らだが、当然その財は有限である。ではどのようにして鬼殺隊を支えてきたか。先にも言った勘である。彼らはその勘でいくつもの財を成し、財政面におけるいくつもの危機を乗り越えてきたのだ。そういえば、いかに産屋敷一族の勘が優れているのかわかるというもの。

 逆に言えば、この一族が勘で感じ取ったものはほぼ間違いなく的中するのである。

 だからこそ。

 耀哉が続けていった言葉はあまねにとってこれ以上とない衝撃だった。

 

 

 ――彼は鬼との闘いを終わらせる存在にもなるだろうし、反対に私たち鬼殺隊に破滅をもたらす存在にもなるだろう。

 

 

▲▲▲

 

 

 ――駆ける。

 ただひたすらに駆ける。

 鬼殺隊の隊員の主な移動手段とは基本的に己の足である。馬車や人力車などが主な移動手段であった大正時代であるが、鬼殺隊はこれらの移動手段をあまり用いることがなかった。

 理由は簡単。遅いからである。

 鬼殺隊はその全てが、柱は言わずもがな、その末端のなり立ての隊士でさえ常人離れした身体能力を持っており、何よりも自分の足で駆けた方が速かったのだ。

 という理由で、炭治郎と天元は自然豊かな田舎道を凄まじい速度で駆けていた。

 駆けながら、天元は隣で汗水一滴すらたらさず、余裕な顔で走っている炭治郎へ向かって声を投げた。

 

 

「それにしてもド派手に納得のいかねえ話だな。」

「何がですか?」

「全部だよ。

 その珠世って女が鬼だってのに会いに行こうとするお前も、それを容認した御館様も含めて全てだ。」

 

 

 先日の柱合会議の折。

 炭治郎は珠世という女を探したいと耀哉に頼み込んだ。その名を聞いた瞬間、耀哉が何故か一瞬驚いた顔をしたのを天元は見逃さなかった。その後は珠世という女についてはあまり触れず、炭治郎から無惨の戦闘方法や声の特徴などを柱全員で共有し柱合会議はお開きとなったが、その後炭治郎のみ耀哉の下に残されていた。十中八九珠世について話していたのだろう。わざわざ柱達を下がらせた上で話すなどよほど柱達は知らない方がよいことなのかと思ったが、後日炭治郎と共に行動する柱として白羽の矢が立った天元は耀哉の下へと召集され、大いに納得したものだった。

 

 

 ――曰く、珠世とは少なくとも戦国時代から生きながらえている鬼の女である。

 

 

 当然、この事実を知った天元は思わず反発したものだった。なぜ所在のわかっている鬼を野放しにしているのかと耀哉に問いかけた。だが耀哉はそんな天元の問に答えず、ただここから先は天元の目で確かめてくれ、の一点張りだった。敬愛する耀哉に言われてしまえば天元も何も言えず引き下がるほかない。

 だが、何故自分に白羽の矢が立ったのか、それは言われずとも理解していた。

 柱達の中で、最も天元が鬼への恨みを持っていないからだ。

 鬼殺隊の隊員はごく一部の例外を除き鬼へのぬぐい切れぬ恨みを持っている。彼らは皆鬼に親を、兄弟を、友人を。大切なものを奪われ、仇を討つために刀をとったのである。だからこそそんな中で天元や炎柱の煉獄杏寿郎などのような鬼への恨みの少ない者はこの上なく稀有だった。

 実際、耀哉も天元か杏寿郎、どちらに炭治郎の下へと行かせるのか悩んだという。

 だが結局、白羽の矢が立ったのは天元だった。

 杏寿郎は鬼の頸を斬ることを生まれたころから教え込まれている。悪くいってしまえば、鬼の頸を斬ることに疑問を挟み込む余地が彼にはなかったのである。鬼殺隊設立当初から代々炎柱を輩出し続けてきた煉獄家の者ともなればその考えは仕方がなく、そしてこれ以上に正しいものだろう。だがだからこそ、今回炭治郎へと同行させるのは誰か悩んだ際、その考えは致命的だった。

 故に唯一、精神が成熟し、かつ鬼への恨みがない状態で鬼殺隊へと入隊した天元が炭治郎のもとへと赴くこととなったのだ。

 そしてその責の重さを天元は正確に理解していた。

 今、天元は鬼殺隊の命運を左右する存在といってもいい。炭治郎がわざわざ探しにいくというのだから、珠世という女は彼にとって必要な存在なのだろう。そんな女を柱である自分が真っ向から頭ごなしに否定してしまえばどうなるか。

 無惨を倒すという意志を持っている以上鬼殺隊と対立することはないだろうが、彼とこちらの間に何等かの溝が出来てしまうことは間違いない。時透兄弟以上の実力を持つと目される彼の存在は極めて重要だ。何の憂いもなく背中を預けられるような関係を築いておくにこしたことはない。

 天元が珠世を否定してしまえば、もはや鬼殺隊に彼女を受け入れる余地はない。だからこそ今、天元の手に鬼殺隊の命運が握られているといっても過言ではないのだ。

 

 

 ――御館様は、天元が選んだことならどんな選択でも受け入れるって言ってくださったがな…。

 

 

「貴方は今の鬼殺隊と、何百年にも渡って無惨だけを追求してきた鬼。

 どちらがより有益な情報を持っていると思いますか。」

「そりゃあ、鬼の方に決まってんだろ。」

 

 

 珠世のことか。

 天元は息をつきながら一人ごちた。

 

 

「炭治郎、俺はうだうだ言うのは好きじゃねえから先にはっきりと言っておく。珠世って女がどんな奴かは知れねえが、鬼ってだけで鬼殺隊のやつらは受け入れようとはしないだろう。当然、柱のやつらもだ。」

 

 

 澄んだ、赫みがかった瞳でこちらを見やる炭治郎を見つめ返しながら天元はつづけた。

 

 

「おそらく、いや間違いなく鬼殺隊の中で鬼に対し最も寛容であれるのはこの天元様だ。俺のいいたいことは分かるか?つまり、俺が珠世って女を認めないと言ってしまえばもうそれでこの話は終わりになる。」

 

 

 だから。

 

 

「だからこの俺様を派手に説得してみやがれ。珠世って女が人を食わない鬼だってことは御館様から聞いた。それならまだ余地はある。

 その珠世って女を鬼殺隊が受け入れてどんな利点がある?」

 

 

 その言葉に。

 暗にことと次第によっては俺が珠世と鬼殺隊とをつなぐ架け橋になってやるという言葉に。

 炭治郎は柔らかな笑みをこぼした。

 

 

「さっきも言った通り、珠世さんは数百年前から無惨を殺すため、無惨および鬼という生き物を追求してきた鬼です。

 だから彼女が我々の知らない情報をいくつも握っていることは間違いありません。」

 

 

 正確には分かりませんが、と続ける炭治郎。

 

 

「彼女がかつて無惨の支配下にあったときの上弦の鬼の情報などを持っているかもしれません。上弦の鬼はここ百年以上顔ぶれが変わっていないと聞きました。それならあるいは、現在も上弦のままでいる鬼の情報を得られる可能性は大いにあります。」

 

 

 情報とは、武器である。

 元忍である天元だからこそ、その価値が誰よりも分かる。情報が一つでもあれば状況は大いに変わる。この情報一つ知っていたから勝てた、などということも命のかかる鬼狩りの戦いでは珍しくないのだ。

 例えば強力な鬼のみが使える異能の力、血鬼術や、その鬼の戦闘方法など。それ一つで有利不利は簡単にひっくり返る。

 

 

「彼女をこちら側に引き入れることの利点は情報だけではありません」

「ほう?」

 

 

 視線で天元は先をうながす。

 

 

「彼女は医者です。数百年にわたって人の命を救ってきた彼女の医療技術は今や国内でも並ぶ者はいないほどでしょう。死の絶えない鬼殺隊において彼女の医療技術は大いに有用でしょう。」

 

 

 ――さらに。

 

 

「彼女には研究者という側面もあります。

 我々が鬼を狩り、彼女に研究材料として提供すれば無惨の血の研究が進み、鬼を人に戻す薬や、一瞬だけ鬼の再生能力を人に与えて命を救う薬なども作り出すことが出来るかもしれません。」

「……。」

 

 

 まずいな、と。

 天元は口には出さず、心の中でつぶやいた。

 間違いなく、心が揺れ動いている。珠世を受け入れる方向にだ。

 聞けば聞くほど、炭治郎の言うことが本当であるのなら拒絶する理由がなくなっていく。何より人を食わずに生きているという時点で彼女が鬼であるという事実への嫌悪さえ抜きにすれば利点しかないのだ。

 炭治郎が最後に言及した薬についてもそうだ。

 鬼を人に戻す薬を作れたならば。百年以上討伐報告のない上弦の鬼さえ真っ当な手段で殺す必要はなくなるのだ。薬を打ち込めさえすれば彼らは鬼でなくなる。そうなってしまえばあとはもはや容易くその頸をとれる。

 もう一つ彼が言及した一瞬だけ鬼の再生能力を得る薬については鬼殺隊では賛否両論あるだろう。鬼に復讐するために刀を手に取ったのに、一瞬とはいえ鬼になるのはいかなものかと。だが自分が鬼と戦い死に瀕し、かたわらにその薬があったとき。果たして三人の嫁達のことを思えば、自分はどうするのか考えたとき、答えは出ず。その葛藤が、何よりの答えだった。

 

 

「…あれが東京、浅草だ。」

 

 

 夜道の先にうすぼんやりと見え始めた街の光に、半ば話を強引に変えるかのように天元は足を止めた。

 

 

「あそこに珠世さんが…。」

 

 

 感慨深げに光を見つめる炭治郎を視界の片隅にとらえながら、天元の目は鋭くなっていった。

 

 

 ――珠世を受け入れる利点は大いに理解した。あとは、彼女が如何な人物であるかだ。

 

 

▲▲▲

 

 

 今日は長ーい遠足だった。いやー東京遠すぎんよ。俺たち今日一日中走ってたんだぜ?まあ全然本気じゃなくてかるーくだったけど。

 てかふと気づいたんだけど天元さんも冷静に考えたらヤバいよな。いや性格じゃなくて身体能力の話だよ?天元さんも一日中走ってたんだから大気中のマナを効率よく使えてるんだよね。世界で僕だけじゃなかったんだね。うれしい反面ちょっと残念。

 耀哉さんも言ってたんだけどやっぱし珠世さんを鬼殺隊に受け入れるのはめちゃくちゃ難しい。でも天元さんは説得してみた感じ行けそうだよね。柱の人たちと鬼の間に何があったのかとかはほぼ知らないけど、少なくともしのぶさんは難しいよね。

 でも珠世さんってばべらぼうに美人だから、男の人たちは許してくれそう。一目見た瞬間そのあまりの美しさに涙してこの世に生まれた奇跡に感謝すること間違いなしだよね。

 お、耀哉さんにもらった超絶賢い鴉である師匠がなんか手紙持ってきてくれた。なんか俺のこと弟子って呼んでくるからね、師匠って呼ぶしかないでしょ。

 耀哉さんからの手紙だ。なになに~?

 禰豆子が鬼殺隊に入りたいって言ってる?

 

 

 

 

 ――――――――は?

 




色々悩んだ結果、この作品はイージーモードつまり炭治朗の炭治朗による炭治朗のための無双ルートと、最後滅茶滅茶苦戦する激ムズルートがあったんですが、後者の方に進むことになりました。
 よろしくお願いします。


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