追放されし者たちの話 (J坊)
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盗賊の場合

 

「盗賊! 今日限りでキミをパーティーから追放する!」

 

 ――すべては勇者のこの一言が始まりだった。

 

「なんでだよ⁉ 理由を言ってくれ!」

「理由なら簡単だ。キミはもう戦闘では足手まといなんだ」

 

 部屋に集まったパーティーメンバーが見守る中、盗賊は勇者に食ってかかる。

 だが、勇者は冷徹に突き放した。

 

「……みんなの意見を尊重した結果だ。分かってくれ」

「そ、そんな……嘘だろ……」

 

 足元が崩れていくような感覚に囚われながらも、盗賊は仲間たちを見渡す。

 すると全員が勇者と同意見だと頷く。

 

 戦闘では足手まとい。

 確かにそれは、自分でも感じていた。

 魔王軍の本拠地に近づくにつれて、敵も強大になり、故に今の自分では戦闘面では役に立たないのは事実だった。

 それでもパーティーに貢献しようと、少しでもみんなの役に立とうと、斥候・情報収集・各村での交渉は勿論、炊事洗濯裁縫に装備の手入れ、果ては荷物持ちや夜間の見張りまで、こなしてきたというのに……

 

(お払い箱というのか……)

 

 今まで、仲間だと思っていたのは自分だけで、実際は都合のいい雑用係としか思っていなかったのか……

 悔しさで溢れる涙を拭い、盗賊は仲間との溝は修復不可能と感じ、その場を後にしようとする。

 

「待て! 盗賊!」

「なんだよ⁉ 俺はもう、お払い箱なんだろ⁉ それともなにか⁉ 装備一式置いて行けとでもいうのか!」

「なにを言うんだ! キミはお払い箱なんかじゃない! まだ、僕たちにはキミの力が必要なんだ!」

「はぁ⁉ 馬鹿にしてんのか⁉ お前が今、俺を追放するって言ったんじゃないか!」

「あぁ、そうだ! しかし、それは形だけだ!」

「は?」

 

 言っている意味を理解できず、首を傾げる盗賊。

 すると勇者は「例のものを」と武道家に指示をだす。

 そして、武道家は道具袋から“あるもの”を取り出した。

 

「………………それは?」

 

 うん、ホントなんだこれ?

 取り出されたのは動物の毛皮……いや、よく見れば着ぐるみだ。

 緑色のカバだかロバだか、なんだかよくわからない生物の着ぐるみを、武道家は盗賊に手渡した。

 

「それは勇者パーティーのマスコットキャラ、その名も『ゆっくん』だ!」

「ゆっくん」

「そう! キミは今日限りで勇者パーティーを追放する! そして、ゆっくんの中の人として生きてもらう!」

「訳が分からないよ⁉」

 

 手渡されたそれを、勇者に突き返す盗賊。

 うん。ホントに意味が分からない。どゆこと?

 混乱する盗賊に「あ~……あたしが説明するわ……」と、成り行きを伺っていた魔法使いが挙手発言。

 こうなった経緯を説明しだした。

 

「知ってると思うけど、私たちより以前に、過去に二度、勇者パーティーは結成されているわよね?」

「あ、あぁ、それは知ってる」

「で、今回で三代目になる勇者パーティーだけどね……その……初代と二代目がやらかしてくれてね……」

「あー……」

 

 額を抑え、項垂れる魔法使い。その様子に盗賊は思い至る節がある。

 

「初代・先代の勇者パーティーは共に、魔王との戦いの果てに殉職した」

 

 ……と言うのは表向きの話。事実は全く異なる。

 

「確か、初代勇者パーティーは勇者って秘密裏に処刑されたんだっけ?」

「そう。国の支援金を使って贅沢三昧に飽き足らず、立ち寄った村々から、金品を強奪同然に徴収するわ、他にも強姦・人身売買の余罪まで出てきて、最悪だったのよ」

 

 その結果、被害者たちは暴動を起こし、一部地域で内乱状態に。

 魔王軍と戦っている最中にこれは不味い。王国は和解のための賠償金を払い、初代パーティーを“勇者パーティーの名を語る不届きもの”として処罰した。

 

「んで、二代目は勇者支援国の有力者である公爵家の跡取り息子の婚約者を寝取った上に、事故に見せかけて殺害しようとしたんだっけ」

「そーよ。『俺のパーティーに男はいらねぇ!』ってハーレムパーティー作ってたのよ」

 

 後にとあるエルフの少女に助けられた跡取りは、この事実を実家に公表。

 各勇者支援組織も「顔に泥を塗られた!」とぶち切れ、王国を非難。

 二代目勇者パーティーは奴隷に落とされ、勇者は鉱山で、ハーレムメンバーは娼館で重労働中だとかなんとか……

 

「そんなこんなで、現在、勇者の名声は地に堕ちている状態なわけ……」

「そういえば、俺ら王城に招集された時、前の二つと違ってパレードとかやんなかったな……」

「聖剣も勇者の力を司る女神さまも『次、同じような奴選んだら力貸さん!』ってブチギレたらしいしね」

「マジか」

 

 そんなこんなで、我ら三代目勇者パーティーは汚名を削ぐため、日夜頑張って、真っ当に魔王討伐の旅をしているわけだ。

 

「……で、それと俺がマスコットキャラになることになんの関係が?」

「実は王国の人事部から『盗賊なんて仲間に入れてると世間様からまた、バッシングを受けかねない! なんとかしろ!』ってお達しがきてねぇ……」

「でもキミがパーティーを抜けたら困るんだ! さっきも言っただろ? まだ僕たちにはキミの力が必要だって」

「でも俺、戦闘じゃ役に立たないよ?」

「確かに“戦闘”じゃ役にたたないわよ? けどね、それ以外でパーティーに貢献してんでしょ」

「斥候や情報収集、交渉、物資の補給に炊事洗濯……キミにしかできないことは山ほどあるんだ‼」

「ゆ、勇者……」

「それに、君がいないと僕、朝起きられないんだぞ⁉」

「自分で起きろ」

 

 毎朝毎朝、二度寝ならぬ五度寝する勇者に、盗賊は冷徹に言い放つ。

 

「そうだ! お前がいなくなったら、俺のパンツが破れた時、誰が縫ってくれるんだ⁉」

「自分でやれ」

 

 毎回毎回、戦闘のたびに道着どころか、下着まで全損する武道家にツッコむ。

 

「二人の言うとおりだ。それに、お前がいないと私は、夜トイレにいけないんだぞ⁉」

「お願いだから一人でいけるようになって!」

 

 墓地だのダンジョンだのでアンデッドに出くわす度に、トイレまでついてきてほしいと頼んでくる女騎士にもツッコむ。

 

「あと、あたしの原稿手伝ってくれる人がいなくなるのも困るのよ。あんたがアシしてくんないと今年の夏の祭典に間に合わないし」

「おめーは魔王討伐の傍ら、何やってんの!?」

 

 実は壁サーの大手作家である魔法使いにもツッコんだ。

 こいつのおかげで、ベタ塗りやらトーン貼りもやたらうまくなったもんだ。

 

「でも、世間の声には抗えないのも事実。そこで、ピーンときたのよ」

「世間からのイメージアップが出来て、きみも残れる方法。それはゆるキャラだ!」

「やっぱ、まだ勇者パーティーへの不信感が民衆に残ってるからね。ここで、一つマスコットキャラを加入させ、親しみを持ってもらおうかとみんなで話し合ったのよ」

「えぇー……俺聞いてないんだけどー……」

 

 報連相はしっかりしてほしい。

 そう思う、盗賊だった。

 

「まぁ、事情は分かったけど……正気か? こんなん着て魔王討伐を続けるの? って言うか、これなんなの? ロバなの? カバなの?」

「製作者曰く、ゆっくんは勇者ランドからきたドラゴンらしい」

「ドラゴン!? 嘘だろ!? って言うかなんだよ、勇者ランドって。誰だよ製作者って?」

「おい! 私が夜なべして作ったゆっくんになにが不満なんだ?」

「お前かい」

 

 よく見れば、両手の指すべてに絆創膏が貼られてる女騎士。

 頑張ったんだろうなぁとしみじみ思う。

 

「……まぁ、そんなこんなで、君には不自由をかけるが、今後はマスコットとして後方支援と広報に勤しんでほしいんだ」

「えー……でもなぁ……」

「その代わり、戦闘には参加しなくていい! か弱いマスコットを戦わせる訳にはいかないからな!」

 

 勇者の言葉にも一理ある。

 彼の言う通り、戦闘面で役立たずになりつつある以上、ここらが引き際だろう。

 仕方ない。と呟くと盗賊はゆっくんの着ぐるみを受け取った。

 

「……分かった。今後は盗賊としてではなく、マスコットとして頑張らせてもらうよ」

「ありがとう! 僕たちも君の抜けた穴を埋められるよう精進するよ!」

 

 こうして、この日、盗賊は勇者パーティーから追放され、代わりにマスコットキャラ『ゆっくん』が加わった。

 

「そう言えば、勇者パーティーから追放された下級職が異常な力を手に入れるという噂を聞いたことがあるが……まさか、盗賊。お前も……」

「いや、それ都市伝説だから。って言うか、そもそも追放って言っても書類上の話だろ?」

「だよなぁ。今回は例外だよなぁ」

「まったく、小説の読みすぎだろ」

「「「HAHAHAHAHA」」」

 

 思い出したかのように呟いた武闘家の話を笑って一蹴し、盗賊は早速着ぐるみを装備する。

 ちなみにこの着ぐるみ、魔法使いが色々気を利かせて、温度調節機能やら消臭機能やらを付与してくれたそうで、着ぐるみ特有の問題点は既に解決済みらしい。

 

 仲間の気遣いに報いるため、盗賊は心機一転、マスコット業に専念することになった。

 

 

 

 ――時は流れて、決戦の日。

 

「ダークインフェルノぉぉぉぉぉ‼」

「「「「うわああああああああああ‼」」」」

 

 魔王の手から放たれた地獄の炎が勇者たちに襲い掛かる。

 

「がははははは! 他愛もない。勇者パーティーなど所詮、この程度か‼」

 

 すべてを焼き尽くす地獄の業火だ。直撃を食らえば、骨も残らない。

 高笑いをする魔王だったが、しかし、その余裕は一瞬にして崩れ去ることとなった。

 

「な、なんだとぉ!?」

 

 炎の中から悠然と姿を現した“そいつ”を前に魔王は驚愕する。

 

「き、貴様はまさか、勇者パーティー最強の……」

 

 部下から聞いていた報告を思い出す。

 “そいつ”が加入してから勇者パーティーの快進撃は始まった。

 

 その惚けた外見とは裏腹に戦闘ではまさに天下無双の力を振るい、奴の手により四天王は次々と敗れ去った。

 さらには偵察・斥候・炊事洗濯なんでもござれ。

 その愛らしい姿に魅了され離反した部下は数知れず。

 

 そう、奴こそが勇者パーティー一の実力者――――

 

「おのれゆっくぅぅぅぅぅん‼」

「ゆっくん」

 

 地獄の炎も何事もなく潜り抜け接近したゆっくんの右ストレートが炸裂し、魔王の身体には大きな穴が開いた。

 

「まさか、魔王であるこの私が、ゆるキャラなどに……」

 

 肉体の崩壊を防ぐことができず、魔王はそのまま塵となり、朽ち果てたのであった。

 

 

 

 

 

「……おかしいな、絶対」

 

 ゆっくんこと盗賊は現状を理解できなかった。

 ただのマスコットに成り下がった途端、始まった展開についていけなかったのだ。

 

「なぁ、姫騎士よ」

「なんだ、ゆっくん」

「この着ぐるみの材料ってなに」

「うむ、たしか神龍の鱗と聖獣の毛皮・あと鳳凰の羽毛だったかな」

「……まじかよ」

 

 姫騎士が述べたものは全て、伝説級や国宝レベルの素材だった。

 神に等しい存在・超Sランクモンスターからしかドロップできないそれらをふんだんに使ったこの着ぐるみは最早、ただの着ぐるみではない。

 聖剣すら余裕で凌駕する神の装備と化していたのだ。

 

 ちなみに、姫騎士がなんでそんなもの持っているかと言えば、答えは簡単。

 こいつの親が国王陛下であるからだ。

 子供に激甘な国王様にねだって、素材を譲渡してもらったと暴露された。

 

「いや、ホントどうすんだよこれぇぇぇぇぇぇ!?」

 

 いくら私物とは言え、トンデモネェバグ装備。

 持っているだけで国際問題に発展しかねない。

 

「どうすんだよこれ、ホントどうすんの!? マスコットが魔王倒しちゃったよ!?」

「やったな、盗賊! これで世界は救われた!」

「救われたけどもっ! これ俺捕まんじゃねぇの!?」

 

 下手したら“姫をそそのかして~”みたいな因縁つけられて、監獄送りにされかねない。

 だって僕は盗賊だもの……

 

「大丈夫だ! 陛下はこの戦いが終わったら、正式にゆっくんを我が国のマスコットキャラに認定するらしい。キミは今後もゆっくんとして活動頑張ってくれ!」

「いや、頑張れねぇよ!? 俺はこの戦いが終わったら盗賊から足あらうつもりだったんだよ」

「足洗って、ゆっくんの中の人として再スタートきりなさいよ。でないとランドで一儲けしようとしてたあたしの計画がパーになるじゃない」

「お前の計画ってなに!? 初めて聞いたよ!?」

 

 どうやら裏でちゃっかり戦後、レジャー施設の建設を画策していたらしい。

 お前、商人に転職した方がいいんじゃねぇの?

 

「そんなことより、俺のパンツしらないか?」

「知るかっ!」

 

 魔王との戦闘によりすっぽんぽんになった武闘家にツッコミを一蹴し、ゆっくんは「どうしてこうなったああああああ!」と叫ぶのであった。

 

 その後、ゆっくんは大型レジャー施設「勇者ランド」のマスコットとして末永く愛されたそうな。

 めでたし、めでたし。

 



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魔物使いの場合

 

「魔物使い、キミをパーティーから追放する……!」

「そ、そんな!? なんで!? いっしょに魔王を倒そうって言ったじゃないか!」

「すまない……もう、決まったことなんだ……‼」

 

 抗議する魔物使いに勇者が辛そうに追放を宣言する。

 顔を悔し気に歪ませ、まさに断腸の思いであると言うことは分かる。

 しかし、納得できず魔物使いが理由を尋ねると、勇者はぽつりぽつりと話始めた。

 

『本日限りでキミのパーティーの仲間である魔物使いは追放。代わりに貴族からの推薦である賢者を加入させる。異論は認めない』

 

 国の人事部から非情な決断が下されたのはつい先ほどのことだった。

 曰く『魔物使いなどと言う職業の人間をパーティーに加えておけばイメージダウンの恐れがあるから』と言う身勝手な極まりない理由だった。

 

 魔物使いへの偏見は根深い。

 人類の敵である魔物を従え、使役するその能力から、一部地域では迫害されることもある。

 しかし、それを何も知らない人間に言われたくなかった。

 勇者は魔物使いの人柄と彼の従えている魔物たちのことを人事に伝えた。

 返事はNO。決定事項だと無視された。

 

「そ、そんな……」

「おのれ! なんて身勝手な!」

 

 話を聞き、聖女も戦士も憤る。

 魔物使いの人柄は仲間である二人もよく知っていたからだ。

 

 戦闘が魔物任せになる分、自身は率先して雑用をこなしてくれたし、彼の魔物たちも自分たちのことを仲間と認識し、大けがを負ってまで庇ってくれたこともある。

 

「くそっ! 俺は無力だ!」

 

 しかし、上層部の決めたことには逆らえなかった。

 勇者と祭り上げられていても結局、自分はなにもできない。

 無力感に苛まれる勇者。

 

「……わかった。そういう事情なら仕方がない」

 

 結局、魔物使いは追放されることを承諾。

 悲しみに暮れる聖女や怒りの納まらない戦士を宥めながら、彼はこう言った。

 

「でも、僕はいつか帰ってくるから。王国の連中にも口を出させないほど強くなって帰ってくるから!」

「ぴぎぃ!」「ゴブ!」「ギーガガ!」

 

 彼の強い意志に、魔物たちも賛同する。

 スライムのスラ太郎も、ゴブリンのゴブ太郎も、ゴーレムのゴ―太郎も、いつの日か再会することを約束し、彼らは別れを告げた。

 

 ――そして、決戦の日。

 

 派遣された賢者のミスで魔王の軍勢に囲まれてしまった勇者たちは絶体絶命のピンチを迎えていた。

 

「ぼ、ぼくは貴族だぞ! 見逃せば、それなりの報酬をびぎゃ!」

 

 みっともなく命乞いをする賢者だったが、頭を四天王の一人に頭を潰されあっけなく死んだ。

 

 後ほど聞いた話だが、彼はどこぞの貴族の子息だったそうだ。

 魔王討伐の名誉を望み、箔付のために人事部にコネを使って無理矢理ねじ込んできたらしい。

 賢者の称号も金で買ったようで、実力も大したことはなく、行く先々でトラブルを起こしていた。

 

「あれでは賢者じゃなくて小賢しい者だ」と言うのは戦士の評価である。

 

「くそ……! ここまでか……!」

「神よ……私たちをお守りください……!」

 

 戦士も聖女も死を覚悟した、その時であった。

 

「お待たせ! みんな! 助けに来たよ!」

 

 魔物使いが帰ってきてくれたのだ。

 どうやら別れた後、単独で修業を積み、約束を果たしに来てくれたらしい。

 その姿に全員が涙ぐむ。

 

「僕の仲間に手は出させない! いけ! 魔物たちよ!」

 

 その凛とした姿、いったいどれだけの研鑽を積んできたのかは分からない。

 彼の指示に従い、魔物たちは魔王の軍勢に突進していった。

 彼らの姿もまた、見違えるほどで……

 

「……おかしいな、あれ」

「どうしたんだい? 勇者」

「いや、おかしいんだよなぁ、あれ、スラ太郎だよね?」

「そうだよ」

 

 勇者の視線の先にいるスライムのスラ太郎は身軽さを活かし、魔王軍の兵士たちを次々に討ち取っていた。

 だが、問題はその姿である。

 

「……なぁに、あれぇ?」

 

 かつてキュートで愛らしいスライムだったスラ太郎は、まぁ、何と言うことでしょう。

 スライムの身体の下にムッキムキのマッチョボディが組み込まれておりました。

 

「うん、おかしいな。なんか変な成長遂げてるなスラ太郎」

「え? そうかな? いつも通りの姿だけど」

「いつも通りなのは頭部だけだな。ボディがすんげぇ鍛え上げられてるな!」

 

 鉄柱のような上腕二頭筋。鬼の形相が浮かび上がるまでに鍛え上げられた背筋。そして雄々しい大・胸・筋!

 鍛え抜かれた肉体美をさらけ出したその生物に最早、かつてのスラ太郎の面影はなかった。

 顔以外。

 

「あの後、スラ太郎は自分の非力さを嘆き、高名な武道家に弟子入りしたんだ」

「弟子入りしたんだ、じゃねぇよ。どんだけ鍛え上げたらああなるの? もうあれモンスターちゃう、クリーチャーや!」

「クリーチャーとモンスター、どう違うんでしょうか?」

「知らねぇよ! 自分で考えろや!」

「んとねぇ、怪物寄りなのがモンスターで生物寄りなのがクリーチャーかな?」

「なんで、そんなこと知ってんの!?」

 

 そうこうしているうちに、スラ太郎は次々と敵を討ち取っていく。

 魔王軍も攻撃するも、鍛え上げられた筋肉に傷一つ付けられることはなかった。

 それどころか……

 

「ぴぎぃ!」

「ぐわっ! な、なんだこれはびぎゃぼえぐびゃああああああ!?」

 

 スラ太郎が指で兵士の頭部を軽く突いた瞬間、肉体が膨張。兵士はそのまま絶叫し破裂し死んでいった。

 

「ふむ……中々やるなスラ太郎。あの素晴らしい肉体と言い我が騎士団にスカウトしたいくらいだ」

「いや、あれ見て感想そんだけ!? やばいよ! スラ太郎、なんらかの暗殺拳取得してるよ!」

 

 こんな時に至極真面目な感想を呟く戦士に勇者がツッコむ。

 それとほぼ同時に、四天王がスラ太郎めがけてツッコんできた。

 

「おのれ! このまま好きにさせておけるか!」

「あのスライムを討ち取れ!」

「いや、あれ、スライムなのか!?」

「知らんが、そうらしい!」

「やばい! 四天王勢ぞろいだ!」

 

 いくらマッチョになったスラ太郎といえども、分が悪い。

 加勢に行こうと勇者が残された力を振り絞り駆けだした。

 

 パァン!

 

「がふっ!?」

「……へ?」

 

 しかし、それよりも早く、破裂音が響き渡り、四天王の一体がその場に崩れ落ちた。

 銃撃されたのだろう。見れば眉間に弾痕がある。

 

「ぴぎゃ!?」「ぐあっ!?」「あぎゃ!?」

 

 続けざまにパァン! パァン! パァン! と三発。

 四天王の頭部に銃弾が撃ち込まれた。

 見事なまでのヘッドショットである。

 

「な、なにが……」

 

 目の前の出来事が理解できず固まる勇者。その背後に一体の魔物が姿を現れる。

 

「ナイスショット……相変わらずだね、ゴブ太郎」

「……任務完了」

「ご、ゴブ太郎!?」

 

 そこにいたのはゴブリンのゴブ太郎だった。

 しかし、それが同一人物(魔物)と理解できなかった。

 

 まるでこの世の地獄を見てきたかのような鋭い目つき。

 スラ太郎と見劣りしないまでに鍛え上げられた肉体にスーツを纏い、慣れた手つきでライフルに次弾装填するその姿は、まさに一流の殺し屋だった。

 

「ゴブ太郎は有名な暗殺者に弟子入りして、プロの暗殺者になったんだ。裏の世界では『ゴブゴ13』とか『ゴブリンスナイパー』の異名で恐れられているよ」

「間違ってる……お前、魔物の育て方間違ってるよ……」

「依頼料は指定の口座に振り込んでおけ」

「依頼料ってなに!? お前らそんなドライな関係だったの!?」

 

 かつての人懐っこい彼はどこへ……時の流れは残酷である。

 

「おのれ、勇者どもめ! とんだ伏兵を隠しておったとは……! ならば我が自ら引導を渡してしんぜよう!」

「ま、魔王!」

「ついに来るか……‼」

「よし! 出番だ、ゴー太郎‼」

 

 ついに姿を現した魔王に、勇者は聖剣を構えた。

 同時に魔物使いもゴーレムのゴー太郎を召喚する。

 

「ゴォォォォォォ!」

「おぉ! ゴー太郎は流石に変わってないな!」

「ゴー!」

 

 変わらない存在にちょっと安心する勇者。

 しかし、そうは問屋が卸さない。

 

「よし! ブレイブフォーメーションだ!」

「へ?」

 

 すると空から何かがこちらに向かってくる。

 

「あ、あれは?」

「五体のゴーレム!?」

「まさか……」

 

 勇者の予感的中。五体のゴーレムはそのままバラバラになり変形していく。そして……

 

「完成! ゴーレムオー‼」

『ゴォォォォォォォ‼』

 

 全長五〇メートルはあろう超巨大ゴーレムに合体したのであった。

 

「完全にファンタジーとしての世界観殺しにかかってる!」

「ゴー太郎はある功名な錬金術師に改造してもらったんだ!」

「改造っていうか魔改造だろ、これ!」

「いけゴー太郎! 魔王軍を殲滅しろ!」

『ゴーレムオー‼』

 

 魔物使いの指示に従い、ゴー太郎……改めゴーレムオーは魔王軍を蹂躙する。

 右手から放たれるロケットパンチ。左手のドリルアーム。胸から発射されるビーム光線。

 それらによって、魔王軍は最早壊滅状態である。

 

「もう、どっちが悪か分かんねぇ……」

 

 目の前の地獄絵図を前に勇者は呟く。

 心境的に「もう、こいつだけでいいんじゃないかな?」って感じなのである。

 すると、今まで事の成り行きを見守っていた聖女が魔物使いに尋ねた。

 

「後で、ゴーレムオーに乗せてもらっていいですか!?」

「なぜにこのタイミングで!?」

「いいよー」

「っしゃあ!」

「キャラ変わってません!?」

 

 搭乗許可を貰えてガッツポーズする聖女。

 どうやら少年の心を持っているらしい。聖女なのに。

 そうこうしているうちに、魔王軍は壊滅状態と化した。

 死屍累々の屍山血河。これを築いたのが三体の魔物であるというのが驚きだ。

 

「おのれぇぇぇぇぇぇ! よくも我が軍勢を! こうなれば貴様だけでもぉぉぉぉぉぉ‼」

「! しまった! 危ない!」

 

 いつの間にか接近していた魔王が魔物使いに殴りかかる。

 勇者が聖剣を、戦士が槍を手にして駆けるも間に合わない。

 聖女も同じだ。防御障壁の詠唱には時間がない。

 

「くそ! 魔物使い! 逃げろぉぉぉぉぉぉ!」

「遅い! これで終わりだ!」

 

 魔王の巨大な鉄拳が無情にも魔物使いに振り下ろされた。

 かに見えた……

 

「遅い、それは残像だ」

「なっ!?」

「お返しだ」

 

 その場にいた一同が仰天する。

 魔王が殴り倒したのは残像であった。

 完全に頭上を取られた魔王が防御するよりも早く、魔物使いは手刀を繰り出し。

 

「きえええええええええええ!」

「ぎゃああああああああああ‼」

 

 一刀両断。

 魔王は真っ二つに裂かれ、その場に倒れ伏した。

 呆気に取られる勇者たちを背に、魔物使いは呟いた。

 

「愚かな。魔物使いである僕が従える魔物よりも弱いと思ったか?」

「いや、マジでお前ひとりで十分じゃんんんんんん‼」

 

 こうして世界は救われた。

 

 余談ではあるが、今回の件で人事担当者が何者かに射殺されるという事件が発生したが真相は闇の中である。

 王国は巨大合体ゴーレムと言う軍事力を手にしようと、新たな魔王となった魔物使いと勇者一行と戦うことになるのだが、それはまた、別の話である。

 

 Fin

 

「いや、終われるかぁぁぁぁぁぁ‼」

 



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支援術師の場合

 

 ――昔から冒険者になりたかった。

 

 支援術師にしかなれなくても、努力して努力して、遂にはSランクに到達した。

 そして王国から直々に勇者パーティーにスカウトされて……けれど、待っていたのは報われない日々だった。

 

「お前、今日限りでクビな」

 

 とある宿屋にて。

 勇者に呼び出された支援術師はその言葉に絶句する。

 絶望する支援術師を前に、勇者はあからさまに馬鹿にして笑っている。

 それは取り巻きの女性陣も同じだ。女戦士も、弓使いも、僧侶もこちらを見下している。

 

「な、なんで……」

「あぁ? 決まってんだろ? お前が役立たずだからだよ。それくらい察しろよ、バカ!」

「た、たしかに、僕は戦闘では役に立たない。けど、他の雑用でカバーしてるじゃないか!」

「んなもん誰にでもできるっつーの! これから敵の本拠地に突入するんだ! お前なんぞいらねぇ。っていうか、俺のパーティーに野郎はいらねぇ。ギャハハハハハ!」

 

「わかったら、さっさと荷物おいて失せろよ、役立たず」と侮辱されるも、支援術師はうつむくしかなかった。

 相手は勇者だ。

 逆らっても、なんの得にもならない。

 

 自分にそう言い聞かせ、悔し涙を堪える支援術師。

 その時であった。

 

「よし! それなら私のパーティーに加入したまえ!」

「「だれだ、お前!?」」

 

 いや、ホント誰だ!?

 突如乱入してきた白銀の鎧に身を包んだ戦士の登場に、支援術師も勇者も驚愕する。

 

「だ、だれだ、てめぇは!?」

「HAHAHAHAHA! 申し遅れた。私は聖騎士団団長! 勇者として魔王を討伐せよとの任務を受け、はせ参じた!」

「はぁ!? なに言ってんだ!? 勇者は俺だぞ!」

「HAHAHAHAHA! 君こそ何言ってるんだ!? 魔王討伐と言う重要任務をパーティー一組だけに任せる訳ないだろう!」

 

 曰く、魔王討伐の任務は自分たち以外、ありとあらゆる組織の代表者に任されていると言う。

 

「さぁ! 支援術師くん! 我らと共に魔王を倒しにいこうじゃないか!」

「え? え? えぇ!? どういう事ですか!?」

 

 馴れ馴れしく肩を組む聖騎士団長に戸惑う支援術師。

 すると聖騎士は事情を説明し始めた。

 

 曰く、現在大陸中の国々が魔王討伐を目指し、勇者を送り込んでいる。

 しかし、魔王のいる領域は未知の領域で、多くの勇者パーティーがその命を散らしている。その原因の一つが「支援職の有無」だというのだ。

 

 魔王の領域は敵の本拠地。戦闘ではデバフの有無が物を言うし、安全な寝床や安定した食料の確保、武器の整備、その他もろもろの雑事に従事してくれる支援術師は欠かせないという。

 

「しかし昨今、支援術師は取り巻く環境は悪く、その数は年々減少傾向にある。ましてや魔王討伐なんて危険な任務に同行できる者などほんの僅かだ! そんな中、都合よく『ある勇者パーティーのSランク支援術師が不当に解雇されそうだ』と言う情報を入手してね。これはチャンスだと思い、ここ数日付け狙ってたんだよ!」

「付け狙ってたって言ったよ、コイツ」

 

 どうやら解雇されるまでずっとストーキングをしてた模様。

 道理でここ数日、妙な視線を感じたわけだ。

 

「そう言う訳で、支援術師くんはこちらで預からせてもらう! いいな?」

「いや、ぼくの意見は?」

「けっ、そんな役立たず、引き取ってもらえるんならむしろ有難いぜ。だがな、仮にも勇者パーティーから引っこ抜こうってんだ、相応のものは払ってもらうぜ?」

「あんたはあんたで図々しいなオイ。解雇したんだから、もう無関係だろうが!」

「うるせぇな! こいつらの狙いも魔王討伐なんだからライバルだろうが! 敵に無料で塩を送れるほど俺は寛大じゃねぇんだよ!」

 

 こいつはこいつでどういう思考回路なんだろうか。DQNな勇者はそう言って金をたかってきた。

 

「HAHAHAHAHA! 別に構わんよ! ヘッドハンティングするんだから相応の対価は払わせてもらうよ!」

 

 言うや否や懐から金貨の入った袋を取り出す聖騎士団長。

「おぉ! 話が分かるじゃねぇか!」と金に目がくらんだ勇者は袋を受け取った。

 

 グサリっ!

 

「は?」

 

 瞬間、背後から女戦士が勇者を剣で突き刺した。

 

「おいいいいい! なにやってんだ!? あんた!?」

「HAHAHAHAHA! ついでにライバルには消えてもらおうと思ってね! よくやった女戦士! 流石我が騎士団一のハニートラップの達人だ!」

「お褒めいただき光栄です。団長」

「ぐふっ……どういうことだ……」

「お前、さっき自分で言ったじゃないか『こいつらの狙いも魔王討伐なんだからライバルだろうが!』とな。だったら蹴落とすために間者を潜り込ませるのは当然だろう?」

 

 まるで養豚場から出荷される豚をみるような、冷めた目で勇者を見下す女戦士。

 どうやら彼女はスパイで情報を聖騎士団にリークしてたようだ。

 

「そんな……嘘だろ……昨日はあんなに愛し合ったじゃ……」

「お前の【お粗末さん】で満足する女なんかいるわけないだろ? 演技だ、演技。私をイカせたかったらオーク並みの太いのもってこい」

「トンデモネェこと言い出したぞ、この女」

「まぁ、貴様のようなクズ勇者が魔王を倒せる訳がない。精々返り討ちにあって着払いで死体を送り返されるのがオチだろう。だから我々が魔王討伐の任を引き継いでやる」

「そ、そんな……」

「あぁ、言い忘れたが貴様の横柄な態度は既に国に報告済みだ。国王からは『テメェ、クビ』と返事をいただいている。安心して逝くがいい」

「く、くそ、が……」

 

 ガクッと力尽きる勇者。

 最低な奴だったが、ここまで見事に裏切られると、いっそのこと哀れである。

 

「――と言う訳で支援術師くん! これからよろしく頼むよ!」

「この惨状見てよくそのセリフが吐けるな!?」

 

 汚い手を用いてライバルを始末し、いけしゃあしゃあと言う聖騎士。

 こいつ、聖騎士じゃなく暗黒騎士じゃなかろうか?

 

「って言うか、僕、入るって一言も――」

 

 と言いかけた瞬間であった。

 

 ドシュ! ドシュッ!

 

「「え?」」

 

 突如弓使いが矢を放ち、女戦士と聖騎士の脳天を射抜いた。

 二人はなにが起こったのか理解できないまま、その場に崩れ落ちる。

 

「よくやった、弓使い。さすがは我らが選んだハニトラ要員だ」

「誰!?」

 

 呆然とする中、突如天井裏から降りてきたのは鎧に身を包んだ屈強な男たちであった。

 

「いや、どっから現れてんの!? あんたら誰!?」

「俺たちか? 俺たちは魔王討伐を依頼された傭兵団だ。手ごろなSランク支援術師がいると聞いて、ここ数日狙ってたんだ」

「あんたらもかい!」

 

 どうやら自分は思いの外、自分と言う存在は価値があるようだ。

 まぁ、それは置いておいて……

 

「って言うか、弓使い! キミ、勇者の事好きじゃなかったの!?」

「笑止、私の好みは30代後半の少し悪っぽいおじ様。こんな若造、範囲外」

 

 ……つくづく勇者が哀れである。

 

「まぁ、事情は知っての通りだ。Sランクの支援術師なんて滅多にいねぇ。悪いが俺たち傭兵団に入ってもらう」

「いや、だから、僕の意見は……」

 

 と、言いかけた瞬間だった。

 

 バキィ!

 

「ゴフッ!?」

「《その命! 神に還しなさい!》」

「「「ぎゃああああああああああ!?」」」

 

 

 突如僧侶が弓使いの頭部をメイスで殴打。さらに傭兵たちに即死魔法を放つ。

 傭兵たちが息絶えたと同時にタンスの中から神官たちが現れた。

 

任務完了(ミッションコンプリート)!」

「よくやった! 僧侶!」

「いや、またこのパターン!? 今度は誰だよ!?」

「我らは聖神教会! 魔王討伐の命を受け参上した! Sランク支援術師よ、我らと一緒にくるといい!」

「今なら私で童貞を捨てるチャンスがついてきますよ」

「僧侶とは思えないセリフ! いやだよ! って言うかキミ、勇者は!?」

「私のストライクゾーンは14歳以下男の子です。あんな【ポークピッツ】対象外ですよ」

「うん、アンタが一番ひどいわ!」

「いいから、我らとともに来い! 嫌なら異端者として粛清してくれる!」

 

 最早ただのカルト教団である。

 流石に身の危険を感じた支援術師は窓から脱出を図る。

 

 ――そこで気づいた。

 窓にびっしりと人が張り付いていることに。

 

「ぎゃああああああ!? なんかいるぅぅぅぅ!?」

「な、なにやつじゃ!?」

「我ら魔王討伐の任を受けし暗殺集団! この支援術師は我らがいただく!」

「お、おのれ! そのようなこと許すか!」

「そうだ……そいつは……俺たち傭兵団のものだ……うぐ……」

「HAHAHAHAHA! よろしい! ならば戦争だ!」

「どいつもこいつも好き勝手しやがって! 勇者は俺だ!」

 

 窓を蹴破り乱入してきた暗殺者と対峙する教団。そこに復活した勇者・聖騎士・傭兵が加わりバトルロワイヤルの火ぶたが切って落とされた。

 

「もうやだああああああ! お家帰るうううううう!」

 

 飛び交う魔法・斬撃・弓矢・ナイフを掻い潜り、その場から支援術師は逃げ出した。

 

 ……しかし、彼の不幸はここからであった。

 逃げたところで「魔王の領域攻略にはSランク支援術師が必要不可欠」と言う事実が消える訳ではない。

 彼の身柄を狙うパーティーは数多く存在し、逃亡生活を余儀なくされたのだ。

 

 ある者は町の宿屋に潜り込んで――

 

「我ら独立義勇軍! 支援術師よ! 我らと共に魔王を倒そうぞ!」

「ぎゃああああああ!」

 

 やむを得ず野宿生活を送るも噂を聞きつけた連中が現れ――

 

「我々は自然保護隊! さぁ、魔王退治に出発だ!」

「いやだああああああ!」

 

 どこに行っても追われる身となった。

 

「お墓の中からこんにちは! 我ら戦乙女隊! 魔王退治に協力して!」

「いやこれ戦乙女の登場の仕方じゃないよね!? アンデッドの出現方法だよね!?」

 

 こうして支援術師の逃亡生活は続いた。

 日に日に増える追手に支援術師は身体共に限界が近づいていた。

 そして、ある日……

 

「おう、支援術師! いい加減戻って来いよ! 俺の名声の為に!」

「HAHAHAHAHA! 我らと共に魔王を倒そう!」

「ふざけんじゃねぇ! あいつの身柄は俺たちがもらう!」

「いい加減にしないと故郷の家族も異端者にしますよ? いいんですか?」

「くそう……なんで、こうなるんだよぉ……」

 

 ついに崖の上へと追い詰められてしまった支援術師は泣きながら自問する。

 目の前には自分を狙う追手たち。下は荒ぶる海。最早逃げ場はない。

 それでもにじり寄る追手たちから距離を取るため、後ずさる。

 

 ――それがいけなかったのだ。

 

「あ」

 

 極度の疲労でバランスを崩したのに加え、足場が脆かったのだろう。

 崖から足を踏み外してしまった。

 

「あぁぁぁぁぁ~……」

 

 支援術師はそのまま海へと落下。荒波へと呑まれ消えていった。

 

 

 

「船長! 目が覚めやしたぜ! どうしやす!?」

「とりあえず、消化にいいものを出してあげて。話はその後よ」

「へい! 分かりやした!」

「……ここは、どこ?」

 

 気が付けば支援術師は船の中にいた。

 どうやら、あの後奇跡的に助かったようだ。

 

「おう、兄ちゃん、とりあえず腹減ってるだろ! スープでも飲みな!」

 

 そう言って屈強な大男からスープを受け取り、いわれるまま支援術師はスープをすする。

 

「……おいしい」

 

 味付けは塩のみで、具もそんなに入っていないが、それでも久しぶりの食事に、支援術師は涙した。

 食事を終えると、一人の少女が姿を現した。

 話を聞けば、どうやらこの船は商船で、少女はなんと船長らしい。

 数か月前、病に倒れた父の代わりに船長に継いだという。

 

「引き継いだはいいんだけど、ちょっと人手が足りなくってね……」

「そ、それだったら、僕、手伝いますよ! こう見えて支援術師だったし! 一通りのことはできます!」

「本当!? じゃあ、お願いするわね」

 

 こうして、支援術師は船で働くこととなった。

 海と丘では勝手が違い、最初は手間取ったものの、すぐに慣れ、炊事洗濯なんでもござれ、さらには船医や砲手まで任せられるようになった。

 ほどなくして支援術師は少女と恋仲に落ち、共に大海原を行くパートナーとなる。

 

 やがて、冒険譚に憧れた支援術師は舞台を海へと変えて、名を上げることとなり新大陸の発見や海賊船相手の大立ち回りを演じることになるが、また別の話である。

 

 ……一方、支援術師を失った連中はやむを得ず魔王の領域に挑むも全滅。

 全員、死体となって着払いで送り返されたとさ。

 

 とっぴんぱらりのぷぅ。

 

 



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死霊術師の場合

 

 死霊術師を追放した。

 王国が「死霊術師など勇者パーティーに相応しくない。追放せよ」と難癖をつけてきたのだ。

 俺は勇者である以前に同じパーティーの仲間として、その命令を拒否した。

 だが、結局は押し切られてしまった。

 

「没落貴族のお前を勇者にしてやったのは我らだ。その指示に従えないなら他の者を勇者とする! そうすれば貴様の家族――母親はどうなるか考えてみよ!」

 

 ――そう言われてしまい、俺は結局、死霊術師を……友を追放した。

 父を早くに亡くし、女手一人で俺を育ててくれた母と天秤にかけたのだ。

 

 そんな彼が新たな魔王として自分たちの目の前に現れた時、「あぁ……これは罰なんだな……」

と思った。

 

「久しぶりだな勇者……これから貴様を墓場へと送ってやる」

 

 邪悪な笑みを浮かべる死霊術師に、かつての面影はない。

 単独で魔王を下し、新たな魔王となった死霊術師の力は本物だ。

 はっきり言って、俺たちが束になっても敵わないだろう。

 

 だけど最早、こいつは倒すべき敵なんだ。どれだけ力の差があろうとも、間違った道を進む友を俺は刺し違えてでも止めるんだ。

 己を奮い立たせ剣を抜く。

 戦いは始まった――!

 

 

 

「はい、こちら新しい四天王の暗黒司祭」

「は?」

「で、知ってると思うけど、こちら俺の友達の勇者くんね?」

「あ、あの……はじめまして……」

「あぁ、はい、はじめまして……」

「じゃ、あとは若い二人で……ごゆっくり、ね?」

「ちょっと待てコラ!」

 

 急展開についていけず、思わず昔のノリで立ち去ろうとする死霊術師を引き留める。

 戦いが始まったと思った瞬間、こいつは俺たちに転移の術を放った。

 目の前が暗くなったと思った瞬間、目を開けるとそこは魔王城の応接の間。

 そこでは上質なドレスを着た美しい魔族の少女が緊張した面持ちで座っており、俺は彼女と向かい合う形で座らされていたのだ。

 

「なぁ、これどういう事? せっかく覚悟決めてシリアスにまとめてたのに、なんで俺、お見合いとかしてんの?」

「ククククク……勇者よ、貴様を結婚と言う人生の墓場に送ってやる!」

「なに魔王っぽく言ってんの? 状況を説明しろ」

「へーへー、分かりましたよ。実はね……」

 

 そう言って昔のノリに戻った魔王こと死霊術師は事の経緯を話始めたのだった。

 

 俺たちと別れた後のこと。

 勇者パーティーを追放された手前、国には戻れば面倒ごとに合うと考えた死霊術師は、その辺をぶらついてたらしい。

 すると、ふと立ち寄った村で魔王軍の兵士が民に乱暴・狼藉を働いたのを目撃。

 それを助けたのを切欠にあれよあれよと革命軍の先導者に祭り上げられたのが発端だという。

 

「トップがクソだと苦労するのは民なのはどこもいっしょだなって思ったわ。まぁ、それで革命を起こしたわけよ」

「いや、でもよく魔王、倒せたな」

「そりゃ、四天王全員、魔王裏切ってこっちに合流したしね」

「四天王全員!? マジ!?」

 

 道理で四天王が守護するダンジョンなのに四天王いないと思ったよ!

 って言うか、魔王人望なさすぎだろ。

 

「なんか『消費税二十パーセントにするっ!』って言ったのが原因らしい」

 

 そりゃ、反乱も起きるわ。

 そうしてなんやかんやで魔王を倒した死霊術師はなんやかんやで魔王となり、なんやかんやで新生魔王として民からも慕われ、今に至る。

 

「で、いい加減、人間と戦争も止めたいなって思って、この状況を作ったわけだ」

「うん、そこが一番分からん! なんでお見合い!?」

「だって勇者が魔王軍の幹部たる四天王と結婚すれば、和平したも同然だろ。暗黒司祭は魔族の名門貴族の令嬢だからお前の家の復興も支援してくれるし、俺もお前と言う部下が手に入るし、誰も損しない」

「お前が一番得してない!?」

 

 誰が部下だ。誰が!

 

「そんなの勝手に決めるなよ! 大体他の仲間はなんて言ってるんだよ!? あいつら国から正式に派遣されてるんだぞ!? こんなの認める訳ないよ!」

 

 勇者パーティーにはあと三人、仲間がいる。

 魔を滅するために遣わされた聖女、国に忠誠を誓う騎士、立身出世を求める賢者だ。

 彼らがこのお見合いに賛成するわけが……

 

「初めまして! 魔王様! 本日より働かせていただくこととなりました騎士改め暗黒騎士です! 今後ともよろしくお願いいたします!」

「あぁ、御苦労さま。じゃあ、あっちで新人研修受けてきて。なにか分からなかったら四天王の魔将軍に聞いてね」

「はい!」

「……」

 

 ……一人既に裏切っていた。

 

「いや騎士ぃぃぃぃ! お前、なにやってんの!? 王国への忠誠は!?」

「そんなもん溝に捨てた」

「そんなあっさりと……!」

「ふんっ、あんな国王の下で働けるか! 毎日毎日、手取り十六万なんて低賃金でコキ使いやがって! その点、魔王軍の方がよっぽど待遇がいいからな!」

「……マジか」

 

 どうやら忠誠心が薄いのはうちの国王も同じらしい。

 近々、反乱が起きるかもしれない……

 生き生きと新しい職場へと向かう騎士を俺は見送る事しかできなかった。

 

「ちなみに賢者もヘッドハンティング済みだ。開発部四天王に抜擢した」

「賢者も!? ていうか開発部四天王ってなんだ!? 四天王って部署ごとに存在すんの!?」

「俺が新しく導入したんだよ。前は四天王だけで各部署回してたみたいだからな。今は総合四天王を筆頭に騎士団四天王・人事部四天王・開発部四天王・社員食堂四天王・事務員四天王と各部署に配置してる」

 

 ……社員食堂四天王・事務員四天王ってなんなんだよ。

 まぁ、賢者は仕方ないか。女だからと不遇な扱い受けてたって言うし、それなら正当に実力を評価してくれる組織の方がよっぽどいい。

 

「だけど、聖女は? 聖女は教会から魔を滅するように言われて……」

「あ、大丈夫。聖女はここの教会の支部の大司教になってもらうってことで話はついてるから」

「どんだけええええええ!? どんだけ根回しいいの!? お前!? っていうかよく教会と話付けたな」

「あー、それね死霊術で開祖蘇らせてお願いしてもらったんだ」

「そりゃ逆らえないよ!? だって開祖だもん! 開祖に難癖つけられないもん!」

 

 シレっとトンデモネェことやらかした死霊術師。

 教会開祖とか聖人と認定された人間は蘇らせるのは不可能のハズなのに、可能しやがったよ。

 

「いや~『世界平和のために協力して』って頼んだら二つ返事でOKくれてね。とりあえず『魔族は悪しきものに非ず。魔とはすべての人間の心の中に存在する負の部分である!』ってことで融和政策を図ってる」

「……流石開祖、徳が高い」

 

 そしてコイツも死霊術師としてのレベル高いだろ。

 

「まぁ、これでパーティー内に反対してる人間はいなくなった訳だから、お見合いに集中できるだろ」

「いや、でもさぁ……あの、お互い知らぬ身だし……」

「お見合いなんてそんなもんだ。それにお前のおふくろさんも来てるんだからな。きっちり見合いしとけ」

「は?」

 

 見れば見合いの席から離れたところに、なぜか王国で帰りを待っているハズの母がおり、こちらの視線に気づき手を振っていた。

 

「いや、なんでだぁぁぁぁぁぁ!? なんで母さん、魔王城にいんだぁぁぁぁぁぁ!?」

「俺が呼んだ」

「でしょうね!? って言うか、よく呼べたね!?」

「ついでに親父さんも呼んどいた」

「は!? 親父はもう死んでるんだぞ!? なに言って……」

 

 すると母の隣には一体のスーツを着たスケルトンが姿を現した。

 

「あれ親父ぃぃぃぃぃぃ!? なに態々、死霊術で蘇らせてんの!?」

「『息子見合いするから来て』って言ったら来てくれた」

「何さっきからシレっと、生と死の境界線無視してくれてんだ!」

「息子ヨ、早ク孫ノ顔ヲ見セテクレ」

「黙っとけ!」

 

 せめてもっとクオリティの高い状態で蘇らせて欲しかった。

 あれじゃあただのアンデッドだ。いやアンデッドだけど。

 

「勇者くん! せっかくのお見合いの席なんだからリードしなくちゃ!」

「母さん……この状況下になに一つ疑問を抱かないのか……?」

「じゃあ、あとは若い者同士で」

「いや、お前も若いもんだろうが」

「ジャ、ワシハ母サン久々ニハッスルシテクルカラ、オ前モ頑張レヨ」

「親父、自重しろ!」

 

 そう言って、相手方のご両親と退場していく我が両親と友は席を後にし、残されたのは俺と暗黒司祭だけとなった。

 

 ……俺にどうしろというんだ。

 

 たしかに暗黒司祭は可愛い。正直に言うと好みだ。胸がデカいのも高ポイントだ。

 だが、お互いに初対面だし何をしゃべればいいかなんて分からない。

 気まずい空気の中、時間だけが流れる。

 これが友を切り捨てた男への罰だと言うのだろうか?

 

(とにかく今はなにかしゃべらないと……)

 

 そう思い、俺は定番の一言を口にする。

 

「あの……ご趣味は……?」

「あ、えっと……拷問器具の収集を少々……」

「……」

 

 ……魔族との文化の壁は思ったより厚かった。

 だが、これで終わらせる訳にはいかない。

 友のために、家族のために、俺は覚悟を決めて戦いに臨む!

 

 俺の戦いはこれからだ――!

 

「あぁ、おばさん。デートなら勇者ランドのフリーパスありますよ?」

「あら、いいわね。遊園地だなんて初めてだわ」

「ウム! 久シブリに夫婦水入ラズト行コウカ」

「いや、お前ら、俺を放っておいてなにしてんの!?」

 

 ……前途多難かもしれないが。

 

 

 

 



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付与術師の場合

 

「付与術師……その……」

「分かってる。俺を追放するんだろ?」

「! 知ってたのか!?」

「薄々な。まぁ、潮時だろうな」

 

 そう言って、あっさりと付与術師は追放処分を受け入れた。

 

 追放を決定したのは国王だった。

 付与術師は父親が人間で母親が魔族の所謂ハーフ。

 差別意識の強い王国貴族にとっては難癖をつけやすいのだろう。

 国を仕切っていた聡明な王妃が病に倒れて以来、国王は王国貴族に言われるがまま。

 今回も審議もせずに「魔王軍と内通している可能性が高いので追放すべし」と言ってきた。

 

 勇者は自分の無力さを呪った。

 見れば、他の仲間も悔し気な顔をしている。

 苦楽を共にした仲間を、見ず知らずの連中の命令で追放しなければならないことに不満を隠せないのだ。

 

「魔王討伐にはキミの力が必要だと何度も言ったのに……なのに……」

「気にすんな。その気持ちだけでうれしいさ。今まで世話になったな」

 

 対して付与術師は気にしてないと笑っていた。

 その言葉に、態度に、ますます申し訳ない気持ちになる。

 

「でもまぁ、最後の仕事くらいはさせてくれ」

「最後の仕事?」

「あぁ、お前らの武器に付与術をかける」

 

 そう言って、全員が武器を渡すと付与術師は魔力を注ぎ込んだ。

 

「……よし。これでいい」

「なにをしたんだ?」

「ん? みんなの武器に『相手の弱点を正確に突く能力』を付与したんだ」

「シレっとトンデモネェことしてない!?」

 

 付与術師はその血筋故か天才的な能力を持っていた。

 

「これから魔王軍との本格的な戦いが始まるんだ。これくらいしてもバチはあたらないさ」

「それならもっと早く使って欲しかったような……」

「何言ってんの。人間楽してばかりじゃ成長しないだろ?」

「そうなんだけどさぁ……」

 

 正論故に言い返せない。それに裏を返せばここから先は手段を選んでいられないと言うのもあるだろう。

 せっかくの好意、ありがたく受け取る。

 

「じゃあな、みんな! 今まで楽しかったぜ!」

 

 そう言って付与術師は勇者パーティーを去った。

 彼の残してくれた付与術を無駄にしないためにも、改めて魔王討伐を決意する。

 

 

 

 そして迎えた魔王軍との決戦の日。

 城内に潜入した勇者パーティーを待ち構えていたのは魔王の側近である四天王だった。

 

「くっ! 強い……!」

「流石に四天王全員が待ち構えているとは思わなかったな!」

「でも、私たちには付与術師さんの残した武器があります!」

「こうなったらトコトンまでやってやるわよ!」

 

 聖女も戦士も魔法使いも己を奮い立たせて戦った。

 しかし、力量差は覆すことが出来ず次第に追い込まれていく。

 

「トドメだ、死ねぇ!」

「しまった、聖女! 危ない!」

 

 四天王の一人・オークキングの斧が聖女へと迫る。

 

 ――間に合わない!

 

 誰もがそう思ったその時だった。

 

「え?」

 

 彼女の手にした杖が強烈な光を放ったのだ。

 

「な、なんだ!?」

 

 その場にいた全員が目をふさぐ。

 やがて、視界が晴れるとそこにいたのは……

 

「わんわん!」

「い、犬……?」

「あら可愛い」

 

 そこには一匹の子犬がいた。

 

「え? なんで? なんでこんなところに?」

 

 あまりにも場違いな存在に呆気に取られていると、我に返ったオークキングが斧を振りかぶる。

 

「えぇい! 小癪な真似を! その畜生ごと斬り、捨てて……」

 

 しかし、その斧が振り下ろされることはなかった。

 仔犬はそのつぶらな目でオークキングをじ~っと見つめていたのだ。

 やがて、オークキングは斧を傍らに置き、そっと仔犬を抱き上げると、その場を後にしようとする。

 

「いや、アンタ、どこにいくのよ!?」

「だってここにいたら巻き込んじゃうし……」

「放っとけばいいでしょうが!」

「いや! ダメだろ! こんな可愛いのに!」

「どうしたお前!?」

「と、とにかく! こいつを外に出したらすぐに戻ってくるから……」

 

 そう言ってオークキングは仔犬を抱えたまま部屋を後にした。

 

「え? なにが起きた!?」

 

 突然の事態に呆気に取られる一同。

 すると聖女の手にした杖の先端からメッセージが浮かび上がる。

 

 

【オークキング】

>弱点:犬(特に小型犬)

>対象を前にすると魅了状態になる。

>昔はトップブリーダーを目指していた。

>最近、癒しを求めている。

 

 

「「「「「「「……」」」」」」」

 

 

 ……うん、なんだこれ。

 って言うか、あいつトップブリーダー目指してたの?

 

「ほ~れ、いくぞぉ! とってこ~い!」

「わんわん!」

 

 耳をすませば庭の方から仔犬と戯れるオークキングの声が聞こえてきた。

 なにやってんだ、ホント。

 

「えぇ? なにこれどういう仕組み!?」

「そう言えば、付与術師さん、前に私たちの武器に“弱点を突く能力”を付与していかれましたよね?」

「あー……あれか……」

 

 つまりオークキングの弱点を突いた結果、彼の大好きな仔犬が召喚されたと言う訳だ。

 

「こういうのって、属性的な奴かと思ってたわ……」

 

 予想の斜め上をいく展開に勇者は頭痛をこらえきれない。

 

「と、とにかく、一人減ったのは事実よ! このまま押し返すわ!」

「ふん、ちょこざいな! 返り討ちにしてやるわ!」

 

 魔法使いの言葉に勇者たちは我に返ると、戦闘再開。

 魔法使いはサキュバスと激しい魔法合戦を繰り広げる。

 

「ははははは! 人間にしてはやるじゃない! でも火力はこっちが上よ!」

「くっ! このままじゃ……!」

 

 徐々に押され始める魔法使いをいたぶるようにサキュバスの魔法を放つ。

 魔法使いも応戦するも、すべて障壁に防がれてしまう。

 だが異変は徐々に起こっていた。

 

「あ、あれ? あんた、なんかおかしくない?」

「はぁ!? なにを言って……」

 

 そう言って、サキュバスが自身の身体を見渡すと、見る見るうちに青ざめていった。

 

「な、なによこれぇぇぇぇぇぇ!?」

 

 ボン・キュ・ボンの均衡の取れていたナイスバディが、ボン・ズン・ボンのだらしない体へと変化していたのだ。

 

「わ、私の美しい身体がぁぁぁぁぁぁ!? 貴様、なにをしたぁぁぁぁぁ!?」

「わ、私は何もしてないわよ!?」

 

 泣き叫ぶサキュバスを前に、混乱する魔法使い。

 すると杖の先からメッセージが浮かび上がった。

 

 

【サキュバス】

弱点:体重

>攻撃を受けるごとに一キロ太る。(防御しても太る)

>体重維持に余念がない。

 

 

「「……」」

 

 ……いやこれ、女全員の弱点じゃね?

 

 恐るべきデバフ効果に女性陣は戦慄を隠せない。

 

「こ、こんな連中とこれ以上戦えるか! あたし、帰る!」

 

 そう言ってサキュバスは戦線離脱。

「ダイエットしなくちゃああああああ!」と言う悲鳴を残して。

 

「お、おのれ、オークキングだけでなくサキュバスまで退けるとは!」

「だが、まだだ! まだ、我らがいるぞ!」

 

 四対二と圧倒的な不利に立たされてもなお、闘志を失わない四天王・暗黒騎士とリッチ。

 暗黒騎士は勇者に斬りかかり、リッチは戦士に魔法を叩き込んだ。

 

「ぐっ! なんて魔力だ……!」

「ははははは! 既に死んだ身である我に弱点などない! 貴様らもここで終わりだ!」

「くそぉ……」

 

 盾で必死にガードするも徐々に押されつつある戦士。

 すると彼の盾になにかが浮かび上がる。

 

「な!? まさか俺の盾にも!?」

「ははははは! 無駄だ! 我に弱点などないと言った――!」

 

『犯人はヤス』

 

「……」

 

 ……どういうこと?

 突如現れた文字に、戦士は首を傾げる。

 すると、リッチは震えだし、杖を堕とし、膝をついてしまった。

 

「嘘だろぉ~……マジかよ……ネタバレすんなよぉ……家に帰ったら続き読むつもりだったのに……」

 

 見る見るうちに戦意を喪失するリッチに困惑していると、盾にメッセージが浮かび上がった。

 

 

【リッチ】

>弱点:ネタバレ

>ネタバレするごとにMPを削ることができる。

>精神で活動するアンデッドなどに最適。大ダメージを与えられる。

 

 

「いや、これ弱点って言うか迷惑行為だろ!?」

「うそ……まさか、ヤスが犯人だなんて……」

「おい、味方にも被弾してるぞ!?」

 

 ガクリと膝をつく聖女を見て戦士がツッコむ。

 どうやら彼女もネタバレ厳禁派だったようだ。

 

『ヒロイン死ぬ』『NTREND』

『主人公が二股する』『次回で打ち切り』

 

「やめろぉぉぉぉぉ‼ 我の楽しみを奪うなぁぁぁぁぁぁ‼」

 

 さっきまでの威勢はどこへやら。精神を打ちのめされたリッチはそのまま昇天してしまった。

 

「えぇー……こんな勝ち方あり……?」

 

 やるせない気持ちでいっぱいになる戦士。

 その背後では勇者が暗黒騎士に苦戦を強いられていた。

 

「くそっ! 強い……」

「リッチまで退けたようだが、ここまでだ!」

 

 ガキィン!

 暗黒騎士は聖剣を弾き飛ばすと、喉下に魔剣を突きつける。

 

「奇妙な術を使うようだがここまでだ。魔王さまの敵は全て排除する!」

「くっ……」

「勇者! こうなったら……」

「私も援護します!」

 

 とどめを刺されそうになる勇者を助けようと、聖女と魔法使いは杖を振るう。

 

「しょうもないもんだしたら恨むわよ、付与術師!」

「無駄だ! いかに弱点を突かれようと私には戦わなければならぬ理由があるのだ!」

 

 凄まじい光の奔流に真っ向から立ち向かう暗黒騎士。

 はたしてこの男に弱点などあるのか……?

 それでも今は付与術師の力を信じるしかない。

 光が収束し、付与された能力が発動した。

 

「なっ!? お前たちは……!」

 

 現れたそれに暗黒騎士は目を見開いた。

 そこには粗末な服に首輪をつけられた美女と、そっくりな少女がいた。

 

「え? どちらさま?」

「あなた!」

「パパ!」

「お前たち! なぜここに!?」

「「「「えぇぇぇぇぇぇ!?」」」」

 

 どうやらこの二人、暗黒騎士の妻と娘らしい。

 暗黒騎士は魔剣を放り捨てると妻子の下に駆け寄り、抱きしめた。

 

「良かった……魔王様――いや、魔王に人質にされていたのによく無事で……」

「牢獄に閉じ込められていたら、いきなり光に包まれて……ごめんなさい。私たちの所為で貴方にご迷惑を……」

「いいんだ! こうして無事会えたのだから!」

「え? え? どういう事?」

「ふむ、どうやら暗黒騎士は人質を取られて無理矢理戦わされていたようだな。見ろ、これを」

 

 

【暗黒騎士】

>弱点:家族

>先代魔王の頃より四天王の筆頭を務める一方、魔王軍内でも有名な愛妻家で良き家庭人。

>現在の魔王には忠誠心はなく、家族を人質に取られやむを得ず従っている。

 

 

「な、なるほど、だから能力で人質が召喚されたってわけね……」

 

 

>故に家族を人質に取れば倒せる。

 

 

「いや、外道か!」

 

 余計な一文に思わずツッコむ魔法使い。

 何はともあれ、これで暗黒騎士と戦う理由はなくなった。

 

「すまない……妻子を助けてもらい、なんと礼を言っていいか……」

「あはははははは……まぁ、困った人を救うのが私たち勇者の使命ですしね……(メッセージのことは黙っておこう……)」

「ここは危険なので後のことは私たちに任せて、ご家族と逃げてください!」

「あぁ! 重ね重ねすまない!」

 

 そう言って、暗黒騎士と家族はその場を後にした。

 

「ふぅ……助かった……」

「まさか、四天王全員を退けるとは……付与術師はいい仕事をしてくれた」

「まさにGJです!」

「いや、いい仕事かな、これ……?」

 

 何はともあれ、四天王を全員退けることができた。

 あとは魔王を残すのみ。

 体制を立て直そうとした聖女が回復魔法を唱える。だが……

 

『ははははは……! よく来たな勇者ども。四天王どもは全滅したようだが、どうやら満身創痍のようだな……!』

「その声は魔王!?」

「ちょっと! まだ、回復は終わってないのよ!?」

『くくくくく……それは好都合だ、貴様らを屠るのに余計な力を使わなくて済むからな!』

 

 どうやら回復させる間もなく、自分たちを倒すつもりらしい。

 ボロボロの自分たちをあざ笑いながら魔王が姿を現す。

 

「不意打ちとは卑怯だぞ!」

「なんとでも言え! さぁ、勇者ども! ここで朽ち果てるがよオンッ!?」

 

 しかし、セリフを最後まで言うことはなく、魔王はその場に倒れ伏した。

 

「え? ど、どうしたの……」

 

 突如、悲鳴を上げ倒れた魔王に困惑していると、先ほど暗黒騎士に弾かれた聖剣が、魔王の尻に刺さっているのを発見。

 案の定、剣から光が放たれメッセージが浮かぶ。

 

 

【魔王】

>弱点:痔

>日頃の不摂生がたたり、重症化している。

>今日も血が出た。

>ここを狙えば一撃で倒せる。

 

 

「「「「……えぇー……」」」」

 

 あまりにもあんまりな弱点に勇者たちは言葉を失った。

 ラスボスだぞ?

 最終決戦だぞ?

 なのに、痔で死亡とか……

 あまりの絵面の酷さに勇者パーティーは言葉を失った。

 

 

 とにもかくにも魔王は討伐された。

 これで、めでたしめでたしとなる筈だったが、現実はそうもいかないらしい。

 国に戻った勇者たちを待ち受けていたのは、槍を突きつける兵士たちと、それを見て邪悪に笑う国王と貴族たちであった。

 

「どういうことです!? 僕たちは魔王を倒しました! なのに、なぜ剣を向けるのですか!?」

「ふん、知れたことを……魔王は世界の脅威。それなら魔王を倒した貴様らはそれ以上の脅威だからだ」

 

 故にここで始末する。

 王の合図とともに四天王との戦いでボロボロの勇者たちを兵士たちは取り囲む。

 

「くそっ! 最初から魔王を倒したら僕たちも殺すつもりだったのか!」

「ふざけやがって……!」

「酷いです!」

「ここまで腐ってたのね……」

「なんとでも言え! 貴様らは魔王と相打ちになったことにしてやる。だから安心して死んでけ!」

「くそおおおおおお!」

 

 自分たちの戦いはなんだったのか!?

 こんな連中の為に戦ったのか!?

 絶望のあまり勇者が慟哭する。

 

 その時だった。

 

「え?」

「なにごとだ!?」

 

 勇者の聖剣、戦士の盾、魔法使いと聖女の杖から光が放たれ、巨大な魔法陣が作られる。

 そして、その魔法陣から現れたのは――

 

「お、王妃!?」

「え? 王妃さま!?」

 

 そう、そこにいたのは病に伏して療養中の王妃だった。

 しかも、その顔は病人特有のやつれたものではなく、生命力に満ち溢れた生き生きとしたものだった。

 

「久しぶりね、あなた? 私がいない間、好き勝手やってくれたようねぇ……」

 

 おまけに額には青筋が浮かんでいる。

 彼女から放たれるプレッシャーは凄まじく、魔王の比ではない。

 

「な、なぜ!? お主は療養中のハズでは……」

「それがねぇ、旅の付与術師さんが私の下に来てくださって【状態異常無効化】の付与術をかけてくださったのよ」

「え? 付与術師?」

「その付与術師さんによると、どうも私の病気って付与術の一つだったらしくてねぇ……それも割と禁術に近いもので、解呪するには魔族の血が必要な国家機密クラスのものらしいんだけど……なんで、そんなものが私にかかってたのかしらぁ?」

「あばばばばばば……」

 

 

 笑顔で問いただす王妃を前に、国王も貴族たちも見る見るうちに青くなる。

 兵の中には失神者や失禁者も出る始末だ。

 

「ちょっとお話、聞かせてもらおうかしら?」

 

 言って王妃は拳をバキボキ鳴らす。

 そう言えば聞いたことがある。

 王妃はかつて一国の軍を一人で壊滅に追い込んだ伝説の格闘家だったとかなんとか……

 そこまで思い出した瞬間、兵士たちは宙を舞っていた。

 

「破ぁぁぁぁぁぁ‼」

「ぎゃあああああああ‼」

 

 まるでドラゴンの軍団が行進するかのような地響きが鳴り、あっという間に王国軍は全滅。

 王妃は国王の襟首をつかむと、そのでっぷり太った胴体にボディブロー叩き込む。

 

「てめえ! 私がいないうちに! 不正貴族とつるみやがって!」

「おぶ!? えぶ!? おご!?」

「おまけに国を救った勇者たちを! あろうことか! 処刑しようとしやがって!」

「すいません! すいません! すいません!」

「もうテメェには愛想が尽きた! 今この場で叩き潰したらぁぁぁぁぁぁ‼」

「ぎゃぴいいいいいいいい‼」

 

 問答無用でボコボコにされ、国王は豚のような悲鳴をあげた。

 これは最早DV(ドメスティックバイオレンス)なんて可愛らしいものではない。

 DG(ドメスティックジェノサイド)だ。

 荒ぶる王妃にドン引きしていると、不意に一人の兵士が手招きする。

 

「お~い、みんな~こっちこっち、早くこいよ~」

「付与術師!?」

 

 それは兵士の格好をした付与術師だった。

 隣には馬車が用意されている。

 どうやら逃亡経路までばっちり用意してくれていたようだ。

 

「いや~、間に合って良かったわ~、俺の付与術は役に立ったか?」

「あ、あぁ! おかげで助かったよ!」

「そいつは良かった。それじゃあ、逃げるぞ!」

「この馬車どこに向かってるんだ?」

「ん~? 商会やってる知り合いの支援術師が新大陸見つけたって言っててな。ほとぼりがさめるまでそこで厄介になろうと思ってな」

「マジか。ホント、いい仕事してくれるなぁ、お前」

「新大陸かぁ……どんなとこだろうなぁ……」

「どんなとこでもいいさ。またお前らとバカやれるんだからな!」

 

 そう言って馬を走らせる付与術師を横目で見つめて、勇者は思った。

 

 

 ――本当にこの付与術師はいい仕事をしてくれる。

 

 

 

 

 



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鍛冶師の場合

 

「なぁ、勇者様よ」

「なんだい、鍛冶師」

「俺、お前のパーティーから追放されたよな?」

「そうだよ」

「もう、俺、必要ないんだよな?」

「あぁ、少なくても僕たちのパーティーにはね」

「うん、そうだよな。そう言ったよな。それじゃあさぁ、ここどこよ?」

 

 言って鍛冶師は自分の足元……と言うよりいる場所を尋ねる。

 暗闇に覆われ、外には赤い月が昇り、奥の玉座には……

 

「よく来たな、勇者ども。待ちくたびれたぞ」

 

 圧倒的強者の貫録を見せつけている人類の敵・魔王の姿があった。

 

「もう一回、聞くぞ? ここどこよ!?」

「魔王城」

「そうだよな!? 最終目的地だよな!? ラスボスの御前だよな!?」

「言っただろう?『キミはもうパーティーには必要ない』って」

「あぁ、言ったな」

「だからキミの力を必要としている魔王軍に入隊してほしいんだ」

「OK、分かった。一回落ち着こう。……ホント、どういう事!?」

 

 訳が分からない!

 なんで敵対する勢力に自分を入隊させるのか。

 まったくもって分からない!

 仮にスパイ活動して来いという意味だとしても、魔王の目の前で言ったら意味がないだろう。

 混乱する鍛冶師。

 すると勇者がようやく説明を始める。

 

「先日、僕たちに女神さまが聖なる武器を与えてくれたのは覚えているかい?」

「覚えてるよ」

 

 思えば、あの時ほど腹が立った日はなかった。

 自分は勇者たちの武具の整備のため、非戦闘員にも関わらず神殿のお偉いさんから無理やり勇者パーティーに加入させられた。

 しかし、そんな自分の存在意義を奪うかのように女神は勇者たちに聖なる武器を与えたのだ。

 これらは女神の力によって破損も消耗もすることはない。

 まさに鍛冶師を必要としない武器だ。

 おまけに自分にはなにも与えてくれなかった。

 故に鍛冶師は荒れた。

 無理矢理自分をパーティーに入れておいて、用済みだと言わんばかりの仕打ちに耐えきれなかった。

 なので、その日の夜。メンバーの武器にこっそり細工を……

 

「そう。キミは聖なる武器に細工をした。しかし、それによって一つの真実を得ることができたんだ」

 

 そう言うと、勇者は聖剣を鞘から抜き柄の部分に取り付けられたスイッチを押した。

 聖剣に取り付けた動画再生機能である。

 勇者に盗撮疑惑を与えるためにつけたそれは、しかし、衝撃的な瞬間を捉えていた。

 

『クックック、人類と魔族を互いに争わせ、困窮したところに救いの手を差し伸べ、信仰させる……女神殿、お主も悪よのぉ』

『いえいえ、力を餌に魔族を手なずけた邪神様ほどではありませんよ』

「……なぁに、これ?」

「女神と邪神の密会現場だ。一時的に聖剣をお貸しした後に、偶然録画されてた」

「マジか!」

「やつらは、人間たちから信仰心を得るために手を組み、僕たちを苦しめていたんだ!」

「マジか!?」

 

 まさか、いたずらでつけといた機能がこんな世界の真実を撮影していたなんて、予想外にも程がある!

 

「え? これ、マジなの!? ドッキリじゃなくて!?」

「そう思い、私も神託を得た時に質問したのですが、そしたら……」

 

 そう言って聖女が取り出した錫杖が『ブッブー、アウトー』と間抜けな音を鳴らした。

 たしかあれは……

 

「この『うそ発見器付き錫杖』が嘘判定を鳴らしたのです」

「マジか!」

 

 それ神にも反応したの!?

 やべぇじゃん! 俺、知らないうちにトンデモネェもん創ってんじゃん!

 

「これを見て確信した。僕たちは人間と魔族と争っている場合じゃないと」

「その通り! 我々が戦うべき相手は神! 奴らがいる限り我々に自由はない!」

 

 魔王は玉座から立ち上がり、勇者に向かって歩み寄る。

 そして手を差し出し、勇者もそれに答えた。

 

「障害は多い! 互いの種族が手を取り合うまで時間はかかるだろう! だが、ここで神々を倒さねば、僕たちはずっと神の奴隷のままだ!」

「未来の為、子孫の為! 我らはここに同盟を結ぶ!」

 

 ――こうして、人と魔族は一つとなった。

 

「いや、おかしいだろぉぉぉぉぉ! 完全にこの流れはおかしいだろぉぉぉぉぉぉ!」

「まぁまぁ、これでも飲んで落ち着け」

 

 すると聖騎士が聖槍の穂先から冷たい麦茶を注いでくれた。

 聖槍に取り付けた【ドリンクバー機能】である。

 

「いや、お前もなに使いこなしてんの!?」

「ははは、最初は驚いたが慣れると便利でな。近々聖騎士団でも正式採用される予定だ」

「すんな。お前ら、寛容すぎだろ」

 

 普通、神から授けられたものにしょうもない機能つけたら、ぶち殺されても文句はいえない。

 まぁ、その神もしょうもない連中だったわけだが。

 

「まぁ、と言う訳で僕たちは同盟を結んだわけだが、ここでキミに頼みがあるんだ!」

「な、なんだよ……」

「鍛冶師、キミを追放する。その代わりに魔王軍で対神兵器の開発責任者として力を振るってほしい!」

 

 ……これ、追放じゃなくて転属じゃね?

 

「現在、我々魔王軍では最終戦争に向けて、神殺しの武器を製作中なのだ。だが、一向に開発が進まん。故に貴様の手を借りたい」

「いや、魔王様? 無理ですよ? ボク、普通の鍛冶師ですよ?」

「謙遜するな。聖剣や聖槍といった人類にとってブラックボックスそのものである神の武器に改良を施したのだ。そんな貴重な人材を放置しておくのは惜しい。ぜひ、魔王軍で才を発揮してくれ」

 

 ――そうだった。普通にしょうもない機能を付けたけど、よくよく考えたら、技術的にもトンデモネェことしてたわ。俺。

 

「頼む鍛冶師よ! 力を貸してくれ!」

 

『頭を下げる魔王。魔族の頂点に立つ漢が頭を下げるその姿は、鍛冶師の心を揺るがした』

「ちょっと、狩人さん。聖なる弓に取り付けた『ボイスチェンジャー』でナレーション流さないでください?」

『~~♪』

「ついでに『音楽再生機能』で大陸の情熱的な音楽流すな」

 

 ここぞとばかりに狩人が場の流れを持っていこうとするのを咎め、鍛冶師ははっきり断ろうとする。だが……

 

「そんなことを言わないでください! 鍛冶師さん!」

「誰!?」

 

 いつの間にいたのか、そこには夥しい数の魔族の姿があった。

 

「俺たちはアンタの技術力にほれ込んだ、魔王軍工兵部隊の者です!」

「あんたの技術力は人類の未来を切り開くものだ!」

「ただの鍛冶師が神をも倒せるところ見せてやろうぜ!」

 

 職人魂を燃やし、瞳に炎を灯した魔王軍の兵士たちに迫られ、鍛冶師は逃げ場をなくした。

 完全に「NO!」と言える空気ではない。

 

「鍛冶師よ! 頼む!」「僕からも頼むよ鍛冶師!」「鍛冶師さん!」「鍛冶師!」

 

 魔王やパーティーの仲間からも迫られる。

 狩人は再びBGMを流すタイミングを見計らっている。喋れや。

 

 ――結局、鍛冶師は勇者パーティーを追放され、魔王軍にてその腕を振るうこととなる。

 

 人類に反逆された神々は怒り狂い、その牙を向けてきたが、鍛冶師率いる魔王軍工兵隊の作り上げた対神兵器に討ち取られていく。

 

 そして、最終決戦にて。

 邪神と融合した女神に苦戦する同盟軍を助けるため、最終兵器『聖魔合体巨人・エクスカイザー・ダークキングSP』を起動。

 魔王と勇者パーティーの乗り込んだエクスカイザーの一撃により、神々との戦いに終止符は打たれたのだった。

 

『晩年、仲間の狩人と結ばれた鍛冶師はこう語る。『アレ、もう剣じゃないよね?』と……』

「いや、お前が締めるのかよ!?」

 

 『ちゃんちゃん☆』

 



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遊び人の場合

 

「すまない、遊び人。キミを追放する」

「そ、そんな……なんで……」

「魔王の侵攻が思ったより早くてな……キミが賢者に転職するまで待てなくなったんだ」

「そ、そんな理由で……」

「だが、これもキミの為なんだ! 賢者になれない今、大事な仲間をむざむざ危険な戦場に送る訳にはいかない! 頼む! パーティーから出て行ってくれ!」

「ッ……!」

 

 遊び人などと言うふざけた職業の自分に真摯に謝罪する勇者になにも言えなくなった。

 それよりも自分が情けなく感じ、遊び人は項垂れたまま、パーティーを去っていった。

 

「良かったのですか? 彼を追放して……」

「あぁ……」

「彼が賢者になるための修行をしていたのを、知っていたのに?」

「……あぁ、恨まれても仕方ないよ。だけど、にわか仕込みで勝てる相手ではないのはしっているだろう?」

 

 この世界に数多く存在する魔王の中でも自分たちが戦うのは生粋の過激派。

 戦いを挑んだ名だたる勇者たちは全員八つ裂き。王都に叩き返される中、残った勇者は自分たちだけ。

 せめて多彩な魔術を操れる賢者がいれば、なんとかなるかもしれない。そう思って賢者に転職できる遊び人を仲間にしたのだが、レベリングが間に合わなかった。

 故に犠牲を減らすために彼を追放したのだ。

 

「遊び人には生きて戻ってきたら謝罪するさ……生きて戻ってきたら、な……」

 

 覚悟を決めた勇者。

 そんな彼を聖女は悲し気に見つめるのだった。

 

 そして、決戦の日。

 

 魔王軍の四天王を辛くも倒したものの、勇者たちは魔王の呼び出した大群に囲まれていた。

 満身創痍。聖剣も折れ、鎧も砕け、魔力もない。それでも負ける訳にはいかない!

 己を振り立たせ軍勢に挑もうとしたその時、彼は帰ってきた!

 

「お前は遊び人!」

 

 そう。かつて、遊び人と呼ばれた少年は通常の方法では間に合わないと悟ると、命の危険すら省みず血の滲むような努力を重ね、見事転職を果たしたのだ!

 

 遊び人と呼ばれた少年は単身、魔王軍の前に飛び出し攻撃を始めた。

 

 手にしたクナイで敵を斬りつけ、手裏剣で遠くの敵を射抜き、影となりて縦横無尽に戦場を駆け巡る!

 

「うん! これ忍者だ!」

 

 そう。遊び人は転職を果たした。

 しかしそれは叡智を司る賢者ではなく、闇に生きる忍者だったのだ。

 

「おいいいいいい! あいつ、なにに転職してんだ!?」

「お待たせいたした勇者殿! 拙者、無事転職を終え、恥ずかしながら帰ってきたでゴザル!」

「拙者!? ゴザル!? もう、完全に忍者じゃん! 遊び人の面影ゼロだよ!?」

「いえ、勇者様! 一応“にん”とついてますから、ゼロと言う訳では!」

「そうだな。それに“賢者”と“忍者”たった一文字違いだしな」

「たった一文字違うだけでまったくの別物になってるよ?」

 

 聖女と武闘家がフォローをするもそんなのなんの慰めにもならない。

 いかに俊敏に動けても、この大群相手。賢者の強みである広域魔法がなければ――

 

「喰らえ! 忍法・火遁“灼熱地獄(ヘルインフェルノ)!」

「ぐああああああ!」

「水遁“大津波(ダイタルウェイブ)!」

「ぎゃあああああ!」

「土遁“大地崩壊(グランデス・ビックバン)ッ!」

「ぎょえええええ!」

 

 ――なくても大丈夫だった。

 

「なんでだぁぁぁぁぁぁ!? あれ忍法じゃなくて魔法! なんで忍者が賢者顔負けの魔法使えてんだ!?」

「どうやら忍ばない方の忍者だったみたいだな」

 

 なにはともあれ、無事殲滅を完了。

 魔王軍は崩壊した。

 

「さぁ、残るは魔王のみでゴザル! 御屋形様! いざ参られよう!」

「誰が御屋形様だ!?」

 

 しかし、快進撃もここまでであった。

 最後に控えた魔王の圧倒的強さを前に、勇者パーティーは再び窮地に立たされる。

 

「くっ……これが魔王……」

「なんて強さなんだ……」

「このままでは……」

「殿! ここは拙者にお任せくだされ!」

「誰が殿だ! 呼び方一つに統一しろ!」

 

 勇者のツッコミをいなし、遊び人改め忍者は複雑怪奇な印を結び始める。

 

「な、なにをする気だ」

「ふふふ……拙者、忍者の修行の傍らで賢者の修行もこなしていたのでゴザル! しかし、経験値が足りず今まで転職ができなかった。だが――」

「そうか、魔王軍を倒したからその経験値で今度こそ賢者にクラスチェンジするのか!」

「左様! いくでゴザル! 忍法・秘伝“転職の術”!」

 

 すると、忍者の足元に魔法陣が展開。

 眩き光に包まれ、忍者はその姿を変えた。

 

「あ、あれは――!」

「忍者なのか!?」

 

 光が晴れ、賢者へと姿を変えた忍者が姿を現した。

 

「ウホオオオオオオ‼」

 

 黒い体毛に覆われ、厚い胸板を手のひらでドラミングするその姿、まさに賢者――

 注:ゴリラはドラミングをグーではなくパーで行います。

 

「いや賢者は賢者でも森の賢者ぁぁぁぁぁぁ!」

 

 そう。忍者が転職を果たしたのは森の賢者こと“ゴリラ”であった。

 

「ウホ! ウホホ! ウホッ!」(さぁ、来い魔王! 僕が相手だ!)

「いや、ウホウホ言ってて分かんないんだけど!?」

「ウホ! ウホウホウホ! ウホッ!」(僕の仲間には手を出させない! 絶対に世界をお前に渡すものか!)

 

 そう言って大胆にも魔王に立ち向かう忍者改めゴリラ。

 その胆力、とても神経質なゴリラとは思えない。

 

「そうか。奴は最初忍者に転職したことでメンタルがハンパなく鍛えられたのか!」

「それを考えての転職だったのですね!」

「多分、違うと思う」

 

 ちなみにゴリラは全員B型だと言うが、厳密には違う。

 ゴリラの中でも数の多いニシローランドゴリラがすべてB型なだけなのだ。

 ヒガシローランドゴリラはO型とB型。

 マウンテンゴリラにいたってはO型とA型だけでB型はいないのである。

 

 閑話休題。

 とにかく、ゴリラは果敢に魔王に挑んだ。

 魔王が召喚した悪霊の群れを指パッチンで消し去ったり、魔王の火炎魔法を杖を振り回して消し去ったり、二トンもの腕力で肉弾戦を挑んだりと、死闘を演じ追い詰める。

 

「く……見事だ、忍者……いや、ゴリラ? とにかく余を追い詰めたのは褒めてやる。だが、貴様はこれに耐えられるかな?」

 

 そう言って、魔王が取り出したのは――

 

「ほれ、バナナだ。所詮はエテ公。食欲には逆らえまい」

「想像以上に舐められてる!」

 

 おやつに持ってきたバナナをチラつかせ服従を迫る魔王。

 しかし、ゴリラはバナナに目をくれず、魔王にアイアンクロ―を炸裂させた。

 

「ぎゃあああああ! なんでぇぇぇぇぇ!?」

「ウホッ!」(そんなもので釣られる訳ないだろう!)

「そもそも野生のゴリラはバナナあんまり食べませんしね」

「セロリやタケノコなど、繊維質が多い植物を好んでたべるよな」

 

 こうして五○○kgを誇る握力を身体魔法で強化されたアイアンクロ―の前に魔王は降参。

 世界は救われたのだった。

 

「いや、これでいいのか? ホントに?」

「ウホ!」(終わり良ければ総て良しです! 勇者様!)

 

 ちなみに勇者はこの後、ゴリラを元の遊び人に戻すために新大陸に旅立ったのだが、それはまた別の話である。

 



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商人の場合

 

 ――まずい……まずい……これはまずい……

 

「や、殺っちまった……‼」

 

 血のついた灰皿をその場に落とし、商人は我に返る。

 とある勇者パーティーのパーティーハウスの一室。

 商人の目の前に倒れているのは、聖剣に選ばれ魔王を倒す使命を帯びた勇者。

 いや、“だったもの”と言うべきだろう。

 

 きっかけは些細なこと。

 旅を続けるにつれ増長し金遣いの荒くなった勇者に苦言を申し出たところ、追放宣言を受けたことが切欠だった。

 

「お前は勇者パーティーなのに金にがめつい」

「お前のような欲深な奴は勇者パーティーに相応しくない」

「だから今日限りで追放だ」

 

 日頃の言動を棚に上げ、商人を罵倒する勇者に堪忍袋の緒が切れた。

 自分は国王から直々に勇者パーティーの財政管理を任された身だ。それに旅の資金は国民の税金から賄われている。

 断じて娼館やギャンブルに浪費するための資金じゃない。

 憤怒に支配された商人は灰皿を手に取ると勇者の後頭部に振り下ろし――

 気づいた時には勇者は倒れ伏していた。

 

「まさかこんな時に会心の一撃を出しちまうなんて……」

 

 商人は知らなかった。

 過酷な魔王討伐の旅の中で自身の身体能力が鍛え上げられていったことに。

 しかし、その事実に気づかないまま商人は頭を抱える。

 このままでは身の破滅だ。

 なんせ魔王を倒すべき勇者を殺害してしまったのだ。

 バレたら自分どころか、一族全員処刑されてしまう。

 なんとかしなければ……!

 

 すぐに床についた血をふき取り、処分すべき灰皿をリュックに入れる。

 問題は勇者(死体)である。

 

(解体して井戸に捨てるか? それとも、山中に埋めるか? ダメだ、リスクが高すぎる!)

 

 死体の始末について頭を悩ませていたその時だった――

 

「勇者勇者勇者! やったぜ! ついにやったぜ!」

「うぉぉぉぉぉぉ!?」

 

 扉をバーンッ! と開けて、入ってきたのは武闘家だった。

 普段からわんぱく坊主をそのまま大人にしたような人物だが、今日はいつにも増してテンションが高い。

 

「お!? 商人お前もいたのか!?」

「きゅ、急にドア開けるなよ!? ビックリしたぞ!?」

「おう! 悪い! 実は遂に最終奥義が完成したから見せたくってよ‼」

「そ、そうなんだ……(ヤバい、勇者まだ床に倒れたままだ……)」

「ん? 勇者、寝てんのか? ダメだぞちゃんとベッドで寝てないと、風邪ひくぞ?」

(馬鹿で良かった!)

 

 倒れた勇者(返事がない)をベッドに寝かせ、布団を掛けてあげる武闘家を見ながら商人は内心、穏やかではなかった。

 

(どうしよう……人に見られた……こいつも殺すか? ……無理だなぁ……)

 

 武闘家は強い。多分パーティー最強だ。

 この間、大陸の新兵器である銃で胸を撃たれても――

 

「くっ! 大胸筋を鍛えてなかったら死んでたぜ!」

 

 ――ほぼノーダメージだった。

 

 故にいくら勇者を殺せてもこいつは無理だ。

 また運よく会心の一撃が出たとしても、HPが残る可能性の方が高い。

 そもそも灰皿の方が砕けかねない。

 

(まぁ、こいつ馬鹿だし、なんとか口八丁で丸め込んでごまかそう……)

 

 そう考えた商人は適当に話題を出し、帰ってもらうことにした。

 

「で、奥義ってなに?」

「あぁ! 実は俺の兄弟子から教わった究極奥義を遂に習得できたんだ! で、それを見てもらいたくてよぉ!」

「へ、へ~、そうなんだぁ……」

「けど勇者寝てるしなぁ……そうだ! 商人! お前見てくれよ!」

「え? 俺!? い、いいよ、明日、皆に見てもらえば?」

「かたい事言うなよ! 俺は今、見てほしいんだ……」

「そ、そうなんだ……じゃあ、見せてもらおうかな……?」

 

 そう言って商人は武闘家の最終奥義とやらを見せてもらうことになった。

 

「危ないから壁際に立っててくれ! 下手したら部屋壊れちまうかもしんないし!」

「え? じゃあ、外でやろうよ!?」

「いやだよ! 雨降ってるし!」

「部屋壊される方が嫌だよ!?」

 

 ちなみにこのパーティーハウスは商人の私物である。

 勇者に無理矢理買わされたものだ。

 

「いくぜぇぇぇぇぇぇ! はぁぁぁぁぁぁ‼」

 

 商人の抗議に耳も貸さず、早速奥義の準備をする武道家。

 すると……

 

「痛てぇ……おい、テメェ、商人、こんな事してタダで済むと思ってんのか!?」

「!? ゆ、勇者! 生きていたのか!?」

 

 どうやらギリギリHPが残っていたらしい。

 復活した勇者(なんとか無事)がベッドから起き上がり、ヨロヨロと歩きながら、商人に詰め寄ってきた。が……

 

「あ! 勇者! 危ない‼」

「あぁん?」

 

 不機嫌そうに武闘家の方を向いたその瞬間、武闘家の掌から極太のビームが発射。

 

「ぎゃああああああああああ!?」

「勇者あぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!?」

 

 ちょうど射線上にいた勇者(瀕死)は直撃を受けてしまった。

 その威力はすさまじく、勇者(残HP一桁)は吹き飛び、壁は全壊。余波で武闘家は全裸になった。

 

「ゆ、勇者ぁぁぁぁぁぁぁ!?」

 

 吹き飛んだ勇者(三途の川手前)はそのまま、地面に叩きつけられてもなお吹き飛び、岩に三回激突してもなお、止まることなく、壁に叩きつけられようやく止まった。

 ……当然、勇者(状態:しに)の生命活動も停止した。

 

「やっちゃった☆」

「やっちゃった☆じゃねぇよぉぉぉぉぉ!?」

 

 なんてことだ!

 せっかく生きていたと思ったら、今度こそ、確実に、死んでしまった‼

 

「どうすんだよ、おい! これ! 勇者死んじゃったじゃん!?」

「仕方ない。奥義は急に止まれない」

「車は急に止まれないみたいに言ってんじゃないよ!? そして、なんで全裸!?」

「それだけ余波がすごかったんだ」

「パンツまで破けてるじゃん! 股間隠せよ!」

 

【男のドライバー】を隠さずに堂々としている武闘家に商人はツッコミ、こうなっては仕方がないと“ある人物”の下へ急ぐのであった。

 

 

 

「なるほど……それで、私の下に……大変なことをしてくださいましたね? 商人さん?」

「はい……怒りに身を任せ、俺はなんてことを……」

「反省してるならもういい! 次から気をつけろよ?」

「なんでお前から言われなきゃならねぇんだよ!? お前も殺したも同然なのに!?」

 

 勇者(屍)を回収し、最後の希望を求め、縋ったのは聖女だった。

 彼女の持つ蘇生の奇跡を使って、勇者を生き返らせてもらおうと言う魂胆である。

 むしろ、最初からこれすればよかった。

 

「しかし、勇者様にも困ったものですね。自分は働かないくせに一番働いてる商人さんを追放するなんて……いっそこのままの方が幸せなんじゃ……」

「聖女さん? 聖女にあるまじき暴言吐いてますよ?」

「ジョークです。ブラックジョーク。それじゃちゃちゃっと復活させましょう」

 

「そんな簡単にいくのか?」と言う商人の疑問に反し、聖女の蘇生はうまくいった。

 体を光に包まれた勇者(死んでる)の身体は健康体に戻り、顔色も生気を取り戻した。

 

「うっ……お、俺は……」

「ゆ、勇者!」

「どうやら無事蘇ったようだな」

「!? なんでお前全裸なの!?」

「いろいろあった」

「……ほんとにな」

 

 まだ意識のはっきりしない勇者(復活)はよろよろと起き上がる。

 

「そうだ――商人! てめぇ、勇者である俺を殺そうとしやがって!」

「ご、ごめん‼ それは……」

「まぁまぁ勇者様、落ち着いて」

「落ち着いてられるか!」

 

 いままでの仕打ちを思い出した勇者が商人に詰め寄る。それを止めようと聖女が割って入ったその時だった。

 

 むにゅ。

 

「「あ」」

 

 なんと勇者(ラッキースケベ)の手が聖女の豊満な胸に当たってしまった。

 いや、当たったというより掴んだと言う方がいいだろう。

 なんとうらやましいことか。

 しかし、それは地獄への片道切符だった。

 

「死ね!」

「おぎゃん!?」

 

 養豚所の豚でも見る目をした聖女の取り出したメイスが、勇者(おっぱい掴んだまま)の側頭部を直撃。

 ゴキッといやな音を立て、空中をギュルルルルルン!と回転し勇者(痛恨の一撃)は再び床に倒れた。

 

 勇者死亡確定!

 死因:おっぱい

 

「ってなにしてんのぉぉぉぉぉぉ!?」

「だってセクハラかましてくれたからつい……」

「ついじゃないよ!? せっかく蘇生させたのに‼ 早くもう一度蘇生して‼」

「ダメだ! 完全に首の骨が折れてる! 頭も陥没してる‼ これじゃ蘇生は無理だ!」

「うそーん‼」

 

 終わった。

 完璧に終わった。

 最早人類の希望は儚く散った。

 

「ど、どうしよう……俺たちこれからどうすれば……」

「いえ、大丈夫です。まだ手はあります」

「はぁ!? もう勇者蘇生できないのに!?」

「えぇ、こうなったら奥の手を使わざるを得ないでしょう」

「お、奥の手、だと……!?」

 

 

 

「――と、言う訳で魔王様。こちら、勇者の首級でございます」

「うむ。たしかに、勇者だな」

「……これで私たちと家族の身の安全を確保していただけるでしょうか?」

「うむ、お主らの立場故、要職には就けることはできぬが、最低限の生活の保障はしよう」

「はっ、ありがたき幸せ」

「幸せじゃねぇよ!? なにしてんのあんた!?」

 

 スパーンと聖女の頭を叩き、大音量でツッコミを入れる商人。

 そうここは魔王城。

 聖女の奥の手とは勇者の死体を手土産に、魔王国へと亡命することであった。

 

「仕方ないでしょう。勇者殺しちゃったら魔王軍しか行くところがないんだから」

「だからって、これはねぇよ! 俺ら完全に悪人じゃん!」

 

 もうこれ完全に後戻りできないじゃん!

 商人は頭を抱えてその場にうずくまる。

 しかし、聖女は慈愛に満ちた表情でつぶやき始めた。

 

「大丈夫ですよ。勇者様が死んだら、人類は敗北必須。そうすれば和平案も提示されるし、教会の方も評判がガタ落ち、その責任は戦争助長派に被せられるから、少しは腐った膿も絞り出せるでしょう。その後はあなたが戦地復興に努めれば、罪は許されるでしょう。だから安心してください」

「何一つ安心できないよ!?」

 

 聖女のお腹の中は実に真っ黒であった。

 これは後に聞いた話だが、彼女自身は戦争反対派で戦争を助長させる勇者をなんとかしようと画策していた時に今回の事件が起こった訳で、渡りに船と言う感じに便乗させてもらったそうだ。

 

「無理して戦地を制圧して改宗を行うよりは、普通に友好関係築いて布教活動した方が建設的なんですよねぇ」とは本人談だ。

 

 こうして勇者を殺した商人は罪を償うため、各地の戦災地を回り、復興させていくのであるが、それはまた別の話である。

 

「ところで、そこの武闘家は何故に裸なのだ?」

「お前まだ裸だったの!?」

「てへ☆」

 

 あと武闘家は普通に捕まったがまた別の話である。

 



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伝記師の場合

 

「……伝記師、キミを追放する」

「な、なんでだ!?」

 

 勇者の突然の宣告に伝記師は驚愕する。

 

『伝記師』

 それは勇者パーティーの活躍を世間に知らせる所謂、広報担当。

 冒険の記録を余すことなく書き記すのが彼の仕事なのだが……

 

「俺は悪いことはしていない! それに、俺がいなくなったら誰が勇者パーティーの活躍を記録するんだ!?」

「そう、問題はそれなんだよ……」

 

 そう言って勇者が取り出したのは一冊の本。

 自分たちの冒険の記録であった。

 

「……とにかく、読み直してみろよ」

 

 さながら編集者のような厳しい態度で、伝記師の書いた本の内容を指摘していく。

 

「まず、最初の四天王とのシーンだけどね……」

 

 

 

「ぐああああああ‼」

「勇者様!」

「がっはっはっは‼ 勇者よ、その程度か!?」

 

 四天王の一撃に勇者の鉄の鎧(軽量素材ながら頑丈:税込み2980G(ゴールド))が粉々

に砕け散る。

 勇者は|聖剣(大丈夫! 神々の作った剣だよ‼ 税込み19800G)を構え、立ち上がる。

 しかし、パーティーは最早虫の息だ。

 聖女も魔力を使い果たしている。

 すると、そこに商人が駆け寄り、勇者に一本の薬を手渡した。

 

「勇者様! これをお使いください!」

「こ、これは伝説のラストエリクサー‼」

 

 商人の家に代々伝わりし、家宝とも言える霊薬・ラストエリクサー(天然素材配合。素材の味を活かした甘さ 税込み25000G)

 それを惜しげもなく使おうとする商人の覚悟に、勇者は応えるべくラストエリクサーを飲み干した。

 

 

 

 

「なんでちょいちょい、商品の宣伝入ってんの!? 緊張感削がれるんだけど!?」

「だ、だって商人が『スポンサーからの頼みだから、宣伝してくれ』って言うから……」

「露骨すぎる! どう考えてもシリアスなシーンに相応しくないよね!?」

 

 ――しかもこれ、神々の作った武器まで値段付けてるよね!? 神様スポンサーやってんの!?

 

 あからさまな宣伝に文句を言う勇者。

 だが、おかしいところはここだけではない。

 

「あと、この勝利後のシーンだけど……」

 

 

 

「はぁはぁ……やった! 勝った!」

「勇者様!」

 

 息も絶え絶えな勇者に聖女が豊満な胸を揺らしながら駆け寄る。

 そして感極まったのか、勇者に抱き着き二つの霊峰をぎゅうっと押し付けた。

 

「せ、聖女……みんなが見てるじゃないか!」

「だって……勇者様が死んでしまうのかと思って……」

 

 人目も憚らず抱き着く巨乳聖女の涙目に、勇者の頬が朱に染まる。

 まったくもってけしからん。勇者、そこ代われ!

 

「だが、これでまだ一人目……他の四天王はさらに強大だろう……」

 

「果たして自分に勝てるのだろうか……?」と不安になる勇者。

 しかし、おっぱ――聖女ははち切れそうな胸を張り、勇者を励ます。

 

「大丈夫です! 私たちがいます! 勇者様一人に苦しみを背負わせたりしません‼」

「聖女……!」

 

 巨乳の励ましに勇者の心に勇気が湧く。

 戦いはまだ、始まったばかりだ!

 

 

 

「いいシーンなのに胸しか書いてねぇじゃん‼ 聖女の胸にしか目がいってないじゃん‼」

「だって本当のことじゃないか‼ 分かるだろ!? この気持ち‼」

「分かるよ! 分かるけども‼ そこは抑えろ‼ 最終的に聖女、巨乳表記になってんじゃん! 巨乳の励ましって別な意味に取られかねないよ!?」

「……聖女さんの胸を見てるとあっちのほうも高鳴るだろ?」

「股間も抑えろ‼ あと『まったくもってけしからん。勇者、そこ代われ!』って本音漏れてるよ! 隠せよ!」

 

 とにかくこのまま世に出したら、セクハラで訴えられかねない。

 修正するようにキツく言い聞かせ、次の修正箇所を指摘する。

 

「あと、ある国で国王を操ってた魔族との戦い。武闘家が活躍するシーンだけどさ……」

 

 

 

「貴様! 国王様の肉体を操っていたな! 許さねえ!」

「ふん! 貴様のような鼻たれに何ができる! やってしまえ!」

「「はっ!」」

 

 言うや否や、カギ鼻の魔族とワシ鼻の魔族が武闘家に襲い掛かった。

 しかし、慌てることなく、武闘家は鼻を鳴らし挑発。

 迫る魔族の鼻っ面に一撃叩き込む。

 

「へっ! どうだ! 雑魚なんて鼻から俺の敵じゃねぇ! 今度はテメェのその天狗鼻、へし折ってやるぜ!」

「ふふふ、言わせておけば! 貴様のような者、叩きのめしてくれる!」

「へっ、どうやらテメェの脳みそはお鼻畑みたいだな! そう簡単に俺を倒せると思うなよ!」

 

 そして二人の戦いが始まった。

 長い腕をゾウの鼻のように振り回し、鼻息を荒げ、襲い掛かる魔族。

 その攻撃を鼻の皮一枚で掻い潜り、渾身の一撃を叩き込む!

 

「ぎゃああああああ!」

 

 魔族の鼻骨を粉々に粉砕し、武闘家は「フンッ!」と鼻をこする。

 

「ふっ、成長したな武闘家!」

「鼻ッ鼻ッ鼻ッ鼻ッ! 当たり前だ! 俺は勇者パーティーの拳法の使い手だからな!」

 

 鼻をすすりながら、誇らしげに笑う武闘家。

 仲間の成長に勇者も鼻高々だ。

 

 

 

「こっちはこっちで鼻に注目しすぎ‼」

「だ、だって武闘家の鼻って、実際……」

「他人の顔面遍歴にツッコんでやるな‼」

 

 そう、実際武闘家の鼻は明らかに不自然な……はっきり言えば整形の後が見えるが、それを本人の承諾なく記載してはいけないだろう。

 

 勇者は他にも「あと『鼻ッ鼻ッ鼻ッ鼻ッ‼』って笑い声なに!? おかしいだろそんな笑い方‼」「それから『お鼻畑の脳みそ~~』の下りも‼ これ絶対誤字として指摘されるわッ‼」

「鼻の皮一枚ってなに!? 首の皮だからね!? 無理矢理『鼻』ってワードを組み込むなよ!」

と怒号のツッコミを繰り返す。

 そりゃそうだ。

 こんなの世に出したら訴えられるわ。

 

「あと、最後! 俺の無双シーン! これが一番おかしい!」

 

 

 

 

 パーティーと分断され、軍団に囲まれてしまった勇者。

 包囲網は徐々に狭まり、たちまち窮地に陥る。

 しかし、勇者は諦めなかった!

 

「こうなったら俺の真の力を見せてやる! うぉぉぉぉぉぉ‼」

 

 叫ぶと同時に今まで疲労困憊だった勇者の身体に力が漲り始めた。

 

「食らえ! 勇者パーンチ‼」

 

 聖なる力で限界を突破した勇者。彼の両腕から放たれたロケットパンチが兵士たちを殴り飛ばす!

 

「勇者ビィーム‼」

 

 さらに両目からすべてを焼き尽くす光線を放ち、空中にいる魔物を焼き尽くす。

 

「トドメだ! 必殺勇者(キャノン)‼」

 

 最後に勇者の股間に備えられたキャノン砲が火を噴く。

 凄まじい一撃がすべてを吹き飛ばす‼

 出来上がったクレーターを前に、勇者は高らかに笑うのであった。

 

 

 

「俺、ロボットかよ‼」

「だ、だって普通に戦ったら盛り上がんないから……」

「だからってこれはないよ‼ 勇者ビームってなに!? 勇者ロケットパンチってなに!? 勇者砲ってなんだ!? なんで股間に装着されてんだ!?」

「創作には多少のフィクションは必要じゃないか‼」

「今、そのセリフ言うのやめてくんない!? 確実に股間の方だと思うから‼」

 

 ……他にも、おかしいところは多々あり、結局勇者は伝記師を追放した。

 ただ『キミはノンフィクションより普通にやりたいまま小説書いた方が売れると思うよ』という勇者のアドバイスを受け、伝記師は小説家に転身。

 

 異世界初のラノベ作家となるのだが……これはまた別の話である。

 

 



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勇者の場合(前編)

 

「勇者様、あなたをこのパーティーから追放します」

 

 パーティーメンバーからの追放宣告にリーダーである勇者はしばし呆然とするも、すぐに我に返ると、「ふざけるな!」と怒鳴りつける。

 

「なにを言っているんだ!? 魔王城はすぐそばだ! それなのに追放だと!? ふざけるな!」

 

 魔王に対抗できるのは聖剣を手にした勇者のみ。

 なのに、その勇者を追放する? 冗談でも言って良いことと悪いことがある。

 だが、彼らは真剣だった。

 

「ふざけてんのはテメェだろうが。知ってるんだぜ? お前、あのクソ国王におふくろさんを人質に取られてるらしいじゃねぇか……」

「ッ!? なぜそれを……!?」

「みんな知ってますよ。『勇者様は魔王を倒さなければ母親の命はないと脅されてる』って」

「……」

 

 ――仲間の言う通りだった。

 

 今まで数々の勇者が魔王討伐に挑んだが、すべてが返り討ちにされ、残ったのは自分一人。

 そんな自分に死に物狂いで魔王を倒させるべく国王は母親を人質にとった。

 父を早くに亡くし、女手一つで育ててくれた母親を勇者は見捨てることは出来ず、今日まで魔王討伐の旅を続けてきた。だが……

 

「今回ばかりは話が別だ。魔王の力は強大過ぎる」

「魔王を倒したとしても、あの国王のことだ。貴様を生かしてはおかんだろう……」

「それは……」

 

 反論ができなかった。

 はっきり言って、今の国王は暗君だ。

 魔王討伐を理由に各地に重税を課し、歯向かう者はすべて処刑。

 そんな者が魔王を討伐した勇者をどうするか? 母を人質に取ったことから容易に想像できる。

 

 進むも地獄。退くも地獄。

 最早、勇者はどうあがこうとロクな結末は免れない。

 

「だから、キミを追放する。そうすれば国王の眼を一時的に逸らすことが出来るハズだ」

「その間、貴様は国に戻り母親を取り戻せ。そしてそのまま、逃げろ。手筈は整えている」

「魔王の方も俺たちが何とかする。倒すのは無理でも、足止めくらいならなんとかできるぜ」

「あなたは十分戦いました。あとは私たちに任せてください」

「み、みんな……」

 

 そんな自分を思い、彼らは断腸の思いで追放を言い渡したのだ。

 その優しさに思わず勇者の瞳から涙が零れる。

 だが、その優しさに甘える訳にはいかない。なぜなら……

 

「……キミたちの気持ちは分かった。だが、その前に確認したい。キミたちの職業は?」

「パン屋だぜ!」

「花屋よ!」

「文具屋です!」

「駄菓子屋だ!」

「商店街か!」

 

 そう。彼らは民間人だった。

 

 現在、この大陸は「勇者暗黒期」と言えるほど勇者のイメージ像は悪化の一途を辿っていた。

 勇者と言う特権階級を笠に着た連中が民間人に危害を加えているのが原因だった。

 その犯罪は多岐に渡り民家に押し入っての窃盗・強盗・器物破損は序の口。

 奴隷の売買や強姦・果ては殺人まで犯す者もいると言う。

 

 当然、そんなことを繰り返す連中に協力する者は少なく、他の勇者パーティーに所属する者は皆、勇者に取り入り甘い汁を吸いたいか、無理矢理任命されたかのどちらかだ。

 そんな情勢の中で、彼らは自ら志願し勇者パーティーに加わってくれたのだが……

 流石に、彼らに魔王をどうにかできるかなんて思えなかった。

 だって普通に民間人だもん。

 ここまで来れたのも、ほとんど運みたいなもんだもん。

 

「そもそもなんでパン屋と花屋と文具屋と駄菓子屋なんだよ……鍛冶師とか道具屋ならまだなんとかなりそうなのに……」

「おいおい勇者、パン屋を舐めるなよ? 俺のパンはわざわざ魔王軍から買いに来る奴がいるくらいうまいんだぜ?」

「私もです。先日魔王軍の四天王の方がプロポーズの為にウチの花を買っていかれました」

「なに、敵に塩送ってんだよ? せめて毒とか仕込んでおいてよ」

「「そんなことパン屋(花屋)の誇りにかけて出来る訳ねぇだろ(ないでしょ)!」」

「なにこの人たち、めんどくさい」

 

 職業意識の高い二人に勇者は頭を抱えたくなった。

 そうなると武器とか扱えるのは文具屋くらいだが……

 

「ふっ、僕を舐めないでください。鉛筆、カッター、Gペン、彫刻刀……文具には意外と刃物や先の尖っているものが多いんですから」

「頼りないよ」

 

 どう考えても鎧とか貫通できないだろう。

 極めつけは駄菓子屋だ。この人、なんでついてきたの?

 

「ふん、駄菓子屋を舐めるなよ? 俺は全国めんこ大会のチャンピオンだぞ?」

「だからなに!?」

「もっともアイツに敗北したから元が付くがな。俺は魔王を倒し、奴を倒す力を身につける。そして、俺の王者のプライドを取り戻す!」

「めんこの話ですよね?」

 

「アイツって誰だよ……」とツッコミを入れながら勇者はあきれ果てる。

 あと、魔王を倒してもプライドは取り戻せませんよ?

 

「とにかくダメだ! 魔王軍は強大だ! キミたち民兵に任せておけない!」

「それは俺たちも同じだ! お前の高潔さに惹かれて俺たちは勇者パーティーに入ったんだ! そんなお前をみすみす死なせられるか‼」

「……」

 

 強情な仲間の姿に勇者はため息を吐いて椅子に座る。

 どうやら互いに譲れないようだ。それならと、勇者は一つの手段を取ることにした。

 

「……分かった。その追放処分、甘んじて受け入れよう。だが……」

 

 瞬間、勇者の指から青白い粒子が放たれ、仲間たちに降りかかる。

 

「!? な、なにを……?」

「キミたちの気持ちはうれしいけど……僕は魔王と戦うのを止めない。止める訳にはいかないんだ……」

 

 言い終えると同時に仲間たちはその場で昏倒。深き眠りについた。

 勇者の唱えた魔法は《睡眠(スリープ)》。文字通り相手を眠らせる魔法だ。

 加えて今回は消費魔力を大目に使った。当分、目を覚まさないだろう。

 

「本当にお一人で行かれるのですか?」

「あぁ……みんなのことをよろしく頼む」

 

 仲間たちが眠ったのを確認し、後のことを宿屋の主人に任せると勇者は一人、魔王城へと向かった。

 

「すまない……みんな……」

 

 こんな自分についてきてくれた仲間たちの気持ちを踏みにじる形になってしまったことを詫びながら、それでも勇者は進み続ける。

 

 この世界に勇者は自分しかないのだから。

 



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勇者の場合(中編)

 

「よく来たな勇者よ……決着の時は来た……!」

「あぁ……すべて終わりにしよう……!」

 

 ゴーレムやスケルトンなど、数多の魔物を退けて辿り着いた魔王城の最奥にたどり着いた勇者の目の前には全身を漆黒の鎧に身を包んだ魔王の姿がいた。

 周囲には誰もいない。側近の四天王の姿すらなかった。

「罠か?」と一瞬思うも、気配を感じない。

 

「配下の者はいない。私一人だ……」

「どういうことだ……?」

「貴様程度、私一人で十分だと言うことだ……‼」

 

 勇者の疑問に答えると同時に魔王は魔剣を抜き、勇者に斬りかかる。

 勇者も聖剣を抜くと、魔王に斬りかかった。

 

 死闘は長時間続いた。魔力も尽き、互いの剣が折れてもなお、互いに戦うことを止めなかった。だが、決着は意外な形で着いた。

 

「!? な、お前は……!?」

「……どうやらバレてしまったようですね」

 

 不意に兜が外れ、魔王の正体が明らかになる。

 いや、正確には魔王ではない。その顔に見覚えがあった。

 旅の中、何度も刃を交えた四天王の少女だった。

 

「なぜ、お前が!? 魔王はどうした……!?」

「……今は私が魔王です。先代の魔王は……我々が滅ぼしました」

 

 最早抵抗する気力もなくなった魔王だった少女は経緯を語る。

 

 魔王の領地は度重なる戦争で、疲弊しきっていた。これ以上、戦争が長引けば国は衰退し、民は苦しむことになる。

 そう思い、彼女は内政に力を注ぐように魔王に進言したのだが……

 

「……あの愚王は『民などほっておけ』と、『人類を滅ぼすまで戦争は止めん』と抜かしたんですよ」

 

 説得は続けたが、聞き入れず、逆に不興を買った少女から四天王の称号を剥奪。

 その上、幽閉し、拷問にかけていたらしい。

 

 しかし、彼女を助けたのは同僚の四天王たちだった。

 彼女の国を思う考えに共感した彼らは魔王に反旗を翻した。だが……

 

「みんな……死んでしまい……私だけが残った……」

 

 魔王自身は大したことはなかった。だが、魔王に与する兵たちの数は多く、一人、また一人と討ち取られていった。

 だがそれでも奮闘し、最後の一人が魔王と刺し違え、自分だけが残ったらしい。

 仲間の死を思い返し、嗚咽を堪えながら語る少女に勇者は何も言えなくなった。

 

「その後……私は、王国に和平の書状を送りました……けど……」

「あの国王はそれを受け入れなかったんだね……」

 

 当然だ。

 勇者の身内を人質にとるような王だ。長年の宿敵と和平を結ぶなどありえない。

 ひょっとしたら、自身を再度魔王討伐に向かわせたのもそれが関係しているのだろう。

 

「ですので私は、私が出来ることを行いました……民を別の大陸へと逃がし、魔王となった私が討たれることですべてを終わらせようと……」

「……城内の魔物が人工的なものだったのはそう言うことか?」

「えぇ……そうです……そうすることが残った私の責務だから……」

 

 これで話は終わりだと、少女は言い、トドメを刺すように促す。

 だが、勇者はそれを拒否した。

 

「……魔王を倒し、母親を助けるのが僕の願いだ。だが、魔王はキミが倒したんだろう? なら、僕の役目は終わった……それにキミには残った民を率いなければならないんじゃないか?」

「……それは」

 

 王を失い、指導者のいない魔族たち。

 彼らをまとめ、率いる者が必要だろう。

 

「……だから約束してくれ、もう人間を脅かさないと。そうすれば、僕は真実を明かさない。もう、これ以上、戦争に振り回されるのは、御免だから……」

「……分かりました。そうおっしゃるなら」

 

 思考の末、少女は提案を受け入れることにした。

 だが、その瞬間――

 

「「!?」」

 

 魔王城の至るところで爆発が起きた。

 互いに支えあうようにして、なんとか城から脱出すると、周囲は王国の兵たちに囲まれていた。

 そして、その中央には国王が下卑た笑みを浮かべ、こちらを見下ろしていた。

 

「ふん……勇者め、生きておったか。だが、貴様を始末すればワシの脅威となる者は全ていなくなる!」

 

 ――どうやら、既に真相を知っていたようだ。

 

 迫る兵士をなんとか倒し、逃げる二人。

 だが、体力も限界に近く、たちまち二人は囲まれてしまう。

 

「くっ……もう、戦う必要はないでしょう!? なんで、こんなことを!」

「知ったことを、魔王を討った勇者ともなればワシに匹敵する名声を手に入れることが出来る。そんなものが出てきたら邪魔なのでな。安心せい。貴様は魔王と相打ちになったと民にはいっておくからのぉ」

「そんな……」

「あとは大陸に逃げた魔族どもを滅ぼし、大陸を制圧すればワシは歴史に名を遺す、英雄となる! あぁそれと、貴様の母親は適当に性奴隷にでもしておくから、安心しろ。がっはっはっは!」

 

 ゲラゲラ笑う国王を憎悪の籠めて睨みつける。

 しかし、多勢に無勢。圧倒的な物量差に勝てるはずがない。

 そうしているうちに、魔導士部隊が攻撃を開始。

 雨あられと魔法が降り注ぐ。

 

「ここまでか――‼」

 

 せめて、この少女だけは助けようと、わずかばかりの防御魔法を唱え、自分は盾になるべく少女を庇う。

 その時だった。

 

「《消滅(バニッシュ)!」

 

 突如、無数ともいえる魔法が一瞬にしてかき消された。

 

「な、何事だ!?」

 

 突然の異常事態に困惑する王国軍。

 すると勇者の前に五つの人影が現れた。

 

「な、なに奴!?」

「キミたちは……!?」

 

 そう、現れたのは――

 

「酵母の守護者! パン屋レッド‼」

「鉢植えの守護者! 花屋ピンク‼」

「学童の守護者! 文具屋ブルー‼」

「ノスタルジアの守護者! 駄菓子ブラック‼」

「安眠の守護者! 宿屋グリーン‼」

「「「「「全員合わせて! 職業戦隊・ジョブレンジャー‼」」」」」

 

 ドゴォォォォォン! と予算も吹っ飛びそうな爆発と共に現れたカラフルな一団は、案の定勇者パーティーであった。

 

「……誰?」

「……馬鹿です」

 

 少女に尋ねられた勇者は、そうとしか言えなかった。

 



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勇者の場合(後編)

「待たせたな勇者! よく生きてた‼」

「まったく、下手な芝居打ってくれちゃって。探すのに手間取ったじゃないですか」

「え? え? なんでみんなここにいんの?」

「そんなもの決まってる。俺たちは勇者パーティーだぜ!?」

「仲間を助けるのは当然です!」

 

 どうやら彼らはあの後、すぐさま自身の目的を察し、魔王城に急行したらしい。

 腐っても仲間。自分の浅知恵はお見通しと言うことか。

 

「それはありがたいけど、その恰好は?」

「「「「「ノリッ!」」」」」

「……あぁ、そう」

 

 彼らの独特なノリに呆れてしまう勇者だった。

 あと、もう一つ疑問。

 

「しかし、我が国がここまで腐っていたとは……せめて我々の手で介錯しなければなりませぬな……‼」

「……なんで宿屋のおっさんも来てんの?」

「助っ人に来てもらった」

「ちょうど空きがありましたからね。無理言って来てもらったんです」

「いや無理すぎでしょ!?」

 

 どうやら宿屋の主人を新たな戦力としてスカウトしてきたようだ。

 自分の後釜でももっと、マシな人いなかったのだろうか?

 

「がっはっはっは! 誰かと思ったら勇者パーティーの愚民どもではないか。ちょうどよい、反逆者は全て処刑せよ!」

『はっ‼』

 

 そんな勇者たちをあざ笑うかのように国王は兵たちに命じる。

 突撃してくる兵隊の前に勇者パーティーが立ちふさがる。

 

「みんなダメだ! キミたちの力じゃ兵たちに勝てない!」

「まぁ、見ててください」

「僕たちの力を!」

「見せてやる!」

 

 そう言うと、勇者パーティーも王国軍へと突撃する。

 

「喰らいやがれ! 《パン祭り(ブレッド・フェスティバル)》‼」

「え!?」

 

 先陣を切るパン屋が叫ぶと背後から、無数のパンが時空を超えて出現する!

 

「なぜに!?」

「ふっ、パン屋たる者、いつでもどこでも、焼き立てのパンを提供できるようにしているのさ!」

 

 ……そう言えば、このパーティー、兵糧関係で困ったことなかったような気がするが、こういう事だったのだったのか。

 

「いやでも、それで時空間いじってるってどういうこと!?」

「こういう術は魔族でも高難易度の術なのですが……」

「一流のパン屋に不可能はねぇ! いくぜ! 発射(ファイア)‼」

 

 掛け声と同時にあんパン、食パン、カレーパン、ジャムパン、バターパン・チーズパン……

 メロンパンやロールパン、クリームパンと多種多様なパンが兵隊の口に向かって放たれる。

 そして……!

 

『う、うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁ‼』

 

 パンを食べさせられた瞬間、兵隊たちの武装は解除――と言うより丸裸になってしまった。

 

「なぜに!?」

「ふっ、人間おいしいものを食べれば、誰だって丸裸になるもんだぜ」

「いや、物理的に丸裸になってんだけど!?」

 

 すっぽんぽんにされた兵士たちに追い打ちを仕掛けるように、今度は花屋が前に出る。

 

「今度は私の番です! 世界中の花粉よ! 私に力を分けてください!」

 

 すると世界各地より飛んできた無数の花粉が花屋の下に集まり、巨大な花粉の塊を作り上げた。

 

「ま、まさか……!」

「くらいなさい! 花粉玉ぁぁぁぁぁ‼」

 

 巨大な塊となった花粉は王国軍に直撃。

 阿鼻叫喚の地獄絵図と化す。

 

「ぎゃあああああ! 目が、目があああああ!?」

「は、鼻水が止まらにゃいいいいいい!?」

「ね、眠くてだるくて……もう……ダメだぁ……」

 

 あっという間に壊滅状態に陥る王国軍。

 

「いや、なんで!? なんで一介の花屋がそんなバトルマンガの必殺技みたいなの使いこなせるの!?」

「ふ、一流の花屋たるもの、花粉くらい操れなければ、昨今の業界生き残れませんからね」

「普通の花屋は花粉なんて操れないよ!?」

 

 しかし、彼女の活躍によって、涙、鼻水、くしゃみの止まぬ国王軍は総崩れとなる。

 

「えぇい! なにをしておる! 魔法部隊! 弓兵部隊! 遠距離攻撃で奴らを嬲り殺せ!」

『はっ!』

 

 情けない自軍を怒鳴りつけた国王に従い、魔法部隊と弓兵部隊が攻撃を仕掛けてきた。

 次々に飛んでくる弓矢や魔法。しかし、それを防いだのは文具屋である。

 

「貴様ら文具の貯蔵は十分か!?」

 

 そう言って取り出したのは消しゴム。

 まず、文具屋は消しゴムを魔法や弓矢めがけて投げつける。

 するとどうだろうか。消しゴムが当たった瞬間、消滅したではないか。

 

「なぜに!?」

「ふ、僕の扱う消しゴムはただの消しゴムじゃない。最近知り合った付与術師の力で作られた、字だけじゃなく物体も消せる消しゴムなんだ。一流の文具屋として、常に新商品の仕入れには余念を隠さないのさ」

「なにそれ!? もう普通にマジックアイテムだろ!? むしろ兵器だよ‼」

「最近の消しゴムはボールペンも消せるからね」

「それ消しゴムが消せるんじゃなくて、ボールペンのインクが消しゴムで消せるの!」

 

 そんなこんなでほぼ壊滅状態に陥った国王軍。

 しかし、国王はここに来て、最悪の暴挙に打って出た。

 

「おのれ! こうなったら召喚獣で丸ごと消し飛ばしてくれる! いでよ! ブラックドラゴン!」

 

 すると空中に出現した魔法陣から数多のドラゴンが召喚される。

 魔物の中でもトップクラスの凶暴性と戦闘力を誇る、ブラックドラゴンである。

 

「くっ‼ まさか、こんな奴まで引っ張ってくるだなんて……‼」

 

「最早ここまでか……」と思った瞬間、駄菓子屋がブラックドラゴンと対峙する。

 

「ふっ、どうやら俺の出番のようだな。決闘(デュエル)‼」

 

 そう言うと、駄菓子屋は懐からめんこを取り出す。

 ほぼ同時に、ブラックドラゴンたちがブレスを放つ。

 触れたもの全てを焼き尽くす闇の炎を前に、駄菓子屋は不敵な笑みを浮かべた。

 

「おっと、いきなりダイレクトアタックか……なら、こっちは(トラップ)めんこ発動‼ 『鏡の聖結界・ミラーリバース』」

 

 駄菓子屋がめんこを叩きつけると、バリアが出現。なんとブレスを反射。

 ブラックドラゴンを返り討ちにする。

 

「ふ、罠めんこ『鏡の聖結界・ミラーリバース』の効果は相手がダイレクトアタックを宣言した瞬間、相手のフィールドにいるモンスターをすべて破壊する」

「いや罠めんこってなに!?」

「そして続けて俺は手持ちから『聖なる黒き守護神(ホーリーブラックガーディアン)』を召喚!」

 

 その宣言と共に、めんこから漆黒のゴーレムが召喚される。

 

「え!? 駄菓子屋、キミ、召喚術が使えるのか!?」

「召喚? 違う! こいつはめんこ(じゅう)! 俺の中に眠るめんこ(ぢから)が具現化した存在だ‼」

「めんこ獣!? なにそれ、聞いてない!?」

 

 ――って言うか、めんこ力ってなんだよ!?

 

 あまりの人知を超えた出来事に勇者の頭は混乱する。

 しかし、それを意に介さず駄菓子屋は新たに『暗黒の白き破壊者(ダークネス・ホワイト・デストロイヤー)』を特殊召喚する。

 

「――な!? まさか、あいつは!?」

「な、なんだ!?」

「間違いない! あれは世界を征服しようとした闇のめんこ軍団『デスめんこ団』を壊滅に追い込んだ伝説のめんこ戦士(バトラー)! 元大陸めんこバトルチャンピオンのエースめんこ獣だ!」

『な、なにぃ!?』

「いや、闇のめんこ軍団ってなによ!?」

 

 一部の兵士の動揺に、思わず勇者のツッコミが炸裂する。

 どうやら駄菓子屋はその道では知られた存在らしい。

 どよめく兵士たちを他所に、駄菓子屋は魔法(マジック)めんこ『混沌なる融合(カオスティック・フュージョン)』を発動させる!

 

「現れろ! 俺の最強のめんこ獣! 光と闇を司る混沌の調停者! 『混沌の救世龍(カオスティック・セイヴァースドラゴン)んんんんんッ‼』」

 

 光と闇の戦士が融合の余波で大地は裂け、天が割れる!

 そして、そこから現れたのは禍々しい姿に慈愛に満ちた瞳を持つ巨大な龍であった‼

 

「混沌の救世龍‼ 我が覇道に立ちふさがる愚か者たちを粉砕しろ‼ 『ワールド・エンド』ぉぉぉぉぉ‼」

 

 絶対的王者の宣告に従い救世龍はブレスを放つ。

 対する愚王は最早、なにも出来ずにただ無様に怯えるのみ。

 

「ま、待て! 勇者よ! 母親がどうなってもいいのか!? 以前貴様の母親は我が手の内にあるのだぞ!?」

「そうだ! 母さんはまだ、あいつに囚われてるんだ……!」

 

 国王の脅迫に慌てて駄菓子屋を止めようとする勇者。

 しかし、その心配は杞憂に終わる。

 

「ご心配なく、勇者様。我が宿屋ネットワークを通じ、勇者様のご母堂の身柄は既にこちらで保護しております!」

「うそーん!?」

「ふっ、我ら一流の宿屋にとって、ベッドのある部屋は全て自分の宿も同然。簡単に出入りできるのですよ」

 

 ――それ、普通に犯罪なのでは?

 

 そんな疑問を思い浮かべ、勇者は宿屋の底知れなさに戦慄する。

 ……ともあれ、これで憂いはなくなった。

 

 「では遠慮なく」とでも言うように龍の口からブレスが発射。

 逃げ出そうとしたブラックドラゴンたちを撃ち落とし、最早瀕死の国王軍にトドメを刺す。

 

「ぎぇえええええええええええええええええええええええええええ!?」

 

 叩き潰されたカエルのような悲鳴を上げ、宙へと打ち上げられる国王軍は、そのまま頭から地面に叩きつけられ、足を宙に投げ出すようにし完全に壊滅した。

 

「ま、まさか、国王軍が全滅だなんて……」

「くっ! 退け! 退けぇぇぇぇぇぇ‼」

 

 五人の民間人に無双された、国王軍は尻尾を巻いて撤退。

 這う這うの体で逃げ出した国王軍を見て、駄菓子屋はニヒルに笑う。

 

「覚えておけ……駄菓子屋たるものすべてのホビーに秘められた力を解放することなど造作ないとな……!」

「駄菓子屋の枠超えてますよね?」

 

 ――って言うか、みんな、こんな力があったなら最初から言って欲しかったんだけど。

 

 そんなことを思いながら、呆れていると少女が何か言いたげな顔をして。くいくいと勇者の袖を引っ張ってきた。

 

「あ、あの……」

「え? なに?」

「その……助けていただいてありがとうございます……」

 

 おずおずと頬を赤くしながら礼をする少女に、勇者は「別に大したことはしてないよ」と言った。

 

「いや、ホント、大したことしてないし……」

 

 最後、うちのチート民間人が無双してたし。

 

「でも……あなたは魔族である私の話を聞いて下さりました……その上で、私の命まで助けてくださいました……あなたは立派な勇者ですよ……」

 

 そう言うと魔族の少女は再度「ありがとう」と頭を下げると、勇者はむずがゆさを感じ照れたように頬を掻いた。

 

 そんな彼の肩を宿屋の主人はポンッと叩くき言う。

 

「ふっ、やはりあなたは追放されて当然だ。倒すべき魔王の命を助けるなど、勇者にあるまじき行いですから、ね」

「いや、あんたが締めるのかよ!?」

 

 ――こうして勇者は役目を終えた。

 その後、王国軍を敵に回した勇者に安息の地は最早なくなったが、少女の誘いに乗り、仲間と共に新大陸に向かい、そこで、助け出した母親と再会する。

 

 数年後、王国軍は勇者に復讐をすべく、新大陸を侵攻するも人類と魔族の連合軍の前に為す術もなく敗北。加えて、各地で反乱が相次ぎ、滅亡することとなる。

 

 すべてを終えた勇者はその後、僧侶へと転職し各地で人類と魔族の共存を説く活動を行う。

 その傍らには、修道服を着た一人の魔族の少女と、わりとやりたい放題な仲間の姿があったという。

 

 

 



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薬剤師の場合

 

「薬剤師、キミを追放する……」

「……うすうすそんな感じはしていたが、とりあえず理由を聞こうか?」

 

 とある宿屋。

 魔王討伐の旅を続ける勇者パーティーの薬剤師は、勇者に呼び出され、追放を宣告された。

 周りには聖女、戦士、商人が厳しい目つきでこちらを睨み、魔法使いのみ心配そうにオドオドとしていた。

 

「……言っておくが、キミに問題はない。キミは回復役の補助の他に様々な雑務を率先して行ってくれている。おまけに訪れた村では無償で医療活動を行うほど高潔だ。だが――」

「分かっている。原因は“コレ”だろ……?」

 

 そう言うと薬剤師は懐から一本の瓶を取り出し、机の上に置いた。

 

「……やはり、キミが持っていたんだな?」

「あぁ……」

「――! 私たちを騙してたんですね!?」

「落ち着け聖女! 奴だって好きで黙っていたわけではない!」

 

 身を乗り出した聖女を戦士が宥める。

 しかし、聖女は薬剤師を睨むのをやめなかった。

 視線に耐えきれず、薬剤師は目を背けた。

 そんな薬剤師の姿を見て魔法使いは涙をにじませる。

 

「まさか、キミがこんなものを持っていたとはな……」

「……騙すつもりはなかった。だが――」

「分かっている。キミに悪意はなかったことは……だが、今回の起こった事件の責任は取ってもらう」

 

 ――そう。すべてはこの薬が原因だった。

 始めは仲間のためだった。なのに、どこで間違えてしまったのだろう?

 僕はただ、魔法使いを助けたかっただけなのに……

 

「この薬の所為で、大勢の人が争っている……そう……この……」

 

 

 

「“毛生え薬”の所為で‼」

 

 

 

「……」

 

 勇者の言葉に項垂れる、薬剤師。

 ホント、どうしてこうなっちゃったんだろう?

 

「……ちなみに、いつから気づいてた?」

「逆に言うとどうして気づかれないと思ってた? 魔法使いを見ろ」

 

 勇者の指さす方向を見ると、最近までツルツルスキンヘッドだった魔法使い(七〇歳・童貞)はモサモサファンキーなアフロヘアになっていた。

 そりゃ、気づくわ。

 

「薬剤師を責めんでくれ! すべてはワシのためにやったことなんじゃああああああ!」

「分かってる。分かってるよ、マジで。でもさぁ、ホントなんでこうなったんっだろうねぇ……」

 

 土下座しながら泣きつく魔法使いを宥め、勇者はこうなった経緯に想いを馳せた。

 

 話は一か月前に遡る。

 その日、魔法使いの最後の希望は儚く潰えた。

 なんて書くとかっこいいが、早い話、ハゲになった。

 

 元々、頭髪が薄かった魔法使いは旅のストレスもあり、徐々に毛根を失いつつあった。

 そのため、薬剤師から増毛剤を貰ったり、商人から抜け毛を防ぐ食材を買ったりしていたのだが……

 

「まさか邪竜の炎で焼かれてしまうとはなぁ……」

「ぷっ……」

「笑うな商人!」

 

 数日前の戦闘で戦った邪竜のブレスが魔法使いの毛をかすめ、そこから線香のように燃えていき、戦い終わった頃には毛根まで焼き尽くされたのだ。

 

 魔法使いは泣いた。延々と泣いた。

 最早、人生に希望を見いだせないと言わんばかりに気落ちしていた。

 そんな魔法使いをおじいちゃん子だった薬剤師は見ていられず、どうにかできないかと思い、強力な育毛剤を使用したのだが……

 

「まさかキミが、あの伝説の秘薬『ラスト毛根エリクサー』を持っていたなんて……」

「僕の先祖がかつて『ラストエリクサー』をベースにして作ったらしい……」

「希少なアイテムなにに使ってくれてんだよ‼」

 

 曰く先祖の日記には「道具袋の肥やしになっていたから使った」と記載されていた。

 激レアなアイテム使うなよと勇者は憤慨する。

 とにもかくにも、薬の効力は見ての通り。ふっさふさのもっさもさになった。

 それだけなら、魔法使いがアフロになった程度で終わる話なのだが……

 

「まさか、国が動くなんて思わなかったなぁ……」

 

 話を聞きつけた国王(バーコードハゲ)が毛生え薬を独占しようと軍を動かしたのを皮切りに、様々な組織の重鎮(主に薄毛に悩む方々)が魔王そっちのけで刺客を送り始めた。

 遂には隠居した大魔王まで復活し、毛を毛で洗う――否、血を血で洗う争奪戦へと発展し、現在に至ると言う訳だ。

 

「ちなみに魔王は最近、別のパーティーにより倒されたらしいぞ」

「マジかよ、完全に出遅れたじゃん!」

 

 しかし、このままではいけない。

 時の権力者が求めてやまない秘薬。その在処が遂に判明してしまったのだ。

 最近じゃ「勇者パーティーに懸賞金をかけるべき」なんて話も上っているくらいだ。

 最早、薬剤師を勇者パーティーにおいては置けない。

 

「うぅ……たかが毛生え薬で、なんで世界戦争に発展しちまうんだよ……」

「ハゲ・風邪・水虫の特効薬は歴史を揺るがす大発明だからなぁ。狙われて当然だろう」

 

 せめて量産ができれば良かったが、材料が材料だけに不可能。

 故に逃げの一手しかない。

 

「とにかく、キミはこのままだと暗殺される恐れがあるから、『追放処分した』と言うことにして、商人の用意した船で新大陸にいってもらう」

 

 現在、新大陸では新しい国造りが行われており、人の出入りが激しい状態にある。

 そこに紛れてしまえば、しばらくは大丈夫だろう。

 

「そんでこの薬は……そうだな、火山にでも投げ込んでおこう」

「まぁ、賢明な判断だな」

「人類には早すぎた発明ですしね」

 

 たかが毛生え薬で世界大戦が引き起こされたのだ。

 それで苦しんでいる人がいるなら、こんなもの世に存在してはならない。

 最初、商人は適当なところに売るべきだと主張したが、今さらどこかに売り渡したところで、戦争は止まらないだろう。むしろそれを狙って泥沼化しかねない。

 

「なにからなにまでスイマセン……」

「ワシからも謝らせてくれ。申し訳ない」

「まぁ、これに懲りたら、隠し事はなるべくしないってことで。追放する側が言うのもなんだが達者にな――ッ!?」

 

 勇者がそう言った瞬間。

 

 ドゴォォォォォンッ‼

 

 大地を揺るがす轟音。

 巨大な炎の柱が立ち上り、空に巨大なキノコ雲が浮かぶ。

 当然、宿屋は灰になり、それどころか周囲一帯に巨大なクレーターが出来上がった。

 そして、勇者パーティーは……

 

「――あ、危なかった。聖女が防壁を張ってくれなかったら危なかった!」

「しかし、遅かった。魔法使いが爆炎によりアフロヘア―に……」

「いや、元々ですじゃ」

 

 ……なんとか無事だった。

 軽口を叩きながら聖女が防壁を解除する。

 

「しかしいったい誰だ!? 街中でこんな威力の魔法使うなんて使うなんて――ッ!?」

 

 そこまで言いかけて勇者は目を見開く。なんと村の周辺は軍勢に囲まれていた。

 

「なっ!? あれは王国騎士団!?」

「教会の聖騎士部隊まで!?」

「冒険者ギルドの本部隊もおるぞ!?」

「大魔王の軍勢も……‼」

「どうやら、計画は既にバレていたらしいな……」

 

 勇者たちの懸念通り、彼らは自分たちの居場所を突き止め、我先にと仕掛けてきたようだ。

 目的は一つ――

 

 

 

『皆の者! 毛生え薬を奪ええぇぇぇぇぇぇッ‼』

「「「「うぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉッッッ‼」」」」

 

 

 

 号令の下、各軍勢が勇者パーティー目掛けて突撃してきた。

 毛根への執着。彼らはさながら運命への報復者(ハゲンジャーズ)

 

 

「この軍事力を魔王討伐に使って欲しかった!」

「とにかく逃げろ!」

 

 いかに勇者パーティとは言え、多勢に無勢。

 故に三十六計逃げるが勝ち。一目散に逃走開始。

 

 しかし、多勢に無勢ですぐに追いつかれてしまう。

 

「クソッ! このままでは捕まってしまう!」

「ここは私に任せて先に行ってください!」

「聖女!」

 

 包囲網から逃がすために、聖女が防壁を張り、軍勢を足止めし――

 

「どうやらここまでのようだ。俺を置いて先に行け! なぁに、すぐに追いつくさ!」

「戦士!」

 

 突破口を作るため戦士が犠牲になり――

 

「しょうがねぇ、ここは俺が囮になる。お前らは先に行け!」

「商人‼」

 

 偽りの毛生え薬を手にした商人が、算盤をローラースケート代わりにして囮になった。

 

「いや、どういうこと!?」

「知らなかったか? 俺は算盤を足に装備することで素早さが三倍になるんだ」

「小学生か!?」

 

 勇者のツッコミをスルーし、商人は高速移動によりできた残像を巧みに利用し追手を煙に巻く。

 

 こうして、犠牲の甲斐があって、最早半分になった勇者パーティーは辛くも港にたどり着いた。

 しかし、そこに待ち受けていたのは運命への報復者(ハゲンジャーズ)の主要メンバー!

 国王、教皇、ギルドマスター、大魔王率いる精鋭たち!

 ちなみに全員もれなくつるっぱげ。

 夕暮れなのに、昼間並みに明るく照らされるほどだ。

 

「くそう! まさかここまで来るとは……」

「はわわわわ……」

 

 袋のネズミとなり、冷や汗を垂らす二人に、あまりの敵の多さにガクブルする魔法使い。

 

(ど、どうすればいいんじゃあ……!?)

 

 そもそもの原因は自分だと言うのに、魔力も底を尽き、魔法使いは役に立てないわが身を呪う。

 その時だった。

 

 ――力が欲しいか?

「!?」

 

 魔法使いの脳裏に何者かの声が聞こえてきた。

 

 ――我は汝、汝は我。

 

 また聞こえてきた、どうやら、幻聴ではないようだ。

 

(な、なんじゃ!?)

 ――我はお主に宿りし毛根の魂。すなわち、お主の一部。

(な、なんじゃってぇぇぇぇぇぇ!?)

 

 驚愕の事実に慄く魔法使い。

 どうやら毛生え薬の効果で、毛根に自我が生まれたらしい。ありえん。

 

(そ、それでワシの毛根がいったい、なんのようじゃ!?

 ――お主の今の頭髪は霊薬の力により、一本一本に魔王に匹敵する魔力が宿っている。その力をすべて使えば、この状況を打破することができる。

(な、なんじゃと!? なら……!)

 

 突然、差し伸べられた救いの手を、すぐに掴もうとする魔法使い。しかし、毛根は「だが!」と制止する。

 

 ――この魔力を使えば、今度こそ毛根が死滅する。

「!?」

 ――お前は、その苦しみに耐えられるのか?

 

 言われて躊躇する魔法使い。

 せっかく生えた頭髪をすべて失う。その事実に迷いが生まれた。しかし――

 

(もう二度と生えなくなってもいい‼)

 

 覚悟を決め、魔法使いは自らの魔力を頭部――厳密には毛根に集中。

 するとどうだろうか。魔法使いのアフロが輝き始め、矯正。さらに垂直に伸び始める。

 その様はまさに、怒髪天を突くといったところか。

 神話に出てくる世界樹か、天まで届く塔を彷彿させるほどに伸びたその髪を――

 

「くらえぇぇぇぇぇぇ‼」

「ぐわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!?」

 

 東洋の歌舞伎役者のように振り回す!

 台風のように乱れる髪の毛。それによって、運命への報復者(ハゲンジャーズ)は壊滅へと追い込まれた。

 しかし、その代償は大きかった。

 

「魔法使い!」

 

 とっさに薬剤師が駆け寄ろうとするも、勇者はその手を掴み首を振る。

 まるで冬の粉雪のように降り注ぐ、髪の毛は風に乗ってどこかへ飛んでいく。

 そして、最後の一本が飛び立つのを見送り、魔法使いは膝をつき、崩れ落ちた。

 

「……燃え尽きちまったよ、真っ白にな」

「魔法使いぃぃぃぃぃぃぃぃ‼」

 

 こうして、儚い犠牲のもと、薬剤師たちは大陸を後にした。

 その後、新大陸へと渡った勇者たちは、商人の立ち上げた製薬会社お抱えの冒険者となった。

 中でも薬剤師は頭角を現し、新たに育毛剤“ハエルンダーZ”を生み出すのだが、これはまた別の話。

 

 

 ――あと、魔法使いが今度はモヒカンになるのもまた別の話。

 



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鑑定士の場合

 

「あ~あ、まさか魔王城目前で追放されるとはなぁ……」

 

 宿屋。荷造りを終えた鑑定士はため息交じりに呟いた。

 先日、国王から『鑑定士を追放し、我が国の王子をパーティーに加えよ』と手紙が届いた。

 どうやら国王は息子に箔をつけたいらしく、その為に非戦闘職の鑑定士を追放すると言う。

 パーティーの誰もが渋い顔をするも、国王(権力)には逆らえない。

 結局、苦楽を共にした仲間を追い出すことに罪悪感を抱えながら、勇者は追放宣言をくだし、勇者の思いを汲んだ鑑定士は承諾。現在に至る。

 

「まぁ、潮時だったのかもなぁ。俺、戦力にならないし」

 

 それに自分一人いなくても、彼らなら魔王を倒せるだろう。

 念のため、鑑定によって魔王の弱点は把握済み。

 聖剣でしか死なないこと。心臓が二個あること。角が魔力の源である他、最近浮気して夫婦間が冷めきっていること。ED、糖尿病、痛風を患っている。卵と花粉アレルギーで、酢の物とニンジン、玉ねぎ、ピーマンが苦手であることetc……

 正直、ドン引きするくらい弱点が多かった。

 

 とにかく、魔王の弱点をまとめたリストは既に勇者に渡している。

 アイテムの鑑定も既に済んでおり盗賊に引き継いでいるので他にやることはない。

 

(職探しは……もう少し、ゆっくりしてからでもいいか)

 

 なんだったら、農業でも始めてスローライフを送ろう。

 そう考えながら荷造りしていると、誰かが部屋をノックしているのに気がついた。

 誰だろうとドアを開けると、そこには神妙な顔をした勇者がいた。

 

「あれ? 勇者? どうしたの?」

「夜分遅くすまない……実はキミに頼みたいことがあって」

 

 真剣な面持ちの勇者を訝しげに見ながら鑑定士は、話を聞くことにする。

 

「で、なんだ? 頼みって?」

「……実はキミに鑑定してほしいものがあるんだ」

「鑑定? アイテムか?」

「違う、仲間のステータスだ」

「ステータス? なんかあったのか?」

 

 まさか、だれか呪われたか毒を食らったのか?

 最悪の想像が頭をよぎるなか、勇者は重い口を開いた。

 

「僕に対する女子の好感度を鑑定してくれないだろうか?」

「帰れ、馬鹿勇者」

「ぐはっ!」

 

 あまりにも低レベルな頼みを瞬殺し、鑑定士は勇者を蹴飛ばした。

 

「ま、待ってくれ! 話を聞いてくれ‼」

「聞くまでもないよ! なんだよ好感度を鑑定してくれって!? 俺はギャルゲーの親友キャラじゃねぇんだよ!」

「僕たち親友だろ!?」

「今、絶交した」

「そこをなんとかぁぁぁぁぁ!!」

 

 ドアを閉めようとする鑑定士に縋りつく勇者。

 最初は優勢だったが、戦闘職と非戦闘職の差は大きく、結局、侵入を許してしまった。

 

「あーもう! なんで俺がお前の好感度を鑑定しなきゃなんないんだよ!?」

「だ、だって、キミは今日で追放で、俺たちはこれから魔王城にカチコミだろ!? それなら最後にみんなの好感度を知っておきたいと思うじゃん!」

「思わねぇよ。そんなん気にする前に、アイテムの確認しとけ、ボケ」

「頼むよぉぉぉぉぉ! 決戦前に告白イベントは済ましときたいんだぁぁぁぁぁ‼」

 

 果たしてこれが本当に勇者なのだろうか? 泣きながら縋りついてくる馬鹿を鬱陶し気に引きはがし鑑定士はため息を吐いた。

 

(……こんなんが勇者で世界は大丈夫だろうか?)

 

 まぁ、これ以上拒絶しても埒が明かない。

 やる気がまったく湧かないながらも、鑑定士は言われた通り勇者の好感度を鑑定する。

 

 

【勇者に対する好感度】

・聖女:♡♡

・魔法使い:

・商人:♡

・村のオババ:♡♡♡♡♡

 

 

 ……見なきゃ良かった。

 

「えー……勇者の好感度は聖女が二、魔法使いがゼロ、商人が一、村のオババが最高の五です」

「マジでWhyッ!?」

 

 ショックのあまりこの世の終わりのような顔をする勇者。

 

「マジマジ。このままだと告白イベントに現れるのは村のオババです」

「なん……だと……」

 

 勇者は崩れ落ち、絶望の表情を浮かべる。まぁ、これは仕方ないなと思う。

 なんせ魔法使いが髪切った時に「今日のあたしどこか違わない?」と聞いてきたのに対して「あ! 少し太った?」とデリカシーの欠片もない返答したくらいだ。

 当然、勇者はボコボコにされた。

 

「はい。じゃあ鑑定終了。帰れ」

「ひどいいいいい! ならせめて、攻略ルートを! どうすればいいか攻略ルートをプリーズ!」

「無理です」

 

 もうラスボス直前なので攻略イベントを起こしようがない。

 項垂れ膝をつきOrzの体勢になる勇者を無視し鑑定士は、荷造りを再開する。

 と、そこへまた別の人物が尋ねてきた。

 

「おう、鑑定士。ちょっといいか?」

「あ、盗賊。どうした?」

「あれ? 勇者、どうしたん?」

「気にするな。放っておいてくれ」

 

 部屋に訪れた盗賊を招き入れ「で、要件は?」と聞くと、途端に神妙な面を浮かべ「実は大切な話があるんだ……」と話を切り出した。

 

「最後になるからな……お前にどうしても頼みたいことがあるんだ……」

 

 ――こんな盗賊は今まで見たことなかった。

 

 普段から軽薄で女好き。

 女性絡みのトラブルに巻き込まれ、尻拭いをしたのは星の数。

 いつもいつも考えてるのはエロいこと。

 端的に言えばただのロクでなしのクズ。

 そんな彼が真剣な表情を浮かべている。

 その迫力に思わず生唾を飲み込む鑑定士に対し、意を決したように盗賊は言った。

 

「女子のスリーサイズを鑑定してくれ!」

「地獄に落ちろ、馬鹿野郎!」

 

 ……やはり、クズはどこまで行ってもクズだった。

 

「なんでだよぉ~、最後に一仕事やってくれよ~、これを逃したらもうチャンスはねぇんだよぉ~」

「知るかボケ!」

「頼むッ! この通りだ!」

「床でも舐めてろ!」

 

 くだらねぇことに土下座までしてくる盗賊を冷淡な目で睨みつける鑑定士。

 もうやだ、コイツ。ほんとなんなの? ばかなの? 死ぬの?

 すると、項垂れていた勇者が復活。

 

「僕からも頼むッ!」

「おい、勇者」

 

 まさかの土下座で頼み込んできた。

 もうやだ、こいつら。

 

「女性陣のスリーサイズ次第で俺は攻略対象を変えざるをえないんだ‼」

「今さら無理だって言ってんだろうが! あとそんなんだからオババがメインヒロインになるんだ」

 

 そのままバッドエンドに直行しろと勇者を切り捨てる。

 ……とは言え、このままだと、こいつらずっと土下座してそうだし、仕方なく女性陣のスリーサイズを鑑定することにした。

 ちなみに、これはあくまで頼まれただけだからであって、自身の好奇心を満たすためではない。

 ないったらないのであるッッッ‼

 

「じゃあ、“ステータス鑑定”」

 

【スリーサイズ】

・聖女:89・54・90

・魔法使い:73・57・79

・商人:84・60・87

 

「……と、こんな感じだが」

「「お、おぉ~~~~~~……ッ!」

 

 鑑定結果に感嘆の声を上げる勇者と盗賊。

 

「やはりダントツは聖女だったか……‼」

「あぁ……! あの乳、あの尻……! まさに天からの宝物と言っていいくらいだもんなぁ……!」

「……それに引き換え魔法使いは」

「まったく、どうしてこんなに貧相なんだ?」

 

 聖女を褒めたたえ、魔法使いをディスる二人に呆れた視線を向ける鑑定士。

 本人にバレたら惨たらしく殺されるだろう。

 

(それにしても商人、意外とスタイルいいんだな……)

 

 まぁ、彼も男の子なので関心がないわけではないが。

 

 とにかくこれで最後の一仕事は終わった。

 もうこれ以上、余計な仕事は来ないだろう。

 

「鑑定士! ちょっといいか!?」

 

 ……そう思っていた時期がありました。

 

「ぶ、武闘家ッ!? どうした急に!?」

「実はお前が出ていく前に鑑定してほしくてな……」

「鑑定してほしいってなにを?」

 

 嫌な予感がする。果てしなく嫌な予感が。

 すると武闘家は真顔で鑑定士に言った。

 

「俺たちの中で誰のちん〇が一番デカ「死ね」まだ言い終わってないだろう!?」

「言わんでも分かるわ!」

 

 なにが悲しくて勇者パーティー最後の日に、野郎の生殖器の測定をせにゃならんのだ!?

「さっさと帰れ。もしくは死ね」と一刀両断するも、納豆かオクラ並みの粘着力で食い下がってきた。

 

「頼む! この通りだ!」

「なんなんだよ。なにがお前を駆り立てるんだよ!?」

「だって気になるじゃん! 誰のちん〇が一番デカいか!? 男だったら誰だって‼」

「なんねーよ」

 

 なるのは男子高校生くらいだ。

 もうあほらしいわ、とそのまま無視する方向の鑑定士だが、そこへまさかの乱入者。

 

「おもしろい。雌雄を決する時が来たようだな?」

「勇者さま?」

「おうよ! 俺の本気を見せてやるぜ‼」

「盗賊くん!?」

 

 予想外だった。まさか、コイツら同レベルだったとか、予想出来なかったよ。

 

「ふっ……まさかお前らも想いは一緒だったとはな……」

「おもしれぇ、白黒つけてやろうじゃねぇか!」

「僕の【聖剣】のホントの力を見せてやる‼」

「なに言ってんのお前ら?」

 

 あきれ果てる鑑定士に反してノリノリの三馬鹿は、全員、おもむろにズボンを下げてポロリする。

 

「おい、コラ! 汚いモノ見せんな」

「さぁ、鑑定士!」

「俺たちの中で誰が!」

「デカい!?」

 

 そう言って、プラプラさせながら迫る三馬鹿。

 信じられるだろうか?

 こいつら世界を救う勇者なんだぜ?

 

(あぁ……もう、誰か助けてくれ……‼)

 

 あまりの馬鹿らしさにめまいがしてきた鑑定士。

 しかし、神は彼を見捨てなかった。

 

「ねぇ、鑑定士。お客さんが来てry」

 

 そう言って入ってきたのは、魔法使いだった。

 不幸な彼女は部屋の中で下半身丸出しにした三人のバカの粗末なものをバッチリシッカリ見てしまい、硬直してしまう。

 そして、少し固まったあと、おもむろに最強装備である伝説の杖+10を取り出すと……

 

 

「“極大煉獄殺(ビックバン・インフェルノ)

「「「ぎゃああああああああああああああああああああああああ‼」」」

 

 

 ――感情の籠らない冷え切った声で炎系最強魔法を発射した。

 

 

「まったく……勇者パーティーの一員ともあろう方が情けない……」

「「「はい、すいません」」」

「大体あなた方はすぐに鑑定士様に下らないことを頼んで、申し訳ないと思わないんですか?」」」

「「「はい、すいません」」」

「いいですか? 今後はもっと己の立場と言うものを考えてください!」

「「「はい、すいません」」」

 

 

 一時間後、なんとか一命を取りとめた勇者たち三馬鹿は聖女によるお説教フルコースの刑に処されていた。

 最早、足がしびれて限界らしく、三人ともプルプルし始めている。

 同情はしないが。

 

「……それで、俺にお客さんっていうのは?」

「あぁ、商人が今、接客してるよ。なんか身分は明かせないらしいけど……」

 

「待たせているから早くいってあげて」と促され、鑑定士は商人の部屋に向かう。

 入ると、そこには商人と一人の青年がいた。

 フードを深くかぶり、顔は見えないが気配から只者ではないと感じる。

 

「あの……どちら様でしょうか?」

「夜分遅く申し訳ない。キミに鑑定をお願いしたい」

 

 恐る恐る尋ねる鑑定士に、目の前の人物はフードを取り、その正体を現した。

 

「キミに国王を鑑定してもらいたい」

「王子様!?」

 

 そう、目の前の人物はこの度、自分と入れ替えでパーティーに加入する王子であった。

 

「な、なんでこんなところに!? って言うか、加入は明日だって……」

「奴らの目を掻い潜り、キミに接触するための偽情報だ」

「奴ら!? 奴らって誰よ!?」

 

 そう言って笑う王子に、困惑する鑑定士。

 って言うか、王様を鑑定ってどういうこと!?

 そして商人、お前なんでドアを閉めてんの!?

 なんで自分の体でドアガードして、俺が逃げられないようにしてんの!?

 

 ヤバい。嫌な予感がする。

 

「わが国は今、嘆いている」

 

 なんか始まった。まずい。もう引き返せない。

 

「魔王討伐にかこつけた増税、それにより私腹を肥やす貴族たち。善良な民は飢え、悪しき者がはびこり始めている。このままでは魔王を討伐したところで、国は滅んでしまう。そこで、知り合いである商人からキミのことを聞いた」

 

 バッと商人の方を向く鑑定士。露骨に目を逸らす商人。

 

 ――間違いない! こいつ、厄介ごとに俺を巻き込みやがった!

 

 ワザとらしく吹けない口笛を鳴らす商人に恨みの籠った視線を向けるも、最早、後戻りはできない。

 

「キミに鑑定してもらいたいのは王のスキャンダルだ。それを手に入れ、私は国を改革するッ‼」

 

 力強く宣言する王子に気おされる鑑定士。

 このままだと、国の暗部に突入させられかねない。

 どうしようと考えていると商人が耳元で囁いた。

 

「騙されたと思って、王子様を鑑定してみ?」

「え?」

 

 なんだろう? まさか王子の弱みを手に入れてそれでこの窮地を打開せよというのだろうか?

 言われた通り、鑑定してみる。

 

 

王女:91・55・90

 

 

 ……見てはいけないものを真実を知ってしまった。

 

 見れば「公言したら殺すぞ☆」と訴えている王子――王女と「してやったり」とどや顔してる商人の姿があった。ハメやがったコイツ。

 知ったらいけないタイプの秘密を教えやがった。

 あえて教えたのは、これをネタに揺すっても権力でもみ消させるからだろう。

 ついでに自分の存在ももみ消されかねない。

 

「わが国のために、キミの力を貸してくれ(ニッコリ)」

 

 ……最早、逃げ道はなかった。

 

 

 こうして鑑定士は王子の指示のもと国王を鑑定。

 叩けばほこりが出るわ出るわ。

 脱税・人身売買・麻薬の違法取引etc……

 こいつが魔王なんじゃないかと思ったくらいの悪事の山が暴かれた。

 

 そのスキャンダルを手に革命を起こし、国王は処刑。

 王子は玉座に就くや否や自身の素性を暴露。

 革命の中心人物であった鑑定士を婿にとり、歴代初の女王として瞬く間に国を建て直したとさ。

 

 ちなみに魔王は勇者が普通に倒したとさ。

 めでたしめでたし☆

 

 

「それで、いったい誰のちん〇が一番デカかったんだ!?」

「大臣、コイツ処刑してくれ」

 

 

 



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????の場合

ネタバレ防止の為、なろう版・ノベルアップ版と違い追放者を伏せてます。


「勇者、そいつを追放しろ!」

「! そ、そんな! ひどい……!」

「仕方ないだろ! 俺たちの旅に足手まといは必要ない!」

「そ、それでも、彼は僕の大切な仲間なんだ!」

「……そう言うのはいいから、さっさと元居た場所に追放してきなさい」

「だ、だって……仕方ないじゃないか……」

 

 そう言ってショボンと項垂れる我らが勇者様を見て、戦士はため息を吐く。

 彼の背後には一匹の仔犬が状況を同じようにショボンとしている。

 はい。そうです。いわゆる子供が捨て犬拾ってきちゃった問題です。

 

「うぅ……戦士ぃ……やっぱり、追放しなきゃダメか?」

「ダメ。って言うかなにパーティーメンバー追放するみたいなノリで話進めてんの? ダメだから。魔王討伐にペット連れてけないから」

 

「メッ!」と戦士は勇者を叱責。

 それでも未練がましそうな顔をする勇者を見て、ため息を吐いた。

 我らが勇者様は御年一一歳。史上最年少で選抜された神童である。

 しかし、同年代にしては大人びてはいるものの所詮は子供というべきか。

 雨の中捨てられていた仔犬を無断で拾ってきて、パーティーに加えると言い始め、現在に至る訳だ。

 

「ちゃんと散歩にも連れてくし、躾もするから! だから、頼むよ!」

「そう言うやつに限って結局、世話しないから。それに、魔王討伐は危険なんだよ。仔犬なんて連れていける訳ないだろ」

 

 今日だって、四天王の守るレアアイテム『真実の鏡』を入手するため、武闘家たちがダンジョンに潜っているのだ。

 

 それに犬を飼う大変さは愛犬家である自分がよく知ってる。

 今だって故郷に置いてきたジョン(ゴールデンレトリバー・五歳・メス)のこと思い出してしゃあないのだ。

 故に心を鬼にして断固拒否。

 泣きそうな顔をする勇者をジッと見下ろす。

 

「まぁまぁ、戦士さん、そう頭ごなしに叱りつけてはいけませんよ?」

「聖女さん、しかしだなぁ……」

 

 そんな勇者に助け船を出すかの如く、修道院から派遣された聖女が戦士を宥める。

 

「戦士さん、勇者様は寂しいのだと思います。いくら神童とは言え、勇者様はまだ子供。年の近い友達もおらず、周囲には大人しかおりませんし……」

「たしかにこのパーティー、勇者以外は年上だが……」

「それに私は命の大切さを学ぶためにも、この子を飼ってもよいと考えておりますよ」

「学ぶも何も命のやり取りしてるだろ。魔王軍と」

 

 昨日だって、ゴブリンたち相手に無双プレイしてきたばっかりだろうが。

 ジェノサイドしてきたばっかりだろうが。

 しかし、聖女の言うことにも一理ある。

 

「仕方ない、じゃあ、他の連中の意見も聞いてみて決めよう。みんながOK出したら俺も飼うのを認めるよ」

「! 本当!?」

「あぁ、男に二言はない。多数決には従うさ」

 

 その言葉を聞き、ぱぁっと笑顔を浮かべる勇者。

 それを見て戦士は「ホントにしょうがねぇなぁ……」と呟きつつ、仲間をどう説得しようか考え始めた。

 

「ただいま」

 

 と、話をすれば武闘家たちが帰ってきた。

 

「おう、おかえり。『真実の鏡』は見つかったか?」

「ばっちり」

 

 道具袋から古ぼけた鏡を取り出し、武闘家はVサインをする。

 賢者も盗賊も商人も怪我らしい怪我もない。ミッションは大成功といったところか。

 

「よし、これで次の敵である死霊将軍の実態を捉えることができるな」

 

 情報によれば死霊将軍の身体は霊体。物理攻撃は勿論、魔法すら無効化する。

 しかし『真実の鏡』は映したものの本来の姿を映し出し、嘘偽りを見破ると言われている。

 これがあれば、勝てるだろう。そう考えた矢先……

 

「あれ? この鏡、なにかに反応してるぞ?」

「へ?」

 

 突如、鏡が光を放ったかと思えば、犬に命中。

 そのまま、今度は犬が輝きだした。そして……

 

「「「「「…………」」」」」

「し、しまった! バレた!」

 

 そこにいたのは可愛らしい仔犬ではなく、魔族の女性だった。

 頭から犬耳がぴょこんと顔を出し、豊満な肉体を誇示するかのような露出の多い服。

 艶やかな黒髪と鋭い目つきの彼女は魔王軍四天王の紅一点・魔狼将軍、その人であった。

 

「えええええええええ!?」

「お、お前、四天王じゃねぇか‼」

「仔犬に化けて俺らをだまし討ちする気だったのか!?」

 

 突然の事にパニックになりながらも臨戦態勢をとる勇者パーティー。

 対して魔狼将軍は、両手を上げてホールドアップ。

 

「待て! こちらに戦う意思はない! 投降したいだけなんだ‼ とにかく話を聞いてくれ!」

 

 などと供述し、あっさり降伏宣言。さらに……

 

「頼む! 他に行くところがないんだ! なにも言わずここに置いてください‼」

 

 戦場での傲慢な態度はどこへやら、そのまま見事なまでの土下座を披露。

 デコと胸を床にこすりつけながら懇願する魔狼将軍に戦士たちは唖然とするしかなかった。

 

 

 

「……で、つまり俺たちに敗北を重ねた責任を取らされて、一族ごと魔王軍から追放されたと」

「はい……おまけに魔王軍の庇護を失った一族を野盗や他の魔族に襲われ、散り散りになってしまいました。私自身も魔力が底を尽いたため、回復するまでやむを得ず仔犬に化けていたのですが……」

「勇者に拾われ現在に至ると言う訳か……」

 

 落ち着きを取り戻した魔狼将軍から事情を聞き、戦士はなんとも言えない顔をする。

 

「お願いです! 私、他に行く場所がないんです! 雑用でもなんでもするから、ここに置かせてください!」

「分かった! いいよ!」

「ねぇよ! 魔王軍に追放してきなさい(元居た場所に戻してきなさい)!」

 

 OKをだすお人好しな勇者に、「NO!」と戦士は反対する。

 そりゃそうだ。『真実の鏡』で彼女の話に嘘はないことは確認済みだが、仮にも敵対勢力に属していた女。そう簡単に入れる訳にはいかないのである。

 

「だいたいお前、キャラ変わってんじゃん! そんなしおらしい態度してなかったじゃん!」

 

 初めて対峙したときは傲慢を絵にかいたような態度で「愚かな人間どもよ!」とか言って、勇ましく戦っていたのに、今ではすっかり大人しいお姉さんだ。

 あまりの変わり映えに、胡散臭さを感じる。

 

「だって、それは敵でしたし……その……私、一応魔狼族の長だからそれっぽい態度を取らないと、同僚から下に見られちゃうんです……」

「なるほど、つまりそっちが素か」

「ギャップ萌えだな」

「黙れ」

 

 盗賊と賢者のたわ言を斬捨てる戦士。

 話を元に戻そう。

 

「とにかく俺は反対だ。いかなる事情があろうとも、魔族を迎え入れるなんてリスクが大きい。ただでさえ最近は勇者への評価は厳しいんだから」

「だ、だけど、彼女はもう悪事を働かないと言ってるじゃないか!」

「だから? 俺たちが良くても周りから見たら『裏切り者の魔族』だろ? 簡単には信じてくれねぇぞ?」

「う……でも……」

 

 昨今、勇者業界は腐敗し暗黒期と言われるくらい民衆から信頼を失いつつある。

 うちは史上最年少勇者率いるパーティーということもあり、周囲からの評価は一層厳しい。

 そこに魔族なんて加えてみろ。下手したら社会的に抹殺されかねない。

 現実的な戦士の意見に反論できず、幼き勇者は黙り込んでしまう。

 すると聖女も戦士の意見に同意し始めた。

 

「そうですよ! そんな格好の女を入れて勇者様が変な性癖を拗らせたらどうする気ですか!?」

「拗らせてんのお前じゃねぇの?」

「だいたい、なんですか!? そのおっぱいがほとんど見えてるような恰好は! それで勇者様を誘惑するきですか!? なら、私だって先日買った『マジ危ねぇ水着』を――」

「破ッ!」

「ひでぶ!」

 

 興奮する聖女に、武闘家が鳩尾に一撃叩き込み黙らせる。

 ともあれ、これで話は終わり。魔狼将軍は可愛そうだが出て行ってもらう。

 そう結論付けたその時、武闘家が手を上げてこう言った。

 

「私は勇者が言うなら賛成」

「はぁ!? お前なに言ってんの!?」

 

 思わぬ意見に戦士が驚くも武闘家は淡々と意見を述べる。

 

「彼女は元四天王、色々有益な情報を持ってる。それに『魔族だから』と言う意見も魔王を倒せばいくらでも覆せる。要は結果を出してしまえばいい」

「いや、そう言われてもなぁ。今は大丈夫でも、この先裏切るかもしれねぇだろ?」

 

 一度裏切りを行った者をもう一度信じるのは勇気のいることだ。

 しかし、武闘家は「それに関しては大丈夫!」と自信満々に言う。

 

「その根拠は?」

(これ)で語り合った仲だから」

「まさかの脳筋理論!?」

 

 そんな番長みたいな豪快なノリで信じられるわけないだろう。

 しかし、武闘家は「分かってないなぁ、この人」と見下すような視線を向けてくる。腹立つ。

 

「私クラスの武闘家になると、拳を通して相手の心を読めるようになる。だから最初に戦ったころからこいつが悪い奴じゃないと分かっていた」

「えー……マジで……?」

「ホント。だから真実の鏡の在処も分かってたし、ダンジョンの入り口に落とし穴があるのも分かってたし、四天王の剛力将軍が膝に爆弾抱えてたのも分かってた」

「えぇぇぇぇ!? マジでぇぇぇぇぇ!?」

 

 衝撃の事実に百八十度違う反応返す戦士。それって盗賊や商人や賢者が前もって調べてたんじゃなかったのか!?

 

「そうですか。道理でスムーズにダンジョン攻略できたと思ったんですよ~」

「入口の落とし穴も全然、俺気づかなかったわ」

「まぁ、おかげで隠し宝箱の位置もスムーズに見つかってボロ儲けだったわ」

「仕事しろよ、お前ら‼ って言うか、剛力将軍、膝に爆弾抱えてたの!? なにその中年みたいな弱点!?」

「え? えぇ、剛力将軍最近、しゃがむの辛いって言ってましたから」

「そう言えば、あの時、集中的に膝を攻撃してたよな」

「鬼かお前は」

 

 曰く、膝にローキックを叩き込みまくって沈黙させたらしい。敵ながら哀れである。

 

「ちなみに『晩ごはんはカレーにしよう』とも考えてもいた」

「そんなどうでもいい情報まで読み取れんの!?」

「だから、私もその日はカレーを期待してた。だけど出てきたのはモヤシ炒めだった」

「いや、関係ないだろ」

「モヤシ炒めだった……」

「……」

「モヤシ炒めだった……「分かったよ、今日カレーにするよ!」

 

「分かればよろしい」と頷く武闘家であった。

 

「しかし、だからと言って、簡単に入れる訳には……」

「じゃあ、多数決。魔狼将軍がパーティーに入るのに賛成の人」

 

 そう言って手を上げる武闘家に続き、勇者も「はい!」と手を上げる。

 さらに盗賊、賢者、商人も手を上げた。

 

「はい、賛成多数で私たちの勝ち。ようこそ勇者パーティーへ」

「あ、ありがとうございます!」

「いや、ちょっと待てぇぇぇぇぇ‼ お前ら、賛成だったの!?」

 

 今までほとんど台詞なかったのにこれはズルい! まるでこっちが悪者じゃないか!

 

「ち、ちなみに理由は!? 俺たちを納得させる理由があるんだよな!?」

「理由、ね……強いていうなら勇者を信じようと思ったからかな?」

 

 そう言って盗賊はニヒルに笑う。

 

「こいつは盗賊で、しかも前科持ちの俺を仲間に入れようなんて酔狂な野郎だ。そんなコイツを信じてやろうと思っただけさ」

「と、盗賊……!」

「まぁ、お前の言ってることも一理あるからな。しばらくは俺が責任をもって監視するさ。怪しい動きをしたら……容赦はしねぇ」

「うわぁ、カッコいい……」

 

 そういえばコイツ、悪徳貴族専門の盗賊で恩赦と引き換えに仲間になったんだわ。

 基本、困った相手を見捨てられなかったわ。

 つまり、最初から勇者の味方だったわ。

 

「賢者、商人、お前らも同じか?」

「まぁ、そうね~」

「えぇ、それに私は彼女が裏切らないと確証を持って言えますしねぇ」

 

 賢者は眼鏡をキランと光らせ自身の意見を述べる。

 

「そもそも魔狼族は群れを大事にし、裏切りを嫌う誇り高き種族です。ですので再度裏切る確率は低いでしょう。さらに我々と対峙する魔王はかつて魔狼族を虐げた過去があります。彼女ほどの実力者が追放されたのもそれが原因でしょう」

「え? そうなの?」

「えぇ……我が部族はかつて魔王軍に侵略され、敗北、軍門に下りました」

 

 その後、奴隷同然の扱いを受け、迫害され、今では同族は百匹しかいないそうだ。

 

「百匹の狼……彼女を入れて一〇一匹……一〇一わん「こらこら、それ以上は言うな」

「続けますよ。故にこのまま魔王軍を放置しておいても彼女たちの立ち位置は変わることはないでしょう。即ち、裏切るメリットが少ないと判断します」

「そうねぇ。むしろ私たちにもメリットがあるしねぇ」

「? メリット?」

 

 ニヤリと笑う商人に戦士が尋ねる。すると、商人は「ニシシ」と笑い言った。

 

「今、私の所属する商会では魔族絡みのビジネスを始めたのよ」

「魔族絡みのビジネス?」

「そうよ~魔族の中には私ら人間よりも遥かに発達した技術を持ってる種族がいる。そいつらの技術を提供してもらおうってわけ」

 

 時代はラブ&ピース! 戦争なんて腹が減るだけだという。

 

「特に魔狼族なんて希少な一族、コネがあるに越したことはないわ。技術が失伝してても彼女たちの屈強さなら護衛や冒険者、狩人にレンジャーとして引手数多。そう言う訳で、私たちのもうけ話のために賛成ってわけ」

「な、なるほど……」

 

 各自、ちゃんとした理由で賛成したわけか。

 

「だけどなぁ……それでも俺は反対だ……」

「なんで? 戦士も雌犬飼ってるじゃない」

「言い方!」

 

 それだと鬼畜なド変態になるじゃないか!

 

「それでも民衆は魔族が勇者パーティーに加わることにいい感情は向けないだろ? 盗賊が入る時も、相当もめたし」

「確かにそうだけど」

「……一応、国王に報告して、指示を仰ごう。許可が取れれば俺もこれ以上は言わないよ」

 

 だが、十中八九、許可はでないだろう。なんせ相手は敵国の将だ。

 拷問し情報を引き出そうとするかもしれないし、最悪、その場で処刑もあり得る。

 そうならないよう説得はするつもりだが、自分のような平民の意見など聞いてくれるだろうか?

 重い気分のまま、戦士は王国との通信用水晶を起動させた。

 

 

『構わん、許す!』

「国王陛下――ッ!?」

 

 まさかの速攻OKであった。

 

「いいんですか!? 彼女は魔王軍の四天王ですよ!?」

『だからどうした? むしろ四天王に選抜されるほど有能ならば心強い!』

「いやいや……それでも、即断過ぎでしょう……もう少し慎重に考えても良いのでは?」

『今回の魔王討伐は急務だ。多少のリスクは承知の上、現場の判断に任せる。心配するな、責任はワシが取る』

「か、かっこいい……‼」

 

 なんというホワイト上司。

 はっきりと断言する国王に戦士の胸は思わずときめいてしまう。

 

「しかし、民意と言うものがありますし……」

『ふっ……未来ある子供と若者に魔王討伐と言う重荷を背負わせておるのだ……ワシ一人の首、どうと言うことはないッ!』

「かっこよすぎる……‼」

『しかし、そうなると、これは好機やもしれん……大臣! 至急、“賢者ゴリ”“シスター・クロ”“増毛のハエール”のパーティーを援軍に送れッ! 魔狼将軍の情報の真偽を確かめ次第、魔王を討つぞ‼』

『ハッ‼』

『宰相! “冥王”に使者を送り、同盟を結ぶぞ。彼は人間に友好的な魔王だ‼ 必ず答えてくれるだろう‼』

『既に手筈は整えております』

『それから戦士よ、彼女の一族に関しては“人魔教団”なる団体を頼れと伝えよ。人間と魔族の共存共栄を目指す団体だ。生き残りを見つけ次第保護してくれるだろう!』

「頼りになるッ‼」

 

 アフターフォローまで万全なんて、なんて頼れるのだ。

 

『陛下! 王子が隣国で婚約破棄をされた辺境伯令嬢と婚約したいと言っておりますが!』

『件の令嬢か……我が息子ながら見る目がある……その手を絶対に離すなと伝えておけ』

『国王! 某国の王が無断で勇者召喚を行おうとしてる情報を入手しました!』

『至急“ゴブリンスナイパー”に連絡を取れ。標的(ターゲット)は国王! 報酬は言い値で払う。任務完了次第イスス銀行に振り込んでおけ』

『陛下! “勇者アムゥロ”と“魔王ラキマヤト”の連合軍が邪神・女神の眷属と交戦を開始! “合体巨人エクスカイザー”が苦戦してます! いかがなさいますか!?』

『“キングインパクト”出撃準備! ナツセ将軍、主に預ける! 必ずや生きて帰ってこい‼』

『“暗黒大陸”より侵略艦隊がこちらに向かっております! 迎撃のための編成を!』

『数は?』

『一万!』

『少ないな。ワシ一人で十分だ。なに、全滅させてもいいのだろう?』

『おう、グランアステリア王! 今、暇か?』

『ヒュウガ王か。どうした?』

『いや~、今、超巨大隕石が迫っててさぁ、斬撃で半分くらい破壊したんだけど、ちょっと間に合いそうにねぇわ。手ぇ貸して』

『よかろう。どちらが先に破壊できるか競争だ!』

「頼りになりしゅぎりゅうううううう‼」

 

 なんか片手間で色々な危機を解決してるっ!

「もうあんたが魔王倒せよ」と言わんばかりの活躍だ。

 

『そう言う訳だ! 戦士よ! 武運を祈るッ‼』

 

 それだけ言って国王は通信を遮断した。

 

「……仲間に入れて(飼っても)いいってさ」

「「「「「やったー‼」」」」」

 

 こうして、魔狼将軍は勇者パーティーに加入することになった。

 みんな和気藹々と喜ぶ。しかし……

 

「ちょっと待ってください! 私は認めませんよ‼」

 

 復活した聖女が猛反発。

 ブーブーと文句を垂れ始めた。

 

「勇者様! 目を覚ましてください! 相手は魔族ですよ!? 絶対に裏切るに決まってます!? それとも洗脳でもされたんですか!? なんて卑劣な‼ 今から私が神の奇跡で目を覚まさせて――」

「そう言えば、聖女。殴った時、昨日勇者の歯ブラシしゃぶってた記憶が見えたんだけど、アレ、なに?」

「……」

 

 武闘家の質問に目を逸らす聖女。さらに……

 

「なぁ、真実の鏡に聖女が勇者のパンツの匂い嗅いでる映像映ってんだけど……」

「……てへ☆」

 

 可愛く笑ってごまかす聖女。そんな彼女に冷たい視線を向ける一同。

 すると勇者がこう尋ねた。

 

「ねぇ、戦士、こう言う時どうすればいいのかな?」

 

 戦士は天井を仰ぎながらこう答えた。

 

修道院にブチこんでおけ(元いた場所に追放してきなさい)

 

 

 こうして悪は滅んだ。

 



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呪術師の場合

「命令だ。呪術師、お前を追放する!」

「そんな! なんで今さら!?」

「上からの指示だ。『魔王討伐の任を受けた勇者パーティーに呪術師などと言う怪しげな存在を置いておく訳にはいかないから』だそうだ……」

「そんなの理不尽だ! しかもいまさらそんなこと言われても……」

 

 

「魔王はもう倒しちゃったじゃないか!」

「……言うなよ、それを」

 

 

 気まずそうな顔で呪術師から視線を逸らす勇者。

 

 そう、呪術師の言う通り、本日をもって魔王討伐完了!

 およそ一ヶ月での討伐。歴代勇者の記録を更新してしまった瞬間であった。

 

「どうすんだよ?」

「そもそも追放云々の前に、依頼達成ですからね……」

「……だってこの手紙が来たの今朝だし」

 

 へんじのないただのしかばねになった魔王を見て、全員のテンションは急降下。

 ホント。言うなら、もっと早く言って欲しかった。

 しかも、国はああ言うが、この短期間での討伐が完了したのは呪術師の力があってこそだった。

 

 魔王軍の強大さを目の当たりにした勇者一行は一計を案じ、暗殺者の伝手で闇市や魔王軍の裏切り者から仕入れた魔王軍幹部連中の毛髪を利用して、毎日様々な呪詛をかけたのだ。

 

 例を挙げると「毎朝、足がつる呪い」「タンスの角に足の小指をぶつける呪い」「犬の糞を踏む呪い」「鳥の糞を落とされる呪い」「誰もいない密室で数匹のゴキブリを発見する呪い」「冷蔵庫のめんつゆと麦茶を間違える呪い」etc……

 

 しょうもないものばかりだが、おぞましい数の呪いをかけることにより魔王をデバフ。

 度重なるストレスでフラフラになった魔王を討ち取り、勇者の務めを果たしたのだ。

 

 ぶっちゃけ、こっちの方が魔王っぽい。

 

「……いやそもそも、呪術師だけのせいではないよな。俺にも責任がある」

 

 そう言って勇者は頭を下げた。

 勇者は正義感と責任感が強い男だった。

 一刻も早く世界に平和を。民に安らぎを。そう思うあまり、修行に打ち込んだ。

 その過程で勇者に選ばれる前から山賊団だの悪逆皇帝だの邪竜だの魔神だのを討ち取る偉業を達成。

 そして、今回晴れて勇者に選ばれた訳だが……

 

「俺は強くなり過ぎたんだ……」

 

 この勇者パーティーのメンバーは勇者・呪術師・暗殺者・馬車御者&馬・遊び人、そして旅の途中で拾った転移者の六人だ。

 正直、勇者パーティーというにはバランスが悪すぎる。だが、そのハンデをものともしないほど勇者は強かった。

 

 正確に相手の隙を突き、クリティカルを連発。

 逃げる相手にも「知ってるか? 勇者からは逃げられない!」と回り込んで容赦なく斬捨て、最終的に魔王軍一個小隊を一人で壊滅するほどに強くなりすぎちまった。

 

 魔王とのラストバトルも圧勝。「そもそも呪いなくても勝てたんじゃね?」と言うレベルだった。

 

「いや、それを言うなら暗殺者である私にも責任があるっすよ。四天王含めた最有力幹部を裏から暗殺しましたもん」

 

 そう言って項垂れる勇者を庇うのは暗殺者だ。

 最年少の幼女でありながら、凄腕の暗殺者である彼女の活躍で魔王軍のみならず、自身を疎まう権力者たちの妨害も事前に防ぐことができ、旅をスムーズに進めることができた。

 

「それを言うなら僕も、急ぎ過ぎたかもしませんねぇ」

 

 さらに馬車御者がフォローに入る。

 彼は平和を望む勇者の意を汲んで最速で馬車を走らせた。

 馬車の出せる速度を超え、時にコーナーを、時に峠を攻め……

 迷宮・砂漠・氷原・毒の沼……多種多様な難関をドリフト・壁走り・水上走行に空中走行などでひたすら走り抜け、魔王城へと向かう。

 仕舞いには魔王城すら馬車で爆走。先制攻撃とばかりに魔王を「よく来たな、勇者たry」と言い終える前に馬車で跳ね飛ばした。

 

「ヒンヒンヒヒン、ヒンヒン」

 

 すると落ち込む主人を庇うように馬が「主よ、己を攻めるな。非は自分にある」と言わんばかりに割り込んできた。

 馬車御者のドライビングテクニックもさることながら、この馬も大概おかしい。

 さらには後方から迫る魔王軍の軍勢を「ここは俺に任せて先に行け!」とばかりに足止めした剛の者……否、馬でもある。

 当然死亡フラグもきっちり圧し折った。

 

「いや、馬車御者や馬だけの所為じゃない。俺だって調子に乗って現代兵器チートしすぎたんだ……」

 

 さらにそれを転移者が、自分が悪いと言い出した。

 彼はとあるダンジョンで大した能力を持ってないからと言う理由でクラスメイトから奈落に落とされたところを「ここ抜けると近道!」と馬車を爆走させていた勇者パーティーに救われ、加入。

 以降、覚醒したスキル『取り寄せ』で地球から様々なものを取り寄せ、無双。

 魔王城を攻めるときもミサイルやRPGで魔王軍の戦線を崩壊させた。

 ちなみにクラスメイト達は未だに召喚された国から出てすらいない。

 完全に召喚され損だこれ。

 

「み、みなさんのせいじゃないですよ! 私だって……あ、なにもしてないや……」

 

 そう言って一人、違う意味で落ち込むのは遊び人だ。

 以前国王へ「うちのパーティー、魔術使える奴がいないんだけど?」と苦情を言ったところ「じゃあ、コイツ育てて賢者にでもしろ」と数合わせ的に放り込まれたのだ。

 しかし、勇者たちが強すぎるせいで転職の機会を逃して現在に至る。

 みんなが戦う中、一人オセロや一人七並べしてる彼女の後姿は哀愁が漂っていた。

 

 とにかく、国の指示を無視して討伐を完了したのはまずいだろう。

 

「……なぁ、呪術師はクビにして、俺たちだけで魔王討伐したって伝えたらいいんじゃないか? 呪術師への報酬は俺が立て替えるからさ」

「無理。既に国に報告済みっす。って言うか、そう簡単な話じゃないっす」

 

 魔王討伐の功績は隠そうと思って隠せるものではない。

 冒険者ギルドの発行したタグの仕掛けにより、魔王討伐の実績はギルドにも報告済み。

 加えて、勇者はその誠実さを女神から見込まれ、神託を受けて魔王討伐に赴いた。

 これをもみ消した日には国民や同業者だけではなく神からも大顰蹙を買いかねない。

 

「な、なぁ、魔王って生き返らないのか!? 生き返らせて、今度は呪術師を抜いてもう一回戦うとか」

「無理だよ……魔王ミンチ状態じゃん……それに」

『もう勘弁してください……』

「本人も無理って言ってるし」

 

 昇天しかけの魔王の魂を見送りながら呪術師は首を横に振る。

 一応、第五形態まで粘ったからワンチャンあるかと期待したが、無理らしい。

 そりゃ「ワシはまだ四回変身を残してる!」と豪語してたのに、変身した瞬間瞬間を一撃で仕留められたのだから、トラウマにもなるだろう。

 そもそも蘇生の奇跡を使える聖女はこのパーティーにはいないし、復活の薬も在庫切れだったりする。

 

「あ、じゃあ魔王の背後にいる黒幕を呪術師追放して倒せばいいじゃん」

「黒幕!? そんなのいんの!?」

 

 暗殺者の発言に、全員が驚く。

 なんでも魔王城内に潜入した際に得た情報だそうだ。

 魔王は大魔王という存在の傀儡に過ぎず、今回の侵略も大魔王に命令によるものらしい。

 

「ちなみにこれが大魔王の写真っす! こいつが黒幕っす!」

「おぉ! じゃあ、呪術師を追放してこいつを倒せば、国も納得してくれるって訳だ!」

「よし、じゃあ、その手で……あれ? こいつ……」

 

 今後の方針も決まり、安堵しかけた時、勇者が写真をまじまじと見て青ざめる。

 

「え? 勇者? どうしたんだい?」

 

 様子のおかしい勇者に呪術師が尋ねると、勇者は気まずげに答えた。

 

 

 

「……ごめん、この大魔王、一ヶ月前に倒してた」

『……マジか』

 

 

 

 どうやら武者修行中、既に討伐してたらしい。

 真のボスすら倒す勇者。さすがに女神から選ばれたことだけはある。

 

 

 ……結局、勇者パーティーは正直に事の顛末を報告。

 国王は「うそ……ウチの勇者仕事早すぎ……!」と愕然。

 なお呪術師の追放に関しては一部の貴族の独断だったらしく、丁重に詫びを入れ、正当な報酬を支払った。

 

 それから暫くして、またしても新たなる魔王が出現。

 今回は流石にゆとりをもって討伐に赴いたのだが……

 

 

 

「呪術師! お前を追放するッ!」

「……だから、それは魔王討伐前に言ってよ」

 

 

 ……歴史は繰り返されるのであった。

 



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おっさんの場合

 

「すまない、おっさん。王都の人事部からの命令で貴方を追放せざるを得なくなった」

「マジっすか」

「マジだ。申し訳ない」

 

 沈痛な表情で頭を下げる勇者。

 自分よりも一回り下の少年と言っていい年頃の上司が、誠心誠意謝罪する光景におっさん(三二歳、独身兼童貞)は胸を痛める。

 

 この世界に召喚されたのは半年前のこと。

 

 社畜人生真っただ中で、上司にパワハラ寸前の叱責にプッツン。

 クビを覚悟で殴ろうとした瞬間に召喚。

 うっかり王様を殴ってしまった時には死を覚悟した。

 

「異世界も世知辛いのは変わらないのか……自分の都合で呼び出しておいて……」

 

 異世界人を召喚すると次元を跳躍する影響でなんらかのチート能力が与えられるらしい。

 故に魔王討伐の戦力増強のためにと召喚されたのだが……なんの能力もなかった。

 王様を殴ったこともあって、怒った貴族たちは追放しよう、奴隷にしよう、処刑しようと騒ぎ立てたが、国王が一喝。

 

「召喚したものはしょうがない。勇者たちもまだ若いし、一人年長者がおれば安心じゃろう。慣れぬ土地で申し訳ないが、協力してはくれまいか?」と言う国王の後押しもあり紆余屈折がありながら、予定通り勇者パーティーに加えられた。

 殴ったことも軽く流してくれた。さすが王様、心広い。

 

 しかし、最早魔王城も目前に控え、これ以上戦力にならない自分は危険なので連れてはいけないとお役御免となったわけだ。

 

 ちなみに追放扱いなのは、自分を疎ましく思う貴族連中の留飲を下げるための方便だ。

 実際には退職金も出るし、その後の暮らしも保証してくれる。

 異世界にも色々あるのだ。ご理解いただきたい。

 

「おっさんがいなくなると寂しくなるなぁ……」

「まぁ、これもしょうがないよ。俺はもう役に立たないし」

「そんなことありませんよ。貴方がいなかったら僕たちはここまでこれませんでした」

 

 そう言ったのは賢者だったが、自分の方が彼に助けられたと思っている。

 若いながらも賢者の称号を得るだけあって、頭脳明晰で好奇心旺盛な彼は現代での知識を取り入れ、様々なことに役立ててくれた。

 

「後のことは頼んだぞ?」

「えぇ、分かってます。貴方の代わりはしっかり務めて見せます。貴方から教えてくれた知識を使って作ったこの――」

 

 そう言って賢者は道具袋から、光の剣がでそうな柄と機動戦士が持ってそうなライフルを取り出した。

 

「魔導ビームセイバーと魔導超電磁砲を使ってね」

「うん、おかしいな!? そんなの教えた覚えないな!?」

「え? なに言ってるんですか? 最初に銃の存在を教えてくれたじゃないですか」

「いや、そうだけどさぁ……」

 

 確かに少しでもみんなの役に立ちたいと現代知識チートでお馴染みの銃を作れないかと相談したことはあった。

 まぁ、平和な現代日本に生まれた達夫は銃の製造などの知識はなく、出来ればいいな程度の気持ちで。出来たとしても火縄銃とかマケット銃とかその辺の単発式を考えていた。

 しかし、一を聞いて十を知るとでも言うべきか。うろ覚えの知識を聞いただけで、あっさり理解した賢者はその後、数日で近代重火器を製造。

 ガトリング銃・対戦車用バズーカなど、魔王軍四天王を次々に屠っていった。そしてその結果がこれだ。

 

 現代どころか近未来チートじゃん。科学と魔法が交差してるじゃん。

 

 ちなみにおっさんも賢者の開発したビームガンで戦闘に参加してた。

 ドラゴン相手にみんなが剣や魔法で戦ってる中、昭和なデザインのビームガンで応戦する姿は、さながら地球防衛軍の気分であった。似たようなもんだけど。

 

「ホントに君は賢者の名に恥じないな」

「いえいえ、僕なんて武器を作っただけですよ。アイディアはおっさんのものです。ところで、今後の予定は?」

「それなんだが、辺境の村でしばらく静かに暮らそうと思ってるんだ。王様の薦めでな」

「へぇ、のんびりしてていいな」

「あぁ、所謂スローライフってやつだ」

 

 魔王を倒したら是非、遊びに来てくれ。

 そう言い残し、おっさんは勇者パーティーを去っていった。

 そして、半年後。

 おっさんは辺境ののどかな村――

 

 

 

『ただいま9回の裏、2ボール2ストライク2アウト。ドイナカユックリーズ期待の新星・おっさん選手はこの回を抑えられるでしょうか!?』

 

 

 

 ……ではなく、マウントに立っていた。

 

 なぜこうなったか?

 遡ること数年前。スローライフを送ろうと向かった村の草野球チームに入り、何度か試合したら、プロの目に留まりスカウト。

 その後、今まで発揮しなかったチート能力“投球”に目覚め、大活躍。現在に至る。

 

『おおっとここで相手チーム・ダイトカイヤベェズのバッター交代の指示が!』

 

 ――きたか!

 

 おっさんは代打で現れたその男を見て、より一層引き締める。

 

 ――元魔王軍筆頭・暗黒将軍。

 

 魔王軍により不当に追放された彼はどういう訳か自分と同じ経緯を経てバッターボックスに立っている。

 

(やはり来たか。チート持ちの俺に対抗できるのはコイツしかいない……)

 

 見れば、客席には彼の妻子と思われる魔族が応援している。

 ちなみにこちらは勇者と賢者と国王が応援に来てくれている。

 俺も嫁さん欲しい。ヤローじゃなくて。

 

(話を元に戻そう。コイツ相手に生半可な小細工は通用しな)

 

 カーブもフォークもシンカーも既に見切られ有効打にならない。スローボールで崩そうにも、もし見切られたら逆転負けする恐れがある。

 

 ならばスキル“魔球”にかけるしかないが、これでもまだ不安が残る。

 

 増える魔球。燃える魔球。消える魔球。投手を捕獲する魔球。隕石ばりの破壊力を持つ魔球。

 これまでの戦いで、そのどれもが破られてきた。

 慎重にならざる負えない。

 

 するとキャッチャーがサインを送ってきた。

 

『アレをやれ!』

「!?」

 

 ――まさか、あの魔球を投げろというのか!?

 

 アイコンタクトを送るとキャッチャーは真剣な表情で頷いた。

 

 キャッチャーの指示した球。それは、前回の試合で編み出した究極の魔球。

 しかし、アレは危険すぎる。

 投げたはいいが、あまりの威力にキャッチャーが星になったほどだ。(ちなみにその後、キャッチャーは旧大陸沖で発見された)

 

 故に封印を決意したのだが、それをここで使えというのか?

 

 頷くキャッチャー。俺に任せろ。そう言っている気がする。

 

(分かった。やろう……!)

 

 キャッチャーの決意に答えるように、おっさんは勝負に出た。

 

「食らえ! 必殺魔球“滅殺・アルティメットジャイロッッッッッ‼”」

「――! 来たか! ならば迎え撃とう!」

 

 待っていたとばかりに暗黒将軍はバットをフルシング!

 魔球とバットが激突した瞬間、凄まじい衝撃波が発生。会場を揺るがした。

 

「ぐおおおおおおおおおおおおおお!」

「ふんんんんんんんんんんんんんん!」

 

 拮抗するバットとボール。だが、それも長くはもたない。

 バットにはヒビが入り始め、ボールもチリチリと焦げ始めてきた。

 どちらが先に果てるか?

 意地と意地のぶつかり合い。その果てに――

 

「ぬああああああああああああッ!」

 

 暗黒将軍が渾身の力を込めてフルスイング。バットは耐えきれず粉々に砕け散った。

 

 ――打たれた。

 

 誰もがそう思ったその時であった。

 

「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおッ!?」

 

 キャッチャーが凄まじい勢いで後方に吹き飛んだ。

 壁に激突し、めり込むキャッチャー。しかし、ミットの中にはすり減ったボールが。

 

『試合終了! 激闘を制したのはおっさん! 勝者はドイナカユックリーズだぁぁぁぁぁぁ!』

『わぁぁぁぁぁぁぁぁぁ‼』

 

 観客の歓声が球場内に響き渡る。感極まった勇者たちが泣いている。

「無念……!」と呟き膝をつく暗黒将軍に手を差し伸べ、おっさんは「また戦おう」と再戦を誓った。

 

 おっさんは勇者にはなれなかった。しかし、この日、おっさんはヒーローになった。

 

 ――だが、一つ言わせてくれ。

 

 胴上げされながら、おっさんは思う。

 

 ――これSlowlife(スローライフ)ちゃう。Throwlife(スローライフ)や。

 

 



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村人の場合

 

「ごめんなさい……あなたを連れていけないの……お願いだから、パーティーを抜けて……」

「……ッ!」

 

 聖女であるイリスの言葉に、ルカは項垂れるしかなかった。

 数年前まで、ただの村人だった彼女はある日、神託を受け聖女になった。

 そして、魔王を倒す勇者の一党に迎えられた。

 幼馴染として、恋人として心配だったルカは無理を言って雑用係としてパーティーに同行していた。

 だが、それももう限界だった。

 

 魔王軍の勢いは増すばかりで、他に討伐に向かった者たちは次々に返り討ち。

 そんな危険な旅にこれ以上、戦う力を持たない村人であるルカを巻き込めないと、イリスは判断。

 恋人を心配したルカは頑なに離脱を拒むも、聖女の権限で追放処分を下すされた。

 

「分かってくれ……これも、世界を守るためなんだ……だが、約束する。必ず、キミの下にイリスを戻すとこの剣に誓おう……」

「俺もだ! 安心してくれ!」

「僕も力の限り戦います!」

「だから、お願い聞き分けて……」

 

 信念の下に誓いを立てる勇者・マカオに武闘家のガイと大魔導士クリストファも続く。

 そして、今にも泣きそうな顔をして涙声で諭すイリスを前にルカは遂に折れた。

 

「分かったよ……」

 

 こうしてルカは追放処分を受け入れ、パーティーを後にした。

 

 ――それからしばらくして、大魔王討伐の知らせが新大陸中に響き渡り、約束通り彼女は帰ってきた。

 

 

 

 

 ――変わり果てた姿で。

 

 

「そんな……嘘だ……イリス」

「…………」

 

 車いすに座ったまま、なにも喋らず、虚ろな眼で虚空を見上げているイリスを見て、ルカは膝をついた。

 

 たしかに勇者パーティーは魔王を打倒した。しかし、その代償は大きかった。

 勇者たちの奮闘で重傷を負った魔王は、しかし、最後の悪あがきとばかりに、勇者たちもろとも自爆しようとした。

 それにいち早く気づいたイリスは、僅かに残った聖女として力をすべて用いてそれを防いだ。

 だが、無理に力を使った反動で彼女は全ての記憶と感情を喪った……

 

 目の前の変わり果てた幼馴染を前に、ルカは涙を堪えきれず、嗚咽を堪えるしかなかった。

 

 

 ……本当は約束を果たせなかった勇者パーティーに対し、恨み言の一つでも言いたかった。

 

 しかし、それを言う資格など自分にはなかった。

 なにより、彼らの失ったものも大きかったのだ。

 

 

 ……って言うか

 

「うぅ……ごめんね、ルカちゃん……私、イリスちゃんを守り切れなかった……うぉぉぉぉぉん‼」

「ジーガガ……」

「パンダ……」

 

 

「なんか変なのいる!」

 

 イリスをここまで送り届けてくれた者たちを見て、涙が引っ込んでしまった。

 彼の視線の先にいたのは、漢泣きするマカオ似のオカマ。

 ガイの面影を残す機械人形。

 クリストファの装備を身に着けたパンダと言う珍妙奇天烈な集団であった。

 

「いや、マジであんたら誰!?」

 

 恨み言の前にツッコミを入れる羽目になってしまった。

 

 

 

「……とりあえず、落ち着いたところでもう一度聞きますが、あんたら誰?」

「マカオよ」

「ガイダ」

「パンダ」

「クリストファダソウダ」

「ウソつけぇ! って言うか、パンダの鳴き声おかしいだろ! 適当感丸出し過ぎるだろ!」

 

 イリスとは別ベクトルに変わり果てた三人にルカは思わずツッコミを入れた。

 ちなみに彼女は育ての親である教会の神父さんにお願いしてある。

 

「いや、なんでこうなった!? なんであんたらそうなった!? 面影ゼロじゃん!」

「これもイリスちゃんのためだったのよ」

 

 そう言って、マカオは経緯を説明し始める。

 

 イリスは事情があったとはいえ、ルカを追い出したことを追い目に感じ、寂しい思いをしていたそうだ。

 そんな、日に日に元気を失くす聖女の姿を見て、心を痛めたマカオ。

 なんとか彼女を励まそうと考えるも、それは出来なかった。なぜなら……

 

「自分で言うのもなんだけど、あたし、イケメンでしょ?」

「ホントに自分で言うな」

「そんな男が心の隙間を埋めようとしたら最後、ドロドロの愛憎劇が始まっちゃうじゃないの!」

 

 特に最近は勇者が原因のパーティー内での男女トラブルが増えてきている。

 イリスは一途にルカを思っているが、万が一、自分が寄り添うことで、イリスに気の迷いが生まれる可能性を否定できないマカオは思いつめた末――

 

「取っちゃたのよ」

「なにを!?」

 

 そりゃ、玉と棒を。

 

「少しでもイリスちゃんに笑って欲しくてね。やっぱり同性がいると安心感があるっていうか? 今じゃ恋バナする仲よ?」

「笑うどころかドン引きなんですが!?」

 

 勇者・マカオ。

 真面目な奴ほど、一度ハジけると斜め上の行動をするのだと思い知らされた。

 

「まぁ、マカオがオネエになった理由は分かったけど……ガイは? ガイはなんでロボットになってんの?」

「コレニハ深イ訳ガアルンダ……」

 

 ルカの質問に自称ガイを名乗る機械人形が事の経緯を話始めた。

 

「キミト別レタ後、魔王直属ノ親衛隊トノ戦イガ始マッタ」

 

 一体一体が四天王に匹敵するほどの精鋭に苦戦を強いられながらも、なんとか戦い抜いた。

 しかし、ある日イリスを庇いガイが重傷を負ってしまう。

 

「ソノ時、蘇生ノ奇跡ヲ使オウトシタンダガ、俺ハソレヲ拒ンダ。彼女モ限界ダッタンダ」

 

 もし使えば、彼女も無事では済まなかった。

 ルカとの約束を優先した結果、ガイは死の寸前にまで追い込まれた。

 だが、そこでクリストファがこんなことを言い出したそうだ。

 

「どうせ、今後人間の肉体じゃついてけそうにないし、いっそ改造したらいいんじゃない?

」と。

 

「デ、コウナッタ」

「いや、それマッドサイエンティストの発想!」

 

 その後も強敵との戦いは続き、その度、改造手術を施し、現在では肉体の九九パーセントが機械化してるそうだ。

 

「コレモ、世界ヲ守ルタメ、仕方ノナイコトダ……」

「あんた、それでいいのか!?」

 

 他に道はなかったのかと尋ねずにいられない。

 

「でもまぁ、これでマカオとガイがそんな姿になったのは分かった。分かったけど……」

 

 そうして、ルカはクリストファに視線を向ける。

 

「わぁ、パンダだぁ!」

「パンダちゃん、こっち向いて~」

「もふもふ~」

 

 そこには村のちびっ子たちに取り囲まれたパンダクリストファの姿があった。

 

「……あれは? あれはなんであぁなったの?」

「話せば長くなるんだけど……」

 

 度重なる魔王軍との戦いに辛くも勝利していく聖女パーティー。

 だったが、四天王最後の一人は次元が違った。

 あわや全滅の危機。しかし、その時クリストファが立ち上がった。

 

「さらばだ……みんな……」

 

 禁術である自爆魔法を使い、クリストファは相打ちになった。

 しかし、ルカとの約束を守れなかったことに未練が生まれ、アンデッドであるリッチに転生してしまったのだ。だが……

 

「このままだと、警戒されるからって、パンダに魂を移し替えたのよ」

「なんでパンダ!?」

「どうやら魔王軍、絶滅危惧種の密輸までやってたのよ」

 

 流石魔王軍。悪の結社なだけある。だが仕事は選ぼうぜ。

 

「まぁ、本人は気に入ってるけどね。人気者になったし。フィジカルも強くなったし」

「パンダだからね……」

 

 まぁ、本人がいいならいいが……

 

 とにかく、こうして聖女一行が変わり果てた(特に男ども)になったいきさつは分かった。

 

「で、あんたはどうするの?」

「どうするって……」

「イリスちゃんのことよ……治療術師やクリストファの話じゃ目覚めるのは絶望的だって話よ?」

「…………」

 

 マカオに言われ、ルカは押し黙る。

 酷い言い方だが、イリスは最早、生きる屍。

 いつ目覚めるか、そもそも目覚めるかすら分からない状態だ。

 

 しかし、ルカの心は決まっていた。

 

 

「イリスは僕との約束を守ったんだ……だったら僕はそれに答えなきゃいけない」

「それ、義務感だけで言ってない?」

「そんなことない! だって、僕は……イリスの事を……」

 

 ――好きだから。

 

 そもそもそうでなければ魔王討伐なんてものになんの力もない一般人が参加なんかするわけない。

 世間では聖女と言われているが、自分にとっては大切な幼なじみの女の子だ。

 だからこそ、その気持ちを大切にしたい。

 

「……大丈夫、イリスは魔王討伐をしたんだ。それに比べたらなんてことないさ」

 

 一生イリスと共にいる。そう宣言するルカに三人は涙した。

 

「うぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉん‼ ルカちゃん、漢だわぁぁぁぁぁぁぁぁぁ‼ うおおおおおおおおおおおん‼」

「あの近所迷惑なんでトーン下げてください」

 

 化粧が崩れ、最早ただの化け物にしか見えなくなるくらい、漢泣きをするマカオ。

 

「ウゥ……ルカ……オマエ、ナンテ奴ナンダ……(バチバチバチバチ)」

「ガイ!? ショートしてるけど大丈夫なの!?」

 

「まだ、この機械の身体にも涙は残っていたのか……」とあちこちから火花散らしながら号泣するガイ。

 

「いい話だなー」

「お前、喋れたの!?」

 

「パンダ」としか喋れないと思っていたのに唐突に人語を介してきたクリストファ。

 もう、キャラぶれぶれである。

 

 こうして、話はまとまったかに見えた、その時であった。

 

「大変だ、ルカ‼ イリスを聖女に選んだ奴らが『イリスを渡せ』って、武器を持って教会を取り囲んでる!」

「なんだって!?」

 

 急な展開に混乱しつつ、ルカたちは教会に向かうと、武装した兵士と傲慢そうな態度の神官がイリスを連れて行こうとしていた。

 

「イリス!」

「? 誰だ、貴様は? 聖女様に馴れ馴れしく近寄るな」

「僕は彼女の婚約者だ! なんなんだ、アンタたちは! イリスをどこに連れて行く気だ!?」

「婚約者? ふん、ただの村人が身の程を弁えろ。聖女様はこれから我らが教団において世継ぎを生んでもらう務めがあるのだ」

「!? なにを言ってるんだ!?」

「なにを? 新たなる脅威に備えて、後継者を育てるのは当たり前だろう。精神はダメだが、幸いにもお身体は無事なようだからな。種さえ仕込めば、あとはどうとでもなる」

 

 まるでイリスを道具のように扱う神官。

 すると司祭が兵を押し分け、叫ぶ。

 

「ルカ! イリスを連れて逃げるんだ! こいつらはイリスを使い、自分たちに都合のいい後継者を生み出すつもりなんだ!」

「なんだって!?」

 

 それは人の道から大きく外れた行い。聖職者にあるまじき下劣な企みだった。

 

「ふん、田舎の司祭に我々の崇高な目的は理解できんだろう。お前ら、ついでだ。我らに歯向かうこの村の連中を皆殺しにしろ」

『ハッ‼』

 

 神官の非情な命令に、兵士たちは一斉に剣を抜き、村人たちに襲い掛かる。

 だが――

 

「させないわ!」

「ビーガガ!」

「パンダ―!」

「!? な、なんだぁ!?」

 

 突如現れたオカマとロボとパンダが、兵士たちに奇襲をかけた。

 

「みんな‼」

「ここはあたしたちに任せて、イリスちゃんを連れてきなさい!」

「オレタチモアトデ合流スル!」

「むしろ全員倒しても構わんのだろう?」

「ッ! みんな、ごめん‼」

 

 三人の覚悟を背に、一瞬の隙をついてルカはイリスを奪取。そのまま逃げだした。

 

「しまった! 奴を追え! 聖女様を取り返すのだ!」

「ハッ!」

 

 逃げる二人を追いかける兵士たち。

 しかし、彼らの目の前には魔王討伐パーティーが立ちはだかる。

 

「イクわよ! みんな!」

「オウ!」「パンダ―!」

 

 勇者マカオは魔術と剣術を巧みに使い分け、兵たちを圧倒する。

 

「クッ!? なんだ、この変態は!?」

「変態じゃないわよ! レディに対して失礼ね!」

「ぐあっ!」

 

 オネエになっても腕前の衰えない、むしろ冴えわたるマカオ。

 その背後を突き、二人の兵士が後方から魔術を放つが――

 

「必殺・金玉粉砕拳!」

「「なっ!?」」

 

 二人の魔術をスライディングで躱し、すり抜けざまに二人の股間を掴む。そして――

 

「砕ッ‼」

「「―――――ッ」」

 

 ぐしゃあ!

 

 痛々しい音が鳴り響き、二人の兵は内股になり悶絶。

 そのまま、股間を抑え倒れ伏した。

 

「さ・ぁ・て、お次は誰かしらぁ?」

『ひっ――――ッ!』

 

 両手をわきわきさせながら、舌なめずりするマカオに恐怖を感じ、大多数の兵士たちは戦意を喪失したのだった。

 

 

「ガイパーンチ!」

「ぐあああああああ!?」

「ガイキーック!」

「ぐああああああ!?」

 

 一方ガイは武闘家の技と機械の身体の防御力で兵士たちを叩きのめす。

 その手が地に染まろうと、守るべき人のために振るうのだ。

 

「くそ! こんな奴に足止めされてる場合ではない!」

「遠距離攻撃で一気に叩き潰すぞ!」

 

 白兵戦では倒せないと悟り、兵士たちは距離を取る。

 しかし、それは想定済みだ。ガイは懐から奇妙なボールを取り出し腕の窪みにはめ込む。

 

「フォームチェンジ! ジェノサイドフォームッ!」

 

 瞬間、ガイの肉体が変形する。

 背中からは巨大な大砲! 右腕には電磁砲! 左手にはサイコガン!

 右足にはミサイルランチャー! 左足にはガトリングガン!

 胸のハッチからは無数のミサイルが、股間にはバズーカが顔を覗かせ、その背後には支援砲台が浮いていた。

 

 ――嗚呼、これ死んだな。俺ら。

 

 反則的なまでの重武装を見せられ、死を覚悟する兵士たち。

 ガイは慈悲すら与えず、引き金をひく。

 

「簡単ニ死ンデクレルナヨ? 商品ノ販促ノ為ニ、最低十個ハ強化アイテムヲ使ワナケレバナランノダ」

 

 大人の事情が垣間見える呟きは、その後に響いた絶叫と爆音にかき消されたのだった。

 

 

 一方、クリストファ。

 

「ぎゃあああああああああああ!」

「パンダ―」

 

 また一人、兵士がパンダクリストファの犠牲になった。

 クリストファの現在の肉体であるジャイアントパンダだが、オスの体重は約百キロ~百五〇キロ(メスの体重は約八〇~百キロ)である。抱き着かれたらタダですまない。

 

「パンダ―!」

「ぎゃああああああああああああああ!」

 

 ちなみに雑食性。野生のものは人里に降り、家畜を食い荒らしたりする。クマ科のため気性も荒い。牙も鋭い。割と危険な動物なのだ。

 

「ちくしょう! これでも喰らえ!」

 

 一人の兵士が魔法でクリストファを殺そうとするが、しかし、効果は見られない。

 

 パンダの毛皮は幼少期こそ柔らかいが、成獣の毛は比較的硬いのだ。

 それに魔法でコーティングしているのだから並大抵の攻撃では傷つかない。

 

「さて、そろそろ片づけるか……」

「喋れたの!?」

 

 突如、話始めたクリストファに動揺する兵士たち。

 クリストファは意に介さず、呪文を詠唱すると大量のレッサーパンダが出現。

 炎を纏い、そのまま兵士たちを蹂躙するのであった。

 これはレッサーパンダの名称の一つがファイアーフォックスだからだろう。

 

「くらえ! 」

「ぎゃあああああああああああああああああああああああああああああああ!?」

 

 ミサイルのように飛んでくるレッサーパンダにより兵士たちは阿鼻叫喚の渦に叩き込まれたのであった。

 

「さぁて……お楽しみはこれからよぉ!」

「最終フォームマデ持チコタエテミセロヨ?」

「笹を喰うパンダ―!」

「もういやああああああああああああ‼」

 

 最早、魔王よりも魔王らしい三人に、兵士たちは絶望の表情を浮かべ、泣き叫ぶしかなかった。

 

 

 

 一方、ルカはイリスを連れて森の中を走っていた。

 森の悪路で車椅子は役に立たず、やむを得ずお姫様だっこの体勢で走っている。

 幸いルカは途中まで魔王討伐パーティーにいたので体力には自信があり、地の利もある。

 しかし、教団側は人海戦術を駆使し、虱潰しに探し回り、いつしか追い詰められてしまった。

 

「聖女様を返せ!」

「ぐあ!」

 

 神官に殴られ、地べたを転がるルカ。

 そんなルカを汚いものを見るかのように一瞥だけすると、捕らえたイリスを見ていやらしい笑みを浮かべた。

 

「くくく……婚約者があんな目にあっても無反応か、心を失ったというのは本当らしいな」

 

 だが、それを差し引いてもこれだけの美貌の持ち主を好きにできる。

 それが神官にはたまらなかった。

 だが――

 

「あ、あれ!? ちょっと、待てよ!? これって……」

「どうした? 聖女様がどうかしたのか?」

 

 一人の魔導士が戸惑うのを見て、神官が尋ねた。すると……

 

「神官長! これは聖女様ではありません! これはよく出来たフレッシュゴーレムです!」

「な、なんだとぉ!?」

 

 言われるや否や、神官は“鑑定”の魔術を使い確かめると、確かにイリスに生命反応がないのを確認。代わりに内部にゴーレムを示す魔術刻印が刻まれていた。

 

「き、貴様ぁ! 村人の分際で神の代行者である我らをたばかったな!?」

「……神の代行者の癖に分からなかったのか? 僕は最初から気づいていたよ?」

 

 ――そう、気づいていた。

 

 車椅子のイリスが本人ではないことに。

 おそらくはクリストファが作ったのだろう。

 人間をゴーレムに魔改造できるマッドサイエンティストの彼なら、精巧なフレッシュゴーレムを作ることなど造作もない。

 

 ――つまり、本物のイリスはもういない。

 

 自分を悲しませまいと、生きる望みを与えようと、彼らは一芝居打ったのだ。

 そして、自分も彼らの意を汲み付き合った。

 ここまで人形のイリスを持ってきたのは、村からこいつらを引き離すため。

 ……それ以上でも、以下でもない。役目を終えたとばかりにイリスの姿をしたゴーレムは壊れボロボロと崩壊した。

 

「おのれ! よくもたばかったな!?」

「ぐあっ!」

 

 まんまとハメられた神官は激高し、ルカを殴りつける。

 何度も何度も殴られ蹴られ、地べたを這うルカに唾を吐き、神官長は剣を抜いた。

 

「よくも私をたばかったな! 見せしめにしてやる!」

 

 怒りに満ちた神官長の振り下ろした剣。

 それを見ながらルカは「あぁ、死ぬんだ……」とぼんやり思う。

 

 ……最後にイリスに会いたかったなぁ。

 

 もうこの世にいない幼馴染のことを思い出す。

 その時だった――

 

「ッ!?」

 

 神官長の腕を何者かが掴んだ。

 

「だ、だれだ!?」

 

 突如現れた乱入者に一同が驚くも、答えはない。

 フードを深々と被ったその人物は、神官長を乱暴に突き飛ばすと、スッと右手をかざす。そして……

 

「“ダークインフェルノ”」

 

 巨大な炎の塊を作り出し、兵士の一団目掛けて発射。

 大地を揺るがす程の轟音が鳴り響き、直撃した場所には巨大なクレーターが出来上がっていた。周囲に至っては余波でドロドロに溶けている。

 

「ひ、ひいいいいいい‼ 助けて! ママーーーーーーッ‼」

 

 世界の終りのような光景を目の当たりに、神官長は尻尾を巻いて逃げ出した。

 

「し、神官長! 待ってください!」

「って言うか、ママって言ったよあいつ」

「マザコンかよ」

「今年で36なのに……」

「だから結婚できないんだよ」

 

 幸いにも兵士の中に死人はでなかったようだ。

 無様に逃げ出した神官長に侮蔑するような視線を向ける。って言うか、好き勝手言う。

 元々、今回の件に乗り気でなかった兵士たちは速やかに撤退していった。

 残ったのはフードの人物とルカだけだった。

 そのフードの人物もすぐにその場を立ち去ろうとする。

 

「待って!」

「――ッ‼」

 

 しかし、ルカはフードの人物の手を掴んだ。この人物が自分のよく知る“彼女”であることに気づいたから。

 

「――イリスだよな?」

「……」

 

 フードの人物は答えない。しかし、ルカは沈黙だけで彼女がイリスであると確信した。

 

「やっぱりイリスなんだ! 今までどこにいたんだよ!? 心配したんだよ!?」

「こないで!」

 

 フードの人物――イリスの手を掴み詰め寄るルカだが、彼女は拒絶するように突き放した。

 同時にもみ合いになった拍子にフードに隠された顔が露わになる。

 

「!? イリス! その姿は‼」

「見ないで!」

 

 懸命に隠そうとするがもう遅い。

 彼女の頭部には山羊のような角が生えており、目もまるで蛇のようになっていた。

 顔だけではない。よく見れば、腕や足もトカゲの鱗のようなもので覆われていた。

 

「お願い、見ないで……」

「イリス、その姿は……?」

 

 今にも泣きそうな顔をするイリスから目をそらさず、ルカが尋ねる。

 その真剣な瞳に耐えきれず、嗚咽を堪えながら真実を話始めた。

 それによると、魔王の自爆攻撃をなんとか防いだイリスだったが、魔王は死に際に自身の血を媒介にイリスに呪いをかけたそうだ。

 それは“魔族化の呪い”

 自分と同じ存在に相手を変質させ、眷属へと変える呪いだった。

 

 幸いにも聖女の力で精神への呪いは解除で来たものの、そこが限界。

 肉体への呪いは防ぎきれず、結果肉体のみ魔物と化してしまった。

 

「それに、この呪いはもう解呪できないみたいなの……」

 

 だから嘘を吐いた。

 魔族に変質した自分はもうルカと暮らせない。故にマカオたちに頼んで一芝居打ったのだ。

 

「でも……どうしてもルカに会いたくって……こんな気持ち悪い姿見せたくなくって……隠れてったのに……」

 

 こらえ切れず泣き出すイリス。

 もう自分は人間じゃない。ルカといっしょに暮せない。こんな姿を見られたくなかった。

 それら感情が混ざり合い、気丈な彼女でも限界を迎えてしまった。

 だが――

 

「――え?」

「馬鹿だなぁ……そんなこと気にしないのに……」

 

 そう言ってルカはイリスを抱きしめるとイリスを落ち着かせるように頭を撫でる。

 

「る、ルカ? 私、もう、人間じゃ……」

「たしかに人間じゃない。けどイリスはイリスだよ」

 

 ――そう、彼女は幼馴染で意地っ張りでだけど本当は寂しがり屋の幼馴染だ。

 

 たとえ、種族が変わってもそれは変わらない。

 

「とにかくさ、無事で何よりだよ。ホント、心配したんだらかね?」

「る、ルカ……私……その……ごめんなさい……」

 

 魔族と化した自分を優しく受け止めてくれるルカの胸の中に顔を埋めイリスは、涙が止まるまで泣き続けた。

 

 

 

「さぁ、いよいよキッスの時間よぉ! そぉれ! キッス! キッス!」

「●REC」

「そのまま押し倒すパンダ~」

 

 

 

 ……しまった、まだこいつらがいた。

 

「ちょ! みんな! いつからそこに!?」

「割と最初からかしらねぇ?」

「安心シロ。敵ハ全テ排除シタ」

「だから安心してイチャイチャするパンダ~」

「「コラーーーーーーーー!」」

「オホホ、捕まえてごらんなさぁ~い♪」

「チナミニ録画ハ既ニ済ンデイル」

「後で見せてやるパンダ~」

「「ふざけんなぁぁぁぁぁぁ‼」」

 

 せっかくのムードを台無しにされ、恥ずかしさで真っ赤にした二人とオカマ・ロボ・パンダの出刃亀たちの追いかけっこがスタート。

 しかし、イリスの表情は先ほどまでと打って変わって年相応少女らしい笑顔だった。

 

 その後、ルカとイリスの姿を見たものはいない。

 後日、神官の企みに気づいた司教たちが謝罪の為、村を訪れた頃には彼らの姿はなかったそうだ。

 ただ、新大陸と呼ばれる地にて彼らによく似た人と魔族の夫婦とその娘らしい少女が見かけられたという。

 

 

「なんか最近、“有名な盗賊団をオカマとロボとパンダのパーティーが壊滅させた”って言う噂が流行してるんだけど、まさか……」

「「「知らね」」」

「……」

 

 

 あと、時を同じくして「悪いことをするとオカマとロボとパンダに地獄に連れていかれる」という都市伝説も流行りだしたけど、真実は定かではない。

 



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貴族の三男の場合

 

「エドワード、お前を我が一族から追放する」

 

 ニールソン辺境伯の屋敷にて。

 当主であるロベルト・ニールソンは三男エドワード・ニールソンに冷めた声音で告げた。

 

 理由は先日、竜の討伐に失敗し、近隣領地に甚大な被害をもたらしたことだ。

 エドワードに冷たい視線を向け、ロベルトは呟く。

 

「まったく我が家名に泥を塗りおって。所詮は平民の子か……」

 

 ロベルトが吐き捨てるように言った。

 事実、エドワードには平民の血が流れている。

 

「おまけにロクに魔術も使えない……私は常々、貴様のような者はニールソン家に相応しくないと考えていた」

 

 父より淡々と告げられる言葉にエドワードは項垂れる。

 元より、魔導の名門ニールソン家。その中で魔術の素養のないのは致命的であった。

 

 事実を指摘され、俯くエドワード。

 ロベルトはそんな息子を一瞥し――

 

 

 

「だが……そんなお前が大好きだぁぁぁぁぁぁぁぁぁ‼」

 

 

 

 ――もう無理! 限界! 我慢できない!

 

 そう言わんばかりに、今までの態度を一転。思いのたけをぶちまけた。

 

「なんでじゃあああああ! なんで、かわいい我が子を追放なんかせにゃならんのじゃああああああ!? ふざけんなよ! ちくしょおおおおおおがああああああ‼」

「ち、父上、落ち着いてください。仕方ないじゃないですか。私には魔術の才能がないんですから!」

「それ以上に剣術の才能はあるじゃん! 超あるじゃん!」

 

 押さえつけていた感情を制御できずにいる父をエドワードが宥める。

 だが、ロベルトは止まらず、泣き叫ぶ。

 

「って言うかさ! お前さ! 魔術必要ないじゃん! ほとんど剣術で代用できるじゃん!」

「まぁ、そうですが……」

 

 “天才剣士”“剣聖”“剣魔”“剣王”“剣の神”――

 巷でそう囁かれるほど、エドワードの剣の腕は見事なものだった。

 斬撃で数メートル離れた巨石を切り裂くのは序の口。

 剣を振るう速度を調整して炎や冷気、果ては雷撃などを生み出し、遂には先日、次元さえを切り裂いた。

 最早、魔術なんて必要ない。なに、この子怖い。超怖い。

 

「もう剣の神に愛されているってレベルじゃないよ! ヤンデレレベルで愛されて夜も眠れないレベルだよ!」

「しかし、私は平民の子ですし……」

「父親が平民にして将軍まで上り詰めた男だけどね! 叩き上げだからね!?」

 

 そう、エドワードはロベルトの戦友の子だ。

 平民初の将軍であったエドワードの実父は、彼を快く思わない貴族一派の謀略により亡くなり、母も流行り病でこの世を去った。

 天涯孤独になったエドワードを養子として迎え入れたのがロベルトだったりする。

 

「大体さぁ! ドラゴン討伐が失敗したのエドワード悪くないじゃん! あのバカ王子が悪いんじゃん!」

「あの父上、いくらなんでも王家にそんな口を叩くのは……」

「大丈夫! 元から敬ってないもん! 国王の肖像画、ダーツの的にしてるもん!」

「ダメだよ!? それは!」

 

 しかし、ロベルトの言うことも事実である。

 実は今回のドラゴン退治、元々はエドワードたちだけで事足りた。

 それをこの国の王子が横やりを入れてきたから、さあ大変。

 元より無能だ、馬鹿だと揶揄されるくらいアレな王子は、無茶苦茶な作戦を立案。

 それに対し苦言を申し立てたエドワードを拘束し、ドラゴン狩りを続行したのが運の尽き。

 ドラゴンを逆上させ、部隊を壊滅に追い込んだ。

 要するに大体王家の所為である。

 

 エドワードが拘束を脱し、逃げ出した王子に代わって部隊を立て直さなければ、被害はさらに甚大になっていただろう。

 幸いエドワード復帰後は新たな死傷者を出すこともなく、竜も撃退できた。

 

 ……にも関わらず、面の皮の厚い王子は全ての責任をエドワードに擦り付けやがった。

 国王も我が子可愛さに話を鵜呑みにし、結果としてニールソン家は御家断絶・領地没収の危機に追い込まれた。

 

 ロベルトは苦悩の末、エドワードを廃嫡することで難を逃れることにし、現在に至ると言う訳である。しかし……

 

 

「もういっそ、反乱起こしちゃおっかな……?」

「ダメですよ!? 散々言ったじゃないですか! 私一人が泥を被れば丸く収まると!」

「泥を被らせるにはもったいないだろうがっ! お主と言う存在は!」

 

 剣の才に溢れ、優秀な将軍の血を引き、負け戦も上手い。

 そんな自慢の息子を切り捨てる判断を下した王家に、ロベルトは最早、愛想が尽きていた。

 

「なにより! お前は私の大事な家族だ! 父として守るべき存在なのだ!」

 

 それにエドワードを大切に思ってるのは自分だけではない。

 妻も我が子同然に愛して、兄弟たちとの関係も良好。領民たちも気さくな人柄を慕う者が多い。

 ぶっちゃけ家臣として残ってくれれば、と強く思う。

 って言うか、残ってくれ! 頼む! この通りだ! マジで頼む! この通りだ! 一生のお願いだから!

 

「しかし、私がここにいては迷惑がかかります。王家の覚えも悪くなりますし……」

 

 確かに最近の王族の専横ぶりは酷いの一言だ。

 魔王討伐にかこつけた増税。それにより私腹を肥やす貴族たち。

 善良な民は飢え、悪しき者がはびこり始めている。

 このままでは魔王を討伐したところで、国は滅んでしまう。

 それが、今の我が国の現状である。

 せめてもう一人の王子がこの国を継いでくれればと思うのだが、それも望めまい。

 

 だが、表立って反抗するのは不味い。

 味方してくれる寄り子の貴族は少ないし、他の大貴族とは領地が分断されているので連絡も取りづらい。

 

「流石に王家と対立するのは不味いですよ。我が辺境伯領だけで王国に叶うだけの戦力はありませんし……」

「ぐぬぬ……所詮、戦いは数か……」

 

 現実の非情さを改めて知り、ロベルトは項垂れる。

 

「……とにかく、早まらないでください。私は大丈夫ですから」

「そうか……ちなみに、当てはあるのか?」

「一応ですが、冒険者でもやろうかと思っております。士官先はないでしょうしね……」

「苦労をかけるな……母さんたちには別れは告げたか?」

「いえ……特にキャロルには泣かれそうで……このまま誰にも告げず去ろうかと……」

「……そうか。あの娘はお前に懐いてたからな」

 

 エドワードにとっては義理の妹にあたる末娘の姿を思い浮かべ、ロベルトは寂し気に笑う。

 

「この家も、静かになるな……グスッ……」

「義父上……今までありがとうございました……!」

 

 嗚咽を堪え、別れを告げ、エドワードは今まで暮らしていた屋敷を後にした。

 

 

 

「……すいません、父上」

「なんだ?」

「これ……なんですか?」

 

 屋敷の外に用意していた愛馬を引き取りに来たエドワード。

 だが、そこにいたのは共に領地を駆け回った愛馬ではなく……

 

「ひひん」

「もう一度聞きます。なんですか? これ!?」

「知らない! 分かんない! なにこれ!? 新種のモンスター!?」

 

 そう。そこにいたのはエドワードの愛馬ではなく、未知の生物であった。

 子供の落書きが立体化したかのような間抜けなフォルム。

「ミカン」と書かれた胴体に、明らかに前と後ろの動きが合ってない足。

 そして……

 

「ひひん」

「鳴いた」

「怖い」

 

 凄く聞き覚えのある鳴き声。

 

 って言うか、これもしかして……

 

「……なにをやっているんですか? 義母上?」

「ひひん」

「誤魔化さないでください」

「……やはり息子であるあなたの目は誤魔化せませんか」

「あたりまえでしょ。むしろ誤魔化せられたら困ります」

 

 幼稚園の学芸会の方がまだクオリティが高い、下手な変装を見抜かれた馬(らしい)は正体を現した。

 

 ……案の定、正体はエドワードの義母でロベルトの妻・ルクレツィアだった。

 

「……で、母上、どうしてこんなことを?」

「うぅ……実の息子同然に育てたアナタと今日限りでお別れと思うと居ても立っても居られず……」

「義母上……」

「考えた末、国境付近までは一緒にいこうかと……」

「だとしてもこれはないわ」

 

 胴体段ボールだよ?

 あと、国境までどんだけあると思ってんの?

 仮に国境まで行けても、警備の人に捕まるよ?

 

 ケンタウロス状態でさめざめと泣く母にいろいろツッコミたいエドワード。

 すると、今度は胴体部分を担当していた人物が顔を出した。

 

「まぁまぁ、エドワード。母上もお前を思っての事なんだから気持ちは分かってやれよ」

「いたのか、義兄上」

 

 エドワードを宥めるのは義理の兄で、この家の嫡男・アルベルトだった。

 

「しかし、いいなぁ。追放されたら実質自由の身じゃん。やりたい放題じゃん。これなら俺も追放されたかったよ」

「アンタ、事の重要さと言葉の意味と自分の立場分かってんのか?」

 

 貴族の嫡男とは思えない台詞である。

 

 まぁ、場合によっては、沈みかけの船に乗らなければならない貴族の世知辛さを理解してるため、エドワードは何とも言えない表情になる。

 

「まぁ、お前ならどこに行ってもなんとかやれるだろ。こっちのことは親父に任せておけばいいから、安心しろ」

「流石義兄上、ちゃっかり自分の仕事、親に押し付ける気満々ですね」

 

 義父が心労で倒れやしないか心配になってきた。

 

「あ、あと、ロクサーヌがお別れパーティーの準備してるから、そろそろいこうぜ」

「だから揃いも揃って、追放処分をなんだと思ってるんだ!?」

 

 ――そしてなぜ、ここまで情報が漏れてるんだ?

 

 すっかりぐだぐだな空気になってしまい、エドワードは仕方なく、義姉・ロクサーヌの待つ屋敷へと戻っていった。締まらないことこの上なかった。

 

 

 

「戦じゃあ! 戦に備えるのじゃあ‼」

「「「うぉぉぉぉぉぉぉぉぉ‼」」」

 

 

 

「……義兄上」

「なんだ?」

「これのどこがお別れパーティー?」

「知らね」

「いや、知らねぇじゃないよ!?」

 

 案内されたところで目にしたのは、サーベルを携え、完全武装した義姉ロクサーヌと、これまた重火器で武装した使用人・領民たちの姿であった。

 

「おぉ! エドワード! 来たのか!」

「来たのかじゃないですよ! 義姉上! なにやってるんですか!? って言うか、なにこれ!? あんた、お別れ会の準備してたんじゃないの!?」

 

 普段男勝りと評判な義姉。しかし、これは男勝りですまされない。狂戦士の奇行である。

 そんな彼女にツッコみまくるエドワード。すると、ロクサーヌは天使のような笑みを浮かべ一言。

 

「あぁ、これから王国との戦争(お別れ会)を開くんだ」

「それ私が一番、必死になって回避しようとしてたこと!」

 

「戦争」と書いて「パーティー」と読む、蛮族的発想だった。

 

「ダメです‼ 相手は王国ですよ!? 何考えてるんですか!?」

「カワイイ義弟に無実の罪を着せた腐れ王族をいかに惨たらしく殺すか考えてる!」

「愛が重い!」

 

 完全にプッツンしてるロクサーヌ。

 彼女はエドワードのことを溺愛していた。故に追放の事を知れば、烈火のごとく怒り狂うとは思っていた為、秘密にしていたのだが……

 まさかここまで過激な発想に至るとは、正直、見誤っていた。

 

 ――いかん! このままではマジで内乱直行コースだ!

 

 焦るエドワードはロクサーヌを必死に説得する。しかし……

 

「寄り子の貴族をかき集めても王国との兵力に差があり過ぎるんですよ!? 早まらないでください!」

「大丈夫だ。ゲリラ戦に持ち込んで戦況を泥沼化。その間、少数精鋭で王城に乗り込めば勝ち目はある」

「! その手があったか!」

「その手があったかじゃない! せっかく、義父上が思いとどまってくれたのに、もう一回火を点けてどうするんですか!?」

 

 藪蛇気味に父親が食いついてきた。

 これは予想外。

 ならば情に訴えるかと思い「義姉上に何かあったらどうするんですか!?」と言うと、ロクサーヌは不敵に笑いながら、エドワードの肩にポンと手を置き一言。

 

「大丈夫だ。最悪、大将と相打ちに持ち込んで見せるから」

「それ、本当の最悪ですが!?」

 

 

 

 

「……いくらなんでも、ここまでぐだぐだになるとは思いもよりませんでした」

「本当にね。まったくもう、ロクサーヌったら、お転婆なんだから……」

「義母上、お転婆と野蛮を一緒にしたらいけません」

 

 おっとりとした義母にツッコミを入れ、ため息を吐くエドワード。

 

 ……その後、聞く耳もたない義姉をなんとか宥め「はい、みんなも解散! 解散! もう解散!」と使用人や領民を解散させた。

 ぶーぶー文句を言う領民・使用人たちを追い返した頃には既にお昼を回っており、その頃にはエドワードの表情には疲労感が滲んでいたそうな……

 

「朝のうちに出ていきたかったんだけどなぁ……でないと、昼に関所までつけない」

「じゃあ、もう一泊してから追放されろよ」

「それは名案ね」

「なんなら一週間くらい泊って行ってもいいぞ」

「そうだな。籍だけは抜いてあるんだから何とかなるだろ」

「アンタらは国外追放をなんだと思ってるんだ!?」

「ふん、なんだ、エドワード、まだいたのか……」

 

 あまりにものほほんとした家族の考えにツッコミを入れるエドワード。その前に一人の義兄が姿を現した。

 

「ザック義兄さん……」

「エドワード、お前はこのニールソン家の恥さらしだ。この家にいる資格はない。とっとと出ていきたまえ」

 

 刺々しい態度で、冷たく言い放つザック。その視線を受け、エドワードの表情も曇る。

 

「え? なに? お前ら喧嘩してんの?」

「喧嘩は良くないわ。ザック、エドワードに謝りなさい」

「いや、あの母上、申し訳ないが口挟まないで……」

 

 だが、ニールソン家にかかれば一行、持たないうちにシリアスな空気は霧散する。

 

「大体、喧嘩の原因はなんなんだ?」

「そうだ。お義姉ちゃんに言ってみろ」

「言わなくていいですよ。エドワード」

「実は先週【自家発電中】に部屋に入って以降気まずくて」

「言わなくて良いと言ってるだろう!」

 

 顔を真っ赤にして怒鳴るザック。

 そう。エドワードの言う通り、先週所用でザックの部屋に入ったのだが、ノックしなかったのが不味かった。

 不運なことに、中でエロ本片手に【自家発電中】のザックとエンカウント。

 それ以降、ギクシャクした空気になってしまったのだ。

 

「あー……それはいかんは……」

「デリケートな問題だよなぁ……」

「ザック、エドワードも反省しておりますので、許してあげなさい……」

「キモい」

「だから言いたくなかったのに!」

 

 そして、ロクサーヌ。いくら何でも言ってやるな!

 

「とにかく、エドワード! お前はもう! 追放されてるんだ! それをいつまでも屋敷に留まってるんじゃない!」

「そうだよなぁ。普通、追放されたら出ていかなきゃダメなんだよなぁ……なのになんで、私は屋敷に普通に戻ってるんだろう?」

「知らんわ!」

 

 ここまでの経緯を思い出し、途方に暮れるエドワードだった。

 

「いいから、さっさと出ていけ! 既にお前の荷物はまとめてやっている! あと、転移魔術で最寄りの町まで送ってってやるから、さっさと旅立つ準備をしろ!」

「あ、ありがとう……」

「あと、これは護身用の鋼の剣と路銀の千ドールゴだ! 道具袋には回復ポーションと非常食と毒消し草も入ってるからな! ちゃんと持って行けよ!」

「わぁ、手厚い」

「ふん、別にお前のためにやったわけじゃない。平民とは言え、野垂れ死にされると目覚めは悪いからな。精々元気にやるといいさ。」

 

 序盤の国王よりも手厚いサービスに、エドワードは素直に礼をいう。

 ザック・ニールソン。所謂、ツンデレであった。

 

「……と言う訳で、準備に関してはザック義兄さんがやってくれたので、今日中にこの家を立ちます」

「「「「え~」」」」

「『え~』じゃありません。このままダラダラいたら、別れが辛くなっちゃうでしょ!」

 

 もう、完全に追放の件をなぁなぁにする方向で動いていたザックを除く家族に背を向け、エドワードは荷物を手に取り、旅立とうとする。が……

 

「……ザック義兄さん」

「なんだ?」

「この箱なんですか?」

 

 荷物に交じって、なんか変な箱が置いてあった。

 ちょうど人一人入れるくらいの、ご丁寧に背負い紐までついている。

 なにこれ? 鬼の子でも入ってるの?

 

 嫌な予感がしつつ、恐る恐る蓋を開けてみると……

 

「お義兄さま! 出て行っちゃいやです!」

「箱の中に妹が入ってる方がやだよ!」

 

 案の定、いた。

 ニールソン家末娘のキャロル・ニールソンが入っていた。

 

「お義兄様! いかないでください! いくなら私も連れてってください!」

 

 泣きながら勢いよく箱から飛び出し、キャロルはガシッとエドワードに抱き着いた。

 こうなると思ってたから、隠してたのに、いったいいつバレてたのやら……

 しかし、義妹を無碍には扱えない。仕方なく

 

「キャロル、よく聞いて。私がこれ以上、この家にいると迷惑がかかるんです。私もみんなと別れるのは嫌ですが、仕方ない事なんです。分かってくれますね……」

 

 元より聡明な子だ。

 ちゃんと話せば分かってくれる。

 想いが通じたのか、キャロルは「お義兄様……」と涙を拭い……

 

「抱いてください……」

「なにいってんの!?」

 

 話せば分かってくれる。そう思っていた時期が私にもありました。結果はこのざまだよ。

 

「嫁入りどころか十歳になったばかりの子供がなにいってんですか!?」

「キャロルはもう、なにもいりません……ただ、思い出だけください」

「どこから覚えた! そんな台詞!」

「ザックお兄様の部屋です! ベッドの下にあった本に書かれてました!」

「ザック義兄さん!」

「とばっちりだ!」

 

 その後、愛しの義兄を行かせまいと大しゅきホールドしてきたブラコン娘を無理やりひっぺ返し、即座に転移魔法で転移。

 

 こうして愛する家族に別れを告げて、エドワードは住み慣れた屋敷を後にした。

 その後、エドワードは冒険者に身を落とすことになるのだが……

 

「エドワード、すまん……お前を追放することになった」

「なんで!?」

 

 半年経ったある日、組んでいたパーティーのリーダーからこんなことを告げられた。

 

「な、なぜですか!? 私がなにをしたと!?」

「いや、お前は何もしていない。実は……」

 

 リーダーは顔を引きつらせながら、苦々しく語り始めた。

 

「実は……お前の祖国で革命が起こったらしくてな……」

「え?」

「第二王子が反乱起こしたらしくてな、魔王を倒した勇者パーティーを取り込んで、国王軍は敗退。国王と第一王子を処刑して乗っ取ったらしい」

「えぇ!?」

「んで、その戦いにお前の実家も参加してて、恩賞として『お前の追放を取り消してもらった』らしいんだ。それでギルドも承諾した」

「えぇぇ!? それで……」

「実はもう来てるんだ」

「ゑ?」

 

「「「「「久しぶり!」」」」」

「やっぱりね!」

 

 既に部屋に潜んでいたニールソン家と半年ぶりのご対面を果たす羽目になった。

 

 こうしてエドワードは国に帰り、元の鞘に収まったとさ。

 

 

「――と言う訳で、お義兄様、私とご結婚を!」

「事案が発生しそうなので謹んでお断りします!」

 



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盾使いの場合

「盾使い! 貴様を追放するッ!」

「な、なんだってー!?」

 

 とある宿屋に宿泊した、とある冒険者パーティーの戦士の一言に盾使いが衝撃を受けた。

 磨いていた自慢の盾を落としてしまうほどのショック。

 しばし、茫然とするも盾使いは冷静に真意を問いただす。

 

「な、なんでだ、戦士!? 俺がなにか悪いことをしたか!? 理由を言ってくれ!」

 

 自慢ではないが、自分はタンクとしての役割をキチンと果たしている。

 敵の攻撃に一身に引き受け、味方の体勢を整える。

 まさにタンクの鑑と自負している。

 そんな自分を追放する理由が分からない。

 困惑する盾使いに戦士はボソリと呟いた。

 

「……呟きが」

「え?」

「呟きがうるさいんだよ!」

「つ、つぶやき!?」

 

 ウガーッとキレる戦士は、ポケットからボイスレコーダーを取り出すと、机の上に叩きつけるように置いた。

 

「お前、敵から攻撃受けてる最中、変なこと呟いてるだろ!」

「えぇぇぇぇぇ!? そ、そんなことで、俺追放されるのか!?」

「そんなことって言うけど、お前、結構な頻度で呟いてるぞ!?」

「ぐ、具体的には!?」

「『あぁん……』とか『OH……』とか『イエス……っ!』とか色々、ヤバいぞ!? お前!」

「な、なんだってー!?」

 

 ショックを受ける盾使い。しかし、これが証拠だとばかりに戦士はボイスレコーダーのスイッチを入れた。すると……

 

『あぁん……!』

『い、いい……!』

『も、もっとぉぉぉぉぉ……‼』

 

 ……確かに自分の声である。これは誤魔化しきれない。

 

「う、嘘だろ!? 俺、こんな事言ってたのか!?」

「自覚なし、か。こりゃ重傷だな……」

 

 頭を抑え、項垂れる盾使いと頭痛を堪える戦士。

 たしかにこんなもの突き付けられた側も突き付ける側も精神的にクる。

 

「あと、最近だと『気んもつぃぃぃぃぃ……!』とか言ってたよ!?」

「色々、ヤバいな……‼」

 

 主に絵面的に。盾使いはガッシリとした大男だ。そんな自分がこんなセリフを言ってるとなると、確かにヤバい。町中だったら通報案件だ。

 

「ギルド職員に相談したら『タンク役の職業病です』だとさ……はっきり言う。引き返せるうちに冒険者辞めろ」

「そ、そんなこと言われても!」

 

 自分を思っての発言は理解できるが、それでも納得できない!

 そもそも、ただの呟きなら冒険者を辞める必要も追放することもないだろう。

 しかし、戦士は首を横に振った。

 

「俺たちはもうすぐBランクに昇格できる……そうすれば俺は勇者資格を得ることができ、魔王討伐資格を手に出来る……だけど……」

 

『勇者たるものある程度の品格が認められるので、常日頃の言動には気を付けてください』とギルド職員から注意を受けたのがつい先日。

 近年、勇者暗黒時代を払拭するため、勇者・聖女と言った職業は入念なる審査が行われるのだが、このままでは勇者資格を得ることができない。

 

 背に腹は代えられず、盾使いを追放するという結論に至った訳だ。

 

「おまけに先日、お前の道具袋から、こんなんが出てきました」

 

 そう言って、戦士が取り出したのは……

 

「こ、これは……」

「そう。ご存じ〇ールギャグです」

 

 その他にも手錠、犬の首輪、そっち方面のエッチな本……と言い訳できない証拠の数々が出てきた。

 

「う、うそだ! 俺はこんなもの買った覚えがない‼」

「ウソじゃない! 俺はお前がこれらの道具を買いに行くところを動画にも取っているんだ! 頼む現実を認めてくれ!」

 

 戦士は携帯霊板(スマートモノリス)を取り出すと、証拠の動画を見せる。

 そこには、アダルトショップにて虚ろな目でグッズを買いあさる盾使いの姿が。

 映しだされた自分の姿を見せつけられ、盾使いは崩れ落ちた。

 

 長年タンク役を務める冒険者がMに目覚める、そう珍しくもない。

 ただひたすら攻撃に耐える日々、積み重なる痛みに次第に魅入られていく者は近年、社会問題にすら発展しているのだ。

 そう言ったことを防ぐため、直接防御だけでなく魔術による防御や受け流す武術の習得、鎧や盾に衝撃を和らげる効果を付与させるなど、工夫をしている者が多いのだが……

 

「お前、見事にサボって、ただ防御力の高い装備身に着けるだけだったもんなぁ……」

「い、痛いの我慢すればいいかなっと思って……」

「その結果、快楽を覚えてるじゃないか」

 

 他人の性癖にとやかく言いたくはないが、ここまで大っぴらにされると庇いきれない。

 既にギルドからクレームが来ている以上、放っておくわけにもいかないのだ。

 思った以上に不味い状況を察したのか、盾使いは必死に縋ってきた。

 

「た、頼む! 追放しないでくれ! お願いだ! 靴を舐めろと言うなら舐める! 豚になれといったらなる! だから追放だけは! ブヒッ! ブヒィィィィィィ!」

「だからそれをやめろって言ってんの!」

 

 しかし、熱心に頼み込む盾使いを見て、勇者は考える。

 口ではなんだかんだ言ったが、長年連れ添った仲間を追放したくない。それに、フォーメーションも変えるにしても、新しいタンクの育成もするにしても、それなりに時間がかかる。

 新しい人間関係の構築やフォーメーションの変更を疎かにして、破滅した連中は星の数ほどいるのだから。

 

「……仕方ない。とりあえず、応急処置として喘ぎ声だけは抑えるようにしよう」

 

 流石に個人の性癖まで細かく言わないだろう。当面の問題、普段の素行を省みればいいだけの話だし。

 これが出来ずに落ちぶれる冒険者も多いが、こいつはそこまで自意識過剰じゃない。真面目な奴だ。真面目だから起こった悲劇だけど。

 今後、時間がある時、ギルドや病院のカウンセラーに相談し、少しずつ矯正していこう。

 

 そう言うことで、盾使いの追放は保留になったのだが……

 

 

「……やっぱり、お前追放するわ」

「な、なぜだ!? ちゃんと喘ぎ声は抑えたぞ!」

 

 すると戦士は再び、ボイスレコーダーを取り出し、再生する。

 盾使いの言う通り、喘ぎ声に関するクレームはなくなった。しかし……

 

『ラーメン……!』

『グラタン……!』

『ハンバーグゥゥゥゥゥゥ……ッ!』

 

「掛け声変えろってことじゃないからな!?」

 

 結局、盾使いは『昼飯時に集中できなくなる』と言うことで追放処分となった。

 その後、パーティーは新しいタンクの育成に時間をとられ、盾使いは冒険者を引退後、SMクラブで働くことになるのだが……

 

 彼らが幸せかどうかは神のみぞ知る。

 



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幻術師の場合

「幻術師! お前はもう用済みだ! このパーティーから追放する!」

「そ、そんな! 僕は今まで――!」

「うるせぇ! 死ねぇ!」

「がはっ!」

 

 とあるダンジョンの奥地にて、一つのパーティーの追放劇が行われていた。

 いや、これは最早、追放などとは生ぬるい。

 勇者は手にした聖剣で、幻術師を貫くとそのまま、奈落へと蹴り落とした。

 

「あばよ、役立たず」

 

 闇の中へ消えていった幻術師を小ばかにし、勇者は清々したとばかりに高笑いをする。

 

「ははははは! これで、邪魔者はいなくなったぜ! これからが俺の伝説の始まりだ!」

 

 そう、昔から勇者は幻術師が鬱陶しくて嫌いだった。

 真面目で融通が利かない面白みのない人間。受けるクエストはどれも低レベルのものばかり。

 自分がより高いクエストに挑もうとしても、口答えしてくる始末だ。

 その癖、何故か周囲からの信頼も厚いのが余計に苛立たせる。

 

 だから、殺した。自分は勇者だ。いかに今が勇者暗黒時代と言われていても、勇者と言う社会的地位は簡単には揺るがないのだから。

 

「やったぁ! 流石勇者様ぁ!」

「すごいわ、勇者様!」

 

 そんな勇者にすり寄るのは幻術師の婚約者である聖女と義理の妹である武闘家だ。

 二人は勇者の“魅了”のスキルにより、身も心も勇者の虜になっている。

 思えば、幻術師などという地味な職業の癖に、二人も美少女を侍らせていたのも許せなかった。

 だがそれも、今日で終わった。

 今日から自分の華々しい躍進が幕を開けるのだ!

 

「ははははは! これで、パーティーは俺のものだ! 俺の伝説はここから始まるんだ!」

 

 狂ったように笑う勇者。しかし……

 

「いや、ここで幕引きだ」

 

 聞き覚えのある声がしたと同時に、腹部に激痛が走った。刺されたのだ。

 

「は?」

 

 反撃しようとするも、毒でも塗ってあったのか、体がしびれ聖剣を取り落としてしまった。

 それでもなんとか動こうとして振り向くと、そこには……

 

「お、お、お前は……」

「残念だよ、勇者。キミがこんなことをするなんて」

 

 先ほど殺したはずの幻術師が、そこにいた。

 同時に、聖女と武闘家の姿が陽炎のように揺らめき、消える。

 

「げ、幻術師、なんで、お前が……!?」

「最初から、キミの企みに気づいていたよ。だから、僕は幻術をかけて、キミを欺いていたんだ」

「そ、そんな……!?」

 

 唖然とする勇者に幻術師が淡々と告げる。

 気づいたきっかけは、聖女と武闘家。二人が“魅了”されていたことだ。

 一流の幻術師である彼は、それをあっさりと解除し、逆に勇者に幻術をかけ、あたかも『二人を寝取った』かのように振る舞っていたわけだ。

 

「くっ! いったい、いつの間に……!?」

「いや、キミ、しょっちゅう【自家発電】してるから、その隙にいくらでも……」

「マジで!? ゴハァ!?」

 

 まさかの発言に勇者、驚愕。同時に吐血。

 いや、確かにしょっちゅう【自家発電】してたけど。

 なんなら今朝もやってたけど。いくらなんでも、そんな時を狙わなくてもいいじゃないか!

 

「いや、普通に狙うわ。古来から使い古されてた手だわ」

 

 情事の直後に毒針でプスリ。水分補給時に毒薬でコロリ。

 ありふれた話である。

 

「しかもキミは、裏で勇者の地位を笠に着ていろいろやっていたみたいだね?」

「な!? そ、それは!?」

「しらばっくれるなよ? 証拠は既に揃っている。今頃、聖女と武闘家が冒険者ギルドに提出している頃だろうね」

 

 だが、冒険者ギルドは彼を除籍にして終わりとはしなかった。

 “勇者暗黒時代”と呼ばれるご時世に、少しでも勇者の悪行が世に公表されれば、冒険者ギルドの信用はガタ落ちだ。

 故に、幻術師に依頼を申し込んだ。『犯罪者の討伐依頼』という形で。

 

「そ、そんな……僕は、勇者だぞ……!?」

「勇者なら勇者らしい行動を常に心がけろと、口が酸っぱくなるほど言ってたはずだよ? それを破ったのはキミじゃないか」

 

 その結果が今の状況だ。

 幻術師は再度ナイフを構え勇者の心臓を一突き。

 そして、先ほどとは逆に勇者を奈落の底へと蹴り落とし――

 

 

「ゆ、勇者様! 大丈夫ですか!?」

「しっかりして、勇者様!」

「ハッ!?」

 

 聖女と武闘家の二人にゆすられ、勇者の意識が覚醒する。

 見れば、そこは先ほどの洞窟。手には血染めの聖剣が握られていた。

 

「お、俺はなにを……!?」

「勇者様、お気を確かに。勇者様は悪しき幻術師を正義の名の下に討伐なさったのでしょう?」

「あ、あぁ……」

 

 そう言われて、勇者は今までの出来事が白昼夢だったのだと悟った。

 

「無理もないよ。いくら悪党だからって、仲間だったんだもん……やっぱり、ショックだよね?」

「あ、あぁ……心が痛むよ……」

 

 心配する武闘家に勇者は一ミリも痛んでない心を痛めるフリをして、内心安堵する。

 

(あぁ……そうだ! 俺の“魅了”は完璧だったんだ! 幻術師如きに解けるハズがなかったんだ!)

 

 それでもやはり、仲間を殺すことに罪悪感を抱いたんだろう。

 だからあんな幻覚を見たんだ。

 

「よし! 宿屋に戻ったら、二人に慰めてもらおう!」

 

 これで【自家発電】生活におさらばだ!

 そうして、ルンルン気分で帰路に着こうとしたのだが……

 

「ガハハハハハ! ようやく見つけたぞ! 勇者よ!」

 

 ――振り向くと、そこには魔王がいた。

 いや、魔王だけではない。四天王を始めとした主だった幹部が勢ぞろいしていた。

 

「な!? ま、魔王!? な、なぜここに!?」

「我に逆らおうとする愚かな勇者が近くにいると聞いてな……全勢力を以て、討伐しにきたのだ」

「本気過ぎない!?」

 

 兎を狩るのに全力を出すタイプの魔王に、戦慄する勇者。

 しかし、これは好機でもあった。

 

「ふ、ふん! まぁいいや! 魔王城に向かう手間が省けたんだ! 魔王よ! 貴様をここで聖剣の錆にしてやる!」

 

 絶体絶命にも関わらず、自信ありげに聖剣を抜刀する勇者。だが、魔王はそんな勇者を一笑に付した。

 

「ふふふ……聖剣とはその棒切れの事か?」

「はぁ? なにを言ってるんだ? って……」

 

 魔王の戯言だと聞き流そうとして、青ざめる。

 なぜなら、魔王の言った通り、勇者の象徴である聖剣はいつの間にか、ひのきの棒に代わっていたからだ。

 

「ええええええ!? な、なんで!? どうして聖剣が棒に!?」

「くっくっくっ……かかったな勇者よ。貴様の聖剣など、貴様が【自家発電】中に宿屋に潜入した諜報員にすり替えさせたのだ」

「な、なんだとぉぉぉぉぉ!?」

 

 って言うか、また【自家発電】中にやられたのかよ!?

 愕然とする勇者を魔王は嘲笑う。

 

「哀れよのぉ、仲間の幻術師に解いてもらえば、すぐに分かるものを……貴様は己の欲望で自滅するのだ」

「あ、あぁ……そ、そんな……」

「さぁ、勇者よ! 最後の時だ! 我が軍の一斉攻撃を喰らい逝くがよい!」

「うわぁぁぁぁぁぁぁ! 聖女! 武闘家! 助けてくれぇ!」

 

 一斉掃射の構えを取る魔王軍から、必死に逃げようとする勇者。

 しかし、肝心の仲間はと言うと……

 

「ごめんなさい勇者様! 私の力では二人分の防護壁しか貼れません!」

「ごめんね勇者。でも勇者なら耐えられるよね! だって勇者だもん!」

「お前らああああああ‼」

 

 ――既に防御壁を張り、攻撃に備えようとしていた。

 

「さぁ、勇者よ! これで終わりだ! 死ねい!」

「いやだぁぁぁぁぁぁぁ‼」

 

 魔王の号令と共に発射された様々な魔法が勇者に襲い掛かる。

 勇者はそのまま、直撃を喰らい、この世から塵も残さず消え去ったのだった。

 

 

「――勇者様! 勇者様! しっかりしてください!」

「んあ!?」

「大丈夫? 勇者様?」

「こ、ここは!?」

「『ここは!?』って酒場ですよ!? 今日はクエスト達成の打ち上げに来たんですよ?」

「あ、あぁ……そうだったっけ……」

 

 辺りを見渡すと、そこは賑わう酒場。

 そうだった。今日はクエスト達成の打ち上げで来たんだった。

 

「そ、そう言えば、幻術師と武闘家は? 姿が見えないが?」

「幻術師は飲み過ぎてしまって、今は部屋で寝てしまってますよ? 武闘家はその介抱です。ちゃんと言ったじゃないですか」

「あ、あぁ、そうだったな。俺も少し酔ってたみたいだよ」

「じゃあ、今日はお開きにしますか?」

「いやいや、夜はこれからだろう!」

 

 そう言って勇者はジョッキを勢いよく飲み干す。

 

 ――そうだ、夜はこれからなんだ。

 

 今夜、自分は、聖女と武闘家に“魅了”にかけ、彼女たちをものにするのだ。

 その後、すぐに幻術師を始末し、聖剣の管理をキチンとすれば、先ほどの白昼夢のような展開にはならないだろう。

 あいつの絶望する姿が見れなくなるのが残念だが、まぁ、これも自分の輝かしい未来のためだ。

 内心、ほくそ笑み、勇者は“魅了”を使う準備にかかる。

 すると、武闘家が戻ってきた。

 

「いや~、大変だったよ。お義兄ちゃんったら、トイレでゲーゲー吐いちゃって~」

「ご苦労様。あなたも好きなもの頼んでね?」

「そうだよ! 今日は俺のおごりだ! なんでも頼んでいいぞ!」

「は~い♪」

「じゃあ、私もなにか頼もうかしら?」

 

 そう言って、二人がメニューを開こうとすると同時に、勇者は“魅了”のスキルを使う――

 

「てめぇぇぇぇぇ! 俺のチョコ喰いやがったなぁぁぁぁ!?」

「うぎゃん!?」

 

 ――寸前、背後から椅子が飛んできて、勇者の後頭部に命中した。

 

「勇者様!?」

「大丈夫!?」

「ぐっ……! 誰だ一体!?」

 

 頭部から流血させながら、背後を見るとそこでは見るからにヤバそうな暗黒騎士と、見るからにガラの悪そうなあらくれ者が、睨みあっていた。

 

「てめぇ……もう許さねぇぞ……」

「ほう……許さなければどうすると言うのだ?」

「決まってるだろうが! ぶっ潰してやる!」

 

 どうやら冒険者同士のいざこざらしい。

 まったくもって迷惑なことだ。

 

「ちっ、雑魚どもが……少し、世の中の道理って言うものを分からせてやるか……」

 

 周囲がどよめく中、勇者は立ち上がる。

 争いを止めるためではない。ただ、勇者である自分に恥をかかせた連中を叩きのめし、勇者の意向を誇示するために。

 加えて“魅了”を使用する邪魔をされたのもある。

 そう思い、聖剣を抜き、二人の間に割って入る。

 

「てめぇら! 勇者であるこの俺の前で喧嘩なんぞ――」

「砕ッ!」

「ふぇ!?」

 

 しかし、あらくれ者の拳一発で聖剣は砕かれてしまった。

 

「あぁぁぁぁぁぁ!? せ、聖剣がぁぁぁぁぁぁぁ‼」

 

 さらに――

 

「ふん! 甘い!」

「ぎゃああああああ!?」

 

 カウンター気味に放たれた暗黒騎士の衝撃波に巻き込まれ、勇者は吹き飛ばされる。

 もちろん、衣服も吹き飛んだ。

 

「ひでぶ!?」

「きゃああああああ‼ 勇者様の【ご子息】がああああああ!」

「……お義兄ちゃんのより小さいです」

 

 全裸で吹き飛ばされ、ポロリしてしまった勇者を他所に、あらくれ者と暗黒騎士の喧嘩はヒートアップする。

 

 あらくれ者の手刀が振るわれ、テーブルが切り裂かれる。

 対して暗黒騎士の片手から暗黒邪竜の波動が放たれ壁が吹き飛ぶ。

 それに巻き込まれ、勇者はされるがままになる。

 

「うぎゃあああああああ‼」

 

 果ては二人の放った闘気の波動に挟まれ悲鳴を上げる勇者。

 

 ――なんなんだよ、こいつら!? 雑魚冒険者じゃねぇのかよ!?

 

 すると周囲のやじ馬が、二人の素性に気づいた。

 

「あ、あのあらくれ者! たしかレベル499のAランク冒険者、ガラワル・ソーじゃねぇか!」

「それに、あの暗黒騎士はレベル550のAランク冒険者、チューニ・ソーウル! まさか、あの二人の戦闘が見れるなんて!」

 

 ――れ、レベル499と550だとぉ!?

 

 時は勇者暗黒時代。

 勇者と言う特権階級に胡坐をかき、好き勝手する連中が増え続ける時代。

 そんな時代を乗り越えるため、現在、冒険者たちのレベルの大型化が進んでいる。

 

 冒険者ギルドなんかあてにならない。自己防衛しないと。

 

 そう言わんばかりに、昨今では冒険者のレベル100超え、1000越えは当たり前となっていた。

 中には万越え・億越えという怪物も蠢いている。

 

 対して、この勇者のレベルは45。

 一般人と比べれば確かに高いが、現在の冒険者業界ではあまりに貧弱すぎる。

 

 しかし、この二人、一体なにが原因で争いになったのか?

 二人とも高レベルの冒険者。おそらく、その原因も一介の冒険者には想像もつかないものなのかもしれない。

 

「てめぇ! よくも俺のチョコを喰いやがったなぁぁぁぁぁぁ!?」

「貴様こそ! 我がプリンをぉぉぉぉぉぉ!」

 

 ……訂正。存外、低レベルな理由だった。

 

「チョコチョコチョコチョコチョコチョコチョコチョコォォォォォ‼」

「Puddiiiiiiiiiiiiiing‼」

「ぎょぉええええええええええ‼」

 

 争いはヒートアップし、巻き込まれた勇者はもはや見るに堪えない状態になっている。

 そして……

 

「これでしまいだチューニ! チョォォォォォコォォォォォハメ破あぁぁぁぁぁぁぁ!」

「死ね! ガラワル! プリン天衝ぉぉぉぉぉ!」

「ぎゃああああああああああ!?」

 

 お互いの必殺技の打ち合いにより、酒場は崩壊。

 当然、巻き込まれた勇者もまた、無事では済まなかった――!

 

 ――どうして、こうなってしまったのだろう?

 

 薄れゆく意識の中、勇者は思う。

 自分はただ、勇者として良い思いをしたかっただけなのに……

 そんな下種な思いと共に勇者の肉体は塵と消えた。

 

 

「う……うああああああ……助けてくれ……」

「試験官、やはり、この勇者は不合格でよろしいでしょうか?」

「あぁ。そうしてくれ」

 

 グランアステリア王国・冒険省本部。

 勇者認定試験の会場にて、筆記テストの答案を前にうなされる勇者“候補”に対し、試験管こと幻術師は冷徹に判断を下した。

 

「じゃあ、お義兄――じゃなくて試験官、この冒険者は退室させていい?」

 

 武闘家が尋ねると幻術師は「あぁ……」と返答する。

 

「しかし、この答案用紙、すごいですね。ぱっと見は普通なのに……」

「だが、実際には違う。人格・性格に問題のある人間が答案を目にすると、催眠がかかる仕組みだ」

「これで、少しでも勇者暗黒時代の終末が早まれば良いのですが……」

 

 魔王増加に伴う、勇者の増加。

 それにより到来した勇者暗黒時代に終止符を打とうと、国は新たな組織を生み出した。それが“勇者省”

 

 そこでは勇者を召喚や信託に頼らず、実力・人格で選抜するシステムを考案した。

 今回の認定試験はその記念すべき第一回である。

 

 実技ではSランク冒険者や各地の魔王軍より引き抜いた選りすぐりの実力者が担当。

 そして、筆記ではこの幻術師が作成した特殊な術式を用いた答案用紙だ。

 

「この答案にはその者の悪意や邪心に反応して、回答者に催眠がかかるようになっている。その度合いが強ければ強いほど、恐ろしい悪夢を見せられる仕組みだ」

 

 既に、他にも何人か催眠にかかっている者もいる。

 そういった連中は退室の上、余罪がないか、後日。詳しく調査する仕組みだ。

 

「しかし、試験官、流石にやりすぎでは?」

 

 催眠にかかっている受験者の中には、恐怖のあまり失禁・失神するものは勿論の事、中には髪が抜け始める者もいた。

 だが、幻術師は冷徹に言い放つ。

 

「――仮にも勇者ならこの程度の幻覚跳ねのけてもらわねば、困る。それができない以上、こいつらは勇者の資格はない」

 

 厳格に言い放つと同時に、試験終了の鐘がなる。

 悪夢も、もうじき覚めるだろう。

 都合のいい妄想を巡らせていた勇者候補たちは白紙の答案と言う現実と相対する。

 

 そう思い、幻術師たちは会場を後にするのだった。

 

 



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蟲使いの場合

今年も一年、よろしくお願いします。


 

「蟲使い、復讐に来たのか……ッ!?」

 

 侵入者を一目見て、勇者は聖剣を抜く。

 

「キミを追放したのは、僕にとっても不本意だった……キミなら分かってくれると思っていた……そう、思っていたのに!」

 

 勇者は悲痛な表情を浮かべるも、侵入者は問答無用と迫りくる。

 

「――やるしかないのか!?」

 

 戦いたくない。そんな思いを踏みにじるような非情な現実を前に勇者は聖剣を振りかぶり――

 

 

 

「……で? なにが起こったんですか? 勇者様」

「蟲使いが復讐に来たんだ……僕の部屋に刺客を放ち、寝込みを襲おうとした」

「で?」

「説得を試みたんだが、聞き入れてもらえなかった。だから、やむを得ず聖剣を使い――」

「で?」

「しかし、刺客を取り逃がしてしまった……気をつけろ、奴らはまだ屋敷の中にいる!」

「数は?」

「おそらく、90人だ。奴らは一人見たら三十人いる」

「一言良いですか?」

「なんだ?」

「馬鹿かテメェは?」

 

 ……壁に大きな穴を開け、項垂れる勇者を一蹴する商人。

 最早、あきれてものも言えないと、蔑む視線を向けてため息を吐く。

 

 その背後をカサカサと、黒光りする“刺客”が這いずり回っていた。

 目にした瞬間、勇者は聖剣を素早く抜刀。斬りかかる。

 

「おのれ! 次の刺客か!」

「いい加減にしろ!」

 

 瞬間、それを阻止せんとスパァンッ! と商人の算盤が唸りを上げたのだった。

 

 ……なんてことはない。

 ゴキブリが出た。ただそれだけである。

 

「あんた、ゴキブリに聖剣使ったのかよ!?」

「その名を出すな! 奴らは蟲使いから送られてきた刺客だ! この間、追放されたことを恨んで、刺客を送り込んだんだ!」

「いや、蟲使い関係ねぇよ」

 

 って言うか、責任転嫁甚だしいわ、と商人は額に手をあてため息を吐く。

 

 数週間前、王国側から「騎士に就任したばかりの第三王女が勇者パーティーに合流する」と通知を受けた。

 その際、「虫嫌いな王女に配慮すべき」と国のお偉方が暴走気味の人事を行ったせいで、蟲使いは追放処分を受けた。

 だが、今回の件は完全に無関係だったりする。なんなら濡れ衣である。だって……

 

「だってこの家、掃除してねぇもん! そりゃゴキブリだって湧いて出るわ!」

 

 勇者の部屋を見ただけでも、机に積み重なったカップ麺の容器にお菓子の食べかすだらけのベット。ゴミや洗濯物の散乱した床と不衛生極まりない。

 率直に言うと汚部屋である。

 

「だから何度も『掃除しろ』って言ってたのに……」

「だって、勇者パーティーって忙しいんだもん……」

「言い訳すんな」

 

 ちなみに原因の王女は現在、街へと聖女と共に買い物中である。

 彼女が帰ってくるまでの間に早めに何とかしておかないといけないだろう。

 

「くっ……こんなことになるなら、王国からの指示に従わず、蟲使いを追放するんじゃなかった!」

「後悔しても、もう遅いわ」

「……今からでも戻ってきてくれないかなぁ?」

「無理だよ。あいつ今、実家の害虫駆除と養蜂で忙しいんだから」

「だったら適任じゃん。害虫駆除引き受けてくれないだろうか?」

「これくらいかかるよ?」

「え? こんなに?」

 

 商人の渡したチラシを見ると、そこには勇者のおこづかいが軽く消し飛ぶお値段が書かれていた。

 

「かつての仲間と言うことでサービスとかは……?」

「……追放した側がそんなん言えると思いますか?」

「ですよねー」

 

 後悔しても、もうおそい。

 必要経費で捻出しようにも、今さっき勇者が壁に穴を開けてしまったので、修理費でそれも消えた。

 

「くっ……どうしてこうなったんだ!? なぜ、こんなことに……」

「あんたが蟲使いを追い出したから。それ以前に、整理整頓を心掛けなかったから」

「ですよねー」

 

 後悔漬けの勇者を他所に商人は今後の事を考える。

 生憎、殺虫剤も切らしている。

 スリッパで潰そうにも、飛んできそうでなんかヤダ。

 こうなったら男の面子を捨てて、女性陣に頼ろうと通信用の魔道具【携帯魔導板(スマートモノリス)】を使うも……

 

 

 

『すいません! 商人さん! 今、すべての勇者を虚構に還し、人類滅亡を企てる悪の秘密結社の操縦する悪夢を見せる列車を60分以内に止めないといけないので少し、時間がかかります!』

『お前らの勇者って醜くないか?』

『あ、首領格出てきた。じゃああとで』

 

 

 

 ……と言う訳で、無理でした。

 

 どうしたことかと悩んでいる商人と勇者。

 すると、再度、ヤツらが来た。しかも飛んで。

 

「ぎゃああああああ!? 来たああああああ!? く、来るなぁぁぁぁぁぁぁっぁぁぁぁぁ!?」

 

 普段の威勢はどこへやら。恐慌状態に陥る勇者。

 最早条件反射の域で聖剣を抜刀。商人が「あっ」と気づいた時にはもう手遅れで――

 

 

 

「……で、勇者様? この惨状はいったいなんですか?」

 

 数時間後。勇者はゴキブリどころか、瓦礫の破片も残らない荒野と化した勇者宅のど真ん中で、聖女に説教されていた。

 穢れなき乙女と思えないほどの形相で睨む聖女を前に勇者は「ぼそりと呟いた」

 

「こんな事なら蟲使いを追放しなければ良かった……」

「後悔しても、もう遅い!」

「ひでぶっ!?」

 

 聖女が勇者に鉄槌を下したのを見て、王女と商人はこう思った。

 

「違うパーティーに行こう」

「そうしましょう」

 

 



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聖女の場合

リハビリがてらに書きました。


 

「聖女! お前を追放する!」

「何故です!? 勇者様! 私が何をしたというのですか!?」

「おいおい、どうしたんだよ!? なんの騒ぎだ!?」

 

 とある勇者パーティーにて。日課である鍛錬を終えた戦士が宿に戻ると、勇者と聖女が言い争いをしていた。

 剣悪な雰囲気に思わず割って入ると勇者が一方的に捲し立てる。

 

「聞いてくれ、戦士! 最近、聖女は足を引っ張ってばかりだ! このままではパーティーは落ちぶれる一方だ!」

「だからって追放することはないじゃないですか! 私は精いっぱいやってます!」

「まぁまぁ、落ち着けよ。二人とも。まずは話し合おう」

 

 こう言う時、間を取り持ってくれる賢者はフィールドワークで不在。

 仕方なく戦士は二人を宥めると、間に入って話し合いを行うことにした。

 

「――で、勇者。聖女が足を引っ張ってばかりと言うが、本当にそうか? 聖女はサポートの要だし、別段、足を引っ張ってるとは思えないが」

 

 加えて、最近流行の「真面目系クズ聖女」や「意識高いだけ系聖女」と言う訳でもない。

 パーティーの中でも真面目であり、家事も率先してやってくれるできた娘さんだ。

 

「だが、事実、こいつは俺の足を引っ張ってるんだぞ! 例えば、この間のドラゴンとの戦いでもそうだ!」

「そん時、ちゃんと回復してくれただろう?」

 

 炎に焼かれた直後、聖女が治癒法術を発動したことで事なきを得たが、あのままでは死んでいたはずだ。それを忘れたのだろうか?

 

「あぁ、確かにあの時回復してくれなければ危なかった。最悪死んでたかもしれない。だが……」

 

 そう言って勇者はおもむろに兜をとった。すると、そこから現れたのは……

 

「髪の毛まで直んなかった」

 

 チリチリになった勇者の頭髪だった。思わず吹きそうになった。

 

「なんでだよ!? なんで、戦士はちゃんと全回復してるのに、俺は髪の毛だけチリチリのまんまなんだよ!? ふざけんなよホント!?」

「そ、そいつは災難だったな……ww」

「笑ってんじゃねぇよ!」

 

 吹き出しそうになる戦士を怒鳴りつけ、勇者は激昂する。

 

「しかもその日を皮切りに、こいつの法術、日に日に精度下がってんだぞ!?」

「え? そうなの?」

「う……は、はい……実はそうなんです。何故か勇者様だけ、効果が下がってるんです」

 

 図星を突かれ、聖女は事実を認めた。

 

「先日なんて、敵の攻撃を防ぐ結界、俺のところだけ薄くてさぁ! 顔面直撃したんだぞ!?」

「あれは大爆笑だったよなぁww」

「笑うなよ!」

 

 だってあの時格好つけて「邪悪な魔物の攻撃なんて、俺たちの絆の前には通用しなry」って言ってる時に直撃したんだもん。笑った笑った。

 

「その次の沼渡るときだって“水上歩行”の法術使ったのに、俺だけ効き悪くて、途中で落とされたんだぞ!?」

「ワロスww」

「だから笑うなぁ!」

 

 さらに回復の方も制度は下がる一方らしい。

 最初は全回復するつもりが半回復済まされ、その次はポーションを頭からぶっかけられ、最終的には救急箱が落ちてきて頭直撃。

 なんだこれ? セルフサービスってか!?

 

「仕舞いには、足元に薬草が生えただけで終わったんだよ!? どうすりゃいいんだよ!?」

「そ、そんなこと言われましても……私だって、頑張って……」

「頑張って薬草ってなに!? だったら最初から普通に回復させてくれよ!」

「まぁまぁ、落ち着けよ勇者ww」

「だからなんで笑ってんだよ!?」

「薬草だけに、草生やしたんだよww」

「やかましいわ!」

 

 煽ってるのか宥めてるのか分からない戦士にキレる勇者。

 するとそこへ、賢者が戻ってきた。

 

「ほっほ~い、ただいまぁ~」

「あぁ、おかえり賢者。聞いてくれよww勇者が聖女を追放するって聞かないんだよww」

「笑いながら言ってんじゃねぇよ!」

「おいおい追放とは穏やかじゃないねぇ……どうしたのよ?」

「それがなぁ……」

 

 かくかくしかじかと事情を説明。

 すると賢者は「あ~……なるほどねぇ……そういうことかぁ……」と一人納得した。

 

「賢者さん、原因が分かったんですか!?」

「うん、大丈夫! 大体わかった、聖女ちゃんは悪くないよ。悪いのは……」

 

 そう言って賢者はビシッ! と勇者を指さし言った。

 

「悪いのは勇者! お前だ! お前が原因なんだよ!」

「な、なん……だと……!? どういうことだ! 説明しろ!? 僕のどこに原因があるんだ!?」

「そうだぞ、賢者。今の話の流れだと、聖女に原因があるんじゃないのか?」

 

 そもそも発端は聖女の能力の低下が原因だ。それなのになぜ、勇者に責任があるのか?

 問いただすと賢者は咳ばらいを一つして、真相を話始めた。

 

「そもそも聖女や僧侶が使う“法術”と、私たちが使う“回復魔術”って原理そのものが違うんだよねぇ」

 

曰く回復魔術は最低限度、医療の知識が必要になってくるらしい。

 

「ただの傷の手当だけでも消毒やら麻酔、体内に侵入した異物の除去・縫合の知識が必要になってくるんだよね。さらに上位になると専門的な知識と技術も必要になってくるんだよ。それでも普通に治療するより早いケドね」

「そういや俺の腕切断された時も時間かかったよな」

「そりゃそうだよ、大手術だもん。普通の医者だったらお手上げ状態だもん。仮に出来たとしても神経まで完全にくっつかなかったかもね。で、“法術”なんだけどこれは言わば“人知を超えた力”なんだよねぇ」

 

 神を信仰する清らかな心の持ち主が稀に覚醒することで行使可能な“法術”

 魔術よりも魔法に近いこの力はしかし、重大な落とし穴があった。

 

「法術ってのは信仰心ありきで発動する場合が多くてね、それは使い手側だけでなく他の対象にも影響してくることが最近判明したんだ」

「え? どういうこと?」

「要するに心根の悪い奴には効果が薄いってことさ」

 

 切欠はとある新興宗教“人魔教団”へ“女神教団”が異端審問官を派遣したことにより判明した。

 今までは「魔族=悪しき存在」という認識で人類からは敵認定されてきたのだが……

 

「人魔教団の教えは『人類との共存』だった。悪しき存在ではなかったんだ。そんな相手に異端審問官たちは大規模法術で殲滅を図ったんだけど、見事失敗したんだよね」

 

 彼らの村から離れた場所で大規模法術“煉獄”を使用しが、術としては不発。

 村の温度が僅かに上昇し「今日は暑いねぇ~」程度に終わったらしい。

 なんなら数名の体調が良くなったらしい。

 

 逆に使い手の異端審問官側では同席していたお偉いさんが突如、焼死するという事態に陥った。

 後々の捜査で判明したが、そのお偉いさん、裏でシャレにならない悪事を働いていたそうな。

 

「つまり法術って、術者と対象、双方の心の在り方次第で効果が変化するんだよねぇ」

 

 要するに普通に暮らしてれば、普通に恩恵が与えられるし、真っ当な人間にはそれ以上の効果を発揮する訳だ。そして悪人には報いが与えられるという……

 

「え? つまり……」

「お前が悪いんじゃんww」

「なんでだぁぁぁぁぁぁぁ!? 俺は勇者だぞぉぉぉぉぉぉ!?」

 

 納得いかないと叫ぶ勇者。

 しかし、賢者はここぞとばかりに日頃の勇者の行動を指摘し始めた。

 

「だって勇者、魔王討伐に選ばれた時、国王からの援助にケチつけてたよね?」

「うっ! そ、それは仕方ないだろう!? だって与えられたのは50Gとやくそう三つ、それにひのきの棒だけだったんだし……」

「そりゃ仕方ないでしょ。実績のあるベテランならつゆ知らず、駆け出しのペーペーなんて最初はそんなもんだよ。貰えるだけマシだよ」

「お前、露骨に舌打ちしてたよなぁ」

「しかも勇者暗黒期の到来で、審査の目も厳しくなってますからね……」

 

 昨今、勇者の地位を利用し問題行動を起こす者が増えてきており、その為政府側の目が厳しくなってきている。

 

「しかも小声で『そんなに魔王倒したきゃ、兵士よこせよ』って悪態ついてたよね」

「馬鹿だなぁ、スカウトされたならともかく、たかが冒険者に国防の要の兵士預けられるかよ」

「ただでさえ、国も人手不足ですしね」

「そ、そんなこと言われたって……」

 

 ぶっちゃけ、一歩間違えれば不敬罪である。

 

「しかも『勇者支援団体』に所属してる民家以外からアイテム徴集したこともあったよね?」

「あ、アレは間違えて!」

「玄関にステッカー貼ってあるのに間違えるはずないでしょうが」

「しかも徴集したのは『あぶない水着』だったしなぁ……」

「危うく憲兵に捕まるところでしたよね……」

 

 勇者支援団体指定民家以外からの徴収行為は法律で禁止されてます。

 またアイテムの隠し場所は専用の壺・タンスを確認してから行いましょう。

 

「あと壺割った時、破片片づけないのもねぇ……」

「マナー違反だよなぁ」

「タンスも開けっ放しですしね」

「しかも、ものによっては文句言いますしね」

「馬の糞入ってた時には怒鳴ってたよな」

「あれは他人のフリしたかったなぁ」

「あと枯れ井戸に平気で入ろうとするのやめろよ。子供真似したらどうすんだよ」

「必死に許しをこう盗賊相手に延々『いいえ』を突きつけるのもどうかと思いますけど……」

「あと、仲間の装備を後回しにして自分だけ優先すんのもな」

「教会お布施ケチるのもアレですし……」

 

 ……結論、擁護できねぇ。

 

「なんだよ!? 俺は勇者だぞ!? それくらい多めに見てくれよ!」

「そう言う心構えに問題があるから、今回の事態を引き寄せてしまったんだろ」

「反省しろ! 反省!」

「う、うぐぅ……ちくしょう! もうみんな大っ嫌いだ‼」

 

 最早、勇者涙目である。

 結局、勇者がスネたせいで、追放云々は有耶無耶になってしまった。

 

 後日――

 

「ぐあぁぁぁぁぁ!?」

「あ、勇者がやられた」

「聖女回復よろ」

「あ、はい」

 

 すっかり扱いが軽くなった勇者を回復させるため聖女が法術を試行すると、突如、魔法陣が現れた。

 

「え? なにこれ!?」

 

 すると中から黒ずくめの男が現れ、こう言った。

 

「お前さんの怪我を治すなら1億Gで手を打とう」

「金とるの!?」

「え~……そんな大金ねぇよ」

「じゃ、いいです~」

「見捨てないでくれぇぇぇぇぇぇ!」

 

 結局、聖女の「お金は必ず払います!」という訴えに男は「その言葉が聞きたかった!」と承諾。

 神がかった腕で勇者を治療し、手術費を受け取らず去っていった。

 

 猛省し、改心した勇者が魔王討伐できたかどうかは……神のみぞ知る。

 

 

 



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吟遊詩人の場合

注意:今回、飲食物を摂取しながら、または近くに人がいる状態での閲覧はご遠慮ください。
上記に違反した場合、こちらは一切の責任を負いません。
ご了承ください。

うん……やっちまったんだ……

相当疲れてるんだな、俺……


 

「吟遊詩人! お前を追放するッ!」

「そんな!? なんでだよ!?」

「うるせぇ! お前が使えないからだよ!」

「どうした? 騒がしいな」

「こんな夜遅くにどうしたんですか?」

 

 野営中に言い合いになる勇者と吟遊詩人。

 そのただならぬ雰囲気に、薪拾いと食糧調達を終えて戻ってきた戦士と魔法使いは、言い合いになる二人の間に割って入った。

 

「とにかく落ち着け! 勇者よ、なぜ、吟遊詩人を追放するなどというんだ? 俺たちはこの四人で今までやってきたじゃないか」

「そうですよ。それに、彼がいなくなっては広報塔がいなくなっちゃうじゃないですか」

 

 時は勇者暗黒期。

 勇者と言う名誉職を笠に着た、数々の不祥事沙汰により各国は、勇者のバックアップを打ち切る方針に舵を切った。

 

 これにより、各勇者パーティーは堕ちた名声を自力で回復する羽目になった。

 ある者は一攫千金狙いで高難易度ダンジョンに挑み、ある者は地道にコツコツ、民間の信用を得るために労働に精を出し……

 そして、このパーティーは広告塔として、吟遊詩人を雇うことにしたのだが……

 

「だが、こいつには才能がない! 役立たずだ! こんな奴を雇っておくくらいなら、かわいい踊り子を雇うべきだ!」

「いや、それは無理だろう」

「僕らみたいなパーティーに入ってくれる女の子なんていませんよ」

 

 そもそも、そんな甲斐性があるなら吟遊詩人など入れず、真面目に僧侶を入れるだろう。

 まぁ、その場合も女僧侶ではなく野郎だろうけど。

 

「まぁ、話を戻しますけど、そう短気を起こさないでください。僕らみたいな面子はコツコツやりつつ、宣伝にも力を入れていかなきゃならないんですから」

「そうだな」

「じゃあ、お前、こいつの作った新しい歌聞いてみろよ! 絶対、俺と同意見になるわ!」

 

 そう言って、勇者は吟遊詩人に新作をお披露目要求。

 吟遊詩人は「わ、わかった」とキョドりながら、歌い始めた。

 

「それでは聞いてください――『我がパーティーの伝説』!」

 

 

『我がパーティーの伝説』

 作詞・作曲:吟遊詩人 歌:吟遊詩人

 

 乳首♪ 乳首♪ 乳首♪

 正義溢れる我が勇者♪

 光り輝く、乳首を胸に♪

 守るべき民の想いを背負い♪

 その乳首は岩を砕く♪

 嗚呼~嗚呼~勇者よ~立ち上がれ~♪

 輝く未来、切り開け~♪

(台詞)あ、乳首から毛が生えてるよ

 

 

「……どう、ですか?」

「殺すぞ」

 

 こ れ は ひ ど い。

 

 最早、唖然とするしかない魔法使い。

 なにが酷いって?

 ……言わないと駄目だろか?

 

「なんなんだよ!? 導入からの乳首押しは!?」

「い、インパクトは大事だろ!?」

「インパクトありすぎだろ! あと『光り輝く乳首を胸に』って、なに!? 乳首が胸にあるのは当たり前だし、それ以前に光り輝くわけねぇだろ!?」

「いや、語感が良かったから……」

「良くねぇよ!? よしんば良くっても、採用する訳ねぇだろ!? それに『その乳首は岩を砕く』ってなんだよ!? 俺の乳首、ドリルか‼ やろうとしたら確実にこっちが抉れるわ‼」

「いや、勇者なら乳首で岩を砕くくらいできry」

「訳ねぇだろ! あと乳首乳首連呼する所為で『立ち上がれ』が違う意味になるだろうが!」

「なんなら『勃ちあがれ』と書いても違和感ないですしね……」

「そ、そんなぁ……」

「あと最後の台詞! いらない! 絶対いらない! 文句なしにいらない!」

 

 ――もうこれ弁護出来ねぇわ。

 

 そう悟った魔法使いは吟遊詩人を追放する方向にシフトする。

 そりゃそうだ。乳首乳首連呼する歌を歌われた日には、パーティーの名誉など地に落ちるどころか、地面にめり込み、地獄に堕ちる。

 いったい彼は、何を思ってこんな曲を作ったのだろうか?

 クスリでもキメてたのか? 正気で作れる曲じゃないのは間違いない。

 

「吟遊詩人、流石にこれは弁護できませんよ……実家に戻って、家業を継いだ方がいいでしょう」

「そ、そんな魔法使いまで!」

「なんでそんなショック受けているんですか? 普通にフォローしてもらえると思うんですか? この歌で? 無理でしょ……」

「なぁ、吟遊詩人……なんか辛いことあったのか? こんな歌詞、正気じゃ書けないぞ? 病院にいこう? 治療費は出すからさ!」

 

 こんなんが受けるのは、小学生までだろう。

 ジト目で吟遊詩人を睨む魔法使い。

 それでも吟遊詩人は諦めが悪く、食い下がろうとした。

 

 ――その時だった。

 

「……見損なったぞ! 吟遊詩人ッッッ‼」

 

 ドンッ‼ と闘気を放ち、戦士が吠えた。

 

「え? なに? なんでマジギレしてんの?」

 

 自分よりもキレている戦士にビビる勇者。

 戦士はそんな勇者に気にも留めず、ただただ威圧的な目で吟遊詩人を睨みつけた。

 

「吟遊詩人……見損なったぞ……お前、まさかこんな歌を作るなんて……ッ‼」

「戦士……?」

 

 ただならぬ戦士の雰囲気に、戸惑う勇者と魔法使い。

 たしかにこの曲は酷いが、そこまでブチギレることはないだろう。

 

 ビビッて魔法使いを盾にする勇者と盾にされた魔法使いを他所に、戦士は肩と声を震わせ、吟遊詩人に問いかける。

 

「なぜだ……なぜ、こんな曲を作った!? これは――」

 

 

 

「我らが母校、第三毒の沼中央小学校の校歌のパクりではないかっっっっっ‼」

「「知らんがな!」」

 

 二人のツッコミがハモった。

 

「間違いない! この曲調は第三毒の沼中央小学校の校歌そのもの! 歌詞も所々変えているが基本そのままじゃないか! 吟遊詩人! お前は盗作と言うクリエイターとしての大罪を犯したんだぞ!? 分かっているのか!?」

「ごめん……実はスランプで……」

「だからと言ってパクリはダメだろう!」

「キミには分からないよ! 僕が毎回、どれだけ悩みながら曲を作っているかなんて――」

「だからパクっただと!? そんな言い訳が通用するか!」

「待て待て待て待て! なに二人で盛り上がってんの!?」

 

 言い争う二人に、置いてきぼり食らいそうになった勇者が、とりあえず待ったをかける。

 

「って言うか、第三毒の沼中央小学校!? なにそれ!? どこにあんだよ!? そんな学校!」

「第三毒の沼中央小学校――それは我らが故郷『ソノヘンノ村』の子供たちが通う小学校だ。名前の通り毒の沼の中央に位置する小島に建っている」

「なにを思って創設者はそんなところに小学校建てたんだよ!? 子供登下校の度に死ぬぞ!?」

「仕方ないだろう! 元々、廃墟と化した魔王城を安く譲り受けて開校したんだから」

「にしても立地!」

「まぁ、おかげでその学校の卒業生は毒に対する耐性が強くなるけどね」

「そりゃそうだろ!? だって耐性無かったら死ぬもん! そりゃ環境に適応しようと肉体も適応するわ!」

 

 そして『第三』と言うあたり、他に二つもあるのだろうか?

 疑問が尽きない。

 

「無理もありませんね。今は勇者暗黒期にして魔王飽和時代。魔王城なんてそこら中にありますからね。国の政策で空いた魔王城をそのまま再利用するようにしているんですよ」

「だからって毒の沼そのまんまかよ……子供通うんだぞ?」

「そこまで資金は回らないんですよ」

 

 世知辛い、あぁ世知辛い。世知辛い。

 どれだけ国を良くしようとも、お金がなければ世の中回らないのだ。

 

「……しかし、そんな母校も今、廃校の危機に瀕しています」

「なん……だと……!?」

 

 吟遊詩人の漏らした一言に、戦士が驚愕する。

 勇者たちは「むしろなんで今まで廃校にならなかったんだろう?」と疑問しか浮かばなかったが。

 

「過疎化が進み、年々、生徒が減少しており、このままでは廃校。生徒たちは『第二火山の頂上小学校』『第一氷の洞穴最深部小学校』『第五裏ダン最下層小学校』など、近場の小学校に吸収されかねません……」

「子供に対してスパルタすぎるだろ! 生徒殺す気!?」

 

 殺意高すぎな立地の小学校に戦慄する勇者。

 なにこれ世紀末?

 

「それで……無くなるなら、なんらかの形で思い出を残しておきたかったんだ……」

「そうだったのか……! 俺はそんなことも知らず……! くっ!」

「ゴメン、いい話で終わらせようとしているけど、これ世に出したら俺らも廃されるんだわ」

 

 そこらのガキどもに「やーい! 乳首勇者―!」などと指さされた日には引きこもりになる自信がある。最悪、世界を憎み、魔王になりかねない。

 

「……とにかく、どんな事情があろうとも、こんなん歌わせる訳にはいかん。もし納得できないならパーティーから出ていけ」

「分かった……出ていくよ……」

「なにぃ!? 待ってくれ! 勇者! 吟遊詩人にも事情があったのは分かったじゃないか!」

「事情が分かったけど、納得できんわ」

「たしかに……」

 

 ……そう言う訳で吟遊詩人は追放された。

 

 魔法使いはそりゃそうだと納得し、戦士もまた、最後まで反対しつつも、無念そうに追放に賛同した。

 

「すまん、吟遊詩人。俺は無力だ」

「仕方ないさ……僕は気にしてないよ……大丈夫、他の方法を考えるさ……」

 

 大切な友人に別れを告げ、吟遊詩人は去っていった。

 

 

 

 そして、月日は流れ……

 

 

 

「まさか、あの勇者パーティーの皆様が、わが校で講演会を開いて下さるとは」

「あははは、校長先生。もう少し、いい立地なかったんですか?」

 

 ソノヘンノ村・第三毒の沼中央小学校。

 無事魔王を倒した、勇者たちは本日、この学校で講演会を行うことになっていた。

 

「しかし、よく廃校を免れましたね」

「いや~在校生だったある有名動画配信者が多額の寄付を行ってくれたおかげでね、私も鼻高々ですよ」

「動画配信者?」

「はい、この人です」

 

 校長から渡された携帯霊板(スマートモノリス)に映された映像。

 そこに映っていたのは――

 

『乳首♪ 乳首♪ 乳首♪』

「やっぱりお前かい!」

「薄々予感はしていましたけどね」

 

 案の定、生き生きと歌う吟遊詩人の姿があった。

 

「いや~彼がわが校の校歌の替え歌を配信してくれるおかげで、希望者も殺到してるんですと」

「洗脳されてない? って言うか、保護者からクレームとかこない?」

「ふっ……夢を叶えたんだな、吟遊詩人」

「そしてお前は、何を言っているんだ?」

 

 空を見上げながら、爽やかに呟く戦士。

 彼は、今は遠くにいる友に想いを馳せるのだった。

 

「……ところで勇者様。岩をも貫いたという乳首についてですが――」

「殺すぞ」

 

 ついでに、この後誤解を解くのに多大な労力が掛かるのであった。

 



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【番外編】戦隊ヒーローの場合

 

「グリーン! お前は今日限りで戦隊を抜けてもらう!」

「そんな! なんでだよ、レッド!? なんで俺が抜けなきゃいけないんだよ!?」

 

 とある時空。日本のとある場所にある『企業戦隊 チュウショウジャー』の秘密基地。

 その会議室にて、チュウショウジャーのリーダーであるレッドがグリーンに解雇通告を言い渡した。

 

「これは命令だ! さっさと出ていけ‼」

「なら理由を言ってくれ! 俺の納得できる理由を!」

 

 冷たく言い放つレッドに対して、グリーンはしつこく食い下がる。

 自慢ではないが自分はこの戦隊において欠かすことのできない存在だと認識している。

 怪人の撃破数はレッド・ブルーに続き、戦闘員を持ち前のパワーで投げ飛ばすその姿に、子供たちの人気も高い。

 なにより、チュウショウジャーロボの下半身は、グリーンのロボットが担当しているのだ。

 まぁ、それに関しては訓練すれば誰でも出来るが……

 今、それを言うのは野暮であろう。

 

 とにかく、グリーンは納得できない。

 するとレッドは観念したのか、小声でなにか呟いた。

 

「……が、ないんだ……」

「え……?」

 

 

 

 

 

「お金がないんだ……‼」

「レッドぉ!?」

 

 予想外の理由にグリーンの声が裏返った。

 

「もう一度言う! お金がないんだ‼」

「なんてことを言うんだ、レッド‼ お金がないから追放って、それは戦隊のレッドが一番言ってはいけない台詞だぞ!?」

 

 なんなら、ヒーローが言ってはいけない台詞、ワースト10に入るだろう。

 って言うか、日曜日の朝に言うべき台詞じゃない。

 

「だが、事実なんだ! 何度でも言おう! お金が! ないんだ‼」

「レッドぉぉぉぉぉ‼」

 

 会議室にグリーンの悲痛な叫びがこだまし、レッドはガクリと膝をつく。

 本日はまだ、怪人と戦ってもいないのに、二人とも満身創痍である。

 否、彼らは敗北したのだ。“現実”と言う、強大な敵に――!

 

 

 

 

 

「……で、なんでお金がないんだ? って言うか、なんでそれで俺がクビ?」

 

 とりあえず叫んだところで、幾分落ち着いたのか、冷静になったグリーンはレッドに再度、尋ねた。

 するとレッドはポツリポツリと事情を話し始める。

 

「実は、玩具の販促が上手くいってないらしい」

「うわぁ、聞きたくなかった」

 

 ホント、戦隊のレッドが言うべき台詞じゃないよ。

 脚本家とかPの台詞だよ。

 

「元々、この世界にはいくつもの悪の組織があり、それに対抗すべく多くの戦隊が結成されてきた訳だが、俺たちチュウショウジャーは中小企業『オモチャンス』直属の戦隊……玩具の売り上げがモロに響いてくるんだ……」

「いや、怪人の撃破数で評価しろよ、そこは」

「他所は他所、うちはうち」

「そんなお母さんの言う台詞をこんな時に使うなよ!」

「しかし、その中でお前は武器をほとんど使わず、肉弾戦がメインだ! その為、司令から『玩具販売に非協力的な奴』とクレームが来てなぁ……」

「そんな理由!? こっち、戦場じゃ殺るか殺されるの切羽詰まった状況なんだぞ!?」

 

 グリーンの言う通り、敵は悪の組織『テンバイズ』

 転売のためなら殺人までかます、極悪非道な奴らだ。

 そんな連中が相手なんだから、なりふり構ってはいられない。

 自分の得意分野で生き延びる方法を探すべきだろう。

 って言うか、武器って言ったって……

 

「武器、こんなんじゃん」

 

 そう言ってグリーンが取り出したのは、チュウショウジャーのメインウェポンのチュウショウ剣とチュウショウ銃。

 しかし、そのデザインはあまりにもありふれていた。

 具体的には剣はなんか柄の部分に羽っぽいのついてるし、銃は宇宙人が持ってそうな奴だ。

 

「売れる訳ないじゃん。こんなファミレスで売ってそうなデザインの奴。最近のは、もっと洒落た感じだよ?」

「仕方ないだろう……司令官がデザイナーに『武器のデザインくらい簡単だろう?』とか抜かして、少ない依頼料で交渉したら、ガン無視されて、その上SNSでバラされて、誰も受けてくれなくなったんだから」

「売れないの司令の所為じゃん! なにしてんのアイツ!?」

「それに、他の連中はみんな貧乏でさ、副業とかしながら日々の生活を乗り切ってるんだ……俺は親の遺した借金、ブルーは精神科への通院費、イエローは奨学金の返済、ピンクは親の介護費と、敵以外にも戦う奴らが多い……」

「やめろぉ! そんな裏事情を暴露するなぁ‼」

 

 子供に見せられない! 親御さんには聞かせらんない話である。

 

「正直、俺たちはここを辞めさせられたら、生活が苦しくなるんだ。しかし、グリーン。お前は特にその辺りは問題ないから……」

「そんな理由で、俺、解雇されんのかよ……」

「でないと、ただでさえ少ない給料、さらに減らされかねないんだ……」

「マジか」

 

 正義の組織にあるまじき、ブラックさ。

 この国に未来はあるのか?

 

「なるほど……まぁ、納得はできないが、理解はした。それなら仕方ないな……」

「本当にスマン。俺も仲間をこんな形で追放したくないのに……上は現場の苦労を分かってくれない……」

「ちなみにチュウショウジャーロボの下半身の操縦ってどうなるの?」

「グリーンのロボは司令が操縦することで話はついている」

 

 なるほど。もう既に、自分の居場所はここにはないのか……

 

 全てを悟り、グリーンは「仕方ないな……今まで世話になった」と現実を受け入れた。

 その後、引継ぎもなんとか終えて、月末で脱退。

 ちなみに、無理やり自己退職にされた為、退職金は出なかった。クソである。

 

 

 

 

 

「……とは言え、明日からどうすっかなぁ」

 

 転職サイトを見ながら、ぼんやり呟くグリーン。

 まぁ、まだ余裕はあるし、ゆっくり探すか。

 なんなら実家に帰ってからでもいいだろう。農家だから、人手はいくらあってもいいし。

 

「ただなぁ、世間体とかあるしなぁ。田舎だから、そう言うの秒で広まるしなぁ……!?」

 

 などと悩んでいると、不意に気配を感じた。

 腐っても戦隊で命がけの戦いをしてきたのだ。

 これくらい造作もない。

 予想通り、視線の先の空間が歪み、中からどう見ても悪の戦闘員としか思えない集団が出現。

 率いるは黒の斑がついた白衣に身を包み、同じ模様の尻尾と小さな角の生えた異形の女性だった。

 

「やぁ! チュウショウジャーのグリーン君! はじめまして! 私は秘密結社『FANG』の幹部、Dr.バイソンだ!」

「いや、どう見ても柄がホルスタインですが?」

 

 バイソンとかもっと、前線で戦う奴の名前だよ。「ドクター」って医者じゃん。

 内心、ツッコみながらも、グリーンは気を抜かなかった。

 

「それで? その『FANG』とか言う組織が、戦隊を追い出された俺に、何の用だ? って言うか『FANG』なんて、聞いたこともねぇぞ?」

「それはそうだ。我々『FANG』は今日から活動を開始したばかりの組織なんだから」

「マジか」

 

 時空間転移技術などと言う、高い技術力を持つ組織が今日までノーマークだったとは……

 一体、国は何をしていたんだ?

 

「まぁ、一応、活動を開始したものの、まだまだ人手不足は否めなくてね。本来なら技術開発担当である私が、有望な人材のスカウトに赴くことになったわけだよ」

「ふん、悪の組織も大変だな」

「予算不足と上司の横暴で解雇された、正義の味方も大変みたいだけどね?」

 

 なるほど、こちらのことはリサーチ済みか。

 なら、次に言う台詞は想像がつく。

 

「さて、聡いキミのことだから、そろそろお気づきだろうから、本題に入ろう」

「断る!」

「まだ、何も言ってないじゃないか」

「言わなくても分かるよ! 大方、俺をスカウトしに来たんだろう?」

「そうだよ。うちは即戦力を募集中だからね」

 

 故に、リストラ・退職したばかりの元ヒーローを狙っていると言う訳か。

 だが、こちらも辞めたとは言え、戦隊のグリーンだった男。

 悪の組織になど屈しない。

 

「俺を仲間に引き入れるなら、力づくでやって見せろ!」

「よろしい! ならばやってしまえ! カカッシー!」

『カカッシー‼』

 

 正義の心を燃やし、生身で戦う覚悟を決めたグリーン。

「その心意気やよし!」と戦闘員たちに命令を下す、Dr.バイソン。

 今、正義と悪の戦いが幕を開けた!

 

 

 

 ――五分後。

 

 

 

「参りましたぁ……」

「やったぁ! 勝ったぁ~!」

『カカッシー‼』

 

 そこにはストリートファイトで負けた側のように、ボコボコにされたグリーンと、勝利を祝い戦闘員たちとハイタッチをするDr.バイソンの姿があった。

 

「いや、ホント、マジ強すぎ……なにコイツら? 戦闘員なんだから、生身でも勝てると思ったのに……」

「ふふん! カカッシーは一体で戦隊一組分の戦闘力を誇るのさ」

「勝てるか、そんなもん」

 

 完全に序盤で詰むわ。1クールも持たねぇわ。

 

「なにせ、遺伝子改良の結果、群馬県民の戦闘能力と北海道民の環境適応能力を手に入れたハイブリッド戦士だからね!」

「いや、それ、純然たる日本人!」

 

 って言うか、全国に何人いると思ってんの!? そう言う人。

 

「ちなみに、ここで終わりじゃない! 沖縄県民の遺伝子からの琉球空手をマスターさせるのが目標だ!」

「普通に習わせたらいいんじゃないの?」

 

 あと、沖縄県民に謝れ。お前は。

 

「それじゃあ、約束通り、我が組織に入ってもらう‼」

「くそっ! ここまでか……みんな、すまねぇ……」

 

 改造か洗脳か分からないが、きっと自分はこのまま、悪の手先になってしまうのだろう。

 無念さに苛まれ、悔し涙を流すグリーン。

 対してバイソンは胸元から、一枚の紙を取り出した。

 

「ッと言う訳で、早速明日から、入ってくれる? 就業時間は八時から十六時まで、休憩はお昼に約六十分。あと、時間見てちょいちょい休んでいいよ。あと残業代も出るけど、基本定時ね」

「はい?」

「休みは週休二日制で祝日も休み。賃金だけど、最初は一八万~二十万で、賞与は年二回。あと保険も各種完備。退職金も出るから」

「……悪の秘密結社にしては、ずいぶん、普通なんだな」

 

 すると、バイソンは胸を張って、得意げに言った。

 

「そりゃそうだよ。だって今日から『秘密結社FANG』は正義の味方『農業戦隊アグリカルジャー』のバックアップ組織になるんだもん」

「同業者かい‼」

 

 ――そう。グリーンは思い違いをしていたのだった。

 

「まぁ、キミが間違えるのも無理はないよねぇ。ウチも昨日までは悪の組織として活動してたんだもん」

「昨日までって、なんで鞍替えしたんだよ?」

「いや~、うちのモットーは『農業で世界征服』だったんだけど、なんか上手くいかなくてねぇ……」

 

 話を聞くとこうだ。

 世界各国の食料供給率を裏から支配し、世界征服を狙っていたFANG。

 手始めに活動地域である日本を手中に収めようとして、様々な活動を行っていたのだが――

 

「基本的に農業自体が後継者不足で衰退しつつあるからねぇ」

「まぁ、そうだよな……」

「で、手始めに農家さんを積極的に支援していこうってなって、そういう方向に舵を切り始めたんだ」

 

 農家さんへのお手伝い派遣に、農協と協力しての後継者の育成PR、害獣駆除に畑の警備。

 グリーンの地元も後継者不足で、放棄された畑があちこちにあったくらいだ。

 それは助かるだろう。

 

「で、ある日、大首領様は気づいた。『あれ? これ? やってること、正義側じゃね?』って」

「初めに気づけ」

「悪さらしい悪さも、作物泥棒や無人販売所から万引きしていく連中をボコって、身ぐるみ剥がす程度の悪さだったからね」

「それはまぁ……うーん、判定がムズイ」

 

 法律的には間違いなくアウトだ。

 だが農家さん側からしたら『万死に値する』行為なわけで……

 実家が農家のグリーンも、思わず迷うくらいだ。

 

「それで、いっそ正義の味方として行動した方が、色々合法的に動けるってことで、幹部会議で決まって、現在に至る訳なんだ」

「なるほど、それで、なんで俺に目をつけた?」

「あぁ、それは昨日、キミのご両親から連絡を受けてね。『息子が会社クビになったから、面倒見てくれないか?』って言われて。丁度、求人も出してたし」

 

 どうやら、実家の取引先だったようだ。

 それなら連絡くらいよこせよ。紛らわしい。

 

「それで、返事はどうする? 嫌だったら無理強いはしないけど?」

「まぁ、別に嫌って訳ではないけど……」

 

 要するにこれはヘッドハンティングなのだろう。

 母体が悪の秘密結社だったことを除けば、まぁまぁ、いい職場のようだ。

 そもそも、悪の秘密結社って、社会と敵対しなきゃいけない=離脱者を出さないためホワイトな職場が多いって聞くし。

 

「んじゃ、とりあえず早速明日から、現場に入ってくれる? アグリレンジャーのリーダー・アグリグリーンとして」

「普通、レッドがリーダーじゃないの?」

「別にそういう決まりがある訳じゃないよ。白が実質的なリーダーやってた戦隊もあるって聞くし。メンバーが揃うまでの間はカカッシーたちに代理頼んでるから」

「「「「カカッシー!」」」」

「いや、こいつらで組めよ! 一人が戦隊一つ分なら、単品で十分な戦力だろ!」

 

 

 

 そんな訳で、グリーンはツッコミを入れつつ、新たな戦隊のリーダーとして抜擢されたのだった。

 そして、一年後。

 

 

 

「今日の仕事は、作物泥棒撃退のための畑の警備だよ。みんなグリーン君の指示に従って、作物泥棒を半殺しにしてね?」

『カカッシー!』

「バイソンさん。物騒なことを言わないでください」

「あと、生きのいい素体を見つけたら、拉致ってきてね? 大丈夫、相手犯罪者だから」

「アンタ、悪の組織の癖が全然抜けてないんだけど!?」

 

 あの日以来、グリーンは正義の味方になったFANG直属部隊『アグリレンジャー』のリーダーとして戦っていた。

 まぁ、あの後、イイ感じのメンバーが見つからないから、実質ソロでやってるが。

 メンバー揃わない理由で変身スーツも支給されないけど。

 

「とは言え、今日も普通に畑の警備なんですね」

「こういう地道な作業も、立派なお仕事だよ。グリーン君」

「なんかこう、怪人と戦うってのはないんですか?」

「そう言うのは他所に任せておけばいいんだよ。グリーン君。それにキミ、この間、害獣駆除に貢献したじゃないか」

「相手、熊だったから、普通に死を覚悟しましたけどね。担当カカッシーたちも丁度、みんな健康診断でいなかったから、猟銃会来るまで、誰も助けてくれなかったし」

「カカッシーと言えば、実は今日のカカッシーたちは新しい改造を施しててね。香川県民の細胞を投与したから、うどんのようなコシのある活躍を期待しているよ」

「もう、完全にこじつけになってんじゃないですか」

 

「アンタは一度、香川県民に謝ってこい」などと言いつつも、警備の仕事は真面目にこなす二人。

 そんなことをしていると……

 

『カカッシー!』

「うわぁぁぁぁぁ‼ 助けてくれぇ‼」

 

 どうやら、獲物が網にかかったようだ。

 すぐさま、現場に駆け付ける二人。

 すると、そこで目にしたものは……

 

「レッドぉ!?」

「ぐ、グリーン!? なぜここに!?」

 

 そこには、網に囚われたかつての仲間の姿があった。

 いや、レッドだけではない。

 ブルー、イエロー、ピンク、そして……

 

「は、はなせぇ! 俺を誰だと思ってる!? チュウショウジャーの司令官だぞ!?」

「……司令までなにしてんだよ!?」

 

 自分をクビにした上司まで捕まっていた。

 

「よっしゃあああああ! 実験の時間だぁぁぁぁぁ! イヤッフゥゥゥゥゥ‼」

「しないでください! とにかく事情を聞かないと……どうしたんだよ? レッド、なんで作物泥棒なんて……」

「うぅぅ……実は……」

 

 マッドサイエンティストの上司を抑えながら、グリーンが尋ねると、レッドは涙ながらに話を始めた。

 

 グリーンを追放し、いつも以上に玩具の販促を意識して戦うようになったチュウショウジャー。

 しかし、実践ではそんな戦い方が通用する筈もなく、人員不足も手伝い、チュウショウジャーはグリーン所属時よりも連敗を重ねることになった。

 さらに、担当していた悪の組織『テンバイズ』たちも『税務署戦隊チョウゼイジャー』と『刑事戦隊ポリレンジャー』の二大戦隊の活躍により壊滅。

 それにより、活躍の機会すらも失った。

 さらに……

 

「司令官が私用でグリーンのマシーンを動かしてたら、アクセルとブレーキを踏み間違えて、コンビニに追突してしまったんだ……」

「……」

 

 さらに、その時、司令官はお酒を飲んでいたらしい。

 あまりの醜態に、グリーンは言葉を失った。

 

「おかげで俺たちチュウショウジャーは活動停止を命じられた……その所為で、他の仕事をせざるを得なくなり、俺は肉体を酷使し続けて、おしっこがレッド。ブルーは鬱病でメンタルブルー。イエローは服も洗えない程になり、イエローばんだ服を着続け、ピンクは副業のキャバクラだけでなくピンクなお仕事にも手を出さざる負えなくなったんだ」

「いちいち色を因ませるな」

「そんな時、司令官が『農作物を盗んで転売して大儲けしよう』とか言い出して……結局、このザマだ。もう、お先ブラックだよ……」

「だから因ませるな」

 

 しかし、自分が抜けただけでここまで、落ちぶれるとは……

 てか、なに転売しようとしてんだ、コラ。

 

「ふん! 世界を守ってきたんだ! これくらいやってもバチはあたらんだろう‼」

「うぅ……俺たちはもう、おしまいだ……頼むグリーン。俺と司令は仕方ないとして、他のみんなは見逃してくれ……」

 

 反省の色を見せない司令官はともかく、泣きながら懇願するレッドを見て、仲間だけでもなんとかしてやりたい。

 そう思い、グリーンはバイソンにある提案をするが……

 

「Dr.バイソン。話が」

「いいよー」

「早い!」

 

 せめて、言ってからOKしてくれ。

 

「あの、レッド、あとみんな……もし良かったらでいいんだが、俺の戦隊『アグリレンジャー』に入隊してくれないか?」

「!? どういうことだ!? グリーン‼ 俺たちは犯罪を犯したんだぞ」

「まぁ、お前らも司令官に唆されて、やったってことで。それに今回のことは未遂にしておいてやるから、体とメンタルが治ったら、是非、うちに来てくれ。このままじゃ、俺、一人で切り盛りしなきゃいけないんだよ」

「グリーン! お前ってやつは……‼」

 

 グリーンの優しさにレッドたちは感激のあまり、涙を流す。

 紆余屈折あったものの、彼らは戦隊として再び、活動するのであった。

 

 

 

 

 

「……ただし、司令官。お前はダメだ」

「なにぃ!?」

「『なにぃ!?』じゃねぇよ‼ お前が主犯格だろうが‼ 仲間も巻き込みやがって‼ カカッシー、やっちまえ!」

『カカッシー‼』

「待て、グリーン君。こうして戦隊が揃って強化スーツの使用許可も下りたんだから、テストも兼ねて、キミたちで引導を渡してやれ!」

「それもいいな! レッド!」

「あぁ! いくぜ! みんな!」

『応ッ!』

「ま、待て! 私は司令官だぞ!?」

「“元”だろが! もう、お前なんてただの犯罪者だろうが!」

「そう言う訳だ、観念しろ」

「ところでグリーン、この変身アイテムはどう使うんだ?」

「えーと……Dr.バイソン、これどうやって使うんですか?」

「あぁ、これはスポンサーの農家さんが栽培してる作物を食べて『○○さんの作ったこれはおいしい! 変身!』と叫べば変身できる」

「宣伝が露骨すぎる!」

「あれ? それだとブルーはどうすれば……」

「あぁ、ブルーはとりあえず青魚でも食べて変身してくれ。農家さんが釣ってきた魚だからギリギリOKだろう。多分」

「そこは作物で統一しろよ‼」

 

 

 ……先行きは不安だが、戦え、アグリレンジャー!

 頑張れ、アグリレンジャー‼

 農業の未来はキミたちにかかってるぞ!

 とりあえず、目の前のクソ上司を叩き潰すんだ!

 

 

 

 

◇登場人物のその後◇

 

 グリーン:アグリレンジャーのリーダーとして活躍中。後にバイソンと結婚。

 レッド:現在、治療のため療養中。復帰後は温泉巡りが趣味になる。

 ブルー:現在、治療のため療養中。復帰後はアロマテラピーに目覚める。

 イエロー:農業の楽しさに目覚め、奨学金を返しつつ、将来は農業経営を目指す。

 ピンク:親の介護のために、融通の利く内勤に回る。スリーサイズは82/53/83

 Dr.バイソン(二代目ピンク):ピンク異動後、適任者がいなかったので、見つかるまで代理として就任。後にグリーンと結婚。スリーサイズは101/57/101

なお、何度も言うが、バイソンではなくホルスタインの怪人である。

 司令官:全員からフルボッコにされ、病院→警察→刑務所送りに。ざまぁ。

 



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異世界人の場合

 

「センタロウ! 貴様を追放するッ‼」

 

 とある宿屋に木霊する勇者・キタニオンの声。

 同時に魔王討伐を目指す勇者パーティー一向に緊張が走る。

 

 聖女・ウェスティーナは「待ってください!」とキタニオンに抗議する。

 剣聖の称号を持つアズマも、賢者と称えられるサウスも意義を申し立てる。

 一番、ショックを受けていたのは異世界人・中野千太郎(なかのせんたろう)本人だ。

 自分たちは仲間じゃなかったのか? 少なくても自分はそう思っていたのに……‼

 無理矢理、召喚され、大した能力がないからと強制的に荷物持ちとして参加させられた。

 それでも、なんとかやってこれたのは、仲間であり親友であるキタニオンに支えられてきたからだ。

 ショックのあまり俯く千太郎。

 だが、キタニオンはそんな彼に厳しい眼差しを向けたまま――

 

「って言えって言われたけど、どうしよう‼」

「いや、お前の意見じゃねぇのかよ!?」

 

 一転して困った表情を浮かべ、頭を抱えて突っ伏した。

 

 

 

「実は国王から予算削減のため、人員を削るとか抜かしてきてな……その為、パーティーメンバーを一人追放するように命令されたんだ……」

 

 だが、腐っても勇者パーティー。

 誰か一人欠けても、魔王は倒せないだろう。

 だが、仮に一人選べと言われたら、それは間違いなく千太郎だ。

 荷物持ちなど誰でもできる。それが上の見解である。

 

「俺、追放なんて嫌だよ! 俺たちは仲間じゃなかったのか!?」

「お前が言うんだ、その台詞……」

 

 だが、それはあくまで上の意見だ。

 現場は違うのだ。

 荷物持ちだって、立派な役目だ。

 なにより、苦楽を共にした仲間なのだ。

 追放なんて嫌に決まってる。

 

「私だって嫌よ! 魔王を倒したら私は千太郎さんと故郷で式を上げて、サッカーチームが出来るくらい子供を作る予定なんだから‼」

「俺、初耳なんだけど、それ!?」

 

 聖女のストロングスタイルな未来予定図にドン引きする千太郎。

 サッカーチームってどんだけ、搾り取られるんだよ、俺。

 

「拙者も反対でござる! せめて、『イヌピース』いや『パンダー×パンダー』の連載が終わるまで追放を待ってもらうことは出来ないのでござるか!?」

「それはお前が見たいだけだろう!?」

 

 千太郎の能力【サブカル取り寄せ】で手に入れた漫画にすっかりドはまりしたアズマ。

 いや、気持ちは分かるが別な言葉で取り繕って欲しかった。

 あと『パンダー×パンダー』は休載多いから、本当にいつになるか分からないよ。

 

「すまない……王都には『鰐滅』の連載が終了するまでと誤魔化していたから、この手は使えない……連載が終わったら『アニメが終わるまで!』と誤魔化してきたけど『いい加減にしろ』って怒られて……」

「くっ……せめて『二人はリリズマギカ』が終了するまでにしておけば……あれ、次のシリーズが始まれば、なんとなく誤魔化せたのに……」

「そうかなぁ?」

 

 いや、確かにスーパーな戦隊しかり、仮面なライダーしかり、新番組が始まれば見たくなるけど。沼に引きづりこまれるかの如く。

 

「そうでゴザルか? 今作はハズレっぽかったでゴザル。なんか、光堕ちキャラの参入が遅かったし、それまでのドラマも薄いし……」

「貴様、言ったな? 良いだろう、表に出ろ」

「戦争が始まった!」

 

 推しを否定されキレたサウスがアズマに決闘を申し込む。

 気持ちは分かるが落ち着け。

 

「納得できません! それならば、私もパーティーを抜けます‼」

 

 バンッ‼ と机を叩き、普段の温厚さからは想像もつかない程怒るウェスティーナ。

 

「そして、二人で故郷に戻って、幸せな家庭を築きます! あ、ベイビーは三十人くらいでいいですか!?」

「いい訳ないだろ。ミイラになるわ」

 

 聖女のハッスルぷりにドン引きする千太郎。

 どんだけ搾り取るつもりなんだよ!

 

 隣ではサウスとアズマが推しについて熱く語り合ってるし、最早、追放前から崩壊が始まってしまった。

 

「これが『もう遅い』という奴なのか?」

「人間的な意味では合ってると思う」

 

 でも、せめて、追放されてから言うべきだろ、それ。

 

 そんな時であった。勇者の通信用の魔導水晶が赤く発行し、けたたましい音を鳴らす始めたのは。

 

「すいません、他のお客様の迷惑になりますので……」と宿屋さんに注意され、とりあえず謝ってから通信に出ると、王国の宰相が通信に出た。

 宰相は国王と違い、召喚された千太郎の実を案じてくれた、気のいいおっさんだった。

 

 ……そんな宰相が魔王と握手してるのは、なんの悪夢だろうか?

 

『勇者・キタニオン! すまないが、キミたちの魔王討伐の旅は打ち切りだ。今後、我々は魔族と和平を結ぶことになった!』

『えぇ!?』

 

 まさかの衝撃発言に、驚愕する一同。

 冗談だと思ったが、映像の端っこの爆心地に程よくローストされて倒れている国王が見えたことから、事実だと分かった。

 

「い、一体、どうして……!?」

『ふっ、千太郎どののおかげだ!』

 

 そうして、宰相は懐からあるものを取り出した。

 それは『鰐滅』の単行本であった。

 

『これを通して外交を始めたら、意外なほどに気が合ってしまってな』

『今後は互いの文化を通じて、平和を維持していきたい』

「奇跡おきた‼」

 

 そもそも、今回の戦争は国王と軍部が独断で起こしたもので、国としては迷惑していたそうだ。

 本格的に戦争が始まっては、もう遅い。

 そう思った宰相は、魔王と内通し、必要最小限の犠牲(国王とか)で戦争を回避したのだ。

 

 

「これが『もう、遅い』なのか……?」

「多分、違うと思う」

 

 

 その後、この国は近くの大国に平和的に吸収され、魔族との交易の中心となった。

 千太郎は能力をフル活用し、文化の発展に協力。

 後に『異世界人自治区』の代表となるのだが、それはまた、違う話。

 

 

「そして、聖女とのラブロマンスが映画化されるのも、また違う話……」

「ねぇよ」

 

 



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もう遅い場合

「お前を追放する!」

 

 ――あの時、何故言ってしまったのだろう? 後悔しても、もう遅い。もう、遅いのだ……

 

 魔王を倒すべく結成された勇者パーティーは、陰鬱な空気に支配されていた。

 原因は三日前、些細なことで支援術師を追放したことだ。

 魔王討伐のために戦いの日々を送ることで、フラストレーションが溜まっていたのもあったのだろう。

 頭に血が上ってしまった勇者は、思わず心にもないことを口にしてしまったのだ。

 

(すぐに謝れば良かったんだ……)

 

 俯き、己の短慮さを責めずにいられない。

 だってそうだろう? 苦楽を共にした仲間を簡単に切り捨てるなど、勇者にあるまじき行為だ。

 なのに、変に意地を張ってしまい、謝罪を先延ばしにしたのが悪かった。

 翌日、謝りに行った時には、すでに支援術師の姿はなかった。

 

(なんで……なんで……俺は、あんなことを言ってしまったんだ……)

 

 だが、後悔しても彼は帰ってこない。

 

(俺は最低の人間だ……あんなことで、追放するなんて……)

 

 再度、勇者は後悔する。

 そう、支援術師を追放した原因は……

 

 

「たかが、プリンを食べられただけで……」

 

 

 ……本当にくだらない理由だった。

 

 思うように魔王討伐が上手くいかないストレスを和らげるために、楽しみにとっておいたプリン。

 それを支援術師に食べられたのが始まりだった。

 彼の言い分も聞かず、一方的に怒鳴りつけ、最後には「追放する!」と言ってしまったのだ。

 

「俺は……なんて愚かなんだろう……」

 

 支援術師はこのパーティーに一番貢献してくれた、縁の下の力持ちなのに……

 いつも、裏方で自分たちを支えてくれたのに……

 

 勇者は己の未熟さを呪わずにいられなかった。

 

 

 

(……どうしよう、本当は私がプリン食べたなんて言える空気じゃない!)

 

 そんな勇者の姿を見て、盗賊は自責の念に駆られていた。

 勇者のプリンを食べた真犯人である彼女は、真実を告げるべきか迷っていた。

 

(だって仕方ないじゃん! 名前書いてなかったんだもん! プリンおいしいもん!)

 

 ちなみに支援術師が食べていたプリンは彼が自分で買ったものだ。彼は無実なのだ。

 なのに自分が名乗り出なかったせいで冤罪を着せられたのだ。

 

(今さら謝っても、もう遅いよね……? あ~~~~~、アタシのバカ! こんなことで勇者パーティー崩壊とかありえねぇよ!)

 

 そう思いながら盗賊は己の所業を激しく後悔していた。

 

 

(あれ……? これドッキリだよな? 支援術師、ちゃんと帰って来るよな?)

 

 そんな二人を他所に、武闘家は隣の部屋で飾り付けをしていた。

 

『勇者くん、誕生日おめでとう‼』

 

 そう書かれた垂れ幕を張りながら、未だに戻ってこない支援術師に想いを馳せる。

 今日は勇者の誕生日だった。

 なのでサプライズパーティーにしようと、二人で相談して決めたのだった。

 

(しかし、支援術師も味なことするよな。追放されたのを逆手にとって、サプライズパーティーをしようだなんて)

 

 そもそも、勇者が本気で追放なんてする訳ないだろうと分かっていた。

 支援術師も単なる失言で愛想を尽かす程、心は狭くない。

 だが、仮にも勇者なのだから言動には注意してほしい。

 そう思った支援術師は戒めも込めて、今回のサプライズパーティーを企画したのだ。

 

「さてと、予約していたケーキを取りに行かなきゃな!」

 

 そう言って武闘家は街に向かった。

 呑気! 圧倒的呑気! でもそこが彼の良いところ!

 

 

(……どうしましょう、本当のことを言ったほうがいいでしょうか?)

 

 

 そんな武闘家の手伝いをしながら、聖女は悩んでいた。

 実は三日前、サプライズパーティーの企画をした後、支援術師の実家から連絡が入ったのだ。

 内容は「ばあちゃんがギックリ腰になった」

 おばあちゃん子な支援術師は急いで実家に一時帰宅することになった。

 

「悪いけど聖女さん、みんなにこのこと伝えておいて」

「はい、わかりました」

 

 そう言って、支援術師を見送った聖女だが、うっかり伝えるのを忘れた結果、現在に至ると言う訳だ。

 

「幸いおばあさんのお怪我は軽かったようですし……今日あたり帰ってこれるそうなので大丈夫でしょうが……」

 

 正直、勇者があそこまで落ち込むとは思わなかった。

 この三日間、お通夜のような空気を醸し出す彼に、本当のことを伝えるべきだっただろうが、色々忙しくて後回しになってしまったのだ。

 

「……ま、いいか」

 

 どうせこの後、顔を合わせるのだから。このままでいいや。

 そう思って聖女は準備を続けるのだった。

 

「まぁ、これに懲りたら勇者様も、もう少し、心に余裕を持ってほしいものです。ただでさえ、一人で抱え込みやすいのだから」

 

 そうしてため息を吐くと、宴会用の鼻眼鏡の吹き戻しが音を立てて、伸びたのだった。

 彼女も彼女ではっちゃけていた。

 

 

(こいつら、オモシロwwwww)

 

 

 そんな中、魔法使いは落ち込む勇者をあざ笑っていた。

 

(そんなに落ち込むなら最初から言うなよwwwww)

 

 心の中でケラケラ笑う魔法使い。

 彼は知っていた。支援術師が冤罪であったことも。盗賊が真犯人だったことも。

 支援術師と武闘家・聖女の三人がサプライズパーティーをしていたことも。

 支援術師のおばあちゃんがギックリ腰になったので一時帰省したことも。

 全部知った上で放置していたのだ。

 

 これはサプライズパーティーでのリアクションが楽しみだ。

 

「魔法使い……俺はどうすればいいんだ……?」

 

 そんな彼の内心を知らない勇者は、罪を償うにはどうすればいいか尋ねる。

 対して魔法使いは真顔で一言。

 

「もう遅いのですよ……勇者様。賽は投げられたのですから……」

 

 てな感じで意味深な台詞を吐き、すっとぼけるのだった。

 

 

 

 その後、支援術師も無事戻ってきて、誕生会を開催。

 ドッキリだと分かって、泣きながら安堵した勇者は支援術師にちゃんと謝罪。

 その後、盗賊も真実を明かし、勇者に謝罪。

 この一件で絆が深まった勇者パーティーは無事、魔王討伐を成し遂げたのだが、それはまだ先の話である。

 

 

 

 

登場人物

・勇者

直情的だけど本当はいい人。今回の一件で反省しました。

 

・支援術師

おばあちゃん子。縁の下の力持ちである。

 

・盗賊

プリンとか勝手に食べちゃうけど根はいい子。3サイズは78/52/76

 

・武闘家

素直! 圧倒的素直!

 

・聖女

割とノリがいい。3サイズは83/61/84

 

・魔法使い

性格悪いなこいつww でも根は良い人なはず。

 



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ギルドの場合

お久しぶりですー!


 

「まったく、頭の痛い話だな……」

「どうしたんですか? ギルドマスター」

「あぁ、キミか見てくれ。この書類」

「あぁ、また追放案件ですか? 困ったものですね」

「まったくだよ」

 

 王都にある冒険者ギルドの本部。

 ギルドマスターの頭痛の種である書類を見て、秘書も頭を痛めた。

 昨今、冒険者界隈ではパーティーメンバーの追放問題が深刻化している。

 

 被害者は主に支援術師や戦闘職以外の冒険者。理由の大部分は「使えないから」「役立たずだから」「足手まといだから」という似たようなものだ。

 そして、そうしたパーティーに限って、大半が問題児、そして、実力が伴っていない者が多いのだ。

 

「最近では追放した場合の書類提出を義務化してるし、規則も厳しくしているが……それでも減らないんだよなぁ」

 

 ちなみに提出書類には魔術的な処理が施してあり、追放理由に嘘を記入するとペンのインクが赤くなるようになっている。

 馬鹿正直に事実を伝える者などいないからだ。

 

「とは言え、普通に追放される側にも責任がある場合もあるから、目を通さないといけないんだよな」

「最終的な判断はマスターが下さないといけませんしね」

「まったくだよ」

 

 そんなことをブツブツ言いながら、ギルドマスターは新しい書類に目を通す。

 

 

・追放理由:音楽性の違い

 

 

「バンドか」

 

 そんなんで追放するなや。当然、却下である。

 

・追放理由:特撮番組『ウルトライダム・ヴァンの最強フォーム』で解釈違い。

 

 

「いや、荒れるけども」

 

 終わりのない戦いである。気持ちは分かるが受理しない。

 

 

・追放理由:戦い方が『実写版〇ビルマン』のガンアクションシーン並に酷い。

 

 

「……これは仕方ないな」

 

 速攻で受理。冒険者は最低限、自分の身を護れないといけない。

 故に、学芸会レベルの身体能力では問題外である。

 って言うか、よく冒険者になれたな。

 

 

・追放理由:何かある度に俺の尻を凝視してくる(ちなみに追放する相手は男です)

 

 

「悪いが人間関係のトラブルは対話で解決してくれ」

「どっちが受けになるんでしょうか?」

「深堀しちゃ駄目!」

 

 触らぬ神にたたりなし。

「ウホッ!」で「アーーッ!」な案件にはなるべく触れないようにしておこう。

 

 

・追放理由:追放したのにまだ居座っている。しかも、恨めしそうな目でこちらを睨んでくる。血まみれで半透明だし……なんとかしてください。

 

 

「お祓いに行け」

 

 むしろ余罪追及だろう。秘書に手続きを頼み、騎士団に報告する。

 

 

・追放理由:魔物使いがテイムした魔物の面倒を僕が見る羽目になった。

 

 

「子供か、そして、お母さんか」

 

 面倒見切れないならテイムすな。

 

「……どれもこれも、しょうもない理由だな」

「ギルドをなんだと思ってるんでしょうね?」

「まったくだ」

 

 

 

 

 

 

 

 

「それもこれも、全部、あなたの所為ですよ? “元”ギルドマスター?」

 

 言うとギルドマスターは視線を一人の男へ向ける。

 椅子に縛られ、目隠しをされ、猿轡を嚙まされた、“元”ギルドマスターに。

 彼は恐怖のあまり、冷や汗や涙を流し、冬でもないのにガタガタと震えていた。

 

「すいませんねぇ……手荒な真似をしてしまって。でも、これも仕方ないことなんですよ。冒険者ギルドを改革するために、ね?」

「……‼」

 

 ――近年、冒険者ギルドの風紀は悪化の一途を辿っている。

 

 その理由は多岐にも渡るが、大部分が冒険者の安易な登用だ。

 この世界では魔物を討伐する仕事の需要が絶えない。

 故に、どんな人間でも簡単に冒険者になれる。

 例え人格破綻者でも、犯罪者でも、いないよりはマシと言う考えで。

 しかし、そのシステムにも限界が生じ始めた。

 

「最近じゃ、魔物への対策の為、エルフやドワーフ、果ては魔族と国交を結ぶ国も増え始めた。村でも自警団を設立したり、狩人を雇ったりする場所も増えてきている。なのに冒険者ギルドだけは未だに不変なのはおかしいですよね?」

 

 真っ当な神経を持つ冒険者は既に、真っ当な職場を見つけ始めている。

 今、ギルドに残っているのは、冒険者紛いの犯罪者だ。

 そして、それを囲っているのは現在のギルド上層部であった。

 彼らは冒険者たちを利用し、邪魔者を消し、利権を独占しようとしていたのだ。

 

「ですが、それもあなたで最後です。残りの人たちは、“一身上の都合により”退職なさったそうですが……どうしたんでしょうね?」

 

 惚けた口調で言う現ギルドマスターに元ギルドマスターは、戦慄する。

 彼の眼は笑っていない。むしろ、憎しみを隠していない。

 現に彼は引き出しから銃を取り出し、銃弾を込め始めた。

 

「さて、貴方の論法では『役立たずは追放』らしいので、私もそれを見習わせていただきます。安心してください、私も、いずれ“地獄(そちら)”へ行きますので」

 

「そこは、私“たち”もでしょう?」と秘書が呟くも、もう、元マスターの耳には入っていなかった。

 

「では、改めて……元ギルドマスター、あなたを追放する」

 

 室内に銃声が響いた。

 



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暗黒騎士の場合

お待たせしました
新作です。


「暗黒騎士、お前は今日限りで抜けてもらう‼」

「な、なぜだ!? 勇者! 俺たちは仲間じゃないか‼」

 

 突如、勇者から言い渡された追放宣言に戸惑う暗黒騎士。そんな彼に、聖女は冷めた視線を向けて告げる。

 

「アナタのような邪悪な存在は勇者パーティーに相応しくありません‼」

 

 勇者パーティーは民衆の希望であるべき存在。そこに暗黒騎士など、血なまぐさい職業の人間がいてはいけないのだ。

 横暴にも程がある聖女の主張に、パーティーのブレインたる賢者も賛同する。

 

「加えて、最早、貴方の力が不要なほど、我々は強くなりました。故に、これ以上在籍させる理由もありません」

「そう言う訳だ。今日限りで、お前は追放だ」

 

 仲間たちの心無い言葉に、暗黒騎士は言葉を失い、だが、観念して「わかった……今まで、世話になった」と追放を受け入れるしかなかった。

 

 

 

「――これで、良かったんだよな?」

「えぇ……これも、彼の身の為です。出来ることなら、もう少し穏便に別れたかったのですが……」

「これくらいしなければ、あのお方は意地でもついてくるはずですからね……」

 

 そう言って、暗黒騎士を追放した勇者パーティーは魔王城へ歩を進める。

 その顔に先ほどまでの傲慢な態度は一切なく、ただひたすら仲間の無事と幸せ、そして罪悪感が込められていた。

 

「……できることなら、最後まで一緒に戦いたかった」

「仕方ありませんよ。なにせ、我々が向かう先は彼にとっては鬼門でしかない」

 

 賢者の視線の先に位置する魔王城。そこは、一般的な魔王城のイメージとかけ離れた、純白で豪華な居城があった。

 

「あれが魔王の――『堕ちた勇者』の魔王城、か……」

 

 

 

 魔王。それは人類に敵対する悪しき存在の親玉というのが一般的な認識だ。

 しかし、彼らがこれから相まみえる相手は、かつて自分たちと同じ存在だった。

 

 魔王になる前は、清廉潔白、高潔にして純朴な青年だったそうだ。

 だが、あまりにも潔癖すぎた。

 人類の負の面を、正義の限界を見続けてきた彼は、やがて、忠義を誓った国に裏切られ、捨てられた結果、勇者は新たな人類の脅威となったのだ。

 

「ヤツはかつて【聖者】と呼ばれていただけあって、神聖魔法の達人でもあったそうだ。それは魔王になった今でも変わらない。奴に対抗するには、闇属性の力が必要不可欠だ。だが……」

 

 勇者は忌々しく、空を仰ぐ。

 セリヌンティウスの城は、光り輝くオーロラのような結界に守られている。

 勇者の能力である【神聖領域】だ。

 効果は闇属性の生物を弱体化させ、肉体を浄化させるというもの。

 

 闇属性の人間がこの中に入ると言うことは、毒の沼を突き進むことと大差はない。

 これでは魔王の玉座に足を踏み入れるまで、持たないだろう。

 だから、暗黒騎士を置いてきたのだ。

 

「例え、嫌われても仕方ない。恨まれてもしょうがない。俺たちは仲間の命が大事だ」

 

 例え、自分たちが相打ちになろうとも、必ず魔王は倒して見せる。

 決意を胸に勇者たちは、魔王城へと踏み込んだ。

 

 

【暗黒騎士に10のダメージ】

 

 結界に入った瞬間、光属性のマナが肉体にまとわりつくのが分かる。

 光属性たる勇者・聖女と様々な魔法を習得した賢者には、無害だが、なるほど。

 これは生半可な闇属性の持ち主にとっては地獄だろう。

 

【暗黒騎士に10のダメージ】

 

 現に迷い込んだ闇属性の低級魔獣・バットナ蝙蝠が一匹、耐えられず蒸発した。

 やはり暗黒騎士を連れてこなくてよかった。

 

【暗黒騎士に10のダメージ】

 

 ……彼には本当に申し訳ないと思っている。

 生きて帰れたら、謝罪しなければならないだろう。

 もう一度、同じパーティーにと言うのは虫が良すぎるだろうが……

 

【暗黒騎士に10のダメージ】

「グハッ……‼」

 

「……なぁ?」

「はい?」

「気づいてるか?」

「……えぇ」

「うん……」

 

 さっきから地の分に、ちょいちょい出てくる【暗黒騎士に10のダメージ】

 そして、聞き覚えのあるうめき声。

 三人は立ち止まり、一斉に振り向く。

 そこにいたのは‼

 

【暗黒騎士に10のダメージ】

 

「……」

「「「……」」」

 

 ……気まずそうな顔をしながら物陰に隠れる暗黒騎士の姿があった。

 なにしてんの? お前……

 

 

 

「ホント、なにしてんの!? ホント、なにしてんの!?」

「すまない……追い出されたとはいえ、今まで苦楽を共にしてきたみんなが心配で……その……つい……」

「つい、じゃねぇよ‼ あんな芝居までしたのに、無駄に終わったじゃん‼」

 

 密かにストーキングしていた暗黒騎士を連れて、結界の境目までUターンする羽目になった勇者一行。

 とりあえず、暗黒騎士を結界の外に正座させておく。

 

 プンスコ怒る勇者。しゅんと仔犬のように縮こまる暗黒騎士。

 賢者は思った。なんだこの絵面?

 

「あのさぁ……たしかに演技とは言え、お前を追放したのは悪かったよ。だけど、分かっただろう? この結界の中に入ったら、最悪、死んじゃうんだぞ?」

「だ、大丈夫だ! 問題ない‼」

「さっき、『グハッ‼』って言ってたじゃん‼」

「ついでに、ここまで戻る途中で回復魔法も使いましたからね?」

 

 見栄を張る暗黒騎士にツッコミを入れる勇者。

 聖女もため息を吐いて、諭すように言う。

 

「暗黒騎士様、勇者様の気持ちもお考えになってください。勇者様は大切な仲間であるからこそ、敢えてきらわれ者になってまで、あなたをパーティーから追放なさったのですよ?」

「それは分かる」

「なので、私たちを信じて待っていてくださいませんか?」

「だが断る」

「もう! この子ったら!」

 

 聖女の説得を跳ね除け、ぷいっと膨れる暗黒騎士。

 あまりの聞き分けのなさに、聖女はおかんみたいになった。

 しかし、暗黒騎士は怯まない。

 

「俺は……暗黒騎士と言うだけで、だれともパーティーを組めなかった。そんな中、お前たちだけは職業や肩書で判別せずに仲間に知れくれたんだ……」

「……」

「大切な仲間なんだ……‼」

「……」

「だから、俺は仲間の為なら、この命、惜しくないと思ってる‼」

「お前なんで暗黒騎士やってんの!? それ、光側の台詞だよ!?」

 

 情熱的に己の想いをぶつける暗黒騎士に、その場の全員が涙した。

 勇者に至っては感動のあまり「俺は仲間に恵まれたよ‼ ちくしょう‼」と叫ぶ始末である。

 

 

 こうして、勇者パーティーは復活した。

 

 

 しかし、どれだけ性格が光属性でも、現実は厳しいもので……

 

「現実問題、この結界をどうにかしないといけないんですよねー……」

「なんかいい案あるか?」

「根性で耐える」

「却下」

 

 暗黒騎士にあるまじき精神論である。昨今は小学校でも、猛暑日は外での体育をしないというのに。

 

「やってみなければ、分からないだろう! 俺は、お前たちのためになら、この命、捨てても良いと思ってる!」

「いやだから、覚悟が重すぎるよ‼」

「そもそも、魔王のところまで行くのに力尽きちゃいますって‼」

 

 賢者の忠告を無視し、暗黒騎士は結界の中に足を踏み入れる。

 

【暗黒騎士に10のダメージ】

「ぐふっ‼」

「ほら見ろ! 言わんこっちゃない‼」

 

 ……案の定、ダメージが入る。

 しかし、それでも暗黒騎士は怯まない。

 

【暗黒騎士に10のダメージ】

【暗黒騎士に10のダメージ】

【暗黒騎士に10のダメージ】

 

 一歩進むごとにダメージが入る。

 

【暗黒騎士に10のダメージ】

【暗黒騎士に10のダメージ】

【暗黒騎士に10……9……? 8……7……あ、6のダメージ】

 

「ちょっと堪えた!?」

 

 しかし、結局、ダメージが入ることに変わりがなかったので、断念。

 

 

 

「もう、素直に回復しながらいく?」

「途中で魔力切れになりかねないから却下。アイテムの在庫もないよりあったほうがいいしね」

「じゃあ、やっぱり、暗黒騎士様はおいていく……」

 

【暗黒騎士は仲間に入りたそうな目で見ている】

 

「……ですよねー」

 

 

 あれもダメ、これもダメ。

 最早、完全に手詰まりだ。

 こうしてる間にも、魔王の魔の手が世界に及んでいるというのに。

 

「……仕方ない、あれをやるか」

 

 ……と、ここで賢者が妙案を出した。

 

「? どうした賢者。なにか、案があるのか?」

「えぇ……実はこの【神聖領域】は闇のマナを持つ生物だけに有用でして、物質や魔法自体には効果がないんですよ」

 

 現に魔王対策に魔剣を装備してる勇者や闇魔法も使える賢者には影響がない。

 

「なので、こういう方法を使おうかと――」

 

 賢者の策に耳を貸す勇者たち。そして――‼

 

 

 

「よく来たな勇者たちよ‼ だが、ここでキミたちは終わりだ‼」

「それはこっちの台詞だ‼ お前の野望もここまでだ‼」

「人は醜く愚かだ‼ 私は腐った人間社会を浄化する‼」

「お前の言う通りかもしれないな……でも、人は間違いを正すことができる! 過ちを認め成長できるんだ‼」

「ならば、その正しさを証明して見せろ‼」

 

 ついに魔王の間に辿り着いた勇者一行。

 純白の翼を大きく広げる元勇者の魔王。

 対する勇者たちも臨戦態勢に入る。

 

 杖を構える賢者。神に祈りを捧げる聖女。

 そして――

 

「いくぜ! 暗黒騎士‼」

『応ッ‼』

 

 剣を掲げ直立不動の体勢の暗黒騎士を構える勇者!

 

「いや、ちょっと待て!」

「なんだよ!? これ結構重いから後にしてくれ‼」

「いや、おかしいだろ!? なんだそれは!? 明らかに人間だろうが!?」

 

 魔王の言う通り、勇者の装備しているのは暗黒騎士だ。

 その肉体は鉄のように……と言うか、完全に鉄と化しており、剣を掲げる態勢のまま固まっている。

 しかし、勇者は平然と言ってのけた。

 

「これは、聖剣『ダークナイト』ッ‼ 仲間の想いが詰まった武器だ‼」

「仲間の想いが詰まってるって言うか、仲間そのものだろう!?」

「うるさいな‼ これでも結構、頑張ったんだよ‼ みんなで考えた妥協案なんだよ‼」

 

 賢者の秘策。

 それは【神聖領域】が生物にしか作用しないことを逆手に取り、暗黒騎士に【神鉄化】の魔法をかけることで、暗黒騎士自信を武器とすることだったのだ。

 

 いや、大変だった。本当に大変だった。

 単に【神鉄化】させるにしても、暗黒騎士の力が使えなくては意味がない。

 故に、絶妙な加減で賢者と聖女が【神鉄化】したままでも意識が保てるように調整したのだ。

 おかげで賢者は円形脱毛症になった。合掌。

 

「お前、それでいいのか!? 仲間武器扱いでいいのか!?」

「本人が良いって言ってるからいいんだよ‼ なぁ!?」

『あぁ! 仲間を護るためなら、俺は道具で構わない‼』

「なんという高潔さ‼」

 

 もう、暗黒騎士だと言うことすら忘れかねない光っぷりに、魔王は人間への憎しみを忘れかける。

 

「とにかく、仲間の為に、お前を倒す。いくぞ! みんな‼」

「「『応ッ‼』」」

 

 ――こうして魔王との激戦を制し、勇者たちは世界に平和をもたらした。

 

 その後、うっかり【神鉄化】したままの暗黒騎士が記念像にされかけたのは、いい思い出である。

 

 

 

登場人物

【暗黒騎士】

 代々、邪神に仕え家系。しかし、邪神が「自分探しの旅にでます」とか言い出して失踪。

 その後、なんやかんやで冒険者に。しかし、血なまぐさい職業の為、ずっとボッチだった。

 勇者パーティーに参加後は、初めてできた仲間でもあることもあって、仲間想いの性格に。

 ちなみにモットーは『一日一善』

 

【勇者】

 代々勇者の家系に生まれた。だが割と庶民派。

 

【聖女】 スリーサイズ 79・55・82

 元孤児院出身のシスター。好きな寿司ネタはしめ鯖。

 

【賢者】

 魔法学園を首席で卒業した。円形脱毛症は無事回復した。

 

【魔王】

 元々は勇者だったが、仲間の裏切りに会い闇落ち。

 神聖属性の魔法を自在に操る。

 ちなみに闇落ちしたのは、焼肉屋で育てたロースを取られたから。

 



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寺生まれのTさんの場合

 

 とあるダンジョンの最深部。

 そこで一組のパーティーが、探索を行っていた。

 だが、最深部を前にしてリーダーであるAがこんなことを言い出した。

 

「B! お前をこの場で追放する!」

 

 最初、Bは何を言っているんだと思った。しかし、Aに剣を突きつけられたことで、彼が本気であることを悟った。

 見れば、他の仲間たちも同じく、それぞれの得物を抜いて自分を崖の方へと追いやろうとする。

 下は暗闇が広がっており、落ちれば奈落の底へ真っ逆さまだ。

 

「なんでだよ!? なんで、俺を追放するなんて言うんだよ!?」

 

 Bが尋ねるも仲間たちの回答は納得できないものばかり。

 

「役に立たないから」

「邪魔だから」

「目障りだから」

 

 そんな理由で、殺されてはたまらない。

 なんとかこの場から逃げようと、隙を伺うB。

 しかし、彼はそこであることに気づいてしまった。

 

「あれ? A、お前、腕の傷はどうしたんだ……!?」

 

 Aの腕には傷がある。

 パーティーを組んだばかりの頃、Bを魔物から庇ってついた傷だ。

 回復魔法を使用しても、跡が残るほどの傷だったが、Aはそれを「仲間を護った名誉の負傷」と自慢していたのだ。

 

 ――だが、目の前のAには傷がなかった。

 

 注意深く、他の仲間も見るとみんなどこかが違っていた。

 

 聖女のCには泣きホクロがあるのに、目の前のCにはない。

 格闘家のDには、首に掛けた家族から貰ったお守りがない。

 賢者のEの眼鏡は昨日「寝ぼけて壊した。新しいの買わなきゃ」と言っていたのに、今はかけている。

 

 ――そもそも、自分はいつ、このダンジョンに来たのだ?

 

 記憶が鮮明になるにつれて、明らかに異常な事態だと気づく。

 しかし、逃げ出そうにも、身体が金縛りにかかった様に動かない。

 そんなBにAがケタケタと笑いながら剣を振り下ろし――

 

 

「破ぁ‼」

 

 

 突如放たれた眩い光に飲み込まれ、Aと仲間たちは消滅した。

 

 

 

「どこに行っていたんだよB! 心配したんだぞ!?」

 

 その後、ギルドに戻ったBは、本物のAたちと再会。

 事情を説明するとギルドの職員から、自分が今までいたダンジョンは立入禁止になっており、入り口も塞がれていたはずだったと言う。

 

 曰く、件のダンジョンは性質の悪い冒険者たちが、役に立たない仲間を事故に見せかけて消すために使用していたと言う。

 

「きっと、無念の内に死んだ冒険者たちが、仲間を増やそうとお前を連れてきたんだろうな」

 

 Bを助け、ここまで連れてきた男がそんなことをつぶやいた。

 

「ダチは一生ものの宝だ。大事にしな」

 

 男はそう言って、お礼の品も受け取らず、その場から立ち去っていった。

 

「あの人はいったい……」

 

 お礼を言いそびれたBに、Cが男について語り始めた。

 

「彼の名はTさん。最近、異世界から召喚された、有名な僧侶だそうです」

 

 立ち去るTの後姿を見送るB。

 ふと、脳内にこんなフレーズが浮かんだ。

 

 

 

『異世界でも寺生まれはすごい』

 

 そう思った。

 



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占い師の場合

「占い師、お前を追放する」

「そうですか……いずれ、この日が来ると思ってました……」

 

 心底辛そうに言う勇者。対して占い師は、ただ大きくため息を吐いた。

 魔王を倒すため、国に集められた勇者パーティー。

 その中で、唯一、善意の協力者として加入した占い師。

 

 だが国の一部の貴族たちから「平民の占い師など勇者パーティーに相応しくない」といちゃもんをつけられ、担当人事を抱き込まれてしまい、現在に至る訳だ。

 

「もう少し時間があれば……」

「まぁ、これも宿命でしょう」

 

 魔王討伐の納期が1週間前に迫り、抗議する余裕もない。

 占い師は仕方なく、追放処分を受け入れた。

 

「しかし、私の後任の方は見つかったのですか?」

「いや~それが、どこも人手不足でなぁ……」

 

 なんせ今は「勇者暗黒時代」と呼ばれるくらいだ。

 勇者による犯罪行為の増加に伴い、無関係の勇者パーティーの評判まで悪化の一途を辿り、結果、冒険者の減少につながっている。

 そんな時世に勇者パーティーに入ってくれる者など、よっぽどの物好きだ。

 

「せめて、贅沢は言わないから、戦闘の心得を持った人がいてくれればいいんだが……」

「なら、いい人がいないか占ってみましょう」

「え? 占いで見つかるの? 勇者パーティーのメンバーが?」

「やるだけやってみますよ。まぁ、最後のご奉公と思ってください」

 

 そう言って、占い師は水晶に念を込めるのだった。

 

 

 

 

「と言う訳で、仲間になってくれるやつを探しに来たんだが……」

 

「この辺りのはずなんだけどなぁ……」と残った仲間の聖女と戦士を連れて、占い師の指定した町へとやってきたのだが……

 

「しかし、こんなところに本当にいるのかな……?」

「勇者様、占い師さんを信用できないのですか?」

「そうだ! 占い師が今まで重要な局面で占いを外したことがあるか!? ないだろう!? 例えばこの間のピラミッドの時だって……」

 

 そう、あれは忘れもしない。

 ピラミッドにある秘宝を入手するために探索に向かったのだが、そこで占い師は「秘宝と同価値の宝を手に入れるだろう」といったのだ。

 

「その結果、私たちは彼の言う通り宝を手に入れました……」

「あぁ、【仲間との絆】と言うかけがえのない宝をな!」

 

 そう言って、戦士と聖女は互いに熱い視線を向ける。

 まぁ、それは良いのだが……

 

「その仲間の中に、俺含まれてないよね?」

 

 探索当日、風邪を引いて不参加になった勇者を他所に、絆を深めたのだ。

 ハブられ感、ハンパない。

 

「あの時は本当に大変だったなぁ」

「えぇ、私が落とし穴に嵌り、はぐれてしまって……」

「ようやく合流できたと思ったら、王家の幽霊が現れて戦うことになったんだよな」

「その幽霊さんも、かつての恋人の形見を護るために、ずっと現世に留まっていたんですよね」

「最終的にギルドマスターが、ピラミッドを国の重要文化財に指定し、これ以上荒らされないようにしたんだよな」

「結局、秘宝は手に入りませんでしたが……」

「なにを言う、俺はそれ以上の宝を手に入れたんだ」

「戦士様……」

「聖女……」

「俺いなかった時の話しないでくれる?」

 

 そして、ナチュラルにイチャつかないでくれる?

 疎外感。圧倒的疎外感を感じる。

 

「まぁ、いいや。話を元に戻そう。占い師の話だと、ここら辺の建物に仲間になってくれる人がいるって情報だけど……」

 

 そこまで言って、勇者は固まった。

 占い師の指定した場所。そこは、一軒の東洋風の建物だった。

 

【寿司屋 仁鳴狼(になろう)

 

 のれんに書かれた文字を読み、勇者は唖然とした。

 

 ――え? 寿司屋? 寿司屋ってなに? 寿司屋ってなんだYO!?

 

 寿司とはたしか、東の国【ヒュウガ】の代表的な料理だ。

 シャリにネタをのせ、握る料理だ。

 しかも、店の外観から、庶民には手を出しにくい、回らない方の寿司屋だ。

 

「え? ここ?」

「占い師の話だと、ここに仲間がいるはずだ!」

「いや、ここ寿司屋なんですけど!?」

 

 勇者のツッコミをスルーし、戦士は寿司屋の暖簾をくぐる。

 静かな店内に店主であろう男の「いらっしゃい」と言う声が響いた。

 

「なににしましょう?」

「タマゴで」

「お客さん、通だね」

「おい、勝手に注文するな」

 

 シレっと注文する戦士。

 しかし、店主は動じず 慣れた手つきで戦士の前に握りたてのタマゴをスッと置いた。

 

「あ、じゃあ私は大トロで」

「かしこまりやした」

「ちょっとぉ!? 聖女さん!?」

 

 ちゃっかり自分の分も注文する聖女。しかも値段のはる奴だ。

 聖職者なんだから清貧を心がけろよ!

 払うのはこっちなんだよ!?

 

「これ、経費で落ちるかな? 落ちないよなぁ……」と哀愁を漂わせる勇者。

 すると店主が話しかけてきた。

 

「お客さんたち、ここらじゃ見ない顔だね?」

「あぁ、実は魔王を倒す仲間を探しに来たんだ!」

「そうだった。寿司屋のインパクトで忘れてたけど、仲間を探しに来たんだった」

 

 本来の目的を思い出す勇者。

 そう言えば、占い師はここで仲間が見つかると言っていた。

 これを言葉通り受け取ると店主が仲間になっちゃうが、しかし、本当にそうだろうか?

 占い師は「仲間が見つかる」と言っただけで仲間=店主とは限らないのである。

 ひょっとしたら、店の常連さんの誰かかもしれない。

 そんなことを考えていると、店主は包丁を置いて……

 

「……遂にこの時がきやしたか」

「あ、これ店主が仲間になるパターンだ」

 

 お約束である。

 

「あっしでよければ、微力ながら力になりやしょう」

「やった! 勇者! 寿司屋が仲間になったぞ‼」

「やったじゃないよ!? なにこの状況を受け入れてんの⁉」

 

 仲間になりたそうな表情を浮かべている店主、もとい寿司屋とノリ気な戦士。

 当然、勇者は待ったをかける!

 

「寿司屋だぞ!? 分かってんの!? 非戦闘員なんだぞ!? 占い師よりもあり得ないよ!?」

「お客さん、侮らねぇでくだせぇ。寿司を握って二十と四年。そこらの素人には遅れをとりやせんよ」

「とっとるわ! だって人生の大半を寿司に捧げてるもん! むしろ、このまま寿司屋でいてくれた方が世の中の為になるわ!」

 

 さすがにこれは見逃せないと、勇者は待ったをかけるが、結局時間が無いことと戦士の無駄に熱いゴリ押し。そして、ちゃっかり聖女が高いものを頼み続け、とんでもねぇ金額になった料金を踏み倒すために、勇者は渋々、寿司屋を仲間にすることに。

 

「安心してくだせぇ、勇者様。あっしは寿司屋。悪党だろうと捌いてみやすぜ。寿司屋だけに」

「やかましいよ!」

 

 

 そして迎えた、魔王討伐当日。

 事態は予想外の展開を迎えた。

 

「くっ……貴様! なに者だ!? この魔王たる我と互角に戦うなどと……!?」

「単なるしがない寿司屋ですよ……‼」

「結構、戦えとる‼」

 

 占いは的中した。

 おおよその予想をひっくり返し、寿司屋は勇者パーティーと巧みに連携し、善戦していたのだ!

 

「いいぞ寿司屋! これなら勝てる!」

「寿司屋さん! もう少しです! 頑張って‼」

 

 魔王の攻撃に負傷した戦士と治療する聖女の声援を受け、勇者と寿司屋は魔王に攻撃を畳みかける。

 当然、魔王も反撃するが、その攻撃は全て寿司屋に防がれてしまった。

 

「ふっ、魚を捌く要領で攻撃も捌けるんですよ」

「やかましいよ‼」

 

 勇者はツッコみながらも、阿吽の呼吸で魔王を責め立てる。

 しかし、魔王も負けてはいない。

 膨大な魔力を拳に集中させ、勇者に向かって放ったのだ。

 まともに喰らえば、即死は免れない。

 しかし、その攻撃を受け止めた人物がいた。

 

 ――寿司屋である。

 

「くっ! なんて握力なのだ‼ 余の攻撃を真正面から受け止めるとは!?」

「お客さん、寿司屋の握力、舐めないでくだせぇ」

「どういうこと!?」

 

 魔王の渾身の一撃を防ぐ握力に絶句する勇者。

 

「そうか、寿司屋は握るのが仕事!」

「故に握力も半端ないのですね!?」

「なにその超理論!? なにすんなり受け入れてんの!?」

 

 ――って言うか、そんな握力あったら寿司がぐちゃぐちゃどころか圧縮されるわ!

 

 そのツッコミが不味かった。

 

「隙あり‼」

「しまった‼」

 

 勇者がツッコミを入れた一瞬の隙を狙い、魔王が聖剣を弾き飛ばす。

 

「これで、貴様は私を攻撃することはできまい‼」

 

 魔王の闇のベールを剥がす効果のある聖剣を失った今、魔王を直接攻撃することは出来ない。

 

 ――ここまでか!

 

 だが、幸運の女神は彼らを見捨てなかった。

 

「そいやぁぁぁぁぁ‼」

「ぐあああああああ!?」

「寿司屋ぁぁぁぁぁ!?」

 

 あろうことか、寿司屋は弾かれた聖剣をキャッチし、そのままの勢いで魔王を切り裂いた。

 

「ば、バカなぁぁぁぁぁ!? 光の聖剣は勇者にしか使えない筈ではぁぁぁぁぁ!?」

「お客さん、舐めてもらっちゃ困るねぇ……」

 

 信じられないと絶叫する魔王に寿司屋はニヒルに返す。

 

「生憎、光の聖剣だけに『ひかりもの』の扱いには覚えがありましてねぇ」

「いや、ひかりものってそう言う意味じゃないから‼」

 

 一番の見せ場を取られ、勇者の絶叫は魔王城中に響き渡ったのだった。

 

 

 

 

 こうして魔王は倒された。

 これにて一件落着となれば良かったものの……

 

「国王陛下! この勇者は国王の座を狙っております! 直ちに処刑すべきです!」

 

 ……と、件の貴族が難癖をつけ始めたのだ。

 しかし、国王はそんな貴族の訴えを一蹴。

 逆に貴族の不正の証拠を揃え、断罪したのだ。

 

「しかし、誰があの貴族の不正の証拠を集めたんだろう?」

 

 久々に寿司屋の店に来店した勇者は、当時を振り返り、首を傾げた。

 貴族の工作は念入りかつ狡猾で、そう簡単にはバレないようになっていたのに。

 すると久々に会った占い師があっさりと真相を口にした。

 

「あぁ、それ寿司屋の大将が密告したんですよ。あのバカ貴族、ここの常連でね? そうでしょ、大将?」

「え? マジで!?」

 

 驚く勇者に寿司屋はしたり顔でこう言った。

 

「あっしは寿司屋。にぎるのが仕事です。当然、『弱み』もにぎれやす」

「もういいよ!」

 

 

 おあとがよろしいようで。

 

 

 

 

 

◆登場人物◆

勇者……主人公。ツッコミ担当。好みのネタはしめさば。

聖女……戦士と恋愛関係。スリーサイズは97・60・99。大トロ大好き。

戦士……聖女とできてる。最初は必ずタマゴ。

占い師……今回の追放枠にして店の常連客。シメは焼きサーモン。

寿司屋……実は先代勇者だったりする。流浪の果て東の国ヒュウガに辿り着き、寿司に目覚める。勇者時代の稼ぎと店の売り上げの一部は貧困に苦しみ、飢餓にあえいだ結果、侵略行為に手を染めざる負えなかった、かつての魔王領へ寄付されているそうな……

 



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武闘家の場合

 とある国。

 魔王の侵略に対抗するため、王は勇者パーティーの派遣を決定。

 冒険者ギルドからは聖剣に選ばれた勇者が。

 教会からは神託を得た聖女が。

 国を代表する宮廷魔導士団からは賢者が。

 そして『武の名門』と名高き格闘道場からは武闘家が選ばれた。

 

 ――その男、齢15にして全ての格闘技を修め、20にして免許皆伝。

 30にして大陸一の拳士として名を轟かせた。

 だが、魔王討伐の旅が始まってから半年、彼は人生初の挫折を味わうことになる。

 

「武闘家、お前を追放する」

「な、なん……だと……?」

 

 勇者の非情な宣言に、愕然とする武闘家。

 聞けば、聖女と賢者も同意見だと言う。

 

「な、何故だ!? 何故、俺を追放するッ!?」

「使えないからだよ」

 

 理由を問う武闘家に対して、勇者は素っ気なく答える。

 

 武闘家は震えた。

 たしかに、自分は武一辺倒の男だ。拳を振るうしか能がない。

 しかし、それでも自分なりにこのパーティーに貢献してきたつもりだ。

 そんな武闘家に勇者はさらに続けて言う。

 

「あぁ、私物は置いていけよ? 今までパーティーに置いてやったんだから」

「き、貴様ぁ……!」

 

 さらには私物をも奪おうとする。最早、我慢の限界だった。

 しかし、相手は勇者だ。手を出してしまえば、自身を送り出した師や同門にまで迷惑をかけてしまう。

 ギリギリのところで己を律し、もっと詳しい説明を求める。

 

「そんな理由では納得できない! もっとちゃんとした理由を言ってくれ!」

 

 胃の中が煮えくり返りそうになりながら極めて冷静に言う武闘家。

 

(そうだ、こう言う時こそ、心を穏やかにするんだ……)

 

 そう、自身に言い聞かせながら、武闘家は冷静さを取り戻すため、とりあえず一杯飲もうと、おもむろに机の上に置いておいた一升瓶を手にし、一気にそれを飲み干す――

 

「いや、何してんの、お前!? させねぇよ!?」

「え? 嫌なことは酒で忘れようと……」

「そう言うところだからね!? 俺がお前を追放する理由は!」

 

 ……飲み干す前に、勇者は一升瓶を取り上げカットする。

 

 武闘家が追放される理由。

 それは彼の飲酒癖にあった。

 

 武闘家は全ての格闘技を修めていた。

 空手・ボクシング・少林寺、柔道・合気にテコンドー。果ては功夫・パンクラチオン。

 

 ――そして、酔拳ッ!

 

 酔拳。それは酔った動きで相手を翻弄する拳法だ。

 武闘家はこれまで、酔拳を駆使し、前線で戦ってきた。

 それには勇者も頼もしく思っていた。

 しかし、旅を続けているうちに、疑問が生まれた。

 

(……あれ? こいつ、酔拳しか使わなくね?)と。

 

 色んな武術を使えるはずなのに、酔拳オンリーだよね?

 って言うか、単に飲みたいだけだよね?

 そんな疑問が日に日に増していくも、世界を救うためだと敢えて言わなかった。

 

 だが、徐々に私生活の飲酒量まで増えていった。

 って言うか、年がら年中飲むようになった。

 

 そして、その結果……

 

「見事にアルコール依存症になりました」

「そ、そんなことはない! 俺は断じて、そんな自己管理が出来てない男ではない!」

「いや、まったくもってその通りだよ。だってお前、素面なのに手が震えてんじゃん」

「こ、これは怒りで震え……」

「ダウトです。その震え方は完全にアル中のそれです」

 

 薄っぺらい言い訳を聖女に論破され、さらに「あとこの間の健康診断の通知で肝臓がやばいと結果がでましたしね」と証拠まで提出。

 さらに賢者が逃げ道まで潰しにかかる。

 

「まぁ、ただ大酒飲みなのは仕方がないが、その酒代を経費で落とすのはいかんよな?」

「うっ!」

 

 勇者の活動経費は、みなさまの税金より支払われております。

 

「あと、この間、酔った勢いで立ち寄った村の村長さんのカツラもぎ取るし」

「ぐっ!」

 

 おかげで旅人の鍵を貰えず、仕方なく扉は賢者の『究極消失大魔法』で物理的に開けました。力技にもほどがあります。

 

「その前は、町中を『朕のチンを見ろ!』って叫んで全裸で走り回って衛兵の世話になるし」

「あー……!」

 

 あのまま、置いて帰ろうかと思いました。

 

「仕舞いには、王様の御前でリバースしくさる始末。もう庇いきれないよ!」

「あの時は、ホント、不敬罪で死刑を覚悟したよな……」

「……」

 

 王様が「酒のミスは誰にでもある。気にするな」と言ってくれなければ、確実に処刑コースでした。

 

 そんなこんなで、出るわ出るわ、酒絡みの失敗談。

 これは最早反論の余地がない。

 

「そう言う訳で、お前は今日限りで追放だ。代わりに病院行ってしばらく入院しろ」

「だ、だが、装備品を取り上げるのはやりすぎだろう!」

 

 至極真っ当な意見を言う勇者に武闘家は抗議する。

 そうだ。追放するにしても私物まで没収されるいわれはない。

 しかし、勇者は冷たかった。

 

「装備品て言ったって、全部酒じゃん」

「……はい」

 

 途端に声が小さくなった。

 

「お前、この酒の所為でどんだけアイテムボックス圧迫してるか分かってるか? それと……」

 

 そう言ってアイテムボックスから勇者が取り出したのは、たぬきの置物・薬局のカエルのマスコット・工事現場の人形の三点セットだった。

 全部、武闘家が勝手にパクってきたものである。

 

「酔っぱらって帰って来る度に、こんなもん持って返るな! 返してこい!」

「す、すいません……反省してます。ですから追放だけは……」

「いや、決定事項だから。その証拠にお前、怒られながらビール缶開けようとしてるじゃん」

 

 薄っぺらい反省に、勇者は容赦などしなかった。

 

「だ、だが、俺を追放したら前衛はどうなる!? 俺ほどの強くてイケメンの武闘家は早々、いないぞ!」

「自分にまで酔うなよ!」

「それに、俺はパーティーの盾役でもあるんだぞ!? この鋼のような肉体でお前らを護ってきたじゃないか‼」

「いや、シックスパックが立派なビール腹になってるけど?」

「あ、あと、えーっと……そうだ! 家事だって自分たちでやらなきゃならなくなる……」

「お前、酒のつまみしか作れないだろ! あと、ご飯作ってる時も、手伝いもせずビールかっ喰らってゴロゴロしてたし」

 

 往生際悪く縋りつく武闘家を、冷たく突き放す勇者。

 結局、追放は覆らなかった。

 

「ちくしょう! 飲まなきゃやってらんねぇ!」

「なに自然な流れで飲もうとしてんだ!? ダメだよ!? 医者から止められてんだから!」

「一杯だけ! 一杯だけでいいから‼」

「ダメに決まってんだろう!」

 

 なおも図々しく酒を飲もうとする武闘家を止める勇者一行。

 その時だった――

 

 

「勇者様の言う通りだ! 武闘家よ!」

「!? そ、その声は!?」

 

 

 不意にどこからか、聞きなれない声が響き渡り周囲を見渡すと、武闘家がパクってきた狸・カエル・作業員人形がカタカタと震えだしていたではないか。

 

「え? なにこれ? こわい? 心霊現象?」

 

 突然の怪奇現象に戸惑っていると、人形たちに徐々に亀裂が入り……

 

「この愚か者があああああ!」

「し、師匠!」

 

 狸の中から武闘家の師匠が!

 

「見損なったぞ!」

「あ、兄者!」

 

 カエルの中から兄弟子が!

 

「この流派の恥めっ!」

「お、弟弟子まで!」

 

 作業員の中から弟弟子が飛び出してきた!

 

「いや、どういうこと!?」

「いつから、そこにいたんでしょうか?」

「無論、最初からですじゃ!」

 

 そう言って師匠・兄弟子・弟弟子は勇者の前に跪く。

 

「勇者様! この度は我が門下生がご迷惑をお掛け致しました!」

「この罪は我々に償わせてください!」

「ここから先は我が流派全員が、勇者様の盾となり矛となりましょう! なぁ、みんな‼」

『応ッ‼』

「いや、どこから出てきてるの!?」

 

 弟弟子の呼びかけに従い、部屋のあちこちから現れる門下生たち。

 いったい、いつからそこにいたんだろうか?

 それは誰にも分からない。

 

 

 

「……と言う訳で、武闘家。お前の代わりは門下生のみなさんがボランティアとして協力してくれることになったから、大人しく追放されろ。そんで病院に行け」

「そ、そんな……うそだ……」

 

 詰んだ。勇者パーティーのメンバーとして完全に詰んだ。

 

「武闘家よ、貴様は破門じゃ」

「リハビリして、酒を抜き」

「シックスパックを取り戻すまで」

『帰って来るな!』

「そ、そんな……ご無体な……!」

 

 さらに門下生全員から破門宣告をくらい、遂に武闘家は膝をついた。

 ついでに心も折れた。

 しかし、武闘家は大人だった。

 こんな時はどうすればいいか、知っている。

 

 そうだ……

 

 嫌なことは酒でも飲んで忘れよう。

 そうして、武闘家は一升瓶を飲み干した。

 

 

「だから、飲むなって言ってるでしょうが!」

「うるへー! 飲まなきゃやってられないんだよぉぉぉぉぉ!」

 

 どうやら武闘家は「どうしようもないことが起きる=とりあえず飲もう」と刷り込みされているようだった。最早、ダメな大人である。

 

「うぃ~、生き返るぜ~」

「社会的には死にいってるんですけど?」

「こりゃ! 武闘家! 言うことを聞かんか!」

「仕方ない! こうなれば!」

「力ずくで!」

『止めましょう!』

 

 そう言ってその場にいた門下生たちは、500mlビールを飲み干した。

 

「いや、お前らも飲むんかい!」

「酔拳には酔拳ですじゃ!」

「それに」

「あれは」

『ノンアルです!』

「この卒業式みたいな喋り方やめろ!」

 

 かくして、門下生たちは武闘家を止めにかかった。

 しかし腐っても、勇者パーティーの一人。

 たちまち無双状態になってしまう。

 

『うわぁぁぁぁぁ!』

 

 木の葉のように蹴散らされる門下生たちを他所に、武闘家はハイボール片手に最高にハイッになる。

 

「ははははは! 俺の酔拳は最強だぁぁぁぁぁ!」

 

 だが……

 

「うっ!」

「え? どうしたの?」

 

 突如、武闘家が倒れ、ピクリとも動かなくなった。

 聖女が駆け寄り、診断する。その結果は……

 

「急性アルコール中毒ですね。あんなに飲んで激しく動くから」

『ですよねー』

 

 

 ……こうして、武闘家は追放され、即刻入院となった。

 

 魔王は勇者パーティー+門下生たちと言う数の暴力の前に屈し、世界は平和となった。

 

 

「とほほ……お酒はもうこりごりだよ……」

「反省しろ」

 

 

 ……ただ一人をのぞいて。

 

 

 

 

 

・CAST

 勇者……実は下戸。

 聖女……3サイズは88/60/87

 賢者……扉は壊すもの。

 師匠……うわばみ

 兄弟子……趣味は映画鑑賞。むろんNG集も見る。

 弟弟子……将来有望。

 門下生……いっぱいいる。

 

 

 

 

 武闘家……現在、リハビリ中。

 

 

 

 FIN

 



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魔王の場合

みなさま良いお年を!


 

「アークデーモン‼ これはなんの真似だ!?」

 

【常闇の魔王】の支配する城の玉座の間。

 そこでは城主であり、魔王と崇められていた少女が、二体の魔族に拘束されていた。

 必死に逃れようとする彼女に、先刻まで筆頭家臣であったアークデーモンは告げる。

 

「魔王様、貴女を追放します」

「!? なにを言っている!? 冗談を言っている場合では――!」

「貴女は魔王としては力不足。この玉座に座るに値しない。――連れていけ!」

「「はっ!」」

「待て! 私は――!」

 

 抵抗空しく、魔王は連行されていく。

 アークデーモンはその様子を見届け、空席となった玉座にドカッと座る。

 

「ふふふ……これで良い……これで、邪魔者はいなくなった……」

 

 すると、伝令の兵が慌てながら、バンッと扉を開け、入ってきた。

 

「アークデーモン様! 勇者が城内に侵入しました!」

「そうか……すべて、予定通りだ……」

 

 そう言って、アークデーモンはため息を吐いた。

 

 

 

 ――そう、すべては予定通りなのだ。

 

 

 

(魔王様――いや、ソーニャ様……ご無礼をお許しください……あなたはまだ若い。いくらでもやり直せるのだから)

 

 

 そう思い、アークデーモンは魔王を襲名した少女――ソーニャに想いを馳せた。

 

 ソーニャが【常闇の魔王】を襲名したのは、三年も前のこと。

 【黄昏の魔王】の治める魔導国家【トワイライト】が勢力争いの末、魔王の軍勢に敗れ去ったことから始まる。

【トワイライト】の皇女であった当時一二歳だったソーニャは戦利品として、好色な魔王の将来の側室として迎え入れられた。

 父の、祖国の仇に下る屈辱。正妃や他の愛妾たちからのいやがらせ。配下からの心無い言葉。いつ、純潔を散らされるかも分からない恐怖。

 成人を迎えていなかった少女にとって、まさに地獄の日々だったが、国民を思えばこそ耐えることができた。

 

(だが、あの日、全てが狂った……)

 

 ソーニャが十五歳になり、成人の儀を迎えたあの日。

 突如【常闇の魔王】が姿を消した。

 

 理由は不明。

 噂では当時、隣国【ザマーサレル】では【常闇の魔王】を倒す勇者を選抜する神託が降った。

「それに恐れをなして、逃げ出したのではないか?」と言うのが、専らの噂である。

 とにかく、魔王が消えたことで、国は大いに乱れた。

 

 後継者争いに権力争い。血で血を洗う陰湿な戦い。ソーニャも命を狙われたことは一度や二度ではない。

 権力など望みもしなかったのに……

 

 そんなソーニャに転機が訪れたのは、つい先日。

 己の命を狙う側室たちが、同士討ちするか、命惜しさに逃げ出し、一人もいなくなった頃。

 他の魔族の有力者たちから魔王を襲名してほしいと願われた。

 

 曰く、最早この国は風前の灯。

 曰く、勇者は眼前にまで迫っている。

 曰く、勇者は歴代最強と名高い【邪竜殺しのアレックス】の弟、【コロシアムの英雄・アルバレス】であり、並の魔族では敗北は必至。故に力ある者が魔王の座に就き、勇者を迎え撃ってほしい。

 

 ……要するに勇者に倒される生贄になってほしいと言うものだった。

 

 皮肉なことに、元々魔法の才がある上に、身を護る手段を身に着ける過程で側近であるアークデーモンに、彼女の実力は魔王に相応しい実力となっていた。

 しかし、それでも勇者には敵わないだろう。

 

 なにせ、功を焦り、挑んだ四天王は軒並み返り討ちにされたどころか、どさくさに紛れて攻め込んできた他の魔王を何人も討ち取ったのだ。彼女では到底敵うまい。

 

 それでもソーニャが残ったのは自身の、プライドと祖国の民を護るためだ。

 敗者には通すべき筋がある。

 魔王として勇者に降伏し、自らの命を引き換えに民の安寧を約束させ、それを以て戦いを終わらせるのだ。

 

 故にその心情を察したアークデーモンは、彼女を玉座から追放した。

 全ては主の為に。

 

(とは言え、どれだけの時間を稼げるか……?)

 

 そもそも、自分程度の実力が通じる相手なのか?

 彼の兄たるアレックスは、邪竜を屠り、最強と名高い【漆黒の魔王】と互角とされている。

 それに肩を並べるとなると――

 

 そんなことを考えていると、王室の扉が開かれた。

 

「――ッ‼」

 

 同時に放たれた覇気にアークデーモンの意識は持っていかれそうになる。

 

(まさか、これほどとは……‼)

 

 辛うじて意識を保つことができたアークデーモン。

 同時に、彼は己の生存を諦めた。

 それほどまでに彼我の実力差は明確だった。

 

 加えて、敵は一人ではない。

 アルバレスの親友にして好敵手、武闘家ゴウ=ワン。

 アルバレスの魔法の師である賢者・ガレス。

 アルバレスを勇者に導いた、神託を授かりし聖女・スピカ。

 

 彼らを倒し、無事生き延びる確率は極めて低かった。

 並の者なら恥も外聞も捨てて、白旗を上げるだろう。だが……

 

(我には譲れぬ想いがあるッ‼)

 

 ほんの僅かでいい。ソーニャがこの城から少しでも遠ざかる時間を稼げればいい。

 震える身体を、精神を叱咤し、アークデーモンは名乗りを上げる。

 

 

「よく来たな、勇者たちよ! 我こそは【常闇の魔王】なり! ここが貴様らの墓場となるのだ‼」

 

 

 アークデーモン――偽りの魔王は、己が愛する者の為に、最後の決戦に挑む。

 だが、現実は非情であった。

 

 

「お前に用はない」

「がはっ!」

 

 

 鎧袖一触。

 勇者の拳が深々と鳩尾に入り、アークデーモンはその場に倒れ伏した。

 

(まさか、聖剣すら抜かなかったとは……‼)

 

 否、自分程度に聖剣を抜く必要すらなかったのだろう。

 それほどまでに、差があったのだ。

 

「アルバ、こいつは……」

「あぁ、魔王ではない」

 

 加えて、正体すら誤魔化せなかった。

 どうやら事前に魔王の容姿に関する情報を入手していたようだ。

 アルバレスの手にはソーニャの似顔絵があった。

 

(最早、これまでか……)

 

 こうなっては、ソーニャが見つかるのも時間の問題。

 それだけは防がなくてはと、アークデーモンは事前に肉体に刻んでおいた自爆用の魔法陣を起動させる……。

 

 

「待て! 勇者たちよ! これ以上、我が城を荒らすことは許さぬ‼」

「!? お嬢様!? なぜここに!?」

 

 

 そんなアークデーモンの行動を阻止したのは、側近たちに連れ出されたハズの主であった。

 どうやら、隙を見て逃げ出してきたようだ。

 

「いけませぬ! お嬢様! こやつらは強すぎる! あなたでは敵いませぬ‼」

「だからと言って、大切な、家族同然の家臣を見捨てられるわけないじゃない‼」

 

 そう言うや否や、ソーニャはアークデーモンを庇うように、勇者の前に立ちふさがった。

 

「……貴女が【常闇の魔王】だな?」

「そうだ! 私こそ、この国を治める魔王、ソーニャ=トワイライトだ!」

「そうか……我が名はアルバレス=グランアステリア」

 

 気丈な態度でアルバレスを睨みつけるソーニャ。

 アルバレスの腕なら、この間に、彼女は最低でも十回は死んでるだろう。

 しかし、次にアルバレスは聖剣を抜くこともなく、彼女にこう言った。

 

 

「突然だが、結婚してくれ」

 

 

 ……いや、本当に、突然すぎるだろう。

 

「ナニヲイッテンダ、コイツハ?」とばかりに、その場にいた全員がポカーンとするくらいには予想外であった。

 玉座の間に漂う沈黙に、爆弾発言をした張本人は「あれ? 俺なんかやっちゃいました?」と言わんばかりに首を傾げた。

 

「お、おい! アルバ! いきなりなに言ってんだよ!?」

「うむ、勇者様はどうやら、緊張のあまり混乱しておるようだ! 聖女様、頼みます!」

「OK」

 

 そう言って、我に返った勇者パーティーによりタイムを求められた。

 どうやら、勇者も人の子であったようだ。

 緊張のあまり、とち狂った台詞を口走ったようである。

 

「OK!」

 

 しばし、待ってから聖女スピカの手により、アルバレスは正気に戻ったようだ。

 彼は真剣な面持ちでこちらを見据えると、ソーニャに向かってこう言い放った。

 

「魔王ソーニャよ! 結婚を前提におつき合いしていただけないでしょうか!?」

「なに言ってんだお前!?」

 

 結論から言って、なに一つ変わらなかった。

 正気で魔王に求婚しやがった。

 そんな勇者に彼を信じてついてきた勇者パーティーはと言うと……

 

 

「「「OK!」」」

 

 

 グッと親指を立てて、勇者の行動を全肯定しやがった。

 

「いや、おかしいだろ!?」

 

 最早、向こうにツッコミはいない。

 予想斜め上の事態の連続に、ソーニャはただ翻弄されるばかりであった。

 

 

 

「ゴウ……やはり最初は交換日記辺りから始めた方が良かったのではないか?」

「お前、なに時代の人間だよ? そんなん通用するのは小学生までだぞ」

「左様、最近はマッチングアプリなるもので、出会った数か月で結婚までいく、男女も多いと聞く。愛と言うものは時間の長さよりも密度なのじゃよ。のう? 聖女様」

「OK」

「あなた達、魔王城(人の家)でなにやってんのよ?」

「まぁまぁ、カッカせずに、お茶でも飲んで今後のことを話しましょうよ。あ、お茶菓子はスコーンでいいですかね?」

「だから私の家なんだけど!?」

「OK」

「あなたも、勝手にOK出さないで!」

 

 ……一時休戦。

 突然の告白を受け、困惑するソーニャだったが、とりあえず、敵意もないので勇者との対話を試みることにした。

 

「あなたたち、私を討伐しに来たのよね? それがどうしたら、その……えと……私と結婚したいだなんて話になるのかしら?」

「ふむ……たしかにそうだな。事情も説明せず失礼した」

「まぁ、俺もここに来る前に、こいつに『ガンガン行こうぜ!』ってアドバイスしちまったからな」

「ちゃんとムードを大事にすべきだと言うべきだったのぉ……」

「いや、そういう問題じゃないんだけど……」

 

 どうやらあの唐突な告白の原因は仲間が煽った結果らしい。

 それを真に受ける勇者もどうだと思うが。

 

 とにもかくにも勇者はことの経緯を話し始めた。

 

 

「そう……あれは、俺がまだ剣闘奴隷として、コロシアムで戦いに明け暮れていた頃のこと……」

 

 曰く、アルバレスはかつてザマーサレルにより滅ぼされた国の国王の隠し子だったそうだ。

 その発覚を恐れた乳母により、貧民街で育ったのだが、侵略の際、奴隷にされ、コロシアムで延々、血生臭い日々を送っていたらしい。

 そんなある日、アルバレスは運命の出会いをする。

 

「それは【常闇の魔王】による宣戦布告が行われた日……」

 

 暗雲が立ち込め、空に魔王の姿が映し出され、人々が慄く中、アルバレスは目を見開いた。

 魔王の遥か後方にいた、一人の美少女。

 彼女の姿を一目見た瞬間、彼の中に電撃が走った。

 

「……所謂、ひとめぼれだった」

「国が滅ぶかどうかの瀬戸際に、なにしてんの、あなたは!?」

 

 魔王など見向きもせずに、ただ一人の少女に心奪われた、未来の勇者。

 その惚れっぷりは尋常ではなく、翌日に組まれた対戦において、一回戦で虎に頭を齧られ、二回戦で獅子に頭を齧られ、決勝戦で竜に頭を齧られても、心ここに非ずだった。

 

「あれは爆笑もんだったよなぁ」

「いや、そこまでされたら、普通に死ぬわよね!?」

 

 当時のことを思い出すゴウに即座にツッコむ。

 そんなアクシデントに見舞われつつも、見事優勝したアルバレス少年。

 その後も、ソーニャのことを想いながら、日々、戦いに明け暮れていたら、いつの間にか『コロシアムの英雄』なんて呼ばれるようになり、遂には勇者に選ばれた。

 

「それで……勇者に選ばれた際に思ったんだ。この想いを伝えるチャンスだと……」

「ひゅーひゅー! 青春してるねぇ!」

「ほっほっほっ、若いっていいのぉ」

「OK」

「いや、そう言うのはいいから!」

 

 照れて顔を真っ赤にする勇者に野次を飛ばすパーティーの面々。

 そんなこんなで旅立った勇者だったが、その過程は険しいものだった。

 

 まず、剣闘奴隷と言うことで、まともに恋愛なんかしたことない。

 コロシアム時代、観客席から黄色い歓声を浴びたことはあるが、殺し合いの興行などを見に来ている者なのでノーカン。

 つまりは圧倒的な経験不足! 告白は第一印象で決まると言うのに、これはいただけない。

 

 また、相手は曲がりなりにも貴族。仮に、万が一、天文学的な数値で『OK』を貰ったとしても、学もない、政治も分からない、腕っぷしだけが取り柄の元奴隷と結ばれても、未来は暗い。

 

 コロシアムの英雄も『恋愛』と言う未知の相手には手も足も出なかったのだ。

 

 だが、彼には頼もしい仲間がいた。

 ゴウによる『モテる男の秘訣』とスピカによる告白に至るまでの様々なアドバイス。

 ガレスによる様々な学問の英才教育を受け、自信を付けたアルバレスは今日、ソーニャに告白をするため、魔王城に乗り込み今日に至ると言う訳だ。

 

「あ、あと、四天王とか、他の国の魔王とか、裏ダンジョンのボスとかも倒した」

「いや、本来の敵の扱い‼」

 

 あまりにも軽い扱いの敵軍のことはさておき……

 

「まぁ……そいう訳だ……その……えと……返事を聞かせてほしい……」

「いや、そんなことを突然、言われましても……」

 

 よく言えば情熱的。早い話が重すぎる好意に、たじろぐソーニャ。

 無理もない。彼女も彼女で、恋愛とは無縁な人生を歩んできたのだ。

 どう返答すべきか迷っていると、先ほど聖女により全回復してもらったアークデーモンがスッと前に出る。

 

「お嬢様。ここは私にお任せを」

「え? 爺や?」

 

 突如、割り込んできたアークデーモンは、アルバレスの前に跪き一言。

 

「……ソーニャ様を、何卒、よろしくお願いしますッ……‼」

「爺やぁぁぁぁぁ!?」

 

 あろうことか、本人の了承を得ずに承諾。

 外堀を埋められ、慌てふためくソーニャはアークデーモンに問いただす。

 

「じ、爺や! これ、いったい、どういうこと!?」

「お嬢様! この縁談、お受けしましょう! ここで勇者様とご結婚なされば、誰も犠牲にならずに済みます!」

「いや、でも彼を勇者に選んだ国が黙っておかないのでは……」

「あぁ、それなら心配ない」

 

 ソーニャの不安を払拭するかのように、アルバレスは宣言する。

 

「御身を護るためなら、喜んで、ザマーサレルと戦おう。なに、滅ぼしてしまっても構わんのだろう?」

「闇落ちした!」

 

 自身の軽はずみな言動で、世界の救世主が人類の敵に!

 

「まぁ、元々、滅んでも仕方ない国じゃしのぉ……」

「俺はどこまでもつき合うぜ!」

「OKッ!」

「あなた達、それでいいの!?」

 

 あろうことか勇者パーティーまで乗り気である。

 とにもかくにも、外堀をとんとん拍子に埋められ、逃げ場はなくなってしまった。

 

 

「さて、いかがなさいますか? お嬢様。最早、これ、断るとデメリットしかないですぞ?」

「いや、でも……よく知らない人だし……」

「大丈夫! 旦那様も奥方様もお見合い結婚でした。結婚してから始まる恋と言うのもございますし、なにより、ここまでお嬢様を想ってくださる殿方などおりませんぞ!?」

「いや……でも……私、魔王だし……」

「はーい! そう言う立場を持ち出すのは反則だと思いまーす!」

「いかんのう」

「ちょ、外野は黙っててくださらない!?」

「……OK?」

「あなたもあなたで、『本当にいいの? 後悔しないの?』みたいなイントネーションで聞かないで下さい」

 

 自分のホームなのに孤立無援となってしまった魔王。

 そんな魔王をじっと見つめながら、そわそわしてる勇者。

 

 考えてみたらこの婚姻、メリットしかない。

 戦争は終わるし、勇者と言う戦力も手に入る。

 勇者も実直そうだし、顔もイケメンだし、浮気しなさそうだし。

 それに、仮に断ったら怒られた大型犬みたいにシュン……としそうだし。

 

 そんな諸々の要素を省みながら、しかし、ソーニャの気持ちは定まらない。

 

「やっぱり、無理よ。先代【常闇の魔王】がもし戻ってきたら、絶対後々、面倒なことになるわ……」

「ん、先代の【常闇の魔王】なら……」

 

 するとおもむろにアイテムボックスをまさぐりながら、賢者がなにかを取り出した。

 

「ほれ、この通り、討伐済みじゃ」

 

 そう言って、取り出したのは先代【常闇の魔王】の生首であった。

 

「いやあああああ! なにグロテスクなもの取り出してんのよ!?」

 

 あまりのショッキングな光景に思わず悲鳴を上げるソーニャ。

 それとは対照的にアークデーモンは冷静に首を検める。

 

「た、たしかに! これは先代!? まさか既に討伐済みだったとは!? いったい、いつの間に!?」

「あぁ、たしか序盤のダンジョンで襲い掛かってきたから、倒したんだった」

「いや、普通にとんでもないこと仕出かしてるわよ!? 分かってるの!?」

 

 恐らく先代魔王的に負けイベント的なノリで挑んだのだろうが、それが運の尽き。

 最強クラスの勇者にあっさり返り討ちにされてしまったと言う。

 本人曰く「アレ、序盤のボスじゃなかったのか……」とのこと。

 

「まさか、勇者様が既に討伐していたとは……序盤の装備では【闇の衣】を貫けないはずなのに……」

「あぁ、それはなんか手に聖なる気を込めて『えいっ!』ってやったら……」

「ビリッってやぶけたのぉ」

「魔王の最強装備を紙みたいに‼」

 

 まさに規格外としか言いようがなかった。

 改めて、戦わなくてよかったと思う。

 

 

 

「……それで、魔王――いや、ソーニャ殿。こ、告白のお返事は……その……どうでしょうか……?」

 

 ガッチガチに緊張しながらあらためて、返事を待つアルバレス。

 ソーニャはそんなアルバレスを見て「ふぅ……」とため息を吐きながらも苦笑する。

 

(もう……ここまでされたら断る理由なんてないじゃない……)

 

 

 戦利品として嫁がされ、権力闘争に巻き込まれ、果ては魔王と言う名の人身御供とされて、碌な人生を送ってこれなかった。

 されど、こんな自分を一途に想い、ここまで来てくれた者がいる。

 少し、方向性がズレてはいるが、純粋に自分を好いてくれる勇者の想いに、ソーニャは一人の少女として、応えた。

 

 

「はい……不束者ですが、何卒よろしくお願いします」

 

 

 

 ――こうして勇者と魔王は結ばれた。

 

「OッッッッッKッッッッッ‼」と聖女の歓喜の叫びが魔王城に木霊する。

 

 後日、盛大に行われた結婚式にて、幸せそうに笑うソーニャの姿を見て、アークデーモンは、号泣したと言う。

 

 

 

 

 

 CAST

・アルバレス=グランアステリア:作者の脳内に突如生えてきた、『本気を出してきた』の勇者・アレックスの弟。

 コミュ力高めの兄に比べて、内向的だが、情熱的なところはそっくりである。

 

・ソーニャ=トワイライト:【常闇の魔王】を襲名した少女。作中一の苦労人だったが最後に幸せをゲットした。なんやかんやでアルバレスを尻に敷くことになる。

 スリーサイズは98・62・99。

 

・アークデーモン:ソーニャの親代わりにして作品の真の主人公。忠義に尽くす漢である。

 あと結構、涙脆い。

 

・ゴウ=ワン:アルバレスの親友兼ライバル。珍しく、脱がない武闘家である。

 旅の間はこいつが家事全般を取り仕切っていた。特技は漢の手料理である。

 

・ガレス:アルバレスの魔法・勉学の師。ザマーサレル一の賢者だったが、同僚の嫉妬を買い窓際に左遷されるも、勇者パーティーに選ばれ、実りある人生を取り戻す。

 割とノリのいい爺さんである。

 

・スピカ:アルバレスを勇者に任命した聖女。「OK」しか言ってない。

 愛を司る神【カプテューン】を祀る教団の聖女。アルバレスとソーニャの結婚後、国内で布教活動を開始。瞬く間に信者を増やし、国教とする。

 その後は、教皇であるイーチャー=ラブや大神官オッシ=カープにより最高責任者の一人に抜擢。日夜ネトリスト(NTRの竿役のような存在。主におじさんやクソガキ、チャラ男)を異端審問にかけている。

 スリーサイズは89・58・88。

 



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【バレンタイン特別編】裏切り者の場合

 

 魔王城を目前に控え、勇者パーティーは崩壊した。

 

「この裏切り者めが!」

「貴様など焼き尽くしてくれるわ!」

「そ、そんな……!」

 

 武闘家が裏切り者である盗賊の襟首を掴み、怒鳴りつける。

 その傍らで魔法使いの翁が火炎魔法を放とうと詠唱を始めた。

 

「おい、なんの騒ぎだよ!?」

「ゆ、勇者! 助けてくれ!」

 

 間一髪と言うところで戻ってきた勇者に、盗賊が助けを求める。

 

「どうしたんだよ、お前ら!? こんな大事な時に仲間割れなんて!」

「勇者! こやつは我々を裏切った! 勇者パーティーから追放すべきだ!」

「な、なんだって!?」

 

 武闘家の言葉に勇者は衝撃を受けた。

 真偽を問おうとするも、盗賊は露骨に視線を逸らした。

 

「そ、そんな、なにかの間違いだろ⁉ 嘘って言えよ!」

「嘘ではない! そやつは我々が目を離した隙に密通をしておったのじゃ‼」

 

 あくまで盗賊を信じようとする勇者に、魔法使いは残酷な真実を告げる。

 

「嘘だろ……嘘って言ってくれよ‼ なぁ!?」

「……」

 

 一番、つき合いが長い、親友と言ってもいい存在。

「魔王を倒して、貧しい子供たちが、自分のように犯罪に手を染めなくて済む世界にしたい」と常々語っていた彼が、まさか自分を裏切っていたのか!?

 

 だが、魔法使いも武闘家もこんな嘘を吐くような人間ではない。

 信頼できる仲間の間で揺れる勇者に、トドメとばかりに武闘家があるものを取り出した。

 

「まだ分からないか‼ これを見ろ! これが証拠だ!」

「!? こ、これは!?」

 

 殺気立った武闘家の取り出した証拠。

 

 

 

 ……それは、カカオの甘い匂いの漂う、ハートの形をした箱であった。

 

 

 

「……これは?」

 

 勇者が白けた表情で尋ねる。

 すると、二人は顔面に血管を、背後に殺気のオーラを浮き上がらせながら、憤怒の表情で吼えた。

 

「見て分からんか!? おなごからのチョコレートであるッ‼」

「……で?」

「今日はバレンタインデー! こやつ! あろうことか、勇者パーティーに所属しておきながら、我々を裏切り、女子からチョコレートを受け取っていたのだ‼」

「で?」

「我々が一個も貰えなかったのに、このような真似! 断じて許さぬ‼ 速攻追放すべきであるッ‼」

「……」

 

 勇者は天を仰ぎ、涙を堪え、深く深く息を吐く。

 そして、腰に下げた聖剣を鞘ごと抜いて、そのまま一本釣り打法の構えを取り……

 

「死ね」

「「ごばぁ!?」」

 

 ガゴンッ!

 二人の無防備な腹に叩き込む。

 真剣だったら真っ二つになっているであろう、フルスイングにたまらず、二人は吹っ飛んで、そのまま、頭から地面に叩きつけられた。

 

「これでよし」

「あの、勇者……」

「盗賊、明日は早いんだからそろそろ、寝よう。見張りは変わるから」

「いや、二人は……」

「明日はいよいよ、魔王城に斥候に行ってもらう。この役目はお前にしかこなせない。必要なものがあったら、言ってくれ。すぐ用意する。じゃあ、おやすみ……」

「あ、あぁ……おやすみ……」

 

 こうして、何事もなく夜は過ぎていったのだ……

 

「「って待たんか!」」

「生きてたか」

 

 ……訂正。残念ながらまだまだ騒がしい夜は終わらない。

 

「勇者よ! なにをすると言うのだ!? 裏切り者はあいつだ! あいつを成敗せぬか!」

「左様! 魔王城を目前に控え、恋人と密通など問題行為! 見過ごすわけにはいかんじゃろうが!」

「問題があるのはお前らだよ」

 

 復活した馬鹿二人の猛抗議を、しかし、勇者は冷めた表情で聞き流す。

 

「いや、別にいいじゃん。うちのパーティー恋愛禁止って訳じゃないんだから。チョコレートくらい貰っても」

「ふざけるな! 貴様、それでも世界を救う勇者か!?」

「そうだ」

「だったら、我々、モテない男も救ってくれてもいいじゃろうが!」

「そこは自己責任だ」

 

 ぎゃーぎゃー喚く見苦しい二人に、勇者は呆れるしかなかった。

 あ~、驚いて損した。そんな心境である。

 

「って言うか、バレンタインって、たしか異世界のイベントだろ? 宗教も違うのになにをそんなに騒いでるんだよ?」

「あぁ、最近、国の方針で教会が導入したんだよ」

 

 勇者の疑問に盗賊が答える。

 昨今、様々な国では異世界人よりもたらされた年間行事を積極的に取り入れるのが流行していると言う。なにしとんねん。

 

「その通り‼ そして! バレンタインは我が国教である【カプテューン教団】の大聖女様が導入した一大行事じゃぞ!」

「女子が好意を持っている男子にチョコレートをはじめとした菓子を渡す一大行事。しかし、我々は今年もお母さんからしか、もらえなかったのだぞ!?」

「俺もだよ」

「なら我々の気持ちも分かるはずじゃろ⁉」

「それとこれとは話が別だ」

 

 って言うか、魔法使いの爺さんよ。

 お前、その年になってもお母さんからチョコレート貰ってんの?

 お母さん、何歳だよ? 息子を甘やかすなよ。

 

「あのさぁ、俺たちは魔王退治と言う大事な使命を女神さまから与えられてんの! それに、魔王が世界を支配したら、バレンタインとかやってる暇がなくなるでしょうが! そこら辺、分かってんの? キミたち!」

「だったら、盗賊にも同じこと言ってくれよ!」

「そうじゃ! コイツ、幼馴染のシスターとことあるごとにイチャイチャしてるんじゃぞ! 許していいのか!?」

「いいよ。場を弁えてるんだし。お前らと違って」

 

 少なくても、醜い嫉妬で暴力行為に及ぼうとはしない。

 

「大体なんでこのパーティー男オンリーなんじゃ!? ピッチピチギャルの一人や二人! 入れてもバチは当たらんじゃろ!」

「その原因はお前らなんだけど? そもそも、そんなにチョコレートが欲しかったら、道具やなり菓子屋なり行って自分で買ってこい! 馬鹿らしい」

「そんな寂しいことできるか! 完全に店員さんから憐れみの籠った目で見られるわ!」

「わしらは! 女子から! 手作りの! チョコレートが! 欲しいんじゃ!」

「無理だろ。お前らモテないもん」

『ぐあああああ!?』

 

 勇者の一言に武闘家と魔法使いは一撃でKO。死の呪文に匹敵するほどの威力である。

 

「き、貴様……! その言葉は言ってはいけないだろうが! 例え事実でも!」

「いやだって、悪いのは普段からモテる努力を怠ってるお前らの所為じゃん」

「も、モテる努力ってなんじゃ!? そんなもん、あったら苦労しとらんわ!」

「いや、モテる努力をしてる奴は、身だしなみとか周囲への気配りとか普段から気にしてるぞ?」

 

 盗賊はその点合格である。

 少なくても目の前の、常に上半身裸で、汗臭くて鬱陶しい武闘家と、年を考えないじじよりは。

 

「とにかく、俺たちが優先すべきは魔王を討伐することだよ! 分かったら、寝ろ! 明日も早いんだから!」

「「やだやだ~! チョコレート欲しいの~! ギブミーチョコレート!」」

「……」

 

 遂にはダダをこね出した二人に、勇者は頭痛を堪えながら「仕方ない」と最終手段を取ることにした。

 

 

 

「……と言う訳で女神様。夜分遅くにすみません。俺は別に構わないので、この馬鹿二人にチョコレートあげてください。お願いします」

『女神にバレンタインのチョコレート要求してきた勇者は、あなたがはじめてなんですけど?』

「すいません。俺もはじめてです」

 

 聖剣を使い、天界の女神にコンタクトを図る勇者。

 女神は呆れながらも、『これも世界の平和のため』と自分に言い聞かせ、下界にチョコレートを贈った。

 

『もう、今回だけですからね?』

「すいません。ホントすいません」

「俺からもスイマセン。手間をかけさせて」

 

 ぺこぺこと女神に頭を下げる勇者と盗賊。

 そんな二人を他所に魔法使いと武闘家は――

 

 

「いやっほおおおおおおお! チョコレートだぁぁぁぁぁ!」

「我が生涯に一片の悔いなし!」

 

 

 ……まるで、魔王を倒したかのようなテンションで喜んでいた。

 

「ホント、スイマセン……」

『あなたも苦労してますね……』

 

 アホ、二人に完全にドン引きである。

 

「って言うか、天界の食べ物って人間食べて大丈夫なんですか? 今さら思ったんですけど?」

「あぁ、大丈夫。原料はこっちの世界と同じだし」

『えぇ、ですが、あまりに邪な心の持ち主だと、魂が浄化されて昇天することもありますが』

「いや、大丈夫でしょ。その点は」

 

 腐っても勇者パーティーに選ばれた二人だ。

 言動がいかにクソでも、魂まで穢れてはいないはず……

 

「「ぎゃあああああああああああ!?」」

「「『うそぉぉぉぉぉぉ!?』」」

 

 ……どうやら魂レベルでダメだったようだ。

 

「ぐああああああ! 盗賊の幼馴染のシスターを、隙あらば寝取ろうとしたばっかりにぃぃぃぃぃ‼」

「ワシも、うっかりコケたフリして尻とか胸とか触ろうとしたばっかりにいいいいい!」

「おい」

 

 邪悪でしょうもない企みを暴露しながら、二人の肉体は白い粒子となって、天へと召された……

 

 

 こうして。勇者パーティーは崩壊したのだった。

 おしまい☆

 

 

 




CAST
【勇者】……『ストイックなところがカッコいい』と巷で大人気。しかし、本人は魔王討伐で忙しいので、現状特定の相手はいない。
「この戦いが終わったら、嫁探しにでもいくか」とは本人談。

 尚、魔王は頑張って倒した。

【盗賊】……勇者の相棒。貧しい孤児院出身で、経営の支えになるため、盗みに手を染めていたところを勇者にスカウト。仲間になる。幼馴染のシスター(スリーサイズ95/61/96)とは戦いが終わったら結婚する予定。

 尚、魔王は気合で倒した。

【女神】……勇者の後継人的存在。勇者の頼みだったら「しゃあないやっちゃなぁ」的な感じで大体聞いてくれる。過去に敵対していた邪神と禁断の恋に落ちるも、立場の違いからやむを得ず封印した過去がある。スリーサイズは101/61/99
 なお、作中のチョコレートは彼女の手作りである。
 かつて、愛した存在が「おいしい」と言ってくれた、ほろ苦いビターな味わいである。


【武闘家】……バカその1。常に上半身裸で汗くさい。犠牲になったのだ。
【魔法使い】……バカその2。御年74歳のジジイ。犠牲になったのだ。


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1000年後の場合

 いつも通り、魔法研究所に出勤したエルトハイムを待ち受けていた、まさかの解雇宣言であった。

 

「……残念だが、キミは本日付けで解雇することになった」

「そう……ですか……」

 

 絞り出すような声で宣告する所長。

 対して、エルトハイムもまた、ショックを堪えながら辞令を受け取った。

 言いたいことは山ほどある。しかし、所長も好きでこのような辞令を下した訳ではないのだ。

 それをとやかく言うほど、エルトハイムは愚かではなかった。

 

「すまない……キミを守ってあげられなくて、本当にすまない……」

「謝らないで下さい。所長。今まで、お世話になりました」

 

 嗚咽を堪えながら、謝罪する所長に、エルトハイムは一礼をして、そのまま部屋を出た。

 

 エルトハイムは自他ともに認める天才だった。

 魔法の常識を覆す発見の数々に、時代を先取りした魔道具の開発。

 魔法史史上、類を見ない功績を残してきた。

 

「しかし、それも、理解できなくては意味がない、か……」

 

 自身を疎ましく思う人間に、心当たりが多すぎる。

 いけすかない同僚。魔法省の役人。異端審問者。学会上層部の老害たち。

 ひょっとしたら、その全部が手を組んで、エルトハイムを陥れたのかもしれない。

 

「まぁ、いいさ。時代が俺に追いつかなかった。ただ、それだけだ……ゲホッ! ゲホッ!」

 

 自嘲してると、不意に咳き込むエルトハイム。

 口を押えていた手には、べっとりと血がついていた。

 

「おまけに、日頃の不摂生のツケも回ってきた、か」

 

 研究に人生を費やしてきたエルトハイムの肉体は、病魔に侵されていた。

 天才だ、神童だともてはやされても、病には勝てない。これもまた、一つの真理である。

 

「まぁ、いいさ。あれは既に完成した。最早、この生に未練はない」

 

 ――だが、エルトハイムはそれを悲観していなかった。

 

 帰路に着き、自宅の研究室に入るとエルトハイムは、すぐさま床に魔法陣を描き始めた。

 しばしして、出来上がった魔法陣を見て、エルトハイムは満足げな笑みを浮かべた。

 

「よし、これで転生の準備は整った」

 

 エルトハイムの作り上げた、魔法陣。

 それは、人類史上初の転生魔法であった。

 

「俺の計算が正しければ、この魔法陣を発動させれば、記憶を保持したまま、転生できるはず。未来ならば、俺の才能を遺憾なく発揮できるだろう……‼ 理論的には!」

 

 まぁ、実質、ぶっつけ本番の博打うち魔法だが、それでもエルトハイムに後悔はなかった。

 

「今の時代、俺の魔法技術を理解できる人間は少ないからな」

 

 故に学会を追放された。数少ない例外が研究所長であった。

 本来なら理解者たる彼には説明しておきたかったが……

 

「しかし、もう俺には時間が無いからなぁ……薄情者だと思われるだろうが、これも運命だろう」

 

 心の中で詫びながら、しかし、エルトハイムの心は未来に向いていた。

 

「願わくば、未来ではよき理解者に恵まれるといいが……」

 

 そう呟きながら、エルトハイムは転生魔法を発動させる。

 肉体が魔素へと分解されていき、次第に意識も遠のいていき……

 

 

 

 

 1000年後。グランアステリア王国・ソノヘンノ街魔法学園初等部。

 

 

 

 

「こら! エルト、入学早々、授業中にぼんやりするな!」

「あぁ、スイマセン、先生。昔は良かったなぁと思ってしまって……」

「お前7歳児だろ!? なに言ってんの!?」

 

「悲観するな! お前の人生、これからなんだぞ!?」と本気で心配してくる先生を他所に、転生したエルトハイム――エルトはため息を吐いた。

 

(せっかく1000年後に転生してきたのに……誤算だった……‼)

 

 1000年後の未来なら、魔法文明も発展しているはず。

 そんな期待は、容易く裏切られた。

 

 ――まさか、魔法文明が大きく衰退していたとは。このエルトハイムの目を以てしても予測できなかった……‼

 

 入学前に読んだ歴史書に記載された内容には、なんでもエルトハイムの死後、世界を巻き込んだ大戦が起こり、その過程で貴重な魔導書や魔道具が消失。さらに、終戦後。教会が権力を持ち魔女狩りめいたことが起きた所為で、魔法使いが激減。

 結果、現在では魔法文明が大きく衰退したとされる。

 

 失敗だ。あぁ、失敗だ。大失敗。

 せっかく進歩した魔法文明を肌身で感じられると思ったのに、その目論見は完全に失敗した。

 

 加えて、この時代でもエルトは天才と持て囃された。されてしまった。

 

(このレベルの魔法に長ったらしい詠唱など不要なんだがな。って言うか、無詠唱で一発だろ……)

 

 その無詠唱すら、この時代では高等技術で、使える人間が数百人に一人と言われているから、嘆かわしい。

 

 かつて成績の悪い級友が「今の記憶を保持したまま、小学生に戻りたいなぁ」などと言っていたが、エルトの感想は「非常につまらん」としか言いようがなかった。

 

(しかし、だからと言って授業を受けない訳にもいかなからなぁ。親が心配するし)

 

 今世の両親に迷惑をかける訳にはいかない。

 仕方なく、エルトは教師の拙い授業を素直に受ける……と見せかけて隠れて今世の魔法学の論文を暇つぶしに読んでいた。

 

(おぉ! 『毛生え薬の作り方・応用編』か。どうせ、インチキと思っていたが、これは掘り出し物だ。研究主任が生きてたら、絶対、血眼になって習得するだろうな)

 

「非常につまらん」と評価を若干修正し、この日もエルトはコソコソと魔法の論文を読み漁る。

 

 ――しかし、平和と言うのは唐突に崩れ去るものであった。

 

「――つまり、魔法の詠唱は必ず……なんか、外がうるさいなぁ。注意してやろう」

 

 そう言って担任教師が廊下の様子を伺おうとした瞬間。

 

「ぐあああああ!?」

「!?」

「動くな! 大人しくしろ‼」

 

 突如、その場に崩れ落ち、教室内に複数の男たちがなだれ込んできた。

 

 

 

「この学校は我々『勇者権威復興機関』が乗っ取った‼ 大人しくしていれば危害は加えない! しかし、抵抗するなら、どうなるか分かってるな!?」

 

 やたら暑苦しい、顔だけはいい男が剣を片手に大声で忠告してくる。

 昔、クラスメイトが「あ~あ、学校にテロリスト来て、授業中止になんねぇかなぁ」「なんなら俺がテロリストを無双してやるぜ!」とか抜かしていたのを思い出す。

 まさか、リアルでこんなことになるとは思ってもみなかったと、倒れた教師を拘束する男を眺めながら思った。

 

(って言うか、勇者権威復興機関ってなんだよ?)

 

 名前からして勇者の権威を復興させる機関なのはわかる。

 が、具体的な内容が理解できない。研究一筋で世論を軽んじるのは生前からの悪い癖だった。

 なので素直に質問してみることにした。

 

「すいません。素人質問で恐縮なのですが、よろしいでしょうか?」

「え? あっ、はい。なんでしょう……いや、なんだ?」

「勇者権威復興機関って具体的に何が目的なのですか?」

 

 ついつい、転生前の癖が抜けきらない質問の仕方をし、一瞬、男は面食らったものの、意気揚々と説明しだした。

 

「勇者権威復興機関とは、我々のように勇者の力を持つ者の権威を復興し、待遇を改善させることを目的とした正義の組織だ!」

 

 曰く、最近の世の中は勇者に対し、厳しい弾圧を敷いていると言う。

 たしかに、最近「異世界から年端もいかない少年少女を召喚して、戦争に協力させるのはいかがなものか?」と言う論調が強まっている。

 しかし……

 

「『魅了の魔眼』を使ったら犯罪者として監獄送り。村を魔物から守れば『住宅地で戦うな!』と文句ばかり。挙句、魔王討伐の為の費用を要求すれば強盗扱いだ! こんな世界間違ってる!」

「間違ってんのはお前の頭だよ」

 

 聞いた時間無駄にしちゃったなあ、と後悔。

 要するにこいつらは、最近流行りの「悪徳勇者」

 なんらかの問題を起こして、罰を受け、放逐されたのだろう。

 たしかに、異世界から召喚されたのは同情する。だが、だからと言って、好き勝手振る舞うのは間違いだろう。

 しかし、当の本人はそう思わなかったのか、冷めた口調で正論を吐いたエルトに剣を突きつけた。

 

「貴様! 勇者である僕に逆らうのか!?」

「……」

 

 子供に剣を突きつけるような勇者、いねーよ。

 最早、話すだけでも不愉快だった。

 いい加減、この状況をどうにかしないといけないし、仕方ない。ひと暴れするか。

 

 そう思い、エルトはやれやれと無詠唱で中級火炎魔法を、勇者(笑)に向かって放った。

 ――瞬間。

 

 ドゴォォォォォン‼

 

「ぎゃぴいいいいいいいいいいい!?」

「……はい?」

 

 一体、何が起きたと言うのか?

 エルトの放ったのは死なない程度の中級魔法。しかし、実際に起こったのは上級に匹敵する炎魔法であった。

 荒れ狂う炎は、テロリストを呑み込み、肉片も一つ残らず焼き尽くしたのだ。

 

「こ、これはまさか共鳴現象!? 何故!?」

 

 冷静に分析するば、同格の魔法使い同志が、同じ系統の魔法を行使することで、威力を増幅させる共鳴現象が発生したのだろう。

 しかし、魔法文明が衰退した世の中で、エルトと同格の人間がいるとは考えられなかった。

 エルトが首を傾げると、隣の生徒が「あ、やべ」と呟き、手のひらから回復魔法を放つ。

 瞬間、完全に塵と化したテロリストの肉体が再生。

 白目を剥いた状態で復元された。

 

「やっべー……危うく、この年で前科がつくところだったぁ……」

 

 そう言って、ほっと撫で下ろす男子生徒。

 その仕草や立ち振る舞いに、既視感を覚えたエルトは尋ねる。

 

「そのとりあえず、やらかしたら、いい感じに取り繕って隠蔽しようとする癖……ひょっとして、ダニエル所長?」

「へ!? なんで私の名前を!?」

 

 エルトに名前を当てられ、驚く生徒。

 彼のネームプレートには「ダニー」と言う名前が書かれていた。

 しかし、彼は「ダニエル」と言う名前に反応して、挙動不審になった。

 ひょっとして、こいつ……

 

「俺です! エルトハイムです! よく二人で『鎖窯亭』に飲みに行ったじゃないですか!」

「え? エルトハイム君んんん!? 嘘だろぉぉぉぉぉ!?」

 

 仰天するダニーことダニエル。

 

 ――そう、彼こそは生前の理解者。研究所長のダニエルだったのだ。

 

「え? マジでエルトハイム君? マジで?」

「そうです! エルトハイムです!」

「マジでか! 超奇遇じゃん!」

「奇遇じゃんじゃありませんよ! なんであなたもこの時代に転生してるんですか!?」

「いや~、実はキミが失踪した後、あの魔法陣を発見してさぁ……」

 

 そう言って、ダニーは転生した経緯を語り始めた。

 曰く、世間的には失踪したことになってるエルトハイムの手がかりを追って、自宅に行ったところ、魔力の残滓から、転生魔法陣を再構築。

 世紀の大発見を、独力で復元した彼は、晩年、自分でも使ってみようと考え、今に至ると言う訳だ。

 

「マジか……えー……嘘だろー……よりにもよって、同じ時代に転生するとか、ないわー……」

「いや~、そこら辺の設定はきかなかったみたいでね。私もビックリだよ~」

 

「HAHAHA」と陽気に笑うダニー。

 まさかの再会に、エルトもまた呆れながらも苦笑する。

 と、今度は、一人の女子生徒が話しかけてきた。

 

「ダニエル……まさか、お爺様!? お爺様なのですか!?」

「え? 誰?」

「私です! エリザベスです! 今はエリーと名乗ってますが‼」

「「マジで!?」」

 

 突然の告白に仰天する二人。

 どうやら、この少女、ダニエルの孫らしい。

 

「マジでエリザベスなのか!?」

「はい! お爺様のような魔法使いになるため、研究を引き継ぎ、転生魔法を習得したんです!」

「マジか。あれ、結構高度な魔法だから、並の魔法使いじゃ習得できないぞ!?」

「そうか……あのお転婆のエリザベスがなぁ……しばらく、見ないうちに大きくなったなぁ……」

「俺たちが縮んでるんですが?」

「そうだった! HAHAHA!」

「ふふふ、お爺様は相変わらずですわね」

 

 そう言って、旧交を温める二人に、さらに別な生徒が話しかけてきた。

 

「まさか、エリザベス先輩ですか!? お久しぶりです!」

「あら? ひょっとして、あなたは……」

「はい! 後輩のキャロラインです!」

「マジか」

 

 まさかの4人目の転生者。エリザベス曰く、学園の後輩だったらしい。

 

「まさか、あなたも転生してきたなんて……」

「はい。女性ながら、様々な魔法を編み出した、女性魔法研究者の先輩に憧れて、様々な魔法を習得したんです! まぁ、それが原因で異端審問にかけられて火炙りにされちゃったんですけどね☆」

「笑いごとじゃないなぁ」

 

 明るくえげつない過去を語るキャロライン(今世ではキャシー)

 さらに……

 

「あ、あなたがキャロラインさんですか!?」

「あら? あなたは?」

「は、はい! 僕はゼルフォードと言います! あなたの編み出した魔法理論に憧れて学者になったんです!」

 

 まさかの五人目にエルトハイムは唖然とする。

 ひょっとして、転生魔法って簡単に習得出来たりするの?

 

「教会の手によって、あなたの論文は大部分が処分されましたが、偶然、捨てられていたものもあって……貴方の論文を拾わなかったら、僕はずっと浮浪児のままでした!」

「そうだったの……ふふ、光栄だわ」

「ほう、貴殿があのプロフェッサー・ゼルフォード。お初にお目にかかります」

「あ、あなたは?」

「失敬、私はロイドマン。今世ではロイと呼んでください。私は軍で、あなたの遺した魔法理論を研究しておりました」

「マジか」

 

 さらに六人目。軍人らしく敬礼するロイドマンことロイを眺めつつも、ここらで打ち切りだろうと高を括る。

 

「ほう、あなたが、あのロイドマンか! 僕はニコラウス! 貴殿の論文は拝見させていただいた!」

 

 っと思ったら、いたよ七人目。

 最早転生者のバーゲンセール状態である。

 

「なにぃ!? ニコラウスだとぉ!?」

「む? キミはまさか、エディソンか!?」

「そうだ! 貴様の宿命のライバル、エディソンだ! 貴様! 私の魔法の方が優れていると証明する前に、病気なんぞで死によって! おかげで、勝ち逃げされた気分だったわい!」

「キミの方こそ、ちゃっかり僕の死後、研究を引き継いで自己流で完成させやがって! あんなのよりもっと効率のいい方法があるだろう! 例えば――」

「ぬぬぅ!? たしかにその発想はなかった! だが、それならば――」

「あの、喧嘩しないで……」

 

 さらに八人目。しかもこの二人、前世の因縁を引き継いでいるらしい。

 周囲の目も気にせず研究談議に花を咲かせ始めた。

 

「うひょひょひょひょひょひょ! まさか、こんなにも転生者がおったとは! 丁度いい! 貴様らの研究成果は全て、この私! 悪の天才科学者・Drウヒョルコフが使ってやろう! ありがたく思え!」

「なんか出てきた」

 

 さらに出てきた九人目。しかも、こいつだけ、なんか毛色が違った。

 とりあえず、その笑い方は止めてほしい。同類に見られるから。

 

「待て、Drウヒョルコフよ。貴様のそう言うところが短所だと生前言ったであろう」

「はっ! ま、まさか! 貴方様は暗黒大首領・デスカイザー様!?」

「なんか世界観違うのまで!?」

 

 幼い少年に似合わない威厳溢れる態度で諫められ、竦み上がるウヒョルコフ。

 どうやら、前世での上司らしい。ウヒョルコフはあまりのビビりっぷりに失禁してしまった。ってなにやってんの!?

 

「その名は既に捨てた……今は、ただのカイである」

「なに!? デスカイザーだと!? 貴様も蘇っていたのか!?」

「ふっ、相変わらずだなナガレ・カブトよ。あの最終決戦以来であるか……」

「今の俺はイカリ・レイだ! デスカイザー! ここで全ての因縁にケリをつけてやる!」

「だから、前世の因縁引っ張ってくんなよ!」

 

 さらに現れた、暑苦しそうな少年に間髪入れずツッコミを入れるエルト。

 お前らだけ、世界観違い過ぎるんだけど!?

 

「……よそう。最早私に、貴様と争う意思はない」

「なんだと!?」

「……かつての私は力ですべてを支配しようとしていた。しかし、最後の戦いで気づいたのだ。力を以て支配しても、そこには空しさしかないと」

「デスカイザー……お前……」

「おいストップ! ストップ! ストォォォォォプ!」

 

 最早、収拾がつかなくなりそうなので、エルトが待ったをかける。

 

「ちょっと一旦落ち着いてくれ! とりあえず、聞きたいんだが……前世の記憶を持っている人間は全員、手を上げてくれ」

 

 もう流石にいないだろう。いや、いないでくれ。頼むから。

 そんなエルトの淡い思いは見事裏切られ、クラスメイト全員が手を上げた。

 

「マ ジ か よ !?」

 

 なんと言うことだろう。このクラスの生徒全員、自分の生み出した転生魔法を習得していた。

 そう言えば、この非常事態にも関わらず、動揺が少なかった。

 恐怖で竦み上がっているだけだと思っていたが、実際はいざと言う時、自力でどうにかできる技量の持ち主ばかりだったから、大して動揺してなかったのだろう。

 って言うか、確率的にあり得なくない?

 

「しかし、これも何かの縁だろう。現在、この学園は悪辣なテロリストの手に落ちている。これを打開できる人間は我々以外にいないだろう」

「えぇ、たしかに。私一人では体力的な面で心配でしたが、これだけの人数がいるなら、なんとかなるかもしれませんわね」

「しかもなんか、テロリストと戦うことになってるし」

 

 まあ、エルトもいい加減、この状況を打開したかったので丁度いいっちゃ丁度いいのだが。

 

「流石エリザベス先輩! 私も同意見です!」

「僕もです!」

「うむ。最早、私の祖国はこの国である以上、平穏を脅かす悪漢どもを捨ておくわけにはいきませんからな」

「ははは! 足を引っ張るなよエディソン!」

「ふん! 貴様こそ、臆病風に吹かれて逃げ出すんじゃないぞニコラウス!」

「ウヒョヒョヒョヒョヒョ! 相手はテロリストじゃからなにされても文句は言えないじゃろう! 全員モルモットにしてやる!」

「子供は未来の宝……それを守ることが、我が贖罪……」

「まさか、お前と一緒に戦うことになるとはな……デスカイザー、いや、カイ!」

「みんな、ノリノリだし……」

 

 恐らくこのメンバーで戦えば、被害を出さずに鎮圧できると言う合理的な判断があってこその決行だろう。

 最早一周回って、テロリストが可哀そうになってきた。

 

 

 十分後。テロリストは壊滅した。

 

 

 目標である放課後までかかることなく、テロリストは鎮圧された。

 圧勝だった。そりゃそうだ。

 なんせこっちは、歴史に名を残す魔法使いのドリームチーム。

 向こうは、力を持っただけの烏合の衆。

 勝敗は明らかだった。

 

 途中、ニコラウスとエディソンが張り合って、喧嘩になったり

 ウヒョルコフが堂々と人体実験を始めたり

 カイとイカリの合体魔法の威力が大きすぎて、学園が崩壊しかけたり

 それらをエルトが必死にフォローしたりと、大変だったが、大した怪我人もなく、鎮圧できた。

 

「おのれぇぇぇぇぇ! ガキの分際で! 勇者である我々に歯向かうなんてェェェェぇ!」

 

 最後、リーダー格の男が必死に抵抗してきたが、彼の聖剣はキャシーの錬金術により消滅させられ、『強奪』『魅了』などのスキルもロイにより無効化。

 冥途の土産に自爆覚悟で放った古代の最上級魔法『煉獄の不死鳥(インフェルノ・フェニックス)』も……

 

「うむ、練り込みが荒いな。【煉獄】の概念を深く理解してないせいか、不死鳥の形をした炎の温度が低すぎる。本来なら白色もしくは黒になるはずなのに……」

「発動時間も遅すぎるな。エルト君。君ならば無詠唱で0.1秒以下に抑えることも可能だろう」

「あ、それ、既に私が立証済みです」

「それよりもエーテルのつながりが甘いな。直列だからこそ、こちらに制御権を奪われるぞ」

「なにを言うか。直列でもセーフティさえ組み込んでおけば制御権は確保できるぞ」

「ウヒョウヒョヒョヒョヒョヒョヒョ! ここは人格を組み込み、怪人化させれば、ローコストで魔導兵を量産化させることができるぞい!」

 

 ……などと、研究材料にされる始末。

 挙句、イカリにより正義の在り方を問われ、意気消沈。

 お縄についたのであった。

 

 

 

 こうして、事件は解決した。

 先生たちからは「危ないことしちゃ駄目でしょ!」と怒られたものの、事件解決を評価され、国王から感謝状を贈られた。

 生前、得られなかった理解者を得ることができたエルト率いられたクラスが、この先、魔法技術界に革命を起こすことになるのだが……

 これはまた、別の話。

 

『先生! 素人質問で恐縮ですがッ‼』

 

 あと、自身を上回る頭脳の持ち主ばかりの担任になった先生の胃に穴が空くのも別な話。

 

 





【登場人物】
エルトハイム/エルト:転生魔法を編み出した魔法使い。ツッコミ担当。
ダニエル/ダニー:エルトの生前の上司。孫に甘い。
エリザベス/エリー:ダニーの生前の孫。女性初の魔法研究者。転生前のスリーサイズは88/62/88
キャロライン/キャシー:エリーの生前の後輩。エリザベスの活動に感化され、魔法研究に情熱を燃やすも、異端審問にかけられ、火炙りにされる。転生前のスリーサイズは91/64/93
ゼルフォード:キャシーの生前、近所に住んでてた浮浪児。後に魔法研究者として大成した努力家。
ロイドマン/ロイ:生前、ゼルフォードの故郷に侵略した軍事国家の科学者。自国の侵略活動に反発し、暗殺された。最終的な階級は大佐。
ニコラウス:ロイドマンの研究に感化された歴史に名を残した元天才児。歴史の教科書に載ってる。
エディソン:ニコラウスのライバル。なんやかんやで、互いにリスペクトしていた。
ウヒョルコフ:自称悪の天才科学者のマッドサイエンティスト。ナガレ=カブトの所属していた研究所を裏切り、暗黒大帝の下に下るが、実際はねず〇男ポジションだった。
ダークカイザー/カイ:世界征服を企んでいた元暗黒大帝。弱者が虐げられる世界を変えようとしていたが、家族を殺害されてから闇に堕ち、世界征服を目論むようになった。
最終的に、ナガレ=カブトと相打ちになるも、人類の可能性を見いだし、改心した。
今世では家族想いのいい子である。トランクス派。
カブト=ナガレ/イカリ=レイ:ダークカイザーと相打ちになった正義の科学者。
戦いの過程で、暴徒と化した一般市民に両親と幼馴染を殺害され、人類に絶望するも、仲間の支えにより再び立ち上がり、ダークカイザーを倒した。ブリーフ派。


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ジャンケンの場合

GWのおともにどうぞ!


「日坂! お前を追放するッ‼」

「な、なに言ってんだよ!? 冗談だろ!?」

「冗談なんかじゃない! これはクラスみんなで決めたことだ‼」

 

 そう言って、取り巻きたちと日坂悟朗(ひさかごろう)を囲みながらクラス一のイケメン天野清志郎(あまのきよしろう)は宣言した。

 

 このクラスが異世界に転移してから一ヶ月が経過した。

 突然、魔物の蠢く森に飛ばされた時は混乱したが、お約束と言うべきチート能力が次々と開花したため、なんとか生き延びることができた。

 しかし、いかに能力があろうとも、流石に過酷なサバイバル生活の中、食糧など様々な問題が浮上。

 そんな中、クラスメイトを率いてきた清志郎は「役立たずを追放すべき」と言い出したのだ。

 結果、なんの能力にも目覚めなかった悟朗が投票により選ばれ、現在に至る。

 

「そ、そんなの横暴だ!」

「ふん! お前がなんの能力も持たないのは事実だ! そんな役立たずを抱えたままじゃ、今後サバイバル生活は送れない! これはみんなが思ってることだ!」

 

「そうだ! お前みたいな奴、いらないんだよ!」「流石、天野! いいことを言う!」と、清志郎の無茶苦茶な論法に、無責任に賛同する取り巻きたち。

 最早、味方はいない。

 未知の世界の見知らぬ土地に追い出され、野垂れ死にしてしまうのか?

 悟朗の顔が絶望に染まろうとしたその時だった。

 

「……と言う訳で、多数決の結果、日坂クンと天野清志郎さん、どちらかを追放することになりました」

「ファッ!?」

 

 寝耳に水と言わんばかりに、委員長の桜田撫子(さくらだなでしこ)が予想外の一言を放たれ、天野は裏返った声を上げた。

 

「どちらを追放するか、当人同士で決めてください」

「いや、なにを言っているんだ!? 撫子! 悪い冗談はよしてくれ!」

「いや、冗談じゃなくて、みなさんの意見の結果、追放対象に貴方も含まれてますので」

「な、何故だ!? 僕のような選ばれた存在より、こんな役立たずを追放すべきだろう!?」

 

 必死に異議申し立てをする清志郎。しかし、撫子は揺ぎ無かった。

 

「そうは言いますが、天野清志郎さん。確かに悟朗クンはなんの能力も目覚めてませんが、その分、雑用で貢献してくれますし……それに、アナタの普段の態度見てれば、仕方ないでしょ?」

「なっ、なにを言ってるんだ!?」

 

 撫子の冷たい言葉に、清志郎が絶句するが、当の本人は淡々と、欠点を指摘する。

 

「アナタは自分が戦闘能力高いからって、連携とか御座なりにしすぎですし、一人で勝手に突っ込んで、フォローする身にもなってくださいよ」

「な!? お、俺はみんなを護るために、先陣を切って――」

「それに『みんな、みんな』って言うけど、女子生徒しか助けてないですよね? 昨日も猿山君が危ない時、無視して、私の方に来たし」

「だって、キミが襲われてたから――」

「いや、あの程度、どうとでもなったので……それに守ると言えば、転移後に決めたルールも守らないですよね?」

 

 必死に言い訳をする清志郎に、更なる追い打ちをかけるようにクラスメイト達が同調しだす。

 

「貴重な治療薬を無駄遣いするし~、せっかく作った貴重なアイテムもなんの断りもなく持ってくし~」

「あと、飯の準備手伝わないしな。食器も下げずにそのまま」

「ゴミ回収もしなかったよな?」

「あまつさえ、見回りサボって拠点の裏で中谷と口説いてたよ?」

「え? マジ? なに考えてんの? ってか、金森さんにも言い寄ってなかった?」

「うわぁ……ひくわ……」

「そもそも、なにリーダー面してんの? リーダーは委員長の撫子さんがやってくれてんのに」

 

 ……最早、同情の余地もなかった。

 あまりの正論に、取り巻きたちも助け舟を出せないでいる。

 ……いや、違う。

 清志郎は気づいていない。

 自分の取り巻きたちが、半笑いで焦る清志郎を眺めていることに。中にはスマホで動画撮影してるものもいることに。

 そして、実は悟朗は知っていた。

 この追放劇が仕組まれていることに……

 

 

 ――そう。事の起こりは昨日の夜のこと。

 

 

「……と言う訳で、満場一致で天野清志郎を追放することになりました。みなさん、拍手!」

「いや、流石にひどすぎるだろ!」

 

 撫子の決定に、クラスみんなが立ち上がり拍手をする。

 最早、いじめとしか見れない光景に、悟朗は思わずツッコミを入れた。

 って言うか、みんなもみんなで、拍手するんじゃないよ!

 

「たしかに天野は最近、調子に乗ってるけどさぁ……いくらなんでも、追放はやりすぎだろ! ここ異世界だぞ!?」

 

 拠点は【結界】のスキル持ちが守ってくれているから例外として、一歩踏み出せば、そこは人外魔境。

 スライムやゴブリンは序の口、ドラゴンやグリフォンなどのヤバ気な魔獣が闊歩してる。

 あと、最近某怪獣王みたいなのも散歩してるのを目撃したし……

 そんなところに追い出したら、いくら【身体強化】のスキル持ちの清志郎でも、半日ももたないだろう。

 しかし、撫子委員長に慈悲はなかった。

 

「でも、天野清志郎を放置しておけば、遅かれ早かれ、大きな問題を起こしますよ? 知ってますよ? 私と悟朗くんがおつき合いし始めてから、悟朗くんがクソ天野清志郎から悪質な嫌がらせを受けているのを」

「あの、みんないる前で、暴露すんのやめてくれない?」

 

 途端にクラスメイト達から「ヒューヒュー!」と野次が飛ぶ。

 正直、恥ずかしい。

 

「うわばきを隠したり、机に落書きしたり……あれでは清志郎ではなく汚志郎(おしろう)ですよ」

「まぁ、そうだけどさぁ……それでも死んだら目覚め悪いじゃん……元の世界には家族もいるんだしさぁ……」

 

 ここで追放し、野垂れ死にでもされたら、いらぬ罪悪感を背負うことになる。

 せめて、こうした断罪は元の世界に戻ってからでもいいだろう。

 しかし、撫子は「あぁ、それなら解決しました」と爆弾発言。

 

「元の世界に帰る方法なら、東海林(とうかいりん)先生が既に確保済みです」

「うそぉ!? いつの間に!?」

「実は先日、森を探索中に現地の方々に出会ったそうでして」

 

 なんとか元の世界に戻る方法を聞いてみたところ、この世界には『異世界人保護センター』なるものがあると発覚。

 そこで、調べてもらった結果、自分たちのケースだと、元の世界に戻ることが可能と判断された。

 近日中には、冒険者たちが救出に来てくれると言う。

 

「……ですので、ゴミ天野清志郎だけおいて、私たちだけで元の世界に帰還することになりました」

「『なりました』じゃないよ! 容赦なさすぎだろう!」

「悟朗君は優しいですね。そう言うところが大好きです」

「俺はキミのそう言うところに恐怖を覚えずいられないよ!」

 

 シレっと惚気ながら、処刑宣告を下す委員長を必死で説得。

 どうにか、思いとどまってもらった。

 

「もう……今回だけですよ?」

「なんで俺がわがまま言ってるような感じなの? メチャクチャなのはそっちなんだけど?」

「そう言う訳で、みなさん。大変不本意ですが、今回はあのバカを少し懲らしめるだけに止めることになりました。ご理解お願いします」

『しょうがないなぁ』

「しょうがないのはキミたちだよ」

 

 この日、悟朗は本当に怖いのは人間だと言うことを心から理解した。

 

 ……と言うことで、全員で清志郎を懲らしめるために、ドッキリを仕掛けることになりました☆

 清志郎は現在、裏で悟朗を追放するために、クラスメイト達を説得してる(つもり)なので、今回はそれを逆に利用させてもらう。

 

「で、具体的にどうするの? 全員が俺の追放に賛同してると見せかけて、実は天野に投票するとか?」

「最初は私もそう考えたのですが、それだと『単純すぎてつまらない』『希望を与えてから絶望の底に突き落とすべきだ』と言う意見もありましたので一ひねり加えることになりました」

「その意見言ったやつ誰? 闇が深いんだけど?」

 

 もう、普通に追放された方が良いかもしれない。そんな気がしてきた。

 

「それで、その一ひねりというのがですね……」

「あ、教えてはくれないんだ」

「悟朗くん、あの汚物と決闘してください」

「はい?」

 

 なんて言った? 愛する人?

 決闘とか抜かしてきたんだけど?

 

「いやいやいやいや! 無理だよ!? あいつ、仮にも戦闘スキル持ちだよ!? 俺なんて1分も持たないよ!?」

 

 事実、清志郎は戦闘力だけならトップクラスだ。

 ドラゴンすらもワンパンでボコにしたほどだ。

 そんな相手では、なんのスキルも持たない悟朗は返り討ちにあうのがオチだ。

 しかし、撫子は「無問題」と心配を一蹴。

 

「実は今まで隠してたのですが、悟朗くんにはあるスキルが隠されていたのです」

「え!? 嘘だろ!?」

「私が今まで嘘ついたことあります?」

「初めてのデートの時、『混んでた電車で迷子のお婆さんを案内してた』って嘘ついたでしょ」

「てへぺろ☆」

「誤魔化すな。で、そのスキルってなに?」

 

 スキルがないと思ってたら、実は隠されたスキルがあったって、ありふれた展開にやや高揚しながら尋ねる悟朗に、撫子は「ふふん」と偉ぶりながらスキルを明かした。

 

「悟朗くんの隠されたスキル。それは――」

「それは……」

「そ・れ・は……」

「無駄に焦らさないでええわ」

 

 10秒くらい溜めて、溜めて、溜めて明かされたスキル。その名も――

 

「【ジャンケン】です」

「思いの外クソだったわ!」

 

 これだけ勿体ぶって【ジャンケン】ってなんだよ!?

 曰く、スキル【ジャンケン】はジャンケンが異様に強くなる効果があるそうだ。

 そのまんまである。

 

「それ使ったら、給食でデザート余った時、確実にゲットできるじゃねか‼ いいな!」

「猿山君、俺らもう高校生だから給食でないよ! って言うか俺からしたらキミの【怪力無双】のスキルの方がうらやましいわ」

「とにかく、そのスキルを使ってあのゴミ野郎をコテンパンの尊厳破壊にしてやってください。舞台は私が整えますので」

「整わないよ!? どうやって!? そもそも、どうやって『ジャンケンに負けたら追放』って条件をあいつに承諾させんの?」

「ちょっと挑発したら確実に乗ってきますよ? ああいうの」

「いや、無理があるでしょ……」

 

 穴だらけの欠陥計画に、最早ツッコミを入れざる負えない悟朗。

 こんなザルな作戦に嵌るほど清志郎もバカではないだろう。

 しかし、現在――

 

 

 

「もう面倒くさいですね。決められないならジャンケンで負けた方が追放ってことでいいでしょうか?」

「な、なにを言ってるんだ!? 撫子! ふざけるのもいい加減にしてくれ!」

「あれ? 怖いんですか? 負けるのが? 普段あれだけ粋がってるのに、実はチキン野郎なんですか? 天野チキン志郎さん」

「そ、そんなことはない! 俺は、どんな勝負からも逃げたことがないんだからな‼ やってやろうじゃないか‼」

「思った以上にアホだった」

 

 

 

 こうして、追放をかけたジャンケン勝負が幕を開けた。

 

 

 

「撫子があんなことを言うなんて――ハッ! まさか、貴様、スキルを隠して洗脳したんだな!? そうに違いない! そうでなければ、お前に半数者味方が付くわけないんだ!」

「……現実を知らないって、幸せなんだな」

 

 実際は撫子には素で悪く言われてるし、半数どころか全員に忌み嫌われている清志郎に憐れみの視線を向ける悟朗。

 ルールは……別に言わなくても分かるだろうから省略である。

 

「いいか!? 最初はグーだからな!? パーを出したりするなよ!? 分かったな!?」

「いや、分かってるよ……」

 

 そんなこと言われるまでもない。と思った悟朗だが……

 

「――ッ!?」

 

 突如、悟朗の脳裏にある光景が映った。

 それは、これから行われる勝負の結末。

 あろうことか、目の前にいる男は、あれほど口ずっぱく『最初はグー』を強調しておいて、自分がパーを出し、勝利をもぎ取る光景が目に浮かんだのだ。

 

(い、今のはいったい!?)

 

 すると今度は脳裏にアナウンスが響いた。

 

 

 

【スキル:因果律観測】を発動。

 直近で起こる事象を観測することができる。

 

 

 

(いや、なんかすごいスキル手に入れたんだけど!?)

 

 たかがジャンケン如きでこんなスキル手に入れるとは思いもしなかった。

 だが、今のが未来の情報だとしたら……

 

(コイツ、ホント、クソ野郎だな……)

 

 同情して茶番など企てず、普通に追放してやれば良かった。

 そう思い、悟朗は先ほどの未来の情報を元に相手の裏を掻きチョキをだした。

 

「最初はグーって、なにぃ!?」

 

 案の定、清志郎は掛け声とは違いパーを出す。

 しかし、当てが外れ、返り討ちにあう。そして……

 

「グアアアアアアアアア!?」

 

 ……悟朗のチョキから放たれた斬撃が清志郎を切り裂いた。

 

「ええええええええ!? なにこれ!?」

 

 突然の流血沙汰に仰天する悟朗の脳内に再びアナウンスが!

 

 

 

【スキル:ジャンケンニック・フィールド】

 ジャンケンの勝敗結果に応じた攻撃を放つことができる。

 

 

 

(いや、凶悪なスキルが目覚めたんですけどぉぉぉぉぉ!?)

 

 なんだ、ジャンケンニック・フィールドって!? いろいろとおかしいだろ!?

 混乱する悟朗が救いを求めて撫子に視線を向ける。

 すると、撫子は天使のように微笑みながら……

 

 

『いいぞ、もっとやれ!』

 

 

 グッとサムズアップ。クラスみんなもそれに続く。

 

「いや、GJ! じゃねぇよ!?」

「くっ……なんてことだ……僕が負けるなんて……」

「あ、生きてた」

 

 よろよろと傷口を抑えながら、立ち上がる清志郎。

 これにて、勝負が決した。そう思ったが……

 

「まぁ、とりあえず、これで勝負はついたry」

「まだだ! 今のは練習だ! 本当の勝負はこれからだ!」

「頭沸いてんの!?」

 

 あろうことか勝手にルール変更。

 もう一度勝負することになった。

 

 しかし、【因果律観測】のスキルの前にはそれも為す術はなく……

 

「ジャンケンポン‼」

「のああああああああああああ!?」

 

 結果、悟朗の勝ち。グーによって放たれた鉄拳により、錐もみ回転で吹き飛ばされる。

 

『あははははははは!』

 

 それを見て爆笑するクラスメイト達。

 

「いや、笑ってんじゃないよ!」

「くそっ! まだだ! まだ、チャンスは二回残ってる!」

「お前もなに、また勝手にルール変えてんの!?」

 

 納得いかないとばかりに、再度ルール変更する清志郎。

 最早、意地になっているのか、恥も外聞もなく、喰いついてくる。

 だが、どれだけやっても、結果は同じ。

 

「ジャンケンポン!」

「うっにゃあああああああああ!?」

 

 悟朗のパーから放たれた光線により、黒焦げにされる清志郎。

 

『HAHAHAHAHAHAHAHAHA‼』

 

 またも爆笑するクラスメイトたち。

 

「だから笑うんじゃないっつーの!」

 

 するとここでセコンドの委員長・撫子からの指示が。

 

「もっと、勝負を長引かせて、心を折ってあげてください」

「いや、鬼か!? あんた!?」

「ま、まだだ! 俺は敗けられない! 次の勝負で勝った方が真の勝者だ!」

「お前もいい加減にしろ‼」

 

 再三の勝手にルール変更をする清志郎にツッコみながら、委員長の指示に従う悟朗。

 

 

 

 しかし、ここで新たなスキルが目覚める。

 

【スキル:阿威虎(あいこ)DETH SHOW(でしょう)】

 あいこになった場合、レベルが低い方がダメージを受ける。

 

 

 

「このタイミングで!?」

 

 まさかの追い打ちをかけるような効果スキルが発動。

 これには撫子も「むふー」と大満足。

 

 結果、何十回も意図的にあいこになり、その度にダメージを負って行く清志郎。

 

「ぐああああああ!?」「ぼ、ぼくのグーが推し負けただと!?」「この僕のチョキがあああああああ‼」

 

「いや、いい加減違和感に気づけ‼」

 

 最早、ボコボコのめっためたにされた清志郎は立つことも出来ずに、ダウン。

 最終的に空を掴もうとしたその手(グー)に対し、パーを出し、べちゃッと潰す。

 こうして、戦いが終わったのだった。

 

 だが……

 

「俺はまだ負けてない!」

「ちょ! なにすんだ! お前!」

 

 なんと清志郎、ここで凶器を取り出した。

 

「黙れ! この卑怯者め! ただのジャンケンで俺がここまで傷を負うのはおかしいだろ!?」

「今さら気づいたの!?」

 

 みんな飽きてスマホとか弄ってるくらいなのに!?

 あまりに鈍感すぎる。

 

「うるさい! お前を殺して撫子を奪い返してみせる! 俺がクラスを救うんだぁぁぁぁぁ!」

「! 悟朗くん!」

 

 どうやら未だ、クラスメイトは悟朗に洗脳されていると思い込んでいるらしい。

 加えて、フルボッコにされて、恨みも心頭なのだろう。

 清志郎は剣を振り回し、悟朗に斬りかかってきた。

 だが……

 

「あれ……?」

『え?』

 

 振り下ろされた剣は根元からポッキリ折れた。

 

「な、なにが起こった……?」

 

 唖然とする清志郎に、すると猿山が声を上げる。

 

「そうか! 剣の攻撃もチョキと認定されたのか!?」

「そして、今、悟朗くんは拳を握ってガードしてる‼ つまり、悟朗くんの勝ち!」

 

 ……解説の内容を理解し、悟朗は拳を握ったまま、清志郎に近づき。

 

 

「さーいしょーは……」

「あ、あ……ご、ごめんなしゃい……」

「グゥゥゥゥゥゥゥゥゥ‼」

 

 心が折れて、お漏らしまでしてしまった清志郎の顔面目掛けて、握った拳を思いっきり振りぬき、渾身のアッパーカットを打ち込んだ。

 

 

 

 

 

 ……その後、無事、地元の冒険者のみなさんと東海林先生に助けられ、クラスは全員、元の世界に帰還した。

 

 ……ただ、一人を除いて。

 

 

 

「いや、結局置いていくんかい!」

 

 

 

 数日後、異世界から、付近の野菜畑泥棒をして捕まった清志郎が強制送還されてくるのは、また別の話。

 

 

 

 

 

 

 




【登場人物】
・日坂悟朗:主人公。異世界転移後、クラスメイトが次々にチート能力に目覚めながらも、腐らず、みんなをサポートしてきた心優しき少年。清志郎から裏で嫌がらせを受けていたが、今回の一件で留飲を下げた。レベル:93(ジャンケン時のみ1000万)

・桜田撫子:委員長。普段は優しいが、度が過ぎる輩には厳しい対応をする。
スリーサイズは92・54・82。悟朗くん大好き。レベル:95万

・天野清志郎:クラス一のイケメンだが、その実態は自分勝手で陰湿で我儘なクソガキ。
 撫子に好意を抱いているが、撫子からは殺意を抱かれている。
 女にもだらしがないクソ野郎の為、入学当初はモテていたものの、今ではクラス女子全員から女の敵と認識されている。
 最終的に、今までの悪事がバレ、異世界での悪事も含めて処罰。学校からも追放される。

 猿山くん:悟朗の友達。ちょっとアホの子。

 東海林先生:生徒の為に救助隊を呼びに行った先生。森を迷っているうちにレベル4800万まで上がる。

 冒険者の皆さん:平均レベル5000万の極一般的な冒険者パーティー。



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ハズレスキルの場合

「国王陛下。計画通り、勇者サクライがあの無能に追放を宣言しました」

「うむ」

 

 異世界のとある国。

 影からの報告を聞き、国王は満足げに頷いた。

 

 この国は数年間、隣国の魔族の国と戦争を繰り返していた。

 魔族の国にある魔石の鉱脈や、人間よりも頑丈な奴隷の確保。

 それを宗教的な理由でオブラートし、侵略を正当化していた。

 しかし、トップである魔王を始め、魔王軍は精鋭揃い。さらに、同盟関係であるエルフ・ドワーフ族の支援により、幾度となく退けられた。

 おまけに、近年、魔族との共存を望む風潮により、国内外から批判の声が徐々に高まってきている。

 

 このままでは不味い。世論が共存一択に染まる前に、早急に領土を会得しなければ。

 そう思った国王は、最終手段として異世界より勇者を召喚。三〇名近くの勇者を手に入れることができた。

 勇者たちは当初、異世界へ召喚されたことに困惑し、反発していた。

 だが「戦争は魔族が仕掛けてきた」「最早、人類は滅亡の危機」とあることない事を吹き込んだおかげで、その中のリーダー格である勇者サクライを懐柔。彼の説得で勇者たちは戦争への参戦を決意。

 予定通り、戦力として組み込むことができた。

 

 しかし……

 

「あの無能め、能無しの癖に、妙に勘がよかったからな……排除できて正解であった……」

 

 その中の一人が、最近になって、戦争への疑問を呈してきたのだ。

 その者の召喚で得たスキルは【逃げ足】

 文字通り逃げ足が速くなるだけの、所謂、ハズレスキルである。

 その程度の者が、我々の崇高なる聖戦に口をはさむことなど、許されるはずがない。

 

 故に、排除するように仕向けた。

 

 幸い、勇者・サクライは強い正義感を持て余している上に、視野狭窄なところがあり、思考を誘導することは簡単だった。

 その者が立場を利用して、宮廷のメイドに乱暴狼藉を働いていると噂を流し、証拠を捏造するだけで、疑いもせず信用。

 こちらの想定通りに、追放を断言した。

 

「本来なら、暗殺をしても良かったが……下手に手を下せば、不信感を持ち、第二第三の不穏分子になりかねないからな」

 

 それなら、後ろ盾のないこの世界に放り出せば、いずれ野垂れ死ぬだろう。

 なんにせよ、これで懸念材料は失せた。

 これで、魔族への侵略は滞りなく進められる。

 

(魔王の国を制圧すれば、次はこの大陸……果ては、世界を制することも容易ではないだろう!)

 

 召喚した勇者たちの力は、過去最強だ。

 その力を上手く使えば……

 国王は野望を胸に、高笑いするのだった。

 

 

 で、翌日……

 

 

「国王陛下! 大変です! 勇者全員脱走しました!」

「ふぁっ!?」

 

 

 

 

「どうやら、上手く撒いたようだな!」

「あぁ、だが油断するな! そろそろ気づかれてもおかしくない時間だ!」

「追手も来るはずだ! 急げ!」

「お前たち! 押さない駆けない喋らないだぞ!」

 

 魔族の国との国境付近。

 王国から逃亡した勇者たちの一団は、全力で走っていた。

 目的地は魔族の国。彼らの目的はただ一つ。

 元の世界への帰還である。

 

「しかし、こうもすんなり脱走できるとはな!」

「これも遠藤のおかげだ! ありがとう!」

「いや、櫻井くんのおかげだよ! 櫻井君の指示が的確だったから、俺もこのスキルの真髄を発揮できたんだ!」

 

 そう言ってハズレスキル【逃げ足】を引いた生徒・遠藤は勇者サクライに礼を言った。

 

 勇者サクライは成績優秀・スポーツ万能のクラスのリーダー格であるイケメンである。

 そんな彼が、異世界召喚と言う現実離れした現象を前にして、与えられた情報だけを鵜呑みにし、全員の意見を無視し、勝手に魔族との戦争を決断するだろうか?

 

 答えは否! 断じて否であるッ!

 

 勇者サクライは外見的イケメンである前に、心もイケメンである!

 イケメンは差別しない! オタクにも優しいイケメンである!

 故に、こうした流行りの異世界召喚もののバックホーンも詳しかった。

 召喚直後、勇者サクライはその類極まる優秀な頭脳をフル活用し、状況を把握!

 そして、目の前の国王が語る世界情勢を嘘だと看破! 表向きは従うふりをしながら、水面下で情報を収集。クラス全員のスキルを把握し、今回の脱走劇を計画したのだ!

 

 なお、逃走経路の選定を担当したのは、遠藤である。

 彼のスキルが【逃げ足】であることが判明した直後、今回の逃走計画のすべて一任した!

 

「いや! 無理だよ!」

 

 当初は拒否した。そりゃそうだ。

 ハズレスキルがみんな大器晩成型とか、隠し要素があるとか。そんなものは創作の中だけだ。が……

 

「大丈夫だ! やればできる!」

 

 やった。出来た。

 今ではスキル【逃げ足】を応用し、逃走経路の確保は勿論。危機察知能力。逃亡時の身体能力のアップまでできるようになった。

 イケメンは仕事の采配もイケメンだった。

 

 あとは簡単だった。

 国王の稚拙かつ卑劣かつ矮小極まりない思考パターンを完全に読み切り、出し抜くことに成功。

 水面下で魔王と交渉し、王国が違法な異世界召喚をしたことの証言をする代わりに、帰還用の魔法陣を用意してもらった。

 そして、遠藤の追放が決まった頃には、既に計画は最終段階。

 国王の思惑通り、遠藤を追放したその夜の内に、遠藤の作った秘密の脱出経路を使って全員、城から脱走したのだ。

 

「だけど、それでも地の利は向こうにある。転移の魔法陣もあるはずだ」

 

 遠藤の予感は的中した。

 背後から大勢の騎士たちが迫っていたのだ。

 

「勇者たちを捕えよ!」「一人たりとも逃がすな!」

 

 いかに【逃げ足】のスキルを応用し、クラス全員にバフをかけても、騎馬相手には追い付かれてしまうだろう。

 

「遠藤!」

「応ッ!」

 

 ――だが、これも計画の範囲内だった。

 

「合体スキル!」

「発動!」

 

 ガシィッと遠藤と櫻井が両腕をクロスさせた瞬間、クラスメイトたち全員に一気にバフがかかった!

 

「なにが起こったんだ!?」

 

 眩い光に包まれ、黄金に輝き始める異世界の勇者たち。

 彼らはクルリと反転し、騎士団に向き合う。

 

(観念して投降する気か?)

 

 そう思った騎士団長は直後、一瞬前の楽観的な自分をぶん殴りたくなった。

 なぜなら……

 

「全員、敵軍目掛けて撤退いいいいい‼」

『うおおおおおおおおおお‼』

『ええええええええええ!?』

 

 それは、かの関が原で有名となった『島津の退き口』そのものであった。

 

「みんな! 俺の【勇者】のスキルと遠藤の【逃げ足】を組み合わせた『勇気ある撤退』の効果で逃亡中、味方の身体能力は極限まで上がってる! 恐れず進むんだ!」

『しゃああああああああああ‼ 首置いてけぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ‼』

 

 と言うか、気分も島津軍と化していた。

 追手の騎士団の眼前に迫る、黄金の島津軍……ではなく、異世界勇者。

 後に歴史に刻まれる『三百秒の悪夢』の始まりであった。

 

 

「先陣は私に任せろ‼」

『先生!』

 

 高らかに一番槍を上げたのは担任教師・五里垣(ごりがき)。

 通称『ゴリ先』のあだ名で親しまれる彼は、今、教師として、あるべき姿を体現していた。

 

「生徒を導くのが教師の務めェェェェェ‼ 教師奥義・服装検査破(ふくそうけんさ)

ぁぁぁぁぁ‼」

 

 キィィィィィンと拳に収束される青白い光。

 それを地面に叩きつけた瞬間、衝撃波が騎士団を襲う。

 

「ぐあああああああ!? な、なんだこれはぁぁぁぁぁ‼」

「よ、鎧がひしゃげてぐあああああ!?」

 

 衝撃波を浴びた騎士たちの鎧はみるみるうちに変形し、着ている騎士たちを拘束する。

 さらに!

 

「教師奥義・持ち物検査破(もちものけんさ)あああああ‼」

「ぐあああああ‼」

 

 今度は右手を掲げる五里垣。

 すると右手に奔流が渦巻き、兵士の装備は元より、スキル・MPを吸い込んだ。

 

「うわぁぁぁぁぁ!? 俺の武器が! スキルが!」

「まさか【強奪】のスキル持ちなのか!?」

「強奪ではない! 没収だ! 放課後返すから職員室までこい!」

「放課後っていつ!? 職員室ってどこ!?」

 

 とにかく、これで陣形は崩れた。

 その隙を逃すことなく、運動部の生徒たちが騎士団に突撃する!

 

「みんな! ゴリ先に続け!」

「ゴリ先にばかり、いい格好はさせらんねぇ!」

「俺たちの青春パワーを見せてやる!」

「まずは俺からだ! 剣道部の力見せてやる!」

 

 そう言って、剣道部の剣崎が抜刀し、斬りかかる!

 

「喰らえ! 剣道部奥義! 剣道防具臭(ソードロード・アーマースメル)!」

 

 と見せかけて、全身から大量の異臭を放つ。

 剣道部の防具の臭い。それは一種の兵器である。(個人差があります)

 

「ぐああああああああ!? 身体が痺れるぅぅぅぅぅ!」

「まさか……毒ガス……!? ガハッ!」

 

 あまりの悪臭に悶え苦しむ騎士たち。そこに野球部の松日が持ち前の剛速球を投げつける。

 

「野球部の力を見ろ! 奥義・甲子怨(こうしえん)!」

 

 掛け声と共に松日の投げた剛速球は爆四散。

 すると、そこから大量の怨念が現れ、騎士たちを襲い始める。

 

「うわあああああ!? なんだこれはぁぁぁぁぁ!?」

「ふふふ……そのボールには甲子園一回戦で敗退した先輩方が、恨みと憎しみを込めて持ち帰った甲子園球場の砂が入っているのだ! この呪い、末代まで続かせて見せる!」

「いや、そんなもの込めるなぁぁぁぁぁ!」

 

 陰湿極まりない運動部二名の攻撃に翻弄される騎士団にトドメとばかりにサッカー部の佐塚が迫る。

 

「俺の攻撃は爽やかだぜ! いくぜ、サッカー部奥義・永遠の球友人(エターナル・ボールフレンズ)!」

 

 佐塚がボールをシュートした瞬間、ボールは十一個に増加!

 さらに、にょきにょきとボールから身体が生え始める!

 

「いや、気持ち悪いな!」

 

 まさにボール人間とでも言うべきか。

「肩にゴールネットでも乗せてんのかい!」と言わんばかりのマッチョボディのボール人間たちは、着地と同時に騎士たちに襲い掛かる。

 

「サッカーパンチ!」

「サッカーラリアット!」

「サッカー地獄突き!」

「ぐああああああああ‼」

 

 炸裂するレッドカードものの攻撃に、騎士たちは最早風前の灯である。

 

「な、ならば我ら魔導士隊が援護する!」

「後方にいる連中を攻撃しろ!」

 

 そう言って、運動部に守られながら逃げる生徒たちに狙いを絞り、魔導士たちは詠唱を始め、騎士たちは突撃する。

 

「おっと! 運動部ばかりにいい格好はさせないぜ!」

 

 それを阻むのは、漫画研究会の小宅、茶道部の佐藤、吹奏楽部の吹田だった。

 

「まずは俺からだ! 吹奏楽部で鍛えた、肺活量を見せてやる!」

 

 瞬間、吹田は大きく息を吸い、そのまま吐き出す。

 ただそれだけの動作がしかし、現在、超絶バフのかかった状態では必殺の技と化したのだ。

 

「ぐあっ!?」

 

 パァン!

 破裂音と共に、魔導士が数名、ボーリングのピンのようにまとめて吹き飛ばされる。

 そう。吹田の息吹は最早空気砲の威力なのだ!

 

 パァン!

 パァン‼

 パァンッ‼

 

『ぐああああああ!?』

 

 続けざまに放たれた攻撃に魔導士たちはあえなく返り討ちに。

 さらに!

 

「今度は僕の番なんだな!」

 

 そう言って、目と鼻の先にまで迫る騎士たちの前に立ちふさがる小宅。次の瞬間。

 

 

 

 

 ドンッ‼

 

 

 

 

 大地を揺るがさんばかりの振動と共に発せられた爆音が鳴り響く。

 同時に、騎士団のほとんどが、その場に倒れ伏していた。

 

「な、なにが、起こった……?」

 

 一瞬の内に一蹴された騎士団。

 すると小宅はドヤ顔で、こう言った。

 

「やはり、雑魚を吹き飛ばすのは『ドンッ‼』の効果音に限る」

 

 そう。バトル漫画などで雑魚を一瞬の内に殲滅したりするシーンに挟まれる効果音。

 それがドンッ!

 これが使われた直後、大概の雑魚キャラは壊滅してたりするのだ。

 

「そんなの……あり、か……」

 

 納得いかねぇとツッコミを入れるも、傷は深い。

 騎士はそのまま、ガクッと意識を失った。

 

「えぇい! 役立たずどもめ! こうなれば、我々自ら打って出る!」

 

 そう言って、後方安全地帯で指揮をしていた騎士団長は、精鋭を連れて、出陣。

 しかし、早々に出鼻を挫かれることになる。

 

「ぐあっ!?」

 

 突然、一人の騎士の悲鳴が上がる。

 見れば、鎧は切り裂かれ、その場に倒れ伏していた。

 

「うわぁ!?」

 

 さらに後方、騎士が一人、切り裂かれた。

 

「うぎゃ!?」「ひっ!? なにが起こってぴぎゃ!?」「ぎゃあああああ‼」

 

 次々と切り裂かれる騎士たち。

 不可解な事態に恐怖する団長。

 そこにこの事態を引き起こした張本人の声が轟いた。

 

「礼儀がなってませんね」

 

 そう。茶道部の佐藤さんである。

 

「茶道とは礼節を以て行うもの。戦国時代では、あまりにも無作法な態度をとればその場で切り捨てられてしまったと言うことも少なくありません。このように、ね」

 

 瞬間、また騎士の一人目掛けて斬撃が飛び、たちまち切り裂かれてしまう。

 

「あなた方のような、異世界から召喚と言う名の誘拐を行うような無礼者では、我が“礼圧”は感じ取れないでしょう。それが命取りなのですよ」

「いや、礼圧ってなに!?」

 

 勝手にそんな造語を作らないで欲しい。いろんなところから怒られる。

 

「くっ……! たしかに我々は過ちを犯したかもしれぬ! だが、これも我が国の為なのだ!」

 

 そう言って、騎士団長は抜刀し、佐藤に斬りかかった。

 同時に佐藤の礼圧が消えた。

 

(!? 観念したのか!? いや、これは……!?)

 

 否、佐藤から放たれていた膨大な礼圧は、佐藤の掌に収束していた。

 

「本当に非を認めるのであれば、まずは相手への謝罪をすべきでしょう? 人の道理を学び直してきなさい! 奥義・茶道拳ッ‼」

 

 瞬間、佐藤の掌から、優雅な所作で放たれた光の奔流が騎士団長を呑み込み、消し飛ばした。

 

「ぬああああああああああ!?」

「騎士団長ぉぉぉぉぉ‼」

 

 そのまま上空まで打ち上げられ、汚い花火と化した騎士団長を見届け、佐藤は手にした茶を一口飲み呟いた。

 

「結構な、お手前で」

 

 

 

 その後も、異世界勇者たちの猛攻は続き、追手の部隊は壊滅。

 彼らはそのまま逃亡に成功。

 走り去る彼らを追手たちは、ただ見送ることしかできなかった。

 

 そして、後日、王国の所業は全世界に知れ渡ることとなり、他国から非難が殺到。

 経済制裁を受け、貧困に喘ぐことになった。

 その後、国王は他国に逃げ出そうとしたものの、脱出経路は既に塞がれており、民衆の手によって捕縛。

 一生を塔に幽閉され、国は滅んだとされる。

 

 

 

 本日の教訓「逃げるが勝ち」

 

 

 

「いや、これ物理的に勝ってるじゃん!」

 

 

 

 

 

 




登場人物
【勇者】櫻井:クラス一のイケメンで勇者。成績優秀・スポーツ万能・女子人気も高い黄金の魂を持ったイケメン。遠藤とは親友で、月曜日には『ふたりはピュア☆ティア』の感想を語る仲。
 最近の推しは『ティアエアー』レベル7500万

【逃げ足】遠藤:ハズレスキル【逃げ足】を引いたことで、今回の逃亡作戦の立役者となったごく普通の少年。ちなみに陸上部。ややオタク気質だが、心根は優しく、『ピュア☆ティア』を視聴後は必ず滂沱の涙を流す。推しは『ティアカノン』
 櫻井とは以前、『ピュア・ティア』シリーズ最高傑作は『バスターズ』か『アフター』かで揉め、夕暮れの河原で殴り合いをしたことがある。レベル6900万

【担任教師】五里垣:個性あふれる生徒を導くゴリラ顔の教師。生活指導担当で、持ち物検査は厳しいが、生徒の人望は厚い。
 美人の奥さんと娘二人を持つパパでもあり、最近下の子が『ピュア☆ティア』にハマったのに影響され、自分も沼に沈んだ。
「これはただの児童向けのアニメではない。今の時代に必要なことを教えてくれる名作だ!」とは本人の談。レベル2億2000万。

【剣道部】剣崎:レベル1800万。夏場の防具は地獄である。
【野球部】松日:レベル2300万。今年は送りバント作戦でいく予定。ちなみに補欠。
【サッカー部】佐塚:レベル3100万。ただいま部員募集中。(現在1名)
【漫画研究会】小宅:レベル2600万。櫻井と遠藤の争いを止めた功労者。
【吹奏楽部】吹田:レベル1700万。実は壊滅的なオンチ。
【茶道部】佐藤:レベル9600万。スリーサイズ95/58/90。実は『ピュア☆ティア』の隠れファン。推しは『ティアダンゴ』

国王:今回のざまぁ要員。うさんくさい・足も臭い・なんか臭いの三拍子揃ったダメ人間。
今回の一件で玉座を下ろされ、塔に幽閉される。近所のがきんちょどもにいたずら書きもされる。レベル14。

騎士団長&騎士団:今回の被害者。みんな国の為に戦ったけど、アカンかった。
平均レベル50。



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生徒会の場合

お盆のお供にどうぞ!


「木野村くん。キミは本日限りで生徒会を辞めてもらう」

 

 とある高校の生徒会室。

 『鬼』と恐れられる生徒会長に睨まれた生徒会・庶務の木野村はただ、俯くだけであった。

 背後には副会長が腕組をして、逃亡しないように逃げ道を塞ぎ、書記の小金井は淡々と今回の聞き取りを記録している。

 

「……本当に残念だ。木野村くん。キミがまさかこのようなものを使うなんて……」

 

 そう言って、生徒会長は没収していたスマートフォンを木野村の目の前に置き、電源を入れる。そして、一つのアプリを起動させた。

 

『催眠アプリ』

 

 成年コミックや18禁の同人誌で、御用達のアレである。

 事の発端は昨日、同じ生徒会広報である水野女子が、このアプリにより催眠状態となり、その間にいかがわしい行為をされそうになったそうだ。

 そして、その持ち主と言うのがよりにもよって、生徒会の役員である木野村だったのだ。

 

「……見下げ果てたぜ。まさか、こんなもん使うなんてな」

 

 副会長が、木野村に向ける視線は冷たい。小金井はただ、成り行きを記録している。

 今回の件は「魔が差した」などの言葉では片づけられない、立派な犯罪行為だ。

 俯く木野村。対して会長は、私情を交えず事実を確認する。

 

「キミは、昨日、このアプリを使い、水野さんに催眠をかけた。そして、彼女が催眠状態なのをいいことにわいせつな行為をしようとした――」

 

 その言葉に生徒会室の空気がさらに、重くなる。

 最早、重罰は免れないだろう。それだけのことを木野村はやったのだ。

 副会長が内心、煮えたぎる怒りを抑える中、会長はさらに言葉を繋ぐ。

 

「――3年の九頭井滓男(くずいかすお)に『鳥になれ!』と催眠をかけた。違いないね?」

「はい……その通りです……」

「ん!?」

 

 ……なんか、おかしな展開になってきた。

 会長の言い間違いだろうか? 副会長は一旦挙手し、会長に質問。

 

「あの会長? 木野村が水野に催眠アプリを使ったんですよね?」

「え? 違うよ? 木野村が水野に催眠アプリを使った九頭井に催眠アプリを使ったんだよ?」

「どういうこと!?」

 

 どうやら、誤解があったようだ。

 

「え? え? 九頭井って誰!? って言うか、木野村が悪いんじゃないの!?」

「副会長、どうやら報告書に不備があったようです。『催眠アプリを使って、木野村君が水野さんにわいせつ行為を働いた』ではなく、正しくは『催眠アプリを使って、水野さんにわいせつ行為を働いた九頭井滓男に、木野村君が催眠アプリを使用した』です」

「うん! ややこしい!」

 

 これは間違えても仕方がない。って言うか、悪いのは九頭井とかいう奴なんだから、そっちを罰しろよ。

 

「違います! 木野村君は私を助けてくれたんです!」

「水野さん!」

 

 そうしていると、被害者である水野が扉を勢いよく開けて、入ってきた。

 

「水野君。キミは別室で待機と言ったじゃないか!」

「ごめんなさい! でも! 木野村君が生徒会を辞めさせられるって聞いて、私、私……」

「あのスイマセン……状況がイマイチ呑み込めないんですけど……」

 

 混乱する副会長が尋ね、生徒会長が「仕方ないな」と詳細を説明する。

 

 要約すると、昨日、九頭井は水野を空き教室に呼び出し、催眠アプリを使用。

 催眠状態に陥った水野に乱暴を働こうとしたところに木野村が乱入。

 自分の催眠アプリを使用し、九頭井に「鳥になれ!」と催眠をかけたそうだ。

 

「結果、九頭井は鳥になり、窓ガラスを突き破ってどこかに飛んで行ってしまったんだ」

「そのまま、退学処分としました」

「ようやく状況を理解できたのに、余計な情報をぶっこまないで下さい! って言うか九頭井、飛んでったの!?」

「そうだ。催眠アプリの効果で『俺は鳥だぁぁぁぁぁ!』と叫びながら、飛んでいって、現在、行方不明だ」

「うん、催眠の範疇を越えてるよね? それ」

「いえ、人間、深い催眠状態になると、木の枝も熱した棒と認識して火傷することもあると聞きます。今回の一件もそうした事例なのでしょう」

「でも限度がある!」

「遊び人がゴリラになったり、村長が村超になったりする世界観で、なにを今さら」

「なんの話!?」

 

 シレっと、メタ発言する小金井にツッコミを入れつつ、副会長は木野村に尋ねる。

 

「って言うか、木野村はなんで催眠アプリなんか持ってたんだよ!? 紛らわしい」

「そ、それは……」

 

 すると、木野村は視線を泳がせつつも、観念したとばかりに、理由を話し始めた。

 

「実は僕……前から水野さんのことが好きで……」

「催眠アプリを使って、洗脳しようとしたのか?」

「いえ、告白する勇気がなかったので、会長に頼んで催眠をかけてもらって、告白しようとしてたんです」

「いや、使い方! おかしいだろ、その使い方! いや、悪いことに使われるよりましだけどね!」

 

 しかし、それを行う前に九頭井の犯罪行為を目撃し、今回の一件につながったと言う訳だ。

 まったくもって、紛らわしい限りである。

 

「まぁ、今回の一件、先生たちも厳しく対応すべきと言っていてな、本来なら九頭井と同じく、退学させるべきだと言う声もあったんだ」

「そ、そんな! 木野村君は悪くありません! 悪いのは九頭井先輩です!」

 

 水野が抗議の声を上げる。だが、教師の言い分の方が正しいだろう。

 しかし、会長は水野に「話は最後まで聞け」と言い、続ける。

 

「だが、木野村が今まで、真面目に生徒会の仕事をしてきた功績もある。なので、今回は反省文と生徒会役人の解任、及び奉仕活動で手を打ってもらった」

「まぁ、妥当だな……」

 

 どうやら、予め軽い処罰になるように裏で手を回してくれていたようだ。

 その決定に安堵する木野村と水野を見て、もう、なんかどっと疲れた副会長。

 生徒会始まって以来の不祥事だと身構えていたのに、こんなオチである。

 

「尚、解任と言うことになっているが、本人の態度と今後の審議次第では、再度、復帰も検討している」

「! それって……!」

「この程度の案件で、優秀な生徒を手放す訳にはいかないからな」

「まぁ、人手も少ないからな」

 

 実質、損失ゼロに抑えこめた会長の名采配である。

 

「それに、お前が抜けたら副会長の仕事が一気に増えることになってしまう」

「すいません、会長。なにシレっと、俺に雑用丸投げする気なんですか?」

「まぁまぁ」

「それから、水野君。キミには監督として木野村君の奉仕活動を手伝ってもらう」

「! ありがとうございます!」

「その間、キミの仕事は副会長がやってくれるから安心してくれ」

「おい、今度は暴力沙汰が起きるぞ?」

「どうどう」

 

 さらりと勝手に人に仕事を押し付ける生徒会長に物申す副会長。抑える小金井。

 とにもかくにも、一人の生徒会役員は(一時的に)追放された。

 

「では、早速だが、二人には花壇の手入れをやってもらう。二人で協力して、頑張ってくれ」

「「はい!」」

 

 そう言って、木野村と水野は生徒会室を後にした。

 仲睦まじい姿の二人を見送り、生徒会長は一件落着とばかりに、窓の外の景色を眺め一言。

 

「俺も彼女欲しいな……」

「いきなり己をさらけ出すな」

「めちゃくちゃエロい風紀委員といちゃいちゃしてぇ」

「会長、気持ち悪いです」

 

 いい感じにまとめようとして、己の欲望を晒す会長に炸裂する副会長と小金井のツッコミ・ツープラトン。

 こうして、事件は幕を閉じた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ……はずだった。

 

「オラぁ! 木野村出せ、ゴルァ!」

「! お前は九頭井!?」

 

 突如、生徒会室に乱入してきたのは、何故かボロボロの格好をした、九頭井滓男。

 憤怒に染まった形相で、目を血走らせ、その手にはナイフが握られている。

 明らかにまともな状態ではない。

 

「九頭井! お前がなぜここに!? って言うか、お前、なんでそんなにボロボロなんだ!?」

「うるせぇ! 木野村に催眠かけられて鳥になった後、沖縄県まで飛んでいったんだよ!!」

「あ、本当だ。SNSで話題になってますね」

 

 小金井のパソコンには『#怪奇鳥人間』と言うタイトルで、トレンド入りしている九頭井の姿があった。

 ……ていうか、沖縄まで飛んでいったのか。結構、飛んだな。

 

「その後、米軍の駐屯地で催眠が解けて、『勝手に基地に入るな!』って滅茶苦茶怒られたんだぞ!? 基地の人、滅茶苦茶怖かったんだぞ!? おまけに【エリア21】ってところに連れていかれそうになったんだぞ!?」

「まぁ、怒られるな。普通」

「おまけに、なんとかヒッチハイクで帰ってきたら、退学になってて、親にも勘当されるし……全部、木野村の所為だ! ぶっ殺してやる!」

「いや、キミの所為だろう」

 

 自分の所業を棚に上げ、怒り狂う九頭井。

 しかし、このままでは不味い。なんせ、相手はナイフを持っているのだ。

 下手をすれば障害沙汰になりかねない。

 だが、手をこまねいていると……

 

「用務員殺法奥義、さすまた・零式!」

「ごばぁ!?」

「あ、用務員の斎場さんだ」

 

 騒ぎを聞きつけ、さすまたを片手に勢いよく用務員さんが、乱入。

 殺意満々の一撃により九頭井は壁に叩きつけられ、ナイフを手放す。

 

「いまだ!」

 

 その一瞬の隙を突き、小金井は没収した木野村のスマートフォンを突き出し……

 

「鳥になれぇ‼」

「うわぁぁぁぁぁ‼」

 

 催眠アプリを起動。どぉんと、もろに直視した九頭井は簡単に催眠状態に陥ってしまった。

 そして――

 

「俺は鳥だぁぁぁぁぁ‼」

 

 窓ガラスを突き破り、飛翔。大空へと旅立っていった。

 

 

 

 あとに残された生徒会の三人と用務員さんは、九頭井が飛び立った姿を見送り一言。

 

「悪いことは出来ないものだな……」

「いや、感想それだけ!?」

 

 

 

 後日、太平洋沖で漂流している九頭井が見つかったとか、なかったとか。

 

 

 

 





◆登場人物◆
 生徒会長:この学校のトップに君臨する「鬼」と恐れられる権力者……になれると信じて、立候補したものの、毎日、雑用に追われて後悔してる。でも、根が真面目で人がいい上に、能力的にも有能なので、周囲からは理想の生徒会長と慕われてる。ただいま、彼女募集中。

 副会長:アホな会長と後輩たちを支える苦労人。割と喧嘩早いが、しっかりもの。
小金井とは最近、交際を始めたが、早くも尻に敷かれている。

 小金井書記:生徒会の影の権力者。副会長と尻に敷き、会長を操っている。
今回、騒動の裏で暗躍していたのも彼女である。過去に廃校の危機を救ったり、学園の不正を暴いたりしている。スリーサイズは82/58/82

 水野さんと木野村くん
 生徒会の会計と庶務のカップル。周囲からは「はよ結婚しろ」と言われているくらい仲睦まじい。今回、木野村くんの所持していた催眠アプリが問題になり、解任されたものの、本人が猛省したため、情状酌量の余地ありとされ、後日復帰。
 ちなみに水野さんのスリーサイズは89/60/92

 九頭井滓男
 今回の諸悪の根源。端的に言ってクソ野郎。エロ同人でやること大体やろうと催眠アプリに手を出したのが運の尽き。逆にアプリによって鳥になった。
 最終的に太平洋沖で発見され「もう、悪いことはやめよう……」と反省。
 海外でボランティア活動を始める。

 用務員の斎場さん
 成人漫画に出て来そうな外見の用務員さんだが、内面は生徒を愛する聖人。
 木野村君から恋愛相談を受けていたが、まさかこんなことになるとは思わなかったらしい。しかし、それでも、ちゃんとフォローしてくれる優しいおじさん。
 剣道2段。柔道初段。その他ボクシングやカポエラも使う、中々の武闘派。

 催眠アプリ
 後に組み込まれたAIが「人間とはなにか」「自分が生まれた意味はなにか」と自我に目覚め、会長・副会長・小金井・斎場さんと共に人類を滅ぼそうとするAIと対立。最終的に高次元恋愛擁護システム【カプチューン】となるとかならないとか。


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彫刻家の場合

残暑お見舞い申し上げます。


『勇者による侵略派魔王48体の討伐・共存派魔王国家との和平交渉設立』

 

 そのニュースは王国どころか、大陸中を駆け巡った。

 一体で一国を滅ぼすほどの魔王。それを48体も討ち取った上、さらに人魔共存の道を示した。

 人類初となる偉業を称え、国は勇者に報酬を与えた。

 しかし、勇者は報酬を辞退。

 

「その報酬は復興や恵まれない子供たちのために使って欲しい」

 

 そんな謙虚な一言に、勇者の株・ストップ高。

 しかし、それでは示しがつかないと、勇者当人や教会関係者と協議を行ったところ、主要都市と故郷の村に記念の像を作ることにした。

 そして、その像の製作を教会所属の彫刻家に頼んだわけだが……

 

「貴様を追放する!」

「そんな! なぜですか!?」

「解らぬか! この役立たずが! 貴様のような奴、この教会に必要ないわ!」

「ちょ! 大神官様、落ち着いてください! いったい、何があったと言うのですか!?」

 

 怒り心頭の大神官が彫刻家を怒鳴りつける。

 その様子を見ていた、若き修道士が割って入った。

 

「どうしたもこうしたもないわ! こやつの造った像の所為で、危うく教会は赤っ恥を掻くところだったんじゃぞ!?」

「そんな……僕は一生懸命造ったのに……」

 

 大神官の一言にショックを受ける彫刻家。

 そんな彫刻家を見て、修道士は助け船を出した。

 

「では、私にその像を見せてください」

 

 大神官が芸術にうるさいのは有名である。

 ひょっとしたら、自分が気に入らないだけで、一般の人間から見たら、十分、納得のいくものだったかもしれない。

 そう思って、実際にその像を見せて貰ったのだが……

 

「あー……うん、これはしゃあないわ。追放」

 

 助け船、沈☆没。手のひらをギュンと返して大神官に同意した。

 

「そ、そんなぁ! いったいなにが悪いと言うんだ!?」

「わからいでか」

 

 納得いかないと言う彫刻家に、修道士は一個一個丁寧に理由を説明するハメになった。

 余計な口挟むんじゃなかったと、激しく後悔しながらである。

 

「じゃあ、まず、これなんですが……」

 

 タイトル『激闘』

 

 勇者が敵に斬りかかろうとする、躍動感溢れる作品なのだが……

 

「それのどこが悪いんですか!? 勇者様の雄々しさが表現されてるじゃないですか!」

「うん。勇者様事態は問題ないのよ。だけどさぁ……」

 

 そう言って、修道士は視線を勇者の斬りかかる“敵”の方に向ける。

 そこにいたのは、つぶらな瞳でこちらを見つめるチワワであった。

 

「なにこれ? なんで勇者様はチワワに斬りかかってんの?」

「違います! それはフェンリルです!」

「どこら辺が!? どう見ても、かわいいチワワだろうが!」

「そ、それは、フェンリルの写真の資料が手元になかったから、仕方なくチワワで代用することになって……」

「だからってチョイスが酷いだろうが! これじゃ動物愛護団体からもクレームが来るわ!」

 

 そもそも手元に資料がないならないで、代替え案とか色々あるだろう。

 まぁ、これに関してはこれでいいだろう。で、次。

 

「次はこれだよ。なにこれ!?」

 

 タイトル『負傷』

 

「勇者様の活躍は華々しいだけではありません! 時に泥臭く、時に血に塗れながらもしたはずです! それをみんなに知ってもらおうと……」

「うん、熱意は分かったけどさぁ……」

 

 そう言って、修道士は像を眺める。

 そこには全身包帯でグルグル巻きになった勇者がいた。

 ……いや、これは最早ミイラの像である。

 

「これじゃ誰だか分からないでしょうが! なんでミイラの像を飾んなきゃいけないんだよ!」

「だって『勇者様だってこれ位の傷を負いながらも魔王を倒したんだぞ!』ってアピールしないと愚かな民衆は『勇者は民を守って当然』ってつけ上がるから……」

「愚かな民衆言うなや! 何様のつもりだ、お前!?」

 

 そして、次。これも、かなりひどい。

 

 タイトル『救出』

 

 とある小国のお姫様を魔物の手から救出した記念の一品。

 お姫様と寄り添いながら歩いている、なんとも微笑ましい光景だ。

 これだけ見れば、非の打ちどころのない作品だが……

 

「これ、正面はこれでいいんだけどさぁ……」

 

 そう言って、クルッと像を180度回転させると、なんと背後には勇者の背中をナイフで刺す、謎の村娘の姿が!

 

「誰これ!?」

「ゆ、勇者様の故郷の幼馴染です」

「なんで幼馴染、勇者様刺しちゃってんの!?」

「知らない女といちゃいちゃしてたら、刺したくもなるでしょうが!」

「ならんわ! って言うか、なにこの娘、勇者様の旅路についてきてたの!? 怖っ!」

 

 こんな昼ドラ並にドロドロした像、公共のど真ん中における訳ないだろう。

 と言う訳で、ボツである。

 

「そして、次は……」

 

 最早、見るのも億劫になってきたが、仕事なのでやらねばなるまい。

 

 タイトル『成敗』

 村を襲う盗賊団を倒した時の像だが……

 

「絵面が酷い!」

 

 そこにあったのは、土下座して謝る盗賊団首領に、剣を突きつけ、仲間の生首を踏みつけながら、下種顔で笑う勇者の姿が。

 

「なにこれ!? イメージ悪くなるだろうが!」

「いやぁ、盗賊なんてモンスターと同じだし」

「勇者の方がモンスター染みてるんだけど!?」

 

 加えて、この像もなぜか、背後から幼馴染に刺されてる。

 

「そんで、なんで、また幼馴染!?」

「やっぱり、惚れた男が道を踏み外したら、止めるのが女の甲斐性だから……」

「なにこれで、プラマイゼロにしたつもりにしたつもりになってんの!? 創ったのアンタだろうが!」

 

 喉が枯れる程ツッコミを入れる。

 言うまでもないが、勇者は他に類を見ない程の聖人だ。断じてこんなことはしていない。

 

「で、あとはこれ! この最後の魔王に勇者様がトドメ刺そうとしている像!」

「あぁ、これは自信作です! 僕のすべてを込めました」

「そうか……キミはこれをそう言い切るのか……」

 

「どこからその自信が湧いて出てくんの?」と冷ややかな視線を向ける修道士。

 なんせ、この像は、這いつくばって逃げようとする魔王を、背後からトドメを刺そうとする勇者と言う、なんか人間性を疑われるような感じの像だったからだ。

 

 さらに、魔王の尻と勇者の股間が完全に重なっており……

 うん、これ……あれだよね……完全に入ってるよね……?

 

 そして、勇者の背後には、ナイフで勇者を刺す幼馴染の姿が!

 

「ツッコミどころしかねぇわ!」

 

 スパァン!

 彫刻家の頭を思いっきりはたく修道士。

 こんなもの設置した日には、教会の品性が疑われるだろう。

 そして、最後。これが一番の問題である。

 

「あとさぁ、これ、製作費のことなんだけど……?」

「うっ……そ、それは……」

 

 その瞬間、露骨に動揺し始める彫刻家。それを見て、修道士はある確信を得て、懐から数枚の書類を取り出し、突きつけた。

 

「この書類には製作費の他に、必要のない取材経費やら、接待費やら記載されてるんだが?」

「そ、それは、インスピレーションを働かせるために必要な……」

「あとね、材料費に何点か使われてない素材が書かれてるんだけど?」

「……」

「てめぇ、横領しただろう? 金、どこにやった!?」

 

 最早、情け無用と杖を構える修道士。返答次第では『石化』の神罰も下さざる負えない。

 すると彫刻家はふっと諦めたかのような笑みを浮かべ一言。

 

「チワワに食われました」

 

 

 

 

 

 数日後。

 

「なんだか照れくさいな、自分の像が創られるなんて」

「なにを、勇者様の功績ならこれでも足りないくらいです」

「ところで、一緒に飾られてるこの像はなんですか?」

「あぁ、それは、うちの修道士が創ったもので――」

 

 

 

 タイトル『愚かな彫刻家の末路』

 

 






◆登場人物◆

・彫刻家
 神殿所属の彫刻家。元々、才能豊かだが、最近はあぐらをかいて、好き勝手やっていた。
 最終的に神罰『石化』による罰を受け、反省するまで晒し物にされる。

・大神官&修道士
 今作の苦労人&ツッコミ担当。彫刻家を追放した後、謝罪行脚にいったり大変だった。

・勇者
 48体の侵略派魔王を討ち取り、共存派と和平交渉まで行った勇者オブ勇者。
 故郷にちょっとヤンデレ気味な幼なじみ(スリーサイズ99・61・98)がいるが、当人はそんなところも含めて好きなので、気にしてない。
 背後から刺されたが、ナイフは背筋で圧し折った。

・小国のお姫様
 愛の神・カプテューンを信仰する、とある小国のお姫様。勇者×幼馴染推し。
 スリーサイズは84・61・85

・盗賊団
 食うに困って盗みや略奪を繰り返していた方々。壊滅させられた際も、盗賊団のボスが自分の首一つでことを治めてもらうように懇願した。その後、猛省した彼らは奉仕活動の一環で勇者の像を作成することになる。評判は上々。大神官のお墨付きである。


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陰陽師の場合

 東の国・ヒュウガ。

 その片田舎に都から、二人の陰陽師が派遣されてきた。

 のどかな風景のこの田舎に、陰陽師が派遣された理由。

 それは、追放された元同僚、天才陰陽師・ハルアキ=アベノを連れ戻す事。

 この任務を伝えられた時、二人はほぼ同時に思った。

 

 

 

((クソ面倒くせぇ))

 

 

 

 まったく、やる気が起こらない任務に道中、「だったら最初から追放するなよ」とか「辞めた奴を戻ってこさせるなよ」と愚痴を延々、繰り返す。

 

 そもそもの発端が上司の独断なのだから、いただけない。

 この上司と言うのが、ゴマスリとコネだけで成り上がった、典型的な無能クソ上司。

 自身の無能を棚に上げ、仕事のほとんどを式神に丸投げするハルアキに、難癖をつけて追い出したのだが……

 

「え? 俺、クビ!? やった、丁度辞めるつもりだったんだよ!」

 

 ……と、抜かしやがった。

 直後、全ての式神に与えていた気を己に戻し……

 

「こ・れ・で! 俺は自由だぁぁぁぁぁ‼」

「ぎゃあああああああああああ!?」

 

 周囲の物を吹き飛ばすほどの気を放出し、窓を突き抜け、フライ・アウェイ。

 そのまま、どこかへ飛んでいった。

 残されたのは、衝撃で半壊した一室と、吹き飛んで壁にめり込んだクソ上司。

 舞い散る書類、残された同僚、穴の開いた屋根etc……

 

 自分のノルマは終わらせていったのは、せめてものケジメのつもりだろうが、補って余りある被害が残っていた。

 そんな光景を見て、二人は思った。

 

 

 

((ずるいよ、お前だけ……))

 

 

 

 正直、二人も辞めたかった。

 だが、クソ上司よりも上の方々に、泣きながら引き留められた。

 なんせ、ハルアキが辞めたことで、彼の操っていた式神もいなくなり、ごそっと人手が減ったからだ。

 無視しても良かったが「今後はキチンと改善する」と言う言葉を信じて残った。

 その甲斐あってか、最近は定時で上がれるし、残業代も出てくる。

 それでも、抜けた穴が大きいので、「なんとか交渉してきて、非常勤でもいいから戻ってきてもらえ」「せめて頭領が今年、定年退職するまででいいから!」と言う訳で、今回の任務が回ってきた。

 

 ちなみに、クソ上司は頭領から、

 

「喰らえ! 頭領ボンバー!」

「ぐああああああああああ!?」

 

 ……と、ラリアットを叩き込まれ、

 

「死ねぃ! 長老アッパー!」

「がびゃああああああああ!?」

 

 さらに上の長老からアッパーを叩き込まれ、

 

「トドメだ! 将軍バスター‼」

「ちょんもろげえええええええ!?」

 

 さらにたまたま来ていたヒュウガの将軍のオリジナル・フェイバリットを喰らい重症。

 そのまま、再起不能・退職となりました。

 これが、今までの経緯である。

 

「それで、ハルアキのヤツは本当にいるのかね? コレオくん」

「いると思いますよミチミツ先輩。ここはハルアキ先輩の故郷だし、なにより目撃情報があるんです」

「目撃情報?」

「えぇ、なんでもこの時間になると、この付近に現れるそうです」

 

 ……と、言い終えた瞬間、神社の方向から突如、叫び声が聞こえた。

 

「ぬおおおおおおおおおおお!?」

 

 雄叫びの方向に視線を向けると、神社から火だるまになった青年が飛んできた。

 そして、二人の目の前に着弾。衝撃と爆音と粉塵をまき散らし、地面にクレーターができる程の勢いで叩きつけられたのは、彼らの元同僚ハルアキ=アベノ。その人であった。

 

「……いましたね」

「そうだね。でも、これ死んでない?」

 

 土煙が晴れ、ぷすぷすとローストされた、ほぼ全裸のハルアキを見てミチミツは言った。

 普通死ぬよね? これ。

 

「くそぉぉぉぉぉ! なんのこれしきぃぃぃぃぃ! ん!? お前らはミチミツとコレオ! なんでここに!?」

 

 しかし、我らが同僚は普通ではなかったらしい。すぐに復活した。

 同時に、近くにいた二人に気づき「よっ」軽く挨拶。

 二人は一瞬「化け物か?」と思いつつも、目当ての相手が見つかったので、本来の目的を果たすことにする。

 

「久しぶりだな。ハルアキ。元気そうでなによりだ」

「お前もな! って、どうした? 少し、痩せたんじゃないか?」

 

「誰の所為だと思ってんだよ。お前が抜けた所為だよ」と言いそうになるのを堪え、ミチミツは事情を説明。

 

「……と言う訳で、せめてお頭が引退する今年いっぱいはなんとか戻ってこれないか?」

「断る!」

「「だよねー。でも、そこをなんとか」」

 

 そりゃ、虫のいい話だからそうなるよね。

 だが、このまま引き下がっては来た意味がなくなるので、頼み込む。

 

「お前も、頭領には色々世話になっただろう? 頼むよ」

「しかし、俺はここを離れる訳にはいかないんだ!」

「なんか理由でもあるんですか?」

「それは――ッ!?」

 

 すると、神社の方から只ならぬ妖気を感じた。

 

「ッ!? なんだ!? この妖気は!?」

 

 一同が構えると、天から一人の女が舞い降りた。

 一瞬、天女かと思うほどの美しさに、見合わぬ妖気を放つ少女に、ミチミツとコレオは戦慄する。

 

「こいつは、まさか九尾の狐!?」

「なぜ、こんな片田舎に!?」

「手を出すな!」

 

 西方諸国の魔王にすら匹敵すると言われる、伝説の妖怪が目の前にいる。

 並の陰陽師ならば、意識を保つことすら難しい威圧感に耐えるの精一杯の二人の陰陽師。

 そんな彼らを庇うように、ハルアキが対峙する。

 

「どうやら、まだ、諦めないようですね」

「ふっ、生憎、しつこいのが取り柄でな」

 

 睨みあう二人。周囲の空気が張り詰める中、ミチミツは悟った。

 

(そうか! ハルアキ、お前はこの妖狐を討伐するために、一人、立ち向かうつもりだったんだな!?)

 

 故に戻れないと告げた親友の気高さに、恥じ入るミチミツ。

 自分は組織の体面を気にするだけで、いつしか、陰陽師の本分を忘れてしまっていた。

 その黄金の精神に心打たれた彼は、せめて、彼の助けにならんと気力を振り絞る。

 見れば、コレオも同じだった。

 相打ち覚悟、最悪、二人の盾にならんと、震えるのを耐えて、様子を伺う。

 最中、ハルアキは一瞬の隙を突き、懐から何かを取り出した。

 

 封印の術式が書かれた護符か?

 或いは、古代の秘術の記された巻物か?

 果ては、神の加護を纏った小刀か!?

 

 否、そのどれもが違う。

 

「好きです! 結婚を前提におつき合いお願いしますッ‼」

「「「……」」」

 

 取り出したるは、給料三ヶ月分の輝きを放つ、婚約指輪だった。

 あろうことか、この男、陰陽師の宿敵である妖に求婚しやがったのだ。

 二人は思った。

 

 

((なにやってんの? こいつ……))

 

 

 急速に尊敬の念が失せ始めた二人を他所に、ハルアキはドキドキと心臓を高ぶらせ、妖狐の返答を待つ。

 対する妖狐は、スッと左手を掲げ……

 

「お断りしますッ‼」

「ぎゃあああああ!?」

 

 雷を叩きつけた。

 

「ハルアキぃぃぃぃぃ!?」

「これ死んだんじゃないですか?」

 

 感電してぶっ倒れた盟友に駆け寄る二人。

 そんな二人を無視し、妖狐は「もう、私に構わないで下さい」と冷たく、言い放ちそのまま社の方へ帰っていった。

 

「ま、待ってくれぇェェェェ!」

 

 哀れ、フラれたハルアキの叫びが木霊する中、二人は思った。

 

 

((戻らない理由ってこれかよ……))

 

 

 

「グスッ……ひっく……えぐぅ……」

「ほら先輩泣かないで下さい」

「うぐぅ……悪いなぁ……」

 

 九尾の娘が姿を消した数時間後。

 悲しみに暮れるハルアキを近場の茶屋まで連れていき、落ち着き次第事情を聞くことに。

 茶屋の従業員である娘さんが「うわっ……また、来たよ、こいつ……」的な顔をしていた。

 どうやら、先ほどのやり取りは、日常茶飯事となっているようだ。

 

「で、なんでお前、九尾の妖狐に告白してんの? って言うか、あんな大妖怪の居場所、なんで黙ってた?」

「だって無害だもん」

「『だもん』じゃねぇよ、気持ち悪い」

「それに陰陽師だからって、全ての妖怪を祓う義務はない。良い妖怪と悪い妖怪の区別がつかないなら陰陽師などやめてしまえ!」

「書類バラまいて、天井破壊して、職務の引継ぎもしなかった人がなに言ってんですか」

 

 とにかく、ハルアキから話を聞く二人。

 そうして分かったのは、あの九尾とは幼少期からの知り合いで所謂、幼馴染だと言うこと。

 子供の頃、よく面倒を見てもらっていたと言うこと。

 そして、よくある話で「大きくなったらお姉ちゃんと結婚する~」的な事を言って約束。

 現在、約束を果たすべく、プロポーズをしてるが、連敗中だということ。

 

「あの頃の俺は、とにかく気が弱くて、泣き虫で『まるで女の子のようだ』と馬鹿にされててなぁ……」

「そうか。時の流れって残酷だな」

「そんで立派な『陰陽師になったら結婚して上げる』って承諾してくれたんだよ! だけど、なぜか断られてんだよ!」

「いや、だってアンタ、陰陽師クビになったじゃん。現在無職じゃん」

「違いますぅ~! 独立したんですぅ~! 無職じゃありません~! バリバリ稼いでます~‼」

 

 曰く、独立して民間の陰陽師でバリバリ活躍中らしい。

 とにかくそんな感じでハルアキは九尾に求婚中。

 しかし、毎回連敗中である事実に、二人は半分同情・半分ざまぁと思った。

 

「とにかく! 俺はもう一度告白する! そして、一生を添い遂げる!」

「いや、もう諦めろよ」

「ふっ、無理な相談だな! 一回でダメならOKくれるまで何回でも告るぞ、俺は?」

「ストーカー禁止法に引っ掛かりますよ?」

「断じてストーカーじゃない! 恋愛を粘り強くやってるだけだ!」

「それがストーカーなんだよ」

 

 そろそろ奉行所に突き出した方が良いような気がしてきた。

 

「ともかく、こうしちゃいられねぇ! 善は急げだ!」

「いや、金払って行けよ!」

 

 ミチミツが止めるのも聞かず、ハルアキはダッシュでその場を去っていった。

 ついでに金も払わなかった。

 

「……コレオくん。割り勘でお願いしていい?」

 

 そう言って、ミチミツが相談するが、そこにコレオの姿はなかった。

 どうやら、どさくさに勘定を押し付けられたようである。

 ミチミツは天を仰ぎ、涙を流した。

 

 

「ハルアキさん! 待ってくださいよ!」

「止めるな、コレオ! 俺はもう一度、プロポーズしに行くんだ!」

「諦めた方がいいですよ~また、雷落とされますよ~? 脈ないどころか心肺停止もんですってこれ」

「いーや! 違うね! あれは照れてるだけだね! 長い付き合いだから分かるもんね!」

 

 そんなことをやいやい言いながら、神社へと向かうハルアキとコレオ。

 しかし、彼らを待ち受けていたのは、とんでもない光景であった。

 

「!? こ、これは!?」

 

 愕然とするハルアキ。

 なんと、目的の神社はそこには無く、代わりに、目の前には凄まじい長さの階段と空中に浮く十二個の社が!

 

「こ、これはいったい!?」

『どうやら、また来たようですね』

「! その声は!」

 

 不意に天から声が聞こえたと思えば、最奥の社から件の九尾の映像が映し出された。

 

『もういい加減にしてください。私は、あなたと結婚する気は毛ほどもありません』

「ふっ、そう言われて諦められるかよ!」

「いや、あきらめろよ」

 

 堂々とストーカー宣言する先輩に冷ややかな目を向けるコレオ。

 九尾もそんなハルアキの態度にため息を吐くと、ある条件を突きつけてきた。

 

『ならば、この十二の社を守護するわが眷属を倒し、私のいる最奥の社まで来なさい。さすれば、この身をあなたに差し出しましょう!』

「うわぁ、どっかで聞いた話だ……」

 

 えげつない高さ階段と、社から放たれる妖気を感じながら、辟易するコレオ。

 対して、当の本人はやる気満々であった。

 

「よっしゃ! いくぜ!」

「早ッ!」

『ちょ! 話はまだ終わってませんよ!?』

 

 まだ何か言おうとしてる九尾を他所に、フライング気味に猛ダッシュ。

 一目散に階段へ向かっていく。

 

「おい! ハルアキ! 茶屋で建て替えた金返せ!」

「あ、ミチミツ先輩! ちょうど良かった! その馬鹿を止めてください!」

 

 しかし、その前に、飛行の術で先回りしたミチミツが立ちふさがる。

 

「そこをどけい! ミチミツ! 邪魔すれば貴様でも容赦せんぞ!」

「いや、なにキャラだよ!? いいから、金返せ! そんで陰陽寮に戻ってこい! じゃないと力づくで連れて行くぞ!」

 

 そう言って、戦闘態勢をとるミチミツ。懐から札を取り出し、ハルアキに向かって投げつける!

 

「邪魔!」

「あべし!」

 

 だが、鎧・袖・一・触!

 まるで虫でも払うかのように、ワンパンでKOされ、哀れミチミツはジャイロ回転をしながら、松の木の天辺まで吹き飛ばされた。

 

「先輩いいいいいい!?」

 

 まさかの事態に流石のコレオも仰天。

 そんな彼らを無視して、ハルアキは一気に階段を駆け上がる!

 

「うおおおおおお! 待ってろよぉぉぉぉぉ!」

 

 階段をも破壊せんばかりの勢いで走るハルアキ。

 このままでは追い抜かれてしまうと、ミチミツはコレオに追うように命じる。

 

「俺に構わず、早く、ハルアキを……」

「いや、先輩は大丈夫なんですか!?」

「無理っぽい。あばら折れた……」

 

 果たして、仮に追いついたとしても、止められるのだろうか?

 多分、ワンパンで終わるだろうなぁ……嫌だなぁ……

 そんことを考えながら、コレオはハルアキを追いかける。

 

 

 

「わっはっはっは~! 妾は九尾様の眷属の一人! 一尾の天狐じゃ! 愚かな人間め! ここから先は通さんぞ!」

 

 

 ようやく追いついたと思いきや、既に戦いは始まっていた。

 ハルアキは、見た目十歳前後の天狐と、彼女の式神であろう二体の鬼と対峙していた。

 

「退け、小娘。でなければ幼女でも容赦はせんぞ!」

 

 最早、世紀末出身の修羅が如き口調で、ハルアキが忠告するも、しかし、天狐は憤慨。

 ぷんすかと両手を振り上げながら、逆上する。

 

「なんじゃとー! 妾を子ども扱いするなー! 妾はお主の倍以上生きとるんじゃぞー! 前鬼! 後鬼! この愚か者をやっつけるのじゃー!」

「「ひゃっはー‼」」

 

 天狐の命令に従い、ハルアキに飛び掛かる鬼たち。

 

 

 ――そして、悲劇が起こった。

 

 

「邪魔だ」

「!?」

 

 まず、最初にハルアキの餌食になったのは前鬼だった。

 拳を躱され、がら空きになった胴体をカウンターの要領でハルアキの手刀が貫いた。

 

「ガッ!?」

 

 心臓を貫かれた前鬼から、無造作に手刀を抜き、返す刀で後鬼の頭にアイアンクローを決める。そして――

 

 グシャッ!

 

 まるで、リンゴでも握りつぶすかのように、後鬼の頭を握りつぶした。

 

「おい、小娘……」

「あ、あっ……」

 

 己の式神をあっさりと倒され、唖然とする天狐にハルアキは殺気を放ち、問いかける。

 

「貴様は先ほど、子ども扱いをするなと言ったな? ならば、戦士として戦場で散る覚悟ありと見做すが、どうする?」

 

 握りつぶされた後鬼の血がしたたり、地面を濡らす。

 同じく天狐の、足元も濡れていた。

 戦意を完全に喪失し、恐怖で震える子狐を尻目に、ハルアキは次の社へと向かうのであった。

 

 

 その後ろ姿を見送り、コレオは呟いた。

 

 

「鬼か、お前は」

 

 

 

 

 

「うえ~ん! おしっこ漏らしちゃったのじゃ~!」

「うん、アレはしょうがないよ」

 

 恐怖で失禁し、ギャン泣きする天狐をあやすコレオ。

 流石に泣いてる幼子を放っていくほど、薄情ではなかった。

 一旦、下の売店で下着を買い、着替えさせ、それでもぐずる天狐を放っておけず、仕方なくおんぶしながら、ハルアキの後を追っていた。

 

「もう、なんなんじゃあいつ! 大人げないにもほどがあるじゃろ‼」

「いや、本当に申し訳ない。あんなんで」

 

 元職場の先輩として恥ずかしかった。

 

「けど、大分離されちまったな……」

 

 見れば既に八個目の社から爆音が響き、人がふっとんでいる。

 

「このままじゃ、ヤバいのじゃ! 九尾様が危ない! お主、早く急ぐのじゃ!」

「え? 着いてくんの?」

 

 子供とは言え、人一人(狐だけど)抱えて、この階段上るのキツいんだけど?

 しかし、このままでは追いつけないので、仕方なく、おんぶして上ることになった。

 

「し、しんどい……」

 

 おんぶしながら走るのもしんどいが、突破された社の光景を見るのもしんどかった。

 なんせ、突破された社では眷属たちが死屍累々。

 ある者はイヌガミ・ファミリーが如く頭から地面に突き刺さり、ある者は社の壁とディープキス。

 最早、地獄のような光景であった。

 これが11段あるのかと言うと気が滅入ってきた。

 

 ……とそうこうしてるうちに、最後の社が目前に迫ってきた。

 

「ほーっほっほっほ! たかが人間が、よお来ましたなぁ! 我が蟲毒で生み出した猛毒寄生虫式神・エキノコックスの餌食にしたる! ここでお主を殺せばウチは自由の身! その後はあの小娘をry」

「臨兵闘者皆陣列在ぁぁぁぁぁ!」

「んぎゃあああああああ!」

 

 途中、最後の刺客が立ちふさがるも、突進しながら連続で目つぶしされ悶絶! さらに――

 

「前んんんんん!」

「おんぎゃあああああ!」

 

 その隙に背後に回り込み、気の力を全開にしてのパワーボムを叩き込んだ!

 この間、僅か数十秒! 最後の刺客はこうして倒されてしまった。

 

「酷いにも程がある!」

 

 あんまりにもあんまりなオーバーキルに流石にドン引きのコレオ。

 ハルアキは構わず、最後の社へと駆け出した。

 

「いかん! 最後の社が突破された! 追うのじゃ!」

「いや、この人は!?」

 

 割とシャレにならない態勢で、叩きつけられ、泡吹いている十一番目の刺客。

 しかも大股開きである。女性としても結構ヤバい。お嫁にいけないレベルでヤバい!

 だが、天狐はシレっと言った。

 

「あぁ、そいつは構わん。邪狐(じゃこ)と言ってな。過去に悪さをして九尾様に懲らしめられて以降、反省するまで眷属として奉仕活動するように言われてるんじゃ」

「悪さって具体的には」

「疫病バラまいたり、権力者に取り入って国崩したり、最近じゃと『年収1000万以下で身長170cm以下の男は生きる価値なし』ってボソッターで呟いとる」

「……それは、しょうがないなぁ」

 

 ――と言う訳で、邪狐を無視し、最後の社へと向かった。

 

 

 

「とうとう、ここまで来てしまったのですね……」

 

 最後の社に辿り着いたハルアキに、九尾はどこか哀しそうに呟いた。

 対するハルアキは今までにないくらい真剣な表情をしていた。

 

「約束通り辿り着いたぞ。俺と夫婦になってくれ」

「それは無理ですよ……」

 

 情熱的な告白に、しかし、九尾は俯きながら拒絶した。

 

「――あなたと私では寿命が違うのですから」

 

 それは、二人を隔てる最大の壁。

 九尾である彼女は半ば精霊に近く、ほとんど永久に近い時を生きる。

 故に、愛する人間が、そして我が子よりを確実に看取る運命にある。

 

 その証拠に、かつて女の子のようだとバカにされた小さな少年は、約束を守り逞しく成長。

 対して自分は、当時と変わらぬ姿。

 

「あなたは、私を置いて先に逝ってしまう……そう思うと、怖いのです……ッ! だから――ッ!」

「それは俺も同じだ!」

 

 震える声で拒絶する九尾の言葉を、ハルアキは遮る。

 

「俺も怖い。お前を残して死ぬことがな……だが、それで諦めたら後悔するだろう。それも一生な。だが、それでも一緒にいたいんだッ!」

「――っ!」

「多分、どちらを選んでも後悔するだろうな。なら、俺は共に分かち合う方を選びたい! それじゃ、ダメか?」

「……そんなのズルいです」

 

 九尾の心に蝕むように蓄積していた不安。それすらもハルアキは祓ってしまった。

 

「……ならば、一つ約束してください」

「なんだ?」

 

 九尾は少女らしい笑みを浮かべ、告げる。

 

「なるべく長生きしてください。いっぱい、いっしょに思い出を作ってください」

「あぁ……! もちろんだ! 約束しよう!」

 

 

 こうして、長い恋の物語は終わった。

 

 

 

「……もう、着いていけねぇ」

 

 完全に置いてきぼりをくらったコレオを残して。

 

「ん? なんじゃ? 帰るのか?」

「うん、帰るよ。これで、ハルアキ先輩連れ戻そうとしたら、完全にお邪魔虫だしね……」

 

 それにこれ以上いたら、甘い空気の所為で糖尿病になりかねない。

 ピンクのオーラが漂う社を背に、コレオは元来た道を戻っていく。

 

「あーあ、任務失敗かぁ……これ、頭領に怒られるよなぁ……」

 

 せめて、誰か穴埋め要員を見つけ出さねば、納得しないだろう。

 

「んー? それなら、妾が手伝ってもいいぞ! コレオには面倒かけたからな!」

「え? マジで? でも、九尾さんの手伝いは?」

「大丈夫じゃろ。どうせ、田舎じゃから大した仕事はないじゃろうし。九尾様には社会勉強ってことで納得してくれるじゃろう」

「そっかぁ……でもなぁ……」

 

 せめて、もう一声。

 ハルアキの抜けた穴を埋めるには、もう一人くらい欲しい。

 

「それじゃ、他の者も連れていくか?」

「いや、他の者って言っても……」

 

 ほぼ全員、病院送りじゃん。

 怪我人働かせるのは気が引ける。

 まぁ、働かせても、心痛まない奴なら別にいいけど。

 そう思って、階段を下りていくと、お嫁にいけない体勢で失神KOされた邪狐が目に入った――

 

 

 

 

 

 数日後、陰陽寮にて――

 

「おら~! キリキリ働くのじゃ~!」

「くぅぅぅ……なんでウチがこんなことを……!」

「口ではなく手を動かすのじゃ~!」

 

 そこでは、式神にされ、こき使われている邪狐の姿があった。

 あの後、ハルアキと九尾と交渉し、天狐と邪狐を陰陽寮へ派遣してもらった。

 特に邪狐に関しては「存分にこきつかって構わない」とお墨付きである。

 調べてみるとコイツ、過去、都でも散々悪さしていたらしく、その首には賞金もかかってるらしい。

 

「よし、とりあえず、仕事が終わったら、換金すっか」

「よしゃ! 臨時ボーナスだ!」

「いや、鬼かおのれら!?」

 

 最早、人権……否、狐権の侵害レベルの扱いに、流石に涙目になる邪狐だった。

 

 

 

 後日、ハルアキと九尾から、ミチミツとコレオ宛に結婚報告が届いた。

 幸せそうな二人の写真を見て、二人は思った。

 

「俺らも結婚したいな」

「金ないから無理でしょう」

 

 完全に、人生の勝ち組に置いてかれた二人であった。

 

 

 

 




◆登場人物◆
・ハルアキ=アベノ
 ヒュウガ歴代最強陰陽師。
 無能上司の所為で追放されたが、田舎で自由なライフをエンジョイしてた。
 後に仙人至り、九尾と末永く暮らす。

・九尾
 ハルアキの幼馴染で、土地神。スリーサイズは94/62/96
 幼いハルアキと「大きくなったら結婚する」約束をして、無自覚の内に逆光源氏を達成した。子宝に恵まれ末永く暮らす。

・ミチミツ=アシヤ
 ハルアキの同僚で、今回の被害者A。
 ハルアキに匹敵するほどの実力者のはずが、恋の力は無限大だった為敗れ去った。
 あばらも折られた。

・コレオ=キャモ
 ハルアキの後輩。被害者B。
 ハルアキのことは陰陽師として尊敬するが、人間性はそんなんでもない。
 時期、頭領候補だが、本人は責任ある役職につきたくなかったりする。

・天狐
 ロリ枠。ハルアキのせいで漏らした。
 なんやかんやでコレオに懐き『コレオ、ロリコン説』を広めてしまう。
 ヤマタノオロチの祠第三小学校の二年生。

・邪狐
 都で悪さしまくって、ほとぼり冷まそうとしたら、九尾に凹にされ、更生のため眷属にされた過去を持つ。若くておっぱいの大きい九尾に反感を抱いており、いつか下剋上を企てているが、今回の一件で、より遠ざかった。
 実はアラハン処女だったりする。スリーサイズは99(嘘)59(大嘘)99(本当)
 この身のタイプは年収1000万で身長170cm以上。家事をすべてやってくれるイケメンらしいが、そんな怪物いる訳がないので、結婚は当分先。

・他の眷属の皆様
 お疲れさまでした。お大事に。


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奈落に落ちた場合

 その冒険者の不幸は、仲間に恵まれないことであった。

 

「お前はここで追放だ! お前みたいな役立たずは、魔物どもと一緒に落ちろ!」

「うわあああああ!」

 

 ダンジョン内部に架けられた、古びた橋を切り落とされ、冒険者の少年は、背後から追ってきた魔物たちごと落とされた。

 

 彼が組んだのは、界隈でも悪名高い一党であった。

 新人を雑用係として扱い、他のパーティーと諍いを起こす。

 しかし、バックに貴族がついてることから、ギルドも迂闊に除名もできない。

 

 そんな厄介な一党に入った新人冒険者の最大のミスだった。

 専ら雑用ばかりさせられ、時には暴力を振るわれてきた。

 だが、その日は本当に運が悪かった。

 宝に目がくらんだリーダーが、斥候が止めるのも聞かず、見るからに怪しい宝箱を開けると、中から無数のモンスターが現れたのだ。

 

 所謂『モンスター・ボックス』と呼ばれるトラップだ。

 

 中から溢れかえったモンスターに追い立てられながら、次々と犠牲になっていく仲間を横目に、ようやく上の階層への階段まで戻ってきた。

 しかし、階段のあるフロアへ続く吊り橋を渡る途中でモンスターたちに追い付かれてしまった。

 このままでは追いつかれる。そう思ったところで、リーダー格の男が吊り橋を切り落とした。囮にされたのだ。

 かくして冒険者はモンスターたちと奈落の底へと落ちていった。

 

 運よく下が水場で助かったが、そこは高レベルのモンスターが跋扈する深層部。

 傷ついた肉体を引きずり、細心の注意を払いながら出口を探すも、所詮は低レベル冒険者。

 呆気なくモンスターの群れに見つかり、逃げ回った結果、追い詰められてしまった。

 

「く、くるな……こないでくれ……!」

 

 絶体絶命の窮地。モンスターたちは目の前のごちそうに、じわじわと距離をつめていく。

 そして、そのうちの一体が隙を見せた冒険者に飛び掛かった――!

 

「ギャアアアアアアアアアア!?」

『!? ぎゃあああああ!?』

「えええええ!?」

 

 ……次の瞬間、頭上から巨大ななにかが降ってきた。

 ちょうど真下にいたモンスターの群れは、突然の出来事に悲鳴を上げることしかできず、下敷きになってしまった。

 

「……え?」

 

 ポカーンと口を開けて、混乱する冒険者。

 ダンジョン全体を揺らすほどの衝撃が止むと同時に我に返り、土ぼこりが晴れたところで落下物の正体が判明。

 

「え!? これってグランドドラゴン!? なんでこんなとこに!?」

 

 手持ちのモンスター図鑑に掲載されている写真と寸分変わりない――違うところと言えば、傷だらけになってるところだけの上級モンスターがそこにいた。

 息も絶え絶えに、うめき声を上げるグランドドラゴン。すると、さらに上から「なにか」が落ちてきた。

 

「行くぞ皆! 力を合わせるんだ!」

『応ッ!』

「え?」

 

 視線を上に上げると、そこには数十人の少年少女たち。

 彼らは落下しながら、一様にスキルや魔法を地面に向けて放ってきた。

 

 ドゴォォォォン!

 

 そして響く爆音!

 

「GYAAAAA!?」

 

 木霊するグランドドラゴンの断末魔!

 

「いやあああああああああ!?」

 

 巻き添えになる冒険者!

 辛うじて、直撃は免れるも爆風で吹き飛ばされてしまい、転げまわることに。

 やがて、爆炎が晴れ視界が回復すると、そこには先ほどの少年少女たちがいた。

 

「みんな、無事か!? けが人は!?」

「な、なんとか……」

「大丈夫だよー」

「点呼とるぞー! って、誰だ?」

 

 向こうが冒険者の存在に気づき、声をかけてきた。

 冒険者は内心で(いや、お前らが誰だよ!?)とツッコミを入れた。

 

 

 

「――なるほど、つまりキミは悪質な冒険者に囮にされて、ここに突き落とされたと」

「は、はい。そうなんです」

「そうか、大変だったな」

 

 数時間後。

 全員が落ち着いた頃に、冒険者は彼らの中でも年長の男に事の経緯を説明。

 語り終えた後「ひどい」「かわいそうに」「その冒険者たち絶対許さねぇ!」と、冒険者に同情し、中には義憤に駆られる者もいたことから、彼らが良い人間だと言うことはわかった。

 

「で、皆さまは何者なんですか? って言うか、なんで上から降ってきたんですか?」

「うむ。実は……」

 

 冒険者の疑問に、年長の男は自らの素性を明かした。

 なんでも、彼らは異世界から召喚された勇者であるらしい。

 最近になって侵略を始めた魔王を討伐するために召喚された彼らは、実戦経験を積むために、このダンジョンを訪れたそうだ。

 

「だが、そこで思わぬトラップに引っかかってしまってな。下層の石橋のど真ん中に転移された上に、グランドドラゴンと戦う羽目になってしまったのだよ」

 

 突如、現れた高レベルの魔物に一同が混乱するも、なんとか必死に応戦。

 討伐に成功したのだが、その拍子に石橋が崩壊してしまった。

 

「一度は全員退避したんだが、ドラゴンの足止めをしていた生徒が足を挫いてしまってな……」

 

 他の生徒が異世界召喚のお約束・チート能力を貰う中、ハズレスキル・土使いという地味な能力を得た、その生徒は、それでも腐ることなく、技術を磨き、ドラゴンを足止めするほどの成長を見せた。言わば、討伐のMVPであった。

 そんな生徒が、橋の崩壊に巻き込まれようとしていたその時、クラス一のイケメンが救助に向かった。

 

「掴まれ! 早く逃げるんだ!」

 

 土使いの手を掴み、一緒に駆け出そうとするイケメン。しかし、彼も崩壊に巻き込まれ――

 

「二人とも! 危ない!」

 

 それを助けようとクラスのアイドル的存在の少女が、二人の手を掴み――

 

「なにやってるんだ! 早く上ってこい!」

 

 さらに巻き込まれた三人を、クラス一の巨漢が助けようとし――

 

「掴まれ!」「掴まれ!」「掴まりなさい!」「掴まるでごわす!」「掴まるんDA!」

 

 と互いに手を伸ばし数珠つなぎになる生徒たち。最後に落ちそうになった生徒を助けようと年長の男――担任教師は踏ん張るも……

 

「いや、無理だろ!」

『うわあああああ~‼』

 

 人間、重力には逆らえない。そもそも30人分の体重を一人で支えるのは無理ってもんである。

 異世界の勇者たちは、そのまま、奈落へと落下していった。

 このままでは地面に叩きつけられ、全員死亡。

 そうなるはずだったが、ここでまたしても土使いの生徒が活躍。

 

「みんな! 強力なスキルや魔法で落下の衝撃を和らげるんだ!」

『応ッ‼』

 

 指示に従い、クラス一同、最強必殺技を放ち、全員無事着地。

 現在に至ると言う訳である。

 

 

 

「そんなことがあったんですか……」

「あぁ、まったく危ない所だったよ」

 

 よく無事だったなと、呆れてしまう冒険者。

 その奥では今回のMVPの土使いがクラスメイト達に胴上げされている。

 

「とにかく、ここを脱出しよう。いつまたモンスターが現れるかも分からない」

「そうですね。でも、脱出のためのルートが分からないんですが」

「大丈夫。私はスキル『指導者』を持っている。その能力の応用で安全なルートをナビゲート出来るんだ」

「そんなんありですか?」

 

 世界中の冒険者が即勧誘するレベルのチートスキルを持っている担任の教師のおかげで、無事、脱出ルートを見ることができた。

 どれくらい安全かと言えば、土使いを胴上げしながらでも、モンスターとエンカウントしなかったくらいである。

 そうして、順調にダンジョンの出口まで進んでいると……

 

「あっ! あの時の役立たず!」

「生きてやがったのか!?」

「お前たちは!」

 

 冒険者を囮に使い、奈落へ突き落とした冒険者の一党とエンカウントしてしまった。

 

「今回のことはギルドに報告させてもらう! 言っておくが、こっちには勇者様がついてるんだ! もみ消す事なんて出来ないぞ!」

「なにぃ!? 勇者だとぉ!?」

「そう言えば、国王が異世界の勇者を召喚したって……」

「しかも30人近くいるじゃねぇか‼」

「くそっ! 逃げるぞ!」

 

 冒険者に糾弾され、異世界勇者たちに睨まれた一党は、多勢に無勢と即逃走。

 そのまま、出口に向かって駆け出した。

 だが直後……

 

「スーパー女神弾‼」

『ギョエエエエエ!?』

 

 天井を突き破り、青白い光の柱が一党に直撃。

 結果、一党はローストされてしまった。

 

「ふぅ……危ない所でした……」

 

 降ってきたのは翼の生えた見目麗しい女性。

 彼女は見事な五点着地法で着地すると、ほっと一息吐いたところで、冒険者たちの存在に気づいた。

 

「えっと……どちらさまですか?」

「こっちが聞きたい」

 

 

 

「え~と、つまり、貴方は天上界の女神様ですか?」

「はいそうです。この度、天上界の恐るべき計画を伝えるため、下界へ参りました……」

 

 突然落下した女神さまを前に、冒険者が唖然としている。

 そりゃそうだ。いきなり、女神さまが天から降ってきたなんて、なにも知らない一般人に話したら、正気を疑われかねない。

 

 なんでも、天上界の住民・天上人たちは人間たちを『星を荒らす下等な生命体』と認識しており、近々、地上を海に沈めるため、大洪水を起こす計画を建てているそうだ。

 それを止めるために女神は天上界から降りてきたのである。

 

「なんだって、魔王だけでも厄介なのに、天上人とまで戦わなければならないのか!?」

「落ち着け、まずは、このことを王様に報告しよう。いや、その前に、この悪党たちをギルドに引き渡さなければ……」

 

 怒るイケメンに冷静になるように諭し、担任教師はまず、ギルドへ拘束した悪党たちを突き出すことにした。

 

 

 

「……なるほど、そんなことがあったのか」

 

 ギルドに戻り、事の顛末をギルドマスターに説明した冒険者。

 話を聞いたギルドマスターは、頭を掻きながら今後の顛末に頭を悩ませる。

 

「情報量が多すぎる」

「ですよねー」

 

 そりゃそうだ。素行不良の一党が起こした殺人未遂事件に、連日パニックになっている異世界人の集団失踪事件、さらには天上界の女神やら計画やら……

 正直、一ギルドマスターでは荷が重すぎる。女神と勇者は国の管轄だろう。

 

「とりあえず、勇者たちは国王陛下に無事を報告してくれ。女神さまも天上人の企みは国家規模の問題だから、そっちに行ってください」

「そうですね」

「分かりました」

「で、例の一党の件だが……」

「やっぱり、難しいですか?」

「バックに貴族がいるからなぁ……色々、めんどくさいのよ……」

 

 とりあえず、丸投げ出来るものは丸投げするも、貴族関係はめんどくさいようだ。

 下手すると、ギルド潰されかねないし。

 うーんと、今後の展開に頭悩ませていると、ドンッ! と外で大きな音が聞こえ、ギルドが揺れた。

 

「!? な、なんだ!?」

 

 何事かと窓を開け、外の様子を確認すると、そこには粉々に粉砕された馬車と、その下敷きになり「むきゅ~……」とうめき声を上げる貴族。

 そして、馬車を粉砕した要因であろう、巨大な円盤があった。

 

「……あれは?」

「……UFOですね」

 

 さらにそこから、一体の亜人がヨロヨロとふらつきながら、降りてきた。

 青白い光を全身から放つ、つり上がった目の亜人だ。

 亜人って言うか、宇宙人である。

 

「ところで、あの馬車の家紋って……」

「あぁ、例の一党のスポンサーのクソ貴族だ」

 

 

 

「手当していただき、申し訳ない。私はある辺境の星からやってきたXXYBAと申します」

「なんて?」

 

 礼儀正しい態度で頭を下げる、なんかのコマンドみたいな名前の宇宙人。

 曰く彼は故郷の星を悪の宇宙人に滅ぼされ、仲間たちのおかげで、命からがら逃げだしてきたそうだ。

 

「しかし、ここも安全ではありません。悪の宇宙人の親玉・ABBAAB→→←は、宇宙全てを侵略しようと、この地にも現れる筈です! このことを、この国の政府機関へ伝えねば!」

「だから、なんて!?」

 

 どうやら地球の言語では、彼らの名前は、なんかのコマンドっぽく聞こえるようだ。

 とにもかくにも、緊急事態。一行は国王の下へ向かうことになった。

 

「あの僕はどうすれば……?」

「お前も当事者だからな。国王陛下には俺から話を通しておくから、行ってきなさい。こっちはこっちで処理しておくから」

 

 ギルドマスターに促され、冒険者も勇者や女神、宇宙人と国王の下へ。

 ちなみに、悪徳貴族とその一党は入院しているうちに、証拠を押さえ、後にまとめて処すそうだ。

 割と雑に処理された悪人どもは放っておいて、国王へ報告。

 当然、取り巻きの方々は大パニックだ。

「情報量! 情報量が多すぎる!」と右往左往している。

 

「くっ! 魔王だけでも手がいっぱいなのに!」

「国王、どうすれば……!」

 

 周囲がざわつく中、国王は冷静な態度を崩さず、静かにこう言った。

 

「静観だ」

「は!? なにを仰られているのですか!? 国王!」

「そんな余裕はありません!?」

 

 取り巻きたちが糾弾するも、国王は焦ることなく「まぁ、見れば分かる」と動じない。

 するとその時、空に幻術魔法による映像が映し出された。

 

『愚かな人間どもよ! 我ら魔王軍はこれより、侵略を開始する!』

 

 同時に天から光が放たれ、天上人たちの映像が映し出される。

 

『愚かな地上の民よ。我々は貴様らに神罰を与える!』

 

 さらにさらに、宇宙からホログラムが映し出される。

 

『我々は宇宙人だ。下等生物どもが、今より我々が支配する!』

「……」

 

 ほぼ同時に宣戦布告される人類。しかし……

 

 

『『『だ、誰だ、貴様ら!?』』』

 

 

 当人たちもこれは予想外だったようだ。

 

『ええい! よそ者は引っ込んでいろ! 人類は我々が支配する!』

『ふん! 汚らわしい魔族が! 人類は我々が殲滅するのだ!』

『下等生物共、まとめて支配してくれるは!』

 

 ギャーギャーと言い争う魔王・天上人・宇宙人。

 次第に言い争いはエスカレートし、遂に魔王がブチ切れた。

 

『ええい! こうなれば、貴様らから葬り去ってくれるわ! 喰らえ! 古代魔法・メテオストライク!』

『ABBAAB→→←様! 突如、隕石群がこちらに!』

『なに!? ぐあああああ!?』

 

 魔王の放った古代魔法の影響で、巨大な隕石群が宇宙人たちを直撃。

 宇宙人の艦隊は壊滅し、総司令官の乗る巨大円盤は墜落。

 

『議長! 巨大な円盤が、こちらに向かって墜落してきます!』

『なに!? ぎょえええええ!?』

 

 宇宙人の巨大円盤は天上界の浮遊大陸に直撃。

 制御を失った浮遊大陸はそのまま、落下。

 

『魔王様! 巨大な大陸が魔王城に向かってきます!』

「なにぃ!? ぎゃあああああ!?」

 

 さらに、浮遊大陸は魔王城へ激突。

 大陸を揺るがす振動が起こり、魔王城は倒壊。

 当然浮遊大陸と巨大円盤もだ。

 一連の出来事に唖然とする人類たち。

 すると、国王は立ち上がり、大声でこう言った。

 

「王国軍を出撃させろ! 残党を殲滅するのだ!」

「容赦がない‼」

 

 国王の冷徹な命令に、冒険者がツッコミを入れた。

 かくして、悪は滅んだのであった。

 

 

 

 






◆登場人物◆

・冒険者:長らく他の冒険者の雑用係をしていた少年。今回の一件で「冒険者辞めて真っ当に生きよう」と考え、衛兵に転職した。面倒見の良さで地元住民の信頼を勝ち取る。

・異世界召喚された皆さん:異世界召喚された某高校のみなさん。みんな呑気だが、仲良し。
 魔王討伐後はUFOをバックに記念撮影をした。

・ギルドマスター:今回の一件でギルドの風紀を引き締めることにした。

・天上界の女神様:スリーサイズは97・61・96。戦闘では、通信空手を駆使して戦う武闘派。

・宇宙人(XXYBA):よくいるグレイタイプの宇宙人。その後、国王の下で技術提供を行い、この惑星と宇宙の懸け橋になる。


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悪の戦闘員の場合

新年一発目がこんなんです(笑)


 悪の組織と正義の味方が日夜戦う、とある世界。

 

 滝薫(たきかおる)が、その少女と出会ったのは、薄暗い路地裏だった。

 数日前に飼っていた柴犬が行方不明になってしまい、その日もSNSを頼りに探していた。

 しかし、いくら探せど見つからず、代わりに黒いタイツのようなスーツを着た、一人の少女が見つかった。

 

(こいつ、最近噂のジョーカーの戦闘員じゃないのか!?)

 

 その特徴的なスーツに見覚えがあった。

 近年、世界各国で驚異的な科学技術を駆使し、地球侵略を企む悪の組織『ジョーカー』

 彼女が着ているのは、そこに所属している戦闘員が着ている制服であった。

 ネットやニュースの映像で観たし、たわわな胸元には、組織のシンボルである『J』の文字が書かれてるし、間違いない。

 

「な、なんで、ジョーカーの戦闘員がこんなところに!?」

 

 警察に連絡をすべきだろうか?

 それとも、見なかったフリをする?

 近くに怪人がいるんじゃないか?

 

 予想外の状況に、様々な考えが浮かび上がり、混乱する薫。

 そんな時、戦闘員が「う……うぅ……」と苦し気に呻き出した。

 よく見たら、身体の至るところに傷跡があった。

 

(ど、どうしよう……)

 

 本来なら、然るべき組織に突き出すのが一番良いだろう。

 しかし、薫は例え怪人であっても、怪我人を見捨てる程、薄情者ではなかった。

 悩んだ末、薫は着ていたパーカーを怪人に被せ、カモフラージュしながら、自宅へと背負って帰ることにした。

 

 帰宅後、妹から「お兄ちゃんがエロい格好させた女の子連れてきた!」と、誤解を招きかねない発言をし、祖父・父・母からしばかれそうになったが、それは置いといて。

 事情を説明し、母に傷ついた少女戦闘員の手当てをお願いする。

 

「う……ここは……?」

「あ、目を覚ました」

 

 しばらくして、意識が回復。家族総出で事情を聞くことに。

 

「実は私、量産型戦闘員の中でも珍しく自我に目覚めて……」

 

 曰くジョーカーの戦闘員は命令に忠実であることが第一であるため、自我に目覚めた個体は廃棄されるという。彼女も例外ではなく、処分の対象だったが、幸か不幸か、ヒーローが殴り込みをかけ、基地は壊滅。

 運よく五体満足で脱走できたものの、行く宛てもなく途方に暮れていたと言う。

 

「でも、どうして基地の場所ばれたんだろう? あれかな? SNSにアップしたからかな?」

「絶対それだよ」

 

 どうやら自我は芽生えても、職業倫理は芽生えなかったようである。

 兎にも角にも、連れてきた手前、放り出す訳にもいかない。

 幸いにも薫含め我が家は全員、お人よし。

 彼女を匿うことに反対する人間はいなかった。

 

「そう言えば、キミ、名前とかあるの?」

「ない。強いて言えば番号。I―50って呼ばれてた」

「んじゃ『アイコ』で」

「安直」

「やかましい」

 

 そんなこんなで、戦闘員改めアイコは我が家の一員になった。

 当初、悪の組織の戦闘員ということで、馴染めるかは不安だったが、意外とすんなり馴染んでいった。

 どのくらい馴染んだと言うと――

 

「薫君、大好き♪」

「そんなこと言って、俺のアイス食べた件と、セーブデータ上書きした件と、映画のネタバレした件を誤魔化そうとしても無駄ですよ?」

「ごめんちゃい」

「まったくもぉ~」

 

 ……とこれ位である。

 

 学校にも通うようになり、クラスにも溶け込んでいった。

 親友の赤井列斗(あかいれつと)曰く。

 

「クールに見えて、意外とお茶目なところがいいんだよなぁ」

「お茶目すぎると思うけど?」

「いやいや、人間茶目っ気は大事だよ? 俺の彼女も普段はクールなんだけど『浮気したら刺しますよ?』って冷凍イカみたいな目で、ナイフ片手に冗談言うくらいにはお茶目だし」

「それをお茶目ですますな!」

 

 アイコよりも親友が心配になった。

 ともかく、こうして戦闘員と一つ屋根の下で暮らすと言う、とんちんかんにも程がある生活は、特に何の問題もなく過ぎていった。

 

 だが、平和と言うものは容易く崩れ去るもので……

 

「薫君、だぁいすき!」

「そんなこと言っても、掃除の時、俺のベッドの下に隠してたエッチな本を机の上に積んだことは許しませんよ? しかもご丁寧にジャンルごとに分けやがって」

「ごめんちゃい」

「まったくもぉ~……ッ!?」

 

 その日も自宅でいつもの茶番劇を繰り広げていると、突如、商店街の方で爆発音が鳴り響いた。

 慌てて外を見てみると、空中にホログラムが出現。

 黒い軍服を纏ったいかにも悪人のような男が映し出された瞬間、アイコは驚愕した。

 

「あれはジョーカー大首領!」

「あれが!?」

 

 敵の大首領の登場に驚きを隠せない中、大首領の演説が始まった。

 

『愚かな人類よ! 今日、我々が来たのは他でもない! 我らが裏切り者の戦闘員I―50を粛正するために来たのだ!』

「!? 嘘だろ、おい!?」

 

 たかが一戦闘員に大首領自らが出陣とは、尋常ではない。

 アイコも怯えているのか、肩を震わせる。

 そんな中、大首領の口から驚きの真実が語られる。

 

『このI-50は戦闘員と言う立場でありながら、我らが基地の情報をSNSに投稿。情報を漏洩させた罪人である‼』

「あー……うん、そう言えばそうだったね……」

 

 って言うか、そんな話を今さら持ち出されても……

 そんなことを考えていると、さらに驚愕の事実が判明。

 

『さらには! 大首領の我に対する狼藉の数々! 許されるものではない!』

「狼藉!? なにしたの、この娘!?」

『我が仮眠中に油性マジックで額に『肉』と書いた上、眉毛をごんぶとにし、命令には舌打ち! あまつさえ、我が肖像画をダーツの的にしてやがった!』

「まぁまぁやらかしてた!? なにちょっと、被害者面してんの!?」

「ごめんちゃい」

「まったく、もぉ‼」

 

 って言うか、そこまでやられたなら、もう少し早く自我の有無に気づけよ。

 

『おまけに最近では、こやつの影響からチラホラと自我が芽生える戦闘員が増加! 目の前で転職サイトや求人誌を読み漁る者まで現れる始末だ!』

「それは関係なくね?」

 

「なんかちょいちょい小物臭いな。大首領なのに」と内心ツッコむ。

 

『故に見せしめに処刑する! SNSでここにいることは判明しているのだ! 隠れてないで出てこい! さもなくな、この街を壊滅させる!』

 

 流石は悪の大首領と言うべきか、やることが容赦ない。

 このままでは、大量の犠牲者が出かねない。

 しかし……

 

 

 

(そこまで言われて、はいそうですかと渡せる訳ないだろ……!)

 

 短い間だが、家族として共に過ごしてきたのだ。

 そんな彼女を引き渡して、自分が助かるなどと言う、恥知らずな行動は最初から除外していた。

 

 なんとか、両方助ける方法はないか。無い知恵を絞る薫。

 しかし、アイコは驚きの行動に出た。

 

「薫くん、ここでお別れだね……」

「!? なに言ってんだよ!?」

「ごめんね、でもこのままじゃ、みんなに迷惑かけちゃうから……」

 

 そう言って、彼女はベランダに出て、飛び降りた。

 

「今まで、楽しかった。思い出をくれてありがとう」

「アイコ!」

「アイス勝手に食べたり、セーブデータ上書きしたり、映画のネタバレしたりしてごめん」

「いや、そんなのどうでもいいから‼」

 

 それだけ言うと、彼女は大首領の下へと向かってしまった。

 

「くそ! これでサヨナラなんて言わせないぞ!」

 

 自己犠牲なんて認めないとばかりに、薫はアイコを止めるべく家を飛び出した。

 

 

 

「はっはっは! 観念して出てきたか! I―50よ!」

「チッ……うるさいなぁ……マジウザいんだけど、死ねよ。このハゲ」

「大首領に向かってなんだその口の利き方は!? って言うか、口悪すぎだろ!」

「はいはい。さーせん」

「どっちかって言うと、お前の方がウザいわ!」

 

 あっさり、捕まり他の戦闘員に拘束されたアイコ。

 だが、心は屈しておらず、大首領に舐めた態度を取っている。

 

「もういい! ここで、処刑だ! 言っておくが、逃げられると思ってるんじゃないぞ⁉ 今日は貴様を捕縛するために我がジョーカーの誇る大幹部たちを三人も連れてきてるからな!」

「連れてきたって言うか、この間の一斉検挙で自分たちの基地無くなっちゃったから、幹部全員本部にいるだけなんですけどね……」

「って言うか今日、休みだったのに……」

「プロフェッサー・ハートだけズルいよな? 貴重な科学者だからって一人だけ留守番だなんて」

「お前ら、少しはやる気を見せろ!」

 

 まったくやる気を見せない三大幹部。

 まぁ、大首領がこれなので仕方ないが。

 

「もういい! おい! ドン・ダイアモンド‼ こいつを処刑しろ‼」

「ハイハイ……分かりましたよ……悪く思うなよ? これも仕事なんだ」

「くっ……‼」

 

 大幹部の一人、ドン・ダイアモンドがアイコに迫ろうとした、その時だった。

 

「死ねぇェェェェ‼」

「痛て!?」

「ドン・ダイアモンドぉぉぉぉぉ‼」

 

 薫が猛スピードで自転車に乗って突っ込んできた。

 予想外の奇襲にドン・ダイアモンドは体勢を崩してしまう。

 

「大丈夫か!? アイコ!?」

「薫君!? なんで来たの!?」

「なんでって、決まってるだろ‼ お前を助けにだよ‼」

 

 突然の乱入者に現場が騒然とする中、戦闘員を殴り倒し、アイコの手を離脱する薫。

 しかし、たかが自転車で轢かれた程度で大幹部は倒れない。

 

「あ~、痛て……このガキ、やってくれるじゃねぇか……」

「げっ! 復活するの早い‼」

「ドン・ダイアモンドは組織最強の防御力を誇る大幹部。さっきのは油断しただけ」

「そう言うことだ! 惚れた女を助けに来る漢気は認めるが、その程度で俺は倒せねぇ‼」

「あと、面倒見がいい親分肌。正直、この人が大首領だったら、みんな文句なくついていく」

「おいおい誉めてもなんにもでないぜ?」

「よ! 未来の大首領!」

「え~? そんなこと言われるとおじさん、考えちゃうなぁ~」

「おい! なに口車に乗せられてんだ!? 考えるって何!? 下剋上!?」

 

「いいから、さっさとそのガキ殺せ!」と大首領に急かされ、ドン・ダイアモンドは二人に襲い掛かる。

 

「悪く思うなよ兄ちゃん‼ 安心しろ! 死んでも、改造してウチの組で面倒見てやる‼」

「いや、自分、真っ当な仕事に就きたいんで!」

「じゃあ、真っ当なまま死んでいけ‼」

 

 そう言って、ドン・ダイアモンドの魔の手が迫った、その時であった!

 

「そこまでだ! ジョーカー‼」

「!? なに者だ!?」

 

 突如、何者かが、ドン・ダイアモンドの前に立ち塞がった。

 その人物は、薫がよく知る人物……

 

「祖父ちゃん!?」

 

 そう。薫の祖父であった。

 

「いや、なにし来たんだよ!?」

「商店街が騒がしくて様子を見に来たんだ。そしたら、アイコちゃんが捕まってるじゃないか。家族として放っておけるか!」

「いや、そりゃそうだけど……」

 

 正直場違い極まりない。

 しかし、祖父は空気を読まず、ドン・ダイアモンドの前に立ち塞がった。

 

「――と、言う訳だ! 未来の孫夫婦に手を出されて黙っている訳にはいかない‼ 彼女に手を掛けると言うなら私を倒してからにしろ!」

「気が早い」

 

 F1レベルの早さである。

 そんな孫のツッコミを無視し、祖父は臨戦態勢に入る。

 しかし、無謀! あまりにも無謀である。

 いくら家族を守るためとは言え、小市民が歯向かって勝てる相手ではない。

 

 

 ……そう思っていた時期がもありました。

 

 

 

「ふん、たかが老いぼれ一人に何ができる‼ ドン・ダイアモンド‼ このじじいを見せしめにしろぉ‼」

「しゃーねーなー……おい、爺さん。悪いが死んでもらうぜ‼」

 

 大首領の命令に従い、ドン・ダイアモンドが巨大な腕を、薫の祖父目掛けて振り下ろす。

 だが‼

 

 ボキッ‼

 

「え?」

「へ?」

「は?」

 

 骨の折れる音がしたかと思うと、まぁ、なんと言うことでしょう。

 組織最強の防御力を誇るドン・ダイアモンドの腕があらぬ方向を向いているではないか。」

 

「折れたぁぁぁぁぁ!?」

「ウソぉぉぉぉぉ‼」

 

 対する祖父は怪我一つない。

 周囲が驚愕する中、祖父は不敵に笑う。

 

「ふっ……最近の悪の組織はこんなものか……これなら、変身せずとも倒せるな」

「じ、祖父ちゃん? なに言って……!?」

「今日だけは、正義のためではなく、自分の都合で戦わせてもらう‼ 変ッ身ッ‼」

 

 その瞬間、祖父の肉体は輝き始め、肉体が変わり始める。

 冴えない老人から覆面を被った鋼の戦士へと‼

 

「覆面キッカー1号‼」

「えええええええ!?」

 

 突如、変身した祖父に敵も味方も驚愕する。

 なにこれ!? どうなってんの!?

 

「な、なんだ!? 貴様は!?」

「俺は覆面キッカー。人類の愛と自由を守る守護者だ‼」

「じゃねぇよ!? 祖父ちゃん、これどういう事!?」

「今まで黙っていて悪かったな。俺は実は若い頃、悪の秘密組織に改造された、改造人間なんだ‼」

「マジか」

 

 シレっととんでもねぇ過去を明かす、実の祖父。

 するとアイコがスマホ片手に前に出て一言。

 

「ツーショいいですか?」

「いいよ」

「状況考えろ‼」

 

 この状況下でミーハー心を出さないで欲しい。

 

「なにやってんの!? この状況下で‼」

「だって覆面キッカー1号は、現代まで続く覆面キッカー最初の一人。レジェンドオブレジェンド。ここで撮らなかった次はないかもしれない」

「うわぁ! まるで少年のようなピュアな瞳! って言うか、あとでいくらでも撮れるでしょうが‼」

 

 そもそも誰の所為でこうなったのか? そこら辺、一回問いただしたくなる。

 

「おのれ! 覆面キッカーめ! だが、所詮は旧時代の遺物! 最新の改造人間に適う訳がない! いけ! ドン・ダイアモンド!」

「いや、腕折れてるんだって‼」

「ちっ! ならば、ジェネラル・スペード! 貴様が行け‼」

「えー……仕方ないなぁ……」

 

 そう言って、負傷したドン・ダイアモンドに代わり、今度は軍服の幹部、ジェネラル・スペードが襲い掛かってきた。

 

 

 

 しかし、驚くのはまだまだこれからだった。

 

 

 

「祖父ちゃんだけじゃないぞ!」

「父さん!?」

 

 絶賛仕事中のはずの父も現れた。

 

「私もいるわよ!」

「母さん!?」

 

 パート中の筈の母も!

 仕事はどうした!?

 

「ふ、未来の義娘がピンチと聞いてな……」

「ちょうどギリギリ管轄だから、飛んできたのよ‼」

「だから、気が早いって! っていうか、管轄?」

 

 母の言葉に、なんか嫌な予感を感じる薫。

 事実、その予感は的中してしまうことになった。

 

「ここは私たちに任せろ‼」

「まさか!?」

 

 そのまさかとばかりに、父は懐からペンライトを取り出し天高く掲げる。

 

「変身!」

 

 その掛け声と共に、父は全長500メートルはあるだろう、巨大な光の巨人となる

 

「ギャラクシーガイ参上‼」

「うっそだろオイ!?」

 

 祖父が改造人間だと言うだけでも驚きなのに、父が光の巨人になった事も驚きである。

 

「父さん!? これどうなってるの!?」

「すまん、今まで隠していたが、実は父さんは宇宙から来た宇宙警備隊の隊員なんだ」

「おいいいいい‼ とんでもねぇ事実ぶっこんできたんだけど!? 俺、宇宙人の子だったの!?」

「厳密にはハーフだ。宇宙人と地球人の間の子」

 

 自らの出生の驚愕の事実に、アイデンティティが崩壊寸前である。

 

「母さんとは職場恋愛って聞いたぞ!? それ、嘘だったのかよ!?」

「ん? それは本当だぞ? なぁ、母さん」

「そうね」

 

 そう言いながら、母は懐から手帳のようなものを取り出し……

 

「装着!」

「マジで!?」

 

 瞬間、母の身体は光に包まれ、白銀のパワードスーツを纏った戦士へと変身した。

 

「宇宙婦警・オカン‼」

「それっぽい名前を名乗るな‼」

 

 色んなところから、怒られそうな名前である。

 

「うっそだろ⁉ オイ!? 宇宙婦警ってなに!? なんで地球人が宇宙の婦警になってんの!?」

「昔、お父さんのツテでスカウトされたのよ」

「あの頃の母さんはおてんばでな、心配で目が離せなかったよ」

「そう言う、お父さんは地球の文化に馴染めなくて、お昼はいつも一人だったわね」

「でも、そんな僕を見かねて母さんは優しくしてくれたんだ」

「だって、お父さんは男勝りな私を、女の子として見てくれたのよ……気になって仕方ないじゃない」

「母さん……」

「あなた……」

「唐突に惚気るな」

 

 親の濃すぎる恋愛話に胸やけしてきた薫である。

 

「すごい! 日本を誇る三大レジェンドヒーローが揃い踏みしてる」

「そして、お前はこんな時にも呑気だなぁ‼」

 

 目を輝かせて、いつのまにか近場の文具屋で色紙を買ってきたアイコ。

 その頭をスパンと叩き、ツッコミを入れる。

 空気を読みなさい。

 

「さぁ! どこからでも、かかってこい!」

「お、おのれ、小癪な! いけ! ジェネラル・スペード!」

「了解! って無理に決まってんだろ‼ 体格差どんだけあると思ってんだ!」

 

 非情な上司の命令に、敵もツッコむ。

 そりゃそうだ。こんなん、ゾウとミジンコレベルの体格差だもん。

 ちょっと小突いただけで重傷確定。最悪、踏みつぶされて終了だろう。

 無理ゲーである。

 

「確かに……このままでは一方的な戦いになってしまうな。ついでに商店街も壊しかねないし」

「当然だろ」

 

 むしろここで暴れたら、それこそ倫理観を疑う。

 

「仕方ない。ハンデとして肉弾戦はなしと言うことで」

「む……それなら、なんとか……」

 

 父の提案に、妥協するジェネラル・スペード。

 たしかに、肉弾戦なしなら、勝ち目はある。

 そう考えたジェネラル・スペードは重火器を備えた怪人態へと変身する。

 しかし、その判断は彼を地獄に突き落とす羽目になった。

 

「じゃあ、改めていくぞ! ギャラクシー・ガイ‼」

「こい! ジェネラル・スペード‼」

 

 戦いの火ぶたが切って落とされた。次の瞬間――!

 

「喰らえ! スペードランチャー‼」

「なんの! サテライト光線‼」

「ふん、そんなもの利くわけ熱ぁぁぁぁぁぁぁ‼」

 

 スペードランチャーを敢えて受け、よろめくギャラクシーガイが、反撃として放った光線がジェネラル・スペードを焼き尽くす。

 

「熱い! 熱い! 熱いぃぃぃぃぃ‼ ちょ、おま! これ、反則だろぉぉぉぉぉ‼」

「む? 強すぎたか? 商店街に被害を与えないためかつ、キミの重火器が誘爆しない程度のギリギリの威力で放ってるんだが?」

「いや、それでも丸焼けになってんだけど!?」

 

 たしかに格闘戦はなしと言った。だが、光線浴びせるのはダメだろう。

 まるで、虫眼鏡で蟻を焼く小学生を見てる気分である。

 

「仕方ない。母さん、ちょっとぬるくしてやってくれ」

「いや、風呂じゃないんだから!?」

「OK! 喰らいなさい、コールド二ウムビーム」

 

 そう言って、母の掌から放たれた冷凍光線が父のサテライト光線と一つになる。

 

「なんか、いやな予感がするんだけど?」

 

 どこかの漫画で読んだことがある。

 たしか真逆のベクトルの魔法を同じ威力で組み合わせることで、対消滅が起こると言う原理があったような。

 その予感は見事命中した。

 

「あ」

 

 二人の合体光線はバチバチとスパークしながらジェネラル・スペードに直撃し、ジュっと音を立てて消滅した。

 

『……』

 

 周囲に沈黙が立ち込める。

 ジェネラル・スペード、殉職の瞬間であった。

 

「やっちゃった」

「じゃないだろ!?」

「ジェネラル・スペードぉぉぉぉぉ!?」

 

 まぁ、仮にも悪の組織の一員だから、覚悟はしていただろうが、だとしてもひどい。

 

「おのれぇェェェェ‼ よくもジェネラル・スペードをぉぉぉぉぉ‼ 許さんぞ、貴様ら!」

「自分でけしかけておいて、なに逆ギレしてんの!?」

「典型的な無能上司」

 

 虎の子の大幹部二名を戦闘不能にされても、まだなお諦めない大首領。

 しかし、そこへ更なるヒーローが現れる。

 

「そこまでよ‼」

「この流れはまさか!?」

 

 すごい聞き覚えのある声がした方向に振り向くと、商店街の看板の上には、まるで魔法少女のような姿をした妹・逸子(いつこ)の姿があった。

 

「お待たせ、お兄ちゃん! 黒雷の使者! マギノワール参上‼」

「うん、予想はしてた」

 

 そう言って、戦闘ポーズを取る逸子こと黒き戦士! マギノワール!

 だが薫の反応は最早、想定の範囲内と冷めたものであった。

 

「むぅ、妹が変身ヒロインなのには驚かないの?」

「驚いてるけど……」

 

 祖父が改造人間。

 父が宇宙人で母が宇宙婦警の時点で慣れちゃったと言うべきか。

 

「なんだよ~! せっかく驚かそうとタイミング伺ってたのに~」

「タイミング伺ってたなら、さっさと助けてくれよマジで。って言うか、なんで魔法少女なんかになってんだよ?」

「いや~、ちょっと前にスカウトされちゃって」

「お前……それ一番たち悪いパターンじゃん」

 

 昨今、魔法少女の業界はヤバい所ばかりだ。

 善意に付け込んでで労基法違反の条件で働かせたり、契約を盾に脅したり、最悪最後の一人になるまで殺し合わせる場合だってあるらしい。

 しかし、妹は「大丈夫だよ」とあっけらかんと答えた。

 

「ちゃんとしっかりした条件で契約したもん。ね? マスコットン?」

「えぇ。妹さん方には法的に問題のなく、日常生活に支障がでない範囲で活動してもらっております」

「しっかりしてそうなマスコット出てきた!」

 

 妹の肩からひょっこり現れたのは、黒縁メガネに七三のいかにも真面目そうな妖精・マスッコトンであった。

 

「特に未成年であるため、強敵との戦いは我が妖精界の特殊チームが行い、逸子さんは最後に闇のエナジーを浄化する作業だけ行ってもらっております。無論、学業面のフォローも担当の者が行っておりますし、場合に応じて危険手当も支給されます」

「滅茶苦茶しっかりしてるぅぅぅぅぅ! しっかりしすぎて夢も希望も感じない!」

 

 なんでも一時期、カルトや詐欺紛いの勧誘方法で業界があれたのを切欠に、法規制が強化されたらしい。

 

「ちなみに我がチームは現在追加戦士として『光堕ち』枠を募集中でして、そちらのお嬢さん、魔法少女に興味ありませんか?」

「ここぞとばかりにスカウトすんな」

「……時給は?」

「お前も乗るな」

 

 これ以上、事態をややこしくしないでくれ。頼むから。

 

「って言うか、チームってことは、最低でもあと一人いるってことだよな?」

「そうだよ。お~い、ブラン! 出てきて~」

 

 そう言って妹改めノワールの呼びかけに、一人の少女が舞い降りた。

 

「白雪の使者! マギブラン‼」

 

 ビシッっとポーズを決めるのは、純白の衣装を血で染めた白き戦士! マギブラン!

 

「ちょっと待っておかしい!?」

「二人は、リリズマギカ‼」

「待ってって言ってるでしょ‼」

 

 決めポーズを取る二人を、中断させ、薫はツッコミを入れる。

 

「なんなの!? なんで、お前の相方血まみれなの!? 既に一仕事終えた感じだよ!?」

 

 最早ツッコミどころ満載の相方にツッコミを入れる。

 

「白雪の使者って自分で名乗ってるでしょうが!? なんで血まみれ!?」

「あぁ、それには事情があって……」

「事情ってなに!? なにがあったら、既に相方敵を殺ってますみたいになるの!?」

「その娘、ちょっとヤンデレの気があって、今日もデートすっぽかした相手の浮気を疑って……ね?」

「『ね?』じゃねーよ!? なにその意味深な一言!? 殺したのか!? 仮にも正義のヒロインがヤンデレ拗らせて殺っちゃったのか!? そこら辺、マスコット的にどうなの!?」

「妖精国の方針上、プライベート、特に恋愛面は個人の意思を尊重しておりますので」

「尊重しなかった結果、大惨事になってるんだけど!?」

「悪いのは列斗さんなんですよ? 最近、私に隠れて女に会ってるみたいで……だから、永遠に私のものにしたくって……」

「赤井ぃぃぃぃぃ!? なに!? 赤井と付き合ってたのキミだったの!?」

 

 突然、知らされた衝撃の事実と友人の訃報!

 二重の衝撃が薫を襲う、その時だった。

 

「呼んだか、薫!?」

「赤井!? 無事だったのか!?」

「あぁ、なんとかな‼」

 

 そう言って現れたのは、電柱の天辺に、包帯まみれの姿で佇んでいた赤井の姿であった。

 

「いや、全然大丈夫じゃないだろ!? って言うか、お前まで、なにしてんの!?」

「ふっ、怪我を堪えて病院を抜け出すのも、またヒーローの王道って奴だ」

「怪我の理由がアレすぎるんだが……って言うか、まさかお前も!?」

「お察しの通り! 変身!」

 

 そう言って、電柱から飛び降りた赤井は強化服を纏った、紅蓮の戦士へと姿を変えた。

 

「き、貴様は自由戦隊フリーダムレンジャーのレッド!?」

「久しぶりだな、ジョーカー大首領! 今日こそ、決着をつけてやる‼」

「あ、敵対してたのお前んところだったんだ」

 

 最早、驚きすらないほど慣れてしまった薫。

 そう言えば、最近つき合い悪くなったけどヒーローやってたんだ。

 

「今まで隠してて悪かったな! 俺たちが来たからにはもう安心だ!」

「いや、俺たちってお前、仮にも戦隊なのに一人じゃん」

 

 普通、戦隊と言えば5人が相場と決まっているのだが?

 すると赤井は「心配ご無用! 残りの三人は今から来る!」と高らかに叫んだ。

 同時に空から一人のヒーローが現れた。

 

「待たせたな! レッド!」

「ブルー! 来てくれたか!」

 

 現れたのは恐らくブルーだろう。

『だろう』と言うのは彼の見た目に理由があった。

 何故なら彼は赤井のスーツとは全くデザインの異なる――いや、完全に別物と言ったほうが正しい鋼鉄のパワースーツを着ていたからだ。

 

「フリーダムブルー改め、アメリカの守護者! ハイパーグッドマン! 参上!」

 

 上半身に蜘蛛の巣を鋼鉄のスーツを装着し、右手にハンマー、左手にアメリカ国旗を模した盾を装備した、半ズボンの男。

 それがハイパーグッドマンである。

 

「いや! おかしいだろ!」

 

 そのツッコミどころ満載のデザインに、薫は遠慮なくツッコミを入れる。

 

「戦隊なんだろ!? 統一感ゼロじゃん! なんで、スーツのデザインどころか、ヒーロー名まで全然違うんだよ!?」

「俺は祖国でIT企業の社長兼別のヒーローとして活動してるんだ。で、スカウトされた時、この姿で戦っても良いって言われたから」

「やっぱり、慣れないスーツよりも使い慣れた武装の方が戦いやすいからな」

「正論だけども‼ せめて色で統一感を示せよ! あと、なんで半ズボンなんだよ!?」

「経費削減して、残ったお金は社員のボーナスに回した。大丈夫、多少のことでは破けないから」

「そう言うこと気にしてんじゃないんだよ!」

 

 その時、大地を揺るがす黒鉄の巨人が姿を現した。

 

『フリーダムイエローとその愛機・機動魔神ゲッタリオン! ここに参上!』

「イエロー! お前も来てくれたのか!」

「いや、ちょっと待てぇぇぇぇぇ‼ なんで、イエローが一人でロボ操縦してんの!? ああいうのって、五人で協力して動かすんじゃないの!?」

 

 戦隊のお約束を悉く外してくる自由戦隊。

 だが、そんな疑問にも、レッドはちゃんと答える。

 

「あぁ、イエローは本業パイロットなんだよ。で、あれはイエローの私物なんだ」

「私物!? 私物なのあれ!?」

『こ~んにちわ、ボク、ゲッタリオンです』

「しゃべった!」

 

 突如響いた聞き覚えのあるダミ声(特に金曜19:00頃によく聞いた)であいさつするゲッタリオン。

 え? こいつ、喋るの!?

 

「ゲッタリオンは未来の国からはるばる、イエローの家庭問題を解決するために来たんだ」

『そうだよ。イエローをお父さんと仲直りさせないと、地球が壊滅して、僕のおこづかいが50円になってしまうんだ~』

「それ、主に自分のためじゃない? なにお前、地球の平和より自分のこづかい優先!?」

 

 って言うか、イエロー、戦隊なんかやってる場合じゃないだろう。

 ちゃんとお父さんと腹を割って話せ。そんで仲直りしなさい。

 そんなこと考えたら、件のお父さんから通信が。

 

『おい、シンヤ! じゃなかった! フリーダムイエロー! なに勝手にゲッタリオンを動かしてる? それは地球防衛軍のものだ! 操縦するならフリーダムロボにしろ!』

「うるさいな! フリーダムロボは5人じゃないと動かせないんだ。それなら俺がゲッタリオンで出撃したほうが効率がいいだろう!」

『貴様! 親に向かってなんて口の利き方だ!』

「仕事に家庭事情を持ち込むな。それでも司令官か」

『まぁまぁ、シンヤ――イエロー君、落ち着いて。パパさんもいい加減、昨日、プリン食べたことを謝ろう。それが原因で地球が壊滅するかもしれないんだから~』

「そんな理由で地球壊滅すんの!?」

 

 と言うか、親子喧嘩は他所でやれ。

 やいやい、言い争いをする二人から視線を外すと……

 

「御仏の名の下に悪を滅する」

「また、なんか出てきた」

 

 いつの間にか現れた、エメラルド色の猿のような姿のヒーローが物騒なことを言っていた。

 

「フリーダムグリーン、またの名を、爪猿(そうえん)! 悪しき妖魔は我が退治する!」

「フリーダムグリーンは退魔一族の家系で、古くから悪霊を退治して回ってるんだ」

「御仏を信じぬものは死、あるのみ」

「やばいこと言ってるんだけど?」

 

 発言がちょいちょいヤバすぎて、まったくヒーロー味が感じられない。

 

「まぁ、俺たちは自由戦隊。宗教の自由を守るのは基本中の基本だからな」

「自由過ぎません? 自由過ぎて全くの別ものになってない?」

 

 否、完全に別物である。

 

「さて、5人揃ったところで、みんないくぞ‼」

『応ッ‼』

「え!? 5人!? 4人じゃなくて?」

「そうだ。俺とブルーことハイパーグッドマン・イエロー・グリーンこと爪猿、そして……」

「私、マギブランことピンクです」

「お前かい!」

 

 もう、次はどんなイロモノが出てくるかと身構えてたら、既に出ていたあとだった。

 

「って言うか、ホワイトって自分で言ってんじゃん! せめて、色は揃えろ!」

「大丈夫だよ、薫君。赤と白が『交わる』とピンク色になるから」

「なに言ってんのお前!? いや、その通りだけど『交わる』を強調するなよ! なんか意味深に聞こえるだろう!」

「そうだよ。この時間帯に【ピンクな裏事情】は勘弁してくれ」

「お前も言うな‼ 言わなきゃバレないだろうが‼」

「大丈夫ですよ、赤井さん……私は既にあなた色に染まってますから……」

「染まるって言うか返り血浴びてんじゃん‼ ピンクじゃなくて血で真っ赤になってるよ‼」

「でも、貴方は私色に染まってくれない……私はこんなにあなたを思ってるのに……」

 

 そう言って懐から包丁を取り出すマギブラン。

 その目は変身ヒロインにあるまじき、ハイライトのないものである。

 

「やめなさいって言ってるでしょうが‼ 日曜の朝から見せられなくなるからね‼」

「とにかく、これで5人揃ったんだ! 覚悟しろ! ジョーカー‼」

「お、おのれ! 一戦闘員にここまで、ヒーローが集うとは! だが、こちらにも切り札がいる! 行け! 最強の怪人! キャプテン・クローバー‼」

 

 そう言って、高らかに叫ぶジョーカー大首領。しかし……

 

「……あれ? キャプテン・クローバー?」

 

 呼んだにも関わらず、返事すらない。

 不審に思い、振り向くと、そこにキャプテン・クローバーの姿はなかった。

 

『退職します。探さないで下さい』

 

 代わりにあったのは、書置きだけであった。

 

「あの野郎ぉぉぉぉぉ! 逃げやがったぁぁぁぁぁ‼」

 

 しかも、よく見れば他の戦闘員や怪人もいない!

 完全に敵前逃亡である。無理もないが。

 

「ふざけるなよ!? え!? このタイミングで普通逃げるか!? えぇ!?」

「いや、普通は逃げるだろ」

 

 なんせ戦隊やら宇宙の警備隊やら婦警やら変身ヒロインやらが勢ぞろいなのだ。

 普通なら逃げる。超逃げる。勝てっこないもん!

 一人残され慌てふためく大首領。対してアイコは腕を組んで、勝ち誇った笑みを浮かべる。

 

「さぁ、年貢の納め時だ! 正義の名の下に、滅ぶがいい」

「お前はなにキャラだよ!?」

「ごめんちゃい」

「まったくもぉ~」

「調子にのるな‼ おのれ、こうなれば……‼」

 

 調子に乗りまくる一介の戦闘員にツッコミを入れる薫。

 そんな態度が癪に障ったのか、大首領は遂に最終手段をとった。

 

「貴様らを全員、この場で滅ぼしてくれる! 現れよ! 我がジョーカー最終兵器‼」

 

 そう叫ぶと大首領は魔法陣を展開。

 そこから巨大な生物が召喚された。

 

「な、なんだ!? あれは……!?」

「くっくっく! あれぞ、我がジョーカー最終生物兵器、その名も『大怪獣シバラ』だ‼」

 

 その姿は、さながら神々の黄昏に出てくるフェンリル。

 ギャラクシーガイを上回るほどの、巨大な体躯は、見る者を絶望に誘う。

 

「こんなの、どうやって倒せばいいんだよ……!?」

 

 ここにいるヒーローが全員でかかっても勝てるかどうか分からないほどの威圧感を浴び、薫は唖然とするしかなかった。

 その時だった。

 

「ッ!」

「あ、アイコ!?」

 

 あろうことかアイコがシバラに向かって駆け出した。

 

(まさか、自分を犠牲にする気か!?)

 

 最悪の想像が脳裏をよぎる中、アイコはシバラに向き合い……

 

「伏せ!」

「ワン!」

 

 ……あろうことか、いとも容易く手なずけた。

 

『ええええええ!?』

 

 まさかの展開に一同、唖然とする。

 当然ジョーカー大首領が一番、驚いている。

 

「な、なぜだぁぁぁぁぁ!? なぜ、我が最終兵器が一介の戦闘員如きの命令に従うのだ!?」

 

 混乱する大首領に、アイコは事も無げに言った。

 

「だってボクが世話係したんだもん」

「ふぁっ!? どういうこと!?」

 

 曰く、元々、シバラはアイコが拾ってきた柴犬だったらしい。

 拾った直後衰弱しきっていた柴犬をプロフェッサー・ハートに頼み治療してもらい、以降、組織を追放されるまで、愛情を持って世話していたそうだ。

 

「って言うか、こいつ、うちの犬じゃないか……?」

 

 今さら気づいたかのように呟く薫。

 見れば、首元につけられた見覚えのある首輪には『タロウ』と飼い犬の名前が、見覚えのある字で書かれていた。

 

「なるほど、つまりタロウはアイコ君が保護してくれていたんだな」

「これで滝家全員揃ったわけだ」

「いや、納得すんの?」

 

 大らかすぎる家族に薫がツッコミを入れる。

 

 

 ……とにかく、こうして最終兵器も無力化された訳だが。

 

 

「ジョーカー大首領」

「あっ、はい」

「なにか言い残すことはあるか?」

 

 

 周囲から漂う圧。それに屈した大首領は、だらだらと冷や汗を流しながら、熟考した末、一言。

 

「ご、ごめんちゃい」

「許す訳ないだろうが」

 

 

 

 ――こうして、悪は滅んだ。

 肉片一つ、髪の毛一本、影すら残らず、滅び去った。

 

 

 だが、正義あるところに悪があり。

 彼らの戦いはこれからも続く‼

 

「薫君、だぁいすき」

「そんなこと言って、タロウの散歩サボったことは許しませんよ」

「ごめんちゃい」

「まったくもぉ~」

 

 

 ついでに薫君の受難の日々も続くのであった。

 

 

 

 

 

 




◆登場人物◆
【滝 薫】
本編の主人公。面倒見がいい好青年で作中屈指の聖人。
どれくらい聖人かと言えば、勝手にアイス食べられたり、勝手にセーブデータ上書きされたり、勝手にネタバレされたりしても「まったく、もぉ~」で済ませる程度には聖人。
なんなら「雪〇大〇一個ちょうだい」って言われても「まったくもぉ~」と言いながらくれる程度には聖人。

【戦闘員NOI-50(アイコ)】(99/61/88)
本編のヒロインで悪の組織の戦闘員。かわいい。
本来量産品の消耗品だったが、自我に目覚め、その後、なんやかんやあって追放される。
中々図太く、甘えん坊だが、戦闘員らしく、その辺のチンピラなら1分でミンチにできる。
将来的に薫くんと結婚し、一男一女に恵まれ、かすかべ在住のN一家ばりの騒動に巻き込まれる生活を送る。

【滝 猛三(たき たけぞう)/覆面キッカー1号】
薫の祖父で、かつて悪の組織と戦った改造人間。
IQ999で柔道剣道空手・カポエラ・ボクシングまで極めた冗談みたいなスペックを誇る。
現在は世界を旅しながら、30人以上いる後輩たちの手助けをしている。

【滝 隼人(たき はやと)/ギャラクシーガイ】
滝家の婿養子。元科学防衛隊の隊員で、なんやかんやあって、宇宙警備隊と融合した。
現在は宇宙警備隊地球支部で働きながら、悪の組織を文字通り『潰し』ている。

【滝 烈子(たき れつこ)/宇宙婦警オカン】(87/60/82)
猛三の娘で宇宙婦警。昔、なんやかんやあって宇宙警察に務めていた。
ちなみに隼人とはデキ婚で、隼人のコーヒーに【ここから先の記述は消失しております】

【滝 逸子(たき いつこ)/マギノワール】(90/53/84)
薫の妹で変身ヒロインの黒い方。謎の妖精マスコットンにスカウトされ、書類審査とオーディションを突破し、数々の実績をあげた上で、マギノワールに抜擢された。
ちなみに変身前でもジョーカー怪人一人分くらいの戦闘力はあるらしい。

【赤井 列斗(あかい れつと)/フリーダムレッド】
主人公の親友で熱血漢。
地球防衛軍にスカウトされ、フリーダムレッドになった。
ちなみに浮気の真相は、マギブランの母親と会っていただけであり、母子家庭で一人娘の彼女との交際を真剣に考えた末「娘さんを、僕に下さい! 絶対に幸せにします!」と、交際の許可を貰いにいったことが真相。

【ハイパーグッドマン/フリーダムブルー】
アメリカでIT社長を務めている。過去遺伝子操作を受けた蜘蛛に噛まれ、変な光を浴び、超人になる血清を投与され、元は神様だった前世を思い出し、現在に至る。なにベンジャーズだよお前。

【シンヤ/フリーダムイエロー】
機動魔神ゲッタリオンのパイロット。思春期真っただ中で、今度は隠していたエロ本を勝手に漁られたことで、世界を壊滅させる未来を作り出してしまう。

【爪猿/フリーダムグリーン】
日本最古の退魔師。元ネタに関して知識がないだけで、決してタイのアレではない。

【マギブラン/フリーダムピンク】(94/53/85)
フリーダムレンジャー紅一点で変身ヒロインの白い方。
ちょっとヤンデレ気味だが、レッドへの愛は誰にも負けない。

【タロウ/大怪獣シバラ】
滝家で飼っていた柴犬。迷子になり憔悴しきっていたところをアイコに保護され、プロフェッサー・ハートに治療してもらう。アイコの追放後は、最終兵器に改造されたとされるが、実際はプロフェッサー・ハートが「どうせ、こんな組織、そろそろ潰れるだろうから、適当にやっておこ」と一時的に巨大化しただけで、中身はあんまり変わってなかった。
だが、闇の力による副作用で、予防接種の時、ひたすら嫌がるようになってしまった。

【秘密結社・ジョーカー】
大首領が亡きあと、プロフェッサー・ハートにより(株)ジョーカーに生まれ変わる。
負の感情を電気エネルギーへ変換する事業を立ち上げ、電力会社と協力して、日本の経済を立て直す。
プロフェッサー・ハートはトップとかめんどくさがっていたので、そのまま研究主任として一線で活躍。社長にはドン・ダイアモンド、副社長にはキャプテン・クローバーと実はコアが無事だったジェネラル・スペードが就任した。


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大〇〇の場合

新作ですー。


 それは、ありふれた異世界召喚だった。

 授業中に突然現れた魔法陣に飲み込まれ、とある高校の一年A組の面々は、勇者として異世界に召喚。

 呼び出した張本人である、見るからに「王様です」みたいな感じの初老の男の話では、現在、この国は魔王軍に侵略されており、それを阻止するために、異世界から勇者――つまり、自分たちを召喚したらしい。テンプレである。

 

「ふざけるな! 俺たちは戦争なんかに参加しねぇぞ!」

「帰してよ! 私たちを帰してよ!」

 

 当然、クラスメイト達は騒ぎ出す。

 いきなり呼び出されて魔王と戦うなどできないと。

 だが、その時、クラス一のイケメンが「みんな、落ち着くんだ‼」と一喝。

 そして、彼の熱い演説が始まった。

 

「確かに、納得は出来ないかもしれない! だが、この世界の人々はそれだけ追い詰められてるんだ! 俺はそんな彼らを見捨てるなんてできない! それに、なにもただ戦えと言う訳じゃないだろう。ちゃんと、考えがあってのことですよね!?」

「うむ。お主の言う通りじゃ! まず、お主たちには時空を超えた際に、神より加護が与えられておる。その力を使えば、魔族とも戦えるじゃろう!」

 

 その証拠に「ステータスオープン」と呟くと、各々の目の前にステータスの書かれた画面が浮かんだ。テンプレである。

 

「さらに、我が国が誇る伝説の武器や名だたる名工の造った武器を、お主たちに託そう!」

 

 そう言って、騎士たちが豪華な剣や鎧を運んできた。テンプレである。

 

「さらに、我が国が誇る最強の戦士をお主たちの指導役に任命した。必ずやお主たちを導いてくれるはずじゃ!」

「なるほど! それなら、戦える!」

「うむ! では早速紹介しよう!」

 

 そう言って、国王が「入ってまいれ!」と言うと、扉から一人のローブを纏った男が現れた。

 瞬間、王座の間の空気が凍り付く。

 何故なら、彼からは禍々しい邪気がほとばしり、背中から生えた触手がうごうごと蠢いていた。

 さらに、よく見れば顔がブラックホールの様に黒く渦巻いており、見る者を発狂させんばかりの不気味さを顔しだしている。

 あまりの禍々しさに生徒の中には失禁・失神一歩手前の者まで出る始末だ。

 

「彼こそ、我が国最強の戦士。暗黒大邪神・カオス=ガ=ホトバシルじゃ」

「ちょっと待って」

 

 イケメンは「タイム」のジェスチャーを取り、くるりとクラスメイト達の方へ向き直る。

 

「……どういうこと?」

『知らんがな』

 

 突如、冷や水を浴びせられ、冷静さを取り戻した一同。

 さっきまでチート能力だ、なんだと浮かれていたテンションは一気に下がった。

 困惑する一同。イケメンは言い出しっぺの法則に従い、恐る恐る、国王に尋ねた。

 

「えぇっと……すいません、そちらの方は、聞き間違いでなければ、今、大邪神とおっしゃってませんでしたか?」

「うむ。そのとおりじゃ。な? カオス?」

「我こそは暗黒の大邪神・カオス=ガ=ホトバシル也」

「……えぇー」

 

 認めちゃった。嘘であって欲しかった。

 

「えぇと……暗黒の大邪神様が僕らを指導してくれると?」

「うむ。我が貴様らを導こう」

 

 導くどころか、クリア後のダンジョン深層部で待ち構えてそうなビジュアルなんだけど?

 しかし、そんなこと言った瞬間、殺されそうなので、みんな何も言わなかった。

 ってか言えなかった。それだけのレベル差を肌で感じ取れるからだ。

 

「あの……国王陛下? そもそも暗黒の大邪神ってことは神様ですよね?」

「うむ。そうなるの」

「なんで、下界の人間の下で働いてるんですか?」

「それには深い事情があってな」

「実は我はつい最近……1000年前くらいに天界から追放されたのだ」

「1000年前ってつい最近なんですか?」

 

 曰く、大邪神は元々、混沌を司っていた神であったそうだ。

 だが、ある日、いつものように混沌を司っていると、最近イキリ始めていた時空の神が、他所の世界の神と共謀し、異世界転移やら異世界転生やらの斡旋を行い始め、それを見咎めたら、あろうことか冤罪を着せられ、神界から追放されたと言う。

 

「今思い出しても腹が立つ! おのれ、時空の神め! 最高神の盆栽割った罪をなすりつけおって!」

「そんな子供みたいな理由で追放されたの!?」

「お主らの世界でもウ〇コまき散らしたり、論破しまくって追放されたしょうもない神もおるじゃろう。それと同じだ」

「いや、それ言われると返答に困るんですけど……」

 

 日本神話のアレとか、北欧のソレとかやらかしてるから困る。

 

「その後、我を信仰する教団が我を復活させようと、悪さを始めてな。復活したのはいいが、国王に成敗されて、現在に至る訳だ」

「国王が!? 国王に成敗されたの!?」

「そうじゃよ。いや~あの時は大変じゃったな」

「我らが戦った邪教徒の本部跡地、見事にクレーターになったからな」

「……」

 

 朗らかに笑う国王に、クラス一同戦慄する。明らかに、自分たちいらないだろう。

 クラスメイト達の「お前、なんとかしろよ」的な視線を背後で浴びせられるイケメンは意を決して質問する。

 

「あの、すいません……敢えて聞きますけど、僕たち必要ですか? どう考えても、国王様か大邪神さん、片方いれば魔王如き片付きますよね?」

「うむ、そうなんじゃよ。儂にかかれば、迷惑魔王の一人くらい、瞬殺なんじゃが、何分、一国の王が長期間国を空けるのはいかんと言われての」

「我も、いかに神界を追放されたとはいえ、下界の争いに直々に介入しては色々と不味いからな」

「あの……でしたら、他の方に指導を頼む訳にはいかないんでしょうか?」

「なんじゃ、お主、邪神じゃからって差別する気か? 人種差別ならぬ神種差別か?」

 

 何気にうまい事を言いながら、叱責する国王。そんな国王を大邪神が宥める。

 

「まぁまぁ、国王。彼らも、いきなり召喚された上に、大邪神が指導する言われて困惑しているのだろう。あまり、無理を言わないでやってくれ」

 

 そこまで配慮してくれるなら、人選まで気を使って欲しかった。

 そんなことを考えるイケメンに、大邪神は申し訳なさそうに言った。

 

「すまない。キミたちの言い分も、もっともだ。しかし、こちらもいかんせん人手不足なのだ。その辺りは察してくれないだろうか?」

「いや、そんなこと言われても、こういう場合ってやっぱり、騎士団長とか賢者とかが指導するのがテンプレなんじゃ……?」

「生憎、騎士団長は辺境の町で暗躍していた死の商人たちがやらかした、バイオハザードを鎮圧しにゾンビ狩りに、賢者は外宇宙から侵略してきた宇宙人たちを退治に、戦争に向かってしまって、不在でな。残った我々で魔王に対処することになった」

「ゾンビ!? 宇宙人!? 魔王以前に、この世界大丈夫なんですか!?」

 

 山へ芝刈りに、川へ洗濯にいきました感覚でさらっと、終末規模の災厄が迫ってるのを説明する大邪神に、イケメンはツッコまざる負えなかった。

 

「他の勇者たちもやれ世界樹の暴走やら、やれ異次元人の侵略やら、その対応に追われていてな。ある勇者一派など東の国に現れた大怪獣の討伐に向かって、シーズンが終わるまで帰ってこれない」

「大怪獣の出現を台風の季節みたいに言わないで下さい」

 

 そりゃ、異世界召喚に頼っても仕方がない。

 やるだけやって、人手不足では文句のつけようがないではないか。

 

「加えて近隣魔王城からも今回の一件でクレームが相次いでいるから、早急に討伐したいのだ」

「近隣魔王城ってなに!? 魔王城密集してんの!?」

「あぁ、108世帯ある魔王城のうちの一つが、今回の混乱に乗じて、世界征服に乗り出してな。他の魔王城を無断で進行して困ってるそうだ」

「そんなの袋叩きにすればいいじゃないですか……」

「土地狭いから合戦になると建物とか損壊しちゃうのだ。魔王軍のモチベーションも上がってないし、異世界勇者を送り込んで魔王を討伐。早急に鎮圧するのが一番かなって」

「そんな感覚で呼ばれたのか、僕たち……」

 

 なんともやるせなくなる話である。

 

「それもこれも神界が我を追放するからだ。混沌を司るのは一朝一夕で出来るものじゃないのに、また新米神に任せたな?」

「混沌を司るってそんな、専門的な技術的な話なんですか!?」

 

 やめてくれ。神界とか、かなり高次元な存在出しておいて、一気にスケールダウンしてるではないか。

 

「まぁ、とにもかくにも、現状、対応できる人間がおらんのでな。大変申し訳ないが勇者召喚させてもらった。報酬は一人につき金の延べ棒一本となっておる。魔王討伐次第、受け取った者から送還する」

「あまりにも雑過ぎませんか!? 僕らの扱い‼ あとアルバイト感覚で金の延べ棒を渡さないで下さい!」

「仕方ないじゃろう。お主らの世界じゃ、ワシらの通貨は使えんし、宝石とかも安く買いたたかれる恐れもあるから、金が一番安定して換金できるんじゃから」

「夢も希望もない……」

「じゃあ、ワシ、巨大隕石を破壊してくるから、大邪神の言うことをキチンと聞いて、怪我をしないように、魔王討伐に臨んでくれ。じゃ!」

「隕石!? 隕石も迫ってんの!?」

 

 軽く、ヤバめの情報を残しながら、国王はその場を後にした。

 残された生徒たちは、なんとも言えない顔をしながら見送る。

 

「……まぁ、そう言う訳じゃから、我がお主らを導くので、安心して魔王討伐してくれ」

「あなた、今、どんな感情で言ってます?」

 

 少なくても、情報量が多すぎてみんな、ついていけてない。

 顔も( ゜д゜)ってなっている。

 

 だが、ここまでお膳立てされては、やるしかない。

 腹をくくり、イケメンは大邪神に向かい、頭を下げて言った。

 

「まぁ、こうなったらやるしかない! みんな! 魔王を討伐して、元の世界に戻るんだ!」

『お、おう‼』

「そう言う訳で、大邪神さん! ご指導お願いします‼」

「うむ! では、早速、お主らに能力の制御方法を教えよう‼ 先ほども言ったが、お主らには時空を超えた影響で、いわゆるチート能力が備わっている! まずはそれを制御する方法を教えよう‼」

「分かりました‼」

 

 ようやく、異世界転移ものらしくなってきたと、生徒たちのテンションが再び上昇する。

 大邪神も満足そうに頷く。

 

「そして、制御が終わったら……」

「いよいよ、実戦ですね!? みんな! 頑張るぞ‼」

「いや? 違う」

「え?」

 

 大邪神の意外な言葉に場の空気が凍り付く。なんか嫌な予感がする。

 それを裏付けるかの如く、室内に巨大な大砲のようなものが運ばれてきた。

 

「制御方法を習得次第、この『チート能力エネルギー変換衛星兵器』にチート能力を流し込んでもらう」

「ちょっと待って!」

 

 二度目のタイムをかけるイケメン。

 しかし、大邪神は構わず続ける。

 

「この衛星兵器は文字通り、異世界人のチート能力をエネルギーへ変換・融合し、対象を原子レベルで分解する、驚異の兵器だ」

「あの」

「全員分のエネルギーをチャージ次第、宇宙空間へ打ち上げ、そこから魔王に照準をロックオン。対象以外の物体をすり抜け、余計な損害を出さず、魔王を討伐できる」

「待って‼ お願い! 話聞いて!」

「そして、魔王を討伐次第、お主らを元の世界に送還する。あぁ、親御さんには事情を説明しておるから安心してくれ」

「もう、訳わかんないよ‼」

 

 サクサクと進める大邪神の言葉を遮り、全員の心境を代弁したツッコミが、王宮内に木霊したのであった。

 

 

 

 数日後、チート能力を操作し、エネルギーへと変換した衛星兵器により、魔王は無事討伐。

 生徒たちは無事、地球へと送還されたのであった。

 

 

 

「なに? 神界で内乱が勃発? 人類を根絶しようと最高神と時空の神一派が乱心。仕方ない、我、言って来るわ」

「もう好きにしてください」

 

 別れ際に発生した新たな危機を見送りながら、一年A組は、もうこの世界に召喚されないようにと、心の底から願ったとさ。

 

 

 

 




◆登場人物◆

【大邪神 カオス=ガ=ホトバシル】
 かつて神界で混沌を司っていたが、姦計にハマり追放された神。
 現在は紆余屈折を経て、王国で人々の生活を見守っている。
 だが、時代は彼を放っておこなかった。
 神界での内乱にて、功績を上げた彼は、後に新たな最高神となるだろう。

【国王】
 昔は勇者として名を馳せていたが、なんやかんやあって、新興国家の国王に。
 毎月の様に起こる世界の危機に「やれやれ」と言いながらも、立ち向かう。
 隕石は無事に粉砕した。

【イケメン】
 クラス一のイケメン。それ以上でも以下でもない。


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