大魔導師「聖杯戦争やろうと思うんだが」 (アメリカ兎)
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第一夜 サーヴァント召喚:エヌラスの場合

 

 

 

 ――犯罪国家九龍アマルガム。国王の執務室にて……。

 

「暇だから聖杯戦争しようと思う」

「控えめに言って死んでくれ大魔導師」

 壁一面、魔導書ばかりの図書室と見紛うような蔵書に執務机だけが置かれている。椅子に浅く腰掛けながら、あまりにも暇を持て余している大魔導師は魔導書を積み上げていた。縦に。

 

「というわけでお前にはサーヴァントを召喚してもらうぞ」

「いやちょっと待て。説明を放棄するな」

「レギュレーションについて解説するぞ」

「コミュニケーション能力破棄してんじゃねぇぞタコ師匠」

「誰がデービー・ジョーンズだ」

「わかりにくいネタ出すんじゃねぇよ!! タコはタコでもタコ髭の方じゃねぇか!!」

「海賊でもないがな」

「大体レギュレーションってなんだよ」

「半年に一回行われる例のアレだが?」

「決闘者かよ!!」

「わかりにくい話をするな」

「クトゥグアァァァッ!!!」

 

 

 爆音。閃光。振動――教会の掃除をしていた大量の女性型アンドロイド、メイド服のガイノイド達は僅かな間、清掃業務の手を止めていた。しかし、すぐに作業を再開する。

 

 執務室では、至近距離で神性の炎熱を発動させたエヌラスの魔術を大魔導師が防御していた。吹き荒れる熱気と熱波が部屋を舐めるように空気を焼いていくが、それもすぐに鎮火した。

 山積みの魔導書に潰されたエヌラスを、さもつまらなさそうに見下ろしている大魔導師は呆れながら放り投げていた魔導書をキャッチする。

 

「さて。今回の一連の事件について説明するぞ。よく聞け。おい聞いてるのかバカ弟子」

「……聞いてる」

 自分を地面に縫いつける魔導書を雑に蹴り飛ばし、跳ね除けてエヌラスが立ち上がった。すると、落ちた魔導書がひとりでに浮き上がり壁面の棚へと戻っていく。

 

「まず事件の発端だが――まぁ、私だ」

「隠す気皆無なところは本当に低評価だなこのクズ」

「ちなみにムルフェストは共犯だ」

「本当に死ねばいいのに……あのあっぱらぱー」

「さて。概要を説明するぞ。月面国家ナナイトより拝領した大聖杯。これはとある別次元より持ち出された物だ。月を超密度情報体として編纂、これを“分岐点”として登録している。まぁ簡単に説明すると――別次元の英雄達を呼び出せるという話だ」

「説明端折ってんじゃねぇよどんなご都合主義だよ」

「やかましい」

 ズゴォン。室内が重力波で歪んだ。エヌラスは耐えた。歯を食いしばって耐えた。怒りに勝るはらわたの沸騰を気合で堪える。よく耐えた堪忍袋の緒。百万年無税。

 

「そういうわけで任せた。私は聖杯戦争の監督役としてお前“達”の監視役に務める」

「……達?」

「ああ」

「俺に全部やれって言ってるわけじゃないのか?」

「詳細は省くが――聖杯ぶっ壊して七つの断片としてばら撒いた。結果として特異点が発生。そこを治める七騎のサーヴァントを打倒してこい聖杯奪還してこい。そうでもなければ、戦争などと言わんだろう?」

「…………」

 エヌラスは考え込み、話を整理する。

 ――要はいつもの“暇潰し”に付き合え、ということらしい。今回は大掛かりだが、つまりはそういうことだ。しかし、腑に落ちない点がいくつかある。それらを整理して、エヌラスは大魔導師を問い詰めた。

 

「わかった。が、質問がいくつかある。いいか?」

「構わん。猶予はまだある」

「特異点は七箇所。それは理解した。だが疑問があるのは、なんでサーヴァントを召喚する必要があるんだ? 俺たちが乗り込んで片付ければいいじゃねぇか」

「ふむ……それでは代わり映えがしない、というのが第一だな。考えてもみろ。この世界に存在しない古今東西の英雄達を召喚して戦わせるというのは、中々斬新ではないか? そこから何か得られるものがあるかもしれんだろう」

「いや、だからってよ……まぁいいか。そこも許容する。それで、サーヴァントの召喚権はどうなってるんだ?」

「本来、一人につき一騎までだが――こんな物を用意した」

「? なんだ、それ」

 大魔導師が執務机の引き出しから取り出したのは、薄っぺらい金の板。まるで札のようにも見えるが、その表面には魔術文様が描かれている。

 その内部に渦巻く魔力量は凄まじい密度だ。

 

「これは呼符(よびふ)と呼ばれる物だ。まぁ、召喚権だと思え」

「おう……」

「こいつを使えば……聖杯の方で相性を診断して自動的にサーヴァントを選別し、召喚することが可能だ。サーヴァント一人分の魔力がここに籠められている」

「……それ改造して爆弾にできねぇか?」

「戦闘狂めが」

 珍しく大魔導師に本気で呆れられる。

 聖杯に登録されている別次元の人類史の英雄を召喚できる符。それが、今――大魔導師の手に二枚用意されていた。

 エヌラスに向けて、呼符が投げられる。

 

「それは戦争の招待状と言ったところか。私の召喚権をお前に譲ろう。その時点でお前にアドバンテージがある。元よりサーヴァントを現界させる魔力は召喚者であるマスターに依存されるからな」

「……俺にはコイツあるしな。二人くらいなら問題ないか」

 自分の左胸を指しながら、肩をすくめていた。

 

「ああ、そうだ。召喚上限についてだが――今回は一人に付き三騎までだ」

「その理由は?」

「特異点についてだが、放置しておくと被害が拡大する。月面のシェアを用いて維持しているだけに、最終的な質量として月面の衝突と変わらん」

「うん、控えめに死ね大魔導師とムルフェスト」

 ドストレートにキレながら笑顔で大魔導師に殺意を向けるが、どこ吹く風と涼しい顔。

 

「つまりはオメー、最終的にアダルトゲイムギョウ界崩壊RTAじゃねぇかふざけんなよ!?」

「ちなみにセロンから許可は取ってある」

「死ねよぉぉぉぉぉおおおおっ!!!!」

 エヌラス、あらん限りの絶叫咆哮。

 

 ――面白そうだし、まぁいいだろう(セロン談)

 

「やったろうじゃねぇかよこんちくしょう!!」

「質問は以上か?」

「――ああいや、まだある。その、俺以外に参加するやつは?」

「大体いつものメンツだ。だが魔力依存ということもあり、アルシュベイトは不参加だな」

「むしろあいつ魔力抜きで俺たちと張り合ってるんだが……って、クソメガネはどうなんだ」

「ああ。そもそも魔術というのは「科学技術で再現可能」という条件がある。電脳国家の量子転換、物質転送技術も不可能な話ではないわけだ。手軽で便利な3Dプリンタ技術と考えればあの国の技術は「魔術」とそう変わらん」

「…………それ考えると、あのクソメガネすげーんだな」

「クソメガネだがな」

「ああ。クソメガネだけど」

 

 ――へーっくしょぉい!

 商業国家の喫茶店で盛大にくしゃみをするクソメガネこと、ソラが一名。

 

「参戦するのは、お前を筆頭に。ユウコ、クソメガネ、ドラグレイス、剣姫の五人だ。一人につき三騎までだが、お前は特例で六騎まで所有可能だ。ただし――特異点に存在するサーヴァントと契約する場合はその限りではない。ただ維持するための魔力を工面する努力はしておけよ?」

「了解、そこは上手いことやる」

「他にまだあるか?」

 エヌラスは顎に手をやり、しばし考え込む素振りを見せる。

 砕かれた聖杯を求めて人類史の英雄を召喚、これを行使して七騎の番人を攻略していく――カジュアルなグランドオーダー。一人、三騎までサーヴァントを所有可能。

 

「そのサーヴァントの保有上限数は、どう決めてるんだ?」

「呼符もタダではない。その製造コストからだ。他の奴等には配ってあるが、お前は既に二枚持っているわけだしな」

「……召喚方法については?」

「簡単だ、呼符に魔力を籠めて術式を起動させろ。それだけでいい。それと、サーヴァントを召喚した術者。マスターとして聖杯が認識すると右手か左手に「令呪」と呼ばれる物が出現する」

 サーヴァントに対する絶対命令権。聖杯を通じた、強制アクセス権といったところだ。当然ながらこれにも制限は存在するが割愛。

 

「触媒を用意すれば特定の相手を呼ぶことも可能だが、まぁそこは適当でいいだろう。お前その手の物は何一つ持っていなさそうだしな」

「んー……そういうことなら、二枚あるし。一枚はそのまま使うとして、もう一枚は何かしら用意して使ってみるか」

「ああ、相性が悪ければ即刻その場で殺し合いを始めても構わんぞ? それはそれで面白そうだから見守ってやる」

「スポーツ感覚で殺し合いを始めろと!? アンタ本当に倫理観死んでんな、死ねよ!!!」

 まずはお前から殺してやろうか!? エヌラスが血迷いそうになるが、大魔導師の右手に視線が向いた。

 そこには、赤い令呪が浮かび上がっている。

 

「――――大魔導師、ひとつ聞きたいんだがいいか? アンタ、誰か召喚したのか」

「いいや、喚んでいない。というかそもそも、お前は私が誰だか忘れたか?」

「あー、我ながらバカなこと聞いたわ。なんでもねぇ」

 大魔導師は、聖杯戦争の監督役だ。つまり――、聖杯へのアクセス権を保有している。

 三回までならば、聖杯を強制起動させることが可能だろう。

 

 これは、グランドマスターによるオーダー。つまりは、そういうことになる。

 ジ・オーダー・グランデ――調停者による命令だ。

 

「サーヴァントのクラスについて説明するか?」

「念の為頼むわ」

「基本は七騎だ。三騎士、セイバー・ランサー・アーチャー。最も優秀とされるのはセイバーだが、そこはあくまでも基本的な話だ。それに加えて、四騎士。ライダー・キャスター・アサシン・バーサーカー。これらが通常のクラスだが、例外もある」

「例えば?」

「裁定者、ルーラー。復讐者、アヴェンジャー。他にはそうだな……フォーリナー、外なる神々の力を宿したものだが例外中の例外だ。あとは、アルターエゴにムーンキャンサーと、ガンナーだが。覚えきれるか?」

「いやなんかもう別にいいわ。召喚したやつと仲良くやれってことだろ?」

「そうなるな。私の方で召喚に使用する部屋は用意してある、そちらでやれるな」

「随分とまぁ用意周到なことで。わかったわかった、使わせてもらう」

 

 

 

 

 ――九龍アマルガム教会・廃病棟。霊安室にて。

 

「大魔導師」

「なんだ」

「もうちょっと他に場所がなかったのか?」

「ロスト・プロヴィデンスのほうが良かったか?」

「神に見捨てられた区画で召喚しろとか魔神柱でも呼びそうだわ俺」

「さぞ素材が美味いだろうな」

「死んでろ大魔導師」

 死者の沈黙に包まれた芯まで凍りつかせるような霊安室には、無数の棺。だがその中身は全て空だ。ここも、形式的に必要とされていたから用意されているだけであって使用された痕跡は何処にもない。新築同然のまま遺棄されている一室。吐き出す息も白く染まるほど冷えた空気の中、エヌラスは呼符を一枚手にして中央に陣取る。

 

「英雄を使い魔に、ねぇ? ま、興味がないわけじゃないからやってみるけどよ――」

「はよしろ」

「やかましいわクソ師匠、死ね」

 呼符を床に置いて、魔力を注ぎ込む。すると、錠前を外すような音と共に内部にプログラムされていた聖杯への召喚術式が起動する。足下に広がる召喚陣の中央でエヌラスは意識を集中させていた。半自動的に聖杯へアクセスし、その魔力の質と量。術者の魂の質を検閲されていく。機械化された術式から、選別された英雄を維持する為の焼印がエヌラスの右手に発現していた。

 それは赤く、血のように赤く。爪のような、翼にも似た令呪だった。

 

 霊安室が魔力光で満たされ、まばゆい光の中から人の形が浮き上がる。それは徐々に輪郭を顕にしていき――エヌラスの前に、降り立った。

 小柄な少女。フリフリのゴシックドレス。手にはくまのぬいぐるみを抱いている。

 流れるような金の髪。丸くて大きな青い瞳。見下ろすほどに小さな女の子は、十代前半くらいだろうか。

 

「――サーヴァント、フォーリナー。召喚に応じ参上しました……あなたが、わたしのマスター……? あ、えと……アビゲイル・ウィリアムズよ。よろしくね」

「………………あー。うん……うん?????」

「あっはっはっはっはっはっは。ふふ、っはっはっはっはっは」

「ご 満 悦 じゃねぇか!!! なんだテメェ何がおかしいんだテメェこらぁふざけんなよ腐れド外道!!!」

 両手を叩きながら抱腹絶倒、愉快痛快大爆笑。大魔導師が満面の笑みを浮かべている。一体なにがそこまでツボに入ったのか、召喚されたフォーリナーとエヌラスを見比べてひとしきり笑っていた。

 

「あー笑った笑った、はっはっは。おまえスゴイな。いきなりエクストラクラスを引き当てるとは」

「俺もびっくりしてるが、何より驚きなのが……」

「……?」

「――こんな小さな女の子が英霊として登録されているってことだよ。どう見ても普通の女の子じゃねぇか。サーヴァントとして戦わせるくらいなら俺が出た方がマシだ」

「あの、わたしじゃ不満だったかしら……ごめんなさい」

「そういうわけじゃない。ちょっと想定外ってだけだ。俺はエヌラス、よろしくな。アビゲイル」

「よかったら、アビーと呼んでくださいな」

 ぶらんと垂れた袖から、小さな手を差し出してくる。エヌラスは握手を交わしてから、もう一枚の呼符を眺めていた。

 

「さて。もう一人呼べるわけだが……どうする?」

「使うに決まってんだろうが! 少し待ってもらえるか、アビー」

「ええ」

 アビゲイルがエヌラスから離れて大魔導師のもとへ向かうが、その目を見た瞬間にぬいぐるみを抱いて少しだけ距離を置く。

 

「…………」

「何か使うアテはあるのか?」

「そうだなー。んじゃ、こいつで――“クトゥグア”」

 右手の魔術刻印を起動させて、深紅の自動式拳銃を持ち出すと呼符を使用する。その召喚陣の中に触媒として置いた。

 その情報を読み取り、聖杯が二度目の召喚に適した英霊を呼び出す。

 

 ――できれば頼りになりそうなサーヴァントが来ますように。そんなことを密かに願っていたが、どうやら万物の願望器具はランプの魔人ほど気軽に叶えてはくれないらしい。

 

「フォーリナー、ユゥユゥ! 召喚に応じ参上いたしました~! どうか末永くおそばに――え、あの……寒くないですか、ここ……?」

「な ん で や ね ん!!!」

「え、えぇぇぇ!? なんですか、どうしたんですか!? あたし、またなんかやっちゃいましたか~!?」

 床を破壊しかねない勢いでエヌラスが膝から崩れ落ちながら霊安室を叩いた。

 

「どうして! どうしてそう! 変な方向にばかり勢いがあるんだよ!!!」

「ふぅあははははははは!!! おまえ、お前というやつは本っ当に俺を笑わせてくれるな! はっはっはっはっは!!!」

「うるせぇぇぇぇぇ!!! 知らねぇぇぇぇ!!! 笑うなぁァァァ!! ぶっ殺してやる! ッテメェちょっとそこ動くんじゃねぇぞ大魔導師おらぁあああっ!!!」

「ああいいだろう、かかってこい。今ちょっとかなり機嫌がいいから遊んでやる!」

 

 ――召喚した二体のサーヴァントそっちのけで、霊安室で野郎二人が(割とガチの)殴り合いを始めた。

 

「ひぃやぁ!? な、なにしてるんですかマスター!? 喧嘩はいけません」

「喧嘩じゃねぇ話し合いだ!! どぉりゃあああ!!」

「ひぃん……」

「困ったわ、困ったわ。どうしましょう……」

「あれ。あなたもあたしと同じ、サーヴァント? よかったぁ~。あたしは楊貴妃、ユゥユゥって言いにくくない? そう呼んでくれたら嬉しいな」

「わたしはアビゲイル・ウィリアムズ。アビーでいいわ、ユゥユゥさん」

「よろしくね~。あ、あたしよりも先に召喚されたなら、アビーちゃんの方が先輩ってことになるのかな? 誤差だけど」

「先輩……! ええ、ええ! そうね、わたしのほうが先輩よ」

 胸を張るいじらしい姿に、ユゥユゥの頬から笑みがこぼれる。

 仲良く手を繋ぐサーヴァントは別に、拳を交わしている二人の勢いはしばらく止みそうになかった。

 

「……それでー、えっと~。これどうしようか」

「ど、どうしましょう……?」

 

 結局――それから三時間、夕飯の時間になるまで二人は殴り合っていたが決着はつかずに後日に持ち越しという形となって収束する。




※ 続かない?

所有サーヴァント:エヌラス
フォーリナー:アビゲイル・ウィリアムズ
フォーリナー:楊貴妃


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第二夜 サーヴァント召喚:ユウコの場合

 

 

 ――商業国家ユノスダス。その国王であるユウコに一通の郵便が届いていた。

 差出人は『犯罪国家国王・大魔導師』とだけ。

 内容物に記載されているのは『招待状』と。それだったら封筒でよくない?

 

「…………」

 一国の主である、ユウコはその箱を持ち上げて。軽く揺すって。カラカラと中身が動く音の重さと振動で大体のサイズを把握する。

 国民の皆様に大人気だからか、こうした贈り物は数多い。当然、厳重なセキュリティによって危険物がないかどうかチェックはしているが……差出人の名前だけでお祓いと封印を施して永久に土葬したい。とはいえ、相手も一国の主。そうそう変な物を送り込んでこないと思う。

 招待状を箱で送りつけている時点で十分に変人なのだが。

 

「てい」

 箱を開けてみれば、一通の手紙と金の札。

 

「……なにこれ? どっかから出土した値打ち物? 鑑定眼は持ってないし……そーだ」

 執務机に置かれている電話から、長い知人であり恩師でもある相手へ連絡する。ちょうど一段落ついたことで、すぐに国家中枢機関である教会へ赴いてくれるらしい。

 

 それからしばらくして、職員に案内されて訪れたのはとある喫茶店の店主であるシルヴィオだった。老齢の男性ながら、その過去は波乱の人生に満ちている。鳴りを潜めて今や穏やかな老紳士となっているが、昔はあの大魔導師ですら一目置いていたというのだから復讐心というのは恐ろしいものだ。

 

「私のような御老体に用向きとは、何事ですかな。国王様」

「お、来てくれた。これなんですけどー、なんか知りませんか?」

「はて?」

 ズボンにシャツにベストと、まるでバーテンダーのような出で立ちではあるがその服の下には頑強にして屈強な肉体が静かに潜んでいる。あらゆる不測の事態にも肉体一つで打ち砕かんとしてきた意思の強さすら感じさせた。

 

「差出人が大魔導師だから」

「なるほど……」

 元犯罪国家の出身としては何か思うところがあるのだろう。だがこのとき、二人の脳内には高笑いをする大魔導師の姿が浮かんでいた。

 

 ――アレ、だしなぁ……。

 

「招待状と」

「うん。こっちの手紙も内容はものすっごく簡素」

「どれどれ……ふーむ……」

 

 『催し物をするので参加しろ。使用方法:お前なら気合でなんとかなるだろう』

 

「……もう少しこう。なにか書き方があったと思われますが」

「ですよねぇ」

 指で金の札を叩き、シルヴィオは思案する。

 はて。これに似たものが確か昔あったような気が……。

 

「ああ。思い出しました、これは使い魔を呼び出す為の道具です」

「使い魔?」

「はい。魔術師が使用する物として、何度か拝見したことが。使用方法についても、確かこの札の中に籠められている術式を起動させるために魔力が必要とか」

「そんなこと言われても私魔術師じゃないし。吸血鬼だし。んー……血液で代用できるかな」

「おそらくは可能でしょう。つまりは魔力を含んだ何かを用いれば良いのですから」

「なるほどなるほど。やー、私お金稼ぎと料理くらいしか取り柄がないもので。そういうのからっきしでして、ありがとうございます。あ、よかったらお茶とかどうです? いーのがあるんですよー、旦那ー」

「そういうことでしたら、たまにはお付き合いしましょう。足労を労っていただくと思って」

 親子のようで、師弟のようで。そのどちらでもなく、宿敵同士であった。しかし、一度も拳を交えたことはない。

 吸血鬼ながら、太陽に勝る眩しい笑顔を見せてユウコはすぐにお茶の席を設けた。

 

 

 

 ――商業国家ユノスダス・教会敷地にて。

 

 国営を担う中枢機関である教会は、商業国家の特性上膨大な敷地を有する。その一部を直営店として開放し、自由に国民が出入りできる。もちろん純国産品であり、加工場も教会の敷地の中にある。土産物としても名高く、日々大盛況ぶりを誇っている。

 ユウコが監修した『国王印の柚子饅頭』は完売御礼。売れ残りなど見たことがないほどの絶品として知れ渡っていた。あと、べまモン饅頭。

 教会市場とは別に、催事場として国を挙げての催し物を開く際の場所もあるが、こちらは基本的に国民の出入りは禁止されている。だが、今は商業国家の式典に向けての準備中だ。

 ユウコが商業国家を治めるにあたっての記念日を祝うために職人たちが慌ただしく出入りしている。

 そこへ、国王本人とシルヴィオが現れた。作業の手を一旦止めて頭を下げる人々を労いつつ休憩時間にでもつまんでくれればと山のようなクッキーとお茶を運んでくる。

 

「皆ーお疲れ様ー! 甘いものと飲み物持ってきたので休憩にでもどうぞー!」

「きゃー国王様ばんざーい!」

「ありがてぇ……ありがてぇ……もぐもぐ」

「素敵! 抱いて!」

「マッマ!!!!」

「あっはっは、泣いて喜ぶほどのことなんてしてないんだけど……あと今わたしのことお母さん呼ばわりした奴は減給ね」

「オギャーーーー!!!」

 一部阿鼻叫喚と化しながら、ユウコは設営の進行具合を現場監督と話し合う。

 監督と、そこから担当部署ごとに班長。さらに従業員と報連相の速度重視。ミスのリカバリーは早いほど良い。そのため、監視役として教会の職員も配備されていた。だが決して重苦しい雰囲気はなく、むしろアットホームで和やかな空気が流れている。

 

「進捗状況は?」

「はい。全体的な進行度で言えば、折返しを過ぎたところでしょうか。形はできていますが、やはり細部の資材調達が難航してますね」

「輸入品で代用とかしないと間に合わない感じ?」

「納期は間に合うと先方から連絡はきていますね」

「具体的な日時の指定はされてる?」

「三日以内と」

「うん、それならよし。じゃあそれまではこの調子でよろしく!」

「はい!」

「あ。そうだ、もし納品が間に合わないって連絡がきたらアゴウの輸入品で花束とか代用するから、そうなったらすぐ連絡してね。念の為向こうには用意してもらってるし」

「わかりました! よーし皆、作業に戻るぞー! 国王様の手前、全力で!」

 気合を入れ直しながら、作業班が仕事に戻る。その勤労意欲を見てしきりに頷きながら、ユウコは満足げに催事場を見渡していた。

 

「いやー、汗水垂らして私の為に働いてくれているってものすごい気分がいいなぁ」

「確か、その呼符、とやらを使うために来たのでは?」

「そのつもりですけども、第一に国の用事優先! 私事と私情は二の次! 国が潤えば皆ハッピー! オッケェ!」

「……相変わらずお金が絡むと途端に目の色が変わる方だ」

 金銭絡みになると、魔術師どころかあの大魔導師ですら口を閉ざす勢いで吠え立てるのが商業国家国王のユウコだ。金と胃袋を鷲掴みにして生活力を握る。末恐ろしい相手で別な意味で敵に回したくない。

 

「おほん。というわけで、これを使うためにちょっと場所を借りようと思って此処に来たわけなんだけども――どこかいい場所ないかな」

「ふーむ……あの辺り。ちょうど作業が一段落したのでは? 手が止まっております」

「ごめーん、ちょっとその辺り借りてもいいかなー?」

「勿論です国王様! ささ、どうぞどうぞ。ちょうどこちらも一通りの作業が終わったところでしたので!」

 ユウコとシルヴィオが向かったのは、贈呈品の祝花を置くために取った場所だった。スタンドもすでに発注済みで、あとはこれらを見栄え良くセットするだけとなる。一部はすでに納品済みで、仮置をしてどうなるかを確認しようとしていたらしい。

 

「んー、確か納品済みの祝花って……バラだっけ? 確かアゴウから」

「はい。アゴウの帝都より納品されています。こちらへ今運搬中ですね」

「そうだなー。赤いやつだと目立つし、でも中央はやっぱうちので確保しておきたいから、その横辺り? この辺に置いてみてもらえない?」

「わかりました」

「さて。それじゃ、ちょっと使ってみよっかなーっと。あ、カッター借りるね」

 ユウコが指の先を軽く切って血を流す。それを呼符に付着させると、その血液に含まれる魔力を動力に内部の召喚術式が起動した。

 召喚円が展開され、籠められていた魔術が発動する。

 そこへ、段ボール箱を台車で運んでいた職員が戻ってきた。

 

「すいませーん、頼まれていた納品物の薔薇の祝花ですが――うひゃあっ!」

 途中、段差に引っかかって段ボール箱が宙に舞う。それを目の端で捉えていたユウコが咄嗟に受け止め、召喚サークルの中に大量の薔薇が混じる。

 それを触媒と誤認した聖杯が、一騎のサーヴァントを呼び寄せて現界した。

 

 舞い散る薔薇の花弁にも勝る赤いドレス。胸のすくような青い空のただ下にあって、尚も凛然とした様で胸を張る。

 召喚の衝撃で吹き飛んだ一輪の薔薇を手にして、そのサーヴァントは声高らかに宣誓した。

 

「――うむ! 余を喚んだからには此度の聖杯戦争、勝利を約束しようではないか!

 セイバー、ネロ・クラウディウスである! このように華やかな歓迎とは、わかっておるではないか! よろしく頼むぞ、マスター」

「…………」

「ほう、これはこれは。また麗しい騎士様だ」

 驚きのあまり、段ボール箱を抱えたままのユウコと整えた顎髭を撫でるシルヴィオ。その前に立つサーヴァント、セイバー。ネロ・クラウディウスと名乗った少女は手にしている真紅の剣に手を置いて薔薇の香りを嗅いでいた。

 

「これはまた芳醇な薔薇の香り。よほど恵まれた土地で伸び伸びと育まれたものだな、これは余への貢物としてありがたく受け取ろうではないか!」

「…………」

 ユウコが自分の抱えているダンボール箱を見下ろす。そこに挿されていた薔薇は、衝撃で吹き飛んでしまっていた。まず箱を下ろし、腕を組み、考え込む素振りを見せる。状況を整理していた。

 

「す、すいませんユウコ様! お怪我の方は!?」

「私は大丈夫! それよりも追加発注よろしく! 手の空いている人は掃除お願い! ごめん手間増やしちゃって! 残業代は上乗せしとくから!」

「むぅ、聞いておるのかマスター?」

「ちゃんと聞いてるけどちょっと待ってセイバー!」

「失礼。私はシルヴィオ。喫茶店のオーナーをしている者だ。まず君のマスターと場が落ち着くまでは私の方で話を聞こう。お茶でも飲みながら如何か?」

「うむ、苦しゅうないぞ! ではそのようにもてなすがよい」

 

 

 

 ――応接室にて、シルヴィオがネロと名乗ったセイバーと紅茶を嗜みつつ待つこと数十分。ようやくユウコが戻ってきた。

 

「はぁ。まさかこんなことになるなんて、作業の前倒しと人員増加しないとなー。それに教会市場の方も騒ぎになったらしいし、えーとあと他になにかあったっけ……あー、御姫に連絡しないと……むー、仕事が増えた……」

「遅いではないか、マスター!」

「ごめんねー。慌ただしくて。お茶のお代わりとかいる? 茶菓子も用意するよ?」

「む……ならば余の舌を唸らせる極上の品を要求する!」

「オッケー、任せて!」

 

 ユウコが焼きたてのスコーンとパンケーキを持ってくる。ナイフで切り分け、一口。

 

「――美味い! これは余も太鼓判を押そう!」

「よし!」

 ネロ・クラウディウス、陥落。落ちそうな頬を支えるように手を当てながら三段重ねのパンケーキはあっという間に消えてしまった。紅茶を含み、すっきりとした後味の余韻に浸る。

 

「ほぅ……♪ 極上の茶葉に、菓子でもてなされて余は大変に気分が良いぞ」

「さて、薔薇の皇帝様の機嫌も直して頂けたところで、老体は御暇させていただきます」

「助かりました、おししょー様」

「はは、師匠は止してください。今や貴方がこの国の王であり、私はその寛大な統治によって生活を保障されている一国民に過ぎないのですから。また何か御用の際は、このような老体であれば微力ながら手を貸しましょう」

「ありがとうございます。今度そちらに茶葉を送っておきますね」

「それは助かります。ありがたいことに、老いぼれの経営する小さな店も繁盛しているものでそろそろ在庫が危うく思っていたところでした。ええ、有り難く頂戴しましょう」

 シルヴィオが頭を下げて退室すると、案内役の教会職員と共に去っていく。

 残された二人はテーブルを挟んで向かい合っていた。真紅の剣は壁に立てかけられている。

 

「改めて、ご挨拶を。私は商業国家ユノスダス国王、ユウコ。それで、貴方のマスター……? ってことでいいんだよね」

「うむ! 余の自己紹介はいらぬな」

「セイバー、ネロちゃんだよね」

「偉大なるローマを治めた皇帝である余を、ちゃん付けだとぉ!? 気に入った! 料理も美味く、先程の器量良し、経済手腕もまた眼を見張るものがある! なによりこの国は繁栄の象徴とも言うべき発展を遂げている! しかも留まらぬと見た、これは余も負けておられんな」

「私、なんかこー、そういうマスターとか戦場に立つことに関しては全然ダメダメだけど大丈夫? どっちかって言うと国の運営に忙しいんだけど」

「なんと!?」

「あ、でもこれはこれでチャンスかも……? 顔良し、スタイル良し、ドレスを見た限りではセンス良し。愛嬌あるし性格もちょっと子供っぽいところはそれはそれで魅力だし。ちょうど式典も近いし……」

「む? どうした、マスターよ? 余の顔をじっと見て。悪い気はせぬ。なにせこの美貌ゆえ見惚れるのも致し方ないこと。罪深いものよな」

「――よし! 決めた! ネロちゃん!」

 両手をネロの肩に置いて、まっすぐに見つめる。

 

「なんだ、マスター!」

「私の秘書やらない!」

「よかろう!」

「よっしゃ!」

「……――よかろう!? 秘書、秘書だと!? まさか余が、ユウコの片腕になれと言うのか!? 仮にもこちらはローマ皇帝だぞ! むしろ我が経済手腕で唸らせるくらいではないと釣り合わん!」

「やかましい此処では私が国王で私がルールだ! 皇帝とか知らんし! 私の国ローマじゃねぇし! 私が国王で私がマスターで私のサーヴァントなんだから私の命令には従ってもらおうか! そもそもキミ召喚した余波で色々作業滞った挙げ句に人件費清掃費追加発注分の代金諸々どう調達してくれるってのさぁ耳揃えてきっかりみっちり言ってもらおうかぁネロちゃん!!」

「ふ、ふぇぇ……!」

 シルヴィオとの語らいの中で、出てきた話題はだいぶマイルドに表現されていたらしい。

 

 ――セイバー。君のマスターは、お金が絡んだ瞬間にこの世の何より恐ろしくなる。肝に銘じておきたまえ。

 

 此処は素直に従うのが吉と見た。

 

「むぅ、そこまで余を頼るというのなら仕方がない。マスターの意向に従おう」

「うん。ありがとう! よかったー、助かるー。今ちょうど国を挙げての式典の準備の真っ只中で私も通常業務立て込んでてさ。この時期は人手不足なんだよね。まさに猫の手も借りたいくらいで」

「だが相応の待遇は求めてもバチは当たらんだろう」

「衣食住、保険に年金支払いに三食付き。週休二日に祝日休み。残業代と深夜割当別途給与上乗せ。ボーナス年二回。有給有り。申請次第では国内のサービス利用割引。一日六時間勤務」

「………………」

 ネロは絶句していた。聖杯から一応、知識はインストールされている。だがそれはあくまでも一般常識や、元となった世界の知識だ。この異世界においてそれがどこまで適応されるかはわからないが、その無条件で差し出された雇用条件があまりに破格のホワイトぶりに言葉を失っている。

 

「これ以上に好待遇の席ある?」

「ない!! 断じて!!」

 偉大なるローマ皇帝もこの通り。

 わずか一日足らずでセイバー、ネロ・クラウディウスはユウコにサーヴァントとしてだけでなく雇用形態においても圧倒的忠誠を誓った。




サーヴァント:ユウコ

セイバー:ネロ・クラウディウス(担当部署、国王秘書)


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第三夜 サーヴァントとのお付き合い:エヌラスの場合

 ――前略。フォーリナーを二体召喚することに成功したエヌラスは腕を組んで考え込んでいた。

 この二人、まるで戦闘能力があるようには思えない。二人仲良くお茶会でもしていてくれた方がよっぽど馴染む。しかし、内包する魔力は桁違いだ。並の魔術師などとは比べ物にならないほど高い。

 

「…………」

 保有魔力が高いのも、分かる。そこから実力が導き出されるのも、まだわかる。だが今現在エヌラスの眼前で繰り広げられている光景は――。

 

「美味しいわ、美味しいわ! とってもふわふわで、とっても甘くて、とろけるようなバターに蜂蜜のパンケーキ! こんなに美味しいものがあっていいのかしら!」

「ん~~! この果物おいひぃ~!」

「お気に召したようで何よりです。おかわりもございますよ?」

「「是非! お願い(するわ)!」」

 最高傑作のメイド一号、姉の方。スピカが提供するパンケーキとフルーツの盛り合わせを頬張ってご満悦だ。

 俺、なんのためにサーヴァント召喚したんだっけ? そんな気持ちでいっぱいになる。

 

「おやおやおやおやおや、ご主人様ぁ? お茶が進んでいないようですがどうかしましたかご主人様ぁ? はっ、もしやこのカルネのゴールデンなティータイムをご所望ですか! そうとは気づかずもうしわけありませんご主人さま! 少々お待ち下さい! 例え仮に出なくてもひねり出してみせます! なんならもうご主人様のドロリ濃厚愛情たっぷりな蜜液でもこのカルネはいつだって準備万端で受け入れますとも! さぁご主人さま! さぁ!」

「とりあえずぶっ飛ばしとくわ」

「ごぉぉぉ主人サンバああああぁぁぁぁ――――!!!」

 窓ガラスを突き破り、フェードアウトしながら遠ざかっていく最高傑作のメイド二号、ポンコツな方のカルネが消えていく。そんなんだからお前はダメイドとか言われるんだぞ。

 一連の流れを見ていた二人が驚いているが、毎度のことなのでスピカはお茶のおかわりを用意しながら淡々と作業を進めていた。

 

「それではお二人とも。ご用意いたしますので、お寛ぎながらお待ち下さいませ」

「え、ええ……」

「ではエヌラス様。少々失礼いたします」

「ああ。ついでに中庭にカルネ転がってたら焼却炉に放り込んどけ」

「かしこまりました」

 瀟洒淑女ここに極まれり、スピカが会釈してロングスカートを翻しながら応接室から退室すると、ヒールを鳴らしながら去っていく。その後姿を見つめていたアビゲイルが目を輝かせていた。理想のお姉さんでも見つけたかのように。

 

「とっても綺麗なメイドさんだったわ。白銀の髪、まるでカーテンのようにヒラヒラとしていたわ。それにあの身のこなしも、まるでそよ風みたいにとても物腰柔らかで……私も大きくなったらあんな風になれるかしら?」

「きっとアビーちゃんなら素敵なお姉さんになれると思うよ」

「本当? 楊貴妃……ユゥユゥさん」

「うん。なれるなれる。あたしだって皇帝のお嫁さんに行く前はただの町娘だったんだから」

「お前のような美貌を持つただの町娘がいるかっつーの」

「……褒めてる?」

「褒めてる」

「えへー、ありがと~」

 “ふにゃ~”とした笑みを向けてくる楊貴妃の顔を見つめながら、エヌラスは頬杖をついて二人を見比べる。

 サーヴァント、フォーリナー。

 

「服。アビゲイルはそのままでもいいかもしれないが、ユゥユゥは少し目立つな。珍しい服装だし、こっちで生活をするならこちらの文化圏に合わせた衣装に着替えた方が良さそうだ」

「あたしはこの服結構気に入ってるんだけど……」

「サーヴァントなんだから、こう……魔力でなんとかなるだろう? その服が聖杯の座に登録されているんだから。そうでもなければ全裸で召喚されてるだろうしな」

 個人的にそれが見たくないと言えば、嘘になる。エヌラスの言葉には二人が顔を赤くしていた。大魔導師は公務に取り掛かるといって既に逃げている。あの野郎ぜってぇ高みの見物に徹して笑うつもりだな?

 

「ユゥユゥ。なんか好きな服のリクエストとかあるか? なかったら俺の方で似合いそうな衣装を見繕っておくが」

「えっとー……今あたしが着ている感じの!」

 椅子から立ち上がり、テーブルからやや離れてふわりと一回転する。自分の肩に手を置きながら、穏やかな笑みを浮かべていた。

 エヌラスがうなりながら、ユゥユゥの格好を観察する。

 肩を出したワンピースドレス、腹掛けは、どこか伝統的な趣がある。おそらく召喚元となった世界の衣装だろう。エヌラスとしても似たものを見た事があるのでさほど違和感はないが、大きく露出した背中と脇、のみならず豊満な肉付きの足腰の白さについつい目を奪われてしまうのも無理のない話だ。気を取り直して。

 

「これ、着やすくてお気に入りなのですっ♪」

「なるほど。んー……となると、タンクトップが良さそうだな。寒いのは大丈夫か?」

「むしろあたしは暑がりなので少しくらいは薄着な方が……」

「そんなことしたらこの国じゃ暴漢に襲われ放題だぞ」

「あ、あの。マスター」

「ん?」

 くいくい、と。エヌラスのコートの裾をつつましく引っ張るアビゲイルが何か言いたげにしているが、なんとなく言いたいことは察している。

 

「私も……」

「アビーもオシャレしてみたい?」

「! ええ、そうなの。ダメかしら……?」

「いいや。そんなことはない。後で二人に似合いそうな召し物を用意させるから、今のうちにリクエストを聞いておこうと思うが、いいか?」

 二人が快諾すると、エヌラスが好みな服を聞き取る。そこへ、パンケーキと追加の茶菓子を用意したスピカが戻ってきた。

 

「お待たせいたしました。アビゲイル様、ユゥユゥ様。ご注文の品は、以上でよろしかったでしょうか? お熱いのでお気をつけください」

「まぁ! ありがとう、スピカさん」

「ユゥユゥ様はこちらをどうぞ」

「わ~。杏仁羹(キョウニンカン)とか懐かしいぃ~」

「? いえ、杏仁豆腐と呼ばれる異国のデザートでございます。ご主人様が以前お持ちした料理本に載っていました」

「杏仁豆腐……そっか、此処じゃその方が知られてるんだ。まぁいいや、いただきま~す――はぁ~、美味しい~、頬が落ちそうなほど甘くて美味しい~、蕩けそう……」

「んな惚けきった顔で言われてもな……そうだ。スピカ、これに近い召し物をメイド達に用意させてくれ」

「こちらは?」

「二人の変装用の服。このままじゃ目立つからな」

「確かに。連れて歩く分には過分ありませんが、目立ちますね。ご主人さまの人相も相まってしまって、はて困りました」

「はっ倒されてぇかお前は?」

「御冗談を。愚妹と違いますので」

 

「最後のガラスをぶち破って天っ才美少女メイドカルネちゃん再臨! とやーぁ!!」

 ガシャンパリーングキッ!

 

 窓ガラスを粉砕しながら戻ってきたカルネだが、着地を盛大にしくじって床に顔から倒れた。しかしこの程度でめげない泣かない挫けない鋼を通り越した狂人メンタルがカルネの取り柄のひとつでもある。折れろ。めげろ。ちょっとは懲りろこのバカ。

 犬のしっぽのようなポニーテールをブンブン振りながらミニスカートがめくれてパンツ丸出しでもまったく気にせずにカルネが立ち上がり、スピカとエヌラスがアイコンタクト。

 

「ご主人様がスピカ姉を押し倒すと聞いて居ても勃ってもいられずウェイクアップ!」

「テイクダウン!」

「ブレイクアウトぉぉぉんっ!!!」

 スピカの足払いとエヌラスのハイキックが同時に叩き込まれ、回転するカルネ目掛けて更に電磁加速蹴撃が顔面を捉えて再び窓ガラスが犠牲となった。これで三枚目である。

 

「カルネの賃金から差し引いておきますね。その窓ガラス」

「頼んだ。まったく、ただのガラスじゃねぇんだから高く付くんだぞコレ……」

「ところで今、窓枠蹴り壊しませんでした?」

「カルネが悪い。差っ引いとけ」

「かしこまりました。それではごゆっくりどうぞ」

 スピカがスカートを持ち上げながら深々と頭を下げて、カーテシーを最後に部屋を後にしていった。入れ替わるように教会で雇用している自動人形達がガラス片の掃除をするために入室してくる。テキパキとした動きで掃除を終えると、何事もなかったかのように頭を下げて去っていった。

 まるでそれが日常的に行われている業務であるかのように。

 

「さて。二人の服が用意できたら、まずはこの国のことから説明しないとな。それから、知り合いのところに出向こうと思っている。近々、建国記念日ってことで国を挙げての式典も控えてるから、まぁお祭りに行くと思って気楽に構えてくれ」

「……聖杯戦争は?」

「今のところ、手がかりも情報も手元にない。その情報収集も兼ねて、だ」

 どうせ監督役の大魔導師は「それぐらいの調査もできんのかお前は?」とか言い出すに決まっている。そしてそんな顔をするに決まっている。哀れに哀れんだ顔で見下すに違いない。考えたら腹立ってきた。

 

「戦争をするにしてもまずは第一に情報だ。それにそういった点に関しては優秀な奴も、ちょうどそこにいることだし」

「あの、マスター」

「どうした、アビー」

「えっと……霊体化、ということも私達は出来るわ。それじゃダメなのかしら?」

 端的に言ってしまえば、サーヴァントの低電力化だ。実体化し続けていられるのは、マスターから魔力を送ってもらっている状態だからだ。電化製品を思い浮かべてもらえれば分かりやすいかもしれない。

 

「俺はこのままでもいい。別に俺の魔力消費を気にしなくていいぞ」

「でも、大変じゃないかしら?」

「あー、詳細は省くが。俺は普通じゃない。無限の魔力貯蔵庫を身体に移植してるから、理論上ほぼ無限の魔力を扱える。もちろん肉体の過負荷はあるが」

 絶句していた。そんな夢のような話が、そう都合よくあるわけでもない。あくまでも、発電量の話だ。それを放出するための肉体が耐えられるかどうか――当然だが無理である。そのための安全弁はエヌラスが設定しているため、節度を弁えれば問題ではない。

 尤も、この男に限って言えば戦闘時を除いての話だが。

 

「二人を実体化させる分には、特に問題ないな。まずい時はちゃんと俺の方から指示する」

「そ、そう……そういうことならお言葉に甘えさせてもらうわ」

「それに、ちゃんと自分の目で見て、自分の足で歩いて。手で触れた方が実感あるだろ? 案内するならそばに居てくれた方が俺も嬉しいし」

 エヌラスなりの配慮が嬉しいのか、二人が頬を染めていた。

 

「どうした?」

「マスターの気遣いが、とっても嬉しいのですっ」

「ええ。どうなることかと思っていたけれど、貴方のように優しいマスターなら私も頑張れそうだわ」

「それは心強い。だが、ひとつだけ注意してほしいんだが……俺が戦闘する時は、できれば離れていてくれると助かる」

「どうして?」

「話せば長いが、一言で言うと俺は滅茶苦茶暴れまわる。巻き込まれないようにだけ、気をつけてくれ」

「その時はあたし達がちゃんとお守りしますので、どうかご安心を。マスター」

「あと戦闘中の俺はバーサーカーだ。できれば止めてくれ、多少力づくでもいいから」

「……それ、戦闘狂って言うんじゃあ」

 当たらずも遠からず。

 エヌラスは戦闘に関してのみ、異常なまでの執念を見せる。例えそこに勝算がなかったとしても、血路を開く。とにかく戦闘続行スキルと仕切り直しと狂化が合わさっている化物だ。

 その点を肝に銘じておきながら、二人が頷いた。

 

 

 

 ――犯罪国家、九龍アマルガムという国は、とにかく滅茶苦茶な国だ。

 徹底された法整備が為された上層都市と、地下帝国の二層から成り立っている。地下は犯罪者の温床であると同時に、合法違法問わず繁栄と発展と衰退を目まぐるしく繰り返す大黄金にして大暗黒時代。真昼間から銃撃戦など日常茶飯事、道路を見れば暴走車両、機能しない警察機関、ありふれた超常災害などなど。一歩間違えれば人が消える、そんな無法地帯が国内全域に広がっている。

 それらを抑制するのが、超常災害対策部隊――通称を「人狼局」と呼ぶ。シルヴィオの古巣でもあり、様々な技術を駆使して人智を超えた現象に対応している。

 上層都市では公安局と呼ばれる警察機構が大量のドローンと教会のメイド達が目を光らせており、犯罪係数と呼ばれる心象ストレスと脳波による潜在意識を解析して事前に処置することで抑えているが、これも完全ではない。

 国の発展と技術の進歩が国と犯罪者側でいたちごっこを繰り返している。その利益がどうあれ、国益となっているのが、此処が犯罪国家と呼ばれている所以でもあった。

 そんな国の王様が、大魔導師。その次席が、エヌラスだ。

 ――なお、九龍アマルガムにおいて“国王”という言葉の意味は「この国で一番やべー奴」という意味である。お前のような国王がいてたまるか。

 

 ……そこまでの説明を聞いてから、ようやくユゥユゥとアビーは気づいた。

 自分達がとんでもない国の、とんでもない人の、とんでもない場所に召喚されたということに。こんな地獄の釜の蓋を開けて煮詰めた肥溜めのような国で過ごしている奴が、まともなはずもなく、一皮剥けたエヌラスの本性がどれほどの危険性かは後々嫌というほど思い知ることとなる。




自動人形:スピカ&カルネ
エヌラスが手掛けた最高傑作のメイド。スピカが姉。

共通して白銀の髪だが、スピカの瞳は青く、カルネが琥珀色をしている。
髪型もスピカはツインテール、カルネはポニーテール。
メイド服もクラシックスタイルながら、カルネの方がミニスカートである。パンチラし放題だが当人は特に気にしていないどころか聞いてもいないのに見せてくる始末。羞恥心とか無いのかお前は(当然スピカとエヌラスには怒られる。もしやそれ目当てか?)

性格も対照的で、スピカは冷静沈着かつ瀟洒にして淑女だが、カルネは真逆で、ノリと勢いと元気の塊。なお性的指向もソフトSとドMであるが、ご主人様限定。


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第四夜 サーヴァントとのお付き合い:琴霧ソラの場合

 

 

「ゆんゆんゆゆーん♪」

 上機嫌な鼻歌を口ずさみながら、こちらの衣装に身を包んだユゥユゥが歩道を歩いていた。

 商業国家ユノスダスは記念日を控えているだけあって、どこもかしこも準備に専念しているが、道行く見慣れない美女の姿には手が止まる。

 前を開いた紺色のキャミソールワンピースを胸下からベルトで固定し、ミニスカートを翻しながら髪を結ったユゥユゥが笑顔を振りまいていた。その華やかさに目を奪われている商人達だが、通り過ぎてからは思い出したように作業に戻る。

 

「そこのお嬢さん。随分上機嫌だね」

「はい。今日のお出かけはとっても楽しみにしてたので、ご機嫌なんです」

「それはよかった。国王様冥利に尽きるというものだ。なにせ今回は特に張り切っていたからねぇ……」

 人懐っこい笑顔を浮かべながら、ユゥユゥは声を掛けてきた商人の店を覗き見ていた。少し屈むだけでもワンピースがはだけてインナーのスポブラが見えている。その無防備さに商人の手が再び止まった。

 

「ユゥユゥさん、一人で歩くのは危ないわ」

 後から追いかけてきたアビゲイルもいつものゴスロリ衣装ではなく、大きめのジャケットを着込んでいる。長い髪もお団子ヘアアレンジにされて動きやすくされていた。ちゃんとトレードポイントであるリボンもあちこちに飾り付けられている。

 

「見て見て、アビーさん。このお店、とっても綺麗な物が沢山あるの」

「わぁ……! おじさま、此処はどういうお店なの?」

「おやおやこれはまたかわいらしいお嬢ちゃんだ。うちじゃ宝石を加工したアクセサリーを出しているよ。これでも宝石商だからね」

 木箱の中に緩衝材をたっぷりと詰め込み、その中には丸く加工された青い宝石が煌めいていた。

 

「アビーさんの瞳と同じ色をしている綺麗な宝石ですね」

「ユゥユゥさんに似合いそう」

「うちのは高いよ。相応の手間と価値があるからね」

 あくまでもアクセサリーとしての価値。これを身に着けているだけで雰囲気がぐっと変わるだろうことは火を見るよりも明らかだ。

 

「まだ店を開ける前だが、お嬢さんたちには少しだけ値切ってあげようかな」

「でもあたし達お金持ってきてないのです」

「マスターに聞いてみましょう」

「……マスター?」

 その言葉を聞いた瞬間、宝石商の表情が強張った。――案の定、後から歩いて追ってきたのは全身黒尽くめの男性。商業国家どころか、犯罪国家に名を轟かせる天下無敵の大馬鹿野郎。命知らずの犯罪王。

 サングラスを掛けてはいるが、それがかえって逆効果となり人相の悪さに拍車をかける。

 

「あ、マスター」

「エヌラスさん、ちょうどよかったぁ」

「見てたから言わなくてもいい。おつかれさん」

「は、はい……」

 先程までのほがらかな表情からは打って変わって、青ざめた顔をする宝石商は冷や汗が止まらなかった。

 労いの言葉すら死刑宣告に等しく、生唾を飲み込む。

 サングラスを外して、エヌラスが二人に差し出されていた宝石を見つめていた。

 

「……ど、どうです?」

「良いもんだな。宝飾品としての価値は俺が保証する」

「でしょう」

「戦闘用にしては頼りないから、あくまでも日常品だな。何処の店から出てるんだ?」

「え?」

「ん? いやだから、何処の店の者だって聞いているんだが? 出店できるんだから国王の許可もらって出してるんだろう? 特に、記念日はいつもよりガードが甘くなる。場所の指定と申請さえ通れば出店許可証が発行される。証明書は?」

 エヌラスが問い詰めると、宝石商は途端に言葉を詰まらせている。

 

「違法出店がどれだけ重罪に問われるかは、商業国家に住んでいる人間なら知っていると思うんだが……さてはお前、闇取引の売人だな」

「い、いやそれが出店許可証置いてきちまいましてね?」

「紛失した際の再発行申請は原則的に許可していない。万が一紛失した際は教会へ速やかに通達、というのが規律にあったはずだが? 店の名前を出さない、許可証を持っていない。となれば、代理人を立てて出店しているブラックマーケットの人間だろう。此処じゃそういうのも多いからな」

「か、仮にそうだとして貴方に何か不都合でも?」

「いいや、別に。だが見過ごすと後がうるさいからな。大人しく出店を取り下げるか、それとも国王から大目玉食らうか。好きな方を選んでくれ」

「――こ、コイツで手を打ってはくれませんかね?」

「ほう、いい度胸だ。仮にも犯罪国家国王を賄賂で買収しようとは。商魂は認める。だが残念なことにそれは無理な相談だ。俺も今回の式典には一枚噛んでいるんでな?」

 懐から取り出してみせるのは、商業国家国王の判が押された招待状。

 ただならぬ気配と雰囲気に、近隣の巡回にあたっていた軍事国家アゴウの機械人類――機人達が歩み寄ってくる。

 

《何かありましたか?》

「ちょうどよかった。違法出店者だ。身元洗ってくれ」

《誰かと思えば、犯罪王。相変わらず貴方がいると犯罪者の摘発が爆発的に増える》

「嫌味か貴様」

《それだけこの国の治安が良くなると言ったつもりですが――こちら警備隊、応答を》

 目の前で通報されたとあっては堪らず、宝石商が逃げ出す素振りを見せた瞬間にエヌラスは木箱を宙に放って掌底で打ち出した。顔面に直撃した衝撃で倒れ込む姿を尻目に歩き出す。

 

「そっちは任したぞ。俺は先を急いでるんでな」

《了解しました。協力に感謝を》

「行くぞ、二人とも」

 ユゥユゥとアビゲイルがそそくさとその場を離れた。

 

「あのおじさん、人が良さそうだったのに悪い人だったのね」

「身なりは善人だが、悪党なんてのはそう振る舞うものだ」

「でもエヌラスさん、よくわかりましたね」

「そういう連中とはアホみたいに付き合い長いからな。見れば分かるし、臭いでも、振る舞いでも分かる」

「見た目だけならエヌラスさんも負けてないですもんね」

「……ユゥユゥ」

「はっ! ご、ごめんなさい!」

「いや、まぁいいけどよ……そうだ。アビー、忘れない内に渡しておく」

「なにかしら?」

 ポケットから取り出した手には、先程の木箱に収められていたはずの青い宝石のペンダントが握られていた。目を丸くしながら受け取ってしばらく呆然としていたアビゲイルがエヌラスを見上げる。すると、サングラスをかけながら悪い大人の笑みを見せた。

 

「あいつは出店を取り下げるでもなく、俺は国王に通報もしていない。だから、ありがたく賄賂を受け取った。そのうえで――()()()()()()、警備隊に見つかった」

「それ、窃盗なんじゃ……」

「いいや? 譲渡されたものだから盗んでない。タイミングが悪かっただけだ」

「……マスターったら、いけない人」

 しかし、それを受け取ったアビゲイルは確かに笑っている。

 

「エヌラスさん、これからどこに向かうの?」

「知り合いのクソメガネの店。まぁ茶店だな。お茶でも飲んで、それから商業国家国王のところへご挨拶。しばらくは此処を拠点にする。何かと便利だしな」

 店の準備をしている商人たちはエヌラスの姿を見かけるだけでどこか緊張感を漂わせながら準備を進めていた。一歩間違えれば店が潰される。素通りする度に胸をなでおろす声が聞こえてくる気がした。

 

 

 

 そして、エヌラス達一行が向かった先は通称を「パルフェ通り」と呼ばれる飲食店が並ぶ大通り。中でも半数を喫茶店と軽食店が占めているだけあり、空腹を誘う甘い香りが漂う。毎日のように新しい商品が開発されており、売上を競っていた。

 一軒の喫茶店の前で立ち止まり、ユゥユゥが看板を見上げる。店の名前は『Starry Sky』と書かれている。その下には、店のロゴと思わしき流星が描かれていた。

 オープンカフェと店内のカウンター席とテーブル席。喫茶店の狭い敷地を限りなく有効活用すべく少しでも客を入れようとする努力が垣間見える。

 時間をずらしてきたからか、店内も軒先も客足はそれほど多くない。しかし、店の中ではウェイトレスが業務に打ち込んでいる。

 新人なのか、研修生の札をつけた女の子が指導を受けていた。

 店の前でエヌラスが軽く片手を挙げると、店内のウェイトレスが気づく。新人の子を連れて店から出てくると軽く咳払いを挟んで営業スマイルを見せた。

 

「いらっしゃいませー、喫茶店『Starry Sky』へようこそ。三名様ですか?」

「ああ。いつもの場所借りてもいいか?」

「はい! どうぞ、ごゆっくり」

「……そっちの子は新人か? 見ない顔だが」

「そうなんですよ。この人、うちの常連さんで店長の知り合い。挨拶しておいて損はない人だから、ほらほら挨拶」

 先輩に急かされて、新人のウェイトレスは気弱そうに目を逸らしている。自分から進んで自己紹介をしようとはしなかった。だが、言われたからには面倒そうにしている。

 しかし、エヌラスが眉を寄せていた。この店が従業員を募集するのは、相当に稀なはずだ。そして普通とは異なる雰囲気。これに似た感覚は、付き従えているからよくわかる。

 

「え、えっとー……『Starry Sky』の新人で――」

「お前サーヴァントだろ」

「一目で看破されたんですけどぉ!?」

「クソメガネはいるか? 詳しい話はあいつに聞いたほうが早そうだ」

「姫の自己紹介は!?」

「いらん。お前根暗そうだし」

「初対面であんまりな態度じゃない!?」

「あー、うん。こういう人だから……ほら、ヒメちゃん。落ち込んでないでお店のお仕事に戻ろ、他にも覚えることたくさんあるんだから。あ、ご注文は」

「俺はクソメガネに任せる。こっちの二人はレモンティーと、ミルクティー。ホットで。それとパンケーキにマカロン」

「はーい。ヒメちゃん、伝票」

「えっとー……店長のおまかせコースに、レモンティーとミルクティーのホット。単品でパンケーキとマカロン……」

「セットがあるから、こっちのメニューね」

「はいはい……ご注文は以上ですか?」

「ひとまずそれで」

 メニュー表のタブレット端末の画面をタップして、注文を確定。会釈して店内へと戻っていく二人を見送ってから、エヌラスは軒先のテーブル席に腰を下ろした。ユゥユゥとアビゲイルもその両隣に座る。

 少ししてから、ヒメちゃんと呼ばれたサーヴァントが戻ってきた。

 

「お待たせしましたー。レモンティーとミルクティーのホットです」

「俺のコーヒーは?」

「店長が全部まとめて持ってくる、だそうでーす」

「ならいいか」

「……あのー、もしかして魔術師の方?」

「そうでもなかったらお前のこと見てサーヴァントだなんて気づかないと思うが。なんでウェイトレスやってるのかも大体察してるしな」

「じゃあ別に姫のこと紹介しなくてもいいんじゃ……」

「ちゃんと聞いておいた方がお前をいじるネタは困らなさそうだと思った」

「性格悪すぎない!? 鬼、悪魔、鬼畜外道サングラス!」

「その言葉、宣戦布告と受け取って良いんだな?」

「ひぃん!? 少々お待ち下さいー!」

 逃げるようにヒメちゃんが店内に去っていく。

 

「エヌラスさん、あんまり女の子いじめちゃめっ、ですよ」

「なんかいじりやすくてな。しかしあいつもサーヴァント召喚してたのは意外だ」

「その、クソメガネさんはどういう方なのかしら?」

「お人好しで何かと便利なやつだが小憎たらしいメガネ。悪いやつじゃないぞ?」

「マスターのお友達なの?」

「そうなるな。あとこの喫茶店のオーナーで、電脳国家国王でもある。得意料理はパフェだ」

 

「君は人がいないところでつらつらと紹介してくれてどうも、この野郎」

 眼鏡をかけたウェイター服の男性。見るからに人が良さそうな中肉中背の青年の手には、トレイが載せられている。コーヒーを二つ置いて、それから開発中のケーキをテーブルに乗せると腰に手を当てて呆れていた。

 

「余計なことを言われる前に自己紹介すると、僕がこの喫茶店のオーナーで電脳国家国王の琴霧ソラ。君のことを見るなり姫が「私あの人苦手!」って泣きつかれたんだけど、なにしたんだよ。僕のサーヴァントだぞ?」

「どうせお前のサーヴァントなんだから陰キャ眼鏡に決まってんだろ」

「確かに召喚した時は眼鏡かけてたけど、君あんまりにも失礼過ぎないか……親しき仲にも礼儀ありって知らないのか」

「知るかクソメガネ。ところでこのケーキはなんだ」

「いま鋭意開発中の新作。試食で持ってきたから感想頼むよ。お代は結構。パンケーキは今焼いているところだから少々お待ちを」

 足早に厨房へと向かうクソメガネこと、琴霧ソラを見送る。不躾なお互いの態度だが、それを不快と思わずに聞き流せるだけ付き合いが長いことがわかった。それよりもユゥユゥとアビゲイルの視線と興味はテーブルに置かれたケーキに向けられている。

 

「マスター、これ……」

「食べてていいぞ、二人とも」

「わぁ……いただきま~す♪」

 一口頬張るだけでも、その甘味の味わい深さにユゥユゥが舌鼓を打つ。アビゲイルも笑顔を見せていた。

 

「ふわっふわのスポンジに、甘さたっぷりのクリームだけでも美味しいのに、このふんだんな果実の酸味と甘さが絶妙に絡み合って……とっても美味しいわ」

「これが食べられるなら毎日通ってもいいかもぉ……」

「太るぞ」

「さ、サーヴァントは太らないのです! これも姿を維持し続けるために必要な栄養補給!」

 そもそもサーヴァントは本来食事も睡眠も必要ないはずだが……。エヌラスは敢えてそこは言わないことにした。不必要であっても、それを行うことは精神衛生的にも良い方向に働くはずだ。

 二人がケーキを食べ終える頃に、ソラが再び戻ってくる。今度は気の進まない表情のヒメも一緒だ。後ろに隠れている。

 

「はいお待たせ。パンケーキにマカロンと、今日の気紛れセット」

「なんでホットサンドまで追加してんだよ」

「手軽に作れるし軽食には最適だからね。最近ハマってるんだ」

「デケェんだよ、軽食のサイズじゃねぇわ」

「でも君はコレ食ったあとで夕飯も食べるだろ?」

「俺の胃袋を基準に考えるな」

「大丈夫。そんなサイズ出すの君ぐらいだから」

 エヌラスの前に置かれるビッグサイズのホットサンド。それに付け合わせでスープと、チョコレートサンデー。

 アビゲイルの前に置かれたパンケーキの上には、バターではなく小さな生クリームが乗せられていた。ナイフで広げてから、切り分けて口に運ぶ。ショートケーキのような味わいに真剣な顔で頬張っていた。

 ユゥユゥは見慣れない洋菓子をつまみ上げて、少しだけ怪訝な表情をしながら一口。ふわりとした風味に、食べやすい大きさの甘味が気に入ったのか一つ一つを味わいながら食べ始めている。

 感想は聞くまでもないだろう。

 

「それで? そっちの二人が君のサーヴァントってことでいいの?」

「ああ。師匠は参戦しないで監督役に徹するらしいからな。召喚権を譲ってもらった」

「それで二人か。なるほど、戦力的には君のところが一歩リードってところだね」

「で、お前は?」

「……見ての通りだよ。アサシンだってさ」

「引きこもりの間違いじゃねぇの?」

「まだ自己紹介していないのに姫のこといじめ過ぎじゃない!?」

「一人称が「姫」とかいうやつが陽キャなわけねぇだろうが」

「グハァッ!!!!」

 精神的クリティカルに崩れ落ちる。

 サーヴァント、アサシン。刑部姫……それが、電脳国家国王・琴霧ソラが喚び出したサーヴァントの正体だった。互いに争い合うわけではない以上、情報共有は大事だ。

 

「う、うぅ……もうやだ、引きこもっていたい……マーちゃんのお城に帰りたい」

「ダメに決まってるじゃないか。君のことを現界させておくメリットが僕にはないんだから、せめてお店に貢献してもらわないと」

「そういやお前、魔力どうしてるんだ?」

「電力で賄ってるよ。魔術は扱えなくても、エネルギー開発は注目してたし。疑似魔力って形で彼女を維持してる。今のところ不都合はないけれど、接続が切れると供給が断たれるのは難点かな」

「現在、どれぐらい情報集まってる?」

「興味本位でサーヴァント召喚したからには、僕も戦争に無関係じゃないからね。こっちで特異点の測量を始めてる。ただ困ったことに――今現在、サーヴァントの反応が増えてきてる。はぐれサーヴァントか、はたまたシャドウサーヴァントか。そこまではわからないけどさ」

 ソラがタブレット端末を取り出して画面をタッチする。すると、テーブルの上に映し出された。宙をなぞるように手をスライドさせると、画像が切り替わる。

 

「他、詳細は無事に式典が終わってからかな? 今はうちも忙しいし、準備期間ってことで情報収集に専念してるからさ」

「わかった。なんか緊急の用事があったら俺に知らせてくれ。戦力で言えば俺が一番だしな」

「厄介事は全部投げるからそのつもりで」

「ふざけんなこのクソメガネ。ごちそうさん」

 会話の傍らで口に運んでいたホットサンドを平らげて、エヌラスがスープを飲み干して流し込んだ。いつの間に、という速度に驚いている面々の前で間髪入れずにチョコレートサンデーに手を付けている。

 

「そういえば、ユウコもサーヴァント召喚したみたいだよ」

「ほー? あとで見に行くか」

「うちにも来てくれたけど、まぁ、何ていうか……破茶滅茶に明るい人だったよ」

「日陰者は辛いな」

「やめろよその哀れんだ目! というか僕を日陰者扱いするな、影は薄いかもしんないけど君等が円滑に作業できるように裏で頑張ってるんだからな!」

「いつも助かってるわ、縁の下の貧弱眼鏡」

「君みたいにサバイバル能力カンストしてりゃ苦労してないっての! お代はこちらぁ!」

 すぱぁん!と、テーブルに伝票を叩きつけながらソラが腕を組んだ。その値段を見て、エヌラスが眉をひそめる。

 

「いつもより安くないか?」

「割増にしてやろうか、慰謝料で。サーヴァント割引だよ、今後ご贔屓に」

「へいへい。その時は頼むわ」

 ソラは知らないが――エヌラスが贔屓にしているのはこの喫茶店だけだ。

 

 会計を済ませて教会へと向かう姿を見送って、どっと疲れが押し寄せてきたのか刑部姫が肩を落としてため息を吐く。

 

「どうしたの、姫?」

「んー。マーちゃんの友達、怖いなぁって」

「大丈夫だよ。あいつはああ見えて性格はクソ野郎だけど姫のこと嫌いじゃないみたいだからさ」

「……どう考えても姫の精神をへし折りにきてると思うんだけど?」

「あいつ、誰にでもあんな感じだから大丈夫」

「姫が大丈夫じゃないんですけど」

「帰ったらパソコンあげるから、好きに使っていいよ」

「え、ホントに!? やった……」

 小声でガッツポーズをする刑部姫に、ソラは眼鏡を直した。

 

「ただ、ひとつだけ僕は姫に言いたいことがあるんだ」

「え、なに?」

「大したことじゃないんだけどね」

「もったいぶらないで言ってよ。聞くだけだったら、聞いてあげるから」

「……なんで眼鏡外したの?」

「………………もしかして、マーちゃんって眼鏡フェチ?」

「話すと少し長くなるけど聞きたい?」

「あ、ううん。いいです、遠慮しておきます……はい」




サーヴァント:琴霧ソラ

アサシン:刑部姫


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第五夜 サーヴァントの扱い方:ユウコ編

 

 

 

 商業国家ユノスダスの説明を教会を目指す道すがら聞きつつも、記念日に向けてせわしなく開店準備を進めている人々の営みをユゥユゥは楽しそうに見つめていた。ちゃんとアビーの手を繋いで。

 その姿は、まるで姉妹のようで仲睦まじい二人を眺めて通行人も笑みがこぼれる――それを引き連れているのが犯罪国家国王の一番弟子でなければの話だが。

 

「本当にすごくいっぱいのお店。これ全部お祝いするために?」

「ああ。なんせ、毎年恒例行事でやってるが他の行事を差し置いてトップクラスの金が動く日だ。当然、悪い奴らもコレを狙って動く」

「さっきのおじさんみたいな人?」

「そ。だから、俺みたいな奴の出番ってわけだ」

 二人が疑問符を浮かべる。

 

「犯罪者特攻、みたいなもんだ。悪いやつの専門家が必要になるから俺がこうしてありがたく特等席を用意されているってわけ。ほら、見えてきたぞ」

「あそこが教会?」

「あくまでも政治的な理由でそう呼ばれているだけだ」

 エヌラスが二人を連れて、堂々と真正面から乗り込む。気後れする二人が小声で「お邪魔します」とだけ呟いた。

 正面広場では店の用意と式典の用意に職員達が慌ただしく駆け回っている。最終チェックを兼ねて商品の搬入をしていた。しかし、エヌラスの姿を一瞥するだけで誰も引き留めようとはしない。

 

「マスターは、ここによく来るの?」

「ああ。飯たかりに来てる。その代わりに労働基準法ガン無視の仕事押しつけられてるけど。今回は流石にそんなことにならないと思うが――」

 とか言っている間に、見慣れないスーツ姿の金髪の美少女が赤ブチメガネを日光で反射させながら詰めてくる。

 

「おい、そこの貴様! そう、そこの貴様だ! ここは関係者以外立入禁止であるぞ! わかっておるのか!」

「関係者だ」

「嘘を言うでない!」

 エヌラスが懐から取り出したのは、国王印の招待状。もはやフリーパス扱い。

 

「む、むむむ……確かにこれはユウコのサインだ……」

「……見ない顔だが、誰だ?」

「む? それは余のセリフだ」

「まぁいいか。詳しくはユウコにでも聞くし。アイツはどこだ?」

「ユウコならば祝辞の台本の確認をすると言って執務室の方に――おい待て貴様! 余を無視するとは何事だ! これ以上の狼藉は許さんぞ!」

「やかましいわ! 俺とアイツの仲で、勝手知ったる人ん家だ! 邪魔すんな!」

「なぁんだとぉ! おい衛兵! こやつを引っ捕らえろ! 我慢ならん! こんな人相の凶悪そうな奴を放置するとは何事だ!」

「あのー、すいません秘書様。その人べらぼうに強くて無理です……」

「無理とはなんだ、無理とは! それでも教会の警備を担う人間か!」

「あとその人、仮にも国王です……なので、あの、ちょっと下手すると国際的に危ないんで」

「――――」

 バカな、とでも言いたげにネロがあんぐりと口を開けて固まっていた。そりゃそうだ。何も知らなければ、美少女を二人も引き連れたやばい筋の人間が正面から殴り込んできたようにしか思わない。

 

「馬鹿な!?」

「えーそうなんですよ、馬鹿なって思うでしょう? 私達もそう思ってますけど、これ現実なんですよ。本当に世の中間違ってますよね」

「あんま好き勝手言ってると今から広場を更地にするぞテメェら……もういい、付き合ってられっか。行くぞ、二人とも」

「む、おいこらまて貴様! まだ余の話は終わっていないぞ! 此処は任せる! 待て貴様ー! 余を無視するな! おい! 聞いておるのか!」

 しつこくつきまとってくる相手を適当にあしらいながら、エヌラスは教会の中へと入っていく。その姿が見えなくなったところで、全員が胸を撫で下ろした。

 ――よかった。何事も起きなくて。

 下手したらこの正面広場で一戦交えていただろう。そうなったら大惨事だ。目も当てられない被害に布団をかぶりたくなってしまう。

 

 

 

 ユノスダス教会・執務室――扉をノックして、中からの返答を待たずにエヌラスが開けた。そこでは、ユウコが祝辞の台本とにらめっこしている。

 

「よっ」

「返事待たずに入ってくるとかデリカシーのデの字もないのかよ! 出がらしめ!」

「顔を見るなりとんだ挨拶だな。お前のサーヴァント共々」

「余が悪いのか!?」

「何したのネロちゃん」

「うむ、教会に不審者が入ってきたら呼び止めただけのことだ」

「間違ってない! それは、ネロちゃん悪くない! 相手が悪いだけだから! おーよしよしいい働きだねー」

「むむむむー、余を撫でくりまわすなぁ! いや、だが、許す! 中々に快い!」

 胸を張るネロの頭をユウコが撫で回していた。髪型が崩れない程度に留めている。どうやらサーヴァントとの友好関係は良好な模様。

 そこでエヌラスはサングラスを外して胸のポケットにしまい込んだ。外ならともかく、屋内であれば日差しも多少マシだ。

 

「……あー、それがお前のサーヴァントでいいんだな?」

「うん。セイバーのネロちゃん」

「なっ……!? ゆ、ユウコ! 人の真名をそんな気安く明かすとは正気か!? 聖杯戦争をなんだと思っておるのだ!?」

「クソ迷惑」

「ぅぐ……まさかそのように一言でまとめられると余も言葉を失うぞ……」

「いいの。そういう危険なのはそっちに任せとけば。私はこっちで忙しいの! それで? そっちのかわいい子は?」

「俺のサーヴァント」

「この犯罪者」

「その程度慣れてるからなんとも思わん」

「このロリコン」

「今から式典台無しにしてやろうかテメェ!!」

「おーやってみろこんにゃろう! 貸した金と踏み倒された金と諸々全額請求してもいいんだぞ私は!」

 喧々囂々と言い争いを始める二人だったが、すぐに落ち着きを取り戻して咳払いを挟む。

 

「コホン……とにかく。私がお茶とか用意してくるから、その間にこのスピーチの台本見て気になったところチェックしてもらえる?」

「わかった」

「あ、茶菓子食べる?」

「クソメガネのところで食ってきた」

「いいから食え。どうせ夕飯も食うんだし」

「へいへい……」

 退室するユウコに代わり、エヌラスが祝辞の台本を黙読しながらソファに腰を下ろす。その両隣にアビーとユゥユゥも座り込み、ネロが向かい合う形で座り込んだ。

 

「時に、エヌラスと言ったか? ユウコとはどういう関係なのだ?」

「どういうって。別に? 腐れ縁」

「ふむ。とてもそのようには見えんが……どちらかと言うと夫婦のような……」

「別にアイツとは付き合ってないし、婚約者でもない。ネロ、なんかペン持ってないか? ないならそこのテーブルから取ってくれ」

「貴様は人を何だと思っているのだ! 顎でこき使おうとするとは何様だ!」

「仮にも王様でお客様なわけだが?」

「ええい、気に食わん! そのああ言えばこう言う態度、余は好かぬ! 可愛げのないやつめ! その点ユウコはとても良きマスターだ。うむ、あれと契約してからまだ日は浅いが底抜けの明るさと気立ての良さは眼を見張るものがある。余は満足しているぞ、ふふん」

 その、どこか自慢気に語るネロの視線はエヌラスのサーヴァントに向けられている。

 お前達のマスターはハズレだ、とでも遠回しに突きつけられているようで。思わず頬を膨らませながらユゥユゥが腕を組む。遅れてアビーも真似をしていた。

 

「む~! お言葉ですけど、エヌラスさんだって全然負けてません! メイドさんは綺麗だし服の見立てもバッチリで素敵な人なんですから!」

「ええそうよ! 此処に来るまでに悪いおじさんを取り締まったりもしたのだから! それにメイドさんの作るパンケーキはとてもふわふわで美味しいのよ! 是非おすすめしたいわ」

「なんと、メイドを囲っておるのか! それにその服も、貴様が選んだと言うのか!」

「一部手を加えたからハンドメイドに近いけどな」

「顔に似合わず器用なやつだな」

 うっせ、と小さく呟きながらもエヌラスは立ち上がり、結局自分でペンを手にして台本の添削をしていく。すると、そこへユウコが戻ってきた。

 

「はいお待たせー! なんか盛り上がってたみたいだけど、どうしたの?」

「よくぞ聞いてくれたユウコ! この二人の着ている服はこの男が見立てただけでなく手掛けたから余も欲しい! という話をしていたところだ」

「あー、それね。メチャクチャ法外な値段になるから仕入れらんないよ?」

「なぜだ!? この国では金が全てではないのか!」

「当たり前じゃん。でもね、世の中お金が全てじゃないの。お金で解決できないことだってあるんだよ、ネロちゃん。特にコイツの場合は損得抜きにして馬鹿な真似しでかすから。あと、コイツは基本的に金に糸目をつけないから完成品がクソほど高い。国の金で好き勝手やってるんだし」

 アビーとユゥユゥが改めて、自分達の着ている服の完成度を確かめる。

 確か、既存品に何かやたらと手を加えていた気がする。その製造工程は特定するのが至難を極めていた。独自規格の開発品、魔術師お得意の伝家の宝刀だ。

 一国の主が手掛けるワンオフのハンドメイド、それがどれほどの値打ちになるのかなど考えたくもない。

 

「ふむ。そう言われると貴様はともかく、そのメイドとやらに興味が湧いてきた」

「明日こっちに来る予定だからその時にでも聞いてくれ。ユウコ、やっといたぞ」

「ありがとー。どれどれ……此処の挨拶省いちゃう?」

「去年と同じこと書いてるぞ」

「えっ、マジ? よく覚えてるねー、そういうこと」

「お前のことだからな」

「…………」

「なんだよ」

「………………や、あの、そういうこと言うのはズルいと思うんですけどー……」

「悪いのかよ」

「――悪くないです……」

 台本で顔を隠しながらユウコが呟く。

 

「……なぜそこまでの関係でいながら婚姻しておらんのだ?」

「別に籍入れなきゃ会えないわけでもないしな」

「私としては今のままで十分だし」

「ええいこのバカップルめ! そこまで互いを理解し合っているのならもはや生涯を共にしているも同然ではないかぁ!」

「だからお前が口を挟む余地などどこにもねぇよ。ユウコ、今日はこっちで宿借りるぞ。俺のサーヴァントもいるしな」

「場所はこっちで適当に決めといていい?」

「頼んだ。俺は今のうちに見回りして犯罪者ぶちのめしてくる」

「……ところでなんでキミのサーヴァントも女の子なわけ?」

「うるせぇ知らねぇ俺が知りてぇ」

 

 ――この日。エヌラスが街でぶちのめした犯罪者の数は三桁にも及ぶ。ついでに壊滅的打撃を受けた反社会組織、二桁。決して放置されていたわけではなく、商業国家でも危険度の高い相手でも犯罪国家の人間の手にかかればこの通り、形無しである。



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第六夜 サーヴァントの扱い方:エヌラス編

 

 

 

 商業国家式典を控えたユノスダスの賃貸住宅サービス。家を一軒丸々貸し出す破格の商売は観光業で賑わうこの国の収入源の一つでもある。

 そんなわけで。

 エヌラスとユゥユゥ、アビゲイルの三人は無期限宿泊プランで一軒家を借りていた。

 ひとつ屋根の下で男女が寝泊まり、当然何も起きないはずはなく――その点についてユウコからは「あー、うん。慣れた」とのコメント。こなれ過ぎである。

 しかし、宿泊する以上は電気ガス水道は別料金。これら全てを無料で使い放題というのも気が引ける二人が、自分たちにもできる仕事はないかとユウコに尋ねたところ「後日見繕っておくから、よろしくねー」とスピード対応。

 履歴書とかはいいのだろうか、年齢とか、大丈夫だろうか。そんな疑問も笑いながら聞き流された。ちょっと怖い。

 

「――と、いうわけで。ユノスダス名物カプセルホテルならぬ、ハウスレンタルでしばらくは此処で寝泊まりだ。服は明日スピカが持ってくる。下着含めてな」

「はぁ~……これ全部、借家?」

「一泊から一週間、一月。今回は無期限ってことでかなり高いが、まぁ払えない金額じゃないしな」

「ねぇ、マスター。教会に泊まるのはいけなかったのかしら?」

「流石に人様の仕事場兼自宅で居候するのも気が引ける」

「変な所で律儀なんだから」

「やかましっ。とりあえず俺は風呂に入って今日は寝る。明日は忙しいからな」

「あたし達にできること、何か無いですか?」

「そうだな。式典の警備を頼めるか。何かあったらすぐ教えてくれ。状況が状況だし」

 聖杯戦争なんてよくわからん暇つぶしに巻き込まれるこちらの身にもなれ。エヌラスは愚痴りながら欠伸をひとつ。

 すん、とユゥユゥが鼻を鳴らしてにおいを嗅ぐと、むせ返るような血の臭いに渋い顔をしてしまった。

 

 既に日は暮れて、夜になっている。適当なところで切り上げたエヌラスだが、仮眠を摂ったらまた朝までお仕事(最大限オブラートに包んだ表現)をしなくてはならない。

 夜間は特に、この時期はどんな犯罪が水面下に潜んでいるのか分からない。隈なく巡回して片っ端から潰していくつもりのエヌラスだったが、玄関の呼び鈴に脱衣場へと向かう足を止めてリビングに戻ってきた。

 

「誰だよ、こんな時間に……常識ねぇのかよ」

 鏡を見ろとは言ってはならない。

 エヌラスが玄関のドアを開けると、そこに立っていたのはソラだった。刑部姫も後ろに隠れている。

 

「なんだクソメガネとメガネ姫」

「メガネ姫!? 姫の認識箇所、メガネだけ!?」

「んじゃあ根暗メガネ」

「メガネ以外ない!?」

「無いな」

「酷ぉい!」

 泣きつく刑部姫を鬱陶しく思いながら、ソラは軽く咳払いを挟んだ。

 

「ま、用件は簡潔に伝えるよ。僕も明日は忙しいし」

「奇遇だな。俺は今から忙しい」

「キミがこれからぶちのめしに行く予定の犯罪者達の拠点は粗方こっちでチェック入れてあるし、今頃は軍事国家の頼りになるタフガイのみなさんが突入してると思うよ。今夜は安心して寝てたら?」

「…………」

「なに、その顔は」

「それができてたんなら昼間のうちにやれよ」

「僕は忙しいんだよ。君と違って。喫茶店の経営しながらやれたら苦労してない。それに聖杯の波長測位だって併行してるし、加えてサーヴァントの反応を特定してるんだから勘弁してくれよ」

「うるせぇ、やれ」

「君は本当に人に喧嘩を売る天才だな」

 メガネを直しつつ、ソラは思い出したように刑部姫に目配せする。

 

「う……別に姫が渡さなくてもよくない? ほら、友達なんだし……」

「見知った顔より女の子から渡されたほうが嬉しいし?」

「でもぉ……」

「ほらほらいいから。僕も早いところ帰って寝たいんだから」

「……うぇー。はい、どうぞこれ。マーちゃんからの差し入れでーす」

「こりゃご丁寧にどうも」

 気が乗らない様子で差し出された紙袋を早速開ければ、中にはシュークリームだけでなく甘味が詰め込まれていた。カットケーキにドーナッツと、血糖値ガン無視。

 

「なにおまえ、俺のこと糖尿病にでもしたいのか?」

「誰が君に全部食えと? ほら、そっちの二人にだよ。今日は色々試作品作ってたから、その味見役だよ。お代は感想で結構」

「わぁ~、美味しそう! これ全部もらっちゃっていいの?」

「どうぞどうぞ」

「じゃあいただきま~す。アビーちゃん、一緒に食べよー」

 浮かれた様子で紙袋の中身を見せたユゥユゥに、アビーが満面の笑みを見せていた。

 

「で。紅茶とかねぇの?」

「そこまで都合よく持ってくるわけ無いだろうが! 人を何だと思っているんだ、出前かよ! 金とるぞ!」

「んじゃあ金出すから買ってこい」

「パ シ ん な よ!! 自分で買ってきたらいいじゃないか」

「俺、今から風呂入るし」

「知らんけど!?」

 他人の都合、お構いなし。

 傍若無人ぶりには流石のソラも呆れたのか、メガネを直して刑部姫を連れて立ち去った。

 

「言っておくけど! 明日絶対に遅刻するなよ!」

「うるせぇクソメガネ。寝なきゃいいだけだ」

「寝ておけ馬鹿野郎!!!」

 ぶつくさと愚痴りながら、ソラは待機させていた鋼鉄の大蟹、フォートクラブの背中に取り付けられている座席に腰を下ろした。その隣に刑部姫も座り込む。

 その姿が見えなくなってから、エヌラスは欠伸をひとつ。ご丁寧に人の仕事の負担を減らしただけでなく夕飯後のデザートまで持ってくるとは気が利いている。問題があるとすれば、せめて紅茶のひとつでも持ってきてほしかった。

 

「まぁいいや、風呂入ってくる」

 

 

 

 ――脱衣室で服を脱いでからシャワーだけで済ませようと思っていたのだが。

 どういうわけか、ユゥユゥとアビーも一緒に入ってきていた。

 なんだ君たち、距離感近いぞ?

 

「どういうわけで、この狭い風呂場の中に三人も入ることになったんだフォーリナー」

「お背中流してあげようかと思って……」

「ダメかしら……」

「ダメじゃないんだけど俺の理性がよろしくない方向になるから勘弁して」

 だがそれはそれとして、背中を流してくれるというのならありがたい。できるだけ何事もなく終わることを祈りながら、エヌラスはユゥユゥに任せることにした。

 

「わー。エヌラスさんの背中、傷だらけ」

「あちこち傷跡だらけで、とっても痛そうだわ」

「見苦しいからあんま見ないでくれ」

 最近ちょっと気にするようになってきたのだから。しかし、背中をなぞる二人に指先がくすぐったい。

 ユゥユゥが背中を洗う。エヌラスは手持ち無沙汰になってしまったので、アビーの髪を洗ってやることにした。

 前にちょこんと座り込む小さな背中に、垂れる金の髪を撫でてシャンプーを馴染ませていくと髪を傷めないように優しく泡立てていく。

 

「マスターの洗い方、とても優しくて落ち着くわ」

「んー? こうして髪を洗ってやるの、嫌いじゃないからな。妹が好きでよくせがまれてたしー……って考えてもみりゃ、今もそうか」

 今はおとなしくお留守番だ。……アレが、本当に、おとなしく、お留守番なんてものが出来るかどうかはともかくとして。

 世話役に天敵のマリーがいるから不満たらたらな様子で待っていてくれるだろう。何なら二人を連れて行く時も危うく喧嘩になりそうだった。

 

『兄さま。私はお留守番? そう。……そう。…………へぇ、そっちの二人はいいのに。ズルいわ。私は兄さまと一時も離れたくないのに、どうして?』

『仕事だから』

『この世から労働なんて消えてしまえばいいのに……!!』

 社畜を敵に回す恨めしい言葉を残していたが、なんとか説得に成功した。どこまで本気なのか分からない。多分、徹頭徹尾全力だろう。

 良からぬことを考えていなければいいが……不安と心配が押し寄せてくる。大魔導師がブレーキを掛けてくれればいいのだが、期待するだけ無駄だろう。

 あの二人が手を組んだら最早どうすることもできない。

 

「マスター。マスター? どうしたの?」

「え? ああ。どうした、アビー」

「手が止まってるわ」

「あー、悪い悪い。ちょっと考え事してた」

「エヌラスさん、痒いところありませんかー?」

「ユゥユゥ、それは多分ちょっと違う」

「あれ。あれー? あれぇ~? 違ったかな……」

 髪も身体も綺麗にしたところで、三人仲良く湯船に浸かり――エヌラスは天井を見つめていた。なんでこうなってしまった?

 肩をぴったりとくっつけるユゥユゥに、背中を預けてくるアビゲイルの二人。なんとなく悪寒が走る。これは、その。――マズイやつなのでは?

 エヌラスは風呂上がりに、やはり茶のひとつくらい必要かと考えて外出することにした。

 

 

 夜の商業国家は、昼間とはまた違った顔を見せる。喫茶店が昼間はメインだが、夜になればそれらがバーに早変わり。兼業している店もチラホラと見受けられる。

 式典前日だというのに気楽なもので。聖杯戦争も控えているというのに変わらない光景にエヌラスは肩の力を抜いた。

 ――跳躍(ジャンプ)ユニットが推進剤を燃焼させる音に、ふと、顔をあげる。

 軍事国家アゴウの機人達が編隊を組んで駆け出していた。その分隊長は大型の片刃剣を担いでいる。

 

《っしゃあオラァアアア! 次は麻薬密売人だ! 既に証拠は押さえてある! あとは現場でぶちのめす! 詳細は牢屋の中でヨロシクだ! 行くぞお前らぁああ!!》

『ypaaaaa!!!』

「…………」

 見知った顔が音速飛行で駆け抜けていった。

 軍事国家アゴウ国王親衛隊に狙われる犯罪者達に同情の余地などないが――南無。

 

 適当な喫茶店兼ショットバーに立ち寄り、茶葉を調達して帰宅する。

 リビングでは既に二人が洋菓子を頬張って惚けた顔を見せていた。

 

「あ、マスター! おかえりなさい!」

「エヌラスさん、おかえりなさい! これすごく美味しいのです!」

「そりゃ良かった。ほら、お茶買ってきたぞ」

「ありがとうございます。じゃあ早速淹れますね」

 本日は備え付けの寝間着に袖を通したユゥユゥだが、何故かアビーは男物のシャツを着込んでいる。それ俺のじゃない? エヌラスが気づいて、聞くよりも先にフォークで切り分けたケーキを差し出してくる。

 

「マスター、マスター。はい、あーん。とっても甘くて美味しいわ」

「え、あー……あーん」

「えへへ、どうかしら?」

「……ああ。やっぱアイツが作る洋菓子は美味いな、ムカつくことに」

「マスターが今まで食べてきた中で、一番?」

「それだけは絶対に無い。俺が食べてきた中じゃ……そうだな。五番目くらいだ」

 その格付に、アビーが驚いていた。

 

「これより美味しいケーキが、この世にはあるの?」

「ああ。まぁ俺の舌が基準だからな、アビーが気に入るかは解らないが。そのうち食べさせてやれたらいいな」

「ええ、楽しみにするわ」

「エヌラスさん、コーヒーでよかった?」

「ああ。ありがとな、ユゥユゥ」

「どういたしましてー。よいしょ」

 左右をサーヴァントに挟まれて、エヌラスが動きを封じられる。

 

「……君等、すごく人懐っこいな?」

「そうかしら?」

「そーお?」

「距離が近いというか……」

「迷惑、かしら……もしそうだったら、ごめんなさい。マスター」

「別に迷惑ってことはないんだが。不思議でな」

「なんだかエヌラスさんはとっても親近感が湧くので、つい」

「……嫌われてないなら、俺も助かるけどよ。明日は早いし、落ち着いたらもう寝るぞ」

 食器を片付けて、二人が洗って食洗機にいれた。

 階段を上り、寝室の扉を開けてベッドに身体を投げ出す。

 なぜか――ユゥユゥも、アビーも一緒に入ってきた。

 

「俺、別室って言わなかったっけぇ!?」

「まぁまぁ♪ みんなで寝たほうがきっと気持ちよく眠れるのです」

「そうよ、マスター。さぁさぁ」

「いや、ちょっと、待っ――力強いなアビー!?」

「サーヴァントだもの♪(筋力B)」

「そのかわいい外見で出していい怪力じゃねぇんだよなぁぁぁ……!!」

 踏み留まるエヌラスの耳元にユゥユゥが顔を近づけて、優しく吐息をこぼす。

 

「マスター、たぁっぷり……甘えていいんですよぉ……?」

「はっふ……!」

 耳から脳を溶かされるような、甘ったるい声に負けてアビーにベッドへ連れ込まれた。

 

「ズルいぞちくしょう!!」

「エヌラスさん、耳弱い?」

「一番弱いのは頭、ってやかましいわ! 人のことベッドに押し倒して何する気だ!?」

「? 何って……寝るだけじゃないの? ねぇ、ユゥユゥさん」

「え――ええ、うん! 勿論なのです!」

(ぜってぇなんか狙ってたな……)

 人懐っこいとはいえ、油断はしないようにしよう。

 焦りながらもユゥユゥもベッドに入り込んでくる。人を抱き枕代わりにして、アビーが早速寝息を立て始めていた。本来なら必要のない睡眠も食事も。英霊となった身では新鮮な気分なのだろう。

 ユゥユゥだけは、顔を近づけて耳打ちしてきた。

 

(安心してください、マスター。悪いようにはしませんから♪)

「…………耳元で囁くな。お前の声、ゾワゾワするんだよ。くすぐったくて」

「ふふっ……。それじゃあ、おやすみなのです」

「――――」

 先が思いやられる。

 こんな調子が続いて、寝不足にならなければいいが。

 そんなことを思いながらエヌラスも目を閉じて眠ることにした。



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第七夜 聖杯戦争初陣:エヌラス編

 

 

 

 ユノスダス式典当日。

 エヌラスとアビー、ユゥユゥの三人は昨日と同じく教会へ向けて移動をしていた。

 その道中でソラと刑部姫と合流し、互いに愚痴りながら肩を並べて歩く。

 

「今朝から国中騒がしくて寝れたもんじゃねぇ」

「君は基本的には夜行性だし。もやしと一緒だよね」

「お前のほうがもやしだろうが貧弱眼鏡」

「うるさいな、サバイバル能力カンストしてるような野生児に言われたくない」

「俺は文化圏の人間だぞ」

「ゴリラに謝れ」

「イエティになら謝罪してもいい。俺の命の恩人だからな」

「うっさいよ野蛮人。三週間も裸一貫で雪山に放置されて生還したやつはこれだから」

 朝から取っ組み合いを始める二人を眺めながら、やや後ろからサーヴァント達は様子を見守っていた。

 

「仲良いよね~、あの二人」

「刑部姫さん、少し眠そうね?」

「んー。まぁねー。まさか私みたいなサーヴァントが喚び出されるなんて思わなかったし、ここは人類史とは別な世界で、慣れない環境に戸惑うことばかりで……昨日は緊張で眠れなかったよ」

「あたしとアビーさんは昨日はぐーっすり眠れたよー」

「ええ。ふかふかのベッドで、エヌラスさんと一緒に――」

 

「……エヌラス、おまえ……いや確かにそういうやつだとは知っていたけどドン引きだよ」

「何もしてねぇよ!?」

「召喚して間もないサーヴァントに手を出すとか」

「むしろ俺は襲われた側なんだが? そして何もしてねぇからな?」

「だって君、ロリコンだろ」

「ははは、よーし準備運動がてらテメェのこと教会まで引きずり回してやる」

 ソラの首根っこを掴み、エヌラスが走り出した。

 

「おま、おまえぇえええあああああぁぁぁああ!!?」

 朝のユノスダスの大通りに、ソラの悲鳴が響く。何事かと商人たちが顔を見せるが、見慣れた顔が土煙を挙げながら駆け出している姿を見かけて何事もなかったかのようにしていた。

 

「あー……」

「追いかけた方がいいのかしら?」

「目的地同じだし、走ると疲れるから私達はのんびり行こう……」

「エヌラスさん、朝から元気だねぇ」

「いいなぁ、二人のマスター。顔は怖いし乱暴だけど、色々気を利かせてくれるし……」

 でもあの人に召喚されてたらと思うと、何をされるのかわからないので遠慮したい。

 

 

 

「うむ! よく来てくれた! 歓迎しようではないか! ところで、なぜそこの眼鏡は既に負傷しているのだ?」

「準備運動で音を上げた」

「テメェのせいだよクソ野郎! 成人男性一人片手にして走り回るか普通! いや普通じゃねぇか! この異常者め!」

「俺の師匠に言えよ」

「死ねと!?」

 教会の入り口ではネロがスーツ姿で客人を迎える用意をしていた。恐らくはユウコの指示なのだろう。二人の後からアビー達が来るのを見て、しきりに頷いている。

 

「サーヴァント達も来ておるな。ユウコが朝食を作っているから、案内しよう!」

「いや結構。勝手知ったる人の教会だし」

「ああ。自分の家みたいなもんだ」

「いいから案内させんか、秘書官である余の仕事なのだから」

「……その腕章、わざわざ作ったのか」

 左腕に「秘書官」と書かれた赤い腕章を着けたネロが、自慢するように見せた。

 

「ふふん、どうだ。余の手作りだ!」

「似合ってるのがなんとも言えないな」

「そうだろう? こう見えて道具作成も得手としているのだ! おっと、それで思い出した。先程メイドが二人ほど来ていたぞ」

「ああ、うちのだな」

「色々と話を聞きたかったところだが、何やら大荷物だったのでな。それに仕事も手伝ってくれておるぞ」

「今はどこに?」

「厨房でユウコと朝食を作っているぞ。余も楽しみだ」

 

 朝食が出来上がるまでの間ネロの案内でいつもの客間に通され、雑談をしながらサーヴァント達と親睦を深める。

 ソラの方でも調査は一晩中進められていたようで、その成果は他の聖杯戦争参加者が集合してからということになった。

 

「今日の式典、ドラグレイスは来るのか?」

「さぁ? アイツはこういう行事に呼んでも来ないことが多いからね。ほんと人付き合いの悪いやつ。その点、君はこういう行事にはしっかり出るよなー」

「俺の代わりに師匠が来たらどうなると思う?」

「大惨事なんだよなぁ……」

 そのため、代理人としてエヌラスがほとんどの行事に出席している。とはいえエヌラスも「大魔導師に比べればまだマシ」という程度で、危険人物に変わりない。

 客間の扉が開けられて、スピカとカルネ。そしてユウコが食事を運んできた。

 

「はい、お待たせー! 朝ごはん出来たから食べながら話を聞いてー、配膳よろしく」

「ご主人さま、どうぞ」

「サーヴァントの皆様もできたて熱々をどうぞ!」

 全員で食卓を囲みながら、ユウコが今日の式典の流れを説明する。エヌラスとソラは何度か出席しているので大体覚えているが、ネロ達は今回が初参加。おさらいも兼ねて、という事でエヌラスは聞き流しながら話に耳を傾けていた。

 

「――という感じで、サーヴァントの皆は教会周辺の警備! エヌラスとソラ、御姫は来賓ってことで出席」

「来賓席ってやることなくて暇なんだよな」

「そうなんだよねー。しかも国王って体だから下手な真似できないし。君はたまに暴走してこういう行事台無しにしてるよな」

「暴れる連中が悪い」

「そういう開き直りの早さは嫌いじゃないが直した方が良いと思うよ」

「俺の打たれ強さをなめるなよ」

「お前のメンタルおかしいんだよ……」

「そういや、御姫まだ来てないのか? 一番に到着してそうなもんだったが」

「アゴウから連絡があって、こっちへの到着が少し遅れるってさ」

「なんかあったのか?」

「なんか襲撃?みたいなのがあったらしいよ」

 その言葉に緊張が走るものの、気にせずに食事を続けている。

 

「よりにもよってアゴウに?」

「命知らずもいたもんだ。どこの馬鹿だよ、アレに喧嘩売るとか」

「ははははは、君とその師匠くらいじゃないかな?」

「うるせぇぞ、クソメガネ。ゆで卵ねじ込むぞ」

「口に?」

「鼻」

「入るかよ!? こえーよ!」

「食い物で遊ぶな! とにかく、そういう感じで今日はよろしく。勿論、何事もなく終われば夜のパーティーでもご馳走出るからお楽しみに!」

「こんな状況下で何事もなく行事が終わるとは思わねぇけどなー、もぐ」

「ご主人様。そういった言葉は控えたほうが良いかと。フラグというのですよ」

 こんな状況下で何事もなく平穏無事に行事が終わるとは露ほども考えていない。

 そもそも普段でもこういった行事がまともに終わった試しがなかった。何かしらの妨害や破壊工作などが行われ、その対処に追われる始末。

 終わる頃には疲労困憊。行事の思い出らしい思い出なんて邪魔者を蹴散らしている思い出ぐらいしかなかった。

 

「以上、なにか質問ある人!」

「……はーい」

「はい、おっきーちゃん早かった! なに?」

「そのー、御姫って人。どんな人なのかなーって。いや、姫って呼ばれてるくらいだから気になってるだけで……」

 同じ姫属性として刑部姫が気になるようだが、想像の斜め上をロケットエンジンで突き抜けていく。

 

「物理的にサークルクラッシャーの姫」

「軍事国家最強の女神」

「君の想像しているであろう、蝶よ花よと愛でられるようなお淑やかさの欠片もない、常在戦場。自分が最前線に突撃していくタイプの、姫様」

「それ姫って言わなくない!?」

「言うんだよ眼鏡姫」

「名前覚えてる!? ねぇ、ちょっと! 私の名前言ってみて!」

刑部(ぎょうぶ)姫」

「おーさーかーべーひーめー!! 人の名前と顔覚えるの苦手なの!?」

「そんなわけねぇだろ。わざとだよ」

「私やっぱこの人嫌いー! マーちゃーん!」

「今食事中だから静かにしてもらえないか君等……」

 なんでそんなに元気なのかと疑問に思いながら、ソラは朝食を摂っていた。

 

 

 

 商業国家ユノスダスの国際式典が開催されると、一斉に教会の商店も解禁される。

 教会でユウコの演説が始まるが、来賓席に空席が目立った。そこは本来、アゴウの女神である剣姫(つるぎひめ)が座るべき場所だが、式典の開催に間に合わなかったようだ。

 現在はソラがユノスダス国境全域へ監視の目を光らせている。アゴウの機人達も国内の指導者が不在であることに疑問を抱いているのか、落ち着かない様子を見せていた。

 エヌラスはと言うと――欠伸を噛み殺している。それを横目で見ていたソラが肘で小突いて注意した。

 

「一応、犯罪国家の代表で来ているんだから真面目にしなよ」

「何もせずに椅子に座るってのは退屈なんだよなー。お前と違って」

「僕は今もインタースカイのサーバーからの情報処理中だ。ただ黙って座ってるわけじゃないからな?」

「教会の敷地も、スピカとカルネ。それとサーヴァントで警備してるし、俺達が出る幕ないだろこれ」

「さりげなく僕まで数に入れるな。君に全部ぶん投げるに決まってるだろ」

「ユウコはネロが護衛しているから、今回は御姫がトラブル持ってくるんだろうな」

「はは、だろうねー。これから台無しになるのが目に見えるよ」

 ソラが眼鏡のレンズに投影されたデータを視線で追っていると、急速に増大する生体反応に落胆する。案の定といった様子で。

 

「エヌラス、悲報。現在アゴウ方面からとんでもない量の生体反応増大中。そんでもって接近中だよ」

「どうせ御姫だろ」

「だろうけどさ。困ったことに――現在国境近辺まで来てる」

「あー迎撃準備するかー? どうせアゴウの連中がなんとかするだろうし」

「出来ると思う? サーヴァントも混じってたとして」

「無理だわなぁ……」

 アゴウの機人達は物理的強度に優れているが、魔術的強度はお世辞にも強いとは言えない。サーヴァントを相手にした場合、足止めが精々といったところだろう。

 そうなるとやはり、サーヴァントの相手はサーヴァントが務めるに越したことはない。

 

「それで、生体反応の詳細は?」

「翼竜。まぁ、ワイバーンの群れと、サーヴァントの反応が三つ。あと御姫かな」

「アルシュベイトは」

「残念、国内で待機中。国王が不在でオッケーなんて国早々ないよ」

「うちぐれぇだわ。さーて、そんじゃ教会まで乗り込まれる前に打って出るかー」

 エヌラスが立ち上がり、ソラは眼鏡を直して手を挙げた。

 

「ユウコ! ちょっと緊急事態発生! エヌラスが離席するけど気にせず続けて!」

『おっけー! 今年くらいは無事に終わらせたいからぜってぇ教会まで来んなよ!』

「だってさ」

「へいへい、わかったよ。ユゥユゥ! アビー! 一緒に来てくれ! スピカとカルネは教会近辺の警備! ネロと刑部姫、ソラは待機だ! こっちで対処しきれなくなった場合は応援要請する! 可能なら援護してくれ!」

「了解。こっちから観測したデータは随時知らせるよ」

「んじゃまー、早速サーヴァント戦の初陣と行くか」

「ぐだぐだになる前に、速攻で終わらせてくれるように頼むよ。僕は面倒なの嫌いだから」

「馬鹿言いやがれ、俺も嫌いだっつーの」



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第八夜 ワイバーン撃退戦線:エヌラス

 

 ユノスダスへ接近してくる大量の生体反応。翼竜の群れに向けて身長二メートルを超える人型機械が手にした小銃で迎撃していた。

 そのサイズも機人に合わせた調整がされている。豆鉄砲のように思えて、その実は機関銃を振り回しているのと大差ない。

 突っ込んでくるワイバーンの頭部めがけて、リサイズされた徹甲弾が真っ直ぐに迎撃した。

 眼孔から脳幹、内部を破壊して一匹が絶命する。そのまま黒い霧となって姿が消えた。

 

《ダウン!》

《一匹ずつ数えていたら日が暮れるどころの騒ぎじゃねぇぞ! ったく、人間だった頃ならドラゴンステーキでバーベキューパーティーでもしてたってのによぉ!》

 両手に持った大型片刃刀で噛みつこうと首を曲げるワイバーンを、刃を交差させるように断ち切る。その死骸が消える前に足場にして空へ向かって更に飛び上がった。

 

《どぉりゃっせぇぇぇいっ! っしゃぁ、ダウン!》

 更にもう一頭。頭部を蹴りつけると、脳を揺らされたワイバーンが姿勢を崩した。その頭部に跳躍ユニットで姿勢を変えて刃を叩きつける。

 その背後から接近してくるもう一匹が小銃の掃射を受けて蜂の巣となった。

 

《群れに突っ込むとか馬鹿なのかお前は!?》

《おう、隊長殿! 悪いがコレしか能がなくってな、あっはっは! うぉわぁ!?》

《空戦機動はあちらが一枚上手だ、地上で迎撃するぞ! 防衛部隊、一斉掃射(ロックンロール)だ!》

 互いの足裏を合わせて、同時に蹴り放つ。その勢いで空中から離脱すると、遅れて機銃が掃射されて群れを撃退した。――アゴウ国王親衛隊による指揮でワイバーンは迎撃可能だが、それを率いるのはサーヴァントだ。

 超常の原理と現象、人類の歴史に名を残した英雄達。だが必ずしもそれが善性とは限らない。

 中には、悪事によって名を馳せた英雄も存在する。そして、此度の聖杯戦争は人類史とは限りなく離れた世界線で行われているだけでなく、聖杯自体が不完全なものだ。

 その召喚儀式もまた、完全ではない。

 

 そして、それらに追われているのは軍事国家アゴウを守護する女神。

 国家を象徴する存在として敬われているはずの剣姫は現在、サーヴァントを引き連れてユノスダスへ続く街道を駆け抜けていた。

 

 驚異的なことに、アゴウを出て即座に襲撃を受けてから此処までの道中。その追撃を凌ぎながら走り抜いている。生まれ持った、自前の脚でサーヴァントと共に。

 頭巾をかぶった白服のサーヴァントは、必要最低限のワイバーンだけを相手にしている。

 そしてもうひとり。

 両手にした二刀流が閃けば、瞬く間に三枚おろしにされる翼竜を尻目に足を止めない。

 

「おう、()()()()! ()()()()! 見えてきたぞ! あそこが商業国家だ!」

「ほほう、あそこが……」

「先程から見えているのは、アゴウの人たちよね?」

「頼もしい限りだが、サーヴァントが相手では敵わんだろう。せいぜいがワイバーンを蹴散らす程度だ。援護射撃があるうちに突入するぞ!」

「ですが本当にそれでなんとかなります? いくらなんでも多勢に無勢が過ぎるのでは?」

「あれに挑むのは命知らず、あるいは蛮勇の猛者くらいかと」

「心当たりが一人いる、心配するな!」

 いるんだ――。剣姫のサーヴァントは同時に思った。

 

《御姫! こちらです、お二方も急いで!》

「おう、警備ご苦労! 被害状況は!」

《弾薬の消耗のみ!》

《サーヴァント確認! 迎撃用意! こちらはお任せください!》

 機人達の横を抜けて、剣姫とセイバーとランサーがユノスダスへ到着する。そして、それと入れ替わるようにしてエヌラスが顔を見せた。

 

「エヌラス、今日も良い日和だな!」

「テメェは相変わらず前しか見てねぇな……まぁいい、とっとと行け」

「しばし任せるぞ! おれはまずユウコへ挨拶に向かう!」

 挨拶も程々に、全力で駆け出している。

 

「あの野郎は人に悪びれもしねぇのかよ。こんなトラブル持ってきておきながら」

 エヌラスの後ろを付いてくるユゥユゥとアビーは戦場さながらの場所を物珍しそうに見渡していた。

 

《出たな破壊神! こういうのはテメェの仕事だろうが!》

「うっせぇ、テメェ等は自分の持ち場で仕事してろ。ワイバーンは任せるぞ」

《あいよ! 聞いたなオメー等! 羽トカゲは俺らの獲物だ、撃ちまくれぇぇぇぇ!!》

「……ワイバーンだっつうの」

 国王親衛隊三番機の言葉にエヌラスが呆れた顔をする。人の話を聞かない奴め。

 

「さーて、なんだこの大惨事……とんでもねぇ量のワイバーンだな」

「わー……空が真っ黒。なんだか蝗害みたい」

「今回は初戦ってことで様子見も兼ねてる。危なかったらすぐ下がってくれよ?」

「ねぇマスター。破壊神って呼ばれてるの?」

「あー……まぁな……いいから、戦闘準備だ」

「ええ。マスターが言うなら、頑張るわ」

 くまのぬいぐるみを大事そうに小脇に抱えたアビーを気にかけながら、エヌラスはユゥユゥに視線を向ける。

 その手には、身の丈ほどの琵琶。

 

「ヨシ! マスターのために、がんばりますね」

「……それ、武器?」

「はい。……はい? いえ、琵琶です」

「弾けるのか?」

「こう見えて、得意なんです。琵琶も笛も、あと舞も!」

「へぇ……」

「エヌラスさんは?」

「俺? ま、見ての通り。殴ったり蹴ったりするのが得意だな」

《ワイバーン迫ってるのに平然と女の子と会話すんなよスケコマシ! ダウン!》

 狙撃銃の弾倉を交換しながら、横から二番機が口を挟んだ。

 

 サーヴァントが全部で三騎、と聞いていたが――剣姫が連れていたのが二騎。となると、追っていたのは一騎。それがこの翼竜達の主と見ていいだろう。

 街道にその姿はなく、エヌラスが見上げれば青空を埋め尽くさんとする翼竜の数々。

 目を凝らせば、一匹だけやたら魔力反応が高い。

 

 その頭上には、黒い外套を羽織った色白のサーヴァントが立っていた。誇らしげにこちらを見下している。

 

「あー……あれか。おい、二番機。あれにちょっかい出してくれ」

《馬鹿言うな、サーヴァントにこちらの武器が通用すると思っているのか》

「欠片も思ってない。だから、翼竜の腹をぶち抜け」

《弾代奢れよ、破壊神!》

 圧力を再設定して、強装弾で一回り巨体の翼竜の腹部を撃ち抜く。苦悶の声を挙げながらぐらりと体勢を崩し、サーヴァントが翼竜をけしかけてきた。

 けたたましい威嚇の声の中、ユゥユゥが爪弾く。軽やかな、だが芯の通った琴の音から青い炎が吹き上がる。

 

「マスターには指一本として触れさせませんよ」

 頭から尻尾の先まで蒼炎に飲み込まれた翼竜は黒焦げどころか炭も残らなかった。

 アビーが手をかざす。すると、白い影のようなものがのたうち、ワイバーンをはたき落とした。地面へ墜落したところを、さらに包囲するなり滅多打ちにして倒している。

 

「こ、これでいいのかしら……?」

 不安げにしているアビーの頭を撫でながら、エヌラスが一歩前に出た。

 高度を下げて、黒い鱗のワイバーンから飛び降りたサーヴァントがマントをはためかせる。

 

「ハァ? なに、アンタ。そんなサーヴァントでこの私を倒そうっていうの?」

「こんなトカゲで俺たちをどうにかしようってんならお前の頭のほうがどうかしてんだろうな、可哀相なことに」

 売り言葉に買い言葉、そしてその煽り文句はエヌラスの方が上手だった。

 

「――どうも死にたいみたいね。いいわ、好きな死に方を選ばせてあげます。串刺しでも、丸焼きでも好きな方を」

「殺し方のレパートリーが少ない、出直せ。なんだその開店したばかりのラーメン屋みてーなメニューの少なさは。商業国家の屋台のほうがまだメニューが豊富だぞ」

「何なのよアンタ!? さっきから人にケチつけてばかりで! ほんっと腹立つわね!」

「うるせぇな血色悪いんだよお前。ちゃんと食ってんのか」

「人の顔色窺うような奴に言われたくないんだけど!?」

「で? お前が聖杯の欠片持ってると見ていいんだな? どこの英霊で誰だか知らんが、今日に限って挑んでくるとか命知らずもいいところだ」

「ふふ、この私を知らないとはこの世界の魔術師もたかが知れていると見ました。いいでしょう、冥土の土産に私が誰だか名乗ってあげましょう――私はアヴェンジャー、ジャンヌ・ダルク・オルタ。竜の魔女よ」

「……ユゥユゥ、知ってるか?」

「えっとー、いえ……残念ながら」

「アビーは?」

「……ごめんなさい。わたしも、そういったのには疎くて」

「だそうだ。ごめんな、誰も知らねぇわお前のこと」

「~~~~、もういいわ! アイツを食い殺しなさい!」

 アヴェンジャー……ジャンヌ・ダルク・オルタと名乗ったサーヴァントが剣を抜いてワイバーンたちを一斉にエヌラスへ仕掛ける。

 その迎撃にアゴウの機人達が一斉に火砲を放つが、物量に押されて撃ち漏らしていた。だが、それでもユゥユゥとアビーが残っている相手をエヌラスに近づけまいとしている。

 

 火球を吐き出して、怯んだアビーの隙を突いてワイバーンの一匹がエヌラスに接近した。

 

「エヌラスさん!」

「ん?」

 大きく顎を開けて、凶悪な牙を剥く。ワイバーンの頭部目掛けて、ゆらりと手を動かした。

 ――真っ先に狙ったのは、眼球だった。貫手で眼孔から脳目掛けて突っ込む。片腕を頭に添えて頭をどかし、返り血で顔の半分を真っ赤にしながら、まるでゴミのように力なくもたれかかるワイバーンを捨てた。足元で黒い霧となって消えていく。

 

「――――――」

 躊躇のない、即殺だった。

 アヴェンジャーも開いた口が塞がらない様子で硬直している。

 大型肉食獣。捕食者に牙を向けられて、尻込みするどころか即座に殺しに来る胆力には流石のユゥユゥ達も度肝を抜かれていた。

 肩を回して、エヌラスは無造作にアヴェンジャーへと一歩近づく。

 

「で? お前はどう死にたいんだ? 言ってみろ、好きなように殺してやる」

《下がれ下がれ下がれ! アレの視界に入るな! 巻き込まれるぞ!》

「え、あの、ちょっと!?」

 機人達が一歩下がり、さりげなくユゥユゥとアビーの二人の肩を掴んで下がらせた。

 

 更にもう一匹、爪を立てて空中から襲いかかる。

 震脚――地面を打ち鳴らし、発勁から足首を掴んで地面に叩きつけた。更に持ち上げて頭部を強烈に打ち据えて撲殺する。

 魔術師。魔術師……魔術、師……? そのはずだ。確かに、そうだ。そのはずである。だが、今目の前で行われたものは、野蛮極まる原始的な殺害方法だった。

 殴って、殺す。辛うじて生きていたワイバーンの頭蓋目掛けて、再び足を振り下ろして殺した。

 

「……アンタ、魔術師じゃないの?」

「魔術師だが?」

「いやおかしいでしょうが! 魔術師の殺し方じゃないでしょソレ! そもそもワイバーン素手で殺すとか聞いたことないんですけど!」

「生きてるんだから素手で殺せるだろ。別に触っても死ぬわけじゃねぇんだし」

「頭おかしいわけ!?」

「お前に言われたくねぇわトカゲ女」

 とか言っている間に、懐から取り出した回転式拳銃(マグナムリボルバー)でワイバーンの頭部を吹き飛ばす。

 

「今日の式典はテメェのはらわたでバーベキューだ」

「アンタ魔術師じゃなくてバーサーカーの間違いなんじゃないの!? ええい、今回のところは引いてやるわよ! せいぜい首を洗って待ってなさい!」

 アヴェンジャーが捨て台詞と共にワイバーンの群れを引き連れて飛び去っていった。

 遠ざかる姿に、エヌラスが舌打ちをしている。追撃しようかとも思ったが、来賓の手前、此処で深追いすべきではないと判断した。

 

「チッ、命拾いしやがって……」

《お前殺したいだけじゃないのか……》

 一番機の言葉に、ローキックで答える。

 

「ユゥユゥ、アビー。大丈夫か?」

「……ひゃい」

「ごめんなさい、マスター。わたしのせいで危険な目に遭わせてしまって……」

「気にするな。怪我してねぇし、慣れてる。いつものことだ」

 今回は様子見も兼ねての遭遇戦だ。戦果は上々と言ってもいいだろう。二人がどういった戦い方をするのかも知りたかったエヌラスは今回の成果に満足していた。

 ただ、アヴェンジャー。聖杯の欠片を持ったまま姿を消したジャンヌ・ダルク・オルタのことだけは不満そうにしていた。

 上手くいけば聖杯の欠片を早速回収できただけに、惜しいものだと思いながらユノスダス教会へと引き返す。



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第九夜 アヴェンジャー追撃戦・準備

 

 

 

 ――ワイバーンの群れを率いたサーヴァント、アヴェンジャーを撃退してからエヌラスはアビー達を連れてユノスダス教会へと戻ってきた。

 返り血まみれのエヌラスを見て、通行人もドン引きしている。当然だが、見慣れた光景だ。だからこそ、触らぬ神に祟りなし。

 一通り必要な業務が片付いたからか、教会の直売店には人々が殺到していた。それを横目に、エヌラス達は役員専用の通路から教会の内部へ戻る。

 

 向かう先は、会議室。

 先程の襲撃もあってか、すぐに対策会議が開かれることとなった。

 そこには既に剣姫も着席している。驚いた事に、息一つ切らしていない。

 

「おう、遅かったなエヌラス!」

「うるせぇわ! っていうかサーヴァント連れてんなら倒せただろうが!」

「ふむ、そう言われては仕方ないが。今日はユノスダス式典ということもあって、国際行事を最優先としたのだ。まぁ許せ! うん、おれの愛嬌で!」

「言うだけ無駄だから何も聞かなかったことにする」

 エヌラスは呆れながらも、剣姫が連れているサーヴァントを見やる。

 白頭巾のサーヴァント。そして、笠をかぶった和風の出で立ち。

 

「御姫も喚んだのか。しかも二人も」

「ん? いや、喚んだのは一人だけだぞ。ランサーだ」

「……は? じゃあなんで二人もいるんだよ」

「ふむ。セイバーに関しては、空から降ってきた」

 

 ――剣姫の言葉に、一同が耳を疑った。

 セイバーは照れ隠しのように笑っている。

 

「いやー、そうなんですよ。恥ずかしながら」

「何やら剣の腕には覚えがあるようなので、放っておくわけにもいかず剣客として召し抱えた! というわけで、今はおれのサーヴァントとして同行してもらっている」

「おまえ……」

 そんな裏技みたいなことをして戦力を増強するな。というか空から降ってきたってどういうことなんだ。エヌラスが視線でセイバーに問い詰める。

 

「…………」

「…………てへっ☆」

 ちくしょうかわいいなこの剣豪。

 

「ひとまず自己紹介といきましょうか。私は八華のランサー、真名は……明かした方がいいですかね?」

「そうだな。少なくともこの場にいるのは味方だ」

「わかりました――では、真名を長尾景虎と言います。これでも策には自信があるので、ええ。存分に活かしてくださいね」

「なるほど。ランサーの景虎だな」

「うむ、おれはおトラと呼ぶことにしている」

「はい。おトラさんです、よろしくお願いしますね」

 八華のランサーはかぶっていた白頭巾を下ろし、素顔を露わにすると微笑んだ。

 そして問題のセイバー。一斉に視線が集中して緊張しているのか、はにかむと笠のあご紐を外して会釈する。

 

「そして私は宮本武蔵。気軽に武蔵ちゃんと呼んでください」

「木剣にて立ち会ったが、剣の腕はスゴイぞ。おれのお墨付きだ!」

 何故か剣姫が自慢げにしていた。

 宮本武蔵。セイバー、と名乗ったとおりに腰に刀を帯びている。左右に打刀と脇差の二本づつ、四刀流。とはいえ全てを一度に使うわけではないだろう。備えあれば憂いなし、ということか。

 驚くことに――此処まで召喚されたサーヴァントが全て女性であることにエヌラスが目頭を押さえる。どういうことだこれは? いやコレはコレで華があって嬉しいが。

 

「あー……まぁ、とりあえずこっちも自己紹介といくか」

「よろしく頼む!」

 全員分の紹介を終えてから、ソラが眼鏡を直しながら挙手。タイミング良く、ここらで切り出すべきだと判断したようだ。

 

「それじゃ、全員の自己紹介が終わった所で、まずは僕からいいかな? ワイバーンの群れを率いていたサーヴァントについては、後でもいいだろうし」

「ああ、頼んだ」

「早速だけど、まずは壊次元――まぁこの世界について。サーヴァントのみんなには馴染みがあまりない場所だろうから、軽く解説を。詳細は随時、追って話すよ」

 端的に言ってしまえば、異世界。人類史とは異なる歴史と生い立ちから成る次元。だがそんな世界になぜ人類史の英霊である自分たちが喚ばれたのか。

 これには、用いられた聖杯が起因している。どこから持ってきたのかも不明だが、とにかく地球の聖杯が使われた事により人類史の英霊達が呼び寄せられている――。

 

「簡単に言うと?」

「英霊の異世界転生聖杯戦争、以上」

「一行で説明終わったんだが?」

「うるせぇよ! こっから本題にすら入ってないんだよ!」

「はよ本題」

「チキショーーー!!」

 後で覚えてろよお前! ソラは固く誓った、絶対に後で仕返ししてやると。

 

 ――イレギュラーにイレギュラーが重なった聖杯戦争。というのも、聖杯の欠片を探し求めてこの異世界を探索するという形になる。歴史に名を残す英霊達にしてみれば、ちょっとした宝探しのようなものだ。

 しかしながら、当然、さも当たり前のようにすんなりと事が運ぶはずがない。当然、同じように聖杯の欠片を求めて喚び出されたサーヴァント達も求めて行動するだろう。今の聖杯は、暴走状態で野放しにされている。

 

「早期解決が望ましい、というわけで僕の国の方で情報収集に当たっている」

「そのー、ソラくんの国はどういった国なんですか?」

「ああ、その辺りも話してませんでしたね。じゃあそこも軽く」

 

 大きく分けて、五つの大国によってこの異世界は形成されていた。

 商業国家、ユノスダス。

 電脳国家、インタースカイ。

 軍事国家、アゴウ。

 そして――犯罪国家、地下帝国の二層からなる九龍アマルガム。

 

「で、御姫を除いて僕らはその王様、ということになりますね。おトラさん」

「ほほう、なるほど。丁寧にありがとうございます」

「いえいえ、こちらとしてはバカ騒ぎに協力して事態に当たってもらっている手前、丁重におもてなしさせてもらいますよ」

「まー、そうだな。さっきのアヴェンジャーとか名乗ってたバカ女も犯罪国家流のおもてなしで迎えてやらねぇとな。こっちから」

「ちょっと君は黙っててくれないか、エヌラス。現在、電脳国家で観測できたデータがこれだ」

 ソラがタブレット端末を取り出して、画面を操作する。

 携行型電脳端末。機能を一部制限されてはいるが、普段から運用する分にはこの端末一つで十分過ぎるほどの性能を保有している。

 テーブルに投影されるのは、壊次元の地図。そして、チェックポイントが指される。その点からは波紋が広がっていた。

 

「このデータは?」

「現在確認できているサーヴァント反応、ならびに魔力反応。聖杯の欠片から出ている波長はこちらでは中々見慣れないものだからね。特定するのは簡単だった」

 ただし、ソラが確認できたのはそこまで。居場所の特定はできるが、そこで何が起きているのかは全く不明。解像度を上げても映像にノイズが走り、観測できない。そして、暴走している聖杯から漏れ出した魔力によって周辺の生態系が変化しつつあることもインタースカイは観測済みだ。

 

「共通して見られるのは凶暴化かな。あとは、聖杯の魔力に引き寄せられるということ」

「さっきのワイバーンの群れは?」

「恐らくその影響。そのアヴェンジャーとやらが聖杯の欠片を所有しているから、彼女の指揮下にあると見て間違いないね」

「あのワイバーンは元々こちらの生態系にある存在ですか?」

「そうですね。とはいえ、あの数は異常なので……もしかするとアヴェンジャーが呼び寄せているかも」

「本人、竜の魔女って名乗ってたしな。だがそれなら聖杯使って縁のある他のサーヴァント喚び出して戦力増強した方がマシだろ」

「君、それで竜に縁のあるサーヴァント来たらどうすんだよ。責任もって相手しろよ。僕は絶対に嫌だからな」

 心底嫌そうな顔でソラが肩をすくめる。

 

「大丈夫です。マスターはあたし達がちゃんと守りますから」

「それは心強い。このバカ、前線に放り出すととんでもないことになるからね。できれば戦わせないでくれると助かるよ」

 色々な意味で。

 

「今のところはこれくらいかな。ひとまず、現在の目標としては」

「アヴェンジャーぶっ飛ばして聖杯の欠片を入手、ということでいいか?」

「ま、それが妥当かな。ワイバーンの群れを率いて移動しているから移動先の特定は楽だよ」

「戦術面で言ったら素人もいいところだな。で、アイツどこに向かってるんだ?」

「北に向かっている」

 ソラの一言に、エヌラス達が一斉に渋い顔をした。

 

「北になにかあるのですか?」

「……いや、なにも。強いて挙げれば、村だな」

「村?」

「ああ。ただー、その……まぁ、なんというか……」

「そこにいるやつがな……」

「気難しい奴で、くっそ手強くて、面倒臭い」

「アイツはねー……」

「何やらとても厄介そうな方ですね。お名前は?」

「ドラグレイス。今回の聖杯戦争参加者だ」

 サーヴァントを召喚していると見て間違いないだろう。アヴェンジャーと敵対する可能性が高いが、それでも聖杯の欠片を手にされて悪用されればますます困難になる。

 

「となると、後を追うしかないか。アイツの手に渡る前に」

「そうだな」

「放置されている聖杯の欠片はひとまず機人の皆さんに監視してもらうとして」

「おいクソメガネ、勝手に人の部下を使うな。おれの許可もなく」

「あーはいすいませんねー御姫……」

「それに聖杯の欠片はサーヴァントを召喚する可能性もあるのだろう? そうなった場合の損失はどうするつもりだ」

「……誰か監視役で残れって言うなら僕が残りますけど?」

 それが最適解だ。刑部姫も戦闘を得手としていない。

 

「となるとー……向かうのは」

「俺は勿論行くぞ」

「余も行きたい!」

「ネロちゃんは私とお留守番!」

「なぜだユウコ! 戦とあれば余の出番だろう!」

「私の戦場はいつだって商売の最前線! よって秘書官であるネロちゃんもここで私と待機!」

「一理ある!」

「スピード論破してんなや。ビビるわ」

「おれも同行するぞ! 構わんな、セイバー、ランサー」

 剣姫が二人に確認を取ると、即座に頷いた。

 

 エヌラスと剣姫、そしてそのサーヴァントがアヴェンジャー追撃戦のメンバーだ。

 ソラはそのバックアップに回る。刑部姫が安心し切った顔で胸を撫で下ろしていた。

 

「たすかったぁ……姫、そういうの向いてないから」

「僕もだよ。でも仕事がないわけじゃないからね?」

「ひぃん……また喫茶店のお仕事かぁ……」

「僕が店を空けていても問題ないけど、後ろ盾があるのは助かるだろう?」

「そうだな!」

「そんじゃ、話はまとまったな。アヴェンジャー追撃戦に出向くとするか」

 エヌラスが席を立ち、早速ユノスダス教会を後にしようとして――ユウコに引き止められる。

 

「ちょい待ち、エヌラス! まさかとは思うけど、もう行くつもり!?」

「相手に体制を整える暇もなく潰しに行くのは基本だろ」

「あー……なんかこの人アレですね……」

「景虎さんもそう思いました?」

「なんか馴染みあるっていうか。日本の武将みたいな人ですね、特に戦国」

「わかります。とても。鬼武蔵とか鬼島津とか、そういうタイプの人」

 相手を根絶やしにするまで止まらない。病的なまでに戦闘を求める戦闘狂。

 その手に付け狙われると、とにかく死ぬまで止まらない。だからこそ厄介極まりないのだが、かといって止める手段といえば命を奪うくらいだ。

 そしてエヌラスは、とにかくしぶとい。冗談のように。なので、これに命を狙われたら諦める他にないくらいには戦闘能力と生存能力に特化している。

 

 会議室の扉がノックされ、入室してきたのはクラシックスタイルのメイド服を着こなした銀髪のツインテールのメイド。

 

「失礼いたします。ユウコ様、本日の教会直営店の途中清算が終わりました。釣り銭の準備金等に関しても補充を終えています」

「お、ありがとー。助かるよ」

「うむ、良い仕事だ! 余も鼻が高い!」

「うちのメイドだけどな……」

「とにかく、今日は待機! 返事!」

「へいへい……」

 エヌラスが座り直し、テーブルに頬杖をついて不機嫌そうに顔を逸らした。

 その視線の先、ユゥユゥとアビーが申し訳無さそうにしているが、別に二人に非はない。

 

「あ、はは……ユウコさんすごい」

「エヌラスのこと制御できるのユウコくらいだよ……僕は無理、絶対無理。そんでもってヤダ」

「そーだ、ユゥユゥちゃんとアビーちゃんにお仕事持ってきたんだった。はいこれ!」

 ユウコがバインダーをめくり、それに綴じていた書類を見せる。

 

「わー……たくさんある」

「そっちは任す。俺は街の方でもぶらついてくる」

「ではエヌラス様。まずはお召し物をお着替えください。あと返り血まみれなので、いい加減着替えた方が良いかと」

「それもそうだな。そんでもってカルネはどうした」

「今はご自宅の清掃をされております。着替えはこちらに。ユウコ様、お風呂場をお借りしてもよろしいでしょうか?」

「うん、いいよー。っていうかエヌラス、返り血まみれで歩き回るなって言ってんでしょうが」

 ユウコの小言を聞き流しながら、エヌラスが会議室を後にした。その横顔を盗み見たソラが眼鏡を直す。

 

「……ありゃもう、完全に戦闘する気満々だ」



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第十夜 ファースト・オーダー:アヴェンジャー

 

 

 

 ――ワイバーンを率いて去ったアヴェンジャーが向かった先は北方の山間部。なぜ北を目指したのか。

 それは、空から見た地理であれば一目瞭然だった。

 この異世界に自分を召喚した魔術師は存在しなかった。眼を開いた瞬間に、聖杯の欠片が其処にあったから手にしたまでのこと。

 これは天の恵み。無慈悲な神の行い。

 本来であれば存在しない英霊である自分がこの場にいるということ。それが他ならない奇跡。しかし、それだけでなく万物の願望機である聖杯の破片を手にしている。ならばこれ以上のことは望まない。

 ここが何処だかわからないが、人類の歴史からかけ離れた世界であることは承知している。

 異世界。異世界――ああ、悪くない。

 

「ふふ……まぁ、アヴェンジャーらしく振る舞うとしますか」

 この異世界には何の恨みもないけれど。

 この異世界には何の怒りもないけれど。

 私は復讐者。ならば、この異世界に理由もなく復讐しなければならない。

 掌に乗せた聖杯の欠片に願うのは――復讐を。この異世界に復讐を。

 

「さぁ、聖杯よ――我が望みを叶え給え」

 まずは領地の確保。そして手駒の召喚。

 奇跡の欠片と言えど、その程度は許容してくれるだろう。

 魔力の増大を確認。これならばサーヴァント一騎くらいは召喚できるはずだ。

 

 率いているワイバーンがにわかに騒がしくなる。無数に召喚できる手駒と言えど、その優位性は空中を自在に移動できる点にあった。

 足として使う分には申し分ない。この異世界で戦力面としてはあまり期待できないようだが、それでも活用できる。

 

「……ええい、うるさいわね。どうしたっていうのよ」

 自分を運んでいる黒い鱗のワイバーンを、旗の石突で軽く小突いた。ギャアギャアと泣き喚く翼竜達の視線の先。

 

「……?」

 目を凝らす。

 

 見渡す限りの大自然。

 その山中に――二人組が立っている。

 

 白いスーツを着こなした赤い髪の男性。

 そして、隣に立つのは長槍を手にした老齢の男性。

 両者の目は鋭く、穂先のようにアヴェンジャーを捉えている。驚くべきことに、翼竜達の眼よりも鮮明に相手の姿を見つけていた。

 

「さて、サーヴァント。あれを撃ち落とせるか?」

「無茶を言う。儂が手にしているのは見ての通り、槍だ。一頭くらいが精々よ」

「あの数全部は無理か」

「無理も無茶もなにも、道理というものよ。違うか?」

「それもそうだな」

「してどうする、我がマスター。竜狩りでも始めるか?」

「数の不利は覆せん。それに……流石に面倒だ」

「奇遇だな。儂もそう思っておるよ」

 槍の柄で肩を叩きながら、傍らのサーヴァントが無数のワイバーンを数えることも億劫そうにしている。戦力差を推し量れぬほど愚かな男でもない。

 

「……ワイバーンを率いているサーヴァントは、あれか?」

「そのようだ。血色の悪そうな女だな。顔に覚えは?」

「いいや、無いな。武に通じているならば或いはと思うが……あれは旗だな」

「大仰なことだ。まずは話し合いから始める、殺し合いはその後でもよいか」

「采配は任せる。ワシの槍が必要とあれば、声をかけよ」

「ああ」

「任せるぞ、マスター……いやそれとも名前で呼ぶべきかな?」

「好きに呼べ。俺もお前をサーヴァントではなく、李書文と呼ぼう」

「敵地ではそう呼んでくれるなよ、ドラグレイス殿」

 ワイバーンを降下させていき、アヴェンジャーが二人に接近してきた。

 

「さて、もう一つ悲報だ。李書文」

「なにか?」

「あのサーヴァント、聖杯の欠片を手にしている」

「なるほど厄介だ」

 

「――夜分遅くに、失礼? マスターと、そのサーヴァントとお見受けしますが、いかがか?」

「その通りだ。ワイバーンの族長」

「誰が族長ですか。確かに、ワイバーンを連れていますけれど」

「北上してきた目的は?」

「この世界では、ここが一番安全そうでしたので」

「……なるほど確かにな。他に比べれば、ここらは静かだ」

 俗っぽく言えば、田舎だ。

 そしてそれは、アヴェンジャーにとっても不思議と居心地が良い。それはこの霊基の元になった忌々しい聖女の記憶だ。あのルーラーはまだ現界していないようだ。ざまぁみろ、ほくそ笑むアヴェンジャーは内心であざ笑う。

 目の前にいる二人も、今はこちらと争うつもりはないように見える。

 

「さて、一応聞いておきますが――こちらと争うつもりはありますか?」

「今のところはないな。この数の翼竜は、相手が面倒だ。それはサーヴァントも、マスターである俺も意見が一致している」

「面倒って……どいつもこいつも、竜種をなんだと思ってるのよ」

「割とそこらにいるぞ?」

「うむ、儂も驚かん。人類史の埒外にあっての召喚だ。ま、此度の聖杯戦争。よほど異質と見た」

 このランサー、順応力高過ぎない?

 それとも、マスターの性格と相性のおかげだろうか。

 

「あー、もう。いいわ。まともに聖杯戦争っぽいことしようとしていた私がバカみたいじゃない」

「…………」

「…………」

「……何よその眼は」

 バカなのか女は。変に律儀というかなんというか。

 

「それで? 接触を図ってきた理由はなんだ?」

「コホン。異界の現地人である貴方に、情報交換を求めます。もちろんタダとは言いません。私の手には聖杯の欠片があります。ある程度の要求であれば、情報と引き換えにこの魔力を分けて差し上げます」

「ほう」

「今は私が、この欠片へのアクセス権を有していますので……このように」

 聖杯が起動する。その魔力によって、ワイバーン達が増殖していく。そうすることで、更に二人が包囲されていく。

 どうやらただのサーヴァントではないらしい。

 

「どう見る、マスター?」

「敵対ならまだしも。交渉を持ちかけてくるというなら、こちらも助かる。見ての通り、一人と一騎だ」

「そちらのクラスは? 私はアヴェンジャー、エクストラクラスです」

「……、こちらはランサーだ。見ての通りな」

「見れば分かります、その程度」

「アヴェンジャーはみな大層な旗を掲げるのか?」

「っ……いけ好かない奴ですが、まぁいいでしょう。ではまず、こちらの陣地を決めたいと思います。どこか良い場所を知りませんか?」

「なにか条件はあるか? こちらで見繕う。この辺り一帯は土地勘もある」

「この辺り一帯って……どこまで?」

「全部だ。ついてこい」

「――――」

「行くぞ、()()()()

 その言葉には、ランサーも流石に驚いていた。

 

「マスター。確かに儂はアサシンとしてのクラス適性もあるが……()()、ランサーだ。見ての通り、な?」

「ああ、そうだった。ややこしくてな」

「それより儂は先程の言葉の方が驚きだ。度肝を抜かれたぞ」

「田舎者でな。山を歩くぐらいしか楽しみがない」

 

 

 

 アヴェンジャーの襲撃から、一夜明けた朝。

 ユノスダス教会で一泊した剣姫は起きるなり、教会職員達が引き止めるのも聞かずに厨房へ突撃していた。

 その騒ぎがネロの耳に届くなり、秘書官は慌てて着替える。そして同様に厨房へ急いだ。

 だが誰よりも先に朝食の用意を始めていたユウコが突入してきた全員を叩き出す。

 

「オメーら朝から私の聖域を踏み荒らすんじゃねぇえええっ!!!」

「余は悪くないはずだがぁぁぁあああっ!?」

「許可なく! 厨房に入んなぁあっ!!」

 誰よりも先に起きて、誰よりも早く朝食の支度を始めて、誰よりもその時間を楽しみにしているからこそ、ユウコは食堂ではなく会議室に朝食を運んでいた。

 ユノスダス教会に泊まっていたソラと刑部姫が起こされ、眠たげにしながら入室する。

 剣姫もサーヴァントを引き連れて既に待機していた。だが朝食に手を付けた様子はない。それでも武蔵は生唾を飲み込んでいた。まるで待ての命令を受けている飼い犬状態だ。

 

「……えっとー、マスター。味見だけでも」

「待て」

「はい、待ちます……」

「……お酒とかだめですかね?」

「欠片を手に入れた後でならいくらでも祝宴を開いてやるぞ」

「お、いいですねぇ。是非、肴は塩でお願いしますね」

 刑部姫が会議室を見渡して目立つ空席を気にかけている。

 

「はーい、あのー。そこの席……座る人来てないんですけど……」

 扉がノックされ、入ってきたのはユゥユゥとメイド服姿のアビー。それにスピカとカルネがついてくる。室内を見渡して、不思議そうな顔を見せていた。

 

「失礼いたします。おや、皆様お揃いでしたか」

「良い朝だな。それで、そちらの可愛らしい給仕はどうした?」

「アビー様のメイド服ですか? とてもお似合いでしょう?」

 ロングスカートの裾を持ち上げて、アビゲイルがその場で一回転する。

 

「私が仕立てました」

「私が見繕ってきました、どうよどやぁよ!」

「あたしは見てました!」

「私、着こなせてるかしら……マスター、喜んでくれるといいのだけれど」

 女三人寄れば姦しいとは言うが。四人も集まると流石にやかましい。

 肝心のエヌラスだけが起きてこないことに居心地の悪さを覚えてソラが口を開いた。

 

「で? エヌラスはまだ起きてこないの?」

「はい。起こしに行ったところ、気持ちよさそうに爆睡こいてましたので。ええ、寝顔がかわいらしかったのでそのままに」

「起こせよ。君のご主人様だろうが」

「昨夜の睡眠からまだ四時間程度でしたので、もうしばし寝かせておこうかと。本日は出陣のご予定でしたし、万全のコンディションで送り出そうと思いまして」

 ……四時間?

 

「いっそカルネちゃんが朝から寝込み襲って起こそうかなと思いまして! ところがスピカ姉に止められてユゥユゥさんに焼かれそうになってアビーちゃんのなんかわかんないものでボコボコに叩かれたので断念しました! 残念!」

「それでピンピンしてる君の耐久性、絶対にサーヴァントとか目じゃないと思うんだけど……」

「ご安心ください、物理強度と魔術強度の双方ともにご主人様の最高傑作ですとも! なんならご所望とあれば三日三晩耐久レースでもお付き合いいたしまぁんっ!!」

 会議室の扉が蹴破られ、カルネを直撃して壁とサンドイッチにした。

 欠伸しながら入ってきたエヌラスが、ぐらついた分厚い扉を更に蹴ってカルネを押し潰す。

 

「朝からうっせぇぞ、クソメイド。寝起きくらい静かにしろ」

「おはようございます、マスター。あの、どうかしら……?」

「んー? ……これはまたかわいらしい新人のメイドさんだ。似合う、似合う」

 お団子ヘアアレンジのされたアビーの頭を撫でると、頬を赤らめながら笑顔を見せた。

 

「ごすずんさま! なんならカルネちゃんもかわいい熟練のメイドなんでっぷぅ!!」

 顔を見せた瞬間、再三、扉でカルネが潰される。しかもノールックによる後ろ蹴りで。

 

「扉直しとけ、カルネ。朝飯食ったらすぐに出る」

「ふぁいっ!! 任しといてくださいご主人様!」

「君等の信頼関係ついてけねぇよ……」

 どうなってんだよそのコミュニケーション。



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第十一夜 北へ

 

 

 

 エヌラスと剣姫がサーヴァントを引き連れてユノスダスより北上する。目指す先は、北方へ逃亡したサーヴァント、アヴェンジャーのジャンヌ・ダルク・オルタの足取り。

 ソラも喫茶店経営の傍らでサポートしてくれるようだ。

 その出発を見送るために、スピカとカルネがわざわざ国境まで付き添ってくれた。心配なのは主人のことだけでなく、新米メイドのアビーも案じてのことだろう。何かと面倒見が良いスピカは教育係にうってつけだ。妹に比べればどんな新米でもかわいいもの。

 

「それでは皆様、道中お気をつけくださいませ。アビー様も、お戻りになりましたらメイドの稽古をつけてさしあげますので。ふわふわのパンケーキと一緒にお待ちしておりますね」

「良い知らせを待っていてくださいな、スピカさん」

「エヌラス様も。くれぐれもご無理はなさらないように」

「右から左に聞き流しておく」

 せっかくの忠言も、この通り。想定の範囲内であることに、スピカが少し呆れていた。

 

「まかり間違っても。英霊の方とステゴロで殴り合いとかおっ始めないようにしてください」

「それは、やれって振りでいいのか?」

「武蔵様、景虎様。万が一って時は後ろからバッサリやっちゃっていいので止めてくれると有り難いのですが……」

「何ならアビーちゃんやユゥユゥさんも後ろからどびゃーってやって止めてくださいね!」

 スピカとカルネに言われて、二人が顔を見合わせる。そんなにヤバイ人なの?

 武蔵と景虎は少し難しい顔をしていた。

 

「うーん、止めてあげたいのは山々なんだけど……」

「ええ。残念な事に私達も少々この方とは斬り合ってみたいというか」

「一回くらいなら組手とか打ち合いとかご所望願いたいところなのよね、困ったことに」

「その時はおれを呼べよ。御前試合という形で場を用意しよう」

「理解あるマスターで本当によかったー、此度の武蔵ちゃんは環境に恵まれてます!」

 普段どんな生活してんだこの剣豪。エヌラスはそれとなく興味を惹かれつつも、できるだけサーヴァントに喧嘩を売られないように留意してユノスダスを後にした。

 

 ――エヌラス一行の後姿が見えなくなってから、スピカとカルネが顔を上げる。

 

「……どう思います、カルネ」

「ご主人様のことだから絶対に殴り合うと思う」

「でしょうね」

「いやむしろ私が殴られたいくらい! 愛の拳で!」

 ロングスカートを翻しながら、スピカの脳天踵落としを食らってカルネが地面に陥没させて埋まった。優雅に着地しながら裾を払い、何事もなかったかのように商業国家へと戻る。

 同じように、地面から頭を引き抜いてカルネがスピカの後を追いかけた。

 

 

 

 この異世界における北方の気候は安定しており、四季折々。色鮮やかな山の彩りを見せる。それを節目にして季節ごとに商品を入れ替える、というのがユノスダスでの取り決めだった。ただし、その交通の便はお世辞にも良いとは言えない。貨物輸送用のフォートクラブ――普及している蟹を模した大型多脚戦車、を用いた商品の輸出入も周囲の自然を害すとしてあまり喜ばれていない。

 

「うーん、閉鎖的な片田舎って感じ」

「それで合ってる」

 武蔵の雑感としての言葉は的を得ている。しかし、ヒナグラシの農作物は天然色の強い高品質な食材であり、重宝されていた。

 そういった地域ごとの特徴や環境を説明しながら街道を歩き続ける。

 その途中休憩として、小川の辺で腰をおろした。

 

「いやー、なんと言いますか。行脚僧のような心地ですね。こうして歩いて見知らぬ土地を旅するというのも中々新鮮な心地です」

「ま、そちらさんからしたら異世界旅行の片手間、戦争する形だしな」

「私の居た頃の日本に、この辺りはよく似ているので馴染みますね」

「景虎は何処の生まれなんだ?」

「越後です。といってもわかりませんか……」

「すまん、わからんわ。関ヶ原とか大和国はわかるんだが」

 

 エヌラスの一言に、景虎が目を丸くする。そして武蔵も川魚に向けていた視線を向けてきた。

 

「ちょっと待ってください? 今、なんて言いました?」

「え、いやだから。関ヶ原と大和国。あと知ってる地名だと、そうだな……地名じゃねぇけど法隆寺とか」

「あなた日本知ってるじゃないですか。どういうことなんです」

「そんなこと言われてもな。だいぶ前の話だぞ?」

「失礼ながら、お幾つですか」

「知らん」

 知らんってどういうことだ。剣姫に武蔵が目で尋ねる。

 

「おう、おれも知らん! そんなこと気にしたことなどないしな! はっはっは」

「うーん、このマスターどことなくノッブ味を感じちゃう」

「信長ですか。生前、遂には刃を交えることは叶いませんでしたが……まぁ、此度の聖杯戦争で縁があれば切り結ぶこともあるでしょう。その時は武蔵さんの力を存分に振るわせていただきます」

「応とも! じゃんじゃん頼ってください、なにせ私は大剣豪! はびこる怪異も何のその!」

 まったくもって心強いことで。

 エヌラスは川の流れを見つめているアビーとユゥユゥを見つめる。さながらこちらはピクニックのような気分だ。実力を疑うわけではないが、戦闘経験の乏しさを感じてしまう。

 相手が相手、英霊である以上はそういった経験値が蓄積されているはずだが――どうも、あの二人は少々他と事情が異なるようだ。

 

「エヌラス。クソメガネからなにか連絡はあったか?」

「いんや。どうせ今頃は開店準備とかで忙しいだろうし、連絡があるとしたら昼を回った頃だろうな」

「全く、こちらのサポートをするのか店を経営するのか。どちらかにすればいいものを」

「仕方ねぇよ、クソメガネだし」

「お人好しが過ぎるのも考えものだな」

「しっかしまぁ、なんというか変に日本的というか。アゴウとか最初来た時は驚いたものですけれども、場に馴染めるっていうのはとても重要なこと。ええ、街を行き交う機械人形とか見慣れてさえしまえば」

「あいつら元人間だぞ」

「――――――」

「なんだ、どうした。凍りついて」

 笑顔のままに硬直した武蔵が、エヌラスの両肩を掴んで揺らす。

 

「どういうことですか、どういうことなんですか!? アレが!? 元人間!? 何をどうしたら人間が機械の身体を手に入れて、それが当然のように受け入れられているっていうの!? 古今東西、あらゆる世界を冒険してきた私ですけれども、そんなの聞いたことないんですけど!?」

「倫理的な問題さえ目を瞑れば大して驚くようなことでもないと思うんだが」

「人道的な問題とか気にしたこと無いの!?」

「…………あんま無いなぁ」

「うん、今わかりました。この人、滅茶苦茶ヤバい人ですね☆」

 満面の笑顔で武蔵は断言した。とはいえ、コレの師匠は桁外れなのだが。エヌラスなど可愛いものだ。

 

「その技術も俺の国発祥なんだが――その話はまた後だ」

 エヌラスが腰を上げて肩を回して慣らす。

 空を飛ぶ影に目を凝らしていた。それは、鳥にしてはやけに大きい。言うまでもなく、アヴェンジャーの引き連れていたであろうワイバーンの一団だ。

 どうやらあちらも周囲を警戒しているらしい。

 

「方角はこっちで合っているみたいだな」

「そのようだ。それで、どうする? 一度ヒナグラシに立ち寄ってみるか?」

「ドラグレイスの野郎がどうしてるかでこっちも考えないとな。おーい、アビー、ユゥユゥ。そろそろ行くぞー」

 エヌラスが呼びかけると、程なくして二人が笑顔で駆け寄ってきた。

 

「では、そのヒナグラシとやらに向かうとしましょうか」

「ところでつるちゃんは丸腰だけど大丈夫? 私達が守るからドーンと構えていても全然問題はありませんけれど」

「ん? おれが刀振ってもいいのか?」

「やめろ武蔵、御姫に武器もたせるんじゃねぇ。少なくともこいつの力に耐えられる武器なんてこの世界に早々ないんだから」

 公務からそのまま追撃戦に参加した剣姫は軍服に袖を通したままだ。だが、腰に剣を帯びるでもなく銃を持っているでもなく、完全に丸腰である。

 剣姫とは、守護女神。言うなれば存在そのものが奇跡に近い。そんなのが人間の手掛けた武器を振るえばどうなるか――人類を基準に鍛え上げられた武器など、瞬く間に崩壊してしまう。

 それこそ、人外の摂理によって構成された物でもなければ到底耐えられない。そのため、基本的に剣姫は無手の格闘を得意としている。

 その格闘でさえ女神の力を存分に振るうので脅威の一言に尽きるのだが。

 

 

 

 エヌラス達がヒナグラシに着くと、顔を見知っている人々が声を掛けてきた。とはいえ挨拶程度のものだが。長居するつもりもなかったのだが、どうも面倒な方向に話が転がっているようだ。

 

「ドラグレイスはいるか?」

「いやぁ、それが……つい昨日の出来事なんですけど」

 農家の老人が言うには、サーヴァントなる者を引き連れて山を歩いてから戻ってきていないという話だ。その前に大量の翼竜を見かけた、という目撃情報からアヴェンジャーとドラグレイスが接触したと見て間違いないだろう。

 

「何処に向かったかはわかるか?」

「何しろ山菜採りに向かったからねぇ……」

「あの野郎……」

 食材探しに行って、なんでそうなるんだ。

 

「私等も心配でねぇ。あれに限って言えば、大丈夫だろうとは思うけど……ほらアンタ、ドラグレイスの友達だろう? なんとか、見つけ出して連れ戻してきてはくれないか?」

「アレを友達って呼ぶのは気が引けるが、元からそのつもりだったしな。他になにか変わりはないか、爺さん」

「そうだねぇ……あ。さっきからあそこの山、どうも騒がしいみたいだ。もしかするとそっちに居るかもしれないよ」

 指し示された方角を見やれば、山を一つ越えて、二つ越えた中腹。だいぶ人里から離れている。

 確かにあの周囲であればサーヴァントの戦闘が起きても村に被害は出ないだろう。それに人の手が入った痕跡もない。霊脈としても地の利を得ている。攻めにくく守りやすい地形だ。

 それには景虎も着目したのか、唸っている。

 

「確かに、土地勘のある者であれば迷うことはないでしょう。それに比べて我々は長旅の疲れもありますし、足もない。徒歩で攻め入るとなればこのままでは厳しいですね。兵法の基本、自分に有利な状況で敵を迎え撃つ、というのを踏まえている」

「あの野郎は魔術も噛んでるし、そういう戦法も嗜んでるからな。敵に回すとクソ厄介なんだ」

「では、平和的に交渉するというのは?」

「そう思うだろ? 滅茶苦茶気難しいやつなんだよ」

「おれはこのまま向かっても構わんが。お前はどうする、エヌラス?」

 剣姫の言う通り、こちらはこのまま攻めてもいいだろう。だが、無策にもほどがある。

 相手は周囲をワイバーンで警戒している。空から監視の目を光らせているともなれば、なにか手を打たなければならない。幸い、ヒナグラシはドラグレイスの故郷だ。ここで攻めてくるとは考えがたい。

 

「一旦ここらで作戦会議だ。昨日の今日で攻め入ろうとは俺も考えてなかったしな」

「追撃する気、満々じゃありませんでした? エヌラスさん」

「ユゥユゥ、それは言わない約束だ。俺一人だったら山ごと潰してるが、そうもいかんし」

「やっぱこの人滅茶苦茶ヤバイ人なのでは? もしや戦国生まれだったりしません? 島津の親戚とか鬼武蔵とかいませんか?」

「いねーよ誰だよ何処のどいつだよそいつ等」

「うーん、聞けば聞くほどにちぐはぐな日本の知識。これは詳しく聞きたいところ」

「俺は眠い」

 だめだこりゃ。景虎が呆れていた。

 

「エヌラスさん。それならあたしが膝枕してあげよっか?」

「いいのか? そりゃ助かる。夢見が良さそうだ」

 ユゥユゥの提案に、エヌラスが微笑む。

 ひとまず、ヒナグラシで一度作戦を立てることにした。



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第十二夜 作戦内容:夜襲

 

 

 

 ――ヒナグラシの住人に案内された空き家で休憩を挟み、ユゥユゥがスピカ達から渡されていた食事を広げる。軽食ではあるが、三段バスケット一杯に詰め込まれたサンドイッチに、武蔵が食べ慣れた握り飯は無いかと少し残念そうな顔を見せた。

 顔を知られているエヌラスと剣姫のもとに、村人達が飲み物や食料を運んでくる。天然の農作物や山菜を見て景虎が感心していた。

 

「ほほぉ。これはまた見事なものですね。これなら今日の食事は問題なさそうですね」

「とは言っても、あんまり長居する気はねぇしな。飯食ってる間にクソメガネから連絡のひとつでも来ればこっちも動けるんだが」

 噂をすればなんとやら。早速ソラからの着信がきた。

 外部マイクに切り替えてエヌラスが携帯で通話を始める。

 

「おー、待ってたぞクソメガネ」

《はいはいゴメンね待たせたみたいで》

「どうせ喫茶店の開店準備に追われてたんだろ?」

《それもあるけど、姫が早速お皿を割ったせいでね……》

「サーヴァントってクーリングオフ効くのか?」

 残念ながら対象外。

 

「今こっちはヒナグラシに滞在中だ。ついでにドラグレイスの足取りを追いかけるつもりだったんだが、どうもアヴェンジャーと接触したらしい。そっちで観測できてるか?」

《無理言うなよ。話した通り、聖杯周辺は衛星による観測不可。肉眼で確認してもらわないと》

「だよなぁ」

《ただ、山を越えた先で起きている異変はこちらでも確認できているよ》

「…………異変?」

 ワイバーンが飛び交っているだけでなく?

 

「トカゲパーティーだけじゃなくて?」

《君はワイバーンを何だと思ってるんだ……》

「空を飛ぶ食料」

《さては君、腹減ってるな? こちらで辛うじて確認できているのは、山に囲まれた城塞が出現していることくらいだよ。詳細は不明。ま、そのアヴェンジャーとやらが聖杯使って作ったんだろうけどさ》

「環境破壊甚だしいな」

《君には負けると思うよ? 仮説としては、生前の記憶を頼りに聖杯を通して陣地作成ってところかな。こちらでも色々と聖杯について調べてるから、情報は随時更新中だ》

「なるほど、了解。サーヴァントの反応はあるか?」

《ひとつ、ふたつ……アヴェンジャーと、ドラグレイスのサーヴァントかな? ただ、聖杯が近いせいかこちらでも捕捉が難しい。全部で三体、かな》

「わかった、留意しておく」

 こちらはサーヴァントが四人。相手が三人、とはいえ油断はできない。なにせ敵にドラグレイスが回っているのだから。決して一筋縄ではいかないだろう。

 

《それじゃ頑張ってね。朗報を期待しているよ。できればこっちに面倒事持ってこない方向で》

 エヌラスが通話を切って、ソラからの情報を伝達する。

 ワイバーンはともかく、サーヴァントの数でこちらは有利だ。加えて、マスター当人達も戦闘能力が無いわけではない。

 

「これはもう、こちらの勝利は揺るぎないですね」

「いえ、武蔵さん。それは早計に過ぎます。先程の話を聞くと、どうやら相手はサーヴァントを召喚して陣営を強化している模様。となれば、これ以上相手に猶予を与えると戦力が増える物と見て間違いないでしょう」

「ただ、その頻度は決して多くないな」

「その確証は?」

「いくら聖杯の欠片って言っても、それを扱うのはアヴェンジャーだ。サーヴァントが使う以上、どうしても自分を現界させ続けるのには限度がある」

 自分を維持しつつ、聖杯を用いて戦力を強化するにしても、召喚する相手との相性もある。喚び出したその場でサーヴァント同士が戦闘してもおかしくない。生前、自分に縁のある相手を自在に召喚できるならまだしも、今回の聖杯は不完全な代物だ。どのような欠陥を抱えているか解ったものではない。

 

「サーヴァント同士の契約なんて考えたくねぇしな」

「おれはそういう、魔術だなんだはまったくわからん! だが問題は、ドラグレイスがあちらの陣営に居座っているということだ」

「そう。それが俺たちにとって一番の難題だ。アヴェンジャーにどんな入れ知恵するかもわからないしな」

「ねぇマスター。もし、そのドラグレイスさんがアヴェンジャーさんと契約したら……」

「「それはないな」」

 エヌラスと剣姫が断言する。まず間違いなくそれは有り得ない。

 相手が信用に足るかどうか判断し、それで不合格ならば手を切る。しかし――ドラグレイスが聖杯の欠片を手に入れてどうする気なのか。そこもまだ判断しかねるところだ。

 いずれにせよ、エヌラス達としては一刻も早く聖杯の欠片を回収したい。

 

 サンドイッチに手を伸ばして小腹を満たしていると、眠気に襲われてエヌラスが欠伸をこぼしていた。それを見ていたユゥユゥが自分の膝を叩く。

 

「エヌラスさん、どーぞっ」

「ん? いいのか。んじゃ、お言葉に甘えて……よいせっ」

 早速横になって膝に頭を預ける。すると、頭を撫でられた。太ももの弾力と、寝心地の良さに眠気が増してくる。眠りに落ちそうになったエヌラスを、アビーが袖で叩いてきた。

 

「マスター、だめよ。ご飯を食べて横になったら牛さんになってしまうわ」

「そうは言われてもなー。この古い家屋に居ると心落ち着くというか」

「この青臭さが穏やかな心地にさせてくれますね」

「でもそれ、日本人特有の感覚ではありません? あなたやはり日本人では?」

「んなわけあるかぁ!!」

「うむ、しかしそれにはおれも同意する! ごろーん!」

 軍服のまま、剣姫もまた大の字に寝転がる。

 本当に大丈夫なのだろうか、この二人で――景虎と武蔵が呆れてため息をつく。

 

「二人とも? 戦の策も用意せずにゴロゴロと時間を無駄にしている暇はないんですよ? 攻めるのならば、枯れ草に燃え広がる炎の如く。これ以上相手に時間を与えずに向かうはずだったのではないのですか?」

「夜まで待つ」

「……はい?」

 エヌラスが天井を指差した。

 

「このまま攻め入っても、空を飛んでいるワイバーンの監視に引っかかる。そうなればこっちが戦力を消耗した挙げ句、足止めを食らって相手に迎撃されるのを待つだけだ」

「森に紛れて向かったらいいんじゃないの? 流石にワイバーンでも見えないでしょ」

「相手のホームグラウンドに攻め入る。こっちは土地勘無し。加えて、そこいらの野生動物も襲いかかってくる可能性がある。となりゃあ完全に不利なのはこちらだ」

 この一帯の生態系を完全に把握しているのはドラグレイスただ一人だ。下手をしたらアヴェンジャーですら身動きが取れない。毒蛇同士が睨み合っている戦況に、こちらから飛び込もうというのだから。

 数の不利を地の利と頭数で補っている。

 これだからアイツの相手は嫌なんだ――エヌラスはユゥユゥの膝に頭を預けながら深く息を吐き出した。

 

「夜になれば、監視の目も少しは緩まるだろう。そうなりゃ、こっちは野生動物を蹴散らして突入するだけだ」

 食事も睡眠も本来必要としないサーヴァント相手に夜襲など無意味だが、他はそうと限らない。少しでもこちらの消耗を抑えた上で攻め入るべきだ。

 

「……何も考え無しというわけではないようですね。その昼行灯は演技ですか? もしそうであるならば大したものですね。見抜ける人間はそう居ないでしょう」

「そう見えるか? 俺はこれでも真面目だ」

「ならば、そういうことにしておきましょう」

 剣姫も寝転がったまま腕を組んでいる。

 

「おいエヌラス。いつものお前ならば他の誰もが引き止めるのを聞かずに単身で突入するだろう? なぜお前は今回に限りそんな慎重なんだ。サーヴァントを引き連れているからか? それとも相手があのドラグレイスだからか?」

「そのどっちも、だな。最悪なことに、アイツもサーヴァントを引き連れていると見て間違いないからな。コイツらをどう上手く使えるかが勝敗の分け目ってところだ」

「なるほどなー」

 寝転がっている二人のマスターを見つめて、景虎は笑みを崩さないまま観察していた。

 

(……この方は、どうにも油断なりませんね。剣姫さんに関しては、裏表のない快活な御方ですので信頼に足る方ですし)

「そんなわけで、俺は仮眠する。まずは陽が傾くまで休憩。慣れ親しんだ環境に近い場所とはいえ身体を休めて馴染ませておいたほうがいい。うちの二人も慣れているとは限らないしな」

「――ちゃんとあたし達のこと気遣ってくれているんですね、エヌラスさん」

「なにか体調に異変は?」

「無問題です」

「気遣ってくれてありがとう、マスター。私も大丈夫よ」

「俺は“戦うな”とは言われてるが、最悪暴れてもいいわけだしな」

「おれは何も言われていないから存分に暴れまわっていいわけだ! 腕が鳴るな!」

 

 ヒナグラシの遥か上空を、ワイバーンが飛び回る。

 哨戒中の翼竜が眼下の景色を舐めるように見渡していた。

 

 

 

 ――その視界に映る景色を、魔術によって自分の網膜に投影していたドラグレイスが中断する。

 

 アヴェンジャーの居城。それは聖杯の魔力によって作られた領地であり、その作成だけでなくサーヴァントの追加召喚によって疲弊した様子のアヴェンジャーが椅子に座って身体を休めていた。

 その傍ら、テーブルの上には酒と食事が置かれている。ドラグレイスが用意したものだ。

 壁際には槍を携えたままのランサー、李書文が待機している。

 

 そして、それとは逆側の壁。

 ドラグレイスとアヴェンジャーのテーブルを挟み、睨み合う形でサーヴァントが立っていた。

 

「ちょっと、ドラグレイスだったかしら? アイツ等本当に追ってきているわけ?」

「ああ。今は村で時間を潰しているようだ」

「徒歩で追ってくるとかバカなわけ? こっちは空飛んで移動できるっていうのに」

「そう思うのも無理はないな。だが、徒歩の利点というのは目立たないことだ」

「どこまでも愚かなこと。こちらに勝つつもりだなんて」

「……負けることを考えていないようだな?」

「当然でしょう、こちらには聖杯。加えて現地の協力者、のみならずサーヴァントがもうひとり。それも――()()()()を引き当てることが出来たのはとても大きいわ」

 誇らしげに笑みを浮かべるアヴェンジャーがテーブルに置かれているグラスを揺らす。

 微量とはいえ食事にも魔力を含ませているため、多少なりとも足しになるはずだ。

 

「さて、それならこちらから出迎えてやるとしますか」

「やめておけ。お前は疲弊した魔力の回復に努めるべきだ。聖杯を用いたとはいえ、多少は脆くなっているんだろう?」

「魔術にある程度精通しているというのは嘘ではないようですね?」

「こちらは焦らずとも、出迎えてやればいいだけのことだ」

 探知魔術によって周囲の動物達の目を借りているドラグレイスにとってしてみれば、この環境は非常に有利と言える。

 

 丸グラスの奥から李書文はセイバーを見ていた。

 偉丈夫とも言える、恵まれた体格。背負った大剣は鞘に收められ、鎧を纏っている。

 見たことのない姿格好に、それが西洋の騎士であることがわかった。人間を相手に武勇を誇ったのではない。それは怪物との戦いによって得たものであることは、得物でわかる。

 例えば、自分の身の丈を遥かに凌駕する巨獣――。

 

 “竜殺しの英雄”が、威風堂々と立っていた。

 

「仕掛けてくるのなら夜だろうな」

「ふふ。今日は長い夜になりそうね――そうは思わないかしら、セイバー」

 グラスを差し出して、ジャンヌ・ダルク・オルタがサーヴァントに声を掛ける。

 

「どのような相手であれ。それが敵として立ちはだかるのなら俺が屠ろう」

「貴方が聖杯にかける望みは?」

「……望み、か。すまない、俺にはそういったものはない。俺を頼りにしてくれた、アヴェンジャーの力になること。今はそれだけだ」

「それは心強いこと」

 少なくとも、いつこちらの寝首を掻こうと機を伺っている気に食わない二人組よりかはマシだ。

 

「私達に勝てると思ったら大間違いよ。目に物を見せてやるわ」



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第十三夜 サーヴァント戦:竜殺しの英雄

 

 

 ――夜が更けていく。陽は落ちた。夜の帳が下りていく。これより先に起きる出来事は、眠りに着いたお天道様も目を伏せる。ならばこその逢魔が時。夜闇は人の時間に非ず、怪異の時間だ。

 

 縁側でユゥユゥの膝枕で仮眠を摂っていたエヌラスが目を覚ました。

 羽根扇を使ってそよ風のように扇いでいた手を止めて、髪を撫でる。

 

「おはようございます、エヌラスさん」

「……ああ。おはよう」

「もうすっかり夜ですけどね。では、行きますか?」

「その前に、腹ごしらえと風呂だな。く、あ~ぁ……やっぱ一日八時間睡眠は基本だな」

 身体を起こして、筋肉をほぐしていると剣姫と武蔵が正座をして向かい合っていた。

 何をしているのかとも思ったが、その間にアビーがいるところを見ると、それほど険悪な雰囲気でもないようだ。

 

「じゃん、けん、ポン!」

「もらったぁ!!」

 すぱーんっ。

 剣姫が目にも留まらぬ速度で丸めた紙を武蔵の頭目掛けて振り下ろす。しかし、それは難なく防がれてしまった。

 その手には、同様に丸めた紙。刀に見立てた紙で、勝ったほうが叩き、負けたほうが防ぐ。ルールは至極単純だ。

 

「……なにしてんだ?」

「叩いて!」

「防いで!」

「じゃんけんポンよ、マスター。やっと起きたのね」

「かぶれや」

 アゴウの児戯だが、白熱しているようだ。

 何気ない遊びではあるが、極まると――刹那の見切り。瞬時に敗北を認める判断能力、勝機を感知して攻めに転じる機転の早さ。そして、攻めと守りの得物が同じであることから、どちらを手にするかでまた相手に先手を取るかという戦術的な駆け引きもまたそこには含まれている。

 退屈しのぎに始めたものだったが予想以上に熱中してしまっていた。それを見物していたアビーもすっかり夢中になっている。

 

「ふふふ、流石は剣豪を自負するだけはあるな武蔵」

「いやはやそちらこそ。これほど腕に覚えがあるとは驚きです」

「二人ともスゴイわ! まったく太刀筋が見えないんだもの!」

「よろしければエヌラスさんも如何? 大丈夫、加減はしてあげます」

「なら準備体操がてら頼むわ」

 腰を下ろして、エヌラスが武蔵と向かい合うように座った。

 どこか緊張感のない、寝起き眼で首を慣らしている。これでは勝っても負けても、エヌラスが武蔵に一本取れるはずがなかった。

 

「……武蔵。このゲームのルールだが、単純に言ってしまえば相手の攻撃を防ぐだけだ」

「? それは理解していますが?」

「勝つには? もっと単純だ。相手に防御させなければいい。ま、つまりは“どう叩くか”というのが肝だな」

 大あくびをひとつ。アビーに目配せをする。

 

「そ、それじゃあ始めるわね――」

「叩いて!」

「かぶってー」

『じゃん、けん、ポン!』

 武蔵の勝ち。

 先手必勝――となれば動きは簡単だ。小手調べと言わんばかりに右手側の得物を振り下ろす。そのチャンバラを、エヌラスは切っ先を横からはたき落としてかすめ取ると首筋に当てた。

 

「……これ反則じゃないの?」

「叩いて、防ぐ。そういうゲームだ。よってルールに抵触していない」

「そういうことなら二刀流もいいわけよね! だったら負けないんだから!」

「おとなげねー、この剣豪……」

 なお、この後エヌラスは完敗した。

 

 

 

 耳を澄ませて、ワイバーンの羽音が遠ざかっていくのを捉えてから行動を開始。

 最短距離を計算する。山をひとつ、ふたつを越えて相手の拠点へ突入するというのは厳しい。

 ――但しこれは、あくまでも徒歩による移動の話だ。

 

 息を吸い込み、吐き出す。魔力を集中させる。身体を流れる電気信号を魔力で増幅させ、そして魔術回路を通して地面へ打ち込む。その反発を利用した、瞬間的な加速。

 当然、相手に探知されるだろうが――知覚される前に駆け抜ければいい。相手が後手に回る以上は、その反応が必ず遅れる。

 文字通りの、“電撃戦”だ。

 

「敵は拠点で籠城、ともすればこちらから攻め入るのみ! 相手は翼竜の親玉! ともすれば、策など不要! 一点突破、これに尽きます! 戦なんていうものは、結局のところどれほど策を練ったところで最終的に敵を殺せばいいだけのこと! みなのもの、進めぇーっ! にゃあぁー!」

「む、なんだその掛け声は。おれもやるか! にゃあああっ!!」

「それならば私もお供いたしましょう! にゃーっ!」

 一匹ほど、やけに力強い猫がいたような気がする。

 

「えっとー……日本だとそういう習わしなの? じゃああたしも♪ にゃー!」

「私もした方がいいのかしら……にゃ、にゃあー?」

 少なくともそんな鬨の声を挙げるような文化は無い。

 エヌラスに視線が集中する。

 

「俺は言わないぞ?」

「えぇぇーっ!! なんでですかぁ!」

「誰がやるか。そもそも俺が言って誰が得するんだ」

「あたしが!」

「私も」

「よーし却下だ。先行ってるからな」

 その場に屈み込んで、ユゥユゥとアビーの顔を盗み見る。

 しょげていた。しょんぼりと、見るからに落ち込んでいる顔を見て罪悪感を覚える。

 

「――先に行ってるからにゃああああああぁぁぁぁっ!!!!」

 耐えきれなかった。いたいけなサーヴァント二人の純真な思いを踏み台になどできなかった。

 ポカンと間の抜けた顔をしている一同を置き去りにして、エヌラスが単身突撃していることにハッと気づいた時には既に遅い。

 剣姫達は、もう見えなくなった背中を追いかけるために走り出した。

 

 

 

 ――アヴェンジャー居城。

 ドラグレイスが仮眠の傍らで、周囲の動物達の眼を使って監視網を広げていたが感知するのが遅かった。まさか本当に一直線に突撃してくるとは予想していない。

 

「アヴェンジャー」

「なに?」

「アイツが来るぞ。備えろ」

「はぁ? 備えろって言われても、まさかこの短時間で此処に辿り着くとでも――」

 

 破壊音。何事かと駆け出して外の様子を見てみれば、見事に城門が破壊されていた。分厚い木製の扉が錠前ごと粉砕されている。

 中庭に滑り込む黒服の男には、アヴェンジャーも見覚えがあった。ワイバーンを素手で殺したちょっと常識はずれの魔術師だ。訂正すべき点があるならば、ちょっとどころではない、常識外れということか。

 

「本当に来たんだけど!?」

「だから備えろと言ったんだ。こちらの監視網を一直線に突破してくるバカは、あれくらいだ」

「襲撃か?」

「ああ」

「ふむ……単身で突入とは恐れ入る。蛮勇か、無謀か。どちらにせよ無策のようだが?」

「その手のバカが一番手に負えないと思うぞ」

「儂の出番か、マスター」

「いや、此処はアヴェンジャーの采配に任せる」

 目配せすると、怒り心頭といった様子で石畳を脚で踏み鳴らしていた。

 

「どこの世界にサーヴァント蔓延る居城にマスターが単身で突撃してくるバカがいるっていうのよ!? 常識的に考えなさいよね!」

「あー? うっせぇわ、そんでもってやっぱ血色悪いな病弱女!」

「至って健康的なんですけど!? アンタのせいでむしろ血圧急上昇よ!」

「客に対するもてなしもなってねぇな、竜の魔女は手ぶらで歓迎するのが礼儀か!」

「そんなにパーティーがしたいなら歓迎してあげるわよ! セイバー、行きなさい!」

「承知した」

 ドラグレイスと李書文の後ろから、セイバーが歩み出るなり中庭へ向けて飛び降りる。

 地面を沈ませ、土煙を上げながら立ち上がったサーヴァントが静かに一歩踏み出した。そして立ち止まるとエヌラスに向けて会釈する。

 

「初見となる、異世界の魔術師よ。俺はアヴェンジャーの召喚に応じ、此度の聖杯戦争に参戦するセイバーのサーヴァントだ」

「こりゃまたご丁寧にどうも。ようやく“らしい”英雄が出てきたもんだ。おーい、ドラグレイス! テメェなんでまた厄介事に首突っ込んでやがる!」

「事の発端は貴様の師匠だろ」

「ぐぅの音も出ねぇや……。で? セイバーだっけ。悪いが真名で頼む。こっちも後からセイバーが来るものだから、混乱しちまう」

「……アヴェンジャー。かまわないだろうか? 今回のは異例中の異例ということだったが」

「あーもう、名乗りたければ好きにしなさいよ」

「感謝する。――許可も出た。ならば名乗らせてもらおう。俺は“竜殺し”のジークフリート! 邪竜ファヴニールを屠りし英雄なり!」

「戦場で名乗られたからにはこちらも返すのが礼儀ってものだ。犯罪国家九龍アマルガム次期国王の、エヌラス。一応魔術師ってことで通してるが武闘派でね。手合わせを所望か?」

「すまないが、それがアヴェンジャーからの命令だ。悪く思わないでくれ」

「お手柔らかに頼むわ。こっちは丸腰の魔術師なものでな」

「可能な限り、加減はしよう。無駄に命を奪いたくはない……では」

 セイバー……ジークフリートが背負っていた大剣を引き抜く。構えらしい構えはない。ただ、ぶらりと携えているだけだ。しかし、その威圧感。

 まるで生きた城塞のように、目の前に立つ竜殺しの英雄が巨大な壁に思えてならなかった。こうして向き合っているだけでも息苦しさを覚え、緊張感が張り詰めていく。背筋が凍りつくような思いだ。

 

「――参る!」

「応!」

 踏みしめた大地が撓む。大剣を振るえば、その剣圧は凄まじく突風が吹き荒ぶ。生身で受ければ即死は免れられないだろう――もちろん一太刀とて受けるつもりはないが。

 丸腰ではあるが、自分の肉体を強化しているだけにその体捌きはジークフリートの剣技に引けを取らない。防戦一方ではあるが、それでも生半可な実力では敵わない戦技の応報に、高みの見物をしていた李書文が唸る。

 

「ほう。あの魔術師とやらは、中々に筋が良い」

「武術でも仕込むか?」

「いいや。あの体捌き、確かに儂も覚えはあるが言葉にできん違和感がある。それがどうも不気味でな」

「アイツのアレは、魔導発勁という。所謂、外道というやつだ」

「……道理で」

 見ていて薄気味悪いのか、目を伏せた。アレは見るに堪えないものだ。

 ジークフリートの剣戟の重さを凌ぐ形でエヌラスが回避と防御に徹している。小手調べという形で剣を振るっていたが、不意に切っ先を地面に沈ませた。

 

「フンッ――!!」

 そして、力任せに振り上げる。ろくに舗装もされていない中庭の石を大剣で打ち出し、天然の散弾を前にエヌラスは魔術で防御せざるを得なかった。その動きが止まったところへ、一気呵成に踏み込んで大剣を打ち込む。

 防ぎきれなかった衝撃に歯を食い縛るが、それでも相手の膂力までは止められない。そのまま城壁に穴を開けながらエヌラスが吹っ飛んでいく。

 短く息を吐き出して、大剣の埃を払う。それだけで土煙が晴れていった。

 

「……すまない、ジャンヌ。城を壊してしまったようだ」

「アンタが壊してどうするのよ!」

「けしかけたのは貴様だろう……」

「うっさいわね! そうまで言うならアンタのサーヴァントを戦わせればいいじゃない!」

「マスター殺しをやれと? いや確かに一筋縄ではいかん相手のようだが。流石にそれは気が引けるものだ。やれと命令されれば致し方ないことではあるがな」

「無理強いはしない。アイツと戦う機会は幾らでもある」

「左様か」

 吹っ飛ばされたエヌラスが瓦礫を除けながら、土埃を払い落として戻ってくる。

 

「おー、いてぇ。これほどとは思いもしなかった。侮ったつもりはないんだが、過小評価だったらしい。訂正しておく」

「そちらこそ。剣もなくこれほど持ちこたえる武術には敬意を払おう」

「こっちが丸腰なのを理由に、程よい加減に手を加えてくれているのは助かるんだが――こうも見せつけられると、こっちとしては全力を見たくなるな」

「その期待に応えられるかは、そちらの実力次第だ」

 構え直すジークフリートに対して、エヌラスは靴の爪先で地面を叩いた。

 

「んじゃこっちも、もう少し本腰を入れるとするか――やるぞ、ハンティングホラー」

「……っ」

 どろり、とした魔力の気配にジークフリートが目を細める。汚泥のような感覚に思わず大剣を握りしめた。

 エヌラスの足元、小石の影から一本の刀が差し出されてくる。その柄を握り、鯉口を切る。

 概念武装というほど強固なものではないが、それでも魔術の触媒として扱う限り決して油断はできない。

 大道芸のように刀を手で回しながらエヌラスが無造作に踏み出した。

 それを皮切りにして、どこか飄々とした雰囲気が一変する。それを見ていたドラグレイスが鼻で笑った。

 ――ああなると、手がつけられなくなる。単身、敵陣へ乗り込んできた理由がそれだ。

 エヌラスの戦闘は、最早災害と変わりない。

 戦禍の破壊神と呼ばれさえもするほどに、過剰なまでに破壊を振りまく。

 

 事と次第によっては、この場からの離脱も視野に入れておかなければならないだろう。ドラグレイスは撤退の算段もつけながら、ジークフリートとエヌラスの打ち合いを見物していた。



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