アイ・ノウ・ユー (ふえるわかめ16グラム)
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アイ・ノウ・ユー


衝動に任せて筆を走らせました。
ピロウズはいいぞおじさん「ピロウズはいいぞ」



『三年二組、喜戸奏(きどかなた)!』

「っハイ!」

 

 体育館の無駄におっきなスピーカーから名前を呼ばれて返事をする。

 

 今日、この高校を卒業する。柄にもなく感慨深いものがあるけど、本当なら今この場にいるはずの親友のことが気がかりで、集中しきれないでいた。

 

 

 

 

 

 高校最後のホームルームと、別れを惜しむクラスメイトの猛攻。そして両親との記念撮影やらなにやら。全部テキトーにやり過ごして、半分逃げるように昇降口へ向かった。大きく開いた扉から、まだコートが手放せない冷たい風が吹き込んで、思わずオーバーの襟元をかき合わせる。

 

「ういーさびー」

 

 ちょっとした歌みたいに抑揚をつけた独り言を呟きながら、下駄箱からくたびれたローファーを引っ張り出す。一年間お世話になった下駄箱のスペースも、今日これでお別れだ。なんだか、そう思うとすこし切ない。

 だけど、思ったより教室で時間を食ってしまっているから、アイツを待たせてしまっているかもしれない。そう思った俺はいそいそと踵をローファーにねじ込んで校舎を出た。

 

 

 やっぱり、卒業式というイベントだからか、どこもかしこも浮かれた空気が漂っている。

 部活の先輩と後輩かな。女の子が何人かまとまって涙ながらに抱き合っている。制服のネクタイの色が俺と同じ臙脂色の子に、深緑と濃紺のネクタイの子がまとわりついて号泣していて、すっげえよくできた青春の一ページみたいな感じでちょっと鼻白んだ。

 

 別に悪いことじゃないけど、なんか萎えるというか。わかるでしょ。わかれ。

 

 俺はなぜか罪悪感みたいな居心地の悪さを感じながら彼女たちの脇を通り抜けて、校門へ急ぐ。目安の時間をオーバーした俺に愛想を尽かして帰ったりしてなければ、アイツが待ってるはずだ。

 

 

 そして、少し駆け足気味の俺に気づいていたのか、校門の影から、小さく手を振るアイツが姿を表した。

 

「おー、ごめんごめん、おまたせ」

 

 俺は後頭部をかきながら声をかけた。指先や手のひらに伝わる、卒業式に合わせて短くしすぎた髪の感触がむずがゆい。

 

「奏、遅い」

 

 色白で、神経質そうで、線の細い見た目と違わない凛とした声で苦言をぶつけられる。

 

「いやあしゃあないっしょ。みんなの人気者だから俺」

 

 というか、おめでとうの一言くらいちょうだいよ。そう俺がツッコミを入れると、「うん。卒業おめでとう」と、とてもシンプルな祝いの言葉が返ってきた。

 でも、つっけんどんな感じとは裏腹に朗らかな笑みをたたえていて、ちゃんと俺の卒業を祝ってくれているのは伝わっている。なにせ小学校からの付き合いの幼馴染ってやつだ。阿吽の呼吸、まではいかないけど十分にお互いの距離感とか、気持ちはわかっている。

 

「さんきゅー、薫」

 

 だから、俺も特に気にせず卒業証書の入った筒を掲げて、晴れて卒業したことをアピールした。

 

「じゃ、帰ろっか」

 

 薫は手に持ったスマホをカバンに仕舞うと、俺に帰宅を促した。

 

「ういうい」

 

 俺だけが先に卒業することになっちゃったけど、俺たちは同い年で、家も同じ町内だ。だから、卒業式が終わったら一緒に帰ろうって約束していた。そして俺はクラスの打ち上げみたいなのには参加しない。別に険悪なわけじゃないけど、優先度の問題。

 薫は去年、ずっと抱えてきた持病の手術を受けたために、止むを得ず留年した。でもおかげで病気は快方に向かって、以来体調もずっとよくなっているらしい。今日、これまでみたいに一緒に卒業できなかったことは悔しいけど、薫が元気ならそれが一番だ。俺はまだまだ冷たい風に身を縮めなら、薫の隣にならんで歩き始めた。

 

 

 **

 

 

 ふたり、他愛のない会話をしながら家路を行く。これで同時の卒業ならもう少し感傷に浸ったり、思い出話に花を咲かせる気分になったかもしれない。でも薫にはまだ一年ある。なんだかんだコイツもコミュ障って訳じゃないからクラスメイトには恵まれているらしいし。なによりも顔がいいからなコイツ。馴染むの早かったって。やっぱ人間顔だな、くそお。

 

 それと、必要以上に卒業式の話をすることで、俺たちに生まれた時間の差を実感したくなかった。

 

 

「それにしても、奏が東京で一人暮らしかぁ」

「なんだよぉ、心配してくれんの?」

 

 そう。俺はこの春から東京の大学へ進学するのに合わせて、一人暮らしの予定なのだ。親友の薫や家族、友人と離れてしまうのは少し寂しいし不安だけど、それと同じくらいワクワクもしてる。

 

「東京はほら、怖いところって聞くじゃん」

 

「必殺チョップでヨユーヨユー」

 

「まだ言ってるんだ、それ。なんだっけ、地球二個まで砕けるんだっけ?」

 

「あ、あー。よく覚えてんね……あはは……」

 

 あぁ……確か、小学一年生くらいの時だっけ。何にでも『必殺』とつけて、それぞれに盛りに盛った設定を考えてたのは。なんか特殊なパワーを纏った俺のチョップは惑星をも砕くらしいですよ。すごいねー。……口ぐせみたいになってるの、やめた方がいいだろうなあ。

 

「そ、そういや今日の夜、一緒に飯食い行くの聞いてた?」

 

 ちょっと気恥ずかしくなって、無理矢理話題を変えた。こう、グインと。

 

「うん。何食べに行くのかは聞いてないけど」

 

「俺は知ってるけど行ってのお楽しみだな」

 

 今日の夕食は、お互いの家族を交えて外食の予定だ。一応俺の卒業祝いということで、ちょっといいところを予約しているらしい。普段から家族ぐるみの付き合いをしているから、節目節目でこうやって外食に出かけたりしているのだ。

 ちなみに俺は駄々をこねて場所を聞き出した。薫はいい子ちゃんなので、どうやら何も知らないらしい。

 

 薫のことをからかったり、反撃されたり。俺たちは、そのままふざけ合いながら見慣れた景色の中を歩く。

 

 そしたらほら、もうすぐ俺の家だ。どうせまたあとで会うけど、こうして最後の下校は呆気なく終わってしまう。

 

「あーあ着いちゃった。これでこの通学路も最後か」

「そうだね。やっぱり、奏がいなくなると思うと、寂しいな」

「んー? センチメンタルしちゃう?」

「ううん。そういうんじゃないけど。……ないと思うんだけどなあ」

 

 あれ、なんだろこの雰囲気。俺の家の前で足を止めた薫が、何か複雑な表情をしてすこし俯いた。サラサラの前髪が顔にかかってアンニュイな感じ。それも不思議と似合っていてちょっと嫉妬するけど、俺の予想以上にバラバラになっちゃうのが堪えているのかもしれない。

 

「大丈夫大丈夫。お盆とか年末年始とか帰ってくるし、どうせ薫も東京の大学受けるんだろ?」

 

 小さい頃から歳の割にしっかりしてたけど、意外と可愛いところあんじゃん。そう思って薫の肩を叩く。心配すんなよ、今生の別れってわけじゃないんだし。

 

「そのつもりだけど。……はぁ、一年か、長いね」

「なんだよぉ、俺たち親友だろ? たかが東京、たかが一年だって」

 

 意外とウジウジしてる薫を鼓舞するために、ちょっと力を入れて肩を二回叩く。薫が顔をあげると、前髪で隠れた顔が露わになる。

 その目が少し潤んでいるのと、真っ白な頬が染まっていることにハッとした。

 

「……俺、東京でお前のこと待ってるよ。薫なら大丈夫だ、お前は強いやつだからさ。だいたい、俺より勉強できるし進学なんて心配ないだろ。

 大丈夫だって、お前のことは俺が一番わかってる。ガキの時から一緒なんだぜ」

 

 な、そうだろ。元気出せよ。せっかく湿っぽくならないように帰ってきたのに、こんなとこでわざわざセンチメンタルぶるなよ。そもそもまだ引越しまでちょっと間あるし、そん時気まずくなったらどうすんだ。そうなったら恨むぞ。

 そんな言外の想いを乗せた視線を送っていると、わずかに見上げる位置にある二つの瞳とぶつかって、薫がフッと笑った。そして、そっか、そうだったね、と独り言みたいに呟いて言葉を続けた。

 

「ふぅん。……じゃあ、僕が奏のこと、()()()として好きなのもわかってたんだ?」

 

「あったりまえじゃん!! ……はえ?」

 

 

 ……え、今なんて言った? 女の子として好き? 薫が誰を? 気のせいでしょ?

 

 

「僕さ、いつの間にか、奏のことが異性として好きになってたんだ」

 

 ちょちょちょちょっとまってふざけんな! どういうことだよそれ! 全然聞いてない! 超初耳なんだけど!? 

 

「えっあっなに、い、いつからわたし、じゃねえ俺のこと!?」

 

「僕が入院する頃かな。奏も性別が変わってまだ一年くらいで大変な時期だったのに、毎晩電話で手術のこと励ましてくれたよね」

 

 た、確かに、あの頃は毎日何時間か電話してた。手術の前から検査入院してたから、学校で会えなくてつまんなかったのと、薫のこと励ますために。

 いやでもそれで意識するとかチョロすぎでしょ! しかも何、今の今まで一年以上隠されてたの? 私全っ然気付かなかったんですが!?

 

「僕だって、奏とずっと一緒にいたんだ。知ってるよ、学校でも女子のグループにすっかり馴染んでること。制服の着こなしとか、ファッションも自然になってきたこと。それに、最近じゃ家でも自分のこと私って呼んでること。

 逆に、こうやって僕といる時だけわざと男っぽく振舞ってるのも」

 

「な、な、な、なんでそれを……」

 

「楓が言ってた」

 

 んんー妹ちゃーん! 美しきかな兄妹愛、乙女のシークレットが筒抜け! まあ「内緒にしといて」とか言ってない私も悪いんですがねえ!

 

「あ、あははー……マジかぁ。バレてたかあ……」

 

「僕なんかより奏の方が数倍分かりやすいよ」

 

 薫がへにゃっと笑う。そして、私の手を取る。

 女になって三年も経ったせいか忘れてしまった、骨ばった手の感触にどきりとして。

 

「だから奏、僕もすぐそっちに行く。一年、待っててくれないかな」

「ひゃ、ひゃい……」

 

 なんかすごい情けない声が出た。というか、私手汗とかやばくない? 心臓ばくばくし始めてるんだけど。うわ、やっぱコイツ顔がいい。

 

 なんか満足げに頷いた薫が私の手を離すと、それじゃ、元気でねと言って踵を返そうとした。

 

「ちょっと待って!」

 

 今にも駆け出そうとした薫を呼び止める。

 すると、ゆっくり足を止めた薫が振り向いて、少し不思議そうな顔をした。

 

「あ、よ、夜、どうする? 回らない寿司なんだけど、行くよね……?」

 

 せっかく秘密にしておいたのに、無理矢理軌道修正するために教えてしまった。というかタイミングを考えて。最初から今日ご飯行く予定だったでしょうが。何クッサい感じで別れようとしてんの。

 

「……行くぅ」

 

「わ、わかった! ま、また後でね……あはは……」

 

 ここから徒歩一分の自宅に薫がたどり着くのを見届けた私は、正に逃げるように玄関に滑り込むとカバンを放り投げる。

 おいおいおいおいどうすんのよこれ。まさか高校の卒業と合わせて『幼馴染』も卒業ですかそうですか。

 

「やっば、顔あっつい。……うあぁああ」

 

 心臓はまだまだ騒音をたて続けている。

 そのまま私は靴も脱がずに、玄関にへなへなとうずくまってしまった。

 

 

 

 

 

 

 ちなみに今日のお寿司は味がしなくて、二人ギクシャクしてなんかお互いの家族が察した顔をしてました。……絶対にこれからこのネタでからかい続けてやる。覚悟しとけよ、薫。

 





I Know Youとパトリシアが着想を得た元。


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