ざくざくアクターズ・ウォーキング (名無ツ草)
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序章【演者たちのお披露目-秘密結社と星の召喚士-】
その1.秘密結社副リーダー


水着イベント3章クリア記念に投稿しました。
よろしくお願いします。
前半オリジナル、後半原作沿い

2022/11/26 大幅な文章校正を行いました。


 ――次元の塔。

 

 それは世界に開いた時空の裂け目から通じる謎の空間。内部では様々な世界が入り乱れて迷宮を形成する不思議な場所。

 

 生息する魔物は強力だが、そこで取得できる物資やスキル書の種類は豊富かつ良質。腕に自信のある冒険者ならば挑戦しに向かうべき、所謂(いわゆる)腕試しダンジョンである。

 

「宝箱発見っと。さて何が入って……、また魔法書かよ」

 

 そして今、宝箱を漁っているこの男も冒険者であり、名前をルークと言う。

 彼の恰好は黒地に紫色のストライプが入った礼服。帝都の商人などが着るようなそれは、お世辞にも魔物がひしめくダンジョンにおいては場違いとしか言えない代物だ。しかし彼はこう見えて歴戦の冒険者。当然この服もただのお洒落などではない、ダンジョンで入手した一級品素材が用いられた装備である。

 

「いい加減特技書も出てきてほしいんだがなあ、マジカル水鉄砲なんてもう4つ目だぞ」

 

 彼が引き当てたのはスキル書。

 特殊な製法によって特技、あるいは魔法の心得が書かれた書物であり、読むことでスキルが習得できる素敵なアイテムだ。特技と魔法どちらのスキルを習得できるかは個々人の適正によるが汎用性は高くそれなりに売れなくもない。

 

 ルークは特技タイプの自分が習得できない魔法書を引き当てたことに文句を言いながらも、しっかりとそれを魔法で容量拡張と重量軽減が施された冒険者大満足バッグ(商品名)に仕舞う。ちなみにこのバッグは帝都で5000Gで販売されている。売れ筋は好評で、予約するならお早めに。

 

 

「でもまあ、これだけあるならしばらくは大丈夫だろうな」

 

 

 突入前と比べものにならないほど増えたバッグの重みに満足して、彼は意気揚々と手近な階段を登っていく。

 

 途中、ダンジョン内を徘徊する魔物は出来る限り避けて進みながら、ルークは()()()()が次元の塔内部で拠点としている建物の扉の前へとたどり着いた。

 

「三回も登ってようやくか。まあボス部屋まで行くよりはマシだけどさ」

 

 何故か階段を登ると同じ部屋の別の場所に出たりする次元の塔の不思議な構造に愚痴をこぼしながら扉を開く。部屋の内側へと足を踏み入れると、照明の光が彼を出迎えた。

 

「ただいま帰りましたよ」

 

 冒険者としてパーティを組んでいる人物に拠点の留守番を任せていた筈だったが、口にした挨拶の返事は帰ってこない。

 視線を部屋の中央に向けると、そこにはその相方が椅子に座っていた。

 

 机に突っ伏しており上半身は見えず、近づいて顔を覗き込めば、端麗な顔立ちをした女性が目を閉じ、口の端から涎を垂らしているのが目に入った。

 

「はあ、起きてくださいよ。ヘルさん」

「うひゃあ!?」

 

 すぴょすぴょと気持ちよさげに眠る女性にルークが声を掛けると、ヘルさんと呼ばれた彼女は古典的なリアクションで飛び起きた。

 

 この女性の名前はヘルラージュ。

 数年前からルークとパーティを組んでいる風属性を主体とする魔法使いであり、その容姿は美女といって過言ではなくスタイルも抜群。おまけに回復魔法と支援魔法も使用できるとその実力も申し分なしだ。欠点は消費魔力が多い事と、高火力の魔法を扱うには時間がかかることで、前衛を務められるルークとの相性は良好だった。

 

「か、かかか帰っていたのならちゃんと挨拶してほしいですわ!?」

「挨拶しました。いつも起きないのはヘルさんでしょうに」

「うぎぎぎぎ」

 

 わなわなと震えるヘルラージュを後目に、ルークは戦利品の仕分けに取り掛かった。

 

 このヘルラージュという人物は男性が目のやり場に困るほどきわどい黒いドレスに身を包んだ、どこぞの妖精に言わせればサービスブラックな恰好をしているのだが、ルークは一切目もくれずスキル書を特技と魔法で分別している。もちろん彼が女性に興味がないのではない。彼女がこの格好をして一週間も経過したので見慣れただけである。

 

 彼らがパーティを組んで早二年弱、もはやこの程度のやり取りは何度目かもわからない日常風景である。

 

「ルーク君、それと私のことはリーダーと呼んでくださいといつも言ってますよね?」

「えぇ……まだ続くのかそれ。今日もこんな組織に加入しようとする人なんて来ないってのに」

 

 ヘルラージュの要求に、ルークが怪訝な顔をして振り向いた。

 

 そう、この二人はただの冒険者コンビではない。

 悪の秘密結社をつい先日立ち上げた悪人なのである。

 

 ……何を言っているのかわからない?

 ご安心いただきたい。ルークも全く同じ感想を最初抱いていた。

 

 一週間ほど前に秘密結社設立の宣言をした張本人であるヘルラージュは、自分の事をリーダーと呼ぶようにルークへ要求しているのだが、彼は一向に彼女をそう呼ぼうとはしなかった。つけ加えると、彼は秘密結社の結成自体は特に否定はしてはいない。だがリーダー呼びは頑なにしなかった。

 

「当然ですわ! 私は立派な悪になるために秘密結社を立ち上げました。簡単に諦めたりはしません!」

「……その発言がもう矛盾してると思うんですがね。何か悪事は思いつきましたか?」

「いいえ、全く!」

「威張んなよ」

 

 という訳でルークという男は現在、悪の秘密結社ヘルラージュの副リーダーであった。

 

 だがここで致命的な問題が発生する。

 実はこのヘルラージュという女、悪事のあの字も似合わないほどの小心者で善人なのだ。

 

 どれくらい悪事が出来ないかと言えば、ルークも自分が思いあたる()()()()()()()を提案してみたところ、

 

「そそそ、そんなことをしてしまったら大変なことになってしまいますわ!?」

 

 とガチでビビる有様。

 そして、

 

「貴方の提案は却下!しばらくは素材でも集めてきてください!」

 

 と次元の塔の探索という任務を下されたのが三日前の出来事である。

 

 そんなヘルの小心者っぷりに肩を竦めつつも、ルークは次元の塔3層に居座って、路銀稼ぎのための探索を繰り返す。そして「そろそろ何か思いついたかな?」と思った頃合いでアジトに帰還するのだが、依然としてヘルラージュは悪事を思いつくことはできないのだった。

 

 

 秘密結社ヘルラージュ

 現在構成員は二名

 絶賛戦闘員募集中

 ご連絡は次元の塔三層まで

 

 

 

 

 

 

 ハグレ王国は現在、最近解放されたばかりの次元の塔3層を探索中だ。

 

 記憶に新しいトゲチーク山での古代種の魔物との戦闘と決死の逃避行。

 各々の力不足を痛感した彼女たちは、鍛錬と軍資金稼ぎのためダンジョン周回に精を注いでいた。

 

 順調に魔物を蹴散らしつつ進むハグレ王国一行は、ある看板を前に立ち止まっていた。

 

『次元の塔、三層最上階の鍵は、

 秘密結社ヘルラージュが管理しております。

 塔の先を目指されるお方は、

 是非、一度ヘルラージュにご相談を!』

 

「ふむふむ……。先に進むための鍵は、この秘密結社が持ってるみたいでちね」

「鍵を奪われてしまっているのか……。こうなると、スルーはできないな」

 

 看板の内容に目を通すのは、おもちゃの王冠を頭に光らせ、鍵型の杖キーオブパンドラを持つハグレ王国の小さな君主デーリッチと、緑のローブを着た王国の参謀ローズマリー。

 彼女たちは次元の塔三層を秘密結社が乗っ取ったという、次元の塔案内役であるヘルパーさんが言っていたことを思い返す。階層の占拠自体は正直どうでもいいっちゃいいのだが、先の階層への鍵を握られているとなると無視もできない。

 

 とはいえ、こうして目の前に秘密結社と堂々と掲げられるとなんだか頭が痛くなる。胡乱が全力疾走で殴り掛かってきたような感覚だ。次元の塔1層ではこたつに入ったドラゴンとかいうも胡乱の権化がいたが、場合によっては記録が更新されるだろう。

 

「しかし、自分で自分の居場所をアピールするとは、この秘密結社、間抜けなのか、よほど自信があるのか……」

 

 間違いなく前者です。

 

「この先にある建物がヘルラージュみたいでちよ。一度よっていくでちか?」

「そうだね、油断せずにいこう」

 

 デーリッチの相談にローズマリーが同意し、秘密結社のアジト前へと歩みを進めていく。他にも6人ほど仲間を連れてはいるが、大人数で入ると流石に迷惑だろう。

 

「ローズマリーと様子を見てくるからちょっと待っていてほしいでち」

 

 王国パーティのメンバーを待機させて、国王と参謀はアジトに足を踏み入れる。中は特に変哲の無い居住空間が広がっており、誰かいないかと辺りを見渡すと、背中を向けて座っている女性を見つけた。

 

「どうしよう、何も悪いことが浮かばない……」

「あのー?」

「ひっ!」

 

 ローズマリーが声をかけると、女性はたいそう驚いた様子でデーリッチ達の方にふり向いた。この時点で相当なビビりであることがデーリッチ達に露見してしまったのだが、そのことを気にした様子はない。

 

「すみません。表の看板を見てきたのですがここ秘密結社ですよね?」

「あ、ああ、もしかして戦闘員の募集を見て……!?」

 

 女性は態度を一転させ、世の男性を魅了するような朗らかな笑顔を浮かべた。

 

「よろしく、私、ヘルラージュ。秘密結社のボスをやっているのよ。あなた達は?」

「デーリッチでち」

「あなたは?」

「ロ、ローズマリーです」

 

 元気よく返事を返すデーリッチ。まだ相手の素性もわかっていないのにと警戒するローズマリーだが、ヘルラージュの勢いに押されてつい名乗ってしまった。

 

 ヘルラージュは二人を品定めするように見る。

 

 どちらも女子。

 しかも年下で、うち片方はまだ幼さの抜けきらない少女である。

 とてもじゃないが悪の組織に入りに来たようには見えない。

 

「うーん。秘密結社の面接に来た割には、あんまり悪っぽい面構えじゃないわね」

「あなたが言えた義理ですか」

 

 自分が最も人畜無害を形にしたような雰囲気を醸し出している癖に、二人の人相に不平を述べているヘルラージュに対してローズマリーがツッコミを入れる。

 

 まあいいわ、とヘルラージュは気を取り直す。

 そして、

 

「今ちょっと一人いないけど、初仕事をお願いできるかしら。やる気はあるんでしょう?」

 

 と、デーリッチ達に指示を下した。

 

 そこにデーリッチは待ったをかける。別に鍵が欲しいだけで入団するつもりはない。そう言うと、初仕事と鍵を交換条件にしようとヘルラージュは言った。

 

 じゃあ仕方ないと言うことでデーリッチとローズマリーは秘密結社の一員として初仕事に臨むことになったのだが、肝心の仕事内容について訪ねると、

 

「悪いことは、今から考えます。あなた達が」

 

 と、何故か自信満々に秘密結社のボスはそう宣ったのである。

 

 曰く、どうしても悪いことが思いつかないということでアイディアを募集するという話なのだが、そもそもそんなことを人に頼む時点でどこか矛盾していることに気が付かないものだろうか。

 

(ダメだこの秘密結社、悪の適正ゼロだ……)

 

 呑気にデーリッチと話し合うヘルラージュを見て、ローズマリーは一人頭を抱えるのであった。

 

 

 

 

 

 

 ルークが秘密結社アジトに戻ってくると、アジトの前には明らかに異様な光景が広がっていた。

 

 多種多様で統一感の欠片もない六人の人物(明らかに人間以外も混ざっている)が地面に敷物を広げ、野営をしている。

 ピクニックか? そんなわけがない。

 

(冒険者の集団か。とするとお目当ては最上階の鍵か……)

 

 人間以外の種族、つまりはハグレが混ざっていることから、それなりに腕の立つ者ばかりが集まっているだろうとルークは考える。

 

 仮に目的がこの階層の鍵であった場合、恐らくヘルラージュがパーティの代表者あたりと応対しているだろうと想定し、自分が積極的に関わるべき必要はないとルークは判断した。自分が動くなら、それは最悪の場合だろう。

 

「すいませんね。ちょっと通らせてもらいますよ」

 

 礼服に身を包んだ、明らかに場違いな男が歩いてくるのに一同が視線を向ける。

 ルークは自分に向けられた怪訝な視線を意に介さずアジトに入ると、予想通りにボスのヘルラージュが少女と女性の他二人と話をしていた。

 そこへルークは声をかけた。

 

「帰りましたよ、ヘルさん」

「あら、ようやく帰ってきましたわね」

 

 入ってきたルークを見るや否や、ヘルラージュはドヤ顔で出迎える。

 どうやら出ていく前に彼に言われたことを未だに気にしていた様子らしく、新入りが来たことを得意げにルークに話した。

 

「戦闘員が二人も加入しました、これで悪事も捗ること間違いありません!」

「……え、新人? マジで?」

「本当と書いてマジですわ」

 

 ヘルラージュの言葉にルークの取り繕ったような敬語も外れる。普段の彼の物言いは割と粗野で、丁寧な物言いは秘密結社の副リーダーとしてのペルソナである。

 こんな胡乱な組織に入ろうとする物好きが本当にいたとはにわかに信じがたく、ルークは信じられないといった目でデーリッチ達を見る。

 

「はい、そういう話になりまして……」

 

 曖昧に頷くローズマリーに、さらにヘルラージュがドヤる。その様子はルークからしても惚れ直しかねないぐらいに可愛らしいが、内容が内容なだけに素直に喜べない。

 ほう、とルークは指を顎に添えるポーズを取って少し考えるそぶりを見せる。このポーズには特に意味はない。ただ格好つけているだけである。

 

「見直しましたよヘルさん。立派に悪事ができるんじゃないですか」

「あれ?もう悪いことをしましたの私?」

 

 何かしたかしら?と可愛らしく小首を傾げるヘルラージュ。

 

「ええ、まさかこんな善人面をしている人達に詐欺をするとは思ってもいませんでした」

 

 どうやらルークはヘルラージュがこの二人を言いくるめて加入させたのだろうと思ったらしい。愛嬌と気立ての良さは他の追随を許さない彼女ならば、お人よしの嬢に付け込むぐらいは訳ないだろう。

 

「ひどい!? 詐欺じゃありません、ちゃんと鍵を渡すので加入してくださいって言いましたわ!」

「それはそれでどうなんでしょうねえ」

 

 などと漫才を繰り広げている二人に対してデーリッチが割り込んだ。

 

「その人が秘密結社の仲間なんでちか?」

「ふふ、彼は秘密結社ヘルラージュの副リーダー、ルークよ。これから彼も一緒に仕事をしてもらうわ」

「どうも。お二人も大変ですね。こんな零細組織に付き合わされて」

「デーリッチでち! ハグレ王国の国王でち!」

「どうも、この子の補佐役のローズマリーです」

 

 そうして三人は自己紹介を済ませると、ローズマリーがルークを目にしてから生じていた疑問を口にする。

 

「ルークさん、でしたっけ。失礼ですが、彼がいるのに悪事が考え付かなかったんですか?」

 

 彼女の疑問も当然だ。

 冒険者として仲間がいるのなら、言い方は酷いが悪事のアイデアなど幾つか出てくるだろうと考えたからだ。流石にこの男性まで底抜けの善人ではないはずだとローズマリーは思っていた。

 

 

 ……第一印象で、ルークが堅気な人物ではないと思ったのもあるのだろうが。冒険者とはそういうものだ。

 

「もちろん彼とも悪事を考えました。ですがちょっとスケールが大きすぎて今の私達では手が余るのです」

「ここに来る冒険者に素材を割高で売ってやろうと提案しただけでビビってるのでお察しください」

「あぁ……」

 

 一応ルークも悪事? を提案した上で却下されていた事実にローズマリーは合点がいったという風に息を吐いた。自分たちの仲間であるハーピー娘が過去に犯したせこい悪事と同レベルのものですら却下するほどのお人よしなら、確かに悪事なんて思いつけるわけがない。

 

 ルークは意気揚々なヘルの様子に活動内容が決まったのかと尋ねた。

 

「それで、仕事というからには決定したのですか?」

「ええ、『お一人様一つ限りのたまごパックを二回並んで二つ買ってしまう』よ!」

「……はい?」

 

 発表された内容を聞き、彼は思わず聞き返した。

 

 悪事というか、ただのマナー違反なセコいだけの行いなのだがヘルラージュは得意げだった。

 その様子にローズマリーがわなわなと震え出す。

 

「ちゃんと人数揃えて話し合うことは大事ね! みんなありがとう! じゃあ早速ユノッグ村に――!」

「いいわけないだろ!」

「ひっ!」

 

 あまりにあんまりなしょぼい悪事へ意気揚々と乗り出そうとするヘルラージュにローズマリーが我慢を超えて声を荒げると、悪もへったくれもない悲鳴が上がる。

 

「さっきから何なんだ君は!全然悪いことをする気がないじゃないか!私達だけならともかくルークさんまで付き合わせて!」

「ひえぇ、ですからたまごを、ふ、二つも……」

 

 それならつまみ食い常習犯のデーリッチは極悪人になるというローズマリーの反論にヘルラージュは恐れ慄いた。

 

「悪ガキ大将にすら負ける悪の秘密結社って……」

「言わないでくださいみじめになります!」

「十分みじめだ。俺含めて」

 

 涙目で睨むヘルラージュにルークは動揺を押さえつつあしらっていく。何だってこのようなちょい悪マウントの取り合いをせねばならない。

 

 ヘルラージュの性根が秘密結社に向いていないというのに、何故こんなことをしているのかとローズマリーが苛立ち冷めやらぬままに疑問をぶつけると、ヘルラージュは涙目になりながらも口を開く。

 

「わたくし、悪人になりたくて……」

 

 そしてヘルラージュは話し始める。

 復讐を遂げたい相手がいる、そのためには悪人になる必要があると。

 

 一応ローズマリーはそれで納得したが、それだけと彼が従っていることの説明がつかない。

 

「しかし、それでは何故ルークさんは秘密結社に?」

「元々二人で冒険者のパーティを組んでいたんですよ。そのままほっとけずに流れで手を貸しているというか、まあ腐れ縁ですよ」

 

 これがどうにもとお手上げの素振りを見せるルークに対して、苦労してるなと普段からわがまま国王に振り回されるローズマリーは共感を覚えた。実際はルークがヘルラージュにベタ惚れしており、ヘルラージュも彼があまりにも自分に優しいので一緒にいたいだけなのだが、好いた惚れたに疎いローズマリーにそれを察することはできず、義理堅い人間なのだなぐらいにしか思わなかった。

 

 そして議論は根本的な、そもそも何故ヘルラージュが悪いことをできないのかという話題へと移る。

 

 デーリッチはヘルが相手の事を気にしすぎるあまりに悪いことができないのだと指摘し、それなら極悪人を相手にすれば良いのだと解決策を挙げる。

 

 なるほどとヘルラージュは感心し、少し考える。

 そして、現在次元の塔では山賊が取引している非合法の品を強奪するという悪事を思いつき、そのままプランが組みあがったようで早速作戦を実行に移そうとする。

 

「待ってください。私達も手伝いますよ」

 

 どうやらヘルラージュに対して不安を覚えたのかローズマリーが助力を申し出る。

 デーリッチも山賊退治にやる気を出し、ヘルラージュも喜んでこれを承諾した。

 そして実行前の準備が必要になったのだが、

 

「着替えてくれます?戦闘服に」

 

 全身黒タイツとかではないかわいい戦闘服を用意しているということで、デーリッチとローズマリーは奥の更衣室へと通されることになった。

 

「あれ、ルーク君は着替えないんでちか?」

「俺は副リーダーなのでね。それにこれがコスチュームを兼ねてるんですよ。後はこいつを被るだけさ」

 

 そう言ってルークは黒生地に紫のボーダーが入った、ヘルラージュお手製のスーツを引っ張り、顔の上半分を覆う仮面を取り出した。

 実際にこのスーツはイエティの剛毛を混ぜ込んでおり、魔物の爪を通さない頑丈さと行動を阻害しないしなやかさを兼ね備えた素敵礼装だったりするのでルーク本人もなんだかんだ気に入っている。

 

 そして何より、洒落ている。

 

「へえ~」

「ところで表の人達はどうするんですか?あなた達のパーティですよね」

「ここで待機してもらうでち。構わないでちか?」

「構いませんわ!」

 

 そうして四人は意気揚々と浜辺に出発した。

 

 果たして秘密結社ヘルラージュの初仕事、非合法物資の強奪は上手くいくのだろうか。




〇ルーク 
一人称 俺/私
若干癖のついた茶髪に黒地に紫のストライプが入ったスーツを着こなした伊達男。


ヘルちんへの愛が爆発しました、
以上。

オリキャラをあてがうのはどうなんだという意見もありそうですが二次創作は自由であるということでどうか。

原作だと八人パーティで山賊戦ですが今作ではルークの性能描写の目的もあり四人パーティで行きます。



誤字脱字誤用は絶賛受け付けております。
感想をくれると投稿速度や文章量が上がったりします。


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その2.初仕事と瓦解とボス戦と

簡易ステータス
ルーク トレジャーハンター 副リーダー
特技タイプ
物理アタッカー
魔攻と防御が低く、それ以外は割と均等に伸びるのでドーピングが腐りにくい。
物理全般に弱耐性があり、HPとMPが毎ターン3%再生する。
統率3 運動6 知力4 技術8 魅力1

一般的にシーフと呼ばれる感じのキャラです。
自称トレジャーハンターであり、実際に「おたから」と呼ばれるアイテムもいくつか保有している。


注意:本作は時折原作ゲームを意識した演出が入ります。


 その日、彼らは海岸の高台で待ち合わせていた。

 次元の塔は入る時点で手段が限られており、その上どこの国にも属していないため司法の手が及ばないダンジョン。まさに非合法品を受け渡すには最適とも呼べる場所だ。

 

 本来であれば何事もなく済まされるはずの取引。しかし、それを見逃さない者たちがいた!

 

「な、なんだてめえら!?」

「ふふふ……、私達はお前達の商品を横取りに来た悪党だよ」

 

 ブツを運び、受け渡し相手を待っていた山賊たちは目の前に現れた謎の四人組に驚愕する。

 ギガース山賊団という二人組の山賊団。かつてハーピー族の少女に金銭をだまし取られ、その報復として身柄を売り飛ばそうとしたところを立国直後のハグレ王国に懲らしめられた。そんな経歴を持つ彼らは、懲りることなく非合法の薬物取引に手を染めようとしていたのだが、そこをこの四人組に割り込まれたのだ。

 

 高く柔らかい声色は女のものと辛うじてわかるが、彼女たちは一様に暗色の衣類で全身をすっぽりと覆っており、夜の闇に紛れて全貌がつかめない。

 取引品を強奪に来たという言動から、自分たちの情報が流れていたという事実が山賊たちを揺さぶる。

 

「てめえら、一体何者だ!」

 

 だが彼らとて一端の犯罪者。山賊二人組の内、サブっぽい男が臆することなく闖入者へと啖呵を切った。

 

「フ、私たちは――」

 

 四人組の中でリーダー格と思わしき人物が、闇の中でもわかる不適な笑みを浮かべた。

 

 そこでちょうど月の光が差し込み、四人の姿が見えるように――

 

 

 ……見えるように――

 

 

見ての通りの者よ!

「見て何もわからねえよ!」

 

 

 そこに立っていたのはかっこいいポーズを決める女と男となすびなすびだった。

 

 具体的には、きわどいドレスを着た女性とスタイリッシュなスーツを着た仮面の男性が背中合わせで立ち、その両脇をなすびの着ぐるみを来た少女が固めている。いやあ、なんなのでしょうね。この集団。

 

「地の文ですら混乱してるぞ!?」

「私たち、秘密結社ヘルラージュ!」

「予想と全然違う答えが返ってきた!?」

(予想通りの反応が返ってきたなあ……)

 

 キメキメの名乗りを上げるヘルラージュに対する山賊たちの反応を見てしみじみと遠い目をする仮面の男性は、もちろんだが副リーダーのルーク。そして横のなすび怪人二人はデーリッチとローズマリーである。

 

 アジトの更衣室から出てきたデーリッチとローズマリーは、立派ななすび怪人へと変貌を遂げていた。それを見たルークの口からは思わず「マジで?」と言葉が漏れ、「マジですわ」と自信満々にヘルラージュが返した。そのあまりの自信に満ちたドヤ顔には、流石の彼も反論する気が失せてしまった。

 それに変な格好をしている連中なんて異世界からの召喚者――ハグレに満ちた世界の中では大量にいる。だから人間大のなすびがうろうろしていても大して目立ちは……いや目立つなこれ。

 

 ちなみになんで戦闘員がなすびなのかと言うと、「ヘルラージュのヘルはヘルシーのヘルだから」という理由である。本当かどうかは彼女の名付け親にでも訊くしかないだろうが、そんな機会は未来永劫やってこないのであった。*1

 

「とにかく、あなた達の商品は私たちが貰い受けます」

「黙って置いていけば命は取らねえから安心しな」

 

 ヘルラージュの言葉に続いてルークが恐喝する。仮面の下から覗く冷徹な眼光と相まって、山賊たちよりもよっぽど凄みを出している。少なくとも堅気の人間が出せる雰囲気ではない。だが横のなすび二人のせいでイマイチ決まっていない。

 だが、ここで素直に明け渡しては山賊団の名折れ。なすび怪人にどこか既視感を覚えながらも、負けていられるかとギガース山賊団はそれぞれの得物を構えた。

 

「まあ素直に渡すわきゃねえよなあ」

 

 最初から分かっていた決裂に、ルークも腰を低く落として右手に両刃の短剣*2を構える。ヘルと戦闘員なすび達も魔法の準備を始め、一触即発の雰囲気が辺りに満ちる。

 

「おいお前達、何の騒ぎだこれは!? ……いや本当に何だこれは!?」

 

 睨み合いの最中、山賊の後ろから杖を持った魔法使いの男が現れた。彼は山賊たちの取引相手だ。

 ダークウィザードもやっぱりというか何というか、なすびを従えた男女という珍妙な集団という光景に対して戸惑いながらも、山賊たちの様子からヘルラージュ達が敵であることを理解して杖を構える。

 それが切っ掛けに膠着が破られ、戦いの火蓋が切られた。

 

「行きなさい。ナス&ビー!」

「「きー!」」

 

 ヘルラージュの号令になすびコスが気に入ってきた戦闘員二人がノリノリで山賊達へと襲い掛かる。

 

 最初のターン! クェイク! フレイム!

 二人のなすび怪人(デーリッチとローズマリー)が魔法を放ち、山賊達は困惑のまま対処に追われる。

 

「ええいちくしょう!」

「兄貴!こいつらただのなすびじゃねえですぜ!」

「何なんだよ今日は! 悪夢みてえな冗談だぜ!」

 

 腐ってもそれなりの場数を踏んでいる山賊たちは魔法を捌く。その攻防を隠れ蓑として、彼も行動を起こしていた。

 

「――冗談で済めばいいな」

「は? ……あれ、あの伊達野郎はどこに行った!?」

 

 ――ルークはシャドウハイドを使用した!

 隠密状態(狙われ率低下、回避率上昇)が付与される。(4ターン)

 気配を断ち物陰に身を隠すシーフの基本技だ!

 

 いつの間にか姿を隠したルークの声だけが響く。ヘルラージュ達からは見え、山賊からは見えにくい場所に位置取ることで瞬く間に気配を消し去った。

 姿見えぬ敵に山賊たちは意識を向け、声を頼りに攻撃を繰り出す。

 

「くそっ!」

 

 山賊弟分(サブ)はデススラッシュを繰り出した!

 ミス! ルークにダメージを与えることができない!

 

「ええい!」

 

 ダークウィザードはブリザードⅡを唱えた!

 ミス! ルークにダメージを与えることができない!

 

 苦し紛れに繰り出される雑な軌道を読み切り、ルークは山賊たちの攻撃を余裕で回避した。

 

「……すごいな、魔法も回避できるのか」(なすび)

「これぐらいしか取り柄はないですがね。それで、どうやって戦います?」

「ふむ、盗賊、戦士、魔法使いとバランスが取れているパーティだ。一気に行く必要があるな」(なすび)

「この場合、一人にターゲットを絞るのがいいんでちね?」(なすび)

「そうだ、まず何としても一人片付けることを優先して動こう」(ナスビー)

「それならまず盗賊から狙うのがいいかも」(へるらじゅ)

「オーケーオーケー、それなら手早くやってしまいましょう」

 

 ひそひそ相談するなすび達という、珍妙極まる光景を見せつけられた山賊は困惑を隠せず、そしてそれは刻一刻と状況の変化する戦闘においては隙でしかない。

 きらり、と反射された月光が山賊の視界を照らした時には、すでに彼は山賊の喉元へと迫っていた。

 

「――という訳でだ、まず一人目」

「……え? ぎゃぁ!?」

 

 ――ルークは影から忍び寄って死の一撃を振るった!(会心あり、隠密状態で高確率即死)

 会心の一撃!

 山賊弟分(サブ)に4754のダメージ!

 山賊弟分(サブ)を倒した!

 

「おお! さっそくやっつけたでち!」

「会心と即死の組み合わせってえげつないなあ……」

 

 死角からの不意打ちによって相手を一撃で切り伏せたルークの腕前に感嘆の声が挙がる。

 

「サブ!? この伊達野郎が!」

「ちっ……!」

 

 弟分へと攻撃を仕掛けたことで姿を晒したルークに山賊兄貴は怒りに満ちた一撃を放った。

 流石に山賊兄貴のヒートコンボを捌き切れず、ルークのスーツに焼け焦げた裂傷が作られる。

 

「ヘルズラカニト!」

「ぎゃあ!」

 

 だがそこをカバーするのがヘルラージュだ。

 彼女が操る魔法は古代魔法と呼ばれる極めて高度な魔法。その奥義であるヘルズラカニトはマナを操作して空気を破壊するという極めて凶悪な魔法だ。

 眼前の空気を破裂させられたことによる窒息で山賊兄貴がダウンする。

 

「残ったのは俺一人かよ!」

 

 最後に残ったダークウィザードは魔法の猛攻に耐え、全体魔法で一掃しようと杖を振りかざした。そこで彼は右手がやけに軽いことに気が付いた。

 

「……あれ?」

「探しものはこれかな?」

 

 呼びかける声に視線を向ければ、自分の相棒がルークの手に握られていた。

 

 ――ルークは一瞬の隙をついて得物を奪い取りにかかった!

 ダークウィザードの攻撃と魔攻が大幅に減少!

 

「俺の杖ェ!?」

 

 魔力の下がった魔法使いというただの雑魚も軽くシバかれ、山賊達は経験値とゴールド、そしてブツを置いて逃げ帰る羽目になるのだった。

 

「いえーい!」

「作戦成功よ、早いうちにアジトに戻りましょう!」

 

 

 

 

 

 

 意気揚々と品物を回収し、アジトへと帰還した秘密結社ヘルラージュ。

 

「本当に凄いことしちゃったわね……!」

「向こうも向こうで妙に聞き分けが良かったり、悪事って感じはありませんがね」

「結構サマになってたでちよ。これなら、秘密結社やっていけるんではないでちか?」

 

 ヘルラージュは今後の活動に思いを馳せ、その横でルークは宝箱の中身を検分していた。

 無味無臭でアルコールと同様の効果を持つ「またたびハーブ」。ルーク達が普段生活している帝国領内では違法薬物と指定されている品だ。

 

「また微妙に危険なの取り扱ってんなぁ」

 

 違法な薬物の取り扱いならばルークの出番である。彼は裏社会の事情にもいくつか精通しており、適当に売り捌くなり別の用途に活用するなりと色々利用価値を見出すことができる。

 とりあえずこの危険品は秘密結社が預かる事となり、約束通りデーリッチ達には次元の塔の鍵が渡された。

 

「じゃあ私たちは塔の先を目指すのでこれで、色々お世話になりました」

「さよならでちー!またでちー!」

「いえいえ、ここまで付き合っていただいたのでこっちが礼を言いたいぐらいですよ」

 

 そして名残惜しくも彼女たちには冒険へと戻る時が来る。

 ルークはヘルラージュの妄言に付き合ってくれた二人へと礼儀正しく感謝を示し、笑顔で彼女達を見送ろうと――

 

「ちょ、ちょっとお待ちになって!秘密結社はどうしますの!?」

「え? 辞めますけど……」

 

 ここで二人を逃してしまうわけにはいかないとヘルラージュが引き留めにかかる。

 元々そういう条件だったとはいえ、ノリが良くて強くて何より一緒にいて楽しい二人を逃すことなどヘルにはできない。

 

「お願い! 貴方達がいないと駄目なの!」

「別に二人で秘密結社やればいいじゃないですか」

「嫌よ! 悪いことのバランスがとれないわ!」

「それはそれでなんか傷つくんだが?」

 

 すがりつくヘルラージュに二人は困ったなあという表情をする。

 ローズマリーは唯一ヘルラージュを諭せそうな男に助けを求める。

 

「ルークさんからもなんとか言ってやってくださいよ」

「ヘルさんが自発的にやろうとすることだから止めるつもりはない。という事でどうか」

「……そういえば秘密結社に付き合ってる側でしたね」

 

 秘密結社について心配する言動はあれど、その内容に否定的な意見は一切述べていない。良識があるかと思えば、実際は一番最初に妄言に付き合っている人間がルークだったことにローズマリーは今更ながら気が付いた。

 

 そもそもハグレ王国に属している身で、このままでいるつもりはないとローズマリーは言う。

 じゃあハグレ王国では悪いことOK? とヘルラージュが問うもデーリッチが駄目でちとバッサリ斬り捨て、へなちょこメンタルのヘルラージュはよよよと崩れ落ちてしまう。

 その様子を見てもルークは何も言わない。ただ、ヘルラージュがどういう対応をするのかだけに注視している。

 

「分かりましたわ。もういいです……!」

 

 何処へなりとも行ってしまいなさい。ただし塔の先には簡単に進めると思わないことですとデーリッチ達は二人をアジトから閉め出してしまう。

 二人がアジトから出ていく際、ルークが二人へと声を掛けた。

 

「そういう訳ですので、レベルでも上げておくのがいいんじゃないですかね?」

 

 と、あんまりアドバイスになってない言葉と共に特技書と魔法書をいくつか手渡してきたのであった。

 

 

 割といっぱいスキル書を貰った!

 ……でも被りが多くないか?

 

 

「餞別と慰謝料と思ってください。それでは」

 

 ルークはアジトの扉を閉めた。

 

(ま、久々に暴れられて楽しかったけどな)

 

 いざ引き留めようにも言葉が出なかった自分にため息をつき、鍵をかける。ハグレの集団。社会のはみ出し者たちが集まって国を名乗っている。そこに惹かれるものは無くもないが、彼女が望まないのなら自分もまた留まるのみ。

 ルークは何か慰めの言葉でもかけようかと思った途端、ヘルラージュにしがみ着かれた。

 

「うわーん! く"や"し"い"~~!!」

「おいおい、泣かないでくださいよみっともない」

 

 さっきまでの威勢はなんとやら。

 びえんびえんと泣きじゃくるヘルラージュを、ルークは振り払うような真似はせず、頭に手を置いて安心させる。こういう時の彼女は単純に寂しさが溢れているだけで、少ししたら立ち直るのは分かっているのだ。

 

 だから、この後何をすればいいのかもルークには大体わかっていた。

 

「それで、どうするか決まっているんだよな。ヘルさんよ?」

 

 かしこまった丁寧口調を脱ぎ捨てて、ルークはヘルラージュに問いかける。

 顔を上げたヘルラージュは、びしっと胸に手を当てて答えた。

 

「決まってます、最上階に先回りして彼女達を連れ戻すのです!」

「そうか。分かった」

 

 二つ返事で了承する。

 もとより彼の基準はヘルラージュだ。

 彼女がいいといったのなら、それに従うまでだ。

 

「まずは勧誘です!流石に八人相手では二人で勝てません」

「だよなあ……」

 

 都合よくこっちに味方してくれる冒険者が現れればいいのだが、そう美味い話もないよなあとルークは思った。

 

 

 

 

 

 

「まさか本当に勧誘してくるとは」

 

 ところ変わって次元の塔三層最上部。

 ハグレ王国を待ち受けるために佇むヘルラージュの側でルークは独り言を口にする。

 その視線の先には新たな協力者。新しい仲間を探しにいったヘルラージュは、宣言通りに一人……いや二匹? 加えてきたのである。

 

「見なさいルーク君、ちゃんと仲間を連れてきましたわ!!」

「はむすけでーす! 下のはどらごん君。僕もハグレ王国には個人的な恨みがあるのでヘルちんに加勢しまーす! よろしくお願いしますっすよ旦那!」

 

 それが子ドラゴンに乗ったハムスターなので、大丈夫かなこれと思いつつ実力を訊いてみると割と強そうだった。どらごん君が。

 そのせいか「あれ?これいけるんじゃね?」とルークは思ってしまうのだった。この男、思慮深いようで存外博打狂いである。

 

 そんなこんなでハグレ王国一行が上層を越えてきたのを出迎える秘密結社。デーリッチが率いるパーティは見たことの無い顔ぶれも何人か混ざっており、ルークが以前見かけた者は半数ほどだった。状況に合わせて即座に入れ替えられる人員がいることに王国としての層の厚さが伺え、ルークの中で警戒度が上昇する。

 これは最悪、()()()も出さなければいけないだろうと自分の持つ特殊な手段の中から何が最適化をルークが思案する中、ヘルラージュはハグレ王国と言葉を交わす。

 

 ヘルラージュが名乗り口上を行う際に一層の人の台本を間違えて読んだりと、いまいち締まらない雰囲気だが、しっかり戦って決着をつけようという流れに。

 

「じゃあボス戦ということで、俺も本気でいきますか」

「ルーク君も戦うんでちか?」

「そりゃあ勿論」

 

 とことん付き合ってやろうと決めているので、とは言葉にせずルークはヘルラージュの隣に並び立ち、仮面を装着し短剣を構えた。

 仮面から覗く飄々とした目つきはギラギラと鋭くなり、敵対者を刈る影の刃は容赦を捨てた。

 

「三対八、だが人数の有利で勝てるほど、秘密結社(俺たち二人)は甘くねえぞ」

「さあ行くわよっ、秘密結社を取り戻せー!」

 

 ヘルラージュが出現!

 ルークが出現!

 はむすけ&どらごんが出現!

 

「ルークを先に押さえろ! 回避力を上げられたら一人ずつやられていくと思え!」

「OK! サイキックパワー!」

 

 ローズマリーの指揮の下、先手を取ったのはハグレ王国のサイキッカーヤエ。サイコバインドによる謎フィールドで全体を押さえつけにかかる!

 

「雷と麻痺か!」

「スタンは無効っすけど麻痺は普通に効くっす!」

 

 ルークは行動を阻害されることは逃れるも、どらごん君は痺れて攻撃ができない。そこに集中してハグレ王国の攻撃が続く!

 

「集中攻撃で落としに来やがって! ヘル!」

「『禍神降ろし』!」

 

 はむすけが滅多打ちにされるのを見たルークの助言に従い、ヘルラージュは己の奥義たる魔法を行使する。古き神々の力を借り受ける彼女の魔法は、このように味方を超絶強化することもできるのだ。

 

「うっひょー! なんかすごいパワーが出るっす!」

 

 麻痺から解放されたはむすけにヘルラージュが禍神の力を憑依させる。力溢れるどらごん君が雷撃を放ち、ハグレ王国の前衛を混乱させる!

 

「あちらも中々役割分担ができているようだな……」

「俺を忘れてもらっちゃあいかんな!」

 

 ルークが一刀両断の勢いでローズマリーに斬りかかる!

 だが刃が届く前にその刃は盾に阻まれる。赤い髪を後ろに編んだ女戦士が、参謀の間に割って入ったのだ。彼女の名はジュリア。献身の大盾と名高き腕利きの傭兵は、ルークの盗賊に近い戦い方を完璧に対処していた。

 

「チッ……!!」

「悪いが、その一撃はいただけないな」

「……その赤髪と大楯、さては傭兵隊長のジュリアか」

「良く知っているじゃないか!」

「職業柄、情報には詳しくねえとな!」

 

 傭兵隊長が致命の一撃を防ぎきる。弾き飛ばされたルークは彼女の素性を看破し、相当の使い手であることを理解する。ジュリアもまたルークが戦い慣れした人物であることを見抜いた。

 

 ルークが着地すると同時に、雷が鳴り響き、冷気が周囲に満ちる。ハグレ王国から放たれた魔法が秘密結社を襲ったのだ。

 

「うひゃあ! これはもうだめだー! ヘルちん! 旦那! 後は任せたZE!」

「あれ!? ちょっとはむすけ!? 何逃げてるのよ!?」

「あんにゃろ、やっぱり畜生は畜生だったか……」

 

 猛攻に不利を悟ったのかはむすけ&どらごんは勝手に逃走を始め、ヘルラージュが目に見えてうろたえ始める。

 

 ルークの思考が巡る。

 

 このまま戦闘を続けても敗北の色は濃い。負けてしまえばデーリッチたちが秘密結社に戻ってくることはないだろう。

 

 ――そうなれば、どうなる?

 

 ――また一人になるのか?

 

 ――また一人にするのか?

 

 かつて自分達の仲間が去っていった時に感じた虚無。己の心にぽっかりと穴を空けたあの空虚が蘇る。その感触を、今度は彼女が味わうと言うのか。

 

 かつての記憶が逆流し、思考が冒険者のものから貴族たちを相手どった義賊……すなわち亜侠のものへと変わる。

 

「……結局は博打か、仕方ねえか」

 

 ()()は緊急事態でも無ければ非常にリスクの高い手段ではあるものの、成功すればアドバンテージを取ることができる。逆転の目があるとすればそれしか無い。

 どうしようもなく運頼みの破れかぶれ。しかしそれが自分らしいと彼はシニカルに笑った。

 

()()()()、こうなったら()()を使うぞ!」

「えっ、それってもしかして()()のこと!?待って待って!」

「何だ……? 何をしてくるつもりだ?」

 

 ルークが腰に吊り下げたポーチに手を突っ込み、手のひらサイズの物体を取り出す。それを見てヘルラージュは顔を真っ青にし、慌てて手で頭を覆いしゃがみ込む。

 明らかに普通じゃない様子を見てローズマリーが警戒を強める。

 取り出された()()()に対してあたりをつけたのは王国の鍛冶屋ジーナだった。

 

「……銃? それにしては随分と小さいじゃないの」

「あれは拳銃ね。気を付けて、あれでも充分威力は出るどころかこの世界のものよりも上等よ」

「任せな。俺の筋肉で防ぎきってやる」

 

 ルークが取り出したのは鉄砲、銃と呼ばれる遠距離武器。

 しかしその形状は帝都で製造されている先込め式単発銃(マスケット)ではなく、手のひらより少し大きい程度の片手で扱える、所謂拳銃というものだ。

 そのことを元の世界由来の知識からヤエは大きさに惑わされないように呼びかけ、逞しき牛人のニワカマッスルが一行の盾となるべく前に出る。牛人の鍛え上げられた筋肉は天然の防弾チョッキとも形容できる。

 常人ならば致命傷を負わせられるだろうが、即時回復の魔法がある冒険者パーティにはあまり脅威とは言えなかった。

 

「でもあれで形勢が変わるとは思えないんでちがね」

「ハッ、もとより悪あがきだよ!」

 

 体裁を繕うことをやめたのか、ルークが粗雑な口調で声を荒げる。懐から取り出した一発の弾丸を装填し、ハグレ王国に銃口を向け引金を引いた。

 

「いけ! 《死の弾丸》!!」

 

 ルークはデッドリーバレットを撃った!

 生死をかけたギャンブル! 死神は誰を標的に選んだか!?

 

 破裂音と共に音を置き去りにする速度で鉛玉が飛んでいく。幸いにも、その一瞬で被弾した者はいなかった。

安堵したのも一瞬、ハグレ王国を通り過ぎたはずの弾丸は曲線を描き、180度の方向転換!

 

「え、私!? ぎゃああああ!」

 

 ハグレ王国で一番の巨体を誇る妖精神、かなづち大明神ことかなちゃんは己の避けられない運命を直感して叫ぶ。

 その大きな背中に銃弾が突き刺さり、断末魔の悲鳴と共にかなちゃんははずしんと大きく地面を揺さぶりうつぶせに横たわった。

 

「かなちゃーん!?」

「問答無用の即死攻撃か……!!」

「でも、そんなすごいのがあるなら最初から使えばいいじゃないでちか?」

 

 タフネスに優れるかなちゃんが一撃で倒される威力の技を最初から使用しなかったことにデーリッチは疑問を抱く。

 

「簡単な話だ……!! この弾丸は敵も味方も関係なく一人に当たる無差別技だからな!!」

 

 《死の弾丸》は死神のきまぐれを引き起こす呪物。そこに人の意思が介在する余地はない。敵と味方の区別はなく、誰を死の淵に連れていくかはすべて死神の手に委ねられる。

 亜侠の口から語られたのは、そんな身も蓋もない効果だった。

 

「思ったよりひどい攻撃だったー!?」

「なんて奴だ……ヘルちんに当たるとは考えなかったのか!?」

 

 いくら蘇生手段があるとは言え、自分含めた味方にまで即死の危険性がある博打狂の弾丸を使用するなどやけっぱちにも程がある。

 身もふたもない真相に驚愕と非難を浴びせる面々。

 

「当然。ですがヘルは普段のツキが悪い分ここぞという時はやってくれますので」

 

 だがルークは涼しい顔。口調も取り繕ったような敬語に戻ってしれっとそんなことをのたまった。

 

「信頼しているのか信用していないのか……!!」

「だがあれは多用できない代物と見た。準備行動があるから気を付けて前衛と後衛を入れ替えろ!」

「……こたっちゃんこたっちゃん、準備できた?」

「ばっちりじゃん!」

 

 予想外の隠し玉に王国が警戒を最大限にする中、攻撃が終わったことを知ったヘルラージュは震えながら起き上がった。

 

「びえ"え"え"~! 怖かった~!!」

「泣くのは後にしてくれ。それより禍神降ろしをくれ、ここで押し切る。頼むぜリーダー」

「……分かりました!」

 

 泣きつくヘルラージュを優しくどかし、今望めるだけの援護を要請してルークは短剣を構える。

 彼は前衛の回復が追い付く前に会心狙いで大技を連続で放つつもりだった。彼女もそれに応えた。

 

「『禍神降ろし』!」

「よし、喰らいやがれ!」

 

 ルークは一気呵成に突撃する。

 繰り出すのは己の最大の技のサプライザル(影に潜む一撃)

 隠密状態ではないので即死は狙えないが、ならば会心の一撃に集中力を注ぎ込むだけの話。

 まず一人を一撃で崩して、そこから瓦解させる。

 

 狙うならば、チームの要である彼女だ。

 前衛の中で一番近くにいたデーリッチ目掛けて矢のように突き進む。

 

 流石に秘密結社の一員なので不殺ということで柄で殴るように逆手で振りかぶり――、

 

 

 

 

 

 

「ごぶはぁっ!?」

 

 

――ルークは空高く吹き飛ばされた。

 

 

 腹部への強烈な衝撃。

 的確に抉るような激痛。

 一瞬にして朦朧とする意識の中、彼の視線は自然とかの王へと向かう。

 

 ヘルラージュがぽかんと口を開く。デーリッチはニヤリと笑う。

 

 

――そこにあるのはこたつだった。

 

 

 こたつから顔をだした竜人、こたつドラゴンはデーリッチと視線を交わしドヤ顔で親指を立て合った。

 

(マジかよ)

 

 みぞおちにこたつの角を喰らって宙を舞ったルークは、解せぬと言った表情で地面に叩きつけられて気絶した。

 

「ルークくーん!?」

 

 相棒の戦闘不能とMPの枯渇により手も足も出なくなったヘルラージュは戦意喪失。

 

 これにて戦闘終了。ハグレ王国のMVPは地味にTPを貯め続けこたつカウンターを温存したこどらであった。

*1
多分お姉ちゃんもわからない

*2
キンジャールっていいます




みんな大好きこたつカウンター

ルーク君はヘルちんに対して甘々です。
彼が持ち出した拳銃はS&W M36チーフスペシャル。そして撃ったのは《死の弾丸》という「アジアンパンクRPG サタスペ」に登場するおたからです。
秘密結社戦ですが原作と比べて個々のHPは減っております。

彼の導入は次回で終了。
ハグレ王国と彼が本格的に関わる話です。


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その3.王国へようこそ

3話目です。
宜しくお願いします。

ルーク
パッシブスキル
アウトローの生き様
近接攻撃に耐性。
HPとMPが毎ターン3%回復。

固有スキル
☆シャドウハイド 消費MP8% 消費TP20
隠密状態(狙われ率-50%、回避率+25%)
回避率は魔法回避率も上昇するので生存率が高い。
シーフとしての必須技能。持ってない盗賊のほうが多いとか言わない。

(2023/4/10 台詞周りを改稿)


 ハグレ王国が誇る凶悪兵器、こたつカウンターの前に沈んだ秘密結社ヘルラージュ。

 戦闘が終了して間もなく、ルークは目を覚ました。

 

「ぐえ……」

「あ、起きたかい?」

 

 抉るような痛みを堪え、むくりと上半身を起こしてヘルラージュの姿を視界に収める。はむすけの姿は綺麗さっぱり見当たらなかった。

 

「あのげっ歯類は……逃げましたか。ったく、所詮は畜生か」

「メンバーはもうちょっと慎重に選んだほうがいいんじゃないかい?」

「そっちのように豊富なメンバーの当てがあるわけでも無いんですよ、こっちは」

 

 悪態をつくルークにローズマリーは苦笑する。

 

「ところで君、やっぱりそっちの方が素なんだね」

「あ~……ん、こうやってかしこまった言葉してればある程度は話聞いてもらえますからね。仕事口調ですよ」

「ル"ー"グぐ~ん"」

「へちょらないでください。あれを意識の外に置いていた私のミスです」

 

 泣きついてくるヘルラージュをあしらいつつ、視線を後ろに下がった王国に向ける。自分を撃破した張本人であるこたつドラゴンはドヤ顔を返してきた。

 こんなふざけたやつに……と非常に腹が立つが、そのせいで意識から外していた自分の判断ミスなので怒りを鎮める。

 

「『ふざけた奴ほど油断するな』……あの人からの教えを忘れていたのが敗因か」

「冷静に分析していても仕方ありません! 二人を引き戻すのに失敗してこれからどうすれば……」

「それなんだけど、二人とも王国に来ないかい? ほら、最初に言っていたじゃないか」

 

 じゃあ秘密結社はどうなるの、とヘルラージュが問う。元々、それが原因で始まった戦闘だ。負けた自分たちにうだうだと言う資格はないが、それについてはデーリッチが提案を出した。秘密結社は王国内でやればいい。小さな悪事から初めて立派な悪人を目指せばいいのだと。

 

(確かに、ヘルにはぴったりの道だな)

 

 どうせ大した悪事もできないヘタレだ。これぐらいゆるゆるな感じのほうがヘルも無理に頭を悩ませずに済むだろうし、何よりデーリッチ達と活動をしていた時は本当に楽しそうにしていた。それが一番いい。ルークは一人そう思いつつ、同時に自分の身の振り方についても考えていた。

 勿論、ヘルラージュが反対しないのならば自分も受け入れるつもりではある。しかし堅気ではない自分は彼女の様にすんなりとはいかないだろうとも考えていた。

 

 思案しているうちに、ヘルラージュはデーリッチの提案を受け入れてハグレ王国に加わることを決める。

 

「……ルーク君はどうしますの?」

 

 ヘルは自分の相方を見る。それなりに長い付き合い。世渡りの方法を教えてくれて、秘密結社の設立に立ち合って、ここまで付き合ってくれた。そんな彼の意思を尊重するために。

 

「あなたが行くならついていきますよ。ここに愛着があるわけでもありませんので」

「秘密結社はどうでもいいんですの!?」

「次元の塔だよ! 全く、手がかかる……」

 

 肩をすくめたルークはデーリッチ達に向き直り、改まった表情で口を開く。

 この小さな王様に、逸れ者なれど悪には遠い者達に、最低限自分のことを伝えておくのが筋であった。

 

「あらかじめ言っておきましょう。私はヘルのような底抜けの善人ってわけじゃありません。むしろ法を犯したことは数えきれない……盗みや殺しだってやってきた悪党だ。そんな俺を、仲間に迎え入れるのか?」

「もちろん!」

 

 即答だった。

 ルークは目を丸くした。確かにハグレは大なり小なり鼻つまみ者ではある。だが、それでも自分のような札付きまで二つ返事で受け入れるなど、人を信じるにもほどがあるだろう。

 

「ルーク君は良いひとでち。話したのはちょっとでも、ヘルちんのことを大事に思っているのが十分伝わってきたでちよ」

「取り繕っているとは考えないのですか?」

「そんなことできるならそもそもヘルちんと一緒にいるわけないでち。多分だけど、ヘルちんはそういう勘だけは立派でちからね」

「まあ、ここにいるのは全員訳アリみたいなものだしね。今更一人二人増えたところで変わらないさ」

 

 手を差し伸べてくるデーリッチ。

 それを見てルークの脳裏にかつての光景が去来する。

 

 幼い頃、街を出て一旗揚げようとするあの男についていこうとした。子供たちの人気者だった彼を、夜中の馬車までこっそりと追いかけてきた自分を見た、獰猛だが愛嬌のある笑顔を。

 

――なんだどうしようもねえ悪ガキだな。いい度胸だ、だったら俺についてきな! 

 

――俺はチームのリーダーだからな。相手が信用できるかどうかは、見てわかるさ。

 

「……そうですか。そうだよなぁ」

 

 目の前にいる彼女と、今は亡き彼は全く異なる部類の人間だ。

 背丈も、性別も、性格もなにもかもが違う。

 だが、それでも。

 その差し伸べられた手が、ルークにはとても大きなものに見えていた。

 

(悪くねえな)

 

 ルークは笑みを返し、ヘルラージュと同様にその小さな(大きな)手を取る。

 

「それじゃあ改めて、……俺はルーク。《おたから使い(ガジェットマスター)》のルーク。小細工ぐらいしか取り得はないが、ヘルラージュ共々、よろしく頼む」

「こちらこそ、よろしくでち!」

 

 

――ヘルラージュとルークが正式に王国のメンバーとして加わりました。

 いつでも、パーティ編成できるようになりました。

 

 

「それじゃ、王国に帰るでち!」

 

 

 

 ◇

 

 

 

 王国に戻ったデーリッチ達は、休息をとると同時に新しい仲間へ拠点の案内をして回っていた。談話室、食堂、応接間……そして今はハグレ王国の活動方針を決定する大事な会議室を案内している最中だ。

 

「ここが会議室でち! 王国の皆で集まって会議をするんでち」

「まぁ、広いわね。これだけ広い部屋で秘密結社の会議をするなんてドキドキしますわ」

「既に秘密結社が使用すること決まってるー!?」

 

 デーリッチは主にヘルラージュの案内をしており、ルークの案内はローズマリーが受け持っていた。ルークは拠点である遺跡のあちらこちらを興味深く観察している。

 

「なるほど、昔の遺跡をそのまま使ってるのか。お宝とかは無いのかい?」

「特にそう言ったものは……、使っているのは表面だけですし、地下は魔物がいるので塞いでいますので」

「へえ、地下ね。一度潜ってみたいものだ」

 

 拠点の地下が遺跡だという発言にルークは目を光らせる。

 職業冒険者、その中でも特に遺跡探索を請け負う者として、遺跡と聞いたら財宝を探しに向かいたくなるものだ。それが誰も足を踏み入れたことのない場所ならば猶更である。

 

「特に何も無かったはずだけどね」

「こういうのは隠し部屋とかあるもんですよ。一度連れて行ってもらいたいですね」

 

 ルークは指を丸く作って金貨が欲しいとアピールをする。

 

「いたいた。マリー、こっちに大明神来なかった?」

「いや、来てないけど」

「どこに行ったのやら……新入りに迷惑かけてなきゃいいんだけど」

「自分のことか?」

「いや、女の人のほうだけど……あなたも新入り?」

「彼も新しく加わった一人だよ。君と同じこっち(現地)側の人間だ」

 

 二人に声をかけてきたピンク色の髪で召喚士の服装をした十代後半*1の女性、エステルはがローズマリーを見かけて話しかけた。

 エステルはかなづち大明神を探していたらしく*2、図体に似合わずすばしっこいその姿を途中で見失ったのでここまでやってきた形だ。

 

「よろしく、私はエステル。召喚士をやっているわ」

「おう、俺はルーク。《おたから使い》のルークだ」

 

 新顔に対して職業と共に名乗るエステル。

 溌溂とした彼女に、ルークもまた気さくげな口調で返す。

 そうして互いに挨拶を終えると、エステルはむむ、と眉をひそめた。

 

「……何かひっかかるわね」

「どうしたんだい?」

「ああいや、大したこと無いのよ。ただ彼の顔、何となく見覚えがある感じがするっていうか」

 

 う~ん、と記憶の棚を漁りだすエステル。

 それを見ながらルークは素知らぬ顔で口を開いた。

 

「……商店街のピンクが召喚士って、どういう風の吹き回しだ?」

「エステルのことを知ってるのか?」

「カエル商店街*3のガキ大将だろ? よくエルヴィスの旦那のダボラを真に受けて、アホな真似に明け暮れた悪童どものリーダー格」

「その時の話はやめろ……って、あー! あーっ!!」

「ひっ!」

 

 しれっとエステルの幼少期について語るルーク。

 それを聞いてようやく合点がいったエステルが叫び、ヘルラージュが悲鳴を上げた。

 

「ルーク! ガラクタ集めと工作好きのルークか! いやー、忘れてたわ。ごめんごめん」

「やっぱり忘れてたな。こっちはキャラ濃すぎて忘れたくても忘れられねえってのによ」

「まあアンタ地味だったし? しかしまさかここに来るとはねえ、帝都で見かけないからもう死んだかと思ってたわよ」

「お生憎様、旦那と一緒に冒険者やってましたよっと」

「知り合いだったのかい?」

 

 一転して親しげにルークとエステルは軽口をたたき合い、その様子にローズマリーは疑問を飛ばした。

 

「まあね。別にそこまで親しいわけじゃなかったけど」

「こいつがガキ大将だった時の取り巻きだったんですよ。昔は皆で近所の旦那の武勇伝を聞いてました」

「いやー、それにしても懐かしい顔だわ! しかもなんだよ、その洒落た恰好。昔はは古着を着まわしてたくせに」

「そりゃお前も同じだったろがよ。まあ、色々あったんだよ」

 

 ルークの礼服を見て、エステルは背伸びした子供をからかうように突っかかる。

 かつて帝都に住んでいた時のルークであれば、おおよそ無縁と言えるような服装だ。

 

「ヘルに作ってもらったんだよ。今は秘密結社の副リーダーでね、つまり相方の趣味みたいなものだよ」

「秘密結社? 何でまた?」

「詳細は省くが、前のチームが解散した。その後にそこの破廉恥とパーティを組んだら何故か秘密結社を名乗り出した」

「はっ、破廉恥!? 誰ですのそれは!?」

「鏡を見てきてくればわかりますよ」

 

 口調を丁寧に戻してルークはエステルに経緯を簡潔に語る。

 唐突に罵倒されたことでヘルラージュは突っかかるが、ルークは適当にあしらった。

 

「ところで、エステルさんはルーク君とはお知り合いなんですね?」

「ただの昔馴染みよ。というかパーティ組んでてこいつの過去を知らないの?」

「まあ、特に話す事でもなかったし、お互いそういうのは気にしなかったからな」

「へえ、過去にはこだわらないってやつ? 漫画みたいじゃない」

「そんなカッコいいものでもないさ」

 

 ねえ? と苦笑するルークにそうね、と返すヘルラージュ。

 それを見たエステルの、

 

「やっぱり漫画じゃねえの」

 

 という言葉にその部屋にいた全員が同意した。

 

 

 

 

 

 

 秘密結社の二人にとっては記念すべき初参加となる王国会議。

 ハグレ王国の冒険が一区切りつく度に開かれ、それぞれの活動報告を持ってくるのだが、新人が加入する度に恒例となっているのが国民からの店舗提案だ。

 

 これは秘密結社にも事前に伝えられており、彼女たちも自分の案を用意していた。

 

 まずヘルラージュが早速自信満々に名乗りを上げ、秘密結社の名にふさわしい悪の店舗を提案する。

 

 その名もなんと人造人間工房。

 

 布と綿で構成された不死身の体を持つ人造人間は、その愛嬌から多くの人が買い求めて大きな利益を王国にもたらすという壮大な計画をヘルラージュはローズマリーに話す。

 あまりに衝撃的な内容にローズマリーが制止するも時すでに遅く、王国民のクローン体である人造人間も何体か製造済み。もはや彼女を止める手立てはない……!

 

「まあぬいぐるみショップなんですがね」

 

 というのはヘルラージュのボケで、実際はみんなを象ったぬいぐるみを売るファンシーショップである。

 

 悪乗り大好きな王国民の茶番により収拾がつかなくなり始めたクローン騒動はローズマリーが店舗を承認することで強引に打ち切った。実際悪くない案なので、特に否定する理由もなかった。

 

 そんなこんなで次はルークの番になる。

 

 ヘルラージュは持ち前の裁縫技術によってぬいぐるみを大量に作成し、これを商品にするという本人の持ち味を生かした提案だったわけだが、はたして彼は何を提案してくるのかとローズマリーは密かにツッコミのスタンバイをする。悲しきかな、彼女は既にボケへの備えを無意識に行っていた。

 

「挙手しておいて何ですが、固定の店って訳ではないんですよね。自分の場合」

「それって何らかのサービスの提案かな? 心配しなくてもうちはそういう形も歓迎しているよ」

 

 ルークの前置きにローズマリーがフォローを入れる。

 皆がそれぞれ立派な店舗を提案しているが、エステルが体育グラウンドを提案したように収入に繋がらないような設備も充分歓迎しており、もっと言えば三つ首犬のベロベロスなんかは自分の能力向上のためのトレーニングを提案していたりする。

 

 だからあまり型にはまったような提案でなくてよいとローズマリーが言うと、ルークは少し安堵してから話を切り出した。

 

「ありがとうございます。では本題に入りますと、素材の売買をしようかと思いまして」

「素材かい?」

「ええ、元々宝を売り歩いていた経験を活かしてみようと思いまして。素材の買取自体はその辺の店でもできますが、販売となると少ないじゃないですか」

「確かにそうだね。大体はダンジョンに潜れば手に入るから買い急ぐものでもないしね」

「ですが、下級のアイテムを求めてレベルの低いダンジョンにわざわざ行くというのも苦行です。主にクェイク*4とかクェイクとかクェイクとか」

「やけに具体的だなあ……。まあ確かにダンジョン探索は鍛錬も兼ねてるから弱い魔物のいる場所を巡るのは効率が悪いよね」

 

 おおよそ私怨が混ざった冒険者の世知辛い事情を吐き出すルークだが、ローズマリーはそれに一定の理解を示す。

 レアアイテムが欲しいからと言って、弱い魔物を延々と借りながら探索をするのはただの徒労だからだ。

 それに、冒険者が必要とする上位素材はギルドでも中々出回らない。

 その点ハグレ王国はキーオブパンドラという反則アイテムによってダンジョンへと潜りたい放題。いずれ素材を持て余すのは自明の理。ならばそれをより高く売り、レアアイテムを持ってこれるという活用しない手は無い。

 

「という訳でして、下級アイテム取り扱いを中心にした行商人でも始めようかと。主に冒険者中心の商売になるので足での商売になりますが、そのあたりは交易に便乗することで経費は抑えられる筈です」

「理屈は通ってるし、私としてはいいんじゃないかな。ただ……」

「う~ん、もう一押し欲しいところでちね。デーリッチ達には何かいいことあるんでちか?」

 

 ローズマリーは納得した様子だが、国王は難色を示している。

 ハグレ王国は冒険者パーティという目線で見れば高レベル帯のため、今の段階では恩恵が薄い。

 ルークは予想通りと言った風に次の案を提出する。

 

「それについては心配なく。私が相場を見て需要の高い素材を他よりも高値で買い取ります。高レベルの素材を欲しがる冒険者は星の数ほどいますから問題はありません。それとレベルは下がりますがレアアイテムも販売しますよ。こちらは入荷すればになるので、基本的には持て余した素材を高く引き取ってもらえると考えてください」

「なぬっ! レアアイテムでちか!?」

「ええ、取り逃した秘宝とか揃えたいスキル書とかあるんじゃないですか?」

「当然でち! 早速始めてほしいでち!」

(うまいことやるなあ……)

 

 蒐集家としての性をくすぐられたデーリッチは店舗の最終案をせがみ始める。

 

 拠点に施設を追加します。

 現在のダンジョンレベル(基準は次元の塔)よりも下級の素材を取り扱う施設です。

 また現在のレベルの素材をランダムで高く買い取ります。

 稀にレアアイテムや秘宝が入荷します。

 また、交易の収入を増加させ他の店舗よりも生産力が高いです。

 

 ただし、店舗のブースト対象にはなりません。

 

 ルークの提案。

 「素材販売」

 初期投資に20000G必要です。

 提案を採用しますか?

 

「はいでち!」

 

 デーリッチが勢いよく承認したことで提案は通され、ルークに20000Gが融資される。

 

「ありがとう。期待を裏切らない働きを約束しましょう。そして売り上げを高くするためにも、是非探索を頑張ってくださいよ」

 

 発言の裏でルークは安堵した。

 正直な話、ルークが出した提案はモグリの行商人でしかなく、これを却下されたら雑用ぐらいしかやることがない。実際一度デーリッチに渋られたので、色々と利点をひねり出して何とか了承を得たのが実情である。

 

「ふぉっふぉっふぉっ、いいんでちか? あんまり頑張りすぎると買取が無くなっちゃうかもしれないでちよ?」

「そういうのはダンジョンの女神様がお見通しだろうから、否応にでも頼ってくるだろうさ」

「嫌な期待のされ方でちね……」

 

 拠点に素材取引所がオープンしました!

 ルークに話しかけることでショップを開けます。

 

「ふう……」

「どうしたんですかローズマリーさん。そんなため息ついて」

「いやあ。特に変なボケとかなく終わったなあって」

「今まで何を見せられてきたんですか……?」

 

 店舗提案の度に数々のボケを投げつけられてきたことを思い出し、遠い目で語るローズマリーに、厄介事には飽きなさそうだとルークは思った。

 

 

 

 ◇

 

 

 

『義賊伝説』

 

 拠点の談話室。

 ルークは仲間たちとテーブルを囲んで食事をとりながら、自分の身の上話に興じていた。

 

「へえ、ハグレの冒険家についていってトレジャーハンターねえ」

「さぞかし儲かったんじゃないの~?」

 

 誰が意図して発言したわけでもない「王国に来るまで何やってたの?」から始まった過去語り。

 ルークの行動力に感心するニワカマッスルと対照的に、稼ぎについて尋ねてくるのは有翼人のハピコだ。金を好む種族らしく荒稼ぎの話題に食いついてきた彼女に対し、ルークは肩を竦めてみせた。

 

「だったら良かったんですがね。結局やってたのは貴族や金貸しの金庫に襲撃をかけるのと酒場の依頼が半々で、遺跡探索とかはそこまで。しかも報酬はほとんど準備と後始末に消えて見入りなんて雀の涙。一人になってからの方が安定していたとは思いますよ」

 

 しかし、あの頃のほうが充実していたのだと彼の表情は語っていた。

 何でも無いように語られる物騒な武勇伝に、個性派な面々も少々驚いたようで、ルークは内心で笑みを浮かべた。

 ヘルラージュも過去を尋ねはしなかったが、実際には興味があったようで、彼の話す内容に一喜一憂の反応を見せている。

 

「お前中々破天荒なことやってんだな……」

「それも旦那ってやつと一緒にかい?」

「ええ、エルヴィスの旦那をリーダーに、パーティを組んで大陸を跨いだものです」

「ん? エルヴィスだって……?」

 

 その名前に反応したのは次元の塔でルークと打ち合ったジュリアである。

 彼女は傭兵として、ルークの出した名前に聞き覚えがあったようだ。

 

「もしかして、《夜明けのトロピカル.com》か?」

「おや、私達を知っているのですか?」

「当時は傭兵の間でも君達の話題で持ち切りだったからね。……そうか、君があの《おたから使い(ガジェットマスター)》か」

「なんですかいジュリアさん、そのヘンテコな名前は?」

(ニワカマッスルも十分ヘンテコな名前だと思うけどな……)

 

 ジュリアの口からでた組織名と思わしき言葉をマッスルが訝しむ。

 

「ああ、エルヴィス・大徳寺というハグレを中心とした義賊団だ。主に悪徳貴族から金品を奪い、市民にばら撒いていたことで3、4年前まで有名だった」

「あの人は《亜侠》って名乗ってましたがね。何でも以前の世界でも同じようにパーティ組んで暴れてたようでさ。俺たちもそれに(あやか)って亜侠と名乗ってるんだ」

「じゃあその《おたから使い》ってのは?」

「義賊団のメンバーはそれぞれに通り名がついていたんだ。《ハグレ軍曹》、《青空オレンジ》、《ナギナタボーイ》、《波濤戦士》、そして《おたから使い》。奇怪なマジックアイテムや秘宝を自在に使いこなす様子からそんな風に呼ばれていたんだ」

「マジックアイテムって言うと……ああ、あの銃弾か?」

「ははは、あれは正直言って恐ろしかったですよ。死神に愛された弾丸なんてものがあるとは。他にもああいう危ない物持ってるんですか?」

 

 おたからについてニワカマッスルが次元の塔でルークが使用した《死の弾丸》を話例に挙げると、その恐ろしい威力を身をもって知ったかなづち大明神は身を震わせる。

 

「極端なほうですけどね。他にも宙を自在に舞える糸とかどこでも使える高級レストランの無料券なんてありましたね」

「なにそれうらやま!」

「まあ何故か6分の1で汚職事件扱いされてしょっぴかれるんですが」

「こえー!?」

 

 お食事券の内容にデーリッチが目を輝かせるが、確率で旨い飯ではなく臭い飯を食いかねないというとんでもない危険性に思わず叫んだ。

 

「そんなのが旦那の世界にはゴロゴロ転がっていたらしくてですね。ひっくるめて《おたから》って呼ばれてたようです。ついでに言えば、この銃も彼から貰ったものですよ」

 

 そう言って取り出したのは戦闘で使用した拳銃、《S&W36チーフ・スペシャル》

 ルークはその引金に指をひっかけ、クルクルと器用に回してみせる。

 

「本人は近接型だから無用の長物だと言って押し付けてきたんですよね。まあ、肝心の弾丸が手に入らないので使う機会は殆どないけど」

「そんな小さいのが銃なんだろ? いっぺん調べてみたいものだね」

「じゃあ後で一つ渡しますよ。三つも押し付けられて困ってたんだよね」

 

 ジーナが拳銃に興味を抱いて、ルークはそれを承諾する。使い道の限られる武器ならば、武器の専門家に預けたほうがいいだろうと思ったのだ。

 もしかしたら銃弾を作ってくれるかもしれない。そんな淡い期待も彼にはあった。

 

「でもさでもさ、そんなすげえ奴とパーティ組んでたのにルークっちはなんで今秘密結社なんてやってんだ?」

「なんだか雑に扱われましたわ!?」

「ああ、そのことですか」

 

 妖精王国の女王であり、現在はハグレ王国に留学しているイカヅチ妖精のヅッチーが何の気なしに発した言葉にヘルラージュはショックを受ける。

 

 そんなリーダーの様子を気にも留めず、ルークはチームを解散した理由について口にした。

 

「簡単な話さ――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

いなくなっちまったんですよ、エルヴィスの旦那。遺跡の割れ目に落っこちてそれっきり。リーダーを失った俺たちは活動が纏まらず、そのまま解散したんだ」

 

 

 一瞬、周囲が静まり返った。

 

 リーダーの死という衝撃的な内容に、一同は驚き、そして口を噤んだ。

 

「……すまねえ、悪いこと聞いちまったか?」

「いえ、喧嘩して別れたわけでもないですから。それがチームの寿命だったんだと思ってますよ。どうせチンピラ冒険者の集まりだ。まとめ役がいなければ自然に分解するのは当然の話さ」

 

 藪蛇だったかと気遣うヅッチーに、ルークは気にしてないように振る舞う。

 だが、先ほどの発言の時。ルークの目には悲しみと後悔の色が浮かんだことを、ヘルラージュは見ていた。

 

「まあそんなわけでして、その後は一人で冒険者をしているうちにヘルと出会ったわけなんですね。それじゃあ私の話はこれぐらいにしよう。皆の食事も冷めてるんじゃないないか?」

「おっといけねえ!」

 

 食事を口に運ぶことすら忘れて聞き入っていたことに皆が気が付き、慌てて食器の中身を片付けに掛かるのを見て、ルークはさりげなく談話室を後にした。

 

 

 

 

 

 

 拠点内の通路。

 

 ルークは一人、どこともなく歩いていく。

 どうやら王国民の殆どがあの談話室にいたようで、ルークは自身の靴音がやけに響くのを耳に感じていた。

 

 ――立ち止まって、深くため息をつく。

 

 どうやら思いのほか自分でも堪えているらしい。

 すぐに馴染んだヘルラージュの顔を汚すまいと、彼らと打ち解けるべく慣れない昔話をしたが、どうやらほんの少し興じすぎたようだ。

 

 我ながららしくない。

 少しぶらつけば気分も戻るだろうと、散策に歩きだそうとしたその時。

 離れた後方から声がかけられた。

 

「ルーク君」

 

 ヘルラージュに呼び止められ、ルークは振り向くことなく応えた。

 

「どうしましたか」

「過去を聞かなかったから知りませんでしたが、そういうことでしたのね」

「……何がですか?」

 

 

 

()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

 

「……」

「やっぱり、未練が残っているんですか?」

 

 ルークは観念したように溜息をつき、そして口を開いた。

 

「……別にヘルをリーダーと認めてないわけじゃないさ。むしろ俺には勿体ないぐらいだ。……ただまあ、まだ少し割り切れていないだけなんだよ」

 

 そうやって語る彼の顔は見えなかったが、どんな顔だったかなど想像に難くない。

 

「ルーク君……」

「あの人には俺の命を預けていたからなあ、そう簡単にリーダーって呼べないだけさ。そうしたら、あの人と同じになるんじゃないかって。……だからさ、あの時で俺が《死の弾丸》を使っただろ。そこで初めて呼んだのはそういう事なんだ」

「え、それって……」

 

 ヘルラージュの期待するような反応に、ルークは背を向けたまま答える。さっきまでのセンチメントから、くるりと飄々とした口調で。

 

「とは言ったものの、今のあなたはどちらかと言うと私が面倒見ないといけないようですから。それはまたの機会ということで」

「それって頼りないってことですの!?」

 

 違いますか? と笑って歩き始めるルーク。

 待ちなさい! とヘルラージュが追いかける。

 

 秘密結社ヘルラージュ。

 彼女たちのハグレ王国での活動はまだまだ始まったばかりである。

*1
17歳

*2
宿屋イベント「世代交代」参照

*3
ざくアクファンブック参照

*4
レア魔法書の代表格。これを人数分求めて次元の塔一層を周回するプレイヤーは数知れず




あってもなくても困らないけどあったほうがいい感じの店舗。
本当に役立つのは後半になってからかもしれない。

ルークは現地人ですがハグレの影響を多分に受けています。
なんで実質ハーフみたいなものです。
過去話はなんか書いていたらやけに文字数が膨らんだなあというのが感想です。
というよりサタスペやってない人には殆ど伝わらないのではないだろうか。

次は秘密結社と交代して別キャラの話。
召喚士についてフォーカスを当てようかと思います。


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その4.アルカナの星

これは一人の召喚士のお話。

時間が飛びまくりますがご了承ください。


 

 吐いた息が白くなるのを見ながら、夜の街道を進んでいく。

 日の明かりなどとうに落ちているのに、この辺りは昼間と変わらないと錯覚させるほどに活気と色とりどりの光に満ちている。

 見上げた夜空に星が見えないという事実に、文明の力を感じながら歩いていき、私はある建物の前で立ち止まった。

 帝都商業区の一角に存在するパブ、『サモンバッカス』。

 

 用もないのに行き慣れてしまった店の扉を開ければ、先ほどから聞こえていた喧噪が音を増して耳を震わせる。

 市民もハグレも、ここでは平等に酒を飲むことができるためか、いつ来ても人で溢れている。

 店員の案内もほどほどに、目的の人物を探すために店内を見渡す。

 その人がこの店で縄張りとしている席に目を向ければ、案の定彼女はそこにいた。

 

 カウンターの中央には白い髪を長く下ろした女が一人。星を散りばめたような模様のローブ、腰には先端にミニ天球儀のついた杖、一目で召喚士だとわかる恰好。

 切れ長の金眼を据わらせたその女性がショットグラスを一息に呷っては横に積み重ねている。既にピラミッドは四段目を作り終えた後にも関わらず、その人は黄金色の液体で満たされたグラスをまた受け取っている。かと思えば、五段目の建造が始まっていた。

 周囲の席には顔を赤くしてカウンターに突っ伏していたり、椅子に座っているにも関わらず天井と床を勘違いしている人が何人か。相変わらずここで飲み比べに興じていたようだ。

 グラスを磨いていた店主がこちらに気づき、やっと来たかというような眼差しを向けてくる。

 

 私はため息をついて、その人に近づき肩を揺さぶった。

 

「先生、いつまで飲んでいるのですか」

「ん……?ぁあ、しのぶじゃないかぁ。大丈夫、まだ全然いけるから」

「完全に酔っていますね?研究室に戻りますよ?」

「あっははは!なんだお前も一緒に飲むか?」

「エステルとメニャーニャも待っているんです。これ以上はボルトが飛んできても知りませんよ?」

「……やべぇ。マスター、今日はここまで。金はこいつらから取ってやってくれ」

 

 メニャーニャの名前を出した途端に先生は立ち上がり、受け取った水を飲み干してから隣にいた人たちを指さしてそう言った。そして出口に向かって歩こうとしたのだろうが、アルコールで小脳が働いていないのだろう、上半身が前に傾いたのでとっさに手で支える。

 

「おっと、悪いが肩を貸してくれシノブ」

「飲みすぎです……、仕方のない人ですね」

「はあ、やわらけえ」

「あまり触らないでくださいね?」

 

 千鳥足の先生に肩を貸す。隣り合った顔から漂ってくる酒精の匂いはそれだけでこっちも酔ってしまいそうなほどだ。

 そして腕を胸や二の腕に絡めてくるので適度に釘を刺しておく。

 同じ女性だというのにこの人は私の体を普段から積極的に触ってくるのだ。そんなに触って一体何が楽しいのか私には理解できない。

 

「失礼いたしました」

「じゃあな、また来るぜ」

「……とっとと連れて帰りな」

 

 寡黙な店主に一言断ってから店を出て、来た道を今度は二人で戻る。

 背景の喧噪が、今の方が昼間よりも騒がしいのではないかと思わせる。

 

「いや、すまない。軽くひっかける程度で済ませる筈だったんだが。あいつらの飲みっぷりに付き合ってたらさ」

「そのように仰ってますが、酔いつぶれかけた先生を迎えに行くのはこれで十三回目になります」

「そうだっけ?」

「はい、数え間違いはありません」

「何か嫌だな回数覚えられてるの……」

「それでしたら、書置きだけ残していなくなるのは止めてください」

「ん、考えとく」

 

 そうして先生ととりとめのない会話をして歩いた夜の帰り道。

 

 それが人生で楽しいと心の底から思えた、私の数少ない記憶の一つだった。

 

 

 日差しが暗闇を切り取る。

 

 その眩しさに思わず手で顔を覆うと、体の節々が倦怠感を訴えてきた。

 

「……あー、くっそだりい」

 

 重みが一切和らいでいない体を起こして時計を見れば既に十時に差し掛かる時間だった。

 

「やっべ、急いで支度しよ」

 

 背中を伸ばし、関節が小気味よい音を立て小さな快感を得る。

 良い具合にほぐれてきたので立ち上がると、かすかに残った酩酊感が足元を掬いかけるが、負けるものかと頬を叩く。

 

 そのまま洗面台に向かい鏡を見る。

 見飽きた白髪と金色の瞳はどちらもくたびれ、我ながら見苦しいものだと思った。

 蛇口を捻って顔に溜まった脂を流し、櫛で髪を梳かす。

 

「ぺっ」

 

 痰を吐き捨て、水を喉に流し込めば体に活力が漲ってくる。

 

 最後に杖と外套、背負い鞄を持ってドアノブに手を掛ける。

 

「おはよう諸君。計画実行にはいい朝じゃないか」

 

「おはようございます。先生」

「おっはよー!」

「いや、もう十時十二分ですよ。いくら何でも寝すぎというものでは?」

 

 扉を開けながら挨拶をすれば、出迎えてくれる私の生徒(後輩)達。

 

「いや~、寝るのが遅くなっちまったようで」

「子供みたいな言い訳を……、昨日帰ってきて早々にベッドに頭から突っ込んだくせに何を言っているんだか」

「ちっ、誤魔化されねえか」

 

 三人の生徒(後輩)のうち、年齢は中だが一番下のやつが私がばっちり酔いつぶれていたことを目ざとく指摘する。

 

「悪かったよ。ちょっと景気づけのつもりが羽目外して呑み過ぎたんだ」

「全く、()()()()()()は先輩とは違う意味でガサツですね」

「それはどういうことだ!先生も何とか言ってやってくれ!」

「そうだぞ、私は部屋にこもってるほうが好きなんだ。こんなゴリラと一緒にしないでくれ」

「そうそう……って誰がゴリラだ!」

「確かに学力はある先生とせわしなく動き回ってる先輩だと全然違いますね。でもゴリラは森の賢者と呼ばれるぐらいには賢いそうで。ああ、これじゃあ先輩はゴリラですら無いのでは?」

「何もフォローになってない!」

「……ぷっ、くくくく」

 

 ピンクのと茶色いのを相手にうだうだと言い訳を並べていたら二人が勝手に喧嘩をおっぱじめる。かと思えば黒いのが唐突に笑い始めて、皆の視線がそっちに向いた。

 

「何ですかシノブさん、おかしいことでもありましたか」

「いいえ。ただ、今日もエステルとメニャーニャは仲良しねって」

 

 生徒のうち黒いの、シノブは微笑ましいものを見る目でそう言った。

 これに真っ先に反応するのが茶色いメニャーニャ。そしてピンクがエステル。

 こんな狭苦しい私の研究室に押し込められて、今は何故か好き好んで入り浸っている生徒達だ。

 

「なっ、誰と誰が仲がいいんですか!」

「何だ?恥ずかしがってんのか?私がメニャーニャと仲良しなのはいつものことじゃないかほれほれ」

「フンっ!」

「あだっ!」

「おうおう、いちゃつくのもそこまでにしておけ」

 

 メニャーニャの踵がエステルのつま先に突き刺さった辺りで手を叩いて注意をこちらに向けさせる。三人が仲睦まじいのは良いことだが、あいにく今日は予定が押している。

 

「さて、お前ら今日の準備できてる?」

「はい。目的地の資料はこちらに」

「食料良し!マジックウォーターもメンタルナイスも十分!」

「馬車の手配もできています。先生こそ大丈夫ですか?」

「昨日の時点で問題なしよ。つーわけでさ」

 

 全員に見えるように、笑みを浮かべて。

 

「魔物根絶運動、ゼロキャンペーン。始めよっか」

 

 生徒達が考えた素晴らしい企画の開始を告げるのであった。

 

 私の名はアルカナ。召喚士たちを纏める召喚士協会に所属する、他の連中よりとても強いだけの一人だ。

 

 

 魔物ゼロキャンペーンとは、文字通り魔物を根絶するための運動のこと。

 

 詳細に言えば、人間や家畜、果ては一般の動植物を食い荒らす魔物はこの世界の外から《次元の穴》を通じて来ており、その穴を閉じることによって魔物の湧きを減らすことで根絶するという内容の運動である。

 

 理論を構築したのがシノブで、実行までの体制を整えてるのが私とメニャーニャ。

 エステルは……実働要員だ。

 

 これまでに二度ゼロキャンペーンを行っているがその効果は抜群で、実際に魔物が殆どいなくなったと村から幾つか感謝状が贈られてきたほどだったりするので実績も十分。

 

 さて、今日の話をしよう。

 

 依頼があったのは帝都から北に向かった先にある、山の麓の洞窟だ。

 近隣に住む村人がチラシを見て連絡をしたのがおよそ一週間前の話で、そこから地理の下調べや魔物の湧きポイントのアタリをつける前準備を行った上で臨んでいるので人数の割には大きなプロジェクトなのだ。

 

 村に到着した私達は宿屋に荷物を置き、村長らに顔を通す。

 

「どうもこんにちは、召喚士協会の者です。本日はゼロキャンペーンの件で伺いました」

「おお、よく来てくれました。さあこちらへ」

 

 村長と報酬やら何やらの最終的な打ち合わせをした後、私たちは洞窟へと突入した。

 

 幸いにも道中の魔物は大した強さでは無く、パーティの中ではレベルの低いエステルとメニャーニャでも対処できるので、私は後ろで楽をしているのだった。

 

「やっぱ事前調査してると楽出来てええわー」

「ちょっとは働いてくださいよ……っ!」

 

 愚痴を言いながらもメニャーニャはサンダーを唱え、稲光で魔物を焼き焦がしていく。

 ここまでに私は魔法を一切行使しておらず、消耗が激しいのは二人だけだ。

 

「とは言ってもね。私の魔法は狭い所に向いてないんだよ、下手に撃って落盤したらどうするんだ」

「だからと言って何で私が……」

「んー、別に文句ないよ私は」

「まあまあ、これも勉強だと思いましょう?あ、この分岐は右ですね」

 

 マナ濃度の差から道の探知を行いながらシノブがなだめるが、メニャーニャは釈然としないままだ。私がいる理由の大半はケツモチだからあまり動かないのは大目に見てほしい。

 

「まあこう考えてみてくれよ。二人が優秀だから私達に仕事が回ってこないんだってさ」

「えー、そう?照れるなあ」

「そうやって持ち上げて誤魔化すつもりですか?」

「いやいや、実際優秀だよ。お前もエステルもさ」

 

 これは私が直接彼女達を見てきた中での率直な評価だ。

 エステルは炎魔法の扱いで言えば目を見張るものがある。単純な戦闘能力であれば、同期の召喚士であれば右に出るものはいない。

 メニャーニャは雷魔法を扱っていながらも炎と氷の二属性にも若干の耐性を獲得するという離れ業を披露している。本来魔法使いが自分の扱う属性一つの耐性しか持っていないことを考えれば破格と言っても過言ではない。

 

 問答無用の天才であるシノブにも引けを取らない才能を二人は持っている。

 そのことを二人はもう少し誇ってもいい筈だが、謙虚にもあまり実力を誇示することがない。

 

「私なんてシノブ先輩に比べたら赤子も同然ですよ」

 

(いやこいつはひねくれてるだけか)

 

 優れている自覚はあるのだろうが、単純に彼女の性格上そう振る舞わないだけだなとメニャーニャを見て思う。褒めれば嬉しいくせにそっぽを向き、構わないなら不機嫌になる猫みたいな少女がメニャーニャだ。にゃーにゃー。

 

 まあ本人の前でそんなことを指摘したら不機嫌になるし、最悪ボルトが飛んでくるので言わないのだけども。

 

「猫みたいなやつだよなあ」

「口に出てますよ」

「あれ?」

 

 どうやら考えが口から洩れていたらしい。年を取ると脊髄で会話するようになるからいけない。

 

 そうしてじゃれ合いながら進んでいくと、先の空間に広がりが見えてきて、この先が魔物の巣なのだろうと予測を立てる。

 

「少し開けてきましたね。ここが魔物の巣だと思います」

「へえ……、エステル、ちょっと見てきな」

「よし任されたー!」

「あ!ちょっと!」

 

 シノブも同じように推察していた。私はこの中で一番運動神経の良いエステルに様子見をするように言った。

 メニャーニャが注意する間もなく、エステルは奥に向かって走って行く。

 

「全く、何がいるかわからないってのに……」

「きっとすぐ戻ってくるわ。それともエステルが心配?」

「どちらかというとあの人が余計な真似をしないかの心配ですね」

 

 エステルはトラブルメーカーという認識は間違っていない。あいつは正義感極振りみたいなやつなので派閥争いでうちに絡んでくる奴がいれば突っ込んでいく。私としてはスカッとするので別にいいが、後始末に奔走する後輩は堪ったものじゃないんだろうけどね。

 

「流石にそうドジはしないと思うけど……」

「なんて噂してたらもう戻ってきたぞ」

 

 エステルが走って戻ってくる。

 相も変わらず魔法使いのくせに斥候と勘違いさせる敏捷性を誇るやつだ。そんなんだからゴリラとか渾名ついてるんだぞ。

 そんなエステルは私たちと声が聞こえる距離まで来るなりこう言った。

 

「何かデカイのいた!」

 

――通路の影から部屋をのぞき見てもそれが巨大であることがわかった。

 

「うわーお、こりゃやべえわ」

「流石に大きすぎますね……」

 

 そこにいたのは食人花と分類とされるモンスター。だがその姿は一般的に知られるそれよりも一回り以上は大きい。あまりの大きさからか、根を張っている洞窟奥から一定距離までは出てこられないのが幸いだろうか。そしてその地面には根が突き出たことでできたであろう穴から洞穴生物型の魔物が這い出している。

 

「あれだけ大きいとなると体を維持するマナの量も相当だと思われます」

「というと、ここに魔力孔があるってことでいいのかな?」

「その判断で正しいでしょうね……それで、どうします?」

「視界で判断するタイプなら避けて通れるんだが、無理だろうなあ」

 

 植物型の魔物は視界を持たず、体温や生体マナを感知することで獲物を認識する。

 そのため通常の隠密行為はあまり効果がなく、かと言って今の私達にマナを隠蔽する術式や礼装の持ち合わせはない。

 という訳でこの後取る行動は決まった。

 

「まあ、この程度は想定していたわ」

「仕方ないですね」

「それじゃ私も準備するかね」

「私も戦いましょうか?」

「んー、やばそうなら頼む」

 

 杖を手に取り起動すれば、最近減った出番が来たことで張り切るようにして天球儀が回転を始める。

 皆も戦闘準備を取って態勢は十分。

 

 じゃあ、暴れようか。

 

 エステルが岩影から躍り出で、フレイムで取り巻きの大蚯蚓や化け土竜を焼き払った。

 それにより魔物達はこちらを完全に認識するが、イニシアチブはこちらの手番が先だ。

 

 炎によって照らされながら、杖をかざして呪文を唱える。

 

「《スター》。」

 

――流星。

 そう形容できる一筋の光が食人花に衝突した途端、光は炸裂し大きな爆発を引き起こした。

 

「うわっ……と」

「大丈夫?」

 

 爆風でバランスを崩して転びかけたメニャーニャをシノブが支えた。

 

「おいおい、しっかりしてくれよ?」

 

 私はマナの回転数を上げ、さらなる魔法を発動しようとして笑い――。

 

 

 

 

 

「楽しかったなあ、あの時はさあ」

 

 柄にもなく、物思いに耽る。

 私は最近忙しくて埃っぽくなっていた部屋の掃除に取り掛かっていて、研究資料整理している最中、当時の資料を見つけたので懐かしさを感じていた。

 

 あれから時が経って半年と幾ばくか。

 

 メニャーニャが自分の研究で忙しくなったり、シノブのことを良く思わない連中(アホ)どもが性懲りもなくちょっかいをかけてきたりして以前のように大手を振ってゼロキャンペーンを行えてはいないが、それでもまあ何とかシノブとエステルの二人で細々と続けている。

 

 とは言え、シノブはキャンペーンの責任者として協会から出ることを控えており(これについては貴族の莫迦坊主どもの嫌がらせが過激になってきたこともあるが)、現地に向かっているのはエステル一人という状態だが、当のエステルはフィールドワークに徹しているほうが性に合っているらしく右に左にと周辺地域を飛び回っている。今は大陸の西の端を回っているらしい。確かあそこには遺跡があったと聞く。

 

 シノブも私が伝手で手に入れた古代種の植物を喜々として研究し始めている。ついでに世界間のマナの流れについても考えを纏めているようで、先日に私と談義(というには少々過程を端折りすぎていたが)を交わしたが、やはりシノブは着眼点が良い。世界間のマナ濃度の差についての考察を聞かされたとき、やはりあいつはこれまでの魔導常識を覆す逸材なのだと再認識させられた。

 

 あの考えに短期間で至れるのならば、おそらく次の段階へとシノブは進むことができる。そうなれば、二人で考案した研究(わるだくみ)がいよいよ実行できる。その時を夢想して思わず笑みが溢れるも、手元には現実がコンニチハ。

 

「はー、しかしどれだけ溜めてたんだか普段の私」

 

 ハグレ集落からの定期報告に特許管理局との交渉文書。その他机の上に溜まりに溜まった不要書類の山から視線を外し、窓の外を見ればとっくの前に日が落ちていた。

 繁華街も明かりを落としており、これから酒を飲みにいくには都合が悪い。

 ならばと棚を探してみれば瓶は空っぽ。

 綺麗になった研究室を見て満足感に浸りながら一杯……と思っていたのだが当てが外れてしまった。

 

 星空を見上げてみれば、いつもとは違う感覚を覚えた。

 

「ん、星の巡りが変わったか」

 

 私の魔法は占星術も含んでいるため、多少なら星詠みの真似事もできる。

 

 これは近いうちに何か大きな出来事でも起こるのだろうか。

 そんなことを考えていたら、なんだか部屋の外が騒がしい。

 誰かが走り回っているのかドタドタと足音が大きくなって私の部屋の前で止まり、次の瞬間には扉が勢いよく開かれた。

 

「先生、いますか!?」

「どうしたメニャーニャ、こんな夜中に」

「ああ、居ましたか。とにかく大変なことになったんですよ……!」

 

 そう言いながら飛び込んできたのはメニャーニャだ。

 彼女は私がこれまでに見たことないほどに慌てており、普段なら欠かさないノックも忘れていた。

 

「落ち着け。そんなに焦るなんてらしくない」

「落ち着いてられますかこんな事!いいですか良く聞いてください……」

 

 そう前置きした彼女の口から続いたのは、私達召喚士協会、ひいては帝都含む大陸の運命を左右する出来事の前触れだったのだろう。

 

「――エステル先輩が、指名手配されたんですよ!」

「……何だって?」

 

 思わず、窓の外の星空を見返す。

 

 運命の大きな変化を示すように、星辰は輝いていた。

 




アルカナ・クラウン
召喚士協会に所属する一級召喚士。色々権力だけはある。
六属性から独立した星属性の魔法に適性を持つ希少属性者。
お酒と可愛い女の子も大好きな頭がいいだけのダメ人間。
地位としてはシノブと変わらないのだが、先輩という柄でもないので先生と呼ばれている。

シノブやメニャの後方保護者面したい……したくない?


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その5.エステルの行方と協会の後始末

投稿遅れた(血涙)
文字数増えすぎた


『召喚士エステル。罪状:南の世界樹における危険召喚』

 

 その指名手配書が帝都中に貼り出されたというのは、アルカナの記憶には無かった。昨日は貼り紙について見た覚えはなく、自分が掃除に明け暮れている間にばら撒かれたのだろうと推測した。

 罪人になったエステルはというと、逮捕に向かった兵士から逃亡し、現在は行方不明である。

 

 その話を聞いたアルカナはというと――、

 

「あっははは。これは傑作ね」

 

 メニャーニャが持ってきた手配書を見て爆笑していた。

 一度は慌てた様子を見せたアルカナであったが、少し考える素振りをした後、椅子に座って

 

「なるほど、それでエステルは何をやらかしたのかしら?」

 

 などと言って詳しい話を聞こうとした。

 メニャーニャもそこまで詳細を知っているわけではないので手配書が貼りだされている旨を伝え、自分が引きはがしてきたものをアルカナに手渡したのである。

 

「いや、何で笑っているんですか。先ほどはかなり動揺してましたよね?」

「まあね。いきなり指名手配だなんだと聞いたら私だって動揺するさ。

 よくよく考えてみて、濡れ衣だと想定がついたから、今はこうして笑ってる」

 

 良くも悪くも平常運転のアルカナにメニャーニャは呆れる。

 ある程度は予想していたが、親しい人間が指名手配されていると聞いてここまでマイペースを保っていられるのも彼女ぐらいだろうなと思った。

 

「仮に間違って先輩が逮捕されたらどうするつもりですか?」

「『まさかこんな事をする人間には見えませんでした』と記者に答えるしかないかな」

「新聞のインタビューみたいなこと言ってる場合でもありません。それでどうするんですかこれ、嵌められてますよ先輩」

 

 アルカナの茶化しを流しつつ、エステルが逮捕された原因をメニャーニャは推理する。

 実際これは、シノブの台頭を良く思わない他の召喚士が仕組んだ派閥争いの一環である。十五歳という若さでありながら一級召喚士として名が知れるシノブは、その規格外とさえ言える魔力量や卓越した頭脳から歴史に大きな足跡を残す『魔導の巨人』として一目置かれているが、自らの地位を脅かす存在として彼女を疎む者も多い。

 シノブが現在最も親しい人物はエステルであり、シノブの名誉を貶めるには彼女を利用するのが効果的であると相手は判断したのだろう。

 

 とはいえ、緊急逮捕のために衛兵が動くほどの罪はそう簡単に捏造できるものでもなく、財力や発言力の大きい人物が犯人であるとアルカナは考え、この事態を引き起こせる人物を記憶の中から検索する。

 

「んー、マクスウェルの小僧辺りかな。目的はエステルを嵌めるというよりはシノブの失脚だろうね。シノブは基本的にここにいるからケチの付けようが無くて、部下として派手に動いてるエステルなら付け入る隙があると考えたかも」

「あー、あいつですか。確かに金だけはありますからねえ」

 

 マクスウェルとは召喚士協会に所属する貴族出身の一級召喚士である。彼もまた優秀な頭脳を持つ秀才なのだが、とびぬけた天才であるシノブを目の敵にしており、高慢な性格も相まって才能を上手く活かせていない男だ。

 アルカナもマクスウェルとは何度か接触しているが、シノブと懇意にしている関係からか、決してその関係性は良好とは言えない。取り巻きを使ってシノブへの嫌がらせをしていると聞けばアルカナはマクスウェルをぶっ飛ばしに行き、彼も協会の重鎮であるアルカナを表面上は立てているが邪魔者として扱っているのは第三者から見ても明白だった。

 

「人数集めて資料を捏造すれば騎士団の目は誤魔化せる。ただ半年前の活動に因縁をつけたのは失敗だったな。いずれボロが出る」

 

 半年前に南の世界樹にて行ったゼロキャンペーン。それが原因で魔物が溢れて世界樹は人が近づけなくなり、帝都が認定を取り消さざるを得ない事態にまで発展させたことがエステルの罪だとされているが、世界樹の認定が外されたのは一か月前の事でゼロキャンペーンが原因とするには無理筋な話なのだ。

 

「しかし、いくらシノブ先輩が憎いからといって普通ここまでやりますか?」

「形振り構ってられないのでしょう。とはいえここまでやると法務部が黙っているはずが……」

 

 だからといって犯罪行為に手を染めるのは流石にやり過ぎだ。

 シノブを追い出したところで冤罪が露呈すれば自分達も地位を失うのがわかっているだろうか。

 あるいは金でどうとでもなると思っているのか。

 流石に緊急逮捕を実行できる罪状を捏造したとあれば、帝国法務部の面子もある。いくら貴族でももみ消しなど不可能に近いのだが……

 

「先生?」

「おっと、すこし考えすぎたか」

 

 メニャーニャの声が演算を中断する。

 放置しておいても連中は自滅する。

 気にすることではなかったとアルカナは思考を切り替えた。

 つまり、もう一人の当事者の事だ。

 

「ともあれ、今の私達にできることはほとんどないな。シノブの様子を見に行こうか」

 

 今なら一階にいるはずだと、二人は一階へ降りるため階段へと向かおうとした時だった。

 

 コンコンコン。コン。コン。

 

 三回、間をおいて一回、もう一回。

 

 自分が知る人間の中でも限られた者にだけ通用する符丁を示す独特なノックを聞き、立ち上がろうとしていたアルカナは座りなおしてその人物を招いた。

 

「ああ、入っていいよ」

「失礼します……あら、メニャーニャ」

「どうも、シノブ先輩。大変なことになりましたね」

 

 入ってきた人物は今回の当事者の一人、シノブだった。

 

「遅くにやってきてすみません」

「事態は把握してるよ。とりあえず座って」

 

 アルカナはシノブに席に着くよう促す。

 

「それで、指名手配だっけ?災難としか言えないわね」

「ええ、それなんですが……」

 

 シノブはエステルが帰ってきてからの一部始終を語った。

 

「なるほどね。手紙を盗まれたか……。おおかたエステルは世界樹で魔物が出たという話をシノブに伝えようと手紙を出して、そのことを知った連中がそういう様に罪を捏造したんだな」

 

 現状確認として整理した情報を淡々と口に出すアルカナ。

 シノブは思いつめているようでただ暗い顔をしている。

 

「私のせいです。私がキャンペーンを打ち切らずに続けていたから……」

「そうやって自分で抱え込むのは悪いところだよ。全く、私がしっかりしていないからだな」

 

 自分を卑下するシノブを叱咤するが、気負っているのはアルカナも同じだった。

 少なくとも貴族派の動きに目を光らせておけば、こうなる前にある程度の手は打てたのではないかと後悔する。

「お二人とも少し気落ちしすぎです。私だってもう少し先輩方のことを気にかけていたら何とかできたはずですが」

 

 後輩もどうやら同じようなことを考えていたらしく、ここにいる三人ともが自分の不甲斐なさを責めていることに対してアルカナは苦笑する。

 

「責任感じてるのは全員一緒か。やれやれ、嫌なところで似てるなあ私達」

「そうですね。これをエステルがいたからかしら」

「エステル先輩の生き方は眩しいからですからね。...私達は知らないうちにそれに頼ってたんでしょうね」

 

 今はそのチームの元気担当が危機に陥っている。ならば彼女達が取る行動など決まっていた。

 パン。と勢いよく手を叩いてアルカナは立ち上がった。

 

「ようし!それじゃあ動くとしようか。シノブ、メニャーニャ。お前達は朝からエステルの悪評を払拭する準備。帰ってきて犯罪者扱いじゃああの子も居心地が悪いからね」

「先生はどうするんですか?」

「私はこれから伝手を頼ってみよう。人探しに得意な奴を知っている」

「夜更けにですか?」

「こんな時間だからこその場所を知ってるのさ」

 

 アルカナはとっておきだという様に笑った。

 

 

 『サモンバッカス』地下一階。

 普段は酒場としての賑わいを見せるその店は、明かりを落とした深夜には別の顔を見せる。地下には多くの個室が広がっており、防音の魔法がかけられているため秘密の話をするにはうってつけの場所として多くの人間が利用しており、アルカナはその『裏の常連』の一人でもあった。

 従業員に案内された部屋をアルカナが開けると、先客の視線がアルカナに向いた。

 

「久しぶりだね、ヴィオ」

「このような夜中に呼び出すとは、貴方らしくないですな」

 

 ヴィオと呼ばれた猫型の獣人(ケットシー)はひくひくと髭を動かした。

 

「急な用事でね。これを見てくれ」

 

 アルカナは手配書をテーブルの上に置いて見せつけると、猫に似た瞳孔が収縮と弛緩を繰り返した。

 

「この娘は……」

「うちの後輩。知ってるだろう?ちょっと貴族様のいざこざに巻き込まれてね」

「人探し、と言う訳だな。いいだろう」

 

 尊大にも聞こえる獣人は手配書を受け取って懐に仕舞いこむ。

 事情を詮索せずに頼み事を請け負ってくれるこの人物をアルカナは信頼していた。

 

 

 ヴァイオレット・ロマネスク。

 仲間内からはヴィオと親しまれるこの猫人は俗にいうハグレであり、ハグレ戦争の折に他ならぬアルカナが召喚したことによってこの世界へと居を移した。

 

 そもそもハグレとは、召喚術によってこの世界に呼び寄せられた異世界の住民だ。

 知性体を召喚する術の確立によって、自分達とは異なる系統の技術や魔法、そして種族を手にすることができるようになり、人々は活気づいた。

 お世辞にも満足なものではなかったこの世界には産業革命期が訪れ、瞬く間に文化を進めていったのである。

 

 当の召喚された者たちの事情など、考えもせずに。

 

 結局のところ彼ら自身に対して価値を見出していたわけではないこの世界の住人は、使える技術を特許として当の本人には扱えないよう制限するわ、その力だけを安く使おうと丸め込もうとするわ、おおよそ自分達と同じ人格あるものとして尊重することをしなかった。

 

 その事実を問題視していた者もいたにはいたのだが、異界召喚に浮かれ切った世情でマイノリティの言葉を真面目に受け取るような者は殆どいなかった。

 ……故に、この結果は当然とも言える。

 

 十数年前の大量召喚期によってこの世界に招かれ、技術や力を搾取されるままにしていたハグレ達が発起することで起こったのが今でいうハグレ戦争である。

 その際に暴徒鎮圧の矢面に立ったのが、戦争の原因とも言える召喚士協会であり、協会の設立当初から所属していたアルカナもまた武力調達の一環として王室から召喚の命令を下されていた。

 

 召喚されたものによる反逆を鎮めるためにさらなる人材を召喚するという、一見して堂々巡りにしかならない状況を嗤いながらアルカナは召喚を行い、その結果彼女は三人の生命をこの世界に招き入れた。そのうちの一人がロマネスクである。

 

 多少の揉め事があった他二人とは異なり、彼は召喚された当初から自身の置かれた立場を理解し、戦いの場へ赴くことを承諾した。

 そんなロマネスクに対して、アルカナは疑問を投げかけた。

 

――呼び出した身で言うのも何ですが、戦争に出るんですよ。何故受け入れられるのですか。

 

「もとより吾輩は気ままな風、これも縁が結ばれたというであろうな」

 

 寡黙ではあるが義を通すことを善しとし、自らを旅人と称する猫人はアルカナの問いにそう答えた。

 そして彼らは帝国側として戦争に参加し、事態の収束に貢献した。

 

 反乱が沈静化した後、ハグレは人権を認められるようになったが、それは形式上でしかないことは明白だった。

 もとより自分達とは異なる存在。

 それが過去に自分達の平穏を脅かしたということでハグレは忌避され、見下されていった。

 

 召喚という技術は、人を幸せにするのではなく、誰も彼もに不幸をまき散らしていったのだ。

 多くのハグレが細々とした生活を送るようになった中で、アルカナは召喚した三人を直属の冒険者として雇い入れた。

 それは責任を感じてのものかはわからないが、寄る辺を失った者に対しての使命感によってアルカナは手を差し伸べたのである。

 つまりロマネスクはアルカナが最も頼りにしている人物の一人ということである。 

 

「しかし、貴方には星見がある。それで彼女の安否などわかるのではないですかな?」

「それがお恥ずかしいことに、わからないのさ」

 

 アルカナは星術を用いた演算で疑似的な未来予測を行うことさえ可能であり、酒場で賭け事に興じる時はそれを活用してよく酒代を賄ったりする。かつてはその力で一角の地位まで築いたほどだ。

 だが今回の成り行きを見ればいいのではという意見に対してアルカナは無理だと言った。

 

「知っての通り、私は預言者としては半端者だ。

 予測に必要なのは現在の情報。本来なら変動しないこれを用いて未来をシュミレートするのが私達だけど、ことこの世界においてそれはあまり意味がない。だって――、」

「召喚があるから、だな?」

「イエス。この世界(そら)にはハグレという星が増え続けている。逐一因果率に数値を入れなおしていたのでは、明日の出来事もあやふやだ」

「まさに明日は明日の風が吹くという訳だ」

 

 ロマネスクは目を細めて紳士的に笑った。

 

「そういうこと。

 

 ……それで本題だ。

 一.エステルがどこに行ったのか。

 二.追手について。

 三.彼女の安否。

 この三つぐらいは調べてくれ。期限は問わない。仮に無理だと判断したら切り上げて構わない。以上だ」

 

 アルカナはそう言って机の上に金貨の詰まった袋を置いた。

 

「請け負った。貴方とエステル殿のために全力で挑むとしよう」

「ありがとよ」

 

 袋を手にしたロマネスクと厚い握手を交わし、アルカナは酒場を後にした。

 

 

 

 夜が明け、日が真上に登る。

 

「やっぱり頼んでみるものね」

 

 アルカナの手に握られているのは、ロマネスクが調査内容をしたためた報告書である。

 内容としては、南の世界樹付近でエステルを捜索していると思わしき集団がいたこと。そのうちの一人を捕まえて聞いたところ、その集団がエステルの暗殺のために雇われたもので、彼女を発見したものの救援が駆けつけて返り討ちにあったこと。そして自分達が逃げた後別のグループが捜索していたが痕跡を残さずに消えていたことが挙げられてた。

 

「うんうん。これならあの二人も肩の荷を下ろすことができる。ヴィオには後でボーナスを支払ってあげなければ」

 

 朝から慌ただしく動いている二人の生徒の事を考え、満足げに頷く。

 およそ一晩でここまで詳細に調べてきた手際の良さを称賛するほかなく、後でボーナスを送ることを決めたアルカナは、報告書の最後に加えられていた内容にもう一度目を通す。

 

――大陸西の村を中心にハグレ達が国を興したという噂あり。エステル嬢の仲間と関係ありかと思われるため報告。

 

「西の辺境にハグレ王国という国ね。これはまた面白そうだ」

 

 協会にとってはある意味一番大きなその情報を、アルカナは誰にも伝えることなく胸の内に仕舞うことにした。

 それはおそらく、シノブが言っていたエステルが詳細をはぐらかしたキャンペーン先の村のことだろう。だがシノブへの報告にはハグレの集団という内容は隠されていた。

 さもありなん。ハグレが寄り集まっていると聞いたならば帝都では良い顔をする者は少なく、軍事介入までとはいかずともよくない動きが起こるという配慮からだろう。あるいは直接釘を刺されたかのどちらかだ。

 

 そんな弟子の思いやりを、アルカナは汲んでやることにした。

 

「でもまあ、気になるから後でこっそり見にいこっかな」

 

 何か大きな流れの変化を確信し、白い賢者は期待に胸を膨らませた。

 

 

 後日、召喚士協会は衛兵隊による大規模なガサ入れが行われた。

 

 南の世界樹の神が、直々に魔物召喚の被害が存在しないという内容の陳述書を提出してきたことで、エステルが逮捕されないことに訝しんでいた法務部が協会の裏工作の存在に確信を持ったのだ。

 

 首謀者のマクスウェルは文書偽装の罪と非合法な暗殺依頼を行った罪の他、その他多数の余罪を土産として逮捕され、協会からも除名処分となった。同じくシノブを貶めようとした協会幹部もマクスウェルに罪をなすりつけようとしていたが、アルカナが調査結果含めた後ろめたい諸々をコネを使ってタレコミしたため、まとめてお縄につく形となった。

 

 エステルも冤罪であることが判明し、名誉も回復。少なくともあと数日経てば大通りを歩いても問題はなくなる見通しだ。

 

 一方で召喚士協会は大々的な不祥事と言うこともあり、結構な数の召喚士が見切りをつけ野に下っていき、かつてのハグレ戦争直後ぐらいにまで規模が落ち込むこととなった。

 

「あーあ、やっぱりこうなったか」

 

 召喚士協会の一階。その談話室でアルカナはぼやいた。

 きしきしと椅子を揺らす音が部屋に反響するほどにまでに閑散とした部屋の有様を見て、これも一つの結末かと嗤う。

 

「マクスウェルの小僧が後先考えずに行動した結果がこの有様じゃ。これでは王宮からの助成金も打ち切りじゃわい」

「その割にはしっかりと事後処理に精を出してるじゃないか。なあ協会長?」

「いいからお主も手を動かせ」

 

 アルカナの対面には老人が座り、茶を啜る暇もなく大量の書類に目を通している。

 

 現召喚士協会会長のウォレッシュである。

 勢力争いに静観を決めていた彼は、アルカナとは協会設立当初からの知り合いであり、彼女の無茶ぶりを通すために数年前から教会長の席に座らされていた。

 

 彼はマクスウェルの不祥事に対する事後処理に追われており、ついでに言えばアルカナも人手が足りんとばかりに事務仕事に駆り出されているのだった。

 

 協会長である彼が事務室ではなくこんな開けた場所で書類仕事ができるほどにまで人は減った。

 それは不祥事による貴族派の人員が殆ど抜けた以外にも理由がある。

 

「わしはここ以外に居場所などありはせんからの。老いぼれが野に下ったところで何にもなれん」

「逆にシノブはここを居場所としなかった、か。寂しいものだね」

 

 話の通り、稀代の天才であるシノブは召喚士協会にはもうおらず、注目されていた彼女が離脱したという事実がまた、有望な召喚士が協会に見切りをつけた一因であった。

 今や召喚士はメニャーニャを始めとした、アルカナへの義理がある少数のみである。

 

「お主に懐いていたのだから引き止めればよかったのではないか?」

「シノブは私と同じで、私とは違う。あいつの道を後押しはするし、どう生きるかを教えてやれるが、全部を決めつけてしまってはいけないんだ」

「わしの半分ほどしか生きていない小娘が、悟ったような口を聞きおって」

「持ち上げられては突き落とされてを二回は味わったからね」

 

 そう言って過去に思いを馳せた後、アルカナは書類の束を片付け始めた。

 

 

 

――話は先日に遡る。

 

「何、協会を抜けるだと?」

「はい、私が協会にいたからこんなことになったんです。

 だから、私は協会を去ります。エステルが帰ってきても安全なように……」

「わかった。好きにやれ。こっちの問題は請け負った」

 

 シノブの提案をあっさり受諾するアルカナ。

 

「あの……、いいんですか?」

 

 引き止められると思っていたのか、シノブが驚いたような表情をする。

 エステルの安全のためという言葉は本当なのだろう。だが、シノブが協会から離脱する理由がそれだけではないことをアルカナは察していた。

 

「こんなところにいたらいつまでも世界は変えられない……。そうだろ?」

 

 エステルとシノブがゼロキャンペーンを行っていた目的は、世界を少しでも良くすること。

 人が笑って過ごせるような世界を作るために召喚士協会で研究を続けていたが、身勝手に振る舞う協会にいては何時まで経っても研究が進んでいかない事実に彼女は動かざるを得なかった。

 その事をわかっているため、アルカナはシノブを引き止めずにただ彼女の意思を尊重した。

 

「……先生は何でもお見通しですね」

 

 参ったというようにシノブがほほ笑む。

 シノブは自分に対して化け物だ人でなしだと言ってくる連中の事を何も分かっていない仕方のない人間だと考えていたが、それとは別にアルカナという人物が自分のことを分かっていると言わんばかりに世話を焼いてきたことが不思議で仕方なかった。

 エステルもそうやって自分を引っ張ってくることが多く、もしかしたら自分は割とわかりやすい人間なのだろうかとシノブは考えた。

 

「そうだな、他の連中はお前のことをわからないと言うが、お前ほどわかりやすい奴もいないと私は思うね」

「そうですか?」

「ああ、だってお前は……」

 

 やっぱやめた。とアルカナはそこで口を濁した。何故かと言われれば特に理由はないが、何となく今ここでシノブに言うべきではないと思ったからだ。

 

「そら」

「……これは」

「連絡用の使い魔だ。困ったことがあれば何でも言え」

 

 そう言って渡されたのは水晶で作られた鳥の彫像。おそらくは伝書鳩と同じように使える魔道具なのだろうとシノブは推察する。

 どうやらこの先輩(先生)は自分のことを大層気にかけてくれているらしい。

 

「ありがとうございます。ですが、先生の手を煩わせることになるのでは……」

「いいのいいの。どうせ暇なんだし、定期的に便りでもくれたほうが退屈しなくて済むからね」

「……ですが」

「いいから受け取れ。連絡くれなかったら寂しさこじらせて、特定して凸しちゃうぞ☆」

 

 そういってわざとらしくウィンクをすると、物理的に星が舞った。星魔法の無駄遣いである。

 

「ふふっ。可愛くないですよ」

「……改めるとこっ恥ずかしいな。まあいい。お前の様子を定期的に伺いに行くのは事実だ。一人だと思い詰めて何しでかすかわからんからな」

「もう、ひどいですよ」

 

 などというやり取りの後、シノブは協会を去り、帝都を発った。

 

 

 

「……お前がいつか心から涙を流せる時が来ることを、切に願うよ」

 

 いつも泣き出しそうな目をしていた少女に向けて、アルカナは激励を送った。




《ヴァイオレット・ロマネスク》
アルカナが召喚したハグレの一人で、パーティのまとめ役。
青紫の毛をした猫人族で、嗜好品としてまたたびを吸う。
アルカナは研究室を頻繁には留守にできないため、彼のような冒険者にフィールドワークの事前調査や触媒の採取などの依頼を持ちこんでいる。
情報収集ぐらいなら一晩でやってくれる。
余談だが、本作に於いてマナの実の苗を持ってきたのはこいつ。


○おまけ【エステル合流時の会話】
マリー「ところでゼロキャンペーンってどれくらいの人数が参加してるの?」
エステル「うーん、四人?」
マリー「なんで疑問形?」
エステル「いやあ、基本的にこのプロジェクトはシノブっていうめちゃくちゃ天才な友人が理論を作ったんだけどさ、その子飛び級重ねて13歳で協会に入れるほど頭良いのに世渡り下手くそだから周りから疎まれてんだわ」
マリー「そりゃ疎まれるわ……」
エステル「まあその分めちゃくちゃ優秀な後輩と能力がバグってる先生も協力してくれてるけど、今はちょっと忙しいから実働要因は私だけなのよ」
デーリッチ「つまり実質二人でちね?」
エステル「そゆこと。まあうちの先生って協会の重鎮だから不自由とかは全然なかったんだけど。マンパワーだけはどうしようもないから細々とやってくしかないのよね」
マリー「ひどく世知辛い話だ……」


これで前日譚はおしまい。

次回は短編集になります。


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第1章【遺跡と海辺と妖精の国】
その6.彼ら彼女の一幕・壱


時系列の帳尻を合わせるための短編のつもりが筆が乗って独立しました。
前話と比べてめちゃくちゃ書きやすかったです


『大丈夫、保険屋が何とかしますよ』

 

 ササニシ村。

 ある貴族が領主として治めるそこはここしばらく魔物や盗賊の被害がない一見平和な村だ。

 しかし、そこに住む村人たちの心境は穏やかではなかった。

 数か月前に新しく就任した代官が税金を引き上げたのである。

 

 これにより農民たちは自分達の分の米が激減し、切り詰めた生活を送ることを強いられた。

 それだけならばどれほど良かっただろうか。

 代官は自らの私腹を肥やすため、さらに様々な税を導入したのである。

 その割合は合計して実に五割!

 今ではまともな生活を送れる農民は殆どおらず、中には税の不足分として娘を連れていかれた者までいる。

 何故これほどの暴虐がまかり通るのか!?

 何故帝都はこれを見逃しているのか!?

 

 それには悪代官の地道な裏工作が存在するのだが、それについて語られることはないだろう。

 何故ならば、この暴虐に立ち向かう四人のアウトローがいたからである!

 

 

 

 深夜。ササニシ村米屋敷前。

 

 税として取り立てた作物や物品を収める蔵の前で見張りをする門番は退屈を隠そうともせず眠たげな眼をこすっている。

 

「ふあーあ。突っ立ってるだけで金もらえるのはいいが、暇だよなあ」

 

 新しく代官が就任した際、米屋敷の警備員は一新され、代官の悪徳に見て見ぬふりをして従う者ばかりが配属されている。この門番もそういった一人であり、その態度からはおおよそやる気といったものを感じることができないが、賊らしい賊もいない状況では退屈を持て余すのも仕方がないといえる。

 さらに言えば、現在屋敷の宴会所では中で代官が、彼らとwin-winな関係にある商人をもてなす宴会を開催しており、門番である彼はそれに参加させてもらえなかったのもやる気をなくしている原因の一つだろう。

 

「ちっ、楽しそうに騒ぎやがって。誰がここに立ってるおかげではしゃげると思ってるんだか」

 

 不満を漏らし、あくびをする。早く帰って家で寝たいという気持ちがどこから見ても伝わってくる。

 なので、天の神様はそんな彼に快眠のご褒美をあげることにしたようだ。

 

「やあ、こんな夜遅くまで警備ご苦労様」

「ん、誰だ?」

 

 声をかけ、近づく者が一人。

 門番は気だるげに声の主を見ようとするが、声のした方向には誰もいなかった。

 

「こっちですよ」

 

 門番が眉を顰めると、視線の反対側から声が聞こえたばかりかポンポンとねぎらう様に肩を叩かれた。

 その位置はちょうど、彼が背を向けて守っているべき門の方向だ。

 

「なっ!?」

 

 明らかにおかしいと振り向いたが、反応は遅すぎた。

 

「お疲れ様、そしてグッドナイト」

 

 ――それは一瞬の行動だった。

 

 首元を押さえつけて顔を固定され、口元に押し付けられたハンケチーフ。

 睡眠作用のある液体を鼻から吸引させられ拒否権などないとばかりに眠りに誘われていく。

 急速に薄れていく門番の視界、雲間から差し込む月明りに照らされる襲撃者のビジョン。

 黒紫色のスーツを着こなした伊達男。その顔を覆う仮面から覗く無感情な眼差しを最後に、門番は夢の女神の世話になることにした。

 

 

 

 

 

「無力化成功っと。皆さん、出てきていいですよ」

 

 深い眠りについた門番を脇に蹴り転がしながら、ルークは隠れていた他のメンバーに合図する。

 間を置かずして、道角の先からヘルラージュが下っ端なすび二人をぞろぞろと引き連れ現れる。

 

「これで中に入れますわね」

「ちょろいものでち」

 

 作戦の第一段階があっさりとクリアされたことにほくそ笑むヘルラージュとデーリッチ。

 今夜ここで宴会が開催される情報を掴んだ秘密結社は、代官が行ってきた税のピンハネや違法取引などといった汚職の証拠を押さえるのに都合が良いと襲撃を計画、円もたけなわな頃合いを見計らい実行に移したのであった。

 ローズマリーが門番を見ると、門番は目立った外傷もなくグースカといびきを立て始めていた。このままなら朝には何事もなく目覚めるだろう。

 

「しかしというか流石というか、手際がいいですね」

「マリーさんが調合した睡眠薬の出来が良かったからですよ」

 

 謙遜するルークだが、実際彼の手際は見事という他なく、これまでにも同様の手口で襲撃を行っていることが容易に想像できる。成程、自分で悪党というだけのことはあるらしい。ただ無為な殺しをしないという、ヘルラージュの方針を尊重していることから、ただの悪人と言う訳ではないということも改めて確認できた。

 王国の仲間に対して警戒するのはどうかと我ながら思うが、仲間を盲目的に信用するだけが信頼ではなく、後ろ暗い一面を知ることも大事なのだとローズマリーは考えていた。

 

「かきかきー」

 

 ――そんな考えはデーリッチが門番の顔にペンでラクガキを始めたことで打ち切られた。

 

「こら!何をしてるんだ!」

「いやー、この気持ちよさそうな寝顔を見ていたらつい悪戯心が湧いてきて」

 

 慌ててペンを取り上げるが、既に門番の顔には猫髭と隈取が化粧され、本人のむさくるしい顔と合わさってなんとも言えない味を出していた。

 

「遊んでいる場合じゃありませんのよ戦闘員ナス...んふっ」

 

 ヘルラージュもデーリッチを注意するが、口端が引きつっており笑いをこらえているのは明らかだった。

 呑気な光景に肩をすくめ、ルークは仕切り直すことにした。

 

「やれやれ、今の間に誰か来ていないか確認しますよ。右手確認」

「ヨシ!」

「左手確認」

「ヨシ!」

「後方確認」

「ヨシ!」

 

 指さしでクリアリングを行い、ルークがいつの間にか掠め取った鍵で門を開ける。

 

「潜入ですわ!」

「突撃ー!」

「いや、はしゃがないでね...」

 

 

 

「問題なし、それでは...」

 

 三人が無事に侵入したことを確認すると、ルークは門を閉じる。

 

 ...その前に門番へと近づき、懐からペンを取り出し意地の悪い笑みを浮かべた。

 

「これもお約束だよなあ?」

 

 門が閉じられた後、惰眠を貪る男の額には「肉」の文字が大きく書かれていた。

 

 

 

 

 

「こっちですわー」

「ちょっと時間かかってたでちね?」

「やっておくべきことがありまして」

 

 ルークが素知らぬふりをしてヘルラージュ達と合流する。

 現在彼らは物影に隠れており、

 音の出どころを探れば、大部屋と思わしき場所から明かりが漏れ、薄扉一枚を隔ててにぎやかな喧噪が聞こえてくる。どうやら宴会が行われているのはあの部屋らしい。縁側に見張りと思わしき人間が二人立っていることからも間違いないと見える。

 

「あの部屋ですね」

「見張りがいるでちよ」

「ぎりぎりまで気づかれず、直前で派手に突入。打ち合わせ通りだ」

 

 隠密行動から不意打ちで突入することで混乱させることでスムーズに事を進める。これが襲撃作戦の第二段階だ。

 

 倉庫の側から縁側に回り込む。足音をださないよう靴を脱ぎ、そろりそろりと摺り足で移動する。

 喧噪で聞こえづらいとは言え、少しでも足音を消して行動したほうがリスクは低くなる。仮に派手に転んだりでもすればいくら騒がしくとも外にいる見張りは気づくだろう。

 

「抜き足、差し足」

「転ばないでくださいよ」

「わかっていますわ...、ひゃあっ!?」

「あっ!」

 

 そしてこういう時に致命的失敗(ファンブル)をやらかすのがヘルラージュという女だ。

 緊張の余り足を滑らせた彼女は床にぶつかり盛大に音を立てる。

 

「危ないっ」

「わっ...とと」

 

 ――かに思われたが、ルークがとっさに手を伸ばしヘルラージュを支えることで最悪の事態は免れた。

 

「「セーーフ...」」

 

 なすび達が安堵の息を漏らす。

 

「見事にフラグ回収とか勘弁してくださいよヘルさん」

「ううっ、ごめんなさいルーク君...」

 

 ぎゅうっ、と己の体を支える男にしがみつくヘルラージュ。

 豊かな二つの山が押し付けられたことで、柔らかな感触を胴体で感じるルーク。

 見慣れてはいるが、実のところ彼女の体を自発的に触れたことはあんまりない!その感覚は割と経験の少ないルークには刺激が強い!!

 高揚する感情を抑えてルークはヘルラージュを引きはがした。

 

「...いつまでしがみついているんだっ!!」

「あわわ、ごめんなさい」

「...急ぐぞ」

 

 挙動不審!わかりやすい!!

 そんなルークの様子を端から見ていたなすび二人はお互いに顔を見合わせ、生暖かい目を二人に向けた。

 

 

 

 

 

 

「わはははは。いいぞいいぞ!」

「おお、これはたまらんのう」

 

 そこは極めて陽気な笑い声で満ちていた。

 飯を食い、酒を飲み、女を踊らせるその光景は典型的な宴会だ。

 それらが村人から搾り取った税が元になっていると考えれば、途端に薄汚いものに見えることだろう。

 その中で、女中を侍らせ、卑猥な手つきでまさぐっていた男が手を叩き注目をこちらへと向ける。

 

「どうですかな皆さま。今宵の宴は」

「最高ですなあ!」

「むふふ、これほどのもてなしとは正直予想しておりませんだわい」

「これは今後も贔屓にしてもらいたいものですなあ!」

 

 調子のよいことをいう宴会客達。彼らは代官が取り立てた税の余剰分を回すことで監査の目をごまかすため目的で契約を結んでいる。つまりはマネーロンダリングだ。

 

「しかし村人たちの支払いが悪くなってきましたなあ」

「些か税を重くしすぎましたかな?これでは私達の売り上げも損なわれるかと」

「ふむ、では税を少し軽くしてやろうではないか。四割五分!これでまだまだ税を収められるじゃろ」

「わははは!代官殿はお優しい!」

「そして女どもを奉公に出させることで税をさらに五分免除!ここまですれば文句をいう奴もおるまい。ま、文句など言わせぬがのう」

 

 ナムサン!なんたる悪徳!実質的に人を質に入れさせると言っているようなものである!

 そうやって調子のよいことを言い合っていると、誰かが縁側の方に違和感を覚えた。

 

「む、なんだ?新しい芸人でも呼んだか?」

 

 酔っ払いの一人がそう言った瞬間、横にしか動かないはずの襖が勢いよく"前"に開いた。

 

「グワーッ!」

「ぬおっ!?」

「なんじゃあ!?」

 

 襖と共に見張りの者が蹴り倒される形で宴会場に入場する。

 突然の光景に宴会客達がどよめき立つ中、悠々と部屋に足を踏み入れる者達あり。

 煽情的なドレスを纏った女性と、礼服に身を包んだ仮面の男。その手にはバールのようなもの*1が握られており、見張りをこれで殴り飛ばしたことは想像に難くなかった。

 

「あら皆さん。お楽しみのところ失礼いたしますわ」

「...何だお前達は」

「これは失礼。自己紹介を忘れていましたわ」

 

 ルーク、と呼び声をかけられた仮面男は爆竹を取り出し、その導火線にマッチで火をつける。

 そして、

 

 

 

 

 

「"強盗"です。文句は保険屋に言ってくださいね!」

 

 その口上と共に爆竹を宴会場の中心に投げ放った!

 

 PAPAPAPAPAPAPAPAPAPAPAPA!!

 

 爆竹は破裂音と火花、そして煙をまき散らし、宴会場を混乱の渦に飲み込んだ!

 

「秘密結社ヘルラージュ参上ですわ!覚悟しなさい悪代官!」

 

 堂々と名乗りを上げるその声は、混乱の中でもよく通って聞こえた。

 

「秘密結社だとう!?ええい小癪な!であえであえ、こ奴らをひっとらえい!」

 

 代官は歯噛みし、手に持った赤いボタンを押す。

 するとサイレン音が鳴り響き、どかどかと大勢の人間が廊下を走ってくる音がする。

 

「ならばこっちもやるまでですわ!行きなさいナス&ビー!」

「なーす!」

「びー!」

 

 忽ち宴会場は魔法と武器の飛び交う戦場と化す!サツバツ!

 

「フレイム!」

「ヘッドバット!」

 

「グワーッ!」

「ぎょえーっ!」

 

 警備兵たちはあっさりと無力化され、煙が晴れた時には代官と商人達は壁際に追いやられ、下手な抵抗ができないようにロープで軽く拘束されていた。

 

「大人しくしていてくださいね」

「目的は金か?だったらいくらでも払う!見逃してくれ!」

 

 商人の一人が耐え切れずに命乞いをした。

 

「いいえ、お金は目的じゃありませんのよ」

「じゃ、じゃあ何を...」

「ヘルさん。見つけましたよ!」

 

 いつの間にやら屋敷内へと侵入していたルークが右手に書類の束を、左手に小さな木箱を抱えて宴会場へと戻ってくる。

 

「そ、それは!」

 

 荒縄*2で亀甲縛りにされた代官が顔を青ざめる。ルークが代官の部屋に侵入して持ち出したそれは裏帳簿や取引契約書といったこれまでの不正がしっかり記された証拠物品だった。

 なすびたちにそれらを受け渡し、秘密結社は月を背景に並び立った。

 

「お目当てのものはいただきましたわ。ではさらばです!」

 

 最後にルークが煙玉を地面に叩きつけると、再び宴会場は煙幕に覆われる。

 秘密結社は門から米屋敷を堂々と出ていこうとする。

 そこには騒ぎを聞きつけた衛兵、村人が大勢駆けつけており、門の内側から現れた珍妙な集団を前に戸惑いの目を向けた。

 

「お、お前達!怪しい恰好をして、賊の類か!?」

 

 衛兵の一人が勇敢にも仮面男に槍を向ける。

 

「あーあ、どうするでちか?」

「やれやれ、参ったねこれは」

「仕方ありませんわ」

「ああ、ご安心ください。私達はこういう者ですよ」

 

 ばっばっばっ、と一列に並んでポーズを決め、ヘルラージュが本日二度目の名乗りをあげる。

 

 

 

「秘密結社ヘルラージュ!」

「...秘密結社?」

 

 衛兵達がぽかんと口を開けた隙を、参謀(ルーク)は見逃さなかった。

 

「そういう訳で皆さま、今後とも秘密結社をよろしく!」

 

 その言葉と同時にデーリッチが書類を大通りに向けてぶち撒けたのだった。

 

「うわっ」

 

「ゲートオープン!」

 

 視界を覆う書類の雨、その隙間から強烈な光が一瞬差し込んだ。

 

 衛兵達が次に門前を見た時、そこには誰の姿も見つけることはできなかった。

 

 

 

 

 ――大規模な脱税発覚!?悪徳代官逮捕!

 

 後日の朝刊の見出しにはそのようなことが書かれ、ササニシ村での大規模な汚職事件が白日の下にさらされていた。

 重税をピンハネしていた悪代官と、取引関係にあった商人達はまとめて検挙され、ササニシ村の役人はまた新しい人間が着任することとなった。そして帝都直属の監察官が常に就くことになり、以前のような汚職は起こりえないだろうと文面には書かれている。そして、奇妙な集団が屋敷に押し入り、ある金品を強奪していったことも終わりのほうに小さく書かれていた。

 そんな事は襲撃犯達には関係なく、ただ「ろくでもない政治家をこらしめた」という事実で十分だった。

 

「作戦成功ですわ!」

「「「いえーい!」」」

 

「ルーク君、今回もお疲れ様でしたわ」

「そっちも、決め台詞は満点みたいだな」

 

 ハグレ王国の会議室で秘密結社は作戦の成功を祝い、お互いの健闘を讃えていた。

 

「ついにここまでの悪事を成し遂げてしまうなんて、私達も立派な悪人ね!」

「でーちっちっち。派手に暴れちゃったでちね」

「実際は政治家の不正を暴いただけだけどね。まあ褒められた手口ではないし別に監査官でもなんでもないから何とも言えないけど」

 

 悪事を成し遂げたと大はしゃぎのヘルラージュと時代劇めいた殺陣を演じたことにご満悦のデーリッチ、別に悪人のやる事ではないと冷静に思い返すローズマリー。実際やったことは不法侵入に監禁拘束、金品強奪と洒落にはならないのだが、それらを実行していたのは主にルークでありヘルラージュはぶっちゃけ名乗りを上げた程度である。本人は大して手を汚していない気がするが、チームの代表なのでメンバーの功罪も責任も一蓮托生だ。

 

「ま、本人が満足してるなら別にいいか」

 

 ローズマリーはそう考え、今度は視線を今回のMVPに向ける。

 ルークは上機嫌でウィスキーを傾けており、その近くには襲撃後に彼から手渡された木製の小箱が置かれていた。証拠物品ではないがルークが盗んできたものであり、脱出時に受け渡されたときには結構な重量を感じていた。そして帰還後にそれを返した時から彼の上機嫌は続いていた。

 

「ねえ、そういえば気になったんだけどさ」

「どうした?」

 

 成功と酒に彼も酔っているらしく、いつもの礼儀正しい口調ではなく、多少粗暴な地が出ている。その事に本人は気づいているのか、あるいはわかってて続けているのか。ローズマリーには知るよしのないことである。

 

「その木箱、随分とご機嫌なようだけど何かいいものでも入ってたのかい?」

「ああ、素晴らしい《おたから》が入っていたよ」

 

 そう言ってルークが箱を開けると、中からは金貨が隙間なく敷き詰められていた。

 総計すれば今のハグレ王国の国庫の何割かには匹敵する額と言え、ローズマリーもルークの上機嫌に納得せざるを得なかった。

 

「ゴールドじゃないか。確かにこれだけの額なら機嫌も良くなるか」

「わかってないなあ。こいつは《へそくり》*3だ」

 

 ルークは続けた。この《へそくり》があれば故買屋の規模がもう少し伸ばすことができる。結果レアアイテムが入ってくる確率も大きくなるのだと。

 

「なるほど。ただ財布が潤うんじゃなくて今後の投資にもなるわけだね」

「そういう事。これは俺が自分で見つけたものなので秘密結社のために使うし、自分の店のために使う。結果として王国にも利益が出るって寸法さ」

 

 その後も今後のプランやら以前のチームでの武勇伝やらをぺらぺらとまくし立てていくルーク。いつの間にやら王国のメンバーまで集まってそれぞれの活躍を語り始め、秘密結社の打ち上げの筈が王国皆でのパーティになっていた。

 

「それで旦那がアゲ嬢と良い感じになってたと思ったら殺人鬼が乱入してきて修羅場が出来上がっちまってさ。あの時は心底肝を冷やしたものさ」

「うへえ、その旦那ってやつはだらしがねえなあ」

「マッスルもナンパには気をつけな?出荷されても知らねえぞ」

「あっひゃひゃ。そうなったらちゃんといただきますって言わなきゃなあ」

「牛肉......カルビ!」

「何で食う事前提なんだよ!」

 

「こらこら、騒ぐのもほどほどにね」

 

 取っ組み合いの乱闘まで始めた馬鹿共を諫めるためにローズマリーは立ち上がる。

 

 今日も今日とて王国は騒がしく、

 いつまでたっても馬鹿騒ぎの幕を閉じることはないらしい。

 

 

 

 

 

*1
「工作」のおたから【バールのようなもの】。侵入や盗難の判定に成功しやすくなる。ちなみに【仮面】も侵入確率を上げる装備であり、また犯罪系の判定確率上昇の【手袋】も装備していることからルークの襲撃に臨むガチな姿勢が伺える

*2
「エクストリーム」なおたから【二代目のアラナワ】。シンプルに対象を拘束する

*3
【へそくり】。効果は単純で、現在の買い物レベルより一つ上のアイテムも買えるようになる。「生活」の高いキャラが持てばかなり高価なアイテムも買い放題になるのでシナリオのバランスを破壊しやすい




はい、という訳で秘密結社の派手なお仕事風景でした。
原作でも地道なボランティアとか以外にも結構過激な事をやっているのでそのあたりを描写することを目的にしました。(ミアちんが加入後の宿屋イベントで襲撃を行ったことが言及されていたりする)ついでにTRPGとしての要素も盛り盛りです。

襲撃、強盗はサタスペの華。
クライムアクション映画のようなロールプレイや銀行強盗ができるTRPG「サタスペ」みんなもやろう!

次はアルカナの話。
彼女が原作ストーリーの裏で誰にちょっかい出してたかがわかります。


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その7.人類史の彼方から

遅れたンゴ
一部分で話が詰まる時は描写の順序を変えてみると上手く行ったりします



 発端は、一通の手紙だった。

 

『キーオブパンドラを返せ。さもなくば爆破する』

 

 これにより、秘密結社にも衝撃が走る。

 

「ば、爆破予告ですのーーーー!?」

 

 ハグレ王国、消滅の危機です。

 

 

 ◇

 

 

 ――ハグレ王国 拠点地下遺跡深部。

 

 召喚士エステルの活躍によって魔物の出現を止めた場所のさらに先。大部分が水没したそこは、未だに多くの魔物が蔓延っていた。

 とはいえ、魔物の多くは湿気の多い場所の例に漏れず雷属性が有効であり、それらが得意なメンバー達によって魔物を追い払いつつ、ハグレ王国は脅迫状の送り主の下へと歩みを進めていた。

 

「宝箱でち!」

「何だと!?」

「よっしゃ開けるぜ!」

「待て俺が先に様子を見る!」

「いやここはヅッチーに任せな!」

「何だと!?」

「こらこら、争わない」

 

 道中見つけた宝箱を最初に開ける権利を取り合う妖精とチンピラ。

 古代遺跡にどのような罠が仕掛けられているかは不明で、中にはデーリッチ達の常識に当てはまらないものもあるだろう。そこで遺跡探検の経験が王国の中で最も豊富なルークが斥候として同行することにした。

 ……とは言ったものの危険な仕掛けは特になく、現在までにルークがその腕を発揮する機会は訪れず、もっぱら近接アタッカーとしての仕事以外はなく、たまに見つけた宝箱はこうしてぐだぐだに取り合う始末。

 ぶっちゃけ、魔物相手だと奇襲とか考える前にゴリ押しした方が手っ取り早かったりするんだよねとはエステルの談である。

 

 

 あと道中でヤエちゃんとヅッチーがアイデンティティの奪い合いでじゃれ合ったりして、なんとも締まらない雰囲気で目的地へたどり着いた一行を迎えたのは、浮遊する椅子にどっかりと座る女性であった。

 

「ほう、手紙をよんですぐ来るとは、盗人にしてはなかなか素直じゃないか」

 

 その人物は自らを遺跡と化した古代人街と召喚鍵――キーオブパンドラの番人だと名乗り、さらに言えば古代に作られた千年以上前から現存している魔導ゴーレムなのだと言い張ってみせた。緑を基調としたボディスーツに身を包んだその姿は一見して人間にしか見えないが、よくよく観察すれば人形めいた関節部が見え隠れしている。

 

 とはいえ、突拍子もない情報を一気に浴びせられたローズマリーは混乱して曖昧な返事しかできなかった。

 

「はあ?じゃあお前ら何も知らずに来たってのか……?」

 

 これでは鍵もまともに扱えてないなと番人はあきれ返る。

 実際、デーリッチは結構フィーリングで扱っているので言い返せない。

 

「まあいいさ。せっかくだから歴史についてレクチャーしてやる」

「えー、デーリッチ達は鍵の件で……」

「はあ? 鍵だけ返してもう帰るってか?」

 

 人のもの盗んでおいてそれは虫が良すぎる話だろうという怒りはまあごもっとも。

 とはいえ、こちらも爆破なんていう脅しを受けたからやってきただけであり、その心配がないならこれ以上用もないわけで。

 

「いや、今後ともお貸し頂ければと……」

「ああ!?」

 

 図々しい物言いにさらに怒りを露にする彼女は、説教をすると言ってデーリッチ達を奥の椅子に座らせ、紅茶とお菓子の準備をし始める。

 

(あれ、これ歓迎されてない?)

 

 全員の思考が一致した瞬間である。

 

「え、どうするんすかこれ?」

「とりあえず大人しくしておこう……特に敵意はないようだしね」

「んじゃあ二人が話の相手をして。この件に関しての当事者は貴方たちでしょ?」

「それが無難じゃの」

 

 よく分からない雰囲気にマッスルが困惑する。ひとまず話に付き合おうとローズマリーは言った。デーリッチとローズマリーが応対をして、残りのメンバーは外野として口を噤いでおくことにする。

 

「もぐもぐもぐ……」

 

 そして並べられた茶菓子をお子様二人早速貪り始め、その様子を番人の彼女はどこか微笑ましく見つめ、そして口を開いた。

 

「さて、どこから語ったものかね――」

 

 そうして、彼女は語り始める。

 

 

 この世界が、人類が、どのようにして始まったのか――どのようにして、この世界が歪んだのかを。

 

 

 ……千と二百年ほど前。この世界にはヒトと呼べる生命は存在しなかった。動植物のみが存在する世界に、古代人と呼ばれる異世界の民が移民してきた。それが今この世界に生きる人間たちの祖先であり、彼らもまた広義の意味でハグレと呼べる存在だった。

 

 だが人間の歴史は千年以上あるというローズマリーは反論する。しかし千年前の歴史は曖昧に記述されているだろうと番人は言った。曰く、千年前よりも以前の詳細な歴史は捏造されたものであり、内容を精査すればそもそもここまで記録を残せるほど発達した文化ではないことは一目瞭然だろうと。

 

 ではなぜそうなったのか。それは古代人たちが元の世界において溢れた人口問題を解消するため、新天地として別世界へと移住する計画を建てたからだ。

 そうして彼らは世界と世界の間の次元に孔を開け、生じたマナの流れを利用してこの世界へとやってきたのだ。

 

「つまり……ファンタジーと見せかけたSFものだったわけね!」

「うん、お主は黙っておれ」

 

 ぶっちゃけ古代文明が発展しているファンタジー物は大量にあるだろうというツッコミもあるが、そもそもこの世界が現状ジャンルのごった煮であった。

 

「それが本当だとすると、私達は全部――ハグレだの、人間だの言い争ってますが、元々、全部同じハグレだったってことですか!?」

「滑稽だろう?」

 

 この世界の宗教が破綻する事実に戦慄するローズマリーに対して、くけけと意地の悪い笑みを番人は浮かべた。

 

 

 

 ◇

 

 

 

 それからもあれやこれやと衝撃の事実が明かされながらも話が終わり、これからどうすると言った話し合いが行われている中。少し下がったところではヤエとルークが暇つぶしとばかりに駄弁っていた。

 

「エステルやマリー、結構衝撃を受けているみたいね」

「まあ、これまで生活を支えてきた価値観が崩されれば、誰だってそうなるさ」

「その割にはあんたは動じていないみたいだけど?」

「あいにく、俺はそんなの気にしてられるような生活は送れなかったのでね。……というか、やっぱり()()()は俺たちと同じなんだな。知ってたのか?」

「わざと隠してるわけじゃなさそうだし、言わなくてもなんとなくわかるものよ。特に私とかはね」

「お得意のテレパシーってやつか?」

「ふふ、どちらかと言えば真実を見抜くサイコアイの力ね」

 

 あちらが聞いているかどうかはわからないが、一応気を使って内容をぼかしておく。

 

「……ま、そういうのもあるけどさ、こっちはハグレとそれなりにつるんできた。そんな中で過ごしているとあることに気が付くんだ」

「何に?」

「簡単な話さ。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()っていう、そんな当たり前の事にだよ」

 

 美味い飯を食えば笑い、酒を飲めば酔っ払う。

 悲しみ、怒り、喜んで、そして些細な事で死んだりする。

 

「俺たちもハグレも同じヒトでしかない。差別なんかするよりも、これぐらいの気持ちでいたほうが楽に生きれると思うぜ俺はよ」

「……そうね。でもそのことに向き合えるほど心は強くないものよ」

 

 どこか悟ったような目で語るルークにヤエは感心する。彼女が見てきたこの世界の人間の中で、彼はこれ以上なくハグレへの接し方がマシな方だったからだ。

 

 結局のところ、自分と他者を区別する要素など、自己防衛のための記号以外の意味はないのだろう。

 そのことを理解できる人間は少ないが、ハグレ王国が大きくなれば、或いは――、

 

「ヅッチー達は妖精で福ちゃんやティーティー様は神様だけどなー」

「言葉の綾だっつの!」

 

 余った菓子をこっそり食べていたヅッチーが茶化し、シリアスが中和される。

 

「というか、あんた結構ぶっきらぼうな喋り方するわよね。やっぱりそっちが素?」

「まぁな。丁寧な喋り方のほうが何かと都合が良くなるんだよ。ほら、どれだけ身なりを固めても、口を開いて台無しじゃ恰好がつかないでしょう?」

「えー、別にそんな気を遣う必要ねぇって」

「ぶっちゃけ胡散臭いわ。詐欺とかやってそう」

「全身ピチピチスーツで頭に目玉焼き乗っけた自称サイキッカーには言われたかねぇ」

 

 余り者が適当に話をしていただけなのだが存外話が進む。奇天烈な女だと思っていたが、中々話が合うじゃないかとルークはヤエへの評価を内心で上げる。ハグレ云々で差別はしないが、それでも王国民とそれとなく距離を測っているのはお見通しだったらしい。

 

「そういやさ、ヘルちんもこっちの人間だろ? でもハグレの事は大して気にしてないよな」

「……深く考えてないだけですよ。もしくは、そもそもハグレとは離れた生活を送っていたのどちらかかと。育ちの良さがにじみ出てるんだよ、彼女」

「ふーん。もしかして世間知らずのお嬢様ってやつ? そんでルークが彼女を言いくるめてたぶらかすチンピラっと」

「誰がそんな事言いましたかねえ!?」

 

 実際、ヘルラージュが世情に疎く生活力ZEROなのは確かであり、冒険者として組んでいた頃はあっという間に所持金を好物のスイーツに当ててすっからかんにしてしまうことから、財布の管理にはルークの方が頭を使っていたりするのだった。

 

 

 

 ◇

 

 

 

 そもそもの話。

 古代の番人――ようやくわかった名前をブリギットと言う彼女がスリープモードから復帰したのは、トゲチーク山地下に存在する古代文明の住居区画にて異常な数値のマナ濃度が検出された結果警報が鳴ったからであり、その確認のためにブリギットを連れてハグレ王国は調査へと向かう事となった。

 

 そして翌日。トゲチーク山の地下にゲートを開いて突入したデーリッチ達は、ブリギットの案内の下、居住区画跡を探索していた。

 

「ところで、ブリギットさんよ」

「あん、どうした(あん)ちゃん?」

 

 そんな中、ふとルークが口を開く。

 

「古代人が地下に潜ったと言っていましたが、もしかして海底にも都市を作った奴らがいたってことですかね?」

 

 質問に対して、ブリギットはポリポリと頭を掻くといういかにも人間らしい仕草を見せた。

 

「あー、どうだろうな。俺は移民計画の後期に作られた個体だからな。そういう、他の連中がどうだったとかの知識は入ってねえんだわ。だけどまあ、色んな方法を試したって言ったよな。その中には海底に居住しようとした奴らがいてもおかしなことはない。……まあ、さっきも言ったが人間はお日様の下じゃねえとまともにいられねえんだ。よっぽどのことがなけりゃここの連中と大体同じ結末だろうよ。けどよ、何でまたそんな事を聞いたんだ?」

「あー……そうですね。俺は何度かこういった遺跡には潜ってるんですが、その時に昔の仲間が言ってたんですよ。『遺跡はあたしの街と空気が似ている』って。んでそいつ、海底にある都市から脱けてきたとか言ってたのを思い出したんですよ。まあお互い大した詮索とかはしない方針だったんで今の今まで忘れてたんですがね」

「――――。」

 

 その言葉に対してブリギットは少し考えこむ仕草を見せ、

 

「ルークとか言ったな」

「はい?」

「お前、中々貴重な体験してるぜ。それこそ、この世界の誰よりもな」

「……はあ」

(さて、こいつの話が本当なら、()()()()()()()()()()()()()ってことなんだろうけどさ……ま、俺が気にしてもしょうがないか)

 

 思いがけない報せを聞き、古代人形は昔に思いを馳せるのだった。

 

「んで、どんな奴だったんだその仲間って」

「えーと、紫の髪に褐色肌、尻尾があって鹿みたいな角が生えてた。右は根元から折れてたが、喧嘩の名残だとか言ってましたね」

「……人間なのか?」

 

 

 

 

 異常なマナ濃度が検出された原因は、マナを含んだ水を散布する機械の出力が限界で固定されていることによって引き起こされた飽和状態であった。

 さらに奥へ進んでいくと、起動させられていた古代兵器が立ち塞がった。

 

「でりゃー!」

「せいやぁ!」

「バルカンフレア!」

 

「ピーガガガー!?」

 

「よっし倒した!」 

「端的すぎない?」

「いいんだよ。一々ただのボス戦を描写しても仕方ねえからな」

 

 弱点を突いたパーティで防衛用ゴーレムを蹴散らした一行。

 

 マナウォーターの貯水槽を開くと、そこはマナジャムの農地へと改造されていたのであった。

 エステルは一連の現象はシノブが行ったものであると確信する。

 確かに地下にいたのならば彼女が駆けつけられたのも説明がつく。

 ではなぜ古代兵器まで動かしていたのか?

 

「ん、これはなんだ?」

 

 何かないかと上の階層でガサ入れを行っていたルークが、壁に描かれたあるものに気が付いた。

 

 円と線で形成された、鳥を抽象化したものであるように見えるそのシンボルは、よく見てみれば部屋の景色から浮いており、不自然極まりなかった。

 

「何だそりゃ? そんなただのラクガキなんざ……!? 待て、こいつは……」

 

 一笑に伏そうとしたブリギットは何かに気が付いたのか一転。模様に近づき、そっと指でなぞった。

 向き直り、一同に見せつけた指は、黒く汚れていた。

 

「やっぱりだ」

「インクが…!?」

「ああ、こいつは昔に描かれたものじゃない。ここにいた奴が残していったメッセージだ。それも濃いマナの反応がある。さっきのマナの実を潰した液体で顔料でも溶かしたか?」

 

 経年でこびりついたのではなく、最近になって描かれたものであるために湿気の多いこの場所では乾燥しきっていなかったのだろうと推理する。

 

「となると、これも古代言語で……?」

「いや、これは知らん。ただまあ、こうやって目立つように書いてるなら自分たちが先に入ったことを示すための目印か何かだとは思うが――」

「……違うわ」

「エステル?」

「これはラクガキなんかじゃない。……白翼の紋章。先生だけが使う星属性の魔法陣。きっと、あの人もここにいたんだ」

 

 以前、シノブと再会したときに交わした言葉。

 

 協会を抜けたというシノブに、エステルは大丈夫かと心配する。

 後始末は済ませたと語るシノブは、続けて言った。

 

――先生も助けてくれるから心配しなくていいわ。

 

 連絡を取り合っている、と彼女は言っていたが、それだけではないとエステルは確信する。

 彼女の師――星術士アルカナがシノブと共に、何らかの暗躍をしているという事実に――、

 

 

 

 

「へっくち!」

「うわっと、汚いですよ」

「すまんな。ずずっ……誰か私の噂でもしたか?」

「知りませんよ……はい、これが値段です」

「ふーむ……ちょっと高くない?」

「元々私達用にしか生産していませんから。これでも譲歩した方ですよ?」

「だよなあ。こっちで栽培できるのが一番なんだが、マナを潤沢に含んだ水なんて中々。あそこは通い詰めには物騒だったし、機材運びのために転移陣をいちいち起動とか面倒だからなー」

「結局私達に頼ることになったわけですね」

「……もしかして次善策にしたこと怒ってる?」

「何の事でしょう?」

「(拗ねてるな……可愛いやつめ)ま、これで契約しようじゃないか。効能を知ればいくらでも経費で落とせる」

「はい。ありがとうございます」

 

 場所は妖精王国。

 執務室にて向かい合うのは青髪の女性と白髪の女性。

 

 片や妖精王国代理女王。

 片や召喚士協会の古株。

 

 それなりに威圧感すら放つ二人の女性は軽口を混ぜながらマナジャムについての取引を行っており、どうやらひと段落がついたようである。

 

「おおおお!」

「へもげー!」

「おお、やってるやってる」

 

 ふと、外に目をやれば妖精達が陣形を組んで魔法や弓矢を放つ訓練をしている。

 ただ陣形を組んでいるだけではなく実戦を意識した軍事訓練であり、相手役を務めている大柄な冒険者は巨大な武器を手に妖精達の攻撃を突破して薙ぎ払っていた。

 

 ひゅんひゅんと体躯以上もある戦斧を振りまわし、安易な射撃を牽制する男に、妖精達は攻めあぐねていた。

 

 そこにやってきた二人に気が付き、男が武器を収める。

 張りつめた雰囲気は解け、妖精達は地面にへたり込んだ。

 

「おっお、話は終わったかお?」

「ある程度は。そっちはどうだい?」

「……妖精って成長早いおね。昨日より魔法の威力がワンランク上に上がってたお」

「そりゃ全身マナみたいなものだからね。魔力効率を改善してやれば上達もぐんぐんよ」

 

 それなりに疲労した様子を見せる男にアルカナは笑う。

――事のあらましを説明しよう。

 

 しばらく前のこと、シノブとの連絡を取り合う中でアルカナは妖精王国の事を知り、単身妖精王国へと向かい、プリシラとの会談の席についた。

 マナジャムについて実際に目にしたアルカナは、自分に売ってくれないかと提案する。

 だがマナジャムは生産を始めたばかりであり、妖精達が摂取する分で精一杯でありとても外部への販売などできないという状況だった。

 

 それでは仕方がないということでお開きになるところ、アルカナがプリシラにある提案を持ちかける。

 

「強くなりたいんだって?じゃあ私が見てあげようじゃないか。

 なあに、私は君みたいな頑張っている女の子を応援するのが大好きでね。

 心配はいらん。独学で学ぶよりも充実した鍛錬計画を建ててやろう!

 あ、その代わりでいいからマナジャムできたら頂戴ね」

 

 要は自分達の技術を教えるのでそっちの技術も教えてという取引であった。

 この時点ではほかの妖精と余り差が無く、気弱でもあったプリシラは勢いに押されてその提案を思わず承諾してしまう。

 

 こうして軍事顧問の座に獲得したアルカナによる、鍛錬という名の妖精王国増強計画が始まった。

 

 まず妖精達がマナを効率的に扱えるようにするためにアルカナは自身が用いている天体航路理論――人間の体である小宇宙を実際の天体図に見立てて魔力を循環させることで、二倍三倍にと魔力を増幅させる*1という霊子星術の基礎を教え、妖精達の戦闘力を向上させようと試みた。

 

 結論を言うと、成功した。

 肉体をマナで構成している妖精は生まれつき魔法を扱う力に長けており、人間とほぼ同じ形をとっていることから、この方法は相性が良いと考えていたが、

 それを証明するようにプリシラは魔力循環を身に着け、以前とは比較にならない魔力を操ることができるようになった。

 ただ相性が良いとは言え、それは上級召喚士でも一握りが習得できるかできないかという高等技術のため、モブ妖精は五人程度が良い所まで行ったという結果に終わった。

 

 そうして理論を学んだ後は、魔法なんて後は使って覚えるしかないということで、実戦形式で鍛えていくことになった。

 

 とは言ったものの、アルカナは魔法タイプの戦闘である。現在妖精達が必要とする集団戦闘の技術を教えるには分野が違っていた。

 じゃあどうすればいいか?

 簡単である。

 

「戦闘の達人は冒険者よねーってことでよろしく」

「いきなり呼びつけておいて何言ってるんだお(;^ω^)」

「ええー、じゃあ可愛い女の子たちと触れ合えるし請け負ってくれるならプライベート温泉も使用できるぜ?」

「謹んで受けさせていただきますお」

 

 そうしてアルカナが連れてきたのが冒険者であるブーンである。

 彼はアルカナによって召喚されたハグレの一人であり、この世界では冒険者兼傭兵として名を馳せる戦士として生きていた。

 温泉の誘惑に釣られて戦闘訓練を引き受けた彼は多種多様な武器を匠に操り、様々な相手への対策を妖精達に叩き込んでいった。

 

 そうして仕事を押し付け……もとい分担したことで余裕ができたアルカナは自分でマナジャムの栽培ができないかと試行錯誤していた。

 時にはシノブが廃棄した地下遺跡の農場を活用できないかと単身乗り込んでみたものの、計器の操作に不具合が生じた、そもそも行き来が魔物だらけで面倒臭いなどの理由により断念せざるを得なかったのである。

 置き土産とばかりに自分のサインを壁一面に書き込んだ彼女は妖精王国へ戻り、プリシラとマナジャムの商談を改めて行っていたのである。

 

 

 ――そんな訳で、現在に至る。

 

「すごいよプリシラ、私達強くなってる!」

「これならヅッチーにも勝てるかな!」

 

 レベルアップを体感してはしゃぎ回る妖精達。

 

「……いいえ。ヅッチーの強さはこんなものじゃなかったわ」

「えーっ、だってこんなに強くなれんだよ。もうヅッチーだけが強いんじゃないんだよ」

「それでもよ。私達が鍛えている間もヅッチーはハグレ王国で強さを磨いてるに違いないわ。

 ……そう、ハグレ王国で」

 

 まだまだと強さを求めるプリシラに対し、ぶーぶーと不満を口にする妖精達。

 

「ふーん」

「どうしたんだお?」

「いや、生き急いでるなあってさ」

 

 出会った時と比べ、プリシラという妖精は身体的に成長したが、精神もがそれに伴ったかというとそうではなく、この成長は急速なものであったとアルカナは思い、少しばかりの危うさを感じていた。

 だが、その危うさを解消するのは自分ではないと考え、干渉はしないつもりだ。

 

 彼女の物語に、アルカナという存在は必要ではない。

 私ができるのは、その道行を見守ることぐらいだ。

 

「ああそうだ、しばらく戦闘訓練は中止だとよ」

「どうしてだお?」

「ザンブラコでの活動に本腰を入れるんだと。このまま温泉は使わせてくれるそうだから休暇といこうじゃないか」

「おっお、それはいいおね」

 

*1
毎ターンのMP回復




教えてアルカナ先生のコーナー

Q.なんで妖精王国鍛えてんのこの人?
A.「すごい技術持ってるのに帝都に乗っ取られたら使い潰されるの確定じゃん?だったら強くして発展させたほうが益だよね。あと合法的にちっちゃい女の子と触れ合いたい!!!!」

Q.エステルさんシリアスしてる件について
A.「シノブが関わってたからエステルも来る可能性はあるかなー程度にしか考えてなかった」

Q.キャラ増やし過ぎでは?
A.「安心しろ、どうせオリジナルパートでのゲストが八割だ」

新キャラ紹介
ブーン
アルカナが召喚したハグレの一人。
大柄で温和な性格をしている。
籠手や戦斧、果てはよくわからない力を操って戦う。

元ネタはブーン系小説。


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その8.海!泳がずには...えっそれどころじゃない?

お待たせしました。
ザンブラコ編、前編です。

冒頭はただの宿屋コントです。


『ハグレ警察特集~その駄菓子は罪の味~』

 

 ブリギットが王国の一員となってしばらく経った頃の話。

 彼女が発案した駄菓子屋は、今日も大盛況のようです。

 

「よーし。レア物こいこい……」

 

 駄菓子屋の前では子供たちがガチャガチャの筐体に群がっています。

 

 がちゃんこがちゃんこ。

 

 デーリッチが硬貨を一枚入れ、ツマミを回せばカプセルがころんと出てきました。

 それを持って皆はガチャの前から離れます。引いたら退くのはガチャ戦士のマナーです。

 

「……皆引いたでちね?」

「ああ、ヅッチーの手がこいつは当たりだって伝えてるぜ」

「それじゃあいっせーので開けるわよ」

 

 いっせーのせ……!!

 

 カプセルを開け、皆そわそわしながら自分の獲物を覗き込みます。

 さて、皆何を引けたかな?

 

「あっこれ持ってないやつ!でもレアじゃない~」

 

 デーリッチは持っていない玩具をゲットのようです。でもノーマル。

 

「げっ、ダブった。」

 

 ヅッチーはものの見事にダブりました。手触りでわかるとは一体。

 

「あーっ!これ欲しかったんだスローマン!」

 

 雪乃ちゃんは雪だるまのキャラクターを引き当てたようです。よかったね。

 

「おや?おやおやおや?これはアレかな?レアだな?」

 

 そして最後にエステル。どうやらレア物を当てた様子です。

 

「あーっ、いいなー!」

「へっへーん!これが普段の行いってもんよ」

 

 周囲の羨む声を聴いて得意気になっているエステル。

 

 そうして子供たち(JK含む)が盛り上がっている中、新たにガチャガチャに近づく者がいました。

 

「……」

 

「あれ、ルークさん?」

「あいつもガチャを引きに来たのか。昔っからああいうのは好きだもんな」

「んん?あの手に持っているものは……?」

 

 ルークは片手に持っていたそれを広げ、地面に置きました。

 あ、あれは……!

 

「折り畳み椅子、だと……?」

 

 ルークは椅子に座り、懐からずっしりとした小銭袋を取り出しました。

 こ、これはまさか……!!

 

「お、大人買いだーーーーっ!?」

 

 がちゃがちゃがちゃがちゃ。

 

 中身を確かめることもせずにトークン・セットとレバー・サイクルを繰り返すその様はまさに富豪。

 次々とカプセルの山が積みあがっていく様子は子供たちを戦慄させます。

 

「あいつ、玩具を全部かっさらっていくつもりだ……!!」

「なっ、ダブりを恐れもしないでか!?」

「ダブった玩具をどうするつもりだ……?」

 

 その言葉にフ、と鼻で笑ってルークが子供たちの方を見ます。

 

「決まっている……

 

 後で欲しいガキに二割増しで売るんだよ」

 

 キメ顔でろくでもないことを口走りました。

 

「て、転売だーーっ!?」

「なんて極悪な!?悪魔!小悪党!秘密結社!」

 

 何という事でしょう。

 この男、コレクター気質の子供の欲求に漬けこんだ極悪非道の行い、転売に手を染めていたのです。

 ちなみに、現実において転売は許可を得た古物商ならばなんの問題もない行為です。

 まあこの世界の帝国には転売を取り締まる法律自体が無いため、結局ルークを法律的にしょっぴくのは難しいのですが。

 

「ははははは!自分の金で得たものをどう使おうと文句を言われる筋合いは無いね!」

 

 子供たちの非難もどこ吹く風。もはや財力という名の暴力を止められるものはいないのでしょうか……!!

 

「もしもしポリスウーメン?」

 

 だがここは帝国ではなくハグレ王国。

 とにかく迷惑になるのならばお叱り案件。

 雪乃ちゃんがハグレ警察に通報します。

 

「あっ」

 

「ハグレ警察だ!ガチャの独占をする不届きものはここか!」

「やべっサツだ逃げろ!」

 

 ジュリア刑事が駆けつけると、わき目も振らずに逃げ出そうとするルーク容疑者ですが、

 

「ぐえっ」

 

 カプセルを踏んづけてしまい、見事に転びました。

 インガオホー!

 

「逮捕だ逮捕!」

「ウワーナニヲスルヤメロー」

 

 抵抗むなしく、子供たちから囲んで棒で叩かれ取り押さえられたルーク。

 

 ここに悪は滅び、子供たちはガチャガチャの楽しみを取り戻すことに成功しました。

 

 その後、ガチャガチャには以下の注意書きが加えられました。

 

――独り占め禁止。中身の転売禁止。

 

 尚ルークは成果物の中から好きなものを子供たちに譲渡することと、お菓子をおごることで釈放されました。

 

 そんな一連の茶番劇を大人二人は端から眺めていました。

 

「やれやれ、何やってるんだか...」

「仕方のない人ね...。店長さーん、ナロルチョコ1ケース下さいな!」

「そしてこっちは箱買いと、二人とも大人げねー」

 

 ヘルラージュがチョコを箱ごと買い占める光景を見て、ローズマリーが肩をすくめたところで、落ちと致します。

 

 

 

 

 

 

『やってきました港町』

 

 

 王国を南下した海岸を挟んだ先の島国にある、海の街ザンブラコ。

 

 この街で道具屋を志すハグレの少年を王国へと勧誘するため、一行は街に訪れたのであった。

 

「うぷっ……気持ち悪ィ……」

「無理して食べなくてもいいですのに……」

 

 情報を聞きに訪れたたこ焼き屋にて店主から振る舞われた、たこ焼きラーメンなる悪魔合体料理を律儀にも完食した結果、吐き気を訴えるルークに隣で歩くヘルラージュは呆れる。

 とてもじゃないが話を聞ける状態ではなくなったルークをヘルが引っ張るように店から出し、秘密結社の二人は気分転換と情報収集を兼ねて街を散策していたのである。

 

「くぅ~ん……」

「ベロちゃんも気分が悪そうですわね?」

「匂いも酷かったからな、頭が3つで被害も3倍だな……」

 

 二人についてきていた3つ首犬のベロベロスも元気がない。

 彼はたこ焼き屋の軒先で待機していたのだが、店から漂ってくる激臭を3つの頭それぞれの鼻に受けていた。ある意味では他の誰よりも被害を受けていたと言えるだろう。

 

「しかし……」

 

 探し人である少年ベルについて聞き込みをしていると、街を行き来する一つの種族がよく目に留まった。

 

「妖精が多いな。というか、妖精ってあんなに商売っ気ある連中だったのか」

「妖精王国は温泉で観光業が盛んだと聞いていましたが、海一つ挟んだここにまで手を伸ばしていたのですね」

 

 ハグレ王国に加わってから聞いた、妖精王国についての情報と合わせて街を分析する。

 

 漁業を中心としたこの街は、逆に言えば目新しいものが無いということであり妖精王国はそこに大陸の物品を持ちこむことで、街の住人からのニーズを獲得することに成功した。商売気の盛んな若い商人はこのムーブメントに乗じた利益を得ているが、そうでない者達--人情を重んじて昔から住民に親しまれてきた古株の面々は妖精王国に迎合することができず客足が遠のいてしまった。

 その証拠に、商店街は閑散として開いていない店が多く見受けられるのに対し、新設された妖精デパートは一つの建築物であるにもかかわらず多くの客で賑わっている。

 

 

 そして、住人と話をする中で彼らが意気消沈していることも二人には痛いほど伝わってきていた。

 

「……まあ、辛いよな。いくら市場の原則に基づいた敗北と言っても、他所からかっさらわれるというのは。俺はそういう事情とはあまり関係がなかったわけだけど、そうして潰れた商人はよく見てきたものです」

「どうにかできないものかしら……」

「とことんやれって言うなら、いくらでもやりようはありますが。悪の秘密結社として市場操作に手を染めてみますか、ヘルさん?」

「もうっ、からかうのはおよしなさい」

 

 冗談めかして言うルークをヘルラージュは嗜める。

 

「はは、そもそもモグリの古物商じゃ何もできないさ」

 

 実際そういった手段に出るという考えはルークには無い。

 お人よしのヘルラージュが感情移入をして落ち込み過ぎないように茶化しているのだ。

 

「まあ、ハグレ王国と接点ができれば何かしらの変化が起きるんじゃないですか?」

「そうなったらここで獲れた海の幸も王国に出てくるんですのね」

「確かに、酒の肴が増えるのはいいことですね」

「お魚だけに?」

「...魚類をさかなと読むのは肴から転じたもので、元々魚介類がツマミとして多く出されたのがそのまま読みになったらしいっすよ」

 

 ガチです(wiki調べ)

 

「へえ~そうなの、意外と物知りねルーク君」

「昔の仲間がこういうのに詳しかったんすよ。和国だかなんだかの出身でさ。文字通り、酒の肴にしかならない知識ばかりですけどね」

 

 談笑しながら二人は歩き、その後ろをベロベロスが付いていく。

 ハグレ王国に来てからというものお互い店舗や行商で忙しく、秘密結社としての活動も四人で行っていたためほぼ二人きりという状況は無かった。

 果たして彼らがそれを意識していたかは与り知らぬところではあるが、少なくとも久々に訪れたこの状況を楽しんでいたのは事実である。

 

 

 

 

 ヘルと一緒にぐるりと街を一周して、たこ焼き屋に戻ってくると軒先でハグレ王国の面々が待っていた。

 何でも俺たちを待っていたという事で、話を聞くとベルという少年は大ダコを探しに街の外にある海岸洞窟へ行ってしまったという。

 

 街の住人からは華奢な少年だと聞いていたので、そんな彼が一人で冒険とは大したやつだなと感心していると、妙に生暖かい視線を感じたのでそっちに目を向ける。

 

「……何だよその目は。ジュリアさん?」

「いや何、大したことじゃないさ。若いとは良いものだと思っただけさ」

 

 ニヨニヨとした表情でこちらを見てくるジュリア傭兵隊長。

 ……うちに傭兵は彼女しかいないから隊長という呼び方もおかしいかもしれないが、雰囲気が隊長呼びを自然なものにしてくるのだ。

 

 初対面は王国の敵として立ちふさがった時で、当時は堅い人物だという印象を抱いていた。

 それからは自分の行いがグレーゾーンであることもあってハグレ王国の警察も担当する彼女とは色々と関わりがあった。...あれは割と情けない事件だったと反省してる。

 兎も角、王国では数少ない男仲間であるアルフレッドを揶揄う姿を見たり、彼女と酒を飲み交わして色々と会話をする機会があったことから、ジュリアという人間が日常的には冗談を好む愉快な性格であることが分かってきていた。

 

 つまるところ、だ。

 彼女は俺とヘルが二人で街を巡ったことについて明らかにそういう考えで揶揄しに来ていた……!!

 

「それで、二人きりで何をしてきたのかな?」

「聞き込みですよ。この街と妖精王国の関係性とか不漁の原因とか、そういう地道なやつを」

「へえ、割と真面目だな」

「いつも真面目ですよ、俺は」

 

 下手に反応すると悪乗りしてくるのが分かっているので事実のみを答える。

 

「ほんとに~?」

 

 ぱつぱつスーツのサイキッカーがしつこく弄ろうとしてくるが、取り合わず視線を国王達のほうへ向けるとイカヅチ妖精が柄にもなく落ち込んでいる様子。

 

「それで、ヅッチーはどうしたんですか?」

「ああ。どうやら本当に妖精王国が関わっていたようでね。ヅッチーは交渉しに行ったんだけど、殆ど相手にされなかったらしいんだ」

 

 曰く、代理女王として活動していたプリシラに実権を握られ、ヅッチーに心酔していた筈の彼女は交渉において殆ど取り合わなかったらしい。

 

「……それは、難儀なことですね」

 

 原因については察しが付く。

 ハグレ王国に留学しているヅッチーは妖精王国には交易の際に顔を見せる程度だった。俺が彼女の馬車に相乗りし始めた頃はもう少し時間をかけていたようだが、この前の交易では交易品の受け渡しと軽い雑談程度で終わらせ、次の街へ向かっていくという有様で、国の運営方針に全くと言っていいほど無関心だった。これではカリスマがあったところで何の意味もない。

 

 俺もエルヴィスの旦那には常に前に出てパーティを引っ張る豪快さやここぞという時のガッツに惹かれていたし、ほかの連中もハグレであること以外はただの人間である旦那のそういったところを評価していたから、あの奇人変人のパーティは成立していた。

 

 ハグレ王国国王のデーリッチも、見た目相応の明るさや無邪気さ、かと思えば時折正鵠を射るような言葉を発して、王として相応しい聡明さや経験の深さを介間見せる。王国民の連中だって、彼女に自分の不足を埋めてくれる何かを感じたからこそ、国造りという壮大な夢を手伝っている。

 

 ……ヘルについてもそうだ。悪の秘密結社なんてふざけてはいたが、復讐のために悪党であろうとする決心があいつにはある。それだけではなく、小心者だけど気配りは忘れず、おおよその人物であれば受け入れるほどには度量が大きい。聞き上手でもあり、交渉事には彼女を隣に座らせておけば少なくとも決裂しないまでには雰囲気を和らげることができる。リーダーとしての素養ならデーリッチに負けず劣らずのものがある。危なっかしくてほっとけないとか、役割分担が丁度良かったとか、色々理由をつけてはいるものの、あいつの側が居心地が良かったというのが一番の理由なのだろう。

 

 今のヅッチーはそのいずれも無い。自分たちを率いず、自分たちの方針を受け入れず、自分達の居場所でもない。

 

 ……まあ、俺が何かアドバイスができるかと言えば全くないのだが。

 

「妖精の内輪もめは置いておくとして、目先の課題から片付けるとしましょう」

 

「そうだね。じゃあ皆、行こうか」

 

 この街に来た目的、ベル少年を探しに俺たちは海岸へと歩みを進めることにした。

 

 

 

 

 

 

『熱中症対策』

 

「あっつ!砂浜あっつ!」

 

 海岸沿いに突き進むこと数十分。

 ルークは南国の日差しにやられて膝をつき、砂の熱さに苦悶した。

 

「キャラ崩れてるじゃないか...」

「あーあ、スーツのまま来るから。脱いだら?」

 

 ルークは一張羅である黒紫のストライプスーツから服装を変えたがらず常にこの恰好でいた。大陸は穏やかな気候だったため問題は無かったが、海を隔てた南国となれば話は別だ。

 このまま意地を張っていても暑さに参るだけなので、ジャケットを脱ぐことにした。

 

「持ってあげますわ」

「ああ、すまない」

 

 ヘルラージュが手を差し出す。ルークは折りたたんだジャケットを受け渡した。

 魔法でキンキンに冷やされた水を飲みながら、彼は仲間たちに質問する。

 

「というか、そっちは暑くはないんですか?」

「ああ、暑さ寒さについては問題ないよ」

 

 ローズマリーのゆったりとしたローブは、暑さと寒さの両方を緩和している。

 

「わたくしも周囲に冷気を纏わせています」

「ひんやり快適でちー!」

 

 冷気の膜を展開していて暑さを遮断しているゼニヤッタに抱えられたデーリッチがご満悦に笑う。

 

「あーっずるいですわ。私たちはこんなに汗だくですのに」

「それじゃあヘルちん、こっち来る?」

「わーっありがとうこたっちゃん……ってなんでこたつに入らなきゃいけないんですの!?」

 

 こたつドラゴンの誘いに、ヘルラージュがノリツッコミを入れる。

 

「……なんでお前暑くないの?」

「こどらはドラゴンだからね!暑さもへっちゃらじゃん!」

「なるほど……でも炎耐性無くない?」

 

 沈黙。

 

「……こどらは、氷のドラゴンだから……」

「氷耐性も無くない?」

 

 再度の沈黙。

 

「……こどらは、こたつのドラゴンだから!こたつアーマーは鉄壁の守りじゃん!」

「……そっか!」

 

 これ以上話をまぜっかえすのもよろしくないと判断したのか、ルークは納得した。あるいは、暑さで思考がやられたのかもしれない。

 

 小休止を済ませた一行。引き続きベル少年を探して海岸を突き進んでいく。

 

「ところでジュリア隊長は鎧暑くないんでち?」

「心頭滅却すれば大体の事はどうにかなるぞ、どうだ?」

「遠慮しておきます」

 

 

 

 

 

 

『海!泳がずには……えっそれどころじゃない?』

 

 探し人道中は、思いのほかすぐに終了した。

 少年ベルが魔物と交戦していたところにハグレ王国が加勢して決着。

 ひとまず街に戻ろうとローズマリーが言うと、ベルは彼女らに頭を下げてきた。

 

 曰く、大ダコの足を持って帰ることで、意気消沈している町の皆を活気付けたいのだと。

 

「どうするでち?足の一本ぐらいならリスクは大分減ると思うでちが……」

「いいじゃないか……、そういう賭けは嫌いじゃない」

 

 人助けと海の悪魔に対峙する危険性を天秤に掛ける中、ルークが意気揚々と賛成の意を見せる。

 

「おっと、やる気を出してるのがここに一人」

「王国としても、困っている町を助けるのは大事だろう?上手く行けば交易相手としても良好な関係を築ける筈さ。つまり……」

「国としても大義名分を得る、か。なるほどね」

 

 つまりはwin-win関係。

 わざわざ突っぱねる話でもないということで了承したデーリッチ達。

 

 道中サボテンの魔物に手痛い反撃を受けて針だらけになるアクシデントに見舞われるも、何とか森を抜け、後は海に面した道に沿って進んでいくのみ。

 

 状況が穏やかになったことで、ベルの身の上話が始まった。

 

「なるほどね、君も中々タフな男じゃないか。ベル」

 

 町に流れ着いた頃はカナヅチだったが、保護者のおじさんに負担をかけさせまいと泳げるようになったという話を聞き、感心するルーク。

 

「そういえばルーク君はハグレの人と一緒に過ごしていたって言ってたでちね」

「そうなんですか?」

「まあね。親父は仕事で家に殆どいなかったから町のおばちゃんおじさんの世話になることが多かったよ。それはあの地区のガキ共全員そうだったし、俺は特に旦那の冒険譚が好きだったんですよ」

「あー、アンタ貧民層だったもんね……」

 

 エステルが当時を思い返す。

 

「お前も大して変わらんだろうが……。

 そういう訳で家族仲は割と淡泊でね。いや、親父が事故で亡くなった時は悲しんだりもしたけど。そこに旦那が帝都から出るって話を聞いて、勝手についていきました。生まれ育った街を離れることには特に抵抗は無かったってことです。だからまあ、義理とは言え父親みたいな人を大事にできるのは羨ましいと素直に思うんだよ。俺は」

 

 自分の半生を語っていくルーク。

 

「家族というのは複雑なのですね、ルーク君」

「義理の家族の方が上手く行く時だってあるだけですよ。ヘルさんはご両親に愛されてきたんじゃないですか?」

「...ええ、そうですね。その通りですわ」

「どうしたヘルちん。元気ないぞ?」

 

 いつになく調子の無い声で答えるヘルラージュをヅッチーが訝しむ。

 

「それはお前もだろうがヅッチー」

((……こりゃ変な地雷踏んだかな))

 

 お互いに一歩引いていたとは言え、相方の過去を知らずに踏み入ろうとしたのをルークは反省する。

 

「話を戻しましょうか。

 旦那についていったとは言え俺も当時は13のガキ。喧嘩が得意でも魔物相手に戦闘ができるかと言えば全くでさ。

 でもその代わり亜侠チームの連中は旦那を含めどいつもこいつも腕っぷしは立つ奴らで、俺は持ち物の管理とか細かい雑事を引き受ける立場だったのさ。

 ほら、今でも戦闘は逃げ回りながら小手先でなんとかやっているでしょう?」

「その小手先に助けられているのは確かだよ。君の器用さは色々と役に立っているよ」

「そう言ってくれるならなによりですよ」

 

 ローズマリーの評価に感謝を返す。

 デーリッチの全体蘇生があるとは言え、生存力に長けたものがいるのは戦略面でもありがたいものであった。

 

「その点でいえば王様はどうなんですか?最初はマリーさんと二人の建国だったそうじゃないですか」

「こっちに来たときは一日一食でしのいでいたでちね」

 

「想像以上に過酷ッ!?」

「でもローズマリーとすぐに出会えたんでち。その日から喜びは二倍、負担は半分こでち!」

「本当は?マリーさん」

「負担七割ぐらいかなぁ」

「そ、そこは合わせとこうよ!美談にして!」

 

 とは言え、その負担も決して嫌なものではないのだろう。

 お互いに足りない部分を埋め合ってきた者同士が持つ雰囲気をルークは二人の間に感じていた。

 

「不思議ですね。バラバラだったハグレ達が助け合って一つにまとまろうとしている。そんな奇跡に比べたら、大ダコ撃破なんて楽なもんですよね!」

 

 ベルの意気ごみに皆が同調し、一行は意気揚々と進んでいく。

 

「ほらエステルさん。海です!脱ぎましょう!」

 

 海を横目に進む中、かなづち大明神がエステルに絡みだす。

 

「何で未だに絡んでくるのよ。この前までサービスブラックだってはしゃいでいただろ?」

「ああ、あの人は本気で嫌がってくるので自重を。やっぱりエステルさんが一番だなあ!」

「私が嫌がってないとでも!?」

 

「あの人涙目になるんですよ!?悪い事してるみたいじゃないですか!それにルークさんもいますから……セクシー話には乗ってくれるんですが、ヘルさんの事になると途端に話を打ち切ってしまいますから」

「悪い事してないとでも!?後あの気取り野郎については察してあげな」

 

 年頃の男子とは言え、意識している女性について猥談に挙げるのは流石に気が引けるに決まっている。

 

「まあ挨拶はこの辺にしておいて、ヅッチーが元気ないんようなんですがどうしました?」

「あー……、ちょっと妖精達とトラブってるのよ」

「つまり、プリシラと?」

「そうなるんじゃないの?町の状況を見るとさ」

「そっか、あの子は少し危ういからなあ」

 

 大明神は語る。プリシラは生真面目故に思いつめるきらいがあり、ヅッチーに依存することでうまく帳尻が取れていたのだと。

 その二人の仲がこじれている。それはつまりプリシラのストレスを発散する先が無くなっているということ。それはそのまま、彼女が取り仕切っている妖精王国の動きにも影響する。

 

「深刻なことになっていなければいいんですけどね……」

 

 ――この大明神の心配は、致命的な形で的中することとなる。




投稿が延びる!文字数も無駄に増える!
もしやこやつ小説へたくそなのでは???

段々と敬語が雑になる主人公。
ルークとヘルちんの描写を大事にしようとしたのが主に延びた要因ですね。表のメインなんですからもっと推さねば。

感想は励みになるので大歓迎です。


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その9.タコ、すなわち海の悪魔

どうにか早めに仕上げられました。ザンブラコ編、後編です。


 海岸洞窟へと到着したデーリッチ達が見たのは、妖精達が道を封鎖しようとする様子だった。

 後ろからやってきたプリシラ達から話を聞くと、なんと港町からここを封鎖するという仕事を妖精王国が請け負ったのだという。

 

 危険な遊びは制限するべきだというプリシラに対し、海の男達が代々行ってきた真剣勝負なんだと主張するベル。双方の主張は決して交わらない。ザンブラコの状況をに付け込んだとはいえ、妖精王国も相応の根回しや努力を行って勢力を築き上げたのだ。

 

 プリシラはこちらの価値観を通すこともまた真剣勝負であると言い、ならばと妥協案をハグレ王国に……いや、妖精王国のリーダーであるヅッチーに持ちかける。

 

 即ち、ここ封鎖するのか通るのか。

 自分達とハグレ王国、どちらが正しいのかを彼女に決めさせることにしたのだ。

 

 この問いに思い悩むヅッチー。

 彼女は妖精たちを統べる女王だ。その言葉、決定は妖精王国そのものの言葉であり、そしてプリシラの方針に異を唱えることは現在の妖精たちを否定することでもある。

 

 浪漫と博打を取って妖精達との亀裂を決定的なものにするのが良いわけがない。町の活気を取り戻す方法ならほかにいくらでも考えられ――

 

「――いや、それは違うな」

 

 そんな、自分らしからぬ答えは切って捨てた。

 プリシラの、妖精たちの想像する自分は何と答えるか?

 

 通りたい? 通りたくない?

 

 全く持って論外。

 そうやってうじうじしていること自体が、自分らしくもない。

 

「悩まねえもんな……通りたいって思えば通る! 面白さ優先主義! そいつが、ヅッチーってもんだぜ!?」

 

 プリシラと喧嘩はしたくないが、自分を曲げることもできない。

 ヅッチーの答えにプリシラは何度も確認を取る。

 明らかに別の意図を含んだ確認。再三も聞くなとばかりにヅッチーは即答で返す。

 自分の思い。妖精王国の本来の在り方。こんな手段に頼らなくても自分たちはやっていけるのだとわかってもらうために。

 

 そうしてプリシラは折れた。

 彼女は最終的に通っていいと許可を出してその場を去った。

 

「……バイバイ」

 

 その目に、一つの未練を残したまま。

 

「よ、良かったんでちか、これで?」

「良かったんだよ。自分の喧嘩にお前達まで巻き込んだら、それこそ三日は後悔するわ」

「それでも三日かよ……」

 

 何か後味の悪いものを感じたデーリッチに、悔いはないと笑うヅッチー。

 

「ところで、大明神は口を挟まなかったけど、よかったんですか?」

 

 ルークは妖精王国の発展のきっかけであるかなづち大明神に問いを投げる。

 妖精たちから追放されたとはいえ、保護者のようなものである大明神は、ヅッチーに助言かあるいは諫言を与えるだろうと考えていた。しかし実際はただ見守っていただけ。

 大明神ならまた別の方策を示せたのではないか? というルークの視線に、大明神は自分の思惑を口にする。

 

「私が何か言ったところで意味はないですよ。あくまで私は妖精を見守る神です。二人の問題に口を挟んでしまっては、むしろ彼女たちのためになりませんよ」

「成程。たまには神様らしい立派な事言うんですね」

「これで普段のセクハラが無くなってくれればね……」

「セクシーは私の生きる目的ですよ!?」

 

 一同は気を取り直し、洞窟へと足を踏み入れる。

 

 ――ここで一つ誤算があったとすれば、

 ヅッチーの選択は『ヅッチーの率いる妖精王国』であれば最善だったが、『プリシラが率いる妖精王国』としては最悪だったということだ。

 

 

 

 

 

 

 海岸洞窟に入った一行は、上流に向かって流れていく海水に違和感を覚える。

 

「下から上に流れるとは、これもその大ダコの仕業か?」

「いえ、そんな事は聞いたこともないなぁ」

 

 ルークの疑問をベルが否定する。

 例年海の男たちがあの大ダコと戦ってきたが、海そのものに不自然な変化があったという噂は聞いた覚えがない。

 

「そうか、デカイ魔物とかが水を吸っていると思ったがやっぱり違うか……」

「まさか、そんな子供じみた発想が……ん、吸い上げる?」

 

 ルークの発想を笑おうとしたエステルだが、ふと何か思い当たったように黙る。

 

「エステル、どうしたんだい?」

「……何でもないわ」

「そうか、大ダコも棲み処にいるとは限らないみたいだからね。今はそっちに集中しようじゃないか」

 

(((……水の流れに、吸い上げる。嫌な予感がするわね)))

 

 その後、大ダコ退治の前に一行はメンバーの編成を組み直す。

 エステルが同行したいという旨を伝え、彼女を組み込んだパーティでデーリッチ達は棲み処である洞窟奥地へと乗り込んだ。

 

 だがそこで、彼らは驚愕のものを目にすることとなる。

 

「おい、なんだあの大きさは!?」

「ここからじゃ足しか見えないけど、相当な大きさだね」

「成程、筋肉の発揮しがいがあるぜ」

 

 水面から飛び出している巨大な蛸足に驚愕するルーク。

 ジーナが全体の大きさを目測し、ニワカマッスルの筋肉が力比べに湧き立った。

 ベルは近くにあった桟橋へと駆け寄り、何かを確認する。

 

「ああ、良かった。まだ舟は無事だった……!!」

「えっ、こんな小舟で行くんでちか!? だめだー! 死ぬ―っ!」

 

 それは舟だ。しかしボートと呼んでも差し支えないほどに小さな船だ。

 巨体に立ち向かうには明らかに頼りない小舟を前にデーリッチは慌てだす。

 

「落ち着いてください、デーリッチちゃん! 海の男たちはいつもこの小舟で戦ってました!」

「ああ、全敗の理由が今分かった……こりゃギャンブルじゃなくてただの沼だ」

 

 自信満々に言うベルにルークは仮面の上から目を覆って天井を仰いだ。

 

「勝負は時の運です! 今度こそいけます!」

「その前にもっと人事を尽くそう!? ルーク君何か持ってたりしないでちか?こういう時の秘密道具!」

 

 流石に無謀だとデーリッチが止めに入り、何かうってつけのおたからが無いかルークに尋ねる。

 

「なんで俺に……? 残念だが、こんな状況に対応したおたからは流石に無いな。それとも、コレを使うか?」

「確率8/9でこっちに当たる弾丸はダメでち!!」

 

 ルークが取り出した【死の弾丸】を却下し、頭を抱えるデーリッチ。流石にジョークである。

 

「待って、デーリッチ。何だか様子がおかしいわ……」

 

 エステルの言葉で大ダコに目を凝らす一行。

 そこで大ダコは何かと既に交戦しているのか、その足をざわざわと動かしている。

 

「ん……角度が悪いな」

「ちょっと借してください……これは、こちらに向かって泳ごうとしているのでしょうか?」

 

 ルークが取り出した双眼鏡*1を受け取ったかなづち大明神が、その体躯を活かして観察すると、どうやら大ダコは潮の流れに抗っていることが分かった。

 

「そこまで急な流れかな……?」

 

 見たところゆっくりとした潮流にあれほどの巨体が流されるとは思えない。ローズマリーが疑問を抱いていると、目標の大ダコは洞窟の奥へと流れていってしまう。

 

「い、行っちゃった」

「追いかけましょう!」

 

 何らかのトラブルが起こっているのなら逆にチャンスだとベルが勢いよく小舟に乗り込む。続いてハグレ王国も乗り込むが、いかんせん8人も乗り込むことは想定されていない。巨体の大明神がいるならなおさらである。

 

「あっ、待てって。仕方ねえな!」

「せっま!」

「ああ、すみません。重心が偏るのでそっちによってもらえないでしょうか」

「そんじゃあたしはここで」

「オイオイ、まあ仕方ねえか」

 

 ハピコがマッスルの上に乗っかる形でどうにかこうにか八人乗り込んだ小舟をつなぎ留めていた岩から外す。

 

 すると、漕いでもいないのに小舟はぐんぐんと進んでいく。

 

「はぁ!?」

「やっぱり水流がおかしいってぎゃわあぁあ!?」

「な、なんだあれは!?」

 

 一行の目に映ったのは、大ダコに塞がれる形で空中にぽっかりと開いた黒い穴。

 どうやらあの穴に何もかもが引き寄せられているらしく漕いでも漕いでも小舟は流れに逆らえない。

 

「てことはだ……」

「ああ、穴が潮の流れを変えてしまっている……。最近、急に魚が取れなくなった原因はおそらくこの穴だ!!」

「でも姐御、具体的にどうするんですかい!?」

「そうだな……、イメージとしては次元の裂け目なんだが……」

「次元の裂け目……?そうか、それだわ!」

 

 ローズマリーの発言にエステルは気づきを得た。

 水は空気よりも含まれるマナの量が多いため、召喚に用いられるような世界の穴であるならばそこに水が流れ込んでもおかしくはない。

 ひとまずは次元の穴だと仮定して対処するとして、それをエステルの召喚術で塞げないかとローズマリーが尋ねる。

 

「こんな水面でどうやって魔法陣を描くのよ!」

「とりあえず攻撃してみますか!?ひょっとしたら何か通じるかもしれない!」

「そうだな、やってみよう!」

 

 大ダコを避け、黒い穴に特技と魔法を放っていくハグレ王国。

 マナ的に塞がっているからか、次元の穴に物理的な干渉を行っても穴に呑み込まれるということはないようだ。

 しかし特にこれといった手ごたえが確かめらない。

 このまま攻撃を継続するかとローズマリーは考えていると、穴から発生する雷がデーリッチに集中していることに既視感を覚えた。

 

「そうだ、ヘンテ鉱山の召喚装置! あの時も確か、デーリッチが狙われていた!」

「ああ、あの時のか!」

「てことは、デーリッチの鍵が効くってか!?」

 

 その発言に当時の状況を知る何人かは思い出した。デーリッチのキーオブパンドラは召喚装置の機能を停止させることが可能で、それに対するカウンターとして召喚装置も暴走を始めていた。この次元の穴から発生する雷も、そうした強制的に穴を閉じる外部要因へのカウンターと考えられる。

 つまりキーオブパンドラがこの次元の穴に干渉できるということであり、、ブリギットの発言からもこの鍵が召喚魔法で生み出された次元の穴を閉じるために作られたものであることが判明している。文字通りこの状況を打開する鍵だ。

 

 しかしそんなことは感覚で使用しているデーリッチにはわかるはずもなく。

 

「どどどどうやって!? 特別な技とか知らないでちよ!?」

「分からんのなら、とにかく叩きつけてみろ!」

「そうだぜ、筋肉に任せてドカンとやれば何でも解決するはずだ!」

 

 つまり力押しである。

 ニワカマッスルほどではないが、ローズマリーも大概のごり押し思考だ。

 

「なんじゃそりゃあ!?」

「てことは思いっきり近づく必要があるな、どうする?」

「はいはい、あたしが運びますよっと!」

「うわっと!?」

 

 ハピコがデーリッチを足で掴み、空中を飛んで穴へと近づいていく。

 

「でこっち、行ってきな!」

「うわわわ……っ!!ええい、宇宙の果てまで吹っ飛ぶでちーー!!」

 

 デーリッチは体ごと振り回すように限界突破フルスイングを次元の穴へとお見舞いする。

 すると穴は明らかにその大きさを縮めていく。効果は抜群だ!

 

 

「よし!一斉攻撃だ!」

 

 

 仲間達の攻撃を当てる度に穴は縮小していく。そして何度目かの攻撃が当たった途端、穴は縁から内側へと崩れていくようにして塞がっていき、最後には元通りの洞窟の風景のみが残された。

 

 その後、激闘による衝撃で小舟が浸水して沈んでいくアクシデントが発生するも、小舟を大ダコが拾い上げてくれたことで無事陸地へと生還したデーリッチ達。

 タコ足を持ち帰ることはできなかったものの、それよりも大きな収穫を得てハグレ王国はザンブラコへと帰ることにしたのであった。

 

 

 

――それから二日後。

 

 

 街のたこ焼き屋ではハグレ王国を主賓としたたこ焼きパーティが開かれていた。

 

 潮の流れが元に戻った事で不漁も解消され、これからまた漁業で賑わうことになるということで町の問題も解決した。

 これでもう憂うことなしとベルの送別会も兼ねて盛大に祝っていたのだが……

 

「もう、ルーク君がいないなんて」

 

 はむっとたこ焼きを頬張りながらヘルラージュは相方がこのパーティに不在であることの不満を口にする。

 

「仕方ないさ。あの洞窟の調査にエステルの護衛として同行しているんだからさ。それに彼だけじゃないだろ、一緒に行ったのは」

「それでもお」

 

 彼がエステルの都合を優先したことに納得のいかないヘルラージュ。

 ルークはエステルが洞窟の調査に行くと言った時に同行を願い出た。彼女が心配というよりは、トレジャーハンターとして自分も探索がしたいという動機からだろうが。

 

「もういいです。帰ってくるまでに全部食べてしまいますわ」

「食べ過ぎは太りますよ……?」

「え、そうかしら?」

「……んん??」

 

 ピクッ、とその発言に福ちゃんが反応するのを気にも留めず、ヘルラージュは次のたこ焼きを口に運ぶのであった。

 

 

 

――海岸洞窟

 新造の舟に乗り込み、調査へと向かったエステル。

 その護衛として、ルーク、ヤエ、ジュリアの三人が同行している。

 

「ふむ、とくに怪しいものは見当たらんな」

「わたしのアンテナにも引っ掛かるものはないわ」

 

 目星に長けるルークが双眼鏡で辺りを見回す。

 ヤエもサイキックで探索を試みているようだが、全くもって相手にはされていなかった。

 

「……ん、なんだあれは?」

「えっ、どこどこ!?」

 

 何かを発見したルークの手から双眼鏡をひったくり、エステルはその方向を確認する。

 

 そこにはある大きめの岩礁に何らかの柵が設けられ、その中に何かが浮かんでいた。

 

「あれは……!」

 

 エステルは舟を着け、上陸してその物体を近くで見る。

 予想通り、それはかつて地下遺跡にあった緑色のタマネギめいた植物であった。

 

「やっぱりこれか。ご丁寧に柵までつけちゃって、まぁ……」

「おい、これって……」

「地下にもあったあれだよ。ここでマナを極限まで高めて、本来のマナの流れ――つまり潮の流れを逆転させたわけか。全く、とんでもないことをするな……」

 

 この光景を見れば、今回の事件のあらましはおおよそ推測できた。

 この植物を用いて洞窟内のマナ濃度を高め、本来ならばこちら側へと流れ込むはずの召喚術を逆転させた。潮が逆流していたのはその副産物だ。そしてエステルはそれを行った人物について思いを馳せる。

 

「どうするよ、一方通行だったマナの流れを逆にできるなら、召喚だってもう一方通行のものじゃない。シノブがその気になれば、この世界の人間をハグレとして別の世界に送り込むことができる。これで、覆ったじゃん……私たちの優位性、安全性は……」

 

 このままいけば、シノブはこの世界のハグレの立場をひっくり返すことができる。

 そうなれば、ハグレと比較して非力なこの世界の人間はどうなる?帝都は、協会はどう反応する?

 

「先生は、多分知ってるんだろうな。あんだけ可愛がってたシノブを引きとめもせず、一体何考えてるんだろうなあの人は……」

 

 おそらくその事実に自分よりも早く気が付いていながらも、それを止めようとはしない自分達の師について考える。

 

――シノブ、エステル、メニャーニャ。私はこのゼロキャンペーンに期待しているんだ。魔物がこの世界に発生するプロセス。それを知り、制御することができるのなら、きっとハグレ達の問題も解決できるとは思わないか――?

 

 自分達が精力的に行ってきた活動の延長にこの結果がある。ならばハグレがこの世界から出ていけるようにするのは、アルカナの目的の一つなのだろうか――?

 

「……おい、何かいるぞ」

 

 自分たち以外の気配に気が付いたルークが短剣を構え、他の面々も警戒態勢に移る。その言葉で思考に没頭していたエステルも顔を上げて杖と札を構えた。

 

「まあまあ。あまり物騒にしなくても大丈夫だお」

「誰ッ!?」

 

 自分たちとは反対方向の岩影から聞こえた声。

 靴音が響き、それが次第に近づいてくる。

 

「先客がいるかと思えば……エステル殿だったか」

「久しぶりだおね。エステルちゃん」

 

 姿を現したのは、紫の猫人と体格の良い戦士の二人組だった。

 なかなか奇妙なその二人にエステルは見覚えがあった。

 

「あんた達は確か先生の……!?」

「覚えていてくれてうれしいお」

 

 エステルの言葉に、機嫌を良くする大男。元から浮かべている人当たりの良い笑みが、さらに深まったような気がした。

 

「エステル、この二人は知り合い?」

「ああ。ブーンさんとロマさん。先生が昔から贔屓にしてる冒険者達だよ」

「吾輩がヴァイオレット・ロマネスクである。こちらの白饅頭が――」

「ブーンだお。そっちはハグレ王国の皆さんでよろしいかお?」

「……ええ、その通りですよ。どうやら私達の事はご存知のようだ」

 

 ルークが答える。

 先ほどの崩けた物言いとは正反対に丁寧なその口調は、彼が仕事状態、あるいは最大の警戒を向けていることを意味する。

 大柄の戦士は知らないが、猫人の方についてはルークも良く知っている。彼は歴戦の冒険者であり、決して油断ならない相手。そして彼に同行している戦士もまた、かなりの実力者であることを彼は瞬時に理解した。

 

「ふむ、お主は《おたから使い(ガジェットマスター)》だな? 新人気鋭のハグレ王国と聞いてはいたが、そのような人材まで引き入れているとは意外であるな」

「おや、そっちの顔をご存知とは。ありがたいことです。……それで、貴方がたはどのような要件で此処に?」

 

 尊大とも言える口調で、ルークの素性を当てるロマネスク。

 それに動じることなく、ルークは相手の目的に探りを入れる。

 

「シノブ嬢の実験が何かしらの悪影響を及ぼしておらぬか、確かめに来たまでの事」

「まあ、当の本人はいないんだけどおね」

 

「なっ……!?」

 

「案の定、厄介ごとを起こしていたようだな」

 

 ルークは少しばかり呆気にとられる。

 流石に何か誤魔化すだろうと予想していたところ、ハグレ王国にとって重要人物であるシノブの関係者であることを隠さなかったからだ。

 

「ほう? つまり君達はこの異変に少なからず関わっていたということかな?」

「いや、僕達はここを見にいけと言われただけだお」

「それは誰の依頼で? シノブ殿か? あるいは……」

「依頼主の情報を話すのは傭兵としてご法度だお。ジュリア隊長ならその辺わかっているはずだお」

「……やれやれ、相変わらず律儀だな。ブーンは」

「君ほどじゃないお」

 

 詰め寄ろうとするジュリアをブーンが止める。お互い顔見知りらしいが、傭兵である以上油断というものはない。

 そこで、冒険者二人が特に様子を伺っているわけではないことに、ルークは気が付いた。 

 

「……ここを調査しにきた自分達を止めに来たわけではなく?」

「そこまでは聞いておらん。好きにすればいいだろう。どうやら、ここも放棄された後のようであるからな。むしろこれ以上面倒を起こす前に、処分してくれるならむしろ都合がよい」

 

 緑タマネギを一瞥するロマネスク。

 今も水を取り込み、マナを蓄えているその植物はなお瑞々しさを増しているように見えるそれを不要だと言ったことに、エステルは目を丸くした。

 魔力の大元であるマナをたっぷり含んだそれは、研究資料や魔術媒体としての価値は魔術師なら垂涎の代物。彼らはアルカナの指示でシノブが放棄したそれを確保しに来たのだと思っていたからだ。

 

「え、いらないの?」

「こんな大きなものを持って帰る用意はしてないんだお」

「とは言え、こんなに潤沢にマナを蓄えた代物を放置しておいて、野良の魔術師に悪用されるのもそれはそれで危険である。ならば少なくともアルカナ殿の弟子であるお主に一任するのが得策であろう」

「……嘘は言ってないようですね」

「理解してもらえたようで助かる」

 

 では吾輩達はこれで失敬する。と、踵を返して岩の向こうへ立ち去ろうとするロマネスクとブーン。

 

「待って! 先生は今――」

 

 エステルは慌てて呼び止める。

 彼らは親友と師について大事な情報を握る相手だ。

 ここでタイミングを逃せば、次はいつになるのかわからない。

 不安に駆られる彼女へブーンは振り返った。

 

「いつも通り、協会にいるお。会いたかったら顔を出しにいけばいいじゃないかお?」

「……っ、それは、そうだけどさ……」

 

 言われたことは確かに正しい。

 すでにエステルの指名手配は解けているのだから、シノブはともかくアルカナにはいつでも会えるはずなのだ。

 だが、エステルには迷いがあった。

 親友の事について、師を頼るのは気が引けるし、何よりも親友の助けとなれなかったくせに合わせる顔などない。

 そんなエステルの逡巡を見透かしたようにブーンは一つため息をつき、

 

「ま、彼女の事だお。来るべき時が来たら向こうからやってくるお」

 

 また会えるのを楽しみにするお、と別れの言葉を残してロマネスクとブーンは舟で去っていった。

 

 岩場に静寂が戻る。

 エステルはどっと疲れたように肩を落とした。

 

「……はあ」

「リラックスしているようで油断も隙もない。いつでも戦闘に移れるって感じだったな」

 

 緊張が解け、額の汗を拭いながらルークが言うと、ジュリアも同意を示すように頷いた。

 

「ルークが襲い掛かっていたら、容赦なくブーンに組み伏せられていただろうな。彼はああ見えて修羅場を相当潜ってる戦士だ。私も、駆け出しのころはよく組手をしてもらったよ」

「ジュリアさんが駆け出しの頃からの付き合いって相当じゃねえか……」

 

 歴戦の彼女ですら世話になったという相手が明確に敵対していなかったことにルークは感謝した。

 

「全く、噂をすればなんとやらって感じよ。シノブや先生のことについて考えていたら関係者がやってくるだなんて」

 

 シノブとアルカナ。

 エステルが知る中で最も強力な魔術師が行く先々で痕跡を残している状況は、自分達の知らない所で物事が動いていることを実感させた。

 

「というかアレは確か《紫風》のロマネスクか。そんな大物まで雇えるとか、どうなってんだお前の先生とやらは」

「知ってたの? ロマさんのこと」

「単独で遺跡に乗り込み続ける冒険者だって有名だったのさ。少なくとも、今の俺たちじゃあかなわん相手だ」

「只者じゃないとは思ってたけど、そんな奴だったのね……」

 

 聞けば聞くほど、先ほどの二人についての情報が増えていく。情報網が広いジュリアとルークだからというのもあるだろうが、それを差し引いても彼らが相当に名の知れた熟練冒険者であることは明らかだった。

 そして、そんな相手を「様子見」として顎で使えるエステルの教師は何を企んでいるのか。もはや彼女はどことコネクションを結んでいてもおかしくはない。昼行灯のようでいて、水面下では糸を引きまくっている相手など、考えるだけで頭が痛くなってくる。

 本当に、シノブの支援をしているだけならどれほど良いだろうか。

 

「ま、ひとまず帰りましょ。このままだと私の分のたこ焼きが無くなってしまうわ」

「……そうだな。はあ、ヘルのやつ機嫌を悪くしてないといいが。拗ねると面倒なんだよなぁ」

「別についてこなくても良かったんだぞ?」

「馬鹿言え、こういう場所にこそ値打ち物とかがだな……」

 

 

 

 

 

 

 大陸の南、とある海岸にて

 

「それでは私はこの辺りで!」

 

 そう言って何者かが海へと去っていった後、ロマネスクとブーンは息も絶え絶えに小船から降りる。

 

「ぜえ、ぜえ」

「全く、彼女に運んでもらうと体力を使うであるな……」

「一番速いのは確かなんだけどおね」

 

 息を整え、依頼主たるアルカナの下へと二人は足を進める。

 

「ところで、ブーンはどうするのであるか?」

「何の事だお?」

 

 唐突なその質問に、ブーンはきょとんとして問い返した。

 

「シノブ殿やアルカナの計画についてだ。吾輩はどうなろうと構わぬが……」

 

「僕も同じだお」

 

 ブーンの即答に、ロマネスクの瞳孔がさらに細くなる。

 

「……意外であるな。お主はそれなりに未練があると思ったが」

「何言ってるお。どんな世界であっても、その世界での役割を全うする、それが僕たちだお」

 

 まるで自分を役者のように表したブーンの価値観は独特だ。正確には、アルカナに召喚されたハグレの3人に共通した価値観というべきか。

 達観と誇りをもって語られた言葉に、ロマネスクはブーンの強さを再確認した。

 

「ははは、そうであったな」

 

 この世界のハグレの中でも、ひと際特異な世界からやってきた二人はそうやって笑いあった。

 

 

*1
工作のおたから、【覗き屋の双眼鏡】。透視効果がある




ルーク
 エステルやヤエ、ベルなどには素で会話する。取り繕う必要がないだけだが。
 他の王国民にはまだ敬語交じり。

ヘルちん
 独占欲とか強そう。

ロマネスク
 前に登場したときはヴァイオレット呼びだったが(※修正済)、元ネタとしては杉浦ロマネスク。
 冒険者としての実績が10年間もあるのでルークもそれなりにリスペクトしている。

ブーン
 傭兵としての人間関係が広い。
 ブーン系はスターシステムなので違うジャンルの世界でもお互いを認識していたりするとかそんな感じの設定。なので別世界に召喚されても「今回はそういうジャンルなのね」というメタ上等の価値観を持っている。とは言っても自分達をフィクションの存在と認識しているわけではない。

シノブ
 今回の事件の原因。
 流石に町の経済に影響与える実験はダメだと思うんです。
 裏でアルカナに指摘されて反省中。

アルカナ
 存在感はバリバリの人。
 妖精王国にいる間も協会の仕事とかは舞い込んでくるらしいよ!

舟を牽引していたスキュラさん
 アルカナが高速水上タクシーとして手配していた。
 一体何シオーネ先生なんだ……?

次は原作でも最初の総力戦イベント……の前に拠点イベントを挟むかも?


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その10.妖精戦争(前)

筆が乗りに乗っているので更新更新。
軽い茶番の後、妖精戦争編の開幕です。

安直なパロディとか含まれますのでご注意を


 ザンブラコでの一件から数日が経ち、ハグレ王国に念願の道具屋が開設された。これで治療薬やメンタルナイスが拠点で購入できるようになり、冒険の支度が楽になったと歓迎の声を受けながらの開店を迎えた。

 尚、この店舗提案の際にローズマリーから発せられた「土偶を並べてどぐうやー!」というギャグについては王国全体で物議を醸しだした挙句、

 

「……」(スッ

「え、何? 何この本?」

「使ってください……」

 

 と、酷く沈痛な表情をしたヘルラージュから「流行のギャグフレーズ全集*1」という本が進呈されたが、まあ些細な出来事である。

 

 道具屋開店について喜ばしいことは他にもある。

 これまでルークが行っていた行商にベルが加わった事で行商の売上が乗算的に向上した。今までは冒険の成果物を売り買いするだけだったものに、通常の市場のポーションよりも効果的な代物が通常価格と大体同じで販売されるようになった利便性は計り知れないだろう。

 

「えーと、この月光草の産地が海岸洞窟で、こっちの超加速ハーブはトゲチーク山岳地帯ので……あれ、なんだこの芋?」

「それはパッポコ芋ですね。獣人族の村で米の代わりとして親しまれている芋です。それと薬草の産地分けできましたよ」

「おっそうか、サンキュー」

 

 原産地マニュアルを片手にハーブや野菜の仕分けを行っているルークとベル。冒険者達に愛用される薬草や野菜は市場に出回るものなら効能が保証されるものであるが、それ以外の行商人から買うと産地不明でピンキリの粗悪品を掴まされるというトラブルが度々起こる。そのためこうしてマニュアルに従って品質保証を行う仕分けはとても大事である。

 

「さて、これで終わりだな。お疲れさん」

「はい!ルークさんもお疲れ様です!」

「んじゃ、小腹も空いたし何か食いに行こうか」

 

 きっちりと仕分けを終えて、軽食を摂ろうと二人はキッチンへと向かう。

 

「ルークにベルじゃねえか、お前らも何か食いに行くのか?」

「おうマッスル、そんなところだ。お前もか?」

「マッスルさん、こんにちは!」

「おう!今日も元気だな。俺は運動後のプロテインだ、タンパク質の摂取は筋肉に欠かせねえからよ」

 

 道中でニワカマッスルと合流する。

 男同士の軽い会話を交えながらキッチンに到着すると、既にそこは貸し切り状態となっていた。

 

「ふんふんふーんずびすばー♪」

「おっ、ヅッチー。何してるんだ?」

「ああ、男子組。今ケーキ作ってるんだ。後もう少しで完成するから用があるなら待っててくれ」

 

 鼻歌交じりにケーキを作っているヅッチー。その大きさはテーブルの半分を優に埋めている。

 むりゅむりゅむりゅと立派な白い山がケーキの上に盛られていく。こんもりたっぷり使用された生クリームは下から上へと見事なとぐろを巻いており、見る者にあるものを連想させた。

 

「おいおい、生クリーム盛り過ぎてう○こみたいになってるじゃねえか……」

「わわっ!?」

「ぶっ」

 

 お菓子に当てはめてはいけないものを口に出すニワカマッスル。これでクリームがチョコレートだったら本当にまずかった。

 

「馬鹿にするな! う○こが出なくなったら、人は死ぬんだぜ!?」

「突っ込むところそこ!?」

 

 ヅッチーの斜め上の返しにツッコむベル。

 

「いいんだよ生クリームとイチゴはでかいほど! 子供達はそれを愛しているんだ!」

「分かるマン」

 

 浪漫を語るヅッチーにルークが同意する。

 大きければ大きいほど良い。それはこの世界の真理である。

 

「だけどよう。これもうちょっと盛り方ってものがあるだろ。こんなとぐろ巻いてちゃどう見たってう○こ――」

「ちょっとちょっと。拠点であまり下品な言葉を連発しないでくださいまし……!」

「あ、ヘルさんだ」

 

 聞くに堪えたのかヘルラージュがたしなめにやってくる。

 

「おうヘルちん! マッスルが私のケーキにケチつけてくるんだよ! 言ってやってくれ!」

「子供が作ったケーキを相手に大人気無さすぎですわ。マッスルさん、反省してくださいまし」

「でも姉さん、見てくださいよ。この形はどう見てもう○こですぜ」

「一生懸命作っているものになんて言いぐさですか……! ベル君だっているんですのよ!」

「何故僕を引き合いに……」

 

 子どもが見ている前でお菓子を排泄物に形容することに対して怒りを見せるヘルラージュ。

 

「いくら教わったからと言ってケーキ作りという難しいことに子供がチャレンジしているのですよ?」

「ここだけの話、ヘルさん自分でケーキ作るより買って食べるほうが好きみたいですよ」

「おだまりっ!

 全く、私には分かりますよ、この輝きが。白銀に輝く生クリーム、例えるならそう、これは――」

 

 とぐろを巻いて雄々しく鎮座する生クリームを前に、ヘルラージュが抱いた感想は――、

 

(う、う○こだ、これ……)

 

 残念ながら彼らと同じだった模様。げに恐ろしきは、事前にう○こだと言われると実際にそう見えてきてしまうミーム汚染的なエフェクトである。

 

「例えるなら新雪の雪山というところです。くっ……」

「そうだろ!? やっぱ分かる人には分かっちゃうんだなー!」

 

 それでも苦しまぎれに評価をするヘルラージュに得意げな顔をするヅッチー。

 

「あっクソッ。少しはみでちまった」

「ぶふっ!?」

 

「……」

「……」

 

 視線を交わすニワカマッスルとルーク。

 精神年齢十四歳の男子二人は、何も言わずともお互いの意図を理解していた。

 まずニワカマッスルが仕掛けに行く。

 

「う○こ」

「ぶふぅっ!?」

 

 すでにう○こしか連想できないヘルラージュは軽い不意打ちでも危険だ。

 だが彼女は耐えた。

 しかしそれを見逃す副官ではなかった。

 

「おいおい、ケーキ作ってる前でそんな直球に下ネタ言うなよマッスル。

 しかし見れば見るほどかぶりつきたくなる大きさ。そして胸やけなんぞ知るかと言わんばかりの生クリームはヘルさんの言う通り雪山めいていて……

 

 うーん、この形だあーっ!!

 

「ぶっほwwwwwwwwww!?」

「ちょっとルークさん!?」

 

 直球のワードというジャブから自分の発言を引用した明らかに誤解を招きかねない言い回し。

 文脈バフ(禍神降ろし)が乗った下ネタのクリティカルヒットにヘルラージュの腹筋が決壊する。

 若干強引にでもギャグを叩き込んだルークはしたり顔。

 うずくまるヘルラージュの恨めし気な視線が突き刺さるがどこ吹く風である。

 

「「YEAHHHHH!」」

 

 ビシガシグッグッ

 悪戯が成功したアホ男子二人は熱いグータッチを交わしてお互いの友情を確かめる。

 

「大の大人が二人でなに下らないことやってるんですか!」

「げほげほっ……。」

「むせちゃってるじゃないですか……。それにしてもこのチョコレート、よくできてますね」

 

 呼吸困難レベルのヘルラージュを介抱しながら、ベルはケーキの上にあるチョコ細工の完成度に感心する。

 ヅッチーとプリシラを象った人形菓子は、文句なしの出来映えであり、曰くローズマリー指導の下作成したのだという。

 

「ああ、プリシラと私の友情を表したんだ。これなら仲直りできそうだろう?」

「確かに、これだけの物を渡されたなら気持ちも伝わるはずだぜ」

「今日中に完成させて届けるんだー!」

 

 そうして意気揚々と仕上げに取り掛かるヅッチー。

 四人がそれを眺めていると、

 

「た、たたた、大変ですーっ!」

 

 声が響き、雪乃が大慌てで駆け込んでくる。

 

「あら、どうしました雪乃さん?」

「ケーキ作りなんて場合じゃないですよ! 奴らが攻めてきたんですよ!」

「ええ? 攻めてきた? 何が? どこに?」

 

 脈絡が読めずに首を傾げる一同。

 雪乃は端的に用件を語った。

 

「ハグレ王国に、妖精王国が――!」

 

 告げられた言葉は、先の不安が現実となった事実。

 

「……は?」

「ええ!?」

「なんだって!?」

「おおっと!?」

「うわっ!?」

 

 完全に想定外な一報に、ヅッチーは思わず持っていた絞り器を握りつぶしてしまい、クリームが他の面々に飛んで行き、驚きからか不幸にも固まっていたベルの顔面に直撃してしまう。

 

「あっ、すまねえ!」

「しょうがねえな全く……、それで雪乃さん。今どうなってます?」

 

 ルークがふきんでベルの顔をぬぐいながら状況を訊く。

 

「完全に包囲されてますー! 拠点の周りは妖精王国の兵隊でいっぱいです!」 

「まじかよ……!」

 

 ルークは眉を顰める。

 どうやら自分達は想定以上に窮地に陥っているらしい。 

 

 予兆はあったか? 周囲の動きは? 敵の規模はどれだけだ?

 次々と浮かぶ疑問。だがまずは何よりも現状の共有が大事だ。

 

「このことを知っているのは?」

「拠点外の近くにいた人たちだけです。とりあえず一番近くのここに駆け込んできました」

「じゃあマリーさんとデーリッチに伝えないといけないな。ヘルさん、頼みます」

「わ、わかりました。ルーク君は?」

「外で店を出している連中への呼びかけと、森内での状況の確認を」

 

 即座に自分がやるべきことを理解したルークが率先して伝令役を買って出る。

 ヘルラージュはローズマリーへこの事を伝えに行き、他の面々は会議室へと集合して残りの面々が集まるのを待つことにした。

 

 

 

 

 

 

 一方そのころ、拠点図書室。

 ローズマリーはエステルから、海岸洞窟で発見された緑色のマナ植物、マナオニオンと名付けられたそれについての調査報告を受けていた。

 

「ふむ、そのマナオニオンを使って水流をいじったのがシノブさんだとして、何だって彼女はそんなことをするんだろうか?」

「手段から推察してみると、巨大ゲート、ゲートの固定化、マナの逆流……どこかで聞いた話だと思わない?」

「ああ、なるほど。つい最近聞いた話だ。ブリちんが語っていた古代人の移民の話だね?」

「ん?ああ、オレか?」

 

 名前を呼ばれたブリギットが反応する。海岸洞窟で行われたのは古代人が世界間移動を行う際に用いた手法と同じであるという意見に彼女も同意する。

 

「じゃあやっぱり移民を……?」

「でも、じゃあ、その人物ってえのはもういないんじゃねえの?」

「……いえ、まだシノブはこの世界にいるわ。あれはただの実験だって言ってたもの、仮に目的が移民だとしてもそんな不確かな段階で実行するわけがないわ」

 

 エステルの予想を裏付ける出来事として、アルカナの使いとして現れた二人組の冒険者、ブーンとロマネスクとの邂逅が脳裏に蘇っていた。

 

「それって、お前らが洞窟で出会ったっていう二人組のことか?」

「ええ。あの二人は先生に言われてシノブの実験の後始末に来たって言ってた。つまり、シノブがまだこの世界で何かの研究をしているってことを先生が知っているのよ」

「エステルやシノブの先生……、アルカナっていう人の事だね?」

「あのラクガキ書いたやつのことか。そいつが例の人物と連絡取り合ってるんなら心配いらねえんじゃねえのか?」

 

 杞憂だというブリギットに、エステルはいいえと否定する。

 

「……おそらくなんだけど、先生とシノブは同じ目的があるわ」

「目的だあ?」

「ええ、うちの先生は召喚士として一部のハグレの監査も任されていたんだけど、あの人、よくぼやいていたのよね。『自分のやり方じゃあ状況の改善には程遠い』って」

 

 アルカナの真意は不明だが、彼女のパーソナルデータや思想といった情報から目的を推察することはできる。

 

「状況の改善……?」

「多分だけど、ハグレそのものの境遇じゃないかしら。先生はハグレと親密に接してきたからか、他の人たちよりもハグレに対する感情は強いものだったわ。呼び出すだけ呼び出して、召喚された相手は帰ることができない……。その状況を変えようとしているのかもしれない」

「つまりハグレを元の世界に送り返そうってのか?別にいいじゃねえか」

 

 召喚されて悪環境下での生活を強いられるハグレを帰還させる。確かにそれを聞けば損をする者などほとんどいない善行だろう。

 それだけならば。

 

「ま、それなら私も止める理由はないんだけどさ。だったらなんで手伝わせてくれないのってことよ」

「……もしそれが本当なら、事態はそう簡単な話じゃあ済まなくなるぞ。つまりそれは、この世界のパワーバランスが崩れるってことだからな」

「ああ、そうか。帰ることができるってのはつまりこっちに戻ってこれるのと同義だからか」

「おそらくその先生はそのことをわかっているから、秘密裏に進めているんじゃないかな。ハグレを取り巻く問題は多くの利権が絡んでくる。実態はともかく邪魔をしようとする人間や反発の声は多いだろうしね」

 

 ハグレ王国の参謀という視点から、ローズマリーは意見を出す。仮にハグレ送還技術が成立したのならば、彼女らも決して無関係ではいられないのだから。

 

「何にせよ、そいつらと出会うなら疑ってかかるのはやめたほうがいいかもな」

 

 ブリギットがそう忠告したところで、図書室の扉が開く。

 

「ローズマリーさん、お耳に入れたいことが……」

 

 そうして入ってきたヘルラージュから告げられた、妖精王国の進軍という情報。

 突如として降りかかる王国の危機に、ローズマリーも驚愕を隠し得なかった。

 

「すまない。エステル、ブリちん。緊急会議を開くから、みんなを集めてくれ……!!」

 

 

 

 

 

 

「よっし、これで全員だな」

 

 最後の一人が拠点に戻ってきたのを確認してから、ルークも会議室へと入室する。

 その時は既に会議は大詰めに入っており、かなづち大明神を使者として妖精王国の陣営へ送り、要求を聞く事になっていた。

 会議は一時中断。大明神が戻ってくるまで、王国民は各自拠点内で備えることとなった。

 

 

――静寂の中、鉄を打ち付ける音が拠点内に響く。

 

 ジーナが武具を作っている様子は個室で待機している秘密結社のふたりの耳にも届いていた。

 

「どうなってしまうのかしら……」

「さあな。自分達にできることと言えば、こうして戦闘に備えることぐらいでしょう」

 

 不安を口にするヘルラージュと、鞄から複数の道具を取り出し、道具を製作しているルーク。

 

「ルーク君は随分と冷静ですのね。雪乃さんが襲撃を伝えに来た時も、率先して動いていましたし」

「反射的に動いただけですよ。自分にできることは何でもやって生きてきたからで、今だってこうして小細工の準備でもしないと逆に落ち着かない。結局のところ、いつも何かしていないと自分を見失いそうになるんだ」

 

 冷静なようでいて、ただ待機しているだけの状態に無力感と焦りを感じているヘルラージュ。そしてそれはルークも同じであった。

 

「普段は襲撃をかける側だってのに、いざこうやって攻められるとどうしようもねえ。俺はそんな盗賊崩れのチンピラさ」

 

 普段のそれよりも気落ち気味にルークは自嘲の言葉を口にする。

 

「……そうやって自分を卑下するのはおやめください。貴方がいてくれるだけでも、私の不安は和らいでいますから」

「……ありがとよ」

 

「ルーク君の子供の頃ってどうでしたの?」

「前にも言った通り、自己主張の薄いただのガキですよ。帝都の貧民街で近所のガキ大将の後ろにひっついてた細長の子分ってポジションまんまなね」

「……私も、同じですわ。天才で両親からもてはやされた姉と、その後ろを付いて回っていただけの平凡な私。こうやって震えて目を背けるしかできない臆病者」

「何が平凡ですか、貴方の魔法の腕は十分に一流ですよ」

「そう、ね。お世辞でもありがとう」

 

 ぽつりぽつりと、お互いの過去を話し合っていく二人。

 普段であればやらない筈の会話だが、互いに気が滅入っているこの状況では不思議と抵抗は感じていなかった。

 

「……姉が、いたんだな」

「ええ。私なんかよりもずっと賢くて品性も素晴らしくて、その上私にも優しく接してくれた自慢の姉でした……」

「……今は?」

「ごめんなさい。それはまだ」

「じゃあ、聞かないでおくよ」

 

――実のところ、心当たりはある。

 それを口にはせずにルークはただ黙々と準備を進めていった。

 

 

 その静寂を破ったのは、入り口の方角での喧噪だった。

 

「大明神が帰ってきたってさ!」

 

 誰かがそう言う声を聴き、二人も立ち上がる。

 

「では私達も表に出ましょうか、相手の要求がどうなるのか訊いてきたのでしょう」

「そうですわね」

 

 

 

 

 

 

 妖精王国の要求は、ヅッチーの身柄引き渡しという、想定されていた中の一つであった。

 曰く、裏切者としてヅッチーを処刑する。

 それが投石機にて負傷したかなづち大明神から伝えられた内容だ。

 

 一晩待つ、ということで作戦会議は早朝に持ち越しとなり、就寝という運びになった。

 

「西の崖で何か組み立てているという報告はしたが、よりにもよって攻城兵器とは連中マジじゃねえか……」

「いいのかい?ヘルさんの側にいてあげなくて」

 

 男組の共同部屋でルークとアルフレッドが会話をしている。

 現在ハグレ王国での男部屋は二つで、もう一つの部屋は大柄なニワカマッスルと小柄なベルとバランスを考慮して割り当てられていた。

 

「いいんだよ。あいつも、土壇場で踏ん張るだけの度胸はある。というか、流石に夜を一緒の部屋で過ごしたとか余計な噂しか立たないだろ。こんな非常時にそんな事できるか」

「え?」

「何だよその今更?みたいな『え?』は」

「いや、てっきりそういう仲なのかと……」

「何言ってんだ。そんなの言ったらお前、ジュリアさんとかどうなんだよ」

「えっ、どうって、ジュリア姉はただの幼馴染だし……大体、あの人は戦前の不安とか無い筈でしょ」

「……まあそうだな。あーやめやめ、いいから寝ようぜ。明日の朝は早いからな」

 

 お互いの近しい女性を気遣ってのことだったのだが、いかんせん思春期的にその手の話題へと転がりがちで、なおかつそういった話題で花を咲かせるのは苦手な性格。

 二人は段々と言葉に詰まり強引に話を打ち切ることにした。

 

「……そうだね。僕も寝るとするよ」

「おう、おやすみ」

 

 その夜、ルークは寝付くまで瞼の裏にヘルラージュの姿が映り込んで仕方がなかった。

 

 

 早朝。会議室にてハグレ王国総会議が開かれた。

 なぜかデーリッチとヅッチーのW国王がボロボロになっているが、ローズマリーが聞けば友情を確かめ合ったということらしい。

 成程、と男連中は頷き、ふさぎ込んで士気が下がるよりはいいかとローズマリーも納得する。

 

 作戦会議に議題は移る。

 客将たるヅッチーの処刑を呑むことなどできるわけがなく、ハグレ王国の目的は最小限の犠牲による戦争の勝利ということで決定した。

 そのための条件は二つ。

 

 まず、西に配置された投石機の攻略。

 これを放置すれば拠点への被害は甚大となるため、早急に無力化することが必要。

 

 次に、南に陣取るプリシラ本隊。

 元々好戦的でない妖精は彼女によって士気を保たれているため、主力を投じてこれを撃破する作戦だ。 

 

 二つの作戦と拠点防衛、合計三つの部隊を編成するということで、だれがどの部隊に配属されるかを話し合うことにすると、ヅッチーはプリシラ攻略に参加するという意思表明を行った。

 プリシラの能力に詳しい彼女は適任だということで決定、デーリッチも王国の主力ということで本陣突破へ、そこに補佐としてエステルも加わり、3人が決定。

 

 次に投石機攻略部隊を決めるということで、ローズマリーとかなづち大明神を固定メンバーとして残りのメンバーを選定することにした。

 

「妖精達の大まかな共通点は?」

「空を飛んでいるから風・投擲が弱点だな。この辺りはヅッチーと変わりがない。ただ問題はプリシラだ。彼女は最早通常の妖精の範疇で語ることができないぐらいに成長しているとの事だ。弱点の属性も不明と言っていいだろう……」

「じゃあ俺も加わった方がいいかな? スカウトの役目だろ、こういうのは」

「そうだね。それじゃあルーク、君は決定だ。あとは投擲と森林の突破に有効な人員を揃えよう。ああ、回復役も忘れずにね」

 

 そうして、彼女はテキパキとメンバーを決定していく。

 

「ブリギット、ハピコ、ハオ、ティーティー様」

「じゃあ、ちゃっちゃと済ませてしまおうぜ。オレに任せておきな。」

「お任せアレ!楽勝して不平等条約を押し付けましょうぜ、ぐふふっ!」

「ハオに万事お任せ!見せてやるデス!世界樹の巫女の力を―っ!」

「うむ、わしに任せておれ。誰も死にはせん、死なせはせん。」

 

 名前を呼ばれた四人はそれぞれ意気込みを口にする。

 

「そして、最後にヘルちん。君の強力な風魔法は非常に有効だろう。お任せできるかい?」

「え?は、はい。わかりましたわ……」

「……大丈夫かな?」

 

 若干の不安を覚えるローズマリー。

 その様子を見てルークがヘルラージュに近づく。

 

「……ルーク君?」

「そういう訳でだ。みんなの命がかかってるこの作戦、頼りにしてますよ()()()()

「え?ルーク君、それって」

「いやー、もし秘密結社のリーダーにふさわしい姿を見られたら、私も成長を認めざるを得ませんねー。……どうですか?」

「……! ええ、わかりましたわ!!私にお任せください!!」

 

 ルークの言葉に超絶やる気になったヘルラージュ。この女、チョロい。

 サムズアップして見せるルークにローズマリーもサムズアップで応える。

 

(よっし)

(チョロいな……しかしナイスだ)

(うわチョロっ)

(チョロすぎるな……)

(乗せられやすいのう……)

(ヘルちん、やる気だしてるハオ。負けられないハオ!!)

 

「それで、作戦が成功したらどうするんです?」

「ふむ、あらかじめ時間を決めておくのも良いが、何かしら伝わる合図があればより迅速な作戦展開ができるのう」

「投石機を攻略できたらこいつで合図を送りましょう。火薬だけ詰めて撃てば、狼煙代わりになりますよ」

 

 ルークは拳銃を取り出してそうアピールする。

 

「ふむ、じゃあ上手く行ったらそれを使おう。それともし聞こえなかった時のために、時刻も決めておくとしよう。皆も異存はないかな?」

 

 両方の案を採用ということで、攻略に向かうことにした。

 

「全て終わったら、また会おう! お互い無事で……!それでは、出陣!」

 

 

*1
出典:サタスペ トレンドのおたから。交渉の判定が有利になるかもしれない




ルークとベルは道具知識などで話が合い、ニワカマッスルは精神年齢が割と近く、アルフレッドはお互いの女性関係で話す機会が多いという設定。
あと拠点の部屋割りは完全に捏造です。

人物補足的なお話

アルカナとシノブ
この世界のことに真摯に向き合っていることをエステルは間近で見ているため、彼女の目が行き届いているシノブの目的もそれに近いものではないのかとエステルは推測しているようですが、真相は果たして。

ルーク
いじる時はとことんいじる。
自分も何かしなければいけないという使命感に駆られている。このころの王国民は大体そうかもしれない

次回は妖精戦争後編。
近いうちに投稿されると思います。


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その11.妖精戦争(後)

調子乗ってるので投稿します。
二次創作の醍醐味は行間を描写できるとこだと思うの。

感想、誤字脱字報告は歓迎です。


 投石機攻略は、想定以上に順調に進んだ。

 

 妖精達に相性の良いパーティを組んだからというのもあるが、ルークに扇動されたヘルラージュが常時TP60回復とかいうぶっ飛び状態で活躍したのだ。

 

「ヘルズラカニト!ヘルズラカニト!おまけのヘルズラカニト!」

「へもげーーー!?」

「うーわひっど」

「蚊取り線香以上にポトポト落ちていくのう」

 

 投石機の弾丸を輸送する部隊を待ち伏せし、妖精達を瞬殺して(殺してはいない)見事に弾丸の奪取に成功。

 

「非戦闘員の命などいらない。さっさと馬と積み荷を置いて来た道を戻ると言い」

「見逃すのかい?馬鹿にしやがって……!」

 

 降伏と撤退を勧告するローズマリーに悪態をつく妖精達。

 

 

「そうか?

 

……じゃあ投石の弾の代わりにお前たちの首を詰めて投げてやろう。ご立派な最期を飾れるぞ

 

 

「ひ、ひぃいいい!?」

「逃げろおぉおお!」

「ひゃーっ、おっかねえ」

「俺より悪党の才能ある台詞吐くんじゃないですよマリーさん……」

「相変わらず、悪い台詞を言う時は顔がイキイキしてますなー」

 

 ドスの効いた脅し文句。

 そのあまりの気迫に、妖精だけでなくハグレ王国の面々まで戦慄する。

 妖精たちは蜘蛛の子を散らす様に逃げ出していく。

 

 これで投石の補充は阻止できた。

 あとは投石部隊を制圧し、デーリッチたち正面部隊に合図を送るだけだ。

 

 道なりに進めば、高台にあっさりとたどり着いた。

 妖精たちは玩具を与えられた子供の様にはしゃぎながら拠点目掛けて石を発射していた。

 

 もっと叩き込んでやろう――、そんな残忍な言葉を口走る妖精たちにやってきたのは、投石の補充では無く、ハグレ王国の制圧部隊だった。

 

 ハグレ王国の奇襲にどよめきが走るも、妖精たちは応戦を選択した。

 

 

 確かに妖精たちは強くなった。

 マナジャムを摂取できるようになったおかげで、並みの冒険者とも引けを取らないだけの戦いができるようになった。さらには戦闘訓練や、魔力量の増大方法など、()()()()()から戦力の増強を施されてきた。

 それだけに、妖精たちには目の前の敵から逃げるという発想は浮かばなかった。

 

 だが、それはそれ。

 いくら妖精が短期間で強くなったからと言って、一人一人が強力な能力を持つハグレ王国の面々相手では五分の戦いがやっと。加えて言えば、彼女たちは確実に勝利を掴むために、徹底的に妖精への有利な属性を得意とするメンバーで固めている王国が圧倒的に優勢であった。

 

 あっという間に投石部隊のリーダーが追い詰められる。

 だが彼女たちにも意地がある。

 最後の悪あがきだと拠点へ攻撃するように投石機へと一匹の妖精が戦線を離脱して取り付こうとした。

 

 しかし、奇襲に奇襲を重ねるのがハグレ王国ならぬ秘密結社流。

 投石機の影からぬっと手が伸び、今まさに投石機を動かそうとしていた妖精の細腕を掴んだ。

 

「――え?」

「はい、ご苦労様。そしていってらっしゃい」

「ひゃっ、う、うわああああ!?」

 

 妖精は勢いよく崖側へ投げ飛ばされた。

 そのまま妖精は崖下に落下していく。

 人間には厳しい高さだが、妖精たちには羽根がある。

 まあなんとかなるだろう。

 

「なっ!? いつの間に!?」

「隠密を暴く訓練はしてこなかったようだな? 一匹たりともこっちに視線を向けてこなかったぞ」

 

 妖精を投げ落とした張本人――ルークが呆れ果てたように言った。

 ルークは戦闘の最中、身を隠したまま後列と入れ替わった。そうして敵の意識から完全に外れた彼は、そのまま戦線を迂回して投石機へとたどり着き、身を潜めていた。

 

 できる限り鹵獲する。

 しかし投石攻撃が開始されるようなら破壊工作に。

 

 風と投擲武器の嵐は、彼の強みを最大限に活かせるようにその身を隠してくれたのだ。

 

「ヘルズラカニト!」

 

 そうして出来上がった隙を見逃さず、ヘルラージュは妖精たちの周囲を真空へと変える。

 空気の破裂。

 宙に浮く妖精には効果覿面と、ついに投石部隊は一掃された。

 そうしてハグレ王国は投石機を掌握することに成功した。

 

「ようし、これで攻守交代。そっくり入れ替わったわけだ」

「ぐぬぬーっ! でも投石機は頑丈だ、簡単に破壊はできない! そのままにらみ合っていろ……!」

 

 投石機を破壊しようと背を向けたら集中砲火だと妖精隊長が指示を出す。だがかなづち大明神は投石の詰まった箱を崖下へと蹴っ飛ばしてしまった。一応、先ほどの妖精が落ちた方角とは別の方に。

 

 もはや弾が補給されることはなく、投石機はただデカイだけの置物と化した。

 

「これで後は君達の排除に専念できるという訳だ」

「そして手前らの首を投石代わりに本陣にいる女王サマにお届けしてやろうじゃないか。なあ参謀殿?」

「ひっ……!?」

「……流石にしないからね?

 まあいい。今だけなら降参を認めてやる。妖精王国に心臓をささげて投石機と運命を共にするか。それとも恥を知り生き延びるか」

 

 二択から選べと勧告するローズマリー。

 すると投石部隊の隊長は降参を宣言し、命乞いを始める。

 

「全部プリシラの命令だったんだ! も、元からハグレ王国に逆らう気なんて無かったのに、プリシラが怖くてつい――、」

 

 口から飛び出したのは、聞くに堪えない責任転嫁。

 先ほどまで喜々として攻撃の指示を出していたというのに、見事なまでに手のひらを返す。

 それはないだろう、と部下の妖精たちが避難がましい目で隊長を睨み、ハグレ王国の面々も眉を顰める。

 

 そして、そこまで言った途端、彼女の耳に風切り音が聞こえ、すぐ後ろの木に何かが付き立つ音が響いた。

 

 一拍置いて、妖精の弾力ある頬に一筋の赤い線が走る。

 唖然として振り向けば、そこには短剣が深々と突き刺さっている。

 

 投石隊長が恐る恐る向き直ると、一切表情を変えることなくルークが次の短剣を手に取っていた。

 

「……ん、どうした? 続きがあるなら言ってみろよ」

 

 恐ろしいほどに侮蔑と嫌悪に満ちた声。

 謝罪も弁明も無駄。妖精が次に何か言葉を発すれば、間髪入れずその刃は眉間に突き刺さるだろう。

 妖精達は瞬く間に逃げ出した。勇敢にも残って戦おうとする者はだれ一人としていなかった。ここは臆病で自分本位な妖精らしかった。

 

「……出過ぎた真似をしました」

 

 ルークは少し気恥ずかしそうに言った。

 先ほどの彼は無表情に近かったが、その内側ではかなりの激情が渦巻いていた。

 義を重んじる彼にとってあの発言は許容し難いものだった。

 

「いいよ。私もあの言い訳は聞き苦しかったからね」

「それでも流石だ。ローズマリーさん。一人も死なせずに投石機を攻略してしまった。ルークさんもフォローありがとうございます。崖下に落ちた子も大丈夫でしょう。妖精はあれでは死因になりませんよ」

「大明神殿が言うならば大丈夫なんでしょうが……余計なことしましたか?」

「まあ、多少の過激な手段は止むをえませんから気に病む必要はありません」

「さて、甘いのはここまでです。ここからは少し、辛い思いをしなくてはなりません」

 

 これからプリシラ本隊に向けて投石機を使用してもらうとローズマリーは言った。

 それに対してかなづち大明神は、投石が直撃しない保証はないと言った。いくら戦意を削ぐことが目的とは言え、誰かに直撃或いは破片などが当たる可能性は決して低くはないのだ。

 

 ローズマリーはそれを受け入れた。

 彼女とて犠牲が出る可能性はこちらの指揮官を選んだ時から覚悟の上。双方犠牲なしの勝利にこだわって足を止めるなど愚の骨頂。大事な国王の道を切り開くために、後味の悪い役目を請け負うことにためらいはなかった。

 

「分かりました。しかし責任は折半ですな。……あなたみたいな人に勝ってもらえれば妖精達の未来は暗くない。その代わり戦後処理、よろしく頼みましたよ」

 

 そう言ったかなづち大明神の声は、まさしく妖精達を案じながらも厳しく見守る神にふさわしい威厳に満ちていた。

 

「恩に着ます。あなたを連れてきてよかった。これであの子達に道を作ってやれる……」

 

 ここでローズマリーに一つの誤算があった。

 それは、ここに集った者達が罪悪感を二人に任せっぱなしにする連中ではなかったことだ。

 覚悟を決めた二人に手乗りサイズの女神さまが声をかける。

 

「ローズマリー。大明神。それはお主らだけの責任ではないぞ」

「……ティーティー様?」

「ここには目の効く奴や風を読むことに長けた連中が集って居る。まさかそいつらの助力を借りずにいるつもりか?」

「しかし……」

「おいおい。此処まで来て待機ってのはないですよ姐御」

「多少興味があるって言ったろ? 実際の使い心地も体験しておかなちゃなあ?」

「風を読むのも投げるのも得意ハオ! 全部当てて見せるハオ!」

「これハオ、当ててはいかんのじゃぞ」

「……ハオ?」

「そうですよ。それにそういう事なら、ここに適任がいるじゃないか。そうとは思いませんか、リーダー?」

「……ええ。私だって、最早この程度で尻込みしていられませんわ!」

 

 次々と名乗りを上げる王国民達。

 参謀は、目頭から思わず熱いものが零れそうになるのをぐっとこらえた。

 

「これで、責任は八等分ってわけですね。どうしますか? 指揮官」

「……みんな、ありがとう。さあ、作戦成功の合図を!」

「おうよ!」

 

 参謀の声に、道化師が拳銃を掲げ引金を引く。

 甲高い銃声が三発、西の空に木霊した。

 

――それを、水晶の鳥が見届けていた。

 

 

 

 

 

 

 ローズマリー達が妖精王国の投石部隊を制圧した頃。

 西に大きく離れた帝都、召喚士協会にてその様子を眺める者がいた。

 

「ふーん。中々の切れ物だね、あのローズマリーって子」

「あらかじめ輸送部隊を襲撃しておいて、兵器を奪取したときに自分達が使えるようにする。

 成程、合理的です」

 

 水晶玉に映し出されたローズマリー達の姿。

 彼女らがテキパキと投石機の準備をする様を、白髪の魔術師は興味深く見つめていた。

 

「うん?あれは人間じゃないね。成程、古代のゴーレムか。それにあの風魔法使いの術、どこかで聞いた覚えがある気がするな……」

「ところで、先輩の姿が見えなかったようですが……」

 

 茶髪を二つに纏めた召喚士は、馴染みの人物が姿を見せない事実に不満な様子。

 

「エステルは正面突破の部隊だろ。切り込み役はアイツの専売特許だし、状況判断能力も問題ない。

 ……とか言ってたら、正面の部隊が進軍を始めたな。やっぱり、エステルはそっち側か」

「えっ、どこですか!?」

「ぐわっ。身を乗り出すなメニャーニャ!全く、あいつらの目が届かない場所だとここまで悪化するとは思ってなかったぞ……」

 

 使い魔が視点を移した先、ハグレ王国の主力部隊が妖精本隊の突破を開始した様子がそのままダイレクトにアルカナの下へと転送される。

 白髪の魔術師――アルカナは、茶髪の召喚士――メニャーニャがエステルの姿を目に納めようとする様子に苦笑を漏らす。

 

 そう、ここは召喚士協会の幹部、アルカナの研究室。

 数日前、マナ温泉で休暇を満喫していたアルカナは妖精王国へと戻ってきたプリシラ達から帝都への退去を求められた。客分である身を戦争に巻き込むわけにもいかないという理由から、マナジャムを土産に持たされて帰ってきたアルカナは帝都へと戻ってきたのだ。

 しかしその際に、アルカナは使い魔をこっそりと放ち、何が起こっているのか確認しようとした。その結果が妖精達のハグレ王国への進軍だ。

 そんなわけで、今現在アルカナの個室内では、ハグレ王国対妖精王国の戦争鑑賞会が行われていた。

 

 こう言うと滅茶苦茶趣味の悪い催しに聞こえるかもしれない。事実、最初に誘われたメニャーニャがそう言ったが、れっきとして大義ある行いなのだとアルカナは主張した。

 

 ハグレ達の小競り合いが無視できないレベルにまで発展するのならば帝都としても知らないふりをするわけにもいかない。故にこうして妖精王国と関係を持つ自分が監督する。

 いつの間に妖精王国はお前の監査下に入ったんだと、その主張に明らかな屁理屈を感じたメニャーニャであったものの、敬愛するエステルが関わってくるということもあってか、口では拒絶の意を示しながらも、こうしてアルカナの出歯亀に同席しているのだった。

 

「ところで、帝都にはこの事は伝えたのですか?」

「勿論。ただまあ、連中は『結果だけ確認してこい』なんて淡泊な答えしか返してこなかった。ハグレと妖精がぶつかり合っている様なんて興味ないんだろうさ。勝った方を帝都に併合する、両方潰れてくれれば儲けものってとこだろう」

「そんな他人事みたいな……。一応大陸の西側も帝国の領土でしたよね?」

「ほぼ独立地帯だろ。そもそも下手にハグレを刺激するぐらいならじわじわと飼い殺しにするのが今の帝都だ。弾圧も懐柔もできない中途半端が今って訳だよ。

 やれやれ、これでは到底、繁栄には程遠い」

 

 ハグレ戦争から10年。未だに及び腰な帝国の在り方を、アルカナはそう嗤った。

 

 そうこう話しているうちに、戦況は本陣での戦いへと移行する。

 

 厳冬なる魔力を手にしたプリシラただ一人に、ハグレ王国一行は攻めあぐねている。

 雪乃が出した雪だるまをバリケードとして冷気を遮断しているようだが、アルカナの技術で魔力効率が引き上げられているプリシラの魔法は出力で押し切ろうとする。

 しかし、技術を手にしたところでレベルが足りなければ意味が無い。

 限界を迎えるプリシラだが、知った事かと暴走覚悟で魔力を酷使しようとする。

 

 それを見たヅッチーはいい提案があると静止する。

 私とお前の一騎打ちだ。自分の一撃を耐えてみろ、と。

 上等だ。とプリシラは応える。

 

「へえ、一騎打ち。いいじゃない、お姉さんそういうの大好きだよ」

「あのまま全員で攻めていたら難なく勝てるでしょうに、どうしてああいう非効率な真似を……」

「効率極めてたら得られないものもあるってことよ」

 

 そういうアルカナは拳を硬く握り、決闘を見守っている。

 

 極寒の女神の冷気(ジオブリザード)から放たれる断罪の一撃(ギロチンスカイ)。それを目もくらむ国津の雷霆(タケミナカタバースト)が貫く、神話の再現ともいうべき光景があった。

 

「プリシラちゃん。負けちゃったかあ、次にあったらもっと鍛えてやるとしようかねえ」

「仮にも先生が手を貸したというのに、あまり残念そうじゃないですね?」

「そりゃそうさ。魔力を効率的に運用できるようになって、歴戦の戦士にちょっとしごかれても、うちのエステルが敵になってる以上、彼女は根本的な部分で負けてるのさ」

「……なーるほど。確かにそれはそうですね♪」

 

 アルカナは決して妖精王国を馬鹿にしたわけではなく、クソ真っ直ぐで熱血な自分の生徒を信頼していると言い、後輩もまたそれに同意する。

 

「それじゃあ、私はこれで。シノブ先輩がこっちに遺した研究がまだ終わってないんです」

「はいはい。また用があったら呼ぶからねー」

 

 そうして退室するメニャーニャを、アルカナは手をひらひらと振って見送った。

 

「さて、と。私も見るだけ見たし。こっちの仕事に戻るとしよう」

 

 アルカナは水晶の前で手を横にスライドさせ、映像の受信を停止、同時に使い魔への帰還命令を送信する。そして山ほどに積まれた資料の山を手に取り、今後の予定を固めていく。

 

「やれやれ、クックコッコ村の小学校への臨時講師にケモフサ村への顔出しに……全くやることが多いな」

 

 

 

 

 

 

 ――怒涛の戦いから一週間後。

 

 戦争を仕掛けたということで通常ならば首謀者、この場合は指揮官についてなんらかの処分が下されるものであるが、ヅッチーが妖精達全員で責任を取ると宣言し、プリシラもこれに承諾したため、明確に処罰された者はいなかった。

 

 少数精鋭のハグレ王国はともかく、その倍はいた妖精王国では少なからず妖精に犠牲がでると踏まれていたが、ハグレ王国が無力化を徹底したこともあって、意外なことに両王国の死者は確認できた中では0。

 投石による被害も殆どなく、精々が物資の損耗であったため、妖精王国からハグレ王国に多額の賠償金を支払うということで、両王国は和解となった。

 

 問題は、その賠償金の取り分についてなのだが。

 

「はーい。私30万!」

「あーっ、秘密結社にも30万!」

「それならうちの宣伝費用も!」

「金額は全員等分だからね?」

 

 大金に浮かれてか、好き勝手なことを言う王国民達。

 当然ながらローズマリーの静止が入り、ひとまず一人1万Gをそれぞれのお財布に、残りを施設や物資の補填費用に充て。そうして余った分は国庫に収められることになった。

 

「しっかし300万Gも払わせろとか、末恐ろしいなあの妖精さん」

「全くだ。経済的な攻撃を仕掛けてこなかったのは本当にありがたいとしか言いようがないよ」

 

 図書室にて財務に勤しむローズマリーに、手伝いに訪れていたルークが今回のプリシラが行った提案への感想を述べる。

 負傷者を装って慰謝料をふんだくろうとうろちょろしているハピコも賠償金の割り当てに不平不満を述べていたが、当初提示されたその金額を聞くと逆に言葉を詰まらせてしまった。

 プリシラは妖精達の労働意欲を煽るために、ハグレ王国が当初指定した賠償金額の3倍以上もの額を吹っ掛け返したのだ。仮にそれを呑んでいれば、いつの間にか借金関係が逆転していたなどということになりかねず、最終的に120万Gで手を打つことになったのである。

 

 ローズマリーはそこに恐るべきはプリシラの商才を見た。

 指揮官としてではなく、商人としての戦いをハグレ王国に仕掛けていたら、何年後の王国はどうなっていたのかわからないだろうと語った。

 二人はザンブラコでの影響力を思い出し、ローズマリーの話したそれが悪い妄想ではないことを理解した。

 

「君もヘルちんが借りを作ったりしないように、お金の扱いは気をつけることだね」

「そうですね。しっかりと見張っておきますよ」

「とか言って、アンタが一番ポカやらかしそうだとは思うけどね。見るからに博打でスるタイプだし」

 

 ローズマリーの忠告にハピコが茶々入れをする。

 

「オイオイ。俺がそんな大ポカやらかすわけないだろ。こう見えて勝てるかどうかの見極めはできると自負している」

「そう言ってさ、こないだトランプ大会でイカサマしてバレてたじゃん?」

「大丈夫大丈夫。バレたらまずい相手にはイカサマしないようにしている」

「いや、そもそもうちでも駄目だからね?」

 

 引き際は心得ていますから、とルークの信憑性の無い自信を見せられたローズマリー。この男、堅実なようで、盛大なヘマをやらかしそうな不安定さがある。

 

 実際、彼はこれより一年ほど後、よりにもよって自分が原因で彼女に多大な借りを作ってしまい、その解決に秘密結社が奔走する羽目になるのだが……

 それは、未来のお話。

 

 

 

 

 ――皆が互いの健勝を讃える宴会の中。

 ヘルラージュの下に、彼はグラスを片手に歩いていった。

 

「……あっ、ルーク君」

「お疲れ様ヘルさん。いやあ、兵士の真似事なんて慣れないことするもんじゃないよ全く」

「そうですわ。何だってあの時私ははしゃぎ回って……、ああもうお恥ずかしい!」

「そんな恥ずかしがるなって……、貴方が頑張ったから、こちらも楽に済んだんです。感謝してますよ」

「そう、それならいいのです。それで、私は立派に勤めを果たしたんですのよね?」

 

 ちらっちらっとルークに目配せするヘルラージュ。

 彼はしょうがないなぁと肩をすくめて、

 

「確かに、今回も立派だったよ。リーダー」

「……!!」

「これで満足ですか?」

 

 ヘルラージュは感極まってルークの腕に抱き着き、ぶんぶんと上機嫌に首を縦に振る。頬が赤らんでいるあたり、相当酔っている。

 彼女の頭に手を置いて、撫でる。

 

(あーあ、これだから彼女と一緒にいたいんだろうなあ、俺)

 

 などと、思いながら彼の心は達成感に満ちていたのであった。

 

「あ、ヘルちんがルークに抱き着いてるぞ!」

「なんだなんだ!やるじゃないか!」

「ひゅーひゅーっ!」

「ええい茶化すな手前ら!」

 

 

――第1章「遺跡と浜辺と妖精の国」完。

 

 

 

 

 

『第1章・アウトロ』

 

「クソックソッ、あの老害めが!おかげで何もかもが台無しだ!!」

 

 帝都の繁華街。その酒場の一つ。

 そこで酒を飲み愚痴をこぼす男が一人。

 

 彼の名はマクスウェル。

 かつて召喚士協会に所属していた一級召喚士であり、シノブを追い落とすためにエステルの罪を偽装し、挙句の果てには暗殺者を派遣した張本人であり、

 

 現在は、その地位の全てを失った人間である。

 

 エステルの暗殺に失敗した彼は、罪の偽装を行ったことで自分自身が牢獄に入る羽目となり、数か月後に金を積んだ司法取引で出所した後は、協会を追放された召喚士として名誉をはく奪され、こうして酒場で飲んだくれとして過ごす毎日。

 かつて部下として引き連れていた者は未だに牢の中か、彼を見限り離れていった。

 今現在の協会に残っている召喚士は、殆どアルカナ派閥のもとだと言っても過言ではなく、これまでに築き上げた全てが彼女に掻っ攫われたと彼は次第に思い始めていた。

 

 実際の所、彼の計画が頓挫したのはハグレ王国がエステルの救助と南の世界樹に関わっていたからであり、そもそも悪いことをしていたのはマクスウェル自身の方なのだが、全てアルカナが悪いのだと彼の頭の中では結論づき始めている。

 

「それもこれも全部アルカナのせいだ。あいつが余計な真似をしなければ」

 

「……今、アルカナと言ったな?」

 

 酒場の喧噪にかき消されるマクスウェルのぼやきだが、酒場にいた一人の人物がそれを拾い上げた。

 

 その人物はマクスウェルの前まで来ると、立ったまま彼を見下ろし口を開いた。

 

「なんだよ、お前?」

 

 泥酔しているが流石に気が付き、マクスウェルはその人物を見返す。

 フードに覆われその風貌はよくわからないが、合間より見える照明の反射からするに眼鏡か何かを身に着けているか。

 

「元一級召喚士のマクスウェルだな?」

「……そうだよ、何か用か?」

「貴殿の力を借りたい。協会で頭角を示していたという頭脳を、このような場で腐らせておくのはもったいない」

「……へえ、どこの誰かは知らないけど、分かってるじゃないか」

 

 声の質から判断できたのは男であること。それ以外は不明。

 普段であればこのような素性も知れぬ相手の話に乗る事すらしなかっただろうが、泥酔していたことによる思考の低下、相手が自らの実力を讃えたという事実から彼は気を良くし、まあ話ぐらいなら聞いてやろうと考えていた。

 

「一応確認しておくが、貴殿が言ったアルカナとは、アルカナ・クラウンの事で合っているな?」

「ああそうさ。10年以上前に大陸の外の名家から来たとかなんとかいうが、所詮帝国のお情けで栄誉爵位を持っているだけの三流貴族だ。だというのにあの女はいつもいつも僕の邪魔を……!」

 

 憎々し気にアルカナの事を語るマクスウェル。

 それを聞き、男はフードの下で笑みを浮かべる。

 

「そうかそうか。それは重畳。いや人違いである可能性は薄かったのだが、君の証言で確定した。これも星々の巡り合わせというべきか。つまり君は、アルカナを貶めたいと思うのだな?」

「……何が言いたい?」

「簡単だとも。私も彼女には因縁があってね。こうして志を共にする者を探していたのだ。君の事は同士から聞いていてね、ここで出会えたのはまさしく幸運だったよ」

「……聞かせろ」

「では」

 

 フードの男が指を鳴らすと、二人の耳に届いていた周囲のざわめきがパタリ、と止んだ。

 

「これは……」

「簡易ながらの人避けだ。あの女も使用できる初歩的な魔術の一環さ。私はあの女の魔術を良く知っている。奴の出身も、その秘密もだ。

 ――私の目的は彼女を亡き者にする事。そのための仕掛けは用意できている。ああ、君が執着しているという人物についてもついでに排除できるはずだ。資金も後ろ盾も確保済みでね、後はこうして知恵ある同士を集めているわけだ。雑用は工房でいくらでも造れるが、君の様に真に計画の助けとなれる者となるのは希少だ」

 

「へえ、それで?」

 

「聞けば古代文明の遺産を研究していたようだな。

 ――我々はそれの確保に成功している。未だ協会でも発見されていない代物をだ。それの復元を頼みたい。」

「僕を迎え入れるには万全って訳か。面白いじゃないか、乗ってやる。このマクスウェル様の研究が必要っていうなら、その手助けをさせてやる」

 

「……調子のよい男め。まあいい。我々のアジトへと案内しようじゃないか。これからよろしく頼むよ、同士マクスウェル」

 

 フードの男は立ち上がり、手を指し伸ばす。

 一応の友好を、という訳か。いいだろう。

 マクスウェルも立ち上がりその手を握る。

 

「ああよろしく。それで?君は何と呼べば良いのかな?」

「……サーディス。それが今の私の名だよ」

 

 そうして二人は酒場を出て、夜の闇へと消えてゆく。

 

――帝都、ひいてはこの大陸を巡る陰謀は、未だ始まったばかりである。

 

 




ルーク
ダーティファイト上等。
王国に来てからは自重しているがこれでも昔は結構えぐい手段使ってた。

ヘルラージュ
チョロイン。
その気にさせてしまえば敵無しと言っても過言ではない……ヒロインじゃな?

投げ飛ばされた妖精さん
あの後、何とか妖精王国に戻ってきたらしいですよ。

メニャーニャ
先輩の勇姿を生中継で見てご満悦。この作品だとアルカナがいるので協会の面倒事に忙殺されていたりはしない。

次回から次元の塔4層だったりキャラ同士の補完を挟んだ後、原作3章に行きます。


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その12.彼ら彼女の一幕・弐

繋ぎの回。
ダンジョンを攻略したり、登場回数の低いキャラとの会話だったり。


『地をつかさどりし六魔』

 

「それじゃあメンバーを決めるでちよーっ!」

「呼ばれた人はこっちに来て、装備品の更新も忘れずにね」

 

 元気いっぱいのデーリッチの声に、ハグレ王国の面々は一同に会し、ローズマリーの指示を待っていた。

 

 次元の塔四層。

 新たに解放されたそこは、巨大な竜の卵というトンデモな代物が眠る魔窟であった。

 

 訪れた当初は卵も孵る様子もないので、ひとまず放置して探索に集中していたデーリッチ達。

 中ボスも倒し、そこからは長らく次元の塔を訪れていなかったが、ザンブラコの事件や妖精王国との戦争を通じ、これから先にはより強力な存在が敵として立ちふさがるのかを想定する必要が出てきたため、彼女らは戦力の増強を課題にして後半戦に挑むことにした。

 そんなわけで再び次元の塔四層に足を運んだデーリッチ一行であったが、そこで彼女らは驚きの光景を再び目にすることになった。

 

「あれ?」

「確か此処に卵があったはずだよね……?」

 

 卵があったはずの場所を確認するとなんと、からっぽ。

 通信を飛ばしてきたヘルパーさんから話を聞くに、卵の存在を嗅ぎ回っていたはむすけ&ドラゴンが卵を四層頂上まで持ち去ったと言う。

 中身を復活させようとしているのだろうか理由は不明だが、捕らえるべきだと急いで最上部へと昇っていくデーリッチ達。

 

 とりあえず陣取っていたボスを倒して、脇にあった通路を進んでいく先には大部屋が広がっており、そこの中央にお目当てのものは鎮座していた。

 

「うわーっ、本当にありましたー……」

「どうやってここまで移動させたんだか、あの小さなドラゴンがやったなら大したパワーですが」

 

 あの竜と自身の三倍はありそうなこの卵を比べ、どらごん君の膂力に感心するルーク。

 

「しかし、どうしましょう。私たちがここから動かそうにも、これほどの大きさですし……」

「うーん、ゼニヤッタとマッスルで何とかかな?」

「じゃあマッスル連れてくるでち?」 

「その間に来たらどうするよ?」

「そもそも、転送ゲート通るのこれ?」

 

 あーでもないこーでもない。

 そうやって話し合っていると、はむすけ&ドラゴンが上機嫌で帰ってくる。

 問い詰めてみれば、案の定中身の竜を孵化させて刷り込み効果で従えようとしていた模様。

 あまりにストレートな動機に、乱暴な真似はしていないだろうとローズマリーは言う。

 だが、

 

「ちょっと暖めてたらヒビが入ってきたんで、慌てて餌の買い付けに行ってたんだよねー」

 

 と呑気に口走るはむすけに、一同は卵を振り返る。

 

「何かヒビが大きくなっていないでちか!?今にも割れそうでちよ!?」

 

 見れば、既に半分以上に亀裂が走っている。しかもちょっと震えてる。健康な証ですね(震え声)

 かつて地上を荒らしに荒らした伝説に名高き六魔、その一角たる地竜がここに蘇ろうとしていた。

 

 もうすぐ産まれるのかなーっと未だに呑気に口走るはむすけに、ローズマリーが中に入るのは世界を滅ぼしかねない魔物だと警告する。

 しかしはむすけはそれを聞いたところで萎縮するどころか、より調子に乗り出す。

 

「おっと君たちの威勢もここまでだ。そんな卵の中身がボクの味方につけば……。後はどうなるか、わかるね?」

「つまりアンタをここで始末すれば良いということですね?」

「ひっ!?この人容赦ねえ!?」

「身の程を知れって言ってんですよ」

 

 はむすけの言葉に間髪入れずに銃を突き付けて牽制するルーク。

 この男、ヘルラージュを見捨てて逃げたはむすけへの恨みは忘れていなかった。

 そんな風ににらみ合いをしている間も卵の亀裂は止まらない。

 

「って、そんなこと言ってる場合じゃないでちよ!」

「いけない、卵が――!!」

 

 そして卵は完全に割れ、巨大な影が姿を見せる。

 

 その地を揺るがす産声は、滅びと殺戮の時が来たことへの、歓声であったのだろうか。

 

――地竜の影が出現!

 

 

 

――ぐおおおおおおぅーーーん……!!

 

「……」

 

 見るだけで他を圧倒する存在感、大地を震わせる雄叫び、穢れを竜の形に押し込めたような()()を前に、ハグレ王国の面々は言葉を失っていた。

 

「……はむすけ、これ手懐けるんだってな?やってみせろよ」

「……すみません。祖父の七回忌があるのでこれで失礼させていただきます」

 

 さっきまでの調子はどこへやら、逃げようとするはむすけだったが、

 

「おっと、念のためお前を握っておいてよかったよ。いつも逃げられるからな」

 

 参謀さんはそんなことは許さなかった。がっちりとロックを決められたはむすけに逃亡は認められていない!

 

「ご、ご冗談でしょう?ボク、卵あたためただけなんで――」

「いや、大戦犯でしょう?」

 

 産まれた原因が自分にあるというのに、はむすけは苦し紛れの言い訳を繰り出そうとするがバッサリと切って捨てられる。

 

「いいからドラゴンに乗ってお前も戦え!」

「ひいいいいっ!」

 

 ローズマリーのドスの効いた声には従うほかなく、はむすけ&ドラゴンがパーティの9人目として戦闘に参加することになった。

 

「それで、こいつは何属性が効くんです?」

「竜というからには氷属性が効くと思うんだが……」

「はいはい。ではパパッといきましょう」

 

 ルークはパーティの間を駆け抜け、特技型の仲間たちの武器を氷属性のそれに素早く交換していく。

 

「よーし、これで準備完了!」

「相変わらず手際が良いわね」

 

 装備を受け取りながらジーナが感心する。

 普段から相手の武器を奪い取ることなどに使われるスリ技能だが、応用すれば武器を戦闘中に受け渡す事もできなくはないのである。

 でも防具は流石に無理です。事前に耐性を確認してから挑みましょう。

 

――ぐおおおおおおぅーーーん……!!

 

 地竜が嘶きとともに体から胞子をまき散らす。

 

「うわっ、なんだこりゃ」

「これは……地面から地竜にエネルギーを送っているのか?だとしたら素早く倒さないと大技を連発されてしまうぞ……!!」

「まとめて薙ぎ払うしかないってことか?」

「これはちまちま削るより一撃でぶちのめすほうがいいかもしれないわね!」

 

 ローズマリーの分析により、地竜への攻撃と並行して全体攻撃で胞子を片付けていく仲間達。

 作戦は短期決戦。

 一撃で決めるべくアタッカーは自己強化に集中し、それ以外の面々が露払いと支援を行う。

 

「ちっ、しぶといじゃない。中々剥がせないよ」

「胞子なら風使って吹き飛ばせるんじゃないですか!?誰かいますか!?」

「それなら私の出番だねー!」

 

 全体攻撃で胞子が消えないことに面倒だな、とジーナは思う。

 ルークは今現在パーティにいる仲間の中で風属性の特技が得意な面々を前に出すよう呼びかける。

 ハピコが前に出て、地竜の大地を介した攻撃をいなしながら竜巻を生み出す。

 

「あっ、どらごん君が風のブレス使えるっす」

「じゃあやれ!今すぐ!」

「うひぃ!?そこまで怒らなくてもいいじゃないっすか!」

 

 若干キレ気味のルークに急かされ、どらごん君がブレスを吐き出す。

 風のブレスは竜巻と相乗的な効果を発揮し、胞子を一つも残さずに吹き飛ばしていく。

 竜族の意地をここで見せてやると言わんばかりだ!

 

「んぐんぐんぐ……おっしゃー!今から本気出ーす!!」

「いや最初から本気だしとけよ……」

 

 こたつ蜜柑を呑み終えたこたつドラゴンが、やる気満々と言ったようにこたつから出て立ち上がる。

 せめてボス戦なんだからもうちょっと早めにやる気だしてもらえないだろうかという野暮なツッコミもあるが、ここからが彼女の本領発揮なのだ。

 とりあえずこたつドラゴンは後衛に下げ、前衛達はアイスファーントやスノーソードで地竜の体力を削りながらTPを稼いでいく。

 途中でヘルパーさんの通信が入り、こちらに向かいながらの遠隔操作で支援が受けられ、ハグレ王国は地竜に痛烈な一撃をお見舞いする準備が整い始めていた。

 

 それを知ってか知らずか、地竜はその口からしめった風を吹いて前衛達に疫病を付与しようとしてくる。

 攻撃役が倒れてはならないと後衛から出てくる仲間達。

 

「ぎゃああああ!死ぬ、死ぬ!」

「むぎゃーーっ!」

「デーリッチちゃん!ルークさん!回復薬です!」

 

 疫病に罹ったデーリッチとルークはベルのとっておきQQ箱で即座に回復される。というかローズマリーとベルの二人は疫病無効なのでこの二人しか状態異常になっていない。

 そのまま地竜にデバフをかけてから、後衛と入れ替わる二人。

 

「ひーっ……疫病は怖いでち」

「ご無事ですか国王様?……これでも、喰らいなさい!」

 

 静かな怒りを抱いたゼニヤッタの拒絶の印が、地竜の氷耐性を著しく下げる。

 

「うおおおお!寒いっじゃーん!!」

 

 こたつドラゴンはホワイトアウトを放った!

 

――ぐおおおおおおぅーーーん……!!

 

 絶対零度の弾丸が地竜に突き刺さり、見てわかるほどの手ごたえを感じさせる。

 残り体力は一割と言ったところだろう。

 

「よっしゃ!」

「はいっ、ジーナさん!」

「よし、いい加減これでも喰らって倒れな!」

 

 ベルが決定打を確かなものにするべく、ジーナへの援護を行う。

 からくり大博打を乗せた渾身の一撃をジーナが叩き込んだ……!

 

 

 

「それが、この子なんですの?」

「もっけ、もっけ♪」

 

 ハグレ王国拠点。

 ヘルラージュはルーク達から話を聞きながら、目の前にいる小さなドラゴンを見やる。

 

 その仔ドラゴンは卵の殻を下半身に履いてつぶらな瞳を興味津々とばかりに拠点のあちこちに向けている。

 

「はい。わたくしも驚きましたわ」

「いやー、今になっても訳が分からんわ……」

「あんなデカブツの本体が、まさかこんなかわいいのになっちまうなんてねえ」

 

 ゼニヤッタやルークが未だに戸惑っているのに対し、ジーナは面白がって仔ドラゴンを見ている。

 そう、この子供のドラゴン。何を隠そうあの地竜の成れの果てなのである。

 

 ジーナの一撃が止めとなり、地竜は倒された。

 デーリッチ達は残された卵の殻を処分しようとしたところ、地竜の鳴き声が再び卵の中から聞こえてきたのである。なおはむすけは既にどこかへ逃げ去っていた。

 すでに体力の殆どを使い果たしたハグレ王国に再度戦闘を行うだけの余力はなく、仕方なしに撤退をしようとしたところ……

 

「もっけー!」

 

 と気の抜けた声と共にデーリッチの膝ぐらいの大きさのドラゴンが殻の中から現れたのである。

 戦闘が終わってようやく駆けつけたヘルパーさん曰く、無理に復活を速めたせいで、邪悪な魂と肉体の融合が上手く行っておらず、先ほど倒したのは邪悪な力のほうであると。そして残った純粋無垢な肉体はこうして幼体として残ったらしい。

 

 どうやらデーリッチを親と思い込んでいるらしく、なんやかんやあってハグレ王国で引き取ることになった地竜こと、地竜ちゃんなのであった。

 

「結局あの哺乳類がやったことは結果的には良かったってことかね」

「ああ、はむすけ?まあ、確かに奴が卵を暖めたのがきっかけでうちの戦力も増えたってことなんでしょうが、どうも釈然としませんね」

 

 ルークは未だ今回の原因であり、功労者になってしまったはむすけに対して思うところがある様子。

 

「なんだ、まだ怒ってるのかい?」

「どういうことですの?」

「ルークさんは、はむすけさんがヘルさんを見捨てて逃げたことに対してまだ怒っている。ということです。しかしはむすけさんの助けがなければ勝てなかったのも事実ですので、態度を表に出しづらいと言ったところでしょうか」

「女々しいねえ」

「おい、わざわざ言わなくてもいいだろ……!」

「あら、失礼いたしました」

 

 自分の考えを当てられたことにうろたえ出すルーク。

 その様子にきょとんとした後、ヘルラージュは軽く笑みを浮かべた。

 

「あら、そうでしたの。別にもう過ぎたことですし構いませんのよ?」*1

「ですがねぇ……」

「ふふ、私のために怒ってくれてるのね。ありがとう。それで十分ですから、ルーク君が苛々する必要はないのよ?」

「……ま、ヘルさんが気にしていないならいいですが」

 

 ヘルラージュの笑顔にルークは毒気を抜かれ、ヘルラージュの隣に座り込んだ。

 その様子を見ていたジーナはあまりのチョロさに呆れる。チョロいのはお互い様という訳だ。

 

「やれやれ、相も変わらずだこと。見てるこっちはお腹いっぱいよ」

「仲が良いのはよろしいことですわ」

「もっけー♪」

 

 こうして新しい仲間が加わり、よりいっそう賑やかになっていくハグレ王国なのであった。

 

 

 

『男らしさと恰好つけ方』

 

 ハグレ王国道具屋店主、ベルにはある悩みがある。

 

――男らしくなりたい。

 

 童顔低身長である彼は、昔からよく女の子に間違えられていた。

 そのため彼は緑色の服や半ズボンなど男性的なファッションに身を包むことで男らしさを前に出そうとしているものの、今度は男装の少女と勘違いされてしまっている。

 王国に来てからも、度々女の子に間違えられるということで彼は他の男性陣に男らしさの秘訣を聞いて回っていた。

 

「ですので、ルークさんにも何かアドバイスを頂けたらと思いまして!」

「……うん、大体お前がここに来た理由はわかった」

 

 今日は王国きっての伊達男、ルークに男らしさを聞いているようだ。

 

「君が男らしさを聞いて回ってるのは知ってる。この前はアルフレッドに聞きにいったんだろ?」

「アルフレッドさんからは男らしい心が大事だって教わりました!」

「いや、答え出てるじゃん。もうそれでいいじゃん」

「まあ、そう言われるとそうなんですけど。それでも、ルークさんは他の人とは違う意味での男らしさがあると感じまして!」

 

 洒落たスーツを着こなし、飄々としながらも時に剣呑な威圧感を放ち、戦闘では必要最低限の的確な一撃で相手を仕留める彼のスタイリッシュさも学んでみたいと言う。

 そう言われるとまんざらでもなく思い、相談に乗ってやろうかという気分になるルークであったが、

 

「しかし、男らしさか。改めて聞かれると自分でも悩むな」

 

 昔から男としての特徴はあったルークからすると、その質問はむしろ解答に困るものだった。

 

「やっぱり服装なんですか?僕もそういうかっちりした服を着れば男らしさが増すのでしょうか!?」

「いや、君が着たところで背伸びしてる微笑ましい子供からは抜け出せないと思うぞ」

「ええ……」

「俺も前々からこの服を着ていたわけでもないんだよ。昔はこういうかっこつけたスーツじゃなくてもっと無骨な奴だった」

 

 思い返すのは、よくある盗賊の恰好の上にジャケットを来ただけの飾り気のない姿の自分。

 礼服であることは昔から共通していたが、所々の装飾に意匠を凝らすというのはヘルラージュと行動を共にしてからの事である。

 そう考えると、この服を気に入っているのだと改めてルークは思った。それはきっとデザインの問題ではないのだろう。

 

「それまではさ、他の冒険者や賊にナメられないようにって旦那が用意してくれた服だったんだがな、ヘルと秘密結社を始めてからは『もっとカッコよくしてくださいます?』って言ってこれを仕立ててくれたんだよ」

「へえ……ヘルラージュさん裁縫が上手なんですね」

「あれで飯食えるぐらいには器用だよ。実際、ぬいぐるみショップなんて建てたからな。あ、人造人間工房のことな。あいつに一々訂正させるの面倒だからちゃんと工房って言ってやれよ?」

「わかりました。しかし、そう見てみるとお二人って正反対ですよね。男らしいルークさんに対して、とても女らしいヘルラージュさんって感じで」

「まあ、そうだな。女子力の極値みたいなやつだよヘルは……んん!?」

 

 その時、ルークに閃きが走る。

 

「そうだな。ここは逆転の発想といこうじゃないか」

「と言うと?」

「君は男なのに女らしく見える。ならば女なのに男前な奴を見ることで、男らしさが何なのかを見出すんだ」

「ほうほう!」

 

 互いに妙案だという様に頷くが、話は明らかに斜め上の方向に行っている。

 

「ということでまずは男らしい女性をリストアップだ!」

「そうですね、ジュリアさんは前に聞きましたから……あっかなづち大明神さん!あの人の懐の広さは男前です!」

「大明神か、確かに器も体もデカイよな。でも彼女の男らしさって大半がセクハラ系だと思うんだよ」

「つまり?」

「おっさん臭い。安心感や頼りがいはあるんだが、それを男のカッコいいとみるのは絶対に違うな」

「あー、なるほど……」

「それを言ったらエルヴィスの旦那も酒と女と博打にだらしないダメ親父だったし、隙があるのも余裕のある振る舞いが出来る証拠なのかもな」

「確かに、たこ焼き屋のおじさんも頑固なところとかが男らしさに繋がっていたのかも」

「たこ焼きラーメン……うっ頭が」

 

 自分達が世話になった人物を思い浮かべながらもどこか要領を得ないまま、男らしさとは何かを探る議論は続いていく。

 

「逆に、俺が男っぽいと思う女と言ったらピンクだな」

「ピンク……? あ、エステルさんのことですか。あの人はなんというか、その、女の人っぽい体形をしていると思うのですが……」

 

 ボディラインが浮き出た姿のエステルを思い浮かべるベル。特にやましい気持ちはなくとも印象に残ってしまう彼女のセクシーボディを意識してみると、ちょっと恥ずかしくなってきてしまい頬を赤らめる。

 

「んん? アイツが女らしいのは見た目ぐらいだろ。昔っから運動靴で屋根の上をぴょんぴょんと飛び回ってガキ大将の座をほしいままにしていたのがアイツだ。召喚士になったからと言っておしとやかになったとでも? いや分かるぜ。あいつはシティガールのふりをしたゴリラだってな」

「へえ、よく知っている、ん、です、ね……?」

「ま、あいつは3つ上の俺を舎弟扱いしたぐらいだしなあ。あの頃の俺がモヤシだったのはあるけど、それ以上に野生児だったよ」

 

 エステルの野性味あふれる過去を明かしながら意地の悪い笑みを浮かべるルーク。

 話に夢中なのか、彼はこの部屋に訪れていた()()の存在に気づいていなかった。

 

「それに、確かアイツ旦那の話を受けてよその縄張りのひみつ基地にロケット花火を大量にぶち込んだこともあったんだったか。今も先手でフレイムを叩き込む役割だから大して変わってねえな」

「そーいうアンタは、昔からネチッこい女々しい部分は変わってないみたいじゃない? それにあのロケット装置作ったのはアンタでしょうが」

「そうそう、あれは傑作の玩具だった……って、え?」

 

 その言葉にルークが声の方向を向くと、額に青筋を立てた爆炎ピンクのエステルさん。

 

「好き勝手言ってくれたようね!アンタはいっぺん燃え尽きな、ファイア!」

「グワーーーーッ!?」

「ちょっと、エステルさーん!?拠点で魔法はダメですよーっ!」

 

 問答無用で黒焦げだと魔法を放つエステル。

 ファイアを至近距離で受けたルークは床を転がり、ジャケットを素早く脱いでパタパタと火を消しにかかる。すると驚くように火はあっさりと消えた。

 防刃防火素材で作られた秘密結社スーツは、喧嘩程度の魔法なら難なく耐えるのである。

 

「ちっ。本当に燃えにくいわねそのスーツ」

「そりゃヘルが作ったからな。あいつが魔術関係の代物に手を抜くわけねえだろ」

 

 ジャケットに穴が開いてないか確かめてから着直すルーク。

 

「仮にどこか焦げてたりしたら、ヘルに頼まなきゃいけないだろうが。こんな下らないことで燃やしたなんて言ったら俺が呆れられるわ」

「そりゃアンタの自業自得だし?乙女の秘密をペラペラと喋るデリカシーの無いアンタにはお似合いよ」

「デリカシーという言葉がお前に適用されるとは思えないね」

 

「あ?」

「お?」

 

 またもや一触即発の雰囲気。

 

「なんだやるのか?」

「アンタこそ、べそかいてもしらないわよ?」

「あ、あのーー!喧嘩はダメです――!」

「ダーツで決着だ!」

「ダーツ!?」

 

 どこからともなくダーツ盤を取り出すルーク。

 実際の所、彼がベルの相談に乗ったのはダーツをやる相手がいないことで暇を持て余していたからである。

 

「アンタの得意分野ね!?良いわ、受けてやろうじゃない。ルールは!?」

「カウントアップ(点数取り)!」

「上等!!」

 

 そうしてダッシュするエステルとルーク。

 去り際、「あ、そうそう」とルークはベルの方を向き直り

 

「お前は十分男らしいぜ。なんたって街のために一人で冒険に出るぐらいなんだからな!」

 

 そう言ってルークはエステルを追って遊戯室へと走り去っていった。

 

 結局、男らしさが何なのかは教えてもらえなかったが、彼と彼女のやり取りを見て、その一片は学んだ気がする。

 そういうのはきっと、自分がどう生きてきたかという積み重ねが必要なのだ。

 

「よーし、地道に鍛えよう!」

 

 とりあえず、背を伸ばすところから始めよう。ベルはそう意気込んだ。

 

 なお、ダーツ勝負については、大差をつけてルークがリードしていたところに途中参加してきた雪乃が普通に高得点を出しながら足投げをやって見せたり、ハオが全弾ブルズアイに入れるなどの離れ業を見せつけてきたことで、うやむやになったとさ。

 

 

 

*1
なおヘルちんも根に持ってる節はある(水着イベント3章を参照)……さんしょうをさんしょう。なんちゃって




ルーク
結構根に持つタイプ。
投げ物系の遊びが得意。
ヘルラージュの隣にいたい。

ヘルラージュ
魔法関係、特に呪術や交霊術についての造詣は深く、秘密結社の装備も色々考えて作られている。
ルークが隣にいてほしい。

エステル
ルークとは悪ガキ仲間。
彼を真っ向からぶん殴って舎弟にしたんだってさ。

ゼニヤッタ
デーリッチを国王と呼び慕う数少ない忠臣。

ジーナ
くそっ、じれったいなあの二人……

地竜ちゃん
かわいい。原作だと使う人と使わない人とではっきり分かれる印象。

ベル
男らしさを聞いて回る。
彼はようやく登り始めたばかりだからよ、この果てしなく遠い男坂をよ……

エルヴィス・大徳寺
度々ルークの口から出てくる人物。
ミスター・ハグレの異名で世間を賑わせ、彼らの活躍は差別に苦しむハグレ達にとっては痛快な与太話として親しまれてきた。
出身は大阪。

次回から原作三章の時系列。
ざくざくアクターズ・ウォーキング第二章『演者たちは一同に会する』
ご期待ください。


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第2章【演者たちは一同に会する】
その13.学び屋に来たる


第二章・開幕

原作だと三章なのにこの小説だと第二章なんですよね。わざわざ序章を一章に直すのもアレなんでこのままいきます。

なおオリジナルの部分しかないので口調がおかしくてもご了承。


 ――王国大学。

 

 

 ローズマリーによって提案されたそれは、ハグレ王国の学び舎として設立された教育機関である。

 学び舎、と言うと数学だ文学だ歴史学だというような、読者の方々が思い浮かべる堅苦しい勉強をするための施設だと思われがちだが、実際は王国民の戦闘スキルを強化、習得するための戦闘訓練施設である。

 

 妖精王国との戦争を経験したことによる、戦力増強案の一環であり、設立から間もないが、既に何人かのスキルが研究の末に強化される実績を誇り、現在は最も王国民の関心を集める施設となっていた。

 

 そして大学設立のもう一つの目的が、ゆくゆくは教育全般を指導できるようにするというものであり――

 

 

「んで、私達がここに来ることになったと」

「そういう事になりますわ」

 

 

 場所は変わってクックコッコ村。

 

 畜産業が盛んなことで有名な村だが、ここには大陸一歴史のある学校があるというもう一つの特徴を持っていることでも有名だ。

 

 ハグレ王国とはこれといった関係は持っていない村であるが、これから王国大学を運営していくにあたってこれ以上ない先人であると言える。

 そういう訳で王国大学の参考にするべく、クックコッコ村を訪れたハグレ王国であったが、ここである問題が浮上する。

 

 

 ――そう、前述の通り、何も接点が無いのである!

 

 

 これまでハグレ王国はハグレを仲間にする過程で近辺の村から問題を聞き入れ、その解決をすることによって村々との交流関係を築いてきた。それによって結ばれた信頼関係は厚く、交易による利益以上のものを育んできた。

 逆に言うと、この村とは未だにそうした関係がない。

 そのため王国のネームバリューが薄く、いきなり「大学の参考にしたい」などと要望を持ち掛けても、怪しまれる可能性が高い。

 

 これが仮に、帝都と対等な関係を得た後などであれば、立派な一つの国として相手にされて問題はないのだが、今はまだ「大陸の辺境に興った大規模ハグレ集落」と認識されているのが正確な評価と言えるだろう。

 

 

 ではどうするかというと、いつもと同じことをする。

 何らかの依頼を請けて解決し、それを足掛かりに関係を結んでいく。

 

 

 とは言っても都合よく依頼が舞い込む訳もなく、かと言って王国全体の課題として動くには少し大げさに過ぎる。

 大学は飽くまで施設の一つなだけであり、今すぐに解決しなければならないというものでもない。

 

 という訳で白羽の矢が立ったのが、悪の秘密結社ヘルラージュである。

 秘密結社も知名度で言えばどっこいどっこいではあるのだが、慈善事業団体という触れ込みが広まっており(※悪の秘密結社です)、王国よりは村人達も依頼をしやすいだろうという考えあってのことだ。

 

 

 ――さて、ここで改めて秘密結社について解説するとしよう。

 

 

「秘密結社の名を知らしめる大仕事ですわ。頑張りますわよ!」

 

 意気揚々と号令をかける女性が秘密結社のリーダーであるヘルラージュ。

 彼女は悪の秘密結社というイメージからは想像もつかぬお人よしであり、慈善事業依頼の大半は彼女が持ってくる。

 人前での立ち振る舞いも気品を感じさせるもので、秘密結社などといううさん臭さの塊が、表に出て信用を勝ち取れるのは、ひとえにヘルラージュの魅力あってのものだ。

 

 ナイスバディで露出度の高い衣装なのでよからぬ事を考える不届きものも活動当初はいたが、ヘルラージュの魔術師としての実力は高く、返り討ちに会うたびにそういうのは減っていった。

 

 ……たまにひどい恐怖を植え付けられたり、ごくまれに行方知れずになる者がいたりするらしいが、本人に聞いても知らないという。ハグレ王国七不思議の一つである。

 

「なーす!」

「びーっ!」

 

 珍妙な点呼を取るのは戦闘員のデーリッチとローズマリー。

 なすびスーツに身を包んだ二人は、コミカルなシルエットから秘密結社のマスコットとしても扱われており、これもまた秘密結社の知名度上昇に貢献している。とくに子供達からは大人気だ。中身が年端もいかぬ少女だというのも親しまれる一因だろう。

 

 尚、なすびスーツを着たローズマリーには大きなお友達という名のコアなファンがついていることは、あんまり知られていない事実である。

 

「この村には何度か来たことがありますからね。酒場に行けば顔見知りの一人や二人、出てくると思いますよ」

 

 そう言ったのは秘密結社の副リーダー兼参謀役を務めるルーク。

 彼は冒険者時代の経験からくる顔の広さが売りだ。また義賊団の一員として長年生きてきたことから実力も知られており、襲撃や誘拐などの物騒な事件は彼を通じて依頼されることも少なくない。その他にも、他のメンバーには向いていないと判断した裏工作などを率先して行っている。ぶっちゃけ悪という部分を担当しているのは彼一人と言ってもいいかもしれない。

 

 幹部である彼はセクシーな衣装のヘルラージュと対比するようにスタイリッシュな服装を見に纏っている。これもまたちょっと大きくなった男の子から密かな人気がある。いつだって男はダークに魅入られるものさ……

 

 

「それじゃあ、まずは聞き込みですわ!困っている人を探しますわよ!」

「ローズマリーさんは街角に立って目印になることとチラシを配る事。村の掲示板や酒場には前来た時に私が貼ってありますから、それを見た人たちがわかりやすいようにするのも役目です。デーリッチは村を歩き回っててください。ガキ共から話を聞くのはあなたが適任ですからね」

「わかりました。足での聞き込みはそっちにお任せしますね」

「らじゃーっ!」

 

 点呼が終わると、ヘルラージュが最初の活動を宣言し、ルークがそれぞれの役割を説明していく。

 

 初っ端から広報活動という、明らかに秘密にする気のない行動をとる秘密結社だが、ぶっちゃけいつものことなのでもう誰も気にしていない。

 

 ちなみに今現在は、村一番の大通りのど真ん中で作戦会議を行っているためすごく目立っており、住人たちは遠巻きに眺めている。

 

「お邪魔するよマスター」

「おお。アンタか、ルーク。表が騒がしかったのはお前らの仕業か。つまり今日は秘密結社ってやつか?」

 

 ルークがヘルラージュを伴い酒場へと入ると、初老の店主が出迎える。

 

「一応ハグレ王国の名代としても来ているわけだが、まあそういうことですよ」

「ハグレ王国。冒険者どもの間では随分と噂になってるらしいじゃないか」

「ええ、充実していますよ。何せ、前よりも羽振りが良くなった」

 

 ルークはカウンター席に腰を下ろす。

 

「何か変なことはなかったかい?特別冒険者に頼むまでもないけど、変な面倒事があるとか」

「こっちではそういうのは聞かないね。でも農場のほうだと色々騒ぎがあるみたいだな」

「と言いますと?」

 

 さらに話を聞こうとするルーク。

 

「さあな。詳しくは知らん」

 

 店主はそう言うが、視線をルークから逸らさない。

 言うまでも無いが、ここから先は情報料が必要ということだ。

 

「そうかい、これで思い出したりはしないか?」

 

 ルークはわかっていたように、ゴールドの入った袋を卓上に出す。

 ぱっと見5000ゴールドはあるだろう中身に、店主は目を見張る。

 

「随分と多いじゃないか」

「これからもうちの国を贔屓にしてくれるなら、安いものだろ?」

「宣伝費ということか。抜け目のないやつよ」

 

 それを検め、懐に納めると店主は話の続きを切り出す。

 

「そうだな。なんでも家畜の数がいつの間にか減ってるんだとよ。それも複数の農家からね。それ以上の詳しいことは本当に知らんから、実際に聞きに行ってみると良い」

「ありがとう。それじゃあそっちに向かいますよ」

 

 そう言ってヘルラージュを呼ぼうとしたその時、

 

 

 

「ルーク君、ルーク君!あちらの農家さんのところで家畜が盗まれているらしいですわ。早速行きましょう」

 

 と、いつの間にやら聞き込みを完了していたヘルラージュが彼の下に戻ってきたのだった。

 

「……秘密結社のお嬢さん。口が上手いな」

「ヘルさん、相手の要望を聞き出すのとか得意ですからねえ」

 

 

 

 

 

 

 ――日が沈み、月が昇る。

 

 家畜泥棒については、話を聞く限り夜中の犯行だということで、秘密結社は夜通し張り込みを行う事にした。

 

「本当に来るんでちかね」

「被害にあっているのは基本的に小さい家畜だって聞いたから、多分ここのあたりだろうね」

 

 柵を破壊された形跡はない。

 潜り抜けてきたのか、飛び越えてきたのか。

 いずれにしても、面倒な相手になりそうだとルークは考える。

 

「……来た!」

 

 すると、月明りの下、何者かが近づいてくる。

 ひょい、とあっさり柵の下を潜り抜ける。

 詳細は確認できないが、相当に小柄らしく、通常人類(ヒューマン)かどうかも怪しい。

 

 貼り込んでいるこちらに気が付いていないらしく、人影は持っていた縄を投げ、鶏の首にひっかける。

 そのまま外に持っていこうとするので、現行犯逮捕を実行する。

 

「ファイア!」

「……ッ!?」

 

 ローズマリーが魔法を炸裂させる。

 突然の火炎に、家畜泥棒は家畜から飛び離れる。

 

「待てッ」

 

 ルークが追いかけるが、泥棒は小柄な体躯を活かした動作で距離を離していく。

 泥棒が柵を越えると、仕掛けた罠が発動したものの、動きが鈍る様子はない。

 

 自分も柵を乗り越えて諦めず追随していくが、泥棒が体をこちら側に向けたように見える。

 

「……!」

「っ!?」

 

 危険を察知して身を反らす。

 その瞬間、風切り音が二つ。

 

 彼の顔面すれすれを、刃物が過ぎ去っていく。

 予備動作無しの投擲術。

 後一歩遅れていれば、手痛い傷を負っていただろう。

 

 ルークが体勢を立て直すと、すでに人影は見当たらない。

 

「ちっ、見失ったか」

「大丈夫でちか!?」

「すまん。逃げられた」

「そうですか。貴方に大きなけががなくて良かったわ」

 

 取り逃がしたことを謝罪するルークに、ヘルラージュはそれよりもと彼の安否を気にする。

 

「やれやれ、久しぶりに手こずる相手が出てきたな」

「こっちも罠を作動させたけど突破された。相手には毒への耐性があるね」

 

 ローズマリーの失敗作ボムを流用した毒トラップが通用しなかったことから、毒への耐性持ちだという情報が得られた。

 

「冒険者崩れが毒耐性なんてご立派なもの持ってるんですか?」

「魔術師とかならあるかもしれないけど、それなら魔法で抵抗するはずだよね」

 

 泥棒の正体について考えるも、はっきりとした答えは出ないまま。

 

「何はともあれ、今日の被害は無くせたわけだし。見張りがいるということを知らせただけでも今後の被害は少なくなるはずだ」

「それじゃあ依頼人に報告ってことでいいですか、ヘルさん?」

 

「ええ、問題ありませんわ。皆さんお疲れ様です」

 

 そういう訳で、朝になってから依頼人に追い払った旨を伝える。

 捕縛できなかったことを謝罪するも、追い払ってくれただけでも充分だと笑顔で返され、感謝状までもらってしまった。

 

「困っている人を助けるのはいいですわね」

「それでいいんでちか悪の秘密結社……」

「名が売れるならいいことですよ」

「ええ!」

 

 成果に満足げなヘルラージュと、悪じゃねえなとツッコミをいれるデーリッチ。

 今日も秘密結社は成功のようです。

 

 

 

「……しかし、まだ終わりとは思えねえんだよなあ」

 

 

 

 

『悪い夢 ヘルラージュver』

 

 拠点の廊下を一組の男女が明かりを片手に歩いている。

 

 彼らは深夜見回り隊。

 

 消灯時間後も不必要に起きているお子様たちがいないか監視するのも大人組の仕事である。

 

「王様たちはしっかり寝てますね」

「そうですか。では次にいきましょう」

「はい」

 

 デーリッチら含む最年少組の熟睡を確認し、部屋の扉をゆっくりと閉める。

 

 彼らの割り当ては基本的にシフト制だ。

 今日の当番は福の神こと福ちゃんと、これまた以外な組み合わせでルークである。

 

 夜中に男女二人ずつといういかにもな組み合わせだが、そういう問題はまず起きない。

 

 

 この王国、おおむね女性のほうが男性よりも強いので。

 

 

 普段から特に話をするわけでもない二人であったが、別に険悪な仲というわけでもない。ただ共通の話題という者が少ないだけだ。

 彼らは何か話し合うでもなく、次の部屋に行く。

 

「さて、ここは……」

「ヘルさんのお部屋ですね。……入りづらいですか?」

「やめてくださいよ福の神様。そうじゃなくてですね……」

 

 ヘルラージュの部屋の前で止まったルーク。

 一行に入ろうとしない様子に福ちゃんが茶化すも、ルークは中の様子に耳をすましている。

 

……ちゃん。おねえちゃん……

「やれやれ、またか」

 

 そう言って起こさないようにそっと部屋に入るルーク。

 福ちゃんも後を追い、ヘルラージュを見ているルークの後ろから彼女も覗き込む。 

 

 ヘルラージュは魘されていた。

 

「うう……、お姉ちゃん。パパ、ママ……」 

「これは……」

 

 苦し気な寝言を漏らすヘルラージュに、福ちゃんは驚く。普段から弱音を漏らすことはあっても、このように苦しむと言ったことはなかったからだ。

 

「私が、私がやらないと……」

「……」

 

 ルークが無言でヘルラージュの額に手を置く。

 

「う、ん……。すぅ、すぅ……」

 

 しばらくそうしていると、ヘルラージュの寝言は穏やかなものになる。

 それを見届けてから、ルークは彼女の寝室を出た。

 

 廊下を歩きながら、先に口を開いたのはルークだった。

 

「たまにあるんですよ、ああやって魘される日が。王国にきてからは見なかったけど、無くなったわけではなかったか」

「そう言ったことは聞いていませんでしたが」

「毎日ではないですからね。俺がヘルと共にいるようになった当初は割と頻繁に魘されてましたよ。それからというもの、次第に少なくなっていきましたがね」

 

 最早慣れたものだというルークだが、その言葉は決して軽くはない。

 

「ああやって手を置いてやると、すっと止みまして。同じ場所で寝る場合は、大体そうして収めていました」

「なるほど。それで、あの子が言っていたのは……」

 

 彼の言葉に納得する福ちゃん。そして疑問は彼女の寝言の内容に映る。

 家族のことが譫言になって出てくるのは決して珍しくはないが、それが悪夢として出てくるならば別の話だ。

 

「家族でしょうね。自慢の姉がいたって話を彼女から聞きました」

「もしかして、それが彼女の言う復讐に関係しているのですか?」

「おそらくは。家族の事に魘されているんだ。相当な事があったんだと思いますよ」

 

 家族、復讐。

 この二つの言葉がどう繋がるのか、わからない二人ではなかった。

 

「この間、うっかりヘルの前で家族について言ったんですよ。愛されていたんだろうって。そうしたら歯切れの悪い反応を返されまして」

「ああ、それはご愁傷様で……」

「あんまり意識したくないことだったんですかね。とにかく、あいつのことをなーんも分かってねえことだけは分かったんですよ、俺は」

 

 

 お互いの背景を知らないでいたのは配慮ではなくただの怠慢だ。

 

 相手のうわべだけ知った上であたかも知っていない素振りをするのは、本当に知らなければ触れない、あるいは手を引くところにまで触れてしまう最低なことだと、彼は理解した。

 

 

「あら、人の関係なんてそんなものですよ。

 分からずにいたから衝突する。

 分かり合っていてもすれ違う。

 だったら、全部正面から受け止めるのも、愛というものではないでしょうか?」

「なるほど……そういうものですか」

「大体、お二人の仲が決裂したわけではないのですし、考えすぎです。ルークさんだけが傷ついていては彼女も悲しみますよ」

「はは、確かにヘルは人の感情には敏感ですからねえ」

 

 いつの間にやら懺悔と説教をする関係になっている二人だが、人と神という関係上、ごく自然とそうなってしまうのも不思議ではない。

 

「ルークさん」

「何ですか」

 

「ヘルさんのこと、ちゃんと見てあげてくださいね。

 ……あの子の術、禍神降ろしは文字通りまつろわぬ荒魂、この世の悪として定められたものに関わるものです。

 万が一制御を誤れば、彼女の心は文字通りの影に、廃棄されたものが集う暗黒へと呑まれてしまうでしょうから。側にいて支えてくれる人がいるというのは、とても善いことになります」

 

 

 そう言って語る彼女の目は、人を慈しむ女神そのものでありながら、

 同時に、彼女が禍ツに精通した存在であることを匂わせた。

 

 

「驚いた。そんなところまでわかるんですか神様ってのは」

 

 戦闘で垣間見ただけだというのに、彼女の術の原理を看破して見せた福の神に目を丸くするルーク。

 神であれば決しておかしくはないだろうが、ヘルラージュと福ちゃんはヒーラーとしての役割が被っているため、同じパーティに編成される時はあまりなかった筈。数少ない時に目撃したとしてもなんたる観察眼と理解力か……!!

 

 

「これでも福の神です。正反対のものにも詳しいんですよ」

「そういうものですか」

 

 

 生じた違和感。

 しかしルークは福ちゃんの言葉に納得することにした。

 

 ――後ろ暗い何かを抱えているのは、自分以外にも存外いるらしいというだけのことだ。

 

 それに、だ。

 

「……支えているなんてとても。

 俺はあいつの秘密結社を手伝うことで、自分の未練をごまかしているだけなんですよ。

 昔に馬鹿やった悪童(ワルガキ)(ユメ)を、他人の復讐(ケジメ)に被せるなんて、ろくでもないにもほどがある」

 

 自分の動機に比べれば、どんな相手の過去も、マシに思えてしまうのだ。

 

 そう。ルークがヘルラージュに付き従う動機など、ただの未練に他ならない。

 妖精達がヅッチーへの未練と嫉妬からハグレ王国に戦争を仕掛けたという動機を聞いて、自分の中で渦巻く感情が何なのか合点がいったのだ。

 

 ――かつて自分が輝いていた数年前の時代。

 

 ハグレ差別が瀰漫(びまん)*1する退廃の時代を、ハグレを含む仲間達と共に駆け抜けた冒険が忘れられない。

 

 青春を過ごした数年と、その後に単独で冒険者として生きた数年。

 

 その果てに自分は彼女と出会い、紆余曲折ありながらこうして秘密結社を立ち上げた。

 

『秘密結社だあ?』

『ええ、これより(わたくし)達は悪の秘密結社ヘルラージュです。貴方は副リーダーとしてついてくるのです。……ついてきて、お願い!』

『……まあ、いいですよ』

『やった!では、(わたくし)のことはリーダーと呼んでください』

『すいません。それはちょっと』

『なんで!?』

 

 あの時、自分は訝しみながらも殆ど二つ返事で了承した。

 それは彼女の言葉だったからか?不思議と聞いていて悪くないと思った。

 

 ただ、思い出してみればそれに対する理由が浮かび上がってくる。

 

 ――鼻持ちならない貴族の金品を、恵まれない者達にばら撒く。

 

 ――古代人の遺産をこの世界の誰よりも先に発見する。

 

 ――様々な世界から流れ着く奇想天外奇天烈なアイテムを集める。

 

 ――自分達をナメる奴はしばき倒す。

 

 チームの仲間が掲げていたバラバラな目標は、いつしか自分自身の生きる指針にもなっていた。

 

 そうした未練を、ヘルラージュに対する憧れと混ぜ合わせて今の彼は此処にいるのだ。

 

 ヘルラージュの目的は復讐だ。

 お人よしの彼女の事だ、復讐を決意するまでにどれほどの葛藤があっただろうか。人を傷つけることに対してはためらいの少ない自分には想像もつかない。そんな自分が手伝うことで、高潔な意思に泥を塗ってはいないだろうか。

 

 そうやって悩むぐらいなら彼女から距離を置いた方がいいのだろうが、そうして彼女が悲しむ顔を想像するぐらいなら、今のままでいいと思ってしまうので救いようがない。

 

 そんな自己嫌悪のループに陥りつつあるルークだが、それを神は許さなかった。

 

 福ちゃんは理解した。

 この男は自分自身が認められないのだ。他ならぬ想い人からは既に認められているというのに。

 事あるごとにそれを負い目と感じ出すならば、他の者が指摘してやるしかないのだろう。それこそ、神の許しでも必要か。

 

「こらこら。自分を卑下していては、福が来ないですよ。

 あなたは自分がヘルさんに見合ってないと思っているのでしょうが、私からすれば彼女と話す度にあなたを褒める言葉を頻繁に聞かされる羽目になっているのです。その信頼を疑うのは彼女への不義と知りなさい」

「……すいません。どうしてもつい」

「人は助け合うもの。それはどんなものであれ、尊ぶべきものなんですから」

 

 そうして福ちゃんにたしなめられると、次第にルークの気持ちが晴れていく。今の彼には太陽が射したに等しいだろう。

 

「ありがとうございます。福の神様」

「いえいえ。悩める人に手を差し伸べるのが神の役目ですので。

 でも、こういうのはティーティー様に相談するのが適しているかもしれませんね」

「いやいや、福の神様からの話も含蓄がありますよ。色々と考えられますし、許されている感じがするんです」

「あら、それなら福の神となった甲斐があるというものです」

「え?」

「いいえ、何でもありませんよ。うふふ」

 

 何か大事なことが漏れた気がする。気がするだけだ、いいね?

 

「しかし、そうやって徳の高い事を言われるとなんだか後光が射しているようにも見え……眩しッ!?」

「うふふ。福の神ですよー」

 

 本当に後光が射してた。

 これぞ福パワー。

 

「さあ、見回りも終えて寝るといたしましょう」

「そうですね」

 

 そうして寝床についたルークの頭には、不思議と悩みはなかった。

 

 

 

 

 

 

 キーン。コーン。カーン。コーン。

 

 

 授業の終わりを告げる鐘の音が響く。

 

 待ちわびた放課後に湧き立つ子供がいれば、脱兎のごとく教室を出る子供もいる。

 そんな周りの子達の様子を観察する私は、クラスの中ではとても浮いているのだろう。 

 

 小学校の学習範囲などとうの昔に学習済みだが、こうして子供達を同じ空間を共有して教育を受けるという体験は貴重なもので、決して悪くない。

 

 

 むしろ家では学んでこなかった事が学べることもあり、日々新たな発見が私を楽しませてくれる。

 それに、魔法学の特別講師としてやってきた()()に出会えたのは、思いがけない副産物だった。

 

 しかし周りの子と話を合わせるのは少々苦手で、大人びた言い方も合わさって少しばかり距離をおかれている。こればかりは仕方がないと割り切っているが、それでも幾らかの疎外感を感じるし、そんな事を悲しむ資格は私にはない。

 

「ねーねー聞いたー?あの話ー。」

「それってあれ?あの泥棒をやっつけたって人達の事?」

「そうそう」

 

 クラスメイト達が寄り集まって、姦しい世間話をしている。

 

 そういえば、家畜泥棒が噂になっていたらしい。

 

 もしかしたらうちの家事を取り仕切っている()()()がまた何かしたのが、村の人間に知られたのだろうか。私の事を思ってしているとはいえ、あの子にあまり危ない真似はしてほしくないものだが。

 

 許してはいけないことだとわかっていても、面と向かって指摘できないのだから、我ながら本当に甘いと思う。

 

「ええと、何だっけその人たち。えーとえーと……」

 

 どうやらその泥棒とやらは追い払われたらしい。

 もし犯人が私の考えている通りなら、よく追い払えたものだと感心する。

 いや、あの子が先に逃げただけか。必要以上の危険は冒さないようにいつも注意してあるから。

 

 私も内容に少しだけ興味を持ち、話の輪に加わろうと近づいて――

 

「そうだ、ヘルラージュ!」

 

 

 ――え?

 

 

「うんうん、あの綺麗な女の人でしょ!」

「リンちゃん見たんだ。いいなー、私も見たかったなー」

 

 うそ

 

 なんで、その名前が

 

「ミアちゃんもそう思うでしょー」

「……え?あ、うん。そうね」

 

 声を掛けられた。

 殆ど反射のように、相槌を打つ。

 

 しかし、私の頭は一人の名前で埋め尽くされていた。

 

「――――それで、あの男の人が――」

 

「お似合いって感じ――――」

 

「――あのなすびの――――」

 

「かわいいよね――」

 

「――それはちょっと――」

 

 

「それじゃあ、またねー!」

 

 皆が何を話していたのか、その後はよく覚えておらず、

 気づけば、知らぬ間に学校を出て帰路についていた。

 

「……そう、あの子がいたのね」

 

 ――ヘルがいた。

 

 ちゃんと大人になって、実力をつけたあの子(ヘルラージュ)が昨日、この村にいた。

 

「――ふふ。ふ、うふふふふふふ」

 

 事実を噛みしめる。

 

 笑いが止まらない。

 

 ぎしり、と背負ったランドセルが揺れる。

 どうやらあの二人もヘルの名前を無視できないようで、そのことに余計に笑みが深まる。

 

 ヘルを代替品とすら扱っていなかったのに、家族としての無念は残っているというのは何とも皮肉な話か。

 

 何はともあれ、居場所が近いならば話は早い。

 

 私は場所を整えるだけでいい。

 そうすればむこうからやってくるはずだ。

 

 

 

 待ち望んだ相手がいる。

 

 ここまで生きてきた目的がある。

 

 

 ああ、待っててね。ヘル。

 

 もうすぐ私が――

 

 

 

 

 

 

 

 

         ――あなたの手で殺されてあげるから。

 

 

 

 

 

 

 

*1
風潮などが蔓延る事




ルーク
寝言からヘルちんの家族構成は知ってた。
ヘルちんが善人過ぎて一緒にいることに負い目を感じている。
相談に乗る相手がいれば解決するのだが、弱みを見せたがらないので中々上手く行かない。
ヘルの悪口いう奴は許さない。

ヘルちん
何度か魘されてそうってことでこうなった。
あの過去の描写ではトラウマになっててもおかしくはないだろう。

福ちゃん
元禍神の福ちゃんならヘルちんの術の原理に気が付いてもおかしくはないよねって妄想が形になった。
神様なのでめっちゃ説教する。相手が脛に傷をもつのなら先達としてなおさら放っておかない。

ミア
ようやく登場する人。
秘密結社についてはほとんど聞いてなかったし聞こえてなかった。


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その14.惨劇に至る

さーて、魔女の館編の始まりです。

注意:この小説は自分の推しTRPGシステムのステマみたいなところがあります。今回は割とそれが顕著です。



「会議を始めるでちよー!!」

 

 デーリッチの掛け声と共に、王国会議が始まった。

 

「では、まず個別の活動報告と行こうか」

 

 続いて、ローズマリーが個別活動の報告を求めた。

 以下、王国民の活動報告です。

 

 ――ルークが行商の中で掘り出し物を手に入れてきたようです。

 ……いったいどんな面白いアイテムなんでしょうね。

 アイテムを一つ入手します。

 

 ――☆エル・マリアッチ*1 火薬を満載した伝説のギター。(魔法/炎/魔+103/S:ロックンロール)魔法とはロックンロールのことだ。

 

「何それ、楽器?」

「ただの楽器じゃないんだなあこれが。ここをこうするとだな……ッ!」

 

 そう言ってマリアッチをいじくると、なんと先端から火が噴き出した。

 

「うわッ!?」

「このように火が出る」

「ちょっと、危ないですよ!」

 

 許可なく拠点内で火を出したことにローズマリーが注意する。

 

「すっげーッ!」

「次、ヅッチーの番な!」

 

 対称的に、ステキギミックに目を光らせるお子様's。

 その反応にルークもまんざらではない様子。

 というか彼が一番新しい玩具を手にした子供のようにはしゃいでいる。おい二十代。

 

「とまあこのように、珍しく素敵で有用なおたからが見つかったのでございます。音楽の趣味がある方にでも装備させればいいんじゃないでしょうかね」

「確かに面白いけど、なんでギターから火を出すの?必要ないよね?」

 

 誰に装備させるのがオススメか説明するルークに、ローズマリーのツッコミが入る。

 非常に残念なことに、どうやら楽器と火器を融合させることに意義が見いだせなかったらしい。

 

 やれやれ、と肩をすくめるルーク。

 そのまま真顔でローズマリーの顔を見る。

 

「別に火を出す必要はないけど、あったほうがいいじゃないですか」

「え?」

「出せるなら出したいじゃないですか」

「えぇ……?」

 

 やってみたかったからやりました。

 それ以外の理由など、浪漫には不要なのだ。

 

「あー、わかるわかる」

「無粋だよなー、余計な理由なんて」

 

 馬鹿丸出しの悪ふざけの産物。

 そんな代物に対して予想以上に肯定意見が飛んでくることにローズマリーは困惑を隠しきれない。

 

「ま、まあ武器として使えるならいいのかな……?」

 

 釈然としないが、装備品として有用なものなのでありがたくつかわせてもらうということで決定した。

 

 

――探索場所の提案

 

「ずごごっ、ずごごごご……っ!」

 

 紙パックジュースの容器がぺこんぺこんと鳴り響く。

 最後の一滴まで飲み干すデーリッチ流の飲み方を行っている時にその知らせはやってきた。

 

「大変よデーリッチ!」

 

 ヘルラージュからの提案ということは、秘密結社絡みでの要件であるのだろうか。

 

 続いてやってきたルークが依頼の内容を説明していく。

 

 依頼主はクックコッコ村。

 ついこの間依頼をこなしたばかりの場所。

 家畜泥棒の一件が解決したというのに、またもや同じような問題が発生した。

 今度はその場で家畜の血だけが抜かれて死んでいるという奇怪な形で、被害が継続しているらしい。

 

「前の時と被害状況が同じだから、性懲りも無くやってきたということでしょう」

 

 情報を聞くに、以前に盗まれた家畜も、村の近辺で血だけを抜かれて死んでいたのを発見されていたとのこと。

 被害の規模は小さいものだが、薄気味悪いので解決してほしいという依頼が秘密結社に舞い込んできたのだった。

 

「しかし、秘密結社いいように使われているなあ。

 秘密結社としてそれでいいんでちか?」

 

 悪の秘密結社なのに、すっかりトラブルシューティング請負業者みたいなことになっていることに疑問の声が上がる。

 

「あら、困っている人がいたら手を貸すのは当然の事でしょう?」

 

 さらりと言ってのけるヘルラージュ。

 彼女を知らない人が見れば、どうみても悪を志している秘密結社のボスだなんて思いもしないだろう。

 

「最近は善行を隠さなくなってきたな……」

「ヘルに悪事なんて似合いませんからね。彼女が満足してるならそれでいいんですよ」

「ルーク君的にもいいんでちか?」

 

 悪の、という触れ込みが形骸化していることをデーリッチは当組織の副官に尋ねる。

 元々が悪党みたいなものだからか、秘密結社が善良化していることに悩んでいるのではと思われたらしい。

 

「別に悪党だからって悪事にこだわってるわけじゃないので」

 

 ルークにとって悪事は目的ではなく手段である。

 

 飽くまでそれが解決手段になるから悪事を選ぶのであって、悪事そのものは目標でも実績でもなんでもない。というか悪事なんてハイリスクハイリターンで割に合わないものであるから、好き好んでやる奴などただのアホだ。実際、冒険者の半分は教養とモラルに欠けたアホか浪漫を追い求める馬鹿のどっちかだ。依頼の内容によっては盗賊まがいのことをやるのだから、違いなど自己認識の差でしかない。

 

 そんな中で一定の収入を確立できていたルークは後者に属する人間だ。

 彼は自身の悪徳に対して一種の美学のようなものを持っている。

 

 盗むなら同じろくでもない奴らから。

 殺すのは相手が手を出してきてから。

 

 合法的に、人道的に目的が達成できるならそっちで構わないのがルークのスタンスである。

 

 悪党にも、超えてはならない一線があり、そのことをはき違えた瞬間、同じ社会のクズでも決定的な差が生まれてしまうと彼は考えていた。

 大なり小なり法的にアレな部分がある冒険者の中でも、割とアウト寄りな経歴をしている彼が冒険者としてやっていけたのもこうした価値観があったからだろう。

 

 当然ながらそれは詭弁だ。躊躇いなく悪事を選べる以上、何をどう取り繕うとも自分がその辺の盗賊たちと同じ穴のムジナであることを、彼は十分に理解している。

 しかしそういう根っこの部分で悪に成り切れない中途半端さが、気を抜けば死あるのみの世界でのらりくらりと生きてこれた証拠だろうし、善人の極みみたいなヘルラージュとコンビを組めている理由なのだろう。

 

 

 ルークは話題を依頼内容の説明に戻す。

 

「犯人の目星はついてましてね。どうもあの村の近くには魔女の家ホラーハウスっていう、あからさまに怪しい建物があるんですが、ここに住む人間が血を抜いているって言う話だ」

 

 盗まれた家畜が発見されたのもその近辺だということで、犯人の目星はおおよそついていた。

 じゃあ村の人間で解決すればいいじゃんとなるのだが、色々と嫌な噂があるようで、村の人たちは近寄りたがらないそうだ。

 

「なるほど、中に入る魔女らしき者を怖がっているんでちね」

「というわけでお願いできないかしら。報酬もだすってことですわ」

「別にいいでちよ」

 

 どうせ行くところもなかったので、王国の冒険先として採用された魔女の家。

 

 そこへの探索メンバーを集めている最中、ルークがやけに挙動不審というかぶつぶつと何かを呟いていた。

 

「魔女の家、血を抜かれる、神隠し……」

「なんだか元気ないね、どうしたんだい?」

 

 普段らしからぬ士気の低いルークを見て、ローズマリーが心配する。

 

「いや別に……、ただ行き先にちょっと不安というか疑いがありまして」

「それってどんなの?一応言ってみてくれ」

「そこ、《サバト・クラブ》のアジトとかじゃないですよね?」

「え?あー……どうだろう。行ってみないとわからないかなあ。

 でもそうだな。確かにそういう集団の拠点の可能性もあるのか」

「なんでちかそれ?」

 

 聞いたことのない組織名に疑問を浮かべるデーリッチと、

 心配の原因に合点がいった何人か。

 

「絵にかいたような邪悪儀式をやってるイカレた魔女集会ですよ。

 別に強いってわけじゃないんですが、雰囲気が好きになれないっすね」

 

 ――《サバト・クラブ》とは、黒魔術を探求する魔術師たちの同好会の一つである。

 生贄や薬物を好んで儀式に使用し、時には他の魔術団体や宗教組織との抗争を行うことから帝国では犯罪組織の一つとして認定されている。冒険者が探索に入った廃墟や遺跡が彼らの儀式場として利用されており、過激派に襲われて帰ってこなかったりする。というのもありふれた話で、『冒険者が関わりたくない組織ランキング』の上位を常にキープしている。そんな組織だ。

 

 ルークの懸念を聞いた何人かが同じように顔を顰めたことからも、その悪名が知れ渡っていることが伺えるだろう。

 

「えっ、何そのはた迷惑な組織」

「奴らがこんなわかりやすい痕跡を残すとは思えねえけど、犯罪組織の末端はポンコツしかいねえからなあ」

 

 過去の経験則から、組織ぐるみで行う犯行の大体は足が付かないため、とてもわかりやすい証拠がある今回の一件は無関係だと判断する。

 

「随分と知っているようだね?」 

「以前に仕事で連中とやり合ってひどい目にあったからな……。もう煮えたぎる鍋の上で吊るされるのは勘弁だよ」

「わー壮絶ー」

 

 かつてルークは、依頼の一環で結社に連れ去られた少女を奪還するためにアジトへと忍び込んだことがある。その時に救出対象を逃がすことに成功したものの、代わりに自分が生贄になりかけたのは苦い過去だ。酩酊状態の中、逆さの視界と湯気と共に立ち上る薬の据えた臭いは今でも思い出せる。

 

「よく生きて帰ってこれたわねアンタ」

 

 召喚士協会でも要注意団体として挙げられていた組織に喧嘩を売って生還している事実にエステルは呆れ混じりに感心する。

 

「伊達に修羅場は潜ってないんですよ

 ……って言いたいけど、大体は荒事担当が正面からぶっ飛ばして解決してるんですよね」

 

 冒険者稼業の中で数々の犯罪組織と渡り合ってきた思い出がよみがえる。

 

 ――甲冑を来た騎馬暴走族と、讃美歌を背景にデッドヒートを繰り広げ、

 

 ――あるいは、深海種族(サハギンとか)を崇める資本主義教団の事務所に乗り込んで債権書を奪取し、

 

 ――はたまた、ハグレのサーカス団に偽装した暗殺ギルドからの暗殺者から護衛対象を守り通したりした。

 

 そのいずれも自分一人では死んでいた状況であり、ルークや親分であったエルヴィス大徳寺が下準備を行い、獣人の参謀が策を練り、べらぼうに強い褐色有角の女性であったり、薙刀を使う和国の青年が正面から乗り込んで混乱させた隙に、目的を達成してきたのである。

 

 当然その中で修羅場のど真ん中に放り出されたことも数知れず。

 

 時には物影に隠れ、時には死力を尽くして戦い、時には運任せのギャンブルに挑み、時には死んだふりでやりすごす。

 

 生存能力に秀でたルークの戦闘スタイルはそうやって培われてきたものである。彼がハグレ王国に属するようになった後も、それら犯罪組織など日陰に潜む脅威への警戒は欠かしていない。

 

 既に読者の皆様は知っているだろうが、今回の一件はそうした組織とは無関係であり、ルークの心配は杞憂である。だからと言ってもう一度そんな連中を相手にしたいかと言えば嫌に決まっているので、彼はこうして関わり合いにならないよう祈っているのだった。

 

「もう、貴方がしゃんとしなくてどうするのですか。いきますわよ!」

 

 そんな行きたくないオーラを出しているルークをヘルラージュが叱咤する。

 

「ヘルのやつ、話を聞いたあたりからやたら張り切っているんですよね。自分の得意分野だからか?」

 

 いつもなら危険性の高い場所には及び腰になるヘルラージュ。

 それが霊的スポットともなればなおさらだ。

 

 しかし、今回ばかりはこの場の誰よりも意欲を見せている。

 

 それほどまでに犯人が許せなかったのだろうか。

 

 ……いや、どちらかといえば焦っている?

 

 だとしたら、何に?

 

 その疑問に答えが出ないまま、ルークは探索メンバーへと加わったのであった。

 

 

 

 ◇

 

 

 

「ここがあの魔女のハウスね」

 

 魔女の館は鬱蒼とした森の中にあり、あまり手入れがされていない様子からまさしく「出る」といった雰囲気を出していた。

 

 少なくとも外観は住居としての様相を保ってはいたものの、いざ足を踏み入れれば、黴臭さを出している木造の床板がそこら中に穴をあけている、廃墟そのものであった。

 

「おおよそ人が住む場所とは思えなねえな」

「魔女と呼ばれるぐらいだから、人じゃなくて魔物かもしれませんわね」

「でもでも、ハト時計があるでち!」

 

 デーリッチの言う通り、玄関にはハト時計が飾ってあった。

 

「魔女さんも、意外と私達と同じような価値観を持っているかもしれないでちよ?」

「なるほど、そういうところに真っ先に気が付くとはさすがは国王」

 

 実用性の高い時計よりも、洒落たカラクリ時計を優先しているという意見に、ルークは素直に感心する。

 

「もっと褒めてもよいでちよ!」

「図に乗るなよ小娘」

「えっ!?」

 

 唐突な上げ落としに驚愕を隠せない。

 

「冗談だよ」

「冗談でちか」

 

「いえーい」

「いえーい」  

 

 この程度のやり取りは普通なのでいちいち深刻に受け取ったりはしないのが王国クオリティ。

 適度にディスった後は拳を交わしてチャラにするのだ。

 

「何遊んでるの……?

 まあ、ここに誰かが住んでいるのは間違いなさそ――」 

 

「いらっしゃあああーい!」

 

「「ぎゃああああっ!!」」

 

 会話の途中で、ハト時計から大声と共に飛び出してきたものに心臓を跳ね上げられる一行。

 

「いやぁ、団体さんやないかい!キャサリンもええ仕事するやん!歓迎するで!

 で、あんたら何リットルコースや!?」

「な、なにこれ、ハト……?

 いや、カラスなの……?」

「その、目玉が……外にこぼれて……」

 

 声高らかにまくし立てるソレは、ハトではなくカラスだった。

 しかも目玉がポロリと零れ落ちている。そんなサービスシーンはいらないなあ。

 

「え?うわーーーーっ!外に飛び出た勢いで目玉も飛び出しとる~~~~!!

 どないしましょ!どないしましょ!」

 

 ……なーんて、ゾンビジョーク(笑)!

 ワイ死んでるから元からやってーの。

 面白かった?おもろかった?」

 

「(#^ω^)ビキビキ」

「い、いや全然……」

「さ、さよかあ……」

 

 せっかくの客人なので楽しませようとしたらしいが、見事に滑ったゾンビカラスはしょげ込んでしまう。

 こちらを来客と認識していることに疑問を持ったヘルラージュが、失血事件の調査に来たのだと言うと、

 

「ん?魔女様のために血をドバドバ流してくれるんちゃうんか?」

 

 ゾンビカラスは客じゃないならギャグの披露損やんかーと騒ぎ出し、

 

「ほな、入場料として強制的に流血してもろうます!以上!」

 

 と、言いたいだけ言って時計の中へと引っ込んでしまった。

 

「何だったんだ今のは……?」

「血を抜くとか言ってたからてっきり戦闘になるのかと思ったでち」

「でも、今の会話、もしかしなくても有力な証拠なのでは?」

「特に調べずとも、あちらさんから血を集めてますって言ってるようなものだしな。

 こちらから聞く手間が省けたのはいい」

「ですが、家畜だけではなく人間の血を集めようとしている……」

「なるほど、これは危険だ。早くに懲らしめて止める必要がありそうだね……」

「ええ……。

 ギッタンギッタンにしてやらないと!」 

 

 このまま放っておけば、人的被害が出るということで改めて魔女の討伐を目標に掲げることとなった。

 ヘルラージュも意気揚々とやる気を出している。

 それは普段の彼女らしくはなく、彼がそれを見咎めるのも当然ではあった。

 

「……ヘルさん?」

「ん?」

「いや、そんなにやる気だしているのも珍しいなと。

 いつになく好戦的じゃないか」

「あ、あら?私はいつも通りよ」

「……本当にそうか?」

「そうですわ。ほら、館を探してみましょうよ。

 あなたの好きそうなおたからもあるんじゃないですか?」

「……まあ、そうですね。慰謝料として何か貰っていこうじゃないか。

 調度品自体は値打ちものも混ざってそうだからな」

 

 やはり様子がおかしいと訝しむルークだが、

 早く行きましょうと急かすヘルラージュの言葉も最もなので、一行は館の先へと足を進めることにした。

 

 ……その横でヘルラージュがほっとしたのを、彼は見逃さなかった。

 

 

 

 ◇

 

 

 

「流石は魔女が住む館だ。何もかもか動き出して襲ってきてもおかしくねえ」

「全くね。あの箒もひとりでにうごくばかりか、喋り出すんだから」

「しかも、ただ動いているんじゃなくてアンデッドのようだね」

「正直、もう帰りたいです……」

 

 館を探索する一行に立ちはだかったのは、動く人形や玩具といった呪物系(フェティッシュ)のモンスターばかり。

 

 有効な炎属性で縦横無尽の大活躍をするエステル。

 さらにアンデットモンスターでもあるので、その道のプロフェッショナルであるアルフレッドも活躍してくれている。普段は地味だから、こういう時に活躍しておかないとね!

 

 道具に詳しそうだからという理由で採用されたベルはビックリドッキリなホラー展開にやられ、弱音を吐き出している。

 

「しっかりしろベル。まだキャサリンとやらも見つかってないんだからさ」

 

 ネジ巻き天使にとどめを刺しながらルークが発破をかける。

 

 

 最初に乗り込んだ一階の大部屋で遭遇したのは、ひとりでに動く魔法の箒だった。

 大事な客が来るということで久しぶりに動かされたというそれからは、キャサリンという人形が館の外の出来事について取り仕切っているという情報を聞くことができた。失血事件に関わっているというのもその人形だということで、館の探索の目的をキャサリンの発見に定めた。

 

 そうして色々と目を配らせてみると、いたるところに貼られた注意書きのすべてにキャサリンの名前が書いてある。

 館のあれこれを采配しているとだけあって、こうした事も仕事の内ということだろうか。

 

 モンスターを一掃した後は、部屋の中を物色する。

 

「ぐえーっ!?」

 

 何らかの仕掛けがないか、本棚を捜索するルークだったが、腐った床板を踏み抜いてしまい盛大に転ぶ。

 

「大丈夫ですか!?」

「痛てて……ん?なんだこれ」

 

 穴から這い上がると、頭の上に本が被さっていることに気が付いた。

 

 手に取ってみれば、やけに薄い本であることがわかる。

 

 中身は漫画らしい。しかしコミックスにしては大きく、雑誌としては薄い。

 

 表紙を見てみる。

 

 

 ――そこには裸の女性が官能的なポーズをとったイラストが描かれていた。

 

 うん、そういうものなんだ。

 

――おたから『☆エロ同人*2(混乱、沈黙耐性+100%)』を入手しました。

 

「……」

 

 まさかまさかなアイテムに、思わず頬が引きつる。

 パーティの全員が駆け寄っていたこともあり、手元のそれは皆の知るところ。

 

「あの、これは」

「うわ、サイテー」

 

 白い目で見るエステル。

 助けを求めるように見れば、目を逸らすベルとアルフレッド。

 ブリギットはニタニタと笑うだけで何も言わない。

 デーリッチはローズマリーに目隠しをされている。

 

「マリーさん、これは事故で」

「いいから早くしまいなさい」

「アッハイ」

 

 そして、ルークの視線はある意味一番危険な自分のリーダーへと向かった。

 これではどう言い訳しようが社会的に詰んでいる。

 最後の望みは、彼女に託された。

 

「なあ、リーダーは、わかってくれるよな……?」

「ルーク君」

「……はい」

 

 そんな彼の言葉に、頬を赤らめ、おずおずと尋ねるヘルラージュ。

 

「ルーク君も、その、やっぱりそういうのがお好き……なんですの?」

「ご、誤解じゃーーー!!」

 

 

『ゾンビ人形たちへ、本棚や壺の中にアイテムを隠すな。あと、エロ本は見つけ次第没収。

                                 ――キャサリン』

 

 

 ◇

 

 

 

「全くひどい目にあった」

「いやあ、ごめんごめん。機嫌直しなよ」

「お前らも少しぐらい何とか言ってくれよ全くよお」

「あはは、僕もああいうのはあまり見たことがなくて……」

「ベルのやつなんか初心な反応丸出しだったよなあ?」

「やめてくださいよブリギットさん!」

 

 すっかりへそを曲げてしまったルーク。

 

「まあまあ、俺はわかってるからよ」

「マッスル……」

 

 肩を叩いて慰めるニワカマッスルに、ルークは男の友情を感じた。

 

――後で俺にも貸せよな。

 

――てめえわかってねえじゃねえか。

 

 その友情は一瞬で崩れた。

 

 

 何故か片方に柱が設置されているため、壁に寄って進むことを強制される廊下。

 しかも等間隔でハト……カラス時計があり、これだけで何するかが見え見えである。

 

「はぁい、どうも「ちょいやっさーッ!」

 ――ぐへっ!?」

 

 そうして現れたゾンビカラスに間髪入れずナイフを投げつけるルーク。

 もはや見境なしである。

 

「なんやなんや!せっかく壁際歩いてくれてるってのに、そこで無粋な真似せんでもええんとちゃいまっか!?」

「うるせえ!ホラーなら本棚にエロ本なんざ仕込むなや!」

「あー、それは屋敷の中で働いとるゾンビ人形共の仕業や。ワイの知るところやないで」

「ゾンビなのか人形なのかどっちなんだ……」

「まあええ。兄ちゃんのせいで興が削がれてしもうたから簡潔に言うわ。

 この先の労働区画、ゾンビ人形が動いとるから噛まれずに気を付けて突破して来いよ。ほな!」

 

 また言うだけ言ってゾンビカラスは引っ込んでしまう。

 というか、なんで別の場所に設置された時計をさも当然のように行き来しているんだろうか。

 

 しかも、疑問が残るキーワードばかり残していった。

 

「しかしゾンビ?人形?労働区?どういうことだろう……?」

 

 ローズマリーの疑問に答えたのは、ヘルラージュだった。

 

 箒やカラスと同じように、人形に死者の魂を憑依させているからゾンビ人形と呼ばれている。

 それがこの屋敷で働いているのだろうと彼女は説明する。

 

「なるほど。それにしても随分と詳しいね?」

「昔似たような術を見たことがあって……。まだはっきりとはしないのだけど……」

 

 それきり、ヘルラージュは黙ってしまった。

 詳細を語ってくれないことにローズマリーは困惑するが、ルークはその理由を何となくだが察していた。

 

 おそらくヘルラージュは犯人に心当たりがある。

 しかしそれを言うことができない。

 そんな相手など、彼女の目的を考えればおのずと限られてくる。

 

 ……黙っているのは仲間を不安がらせないための彼女の優しさか、あるいは私情に付き合わせる後ろめたさか。

 

 ならば、自分は最後まで寄り添おう。

 それが彼女に付いていくと決めた自分が、返礼とできるものだから。

 

 

 

 ◇

 

 

 

 部屋にみっちり詰まっていたゾンビ人形。

 食事の時間を告げる鐘を鳴らすことで、無事食堂へと彼らを誘導することに成功する。

 そうしてゾンビ人形の部屋を抜けた先、何故か隔離されている部屋を見つけた一行。

 

「何か隠されてるのか?」

 

 部屋の前にあった『騒音公害』の貼り紙の意味もわからないので、部屋に入ってみる。

 

 するとそこにはぷるんぷるんな何かがいた。

 

「ぼえええー♪

 ぼええーん♪」

 

「ぐごっ、なんでちかこの怪音波。

 頭が割れるようでち!?」

 

 どうやら歌声らしきものを発しているようだが、明らかに音程が合っておらず、不協和音となってこちらの脳をよくない意味で揺さぶってくる。

 

 紫色のスライムはこちらに気が付いたのか、歌うのを止めて一行を見た。

 

「……何あれ、スライム?」

「3つの身体が一つになってんのか、面白えな」

 

 聞いていた時間が僅かだったからか、スライムたちを観察する時間が生まれる。

 

 ローズマリーが相手をしている中で出た情報は、そのスライムは三人一組で、ボーカルユニット「スライミーズ」というようで、アイドル志望のスライムのようだ。

 彼女たちはハグレ王国をアイドルのスカウトと勘違いしたらしく、一曲披露しようと言ってくる。

 そんな胡乱な情報を上手く呑み込めず、困惑するローズマリー。

 

 話をする間を掴めず、話を聞く気もなく、突発リサイタルが始まろうとしていた。

 

 ――時に、趣味というものは極めれば武器になる。

 

 人に限らず知性あるものは趣味を持っており、それは生を謳歌する上では欠かせないものの筈だ。

 

 ならば、趣味に命を賭して戦うことができないわけがあろうか?

 

 生きざまを刻み込んだ武器。趣味的武器。

 

 スポーツが趣味なら野球バット。

 

 家事が趣味ならば大根ということもあるだろう。

 

 読書が趣味なら栞で人の首を刎ねることすら不可能ではない。

 

 その形は一つどころにとどまらず、あらゆるものが武器となりうる。

 

 大阪と呼ばれる都市では一般的であったそれを、彼はよく知っていた。

 

 故にこの中で真っ先にその危険性を把握できたのも、彼であった。

 

「――やばい」

「え?」

 

 ……いや、違う。

 

 動悸が激しくなる

         /趣味的になんて収まらない

 

 冷や汗が止まらない

          /目の前の相手は非常識だ

 

 

 全身が、運命が、生命の危機を訴えている――!

 

 

「今日は聴いていってください!私達のデビュー曲!

 

 

「まずい!今すぐゲートをひら――」

 

 

 ――『ラブリースライミーズ!!』

 

 

 

 デーリッチ達は敗北した。

 

 

 

 

 

*1
おたから。銃火器どころかロケランまで内蔵されてるギター型武器。元ネタは言わずもがな映画「デスペラード」。サタスペにはアクション映画のパロディがこれでもかと詰め込まれているのでルルブを読むだけでも飽きない。買おう

*2
おたから。異性とひと悶着あった後にお互いがトリコになる。サタスペにはこんなものまで登場する。どうかしてるんじゃないの?




先達の方の作品を参考にしてはいるので、似たり寄ったりな展開にならぬように気を付けておりますが、キャラクターのチョイスとかが被りかねないのでひやひやしております。

キャラクターの掘り下げって案外むずかしいものですね。

以下今作オリジナル要素の解説コーナー
《サバト・クラブ》
ルークが今回の容疑者に挙げた組織。
元ネタはまんま黒魔女集会。

ハグレや戦争難民が大量にいるこの世界の治安について考えてみたところ、犯罪組織とかいっぱいいてもいいよねってことで軽率に生み出された。
今回ルークの回想に出てきた組織についても色々元ネタがあるので当ててみるのもいいでしょう。

次回も色々とフルスロットルな回になります。


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その15.そして姉妹は再会する

ちょっとやる気が飛んで行ったので初投稿です。
会話を回す上でエステルさんが便利すぎますねこれ?


「――はっ!俺は一体!?」

「目が覚めましたか?」

 

 気が付くと、そこには慣れ親しんだ拠点の天井。

 

 上体を起こして周囲を確認すると、視界の端からヘルラージュが覗き込んでくる。

 その紫の瞳からは、心配だという感情が読み取れ、若干の混乱が見られるルークを落ち着かせた。

 

 ――記憶にかかったノイズが晴れていく。

 そう、ハグレ王国は魔女の館より撤退したのだ。

 

 そもそも、どうして彼らが撤退する羽目になったのか、少々過去を覗く必要がある。

 

 

 魔女の館を突き進んでいくデーリッチ達。

 そこで彼女達はこれまでに最も手ごわい相手との戦いに臨むこととなった。

 

「ぼえん♪ぼえん♪ぼよよえーん♪」

 

 初っ端から混乱をまき散らす超音痴攻撃。

 対策を講じていなかった一行はこれをもろに受けてしまう。

 

「ぎゃああああああ!?」

「ぐおおおお、耳がああああ!!脳が割れるうううう!?」

 

 前衛落ちからの同士討ち。

 慌てて魔法系の仲間を前に出せばダメージによってあえなく戦闘不能に。

 

「ごふっ」

 

 ばたんきゅーと前衛がAパートも終わらぬ間に失神した。

 全滅である。

 ハグレ王国史で圧倒的敗北が刻まれた瞬間であった。

 

「う、うおおおおーっ!

 こ、こんなん駄目じゃーー!

 頭が割れる前に撤退じゃー!!」

 

 なすすべなく撤退するデーリッチ達。

 

 

 

 という訳で急遽対策会議が開かれることになった。

 

「一番の問題は混乱だ。耐性のあるエステルとベロベロスを前に出していこう。

 後は、そうだな。ジュリア隊長も状態異常に対しては強いほうだったね」

「事前に構えておけばなんとかなるだろう。

 とはいえ、耐性持ちが3人だけというのは些か不安ではないか?」

「だったらいい提案がある!」

 

 どこかテンション高めで提案するルーク。

 ローズマリーはいい予感はしなかったが、珍しい彼からの意見ということで聞いてみることにする。

 

「アレがなんであれ……歌なんだろ?

 だったら、音楽で対抗するしかねえ!!」

 

 ルークはエル・マリアッチを持ってきて対抗策を告げる。

 歌には歌。音楽には音楽。

 つまり……デスメタルにはロックだ!

 

「いや、なんでそうなる!?」

 

 当然だがツッコミも入る。

 この時点でローズマリーはルークの提案を聞いたことに後悔していた。

 しかし問題ない。

 

「ロックンロールは全てを解決する。昔旦那に教わった事がここで活きてくるとはな」

「活かされねえよ!明らかに法螺話じゃねえか!!」

「あーあ、まだ混乱が直ってないでちねえ」

「というか、(ヤク)でも決めたか?焦点が合ってねえぞ」

「気つけと称して月光草とメンタルナイスのブレンドを煽ったせいかと……。」

 

 ロックはあらゆるものへの解決方法なのだとガンギマッた目でまくし立てるルーク。彼は回復アイテムがれっきとした薬品であることをその身を以って証明してくれた。

 薬草系アイテムの過剰摂取や直接吸引はあまりお勧めできません。(byハグレ警察)

 

「真面目な話、あの歌をより大きな音で聞こえなくするぐらいしか解決策が見つからない」

「あっ、思ったよりまともな理由……」

 

 いきなり正気に戻って理由を語るのがより一層不安定さを感じさせる。

 ローズマリーはこの一件が終わった後、早急に薬物についての法令を定めることを決定した。

 そこに、エステルがこの作戦において一番重要な点について指摘する。

 

「ところで、お前ギター弾けるの?」

 

 楽器は、弾ける者がいなくては意味が無い。

 ルークは一瞬固まり、王国の面々をぐるりと見て、

 

「……エステル、パス!」

 

 ピンクに実行役を押し付けることにした。

 

「えぇ、私!?なんで!?」

「いや、この中だと一番ギター似合うからさ……。

 お前ならこのギターを使ってドラゴンとも戦える」

「どんな理由だッ!」

「そんなッ。以前『私の音楽がわからない奴はみんな燃えカスよ』って言ってたじゃないか」

「いや、言ってねえよ!?なんだその雑な発言の捏造は!!」

「そんなッ、エステルちゃん十八番の『情熱ピンク』のあの熱狂は夢だったんでちか……!?」

「夢だよ。何ライブ開催したことになってんだ私」

 

 勝手なイメージを押し付けられるエステル。

 彼らの頭の中には既にギターを掲げてポーズを決めたエステルの姿がありありと映し出されていた。

 

「まあまあ、とりあえずギター持てって」

「え、いや?うん?」

 

 言われるままにギターを受け取ってしまうエステル。

 

「そんで右腕掲げて」

「右足はしゃがんで」

「左足は伸ばして」 

 

 色んな人がポーズを指示し、空気に乗せられたエステルはその通りにする。

 

「ふむ、こんな感じ?」

 

「「「よし、それだ!!」」」

 

 ポーズを決めた瞬間、彼らはエステルの背後に炎が迸ったのを幻視した。

 控え目に言ってダサい。

 

「すげえな、まるでCDジャケットじゃないか」

「これはミリオン間違いないでち」

 

 世界一ダサいジャケットみたいなポーズを見て、これならばあの怪音波にも対抗できると確信する。

 

「え、そうかな……?そう言われると悪い気はしないな……」

 

 周囲の熱意に当てられ、エステルもやる気を出し始める。

 

「うーん、なんだか変な方向に話が進んじゃったなあ」

 

 奇天烈な提案が通るのはいつものことではあるのだが、王国参謀は少し心配であった。

 

「まあまあ。やるだけやってみようじゃないか」

「いけるかなぁ」

 

 

 

 

 

 

「いけたわ」

 

「ヤッフーッ!」

「イエー!」

 

 『ハードロックでデスボイス相殺』作戦は強行された。

 

 エステルの暑苦しいピンクロックンロールがスライミーズのデスヴォイスと反共鳴し、精神に異常をきたしかねない怪音から我慢できなくもない感じの騒音レベルにまで中和していた。

 

 ぶっちゃけ素人のエステルは聞きかじったノリでかき鳴らしているだけなのだが、何とかなってしまうのは流石主人公というべきか。

 ルークも悪ふざけで提案した作戦が通用したことに若干引いている。

 

 数ターン持てば良いほうだと考えていたが、十ターン完走したことは流石に予想外である。

 

「私たちの演奏についてこれるなんて……こんなところにライバルがいたのね」

「アンタたちの歌も、ハートを揺さぶってきたじゃない」

 

 一曲終えて満足気に健闘をたたえ合う両者。

 

 十三章というロード並みの長さを無駄に誇るスライミーズの歌を、エステルの爆炎ビートは打ち消し切ったのである!

 

 エアドラムの空しいビートをハーモニカが調律し、それをボーカルが台無しにする渾身の一曲と炎のロックンロールは、初めから決まっていたかのように相対し、全てをぶつけ合った。

 

「――などと言えば喜劇的ですね」

「いや、全部君の悪ふざけだからね?」

 

 目の前で起こっていたこの珍イベントをいい感じに解説してみようとするルークだが、ローズマリーの冷静なツッコミが突き刺さる。

 

「スカウトされたらあなたとユニット組むのも悪くないかもしれないわ。どう?」

 

 エステルに光るものを見出したドロリッチがアイドル業界に勧誘する。

 しかし夢は終わるもの。

 このわずかなひと時を凌ぎ合った仲なれど、先に進むために現実を突きつける時が来た。

 

「あーうん。それは無理ね」

「どうしてッ!?」

「だって下手くそだもん、あんたの歌」

「ガーン!?」

「ハーモニカとエアドラムはともかく、真ん中の歌がどうしようもなくダメね」

「ガガーン!?」

「後エステルのギターで聞けなくもなかったけど、それでも騒音レベル。

 君、歌が致命的に向いていないよ」

「ガガガーンッ!?

 いやーッ、認めたくないーー!!」

 

 エステルの酷評にローズマリーが追撃をかける。

 回復効果のハーモニカと効果なしのエアドラムがあっても、混乱付きダメージのボーカルで全ての評価は最底辺である。

 正確な評価にショックを受けたスライミーズはおまかせ装備にすると高確率で装備されることに定評のある名刺を置いていき、館から出ていった。

 もう出会いたくはないが、何故かまた出会う気がしてならない一行であった。

 

「はいお疲れ、いやー何とかなったな」

「まさかこんな作戦がまかり通るとは……、とにかくお疲れ様、エステル」

「エステルさんが引き受けてくれなかったら、立ったまま気を失っているところでしたわね」

「今回のMVPでちね。帰ったらハグレ王国の勲章を差し上げよう」

「ええ……、テンション戻ってきたわ。何やってたんだか私。

 あー、腕が痛いわ」

 

 慣れない演奏で精神力を使い果たしたエステルを後衛に下げ、一行は館の奥へと進むことにした。

 

 

 

 

 

 

 廊下を突き進んだ先、人形が所狭しと並べられた部屋に一行はたどり着いた。

 構造的に相当な奥に進んでいると思われ、パンドラゲートでメンバー調整済みである。

 

「うわっ、ここも人形だらけだな」

「ひいぃぃ……もう人形はたくさんでちぃ」

 

 ゾンビ人形に散々驚かされた一行にとって、動かないとは言え人形のひしめきあう様子は恐怖物だ。

 

 デーリッチやベルのような子供達は怯えているが、反対にローズマリーやヘルラージュは風景を冷静に捉えて落ち着いた様子だ。

 ヘルラージュが落ち着いた様子なのは彼らからしてみれば意外なことこの上なかったが、この館の事情についてやけに詳しいからだろうと納得していた。

 

「あれ?人形に包帯……?」

 

 ヘルラージュが部屋に入っていた時から感じていた違和感の正体。

 部屋の入口に近い場所、並べられた人形の中、()()()()()()()()()()()が一つだけ。

 

 そして、今最も部屋の外に近いのはデーリッチ。

 

「しまった!デーリッチちゃん!後ろですわ!」

「え?」

 

 警告するよりも早く、ルークは既に短剣を腰から引き抜いていた。

 

「どけっ!」

「ぎゃんっ!?」

 

 デーリッチを押しのけ、彼女の首元があった部分に刃を添える。

 金属同士がぶつかり合い、甲高い音が響き渡った。

 

「デーリッチ!?」

「おわーっ!何でちか!?」

「勘の鋭い奴だ。アンタが割り込まなきゃ一撃必殺だってのによ、オニイサン?」

 

 素早く後退した下手人の姿を、一行ははっきりと認識する。

 

 膝ぐらいの背丈、二つ結びの金髪。

 そして片目を覆った包帯と、屋敷の住人から聞いていた特徴とまさしく合致する。

 

「キャサリンか!?」

「そう、魔女様の次に偉いキャサリン様だ。あんまり時間が無いから、手っ取り早くバケツ三杯分の血を頂くぜ」

 

 そう言うなりキャサリンはナイフを手にして一番近くにいたルークに飛び掛かる。

 

「前衛!」

 

 難なく防御したルークは攻撃役に呼びかける。

 

「おうよ!」

「せやあっ!」

 

 マッスルの豪快な腕とアルフレッドの鋭い刺突による連撃がキャサリンを無力化せんと襲い来る。だが彼女からしてみれば穴だらけの攻撃だ。

 

「へっ」

「なっ!?」

 

 キャサリンは小柄な体格を活かして攻撃の隙間に潜り込む。

 いともたやすく連撃技の応酬を回避されたことに対して驚愕する二人。

 大して戦線から一歩離れたところで観察しているローズマリーは冷静に相手を分析する。

 

「見た目通り、回避は得意のようだな。じゃあ魔法で攻めていこう!」

「オッケー!」

 

 軌道の分かりやすい物理攻撃ではなく、魔法が効果的だろうと判断するローズマリーの言葉を受け、魔法メンバーが前衛と入れ替わる。

 

「ファイア!」

「サンダー!」

 

 エステルの炎やサイキッカーヤエの雷がキャサリンへと伸びていく。

 多少の追尾性を有する魔法は、高い俊敏さで逃げるキャサリンに追随し、命中すると思われた。

 

「おっとあぶねえ」

「……何!?」

 

 しかし、これすらもぎりぎりのところで避ける。

 これには流石のローズマリーも驚愕を隠し得ない。

 

 風や炎、冷気に雷と、目の前で発生した自然現象に明確な安全地帯というものはない。

 マナによって自然現象を超常的に引き起こすという原理上、魔法が回避されるという事象は起こりにくいのだ。

 しかしこのキャサリンはそれを悠々と躱したのだ。なんと恐るべき魔法の範囲外への移動を可能にする俊敏性か!

 

「そらよっ」

「ぐわっ!?」

 

 そしてナイフが空間を埋めるように何本も飛来する。

 高速で放たれる攻撃に防御姿勢を取る暇も無い。

 

 幸いにして戦闘不能に陥った者はいなかったが、奇妙な現象が発生する。

 

「なんだこりゃあ!?」

「う、動けない!」

「……動きが止まってますの?」

 

 マッスルとエステルの二人が攻撃動作に移らずに停止しているのだ。

 その表情や発言から自ら止まっているわけでは無い事は明白。

 一体どういう訳か。

 

「影に刺さったナイフだ!それが動きを止めている!」

「へえ、一瞬で見切るとはね。あんた結構頭いいじゃんか……」

  

 からくりを見破るローズマリーが、影からナイフを抜き取るように指示する。

 その聡明さにキャサリンは感心する。

 

「自分の手札を見破られたってのに、随分と余裕ですね?」

「生憎と、その程度で負けるつもりがねえんですわ!」

 

 ルークが煽ってみせるも、キャサリンに焦りの表情は見られない。

 

 ――影を介して発動する束縛系の呪術。

 魔女の力で動く人形である以上、こうした技もお手の物という事だろう。

 確かに厄介だが、拘束力は一瞬。

 後衛がカバーに回れば束縛されたままなぶり殺しに会うということはない。

 

 しかしキャサリンの真価はそこではない。

 最も対策を講じるべきなのは確定で命中することが基本である魔法攻撃すらも躱していく異常なまでの回避性能である。

 

(……このすばしっこさ、背の低さと言い、やっぱりこの前の奴で決定だな)

(ひゃーっ、こいつこないだ待ち伏せしてたやつじゃねえか。予想通り、ここまで追ってきたってことか)

 

 互いに互いの分析を終え、妙な因縁を感じ取った二人。

 戦闘スタイルも似ていることから、お互いを油断できない相手だと認識する。

 

「くれてやるよ伊達男!」

「ざけんな!」

 

 キャサリンの投げたナイフをルークの短剣が弾き飛ばす。

 部屋の中を縦横無尽に飛び回る彼女に一行は苦戦を強いられる。

 おまけに大量の人形が遮蔽物として機能しており、キャサリンがそこに隠れると狙いが付けられないのだ。

 

「おう、こっちだ人形さんよ!」 

「すまねえ、頼んだ!」

「回復するでち!」

「ええい、すばしっこいわね!」

 

「とにかく攻撃するしかないのだろうが……」

 

 今はニワカマッスルが盾となって攻撃を引き受けているため、多少は考える隙が出来ているがあまり状況はよろしくない。

 幸い耐久力は少なそうなので、一つ二つの決定打があれば勝負はつくだろう。

 

 問題は、その攻撃が当てられないことだ。

 

 このまま攻撃を続けて決定打を与えられるのを待つか、徹底的な対策を取るか。

 作戦を考える中、ちょいちょいと、ローズマリーの視界の端で何かが動くのが目立った。

 

「ん?」

 

 そっちを向けば、後衛に下がってきたルークがヘルラージュと共にローズマリーを呼び止めていた。

 

「マリーさんやマリーさん。ベルもこっちに」

「どうしたんだい?」

「ベル、この前作ったあれあっただろ?出してくれ」

「え、あれですか?」

「また悪だくみが始まりましたわね……」

 

 道具袋とは別の袋を漁り始めるベル。

 ヘルラージュは何やら心当たりがある様子。

 こういう時のルークの提案は、概ね彼の性格がにじみ出るようなものだと、彼女は知っているのだ。

 

「要点だけ伝える。まず俺はしばらくいないものとして扱ってくれ」

「……は?」

 

 ルークは手短に提案を伝えると、ローズマリーはその作戦とも言い難い内容に若干呆れた。

 かと言って、この状況を利用できるその提案を無下にもできなかった。

 

「作戦と言いますか賭けと言いますか……」

「……まあ、このまま無理に当てようとするよりは状況も好転するか。

 やるだけやってみるのもいいだろう」

「そうこなくちゃな」

 

 意地の悪い笑みを浮かべるルークを見てローズマリーは思う。

 彼は秘密結社のメンバーを応援する(Back Up)参謀の位置にいるが、どちらかと言えば相手の邪魔(Fuck Up)に特化した道化師だろうと。

 

「交代!マッスルはそのまま、アルフレッドはヘルちんと交代して」

「了解!」

 

「エステルさん、フレイムをお願いします!」

「任せて、特大のかましてやるわ!」

 

「デーリッチはTP貯めて、40ぐらいまで!」

「やけに具体的!?」

 

「はいはい、下がってきた人は作戦説明するね」

「……ええ?それマジ?」

「わかったよ。こっちも準備しておく」

 

「フレイム!」

「レイジングウィンド!」

 

 再び魔法による攻撃が開始される。

 竜巻に舞い上げられるように広がる炎は面を制圧するように、明らかに回避できる方向が限られている。

 

「へっ、隅に追いこんでやろうって寸法か?」

「いくらアンタがすばしっこくても、それなら避けられないだろ?」

「頭が回る輩が多いねえ。こっちも時間に余裕がねえんだ。行くぞッ」

 

 すばやい相手を制圧するなら、狭い場所に追い込んで回避できないだけの飽和攻撃を浴びせる。なるほど実際効果的で理にかなった戦法である。

 

 だがここをどこと弁えよう。

 この館はキャサリンにとってはホームグラウンド。

 

 そんな作戦をここで行うということはつまり嘗められていると言う証。

 

 ならばその狙いにあえて乗ってやり、壁を蹴っての立体機動で翻弄してやるとしよう。

 そう考え、こちらから誘う様に隅へと回避する。

 

 すぐに隅に追い詰められ。正面には牛男が立ちふさがる。横に躱せば魔法や特技で追い詰める算段だろうが、寧ろ鈍そうな目の前の巨体を遮蔽がわりにして奇襲をかけてやろうか。

 

 そう考えたところで、足にコツンと何かが当たる。

 

「あぁ?何だこりゃ?」

 

 戦闘で人形が散らばったのかと思い、事が済んだら片付けねばという考えと共についそっちに視線が向く。

 コロコロと部屋の隅に転がるのは一見するとただのガラクタだった。

 しかし、よく見れば金属の筒には中身が詰まっており、花火が付けられていることと言い、子供が作った工作品のような印象を受ける。

 なお、花火には導火線がつけられ、現在進行形で燃えているところだ。

 

 どうみても爆弾です。本当にありがとうございました。

 

「げっ!?」

「全員、目と耳を閉じて!口開けて!」

 

 轟音。

 閃光。

 

「ぐわっ!?」

 

 人形の身体とは言え、人の魂を憑依させている以上は精神は人間。

 つまり大きな音には驚き、眩しい光には目を閉じる。

 肉体的な反射とは別に、精神がそう反応するのだ。

 人形たちが労働を行っていることや、食事を行っていることなど、人間として扱っている要素をつなぎ合わせることによってそう判断できた。

 

 ……非常に不本意ながら、あの音響兵器が隔離されていたこともヒントになっただろう。

 騒音など、明らかに感覚が無ければ感じないものだ。

 

 

「味な真似するじゃないか」

 

 人形という先入観に囚われない戦法に、キャサリンは感心する。

 一行に掛けられたキュアスペシャルによってハグレ王国側は素早く戦闘態勢に復帰。

 隙を見せたと言わんばかりに、特技と魔法が雨あられと降り注ぐ。

 

 肉体的なダメージは無いとは言え、今のは効いた。

 回避力も低下し、次第に受ける攻撃が増えていくが、それでもまだ戦闘は可能だ。

 疲れ知らずのこちらが未だ有利。あちら側のリソースを削り切れればこっちの勝ちだ。

 

(……ん?あの兄ちゃんはどこ行きやがった)

 

 猛攻を回避しながら、つい先ほどまで刃を交えていた伊達男の姿が見えないことに気が付く。

 散々煽りに煽ってきた相手がいないことに多少意識が向いていたせいか、背後から忍び寄る者の気配に遅れてしまった。

 

「がっ!?」

「毒は効かなくても、クラッカーは効いたようですね」

 

 探す必要はない、こうして向こうから接触してきてくれたのだから。

 抱え上げられ、思う様に動けなくなる。キャサリンを拘束した男は上半身を抑え込み、腰に手を伸ばしてがっちりと関節を極める。

 

「あっ、おまえまさか」

「チェックメイトだ」

 

 ゴキン。

 

 関節を外した音が、人間のそれよりも小さく鳴った。

 左足の制御を失ったキャサリンは床に倒れ込む。

 

「ぐええっ!?」

「おらよ」

 

 手馴れた様子で続けざまに両肩の関節も外し、完全に無力化する。

 それを見て一行はようやく戦闘態勢を終了した。

 好き放題翻弄されたからか、その顔色には疲労の色が隠せない。

 

「よくやってくれた」

「いえいえ」

 

 ローズマリーがその腕前を称賛する。

 ルークは大したことじゃないように受け取りながら、耳栓を外した。

 

 ――作戦の内容はこうだ。

 まず、面制圧力のある魔法で動きを制限。

 次に閃光弾(フラッシュバン)を投げつけて状況を把握できなくする。その間にルークが人形の群れへと身を隠し敵の視界から完全に消える。ベルとルークが作った悪戯用のクラッカーを改悪した粗製な(サタスペ)武器ではあったものの、効果は万全であった。

 そして彼はそのまま派手に視界を覆う魔法の影に隠れて背後へと忍びよったのである。

 

 

「手際良すぎだろうが……。兄ちゃん、さては堅気じゃねえな……?」

「それはお互い様でしょう。

 こんな世界に生きてんだ。きれいな手のままって訳にもいかねえだろ」

「へっ、違いねえ」

 

 中指を立てて皮肉を語るルークにキャサリンは思わず同調する。

 こんなところも気が合うのだから性根が似ているのだろう。

 

「さて、魔女の話を聞かせてもらおうか!彼女はどこにい――!?」

「はろーえぶりばでぃ!」

 

 ローズマリーが問い詰めようとすると、部屋の時計から気さくな挨拶と共に飛び出してくる何か。

 一息ついたところの不意打ちに驚く一行をよそに、ゾンビカラスは既に敗北した同居人に声を掛ける。

 

「なんやキャシー。応援に来たのにもう負けてたんかいな~」

「うっせーな、朝から関節の調子が悪かったんだよ」

「せやから言ってるやろ。そろそろコラーゲン摂らな、あかんてー」

「高齢期かっ……!」

 

 呑気な会話に思わず突っ込んでしまうデーリッチ。

 

「おいおい、漫才を聞きに来たんじゃないぞ?

 それとも、魔女の下には君が案内してくれるってのか?」

 

 そんな団らんを聞いている暇もなく、ローズマリーが館の主についての情報を要求する。

 

「あー、魔女様?

 魔女様ならもうおるで?」

 

 

 

「……えっ?」

「はぁ!?どういうこったよ!?」

「あんたらが館で騒いでいるうちに、もう帰ってきとりますわ」

 

 驚く人形の声を後目に、からくり烏は説明する。

 魔女は既に学び舎から帰ってきている。

 なんならもうこの部屋にやってくるだろうと。

 

「あら、私に用事かしら?」

 

 背後から聞こえた声に、全員がそちらを振り返る。

 

 一行の視線が集中する先、部屋の入口には幼い一人の少女が立っていた。

 

「お、おかえりなさいませ魔女様!?ああっ、身体が動かねえ!」

「ただいま。あーあ。またこっぴどくやられてるじゃないの」

 

 外れた関節で必死に立ち上がろうとする人形を、少女は呆れた様子で見る。

 会話から察するに彼女が魔女なのだろうが、にわかには信じがたかった。

 

「これが、魔女だって……?」

「ランドセルかついでるでちー」

 

 一行は魔女の姿に目を疑う。

 切りそろえられた髪。白いワイシャツと赤い吊りスカート。デーリッチよりは大きく、ハピコよりも小さい背丈。背負った赤いランドセルから飛び出すのは縦笛(リコーダー)

 一見してごく普通の小学生にしか見えない少女が、この館の魔女であるというのだ。

 

「小学校に通ってる魔女?まさか冗談でしょ……って、どうしたのよ」

「……いや、何でもねえ」

 

 エステルに指摘され、ルークは無意識に後ずさっていたことに気が付いた。

 一行の中で彼は、目の前の少女が()()であることを、生存本能で理解したのだ。

 一方で魔女の方も、服装も種族も統一感のない来訪者の集団を訝しんでいた。

 

「それで、貴方達は誰なのよ?」

「……君を懲らしめに来た者達だよ。村の家畜を誘拐したり、血を抜いたりしているだろう?」

 

 

 

「家畜の誘拐……?

 ……あぁ、そうね。それがどうかしたの?」

 

 魔女はこれまでの犯行を肯定するが、問題と捉えていないようであった。

 

「それがって……。犯罪だろう、それは。今すぐに止めるんだ」

「死者は生者の法に縛られないわ」

「それはゾンビ人形たちの話だろう……!君は生きているじゃないか!」

 

 確かに目の前の少女は呼吸もしている。

 顔色も少し悪く見えるが、生きている人間の範囲内だ。

 

「まぁそのあたりは水掛け論になるからいいけど……」

 

 そこで、魔女の視線は、ハグレ王国がこの館に来る切欠となった女性に向いた。

 

「ねぇ、それより、思い出したわ。

 見覚えのある顔。貴方、ヘルラージュよね?」

「(……やっぱり顔見知りか)」

 

 沈黙するヘルラージュだが、それが肯定であるということは誰でも理解した。

 

「やっぱり……!

 面影が残っているもの!

 会いたかったわ、ヘル!」

 

 再開を喜んでいる魔女に対して、ヘルラージュの表情は暗い。

 

 

 彼はその表情を見たことがあった。

 それは彼女が冒険の目的を告げた時。自らの境遇について触れられた時。

 彼女はいつも、同じような顔で細々を話をしてくれたことを、よく覚えている。

 

 

 ヘルラージュはこの館の仕掛けについて詳しかった。

 それは自分も同じ術を用いるから。

 自分の実力より高度な術であっても、使い手を知っているのなら心当たりがあって当然だ。

 

 そして魔女を名乗る少女の顔が、どこかヘルラージュと似ていると感じたのは、気のせいではないのだろう。

 

 

 ルークはヘルラージュを見た。

 願わくば、自分の予想通りであってほしくないという想いを込めて。

 

 それを受けてヘルラージュはかぶりを振った。彼をこの場面に立ち会わせたことを、申し訳なく思いながら。

 

「姉さん……。やはり、生きていたのね……」

 

「死んでるってば、だからー」

 

 ヘルラージュの姉。

 いきなり現れた仲間の身内に一行は驚愕を隠せない。

 

 

 

「姉さんだって?」

「いや、どう見てもヘルちんより年下だろ……」

 

 しかし姉妹と言っても見た目が逆転していることは説明できず、困惑する一同。

 

「だから言ってるでしょう?私は死んでるの。……年を取らないのよ、もう。」

 

 軽快な口調とは裏腹に、悲しみを帯びて語られるそれを子供の戯言を捉えることはできなかった。

 

「ほ、本当にゾンビなのかい……?」

「その通りです……。

 彼女が私の両親と村の人たちを殺した、私の復讐相手……。

 

 古神交霊術。元第一継承者――。

 ミアラージュ。

 私の姉です」

 

「……っ!!」

 

「会いたかったわ、ヘル。ああ、こんなに大きくなって。ずっと待ちわびていたのに、全然会いに来てくれないのだもの。

 

 ――すぐにでも殺しに来ると思っていたのに」

 

 

 妖艶に細められたその紫色の瞳は、幾度となく見てきた彼女のものと瓜二つ。

 二人が血縁であることの紛れもない証明であった。

 

 

 ――認めたくはなかった。

 

 ヘルラージュが姉の話をしたとき、彼女は辛そうに話したが中には確かに喜びがあったから。

 憧れの姉だと言ったその言葉は、決して嘘ではなかったから。

 

 家族の事を話すのが辛い。

 それは復讐の動機でもあり、失った過去への未練を思い出させるからだと理解できた。

 

 だが、まさか。

 

 その姉が復讐相手と同一などと、果たして自分に想像できただろうか。

 

 あまりにも非情な運命に、ルークは奥歯を深く噛み締める。

 

「……見た目に惑わされてはいけませんッ!

 彼女はもう何人も殺しています。後戻りはできません……」

 

「それで、どうするの?今度こそ私を殺すって?」 

 

 試すような物言いに、ヘルラージュははっきりと立ち向かう。

 

「……貴方を土に還します。それが私にできる唯一の供養です」

 

 姉の不始末は妹が付けるのだと宣言して、秘密結社の頭目は不死者を睨み返した。

 

 ミアラージュは面白そうに笑った。

 それは不遜にも自分を滅しようとする愚か者をあざ笑ったのか、それとも臆病だった可愛い妹の意外な成長に喜びを隠せなかったのかは、この場にいた者では判断できなかっただろう。

 

「そう、ならいいわ。丁度三人、いやもっと多くの血が必要になってきたところだもの!

 キャシー!彼女達を丁重に奥に通しなさい!

 決戦は玉座だ!このような部屋に妹の血を流してなるものか!」

 

 そう言ってミアラージュは館の奥へと姿を消す。

 

「待ってるわ、ヘル!必ず来てよね!

 ――今度も逃げたら、もっと多くの人が死んじゃうかもね?」

 

 妹を試すように、期待するようにな口ぶりで挑発しながら。

 

 

 

 

「……本当に、待ってるから。止めて頂戴ね」

 

 最後の言葉(ほんね)だけは、誰にも聞こえないようにしながら。

 




次回予告

???「現れたミアラージュはなんとヘルラージュの姉にして死の淵から蘇ったデッドマン!!ヘルちんの口から明かされるラージュ家の悲劇!
過去を乗り越えるべく、寄り添うは秘密結社の絆!少年の想い!
いやー、私はロマンスって大好物よ!

そして乱入してくるのは驚きの……!?
魔女の館編もいよいよ大詰め!
16話『ミアラージュの幽鬱』。
次回も見てちょうだい!
あと、感想とかもくれるとモチベーションの向上になるようだね!

――え、私は誰かって?
それはお星さまにでも訊いてみるこったな!!」


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その16.ミアラージュの幽鬱

あばばばばば!?

失礼。
どういう訳か日間ランキング14位を獲得し、UA数ももりっと増えてお気に入り数が倍になったことに驚きを隠せない作者です。
多くの人の手に取ってもらえたのなら、それだけで幸いです。

では、今回も非常に調子に乗った回です。

羞恥ブレーキをぶっ壊して書いたのでお楽しみに。


「これまでにも説明したように、魔法には数多くの分野、体系があるわけで――」

 

 小学校で授業を受けながら、自分の事について考える。

 

 ――私、ミアラージュという命は穢れている。

 

 物心ついたころより古神交霊術という黒魔術を学んできた私は、幼くして人の業とでも呼ぶべき悪に呑まれ落ちた。

 しかし、その才を惜しんだ両親の手によって骸のまま息を吹き返し、他者の精髄を糧に再びこの世を生きることとなった。

 

 現世に呼び戻した両親は生きてはいない。

 他ならぬ私がその生を断ったからで、今の身体はその二人の血によって維持されている。

 

 五年以上前のことではあったが、優秀な魔術師であった彼らの魔力は潤沢で、皮肉にも今の私を今日まで生きながらえさせるのに不足はなかった。

 

 とは言え、それも尽き欠けようとしているのだが。

 

 数日も経てば、私の身体を維持する魔力は枯渇し、この身体は瞬く間に土くれへと変わるであろう。

 

 それは当然の結末だろう。

 死んでいるものが崩れ落ちるのは、自然の理であるからだ。

 

 しかし、だからと言ってこのまま塵に還るわけにはいかない。 

 

 醜く第二の生にしがみつこうという訳ではない。

 ただ、やるべきことが残っているのだ。

 

 両親の血が最後の食事などと覚悟しておきながら、彼女たちのささやかな捧げものに気づかないふりをしているのも、やらなければいけないものがあるから。

 

 ――私の望みは、ただ一人生き残った最愛の妹ヘルにその生を断たれること。

 

 自らの存在と共に、その血の呪縛が消え去ることを目的として、私は死者の群れを率いてあの子を待ち続けている。

 

「魔法を学ぶには、この帝国なら帝都の大学に入学して、魔法学基礎を受講するのが手っ取り早い道だ。そこから召喚術について学ぶなら、召喚士協会に加入する。治癒魔法なら、医療隊に入隊するというように、魔術師としての専門性が分かれるわけだね。

 また、そういった道とは別に家が魔法を研究しているといった場合もある。それなら家庭内での教育で小さい頃から身に着けていくことになる。こうした場合は、皆もあまり知らないタイプの魔法魔術を研究していることも多いから面白いね。まさしく一子相伝だ」

 

 特別講師である()()が、魔術師の家系について教えている。

 

 ――私の専売特許として、無機物に死霊を憑依させることができる。

 

 降霊術を研究していた家に生まれたからか、私はもとより霊的な存在に対する親和性が高く、当然のようにそれらを意のままにすることができた。

 

 霊を降ろす依り代は主に人形だが、その気になれば人型から離れた器物に自我を与え、生物として稼働させることも可能だ。

 

 数ある降霊術の中でも、そこまでできる術者はそういないだろう。

 

 即ち、自分こそが自らの家系の中での最高傑作であり、ミアという存在がヘルの心にいる限りは、ラージュという呪縛はあの子の中にあり続けている。

 

 そのような重荷を、あの子に背負わせるなどあってはならない。

 

 闇に生きる自分に光を与えてくれたあの子は、光の中で生きるべきなのだ。

 

 

 

 

 

 ――とはいえ、いつ戻ってくるのかわからないあの子を、齢十前後の肉体で止まったままの自分一人で待ち続けるというのも色々と無理があるわけで、それまでの生活を浮遊霊たちと供養を兼ねて過ごしているのだ。

 

 

 自分がねぐらとしている館の掃除や料理は、そうした霊を憑依させた器具を専属で雇わせている。

 

 未練のみでこの世に留まっている自我の希薄な人形たちを一斉に管理するためとはいえ、回復の遅い自らの魔力を消費することは決して善いこととは言えないが、彼らを拾い上げた術者としての責務だ。それに費やされる血と罪は自分が背負えばいい。

 

 館の要職に就いている彼らと家にいる多数のゾンビ人形の違う点は、私が彼らの感覚をその気になれば把握できるということだ。

 

 憑依させた後は自意識に任せっきりのゾンビ人形たちとは異なり、私が直に魔力で動かしているからこそできる芸当で、学校にいる間も館の様子は認識することができる。

 

 だから侵入者が来ようものなら、すぐにでも駆けつけることができる。

 

「――」

 

 久しぶりに起こした箒から、来客の報せが入った。

 

 相手は家畜の変死について魔女を探しに来たということ。

 名前は知らないようだが、正体については当たりがついた。

 確信と言ってもいいだろう。

 

 ……その時を告げるように、鐘が鳴った。

 

 授業の終わりを告げるそれが、今の私には自らの終わりを示しているように聞こえた。

 

「さて、本日はここでおしまいだ。

 宿題として、この紙に軽く感想でも書いて、明日提出すること」

 

 丁度いい。

 今から帰れば、あの子と鉢合わせることもできるだろう。

 

 だから、ここで切り上げる。

 

「ごめんなさい。私、今日はここで帰らなくちゃいけないの」

 

 多くの血に濡れた平穏を捨てる覚悟。

 

 自分を取り巻く全てが終わる時を惜しく思いながら、

 しかし踏みとどまることはせずに、

 終わりへの一歩を踏み出すことにした。

 

「ミアちゃん。またねー!」

 

 ――かけられた声。

 

 数か月、ほんのひと時だけ、友人だった子。

 それは仮初の日常なれど、確かに私を構成していたものの一つだった。

 それも、今日で終わりだ。

 

 だと、言うのに。

 

「……ええ、また明日」

 

 無視して帰ればいいものの、そんな返事をしてしまった。

 幼い学友たちを騙すことに罪悪感を感じつつ、

 しかし真実を伝えることもできずに、叶いもしない約束をしてしまう。

 

 なんという足枷、

 

 なんという感傷、

 

 しかし、それがこの穢れた身体に残った人間性なのだろうと考えると、少しだけこの未練が嬉しくも思えた。

 

 それでも、私は踏み出さなければならない。

 さあ、清算をする時だ。

 

 最愛の者の手で自らの命を終わらせる。

 

 それがこの私、ミアラージュに許された、ただ一つの結末だ。

 

 

 

 

 

 昼休みの教室。

 

 隣の席の生徒が、ミアラージュの机から何かを発見する。

 

「せんせー、ミアちゃんが忘れ物していったよー」

 

 それはつい先ほど宿題として提示されたレポート用紙。

 発見した生徒は珍しいなと思っていた。

 彼女は遅刻も欠席もなく、忘れ物をしたこともなかったのだから。

 

「何だって?彼女の家を知っている子はいるかい?」

「ううん。誰もミアちゃんの家に遊びに行ったことないし。

 一緒に帰ってもすぐに別れちゃうから」

 

 放課後での繋がりが薄いミアラージュではあるが、人当たりが良く年上のお姉さんのような安心感をもって接することのできる彼女を避ける子は少ない。だからこそ級友も彼女が物を忘れていったことを自然に先生へと伝えた。特別講師という肩書きだが、むしろこの状況なら適任である。

 

「そうか、では先生が直接渡しに行くとしよう。

 丁度今日の予定はこれで終わりだからね。

 知らせてくれてありがとう」

 

 そう言って教師は生徒の頭を撫でる。

 生徒もご満悦だ。

 

「えへへー」

 

 

 

 

「では手始めに。『お星さまの言う通り(アストロ・ガイド)

 

 杖を取りだし呪文を唱え、天体球(ホロスフィア)をじっくりと見る。

 

「――『後をつける』か、『出待ちする』か。

 

 う~ん、待つにしてもどこで待つかを示してくれないか。

 では、素直に後を追いかけるとしよう。どこに行ったかぐらいは自分で調べられるしね」

 

 星辰が示した二つの曖昧な選択肢。

 彼女はその中から比較的明確な前者を選択した。

 

「さてと、『白き翼を広げよう(キャッチ・アップ・ユー)』」

 

 ポウ。と蛍光色のラインが浮かび上がる。

 教師の視界には、ミアラージュの希薄な魔力の痕跡が映し出されているのだ。

 

 たったそれだけの魔術だが、それだけのことを実現するための理論は決して簡単なものではなく、彼女が相当な魔術の腕を誇ることが見て取れる。

 何を隠そう、この女性は帝都から特別講師として訪れている召喚士だった。

 

「って、村から出てるじゃないか。

 仕方ないな。のんびり後を追うとしよう」

 

 白い髪を後ろにまとめ、眼鏡の位置を直しながらアルカナは足を進めることにした。

 

 

――演者たちの合流まで、後僅か。

 

 

 

 ◇

 

 

 

「……どういうことなんだこれは!?ここに来る前から、君には分かっていたのか!?」

 

 最奥で待つ。

 そう言ってミアラージュが消えた後、立ち尽くすヘルラージュにローズマリーが問い詰める。

 彼女が異様なまでに依頼への意欲を示した事、館の仕掛けに詳しい事、これまでの不審な点は、あらかじめ知っていたのならば説明が付くからだ。

 

「……ここから先は私、一人で行きます。皆さんは先に拠点に戻っていてください」

「ヘルちん!?」

 

 説明に応じず、一人で事を進めようとするヘルラージュに、思わず怒鳴り声をあげてしまうローズマリー。

 

 それをデーリッチが嗜め、改めて説明を要求する。

 これは最早自分一人の問題ではないのだぞと。

 

「彼にはこの事を知らせたのか?」

 

 ローズマリーは、唯一ヘルラージュと昔から行動を共にしていた男が、この複雑な事情を把握していたのかを訪ねる。

 

「いえ、殆ど。姉の存在を知らせた程度です。それが仇と同じまでは言ってません。

 

 ……言えるわけ、ないでしょう……!!」

 

 ヘルラージュの押し殺すような声に、非難の声を上げる者はいなかった。

 果たして自分の身内が仇になった場合、親しい人物にそれを打ち明けられるかなどと言われて、はいと答えられることの方が少ないだろう。

 

「……」

 

 ルークは黙ったままだ。

 

「私達は秘密結社ヘルラージュでち。それとも、こんなものは嘘の絆だったんでちかね?」

「そ、そんなことは……」

 

 秘密結社は四人の絆。相談もなしとは水臭い。

 そして王国で悪事を覚えると言った手前、道半ばで手放すなど許さんと国王が言った。

 

「四人一緒でちよ?

 一人でなんて行かせないでち」

 

 仲間外れこそが何よりの不義理。

 王国の依頼として受け入れた時点で、既に一人の問題ではなくなっているのだから。

 

「だから、ね?話せることだけでも話してくれないでちか?」

 

 ハグレの王国、その頂点に立つ幼き王は、そう言って笑いかけた。

 普段通りの、お日様のような笑顔で。

 

「……なかなかお上手ですわね」

 

 ヘルラージュも毒気を抜かれたのか、観念したように話し出す。

 

「ローズマリーさん。ごめんなさい……。

 薄々は感づいておりました。

 

 最初か確信を持っていたわけではありませんの。

 ただ、似ているなって……」

「似ている?」

「血を欲しがるところが、昔見た姉の症状とそっくりだった……」

 

 そしてヘルラージュは語る。

 

 ラージュ家に起こった悲劇を。

 

 彼女の、暗い旅路の幕開けを。

 

 

 

 ……ラージュ家の顛末。

 

 天才として期待を一身に引き受けた姉と、その影に隠れていた妹。

 

 あらゆる術を瞬く間に身に着け、一族の歴史でも比類する者無き最高傑作であったミアラージュ。

 早々に才能を見切られ、令嬢としての躾け以外は普通の子として育てられたヘルラージュ。

 

 対照的な二人ではあったが、故に互いの足りない部分を埋め合うように、非常に仲睦まじい日々を過ごしていた。

 

 しかし古神交霊術とは古のまつろわぬ神々を呼び出す黒魔術。

 死の世界を見る以上は、死に近づくのは必然の理。

 

 故に誘惑を、呪詛をはねのけるだけの精神が不可欠となるのだが、

 才能に目がくらんだ両親によって常軌を逸した修行を課されていたミアラージュは、しかしその技量の成熟と対比するように幼い精神が追い付いていなかった。

 

 訓練の最中に術式が暴走したミアラージュは、そのまま眠るように息を引き取った。

 

 ミアラージュというかけがえのない人間を失ったことに、家族の皆が悲しみに打ち震えた。

 

 だが、それだけでは済まないのが魔術師というものの性。

 

 長女がいなくなれば、次女に白羽の矢が立つのは当然のことだった。

 

 代替品でもいい。姉のいた証を残したい。

 ヘルラージュは両親の代わりに愛してくれた姉のようになるべく、交霊術の訓練にひたすらに励み、後継者として恥じぬだけの才能を発揮し、一人前の魔術師として恥じぬだけの実力を身に着けていった。

 両親も五年、六年経てば笑顔を取り戻した。

 

 ――よかった。

 私でも継承者としての責任を果たせるのだ。

 ヘルラージュはそう自負し、より一層修行に励んでいった。

 

 

 

 ――だが、一度目がくらんだ人間というのは盲のまま。

 

 ミアラージュという最高傑作を事故で失った程度で、両親は諦めをつけることなどできなかったのだ。

 

 幸いにも、自分達には失った者を取り戻すための手段がある。

 死者を呼ぶのであれば、そのまま現世に留めおくことも不可能ではないだろう。

 

 そうしてヘルラージュを継承者として育て上げる一方で、両親はミアラージュを蘇生するための術をっ研究し始めた。

 笑顔を取り戻していたのは、死者蘇生の術の完成が近づいていたから。

 

 そうして、交霊術の奥義『黄泉還り』は行われ、ミアラージュはこの世界に再び生を受けた。

 

 当初はその事実に戸惑いながらも、元の家族の形を取り戻すことができたことにヘルラージュも喜んだ。 

 

 ――だが術は完全ではなかった。

 そもそも死したものの霊を降ろす術から発展したかの奥義は、死を癒して生を与えるものでは無かったのだろう。

 ミアラージュの肉体は飽くまで死体であり、故に生者ではなく死にぞこない(ゾンビ)であった彼女は、日に日にある者を求めるようになった。

 

 それは生き血。

 

 その異常行動を鎮めるため、最初はペットが犠牲になった。

 

 それが消えれば、今度は村の家畜が消えた。

 

 それでも足りなかったのか、礼拝堂から死体が消えた。

 

 ――それらの骨は裏庭から見つかった。

 

 やがて屋敷から死後幾ばくも無い死体までもが発見され、ミアラージュを諫めていた両親も、最早止められぬと覚悟を決め、彼女を止めるべく立ち向かった。

 

 始めは言い争いだったのだろうが、それで解決するはずも無く、実力行使による大きな音が何度も鳴り響いた。

 

 ――轟音が止み、静寂が訪れた。

 

 全てが終わるのを震えて待っていたヘルラージュが姉の部屋で見たのは、両親の生首を持って笑う姉の姿だった。

 

 最善は、あの場で自分も立ち上がり、狂った姉を討つことだったのだろう。

 だができなかった。

 

 狂っても最愛の姉だったからか?

 

 ――違う。

 

 

「私はただ、怖かった。

 

 怖くて、逃げてしまった――」 

 

 恐怖から逃げた。その後悔の念と共に涙を零す。

 どうしようもなく臆病な自分が、ただただ嫌になった。

 

 そうしてヘルラージュは旅に出た。

 

 最初はただ生きることだけを考えた。

 

 冒険者として生きるだけの実力はあるものの、それ以外の世渡りの知識などほとんどなく、あるとすれば話を聞いていたら勝手に人が手を貸してくれる程度のもの。

 それでも何とか生きることができた。

 愛想を振りまくという稀有な才能こそが、彼女を生かし続けたのだ。

 

 彼と出会ったのは、そこから二年ほど経ったころの話だ。

 

 ある魔物退治の依頼で組んだことがきっかけで、行動を共にし始めた。

 

――彼は自分に足りない力を全部持っていた。

 

 命の危険を顧みないだけの胆力。

 本音と嘘、その両方を扱えるだけの強かさ。

 時に非道をもためらわない決断力。

 悪でありながら、同じ悪のみを相手にする義侠心。

 ……自分の事を心配してくる癖に、彼自身もどこか間の抜けている愛嬌。

 

 そして、悪事を成し遂げられることを、決して誇ろうとはしない善性があった。

 

 ただの悪党であれば、恐らくは早々に決裂があっただろう。

 

 彼が善人とは程遠い人物であることは理解していたが、それでも不思議と信頼できるだけの何かがあったのだ。それはきっと、義理堅さ、生真面目さといった彼の生来の部分だ。だからこそ、彼女も信頼を寄せることができた。

 

 そうして二人で得意な部分を分担することで、日々の時間にもある程度の余裕ができた。

 

 余裕ができて、復讐のためにどうするべきかを考え始めた。

 

 だから秘密結社を立ち上げた。

 漫画に出てくるような、悪逆非道の秘密結社を。

 そうすれば、非道な人間になれる。

 仇を討つために、どのような手段でも選ぶことができるように。

 

 

 

「以上が、私が彼女を追っている理由です……」

「そうか……」

 

 事の顛末を語り終えたヘルラージュ。

 

 想像を絶する壮絶さに、王国の皆はかける言葉も見当たらない。

 ただ、彼女が悪にこだわった理由。

 その決断に至るだけの重さを、強く噛み締めた。

 

「どうでしょう……。まだ、こんな私に力を貸してくれますか?」

 

 今度こそ逃げるわけにはいかない。

 故に手段は択ばない。

 

 ヘルラージュは恥を承知の上で頼み込む。

 みんなの力が必要だと、どうか手を貸してほしいと。

 

「良いのかい?君はもう一度、いや、今までで一番嫌な思いをしなければいけない。それでも、出来るのかい?」

 

「やりますわ。今度こそ、逃げません!……逃げられません!」

 

 最愛の姉に、再び死を。

 その目は決意に満ちていた。

 

「そうでちか。なら、もう何も言わなくていいでちね。皆もそうでちよね?」

 

 応!と仲間達からも力強い言葉が返ってくる。

 きっと、この場にいない者達も、同じように答えてくれるだろう。

 

「(嗚呼、私は、素晴らしい仲間に恵まれました)」

 

 ヘルラージュはただただ感謝した。

 こんな自分にはもったいないぐらいの、輝かんばかりの仲間達に。

 

 これより始まるのは秘密結社の大一番。

 過去最大の作戦となるだろう。

 

 そして、彼女が最後に伝えるべき言葉が、ただ一人に残っていた。

 

「ようやく決心したか」

 

 沈黙を貫いていた男が口を開いた。

 

「ええ。皆のおかげで。

 そして貴方には、改めて言わなければなりませんね」

 

 ヘルラージュは最初の仲間に顔を向ける。

 

 最初から、それこそ仲間を得た時から、決着は自分一人でつけるのだと心に決めていた。

 いくら死者であり、殺戮に狂ったとはいえども、家族殺しの業を他人に背負わせるなどヘルラージュは選べなかった。

 

 それが彼ならば尚更である。

 数年前、この身一つで旅に出た頃。助けとなってくれる人はあれど、決して優しくはない世界。姉に並ぶために身に着けた魔術を駆使して日銭を稼ぐ中で、彼には出会った時から助けられてばかりだった。

 

 彼からは様々な事を教わった。

 悪とは言えずとも、ほんの少しだけずる賢くなれた。

 

 彼と共に過ごす時間は楽しかった。

 時には取らねばならない、しかし自分にはできない手段(あくぎょう)を彼は引き請けてくれた。

 

 感謝してもし尽くせないほどの恩がある。

 

 ――仲間たちの力を借りることを決めた。

 

 だからこそ、今ここで言わねばならない。

 彼には、特別に尽くさねばならない礼儀があった。

 

「……貴方と旅をしてきた理由がここにあります。

 ルーク君。貴方も力を貸してください。

 私と一緒に、戦ってください。

 お願いします!」

 

 ヘルラージュは深く頭を下げる。

 最大の敬意を示し、その上で助力を願う。

 

「……」

 

 彼が彼女にかける思いは王国の誰もが知っている。

 値打ち物には目ざとく、損得にはうるさいくせに、割に合わない作戦や、一銭の稼ぎにならない活動にも不平不満を漏らさず参加していた。

 

 だから、悪態をつきつつもすぐに了承すると考えていた。

 

 だからこそ、その答えは誰にも予想できなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「嫌だね」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……えっ?」

「嫌だと言ったんですよ。聞こえませんでしたかこのバカリーダー」

「なっ……!」

 

 ヘルラージュの懇願をルークは一蹴する。

 皮肉ですらない、あまりに率直な罵倒。

 これには流石のヘルラージュも悲しみを通り越して怒りを露にした。

 

 仲間達からも非難の声が挙がる。

 

「おいルーク!てめえそりゃどういう了見だ!!」

「ちょっと!?断るにしても流石にそんな言い方はないだろ……!!」

「ここまで来て全部蹴っ飛ばすってか!?見損なったぞ!!」

「どういうことですかルークさん!説明してください!」

 

 しかしルークは表情一つ変えずに、ヘルラージュと顔を向き合わせる。

 

 懇願を否定された怒り。

 ついてきてくれない悲しみ。

 巻き込まなくてよいのかという喜び。

 

 あらゆる感情はないまぜになって、ただ問いだけが口に出る。

 

「……どうしてですか」

「貴女が何にもわかってないからですよ。全く、ここまで自覚がないとは怒りを越して呆れ返る」

「貴方の為を思ってこうして頼んでいるのに、どうしてそんなことを言うのですか!」

 

 普段の様に指示を出すわけにはいかない。

 いつもの秘密結社活動のように勝算があるわけではない。むしろ分は悪いだろう。

 本当に、命の危険だってあるのだ。

 

 だからこそ、ついてきてくれると信頼している彼にも筋を通すためにこうして頼み込む真似をした。

 

 だと、いうのに――

 

 

 

()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

 

 ――その一言で、全部が吹き飛んだ。

 

 

 

「え?」

「貴女は秘密結社ヘルラージュのリーダーだ。

 だったら、副リーダーの俺を付き合わせるのにお願いなんてする必要ないんだよ。

 

 ――ただ命令すればいいんだ。いつも通りに『ついてこい』って。

 その一言だけで、俺は動いてやる」

 

 

 『彼女に最後まで寄り添う』

 その誓いは不変。 

 

 だからと言って、ただはいはいと頼みを聞き入れるなど悪党としてのプライドが許さない。

 

 それが最も大事なお願いとあらば猶更だ。

 

 誠意には誠意を、無法には無法を。

 

 ――いつもいつも、振り回されるのは自分の方だ。

 悪だくみに付き合わせることもあったが、それにしても大元の発端は彼女であった。

 

 ここまで自分を強引に巻き込んできた以上は、それに相応しいだけの気概を見せてもらいたいとルークは考えていた。

 既に命を預けているのだから、そう振る舞えばいい。

 

 つまりこれは、いつもと変わらない意趣返しだ。

 

 

 普段通りやれと言う、彼からの願いだ。

 

 

 ――ああ、そうか。

 

 

「……ついてきてくれるのですか?こんな私に」

 

 秘密結社を立ち上げたのは、姉の業に対するだけの悪徳を積むため。

 その理由は決して間違っていない。

 

 だが――

 実際の所、私は側にいてくれる誰かを、

 

 彼との関係を、私は明確な形で求めていたのだろう。

 

「ああ。一生ついていってやる。

 それこそ地獄の底までな」

 

 涙が止まらない。

 

 こんな自分の、側にいてほしいという願いを受け入れてくれるのだ。

 どうしようもない臆病者の隣にいたいと、言ってくれるのだ。

 

 ならば、それに応えるのが正真正銘の礼儀というもの――!

 

「……だったら!

 

 私についてきなさい!

 この復讐に!何も得るもののないこの戦いに!

 貴方は私の側で、死ぬ気で戦いなさい!

 そして絶対に生き残りなさい!

 秘密結社の【面子】にかけて、これは命令です!

 答えなさい、ルーク!」

 

 溢れ出す感情のままに命令(こくはく)する。

 答えはすぐに返ってきた。

 

「――嗚呼!

 

 お前を馬鹿にする奴は問答無用で潰す!

 秘密結社を嘗めた奴は徹底的にぶちのめす!

 それが悪党の役目だ、俺の仕事だ!

 その命令を承知した。リーダー・ヘルラージュ!」

 

 男も負けじと啖呵を切る(くちづけをかえす)

 

 ――返せない恩があるのはこちらのほうだ。

 

 失った青春。

 乾いた日々。

 遠ざかる夢。

 

 色を失った世界から自分を救い上げたのは他ならぬ君だ。

 

 だから自分の居場所はそこなのだと、高らかに告げる。

 

 ここがいいのだと、魂で叫ぶ。

 

 こんな自分を相方として選んだ君の隣で、君の悪を代行することをここに誓おうーー。

 

 

 

 決意に満ちた紫眼と、不敵に笑う翠眼。

 

 双眸は見つめ合わせ、互いの意思を確かめ合う。

 

「……ぷっ」

「……へっ」

 

 沈黙を破ったのはどっちからだったか。

 似合わないことをしたなと、互いに笑いが漏れる。

 

「ありがとう」

「こちらこそ」

 

 

 その何の飾り気も無い言葉こそが、紛れもない本心だった。

 

 

「よし!それじゃあ行こうじゃねえか!リーダーの姉貴ぶっ飛ばして、拠点で盛大に祝おうじゃないか!」

 

 いきなり始まった盛大なロマンスに固まっていた王国の面々は、その一言で我に返った。

 

「……そうだな。ヘルちんが臆病者でないことを、彼女に見せつけてやろうじゃないか!」

「にっしっし!それでこそでちね!ルーク君、板についた悪役っぷりでちたよ!これならヘルちんが悪党になれる日も近いかな?」

 

 秘密結社の戦闘員二人は、その意気だと前に出る。

 

「いやー、それにしてもやるじゃねえかルーク。すまねえな、ひどいこと言っちまって。あんなに男らしい告白、俺でも惚れ惚れするぜ」

「言っとくけど、真似するんじゃないわよマッスル。普通なら最初に断わった時点で平手打ちされておしまいだからね?まったく、デリカシーってもんが欠けてるわねアイツ」

「やれやれ。どうなることかとヒヤヒヤしたよ。それに女性にあんなこと言うのは、僕もちょっと頂けないかな」

「というか見てるこっちが恥ずかしいわ。ほら、ベル君なんてテレパシーでもないのに共感性羞恥でオーバーヒートしてるわよ」

「……ぷしゅー」

 

 そうでない者達も、王国の仲間を見捨てたりはしない。

 ただ、彼の女心を考えないやり方には少々呆れていた。

 

「しかし、あんなの明らかに告白のやり方じゃないでしょうに。

 どこでそんなの覚えてくるのさ」

「……ヘルの読んでた漫画。そこに出てくる組織のトップが、部下に命令を下すシーンだよ。あれがきっかけで秘密結社ができたようなものだからな」

 

「へー。ふーん。へー。」

「何だよその雑な反応は!!」

 

「いやべっつにー?」

 

 エステルはにやにやと笑みを浮かべ、今後は彼を弄る際の鉄板ネタが出来たと思った。

 

 そして彼らは館の奥、儀式の前へと足を進める。

 

 何もかもをすっきり終わらせて、皆で帰るために。

 

 

 

 

 

 ……はて、何か大事なイベントが欠けたような?

 

「あのー。オレ、忘れられてない?」

 

 関節を外されたまま放置された人形が、一人呟いた。

 呼び止めようにも既に声の届く距離にはおらず、唯一動く片足であがいてみるも、殆ど動くことは叶わなかった。

 

「……ちくしょう。このままじゃ魔女様も妹さんもロクな結末にならねえ……!!」

 

 彼らの心意義は素晴らしいが、そもそも前提が間違っている。

 全てが終わる前にそれを訂正しなければ、取り返しのつかない後悔が残る。

 

「おや、呪物とは珍しい」

「!?誰だアンタ」

「少しここに用があるだけの者だ。主人が帰ってきているはずなのだが、ミアラージュはどこに?」

「……まあいい、この際誰だって構わねえ。頼む、魔女様の元に案内してやるから関節を嵌めてくれ。見ての通り動けねえんだ」

 

 その人物は部屋を見渡し、館の奥に続く通路で視線を止めた。

 

「……いいよ。概ね何が起こったのかは把握した。

 全く、こんなに焦がすとはエステルも派手にやるものだね」

 

 

 ――星術師アルカナ、少々遅れて到着。

 どうやら王国の忘れ物も、彼女が拾うことになったようだ。

 

 

 

 




ロマンスとか書けるわけないでしょ作者の恋愛は1ですよ!?

DD「じゃあ二人には互いの【トリコ】を代償に書き込んでね」

こんな告白現実でやったら最初の段階で振られること間違いなしなのでみんなは真似しないように。

次回予告
ヘル「姉さん、行きますわ!!!私達の力を見せてあげます!!!」
ミア「ならば見せてみなさい!!!」
ルーク「行くぞッ。これが僕たちの絆の証……愛と正義と欲望のトライアングルフラッシュだ!!!」
ミア「ゴフッ。見事だ、光の者達よ……」
マリー「え?ちょっと!?台本と違いません!?もっとこう、皆の力とフォーメーションを駆使したような……」
ヘル「ルーク君、例のものを」
ルーク「これでどうか内密に……」
マリー「買収!?そこまでする!?」
???「そして次なる戦いの舞台はなんと宇宙!立ちはだかるは暗黒大王ハインリヒ!」
マリー「ちょっと!?貴方の出番はあと数話はかかりますよ!?」
???「え、デジマ?ちょっと早まってしもうたか……」
ヤエ「次回、スペースヤエちゃん第45話『ギャラクシーエクスプレス666』来週も、見て頂戴!」
マリー「タイトルまで変わってるじゃないですか!もうめちゃくちゃですよ!!」

アルカナ「畜生!乗っ取られた!」


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その17.姉妹、睦まじく殺めよ

2000UA到達ですってよ。
こんなマイナー原作に加えてTRPGというさらに人を選ぶ要素までつぎ込んだ拙作を見てくれる方々には感謝しかありません。

では、決戦回です。


 魔女の館。祭儀の間。

 

 秘密結社及びハグレ王国は、冥界に繋がる下り坂めいて長い通路を越え、その部屋に足を踏み入れた。

 そこで、彼女は堂々と待ち受けていた。

 

「いらっしゃい、ヘルラージュ。よく逃げなかったわね?」

 

 ミアラージュは部屋に入ってきた者の姿を見て、僅かに驚愕する。

 

 先ほども顔を合わせた妹、ヘルラージュの表情、雰囲気が先ほどとは別人のようになっていた。

 実の姉に対する迷いを捨て、その目には決意が満ちていたのだ。

 

 それは記憶に残るものとは正反対のもの。

 

 影に怯え、自らの後を追っていた妹の姿とは似ても似つかないものだったが、それが今のミアラージュにはこの上なく喜ばしい。

 

(この僅かな間で、成長したのね)

 

「姉さん……いいえ、ミアラージュ。私はラージュ家の第一継承者として、貴女を討ちます」

 

 先ほども同じ宣言をしたが、その言葉に込められた重みは比べ物にならない。

 自分が負けるかもしれないという恐れを無くし、相打ちにするという捨て鉢の覚悟ではなく、絶対に生きて勝つという想いが彼女の言葉にはあった。

 それを後押ししたのは、後ろに立つ者たち。 

 彼女が旅の中で得た、心強い仲間たちなのだろう。

 

「へえ、威勢が良くて大変けっこう。でも、そんなに大勢連れて仇討ちなんて、少々情けないんじゃなくて?これでは私が誰の敵なのか分からないわね」

 

 確かめるように、ミアラージュが挑発の言葉を投げかける。

 

「恥とは思いませんわ。私がここに立っていられるのは、皆さんとの絆のおかげです」

 

 ヘルラージュは揺らぐことなく、仲間たちの手を借りることを良しと言った。

 

 そうよね。

 私よりも人に、他人に好かれる才能はあったあなただもの。

 それは決して恥じることじゃない。

 紛れもなくあなたの実力、私を討つのに、闇を乗り越えるのに必要な力だ。

 

「私一人ではまた逃げていた……。そのことは認めます。

 ですが、そうでは無かった。

 デーリッチちゃんが、ローズマリーさんが、背中を支えてくれるから立っている。

 ――そして、彼が隣にいてくれると言ったから、私はこうして、貴方と向き合える」

 

 後ろに立つハグレ王国の仲間達とは別に、唯一隣に立っている彼――不敵な笑みでこちらを見てきたルークに、ヘルラージュは少しだけ頬を紅潮させて微笑みを返す。

 

 

 その様子を見たミアラージュの思考は停止した。

 

 

「へえ、そう」

 

 妹が男性相手にそのような顔を見せたことなど一度も無かったために、目の前のやり取りを飲み込むのに遅延が発生したが、ミアラージュはすぐに思考を復帰させる。

 

 表情は変わらず、されどわずかばかりの怒気が混ざった声が漏れた。

 

 

 

 ……なるほど。

 

 どうやら妹は仲間だけではなく、心から信頼する殿方を見つけたと言っているようだ。

 

 それは大いに結構。

 妹が選んだ相手だ。今まさに仇として討たれる自分が文句を言う筋合いは無い。むしろ予想以上の成長に目頭が熱くなるまである。

 

 ただし、だ。

 

(まさかとは思うけど、あの服装が趣味とか言うんじゃないでしょうね……?)

 

 先ほどから指摘したくても流れ的に指摘できない、妹の露出度の高い服装については一言物申したい――!!

 

 ここで、読者の方々にも改めて説明をしておかなければならない。

 ヘルラージュの服装は、胸と臍下あたりが大きく開いた黒いドレスだ。背中なんてそもそも隠れている面積の方が少ない。本人の人付き合いやすい性格から流されがちではあるものの、相当に際どいものだ。肌を大きく露出させた服など、生家の頃ではまず考えられない選択であっただろう。

 

 とは言え、記憶にある妹の性格からしてまず選ばなさそうな服であったとしても、喜ぶならと着る可能性は高い。

 というか着る。純粋なヘルはそういうことするわ。

 

 そして、この場には男性が複数人いた。

 

 巷で話題になっているゴーストハンターとして見た覚えのある金髪の青年。

 

 腰ミノ一丁の赤い肌の牛人。

 

 そして、妹の隣に立つ自分達と似た髪色に黒紫の礼服の青年。

 

 ミアラージュはその中でもヘルと隣り合わせに立っている彼、ルークが、妹と特別な関係を築いていることは容易に察することができた。

 それに服装の色合いも似ているし、妹のドレスと似た意匠が施されていることから、製作者が同じな事も窺える。これはギルティであるとお姉ちゃん裁判で判決が下った。

 

(よし、〆る!一回折り畳んでから死ぬ!!)

「それじゃあ、開戦といきましょうか!」

 

 

 妹を毒した(推定)そこの男は徹底的に凹ませることを決心して、ミアラージュは意気揚々と戦闘を仕掛けた。

 

 

 

 

 

 

「――ファイア!」

 

 エステルの炎魔法が、先陣を切って放たれる。

 彼女の高い敏捷性による先制攻撃。

 

「ふうん。中々やるじゃない」

 

 この魔女の館でも猛威を振るった彼女の獄炎を、ミアラージュは正面から防ぐ。

 同じくアンデッドである以上、炎は弱点である筈だが、魔法であるため、ミアラージュの高い魔法防御によってダメージは幾らか抑えられてしまっているようだ。

 

 今受けた魔法を冷静に分析しながら、ミアラージュは杖を振るう。

 

「まずはそこの伊達男から潰してあげようかしらね」

「え、俺!?」

 

 その言葉と同時に、虚空から召喚された怪異の腕が、ルーク目掛けて振り下ろされる。

 魔法への耐性はあるため、物理攻撃を使う相手を優先的に倒そうという目論見なのだろうが、明らかに私情が入っている。

 

「うわっ、おっと」

「――ブリザード!」

「ぐっ、冷気か……ッ!」

 

 危うく鯖折りにされるところを間一髪回避するも、体勢を崩した間を狙って放たれた冷気が辺り一帯を襲う。

 だが、この程度で倒れないほどには、彼もハグレ王国の冒険の中で鍛えられている。

 切り返すように、ルークは俊敏な動きで間合いを詰め、流星めいた斬撃を繰り出した。

 

「へえ、やるじゃない。ヘルのお気に入りなだけはあること。何なら、貴方も特別にこっちに加えてあげてもいいわよ?」

「生憎だが、まだ生きていたいんでね……ッ!」

 

 ランドセルから覗く二つの霊魂が手で招く。

 ミアラージュが両親であると言ったそれは、ヘルラージュを震撼させるに十分な事実であった。

 妹も同様に縛ろうとする姉は、ルークにも同様の誘いを投げかけるが、生にしがみつくことにこだわりがあるこの男はその質問を断るのに考える必要すらなかった。

 

 言葉を交えながらも斬りつけられるミアラージュ、だが彼女は魔力で動くアンデッドであり、この程度の負傷は戦闘の継続に何ら問題も無い。

 間髪入れずに氷魔法が連続で襲いかかるも、魔力障壁で悠々と受けきってしまう。

 

「じゃあ、これはどうかしら?」

 

 ミアラージュは杖を振るい、悪霊を使役する。

 悪性の風が前衛に吹き抜け、猛毒と致死の呪いがまき散らされる。

 

「ちィ……!」

「くぁ……ッ!」

「あぁッ、大丈夫ですかお二人とも」

 

 瘴気に満ちた嵐に晒される前衛。

 ルークとエステルの二人が毒に侵され、膝をつく。

 持ち前の幸運で状態異常を弾いた福ちゃんと、別の要因で無効化したのがもう一人。

 

「ふんッ」

「うわッ……と、洒落にならないわね」

「これでも、王国では随一の腕力を自負しておりますので」

 

 毒なんぞ知った事ではないと、ゼニヤッタが腕に纏わせたスノーソードを振るう。

 細腕からは想像もつかぬ剛力で振るわれる氷の刃は、床板を易々と切り裂いた。

 

 魔法障壁すらも貫通してくるその威力にミアラージュは苦笑する。

 返すように竜巻を巻き起こし(レイジングウィンド)、悪魔貴族との距離を取らせる。

 

 その間に福ちゃんの異常回復魔法(キュアオール)によって毒を治療される二人。

 彼らは回復の最中、相手の手札を分析していた。

 現段階でも物理、風、氷。

 あまりに豊富な、彼女の操る魔法の数々。

 魔法書で習得できる魔法もあったが、他の魔法使いが使う同種のそれよりも明らかに威力が高い。これ即ち、ミアラージュが各属性への適性を有するまぎれもない天才であることを示す証であった。

 

「ああもう、どうしてこう天才ってのは満遍なく属性を使えるのよ!」

「そんなこと言うけどよ、炎以外使う気はないんだろ?」

「まあね。魔法書だって補助以外炎一択よ」

「補助も使わねえだろが」

 

 補助魔法に用いるリソースすら炎魔法で焼き払った方が安上がりだと主張するエステル。爆炎ピンクの名は伊達ではない。

 そんな軽口を交わしている間にも、戦闘は進む。 

 

「まだまだ行くわよ!」

「うわッ!」

「チッ」

「明らかに俺に攻撃集中してるんですけどぉ!?」

 

 前衛を薙ぎ払うは迸る雷光(デンコーセッカ)

 福ちゃんにとっては大したダメージではなく、ルークも比較的高めの魔法防御で耐え忍んだ。雷の量が若干多かったのは気のせいだ。多分。

 交替で前衛に出てきたアルフレッドとニワカマッスルも、負傷三割と言ったところか。

 

 続けて鯨めいた霊魂が青い炎を纏って突撃してくるのを回避し続けるルーク。よく見ればその人魂はヘルラージュのパパである。娘のお相手を送り出そうとするお父さんの挨拶だ受け取ってやれ。

 

「緊急回避!」

「任せなッ!!」

「すまねえな、マッスル」

「へっ、全然余裕だぜ!」

 

 挑発のために前に出ていたニワカマッスルを盾にするようにルークは移動し、ニワカマッスルも把握したように飛来する攻撃を引き受ける。炎に耐性のある彼にとってこの程度の負傷は何ともなく、返す刀でミアラージュにヒートタックルを喰らわせる。負わせた傷は即座に再生が始まるものの、確かな手ごたえがあった。

 

「せいやッ!」

「アイス!」

「あら、こわいこわい」

 

 福ちゃんによる氷魔法に、アルフレッドの刺突。

 攻撃を受けて退いたミアラージュだが、その言葉は余裕で満ちていた。

 

「やるじゃない。だったらこの技を見せてあげようかしら……!!」

 

 後ろに跳び下がって杖を構え直すミアラージュ。

 何らかの絶大な魔法の予兆に、王国の面々は身構える。

 福ちゃんは後衛に下がり、デーリッチと共に前衛が崩壊した場合の立て直しに備えている。

 

『みな眠りし小夜中に、我ら骸は死を謳おう』

「……この魔術は!!」

 

 ミアラージュの言葉に、周囲に浮かぶ幽霊たちも同じような言葉を唱える。

 一同の周囲の温度が下がっていく。

 実際にはそうでないというのに、彼らの感じることのできる"温もり"が次第に失われていく。

 

『命あるものよ、その全ては我らの糧とならん!』

 

 詠唱が終わる。

 

 前衛に立っていたニワカマッスル、エステル、ゼニヤッタ、ルークの四人はぞわりとした倦怠感に襲われた。

 

「なっ…ッ!?」

「これは、マナドレイン……!?」

 

 同じような技を用いるゼニヤッタは、ミアラージュが用いた魔法の正体にいち早く気が付く。

 

――即ち、対象の活力魔力を吸い取り、自分のものにする吸収技!

 

 だがゼニヤッタの操るダブル噛み付きも、一度に吸収する対象は一人。

 それを相手全体を対象にとって行うという、相当な制御が要求される芸当をこの少女はいともたやすく行っているのだ……!

 

「んっ……ふぅ。中々上等な魔力を持ってるじゃない貴方達」

 

 体内を循環する魔力に身を震わせ、恍惚とした表情を隠さないミアラージュの肉体は、瞬く間に艶を取り戻していく。

 

「懐かしいでしょう?ヘル。この技、覚えているかしら?」

 

 忘れたことなどない。

 それは姉が狂った原因といってもよい技。

 死霊が吸い取った活力を術者に還元するこの技の制御を誤り、暴走した死霊たちに姉は命を奪われたのだから!

 

「ま、効率悪いんだけどね。直接血を啜らせてもらうのが一番なのよ、だから早くくたばりなさいな……!!」

「ぐわあぁぁッ!!」

 

 滾る活力を以って振るわれる魔法を受け、前衛は防戦を強いられる。

 

「で、どうすんだリーダー?これじゃあいくらダメージ与えてもいたちごっこな訳だが」

 

 回復に出てきたデーリッチと入れ替わるように後列に退避してきたルークが、この中で最も対策を講じられるヘルラージュに問いかけた。

 暫しの黙考の後、ヘルラージュは答えを出した。

 

「……魔力の吸収はどうしようもありません。交替を活用して凌ぎましょう!回復の瞬間はどうしても無防備になります!その時に最大限の物理攻撃を与えてください!」

 

――対策は不可能。故に正面から押し通す!

 

 相手の技が致命的ではない以上、セオリーに乗っ取っての攻略が最も良いと判断した。

 

 この場合のセオリーとは?即ち対死霊(ゴースト)戦法だ。

 死霊(ゴースト)を倒すには、気門と呼ばれる部位を破壊するのが一番だ。ではそうでない死者を相手取るには?答えは精神を屈服させる。朽ちた肉体を再生させ、際限なく起き上がる死者には「これはだめだ」と思わせるだけの強烈な一撃を与えてやるのが最も効果的だと言うのが、冒険者達にとっての通説である。

 ミアラージュがそうした一般的なゴーストに縛られない存在であったとしても……いや、むしろ尋常でない速度での回復を可能とする彼女相手ならばこそ、一撃で勝負を決めるのが勝ち筋となるだろう。

 

「承知。お前ら聞いたな?MPの消費は最小限に、一撃で決めれるように立ち回るぞ」

「ああ、まずは攻撃のための準備だ。エステル!そのまま前線を維持!」

「オッケー!」

 

 作戦を聞いた王国の面々は、ローズマリーの指示を受けて陣形を構築する。

 戦いはいよいよ佳境に入ろうとしていた。

 

「ほら、行きなさいパパ!」

「また俺かよ!ぐえッ」

 

「あっ、しまった!」

「大丈夫か!?」

 

 挑発の切れ目に見事パパズダイナミックが飛んでいき、ルークに直撃する。

 そのまま腐食の進んだ床に倒れるルーク。これでは戦闘継続は無理だろうと判断し、後衛と交代させる準備をローズマリーが行う。

 その時だ!

 

「――死ぬかと思った!」

「うわっ、びっくりしたっ!」

 

 戦闘不能状態になった筈のルークが突然起き上がり、他の者達を驚愕させる。

 どうやらこの男、体力に余裕を残した状態で倒れていたらしい。

 そのまま攻撃を叩き込むルーク。

 不意を突かれたミアラージュにクリティカルヒット。

 

「ぐっ、小賢しいじゃない」

「生き汚いのが取り柄でねッ!」 

 

 迎撃の魔法に、バックステップで距離を取るルーク。 

 即時復活の特技とは言え、どの程度の体力を温存できるかは気力(TP)の度合いにもよる。

 今回は二割といったところで、回復の準備が整うまでは後衛で待機することになった。

 

 決戦が始まり、五巡六巡した頃合いか。

 

 ……戦況は、ハグレ王国に傾いていた。

 

 事前にヘルラージュからもたらされた情報もあってか、人選も吟味した上での戦いは非常によくできていた。

 炎魔法が来れば耐性のある仲間が最小限のダメージでやり過ごし、状態異常に罹ればキュアスペシャルで即座に治癒される。

 切り札のソウルスティールもMPに余裕のある仲間達が引き受けることでパーティ全体のガス欠を防ぎ、エステルが事前に展開した火炎強化魔法(フィールドオブファイア)で回復の隙を突いて大打撃を与える。

 

 お前ら攻略本でも読んだ?ってぐらいに完璧な試合運びが行われていた。

 

「ああもう!ここまで徹底的に対策されてるとやりづらいわね!!」

 

 遠慮なく始末をつけるためとはいえ、あまりにも的確にこちらの弱点を突いてくるハグレ王国に、ミアラージュも苛立ちを覚え始める。自分の魔術は一流と自負している以上、いくら負け戦を演じているとは言っても心にくるものがあり、流石に文句の一つでも言いたくなるというもの。

 

 だがまあ、そんなものをお構いなしに連中はとどめの準備を行っている。

 

「そろそろ来るはずだ、総員、準備を!」

「ええ!」

「応ッ!」

「ああ!」

 

「――命あるものよ、その全ては我らの糧とならん!」

 

 体力も尽き始め、やむを得ず回復をしなくてはならない状況。

 ローズマリーの予想通り、ミアラージュはソウルスティールを発動した。

 

 吸われていく魔力。

 しかし、それは織り込み済みの犠牲だ。

 

 回復の隙を突き、最大の一撃を与えるべく全員が動き出す。

 

「禍神降ろし!」

「スタミナイレイス!」

 

 ヘルラージュの切り札の一つ、古き凶悪な神を憑依させ、物理攻撃を倍加させるという破格の性能を誇る強化魔法。

 福ちゃんがあらかじめかけた攻撃強化により、さらにその性能は跳ね上がる。

 こらそこ、どっちも似たような力とか言ってはいけない。

 

 禍神降ろし、ゴッドブレス。

 それらの強化魔法が一人の青年に付与された。

 そう、アンデッドを屠るのならば、彼以上の適任者などいない!

 

 ゴーストハンター、アルフレッドが必殺技を繰り出した。

 

 ――回避は間に合わない。

 魔力吸収の秘術は、回復中は無防備になるという欠点が、開発した当初から問題点として残ったままだ。……わざと、そうしたままだった。

 

 駄目押しと言わんばかりに、短剣が飛来し杖を弾き飛ばす。

 そちらを見れば、すっかりボロボロになった黒紫の礼服を着た、自分が散々狙い撃ちにした妹の相棒たる青年が、振り抜いた姿勢のまま立ち尽くしている。

 

 そして、彼女はその一撃を受け入れた。

 

「ヘヴンズ……ゲート!」

 

 

 

 

 

 

「勝負あったな」

 

 俊英の一撃。

 

 徹底的な支援を受けたその一撃は、魔術の秘奥によって黄泉がえりし不死者にすら、膝をつかせるだけの威力を発揮した。

 

 最早ミアラージュには、肉体を動かす魔力も、戦闘を続けるだけの精神力もない。

 

「ごほっ……!かはっ!」

 

 血を吐き出すミアラージュ。

 力なく立ち上がり、真っ赤に染まった口元をぬぐうことなくこちらを見据えるその有様は、まさしく血に飢えた屍人であった。

 

「……なるほどね。強くなった。継承者を名乗っているのも、看板を維持したくて無理やりという訳じゃなさそうだ」

 

 敗北を受け入れるミアラージュ。

 その様子はどこか晴れ晴れしかった。

 

「だけど、負けたのが貴女で良かった。どうせ、殺せないのでしょう?」

 

 いくら強くなっても弱虫のままだとミアラージュは嘲笑う。

 とどめを刺せずに、自分を見逃して、犠牲者を増やすのだと。

 そのままミアラージュは背を向け、覚束ない足取りで裏口へと向かおうとする。

 

「……」

「待てッ!」

 

 ローズマリーが制止の声を投げるも、ミアラージュの歩みは止まらない。

 

「どうしたのよ、ヘル。何とか言ったらどうかしら?」

 

 妹に対して、さらに挑発を重ねる。 

 ……ヘルラージュは重い口を開いた。

 

「待ってください。姉も、私も逃げません。とどめは、私がやります」

 

 ヘルラージュは前に出て、この運命の終止符を打つために姉と向き合う。

 姉は血に狂った。死者である彼女を、これ以上現世に置いてはならない。

 ただ、一つだけ釈然としないことがあった。

 

「その前に、一つだけ聞かせてください。どうして、あの技で戦ったのですか。姉さんが暴走した時のあの技を、私が研究していない筈がないのに」

 

 ――そう。

 惨劇の引金となった術。

 それをヘルラージュが理解していない筈がなく、その技を使用するなど、あえて弱点を晒したようなもの。使うとしても、欠点の克服ぐらいはしているだろうに。

 本当に生きようとするならば、明らかに不自然な点を、ヘルラージュはどうしても捨てきれなかった。

 

「たまたまよ。貴方が調べていたことを、私が知らなかった。それで終わり。これ以上犠牲者を増やしたくなければ、私を殺せ。早く!」

 

 最早自分は本能で人を殺すのだとミアラージュは言った。

 どこか急ぐように、切羽詰まったように、挑発ではなく懇願のように。

 その様子は、悲痛な叫びを伴うかのようだった。

 

「そうかい。だったら望みどおりにやってやるよ」

 

 逡巡するヘルラージュを押しのけ、ルークが向かい合せに立つ。

 その手に握られるは短剣。

 何らかの魔術的効果が付与された代物ではないが、深く心臓に突き立たせれば、それだけでミアラージュは朽ち果てるだろう。

 

「ルーク……?」

「いいんだよ。こんな仕事は、俺みたいな悪党がやるべきなんだ」

 

 頭を振り、短剣を振り上げるルーク。

 これでいい。

 最後に手を汚すのは、自分一人でいいのだと、

 

 そこに手が添えられた。

 

「――何を、」

「駄目ですわ、それは。貴方は私の副官で、右腕で、相棒でしょう?だから、一緒にやりましょう」

 

 この罪は、貴方にも半分背負ってもらうのだと、ヘルラージュは自分の副官に微笑んだ。

 

「……承知」

 

 それを受けて、彼女に適わないことを、彼は改めて心に刻んだ。

 改めて、姉と向き合う。

 

「全く、折角の死に様が台無しよ」

 

 目の前で惚気を見せられたミアラージュは文句を零す。

 妹が手を汚すことを気遣う様子に、姉はわずかに微笑み、わざとらしく腕を広げ、心臓を差し出すように立った。

 そして正面に立つ彼以外の誰にも見えないように、唇だけをこう動かした。

 

 ――あの子の事、お願いね。

 

「……ッ!」

 

 二人は短剣を振り降ろし――

 

 

「待ってくれッ!そうじゃない、待てーーッ!!」

 

 

――刃は刺さる寸前で止まった。

 

 

 割って入った存在に、後ろに下がって距離を取る。

 

「……キャサリン?」

 

 無力化されたはずの人形が、彼らの間に割り込んできたのだ。

 

 キャサリンは必死の形相で告げた。

 彼女らに用意された、避けようのない運命を。

 

「ミア様には時間がない!あんた達が手を汚す必要なんてない!

 

 ――もう三日と経たずに、魔女様は土に還るんだよ!」

 

「――キャシー!!どうした!?やめろッ!」

 

 従者の手に持つ"あるもの"を見て、ミアラージュは叫ぶ。

――やめろ、やめてくれ。どうしてそれが。

 

「ここはアンタたちを満足させるために、仇討ちをやり遂げさせるために、ミア様が用意した舞台だ!

 ……勝手に死ぬんだよ!その前に宿怨を終わらせたいと願ったんだ!だから、もういい!やめてくれ!!」

 

 主人を殺さないでほしい。

 その願いは、至極真っ当なものだ。

 だが、復讐そのものが、仕立てられたものだというのは、如何にも納得し難いものがある。

 だって、それならば――、

 

「……どういうことだ」

 

 ヘルラージュよりも先に、ルークが問う。

 ここで苦し紛れの命乞いをするようならば、諸共に止めを刺すことを辞さないつもりだった。

 だが、キャサリンの声に、表情に、取り繕うような要素は見当たらなかった。

 

「その話だけじゃねえ!まだある!」

 

 そう言って差し出されたのは、一冊の本。

 随分と古ぼけたその本。その表紙には、一人の名前が綴られていた。

 

「……ママ?」

「ミア様が隠していた日記だ。あんたの母の日記になる。読んでみな」

 

 ヘルラージュは差し出されたその手帳を受け取り、読み始めた。

 

 ~~

 

 

 ○月×日

 

 ついに『黄泉還り』の秘儀は完成した。

 あとはこの奥義を実践するだけ。

 必要な下準備は夫が済ませていることだろう。

 

 これでミアが帰ってくる。

 ヘルに不相応な訓練を与えなくても良くなる。

 

 これで、ラージュの血は安泰だ。

 念のため、以下に術式を記しておくことにする。

 

 (以下、難解な魔術言語での術式が記されている)

 

 

 □月△日

 ――やった。成功した! 

 ミアは蘇った。

 感動の余り、夫と共に年甲斐も無くはしゃいでしまった。

 ヘルも喜んでいた。

 ああ、今夜はお祝いね!

 

 

 ☆月#日

 無事に蘇生したミアが、血液を求め始めた。

 どうやら術式に欠陥があったらしく、生命力を外部から取り込まなくてはいけないらしい。

 ごめんなさい。ミア。

 こんな不完全な身体で蘇らせてしまって。

 

 でも大丈夫。

 血液ぐらい、私達がいくらでも持ってきてあげるから。

 

 

 %月$日 

 ……足りない。足りない足りない足りない!

 

 ペットはもういない。

 家畜の血でも足りないと可愛いミアは言った。

 

 やはり、人の血を与えないといけないのだろう。

 

 ……だが、私達家族の血はダメだ。

 最も効果的であるだろうが、ヘルを捧げようものなら、可愛いミアは間違いなく自ら死を選ぶ。

 大体、万が一のことがあった場合の保険を捨てるなど、あってはならないことだ。

 大丈夫、まだ当てはある。

 教会の墓地に先日新しく埋葬されたものがいると聞いた。

 

 ……鮮度に不安があるが、賭けてみるべきか。

 

 

 ?月!日

 墓地で使える死体は尽きた。

 人の血が最も効果的であることが分かった以上、ためらうことはない。

 可愛いミアの為だ。

 

 たかが一人二人屋敷に持ってくる程度、どうという事も無い。

 

 まずは、子供から試してみるべきか。

 

 

 *月#日

 ……あの子が血を拒み始めた。

 やはり死体を第二倉庫に放り込んでおくのでは不味かったか。

 死体を発見された以上、墓場から持ってきたという誤魔化しも聞かないだろう。

 明日、夫と共にミアを説得に行く。

 あの子はラージュ家の宝だ、二度と失わせるわけにはいかない。

 

 そう、二度と――

 

 

 ~~

 

――キャサリンが持ってきた母親の日記に書かれていたのは、禁忌の真実そのものであった。

 

 ミアラージュが蘇った後に血液を求めたこと。

 それを解消するために姉妹の両親はその手を数多の血で染め、最後には人間にまで手を出したこと。 

 

「姉さん。いえ、お姉ちゃん。これは――」

 

 目の前の、仇ですらなかった、哀れな姉を見る。

 

「……誰が、誰が止めろって言うんだ!全部、全部私のせいだ!私が血を欲したのが悪いんだ!そうでなければ維持できないこの身体が――!父と母が狂気に走ったのも私のせいだ!だから、悪いのは全て私なんだよッ!!

 

 ……討て、ヘル、討てっ……!!

 

 

 討てよぉ……」

 

 涙を流し、懇願する。

 その有様を見て、彼女が血を求める怪物だと思う者は、ここにはもういなかった。

 

「お姉ちゃん……。じゃあ、パパとママを殺したのってもしかして……」

「誰が止めるって言うんだ、あれを……。私しかいないだろうが……」

 

 だから殺した。両親が狂ったのは自分のせいだから責任を取らなければいけない。

 そして最後にヘルが自分を討つことで罪の連鎖が終わるのだとミアは叫んだ。

 

「おんなじだぜ、ヘルさん?今回の件もな」

 

 キャサリンは自分が家畜から血を抜いたのだと言った。

 ミアラージュと、少しでも生きていたいという思いからの犯行なのだと。

 

 真相を知り、ヘルラージュはミアラージュに近寄り、優しく抱きしめる。

 

「ヘル……?」

「……そう、鬼火だったわ。私達の復讐は、ただの幻だったのね」

「リーダー……」

「ごめんなさいルーク君。恩人である貴方をこんな茶番のために付き合わせてしまいました」

「いや、いいさ。ここまで来なかったら、その事実もわからないまま幻の仇を追い続けて、毎晩うなされ続けていただろうしな」

「な、なんでそのことを!?」

「大変だったんだぜ、そのたびに落ち着かせるのは。ま、これからはその必要もないだろうがな」

 

 悪癖を晒され赤面するヘルラージュに、ルークはケラケラと笑って見せた。

 彼もまた、彼女の復讐が悔いのない結末に終わった事を理解した。

 

「もういいです。パパとママが側にいるということは、今でもあなたの事が好きなのでしょう」

 

 霊となり、理性を失ってなお姉の側にいる両親を見る。

 相も変わらず自分の事を見ているのかどうかわからないが、それでも肉親としての情があるのだけは分かった。

 

「ヘル、駄目よ。まだ終わっては……」

「何も、誰も恨んではいません。ただ――」

 

 血に濡れた姉妹の因果。

 

 あの日、あの時、両親の死に顔を見ていたら、

 あるいは、もっと前から家族の事を見ていれば、

 このような結末にはならなかったのだろうか。

 復讐の道ではなく、姉の手を取ることもできたのでは無かったか――?

 

「ただ、もっと早く、姉妹でいたかった……!」

「ヘル……!!」

 

 涙を流し、自分よりも小さな姉をより強く抱きしめる。

 姉もまた、涙を流す。

 こんな自分をまだ姉妹と呼んでくれることを嬉しく思い、姉妹としての別れを与えてしまうことに、悔恨を感じながら。

 ああ誰か、神様?誰でもいい。

 どうかこの哀れな姉妹に、手を差し伸べてほしい――。

 

「なーに、諦めムード漂わせてるんでちか」

「……え?」

 

 ――当然!

 ハグレ王国の国王は、目の前の悲劇を悲劇のまま終わらせたりはしない!

 

「三日あるんでちね?だったら、三日で何が出来るのか考えてみるんでち!」

「……そうだな。どうせダメだったとしても、やるだけやってみてダメなほうが悔いも残らねえか」

 

 という訳で、ミアラージュの吸血衝動をどうにかするべく考えようとすることになったのだが、

 

 その前に 一つだけ。

 

「ところで、お前関節外したはずなのになんで動けてんだ?」

 

 ふと、流されかけていた疑問を思い出して、ルークがキャサリンに問う。

 あの時、ルークは確かに右足以外の関節を外した。

 だが、今の彼女の関節は、全て元通りに嵌っている。

 

「あ、そういえばそうでちね」

「自分で直すことは流石に無理だろうし、他の人形にでもやってもらったのか?」

「そんな繊細な真似ができる知恵はない筈だけど……」

 

 その場にいた面々も、同じように疑問を覚える。

 当のキャサリンも、ここに来るもう一人の存在を思い出して口を開いた。

 

「ああ、それはだな――」

 

 

 

「私だよ」

 

 

 

 カツン。

 

 カツン。

 

 声と共に床を踏み鳴らす音が、通路から聞こえてくる。

 

「いやすまない。立ち聞きするつもりはなかったのだが、どうにも出るタイミングというものを逃してしまってね。剣采は聞こえていたのだが、こう脆い床だと走るのも一苦労だし、収まったと思えば、少々大事な話の最中と来た。まあ、彼女が割って入らなければ私が一度止めるつもりではあったのだがね」

 

 近づいてくる声の主、

 

 暗がりより悠々と歩み出たそれは――

 

 人間である。

 

「しかし、どうやら中々の難題を抱えているようじゃないか。屍人の吸血衝動――成程、これはやはり、私がここに来たのは最適な選択であったということだろう」

 

 その顔は、息を呑ませるほどの美貌を備えており、

 

 歩く度に揺れる白金の髪は、絹糸よりもなめらかで、

 

 叡智の結晶(めがね)越しにこちらを見つける黄金の瞳は、空に座す星々にも引けを取らない輝きを放っているようにも見え、

 

 身に纏うその外套は、星々を散りばめたような意匠が施され、裏地はどういう原理か宇宙を幻視させるような闇を抱いている。

 

 なにより、たった今まで激戦が繰り広げられていたその場に現れ、何の驚きもなく、ただ穏やかな笑みを浮かべているその姿は、

 

 人を救う聖者のようにも、人を嗤う魔王のようにも見えた。

 

「あ、アンタは……」

 

「おや、私がここにいるのが信じられないといった顔だね。

 だがしかし、だ。

 

 星々は必然として我々の行く末を指し示すものであり、

 

 君が私やシノブを追う以上は、どのような場所での遭遇も決してあり得ないものではないだろう?

 

 

 

 ――なあ、エステル」

 

「……いや、だからと言ってもさ。

 何でアンタ、いや貴女がここにいるのよ、先生!?」

 

 

 全くの予想外の人物の登場に、エステルは驚愕の声を上げた。

 

 

 

 

 

 

 

 




今回ルークが使用した固有スキル。

☆カムフラージュ 消費MP10% 消費TP20
しばらくの間戦闘不能になってもTPを消費して復活する。(1回・4ターン)
蘇生時のHPはTPに依存。
死んだふりで致命傷を回避できる。

☆スケープゴート 消費MP14% 消費TP25
味方一人の狙われ率をぐぐーんと引き上げる。(1ターン)
仲間を囮にして難を逃れる技。控え目に言って下衆い。
挑発の切れ目に使ってみたりしよう。

次回予告という名の謎ポエム

血に狂った因果は捻じれ曲がり、今ここに一つの形を成した。
それは人のキズナがもたらしたものか、あるいは果てなき祈りの結末か。

――また、次の星が光る。


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その18.スピークイージー

密造酒場、転じてナイショ話。

あの、8000字くらいに納めるはずだったのになんで3000字も増えてるの?
おかしいね?


「な、なんで貴方がここにいるのよ。先生!?」

「久しぶりだねエステル。元気そうでなにより」

 

 ハグレ王国の旅路において、三度その痕跡を残し、今なお暗躍を続ける召喚士アルカナ。

 その彼女がここに現れたことに、エステルは驚愕する。

 

「なっ、先生だって!?」

「というと、この人があの……?」

 

 王国の面々も、話には聞いていたがついぞ姿を見せることの無かった人物と、このような場所で出会ったことに、戸惑いを隠せない。

 

「まあ、エステルの疑問も最もだ。私が此処に来た理由だが、生徒の忘れ物を届けに来て、その途中で彼女と出会い、故障を直してやったに過ぎん」

 

 そう言ってアルカナは懐から何かを取りだし、投げつける。

 

 合間にいた者たちの間をすり抜け、ミアラージュの手に収まったのは簡素な封筒。

 開けてみると、白紙のレポート用紙が一枚。

 

「なにこれ?」

「忘れ物だと言っただろう。私の宿題を提出せずに死のうとするとは、中々いい根性をしているな。ミアラージュ君?」

「そういえば、そんな事言ってたわね。……もしかして、これの為だけに来たの?」

「そうだよ。目ざとく忘れ物を発見した生徒に感謝するといい。そうでなければ、私は今頃村にとどまっていただろう。まあ、その場合はその場合で帳尻が合っていた可能性も否定はできんが」

「……は?彼女の先生?」

 

 目の前の魔女と、恩師が師弟関係にあるなどエステルの記憶にはなく。

 

 身内の方に目をやれば、知らない知らないとヘルラージュも首を横に振った。

 

「……言ったでしょ。小学校に行ってるって。そこで教師してるのよ、この人」

「そういうこと。別におかしな話でもないでしょう。私が定期的に各地の学校に講義をしに行ってるのは、お前も知ってるはずだけど?」

「いや、いやそうだけども……?」

 

 一応の説明が付くとは言え、あまりにも突拍子が無さすぎる登場に、エステルは困惑する。

 

 つまり、ミアラージュの通う小学校……ハグレ王国が依頼を請けたクックコッコ村の児童学校にアルカナが滞在しており、その縁を以ってハグレ王国とアルカナはここに邂逅を果たした。

 

 というか、レポート用紙一枚をわざわざ届けに来るなど、大げさに過ぎるとも思われるが、そこはそれ。

 

 人と人のめぐりあわせという者は斯様に突拍子の無いものでもあるのだというのがアルカナの主張でもある。

 

 恐らくこれ以上の説明をつける気もない師に、エステルは無理やり納得することにした。彼女としては後で問い詰めるつもりではあるが、この場でわざわざ話の腰を折る必要もないと判断したのだ。

 

「まあ、ミア君との馴れ初めはさておき、話は部屋の外からこっそり聞かせてもらっていた。私としても見知った相手がただ死ぬのも嫌だからね。話に加わらせてもらいたいのだが、いいかな?」

「えっ、いやうん。貴女ほどの人物が協力してくれるというのなら百人力ですが……」

 

 突然現れ、突然協力を申し出てくる絶賛不審人物状態のアルカナに、ローズマリーも少々戸惑うが、エステルの知り合いであることもあってか、その提案を受け入れることにした。何より、ここで彼女との接点を作れたのは僥倖であるかもしれないからだ。

 

「えーと、一緒に考えてくれるんでちか?ならデーリッチからもお願いするでち。せっかくヘルちんがお姉ちゃんと再会できたのに、こんな結末じゃ悲しいでちからね」

「君は――。そうか、君が王様か。王様のお願いとあらば、聞かなくてはならないね」

 

 声を掛けてきたデーリッチと、アルカナは見下ろす形で目を合わせた。

 そして、何か天啓を得たように星術師は目を見開く。

 

「……?デーリッチの顔に何かついてるでちか?」

「――いや。新人気鋭の王国のトップがどんなのか気になっただけだよ。成程、人が寄っていくのも納得の顔つきだ」

「え、そう?やっぱりわかる人にはわかっちゃうんだなー。デーリッチの王のカリスマってのが」

「人畜無害。どんなに警戒心の強い動物でもこいつなら安心できると一目でわかるマスコットって感じだ。正直このまま抱きしめて愛でたいぐらいには可愛らしい」

「ん?んん??」

「はいはい!話がズレてきてるわよ!!」

 

 思ってたのと違う答えが返ってきて首を傾げる王様と、明らかに話が脱線しているのでエステルが注意する。

 

「ああはいはい。すまんね。実のところ、ミア君の症状についてはある程度の見当はついている」

「えっ本当!?」

 

 あっさりと答えを出したことに驚愕するヘルラージュ。姉の生存に関わる事であるために、藁をも掴む勢いだ。

 

「反応ありがとう。とは言え、仮説だから事前知識と合わせてこの場にいる全員に説明する。その上で処置を検討しようと思う」

「おっ、久しぶりの先生の講義だ。皆、メモを取っておくと良いわよ」

 

 そうして、召喚士協会にて教室を持つ彼女から簡潔な説明が行われる。 

 

「まず、どうしてミア君が血液を取り込む必要があるのかという疑問点について。まず血液を主なエネルギー源にするという生命体についてだが、それはこの世界にもいくつか存在している。小さな動物や虫はこの際除外して、人以上のモノに絞らせてもらうと、吸血鬼が最もメジャーだな。連中は人型でありながら魔物と同等の能力を発揮するがゆえに、必要とするマナも尋常の量ではなく、そのため他生命の血液から直にマナを含めたエネルギーを取り込んでいる。つまるところ、体内で生成されるマナと消費するマナが釣り合っていないんだ」

「成程成程」

「だから微妙に魔物とは違うのね……」

「私の場合もそうだってこと?」

「ミア君の場合はそうだな、アンデッドとして蘇ったこと自体に問題があるのだろう。要は体が半分死体だから、代謝が上手く機能していないわけだ。質問するが、血液を摂取しないとどうなる?」

「えーと、酸欠みたいに頭がぼーっとして、物事を考えられなくなって、身体も動かなくなっていく……」

 

 ミアラージュの症状について、ローズマリーには思い当たる節があった。

 

「……マナ欠乏症?」

「うん、正解。なら答えは簡単。外部からマナをぶち込んでやればいい。輸血みたいにね」

 

 その言葉にアルカナは頷く。そしてリュックの中を探り、やがて赤い液状の物質で満たされた瓶を取り出した。それはハグレ王国の者達にも見慣れた物であり、王国参謀にとっては生命線とも呼べる代物であった。

 

「それは……!!」

「今更説明いらんでしょ。という訳ではい。これを摂取しなさい。血とかではないので安心して飲むといい」

 

 ミアラージュにマナジャムの瓶を渡し、今後の処置について考えだす。

 

「応急処置はこれでよし。えーと、つまりは外部から定期的に魔力を補給できればいいからマナジャムの在庫を確保すればいいわけだな」

「……妖精王国に行けというわけですね?」

「話が早くて助かる。急ごうじゃないか」

 

 アルカナはそう言い、歩いて館の出口に向かおうとする。

 

「ああいや、待ってください。もっと早く行ける方法がありますので……」

 

 パンドラゲートでの転送を提案するローズマリーに、アルカナは足を止めて振り向いた。

 

「ん?ああそっか。君達にはそれがあったか。なら丁度いい。相乗りさせてもらうよ」

 

 そんな様子を見て、どうやらこの人は思考だけで走る癖があるのだなとローズマリーは思った。

 

 

 

 

 

 

 

 妖精王国、事務所前。

 

「おっとと。これがワープの感覚か。慣れないうちは酔うやつも出てくるんじゃないか?」

 

 ゲート移動を初体験しての感想をアルカナは語った。

 

「そんなこと言って、全然平気じゃない」 

「まあね。ワープの理屈自体は特別って訳でもないようだし、気をしっかり持っていれば大丈夫さ」

「……」

 

 ヘルラージュに抱えられているミアラージュも初ワープであるのだが、反応を示さない。

 見れば、顔が青を越えて白くなりかけていた。

 

「あの、一人重症者が気分悪くしてるんですが」

「お姉ちゃーん!?」

「大丈夫、大丈夫よ。この程度、血液が足りないときに比べたら……」

「それで、どうします?アポなしで来ちゃいましたけど」

「まあ、このまま行くしかないでしょ」

 

 人様の建物の前だというのに一気にてんやわんやな一行。

 そんなことをしていれば、当然中にいる人物は、騒がしくなった外を訝しんでやってくる。

 

「もうなんなんですか騒がしい……」

「やあプリシラちゃん。久しぶりだね」

「……アルカナさん?どうしてハグレ王国の方々と一緒に?」

「色々あってね。今回は急用だ。彼女にマナジャムを大量に打ち込んでやってほしい」

 

 アルカナはそう言ってミアラージュを引き渡した。

 プリシラは受け取った彼女から感じる重みが明らかに不自然であることに気が付く。

 

「わ、軽っ」

「ちょっと、いきなり失礼じゃないの?」

「いやだってヅッチーよりも軽いのちょっと引きますよこれ……」

「マナ欠乏症の急患だ。ほっとくと君達みたいにえらいことになる」

 

 そうしてベッドに寝かされ、マナジャムを点滴で打たれて安静となったミアラージュ。

 彼女の容態が良くなるまで、一同は腰を落ち着かせることにした。

 

 ローズマリーは妖精王国で待つらしい。プリシラと話をつけていたことから、また両王国間で色々と積もる話があるのだろう。

 デーリッチは他の面々を連れて一度ハグレ王国に帰還した。帰ってくる頃には、暇つぶしの漫画本でもわんさか持ってくるのだろう。

 エステルはアルカナさんを引っ張って事務所の外に連れ出していった。いや、どちらかと言えばここで色々と質問攻めにしようとするエステルを教授が外へ誘導していった形になる。

 皆、ようやく一息つくことができると言った感じだった。

 

 ――そして俺は、一人部屋の外。扉のすぐ側でアイツを待ち構えていた。

 

「よう、リーダー」 

「……」

 

 声を掛けてみるが、ヘルは黙ったまま。

 そう、おそらくこの中で一番気を張っていたのはあいつだ。

 だから今のうちに自分だけでも労っておこうと考えて、人目のないところで待っていた。

 向こうとしては用を足すといって出て行ってから、一向に戻ってこない俺を探していたのだろう。姿を見るや否や、ヘルはいきなりこちらに倒れかかってきたのでしっかりと受け止める。

 おいおい。今度はこっちが倒れそうになるとか、勘弁してくれよ。

 

「まあ、その、なんだ。良かったな。姉さん、助かりそうでさ」

「……ええ!!本当に、良かった……!!」

 

 振り払ったりせずに、言葉をかけると、ヘルは雑巾のように汚れてしまったシャツを強く握りしめてきた。緊張の糸と共に、色々と張りつめていたものが切れたのだろう。皺になることなど、どうせこの後リサイクル行きになるのだからと気にせず、ヘルの涙を受け入れた。

 次にデーリッチが来た時に、一度着替えるために戻る必要はあるだろう。なんて場違いな事を考えて、この今日の事を思い返す。

 

 ――思えば、酷く長い一日だった。

 館に足を踏み入れてからの滅茶苦茶なホラーに、思い出すのも忌々しい音響兵器との連戦。

 クソ面倒な人形との戦いに、姿を見せたヘルの姉。

 ……今となってはこっ恥ずかしい、後で拠点の連中に弄くりまわされるのだろう、その場のノリでヘルにぶっ放した口説き文句。

 そして秘密結社としての大一番に、あのピンクの上司まで出てきて、もうこれ以上は拠点に戻って眠りたいぐらいだ。

 

 ――そういえば、秘密結社はどうするのだろうか。

 

 ふと、そんなことを思い至った。

 

 秘密結社の発端である、復讐という目的は消えた。

 それに伴って、ヘルの悪人になるという動機も無くなったことで、悪党の振る舞いも続ける意味はなくなった。

 仮にヘルが止めると言ったら、どうするのか。

 

 色々考えてはみるものの、別に本人に問いかけたりはしない。

 止めるなら止めるで本人の口から言うだろう。自分はそれを受け入れるだけでいい。

 

 元々ヘルとは二人で組んでいたのだから、別に問題はない。

 王国での暮らしも、気持ちのいい仲間との冒険には欠かすことがなくそう悪いものじゃないし、別に離れる理由も無い。

 

 なんだ、悩むことも無いじゃないか。

 

 俺はヘルの隣で、頼りないリーダーを支える副官でいる。

 たったそれだけでいいじゃないか。

 

 まあ、それに、だ。

 こんなに楽しい馬鹿騒ぎを、彼女は今更やめるとは言わないだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

「全く、いきなり病人を運び込んでくるとか驚きましたよ」

「ごめん。マナジャムの大量摂取ができるとしたら、ここしか無くて」

「お姉ちゃん、大丈夫なの?」

 

 処置を受けて数時間。

 ヘルラージュは気が気でない様子で姉の容態を訪ねる。

 

「ええ、落ち着いていますけど。……いや、正直、落ち着かずに今にも動いてやろうとウズウズしていますね。少なくとも、三日後に死ぬような顔はしてないですよ」

「はぁ~~~~~~」

 

 姉が助かることが分かり、ヘルラージュは大きなため息をついた。

 

「ある程度はアルカナさんから説明を受けていますが、ええと、妹さんでしたっけ?正直信じられないですね」

 

 恐らくラージュ姉妹の見た目の事を言っているのだろうが、当のプリシラ自体、ヅッチーと同等の幼女体からほんのわずかな期間で成人女性の大きさに成長しているので人の事は言えたものではない。

 

「ねえ、退屈よ。いつまでここにいればいいの?」

 

 とうとうベッドの上で積読の漫画を消化するのにも飽きてきたミアラージュが、寝室から出てきた。その顔色は健康体そのもので、快復に向かっていることは見てとれた。

 

「おや、眠るなら棺桶型のベッドが良かったかな?」

「そういうのいいから。それより、教えてよ。あなた達が今、私に投与しているものは何?」

 

 この状況下では洒落にならないジョークを飛ばすアルカナを無視して、マナジャムについての説明を求める。

 

「マナジャムを薄めたものだよ。少しお塩が入っているけど」

「マナジャム?どうしてこれで私が元気になるのよ?」

 

 聞きなれない単語にミアラージュは首を傾げる。

 

「先ほども解説したとは思うけど、君はマナを体内で生成できていないんだ。だから外部から血液という形でマナを摂取しなくてはいけない。マナジャムはマナを豊富に含んだ果実を液状(ジャム)にしたものだから、塩分を体液に近くすることで血液と同等の、あるいはそれ以上の効果をもたらしているわけだ」

「良かったですわね、お姉ちゃん」

 

 今後はマナジャムを摂取すれば、問題なく日常生活を送ることができるとのこと。

 ミアラージュは長年抱えていた問題を一瞬で解決したアイテムが世の中に存在していることを信じられないようだった。

 

「ねえ、だったらどうしてこれを世界中に流通させないの?」

 

 故に、その疑問は最もである。

 何せマナは生命力の元とも言える世界の構成要素だ。今回の様に人への健康食品に用いることができる他、古代文明の動力としても使用できる。大気中のマナ濃度も操作できる等多岐に渡って活用方法が見いだせ、その気になれば環境的な問題をすらも一気に改善できてしまうだろう。

 そんな代物が市場に乗っていない。とするならば生産地点で流通制限がかけられているのだろうという推理をミアラージュは言った。

 

「そうですね……。そもそも妖精達のために生産しているので、現状だと生産量が単純に追い付かない。

 あと、作った本人が失踪していて、これを広めていいのかの判断がつかないんですよね……」

 

 そこまで言って、プリシラはアルカナの方を見た。

 

「そこの所、どうなんです?」 

「ああ、シノブから権利は委託されてるけど、まだ開発段階だからな。協会の方でも栽培ができないか秘密裏に研究を進めているけど量産化できる環境が整ってない。だから安定供給が可能になるまでは流通許可は出さないつもりだよ」

「だ、そうですよ」

「……ん?今なんて言った?」

 

 失踪していると言いながら、この場にいる人物が許可を判断していることに疑問の声が挙がる。

 

「あ、特許責任者は私です。どうも」

 

 妖精王国と関わりをもった段階で、既に開発者のシノブと特許関連についての話はついている。表舞台に出たがらない彼女の代わりにアルカナがその手の管理を引き受けているのだと説明が入った。

 

「うわあ責任者出てきちゃったよ」

「えぇ……?」

「この人ホント何にでも関わってるな……」

「立場と人脈は使いようってね」

 

 大人の武器を最大限に活用して好き放題するアルカナであった。

 

「じゃあ、貴女にお礼を言えばいいのかしら?」

「いやいや、私がしたことと言えば途中で割り込んで知識を並べ立てたぐらいだろう。これは予測だけど、私が関与しなくても収まるところに収まっていたんじゃないかな。マナジャムについてはそこのローズマリー殿も保有していたようだしね。まあ、君のような聡明で麗しい少女を助手として側に置くのも悪くないけど」

「今、欲出しかけたでしょ?」

「出してない出してない」

 

 自分ではなくハグレ王国にこそ返す恩があるというアルカナ。しれっと欲望を丸出しにした部分をエステルに指摘されるも素知らぬ顔だ。

 

「そう。あなたがそう言うなら……よし、決めたわ。私、あなた達の王国に帰属する!」

 

「え!?」

 

 少し考え、ミアラージュはハグレ王国の仲間として加わる事を決めた。

 しかしローズマリーは、受け入れ態勢が整っていないのにそういうことを言われてもと困惑する。

 

「ふぃー、遅くなったでち。漫画持ってきたでちよー!」

「おっすおっす。ミアさんの容態はどうなった?」

 

 タイミングよくデーリッチとルークが戻ってくる。

 そこで、ミアラージュは大声で質問を投げかけた。

 

「王国に入ってもいいかなー!?」

「いいともー!!」

 

 デーリッチは当然二つ返事で了承する。

 

「よし!いいって言ったわよね!?もう取り消しダメだから!じゃあ、明日からよろしく!!」

 

 とまあ、非常に軽いノリで、ミアラージュの王国入りが決定したのだった。

 

「えーと、どういう事だ?」

「うふふ、これからがとても楽しくなりますわね……♪」

 

 

 

 

 

 

 

 

 ミアラージュお姉ちゃんの処遇にひと段落ついたところで、改めてこの場で会合が開かれることとなった。

 

「ちょっと、迷惑なんですけど?」

 

「では改めて。初めまして、となるのかな。ハグレ王国の皆様方。私はアルカナ。アルカナ・クラウン。帝都召喚士協会においては、協会長補佐にして特務召喚士官であり、そこのエステルに、君たちが出会ったであろうシノブが在籍していた研究室の学部長を務めている。また、ハグレ集落の監査官としても任命されている」

「これはご丁寧にどうも。ハグレ王国の経営を担当しているローズマリーです」

 

 改めて互いの名前と所属を交換する二人。

 

「……えっ!?」

「いや、何で君が一番驚いてるのさ」

「いやだって、先生は確か一級召喚士って話じゃ……?」

「あ、話してなかった?ここ数か月のあれやこれやでね。一度は返上した地位にも再び就かざるを得なくなったのよ」

 

 特務召喚士と言えば、王室からも認められた召喚士として最上級の位であり、召喚について一切の制限がかけられていない、まさしく召喚士を志した者の憧れと言っても過言ではない称号だ。しかもそれを一度は返上したと言った。一体、どれほどの事があっての事なのだろうかエステルには想像もつかなかった。

 

「あれから大規模な人員の入れ替えが起こってね。なし崩しに協会長補佐に就任。組織の形を保つためにお偉いさん方の機嫌を取ってたら、あれやこれやと特務士官に逆戻りって訳。まあ、これはこれで自由にできる範疇が増えたからむしろ僥倖でもあったんだが」

 

 誰もが羨むようなキャリアアップを、さも面倒事のように語るアルカナ。

 大人の余裕、と言うには少々若い見た目の彼女の口ぶりからは、どこか老成したような価値観が見受けられる。

 

「そういう事言わないでよ。召喚士頑張ってる子がそんな贅沢な悩み聞いたら卒倒するわよ?」

「あっはは。一理あるわ。確かに、人間一度位は組織のしがらみなんてものを体験しておくべきよね」

「うぐう」

 

 その言葉に若干ダメージを受けた妖精が一人。

 彼女もまた、不在の女王に変わって国を切り盛りするべく周囲の期待と不安を一心に背負った結果が例の事件に繋がったため、苦笑いをする他ない。

 

「それに地位というのは己を縛る枷だが同時に強力な武器でもある。特に、私が今進めている計画は、組織を動かせるだけの力が必要になる」

「計画……?」

「そうよ、それについて教えてくれるんでしょうね?」

「いや、まだ駄目だ。少なくともここで話していいことでは無い。特に、王国全員が揃っていないのならね」

「……そうですか」

 

 言外にハグレ王国全員を巻き込む気だと告げられ、ローズマリーはこれが相当に大きな活動になることを予期する。

 

「今度はこっちから質問しよう。君達はハグレを集めて国を名乗っている。これは事実だね?」

「(……やはり、そこを聞いてくるか)ええ、間違いありません」

「では、何故国として勢力を拡大する?今のご時世、ハグレについての活動は決して良いとは言えない筈だが」

「それは……」

「それはもちろん、ハグレ達の居場所を作るためでち!」

 

 金色の目を鷹の如く光らせて問うアルカナ。その圧力に言いよどむ参謀だが、国王はアルカナの目を真っ直ぐ見て元気よく答えた。

 

「ふむ?」

「ああ、勿論ハグレだけじゃないでち。この世界でちょっと窮屈な思いをしている人たちが、デーリッチの王国ではのびのびと笑い合って過ごせる……そんな国を、デーリッチ達は目指しているんでち!」

「そうか……。そうか。ありがとう。ならば、何も言うことはないな」

 

 自信満々に、太陽のような、あるいは満天の星空めいた笑顔を見せたデーリッチ。そこに、輝かしいものを見るような目でアルカナは笑った。

 

「ではこちらから提供できることが一つ。我ら召喚士協会、ひいては帝国の姿勢として、ハグレ王国及び妖精王国に対して、融和の姿勢を取っていきたいと考えている。これはハグレ監査官としての権限を持つ私が述べられる客観的な意見として受け取ってくれて構わない」

「……ッ!そうですか、それはありがとうございます」

 

 続けて出されたのは、一番求めていた答えでは無いものの、値千金のものと言える情報だった。

 何せ、ハグレ王国は現在進行形で帝国の領土をちまちまと傘下に置いているようなもの、下手をすれば、ハグレの危険分子として軍が派遣されることも考えなければいけないのだ。当面はその心配がなくなったという事実は、ローズマリーにとっては何よりの報せだった。

 

「ただし、帝都周辺、特に運河を越えていたずらに進出するのはまだ避けた方がいいだろうね。大陸西部は支配地として重要に思ってないだけで、東部は権力の強い貴族の領地ばかりだからね。反ハグレの風潮は強くなるだろう」

「……肝に銘じます」

 

 当然、釘を刺すことも忘れない。

 アルカナにとってもハグレ王国、妖精王国の二つは望外のもの。ここで失われてはいけないものだと、強く感じているのだ。

 

「悪いが私が今ここで言えるのはこれだけでね。これ以上の込み入った話は、後日改めて会合の場を設けるつもりだ」

「いえ、それだけでも充分な話ですよ」

「まあ、こちらとしても利益になる話でしたし、場所を勝手に使ったことについては不問にしましょう」

 

(……すげえな、話題をチラつかせただけで完全にこちらへの優勢権を取りやがった)

 

 参謀たちとの会話を横で聞きながら、ルークはアルカナについてそう分析した。

 

 アルカナが出した情報は、実のところ彼女からしてみれば大したものではないのだ。

 帝国が王国にどう対応するかはあくまで彼女の意見でしかなく。暗躍している"計画"とやらについては殆ど内情を話していない。エステルの反応からしても、内緒で伝えたという線は消えた。

 ハグレ王国に対する世論の反応については、村々で聞き込みなどをして多少調べれば、確証とはいかずともある程度の察しがつくものではあるし、貴族社会である以上は彼女より上の権力者の采配によってあっさり覆ることもあり得ない話ではない。

 

 しかし、召喚士協会の重鎮、そしてハグレ監査官という立場の人物が発したことによって、帝国からの印象が確定したのもまた事実。

 彼女は自分の持つ"権限"を見せつけ、最大限の聞こえの良い言葉を発しただけだ。

 それだけでもローズマリーからの好印象を勝ち取った。それはハグレ王国を味方につけたと言っても過言ではないだろう。

 

「ん~~~、よくわからんでち!」

「簡単に言うと。私は君達の事を応援したいって言う事だよ。王様」

「なるほど!そういうことだったんでちね!」

 

(デーリッチはすぐ相手を信頼するしな……)

 

 今のところ、こちらを陥れようという雰囲気は発していないが、相手はおそらく陰謀渦巻く貴族たちと渡り合えるだけの存在。

 目の前の女傑に、自分がどれだけ適うかは分からない。もしかしたら、一切の抵抗も許されずにすり潰されるのかもしれない。

 だが、もしもの時のために、ある程度は気を配っておく必要があるとルークは考えていた。

 

(……ふむ、こっちを注意深く観察しているな。しっかりと斥候の類も機能しているらしい。参謀もなんだかんだ最後の所で見極めようとし続けている。この年齢でシノブやメニャーニャに引けを取らないだけの頭か、組織としては問題なしだな)

 

 アルカナもまた、この会合において、王国の首脳陣及び、汚れ役の類を確認していた。

 ローズマリーはこちらを受け入れる姿勢を見せてはいるものの、全てを信用しきったという風には見えない。ここで組織として盲目な面を見せるようであれば、このまま自分がさりげなく介入してテコ入れを行おうとも考えていたが、どうやら無用な心配だったらしい。

 

 そうして、警戒心はあれども割と穏やかな内容で会合は終了した。

 

「じゃあ私はこれで」

「え、ちょっと。どこ行くのよ」

 

 会合が終わるや否や、とっとと退出しようとするアルカナをエステルが呼び止める。

 

「まだ学校での講師やる期間が終わってないんでね。君達の拠点にお邪魔するのはもう少し後になるだろう」

「あっ、そういえば。私どうしようかしら……。館から移住するのに運び込むものも色々あるだろうし、王国からあの村まで結構距離あるんじゃないの?」

「好きにするといい。そっちも忙しくなりそうだからね。私の講義の感想は、次に会った時にでも聞かせて頂戴」

「そうね。そうさせてもらうわ」

 

 学生生活に対する未練を思い出し、事が片付いたら復学するのも一興だとミアラージュは考える。

 

「ああそうそう、ではこれを渡しておこうか」

 

 去り際にエステルに手渡されたのは、ある一点に印がされた地図であった。

 

――『クラウン領下、ハグレ獣人区指定区域、ケモフサ村』

 

「え、何この地図?というかクラウン領って先生の……」

「五日後だ!この地図の場所に王国と共に来るといい!そこで、君達と本格的に話し合う場を設けたい!歓迎の準備もしておこう!!」

 

 その言葉を最後に、有無を言わさずアルカナは立ち去ってしまった。 

 

「……嵐のような人だったね」

「ああ、しかしこれは大きい。何せ向こうからのお誘いだ。ここで帝都との繋がりができるというのなら、今後も上手くやっていけるのかもしれない」

 

 まくし立てるような口調と含みを持たせた発言で強烈な印象を残していったアルカナ。

 そんな彼女との思わぬ接触によって、今後の明確な指標ができたことを、ローズマリーは幸運と受け取ることにしたようだ。

 アルカナも帰り、ミアラージュも退院したことで、一同も散々占拠した妖精王国から帰宅することにした。

 

「それじゃ、帰って打ち上げだね。いや、この場合は歓迎会になるかな?」

「ああ、それならとっくにミアさんの歓迎パーティとして話が進んでるよ。今頃料理も並んで、後は主役の俺たちが戻るだけだな」

「どの道王国入りは決定していたか……」

 

 参謀の知らない間に、受け入れ準備は万端になっていた様子。

 ヘルラージュは意気揚々と姉の手を取る。

 もう、要らぬ血で汚れる必要のない、小さな手を。

 

「随分楽しそうじゃない。ヘル」

「うん!だってお姉ちゃんとまた一緒にいられるんだもの!」

「やれやれ……」

 

 

 

「ところで貴方、ヘルとどこまでいってるのか、教えなさいよね?」

「……え?」

 

 この後、宴会ではルークのヘルラージュに対するアプローチについて散々いじくり回された挙句、周辺の村にまで話が広まり、しばらく周囲の話題は持ち切りだったそうな。

 

 




アンケートは今回でひとまず区切りです。次回投稿までが〆切。
特に意味はないけど、今後のキャラクター描写を考えるためのひとつとして受け取らせていただきます。


次回は宿屋イベント系の小話集。

エステルとアルカナが何話していたのかはそっちに収録予定です。


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その19.彼ら彼女の一幕・参

『召喚士の会話』

 

 妖精王国にて、エステルがアルカナを連れ出した時の話。

 

 事務所を出て、森の中を進むこと少し。

 けもの道を進んだところで、ちょうどいいだろうと立ち止まった。

 

「よし、ここなら誰も来なさそうね」

 

 周囲に誰もいないことを確認してから、彼女に向けて口を開く。

 

「色々言いたいこととか、聞きたいこととかあるんだけど……。挨拶が先か。

 ――お久しぶりです、先生」

「ああ、久しぶりだな。エステル」

 

 そうして教え子を見る彼女の目は、協会にいた頃と変わりない。

 ほんの数か月会ってなかっただけというのに、とても懐かしいものに思えた。

 

「先生はどこも変わっていないようで」

「そういうお前は、変わっていないようで、見違えたわね。男子三日合わざればと言うが、それは女の子でも同じらしい」

「わかるんだ、そういうの」

「ああ、雰囲気が壮健になった。随分と修羅場を潜り抜けてきたようじゃない?」

 

 先ほどまでとは違い、多少砕けた口調で語る先生の言葉に、ハグレ王国での日々が思い返される。

 あの夜、帝都から逃げだし、ハグレ王国に居を移して早数か月。

 それから今までの間に起こった想像を超える大冒険の数々。

 協会で過ごした二年間に勝るとも劣らない冒険の日々は、自分に急速なレベルアップをもたらしていた。

 

 少し言葉を交わしただけでそれを見抜いてきた先生の観察眼は健在らしい。

 成長したと言われて、悪い気はしない。むしろ、目の前の相手に少しでも褒められたというのならそれは大分誇らしいことだった。

 

「さて、話したい事あるんだろ?言ってみ。せっかくだ、答えられる範囲なら答えてやる」

 

 先生が手ごろな倒木に腰を下ろしたので、私はその隣に座る。

 随分と気前が良い。折角なので、ここはお言葉に甘えるとしよう。

 

「じゃあさ、今協会はどうなってるの?私が飛び出してから、随分と慌ただしくなったみたいだけど」

 

 まず軽いジャブとして、自分がいなくなった後の協会の様子について聞いてみることにした。

 

 多くの不祥事が表沙汰となり、多くの召喚士が抜けていったことまでは知っているが、そこからどうなったのかまでは把握しておらず、流石に気にはなっているのだ。

 

「うん。とっても大変だったね。まずは貴族派の連中が軒並み消えて、有望な連中も結構な数が協会を見切ってしまった。そのおかげでやらなくていい仕事がこっちに回ってきてね……なし崩しにあのジジイの補佐やってる」

「ああ、協会長はそのままなのね」

「数少ない私の同期だからね。お飾りだったとは言え、一応は組織への愛着もあるんだと。今頃は書類仕事に忙殺されてるころだろうさ」

 

 たらい回しのツケだと先生は意地の悪い笑みを浮かべる。身内で役職を回して、面倒ごとだけは相手に押し付けるのが協会の悪いところだと以前に愚痴っていたけど、もう押し付ける相手も居なくなったか。

 私は催しで年に数度見る程度のあの爺さんが書類の山に埋もれる光景を想像して、つい吹き出しそうになった。

 しかし、先生と協会長の年齢は一回り以上も違うというのに、親し気に語るあたりやはりこの人は見た目以上に精神が成熟しているように感じる。

 

「でも悪い事ばかりじゃない。組織としての風通しは良くなったし、醜態を晒しても残ってくれるやつはいたし、後ろ盾がない魔法使いの知り合いなんかにも声を掛けた。今はそいつらを中心として、れっきとした研究機関として再編成し直してる最中と言えば、聞こえはいいかな」

 

 つまり悪く言えば、協会はアルカナに私物化されているということなのだが。そこは私腹を肥やすことに興味がない我が師のこと、精々が研究に使えるスペースが広くなった程度の感覚なのだろう。

 それにどうやら協会も落ちぶれたままという訳ではないらしく、ちゃんと組織としてまともになっているようだった。確かに、先生は協会でも昼行灯のようでいて色々と顔が利いていた。内外に彼女を慕う者は、存外多かったらしい。

 私には組織の運用とかはわからないけど、こんな短期間で協会を作り替えてしまった先生はすごい。

 

「へえ、中々すごいことやってるのね」

「ちなみに、陣頭に立ってるのがメニャーニャな。あいつ、この前には一級召喚士に昇進した。もうお前を顎で使える立場というわけだ」

「うへえ。あいつにこき使われるのか」

 

 出てきた名前もこれまた懐かしい。

 自分よりも優秀で猫みたいなあの後輩は、見ない間にもぐんぐんと頭角を現していた。

 あれだけ可愛がった後輩が、今では上司。何だか遠い存在になったようで、今イチ実感が湧かなかった。

 

「あいつを上司と仰ぎたくなったらいつでも言ってくれ。お前の席はいつでも用意している。正直、人手はいくらいても足りないし、お前より才能あるやつってのもそうそういなくてね。どうだ?」

「なんでそれで戻ってくると思ったのよ……まあ、声かけてくれるのは嬉しいけどさ。でも、ごめん。それはできない」

 

 確かに協会は居心地が良かった。正確には先生の研究室がだけど、今でもあの日々に戻れるというのなら、自分だって戻りたいと思う。それぐらいの未練は私にだってある。

 

 でも、そこにシノブはもういない。

 

 一番大事な親友がいなくなってしまったあの場所に今更戻ったところで、自分の心にはぽっかりと穴が開いてしまうだろう。きっとあの日々が戻ってくることはない。

 それに、今いる王国を離れるという選択肢も無い。

 

 逃げ込むように仲間入りしたとはいえ、あそこの面々は全員がかけがえのない友で、小さな王様は、この世界の確かな希望。そんな彼女を支える参謀は、ちょっと無茶をするきらいがあるから、私が前に出てあげなきゃいけない。

 

 まだまだ発展途上の王国は、私という存在を必要としているのだという自負があった。

 

「成る程。彼女達が相当気に入ったようだね」

「ええ。自慢の仲間達よ」

「じゃあ勧誘は止めておこう。メニャーニャには負担をかけてしまう形になるがね」

「それは……うん。あのメニャーニャだ、きっと上手くやれるさ」

 

 胸を張って告げれば、あっさりと先生は引き下がった。

 

(は?まだ私に仕事押し付ける気ですか!?)

 

 なんか聞こえた気がしないでもないが、気のせいだろう。

 

「そうそう。あいつは要領いいから大体の事はそつなくこなしてきてくれて、めっちゃ有難いのよ」

(ふざけんな!その頭カチ割ってあげましょうか!?)

 

 先生も何か聞こえたような素振りは見せないからやっぱり気のせいだろう。

 

「まあ、あの子が上手くやってるならそれに越したことはないんだけどさ」

 

 そして、やはり気になるのは、親友のこと。

 

「……シノブは、元気でやってる?」

「ああ、何の問題も無い。むしろ、自分で歩き回ることが増えたから健康さなら良くなったと言ってもいいだろう」

「ああ、確かに。シノブは体力ないからね」

 

 魔力と知力はずば抜けているものの、フィジカル面はインドア派らしく貧弱の一言で済む親友にとってフィールドワークはいい運動らしい。あっちこっち動き回っていることを不安に思ってはいたが、その点については心配無用のようだ。

 

「それはそれとしてだ。お前シノブばかり気にかけるるんじゃなくて、いい加減あいつに手紙の一つぐらい出してやりな。めっちゃ拗ねてたからな。音信不通で再開なんてしてみろ、スパナ投げつけられても知らんからな」

「うげっ。帰ったら手紙書きます……」

 

 無意識にシノブのほうを優先していることに、師から忠告を受ける。

 綺麗なフォームでスパナをピッチングしてくる後輩が、脳裏にあまりに鮮明に映し出されるものだから、思わず顔が青くなる。

 考えるより先に身体が動く自分と、対人関係がダメダメなシノブに比べると、どっちもできてしまう後輩はどうしても後回しになりがちだった。

 

 と、ここまでが軽い世間話。

 ここからは少々、真面目な話だ。

 

「最後に、シノブと先生。何を考えてるの?召喚ゲートの実験なんてして、何がしたいの?」

 

 トゲチーク山地下の古代遺跡。

 ザンブラコの海底洞窟。

 そして、戦争後に関与が発覚した妖精王国。

 

 これら全ては、親友たるシノブも関わっている。

 マナの実という一つの植物を起点として、ある実験が進んでいることは明白だ。

 

 故に、問う。

 

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 その質問に、先生は驚かなかった。

 おそらく、私ならこの質問はするだろうと予測していたのだろうし、私もそう考えていた。

 だから、この後の答えも何となくわかってしまった。

 

「……すまない、エステル。それはまだ言えないんだ」

 

 少し悲しそうな顔をして、口を噤んだ。

 

「どうして……!」

 

 何故自分に話してくれないのか。 

 私は二人の力になれないほどに力不足なのか?

 

「ああ、別にお前を信用していないとかそういう話じゃない。単純に、ここで話すには少しばかり規模が大きすぎる。話をする場を整えるから、もう少し我慢してくれ。」

 

 ……確かにその通りだ。そうまで言われてしまうと、こっちも一度引き下がるしかない。

 

「そう、わかったわ。でも、これだけは教えて。

 それは、人を幸せにするものなの?」

 

 親友が追い求めた、世界を平和にするという目標。

 私も助けになりたいと思った一大事業。加わりたいと思った偉業。

 それは、今も変わっていないのか――?

 

「ああ、勿論だとも。今も昔も、私の掲げる目標は変わっていない。未来が善きものだと証明することこそが、我が生涯の命題だとも」

 

 答えた先生の目は、いつになく真剣なもの。

 それは、かつてシノブやメニャーニャと一緒に、ゼロキャンペーンを発案したときに示した反応と同じだった。

 

――よし、やろうじゃないか。しかしこんなに大それたことを考えるとは、お前たちはやはり天才だ。

 

 そう褒めたたえてくれたあの時も、彼女は真剣な目で許可を与えた。

 

 ……それはきっと、先生が追い求める夢に繋がっているのだろう。

 

 だから、ひとまずはそれで納得することにした。

 

「……そう。それじゃあ、今は信じてあげる」

「ありがとう。それじゃあお返しに、お前がここまで見てきたハグレ王国の話でもしてくれないか。生憎、こっちで把握してる動きは冒険の話ぐらいでね。どんな面白い人と会ってきたのか、君の目で見たものを教えてくれないか」

「ええ、わかったわ」

 

 私がどんな人と出会い、どんな絆を育んできたのか。

 せっかくだ、日が暮れるまで語りあかしてやろう――!

 

 

『落ち着いてください、お姉ちゃん!』

 

 ハグレ王国拠点。談話室の一角にて。

 

「……」

「……」

 

 隣り合わせで座るヘルラージュとルーク。

 一組の男女の前に、ミアラージュがテーブルを挟んで向きあっている。 

 彼女から発せられる無言の重圧に、ただただ黙る二人であった。

 

(え、何?なんでいきなり席に座らされたと思ったら無言!?)

(まずいまずいまずい。何だか知らんが身の危険を感じる)

 

「初めて出会った時からツッコミたくて、でもシリアスだから言うのは後回しにしてたんだけど。ヘル。あなたのその服、何なの?」

「え?」

(そうきたかーーー!!)

「その服よ、服。少々露出が激しすぎないとは思わないの?別に二人の仲にケチつけるような真似はしないけど、流石に恰好ぐらいは一言言わせて頂戴」

 

 ヘルラージュが秘密結社の仕事着としていうドレスの露出度を指摘する姉に、ついに指摘が入ったかと納得するルーク。ついでに、何故自分が危機を感じていたかの理由も判明した。

 

「ええ、そうね。私もちょっと高いなぁとは思うのだけど……」

「やっぱりそこの彼の仕業なの!?こいつの趣味なのね!?」

「ひッ!?」

「落ち着いてくだせえ姉さん!」

「あたしゃアンタの姉さんになった覚えはねえ!」

「ひぃい!!」

 

 あんまり問題に思ってなさそうな妹の様子に、勝手に納得して荒ぶるお姉ちゃん。

 制止に入ろうとするも、余計なワードが火に油を注ぐだけ。

 なんとかなだめすかして、理由を話してみれば、今度は悪の秘密結社の部分にご立腹。

 

「そんなの今すぐ止めなさーい!」

「い、いやですわー!」

「なにをー!?」

 

 と、姉妹の言い争う声が談話室に木霊したのであった。

 

「と、言うわけでして。一刻も早く秘密結社なんて止めなさいとお姉ちゃんに怒られまして……」

「急に呼び出されたと思ったら、出動要請じゃなくてそうきたか」

「やれやれ、とんだところで存続の危機ですよ」

 

 ところ変わって会議室。

 緊急会議ということで呼び出されたローズマリーにヘルラージュが訳を話す。

 悪逆非道の秘密結社が、まさかの保護者ストップによって存続の危機に陥るなど、一体誰が予想しただろうか。

 

 あんまりな理由のためなんとも言えない雰囲気の中、遅れてやってきたなすびが一人。

 

「やー、遅くなったでち。すまんでち。ボードゲームがいいところで~」

「デーリッチ、今日はナスビの恰好しなくていいよ」

「おう?今日は先日の《クリーンナップキャンペーン、山賊ゼロの国!》の続きかと」

 

 ハグレ王国近辺の山賊襲撃活動ではないことに、なすびから戻ったデーリッチが首を傾げる。

 

「いやそれがね、どうも秘密結社の存続が怪しくなってきたんだ」

 

 悪の幹部なんてとても認められないという姉の強い発言力によって、我を通すのも難しく、かと言って動機を言えば、その復讐自体が壮大な空回りだったので、最早存続している理由もなく。

 

「ねえ、どうしましょう?」

「うーん、ヘルちんが止めるって言うなら仕方ないとは思うけど……」

「続けたいって気持ちは二人にあるんですの?」

「うん、活動が意外と息抜きになってるし。ナスビスーツも結構すきなんだよなぁ……。無限に迫ってくる雑務を忘れて、無心になれる気がするんだよね」

 

 ちょっとドン引きする感じの理由だった。

 

「成る程、なすびの時のローズマリーさん、イキイキとしておられますものね」

「正直、ちょっと引くぐらいには澄み切った表情でなすびに成り切ってるよな」

 

 そこまで追い込まれるほどに王国の雑務を一手に背負わせていることに、ルークは申し訳ない気持ちが湧いてくると共に、金勘定ぐらいはもっと手伝おうと決意した。具体的には、参謀とマネージャーを分担させる感じで。

 

「デーリッチちゃんは?」

「普通に無い体験ができるでちからねー。感謝状とかも一杯もらったし、このまま続けていきたいところだったんでちが……」

 

 なんだかんだ二人はやりがいを見出していたようで、最後に副リーダーに質問が向いた。

 

「ルーク君は?」

「俺はリーダーに従うとしか。続けたくないかって言われると嘘になりますがね。そこのところ、どうなんです?」

 

 肝心の総統に続ける意欲が無ければ、自分達が何を言っても仕方がない。

 

「……実のところ、迷っていますわ。お姉ちゃんの言う通り、続ける必要はないのだけれど。でも、やめてしまうと皆との繋がりが無くなってしまうようで。だからって惰性で続けるのもどうかと思いますし……」

 

 秘密結社は手段であった筈だが、アイデンティティの一つにまでなっていたようだ。

 どうしたものかと皆で悩んでいると、ローズマリーがあることに気が付いた。

 

「ん、ちょっと待って?そもそもおかしくない?」

「え?」

「お?」

「秘密結社、ちっとも悪い事やってないよ?」

 

 お気づきになられましたか。

 

「あれ、そうだっけ?」

「ちょっと、活動内容挙げてみ。」

「いやいやそんなこと無いと思うけど……。まず、山賊アジトでの金品強奪ね」

「それ、山賊が巻き上げた金品を取り返して村の人に配りなおしただけだよね?」

「たまに、おたからとか持ってたりするから。襲撃しがいがあるよね」

「最近は秘密結社の名前聴くだけで逃げ出すから張り合いが無いでち」

 

「あれ、えーっと……?あ!ほら!女児誘拐事件は流石に悪ですわ……!身代金まで要求しましたからね!」

「それは盗賊団がさらった娘を、私達がさらに誘拐して、身代金50Gで帰してあげたんだよね?」

「むしろその100倍くらい後で払われたんだよな。これぽっちじゃ感謝の気持ちには足りねえって」

「あの時の娘さん、ルーク君を見る目が若干怪しかったんでちよね」

「……え、マジで?」

 

「じゃ、じゃあ。この悪代官米屋敷襲撃事件は!?」

「タイトルで説明ついてるじゃん……」

「俺としてはとても楽しかったからまたお邪魔したいっすね」

「それわかるー」

 

 ここまでの活動を列挙したところ、概ね義賊っぽいことばかりやっていた秘密結社。

 手段が犯罪だったりすることはあれど、結果としては人に感謝されることしかやっていないのである!

 

「なんてことでち……。我々は善行を振りまいていたんでちか」

「気づいてなかったのか?」

「悪行じゃないとは思ってたけど、思った以上に善行ばかりだな……」

「まあ、そういう作戦しか立てませんからね」

 

 無理やりに言ってみれば、悪人にとっての悪といったところだろうか。

 

「わ、私達は悪の秘密結社を名乗っておきながら、それに相応しい活動を何もしてきてないというの……?」

「この前のヘルちんは結構決まってたんでちがね。まあルーク君の誘い受けだったんでちが」

「やめろ。頼むからあの時の事は、やめろ」

「えぇ~~~?」

 

 こっ恥ずかしいプロポーズを引っ張り合いに出されると、ルークにダメージが行きます。

 そんなやり取りをよそに、悪として全然なってない体たらくだった事実にヘルラージュはわなわなと震える。

 

「こ、これじゃあお姉ちゃんが悪の秘密結社を解散しろというのも当然ですわーっ!」

 

 

 

「いや、そうはならないでしょ!?」

 

 

 

「うわぁ!?」

 

 ツッコミと共にテーブルの下から這い出してきたのは、他ならぬミアラージュだった。

 

「何で机の下から……?」

「心配だったから聴き耳を立てさせてもらったわ。それより、聞いてたわよ。あなた達、ちっとも悪いことしてないじゃない。なによそれ」

 

 ミアラージュは呆れた様子。

 どうやら彼女が怒っていたのは"悪の"部分だったようで、秘密結社の活動自体に文句をつけるつもりはないらしい。

 

「そ、そうなの?じゃあ、存続おーけーなの?」

「んー、どうしようかな……。別にいいんだけど、メンバーがあなた達だけじゃあ、ちょっと不安よねぇ……」

 

 思わせぶりな事を言うミアラージュであったが、

 

「はぁ……」

「メンバーを五人にして、新しく監視役とかどうかなぁ……って、思ったり……」

「え?五人と言われても……」

「なかなか急に入ってくれる人は、ねぇ?」

 

 総員、これをスルー。

 

「……あー、最近時間出来ちゃったな。時間を持て余してる感じがあるわー」

 

「うーん、出来れば信頼できる身内で固めておくのがいいですし……」

「まあ、そろそろ一人増やしてもいいかなとは思ってたが、ちょうどいい人材ってのは案外見つからないもんだよなあ」

「中々都合よく現れるわけでも……」

 

「んー、ごほんっ……!ん、んんんっ!」

 

 気を引こうと咳払いとかしても、まさかの全スルー。

 

「というわけでお姉ちゃん、残念ですけど今すぐってわけには……」

「ええっ!?これだけ振ってるのに!?」

 

 見事なまでのスルー芸に、思わずツッコミ。

 

「え?」

「都合よく現れた、身内で信頼出来て、かつ丁度時間を持て余しちゃってる感じの人物が目の前にいるでしょう!?」

「え、もしかしてお姉ちゃん?」

「え、あ、ど、どうかなぁー?」

 

 解散しなさいと強く言った手前、素直に入りたいと言えないミアラージュ。

 

「え、ミアちゃん秘密結社に入りたいんでちか?」

「い、いや、あなた達がどうしてもというなら仕方ないかなって……!」

「仕方ないってことはあまり入りたくはないのですね……」

「無理強いはちょっとね」

「それにうちはサタ〇ペな感じだから、ネク〇ニカの方はちょっと……」

「おい!露骨なワード出すな!しかも後ろの方隠してるようで隠れてないぞ!」

「サプリ導入でいけないでちか?」

 

 唐突なステマにカミソリめいた切れ味のツッコミが入る。

 

「あー、もうっ!いい加減にしろっ!分かるでしょう……?つべこべ言わず私を入れなさいよ!」

 

 埒がアカンと言ったようにミアラージュは開き直る。

 

「お姉ちゃんを?」

「そう!」

「入りたい?」

「え、あ……。は、入りたい、かな……」

 

 この期に及んでまだ言いよどむ。

 

「ごめん。聞こえなかった。もう少し大きな声で」

「は、入りたいのよ」

 

「ビッグボイス!」

「はーいーりーたーいでーすー!」

 

「もっとなりふり構わず辛抱たまらん感じで!」

「おい、ぶっ飛ばすぞ」

 

「お姉ちゃん結構、ちょろいですわね……」

「お前らわざとか!」

 

 散々露出だ存続だと言われた意趣返しとして焦らしまくった結果。晴れてミアラージュは秘密結社の五人目のメンバーとして加入することが決定した。

 人がいいのか悪いのかわからない集まりだが、だからこそ悪い事なんてできないのだろうと納得するミアラージュだった。

 

「じゃあ、お姉ちゃんも戦闘員だから、ナスビスーツ着ようね」

「は、ナス?」

「秘密結社の戦闘員の服装だよ。うちは、これで統一してるんだ」

「こ、これってどんなの?」

「これでち!」

 

 さっきデーリッチが脱いだナスビスーツが目の前に出される。

 

「……あんた達、こんなの着て活動してたの?」

「そうでちよ?」

「そこの彼も?」

「ルークさんは副リーダーなので、今の服装のままですね」

「まあ、そういうこった」

 

 言いくるめて幹部格に収まろうにも、既に席は埋まっていた。

 ミアラージュはどうあがいてもナスビスーツから逃れられないことを悟る。

 

「あの、入社希望はなかったことに……」

「うふふ、だーめー」

 

 慌てて取り消そうとするも、ここでは妹の方が強かった。

 

 

「それじゃ、秘密結社の経理(マネージャー)は任せますよ」

「え、どういうこと?」

「うちの活動資金、俺とヘルの稼ぎなんで。ヘルの財布がミアさんに渡った以上、こっちの管理も任せましょうってことですよ」

 

 先日、ヘルラージュが小遣いを好物の甘いものに浪費するので、ミアラージュがお財布を取り上げたラージュ家で一括管理するようになったのは記憶に新しい。渡す金額自体はルークが管理していたのだが、なんだかんだとヘルラージュのおねだりに負けてしまうことも少なくないので、この際全部委任してしまおうということである。

 

「まあ、別にいいけど。その代わり、無駄遣いとか厳しくするからね?」

「オーケーオーケー。皆さんも問題ないですね?」

「異存はないかな。デーリッチが活動終わりに毎回ヘルちんにプリンをねだるからどうしようかと思ってたところだし」

「うげげーっ!?」

「はわわーっ!?」

 

 至福の時間が取り潰されたことに、衝撃を受ける二人であった。

 

「それじゃあ、次元の塔で新生秘密結社の腕試しと行こうじゃないか。アルカナさんのとこに行く日まで、そこで特訓する予定だったんだろ」

「あ、そうだね。じゃあ今からメンバー集めようか」

 

 丁度お互いの連携を確かめる場もあるので、最近新階層が解放された次元の塔行きを提案する。

 

「ん?次元の塔?何よそれ」

「あ、そういえばミアさんが来る前でしたね、行ってしまえばレベル上げ用のダンジョンですよ。階層ごとに景色とか変わってるんですが、次に行く場所は――

 

 

 

――宇宙都市だよ」




〇今作での召喚士協会について
アルカナ先生の方針により、研究者気質の強い者達が集まるようになった。
とは言っても概ね原作との相違点は少ないかもしれない。メニャーニャはアルカナの下で喜々として古代兵器を改造してる。雑用を押し付けてくるのにはイラついてるけど。

〇ネクロニカ
【永い後日談のネクロニカ】
終末戦争後の世界で、ゾンビ人形となった少女たちの悲劇を演じるTRPG。
表紙がグロいことで有名。

次回は次元の塔5層のお話。
ドリ姫加入後のあれこれが済んでから、ようやっとオリジナルに突入する予定です


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その20.サタデーナイトスペースオペラ・エピソードⅠ

略してサタスペ。

ファンタジーって軒並み倫理観がシビアなので現代だと立派な犯罪でもなあなあで許されるとこありますよね。

端折れるところは端折っていきたい。


――次元の塔解放のお知らせ。

 

 様々な世界に繋がるかの塔にはあらゆる常識は通用しない。

 現にこれまでの階層は雪原に悪魔の屋敷。秘密結社アジトの浜辺に地底洞窟と、何一つとして統一感がない。

 

 そして今回の五層はなんと宇宙都市で、しかもそこは宇宙海賊が占拠中らしく、何が何だかもうてんやわんや。中を開けるまでどんな世界に繋がっているのかはヘルパーさんにも分からず、これでは希望か絶望の二択な分パンドラの箱がマシというものだ。

 

 まさかまさかのスペースアドベンチャーに肝の据わったハグレ王国の民も驚きを隠せず、特に反応を示したのが二人いた。

 

「宇宙都市!?」

「宇宙海賊!?」

 

 宇宙都市という単語にヤエが、宇宙海賊にはルークが自分の出番かと立ち上がる。

 前者は念願の主役かと期待を膨らませ、後者は海賊相手なら自分の得意分野だと主張する。

 

「ついに……、ついにスペースヤエちゃん編の幕開けね!」

「これは秘密結社の出番だな?」 

 

「は?」

「お?」

 

 お互いの見せ場を食い合う事態に、一触即発の雰囲気。

 

「宇宙なら正義のサイキッカーたるこの私が適任でしょう?」

「いやいや、犯罪組織の相手なら俺にも心得がだな……」

 

「はいそこ!喧嘩しない!!」

「「はーい」」

 

 

 そんなやり取りがあったのも先日の話。

 魔女の館の事件を解決した折に、偶然の出会いを果たした召喚士・アルカナとの会合までの五日間を有効活用しようと、ハグレ王国は意気揚々と攻略に乗り出した。

 

 同行メンバーは以下の通り。

 ヤエ!雪乃!ヅッチー!ジュリア!ヘルラージュ!ルーク!ミアラージュ!

 

 この人選は揉めかけた両者の希望を最大限に尊重した他、新入りのミアラージュとの親睦を深める意味合いもある。

 ブレーキ役としてジュリアもいるため、そうそうひどい事にはならないと思われたが……

 

「おうおう、お嬢ちゃんたち見たところ冒険者だな?ここは俺たちのシマだぜ。通行料ってのが必要だろう?500Gだ、払いな」

 

 足を踏み入れて早々、見るからに海賊という風体の男たちがデーリッチ達を見るなり難癖をつけてきた。

 

「どうするでち?」

「そんなの、断固拒否に決まってるでしょ」

「でも、結構強そうですよ?」

「確かに、これまでに出会った山賊たちとは別次元の強さに見える」

 

 雪乃の指摘する通り、宇宙海賊は武装も弓とカトラスと備えており、本人たちの練度も決して侮れないものであることが見てわかった。少なくとも、どこぞの山賊団よりは手ごわい相手だというのがローズマリーの見立てであった。

 

「でも~、別に敵わないわけじゃないでちよね?」

「まあまあ、ひとまずここは私が行きましょう」

「ならず者との交渉なら適役か……任せた」

「ちょっと、大丈夫なの?」

 

 面倒なので戦って追い払おうと考えるデーリッチを制止し、交渉役としてルークが前に出ようとする。

 特に重装備という訳でもない彼が単身で前に出ることに、ミアラージュが疑問の声を上げる。

 

「ええ。一応考えはありますよ」

「えー?こんなの私のサイキックパワーで蹴散らして……」

「それじゃあ、これよろしく」

「え、何この紙?……へえ、面白いじゃない」

 

 ヤエに何かを押し付けると、ルークは海賊たちに近寄り、フレンドリーな対応で話しかけた。

 

「やあやあ、見たところ話に聞く宇宙海賊さんのようで」

「あぁん?何だ兄ちゃん、あんたが払ってくれるのか?」

 

 一見して男一人、女七人と言う事もあってか、明らかに下に見るような態度で海賊チーフはルークに接する。

 そんな海賊の舐め切った対応にもルークは涼しい顔で、かつ穏やかに笑いかけた。

 

「ま、こちらも荒事は避けたいからね。それに女の子の陰に隠れるとか、男としてダメでしょ」

「へえ、中々聞き分け良いじゃねえの」

 

(ねえ、本当に払ってしまうの?情けないわね)

(まあまあお姉ちゃん。あのルーク君が素直に言う事を聞くとは思いませんわ)

 

 ミアラージュとしては、相手の要求通りに金を払ってしまうのは面白くも無いようだが、妹がそれをたしなめるので、大人しく見届けることにした。

 

 ルークは懐から布袋を取り出して見せると、海賊チーフも気を良くして手を差し出す。そのまま彼の手には、ずっしりとした重みが加算された。

 

「おっほ!?こりゃ中々入ってるな」

 

 袋越しでもわかる確かな硬貨の感触、中を開けてみれば、しっかりとゴールド貨幣が顔を覗かせる。

 すんなりとカツアゲが成功してしまったことに若干拍子抜けながらも、上質な装備をしているから羽振りもいいのだと海賊チーフは一人納得して金貨を分配する作業に入る。

 だから、一目散に背を向けたルークを気に留めるようなこともなかった。

 

「へへっ、話が分かる奴らは大歓迎だぜ」

「それじゃあ、私達はこれで」

 

 ルークはそそくさとデーリッチたちの方に走って戻ってきた。その様子は何かから必死に距離を置こうとしているようにも見えた。

 

「んじゃ、後よろしく」

「オッケー」 

「ん?こいつぁなんだ…?」

 

 海賊が金貨を取り出すと、何やら黒い粉が付着していることに違和感を覚えた。何だっけこれ、確かどっかで見たような……?

 そしてその答えは、すぐに身をもって知ることとなる。

 

「サンダー!」

 

 雷光が一筋、宇宙都市に走る。

 

 ルークの合図でヤエの手から放たれたそれは、誰も傷つけることなく、ただある一点に着弾した。

――海賊の手に収まったコイン袋だ。

 

 雷撃は布袋を焼き、そして袋の底にたんまりと詰められた黒色火薬に引火する。

 

 直後、すさまじい轟音と爆炎が海賊たちを襲った。

 

 

「ぐ、ぐえええ!?」

「ぎゃああああ!?」

 

 硬貨は即席の弾丸となって海賊たちを蹂躙する。

 無傷の者はおらず、爆心地にいた海賊チーフに至っては既に戦闘不能の有様だ。

 

「お、中々派手にいったな」

「ええ、悪党にはお似合いの爆発ね」

 

 盛大な爆発にお子様達は目を輝かせ、下手人二人は意地の悪い笑みを浮かべて海賊達が慌てふためく様を眺める。これには拠点のピンクの人も大笑いするだろう。

 先ほどルークがヤエに渡したメモの内容はこうだ。

 

『袋に火薬詰めたからいい感じのところで着火して』

 

 アバウトな内容だが、ヤエが実際に成功させるだけの技量を持っていると信じていると言えば美談っぽく聞こえるだろうか。

 

「よっしゃ。今のうちに制圧だー!」

「おーっ!」

「イエーイ!」

 

 爆弾魔さながらの所業を行ったルークは、満面の笑みで号令をかけ、デーリッチやヅッチーがうっきうきの表情で突撃する。

 

 やはりこの男、やることがえげつない。

 

「何をするのかと思ったら、まるで子供の悪戯ね」

「ミアさん、顔、顔」

 

 呆れたようにミアラージュは言うものの、こちらを侮った海賊がまんまと引っ掛かったのを見て、その顔には喜びの笑みが浮かんでいた。

 

 こうして、先制攻撃に成功したハグレ王国は宇宙海賊を拘束した。

 

 そうして何が始まるのかって?尋問である。

 

「おらっ、お前ら知ってること全部吐きな」

「い、言わねえぞ!ぜってえ言わねえぞ、ぎゃあぁああ!!」

 

 流石に口を割らない海賊に、ルークは使い終えた割りばしを折るよりも気軽に小指をへし折ってみせた。

 海賊チーフの喚き声が響く中、雪だるまに埋められた形で拘束されている下っ端たちもローズマリーから尋問を受けていた。

 

「まずは君たちの目的から聞こうじゃないか。何、話してもらえれば無事に解放しよう」

「だが、あまり喋るのが遅いと君達には宇宙の永旅(ながたび)に出てもらうことになるだろうな」

「よーし、新記録狙っちゃいますよぉ!」

 

 練習だと言わんばかりに雪だるまを遠くに蹴り飛ばす雪乃をジュリアが指し示すと、宇宙海賊たちも恐怖と寒さで身を震わせる。

 

「言います、言いますからあぁぁぁ!!」

 

 そうして尋問を続けると、宇宙海賊について以下の事が判明した。

 

 まず、彼らはこの宇宙都市を乗っ取って略奪の限りを尽くしていること。

 次に、彼らのアジトに入るには鍵が必要で、今の海賊たちはその鍵を持っていないこと。

 最後に、彼らは宇宙都市の列車を乗っ取り、戦艦列車として乗り回していること。

 

 何故か組織名だけは断固として言わなかったものの、これ以上の情報を絞り出すのに時間を割くわけにもいかず、一行は尋問を終了することにした。

 

「それじゃあ、解放してやる」

「お、覚えてろよ!」

 

 雪だるまから抜け出した下っ端たちは、コッテコテの捨てセリフを吐きながら去っていった。

 

 

 

 

 

 

 一行が階段を上ると、建物が立ち並ぶエリアに出た。

 上と下にも建物が並ぶエリアが繋がっていることから、どうやらここは都市の中央部にあたるらしい。運搬用なのだろうか、道の真ん中には線路が敷かれている。

 

 民家も立ち並んではいるものの、その扉は固く閉ざされていた。

 街には海賊や魔物が我が物顔で闊歩しており、何より目を引くのは線路の上を爆走している列車だった。

 

「うわあああああ!?」

「何じゃこりゃああああああ!?」

 

 こちらを見るや問答無用で砲撃を放ってきた列車に、デーリッチ達は敗走していた。

 

 反撃を試みてはみたものの、攻撃はすべからく装甲に弾かれ、耐えるのがちょっと無理そうな砲撃が飛んでくるのでは敵う訳も無く、命からがら線路から逃げ出したのである。

 

 追撃が飛んでくる様子はなく、どうやら海賊たちにとっては線路上にいた邪魔者を払った程度の認識なのだろう。ハグレ王国一行には必要以上に攻撃を仕掛けてくることはないようだった。

 

「あの野郎、嘗めやがって……」

「魔法も特技も効かない防御力と、あの攻撃力。真正面から突っ込んでも奴らの言う通りひき潰されるだけだな」

「でも、物理攻撃だけだから防御固めていけばなんとかなりそうじゃないでちか?」

「それは駄目ね。ああいうのは無理やり突破したら何か大事な手順をすっ飛ばしてしまうから、撃破できても無かったことになるだけよ」*1

「ヤエちゃん、その発言色々と危ないからね?」

 

 あんなのが走り回っているとおちおち探索もできないということで、とりあえず対策を話し合う一行だが、良さげなアイデアは出てこなかった。

 

「それじゃあ民家を訪ねて話を聞いてみましょう。街の人たちが何か知っているかもしれませんわ」

「確かに、ノックすれば話ぐらいは応じてくれるかもね」

 

 ヘルラージュの提案により、ハグレ王国一行は民家を訪ねて回ることにした。

 

 ルークの予想では、自分達も海賊と同じよそ者であるから住民には警戒されるのではないかと考えていたのだが、意外にも住人たちは話に応じてくれた。

 彼らも魔物を引き連れて街を闊歩する宇宙海賊にはほとほと頭を悩ませているのだろう。そこに宇宙海賊に立ち向かおうとする者達がいるのなら、冒険者でもなんでもいいから頼りたくなるというもの。

 

 そしてそれは住民達の中でも同じ考えを持つ者がいたらしく、レジスタンスが結成されたとある民家から情報が得られた。

 

 レジスタンスというぐらいなのだから、あの戦艦列車についても何かしらの情報を持っているのだろうということで、ひとまず接触してみようということになった。

 

 それで、そのレジスタンスのアジトというのが――

 

「井戸、井戸……ああ、これか」

 

 街角に備えられた井戸。

 そこを降りた先の地下に、レジスタンスのアジトはあるらしく、一行は都市の中で唯一存在する井戸の前に立っていた。

 

「情報によると、この井戸の下らしいな」

「水は張ってない。拠点を構えるのにも支障はないな」

 

 ルークが井戸を覗き込んで下を確認する。

 ここから井戸の底までは目算だが飛び降りられない高さではなく、着地時に水に足を取られるといった心配もない。なら安心して飛び込めると判断する。

 

「それじゃ、先行しますよ」

 

 ひょいと身を躍らせ、ルークの姿は瞬く間に井戸の底に消えていった。

 

「大丈夫でちー?」

「……ああ、問題ねえ。皆もこっちに来てくれ!」

 

 デーリッチの呼びかけに、少し間を置いて返事が来る。

 問題はないと判断して、待機していた者達も井戸に飛び込んだ。

 

「ほいっ」

「よいしょっと」

「よっと……ヤエちゃーん、大丈夫?」

 

 井戸の入り口から真下の地点には苔や草が茂っており、衝撃を随分と和らげてくれる。

 続々と着地に成功するが、難がありそうなのが数名。

 特にヤエは以前に拠点の床板をぶち抜いた実績(前科)があるので心配されている。

 

「問題ないわ……ごふぅ!?」

「ヤエちゃーん!?」

「盛大に尻から落ちたわね……」

 

 フラグを見事に回収するその在り様はまさしくサイキッカー(芸人)の鏡。

 そうして皆も無事に?井戸の底へと着地したのだが、問題のへたれが一人。

 

「ぴゃあ"あ"あ"あ"あ"あ"!!」

「ヘル!?今受け止めて……!?」

「おっと」

 

 情けない悲鳴を上げながら落っこちてきたヘルラージュ。このままでは受け身も取れずに激突しかねず、ミアラージュが慌てて駆け寄ろうとする。だが、いつの間にやらルークが落下地点に立って腕を構えていた。

 そして、受け身も取れないような状態で落下するヘルラージュを、ルークは抱えるように受け止めた。

 

「おぉ~~~!!」

 

 そんなルークの雄姿に、周りから歓声があがる。

 

「はわわわわわわ……ありがとうございます」

「ふぅ……、なんとなくこうなる気がしたから備えておいて正解だったぜ」

「ああもう、心配させないでよね?」

「しかし、井戸の中ってこうなっていたんだな……」

 

 ローズマリーの言う通り、井戸の中は大きな空洞となっていた。

 削りだした壁から吊り下げられたランタン。明らかに人の手が入っていることが見て取れる光景だ。

 

「こんな所に、本当にレジスタンスが集まっているのだろうか……」

「コングラッチュレイショーン!!」

「わぁ!?」

「ヒューッ!中々クールじゃねーかお前さん達!いいもん見させてもらったぜ、合格だ!!」

 

 物陰から現れた戦士と思わしき男性は、ご機嫌な様子で一行に話しかける。

 

「ようこそレジスタンスへ!井戸の中へ飛び込む勇気こそがレジスタンスの入団試験!歓迎するぜ、新入り!」

「いや、私達は別に入団希望ってわけじゃ――」

「分かってる分かってる。そう簡単に裏は見せられないよな?だが、ここにいる皆の気持ちは一つ!海賊を倒したいという気持ちだけで繋がってるんだ!信じてくれ!」

「え、ええと、だからね?」

 

 ローズマリーが事情を話そうとするが、男は一人勝手に納得して話を進めてしまう。

 

「リーダーはこっちだ。案内しよう」

 

 そして男は奥へと行ってしまった。

 

「話、聞いてくれないなぁ」

「まあまあ。どうせあの列車を何とかしないことには満足に探索もできないんだし、現地の連中に恩を売っておくのも悪くはないとは思いますよ」

「まあ、確かにそうなんだけども、ううむ……」

「ほんとに大丈夫なんでちかねえ」

 

 

 

 ◇

 

 

 

 ハグレ王国はレジスタンスのリーダーと顔合わせをすることになったのだが――

 何か、色々と衝撃的だった。

 

「ようこそレジスタンスへ!わらわはリーダーのドリントルじゃ。ドリンピア星の第一王女をやっておる」

「????????」

 

 スケスケのスカート。胸と下半身を申し訳程度に隠したような下着同然の衣装。マントで隠れているものの、目のやりどころに困るとかそういうレベルではなく、ヘルラージュのほうがまだ貞淑だと言える恰好をしたレジスタンスのリーダー――ドリントルと名乗ったその女性は、おまけにドリンピア星とかいう星の第一王女様なんだって。

 

「成程、反骨心溢れる顔つきをしておる。これは頼もしい新入りがやってきたのう」

 

 ハグレ王国の面々を見て満足げに頷くドリントルだが、当の本人達は彼女が姫と名乗ったことに困惑している。 

 

「おいおい、どんな人物がリーダーやってるのかと思ってたらお姫様がでてきたぞ……」

「ううむ、まさか王族とはな」

「驚きですぅ……」

「あのー、デーリッチも国王だけどプリンセスだからね?」

「あ、ごめんごめん忘れてた」

「ひどい!?」

「およ?何じゃその反応は……もしや、わらわのことを知らんのか?」

「ふむ……この者たち、町民データベースに該当する顔がありませんぞ」

「うええっ!?そいつ喋るの!?ていうか顔キモッ!!」

 

 ドリントルの側で浮遊していた青色のUFOが喋り出したことに驚愕する一行。妙に凛々しい顔つきの人面がくっついているのがミスマッチを引き起こしている。

 

「なんと、怪しい奴らめ!名を名乗れい!」 

「私達からすれば君達の方が百倍怪しいんだけど……ま、まあ説明させてください」

 

 

 ――かくかくしかじか。

 

 

「なるほどのう」

「わかってくれましたか?」

「うむ!お主らはとても頼りになる連中じゃということがわかった!そうじゃ、一緒に宇宙海賊を倒さぬか?」

「いや、その前にあなた達の素性を明らかにしてください」

 

 改めて共闘の依頼を持ち掛けてきたドリントルに、ローズマリーは詳細な説明を要求する。

 

 ドリントル姫曰く、彼女はお目付け役のユーフォニアと共に宇宙を放浪中の身であるという。

 そして宇宙を放浪している最中にこの宇宙都市に寄り付き、住民たちと交流を深めていたところを宇宙海賊が襲来をかけてきたと。

 住民達にはよくしてもらったため、恩返しができないかと悩んでいた矢先のアクシデント。

 ここで立ち上がらなければ姫の名が廃るということで、ドリントルを筆頭にレジスタンスが結成されたという。

 

 以上の経緯を説明し、改めてレジスタンスに力を貸してほしいと言うドリントル達に、具体案はあるのかとローズマリーが問う。

 

「うむ、相手は百戦錬磨の海賊。ちょっとやそっとの武装では、軍隊でもないわらわ達に勝ち目はない。だが、一つ奪えそうなものがある。戦艦列車じゃ」

 

 曰く、戦艦列車のメンテナンスを行う技師は町民から徴発された者達であり、戦艦列車の強固なバリア装甲もあの圧倒的な砲撃も彼らが制御を担っている。つまりは海賊たちにとっても欠かせない人材であり、その技師の懐柔にレジスタンスは成功したのだ。

 

「流石はわらわのカリスマと言ったところか」

 

 かんらかんらと笑うドリントル。その佇まい一つとっても高貴な生まれの者であるということがデーリッチ達にも伝わってくる。

 

 ただし、ここで問題となる点もいくつか存在する。

 

 まず、寝返った技師を放置すれば殺される。

 また、事を起こすにしても宇宙海賊に隙が無くては作戦決行も難しい。

 

 そういう訳で考え出されたのが、外と内、両面から攻める共同作戦である。

 列車の外から陽動を行い、その隙に内側に侵入したレジスタンスによって列車の制圧を行う。

 

 悪くない作戦だとローズマリーは感心するも、同時に陽動部隊の負担が大きすぎるという懸念があった。

 何せあの戦艦列車の猛攻に晒されるのだ。相当な実力者でなければとてもじゃないが役割の遂行は不可能だろう。

 問題点を口にしたところ、何やら周囲の目線が自分達に集まっていることにハグレ王国一行は気が付いた。

 

「……」

「……」

「え、なに、この視線?」

(あ、いやな予感)

 

「お願いじゃあ。お主たちが外から攻めておくれ!」

「え、えぇ!?」

 

 薄々予想していた通り、やはりお鉢が回ってきた。

 

「話を聞けば、ハグレ王国様こそ、百選練磨を越える精鋭揃いの軍団!」

「町を助けると思って、な?報酬は前金5000G!成功した暁には15000G出そう!頼む!」

 

 ここまで懇願されてしまうと断りづらいのが人情というもの。

 宇宙海賊を排除するという目的で来たという事もあって、一行はこの大役を引き受ける事を決めたのであった。 

 

 

 

 ◇

 

 

 

 再び戦艦列車に戦闘を挑み、信号弾を打ち上げる。

 ジュリア隊長、及びにヅッチーと交代したかなづち大明神が猛攻を防いでいると、その時は訪れた。

 

 あれだけ飛んできた砲撃が、ピタリと止まったのである。

 

「む、砲撃が止んだな」

「どうやら作戦は成功したようですね」

 

 放送から聞こえてくる音声から察するに、レジスタンスは無事に列車へと侵入し、技師達の確保に成功したのだろう。

 ご丁寧に慌てふためく様が艦外まで丸聞こえで、ここが好機とハグレ王国は一転して攻撃態勢に移る。

 剣戟、弓矢、魔法。

 ありとあらゆる種類の攻撃がバリアの剥がれたアダマン装甲に突き刺さり、傷つけ凹ませていく。

 

「く、くそっ!おい、手動に切り替えて手作業で弾を込めろ!それ以外の奴らは管制室を乗っ取り返せ!」「あいつら、直接動かすつもりだ」

「ふむふむ。それならこうしてみようかしら。

 ――ねえ、そこの貴方、ちょっとお話いいかしら?」

 

 弓で大砲部分を狙撃していたルークは、海賊達が弾込めを行っている様子を確認する。《覗き屋の双眼鏡》にかかれば、内部の様子も丸っとお見通しであった。

 

 このままでは砲撃が再開されて面倒なことになるなとルークが思っていると、ミアラージュがブツブツと何かを呟き始めた。

 一方で宇宙海賊は装填を終えて、今なお外壁に取りつこうと接近してくる者達を一掃するべく操縦桿を引く。

 しかし、弾丸が発射される様子は一向にない。

 

「あ、あれ?大砲が動かねえ?」

「あなた顔色が優れないわよ。何か悩みでもあるのではないかしら?

 

 

 

 ――ふむふむ。それなら弾丸を吐き出すのを一度やめて休憩するべきじゃないかしら。誰だって休みは必要だもの。奮発してもっといい油でも刺してみたら気分も変わるわよきっと」

 

 返ってくる答えなどないのに、誰かがそこにいるように話し続けるミアラージュ。

 

「――うんうん。いつでも相談に乗ってあげるわ。もっと話したい事とかあるでしょう?あなたの顔を見れば一発でわかったわ」

「……え、何やったの?」

「あれは物神*2ですわ。悪霊を取りつかせて、ポルターガイストを意図的に引き起こしているといったところでしょう。代わりにお姉ちゃんは無防備になるので、その場しのぎにしかならないとは思いますが……」

「な、成る程。しかし端から見るとやべー絵面だな……」

 

 主砲と会話しているミアラージュに代わってヘルラージュが解説する。

 確かに相手の装備品を一つ無力化できるという強力な技なのだが、第三者視点だと虚空とお話している痛い人にしか見えないのが欠点だ。

 

「こらそこ!聞こえてるわよ!……きゃあ!!」

「へへっ、変な事してくれやがって。これでも喰らいなっ!」

「くっ……。ちょっとルーク。責任もって何とかしてきなさいな」

「はいはい」 

 

 ルークはするりと射撃を潜り抜け、列車の外装に取りつく。

 彼は外装の僅かな出っ張りや装飾などに手をかけ、まるで猿のように登っていく。その速さは常人から見て異常なほどのスピードで、屋根へと登り終える。ルークは連結部へと走っていき、あっという間に一行からは姿が見えなくなってしまった。

 

 

 

 

 

 

「はいどーも」

「な、どこから入って……!?」

 

 するり、と列車内部への侵入を見事に果たしたルーク。

 砲台にいた海賊は虚を突かれ、簡単に無力化させられる。

 

「一丁あがりっと」

「へっ、一人で入り込んでくるとはいい度胸だな……っ!?」

「制圧じゃー!おや?おぬしは」

 

 もう一人の海賊が襲い掛かろうとしたところ、入ってきたドリントルのひつじショットで眠らされる。

 そのままルークはレジスタンスと合流し、未だ抵抗を続ける宇宙海賊を列車から叩き落していく。

 形勢は完全にレジスタンスへと傾いており、宇宙海賊は列車の端の端まで追い詰められていた。

 

「列車はわらわ達が占領した。もうじき外からハグレ王国の者達がやってくる。大人しく降伏するのが身のためじゃぞ?」

 

 最早逆転は不可能であり、ドリントルは海賊達に降伏するように呼び掛ける。

 

「乗っ取られる……?この列車が?へへっ……ありえねえ……」

 

 ここの海賊達をまとめていたであろう男は、手に持っていた小型機械のスイッチを押した。

 

「う、うわああああああ!?」

「ありえねえ!ありえねえ!全部ぶっとばしてやらああああああ!!」

 

 敗北を受け入れることができなかった海賊隊長の取った行動は、列車諸共に自爆することだった。

 そんな苦し紛れの行動は、部下の海賊達にとってはたまったものではない。

 彼らは次々と列車から飛び降りていき、ハグレ王国に降伏することを選んだ。

  

「てめえ!」

「ぐふっ」

 

 何をしたかを理解したルークは錯乱する海賊隊長の顎を蹴り上げて昏倒させる。

 

「こやつ、自爆装置なんぞ隠し持っておったか!こうなればルーク、お主が解除するのじゃ!」

「面倒な真似しやがって。だがこういう見せ場も悪くは……」

 

 恐らくはこのまま自分が解除することになるのだろう。

 意図せずして大役を担ったことに焦りと期待が沸き上がる中、ルークは奪い取ったリモコンを見る。

 

 [青] start

 [赤] cancel

 

「……」

「……」

 

 ぽち。

 

 赤のボタンを押せば、リモコンの画面には「操作を取り消しました」と表示されている。どうやら自爆の阻止は成功したようだった。

 装甲の一部が破壊され、そこからお馴染みの顔ぶれが次々と入ってくる。

 自爆装置をなんとかするべくデーリッチ達も乗り込んできたようだった。

 

「あ、ここにいたでち!」

「自爆装置はどこ!?このサイキッカーヤエがバッチリ解決してあげるわ!!」

「おお、おぬしら!うむ、それについても問題はない。つい先ほど、解決したばかりじゃよ。かんらかんら♪」

「あっ、その手にあるのはもしや!?どうやら先を越されてしまったようね……」

「……なんか、釈然としない」

 

 全員無事で完全勝利なのだが、最後の最後ではしごを外されたような感覚に襲われるルークなのだった。

 

 

 ――剥ぎ取り結果

 《☆RPG-7(消耗品)》

 《メンタルモンスター》×3

 《ヒール白菜》×3

 《リバイヴポーション(蘇生)》×3

*1
実際に撃破できますが、なかったことにしてやり直しになります

*2
元ネタはサタスペのスキル。対象の装備アイテムを一つ選び、次に自分が行動をするまで使用不可能にする強力なスキル。なお対応カルマはキジルシである




おおむね原作通りなんだけど細部が違う回でした。
前半の海賊相手に悪戯を仕掛ける所など、徹底的に相手を貶めるのはルーク君の得意分野ですね。
ルーク君の大暴れはまだまだ続きます。ここを過ぎればしばらく主役がアルカナ先生に代わるので多少はね?
水着イベントになれば独壇場といっても過言ではないのですが果たしていつになるやら。

次回更新は年が明けてからになるでしょう。
それでは皆さん、来年もどうか本作を応援よろしくお願いいたします。


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その21.サタデーナイトスペースオペラ・エピソードⅡ

あけましておめでとうございます。
今年も地道に書いていきますよー
後今回も地味にオリジナルの設定が出ます


――彼が悪党に憧れたのは、いつの頃だったか。

 

 周りの子供が正義の味方に夢中になる中、彼は海賊や泥棒、殺し屋が活躍するピカレスクロマンというジャンルに嵌っていった。

 

 それは大人になってからも変わらず、むしろ剣術も魔法も人並み以上にできたがゆえに、いっそう夢を拗らせてしまった彼は調子に乗って宇宙海賊なんて立ち上げてしまった。

 

 幸い宇宙にはならず者なぞ星の数よりいるので部下にも困らず、いろんな場所で大騒ぎの馬鹿騒ぎを繰り広げ、ついには戦艦列車という大物まで手に入れてしまった。

 

 そんな彼の名こそ、ハンサムソード。

 

 そんな彼の海賊団こそ、宇宙海賊ハンサムボーイ。

 

 どうしてハンサム?

 なんて野暮な事を聞いてはいけない。

 

 悪党である彼はまぎれもなくハンサム。

 誰がなんと言ったってハンサムなのだ。

 

『通すさ、俺が通す』

 

――彼はいつだってその言葉を胸に生きてきた。

 

 だからいい年こいたむさいおっさんとなっても、己はハンサムであり続けるのだ。 

 

「どうせ死ぬならハンサムハンサム。心も体もハンサムボ~イ♪」

 

 そんな彼は現在本部が襲撃を受けているにも関わらず、涼やかに社歌(我ながら会心の出来だと思っている)を鼻歌混じりで歌っていた。なんかハンサムがゲシュタルト崩壊しそう。

 

 街で反乱が起こり、戦艦列車が奪われたと這う這うの体でやってきた部下から報告があったのが数時間前。

 勝利に舞い上がったレジスタンスが、勇み足で乗り込んでくるだろうと予想するのは当然である。

 だが、宇宙海賊の親分たるもの余裕をもってハンサムたれ。

 こちらから打って出るというハンサムでない真似はせず、のこのこと本部にやってきた連中を歓迎してやればいい……

 

 それゆえに、今まさに飛び込んできた部下の報告にも動じず、侵入者を迎え撃つ算段でいた。

 

 佇まい一つ、台詞一つとっても十把一絡げのサンシタではない、主人公めいた風格を醸し出すハンサムボーイは、ハグレ王国にとってまごうことなき強敵であっただろう。

 

 だがしかし、彼にとっての不運はあることを失念していたことであり、悪党のやり方を心得ていた者がハグレ王国にいたことであっただろう。

 

「こんにちはー」

 

 間の抜けた声でやってきたのは、殆どが少女の女所帯。

 こんな連中に負けたのか……と部下の不甲斐なさに呆れながらも、悪党らしくハンサムに出迎えてやろうと立ち上がり――

 

「挨拶代わりだ、受け取るといい」

「へ?」

 

 ロケットランチャーを構えて笑う男の姿が視界に収まったのを最後に、ハンサムソード氏の意識は爆炎に飲み込まれた。

 

 ――そう、彼が失念していたのは、悪党の最後というものは、どうしようもなくみじめで、あっけなく、唐突に訪れるものだということだった。

 

 

 

 

 

 

「あ、不意打ちでやっちまった。先制攻撃程度のものだったのに」

「いやあれ、列車の副砲じゃない。戦闘前にそんなの撃ち込まれたらひとたまりもないでしょ」

 

 宇宙海賊をものの見事に爆破したハグレ王国ご一行。

 戦艦列車からの極レアドロップで出たみんな大好き《RPG-7》は、このファンタジー世界でも強力な代わりに消耗品というエリクサー症候群患者なら倉庫の肥やしになりかねない代物だった。でもその破壊力を一度は見てみたいということで、せっかくならと最も手ごろな強敵枠だった宇宙海賊に撃ち込んでみることにした。その結果がこれである。

 

 そもそも、今のパーティには不意打ち上等なルークがいるのにわざわざ悪党相手に真正面から戦う訳がないのだ。

 

 肝心のボス戦をドロップ品のレアアイテムで台無しにしたことに若干の申し訳なさを感じるもこの世は弱肉強食。RPG-7を入手されてせっかくGMの用意したボスが一撃……なんてのもまた日常茶飯事である。

 

 やってしまったものは仕方がないので、真っ黒こげで気絶しているハンサムソードと部下二名を横目に、彼らの処遇について話し合うことにした。

 

「後はこいつらをどうするかじゃ。悪党を懲らしめたなら、次は罪を償わせるのが鉄則じゃ」

「海賊達の所業を帝国の法に照らし合わせると……良くて懲役、悪くて極刑か」

「いやいや、流石に命まで奪うのはよくないよ。牢屋もないし。でも街の人が納得するようにしないといけないしな……」

「あ。だったら俺、良い落とし前のつけ方知ってますよ」

「落とし前って言い方がもう物騒極まりないわね」

 

 かくかくしかじか。

 

「――成程、確かにそれは必要じゃな。でもそれだけじゃパンチが足りんのう」

「じゃあ人のためになることをやらせればいいんでち。例えば――」

 

 

 

 

 

 

――次にハンサムソードの目が覚めた時、彼の視界に広がっていたのは大掃除の時間であった。

 

「えーと、机が二十、椅子が八十。貴金属の類はざっと二十万ゴールド以上。武器防具も中古でまとめ売りすれば二束三文にはなるかな」

「この箪笥はどうする?」

「ああ、重たい家具はマッスルを呼んで運ばせるから後回しでいいよ」

 

 海賊本部の物資リストを見ながら、緑一色な女が指示を出し、それに応じて人種種族もバラバラな者達が動いている。

 アジトの中を見知らぬ連中が行ったり来たりしながら、置かれていた物を荷台に乗せたり背負ったりしながら持ち去っていく。

 

 一人が部屋を去ったかと思えば、別の人間が入ってくる。

 

 そうして誰かがアジトを出入りする度に、家具や武具といった家財はどんどん減っていく。

 

 そんな光景に白黒させていると、ローズマリーはハンサムソードが目覚めたことに気が付いた。

 

「あ、目が覚めたみたい」

「あんたら……何してやがる?」

「戦利品の押収?それとも差し押さえ?まあなんでもいいや。ここにあるもの全部貰っていこうかと。町から略奪したものは還元するとして、それ以外の物はこっちで有効活用しようって決まりまして」

 

 宇宙海賊に下されたお仕置きは財産の没収。

 武器、設備、食料品に至るまで一切合切、全ての物資を街に寄付させるという、夜逃げした債務者に課すような判決が下された。

 

「そんなことしたらもう仕事できねえよ!」

「え、何言ってるの?海賊家業はもうする必要ないんだよ?」

「わかってるよ!!現在進行形で身柄拘束されてるからな俺達!」

「ああそうそう、君達には償いとしてこれから12年間ボランティア団体として活動してもらうから」

「嘘、家財没収の上無賃労働!?鬼なの!?悪魔なの!?」

「ははは、こんな美少女所帯が悪魔の巣窟な訳ないでしょ。もっとおぞましいなにかだよ」

「ルーク君?」

「命を取らないなんて天使のようなお方の集まりですよハグレ王国は」

 

 自分たち以上に外道な真似をするハグレ王国に海賊親分は恐れおののく。うっかり口を滑らせたルークにも女性陣の白く冷たい視線が突き刺さる。特にラージュ姉妹からの視線が痛い痛い。

 

 だが、彼らとしてはこれでも相当に温い罰なのだ。

 暗殺を企てれば一人ずつ殺し、戦争を仕掛けた者には首を投石器で投げ飛ばすような刑罰を行う王国にとって、命をとらないだけでめちゃくちゃ減刑されている。尚、上記の文章はハグレ王国鉄板の弄りネタでありそれ以上の意味はないことを明記しておく。

 

「まあ落とし前の話は置いといてだ。俺としてはこの金庫だ。中々のおたからが入ってると見たけど開けられねえ。暗証番号知ってるのお前だけだろ?」

 

 そう言ってルークが指さした先にある金庫を見て、よりにもよってそれに目をつけられたことにハンサムソードは分かりやすく顔色を変えた。そりゃ大事に金庫にしまってるものは真っ先に差し押さえ対象だ。

 

「げっ、そいつだけは勘弁してくれ……!!」

「開けないと刑罰が宇宙紐無しバンジーに変わるよ?」

「1%の生存確率もねえじゃねえか!」

 

 金庫の中身が気になって仕方がないルークはハンサムソードへの落とし前をユーモアに溢れたほぼほぼ極刑な内容に変えることををチラつかせる。汚い流石亜侠汚い。

 残念ながら命を握られているこの状況で口を閉じていられるほど、ハンサムソードは覚悟が決まってはいなかった。

 

「い、言う言う!8036だ!!」

「暗証番号までハンサムかよ……。お、開いた開いた」

 

 ルークはいい加減聞き飽きたフレーズに辟易しつつ、言われた番号を打ち込む。

 すると軽快な電子音と共に重たい扉が開き、中から出てきたのは錆びに錆びた金属の筒だった。

 

「え?なにこれ?」

「ふーむ、随分と古ぼけておるのう。なんじゃ、このガラクタは?」

「ガラクタじゃねえ!そいつは伝説の古代文明、カロナダイムの遺産だ!列車を乗っ取ったのも、元はと言えばそれを直せる技師が欲しかったんだよ」

「な、なんじゃと!!」

 

 ハンサムソードが出した、カロナダイムという名称。

 ハグレ王国の面々には馴染みのない名前だが、宇宙人であるドリントルには聞き覚えがあるもので、驚愕の色を現した。

 

「知ってるのかい?」

「うむ。それは昔、極めて高度な科学技術を以って栄えた惑星があった。その技術力の高さは星の天候なんぞちょちょいのちょいで操作できるほどじゃった」

「ですが、その高度な文明が逆に星の環境を荒らしてしまい、遂には人が住めない環境になってしまったのです」

「生き残った住民たちは偉大なる賢者の導きによって新天地を求めて宇宙の旅に出た。後には砂漠に鉄の残骸が聳え立つだけの星が残った……。その星の名こそ、カロナダイムというわけじゃ」

 

 宇宙では有名な伝説を語るドリントルを、ユーフォニアが補足していく。忘れてなんかいませんよ?

 

「へー」

「じゃあこれはその文明が遺したおたからってワケか?なーんだめっちゃいいものあるじゃねえか」

「瞬く間に手のひら返してるじゃないの」

 

 一転して好奇心に満ちた目で金属筒を見るルークの様子を見て、まるで子供みたいだなとミアラージュは思った。

 

「それで、一体どんなおたからなんでち?」

「そこまでは俺たちもわからねえ。だが鑑定士の話だと、もしかしたらかのトンデモ兵器の一つ、星を切り裂く剣かもしれねえってな」

「何ッ、かの魔剣がか!?」

「え、剣なのこれ?」

 

 説明を聞いて、さっきよりも3割増しでドリントルが驚くが、ハグレ王国的にはこれが剣でございと言われてもピンとこない。

 だが丁度両手で持てるぐらいの長さの金属の筒は、何かが外れたような形跡もある。こうしてみれば確かに剣の柄にも見えなくはない。

 

「星を切り裂くって、いくらなんでも大袈裟な」

「というか、そんなスーパーウェポン作れるのに滅びたの?」

「無論、滅びに立ち向かうために技術多くのハイアイテムが作られた」

「結果、星一つは軽く滅ぼせる兵器がぽこじゃか出来上がった。ってか?」

「お、鋭いのお主。その通り、自分たちが作った救世主は滅びをもたらす災厄にもなりかねなかった。仕方なく凍結された兵器たちは、文明の崩壊と共に宇宙各地に散らばり、今もなお眠り続けていると云われておる」

「そうだ。浪漫ある話じゃねえか」

 

 諸行無常盛者必衰。

 形あるものがいずれ崩れゆくのは世の理であるが、ただ受け入れられるものでもない。

 滅びに少しでも抗おうとして、それでも滅亡した。

 そんなよくあるお話こそ、宇宙史に名を残した古代文明伝説の結末だった。

 

「随分詳しいね?」

「ドリンピア星を含む銀河連合ではメジャーな神話じゃからな。それら題材にした映画もいっぱい出ておってな、最早銀河に知らぬ者は居らぬ超大作じゃ! まあ、あくまで伝説なのじゃが」

「二千年以上も前の話ですからな。実在していたとは言え、幾らかの誇張は入っておられるかと」

「ん?実在はしていたのか」

「ああ、それは確定事項ですね。そう言った文明があったという記録は各地で散見されております。実際に文明があったであろう惑星の場所も既に判明しております」

 

 そう、カロナダイム文明は確かにあった。

 星の半分を覆う砂漠に、人の名前が刻まれたオベリスクが万を超える数突き刺さる光景。

 調査団が降り立った先にみたその姿こそ、確かに文明のあった証なのだというのが考古学会での通説であった。

 

「それに、カロナダイムの血を引く民族は確認されております。殆どが家系図に記されていた程度のものですが、中には文明由来となる技術を持った星もあります。……まあこれ以上の歴史語りは長くなるのでこの辺りで」

「そうだね。暇を持て余した子供たちが遊び始めてるよ」

 

「ぶおんぶおんっ!」

「がきんがきんっ!」

 

 歴史話に興味を無くしたデーリッチとヅッチーは木の棒でチャンバラを始めていた。

 

「それじゃあ、こいつは貰っていくぜ」

「(´・ω・`)そんなー」

 

 結局、おたから(仮)は持っていかれるのだった。

 浪漫を理解するもの同士だからこそ、妥協は無いのである。

 

「はーいそろそろ切り上げるよー!」

「ぶおんっ!」

「グワーッ!ヤ・ラ・レ・ター!」

 

 ローズマリーの呼びかけにデーリッチはエア斬撃で返事をする。

 丁度その先にいたルークは律儀にやられる。

 

「副官を倒すとは流石!しかし私がルーク君の仇を取ってあげますわ!光のジェ〇イよかかってきなさい!」

「ずばーっ!」

「やられましたわーっ!」

 

 ヘルラージュもヅッチーにやられた。君達仲いいね。

 

「こらー!いい加減やめなさーい!」

『はーい』

 

 悪ふざけがすぎたのでお姉ちゃんのお叱りを受けてしまった四人。

 

「全く、しょうがないんだから」 

「かんらかんら。仲睦まじきは良い事じゃ。これなら退屈せんで済みそうじゃの」

「ははは、確かに。王国は賑やかさだけなら事欠かないから」

「隊長の言う通り、あっという間に打ち解けられるさ。勿論ミアさんもね」

 

 子どものはしゃぎっぷりにやれやれと呆れるミアラージュと、にぎやかな王国暮らしへの期待で胸を膨らませるドリントル。

 

 お互い差はあれどまだまだ王国の新人であり、そんな二人をローズマリーとジュリアの大人組が誇りをもって迎え入れるのだった。

 

 

 

 

 

 

『ひとりじめ』

 

 これはドリントルが仲間になってすぐの事である。

 

 

 宇宙人であることを活かしたゲーム施設。その名をMUFOキャッチャー!決してUFOキャッチャーではない。

 

 UFO型アームを動かし、景品をビームで吸い上げてキャッチするという癖になること間違いなしのゲーム装置をプレイできる施設である!繰り返すが断じてUFOキャッチャーではない。

 

 人造人間工房と提携したことで王国民のぬいぐるみが景品となったMFOキャッチャーは、ハグレ王国の特色をいかんなく発揮しており、見たことがあるようでないその奇抜さと相まって一日と待たずに大人気!

 

 お目当てのぬいぐるみをゲットするべく、多くの客が挑み、勝利し、あるいは敗北していく。

 

 行列がいるにも関わらず、居座って根こそぎ取ろうとした不届き者も現れたが、ハグレ警察の手であえなくしょっ引かれたのは余談である。

 

 まあそういう訳でMUFOキャッチャーは初日から大繁盛。しばらく話題は持ちきりなのは間違いなかった。

 

 さて、早速ハグレ王国にピッタリの店舗を提案したドリントルはというと……

 

「突撃、あの子のお部屋を見てみようのコーナー!」

「本日はヘルちんとミアさんだー!」

「突撃ー!」

「おおー!」

 

 エステル、ヤエ、雪乃の三人を伴ってラージュ姉妹の部屋に乗り込んでいた。

 

「はーい、いらっしゃーい♪」

「みんな、よく来てくれたわね」

 

 部屋の主であるラージュ姉妹が歓迎すると、四人は思い思いに座ってくつろぎ始める。

 

「いやー、新しい子が来たらこれよこれ!」

「ヘルちんの部屋も、ミアちゃんが来てから一緒にするために大部屋に変わったのよね」

「うむうむ、女子会というやつじゃな!」

 

 そう、これもまた親睦会だ。

 それも女子だけで集まり、みんなの前だと話せない内容なんかも話しちゃうタイプのやつだった。

 実のところ、一番わくわくしているのはミアラージュである。

 

「むむっ、このカーテンはヘルさんのものじゃありませんね!?」

「あら、そこに気が付くのね?それは私のチョイスよ」

「は、はい。ヘルさんのはピンクでしたから」

 

 はじめにおこなわれたのが、部屋模様の品評である。

 目ざとい雪乃が赤いフリルカーテンを見て即座にミアラージュのものだと看破する。

 姉妹で一緒の部屋を使うようになったことで、インテリアもまた姉妹の趣味が入り混じったものへと変わっていた。

 

「とはいえ、あんまり私の物は置いてないわよ。屋敷にいた頃は家具にはあんまりこだわらなかったから」

「これから一緒に選んでいくんだもんねー」

 

 ミアラージュは女の子が好むようなインテリアを見せられないことを残念がり、ヘルラージュは姉と一緒に買い物をするのだと嬉しそうに言った。

 

「お、ここに飾ってあったか~」

 

 エステルが目を付けたのは、箪笥の上の飾り棚。

 

 以前のヘルラージュの部屋にもあったそれの上には、秘密結社のナスビスーツを来たデーリッチとローズマリーのぬいぐるみが飾られており、その一段上にヘルラージュ自身のぬいぐるみが置かれ、右隣に相棒たるルークのぬいぐるみも座っている。

 そして、ヘルラージュの左隣には、他ならぬミアラージュのぬいぐるみが追加されていた。

 

「おおー、ミアさんがちゃんといる!」 

「ちょうど先日作ったばかりですわ」

「ふーむ。こうして飾られているのを見るとまた一味ちがうのう」

 

 見事な出来栄えに四人が感心する。 

 

「……あれ?そういやこのぬいぐるみは見たことがないのう」

「ルークさんのですか?」

「あ、それは……」

 

 ドリントルがルークの人形に目をつける。

 他の男性陣の人形とは違い、微妙な目つきの悪さまで再現されていることに職人のこだわりを感じるそれが、MUFOキャッチャーに卸された人形の中に存在していたかったことを思い出し、あることを口に出した。

 

「ふむ、レアものというわけじゃな?よければわらわにも一つくれぬかのう?」

 

 特に何か思い入れがあったわけではなく、単純に一個もなかったから欲しくなった程度の意味でヘルラージュに話を持ち掛けたのだが……

 

「――――え、嫌ですけど?」

「……!?」

 

 あっさりと拒絶される。

 

 普段の彼女からは想像もつかないような冷たい声に、その場にいた全員が凍り付いた。

 

「こら」

「あっ、ごめんなさい。申し訳ないのですがその提案は……」

「あ、うむ。別によいぞ。無理を言ったのはわらわじゃからのう」 

 

 ミアラージュに小突かれ、ヘルラージュは改めて礼儀正しく断った。

 ドリントルもあっさり引き下がったので、特に後に引っ張るような事態にはならなかった。

 ……が、ドリントルが三人を集めてひそひそと話し合う。

 無論、先ほどヘルラージュが見せた態度についてだ。

 

「なんじゃなんじゃあの対応は、冷たすぎてちょっと引いたぞ」

「私だって見たことないわよ。いつもの人畜無害みたいな顔が一瞬ガチの無表情だったわ」

「そういえば、ヘルさんの工房にお手伝いに行くことがあるんですけど、ルークさんのぬいぐるみ。一つもおいてないんですよぉ……」

「……デジマ?」

「なるほどのう……」

 

 独占欲ってこわい。

 あの姉にしてこの妹あり。

 いや、もしかしたら姉よりも恐ろしい妹なのだった。

 

 




人物紹介

〇ハンサムソード
ある意味原作よりもひどい目にあった人。
古代兵器とかいうロマンの塊を宝にするぐらいにはロマンに生きていた。
ざくアク屈指の名言を生み出したことで妙な愛され方をしている。

〇ドリントル
みんな大好きカレーのお姫さま。いやコーヒーのお姫様。
女子力の高まりを感じる……!!

〇ユーフォニア
ドリ姫の相槌役。忘れてなかったら今後も出てくるかもしれない。

次回はアルカナさんとのお話回。
ようやくここまで来たって感じですね。


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その22.集う者たち

今までで一番原作崩壊が激しい部分だと思います。


 特務召喚士アルカナとの会合の日。

 ハグレ王国一行は、地図に示された場所の座標に転移した。

 

 事前に下調べを行ったところ、ケモフサ村とはハグレの村であるとわかった。

 いや、実際にハグレ獣人指定区と書かれていたので、地図にもそう記されていただけなのだが。

 

 通常、ハグレの集落は帝都発行の地図に記されない。

 

 ハグレの集まりに賊が襲うのを防ぐためだとか、あるいは単純にハグレを国民として認めずにいるだけか。

 

 様々な事情や陰謀が絡んでのことではあるものの、例外として、特定の区域については記載される。

 

 その例外こそ、ハグレ指定区の事だ。

 

 貴族が直に治める領地として認められたハグレ集落は、ハグレの村としてではなく『貴族の領土』として扱われるのだ。

 とは言っても、この大陸にハグレを領土に入れたがる貴族など殆どなく、この制度も形だけのものという意味合いが強い。帝都での生活が長いエステルも、ハグレの事情に詳しいローズマリーでさえ、十年前の法律書を開かなければ知ることはなかっただろう。それぐらいにはマイナーな制度だ。

 

 

 そんな事情もあり、この世界の住人がハグレの村と聞いて思い浮かぶのは閉鎖的なコミュニティだ。

 

 ハグレ同士の団結や発起を防ぐために、他の集落との交流は厳密に監視され、ひどいところでは往来での談笑すら禁じられているなど、帝都からの抑圧によって自由な暮らしなど夢のまた夢の、奴隷よりはマシ程度の境遇だ。

 

 そんな環境故に、ここも重苦しい雰囲気が漂っているものと思われたのだが――――

 

「わーお、これは中々の景観」

 

 転移の光が収まり、視界に飛び込んできた風景。

 

 それは、彼女らの予想をはるかに上回るものだった。

 

――――森は大きく開かれ、大規模に広がる芋畑。

 

――――とてとてとて、と街道を赤いスカーフがお揃いの小鬼族が行き来している。

 

――――獣人を始めとしたハグレ達は農作業に勤しみ、時折どこからか笑い声も上がっている。

 

 そんな村の中心には大きな酒蔵がででんと鎮座しており、今も煙を噴き上げており、芋と麹の匂いが村の入り口にまで届いている。

 

 静かだが、決して寂れてはいない。

 活気に満ちた集落の風景が目の前には広がっていた。

 

「これがハグレの村だって?その辺の町よりもよっぽど栄えているじゃないか……」

 

 規模で言えば、ハグレ王国が友好を結んできた村よりも大きく、ザンブラコよりは小さいと言ったところか。

 一行が村の光景に目を配らせていると、話しかけてくる者がいた。

 

「妙な光と共に何者かが現れたと聞いて、様子を見に来てみれば……もしや、ハグレ王国の方々でしょうか?」

 

 青白い雷光のごとき体毛をした、厳めしい顔の獣人と、温和な顔立ちに眼鏡をかけたいかにも知的な雰囲気の獣人。どちらも狼系の獣人ではあるものの、纏う雰囲気は正反対のものだ。

 

「あ、はい。貴方は……?」

「ああ、申し遅れました。私はマーロウ。このケモフサ村の村長をやっております。本日はアルカナ殿のお客人が来ると言う事で、皆さんを出迎えに参りました」

「これはご丁寧に……!」

 

 青い獣人こと、マーロウが自己紹介する。

 まさかの村長直々のお出迎え。

 

「それで、そちらの方は?」

「ああ、こちらは――――」

「……アプリコさん?」

 

 マーロウが隣の獣人を紹介する前に、彼の名前をルークが言った。

 

「誰かと思えば。久しぶりだねルーク。チームが解散した時以来だったかな?」

「おや、知り合いだったのか?」

「以前にも話したかな。昔の冒険者チームに加わっていた子供ですよ。私の智慧もいつの間にか盗んでいくぐらいには、頭の回る子でしたなあ」

「アンタらから一つも学ばないんじゃあ、すぐに野垂れ死にするぐらいには弱っちいっすから」

「悪知恵と悪運に恵まれたガキがよく言う」

 

 二人のやり取りから、獣人の素性にハグレ王国の面々も思い当たった。

 

――《夜明けのトロピカル.com》

 様々な種族、人種の言語センスをちゃんぽんして生まれた珍妙な名前の亜侠*1集団。

 過半数がハグレで組まれた彼らの大暴れは、痛快な活躍で紙面を賑わせ、この世界に鬱屈した思いを抱えるハグレ達を笑わせたという。

 ルークがかつて所属していたそのチームの一員が、このアプリコという獣人だった。

 

「改めて自己紹介を。私はアプリコ。二年ほど前からこの村に身を置かせてもらっている者です。マーロウ殿とは昔の馴染みで、今も彼の補佐のような役目をしております。それ以外の経歴と言えば……彼から聞いているのではないでしょうか?」

「後はそうだな、旦那のチームで参謀やってたんだ。とても頭が切れてさ、大胆な襲撃計画とか、全部この人が立案したんだ」

「懐かしいものですね。今でもエルヴィスさんのむさくるしい顔は鮮明に思い出せます」 

「褒めてんの、それ?」

 

 過去の仲間との思わぬ再開に、ルークは顔を綻ばせる。

 対するアプリコも、顔が長い毛で遮られているためわかりづらいが、喜んでいることが分かるぐらいには口数が多い。

 年齢は一回りどころか二回りも離れているのに、お互い気安く軽口をたたき合う。

 一行も仲間の中に顔見知りがいたことに少々驚きはするも、彼の経歴を考えれば特別おかしなことでもなく、すぐに受け入れた。

 

「それで、先生は……?」

「ここにいるとも」 

 

 エステルが今回の依頼主であるアルカナについて訪ねると、間髪入れずに村のほうから本人が歩いてやってきた。

 

「やあハグレ王国の皆さん。遠路はるばるようこそ。一度私の屋敷に案内したいと思う。村の観光とかはそのあとでよろしいかな?」

「はい。とは言っても、そこまで時間をかけたわけでもないのですが……」

 

 ワープにかけた時間、おおよそ1分弱。

 

「ああ、確かにその通りだな。ならば、屋敷への案内がてら村も見て歩こうじゃないか。多少遠回りになるけど、いいかな?」

「ええ、問題ないですよ」

 

 それならと観光案内を買って出たアルカナに、ローズマリーもハグレ中心の村に興味があるため、これを承諾した。

 

 

 

 

 

 

 村の風景に目をやりながら、一行はアルカナ主導の元歩いていた。

 

「しかし、改めて見ても立派な畑と酒蔵だ……」

「やっぱりそこに目が行くか。まあ、この村で見るものっていったらあれぐらいしかないけどね」

「あの畑、何を育ててるんでち?」

「芋だよ。パッポコ芋っていう芋が植えてある。そしてあの酒蔵で酒として醸造することで、ここの経済は成り立ってる」 

「ふむふむ」

「そうやって興味深く持ってくれると、この村の開発に携わった者としては冥利に尽きるね」

 

 アルカナの説明を聞きながら一生懸命にメモを取るベル。彼は一端の商人として、王国の先輩とも呼べるこのハグレ村から、一つでも有意義な情報を手に入れようと頑張っているのだ。

 そんなベルの商魂たくましさにアルカナは感心する。

 

「この村では芋が主な農作物でね、それを用いた酒造も当然のように発展した。それでできた酒を交易した利益を税として私に納めることで、ある程度の自由な暮らしを認められているわけだ。見たことはないかい?パッポコ芋の焼酎が村や町の片隅に売られているのを」

 

 ここの特産物として酒通や農民の間では有名なのさ、とアルカナは語る。

 村の経済の流れを説明され、ローズマリーも村の発展具合に納得がいった。

 

「ああ、なるほど。確かにハグレの集落とは思えないほどの発展ぶりだと思いましたが。貴方という後ろ盾があったからこそですか」

「そういうこと。私も末端の貴族位を得た以上は、領地を治めて利益を出さなければいけないからね。あまり肥沃じゃない土地でも育つ作物として、芋が選ばれたわけさ。流石にちょっと増えすぎて引いてるけど」

 

 とは言え、ハグレ指定区に対しては米も麦も税を上乗せされ、おまけにやせた土地の多かった当時のケモフサ村では主食とするには不安があった。

 

 そこで目を付けたのが芋だった。

 

 特にパッポコ芋は過剰なまでの繁殖力ゆえに、帝都では毛嫌いされていたため、在庫処分もかくやといわんばかりの安価で仕入れることができた。

 

 そうして栽培を始めると、増えるわ増えるわ。

 

 あっという間に村の食料を賄えるまでに育った芋は、勢いに任せて畑の規模を拡張し続けた。

 

 そうなると穀物が余る。

 すると主食以外の用途に回る。

 

 という訳で、酒蔵まで作られた。

 

 パッポコ芋の甘い風味で作られた芋焼酎は、独特な風味はあれど甘みが近隣の村人たちに好まれ、いつの間にやら評判が広まった。

 

 今では行商人との定期的な交易まで行うぐらいには、産業として定着した。お酒は正義。アルコールを讃えよ。

 

「この世界の人間だろうと、ハグレだろうと価値の共有できるものの一つが酒だ。故に、ここの経済を支えるものとして酒が選ばれたのも必然と言えるだろう」

「とかなんとか言っておりますが、最初はアルカナ殿が帝都での酒の高騰を煩わしがって、ここで隠れて酒を造っていたのが発端なのですよ」

「密造酒じゃん!」

「あ、てめ。それを言うなら君だってクーちゃんに隠れて酒を飲みたがっていたじゃないか」

「はて、なんのことやら」

 

 とんでもない裏事情をマーロウに暴露される。アルカナもマーロウの隠し事を突っついてはみるものの、既に娘から禁酒令が下る一歩手前の彼に隙は無い。既に陥落済みの要塞には逆に攻める所などないのだ。

 

「こやつ……。まあ、それだけを生業にすると色々偏っちゃうから、彼みたいな戦士の男たちには魔物退治とか護衛とか、そういう仕事も請け負ってもらってるんだけど」

「はは、この老いぼれでも役に立つのなら、いくらでも働いてみせましょう」

「頼りにしてるわよ」

 

 長年の相棒。

 

 そう形容するのがふさわしい二人のやり取りを見て、ローズマリーはハグレと良好な関係を結べている召喚士の彼女こそ、自分たちの理想に手をかけているのだと考えていた。

 

 

 

 

 

 

 あれから歩いて数分程度。

 

「さて、着いた。あんまり立派とは言い難いけれど、ここが村の役場を兼ねた、私の屋敷だよ」

「うわーすっごい」

「先生こんなとこに住んでたのね……」

 

 ハグレ王国一行の前には、貴族の館――――というよりは村役場と家が合体したような建物がででんと立っていた。

 そこまで大きくはないが、建物のところどころに誂えた装飾によって威圧感が何倍にも引き上げられている。

 

「なんか匂わねえか?」

「そうだな、香ばしいというより、辛いか?」

 

 ニワカマッスルが鼻をひくひくさせて、ジュリアもそれに同意した。

 かすかにツンとする匂いが漂っている。刺激的な匂いは、確かに香辛料のそれだ。

 

「――――では、私達はこの辺りで切り上げさせていただきたく。屋敷の中に入るのは、お客人であるあなた方のみで大丈夫でしょう」

「そうだね。ここまで付き添いご苦労さま。後で君の家へと伺おう」

「それでは皆さん、また後ほど」

 

 マーロウとアプリコとはここで別れることとなった。

 狼系の獣人の彼らにとって、ここまでの刺激臭はつらいものがあるのだろう。そそくさと村のほうに戻っていった。

 

「さあようこそ私の家へ。一応先客がいるけど、そこまで遠慮はしなくていいよ」

「いや流石にそれはちょっと……」

「先客って、具体的に誰よ」

 

 エステルとしては予想は立っているものの、一応聞いておくことにした。

 

「シノブ」

「ぶっ」

 

 ストレートに名前を出されたものだから、思わず噴き出す。

 

「隠し立てとか一切なしか」

「入ればわかるんだし、隠す必要ないだろ?」

 

 それはそうなのだが、もう少しプライバシーというものを考えてほしいとローズマリーは思った。

 まあ、この場にいるほぼ全員関係者みたいなものだから別にいいのかもしれないが。

 

「……まあいいわ、シノブはどこ?」

「今なら食堂にいるな」

「ちょっ、エステル!?」

 

 アルカナから居場所を聞いてエステルが一人、先行する。

 

 玄関を抜け、案内板の通りに食堂まで走り抜ける。多少行儀が悪いものの、親友の名前を聞いた以上は、いてもたってもいられないのだ。

 

「シノブ――――」

 

 食堂までたどり着き、彼女の名前を呼びながら力強く扉を開い

 

 

 ――――て。

 

 

 

 

 

 

「ん、はむ。んぐ。むぐ。

 

 あら、来たのねエステル。小腹が空いてたから、軽く食事をいただいてるわ」

 

 

 なんか、親友がマーボー食ってる。

 

 

「――――」

 

 言葉がない。

 なんで今飯食ってるの?

 なんであんな煮立った地獄の窯みたいな麻婆豆腐食べてるの?

 それもすごい勢いで。

 

 額に汗を滲ませながら、水など不要。一度手を止めたら二度と匙なんて動かないわ、という修羅めいた気迫。

 

 もしかして美味いの?

 あんなラー油と唐辛子を百年煮込んで、とどめにデスソースもぶち込んだようなあの煉獄の炎以上にまっかっかな料理が。

 半分減ってるのにちょっと離れたこっちにまで刺激臭を届かせてくるようなあれが美味しいって言うの?

 

 エステルの中で思い出がめぐる。

 

 確かに昔からシノブは辛いものが好きだった。

 でもあんな見るからに俺外道マーボー今後トモヨロシクみたいな芥子(スパイス)の悪魔合体みたいな代物を食っていた覚えはない。

 

 あれ?でも協会の食堂で食べてたカレーに「物足りないわ」って言って手持ちの一味をドバっと盛ってたようなそれを見てメニャーニャがドン引きしていたような。

 

「ちょっとエステル。一人で先に行かないで――――え?」

 

 ほら、後からきた皆も固まってる。

 

 明らかに異常なこの光景にどんな反応示したらいいか困ってるじゃない。

 

 そんな事を意にも介さず、既に残るは二口分。

 

 マジで?完食するの?と一行が喉を鳴らした時。

 

 不意に、シノブの手が止まった。

 

「――――」

 

 視線があった。

 アメジストのような瞳がエステルを見つめて、

 

 

「――――食べる?」

「食うか――――!!」

 

 

 エステルは全力で返答した。

 シノブはわかりやすく眉を八の字に下げて、もきゅりと麻婆を平らげた。

 

 ――え、もしかしてシノブ、私の返答にがっかりしたの?

 

「ふう。ごめんなさい。少し行儀の悪いところを見せてしまったわね。ハグレ王国の皆さんも、お久しぶりですね。初めましての方も、いるかしら?」

 

 口元を拭い、シノブが一行に挨拶する。

 

「え、ええ。お久しぶりですね。シノブさん」

「あーうん。なんか色々言おうかと思ったけど。もういいや」

「えー?何よその反応」

 

 トゲチーク山での一件での棘のある対応はどこへやら。目の前の彼女がギャグキャラ特有のオーラを発していることにローズマリーも戸惑っている。

 あんなシリアス全開の別れ方をしたというのに、再開の絵面がこれではどうにも気が引き締まらない。

 

「まあ、元気なようで安心したわ」

「ええ、エステルも相変わらず元気そうね」

 

 シノブの屈託のない微笑みは、協会にいたころとまるで変わっていなかった。

 

「それで、どうしてここにいるの?」

「勿論、先生の手伝いです。正確には共同研究者なのですが、今回の一件も、それを説明するために皆さんを集めたのです」

「というと、やはり……」

「ところで、ハグレ王国の方々はそれで全員ですか?」

「え、まあ……」

 

 いつものように8人でやってきていた。

 現在はデーリッチ、ローズマリー、ニワカマッスル、ティーティー様、エステル、ジュリア、ルーク、ベルの8人である。

 どこも不備があるはずはないが、王国民は個性派揃い。特定分野で必要な人員でもいたのだろうか。

 

「誰かいてほしい人でもいたの?」

「いえ、そういう訳では。ただ、先生は()()()()()()()()()を招待したと言っていましたので、もっと大勢でやってくるものだとばかり」

「え?」

 

 シノブの言葉を聞き、アルカナのほうを見やる。

 

「そうだね。ハグレ王国の者全員をもてなす準備がこちらにはある。」

 

 そう言えば、彼女は確かに「王国と共に来い」と言っていた。

 それはエステルにむけての事だと思っていたが、まさかホントに王国民全てと共に来いという意味だったらしい。

 

「でも、結構な大所帯ですよ。それを一挙に転移させるとなると――――」

 

 キーオブパンドラによる人員輸送は強力だ。

 しかし使用にはデーリッチの魔力を消費するため、そう短時間に多用はできず、また人数や質量、移動距離によって消費魔力は比例し、回数によって乗算される。

 だから、探索中の人員入れ替えも回復可能な安全地帯でなければ行えないし。戦闘パーティも8人を越えての編成はそうそうない。

 そのあたりのデメリットをアルカナに説明すると、

 

「問題ないよ。そういうのはあらかじめ考慮済みさ。シノブ、例の物は?」

 

 はい、とシノブは頷き――――

 

 

 

 

「待たせたおね。麻婆豆腐のお替りだお」

 

 

 

 

 ゴトンゴトン。

 二つ目三つ目と新たな麻婆豆腐が、テーブルに置かれた。

 

「ありがとうございます。ブーンさん。

 ――――では」

 

 新たにレンゲを手に取るシノブ。

 

 ……どうやらお替りまで頼んでいたらしい。

 怒涛の辛味はアルカナも予想していなかったらしく、彼女を含めた、シノブ以外の全員が頬を引き攣らせる。

 

 というか、そこの白饅頭みたいな料理人に見覚えがあるんだけど。

 こちらに軽く会釈しただけで引っ込んでいきおったぞあやつ。

 しかしめっちゃ料理人の服装似合うな。

 

「――――」

 

 また、目が合った。

 

 シノブは再びエステルを見据えて、

 

「――――食べる?」

「――――食べない」

 

 問いかけ、エステルは全力で返答した。

 

「――んんっ。ところでシノブ。例の物は?」

「ああはい。それなら()()()が最後の点検をしていたところです」

「そうか。飯の邪魔して悪かったな。では皆さん、こちらへ来てもらいたい」

 

 そう言って先導するアルカナの姿は、一刻も早く立ち去ろうという思いが伝わってきた。見ているだけでも辛くなってくるのだろう。

 

「それじゃあ、シノブ、また後で」

「ええ、また後でね。エステル」

 

 満足そうに激辛麻婆豆腐を頬張る親友を見て、エステルは安心していた。

 

 

 

 

 

 

「ここが君達ハグレ王国のために用意した部屋の一つだ。

 さて――――入るぞ、メニャーニャ」

「えっ、メニャーニャ!?」

 

 アルカナ先導の元入ったのは、それなりの広さを持った客室。

 主張しすぎない程度に装飾が施されたその部屋のど真ん中で、何やら魔法陣を前にぶつぶつとつぶやいている者が一人。

 

「ここの循環係数を上げれば魔力効率が上がって……いやいや、そうすると今度はこっちの負担が大きくなるし……。でも対象があのS級装置であることを考えたら別にそこまで上げなくてもいいのか?いやでも、どこまで負荷に耐えられるかはテストしたほうが……ん?」

 

 アルカナに呼ばれて、茶髪をツーサイドアップにした少女――――メニャーニャは振り向き、ようやくこちらに気が付いたようだった。

 

「ああ、アルカナさん。ちょっと没頭していたようでしたね。すみません」

「いや、構わんよ。装置の具合はどうだい?」

「稼働に支障はないですね。効率とか負荷とか色々調整したい部分はありますが、それは後に回しましょう」

 

 メニャーニャは少し身だしなみを整え、ハグレ王国の方を向き、

 

「そちらはハグレ王国の皆さんですね。私、帝都召喚士協会で一級召喚士を務めているメニャーニャと申します」

 

 と、礼儀正しく挨拶をした。

 

「これはどうも、国王補佐のローズマリーです」

「国王のデーリッチでち!」

「なるほど、噂通りの王様だ。今回は先生とシノブさんの助手という形で参加しています。よろしくお願いしますね」

 

「よっす!メニャーニャ、久しぶり!」

 

 エステルがメニャーニャに対して再会の喜びを露わにする。

 

 しかしメニャーニャはそんな彼女に目もくれず、他のメンバーに対して顔合わせをしていた。

 

「そちらは傭兵のジュリアさん、そちらは南の世界樹の神様ですね。どうも」

「ああ、これはご丁寧にどうも」

「うむ、よろしく頼むぞ」

「あのー。メニャーニャ?」

 

 エステルが何か言っているが無視して、次は男組のほうに向いて挨拶する。

 

「貴方たちについてはよく知りませんが……。ニワカマッスルさん、ルークさん、ベルさん。でよろしいですね?」

「お、おう。よろしく頼む、頼みます」

「何恐縮してんだ……。どうもメニャーニャさん。俺はルーク、おたから使い(ガジェットマスター)って言った方が、冒険者の間では通じてるかもしれないな。王国じゃあ行商人まがいのことやってる」

「あ、どうも。道具屋のベルです。よろしくお願いします!」

「ええ、皆さん。こちらこそよろしくお願いしますね」

「ああ、それでだな。いい加減そこのピンクが五月蠅いのでどうにかしてもらえないか?」

「ちょっとー!?メニャーニャさーん!?」

 

 残った一人。

 エステルがメニャーニャの気を引こうとぶんぶん手を振ったり、大声をあげたりしてこれ以上なくうっとうしい。

 

「え……?ああ!そうでしたそうでした!!ハグレ王国はゴリラを連れていると聞いていましたから、そちらにも挨拶は必要でしたね」

 

 と、メニャーニャはようやくエステルと目を合わせて。

 

「――――どうも。ピンクゴリラのエステルさん。メニャーニャです。都会から森に移り住んだ気分はどうですか?」

「私に恨みでもあんのかおんどりゃあ!?」

 

 エステル、今年一番のツッコミが炸裂した。

 

 

 

 

 

 

「まあ冗談はこれぐらいにして。お久しぶりですねエステル先輩。野垂れ死にしていないようでなにより」

 

 挨拶をし直したメニャーニャだが、その発言には依然として皮肉が混ざっている。

 

「……あんた前よりトゲあるわね。もしかして連絡しなかったこと怒ってる?」

「ええ。ええ。別に怒ってたりしませんよ。先輩が元気なのは知っていましたから。妖精達と戦争始めたと聞いた時は何やってんだと思いましたが、生き残ったのは流石と言っておきましょうか」

「それはどうも……てか、なんで妖精王国の件知ってんの?」

 

 妖精王国との戦争については、小競り合い規模で済んだことから近隣の村以外ではそこまで噂になっていないはずだ。

 

「先生が話してましたから」

「ああ、成る程……どうせマジックアイテムでのぞき見とかしてたんでしょうね」

「げ、ばれてる」

「シノブと連絡取り合ってる時点でそういうアイテム持ってるのは予想済みよ」

 

 既にタネのほとんどが割れているアルカナであった。

 そうして顔合わせも終えたところで、話題は部屋の真ん中で存在を主張している機械に移る。

 

「ところで、その装置についてなんだけど」

「メニャーニャ、説明よろしく」

「ええ、何で私が……まあいいでしょう。不肖このメニャーニャが、ハグレ王国の皆さんに説明したします。エステル先輩も、ちゃんと聞くように」

 

 と、前置きしてメニャーニャは説明を始める。

 

「結論から言いますと、これは通信装置です」

「通信装置?」

「地下遺跡にあった計測器や制御装置、そうしたものの仕組みを流用して作りました。知ってますね?」

「え、ええ」

「それは結構。これが行う効果は単純で、周囲の空間について演算を行い、そのデータを特定の装置に向けて送信し続けます。――――今回の場合は、キーオブパンドラです」

「え、これ?」

 

 デーリッチの持つキーオブパンドラ。

 見てくれこそ巨大な鍵型の杖であるものの、その実態は古代人の作成した空間操作用のハイデバイスであり、分類としては機械にあたる。

 つまり、理論上は他の装置との接続が可能なのだ。

 

「マナエネルギーで動作する以上、魔力信号で通信することは可能……。特に、高次デバイスであるそちらからなら接続も用意でしょうね」

「今の技術で作成された装置でも、古代装置と接続できることはヘンテ鉱山の一件で判明済みだからね。ならば、情報をやり取りすることも不可能ではない」

「つまり、何が言いたいかというと。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

「!?」

 

 告げられた結果に、一同は驚愕する。

 

「名付けて、時空アンカー!召喚術の進歩になりうる、革命の第一歩さ」

「な、なるほど……」

「ああ、それでみんなを連れてくればいいんでちね!?」

 

 言いたいことは単純。負担を軽減するための設備を用意したので、遠慮なく全員をここに呼び寄せて構わないということだ。

 

正解(エサクタ)!あの時ゲート移動を体験してから、自分なりに色々と考えてみたわけさ。あらかじめ研究が進んでいた分野だったのも幸いしたが、こうして完成にこぎつけ、君達にお披露目できるのは嬉しいものだね」 

「じゃあ問題なくみんなをここに呼べるでち。じゃあ早速拠点と繋げるでちよ」

「デーリッチ、ちょっと待った」

「およ?」

「一つ、よろしいですか?」

「何だね?」

 

 そうしてキーオブパンドラに時空アンカーの情報を読み込ませようとするデーリッチだったが、ローズマリーがそれを一旦止めさせた。

 

「これが相当高度な装置であることは私でもわかります。そんな代物を私達のためだけにこの装置を用意した?それこそありえない。そんなことをしても、あなた達には何のメリットもない。アルカナさん。この装置の用途は、もっと別にあるのではないですか?」

「いい質問だな、その答えはイエスだ。飽くまでこれは試験運用さ。まずはこの世界の中での転移で試しておく必要があり、本命はもっと別にあるとも」

 

 探りを入れてきたローズマリーに、アルカナは嬉しそうに答えた。

 

「やっぱり……!」

「とはいえ、だ。散々言ったように、説明はもう少し後だ。ささやかながら祝宴を用意している、まずは君達をもてなさせてほしい。我々の目的について王国の皆の前で話す。それでいいかい?」

「……はあ、わかりました」 

*1
チンピラ系冒険者のこと。使い捨て




〇ケモフサ村
アルカナがリアルシムシティやった結果魔改造された。
まあ直轄で管理するならこれぐらいはやるでしょ。
酒蔵を作ったのは隠れて酒を飲みたがったアルカナの指示によるもの。

〇アプリコ
夜明けのトロピカル.comの参謀。オールドイングリッシュ系。
「青空オレンジ」の名で知られ、主に作戦立案を担当した。
かつてのハグレ戦争でもその策謀を駆使したという。

〇シノブ
辛いもの大好き。
麻婆パロはいつかやりたかった。

〇ブーン
ブーン系の( ^ω^)のいいとこ全部のせみたいなやつ。


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その23.帰還計画

例のごとく一万文字超えておりますが、書きたいとこまで書いた結果です。


「それでは、ハグレ王国との出会いを祝って……乾杯!」

 

 アルカナが音頭を取り、その場にいた全員が一斉にグラスの中身を空にする。

 

 クラウン邸の中庭にはいくつものテーブルが設置され、様々な料理や酒が並んでいた。

 

 ハグレ王国とアルカナを筆頭とした召喚士協会の面々。それだけでなくケモフサ村の住人たちも参加する親睦会。

 普段であればらしい催しもない村人たちからすれば、村に大勢の客人が来るのも充分なお祭り。村ができてから類を見ない大騒ぎであった。

 

「もっぐもっぐ!」

「むっしゃむっしゃ!」

「こらこら、食べ物詰め込まないの。それにしても、美味しいですね」

「はっはっは。そういっぱい食べてもらえると作った甲斐があるというものだお」

 

 デーリッチとヅッチーは我先にと料理を掻っ込んでいく。ローズマリーは行儀の悪い食べ方をする二人を注意するが、料理を運んできたブーンとしてはいっぱい食べてくれる子供たちは大歓迎だ。

 

「おおっ、こりゃうめえや!」

「へえ、芋だけでこれだけの料理ができるものなんですねえ」

「ええ、クウェウリはパッポコ芋の料理が得意なんですよ。この村が外に誇るべき一番のものと言っても過言じゃ……うおっ!?」

「もう、パパったら!」

「あっはっは! もっと言っておやり!」

 

 もう一人の料理担当、マーロウの養娘クウェウリは義父であるマーロウの親馬鹿に照れ隠しのファイアを放つ。

 そんな親子のいつもの光景を食料品店の店主プシケが笑い飛ばす。

 

「あら、このお酒美味しいですわね~」

「うん。ほのかな甘みと豊潤な香りが口いっぱいに広がるなぁ。ただ、芋焼酎ばかりだというのもな。他の酒はないのかな」

「ふむ、ではここで我が家秘蔵のワインを出してやろうじゃないか」

「とは言いますけどそれ、ただのボジョレーですよね?」

 

 テーブルを変えれば、酒を嗜む大人組にアルカナが毎年記録更新してそうなワインを持ち寄っている。

 

「へえ、古代のゴーレム。それもここまで精巧な人型とは、実に興味深いですね」

「あの……時間があったらでいいので少し調べさせてもらえないでしょうか?」

「別にいいけどよ、そこまでたいしたものじゃないと思うぜ?」

 

 別のテーブルでは、シノブとメニャーニャが古代技術の塊であるブリギットに彼女自身の仕組みをせがんでいる。

 

「あんた、中々いい筋肉持ってるなあ!」

「筋肉だけじゃ、負けてられねえからよ……!!」

「はいはい、どっちが勝つか張った張った!」

 

 いつの間にやらテーブルの一つでは、ニワカマッスルと武器屋のオルグが腕相撲を始めていた。

 当然のようにハピコが賭けの対象にして掛け金を徴収している。

 

「お、これも中々いけるじゃないの」

「こうして食事をするのも久しぶりね」

「そうですね。私としては、静かな食事も悪くなかったのですが」

「姉さん、これも美味しいよ」

「あら、デザートはありませんの?」

「なんだアルフレッド、ジーナばかりで私には構ってくれないのか?」

「久しぶりのメニャーニャ、相変わらずだにゃ~」

「どうぞ、こちらに芋スイーツが!」

「ふんっ」

「ぶほっ、横隔膜っ」

「芋、芋、芋。ちょっと明日からの体重が心配ね……」

「なんじゃ、こんな日に体重なんぞ気にしておるのか?無粋な真似はせず楽しむがよい」

「……そうね!目いっぱい楽しむわよ!!」

「おいおい、汚い真似はよしてくれよ?」

「ヤエちゃんったら。もっとぷにぷにになるよ?」

 

 数秒後には話している相手が変わり、誰と誰が会話をしているか解らない食事風景だが、皆一様に笑顔を浮かべていた。

 いつもハグレ王国の食事は騒ぎっぱなしみたいなものだが、それでもこうして騒ぐことが当然の食事は、また別の賑やかさで溢れるものだ。

 

 ――――そんな宴の様子から少し離れて、俺はある人の元まで歩いていた。

 

「よう、アプリコさん」 

 

 かつての亜侠チーム参謀、《青空オレンジ》ことアプリコさんは宴の端っこでジャーキーを齧っていた。

 

「ルーク君か」 

「こんなところでなにやってんですか」

「無茶を言うな。若者ばかりの輪に老いぼれひとりいたところで仕方ないだろう?」

「んなこたないですよ。まあいいや。一杯どうです?」

「ああ、頂こう」

 

 持参した酒のグラスをアプリコさんは一息に呷った。

 昔は何度も見たその仕草も今では懐かしく、かつて仲間たちを酒場で騒いで飲み交わした日々を思い出す。あの頃の俺はまだガキだったから、流石に酒はほとんど飲ませてもらえなかったが。

 俺も倣うように、エールの入ったグラスを傾けて空にする。

 

「……まさか、君と酒を飲み交わす時が来るとはな。今生の別れと思っていたが、いやはや奇妙なものだ」

「はは。相変わらず年寄り臭い発言ばかり。お元気そうで何よりですよ」

「君もその減らず口は変わらないな。その癖、見てくれだけは一丁前に決めているらしい。流石の私も、一見誰だかわからなかったよ」

「恰好ぐらいはビシっと決めないとナメられるぞって、旦那から教わりましたから」

 

 なんて言ってたエルヴィスの旦那は常にアロハシャツだったわけだが。

 

「そうかそうか。しかし本当に良い出来だ。服に着られていない、君に合わせた服だ。さぞ良い店で仕立てたのだな」 

「いや。作ってもらったんですよ、うちの仲間に」

「ほう、誰に?」

「ヘル……って言ってもわかんねぇよなぁ。あそこにいる女性ですよ。今は彼女と一緒に、ハグレ王国で色々やってんだ」

 

 指さした先にいるヘルは、料理に舌鼓を打っており、それを喜んだクウェウリさんと会話に花を咲かせている。

 それを見たアプリコさんは、目を丸くしたようで。

 

「そうか、お前にも春が来たのか……」

 

 なんて言ってきた。

 

「なんですかその言い方」

「なあに、私達の周りをひっつき回っていた小僧が、でかくなったと思ったまでさ。あんなに上等な娘、どんな口説き文句でたぶらかしたんだい?」

「たぶらかしてなんかしてませんよ! 俺は旦那みたいに所かまわずナンパはしないって決めてるんですから」

「ははは、あいつは役に立たない知識ばかり教えていたかと思ったが、反面教師としては優秀だったらしい」

 

 揶揄うように言ってくるものだから、思わず噛みついてしまう。

 こうやって手玉に取られてしまうのも、昔はよくあったよな。

 

「……ところで、あいつらはどうしてますか?」

 

 尋ねるのは、解散の時以来姿を見ていない仲間たちのこと。

 もしかしたら、アプリコさんなら知っているのではないかと思い、ダメもとで聞いてみた。

 

「始末ヶ原君とはこの前に帝都で会ったね。相も変わらずあちこちほっつき歩いては借金取りに追い掛け回されているみたいだ」

「相変わらず屑なんだな」

「彼のアレは筋金入りだろう。ラプスとはあれ以来顔を会わせていないけど彼女の事だ。山籠もりでもしてるか、武者修行と称して暴れているんじゃないかな」

「あぁ、容易に想像できますね。ってかそれつまり俺たち何にも変わってないじゃないですか」

「それはもちろん。あのエルヴィスを慕っていた私たちがボンクラ以外のなんだというのかね?」

「違いないや」

 

 仲間たちの近況を聞いて、思わず顔が綻ぶ。

 どうやら、どいつもこいつも変わらないようで何よりだ。

 帝都に行く機会があったら、薙彦のやつを探してみるか。

 

 なんてあいつらに思いを馳せていたら、アプリコさんから話を始めてきた。

 

「なあ、ルーク君。この村は穏やかだろう?」 

「……そうですね。今まで見てきたところとはえらい違いだった。さっき散歩してきただけでも、皆笑ってた」

 

 アプリコさんの言葉に、俺は同意した。

 亜侠として活動していた頃、俺たちは大陸を股にかけ多くの町を訪れ、そして色々なハグレと出会ってきた。

 

 このご時世、ハグレの扱いは様々だ。

 

 特技を活かすことで、社会に溶け込めた奴もいれば。

 迫害されることを恐れて、ハグレとしての特徴を隠す奴もいる。

 あるいは、度重なる奇異の視線に耐えきれず問題を起こす奴だって何人もいた。

 

 いずれにしても、共通してるのは皆無理をしてこの世界に生きているということ。

 どいつもこいつも、自分が異物であることを自覚せざるを得ずにいられない環境で暮らすことを余儀なくされている。

 

 でも、この村ではそんな無理をしてる奴らは見かけなかった。

 

「ああそうだ。他の集落のように、がんじがらめじゃない。ハグレであっても笑顔で日々を暮らすことができる」

 

 ハグレと人が手を取り合って過ごせる世界。

 それを実現しようとしているのがデーリッチ。

 俺とヘルの部下にして、敬意を払うべき小さくも偉大な王様。

 

 対してここは、現地人との接触を避けつつ、外部との軋轢を出来る限り避けようと動いている。

 隠れ里、というのが最もわかりやすいか。

 少なくとも良い環境だと思った。

 

 だが、アプリコさんは違ったらしい。

 

「まさしく猛獣を飼いならすための快適な檻だ」

「……何が言いたいんです?」

 

 俺は聞き返した。

 ここが檻などとは、まかり間違っても思えなかったからだ。

 

「アルカナ殿は帝国人でありながら、ハグレに対して優しい人だ。だがね、はたしてそれは、全部私達を想ってのことだろうか?私にはね、彼らが発起しないようにご機嫌取りをしているように見えて仕方がないんだ」

「まあ、そういう意図だってあるでしょう。少なくとも、ハグレに偏見持ってる連中からしてみればそうでしょうね」

 

 この大陸の人間は、10年前のハグレ戦争の経験からハグレという存在を危険視する者が多い。

 そんな彼らにとって見れば、内側で完結しつつ、自分達に牙をむいてこないことを保証させるだけの環境を用意しておくのが最善だ。

 

 例えるなら、動物園の猛獣の檻がこの村で、飼育員がアルカナ。それ以外の帝国民は、安全圏から眺める観客だ。

 

「そういうことだ。我々はこのまま檻に繋がれたまま、ただ穏やかに枯れる時を待っているだけに過ぎないのか。獣人族の誇りとは、戦いによって勝ち取ってきたものではなかったのかと、思うのだよ」

 

 ぎしり、と歯の軋む音が聞こえる。

 眼鏡と長毛に遮られた瞳の奥には燃えたぎる闘争心の光が宿っていた。

 

 ……この人は昔からそうだった。

 参謀として作戦の立案に関わる彼は、仕事の好き嫌いが激しかった。

 

 金になるならないではなく、相手の強弱でやる気を出す。

 悪徳貴族の館にカチコミかけたときなんかは、最もやる気をだしていたんじゃないだろうか。

 

 弱肉強食。

 

 野生の掟とも呼べるそれは、獣人であり軍人だったこの人にとって自分自身を現す言葉だった。

 生きるために、弱いことすら利用する俺とは真逆。

 弱い事、負けることを恥とする極端な考えを持っていたこの人には、今の環境は敗北者への生ぬるい慈悲に思えて仕方がないのだろう。

 

「ルーク君。君がここの環境を良いと思ったことに悩む必要はない。君は飽くまでこの世界で生まれた人間だ。どうあがいても私達ハグレと意見が異なることは否定しないし、むしろどちらにも理解を示せることを大事にするべきだ。

 ――年寄りの戯言に付き合わせてしまったね。ルーク、君は純粋だ。この先どれだけの苦難が待っていようとも、自分に恥じない生き方ができるよう抗い続けなさい」

 

 アプリコさんは俺の顔を見てそう言った。

 長い髪と眼鏡の向こうから覗く瞳からは、長い時を生きた者の苦悩と、その中に光る一つの哲学が輝いていた。

 

「勿論ですよ。俺には色々と大事なものが増えましたから」

 

 悪人なんて似合わない真似をしようとする彼女。

 だからこそ、隣で支えてやりたい。

 あのお人よしが、どこまでいけるのか見てみたいのだ。

 

 まあ、やってることは世直しなんだけども。

 

 むしろ悪党どもがヘルラージュの名を聞いて恐れおののくぐらいに暴れ回るのも、それはそれで面白い。

 王国で後世まで語りうがれるような武勇伝を、秘密結社の名で押っ立ててやることが今の目的だ。

 

「惚れた弱みか。年寄りの忠告だが、大事に思うなら命を懸けてでも守るといい。惚れた女の死に目にすら会えないのは、一生引きずる致命傷になる」

「――そうですね。肝に銘じておきますよ」

「ああ、そうしておけ」

 

 アプリコさんは優しい顔をして満足げに頷いた。

 ただ、彼のさっきの発言にはひとつ引っ掛かるところがあった。

 

「……アプリコさんにも、大事な人が?」

 

 俺はそう訪ねざるを得なかった。

 昔は仲間の過去に踏み込むのは避けていたけれど、今では少しでも歩み寄っていくことが大事だと学んだから。

 

「ああ、妻がいた。この世界ではなく、れっきとした故郷にね」

 

 そう答えたアプリコさんの表情は、形容しがたいものだった。

 

「……そうですか。そういうことが」

「さて、話はもういいだろう。こんなおいぼれよりも、今の仲間を大切にしてやれ」 

 

 アプリコさんはそうやってヘルたちのほうへと行くよう促してくる。

 確かに、過去の武勇伝に浸り続けるより、今に目を向けろというのはごもっともな話。

 良きにしろ悪しきにしろ、思い出は振り返るものであってすがりつくものではないのだから。

 

 だから、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「そう、()()()()()()()()()()()()。そうでなければ、だれがあの子を……」

 

 アプリコが呟いたその言葉は、ルークの耳には届いていなかった。

 

 

 

 

 

 

「ハグレ王国の諸君。今宵の宴は楽しんでもらえただろうか」

 

 すでに料理のほとんどが片付けられており、宴会そのものは終わりを迎えた時間。

 アルカナがそう言い、その場にいた全員の視線を釘付けにする。隣にはシノブとメニャーニャ、そしてマーロウとブーンが控える。

 

 しこたま酒を飲んでいたアルカナだが、酔い覚ましの秘薬を呑んだことで思考はむしろ冴えわたっている。

 これは酒を口にしたものには例外なく処方されており、それはつまりこれから語る内容は酒の勢いで済ませるつもりがない真剣なものだということを、その場の全員が否応なく理解していた。

 

「先ほど薬を処方したように、これから話すことはとても大事なことです。しっかり覚えて帰ってほしいので、皆様はどうかご清聴のほどをよろしく頼みます」

 

 メニャーニャが反論や意見のないことを確認してから、アルカナは当初の目的――ハグレ王国を招いた理由を説明し始めた。

 

「私、アルカナ・クラウンは帝都召喚士協会に所属する特務召喚士であり、このケモフサ村を領地とする帝国伯爵としての身分を持つ者である。

 私は10年前から今まで、ハグレ監査官としての職務を全うしてきた。ハグレ達が再び反乱を起こしていないか、この世界の住人として人々と衝突していないかということを監視する――その役目を通じてハグレの生活をこの目で見続けてきた。そして常々思い続けてきた。ハグレと呼ばれる彼ら召喚人をこのままにしてよいのか。自分達が呼び込んでおきながら、危険な存在とみなされる彼らの生涯をこの世界で抑圧されるまま終えさせることが、はたして正しい事なのかと」

 

 この世界に召喚され、その境遇に悩まされたのはハグレであれば経験することで、その事実に耐えながらこの世界で生きることを決意するのに、時間を必要としてきた者もいる。

 ハグレ王国は、この世界で安心できる居場所を求めた者達の集まりだからこそ、彼女の想いについて考える者は決して少なくなかった。

 

「そう考えながらも、私はこの身に抱えた問題ゆえに召喚術の理論を覆すことができず、貴族として与えられた僅かな土地で限られた数のハグレを保護するだけの遅延策以外に打つ手を見つけられなかった。

 だが、それも一年前までのことだ。

 ――――シノブ。エステル。メニャーニャ。

 私の研究室に加わった三人の召喚士が中心となって立案したゼロキャンペーンこそ、そのきっかけだった」

 

 それが何を示しているのか、エステルはすぐに思い至った。

 

「……もしかして、次元の穴?」

「その通り。キャンペーンが始動して半年たつか経たないかといった頃か、魔物の出現プロセス自体を研究していたシノブはある事実を発見した。

 そう、召喚術の原理だ。

 この世界とハグレ達の世界。

 二つの世界のマナ濃度の差を利用した魔力流による次元航海こそがハグレ召喚の原理であり、その理論を応用してあちらの世界への逆召喚が可能だということまで突き止めてみせた」

 

 その理論を実証するために行われた実験についても、一行には思い当たる節があった。

 

「それって、ザンブラコの固定ゲート!」

「ああそうだ。ザンブラコでの一件はこちらも把握している。生徒がいたずらな混乱を引き起こしたことを代わって謝罪する」

「私こそ町に被害を出して申し訳ありません……!」

「い、いえ、もう解決したことですから……!!」

 

 住人であったベルにアルカナは頭を下げ、シノブも遅れて頭を下げる。

 女性二人に頭を下げられ、ベルは困惑してしまう。

 

「ちょっとちょっと! いきなり頭下げないの!」

「おっと、話の腰を折ってしまったな。すまない、再開しよう」

「ええ、先生はすぐ脱線しますからね。頼みますよ?」

 

 エステルに制止され、メニャーニャが嗜める。

 アルカナは説明を再開した。

 

「とはいえだ。あんな勢いのあるゲートなんぞ失敗作も失敗作。

 あれではこっちの世界から飛び出すことはできても、戻ってくることができない一方通行で、結局こちらから呼び出すのと大差がない。だからマナジャムでの制御と時空アンカーでの安定化が必要だった。あれは実際の所、召喚魔法そのものの制御装置みたいなものでね、色々とフィルターをかけたりすることだってできる筈だ」

 

 次元世界は無数にあって、自分の種族と同じ名前、同じ見た目がいるだけの別世界がいくらでも存在する。仮に向こうへの次元ゲートができたからと言って、送還対象の世界へつながる可能性は低い。それどころか、繋がった先には凶悪な魔物がいるかもしれない。

 そうした諸問題を解決するための装置があの時空アンカー。メニャーニャが協会で着手していた、シノブの研究課題の成果であった。

 

「筈?」 

「まだ未完成なのさ。今のところ、空間座標を送信し続けるだけのビーコンぐらいの機能しかない。

 でもこの計画が進みデータが集まれば、そう遠くない未来。それこそ一年とたたずして、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。そしてそれは、れっきとした技術になる。私達だけではなく誰でも行う事の出来る力になる。……そう、ハグレは元の世界に帰れるようになるんだ」

 

「……ッ!!!」

 

 アルカナのその言葉に、最も反応を示し、望郷の念で涙を零した少女がいた。

 その少女の姿と名前を記憶に刻み込んで、アルカナは宣言する。

 

「今この時。王冠(クラウン)の名を持つ者、あらゆる魔術師の頂点に立った者として、私は宣言しよう。

 世界の相互移動を行うための施設、次元ポータルによってハグレを元の世界に返し、傷を癒す世紀の一大事業。

 我ら召喚士の過ちを償うために開発された、逆召喚術式(アンサモン・プログラム)

 世界の均衡を正し、未来に光をもたらすための希望。

 ――すなわち、『帰還計画』の発動を!」

 

 

 

 ◇

 

 

 アルカナの宣言はハグレ王国の中に衝撃を走らせた。

 元の世界に帰る。それはこの世界に連れてこられた当初は誰しもが望み、そしていつしか諦めていたこと。それを実現させようと言うのだ。驚かないわけがない。

 

 

「帰還計画……それが先生たちの、企んでいたこと?

 そんな大きな事を考えていたのね。そんな立派な計画、私も一緒に――――」

「――――な、何を考えているんですか、貴方は!」

「え、ちょ、ちょっと。どうしたのよマリー!?」

 

 

 あまりに壮大な計画に誰もが言葉を失う中、真っ先に意見を示したのはローズマリーだ。

 

「アルカナさん。確かに、貴方たちの計画は素晴らしいものかもしれない。だけど、それだと向こうから入ってくるハグレはどうするんですか!

 相互通行が可能だと言った。ならば、この世界の人々とハグレのパワーバランスは崩れてしまう。そうなったら、これまで虐げられてきた彼らが黙っているはずがない! この世界の有様を見れば、好戦的なハグレは必ず結託し蜂起する! そうなったら事態は解決どころじゃない。むしろ最悪の事態に発展してしまう!」

 

 ローズマリーはアルカナに詰め寄り、致命的な問題点を指摘した。

 この世界のパワーバランスは、ハグレの数が圧倒的に少ないことで成立している。

 どれほどハグレが個の力で勝ろうとも、人間が最も得意とする数の暴力には勝てないのである。

 しかし、だ仮にハグレが今の数の2倍、いや1.5倍になればどうなるか。答えは簡単だ。天秤はハグレに傾き、あっという間にこの世界の人間はただ蹂躙されるのを待つだけの存在に成り下がるだろう。

 

 それはローズマリーにとっては許容できないことだ。

 問題は帝都のみに済むわけもなく、これまで彼女が築き上げた夢、小さな王と共に作り上げた王国すらも水泡に帰すのは間違いない。

 

「ああ、そうだ。確かにその通りだ」

 

 突きつけられた問題点に対してアルカナは眉ひとつ動かさず肯定する。

 一歩間違えれば、己の行いが戦争の引き金になりうるという事を彼女は自覚していた。

 だからこそ、未完成な理論でも制御できる術と理解を得られる同士を求めていた。そしてその両方を満たす存在が、この世界に現れたのだ。

 

「ならば、どうやって……」

「そのために君達を集めて説明を行ったのさ。――この計画を主導してもらうために」

「……っ! それは……」

 

 それがハグレ王国。アルカナの計画の孔を埋める最後のピースだった。

 

「相互移動ができる以上、この世界にやってくるハグレはどうしても拒むことができず、また彼らが問題を起こさない保証はどこにもない。ならば、主導となるには抑止力が必要となるのは当然の事だ。

 その役目にふさわしいのは、この世界でハグレを受け入れ、居場所を与えられる国であり、帝国の圧力に屈することのない確かな地盤を持った組織。それがどこかなど、もうわかるだろう?」

「……私達が、やってくるハグレの受け皿となれと?」

「そういう見方もあるでしょう。でも一番必要なのは、問題が起こった時に一刻も早くゲートを閉じることだ。そのためには何が必要かな?」

「……キーオブパンドラ、でちか?」

「その通り! 国王様には花丸をあげよう。

 キーオブパンドラの力があれば、何者かが次元ポータルを悪用しようとしてもすぐにシステムの封鎖が可能となるし、この計画を帝国に呑ませるのに大きな説得材料となる」

 

 アルカナの最後の言葉について、エステルは何か引っかかりを感じた。

 

「……ちょっと待って? もしかしてこの計画って」

「うん。帝国議会には一切話を通していないよ。だってこんな計画提出したら、私の権力と地位は即刻はく奪されるに決まっているからね」

「嘘でしょ……!?」

「そうなんですよね。困った人ですよ全く」

 

 事後承諾を取る満々なアルカナにエステルはぽかんと口を開けて言葉を失い、メニャーニャはその傍若無人っぷりに肩をすくめて見せた。

 

「いや、止めなさいよ!」

「言って止まると思いますか? それにこんな大掛かりなプラン、私としても握りつぶされるなんてのは癪ですからね」

「ちくしょう。お前も同類か……ッ!」

「だーいたいあたしゃ特務召喚士だ。召喚をするのに制限がないんだから、送り返すのにも制限があるわけないだろう」

「いや、その理屈はおかしい」

 

 そもそも送還自体が確立できていないのだから、許可なんてないに決まっている。

 

「真面目な話、召喚士協会が主導で行うと頭が堅い貴族どもに反逆を疑われかねないのよね。だから飽くまで他の国がやったということにして、帝都がそれを監督するという形式のほうが比較的穏便に済むという寸法だ。

 もちろん、君達だけに協力してもらうわけではない。妖精王国、エルフ王国の二国にもこの話を持ち掛けるつもりだ」

 

 異種族を中心とする国家が3つ結託すれば、帝国の至人主義者も気安く手出しはできないとアルカナは目論んでいた。事実、破竹の勢いで規模を拡大するハグレ王国に至っては、召喚士協会が戦力を大きく削いだ以上帝国も容易に軍隊を派遣するというのが難しい。こうした政治バランスの拮抗もまた、アルカナが動くに至った要因のひとつであった。

 

「……妖精王国もなのか?」

「その通りだとも、ヅッチー女王陛下。プリシラ君の経済手腕をもってすれば、帝国に経済的なけん制もかけられると考えている。そうすれば状況は戦争ではなく外交に持って行ける。強引な介入を防ぐにはちょうどいいだろう?」

「くそっ、一切否定できないのがまた……」

 

 戦争に負けておきながら、ハグレ王国と経済戦争で勝利を収めてこようとしたプリシラの手口を直に経験している以上、その見通しが決して無謀な試みでないことを思い知らされる。

 ちなみにエルフ王国は単純な立地の問題。この中で最も帝都に近く、纏まった異種族の中でも話の通じる相手だからだ。

 

「まあ、全てのハグレが帰還できるとは考えていない。

 元の世界の記憶がない。この世界で生きる地盤を固めた。そもそも帰っても居場所がない。そういう連中は結構な数いる。むしろそちらのほうが多いだろう。

 

 しかし、それでも帰りたがる者達はいる。故郷の地に足をつけたいと望む声がある。ならば、やるべきだとは思わないか?」

 

 そうしてこちらを射貫く星の瞳は、嘘偽りなき真摯さに輝いていた。

 

「……つまりあなたは、飽くまでこれ以上ハグレが虐げられないように、次元ポータルを運用すると?」

「そういう事だ。この事業が成立した場合のメリットを、分かってもらえただろうか?」

 

 賛同を求められるローズマリーだったが、首を縦には振りづらかった。

 確かに彼女達の計画は大義がある。それに伴うリスクについても自分たちで解決が難しいからこそこうしてハグレ王国に協力を仰いでいる。

 ……これがキーオブパンドラを渡せという要求なら、突っぱねることができただろう。

 だが、彼女たちは飽くまでこちらに決定権を委ねたままだ。

 この計画が成就したのなら、王国が飛躍的に力を増すのだと分かっている。しかし代償として計画の失敗がそのまま国の信用に通じる。そして拒否したところで状況は何一つ変わらないだろう。

 実質、選択肢などひとつしかない。

 

 ローズマリーは戦慄した。

 この者に比べれば魔導の巨人など足元にも及ばない。目の前にいるのは世界の半分を渡そうと誘惑する魔王だ。

 

「それに、この計画が危険と言ったね。それは今の世を続けても同じことさ。私という後ろ盾がいるこの土地はまだしも、他の土地に隠れ住むように生きているハグレは帝都からの抑圧を受け続けている。遅かれ早かれ、そうして不満を募らせたハグレは再び決起するさ。いや、ハグレの力にあやかろうとするこの世界の住人も乗じて争いに参加するかもしれない。とにかく、誰か一人でも立ち上がれば連鎖的に他のハグレも触発されて再び戦争が巻き起こるだろうよ。そうなれば、今の帝国に待っているのはどのみち破滅だ。当然、君達の国や周囲の町村にもその波紋は伝わり無事ではいられない。

 ……ならばどうだろうか。私たちの賭けに、一世一代の大博打に乗ってみるつもりはないかな?」

 

 妖艶な微笑みと共に、星詠みの賢者はハグレ王国へと最後の問いかけを行う。

 

 拒めるならば拒むがよい。この私の、生徒たちの集大成を、幼きお前たちは否定できるのか?

 緻密に練られた、大胆極まる野望を掲げた賢者は不敵な笑みでそう物語っていた。

 

「それ、は……」

 

 その瞳に込められた熱意を、ローズマリーには否定することができなかった。

 

 稀代の召喚士達が集まり、10年もの長き準備を得て成し遂げようとする計画。

 数か月で比類なき規模の拡大を成し遂げた王国の参謀であっても、その大義を認めざるを得なかった。

 沈黙は肯定と言うように、王国の仲間たちも口を噤むばかり。

 無言というプレッシャーが、ローズマリーの双肩に伸し掛かる。

 

 ――そうして、彼女は口を開いた。

 

「申し訳ないけれど、今の話では、デーリッチは受けられんでち。それを受けるには、大事なものが足りないでち」

「デーリッチ……!!」

 

 白銀の賢者に対して、ハグレ王国の国王デーリッチは正面から立ち向かった。

 むん、と背の高い彼女を見上げるその視線に一切の恐れはない。

 

「……国王が拒んでしまえば、引き下がらざるを得ない。しかし理由を聞かせてもらおう。何が私の計画に足りないのか、この私を納得させられる答えを君は理解していると?」

 

 この世界でハグレを庇護する道を選んだ先達者として、アルカナは前人未踏の道を進まんとする王に試練をぶつける。

 すべてこの世界を想わんがための計画に、一体何の瑕疵があるというのか。幼き君に何がわかるのかと。

 

「なあに、簡単なことでち」

 

 ――無論、あるとも!

 一国を背負う小さき王は、その意見に真っ向から反論する!

 

「肝心な点について、話してもらってないからでち。

 ――それは、動機。

 アルカナさんがどうしてハグレを元の世界に返したいのか。

 なんでそこまでハグレに肩入れするのか。

 その根っこの部分が、どうしてもわからない。

 どれだけ正しい理屈を言ったところで、明確な君の意志というものが、どうしても見えてこない。

 だから、それを話してくれない限り、私は首を振らない。

 ハグレ王国の国王として、その計画に賛同することはできない」

 

 だいたいでちね、と一拍置いて。

 

そもそもの話、よく知らない相手の口車に乗るなど言語道断!

 『知らない人について行ってはいけない』そんな基本中の基本はとっくの昔に習っている!

 国王と交渉の座に就きたければ、まずは自分の腹を割って話すがいい!

 

 

「――――ッ!?」

 

 王の啖呵に、魔王の末裔は気圧された。

 数多の権謀術数を越え、数々の修羅場を踏破してなお、小さな王の気迫は膝をつかせるに十分だった。 

 

「――故に、問おう。

 星術師アルカナ。アルカナ・クラウン。

 結局のところ、君は何がしたいんでちか?」

 

 王の要求に、アルカナは暫し沈黙する。

 星のように輝く瞳を見つめ、ただのアルカナ・クラウンは己の傲慢さに恥じ入った。

 

「――クク。そうか、それを聞くか。

 確かに、ただ起こりうることについて説明するだけでは釈然としない。

 相手にモノを頼むなら、何もかも腹を割って話さなければいけない。

 ――成る程。筋が通っている!」

 

 自分の事情を全て話せば、余計な混乱を招きかねない――――。

 そう考えての配慮だったのだが、裏を返せば、相手との間に壁を作っているということ。

 

 「みんなと仲良く」なんて夢を本気で掲げる王様が、それを大事にしない相手の誘いに乗るわけがない。

 そんな事実に気づかされた星術師は、少しだけ、己の内をさらけ出す事を決意した。

 

「以前も思ったことだが、やはり君は導きの星らしいな……。

 いや済まない。ハグレ王国国王陛下。及びその国民たちよ。

 充分な説明もなく、一方的に協力を仰いだ不義理を謝罪しよう。

 そして、未だ君たちに傾ける耳があるなら聞いてほしい。

 不肖この私、()()()()()()()()()()()()()()()()が、いかなる旅路を歩んだのか。

 その一端を、今ここで語るといたしましょう」




さて、前回と今回で、原作との差をどうするんだという疑問が浮かんだ読者も多いと思います。この先の展開は「ざくざくアクターズ」という作品を語るにあたって、とても大事な場面の連続。それを良きにしろ悪しきにしろ捻じ曲げてしまえば、原作の様にハッピーエンド……となるかと言われるとNOでしょう。

アルカナは確かに超人であり、この世界では異常なほどにハグレに優しいです。それこそ、未来でも見たかのように手を進めていきます。

とは言え、どれだけ盤石に場を整えても問題は出てきます。例えば本作のケモフサ村は、原作よりはマシな環境ではありますが、帝都との関係をアルカナ一人に依存しているので彼女が死ぬと機能不全に陥りかねないという問題があります。

アルカナ自身もそれがわかっているので、どうにか後に続くものを生み出せないかと考えて計画したのが「帰還計画」になります。

なお、今のアルカナは上辺だけいい言葉を並べつつ王国ごと面倒事に加担させようとしてくるクソ女なので、当然デーリッチには突っぱねられます。

それを指摘されたアルカナは、己の素性の一部を明かすことを決意します。
というわけで次回は設定開示回。
この世界がどれだけオリ設定を盛っているかが少しわかります。

……ところで、この世界の召喚術には「送還」ができない以外にもデメリットがあります。さて、それは何でしょうか?


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その24.白翼の一族

設定開示回


「――――白き翼(アルバトロス)?あなた今、アルバトロスって言ったの?」

 

 アルカナが告げた、真の名前。

 それにいち早く反応したのが、ミアラージュだった。

 

「おや、知っているのか。流石は旧き古神術の継承者、といったところか」

「元、よ。今はヘルが後継者。

 もっとも、そんな肩書にもう意味があるのかはわからないけど。

 ……それより、貴方のその名前、本物かしら?」

「勿論。偽りのない事実だとも」

 

 生まれがフカシではないかというミアラージュの問いを、アルカナは自信をもって肯定する。偽る者さえ現れる……彼女の一族はそれほどまでに高名なのだ。

 

「あの~。アルバトロス、って何なの、お姉ちゃん?」

 

 なお、同じ継承者でありながらも知らないぽんこつが一人。

 

「いや、あなたも知っときなさいよ!

 割と初歩の初歩よ、アルバトロスの家系って……。

 それとも、()()()()()って言ったらわかるかしら?」

「……えっ、白翼!?あの伝説の!?」

「やっぱり知ってたじゃない……」

 

 度忘れをかましていた妹に姉は呆れた様子だ。

 

「あの、ミアさん達は知っているんですか?」

「そうね、ローズマリー。魔術師を志したのなら、一度は聞いたことはないかしら?

 かつて大国を導いた星詠みの魔術師。

 その出身地の名は、城塞都市エルセブン。絶海に浮かぶかの魔導要塞こそは、あらゆる叡智が集う場所って」

 

 大陸から西に、北に向かった先の絶海。

 航路より外れたそこにあるは一つの要塞。

 

 その名をエルセブン。

 

 五百年以上の歴史を持つ魔術一族が治めしかの島は、単体で完結する閉じた異界であると。

 

「そして、その島を治める一族の名前こそが、アルバトロス。渡り鳥の名を持つ白翼の一族こそ、彼女のルーツということね」

「ご明察。彼女の言う通り、私はこの大陸の出身ではない。私は白翼の一端として生を受け、当然の如く星の魔術を修めた。そしてある出来事がきっかけで大陸に出て、私の噂を聞きつけた帝国に宮廷魔術師として招かれたんだ」

 

 超待遇の過去がさらりと明かされた。

 

「へ? 先生が、宮廷魔術師? ……マジでか」

「別に驚くことではないですよ先輩。むしろそれぐらいのキャリアがなければ、この人の滅茶苦茶な経歴にどう説明をつけるんですか?」

「とか言って、お前も私の素性を聞いたときはぽかんと口開けて30秒ぐらい固まってたじゃないか」

 

 師の経歴を唯一知らされていなかったらしいエステルは、初めて聞いたその事実をどう咀嚼していいか分からなかったが、メニャーニャの言葉で多少の納得できてしまった。他の者達も驚愕よりは、この訳の分からないレベルで自分達を翻弄してきたコネクションの広さへの裏付けが取れたことによる納得が勝っていた。

 

 召喚士協会の設立当初からいる人間で、様々なところに顔が利いて、ハグレ監査官という役目を担っているアルカナが、ぽっと出の魔術師である訳が無いのである。

 

「白翼の一族が伝える霊子星術は、この世界において極めて希少で高度な技術……魔導の歴史をひも解いても、百以上の国がその叡智を求めたと聞きます。それはこの帝国も例外では無かったという事でしょう」

「経済力による支配を行っていた帝国にとっては、喉から手が出るほど欲しい逸材だったというわけだ。何せ、高度な未来予測までできるのだからね」

 

 未来を見通す目を持つことができれば、経済の流れを思いのままコントロールすることも不可能では無い。

 帝国の経済が滞り始めていることに悩んでいたユーグレア3世は、星のように輝く魔術を操る《星を見る者(スターゲイザー)》なる冒険者の噂を聞くや否や、その者を宮廷魔術師として招聘した。

 

 それが当時のアルカナであり、弱冠18歳のという類を見ない若さで帝国魔術師の頂点に立った存在だった。

 

「まあそういう訳で、私は宮廷魔術師としての地位を得て、発展にもいくらか関わらせてもらった。その時にできた繋がりは今も残っていてね、かれこれ14,5年の付き合いになる者もいる」

「はえ~。すっごいでちね~」

 

 順風満帆とも呼べるアルカナの人生に、素直に羨望の目が向けられる。

 

 とはいえ、これだけでは何の説明にもなっておらず、

 

 むしろ疑問は次々と浮かんでくる。

 その年齢で宮廷にいたのなら、むしろ今こそその影響力は高みに達しているだろうに。

 今この場で辺境の貴族として振舞っていることと、どうしてもかみ合わない。

 

 そんな疑問を解くべく、エステルは切り出した。

 

「でも、それほどの人物だった先生がなぜ召喚士協会(うち)にいるのよ?

 言っちゃあなんだけどさ。協会ってそこまで権限ある組織でもないよね?」

「まさしくその召喚術が開発されたからだよ。おおよそ12年ほど前、異世界より未知の物質、生命、技術を持ってこれるという召喚術によって、帝国はそれこそ末端に至るまでその恩恵を受けた」

 

 エステルやルークにはその言葉は強い実感をもって刺さった。

 

 彼らは幼少期を、その発展していく帝都で過ごしたのだから。

 別世界より溢れかえったヒト、物、技術。

 この世界に元から存在するものではない、異なる技術形態のものが次々と取り入れられ、まるでつぎはぎのように様相を変えていく帝都。

 

 彼らは日に日に自分達の世界が豊かになっていくことに素晴らしさを感じたことを今でも覚えている。

 そして同時に、住み慣れた町が得体のしれないものに変わっていくことへの恐ろしさもまた、忘れたことは無い。

 

 とは言え、世間は召喚術による一大ムーブメント。

 宮廷や議会も召喚による利益を最大限に得るべく、召喚術を支援する政策や学問としての体系化を推し進めていき、召喚士と呼ばれる職業が世にあふれかえる原因のひとつを作った。

 

 当然、そうなれば割を食う者もいるわけで。

 

「……それが問題でね。みーんな興味がそっちの方にいってしまったんだ。大してこっちは際限なく増える召喚物のせいで未来予測が不安定になった。一人のハグレがもたらした技術によって、予測した未来とは真逆の結果になったことさえある」

 

 外様(とざま)であったからか。それとも、()()()()()()が警鐘を鳴らしたのかはわからないが、アルカナは召喚術を歓迎できなかった。

 

 召喚術で利益を得たい貴族たちや、召喚士として活躍し、発言力を強めたに者達からして見れば、それは目の上のたんこぶとだっただろう。

 流行りに乗れない小娘が窓際族めいた扱いになるのに、そう時間はかからなかった。

 

「まあ、そういう技術がろくでもない結果になるのはなんとなーくわかってたから、皇帝陛下にも諫言したんだ。どうなったと思う?」

「……落ち目の魔術師の言葉なんて、碌に受け入れてもらえない。ですか?」

「大正解。陛下はある程度耳を傾けてくれてはいたけどね。それ以外の貴族どもがこぞって私を批判。結果として、私は宮廷を降ろされたのさ」

 

 帝国の発展を妨げる者を宮廷に挙げておくなど認めるわけにはいかない。

 そうした議会の声から、ユーグレア3世はアルカナに宮廷からの立ち退きを命じた。

 謀殺すらあり得た状況で、彼女がわずかなひと時、その叡智を帝国にもたらした功績を無下にしまいとする皇帝の心情を察し、アルカナもこれを受け入れたのである。

 

「そのあと、私は帝国大学の魔法学科へと立場を置き、召喚士協会の設立に立ち会った。智慧は買ってもらえたようでね、技術局は顧問として私を推薦した」

「ん?召喚士の貴族が先生を追い出したのに協会の幹部にするのっておかしくないか??」

 

 エステルの疑問には、メニャーニャが答えた。

 

「そこはおそらく監視の目的もあったのでしょう。先生の魔術は戦闘能力も抜群だから、まかり間違って他国に渡って報復でもされたらたまったものではない。だから相応の立場を用意して、帝国に残ってもらおうという魂胆でしょう」

「ちょっとそれはいくら何でも我儘が過ぎないか?」

 

 口を挟まれたくはないが、だからと言ってよその手に渡るのはもっと御免だという政治家の我儘に、彼女は顔色を変えず、文句のひとつも言わずに従った。

 と、いうのも。この時のアルカナ自身にはある思惑があったからだ。

 

「虫のいい話だとは思ったよ。でも悪い話じゃ無かった。

 あの時の私は、召喚術に直に関われる立場に就けば、暴走しかけた発展を抑制できると思ったんだ。

 

 

 ……その結果が、あの戦争だがね。

 自分自身の浅はかさを痛感したし、あの時はホント、何もしたくなくなるぐらいには意気消沈した」

 

 それはかつて、己の一族の主席に立ったという実績からか、

 あるいは、人の世を支えんとする一族としての使命からか。

 

 どちらにせよ、混沌を極めた世界を正しく導けると考えた自分(アルカナ)が、自惚れていると自覚させられるのには、そう時間はかからなかったのだ。

 

 

 ――――自分一人が何かをしたところで、世界を変えることはできない。

 

 

 そうして結局防ぐことのできなかった大事件を前に、アルカナは自堕落的な思考に陥っていた。

 

 ちょうどその時だった。

 

 政府から召喚士協会に、暴徒化した召喚人の鎮圧命令が下されたのは。

 

「私も鎮圧側に回されてね。やむを得なしに召喚を行った。ヴィオやブーン、そしてもう一人を含めた3人と出会ったのも、この時だ」

「いやあ。今思えば唐突に知らない所に呼ばれて戦ってくれとか、相当な無茶ぶりだったおね」

「そんなわけで私は3人と遊撃隊を組み、戦場を駆け巡ったのさ。あの時は結構溜まってたし、やけっぱちで流星を降らせたこともあったかな」

 

 今は各地の巡回をしてもらっている猫人。

 隣でこちらを相も変わらずにこやかな顔で見ている戦士。

 そして、いろんな意味でキャラが濃かった女性。

 

 この3人は暴徒ハグレの鎮圧にめっちゃ貢献した。

 アルカナも後衛で魔法をバカスカ撃ってめっちゃ貢献した。

 

「そういえば、あの時は真昼間でも流星が見えるとかいう噂が流れてたっけ」

「やれ凶事の前触れだハグレの呪いだとか大人たちは騒いでたけど、貴方の仕業だったのか……」

「やることなすことスケールが違うんでちね……」

「そう褒めるな、照れるじゃないか」

「誰も褒めてないわよ」

 

 全体攻撃感覚でレベル8級の魔法をぽこじゃか撃つ彼女に対して、称賛よりも畏怖の念が向けられる。

 

「まあ、そういう訳でだな。鎮圧に一役買った私は、その功績を讃えられて伯爵の位を得た。そうして、この辺り一帯を領地として治めるようになったという話だよ。

 ――さて、問題はここからなんだ。」

 

 そう、ぶっちゃけここまでは前置きだ。

 アルカナが語ったのは、波乱万丈なれど、ただの略歴。

 帰還計画を立てるに至った動機が、これより語られる。

 

「そうだな。これを知っているのはシノブに、私の直属3人ぐらいだろう」

「そうですね。私もそこまでの理由はまだ語ってもらっていませんので」

「おっ、私とお揃いか~」

 

 ようやく後輩と条件が一緒になったことに安堵するエステルだが、メニャーニャはその程度のいじりに動じない。高みを見せつけながら、掴みどころのなかった己の師が、今まさにその根幹を見せようとしているのだから。

 

「そう言っていられるのも今の内ですよ。シノブさん達の顔を見てください。

 ……皆一様に口を堅く結んでいます。おそらくですが、相当な厄ネタですよ」

 

 アルカナの事情を知る彼らの顔は、一様に真剣なもの。

 ハグレ王国の皆も、何を告げられるのか心して聞いていた。

 

「きっかけはね、些細なことだったんだ。戦争が終わって、ひとまずの平穏が訪れた時、私はどうしようもない不安に襲われた。状況は何も好転していなくて、むしろ混迷の時代へと歩を進めようとしていたのだからおかしい話では無かったけれど」

 

 それは虫の知らせか。あるいは天からの神託か。

 未来運営を行う一族の主席たる彼女にとって、その不安を解消する手段はとても容易いことであった。

 

「どうしても不安をぬぐえなかった私は、この世界の未来について演算にかけることにした。分かりやすく言えば天変を占った。その結果、たった一つの明確なビジョンが映った。

 エステル、メニャーニャ。私はね、視てしまったんだよ」

「……何をですか」

 

 

 

 

「――――滅び」

 

 

 

 

 その問いに、簡潔な、それでいて最も分かりやすい答えが返ってきた。

 

 

「ほろび?え、滅びって、滅亡って意味の……?」

「ああ、それも完膚なきまでのね。

 このままではいずれ、この国を災厄が覆い、それは大陸を越えて、また別の災厄を引き起こす。そうしてこの星の霊長は例外なく死に絶えると、凶つ星は示したのさ」

 

 星が示した答えは、滅亡。

 明確に滅ぶというにわかには受け入れがたい結末が、近い未来に起こりうるということをアルカナは察知してしまった。

 

「召喚程度の変化でこれは覆らないと確信した私は、本格的にこの未来の解決に乗り出した。何をするべきか、なんてのは明白だったよ。何せ、この国には特大の爆弾が目に見える形で埋まってるんだからね」

 

 滅亡の原因が戦争か、災害か、はたまた異界からの侵略かなんてのは分からない。

 だから、目に見えている爆弾から片づける必要があった。

 

 その爆弾とはハグレであることは言わずもがな。

 ハグレとの軋轢が大きくなれば、いずれまた戦乱が呼び起こされる。

 混迷の時代が再び戦争の時代に戻さないために、アルカナの孤独な戦いが幕を開けた。

 

「まず私はハグレ達を扱えるだけの地位を求めた。何せ最も大きな不安要素だったからね。ある程度制御できた方が都合が良かった……というのが理由の一つだ」

「もう一つの理由は?」

「他の連中が信用できなかったからだな。どいつもこいつもハグレを差別はすれど保護はしない、当たり前の話だろうよ」

 

 反発の上がりかねない物言いだが、反対の声は上がらなかった。アルカナの言葉がまぎれもない事実であることを、受け入れざるを得ないほどには、当時のハグレ差別は酷かったのだ。

 

「幸運なことに、ハグレ監査官の地位にはすぐ就くことができた。当時は戦後処理と復興に力を入れたくて、誰も彼もがハグレの管理なんてやりたがらなかったわけさ」

 

 そうして、反乱軍の中心だった獣人たちを領地に招き入れた。

 《雷狼》と恐れられたマーロウを始めとして、数多くの獣人がアルカナの領地で暮らすこととなった。

 

 勿論、ただ領地としたからと言って好き放題出来るわけではなく、今の状況になったのも、おおよそ1年前のことであった。

 

「こうして私はハグレと関わる立場と権力を手にし、ある程度の情報を得られるようになった。

 そうして余裕ができた私は、並行して召喚術の研究を進めることにした。

 そこからは、先ほども話した通りのことだ」

 

 生態が違う。 

 文化が違う。

 価値観が違う。

 

 どこか一つでもすれ違えば簡単に戦の炎が燃え上がる。

 まるで、地雷原を突き進むかの如き行軍。

 

 一歩間違えれば、ハグレ達の怒りの矛先が自分に向く最前線で、アルカナはハグレ達と向き合う道を選んだのだ。

 

「とまあ、私が優しい聖人君主みたいな語り方をしたが、動機は全てハグレではなくこの世界の人間の為。私の独善(エゴ)に過ぎない。

 帝都の意向で非情な判断を下したこともある。

 かつての戦争から私を恨むものだっている。

 最初はここの住民だって私を睨みつけていたものさ」

「……でも、貴方の奮闘は伝わっていたのではないですか?」

「さて、どうだか」

 

 ローズマリーの言葉に自嘲するかのような笑みを浮かべながら、アルカナはマーロウの顔を見た。

 

「それに、私はあの戦争で君たちを真っ向から打ち破った張本人だ。

 なあマーロウ。君は今もこうして大人しく隣に立ってくれているけど。ホントは今でも私の首を叩き落としたいんじゃないの?」

「恨みがない、と言えば嘘になります。

 あなたが我らの同胞の屍で山を築いたあの日の事は、今でも鮮明に思いだせる」

 

 空を埋め尽くさんばかりの流星が自分達へと降りそそぐ。

 

 焼かれ、貫かれ、砕かれて。

 

 次々と死体になっていく同胞たちを、無感動な表情で見つけるあの金色の瞳。

 

 全てが終わった後、荼毘に付される*1同胞たち。その全てを忘れまいと見つめ続けた金色の瞳。

 

 少しの沈黙の後、マーロウは再び口を開いた。

 

「……ですが、ここの暮らしは決して不自由ではなかった。もしこの村があなた以外の下にあったのならば、我々は今のような暮らしすら出来ず、ただ子供たちのためと言い訳をしながら、いたずらに恨みを募らせていたでしょう。今はそうでないことが、答えです」

「ありがとう。そう言ってくれるだけで、私はまだ歩いていける」

「何、未来を求めて抗っているのは私も同じですよ」

 

 本来の流れとは異なれど、猛者として理不尽に挑もうとする彼の意識は変わっていない。自分達が謂れなき迫害を受け、愛する子供たちへ不便を強い、我が物顔でハグレの上に立つ帝国に対しての恨みも、決して無くなってなどいない。

 

 だが、彼女の巡礼を穢したくはなかった。

 

 マーロウは召喚士協会の人間としてではない、賢者であり戦士であった、アルカナ(孤独な少女)に敬意を表し、彼女の戦いに力を貸すことを決意していたのだ。

 

 改めて、アルカナは口を開く。

 

「私は確かに、人間の薄汚い欲望に振り回され、その栄光を失った。だが、人は決して罪深いだけじゃない。誰しもが持つ、確かな善性は、夜空の星々のように尊く見えた」

 

 最初は、ただ見たからだった。

 滅びを観測した者の責務として、立ち向かわなければいけないという思いが先に逢った。

 だが、人々と接していくうちに、別の感情が芽生えた。

 ――――『善性の証明』

 それこそが、この世界で自らが挑むべき「命題」だと、(アルカナ)は確信したのだった。

 

「この世界の人間が、未だ捨てたものではないという事を、私は証明したい。

 ハグレの立場を向上させることで、帝国人とハグレを隔てる壁を取り払い、お互いが善なるものであることを認め合ってもらいたい。人類が美しいことを、皆に知ってほしい。

 

 ――――以上が私の動機だ。にわかには信じがたいと思うし、妄言と捉えてくれても構わない。だが、私は真剣な思いでこの計画を立案し、成功させたいと思っている。それは事実だ」

 

 アルカナの長い告白が終わり、その場に静寂が満ちる。

 皆、先ほどの話を理解しようとして、無意識に黙ってしまっていた。

 

(いやいやいや。ちょっとスケールデカすぎというか、世界の破滅!?何言ってんのよこのダメ人間!!でもこの人がここまで言うことが嘘なわけ無いんだよなあ。というか、そんな苦行じみた人生送ってたのか先生……。いつもだらしない感じだったけど、それはいつもの反動だったのかな。

 というか、みんなも黙りこんでるじゃない!ああもう、これは私が切り出すしかないのか……??)

 

 沈黙に耐えられず、エステルが口を開く。

 その直前に、彼女が割り込んだ。

 

「一つ、いいですか」

「……メニャーニャか、言ってみなさい」

「せっかくなので、遠慮なく言わせてもらいましょうか。

 アルカナさん。貴方は、大馬鹿者です」

 

「!?」

 

 あまりにもストレートに告げられた言葉に、当事者たち以外の全員が絶句した。

 

「はっきり言って、貴方のやってることは無駄です。

 何故って?帝国は貴方を冷遇した。ハグレという過ちすら犯した。ならば、ハグレに加担するなり、滅びを見て見ぬふりして離れるのが普通だ。

 だと言うのに、この国で生き続けた。後ろ指を差されながら、ハグレという特大の危険分子を抱え込んだ。挙句の果てにその理由が、名誉や地位ではなく、人の善性を尊んだ?決して評価されないとわかっていながら、そんなものの為に頑張っていたと?そんなものに、なんの価値があるとでも?」

 

 息を継ぐ間も無く思いをまくし立て、溜めた不満を洗いざらいぶち撒ける。

 

「全く――――、莫迦げているにもほどがある!

 私は今まで、こんな愚かな人を師として敬っていたとは。

 こんな夢想家を、賢者として目標にしていたとは。とんだ詐欺だ!」

 

 アルカナの理想はメニャーニャには理解できなかった。

 自分は偉業を成しえたいかと聞かれれば肯定はする。だがそれは、認めてくれるものがいるから。自分が立派であるという事を理解してくれるものがいて初めて成り立つものであり、人知れず世を救おうなどという思いは微塵もない。

 

 今回だって、シノブやアルカナに頼られたからこそやってきたのだ。

 そうすれば、憧れていた先輩達と同じ視界を共有できると思ったのだ。

 

 だというのに、何だこの有様は?上司たる彼女は小さな王に論破され、こうして弱弱しく過去を吐露している。

 

 そうして判明したのが、これでは、文句の一つも言いたくなるというものだった。

 

「……同じようなことを、シノブにも言われたよ」

 

 その意見は、どうやらもう一人の先輩も同じだったようだ。

 

「でしょうね。ああ、全くもって救いようがない!」

「おい、メニャーニャ、それは流石に……!!」

 

 うるさいなあ。

 ただ相手の事情を見せつけられたこっちの気持ちも知らないで、先輩面して……!!

 

「――――だから、ほっとけないんですよ」

「はえ?」

 

 なので、こっちもある程度さらけ出すことにした。

 

「エステル先輩。白状しますと、貴方が協会から逃げ出した時、私も後を追おうか考えました。シノブさんが協会を脱退すると言った時、ついて行こうか悩みました。

 

 だけど、またあのせまっ苦しい研究室で独り過ごすあの人を野放しにできるかと考えたら、私一人ぐらいは、そばで見てあげようかなと、思っちゃったんですよね。はーーーーあ。どうしてこう面倒な人にばかり惹かれちゃうんですかね、私」

 

 理解できない。といったのは師の理想について。

 善性の証明なんぞという曖昧で不確かなものを命題に掲げるような真似は自分にできないだけ。

 自分自身が胸を張って善人と言えるほどのお人よしじゃないという自覚があるのも、そうした思いに拍車をかけている。

 

 私には哲学的な問題ではなく、科学的な問題が性に合っているのだ。

 

 なので、世界を維持するための研究については否定しない。

 突発的に訪れる危機を乗り越えようとするのは、誰だって考えること。

 

 むしろ、何もかも一人で背負いこもうとする部分は自分とよく似ていた。

 所々で他人に背負わせようとしているのだろうが、横から言わせてもらえば、誰とも視点を共有できないせいで、結局自分で殆ど背負っているではないか。

 

 だから、自分も理解できる部分は担ってやりたいと、思ったのだ。

 

「正直、計画を聞いたときは耳を疑いましたし、できるのかどうか半信半疑でしたが、次元ポータルに時空アンカー。ここまで手を出している以上、最後まで付き合わせてもらいますよ」

「―――ありゃりゃ。まーたガツンと言われちゃった。

 今日はよく喝を飛ばされる日だな」

「メニャーニャ……!ええ、ありがとう。貴方は私の自慢の後輩ね」

「まあ、それほどでも」

「ちょっとちょっと!!何、私を抜いて話進めてんのよ!

 私だって召喚士よ!アルカナ先生の生徒よ!

 あんたたちだけに任せていられるわけないでしょーが!!

 私にも! 手伝わせなさいよ!!」

 

「……しょうがないですね。理論を一から教えてあげますよ。わからないとか言っても、わかるまで叩き込んであげますから。覚悟しておいてください」

「やったーーー!メニャーニャだいすきーーーー!!」

「ひっつくな、わがままボディ!」

「!?」

「ふふっ、ありがとう。エステル」

 

 召喚士達は改めて、お互いをかけがえのない親友として認め合った。

 

 

 

 そして、星術師は王の元へと行き、判決を待った。

 

「アルカナさん、よく話してくれたでちね。」

「国王殿……」

 

「デーリッチから言う事は何もないでち。

 慰めも哀れみも労いも、全部やり遂げられていないのに言うのはアルカナさんへの侮辱に他ならないでちからね。デーリッチだって、王国がまだまだなのに王様やるのをお疲れ様とか言われたら、最初は嬉しくても、後々やるせない気持ちになっちゃうから」

 

「……」

 

「――――でも、聞いたからにはほっとけないでちよ。

 ね、ローズマリー!!」

「……確かに、世界の危機なんて私達の前にはいくらでも転がってくるか。

 いいだろう。この大博打、乗ってみるべきだと思うよ」

「と、言う訳で。

 ちゃんと話してくれたから。力を貸してあげるでち」

 

 みんなもいいでちね?と尋ねれば、応!とハグレ王国の仲間は手を挙げる。

 優しい世界を目指して、この場の全員が奮闘するつもりだった。

 

「……ああ、ありがとう」

「私からもお礼を言わせてください。デーリッチさん。

 先生の夢を、否定しないでくれたことを」

 

 二人が感謝の言葉を口にすると、王様はにっこり笑顔で言った。

 

「ぬはは、なーにいってるんでち。

 

 ――――ハッピーエンドを目指すのは、当たり前の事じゃないでちか!」

 

 

 

 

 

 

 原典では、無秩序な救済を望んだが故に道を違えた。

 しかしこの分枝では、人の善性を尊んだが為に手を取り合えた。

 

 ――だが、忘れてはならない。

 どれほど軋轢を埋めたところで、この世界に積もった怨は決して消えることはなく。

 この世界と手を取り合うことを、拒む者もいるのだということを――

*1
墓を作る土地などなく、アンデットが発生する可能性を考慮して帝国では"ハグレの死体"は焼却された。宗教もバラバラだから纏めて焼いたか埋めたかのどっちかだろう




〇白翼の一族
アルカナの出生にして、作者のオリジナル世界観そのもの。
この世界では600年前ぐらいに発足し、独自の閉鎖環境で魔術を極めてきた。

〇滅亡の原因
ぶっちゃけ原作とかこの世界でのゲームオーバー時空。
帝都が滅べばアウト。ハグレが殲滅されてもアウト。また次元の塔イベントがしくじってもアウトだし、クリア後のアレをほっといてもアウト。
正直アルカナの話が飛躍してるかと思ったけど全然そうでなかったことに作者自身が最も驚いてる。

〇マーロウ
打算だろうと何だろうと、結果をみれば穏やかに過ごせてたことは確かな恩である。
その恩を忘れて私怨に走るなど、武人としての誇りを捨てるに等しい。

〇シノブ
導いてほしいシノブと導き手のアルカナ。
需要と供給が合っちゃったため、目標がアルカナに沿ったものになっている。
彼女の心情については、後々に。


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その25.彼ら彼女らの一幕・肆

前回前々回に入れるにはちょっと長くなるし蛇足になるやり取りとか。
この辺りから省エネ期間に入ります。


『神と魔王』

 

 これは宴会の時の話。

 

 アルカナは神々が集まるテーブルへと歩いていき、彼女達に声をかけた。

 

「ハグレ王国に御座す神々とお見受けいたします。

 私はアルカナ。星々を見る者にして、混沌の王を祖に持つ者。

 地に降りて人に寄り添う偉大なる神々よ、どうかお見知りおきのほどを」

 

 礼儀正しい挨拶をするアルカナに、神々も挨拶を返す。

 

「あら、これはご丁寧にどうも。福の神です」

「南の世界樹の神、ティーティーじゃ。そうかしこまらんでよいぞ」

「私は妖精の神様。かなづち大明神、と呼ばれております」

 

 アルカナは三柱のうち、かなづち大明神をみてほう、と息を漏らした。

 

「ふむ、人工の神。いや、形代を得て神となった妖精か。

 妖精は極めて高度な技術を持つ種族ではあるが、その技術を司る神がまさかこれほどまでに巨大とは。

 なるほど、叡智に伴うだけの膂力と威厳を兼ね備えていらっしゃる」

「ははは。私は妖精への技術は口頭で伝えたにすぎません。それをれっきと形にできたのは、あの子たちが元々持つ力ですよ」

 

 褒めそやすアルカナに、大明神もまさか自分の体が縮尺を間違われて作られたなどとは、話の流れ的に言い出しづらく、ちょっとだけはぐらかした。

 

「確かに、私も魔術の手ほどきをさせてもらいましたが、想定以上に呑み込みが早かった。特にプリシラは我が一族でもないというのに、霊子星術の基礎たる天体航路理論をいとも容易くものにしてしまった」

「プリシラですか。確かにあの子が身に着けていた技術、貴方の教えによるものと聞いていました。妖精を短期間で一流の戦士にまで仕立て上げられる力、まさしく召喚士協会の重鎮という肩書に偽りなしのようだ」

「はは、どうやら私の事はよくご存じらしい」

 

 お互いを称賛し合うその姿は、極めて深い落ち着きと知性が感じられるものであった。

 

「ええ。貴方の事は前々から聞いていましたよ。

 そして、訪ねたいことが一つあります」

「何でしょうか。妖精の神よ」

 

 いつになく神妙な様子の大明神に、他二柱の神も息を呑む。

 こほん。とかなづち大明神は咳ばらいをして、その問いを口にした。

 

「すなわち――――セクシーとは何か?」

「――――は?」

「一目見て理解しました。

 貴方は、こちら側のものであるとね。

 むしろ確信と言ってもよいでしょう。

 そう、貴方もまた、セクシーを愛するものであると!」

 

 大明神は先ほどの知性溢れる会話から一転、煩悩溢れる発言を繰り出した。

 当然、側で聞いていた手乗り女神様は呆れ果てた。

 このような知性と狂気と混沌を固めて人型にしたような女性がお主と同じな訳がなかろう、と。

 

「なにを言っとるんじゃお主は。

 アルカナや、こやつの話は聞き流してよいぞ」

「ほう、それを訊くか。いいだろう」

「って、ノリノリかーい!」

 

 そんなティーティー様の予想を裏切って痴話話にノリノリのアルカナ。

 彼女もまた少女を愛し、庇護せんとする者として、セクシーのなんたるかは心得ているのであった。

 その代償に、大明神と同類というレッテルが貼られたが、アルカナはむしろ誉として受け取るだろう。

 

「君のことはサービスピンク(エステル)から聞いている。彼女に目を付けた君の慧眼には恐れ入るばかりだ」

「わかりますか」

「わかるとも、あの子のポテンシャルは素晴らしいものだからね。

 充分な発育をしておきながらも、未だ発展途上。

 これ以上あれの威力が増してしまえば、この世の男どもからはたちまち理性が吹き飛ぶだろう。

 私は鉄の理性を持っている故、そうそうおさわりなどしないわけだが」

「その通りです!今のままでも素晴らしいセクシーを持っておきながら、なお成長の余地を残しているという恐ろしさ。これでもっと肌を露出してくれたら大満足なのですが。中々首を縦に振ってくれんのです」

「あいつは鉄壁だ。長期戦を覚悟するべきだよ」

 

 愛弟子(シノブ)に散々セクハラまがいのことをしておきながら鉄の理性などとのたまうアルカナの見解に、かなづち大明神は激しく同意する。

 

「しかし、だな。私としては乙女たるもの肌をそうやすやすと見せるものではないと思っている。むしろ、服はしっかり着ておくべきだと思っている」

「と、言うと?」

「考えてもみたまえ。裸は確かに素晴らしいが、逆に言えばそれだけだ。それ以上の余地はないし、見慣れてしまえば、それは何も着ていないだけでしかない。そもそも私達は女性で、女子の裸はその気になればいくらでも合法的に見ることができる。ならば、だ。よりセクシーを求めるのなら、それは裸であってはいけないと思う。大事なのは自らがセクシーを感じる余地。つまり衣類を着たうえで、ボディラインが見えるのが最もセクシーだと思うのだがいかがだろうか」

「めっちゃ早口で語りおったな」

 

 息をつく暇もなく己の見解を述べるアルカナに、紅茶の神様はドン引きである。

 そしてそんな意見をぶつけられた大明神はというと――、

 

「ぬわーーーーーーっ!!」

「めっちゃ飛んだ!?」

「おおっと大明神、吹っ飛ばされた!」

 

 バカでかい図体のくせして大げさに吹っ飛んだかなづち大明神は、やけにボロボロになって戻ってきた。

 

「ぐうっ、服を着込んだセクシーについてこうも熱く語られるとは何たる不覚」

「なぜに大ダメージを受けておる」

「服を着ているということは、すなわち無限の想像力を働かせられるということ。

 私もセクシー大使として十分な理解を示しているはずでしたが……。いやはや、自分の無知に恥じ入るばかりです。ですがっ、そこに私はあえて反論する!」

「ほう……?」

「アルカナさん。いえ、ここでは敬意を表してサービスホワイトと呼びましょう」

「いやそれ、めちゃくちゃ失礼ですよ?」

 

 あだ名をつけたことに福ちゃんがツッコミを入れる。

 しかし、かなづち大明神はアルカナが相当なものを保有している*1ことを既に見抜いており、それに相応しい称号を進呈しただけだ。

 

「貴方は服を着たエロスが素晴らしいと言いました。

 ですがそれにも種類がありましょう。

 全身タイツ。黒インナー。スーツ。ドレス。巫女服。着物。そして水着!

 衣服に詰まったエロスこそがセクシーの真骨頂と仰るならば、貴方は何を至高の衣装とするのですか!」

「いいだろう。本来、優劣をつけるなど愚の骨頂だが、選べと言われれば答えざるを得んな。

 心して聞きたまえ。私が最も素晴らしいと思うのは――――

 

 ――――メイド服だ!!それも、メイド喫茶の不必要に媚びたものじゃない、クラシックなメイド服さ!!」

 

 戦慄、走る!

 

 まさかまさかの、どちらかと言えば萌えに近いチョイスに、大明神は驚愕を隠せない。

 

「メイド服、だとぉ!?それも肌が全く見えないあの……!?」

「考えてみたまえ、あの一部の隙も無いドレスの清楚さを。しかし姿勢によって象られる体の輪郭はまさしくセクシーでその下にあるものへの想像を掻き立たせる。そして頭上に輝くホワイトブリムが、清楚の中に愛らしさを浮かび上がらせるのだ!」

「む、むむむむ。むむむむむむむ!」

 

 この時、かなづち大明神の脳裏にはアルカナの言う通りのメイド服を纏ったエステルの姿が浮かんでいた。

 薄着でボディラインがはっきりとした服装の彼女が、一転して清楚の塊ともいえるメイド服を身にまとう。

 そこに露出はない。体の輪郭も隠れてしまう。

 だが! そこには確かにセクシーがあった!!

 それどころか、隠されたその価値は己の中で何倍にも膨れ上がる……!!

 

 都合四十秒もの時間。かなづち大明神は自らの妄想を咀嚼し続け、ようやく飲み込むと、その圧倒的なボリュームに思わず膝をついたのであった。

 

「いや長いわ」

「くっ、まさかこれほどまでに打ちのめされるとは……!!

 ですが感謝します。あなたのおかげで、私はまた新しい境地に目覚めることができました」

「いや、目覚めんな」

 

 晴れ晴れとした気持ちで敗北を受け入れる大明神。

 真面目な顔で積み重ねられていくボケにツッコミを差し込んでいく紅茶の神様。

 そこに、手が差し伸べられる。

 

「何、先に話を持ち掛けたのがそちらだったというだけのこと。

 これは相手の答えを受け入れ、新たな境地を開拓する問答なれば。

 答えを受け取る者がその重みを理解するのは当然の事。

 仮に同じ問いかけを私が行って入れば、膝をつくのは私だったでしょう」

 

 その言葉に、ハッとなって顔を上げる大明神。

 彼女もまた、この問答の真の意味に気が付いたのである。

 

「つまりこれは敗北ではなく――――」

「そう、我々は互いの思想を再確認しただけなのです。

 おかげで私も、己の内を見つめ直すことができた。

 感謝をする、かなづち大明神殿」

「サービスホワイトさん……!!」

「もうツッコミきれんわ。おーい、福ちゃんや……っておらん!?」

 

 最早捌ききれないと判断したティーティー様がツッコミ役を福ちゃんにバトンタッチしようとしたところ、いつの間にやら彼女はジュリアやドリントルと一緒に歓談していた。

 率直に言うと逃げたのである。

 

「後日、また改めて意見を交わしましょう。その時は、そちらの見解をお聞かせ願いたい」

「ええ、勿論。私の意見が貴方の解釈でどのような変化を見せるのか、楽しみにしていますよ」

 

 そうして二人は固く握手を結び、互いを尊敬するに足る者だと認めあった。

 

 これが、世界一下らない友情が結ばれた瞬間であった。

 

 

 

「な~に、人様を妄想のダシにして友情を深め合ってんのよこのダメ人間ども!」

 

「エステルさん!?」

「げ、エステル」

 

 横からの声に目を向ければ、エステルさん激おこぷんぷん丸。

 

「先生が神様と話をしていると思ってきてみれば、大明神はともかく先生まで!」 

「誤解ですよエステルさん!私はただアルカナさんとあなたの魅力について語り合っていただけです!」

「そうだエステル。何も恥じらう必要などない。お前の魅力はむしろ誇りに思うべきで――――」

 

 二人が弁明しようとするも、それは何の言い訳にもなっていないただの詭弁だった。

 

「反省しろぉ!バルカンフレア!」

「なんの、大明神ガード!!」

「ぬわーーーーっ!!」

 

 ためらいなく大明神を盾にしてアルカナはこれを凌いだ。

 

「ふう。危ない危ない。以前よりも炎のキレが増したじゃないか」

「よく言うわ。容易く防いでくれちゃって」

「あの、受け止めたの私ですよね?」

 

 アルカナが魔法が上達を称賛すると、エステルも褒められるのはまんざらではないのか得意げにする。

 顔面にバルカンフレアを喰らった大明神は顔を真っ黒にしながらもぴんぴんしてた。ギャグ補正がかかっているとはいえ流石のタフネスだ。

 

 とまあ、このようにアルカナも王国の仲間たちとの親交を深めていたのであった。

 

 

 

『魔導の巨人と小さな王様』

 

 帰還計画がハグレ王国にも受け止められ、アルカナが今後の打ち合わせをローズマリーと行っている時のこと。

 

 メニャーニャは、ハグレ王国の仲間と交流していた。

 

「これがサイキックパワーよ!」

「おお、これは。成る程、確かにシノブ先輩が興奮していたのも頷けます……!」

 

 サイキッカーヤエの超能力ショーに、素直に感心するメニャーニャ。

 初対面であっても、話の輪に加われるのは流石の処世術と言ったところか。

 

 うさん臭いだのなんだのと言われるが、ヤエちゃんの超能力は本物で、魔導に精通した召喚士にとってみれば目を剥いてしかるべき未知のパワーだった。

 

 そうして盛り上がる皆の様子を、シノブは少し離れたところから見つめていた。

 早速溶け込めているメニャーニャを見て顔を綻ばせているが、シノブ自身はその場から一歩も近づかないでいた。

 

「……」

 

 エステルがこっちを見て手招きするものの、肝心の一歩を踏み出す勇気がない。

 シノブは曖昧な表情で微笑んで濁すと、他の人に声を掛けられてエステルはこちらから目を離した。

 

 もったいない。

 そう思いながらも、これでよいとも思ってしまう。

 

(私は、あの人たちとは違う)

 

 シノブがアルカナを師と仰いで早二年が経つ。

 仙人じみた彼女の生き様を見て、自分自身の在り方にも向き合えてきたものの、それまでに自分が忌避されるものだという感覚を拭うことはできていなかった。

 むしろ、アルカナのように高みからの視点でいきることがふさわしいのだと考えるようになっていた。

 

 それでもまだ、シノブは人と深く繋がることを諦めきれてはいなかった。

 

 遠くから彼女達を羨ましそうに見てはいるものの、足を運ぶ様子はない。

 そんな自分から仲間外れになっている者を、王様は目ざとく見つけていた。

 

「あれ、どうしたんでちか。シノブちゃんはみんなとお話しないんでちか?」

「あっ。デーリッチさん……」

「そんなところにいないで、君もこっちに来るでち」

 

 と、小さな手が差し伸べられる。

 当然、シノブだってその輪の中に加わりたい。

 だが、どうしても踏ん切りがつかないのだ。

 

「私は、いいんです」

 

 わざわざ集団から離れてまで、こっちを誘いに来た彼女を嬉しく思いながら、

 それでも、自分はあの中に加わってはいけないのだと戒めてしまう。

 

 ――齢十に満たない時から召喚術を扱ってきた。

 

 ヘンテ鉱山の顛末は知っている。

 あの装置が未だ生きていたこと、ハグレ王国がその不始末を解決してくれたこと。

 

 そのことに深く感謝をすると同時、

 あの惨劇の引き金を引いたのが自分だと知れば、彼女達はどのような顔をするのだろうかと考えてしまう。

 

「それに……。そういうお話とかは、お友達とするものでしょう?」

 

 だからこのように、相手との間に壁を作るような物言いをしてしまう。

 

 自分のせいで、多くのハグレがこの世界に召喚され、使い捨てられてしまった。

 自分のせいで、多くの人間が命を落とした。

 

 エステルやメニャーニャのような、召喚士らしからぬ特徴を持つ二人とは違い、生粋の召喚士である自分が、ハグレである彼らとは仲良くすることは難しい。

 

 そんなシノブの思いを知ってか知らずか、デーリッチはにっこりと笑った。

 

「じゃあ、今から私もシノブちゃんと友達でち!」

 

 そんなあっさりと友達認定されたことに、シノブは目をぱちくりさせた。

 

「とも、だち? 私と貴方が?」 

「そうでちよ?」

「……いいのですか? その、私は召喚士で、貴方はハグレで……」

 

 召喚士である自分が、ハグレと友情を結べるのかと、戸惑ってしまう。

 それに、いくらハグレが強いからと言って、自分のような並外れた力を持つ化け物のことなど、受け止めてもらえるのだろうか……。

 

 そんな思いが、差し出された手をとることをためらわせる。

 

「関係ないでちよ。友達は誰とでもなれるもの。エステルちゃんの友達なら、デーリッチ達とも友達になれる。遠慮しなくていいんでち。みんなシノブちゃんを歓迎しているでち。

 ね、みんな!」

「……え?」

 

 応! と誰の物かもわからない声が返ってきた。

 シノブがあたりを見回せば、さっきまでショーに夢中だった面々はいつの間にやら彼女達のほうを見ていた。皆一様に笑顔で、誰かやってくるのを待っている。

 それが誰かなど、聡明な彼女に分からない筈がなかった。

 

「みんなシノブちゃんが来るのを待っているでちよ。ハグレだとか召喚士だとか、他の人より強い力を持ってるとか、そういうややこしい話は置いといて、まずは君の事が知りたい。だから、一緒にお話しするでち」

 

 そう言って、小さな手が重ねられた。

 自分のよりも一回り小さいというのに、まるで包み込まれるような温もりを感じた。

 そこに、親友の声がかけられた。

 

「そうだよ、シノブ。ここにはアンタを化け物なんて罵る奴はいない。

 ちょっと個性的な者達がいて、アンタのそのうちの一人になるだけよ」

「少し接しただけでも、ちょっと胃もたれしそうなぐらいには賑やかですけどね」

「メニャーニャはこう言ってるけど、直ぐに慣れるよ。だから、シノブもこっちに来なよ。

 ……シノブ?」

「どうしたの、エステル?」

 

 唐突に言葉を止めたエステルを、シノブは訝しんだ。

 

「シノブ。アンタ泣いてるの……?」

「え……?」

 

 エステルが指摘する。

 そこで初めて、彼女は己の頬を伝う何かに気づいた。

 

 一度自覚してしまえば、感情が追い付いて。

 

「え、わた、し。泣いてるの?どうして?」

 

 頬を袖でぬぐうも、一向に涙は止まらない。

 それどころか、流れる量は多くなるばかり。

 

「え、なにこれ。おかしいわ。

 

 ねえエステル、どういうことなの。

 

 メニャーニャ、どうすればいいのかしら。

 

 私、悲しくないのに。

 とっても嬉しいのに。

 

 涙が全然、止まらないの……!!」

 

 シノブは溢れ出る感情を理解できなかった――

 いや、理解してはいたが、それを受け止めきれるだけの器を持っていなかった。

 

 どれだけ叡智を重ね、膨大な魔力を持った魔導の巨人と呼ばれようとも、

 

 彼女は、失った愛を求め続ける、ただの子供だったのだから。

 

 

 

 愛弟子が咽び泣く様子を見て、アルカナは素晴らしいものを見たといったように微笑んだ。

 

「そうか。あの王はどうやら、シノブにとっての星でもあったようだ」

「アルカナさん……」

「これは彼女の名誉のため詳細は伏せさせていただくが、あの子は幼い時期に親を亡くしていてね。それが、おおよそ五年ほど前の話になる」

「そうなんですか……」

 

 ローズマリーは、彼女の境遇に少しだけ自分を重ねた。

 自分もまた、親との関係に問題があったからだ。

 

「二年前に私の研究室に来てからは、彼女には師として振舞うとともに親のように接してきたのだが……。私自身、人を愛するという経験が少なく、あの子に教えられるものと言えば、超越者として人を慈しむ心構えと、天賦の才を持つ者の背負う業ぐらいだった。真にあの子が欲していたもの()を、私は与えられなかった。道を示してやることはできるが、それに意味を与えることは、私にはできなかったのだよ」

 

 そう語るアルカナの顔からは、やるせなさとほんの少しの安堵が読み取れた。

 彼女は、自分がシノブの行き先を定めてしまうことを恐れていた。

 世のためにすべてを費やすことが、お前の生きる道なのだと示したくはなかった。

 

 だからこそ。

 人も獣も神も悪魔も受け入れるハグレ王国は、求めてやまないものだったのである。

 

「シノブさんも、この王国が居場所になってくれるといいですね」

「ああ、あの子が人と同じ視界を共有できるのはハグレ王国だと思ってる。とは言っても、今はまだ私の側で実験の手伝いとかやってもらわないといけないから、シノブもメニャーニャもそっちに住まわせたりとかできないんだけどね。お邪魔できるとしたら、全部終わってからになるかな」

 

 大変だと笑うアルカナだが、その顔に憂いはない。

 むしろ、楽しみで仕方がないようだった。

 

「はは。それじゃあその時が早く来るように、私達も頑張らせていただきますよ」

「楽しみにしておくよ。……ところで話は変わるのだが、いくつかそっちで引き取ってもらいたいものがあるんだ」

 

 そう言ってアルカナが告げた内容に、ローズマリーは驚愕したものの、

 すぐに受け入れを進めようと、快諾したのであった。 

*1
いわゆる黄金律(体)[B]




〇アルカナ
作者は別にメイドが一番好きというわけではないです。
ただアルカナが王国の女子全員にメイド服を着せようとする図がしっくりきてしまっただけなのです。
もっと熱く語れる人がいたら感想欄にでもどうぞ。

〇シノブ
実はアルカナではシノブを救えない。
『同類』である彼女はシノブを肯定できるが、いずれ自分の手足として天才を使い潰してしまうため。
アルカナの下だとシノブの苦悩には永久に答えが出ないのである。

次回は帰還計画の実験を実行に移すアルカナ達と状況を動かす者達の様子です。
それではお楽しみに。


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その26.すべてがうまく進むとは限らない

ここからほぼオリジナル展開になります。
とは言っても大筋が原作と乖離するかと言われるとそうでもなかったり。


 あれから数日経ち。

 

 アルカナは『帰還計画』についての協力を得るために妖精王国へと赴いた。

 

 プリシラとしても、帝都との関係を結びつける窓口としてアルカナを介することは悪くないと考えたのだろう。特に逡巡する素振りも無くこれを快諾した。

 他にも、シノブへの個人的な恩もあるのだろうと考えられたが、当のプリシラは何も語らなかった。むしろマナジャムを渡してから以来に出会ったプリシラの急激な成長には、さしものシノブも目を丸くしていたのがエステルの記憶には新しい。

 

 そして、エルフ王国との協力関係の締結についてだが。

 これまた翌日に、アルカナは弟子達やプリシラを引き連れて、エルフ王国のリリィ女王と面会した。

 

 エルフは長命種の代表格として知られ、排他的な種族としても有名でもある。

 それ故に、同種のハグレを受け入れていることが原因で、帝都との仲は良好とは言い難い。むしろハグレエルフの技術特許が奪われている関係で険悪といってもいい。

 

 友好的種族である妖精を仲立ちにしても尚、交渉は難航するかと思われたのだが……

 

「エルフ王国と話をつけてきたよ」

「いや、早いな!?」

 

 なんととんとん拍子で話が進み、事業への協力を取り付けてしまった。

 

 ――――始めは、召喚士協会が他種族からまた色々と搾り取ろうとするつもりかと警戒するリリィだったが、帰還事業についての計画書を提出すると、その猜疑的な態度は一変した。

 

 エルフの頭目として恥じぬ聡明さによって、送還技術についての理論が決してでたらめでは無く、帰還計画が嘘っぱちの類でないことを理解したのである。

 

「あんた達がでたらめ言ってるわけじゃないのは理解した。私達としても、こちらが保護したエルフを元の世界に戻してやれるのなら拒む理由も特にない。でもね、散々こっちから特許だの資源だの奪った挙句、元のおうちに帰してあげましょう。ってのは虫の良すぎる話とは思わない?」

「正論だな。そのことについて責任とれる連中が協会(うち)に残っているかと言われればまあ殆どいないんだけど」

「私の目の前にいるじゃない、古株のあんたが。うちとしては、これ以上帝都にでかい面されるわけにはいかない。ハグレ王国や妖精王国と同盟を結ばせて帝都に対抗させようってからには、帝都が強硬策を取ってきた場合についても考えているんでしょうね?」

 

 そう、いくら強力な種族で構成される3つの国家が結託したからと言って、帝都が問答無用で制圧に乗り出した場合、無事で済む保証はない。

 

「成る程、そちらの言い分は理解した。という訳でプリシラちゃん、後は任せたわ」

「分かりました。ではお話ししましょうか、リリィさん」

「えっ」

 

 そこから先はプリシラのワンサイドゲームだった。

 横から見ていたアルカナは大爆笑。

 曰く、

 

「まっさか私が提案する前にやってるとかちょっと予想できんかったわ」

「いえいえ。アルカナさんが協会との取引を行ってくれたからですよ」

 

 そう。とっくの前にプリシラは帝都への対抗策を取っていたのである。

 

 ハグレ王国との戦争後、賠償金で減った損害を取り戻すためにプリシラは奔走していた。

 この時に役立ったのが、アルカナが協会の名義でマナジャムを取引した際についでに結んだ帝都との交易許可だった。

 妖精王国はプリシラ商会として、帝都に出入りする商人達と接触。帝都の貿易網とは異なる独自の販路を開拓し、帝都の経済に入り込むことに成功した。

 そうして得た多額の利益で、今度は帝都の企業の株や国債を1割ほどを押さえつけた。これがおおよそ200万G(ゴールド)。ハグレ王国に支払った賠償金が120万G(ゴールド)なので、すでに賄いきっている計算になる。何とたくましき妖精の商売根性か。

 

 つまり妖精王国と戦争になれば、そっくりそのまま200万G(ゴールド)もの損害が出る。経済への影響を考えれば、実際の金額はそれ以上になるだろう。

 この時点で妖精王国は安全を確保しているようなもの。経済制裁すらも怖くない。

 相互ゲートを用いてエルフ王国が刃向かわないという保証のために、金を積むことさえ不可能ではないのだ。

 

 これを聞いたリリィ女王は呆気にとられたものの、にっくき帝都へ一泡吹かせられると分かり、ひとまずは協力することを約束した。

 

 ただし、同盟を結ぶに当たってある条件を求めた。

 その内容とは――――、

 

「サハギン族の撃退ですか」

「どうやらここ最近になって活気づいているようでね。エルフとの衝突が続いているようなんだ」

 

 エルフとサハギンは極めて仲が悪い。これはハグレ召喚が成立する前から知られるぐらいには常識的な話で、今回も小競り合いもその一環に過ぎない。

 と、思われたのだがどうやら様子が異なる模様らしい。

 

 少数民族であるエルフとしては、繁殖力の強いサハギンには数的不利を取っていたものの、弓と魔法による遠距離戦闘によって対抗できていた。

 しかし今回のサハギンはそうした魔法への耐性が強い装備を用意しており、辛くも撃退できたものの、次に侵攻してきた場合、より数を増してくるだろう。

 そうなれば、勝利を収められるかは怪しい。

 

「どうやら《神聖ハグルマ資本主義教団》ってのが背後にいるようなんだ。帝国領土での活動は控え目だから目立たなかったけど、数年前から諸外国を中心に勢力を伸ばして、最近だと帝都付近の村にも手を伸ばしているみたいだね」

 

 異常事態の裏に存在するのは、ローズマリーには初耳の組織だった。その場にいた者たちにも聞き覚えがないようだったが、反応を示したものが一人。

 

「また嫌な名前が出てきましたね」

「おやルーク、君が知ってるってことはもしかして結構な組織だったりするのかい?」

「教団って名前の通り、連中はサハギンを始めとした海の種族を崇めてる。傭兵、商売、金貸し、金儲けなら何でもやる連中さ。実際それで実効支配下に置かれた国もあったはずっすよ」

 

 ルークはかつて、ある依頼でハグルマ教団の事務所へ債権書を盗むために乗り込んだ経験がある。

 その時に連中は、召喚術を用いてサハギンを始めとした海の魔物を呼び出し、ルーク達へとけしかけたのである。

 目的のブツを手に入れ、命からがら逃げだすことに成功したからよかったものの、一歩間違えれば自分はこの王国にいなかっただろうと彼は語った。

 

「ああ、思い出した。確か傭兵仲間にそんな名前の金融会社から金を借りていた奴がいたな。いつの間にか顔を見なくなっていたが」

「間違いなく身ぐるみどころか身柄差し押さえられてるよね、それ」

 

 闇金に手を出したのだから、まあ自業自得だろうとジュリアは言った。

 名も知れぬ哀れな傭兵の末路にルークは内心手を合わせた。

 

「小国とはいえ、国一つを支配下に置くほどの経済組織ね……。ついさきほどそんな話を聞いたような」

「いやですね。私達がそんな野蛮な真似するわけないじゃないですか。もっと人道的なやり取りで済ませますよ私達は」

 

 プリシラも例の一件で反省しているので、波風を立てるやり方は好まないのだった。むしろ静かにじわじわと蝕むようなやり方に変わっただけの様にも思えるが、きっと気のせいだ。

 

「しかし、サハギンもハグレなんですよね?だとするとうちが大きく事を構えるのは……」

「何言ってるでちか。助けを求めてるなら助けてやらねばいかんでちよ。それに、むやみやたらと奪おうとするのは悪い事でち。だったら懲らしめるのがハグレ王国の正義でち」

 

 ローズマリーはハグレ同士で大規模な戦闘を行うことに難色を示すものの、デーリッチの主張したことにも一理ある。放置すればエルフとサハギン間だけの問題ではなくなるだろう。何せ背後には種族単位で神聖視する組織がいるのだ。調子づいて他の種族へ侵攻してこない保証はどこにもない。

 

 ローズマリーは少し悩んだものの、友軍として参加することを決意した。

 

「よーし、では後で手紙を送っておこう。そうしたら晴れて実験の開始だ。国王陛下とエステルは決定として、君達の中からも何人か付き添ってもらうから。呼びかけておいてくれないか」

「はい、わかりました」

 

 それについてはいつもの冒険と大して変わりないので、ローズマリーも了承する。

 そうして打ち合わせをしていると、入ってくる者がいた。

 それは雪乃で、来客が来たことを伝えに来たのであった。

 

「あのー。お客さんが来てますよー」

「ん? 誰が来たんだい?」

「紫の猫みたいな人ですよ。なんだかもふもふしてます」

「あー、ヴィオか。なら私宛てだわ」

 

 やってきたのはロマネスクだった。

 なんでアルカナがここにいるのかわかったのかと言えば、何となくと答えた。

 猫には不思議な力があると言われるが、その一環なのだろうか。

 

「お初にお目にかかりますな。ローズマリー殿」

「初めましてこちらこそ……で、私達に用、ではないですよね?」

「そうであるな。アルカナ殿。例の件で報告に来た」

「何々?ここで言ってくれて構わんよ」

 

 彼には各地のハグレの様子などを巡回して貰っているのだ。

 ここにいる面々ならば、公開しても構わないだろうと判断した。

 

「どうやらハグレを対象とした、戦いの蜂起させるようなデモ活動が行われている様子。

 それと、各地のサハギン族が一か所に集結し始めている模様。恐らく近いうちに大規模な交戦が開始されるかと」

「ふむ。これは少し計画も早める必要がありそうね」

 

 この10年で世情も移り行くものだが、いつまでたってもハグレとこの世界の人間の軋轢は解消されない。

 だというのに、ハグレ同士でも種族の軋轢が存在している。

 種族間で生態や文化が異なれば、相容れぬのは仕方のないことだが、それでこの世界の人間たちから危険視されるのは本意ではない。

 自分が行ってきたことが無駄にならないよう、改めてアルカナは計画への熱意を新たにした。

 

「ところで()()は?一応あの子も水棲種でしょ」

「彼女もそのあたりの世情は把握しておるようですが、あまり興味がないようでしたな。それに、彼女の性格は吾輩も少々掴みづらく。」

「私だってよくわからんよ。もう一人のほうならまだ話が合うんだが……」

「彼女?」 

「ああ、個人的なハグレの友人だよ。スキュラっていう半人半タコな種族でね、サハギンとは若干仲悪いかもしれないから大丈夫かなーって」

 

 ある事情で海を渡る場合に懇意にしているハグレの女性については何を考えてるのか不明な所が多く、それゆえにどの勢力にも属さない彼女の事をアルカナは心配する。

 

「成る程……、心配ならこちらで保護しましょうか?」

「ありがたいね。でもそこはほら、会ってみてからということで。

 まあ、あの子普通に強いから心配はいらないかもしれない。海なら概ね敵なしよ」

 

 以前に海中でサメを絞め殺したという話を思い出し、語ってみればその場にいた全員が反応に困ったように笑っていた。

 

 

 

「へくちっ!んん~?誰か噂でもしましたか~~??」

 

 その頃、水中だと言うのに器用にくしゃみをするスキュラの姿があったとか。

 

 

 

 

 

 

 どことも知れぬ場所。

 石材で形作られた、無機質な空間。

 

 空間に立ち並ぶは巨大な硝子瓶。

 その中には一つずつ、成人サイズの人間が意識なく浮かんでいる。

 

 いかにも怪しい実験をしていますと言った感じの場所で、男は自らが放った斥候からの報告を聞いていた。

 

「……以上です。翌日には、かの召喚士たちはハグレ王国を引き連れ、その場所へと赴くとのこと」

「ああ、感謝する。では彼らには手筈通りにしろと伝え給え」

「ええ。わかりました」

 

 斥候へと指示を出し、その男は思わずといったように笑みが漏れた。

 積年の思いを成就させる。

 愚か者どもの目を曇らせる彼女を越え、己の評価を改めさせる。

 

 そのために、この大陸へと訪れた。

 そのために、この世界を正すのだ。 

 

「ようやく……ようやくだ。

 アルカナ、貴様の首を戴く時が来た。

 そうして私は、この腐りはてた世界を今一度……」

 

 怨念と執着に塗れたその声を、聞き届ける者はいなかった。

 

 

 

 

 

 

 水晶洞窟。

 

 ケモフサ村から20分ほど歩いて着くその場所は、文字通りあらゆる場所が高純度の水晶に覆われた神秘的な光景の広がる場所だ。

 しかし、その光景とは裏腹に、水晶を目当てにくる商人や村の住人はいない。

 

 何故かと言えば、この洞窟は古代種の魔物が生息する危険地帯なのだ。

 それはかつてハグレ王国がトゲチーク山の地下で遭遇し、撤退戦を余儀なくされた時と同じ生態環境であるということだ。

 

 そのため魔物退治をしようにも本格的な準備が必要だったのだが……

 

「はーい、一か所に集めましたよー」

「雷霆よ!」

「ぬうううん!!」

 

 魔物たちのとっての不幸は、ここに揃ったのが最高レベルの実力者たちであったことだろう。

 

 メニャーニャの制空超電磁ビットが宙に浮くクラゲ型魔物を手下ごと押さえつけ、

 シノブが召喚した主神の雷霆がその悉くを焼き尽くし、

 とどめにマーロウの雷狼が全てを薙ぎ払った。

 

 哀れクリスタルネウザー君は爆発四散!

 

 高レベルの雷属性使いが問答無用の猛攻で叩きのめしたことで、晴れてこの場所は絶好の召喚ゲート設営場所となったのである。

 

「よっしゃ、次元の穴はこの先だ。ついてきてくれ」

「久々に見たけど相変わらずえげつないわね……」

 

 目の前で引き起こされた惨状を見て、ハグレ王国から応援にきていた者達は顔を引き攣らせる。

 何せ3人の平均レベルは90。アルカナを含めれば140と圧倒的だ。

 もうこいつらだけでいいんじゃないだろうかと思う者もいるが、彼女らは実験に集中する必要があるため、不測の事態に備えるためには手の空いている者は必要だった。

 

「ところで、クーは元気にしておりますかな?」

「クウェウリさんですか?ええ、皆さんとも打ち解けていますよ」

「そうですか、それは良かった」

 

 道中、マーロウは数日前にアルカナの紹介でハグレ王国で生活するようになった自分の娘、クウェウリの様子にいて訊ねる。

 心配で仕方がないといった様子の彼だが、ローズマリーの返答を聞いて顔を綻ばせていた。

 

「娘は子供たちと遊ぶような経験も少なく、人見知りの激しい娘になってしまいました。

 そこへ一転、若者の多い環境。変な輩に誑かされてしまうのではと気が気でなかったのです」

「そうでもないですよ。ハピコを始めとして、ヤエちゃんに雪乃、エステルにドリントルにヘルちんと皆と仲良くお話しますし、獣人同士で気が合うのかベル君と散歩も言ってるようですよ」

「友達ができたようでなにより。……んん?()()()?それはもしや、あの獣人の少年のことか??」

「え、ええそうですが」

 

 ローズマリーとしては、友達の輪を広げていることを伝えただけのつもりだったが、マーロウはその親バカっぷりを発揮し、最後の言葉を聞き逃さなかった。

 

「まさかあの少年が……!?やはり少年とは言え男はケダモノか……ッ!!」

「いやいやいや。待ってください!?まだそう決まったわけじゃ……」

「そうして楽観しているうちに男は女の子を毒牙にかけているものだッ!!

 そこの男のようにな!!」

「え、俺!?」

 

 今回も雑に連れてこられたルークに矛先が向く。

 

「アプリコ殿からは相当な悪戯小僧だと聞いていた。成る程、確かに女性の目を惹くような恰好をしている。そうして都で相当遊んでいるのだろう!?」

「謂れなき風評被害ッ!?」

 

 それもこれも恰好つけた服装をしているからである。 

 ヘルラージュの抜群のセンスが発揮された礼服は、誰から見ても良いものだと感じるのだろう。

 しかしルークはペテン師っぽく見られることもあるため、マーロウが誤解するのも詮無き事だった。

 

「いやあルーク君に限ってそれはナイナイ。彼、軽薄そうな見た目してめっちゃ一途だもん」

「そーそー。ヘルちん以外の女子には目もくれないってやつー」

「ああまで尽くしてくれる男と、仲のいい姉がいるんだから、ヘルちんも幸せ者よね」

「む。そうなのか?こんな細身の男が……。やはり人は見た目によらないものだな」

「いきなり態度変わるの調子狂うんですけどっ!?」

 

 マーロウはルークについて、仲間たちからの話を聞くたびに評価を改め、一端の漢として認めるような素振りを見せる。

 二転三転する彼の態度は、親バカここに極まれりといったところだ。

 強面の彼ではあるが、意外にも愛嬌ある面を見せて、ハグレ王国の者達と打ち解けていった。

 

 そんなやり取りを召喚士組は微笑ましそうに眺めている。

 

「賑やかだねえ」

「緊張感の欠片もなさそうですがね」

「しかしボーイフレンドか……。お前たちもいずれ、立派な相手を見つけるんだろうなあ。……やだーっ!シノブは私の下にいてーーっ!!」

「はいはい、私は側にいますよ」

「隣で惚気ないでくださいよ、全く」

 

 これから世界の行く末を左右する事態が待ち受けているとも知らず、彼女達は希望を胸に進んでいた。

 

 

 

 

 

 

「しかし、ここも遺跡じみてるんだな……」

 

 ルークの言った通り、先ほど通った通路には神殿めいた柱*1が並んでいた。

 つまり、この洞窟もかつて古代人が関わった何らかの施設、その成れの果てなのだろう。

 

「ま、機械っぽい機械とかは見かけられないから、何らかの施設かというと違うのかもしれないけどね」

「あるいは、何もかも崩れてなくなったか、ですね。洞窟一面の水晶ともなれば、元々はマグマでも流れていたんでしょうね」

「無情なものだね」

 

 時間の流れに思いを馳せつつ、奥へと進む。

 そうして突き当たった、開けた空間。

 洞窟の最深部に位置するこの場所に、次元の穴は存在した。

 後はここを利用して、望んだ世界への相互ゲートを作り出すことが実験の目的だった。

 

「さて、と。では早速、ゲート実験を始めよう。

 シノブ、メニャーニャ。準備を」

 

 アルカナはてきぱきと指示を出していく。

 シノブが魔法陣を展開し、召喚魔法を発動する。

 メニャーニャは時空アンカーを起動させ、ゲートの計測を開始する。

 

 対象となる世界は、まずは獣人の世界。

 ケモフサ村の住民の中から、帰還を望む者を平等にくじで選び、その世界に繋げられるように術式を制御しているのだ。

 

「対象世界とのマナ濃度差、計測完了。

 マナオニオンの投下を開始してください」

 

 マナオニオンが洞窟内に配置され、マナ濃度が高められていく。

 

「ああ、やっと帰れるんだ……。父さん、母さん……」

 

 くじで選ばれた獣人が故郷へと帰れることに、感涙で顔を濡らす。

 一行には最早見慣れた黒い穴が広がり、あちら側と繋がろうとする……

 

 まさにその時だった。

 

 

 

 

崩れよ(Thwart)

 

 

 

 

 ――――空間に、詠唱が木霊した。

 

 ERROR!ERROR!

 

 計器がけたたましいアラーム音をかき鳴らす。

 

「マナ濃度、急激に減少……!」

「なに……!?」

「召喚魔法、成立できません!?」

 

 マナオニオンは健在。

 ならば、空間内のマナが急速に枯渇しているということ。

 しかし、向こうの世界へとマナが流れていくような感覚を召喚士達は感じず、むしろこちら側へと急激にマナが流れ込んできているのを感知していた。 

 召喚ゲートは安定しない.

 このままでは、予測しない魔物がこちら側へと飛び込んでくる可能性があり非常に危険だ。

 

「くっ……、仕方ない!キーオブパンドラで閉鎖を!!」

「わかったでち!」

 

 そのため、当初の打ち合わせ通りに、問答無用でゲートの閉鎖を実行した。

 

 最強の召喚装置によって召喚ゲートが瞬く間に封鎖される。

 ひとまず、魔物が発生するなどの問題は解消したと見ていい。

 だが、今度は空間内のマナが乱れた原因を発見する必要があった。

 

 先ほど木霊した何者かの言葉。

 それが召喚式を妨害したのは明らかで、

 つまりそれは、第三者がこの場にいると言うこと。

 

「空間内のマナ、未だに減少……これは、おそらく誰かがこの空間に干渉しています!」

「ああ、先ほど聞こえた詠唱は明らかに打消呪文(カウンタースペル)。私ですら使えないのに、ここにいる者ができる芸当じゃない。私達以外の何かがいるな!?」

「見張りは村の者がしていたはずですが……!!」

 

 マーロウの言う通り、水晶洞窟の入り口ではブーンとアプリコが見張りを行っている。

 何者が現れようとも、手練れの彼らならば対抗できるはずだ。

 

 では、見張りが素通しした場合は?

 

「先生、後ろ――!!」

 

 後ろから、近づく影。

 エステルが気づき、警告する。

 アルカナが振り向いた時には、その人物は短剣を持った右手を既に振りかぶっており、

 

 

 

 ――――刃が、突き立てられた。

 

*1
実際にマップでも柱が並んだ通路がある。説明ないけど人工物っぽいので本作ではそう扱う




異世界編はちゃんとやります。

〇神聖ハグルマ資本主義教団
元ネタは迷宮キングダムの国家《ハグルマ資本主義神聖共和国》。深海種族を崇拝しているのも元ネタ通り。というかあちら側の世界のハグルマ国民が召喚されて、迫害されるサハギンのための組織を興したのが始まり。
ただエルフとは定義が違うため敵視している。
※エルフはまよキンだと半透明の体にウサギのような耳という人型のクリオネみたいな種族。

〇スキュラの女性
ばっぽいーん!!
実際に絡むのはまだまだ先。


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その27.忘却の彼方より

 少し、時を遡る。

 

 水晶洞窟入り口にて。

 

 見張り役のブーンは、暇を持て余していた。

 

「……暇だお」

「暇ですなあ」

 

 この洞窟はケモフサ村から歩いて数十分の場所にあるが、鬱蒼とした森を通る必要があり、魔物が出てくる可能性は多少はある。

 

 だが彼が見張りに立って2時間弱。

 特にこれと言って、魔物や賊の類が出てくることはなかった。 

 いや、一応周囲に何度か魔物の気配を感じたことはある。

 だが、それらは彼が放つ闘気に気圧され、畏れをなして瞬く間に逃げだしてしまうのだ。

 ブーンは同じく見張りについているアプリコを見る。

 獣人は側で焚火を立てており、やかんで湯を沸かしていた。

 その傍らにはフィルターに入った珈琲粉もあり、一息つけるための準備が着々と進んでいた。

 

「出来ましたぞ」

「おっお」

 

 香ばしい匂いが鼻孔へと届き、嗅覚を刺激する。

 真鍮のカップに、黒々とした液体が注がれる。

 アプリコは二つあるカップの片方をブーンに差し出した。

 

「どうですかな?」

「いただくお」

 

 丁度喉も乾いて来たところだと、ブーンはどっかりと腰を下ろした。

 珈琲は良い。眠気を飛ばし、疲労をやわらげてくれる。

 傭兵にとってはタバコ、酒と並んで必需品扱いされることもある代物だ。

 

「生憎ミルクはありませんが、砂糖はあります。どうしますかな?」

「たっぷりでお願いするお」 

 

 ブーンは甘いものが好きだ。というか美味しければ大体なんでも好きだったりする。

 アプリコは懐から小さな竹筒を取り出した。

 蓋を開ければふわんと甘い香りが漂い、カップへと傾ければ、とぷとぷと透明な糖蜜が黒い液体に注がれる。

 

「おやおやシロップとは、洒落てますなぁ」

「ええ、お気に入りの一品です」

 

 中々のこだわり様についブーンが茶化す。

 アプリコは珈琲をスプーンでかき混ぜ、ブーンに手渡した。その後自分の分を注ぎ、そのままカップを口元に運んだ。

 

「君は入れないのかお?」

「最初の一杯は、ブラックと決めておりますので」

「成る程」

 

 珈琲を飲むアプリコの姿は、温和な雰囲気と相まって非常に様になっている。これで本とリクライニングチェアでもあれば、理想的なアフタヌーンと言ったところだろう。

 ブーンは対照的に、熱さを気にせずぐびぐびと飲んでいく。これはこれで気持ちの良くなる飲みっぷりだ。

 

「うーん。美味しいお」

「ええ、これからの仕事への集中力が増します」

 

 決して絶品というわけではないが、退屈というスパイスが味を引き立てていた。

 珈琲を飲み干したブーンは満足げに口元を拭う。

 

「それじゃあ、もうひと踏ん張りしま、すか、お……っ!?」

 

 天地逆転。

 そのまま立ち上がろうとしたブーンは、しかし意に反して地面に倒れ込んでしまう。

 手足が鉛のように重たく、武器を取り落とす。

 助けを求めようにも、声が出ない。

 アプリコは目の前で倒れたブーンに動じることもなく、涼しい顔で残った飲料を飲み干して。

 

「さて、最初の仕事は完了ですね」

 

 などと言ってのけた。

 

「なに……?」

「申し訳ありませんが、一服盛らせていただきました。致死毒の類です。今の貴方では助かるすべはないでしょう」

 

 淡々と事実を告げる獣人参謀に、ブーンはどういうことかと思考を巡らせる。

 差し出されたものに異常がないことは見て分かっていた。なにせアプリコが飲んだことを確認してから口をつけたからだ。

 あるいはカップに塗ってあった?

 いや、それならすぐに気が付く。カップは真鍮製。それに付着できる毒の見破り方は身に着けている。伊達に傭兵業をやってきていない。

 

 だから、毒など入れる隙は……!?

 

 そこまで考えて、ブーンはただ一つ、自分が安全を確認できていないものがあったことに気が付いた。

 

「あのシロップかお……!!」

 

 迂闊だった。

 あれだけ香りが強いものに毒を混ぜれば流石に判別は不可能だ。

 それにまさか、あれだけの毒物を常々持ち歩いているわけがないだろうと先入観から信用してしまった。

 

「木を隠すなら森の中。毒を隠すには、苦味の中というわけです。あらかじめ毒を塗っておく手段もありましたが、万が一取り違えた場合が大変ですからね。目の前で淹れ、自分で飲む。そこまでしなければやっと警戒を解かないとは、いやはや大した戦士です」

 

 アプリコはブーンの用心深さに心底から感心してみせた。

 そこには敵意も殺意もない。

 アプリコにとって、既に死を待つだけの相手に向ける感情は哀れみか称賛の二択であった。

 

「何をするつもりだお……!?」

 

 必死に絞り出した声で、彼の意図を探る。

 

「単純な話です。貴方は私達にとって厄介だった。それだけです。

 ――――では」

 

 アプリコが口笛を吹く。

 それは合図だったのだろう。ほんの少ししてぞろぞろと見慣れぬ集団がやってきた。

 黒衣を着た男や、高価そうな服を着た男。その後ろには鎧姿が何名か。

 友好的な集団とはとうてい言い難く、事実として高価な服を着た男の顔には下卑た欲望が浮かび上がっていた。

 

「たった今見張りを無力化しました。致死性の毒を持ったので、もうしばらくすれば黙る事でしょう」

「ご苦労だった、同志アプリコ。では行くとしようか」

 

 アプリコの声と、何者かの悪意に満ちた声がブーンの耳に響き渡る。 

 彼らが何を目的としているかなど、今の状況から考えれば明白だった。 

 どうにかして中のアルカナ達に異常を伝えないといけないが、唯一できることを除いて体は言う事を聞いてくれない。

 異常なほどにタフなこの身体は、この時ばかりはただの重りと化していた。

 

「その前にだ。アルカナの飼い犬とは言え、わけも分からずに逝くというのは不憫だろう。せめて自分の命の意味ぐらいは教えてあげるとしよう」

 

 リーダー格の男は、ブーンの元に歩み寄った。

 おぼろげな視界に、白い髪が映り込む。

 奇しくもそれは、自分達を召喚した彼女のものと全く同じだった。

 

「君は我らの最初の爪痕だ。それを光栄に思いながら死んでいけ」

 

 その言葉を最後に、ブーンは意識を閉じた。

 

 

 

 

 

 

「せん、せい……?」

 

 アルカナに突き立てられた刃。

 召喚ゲートの異常に気を取られた隙、魔術を重ねた隠匿の術と、獣人特有の気配遮断技術を用いて、完全な死角を取って放たれた一撃。

 

 人体に放てば心臓を貫き破るだろうそれは、確かにアルカナの纏うコートへと突き刺さった。

 

 しかし、それだけだ。

 

 舞い散ると思われた鮮血はない。

 漏れ出るだろう断末魔の声もない。

 

 崩れ落ちるはずだった彼女の体は、しっかりと地に立っている。

 

 アルカナは、健在だった。

 

「驚いたよ。まさか君とはね」

 

 短剣は外套の繊維を切り裂けない。

 星々舞う外套に施された防御術式によって、護られた彼女の体は、そんじょそこらの攻撃ではびくともしない。

 隠匿の為に余計な部分をそぎ落としたただの刃であれば、逆に刃こぼれすらさせるのだ。

 

「私を疎んだ貴族達から暗殺者が送り込まれることなんて、両手で数え切れないほどあったからね。いつ何が襲ってきてもいいように防御用の魔法をしこたまかけておいた甲斐があったというもの。

 

 ――――それで、これはどういうことかな?アプリコ殿」

「……いやはや。流石はスターゲイザー。この一手を防ぎますか」

 

 アルカナは振り向くことなく淡々と語る。

 暗殺が失敗したというのに、襲撃者――――アプリコの表情は変わらない。

 ある程度は失敗することを想定したということだろう。すぐに次の行動に移った。

 

 アプリコは飛び退き、そこへマーロウの太刀が雷電と共に振り抜かれる。

 

「アプリコッ! これはどういうことだ!」

 

 マーロウは激昂する。

 かつてハグレを解放しようと同じ戦場に立ち、今は同じ村に暮らす同胞。

 それがどうして、ハグレの味方に立つ彼女に刃向かうのかがわからなかった。

 かの智将とあろうものが、まさかこの行動が浅はかであることが分からない筈もない……!

 

「マーロウ殿か、何、大したことではないよ。私は私の理由で彼女の計画が成就することを望まないだけさ」

 

 君にはわからないことだよ。とアプリコはマーロウを惜しむように言った。長毛から覗く瞳は、強い決意に満ちている。

 

 マーロウはそれ以上の言葉を押し殺して唸りをあげる。

 それだけで、説得は不可能だと判断させるには十分だったからだ。

 

 アルカナは、同じく見張りについていた筈の友人について問いかけた。

 

「さて、君がここにいることはブーンが君を通したと言う事なのだが……彼をどうした?」

「今頃ぐっすり寝ていますよ。もう目覚めませんが」

「まさか、殺したのか……ッ!?」

 

 自分が殺した。と暗喩に伝える。

 自分達のすぐ後ろで凶行が行われていたことに、ハグレ王国の面々は驚愕する。

 アルカナは軽く眉を顰めるのみだ。

 

「……ブーンのやつめ、不覚を取ったか」

「手を下した身で言うことではないでしょうが、いささか薄情ではありませんかな?」

 

 10年来の部下を失ったというのに、アルカナは悲しむ素振りを見せなかった。

 

「悲しむ暇がないだけだよ……。いいからお前の後ろにいる奴を出せ。さっきの呪文、お前が使ったわけじゃないだろう?」

 

 魔法を使用すれば大なり小なり、消費魔力の残滓が周囲に充満する。

 しかし目の前の獣人が魔法を使った形跡はない。

 アルカナは、この一連の妨害工作が複数犯であることを確信しており、下手人を出す様に促した。

 だが、その必要はなかった。

 

 

 

 

「――――その通りだとも、確かに主席を頂いただけの事はあるな。アルカナ・クラウン・アルバトロス。先の呪文なぞ、我が奥義の一端に過ぎない」

 

 

 

 ぱちぱちぱち。

 拍手の音を鳴らしながらこの場にない足音が近づいてくる。

 全員の意識がそちらに向かう。

 先ほどデーリッチ達が通った道からその足音の主は姿を現した。

 

 

 

 白い髪。右目にかけたモノクル。

 くすんだ星のような銀色の瞳。

 身に纏う黒衣は影のように暗く、闇から這い出てきた死神を連想させる。

 どこかアルカナと同じ雰囲気を感じさせるその男は、もったい付けたように口を開いた。

 

「御機嫌よう。諸君」

 

 知性を感じさせる落ち着きのある声が洞穴に響き渡る。

 他の者などどうでもいいというように、その視線はただ一人に注がれていた。

 

「私の名はジェスター。()()()()()()()()()()()()()()()()()()。この世界の行く末を案じ、ハグレなどという格差を打ち壊すべく立ち上がった、革命の使徒である」

 

 男は自らの名を告げる。

 その場にいる全員に聞こえるように。

 目の前の彼女に刻み込むように。

 

「アルバトロス、だって……!?」

 

 ローズマリーの言葉と同時、召喚士達の視線が師に集まる。

 それは、つい先日に師が語った真の名と同じ――――!

 

 アルカナもまた、真っ直ぐにジェスターを見つめる。

 己と同じ名を持つ男。

 それを目の前に、彼女は――。

 

「久しいではないか、アルカナ」

「お前は――――ッ!」

 

 

 

 

 

 

 

 ジェスターと名乗った、同じアルバトロスの名を持つ男に対して、アルカナは――――。

 

「誰だっけ?」

『いや、知らんのかい!!』

 

 まさかの反応に、一同は思わずツッコんだ。

 よりにもよって知らないって。

 いかにも因縁ありますよお前の敵だよって雰囲気出してるのに、知らないは流石に無いだろう。

 こんなんじゃあやってきた彼も面目丸つぶれだろうと、一同が再びジェスターを見る。

 

 そして、当のジェスターはというと――――

 

「――――ああ、そうだよなぁ。お前にとっては私のような末席など目にも留まっていなかっただろう。主席の座を手にし、白翼を率いて人類を導くと言う使命を背負っていながら、その全てを捨て去ったお前には私のことなど掃いて捨てるほどの価値も無かったという事か。そうだ、それでいい。それでこそ、貴様を殺しに来た甲斐があるというもの!!」

 

 言葉と共に、黒き魔力が膨れ上がる。

 空間が軋む。

 大地が揺れる。

 正確には錯覚だ、

 だが、ジェスターの足元から影を媒体として蠢き出す魔力が、彼の周囲を歪ませ、あたかも世界が揺れているように錯覚させているのだ。

 

「ちょっとちょっと。ホントに知らないの? あの人、めっちゃ怒ってるみたいだけど」

 

 理知的な顔から一転して激昂する彼の様子に、思わずといった様子でエステルが師へと尋ねた。

 

「ああ。奴の顔なんぞ記憶にない。……ただまあ、奴の素性は分かるとも。十三位(サーディス)は白翼を構成する十三の家系、その一つだ。我ら白翼の一族、その指導者は十三家の中から最も優れた者が選ばれ、その証として白翼(アルバトロス)を名を与えられる。それこそ、この私のようにね。つまり、奴が白翼(アルバトロス)の名を持つという事は、奴は私の代わりに主席に就いたということだ。私の記憶にはないから、おそらく出奔後に頭角を示したということだろうね。

 

 アルカナは朗々と自らの一族についてを語る。

 ジェスターは異を挟まないことから、おそらくは事実なのだろう。

 

 彼がアルカナの後釜であると言うこと、彼とアルカナの間には面識がないということ。

 アルカナは鋭い視線をジェスターに向ける。

 

「……それで、なぜわざわざ、私を追ってここまでやってきたのか。まさか今更私を連れ戻しに来た、なんて訳がないよな?」

「そのまさかだとも」

 

 先ほどまでの激昂が嘘のように沈めてジェスターは答える。

 

「お前の言う通りだよアルカナ。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()、私は主席に座った。何しろ、あの儀式に立ち会ったものは全員貴様に処断されたからな。それは我が父も例外ではなく、故に私が最も始祖に近いとして主席に選ばれた。ああ。それだけなら私も納得したとも。上がいなくなったことで順位が繰り上がるのは当然の帰結だからな。……だが。だが奴らは、あの愚か者共は! 未だに貴様が最高傑作だと執着している! 私を、飽くまで貴様が戻ってくるまでの代用品としてしか見ていないのだ!! 私は、私はれっきとした始祖の御業を受け継ぐ者だと言うのに、代表共は貴様の影を求めてくる。故に私は貴様を連れ戻す。勿論、貴様に返り咲いてもらうつもりは毛頭ない。私が持ち帰るのは貴様の首だ。白翼の最高傑作を打倒して戻ってきたとなれば、頭の固い連中も私を認めざるを得んというわけだ」

 

 整った顔立ちを嫌悪と執着に歪めながらジェスターは己の目論見を意気揚々と語った。

 アルカナはため息をついた。

 確かに自分が原因ではあるのだが、ここまで歪んだ殺意を向けられるのは端迷惑に他ならなかった。

 

「……要は私の不始末か。やれやれ、過去がこんな大事なところで足を引っ張りに来るとはね」

「あの、先生? 今とんでもなく物騒な単語が聞こえた気がするのですが?」

 

 先代を殺した。という部分にメニャーニャがツッコミを入れる。

 

「んー? ああ、私の先代……まあ祖父にあたる存在をブッ殺したのは事実だよ。何せ実の孫に禁じ手で魔術を伝授させようとするクソジジイだったからね。いくらなんでもそれはノーセンキューってことで死んでもらった」

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()などとは言えず、多少は婉曲した表現で自分に施された処置を説明する。

 

「いまいち要領を得ない説明ですが、ろくでもないってことだけはよくわかりました」

「まあ、私の身内事情についてはおいおい。いずれ語る時が来るだろうさ」

 

 生徒への説明もほどほどに、今回の襲撃者たちへと向き直る。

 

「それで? 私を殺したいのはいやというほど伝わったが、まさかそのためだけにこんな回りくどい真似で実験の邪魔をしたのか?」

 

 アルカナの問いに答えたのは、ジェスターではなく別の人物だった。

 

「いーやいや! そんなわけないじゃないか! シノブも含めて、君達にはここで消えてもらうためにこんな辺鄙な場所に乗り込んできてやったのさ!!」

 

 そうして通路のほうから歩いて来たのは、金髪を後ろに撫でつけ、貴族の服を身に着けた傲慢そうな青年。

 召喚士達にとっては、協会で散々見た姿だった。

 

「マクスウェル……!」

「久しぶりだなシノブ。それにエステルも。泥にまみれながらしぶとく生き残ったようじゃないか!」

「それはこっちの台詞よ。よくも私に濡れ衣着せてくれたわねこのクソ野郎!!」

 

 ()()()()()()マクスウェル。

 

 彼はシノブが召喚士協会に在籍していた時の協会員である。

 シノブはその突出した才能故に多くの人間から嫉妬され、数々の妨害を受けてきた。

 マクスウェルはその中でも特に妨害工作を行っていた張本人で、取り巻きを使って自分の手を汚すことなく嫌がらせを続けてきた。

 しかし南の世界樹で魔物が出没したことをエステルの罪として偽装しようとしたことが発覚し、逮捕されて除名処分となった。

 そして、現在はまだ牢獄にいる筈だった。

 

「協会を抜けた召喚士は多くが地下に潜ったと聞きましたが、貴方もその例に漏れませんでしたか。しかし、貴方はまだ塀の中で臭い飯を食べているはずでは?」

「メニャーニャか……。ふん。僕には色々と使えるものがあるんだよ。お前たちなんかとは違うのさ!」

「ただの権力と金じゃない! それで? みじめったらしくシノブの嫌がらせに来たってわけ? そんな怪しい奴の背に隠れてまでさ」

「言うだけ言いたまえよ。どうせお前たちはここで仲良く死ぬんだからさ。

 

 ……同志サーディス! もういいだろう!!」

 

 エステルの挑発にも動じず、マクスウェルは自身の同盟相手に呼び掛けた。

 

「うむ。それでは君達にはここで消えてもらおう。ハグレ王国と召喚士協会、我々にとってその二つは邪魔なのでね。トップにはご退場願うとしよう」

 

 ジェスターが指を鳴らす。

 それに応じて、機械製の鎧を着た10人ほどの武装兵がデーリッチ達の前に立ち塞がった。

 皆一様に武器を構え、デーリッチ達への敵意をむき出しにしている。

 

「フレイム!」

 

 先手必勝とばかりにエステルが火炎を放つ。

 獄炎の炎が呼び出され、兵士たちへと殺到する。

 

「……全然効いてない!?」

 

 だが、灼熱に晒されているにも関わらず金属の装甲はびくともしない。

 むしろ、炎が触れた側から輝きを増しているようにも見えた。

 

「ははっ! どうだ、そいつは僕達の傑作。魔導兵だ」

「正式名称は《魔導型機動装甲具》だがね。原型となった古代兵器を彼の手で復元し、私が欠点を改良し、ハグルマの持つ技術力で量産を可能にした。我らの誇る新兵器だとも。受けた魔法を吸収し、マナに還元して動力に変える。まさしく魔法使いを駆逐するための兵器だ」

 

 自信満々に説明するマクスウェルを、ジェスターが補足する。

 

 魔法を無効化どころか吸収する無法とも呼べる性能。

 開発に携わったハグルマという名前。

 

 シノブの脳裏には先日エルフ女王との話に出た内容が思い出された。

 

「まさか、サハギン族の新兵器というのは……!!」

「その通り。これと同じ技術を使った、対魔法用装備をサハギン達には提供している。おかげで、我々の組織も随分と潤ったよ」

 

 兵器を量産するための理論と、その原型となる古代兵器。

 それらを手土産に宗教組織と交渉し、ジェスター達はサハギン族と手を結んでいた。

 確かに、こんな性能の兵器を齎されれば他種族に戦争を仕掛けるのも容易いはずだ。

 

「成る程、どうして連中が調子づいたのかと思ったが……。全部お前たちの仕業か。だが一つ腑に落ちない点がある」

 

 アルカナはアプリコに視線を移す。

 

「私達にけしかけるための兵器を作るためにサハギン族とその後援組織を取り込んだのは理解できる。……だが、なぜ獣人である彼を扇動した? サハギンはエルフとの戦争を制するために乗ったのだろうが、アプリコ殿は無関係の話。どう考えてもそこは目的に合わんだろう」

「確かに貴様らしい予想だな。だが、彼を含めこの世界でハグレと呼ばれている者達もまた私の同志なのだよ。ここには来ていないが、多くの同志はこの大陸中で立ち上がる時を待っているのだから」

 

 自分達の仲間はこれだけではない。

 ハグレが立ち上がる時を待っている。

 

 ジェスターの回答に、アルカナは彼もまたハグレという存在に肩入れしていることに気がつく。それも、反乱という方向に。

 

 成る程、とアルカナは一人納得する。

 いくら自分が憎いからと言って、同じ白翼である以上は人間社会を支えるという根本原理が一致する。

 そして現在この大陸は帝国人とハグレの二つの社会が存在し、ハグレが一方的弱者の立場に甘んじている。そしてそれを作ったのは召喚士だ。

 であれば立場を隔てるのは召喚士という存在以外にあり得ない。

 自分が召喚士として現在の社会を善しとした以上、彼はそれを憎む側に立ったということだろう。

 

「それは、私達が召喚士だからか?」

「惜しいが違う。ところでアルカナよ、君は随分とこの世界の人間の為に頑張っていたようじゃないか。それこそ君が動かなければ起こった動乱もあるだろう。……ゆえに、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 比喩に満ちたその不可解な言葉は、しかし未来を覗く術を持つアルカナにとっては動揺させるに十分だった。

 

「……ッ! ジェスター! 貴様さては……!!」

「さぞかし、頑張ったのだろうよ。……その全ては無駄な足掻きだ。我らはハグレと呼ばれた悲しき者達を立ち上がらせよう。そして腐りきった帝国を、世界を打ち壊し、新たな世界を築き上げる」

「そんなに私が憎いとはな。人の世を存続させるのは、我ら白翼の使命だと認識していたが?」

 

 人類存続。

 人類の繁栄を陰で支える。

 

 それこそがこの世界に落とされた白翼の一族に定められた使命である。

 だというのに、この男は世界を滅ぼすと言った。

 一族の使命に背いてまで、自分への意趣返しを行うほどに、憎悪を募らせていたのか。

 

 しかしアルカナの想像とは裏腹に、返ってきた答えには理由があった。

 

「確かにそうだとも。我が命題は美しき世界を、完璧なる未来を導くこと。だが、私は貴様を追ってこの大陸の土を踏んだ。そうして、ハグレと呼ばれ蔑まれる者達を見て思ってしまったのだよ。()()()()()()()()()()()()()()()()()。異界から物資を奪うだけ奪い、何も還元することはなく、挙句の果てに自らが喚びし命を容易に破棄する。そのような文明の未来などすべからく決まっている! 故に滅ぼす。これ以上見るに堪えぬ姿を晒すぐらいならば、一度打ち壊すべきなのだよ」

 

 そんな、この世界への失望を声に乗せてジェスターは見解を語る。

 人類のより良い在り方を望んだ彼にとって、この世界の歪さは見るに堪えないものだった。

 だからこそ、ハグレを扇動し、帝国を転覆させる。

 そうして国を一から作り直し、世界を自らの手で直々に導く。

 それが最も最善な方法なのだと彼は断言した。

 

「随分とアグレッシブじゃないか。今までうちの連中は国を陰から支えるぐらいしかしてこなかったのにね」

 

 白翼の伝説をひも解いても、一族が積極的に外界と関わってきたことはない。 

 むしろ先陣を切って革命に加担するなどの、秩序を乱す行いは禁忌とされてきたのだ。

 そんな一族の掟を、愚かだとジェスターは吐き捨てる。

 

「歴史を陰で支える? この星の人類に寄り添う? そのような及び腰であったからこそ、この世界はここまで腐り果てた! だが、私は違う。私は正しく始祖の命を遂行する。腐りきったこの世界を破壊し、白翼が正しく導く文明を築き上げる。それで貴様に対する復讐は完遂される」

 

 泣き出すような目で、理想を語る声が響く。

 

 自らの価値を貶めたありとあらゆる存在への嫌悪。

 このような醜悪な文化が存在することへの慚愧。

 

 それこそがマクスウェルすら引き込んだ、ジェスターの執念だった。

 

 だが、それは明らかにおかしい。

 個人への憎悪と、社会への憎悪を一列に語る。

 それは、並大抵の感情ではない。

 それは、真っ当な判断ではない。

 それは、正気の沙汰では断じてない。

 

「……イカれてんのか?」

 

 端的に発したルークの言葉を、ジェスターは一笑には付さなかった。

 

「然り。狂気をごく普遍的な価値観で理解できぬことを指すならば、この場にいる我ら全てがそうだ。……君もそうだろう? 同志アプリコ」

「違いありますまい」

 

 そうして、沈黙を保っていた獣人が問いを投げかけた。

 

「――アルカナ殿。プラムという獣人を覚えていますかな?」

「ああ、覚えているさ。10年前、私が殺した戦士だろう?」

 

 かつてのハグレ戦争。

 最前線に立って戦ったアルカナ達の前に、ハグレの軍隊を率いた戦士が立ちはだかった。

 一騎当千の益荒男。

 戦場を駆け抜け、帝国の兵士を蹴散らす武士(もののふ)

 その獣人はアルカナ達を手こずらせながらも、最終的にはアルカナの手で討ち取られた。

 

「彼は私の息子だ」

「成程、つまりは仇討ちか」

 

 至極まっとうな理由だなとアルカナは納得するが、アプリコはかぶりを振って否定する。

 

 

「――――そうではない。そうではないのだよスターゲイザー。彼は戦いで死んだ。戦士である以上は当然の結末だ。そこに意を挟むことは彼の名に泥を塗る行為だ。私が真に許せないのは、あの子の名前が慰霊碑に刻まれていないことだ」

 

 誇りを懸け、命を賭して戦い、そして散っていった異界人たち。

 勇敢なる戦士たちが戦場で死ぬのは戦争の道理。

 

 なればこそ、戦いが終わったのならば敵味方関係なく、散った者達を弔いその雄姿を讃えなければならない。

 死した者を軽んじることは、例え敵国であっても許されない。

 それは多くの世界、戦場で共有される不文律のようなものだ。

 

 

 だが、弔われなかった。

 だが、讃えられなかった。

 

 

 帝都の広場に設置されている、ハグレ戦争慰霊碑。

 そこには犠牲になった帝国民の名前が刻まれ、鎮魂の象徴とされているが、そこにハグレの名は一つ足りとて刻まれていなかった。

 

 

「……墓ならあるッ! あの村には、戦士たちを弔う墓地があっただろう!!」

「確かに、あの村にも戦死者の墓地はある。だが、それはあくまで名も無き墓標だ。息子が眠る墓ではない」

 

 マーロウの言葉にもアプリコは決して動じない。

 

 ――――ケモフサ村にある共同墓地。

 ハグレ戦争にて、各地からバラバラに合流してきたハグレ側では、仲間の素性を把握してないということは珍しくなかった。そのため、正確な死人の数も、名前すらも分からないままに、その墓地は作られた。

 

 戦死者を弔うために作られたそれは、彼からしてみれば、見るたびに憎悪が燃える薪でしかなかったのだろう。

 

 かつてないほどに憎悪を吐き出す仲間の姿に、ルークは思わず呼びかけた。

 それは、つい先日に聞いた不可解な言葉の真実だったからだ。

 

「……アプリコさん。あんただって元の世界に帰りたいんじゃなかったのか? だってあんたは……!!」

「ルーク君。私には元の世界に妻がいると言ったね。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

「アプリコさん、貴方はもしやッ!」

「私にとって、息子の存在だけが元の世界との繋がりだったんだよ」

 

 ハグレ王国の者達には、思い至る事例があった。

 召喚されたハグレの記憶はまちまちだ。

 強く帰還を望む雪乃を始めとして、ジーナとアルフレッドの姉弟など元の世界についての記憶を完全に有している者もいるが、デーリッチやハピコの様に元の世界についての記憶が思い出せない者もいる。ニワカマッスルに至っては、本名すら思い出せないのだ。

 

 息子と共に召喚され、元の世界についての記憶を失い、ただ妻がいたということだけしか分からない彼の苦痛は、決して癒えるものではなく。

 元の世界と唯一繋がる証を絶たれ、その痕跡すらも忘れられようとした彼が行きついた先を否定することは、誰にもできなかった。

 

「私は、あの子がいたという証を、奴らが忘却の彼方に押しやることを断じて認めない――――!!」

 

 獣人の慟哭と共に、空虚なる扇動者は告げる。

 

「私は否定する。自らが犯した罪を贖う事もせずに忘却する者達の生きる世界を。私は拾おう。この世界で忘れ去られゆくものを。己の価値を認められなかった者達を。――故に、この世界を肯定する貴様らをここで踏みつぶそう」

 

 その言葉を合図に、待機していた魔導兵が動き出した。

 

「――――総員、戦闘態勢! 生き残り、この場から逃げることだけを考えろ!!」

 

 忘れ去られたものが、世界に爪痕を残すべく叛逆の咆哮を上げる。

 居場所を認められなかったものが、この世界に牙を向く。

 

 

 

 人々の忘却の彼方より、憎悪の刃が突き立てられた瞬間だった。




〇アプリコ
元の世界の記憶を失ったハグレ。
共に召喚された息子を拠り所としていたが、それすらも戦争で失った。
そして、それは10年という歳月の中で忘却されようとしていた。

ブーンに対しては【青酸カリ】を【パーティ】で服用させた。

〇ブーン
14番へ行け。

〇ジェスター・サーディス・アルバトロス
アルカナが白翼を出奔した後に主席に就いた男。
最初はアルカナを倒すだけだったのが、ハグレ社会を見て革命せねばと考えた。
この時点でハグレ王国が勝てる相手ではない。

〇魔導型機動装甲具
原作で出たバイオ鎧の量産型。


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その28.死線を越えて

乱戦回。


-耐久戦-

 

「まずは分断しなさい。魔法使いを始末すれば、後は押しつぶすのみです」

 

 アプリコの指揮に従い、魔導装甲兵が動く。

 重厚な鎧を纏いならその動きは素早く、ハグレ王国と召喚士組、そしてアルカナとそれぞれの戦線は分断された。

 

「シノブ、メニャーニャ!!」

「こっちは大丈夫、心配しないで!!」

「先輩方はそっちの敵を片付けてください!!」

 

 エステルは親友と後輩に向かって叫ぶと、すぐに答えが返ってきた。

 こちら側にやってきた魔導兵は5人。

 シノブ達に向かったのは10人。

 

 ではアルカナは?

 

「先生!!」

 

 魔導兵たちの向こう。洞窟の出口に繋がる唯一の道の前。

 アルカナは一人、ジェスターと対峙していた。

 

「私は大丈夫だ!いいから自分の身を守りたまえ!!」

「……わかったわ!!」

 

 そう告げると、エステルは王国民と共に戦闘を開始した。

 アルカナは今回の主犯格に向き直る。

 

「おや、可愛い生徒たちの救援に行かなくていいのかな?」

「冗談を言うな。お前の相手をできるのは私ぐらいだろうに」

「ククク。違いない。さて、私達が殺し合うのも一興だが。どうだね? お互いの軍勢のどちらが優れているか比べると言うのは」

「却下。実のところ、私けっこうムカついてんだわ。以前から準備していた実験を邪魔されて、お気に入りの部下も潰された。……だからさ、遠路はるばる悪いんだけど、私に倒されてくれ」

「――――その余裕、どこまで持つか」

 

 ジェスターの黒き魔力が膨れ上がる。

 呼応するように、彼の足元からナニカが這い出して来る。

 

 それはコールタールのように黒く、粘性があり、しかして人や獣のようなカタチを形成する。

 絶えず流動する体を持ったエーテル体の魔獣たちは、瞬く間に一個小隊ほどの群れを成して、アルカナの前に立ちはだかった。

 

「――――魔素のゴーレムか。確かに、十三位(サーディス)の出身たるお前にとってはこの程度造作もないのだろうな」

「如何にも、始祖ガルタナが司る虚数こそ、我が真髄と知るがいい」

 

 白翼の一族十三家は、それぞれが得意分野とする魔法がある。

 アルカナの一位(クラウン)は霊子星術。

 六位(ヘキサ)ならば錬金術。

 そして、十三位(サーディス)のジェスターは、宇宙を構成する二大要素(星と虚)の片割れたる闇・虚数魔法。

 

 ジェスターの属性はアルカナと正反対に位置し、また互いを補い合う。白翼の始祖たる混沌の王、ガルタナ・クラウン・アルバトロスが修めた属性は星と虚数。その直系たるアルカナは星を受け継ぎ、ジェスターは虚数を修めた。

 互いを喰らい合うように相克する対極の属性であるがゆえに、ジェスターはアルカナの敵として十分な資質を備えていた。

 

「さあ、蹂躙の時だ! この大陸に積もりし数多の悪。それに押しつぶされる結末こそ貴様には相応しい!!」

 

 怨念、憎悪、嫉妬、憤怒。

 

 ありとあらゆる悪性情報が実体化したそれは、あらゆるものを侵し分解する呪いとして怒涛の如く押し寄せる。

 並大抵の戦士、魔術師なら為すすべなく押しつぶされる。さしものアルカナとて、飲み込まれればただでは済まないだろう。

 殺到する魔物を前に、アルカナは静かに杖を構え、天球儀を回転させる。

 

 そして、

 

「いいえ。それには及ばないわ。だって、

 

 

――――()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 人工の星を周囲に浮かび上がらせ、アルカナは不敵にほほ笑んだ。

 

 

 

 

 

 

 エステルは魔法で火炎を浴びせるも、魔導兵は涼し気に立っている。

 それどころか、最前列に出てきたエステルに向けて剣を振るった。

 

「……!!」

「おらあ!……なんだこりゃ重てえ!?」

 

 重い一撃、しかしニワカマッスルがそれを受け止めた。

 盾と剣が押し合うが、相手の予想以上の膂力に、マッスルが押され始めている。

 

「ふんっ!」

「!?」

 

 横から殴りかかったジーナのハンマーによる一撃が、バケツヘルムを凹ませよろめかせる。

 相手の力が緩んだ瞬間に、ニワカマッスルは盾を押し込み、魔導兵を弾き飛ばした。

 

「すまねえ、ジーナの姐さん!」

「情けないわね。って言いたいけれど、アンタが押し負けそうになるって相当のようね」

「ああ、だが筋肉って感じじゃねえなありゃ!」

「どういう判別の仕方だよ。まあ、鎧で強化されてるんだろうね」

 

 筋肉言語で鎧にからくりがあることを見抜いたニワカマッスルにジーナが呆れながらも同意する。

 実際、先ほどの痛打をものともせずに魔導兵は立ち上がる。

 

「危ねえ……ッ! しかし、こいつら割と鈍いぞ!」

「そのようですわね」

「いやゼニヤッタさんは何で魔法型なのに正面から殴り合えてるの……?」

 

 ルークは魔導兵の攻撃を回避しながら、相手が素早さに劣ることを見抜く。ゼニヤッタは氷魔法の効果が薄いと見るや、肉弾戦に切り替えていた。悪魔ってすごい。

 

「フラッシュアイ!」

「……!?」

「どうやら暗闇は有効みたいね!」

 

 サイキッカーヤエの左目が光を放ち、イイ感じに魔導兵の目を眩ませる。

 王国民の戦いを観察し、ローズマリーは魔導兵への対策を講じる。

 

「ふむ、どうやら状態異常の類は効くみたいだな。からめ手で着実に体力を削れ!」

「果たしてどうでしょうかな。……六の陣!」

 

 それに応じるようにアプリコが号令をかける。

 すると、シノブ達のほうに向かっていた魔導兵のうち3人がくるりと向きを変えてハグレ王国へと襲い掛かった。

 

「何ッ!?ぐわっ!!」

「きゃあ!?」

 

 思わぬ場所からの不意打ちに、マッスルとゼニヤッタが負傷する。

 

「二人とも!?くっ、戦闘に加わらないと思っていたら、指揮官か!」

「生憎、戦場を盤の如く操るのには長けていまして。……二十の陣!」

「今度は何だ!?」

 

 アプリコが号令と共に、持っていた物を投げ放った。

 それは地面に激突すると、白い煙が充満し周囲を覆い始める。

 

「煙幕だと!?」

 

 隊列が乱れたのに乗じて、魔導兵が殺到する。

 ルークは間一髪攻撃を避け、この煙幕を利用して身を隠した。

 

「アプリコさんの指揮は相当やべえ! 今までどんな劣勢も覆してきやがった。勝ち馬に乗ってるときなら猶更だ!!」

 

 ハグレ戦争において猛威を振るった智将が、最大の敵として立ちはだかる。

 数年前、間近で彼の策略を見ていたルークはかつてないほどの声で警告を飛ばす。

 

「キュアオール!」

「サンキュー!これで見えるようになったぜ!!」

 

 デーリッチが前衛の暗闇状態を解除する。

 視界を確保できたニワカマッスルは、魔導兵の攻撃を一身に受け止める。

 

「陣の十八。そこの子供です。彼女こそが要、一気に攻め落としなさい」

「……!!」

 

 その言葉に魔導兵が一斉に向きを変え、デーリッチ目掛けて走り出した。

 

「まずい! デーリッチに狙いが定まった!!」

「国王様!!」

 

 リカバー薬でエステルの回復に回っていたローズマリーが警告を飛ばすが、既に魔導兵はデーリッチに肉薄している。

 ゼニヤッタが一人叩き落とすも、全ての魔導兵を退けること叶わず。

 物量という暴力に、哀れ叩き潰されるデーリッチ……!

 

「オオオオッ!」

「……!?」

 

 マーロウがデーリッチの前へと躍り出て、雷狼で魔導兵を蹴散らす。

 そのまま最も体制を崩した一人に肉薄。

 魔導兵も激しく抵抗するが、マーロウが鎧の接合部に刃を突き刺し、雷を流し込むことでようやく沈黙する。ようやく1体減り、残り14体。

 

「ご無事ですかな?」

「ありがとうでち!」

「国王様!ああ、ありがとうございます……!!」

「礼には及びません。将を守るのは当然のことなれば。しかし、彼が敵に回るとこうも手ごわいとは」

 

 分断したかと思えば、合流させ、また別の形に分断させる。

 ハグレ戦争の折、寄せ集めの上に数で劣った反乱軍を遊撃兵として巧みに操り、いくつもの要塞を陥落させた智将アプリコ。

 かつて轡を並べて戦った戦友の恐ろしさを再確認させられ、マーロウは冷や汗を流す。

 

 最大戦力のアルカナは、敵の首魁と魔術を激しく打ち合っており、とてもじゃないが援護を飛ばす暇などない。

 

 状況は、ハグレ王国側が圧倒的に劣勢だった。

 

 

 

 

 

 デーリッチとローズマリーを中心として守るようにハグレ王国は戦っていた。

 

「パンドラゲートは!?」

「それが……、うんともすんとも言わんでち」

 

 パンドラゲートを用いて、拠点あるいはケモフサ村まで逃げることも考えたが、キーオブパンドラは反応を示さない。

 

「だめ!今ここは大気中のマナが急激に減っています。そんな状況でキーオブパンドラは使えない!」

「そうか、トゲチーク山の状況と同じか!」

 

 魔導兵の向こうから飛んできたシノブの声で、ローズマリーがトゲチーク山で同じくパンドラが使えなくなったことを思い出す。

 

「おや、どうしたのかい? もしやお得意の転移が使えなくて困っているのかな? それは大変だね!!」

 

 マクスウェルの嘲笑が響き渡る。無論全て想定の上。

 彼も召喚士の端くれとして、アルカナ達が召喚術実験を行う場所にあたりをつけていたのだ。

 

「退路を断たせるのは戦の定石ですよ。陣の二です、かき乱しなさい」

 

 戦闘に参加せずに高みの見物を決め込んでいる彼に、アプリコは少々呆れながらも指示を下していく。

 仲間たちの間へ割り込むように移動する魔導兵に、隊列が無理やりシャッフルされる。

 

「ちっ、こいつらうざったらしい動きして……!ほら、マッスル!!」

「あんがとよっ!おらエセ筋肉野郎、これでも喰らいなっ!!」

 

 普段通りの戦い方ができないことにエステルが苛立つも、魔法で一掃できない以上は支援に回るしかない。フィールドオブファイアで強化されたニワカマッスルのヒートタックルが魔導兵を吹き飛ばす。

 

 並みの兵士であればノックアウトされる一撃だが、魔導兵はまだ立ち上がる。

 

「げ、まだ起き上がんのかよ」

「魔法を吸収しなくても相当なタフネスじゃないのよ……!」

 

 確かに手ごたえはあった。しかし鎧そのものが呼吸しているように光を脈打たせて、中身の兵士を回復しているのだ。

 

「……なぜ光っている?」

 

 そこでルークが違和感に気づく。

 そう、先の魔導兵は魔法を受けていないにも関わらず、装甲がマナ吸収の光を放っているからだ。

 

「あの鎧、大気中から僅かなマナを吸収してるのか!」

「そうとも! わずかでもマナがあれば、こいつらはいくらでも立ち上がるのさ。死なない兵士の恐ろしさに震えながら死んでいくといい!!!」

 

 エステルの言葉をマクスウェルが得意げに肯定する。

 相手の意志を挫こうとしたのだろうが、それはハグレ王国にとっての光明だった。

 

「そうか、ならば数を減らせばパンドラが使えるかも……!」

「とりあえず、デーリッチだけでも逃がそう! そうすれば援軍を連れてこれる……!! デーリッチ、いけるか!?」

「うーん……。チャージできてる感覚はあるけど、進みが遅いでち」

 

 今も尚、キーオブパンドラの発動に注力するデーリッチ。

 だが、進捗は喜ばしくないようだ。

 

「しかし、どういうことだ?彼らの練度自体は大したことはない。だというのに、あまりにも従順すぎる」

「ええ、それに先ほどから言葉どころか雄たけび一つ発しません。その辺の傭兵を雇っているにしては妙だ」

 

 目まぐるしく変わっていくアプリコの作戦指示に、魔導兵は戸惑うことなく従っていることにマーロウは訝しみ、強化用装置で援護に回っていたメニャーニャもそれに同意する。

 

「そうだろうとも! そいつらは自我を調律済みだからね。何も考えず、ただ敵を殺す事だけに従事する。だからそこの獣人の口うるさい作戦だって文句言わずに従えているのだッ!? 何をする!?」

「失礼。あまりにもこちらの情報を吐き出すものですからてっきりスパイかと。貴方は技術者だ、戦う気が無いのなら黙ってみているといい」

「……獣風情が」

 

 自分の事でもないのに得意げに話すマクスウェルだが、アプリコが魔法を飛ばして黙らせる。

 

「さて、彼がべらべらと喋ってしまいましたので隠す必要もなくなりましたね」

「自我の調律だと? どういう意味だ!!」

「言葉の通り。彼らは錬金術で最初から兵士として作られた生命です。将に従って敵を倒す以外の知識も役割も、彼らには生まれた時からないのですよ」

 

 その言葉を聞いて、思い当たるのは一つしかない。

 

「まさか……ホムンクルス!?」

「正解ですよ。聡明なお嬢さん」

 

 シノブが導き出した答えはホムンクルス。

 錬金術の叡智が一つ。

 正真正銘の人造人間。

 

 誰だって知っている造られし生命の代表格こそ、魔導兵の正体なのだ!

 

「ホムンクルスだって!?そんな技術まで奴らは手にしているのか!!」

「正確には同志ジェスターが、ですがね」

 

 資源さえあれば兵士をいくらでも増産できる軍隊など、悪夢以外の何物でもない。

 ローズマリーは帝都ですら確認されていない未知の技術をジェスター達が手にしていることに戦慄する。

 

 しかし、ハグレ王国の中には別の考え方をする者もいた。

 

「えっ!? 人造人間!? そんな非道な輩はこのサイキッカーヤエちゃんが成敗してくれるわ!」

「はいはい。今ふざけてると死ぬからね!!……だが都合がいい。みんな、もう躊躇っている余裕はない!一人でも多く鎧を無効化してくれ!!」

 

 自分好みの悪党が出たと喜ぶヤエちゃんをローズマリーが叱りつけ、転移用のマナを稼ぐために、一人でも多くの魔導兵を倒すように指示する。

 その言葉を聞き、既に何人かは動き出していた。

 

「なるほど。ならもう躊躇う必要はないな」

「そのようですわね」

「……!?」

 

 ゼニヤッタの攻撃が魔導兵のヘルムに直撃し、目の部分を保護するガラスをたたき割った。

 のけ反った隙に、ルークが魔導兵のゼロ距離にまで接近する。

 バケツヘルムの隙間から見える瞳が、反射的に揺れた。

 ルークは迷わずそこにホルスターから抜いたS&W M36チーフスペシャルの銃口をねじ込み、引き金を引いた。

 

「が……ッ!?」

 

 断末魔の叫びで、ついに声を上げる。

 ヘルムの中で反射した弾丸に頭蓋を蹂躙され、絶命した魔導兵は隙間から鮮血を吹き出しながら崩れ落ちた。残り13体。

 

「お見事です」 

「そっちもですよ」

 

 ハグレ王国のスタンスとしてむやみな殺人は犯さないものだが、相手がホムンクルスと分かった以上、ルークに躊躇う気持ちはない。それはゼニヤッタも同じのようで、特に何か言うまでもなく息の合った残虐プレイが繰り広げられたのだった。

 

 そしてシノブもまた、手加減というものを捨てていた。

 

「サモンゼウス!」

「……!!」

 

 強烈な雷光が魔導兵を撃ち抜く。

 魔導兵ががっくりと膝をつき、同時に与えられたマナによって装甲が再生の輝きを放つ。

 しかし、それは彼がいる場合には致命的な隙だった。

 

「ぬうん!!」

「……!?」

 

 上空より雷鳥が爪と牙を突き立て、一気に叩きつける。

 マーロウの強靭な一撃を受け、魔導兵は完全に沈黙した。

 魔導兵、残り12体。

 

「ここまでやってようやく3体……それで、どう?いけそうかしら?」

 

 戦況を確認していたエステルがパンドラゲートの様子を尋ねると、デーリッチはキーオブパンドラと未だににらめっこ中。

 

「うむむ……もう少しってところで止まってるでち」

「あと一体、削れればなんとかってところだよ。しかし、相当にきついぞこれは……!!」

 

 実のところ、急所を破壊するか、回復が追い付かないだけのダメージを与える。あるいはシノブのように吸収しきれないぐらい強力な魔法(特に雷属性が好ましい)で機能不全に陥らせるかと、概ねごり押し以外の攻略法はないに等しく、あと12体も同じことをするとなると流石にリソースが足りない。

 

 これがまだ無造作にかかってくるならば対処しようがある。

 結局のところ、局所的に優勢なようでいて全体では劣勢なのだ。

 

 こうしている間にもアプリコが指示を出し、魔導兵がこちらへの波状攻撃を仕掛けてきている。

 

 ニワカマッスルとマーロウが盾役となり、ヤエのサイコバインドやシノブのサモンゼウスで打ち払っても魔法故に決定打とならず、後から回復した魔導兵が突撃してくる。

 はっきり言って押し切られかけている。

 

 するとここで、後衛に戻ってきたジーナが口を開く。

 

「ねえ?あと一体でも減らせればいいのよね?」

「ああ、そうすればデーリッチだけでも転移で逃がせるはずだよ「そう、分かったわ」……って!?」

 

 ローズマリーの返答を聞き、ジーナは一人突貫する。

 パーティ行動を外れての突撃に、ローズマリーは驚く。

 

「ちょっと待て! 君は何をする気だ!?」

「別に、ただちょっと贅沢するだけよ」

 

 単身突撃してきたジーナに気が付き、魔導兵が迎撃するべく武器を振るう。

 容易く躱し、ジーナは天魔断ちを構える。

 普段のものとは異なる、力を溜めての下段構え。

 狙うは接合部。

 

「はあっ!!」

「……!!」

 

 

 ジーナは武器の破損を顧みずに力の限り振り抜いた!

 

 

 雷を帯びた刃が魔導装甲に食い込む。

 魔導鎧は刃より放出されるマナを吸収しようとして――――、

 

「!?」

「しゃらくさいのよ!!」

 

 一閃!!!

 

 鎧なんぞ知ったことかと、切り伏せる。

 ジーナの一撃は、見事魔導鎧を両断してみせ、魔導装甲兵は爆発四散!

 

「やった!! ってジーナちゃん!武器が!!」

 

 デーリッチの言う通り。

 ジーナが振るった天魔断ちは刃が粉々に砕け散り、後には柄だけが残った。

 

「ああ。今のは様物(ためしもの)ってやつよ。この通り一発でイカれちまうからね。鍛冶屋たる者、武器にそんな真似する訳にはいかないでしょ?」

 

 様物(ためしもの)

 あるいは試剣術。

 武器の試し切りを行う技であるそれは、極めれば武器の性能を十分に発揮できる匠の技となる。

 

 そして、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 武器の強度を顧みず、ただの一撃で使い潰すという鍛冶屋にとっての外道の技。

 無論ジーナもこの技を会得しており、普段は禁じているものの、今回は今までにない危機的状況。

 鍛冶屋としてのプライドを捨て、仲間の為に名刀を使い潰すことを微塵も躊躇いはしなかった。

 

「さ、一体減らしたんだからとっとと逃げな!!」

「ありがとう……!デーリッチ、いけるか!?」

「おう!行くでち!」

 

 ハンマーで次の兵に殴りかかるジーナ。

 これで残り11体。

 

「おい、やられてるじゃないか! このまま押し切られたらどうするんだ!!」

「焦ることはない。どうやら彼らも無理をしているようだ。このまま堅実に攻めていけば陥落する」

 

 数の差を埋められたことにマクスウェルがうろたえるも、疲弊しきっていることを理解しているアプリコは落ち着いて状況を観察する。

 

 そこに、声が響いた。

 

「――――ゲートオープン!」

 

「何ッ!?」

 

 その光に相手全員の注意が向く。

 その一瞬だけで十分だった。

 

「よしっ、成功だ!みんなッ、援軍が来るまでできるだけ持ちこたえ――ッ!?」

 

 それと同時、轟音。

 

「今度は何ッ!?」

 

 出口の方からの爆発音。

 

 そちらを向けば、五体満足のアルカナが立っている。

 

 彼女は、今まさに上半身を失ったジェスターの遺体がゆっくりと己の影に沈んでいくところを見届けていた。

 

 

 

 

 

 

 ふわり、とアルカナを軸として3つの星が公転を開始する。

 

三連星(トライスター)

 

 3つの衛星から魔力の弾丸が放たれ、迫りくる黒泥の魔物を倒していく。

 

「ははははは! どうしたアルカナ!! この程度で精一杯かね!?」

 

 アルカナが迎撃以外に魔法を行使する素振りはない。

 

 一発一発が悪意の獣を撃ち抜き、蒸発させる。

 

 総じて300発が放たれたところで、互いの攻撃は収まった。

 

「……いやね。この程度で私を討ち取ろうとか。冗談にもほどがあるでしょうに」

「確かに、軽い挨拶で殺されるようであれば、わざわざこの場に来た甲斐がないというもの」

「――星よ(スターⅨ)!」

「――我が影よ、世界を削れ!」

 

 星の光と、影の刃。

 

 襲い来る影を光が打ち消す。

 

 双方の実力は互角。

 

 ――否!

 

「ちぃ!」

 

 ジェスターが後退する。

 直後、先ほどまでいた地点の影が爆ぜ飛んだ。

 

星光よ(ステラⅨ)!」

 

 星属性の全体攻撃魔法により、魔物を生む影が焼き払われる。

 

「……流石だよ。小手先の勝負ではそちらに分があるようだ。しかし我が影より湧き出る魔力は無尽。貴様がいくら体内で魔力を練ったところでこのマナ薄き環境でどれだけ持つことか。そら、貴様の大事な仲間も我が軍勢に蹂躙されている頃合い――」

 

「――――ゲートオープン!」

 

 転移の光が、周囲を照らす。

 

「何ッ!?転移だと!!」

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()とは予想できなかったジェスターは、ほんの一瞬だけそちらに気がとられた。

 

 その一瞬だけで、十分だった。

 

「――――その憧憬は流星のように(アド・アストラ)

 

「――――な」  

 

 民間人も一人いる以上、派手な魔法を使えなかったのは事実。

 下手に魔法を打ち合えば、周囲への被害はおろか、この洞窟が崩落する危険性すらあった。

 故に、迎撃に留めて機会を伺っていた。

 

 

 衛星帯を纏わせた拳を振りぬく。

 

 影が刃となって襲い掛かるが、流星を捉えることはできない。

 

 魔力によって極限まで強化されたアルカナの拳は、寸分たがわずジェスターの心臓を撃ち抜き――――

 

 星の爆発の如く炸裂させた魔力が、胴体を粉みじんに吹き飛ばした。

 




〇ジェスター
レベル150。
影、怨念などの闇・虚数魔法の使い手。

〇アルカナ
レベル300。
星魔法は純粋なエネルギーとして扱う場合最も強力。

〇アプリコ
軍師ユニット。
ターン開始時に状態異常付与やデバフ、魔法型に挑発効果を付与してくる。

〇魔導型機動装甲具
魔法ダメージ8割削減→HP回復→強化というプロセスのため一撃でHPをごっそり削られるとただのガラクタになる。あと物理に乗った属性攻撃は有効。
アプリコが直に指揮を執っていたため、ボノソルジャー並みの鬱陶しさを発揮している。

戦闘終了条件〇6ターン経過+魔導兵を4体減らす。

勢い重視で書いたのでおかしな部分が合ったら指摘お願いします。


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その29.帰らずの王

 下半身だけとなったジェスターの遺体が影に沈む。

 

 影はしばらくの間蠢いていたが、次第に大きさを縮めていき、最終的には元通りの水晶の地面へと戻った。

 

「……や、やった?」

 

 エステルがそう呟くと同時。

 魔導兵は先ほどまでの気迫が嘘のように、棒立ちとなって止まった。ピタリと静止したその姿は、まるで糸の切れたマリオネットのようであった。

 

「お、おい。動かなくなっちまったぞ?」

 

 何にせよ、戦闘はひとまず終了したらしい。

 とは言え、決して油断はできない。

 皆、疲労困憊ながらも次なる状況の変化に備えていた。

 

「どうやらそのようだな。しかし……」

 

 彼らが視線を配る先には、首謀者のうちの一人。マクスウェルが狼狽する様子が映っていた。

 

「お、おい。なんで、なんで死んでるんだよっ……! あれだけ偉そうにして何勝手にくたばってんだ……!! あんたが万全だって言ったから乗ったのに、あんたがいの一番にやられてどうすんだよ……!!!」

 

 目の前で、こうもあっさりと共犯者が倒されたことを、マクスウェルは信じられなかった。

 

 勝算はあった。

 相手の手の内を調べ上げ、内通者まで作った。

 揃えた軍勢はあの召喚士にも引けも取らず、状況は優勢だった。

 だから、負ける可能性など無かった。

 

 そのはずだったのだ。

 

 だというのに、たかが一人逃がした程度で負けてしまった。

 

 一瞬の隙が、あっけないほどに状況を覆したことを何かの間違いだとマクスウェルが喚きたてる様は、誰もかける言葉も見当たらないほどに痛々しい。

 

「いや、そうだ……。魔導兵は残ってるんだ。今すぐこいつらを動かして叩き潰してやればいいだけだ!おいっ、今すぐにこいつらを殺せっ!!」

「……」

「……」

 

 怒鳴りつけるように指示が飛ばされるも、魔導兵は反応しなかった。

 まるで彼の言葉が耳に入っていないように、身じろぎ一つせずに沈黙している。自分の思い通りにならないことにマクスウェルの苛立ちは募っていく。

 

「……何で命令を聞かない?こいつらは言う通りに動くんじゃなかったのか!?」

「申し訳ありませんが、今回の指揮官として認識されているのは私です。上位権限を持つジェスター殿が()()した以上、全ての指揮権は私にあります」

 

 この状況で指示を下せたのは、製作者であるジェスターと、指揮官の役目を担ったアプリコだけ。マクスウェルが関与する余地はない。

 そう淡々と告げるアプリコの様子に、戦闘を継続しようとする意志は感じられない。

 

「じゃあお前が命令しろよ!さっきのようにこいつらを追い詰めればいいだけッ……!?」

 

 癇癪じみたマクスウェルの声は中断された。

 つかつかと歩み寄ったアプリコによって、一撃で昏倒させられたのだ。

 

「さて……。王には逃げられ、我々の指導者たる彼も貴方が倒してしまった。そんな状況で、流石に引き際を誤るほど私は耄碌していないよ」

 

 そのままマクスウェルを肩に担ぎ、アプリコは撤退する意志を見せる。

 

「逃がすとでも?」

「逃がす? いやいや。『逃がした』の間違いだろう? ――母なる大地よ、我らに道を示し給え。」

 

 アルカナは背後に砲撃の魔法陣を浮かべて牽制する。しかしアプリコは動じることなく、あらかじめ仕込んでおいた魔術を発動する。

 

「なっ……姿が!?」

 

 アプリコを含め、担がれているマクスウェルや魔導兵の姿が薄れていく。

 

「とっておきというやつだよ。非常に残念だが、今回はここで立ち去るとしよう。しかし、私達がこれで大人しくなるとはゆめゆめ思わないことだ――」

 

 その言葉を最後に、獣人参謀の姿は見えなくなった。

 魔導兵も同様。倒された4体はそのままだが、生き残った兵はきれいさっぱりと痕跡すら残さずに姿を消した。

 魔法使いたちが周囲の魔力を分析してみれば、彼らは非常に早い速度で遠ざかっていくことだけが判別で来た。

 

「自然に溶け込むことで認識を阻害させる類の隠匿術に、地形に作用する高速移動の術式を複合させているのか。成程、軍師が用いるのにはうってつけだな」

 

 アルカナは先ほどの魔法を分析する。

 戦場用に特化させた極めて高度な術式は、無論並大抵の魔法使いが扱えるような芸当ではなく、敵ながらにして鮮やかな腕前だと素直に感心する。

 

「あれは私にも覚えがあります……追跡しますか?」

「この状況で?」

 

 過去に同様の術を目撃するどころか、自分が率いた軍を撤退させた経験のあるマーロウは追跡を提案する。しかし皆が疲弊しきった状態では無謀に近いとアルカナは却下する。

 

 ジェスターが倒れた時点で撤退を判断してもらえたのは幸いというべきだろう。

 

「終わった? 俺生きてるな? いやー、生きててよかった!!」

「やれやれ。柄にもないことするものじゃないわ」

 

 ルークが地面に大の字で倒れて生還を喜び、ジーナは使い物にならなくなった武器の数々を見てため息をつく。

 

「ふう……。それで?このまま待ってるわけじゃないでしょ?」

「うん。デーリッチが援軍を連れてくるだろうから、もう大丈夫だって伝えなきゃね」

「単身で拠点に向かわれた国王様が心配です」

「おう。心配してるアイツらに俺の筋肉で元気つけてやらなきゃな!」

 

 拠点へと転移したデーリッチの元へ戻ろうと、今一度気合を入れる王国民たち。

 危機を乗り越えたことで士気が高まる中、シノブは一人口元に手を添え、考え込むように黙している。

 

「……」

「シノブ、何か気になることでもあるの?」

「……え?ううん。些細なことだから大丈夫」

「ええ?シノブにとっての些細な事って私達にとっては結構大きな事だと思うけど……?」

「大丈夫。皆が無事なら問題ない事だから」

 

 エステルが心配するように声をかけると、シノブは何でもないと答える。

 しかしエステルからしてみれば、親友が何か憂いが残るような表情をしているのは明らかだった。

 

(――マナが乱れた環境下での転移。あの時はそんなことに意識を割く余裕がなかったから言えなかったけど。やはり……)

 

 シノブの脳裏によぎるのは、最悪の可能性。

 あのジェスターすらも足を止めて隙を晒すほどには、危険な試みを実行したデーリッチの身に起こる懸念事項。しかしこの状況では言い出しづらく、シノブは杞憂であってほしいと首を振った。

 

「おっし。機材を全部持って引き上げるぞ」

「先生、これはどうしますか?」

 

 メニャーニャはそう言い、倒れた魔導兵たちを指さした。

 古代人にハグレに白翼と、未知のテクノロジーの塊なそれらはある程度の原型を留めている。

 

「持って帰ろう。サハギン族がこれの技術を用いた装備を導入しているとあらば、鹵獲しない手はない」

「では、誰かお願いします。流石にこれを持っていくとなると私だけでは厳しいので」

「おうよ。これぐらいならまだ全然余裕だぜ」 

「私も持ちましょう」

 

 ニワカマッスルやマーロウなどの力自慢たちが魔導鎧を外して持ち帰る準備を始める。

 

「それと……」

 

 忘れてはいけないと、アルカナはある人物に向かい合った。

 それは今回の実験の被験者の獣人である。

 

「すまない。折角故郷に帰れるはずだったのに、こんなことになってしまって」

「い、いえ。アルカナさんが謝る事ではないですよ……」

「いや、これは私の身内が起こした不始末のようなもの。しっかりと身辺整理をしておけば、防げたはずの事態なのだからね。……しばらくは実験も中止になるだろう。騙したのだと罵ってくれても構わない。だが、君たちハグレは絶対に元の世界に帰したい。だから、よければまだ信じてほしい」

 

 彼からしてみれば、元々駄目もとで志願したような計画だ。

 そもそも横入りで失敗した以上、続けられないのは素人目でも理解できる。

 しかし頭を下げるアルカナを見ていると、責めるつもりはなくともなんだか申し訳ない気持ちになってしまう。

 

「やれやれ。アルカナ殿、彼は最初から貴女を責めてなどいない。そもそも、私がアプリコの動向に気が付いていれば食い止められたかもしれない事態でもあるのですから」

「そうですよ。もう過ぎたことを言っても仕方がありません。大事なのはこれからどうするかです」

 

「……それもそうだな。では一度村に戻り、今後の方針を話し合うとしよう」

 

 

 

 

 

 

「ブーン……」

 

 洞窟を脱したアルカナ達は、脇に倒れ伏すブーンの姿を目にする。

 目立った外傷もなく、温和な笑みを浮かべて目を閉じているその顔は、生前と何も変わらない。

 

「ああ、そんな……」

「深い付き合いは無かったが、それでも彼は私達の仲間だった。祈りを捧げよう」

 

 ローズマリーの言葉に、皆が手を合わせる。

 アルカナにとっては、10年もの年月を共にした戦友である。

 目を閉じ、冥福を祈る。

 

「奸計にかけられたとはいえ、彼は見張りの仕事を十分に果たしてくれた。……お疲れ様」

 

 ――思えば、彼は召喚された時に一番強く戦争への参加を反対していた。

 召喚人たちの事情を聞き、反乱も当たり前だと武器を振るおうとはしなかった。

 それを自分の胸の内を明かし、他の二人の説得もあってようやく重い腰を上げた。

 そんな優しい戦士であった彼の最期が、まさかこんなものになろうとは「あのー」

 

 回想に耽っているところに、無粋にも声がかけられる。

 

「誰だ、今は死人に黙祷を捧げているところだ――」

「あのー、起こしてほしいんですお。毒は解けたけど体が言う事を聞かなくて自力で起き上がれないんだお」

「( ゚д゚)」

 

 倒れつつも喋っているのは、他ならぬブーンだった。

 明らかに死んでいた筈の人間が喋っていることに一同は唖然とする。

 

「え、生きてる!?」

「アイエッ、ゾンビ、ゾンビナンデ!?」

「いや、生きてます。しっかり息してますお」

 

 アルカナが慌てて胸に手を置いてみれば、しっかりと鼓動を感じられる。

 まぎれもなく、命がある証拠だった。

 

「……???毒盛られたんだよな???」

「あらかじめ奥歯に蘇生薬を仕込んでおいて正解だったお。まあ、死ななかっただけで体力が底をついているんだけどおね。全く、しばらく珈琲は飲め無さそうだお」

 

 彼はひどい目にあった、と苦笑い。

 

「えーと。そういうわけで申し訳ないのですが」

 

「誰か、僕を背負ってくれませんか?」

「紛らわしい真似すんなッ!!悲しませやがって!!!」

「アリガトゴザイマスッ!?」

 

 まさしく、死人に鞭打つ。

 否、蹴りが入れられた瞬間だった。

 

 

 

 

 

 

 ケモフサ村にたどり着いたアルカナ達を出迎えたのは、武器屋のオルグを始めとした、村の顔役たちだ。

 

「あ、姐さん!マーロウの旦那!大変なんだ……ってどうしたんだそんなにボロボロで!?」

 

 彼はマーロウの姿を見るなり何事かを伝えようと走ってきたものの、一同の満身創痍の姿を見て驚愕する。

 

「洞窟で襲撃を受けた。おかげで実験も中止だよ。とりあえずブーンをさっさと手当てしてやってくれ。こいつが一番死に体だ」

「なっ、あんたたちまで!?」 

 

 担架で館まで運ばれるブーンを尻目に、村がいつにもなくざわざわしている様子をアルカナは訝しんだ。

 

「その言いぶりからして、そっちでも何かあったのか?」

「あ、ああ。驚かないで。いや、驚くしかないんだろうな。実は――」

 

 

 

 

 

「さ、3分の1ィ!?」

「あ、あぁ。ごっそりいなくなってやがった。みんな一体どこに行きやがったんだ……」

 

 オルグが語った内容は、ケモフサ村の住人がいつの間にか姿を消していたという、アルカナをして驚愕に震えるような出来事だった。

 

 何でも、アルカナがハグレ王国と共に出発して数時間後。

 村を中心としたいくつかの家屋を火元として火事が起こったのだ。

 

 慌てて村総出で消化作業にあたり、幸いにも火の手が広がる前に鎮火することはできた。

 

 しかし、問題はここからだった。

 

「怪我した人がいねえか村の人達を集めようとしたんだ。そしたら……」

「姿をくらました者がいた。と言う訳ね。やられたわ。混乱に乗じて自分達に与する者を村から出すつもりだったのね」

 

 村の会合に顔を出す村人たちなど顔の知れた者が揃う中、それぞれの知り合いが何人か見当たらないという報告があがり、

 

 慌てて調べてみれば、およそ3分の1もの住人が、姿を眩ませていたのだった。

 

 恐らく、失踪した村人たちはアプリコ同様、ジェスターの革命思想に同調した者達だとアルカナは予想する。火事と失踪。この二つの出来事が偶然同時に起こったというのは、あまりにも出来過ぎていた。

 

「いなくなった人たちに共通点は?」

「え、そう言われてもな……」

 

 共通点と言ったって、この村はハグレの集まり。

 

 互いに似通った種族はあれど、厳密には異なる場合も多く、彼らがお互いに通じるものを見出すというのは難しかった。

 

「そうやなあ。おらん奴はわからんけど、昔からこん村にいる奴はほとんどおったで」

 

 食料品店の女将プシケがそう言うと、オルグも合点がいったようだった。

 

「ああ、そうだ!いなくなった連中にはここ1,2年の間にやってきた奴らが多かった!」

「わかった。ありがとう」

 

 村人たちからの証言を聞き、概ね予想は固まった。

 ここ数年でやってきたハグレたちが、それまでの境遇で溜めた鬱憤を晴らすために革命運動に乗じたのだろう。

 

「なあ、一体何があったんだ?それにアプリコさんの姿も見えないようだし……」

 

 オルグがそう尋ねるも、気軽に答えられるわけもなく。

 

 その疑問の答えを、マーロウが重い口を開けて言った。

 

「――奴は裏切った。逆賊として我々に刃を向けたのだ」

 

 

 

 

 

 

 

 ――――事情を説明し終えると、オルグはショックのあまり片耳を垂れて項垂れた。

 

「そんな、アプリコさん……」

「あんなにハンサムで優しかったのに、どうしてまあそんな連中のところに行っちまったかねえ」

 

 プシケは日ごろ店で接していた彼の性格からは想像できない行動にため息をつく。

 

「……アプリコさん。この村の事をまるで檻だって言ったんだ。あの人からしてみれば、最初から革命を起こす機会を伺ってたんじゃねえかな」

 

 ルークは、アプリコとの先日の語らいを思い返してそう言った。

 

 アルカナもまた、村を去っていった者達に思いを馳せる。

 

「ここに来る新参者はさ、どこの村でも居場所がなかった奴が多かったんだ。だからさ、この村も好きになっていてくれたかはわからん。だからだろうね、召喚を行う帝国をひっくり返そうなんて革命思想に染まりやすかったのだろう。君たちがそうしなかったのはきっと――」

 

 もしかすれば、この村にいた全員がそうなってもおかしくはなかったとアルカナは思う。

 実際、誰だって帝国の迫害じみたやり方に抱えるものがある。

 

 オルグなんて、片耳を切り落とされているのだ。

 マーロウだって、未だ憎悪の炎が燻り続けている。

 

 他の住人だって、見世物扱いや魔物として狙われたことなどいくらでもあるだろう。

 

 だから、残った者達と去った者を区別したものは、恐らく――――、

 

「――――いや、言うまい。私がそれを語るなど、おこがましいにもほどがある」

 

 いくら手厚い保護を行ったところで、自分が多くのハグレから嫌われる立場であることは分かっている。

 監査に回った先のハグレに、帝都の命令で非情な措置を行ったことさえある。

 

 故に、だからこそ。

 

 この世界の人間のために、ハグレに肩入れする自分が、ハグレから慕われているなどと、自分の口から言うことは憚られた。

 

「ところで、デーリッチ達はまだ来ないのか?」

 

 ルークが疑問の声を挙げる。

 デーリッチがワープを行ってから既に一時間。

 それだけの時間があれば、拠点の仲間を集めて村にゲートをつなぐだけのことはできるはずだが、彼女達の姿は一向に見えない。

 

「そう言えばそうね。もしかして入れ違いになっちゃったのかしら」

「いや、村から洞窟までの道は一本道だ。どんなに遅くても鉢合わせになるはずだが……」

「じゃあ何かこっちに来れない事態がむこうでも起きた?」

「そんなっ……ああ、国王様!」

 

 つまり、何らかのトラブルがあってこちらに来れない。

 

 王国民が意見を交わし、その結論に至ったところでシノブがおそるおそる手を挙げた。

 

「先生、推測なのですがいいですか」

「話せ」

「あの時の洞窟はマナが非常に不安定な状態でした。もしそんな状態で召喚術を無理やり行使した場合、目的の場所へ繋がる確率はどれくらいですか」

「そんなもの、5割あれば良いほうで……。ああ、そうか。そういうことか!!」

「すみません。薄々気づいてはいたのですが、あの状況では……!」

「気にするな。気を抜けばお前だって死ぬ状況下だった。決してお前の非じゃない」

 

 自分の落ち度だとシノブが嘆き、アルカナはそれを慰める。しかし、その表情は決して晴れやかではなく、どうにもならない事態だと判明したが故の絶望感に苛まれていた。

 

「ちょっとちょっと。二人で話を進めてるけど、どういうことよ?」

「……ああ、そういうことですか。確かに、これは最悪だ」

 

 エステルは端的な説明だけで会話する師と親友に詳細な説明を求め、対してメニャーニャはそれだけでピンときたようで、苦虫を噛み潰したような表情を浮かべる。

 

 

 そんな召喚士たちの様子を見て、ローズマリーが恐る恐る尋ねる。

 

「もしかして、デーリッチがどうなったのか知ってるんですか?」

「飽くまで『もしも』の話だ。だが、非常に確率の高いものだと考えてもいる。聞きたいか?」

 

 暗に衝撃的な事実を告げるぞと言うアルカナに、ローズマリーも覚悟を決めて答える。

 

「……ええ。聞かせてください」

 

「わかった。皆、落ち着いて聞いてほしい。恐らくだが最悪の事態が起きた」

 

 アルカナは告げた。

 

「君達の王、デーリッチは――

 

 

 

 

 この世界に、いないかもしれない」

 

 王国そのものが滅びるかもしれないという、最悪の事実を。




〇ブーン
【危険回避】で14番表を無かったことにした。
でもHPは0のままだから行動できなかった。


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その30.万華鏡の向こう側

 ――――ハグレ王国、拠点。

 

 

 

 それぞれの店舗も店じまいを始め、皆が王国に戻ってきて賑わいを見せ始める談話室にて、ヘルラージュは自分の副官の帰りを待っていた。

 

「遅いですわねー」

「それなりに時間がかかるとは言ってたし、こんなものではないか?」

 

 すっかり日が傾いた時間帯。

 

 普段なら一度ぐらいは転移で帰ってくるものだが、今回はそれすらもない。

 

「ルーク君、大丈夫かしら。危ない目にあってなければよいのですけど」

「彼の事だから、何が立ち塞がっても大体なんとかなるとは思うけどね」

 

 ルークの悪運の強さを評価するジュリアだが、ヘルラージュからすればそれ自体が心配の種みたいなものである。

 

「そうは言いますけど……」

「ふふっ。そんなに心配されるとは、あいつも幸せ者だな」

 

 互いが互いを思いやる素晴らしい関係性に感心する。

 

「姉さん、大丈夫かな……」

「おっとここにも心配性の奴がいたか」

 

 今も昔も相変わらずな弟分に、ジュリアがくすりと笑う。

 

 

 

 そうして穏やかな時間が流れていたが、その時は唐突に終わりを迎える。

 

 ――わう!わう!

 

「……ベロベロスが吠えてる?」

 

 人懐っこい彼が拠点内で吠えることは珍しく、何か異変でも起きたのかと、ジュリアが立ち上がったその時、

 

「――――デーリッチ!」

 

「にょわあっ!?」

 

 突然聞こえた大声に、ヘルラージュが悲鳴を上げる。

 

 ――わわっ、マリーさん!?どうしたんですか!?

 

 ――デーリッチ!デーリッチはいるか!?

 

「今のは……ローズマリーの声か!?」

「彼女があんな声を挙げるなんて、何かあったに違いない!」

 

 その場にいた全員が入り口の方へと向かう。ローズマリーが大声をあげることは割とあるが*1、今回のは聞いたこともないほどに悲痛な叫び。ただ事ではないと「廊下は走るな!」の張り紙も無視して駆けつける。

 

 そうして彼らが目にしたのは、ローズマリーがかつてないほどに取り乱している瞬間だった。

 

「ちょっと、落ち着きなさいよマリー! ベル君が怯えてるじゃないの」

「そうですよマリーさん。そんな勢いで迫ったら誰だって答えられませんよ」

 

 息も絶え絶え。追い詰められたような表情でデーリッチの存在を問うその姿を、ルークやエステルが取り押さえている。

 

「ルーク君!」

「ああ、リーダー。王様見なかったか?」

「え、デーリッチちゃんですか? 見ておりませんが」

「そうか……」

 

 ヘルラージュの返答を聞き、ルークは残念極まるといったように表情を暗くする。

 

「どういうことですの?」

「それがだな……」

「一体何があった!?」

「ああ、ジュリアか。 デーリッチ……あの子は戻ってきてるのか!?」

 

 警察として王国内を巡回しているジュリアなら、デーリッチを目撃している筈だとローズマリーが詰め寄る。

 

「い、いや。今朝に君達と出発してから、彼女は一度も見ていないが……」

「ああ、デーリッチ……!!」

 

 複数人からデーリッチがいないという証言を聞いてしまい、ローズマリーが崩れ落ちる。

 エステルが慌てて支えると、入り口から神妙な顔持ちでアルカナが歩いて来た。

 

「やはり、言った通りになってしまったか」

「アルカナさん、一体何が起こったのですか」

「それはこれから説明しよう。だから拠点にいる者を全員集めてほしい」 

 

 

 

「デーリッチ――!!」

 

 ローズマリーの慟哭が、拠点に響き渡った。

 

 

 

 

 

 

 錯乱一歩手前のローズマリーを全員で宥めることには成功した。

 落ち着きを取り戻したローズマリーは謝罪し、アルカナの口から会議室に集められた者達へ一連の流れが説明される。

 

 裏切りと襲撃。

 憎悪と革命。

 

 これまでにない大規模な組織による王国への宣戦布告に皆が動揺を隠せない中、アルカナはデーリッチが王国に現れなかった理由についての説明を行う。

 

「国王殿の身に起こったのは、召喚事故だと考えられる」

 

 召喚事故。

 

 それは召喚対象が本来の目的地とは異なる場所へと転移してしまう事象。

 

 召喚に必要なマナが不足している環境で行った場合などに発生すると言われ、かつて古代人たちの時代には何度も確認されたことがあったという。

 

「そうだな。かつての移民の時もそうした失敗を繰り返した結果、連中はマナの十分な環境を整えることを最優先にしたんだ」

 

 古代から在り続けた人形であるブリギットは、確かにそのような事故があったと肯定する。

 

「別の場所に召喚された、か。それなら、戻ってこれないのも頷ける……」

「でも、だからと言って戻ってこないのはおかしくないかしら?転移した場所で再度転移を試みることぐらいはできるでしょう。あの子のことだから、何度もしくじることなんてないはずよ」

 

 理屈としては間違っていないとアルフレッドが頷くと、マナの希薄な場所などこの世界には少ないだろうとミアラージュが指摘する。

 そもそもデーリッチは何度もキーオブパンドラを用いてきた。

 転移の制御なんて無意識レベルで行える彼女にとって、たかが別の場所に飛ばされた程度は問題でも何でもないだろう。

 

「確かに、そうすればいいだけの話だ。団体ならいざ知らず、デーリッチ一人を転移させるだけのマナがない環境なんてのはそうそうない。もう一度試みてこちらへと戻ってくればいいだけの話だ。だから、これは本当に仮説なのだが、……彼女は異世界、それもこの世界とかなり近い分枝世界へと飛ばされたのだと私は考えている」

 

 異世界。

 その言葉を聞き、改めて動揺が走る。

 

 異世界に飛ばされただけならまだ何とかなる。

 次元の塔なんて半分異世界も同然であり、そこから直にパンドラゲートを繋いで帰還したことは何度もある。

 

 では、何故帰還できないのか?

 

 完全に同じでは無く、しかし限りなく近い世界に飛ばされたのなら、キーオブパンドラとはいえ元の世界がうまく認識できない可能性だってある。

 

「位相は違うが、しかし極めて同じなため、その世界を正しく認識できない。……今現在、彼女はハグレとして、全く別の、しかし似た世界を彷徨っているのかもしれない。これが私達が出した仮説だ」

 

 それは想像を遥かに超えた内容。

 しかし、その言葉を絵空事とは笑い飛ばせず。

 デーリッチは異世界に転移してしまったという仮説が、この中で最も可能性が高いということをその場にいた全員が理解していた。

 

 

 

 

 

 

「本当に済まなかった」

 

 説明を終え、アルカナは全員に向けて謝罪する。

 間接的とは言え、この事態を引き起こしたのは自分なのだとして、頭を下げずにはいられなかった。

 

「……頭をあげてください。私だって、貴女を責めるつもりはありません。」

 

 いくら冷静さを欠いていようと、怒りの矛先を違えるような真似はしない。

 ローズマリーはアルカナに頭を挙げるように促す。

 

「まあ色々話をしたけれども、もしかしたら周辺地域に転移して迷子になっているだけかもしれない。だから、皆は周囲一帯を探してきてもらいたい。異世界に飛んだという仮説については、こちらで対処する」

 

 その提案に異議を唱える者は一人もいない。

 皆が皆、己のできることを果たそうとやる気に満ちている。

 

「さて、私も役目を果たそうじゃないか。エステル、シノブ。手伝ってほしい」

 

 尚、メニャーニャはこの場にはいない。

 彼女は召喚士協会へと鹵獲した魔導鎧の残骸を運び込んで分析を行う仕事をアルカナに言い渡され、ケモフサ村から直に帝都へと向かった。

 連絡用の使い魔を渡してあるため、何か異変が起こればすぐに駆け付けられる。

 ちなみに当の本人のメニャーニャだが、仕方ないとはいえエステル達と引きはがされることに不満を抱くかと思われたが、思いのほかこれを快諾した。

 自分が最もパフォーマンスを発揮できる役目であり、また遠く離れていてもエステル達との繋がりは確かにあるということを、彼女は理解しているのだ。

 

「何をするつもり?」

「簡単なことだ。私達の職業が何なのか、忘れたかい?」

「……ああ、そういう事。いいわ、やってやろうじゃない」

 

 アルカナ達は、召喚術によってデーリッチが迷い込んだ世界への道を開ける。

 この世界に召喚され、ハグレとして生き、ハグレを救い続けた彼女を、今度は召喚によって救い出す。

 

 召喚士として、例をみないほど大義ある仕事だった。

 

「恐らくだが、あちらの世界とこちらは環境が酷似している。通常の召喚は望めないだろう。だから――」

「相互ゲート。ですね?」

 

 浮かび上がる問題点の解決策として、シノブは己の研究成果を提示する。

 ただデーリッチを呼び寄せることが困難ならば、こちらの世界から向こうの世界に乗り込み、直接連れ戻してくればいい。

 

 次に、生物の召喚が帝都では強く取り締まられているという問題だが――、

 

「構わん。私が許可する」

「幸い、先生がいるから召喚には何の問題もないわね。こっちも気兼ねなくバンバン開けてやるわ」

 

 アルカナの肩書は特務召喚士。

 帝都から直々に無制限の召喚を許可された人間だ。

 召喚術を行使することに何も問題はなく。

 また、己の身内に許可を与えるなど、造作もない事だった。

 

「何を言うか。仮に私がいなかったとしても、お前なら迷わずやるだろ?」

「――あったりまえじゃない!!」

 

 師の見透かしたような発言に、エステルはその通りだと頷いた。

 

 

 

 

 

 

 そうして二日が経過した。

 

 デーリッチ探索班は無念にも何の成果も得られず、しらみつぶしの探索が続いている。

 ルークにハピコ、ジュリアにアルフレッドと、方々への顔が利く者たちは各地へと探索の足を広げている。彼らの奮戦は頼もしく、帝都周辺にまで探索の手が届こうかというぐらいだ。

 

 そして本命の召喚班だが、いくら召喚のプロフェッショナルとは言え、位相の似た世界への接続は難しく、シノブの指導の下とは言えど作業の成果は喜ばしくなかった。

 

「ゲート完了! ……駄目ね、これも違う」

「封鎖開始。再度術式展開が可能になるまで、30分はかかるわね」

 

 召喚術はそうほいほいと乱用できるものではない。

 エステルが普段用いる炎など現象の召喚に比べ、生物の召喚には術者の魔力を大量に必要とするため一度での消耗が大きい。また、大気中のマナが乱れ、空間の安定性を著しく損なう恐れがある。最悪の場合、勝手に次元の穴が開くという危険性があった。

 

 そのため、一度実験を試みたら空間が安定するまで数十分のクールタイムを必要とするのだが、エステルたちにとってはその時間はとても長いものだった。

 

 彼女らの師に言わせれば、『無理を押したところで時間的効率は変わらん。むしろ落ちるわ』なのだろうが、こうしている間にもデーリッチも自分達を探して彷徨っていると考えると、一分一秒の休息すらも無駄だと考えてしまう。

 

「流石に、これだけの召喚魔法を使うのは初めてだわ」

「あんたも疲れることあるのね」

「私をなんだと思ってるのよ」

 

 むう。と頬を膨れさせてむくれるシノブ。

 化け物だ何だと揶揄されることはあるが、友人を相手に子供らしく振舞う姿はまさしく年相応の少女だ。

 

 そんな彼女を見て、エステルは思わず顔をそむける。

 

「どうしたのエステル?何か不安でもあるの?」

「いや、そうじゃないよ。不謹慎かもしれないけどさ、嬉しいんだ」

「嬉しい?」

「こうしてまたシノブと一緒にいられるの。目的に向かって二人で作業に打ち込んでいると昔に戻れたようで懐かしいんだ」

「エステル……」

 

 流れるようなピンクの髪を乱し、汗もそのままに笑うエステル。

 色気と男気と艶気を併せ持ったその姿に、春を生きるシノブの胸はときめいた。

 

 女性としての魅力を持ちながら、男性的な性格の強いエステルは、対人経験の薄いシノブには強烈極まりなく、シノブの気の弱さはエステルの庇護欲を刺激して余りあった。

 

「シノブ――」

「エステル――」

 

 二人は思わず見つめ合い、そして――

 

「はーい。いい雰囲気になるのはその辺にねー!」

「せ、先生!?」

「み、みみみ見てたんですか!?」

「おう、ばっちり見させてもらったよ。いやー、青春してるねーいいよいいよー」

 

 いやらしい雰囲気にはさせないぞと、いつの間にやら姿を消していたアルカナが戻ってきた。

 最初から見てましたと言わんばかりにニヤニヤと笑みを浮かべて冷やかしまくる。

 

 可愛い女の子は好き。女の子同士が仲睦まじいのはもっと好き。何なら自分も混ざりたいし侍らせたい。

 そんな性的倒錯者なアルカナは生暖かい目で二人を見ながら、手に持っていた荷物をどさりと下ろす。

 

「というかどこ行ってたのよ! 昨日一人で馬車に乗ったっきり戻ってこないし!」

「ちょっと協会にね。いいもの持ってきたからどいたどいた」

 

 そうして取り出したるは布で丁寧に包まれた平たい物。

 取っ払ってみれば、精巧な文様が刻まれた八角形の盆のような金属盤が姿を現し、文様が刻まれていない反対側にはピカピカに磨かれた水晶が、周囲の光景をよく反射している。

 

「――――鏡?」

「無論、ただの鏡ではない」

 

 アルカナは手早く魔法陣の描かれた敷物を広げ、その中心に鏡を置く。

 

 そして、アルカナは魔力を注ぎ込み、自らの奥義たる魔法を行使する。

 

分枝閲覧機能(カレイドスコープ)起動(セット)。閲覧対象選択。個人名、エステル。並行世界(スライド)検索(セレクト)。――対象事象、2938239件該当(アタリ)。最重複項目、映写開始」

 

 詠唱(コマンド)を唱え、脳内に走る膨大な数の世界(ビジョン)を捌いていく。

 

 幾千万もの可能性、その中でもより多く共通した在り方を抽出する。

 

「――――ほら、見たまえ。面白いものが映っている」

 

 術式の発動を終え、アルカナは鏡面を指さした。

 そこには、エステルがここと同じ拠点地下にて召喚術を試行錯誤している姿が映し出されていた。

 

「これ、私?」

「ブリギットさんもいますね。しかし、これは……」

 

 エステルが召喚ゲートを開いては閉じ、また開くのを、ブリギットが補佐する。

 今や近く、そして遠いどこかの風景を、二人の生徒は目にしていた。

 

「あーあ、メンタルナイスを開けまくってがぶ飲みしちゃって……あれ、でもおかしくない?」

 

 然り、デーリッチ捜索作業は、エステルとシノブが交互に召喚術を行うことで負担を軽減している。

 地下空間にはマナオニオンによってマナが満たされているものの、映し出された光景には一つも見受けられない。

 そもそも、捜索班として山狩りに出ているはずのブリギットがいて、代わりにシノブの姿はどこにもない。最初からエステル独りで召喚術を行使している様子だ。よく見ればその目には隈ができており、無茶をしているのは明らかだ。

 

 今の状況とは矛盾した点が大きい光景に、どういうことだとエステルは首を傾げる。

 シノブは、この映像の正体に思い至ったようでその答えを口にする。

 

「もしかして、並行世界?」

「そう! これは私が魔導要塞(エルセブン)を出奔したときに持ってきた魔術礼装の一つでね。遠い未来を見渡すための望遠鏡にして、あり得た未来を映し出す万華鏡。その名も『星空の鏡』。

 本来は未来予知に使用するものだがね。こうして応用すれば、限りなく近い時間を見ることだってできるのだよ」

 

 よくぞ当てたと、意気揚々と鏡について語りだすアルカナ。

 

 ――古来より鏡とは、過去や未来、真実の姿などを写し出す神聖なる道具として神話に登場する。

 この『星空の鏡』もまた、白翼の一族が未来運営のために保管、運用を行ってきた最上級の礼装の一つである。

 

 キーオブパンドラにも引けを取らぬ、始祖ガルタナが作りし至上の一品。

 鏡と称してはいるものの、その正体は異なる可能性を見るための演算装置。

 膨大な情報量に耐えるため、熟達した星術師でもなければ扱えないハイデバイス。

 それを持ち込んできたということは、彼女が事を深刻に感じている証拠だった。

 

「へー、すっごい……」

「元々こいつを使えば望み通りの世界へつなげることなんて不可能じゃないんだがね。私一人への負担がとにかく大きい。帰還計画には使えないと死蔵してあったんだが、骨董品でも役に立つなら使ってやるさ」

 

 アルカナは今映し出されている映像を消去し、再度使用可能な状態に戻す。

 

 彼女らにとっては次が本命。

 デーリッチを見つけ出すべく、アルカナは再度、鏡面の魔法を展開する。

 

分枝閲覧機能(カレイドスコープ)起動(セット)。閲覧対象選択。個人名、デーリッチ。並行世界(スライド)検索(セレクト)……ッ!!」

 

 高負荷に血圧が上がり、鼓動は激しくなり、息が乱れる。

 10年前の全盛期より己の体が錆ついたことを感じるが、その衰えを決して後悔はしない。

 彼女の心は多くの出会いによって満たされている。その対価と思えば、安いものだ。

 

「条件指定。因果係数100%合致――」

 

 見える世界を絞り込む。

 

 あり得た可能性ではない。

 

 この世界、この時代、この運命を共にしたデーリッチ本人の現在(いま)を探すべく、次々に脳裏へと浮かび上がる光景を取捨選択(カッティング)していく。 

 

 それは、極天の星空から、一つの輝きを探し当てるかのように。

 

「――――対象事象、1件該当(アタリ)。検索項目、映写開始!」

 

 アルカナの声が、対象世界の発見を告げる。

 

 その言葉を聞き、エステルとシノブは鏡を覗き込んだ。

 

 

 

 

 

 ――そこに広がっていたのは異様な風景。

 

 皆で何度も歩いた道は、けもの道がごとく荒れ果て、

 

 団らんの日々を過ごした拠点は、人の手が入らなくなって何年も久しい。

 

 ここと同じ、されど全く異なる世界の光景を目にして、エステルの口から言葉が漏れる。

 

「……ひどい」

 

 自分たちの世界に近い世界に飛んだという仮説は立てていた。

 

 しかし、()()()()()()()()()()()()()()

 

 同じ風景。なのに誰もいない。

 そんな孤独な世界に放り込まれたデーリッチの心情たるやいかなるものか。

 考えただけで胸が張り裂けそうになる。

 必ず探し出してみせると、心の炎が燃え上がる。

 

「見つけた!さあ、道を拓け!」

「ええ、言われなくても!」

「制御は任せて、あなたは繋げることだけを考えなさい。エステル!」

 

 アルカナの指示に従い、エステルは召喚術を行使する。

 

 鏡に映る光景を己の精神に共有する。

 

 本来ならば無作為に選ばれる召喚対象。

 

 『何』を呼ぶかは選べど、『何処』から呼ぶは選べず。

 

 世界それを指定するなど至難の業。

 

 しかしそれを、因果を繋げて確定させる――!

 

「見つけたわよ、デーリッチィィ!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……成功よ」

 

 シノブが確信をもって成功を告げる。

 地下空間の中央。

 何もなかったその虚空には、世界の壁に開いた黒い穴が浮かび上がっていた。

 

「よっしゃ!」

 

 手ごたえを感じたのだろう。

 エステルは疲労を押してガッツポーズを決める。

 

「今から相互移動を可能にするために空間のマナを調整するわ。あちらの世界とこちら側での環境はほぼ同じでしょうから。エステル、手伝って。先生はマナの計測を――」

 

 シノブの目には、アルカナがたたらを踏んで頭を押さえる姿が映っていた。

 

「――――っはあ。久しぶりにやると疲れるわね。これ」

 

 星空の鏡による分枝演算(スライドセレクト)

 

 ほぼ無数と言ってもよい時間と世界から目当ての映像を一瞬で選び取る技。

 ハイデバイスによる補助を受けて尚、その情報量は決して少なくない負担を術者に負わせる。

 

 短時間で二度の演算は、さしものアルカナも目に見える形での疲労を与えていた。

 

「先生、大丈夫ですか!?」

 

 シノブにとっては今までに見たことがないレベルで疲弊を見せる師の姿。不安は隠せない。

 駆け寄って体を支えれば、虚勢ではない笑みが返ってきた。

 

「問題ないよ。久々に頭を動かしたから疲れただけで、慣れたらこんなもの片手間にできる。

 ――――さあ、みんなを集めて。道標を見失った王様を、今度は私達が導いてやらなければ」

 

 示すべき星を見つけた星術師は、星を取り戻すための一歩を踏み出した。

 

 

 

 

 

 

『あり得た可能性』

 

 

 

「ねえ、エステル」

「何?」

 

 シノブがエステルに話しかけたのは、拠点に残った者、探索に出ている者を地下に集めている最中の事だった。

 説明能力が一番あるアルカナがローズマリーを呼びに行き、残った彼女達はゲートの管理のため水没都市で二人きりで過ごしていた。

 

「さっき先生が鏡を使った時のことなんだけど」

「あー。私が一人でがぶ飲みしながら徹夜敢行してたやつね。自分の事じゃないとは言え、客観的に見てると無理しちゃってるって恥ずかしくなるわね。それがどうかした?」

 

 

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

 

「……あー、そうね。そういえば、シノブの姿は見えなかったわね」

 

 少しの沈黙の後、エステルは先ほどの映像について思い返す。

 

 鏡に映し出された映像には、エステルとブリギットのみがおり、シノブの姿は見えなかった。

 

 ブリギットがいるのは問題ない。古代の技術を知る彼女を補佐に据える選択肢はアルカナも提案していたことだ。結果的にはセンサーを用いてデーリッチの魔力反応を探知するのが良いとして探索班に回ったが、映ったのはそうならなかった未来というだけの話だと推察できる。

 

 ではなぜ、シノブはエステルの側にいなかった?

 

 召喚という分野において右に出る者のいない彼女が、親友の一大事に手を貸さない筈があるだろうか?

 

「先生はあの時、最も重複した世界の姿って言ったわ。それはつまり、最も可能性の大きな世界だったってこと。そこに私の姿がないってことは……」

「別に、たまたま席を外してただけじゃないの?」

 

 エステルの予想に、シノブは首を横に振った。

 

「いいえ、それはないわ。私が関わっているのなら、エステルにあんな無理を強いたりはさせないもの。だから、あの作業に私という存在は関わっていない。それがなぜかわかる?」

「何言ってるの。あんたがいなかった理由なんて、気にしても仕方がないでしょう」

 

 エステルはその先を聞きたくなかった。

 だが、シノブは自分自身に言い聞かせているように話を続ける。

 

「元々、推測はできた。先生が未来を見通せる力を持っていること。あのジェスターが言った()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。……おそらく私は、ハグレの革命に加担する可能性の方が高かったのよ」

 

 二人が手を取り合っていない世界の姿を見て、シノブはその顛末を理解した。

 

 

 それが何に起因するのか。

 

 それが何故、今この世界では起こっていないのか。

 

 

 聡明な頭脳は、天賦の才は、自らが取り得たであろう選択を如実に浮かび上がらせた。

 

「エステル。私は怖いのよ。

 彼らのような傲慢な考えで世界をひっくり返すような存在になりかけたことを。

 デーリッチさんが異世界に迷い込んでしまった原因を担っていたかもしれないことを。

 私は、自分自身の浅はかさが恐ろしくて仕方がない」

 

 シノブは思う。

 

 我が師はおそらく、出会った時から自分という存在が世に及ぼす影響の深さを見抜いていたのだと。

 

 

 

 思い返されるは、2年前。

 召喚士協会の門を叩いた時のこと。

 

 意気揚々と数々の召喚士たちと意見を交わし、世界を良くするための研究を進めようとしたシノブは、その抜きんでた才によって飛躍して至った理論を私利私欲に堕落しきった上司たちに容赦なく叩きつけた。そして、当然の如く理解は得られず、それどころか自分達の領分を侵すなと窓際に追いやられる始末。

 そうして、あらゆる部署から鼻つまみ者とされた彼女が最終的に行きついたのが、アルカナの研究室だった。

 

 お世辞にも広いとはいない研究室、資料が散乱する部屋の中で、アルカナはシノブと顔を会わせるなりこう言った。

 

『君の評判は耳にしているよ。その秀でた才。あの貴族共にはさぞ恐ろしく映った事だろうさ。……その使い方を教えてあげる。君という存在が世界に影響を及ぼしたいならどう振舞うべきか。何を知るべきか。私が導いてあろうじゃないか』

 

 最初は、こんな狭い部屋でだらしなくすごしている人間が何を言っているのだろうと思った。

 こんな場所が、自分に相応しいとは思えなかった。

 

 だが、アルカナの眼は決してシノブを侮っておらず。

 さりとて都合よく利用してやろうという意志も感じず。

 

 ただ、憐れむような慈悲の感情だけが伝わってきた。

 

 ――ああ、この人は自分と『同じ』なのだ。自分と同じ、人から理解されずに生きてきたものなのだ。

 

 その時シノブはアルカナに対して、長らく忘れていた安心感を覚えることができたのだ。

 

 

 それからは彼女の元で研究に励んだ。

 

 世の中の良き部分と悪しき部分の両方を見てきた。

 

 何度悪意に晒されたか。何度不条理に道を阻まれたか。

 

 何もかもお構いなく、思うままに振舞えればどれほど楽だっただろうか。

 周囲の影響など何も気にせず、ただ技術を提供してしまえばそれで世界は勝手に変わっていくだろう。

 

 それでもシノブは、正しいやり方で世界を良くしていこうと考えたのだ。

 人の在り方は、美しいのだと信じたいと思えたのだ。

 

 それがアルカナより教わったシノブという人間の生き方だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 では、彼女がいなかったらどうなっていた?

 

 考えるまでもない。

 

 非道な扱いを受けるハグレは増えていただろう。

 自分を守るものはなく、己は悪意の牙に晒され続けただろう。

 

 ……そうして、私は世界を見限るだろう。

 

 一人で身勝手に動き、その結果親友に無理をさせる。

 

 お前もまた、自分勝手に迷惑をかける浅はかな人間なのだという事実を、あの断片から突き付けられているようだった。

 

 シノブの独白を黙って聞いたエステルは、深くため息をついて、

 

 

 

 ぱちん。

 

 

 

 甲高い音が、水没した都市に鳴り響いた。

 

「……えっ?」

「確かに、あんたがそうなる可能性はあったんでしょうね。引っ込み思案なあんたの事だもの、思い詰めて世界をひっくり返そうと考えても不思議じゃない」

 

 エステルの放った平手打ちは、シノブの白い柔肌を容赦なく赤く染める。

 燃え滾るような怒りを込めて、エステルはくだらないことでうじうじと悩む親友を見つめた。

 

「エステル……」

「でも、ここにいるシノブはそうならなかった!

 それは誰のおかげ?

 先生?私?それともメニャーニャ?

 ……違うわ。その全部よ。

 私達が出会ってきた全部が、こうして手を取り合えた。

 なら、もうあんたが道を違えることなんて何がどう間違ってもありえないわ!」

 

 一歩間違えれば、誰だって極悪非道に堕ちることはある。

 ならば、たかが割合の大きな可能性の話など、気にしたところで意味はない。

 

「あんたは今私達と一緒に、デーリッチを助けようとしている!それで十分よ!もしこれからあんたが道を踏み外しかけたら、私が何度だって連れ戻してやるわ!それが親友ってものでしょ!違う!?」

 

 涙を滲ませながらも力強く問いかけてくるエステルの姿は、とても、とても頼もしかった。

 

「……そうね、その通りね。ありがとう、エステル」

「ええ。どんな時でも、私はその手を離さないわ」

 

 どの世界でも変わらず親友としていてくれるであろう彼女。

 その確かな「愛」に、シノブは涙を零した。

 

 

 

 これは余談だが、

 

「し、シノブどうしたんだその頬は!?何があった!? まずは湿布を張らなければ……!! 一体だれの仕業だ!?言ってみろ、私がぶちのめしてやる!」

 

 と、戻ってくるなり頬を赤く染めた愛弟子を見て普段よりも師匠バカに慌てふためくアルカナの姿が、一番面白かったと、後日シノブは語るのだった。

*1
主にデーリッチを叱る時とかツッコミとか




原作を乏しめる意図は全くございませんのでご安心ください。

〇アルカナ
前話から謝罪してばっかりの人。大人が謝罪する生き物だってそれ一番言われてるから。

〇シノブ
原作時空を想像できちゃった。

〇星空の鏡
便利アイテムその2。
並行世界を映す鏡。召喚術を組み合わせれば確定ガチャができる。
軽く言っているが、この世界に一つしかないヤベー代物。
これ使えばハグレ返せるじゃーんって思うかもしれないが、間違いなくアルカナが過労死する。


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その31.異世界へ行く者たち

『そのころ、秘密結社は』

 

 エステル達が召喚を試み、みんなが拠点の周りを探し回っている頃。

 

 周辺地域での呼びかけを終えて、俺は拠点へと戻っていた。

 

「ふう……」

 

 一仕事終えたというのに、俺の心は晴れないまま。

 

 それもそのはず、俺は今日も成果を挙げられていなかった。

 

 デーリッチが消えて数日。冒険者時代のコネやら何やらを惜しみなく利用して捜索に励んだはいいものの、二日間の結果としてデーリッチの目撃情報どころか手掛かりの一つすら見つからない。

 

 かつて亜侠として活躍していた頃は人探し(マンハント)は飽きるほどこなしてきたというのに、その経験が何一つとして実を結んでいないというのは、相当に堪えるものだった。

 

 とは言え、見つからなかったというのも絞り込みを行うためには大事な情報。皆と共有するために談話室に向かう。

 

 そこに大量の書き込みがされた地図が広げられ、本格的な作戦会議用の空間として出来上がっている一角に俺は一直線に歩いていく。

 

「ただいま帰りましたよっと」

 

 俺に気が付いたローズマリーが顔を上げる。

 既に何人か帰ってきていたが、結果はよろしくないようで皆一様に顔が暗い。多分鏡で見たら俺も同じ顔をしているのだろう。

 

「そっちはどうだった?」

「全然ダメですね。知り合いにもそれらしい人物を見かけたら連絡するように頼んできたが、あまり期待はできそうにない。一応聞くが、お前らは?」

 

 何もなかったことを報告すると、ローズマリーはやっぱりかという顔で俯いた。

 俺が今日向かったのは帝都に近い街。昼間っから酒場にいる顔見知り連中に片っ端から声をかけてみたが、やはり有力な情報は得られず。

 見かけたら連絡してほしいと金貨を渡してきたが、それほど期待はしていない。精々が念のため、といったところだ。

 

「いんや、全く見つからねえ」

「傭兵の知り合いを回ってきたが、皆知らないとさ」

「こうも探して見つからないと、流石に疲労も溜まるね……」

 

 妖精王国、サムサ村、世界樹、ザンブラコ、クックコッコ村。

 これ以外にも俺たちが訪れたことのある場所はすべて手を伸ばした。

 街道沿いなどの人通りが多い場所なら、誰かが倒れていればすぐに見つかる。3日間もあれば、何かしらの情報が入ってくるはずだった。

 

 だから、その全てで何のてがかりも得られないとなると、やはり異世界なのだろうか。そうなってしまえば、俺にできることはもうなくなってしまう。

 

「あら、おかえり」

「……ミアさん」

 

 声をかけられた方向に目をやる。

 そこには小さな姉分がこっちに手を振っていた。

 

「その顔、何も見つからなかったようね」

「俺を揶揄いに来ましたか?」

「まさか。空振りなのは私だって同じよ」

 

 ヘルとミアさんは秘密結社として一緒に捜索を行っていた。

 秘密結社ヘルラージュの人望はかなり高い。デーリッチがいなくなったことを話せば大人から子供まで協力に駆けつけてくれたのだとヘルが昨日得意げに言っていたのを思い出す。

 

「ところでヘルは?」

「自室で休んでるわ。行ったり来たりしたから疲れちゃってね。私は食堂に行くところよ。一緒にどう?」

「それなら俺も」

 

 一息入れて心を落ち着けたかったところなので、同伴することにした。

 お互いの状況を伝えながら約一週間ぐらい前に新しくなった食堂へと向かう。

 

 拠点の左側を開通して作られた土産物屋は食堂も兼ねており、今ではここで食事を摂ることが当たり前となった。食事の質は向上したので個人的には満足している。もうローテーションで食事を作って微妙な奴の当番にげんなりすることが無くなったというのは気分的に大きい。何が悲しくてサイキックご飯とかいう訳の分からないものを食わされなきゃならんのだ。

 

「ミア様にルークか、何にしますかい?」

「珈琲でも飲む?」

「ゲソは要りませんよ」

 

 変なものを勧められる前に先手を打つ。この姉がゲテモノ好きなのは周知の事実だ。

 生前からの困った癖だとヘルがぼやいていたのを聞いたのだが、ドリントルの姫さんが実際の被害にあったことでゲテモノ度合いが相当やばいことが判明した。

 

「あら残念、今はオクラがマイブームよ」

 

 どのみちゲテモノじゃねえか。

 

「そんなもの飲むのはミア様ぐらいでしょうよ。ほら、できたぞ」

「ありがとよ」

 

 幸い、食堂に立っているのは至極まともな感性を持っているキャサリンなので安心できる。

 ちゃんとした珈琲を受け取り代金を渡そうとすると、片手で制止された。

 

「ただで結構。俺は捜索に加われねえからよ、これぐらいはサービスだ」

「……ありがとよ」

「おう。それでもっと働いてくれ」

 

 不気味に見えるが気さくな人形である。割とガチめにぶっ壊したこともあるが、こうして仲間となってからは同じ姉妹を慕う間柄として俺たちは一種の連帯感を感じつつあった。

 軽く礼を言ってからミアさんと向かい合わせで座る。

 

――苦みと熱が、精神を落ち着かせる。

 

 淀んだ思考が澄み渡る。

 

 しかし気持ちが晴れることは無く、むしろ現状をしっかりと整理できた分だけため息が増える。

 

「はあ……」

「何よ、一息入れたってのにまだ辛気臭い」

「人探しには慣れてるというのに何も見つかりませんでしたーじゃ、気も滅入りますよ」

「情けないわね。ま、ただの冒険者じゃあ仕方ないか」

「冒険者を何だと思ってるんですか」

 

 妙に辛辣な言葉が投げかけられる。

 ミアさんが王国に加わってからもう二週間ぐらい経つ。最初はお互いに殺し合った関係で少々接し方に戸惑ったものだが、数日も顔を会わせ続ければ意外なほどに打ち解けられた。ヘルという共通の人物が間にいたことで、仲間以上の身内として意識していたことも助けになった。しかし、なんだか俺との距離感が他の連中よりも異様に短いと思う。気安いというか言葉に遠慮がないというか、多少雑に接しても大丈夫な人間として見られてるような気がする。

 

「使い潰しのきく小間使い」

「はっきりと言いましたねぇ!?」

 

 その答えを聞いてみれば案の定。彼女の中では俺は雑用だったらしい。でも冒険者なんて十把一絡げのやくざ稼業だから否定はできない。

 俺はさらに盗賊稼業にまで手を染めてたぐらいのチンピラだからなおさらだ。

 

 元々古い魔術を研究する家系だったのなら、雇う側としての冒険者についての認識なんてそんなものだろう。

 

「冗談よ。こうして茶化すぐらいしないとすぐ暗くなるんだもの」

 

 そう言って笑うミアさんだが、普段俺を雑用係としてこき使ってるのを考えると半分は本気で言ってると思う。

 

 ――意外なことに、ミアさんは俺とヘルの関係について何も言ってこない。

 

 ミアさんがヘルを溺愛しているのは丸わかりだ。

 

 同じ屋根の下で暮らすことになった以上は、ある程度の干渉はあると思ったのだが、これが驚くほど何もないのだ。自慢じゃないが、自分が褒められた人間でないことは理解しているつもりだ。

 

 ……この際だ。聞いておくとするか。

 

「一応聞きますけど、ミアさんって俺の事どう思ってるんですか?」

「随分直球に聞いてきたわね……」

 

 流石にストレートすぎた質問にミアさんは呆れている。

 我ながららしくないとは思うが、相手がヘルの姉なのでこうするしか思いつかなかったのだ。

 

「前にも言ったと思うけど、貴方とヘルの関係については私が口を挟むつもりはないのよ。あの子には自由に生きてほしいもの」

「それでも相手の素性については思うところとかあったりするんじゃないのか?」

 

 負い目があるのは分かるが、それはそれとして姉として妹の相手を気にしないわけではないだろう。 

 

「そりゃ気にならないわけないじゃない。その上で、貴方ならいいかなって思ってるのよ」

 

 ……それは、

 

「随分とまあ、評価してくれてるんですね」

「言っとくけどね、あんまりふしだらな関係を築いていたら姉として物申したわよ。けれど貴方達ときたらキスの一つもしてるところすら誰も見たことがないって言うじゃない! 流石に潔癖すぎて若干引いたわ!!」

「あー……」

 

 言われて納得する。

 

 二人で出かけることはあるけれど、恐らく一部の連中が期待しているような展開には発展せずに拠点へと帰るし。

 二人きりになったからと言って、特に何かするわけでもなし。

 

 時折ヘルが抱き着いてくるが、それは概ね誰かに甘えたい時。俺からそういうことはまずやらない。

 

 そういうことを考えなかったと言えば嘘にはなるが、実際にやるかと言われると躊躇いが生じるのも確か。

 

 元々ヘルの目的は復讐で、俺はそのための手伝いに付き合っている。だからそういうのは復讐の妨げになると、一線を越えない建前があったのだろう。

 

 ――では、それが無くなった今は?

 

 無意識に目を逸らしていた部分に、目を向けさせられる。

 

「じゃあ逆に聞くけど、貴方はヘルの事をどう思ってるのよ」

「俺たちの関係って、相棒とか戦友とか上司と部下とかそういうのが混ざっているから一概に恋愛関係って言いづらいというか。割とそういうのを意識してこなかったというか」

「じゃあヘルが普段からあんな恰好してて男のくせに何の魅力も感じないって言うの??」

「すんません嘘つきましたたまにというか割と毎日グッときてます」

 

 正直あの恰好は最初見た時どうかと思ったが、同時にひどくそそられたのも事実だし、ヘルが抱き着いてくるときにあの柔らかな二つの山が当たってくる時、色々と高ぶる者を抑え込むのに必死だったりする。

 

「正直でよろしい。……皆から聞いてはいたけど、本当に奥手なのねえ。一度や二度くらい手を出していてもおかしくはないはずなのにねえ」

 

 やれやれと言ったように肩を竦めるミアさん。

 

「仮にも姉がそういうこと言うのはどうかと思いますよ」

「あら、姉だからこそ気になるんじゃない。

 ――――それで、本当の所はどうなのよ?」

 

 先ほどの揶揄うような様子とは打って変わって、真剣な眼差しを向けられる。

 

「……」

「真面目に答えなさい」

 

 生半可な答えは許さないと、視線だけで人を殺せそうなまでの威圧感が発せられる。

 

 ……そうだ。

 唯一の肉親である以上、お互いに抱く感情の深さは筆舌に尽くし難い。

 

 そんな彼女が今、自分を見定めようとしている。

 

 なあなあで許されていたところを、わざわざ自分で焚きつけたのだから、ここで誤魔化すのは筋が通らない。

 

 ――覚悟を決める。

 

「……好きだよ。俺はヘルのことが好きだ。あいつのためにならなんだってやれる」 

 

 俺は一目見た時からヘルラージュという女性に恋をしている。

 彼女と過ごした日々はかつて旦那たちと暴れた日々に勝る。

 ヘルの側に、できることならずっといたい。

 

 これはまぎれもない俺の本心だ。

 

 

 

 そんな俺の答えを聞いたミアさんはそう、とだけ言って微笑んだ。

 

「それならいいわ。これだけ一途に思われてるなら、あの子も本望ね。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――そうでしょう、ヘル?」

 

「――――!?」

 

 慌てて振り向くが、しかし誰もいない。

 

「冗談よ」

 

 してやったり、と悪戯を成功させた仕掛人は意地の悪い笑みを浮かべている。

 

 心臓が止まるかと思った。

 流石にこれをヘルに聞かれるのは恥ずかしさが天元突破して死ねる。

 

「冗談じゃない……。あいつが聞いてないことがわかってるからこうして喋ったのに、ヘルに聞かれていたらあいつにどんな顔で会えばいいんですか」

 

 しかし、我ながらよく喋ったなと思う。

 

 こんなぶっちゃけ話、マッスルとかの男仲間にすら話したりはしない。

 おそらく昔の仲間にも話さない。

 

 じゃあ何故ミアさんには話せたのか。

 

 姉と、相棒。

 関係は違えど、同じ相手を想う間柄だからこそこうして話せたのだろうと、俺は思う。

 

「悪かったわよ。聞きたいことも聞けたから満足したし、もういいわ」

「というかここ食堂なんだから誰が聞いてるかわかんねえってのに」

 

 何せハグレ王国は色恋に餓えた女の巣窟。

 こんな話題をしていれば誰かが食いついてくるのは明白だった。

 

「誰も聞いてないわよ。皆デーリッチを探しているんだから」

 

 その言葉にハッとなって食堂を見渡せば、入ってきたときと同じでガランとしている。

 

「……静かですね」

「ええ、不自然なくらいよ」

 

 そうだ。

 そもそもこの時間なら誰かしらいる筈なのに、利用しているのは俺達だけ。

 

 ――今のハグレ王国には活気がない。

 

 普段ならばガキ共のはしゃぎ声や、ピンクを中心とした姦し話で賑やかな食堂も、このように静寂に包まれている。

 

 それは、とても寂しいものだった。

 

「あの子がいないだけで、こうも違ってくるのね」

 

 そう言ったミアさんもまた、デーリッチの明るさに救われた者の一人。

 明るさの中心だった彼女の不在は、この王国に影を落としていた。

 

「寂しいわね」

「そうですね」

「こうしている間にも、あの子も私達を探してるのでしょうね」

「そうでしょうね」

「……デーリッチがいなかったら、私もヘルと一緒に暮らしたりできなかったのよね」

「……そうだな」

「絶対に、見つけるわよ」

「……ああ、勿論だ」

 

 彼女がかけがえのない存在であることを実感し、俺達は決意を新たにする。

 

 

 

 

 ――――デーリッチのいる世界が見つかったという報せが入ったのは、そのすぐ後の事だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『異世界へ行く者たち』

 

 

 

 水没都市ゲート前。

 

 既にハグレ王国の国民は集合を済ませていた。

 

「じゃあ、今からデーリッチを助けに行くためのメンバーを選ぶんだけど……」

「我こそはと思う奴は手を挙げろー!」

 

『はーい!』

 

 いつの間にやら仕切り役を分捕ったアルカナが異世界へ向かう勇士を呼びかけると、集ったハグレ王国民総勢20名全員が威勢よく手を挙げ、参加の意思を見せる。

 

「……全員挙げましたね」

「非常に慕われていて結構」

 

 デーリッチを助けたいと思う友。

 王の下に馳せ参じようとする臣下達。

 

 その決意は、ここにいる皆の心に。

 

「……皆、ありがとう。」

「じゃあ、異世界に行くメンバーを編成するわ。マリー、選定は任せたわよ」 

「え、みんなで行かないのかい?」

 

 何せ稀代の召喚士が管理する時空ゲートだ。

 一人二人なんてケチな真似は言わず、王国民全員で迎えに行ってやりたいと思っていたのだが、エステルは惜しむように事情を口にする。

 

「ええ、残念だけど10人が限度。実際の所、もっと多くの人数を運んでも問題はないんだけど……」

「ここから魔物が出てこないとは限らないし、何よりこっち側の世界で緊急事態が起きた場合が危険だ。明確にハグレ王国を敵視している組織がいる以上、いつ拠点が襲撃を受けるかは分からない」

「だから、半分ずつに分けて10人。心苦しいかもしれないけど、そこは納得してちょうだい」

 

 アルカナ達が懸念しているのは、魔導兵について。

 

 たった15体でハグレ王国の精鋭8人を追い詰めたあの強力な兵士を保有する革命組織が、デーリッチの救出に成功するまで大人しく動きを潜めてくれているとは限らない。

 首魁だったジェスターは一度撃破したが、頭脳となる者達は未だ健在なのだ。

 

 だから、彼らが王国が混乱している最中を狙ってくる可能性を考慮する必要があった。

 デーリッチを救出できたとして、返るべき場所が無くなっては元も子もないのだから。

 

「私とシノブはゲートの管理に残るため、救助隊には参加できない。残念だがね」

 

 その後ふざけるように自分達が行くとバランス崩壊するからねー。とか言っているが、恐らく自分達に大役を任せようという心遣いだろう。エステルはそう解釈した。

 

「先生やシノブがいれば楽勝だったかもしれないけど仕方ないか」

「じゃあ、残り9人を選ばなくちゃいけないのか」

「私は確定で連れて行ってもらうわよ。向こうで何があるか分からない以上、召喚士が一人はついていた方が安全よ」

「わかった。それじゃあ残り8人を決めるとしよう」

 

 そうしてローズマリーは集った仲間達の意気込みを聞いていくことにした。

 

 

 

 

(※全員分書いてると文字数キリないんで採用されたメンバーだけ抜粋していきます)

 

 

 

 

 

【ベロベロス】

 

「きりっ!」

 

 ハグレ王国最初の加入者にして、デーリッチの忠実な番犬ベロベロス。

 おりこうさんモードのスマートな目つきでローズマリーを真っ直ぐと見つめる。

 

「何か意気込みとかあれば、答えてくれると嬉しいんだけど」

「わうんわうん!」

「なになに、デーリッチの匂いならよく覚えてる!僕を連れて行って!……だとよ」

「成る程、確かに森の中にいるかもしれないならベロベロスの嗅覚は頼りになる」

「わんっ!」

 

 ブリギットが翻訳した内容を聞いて、ローズマリーは納得する。

 

「よし、君を第一のメンバーにする。……いけるかい?」

「わぉぉーん!!」

 

 絶対に助けるという意志を示す雄たけびが、地下遺跡に木霊した。

 

 

 

 

【ニワカマッスル】

 

 次に猛烈アピールをかましてきたのは、王国の力自慢ニワカマッスル。

 

「姐御!是非俺を連れて行ってくれ!」

「マッスル……!」

「筋肉こそ最強の言語! 鍛えた体はどんなものにも負けねえぜ!!」

 

 普段は暑苦しく、有事の際には幾度となく頼りにしてきた自慢の筋肉。

 異世界という前人未踏の地において、彼がいるだけでどれだけ心強くなるだろうか。

 

「そうだね。じゃあ君にも頼みたい。その筋肉で私達を、……デーリッチを守ってくれ」

「おう! 任せときな!!」

 

 己の後ろこそが安全圏なのだと、牛男は豪快にポーズを決めた。

 

 

 

 

【ゼニヤッタ】

 

 次に我こそはと進み出たのは、優雅なる悪夢の異名を持つ忠臣ゼニヤッタ。

 

 普段は他人を立てる彼女だが、今回は譲れないと確固たる意志を持ってローズマリーに進言する。

 

「孤独は人を焦らせます。国王様の目の届く範囲に、(わたくし)達がいることを一刻も早く伝えなければなりません。ローズマリーさん。どうか(わたくし)めを!」

 

 次元の塔に館と共に独りで転移することになった彼女だからこそ、孤独の辛さは人一倍理解している。

 凍てつく氷のように決して揺るがないその忠誠心が、今はとても頼もしい。

 

「うん。君がいればあの子もすぐに笑顔になれる。一緒に来てくれないか」

「はい……! 国王様のためならば、地の果てだって向かいますわ!!」

 

 最早この悪魔を止められるものは、誰一人としていないだろう。

 

 

 

 

【ブリギット】

 

「ブリちん……」

「おっと、俺にお呼び出しがかかるとはな。丁度異世界旅行にしゃれ込みたかったところだ。――なんてな。選ばれたからにはベストを尽くしてやる」

 

 真剣な表情でやってきたローズマリーに、軽い調子で語るのは古代ゴーレムのブリギット。

 

 視覚、聴覚、嗅覚。

 

 生命の持つそれらとは別に、魔力に熱源と様々なセンサーが彼女には備えられている。

 あらゆる探知能力を用いて探す必要がある以上、様々な反応を追う事の出来る彼女はまさに適任だった。

 

「君の持ってる機能。その全部を活用してもらいたいんだ」

「子守りなら得意だ。迷子探しもな。お疲れな王様を、しっかりと介抱してやるよ」

 

 ある意味本業に戻ったなと、ゲートキーパーは子を想う母のような笑みを浮かべた。

 

 

 

 

【ベル】

 

 道具屋として王国に多大な貢献を行ってくれている少年ベル。

 この救出作戦においても商品を持ち込み、臨時で道具屋を開設してくれている心強い彼は――、

 

「よし、決定」

「え、そんなあっさり!?」

 

 ベルはアピールするまでもなく自分が即決されたことに戸惑ってしまう。

 彼の様子にローズマリーは頬を掻いて理由を話す。

 

「ああ、ごめん。軽く決めたわけじゃないんだ。君がいてくれるならデーリッチの手当てがすぐできるだろうと考えたら、ね。……いけるね?」

 

 それはすなわち信頼の証。

 決して他の仲間を軽んじているわけでは無く、むしろ選ばれなかったの皆の分まで任せられるという重圧にして男の誉れ。

 

 感激に涙が出そうになるが、それは救出が成功してからだとぐっとこらえる。

 

「はい!絶対にお役に立ちます!!」

 

 今この時、彼はまさしく立派な男だった。

 

 

 

 

 

【ヘルラージュ】

 

 秘密結社のリーダーとして、デーリッチやローズマリーと特別な絆を結んできたヘルラージュ。

 回復に支援、攻撃と万能な役割をこなせる彼女に白羽の矢が突き刺さったのは、必然だったのだろう。

 

「ヘルちん」

「は、はい!」

 

 ローズマリーに声をかけられて、ヘルラージュは緊張する。

 

「君を救助隊のメンバーとして選びたいんだけど、いいかな?」

「えっ、は、はい!大丈夫よ!」

 

 異世界への恐れはある。

 しかしそれ以上にデーリッチを案ずる気持ちが大きく、決して拒みはしない。 

 

「リーダー……」

「うん、大丈夫! デーリッチちゃんはもっとつらい目に合っているのです、私がこの程度で臆してなるものですか!」

 

 いつの日かデーリッチからもらった勇気、それを今ヘルラージュは燃やすのだ。

 

 

 

 

【ルーク】

 

 ヘルラージュの副官として、また縁の下の力持ちとして役に立ってきた男。ルーク。

 彼女が立ち上がると言うのなら、彼が付いていかない道理はない。

 

「ま、リーダーがこんなんだから俺もつれていってくださいよ。ええ、斥候に交渉、汚れ役までなんでもやってやりますからね」

 

 ヘルラージュのフォロー役として、ルークは自分を勧めつつ長所をアピールすることを忘れない。

 現地の人間と接触する可能性を考えれば、交渉役をこなせる彼は確かに適任と言えるか。

 

「うんわかった。ルーク、君に同行をお願いしたい」

 

「ああ。デーリッチも立派な俺たちのリーダーだからな。二度も頭を失うのは御免だ……!!何が何でも助けてやるよ!!」

 

 この世界の、魔法使いでもなんでもない。

 

 ただの人間であるルークは、ハグレの王様を助けるために未知へと挑む。

 

 

 

 

【ミアラージュ】

 

 無論、秘密結社に新しく入った彼女も強い意志を露わにする。

 

「あら、二人を採用しておいて私だけ仲間外れってのはひどいんじゃない?」

「ミアさん……」

「私があの子に受けた恩はね、まだ全然返し切れてないの。だから、私も連れて行きなさい。私がいれば、あの子を死なせることは、絶対にないから」

 

 かつて神童と呼ばれた少女は、今度こそ大事なものを救うためにその才覚を振るわんとする。

 

「うん、君が最後のメンバーだ」

「ええ、大船に乗ったつもりでいればいいわ」

 

 尊大にも取れるその態度。

 しかし絶望に屈せずに立ち向かえるその在り方こそ、デーリッチを助けるのに必要なものである。

 

 

 

 

 

 

「これでメンバーは決まったわね」

「ああ、選ばれなかった皆はすまないけど……」

 

 申し訳なさそうな顔で待機する仲間たちを見渡す。 

 

 

 返ってきたのは、溢れんばかりの激励だった。

 

「何、心配しなさんな」

「相棒のピンチに駆け付けられないのは残念だけどよ。その代わり、こっちはしっかり守っておいてやるよ!!」

「私達の思いは、君達に託したとも」

「ああ、だから安心して向かってくれ!」

「うむ、わらわたちに任せておくがよい!」

「ぐごごごごーっ!!」

 

「エステル……、絶対にデーリッチさんを助けてきて」

「シノブも、私達の帰り道を用意しておいてね」

 

「素晴らしいな。これこそが人の輝き。友を救わんとする決意の灯の何と美しきことか……!!」

 

 白翼の賢者の目には、一人ひとりが眩い星の輝きを放っているように見えた。

 

 

 

 離れていても、心は一つ。

 

 拠点を守る彼らの後押しを受けて、ローズマリーは捜索隊に合図を示す。

 

 

 

 

「皆、準備はいいかな? じゃあ、行こう!!」

 

 

 

 ――――応!!

 

 

 雄たけびと共に、彼らはゲートへと飛び込んだ。

 

 

 

 ローズマリー。

 エステル。

 ベロベロス。

 ニワカマッスル。

 ゼニヤッタ。

 ブリギット。

 ベル。

 ヘルラージュ。

 ルーク。

 ミアラージュ。

 

 ハグレ王国異世界捜索隊総勢10名。

 

 

 国王デーリッチの救出のため、異世界へと足を踏み入れる――――!!

 

 




〇ミアちん
男女の仲は推進していく派。というか予想以上にピュアな関係にお前らはよしろや!とお怒り気味。
ルークのことは弟みたいに思ってる。揶揄うと面白い。

〇10人編成
8人とか足りねえ!でも全員はキャパオーバーや!
なので書きたいと思ったメンバーを選びました。
選ばれなかったキャラについて?君が書くのです!!!

〇ブリギット
お前も異世界に連れて行くんだよ!
彼女だけどうしても連れていけないのはおかしくない??

さあ、ついに異世界に突入したハグレ王国!
1話に収まるか2話構成になるかは微妙な所です。


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その32.Age_Of_Ondins

2月22日はメニャーニャの日!
というわけでメニャ祭りなる催しが開催されておりますが私は見る専でございます。


『Age_Of_Ondins』

 

 相互ゲートへ飛び込んだハグレ王国一行。

 

 一瞬の浮遊感の後、水没した石造りの遺跡は草木の匂いに満ちた自然の光景へと変わっていた。

 

「無事についたようだね」

「ええ。物も人も同じね。そこまで危険はないみたいだわ。ゲートについてはシノブ達がいるから心配しなくても大丈夫。」

 

「それで、ここは……何処なんだろう?」

 

 ローズマリーはゲートをくぐった先の景色に僅かに見覚えがあると辺りを見回す。

 

「拠点の裏手の森。妖精王国との戦争の件で使った道よ」

 

 ゲートが設営された場所は、投石器の攻略の際に用いられた抜け道である。

 誰も近づくことのないよう、人通りの少ない場所を選んだのだとエステルは説明すると、当時参加していた仲間も確かに似ていると納得する。

 

「確かにそっくりだな」

 

 当然、ルークにもこの光景は見覚えがある。

 

 彼も投石器攻略班に参加していた他、それ以外にも拠点裏の森を高く売れる虫はいないかと探したことがあり(結果としてハズレだったわけだが)、生息する生物の種類は大雑把とは言え頭に入れている。そのため子供組のベルと並んで、拠点周辺の地理には詳しいのだ。しかし虫や植物の種類どころか、池の形まで全く同じなこの場所には、感心を通り越して気味悪さすら感じる。

 

「こっちに来て。前に見た通りなら、こっちに拠点の遺跡があるはずよ」

 

 エステルの案内に従い、森を東に歩いていく。

 

 少し歩けば森を抜けることができ、一行の前に現れたのはつい1時間ほど前までいた拠点と全く同じ遺跡の姿。

 

 いや、違う。

 

 入口の扉は曲がっておりどうあがいても入れそうになく、ふさいだ筈の壁のヒビはむしろ広がっている。

 

 自分達が住んでいた建物と全く同じものが荒れ果て廃墟と化していることに、一同は言葉を失ってしまう。

 先んじてビジョンを見ていたエステルも衝撃を受けずにはいられなかった。

 

「そんな……」

 

 するとその時、唖然とする仲間を置いてベロベロスが走り出した。

 

「わん、わん!」

 

 ベロベロスは遺跡の端の方、木の根元で足を止めてしっぽを振っている。

 ルークが駆け付け、確かめると、焼け焦げ炭になった木の枝がまとまっておかれている。 

 

「……焚火の跡だ」

「わんわん!!」

 

 まだあるよ!とベロベロスが吠え、側に置かれていた革袋を加えてルークに示した。

 手にとったそれは、虎の刺繍が施されている。

 

「これは……!!」

「何か見つけたのか!?」

「マリーさん。これを」

 

 見てもらった方が早いとルークは革袋をローズマリーに手渡した。

 

「……」

 

 袋を開けてみると、そこには便箋が入っていた。

 

「これ……!この字は!!」 

 

 お世辞にも整っているとは言えない、若干のたくった筆跡の文字。

 読みづらいはずのそれをローズマリーはすらすらと読み解いていく。

 自分がさんざん勉強を教えるときに見た、あの子(デーリッチ)の文字を。

 

「一晩……。あの子は誰もいない拠点を見上げながら一晩も過ごしたのか……!!」

 

 手紙の内容は、一日待ったが誰も来なかったため村を探しにいった。道中の木に印をつけたので足取りに活用してほしい。自分もローズマリー達を探してみる。お腹が空いたのでパンか何かをいれておいてくれると嬉しい。

 

 そして、自分達と必ず会えると信じてデーリッチも探してみるという文章で、手紙は終わっていた。

 

「デーリッチ……!!」

「デーリッチちゃん、寂しかったんだろうな」

 

 ベルの瞳から涙が零れ落ちる。

 おなかがすいたという文章から、デーリッチがどのように一晩を越えたのかを容易に想像させた。

 

「国王様……!!」

 

 自分達の事を想像しながら孤独な夜を過ごしたという事実に、無力さに対する怒りのあまり血がにじむほど拳を握りしめるゼニヤッタ。 

 

「一歩前進だな。これでアイツがどこにいったかわかる。当てもなくこの辺りをもう一度山狩りする必要は無くなったわけだ」

 

 せめてもの励ましにとブリギットが状況を分析する。

 彼女の行先が判明したということで、一行には確かな道標が生まれていた。

 

「何はともあれよくやったなベロベロス!」

「えらいですわベロちゃん」

「お手柄でございます!!」

 

 早速手がかりを発見した功労者をニワカマッスルが褒めたたえ、ヘルラージュとゼニヤッタが撫で回す。

 そして便乗して撫でようとしたが、やましい気持ちを察知されたのか身を引かれてしまいショックを受けるミアちゃんであった。

 

「ありがとう。それで、どこに行ったかわかるかい?」

「きゅうん……」

 

 ローズマリーの言葉に応えようと周りを嗅ぎまわったベロベロスだが、悔し気に俯き尻尾を垂らした。

 何日か経ったうちに雨が降って匂いが流れたのだろう、そこまでは分からなかったようだ。

 

「しかしこの辺りの地理は元の世界を同じらしい。ひとまず南下していけば大丈夫だろう」

 

 そうして一行は南側へ森を進む。

 手紙に書いてあった通り、木々には十字の傷が刻まれていた。

 

「しかし、あの子サバイバルスキル高いわね」

 

 デーリッチが子供の身でありながら自分達のために手がかりを残してくれた工夫の数々に、エステルは感心する。

 

「意外でもないさ。あの子は一度ハグレとして私達の世界に来て生き残ってるんだから」

「あ、そ、そうか……」

 

 二人の会話をよそに、ルークに対してミアラージュが耳打ちする。

 

「ねえ。やっぱりローズマリーって……」

「お察しの通りだよ。ま、気にすることでもないだろ。とっくの前に皆気づいてるしよ」 

「え、そうなの?」

「まあな」

「隠してもいませんでしたし」

「国王様と仲がよろしいなら、何も気に留めませんわ」

「お姉ちゃん気づいてませんでしたの?」

「う、うるさいわね!!」

 

 と、そんな風に駄弁りつつ。

 ほどなくして、手紙にあった村が見えてきた。

 

「サイフフ村、ね」

 

 親切にもこの世界の文字は元の世界と同じようで、看板に書かれていた名前をローズマリーは読み上げる。

 

 地理的にユノッグ村があった場所だが、そこにあったのは建物からして別の村だった。

 いくらそっくりだからと言えど、ここまで同じというわけでもないらしい。

 

 それでも同じ場所に村ができているのだから、ハグレ王国の出資は関係なく村はできるようだとエステルは分析する。

 

「それじゃあ、情報収集といこうか」

「そうだね。エステルは酒場に向かってくれ。私はそこの……道具屋かな?で聞きこみすると同時に金貨を換金してくるよ」

「それなら俺もついて行った方がいいかな」

「いや、君は村の住人から話を聞いてもらいたい。いいかな」

「了解しましたよ」

 

 ルークは特に拒む理由もないので承諾する。

 

「私はローズマリーについていくわ。ヘルはどうする?」

「勿論ルーク君と一緒に」

「あーはいはい。わかったわよ」

「班決めは終わった? じゃあ行くわよ」

 

 不要なトラブルを回避するためにハグレ出身の仲間は村の前で待機してもらいつつ、5人は情報収集に勤しむことにした。

 

 

 

 

 

 

 というわけで村の住人からデーリッチの目撃情報について聞き込みを行うことにした2人。

 一通り見て回って彼らが抱いた感想は、

 

「治安悪くないですか?」 

「だね。ま、向こうから寄ってくる分には手間が省けて丁度いいが」

 

 テント暮らしと豪邸住まいが両立している時点で村には相当な格差が生まれていた。

 ルークはそれなりに上等な服を着ているため、物乞いじみた相手が向こうから寄ってくる。そんな彼らに食料を手渡すことで、情報を得ることに成功していた。

 

「デーリッチちゃん。やっぱりこの村にいたんですね」

「二人組の冒険者に同行していったのを見た、と。これでどこに行ったかわかればよかったんだがなあ……」

「仕方ありませんわ。一先ずエステルさんと合流しましょう」

 

 目撃情報とその後の足取りに繋がる情報を得られたルークとヘルラージュ。

 エステルに合流しようと酒場に向かうと……

 

「だから!行先だけでも教えてって言ってるのがわからないの!?」

「……揉めてますね」

「ああ。あのピンクに交渉なんて無理だったんだな」

 

 酒場に入るなり、エステルが声を荒げている様子が目に入った。

 冒険者窓口でデーリッチについて聞こうとしているのだろう。だが、受付の女性は知らないの一点張りでエステルの話に応じようとはしない。

 

 実際は知っているのだろう。だがハグレが冒険者と組むのは禁じられている。勿論そんな名目を守るような良い子ちゃんな冒険者はまずいない。だからと言ってギルドがハグレを入れたパーティを認めるわけにはいかず、受付は見て見ぬふりの知らぬ存ぜぬを貫いているというわけだ。

 

「ありゃつまみ出されるのも時間の問題だな」

「助けに入って上げましたら? ああいうのはルーク君の得意分野でしょう」

「ここの金持ってないから無理ですね」

 

 こういう時手っ取り早いのは金を渡すこと。

 法の目がしっかりしている帝都周辺ならともかくとして、こんな辺境の酒場は幾らか握らせれば大体の事は喋ってくれるし、黙ってもくれる。

 金、やはり世の中は金……!!

 

 だが回りくどい手段を好まないエステルにそれをしろというのは無理だったようだ。

 

 ルークとしては、それができる人間がそろそろ来るだろうと思っていたので、あえて成り行きを見守っていたというわけだ。

 

「やれやれ。どうやら難航しているようだね」

「ヘル。そっちはもう終わったの?」

「お姉ちゃん。私達は話を聞けましたがエステルさんが……」

 

 ローズマリーとミアラージュが酒場に入ってくる。

 

「見ての通りっすよ。助け舟を出そうにも袖の下は空っぽでして」

「仕方ない、私が行こう」

 

 エステルの状況を見かねたローズマリーは彼女に変わる形で受付の前に立ち、この世界の通貨であるギニーの入った袋をカウンターに置いた。

 

 そこからはとんとん拍子で話が進んでいく。

 

 曰く、てこてこ山ではスカイリリーという希少な花が採取できる。

 しかし、スカイドラゴンが住み着いたことでその採取はほぼ不可能になった。

 それでも需要はあるので依頼も来る。その報酬が40000ギニー。

 その依頼を、デーリッチを含めた冒険者パーティが受けたという話だ。

 

「てこてこ山と言えばあの道か」  

 

 サイフフ村へ入ってきたときの脇道。

 そこがてこてこ山へのルートであると地図で確認する。

 

「私達が得た情報と合っていますわね」

「こっちの聞き込み結果も大体同じですね」

「成る程、それならすぐにでも村を出るとしよう」

 

 待機メンバーと合流し、ローズマリー達はてこてこ山へと向かうのであった。

 

 

 

 

 

 

 てこてこ山はハグレ王国が最初に冒険した場所であり、初の仲間を増やした場所でもある。

 

 初期も初期。

 駆け出しのデーリッチとローズマリーで攻略できたほどの初心者ダンジョン。

 だからデーリッチに追い付くのもそう難しい話ではない。

 その筈だった。

 

 ローズマリーは大事なことを失念していた。

 

「しまったな。前に来たときはゲートを使っての中腹からのスタートだったから麓の地形が全く分からない。これは出鼻をくじかれた」

「えー!?」 

 

 貰った地図も大雑把な道筋しか書いておらず、土地勘も通用しない。

 仕方ないので道なりに登っていくしかないと腹をくくるローズマリー達。

 

 そうして始まった山登り。

 

 慣れない道のりを上ると言うのは思いの他時間がかかる。

 

 時にルークやベロベロスが先行して地形を探り、脇道にデーリッチがいないかも確認する。

 

 勿論、何らかの要因で道が途切れてしまうこともあった。

 

「げげっ、ツタが切れてる」

「そういう時はこれだ」

「たまには冒険者っぽいことするのね」

「たまにはって何だよたまにはって」

 

 ルークがフックロープを崖の上に引っ掛け、即席のはしごとして利用する。

 

「落石だー!?」

「おらぁ!!」

「ナイス筋肉!!」

 

 ニワカマッスルが落ちてきた岩を粉砕し、道を開ける。

 

「GRRRRRR!!」

「うっとおしいんじゃー!!」

「回復薬どうぞ」

「ありがとう……苦ッ!?」

 

 道中に襲ってくる魔物は苦戦するほどの相手でもないが、元の世界よりも強力だった。

 それらの対処と戦闘後の回復にも時間を取られ、ローズマリーの見覚えがある山の中腹に着くころには夕暮れに差し掛かっていた。

 

「よし、ここからなら地形がわかるぞ……っ!!」

「ベロベロスの様子からしても、間違ってなさそうだな」

 

 ここから先は右手に進んでいけば問題ないとローズマリーが意気込む。

 そろそろ匂いが濃く残っているのか、しきりに地面に3つの鼻を押し付けているベロベロスの姿を見ながらもうすぐだとブリギットが言った。

 

「もうひと踏ん張りだ、頑張ろう!!」

 

 

 

 

 

 

 ようやく彼らが頂上へとたどり着いたときには、日は完全に落ち切り、夜のとばりが空を包み込んでいた。

 

「おいおい。ついに頂上までたどりついちまったぞ?」

「ねえ皆、あそこに誰かいるわ」

 

 エステルが指さした先にいたのは、男女の二人組だ。

 男は軽鎧を纏い、女は踊り子の服装をしている。

 

「――――ちょっと、何言ってんの!? 話が違うじゃない!?」

「うるせえな。ここで口喧嘩してる場合じゃねえだろ。さっさとここを離れねーと……」

 

 何かを言い争っている冒険者二人。

 

 仲間を制止しつつ、ルークが話を聞こうと前に出る。

 

「よう、お二人さん。何かあったのか?」

「あ?何だあんたは。悪い事言わねえからここから去った方がいい」

 

 同業者と思ったのだろう。男はルークに対して特に訝しむ様子もなくここから立ち去るよう勧めてきた。

 

「というと?」

「なんだ知らずにやってきたのか? こっから右手の道の先にはやべえドラゴンがいるんだよ。今はハグレのガキに夢中になってるからいいが、やられるのも時間の問題だ」

 

 シーフの言葉にルークは眉を顰める。

 この状況でハグレのガキなど、当て嵌まる者は一人しかいない。

 後ろで話を聞いている仲間たちの怒りの念が強くなっていくのを感じながらも、まだ待ってくれと手で制する。

 

「ハグレのガキ? どんな奴だ?」

「王冠つけてデカい鍵みたいなの持ったガキだよ。あれでも回復魔法は使えたからしばらくは囮になって……」

「ふーん」

 

 ルークは大体の話を理解した。

 大方、スカイドラゴンが手に負える相手ではないから、デーリッチを囮にして目的の花を採取しようという算段だったのだろう。 

 だが、女のほうが土壇場で囮にしたことへの良心の呵責から、助けに行こうと言い出した。

 その最中に自分達が現れたということだろう。

 

 ……何にせよ、まだ間に合うらしい。

 

「そうか。君達はデーリッチを見捨てたんだな?」

「え? なんであんたそいつの名前を知って……?」

 

 ローズマリーがシーフに詰め寄る。

 男は自分にすさまじい怒りを発しながら迫ってくる相手が自分達が組んだハグレの名を出したことに困惑する。

 

「――――お願い! あの子を、デーリッチを助けてあげて!!」

 

 そこに、踊り子の女が縋りつくように懇願してきた。

 自分達では言っても殺されるだけ。

 だから迎えに来たあなた達が助けに行ってほしい。

 

 虫のいい話なのは重々承知。

 それでも、自分達を気遣ってくれたあの子が使い潰されるのは見ていられないのだと女は泣きついた。

 

「言われなくても……!!」

 

 まともに応対する暇すら惜しいと、ローズマリーは指し示された道へと駆け出していた。

 

「あ、ちょっとマリー!?」

 

 エステルもローズマリーを追いかけた。

 

「マリーさん!? エステルさん!?」

「私たちも急ぐわよ!!」

「皆。悪いが先に行っててくれ」

 

 ルークは仲間達に先行するよう促す。

 

 ――ルークとしては、彼らの行動が間違っていたとは考えていない。

 生き延びるために即興で組んだ仲間を見捨てたことなど、意図するしないに関わらずルーク自身にも経験がある。なんなら先にこちらを出し抜いて一人得しようとした役立たず(うらぎりもの)を肉の盾にしたことさえある。結局この世は弱肉強食がまかり通る。

 

 だから、この二人組を卑劣だの外道だのと罵るような資格は彼自身にはない。

 

 故に、これはただの身勝手な行為である。

 

「な、なんだったんだよ……?」

「おい、そこのお前」

「あ、なんだぶげっ!?」

 

 シーフの顔面に、ルークの拳が突き刺さった。

 

「まずは裏切られたデーリッチの分」

 

 顔を押さえるシーフの指の間から鼻血が流れる。

 

「これはマリーさん達を始めとした俺たちの怒りの分」

「ぐへっ」

 

 お構いなしにもう一発拳を振るう。感触からして歯が折れたか。

 反射的に逃げようとする男を踏みつけて、逃げられないようにしてからルークは言った。

 

「そして最後に、お前のムカつく面が気に入らない俺の分だ」

「いや最後のはただのしえんっ!?」

 

 三発目を叩き込まれ、シーフは失神した。

 適当な木の陰に転がし、おまけにベロベロスがマーキングを行った。

 

「さて、行くか……って、なんだ皆待ってたのか。悪いな、こんな下らんことに時間取らせて」

「いや、お前がやらなきゃ俺が殴ってたところだ」

「そうですわ。私も一撃与えたいところですが、ルークさんに免じて拳を下げましょうか」

「いやいやアンタらが殴ったら死ぬんじゃねえの?」

 

 かもなあ。とニワカマッスルは笑う。

 正直、彼らの態度に据えかねていたのは皆同じだったという訳だ。

 

「さあ、そんなのは置いといて行きますわよ!」

「急がないと、二人に美味しいところ持ってかれちゃうわよ?」

「そうだな。待ってろよデーリッチ!」

「わおんわおん!!」

 

 ヘルラージュもデーリッチの危機を救うべく先頭に立って二人を追いかけ、他の者もそれに続く。

 

 

 そうして、残ったのは元々の二人だけになった。

 

 踊り子はしばらく唖然としていたが、やがて我に返るとシーフの男を引きずって下山の準備を始めた。

 願わくば、優しいあの子が救われますようにと祈りながら。

 

 

 

 




次回、異世界編の大詰めです。


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その33.届いた手

スカイドラゴン戦とその後の話。


『届いた手』

 

 

――失敗した。

 

 迫りくるドラゴンのブレスを前に、デーリッチは己の避けられない死を覚悟した。

 

 無情な敵から逃れて、たどりついたのは見る影もない拠点。

 

 一人孤独に夜を過ごし、どうにか生きようと村で冒険者を探した。

 

 そうして組むことになった冒険者二人は、囮役を引き受けたデーリッチに助けを呼んでくると言った。しかしいつまでたっても援軍を連れてこない。ここまでくれば自分が見捨てられたことぐらい嫌でも分かる。

 

 思考は速くなり、周囲の時間が非常に緩やかになる。

 これが走馬灯かと思いながら、今まで出会った仲間達との思い出がよみがえる。

 

 とても可愛く、そして何度も自分を乗せて走ったベロベロス。ずるがしこいけど、何度も空を飛んで偵察に行ってくれたハピコ。新しく開くお店をいつも占ってくれた福ちゃん。力自慢で優しく何度も頼りにしたニワカマッスルに、最初は不愛想だったけど今は笑顔を見せてくれるジーナ。こたつドラゴンとはよく一緒のこたつに入ってボードゲームで遊んだり漫画を読んだりした。

 

 ヤエちゃんの超能力は本物だったし、雪乃とは友達になって雪だるまキックで何度も遊んだ。ハオはいつも元気いっぱいで、ティーティー様は時折勉強を見てくれた。アルフレッドは憧れの勇者の意志を継いで立派に頑張っている。ゼニヤッタの忠誠心はこそばゆいけど、彼女の膝の間で食べるプリンはとても美味しかった。

 

 エステルはとうとうシノブと再会できた。シノブちゃんが王国に来てくれる日が見られなかったのは残念だとデーリッチは思った。

 

 ヅッチーは欠かせない相棒で、かなちゃんはセクハラがうるさいけどとても優しくて暖かい。ジュリア隊長からは人の上に立つ者としての心得を教わった。全然悪人じゃないヘルラージュの秘密結社活動はとても楽しかったし、相方のルークとは彼は持ってくる玩具で遊んだりした。ブリギットの駄菓子屋で日常はもっと楽しくなったし、同年代のベルが加わった時は同じ目線の友達が増えたことに喜んだ。

 

 ヘルラージュの姉のミアラージュはちょっと年上のお姉さんとして一緒に遊んだ。クウェウリの王国ベーカリーで朝ご飯とおやつを買うのはすっかり王国の習慣だ。

 

 そして、いつも寂しそうな目で頑張ってきた召喚士を始めとして、これまでに出会ってきた数々の人々。これから王国の一員になってくれるだろう人たち。

 

 多くの出会いが過ぎゆく中、最後に浮かんだのは親友の顔。

 

――ローズマリー。

 

 彼女とは出会った時から常に二人で旅をしてきた。

 自分じゃできないような難しいことをやってくれた緑の彼女。

 

 感謝の思いが沸き上がる。

 

 最後に一目でいいから、ローズマリーの顔が見たかった。ありがとうと言いたかったと思いながら、デーリッチは静かに目を閉じた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――――あれ?生きてる?

 

 待てども待てども灼熱はやってこない。

 迫りくる炎は、とてもやさしい何かに遮られてデーリッチの元には届かない。

 

――――嗚呼!!

 

 ローズマリーの魔法障壁が、ドラゴンのブレスを遮っている。

 

 王国の参謀は、決してその炎を国王に届かせはしない!!

 

「……デーリッチ。失敗したって思ってるんじゃないか?」

 

 ローズマリーは背をむけたまま、デーリッチに語りかける。

 

 そう、彼女の言う通り。

 

 デーリッチのお人よしは、遠く次元の壁さえ隔てた仲間達をここまで導いた。

 

 手紙を汚さぬようにと革袋へこめた優しさ。

 他の誰も傷つかぬようにと冒険者にかけた優しさ。

 

 ともすれば、無駄なことだと嗤われるだろうささやかな善意は、今ここに一つの道を作った。

 

 未来へ歩むための確かな道筋を、王国の星(デーリッチ)は確かに指し示したのだ。

 

「おかえり! デーリッチ!! みんなで迎えに来たよ!!!」

 

 その言葉に応じるように、次々と現れる仲間達。

 

「ははっ!間に合ったみたいじゃん!?」

 

 ヒロイン登場にはピッタリだろ?とデーリッチに笑いかけ、ピンクの髪を颯爽と揺らすはエステル。

 

「エステルちゃん……。本当に? どうして? ここ、だって……」

 

 デーリッチの疑問に、ローズマリーは優しく答える。

 君のお人よしがここまでの道を作った。何も無駄なことではなかったのだ、と。

 

 縄張りへ続々と現れる闖入者へとスカイドラゴンが咆哮を挙げる。

 

「お山の大将はお怒りのようだね。でも、私達だってボスを傷つけられて黙っていられないんだ」

「だから、お人よしタイムはここまでにして――」

「ああ。私達の怒り、ぶちまけてやろう――!!」

 

 デーリッチを迎えに来たのは、何も彼女達二人だけではない。

 彼女らの足元。

 丁度デーリッチの目線を埋めるように、3つの首を持った犬が駆け寄ってくる。

 

「くぅーんくぅーん!」

「ベロベロス! 来てたんでちか!?」

 

 ようやく再開できた主人の傷を癒すように、ぺろぺろするベロベロスをデーリッチはくすぐったそうに受け入れる。

 

「なんという忠犬! デーリッチは感動したでち!」

「わんわん!」

 

 大切なご主人を守るため、己の数十倍ものサイズのドラゴンに地獄の番犬は飛び掛かった。

 

 スカイドラゴンは鋭い爪を振り下ろす。

 魔法使いたちでは大ダメージになるだろう一撃を、ニワカマッスルが自慢の筋肉で受け止める。

 

「よぉ! デーリッチ! 随分苦労したみてえじゃねえか!」

「ニワカマッスル!」

 

 デーリッチをあらゆる暴力から守るべく、熱くるしい男は最前線に立ちはだかる。

 ドラゴンの灼熱のブレスさえ、その赤い壁は通さない――!!

 

「国王様!? ご無事でッ!?」

「落ち着いてくださいゼニヤッタさん……。 わわっ、酷いケガ……!! すぐに手当てするから座ってて!!」

「ゼニヤッタちゃん! ベル君!!」

 

 続いて駆け寄って来たのは王の忠臣と獣人の少年。

 重症を負ったデーリッチを見て、ベルは慌てて救急箱からてきぱきと治療道具を取り出していく。

 

「……よし。命に別状はないみたい」

「ああ、良かった……! ハラハラしましたわ」

「うん、間に合った。本当に良かった。ぐすっ……」

「どうして助かったのに泣いてるんでちか。変でちねー」

 

 大事な友達が助かったことに、ベルの両目からぽろぽろと涙が零れ落ちる。

 

「わかんない、なんでだろう? でも、悪い気分じゃないんだ。なんだかとっても温かい涙なんだよ」

「ええ、ベル君のお気持ちはよくわかりますわ」

「そういうゼニヤッタちゃんはどちらかというと拳を握ってるでちね」

「それは勿論。いまの(わたくし)には頭から角まで怒りで満ちておりますので……!!」

 

 デーリッチを襲った多くの理不尽と差別に、ゼニヤッタは怒り心頭のご様子。

 

「……さあ、手当てが終わったよ。後は見てて! ボクもがんばるからね!」

「痛み、恐怖、絶望、悪魔のフルコース! その身に刻んでもらいましょう!」

 

 ベルがお手製の大凶爆弾を投げつけ、ひるんだドラゴンにゼニヤッタが拒絶の印を刻み込んでいく。

 

「ようデーリッチ。よく頑張ったじゃないか」

「ブリちん!」

 

 ブリギットは浮遊する椅子に乗りながら、いつもと変わらない調子でデーリッチに話しかける。

 

「拠点に帰ったらお菓子パーティだ。いくらでも食っていいからな」

「わーい!!」

 

 無邪気に喜ぶデーリッチに微笑みを返し、ブリギットはドラゴンへと向き直る。

 

「さて、今日の俺はとても機嫌がいい。こいつは大バーゲンだ。遠慮せず貰っていきな!!」

 

 そう言って浮遊椅子からありったけのルビー弾を吐き出させる。

 土砂降る弾丸が、ドラゴンの翼を食い破っていく!

 

「秘密結社参上!」

「ヘルちん!」

 

 続けて現れたのは、秘密結社のリーダー、ヘルラージュ。

 

「よく頑張りましたわデーリッチ。目頭が熱くなるような奮闘です! では反撃の時間といきましょう!! うちのメンバーをいじめた者に容赦のないお仕置きを……にょわあ!?」

「ヘルちーん!?」

 

 かっこいい口上と共にドラゴンに魔法を浴びせようとしたヘルラージュだったが、ドラゴンの放った風切りの刃に足を取られて見事にすっころんだ。

 

「ああもう、締まらないわね!」

「ミアちゃん!」

「全くみっともない顔しちゃって。ほら、これで顔拭いた」

 

 そう言ってミアラージュは、今度は涙と鼻水に塗れ始めたデーリッチの顔をちり紙で拭っていく。

 

「ずびーっ! 皆が来てくれて嬉しいんでちーッ!」

「……私だって、あんたが生きていてくれて嬉しいわよ」 

「え?」

「だ、だから、あんたが無事でうれし――――」

「え?」

「おい、そこをいじるのは後にしろ! 油断すると死ぬから、相手ドラゴンだから!!」

 

 締まらないのは姉妹揃ってのようで。

 そこに割り込んできたのが、仮面をつけて礼服を着た青年だった。

 

「はいはい。漫才はその辺にしてくださいよ」

「ルーク君!」

「おっと、俺が一番最後か。気が利く言葉とか励ましとか、正直柄じゃないんだけどなあ……」

「ええ……?」

「まあでも、お前が生きていてくれて本当に嬉しい。俺はもう、大事なものを失うのはごめんなんだ。だからこれまで通り、俺たちの王様でいてくれ」

「ぬはは、勿論でち!」

 

 その言葉を聞き、ルークは仮面の奥で笑みを浮かべる。

 

「そんじゃ、俺も精一杯やらせてもらいますよッ! イカサマと相手の足を引っ張るのだけは、誰にも負けないんでね!!」

 

 ルークはドラゴンの攻撃を潜り抜けていきながら、軽やかに刃を躍らせていく。

 

「うう……っ、ぐす……っ」

「なんだデーリッチ? まだ痛むのか?」

「違うんでち、みんなが来てくれたことが嬉しいんでち。こんなところまで、危険な旅だったのに。ごめんね。これだけ集めるの、大変だったでしょう?」

 

 嗚咽を漏らすデーリッチ。

 その言葉を聞いていた一同は、あきれるように肩を竦めた。

 

「やれやれ、わかってねえなあ俺たちの王様は」

「ええ、自分がどれだけ愛されてるか知らないなんて贅沢な悩みよね」

「え?」

「そりゃ大変だったさ。何せ、王国民総勢二十名以上もの立候補からたった十人だけの大激戦。我こそはって誰一人として譲りやしねえ」

「おまけに先生やシノブの助力も得ての救出作戦。みんなデーリッチを助けたい一心で集まったんだからさ」

「え? え?」

「ありゃあ。まだ分からないか。それじゃあここからはマリーに交代。私は戦闘に集中させてもらうよ」

 

 そう言って獄炎を叩き込むエステルと入れ替わるように、ローズマリーがデーリッチと向き合う。

 

「……デーリッチ、見てごらん。これが君の作った人の輪だ」

 

 ローズマリーは奮闘する王国民を指さす。

 ドラゴンの巨体をニワカマッスルが殴りつけ、ブリギットの弾丸が傷口を抉る。

 

「王国という中で、君が話しかけ、勧誘し、作ってきた人の輪」

 

 ドラゴンは怒りで魔力を漲らせるが、ゼニヤッタの使い魔がそれを奪い取っていく。

 

「他人の為に笑い、泣き、話しかけ、仲間に入れ、友人となったらまた笑う。そんなお人よしが育ててきた人の輪」

 

 傷を負った仲間たちを、片っ端からベルが治療していく。

 ベロベロスがその合間を補うようにファイアブリッツでドラゴンを牽制する。

 

「馴染めない子にはよく話しかけてあげていたね?喧嘩がはじまったら、すぐに私に知らせにすっ飛んできた」

 

 ヘルラージュとミアラージュの姉妹によって放たれる風の魔法。

 窒息に苦しみ、毒に侵されるドラゴンのうめき声が響き渡る。

 その隙に、死角から飛び出たルークの短剣がドラゴンの目に食い込んだ。

 

「だから、この十人は集めたんじゃない。

 

 

 

 

 

 ――――集まった」

 

 これからも一緒に笑うため、かけがえのない友のために。彼らは自ら駆け付けた。

 

「いつかベル君が言ったね。君は仲良くなる天才だって。私以外の誰も信じていなかった君の才能を、今ではもう誰も疑いやしない」

 

 それはかつて自分達を高みより見定めようとした魔人(アルカナ)すらも同じ目線に立たせた、人の心を開く力。

 

「人の輪を作り、広げる才能……! 君こそが王に相応しい!」

 

 この暗雲立ち込める世界に光を齎す、類稀なる王の才能。

 

「君はそこで見ていてくれ。王の下に集った、十人の友の力を!!」

 

 ローズマリーの氷魔法が、ドラゴンを凍てつかせてゆく!

 

 動きが氷によって阻害され、体温の低下が機能を奪わせる。

 諸共に吹き飛ばそうとブレスを吐こうと、ドラゴンが大きく口を開けて息を吸い込んだその瞬間、何かがその口に放り込まれた。

 

 ドラゴンはお構いなしにブレスを吐き出そうとして――。

 

 KABOOM!!

 

「わわっ!」

「一度やってみたかったんだよ、これ」

 

 爆弾を投げた張本人のルークは自分の悪だくみが上手くいったことに鼻を鳴らす。

 

 轟音と衝撃に神経を揺さぶられ、爆炎で臓腑を焼かれたドラゴンは煙を吐き出し、目を回して倒れ込んだ。

 

――このターンと次のターン、ドラゴンの防御力は0になり、さらにスタンする!!

 

「さあ、総攻撃の時間だ!!」

 

 

 

『――Yeah!!』

 

 

 

 ルークの言葉に、全員が応える。

 

 

 その後の顛末など、語るまでの事もないだろう。

 

 

 

 

 

 

『夜を越して』

 

 無事デーリッチを救出したハグレ王国異世界班。

 

 時刻はとっくの前に夜になっており、山登りと激戦の疲れを癒すために野宿することになった。

 

 晩御飯は即席のキャンプ飯だったが、彼らにとってはこれまでのどんな食事よりも賑やかで美味しい食事だった。

 

 そうして食事を終え、明日の下山に備えるべく皆がテントで寝静まったころ。

 

 一人、ルークは火の番をしていた。

 

「やあルーク。交代の時間だよって、おや……」

「すう……、すう……」

「マリーさん。御覧の通りだよ」

 

 ローズマリーがルークの膝を見ると、ヘルラージュが安らかに寝息を立てている。

 最初は二人で見張りをしていたのだが、少し前にヘルラージュは寝落ちしたのだ。

 

「おっと、邪魔をしてしまったかな」

「揶揄わんといてくださいよ。ま、寝ずの番には慣れててね。こうしたことも一度二度じゃない」

「ほーう」

 

 続いてやってきたエステルがにやにやと笑う。

 

「なんだよその目は」

「いーえなんでも?」

「おいおい。皆して夜更かしか? 感心しねえな」

 

 ブリギットとミアラージュもやってきた。

 気が付けば結構な人数で焚火を囲んで座っていた。

 

「俺は睡眠自体はいらねえからな」

「私もこんな体だからね。流石にずっと起きてるのは無理だけど」

「あーあ。これじゃ見張りを交代役にした意味がないじゃないか」

 

 仕方ないので眠気が来るまで彼女たちは談笑でもすることにした。

 

「お、マシュマロじゃん。一個もらい」

「何勝手に取ってんだ。食いたけりゃ自分で焼け」

「いいじゃんケチ。うーん、トロトロサイコー」

 

 ルークが焼いていたマシュマロをエステルは奪い取り頬張った。

 文句を言いながらも、ルークは次のマシュマロを準備する。

 

「むぐむぐ……あっ、そうだ。ねえ、マリー」

「何かな?」

「あんたってさ、どうやってデーリッチと知り合ったの?」

「うん?」

「いやあ、二人を見てると大して接点とかなさそうだし、どういう経緯で仲良くなったのかなって。聞かせてよ」

「ああ、それは私も気になるわね」

「うん、そうだな。それを語るには……まず君達に謝らないといけないか」

 

 興味本位で聞いたエステルと便乗するミアラージュ。

 しかしローズマリーは神妙な顔持ちになってなぜか謝罪の言葉を口にする。

 

「え?」

「嘘をついていてごめん。私はハグレじゃないんだ……」

「え?あー……、そうなんだ」

「いきなり謝るから何かと思ったら……それ?」

「やっぱりか」

「なんだ、そんなことかよ」

 

 召喚されたハグレでは無く、帝国に生きる現地人だということを明かすローズマリー。

 だが彼女らに驚きは少ない。むしろやっと言ったかという表情の者さえいる。

 

「なんだか微妙な反応だね?」

「だってマリー、ハグレのことを"ハグレ達"って呼ぶけど、"自分達"とは絶対言わなかったもの。だから何か隠してるんだろうなって」

「それは鋭いね。今後は気を付けるよ」

 

 自分でも気が付いていなかったところから素性がばれたというのは、彼女にとっては不覚だった。

 

「ま、前々から皆分かってたことだけどな」

「え、本当……?」

「人間、相手が自分と同じかどうかってのは大体分かるんですよ。俺は一目見てハグレじゃないことは分かってたな。他の連中は知らんが、少なくとも俺が加入したころにいた連中は大体気づいてるんじゃないかな」

「それって殆ど全員じゃないかー!」

「別に隠してたわけじゃないんでしょう?」

「そうだけどもさあ……」 

 

 まあ、ハグレとつるむこと自体に後ろ指を指されるような時代だ。

 現地人ですよというよりは、同じハグレだと思わせておく方が不都合が無くて済んだというのは一理ある。

 

「それで、ハグレじゃないマリーさんはどうしてデーリッチと?」

「そうだね。まず私は家出をしたんだ」

 

 実家の薬屋は商売がうまくいかず、そのせいで親の喧嘩が絶えない日々に嫌気がさしたローズマリーは家を飛び出した。

 幼いころから父親に叩き込まれた薬の知識で生きていけると考えたマリーだったが、その浅はかさの報いは人間社会の厳しい洗礼だった。

 信用されず、食うに困って路頭に迷い、町はずれでパンを食べようとするハグレに目を付けた。それがデーリッチだった。

 

 ローズマリーの口から語られる身の上話を、エステル達は黙って聞いていた。

 

「あー、食い詰めた結果の盗みね……」

「最低だろ? ハグレ相手なら捕まらないと考えて、デーリッチのパンを横取りしようとした外道が私さ」

「大丈夫よ、もっと最低な奴がここにいるもの」

「否定はせんけどお前なあ!!」

 

 前科いっぱいのルークをエステルは指さす。

 そういう問題ではない。

 

「ルークのほうがまだマシさ。私は結局、取っ組み合いになってすぐに負けたんだ。非力な私が、幼いハグレにすら腕力で勝てるわけがないんだから」

 

 そうして何もかもが情けなくなったローズマリーは泥まみれになって泣きじゃくった。

 そこに、デーリッチは手を差し伸べたのだという。

 

「『半分こ、するでち』ってパンを分けてくれた。襲い掛かったばかりの私にだよ? どんなお人よしだよって思ったさ」

 

 そんな馬鹿はすぐに死んでしまうんだろうなと、ローズマリーは思った。

 だが、それはおかしいことだと続けた。

 優しさという美徳が、愚かしさの象徴のように嗤われる。

 お人よしという徳が、他人の得になる。

 

「その時さ、一時の気の迷いかもしれないけどこう思ったんだ」

 

――――巡り巡って、この子が幸せになれますように。

 

「私はこの一時の気の迷いを、一生の想いにしたいんだ。デーリッチの作った国が、どこまで行けるのか、私は見てみたいんだ……!!」

 

 世界地図の片隅に成り立った、お人よしの国。

 その行く末を見届けることが、ローズマリーという少女の目的なのだ。

 

 話が終わると、エステルはうんうんと頷いた。

 

「成る程ねえ。そりゃすごい話だ。先生が聞いたら手を叩いて大笑いするぐらいよ」

「え、そうなんだ……?」

 

 あの飄々とした女傑がこんな絵空事を受け入れる姿がローズマリーには想像できなかった。

 

「だって、一人で世界の終わりに抗うとか人の善性を証明したいとか言ってるどうしようもないロマンチストよ? そんなあの人がデーリッチの事を度々星と称したのも、納得のいくことだわ」

「あー……」

 

 そう言われると、一気に納得できてしまうのだった。

 

「なんにせよ、それって相当大変なことだぜ? まあ俺だって悪くねえとは思ってるけどよ」

「そうね、とても素敵な話だと思うわ」

 

 皆がローズマリーの言葉を受け入れる中、一人水を注すような発言をする者がいた。

 

「……いや、馬鹿馬鹿しい話だ」

「……ルーク」

「世の中そんな上手くいかねえさ。どうやったって自分だけ得をしようとする奴は出て来るし、そもそもお人よしの存在自体が気に入らねえ奴だっている。そういうのを俺はよくわかってるのさ」

 

 でもよ、とルークは首を横に振って自分の意見を否定するように続けた。

 

「もし、そんな馬鹿馬鹿しい夢が叶うならさ――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――そんな愉快なこと、世界中探しても他にないとは思わねえか?」

 

 と、子供のように無邪気な光を彼は瞳に宿してそう言った。

 

「…………ええ、その通りね」

「はっ、なんだお前もロマンチストか? ルーク」

「さて、どうだか?」

 

 そこまで言って、ルークはヘルラージュを抱えて立ち上がった。

 

「交替の時間はとっくに過ぎてるし、俺はこいつが風邪ひかないように寝かせてきますかね」

「ああ、よろしく頼むよ」

「そのまま襲うなよー!」

「やらねえよ!」

「ちょっと、流石にそれは許さないわよ!」

「だからやらねえって!!」

 

 

 

「……そうなんですの?」

「……起きてたんですか?」

 

 

 

 

 

 そうして彼らは何事もなく朝を迎え。

 

 麓のサイフフ村ででっかいケーキを買い。

 悠々と相互ゲートをくぐり、拠点の皆からの歓声を受けて出迎えられた。

 

 そして、ハグレ王国では国王帰還を祝うパーティが開催されることとなった。

 

 それは次に襲い来る嵐の前の静けさであったが、

 

 何が立ちはだかっても乗り越えていける。そんな確信を抱かせるような活気に王国は満ちていた。

 

 

 

 

――第2章「演者たちは一同に会する」完。




色々ありましたが、第2章もこれで終わりです。
いやー、長かった!
序章が6話、第1章が7話ときて第2章が20話と一気にボリュームが増えてしまいました。

大体はアルカナの設定を詰めていったら伸びたのですが。

ルークの昔の仲間が実際に姿を見せて、1章のアウトロで少しだけ顔出ししたジェスターも立ちはだかりと、オリキャラ達が雪だるま式に増えていきました。世界観に即しつつも自分の好きな要素を入れたキャラを考えるのはとても楽しいです。

さてこの後はアウトロに当たる掌編を書いて、第3章に繋げていこうかと考えております。

第3章は原作3章の後半、つまり帝都編に当たる部分なのですが結構がっつり変わっているというか既に色々と原作から脱線してます。そのあたり色々と悩みましたが、「通るさ、私が通す」を胸に突き進んでいくことを決めました。

それではまた。


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その34.第2章・アウトロ

敗走者たち潜む者たち』

 

 

 石材で覆われたその場所。

 どこかの遺跡と思わしき建造物の一角にある部屋。

 

 そこは奇妙なことに、黒い泥で満たされていた。

 

 沼としか形容できないそこから、何かが浮かび上がる。

 それは瞬く間に人の形を取り、極めて理知的な印象を与える男がその場へと現れた。

 

「――――」

 

 命と悪意の泡立つ感触を全身に感じながら、その男は目覚めた。

 

 わずかに蠢く粘性の液体と形容できるそれを身体に貼り付かせながら、彼は静かに立ち上がる。

 

「――――成程、このような感触か」

 

 再構成された身体。

 感覚が隅々にまで行き渡った事を、ジェスター・サーディス・アルバトロスは確認する。

 

 そうして、彼は体感的にはわずか数秒前の出来事を思い返す。

 

 かの王が転移した瞬間、その光に気を取られた僅かな瞬間でアルカナが放った魔術によって、自らの肉体が完膚なきまでに破壊された。

 

 骨格を粉砕され、臓腑を焼かれ、脳髄が端から砕け散る痛み。

 思い返すだけで腕が震える。

 再び彼女と立ち会う度にそれを味わうのかと思えば足がすくむ。

 

 ――だというのに、

 

 ジェスターの顔は、喜悦の笑みで歪んでいた。

 

 止めを刺されるあの瞬間、確かにあの女には"敵意"があった。

 骸と化す己を見下ろすそれは、自分に対する悪意であった。

 

「――クク」

 

 込みあがる感情に、思わず声が漏れる。

 

 あの時、あの瞬間、彼女は私を見たのだ。

 その事実だけでも、殺された甲斐があるというもの。

 

 ジェスター・サーディス・アルバトロスは、裡に漲るそれを受け入れる。

 

 苦痛を、殺意を、敵意を、恨みを、妬みを、嘆きを、悲しみを。

 

 ありとあらゆる悪意が彼の糧だ。

 

 それが沸き上がるのは世界の影より生じる黒い泥。

 

 存在を貶められたもの。

 忘却の彼方に押しやられたもの。

 

 生きとし生けるもの全てから廃棄される悪性情報は己の血肉と化し、さらなる力となってジェスターという魔術師を構成する。

 

「――馬鹿な」

 

 着実に力が増す快感に浸っていると、唐突に召喚士がここに現れた。

 ホムンクルスに導かれてこの部屋を訪れた彼は、目の前にいるジェスターの姿が信じられないようだった。

 

「――マクスウェルか」

「お前、死んだ筈じゃ」

「ああ、確かに私は死んだな。あの女の星光に身を裂かれ、完膚なきまでに敗北を喫した。それはまぎれもない事実、私の落ち度だ、君にも責める権利はあるだろう。同志マクスウェル」

 

 彼――マクスウェルは、確かにジェスターが敗北したことに当たり散らし、アプリコの手でアジトに担ぎ込まれた。そうしてホムンクルスたちの案内で、この部屋を訪れたのだ。

 

 だというのに、当のジェスターが生きてこの場にいる。

 上半身を吹き飛ばされたはずなのに、彼の彫刻めいた体には一分の欠損も感じられない。

 自分が一度死んだことを何の問題も無いように話しかけてきたジェスターに対して、マクスウェルの思考を困惑が埋め尽くす。

 

「だったら、何で」

「自分の死に備えておかないのは二流の魔術師ということだよ。業腹だが、私と奴の実力差は重々承知の上だった。故にこうして、次の身体を用意しておいたのだよ」

 

 かろうじて捻り出した言葉に、ジェスターは偽りなく答えた。

 欠損が生じた時のためにスペアを用意する。それは自分の命も同じ。

 たったそれだけのことだと言うジェスターを、得体のしれない怪物を見るような目でマクスウェルは見る。

 

「……まあ、つまりは蘇生の術式を編んでいたにすぎない。この奥義を破られない限り、私の肉体は混沌より再構成され続ける。死の痛みというリスクさえ呑んでしまえば、私は事実不死身なのだよ」

 

 簡単に言うジェスターだが、果たしてその死の痛みに耐えられる者がどれだけいるのだろう。

 自らの死の感触を説明できる者はハグレ王国のミアラージュか、あるいは形なき泥で身体を構成する冥界の支配者ぐらいのものであれば、幾度もの死を越えんとするジェスターもまた、人ならざる領域に足を踏み入れる存在なのだろう。

 

 人倫を度外視したジェスターと、圧倒的なまでの火力を誇るアルカナ。

 対立する両者に共通しているのは、常軌を逸した魔術を操ると言う一点である。

 

 自分の理解が及ばぬ相手を前に、マクスウェルはそれ以上の追及をやめて今後の作戦についての話題を振ることにした。

 

「……まあいいさ。アンタが死んでいなかったっていうならそれでいい。それで? 次は何をするんだい?」

「ああ。それは――――」

 

 ジェスターは次に動くべき時を言おうとしたが、それは部屋に入ってきたホムンクルスによって遮られる。

 

「ジェスター様。お客人です」

「――そうか。丁度良い、同志マクスウェル、君もついて来たまえ」

 

 今まさに説明しようとしていた人物がやってきたのだから、続きはその後の方が良いと考え、ジェスターは来客の元へと向かう。

 部屋から出てしばらく進み、開けた場所に出る。そこには一人の男が佇んでおり、ジェスター達の姿を見るや否や頭を下げ始めた。

 

「ややっ。これはこれはジェスター様。ご機嫌はよろしいようで」

 

 それなりの位に座る人物がやってきたことに、ジェスターも僅かに面食らった。

 

「……ハグルマ殿。貴方が直々に来られるとはな」

「ははは。ハグルマは上から下まで直々の営業が売りですので」

 

 背広を纏い、七三分けの髪形に黒縁メガネ。

 名前をウォルナット・ハグルマという、おおよそ特徴をなくした格好のビジネスマンは、深海種族を崇める邪教、ハグルマ資本主義教団の敏腕営業マンにしてこの大陸での経済活動を取り仕切る資本卿だ。

 

「このような形での打ち合わせとなってしまい申し訳ない」

「いえいえお構いなく。この場所は我らが偉大なるハグルマ様の住まう深階によく似ておられますれば、わたくしどもからすればむしろ居心地が良いのですよ」

 

 人間と同じ出で立ちではあるものの、彼は純粋な人間とは言い難い。

 それもそのはず。

 彼はハグルマ教徒の中でも高位に位置する資本卿。

 既に深海の邪神の依り代として、その身にはおぞましき深人(ディープワン)の特徴が表れ始めているのだ。

 

 もしその手袋を外せば、霊長類にあるまじきヒレが生じていることが確認できるだろう。

 

 マクスウェルからしてみれば、人に生まれながらなぜサハギンなどという魔物に近づこうとするのかを理解できなかったが、だからと言ってジェスターが協力関係を結んだことに異を挟むほど彼は無能でもなかった。

 

 最早、帝都で自分が地位を築き上げるのは難しい。ならば、彼らの計画に加担して新しく成立するであろう国家の重鎮としてのポストを得る方が望みはある。それに自分の気に入らない相手が失墜するというのだから、一石二鳥というものだ。そうマクスウェルは考えていた。

 

「早速仕事の話といこう。頼んでいた例の物は?」

「はい。発注された魔導鎧四個小隊分。数字にして12ダースを納品可能でございます」

 

 水晶洞窟にて投入された魔導鎧。

 それを12ダースも製造したのだという。

 なんと恐るべきハグルマの技術力か!

 

「特型はどうなっている?」

「そちらも問題なく。しかし特注品ゆえ、実際に装着してからの調整となりますが……」

 

 若干申し訳なさそうに語るウォルナットを、ジェスターは寛容に笑った。

 

「良い。元々対象はこちら側で用意する手筈ですので。それにしても良い仕事をしてくれた」

「ええ。ええ。それもこれもあの忌々しい種族を駆逐するためならば」

「エルフか。私としては旧き神秘を尊ぶ種族だが、君達にとってはそうではないと」

「我らからしてみれば、あのようなヒトがエルフを名乗るなどおこがましいにもほどがあります」

 

 これは不可思議な話ではあるのだが、

 彼らハグルマがこの世界に召喚される前の世界。

 百万大迷宮と呼ばれたそこに住まうエルフという種族はハグルマの崇める深海種族の名前であった。

 同じ名前を持っておきながらも全く異なる生態を持ち、深海の種族を唾棄するこの世界のエルフは、彼らにとっては一刻も早く滅ぼしたい種族なのだろう。

 

「まあ、そちらの信仰についてはあまり口を挟まないでおこうではないか」

「ええ。私達を結ぶのはビジネスですから。あなた方は資金と設備を我らに融資してもらい。対価として我ら教団は大陸の販路を拡大できる。実にWIN-WINの関係といってよいでしょう」

 

 サハギンを顧客とし、対立種族であるエルフとの戦争を狙っていた彼らは、ジェスターが持ち出した白翼の技術とマクスウェルが復興させた古代技術を融合させ、こうして兵器として量産化に成功させた。

 

 そして今度は、勝手に召喚したくせに自分達を危険思想と判断し*1、特許を奪い締め出そうとした帝国をも侵略しようというのだろう。そうすれば莫大な経済基盤を乗っ取ることができ、偉大なる神へ捧げるための金もさらに稼ぐことができると言う寸法だ。

 

 帝国の破壊と新生を目論むジェスターからしても、優れたテクノロジーの使い方を知るハグルマは好まいものだった。

 

 深く付き合うならば確執も起ころうが、今の所は同じく帝国の革命を最終目標とする同盟相手。いや、取引相手と言ったところだ。

 

「さて。私どもはこうして注文通りの品を納めたわけですが……次なるお考えのほどはいかに?」

「そうだな。我らの存在は帝都の知るところとなった。であれば計画を次の段階に進めるとしよう。エルフとサハギンの全面戦争は秒読み。帝国とて静観を決め込んでいられまい。そこが我々のねらい目だ」

 

 そこで、ジェスターはマクスウェルの方を向いた。

 

「君には帝都に行ってもらおう。少し、持ち込んでもらいたいものがあるんだ」

 

 

――全てを混沌の渦に飲み込まんとする計画は、着実に進んでいた。

 

 

 第3章『帝都動乱』へと続く。 

*1
邪神信仰はどうあがいても邪教なので当然といえば当然なのだが



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第3章【帝都動乱】
その35.波濤戦士


第3章開幕。
初っ端から次元の塔6層です。
またまた出てくるオリキャラ達。


『波濤戦士』

 

 デーリッチを救出してから数日後。

 

 アルカナとシノブの二人は帝都へと帰還した。

 

 アルカナは召喚士協会として今回起こった事態を帝国へ報告するため、シノブは研究を進めるため設備の整った協会が適していると、それぞれの理由でしばらくは帝都に身を置くことになった。

 

 エステルとシノブは別れを大層惜しんだものの、強く引き留めるような真似はしなかった。

 恐らくは、そう間を置かずに会うことになるだろうなという予感があったから。

 

 革命軍(暫定名称)に参加するハグレや召喚士くずれが近いうちに動きを見せるだろうというアルカナの見解に、ローズマリーやプリシラ、ジュリアなど知略に優れる者達も賛同し、いつでも対応できるようする必要があった。

 

 丁度その時に飛び込んできたのが恒例の次元の塔の解放の報せ。

 

 次元の塔6層はなんと冥界であった。

 何を言っているのかわからないと思うが、恐らく誰にも分からない。

 

 何せ人間が生きている間ならば訪れることのない世界。

 悪魔や魔物の本拠地と言っても過言ではなく、生息する魔物の強さも桁外れ。

 危険度は宇宙や地底と比べても段違いのA級危険地帯だ。

 

 しかし鍛錬の場を求めていたハグレ王国にとってはうってつけの場所とも言え、この空白期間を有効活用しようと彼らはデーリッチとローズマリーに率いられ、冥界へと繰り出したのであった。

 

 繰り出した。のだが……

 

「寒いですわー!」

「そんな露出度高い恰好で来るからですよ」

「だってどてらは無理って言われたんだもーん!」

 

 冥界の寒さにヘルラージュは悲鳴を上げる。

 どてらを着ようとしたが防御力の関係で却下されてしまい、泣く泣く秘密結社の仕事着の上にフレアバキュームを羽織っている。だが炎耐性が上がるだけで、寒さには何の役にも立たないのであった。

 

「ヘルさん。皆様が寒さに耐えているというのに我儘を言ってはいけませんわ」

「ゼニヤッタさんは平気でしょうね! 悪魔ですもの!!」

「あら。これはうっかり」

 

 泣き言を漏らすヘルラージュをゼニヤッタが嗜めようとするも、氷耐性持ちが言ったところで意味はない。

 ルークは改めて今回のパーティを確認する。

 ニワカマッスル。雪乃。こたつドラゴン。ゼニヤッタ。ヘルラージュ。ミアラージュ。そしてルーク。

 

 見事に寒さをどうにかできる人ばかり集まっている。

 

 ニワカマッスルは筋肉が熱を放っているので彼の周りが妙に温い。というか生暖かい。

 ゼニヤッタは冷気を操る悪魔なので冥界とかむしろ実家のような感覚なのだろう。

 ミアラージュは半分死体だから冷気はともかくとして寒さはある程度までは平気である。あ、今くしゃみした。

 こたつドラゴン?こたつに入っている時点でお察しだ。

 

 あと雪乃も超薄着なのにけろっとした表情で立っている。

 『あの子って一見人間っぽいんだけど、実は雪の妖精で種族が違うんだよなあ』というのを皆に改めて実感させる瞬間だった。

 

「そんなに寒いならこたつに入ればいいじゃん。入れてあげるよ?」

「私がこたつに入った状態で歩けるとお思いですの!?」

 

「……ふっ、修業が足りなかったか」

「そんな修行したがる奴は殆どいないだろ」

 

 それはヘルラージュにとってとても魅力的な申し出だったが、すぐに欠陥に気が付き却下する。

 こたつを背負って歩ける者など後にも先にもこたつドラゴンぐらいのものだろう。

 

「……仕方ないですね。それじゃこれでも羽織っててくださいよ」

「わーい! ありがとう!!」

「いいってことですよ」

 

 ルークは自分のジャケットを脱いでヘルラージュに渡した。彼が現在装備している竜鱗アーマーは、暑さも寒さも軽減してくれる優れものなので、上着一枚程度なら問題ない。

 

「こいつ……ヘル相手だと途端に出来る奴になるわね」

「なるほど。そうやってポイントを稼いでいくのか。なら俺も寒さに震えているお姉さんに筋肉の暖かさを分けてやれば……」

「マッスルさんって頼りになりますけど、たまに論外ですよねー」

「わかるー」

「えっ!?」

 

 女性陣からの評価が一気に冷え込んだニワカマッスルであった。

 

 

 

 

 

 

 冥界の魔物をなぎ倒していき、聳え立つ城の中へ入ったハグレ王国一行。

 飾り気など無い冥界から打って変わって、豪奢な内装が彼女達の目の前に広がる。

 

 あまりの豪華さに一行は面食らって一瞬言葉を忘れる。

 

「おおっ。これは……」

「今までに見てきた中で最も豪華だな」

「ゼニヤッタちゃんのお家みたいだね」

「むしろそれ以上かも……?」

「ええ。私よりも高位の悪魔が住まわれているのでしょう」

 

 次元の塔2層に召喚されたゼニヤッタの屋敷。

 それを知る面々には、この屋敷がそれ以上に豪華であることが分かる。

 ゼニヤッタ自身、ここに住まう存在が自分よりも上の存在であることを空気で感じ取っていた。

 

「ようこそイリス様のお屋敷へ!」

「おおっ。メイド悪魔……!!」

 

 一行を給仕服姿の悪魔が出迎える。

 服の上からでもわかるナイスバディにニワカマッスルが思わず鼻を伸ばす。

 

「冒険者の方でございますね? 当屋敷では現在闘技大会を開催しておられます。腕に自信のある方は是非振るって参加くださいませ!!」

「闘技大会?」

 

 デーリッチの疑問にええ、と使用人悪魔は頷く。

 

「現在我らが主イリス様のご意向により、様々な場所、種族を問わず腕に自信のある方をお招きしておられるのです」

「へぇ……」

「見たところあなた方も冥界を抜けてきたご様子。であれば一度参加されてはどうでしょうか?」

 

 同じ悪魔も従えているようですしね?と使用人悪魔はゼニヤッタを見て言った。

 悪魔が仲間に加わっている、というのはそれだけで強者のステータス。しかも契約も無しに悪魔が自ら人間に従っている。つまり純粋な力関係で屈服させたということであり、そのことを見抜いた使用人悪魔は、これほどの強者を見逃すわけにはいかないと積極的に勧誘していく。

 

 それは主人が開催した祭りを盛り上げようという意図によるもの。

 

(これほどの逸材、もし招き入れたらボーナスも弾んでもらえるわね)

 

 個人的な欲も結構あった。

 

「それ、参加するといいことあるの?」

「勿論。成績に応じて景品が振舞われる他、優勝者には主様直々の歓待をいただけるとのことです」

「どうするでち?」

「ふむ……もう少し話を詳しく聞こう」

 

 その後も色々と話を聞いていき、命の保証もされるという事なので一行は参加してみることにした。

 

「面白そうじゃねえか。行こうぜ、デーリッチ!」

「私達に適う相手なんでしょうね?」

 

 なんだかんだと皆やる気に満ちており、祭りごとが大好きな王国民の気質がよく表れている。

 

「じゃあ一度見に行ってみようかな。 どこからいけばいいでち?」

「そこの魔法陣に入ればすぐにでも」

「わかったでち。みんな、いくでちよー」

「いってらっしゃいませ。 ……よっし!これでボーナスよ!!」

 

 一行の姿が消えた後、ガッツポーズをする悪魔の姿があったとか無かったとか。

 

 

 

 

 

 

 闘技場には様々な種族が見受けられ、冥界のうすら寂しさが嘘のように活気に満ちていた。

 

「あらいらっしゃい。貴方達もエントリー希望者ね?」

 

 案内に従って受付に向かえば、悪魔が受付嬢をしていた。

 これまた別嬪なのでニワカマッスルが鼻を伸ばす。 

 

「あのー、闘技大会のエントリーはここでいいんでちか?」

「その通りよ、この闘技場で勝ち抜いてランクを上げていくの。最初は一番下のDランク。連勝していけばC、Bと順調に上がっていけるわ。

 そうして一番上のAランクでの戦いで頂点に立った選手が栄光あるチャンピオンになれるのよ」

「ふむふむ」

「せっかくだし、エントリー前に試合を見に行ったらどうかしら? 丁度今から、Aランク昇格の試合が始まるのよ」

「どうする?」

「無料なら見に行ってもいいだろうね。大会に参加するなら、敵を知ることも大事だし。特に反対しないよ」

 

 ローズマリーの許しも得たので、一行は観客席へと向かう。

 

「うわっ。結構混んでるでちね……」

「皆、散り散りにならないように纏まって歩くよ」

 

 観客席はその殆どが埋まるほどにごった返していた。

 

「はいはいはーい! どっちが勝つか張った張った」

「あと5分で発券終了よー!」

「流石は悪魔の闘技場だな。堂々と賭け事が行われてるよ」

「ハピコのやつを連れてこなくてよかったな。最悪、王国の金全部賭けられてたぞ」

 

 チケットを発行する悪魔が観客席を行き来する様を見て、自国の守銭奴がこの場にいなかったことを良かったとローズマリーは心の底からそう思った。胴元に回って荒稼ぎして財政管理をややこしくするのがローズマリーには目に見えていた。

 

「オッズはAチーム1.05、Bチーム3.0!」

「選手の詳細は掲示板を見てちょうだいね!!」

「特にAはあの竜人族! さあ張った張った!!」

「竜人族……」

 

 竜と人の合いの子である竜人族。

 強力な力を持つ希少種族であり、こたつドラゴンもそれにあたる。

 当の彼女は、対戦表に書かれた名前を見てぶるぶると震えていた。

 

「こドラちゃん?」

「ぶるぶるぶる……Aの選手。リューコちゃんだ……」

「知り合いかい?」

「うん。学校にいた時のクラスメイト。お金持ちで、すごく強くて、すごく怖いんだ」

「あー、いますよねクラスに一人はそういうの……」

 

 かつて自分を馬鹿にしたリューコの荒々しい様子を思い出して、こたつに潜りだすこたつドラゴン。

 雪乃もそう言ったスクールカーストの生々しさには思い当たる節がある様子。

 

「まさしくエリートってことか。そんな奴と戦うのは一体誰――――」

「えーと、ラプスって選手だね。彼女も拳一つで全試合を勝ち抜いてきた相当な強者って前振れだ。しかし、竜宮海底人? 聞いたことのない種族だな……」

 

 ローズマリーはリューコの対戦相手の種族が聞き覚えが無いと言う。仲間達も同様のようで、もしかしたらハグレなのかもしれない。

 

 そんなふうに一行が思いを巡らせている傍らで、

 

 

 

「――――Bに1万ゴールド」

 

 

 

 ルークはためらいなく近くにやってきた悪魔へと金貨の入った袋を手渡した。

 

「え、ちょ、ルーク!?」

「そんな大金ぶっこむとか正気か!?」

 

 仲間達が制止するのも最もである。

 

 リューコが強力なのは見て分かるが、相手の素性、実力は不明。 

 闘技場を勝ち抜いてきたことから相当な猛者であることは予想できるが、それでもそんな大金を勢いよくつぎ込むのはどう考えても無謀だ。

 

 だがルークは既にチケットを受け取っていた。

 

「い、今からでも遅くありませんわ! 早くチケットを払い戻してきなさい!」

「だ、駄目だよぉ。リューコちゃんとても強いんだから。相手が誰だか知らないけど勝てるわけ……」

「問題ありませんよ、リーダー」

 

 確信を持ってルークは自分の上司に告げる。

 それを見て、ヘルラージュはルークの顔を真っ直ぐ見た。 

 

「……大丈夫なんですね?」

「ああ。俺を……、いや、あいつを信じろ」

「わかりましたわ」

 

 その言葉だけでヘルラージュが判断するには十分だった。

 

「ちょっと、ヘル!?」

  

 いくらなんでもそれは甘すぎるのではとミアラージュは妹の判断を疑う。

 だがヘルラージュには分かっていた。

 

 ルークがラプスという選手について、確信を持って勝つと言った根拠が、

 

 

 

 明らかに相手を知っているような素振りでの言い方の意味を、

 

 

 

 彼の目を見れば、その答えはわかっていた。

 

 

 

 

 

 

「レディースアンドジェントルメン! さあ始まりました本闘技大会Aクラス決定戦! 選りすぐりの猛者が戦うこの試合! 会場全体が震えております! 実況は私、ミャーミヤコ。そして解説はジョルジュ長岡さんに来てもらっております!」

「おう。任せておきな」

 

 司会を務める女悪魔の隣に座るのは、筋骨隆々に太い眉毛が特徴の胴着を来た巨漢である。

 

「さて今回の対戦カードはこちら!

 

――Aチーム、リューコ選手!

 

 これまでの試合をすべて勝ち抜いてきたという実力者! 竜種への変身能力を持っておりそのパワーは圧倒的! 相手は果たして変身後の姿を拝めるのか!?」

 

 そうして進み出てきたのは、赤い髪の女性。 

 炎の如き赤で染めたその恰好は、挑戦的な視線と相まって非常に暴力的だ。

 

「――Bチーム、ラプス選手!

 

 『波濤戦士』の異名を持つ彼女は、同じく全ての対戦者を一撃で沈めてきた深海の猛者! その技の冴えを今日も私達に見せてくれ!!」

 

 同じく闘技場に現れたのは、黒に近い褐色の肌に青紫の髪をした、胴着姿の女性。

 絶世の美人とも呼べる整った顔立ちをしており、何より目を惹くのが、枝分かれした立派な角である。

 しかしその片方は折れており、痛ましくも相当な修羅場を潜ってきたことが伺える。

 

 奇妙なことに、竜人としての特徴は彼女の方が有していた。

 

 バトルフィールドの上に立つは、赤と青、二人の猛者。

 互いに睨み合い、開始の合図を待っている。

 

「いかがでしょう解説のジョルジュさん。このお二人とは以前に選手として対戦したとのことですが、その時の経験から何か言えることは?」

 

 武術家であり求道者であるジョルジュは、闘技大会にエントリーし、リューコ、ラプスの両名と対戦している。つまり二人の戦い方を知る選手として解説役にはこの上ない適任であった。

 

「そうだな。赤い嬢ちゃんは見ての通り相当な大きさだ。吊り目に八重歯と合わさってまさしくデカい乳がナイスだ。対して褐色肌の姉ちゃんもかなりの持ち主。鍛え上げられた筋肉で持ち上げられたその二つの山、初めて見た時にゃあ俺が長年振り続けてきた右腕が震えて動かなくなるぐらいの圧力を放っていたぜ」

「すみません。何の話をしていらっしゃいますか?」

「そりゃあ勿論、おっぱいだろ?」

 

 おっぱい求めて30余年。

 高く振り続けてきたその右手と、それに伴って鍛え上げられた全身の筋肉。

 彼もまた、一人の武龍(ドラゴン)なのであった。

 

「誰ですかこいつ選んだの!? 絶対人選ミスでしょ!!」

「それはそうと、君も中々ナイスおっぱいじゃないかミャーミヤコちゃん。どうだい一回揉ませてもらえないでしょうか?」

「悪魔なので特にセクハラ厳禁とかはありませんが、今は試合の話をしてください!!」

「……そうだな。リューコは確かに強いぜ。古今東西、赤い竜は力の象徴よ。人間の姿でもパワーは優れてるが、竜形態になった時の劫火が一番やばい。それに竜体は単純にデカいから、ただ対策した程度じゃどうにもならねえ。やはりレベルを上げて物理で殴るのが一番だろうな。その点で言えばラプスの姐さんはそれの極致だ。俺の身体を正面から吹き飛ばした一撃。あれは荒れ狂う海のような暴力を清流のごとき静かな技の流れに乗せて放たれる。どんなに堅固な門だろうと、あれは容易く砕くだろうさ」

「つまり?」

「どっちが勝ってもおかしくねえってことだ」

 

 二人を見るジョルジュの冷静な分析。

 何度か試合を沸かせた実力者である彼の言葉に、観客も固唾を呑んで見守る。

 

「成る程、ありがとうございます!それではAランク昇格戦。果たしてさらなる高みに登る猛者は一体どちらになるのか!レディー、ゴー!!」

 

 試合開始のゴングが鳴った。

 

 

 

 

 先に仕掛けたのはリューコだ。

 

 一息にて距離を詰めて殴りかかる。

 ただそれだけなのだが、並大抵の相手ならばこれだけで決着がつくだけの威力を誇る。

 しかし、ここに立つのは彼女と同じ決勝進出候補。

 

 それも、また同様に鎧袖一触の如く対戦者を倒してきた相手。

 

 ラプスはリューコの拳を愚直に受け止めるような真似はせず、左腕を添わせるようにして受け流す。

 

 その威力を推進力へと変えて跳躍し一回転。

 リューコの延髄めがけて空中回し蹴りを放つ。

 

「がッ……!!」

 

 リューコは急いで振り向きガードすると、想像以上の重さに思わず目を見張る。

 衝撃は破裂音となって響き、リューコは数メートルも後ろに吹き飛ばされる。

 

 ラプスは着地し、僅かな接触で左腕に伝わってきた感触に喜悦の笑みを浮かべる。

 対するリューコは、自分の耐久力を軽々と貫かんとする相手がいたことに驚愕を隠せない。

 

「いい拳だな。クソババアよりは軽かったが、大したものだ」

「……ふん、てめえの蹴りも中々やるじゃねえか」

 

 無論どちらも先の攻撃は全力ではない。

 互いに様子見の牽制。それだけでもこれまでの試合とは全く異なるレベルのやり取りが繰り広げられたことに観客の間にどよめきが走る。

 

「うらぁ!!」

 

 再び突撃したリューコの水平蹴りが足を刈り取ろうとする。

 ラプスはこれを回転しながら跳躍して回避。そして繰り出される踵落し。

 

「シャァ!!」

 

 リューコは己の頭目掛けて振り下ろされたそれをかろうじて回避し、斧めいたラプスの足が地面を砕いて突き刺さる。

 

『おおおおおおおッ!!』

 

 すさまじい威力に沸き立つ観客。

 今までにない力のぶつかり合いを見るためにやってきた彼らにとって、この戦いはまさしく求めてやまないものだった。

 それは勿論、強者との戦いを求めてやって来た彼女たちも同じーー!

 

「面白えじゃねえか……!!」

 

 リューコの乱打をラプスは捌く。

 迫りくる拳を受け流し、返す刀で放たれる蹴りが拳に阻まれる。

 

「ぐはっ……!!」

「ごっ……!!」

 

 数十回の攻防の末、リューコの拳がラプスの顔面を捉え、ラプスの蹴りがリューコの鳩尾に突き刺さる。

 

「おおっと!激しい攻防が続いておられましたがここで両者互いにクリーンヒット!」

「ラプスの姐さんが技量で勝る分、リューコの嬢ちゃんは竜種としてのパワーが売りになる。顔面に受けたのは後々に響いてくると思うぜ」

 

 そう語るジョルジュだが、実際の形勢はご覧の通り。

 息を切らしているリューコと、血色の痰を吐き捨て、殴られた箇所を手で触って威力を確かめるラプス。

 半竜として並外れたスタミナを持つリューコだが、ラプスの拳は強靭な外皮を貫いて内部に衝撃を与えており、想定外に彼女の体力を削っていた。

 

「なあ、そろそろお前の変身を見せてくれてもいいんじゃねえか?」

「言われなくても見せてやらあ……っ!!」

 

 人間態のままでは耐久性に難があると判断し、リューコは様子見をやめて全力を出すことにした。

 

「おおおおおおおおッ!!」

「……ッ!」

 

 高まる気に空気が揺れる。

 ラプスは飛び下がってさらに距離を取った瞬間、先ほどまで彼女がいた場所には赤い竜の前足が存在した。

 

 人の何倍もの大きさの赤き竜。

 

 暴虐を形にしたようなその巨体こそ、竜人の中でも貴種に位置するリューコの真なる姿であった。

 

「おおっ、竜になった!」

「竜人は人と竜の二形態を自在に使い分けられる。本気を出した証拠だろうね」

 

 迫力あるその威容に、観客たちが沸き上がる。

 

「いけー、リューコ! そのまま潰しちまえーー!!」

「ひるむなラプス!! その図体地面に沈めちまいな!!」

 

 観客たちが好き放題に野次を飛ばす。

 拳と拳のぶつかり合いもよいが、様々な種族が戦い合う闘技場の醍醐味はここからだと歓喜に満ちる。

 

「へえ……」

 

 常人ならば気圧されるだろう竜の威圧を正面から受けて尚、ラプスの目には怯えの表情は微塵とてなく。

 ようやく手ごたえのある相手が出てきたかと、挑戦的な視線で睨み返した。

 

「その余裕ぶった顔が歪むのが楽しみだぜ、……スーパーインフェルノ!!」

 

 リューコの口から炎が迸る。

 竜の代名詞とも呼べるブレス。あらゆるものを灰に変えると自負する必殺の劫火にてリューコ勝負をつけにかかった。

 灼熱のブレスに呑まれ、ラプスの姿が観客席から見えなくなる。

 

「おいおい、あのラプスって嬢ちゃんやられちまうんじゃねえのか?」

「んなこたねえよ」

 

 ニワカマッスルの心配するような声をルークはばっさりと切って捨てる。

 

「あいつの本気はここからだよ」

 

「どうした!? 喉が焼かれて声も出せねえか!?」

 

 ブレスを吐きながら、リューコが勝ちを確信したように笑う。

 しかし、ラプスは単身冥界を踏破する実力の持ち主。この程度の危機は何度だって乗り越えてきており、気でブレスを防御しながら、上等だと不敵な笑みを浮かべる。

 

「――水龍槍」

 

 ラプスの腕にまとわりつく螺旋状の水流。気を水として具現化したそれは勢いよく腕から射出されながら龍の形となって回転し唸りを上げ、そして槍となって炎を貫いた。

 

「ぐわあっ!?」

 

 ブレスを突き破って飛んできた鉄砲水はリューコの顔面に命中し、リューコは反射的に目を閉じてしまう。それによって生じた隙を見逃さず、ラプスはリューコの懐にもぐりこんだ。

 

「な、てめえ!」

「リューグー我流奥義……」

 

 リューコが気づいて迎撃しようにももう遅く、

 ラプスの踏み込みが大地を陥没させ、そして。

 

 

 

猛 龍 硬 爬 海(もうりょうこうはかい)!!

 

 

 そうして放たれた一撃。

 これまでに見せてきた蹴りではなく、掌底。

 

 大地を踏みしめ、そのエネルギーを一点に放つ。渦巻く水龍気を纏った渾身の掌底が深紅の巨体に突き刺さる。

 龍が荒れ狂う海を突き進むかの如き一撃は、赤い竜の身体を問答無用で吹き飛ばした。

 

「ぐ、おおおおおおっ!?」

 

 己の身体の中を荒れ狂うエネルギーが蹂躙する未知の感覚にリューコは苦悶の声を上げる。

 そのままリューコの巨体はコロシアムの壁に激突し、盛大に土煙を上げてその姿は見えなくなる。

 

「きゃああああ!?」

「あのバカっ、観客席(こっち)まで揺らしやがって!!」

 

 地震の如き衝撃が観客席に伝わる。

 バランスを崩したヘルラージュを支え、ルークはラプスに対しての悪態をつく。

 

「リューコちゃんはどうなったじゃん!?」

 

 竜すら吹き飛ばす威力の大技が決まったことで観客席がざわざわする中、次第に土煙が晴れる。

 

 そうして露わになったリューコの姿に、観客は目を向けた。

 

 彼女は人間形態に戻っており、その顔は目、耳、鼻、口から血を垂らしている。かろうじて立ってはいるものの、その両足は震えており誰がどう見ても重症であることは明らかだ。

 

 それでも、ぎらついた目に宿った闘志は僅かにも衰えず。

 ラプスは残身で身構え、彼女をリューコは睨みつけて殴りかかろうと一歩前に踏み出し――――

 

 

 

――――そして、倒れた。

 

 レフェリーが駆け寄り、容態を確認すればリューコは完全に気絶していた。

 

 

「リューコ選手、ここでノックダウン!」

「竜変化でブレスを放ったのが選択ミスだったな。一番の火力だったんだろうが、大技ってのは隙もデカい。ブレスを盾にして小技で隙を作り、懐にもぐりこんだ姐さんが一枚上手だったな」

 

 リューコが取るべきだった選択は巨体を活かした格闘術。

 受け流しの難しい一撃を与え続ければ細身のラプスを押し切れたかもしれず、その判断を誤った結果が敗北だったとジョルジュが分析する。

 

「これにて勝者が決定しました!」

――――ワアアアアアアァァァァ!!

 

 黙って勝負の行方を見守っていた観客席から一斉に歓声があがる。

 素晴らしい戦いを披露してくれた二人の選手に向けて、惜しみない拍手が浴びせられる。

 

「ほ、本当に勝ったな……」

「な、言ったろ?」

 

 竜人すら肉体一つで下すという圧倒的な力を見せつけたラプスに対して驚愕する王国の面々。

 無論ルークからしてみれば、考えるまでもない結果だったわけだが。

 

「ま、俺の見る目にかかればこれぐらいは朝飯前ですよ」

「とか言って、単純に彼女が知り合いだっただけでしょ」

 

 大博打を当てたことで得意げになるルークだが、ミアラージュに指摘されてばつが悪そうな顔つきになる。

 

「ま、そうですよ。別に隠す事でもありませんからね」

「というと、彼女も例のチームの一員だったのかい?」

「そうだな。あいつも俺や旦那のチームの一人だったのさ」

 

 そう言ってルークは、懐かしさに満ちた目でラプスを見下ろす。

 ラプスも観客席から自分を見つめてくる相手に気が付き、怪訝な目を向けるもそれが誰かを理解した途端、嬉しそうに獰猛な笑みを浮かべた。

 

 

 

 ――波濤戦士ラプス。

 

《夜明けのトロピカル.com》の一員としてルークと共に大陸を駆け抜けた、大馬鹿者の一人である。




〇ジョルジュ長岡( ゚∀゚)
「おっぱい!おっぱい!」
ブーン系からの名有り脇役その1。
かなり前からこいつが出ることは決まっていた。
何気にリューコの竜形態を引き出している。

〇ラプス
「クソババアはいつかぶっ殺す」
ルークの昔の仲間。7話で言ってたのは彼女のこと。
親と喧嘩別れして故郷を脱走してきたらしく、一体誰に似たんだとは親の愚痴である。
レプトスのような陣スキルを使わない代わり、攻撃スキルの威力が凶悪化している。


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その36.拳を交わして育まれる友情ってあるけど大体ろくなものじゃない

オリキャラとの戦闘回。


「いやあ、儲けた儲けた」

 

 3万ゴールドの配当金を受け取り、ルークはほっくほく顔でカウンターから一行のもとへ戻ってきた。

 

「臨時収入♡臨時収入♡」

 

 秘密結社のポケットマネーが増えたことにヘルラージュもおおはしゃぎ。

 これだけでも充分な収穫であり、当初の目的を忘れてしまいそうではあった。

 

「私達がここに来た目的、忘れてないでしょうね?」

「そうだよ、試合も見たことだし私達もエントリーの手続きを……ん?」

 

 なにやら医務室のほうが騒がしいことにローズマリーが気が付く。

 すると、突然医務室の扉が蹴破られ、何者かが飛び出してきた。

 

 その人物はハグレ王国を見るや否や走り出し、床を蹴って跳び、こちら側――ルークに向けて足を伸ばす形で飛び込んできた。

 つまりは飛び蹴りだ。

 

「うわわっ!?」

「――――シッ」

 

 突然のことに慌てる一行だが、ルークはほぼ反射的に腕を絡め、勢いを殺さずにそれを投げ飛ばした。

 

 その人物――ラプスはそのまま壁に激突するかと思われたが、逆に蹴り返して着地する。そして何事もなかったかのようにルークの側へと歩いていった。

 

「……久しぶりじゃねえかルーク!!」

「相変わらず物騒だなラプス! 殺す気かてめえ」

「この程度は挨拶じゃんかよ、それともこの程度すらいなせねえほどなまくらになったか?」

「そういうお前は鋭さ増してんじゃねえか! 何だよ昔より強くなりやがって、危うく死ぬとこだったわ!」

「ははははは!!」

 

 ざわめく群衆を気にも留めず、肩をバシバシを叩き合ってルークとラプスは再会を喜ぶ。

 あの殺人的な格闘術の応酬を、スキンシップの一環だとばかりに流した二人を、流石のハグレ王国の面々も唖然として見ている。

 

「それで、そこの奴らはお前の連れか?」

「ああ。皆、改めて紹介するよ。こいつはラプス。昔のチームだと荒事担当だった」

「おう、あたしがラプスだ。よろしくな!」

「あ、どうも……」

 

 ラプスは先ほどの光景に未だ衝撃を受けている面々に挨拶する。どうやら彼女はあまり周りの事を気にしない性格らしい。

 

「しっかしデカくなったじゃねえか!」

「前と変わってねえよ」

「そうか? そんな洒落た服着こんで偉くなったのかと思ったが」

「生憎、まだ冒険稼業でね。これが仕事着なんだよ」

「はあ? そんな動きづらそうな服で冒険者やってんのかお前?」

「いや、意外と機能性抜群だぞこれ」

「マジか」

 

 ルークの昔を知る者からすれば、彼の礼服姿につっこみたくなるのはお決まりらしい。

 悪役っぽい衣装ということで考案された服なのだが、ヘルのセンスが多分に発揮された結果として仕立ての良い服であることが一目で分かるようになっていた。

 

「それで、お前はなんでこんな場所(冥界)にいるんだよ?」

「出場するために決まってんだろ。こいつらとな」

「へー……、ほーう……」

 

 ラプスは興味深そうにハグレ王国の面々をまじまじと見やる。

 ルークが新しい仲間を見つけたことへの興味か、あるいは自分と戦うことになるであろう者達の品定めか。特に「らしい」ニワカマッスルに視線を合わせた時には、目が光ったようにも見えた。

 

「ま、期待しとくよ。精々駆け上がってきな」

 

 その口ぶりからするに、どうやらある程度は眼鏡にかなったらしい。

 

「逆に聞くけどお前がここにいる理由って」

「武道大会だが?」

「デスヨネー(こいつ変わってねえな)」 

 

 ラプスがルークのチームメンバーとして活動していた時の動機も武者修行である。

 どうやら、故郷でこっぴどく負けた相手に勝つために強くなることが目的だという。

 それはチームが解散した後でも同じらしい。

 今も昔も変わっていない仲間の様子に、ルークは少し安心したのだった。

 

「あのー、ラプスちゃんはハグレなんでちか?」

「うーん、そうなるのか? ま、どっちでもいいけどな」

「な、なんか今までとは違う反応だね??」

「どうせ地上の人間が勝手にそう呼んでるだけだしな。あたしからすればそういう区別はどうでもいいし」

 

 ハグレかどうかをローズマリーが問いかけてみると、何とも不明瞭な答えが返ってきた。

 ラプスからすれば、自分がハグレという意識は薄い。

 ルークの記憶では、ラプスの種族認識は、故郷の外に住む自分以外の人型種族は全部人間、ぐらいのざっくりした認識だったことを覚えている。

 獣人であるアプリコすらも人間と捉えていたことから、多種族との関わりが薄かったのだろう。

 

「こいつ、海の底に住んでたって話だよ。」

「じゃあ元々いた亜人系の種族なのかな?」

 

 そんな推察をルークが説明すると、ローズマリーも納得する。

 妖精やエルフのように、ハグレという概念が生まれる前からこの世界に住んでいた人間以外の種族というものは存在する。恐らく彼女もそうしたものの一つなのだろうとローズマリーは推測した。

 

「そういう風に思ってくれればいいよ。

 

 それよりもさ、お前たちもしかしてあのハグレ王国か?」

「ご存知だったんですか?」

「そりゃあ、あたしも色々歩きまわってんだ。噂の一つ二つ耳にするさ」

 

 各地を行き来する旅人は得てして情報通である。

 武道家であるラプスもまたハグレと扱われる身。修業のために大陸を旅している折にハグレ集落に世話になる事も多く、王国の噂を各地に住むハグレ達の間から聞いていたのである。

 

「まさかルークが加わってるとは思わなかったけどな」

「成り行きだよ成り行き。居心地いいのは確かだけどな」

「それで、今はそこの子供がリーダーってわけか?」

「いや、デーリッチは王様だけどよ、俺のリーダーじゃねえよ」

「んん?」

「こっちこっち」

 

 そう言ってヘルラージュを指させば、ラプスは驚くように目を見張った。

 

「何? お前一丁前に彼女なんてできたのか?」

「おうどう言う意味だコラ」

 

 言外に女との縁がないだろうと言われ、つい端的な暴言が飛び出す。

 食ってかかるでもない反応でラプスもガチなのだと理解した。

 

「悪かったよ。それでどういうわけだ」

「色々説明すると長くなるんだが……一言で説明すれば秘密結社だ」

 

 いきさつを説明するのも面倒なので、チームを解散した後に組んだパーティとだけ伝える。

 

「ほーん。結局似たようなことやってるのね」

「羨ましいか?」

「別に。あたしが参加してた理由はおっさんへの恩返しだし」

 

 これはルークもよく知らないことなのだが、

 ラプスは故郷を出奔してからすぐに命の危機に逢ったらしく、その際に色々とルークの恩師であるエルヴィス大徳寺に世話になったという。

 その恩義を返すために、彼女はルーク達と冒険者パーティを組んでいた。

 

 なのでそのエルヴィスが死亡した以上は、果たす義理もないということで、武者修行に専念したいとラプスはパーティから離脱したのである。 

 

「ま、お前が元気してるならいいことだよ。あたしのダチが世話になってるみたいだね。よろしく頼むよ」

「は、はい!」

 

 ラプスに肩を叩かれ、ヘルラージュは謎の緊張感に襲われつつも返事を返した。

 

「それで、試合に出るんだろ? ならそろそろ行きなよ。多分闘技場の掃除も終わってる頃だろ」

 

 闘技場はラプスの攻撃の余波で色々破損しており、その修繕のため次の試合が遅れていたのだった。

 

「最短で駆け上がってきてやるから覚悟しとけよ」

「それはこっちのセリフだ」

 

 まだ一回戦にも出場していないのだが、彼らの中では決勝で戦うことは既に決まっているのであった。

 

 

 

 

 

 

「Aチーム! 期待のホープ!ハグレ王国!」

 

「Bチーム! おっぱい求めて30年! ジョルジュ長岡!」

 

 問題なくエントリーを果たしたハグレ王国。

 

 彼女達の最初の対戦者は、リューコとラプスの戦いを解説した武道家だった。

 

「あ、解説にいた人だ」

「めっちゃ常連ぶってた割にランク最低じゃねえか」

「散々な言いようだな、あんたら……」

 

 つまるところ、この男――ジョルジュ長岡は一回戦目でラプスやリューコに負け続けてランクが上がっていないのだった。

 

 とは言え、油断はできない。

 彼はおそらく、実力としてはDランクに収まる器ではないのだから。

 

「生憎かわい子ちゃん揃いだからって手加減はしねえよ。俺だって昇格がかかってるんだ、覚悟しな」

 

 そうして闘気を漲らせるジョルジュ。放たれる威圧感は姿を一回りほど大きくなったかのような錯覚をデーリッチ達に与える。その巨体から繰り出される一撃を魔法使いが受ければ、ノックアウトは間違いなしだろう。

 

「うへえ。ありゃ一撃でも受けたらひとたまりもなさそうだ」

「でも見た目通り物理攻撃と防御が大きそうだから、マッスルとこどらを前にしてに魔法で攻めていけばいいだろう」

「あれ、もしかして対策万全だったりする?」

「パーティで来てる時点で察しろよなー」

「よし来い、同じ筋肉を持つ者として語り合おうじゃねえか!!」

 

 試合開始を同時にニワカマッスルがジョルジュと四つに組み合った。

 いきなりのパワー対決に観客が沸き上がる。

 

 そうしてひきつけている間に、炎に氷、風と魔法が撃ち込まれる。

 

 ニワカマッスルに足止めを任せ、魔法で一気に畳みかけてしまう作戦の滑り出しは順調だった。

 

「おいおい……、てめえらよお。

 

 

 

 ――――甘えんだよ」

 

 などということはなく。

 

 

 殺到する魔法を前に、ジョルジュの殺気が膨れ上がる。

 

「――っ、皆さん下がって……ッ!?」

「きゃあ!?」

「痛あ!?」

「ぐおっ!?」

 

 魔法使い達は咄嗟の反応が遅れ、痛烈な一撃を受けることになった。

 見れば、ニワカマッスルも吹き飛ばされている。

 

 一体何が起こったというのだろうか?

 

「全く。俺だって自分の弱点ぐらい分かってるっつーの。

 

 

 当然、対策への対策だってしてあるに決まってんだろ」

 

 ジョルジュの右腕に絡みつく、鉄の蛇。

 

 龍の意匠が施された鎖による猛打によって、組み合っていたニワカマッスルも含め、前衛を薙ぎ払ったのである。

 

「く……っ、回復の準備を!!」

「大丈夫か!?」

 

 ローズマリー*1が判断ミスを悔やむ間はない。

 鎖によって身を打たれたラージュ姉妹やゼニヤッタが下がり、デーリッチとルーク、そして雪乃が前に出る。

 

「そらよっ」

 

 ルークの突撃をジョルジュは躱す。

 当然だがこれは囮。

 

「カタナシュート!」

「ぐおっ!!」

 

 続いて雪乃がシュートした雪だるまがジョルジュに命中する。

 

「いってえ!雪なのにめっちゃいてえ!!」

「だって雪なんて固めたら氷じゃん」

「それもそうか!」

 

 ツッコミを入れつつも攻撃の手が休まる様子はない。

 

 タックルを仕掛けてきたニワカマッスルをジョルジュは躱しながら鎖を飛ばし、空振ってバランスを崩したニワカマッスルの身体に巻き付ける。

 

「しまった!」

「そらよっ!!」

 

 そのままニワカマッスルの巨体を一本背負いの要領で投げ飛ばす。

 赤い巨体が半円を描く。遠心力を上乗せされて叩きつけられたニワカマッスルは地面へとめり込んだ。

 

「うぐぅ」

 

 呻き声を上げながらも戦闘不能とまでは行かないのは流石のタフネス。

 しかし衝撃は脳を揺らす。硬直(スタン)で仲間の盾となるために立て直すのには時間がかかるだろう。

 

「当たれぇ!」

「シューティングバブル!」

 

 雪乃が麻痺毒の矢(バジリスクアロー)を放ち、デーリッチが水魔法を繰り出す。

 

「そらそら!」

「きゃあっ!」

 

 雨あられと降り注ぐ弾幕。

 ジョルジュは自分に命中するものだけを正確に撃ち落としていきながら反撃を放つ。

 空中で自在に変化するその挙動は、明らかに物理法則を無視している。

 

 どうやら分銅鎖のように先端の遠心力で攻撃するのではなく、自律的に駆動できる鎖そのものが武器らしい。

 

 本来の用途道理の拘束によし。

 振り回して飛び道具の迎撃によし。

 そして腕に巻きつけて即席の籠手によし。

 

 中々武道家向きの装備と言えるだろう。

 

「チャチな飛び道具なんざこれで撃ち落としてやんよ!」

「それならこっちも秘密兵器を出すでち! カモンこたっちゃん!!」

「わかったじゃーん」

 

 そうして進み出るはハグレ王国の誇る対物理最強兵器。

 そう、こたつだ。

 

「がっつーん」

「へぼっ!?」

 

 こたつの天板で跳ね返された鎖がジョルジュの顔面にぶち当たる。

 まさかこたつで反撃を喰らうとは思ってもおらず、ジョルジュはたたらを踏む。

 

「――――シッ」

「ぐわあっ!?」

 

 そうして隙の生じたジョルジュを背後からルークが斬り付ける。

 無防備な背中にざっくりと切り傷が刻まれる。

 

 鎖によって巻き上げられた土煙に乗じて姿を消したルークはジョルジュの背後に回り込んでいた。

 完全に気配を遮断した際のルークは、相当な達人か魔術の類を用いでもしない限り発見することは困難である。

 

 虚を突かれたジョルジュは、いきなり現れて攻撃を加えたルークのほうについ意識が向いてしまう。

 繰り出された鎖を最低限の動きで回避しつつ、ルークは警告を与えた。

 

「てめえ!」

「おおっと、俺に注意を向けてていいんですか?」

「……まさか!?」

 

 その言葉の意味を理解したジョルジュが振り向くも、既に準備は完了していた。

 

「オープンパンドラ!」

 

 デーリッチによって蘇生された魔法使い達。

 全員TP100が完了しており、既に気合十分である。

 

「それじゃあ、百倍返しといこうじゃない……魔神降ろし!」

「あっ」

 

 そして発動する超絶魔法強化。

 ヘルラージュにはさらに倍でドン!

 

「ホワイトローズ」

「ヘルズラカニト!」

「舐めんな!全部叩き落してやれば……」

 

 全力で迎撃しようとジョルジュは鎖を振るおうとした。

 しかし、鎖は動かない。

 それどころか、鎖がジョルジュの意に反するようにして彼の身体が引っ張られていく。

 

「……は?」

「ほーら、これのことかな?」

「おう、綱引き勝負といこうじゃねえか!!」

 

 ルークが示した先。

 復帰したニワカマッスルが、鎖を腕に絡ませ力強く引っ張っていた。

 

「て、てめえええええええ!!」

 

 鎖が絡まる右腕が引っ張られてバランスが崩れる。

 いくらタフネスに優れるとは言え、無防備な状態で容赦も情けもない魔法が叩き込まれてしまってはどうしようもなく。

 

「お前ら……、いい勝負だった、ぜ……」

 

 その(おっぱい紳士)はリングに沈んだのであった。

 

「ジョルジュ選手、ここでノックアウト!

 

 ジョルジュVSハグレ王国は、ハグレ王国の勝利となりました!

 白熱した接戦の中、僅かな隙をついての勝利! 

 やはりジョルジュ選手を打ち破るのは強者の証か、それとも強者とばかり当たる彼の不運か?

 

 それではハグレ王国の方々、ここで勝利の一言を!」

 

 と、ミャーミヤコがハグレ王国に振る。

 どうやら勝者として何らかのパフォーマンスを求められているようだった。

 

 ちょうど前線に立っていたルーク達が顔を見合わせる。

 

 少し考えて、ここは秘密結社として勝利のポーズを決めることにした。

 

 

「チョロいぜ」

「甘いわね」

「チョロ甘ですわね」

 

 

「あー!? デーリッチの台詞取られた!?」

 

 秘密結社の三人が締め、歓声と共に第一試合は幕を閉じたのであった。

 

 

 

 

 

 

「いやー、負けた負けた。完敗だぜ嬢ちゃん達」

 

 試合後。

 医務室で治療を受けながら、ジョルジュはデーリッチ達に向けて笑いかけた。

 

「そっちも強かったですよ。いくら人数差の補正があるとは言っても、八人がかり相手にあの立ち回りは中々のものかと」

 

 ローズマリーもまた彼の健闘を称える。

 

「ここでソロで参加してるやつは大体これぐらいできるぜ。

 特に、ラプスの姐さんなんかはそうだ。

 姐さんと戦った奴にはテンプルナイツっていう6人パーティがいたんだけどよ、誰一人として有効打を与えられず1分で潰されたぜ」

 

 曰く、

 魔法使いと騎士による回復と防御のローテーションを得意とする難攻不落の陣形を、ラプスは意に介さず一人ずつ倒していったという。

 まさしく一騎当千である。

 

「本当にすごい人なんですねぇ」

「やるやる。あいつならやるわ」

 

 ルークからしてみれば、その程度の大立ち回りは昔に散々見たものである。

 一人で盗賊のアジトに乗り込んで制圧してくるぐらい朝飯前にやってのける女だ。

 今更騎士団の一つ二つ叩き潰した程度じゃ驚きもしない。

 

「まあ、ラプスさんについてはひとまず置いておこう。

 どのみち後二回勝たなきゃ彼女にはたどり着けないんだしね」

 

 まずは目の前の相手に勝たなければならないと、ローズマリーは一行に呼び掛ける。

 

 既に対戦表は組まれている。

 ハグレ王国の準備ができ次第、挑戦するつもりだ。

 

「次の対戦相手について教えてくれないか?」

 

 受付悪魔に二回戦目の選手について尋ねると、答えが返ってきた。

 

 

 ダイミョー柚葉。

 

 

 和国から来たという女侍が、次の対戦相手だった。

*1
戦闘メンバーにいないのにマリーさんがアドバイスを出していますが、セコンドみたいなものだと思ってください。




〇ラプス
一人称はあたし。
サバサバ系の姐さん肌。
ルークをよくスパーリング相手にしており、ルークが打たれ強いのは彼女のおかげと言っても過言ではない。

〇ギガース山賊団とテンプルナイツ
前者は既に戦った相手。
後者は単調な戦闘描写になると思い出番ごとリストラされました。

〇ジョルジュ長岡
格闘家。ギャグキャラとして動かすのはもうちょっと後。
自在に操作できる鎖を補助武器として用いている。
対戦相手が悉くボスキャラばかりで一回戦負けが続いていたくじ運の無い人。
皆も抗い護るで検索しよう!


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その37.サムライユズハ

 和国。

 

 帝国の存在する大陸から東に向かった果てにある極東の島国。

 

 閉鎖された環境下にて独特の文化を培っており、帝国でも和国から輸入されたものを取り扱う専門店だって存在する。

 

 色々と特徴的な文化を誇る国ではあるが、その中でも一つ取り上げて言うのであれば。

 

 和国から出てくる武人は、べらぼうに強いということだ。

 

「……とまあ、私はダイミョーとなるべく旅をしているわけだな」

 

 二回戦目に対戦することとなった和国人の柚葉。

 

 自らをダイミョー*1と自称する彼女は、開始早々にデーリッチを覇気が足らぬと挑発。

 そのまま試合開始の合図が鳴る。

 

 ――同時に、柚葉の目にも留まらぬ抜刀がデーリッチに襲い掛かった。

 

「あぶねえっ!?」

「むう、大将を落とそうと考えたのだが。成程、守りは盤石か」

 

 幸いにもニワカマッスルが構えた赤い盾、カリビアンシールドによって防がれたが、その場にいた誰もが反応できない速度で攻撃を仕掛けてきたという事実が動揺を走らせる。

 

 慌てて各々が得物を構えるが、既に柚葉は次の一手を繰り出していた。

 

「ウィンドブレスト!! ……いたあっ!!」

「ひゃあっ!?」

「きゃあ!?」

「あぶねえっ……!? サンキュー、リーダー!」

 

 落花落葉の刃。目にも留まらぬ速さで戦場を横断するその技は、鮮やかに咲く花も、青く茂る葉もいずれ等しく落ちる無常さのごとくハグレ王国を切り裂いた。

 速読詠唱を行ったヘルラージュによる風の支援が間に合い、間一髪でルークはこれを回避できた。しかし他の仲間が受けたダメージは大きい。

 

 ずば抜けた瞬発力から放たれる、鋭く重い刀の一撃。

 

 これがダイミョーとして君臨する実力かと戦慄する中、柚葉の口から衝撃の事実が語られる。

 

 なんと彼女、大名ではなくただの浪人だったのだ。

 そりゃこんなところにいる奴が一国一城の主なわけがない。

 

 サムライからダイミョーにレベルアップするために旅をしているというのだが、これがどうにもうさん臭い。

 

 ローズマリーの頭の中で強者=変人の図式が出来上がっていく。

 

 つかみどころの無い立ち振る舞いは相手のペースを乱す戦術として一般的なのだろうが、血反吐を吐きながら二属性の魔法を身に着けた身としては、どうか素であってほしいと願うのは決して間違いではないだろう。

 

 そんなどこか抜けた当人の性格とは裏腹に、戦闘は苛烈さを増していく一方。

 

「そらっ!」

「む、小癪な」

 

 ルークが左手で投げ放った投げナイフを柚葉は刀で叩き落し、一息で距離を詰め寄ってヤキニクソードを振るう。

 胴を狙ったその一撃を、ルークは右手の短剣で押しとどめる。

 柚葉の並外れた俊敏性に対応できているのは、現状ではルークのみだ。

 

 だが、ルークも柚葉の攻撃を目で追えているわけではない。

 彼女の攻撃がどこに来るのを無意識に感知した結果、身体が咄嗟に防御を成功させているのだ。

 魔法の才能には恵まれず、武術も決して覚えが良いと言えないルークだが、悪運の強さと、勘の鋭さについてはハグレ王国の中でもずば抜けていると言って良いだろう。

 

「ほう、これも防ぐか」

「おらああ!」

「ちょいさーっ!」

 

 反射的にとは言え、柚葉は自分の一撃を防がれていることに感心する。

 そこに、ニワカマッスルが振り上げた剣の一撃が襲い掛かる。

 これを柚葉は防ぎ、続いて雪乃が蹴り上げた氷塊が降り注ぐ。

 

「ぐああっ……!」

 

 流石に躱すことができずに柚葉は被弾する。

 そこへ畳みかけるようにしてラージュ姉妹が魔法を唱えた。

 

「「レイジングウィンド!!」」

「ぐぬう……! 中々やるではないか……!!」

 

 吹き荒れる風がその華奢な身体に切り傷を刻んでいく。

 だが柚葉は臆することなく、今まさに魔法を使った彼女達に向けて突撃する。

 

 ……と見せかけて、背後から武器を奪い取ろうと忍び寄っていたルークの右手を取り押さえた。

 

「手癖が悪いな」

「やっべ……」

 

 和の国には無刀取り、という技がある。 

 相手に急接近して武器を取り上げる技であり、その技を知る柚葉はルークの行動にも対処することができた。

 ルークは己の軽率な行動が失敗だと悟った。得物を強奪するのは確かに効果的だが、一歩間違えればそれはむしろ致命的な隙を晒す事にもつながりかねないのだ。

 だがその反省は時すでに遅く、絶好の隙を見せたルークに柚葉は刃を向けた。

 

「まずは一人……むっ」

「何やってんのよ、スノーストーム!」

 

 致命的失敗(ファンブル)を晒したルークをカバーするように、ミアラージュが魔法を放つ。

 そのままなら斬られる筈のルークだったが、魔法への防御を優先した柚葉によって鳩尾を蹴り上げられ、強制的に距離を開けさせられるだけで済んだ。

 

「げほっ、げほっ……」

「ルーク君、立てますか?」

「ああ、すいませんね。リーダー……」

「もう、無茶はやめてちょうだい」

「……肝に銘じます」

 

 ヘルラージュのウィンドヒールによってルークは態勢を立て直す。彼女と出会って以降、即座の回復ができるこの魔法には助けられてばかりだ。

 そんなヘルラージュから嗜められて、ルークは気恥ずかしさで顔を背けつつ、柚葉への対抗策を考える。

 

「いやあ。彼女、半端なく強いっすわ」 

「やっぱりそう簡単にはいかないわよね」

「ま、対処法は分かったけどさ」

「あら。奇遇ね」

 

 柚葉の脅威はその圧倒的な俊敏性だ。

 とにかくこちらが後手に回され、回復も支援も追い付かない。

 だが物理型の例に漏れず、魔法に対する抵抗力は低いのだろう。

 魔法を使うメンバーを重点的に狙っているのがその証拠だ。

 

 となれば、やることはただ一つ。

 足を引っ張れば良いのだ。

 

 まず動いたのはミアラージュだ。

 彼女は柚葉の俊敏性を奪うべく、古神交霊術による忌まわしき呪いを柚葉へと与える。

 

「時の迷宮にご招待」

「むっ、面妖な……」

 

 午後十三時の迷宮。

 都市伝説に名高き学校の怪談の一つがここに再現される。

 対象の時間間隔を狂わせる呪いを受け、見て分かるほどに柚葉の動きが鈍くなった。

 

「それだけではございませんわ」

「アイスブーメラン!」

「雪コロニー落とし!」

「ぐぬぅ…!?」

 

 最早こちら側と同等の素早さでしかない彼女の動きは容易に捉えられる。

 仲間達にも攻め時と理解して総攻撃を仕掛けた。

 

 背後に回り込んだゼニヤッタが放った氷。

 そこに秘められた悪魔族に伝わる邪毒は只人である柚葉の身体を侵していく。

 そうして動きがさらに鈍くなったところに氷塊が飛来する。

 

「なんの、これしき……」

「げ、まだ動くんでちか!?」

 

 敏捷低下、麻痺、それに加えて体温の低下。

 並みの戦士ならば碌に動くことすらままならないだろうというのに、柚葉の闘志には僅かな揺らぎもない。

 

「あと一押しだ、やれ!」

「うおおお!」

「一度ぐらいはがんばるじゃーん!」

 

 ルークが三連撃を放ち、こたつドラゴンも武器を振るう。とどめにニワカマッスルの大地を割るようなパンチがその体に突き刺さった。

 

 

 この闘技大会では殺傷は禁止だが、それを考慮しても決して浅くない傷が刻まれる。

 

「……」

 

 だが、柚葉は倒れない。

 

 柚葉がよろめきながら、腰を落とす。

 魔法で打ちのめされ、深く切り裂かれていながら、尚二つの足で血を踏みしめる。

 

 そして、刀を握る力はより強く。

 

 鋭い眼光が、最も近くにいた相手を射抜いた。

 

「奥義――」

「しまった、ルーク――!!」

「あっ、やべ」

 

 

「一以貫之の剣」

 

 繰り出されるは、目にも留まらぬ六連撃。

 今までにない速度で距離を詰めた柚葉を前に、ルークは防御姿勢を取る間もなく――、

 

 

 

 

 ぐぐ~~う。

 

 

 

 

 ピタリ。と、ルークの眼前で柚葉の動きが止まる。

 

「……は?」

「むう、しまった。こんな時に……!!」

 

 手痛い一撃を覚悟していたルークは突然の事態に目を丸くする。

 刀を振るう直前。突然何かが唸るような音が鳴り響いたかと思えば、柚葉は右手で腹を押さえて膝をついたのだ。

 やっぱりダメージを無視できなかったということだろうか?

 それとも油断させるための策か?

 警戒を解かずに、皆が次の行動に備える中、柚葉は悔し気に口を開いた。

 

「お、おなかがすいて、うごけぬ……」

「……は?」

 

 予想外の言葉に、仲間達も観客も唖然とする。

 

 そして。

 

 

 

 

 ぐぅ~~~~。

 

 

 

 

 柚葉の言葉を裏付けるように、腹の虫が二度目の空腹を訴えたのだった。

 

 

 

 

 

 

「あいやかたじけないもぐもぐ。これからはもぐおぬしらの為にもぐもぐ刃を振るおうぞもぐもぐもぐ」

「食べながら喋らないでください!」

 

 あの後、デーリッチが持っていたおにぎりを差し出し、その心意義に感動した柚葉は負けを認めた。

 そして恩義を返すとしてデーリッチに仕えると半ば強引にハグレ王国の仲間入りを果たしたのだった。

 

 なんとも締まらない終わり方を迎えた2回戦だったが、しかし得るものは大きかったとルークは無理やり納得させる。実際、柚葉の実力は文句なしだ。仲間に加わってくれるというのならこれほど心強い話はない。

 

「とりあえず雪乃ちゃん。柚葉さんを王国に送るからよろしくね……」

「え、私ですか……?」

「では案内を頼むぞ雪乃殿」

 

 微妙な顔をしながらも、承諾した雪乃は柚葉を伴ってパンドラゲートで王国へと戻っていった。

 

 それで、次にハグレ王国と対戦する選手はというと――

 

「ぶるぶるぶる……」

「こたつちゃんがまた震えてるでち」

「仕方ないよ。なにせ相手はあのリューコだ」

 

 そう。彼らは三回戦の相手については既に知っている。

 

 エリート竜人、リューコ。

 

 こたつドラゴンと因縁のある彼女と次に戦うのであった。

 かつての恐怖が蘇り、こたつドラゴンは震える。上に乗った湯呑もガタガタと音を鳴らしており、視覚的にもその震え具合がよく伝わるだろう。こたつ的には接合部が緩むので勘弁してほしい。

 

「大丈夫でち。こドラちゃんもかなり強くなったでち、今こそ見返してやるんでちよ」

「でもぉ……」

 

 デーリッチの言う通り、こたつドラゴンはかつての頃とは段違いに強くなった。

 それはハグレ王国の皆が保証する事実だ。

 

「何、全力でやって負けたとしても、差が埋まったのが分かれば次につながるさ」

 

 それでも、こたつドラゴンはリューコに敵わないかもしれない。

 だが少しでも相手に食らいつくことができたのなら、それだけでも勝負を挑んだ甲斐がある。

 ローズマリーの言葉に、こたつドラゴンも自信を持ち始める。

 

 今でも、昔に受けた仕打ちが頭をよぎる度に足がすくむ。

 だが、ここで逃げてしまえば昔から一歩も踏み出せなくなったまま。

 

 だがそれは一人での話だ。

 今のこたつドラゴンには仲間達ができた。

 彼らの力を借りることで、その力は何倍にもなるだろう。

 

「とは言え、私達は彼女に負けてあげるつもりはないけどね?」

「勿論ですわ。私達が目指す相手はその先にいるのですから」

 

 ラージュ姉妹の言う通り。

 彼女に苦戦しているようでは、ラプスに勝つなど夢のまた夢。

 

「よーし。こうなったら()()()を試してみるでち!」

「あの技って?」

「ああ! ゼニヤッタちゃんとの合体技のこと?」

「そうでち」

 

 こたつドラゴンのやる気を出させるべくデーリッチがそう宣言すると、詳細を知らないルークが首を傾げる。

 当の本人はその技についてすぐに理解したが、今度は別の不安によって身を震わせる。

 

「うーん。でもあの技、まだ未完成だし……」

「じゃあ今、次の試合で完成させるでち!」

「ぶっつけ本番かよ……」

「おやおや、ルーク君はこれまでに数々の主人公が戦いの中で技を編み出していったのをご存知ないでちか?」

 

 未完成の技を戦いの中で完成させる。

 デーリッチはそんな王道の展開に賭けるのだった。

 

「大丈夫ですわ。私も精一杯の力を尽くしてみせます」

「ゼニヤッタちゃんもこう言ってるでち。この心意義を無駄にするんでちか?」

「うぅ……」

 

 ゼニヤッタも王国に来て友人になってくれたこたつドラゴンの雪辱を晴らすべく、持てる力の全てを出すことを誓う。

 仲間たちの厚い心を目の前に、こたつドラゴンの心に火が灯った。

 

「わ、わかった! 精一杯やってみるじゃん……!」

 

 

 

 

 

 

 そうして、三回戦の幕が開く。

 

 リューコはハグレ王国の中にいるこたつドラゴンを見るや否や、目を丸くした後に嗤うように話しかけてきた。

 

「ははっ。誰かと思えばおちこぼれのこドラかよ。俺と当たったのが運の尽きだったなあ?」

 

 男勝りな口調。上から目線の物言い。格下と嘲るような視線。

 それら全てが嫌な記憶を呼び起こすものの、こたつドラゴンは勇気を振り絞ってその赤目を睨み返した。

 

「ううっ……。だけど、負けないじゃん!!」

「はっ、よく吠えるじゃねえか。しかし残念だけど、様子見とかする気はねえんだよ」

 

 リューコはそこで一旦言葉を止め、観客席のほうに視線をやる。

 そこには自分を負かした張本人が座っており、ハグレ王国との戦いを面白そうに見物していた。

 しかもその表情からするに、期待しているのは自分ではなくハグレ王国の方。

 そう、自分は落ちこぼれと蔑み下に見ていた相手が徒党を組んでいるハグレ王国だ。

 

 ……何もかもが気に入らなかった。

 自分が竜の血を引いてもいない相手に敗れたことも、その相手が弱者の集団に期待しているということも。

 何もかもが、腹立たしい。

 

「さっさと上に登ってあいつにこの傷の借りを返してやるんだからよぉ!!」

 

 その言葉の一瞬後、リューコは竜形態へと変身を終えていた。

 ラプスにコテンパンにされた屈辱か、あるいはハグレ王国を無意識に警戒したのか、リューコは最初から本気を出すつもりらしい。

 

 だが、彼女の雪辱を晴らそうとする意志は、残念ながらあっけなく挫かれてしまうのであった。

 

「スーパーインフェルノ!!」

「作戦開始!」

「こういう大一番に呼んでくれるの、やっぱり真打ちって感じでいいわね!」

 

 事前に呼ばれてきたエステルさんのファイアーウォールにてスーパーインフェルノを防ぐ。

 

「よーし、準備準備!」

「スタミナイレイス!」

「緊張してきた……」

「では、行きますわよ……」

 

 場を整えようと、ありとあらゆる妨害と支援がこたつドラゴンに降りかかる。

 その間にこたつドラゴンがこたつに入り、禍神降ろしにが付与されたことを確認してゼニヤッタがこたつを振り回す。

 

「行きますわよ、こどらさん!!」

「うおおおおおおっ! やってやるじゃーん!!」

「なんだ……?」

 

 リューコが訝しむ中、ゼニヤッタとこたつの回転数はどんどん上がっていき、つむじ風が舞い上がる。

 観客席にまでその風圧が届き始めたあたりで、その合体技が炸裂する。

 

「こたつカタパルト、発射!」

「こどら、いっきまーす!!」

 

 そのままゼニヤッタの腕からこたつが射出される!

 回転しながら宙を舞うこたつ。待て、それはそういう使い方じゃない。

 

「こ、こたつが飛んだあああああああああ!?」

「な、なんだそりゃあ!?」

 

 予想外の絵面に、観客席から驚愕の声が挙がる。

 リューコも面食らいながらも、このまま撃ち落としてやらんとブレスを吐き続ける。

 だがこたつはリューコのスーパーインフェルノのギリギリ上を滑るように飛んでいく。

 眼下の劫火におびえながらも、こたつドラゴンは意を決して霧のブレスを吐いた。

 するとおお、なんという事だろうか!

 霧のブレスによる推進力で、こたつの速度がさらに増したのである!!

 

「見ろ、こたつが……!」

「こドラちゃんの冷気と、リューコの熱気がぶつかり合って……」

 

 そしてさらに驚くことに、霧のブレスとスーパーインフェルノが衝突したことによって上昇気流が発生!追い風となってこたつをさらに加速させたのである!!

 

「これは……! いつものこたつカウンターの威力がゼニヤッタのパワーによる回転で2倍! それに二つのブレスがぶつかったことによる相乗効果の2×2で8倍! それがクリティカルヒットすれば、最終的な威力は16倍にまで昇る……!!」

 

 ローズマリーが冷静に技の威力を分析すると、当初の想定以上の威力が出ることに体が震えだす。観客も震える。レフェリーも震える。

 

 そんな質量兵器こたつが風を裂いてリューコの顔面へと突き進んでいく。

 

 リューコもまさか、あのこたつドラゴンがラプスと似たような芸当を行うとは思っても見なかったのだろう。

 

 唐突に視界を埋め尽くしたこたつの天板に反応する間もなく、リューコの意識は真っ黒に閉ざされた。

 

 めきょり、と嫌な音がする。

 竜の外皮を凹ませて、こたつの角が突き刺さる。

 竜鱗の衝撃吸収などなんのその、その角張りはダイレクトに痛みを内部へと伝える。

 その衝撃っぷりたるは、見た者に星が舞うエフェクトを幻視させたほど。

 

 脳を揺さぶられ、巨体を支えるバランスを失ったリューコが地に沈む。

 

 こたつはどういう訳か原型を保ったままで着地し、少し後にのそのそとこたつドラゴンが這い出てきた。

 

 ――これぞ合体技、こたつカタパルト!

 

「こたつカウンターが通用しない相手にもこたつカウンターを決めたい!」という要望にお応えして編み出されたゼニヤッタとの合体技。いわば、能動的こたつカウンター。

 

「あっちからこないならこっちからぶつかればいいじゃない」という大変頭の悪……いや革新的発想からこの技は誕生した。ゼニヤッタの剛腕によって投げたこたつを、中に入ったこたつドラゴンが軌道修正することで的確に相手の急所にこたつの角をかち当てる技である。(物理/投擲属性) 

 素直にこたつカウンター以外の技を使えばいいじゃんというごもっともな意見も上がったが、やはり物理攻撃に対して強力無比な性能を発揮する以上は、どこでだってこたつのポテンシャルを引き出してあげたいのが真のこたつ使いだとこたつドラゴンは断固として譲らなかった。こたつ使いって何だろう。

 欠点として、こたつカウンター状態でなければ発動しない点があげられるが、そもそもこたつカウンターを物理攻撃以外にも当てるための技なので問題はない。

 

 そうして研究が開始されたこの技は、始めはこたつドラゴン一人で研究していたのだが、いいアイディアが思いつかず、それを見かねたゼニヤッタが手を貸したことによって完成したという心温まるエピソードを持つ。

 なお、こたつを投げ飛ばしてみようという悪知恵を吹き込んだのはちょうど王国を訪れていたアルカナである。

 

 リューコはそんな合体技をもろに喰らい、背中から倒れた。

 竜の巨体は見る影もなく、人型に戻った彼女は額に大きなたんこぶを作り、顔の上で小鳥が輪を描いて舞っている。

 

 開始わずか1分で勝者が決まった。

 

「しょ……、勝者、ハグレ王国チーム……」

 

 あまりに奇天烈な攻略方法に、観客がぽかんと口を空ける中、ラプスが手を叩いて笑っていた。

 

 

*1
大名。大名主のこと。つまりは領地を持つ武士のことで、将軍に取り立てられて大名となる。




ラプス「m9(^Д^)プギャーwwwwwwww」

〇こたつカタパルト
わざわざまともにやり合うわけがない。
闘技場の真の覇者はこたつ説、あると思います。


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その38.蒼海の龍

水着イベントのネタバレが一部含まれます


 約5年前。

 

 その日、リューグー海底都市でとある事件が発生した。

 リュージンの長アリウープと、その直娘ラプスによる大喧嘩である。

 

「ラプス! この大馬鹿者が!! 今回ばかりは許さぬぞ!!!」

「煩え、このクソババア!!」

 

 アリウープの怒号と、ラプスの咆哮が街に響き渡る。

 それを聞いたリュージン達はまたか……と思いつつ、自分達の日常へと意識を戻す。

 

 

 リューグー海底都市は穏やかな都市である。敵対種族の存在はあれど、ここ数年はそうした争いごとも無く平和な日常を送っていた。

 

 そこに生まれたアリウープの直接の娘であるラプスは、類稀なる闘争心と好奇心を持ち合わせる戦士の才能に溢れたリュージンだった。言い換えれば、これまでにない問題児だった。

 

 武術の腕をめきめきと伸ばしたラプスは退屈な日々に飽き飽きし、自分の限界を知ろうと自らの知らぬ環境を求めた。それは深海にある自分たちの街の外。つまり地上だ。

 

 リュージンが地上へ出ようと望むのはアリウープにとっても珍しい事では無い。己の子孫に教育を施すに当たって、毎回と言っていいほど地上に行こうとする声はある。その度にアリウープは優しく窘めながら、地上の民との接触が必ずしも良い結果になるとは限らないと言い聞かせた。

 

 どうしてもという場合は海を通じて地上の近くまで泳がせれば大体のリュージンはそこで満足して大人しく引き下がるのだが、ラプスはそうはいかなかった。

 

 一度海面から地上を覗いてからというもの、ラプスの好奇心は収まるところを知らなかった。海面から顔を出して見上げた夜の星々、吹きつける潮風、遠目に見える広大な大地と巨大な山。完全に魅入られたラプスはその後も度々地上に行きたいとアリウープに要求した。

 

 これはアリウープにとって好ましくないことだった。

 ラプスが知る由もないことだが、アリウープはリュージンが地上に出ることに対して非常に及び腰になっている。これは種族全体としてのある問題に起因しており、それ以外にも様々な事情が絡み合ってアリウープはラプスを地上に出すわけにはいかないと考えた。それに勝気が強すぎて絶対トラブル起こすだろうし。

 

 これが長きに渡る親子喧嘩の始まりだった。

 

 アリウープも最初は長として優しく、そして厳しく諭そうとしていたのだが、諦めの悪いラプスに対しては、直接の娘ということもあってかついつい感情的になってしまう。いくらリュージンが分裂で増える単為生殖であり、親子の関係が希薄であっても直接の間柄ともなれば色々と勝手が違うのは当然の事だったのだろう。

 

 口論の末、ラプスが決して譲らぬことを理解したアリウープはラプスが地上へ勝手に出ることのないように海との接続区を出入り禁止にした。一度でも外に出せば、そのまま逃げだすのは目に見えていたからだ。

 

 それでもラプスは脱走を試み、そのたびにアリウープから大目玉を喰らう。二人の口論はいつの間にやら罵声が混ざり始め、終いにはお互いの拳と拳でぶつかり合う羽目になっていた。

 

 反抗期じみたラプスの態度と、かなり大人げないアリウープの性格がお互いに穏便に引き下がるという選択肢を除外していったのだ。

 

 そうして予定調和のごとく殴り合いに発展した二人の喧嘩だが、それはリュージン達の間では最早恒例の出来事となっていた。挙句にはどちらが勝つかの賭け事で盛り上がる者までいる始末で、穏やかだが変化の少ない日常を過ごすリュージンたちから見れば彼女たちの大喧嘩はささやかなスパイスでもあったのだ。掃除役のリュージンからすればあっちこっちに破損を起こされてたまったものではないのだが。

 

 本日も都市中を壊して崩しての末、アリウープがラプスを叩きのめす。

 そうしてしばらく大馬鹿娘(ラプス)が座敷牢へと叩き込まれて、リューグー都市はいつもの日常へと元通りになる。

 

 

 ……この日までは、そうだった。

 

 

「しばらくそこで頭を冷やしておれ」

 

 ぞんざいに投げ捨てたラプスを無感情に一瞥し、アリウープが去る。

 

 完全に気配が消えたことを察知してから、まるで死体のようになっていた彼女――ラプスは、ごろりと地面を背中にして(天井)を見上げた。

 

 ――竜の巣。

 

 ここはラプスの種族たるリュージンと敵対関係にあるリュウビトの居住区域だ。

 故郷でも立ち入る事を禁じられるほどの危険地帯である場所に、ラプスは放り出された。

 事実上の死刑宣告。普段から挑発を行っているラプスだが、今回ばかりは完全にアリウープの怒りを買ったことを理解していた。

 

「……ちくしょう。()()()()()()()()()()()()()()()()()()……」

 

 その発端はアリウープの古い日記だ。長命のリュージンだから、数百年ぐらい前のものか。

 どうにか長の弱みでも見つけられないだろうかと私室を漁って見つけたものだが、厳重すぎるほどに鍵がかけられておりその場で読むこと叶わず。しかし壊すわけにもいかず、どうやって外そうかと悩んでいるところをうっかり見つかったのだ。

 

「ラプス、お主それは――」

「げ。もう帰ってきやがった」

「……今すぐそれを返せば見なかったことにしてやろう。さもなくば――」

「なんだよ。見られて恥ずかしい秘密でもあるってのか? なら猶更気になって――」

「――警告はしたぞ?」

 

 その直後、これまでに無いほどの殺気を伴って、アリウープのほうから襲い掛かった。

 

 ラプスも必死に応戦したが、結果がこれである。

 

「いつもはまだ手加減してたってことかあ……」 

 

 日記も既に没収されたが、正直なところ日記の中身はどうでもいい。

 それよりも、彼女にとっては叩きのめされたことが重要だった。

 

 また、負けた。

 また、駄目だった。

 

 外への羨望を抱いたのはいつだったか。

 親への疑念を抱いたのはいつだったか。

 

 反抗期と一概に捉えられる時期の彼女の行動は、しかし彼女の親にとっては許しがたい反逆だったのだろうか。

 

 外の世界に出ようとする自分。

 そのたびに制止され、最終的には殴り合いの喧嘩になる。

 そうして負けるのは、いつも自分だった。

 

 ……勝てるわけがない。

 相手は長であり、師であり、そして親だった。

 

 挑むたびに彼女に近づけている自覚があった。一挙一動から伝わる技の冴えを身体に覚え込ませた。

 アリウープのみが使える水龍の気を、見様見真似で身に着けようと血の滲む努力をした。折檻で受けた奥義を、決して忘れないように練習し対策を講じた。

 そうしてほんの少しでも強くなっていけば、いずれは認められるかもしれないという思いがあった。

 

 ……それでも、かなりの手加減をされていたというのは、中々に堪える事実だった。

 

「どうなるんだろうなあ、あたし……」

 

 人工の雨が降る。

 

 このまま自分はどうなるのだろうか。

 雨に打たれていることもあって、一日あれば立って歩けるぐらいにまでは回復できるはずだ。

 

 だがここは敵地のど真ん中。一日もあれば、リュウビトはラプスの存在に気が付く。

 

 並のリュウビトなどラプスの敵ではない。ラプスの実力は現在のリュージンの中でも五指に入る。

 仮に十体のリュウビトに囲まれたとしても、生き残るどころか返り討ちにしてやれる。かつては自分のほうから乗り込んで、直々に暴れたことだってあった。

 

 無論、それは消耗していない状態であればの話。

 

 散々に叩きのめされ、致命傷間近まで痛めつけられて体に力が入らないこの状況で、生き延びることは不可能に近かった。

 

「――ごふっ」

 

 せり上がってきた血を吐き出す。

 どうやら思った以上にダメージは深刻らしい。

 それでも意識だけは保っていようと踏ん張っていると、不意に視界が暗くなった。

 

 

(ああ、死ぬのかあたし……?)

 

 

 ついに眼も見えなくなったかと思った。だだ目の前が動いたことで何かが自分の視界を塞いだのだと理解した。

 視界を上にやれば、深緑の鱗を輝かせた竜がラプスを見下ろしていた。

 

「――あ」

「見覚えのある姿が無様を晒しているから近寄ってみれば。なるほど、子の方か」

「お前、は……」

 

 その竜をラプスは知っている。

 

 ――湿原王シーザー。リュウビトを統べる頂点に位置する七体の始祖竜の一角であり、己の親アリウープと肩を並べるほどの強者であり――かつて、魔剣士と称えられた戦士の成れの果てだ。

 

「最近はいささか騒がしいと噂になっていたが、その角を見るに中々に暴れたようだな」

 

 根元から折れたラプスの右角を指して、湿原王は至極当然の結末だとせせら笑った。リュージンの長と娘の親子喧嘩の様子は、どうやらリュウビトの間でも知るところであったらしい。

 

「リュージンは変わり映えの無い面構えだが……特にお前は粗暴な点も良く似ているな」

「だれがアイツに――ッ!?」

 

 激昂したラプスは起き上がろうとして咳き込んだ。今すぐにでもその顔面に蹴りの一発でも叩き込みたかったが、体幹にすらダメージが入っているこの状況では立ち上がる事さえままならない。しかし仮にラプスが万全であったとしても、彼に一撃すら与えることも許されないだろう。始祖竜とはそれほどに隔絶した実力を持つ存在なのだ。 

 精魂尽き果てたラプスが叩きつけられるのは、己を叩きのめした相手への恨み言ぐらいのものだ。

 

「ちくしょう、あのクソババア……!!」

「クク。それほどにアイツが憎いか」

 

 シーザーは興味深そうに笑う。数多のリュージンと戦い屠ってきた彼だが、ここまで反抗的な者を見た覚えはなかった。

 アリウープはよほど教育に失敗したらしい。それとも、甘やかしすぎたか。

 いずれにせよ、皮肉なことだ。

 

「……愚かだな。恵まれているのはその運だけか」

 

 竜は半ば独り言のように語りかける。 

 彼女が敵対していたならば容赦なくその命を刈り取っただろうが、瀕死の相手をわざわざ嬲者にする趣味は持ち合わせていない。悪いと揶揄されるのは口先だけで十分だった。

 

「アイツは身内にはめっぽう甘いというのに、そこまでするとは一体何をした?」

「……外に出たかったんだよ。それで色々あがいて、このざまだ」

「そうか」

 

 はてさて、こやつを如何したものか。

 ほおっておけば下僕たちによって殺されるだろう。それはそれで構わないが、近ごろはそのアイツの動きが怪しい。その詳細に興味はないが、こちらを手玉に取ろうとしていることだけは伝わってきている。それはあまり、好かぬ動きだ。何よりあの直情女が老獪に振舞おうとしていることが気に入らない。

 暫し考えるような素振りを見せ、竜は何かを思いついたように笑みを浮かべた。

 

「こいつをくれてやろう。私には不要だ」

 

 竜は自身の鱗の隙間から何かを取り出しラプスに落とす。

 ラプスの目に入ったのそれは、ちょうど手のひらに収まるサイズの板だった。

 感触からして何かの金属だろうか。少なくとも、ラプスの生涯では見覚えのない技術の産物だった。

 

「なんだ、これ……?」

「外への鍵だ。我らが城を登った先に扉はある。どう使うかは自分で考えるがいい」

「なっ――――」

 

 ラプスは驚愕した。

 彼女の知る鍵とは大きくかけ離れた形状だったことでは無く、外に出る鍵をリュウビトが持っているということについてであり、それが即ち何を意味するのかをラプスは瞬間的に理解したからだ。

 

「――あのババア。何が、外に出る方法はないだ……!!」

「お前が出たところで、死体が増えるだけだろう。不器用さは相変わらずらしい」

 

 つまり、ラプスがまだ全然弱いから地上に出さないようにしていた。

 実態としては的外れもいいところだが、そんなことは毛ほども知らないラプスは親に対しての怒りを煮え滾らせる。

 

「……で、なんであたしにこれを?」

「暇つぶしだ。お前が外で死ぬか、その前に我らの巣で死ぬかのな」

 

 シーザーからしてみれば、これはなんてことは無いただの気まぐれである。

 今日は何となく気分がいいから渡した。

 使い道がないが捨てるに捨てられないものを丁度いいので押し付けた。

 近頃、何やらよからぬ企みをしている彼女の鼻っ柱をへし折ってみたくなった。

 ……なんとなく、この者の目が昔を思い出させた。

 

 ただ、それだけの理由だ。

 

「……あんたは外に出たがらないのか」

「かつてはそのような夢も見た。だが最早下らぬ夢だ。だが、奴の思惑通りに進むのも癪に障る。さて、どこまで行けるかが見ものだな」

 

 湿原を統べる竜はその言葉を最後に去って行った。

 

「……」

 

 気づけば、立ち上がるだけの力は戻っていた。

 まだ骨が軋むとはいえ、上手くやれば竜の巣を走り抜けるぐらいはできるだろう。

 

「……いいぜ、やってやろうじゃねえか」

 

 それが、ラプスの旅の始まりだった。

 

 

 

 

 

 

 ハグレ王国は三回戦を勝ち上がり、Aランクへの進出が決定した。

 次に組まれる試合に勝利すれば、闘技場のチャンピオンとなることができるのだ。

 装備もメンバーも万全の態勢を整えて、彼らはコロシアムへの扉を開く。

 

「待ってたぜ」

 

 ラプスはコロシアムで待ち構えるように立っていた。

 

「そこのサムライも、まさかこんな形でやり合うことになるとはな」

「うむ。私もお主とは一つ交わしてみたかった。一度は逃したはずの機会をこのような形で得られるとは、互いに運が向いておる」

「はは、違いねえ」

 

 柚葉がハグレ王国のチームにいることにラプスは喜んだ。彼女の事は前々から有望な対戦相手として目をつけていた。一対一とはいかなかったが、仲間と組めばむしろ強くなる。ラプスにとってはむしろ望むところだ。

 

 ニィ。と獰猛な笑みを浮かべたラプスは足を振り上げ、地面が砕けるほどに深く落とした。

 

「――ッ!!」

 

 空気が揺れる。

 ラプスの纏う雰囲気が変わる。

 デーリッチ達は総毛だつ感覚に襲われ、無意識に防御姿勢をとった。

 その中で唯一、ルークが一歩前に踏み出し、不敵な笑みをラプスに向けた。

 

「我が名はラプス! 旧き竜の血を引く者にして、蒼海の波濤也! さあ、見せてみろ、お前たちの力をなぁ!!」

「上等!! 今日こそ黒星つけてやろうじゃねえか!! なあ、リーダー!!!」

 

 そう言って振り向いた彼に、ヘルラージュは応えてみせた。

 

「……ええ。私達の力、見せてあげますわ!」

「これが最後でち。皆、いくでちよ!」

「「「「「応!!!」」」」」

 

「――レディ、ゴー!」

 

 一同に気圧されながらも、レフェリーは試合開始の合図を告げた。

 

(さて……まずはアイツらの魔法で様子見だな)

「サンダー!」

 

 ラプスに初手で突っ込む真似はしない。

 下手な攻撃を仕掛ければ返り討ちに逢うのは過去に散々経験しており、まずは遠距離攻撃で牽制しようというのが、ルークが仲間達に話しておいた作戦だ。

 

「――!!」

 

 ヅッチーの放った雷がラプスへ迸る。

 ラプスの弱点属性は雷。これもハグレ王国の仲間に共有済みの情報。反対に氷、水はあまり通用しない。炎もまた同様に、水の気で無効化される可能性があった。故にこの選択はナイスだ。

  

 だが、ラプスも歴戦の強者。

 命中の刹那を見切り、これを回避する。そして腰を落とし、一息で距離を詰める。

 その疾走の先にいたのは――ルークだ。

 

「――俺か!」

「お前はほっといたら厄介だからな。悪いが寝てろ」

 

 ラプスはルークの背後にまで回り込む。そうして繰り出されるは、肩から背中にかけてを叩きつける龍宮震蹴拳奥義龍宮式テツザンコウ。

 

「舐めんなよッ!」

 

 ルークは身を逸らして回避! まともに当たれば体勢を崩されるだけでなく、続く技によって問答無用で沈められる。初撃を受けることだけは何としても避けるべく、ルークは経験と感覚を総動員してこれを躱す。

 

「おらぁ!」

「はっ!!」

「ぐお……っ!?」

 

 体当たりを空振りさせたことによって生じた隙を狙ってニワカマッスルが拳を振るう。

 ラプスはそのまま倒れ込むようにしての側転浴びせ蹴りで迎撃! ニワカマッスルは慌てて防御するも、華奢な身体からは想像もつかぬほどの衝撃にうめき声をあげる。

 ラプスはすぐさま立ち上がり追撃の技を放とうとするが、それは意識外からの攻撃によって阻まれる。

 

「シャァ!!」

「クエイク!」

「……っ!?」

 

 大地が隆起し、ラプスに襲い掛かると同時にその体勢を崩させる。

 デーリッチが放ったのは初歩の初歩ともいえる地属性魔法クエイク。威力は小さいが、大地に作用するこの魔法の副次効果(スタン)は大地を踏みしめるラプスには効果的だった。

 

「レイジングウィンド!」

「デンコーセッカ!」

「サンダー!」

「ぐおおおっ!?」

 

 すかさず殺到する魔法。荒れ狂う竜巻に雷が加わり、ラプスに浅くない傷を刻む。

 怯んだ隙を突いて畳みかけるようにニワカマッスルとルークが向かっていく。

 

「しゃおらぁ!!」

 

 ニワカマッスルとルークはそれぞれ三連撃を放つ!

 それにラプスも拳で応え、その全てを捌き切った!

 攻撃をいなされた二人は追撃に出ず飛び下がる。

 ならばと技を仕掛けようとしたラプスは、歴戦の直観により後ろを振り向いた。

 そこには柚葉が立っており、刀を構えていた。まずい。

 

「気づいたか……だが遅い」

「ぐわぁ!?」

 

 柚葉に切りつけられると同時、ラプスはただ斬られたという感触以外に得体の知れぬ虚脱感を覚えた。

 それもそのはず、柚葉の繰り出した技、活殺自在の剣は肉体のみならず精神に対しても影響を与える。つまりは魔法への抵抗力を大幅に下げるのだ。

 味な真似を、だが面白い。ラプスは斬り傷を気を巡らせて塞ぎながら舌をなめずる。未知の技を使う相手への畏れではなく、強敵への闘争心が心を満たす。

 

 風の魔法がラプス目掛けて飛来する。彼女は腕を円を描くようにして動かし、風を散らした。

 いともあっさりと魔法を掻き消したことにヘルラージュが少々驚きつつも、続く姉のために道を開ける。

 

「ライデンインストール!」

「ありがと、――デンコーセッカ!」

 

 ヅッチーからの支援を受けたミアラージュが放った雷魔法がラプスを襲った。 

 魔法への抵抗力を失った所へ威力を増幅した弱点属性の一撃。

 流石のラプスもこれにはひとたまりもないか?

 ルークはそう思いながらも、しかしラプスがまだ奥の手を出していないことに注意を払った。

 

「いいぜいいぜ! 面白くなってきたじゃねえか!!」

「嘘、あの人この状況で笑ってますわよ!?」

 

 歓喜の声と共にラプスの気が膨れ上がる。

 彼女の足元から激流が噴き出し、魔法をかき消し、周囲の者をコロシアムの端にまで押し流した。

 

「ついに出してきやがったか」

 

 礼服をしとどに濡らしながら、ルークはラプスの両腕に纏わりつく水のオーラを見る。

 

 ――水龍気。

 ラプスの気が水となって迸る。

 激しく渦をまいた水は押し固められて槍の形を成した。その長さは実に六合*1

 たかが水と侮るなかれ、ラプスの気によって生成されたそれは金属にも引けを取らず、彼女の拳法を下地にして繰り出される技の数々はまさしく一騎当千だ。

 

「さあ、こっからのあたしを楽しませてみろ!」

 

 勢いのままにラプスは先手を取った。

 目にも留まらぬ速さで戦場を駆け、ルークに槍を叩きつける。

 

「ぐはぁ!!」

「ルーク君!」

 

 くの字になって吹き飛ばされるルークから目を逸らし、続いてタックルを仕掛けてきたニワカマッスルへと向き直る。

 

「うおおおっ!」

「あらよっと」

 

 迎え撃つ技は水車。槍を回転させて受け流し、同時に反撃を与える技。

 赤い巨体が弾き飛ばされるのを横目に、ラプスは魔法を唱えているヘル達へと矛先を向けた。

 

「そらよっ!」

 

 槍を回すようにして繰り出されるは水龍奥義綿津見(わだつみ)! 

 津波のごときエネルギーによって広範囲を押し流す全体技だ!

 

「うひゃあああ!?」

「きゃああああっ!?」

 

 回避する間もなく、ヘルラージュとミアラージュとヅッチーがこの技の餌食となった。

 即座にティーティー様によって回復魔法が唱えられるが、その隙を突いてラプスは次に倒すべき相手へと突撃する。

 その相手とは柚葉である。彼女が倒れればハグレ王国側はアタッカーを失うこととなり、後は回復を追い付かせずに押し切れると踏んだのである。

 

()ッ!」

 

 繰り出したのは水龍奥義水葬三段!

 殴り、突き、抉りによる三段攻撃を荒れ狂う波の如く叩きつけるラプスの得意技だ。

 必殺の一撃を前に、しかし柚葉は納刀したまま。よもや耐えられぬと諦めたか?

 

 ――否、

 

「奥義、――過剰防衛の陣」

「……ぐあっ!?」

 

 交わさる三合。

 迎え撃つは柚葉の居合。

 

 一つ目の殴りを跳躍で躱すと同時に抜刀、二つ目の突きを最低限の動きで流して一閃し、三つ目の抉りには槍の回転の勢いを利用しての蹴りを叩き込んだ。

 

 その詳細を視認できたものは当事者以外におらず。

 ただ、瞬時の攻防を制したのは柚葉であることだけはその場の誰の目にも明らかだった。

 

「む。まだ立つか」

「……くっ、はは」

 

 己の技を完全に返されたのはこれで二人目だ。

 一人目もまた、和国から来た人間だった。

 それはかつての仲間であり、しばし旅を共にした男。

 薙刀使いたる彼からは槍の手ほどきを受け、自らのものとした。

 ラプスは奇妙な縁を感じ、そして笑った。

 

「いいじゃねえか。実にいい!」

 

 歓喜に心揺さぶられながら、ラプスはさらなる速度で槍を振るう。

 回避を許さない神速の突きが柚葉を襲う。

 

「ははははは!」

「むう……まずいな」

 

 次第に剣戟で押され始めたのは柚葉の方だった。

 復帰した者達も攻撃に加わるが、ラプスは被弾を意に介さずそれ以上の苛烈な攻撃で返した。回避する間もない暴力の応酬が繰り広げられる。

 武器一つ打ち合う度に傷が増える!

 魔法を打ち払う度に胴着が裂けていく!

 背中が破れ、隠されていたものが露わとなる!

 

「……ワオ」

 

 観客の一人が声を漏らした。

 彼女の背中に刻まれた見事な昇り龍の入墨。

 見る者の目を奪うほどに素晴らしいその入墨は、荒れ狂いながらも清らかなラプスの気質を現しているようだった。

 

「あーもう、いつになったら倒れるのよ!」

「……だが、流石にあやつも限界に近いと見た。明らかに大技の頻度が上がっておる」

 

 ダメージを与えるたびに鈍くなるどころか、むしろ激しくなっていることにミアラージュが叫んだ。

 試合故に死なないとはいえ、終わりの見えない殴り合いがこうも続けば文句の一つでも言いたくなるというもの。

 しかし、着実に体力は削っているのだろう。

 ティーティー様の指摘通り、ラプスは奥義の連打で畳みかけようとしていた。

 ルークを殴り、ヅッチーを蹴り飛ばし、衝撃を飛ばして遠くで備えていたデーリッチをスッ転ばした。

 

「そらよ!」

 

 ラプスが柚葉目掛けて水槍を投げつける。

 水槍は刀で弾かれるも、その瞬間に槍の形を失い、凝縮された波濤が解放される。

 

「小癪な!」

「――それはダメだ!!」

 

 この程度は何ら障害にならぬと広がる波をガードする柚葉を見て、ルークは慌てて警告を飛ばす。

 

 ――その瞬間、彼女の天地が逆さになった。

 

「――な」

 

 背後からがっちりと掴まれ、跳躍したラプスによって柚葉は垂直に落下していた。

 

「水龍、逆落としぃいいいい!!」

 

 ラプスが放つは龍宮振蹴拳奥義、水龍落とし!

 かつて親からの折檻に使われた技であり、旅に出てからは研究を積み重ね己のものとした技である!

 

「グワーーーーーッ!?」

 

 カウンターには掴みという法則に勝てるはずもなく、脳天に衝撃を受けて柚葉はあえなく気絶(K.O.)した。

 

「柚葉さん!」

「出し惜しみなしだ! 喰らいやがれ!!」

 

 ラプスはそのままヘルラージュ達に突撃する。体力の温存など考えてはいない、この一瞬で片をつける。

 彼女の猛威から仲間を守るため、ハグレ王国の壁たるニワカマッスルが立ちはだかる。

 上等だ。ラプスは己が持つ最高の技をぶつけることにした。それが自らの打撃を耐え続けたこの漢への礼儀だ。

 

フォールダウン・リューオー(くたばれクソババア)!!!

「うおおおおおおっ!!」

 

 放たれるは龍の突進力と獣のしなやかさを持つ究極乱舞! ありとあらゆる外敵を打ち砕く四段撃!

 四つの打撃が巨体に叩き込まれる!

 常人ならば五体が四散であろう衝撃!

 聞く者にさえ必殺を確信させるだけの轟音が鳴り渡る!

 

 その場にいたすべての者が、その行方を見守っていた。

 

「……フゥ、耐えきったぜ!!」

 

 脂汗を滲ませながら、その男は立っていた。

 今にも崩れ落ちそうな体を気合で支えながら、なんてことはないように笑った。

 

「――は」

 

 反対に、膝をついたのはラプスのほうだった。

 すべての力を使い切った波濤戦士は仰向けに倒れ、そして――。

 

 

「――負けた負けた! あんたらの勝ちだ!!」

 

 

 心底愉快だと言うように、笑って己の敗北を受け入れた。

 

 

*1
3メートル




色々ぼかして過去語りしようかと思いましたが、バレバレなので隠さずに書きました。
大婆様が引き留めてた理由は単純に踏み切れなかっただけです。

〇ラプス戦パーティ
デーリッチ、ルーク、ヘルラージュ、ミアラージュ、ヅッチー、ニワカマッスル、柚葉、ティーティー様。

〇ラプスの技。
折角なので色々と作りました。


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その39.手繰る魂のイリス

6層の裏ボス戦です。


「くれぐれも失礼のないようにな」

 

 そう言って門番役の悪魔は道を開けた。

 ラプスの猛攻を耐え抜き、優勝したハグレ王国一行は闘技大会の主催者、すなわちこの冥界の館の主と対面しようとしていた。

 優勝者の証であるチャンピオンバッヂ。医務室にまとめて担ぎ込まれた後、ラプスから手渡されたそれは通行証を兼ねており、こうして見せることによってお目通しが叶うという話だった。

 

 そうして進んだ先には豪奢な扉があった。

 デーリッチが手をかけ、ドアノブを引こうとする。

 だが……

 

「開かないでちねぇ……」

 

 鍵がかかっているわけでもないが中々開かないとは門番が話していたとおりだが、それにしてもうんともすんとも言わない。

 

 すぐそばの壁を見てみれば、『扉開けたらめっちゃ報奨金出す!』との触れ書き。

 館の主とやらもこの扉に手を焼いているのか、あるいはこれが優勝者への試練だとでもいうのか。

 

「ルーク、何か仕掛けとかないか分からないかい?」

「そうだな……」

 

 謎解きめいたギミックの存在を考え、その手の事に詳しいルークが扉を調べることにした。

 一見して、何の変哲もないただの扉。

 模様などにからくりが無いか確かめるも、一枚の分厚い鉄の板。

 ならば周囲の壁や床かと触れてみたが、出っ張りも窪みも無く、引き戸も無い。

 分かったのは、何もないと言う事だけだ。

 

「……駄目だ。どこをどう見ても怪しい場所がねえ」

「ルーク君でもダメですか?」

「申し訳ないですがね。もしかしたら向こうからガッチガチに施錠されてる可能性もあります。だったら無理矢理ぶち破った方がいいかもしれませんよ」

 

 そういうことが一番得意なニワカマッスルの姿を思い浮かべるが、残念ながら彼は今この場にいない。

 闘技大会で無茶をさせ過ぎたこともあって、今は一足先に拠点に帰還してもらったのだ。また、同様に帰還したメンバーとして柚葉がいた。ラプスの猛攻を正面から受け続けた二人を休ませ、代打を呼んで探索を続行しているのが現状までの経緯である。

 一行が頭を悩ませていると、彼の代わりとしてやってきたエステルが声を発した。

 

「あー、大体わかったわ」

「エステル?」

 

 積極的に会話に関わる彼女が珍しく黙っていたのも、扉を観察していたからだろう。アルカナの弟子という肩書に恥じぬ魔術知識の冴えを発揮するように、扉をぺたぺたと触って見分していく。そして、確証を得たように頷いた。

 

「やっぱり、普通にやっても無理よこれ」

「はぁ?」

「多分だけど、この扉がっちりと固定されてるわ。それも物理的じゃなくて空間的にね。魔法の封印みたいなものよ」

 

 エステルの説明はこれ以上なく正解に近い。次元の裂け目は世界と世界の間でマナを通す循環口としての役目を持っているが、その一方で世界のバランスを乱さないよう、膨大に過ぎる魔力をもつ存在が他の世界へと不用意に渡ることを防ぐという機能も持ち合わせている。いわば、世界を通じる穴につっかえるのだ。

 それを聞いてルーク含め、他の者達も納得した。

 成程、つまりこの扉は冥界が次元の塔と接続した際に次元の裂け目にピッタリと挟まった結果あらゆるものを通さない封印へと変化してしまった。恐らく館の主はこの封印を何とかしたくて、それができるだけの実力者を開けられる者を探すために闘技大会を開催していたということだろう。

 であれば、召喚士として次元の穴を操作できるエステルならなんとかできるかもしれない。

 

「それなら開けられるか?」

「無理。だってこれ次元の裂けめみたいなものだもの。私の手に負えるものじゃないわ。それに封印を解くなら最適のものがあるじゃない」

 

 エステルがキーオブパンドラを指し示す。 

 究極の時空操作装置であるこの鍵にかかればあらゆる封印は暗証番号0000と同義みたいなものだ。

 すかさずデーリッチが鍵をかざして魔法を発動すると、みるみるうちに封印が解かれていく。その見事なまでの力の一点集中による開封は、まさに熟練といって差し支えなかった。

 

「見事な魔力の操作ね」

「いつものようにフルスイングでぶち破るのかと思ったけどな」

 

 ミアラージュが感心する傍ら、ふとルークは考えた。闘技大会の目的が封印を解くことだったとして、実際にこの扉を開けられる者など殆どいない。運よくデーリッチがキーオブパンドラとかいう反則アイテムを持っていたから開けられたが、仮にラプス含め他の選手が優勝していた場合悪魔たちはどうするつもりだったのだろう。

 

(ま、アイツなら力技でぶち破ってもおかしくはねーか)

 

 むしろいいサンドバッグだとばかりに技を叩き込みまくる彼女の姿が容易に想像できてしまい、ルークは吹き出しそうになった。

 

「ぶふっ」

「……どうしたんですの?」

「いや、何でもねえよリーダー。そら、開いたようだし行ってみましょ」

 

 ヘルラージュが怪訝な目を向けてきたのでルークは適当に誤魔化した。

 

 そうして一行が足を踏み入れた先は館の主人の部屋だ。

 絢爛豪華な調度品、天蓋付きのベッド。

 いかにもといったお嬢様部屋だが、誰かがいる気配は微塵もない。

 静寂に包まれ、時計の針を刻む音だけが響き渡る様子はこれからよからぬ何かが起こる予感を覚えさせる。

 

「誰もいないようですわね……?」

「あの先にまだ道があるな。もしやあっちにいるか」

 

 ルークが指示した部屋の奥。

 そこから先は暗がりでこちら側からは詳細を確認できないが、そこ以外に進む場所もないので彼らは進んでいく。

 

 奥の部屋はそれまでの素晴らしい部屋とは一変して、おどろおどろしい空間が広がっているのみだった。

 

「うわぁ、なんだかいやーな雰囲気の場所に出たでち……」

「具体的にはボスが出てきそうな空間だぁ……」

「縁起でもないこと言わないでくださいまし!?」

 

 メッタメタなルークの発言にヘルラージュがビビり散らす。

 だが奥へ進んだ場所がこんな怪しげな空間で始まるものなど、明らかに表彰式ではなくボス戦だろうから仕方がない。

 などと言い争っていると、声をかけてきたものが一人。

 

「ワオ! ついに勇者が来てくれたんですネー!」

 

 そこには目麗しい銀髪の女性がいた。

 裾の短いスカートにスリットの多い派手な服。

 片言でおどけたような口調も相まって道化めいた印象を与える。

 そして……纏う雰囲気は、悪魔のものだ。

 

「うれしいデース! ありがとデース! これでやっと出られマース!」

 

 どうやら封印されていたのはこの女性のことだろう。

 陽気で無邪気な笑顔をしているが、十中八九猫をかぶっているのをルークには読み取れた。

 

「ええっと、貴女がイリス様でよろしいですかね?」

「ねえ。もしかしてあの女性が……?」

 

 事情を伺えば予想通り、冥界が次元の塔に召喚された際に、イリスだけがその膨大な力のせいでゲートに弾かれ、こうして次元の狭間に取り残されていたという。内側からバリアに干渉することはできず、外側からバリアを破るだけの実力を持った強者を呼ぶために、悪魔たちに闘技大会を開催するように命令していたとのことだ。

 

 ……怪しい。

 どうして悪魔たちが冥界の一角ごとこちらの世界に近づこうとしたのか。そしてこちら側の世界との接点を持とうとした理由が不明瞭である。

 何かよくない予感がしたルークは、危険を承知でイリスに尋ねる。

 

「なるほど。失礼ながら、どうしてこの世界にやってきたのかお聞きしても?」

 

 ルークの問いにイリスは少し目を丸くした後、ニヤリと笑みを浮かべる。

 

「ワッツ? 理由を知りたい?」

「ええ。ちょっと気になったものでして」

「オーケー。それなら教えて差し上げマース! それは勿論地上侵略のためデース!! ここに挟まってたのもちょうどいい感じに地上へ繋がる穴があったからなんデスヨー」

「はいそんなオチですよねなんとなくわかってました畜生めが!!」

 

 衝撃的な目的を口にしたイリスに、ルークは思わず叫んだ。

 

「え、今めっちゃ物騒な単語が聞こえたんでちが!?」

「ゴータマシッダールタ?」

「それは仏僧!」

「オーウ。分かってくれましたか!!」

「やかましゃあ!!」

 

 大陸人には微妙に伝わりづらいネタである。 

 

「ち、地上侵略って悪魔たちで戦争をしかける気ですか!?」

ワイノット?(悪いか?)

 

 さも当然だろうとイリスは首を傾げる。見てくれだけなら可愛らしいと言えるが、デーリッチ達からすれば自分達の行いが地上に災いの種を撒くような真似だったと言われたも同然で、すんなり受け入れるわけにはいかなかった。

 

「ワタシの解放のために悪魔たちは留まってマシタ。ワタシ、解放された。もう待つ理由ない。ユーシー?」

 

 イリスは先ほどまでの人当たりのよい振る舞いから一変し、見下すような目線を向ける。

 悪魔であるゼニヤッタが仲間にいることで感覚が麻痺していたが、本来悪魔とはこういうもの。人を誑かし、弄ぶ。片手間にこちらを脅かすことを考える油断ならない存在なのだ。

 

「ノーウォーリー。あなた達は命の恩人ね。見逃してあげる」

 

 ハグレ王国に危害を加えるつもりはないとイリスは言う。悪魔の親玉らしく、貸し借り関係はきっちりとしているらしい。とはいえ、こちらから何かを仕掛けるなら黙ってはいないということだろう。

 だが、彼らは命惜しさでこの悪魔を見逃すわけにもいかなかった。

 

「そっちが見逃すと言っても……こっちが見逃すわけがないだろう!?」

「ほう……?」

 

 案の定ローズマリーが引き留めにかかる。

 そしてルークにヘルラージュ、ブリギットにエステルと仲間達が続くようにイリスを止めにかかる。

 

「そうだな、マリーさんの言う通りだ」

「取り返しがつかなくなる前に止めますわよ!」

「なあ、今ならまだ痛い目に合わなくてすむぜ?」

「ええ、ここで食い止めるわ! 主に私達の為にね!!」

 

(((((これ以上面倒事を増やしてたまるか!!)))))

 

 地上の危機を前に、彼らの心は一つになっていた。

 そう。イリスが悪魔を率いて地上に侵攻するというのは大きな問題ではあるのだが、それ以上に問題なのが、侵攻してきた悪魔たちをアルカナが迎え撃つことだ。

 ただでさえ革命だ反乱だとピリピリしている状態の中、さらに面倒の種が増えたらどうなるか。

 

 

 決まっている。

 アルカナやシノブによって悪魔たちはぼっこぼこのけちょんけちょんにされるのだ。そしてその余波で地上は結局滅茶苦茶になる。

 エステルを始めとして、彼女らのでたらめな火力を知っている彼らは必死にイリスを止めようとしていた。

 

「みんな必死でちねえ……」

「まあ、どっちにしろ面倒なのは変わらないんだけどね」

 

 そんなズレた思いは置いておいて、イリスもこの無謀な愚か者たちで遊んでやろうと悪辣な笑みを浮かべる。

 

「アーハ。それじゃ仕方ない。命が要らないなら貰いましょうか」

 

 そう言うとイリスは両手を後ろに回したままに、凍てつくような魔力を立ち上らせた。

 

 

 

 

 

 

 ――手繰る魂のイリス。

 

 名前すら強大な呪文として扱われるほどに高位なる悪魔である彼女は、人間界に於いてもまことしやかに囁かれる存在であった。

 それはエステルたちの世界でもまた変わらない。しかしながら、その邪悪さゆえに禁呪として扱われ、その名を知る者は少なかった。

 

 ――故に、彼女達は幸運とも言えただろう。

 

 悪魔たちの主。冥界の姫。

 

 神にすら匹敵するその忌まわしくも偉大なる力を、身を以って知ることができたのだから――。

 

「ほーら、また始めますヨォ?」

 

 たった一瞬の詠唱で、総毛立つ冷気が吹き荒れる。

 ルーク達が雪乃の作ったかまくらで吹雪をやり過ごしたのもつかの間。イリスの背後に浮かぶ大鎌を持った巨大な両手が不穏な気配を発する。

 

 

 

 戦闘が開始した当初、イリスはこの"両手"を使用していなかった。

 ハグレ王国が小手調べとばかりに氷魔法を放ってくるのを上手にやり過ごし、エステルがファイアを叩き込んだ。そして分かりやすく炎を厭う様子から炎を苦手としていることが判明し、これだけならイニシアチブを取れたと言えた。

 

 しかし、何度か同じことを繰り返しているうちにイリスはそれまでの顔色を変える。嗜虐的な表情から好戦的な表情に、ハグレ王国の者達を敵として認識したのだ。

 

『オウ。これなら本気でも楽しめそうデスネ!』

 

 イリスの背後に虚空から大きな鎌をそれぞれに携えた"両手"が出現したのだ。

 そして、イリスは魔法を単調に放つだけの戦法をやめ、ここからが本気だとばかりに強烈な攻撃を放ってきた。

 

「キャンディーのように潰してあげマース!」

「ぬおあっ!」

 

 イリスはルークを魔力の殻で包み込むように閉じこめ、飴玉を踏みつぶすように砕く。

 ルークは咄嗟に防御姿勢を取り、逃げ場を無くした圧力によって叩き潰される未来を回避した。

 

「ハーイ! タネも仕掛けもゴザイマセーン!!」

「いや用意してってわあっ!?」

 

 デーリッチがどこからともなく出現した箱に閉じ込められるや否や、イリスの手に握られた鎌で箱ごと切断! しかし慌てて屈んだおかげで真っ二つは免れた。

 

 おおよそこちら側を玩具めいて弄ぶような攻撃の数々! だがその威力は決して遊びではない!

 そして、力を溜めるようにして沈黙していたイリスの両腕が唸りをあげる。

 

「レッツ、パーティ!」

 

 放たれるのは、音をも切り裂く魔の十六連撃!

 デーリッチ達は必死に避ける、避ける、避ける!

 

「うわあ!」

「きゃあ!」

「っぶねえ!」

「アッハハハ! 見事なダンスですネー」

 

 逃げ惑う彼らをイリスは高みの見物と嘲笑う。

 その後ろから、忍び寄る影。

 

「――ッ」

「グワッ!?」

 

 ルークが背中から斬りつけ、すぐに飛び離れる。

 意識外からの攻撃にイリスは怯む。その隙にデーリッチが皆を回復する。

 

「調子に乗り過ぎましたねぇ」

「チッ……」

 

 降り注ぐ氷柱を躱しながらの挑発にイリスは不愉快そうに顔を歪める。

 ルークは回避力を活かし、積極的にイリスの注意を引きに行っている。

 決定打を叩き込むための布石として、ルークは率先して囮役を引き受けていた。

 そうして、エステルとブリギットが準備を始める。ブリギットの椅子の下部がせり出し、巨大な砲塔が顔を出す。

 

「久々に動かすから大丈夫か……?」

「え、ちょっと大丈夫なの!?」

「冗談だよ、メンテナンス済みだ」

「ブリちんが頼りなんだから冗談でもやめてほしいなあ!!」

 

 漫才を繰り広げながらもコロナ砲のエネルギーがチャージされていく。ブリギットが保有するこの古代兵器は、ハグレ王国の中でも随一の火力を誇る。

 

「おっと。見逃すと思いましたカ?」

 

 勿論、イリスもみるみるうちに増していく熱量を素直に受け止めてやる義理はない。

 妨害しようとしたところに、攻撃を引きつけていたルークが叫んだ。

 

 

「雪乃!」

「りょーかい!」

 

 

「ハン……?」

 

 イリスが訝しんだ直後、180度カーブを描きながら何かが飛来する。

 それはボールだ。ちょうどスポーツで使われるサイズで気持ちよく蹴れそうな感じのボールである。それが飛んできたのだ。

 

「ワッザ!?」

 

 楕円形になりつつ物理法則ではありえない軌道で向かってくるカタナシュート。これには流石のイリスも面食らう。そのまま脇腹へとナイスシュート。

 

「ぶほッ!?」

「イエイ!」

 

 雪乃がかまくらシェルターの向こうから顔を出していた。どうやら雪シェルター越しにシュートを決めてきたらしい。

 

「いやおかしいナ!? ワッツハウ!?」

「だってボールは友達だよ?」

 

 ボールは友達なんだから相手を自動的に追いかけてくれるに決まっているだろう。でもそれは友達を足蹴にしているのではないのか? イリスは訝しんだ。

 

 そうこうしているうちにブリギットはコロナ砲のチャージを終える。

 あとはブリギットが命じるだけでその爆発的エネルギーがイリス目掛けて解き放たれる。

 

「オーゥ。これは困りましたネー」

「どうした、降参でもするか?」

「ハフン? その必要はないデスネ。

 

 

 

 

 

 

 ――だって、こうすればいいだけの話デース」

「――っ!?」

 

 イリスの身体が泥のように溶け、どぷんと音を立てるようにして沈んでいく。

 ルークは驚愕に目を見開いた。故に反応が遅れた。

 

 そして、

 

「な、に――?」

 

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 それは冥界の姫君たるイリスの権能。

 混沌より生まれ出ずる者による静寂への誘い。

 魂を直に掴みとる、死神の手。

 ただの人間如きが抗うことなど、出来る道理はない。

 

「ぐああああっ!?」

「きゃあああ!?」

「うひゃあ!?」

 

 生存本能による無意識の悲鳴。あるいは死に直面した者の断末魔の叫び。

 意識を奪われそうになるほどにゾッとする感覚は、まるで体温がゼロになったのではと錯覚させる。

 そしてそれは、事実として魂と身体から温もりを奪い去った。

 

「あ、まずい――」

「エステル!?」

「……」

「ルーク君!?」

 

 雪山での遭難における低体温症めいた睡魔に襲われてエステルが意識を失い、ルークも同様に倒れ伏した。

 

「ちっ……油断した……!!」 

「みんな、大丈夫!?」

 

 ブリギットは緊急機構(レディアント・コーム)を起動。すぐさま修復が始まりかろうじて持ちこたえる。

 

「俺は大丈夫だ。雪乃、エステルを起こしてやってくれ」

「ルークさんは?」

「こっからじゃ遠い。あっちはヘルちんに任せる」

「わかりました。えーい!」

「むごっ!?」

 

 雪乃が慌ててベル特製のリバイヴ薬をエステルの口に突っ込む。やはりこの雪ん子、睡眠と氷に対してはめっぽう強い。ここぞというときには頼もしい子であった。

 数多の薬草を煮詰めに煮詰めた結果出来上がった液体を否応なく口に放り込まれたエステルは、そのあまりの苦さに飛び起きた。

 

「にっが!? 寒さよりむしろこっちで死ねるわ!?」

 

 ベル印のポーションはもれなく苦い。効能が高くなるほどに苦い。良薬口に苦しとはいうがそれにしたって限度はあると思う。何度も苦情は入ってるが断固として味の改善をするつもりのないベル君だった。この戦いを生きて帰ったらもう一回物申そう。

 

「でも目が覚めた。ありがと!」

 

 エステルは視線を動かし、ルークがヘルラージュに起こされるのを確認。人型に戻ったイリスを睨みつける。

 

「やってくれたじゃない……」

 

 切り傷に凍傷まみれ。満身創痍もいいところ。だが気合だけは十分にある。そんな状況からの逆転はエステルの得意分野だった。

 

「ブリちん、今からブチかませる?」

「オーケー」

 

 闘志は一ミリとて衰えていない。

 そんな彼女達をイリスは余裕の表情で見下す。

 

「立ち上がりましたカ。でもそんなボロボロでどうするつもりデスカ?」

「こうする」

 

 ルークが音もなく後ろから斬りかかってきたが、イリスはひらりと身を翻して回避。

 

「チッ……」

「フーリッシュ。そう何度も同じ手に引っ掛かりまセン」

「レイジングウィンド!」

「ファイア!」

 

 だが、その回避した先を狙うようにミアラージュとローズマリーが魔法を放っていた。

 イリスからしてみれば痛手ではないにせよ、まんまと誘導されたことは面白くない。

 続けて飛来する短剣や矢を躱しつつ、もう一度切り刻んでやろうと背後に浮かぶ両手が唸りをあげる。

 

「ヌゥ……、無駄な悪あがきデスネー」

「果たしてそうかな?」

「ハン……?」

 

 ルークの言葉にイリスは訝しみ周囲を見る。そこで初めて違和感に気が付いた。

 

「これは……!!」

 

 イリスを囲むように配置された炎符。その数六つ!炎符は熱を発しながら赤い光を放っており、その光はまるで互いを高め合うようにして輝きを増していた。

 

「フィールドオブファイア……! 誘導するのに手間取らせてるんじゃないわよ……!!」

 

 六方に描かれた炎の魔術。

 本来ならば自陣に作用し、味方が用いる炎属性の技を強化する補助魔法。エステルはそれを敵を囲むように使用した。

 それは素早いイリスを包囲するため。

 慣れない使用法のために消耗が激しく、さらにしばらく使い勝手も悪い突貫工事。

 だが、これで逃げられるということは無くなった。

 

「――さあ、受け取りな」

 

 装弾良し。照準良し。

 発射の合図を下し、砲門から太陽を想わせるかの如き光が溢れ出した。

 

 一瞬後、轟音と共に昏い空間を照らすように爆炎が立ち昇る。

 炎符が共鳴するように輝き、さらに炎の勢いが増す。

 

「―――――――ッ!!」

 

 灼熱の中、声にならない悲鳴が響き渡る。

 だが、これで倒れるようでは冥界の姫君の名折れ。

 イリスの憎悪に満ちた凍てつく視線がエステル達を見据える。顕現させていた大鎌を魔力に還元し、反撃の一撃を叩き込もうとする。それは想定済みだ。

 追い詰められた敵が本気を出そうとするのなら、その前に叩き潰す。

 

「今だリーダー!」

「レイジングウィンド!」

 

 機会を伺うようにして待機していたヘルラージュが風の魔法を放つ。風の刃が炎の中へと吸い込まれていく。

 高威力のヘルズラカニトではなく、あえて威力に劣る汎用魔法を選んだのには理由がある。

 まず、これは攻撃を目的として放たれていない。

 真空によって攻撃する彼女の切り札ではなく、圧縮した空気を放つのが目的。

 

 そう、これは灼熱に空気を注ぎ込むための鞴だ。

 

 

 風に煽られた炎はさらに燃え上がり、太陽の如く冥界を照らす。

 かつて日を失った者達が作り上げた兵器が、その光で昏き世界を切り取っていく。

 

 

 ――炎が収まった後、そこには全身を焦がしたイリスが倒れていた。

 

 

 

 ◇

 

 

 

「よおルーク。どうだった?」

 

 激闘を終え、ハグレ王国がイリスの部屋から出てきたところにラプスが話しかけてきた。どうやら彼らが出てくるのを待っていたらしい。

 

「なんでいるんだよ」

「あたしも色々気になったからな。それで何か貰えたりしたのか?」

「これ」

「ハアイ」

 

 ルークは何故かついて来たイリスを指さした。地上侵略を取りやめさせたはいいが、ハグレ王国に興味の矛先を移したようで、こうして無理やり仲間に加わってきたのだ。正直嫌な予感しかしないが、デーリッチがあっさりと受け入れてしまったため強く言えないのであった。

 

 そして当のイリスはあれだけ必死に戦って打ちのめしたというのに、すぐに体の傷を癒して何事も無かったかのように笑っている。

 

「誰だ、この人?」

「オウ、このガールもお仲間ですカ?」

「イリス様。この者はチャンピオン達と決勝で争った選手ですよ」

「ほう?」

「ん? もしかしてこの人が主催者?」

「イリスと言いまーす! よろしくデース!」

 

 ラプスのほうもイリスが悪魔たちの主であることを察したようだった。

 

「なあ門番さんよ、この人俺達の仲間になるとか言ってきたんだけどいいんですか?」

「イリス様の我儘はいつもの事だ。精々頑張ってくれ」

「ええ……?」

「なあ、一体何があったんだ?」

「それがだな……」

 

 ルークが先ほどまでのいきさつを話す。

 

「へー。そりゃ災難なこって」

「お前他人事だと思って……」

「いいじゃねえか。仲間が増えたんなら喜んどけって」

「だからってなあ。こちとら死にかけたんだぞ」

「生きてるんだから気にすんなって」

「そうデース、生きているって素晴らしい事デース!」

「殺しに来た張本人が言いますか!!」

 

 ローズマリーのツッコミは今日も冴えている。

 

「まあ、あたしなら一人でも余裕だけどね」

「なら試してミマス?」

「お、じゃあやるか」

「はいはい二人ともストップストップ!」

 

 戦闘をおっぱじめようとする二人を慌ててローズマリーが止める。こいつら元気だな。

 

「もうなんなんですのこの人……」

「あんた、よくこんなのとチーム組んでたわね」

「まあ、見てる分には気持ちのいい奴だし」

「それで済ませる貴方も大概ね……」

 

 何はともあれ、ハグレ王国の冥界での一幕はこれにて一件落着である。




ラプスは仲間になりませんがちょいちょい顔を出してくる予定です。


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その40.彼ら彼女らの一幕・伍

めっちゃ短い話の集まり。


『食道楽』

 

 ハグレ王国。ちゃきちゃきカフェ。

 

 和国料理、特に寿司を重点して扱うこの新規店舗は瞬く間に人気を博しており、今日もまた新たな客が訪れていた。

 

「へいおまち」

 

 店主の柚葉が持ってきた料理。盆の上には茶碗によそわれた米の上には新鮮な鮪の切り身を醤油に漬けたもの。海苔。大葉。白胡麻が乗せられており、食欲をそそる香ばしいかおりを漂わせている。その横には野菜の浅漬けが添えられ、その他には急須があった。

 

 出されたそれに満足げに頷き、客……ラプスは箸を手に取った。

 

「いただきます」

 

 ラプスは食材と料理人への感謝を込めた礼儀正しい挨拶をする。生まれた時から叩き込まれてきた食の作法だ。

 まずは切り身を一切れ食べる。醤油とみりんと生姜の混合液によく漬けられた鮪は、海の風味をより複雑で味わい深いものにしており美味だ。

 次に白米と合わせて口に運ぶ。胡麻の香ばしさと大葉の爽やかさが調和して旨い。白米が口の中に残る濃い味を流していくため飽きることもない。

 

 半分ほど食べた後、急須に入っただし汁を回しかける。赤身が白く変色して縮み、香ばしさはさらに増した。ラプスはそれを啜るようにかきこむ。だし汁の熱によって少々固くなった赤身は、食感の変化によって異なる味わいをもたらす。

 勢いを止めることなく最後の一口。米の一粒、汁の一滴も残さずにたいらげ、茶碗と箸を置く。そのテーブルの上には、既にいくつかの平皿が空の状態で積み重なっていた。

 

「ごちそうさま。店主、お勘定」

「あいよ」

 

 すぐさまやってきた柚葉に金貨を渡し、ラプスは店を出た。

 

 ラプスはおもむろにメモを取り出しチェックを付ける。その部分には「ちゃきちゃきカフェ」と記されており、さらに上には「モーモードリンク」、「愛情おむすび」、「ベーカリーパン」など王国の食事処の名前が余すところなく記されていた。

 

「んー、今日はこれぐらいにしとくか」

 

 また来るときには新しい店でもできているのだろう。ラプスはそう思い、腹をさすりながらどこへなく去って行った。

 

 武に生きる蒼海の龍。

 彼女の趣味は、その街の食を制覇することだった。

 

 

 

 

『研究室にて』

 

 召喚士協会。

 

 メニャーニャは忙しかった。時空アンカーの改良。古代兵器の復元。さらには己が考案した新型大砲についての発注に加えて、彼女は下の召喚士たちや外部との手続きの書類を捌く事務仕事に追われていたのだ。こういう時に頼りになるアルカナはいない。エルフ王国への視察か、あるいは各地で発生している魔物騒動への対処で方々を飛び回っているのだ。協会長はすでに書類の海に沈んだ。

 

「ふう……」

 

 一区切りがついたところでメニャーニャは椅子に体重を投げ出した。かつて在籍していた貴族の名残である無駄に高級な椅子だが、今この時ばかりは彼女を癒していた。できることならアルカナに甘やかされたい。自分からは絶対口に出してやらないが。

 

「お疲れ様、メニャーニャ」

 

 机に突っ伏していたメニャーニャの前にマグカップが差し出される。

 視線だけを動かすと、そこにはシノブがいた。

 

「シノブ先輩……」

「あったかいもの、どうぞ」

「はぁ。あったかいものどうも」

 

 若干申し訳なく思いながらもマグカップを受け取る。カフェインが程よく疲弊した脳と体に染み渡って気が緩む。そんな後輩の様子を見てシノブは和みつつ、その激務っぷりを心配した。

 

「私も手伝った方がいい?」

「お気持ちはありがたいですが、私の管轄なので」

 

 シノブは協会に間借りしている状態だが、手続きを踏んで戻ってきたわけではない。アルカナが私的に抱える助手というのが適切な表現で、そんな彼女に事務仕事を任せるのは色々と気が引ける。

 

「メニャーニャは一人で抱え込んじゃうから心配よ」

「どの口が言うんですか」

 

 思い詰めた挙句、一人で野に下ろうとした人物に言われても説得力がない。

 

「大丈夫ですよ。手の抜き方はどこぞのろくでなしから十分学んでますから」

 

 メニャーニャは冗談めかして言った。状況は過酷だが、研究設備も整っている今の環境は快適そのものであった。

 

「こら、先生を悪く行ったらだめよ」

「そうは言いますがね、あの人シノブさんにも普段からべったりじゃないですか。いい年してるのにどうかとは思いますよ」

「確かに先生は普段はだらしないけど、あれだけ頑張ってらっしゃるのならそれでもいいと私は思うわ」

 

 師のシノブに対する割と過剰な溺愛っぷりを指摘してみたが、どっちもどっちな様子に駄目だこりゃとメニャーニャは肩を竦めた。先ほど自分も構われたいと思っていたのは棚に上げている。それもこれもアルカナが世話焼きなのが悪い。

 

「ところでメニャーニャ。あれの件についてなんだけど」

「ああ。あれですか」

 

 話は一転し、以前に鹵獲した兵器について語り合う。

 手加減とか考えている暇がないぐらいの激戦で得られた戦利品はほとんどスクラップも同然だったが、ほぼ無事なものを一機だけ確保することに成功できた。

 

「実は、マナ吸収の仕組みを何かに転用できないか考えてるのよ」

「奇遇ですね。私もいくつか考えているんですよ」

「あら、それは気になるわね」

「ええ。今作ってるのに流用できそうな仕組みがいくつか」

 

 相対したときは末恐ろしい代物だったが、いざ解体してみるとあれやこれやと案が浮かびあがり、自分の研究に組み込みたい欲求が沸き上がっていた。

 それに未知のテクノロジーを見せられ、研究者としての血が騒いでいるのはどうやらシノブも同じだったらしい。

 

 彼女らはお互いの見解を言い合いながら、師の帰りを待つ。

 

 そんな、穏やかな時間の一幕であった。

 

 

 

『大暴走』

 

 帝都近辺の街道。

 

 帝国管轄の大きな街に繋がり、貨物馬車や旅人、冒険者が行き交う帝国の動脈ともいえる道だが、この日は話が違った。

 この日は悪名高き集団がこの辺りを占領し、爆走と略奪を行うことで有名な日だったからだ。

 

 甲冑を着こんだ者、処刑人を思わせる格好の者、苦行者めいた者などが三段シートで馬を駆る。その後ろには巨大な馬車が続き、パイプオルガンによる讃美歌がかき鳴らされ、乗り込んだ修道士によるコーラスが響き渡る。

 十字の旗をはためかせ、高らかに駆け抜ける彼らの中には人間の他、獣人や亜人種が見受けられる。彼らは種族による差別を行わない。彼らとそれ以外を区別するのは教義である。

 

 彼らの名は装甲十字軍。

 

 主の威光をこの世界に示すという名目で、殺人、強姦、掠奪を行う最悪の暴走族である。

 

 哀れな生贄を求め、狂信的な暴走を行う彼らを恐れて多くの者が脇道に逸れる。彼らも小物にはいちいち目をくれなかった。

 

 十字軍の目的は目の前を走る一つの馬車。

 彼らが悪魔の手先と定めるエルフ王国から現れた馬車を捕らえ、異端審問にかけるべく追跡を行っている。しかし、彼らは想定外の抵抗に遭っていた。

 

「おのれ、忌まわしい魔術師めが……!」

 

 流星によって騎馬を撃ち抜かれ、また一人脱落していく様子を見て特攻隊長のバルトマは顔を歪める。

 馬車に乗っているのは何人かの召喚士であり、包囲しようとする十字軍を魔法で迎撃しているのだ。

 無論、この程度で怯むものはいない。

 

「嘗めんじゃねッコラー!」

「異端審問だ夜露死苦ゥ!」

 

『右の頬を打たれたら左の頬で相手を粉砕せよ』、『罪なきもののみが石を投げよ……我らに罪なし』などの恐るべきスローガンに従い、彼らは果敢に武器を振りかざしていく。というかほぼただの暴走族である。

 

「ははは。騒がしい奴らだ」

「笑ってる場合じゃないお。あいつらしつこいお」

 

 そんな彼らを見てアルカナは苦笑した。然り、これは召喚士協会の馬車である。エルフ王国との作戦会議を終えた帰路の途中、狙ったかのように十字軍と出くわした。そして難癖をつけられ、こうして逃げながら応戦しているのだった。

 

「サンダー!」

「アイス!」

 

 協会に属する召喚士が魔法を放ち、十字軍を後退させる。しかし一部の者は魔法を打ち払い、執拗に追いすがってきた。フックロープやモーニングスターを持ち出し、馬車に直接攻撃を試みる者もいたが、そうした危険存在はアルカナが直々に撃ち落としていった。時折飛来する矢はブーンがYの字めいた巨大戦斧を振り回して叩き落としている。

 

「召喚士の方々、どうするんですかい!?」

 

 御者台から声がかけられる。御者の手綱を握る力がより強くなった。

 

「このまま突っ切ってもらいたい。流石に彼らも、帝都の真ん前まではやってこないからね」

「あいよ! さあ、もうひとっ走りいくぜてめえら!」

 

 御者は手綱を引き締め、馬に命じた。彼はこの辺りで名を馳せる生粋の走り屋であった。彼の駆る二頭の馬もまた、主人と共に走りに命を懸ける猛者である。力強い嘶きが空に響いた。

 

 

 

『今日から君も』

 

 ハグレ王国、土産物店。

 

 今日も今日とて、王国民からの特産品アイデアが寄せられる。

 

『ようデーリッチ。折り入って相談があるんだけどよ。秘密結社に足りないものが何なのか、俺は悩んできた。そしてこの前気が付いたんだ、シンボルがないって。そりゃ嘗められるに決まってるさ。こういう組織はちゃんと組織の象徴があるってのに、俺達にはそれが無かったんだ。というわけで、秘密結社のグッズをよろしく頼むぜ。バッジとかワッペンとか、身につけられるやつが良いと思う』

 

 と、ルークの発案があり。

 

「あんたもアイデア投げっぱなしかい! ……仕方ないわね。確かに、うちのゆるゆる秘密結社も何かしら掲げるものがあればシャキっとすると思うわ。しかしバッジって……。男子ってホントこういうの好きよね。というか秘密結社がらみの特産品ダブったじゃない。別にいいけど」

 

 と、ミアラージュが製作に取り掛かったのが3日前の事。

 

 

「できたわよー!」

「おお!」

 

 ミアラージュの言葉に、ルークやヘルラージュは勢いよく立ち上がった。

 ミアが持ってきたもの。それは紫色に輝く缶バッジだ。

 

「これで秘密結社に入りたいと駄々をこねる子供も満足ね!」

 

 秘密結社バッジ!

 その名の通り秘密結社ヘルラージュの構成員であることを示すバッジである!

 

「ちなみに五種類用意したわ。これを駄菓子屋のガチャガチャにでも入れておけば子供たちの行列ができるでしょうね」

「それ最後の一個だけ出ないやつだな」

「お姉ちゃん中々のワルですわね」

「商売の事も考えなきゃいけないでしょ」

 

 こういうのにはお約束のコレクション要素も欠かさない。コンプリートを目指す子供たちの財布を空っぽにする恐ろしいものが世に解き放たれた瞬間である。

 

 そんな話は置いておいて、ようやく秘密結社のシンボルが完成したのだ。

 

「それじゃあ、身に着けさせてもらいますよ」

「はい、待った」

 

 早速バッジを装着しようとしたルークだが、ミアの手によって止められる。

 

「およ?」

「あなた達には別のを用意してるのよ」

「なんですと?」

「はい。こっちが正規の構成員用よ」

 

 そう言ってミアが取りだしたのは缶バッジとは異なる襟章だった。

 

「ちゃんとあなた達の服に合うようにデザインしたんだからね」

「わあ、早速着けましょう!」

「ああ!」

 

 きらりと光る紫の襟章は、ヘルのドレスとルークのスーツの両方にアクセントを加える。花を象ったと思わしき六芒星の形はどこか魔術的なアイテムらしさも感じさせ、ミステリアスさに磨きがかかっていた。

 

「おお……! 実際に装着してみるとやっぱり自分達のシンボルなんだなって実感が湧いてくるぜ」

 

 まさか自分達専用のものが用意されるとは思ってもいなかったルークにとってこれは大満足なものだった。これでナスビスーツによるゆるゆるな雰囲気は幾らか引き締められたと思いたい。

 

「これでもっと悪の秘密結社としての印象が強まったわ。ありがとうお姉ちゃん!」

「何言ってんの。発案者はルークじゃない」

「あっ……、そうでしたわ。ルーク君、お手柄ですわ!」

「いやあ。俺のふんわりしたアイデアをちゃんとデザインに纏めてくれたミアさんのおかげっすよ」

「そう? だったら二人の為に作ってあげた甲斐があるわね」

 

 ミアラージュはにやにやしながら特大の爆弾を投げ放った。

 

「……え?」

「ナスビスーツにそんなおしゃれなの似合うわけないでしょ。だから二人が付ける用よ、それ」

 

 二人のため。

 つまり彼ら専用の特注品。

 ……二人だけの、お揃いのデザイン。

 

(え、もしやこれペアルック?)

(ルーク君とお、お揃いなの!?) 

 

 その事実に気が付いた二人はほぼ同時に頬を赤らめる。

 そんな二人をミアは生暖かい目で見るのだった。

 

 

 

 

 

 

 

『――という訳で、こちら怪人用缶バッジとなります。デーリッチには礼として、五つ揃ったセットをあげることにした。怪人たちの分は別にあるからこれは王国用だな。装備品として使えるからガンガン使ってくれ』

 

 ――装飾品:☆秘密結社バッジ(風属性+20%、近接+20%)を手に入れた!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ところでこの形って何なんです?」

 

 襟章の形が気になったルークがミアに尋ねる。

 

「ああ、モチーフ? もちろん茄子の花よ」

「やっぱり茄子なんかーい!」

 

 結局茄子からは逃れられないのであった。

 

 

 

『深淵を覗いた末路』

 

 ある洞窟を一組の冒険者グループが探索していた。

 それはこの洞窟の深くにのみ自生する薬草類を採取してくるクエストを受諾したからだ。

 

「ねえ。何だかおかしくない?」

 

 魔法使いの女が不安げに言った。

 彼女はここまでの道中に言いようのない違和感を感じていたが、それが何なのかをはっきりと理解できず、今まで口に出せなかった。その違和感は進むたびに強くなっていき、彼女の中では最早無視できないほどにまで育っていた。

 

「あ? どこがおかしいんだよ?」

「そうですよ。洞窟に入ってから特に何もなかったじゃないですか」

 

 戦士の言葉に僧侶も頷く。実際、彼らの旅路は順調だった。

 村から遠く離れたこの場所へ向かう途中、何度か魔物と戦闘したものの敵では無く、さらに洞窟に入ってからは魔物に遭遇することは無かった。

 

「だから、何もないのがちょっとおかしいなって……」

 

 彼らが事前に調べた限り、この洞窟の奥部は海に近くサハギンなどの水棲種の魔物が多く生息しているという情報だった。洞窟を進んでそれなりに時間がたつ。だと言うのに魔物との遭遇がないことを魔法使いは怪しいと思っていた。

 

「サハギンは群れるんだろ? そいつらがひっそりと過ごしてるだけじゃねーのか」

 

 サハギンは人間とほぼ同じ知性を持つ。

 ハグレとして迫害傾向にある彼らは、こうして洞窟に身を潜めることが多く、また冒険者と出くわしても縄張りを侵さない限りは襲ってこないのである。

 

 だから特に心配することじゃないと戦士は主張するが、魔法使いの懸念はそれだけじゃなかった。

 

「それに周りを見てよ。明らかに洞窟じゃなくなってるわよ」

「言われてみれば。やけに整っていますねここは……」

 

 僧侶が辺りを見回しながら言った。岩肌が露出していた壁はいつの間にか苔生した石畳に変わっていた。

 明らかにおかしい。事前情報には自然洞窟だと記してあった。だというのに、高度な人工物が存在する。サハギンがこのような建築は行わないはず。明らかに不自然であった。

 

 僧侶の額に冷や汗が滴る。

 始めは軽いと思っていた行程が、まるで奈落への下り坂に思えてきたのだ。

 

「何だか嫌な予感がします。まるで我らが神の加護が届かぬような……」

「ほら! やっぱりおかしいって」

「だとしてもよ。草をちょちょいと取ってくるだけだろ? なら心配する必要もねえって。冒険者なんだからある程度のアクシデントは承知の上じゃねえか」

 

 戦士は敢えてそれらの違和感から目を逸らした。どの道、この依頼を完遂できなければ赤字なのだ。ならば多少の不確定要素を許容するしかない。そう己に言い聞かせた。

 

 そのままパーティが先に進むと、不意に先が開けた。

 薄い光が見え、強い磯の香りが彼らを出迎えた。

 ……おそらくは、サハギンの住処か。

 

「俺が行く」

 

 戦士が様子を見にいった。不測の事態に備えるため、彼が斥候の役割も担っているのだ。

 何かが飛び出してくる可能性を警戒しながら、壁に身を寄せ、恐る恐るといった様子で顔を出す。

 もしサハギンとかちあった場合、極力戦闘は避けたい。友好的に接するべくまずは様子を伺おうとした……

 

「なんだ、こりゃあ……?」

 

 戦士は目の前に広がっていた光景に目を剥いた。

 

 ――そこは大きく開けた空間だった。

 かがり火によって薄く照らされた壁や床には、解読不能な言語で描かれた呪文がびっしり刻まれている。

 ゆらりゆらりと、巨大な魚が空中を泳ぎ、その底には何らかの陸生動物の骨が散乱している。

 それは記憶にあるサハギンの住居とはかけ離れており、彼の冒険の中でも明らかに異常な光景がそこにはあった。

 

 戦士の脳裏にある言葉がよみがえる。

 

『不用意に深淵を覗き込めばたちまち引きずり込まれる』

 

 自分達は今まさに深淵へ足を踏み入れようとしていたのだと気が付いた。

 

「おい、引き返すぞ。ここはやば――」

 

 戦士は慌てて二人に呼び掛けようとした。

 それは既に遅い試みだった。彼らはとっくの前に足を踏み外していたのだ。

 

 

 

 

 

 

 

「おや? もう帰るのかね? 折角の人間だ、歓迎してやろうではないか」

 

 

 

 

 

 

 

 戦士の肩に手が置かれた。

 気配は一切感じなかった。

 戦士の全身から体温がさっと引いた。

 声の主は極めて冷静に、どこか感心した様子で語りかけてきた。

 

 戦士は振り向こうとしたが、できなかった。

 頭を押さえつけられ、固定されているのだ。

 

「あ、あ……」

「よい苦悶だ。もっと味合わせたまえ」

 

 僧侶と魔法使いにはその姿が見えていた。

 薄明りに照らされたその存在が!

 蛸のような頭部を持ち、貴族めいた服に身を包んだ人型の異形の姿が!

 

「おやおや。これはこれは冒険者ですか」

 

 恐怖で足をすくませる彼らの元へ姿を現したのは、この場に似つかわしくないビジネススーツに身を包んだ男であった。この異常事態を目撃しながら平然とする様は、冒険者たちの味方ではないことを雄弁に語っていた。

 

「まさかここまで侵入するとは……、早いうちに祭壇の場所を移した方がよいかもしれませんね」

「ハグルマよ、こやつらは貴様らと関係のある者か?」

「皆目見当もございません」

 

 ハグルマが頭を横に振ると、蛸頭の異形は喜ぶような声で言った。

 

「ならば我らのものにして構わんな?」

「ええ。今運ばせましょう」 

 

 パチン。と男が指を鳴らすと鱗に覆われたサハギンが続々と現れ、彼らを拘束する。ここに住んでいたサハギン達は最早ハグルマの支配下にあった。

 冒険者たちは必死で抵抗したが、すぐにそれは徒労に終わった。

 

「さあ下僕どもよ、この者らを祭壇へと運べ」

 

 蛸頭の異形――脳漿喰らい(マインドフレア)と呼ばれる深人はサハギンたちへ哀れな生贄を祭壇へ運ぶように命じた。

 深海に潜むおぞましき貴人は、己の手の中にいる戦士の顔を覗き込んだ。

 

「久方ぶりの食事だ。長く苦しんでもらうぞ人間」

 

 戦士に許されたのは、悲鳴だけだった。




『装甲十字軍』
元ネタはサタスペに出てくる同名の独立盟約。湾岸高速を讃美歌をかき鳴らしハーレーに乗って暴走するキジルシ集団である。


という訳で掌編5つをお届けしました。
次から原作で言うマリネリス渓谷の辺りに入ります。原作とは全然違う内容になるのでこれぐらいの進行度という目安ぐらいにお考え下さい。


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ルークのおたから図鑑

らんダンリスペクト的なアイテム解説集。
いちいち過去話に突っ込んでると見返すのも面倒だと思いますので四十話までに登場したおたからについてルークくんが解説してくれるようです。たまに他の人が担当します。

アイテム世界観はざくアク準拠のものもあればサタスペまんまのものもあります。

随時更新予定。


☆死の弾丸(初登場:2話)

 

どこを撃とうがその場にいる誰かに必ず当たる弾丸。と言えば聞こえはいいかもしれない。

実はこの弾丸、誰に当たるのかは完全にランダムなのだ。

確実に急所に当たるから勝ち目のない戦いを一発逆転できるところも含めて生死を賭けたギャンブルって感じで俺は気に入っているが、ヘルがかなり嫌がるのでよっぽどのことが無い限り使わないようにしている。

あと、撃つたびに首に縄を括った黒い服の女の子が喜々としてダイスを振る姿が頭に浮かぶのは気のせいだろうか。

 

 

☆バールのようなもの(初登場:6話)

特技/近接物理+15%/回避率無視

いや、本当にバールのようなものとしか言いようがないんだって。

常に形状がぶれてて把握できないし、ジーナさんに鑑定してもらっても「バール……なのか?」って明らかに自信なさげに答えられたらもうバールのようなものとしか表現できないと思う。

とにかく棒状で先端にフックのある金属棒なのは判明しているので、よく扉をこじあけたりするのに役立ってもらっている。

あと、地味に武器としても使えて必中効果がある。殺意がすごい。

 

 

☆手袋(初登場:6話)

 

ぴったりフィットしてくれる不思議な手袋。

濡れないしすべらないので精密作業もばっちりで、指紋を始めとして痕跡を残したくない活動には欠かせない一品。

それに、手袋をはめるのは一流の怪盗としてとても大事だ。

ある意味、俺の職業生命を担ってくれてる装備と言ってもいいだろう。

 

 

☆二代目のアラナワ(初登場:6話)

 

帝都一のSMクラブ「ジュジュベ」の二代目女王様が愛用していたとされるアラナワ。

投げると自動的に相手を縛りつけ、しかも痛みは感じさせずに肌にはとても芸術的な痕を残してくれる。

エルヴィスの旦那が女遊びから帰って来た時の土産物で、本物かどうかはわからないし、そもそも風俗嬢がなんでこんなものを持ってんだとつっこみたくなるが、実際に捕縛道具として有能なのは間違いない。

ヘルの手の届くところに置いておくとろくでもないことになる確信があるので厳重に保管している。見たくないかと言われると見たいけども。

 

 

☆へそくり(初登場:6話)

 

いくら信頼のおける仲間だろうと、いくら血を分けた家族であろうと、自分が自由に使えるお金は欲しい。

そうして内緒でコツコツと溜めたお金というものは、いざというときの出費に役立ってくれるのだ。

まあ、仮に見つかった場合勝手に使われるので厳重に隠しておく必要があるのだが。

ちなみにヘルは即座にスイーツに使いきるからへそくりに回す小遣いなんてビタ一文も無いぞ。

 

 

☆覗き屋の双眼鏡(初登場:9話)

 

何でも見透かすことのできる双眼鏡。

邪魔な建物の壁や障害物を透かして見ることができて、しかも背景の壁や服はすり抜けたりしないというなんとも都合のいい効果を持っている。

そんなスケベ御用達アイテムなのでかなづち大明神がことあるごとに借りようとしてきて非常に困っている。仮に渡したらあいつだけじゃなくて俺まで折檻喰らうに決まってるので絶対に貸さない。マッスルお前もだ残念そうな顔するんじゃねえ。

 

 

☆流行のギャグフレーズ全集(初登場:10話)

 

お笑い芸人が生み出した流行のギャグがひとまとめになった本。

俺は大量のおたからを保有しているが、何も俺だけがおたからをもってるわけじゃない。

ヘルはけっこう読書家なので、書物系のおたからはヘルのほうが多かったりする。

ローズマリーのダジャレがあまりにあんまりだったのであげたらしいが、そのあとのマリーのダジャレが改善した様子はない。おたからだって無理なものは無理だ。

 

 

☆原産地マニュアル(初登場:10話)

 

いろんな植物の原産地が記されたマニュアル。

冒険者にとってマジカル野菜はただの食材以上の価値を持つ。何せステータス上昇の効果を持つのだから皆必死で手に入れようとする。するとそこには経済効果が生まれるわけで、行商人たちは冒険者相手に野菜の販売を行ったりする。

そんな中で産地を偽装して高く売りつける悪徳業者が現れるのは必然だったとも言える。

代表的な事件は大量生産したロケットマトをレスキュートマトと偽装した事件で、多くの魔法使いの攻撃力が無駄に上がり杖で殴った方が早いと社会問題になったことがある。

そういう訳で帝都から原産地マニュアルが発行され偽装を見破れるようになったのだが、悪徳業者も狡猾なことに、なんと自家栽培による独自ブランドを立ち上げてきたのだ。本末転倒では?

 

 

☆エル・マリアッチ(初登場:14話)

 

炎が飛びだすギミックのついたギター。

武器にもなるし楽器にもなってとてもお得。こういう仕掛けがあるのってめちゃくちゃ興奮するのだが、拠点内での反応は半々といったところ。解せぬ。

後で仲間になったドリントル姫様曰く、宇宙にもこのギター型武器が伝説として語られているらしく、非常に目を輝かせていた。

火属性な関係上、うちではもっぱらフレイムピンクがこのギターを使っている。最近はプライベートでもたまに練習しているらしく、拠点内にはギターの音が鳴り響く時がある。

 

 

☆エロ同人(初登場:14話)

 

やけに薄くて男と女のくんずほぐれつが描かれているえっちな本。

正直これにはいい思い出が無い。しかし耐性面が非常に優秀なのが腹立つ。

確かに読みふけっていれば混乱とか意味ないし、黙々としてるから沈黙もない。その通りなのだがなんだか釈然としない。

ちなみに中身は趣味じゃなかったので一通り読んだらマッスルにくれてやった。そして彼が隠し場所をアルフレッドのベッドの下にしたことによって後日悲劇が巻き起こるのだが、ここに書くことではないだろう。

 

 

☆RPG-7(初登場:20話)

 

携行火器としては最高峰の威力を誇る射撃武器。

その火力は土のゴーレムも、ドラゴンすらも直撃すればひとたまりもないほどだ。

惜しむらくは単発式なので使い捨ての消耗品なことだ。ただしこれでも中ボスぐらいなら瞬殺できる。

世の中にはこれを大量に持ち歩いて敵を蹂躙する亜侠もいると旦那が言ってた。仮に本当ならそいつは相当な大富豪だろう。

 

 

☆星裂きの剣(仮称)(初登場:21話)

 

宇宙海賊が持っていたガラクタ。正式名称もわからないのでこう記しておく。

カロナダイムという古代文明には、星を切り裂く魔剣があったとされ、そしてその残骸がこれだという。

俺からすれば錆きった金属の筒にしか見えないが、もっと古代文明に詳しい人物……それこそあのアルカナさんに聞けば何かわかったりするのだろうか?

 

 

☆レディアント・コーム(初登場:39話)ブリギット担当

 

俺に搭載された自動修復機能の名前だな。

どんなに剣戟が交わされ、爆炎が渦巻く戦場にあっても貴族は美しくあらなければならない。

そんな価値観を持った古代人にはどんなに負傷しても見た目だけは整えるという技術があった。それを流用して俺達ゴーレムにも自動修復機能を与えたってわけだ。

修理の手間が省けるのは嬉しいんだが、子守り用ゴーレムに色々と機能を盛り過ぎなんだっての。

それだけ昔は魔物がうようよしてたってことなんだけどさ。何もかも自分達のせいなんだから笑っちまうよな。

 

 

☆ボールの友達(初登場:39話)

 

物理法則とか無視して敵に当たるボール。

俺はあんまりスポーツをやらないので、デーリッチにでもあげようかと思っていたところ、ふと寂しそうにしている雪乃が目に入った。

彼女の境遇に思うところが無かったわけでもないので、俺は交流を深める目的もあってボールの友達を渡してみるとどうやらお気に召してくれたらしい。今では戦闘にまで用いるほどに使いこなしている。

……ただ、なぜ「雪花ちゃん」と名前を付けているのだろうか?

気になって訪ねてみたところ元の世界での友達の名前とのこと。

たしかにボールはいつでも友達だとは言ったがいやいやいや。



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その41.サハギン前線のようです(1)

原作がログアウトした3章後半戦はじまるよー。


『動乱の先触れ』

 

 ハグレ王国。

 

 今日も今日とて王国会議はつつがなく進行しており、皆がそれぞれの活動内容を報告していく。

 

 皆でてこてこ山へとピクニックに行ったり。

 

 柚葉の金魚売りが何一つ実を結ばずレアイベントを無駄にしたり。

 

 イリスの持ってきたジャンクフードに王国民が食いついたり。

 

 ドリントル主催の儀式で呼び出したUFOからジャムを貰うついでに、ルークがアブダクションされかけたり。

 

 特別なイベントが特別じゃない感じで流されていく中、彼の報告は少し違った。

 

「……これを見てくれませんかね」

 

 報告者であるルークが取り出したのは一枚のチラシ。

 

 その内容は……おお、なんたることか!

 召喚士の用いる魔法陣の中心に配置されているのは、帝国の国章。それをさらに上から×印を重ねたという極めて挑発的なマークを描いたポスターである!!

 

「これは……」

「こんなポスターが街中に堂々と張り付けられていましてね」

 

 遡ること少し。ルークは行商の活動で、ある酒場に立ち寄った。そこの掲示板に目立つように張り付けられていたのがこのポスターであった。

 

「他にも色々とビラが撒かれていましたよ」

 

 そう言ってルークは次々とチラシを提出する。それらは共通してハグレを讃えるような文言や帝都や召喚士協会を批判する文章が書かれ、決起や抵抗を煽るように赤い色や振りかざした武器などでデザインされており、同じ組織の名を記していた。

 

「『召喚人解放戦線』……?」

 

 解放や戦線といった穏やかじゃないワードを用いたこの組織は、どこからどう見ても政治的な目的を持った組織だ。

 

「ハグレについての云々を主張する権利団体ってだけなら特別珍しくはないが……やっぱりこれは」

「大方、連中の組織の名前でしょうね」

 

 今の情勢で帝都に喧嘩を売る者など、彼ら以外には考えられない。

 そんなルークの意見にローズマリーも同意する。

 

「そういえば、僕もこの前似たようなものを見た覚えがあるよ」

「本当かアルフレッド? こちらではそのようなものを見た覚えは無かったな」

「だとしたら、うちの領域内には貼られてないってことですかね」

 

 ジュリアやアルフレッドなど、世間の情勢に詳しい者達からも目撃情報が相次いだ。どうやら相当な範囲にばら撒かれており、尚且つハグレ王国の影響が強い地域は避けているようだった。その事実もこれがマクスウェルやアプリコの属する組織であるという確信を強めていた。

 

「それと、最近どっかの領主館が襲撃を受けたって新聞に書いてあっただろ? これはもしかするかもしれませんよ」 

 

 此処の所、帝国領各地では物騒な事件も増えている。ハグレ王国とは直接関係のない出来事であったために感心も薄かったが、直近の事情も合わせると結び付けない方が難しいだろう。

 

 

 危機的アトモスフィアが会議室に張りつめる。

 その時だった。

 

 

「どうも。会議中だが邪魔させてもらうよ」

 

 ハグレ王国の会議に割り込むようにしてアルカナが現れた。いっそすがすがしいまでのタイミングだった。

 

「アルカナさん、いいところに」

「ご機嫌麗しゅう参謀殿。国王殿も息災のようで」

 

 デーリッチに対して恭しく礼をした後、長机の上に広げられたプロパガンダ広報紙をアルカナは見た。彼女はおもむろに懐からあるものを取り出す。

 それは卓上に広げられたものとほぼ同じ紙だった。

 

「ふむ。どうやら()()については知っているようだね。なら話は早い」

「アルカナさんのほうでもこの組織について何かあったんですか?」

「ちょっと違うね。でもこれが絡んでいるのは確か」

 

 少し間を置いてから、アルカナは本題を口にした。 

 

「率直に言おう。エルフ王国に跳んでもらいたい。向こうにアンカーは設置済みだから、周辺地域にスポーンしていちいち歩いたりする心配はいらないよ」

「……ついに攻めてきたんですか?」

 

 問いに返ってきたのは、頷き。

 アルカナの説明は端的だったが、ローズマリーにはそれが何を意味するのか理解した。

 

 

 エルフとサハギンの、戦争が始まるのだ。

 

 

 

 

 

 

 エルフ王国へとゲートを開けたハグレ王国の面々は執務室へと通される。

 

「ようこそエルフ王国へ。私が女王のリリィ。歓迎するわ」

 

 上座には気丈さを漂わせる美しい金髪の女性、このエルフ王国の女王であるリリィが座っていた。

 女王との挨拶もほどほどに、アルカナが口を開く。

 

「それじゃあ改めて、現状について説明しよう。エルフとサハギンの拮抗状態がハグルマ教団の介入によってサハギン側に傾き始めた。ここまでは以前に説明したとおりだ」

 

 アルカナが目くばせをすると、リリィ女王は話し始める。

 

「あんた達も戦った魔導鎧だっけ? 確かにサハギンが身に着けてきた鎧も同じ感じの仕組みだったわ。でも仕掛けが分かれば対策できないものじゃない。だから正直に言って、あんたたちの助力もそこまでいらない筈だった」

「だった?」

「そうもいかなくなったのさ。ほら、この組織だよ」

 

 アルカナは先ほどの革命ポスターをひらひらと揺らしてみせる。

 

「各地のハグレ集落に使者を送って扇動やら勧誘やらしてるって話さ」

「そうね。ここにもその使者とやらが来たわ」

 

 リリィの脳裏に蘇るのは、ビジネススーツに身を包んだ男の姿。飾り気のないその恰好からはちぐはぐな磯の香りを強い香水でかき消そうとした努力の痕跡が感じとれ、少なくとも見てくれだけならばただの人間だった。

 

 エルフたちの警戒心に満ちた視線を一身に浴びながらも、その男……ウオスキと名乗った営業マンは臆することなくこう述べた。ハグレの解放のため自分達と同盟を結ぼうではないかと。

 

『同盟って……一応聞くけど、私達とサハギンのことを分かってて言ってるんでしょうね?』

『勿論存じておりますとも。確かにあなた方と我らの隣人たちは()()仲が悪い。とは言え、私達は同じ境遇にあります。かつて生まれた地から遠く離された挙句ハグレなどという誹りを受けたもの同士として、そして今は種族の確執あれど今は共通の敵を持つ同志として手を取り合い戦うべき。今こそ狼藉を繰り返した帝都に気高きエルフの誇りとやらを見せつけるときであると、我らが代表から言葉を預かっております』

 

 とにかくよく口が回る男だ。彼自身がそう思っていなかろうと、これだけの口上を顔色を変えずにまくし立てられるのは称賛に値する。その巧みなセールストークで、多くの村や冒険者を顧客に仕立て上げてきたのだろう。警戒と猜疑に満ちていたリリィすらも、つい耳を傾けかけるほどだった。

 

 とにかくまずはハグレとして団結し帝都を攻める。

 そこから先の話は、各種族の意志を尊重しようではないか。

 

 概ねそのようなことを言ってきたのが、数日前の事になる。

 

「それで、何て答えたの?」

「勿論――突っぱねてやったに決まってるでしょ。あんな見え見えの欺瞞に引っ掛かるわけないじゃない」

 

 愛想笑いを顔に貼り付けてはいるものの、その振る舞いの節々の奥底にはエルフを見下す素振りが見えた。よく隠してはいるものの、その程度の感情を読み取れぬほどエルフ女王は愚かではない。

 

 そして何より――

 

『確かあなた方は今、召喚士協会の重鎮……アルカナと言いましたか。その者と懇意にしているようですね。親切心から申し上げますがね、それはおそらく我らを飼いならそうとする欺瞞です。彼女は十年間もハグレの懐柔を試みてきました。戦う気概を奪う悪魔の罠です。それはそうでしょう。召喚士としての名誉を回復させるにはハグレを言葉巧みに洗脳し、あたかも協力させているように見せかけ意のままに操れるようにするのが最も効果的だと考えているのです。そしてハグレの中には嘆かわしくも絆され、我らの言葉に耳を傾けぬ軟弱者まで出てしまった。聞けばかの猛将マーロウすらも彼女に牙を抜かれたというではないですか。ですが! 聡明なあなた方エルフは違う。かような帝都の工作活動に騙されることなく真に戦う相手を見ることが『そう、もういいわ』――え?』

 

 召喚士協会への戦意を煽るために行ったであろうこの言葉こそが決定的だった。

 

 リリィは手に持ったワインの中身をウオスキへとぶちまける。

 整えた髪が乱れ、唖然とするその顔にエルフ女王は言い放った。

 

『お前たちの話を聞く価値はない。金輪際うちの門をくぐる事を禁じるわ。……二度とその面を私の前に見せるな』

 

 普段ならばこのような無礼者相手には激昂していた筈だ。しかしこの時彼女は自分でも驚くほどに冷静だった。側近たちからしてみれば、あれほどに冷え切った声を出す女王の姿を見たことはこれまでに無かった。

 

『ぎっ……! 下手に出ていれば調子に乗って!! 所詮文明の良さを知らぬ野蛮な田舎者の集落風情が、我ら偉大なるハグルマの文明と大いなる深人の神と親愛なる同盟者の兵力による圧倒的暴力の前に蹂躙されて後悔しなさい!!』

『負け惜しみが長い! とっとと帰れ!!』

 

 などと言いながら逃げ帰っていったのは記憶に新しい。 

 

 実際、これはほぼ挑発に近く、最初から同盟を結ぶことは当てにしていなかったのだろう。この数日の間でサハギン達は各地に散逸した種族を集結させ、エルフ王国に向けて進軍を開始したのだ。

 

 

「……と、まあそういうことで今まさに戦争が始まるかの瀬戸際なのよ」

「なんというか……勝手に自滅してるよねそいつ」

 

 心底腹立たしいと言った様子でリリィが語った内容にエステル含め他の者達も呆れた様子。

 

「ま、もともと人の弱みに付け込んで商売してる連中だ。ナチュラルに相手を見下してんのが裏目に出たのさ」

 

 けらけらと笑ったアルカナだったが、すぐにその表情からは笑みが消えた。此処から先は、冗談を言ってる暇がないのだ。

 

「それで、そちらが把握しているサハギン軍の戦力は?」

「……さっき戻ってきた偵察の報告だと、ざっと5千」

 

 リリィは苦虫を噛み潰したような顔で言った。

 それを聞いてアルカナは自分の耳を疑った。

 以前の進軍の時だと千人にも満たない数だった。

 明らかに増えている。

 

「内訳は?」

「こないだあんたが言ってた魔導鎧をつけたサハギン達が6割ぐらい。宙に浮かぶ金魚を乗騎にしてるのもほんの僅かだけどいたわ」

「残り4割は?」

烏賊(イカ)ロスに河童、ほかにも見たことが無い種族がいた。ここ最近で見違えるほどに数を増やしてんのよ。数だけで言うなら、ハグレの中で最も多いでしょうね」

 

 そのことを聞いて、アルカナはおおよその事情を把握した。どうみても帝国が把握しているサハギン族の数よりずっと多い。だとすると、恐らくは極めて大規模な召喚……いや世界間の接続が行われている。事態は想像以上に面倒なことになっているようだ。正直頭が痛くなる思いだ。

 

「……大体わかった。連中、十中八九召喚を行ってる。ハグルマが選択的な召喚を行って、サハギンを始めとした深人種(ディープワン)の数を意図的に増やしているんだ。それでこの世界のサハギン達の気を大きくして抱き込んだんだろう。帝都より先にエルフに戦争を仕掛けたのは、おそらく試金石だな」

 

 何せあちら側のバックにいるのは種族そのものを崇拝対象にするカルト組織だ。

 その崇拝対象と種族単位で敵対している相手ならば、同じハグレだろうと滅ぼしても構わないと言う魂胆なのだろう。その上で同盟を持ち掛けてきたというのだから、面の皮が厚いどころの話ではない。

 

「私達で新兵器の威力を確かめようって訳? 冗談じゃないわ」

 

 やっぱり突っぱねて良かったわとリリィは鼻を鳴らす。

 

 仮に手を結んだとして、帝都への侵攻が完了した後に帰す刀で自分達をも支配下に置く気満々だったのだ。あるいは、そのまま滅ぼすつもりかもしれない。

 

 どちらにせよ、嘗められっぱなしで黙っているリリィではないのだった。

 

「あいつらは徹底的に凹ますわ」

「ですがどうするんですか? 流石に私たちでもその数を真正面からというのは……」

 

 エルフ王国の兵力は数百人程度。

 他集落からの助力を期待しようにも、合流までには時間がかかる。

 いくらハグレ王国が強力とは言え、多勢に無勢と言わざるを得ない。

 

「まあ、流石にそんな無茶は言わないよ。それに召喚が行われてるならいくら叩いたところで無駄でしょうし」

「ではどうする?」

「簡単だ。まずは補給路を断つ」

 

 アルカナの予想ではこうだ。

 

 サハギン達を呼び寄せている召喚ゲートがあると仮定、これを封鎖して増援を無くすことができる。そうでなくとも前線基地を後ろから叩き、サハギン軍を撤退させる。

 

 そのための工作隊として選ばれたのが、ハグレ王国だった。

 

 

「なるほど……」

「問題は、連中の拠点がどこにあるのかって話なのだけれど……」

「それについても探らせてる最中ね。そろそろ帰ってくるはずよ」

 

 と、まるでリリィの言葉を待っていたかのように、執務室のドアがノックされる。

 

「リリィ女王! 斥候隊が帰還しました!!」

「入っていいわよ」

 

 入ってきたのは整った顔立ちの男エルフだ。その油断なき足取りからは彼が一角の戦士であることが伺える。彼はハグレ王国の面々を一瞥し、リリィの前まで歩み寄り、そして跪いた。

 

「ただいま帰還しましたリリィ女王陛下」

「ご苦労様、クリス。相変わらず堅苦しいわね。それで、どうだったの?」

 

 無駄な前置きは不要とばかりに、リリィは結果の報告を促す。

 

「はい。サハギン族の拠点を突きとめました」

「そう、なら早速攻めに行って。そこのハグレ王国と一緒にね」

「なるほど。彼女達がハグレ王国……」

 

 クリス、と呼ばれたエルフは立ち上がりハグレ王国に向き直る。

 

「クリストファーです。よろしくお願いします」

 

 エルフ男性は紳士であるとの評判に違わぬ見事なお辞儀だった。

 

「道案内はクリスに任せるわ。少々礼儀にうるさくて堅苦しい奴だけど、うちでは一番の弓使いよ」

「わかりました。ですが、そうするとそちらは戦力がいなくなってしまうのでは……?」

 

 数で劣勢な以上、自分達の中で強力な戦士は防衛に回した方がいいのではないかとローズマリーは心配する。

 

「問題ありませんよ。そのために私たちが呼ばれたのです」

 

 後ろからかけられた渋い声に振り向く。

 そこには青い体毛の屈強な戦士、マーロウが立っていた。

 

「マーロウさん!?」

「お久しぶりですね皆さん。どうやら国王殿を無事に救出できたようでなによりです」

「貴方もこの戦いに?」

「ええ。私もその解放戦線とやらには思うところがありますので」

 

 マーロウはそう言い、ぐっと拳を握りしめる。理不尽への義憤を表すように体の表面に電光が迸る。雷を得意とする彼は、水棲種族で構成されるサハギン軍を迎撃するのにあたってこれ以上なく適任であると言えた。

 彼をこの場に呼んだ張本人であるアルカナが詳細を説明する。

 

「マーロウには正面部隊に加わってもらうつもりだよ。彼ならばサハギンをしばらくは寄せ付けないだろうね」

「まあ、私もいるんですけどね」

「メニャーニャ!?」

「お久しぶりですー。私も先輩方に同行させてもらいますよ」

 

 ひょっこりと姿を現したメニャーニャに、エステルが驚く。

 

「とりあえず魔導兵器を三機配備してきました。皆さん使い方を説明したらすぐに理解してくれました。流石はエルフというべきですかね」

「魔導、兵器……?」

「君達トゲチーク山の遺跡に行ったでしょ? その時のアレよ」

「……え、アレ!?」

 

 そう、本作では1ページ分も割かれずにぶっ倒されたアレである。

 

「いつの間にかメニャーニャが復元に成功してたみたいでね。ひとまずマナジャム突っ込んで動かせるようにしたから試運転がてら防衛に役立ってもらうのよ」

 

 敵がこちらの知らない技術を持ち出してきた以上、こちらも新しい力を手にする必要があった。そこでメニャーニャが前から個人的に研究していた古代兵器に白羽の矢が当たったのである。

 

「流石に新型大砲は許可が下りませんでしたので使えませんがね」

 

 協会で開発に取り組んでいる新型大砲のお披露目ができないのが残念だとメニャーニャは肩を落とす。貴族派を締め出したことで皮肉にも研究機関としての側面が強まった協会では、ほぼ欠陥兵器だった大砲の改良研究が異例な速度で進められている。彼女も口を挟んだ身として実践投入をしたかったのだが、色々あって叶わなかったのだ。

 

「知らない間に協会が物騒になっていってる気がする……」

「元々平和ボケしてただけよ。仮にも研究機関だってのに足の引っ張り合いばかりしてた昔よりはマシになったってぐらいだけど」

 

 かつての古巣がどんどん兵器を量産している事実に顔を引き攣らせたエステルに、アルカナは今までが何もしていなかったのだと自嘲するように吐き捨てた。

 

「ところでシノブは?」

「悪いけどあの子はお留守番。こんな作戦に突き合わせるのはちょっとね」

 

 いくら人智を越えた力を持っていようとその精神は荒事に向いていない。トゲチーク山で魔物を殲滅した時とは状況も違う。そんな彼女に明確に知性ある存在を害させるのは割り切りの強いアルカナとて憚られた。

 

「しかし、よくもまあこんなに兵器を持ち出すことを帝都は許したわね」

「まあそうだな。実のところ、今回の一件はそもそも協会に帝都から直々に下された命令なのよ」

「帝国が? あんたじゃなくて?」

 

 ハグレを冷遇すれど手助けを行わないことに定評のある帝国がエルフに救援を出すとは到底思えず、リリィはアルカナに事の仔細を訊ねる。

 

「上層部もこの前の領主館襲撃で流石に危機感を持ったみたいでね。今ここで君達を放置すればエルフ王国がそっくりそのまま解放軍の前線基地に早変わり。そうなれば帝都は地理的にも戦略的にも不利に立たされる。なので協会が調査を兼ねて救援に向かわされた。オーケー?」

「オーケー。せいぜい義を果たさせてあげるわよ」

「全くだ」

 

 どうせハグレ王国と妖精王国に強みの経済すら乗っ取られかけているのだ。帝国が見栄を張る程度は大目に見てやることにした。

 そんな思いを込めて皮肉たっぷりに言ってやれば、アルカナはおかしそうに笑った。 

 

 

 

 

 

 

 サハギン軍はどうやら川を遡ってエルフ王国の領土まで進行してきているらしく、河口付近の洞窟が拠点の入り口だと推測された。

 クリストファーの先導を受け、ハグレ王国調査隊は川を下っていく。

 

「へぇー……クリスくんはリリィちゃんの幼馴染なんでちか」 

「先代からの付き合いがある、程度ですけどね」

 

 デーリッチの興味深そうな言葉に、クリストファーは照れくさそうに笑った。

 彼は思いのほか気さくなエルフで、ハグレ王国の面々ともすぐに打ち解けた。あの堅苦しい振るまいは女王の前で意図的に行っているとのこと。

 

「リリィは礼儀を軽んじすぎなのですよ。革新的と言えばいいかもしれないですが、あそこまで奔放だと逆に足を掬われる危険がある」

「わらわが言えたものでもないが、王族とはどこでも世知辛いものじゃのう」

 

 クリストファーは苦笑交じりに語る。エルフ王国の凝り固まった体制を一挙に改革した女王の政治手腕は目を見張るものだ。しかしその分敵も多く、その奔放な在り方は人に好かれやすい反面、必要以上の接近を許す事にもなる。何事もバランスが重要なのだ。この辺りは長い歴史を持つが故の弊害とも言えた。

 ドリントルも政治の闇を知っているというか政争から逃げてきた身なのでその言葉には真剣な表情で同意する。

 

「確かに、エルフの高貴なイメージとは少々違うよねあの子」

「でも高慢ちきなのは典型的なエルフのまんまじゃない?」

「それは違いないですね」

 

 ヤエの冗談めかした物言いにもクリストファーは笑って対応する。まさに紳士であった。

 

 勿論彼は人当たりがよいだけではない。リリィが言っていたように弓矢の扱いに長ける彼は、レンジャーとしての技能にも恵まれていた。

 

「む、待ってください」

 

 談笑を交えながら進んでいると、クリストファーが一行を制止した。

 

「あれは……」

 

 

 

 ――前方に目を凝らせば、魚類に手足をつけたようなサハギンの群れ。

 中には宙を泳ぐ巨大なキンギョに鞍をつけて乗りこなしている者もいる。空飛ぶ金魚とはよく言ったもの。まさにそのまんまだ。

 

「うわっ、ほんとに魚が宙泳いでる」

「どうする? あっちはまだ気づいてないようだけど?」

「近くに隠れる場所は……なさそうだ」

「もう少し目立つ真似は避けたかったが……贅沢は言ってられませんね」

 

 ジュリアが戦闘を回避できないか周囲を探るも、無理だと悟り盾を構えた。各々も武器や魔法の準備をし、油断なく相手の出方を伺う。

 

 サハギン達もこちら側に気が付いたらしく、リーダーらしき者が何やら手に持った小型機械に向けてだぎゃだぎゃ言っている。

 メニャーニャはそれが何なのかすぐに推測した。

 ……通信機だ! それもこの世界では実用化されていない携帯電話だ!!

 

「先生、あいつら無線通信機なんて使ってますよ!」

「何ぃー!? こちとらまだモールス信号レベルだと言うのに、けしからん!!」

「ぶちのめしましょう!」

「OK!」

 

 文明マウントを取られた気分になった二人は怒りのまま突撃する!! ……いや、あんたらも似たようなもん開発してますよね?

 

「おんどりゃーっ! 覚悟ぉー!!」

「だぎゃ!? お前は星の!?」

 

 いきなり突っ込んできた二人にリーダー格のサハギンは面食らい、対応が遅れてしまった。

 アルカナが流星弾で敵を薙ぎ払い、打ち漏らしをメニャーニャの雷魔法が焼き焦がしていく!

 その鬼神の如き暴れっぷりにサハギン達は成すすべなく打ち倒されていく!!

 

「ぎょえーーーっ!?」

「うろたえるなっ、二人で突っ込んできたなら囲んでしまえばいぎゃっ!?」

 

 キンギョに騎乗していた隊長サハギンが突如地面に叩き落される。

 見ればキンギョは頭部を矢で貫かれ絶命している!

 クリストファーによる援護射撃だ!

 

「や、やっぱりばけもんだぎゃ。た、退却--ッ!!」

 

 これはたまったものじゃないとサハギンリーダーが退却指示を出す。彼女達の怒涛の攻撃に恐慌と混乱の最中にあったサハギン達は我先にと逃げ出していき、あっと言う間に来た道を戻っていってしまった。

 

「うっわ、圧倒的だな……」

「追撃しましょうか?」

「いや、まだいい。必要以上に殺すつもりはないから」

「……承知」

 

 クリストファーが弓矢をつがえるのをアルカナは制止する。サハギンを敵視している彼も、強行するつもりはないらしく素直に弓を下げた。

 

 彼らを率いるより上の存在が出てきたなら話は別だが、今はまだむやみやたらと屍を築くつもりはない。精々刃向かう気を無くしてくれれば御の字と言ったところだ。

 

 

 残ったものをアルカナは見渡す。幸い目当てのものはすぐに見つかった。

 当たり所が悪く死んだサハギンやキンギョの中に紛れ込むように、まだ息のあるものがみじろぎするのをアルカナは見逃さなかった。

 

「もしもし、起きているかな?」

「!?」

 

 狸寝入りが見抜かれてた魚人は、慌てて起き上がった。

 反射的に皆が身構えるも、その魚人が襲い掛かってくる様子はない。

 彼はかぶりを振り、取り落とした武器を拾うのも惜しいと慌てて両手を上げた。

 

「……逃げないのか?」

「みすみす逃がしてくれるのか?」

 

 驚いたことに、その魚人の口から出てきたのは訛りの少ない言葉だった。

よく見れば、彼は人型に近い姿をしている。成長するにつれ竜めいた姿に成長するサハギンとはまるで逆だ。アルカナは彼が厳密には異なる種族であることを長年の経験で感じ取った。

 

「お前……、サハギンではないな?」

「俺は降伏する。頼む、助けてくれ。もうあんな連中の支配は沢山だ」

 

 両手を上げたまま、その()()()()は助命を懇願した。




段々と原作から乖離していくとキャラ崩壊してないか恐れてます。

〇リリィ女王
原作だとプリシラの手玉に取られてる印象の強い人。資料集を見るとめっちゃ有能でびびる。


〇クリストファー
今回のゲストオリキャラその1。
エルフ族の男性で弓の名手。野伏力も高い。

女王の信頼を受ける精鋭で、彼も期待に応えんと忠誠を捧げる。
奔放な女王と対照的に礼儀正しいが、皮肉とジョークを愛する気さくな一面も見せる。


〇召喚人解放戦線
ハグレを中心とした反帝国組織。いいネーミングが思いつかなかった。


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その42.サハギン戦線のようです(2)

 特に抵抗する様子もなく、スパイクと名乗ったギルマンは事情を話し始めた。

 

 一年ほど前、サハギンに混ざって細々と暮らしていた自分たちの下にウォルナット・ハグルマという人間がやってきて商売を始めたこと。

 彼らの持ってくるアイテムはどれもこれも質が良く安価でサハギンを始めとした群れが歓迎したこと。

 次第に群れのサハギン達が彼らの事情に協力し始めたこと。

 スパイク自身も、借金を返せなくなった冒険者や傭兵を引っ立てるために何度か槍を振るったこと。

 

 そして、いつの間にか自分達の上に見知らぬ深人が君臨し始めたこと。

 

「ハグルマは最初、仲間を集める儀式だって言った。なんでも自分達の世界とこの世界を繋げるためのゲートを作り、より規模を大きくするのが目的だと。俺たちは何の疑問も無くそれを受け入れた。そして実際に儀式は成功して、あいつらはやってきた」

 

 自分達と同じような半魚人に、屈超な鮫人、サハギン達の乗騎となるキンギョまで。海を住みかとする生命体が次々とこの世界へと流入してきた。

 彼らは異なる環境にやってきたことに少し戸惑ってはいたものの、元からいたサハギン達を見て仲間だと認識した。だからスパイクも仲間として受け入れた。

 

 

 だが、あれだけは違った。

 

 

「俺のいた世界にあんな支配者がいたなんて話は聞いた覚えもない。だけど本能が知らせてくるんだ。あれは俺よりも()()()()()()()()()()()

「支配者だと?」

「そうだ。そうとしか言いようがない」

 

 ただでさえ青い顔をさらに真っ青にして、スパイクは震え出す。

 

――――最後にやってきたのは、蛸の頭を持つ魔人たちだった。

 

『なるほど……、迷宮なき世界とは何とも奇怪な……』

 

 その触手に覆われた口から発せられたのはひどくおぞましい声だった。

 なんだこれは。なんだこいつは。

 こんなものを俺は知らない。

 なのに何だ? 何故自分はこれを畏れている?

 

『お気に召しませんでしたか?』

『否、興味がわいた。ここを新たな領土とし、この地に住まう人間の味を探求するのも一興。ハグルマの眷属よ、よくぞ我を招いた』

『それはどうも。ご満足いただけたなら幸いです。これからも我らをどうか御贔屓になさいますよう』

 

 無意識のうちにスパイクは頭を下げていた。仮に目が合えば、それだけで気が狂いそうだった。

 横を見れば、他のサハギン達も同じように頭を下げていた。

 

 恐怖で地に手をつけ跪く者。槍を掲げて高揚の雄たけびを上げる者。貴族様だぎゃ、偉大な脳漿喰いのおかただと涙を流して打ち震える者。様々な反応でその場は埋め尽くされた。

 

 

「みんなおかしくなっちまった。いきなり現れた奴に従うことを、何の疑いも無く受け入れたんだ」

 

 

 脳漿喰いと呼ばれた魔人はサハギン達を睥睨する。

 元の世界のそれよりも知性があるからだろうか、感涙や畏怖に騒ぐ彼らを見て心底愉快そうに笑っていた。

 

『ああそうだ。愚かな下僕どもよ。我らの言葉に従い、ただ奉仕せよ』

 

 スパイクは漠然と思い至った。自分はこのままではこの存在の言いなりとなり、その一生を奉仕へと捧げることになるだろう。これまでの人生とは、何の関係も無かったはずのものに。

 

 

 それは嫌だ。

 だが歯向かってどうする? 

 虫けらのように殺されるか、あるいはもっと悲惨な結末を迎えるだけだ。

 だが今ここで逃げ出せばどうなるかわかったものではない。

 周囲の熱狂に気圧されながら、彼はただ頭を下げた。

 

 そうして反抗する決意を得られぬままに、スパイクはエルフとの戦争に駆り出された。

 

 彼自身の心境としては、エルフと争うことにはあまり積極的ではなかった。他のサハギンらのように殺したいとまでは思っていない。だが、逆らうことができなかった。

 

 だからこうして哨戒任務に従いながら逃げる機会を伺っていた。

 

 そんな時にハグレ王国と鉢合わせ、今に至るのであった。

 

 

 

「……なるほどな。君の事情は大体わかった」

 

 スパイクの事情は思いのほか単純だった。彼は最終的にサハギン達とそりが合わなかったのだ。

 種族間での文化の違いだが、これまでは同じくハグレとしての境遇がうまいこと誤魔化していた。だが、ハグルマによって多くの深人が加わったことでそのバランスが崩れたのだ。

 

「見ただけで自分達の支配者だと分かる種族……そんなのが実際にいるんですか?」

「人間でいう貴族だとか神とか、悪魔なら伯爵級とかと同じさ。サハギンは国家を作らず、集落単位で生活している。海の神を信仰しているぐらいの文化しか聞いたことが無かったが……世界が違っても支配者というのは変わらないらしい」

「まずいですね……。貴方の話が本当ならば、サハギン達を本能レベルで従わせられるだけの存在を連中は呼び出したってことでしょう?」

 

 メニャーニャの疑問を皮切りに、知識人たちがそれぞれの見解を口に出していく。

 単純な武装集団が狂信者の軍団になりはてる。これほどまでに厄介なことはない。

 

「いや、むしろ話はシンプルになりました。つまりその脳漿喰いとやらを叩き潰せばサハギンどもの士気は目に見えて落ちる。そして召喚された魔物たちはゲートに押し込んで返してしまえばいい」

 

 クリストファーはこのまま乗り込んで支配者たちを倒すことを提案する。エルフとてサハギンを根絶やしにするつもりはなく、するための余裕も持っていない。そのため撤退を選ばせるために兵站を潰すのが目的だったのだが、敵がわかりやすい士気の象徴を用意してくれたと言うならばむしろ好都合だった。

 

「そうは言いますけど、そう簡単にいきますかね? 攻めてきたのが分かれば逃げ出す可能性も捨てきれませんよ?」

 

 貴族という言葉から帝国のふんぞり返って何もしない連中を思いだし、メニャーニャは慎重な意見を語った。

 

「メニャーニャの言う事にも一理ある。だが、その手の存在は総じて傲慢で支配欲が高い。今頃基地の奥底でふんぞり返っているだろうから、一気に乗り込んで叩いてしまえばいい」

「ああ。あいつらは基本的に人間も見下していた。わざわざ背を向けて逃げるようには見えなかったな」

 

 アルカナの種族的見解を交えた考察に、スパイクが自分の身をもって体感した彼らの雰囲気を語って補足した。

 

「それに……他ならぬ私がやってくるんだ。連中にとっては好機とでも思うんじゃないか?」

 

 然り。

 アルカナはハグレ監査官として様々なハグレと接し、友好的な関係を築こうと努力してきたが、当然ながら関係構築(好感度上げ)がうまくいってない種族もある。その代表がサハギンだ。

 

 理由としてはそもそも彼女の管轄にサハギンが入っていなかったというのもあるが、それ以上にかつてのハグレ戦争の折にアルカナが蹂躙した種族の中でサハギンが一番多かったというのがあるだろう。個で強い猛者が揃った獣人たちよりも、強さが平均的かつ、陸地ではあまりポテンシャルを振るえないサハギンのほうがアルカナ達の被害を受けやすかったのだ。

 

 そんなわけで同胞たちを虐殺した筆頭として、サハギン達の間でアルカナに対する憎しみは醸造されていった。ハグルマの台頭を受け入れ、帝都やエルフ王国への侵攻に協力的な要因の一つとしては、十分に考えられる。

 

 であれば、その憎たらしい相手が自分達の陣地にほいほいとやってくるのに、ただ逃げようと思うだろうか? 

 

 そんな師の自嘲めかした言葉に、メニャーニャはむっとした表情で言い返した。

 

「冗談でもそういうことはやめてください。先生だって好きで殺したわけではないでしょう?」

「同じだよ。私はあの時、この世界の住人とハグレを天秤にかけて、君達をとったんだからね。今回も、同じことだ」

 

 どの道、自分を良く思わない勢力との衝突は避けては通れない。ならばこの騒動が収まるまで、自分は全てを背負う権利があるのだとアルカナは決意していた。

 

 そこに、デーリッチが言葉を挟んだ。

 

「だめでちよアルカナちゃん。そういうことはデーリッチが認めん。悪いことをしたら、懲らしめて反省してもらう。そうして、ちゃんと分かってもらうんでち」

「……わかってはいるけど、難しい道のりだね」

「先生が目指した理想よりはよっぽど簡単じゃない?」

「そうかもしれない」

 

 エステルの言葉にアルカナもつい笑みを零す。今度は心からの微笑だった。

 

「ま、話を戻すが、とにかく連中は私の(タマ)獲る絶好の機会を逃すつもりはないでしょうね」

「でもそれだといいのか? さっきの奴らをみすみす逃してしまって」

 

 ルークはこちら側が攻めてきていることを知ったサハギン達が、こちらを万全の態勢で迎え撃ってこないかを危惧していた。

 

「途中で気づかれるのは折りこみ済みよ。そうじゃなきゃわざわざ生かして返さないよ」

「ある程度動いてくれた方が分かりやすいと」

「そういう事。……さて、スパイク君。我々は現在、君達の拠点を破壊するべく進軍している。君が降伏した以上、ここに野放しと言う選択肢は取れない。悪いが、このまま同行してもらうぞ」

「好きにしてくれ。どうせお前たちがこなけりゃずっとこき使われるか死ぬかだったんだ」 

 

 半魚人とてこの行動のリスクは納得している。最悪裏切り者として袋叩きに遭う可能性だってあるのだ。だが彼は自由を掴むために藁にもすがりたかった。それがサハギン達の間で虐殺者と名高き帝都の魔術師であったとしても。

 

 アルカナは続いてクリストファーに声をかけた。この作戦においてエルフである彼の意見を無視してはいけないからだ。

 

「君もそれでいいかな?」

「いくら相手が魚人とはいえ、この程度でとやかく言うつもりはありませんよ」

 

 そうは言ったものの、あまり信用してはいないのかクリストファーは不信な視線をスパイクに向けている。彼はこの魚人が不審な行動に及べば即座に処断するつもりであった。それは側近としてリリィ女王からこの作戦を任されたことへの責任でもある。

 

 そんなエルフからの敵意も、今のスパイクにとっては何故だか心地良いものに思えた。

 

「……恩に着る」

 

 こうして、彼らの行軍に奇妙な同行者が一人加わったのであった。

 

 

 

 

 

 

 ササメヶ窟。

 かつてはそう呼ばれた川に面する洞窟は、今ではハグルマ第三工場と名を変え、エルフ王国を攻めるサハギン軍の要塞として変貌していた。

 既に手を加えられ、石造りの建造物と化した作戦室にて、一人の男が頭を巡らせていた。

 

「成程成程、こちらを直に攻めに来ましたか……」

 

 逃げ帰ってきたサハギンからの報告を受けて、ウォルナットはどう構えるべきか考えていた。

 

「おそらく例の魔法使いはアルカナで間違いないでしょう。となればハグレ王国も同行している可能性が高いですね」

「資本卿、いかがなさいましょうか……?」

 

 平社員のウオスキがどこか落ち着きのない様子で指示を仰ぐ。それは敵が攻め込んでくることへの不安と言うよりは、餌を待つ犬のような期待から来るものであった。

 それは上司である彼にも分かっており、部下のモチベーションを最大限に引き出すためのもったい付けも充分と判断し、ウォルナットは指示を下す。

 

「勿論、帝国に我らハグルマのすばらしさをとっくりと堪能していただくとしましょう」

「……ッ! では……!!」

「ただちに疑似迷核(デミ・カーネル)の準備をなさい! 内装は貴方に一任します!!」

「わかりましたッ! ふっ、ふひひひひっ……」

 

 ウオスキは隠しきれぬ笑みを漏らしながら足早に去っていく。

 彼はダンジョンを作ることに並々ならぬ執着を持つダンジョンオタクだった。

 

 そうしてまた一人となった作戦室で、ウォルナットは怪しく笑った。

 

「……ふふふ」

 

 計画は万事つつがなく問題無し。

 協力者(ジェスター)のもたらした技術によってあちらとこちらを繋げることには成功した。深人の支配階級とのコネクションの構築も順調に進んでいる。アルカナの存在はこの世界の魚人たちの心を掌握するのに丁度よかった。このままアルカナとハグレ王国を倒すことができればこの世界での趨勢は決まったも同然だ。そうすれば己は首都ハグルマグラードへと帰還できる。始祖ハグルマ以来のビッグディールを手土産とした華々しい凱旋だ。そうなれば()()()()()()()()()()

 

 

「嗚呼、偉大なる始祖ハグルマよ。私をこの世界へ導いたことを感謝いたします……!」

 

 一人の男の底知れぬ野心は、着実にこの世界を侵食しようとしていた。

 

 

 

 

 

 

 捕虜が一人加わったからと言って、道のりに変化はない。

 奇襲を警戒しながら、ハグレ王国は川沿いに道を進んでいた。

 

「しっかし、意外だったわ」

「何がですか?」

 

 唐突にエステルが放ったその言葉に、反射的にメニャーニャは訊き返した。

 

「あんたが先生についてきたことよ。いくら何でもこんな血なまぐさいことにまで付き合う必要はなかったでしょ?」

「あぁ。そのことですか」

 

 エステルは単純にメニャーニャを案じていたらしい。魔物相手なら過去に何度かやり合っているとはいえ、戦争には向いていないと思われていたのだろう。

 

「確かに、シノブさんと同じように帝都で待機でも問題は無かったでしょうね。召喚ゲートの封鎖も先生とデーリッチさん達でもなんとかなるとは思いますし。ただ、私なりにここに来る理由があったんです」

「何よその理由って?」

「わかりませんか? あんな連中に私たちの計画を台無しにされたからですよ。わざわざ先生が穏便に済ませようとしていたのを自分達から悪化させてくれやがって、特にあの阿呆面(マクスウェル)を思い出すだけで腹が立ってきますね」

「ああ……なるほど……」

 

 敵の身勝手さに憤るメニャーニャの激情に、エステルは納得した。この戦争は明らかに作為的なものだ。自分達の師が、親友が世界を変えるための努力を水の泡にしようとした者たちに対する怒りはエステルだって抱いている。

 ただ、後輩がここまでキレているとは思っておらず少々面食らう形になった。彼女がかなり帰還計画について入れ込んでいたのは知っていたが、それはおそらくつぎ込まれた技術によるものだと推測していた。だがメニャーニャにとっては、協会での仲間で、アルカナの研究室のメンバーで考案したという点が重要だったのだ。エステルにはそれが何だか嬉しく思えた。

 

「盛り上がっているところ悪いですが、皆さんストップです」

 

 クリストファーが一行を呼び止める。どうやら目的地にたどり着いたらしい。

 偵察の時点で予定していたこのポイントは、洞窟から見て飛び下りれる高さの崖になっている。ここからなら洞窟を上から眺めることも、弓を一方的に撃つこともできる絶好のポイントだ。

 

「おっと。流石に警備はいるよねえ」

 

 洞窟の入り口にはサハギン達が結構な数で待ち構えていた。

 警戒心は最大で、熱烈な歓迎を受けることは想像に難くないだろう。

 

「忍び込むことはできますか?」

「あの数は流石に無理でしょう」

 

 流石に死角もないし、それなりに大所帯である。

 侵入しようとすればどの道目立つこと間違いなしだ。

 

「そっか、それじゃ――」

 

 仕方なしとアルカナは手を掲げる。

 彼女の周囲に星のような光球が浮かび、主の号令を待つ。

 そして、

 

「――迅速に叩き潰そうかね!!」

 

 アルカナは手を振り下ろし星魔法を放った!

 流星めいた速度で進むそれはサハギンの足元に着弾し、衝撃でサハギンの一人が小さく宙を舞った!

 

「ぎょわーっ!?」

「来たぎゃ! 殺すだぎゃ!!」

 

 巻き上がる砂煙!

 それに乗じてデーリッチ達は下へと飛び降り、戦いを始める!

 

 リーダー格のサハギンは件の反魔鎧(アンチマジックアーマー)を身に着けてはいたが、大元の魔導鎧を相手取ったことのあるハグレ王国にとっては特別難しい敵ではない。

 

「フレイム!」

 

 エステルの火炎による熱で怯ませたところに、ルークと柚葉による鋭い攻撃が突き刺さっていく。

 ドリントルのひつじショットも頼もしい。的確に命中し、無駄な血を流さずにサハギンを眠らせていく。

 

「ヤエちゃーん」

「ちょちょいっとね」 

 

 ヤエちゃんの隠された左目が光り、謎の力がサハギン達を縛り付ける!

 

「むぎゃっ!? 何だぎゃこれは!?」

「これは……すごいですね」

「それほどでもないわ。もっと褒めていいわよ」

「流石はヤエちゃん!」

「いいわよ!」

「いよっ、凄腕サイキッカー!」

「もっと!」

「むしゃぶりつきたいサイキックむちむちポーク!」

「誰よ最後のやつ! 出てきなさい!」

 

 我らがサイキッカーヤエの活躍により、見張り達はあっさり撃退されたのでした。まる。

 ちなみにヤエちゃんはアルカナ的にはとても良いらしい。何がとは言わないが。

 

 倒れたサハギン達だが一応、息はある。

 

「よし、こいつらはここに縛って置いておこう」

「突撃でちー!」

 

 そうして倒れたサハギン達を横に転がし、一行はデーリッチの号令で内部へと突入しようとする。

 

 その時だった!

 

「……なんだ!?」

「はわわわわ!?」

「うおっと!?」

 

 

 大地を揺るがすような地鳴りが鳴り響いたのだった。

 

 

 




〇スパイク
 ギルマンというサハギンとは似て非なる種族。とは言えその違いは人間から見てもよくわからない。
 百万迷宮から現れた支配階級の深人に奉仕種族としての本能を刷り込まれかかったが、何とか抵抗した。

〇アルカナとサハギン
実はかなり関係が悪い。サハギンはアルカナに恨みを持っており、アルカナも社会構造の全く異なるサハギンを若干避けていた。その上サハギン達を管理していた監査官はとても杜撰な管理をしており、それがハグルマの介入を許した。


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その43.サハギン戦線のようです(3)

 ハグルマ第三工場、神殿部。

 

 対象とした空間を迷宮に作り替える疑似迷核を起動したところで、ウオスキは侵入者を察知した。

 

「むほっ。やつらが入ってきましたぞ」

 

 待ち望んだ瞬間に、ウオスキは気色の悪い喜びの声をあげる。

 そしてその後ろにあるヴェールで区切られた向こう側から、この世の生物とは思えないような声色で語りかけてくる存在がいた。

 

『人間よ、これは何事か?』

「ああ。お客様……なんてことはない。ただの侵入者ですよ」

『侵入者とな……、つまりは愚かにも贄になりにきたものか?』

 

 その深人の音階に興味の色が混ざる。

 人間の恐怖に彩られた脳髄を何よりの嗜好品とする深海の貴族は、自ら人間を狩りに赴くような真似はせずに、哀れな犠牲者がやってくるのを待ち望んでいた。

 

「その解釈でよろしいですよ。貴方がたはここで控えていただければいい。何せむこうからやってくるのですからね」

『うむ……』

 

 支配欲と嗜虐性に満ちた脳漿喰い(マインドフレア)を適当にあしらい、ウオスキは戦略机にかじりつく。エルフたちに振舞ったビジネス言葉はどこへやら。とっくの前に本性が露わとなっている。

 彼はせこせこと間取り図に駒を配置し、疑似迷核をいじっていく。彼は現在、この基地内部を迷宮に作り替えるための操作を行っているのだ。

 

「ここをこうしてあっちにはこれを……ドゥフフ」

 

 そうして迷核を操作し終えると、この施設を迷宮に作り替えるべく部屋全体が揺れ始める。

 

「デュフフ。私の考えた迷宮をこの世界の人間にも味わってもらえるというのは……いいですなぁ」

 

 自らの作品との呼べるこの迷宮が阿鼻叫喚と血で染まる瞬間を想像し、ウオスキは恍惚の笑みを浮かべた。

 

 

 

 

 

 

『迷宮探索』

 

 

 

 地震はほどなくして収まり、身を低くしていた彼らはゆっくりと立ち上がった。

 

「何だったんだ一体……?」

「地震……ですかね?」

「こんなタイミングでか? 目の前の洞窟が一番揺れてたようにも見えたけど」

「となると奴らの仕掛けでしょうか。そこの魚人は何か知っていますか?」

「いや……知らない」

 

 クリストファーが問いかけるも、スパイクも先ほどの現象については心当たりがなく、首を横に振った。

 一番内部に詳しい人物から情報が出なかったことで、ルークは内心で警戒の度合いを一段階上げた。

 

「とにかく何が起こるかわからん。警戒だけは怠らないように」

 

 内部に足を踏み入れた一行は、まず空気の変化を最初に感じ取った。

 どこか爽やかさのあった山道とは異なり、石造りの質素な通路が続いているこの場所はひんやりとした風と湿り気を帯びた磯臭さの混ざった奇妙な空気に満ちている。

 壁には装飾らしきものも無く、松明の炎だけが点々と照らしている先はほの暗い闇に覆われ、お世辞にも見通しが良いとは言えない。

 まるで世界そのものを切り取って別の世界と入れ替えたかのようだ。

 

「なんだここは、まるで迷宮みたいだ」

「確かに暗いが、見たところ一本道だな」

 

 少し進んでいくとすぐに空間が開けた。

 通路と同じく、石畳で形成された飾り気のない部屋。

 だがそんなことはどうでもいい。

 彼らにとって最も大事なのは、部屋の中でうろつく多数の深人だ。

 

「おおっと、モンスターハウスだ!!」

「いや、洒落になってませんよ!!」

 

 おどけた反応を示した白いのにツッコミをいれる緑色、だが突然のエンカウントにも一行は慌てず迅速に武器を構える。

 あちら側も侵入者に気が付いたのか武器を振りかざし、襲い掛かってきた。

 

「SHAAAAA!」

「ふんっ!」

 

 鮫人がこん棒を振り下ろす。ルークは屈んで避け、流れるような動きで斬り返す。

 その肌は強靭な外皮で覆われており、生半可な攻撃は軽傷にしかならないだろう。だがルークの一撃は急所を捉え、その体に深々と刃を突き立てていた。短剣を抜けば鮫人はごぼりと血を吐き出し、倒れた。

 少し離れたところで壁に手を付けて何かを調べているアルカナが、石像の魔物ガーゴイルを片手間に光線でハチの巣にしながらルークの一撃を称賛した。

 

「お見事!」

「こんなの朝飯前ですよ。 てか何やってんですかあんたは!」

「さっきから妙な感覚を覚えててね。……やっぱりそうか。部屋の空間面が弄られてる。何だこの魔術アルゴリズムは」

 

 ぶつくさと呟くアルカナを尻目に、ルークは迫ってきたサハギンの槍を躱しながらスローイングナイフを投げて迎撃する。

 その一方ではヤエのサイコチャージで気力を受け取った柚葉が敵陣を駆け抜けて多くの兵士を切り伏せている。

 また一方ではエステルとメニャーニャの召喚士コンビも慣れた手つきで兵士を焼いていく。

 そしてドリントルとクリストファーが、射撃による援護で死角からの攻撃を許さない。

 

 そんな戦いを一歩離れたところからスパイクは眺めていた。

 その瞳から第三者が感情が読み取ることは難しいが、彼らの戦いぶりに何らかの思いを抱いていることは瞭然だった。

 回復用に控えていたローズマリーがその様子を見て話しかける。

 

「大丈夫ですか? 先ほどと言い、さっきまで自分達と一緒だった仲間が攻撃されているのを見ると言うのは少し……」

「……」

「うっ」

 

 ぎょろりとした目がローズマリーを見る。ローズマリーは彼に敵意がないことはわかっているが少しびくっとして、スパイクは少々居心地が悪そうにしてから言った。

 

「……あれが俺にむけて振るわれなかったことを幸運に思ってる」

「なるほど」

 

 同族が苛烈な攻撃に晒されているのを見て出てきた言葉は自分の身の心配だった。これが一方的な掠奪を目的とするならばまた抱く感想も違ったかもしれない。だが始めに仕掛けたのはあちらであり、とっくの前に袂は分かっている。

 ローズマリーは最初、彼が気弱な男だと思っていたが、どうやら思いのほか強かな男であるらしい。

 

 またたく間に戦闘は終わり、ハグレ王国のみがその場に立っていた。

 

 とはいえ流石に無傷とはいかず、各々回復を済ませた後、ルークが他に罠などがないかの探索を行い始めた。

 彼は次の部屋に繋がる通路を見て、顔をしかめた。

 

「おい、これはどっちに進めばいいんだ……?」

「何だって?」

 

 ハグレ王国はこの基地に突入するに当たって、スパイクから事前に情報を得ている。彼の話では真っ直ぐ道なりに進めば良いという話だった。

 だがどういうことだろうか? 道は二手に分かれていた。それどころかいたるところから不穏な罠の気配がむんむんしている!

 

 例えばそこの床には落とし穴が仕組まれている。感圧スイッチを見つけ、作動しないように細工をしたが、僅かな切れ目を発見できていなければまんまとかかっていた可能性がある。

 

 ルークの記憶から、過去の冒険で遭遇した悪辣なトラップの数々が掘り起こされる。

 だがそんな彼の懸念とは別の問題が起ころうとしていた。

 

「どういうことです? よもや我々を謀りましたか?」

「ち、違う! この部屋だって俺の記憶じゃこんな間取りだった覚えはない!」

「どうだか。その顔色では嘘をついているかどうかもわかりませんね」

 

 一気に不信感を募らせたクリストファーがスパイクに向けて弓を引き絞る。誰かの陰に隠れようものならその前に眉間を射抜かれることだろう。

 一触即発の雰囲気にローズマリーが慌てて割って入る。捕虜としてスパイクの身柄を預かった以上、ここで害するような真似は絶対に避けたかった。

 

「ちょっと落ち着いてください! まずはちゃんと話を聞いて……!」

「これが落ち着いていられますか!? 私はリリィのために戦っているのです! 万が一しくじれば、それは彼女の信頼に泥を塗るだけでなく、一転して状況を不利にさせるのです!!」

 

 仲裁されてもクリストファーの不信感は収まらない。リリィ女王の側近として一定の自負を持つ彼は、斥候としての務めを果たすべく脅威への警戒を怠らまいと己に課している。それゆえか、むしろ外敵には必要以上に敏感になっており、サハギンについての嫌悪もエルフ王国の中でも一二を争うほどには強かった。

 

「まあまあまあ! 彼の言葉に嘘はなかった筈だ。君もそれはわかってただろう?」

 

 アルカナは空気の隙間を縫うようにして二人を遮った。

 クリストファーもリリィと懇意であるアルカナにに割って入られては弓を納めざるを得ず、しかし正面からはっきりと異議を述べた。

 

「ですが現に異なる。その説明はどうつけるつもりで?」

「さっきの揺れ、明らかにおかしかった。それに空間のマナが乱れている。まるで奥にあった部屋をいきなり玄関に持ってきたように空気の差が激しいんだ。奴らが彼の知らない何らかの仕掛けを作動させたとは考えられないだろうか?」

「……つまり、あれでここの内部が変化したとでも?」

「そこまで導けたのなら話が早いよ。サハギンどもの黒幕は召喚技術まで身に着けた連中だ。空間を弄ることぐらいできてもおかしくないさ」

「……なるほど、一理あります」

 

 アルカナの分析に納得したのか、クリストファーは追及を取りやめた。

 

「……ふぅ。どうなることかと思ったわよ」

 

 張りつめた雰囲気が解け、エステルは思わずため息を吐いた。

 

「いくらエルフとサハギンと仲が悪いとはいえ、ここまでですか……」

 

 メニャーニャは話に聞いていたよりも苛烈な反応に驚きを隠し切れておらず、ドリントルが苦言を呈した。

 

「のうクリスや、お主の懸念も分かるが少々当たりが強すぎるぞ。そちら事情もある故にすぐに直せとは言わんが、こやつは降伏したいわば捕虜じゃ。あまり手荒な扱いはエルフ全体の評判を下げることにもなりかねん。それはお主の本意ではあるまい?」

「すみません。やはりサハギン相手となるとつい……」

 

 蘊蓄ある忠告にクリストファーは少しばつが悪そうな顔をした。彼はエルフの紳士故に、必要以上に相手の心情を悪くすることを好まない。これが仮に女エルフだった場合まず間違いなくサハギンだろうがギルマンだろうがお構いなしに嫌味と皮肉を言い放って面倒な事態に発展していただろう。

 

「一応言っておくが、俺はギルマンだぞ」

「そうは言うけどマジで違いが分からないのよね。どこが違うの?」

「ほら、ここのヒレの形が違う。あと足は全体で見ても俺の方が長い」

「わ、分からねーっ!」

「しかもみみっちい!!」

 

 そんな誤差レベルの違いを指摘されてもわからない。サハギン達とはお互いしっかり違うと分かるようだが、日本人から見てアメリカ人とイギリス人の違いがわからないのと同じだ。

 

 クリストファーは空気を変えるべく率先して話題を切り出した。

 

「しかし、こうなると迂闊に進むのは危険ではないでしょうか」

「そうですね。多少時間はかかりますが、入念に探索を行った方がいいでしょう」

 

 ローズマリーはさっきからこめかみに指を当ててうんうん唸っているサイキッカーに声をかけた。

 

「ところで、ヤエちゃんは相手のいる場所とかわかったりしない?」

「今やってるわよ。でも中々難しいわね」

「えー、本当にできるのか?」

 

 いまいちテレパシーについて信用しきってないルークが野次を飛ばす。

 

「何よ、今更ケチでもつける気?」

「いやそんなつもりはねえけどさ、むしろ変なところに接続しちまわないか心配で……」

「そんなことないわよ!! 見てなさい今に探知してやるから……あっきたきた。10時の方向からなんかめっちゃオタク臭い感じの思念がバリバリ伝わってきた」

「やっぱり変なとこに繋がってない?」

「いやいやダンジョンへの情熱とか感じるから多分ここのボス的なやつよ」

「ダンジョンへの情熱って何だよ」

 

 ヤエの超能力の一種である精神感応(テレパシー)能力を用いた思考傍受(サイコメトリー)の説明はいまいちうさん臭いが、方向に関しては有力な情報を得ることができた。

 未知が入り組んでいるにしろ、その思念の距離をたどっていけば何とかなるはずだからだ。

 

「しかもこいつダンジョンの構造を垂れ流しじゃない。これなら地図まで書けそうね!」

 

 と言いながらヤエは紙に迷宮の地図を書き始める。

 なんだか時間がかかりそうな見通しなので、並行して探索を進めることにした。

 

 デーリッチ達がひとまず罠に警戒しながら右手の通路を進んでいくと、なにやらごちゃごちゃとした部屋に出た。

 肉を食った後の骨や壊れた武器、後は廃材などが放置されている。ここは廃棄物を一時的に置いておくゴミ置き場(ダストシュート)だ。

 

「うわー、ガラクタまみれね」

「ここはハズレか……ん?」

「どうしたルーク?」

「いや、ちょっと変なものが……」

 

 この部屋から先に続く道はない。

 とっとと引き返そうかと言うとき、ルークの視界に何かが留まった。

 部屋の隅に近づいて確認してみれば、それは死体だ。それも人間のものだ。

 

「あらら。これはまたひでえな」

「仏だな……ナムナム」

 

 柚葉が両手を合わせてぶつぶつと何かを唱え出したのを尻目に、ルークは死体を検分する。

装備はそのままに、白骨化が半分まで進んでいる。

 

「なんでこんなとこに冒険者が……?」

「さてな。せっかくだ、遺品ぐらいは持ち帰ってやろうぜ」

 

 恐らくは、ここがただの洞窟と思い不用意に足を踏み入れた冒険者たちの成れの果てだろう。ルークは軽く十字を切り、その死体を漁りだした。使えるものは拝借しようとする、冒険者時代からの習慣であった。

 ほどなくして、あるアイテムを見つけ出す。

 

 そのヘンテコな見た目に、一同は首を傾げる。

 

「何でちか?」

「先にくっついてるのは……もぐらかな?」

「また変なアイテムじゃのう」

 

 10フィート棒の先端にもぐらがくっついただけの簡素な見た目をしている。

 だが、迷宮の壁に触れた途端、それはまるで土をシャベルで掘り起こすように、石でできた壁をざっくりと削り取った。

 

「……これは!」

 

 

 

 

 デーリッチ達は☆もぐら棒*1を入手した。

 

「ほら、完成したわよ! ……って何よそのアイテム」

 

 意気揚々と殴り書きの地図を掲げたヤエがルークの手元を覗き込んだ。

 ダンジョンの終わりは、近い。

 

 

 

 

 

 

『地上の戦い』

 

 

 

 一方そのころ、エルフ王国では戦いの幕が切って落とされていた。

 

「うおーっ! 進軍だぎゃーっ!!」

「総員、打てーーっ!」

 

 槍を掲げて迫りくる魚人たちを、エルフたちが魔法で迎撃する。

 

 サハギン達は数が多さを活かし、密集した陣形による突破を狙う。

 見晴らしの悪い木々の合間を縫うように飛来する矢と魔法を、サハギン達は防ぎきれない。

 だが、被弾をしようとも彼らはお構いなしに進軍を行う。

 

 一人が倒れれば、二人が進む。

 十人が倒れれば、二十人が進む。

 

 圧倒的なまでの人数差に任せた進軍は、愚直ではあるものの、確かにその歩みを前へと進めていく。

 

 サハギン達に死の恐怖はない。

 

 かつてよりいがみあっていた種族との雌雄を決する使命感。

 数多くの同族と行軍を共にすることによる集団同一視。

 背後に控えている偉大なる存在への忠誠心。

 

 そして何より!

 

「来ました、魔導兵です!!」

「そう、お早いお出ましね!」

 

 エルフの弓兵がその姿を確認し、最前線で指揮を執るリリィ女王へと通達する。

 

 現れたのは魔力光を表面に波打たせる金属鎧を纏った大型のサハギン。

 すなわち、魔導鎧を身に着けた精鋭兵である。

 

「やらいでかっ!」

 

 進軍する部隊の正面に立ち、魔導サハギン兵は飛来する魔法を一身に引き受ける。

 

 通常のサハギンならば既に死んでいる威力のそれを、しかし魔導サハギン兵は耐えきる。

 

 そして吸収した魔力によって負傷を癒し、残る力を活力へと変換する!

 

「ぐははは、無敵だぎゃ!」

 

 マクスウェルによって復元され、ジェスターの手によって改善され、そしてハグルマによって量産された対魔導兵器の性能にサハギンは高笑いをあげる。

 

 何より彼らを支えるのは、この兵器を授けたハグルマがいること!

 深人を顧客として惜しみない支援をする資本主義教団の存在こそが、長年虐げれられた反動による万能感をサハギン族へともたらしていたのだ!

 

『進め! ススメ! 殺せ! コロセ!!

 

 最早サハギン族は殺戮と略奪の集団と化しており、その戦意は一ミリとて衰える様子はない。

 彼らに入り混じっている百万迷宮から訪れた他の種族も同様に、支配種族からの侵略命令を遂行するべくエルフ王国へと迫っていく。

 

 だが、それだけでエルフが臆すると言うのも、また間違いであろう。

 リリィ女王は待っていたとばかりに粛々と準備を進める。

 

「魔法弓、用意!」

 

 弓兵エルフが雷を纏った弓を魔導サハギン兵目掛けて次々と引き絞る。

 

「撃てーっ!!」 

 

 号令と共に雷の矢が一斉に放たれる。

 

「無駄なことだぎゃ!」

 

 魔導サハギン兵は再び仁王立ちでこれを受け止めようとする。

 矢による負傷はあるだろうが、そんなものは吸収した魔力で回復すればよいだけの……

 

「ぎゃばーっ!?」

「な、なんだとーっ!?」

 

 一斉に降り注いだ雷の矢を、確かに魔導鎧は防いだ。

 だがそれは最初の話。

 

 一発、十発、三十発と集中的に射かけられた矢は、鎧の接合部、あるいはヘルムの覗き穴へと異様なまでの正確さで突き刺さっていく!

 そして矢に纏った雷が魔導鎧に次々と伝い、機構部分を感電させ、機能不全へと追いやる。

 

 矢だるまとなったサハギン兵が仰向けに倒れる。

 無敵と誇った魔導鎧の撃破は、サハギン部隊に少なくない衝撃を与えた。

 

「魔導鎧一騎、撃破しました!」

「よし、次は東からくる鎧に向けて準備しなさい! 奴らはすぐ来るわよ!!」

「了解しました!」

 

 エルフ軍はサハギン部隊の勢いが弱まったことを確認すると、別方向から進軍する魔導鎧への準備を始める。

 

「小癪だぎゃ。突撃だぎゃ! あの鎧にかかりっきりになってる今がチャンスだぎゃ!!」

 

 だがサハギンも慣れたもの。

 彼らの一斉射撃が魔導兵用に温存されたものであることを看破し、すぐに突撃を開始する。

 

 防衛陣へと殺到していくサハギン兵。

 やはり魔導兵を優先して落としているからか、先ほどよりも降り注ぐ魔法が少なくなっており、少しの被害で掻い潜ることに成功する。

 

 ――やはりだ。これでエルフどもはおしまいだ。

 

 サハギンコマンダーの顔が掠奪と蹂躙の喜びに歪む。

 だが、防衛陣地の目と鼻の先と言うところで、彼らは驚きのものを目にすることになった。

 

「あ……?」

 

 それは浮遊する鉄の騎兵。

 

 敵対存在を感知し、無感情に鎌首をもたげたそれは、二つのアームの間にバチバチと雷を迸らせる。

 

 ――まずい。

 

 ――あれを止めろ。

 

 嫌な予感がしたサハギンコマンダーは、すぐにそれを最優先攻撃対象と認め、一斉攻撃を呼びかけた。

 

「か、かかれっ――」

 

 

 

 

 その号令は、雷撃にかき消された。

 

 

 

 

 

 

 後方で雷鳴が轟いたのを、前線で暴れるマーロウの耳は捉えていた。

 

「ふむ、今の所防衛はしっかりしているようだな」

 

 烏賊ロスの触手を薙ぎ払い、鮫人の振りかぶるこん棒を真っ向から叩き斬る。

 

 マーロウは最前線を守る防衛隊として、新たにこの世界へとやってきた未知数な魔物たちの相手を担当していた。

 

 元々この世界に暮らしていたサハギン達をいたずらに殺したくはないという心情は少なからずあった。だからと言って、果敢に向かってくる彼らに対して手加減をする、などという侮辱をするつもりも無い。

 

 サハギン族は自分達の利益を得るために他者から奪う道を選んだ。

 ならば、自分にできるのは戦士として剣を向ける事のみである。

 

 振われる刃は電光を纏い、海に生きるものどもを蹴散らしていく。

 敵の軍勢は数は多いが、その陣形や戦術には粗が多い。

 

 それを見てマーロウは悟った。自分がこの戦いに参戦したごく個人的な目的である人物はおそらくこの戦には関わっていない。あれは今頃、何処か別の場所で同じ獣人を纏めて策を練っているのだろう。

 であれば、マーロウがここを離れる理由は無くなった。今はエルフ達のために刃を振るうことが最善の選択だった。

 

「だが……、いつまで持つ?」

 

 マーロウには一つ懸念事項があった。

 それは古代兵器の運用時間である。

 稼働に莫大なマナエネルギーを消費するそれは、サハギンどころか魔導兵すらも焼き払える威力を誇る反面、攻撃を継続できる時間は驚くほどに短い。

 

 マナジャムを用いた高密度マナ燃料によってある程度の戦闘は可能になっているが、果たしてこの大規模な戦闘に於いてどれだけ持つかは分からない。

 雨でも降れば話は別だが、それは高望みと言うものだ。

 

 その上、サハギン達は召喚によっていくらでも軍勢を補填できる。かなりの数を雑魚でかさ増ししていたが、物量で押し切られる可能性は高い。

 ある意味、古代兵器の稼働限界がそのままエルフ王国の限界なのだ。

 

 ハグレ王国がハグルマの祭壇を叩き潰すまで、こうして持ちこたえなければならない。

 

 だが、ハグレ王国ならば成し遂げるだろう。

 彼女ならば、やって見せるだろう。

 

「信じているぞ、アルカナッ!!」

 

 雄叫びと共に放たれた雷狼が、己を包囲する魚人たちを薙ぎ払った。

*1
自分のいる部屋から隣接する八方向の好きな部屋に通路を作る。当然だが道中にあった部屋はガン無視されるのでせっかく作った迷宮を台無しにされてGMは涙目になる。迷宮キングダムのアップデートが入り流石にナーフされた。




〇クリストファー
紳士だよ。サハギン以外にはね。


あんまり探索パートに時間を割いても間延びするだけなのでキャラのやり取りを挟みつつサクサク進んでいきます。

それはそれとして割を食ってる仲間たちが結構いる事実。
ルークとラージュ姉妹を覗いて残り4人をやりくりするのって結構難しいですね……。


サハギン戦線も残り約2話の予定です。
感想とここすきとお気に入りがあると作者のやる気が増します。


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その44.サハギン戦線のようです(4)

【これまでの人物紹介】

◯ルーク  主人公その1。ヘルラージュの右腕。

◯アルカナ 主人公その2。原作を壊した張本人。

◯シノブ  アルカナに囲われている。今回の作戦には同行していない。

〇エステル なんだかんだ中心人物なピンク。

◯メニャーニャ この世界でも感情が重い。

◯ヤエ、ジュリア、ドリントル、柚葉 今回のパーティメンバー。

◯ジェスター 黒幕その1。残機は無限。

◯ウォルナット・ハグルマ オリ敵キャラ。名前はダイスで決めた。


 部下から異常事態の報告を受け、ウォルナット・ハグルマ資本卿は神殿へと入室した。

 

「何が起きました?」

「こ、これをご覧ください」

 

 部下のウオスキが指で示した先にある、戦略机の上。

 そこには机の半分を覆う羊皮紙が広げられていた。

 そしてその紙面には、今回生成された迷宮の間取り図、配置された魔物たち、罠などが記されており、それらはめまぐるしく動いてリアルタイムで状況を伝えている。

 そして、壁を無視してこちらへと突き進む存在もまた、ばっちりと記されていた。

 

「な……っ!?」

「やつら、廃棄場より一直線にこちらへと向かってきております!」

 

 常軌を逸した光景を前にウォルナットは絶句する。

 彼はハグレ王国が用いた手段についてすぐに理解できた。

 何という事か。よりにもよって悪名高きあのアイテムを敵が用いているのだ。

 

「ええい。何故もぐら棒なんて代物を奴らが持っている! この世界では無縁の筈のアイテムを! まさかわざわざ配置したわけじゃありませんね!?」

「そんなわけないでありますよ! 迷核の効果で自動的に生成されたものとしか……」

「クソが! 何もそこまで忠実に再現しなくてもよいでしょうが!!」

 

 ウォルナットは叱咤すると、ウオスキが慌てて言い訳を述べる。

 

「迷宮生成アルゴリズムを再現する以上、アイテムの出現を制御するのは不可能です!」

「口答えするな!!」

「ひええ!!」

 

 実際ウオスキの言い分は正しい。元の世界でも完全に解明することができていない理論なのだ。それを再現するだけでも相当な技術力を必要とするのに、改良しろというのは無理がある。

 だが苛立ちと共に放たれたウォルナットの蹴りが、ウオスキからそれ以上の意見を奪いとった。

 彼は離れて久しい百万迷宮の忌まわしき采配に内心で毒づき、それから部下に命令を下す。

 

「だがまあいい! あの兵器を出せば奴らとて一たまりもないでしょうからね!! すぐに用意をしなさい!!!」

「は、はいぃぃぃ!!」

『騒がしいな』

 

 ヴェールをかき分け、脳漿喰いが姿を現す。

 常人であれば発狂は免れないような存在感を放つそれ。しかしウォルナットは動じることなく応対する。

 

「ええ。ええ。まもなく冒険者(ランドメイカー)たちががやってきます。貴方がたも備えておいてもらえれば」

『ほう……』

 

 獲物を前に舌なめずりをするかのように触手がわななく様子を見て、ウォルナットはほくそ笑んだ。

 

 もとより、最初からそういう目的で彼らを呼び出したのだ。

 ここでしっかり役に立ってもらわねばならない。

 己の野望を確たるものにするために、ウォルナットは侵入者を迎撃する準備に取り掛かった。

 

 

 

 

 

 

 ハグレ王国が迷宮の掘削作業を開始してしばらく。

 

 もぐら棒の効果は凄まじいもので、みるみるうちに岩盤が削れ最奥部までの通路を突貫工事で作っていく。

 ざっくざくと道が出来上がっていく様を見てルークが感嘆の息を漏らす。

 

「ほんとすげえなこれ。まるで伝説にある黄金の鶴橋だ」

「ふむ、空間にかけられた魔法を強制解除して破壊しているのか。何らかの魔法がかかったアイテムだろうね。術式の癖を見るにドワーフの系譜に伝わる秘術とかが絡んでいるのかな。私にゃよくわからん」

「いやそこまで分析できるだけで相当すごいぞ……?」

「うーん、シノブならもっと詳しいこととか分かると思うんだけど。私なんて膨大な知識を照らし合わせて推測を行ってるだけだし」

「あんたら二人はちょっとINT振り切れてるの理解して!?」

 

 しれっとアルカナが分析する様を見てエステルが抗議めいた声をあげる。

 これから敵陣に乗り込むと言うのに、二人の間には緊張感は感じられない。

 

「お気楽ですねえ……」

「何にせよ、私たちはいきなり敵陣の奥に突っ込むわけですが。大丈夫かな?」

「私たちがやるべきは悠長な作戦会議じゃなくて迅速な破壊工作だからね。高度な柔軟性を以って臨機応変に対応していこうじゃないか」

「世間一般にそれは無策っていうんだよ!?」

 

 アルカナの身もふたもない発言にローズマリーのツッコミが冴えわたる。

 

「冗談冗談。あちらさんもこんな手段でやってくるなんて想像してない筈だし。特別やばいのがいたら私が引き受けるから」

「話に合った巨大兵器とやらですか」

「それよそれ」

 

 ハグルマは巨大な機械の兵器を開発している。

 そのようなことを、彼女たちはスパイクから聞き出していた。

 そしてそれらのテクノロジーが古代人の兵器に匹敵する代物であろうことは、彼らが魔導鎧の量産に着手しているという事実から想像することは難しくなかった。

 

「結局アドリブなんですね……」

「ま、いつもの通りなんでちね。頑張るしかないかぁ」

 

 しばらく掘り進んでいくと、急に視界が大きく開けた。

 そこは神殿のような部屋で、祭壇奥の一部分はヴェールで仕切られている。

 だが何より注目するべきは、部屋の中央に座す者達だ。

 

「ようこそハグレ王国の方々! それにアルカナ卿! よくぞここまで来たとでも言っておきましょうか!!」

 

 黒い背広に整えた髪型という、この場所には決してそぐわない姿と、ギラギラと野心的な笑みを浮かべるその表情が不調和を引き起こしており、不気味さすら感じさせる。

 

「……なに、あの恰好? ルークの気取った服に似てる「おいこら」けど、ちょっと地味よね?」

「一部の商人が用いる礼服(スーツ)ですね。貴族の中にも来ている者はいますし、特別珍しいわけでもありませんがこんな場所で見ると違和感しかありませんね」

「ふむ。その外見、神聖ハグルマ資本主義教団のウォルナット殿とお見受けするがいかに?」

「その通り、よく調べているようですね! ですが少々語弊があります。私はハグルマ資本主義神聖共和国が始祖ハグルマの下に働く資本卿ウォルナット・ハグルマ。この世界に我が国の経済基盤を拓き、より大きな利益を始祖へ捧げるべく遣わされた者です!!」

 

 ウォルナットはまくし立てるような名乗り口上を述べる。それはこれまでに見てきた相手とは全く異なる未知の振る舞いで、デーリッチ達の頭に困惑が浮かぶ。

 

「な、なに言ってんのこいつ?」

「色々ややこしいこと言ってるけど……要するに別の世界から侵略活動に来ましたよってことですかね?」

「物騒な言い方をする。経済の発展とは時に武力の衝突も必要とするだけなのです」

 

 メニャーニャの推測をウォルナットは肯定する。資本主義が行き着く先は帝国主義の侵略行動であることは、何らおかしなことでもない。

 

「だからって戦争を吹っ掛けるのは間違ってるんじゃないの!?」

 

 エステルの憤慨をウォルナットは鼻で笑った。もとより無数の中小国家がひしめく世界から来たハグルマの人間にとっては、金儲けのために、種族一つ、国一つ滅ぼすことを厭わないのは大して異常な思想ではなかった。

 

「元々我らの経済活動を阻んだのは帝国のほうです。それにこの世界のエルフは我々には少々そりが合わず、隣人たるサハギン達もまた彼女らと長年争っている。そこに私たちはビジネスを見出し、求めるであろう軍備を提供して差し上げたまでのこと。つまりは軍需経済ですよ」

「たかだか小遣い稼ぎのために我らに攻め入ろうなどとは、甘く見られたものですね。貴方がたの教団とやらはここで経営破綻してもらいましょうか」

 

 クリストファーが弓を引き絞り、いつでも戦闘に入れる態勢を取る。

 以前に接触してきた折に、巧妙にカモフラージュされたエルフに不利な内容の取引を持ち掛けてきた連中に、彼は決して容赦しない。

 

「ははは。この世界のエルフはやはり話が通じませんか。最初は良きビジネスパートナーになれるかと思ったのですが、いやはや残念で仕方ありません」

「サハギンどもを崇める者達など、もとより論じるに値しませんよ」

 

 異界からの尖兵は自分達の世界の同じ名前であるがゆえに、自分達を受け入れない彼らを相容れないと断じ、弓使いは敵対種族に味方する人間への嫌悪を隠さない。どこまでも話は平行線である以上、残るは互いの矜持と生存を賭けた闘争のみ。

 

「さて、一応言っておこうかハグルマよ。私は帝国議会より直々の調査命令を受けて此処に来ている。エルフ王国は帝国の属国かつハグレ王国の同盟国であり、これらへの侵略活動に対して我々は友軍として迎撃する義務がある。だがこの場で停戦し、賠償行為に応じるならば必要以上の攻撃を行うつもりはない。君達の返答は如何なるものか聞かせてもらおう」

 

 本来であれば問答無用で叩き潰しても構わないのだが、こうした形式上の呼びかけをそれなりに重んじるアルカナは律儀にも勧告を行う。

 常人であれば委縮するであろう、堂々とした気品さと威圧感を放つアルカナに、この地でハグルマの勢力を築き上げた男は物おじせずに言い返した。

 

「勿論、我らは帝国への恭順は受け入れません。始祖ハグルマはこう仰られた。『金の下に全ては平等』。すなわち、我々の経済活動を阻むのであれば何者であれ叩き潰します」

 

 もとより彼らとて引くつもりはなく、むしろここがお前たちの墓場になるのだと宣告する。

 

「交渉決裂か――。仕方ない、エステル、メニャーニャ、構えろ」

「ええ!」

「了解です」

 

 アルカナが呼びかけると、エステルは杖と炎符を取り出し、メニャーニャが無造作に手を広げると袖口からは電磁ビットが飛び出した。

 

「やっぱりこうなるか」

「仕方ないわね、悪しき暗黒経済組織はこのサイキッカーヤエちゃんが成敗してやろうじゃない!」

「では大将首を頂戴するとしよう。ところでデーリッチよ、この戦いで首級が一番大きい者がダイミョーとして取り立てられるのか?」

「柚葉ちゃんは何言ってるでちか!? そんな制度はうちにありません!」

「ちぇー」

 

 好き勝手なことを口走りながらも戦闘態勢に移行する王国民たち。

 それを余裕と受け取ったのか、ウォルナットはわざとらしく肩を竦めた。

 

「威勢だけはよろしいことですね。貴方がたはいかがいたしますか?」

『そうだな……』

 

 直後、くぐもった声が石室に響く。

 デーリッチ達はそれにうすら寒い感覚を覚え、そちらへと視線を向けた。

 ヴェールをかき分け、声の主が現れ出ると、一同の目はそれに釘付けとなる。

 

 のたうち、絡み合う触手の束。

 粘液を滴らせながらなおも蠢く触手の中心からは悪意に満ちた視線が放たれている。

 魚人を従える支配種族、脳漿喰いである。

 

「あれが例の支配者ってか……」

「見るだけでいやになりそう」

 

 その冒涜的な見た目に、通常ならば発狂しかけてもおかしくはないのだが、ハグレ王国にとってみればこの程度の感覚は何度か経験済みである。

 

 それは、古代種の魔物が蔓延る山の奥地。

 あるいは、死者と悪魔の巣窟たる冥界。

 

 怯えることのなく立ち向かってくる者達の感情を読みとり、深海の魔人は上質な獲物を前にした身勝手な高揚感に満たされる。

 

『確かに、中々質のよい人間が揃っているな。存分にいたぶるとしよう』

「というわけで出番です、働きなさい」

「ははっ、拙者がせっかく考えた迷宮を台無しにした報いをうけさせてやります!!」 

 

 上司からの命令にダンジョンオタクが手元の疑似迷核を操作する。

 その様子を見てアルカナは目を細める。

 

「……なるほど、あれがこの辺り一帯の空間を捻じ曲げてる原因か」

「おやおや。見抜かれてしまいましたか」

「よくもまああんなクソ複雑な魔術式を作れたものだね」

星を見る者(スターゲイザー)に評価されるとは光栄なこと。ですがまだまだ。ハグルマの技術の粋を集めたとしても、かの災厄王を封じる神々の魔術の完全再現には至ってないのですよ」

 

 ウォルナットが百万迷宮時代にて技術班として研究していた迷核解析技術。自分達の世界そのものを覆う魔術式の結晶を人工的に再現するというコンセプトで開発されたそれは、稚拙な猿真似ではあったものの、この世界の一部を迷宮に書き換えることに成功していた。

 そしてそんな危険極まりない代物を自在に扱うことができるのが、ダンジョンオタクと呼ばれる者達である。迷宮に精通する知識人だが、自分の考えた迷宮に拘り過ぎるのが玉に瑕である。そんな彼も上司の言う事には律儀に従い、効果的なバトルフィールドを作成する。

 

 ゴゴンと重たい音を立てて周囲の壁の一部がせりあがり、中から魚人を中心とした兵隊が流れ込んできた。その数、およそ百人余り。

 

「げげっ!」

「参ったな……」

「さらにそれだけではありません。見よ!」 

 

 ウォルナットの号令が響く。

 一瞬の間を置いて、断続的な地響きの音が鳴り響く。

 音は段々と近づいてくる。

 そして、先ほど兵隊が入ってきた場所から、それが姿を現した。

 

「これが我がハグルマの兵器、対魔法鉄人こと、タロスです!!」

 

 おおよそ5メートルはあるかという巨大な身体。

 青銅色の表面には迷宮のような幾何学模様が刻まれ、マナの光で脈打っている。

 あらゆるものをためらいなくひき潰す暴力の化身が、デーリッチたちを見下ろした。

 

「こいつが巨大兵器ってわけか……!」

「偉大なる方に少々()()()()()()とは言え、私は矮小な人間でしかありませんからね。これで戦わせてもらいますよ!」

 

 ウォルナットの指示によって動くことを示すように、タロスは両手を掲げ、逆三角形のシルエットを強調した。

 その威圧的な姿に対して、一行は恐れることなく挑戦的な視線を向ける。

 

「へっ、いまさらこの程度で怖気づくかっての」

「そうじゃな、あの戦艦列車の方が何倍も恐ろしかったわい」

「ではアルカナ殿。よろしく頼む」

「オーケー。それじゃあ開幕は派手にいこうじゃないか」

 

 ジュリアに促され、アルカナが先頭に立つ。

 

「これだけ広ければ崩落の危険もあるまい。――星光よ(ステラⅨ)!」

 

 アルカナは詠唱をすっ飛ばして全体攻撃魔法を発動する。不意打ち気味に放たれた星の光は、敵陣を軽く薙ぎ払った。

 

「ぎゃーっ!?」

 

『先手をとって魔法を撃つ』

 自らがエステルに対して教えた言葉を、アルカナは実践して見せた。

 戦場を撫でたこの一撃によって、一部の魔物たちは反応する間もなく焼かれ、焦げ、倒れ伏した。

 

 だがそれはごくわずかな数だけだ。

 魔導鎧を身につけた兵士は流星の一撃を耐え凌ぎ、青銅の巨人に至っては表面に触れる前に光線が霧散した。

 

「うげ、厄介だなそりゃ」

 

 アルカナは何ともなかったように立つタロスの姿に苦々しい声をあげる。いや、事実何ともなったのだろう。あれは軽減では無い、文字通り()()()()()()。命中の瞬間、表面に輝く幾何学模様が魔法を無効化したのだ。

 半分、いや三分の一は減らせると試算していたのだが、当てが外れた。その巨体によってかなりの攻撃が遮られた。減らせたののは精々二十余りといったところか。

 

「その通り。このタロスV-13はあらゆる魔法を無効化します!」

 

 ウォルナットは得意げな声で語る。

 どういう原理かは不明だが、あの巨人は魔法が効かないようだった。 

 タロスは腕を持ち上げ、拳をアルカナめがけて叩きつける。

 

「ちぃ!」

 

 アルカナは跳んで回避する。砕けた床の破片が飛び散り、土煙が巻き上がる。

 

『ゆけ』

「お任せあれ!」

 

 それに乗じて脳漿喰いがサハギン達をけしかける。

 支配階級に直々に指揮される彼らの士気は極めて高い。

 余計なことを何も考えることなく、ただ敵を手に持った三叉槍で串刺しにし、その苦悶を捧げることのみを目的として突撃する。

 一番先頭のサハギンの槍と、前に出たジュリアの構えた盾が硬い音を立ててぶつかり合う。

 

「はあっ!!」 

「ぐぎゃっ」

 

 しばしの取っ組み合いを制したのはジュリアだった。サハギンを押し返し、左手に持った剣で止めを刺し、別の方向から突き出された槍を転がって躱す。

 追撃しようとするサハギンだったが、前方から飛来した炎への反応が遅れて呑みこまれた。その正体はエステルの放ったフレイムである。追随していたサハギンも同様に炙られ、後退を強いられている。

 

「助かった」

「どういたしまして」

 

 ジュリアと短い意思疎通の後、エステルは視線を仲間に向ける。

 

 自分の炎にローズマリーがフレイムを加えた劫火の真っただ中を魔導兵が突っ込んでくるが、それを予測して配置された柚葉が迎撃する。彼女は見事な剣筋で接合部を切り裂き、瞬く間にこれを倒した。その間にチャージを終えたヤエのサイコバインドがサハギン達をいつものように押しつぶした。負傷した者がいればデーリッチが即座に回復する。

 

 ルークが道中で拾った素材から作った即席のバクチクを投げる。ドリントルがこれを撃ち抜き、空中で炸裂させて騒音と光による攪乱を行う。いくら熱狂しているとはいえ、感覚器官を揺さぶられるのは堪えるようで、魔物たちがぎゃあぎゃあと混乱して喚き出す。

 

 そこを狙ってクリストファーの魔法矢が宙を飛んでいく。恐ろしいほど的確に放たれたそれはサハギン達を仕留めていくが、タロスには腕を振るうだけで叩き落とされてしまった。武器を持たぬスパイクは巻き添えにならぬように距離を取りながらも、何かできることはないか注意深く戦線を観察しているようだった。

 

「くっ……」

「魔法は効かない、矢も通りづらい。こりゃ骨が折れそうだ」

「やっぱ物理攻撃ですかね」

 

 アルカナが軽く魔力弾を撃ちながら有効打を探る。

 メニャーニャも並んで電撃を放ったが、表面に浮かぶ幾何学の力場によって弾かれてしまう。

 しかし彼女は矢には魔法に対しての防御が働いていなかったことを目ざとく指摘する。

 

「だろうね。つまり、こうだ!」

 

 アルカナは天球儀を格納し、杖を打撃モードへと切り替える。本来なら大っぴらに魔法が使えない市街地での襲撃で用いるための機能だが、魔物相手でも充分に戦えるだけの力はある。

 瞬時に距離を詰め、タロスの手首を杖で打擲する。。

 彼女の杖は特殊な魔法鉱石を芯に用い、霊木で作られた高い魔力伝導率を誇る。ゆえにアルカナの魔力を込めて強化された一撃の威力は一流の戦士の剣戟に匹敵する。

 

 先ほどの魔法とは異なり、鈍い音が響きわたる。

 いくら魔法を無効化する高度な術式とはいえ、物質に込められた魔力を消し去ることはできない。すなわち、魔力で強化された武器による攻撃ならば通用する。

 

「いよっし! メニャーニャ、お前はエステルたちに加わってやれ。こいつは私が片付けちゃる」

「わかりました!」

 

 アルカナは手ごたえを確信し、ウォルナットが僅かに眉を顰める。

 

(流石に速すぎる。これが白翼か) 

 

 弱点を見抜かれる可能性はあったが、それを僅か1,2回の打ち合いでともなると流石に想定外だ。流石は最高峰の魔術一族の主席にして、歴代最高の出来と呼ばれるだけの存在だけのことはある。

 同盟相手(ジェスター)が愛憎と嫉妬の混ざった言葉で語った、『あの女は最高の魔術師だ』という言葉はまさしく真実だったのだろう。

 

「ですが、その程度でどうにかなるとは思わないことですね!!」

 

 ウォルナットは自分が雇い入れた深人の方向を見やる。

 配下の戦績が芳しくないことに気が付いたのか、彼はようやく重い腰を上げたようだ。

 脳漿喰いは目を怪しく光らせ、サハギン達と格闘するルーク達を見た!

 

「ぐああっ!?」

 

 ルークの視界が突如として乱れた。まるで世界全てを極彩色に塗り替えたように目の前が歪み始め、自分の存在を見失いかけそうになる。

 頭を直接かき混ぜられたかのような錯覚によってルークはたたらを踏み、苦痛に顔を歪めた。こみ上げそうになる吐き気を必死でこらえ、現実の短剣を強く握る。

 

「ルーク!?」

「精神攻撃だと!?」

「回復を……!」

「他に混乱した人はいないですか!?」

 

 異変に気が付いたデーリッチがキュアオールを詠唱する。

 精神攻撃それそのものに目立った負傷はない。だが、攻撃の手を中断させられ、無防備状態に陥りかねないというのは、この乱戦下においては致命傷にも等しい。

 

 メニャーニャは周りを見渡し、他に重篤な症状を受けた者がいないかを探した。

 エステルは抵抗に成功していた。ヤエは超能力由来の精神力によってあまり大した影響は受けていないらしい。

 特にひどかったのはクリストファーだ。彼は顔を青くして膝をついたところにタロスの踏みつけが襲い掛かった。

 

「危ない!」

 

 誰かから警告が飛んだ。

 クリストファーは転がり、間一髪のところで躱した。だが、踏み付けの衝撃と砕けた破片が彼を傷つける。美しい顔が苦痛にあえぎ、血を吐き出す。

 

「ぐ……、ヒール……」

「まずい! いますぐそこを離れろ!」

 

 回復魔法を唱えようとするが、発動しない。

 いや、発動するにはするのだが、いつもよりも時間がかかっている。

 空間の変動を感知したアルカナが叫ぶが、クリストファーは即座に動き出すことができないほどにダメージを受けている。

 

「むふふ……無駄ですぞ」

 

 ウオスキが無様を見て笑みを浮かべる。

 タロスの攻撃で誘導できる場所に向けて、彼は迷核変動のスキルを用いて封印の罠をついさっき設置したのだ。

 その封印は、特定の長さ以下で発動する魔法のみを封じ込めると言う限定的なものだったが、それはとっさの判断が必要な乱戦においては、これ以上なく効果的な罠であった。

 

「あやつの仕業か!」

 

 ドリントルがダンジョンオタク目掛けてグラニュー砲を撃つ。

 命中はしなかったが、足元に当てられたウオスキは情けない悲鳴をあげた。

 

「くうっ、仕留められんか!」

「それより、彼が危ない!」

 

 今やクリストファーに誰も援護を飛ばすことはできない。アルカナはタロスを牽制しており手が回らない。デーリッチ達も、兵士に囲まれて手が届かない!

 無防備な隙を晒したクリストファー。そこにサハギン達が殺到する!!

 

「死ね! エルフ!」

 

 因縁の相手を仕留めるべく血走った目でサハギンが槍を振るう。

 ここまでかと、クリストファーはせめてもの抵抗に矢を握る。

 

 だが、横から割って入るものがいた。

 それは彼らと同じ魚人だった。

 自分達の同族が攻撃を遮ったことにサハギンは面食らった。

 

「なんだぎゃ!?」

「……ふん」

 

 その狼狽の隙を見逃さず、死体から奪った槍を手に、スパイクは凄まじい膂力でサハギン達をはじき返した!

 

「貴方は……!」

 

 クリストファーは驚愕の目で彼を見た。

 何故自分を助けるのか。同行しているとはいえ、敵意を向け、散々疑った相手だ。だと言うのに、どうして。

 それを言葉にすることはできなかったが、その考えはスパイクに伝わったようで彼は不愛想な顔で呟いた。

 

「お前を死なせては降伏した意味がなくなるだろう」

 

 エルフとの戦争で降伏した以上、同行するエルフが死んだとあっては真っ先に疑いがかかる。だから助けたと説明するが、そういう割には嫌々助けたとは思えなかった。

 実際、彼はそういう損得勘定は抜きにしてクリストファーを助けた。つまり、自分のプライドを傷つけ舞と、気遣われたのだ。クリストファーにはそれが分かってしまった。

 

「スパイク! お前エルフなんかに味方するぎゃか!?」

 

 赤いサハギンが怒鳴る。スパイクはそのサハギンに見覚えがあった。彼はスパイクが身を寄せていた集落のリーダーである。

 そういえば、ハグルマを喜々として受け入れたのもこいつだったなとスパイクは一人思い返す。

 

「エルフに味方するつもりはないが、あんなわけのわからん奴に従うつもりもない」

「あれは素晴らしきかただぎゃ。我ら海に住まう者の貴族だぎゃ!」

「俺には、最初見た時から嫌な奴にしか見えなかったよ。とにかく俺はお前たちと一緒に死にに行くのはまっぴら御免だ」

 

 サハギンリーダーは槍を振るいながらスパイクを罵る。

 彼の眼は狂信と血に酔っている。

 

「この裏切りものめ!」

「うるさい、俺は自由に生きる!!」

「何が自由だぎゃ! 偉大なるお方のもとで戦える意味を捨てた愚か者がほざくじゃねえぎゃ!!」

「俺の生きる意味は俺が決める! あんな訳の分からん連中にへつらうよりはマシだ!!」

 

 今も精神を揺さぶる恐怖に抗うために、スパイクは抵抗の言葉を口にする。

 

「今の今まで帝国の人間にへつらってた奴が言うか!」

「それはお前も同じだろうが!」

「俺たちは違う、選ばれたんだぎゃ!」

「他所からきた訳の分からん連中から与えられた意味がそれほど美しいか!」

「所詮俺達と別のとこから来た奴には理解できんだぎゃや!」

「構わん! 俺の世界は俺の中にあればいい!!」

「だったらそのまま独りで死ね!!」

 

 怒号と共に突き出された三叉槍の穂先がスパイクの鱗の隙間に突き刺さりかける。

 ……だが! 

 

「ふんっ!」

「ぐぎゃっ!?」

 

 同じく三つ又の刃がそれを絡めとっていた。

 凄まじい膂力を再び発揮し、スパイクはサハギンリーダーを押し飛ばした!

 

「忘れたのか? 俺を集落で一番の力持ちともてはやしたことをよ」

 

 スパイクはそのままサハギンリーダーの首元を槍で突き刺し、止めを刺した。

 それは、流されるままに生きてきた自分への訣別でもあった。

 

「……まあ、俺を受け入れてくれたことには感謝してるがな」

 

 それもここまでだと、スパイクは自嘲した。

 

「きさまーっ!」

 

 リーダーを殺されたサハギン達が怒りのままに突撃する。

 スパイクが迎撃しようと構えたその時、サハギンの眉間に矢が突き刺さった。

 振り向けば、クリストファーは立ち上がり、弓を構えていた。時間を得たことで回復は間に合い、既に戦闘は問題ない。

 彼は複雑な視線でスパイクを見つめた。

 

「……」

「……」

 

 互いにかける言葉は無い。

 

 そうしている間にも、ガーゴイルが彼らに向かって襲い掛かる。

 

 どちらが先だったか。

 二人は武器を構え直して並び立った。

 

 

 

 




長くなってきたのでここらで分割します。


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その45.サハギン戦線のようです(5)

 アルカナを目掛け、タロスが前進する。

 その踏み込みの一つ一つが殺人級のストンピング。アルカナは横に跳んで躱しながら杖を振るう。

 

「はっ!」

 

 杖の一撃を、巨大な右手が受け止める。

 反撃で振るわれた巨腕を、賢者は軽やかな動きで躱す。

 巨人は口を開いて迸る魔力の奔流を吐き出すが、光輝く魔力の壁によって散らされる。

 その間に足元へと潜り込んだアルカナが巨人の膝を打ち据える。

 金属のぶつかる音、わずかに軋むような音が混ざるが、依然として巨人の機能に問題は無かった。

 

 ウォルナットは戦いの余波が及ばないように距離を取りながらも、指示を下せるように油断のない目で戦いを観察していた。

 

「ふむ。所詮は魔法使いの悪あがきですね」

 

 アルカナはおそらく、関節部に打撃を集中させることによって破壊しようとしている。そのようにウォルナットは考えた。

 確かに魔力や気によって強化された打撃斬撃はタロスには有効だ。だがもとよりタロスは青銅を含めた強固な素材で造られており、生半可な物理攻撃は寄せ付けない。純粋な魔法使いであるアルカナでは、いくら魔力で強化した打撃でもそもそもの防御自体を突破することができない。このまま続けても、体力が尽きてタロスの巨体に蹂躙されるのが関の山と言ったところだろう。

 

「ですが……」

 

 それも仲間が合流すればまた別の話となる。

 今はまだ兵隊の相手をしているが、いかんせん戦況はサハギン側が不利だ。

 脳漿喰いの精神攻撃で少しは減らせるかと思ったが、そこは歴戦の冒険者と言ったところか、予想以上にしぶとい。

 

 ウォルナットは祭壇に向けて叫ぶ。

 

「貴方も少しは本気を出しなさい!」

『わかっているとも』

 

 脳漿喰いが少々苛立たし気な声をあげる。

 人間の抵抗で状況が思い通りに動かないことは、彼にとっても許しがたいことだ。

 

『無能どもめ。……まあよい、手ずから縊り殺すとしよう』

 

 脳漿喰いは先ほどよりも強力な精神感応を行使する。

 対象は一人に絞られるが、一切の抵抗を許さないほどの精神汚染を引き起こすそれの標的は、彼から見て最も弱そうな人間に向けられた。

 

「ぐああああっ!?」

 

 精神を揺さぶられ、ルークは再び苦悶する。

 脳漿喰いは祭壇から降り、ルークへと近づいていく。

 無能な眷属ではなく、自分の手で縊り殺すつもりだ。

 

『仲間が目の前で貪られる悲痛を味わうとしよう』

「ルーク!」

「邪魔はさせんぎゃ!」

 

 ジュリアが助けに向かおうとするが、サハギン達が道を阻む。

 

「邪魔はあんた達よ!」

 

 エステルが劫火を放つが、サハギンは焼けるのも厭わずに槍を振るう。

 彼らは『決して通すな』と脳波による命令を受け取っており、畏怖と忠誠によって恐怖の感情をかき消されている。彼らは常に死兵のようなものなのだ。

 

 魔人がルークの数歩先にまで接近する。

 

『お前の苦悶はどのような味であろうな』

 

 触手をわななかせ、悍ましい声が響く。

 脳漿喰いがあと少し接近すれば、その触手はルークの仮面を剥ぎ取り、頭蓋へと侵入して脳を直に啜るだろう。魔人はルークの抵抗する様子を楽しむためにわざと緩慢な歩みで進んでいた。

 

 命の危機を前にしてルークは動くことすらままならないか?

 

 答えは否。

 

 ルークは頭痛に顔を歪めながらも脳漿喰いを睨み返す。

 彼にとってみれば、同じような命の危機など何度だって経験している。そのたびに様々な機転を利かせ、時には運に助けられて乗り越えてきたのだ。

 

 ならば、今回だって乗り越えられない道理はない。 

 何より、彼女の目の届かぬところで死ぬなど、他ならぬ自分自身が許さなかった。

 

「負けるかよ!!」

 

 ルークは精神攻撃に対抗するべく、オリジナル配合のきつけ薬を過剰摂取(オーバードーズ)する。

 通常は幻覚などへの対抗策として用意しているものを、今回はそれを精神干渉を強引に跳ねのけるために使用した。

 

 薬物の効果はすぐに顕れる。血管が拡張し、アドレナリンが大量に分泌される。

 視界の明度が跳ね上がり、周囲の動きが緩慢になった。

 

 

 ――余談ではあるが、今この時、この場所は非常に特殊な環境となっていた。

 迷宮化という空間の変調。

 ここからさらに奥に次元ポータルが存在することによる世界観の乱れ。

 精神攻撃を受け、自己と他者の境目があいまいとなっている状態。

 古来より薬物は神々との交信のために用いられたという伝承。

 

 それらすべての要因が重なり合い、今ここに奇跡(6ゾロ)を引き起こす。

 

 

 ――酩酊した彼の耳に、神々しい声が飛び込んできた。

 

『聞こえますか……聞こえますかそこの冒険者さん』

(((あ、あんたは誰だ?)))

『私はダンジョンの女神。その名も女神オブダンジョンです。今はあなたの心に直接語りかけています』

(((ダンジョンの……女神!?)))

『そこのダンジョンのあやふや加減ととあなたの精神状態がなんやかんやして世界とか作品とかの壁を越えてつながりました』

 

 ルークの脳へ直に語りかける神々しい存在! その名も女神オブダンジョン!! 通称メガちゃん!!!

 だがその説明のなんと胡乱なことか! そもそも登場が若干早い!!

 当然だが誰にもその姿は見えていない!

 ルークの酩酊した視界にのみその姿は映っている!!

 

『貴方は記念するべき出張サービス一人目のお客様、つまりここで死ぬ運命ではなっしんぐ。この場を生き残るための方法を教えましょう』

(((わかった!何をすればいい!?)))

 

 ニューロンの速度で会話が繰り広げられる。

 ルークはこの胡乱な女神の存在を一ミリも疑っていない。

 その食い気味な様子に、メガちゃんは若干引きながらも助言を与える。

 

『すぐにあのタコ怪人をぶちのめすのです。触手攻撃が来るのでABBABA右右左の順番で避けるのです』

(((なるほどな!)))

 

 どこかおかしい指示だが、バッドトリップ状態のルークは何の迷いも無くそれを受け入れる。

 

「うおおおっ!!」 

「ルーク!?」

 

 もだえていたかと思えばいきなり突撃し出した仲間の姿に、ローズマリーが驚きの声をあげる。

 

『ほう? 自分から向かってくるとは殊勝な心掛けよ……』

 

 自分の精神干渉が効いたと受け止めた脳漿喰いが哀れな男を仕留めるべく触手を突き出す。

 並みの冒険者であれば躱せぬ速度で放たれる触手による反応攻撃!

 だが現在ガンギマリ状態のルークの目にはゆっくりとした動きとして見えている。神々しい声を聞いたことによって、彼の反射神経と敏捷性は限界を突破していた。

 

 彼は残虐な刺突攻撃を回避して、回避して、回避した。

 

『ヌ!?』

 

 まさか全て回避されるとは思ってもいなかった怪人の目は驚愕に見開かれる。彼は滑るような短剣の一撃を回避することができなかった。

 

『グヌッ!?』

 

 細い胴体に刃が深々と突き刺さり、銅を含んだ青い血液がにじみ出る。

 脳漿喰いは痛覚に悶えながらも引きはがそうとする、その前にルークは短剣をねじり上げて心臓を破壊した。

 

『グヌァーー!?』

 

 触手と四肢がガクガクと痙攣する。

 ルークが短剣を引き抜くと、青い血を吹き出しながら深海の貴族は仰向けに倒れる。

 

「……はっ! 俺は何を!?」

「ルーク君、かなり変な動きしてたでちよ……」

(((お供え物は駄菓子屋のお菓子詰め合わせにするのですよー……)))

 

 ルークはそこで我に返った。

 脳裏に響いていた幼い神の声はもう聞こえず、記憶からも薄れかけている。

 彼の認識では無我夢中になったらいつの間にか敵を倒していたことになっている。

 大活躍のはずなのだが、なんだか素直に喜べない。

 

「まあいいや。おいっ、こいつは死んだぞ! 見ろ!!」

 

 ルークは敵の細い首を掴み、祭壇の全てに見えるように掲げて叫んだ。

 息絶えた支配者の姿を見て、サハギン達の間に動揺が走る。

 

「そ、そんな……」

「貴族さまがしんだぎゃ……」

「俺達も殺されるだぎゃ……?」

 

 意気揚々と戦っていた筈のサハギン達は我に返ったかのように次々と戦意を喪失していく。

 恐らくは脳漿喰いの放つ精神波によって、本来持つ畏れの感情の上から無意識の忠誠を刷り込まれていたのだろう。アイデンティティの喪失と死の恐怖が蘇ったことで、彼らは戦うことへの疑問を抱き始める。

 この世界に召喚された支配者は二体。だがもう一体は直々にエルフ王国を攻める戦線へと赴いている。つまりこの場で指揮できる存在はいなくなった。

 

 士気が揺らいだのを察知したジュリアは声を張り上げる。

 

「武器を捨てて降伏しろ! そうすれば命までは取らない!!」

 

 歴戦の戦士が発する威圧が祭壇に響き渡る。

 

 困惑と恐怖が伝わり、戦線が崩れ始めた。

 後ろずさりながら逃げ出そうとする者がいる。

 槍を取り落とし、そのまま手を上げて降伏する者もいた。

 

「落ち着きなさい! まだ我々にはこの兵器があります!!」

 

 ウォルナットがサハギン達を鼓舞するべく叫んだ。

 彼は支配者の断末魔の悲鳴を聞きながらも、勝利を諦めてはいなかった。

 

「代わりの支配階級などいくらでも呼び寄せられます。それに、このタロスがいればどうとでもなりますからね!!」

「流石にそれは、余裕があり過ぎなんじゃない?」

 

 相対するアルカナの杖は魔法モードに変形しており、その先には手のひら大の光球。

 魔力を極限にまで圧縮されたそれは、正真正銘の星の如く輝いていた。

 アルカナは物理攻撃も効果がないことに業を煮やし、新たな魔法を繰り出そうとしているのだと考えたウォルナットはその無駄な足掻きを嘲笑う。

 

「魔法は効かないと言っているでしょう!」

「うん。並の魔法は効かないだろうね。だがこれならどうかな?」

 

 そう言ってアルカナは、()()()()()()()()()()()()を発射した。

 流星じみたそれはタロスの肩口へと衝突する寸前で阻まれる。表面の幾何学的な紋様が浮かび上がり、魔力を拡散させる。

 

 ――そして、幾何学模様がひしゃげた。

 

「……は?」

「正直こいつを制御するのめっちゃ疲れたからさ。とっとと終わらせるぞ」

 

 先ほどまで杖による打撃で戦っていたのは、このための布石。時間をかけて制御したそれを、悟られぬようにするためのカムフラージュだ。

 高密度なマナエネルギーの塊を直に押し付けられ、表面に施された対魔法装甲が軋むような音を上げる。

 

 アルカナが用いた術は、言ってしまえばそれまでの魔法とあまり大差はない。

 ただ、それを限界を超えてため込んだという但し書きが付くが。

 

 いくら、魔法を無効化する術があるとはいえ、それが本当にどんな高度な術でも無効できるだろうか?

 答えは否。

 

 無効化の原理を作用させるために何らかの動力を用いている以上は、それが人の手で創られたものである以上は、何事にも限界というものが存在する。

 それは時間か、許容量か、あるいは種類か。

 

 アルカナはまず魔法を構成する術式に干渉するものだと考え、杖を強化して物理で攻めることを試した。これはある程度は成功だったが、元々の耐久力を突破するのに時間がかかり過ぎる。

 

 次に彼女は許容量が存在するとあたりをつけ、極限の魔力量を一点に叩きつけることにした。

 これは通常の魔法使い……エステルやメニャーニャでも不可能な試みだ。

 アルカナやシノブのようなずば抜けた魔力量を持つ逸材でもなければ、実現できない試みと言える。だからこそ、可能だったともいえるだろう。いくらハグルマが技術的に優れているからと言って、そこまでの耐久力試験を行う事は難しいのだから。

 

 当然だがこんな無茶苦茶な理屈を実現するのは危険だ。

 魔力を限界まで高めれえばそれだけ暴発のリスクも跳ね上がる。

 最悪、行き場を失った魔力が荒れ狂い、その場で大爆発を引き起こすのだ。

 そうなればよくて杖と片腕と失うだろうし、最悪の場合なら即死する。

 

 だが、彼女はそれをやって見せた。

 

 現にタロスの対魔法装甲は許容範囲外の高密度な魔力による負荷を与えられ、みるみるうちに魔術式が芸術的とすら言えるカタチを失っていく。

 なんと恐るべき白翼の一族が伝えし精密な魔力制御技術だろうか。

 

 ついには装甲をぶち抜かれ、右の肩から先が脱落した。

 

「馬鹿なーっ!?」

「ほら、このままスクラップにしてやる」

「何を……! たかが片腕をくれてやった程度で調子に乗るか!!」

 

 破壊されたのはたかが片手。されど片手。

 重心のバランスを欠いた巨人は残る腕を振るうも、その勢いは先ほどまでと比べておぼつかない。

 そして何より、その堅牢な護りを形成していた魔術式が、腕から伝わってきた崩壊を受けて不安定となっていた。

 アルカナはさっと一撃を避けて魔法を放つ。

 

流星よ(スターⅨ)

 

 崩壊した肩の断面に流星が飛び込んだ。

 炸裂した魔力が内側から巨人の胸部を破壊し、爆発がさらに姿勢を崩す。

 右半身が大きく崩壊し、さらにもう片腕が床に突き刺さった状態だったためにタロスは背中から地面に倒れた。

 その目の光が明滅する。

 

「あとはとどめだ!」

「ウオスキ! 援護をしなさい!!」

 

 ウォルナットは焦り、部下に罠を発生させるように命令を下す。

 だが、

 

「ぐふう」

「厄介な真似をしてくれたのう。じゃがこれでしまいじゃ」

「悪いけど、こいつは正義のサイキッカーが成敗させてもらったわ」

 

 ドリントルとヤエによってダンジョンオタクは行間で倒されていた。

 

「何ィーッ!?」

「コスモインストール。はいよろしく」

「うむ」

 

 アルカナは柚葉の肩を叩いて魔法を発動する。

 

 コスモインストール。味方の攻撃に一時的な星属性を追加し、かつ星属性の攻撃を強化する属性憑依魔法(エンチャント・インストーラ)の一種。六属性ごとに存在するそれは、星属性にもしっかりと存在した。

 それを物理攻撃力の高い味方に施せばどうなるか?

 読者の皆様も、この場に入る者達も、その答えをまもなく知ることになるだろう!

 

 柚葉は刀をゆらりと一直線に持ち上げ、勢いよく振り下ろした。

 

「チェストーーッ!」

 

 一閃!

 

 光り輝く太刀筋は、強固なまでの巨人の頭を、胴体ごと問答無用でかち割った!!

 

 真っ二つにされた巨人の頭部からごろりと何かが転げ落ちる。

 赤く輝く小さな小さな星は、アルカナの足にぶつかると、ぱりんと割れて輝きを失った。

 

「あ、ああ……」

 

 ウォルナットは唖然とした様子で後ずさる。

 

「さて、神妙にお縄についてもらおうか」

「貴方にはエルフ王国を攻めている軍を撤退させてもらう必要があります。大人しくなさい」

 

 アルカナとクリストファーは、ウォルナットの手に縄をかけるべく詰め寄った。

 そこでウォルナットはハッと我に返り、慌てて懐からスプレー缶を取り出した。

 

「なんだそれは?」

「っ、《タグスプレー》! そいつ逃げる気だ!」

 

 それがおたからであることを見抜いたルークが叫ぶ。

 

「何ッ!?」

「おおっと、詳しい方がいましたか。ですが遅い」

「させません!」

 

 クリストファーが矢を放つ。

 だがウォルナットはすぐ近くにいたサハギンを引き寄せ、肉の盾にしてこれを防いだ。

 

「ぎゃっ!?」

「おおっとあぶない」

「くっ、何と卑怯な」

「ははっ、ビジネスとは往々にしてそう言うものです。そして私は損切りのタイミングも見誤らないもの。そこの部下はくれてやりましょう。それでは」

 

 そう言うと、最初からいなかったかのようにウォルナットは姿を消した。

 

「……また逃げられたか」

「ルーク、あれが何かわかるならどこに逃げたかもわかる?」

「無理。あれはただ名前書いた場所に戻れるだけの一方通行だからな」

「どいつもこいつも一瞬で消えるのだけは得意よね。面倒くさいったらありゃしないわ」

「いやそれ、私たちにも言えるからね?」

「それで、こやつの処遇はどうするかのう?」

「そうだった」

 

 ドリントルがのびているウオスキを指さした。

 エステルが駆け寄り、肩を掴んで揺らす。

 

「おーい、起きろ起きろ」

「あばばばばばば」

「いやいや、そんなに揺らしたら逆効果だって」

「ぶふぅー……、あ、あれ!? 拙者なぜ縛られて!? 資本卿はどこへ!?」

「ついさっき逃げたよ。お前は捕虜として扱わせてもらう」

「そ、そんなっ」

 

 見捨てられたことがよほどショックだったのか、ウオスキはブルブルと震え出す。

 そんな様子を完全に無視して、アルカナは尋問を始める。

 

「それで、ここに召喚ゲートがあると言う話だが」

「た、確かに奥に隠せと言われましたが」

「じゃあ地表付近までこことそのゲートを動かしてもらおうか」

「そ、それは」

 

 迷宮を動かせという命令に、迷宮職人としてのプライドから抵抗する。

 アルカナは露骨に面倒くさそうな顔をした。

 

「ルーク君や」

「何ですか」

「利き手の指以外はやってよろしい」

「了解」

 

 かなり端的に尋問どころか拷問の話を始めだした。ひどいなこいつら。

 

「ひ、人の心が無いのですか!」

「いやお前らが言うなよ」

「それに君ぃ、リリィちゃんに私を悪魔だの淫売だの好き放題言ったらしいじゃないか。そこのところ分かってるのかな?」

「ぐへえ!」

 

 アルカナはウオスキの顔面を靴で踏みにじる。

 どうやら勧誘の際に彼が用いた醜聞について結構根に持っていたらしい。

 その様子を見てローズマリーが冷や汗を流す。

 

「……あの、いいんですか? あの人、仮にも帝都から代表で来てるんですよね?」

「それだけのことをされる理由はありますから。私もできるなら一発かましてやりたいぐらいですね」

 

 メニャーニャがシュッシュッとシャドーボクシングをして見せる。許可があればその右ストレートが横隔膜どころか顔面に突き刺さることは間違いないだろう。

 

「メニャーニャ、最近先生に似てきたよな」

 

 エステルは後輩が段々お茶目度を増してきたことを喜ぶべきか、それともアルカナ(ダメ人間)の性格に近づいているのを嘆くべきか悩んでいた。

 

「哀れだけど同情の価値なしね。一応エスカレートする前に止めましょうか」

 

 流石に見てられなくなってきたので、ヤエの言葉で一同は意気揚々と脅すアルカナを止めに入ることにした。

 哀れな男の声が木霊する。

 

「わ、わかりましたああああ!!」

 

 最早彼に選択の自由などなかったのであった。

 

 

 

 

 

 

 それからそれから。

 

「お手柄よあんた達!」

 

 エルフ王国の応接室。

 リリィ女王はこの上なくご機嫌な顔でハグレ王国とアルカナ達を見渡した。

 

 あの後、戦況の流れはこうだ。

 

 リリィ女王率いる防衛軍は善戦していたものの、数に押されかけていた。

 深人たちを寄せ付けなかった魔導兵器も、段々と出力が落ち始めていた。

 

 そんな時、盛大な爆発音が戦場から離れた場所から響き渡り、一筋の極光が空を駆けた。

 

 直後に基地の方向立ち昇る煙を見て、サハギン軍に動揺が走る。

 そうして乱れたサハギン達を、エルフ軍は押し返し始めた。

 

 それから間もなくして、戦場の反対側よりアルカナ達が本陣へと突入。

 ふんぞり返っていたもう一人の脳漿喰いをあっさりと倒し、サハギン軍はあえなく潰走。

 召喚された魔物たちもエルフ軍に追い込まれ、基地の表面に出ていた次元ゲートから元の世界へと帰って行った。

 そのあとはキーオブパンドラでゲートを封鎖し、現在エルフ王国で終戦処理を行っているのであった。

 

「これでしばらくはやつらも攻めてはこないはずよ。本当にありがとう。それにしても、やっぱりあんたは滅茶苦茶な真似するわね」

 

 タロスを打ち破ったときの事を指しているのだろう。

 アルカナはその戦いを回想し、賞賛する様な口ぶりでいった。

 

「流石に、あのタロスは少し冷や汗をかいたさ。私の全力を二発も受けてなお動いてやがった。他に私が本気を出して死ななかったのは、10年前のあいつぐらいだったよ」

 

 その言葉に反応したのは、同じく10年前を知るマーロウだった。

 

「ああ、アレですか……。今はどうしているので?」

「監獄にぶち込まれたっきりだな。流石に奴は色々やりすぎた」

 

 当時を思い返すアルカナの言葉に、マーロウも無言で肯定を示した。

 そんな余談は置いておき、戦後処理の話に戻る。

 

「それで、残りのサハギン達はどうしてる?」

「とっとと元の棲み処に帰ってもらったわよ。わざわざ捕虜にする場所もないし、あんた達が連れてきたあの人間も、落とし前をつけてもらったら帝都に引き渡すつもり」

「ん、承知した。他に私たちからすることはあるかい?」

「今のところはないわね。何かあったら遣いを飛ばすわ」

 

 帝都とエルフ王国の間の取引はひとまずこれで終了した。

 

「わかった。ハグレ王国もそれでよいかい?」

「ええ。それで問題ありませんよ」

「あんた達には別途謝礼金を用意させてもらうわ。とはいえ、うちも厳しいからあまり出せないけど」

「無理しなくていいですからね?」

「舐めないでよ。なんなら宝物庫の中から埃かぶってるのをいくつか進呈してもいいわ」

「女王陛下、流石にそれは控え目にしてくださいよ」

「なによー」

 

 結構歴史あるものまで贈呈しかねない勢いのリリィをクリストファーが嗜める。

 二人のやり取りを横に、アルカナはマーロウに言った。彼の奮闘なければ、おそらくエルフ王国は落とされていただろう。

 

「マーロウもお疲れ様。君の武勲はハグレ王国の祝勝会で盛大に讃えてやろう」

「などと言っておりますが、ローズマリーさんはいいのですか?」

「構いませんよ。貴方なら大歓迎です。デーリッチ達も喜ぶでしょう」

「クウェウリちゃんが腕を振るって料理を作ってくれるからね。娘の手料理、久々に食べたいだろ?」

「むう。クウェウリの料理を出されては参加せざるを得ませんな……!!」

 

 マーロウが王国民との呑み比べに参加して、クウェウリに盛大に叱られるまであと数時間であった。

 

 するとそこ、でクリストファーがアルカナに向き直った。

 

「ところでアルカナ殿、彼はどうするのです?」

「スパイク君の事なら、ひとまず私の知り合いに預かってもらうよ」

 

 ハグレ王国に降伏し共に戦ったギルマン、スパイクの身柄はアルカナが引き取ることになった。

 裏切った手前今更サハギン達の集落に戻るわけにもいかず、エルフ王国で捕虜となるのはお互いの精神的によくない。ハグレ王国が預かる線もあったが、他ならぬスパイク自身がそれを望まなかった。彼は静かに暮らすことを望み、そうするのにちょうどよい場所をアルカナは知っていた。

 

「彼が行くのはリゾート地だよ。青い海と白い砂浜だ。羨ましいか?」

「まさか。私はこの山と自然を愛してます。ですがまあ、状況が落ち着いたら、顔を見せるぐらいはしてやってもいいかもしれませんね」

 

 それを横で聞いていたリリィは意外そうな顔をした。

 この幼馴染は堅物で、礼儀にうるさく、種族の中でも特にサハギンへの敵意が激しかった筈だ。そんな彼が共闘したとはいえ魚人の身を案じるなど、にわかには信じがたかった。

 

「そういえばクリス、あんた窮地をサハギンに助けられたんだって? ならそのサハギンだけは別なのかしら?」

「まさか」

 

 リリィの言葉にクリストファーは苦笑いした。

 

「サハギンなんて、到底好きにはなれませんよ」

「じゃあそいつは何なの? 魚人でしょ」

「まあ、そうですね」

 

 クリストファーは一呼吸おいてから紳士的に言った。

 

 

 

「彼は自分をギルマンだと言ってました。でしたら、私もそれを尊重するだけです」

 

 

 

 




〇クリストファーとスパイク
今回のオリキャラゲスト2人。
サハギン戦線を書くに当たって、ただハグルマをぶちのめして終わりにはしたくなかった。かと言って原作のようにこの世界に対するハグレのスタンスを描写するのは無理があった。
ではどうするかということで、ハグレが様々な世界から召喚されることに焦点を当てた。種族間の感情やら、よく似てるけど違う種族、別の世界での同じ種族など、原作では話が取っ散らかるので触れられていないと推測した部分を掘り下げてみることにした。

〇ルーク
こいつは結構ボンクラなのを皆に知ってもらいたかった。
ただそれだけなんだ。

〇メガちゃん
口調おかしくても許して。
らんだむダンジョンも傑作だからプレイしようね。


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その46.彼ら彼女らの一幕・陸

ハグレ夏祭り、皆さんは楽しみましたか?
様々なイラストとssが投稿されて、一日じゃ網羅しきれないほどには集まりましたね。
そんな祭りの賑やかさを尻目に、せこせこと書き上げました。


『めんどくさい人』

 

 

「結論から言いますと、あんまり得られるものはなかったんですよねえ」

 

 召喚士協会の一室。

 私は先日の一件についてをシノブ先輩に話していた。

 とは言っても、シノブ先輩も事の一部始終については既に報告書に目を通しているはずだ。

 だが、彼女は書類の文面で得る情報よりも、私の口から話を聞こうとせがんできた。確かに、報告書の内容はいくつか面倒な事実を省いているから、この目で見てきた私のほうがより正確な説明ができるだろう。シノブ先輩らしい的確な判断だ。あのシティゴリラよりも私を選んだのもポイントが高い。

 

 私はハグルマが保有していた数多の技術についてを語ることにした。未知の世界から持ち込まれた最先端技術について、シノブ先輩は興味深そうに聞いていた。

 

「そうなの?」

「通信機器については解析してみましたが、どうやらあちら側の設備をこちらに引き込んでいたようでして、私たちが使うには壁が多すぎますね」

 

 通信機の一件は本当に残念だった。

 無線機器を鹵獲したまではよかったものの、百万迷宮との相互ゲートを封鎖したことで通信インフラは途絶、通信機はただのガラクタと化してしまったのだ。

 技術水準を一段階上に引き上げるには、まず普及させる必要がある。それは私たちにとって最も困難な壁と言えるだろう。

 ……と、話がそれましたね。

 シノブ先輩が聞きたがっているのは、何があったかというよりは、何をしたかという冒険譚である。

 

「話を戻しましょう。私たちは基地である洞窟に突入しようとして、目の前の洞窟が揺れ出しました」

「まあ!」

「それはハグルマが持っていた周辺の地形を迷宮に作り替える技術だったんですよ。彼らが高度な技術を持っているのは知っていましたが、流石に空間を操作できるまでとは思ってもみなかったですね」

「確かにそれはすごい技術だわ。どうなってるのか調べたいわ」

「私も同じ意見です。でもほっとくと面倒になるからって最終的に破壊することになったんですよね」

「残念だけど、仕方ないわね」

 

 空間を自在に組み替えるなど明らかに危険な技術であり、今の自分達では持て余すと判断した先生は、相互ゲートを地表に持っていった時点で迷核の破壊を決断した。

 名残惜しいとは思ったが、私もあんなものはむしろあってはいけない類の技術だと直感的に理解していたので特に異論は挟まなかった。それについてはシノブ先輩も同じ意見のようだ。

 

「まあそんなことは当時の私たちは知りませんでしたから、基地の中身がスパイクさんからの情報とはまるっきり違うってことでクリスさんとスパイクさんが喧嘩しまして。というかクリスさんの暴走ですがね。先生がいなかったらちょっとまずかったかもしれません」

「それは大変だったわね」

「全くですよ。それで事前の見取り図が当てにならないのでしらみつぶしに行くしかないと思っていたのですが、そこでヤエさんが超能力でボス部屋までの道を当てたんですよ」

「まあヤエさんが……え?」

 

 シノブ先輩はそれを聞いて固まった。

 私はそのことに気がつかず、話を続けていた。

 

「最初はどうなんだって思いましたが、あの道具で大幅に道を短縮できたのもあれのおか「メニャーニャ」なんですか?」

 

 私は話を遮られ、そこでシノブ先輩の様子がおかしいことに気が付いた。

 先ほどまでは大人しく相槌を打っていた筈が、一転してこちらを問い詰めようとするオーラを発している。

 

「私、そんなの聞いてないんだけど?」

「……何がですか?」

「ヤエさんがいることよ! 何であなた達だけヤエさんの超能力を堪能してたのって言ってるの!」

 

 ぷんすこ! と擬音が聞こえそうなぐらいに分かりやすく怒り出す。

 この年下の先輩は、自分が一目置く超能力者の力を見るのに自分だけハブられたと思ったのだろう。明らかに不機嫌だ。

 

 やってしまったな、と思った。

 

 この人は時折年相応というべきかそれ以下に幼い言動になる時がある。

 こうなったらとにかく面倒くさい。

 なまじ頭が良い分ごまかしが通用しないのがとにかく厄介すぎる。

 

 確かに同行したのはハグレ王国だとざっくりした説明で、誰がいたとは具体的には言ってない。シノブ先輩も質問してこなかったので、あまりその辺は気にしてないのだろうとスルーした。そのあたりをちゃんと確認しておけばよかったな、なんて思っても後の祭りである。

 そもそもハグレ王国がどんなメンバーで来るのかなんてあちら側に一任しているのだから、そんなことを私に言われても仕方がないはずだ、そんな簡単な話はこの人だってわかっているだろう。だがわかっているのと理解してくれるのとは話が別なのはどうしようもない。

 

 というかいくら尊敬してるからって、まさかその一言が地雷とは誰が思うか。

 だが露骨に反論すると火に油を注ぐだけなので、やんわりと説明することにした。

 

「いやいや、ヤエさんが戦闘で超能力を使うのは当たり前じゃないですか。それにあの人は雷属性の魔法も使えるからサハギン相手だとまず選ばれるんですよ」

「ずるいわ~私だって見たかったのに~!」

「駄目だこりゃ」

 

 完全にイヤイヤ状態だ。

 これではいつまともに話を聞いてくれるか分からない。

 私は話題と彼女の怒りの矛先を逸らすべく、切り札の一つを使った。

 

「まあひとまず落ち着いて。ここはお茶でも淹れましょう。確かアルカナさんがお茶請けをこっそり買ってるはずです」

 

 その切り札とは私たちに隠れて師が堪能している甘味である。

 あの人が差し入れと称して私たちに買ってくることが多いが、秘密裏に一段高いのを自分用に買ってきているのは知られていないとでも思っているのだろうか。

 

 中の奥の方、安物の缶にわざわざ移してある高級菓子店のクッキーを引っ張り出そうとすると、後ろから声がかけられた。

 

「あ、メニャーニャ。そっちのクッキーよりも下の奥のアップルパイのほうが日持ちしないから出すならそっちのほうがいいわよ」

「あ、それはどうも……」

 

 シノブ先輩の言葉に従い、戸棚の下段、隠すようにしておかれた菓子箱を見つけ出す。

 

「……シノブ先輩、さてはこれが目当てでしたね?」

「え、何の事かしら? さあ他にヤエさんのどんな能力を見たの!? 全部聞かせてもらうわよ!!」

 

 先輩は目をキラキラさせていつの間にやら紅茶を用意している。

 

 全く、食えない所は先生譲りだな。

 

 

 

『あなたは私の』

 

 

 ある昼下がりのこと。

 

 俺に視線が突き刺さる。

 遠巻きにこちらを眺めているものもいれば、気にしない素振りを見せながらちらちらとこちらを見るものもいて、極めつけにはニヤニヤしながら眺めている悪魔もいた。

 

 とにかく、俺たちは注目の的だった。

 

 というのも……

 

「……あのー、ヘルさん?」

「なあに?」

「そろそろ離してくれませんかね」

「いやー」

 

 俺の後ろにいる彼女が原因なのだが。

 

 

 単刀直入に言えば、俺はヘルに後ろから抱きしめられていた。

 いや、体重をこっちに乗せてるからのしかかられている、のほうが正しいかもしれない。

 

 こうなったのはおよそ一時間前。

 俺は昼食を終えてまったりと珈琲を嗜んでいた。ここしばらくは大立ち回りが続いていたからだろうか、こんな特に何かがあるわけでもない平穏なひと時が五臓六腑へと染み渡る。そうして休日の有難みを噛み締めていたところ、ヘルが後ろから襲い掛かってきた。

 普段の俺なら人に背後を取らせる真似はしない。しないのだが、拠点内で気を抜いていたのと、相手がヘルだったこともあって完全に油断していた俺はものの見事に彼女の不意打ちを許してしまった。ぽふんという音が鳴るように被さってきたヘルを反射的に振りほどきかけたが、それをして彼女がどんな表情をするかを考えて実行には移さない。それに別に邪魔だとは思わなかった。という訳で、俺は彼女に成すがままにされているのだった。

 

「さっきからずっと見られてるんですが」

「別にいいじゃなーい。そんなに見られるのが嫌なの?」

「そういうわけじゃないですけどね」

「ならこのままでいいわよね」

「……どうしたんだ? 普段のお前らしくない」

 

 とは言え。ヘルが人前でこんな積極的なアプローチをしてきたことがどうにも不可解だった。

 

 そして何より。

 首から背中にかけて押し付けられている柔らかなあれを意識せまいと考えているのもそろそろ限界だった。

 

「だってルーク君、最近他の人と一緒にいることが多いじゃない? そろそろ誰の部下なのかを思い出してもらおっかなーって」

 

 ぎゅっと。

 拘束は緩むどころか、逃がすまいと言うようにもっと固くなる。

 それを見て雪ん子とサイキッカーの雪だるまコンビに、カレーの姫様と狼のお姉さんを加えたカシマシカルテットが嬉しそうに話している。ちくしょう人の恋路だからって楽しそうだなお前ら。

 

「あー……」

 

 それに心当たりは、ある。

 おそらく、この前の祝勝会の時。

 早々に酔いつぶれたヘルをミアさんが部屋まで連れて行った後、俺は大人たちと飲み比べを続行した。誰だったかは覚えていないが、勝負を吹っ掛けたられた俺は勢いに任せてそれに乗っかった。

 

 その時はジーナに福ちゃん、ジュリアさんに柚葉、そしてアルカナさんととにかく酒飲みが集まっており、それはもうひどい有様だった。

 

 

 特に巻き込まれたアルフレッドは悲惨の一言だ。

 ジーナとジュリアさんの身を案じながら一線を置いていた彼だったが、一瞬のうちに酔った姉二人に衣類をはぎ取られ、貞操の危機を迎えていた。最後の砦は死守したらしいが、割と危なかったのは覚えている。あいつも中々苦労する男だよほんと。旦那とは別の意味で女に悩まされるんだろう。

 マッスルが早々に引っ張り出されたのは幸運だ。本人は悔し涙を流していただろうが、あの中に放り込まれれば二度と同じような口は効けなくなるだろう。それぐらいには地獄だった。

 大明神も意外なことにとっとと抜け出していた。曰く、『ヅッチーの教育に悪いから』らしい。王国一と言える女好きの奴からすれば天国に近い状態だったろうに、割とそういうところはちゃんとしているのだと感心した。まあ、酔いどれどものひしめく地獄は流石に手に負えなかっただけかもしれないが。

 

 そしてかくいう俺も、割とひどい有様だったらしい。

 推測系なのは、気が付いたらヘルに介抱されていたからだ。

 

 頭の痛みに悩まされる俺を、彼女はしょうがないものを見るような目で世話してくれた。何事も無くて良かった。問題を起こしていたらどうしようかと思いました。という言葉の裏には、俺がただ飲みつぶれていただけであることへの安堵があった。

 

 大方、俺が別の女に取られるとでも思ったのだろう。

 同じ王国の仲間じゃないか、などというのは通用しない。むしろ同じ屋根の下で暮らすからこそ、知らないうちに仲が縮まっているなんてことはおかしくないだろう。俺たちほどあからさまじゃないにしても、誰かに好意を抱いている者は何人かいるはずだ。

 

 子供じみた嫉妬心、などと馬鹿にはしなかった。

 ヘルラージュと言う女性は大らかな反面、非常に繊細だ。

 普段はあまり負の感情を表に出さないが、人との温もりに餓えた寂しがり屋で心の中では人並みに不満や我慢を抱えている。最も親しい姉と再び暮らすことができるようになった。だが、それがまた失われないとは限らない。

 

「……それに、ルーク君はいつも危ない目に遭うんですもの。生きて帰ってくるとは信じてますが、心配ですわ」

 

 ヘルは不安げな声で呟いた。

 俺にしか聞こえないぐらいには小さな声。

 だがそれは、俺から他の音を奪うぐらいには強く響いた。

 

 確かに、俺は常々死にかけるような目をどうにかこうにか生き延びている。

 この前だって、咄嗟の機転が無ければ怪物にぶち殺されていただろう。

 

 自分の見ているところならまだしも、そうでない場面でも死にかけるのだから、ヘルからしてみれば気が気でないのも確かだった。

 自分で言うのもなんだが、俺は常々死地へと飛び込んでいく性分だ。

 身の回りの脅威に注意を払いながら、危険の中にある浪漫を求めたがる、非常に厄介なろくでなし。

 

 つまるところ、

 

 ヘルの不安は、結局は全部俺のせいなのだ。

 

「悪かったな」

 

 申し訳なさを感じた俺は、ヘルを横に引き寄せて抱きしめ返す。

 驚くほどに華奢な身体からは、香水など使わずとも良い匂いがした。

 その柔らかな感触を肩から先で堪能する。

 

「えっ」

「おいおい、自分からやっておいてこっちからはダメっていうのはないんじゃない?」

 

 どうやら自分からする分には問題ないが、まさかやりかえされるとは想像してなかったらしい。その美しい顔が赤くなるのを見るに、意趣返しは成功したようだ。

 

 俺達に向けられる視線が色目気だつが知った事ではない。

 「キターッ」とか「やっとやり返したわね」とかなんとか聞こえるが、そんなのは無視する。

 せっかくのお誘いだ。

 ここは遠慮なく、彼女との団らんを堪能させてもらうとしよう。

 

「むぅ……そういうのはずるいですわ」

「ははっ、どうせ今日は用事も何もねえからよ。好きにしてくだせえ」

「じゃあ好きにしまーす」

 

 本人から許可をもらったので、ヘルラージュは遠慮なくルークに身を預ける。

 均整の取れた顔をだらしなく歪ませ、彼女は想い人の感触を全身で受け止める。

 

 この後二時間ぐらい、二人は一緒の時間を過ごすのであった。

 

 ……そして、それを離れた物陰から覗くものがいる。

 

「……くぅっ、ルークめ羨ましいぜこんちくしょう」

 

 真っ赤な筋肉牛は自分のキャラをわきまえることなく、女々しくもハンカチを噛んで涙を流している。

 横にいる翼人の少女は、胸焼けするような光景から距離を置くような仕草をする。

 

「見せつけるようにしちゃって、あの二人もお熱いこった」

「俺だってあんな風にお姉さんとイチャイチャしてえよ」

「そんな図体で何言ってんだよ」

「たしかに俺の筋肉に抱かれたい女の子は一杯いるさ、でもたまには俺のこの小さな心を優しく抱きかかえてほしいときだってあるの!」

「あひゃひゃ! あんたを抱えられる女なんて、それこそ天使でもない限りいないっての!」

 

 

 

『焔』

 

 

 

 そこは諸外国と帝都の貿易を中継することで栄える大きな街。

 昼間は賑わいを見せるこの街も、夜になれば目を閉じる。

 大人は酒を飲み、子供たちは寝物語を横に瞼を閉じる。

 

 静寂な平穏が過ぎゆこうとする中で、突如として轟音が鳴り響く。

 音の出所は、街の中心から。

 その音で眠りにつこうとしていたものは一斉に飛び起き、微睡みに浸っていた者は泡を食ったように玄関の外に出た。

 そして、それを見たすべての者がぽかんと口を開けた。

 

 何せそれはこの町でもっとも大きな建物。

 この街の繁栄を示す象徴。

 欲深い領主の城である館が、いままさに燃えていたのだから。

 

 真っ赤な炎が夜の闇を一瞬だけ明るく照らす。

 すでに領主館の前の広場には住民が集まり、人だかりができていた。

 

「自警団だ、一体何が起きている!?」

 

 騒ぎを聞きつけた自警団が現場に駆け付ける。

 豪華な装飾の施された金と搾取の化身は、もうもうと黒い煙を吐き出していた。

 群衆の中から、自警団の姿を見た青年が話しかけてくる。

 

「バリーさん! それがいきなり爆発を……!」

「何だと!? 門番は何をしていた!?」

 

 野次馬の群れをかき分け、門の前までたどり着く。

 

 玄関の前で右往左往している門番たちが、自警団長に駆け寄ってきた。

 

「ああ、やっと来てくれたか!」

「それが自警団の旦那、内側から鍵がかかっててびくともしないんですよ」

「何?」

 

 やむを得なし。

 窓を叩き割り、中へ強引に侵入する。

 

 館の中は嫌に静かだ。

 あれだけの爆発が起こったと言うのに、領主とその家族はおろか、使用人すらも誰一人として動いている様子が感じられない。

 

「これはまずいぞ……!」

 

 慌てて領主の部屋に向かうと、部屋に入る前から異変が生じていた。無駄に金をかけた扉は内側から周囲の壁ごと粉砕されたのか、廊下に破片が散らばっていた。

 

「ガメッツ様!」

 

 中を見れば、そこにはこの街の領主、ガメッツ・マネゲバーが上半身のみという無残な死体で転がっていた。

 

「なっ……!!」

 

 領主は一糸まとわぬ姿で、何が起きたかもわかっていないかのような表情で絶命していた。

 寝込みを襲われたのだろうか、寝台があったであろう場所は跡形も無く吹き飛んでいる。

 後からついて来た門番や衛視たちも、この惨状を見て言葉を失った。

 筆舌に尽くしがたい有様を前に、しかしバリーは何が起きたのかを知るべく中へ踏み入る。

 そこでがさり、と何かを踏みつけた。

 

「何だ?」

 

 屈んで拾えば、それは一枚の紙。

 多少焦げてはいたが、読み取るのに支障はない。そこにはただ一つの絵が描かれていた。

 

「これは絵? いやわが国の国章か……?」

「団長、こちらを!」

 

 後ろを振り返れば、部下が同じものを持っていた。

 それだけではない。

 先ほどまでは焦りで見落としていたが、壁や床、天井といたるところに同じ紋章が描かれた紙が貼りつけられていた。

 

 帝国国章を上から打ち消すという挑発的なマークは、まるで自分達をあざ笑うかのようだった。

 

 

 

 

 

 

「ふむ。上手くいったようだな」

 

 領主館から数ブロック離れた宿。

 双眼鏡を手に、一人の獣人が満足そうに頷いた。

 あの領主ガメッツが夜な夜な目麗しい娘を各地から招き、褥を共にするという噂は有名だ。彼は女がどこの国の出身、地位であったかを問うことはない。それどころかハグレであったほうが興味をそそると言う好色極まる俗物だった。

 

 そんな節操の無い好色家であるため、形整ったホムンクルスを奴隷として送り込むことは驚くほど容易であった。後は寝室に招かれた夜、内側から手引きした兵隊に奴隷を解放させ、関係者を始末する。そして領主は護衛も何もない最も油断した瞬間に、ホムンクルスに仕込んだ自爆の術で爆殺する。それが今回の作戦であり、自分達の存在を世間に知らしめ、同じく鬱屈した感情を抱える同志を立ち上がらせる啓発を目的としていた。

 

「ヤッハーッ!」

「いいザマだぜ!!」

「よく燃えてるじゃねえか!」

「いつも俺達を安い給料でこき使ってきた天罰さ!!」

 

 燃え上がる黒煙を見て、同志たちが騒ぎ立てる。

 人間、獣人、あるいはまた別の種族。彼らの中にはこの街の事情に精通した街の住人達もいる。彼らは皆、様々な理由から冷や飯食いの立場に甘んじていた者たちだ。

 それはアプリコの従える者達に共通した事情だ。彼はハグレだけでなく、この国の現状に不満を持つ者達に抱き込んでいた。

 義のために帝国を打倒せよ。我らの手で真の自由を勝ち取るのだと。

 そうして語られた理想と、こうして領主を見せしめに打倒することで、彼らは部下として加わっていった。

 従軍経験も碌にないならず者も多かったが、生粋の軍人であるアプリコにとって、彼らをまとめ上げるなど造作もないことであった。

 

「アプリコ様」

 

 アプリコの下に、白い髪に赤い瞳の男が近づく。彼もまた、ジェスターが遣わしたホムンクルスである。

 

「ジェスター様からの言伝です」

「何だね」

「ハグルマの軍隊は敗走、しかし当初の目的は成功した。一度こちら側へ戻ってくるようにとのことです」

「わかった。どのみち明日には街を出る。馬車の手配を頼む」

「かしこまりました」

 

 遣いのホムンクルスは静かに退出する。

 まだ狂熱冷めやらぬ部下を尻目に、アプリコははるか向こう側の空を見て思いにふける。 

 

「さて、あれから十年……、実に、長かったものだな」

 

 最も大きな闘争が目前であることに、アプリコは空虚な笑みを浮かべた。

 

 

 

 

 

 

 そうして金品の類には一切手を付けることなく、領主一族と使用人だけが殺害されるという、凄惨にして奇妙な事件が夜明けを待たずして街中を駆け巡り、周辺の村にも一日を経たずして知れ渡る事となる。

 そして後日、新聞社にある手紙が投函される。

 

 内容はこうだ。

 

 我ら召喚人解放戦線。

 ハグレを奴隷として侍らせる、愚かな領主に天誅を下す。

 

 そんな大胆なまでの犯行声明文が、紙面を飾ったのであった。

 

 

 




恋愛描写ってなんでこんな難しいんでしょうね。

それはそれとて次回からは3章の大詰め。
帝都を舞台とした狂騒劇が幕を開けます。



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その47.帝都動乱・導入

帝都編の開始です。



『導入・星巡りの采配』

 

 宮殿外朝。天文室。

 

 帝国、特に宮廷の魔術的事象について管理するその空間では、今まさに宮廷魔術師が頭を捻らせていた。 

 年齢は二十代半ばと、つい数年前に着任した若き魔術師は、呪文を一字一句違えず読み上げた後、部屋の中央に設置された巨大な水晶玉を見た。

 

 漆黒と光点。

 

 宇宙そのものを納めたかのようなその水晶玉に手をかざせば、星々が目まぐるしく回転する。

 その動きを宮廷魔術師は必死に目で追った。彼の額には汗がにじんでおり、この魔術が決して楽な作業ではないことを余人に見せつける。

 

 やがて回転が止まり、中心に据えられた光を十個ほどの大小さまざまな星々が取り囲んだ。魔術師はその配置を食い入るように見つめ、やがて肩を落とした。

 

「……駄目だ。何度やっても同じ運勢だ」

「結果は出たかね」

 

 後ろからの声に、宮廷魔術師は慌てた様子で振り向く。

 

「ああ。大臣殿、それがですね――」

 

 何かがおかしいですよ。

 そう言おうとした宮廷魔術師の言葉は途中で止まった。

 大臣の後ろからやってきた人物に、意識の全てを持っていかれたからだ。

 白く輝く艶やかな髪、眼鏡の奥から光る金色の瞳、星空を内包したかの如き外套。

 それらの特徴を兼ね備えた者など、彼が知る中で一人しかいない。

 

 かつての宮廷魔術師たる星術師アルカナが、そこに立っていた。

 

「あ、あなたは――」

 

 言葉に詰まる宮廷魔術師。当のアルカナはぐるりと部屋を見回して言った。

 

「久しぶりに足を踏み入れてみれば、少し寂しくなった気がしますね」

「お前が少し物を持ち込みすぎなのだ」

 

 懐かし気に語る声は、鈴なりのように宮廷魔術師の耳に響いた。

 ふむ、と息を吐いた後、その場で固まっている彼を一瞥してから話を切り出した。

 

「それで、私に星辰を占えと」

「そうだ。いつもならこいつに任せておるのだが、お前の報告にもあったように今年は少々世情が喜ばしくない。故に恥を忍んで、お前にも見てもらいたいと思った次第だ」

「承知しました。……しかし、この水晶玉まだ使ってるんですか」

「うむ。結局お前の持ってきた物以上の魔術具は見つからなかったものでな」

「喜べばいいんですかね。さて、これが今の時勢ですか……」

 

 自分の置き土産が未だに残っていることに苦笑いしつつ、星術師はその華奢な手を水晶玉に向け、そのまま滑るように細やかな指を動かす。

 その動きに合わせるように星々が回転し、アルカナはそれを無造作に目で追い、やがて先ほどと同じようにピタリと回転を止めた。

 

「これは……」

 

 中心の光を幾何学的に取り囲む、幾つもの星。

 その配置、その大きさは先ほど彼が操作した時の結果と同じ。

 

 これだけならばただ宮廷魔術師の結果の再確認に過ぎない。

 

 大きく異なっていた点は、その図形を複雑にするように、周囲にはさらに星々が瞬き、その輝きの数は最初の倍にまで増加していたことだ。

 

「あ――」

 

 宮廷魔術師は、その様子に心を奪われた。

 

 アルカナの容姿ではない。その身に渦巻く魔力の流れ、何一つ迷いのない星の動かし方、そして直後に出た結果の正確さ。

 どれをとっても自分の数ランクは上の技術。

 そんな彼女の卓越した魔術の冴えにこそ、彼は畏怖の念を覚えたのだ。

 

 その一方で、大臣は冷や汗を流していた。占星術に詳しくない彼だが、かつてのアルカナの活躍を知る身として、この結果が尋常でないということぐらいは理解できた。

 

「アルカナよ、これは……いささか多すぎるのではないか?」

「飽くまで今の情報で見えるだけのものです。多少は上下するので目安ぐらいに受け止めていただければ……と言いたいところですが、流石にこれはよくない。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 彼らがこうして深刻な表情を浮かべている理由、それはこの魔術が現在の皇帝の運勢を、特に悪い運勢を占うためのものだからである。

 元々式典など催し事の前や年の節目などに宮廷の運勢を占うことが宮廷魔術師の仕事の一つであり、特に霊子星術という専門技術によってより詳細な未来を導き出せるアルカナもまた、宮廷魔術師時代にこの仕事を請け負っている。

 

 ハグレという不確定要素によって正確性はかつての数割にまで落ち込んだ。それでもアルカナの操る魔術は宮廷にとって耳を傾ける価値が大いにある。例え結果がその通りにならずとも、彼女の卓越した頭脳から導かれるアドバイスは決して的外れではないからだ。

 アルカナの出した結論を見て、大臣はこれから自分達を待ち受ける困難について想像し、身を強張らせる。

 

 その様子を宮廷魔術師の青年はただぽかんと口を開けて眺める以外になく、そんな自分をアルカナが見ていたことを気がつくのも、声をかけられてからだった。

 

「実際にこの目で確認すると、もう一度宮廷魔術師に就いてもらうべきかと皇帝陛下がたびたび仰るのも頷けますな」

「はは、その言葉だけで光栄ですよ。それに彼も中々の光る眼を持っている。経験を積めば、私などいなくとも何ひとつ問題ありませんよ」

「あっ……ありがとうございます」

 

 咄嗟について出た言葉は、ありきたりな礼。だがそれは紛れもない本心からの感謝だ。

 二年という短い歳月で帝国に多大な影響を与えた白翼の魔術師。

 彼女が発したこの発言は、これからの彼の人生において上位に来るほどの喜びであった。

 

「……それで、どうするのですか?()()()()()()()()()()()()()()()()って言うのは、流石に見逃せないでしょう」

「私の一存では騎士団を動かせん。一度議会にそれとなく話を持っていく必要がある。そういうお前はどうなんだ?」

「まあ、こっちでも色々やってみますよ。天から下りて十数年、市井に近い分頼れる伝手は多いのですよ」

 

 不安げな大臣の言葉に、かつての宮廷魔術師は皮肉めかしたように笑って返した。

 

 

 

 

 

 

『導入・祝祭の前に』

 

 サハギン族との戦いを終えて数日。

 いつものようにゆるりとした王国会議が開かれ、各々が活動報告を済ませた頃。

 会議室に彼女はやってきた。

 

「どうも、お邪魔しますよ」

「メニャーニャさん? あなた一人とは珍しいですね」

 

 その人物とは召喚士協会に属する召喚士であり、アルカナの部下、エステルの後輩であるメニャーニャだった。

 

「はい。クラウン特務召喚士は現在多忙でして、今回の伝達については急遽私が代理を務めることになりました」

「そ、そこまでかしこまる必要はないんだけど?」

「それぐらい大事な話ってことですよ。では前置きはこれぐらいにしておきましょうか」

 

 固い言葉をすぐに捨てて、メニャーニャは本題を切り出した。

 

「実はハグレ王国の皆さんを帝都にお招きしようかと思いまして。どうです?」

「え?」

「滞在費用は召喚士協会が持ちますから、遠慮なく遊んでくれて構いませんよ」

「いやいやいや、ちょっと待ってください。依頼ってもしかしてそれですか?」

 

 あれだけ格式ばった言い方から続いた内容に、ローズマリーは戸惑いの声をあげる。

 メニャーニャは気にせず続ける。

 

「はい。そろそろ帝都の方々にもハグレ王国を知ってもらうべきだろうと、アルカナさんが発案いたしまして」

「ねえ、それってほんとに旅行? なにか裏の目的があるとかじゃないわよね?」

 

 エステルが問いただす。

 

「お、鋭いですね先輩。その通りですよ」

「先生が多忙のくせに私たちを呼びつける時点で何かあるってわかるわよ。……それで、要件は何?」

 

 あっさりと白状した後輩に、エステルは続きを促した。

 

「まあ大体分かるとは思いますけど、来るべき時が来たって話ですよ」

「え?」

「皆さんには観光目的として帝都に入っていただきます。通行許可証については、持ってない人については協会が発行します」

「来るべき時って……」

「まさか、奴らが攻めて来るのか!?」

 

 メニャーニャの発言に、会議室にいた者達が一斉にどよめく。

 この時、一同は共通してある組織を思い浮かべた。

 

 ――召喚士解放戦線。

 

 アルカナと同じ出身であり、彼女の殺害を目論む男――ジェスター・サーディス・アルバトロスが創設したと思われるハグレ達の革命組織。

 水晶洞窟でハグレ王国を襲撃し、各地で様々なテロ行為を行い、そしてサハギン族のエルフ王国侵攻の裏にいたハグルマのさらに裏で糸を引いていただろう集団。

 彼らがいよいよもって、帝都へ襲撃を仕掛けるつもりなのだろうか。

 

 息を呑んだ一同に、メニャーニャは告げた。

 

「ええ、近いうちに来るんですよ――」

 

 

 

「――終戦記念日式典が」

「……はい?」

 

 

 

 

 

 

 終戦記念日。

 それはおよそ10年前に勃発したハグレ戦争が終了したことを祝い、死者を弔うために制定された帝国の記念日である。

 暴徒鎮圧のために戦った軍人を讃えるために、犠牲となった帝国民が安らかに眠れるように、そしてハグレが今後このような事態を起こさないように。

 そうした思いを込めた式典が、帝都の広場にて執り行われる。

 これは王族も参列する由緒正しき式典であり、そこにハグレ王国を参加させることで、帝国とハグレとの融和の一助とする。

 

 それが、ハグレ王国が帝都に招かれた本当の理由だった。

 

「成る程。それなら確かにアルカナさんが来れなかったことも納得できる。ハグレ王国を帝都に認めさせるためにあの人は今動いているんですね?」

「その通り。帝都上層部――帝国議会は今まで、あなた達ハグレ王国に対しては各地に点在するハグレ集落と同様に認識しており、さほど注意を払ってきませんでした。……ですが、それもこの前までの話です」

「それはもしかして、エルフ王国の一件ですか?」

「はい。帝都と関係を持つエルフ王国に協力し、サハギン族を撃退し、ハグルマという帝都にとっての脅威を退けた。あなた達が帝都の軍隊に匹敵、あるいは上回る武力勢力であることが証明された。そうなれば、帝都としてもあなた方と関係を結ばない方針はありません」

「ふむ……」

 

 ローズマリーは考える。恐らくアルカナは、この一件でハグレ王国が帝都の意志で左右されないように地盤を固めるつもりだ。それは彼女が立案した帰還計画の成就にも繋がるからだろう。

 

 自分たちがアルカナと初めて会合した時、帝都はハグレ王国とはある程度融和の姿勢を取ると彼女は言っていた。

 

 それと同時に、他の貴族たちの考えはまだ不明だとも。それは見逃されているとかではなく、単に勢力として認識されていなかっただけなのだ。

 

 もしここで帝都へ赴かなければどうなるだろうか。最悪なのはハグレ王国が危険分子と見なされること。そうでなくとも、自分達の招集に応じなかったことで心証を悪くするだろう。召喚人解放戦線によってハグレを中心とした反帝国の運動が活発化している現在、ハグレに対する警戒心は上昇していることを鑑みればおかしな話ではない。自分たちは何も帝都を敵対関係になりたいわけでもない。良好な関係を築けるのならその方が良い。それはあちらも同じだろう。

 

 ――だが、本当にそれだけだろうか?

 

 帝都の政治に詳しいわけではないが、貴族たちが自分の勢力争いで卑劣な罠を仕掛けるというのは既に経験済みだ。建国からおよそ数か月という僅かな時間で、ハグレ王国の規模は予想以上に拡大した。これを機にハグレ王国を支配下に置く、あるいは排除しようとする動きが帝都にあってもおかしくはない。アルカナがそういうことをする人間ではないと信じてはいるが、他の権力者がどう思っているかまでは不明だ。浮かれ気分での参加は、どうあれ足を掬われる危険性がある。

 

 参謀は悩んだ末に、国王に判断を委ねることにした。

 

「どうするデーリッチ? 帝都の儀式に参列するっていう、ちょっと堅苦しいことだけど」

「うーん。メニャーニャちゃん、その催しはどれくらいの人が集まるでち?」

 

 首を傾げながら、デーリッチは疑問を口にした。

 

「はい。街では一種の祭りになりますので、ハグレだろうと多くの人が集います。それこそ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()賑わうでしょう」

「ならば行くでち。ここで拒めば、王国の沽券に関わるのはわかってるでち」

 

 含みのある返しをしたメニャーニャに、デーリッチはこの案件を受け入れることを選んだ。

 彼女たちのやり取りを黙って聞いていたデーリッチだが、国王として自分なりに物事を判断していたらしい。

 ローズマリーは日に日に成長を見せる少女の姿を見て、依頼を受諾することを決定した。

 

「よし、分かった。メニャーニャさん、その話お受けします」

「ありがとうございます。それじゃあこれが人数分の通行証です」

 

 メニャーニャから手渡された通行証をローズマリーは受け取り、目を丸くした。

 それらにはしっかりと通行を認める印鑑が押されており、その名前は「帝都召喚士協会・特務召喚士補佐メニャーニャ」と刻まれている。

 

「もしかして貴方が作ったんですかこれ?」

「そうですが何か?」

「え……メニャーニャ、いつの間にそんな偉くなってたの?」

 

 帝都の通行許可を発行できるだけの権限をいつの間にか後輩が有していたことにエステルも目を丸くする。

 

「先生に色々連れ回された結果ですよ。どうやらシノブさんよりも私を召喚士協会での後釜に据えようとあの人は考えているらしくて」

「あー、確かにシノブは政治とか全然だしね……」

「全く、私にこんな地位は性に合わないんですがねえ」

 

 そういうメニャーニャだが、言葉の端には優越感がにじみ出ている。

 たらいまわしの結果に収まった地位ならともかく、自他ともに師の跡継ぎであるという認識によるものならば、まんざらでもない――そんな思惑が伝わってくるかのようだ。

 若干ドヤ顔気味の後輩が、エステルにはなんとなくムカッときた。

 

「なにそれ、嫌味?」

「いえいえ。エステル先輩はフットワークの軽いポジションが適任ってことですよ」

「なーんか納得いかないな……」

 

 ちなみに、エステルは前線に放り出しておくのが一番だと考えているのは他ならぬアルカナである。というか大体の人間がそういう認識である。

 エステルからすれば野生児扱いは不本意なのだが、先手を取ってフレイムが座右の銘*1なのでまだまだ知性派の仲間入りは難しそうである。

 

「それでは二日後、丁度式典の三日前ですね。()()()()()()()()()()()()()現地でご説明します。協会総出でお待ちしていますので、それでは」

 

 足早に去って行ったメニャーニャを見送ってから、ローズマリーはため息をついた。

 

「……なんだか大変なことになったな」

「そうね。それにあの子の言いぶり、複雑な事情が絡んでるってことでしょうね」

「二日後か……。準備をするだけの猶予は十分にあるな」

「ええ。出来る限りのことは済ませてから向かいましょう」

 

 神妙な顔で話し合う二人に、たかが観光に何をそんな、というような者はいなかった。

 

 それもその筈。

 

 これがただの観光と国交で終わるわけがないだろうと言うことを、その場の全員が確信していたのであった。

 

 

 

 

 

 

『導入・監獄にて』

 

 帝都、収容所。

 

 帝都で罪を犯した犯罪者が懲役に服すそこは、石と鉄で外界から隔絶された要塞といえる。

 そしてその中でも、厳重に隔離された重犯罪区という場所がある。

 

 そこに収めれるのは当然生半可な犯罪者達ではない。帝国が経済国としての統治を進めるために生きて収監されてはいるが、本来ならば極刑であってもおかしくない者達ばかりである。そして事実、彼らは生きて表の世界に出ることのできるほど短い時間を与えられてはいない。

 

 そんな監獄に一人、新たな男が入ってきた。

 

 看守に連れられてきてはいるものの、その男の態度は不遜そのものだ。

 金髪を後ろに撫でつけたその男は囚人服ではなく、貴族が着るほどの仕立ての良い服を身に纏っている。

悠々とした足取りで進んでいくその眼差しは、この場所への嫌悪感に満ちている。

 

 その様子は看守に連れられている、というよりは、看守に先導させているといったほうが正しいだろう。

 金髪の男の後ろには、同じく上等な身なりの男が二人付き従っている。

 

 これを第三者が見れば少なくとも新しい囚人だとは思うまい。

 まるで、悪趣味な貴族が囚人たちを嘲笑しに来た。

 あるいは奴隷商の商品を吟味しに来た、と言った方が正しいだろう。

 

 そして実際、その表現はおおむね正しい。

 彼は収監されるのではなく、むしろこの中にいる囚人を出すためにやってきたのだった。

 

「しっかし、本当に陰気臭い場所だなここは」

 

 薄暗く、外の空気の通りが悪い環境に対して金髪の男は何度目かもわからない苛立ちの声をあげる。それに看守は反応を示さずにただただ先へと足を進める。

 男に従う二人もまた黙って追随する。余計な口を挟んで苛立ちをこちらに向けられでもしたらたまらないからだ。

 

 かつんかつんと、靴が石を踏みつける音が響き渡る。

 

 ずらりと一列にならんだ鉄格子。

 それを石の壁で仕切って作られた個室の一つで看守は足を止めた。

 

「ここだ。ここに奴が収監されている」

「そうかい、案内ご苦労だったな」

「言っておくが、私はここでは何も見ていないし、何も聞いていない。わかっているな?」

「はいはい。ちゃんと金は払ってやるよ。それじゃあ、ご対面といこうじゃないか」

 

 念を押す看守に、男は鉄格子の鍵を開けるように要求する。

 ランタンの光が照らされ、薄暗い闇で隠れていた囚人の姿が露わになる。

 

 その囚人は、ハグレであった。

 身体は白い羽毛に覆われており、顔には黄色い嘴、頭のてっぺんには赤い鶏冠のようなモヒカンヘアが垂れている。そして背には翼が生えており、鳥人と呼ばれる種族であることは明白だった。

 

 そのハグレの名はクックル=ドゥルードゥ。

 召喚全盛期の時代に帝国貴族に召喚されたハグレである彼は、ハグレ同士を戦わせると言う悪趣味な遊戯での殺し合いを強いられていたが、反乱に乗じて自らを召喚した貴族を殺害し、そのまま反乱軍へと合流した。

 

 ハグレ戦争において、帝国軍人や傭兵たちの間で恐れられたハグレは多い。

 

 反乱軍の指揮官として立ち上がった雷獣戦士の異名を持つ猛将マーロウ。

 青空オレンジなる奇妙な二つ名とは裏腹に、帝国の軍勢を翻弄した獣人参謀アプリコ。

 アプリコの息子であり、精鋭部隊によって討ち取らざるを得ないほどの実力者だった戦士プラム。

 

 クックルも彼らと並べて語られる存在だ。

 彼はただ殺戮と破壊の限りを尽くしたが、ただ憎悪の赴くままに暴れるその気性の粗さが災いし、最終的に捕縛され凶悪犯として収監されたと言う経緯を持つ。

 

 だが、その経歴も10年以上前の事だ。

 

 かつては怪力無双を誇ったであろう巨躯は、最低限の食事と厳重な拘束によって痩せ衰えている。

 

 それでもなお残る膂力で万が一にでも拘束を破壊されないよう、脱力の魔法に加えて力を入れることのできないように縛られて鎖に繋がれている。

 

 そんな極限の環境に放り込まれてしまえば、どんな歴戦の戦士であろうと正気を保っていられる保証はない。

 

 ……それでもなお、クックルは男たちに向けて憎悪の視線を投げかけた。

 

 彼の頭の中は常に一つの事で埋め尽くされていた。

 

 いつかここを脱獄する。

 

 自分が刑期を終えて出るという考えは最初からない。

 そもそもの話、彼は本来ならば死刑になっているはずだった。彼の出した被害は帝都の法に照らせば処刑以外の道は存在しない規模だ。だが、終戦後の立て直し、王室の慶事、ハグレの権利を認める政策の一環など、様々な事情が絡まり合い、彼は恩赦として処刑を免れることになった。それでも、終身刑として一生を鎖で繋がれたまま過ごすことに変わりはない。

 

 だから、命だけは保ち、逃げ出す機会を伺う。

 そうしていつしか、彼は生を繋ぐことのみを考えるようになった。

 いつしか正常な思考も捨て去り、ただ反射的に食事を貪り眠りにつくというルーチンを繰り返していた。

 

 この日もぞんざいに渡される最低限の食事を飲み込み、後は眠るだけというその時。

 

 光が視界に飛び込んだ。

 それは看守の持つランタンの光で、眠りを妨げられたクックルは感情の読み取り難い瞳で睨みつけた。

 だが看守も最早慣れたもので、鍵を取り出して鉄格子の錠へと差し込んだ。

 

 金属が外れる音がした。

 

 重い音を立てて、自分を外界から隔離していた仕切りが取り除かれる。

 

「よう。外に出る時間だぜ」

 

 その言葉を聞き、彼の脳裏に去来した感情は歓喜だったか? 否、そうではない。

 

 声をかけてきた人物を見る。

 看守の隣に立つその男の無力を強いられる自分を見下すような視線は看守たちのそれと同じだが、服装はそうではない。

 上質な素材で仕立て上げられ、財力を誇示するような装飾の施された服装は、彼が憎んでやまない己を殺し合いの見世物にした傲慢な権力者のそれだ。

 

 思考が巡る。

 

 この男は己を解放しに来たのではない。

 かつて己を隷属させた傲慢な貴族どもと同じだ。

 

 それを男の視線から読み取った瞬間、彼の思考は瞬間的な怒りで満たされた。

 

「――――!!」

 

 鋭い目は血走り、衰弱した声にならない怒号を張り上げる。

 自らを拘束する鎖がじゃらじゃらと音を立てる。

 筋肉も痩せ細えているだろうに、その膂力はまるで衰えてないように見えた。

 

「おうおう。鳥らしくうるさい奴だな。まあ、そんなになってもうるさく鳴くだけの元気はあって何よりだ。おい、こいつを眠らせろ」

「は、はい」

 

 金髪の男の指示に従い、子分の二人が牢屋へと入る。

 流石にこの剣幕を見て萎縮せずにはいられず、彼らはクックルにおっかなびっくりといった様子で近づく。

 

「抵抗しても無駄なんです!」

「大人しくしていれば外に出られます」

 

 繋がれながらも暴れ回るクックルの一撃を受けないようにしながら目の大きな男が注意を引き、その隙に細目で小柄な男が注射器を取り出して鳥人の太い首筋に突き刺した。

 

「――!! ――! ……」

 

 クックルの首筋に鋭い痛みが走る。それに対する怒りを出す前に、彼の衰弱した意識はまどろみの中へと沈んでいった。

 金髪の男は満足したように頷き、続く指示を出した。

 

「よし、こいつを運び出すぞ」

「しかしマクスウェルさん。これは何なんです。僕にはこんなやつを牢屋から出して使い物になるのかわかんないんです」

「何言ってるんですかビロード。こいつはマクスウェルさんの研究の実験台にすると言っていたではないですか。私にはわかってますよ」

「そんなことは僕もわかってます! わかんないのはなんでこんなおっかないニワトリモドキを選んだのかってことなんです」

 

 目の大きなベルベットが嗜めるも、ビロードと呼ばれた細目の男が自分たちのリーダー格にあたる金髪の男――マクスウェルへとクックルを持ち出す事への疑問を口にする。

 

 優秀なハグレを次の実験台にする。

 そう聞かされてはいたが、彼の目にはこれが衰弱して狂った鳥人にしか見えなかった。

 確かにベルベットもそのことには懐疑的な感情を抱いてはいたが、マクスウェルのことだから何か考えがあるのだろうと特に追及する気はなかった。

 

 ビロードの疑問にマクスウェルは鼻を鳴らす。

 自己顕示欲の強い彼にとってその疑問はむしろ好ましく、取り巻きたちに自慢するようにマクスウェルは言った。

 

「問題ないさ。確かにこいつは弱っているけど、僕の研究成果があれば昔以上に強くできる」

「でもそれだと反逆されないですか?」

 

 先ほどの様子を見る限り、力を取り戻せば喜々として自分達に襲い掛かるだろうと言う事は想像がつく。

 そんなビロードの心配をマクスウェルは否定する。

 

「なあに、こいつに求めてるのは力だけだ。おっかないことを考えないようにいい夢を見続けてもらえばいいだけだよ。そういう薬物の知識は得意だろう?」

「ま、まあそれなら……」

 

 自分の力が必要だとされたことで子分はそれ以上の疑問を口にすることなくクックルの搬送準備に取り掛かる。

 

 自らの的確な采配のもと、自分の望む手駒が増えていくことに彼はほくそ笑んだ。

 

「くくっ、今に見てろよシノブ。お前たちですら敵わない相手を今に連れて行ってやるからな」

 

 マクスウェルの笑いが監獄に木霊する。

 

 魔導の巨人を打ち負かすと言う妄執が、今まさに大きな力を手にした。

 

 僅かに予兆を知る者はいたものの、その可能性を重視する者はおらず。

 

 それが、帝都を揺るがす事件を引き起こすことになるとは、まだ誰も知らなかった。

 

*1
言ってない気もするけど似たようなことはいつも言ってる




今更ですが、本作を執筆したきっかけの一つはやーなん氏の『アナザー・アクターズ』です。そのため結構ざくアク世界の描写に影響を受けています。
その他にもPixivのざくアク二次小説とかもキャラクター解釈の参考にしております。偉大な先人たちにここで感謝を述べます。

そしてみんな!もっとざくアクの二次創作書こうぜ!!


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その48.帝都動乱・一日目(1)

『帝都・一日目』

 

 

 各々が不在の間に店舗をどうするかを決め終わり、そのための準備に取り掛かっていた。

 

 その中でも、特に固定の店舗を持っていないルークはと言えば、ヘルラージュの手伝いをしていた。

 人造人間工房という名のぬいぐるみ店は、製品の供給をヘル一人に依存していることと、需要が他店舗と比較して低いことなどを鑑みて、臨時休業と相成ったからだ。

 ルークからすれば雑用はお手の物で、てきぱきと店閉めの準備が進んでいく。

『closed』の看板を店前にかけ、ルークは帝都に思いを馳せる。

 

「しかし終戦記念日とは、もうそんな時期だったか。帝都にもしばらく行ってなかったな。ヘルさんはどうです?」

「私は初めてですわ……」

「うちは歴史ある家系とは言っても精々田舎でちょっと大きいぐらいだったものね」

 

 未だ見ぬ帝都に足を踏み入れることにヘルは内心落ち着かず、姉もまた大陸一の都会に対しての好奇心を隠せない。

 

「ルーク君は帝都出身でしたわね。ときどき帰っていたりしたんですか?」

「俺に里帰りとか性に合いませんよ。ま、この時期になると屋台やフリマの許可が出るもんでね、俺たちもいつも稼がせてもらってたのさ」

 

 昔の仲間たちと帝都でも一波乱巻き起こした記憶がルークの脳裏に蘇る。

 最早戻ってくることのないだろうあの日々を懐かしみつつも、それが今の大切な人との輝かしき日々に繋がっていることにルークは誇らしく思っていた。

 

「へえ、色々詳しそうじゃない」

「ルーク君がいるなら迷ったりする心配はなさそうですわね」

「それじゃあ俺が案内してやりますよ。路地裏のうまい店から足を踏み入れたらいけないやばい場所まで、どこでも連れてってやりますよ」

「あ、安全なところだけお願いするわね?」

 

 

 

 

 

 

 二日後。

 ハグレ王国一同は、帝都へと旅立った。

 

 王国民総出ということで、途中の馬車駅までパンドラゲートを繋げ、後は馬車を用いて帝都まで行く。丁度朝に出発して昼前に着く計算だ。

 事前に下調べを行ったことが功を奏し、突然の魔物との戦闘や帝都街道地帯で悪名高き装甲十字軍に遭遇するなどのアクシデントを回避し、彼らは無事に帝都へと足を踏み入れていた。

 

 城壁の門をくぐり、彼らの目に飛び込んで来た光景。

 大通りに立ち並ぶ店舗は行き交う大勢の人々で賑わっている。

 遠目には聖十字教の荘厳な教会が見え、さらにその奥にはまた城壁があり、隔てられた先にはこの帝都を睥睨する宮殿が聳え立っていた。

 

「ほんごーっ!?」

「こ、こんなに人がいるんですの!?」

「話には聞いていたけど、実際に見るとすごいわね……」

 

 デーリッチの上品とは言い難い叫びを始めとして、驚愕の声を漏らす王国民たち。

 

「驚いたか? これが帝都さ」

「いや、特にあんたは何もしてないでしょうが」

 

 そんな彼らの様子を見て、悪戯が成功した悪童のような笑みを浮かべるルークにエステルが突っ込みを入れる。

 

「ま、話は歩きながらでもできるよね。それじゃあ、協会まで案内するわ」

「つってもここからでも見えてるあのデカい建物だけどな。俺は行ったことねえけど」

 

 エステルの引率で帝都を歩くハグレ王国。

 興味津々で周囲を見回す王国民に、遠巻きな視線が集まる。

 

「なんだあいつら……?」

「ハグレがあんなに大勢……例のサーカス団か? ほら、式典の後でショーをやる」

「それにしては様子が変じゃないか?」

「なあ、あのピンクの女の子どっかで見たことないか?」

「しかしでっけーなあの妖精みたいなの」

「あれは噂のハグレ王国だよ」

「ママ見て、うしさん!」

 

 様々な種族に加えて大小の差も激しい彼らがぞろぞろ歩くという光景は非常に目立ち、道中の通行人の目を余さず引きつけていた。

 

「んー、あんまり変わってねえかな」

「そこまで様変わりすることもないわよね。ちょっとぐらい変わっててもいいけど」

「私にはどれも目新しく見えますわね」

「かんらかんら! やはりどの国も首都は華やかでよいのう!」

「ハオ、帝都はいつ来ても賑やかで楽しいよ!」

「いつも言っておるが、あまり騒ぐでないぞ」

 

「やれやれ、ここも相変わらず騒がしいな」

「賑やかさならうちの拠点のほうも負けてないとは思うけどね。そうだろアルフレッド?」

「確かに、静かとは無縁だよね」

「何、いつも私の鉄を打つ音がうるさいって?」

「言ってないよ!?」

 

「ヘル、一人で勝手に離れて迷子にならないでよ」

「もうお姉ちゃん、ルーク君と一緒だから大丈夫よ」

「そういう問題?」

 

「色んなお店がありますねー」

「お、あそこの妖精うちのやつじゃないか?」

「皆頑張ってますねえ。お、あそこのお姉さん中々のセクシー度……!」

「私、帝都の美味しいパン屋さんを知ってるのよ。ベル君もどう?」

「クウェウリさん、私もお供していいですか!?」

 

「かーっ、いいなベルのやつ! だがおれも負けちゃいねえぜ。見ろよ、皆が俺の筋肉に見とれてるだろ!?」

「あー、脂が乗ってうまそうだもんな」

「だから食肉じゃねえよ!」

 

 

 帝都に来たことのある者達は平然と談笑し、初見の者は都会の喧騒に圧倒されながらも好き勝手に感想をくっちゃべる。

 あらゆる要素を内包する都であっても、彼らの賑やかさは決して負けていなかった。

 そんな珍道中は、ちょうどエステルが足を止めたことで終わりを迎える。

 

「じゃーん!ここが召喚士協会さ!!」

 

 彼女達の目の前に広がる巨大な建物。

 帝都に入った当初から顔を覗かせていたが、いざこうして目の当たりにすると迫力も段違いで、誰からともなく「ほわあ……」という声が漏れていた。

 

「おや、意外とお早い到着ですね」

「メニャーニャ! 出迎えてくれるとは嬉しいわね」

 

 玄関の前から歩いて来た後輩を見て、エステルは顔を綻ばせる。

 

「一応私、アルカナさんの名代ですからね。これぐらいのことはしますよ」

「そうそう、先生とシノブはどこよ?」

 

 最近顔を会わせていない二人の所在をエステルは訪ねた。

 

「ああ、そうですね――」

 

 

「先生は城下区域に行ってるわ。昼頃には戻ってくるはずよ」

 

 後ろからかけられた声にメニャーニャが振りむくと、シノブが足早に近づいてきていた。

 

「噂をすればのシノブがお出ましだ」

「変なあだ名みたいな言い方やめてもらえる?」

 

 エステルのやけに変な言いぶりにシノブもつい反射的に反論する。

 

「えー、二つ名みたいでかっこいいじゃん」

「それならエステルは身も蓋もないとかが二つ名になりそうね」

「どういう意味だよっ!」

「あるいは虎の尾を踏む、とかじゃないですか?」

「失礼なっ!?」

「あら良いわねメニャーニャ、それ採用するわ」

「ちっともよくねえ!」

 

 そんな軽口のやり取りもつかの間、メニャーニャはすぐに本題を思い出した。

 

「おっといけない。こんなところで無駄話をしている場合じゃないですね。さて皆さま、帝都までの長旅お疲れ様でした。それだけの荷物を引っ提げてお話というのも酷でしょう。一度宿に案内しますから、そこで荷物を降ろしましょうか」

 

 

 

 

 

 

 一同が案内された宿は、旅行者向けということもあって中々グレードの高い部屋だった。

 少なくとも、ルークがこれまでに利用してきた宿の中でも上位を争うぐらいには良いもので、彼はこの時点で中々に満足していた。

 

 ルークがあてがわれたのは一人部屋。ハグレ王国は男性が圧倒的少数なのが、こういう時は利点になる。

 王国だと相部屋なので、時折一人が恋しくなるのだった。

 部屋の隅に旅行鞄を適当に置いて部屋を出る。そのまま隣の部屋の前に移動すると、間もなくしてラージュ姉妹が出てきた。

 

「あら、ルーク君ったらお早い。待たせちゃったかしら?」

「いや、そんなに変わりませんよ」

 

 三人はそのまま宿の玄関へと向かう。

 そして全員が集合した後、メニャーニャによる商業区の大雑把な案内が行われる。

 

「大通りを北に行けばフリーマーケットが、西に向かえばレストラン街、東には我ら召喚士協会の本部があります。とはいえ、今はどこでも大賑わいですけどね」

 

 メニャーニャの説明通り、今の帝都はどこもかしこもお祭り騒ぎで、見どころには困らない有様で、先ほど通った時に見ただけでも王国の面々からすれば気になる場所で一杯だ。

 しかし、彼らにはそれよりも優先しなければならない事柄があった。

 

「皆さん観光したい気持ちで一杯でしょうが、その前に少しお時間をいただけないでしょうか」

「ああ、例の件ですか」

「はい。貴方がたへの詳しい依頼についてはクラウン特務召喚士より直々に話されます。ちょうど今帰ってきたところなので、向かうとしましょう」

 

 もとよりそのつもりであったため、特に不満の声が挙がることもなく一行は再び召喚士協会へと足を運ぶのだった。

 

 

 

 

 

 

 召喚士協会の内装は取り立てて言うべきところはなく、ごく普通の事業所であった。

 強いて他と異なる点を挙げるならば、行き交う協会員は皆魔術師や学者の服装をしていると言った点だろう。それも召喚士という職業の人間が集まる場であると考えれば、至極普通の光景だ。

 しかし、慣れ親しんだはずのエステルにとって、ここの光景は少々見慣れないものへと変わっていた。

 

「すげえ、どこもかしこも資料と機材まみれだ……」

「エステル、そこに驚くの……? まあ無理もないだろうけど」

 

 嘆かわしい話だが、エステルが知っている召喚士協会というものはお世辞にも立派な研究機関とは言い難かった。

 貴族あがりの召喚士が幅を利かせていた時は、組織の現状維持と自らの権力拡大に腐心する者ばかりで、純粋に研究に打ち込む者は少数派だった。召喚士らしい振る舞いなど、問題を起こしたハグレを取り締まるか、ハグレから特許を奪った技術の解析など、控え目に言ってろくでもないものだった。アルカナの研究室の面々の他には、あのマクスウェルも勤勉であったほうだと言えば、当時の残念ぶりが伝わるはずだ。

 

 それに比べれば、今の協会の様子はまるで別物だ。

 話に聞いていたとはいえ、かつての居場所のあまりの変貌っぷりにエステルは開いた口が塞がらなかった。

 シノブは親友が古巣に対する感想の方向が若干的外れなことに呆れるも、旧体制のひどさは自分が身を以って知っているので苦笑いするしかない。

 

「貴族のクソどもが軒並みしょっ引かれていったと言うのはありますがね、アルカナさんが方々に募集をかけたら研究費にどん詰まってる人とかが集まってきたんですよ。純正の召喚士が何人いるかっていう質問は厳禁でお願いします」

 

 メニャーニャの言うとおり、現在の協会員の構成比率は召喚士とそれ以外の学者で6:4といった具合だ。外部から来た研究者たちも、召喚術についての基礎知識を学んでいるが、もっぱら古代技術や召喚人解放戦線との戦いで鹵獲した魔導兵器の解析に回っている。

 だが、アルカナが考えていた帰還計画の内容からすれば、おそらくこれで問題ないのだろう。召喚術の原理自体が古代人のテクノロジー由来なのだから、古代技術の知識を持っている者は際限なく引き入れて損はない。

 

「うーむ、前の居場所だったと言うのにこのアウェー感……」

「すみませーん、どいてくださーい」

「……ん? ねえ、ちょっと待って」

 

 そんな状況だから、前方から大量の資料を抱えてきた召喚士の姿を見てエステルはつい呼び止めてしまった。

 

「はい? ……って、エステル先輩!?」

「おおっ、やっぱりフリージアだ!」

「本当にエステル先輩だ!? お久しぶりです、お元気でしたか!?」

「私はどこでも元気よ、いやー、やっと見知った顔に会えてよかったわ。どこもかしこも知らない顔ばかりで肩身が狭いのなんの」

 

 呼び止められた召喚士も、エステルの顔を認めるや否や素直に再会を喜んだ。

 

「あはは……元々私たちの世代は少なかったですからね」

 

 フリージアは数少ない以前からの協会員として、当時からの人材不足から脱却した現状に少々戸惑いながらも順応しているようだ。

 馴染みの顔ぶれをようやく見かけることができ、エステルはここがちゃんと昔の召喚士協会と同じなのだと理解できた。

 

「おっといけない。私はこれを第二研究室に運ばないと。それでは失礼します」

「お、おう。頑張りなよ」

 

 そのままフリージアは足早に去って行ってしまった。

 再会を懐かしむ時間すらないことに、エステルは自分だけ取り残されたような感覚に陥っていた。

 

「い、行っちゃった」

「彼女含めて、先輩の知ってる顔は十人ぐらいしか残ってませんよ」

「むしろ十人も残ってることが奇跡よね……」

「そんなにひどかったのかよここ」

 

 あまりにあんまりな事情に思わずルークが突っ込んだ。

 

「ま、組織としてまともなら結果オーライよね」

「そういうことにしておいてください。さて、世間話に興じている間に着きましたよ。……もしもし、アルカナさんはいますか」

 

 会議室の扉をメニャーニャはノックした。

 

「メニャーニャか。入っていいよ」

「失礼します。では皆さん、こちらへ」

 

 メニャーニャに勧められ、一同は中へと入る。

 

「やあやあ諸君、長旅ご苦労だった」

 

 会議室の上座には老人が座っており、その隣にはアルカナがこちらに向けて手を振っていた。

 

「紹介いたしましょう。我ら召喚士協会のトップであるウォレッシュ協会長です。協会長、彼女らがこの度協力体制を結ぶハグレ王国の方々になります」

「わしが協会長のウォレッシュである。……まあ、こやつのためのお飾りだがの」

 

 協会長は一瞬だけふんぞり返ったものの、すぐに肩を竦め、腰を深く椅子に沈めた。

 

「おいおい。仮にもトップなんだからもちっとちゃんとしてくれよ」

「ふん。お主が好き勝手するために据えられたわしになんの威厳がある」

「私を顎で使えると言う特権がある」

「どの口が言うか」

 

「「はっはっは」」

 

 妙齢の女性と老人が軽口を叩き合う光景は一見奇妙ながらもどこかしっくりきていた。

 

「さて、わしの役目は終わったから退室させてもらうぞ」

「え、協会長出てくんですか」

「書類仕事が溜まっておるからの」

 

 さっぱりと言い切って協会長は退出した。

 

「さて、それじゃあ話を始めようか」

 

 その場に集った全員を着席させ、アルカナはさっきまで協会長のいた席で話を切り出した。

 

「まずは帝都にようこそ。ここまでの僅かな時間でも帝都を見たならば、実際に観光したい欲が湧いている者は多いはずだ。それを考慮したうえで、君達には仕事を依頼したいんだ。無論報酬に糸目はつけず、私の資産からいくらかの宝物も贈呈しよう」

「やっぱり観光が目的じゃないんですね」

「いや。君達には存分に帝都を堪能してもらって構わない。ただこの時期羽目を外す輩が多く出てくるから、そいつらを見かけたら大人しくさせてほしいだけだよ」

「つまり治安維持ですか?」

「平たく言うとね」

 

 アルカナが言うには、治安維持活動を通じて帝都の人々からの好感度を稼ぐことでハグレ王国の存在が帝都に受け入れられやすくなる、とのことらしい。

 

「それは構わないが、他国の人間を治安維持に関わらせると言うのは信用として大丈夫なのか?」

「元々この時期は衛兵の数が足りないから臨時で募集がかかるんですよ。その枠に皆さんを入れるだけなので、あまり角は立たないかと」

 

 ジュリアの疑問にメニャーニャが答えた。

 

「ま、気軽に楽しんでいってくれればいいよ。噂のハグレ王国が巡回していると知れれば、そう表立ってよからぬ真似をする輩は出てこないでしょう。

 

 

 ――まあ、ここまでが対外的な理由な訳だが」

 

 アルカナの纏う雰囲気が変化する。

 会議室の空気が一気に張りつめ、ようやくの本題に一同は息を呑んだ。

 

「私は三日前、大臣からの召集を受けて王宮に出向いた。そこで毎年行っている占いを指導させてもらったのだがね……これが少々、いやかなり良くない結果になった」

「良くない結果……まさか、何らかの災害でも起こるんですか?」

「近いね。もっと食い込んだ話をすれば、式典の日に前後してやんごとなき身分のお方に凶事が起こりうるという話だ」

 

 その言葉を聞き、一同に戦慄が走る。

 よりにもよって王族がらみの話題とくれば、事の重大さは想像を絶する。

 アルカナは全員が真剣な表情で聞いていることを確認してから続けた。

 

「それ自体は割といつもの事だ……。だが問題はその数でね。普段は多くて五つぐらいなんだが――、今年に限っては二十個も出てきやがった」

「に、にじゅう!?」

「いやいやいや多すぎだろ!?」

 

 エステルやルークが思わず突っ込みを入れた。

 さらりととんでもないことを言ってくれる。

 他の者も口には出さないが概ね同じ意見だろう。

 

 つまるところ、アルカナはテロリスト達へのけん制としてハグレ王国を用いたいのだ。

 並大抵の賊程度なら難なく追い払えるデーリッチ達の実力を鑑みれば、これ以上ない仕事ではあるだろう。

 それはそれで良いとして、この依頼にはそもそもの疑問が発生する。

 国の脅威に対処すると言う点で言えば、よそ者のハグレ王国よりももっと適任な存在がいるだろう。

 

「というかそう言うのって騎士団の仕事じゃないの!?」

「そりゃあ、いつもは騎士団が警備しているに決まってるさ。ただ今年は単純に人手が足りないのよ」

 

 曰く、騎士団は市街地の哨戒よりも城下区域の警護に多くの人員が割かれているとのこと。

 

 現在は召喚人解放軍によるテロ活動の被害も散見されている。そんな状態で市街の警備は大丈夫なのかと、当然ながらアルカナは騎士団長に進言したのだが……

 

『とは言われましてもな。ヒルベイン卿が城下区の護りをより重点的にせよと仰せまして、陛下もシャルル皇太子が心配なようでこれをご承認なさった。というわけでそちらに割けるのは50人が限度になる。城下から正門までの大通りは配備できるだろうから、それ以外は臨時雇いの巡視に任せておけばいいだろう。それにほら、最近はハグレ王国とかいう凄腕の傭兵団がいると聞いた。報告書によれば先のサハギン族の大量侵攻も食い止めたとかいうではないか。召喚士協会は仲が良いのだから、心配ならその連中を雇ってみてはいかがか』

 

「貴方もハグレの境遇に頭を悩ましているのだから、ここでイメージアップを計るよい機会だろう……なんて言いやがったのさ」

 

「うわあ」

 

 あまりにもあんまりな采配に、思わずと言ったようにルークは感嘆した。

 

「てか何、そんなに騎士団って人員不足なの?」

「いや十年前は正規軍も倍はいたんだよ? でもここ近年は国同士の戦いもないし、冒険者や傭兵が即席の戦力になるからって理由で軍備はコストカットしまくり。その堂々巡りってわけ」

「うわあ」

 

 本日二度目の驚きが誰からともなく発せられた。

 おそらく放っておいても帝国の未来は明るくないだろう。

 いつだかエルフの女王が斜陽だの夕暮れだのと帝国を揶揄していたが、それも間違いではないのだ。

 

「ええとその、さっき名前が出たヒルベイン卿って誰なの?」

「ジャスティス・ヒルベイン。騎士団に多額の寄付を行っている公爵様さ。十年以上前から軍事政策を重視している議員で、ハグレを軍事投入して諸外国への抑止力にすることを強く推していた男だ。これのせいで軍務大臣は実質こいつのいいなりで、さらに言えば次期軍務大臣のポストも狙ってるって話だ」

「また強烈な相手が出てきたな」

「どうも最近こいつの動きが怪しくてね……。協会(うち)にとっとと新兵器を作れだのなんだのと言うくせに予算はちっとも回してこねえ」

 

 アルカナが多分に私怨の混ざった愚痴を吐き出す。

 

「まあその件に関してはこっちの政治の話だからあまり気にしなくていい。問題は騎士団の目の届かない場所で何が起こるかってことなんだ」

「まあ、十中八九テロリストどもが準備を進めるのでしょうね」

「祭りなんざ、裏で陰謀を巡らすには格好の機会だもんな」

 

 民衆がはしゃぎ、街全体が浮ついた雰囲気となる祭りは、社会が光で満ちると同時に裏路地の闇はいっそうと濃くなっていく。

 その闇から人々は目を逸らす。それが自分達を脅かすかもしれないと言う不安を忘れ去り、一時の幸福で満たされようとする。

 それはより大きな混乱を求める者達からすればこれ以上はない好機であり、平穏を望む者からすれば致命的な隙となる。

 

 ゆえに、彼らはそれを見逃さないだろう。

 だからこそ、アルカナはそれを見過ごすわけにはいかない。

 

 この世界を変える一筋の希望を絶やさないために、彼女は持てる手を尽くし、あらゆるものを利用する。

 

「君達に頼みたいのは、式典までの三日間、帝都内でよからぬ動きがないかを探ってもらいたい。十中八九解放軍は街中に潜んでいて、三日後の式典、王族が参列した時を絶好の機会として事を起こすはずだ。そうなる前に、出来る限りの対処はしておきたい」

「……分かりました」

 

 その真摯な申し出をローズマリーは受け入れた。

 周囲を見ても反対意見はない。

 もとより何らかの戦闘が発生する可能性は考えていたし、それこそ召喚人解放戦線が帝都に襲撃をかけてくるなんてのは話し合いの中でも話題に上がっていたことだ。

 仮に襲撃があるとして、事態が大きくなり、帝都の人々に被害が及ぶ前に対処できるというのなら、それに越したことは無い。

 街中というハグレ王国にとっては多少不慣れな戦場ではあるが、個人として見れば彼らは社会の荒波に揉まれて生きてきた世渡り名人。ある意味、これもまた得意な戦場なのだ。

 

 アルカナは満足したように頷き、纏う雰囲気を柔らかにして言った。

 

「ま、しらみつぶしに回って全部を見つけるとかまず無理だし、観光がてら治安維持に手を貸してくれるぐらいで全然オッケーだから」

「いやいや……流石に依頼となると手は抜けませんよ」

「まあ、一番重要なのは式典当日ですね。貴方達も出席する当日に襲撃があった場合は全力でこれを迎撃する必要があるので、戦力は温存しておきたいわけですね」

「ややこしいでちねぇ」

「ま、わしらがいること自体が賊どもへの牽制になるじゃろうて」

「あるいは馬鹿どもが炙りだされるかデスねー」 

「それで、二十って言ってたけど具体的にどれくらいなんですか?」

 

 ルークが占いに出た凶星について尋ねる。

 アルカナの口ぶりからするにこの二十とは人数ではなく()()()()()()とみるべきだ。

 

「それは不明だが、どういう奴らが関わっているのかは出来る限りヴィオが調べてきた。

 『サバト・クラブ』、『丑三つ時処刑互助会』、『暗殺ギルド「業」』、『ギガース山賊団』、『装甲十字軍』、『始末屋ノック』、『顔面蒐集家(スキンコレクター)グエン』、『死霊術師(ネクロマンサー)アドベラ』」

 

 どれもこれも、世間では悪名高い組織または犯罪者たち。

 錚々たる面々に、挙げられた名前をいくつか知る者は顔をしかめた。

 

「昨日の時点で、帝都に侵入、あるいは周辺への潜伏が判明している非合法組織は以上の通りだ。これ以外にもフリーの暗殺者やら盗賊団が紛れ込んでいる可能性は高い」

「まるで犯罪組織のバイキングだな」

「それ全部アプリコさんやマクスウェルの手引きか?」

「それは不明だが、ここ数日は商人の出入りが激しい。いかに検問を厳しくしているとは言え、この中に刺客を紛れ込ませるのは決して難しくないだろうな」

「あるいは意図的に緩くしているかですね。多分ですが、何人かの貴族はあちら側と通じてます」

 

 この国は規模こそ長大だが、その分敵も多い。

 明確に帝国を攻撃する外の敵とは別に、利権目当てに小賢しく立ち回る内側の敵も存在し、こちらのほうが厄介とまで言える。そしてこれらの大抵は外の脅威と結びついていることが往々にしてある。

 今回もまた、ハグレ由来の技術による利益や国政の混乱を機に要人暗殺と権力拡大を狙う輩がテロ組織と通じている可能性は高いとアルカナは睨んでいた。

 

「それと、私はしばらく城下区域での会議とかでここを離れてしまう。この三日間の監督役はメニャーニャに任せ、シノブをその補佐に着ける」

「そういうわけですので、みなさんよろしくお願いします」

「いつもはメニャーニャが助手だったからなんだか新鮮ね」

 

 大役だなと緊張の走るメニャーニャとは対照的に、シノブは嬉しそうに微笑んでいた。

 

「それじゃあ、私たちもどこを見て回るかの編成をしようか」

 

 ローズマリーが巡回(観光)のグループ分けをしようとしたとき、メニャーニャがそれを遮った。

 

「すみません。それなんですけども、一部のメンバーについての指定はこっちで決めさせてもらえませんか」

「え、構いませんがどうして?」

「商業区以外にハグレが入るのはちょっと悪目立ちしますからね」

「え、居住区とかも見て回るの?」

「むしろそっちに潜んでると私は睨んでるね」

 

 当たり前ですよ? とメニャーニャがエステルに怪訝な視線を向ける。

 

「そういうわけですのでエステル先輩に、ジュリアさん、ルークさん、ヘルラージュさん、ミアラージュさんの五名は居住区と工業区も見て回ってもらいたいわけです」

 

 見事に帝国人ばかりの選出だ。

 

「ジュリア殿は人脈が広い点を考慮して、様々な点から情報を集めてもらいたいと思って選ばせてもらった」

「人探しはあまり得意じゃないんだがね。まあ、任されたからには全力で挑むさ」

「エステルとルーク君については、いわずとも分かるだろ」

「おいおい、ヘルとミアさんは帝都初心者ですよ?」

「確かにそうだが、エステルとルーク君だけだと、ほら、あれじゃん。絶対喧嘩する」

「あー、わかります」

 

 この幼馴染二人が些細なことで喧嘩に発展するのは王国民にとって周知の事実なので同意しかなかった。

 

「私を何だと思ってるのよ」

「俺も流石に仕事中まで私情は持ち込みませんよ」

「それにだ、仮にドンパチやるにしてもエステルが街中で炎をブチかますわけにはいかないわけだし。その点ラージュ姉妹の風魔法は穏便かつ強力だ。ルーク君の用いる近接戦闘術を鑑みても、彼女達を同行させるのが最適解だと思うがね」

 

 二人の言い訳はスルーしてアルカナが理由を並べ立てていく。

 ルークとしては、ヘルの身を案じて難色を示していた。 

 だって怪しい勧誘とか客引きに引っ掛かりそうだし。

 

「だからってヘルを連れて行くのはですね……」

 

 ルークはちらりとヘルの方を見る。

 同意を求めたのだろうが、彼の予想を裏切ってヘルは近寄って腕を絡ませてきた。

 

「あら、ルーク君はどこでも案内してくれるって言いましたよね。もしかして嘘だったの?」

「……あっ」

「ルーク、諦めなさい」

「それじゃ決まりということでよろしく」

 

 危険な場所も案内するという冗談が本当になった瞬間だった。

 

 




〇ヘルちん
ルークの前だとあまりヘタれないどころか積極的になる。

〇帝都
もしかしなくても:治安が悪い。

〇召喚士協会
原作だと魔法軍隊。
拙作だとマッドサイエンティストの集まり。

というわけで帝都を舞台としたシティアドベンチャーの開幕です。


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その49.帝都動乱・一日目(2)

2,3話についてある程度改訂しました。
具体的にはルークの内面描写とか説明を端折り過ぎてるなと思った部分の量を盛りました。
気が向いたらどうぞ。


『一日目・商業区』

 

 

 班分けを終えたハグレ王国の仲間たちは、各自の好きな方向へと解散していった。

 

 あっという間に残ったのは広域哨戒を担当するエステル隊のみだった。

 

「さて、どこから探せばいいんだこれ……?」

 

 エステルは帝都の地図を見ながらつぶやく。

 

 彼女達の目的は帝都に潜伏するテロ容疑者の捜索と無力化。

 

 だが帝都は広く、入り組んでいる。

 

 元々、大陸有数の規模を誇っていた街だが、召喚術によって多くの種族と世界の生活様式が入り混じったことにより、その複雑さは好き勝手に積み上げた積み木の城が如くだ。

 

 その中から何の手掛かりも無しに特定の人間を発見するというのは、砂漠の中に一粒落ちた砂金を見つけ出すようなものだ。

 

 エステルが地図とにらめっこしていると、ルークがヘルラージュを連れてすたこらと歩き出した。

 

「まずはこっちだ。ついてこい」

「あ、待ちなさいよ!」

 

 迷いのない足取りで進む彼をエステル達は慌てて追う。

 ルークは繁華街へ入り、最初の角を曲がる。しばらく進んでいき、ある建物の前で立ち止まった。大きく目立つワイン樽の看板は、その建物が酒場であることを示しており、看板には『サモンバッカス』と店名が掲げられていた。

 

「あれ、ここって確か……」

 

 追い付いたエステルは見覚えのある看板に立ち止まる。確か先生が贔屓にしていた店だなと、飲みに行ったきり帰ってこない師をシノブと共に迎えに行った記憶が蘇る。

 ルークはお構いなしに店の中へと入り、ラージュ姉妹もそれに追随した。

 

「ああなるほど。そういう事か」

「ジュリアさん? ちょっと待ってよ」

 

 一人得心したジュリアも店内へ入り、我に返ったエステルがその後に続いた。

 カランコロンと小気味よい音が鳴る。

 店の中は昼間だろうとお構いなく賑わっており、客の視線の多くが新しく入ってきた者へと注がれる。

 

「お、かわいい子が入ってきたじゃねえか」

「野郎と一緒かよ、ここはアベックが来るところじゃねえぞ」

「ガキまで連れてんじゃねえか。なんだ子守りか?」

 

 野次を飛ばす酔いどれたち。

 ルークとヘルはそれらを意に介することなくお互いに言葉を交わした。

 

「それじゃ、リーダー。いつも通りに行きましょう」

「ええ。それじゃあ私はこっちで話を聞いてくるわね」

「私は?」

「お姉ちゃんはエステルさん達についてあげたほうがいいと思うわね。こういうところでの情報収集とかあまり慣れて無さそうだから、それに店の外で聞き込みもしてもらいたいし……」

「ん、わかったわ」

 

 ルークはカウンターに、ヘルラージュは客のいるテーブルへと向かう。

ここまでくれば流石にエステルもルークの行動の意図を理解する。

 

 彼は最初からこの店で情報を集めるつもりだった。

 この広く入り組んだ帝都をしらみつぶしにしたとして、テロリストを発見するのには時間がかかりすぎる。

 ならば少しでも効率を上げるために情報収集を行うのは自然な考えだ。

 人の集まる場所で聞き込みをすれば、何かしらの情報は得られる。特に冒険者やハグレの集まるこの店ならば、話の中に飛び交う情報の種類は多い。まさにうってつけの場所だ。

 

 そして彼らは手分けして聞き込みを行う。

 ルークは情報を握る専門家との取引を行うのが得意で、聞き上手のヘルは大勢から多数の情報を聞き出すのが得意だ。これが秘密結社の情報収集、互いの長所を活かした冒険者時代からの行動ルーチンである。

 

「流石に手慣れてるなあ」

「あいつ、酒場で聞き込みするならそう言えばいいじゃない」

 

 あまりの無駄の無さにジュリアが感心し、エステルは口を尖らせながらも彼らの手際の良さは認めざるをえなかった。

 そこにヘルと話を終えたミアラージュがやってきた。

 

「ここはヘルとアイツに任せて、私たちは外で情報収集するわよ」

「確かにここは二人の独壇場らしいからな」

 

 エステル達が店を後にするのを尻目に、ルークはカウンター席に腰を下ろしていた。

 

「とりあえず軽いの一杯」

 

 ルークは席について開口一番に注文する。

 間もなくしてエールが出され、ルークはそれを飲み干した。

 ルークがグラスを置いてすぐ、バーテンが質問した。

 

「《おたから使い》だな?」

「ああ」

 

 突如問われる彼の二つ名。

 しかしルークはあらかじめその質問が来ることを分かっていたように肯定した。

 

「伝言を受け取っている」

 

 ルークはバーテンが差し出した封筒を受け取り、そのまま中に入った紙を確認する。

しばし読み込んでから満足そうに頷き、再度封筒に入れ直してから懐にしまった。

 これで彼が来た理由の一つは完了した。

 

「ありがとよ。それでだバーテンさんよ、最近変な連中の噂とか聞いたことは無いか。特に外から来た連中でさ」

 

 ルークは臨時衛兵証を見せつけるようにして問う。

 すると横から割り込む声があった。

 

「よう仮面の兄ちゃん、あんたも衛兵バイトか」

 

ルークが話しかけてきた方向を見ると、そこには太眉で筋肉質な男がカウンターに肘をつけていた。

 擦り切れた胴着を身に纏う巨漢の姿にルークは見覚えがあった。

 

「久しぶりだな。相変わらずあのおっぱいの嬢ちゃんと仲いいみたいで羨ましいぜ」

「あんたは……闘技場にいたおっぱい紳士!」

「ジョルジュ長岡だ! 名前は流石に覚えていてほしかったなあ!?」

「でも好きなんでしょ?」

「うん!」

 

 元気よくジョルジュは頷く。それは無邪気でどこか清々しさすら感じられた。

 

 ジョルジュ長岡。

彼は以前、ハグレ王国が闘技場に出場した折に最初に戦った武道家だ。

 見た目通りのパワーファイターかと思えば、遠距離武器として魔鎖を得物にする中々の知性派だったとルークは記憶している。ついでに言えば、重度のおっぱい星人であることも分かっていた。

 彼もまた旅人であることは知っていたが、しかしこんな場所で出会ったことは思いがけない偶然だった。

 

「お前相変わらずだな……」

「へっ、褒めんなよ」

「褒めてねえよ。それで、何だってお前がここにいる」

「そりゃ俺も傭兵だからな」

 

 ほらよ、と見せてきたのはルークの手にあるものと同じ臨時衛兵であることを示すネームタグだった。

 

「なんだお前もか」

「俺も食い扶持稼ぐためにはあそこで戦ってるだけじゃちと苦しくてな。順位を上げてから姐さんやリューコちゃんが容赦ねえんだわ」

「そりゃあの二人相手は無理だろ……」

 

 ハグレ王国が優勝した後の闘技場については、以前に王国を訪れていたラプスからある程度の事情は聞いている。

 悪魔たちの娯楽として優勝者が出た後も続けているらしく、むしろチャンプが出たということで腕に自信のあるやつらが一層集まるようになっていた。

 ラプスもトップランカーとして次々と現れる対戦者をぶちのめしているが、中々骨のある相手が来ないと愚痴をこぼしていたことから、それなりに戦えるジョルジュにスパーリングと称してボコっているのだろう。

 

「まあ姐さんのナイスサイズな乳を合法的に至近距離で拝めるのは役得だけどな」

「ほんとブレねえなお前……」

 

 一周回って敬意すら覚え始めるルークだった。

 

「それで、お前もここで情報収集か?」

「いや、俺は景気づけに酒飲んでるだけ」

 

 ジョルジュは手に持ったジョッキの中身をぐびりと煽った。

 よく見れば顔がほんのり赤く、どうやら結構前から飲んでいることが見て取れる。

 明確な職務怠慢である。

 

「おいおい……」

「ま、ここで情報を集めるのは流石姐さんの仲間だ。どんな話題でも酒のつまみにするからなここの連中は。流石に衛兵が聞きに来ることはほとんどねえけどな」

「だろうよ。でもここが一番いいと思った」

「その心は?」

「裏路地の話題を探るならまずここだろ」

 

 その言葉を聞いた途端、ジョルジュの緩んだ表情が引き締まった。

 

「……なるほど。お前さんらはそっちを知りたがってるのか」

「そっちも何か知ってるみたいだな」

「まあ多少はな。俺はストリートファイトで鳴らした口だから、そういう話題は自然と耳に入ってくるのさ」

「じゃあそんなアンタに一つ聞こうか。最近帝都で怪しい連中を見かけたとかの話はあったか?」

 

 ルークはカウンターにエール一杯分の硬貨を置いた。

 

「おっ、気前がいいじゃないの。そうだな。つっても今の帝都じゃ怪しいやつなんざ結構いると思うぜ。例えばこの間は四丁目で魔法使いのローブをきた連中がうろついていたらしい。おそらく『サバト・クラブ』あたりが集会でもしてたんだろうって噂だ」

 

 早速アルカナから伝えられた組織の名前が出てきた。

ルークとしては黒魔術集団に関わるのは気が引けるがそれは個人的な事情。仕事としては幸先が良いのだと思考を切り替え、さらに情報を深掘りしていく。

 

「ほうほう、そいつらが具体的に何をやってたとかは分かるか?」

「うーん、悪いがそこまでは知らないな」

 

 その顔を見て嘘はないと判断し、ルークは話題を切り上げた。

 元々個人的な用事のついで。必要以上にこだわって時間を浪費するぐらいならば実際に見に行った方が良いだろう。

 

「じゃあその話はそこまででいい。他には何か目撃情報とかあるか?」

「いや、これ以上は特にないぜ。一昨日来たばかりだからな」

「そうか、ありがとよ」

「俺も色々情報集めるから、何かあったら飲み代おごってくれや」

「考えとくわ」

 

 ルークは席を立ち、そのままテーブルで客と談笑しているヘルラージュを見る。

 彼女の方もどうやらかなり盛り上がっていた。

 ヘルは周りの客の話に笑顔で相槌を打っており、その可愛らしさと艶めかしさを兼ね備えた仕草に男たちはさらに上機嫌になっておぼつかない言葉と情報を彼女に貢いでいく。

 ルークが近寄ると、ヘルはすぐに気が付いて振り向いた。

 

「あら、もう終わったの?」

「まあね。ミアさんたちと合流しましょ」

「はーい。それじゃあ、皆さんお話ありがとうございました!」

 

 ルークの言葉に従いヘルも席を立つ。朗らかな笑みでお礼をするのも忘れない。

 

「そんなぁ!? もっと話を聞いてくれよ」

「せっかくかわい子ちゃんが来てくれたのにもう行っちゃうのかよぉ」

「かーっ、この色男が!」

 

 当然だが客たちから残念がる声が挙がるが、ヘルはルークにくっついて店を出て行ってしまった。

現実の非情さに涙を流す男たち。中には崩れ落ちる者までいる。

 羨望の視線を背中に突き刺されながら、ルークは店の外に集まっていた3人と合流する。

 

「お待たせしました」

「何かいい情報あった?」

「工業区のはずれにモグリの魔術師が集まってるらしい。一応見ておくべきだとは思いますね」

「私もそれっぽいのはいくつか聞けましたわ。でも身長3メートルの巨人とか、廃墟に浮かぶ人魂とか、ただの都市伝説っぽかったわね。まさか街の中に魔物が湧くことはないでしょうし。あ、でもゴースト系なら出てきてもおかしくはないのかしら……?」

 

 やはりヘルのほうは収穫が薄かったらしい。

 あの店は情報のやり取りには便利だが、無造作に情報を掘り当てるには与太話が多すぎる。

 実際、ルークは依頼とは異なる用事のために寄ったのであって、情報収集はそのついでだった。

 

「こっちも大体同じね。下水道に行ったきり戻ってこない人間がいて、人食いワニが潜んでいるってさ」

「私はいささか、いやかなり物騒な話を聞いたな。どうやらここ数日立て続けに死体が上がってるようだ」

 

 対して、ジュリアが持ってきた情報はかなりピンポイントだった。

 

「通り魔か……、どのあたりで?」

「それが詳しいことはわからなかった。場所が散逸しすぎて、ただ殺されたと言う噂が一人歩きしてるようだ。衛兵として動いていることを伝えたら、じゃあもう安心だ。なんて勝手に喜ばれたよ」

 

 わざわざ祭りの雰囲気を壊してまで殺人事件に怯える必要はない。

 そんなものは専門家に任せて、自分達は祭りを楽しむ。

 そういった図々しさは人間の長所とも言えるが、現在の帝都の立場を考えるとあまり好ましいとは言えなかった。

 やはりというべきか、全ての情報が不確定すぎる。

 

「う~ん。どれも充分に怪しいけど、同時にうさん臭いわね」

「片っ端から当たっていくしかねえだろ。リーダー、どこから行きます?」

「それじゃルーク君の案件から行きましょう。場所もはっきりしているようですし」

「りょーかい」

 

 方針を決定し、彼らは西へ足取りを進めていく。

 これが、彼らにとって長い3日間の始まりだった。

 

 

 

 

 

 

『幕間・ある伝承』

 

 一方そのころ。

 

 商業区、大通り。

 

 ドリントルはアクセサリーの露店の前で、商品を眺めていた。

 ルビーの指輪を手に取り、試しとばかりに指にはめる。

 

「ほう、これは中々良い細工じゃの」

「お嬢さんによく似合ってると思いますよ。まるで王族のようになったとは思いませんか?」

 

 まさか目の前にいるのが本物の王族などとはつゆにも思わず、店員が売り文句を口にする。

 

「おいおい。仮にも姫様がそんなチープな代物を身に着けるのか?」

 

 そんなドリントルと行動を共にするのは、冥界姫イリス。

 冷や水をぶっかけるような言葉に店員が眉を顰める。

 彼女の言う通り、この店の商品の半分はイミテーションで、もう半分は割れ物を再利用した型落ち品だ。

 だがそんなことは露店で庶民でも手に取れる値段で売っていることからも、名言されているようなものだろう。

 

「何を言うか。確かに素材は安いかもしれんが、本物に見せようと言う努力は確かじゃ。そういう努力はむしろ喜ばしいかと思うがの」

「ふーん」

「それにこういうのも思い出じゃよ。そうじゃの、これを一つもらおうか」

「あ、ありがとうございます」

 

 店員もその口ぶりからただ者ではないことを察したのか、どこか萎縮しながらも代金を受け取った。

 それをイリスはどうでもよさげに見ていた。

 そのまま大通りの店を冷やかしていくと、唐突にドリントルが呟いた。

 

「のう、イリスよ」

ワッツ(What)?」

「その、なんというか、お主微妙に機嫌が悪くないか? 悪魔というからにはこういうのは好きじゃと思うのだが」

「ま、ごちゃごちゃしてるのはワタシ好みではある。まあ、そうでなくとも愉快な国だ」

 

 一見して対照的に見えるこの二人だが、高貴な身分同士、姫君同士という共通点もあってか、この二人は意外と話が合うらしい。

 共通の友人であるゼニヤッタが間に入っていることも理由の一つだと思われたが、二人きりで会っても中々話の話題には困らなかったようだ。

 

 そして高貴な身分である以上、目の前の相手の機微を読み取るぐらいは造作もない。

 故にドリントルは、イリスが積極的に露店を見ているように見えて、彼女が常に別の事を考えて言えることに気が付いた。

 

「お主にはそう見えたかの?」

「嗚呼。退廃と欲望に満ちてお先真っ暗なところとかが特にな」

「うーん、この悪魔観。恐るべし」

 

 ドリントルも庶民文化については自由だとか堅苦しくないとかの理由で好きなのだが、イリスのそれはやはり愛でる部分が人間とはズレている。

 それでいて、第三者からは人間と同じような素振りに見えるのだから性質が悪い。

 

「となると、お主があまり祭りを楽しんでいないように見えたのはわらわの気のせいじゃったかの」

「私の態度がケアレスだと?」

「そのように見えただけじゃよ」

「……いや、それは正しいナ。いいか、プリンセス。確かに私は注意散漫だったさ。だが無理もないだろう? あの白翼の女がいるとなれば、それだけで気にする出来事だからな」

「およ? お主はアルカナのことを知っておるのか?」

 

 白翼の一族について知っているのは、ケモフサ村に集った時の面々のみ。

 つまりハグレ王国の大半なのだが、最近になって加入したイリスはその例外だ。

 

 彼女はアルカナ含めて、王国に加わっていない彼女の関係者との接点が薄い。

 アルカナは王国と協力関係を結んでいるとはいえ、積極的に日常を共に過ごす相手ではないがゆえに、関係を深める機会はおのずと冒険の時や、定期的な訪問の時に限られる。

 そうした時間に於いて、イリスがアルカナと接していたということはドリントルの記憶にはない。彼女も王国の人間関係をすべて把握しているとは言い難いので自分の知らない所で接していたらそれまでなのだが、どうにもそう言う訳ではないらしい。

 イリスの口ぶりはアルカナというよりは、白翼の一族に向けてのものに聞こえたからだ。

 

「知らねーな。あの女と顔を合わせたのはこれで三度目ダ。それとまともな会話は一度だってしてませんネ。ワタシが知ってるのは()()()()()()()()

「前……、というと白翼の一族の誰かということかの?」

「正確にはそのルーツだ。あの末裔どもはいくつか見てきたが、あれだけオリジンにそっくりなのも珍しいな」

「オリジンとな?」

「あいつらはな、一人の魔術師の弟子なんだよ。二千年以上も前の魔術師の弟子たちが、今の今までその秘術を伝承し続けているのサ」

 

 思いがけないところから発せられたアルカナの魔術についての新事実。

 彼女の言葉を信じるならば、アルカナが用いる魔術は文字通り二千年以上もの歴史を誇ることになる。

 白翼の技術はこの世界のものよりも遥かに高度だ。それはこの世界に埋もれていた古代文明にも匹敵する。

 いや、彼女らの技術とは、もう一つの古代文明と言っても過言ではないのだろう。

 この世界で学んだ知識と、自分の知識、そしてイリスが語った事実がドリントルの中で結びついていく。 

 

「ふうむ、となると白翼とはやはり彼らのことなのじゃろうか。……それで、お主は何故そんなことを知っておる。この世界には来たのは殆ど初めてなんじゃろ?」

「そのアンサーはイージーだ。その魔術師は二千年以上も生き続けていて、その弟子はいたる世界にばら撒かれているんだよ。そして私はその魔術師の顔を見たことがある。それだけの話サ」

「なんじゃと?」

「その魔術師の名はガルタナ。星と混沌を操り、何もかもを俯瞰するいけすかない野郎だよ」

 

 心の底からの嫌悪感に満ちた表情で、イリスはその名を口にした。

 

「めちゃくちゃ嫌っておるな」

「当たり前だ。ただの人間が私やパパの根源である混沌に触れて正気を保つどころか好き勝手に操ってるんだ。悪意や堕落を拒むんじゃなくて、受け入れながら輝きやがるなんざ、気持ち悪い事この上ない」

 

 嫌悪と好奇の混ざった感情を乗せてイリスは饒舌に語る。

 そこまで聞き、イリスがアルカナを意識している理由も嫌悪なのだろうかと疑問に思った。

 

「となると、お主はアルカナも嫌いなのか?」

 

 ドリントルから見て、アルカナという人物は強い存在だった。

 自分の様に一度は国と理想に裏切られておきながらも、彼女は現実から逃げずに立ち向かっている。

 世界がままならないことを理解していながら、それでも社会を良い方向に変えようと動き続けている。

 人間が醜いことを知っていながら、それでも人の善性は美しいのだと信じている。

 

 その在り様は確かに矛盾だ。

 だが、それが人間というものだ。

 どれだけの矛盾を抱えていようと、前に進み続けることができるのが人間の美点だ。

 ただ、アルカナはそれが人一倍強いだけ。

 彼女と同じ、あるいはそれ以上の強さを持った人間だって探せばいるだろう。

 

 それこそ、自分達が支える国王のように。

 

 以前、アルカナはケモフサ村での会合で、有無を言わさずにハグレ王国を従えようとした。

 

 多少は穿った表現だが、事実としてアルカナは自らの理想のため、自分達をその大きな渦に巻き込もうとした。

 

 ローズマリーはその時何も言うことができなかった。

 政治について多少は心得のあるドリントルも、彼女が行ってきた手練手管の粗を見つけることができなかった。

 だがあの時、デーリッチはアルカナに対して真っ向から異議を唱えた。

 「このやり方に従え」に「そのやり方はよくない」と、小さな王は賢者に対して、己の光の一端を示してみせた。

 

 そのうえで、彼女の思想を知り、それを受け入れた。

 デーリッチは上下関係では無く、対等な関係で共に歩みたいと言ったのだ。

 大きなものに導かれるのではなく、小さな自分の目で道を決めるために。

 

 そうした「強さ」を持った人間たちのことを、ドリントルは密かにリスペクトしていたし、輝かしいとさえ思っていた。

 そして、彼女達がこの世界の抱える歪みにどうやって立ち向かい、どのような国を作るのか。

 それを間近で見ていたいと、ドリントルは思っていた。

 

 そんなアルカナの先祖である一人の魔術師。

 ガルタナはアルカナの象徴とも呼べる星の光と、ジェスターが操る混沌の闇を自在に操る。

 それは闇から生まれたイリスにとっては生理的に受け入れがたいものだ。

 故に、彼の理想を受け継いだアルカナもまたイリスにとっては嫌悪の対象なのだと思っていたが、意に反してイリスは首を振った。

 

「いや、むしろ面白いと思ってる。確かにあの女の匂いは嫌いだが、生き様については話は別だ」

「うん? 先祖が嫌いなら子孫であるアルカナについてもそうなのではないか?」

「確かにあの魔術師は個人的に嫌なやつだ。私は人間どもが善悪に惑いながらあがく様が面白いし、奴はそんな人間どもの全てを尊いとほざいている。悪魔よりも悪魔らしいことを口走る奴だが、そいつの理想を愚直に信じて実現しようとするガキ共はむしろ見ていて面白いのサ」

 

 善も悪も、すべて受け入れて人は前に進める。

 それは人間に欲望と堕落を齎すイリスからすれば、確かに夢物語で気持ちが悪い。

 だが、その荒唐無稽が形になると言うのなら、それはそれで気になるということらしい。

 だからといって、その有様を実際に悦楽の対象とする悪魔の価値観はイマイチ測りづらいわけだが。

 

「ううむ。わかるようなわからんような……」

「ま、悪魔なりの浪漫ダ。聞き流してくだサーイ。私も祭りの熱に浮かされて柄にもない事を話し過ぎマシタ」

 

 イリスはアルカナの話題を打ち切った。

 そして誰に向けるでもなく、独り言を口にした。

 

「この世界を守りたがるのも白翼で、壊したがるのも白翼。まさにあの男のような混沌の状況。私にとってはこれ以上なく興味を惹かれる演目ダナ」

 

 イリスは悪魔らしい意地の悪い笑みを浮かべる。

 

 自らを打ち破った者達の歩みに付き合うのは良い暇つぶしになると思ったのだが、それに思わぬおまけがついてくるとは思ってもいなかった。 

 輝く星の瞬きと、全てを飲み込む混沌。

 果たしてこの世界はどちらに染まるのか。

 

 ああ、かの魔王が愛した人間たちよ。

 白翼の系譜に連なる者よ。

 精々みじめに生きあがいてみよ。

 それはきっと、己を飽きさせることがないのだから。




白翼がらみの話題は定期的に出しておきたい。

〇ガルタナ・クラウン・アルバトロス
 アルカナやジェスターの先祖。
 本筋に絡むことはほとんどないのでご安心。

〇サモンバッカス
 ぶっちゃけJailHouse。
 帝都をスタート地点にするならこの酒場が導入に良いと思います。

〇イリス→アルカナ
 一緒にいたくはないけど眺める分にはむしろ良いということ。


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その50.帝都動乱・一日目(3)

更新が遅れてすまないね。


『一日目・工業区』

 

 

 

「この辺りだな」

 

 ジョルジュからの情報を頼りに、ルーク達はその情報の出どころである工業区のはずれまで来ていた。

 時刻は14時を回った頃合い。

 あれから30分ほど歩いた計算になる。

 辺りは工場が立ち並び、人気は全くと言ってない。

レンガとコンクリートの褪せた色彩で描かれた風景は、華やかさに満ちた商業区とは真逆の閉塞感で満ちていた。

 

「おそらくあの建物だ。証言とも一致する」

 

 彼らの視線の先、一ブロック挟んだ距離にある家屋。

 今まさに、ローブを着た男が入っていった建物をルークは指さした。

 

 ルークたちは通りがかった住人から話を聞いて、今のようにローブ姿の人間が何度か出入りしているという証言を得ていた。ここの住民たちにとっては数日に何度かある光景らしく、怪しさのわりに何か問題が発生したということもないので通報は行っていなかったらしい。

 それでも、近づきがたい雰囲気があるため、住人たちは皆、無意識にこの建物を避け、いつの間にか話題にも出すことは無かったという。

 

 レンガ造りの横に広い二階建て。

 玄関のドアは色褪せており、郵便口は内側から塞がれている。

 窓も全て内側から板を打ち付けられており、中の様子を確認することは不可能。

 徹底的に、内部の様子を見せないよう細工されていた。

 

 だが、それはルークにとってはあまり関係のない事柄だった。

 

「一階も二階も誰もいねえな。中の連中は全員地下室だ」

「ほんと便利ねえそれ」

「そうでもないっすよ。めちゃくちゃ入り組んでいたり深かったりする場所は流石に見えませんからね」

 

 彼の持つおたから、《覗き屋の双眼鏡》によって内部の様子は筒抜けだからだ。

 何を話しているかは不明だが、どこにいるか、何をしているかはこの通り丸わかりとなる。空間の影響をモロに受けるのか、次元の塔や自然の洞窟ではあまり役に立たないが、こうした人工物に覆われた場所でなら極めて強力なアイテムと言えるだろう。

 

 魔術師姿の男たち(中には呪術専門だとわかる見た目もいた)は地下に造られた大部屋で何事かを話し合っているらしい。

 人数は3人。

 その傍らには大量の木箱や麻袋が積み上げられている。

 床には魔法陣が描かれ、詳細は不明だが魔術の触媒にでも使う物品も多かった。

 

「どう思います?」

 

 ルークは所感をミアラージュに尋ねる。ミアラージュはまじまじと扉、あるいは建物全体を観察してから言った。

 

「どう見ても魔術工房ね。誰も気づかないのは、軽い人払いの魔術がかけてあるからよ。明らかな違和感を、違和感のまま受け入れさせる。窓を塞いでいるのは中に溜めた魔力を霧散させないためね。どんな術であっても、力場を維持するためには自分の魔力は一定範囲に満たしておく必要がある。私の祭壇もそうだったでしょう? まあ、私の場合は死者の霊も満ちていたから、ちょっと違うかもしれないけど」

「ああ。あのずっと薄気味悪い感じはそういうことだったのか……」

 

 ミアラージュの解説を聞いてルークは過去に魔女の館で感じた倦怠感の正体に納得する。死者の霊気が充満していたなら、常に背筋が凍ったように錯覚してもおかしくなかったわけだ。

 

 ミアラージュの解説で、この建物に対する疑念もほぼ確信へと変わった。

 市街地の真っただ中に工房を作っている。それも許可されていない場所に。そして徹底的に部外者を遠ざけている。

 この建物は、限りなく黒に近いグレーだ。

 

「それじゃあ作戦会議といこう。もし連中がクロだった場合、ある程度の戦闘になる」

 

 ジュリアの言葉に全員が同意する。

 もし、などと前置きしているが、十中八九荒事になることは言わずともわかっていた。

 

 サバト・クラブは帝都からも違法団体として認定されている組織だ。警備に属する職業であれば、アジトへと強引に押し入っての制圧も法で許可されている。

 

 では、そんな組織が今まで活動を続けられているのはなぜか。

 理由は簡単。

 彼らの規模が不明瞭だからだ。

 サバト・クラブの母体は黒魔術の研究団体だ。

 黒魔術――死霊術や呪術を始めとして、倫理をあまりに逸脱するが故に禁止された魔術の研究者は常に法の監視から逃れる日陰者だ。彼らは互いのノウハウや知識を共有するために自然と社会の目を盗んでの集会を行うようになり、それが次第に街を越えるようになった。それがサバト・クラブの始まり。

 

 そうした背景から、構成員のほとんどは黒魔術師だ。

 その中には危険な術の使い手も何人か存在し、自警団や冒険者が下手に手を出して痛い目にあうことも何度かあったためか、迂闊に手を出せない組織として人知れず幅を利かせていた。

 

 だがルーク達はハグレ王国。

 帝都どころか、大陸を探しても上位に位置するだけの経験を積んできた彼らであれば、決して分の悪い相手ではない。

 不覚を取らないよう戦略を立てて動けば、問題なく制圧できるだろう。

 

「肝心なのは初撃だな。最初の攻防でどれだけ有利に立てるかで勝敗が決まるだろう」

「オッケー。それならこっちの得意分野だ」

 

 人払いで十分事足りるということか、玄関に鍵はかかっていなかった。

 あるいはそもそも侵入者事態を想定していない、か。

 ここが集会所として機能しているのなら、確かに鍵をかける必要は薄い。

 玄関に足を踏み入れた途端、甘い匂いが彼らの鼻腔を刺激した。

 ハーブ、スパイス、生薬。

 様々なものが入り混じったそれらの匂いは、ここが裏社会に属する場所であることを如実に示している。

 

 一階は外からの光が取り入れられておらず、ほの暗い闇で満ちている。だが向かう場所などわかっている。あらかじめ見た場所に忍び足で向かうと、そこには地下への階段が存在した。

 足音を立てないように下って行き、一つだけある扉の前で立ち止まる。香の匂いはより強くなっていた。

 聞き耳を立てると、話し声が聞こえてきた。

 

「……例のブツは……」

「既に運び込んでいる。今夜指定の場所まで運ぶぞ」

「そうか、追加の発注分は?」

「問題ない。明日には商会から届く手はずだ」

「ところでアドベラの奴はどうした」

「帝都に入ったとは聞いたがそれっきりだ。大方墓場で死体探しか、あの殺人鬼と共に調()()に励んでいるのだろうよ」

「全く、何を考えているのだあの女は」

「まあ、何をしようが構わんがな。互いの研究に口出しはしないのが我らの信条だ」

 

(やっぱり、何かを運び込んでいるな。それにあの死霊術師の名前まで……)

 

 どうやら彼らは帝都に何かを運び込んでいるらしい。それも非正規の手段でだ。これだけでも介入する口実は出来上がったが、さらなる情報を得られるかもしれないと、ルークはさらに耳を澄ました。

 

「しかし、実にいい取引ですね」

「何人かの召喚士くずれを受け入れていたことが功を奏したというべきか。おかげでよい取引先と物資の仕入れルートを構築できたというもの」

「反対意見も多かったですがね」

「魔術の探求に励まぬ怠け者だと謗る声もあったが、議長の英断は流石だったな」

「それで、取引先の貴族はなんだっけか。あいつも元召喚士なんだろう?」

「ああ、()()()()()()と言ったかな。古代技術の専攻だから我々とは縁もゆかりもないが金払いは良い。協会と敵対していると言うから手を貸すことが決まったわけだ」

 

(――ビンゴ)

 

 期待通り。

 この状況で最も怪しむべき相手の名前を出してくれたことに、ルークは心の中でほくそ笑んだ。

 ちらり、とヘルラージュ達を見る。彼女たちも多少の驚きはあれど、声をあげたりなどはしなかった。

 

「ま、やつが何を企もうが興味はない。我らは我らの目的を遂行すればいいわけだ」

 

 魔術師は次々と煙をふかして、恍惚とした表情になる。

 これ以上ないほどに油断しきっている。

 ……乗り込むには絶好のチャンスだ。

 

「頃合いだな。突入するぞ」

「おう」 

 

 ジュリアの声と同時、ルークが扉を蹴り開ける。

 大きな音を立てて扉が乱雑に開かれる。

 

 それにより中にいた者の視線は全てそちらに向いた。

 完全にリラックスしていたからだろう。突然の不審者に、彼らの対応は遅れた。

 

 ルークは一歩踏み込み、一番近くにいたローブ姿の男に拳を突き出した。

 

「ゴガ……ッ!?」

 

 真っ直ぐに伸びた拳が腹部に突き刺さる。

 男は内臓への衝撃に耐えきれず、空気を吐き出す。

 ルークはそのまま首を引っ掴み、男を頭から床に突っ込ませた。

 

「な……っ!?」

 

 男は床に叩きつけられた衝撃で気を失った。

 それに目もくれることなく、ルークは驚愕する魔術師たちに言った。

 

「さて、俺たちは衛兵だ。ここに怪しい集会が行われている通報を受けてきたわけだが……弁明はあるか?」

「貴様っ!」

 

 魔術師の一人が慌てて取り出した杖がルークに向けられる。

 杖の先から放たれる冷気。

 それを予測していたルークは横に跳んで魔法を回避する。

 

kmitiy(鎌鼬よ)!」

 

 聞きなれない言語の怒号が轟く。

 襤褸布を羽織り、怪しげな瓶や元の姿を想像したくない形状の干物などを腰から吊り下げた呪術師が風の呪いを飛ばす。

 直撃すれば人間を容易く切り裂く風の刃。

 着地の瞬間を狙って放たれたそれをルークは回避しきれない。

 だが、横から飛んだつむじ風が明後日の方向へと吹き散らした。

 

「やらせませんわ!」

「ナイスだリーダー!」

 

 ヘルラージュの援護を受けたルークはそのまま呪術師へと突進する。

 大部屋とは言え狭い空間内。

 彼らの合間は5メートルあるかないか。

 ルークは一息で距離を詰め、そのまま肩から背中にかけてを叩きつけた。

 格闘技ボディチェック! 拳法によっては鉄山靠、パワータックルと呼ばれる、己の質量を余さず敵に伝える強力な技だ!

 

「ぐおっ!」

 

 体当たりの衝撃で、呪術師の身に着けていた不可思議な装飾品が床に落ちる。

 呪術師はたたらを踏むも、衝撃に耐えて敵意の視線をルークに向けた。

 

「おのれ……っ!」

 

 呪術師の目が怪しく光る。

 どれだけ早く唱えようと十秒はかかる詠唱を、彼独自の技術で端折ることで二秒にまで縮める。

 至近距離で呪いが放たれる。

 だがルークは体当たりの勢いを利用し、回転して肘を叩き込んだ。

 

「ごはっ……!」

 

 側頭部を強打されれば人間の意識は容易く落ちる。

 ルークを凝視したまま呪術師は床に倒れる。

 紫色の光が明滅し、震える手でルークを指さしたのを最後に動かなくなった。

 

「……?」

 

 最後の行動に訝しんだものの、ルークは呪術師の気絶を確認して彼から視線を外した。

 

 ルークの得意分野は奇襲と室内での乱闘だ。

 彼は亜侠として組んでいた仲間たちから様々な戦い方を聞き学んでいる。

 エルヴィスからは何が何でも勝つ路地裏仕込みの喧嘩殺法を。アプリコからはナイフ、爆弾、トラップの扱いを含めた軍隊式格闘術を。ラプスからは持ち前の龍宮振蹴拳からの武術の心得を。和国人の青年からは禅の心による気配遮断を。彼らが時折教えるその戦闘技術は、全てがルークの糧である。

 派手で強力な魔法を使えるわけでも、ハグレのように特殊な能力や秀でた身体能力があるわけでもない。だが基本中の基本ともいえる泥臭く陰湿ともいえる戦い方が彼の真骨頂であった。

 

「せいっ!」

「ぐあっ!」

 

 氷魔法を用いた魔術師が、ルークに向けて魔法を放とうとした。

 だがここに乗り込んできたのは彼だけではない。

 盾を構えて突進したジュリアによって、氷魔法使いもあっけなく叩きのめされた。

 

「よっし、制圧完了」

「お疲れ様ですわ」

「ナイスアシストだよ。リーダー」

「いえいえ。それほどでもありませんわ! でももっと褒めていいのよ!」

「はいはい」

 

 どやっとしているヘルラージュの頭を撫でれば、彼女はご満悦の笑みを浮かべる。

 その子供っぽい仕草もルークからすればいつ見ても飽きることはない。というか一日に一度は見ておきたい。何なら彼女の笑顔だけで死んでも蘇れる。そんな彼であった。

 

「それで、こいつらどうする? 色々聞き出しておく?」

 

 エステルが倒れ伏した魔術師を見る。

 

「いや、仮に増援が来ると面倒だな。早く連行したほうがいいだろう」

「さっき立ち聞きしてるだけでも結構な情報は得られましたからね。マクスウェルについては、後でじっくり聞けばいい」

 

 ルークは魔術師の武器を取り上げ、縄で縛ってからその中の一人を背負いあげた。

 いくつかの証拠物品と共に詰所に連れて行けば、後は正規の衛視が駆けつけてくれるだろう。

 

 こうして、最初の目標はいともあっさりと終わったのであった。

 

 

 そして黒魔術師たちを衛兵詰所へと連行し終えた後、時刻は午後3時になろうとしていた。

 

「なんかお腹空いたわね」

「そろそろ3時よね。そういえば私らお昼食べてなかったわ」

「それなら、一旦戻って腹ごしらえでもしようか」

「あ、じゃあ俺が店決めていいか?」

「いいわよー」

「不味いとこ紹介したら承知しないわよ?」

 

 呑気なことを言いながら、彼らは大通りへと足を運んでいた。

 

 

 

 

 

 

 

『幕間・レッツ女子力!』

 

 

 

 帝都・商業区。

 

 レストラン街。

 

 諸外国または異世界の食文化も取り入れたこのストリートは、美味しいものからゲテモノな珍味まで、あらゆる嗜好、あらゆる種族のニーズに答える通称『グルメ通り』。

 

 食べなれた味を求めて、あるいは新しい食を開拓するため、今日も今日とて食道楽な人間がそこに押し寄せてくる観光名所としても有名な場所らしいです。

 

 当然そこには、甘いものに目がない女の子たちもいるわけでして……、

 

「わあ、このデニッシュ外がサクサクで中がふわふわ。そしてメープルのトロっとした甘みがすごい。サクふわトロ!」

「アツアツの生地にほどよく溶けたソフトクリーム。やっぱり暑さと冷たさのギャップは人気なんですね」

「くぅ……! 駄目だと分かっててもこの威力には逆らえない……!!」

「もぐもぐもぐもぐ」

 

 とある喫茶店の一角。

 大テーブルを囲む四人+一柱の女の子たち。

 ヤエちゃん。ハオちゃん。ティーティー様。クウェウリさん。

 そして私、雪乃。

 レストランでお昼ご飯を堪能した私たちは、しばらく散策した後にこの喫茶店でおやつとしゃれ込んでいました。

 

「おぬしらよく食うのう」

 

 私たちはアップルパイとチーズケーキを楽しみ終えています。

 つまりこのデニッシュアイスで三品目です。一体その華奢な身体のどこに入っているのかと聞かれれば、どこにも収まっていないと答えるかな。女の子にとっておやつは無限大だからね!

 

 ちなみにこれかなりおっきい。

 男の人の手のひらぐらいの直径が合って、一人で食べきるにはなかなかのボリュームがあったりします。

 メニューには一回り小さいサイズもあったけど、そんなのに妥協する私たちでは無く、遠慮なくオリジナルサイズを頼んでやりました。

 食べ盛りを嘗めるなかれ!

 

 あ、でもヤエちゃんはちょっと食べるのを控えた方が良いかもしれない。私としてはぷにぷに具合がちょうどいいから一向に構わないんだけど、ヤエちゃんがいつも体重計とにらめっこしているのは知ってるから。多分帰ってきてからまた悲鳴をあげるんだろうなあ。

 

「ティーティー様は食べないの?」

「わしには少々重すぎるのう。この両手に収まるぐらいでちょうどいいわい」

 

 と、ティーティー様は小さな手を広げて見せました。かわいい。

 

「その代わりと言っちゃなんじゃが、わしも色々と楽しませてもらっておる。普段は茶葉になぞあまりこだわらんが、たまにはこういうのも悪くはない」

 

 そういうティーティー様の周りにはいくつかのティーカップが存在しており、その総てが紅茶で満たされていました。

 紅茶の神様として、この店の紅茶を茶葉ごとに用意して、文字通り全身で堪能するつもりらしいです。いつもはハオちゃんが淹れているから、特に紅茶の種類も変わったりはしないって聞きました。なんとなくもったいないなと思ったのでティーティー様親衛隊の一人として、ティーティー様には楽しんでもらいたいなと思う。

 

「ピクニックも楽しいですけど、こうして街でスイーツを楽しむのも楽しいですね」

「当たり前じゃない。おしゃれ、スイーツ、恋バナは女子の特権よ」

 

 ヤエちゃんの言う通り!

 女の子は色んなものを楽しむ権利がある!!

 なのにうちの王国ときたら女の子がいっぱいだというのに、女子力の高い人たちが少ないのです! 

 私はハグレ王国女子力向上委員会(今設立した)の一員として、ここのお菓子を食べたあとは帝都のお洒落な服をみんなで見て回ったりしてみたいなと思ってる。

 

 え、恋バナ?

 

 恋愛についてはルークさんとヘルさんだけで結構お腹いっぱい。あの二人は手を繋いだりキスしたりとかはないんだけど、その分普段の接し方が甘々でホント見せつけてるんじゃないかってぐらい。多分ヘルさんはわざとやってる。ドジなお姉さんに見せかけた肉食獣ですよありゃあ……!!

 

 そんなわけだからクウェウリさんが王国にやってきた数日間はベルくんがドギマギしてるのは新鮮だったなあ。女の子に間違えられていたのは可哀そうだったけどそんなベルくんもかわいいよね。

 

「ハオ、みんなと一緒ならどこでも楽しいよ! この前もティーティー様と活動写真視にいったよ!」

「意外と教養溢れる趣味持ってるわよね」

 

 ハオちゃんは国語とか算数は苦手だけどセンスは良いタイプ。食べられない野草とかお肉の捌き方とか意外とためになる生活の知識は持っているのは流石森の巫女さんって感じ。

 

「それなら明日辺りにでも皆で見に行ってみる?」

「あ、賛成です! 実は前々から興味があったんですよ。ケモフサ村では演劇団があるんですが、結構前から話題に上がってまして」

 

 うきうきした様子でパンフレットを取り出すクウェウリさん。

 人見知りなようでいて、案外アグレッシブなお姉さん。

 ケモフサ村には劇団があって、お父さんのマーロウさんはそこの座長もしているようです。中々迫力ある演技が魅力的とのことで、いつか見てみたいなと思ってます。

 

 それと、ピクニックを提案したのもクウェウリさんで、この時のヤエちゃんは目いっぱいおめかししてとても可愛い。普段はサイキッカーとしてのスーツを着てるから変な目で見られがちだけど、実はかなりのお洒落パワーを持っているのは現役JKたる私にはお見通しなのです。この後滅茶苦茶おめかしした。

 

 そうして色々話し込んでいると、ついつい口が緩くなってしまう。

 

「私、女子会がこんなに楽しいものだとは知りませんでした。村では同じぐらいの女の子はいなかったから」

 

 そんなことをクウェウリさんがとても嬉しそうに言ったものだから、私も特に考えなしにぽろっと口から言葉が零れ出た。それこそ自分でもなんでかは分からなかった。

 

「私も、こうしてみんなと甘いもの食べに来てると思い出すなあ。友達と学校の帰りにスイーツ食べに寄ったこと……」

「あら、雪乃さんそれは……」

「雪花ちゃん。いまごろどうしてるかなあ」

「……」

 

 いけないな。

 今はこんなに楽しいのに、ふと皆の事を思い出しちゃう。

 どんなにこの世界の生活を楽しんでいても、

 私はいつも、こうやって元の世界のことを考えちゃう――。

 

「雪乃……」

「すみません。何だか嫌なことを思い出させてしまいましたか……?」

「ううん。違うよ。私、こうしてみんなと一緒にこんなおしゃべりするのは楽しいよ」

「そうだよ! みんな一緒ならどこでも楽しいハオ!」

「ありがとうハオちゃん」

 

 こういう時にハオちゃんの元気の良さは頼りになるなぁ。

 ……でも、

 

「でも、やっぱり。私の友達も連れてこれたらもっと楽しいだろうなぁって……」

 

 一度考えだした望郷の思いは止まらなくて。

 無理やりに前向きな言葉をひねり出すのが精いっぱいだった。

 

「う”う”う”う”う”う”~~~~」

 

 そんな私のナイーブな考えは、どこからかやってきた野太い泣き声にかき消されました。

 泣き声のする方向を見ると、そこには白い髪が綺麗な大人の女性が――って、

 

「あ、アルカナさん!?」

「お”ね”え”ざん”感動し”た”~~~~~。雪乃ちゃんは絶対に元の世界に帰してあげるからね~~~~~」

 

 一体いつからいたのでしょう。

 そこには私たちハグレ王国を帝都にご招待してくださった召喚士の偉くて強い人、髪の色が似てることもあって密かなリスペクト対象のアルカナさんが咽び泣いていました。

 ですが今の彼女はその美しい見た目に反した漢泣き。

 普段はセクシーな声もだみ声で台無しです。

 

「というかなんでこの店に!?」

「研究者にはカロリーが必要なの! それ以外にも色々頭使う事ばかりなんだから糖分は適宜補給しないとダメなのよ」

 

 そう言うアルカナさんの前にはジョッキサイズのパフェがでかでかと鎮座していた。

 チョコバナナとイチゴ。両方乗せの贅沢パフェだ。

 私たちですらこの威容に挑むのはためらわれたと言うのに、この人は単身でもう半分以上を食べ終えている……!!

 53万はあるだろう女子力(おなごぢから)に私の中でのリスペクトポイントがまた上がった瞬間です。

 

「わざわざ近くに座ってきおって。さっきからハオたちのことをちらちら気にしておったじゃろ」

「気配を消してまで聞き耳立ててましたよね……」

「あれ、ばれてる?」

「あんなわざとらしいまでのは逆にバレバレでしたよ」

「あっちゃあ……」

 

 流石はクウェウリさん。長い付き合いだからこそ分かるというものですね。

 

「大方、雪乃が気になっての事じゃろ」

「え、そうなの?」

 

 それは何だか意外でした。

 アルカナさんはハグレ王国の皆とよく話をするけど、それはローズマリーさんやドリントルさんだったり、あるいはジュリアさんに福ちゃんなど言ってしまえばインテリや大人な方々との会話が多いです。後はそう、デーリッチやヅッチーなどの小さい子供組との相手もしています。なので、どのどっちでもない私はアルカナさんと接する機会があまりなくて、ちょっと悪い言い方になっちゃうけど、その他大勢として見られているのかな……なんて思ってました。

 

「あーうん、実際君達を見かけたから入ったんだよね。普段の君達がこの街をどんな様子で楽しんでくれているのかちょっと気になってさ」

 

 普段の気丈で余裕ある振る舞いをするアルカナさんにしては珍しい、少し照れくさそうな顔をしてから、彼女は頷きました。

 その仕草も、大人っぽさに垣間見える女の子らしさとして魅力的に見えました。

 アルカナさんの言葉は不思議と耳を傾けたくなります。

 それはたぶんカリスマというものなんだなって私は思う。デーリッチとか、ドリントルさんが持つような人を惹き付ける才能を、アルカナさんもまた持っている。

 それはアルカナさんも自覚していて、だからこそこの人は私たちの事を気にかけてくれるのかな。なんて思ったり。

 

「……この街は召喚術によって発展を遂げた。ハグレの技術を、尊厳を奪ってだ。その結果として彼らは怒り、反乱が起きた。それは失敗に終わり、厚顔にもこの世界の住人はハグレを危険なものだと見なすようになった。今はそれなりに緩和してきたけどさ、10年前の反発っぷりは酷かったのよ」

 

 まるで自分の罪を告解するようにアルカナさんは語ります。

 私はあまりよく実感できていないけど、確かにこの世界に来たばかりの頃、出会った人たちにハグレと呼ばれたのは覚えています。私は皆さんと大体同じような見た目でしたから乱暴な接し方は去れませんでしたが、なんだか腫物を扱うような態度だったのは覚えています。

 

 ……それが、10年前は普通だったとしたら。

 きっと、その時から暮らしているみんなは嫌な気持ちになるんだろう。

 突然連れてこられたこの世界の事を、嫌いになってしまう人も多かったのだろう。

 そういう人たちが不満を抱えた結果が、解放軍を作ってしまったと考えると、なんだか彼らにも同情してしまいそうになる。

 まあ、実際に何をやってるのかとか何が目的なのかとかを見てるので、懲らしめることに変わりはないのですが。

 

 

「それに、君の事情は聞いている。元の世界から突然この世界に呼び出された。誰が、何の目的で呼び出されたのかもわからずに」

 

 私はサムサ村近辺の雪原に召喚された。

 私を呼び出したであろう召喚士はいませんでした。

 気づいたら、知らない場所にいた。それが私の、この世界での最初の記憶です。

 

 それはおそらく、この世界で時たま発生してきた魔物出現プロセスと同様に、無造作に開いた次元の穴へと落ちたのが原因なのだろうと、シノブさんやメニャーニャさんが分析していました。もしかしたら、マッスルさんやハピコちゃんと違って元の世界の記憶があるのはそのためかもしれない。などとも言っていました。もし家族や親友の事を思い出せなかったら。私はそのことを考えるたびにゾッとします。

 

 

 なので、私がこの世界にやってきた原因が召喚士の方々にあるとは決して断言はできませんし、私も誰かに恨みの言葉をぶつけるつもりはありません。

 

 

 でも―――、

 

 

 でも、もしかしたら召喚士の誰かが近くで召喚実験を行い、座標がズレて私は別の場所に呼び出されたのかもしれない。

 そうでなくとも、召喚術が確立したことによって空間が不安定になり、次元の穴が自然にできやすくなっていたから、私はやってきたのかもしれない。

 

 真相は誰も知りません。

 もしかしたらただ運が悪かっただけで、誰の責任に問える話ではないのかもしれません。

 

 それでも、私がこの世界でハグレとして扱われたのは本当の事。

 雪乃というどこにでもいるような女子高生が、異世界からの異分子になってしまい、決して好意的に見られない存在になってしまったというまぎれもない事実を、アルカナさんは深刻に受け止めていました。

 だからなのかな。この人が私に向ける視線を、なんだかとても暖かいと感じている。 

 

「私には、かつて召喚術の成立を見た者として、君達が()()()と呼ばれ迫害されるようになった責任の一端がある。だから、君達がこの街に受けいれられるように色々と講じてみたわけなんだけど……。余計なお世話だったかな」

「い、いえ! アルカナさんは頑張ってると思います!! この街は賑やかで楽しいし、ヤエちゃんたちとこうして遊べてるのは、アルカナさんが招待してくれたおかげです」

 

 私は思わず口を開いていました。

 割と人見知りのきらいがあると自覚している身としては、中々に信じられないことですが。この時の私にはアルカナさんへの物怖じなどはありませんでした。

 

『自分達の世界を嫌いにならないでほしい』

 そんな願いを、いったいどうして無下にできるのでしょうか。

 

 アルカナさんは私の言葉を聞いてちょっと嬉しそうにして私に手を伸ばしてきました。

 

「それはそれとして、前から思っていたことだけど君は綺麗だよね」

 

 そう言いながら私なんかよりもっと綺麗だと思う手が私の髪を触りました。

 

「ひゃっ!?」

「クリスタル色、よい髪だ。肌も滑らかで新雪のように美しい。それにその瞳も氷の結晶のよう。まさに氷の妖精なのだろう」

 

 くすぐったくて思わず声をあげてしまった。

 その次は肌を眺め、目を合わせて。

 満月めいた金色の瞳の輝きに、同じ女性同士であっても目を奪われそうになりました。

 というか私、口説かれてる?

 

「あの、ちょっと」

「――さぞかし、愛されて育ってきたのだろうね」

 

 その言葉は、まるでお母さんが母親を慈しむようで。とても深い悲しみに満ちていることが、伝わってきました。

 

「雪乃君。……君は、自分の家族が、世界が好きかい?」

「えっ――」

 

 突然の質問に、思考が目まぐるしく遡る。

 

 ――元の世界の記憶。

 

 お父さん。

 お母さん。

 弟の風太。

 親友のセッちゃん。

 学校の皆。

 雪だるまスポーツ。

 

 今になってわかった。何の変哲もない。とても輝かしくかけがえの無かった日々。

 目の前の人が大切にしたいと願う、ありのままの日常。

 

「――はい。今すぐにでも会いたいほどに大好きです」

 

 今すぐにでも寂しさで泣きたくなるのをこらえながら、私は笑って見せました。

 

 アルカナさんはしばらく私の顔を眺めてから、とても満足そうに頷きました。

 

「――うん。それはよかった」

 

 それは、いつもの微笑みでは無く。

 心から喜ぶ、星のような笑顔でした。

 

 

 

 

 

 

「ところでティーティー様。これどうするの?」

 

 これ、とはティーティー様が漬かっていたいくつかの紅茶のこと。

 確かに、紅茶は飲み物。

 注文したのだから、ちゃんと飲まないともったいないしお店にも失礼だよね、なんて思いました。でも、ティーティー様は紅茶を堪能したのだから別にいいのかなあ?

 

「まあ、このままじゃな」

「えー。残しちゃうの?」

「わしがマナを吸った出涸らしじゃよ。というか人が漬かっていたものじゃぞ? まさか誰かに飲ませる気か?」

「ははは。後利益とかありそうだけどね。例えば今ここにいる客から立候補した人先着順にプレゼントとかしてみたら――」

 

 ガタタタッ。

 席を立つ音に周りを見れば、何人かのお客さんが立ち上がっており、ティーティー様の視線を認めるやおずおずと着席していきました。

 

「……今のは流石に引くぞ」

「ごめん。なんかごめん」

 

 いたたまれなくなったのかアルカナさんが謝罪しました。

 ティーティー様、愛されてます。




〇イベント:『工房』

 魔術師2人と呪術師1人との戦闘。
 あんまり粘り過ぎると一階からもう一人魔術師が来て奇襲が成立しなくなっていた。
 聞き耳や忍び足にファンブルしていたら当然気づかれて、奇襲失敗どころか不利な状態で戦闘が開始していた。


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その51.帝都動乱・一日目(4)

新キャラ登場回。
ずっと存在だけ語られてた彼が登場します。


『一日目イベント・待ち人来たれり』

 

 

 帝都商業区。

 

 市民レストラン『ナイスミート』

 

 中々の味に対して高過ぎない値段が人気なこの店は、昼過ぎであっても客が絶えない。

 

 この双子の客もまた、そんな常連の一組だ。

 

「なあ、兄者」

「なんだ、弟者」

「やっぱりここのハンバーグは旨いな」

「そうだな。だが俺はエビフライのほうが好きだ」

「そうだ。実は俺もそっちにしようか迷った」

「奇遇だな。俺も肉も食べたいと思っていた」

「だからこうして二人で半分ずつ交換した」

「お互いが何も言わず相手も食べたいメニューをチョイスできる……」

「やっぱり俺たち……」

「双子だよな」

「「流石だよな、俺ら」」

 

 はっはっは。

 双子は何度やったかも分からないやり取りで笑い合う。

 これもまた帝都の日常の一コマである。

 

 だが今日の彼らの日常には、ささやかな変化があった。

 

「ところで兄者」

「なんだ弟者」

「あそこのテーブルにいる奴なんだが……」

「ああ、女の子を4人も同伴させてる野郎の事だな」

 

 彼らの視線は窓へと向かう。

 ガラス一枚の壁を隔てた向こう側。

 通りに面したテラス席を囲むのは、四人の女性と一人の男性。

 

 男性は洒落たスーツに身を包み、パスタをうまそうに食べている。

 隣に座っている露出度の高い黒ドレスに身を包んだ女性は、時折青年からパスタを分けてもらい、反対の隣に座る小学生ぐらいの少女が、女性の口についたソースを拭っている。

 そんな微笑ましい様子に時折ピンクの髪の少女が野次を飛ばしている。彼女の下にあるのは熱された鉄板の上でじゅうじゅうと音を上げるハンバーグ。

 赤い髪の女性は切り分けたステーキを口に運んでいる。横にある山盛りのサラダと、大盛りのライス。スープのセットに加えて大盛りカルボナーラ。明らかに彼女だけ食べる量が抜きんでている。だが決して彼女の品性を欠いてはいない。

 

 そんな見目麗しいの女性たちの仲睦まじい食事風景。

 控え目に言って、天国のような光景だろう。 

 男が一人、その中にいなければの話だが。

 

「あの野郎。あんなかわい子ちゃんたちと一緒の卓囲みやがって……」

「それに対して俺たちは野郎二人……」

 

 兄者が羨望と怒りの目線を男に向ける。

 弟者は逆に自分達の現状と比較して落ち込んでいた。

 そこに、兄者が優しく肩を叩いた。

 

「それ以上言うな。むさいのは俺だって分かってる。だが、俺たちにはそんなものよりもっとかけがえのないものがあるじゃないか……!」

 

 肉親という唯一無二の関係。しかも双子。

 その価値を生まれてからずっと知っている兄者は弟者を励ました。

 

「……兄者!」

「弟者!」

「モテなくても、俺たちの絆は不変だよな!」

「ああそうだ! 兄弟は仲良くあるべきだよな!」

「それじゃあ男同士、今夜は焼肉食いに行こうぜ!」

「あ、すまん。夜はこの前ナンパした女の子との約束あるから行けねえわ」

「……何だと?」

 

 双子の絆は、いともあっさり崩れた。

 

 

 

 

 

 

「……それで、次はどうするの? 」

 

 食事も食べ終わり、コーヒーに口をつけながらミアラージュは次の行動について話題を切り出した。

 ジュリアはこれまでに得られた情報を頭の中へ整理する。

 

「これまでの噂話を確かめに行くか、マクスウェルについてを調べるか、だな」

 

 解放軍に関与している可能性の高いマクスウェルが帝都に潜伏していることは判明した。《サバト・クラブ》と何かの取引をしていたことから、恐らくは帝都で何かを企んでいるのだろう。

 

「あいつらの話だとどこかに物資を運ぶつもりだったようだし、そこを突きとめて先回りすれば待ち伏せできない?」

「そう単純に行くかしら。もしかしたら襲撃を受けたことに気が付いて場所を変えてたりするかも……」

「ヘルの言うことも一理あるわね。ルーク、あんたはどう思う?」

 

 エステルはマクスウェルを一刻も早くとっちめたいようだが、ヘルはそう簡単にはいかないだろうと指摘する。秘密結社は一度取引現場の襲撃に成功しているが、あれはほとんどホーム化していた次元の塔だからできた奇襲だ。不慣れな帝都で同じことができるとは考えておらず、慎重な手段を考えていた。

 ミアラージュも同意を見せ、副官に意見を尋ねた。

 

「噂話を当たった方がいいと思いますよ。呪術師どもの話を聞いてた限り、アルカナさんが挙げてた名前の連中が全員グルの可能性がある。噂話もそいつらのことだと考えれば、先にこっちを片付けておきてえ」

「確かに、殺人犯とやらも放ってはおけないな」

 

 ジュリアも同意を示す。

 

「こういうのは手あたり次第に対処していけばいずれたどり着くもんだよ。リストに乗ってた奴の誰かが知ってるかもしれないしな」

 

 経験則に基づいたルークの提案。

 いきなり核心に迫るのではなく順序が大事だという彼の言葉は、同じく地道な手順を何よりも重視する研究者というエステルの価値観にそぐうものだった。

 

「ま、現実的に考えてそうよね。」

「おや意外だな。君の事だからもう少し食い下がるかと思ったが」

「確かにあいつを野放しにはしたくないけど、私たちだけが動いているわけじゃないしね。今夜あたり、メニャーニャがあの魔術師たちから何か情報を聞き出してくるんじゃないかしら」

「お、尋問か?」

 

 ルークが意地の悪い顔で茶化す。

 

「人聞きの悪い事言うなよ。ただの事情聴取よ……たぶん」

「いやそこは断言しろよ」

「だってメニャーニャよ? 情報を吐かなきゃ新薬の実験台か発明した兵器の的にするぐらいはしそうだもの」

 

 エステルの脳内には電光を纏いながら、怪しげな装置片手に迫る後輩の姿がありありと映し出されていた。

 

『ふふふふ……せ、ん、ぱ、ぁ、い♡』

 

 あれ、何で自分が実験台になってんだ?

 不穏な予感がしたエステルはぶんぶんと首を振ってその物騒な想像を振り払った。

 

「ピンク、それ本人の前で言うんじゃねえぞ?」

「まっさかー。冗談に決まってるでしょ」

 

 だが先ほどのビジョンが頭から離れないエステルだった。

 

「嘘から出た誠って知ってるか?」

 

 などと軽口を交わしつつ、作戦会議を進めていく。

 

 そんな時であった。

 

「もし、そこのお嬢さんがた」

「……え、私たち?」

「ええそうです。ちょっとお聞きしたいことがありましてね」

 

 声のする方を向けば、そこには一人の青年が立っていた。

 和国特有の着流しの下には大陸で馴染みの洋服。背には編み笠と布に包まれた長物。髪型も和国の侍の証の髷ではなく後ろ髪を軽く結んだだけ。人当たりのよい好青年といった見た目だ。

 

 

「あら、お兄さん何か用かしら?」

「ええ。実は人を探していまして。ちょうどこの辺りで待ち合わせの予定だったのですが……」

「まあそうなんですか。どんな見た目だったりしますの?」

 

 優し気な口調の青年に、ヘルラージュも自然体で接する。

 ルークは無言……いやかなり胡乱な目つきで青年をじっと見ていた。

 

「私の探している人なのですが、まず茶髪をしています」

「うんうん」

「そして目つきの悪い三白眼。」

「なるほどなるほど……あれ?」

「そうですね。ちょうどそこに座っている彼みたいな顔ですよ。まあ、ルークは冒険者ですからそのような仕立ての良い服を買う甲斐性はない筈です。軽装で身を包んでいるでしょうから、すぐに分かりますよ」

「あの……ちょっと?」

 

 男の言っていることがおかしい。というか目的の人物をヘルラージュは良く知っている。というかすぐそばにいる。そのことを指摘しようとしたヘルだが、和装の男は気にせずに話を続ける。

 

「まあ彼はその辺をほっつき歩いているだけでしょうからいずれ見つかるでしょう。それよりお嬢さん、この後の予定などは? なければぜひ私と少し話でもしましょう」

 

 誰がどう聞いても完全にナンパのセリフを言い始めた男に、ヘルは反論する隙が見いだせない。ミアラージュたちもいきなり現れた男の畳みかけるような行動に理解が追い付いておらず、そこに今まで黙っていたルークが遮るように口を開いた。

 

「あー、ちょっといいかな?」

「おおっと、連れ添いの方がいましたか。これは失敬」

「ちょうど俺も人を探してたところだから一つ聞きたいことがある」

「はい、何でしょう?」

薙彦(なぎひこ)ってやつを知らないか? 丁度目の前にいるような優男の皮を被ったナンパ野郎なんだが」

「おやおや。そんな不届き者がいるのですか、それは放ってはおけませんね」

「ああそうだ。……それで、なに人の女を勝手に口説いてんだ? なあ薙彦サン?」

「嫌ですねえルーク。この程度軽い挨拶じゃないですか」

「ハッ、女を転々としている奴なら確かに挨拶感覚で口説くわな。だが今のは見過ごせねえぞ。俺がいるのわかっててわざとヘルにコナかけただろ」

「まあそうですねえ。無駄に理想の高い貴方が見つけた相手とあっては、どれほどできた女性なのかと思ってつい声をかけざるをえなかったというか。ほんと、貴方がこんな女性とお近づきになっているとは思いもしませんでした」

「うるせえよ。……久しぶりだな薙彦」

「ええ。ルークもお変わりなく」

 

 嫌味と軽口の応酬を終え、二人は拳同士をつき合わせた。

 

 

 

 彼の名は始末ヶ原薙彦(しまつがはら なぎひこ)

 和国から大陸まで渡り、大阪人であるエルヴィス大徳寺と意気投合し、3年前までは《ナギナタボーイ》の通り名で《夜明けのトロピカル.com》の一員だった薙刀使いの青年。彼こそが、ルークに手紙を寄越した張本人であった。

 

「というわけでみんな、こいつが薙彦だ。お前も座れ、そこ空いてるから」

 

 ルークは自分達のいる六人席で唯一空いている一つを指さした。

 

「やれやれよっこいしょ。いやあ、貴方を探して大通りを歩いていましたけど、実際に顔を見るとなかなか男の面構えになったじゃないですか。男子三日合わざればと言いますが、三年とは長いですねえ。彼岸のエルヴィスさんが見たら馬鹿笑いしますよ」

「まったくだ」

「それで、そこの女性は貴方のこれですか」

 

 ルークの隣に座るヘルラージュを見て、薙彦は小指を立てた。

 

「これってお前……、まあそうだよ」

「ええ。ルーク君は私の頼れる副官ですわ」

「副官……、もしやそういう趣向(プレイ)ですか?」

「お前何言ってんの?」

「はは。冗談ですよ。というか貴方たちのことぐらい知ってます。秘密結社とはらしいっちゃあらしいですね」

「知ってたのか」

「案外有名ですよ。……それで、どこまでいきましたか?」 

「……どこまで?」

 

 不明瞭な問いかけにルークは聞き返す。

 

「いやほら、夜伽はもう済ませたのですかと」

「よ……っ!?」

「ちょっ、おま!?」

 

 猥談をぶち込んできた薙彦にヘルラージュは赤面し、ルークは狼狽えつつ抗議の声をあげる。

 これには他の3人もびっくり。

 

「わかりやすいですねえ。まだまだ子供という事ですか」

 

 二人の様子から、そこまでは進展していないと判断した諸悪の根源は肩透かしを食らったように言った。

 ぶっちゃけお互いが若干ヘタレなので、一線を越えられていないのだ。

 

「けっ、女遊びの激しいお前には分からねえよ」

「人聞きの悪いことを言わないでもらいたい。私はしっかり段階を踏んでからお嬢さんがたと交遊してますが?」

「段差を一気に駆け上がるのは清純とは言わねえ」

 

 下劣な話題をネタにする薙彦。

 この時点で、優男という初見での彼の印象は跡形も無く崩れ落ちていた。

 エステルはこれまでに出会ったルークの元仲間の誰よりも変な奴が来たなと思い、ミアラージュは妹にコナをかけようとした男に警戒の目を向ける。

 

「まあまあ、そこまでにしておけ二人とも。特に薙彦、天下の往来であまりそういうことを口にするな」

「おや、ジュリアさんじゃないですかお久しぶりです」

「ああ、久しぶり。まさかお前がルークの仲間だったとはな」

「こちらこそ、ルークと貴方が一緒にいるとは思ってもいませんでしたよ。世界とは狭いものですね」

「おっと、二人は知り合いだったか」

「お互い、色々と有名人ですからねえ」

 

 始末ヶ原薙彦は名うての傭兵として界隈では名が知られている。同じく傭兵のジュリアとも何度かともに仕事をした経験がある。

 

「やれやれ、出会い頭に口説きにかかるのは相変わらずだな」

「一期一会、という言葉が私の国にはありましてね。その場その場の出会いを大事にすると言うとても良い言葉だとは思いませんか?」

「それで女の子に会う度口説きにかかるのは違うんじゃないかな」

「可憐な女性を見かけたらその出会いを尊重しないのは、男としての不徳でしょう」

 

 堂々と最低なことを宣言していく薙彦。

 これでいて修羅場に遭遇した経験が殆どないのだから、彼の世渡りの強さが伺える。

 

「はは、お前と旦那は酒場でも常に女を口説いてたよな」

「エルヴィスさんですか、懐かしいですねえ。彼は彼で、中々に面白い男でした」

 

 薙彦は目を閉じ、今はいないリーダーの顔を思い出す。

 ルークが帝都を出た日、最初に着いた街でエルヴィスはルークを連れてある酒場へと赴いた。そこにいたのがアプリコとラプスだった。エルヴィスに集められた彼らと共にチーム結成を宣言するエルヴィス。そこにふらりと薙彦が現れたのだ。

 和国人であるその特徴的な服装を見てあっという間に薙彦を気に入ったエルヴィスは、彼をチームに入れることを快諾した。

 それは薙彦からすれば、エルヴィスは自分の国の文化に大きな理解を持つ人間として、少なくないシンパシーを感じた、とでも言うべきなのだろうか。

 

 当時のチームを思い出して感慨にふける様子を見せる薙彦に、ルークもまた懐かしさを覚える。

 

「しかし、わざわざ二重に手紙を寄越しやがって。普通にバッカスで待ってればよかったじゃねえか」

「ははは。昼間からずっとあそこには居づらいんですよねえ」

 

 時は二日ほど前までに遡る。帝都行きが決まり、薙彦が帝都に滞在していることを思い出したルークは彼に手紙を出した。自分たちがかつて利用していた酒場(サモンバッカス)へと発送し、言伝を頼んだのだ。その返信として二日後に届いた手紙には、詳しい居場所は酒場の店主に預けたという文面があった。そのため、ルークは酒場を情報収集の場所に選んだのだ。

 

「何だお前、また借金でも作ったか?」

 

 薙彦が酒場に居つかない理由など、大体借金がらみだろう。ルークはそう考え、実際にそれは的を射ていた。

 

「恥ずかしながらそんなとこです。別に取り立てを追い返すのは苦でもないんですが、連中も最近は学んだのか最近は待ち伏せとか考えてきましてね。この前なんて主人と共謀して酒に薬混ぜ込んできたんですよ。おかげで気に入りの酒場が一つ消えました。ひどくないですか?」

「むしろそこまでやって無事なほうがおかしいよ」

 

 しれっととんでもないことを言ってのける薙彦に、心底呆れた声でルークは言った。

 

 ――その一刀は悉くを薙ぎ払う。右に立つ者許されず。一騎当千の流浪人と名高き薙彦であったが、同時に荒くれたちの間では別の意味で有名だった。金を貸せば二度と帰ってこない。取り立てれば逆に命をむしられる。どうしようもない借金大王として。

 質の悪いところは、彼の実力は一流で、並大抵の取り立ては軽々と追い返してしまえることだった。

 

 そんな彼の在り方をルークは共に過ごした数年で散々目にしていたため、全く変わっていない薙彦の様子は嬉しいというより、こいつ何も学んでねえという呆れだった。

 

「全くしょうがない奴だな君は。その強さをもう少し仕事で活かせばすぐに稼げるだろう?」

「傭兵なんて足元を見られるばかりですよ。そういう貴女は良い生活が出来ているみたいですね」

「私は倹約を心がけているからね」

 

 ジュリアは苦笑した。

 自分には単に浪費するような趣味がないだけなのだが、それはそれとしてこの男の金使いの粗さはアレだ。傭兵仲間には金に困窮し続けている者も多いが、彼に関してはただの散財である。

 傭兵たちの命を預かることが多い身として、少々刹那的すぎる生き方のこの男に対して、一、二言物申さずにはいられないというのは人情というものだろう。

 

「そうですか。それにしても相変わらず美しい髪だ。また多くの修羅場を潜り抜け、多くの人を守ってきたと見えます。さぞ徳を積まれたことでしょう。そこで、ちょっとこの哀れな私に路銀を少しばかり恵んでさらに徳を積んでみるのはどうですか?」

 

 畳みかけるような称賛を口にする薙彦。そして最後にさらっと金をせびろうとしている。彼が持つ柔らかな笑みとこのような口説き文句で、彼にときめいた女性は少なくない。

 当然だがジュリアには通用しない。むしろこの流れで自分に金を無心してきたことで、言いたいことがまたもう一つ増えたほどだ。

 

「ははは。君は世辞が上手いなあ。……それで、二千五百ゴールドはいつ返してくれるのかな?」

 

 ジュリアが真面目な声で言った。

 どうやら、既に彼女からは金を借りていたらしい。

 よりにもよってな内容に、全員が怪訝な表情で薙彦を見る。

 当の本人は悪びれた様子も無く、ただ疑問に首を傾げた。

 

「あれ。あなたに借りたのは千ゴールドだったはずでは?」

「私の分はな。だが、お前はどうやらアルフレッドから千五百ゴールドも借りたらしいじゃないか? いくら私でも流石にこれは見過ごせないな」

「あらら。お知り合いでしたか」

「アルフレッドは気のいいやつだからあまり気にしてないと言っていたが、これは私がビシっと取り立てておくべきかもしれんな」

 

 流石に弟分にまでたかっていたことには怒りを覚えているのか、ジュリアも普段は見ることのないほどの厳しい表情だ。

 

「ねえ。こいつもしかしなくても度し難い人間の屑ね?」

「そうだよ。こいつは酒と博打で金をスッてはいたるところに借金して踏み倒すクソ野郎だ」

 

 自分たちの仲間から金を借りているという事実が次々と発覚していくこの男に対するミアラージュの率直な感想をルークは肯定した。自分の亜侠仲間がどれもこれもチンピラなのは自分が一番よく自覚している。

 

「仮にも昔の仲間にひどい言いようですね?」

「そう思うなら今すぐ千ゴールド返せ」

「生憎、宵越しの銭は持たない主義なので」

「それで人に金を借り続けていたら情けないよな」

「ええ。良い人たちとの出会いに恵まれるばかりです。このような人でなしには勿体ないばかりの天運と言えるでしょう」

「その無駄に回る口も相変わらずだな」

「はは。貴方には負けますよ」

 

 ルークが皮肉を飛ばすが、この程度の舌戦では薙彦の足元にも及ばない。

 ここで何を言ってもほとんど暖簾に腕押しと判断したルークは、彼にとって一番の爆弾を投下した。

 

 

「お前そんなんだからラプスに愛想尽かされたのにまだ懲りてねえのかよ」

「――」

 

 

 薙彦の表情が一瞬固まった。

 すぐに調子を戻したが、その額には汗が浮かんでおり、動揺しているのが目に見えて分かる。

 なるほど、図星だったらしい。

 

「……なんでそれがバレてるんでしょうねえ。もしかして彼女と会いました?」

「ああそうさ。おまけにお前の話題を出そうとしたらだんまり決めやがった。お前何やらかした?」

「それがてんで心当たりが。立ち寄った村でいい感じの女の子に振られて宿屋に帰ってきたら、四階から窓の外に蹴りだされたんですよね」

「十中八九それが原因じゃねえか」

 

 ルークのチームが解散した後、ラプスと薙彦は共に旅を続けていた。お互いが修行相手として最適だったと言うのもあるが、解散前からなんとなくそういう雰囲気になっていたのはルークも知っていた。ラプスの面倒見の良さは知っているのでルークも大丈夫だろうとは思っていたのだが、ここ最近になってついに堪忍袋の緒が切れたようで最後は薙彦が語るように四階から蹴り落されたという壮絶な破局だった。

 ちなみに、ルークがこの事実を知ったのはつい先日ハグレ王国を訪れたラプスとの世間話の中で、つい薙彦の話題を口にしたことがきっかけだった。

 

『そういやよお、お前薙彦は一緒じゃねえのか? 俺と別れた時も一緒だったじゃねえか』

『あ”ぁ”?』

『おおう、予想外の反応……。何かあったのか?』

『――別に、何もねえよ。けどナギの話はするんじゃねえ。あいつがどこで何やってるかなんて知った事じゃねえ』

『おいおい。なんだそれ。お前らしくねえな』

『うるせえな。あいつの話はしたくねえんだよ』

『……もしかして喧嘩した?』

『してねえ! ……とにかく、今はあいつの名前を口にするんじゃねえ! いいな!!』

『アッハイ。わかったよ』

 

 ――と彼女にしては珍しい拗ねるような口ぶりだったのが酷く印象に残った。あの口ぶりからするに、まだ未練はあるのだろう。それはそれとして絶対に自分から仲を修復する気はないらしい。当然である。

 そして未練があるのは薙彦も同じだ。普段なら女性関係の失態を指摘したところでどこ吹く風の彼がここまで狼狽するとは、よっぽどラプスの側は居心地が良かったのだろう。昔のルークならそのあたりの機微には疎かったが、今の彼ならばその気持ちを十分に理解できる。

 

「というかなんで生きてるの貴方?」

「こいつ暇さえあればラプスと組手やってたからな。受け身ぐらいなら眠ったままやってもおかしくねえ。薙彦、次にラプスと合ったら謝っとけよマジで?」

「いやあ、流石にあれをやられると私もまだ気持ちの整理がついていないというか……。ルーク、ちょっと間に立ってくれません?」

「生憎おれはまだ生きていたいんでお断りだ」

 

 二人の戦いは組手ですら危険だ。互いに殺す気はなくとも手加減というものが一切ない。それがガチの喧嘩になった場合、周りに立っているだけでも被害が及びかねない。

 

「つれないですねえ。ところでこれは根本的な疑問ですが、そもそもとして何故私に手紙を?」

「あん? なんてことはねえよ。帝都にお前がいるって聞いたから面合わせる気になっただけだ。昔の仲間を訪ねるのに理由がいるか?」

「それは確かに。しかし、誰が私の場所を? もしやアプリコさんとも会ってます?」

「そういうこった。あの人が帝都でお前と会ったと聞いた」

「そうでしたか。いやあ、あの人もお年なのに元気ですよね。今は解放軍とやらにいるんでしょう?」

 

 転職したみたいなノリで放たれたその言葉に一同に衝撃が走る。

 この男は知己がテロリストとなっていることを知りながら、平然とそれを受け入れているのだ。

 

「おま……そこまで知ってんのかよ!?」

「ええはい。君の技前は強く買っているから用心棒にならないかって、わざわざ丸腰で話を持ってきましたよ」

 

 それを聞いて、ルークは最悪の展開を予想した。

 

「……それで、どうしたんだ?」

「アプリコさんには悪いですが断りました。革命とか正直堅苦しいですし、ハグレがどうちゃらも私にとっては薙刀を振るう理由にはなりません」

 

 心底つまらなさそうに薙彦は言った。

 ルークは安堵すると同時に、彼らしいとも思った。

 彼は武侠としての矜持を持っている。それがどういうものなのかはルークの知るところではないが、少なくともアプリコたちの妄執とは決定的に違うものだ。

 

「だよな。お前はそういうやつだ」

「ああ。貴方達ももしや話を持ち掛けられましたか?」

「いいや。直前まで味方面して見事に罠に嵌めてきやがった」

「あー。あの人は割と平気でそういう事やりますよね」

 

 薙彦は合点がいったように頷いた。

 アプリコの軍人哲学に基づいた非道戦術の数々はきわめて合理的で恐ろしいものだ。

 もしそれが自分に対して振舞われた時、どれほど厄介かなど仲間であった身からすれば嫌というほど想像できる。

 

「しかし、貴方もよく生きてるものです。その生存能力の高さは見習いたいものですね」

「習う必要がないぐらい世渡り上手いやつが何を言ってやがる」

 

 お互いの往生際の悪さを笑い合う。

 

「ああ、そういえば。そもそもルークは帝都(ここ)に何の用件で?」

「そうだな。それじゃあ、真面目な話をしようじゃねえか」

 

 ルークは薙彦に対して自分たち仕事について話すついで、せっかくなので彼にも手伝わせることにした。

 

「おい、薙彦。どうせ暇なんだろ。なら俺たちの仕事を手伝ってくれ」

「内容は?」

「帝都の見回りだな。怪しい連中を片っ端からぶちのめすお前向きの仕事だ」

「マンハントですか。一日いくらです?」

「二千ゴールド」

「五千ならやる気が出ます」

「三千だ。その代わり賞金首を獲っ捕まえたら半額くれてやる。借金もチャラだ。それでいいかリーダー?」

「え、ええ。 別に私は構いませんけど……」

「という訳でだ。この依頼請け負うか?」

「いいでしょう。それでは今から自分は貴方たちの仲間です。よろしくお願いしますね()()()()()()()()()?」

「……お前」

「ふふ、先ほどのお返しですよ」

 

 薙彦がさりげなく自分たちがどこに属しているのかを知りながらも隠していた事実にルークは舌を巻きつつ、助力してくれることは素直に喜んだ。

 

「まあいい。お前がいるなら百人力だからな。しかしあっさりと請け負ったがいいのか?」

「ええ。貴方との仕事でしょう? であれば大体愉快なことにはなりますからね」

「ちょっとルーク、本当にいいのこんな奴に手伝わせて?」

 

 先ほどまでの発言から完全に信用を無くしたミアラージュが猜疑の目を向ける。

 

「それについては同感だ。だがまあ薙彦はつええよ。下手したらラプスよりもな」

 

 ルークは苦笑しつつも誇らしげに言った。昔の仲間について、彼は決して嘘を言わない。

 

「最近は張り合いのない相手ばかりでしたからね。折角なのでこいつを存分に振るってみせますよ」

 

 背中に背負った薙刀を指さして、薙彦は楽しそうな口ぶりで言った。

 先ほどまでの飄々とした言動と和服が相まって、さながら柚葉を連想させる。

 

「ねえ、和国人ってこういうのばかりなの?」

「こいつや柚葉が特に変わってるだけだ。そう思いたい」

 

 こうして、ろくでなし一人を加えたルーク達は再び帝都の闇へと足を踏み出すのだった。

 




〇流石兄弟
 ただのモブです

〇始末ヶ原薙彦
 ルークの仲間。薙刀の名手
《夜明けのトロピカル.com》のメンバーの中で一番最後の登場となった
 柚葉とは別の方向に変な人

〇ラプス
 意外と繊細

〇夜明けのトロピカル.com
 メンバーはこんな感じ

 エルヴィス大徳寺 リーダー ハグレ
 アプリコ     参謀   ハグレ
 ラプス      荒事屋  ハグレ?
 始末ヶ原薙彦   技術屋  和国人
 ルーク      道化師  帝国人

 ちなみに秘密結社ヘルラージュはこういう想定
 ヘルラージュ   リーダー
 ルーク      参謀
 デーリッチ    道化師
 ローズマリー   技術屋
 ミアラージュ   マネージャー

 いつも感想やここすきありがとうございます。
 感想があると作者が喜びます。
 誤字脱字報告。文章抜けなどの指摘も随時受け付けております。

 次回は帝都編一日目の夜です。


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その52.帝都動乱・一日目(5)

夜の探索パートです。


『一日目・商業区』

 

「ひとまず、今回の状況を整理するぞ」

 

 薙彦を加え入れたルーク達は、改めて状況を整理することにした。

 

「今回俺たちが請け負ったのは帝都に潜り込んだテロリスト容疑者の確保ないし撃破。どんな奴が潜り込んだのは事前にアルカナさんが調査してくれた。ここまではいいか?」

「構いませんよ」

「じゃあ順に挙げていくぞ。まずは俺たちがさっきカチコミした『サバト・クラブ』。こいつらが最優先確保対象のマクスウェルっていうクソ野郎と何らかの取引をしていたのが分かっている。俺たちが乗り込んだのはもう知れ渡っているから、もう一度アジトに向かっても収穫は薄いだろう。一先ず協会からの情報を待たなきゃいけないな」

「おやおや、もうはしゃいだ後でしたか」

「まだまだこれからだよ。次に『丑三つ時処刑互助会』。こっちも権力者の暗殺を生業にしてるカルト集団だ。正直それ以上の事は知らない。優先度は低めだ。むしろ数だけは多い『業』のほうが厄介かもしれないな。まあ、こいつらは前にデーリッチ達にボコられたみたいだし、ビビッて逃げてくれるか引っ込んでくれるなら嬉しいが」

「げ、あいつらまだ懲りてないっての!?」

 

 かつてエステルに差し向けられた暗殺ギルドは当時のデーリッチ達によって撃退された。とはいえ、命を奪ったわけではなく飽くまで追い払っただけなので、もう一度勢いを取り戻してきたといったところだろう。

 散々追い回されたことの恨みが蘇ってきたのか、エステルが怒りに震え出す。

 

「くっそ、あの時もうちょっとコテンパンにしとくべきだったかしら」

「まあまあ、見つけたら適当に凹ませるぐらいでいいだろ」

「今度こそ再起不能にしてやるわ」

 

 ぷんぷんなエステルを尻目に、ルークが説明を再開する。

 

「あとは『ギガース山賊団』……なんでこいつらいるの?」

「それって確かヘルたちが最初の仕事でやっつけた連中でしょ? 気にする必要ある?」

「ない」

 

 即答するルーク。哀れギガース山賊団、彼らはまたしても出番に恵まれないのであった。

 

「そして次は『装甲十字軍』、こいつらもまあ、わざわざ帝都の外に出なけりゃいいだけだな」

 

 装甲十字軍は悪質な暴走集団ではあるが、帝都の中にまでは入ってこない。定期的に街道を爆走することによる示威行為は帝都の威信に関わるものだが、もとより無いものがどうして地に落ちようか。もし彼らが仮に帝都の中にまで入って狼藉を働いたのであれば、帝国騎士団が面子の為に出張ってくるだろう。そのため、ルーク達からすれば制圧しに行く必要性はあまりなかった。

 

「そういえば昔、私と君で連中を振り回してやりましたよね」

「あったあった。ジーザスを追い抜いてやった時の奴さんの顔、ありゃ今でも思い出せるぜ」

 

 彼らがチームで活動していた頃、なんやかんやあって装甲十字軍に追われる羽目になったことがある。ルークと薙彦はその時にチームの殿を任され、持てる限りの手段で十字軍を妨害しまくり、見事振り切ることに成功した。輝かしい武勇伝の一つだ。

 

 そんな昔話に花を咲かせる二人だが、ルークはすぐに真剣な顔に戻った。

 

「……問題はここからなんだよなあ。『始末屋ノック』、『顔面蒐集家(スキンコレクター)グエン』、『死霊術師(ネクロマンサー)アドベラ』。この3人は、ヤバい」

 

 ルークはこの3人についてよく知っていた。冒険者として生きてきたのならば常識とも言えた。それほどに有名な人物なのだ。

 

「まず『始末屋ノック』。武器も持たずに肉体だけで警備を掻い潜って暗殺をする凄腕の武闘家。たまに用心棒を請け負ったりするらしいが、まあ些細なことだ」

「彼の偉業は良く知ってるよ。数年前に貴族が護衛として雇った腕利きの傭兵団の警備網を突破してその一族を暗殺した伝説がある。ミスリル鉄をまるで飴細工のように捻じ曲げ、ガラスを指でくりぬいたらしいよ?」

「それ本当に人間なんですの?」

 

 あまりに人間離れした逸話にヘルラージュがつい疑問を挟んだ。

 

「でもラプスなら同じことできるよな」

「できますねえ」

「あの人も大概ですわね!?」

 

 どうやら人間離れした芸当ができるのは他にもいるらしい。世界って広い。

 

「まあ、それ以外にも悪名高い男だ。私たちも全員でかからなければまず太刀打ちできないだろうな」

「ジュリアさんの言う通りだな。それで、次は『顔面蒐集家(スキンコレクター)グエン』。こいつは殺した相手の顔の皮を剥ぎ取ることで有名な殺人鬼だ。基本的に都市の路地裏や、村から少し離れた洞窟で犠牲者が見つかることが多いな。犠牲者に共通していることといえば、美形だと評判がある人間が多数だな」

「ここにいる人たち大体当て嵌まりますねー」

「縁起でもないこと言わないでくれます!?」

 

 顔面偏差値が高いハグレ王国の女性陣であるが、こんなことを評価されても全然嬉しくはない。

 

「ま、何度か冒険者に追い詰められているから実力はそこまで高くはないな。ただ逃げ足と殺しの手際に関してはかなりの達人だ」

「去年ぐらいですかね。グエンの討伐に意気揚々と名乗りを上げた冒険者のお坊ちゃんが、翌日には血で挑発のメッセージと共に無残な姿で見つかりました。まあ、私ならそのようなヘマはしませんが」

 

 ほとんど世間話のように語る薙彦。その表情に哀れみや侮蔑の感情はなく、ただ淡々と事実を確認しているだけである。その様子に少なからず奇異の視線が向けられる。

 

「はいはい。お前そういうとこだよ」

 

 ルークからすればこの程度は平常運転。特に何も感じず適当にあしらい、最後の危険人物についての説明を始める。

 

「……ま、こいつについては気を付けていけば問題はないと思いますよ。ただ、『死霊術師(ネクロマンサー)アドベラ』。こいつが最も厄介かつ危険だ。どうしてかって言えば……わかるだろ?」

「ええ。少なくとも、彼女のことを知らない人間はここにはいない筈よ」

 

 ジュリアも、エステルも、ヘルラージュも、その言葉に無言で頷いた。

 彼女達だけではない。帝都近辺で活動する冒険者ならば、アドベラという女について知らないということは在り得ない。

 

「死霊術の天才。『カルメンの悪夢』の中心人物。冒険者ギルドの最高額の賞金首。……特級の犯罪者がこの街にいると言うのは、それだけで落ち着かないな」

「思い出すだけで腹立たしいわ。あの女は死者に対するリスペクトというものが全くないくせに、死者を弄ぶという点においては私以上よ」

 

 ジュリアがアドベラの所業を列挙する。ミアラージュはまるで直接顔を合わせたことがあるかのような口ぶりで嫌悪の表情を隠しもしない。

 

「……会ったことがあるんですか?」

「ええ。どこからか嗅ぎつけてきたのやら、二年ぐらい前に黄泉還りの禁術を奪おうと私の下に来たのよ」

「うそでしょ!?」

 

 ヘルラージュにとってその話題は無視できるものではない。自分たちラージュ家の悲劇の原因となった禁術が第三者の手に渡るなど決して許してはならない。もしそうなった場合、同じような惨劇がどこかで繰り返されるのは目に見えていた。

 狼狽する妹を安心させるようにミアラージュは続けた。

 

「ま、ちゃんと追い返してやったけどね」

「さすがはお姉ちゃん!」

「……でも、あいつがかなりの使い手であることは変わらない。恐らく、ハグレ王国として戦う必要があるかもしれない相手よ」

 

 それはつまり、デーリッチ達の力を借りる必要があるという意味である。ミアラージュにここまで言わせる人物というだけで、その実力が窺い知れるというもの。

 

「そうだな。ゴーストハンターの追跡も返り討ちにし続けるかなりの危険人物だ」

「ええ。用心するに越したことは無いわね」

「賞金首というから誰が出て来るかと思っていましたが、これは中々腕が鳴りそうです」

 

 全員の意識が引き締まる。

 ……約一名、何でも無いように涼しい顔をしている者もいるが、彼に関してはルークが気にするような素振りを見せないので、追及する者もいなかった。

 

 

 

 情報共有も終わり、テロリストの居場所を突きとめるため噂話の内容を当たっていくという方針が固まったルーク達はひとまず二手に分かれることになった。

 

 A班がルーク、ヘルラージュ、薙彦。

 

 B版がエステル、ジュリア、ミアラージュ。

 

 それぞれ主力となる物理、魔法をラージュ姉妹によって強化できるバランスのよいパーティである。

 

「それで、まずどこに行きますか?」

 

 人食いワニが出没したと言う下水道。人魂の目撃情報があったと言う廃墟。そこに呪術師たちが話していた内容から墓場を加えて、調査候補は三つ。この中から二つを選ぶ必要があった。

 

「薙彦、お前何か知らないか?」

「ああ、下水道の噂なら知っていますよ。 最近あそこには人食い魔獣が出るとかいう話で、肝試しついでに退治に乗りだす冒険者が後を絶たないんですよ」

「へえ。なんでまた」

「元々は地面の下から何かの唸り声が聞こえるとかだったんですよ。そこに貴族や好事家がペットとして飼っていた猛獣が逃げ出したとかいう尾ひれがつきまして。確証も無い報奨金目当てに探しに行く馬鹿が出たというわけです。ちなみに、最初に探しに行った人、まだ帰ってきて無いようですよ?」

「まあ、無事に帰ってきたならここまで噂にはなってはいないよなあ」

 

 本当に何もなかったのなら無事に帰ってくるはずだ。だから帰ってこなかったと言う事はそいつは下水に潜むナニカに喰われたのだ。じゃあ何が棲んでいる? そりゃおめえ水場なんだからワニだろ。そういうわけで、あっという間に下水ワニの話題は短い間に都市伝説の仲間入りを果たしたのであった。

 

「実際は足を滑らせて溺れて死んだとかがオチでしょうけど。貴方がたの言うように、帝都に潜り込んだ魔術師が秘密裏に通路として使っていてもおかしくはありません。もしかしたら口封じに消されてる可能性もなくはないでしょう」

「んじゃ下水は調査決定。もう一つはどうする?」

「廃墟を調べた方が良いだろうな」

「というと?」

 

 即決したジュリアにエステルが理由を尋ねる。

 

「殺人事件の場所だ。ここにあった新聞を読んでみたらもう少し詳しいことが書いてあった」

「いつの間に……」

「君たちが目の前でいちゃついている間だよ」

 

 ジュリアが昨日の分と今日の朝刊を手に持って見せる。

 帝都一の購読率を誇るHW(ハローワールズ)新聞社が発行するそれには、式典や世論についての記事や商店街の広告に目を惹かれるが、殺人事件についての情報もしっかりと書かれていた。目撃情報を収集しているのか、犯行現場についても詳しく記載されていた。

 

「流石はHW。情報量については帝都広報よりも上を行っているな」

「だってあれに載ってるのほとんど貴族のプロパガンダじゃないですか」

 

 マスコミと政府の癒着である。実際、帝都新聞局の発行する帝都広報は『大陸中の真の情報を迅速にお届けする』という謳い文句を掲げてはいるものの、その実態は支援先の貴族による情報操作のオンパレードだ。あまりにも露骨すぎて、無学な低下層民や村人であってもわかるぐらいには欺瞞に塗れている。騎士団の帝都内犯罪検挙率もサバを読んでおり、信ぴょう性があるとすれば宮廷からの公布か、天気予報ぐらいのものだろう。

 

「ま、こっちはその分どうでもいい情報も多いけどな。路地裏の猫の情報とか、どこぞの店主の不倫の話とかさ。暇つぶしには丁度いい」

「えー? 商店街のクーポンとかたまについててお得だろ?」

「私は毎日四コマを楽しみにしているぞ」

「私はドッグダービーの予測が好きですねえ」

 

 各々が新聞の好みの部分について話しだす。

 

「はい話ずれてる! 話ずれてるわよ!!」

 

 話が脱線し始めたので軌道修正をするミアラージュ。ローズマリーがいない現在、ツッコミ役は彼女に一任されていた。ツッコミを受けたジュリアは何でもなかったように話を戻した。シリアスとボケをシームレスに移行できる図太いメンタルこそが彼女の強みである。

 

「おっと失礼。とにかく、これまでの犯行現場はバラバラになってはいるが、逆に言えばそれぞれの現場に一定範囲が重ならないように引き起こされているともいえる。そう考えれば、噂の廃墟はどの現場からも離れている。確かめに行く価値はあるだろう。もしかしたら鉢合わせになるかもしれない」

 

 ジュリアは魔物相手の傭兵ではあるが、賊の退治についても経験がある。遊撃を得意とするルークたち秘密結社とは異なり、どっしりとした安心感が彼女にはあった。

  

「んじゃあ、廃墟はそっちにお任せしましょうか」

「そうだな。ならば下水道はルーク達に任せていいか? 君達のほうがフットワークが軽く、何があっても対処できるだろう。ヘルちんにはちょっとつらい思いをさせてしまうが……」

「あら、私ですか? 特に問題はありませんわよ?」

「そうか。案外強かだな君は」

 

 身だしなみに気を遣う乙女としての心配を口にしたジュリアだったが、ヘルラージュが泣き言を言うことなくすんなりと受け入れたことに少々面喰らった。だが、彼女の土壇場での根性の強さを思い出してみれば

特に違和感は無かった。

 

 そういう訳で、両チームとも、捜査に取り掛かるのであった。

 

「ルーク、ヘルのかわいい顔に汚水がかかろうものなら……わかってるわよね?」

「重々承知してますよ」

 

 過保護気味な姉からのプレッシャーに、ルークはこの人のほうがヘルに依存しているのではないかと思った。

 

 

 

 

 

 

 下水道に足を踏み入れれば、肥溜めと生ごみ処理場が一緒になったような、顔を顰めたくなる汚臭がルークの鼻を刺激する。これまでの冒険の中で似たような匂いは何度も嗅いできてはいるが、生理的嫌悪を齎すこの臭いに一生慣れることは無いだろうし、慣れたくもなかった。

 

「足元は気をつけてくださいよ」

「はーい」

 

 梯子を下りて来る二人にルークは呼び掛ける。ヘルラージュは何事も無く足を降ろし、薙彦が続いて下りた。なお、薙彦は草鞋だったので慌ててブーツに履き替えてきたのであった。

 

「あ、ちょっと待っててね」

 

 いざ探索開始というところでヘルラージュが呼び止める。

 

「何です?」

「今から匂い避けの風を張るわ。すぐに終わるから心配しないで」

 

 ヘルラージュが魔力を行使すると、変化はすぐに表れた。

 ついさっきまで我慢していた鼻に来る汚臭がきれいさっぱり消え去っていたのだ。

 

「おや、これは便利ですね」

「いつもやってる風の防御を応用しただけですわ。匂いも空気の流れなら一緒よね?」

 

 普段のダンジョンで周囲の空気の影響を消し去るのはむしろ状況をわからなくするのだが、今回は非常にありがたい。ミアラージュの懸念はひとまず大丈夫そうだなとルークは安堵した。

 

「いやすげえな、こんな魔法いつ身に着けたんだ?」

「そう? やってみるのは初めてだったけど、上手く行ったならよかったわ」

 

 ヘルラージュははにかんだ。何やらしれっとすさまじいことを言ったような気がするが、彼女もまた才能に溢れた魔法使いだ、これぐらいの事はやってのけるだろう。相方としても鼻が高いルークだった。

 

 

 暗闇の中、ランタンの光を頼りに進んでいく。

 今の所、特におかしなものはない。せいぜい、ねずみや虫が足元をうろちょろしているぐらいのものだった。

 

「ルーク君と薙彦さんって、元々同じチームの仲間だったのよね?」

「ああ、そうだよ」

「今までもルーク君の仲間とは会ってきましたけど、皆さん想像以上の方たちでしたわ」

「おや、私たちのことは何と伝えていたのですか?」

「とても楽しい人たちだったと。特にエルヴィスという人には命を預けていたとまで」

「ははあ。君らしい言いぶりですねえ」

「なんだよ文句あるのか?」

 

 薙彦のにやけたような言い方にルークは照れくさそうな顔をした。

 

「ま、あの人については私としても中々面白い御仁でしたよ。実力はともかくとして、冒険者としての胆力はありました」

「あら? てっきり皆さんのリーダーだというから、とても強いのかと思っていたんだけど」

「はは。実は力比べなら下から二番目でしたよねえ」

「まーな。旦那はかなりの法螺吹きだったからな。ま、俺はガキだったからそれに気づけたのはついて行ってから半年ぐらい経ってからだったけどな。それでも、あの人からは色々と学べることが多かったのは確かだ」

「まあ、毎日を楽しそうに生きてましたからね。あの時はそれだけでも、眩しく見える人が多かったと言う事でしょうね」

 

 五年前の帝国は、ちょうどハグレ戦争の傷跡が治り始めた頃。ハグレを取り巻く社会問題も多く、それなりに世情が暗い時期であった。そんな時に良く言えば勇敢な男が、悪く言えば無鉄砲な馬鹿が現れれば、それは一種のカリスマとして働く。エルヴィスはそう言った時期に颯爽と現れたスターだったのだ。たとえその正体がどこにでもいるチンピラであったとしても、彼がルーク達を魅了し、共に痛快な旋風を巻き起こしたのは確かであった。

 

 そして、その話をする時のルークの無邪気な顔が、ヘルラージュは好きだった。

 

「ま、今となってはしょうもねえ話さ」

「そうでもないですわ。私、ルーク君の昔話はもっと聞きたいですわ」

 

 そういうヘルラージュだが、ルークとしては複雑な心境である。彼女の為ならば武勇伝を語るのはやぶさかではないものの、それでも亜侠として活動していた時代は、若気の至り的な部分もあり若干気恥ずかしいのである。特に、未熟な時期にやらかした失敗なんかはあまり話したくはない。

 

「なるほどなるほど。それなら私が教えてあげますよ。それこそ拍手喝采の大活躍から恥ずかしい大失敗まで、彼の話を聞きたいですよね?」

「なっ、てめえ何言ってんだ!」

「はい! それはもうルーク君のあれやこれやを!!」

「ヘルさんんん!?」

 

 なんてことを提案してくれた、という薙彦への抗議と、そんなに乗り気にならないでよというヘルに対する懇願の混ざった叫びである。

 己のプライドの為にもここは抗議せざるを得ない。

 

「大体ね、今までお互いの過去に深入りはしませんとか言ってましたけど、私の過去については殆ど知られちゃったじゃない。それで私がルーク君の過去を知らないって言うのは、ちょっと不公平じゃないかしら?」

「むう……そう言われるとぐうの音も出ない」

 

 不可抗力ではあるのだが、その理屈はルークには効果があり、あっさりと引き下がらざるを得なかった。

 

「でしょでしょ! せっかくだから、この場で色々聞いてしまったほうがいいと思ったのよ」

 

 滅多にない機会だからか、ヘルラージュはこのような場所には似合わないほどのはしゃぎ様だ。

 

「それじゃあ何から話しましょうかね。唯一未成年だった時に無理して酒飲んで酔いつぶれた話とかどうでしょう」

「あら、昔から可愛いところがあったのねルーク君ったら」

「やめてくれよ」

「昔っから背伸びしがちなんですよねこの小僧は。あれから酒に溺れるような真似はしていませんね?」

「お前にだけは注意されたくねえなこの生臭坊主」

「生憎、私は既に破門された身ですので」

「それはそれでどうなのかしらね……?」

 

 

 

 探索を開始して、しばらくが経過した。

 ここまでの距離を考えるに、商業区は一通り確認しただろうか。

 位置としては工業区と隣接する辺り。

 時間はもう一時間ほど経過しただろう。

 怪しいものは見つからず、一度外に出てみるべきだろうかとルークは考えた。

 

「そろそろ一度地上に上がって――」

「ルーク、一旦下がるといいでしょう」

「あん?」

「そこ、危ないですよ」

 

 ルークは薙彦が指さした先を見て――、

 

 

 

「……は?」

 

 息を呑む。

 

 ソレは汚水より這い出でた。ぶるり、と身を震わせて汚水を弾き、穢れた息を吐き出した。

 胴体を覆うは固くしなやかな体毛を持った強靭な山羊の毛皮。それを支えるのは鋭い爪を有する狼の四肢。その頭部は鬣を靡かせる獣の王者。ランタンの光を反射し、爛々と光る赤い目が真っ直ぐに自分たちを見据えている。

 

 ルークの知識は、この魔物の正体を導き出す。本来ならば合わさる事のない魔獣の部位が一体に収まった、自然界においてはあり得ざる存在。外法邪法の類によって生み出される、――あるいはあらゆる意味を内包する混沌の海からならば生れ出る――生態系を逸脱した正真正銘の()()に他ならない。

 

合成獣(キメラ)……!!」

 

 

 

 

 

 

 一方そのころ。

 

「おいおい……何が人魂だよ……

 

 

 

 どこからどうみても、屍者の群れじゃないか……!!」

 

 居住区の廃墟に足を踏み入れたエステル達。

 彼女たちを包囲する、複数の人影。

 それらすべてが、だらしなく口を開けて、エステル達に焦点の合わぬ目を向けていた。

 

 ここは、アンデッドの棲みかであった。

 

 

 

 

 

 

 ――引き金を引いていた。

 

 突入前にあらかじめ、何かあった時にブチかませるように準備はしていた。魔物相手に効果が薄いとはいえ、それでも強力である銃火器の練習は何度も行った。そも、飛び道具であるのだから、出会い頭の射撃など、短剣を投げつけるのと大した変わりはない。

 

 故にルークはキメラを視界に収めた瞬間、ほぼ反射的に拳銃を抜き放ち、その引き金を引いていた。

 

 火薬の爆ぜる音。三連銃火。

 

 ドリントルが実物を持ち込み、ジーナによって量産された三十八口径弾がキメラの眉間目掛けて吸い込まれる。

 だが――、

 

「GRRRRRR!!」

「ちっ、やっぱり効いちゃいねえ!」

 

 魔法による防御も重ねられているのだろう。野生の力に溢れるその毛皮は悠々と銃弾を受けとめた。

 眉間に一発、やや上の額に二発。人間の皮膚なら容易に貫通しうる威力。魔法が台頭するこの世界では軽んじられているが、決して侮れるものではない。それでも魔法による防壁とは驚異の一言で、キメラにとっては多少鋭い石が刺さった程度のダメージしか与えられなかった。

 それでも多少怯むぐらいはしろよなあ、と内心毒づきながらルークは横に跳び退く。その一秒後に、彼のいた場所を鋭い爪が通り過ぎていった。

 

「っぶね……」

 

 驚嘆するのもつかの間。

 ルークは即座に短剣へと得物を持ち替え、キメラの胴体に斬撃を浴びせる。

 

 ――その前に、食らいついて来た蛇の牙を刃で受け止めた。

 

「ちっ……!」

 

 暗がり故に視認できてはいなかったが、蛇の息遣いはちゃんと把握していた。故にこの奇襲にも対処できた。その隙を補うように風の刃が胴体を切り刻む。突然の遭遇だったが、ヘルラージュも戦闘の準備は常にしていた。伊達で長年コンビを組んではいない。

 効かない鉄砲よりも魔法使いを脅威として認識したのか、キメラはヘルラージュに向けて飛び掛かろうとする。その首筋を刃が撫でた。

 薙彦は背負った布から解いた薙刀を、キメラの動脈目掛けて振り下ろしたのだ。

 

「――はっ」

 

 出血はない。強靭な毛で威力が殺されていた。

 薙彦は手ごたえの薄さを気にも留めず、振り下ろした薙刀を即座に振り上げて二度目の斬撃をお見舞いする。先の一閃と寸分たがわぬ軌道をさかしまになぞった刃は、薄くなった毛の防御を抜いて毛皮を切り裂いた。裂傷が生じ、真っ赤な血が弾けた。薙彦は内心で舌を巻いた。傷が浅い。想像よりも強靭な毛皮だ。薙彦は一度距離を取った。

 

 仕切り直しだ。

 ルークと薙彦がキメラと正三角形を結ぶようにして立ち、ルークの後ろにヘルラージュが控える。

 キメラの背後には肩までつかる深さの汚水の川。

 しばらくの睨み合いの果て、しびれを切らしたのは獣のほうだった。

 

「GRRRRR!!」

「――シッ」

 

 魔獣に人並みの知性はない。故に本能の赴くまま、殺気の薄い側を標的として飛び掛かった。

 ――狙い通りだ。

 

「ほい」

 

 襲い掛かる爪と牙を、流れるような動作で薙彦は薙刀で受け流し、そのまま地面に突き立てて跳躍する。そのまま薙刀を振り回し、脳天へと叩きつけた。その一連の動作はまるで岩を乗り越える波のようだ。

 

「GRRRRRR!?」

 

 重量の乗った一撃によって脳天に刃が深々と突さる。断末魔の悲鳴を上げ、キメラは地に倒れ伏した。

 

「ま、この程度ですね」

「あら、もうやってしまいましたの?」

「お見事。その実力も昔と全然変わってねえな」

 

 残心を決める薙彦にルークが近寄る。まだ命のある尾の蛇がその接近を感知して噛みつこうとするも、ルークは短剣の一振りであっさりと首を刎ねた。

 

「それで、こいつが人食いワニってことだよな」

「さっき水の中を泳いできたようでしたし、そうじゃないかしら?」

「ワニとは掠ってもいませんね」

 

 何はともあれ、これで下水道の噂は解決した。

 今度こそルークは地上に出ることを提案しようとして、

 

 

 ――近づく足音を、耳にした。

 

「……はあ。休む時間はなさそうだ」

「ええ。どうやら、"当たり"を引いたみたいですね」

 

 薙彦が足音のする方を見て言った。

 

「おいおい。騒がしいから来てみりゃ、番犬が死んでやがるじゃねえか」

 

 歩いて来たのは男だ。

 襤褸同然の服を身に纏い、顔面には頭蓋骨を模したヘルムを装着している。その右手には、血がこびりついたナイフが握られていた。少なくとも、友好的な人物ではあるまい。

 

 男は死骸となったキメラを一瞥した後、ルーク達を舐めまわすような視線で見て笑った。

 

「だがまあいい。そのおかげで今日は大漁だ。3人もいる。しかもイイ女が混ざってる。吉日だぁ……」

 

 僅かに聞いただけで下卑な性格だと分かる声。

 この男が何者なのか、ルーク達は直感で理解できた。

 

「――お前、グエンか」

「ははぁ。さてはお前ら、俺をとっつかまえにきた冒険者か?」

 

 男は肯定するように腰を叩いた。そのベルトから吊り下げられているのは、人の顔から剥がしたと思わしき皮であった。

 

「そうだ、と言ったらどうする?」

「そりゃあ勿論殺すさ! まだここにきて四人しかやってねえんだ。せっかくなら皇帝の皮もコレクションに加えたいし、ここで捕まる気はねえよ」

「成る程、お前もテロに加担してるのか。これは色々と聞くことが増えたな」

「――あん? なんでお前らそのことを知ってんだ?」 

 

 ルークの口ぶりにグエンが疑問を口にする。

 ルーク達はそれに答えるつもりはない。この危険人物を即座に捕縛するべく、武器を構え――

 

「はは、なるほどねえ。つまりアンタたちは、あの女のパシリってわけだ」

 

 そして、女の声が響きわたった。

 

「――。」

「やれやれ、ザナルの下っ端共が襲撃を受けたとは聞いていたけど、まさか今日中にこっちにまでやって来るとはねえ。こりゃ本腰を入れる必要がありそうだ」

「気をつけな()()()()! あの混ざりイヌが殺られちまったぜ」

 

 その女はグエンの背後から音も無く出てきた。

 ルーク達は言葉を失った。

 一応、予測はしていた。『サバト・クラブ』の構成員達が話していた内容。彼女が殺人鬼と共にいるという情報。ともすれば、という考えがルークにはあった。

 だが、本当に彼女まで出て来るとなれば予想を吹き飛ばすだけの驚愕があった。

 

「それはそれは……! 今日は上等な死体が手に入りそうだねェ……!!」

「そうだなぁ。たまには手ごわい獲物を狩らないと腕が鈍っちまうからなぁ……」

 

 おそらく、キメラは彼らが使役していたのだろう。それが討伐されたというのに、目の前の男女は落胆や驚愕ではなく、歓喜の声をあげた。むしろそれぐらいの相手でなければ、そそらないというように。

 

 革のローブの陰からルーク達を覗き込む顔。

 病人のように青白い肌。血に塗れたような赤い髪。その相貌はまさしく魔女。

 それはまごうことなく、手配書に描かれた人相と一致していた。

 

「アドベラ……!」

 

 死霊術師(ネクロマンサー)アドベラ。

 帝国魔導局が指定する特級指名手配犯が、ルーク達を前に舌なめずりをした。

 

 




拙作のヘルちんはそれなりにメンタル強者。ヘタレないヘルちんはヘルちんじゃないって人もいるかもしれませんが、私は割と踏ん張る子だと思ってます。


次回、中ボス戦!

テンポを優先した結果、ハグレ王国のメンバーの帝都観光記が収まらなかったのでそのうちまとめて投稿する予定です。


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その53.帝都動乱・一日目(6)

実は割と珍しい戦闘オンリー回。


 死霊術師アドベラ。

 

 彼女は文字通り死霊魔術(ネクロマンシー)を操る魔術師の家系に生を受け、そのまま自分の家の研究を引き継いだ。それだけなら問題は無かった。どんな魔術であろうと、人知れず研究をするなら誰も止めることは無かったからだ。だが、彼女がその悪名を轟かせたのは、五年前に起きたある事件だった。

 

 倫理を逸した忌まわしき術の数々を余人に振るうことに躊躇いが無かったアドベラは、両親から自分の家系の魔術を全て教わると同時、その所業を大陸中に轟かせた。彼女の生家が存在した村。何の変哲もない辺境の村が、たったの三日で死体のみが蠢く死の領域へと変貌したのである。無論これはアドベラの仕業だ。彼女は最終課題として両親を屍人に作り替え、その後は村の住人を手当たり次第に己の()()にした。

 

 周囲の村が異常に気が付いたときにはほぼ手遅れだった。村にはアンデッドしかおらず、彼女は既に辻馬車に紛れて国境を越えていたからだ。故に、これが魔物による痛ましい事故ではなく、人の手によって行われたおぞましい事件であることが発覚しなかった。

 

 それゆえに次の事件を阻止する者はいなかった。しばらくの間冒険者として活動を続けたアドベラは、ある日気まぐれの様に棲みかとしていた街の住人を拉致し、アンデッドへ変えた後市街地の真ん中に放ち混乱を引き起こした。その時は様々な状況証拠によってアドベラの仕業であることが発覚したものの、彼女は有力者に取り入り匿われることで捜査の手を逃れることに成功していた。

 

 そしてアドベラは、記す事すら憚られる貴族社会の政争や裏社会の抗争でその呪われた力を振るい、死霊術師としての名を広めていった。

 

 そんな彼女の悪名を決定的なものにした出来事は、商業都市カルメンで起こった事件だ。多くの商会が集い鎬を削る中、ある悪徳業者がアドベラを始めとして多くの黒魔術師を雇い、競争関係にある商会への妨害を目論んだ。誤算だったのは、彼女達の力が凄惨極まるものであったことと、他にも黒魔術師を雇った商会がいたことだ。

 

 瞬く間に呪術の飛び交う戦場と化したカルメンの街は、一夜にして千人以上の命が失われ、アンデッドが闊歩し互いに喰らい合う悍ましき様相を呈することとなった。この異常事態は一週間続き、最終的に帝国議会からの要請を受けたアルカナ率いる精鋭部隊によって鎮圧された。多くの黒魔術師が討伐される中、アドベラはアルカナと相対しながらもまんまと逃げおおせた。この事変は後に『カルメンの悪夢』として語られることとなり、今も魔導界隈の戒めとして伝えられている。

 

 そうしてアドベラはついに(今更でもあるのだが)帝都の冒険者ギルドから指名手配を受け、さらにはゴーストハンターからも狙われるようになった。それから五年……彼女が捕縛あるいは討伐されたと言う報告はあがらず、現在に至るまでその凶手は振るわれていた。

 

 そんな、考えうる限り最悪の人物がルーク達の前に姿を現していた。

 

あの女(アルカナ)に見つかると面倒だから派手に動くのはやめていたけど……」

 

 その美貌を歪ませて、嗜虐的、いや凌辱的な笑みを浮かべた。

 

「こんなに大量に来てくれたなら我慢は必要ないわよねえ?」

 

 アドベラが指を鳴らす。それを合図として、彼女のさらに背後からぞろりぞろりと十を越える数の屍人が歩いて来た。それらは皆、一様に顔の皮を剥がされたり、身体の一部分が食いちぎられたかのように欠損していた。

 

「ルーク君……」

「おうよ。ここでやるしかねえ」

 

 おそらくそれらの正体はここに足を踏み入れ、帰らぬものとなった犠牲者だろう。キメラの餌食となるか、あるいはそこの殺人鬼の手にかかったか。いずれにせよ数が多い。人食いワニの噂はここ最近で現れたと言う話だ。仮に表沙汰になっていない殺人事件の犠牲者が加わっていたとして、それでもこの数は……!

 

「まずは遊んであげる。ほら、仲間が欲しけりゃきりきり働きな!」

 

 屍人の群れが襲い来る。

 考えている暇はない。まずはこの雑兵どもを片付けねば。

 

 ルークは短剣を振るい、手近な屍人の首を落とす。その隣を見れば、ヘルラージュが巻き起こした風が屍者が高く打ち上げ、地面に叩きつけた衝撃で破壊する。

 

 薙彦にも同様に屍人が迫っていく。それも三方向から同時である。アドベラが使役する屍者はその辺のアンデッドとは異なり、コンビネーション攻撃すらも可能とする。

 

「はっ」

 

 だが、それも彼の前には無意味。

 

 鎧袖一触、薙ぎ払うは始末ヶ原。

 横薙ぎの一振りが、3つの胴体を纏めて切断し、もう一振りが頭部を破壊。完全に沈黙させた。

 

「この程度ですか?」

「中々やるねぇ。それにこの魔力……ラージュ家のものだね」

 

 アドベラが感心したように笑い、空気を舐めるとヘルラージュの方を見た。

 

「となれば……あんたがヘルラージュか。なるほど、あんたの死体を晒してやればあの小娘も釣れるだろうね」

「あなたの狙い、あの秘術を求めてどうする気です」

「その質問に答える意味はあるのかい? あの術の価値はあたしたちなら言わずもがな、それを誰よりも知ってるのはあんただろう?」

「あんな術に何の意味もないでしょう……。とにかく、あなたの思い通りにさせるつもりはありません。ラージュ家を継いだものとして、死霊術を濫用する貴女をここで討伐します」

「はっ、どうだか」

 

 指を鳴らせば、さらなる屍人が動き出した。

 

 ルークは先ほどと同じく屍人を斬り捨てる。

 崩れ落ちる骸。

 ……その陰に、ぎらつく視線を感じた。

 

「!!」

「ヒャァ!」

 

 咄嗟に背を逸らし、下から首を狙う致命的な斬撃を回避する。さらにその勢いで蹴りを放ち、追撃を拒絶する。奇襲者はこの蹴りを防ぎ、後ろに跳び下がった。

 

「あーぁ。バレてやがったか。今のはイケたと思ったんだがナァ」

 

 骸骨面の男……グエンは露骨に残念がながら、姿勢を低くする。顎が地面に着くほどに屈みこむその姿は、とぐろをまく蛇のようだ。

 

「シャァ!!」

 

 グエンは溜めた力を解き放ち突進、と見せかけて跳躍し、そのままルークの肩目掛けてナイフを振り下ろす!

 

「はあっ!」

 

 ルークはこの攻撃の軌道を見切り、短剣を逆手に構えてこれを受け流す。そして返しの斬撃を放つ!

 

「カァ!!」

 

 グエンはかろうじてこれをナイフで防ぐ。だが武器の性能の差か、殺人鬼のナイフは短剣に負け、根元から折れて地面を転がった。

 

「アッ!!」

「おらぁ!」

 

 そのまま短剣の一撃がグエンの腹を裂くように思えた。しかし帷子でも着ていたのか、その大ぶりの一撃はグエンを強く弾き飛ばすに留まった。

 仕留め損なったか。だがグエンの実力は同じリーチで打ち合って理解できた。奴は殺しのプロではあるが戦いのプロではない。自分より弱い者を一方的に殺すか、油断しきった相手を奇襲で仕留めたことしかないのだろう。先ほどの奇襲攻撃でこちらを仕留められなかった時点で奴に勝ち目は消えている。ルークは短剣を構え直した。次の一撃で決める。

 

 グエンは猫のような動作で着地し、近くにいた屍人に手を伸ばし、その肋骨を引き抜いた。

 

「ふぅ……アブねえアブねえ。アドベラぁ、武器をくれえ!」

「しょうがないねえ、わかったよ!」

 

 瞬間。引き抜かれたばかりの肋骨が怪しく光りだした。不穏な光景だが、その間にルークが距離を詰める。

 

「しっ!」

 

 短剣が振るわれる。何をするつもりかは知らないが、黙ってみているつもりはない。

 ルークの短剣はジーナによって戦いの度に鍛え直されてきた業物。骨程度は軽々と砕いて――

 

「ヒャッハァ!」

 

 短剣が弾かれる。心臓を貫く一撃は横薙ぎによって防がれた。

 グエンの手にはいつの間にか鋭利なナイフが握られている。それは先ほど弾いたものとは別物であり、その材質は白く軽い骨であった。

 

「何だそりゃあ!?」

「ヒヒヒ。羨ましいか?」

 

 グエンはそのまま骨ナイフで屍者の首を刈り、脊髄を引きずり出した。すると信じられないことに、その脊髄は瞬く間に形状を変えて、忌まわしい蛇矛(だぼう)*1となった。

 

 グエンはその奇妙な二刀流でルークに襲い掛かる。先ほどとは異なる武器と、常軌を逸した光景にルークは後手に回ることを強いられる。迫る斬撃を短剣で防御する。伝わる感触から、この死体から作られた武器が先ほどのナイフとは比べ物にならない性能であることを理解する。

 

「死体から呪物を作成した……? いいえ、それにしては早すぎる」

「これがあたしの術だよラージュの嬢ちゃん! あんたには到底真似できまい!!」

 

 屍者を片付け、先ほどの魔法を分析するヘルラージュにアドベラが勝ち誇るように言った。

 元々、死体から武器を作ると言うのは珍しい話ではない。強い恨みを持って死んだ人間の遺体は強力な呪物となるし、魔物から剥ぎ取った素材で武器を作成するのも広義の意味では同じだ。アドベラの術が異常なのはそのスピードとプロセス。事前に手を加えていたにしても即座に死体を武器に変換するというのは無理のある試みだ。

 だがアドベラはこれを実現した。死霊魔術に錬金術を組み合わせた、死体から武器を錬成する術。

 彼女は配下だけでなく、無数の武器を持つに等しい力を手にしていた。

 

「くそ、厄介な……!」

「ヒャア! やっぱりアドベラの作った武器は最高だなァ!」

 

 ルークは毒づきながらも蛇矛をいなし、ナイフを躱す。やはり動きにキレが増している。その変化は逆に自分の体が重くなったかのようにも感じた。

 防戦一方のルークにグエンは抜けの多い乱杭歯をむき出しにして笑った。

 

「俺とアドベラはいわばビジネスパートナー! あるいは趣味友! 色んなやつの皮を剥がして集めるのにマンネリを感じていた俺はアドベラと出会った! 俺は顔を剥がした後の死体に興味はないがそれではあまりものが勿体ない。そこでアイツは新鮮な死体が欲しかった。だからお互いに組んで有効活用することにした! お互いに損をしないいい関係だ!」

 

 短剣と冒涜武器がぶつかり合う。

 動脈を的確に狙う剣筋を、ルークは足を払うことで軌道を逸らして逆に短剣の一撃を叩き込む。だが呪骨のヘルムにひびが入っただけで、構わずにグエンはしゃべり続ける。

 

「それだけじゃねエ! 見ろよこの武器、このヘルメット! あいつは綺麗に殺す度に俺に素敵な贈り物をくれた! 頭蓋骨で造ったこのヘルムを見た時の衝撃は忘れられないねェ! 正直言ってイった!!」

「べらべらとおしゃべりな奴だな……! しかも気持ち悪い」

「そうだとも! 俺とあいつの素晴らしい関係は語りつくせないからなァ!!」

 

 喋りながらも狂騒が如き攻撃は止まず、ルークはついに汚水の川を背に追い詰められていた。

 

「だから死ねよ。俺が綺麗に殺す度にアドベラは褒めてくれるんだ。俺の作った死体で素敵なナイフを作って笑顔で渡してくれるんだよォ。今日は三人だ。あいつの喜びは三倍、俺の喜びは三百倍だァ!」

「うるせえよ。惚気話なら余所でやれや」

「ヒヒヒ……嫉妬かァ? お前の女はアドベラがヤる。そして俺が皮を剥がすんだ」

「そうかい。じゃあその前に俺がてめえを殺す」

「ヒュゥ。涼しいな《おたから使い》。でもそれもここまでだァ!」

 

 蛇矛が襲い掛かる。後ろは汚水。受けても下がっても体勢を崩して終わり。横に逃げてもナイフでそこを刺す。完全に詰んでいると言っていいだろう。

 

 当然、ルークに仲間が駆けつけなければの話だが。

 

「グギャッ!?」

 

 グエンの脳天に鉄が落ちる。遠心力の乗ったその一撃は、呪われた頭蓋ヘルムを粉々に破壊した。脳を揺さぶる衝撃にグエンは感覚を乱されるが、続く薙刀の一撃をかろうじて蛇矛で防ぐことには成功した。

 

「おっと、仕留め損ねましたか。存外固いんですねその骨」

「て、てめぇ……!? アドベラがくれたヘルムをよくも!!」

 

 グエンは奇襲を仕掛けた相手である薙彦を睨みつける。

 どうやら屍者は全て片付けられたようだ。流石だ。ルークはヘルラージュの方を見る。ヘルはアドベラと魔法を撃ち合っており、その実力は完全に拮抗している。いや、片手間に死体から武器を生成していることを考えるとアドベラが若干優勢か? ルークは状況を鑑みて、この相手を薙彦に任せることにした。

 

「俺はアドベラをやる。そっちは任せた!」

「わかりました」

 

 ルークは地を蹴り、ヘルの援護に向かう。その背中にグエンがナイフを投げつけようとするのを薙彦は遮った。

 

「おっと。私の獲物はあなたですよ賞金首」

「ちっ。ならテメエから先に剥いでやるぜェ!」

 

 蛇矛とナイフと薙刀がぶつかり合う。繰り出される大ぶりな斬撃と小刻みな刺突のコンボを、薙彦は最低限の動作で打ち払っていく。

 

「お前、和国人か? いいね滾ってきた。和国の人間の顔の皮はどんな感触だろうな。その頭蓋は兜ってやつになるかもな? その肋骨はカタナか? わくわくするぜ!!」

 

 高揚感と共に激しさを増す連撃。

 自分は大小二つの武器を巧みに使い、対して相手は薙刀という長物を利用するが故に手数で自分に劣っている。だから自分の方が優勢だ。グエンはそう思っていた。

 

「やれやれ。確かにこれでは差し込むのも難しそうだ。ですがまあ――」

 

 だが、それで技量の差は埋まらない。

 見せつけるような隙。そこに誘われた大振りの一撃。その陰にはナイフの刺突が隠れている。

 その攻撃を、強い踏み込みからの横薙ぎで始末した。

 

 長い打ち合いで劣化した蛇矛が砕け散る。

 弾かれたナイフが宙に舞う。

 

 グエンは己の手から無くなったそれを目で追った。鮮血の舞う中、薙彦はすまし顔を一度も崩さなかった。

 

「……ア?」

「――はい。これでおしまいです」

 

 薙刀が振るわれる。

 弧月閃。

 暗闇に綺麗な円弧が描かれ、殺人鬼の胴体を上下に分け隔てた。

 

「……ッ!」

 

 下半身が倒れ、上半身が落ちていく。

 傾く視界。軽い音を立てて落ちた得物。殺人鬼の目に写るは軽快な表情のまま薙刀を構え直した和国人。その後ろにいる死人めいた女を中心に収め、殺人鬼の上半身は汚水へと沈んだ。

 

「あっ。首を獲るのを忘れてました……。まあ、後で拾えばいいですか」

 

 それを見て自分のうっかりを嘆く薙彦。彼は気持ちを切り替え、ルークの方を見て――

 

「……あらら。相変わらず世話を焼かせますね」

 

 薙彦はそう呟き、歩き出した。

 

 

 

 

 

 

 風の刃が屍人を裂く。

 崩れ落ちる骸から、骨の矢が射出される。

 

「っ……!」

 

 骨の矢はヘルラージュに命中する寸前、彼女の纏う風の守りによって吹き散らされ明後日の方向に飛んでいく。その後ろから屍人が襲い掛かる。先ほどと違う点は、骨の大剣を振りかぶっていることだ。

 

風よ、吹き荒れよ(レイジングウィンドⅡ)!」

 

 風の刃を放つ。

 それだけで腐った人体は容易く破壊される。今度は念入りに切り刻むことで、再利用も許さない。

 

「いいねえ。あたしの兵隊相手に粘れるやつはそうそういない」

 

 ルークの見立て通り、状況はアドベラが優位に立っていた。

 アドベラは何度も屍人を寄越し、ヘルラージュがそれを倒す度に、その死体から凶器が発生して襲い掛かってくる。そのため攻撃と防御を同時に行わざるを得ず、どうしても攻勢に出ることができない。だからといって範囲攻撃で薙ぎ払えばそれが即座に包囲射撃となって襲い掛かるだろう。

 だが屍人の数も大分減った。このまま対処していけばいずれアドベラは前に出ざるを得なくなる。その時が勝負……!

 

「――でもまあ、そろそろ飽きてきたし変化を加えてみようじゃないか」

 

 そんな考えを見透かしたようにアドベラが手を広げる。

 

 倒れ散った死体の残骸。それらが寄せ集まり、一つの形を成していく。

 

継ぎ接ぎの巨人(パッチワークゴーレム)。ゾンビだけがあたしのスタイルと思ったかい?」

「ここまで死体を弄ぶなんて……!」

「それがあたしの本懐さ! くだらない自重を強いる相互監視も、面倒な規制を強いる魔導局も目障りなんだよ」

 

 3メートル超の巨体が腐肉をまき散らしながら起き上がる。その瞳には、アドベラと同じ邪悪な光が宿っていた。

 ヘルラージュは風の刃を放つ。それは屍巨人の肉を抉るが破壊には至らない。やはり耐久力が格段に上がっている。

 

 一体どうするべきか。

 冷や汗を流すヘルラージュの耳に、駆け寄る足音が届いてきた。

 

「……リーダー!」

「ルーク君!」

「おっと、一直線にあたしを狙いに来たか」

 

 ルークの狙いは術者たるアドベラだ。彼女を倒せば動く死体は全て停止する。

 流石にまずいと思ったのか、アドベラは屍巨人に指示を出す。

 

 ルークをわしづかみにしようと巨屍人が迫る。

 その手に掴まれれば、人間の頭程度ならトマトのように潰されることは容易に想像できる。

 当然、それは捉えられればの話だが。

 

 彼は冷静に状況を見据え――飛んだ。

 右肩。左肩。そして首。

 滑るように繰り出された一閃は、腐肉を容赦なく切り裂く。 

 

「……!」

 

 だが切断には至らない。痛覚を捨て去った巨屍人はよろめきながらもルークに腕を伸ばす。ルークは飛び下がってこれを回避する。ルークは内心で己の未熟に舌打ちした。これが仮にアルフレッドならば一撃で核を抉り、屠っているはずだ。ヘルの隣に立つ以上、妥協は許されないというのに。

 

風よ、吹き荒れよ(レイジングウィンドⅡ)!」

 

 そんな彼の焦りを吹き飛ばすように、荒れ狂う風が巨屍人の切断面へと吸い込まれる。既に裂傷を負っていた箇所がさらに切り刻まれていき、腐肉の巨体が大きく削げた。

 

「サンキューッ!」

 

 フォローをしてくれたリーダーに感謝を述べつつ、ルークが巨屍人の首を落とす。

 途端、縫合の解けた腐肉はばらばらに崩れ落ち、その多くは汚水に大きなしぶきを立てて沈んだ。

 

 これで障害は消えた。

 ルークはアドベラ目掛けて突撃する。

 アドベラはキメラの死骸の前に屈みこみ、手を突っ込んでいた。

 

「あら? もうやっちまったのかい? 随分と早いねえ」

 

 アドベラは足止めがほとんど機能しなかったというのに、愉快そうに笑っている。彼女の手には不吉に脈打つ肉塊が握られている。キメラの死骸から抜き取った心臓だ。それは呪力によって光り輝いていた。

 

 ……足止めには、十分な時間だった。

 

「だめ! ルーク君!!」

「頑張ったご褒美だ。受け取りな!」

 

 アドベラは躊躇なく手に持った肉塊を投げ放つ。 

 ルークはそれの危険性を察知し、回避行動を取ろうとして、

 

 ――がくん。

 

「……!?」

 

 その動きが止まり、爆発に巻き込まれた。

 

 呪いの風。煉獄の炎。肌を焼く血。

 魔獣という最高級の触媒を以って作られた爆弾は、容赦なくルークの身体を蹂躙した。

 

「ぐあああああっ!!」

「ルーク君!」

 

 焼けた身体が地面に転げ落ちる。

 ヘルラージュ謹製のスーツのおかげで、かろうじて命は繋がっていたが、戦闘不能と呼ぶには十分すぎる有様だ。

 

「あっははは!」

 

 アドベラの哄笑が響く。この上なく耳障りな声に歯を食いしばりつつ、先ほど感じた不可解な遅延とも呼べる感覚の正体を探る。

 だが何故あの爆発をもろに受けた? あれは躱せるだけの反射があった。爆発のダメージを受けることは覚悟していたが、それでも戦闘の続行に支障はなかった筈だ。

 

「ごほ……ッ! がは……ッ!!」

「ル-ク君、しっかり!」

 

 ヘルラージュがルークの下に駆け寄って回復魔法をかける。

 だが、アドベラは無駄な足掻きをみるようにせせら笑った。

 

「健気だねえラージュの嬢ちゃん。だが無駄だよ。愛しの彼氏はもう助からない」

「……なに、これ」

 

 傷は癒えた。だがルークの身体は未だ重く、起き上がることができない。

 ヘルラージュはルークの身体を蝕むものを目視できてしまった。不明瞭な力の流れ。それがルークの身体を縛るようにして蠢いていた。普通の人間の目には見えないが、古神交霊術に精通したヘルラージュにはそれが見えていた。

 

「何ッて、呪いだよ。カースィムのやつが張り付けた応報の呪い。それをあたしが起動してやったのさ」

「あいつか……!」

 

 聞き覚えのない名前だったが、それが誰かはすぐにわかった。

 《サバト・クラブ》に属していた呪術師が、倒れ際にルークを指さした。何のことかはわからなかったが……それが呪いであったとは。それと同時に、先ほどからの体にのしかかる重さの正体も判明した。グエンとの切り結びの際も、妙にグエンの速度が増したと思っていたが、実際は戦闘を始めた直後にアドベラがルークに対して屍人の相手をしている最中に呪いを起動させており、それがじわじわと効いていたのだ。

 

「傷は癒えても一度起動した呪いは加速度的に生命力を奪っていく。せいぜいあと三日が限度ってところさ。あとは、ラージュの嬢ちゃんあんただけだよ」

 

 舌なめずりをするアドベラ。それを、ヘルラージュは真っ向から睨みつけた。

 

「今すぐに呪いを解きなさい。さもないと殺します」

「あらあら威勢がいいこと。そんなにその坊やが大事なんだねえ」

「とぼけないで。呪いを解かせるなら、術者(あなた)の命を奪うのが一番早いのよ?」

「おやおやよく知ってるね。でも無駄。それを起動したのはあたしだけど実際に術式を仕掛けたのはカースィムだ。奴に解かせない限り意味はないさ。でもアイツは恨みが強いから絶対に解かないし、そもそもそれは殺しても解ける類のやつじゃないよ。そしてそんなことをあたしがベラベラ喋っているのは、もうアンタたちはここで死ぬからだよ」

 

 アドベラは脊髄を芯に血で編まれた呪鞭を構える。これまでに多くの人間を傷つけてきたであろうそれは、ヘルラージュの魔法防護を易々と突破して、その身体に傷を刻むだろう。そうなれば後は純粋な殴り合いだ。ヘルの魔力が途切れた瞬間、命運は尽きる。

 

 そんな事は許さない。ルークの心が憤怒で満たされる。彼は己の心を蹴りつけ、気合で立ち上がった。

 

「ルーク君!? 駄目、今は大人しくしてないと……」

「へえ」

 

 意外そうに、だが嬉しそうにアドベラは息を漏らした。

 

「お互い健気で妬けちゃうねえ。ま、二人仲良くいたぶってやろうじゃ――ッ!?」

 

 アドベラは悪寒に襲われ、咄嗟にその場を飛び退いた。数多の死線を潜り抜けた勘。それが左腕を代償に彼女の命を救った。

 

「何、あたしの、て、が……ッ!?」

 

 アドベラの左の肘から先が消失した。()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「あら、もう少しでしたのに。運がいいのですね」

「小娘ェ……!」

 

 ルークは朦朧とする意識の中で、ヘルラージュが勝ち誇った顔をするのを見た。どうやら今の一撃は彼女が行ったらしい。

 

 ヘルラージュは先の会話を始めた時から魔法を行使していた。ヘルズラカニト。対象の周囲の空気を破裂させ、窒息に追い込む風魔法の奥義。それを、彼女はアドベラの足の先から頭上まで余さずに適用させた。広範囲に発生した真空は周囲の空気を高速で引き込み、無数の風の刃を生じさせる。そして中に存在した物質はまるで包丁で輪切りにされる大根、あるいはミキサーにかけられた果物のように跡形も無く切り刻まれる。結果だけを見れば白翼の王が振るう空間破壊と同様の御業。古き風の神による断罪。それが、三十秒という長い準備時間と範囲の固定化によって実現する、ヘルラージュの持つ正真正銘の()()()である。

 

 ヘルラージュが普段この魔法を使用することは無い。その厳しい条件もあるが、なにより手加減ができない。命中すればどのような相手であろうと破壊する処刑奥義を彼女は好まなかった。

 

 だが、彼女はその禁を解いた。

 

 命を冒涜しつづけるから。

 姉を狙っているから。

 そして、彼を傷つけたから。

 

 最早、彼女がアドベラに容赦する道理は一つとて存在しない。同じ死霊術の使い手として、彼女の蛮行をこれ以上許すつもりはなかった。

 

 手ひどい反撃を受けたアドベラの顔に余裕はない。ヘルラージュを格下と侮っていた。神童と謳われた姉よりも見劣るからと、油断した代償だ。だが幸運にも命を繋いだ。ならば殺せる。失った左腕も、奪えばいいだけの話。

 

「嘗めた真似してくれたねェ……!」

 

 一度受けた以上同じ手は喰らわない。そもそも長い準備と莫大な魔力を必要とする先の魔法を二度は使えないだろう。そんなアドベラの見立ては正しい。先の奥義でヘルラージュは大きく魔力を消費し、それ以上に術式の制御によって体力と精神力が尽きかけている。

 

「私のルークに手を出そうとしたのです。その報いとしては軽すぎるわ」

 

 だがヘルラージュは挑発を続ける。次の一撃を躱す力すら残っているかどうかかだが、それでも余裕の口ぶりを崩さないのは最後に残った意地である。それが己と、彼を奮い立たせているからだ。

 

 そんな二人を蹂躙しようとアドベラは鞭を振り上げ――、その動きが硬直した。

 

「……え?」

 

 アドベラは自分と繋がる何かが途切れたような錯覚を感じ、その方向を見た。

 そこには薙刀を構えてこちらにやってくる和国の男が一人。

 先ほどまで切り結んでいたであろう殺人鬼の姿は……ない。

 

「薙彦……」

「おっと、不覚をとってしまいましたか。相変わらずこういうところで運がないんですからあなたは」

「うるせえよ……」

「で、後はあれだけですね?」

「そうだよ。さっさと頼む」

「かしこまり」

 

 薙彦は薙刀を構えた。それでアドベラは我に返る。

 

「……ああ、死んだか。都合のいい犬だったけど、死んでしまったものはしょうがないねえ」

 

 心底惜しそうにアドベラは息を吐いた。

 相手が二人だけなら問題は無かった。片や瀕死の男と、片や消耗したラージュの女。所詮自分の呪いの敵ではない。だが、そこの薙刀の男は別だ。手傷がないのを見るに、グエンを無傷で仕留めたのだろう。噂に聞くナギナタボーイ。その実力は計り知れず。

 となれば、彼女のとるべき行動は決まっていた。

 

「さて、ルークも病院に放り込んでやる必要がありそうなので、さっさと殺しましょうか」

「はっ、嫌なこった」

 

 その言葉と共に骨鞭が振るわれ、薙刀が迎え撃つ。

 

 一撃。

 

 二撃。

 

 呪いによって形作られた冒涜の武器は、その神技の前に砕け散った。

 

 ――三撃。

 

 薙彦はアドベラの身体を袈裟懸けに斬り捨てる。

 二つに割れ、崩れ落ちるアドベラの身体。

 人皮のローブもまた地面に落ち――、

 

 

 ()()()()()()()()()()()()()()

 

 

「……これは」

「いけない! 身代わりよ!!」

 

 人の皮を用いた身代わり。

 かつてあのアルカナをも欺いた、アドベラの切り札。これまでに貯めた触媒を消費せざるを得ないが、命には代えられない。薙彦の卓越した技前を知る彼女は即座に逃げの手を打った。

 

「――何を寝てやがるグエン! 最期の仕事だ! 働きな!!」

 

 少し離れた地点に立ったアドベラが叫ぶ。

 

 その言葉に応じて、残った殺人鬼の下半身が跳びあがった。生前、彼も知らぬ間に結ばれた契りが脳を失ってなおその肉体を動かした。

 

「な……っ!?」

 

 グエンの下半身はそのままルーク達目掛けて走り寄る。

 薙彦は後ろを向かずに薙刀を振るった。

 薙刀によって縦に分かれるも、それは迫る破壊を速めただけだった。

 

 肉の残骸が膨れ上がる。

 内包された呪力が破壊をまき散らす。

 誰かが止める間もなく、血と肉の榴弾は最後の役目を果たした。

 

「またですか……っ!」

「じゃあね、お嬢ちゃん達。そいつがいつまで持つか見ものだよ……!」

 

 瞬く間に笑い声が遠ざかる。

 

 ヘルラージュの風の護りは、今回の呪いを完璧に防いでいた。

 だが、ルークにかけられた呪いは未だ健在。

 

「ちく、しょう……」

「ルーク君、しっかりして……!」

 

 勝利を収めたが、決して喜べるものでは無かった。

 

 

*1
刃がくねくね曲がってる剣。類似した武器にフランベルジュなどがある。




〇アドベラ
 ぶっちゃけ中ボス。
 なんか筆が乗って背景がめっちゃ増えた。実はルーク達との遭遇はアドベラ側にとっても想定外だったため、その戦力は本来の半分である。

〇グエン
 こいつはそこまで背景考えてない。殺人鬼カップルっていいよねって理由でアドベラと組むことになった。



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その54.帝都動乱・一日目(7)

あらかじめ言っておきます。
お姉ちゃん推しの方々ごめんなさい。


『窮地に一生』

 

 

 

「ひとまず備蓄の霊薬を飲ませた。失った体力はこれで補えるはずだ」

「よかった……」

 

 召喚士協会。医療室。

 

 アルカナの応急処置でルークはひとまず助かり、ヘルラージュは安堵の息を吐いた。

 

 下水道を脱出したヘルラージュ達は、そのまま召喚士協会へと直行。ルークの容態を見たメニャーニャが、すぐにアルカナへと連絡し、診断と応急処置が行われた。現在ルークは奥の病室で寝かされている。

 

「だが、それは損害を埋め直しただけだ。呪いはまだ持続している。このままでは再び体力が奪われるだけ、そして奪われる体力は時間と共に増加していく。早急に解呪が必要だ」

「そんな……!」

 

 アルカナが続けて言った無情な事実にヘルラージュは再び表情を暗くする。

 そんなヘルをエステルが励ます。

 廃墟に向かったエステル達も、屍人の群れを片付けてここに集合していた。炎魔法を扱えるエステルがいたことと、屍人以外の敵がいなかったことで掃討には時間がかからなかった。

 

「そんなに落ち込むなよヘルちん。あいつがその程度で死ぬタマじゃないでしょ」

「それでも……」

 

 その言葉はほとんど気休めだ。エステルもルークにかかった呪いについては目にしている。あれはかなり悪質な呪いだ。真っ当な魔術師であればまず学ぶことすらない類のもの。《サバト・クラブ》が黒魔術師の集いと知識では知っていたが、このレベルの呪いを扱える人材がいたというのは想定外だった。

 部屋が暗い雰囲気に包まれる中、メニャーニャが咳払いをして話を切り出した。 

 

「それで、どうしてこのような事態になったんですか? 午後の分の報告も兼ねてお願いします」

「あ、うん。それじゃあどこから話せばいいやら……」

「それでは僭越ながら、私が説明をしてよろしいでしょうか?」

「頼みます。ところで貴方は……?」

「ああ、私は始末ヶ原薙彦と申します。この度ルーク達の仕事に協力することになりました。ところで小柄で猫のような愛らしいお嬢さん。今夜のご予定などは?」

「え、あの、いきなり何なんです?」

 

 自己紹介と同時に速攻でナンパを仕掛けにかかった薙彦に、この状況でかと周囲の者はドン引きした。

 

「おいおい、私の可愛い生徒にコナかけるなよ《ナギナタボーイ》」

「これは失敬。《スターゲイザー》のお気に入りに手をだすほど私も無謀ではありません。この話は忘れてください」

「はあ……」

 

 薙彦はあっさりと引き下がった。

 

「さて、それでは説明するとしましょうか」

 

 

 かくかくしかじか。

 

 

「はぁ。下水道に乗り込んだらそこにキメラが徘徊していて、それを倒したら今度はグエンとアドベラに遭遇してそのまま戦闘になった。結果、グエンは討伐、アドベラは左腕を奪ったが逃げられたと。そして先輩のほうは居住区の廃墟がアンデッドの巣窟になっていてこれを駆除してきたわけですね。何で誰もかれもやばいものばかりに当たってくるんですか?」

「よく生きて帰ってこれたね君たち。流石にアドベラを相手じゃ荷が重いと思ってたよ?」

 

 あまりにも出来事が多すぎることに頭を悩ますメニャーニャとは対照的に、一日目で想像以上の成果だとアルカナは感心した。

 

「成果だけ挙げれば、私たちは既にある程度の脅威を削ぐことに成功したと言える。仮にアドベラを放置していれば、彼女は近いうちに、それこそ式典の最中にでも屍人の群れを放って混乱に陥れていたはずだからね。居住区の廃宿はおそらくはアジトかアンデッドの倉庫だったのだろう。どちらも潰した以上、アドベラは帝都から去るか焦って何かしらのアクションを起こすはずだ。今度はメンバーを揃えてそこを叩くとしよう。何せよ、お手柄だ諸君」

 

 アルカナは極めて冷静に見解を口にし、ルーク達の成果を褒めたたえた。

 

「それで、彼はどういう呪いを受けた?」

「えっと、カースィムっていう呪術師による応報の呪いとアドベラは言っていたわ……」

「カースィム……ああ、君達が昼間に捕まえたグルルガンダ族の呪術師か」

「グルルガンダ……?」

「昔、そういう部族があったんだ。大国の侵略に巻き込まれて滅んだが、末裔は細々と生き延びていると聞いていた。その特徴的な民族衣装を私は知っていたにすぎないよ」

「へぇー」

「彼らが扱う呪術はアニミズム、シャーマニズム、死霊魔術の複合のようなもので、その実態には謎が多い。帝国魔導局でも一時期残された石碑などから解析を試みてはいたがすぐに研究を打ち切っている。だがその魔法体系は明らかに我々が用いるものとは法則を異にしており、彼らの文明自体もまた帝国を中心とした大陸系とは発展具合が低い。このことから、グルルガンダ族やバルバル族などの辺境文明は古代人の末裔では無く、元々この世界に発生していた原住民からの進化なのではないかと私はいま考えついたところで」

「長いよ! いったいどこまで解説する気だ!!」

「おっとすまない。あまり触れる機会のない知識だからつい熱が入ってしまった」

 

 いつもの癖が発動してしまったことをエステルに注意され、アルカナは気まずそうに話を戻した。

 

「それで、応報の呪いだが。文字通り、これは術者を害したものに災いを与えるものだ。その効果は術者に与えた危害応じて強くなる。ルークが死んでいないのは術者を気絶にとどめたからだろう。仮に殺していた場合、彼はアドベラとの戦いで死んでいた筈だ。そのあたりは幸運だったな」

「それで、この呪いを解くことができるの?」

「残念だが、一朝一夕では解けない呪いだな。グルルガンダ族の呪術は効果がシンプルな分原理が強力だ。しかも術者を殺せば効果はさらに強くなる怨念の類ときた」

「先生でも無理なのか……?」

 

 アルカナですら数日かかるという事実に、エステルは絶望感を感じ始める。しかしまだ、解決策を知る者がここにはいた。

 

「方法ならまだあるわね」

「お姉ちゃん、それ本当!?」

「ええ。それもヘル、あなたにしかできないことよ」

 

 ミアラージュの話をヘルラージュは食い入るように聞き始める。何であれ、彼が助かるのなら縋るつもりであった。

 

「こういう呪いはね、対象が限定的なものなの。だから他の人間に呪いを移してしまえばその効果は弱くなるわ。そして、私たちラージュの家系は呪いに対する強い抵抗力を持っているわ。特にヘルはその性質がとても強いから、ヘルに移してしまえば呪いは弱くなって解呪は簡単にできるはずよ」

「なーんだ! それなら簡単じゃないか!!」

 

 エステルが安心したと笑う。

 

「分かったわ。それでお姉ちゃん、呪いを移すのってどうやるの?」

「そうね。呪詛転嫁の術は私が使うとして、ヘルには呪いを移すための下準備をしてもらうわ。呪いを移すにはまず呪われている相手との深い結びつきが必要になる。ヘルとルークの繋がりは元々深いから、もうひと段階後押しすれば簡単に呪いを移すことができるわね。手っ取り早いのがお互いの肉体を接触させることね。肉体に触れる面積も広い方が呪いを移しやすいから、出来る限り密着してもらったほうがいいわ」

 

 どこか遠回しな言い方をするミアラージュ。だがヘルラージュはその意味を理解できた。できてしまった。

 

「……ねえ、お姉ちゃん、ちょっと待って」

「まあ、つまり、あれよ」

 

 少々頬を赤らめながら、ミアラージュは弩級の問題発言をぶちかました。

 

「ヘル、今夜はあいつと一緒に寝なさい」

 

 

 

 

 

 

『月夜の邂逅』

 

 

 

 同刻。既に日は落ち、天蓋には月が昇っている。

 

 ある路地裏。

 

 暗く入り組んだ建物と建物の隙間を、一人の女性が歩いていた。

 

 褐色の肌。片方が折れた角。深海のような青紫色の髪。

 我々でいうチャイナドレスに身を包んだ彼女は、少し開いた場所にて足を止めた。

 

 建物同士の形状によって出来上がった、一辺十数メートル程度の四角い空間。

 それは複雑な構造によって自然発生した都市の死角。

 表通りからは見えぬ内側(はらわた)の中心で、彼女は来た道を振り返った。

 

「――そろそろ出てきたらどうだ? 昼間っからちょろちょろとついてきやがってよ」

 

 その言葉に応え、男は広間へと進み出る。

 暗がりより出でた男、月の光がその姿を鮮明に映し出す。

 

 体長は百九十センチ。研鑽を続けてきたことを証明する引き締まった筋肉。一目で強者とわかる男は、鉄のごとき表情でラプスに問いかけた。

 

「その片角、『波濤戦士』とお見受けする」 

「ご名答だ。そういうあんたは、『始末屋』だな?」

 

 彼らが互いの顔を合わせたことは無い。

 だが、お互いの事は良く知っている。

 

 片や、華奢な体躯からは想像もつかぬ怪力と、滝の如き流麗なる技を使う女武闘家。

 片や、その剛力と人間性を見せぬ振る舞いから裏社会にて畏れられた寡黙な殺し屋。

 

 どちらも世間に知られる大陸有数の猛者。

 故にこそ、彼らは名乗り合った。

 

「あたしはラプス」

「……ノック」

「それで、あんたはあたしに何の用だ?」

 

 ラプスの問いを受け、ノックは両手を広げる。

 抑え込まれていた闘気が溢れ、空気を歪ませる。

 石像の如き顔の両端をわずかに吊り上げ、始末屋は答えた。

 

「昼間……一目見た時より、私の胸には確信があった」

 

 虚無的な瞳に確かな光が宿る。

 眉一つ動かさぬ冷酷な始末屋と言われた彼は、確かな期待を込めて言った。

 

「お前ならば……我が渇きを満たしてくれる。我が命を揺さぶるほどの使い手よ」

「はっ、あたしをストーキングするからどんなもの好きかと思ったが、そういう口か」

 

「この手であらゆる者を屠っては来たが、未だこの身体を震わす者は現れず。ならばこの国を相手取ればと思ったが……存外、間違いではなかったようだ」

「はっ、難儀な性分だねえ。というかいいのか? 『始末屋』であるあんたがこんな娑婆にいるってことは、()()()()()だろ?」

「ごもっともだ。だが此度の雇い主は相当に酔狂でな。ならばこの場で私が酔狂に身を投じても文句はあるまい」

「そうかい。けど、悪いがあんたの誘いには乗れねえな」

「……何故だ」

 

 失望の乗った殺意が膨れ上がる。

 ラプスはそれを涼しい顔で受け流し、

「何故って、あんたが無粋だからだよ。わざわざこんな時間に声かけて、この格好の女に対する口説き文句がそれとは、風流ってものがないんじゃねえのか?」

 

 指を付きつけ、軽蔑するように言った。

 

「……それは失礼をした。では深海の令嬢よ。どうかこの乾いた身に、潤いを齎してはくれないか?」

 

 ラプスはため息を吐き、

 

 ――その両腕に水龍が渦巻いた。

 

「――まあ、ナンパとしては及第点だ。いいぜ、今夜は()()に付き合ってやるよ」

 

 それは半刻にも満たぬ逢瀬。

 だが彼らにとっては、何よりも濃密な語り合いが始まった。

 

 

 

 

 

 

『愛の証』

 

 

 致死の呪いに蝕まれたルークを救うためにミアラージュが出した解決策。だがその内容は衝撃的であった。

 

「る、ルーク君とど、どどど同衾!?」

 

 ヘルラージュの狼狽も当然である。

 ミアラージュが提示した解決法――ルークと褥を共にし、自分に呪いを移して分解するというものなのだが、それはうら若き乙女であり、もっと言えばキスすらできていないヘルにとっては非常に勇気のいるものだった。

 

「もっと言えばがっつり結びつける必要があるわ」

「それはつまり……こうじゃな?」

 

 アルカナは片方の指で輪を作り、もう片方の指を立てて抜き差しした。何やってんだこの大人は。

 

「そういうことになるわね」

「そういうことにって、どういうことなんですの!?」

「え、言わなきゃわからないの? それは――」

「何をすればいいのかなんてわかってます! 私が言いたいのはそういう問題じゃないの!!」

 

 抗議するヘルラージュ。当然彼女の言いたいことなどミアラージュは分かっている。だがそれはそれとしてこのままではルークを助けることができないのだ。姉としても心苦しい手段ではあるのだが、妹が大人の階段をようやく登るであろうことも考え(あと妹がルークに対して積極性を見せながらもその先に行くことを躊躇っていることがそろそろじれったかったので)、心を鬼にして妹の背中を押すのであった。

 

「何を今更恥ずかしがってるのよ。ルークとの関係を一歩進められないって悩んでたのはあなたじゃない」

「そ、そそそそうだけども!?」

「あ、もしかして怖いの? 大丈夫よ、痛いのは一瞬だし、慣れてくればそう悪いものじゃないわ」

「いやいやそういう問題じゃなくて!? というかお姉ちゃんなんで知ってるような口ぶりなの!?」

 

 妹の追求に、暫しの沈黙が訪れる。

 全員の視線がミアラージュに向き、彼女は妹から目を逸らして言った。

 

「……ええと、血液の代わりになるものを探してた時に、試しにちょっと」

「お姉ちゃーん!?」

「大丈夫よ。お互い初めてだったし、相手もそういう時期に入ったばかりの年齢だったから。それに合意の上で出来る限り気持ちよくしようと努力したから。それに、無理やり血を抜き取るよりも問題は無いでしょう?」

「大問題な発言ばかり出てきたんですけど!?」

 

 まさか姉がその見た目で花を散らしていたなどとはつゆにも思っておらず、大ショックを受けるヘル。これには他の者も大なり小なり衝撃だった。

 

「みんなには内緒にしとこうか……」

「そうね……」

 

 この事実はハグレ王国の仲間には強く秘すことをジュリアとエステルは誓った。

 

「とにかく、あんたがどうこうしないとあいつから呪いを引っぺがすのは難しいわね。どうしてもって言うなら、私が代わりにやるけど。貴女はそれでいいの?」

「うっ……それは……」

 

 ミアラージュが代替案も提示するが、それはつまり、自分がルークの危機を救うのに何もできないと言うのと同じだ。ヘルラージュにとってはある意味そちらの方が最も残酷な選択である。

 

(ねえ、それってつまり見た目年下な姉に彼氏を寝取られるってことじゃ……)

(言ってやるな)

(中々倒錯したシチュエーションですねえ)

 

「こらそこ、聞こえてますわよ!」

 

 外野のひそひそ話を一喝して黙らせる。確かにそうだが、そうではあるのだが問題は断じてそこではない。

 だが、踏み切れない思いと、譲れない想いがあるだけだ。

 

「それで、どうするのよ。あんたはやるの!? やらないの!?」

 

 姉の叱咤が鐘のように脳内に反響する。

 

 答えなど、決まっている。

 だが、それでいいのかという疑問が自分の中から離れない。

 

 それはささやかな自分の欲望(エゴ)

 誰かに強制されてではなく、自分自身でその結果にたどり着きたかった。

 それは自分の過去と一つのけじめをつけたあの館での戦いから、ずっと抱いて来た想い。

 正真正銘、彼と生きて一つになりたいという、少女の願い。

 

 彼の顔を思い浮かべるたびに思わず笑みがこぼれて、

 彼が傷つくたびに駆け寄ってしまいたくなる。

 それはこんな自分についていくと決めてくれた彼への、確かな恋慕だった。

 

 彼が昔の仲間と再会して嬉しそうな顔をするたびに、形容しがたい感情がわずかに自分の中に渦巻いた。つい先日に、彼がまた窮地に陥ったと聞いたときは、何故無理を言って同行を願わなかったのか自分を攻めた。その後に彼と一緒の時間を過ごした時は、一晩中笑みが収まらなかった。そして、そこから先を言い出せない自分がこれほどに意気地なしなのかと思った。

 

 だから、今回の帝都での滞在はそのきっかけになると思った。

 そのための手順も、三日前から考えてきた。

 けれど、それをこんな状況で迎えるとは思いもしなかった。

 

 つまりこれは、ただの意地だ。

 誰にも譲れない、乙女の意地。

 

 ……けれど、それで彼を救えないと言うのならば、

 

 そんな意地は、捨ててしまえばいい。

 

「……わかったわお姉ちゃん。私、やる」

「ええ。それでこそ私の妹よ、ヘル」

 

 ヘルラージュの決断を、ミアラージュは誇らしい顔で受け入れた。

 

(……なんだかとても重大な決断ですけど、結局は〇〇〇の相談なんですよねえ)

(こら、これでもあいつの命がかかってるんだから茶化すなよ)

(ま、ここは素直にヘルちんが大人になったのを祝おうじゃないか)

 

「だから聞こえてますわよ!?」

 

 内容が内容なだけにイマイチシリアスになり切れない外野であった。

 

 そこで、ドアをノックする音が響いた。

 

『先生、メニャーニャ、大丈夫ですか?』

「ああ。入っていいよシノブ」

 

 許可が得られると、シノブが部屋の中に入ってきた。

 

「ええと、皆さんが宿に戻ってきたので一応報告にきました」

「そういえばもういい時間だったわね」

 

 エステルが時計を見れば、時刻は夜の8時に差し掛かろうとしていた。帝都を好き勝手に観光していたハグレ王国の面々も、宿屋へと戻ってくる時間だ。

 

「ふむ、ではちょうどいいから私たちは一度席を外すとしよう」

「そうですね。あまり大勢がいるとお二人も施術に集中できないでしょうし」

「えー!? ちょっと、この流れでいなくなるのかなりあれなんだけど!?」

 

 まるで見計らったかのようなタイミングにヘルラージュは何者かの作為を感じていた。

 

「それでは、ごゆっくりな」

「まあそのなんだ、頑張れよ、ヘルちん!」

「ははっ、これでルークもようやく卒業ですか。何だか感慨深いですねえ」

「ああそうだ。薙彦、君はこれからアルフレッドの下に突き出すつもりだが。色々覚悟はできているか?」

「え、何故ですか?」

「決まってるだろう? 姉のジーナに君がどれだけ彼から借金を滞納しているか報告するからだ」

「あっ、死んだなこいつ」

 

 だがヘルの叫びむなしく、帝都探索隊の面々が外に出て行ってしまう。

 

「まあまあヘル君、とりあえずここには誰も入らないように通達しておくよ」

「はい、助かります……」

「あの……私そう言うのはよく知らないので何かアドバイスとかはできませんが、が、頑張ってください!」

「シノブさん、もしかして部屋の外で聞いていました?」

「はい、ちょっとだけ……」

 

 そういって残りの召喚士組も出ていった。アルカナの配慮が身に染みる。

 

 残ったのは、ラージュ姉妹と、病室にいるルークだけだ。

 

「さて、時間も惜しいから始めるわよ」

「わかったわ」

「とにかく、ヘルはルークと繋がりを深めることだけすればいいわ。その後に呪いを移して解呪するのは私の仕事よ。それまでは私もここで待ってるから、()()()()済ませてきなさい。ちゃんとこの時の為に選んだ()()も、ちゃっかり身に着けてるんでしょ?」

「も、もうお姉ちゃんったら!」

 

 なおも揶揄うように言う姉に頬を膨らまして、ヘルは病室のドアをノックした。

 

「ルーク君、起きてますか?」

「ああ、起きてるよ」

 

 返ってきた声は、いつも通りの彼だった。

 

 ――この声をこれからも聴けるかどうかは、自分にかかっている。

 意を決して、彼女はドアを開けた。

 

「よう、手間かけちまったな。リーダー」

 

 清潔なベッドの上でルークが上体を起こしている。

 診察のために、上半身には何も纏っていなかった。

 

 服の上からでは分からない、控え目だがちゃんと鍛えられた肉体。

 度重なる冒険の中で、次第と身についていった彼の修練の証。

 

 一瞬それに見惚れるヘルだが、心臓を中心に未だまとわりつく呪いを確認して、息を呑んだ。

 

「……ルーク君、あの」

「わかってる。呪いを解くんだろ? 早くしようぜ」

「……あの、もしかして聞こえて……?」

「あれだけ騒いでいたら聞こえるに決まってるだろ? ったく、お互い不本意なことになっちまったな」

 

 ベッドから下り、ため息をついて、どこか諦めたように語るルーク。

 それを見てヘルにある考えがよぎってしまう。

 

 ――自分とは嫌なのか?

 

「……あの、もしかして私とは――っ!?」

 

 

 その不安を言う前に、彼女の口が塞がれる。

 

 

 柔らかいものが唇に触れ、歯の隙間から何かが入ってきた。

 最初は目を見開いて戸惑っていた彼女も、目を閉じてその感覚に没頭する。 

 

 

 短く、そして永遠の様に長い時間。

 惜しむようなそのひと時は続き、

 

 

 やがて二人は口を離し、お互いを見つめ合った。

 

「――本当はずっと、俺だってこうしたいと思っていた」

「……」

「でもよ、どうやって言い出そうかって思う度に、拒絶されたらどうしようって思って。結局今までの関係で満足してた」

「ルーク君……」

「……あの時、お前が俺のために怒ってくれたのがとても嬉しかった。お前に俺を庇わせたことが、とても情けなかった」

「私も、ルーク君が立ち上がってくれたのがとても嬉しかった。そして、あなたを呪いから守れなかったことが、とても悔しかった。今度こそ貴方が死んでしまわないかと、とても怖かった。……だから、私は貴方の命を感じたい」

 

 お互いの思いを吐露する。

 それを聞いてルークもまた、意を決した。

 

「……呪いを解くとか、そういうのはどうでもいい。これは俺の純粋な気持ちだ。

 ――好きだ、ヘル。俺は、ただお前が欲しい」

「……ええ、私も貴方が欲しいわ、ルーク」

 

 再び唇を重ねる。今度はどちらからでもなく、お互いが同時であった。

 

 そして、この行為の目的も、何もかもを忘れて、

 

 彼らはただ、お互いを求めあった。




やることはやった。悔いはない。





次回は一日目で描写しきれなかったハグレ王国側の出来事になります。


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その55.帝都動乱・幕間(1)

うちの連中が暴れすぎている自覚があるのでここらでハグレ王国成分を補充するのです


『筋肉ラプソディー』

 

 ニワカマッスルは筋肉(マッスル)である。

 

 失敬、筋肉がとてもすごい牛人である。

 

 漢気溢れる力持ち。今日も己の鍛え抜いた筋肉を見せるべく、腰蓑一丁で赤い肌をテカらせる。そんなコイツがその筋肉を発揮するのは帝都でも変わらない。

 

「まずいっ! 荷物がっ!!」

「おうよっ!」

 

 西に積み荷が崩れればその筋肉で受け止めて被害を防ぎ、

 

「おらあっ、いいからついて来いってんだよ……ぎゃあっ!?」

「へへっ、もう大丈夫だぜ」

 

 東に女性に危害を加える暴漢が現れればその筋肉で懲らしめる、

 

「ぐはぁ、悔しいが俺の負けだ……!」

「へへっ、あんたの筋肉も中々だったぜ」

「素晴らしい勝負でしたニワカマッスルさん、よろしければ、その筋肉の秘訣について一言」

「メシ食って筋トレして寝る! 男の鍛錬は、そいつで十分よッ!」

「割と普通だッ!?」

 

 時にはストリートの一角にて並み居る力自慢たちとのボディビル勝負に見事勝利し、相手の健闘を称えて新聞社の取材を受けたりと、まあとにかく活躍し放題だったわけだよ。

 

 ……でもまあ、

 

「よう、そこのお嬢ちゃん。今の俺の雄姿見てたか?」

「え、ええ……」

「ここで出会ったのも何かの縁、ちょっと俺とお話ししねえか?」

「え、あの……ご、ごめんなさい!」

「あっ!」

 

 ほら、

 

「危ないところだったなお姉さん。どうだい、ちょっと俺とお茶でも……」

「た、助けてくれてありがとうございます、そ、それでは……!」

「え、ちょ、待って……!」

 

 このように、

 

「ヘイ、そこのレディ、ちょっといいかい?」

「ごめんなさい。私、汗くさい人無理なんです」

「ガーン……」

 

 こいつが女の子に振り向かれることはなかったんだけどね!

 

 

 

 

「くそぉ、どうして皆お礼だけで一緒に付き合ってくれねえんだよぉ!」

「いやまあ、その筋肉だろ?」

 

 帝都の大通り、コイツが己の思い通りの展開が訪れないことに慟哭する様を私はいつものように眺めている。

 うおおおおんっという男の叫びが空に木霊し、天下の大通りで泣き叫ぶ彼を周囲の人々が怪訝な目線を向けながら通り過ぎていく。ハグレだからとか関係なく、デカい奴が泣いていたらそりゃ関わりたくはないわな。

 

 それでまあ、どうしてコイツがここまで黄昏ているのかって? それはコイツが助けた女性や近くにいたお姉さんを口説いたその総てが失敗に終わったからだよ。

 

 あらかじめ弁明をしておくと、マッスルは別にモテたくて人助けはしてないよ。コイツは己の心の向くままに筋肉を振舞って、その後に良い感じの女性と目が合ったら声をかけるんだ。『何、俺が人助けをするのは当然さ、けれどこの頼もしさを見た女性がうっかり俺に惚れちまうのはしょうがねえよな……?』 そんなことを口走っていたマッスルだけど、現実ってのは非情で。コイツが筋肉を発揮すると同時にその暑苦しさも同じぐらいには発揮される。それが女の子にはマイナスポイントになるんだよね。私みたいに慣れてない奴からすればただただ威圧的というか、いきなり自分に言い寄ってくる汗くさい奴って印象でしかない。

 それと服を纏わず腰蓑一丁というファッションセンスの無さが一番の減点対象だね。『布に覆われていないありのままの筋肉をお届けしたい』とはコイツの言い分だけど、それでどうやって真っ当な女子が惚れるんだか。そういう訳で、今日一日でマッスルが女性たちのハートは掴めなかったってわけ。

 

「『自分の魅力を最大限伝えることがモテる秘訣』と本に書いてあったから実践してるんだが、やっぱり俺の魅力(筋肉)がまだ伝えきれていねえのか?」

「あんたの魅力に何て誰も気づきゃしないよ」

「だが後二日、まだ二日もあるんだ。俺は諦めねえ!」

「無駄だと思うけどねぇ」

 

 いやホントへこたれねえなコイツ。そのガッツは嫌いじゃないけど、もう少し自分を客観視できないのだろうか。

 

 そうしてマッスルがやる気に満ち溢れているとだね、コイツの正面、つまり私の背後からふらふらと私達に向かって歩いてくる奴がいることに気が付いた。私は耳もそれなりにいいから、誰かが近づいて来ようものなら大体わかる。そいつは取り分けて特徴のない男で、よそ見をして私達を見ていないようだったけど、その実しっかりとマッスルの腰蓑に視線を向けている。流石は帝都、こういう手合いも普通にいるわな。

 

「うわっ」

「おっと、すみません」

「おいおい、こんなデカいのにぶつかるとかよそ見してんのか?」

「うっかりしてました。すみません……」

 

 マッスルに正面からぶつかったそいつは接触の瞬間、腰蓑にぶら下がっていた財布の巾着に手を伸ばして瞬時にひったくった。見事な手口だったから、多分相当にやり慣れてやがるね。まあ、マッスルのうっかりとは言え、目の前でダチがスリに遭うのを見過ごすほど私も冷たくはないわけで、そいつが巾着をひったくる前に、()()()()()()()()()()()()

 

 そいつはまんまと引っ掛かり、気づくことなくへこへこと謝罪の言葉を口にしながら雑踏の中に消えていった。

 まあ、この時点で被害はゼロだから見逃してやってもいいんだけど、アイツ相手がハグレだからって完全に舐めてやがった。どうせ被害を訴えても泣き寝入りになるだろうってね。それも気に食わなかったし、何より私達は一応衛兵のバイト中、仕事の一つぐらいこなしておいた方が報酬も貰えるだろうし、ここは一つ懲らしめてやる事にした。

 

「気をつけろよ! ……やれやれ、俺もぶつかるとはぼうっとしてたか」

「いやいや、あいつ今わざとぶつかってきたぜ?」

「何だって?」

 

 頭を掻いているマッスルに私が指摘してやると、こいつは唖然とした表情で聞き返してきた。……本当に気づいてなかったらしい。そんなにフラれ続けたのがショックだったのか……。

 

「だからさ、今の男、スリだって言ってんのよ」

「なにぃ!?」

 

 腰蓑を確かめれば、確かにあったはずのものがない。まあ本物は私が持ってるんだけどね。

 

「今路地裏に入っていくぜ。向かいの三つ目の建物の横な」

 

 私が指(翼の先っぽだけど)を刺した先、さっきの背中が建物の陰に消えていく最中だった。

 

「くそっ、許さねえ! てかハピコ、お前気づいてたなら言えよ!!」

「へへっ、あんたがのろますぎてついつい」

「こんにゃろ……、まあいい、追うぞ!」

「アイアイサー!」

 

 私達は路地裏へと疾走する。

 幸いにもお目当ての男はすぐに見つかった。私達に背を向けて、手に持った財布を漁っている。手先はそれなりの癖に、こういうところが不用心とは。アイツがこんな二流にひっかかったというのは癪に障る。

 

「くそっ、なんだこれは。石ころばかりのハズレじゃねえか!」

「おい、そこの兄ちゃんよ」

「ああ!? なんだてめ、え、は……?」

 

 声をかけられた男が不機嫌そうに振り向くが、マッスルの姿を見て絶句した。狭い路地裏にこの巨体が立つ光景は、まるで赤い壁が目の前に迫ってくるかのように見えたことだろう。

 

「ひっ……、あんたはさっきの……」

「まんまとやられたよ。だが、ここまでだぜ」

「な、何言ってやがる! ただぶつかっただけだろ!?」

「とぼけてんじゃねえよ、ほれ」

 

 マッスルに気を取られている隙に、私はそいつの後ろに回ると同時に、そいつの手から財布を奪ってやった。

 

「あっ、返せっ! それは俺の……!」

「いやアンタのじゃないでしょ。私のこの目でバッチリ見てたからね~?」

「ついでに言うと俺たちは臨時傭兵の仕事中だ。お前、もしかしなくても常習犯だろ」

「そういうわけさ、運のツキってことで諦めな」

「っ、くそっ!」

 

 ひったくり犯はナイフを取り出し、私目掛けて突進する。屈強な牛人よりも、華奢なハーピーを狙って路地裏に消えた方が逃げられると考えての行動だ。

 

 だが、その程度は想定内である。

 

「ていっ」

「ぎゃっ!?」

「ふんっ」

「ぐはぁ!」

 

 翼をはためかせて砂を巻き上げてやれば、ひったくり犯は目をつぶされ、その間にマッスルの拳で一発KOされた。見事なコンビネーションだと自分でも思ったね。

 

「けっ、狙うなら男らしく俺の方にしろ。大丈夫だったか?」

「掠ってすらねーよ」

「しかしハピコよぉ、よく気づいたじゃねえか」

「まあね。ルークの手際に比べたら丸わかりなんだよ」

「確かにルークのスリはやべえな。いつの間にか手元の武器が入れ替わってた時は逆にゾッとしたもん」

 

 そうそう。ルークの奴が音もなく盗んでいくのに慣れたらこの男なんかバレバレに感じる。手先が器用といったらヘルちんもそうだけど、ルークの奴は別の方向に器用だ。ジャグリングとかナイフ投げとか、そういう小技が旨い。

 

「それでアイツ、自分は二流だとか言うから謙虚だよなぁ」

「一流の盗賊は物以外も盗むとか言ってたけど、じゃあ何を盗むんだろうねえ」

「はっ、さてはアイツ俺の筋肉も盗む気じゃねえだろうな……!?」

「何を阿保なこと言ってんのさ。つーか、あいつはとっくに物以外も盗んでるっての」

「その心は?」

「ヘルちんのハートだよ」

「かーっ、言うじゃねえか!」

 

 軽口を叩き合いつつ、マッスルは押収した財布から自分の財布を探し出すが、そこであることに気が付いた。

 

「あれ、これ俺の財布じゃねえぞ?」

 

 確かにもの自体は自分の持っている財布と同じだが、自分の物には書いてあるはずの名前が無かった。その上、何故かゴールドではなく石ころが大量に入っていた。しかし、犯人が持っていた財布の中ではこれ以外に自分の物と同じ財布はない。だって本物は私が持ってるし。

 

「ああ、それってこれの事?」

 

 私は笑いながらマッスルの財布を取り出してやれば、こいつは目を丸くした。

 

「あ!」

「へへっ。あいつがスった瞬間に私がさらにすり替えたんだよ」

「おいおい……」

「元々盗み*1は私の役目だかんね。あいつにばかり活躍はさせないよ」

「こいつめ!」

 

 しょうがねえやつだとマッスルは笑う。素直に喜ぶこの単純さはかえって気持ちがいいよな。

 

「ってかお前、なんで俺と同じもの持ってんだよ」

「……そりゃあれだよ。お前こういう事にひっかかりそうだからな。用意しといたんだよ」

「なるほど、そうか!」

 

 どうやら誤魔化されてくれたらしい。いや単純すぎるなコイツ。

 全く、私がいないと駄目だなこりゃ。

 

「それじゃ、こいつ連れていくか」

「おーっ!」

 

 そうして私達はこのひったくり犯を連行していったわけだ。

 

 

 

『つめたい思い』

 

 

 

 ハグレ王国の仲間たちが思い思いに過ごしている中、

 国王様であるデーリッチが何をしているのかと言えば……

 

「ていっていっていっ!」

「うおーっ、イナヅマハンマーッ!」

「二人とも頑張れーっ!」

 

 御覧のように、ゲームにハマっていた。

 おもちゃのハンマーを懸命に振るデーリッチの隣では、ヅッチーが負けじとハンマーを電光石火の速さで振るい、穴からでてくるもぐらを一心不乱に叩いている。それを応援するのはベルだ。

 

 そう、これはもぐら叩きゲーム。

 最近開発されたゲーム筐体であるこれは、そのシンプルなルールに隠れた奥深さから老若男女すべてのハートを掴み、今や人気のアトラクションと化していた。

 

 ちなみに、最高記録はメニャーニャが古代兵器を基に造った対モグラたたき用ロボ、Adela-MTが叩き出した。このせいでモグラたたき本機よりもロボットのほうがお子様に人気になってしまったのは余談である。

 

 当然ながらお子様たちもこれに目を輝かせ、互いの得点を競い合っている。一国の王や立派な商売人と言えど、彼女たちはまだ幼い子供。こうして遊戯に夢中になっている姿もまた飾らぬ彼女たちの在り様である。

 

 そんな微笑ましい様子をローズマリーは眺め、

 

「キャーッ! ヅッチー素敵ーっ!」

「この人が一番はしゃいでるのはどうなんだろう……」

 

 ……それ以上にはしゃいでいる一人の妖精に目を向けた。

 

 彼女の名はプリシラ。言わずと知れた妖精王国の参謀だ。

 お子様たちを引き連れたローズマリーが街を散策しようとした矢先にでくわした彼女。事情を聞けば、妖精王国も三日後の式典に参列することが決まったので、数日前からこうして帝都に滞在しているのだという。

 

 プリシラはヅッチーとのハイタッチからの手を繋いでぐるんぐるん回ったりとここしばらく多忙で会えなかったヅッチーとの再会の喜びを全身で表現したのち、そのままデーリッチ達の帝都観光に付き合うことになった。

 

「まあ、楽しそうならそれでいいか」

 

 悪魔よりも悪魔らしいと評判の氷妖精、妖精王国の金庫番、今や帝都にもその根を張るプリシラ商会のオーナーと、なんだか肩書の多くなってしまった彼女の冷徹ともとれる印象からの変わりように最初は困惑したローズマリーだが、背丈は大人な彼女も実際はヅッチーと大差ない年齢であることを考えれば、こうしてはしゃいでいる様子も年相応のものだと受け入れられる。

 

「うおーっ! デーリッチの勝ちーっ!」

「くっそー! 明らかにヅッチーのほうが多く叩けてただろー!?」

「ヅッチーちゃん、早いけどその分ハズレも叩いてたからね……」

「あーん、惜しかったねヅッチー!」

 

 決着がついた二人が戻ってくると、プリシラが悔しがるヅッチーに勢いよく抱き着いた。

 

「だが妖精は負けたままじゃない! 次は勝つぞー!」

「その意義だよヅッチー!」

「ローズマリー! デーリッチの勝利見てくれたでち?」

「はいはい。ちゃんと見てたよ」

「えへへ~」

 

 ヅッチーが羨ましくなったのか、デーリッチが催促するとローズマリーは微笑んでその頭を撫でる。デーリッチも満足そうに笑う。

 

「で、もっかいやるでち?」

「そうだな~」

 

 もう一度遊ぶかを相談していると、ヅッチーのお腹がぐぐぅ~~、といい音を鳴らした。

 

「あっ、遊んでたら腹減ったわ」

「そういえばそうでちねえ」

 

 デーリッチもお腹に手を当て、自分もすきっ腹なことに気が付いた。そりゃああれだけアクロバティックな動きを続けていればそりゃ腹も減るというものだ。

 

「それじゃ、お昼ご飯にしよう! でもどこで食べよう……」

「それなら、私が連れて行ってあげましょうか?」

「え?」

 

 何やら待ってましたと言わんばかりのプリシラが、デーリッチ達に提案する。

 

「こういう時の為に美味しい店、調べてあるんですよ。本当はヅッチーと二人がいいんですけど、せっかくなので皆さんにも紹介してあげますよ」

「え、まじ!? プリシラやるじゃん!」

「でしょでしょ!?」

(十中八九デートスポットだなそれ……)

 

 ヅッチーの言葉を受けてプリシラはさらに舞い上がる。そんなことをしていたプリシラの意図をローズマリーは想像した。正解である。

 

「それじゃ急ぐぜ、レッツゴー!」

「おー!」

「ヅッチー、そんなに早いと危ないよ!」

「わわっ、待ってください!」

「やれやれ、疲れ知らずだなあ」

 

 呆れ半分、羨ましさ半分の感情で軽く笑みを浮かべ、ローズマリーも置いて行かれないように歩き出そうとした。

 ――そこであるものが目に留まった。

 

「……あれは」

 

 それは掲示板であった。帝都の住民や業者が用いるそれにはいくつかのポスターが貼られており、商店街の宣伝チラシ、政治家による演説ポスターなどのチラシを押しのけるように「私たちに自由を!」「ハグレと呼ぶな!」の抗議文などが存在した。

 そして、その中で最も多く掲示されていたのは、魔法陣と国章を割るように線を引いたポスターであった。

 

「ここにも解放軍のポスターが……」

 

 ローズマリーは掲示板の前まで歩き、解放軍のポスターを一枚剥がした。

 

 ――召喚人解放軍。

 

 「ハグレの解放」を標榜する彼らの言い分は理解できる。だが、その行動にはどうしても納得がいかない。帝国領で多くの破壊活動を行い、さらには戦争まで引き起こそうとしている。

 

 それは間違いだ。とローズマリーは思う。

 確かに召喚人をハグレと蔑む今の帝国の体勢はよくないもので、それを変えようとする思いは決して間違ってはいない。だが、それをさらなる武力で成し遂げるのは決して正しくはない。それは解放軍の裏で糸を引く者達の思惑を知っているからだと言うのもある。だが、ローズマリーは力で弱者から搾取する、という行いがどうしても許せなかった。奪われたのだから奪い返す。そんな負の連鎖が続くことを、見逃したくはなかった。自分の生まれたこの世界で、そんな悲しいことが起こることを避けたかった。

 

 だが、こうして今も日常を過ごしているハグレ達はどうだろうか? という疑念もローズマリーの中には存在した。

 

 彼らは自分たちが無理やり連れてこられたこの世界での生活を続けることに不満を抱いているのではないか?

 アプリコたちの様に、平穏を教授しながらも虎視眈々と牙を向く機会を伺っているのではないか?

 こうして解放軍の勧誘チラシやプロパガンダが、帝都の真ん中で堂々と貼られているということは、彼らに賛同する者が多いと言う事実を示しているのではないか。皆、この世界を壊してしまいたいほどの憎悪を心の中に持っているのではないのか?

 

 ならば、自分達がやろうとしていることは、ハグレ達の嘆きを踏みにじることになるのか……?

 

 ローズマリーは悩む。自分はハグレではない。その事実が彼らの思いに寄り添うことに対する何よりも高い壁となって立ち塞がる。デーリッチと出会い、多くのハグレと接してきてなお、自分の考えはこの世界の人間としての価値観に囚われている……。

 

「そうですねえ。いたるところにあって邪魔ですよねそれ。うちのビラもこれで目立たなくされて、営業妨害も甚だしいところです」

「わっぷ」

 

 そんなローズマリーの苦悩を遮るように、誰かが横から覗き込んできた。

 

「プ、プリシラ……!?」

「あなただけ来ないから何かあったのかと思えばそのチラシ片手に何やら思い詰めたご様子。もしや連中に思うところでもありましたか?」

「いや、別に……」

 

 何でもない。と言おうとして、しかしこの胸に残るわだかまりをどうしても無視できず、ローズマリーはプリシラに問いかけた。ハグレと妖精。同じくこの世界の人間から差別されたマイノリティ。その中でも時に冷酷とも呼べるほどには冷静に判断できる彼女であれば、より彼らに近い意見が得られると期待してのことだった。

 

「……プリシラ、君は彼らについてどう思う?」

「別にどうも」

 

 プリシラはきっぱりと言い放った。

 

「……なかなかはっきり言うじゃないか」

「当たり前ですよ。ただ暴れたいだけの無法者に対して思う事はありません。自由だ革命だとは言いますが、結局のところ相手に自分たちを認めさせるために相手を叩きのめそうとしているだけ。自己満足のために誰かを踏みにじっているにすぎません。仮に彼らがこの国をひっくり返すのに成功したとしても、その過程で失うもののほうが大きいに決まってます。そんな分かり切っていることから目を背けて、わざわざ剣を取るなど破滅の道を突き進んでいるにすぎません」

 

 どこか自虐的にプリシラは語る。

 

「でも、彼らがどうしてそうなったかならわかりますよ。自分たちには自由も権利もない。何かをしようと立ち上がっても、余計な真似をするなと頭を押さえつけられて声をあげることすらも叶わない。そういう風聞に晒されて生きていたハグレというのは、貴方が知るよりもよっぽど多い。かくいう私たち妖精も、商売を始めてから軌道に乗せるまで何度妨害を受けたことやら。アルカナさんが取り持ってくれたおかげでこうして帝都にまで私たちの力が及ぶようになりましたけど、あれも結構な力技でしたからね」

「ああ、それは確かに」

 

 妖精王国が帝都の経済の一部を掌握を行った一件は、今思い出してもかなりの超展開であったなと、ローズマリーもつい笑ってしまう。そしてそれは、それぐらいのことをしなければ状況は動かせなかったということでもある。

 

「何かを変えようとするなら、とても大きな力が必要だ。そしてそれに、善悪は関係ない。ただ、より大きな力が世界を動かしていくだけですよ。――例えば、お金とかですね!」

「……君が言うと洒落にならないな」

「ええ。他の方々はともかくとして、私は何事も力をぶつけ合って決めるより、お金で解決できれば良いと思ってます。アルカナさんもお金は価値に対する最も公正な尺度だと言ってました。お互いに物の価値を認めて、納得の上で交換したことを表す数字としてお金以上にわかりやすいものはないでしょう? ああ、安心してください。世の中はそれだけでは回らないってこともちゃんと理解できていますし、どれだけの資産を支払っても手に入らないものがあり、それをつかみ取るための力は、貴方たちの王様が持っているということを私は知っている」

 

 在りし日の悔恨と、それ以上の憧憬を目に浮かべてプリシラは言った。

 

「まあ、何が言いたいかと言えば、あちら側には積もりに積もった恨みがあり、私たちにはそれを止めたいという意志があります。ならば、それだけで彼らに立ち向かうのは十分でしょう?」

「……そうだな。君の言う通りだ」

「ええ。相手の思想が何であれ、喧嘩を吹っ掛けてきたのは向こうなんですから。貴方たちは正面から立ち向かって、存分に取り立ててしまえばいいんです」

 

 そういうのはお得意でしょう? とプリシラが笑った。確かに、とローズマリーも頷いた。解放軍の大義はともかくとして、その所業は人々の生活を脅かす。ならばハグレ王国はこれを真っ向から打ち破り懲らしめる。

 

 それが、この世界の負の連鎖を本当に断ち切るのだと信じて。

 

「さて、ヅッチー達を待たせちゃいけないので行きますよ」

「ああ、そうだったね。ごめんごめん」

 

 ストリートの彼方を見れば、お子様三人が自分たちの方を見て手を振っている。どうやら先に行かず待っていてくれたらしい。

 

「お、やっときたか。遅いぞー!」

「ごめんねヅッチー!」

「おう、ヅッチーは寛大だからな、許すぜ!」

「流石ヅッチー、優しい!」

 

 ローズマリーが合流すれば、せっかちイカヅチ妖精が抗議の声を挙げ、プリシラが申し訳ないと笑顔で謝罪を口にしていた。

 デーリッチはローズマリーが何やらすっきりした顔をしていることに気が付いたのか小首を傾げた。

 

「ローズマリー。何かいいことでもあったでち?」

「……うん。そうだね、君達はいつも元気だと思っただけさ」

 

 そう言ってデーリッチの頭を撫でれば、先ほどと同じように嬉しそうな声が返ってきた。

 

 

*1
ちなみに、ルークにはゴールドを盗む特技とかは覚えさせてません




次回は二日目の朝からです。


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その56.帝都動乱・二日目(1)

二か月近く空いてしまった……。


『二日目・朝』

 

 

 

 怒涛の一日目から一夜明けた朝。

 

 ハグレ王国一行が宿泊する宿屋に、二人は帰ってきていた。

 

「……」

「……」

 

 ルークもヘルラージュも互いに無言で、気まずそうに目を逸らしている。

 

 それもそのはず。

 彼らは紆余曲折あった果ての結構な超展開によってなし崩し的に一線を越えたのだから。

 

 ()()()()()あの後、疲労がたまっていた二人はいつの間にやら眠っていた。そして目が覚めた時、ルークは自分の体からやけに疲労が取れていることを確認し、やがて自分を苛んでいた応報の呪いが綺麗さっぱり無くなっていることを悟った。次に隣で眠っていたヘルラージュが目を覚ました。二人は一糸纏わずに密着していたお互いの姿を確認し、自分たちが何をしたのかを思い出した。

 

「あ、その……えっと……」

「お、おはよよよよ、ルーク君」

「……おはようヘル。少しは落ち着け。というか起きたのなら離れてくれ」

「そ、そうよね。もう朝だものね。……でも、もうちょっとだけいい?」

「……わかったよ」

 

 あれだけノリノリでやった癖に今更羞恥心がやってきてどう声をかけるか迷っているルークに、同じく顔を赤くしたヘルラージュも完全に混乱していた。

 そうして二人は喜びと羞恥の混ざった微妙な感情のまま、いそいそと着替えて協会を後にした。

 

 その時、施術を行ったであろう姉の姿はどこにもなかった。おそらく気を遣って一足早く宿に帰ったのだろうが、それは二人きりで何をしたのかをさらに思い起こさせるだけで、余計に気まずさを増すだけであった。

 

 どの面して皆を顔を合わせようか。もしや既に皆知っているのではないか? 自分達が致したことを知っているのは昨日チームを組んだ4人と、アルカナ含む召喚士組の計7人。誰も軽々と口を滑らせる者ではない。いや何人か面白半分でやる奴が混ざってはいるが、一応誤魔化してくれてはいる筈だ。

 

「……ああくそ、こんなうろたえ方してたらバレバレだ。平静にいくぞ、平静に」

「そ、そうよね! 変な心配かけるのもよくないわよね」

「ああそうだ。よし、行くぞ!」

 

 意を決して二人は宿の扉を開ける。

 

「……お、二人とも帰ってきたか」

「ようルーク、昨日は災難だったみたいだな。でも、その様子なら心配はいらなさそうだな!!」

 

 玄関にいたのはジュリアとニワカマッスルだった。

 幸先が良い。片や事情を知っており、もう片方はいくらでも誤魔化しが効く。ルークは内心でホッとした。

 

「おはようマッスル。お前も朝から元気だな」

「おうよ。朝の筋トレ後に飲むモーモードリンクは格別だからな。お前もどうだ?」 

「そうだな。折角だし貰っとくよ」

 

 精気は養っておきたかったのでルークは遠慮なくモーモードリンクを受け取り、一息に流し込む。企業秘密配合なスパイス由来の辛味が喉にピリリと焼け付き、体中に熱を巡らせる。

 

「……ぷはっ。サンキュ、目が覚めたぜ」

「へへっ、どういたしましてだ!」

 

 がっちりと拳と腕を組み合わせて二人は握手を交わしている中で、ヘルラージュはジュリアに顔を近づけ小さな声で話しかけた。

 

「……あのう、ジュリアさん。昨晩の事は」

「安心していい。皆には看病だと言っておいた」

「ありがとうございます……」

「それはそれとして、どうだったかい? はじめての感想は」

「ルーク君って結構積極的なのね……って何を言わせるんですか!」

 

 ヘルラージュはジュリアの律儀さに感謝したが、その気持ちは秒で消え去った。

 事が事なので言いふらしはしないが、どうやら個人的な話のネタにするつもりは満々のようだった。

 そんなふうに談笑を広げていると、彼らの斜め上から声がした。

 

「あ! 二人ともいるでち!」

「おはよう二人とも。ルークは大丈夫かい?」

 

 デーリッチとローズマリーが二階から降りて来るのを皮切りに、次々と仲間がやってきた。

 

「心配をかけたようですね。すみません」

「全くだよ。とはいっても、市街地だからって私たちも少し甘く見てた。今までのような窮地(ピンチ)はないだろうって思ってたよ」

「まあ、確かに色々勝手は違うからしょうがねえ。命があっただけ御の字ですよ」

「そうだね。何であれ、生きて帰ってきてくれたならそれが一番だ」

 

 

「おやルーク、もう戻ってきましたか」

 

 王国民とは違い薙彦は宿の外からやってきた。彼の泊まる部屋はないので当然である。薙彦はなぜか顔の幾つかに傷がついていた。

 

「おう薙彦。なんでお前怪我してるの?」

「そいつは私が一発くれてやったからだね」

 

 ルークが声の方向を振り向くと、そこにはジーナとアルフレッドがいた。アルフレッドは申し訳なさそうな顔をして薙彦を見ている。

 

「ああ、そういうこと」

 

 大方、アルフレッドから借りている金の件でひと悶着あったのだろう、そのうえで再び顔を会わせていると言う事は、一応の落としどころはついたと見ていいだろうとルークは納得した。

 

「朝帰りの気分はどうですか?」

「おい、誤解を招く発言はやめろ」

「いや誤解でもなんでむぐ」

「……ふーん」

 

 慌てて薙彦の口を塞ぐルークを、ジーナは興味無さそうに見つめている。一体その「ふーん」に何が込められているのかをアルフレッドは察し、色々と頑張っている友のために口を噤んだ。

 

 その一方で、ヘルラージュはヤエと雪乃に目を向けられていた。

 

「ところでヘルさん、なんだか肌がきれいですね?」

「そうね。いつも化粧要らずの反則級もちすべ肌だけど、今はそれ以上だわ」

「ぎくぅ!?」

(((おいぃ!? こいつら変な所で目が効きやがって!!)))

「あ、あらそうかしら?」

 

 乙女センサー侮るなかれ。

 隠しきれない痕跡を目ざとく見つけてくる二人にヘルラージュが分かりやすく狼狽し、ルークは内心めっちゃ焦っていた。

 

 とまあ、色々と怪しまれたりはしたものの、どうにかこうにか誤魔化すことに成功した二人。

 朝食を済ませいざ二日目の幕開けだ。というところで、集合した捜索隊には新しい顔ぶれが存在していた。

 

「今日から僕たちも加わるよ」

「あんた達だけじゃ人手不足でしょ。それに、昨日の体たらくじゃ流石に心配よ」

「そういや、二人も帝都で暮らしてたんだったな」

「私たちが通行証を持ってるの知ってるくせに、あんたの師匠ったらしれっと外してくれちゃって」

「まあまあ。僕たちに配慮してくれてたんだと思うよ。それにこうやって申し出ても特に何も言わなかったし」

 

 片や帝都の鍛冶ライセンスを持つジーナ。片や凄腕のゴーストハンター『俊英』ともてはやされるアルフレッド。どちらもハグレでありながら帝都内を自由に行動できるだけの実績を持っており、他の仲間たちよりは騒ぎになりにくいどころか市民権を得ているため大手を振って歩くことができる。むしろハグレと公言しなければ均整のとれた外見から、帝都での活動にはぴったりの人材と言えるはずだ。

 では何故彼女たちが昨日は参加していないのかという理由だが、それはアルカナがハグレである二人に気を遣って帝都捜索の任務を割り振らなかったからである。

 

「先生らしいなあ。私のことは容赦なくこき使うくせに」

「気遣い方が下手なのよ。そういう状況でもないでしょうに」

「先生はハグレに対してとにかく責任感じてるっぽいし、そのあたり不器用なのかもね」

「そう? 私からすればかなり冷徹な人間に見えるけど」

「私から言わせればどっちも正しいわね。慈悲深さと冷徹さ。何もかも背負った人間はね、その両方を矛盾せずに持ってて、いざというときはそれを躊躇いなく切り替えられるものよ」

「確かに、ミアさん最初は滅茶苦茶容赦なかったもんな」

「お姉ちゃんノリノリで魔女ロールしてたものね」

「二人ともおだまり。昨夜のこと皆に言いふらしてもいいのよ?」

「「すみませんでした」」

 

 ミアラージュは弟分と妹を一言で黙らせる。しばらくはこの言葉が効くことだろう。

 

「うっわ容赦ねぇ……」

「なあジュリア、つまりあの二人ってそういうことよね」

「そういうことだ。不可抗力みたいなものだし、黙っててくれないか」

「いずれバレるだろうにねえ。そういうあんたはその辺どうなのよ?」

「お生憎、こればかりは恵まれなくてね。その気も無いのに言い寄ってくる男は多いけどね」

「もったいないねえ。あんたもそう思うだろアルフレッド?」

「え、何でそこで僕に振るの?」

「チッ。こっちもこっちか」

 

 ジーナは鈍感な弟に舌打ちした。つい昨日までじれったい関係だった二人もそうだが、身の回りにいる連中がどいつもこいつも奥手だと冷やかすのも一苦労である。

 

「話を戻すけど、私たちは顔見知りも多いから問題ないわ。あの偏屈どもにもう一度顔を合わせるのは癪だけど、工業区に行くなら私が色々融通利かせられる」

「そういうジーナも結構気難しいよな」

「うるさいわね」

 

 茶化すジュリアをジーナは小突く。

 

「ま、別にいいですよ。人手が増える分には構わねえし、あんた達ならヘマすることもないだろうしな」

「ええ。お二人なら大歓迎ですわ」

「そうかい。んじゃ期待に応えるだけの働きはしてやるわよ」

 

 相変わらずの仏頂面だがジーナは笑った。

 

 

 

 

 

 

「それじゃあ、今日の活動方針を発表しま~す」

「「「「わーパチパチ」」」」

「……ねえ、あんたらいつもそれやってるの?」

「え、ノリ」

「あっそ」

 

「つれませんわねぇ……。まずメニャーニャさんから情報を聞きに行きましょう。昨日捕らえた魔術師からの尋問は終わっているんじゃないかしら」

 

 昨日は多くの収穫があった。特に『サバト・クラブ』のアジトと思わしき場所に乗り込み、魔術師を捕縛した。彼らはマクスウェルとの関わりがあるということで、協会が尋問を行っている。そこから一日経過したので、首尾よく行けば何かの情報は得られている筈だ。

 

 

「よっーすメニャーニャ! 何か情報は得られたかー?」 

「朝から大声上げないでくださいよ先輩。品が知れますよ」

 

 場所は変わって召喚士協会。

 エステルに呼び出されたメニャーニャは眠たげに瞼を擦っていた。尋問はあれから夜通し続いていたのだろう。エステルに対する小言はいつも通りだがそこには横隔膜を抉るようなキレが足りなかった。

 

「うわ……罵倒にキレがない。お前ちゃんと寝てるのか?」

「これを見てちゃんと寝ていると判断できましたか?」

「ごめんなさいエステル。日が昇るまで仕事していたからメニャーニャはちょっと寝不足なのよ」

「元々私はそこまで寝ませんよ……ふあぁ」 

「おもっくそあくびしてんじゃん」

 

 続いてやってきたシノブがメニャーニャの不調を捕捉する。

 有事には自分のコンディションはちゃんと整えるメニャーニャがこのような状態になっているのは理由があった。

 

「仕方ないでしょう。連中、ホントに下っ端もいいところなんですから」

 

 思いのほか尋問は難航を極めていた。というのも、そもそもとしてルーク達が捕縛した『サバト・クラブ』の構成員は末端も末端。あくまで荷物の受け渡し役でしかなく、受け取った後は所定の位置に荷物を運び、そこからさらに受け取り役の者がやってくるという非常に回りくどい方法を取っていたからだ。

 

「その受け取り役については? 顔とかわからないか?」

「勿論聞きました。ですが、彼らは全員仮面を被っていたのでわからないとのこと。伝令として使わされていた者も同じらしく、淡々と取引内容についてのみ説明し、それ以外のことには沈黙を貫いていたとのこと。それもまるで喋る理由がないとかじゃなく、そもそも会話する能力がないのかと思うぐらいには不気味だったそうです」

「徹底した機密主義だな」

「ええ。これ以上は尋問しても情報が得られないと判断しました。その者達については現地で情報を集めていくしかないでしょうね」

「ああ。だがそんな露骨に顔隠したやつらは逆に目立つ。工業区で聞き込みをすれば誰かから目撃情報ぐらいは出てくるだろう」

 

 一つ目の探索ポイントは工業区に決定した。

 

「あとは暗殺ギルドだな。ちょっとばかり余裕が出てきたからこっちも調べておこうぜ」

「新規の調査もお願いしますね。解放軍が全ての糸を引いているのであれば、おそらく事前に名が割れた犯罪者たちは囮か前座です」

「目立つ連中を先に入れて、私たちにその対処をさせているうちに本命を帝都に入れるってこと?」

 

 エステルはメニャーニャが何を危惧しているのかを理解する。

 

「そう言う事です。こういうのには鼻が利きますね先輩」

「これぐらいはね。あの臆病者が考えることなんてわかってるわ」

 

 解放軍からすれば帝都に潜伏するのに全戦力は投入できない。だが帝都側はハグレ王国という強力な戦闘集団を思いのままに導入できる。他の街のように目立った行動を取るにはリスクが高すぎた。そのため、特に消耗しても問題のなく、かつ金で動かせる悪名高いアウトローを雇って先んじて帝都に送り込んだ。召喚士協会やハグレ王国がそれに反応してくれればよし、対処に追われて消耗したところで自分たちの持つ戦力を投入する。そういう魂胆だろうとエステルは考えていた。

 

 そもそも、エステルの冒険の始まりは協会内での政争だった。そこからハグレ王国と合流し、様々な地域や勢力の思惑を見てきた彼女の嗅覚は研ぎ澄まされている。ましてや相手にはマクスウェルがいる。協会にいた時からぶつかり合ってきたあの男が取る手段など分かり切っていた。

 

「マクスウェルの行動は恐らくそれでいいとして……問題はおそらくは参謀格である《青空オレンジ》こと、獣人アプリコについてです。水晶洞窟の一件で彼の実戦での恐ろしさは理解できましたが、このように長期的な戦いではどう行動するか。ルークさん、わかりますか?」

「……そうだな。アプリコさんはああ見えて取る手段が苛烈だ。基本的に自分たちの行動を分かりやすく示すためにやり方が派手になる。火事とか爆発とかな。いいか、青空オレンジの異名通り、あの人は青空を橙に染め上げるんだよ」

 

 ルークはアプリコの恐ろしさを思い知った出来事を思い出す。

 それはかつてチームの全員である貴族の屋敷に存在する宝物を盗みに入った時のことだ。中々に厳重な警備だったが、ラプスと薙彦の荒事コンビがなぎ倒している隙にルークが盗み、エルヴィスが逃走路を確保した。そして最後にアプリコが証拠隠滅を図ったのだが、その時に彼はなんと屋敷に火を放った。その屋敷が山に隣接しているにも関わらずにだ。

 ルーク達は後で知った事だが、その貴族はハグレ戦争において武勲を挙げた家系であり、多くのハグレ残党を捕虜民として虐げていた。それが事前調査を行ったアプリコの逆鱗に触れたのかは分からない。だが事実として彼はやった。

 炎は山に燃え移って山火事となり、空は昼になってもオレンジ色に染め上げられたまま。それを十分に離れた場所から凝視するアプリコの壮絶な笑みをルークは一生忘れない。アレはおそらく、ハグレ戦争においてアプリコが行った計略の片鱗にも満たないのだから。

 

「先月におきた貴族館のテロのようにですか」

「そういうこと。だがまあ、今こうして目立った動きがない時点でその心配はしなくていいだろ。薙彦、あの人はお前を誘ったときなんて言ってやがった?」

「そうですねえ――」

 

 

 

『やあ始末ヶ原君。久しぶりに会えて嬉しいよ』

『お久しぶりですねえ。とは言っても、ほんの数か月前ですけども』

『はは。年寄りになると時間の感覚がおぼつかなくてね』

『何を仰いますやら。そんなギラついた目をしている人が言うセリフではないでしょう』

『……やはり君は鋭いな。虚飾はいらん、本題に入ろう。薙彦くん、私たちの用心棒になる気はないか?』

『おやおや。久しぶりに会っての話がそれですか。私を連れて一体どこに喧嘩を売りに行くんです?』

『"この国"と言ったらどうする?』

『……ああ。最近話題になっているアレ、やっぱりアプリコさんのものでしたか。相変わらず手口が派手なことですね』

『傷跡と言うものは深くなければ残らないものだ。だが、この世界に私たちの痕跡を刻むにはそれでも足りない。ハグレと呼んだ者達の生きた様をこの世界に覚えさせるには、それこそ国一つは落とす必要がある』

『なるほど。それで帝都を攻めるというわけですか』

『受けてくれるかね? 報酬は言い値で払う』

『……生憎ですが、お断りします』

『理由は?』

『面白くないからです。私、これでも人でなしの自覚はありますので。ハグレの大義とかそういう高尚な話は別の方に持っていくのがよろしいかと』

『……そうか、君らしいな。残念だが仕方ない。この話はなかったことにしよう』

『おや、これはあっさり。てっきり『話を受けなければ死んでもらう』ぐらいのことは言うかと思ったのですが』

『ははは。君を始末するぐらいならまだラプスのほうが楽だよ』

『そうですねえ。ラプスは擦れてますがなんだかんだ真っ直ぐで読みやすくてチョロいので、甘い言葉一つ囁けば簡単に黙りますよ』

『……前にも言ったと思うがね、君は一度、彼女に本気で謝ったほうがいい。あと、借金もちゃんと返しなさい』

 

 

「――まあ、こんなふうに言ってましたよあの人は」

「傷跡……ですか?」

「ああ……。あの人は自分たちが忘れ去られることに怒ってたよ」

 

『私にとって、息子の存在だけが元の世界との繋がりだったんだよ』

『私は、あの子がいたという証を、奴らが忘却の彼方に押しやることを断じて認めない――――!!』

 

 水晶洞窟での慟哭が、戦いを潜った者たちの中で蘇る。

 記憶を失い、たった一人の家族すらも失い、年老いたハグレの末路があそこにはあった。あれはきっと、故郷に戻る事のできない者達の代弁でもあったのだろう。

 異世界から人を集めた召喚術。それは彼らの過去を辱め、現在を抑圧し、未来を奪った。故に彼らは尊厳の回復と言う名目で、この世界の何もかもを壊し自分の存在を刻み付けようとしているのだろう。

 

「まあ、アプリコさんはダメージが一番デカい時を狙って行動するって事だな。それはいつだ?」

「やはり明後日、それも式典の最中でしょうね。あの日は私たち帝都にとっては勝利の象徴であると共に、ハグレ達には苦々しい敗北の始まりです。帝国の歴史を否定し、自分たちの存在を知らしめるならこれ以上都合の良い時はありません。そしてこっちの都合が悪いことに今年はちょうど10年目。帝国からすれば負の歴史に一区切りをつけたい。だからテロの危険があるからと言って式典を撤回することも、王族が不参加ということもありえない」

「だったら、徹底的に奴らの居場所を探り当てて先にその企みを潰すしかないわね」

「だな」

 

 

 

 

 

 

「……侵入及び戦闘の痕跡が確認されたため件の倉庫は引き払いました。カースィム、ニダ、フィレンクト、ジェドとの連絡は途絶。また、グエンの生命反応が昨晩を境に消失。同じく市内に潜伏させていたノックがついさきほど重体で発見されたようです」

 

 伝令役のホムンクルスが無表情に報告するのを、椅子に深く腰掛けた男は聞いていた。

 

「成る程。先んじて潜伏させた連中は軒並み返り討ちに逢ったか。囮とは言え、騎士団を纏めて相手取れるだけの戦力を送り込んだつもりだったが、流石はハグレ王国と言うべきか」

 

 自分たちの勢力が削られていることに、くすんだ灰色の髪を短く刈り上げた壮年の男、ザナルは憤ることはなくむしろ敵方の健闘を讃えてみせる。

 対して鼻で笑ったのは上等な服を着た青年――マクスウェルだ。

 

「ハッ。悪名高くても所詮はただのごろつきってわけか。けどかわいそうだよなあ。あいつらがどれだけ頑張っても、俺たちの戦力は半分も削れないんだから」

「彼らの役目はあくまで我々が動きやすくするための地ならしだ。アプリコ殿が効率的に兵士を運用させるためには、敵方の戦力を把握しておく必要がある。ハグレ王国の者達がアドベラを退けられると分かった以上、こちらの戦力もより見積もるべきだろう」

「そんなのはいらねえよ。こいつがいればちょっと強いだけのハグレなんか目じゃねえさ。どうだビロード、そいつの様子は?」

 

 マクスウェルが視線を向けた先、そこには円柱型の水槽が浮かんでおり、中は魔術的な効能を持つ薬品で満たされている。水槽は機械に繋がれており、周りに視点を向ければ様々な機器がこの無機質な部屋に配置されているのが分かるだろう。

 そしてその水槽の中には鶏めいた頭部を持った巨大な鳥人が収められており、その様子をマクスウェルの部下、ビロードが頻りに観察していた。

 

「ま、まだ調整中なんです! ですがあと半日あれば少なくとも衰えた筋肉の分は戻ってくるはずです!」

「じゃあ細胞活性剤を倍で投与しろ。筋肉増強剤とα(アルファ)トランスもな」

「え……いいんですか!?」

「元に戻るだけじゃ足りないんだよ。そいつには10年前以上の力を持ってもらうつもりだ。いいからやれ」

「は、はい!」

 

 ビロードは慌てて機材を操作し、薬品の追加投与が始まった。

 

『クルォォォォ……』

 

 脳や心臓が刺激されたことで微睡みの中にいる鳥人がうめき声を漏らす。その筋肉は脈動し、より大きな体躯へと変貌を始める。

 それを見て笑みを浮かべるマクスウェル。

 対照的にザナルは眉を顰めた。

 

「……凄まじいな。だが大丈夫なのかね? あのクックルの悪名は私もよく知っている。いくら思考能力を奪って魔導兵に仕立て上げるとはいえ、過剰投与(オーバードーズ)は暴走の危険性があるのではないか」

「大丈夫さ。こいつに着ける魔導鎧は僕の技術を惜しみなく使った特製の鎧だからね。当然、制御権はこっちが持っているとも」

 

 マクスウェルは自信満々にそう告げる。己の手中に絶対的な暴力が存在することの重大さを彼はよく知っている。当然だが安全策も抜かりはない。クックルに身に着けさせる魔導鎧はハグルマの技術を盗んで改良した特別なもの。マナの供給を行うと同時に拘束具の役目を持ち、本来であれば命令など不可能なハグレをマクスウェルの意のままに動かせるようにできるはずだ。

 

「……まあいい。我々の役目は召喚士協会の制圧だ。派手に暴れてくれるならそれに越したことは無い」

「大体さ、あんたは自分の方を心配したほうがいいと思うぜ」

「うん?」

「あんたが黒魔術師のボスだからってさ、ただの魔術師がシノブやエステルに適うとか思ってるんじゃないか? ムカつくが、あいつらの魔術はけた違いだ」

「そのことか。確かに、かの王冠卿(ロード・クラウン)の弟子に真っ向から挑むなど正気の沙汰ではない。あの白翼が見初めた者だ。魔導の神髄の何たるかを理解する本物の天才に違いはあるまい」

 

 だがな、とザナルは言葉を切る。

 そのくすんだ灰のような眼の奥には、燃え盛る火が灯っていた。 

 

「吾輩もまた魔導の神髄、その一端に触れた者だ」

 

 ザナルはテーブルの上に会った空の瓶を無造作につかみ取る。

 火鼠の皮からできた手袋から黒い影のようなものが染み出す。

 

「見ていろ。他力本願の召喚術など魔導にあらず、真の魔術とは己の裡より湧き出る力を外界のマナを結びつけ自在に操ること也。例えばこのように、な」

 

 ザナルが力を籠めると、影が発火し炎が吹き上がる。彼が羽織る赤いマントの下、10年単位で着回されて擦り切れて色褪せた制服の襟元には、帝都技術局の襟章が熱に照らされて新品のように光輝いた。

 数秒後に炎が収まると、赤くドロドロになったガラスが手袋の上を滴り木製のテーブルを溶かした。

 

「屈辱と辛酸の日々。この世に数多ある魔術を学び研究の果てに我が秘儀は完成したと思った。しかしそれは思い上がりだった。吾輩の魔術は偉大なる導師、白翼の指導者ジェスター殿との邂逅にて完成のさらに先へと進むこととなった」

 

 壮年の魔術師は満足げに語る。

 召喚術など所詮は異界から物を持ってくるだけの力。真に個人の力を引き出せるのは、己の魔力(オド)を操りマナと結合させる魔術であり、召喚術を重用したところで自分に制御できないものを呼び寄せるだけだ。かつてそう唱えた彼の主張は冷笑とともに封殺された。以来、彼の胸には召喚術、ひいては帝国への憎しみが燻っている。ジェスターはそんな彼を見出し、時の経過とともに燃え尽きようとしていた灰に火を投じたのだ。

 

「……そうかい。んで、そのジェスターさんは何処に行った?」

「導師ならアドベラを探しに行った。彼女にはまだ仕事があるらしい」

 

 

 

 

 路地裏にてアドベラは歩を進める。 

 日が昇ってしばらく経つが、建物の影が折り重なった隙間は未だ薄暗い闇に包まれている。

 道とも呼べない細い路地裏を、ずりずりと這い進む。

 

「……はあ。クソっ。まだ馴染まないか……」

 

 アドベラは左腕を見る。失ったはずの肘から先には、白く不気味な肌とは対照的な、不衛生で浅黒い手が存在していた。

 あの後、逃走したアドベラは夜が更ける時間になって地上へと這い出た。そして彼女を花売りとでも思って不用心にも近づいて来た男を殺害し、腕を奪って自らに縫合した。不本意ではあったが、四肢の欠損は魔法使いにとって体内のマナの流れに乱れを生じさせる。

 あの三人が爆発で死んだとは考えづらい。あの男は呪いで死ぬだろうが、そこから仲間を呼ばれて本腰を上げられる可能性が高い。アドベラは廃墟に貯めておいた屍人を集めて体勢を立て直そうとしたが、別動隊がいたのだろう、屍人たちは何者かの襲撃を受けて全滅していた。

 

 この時点で正しい判断は帝都を出て僻地に潜伏すること。だが彼女はそれよりも先に借りを返すことを選んだ。死霊術師として名高き彼女が恐れられたのは作り出す惨状だけではなく、よほどの相手でなければ絶対に受けた屈辱を返す執念深さでもあった。

 つまり、アドベラは完全にキレていた。左腕を奪ったあの女。ラージュ家の後継者ヘルラージュ。彼女を痛めつけ、最後にはその死体を使役してその尊厳を辱めてやらなければアドベラの気は収まらなかった。

 まずは次の潜伏先を見つけ手駒を増やす。幸いここは帝都、大陸最大の街だ。死体など日常的に発生するし、広大な墓場も存在する。もっと言えば行方不明者が出たところでさほど気にも留められない。なりふり構わなければ一日だけで軍勢を築き上げることは不可能ではない。

 

「許さないよ、あのガキども……!」

「その意義や良し。流石はアルカナを一度は出し抜いた女だ」

「……っ!」

 

 背後から聞こえた声にアドベラは振り向く。

 暗がりから染み出るように人影が現れる。

 闇に溶けるような黒衣と、対称的な白い髪の人物を彼女は訝しんだ。

 

「お初にお目にかかる、死霊術師アドベラ殿」

「あんたは……」

「私の名はジェスター・サーディス・アルバトロス。ザナル殿と解放の契りを結んだ同胞であり、召喚人解放戦線を創設した者だ」

「なるほど。あんたがあいつに色々吹き込んでやったわけか」

「然り。私はこの国を、ひいてはアルカナの理想を砕くために彼らを呼び集めた。ザナル殿もこの国には思うところがあり、我々の思想に賛同してくれた。君はその尖兵として動いていたというわけだ」

「……そうかい。それで、無様に負けたあたしを粛清にでも来たかい?」

「まさか。我々は既に敗北した者、今を享受する者たちを憎む存在だ。故にこそ、復讐を望む君の力になり得る」

 

 ジェスターはアドベラの補われた左腕を手に取る。

 

 黒い影が染み出し、その腕を取り込んだ。

 アドベラは慌てて振りほどこうとして、それが何なのかを理解して驚愕に目を見開く。

 

「……これは!」

「白翼王の秘奥。悪性の具現。虚数の海より湧き出る混沌の力、君にも授けよう。死に通じる術に精通した君ならば、これの使い方は良く知っているだろう?」

 

 黒衣の魔術師はにっこりと笑う。

 

「いいのかい? こんな玩具をもらったら、我慢なんてできそうにないよ」

「派手にやり給え。私たちの怒号は、そうでなくては届かない」

 

 その言葉を最後に、混沌の使い手はどろりと影に溶けて消える。

 

 アドベラは置き換わった左手を見て、その口を裂けるように歪めた。

 

 



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その57.帝都動乱・二日目(2)

またまた期間が空いてしまいました……。

探索パートです。
中盤はジュリア隊長の一人称で進みます。


『二日目・工業区』

 

 

 工房、製鉄所、鍛冶場などが立ち並ぶ工業街。

 帝都の中にありながらも職人ギルドから発展した企業組合が半ば支配する自治領域。

 レンガの屋根には林道のように煙突が立ち並び、黒い煤の葉を空に散らしている。

 

 ここでルーク達は帝都に潜伏していると思わしきマクスウェルの居場所を掴むべく、昨日に引き続き情報収集を行っていたのだが……。

 

 

「ようよう、そこのお嬢ちゃん」

「そんなひょろいやつより、俺たちと遊ばねえか?」

「え、ええと……」

 

 

 ヘルラージュがナンパにあっていた。

 話しかけてきたのはいかにも柄が悪い男の二人組。若い労働者の多いこの工業区において、上等な身なりかつ容姿に優れるヘルは目を惹く。普段はそれが情報収集の役に立つのだが、今回は裏目に出てしまったようだ。

 特に今は祭日。浮かれ切った男たちが絶世の美女とも呼べるヘルを口説きにいかないほうが無理だと言えよう。

 困ったようにルークを見るヘルラージュ。一方ルークは冷ややかな目つきで男たちを観察してため息を吐き、突き出そうとしていた傭兵証をポケットに仕舞いこんだ。

 

 

「レンディに、そっちはペッチョか。驚くほど変わってねえなお前ら」

「なんだ兄ちゃんよぉ。てめえに用はねえからすっこんでな」

「……ん、あれ? なんでお前、俺たちの名前……」

「あー、違ったな。俺たちの挨拶つったら、こうか」

 

 名前を言い当てられて目を丸くする太った男の顔に、ルークの拳が思いっきり突き刺さった。

 

「ごぶへぇ!?」

「な、てめえ!」

「人の女になに手をだそうとしてんだペッチョ? いやそういや昔っからもの取り上げるいじめっ子だったなお前は。そんでエステルにボコボコにされて泣かされてたっけか?」

「な、なんでそのことを」

「レンディも変わらずコイツとつるんでるのか。こんな昼間っからナンパとか暇人かよ」

 

 

 細身の男――レンディもそこで気が付いたのか、目を丸くしてルークを指さす。

 

 

「お……お前、まさかルークか?」

「いてて、この野郎!」

「おい待てペッチョ!」

 

 殴りかかろうとしたペッチョをレンディが引き止める。

 

「離せレンディ!」

「そうじゃねえ、こいつルークだ!」

「……へ? うわ、ホントだ」

「気づくのがおせえよボケ」

 

 顔を見て驚く二人の様子にルークは毒づく。

 ルークは彼らとは昔に面識がある。彼らは小学生の頃につるんでいた西区の不良少年グループの仲間だ。特別仲が良かったわけでもないが、痩せぎすのレンディと太ったペッチョの二人組は分かりやすいコンビだったのを覚えている。

 

「生きてたのか。てっきり外でくたばったかとだと思ってたわ」

「エルヴィスのおっさんについていったって聞いたときはああ、死んだなアイツってみんな思ったからな」

「だからって気づかねえものか? 大して顔も変わってねえだろ」

「「いや、お前がそんな服着てるとは思わなかった」」

「てめえらもかよ!」

 

 声を揃えて言う二人に、そんなに自分の服は似合わないのかと内心悩むルークであった。

 

「ルーク君、知り合い?」

ピンク(エステル)と同じで、ガキの頃のダチだよ」

 

 男が知り合いだと分かるや否や、二人は先ほどの下心丸出しの表情から手のひらを返したように好意的な感情を顔に出す。

 

「なんだよルーク。その可愛い子はお前の女かよ」

「そうだよ。わかったらこれ以上ナンパすんじゃねえ」

「つーかめちゃくちゃいってえなお前の拳。いくら連れだからってガチで殴るこたねえだろ」

「悪いな。おめえらみたいなのが片っ端から寄ってくるもんだからつい」

 

 そう言ってルークは左手でヘルラージュを抱き寄せる。突然のことにヘルラージュは頬を赤らめながらも腕を絡め返した。

 

「けっ。見せつけやがって。冒険者として成功してるとか羨ましいねえ」

「はは。毎度毎度死にかけてるからな。実入りがよくなきゃやってられねえよ」

 

 なお、ルークの生活に余裕が出始めたのはハグレ王国に加入してからである。

 

「んで、そんな勝ち組のルークさんはこんなところに何の用だい」

「そうだった。丁度いい、お前らこの辺で怪しい連中を見かけなかったか? 顔を覆ったような奴らとか、似たような顔してる集団とか。どうせぶらぶら歩きまわってんだろ、何か知らねえか」

 

 昔話もほどほどにルークは本題を切り出した。

 

「顔を隠した奴ら? 知ってるかレンディ」

「んー、知らねえな。ペッチョはどうだ?」

「俺も同じだな。ぶっちゃけここで顔隠してるやつなんて割といるしな」

 

 その言葉でルーク達が辺りを見れば、確かにタオルや布、ゴーグルを身に着けたまま通りを歩いている者が何人か見かけられる。工業区は作業中に出る塵や火花から顔を護るために目や口、鼻を隠している者は多く、そのまま外出するものも割と多いのだ。

 

「ちっ。そうか」

「あ……でもそうだな。こないだ夜中まで倉庫の整理させられてた時、やけに大量の荷物を運んでいく連中がいたな」

「え? その話、詳しく聞かせてもらえるかしら?」

 

 ずずい、とヘルラージュが話に食い付く。均整の取れた顔と微かに漂う良い香り、そして露出度の高いドレスから見える谷間に鼻の下を伸ばすペッチョだったが、ルークの鋭い視線に気がついて平常心を取り戻す。

 

「お、おう……。どいつもこいつも揃って頭からローブ被ってたし、ちらっと見えた顔も仮面でわかんなかったんだよ。てっきり仮装の準備とか何かかと思ってたけど、今思えばめちゃくちゃ怪しいな……」

「どっちの方角に行ったとかはわかる?」

「北だよ。あっちは本社だの事務所だのが多くて俺たちみてな下働きは行く用もねえからそれ以上のことはわかんねえけど」

「ううん。充分よ、ありがとう!」

 

 ヘルラージュに手を握られ、ペッチョは声にならない声を漏らした。

 

「う、羨ましい……」

「言っておくが、あれ以上はやらせねえからな」

 

 相方だけいい思いをしていることにレンディがぼやくが、ルークが釘を刺す。あれはあくまでヘルラージュが無意識に行う処世術のようなものであり、そこにやましい事情が一切ないことは理解している。その証拠にすぐに手を放しており、ペッチョは残念そうに自分の手を眺めていた。

 

 

「おーい、二人とも。そっちは何かわかった?」

「あらエステルさん。ちょうどいい話が聞けたところですわ」

 

 そこに見計らったようなタイミングで、エステルがやってきた。

 

「……ん? レンディにペッチョじゃん。こりゃまた久しぶりな顔だな」

「うわ、エステルだ」

「召喚士になったって聞いたけどマジだったんだな」

「ガリ勉してたのは知ってたけど、まさか本当になってるとはな」

「だろ? 俺だって最初は信じられなかったわ」

「どういう意味よそれ!」

 

 エステルの怒号が飛ぶ。昔のエステルを知る者からすれば人気の低迷で敷居が底辺級になっていたとはいえ高度な知識を必要とする召喚士に彼女がなったと信じるのが無理な話であり、実際にエステルは筆記試験がほとんど振るわず、実技試験を感覚でクリアしてしまった風雲児だったので彼らの考えはあながち間違いでもなかったりする。

 

「っと、そんなことはいいわ。何か有力な情報掴んだって?」

「ああ。ひとまず隊長たちと合流してからだな。何処に行った?」

「ジーナが伝手を頼るって言ってたわ。多分鉄工ギルドじゃないかしら」

「鍛冶屋の元締めか。そりゃ確かに情報は握ってそうだ」

「ジーナさんが昔お世話になっていたところなら積もる話とかで長くなりそうですわね」

「じゃあどこかで時間潰すか?」

 

 そうして話し合っていた三人を、端から見ていたチンピラが茶化す。

 

「おいおい、両手に花かルークよぉ」

「エステルは別に羨ましくねえけど、そっちの黒い嬢ちゃんとかマジどこで捕まえたんだよ」

「俺たちだって可愛い子とお近づきになりてえよ。そのピンクが一緒ってことはお前もハグレ王国にいるんだろ? ぶっちゃけ俺たちハグレとか大して気にしてねえし、いい子いたら紹介してくれよ」

「あんた達に紹介してやる子なんて誰もいないわよ」

「え? あのサイキッカーとかいいんじゃねえの?」

「それヤエさんに言ったらねじられても文句言えませんわよ……?」

 

 確かに見た目は良くとも色物ぞろいのハグレ王国ではあるが、少なくとも目の前のチンピラ共は紹介してやってもいいと思える性格ではない。

 

「じゃあさ、女の子落とすテクとかだけでも教えてくれねえか?」

「魔物相手に一緒に死にかけてみればいいんじゃねえか? 案外コロッと行くかもな」

「んな漫画じみた展開あるわけねえだろ」

 

 ルークの提案は一笑に伏された。 

 

「つかお前ら、マジでこんなところでナンパなんかやってていいのかよ」

「おっといっけね。これ以上時間かけてっと親方にどやされちまう」

「じゃあなルーク! なんだかんだ会えて嬉しかったぜ!」

「おう。元気でな二人とも」

 

 二人は風のように去って行った。

 

「ふぅ……。マジで変わんねえな、あの二人」

「良かったですわね。昔のお友達と会えて」

「そんないいもんじゃありませんよ。精々一緒に悪さした程度の付き合いだ」

「ところでさ、さっき言ってたアレ何だったの?」

「何が?」

「いや、魔物相手に死にかけたーってやつ。あしらうだけにしてはやけに真剣味があったからさ」

「あー、それか……」

 

 エステルの疑問に、ルークは少々ばつの悪そうな顔をしてから言った。

 

「ん……まあかなり情けない話になるんだけどな。ヘルと最初に会ってパーティ組んだ時の事だな。あの時は魔物討伐の依頼を受けたんだが、途中でヘルがメンタルナイスの補充忘れて魔力(MP)切らしちまったんだ」

「え、それかなり不味くない?」

「ああ。その時のパーティは四人だったが、ヘルがヒーラーと魔法攻撃の両方を担ってたからな。ターゲットの討伐は何とか上手くいったけど、その後の帰りにもっとやべえのと遭遇しちまった。不意打ちで戦士のやつが真っ先にやられて、弓持ちが次にやられた」

「……あんた達はどうやって生き残ったの?」

「どうしようもねえからこいつに頼った」

 

 そういってルークは《死の弾丸》を取り出して見せた。

 拳銃に込めて撃てばその場にいる誰か一人の急所を確実に撃ち抜く博徒(ギャンブラー)の呪具。その恐ろしさはハグレ王国の者達にとっては語り草である。実際に行使された場面に立ち会っていないエステルだが、こうして目の当たりにするとその悍ましさに息を呑んだ。

 

「一か八かで撃ったら丁度そいつの頭にズドンといったんだよ。あれ決まってなかったら俺たち死んでたな」

「ええ。あの弾丸は生きた心地がしませんでしたわ」

「あんたら昔っからギャンブルみたいな人生送ってたのね……で、それからヘルちんと一緒にいるってわけね」

 

 その言葉にルークは頷く。

 

「ああ。こいつ一人にしたらまたうっかりで死にそうだからな。放っておけなかったんだ」

「初めて会ったときからずっとルーク君には頼りになりっぱなしですわ」

「そうかい? なんだかんだ言って俺もヘルには何度も助けられてると思ってたが」

「あら? ならもっとルーク君に助けられた話とかしてみる?」

「おいおい。そんなことしたら日が暮れるぞ」

「ただの惚気じゃねえか」

 

 一晩明けてから二人の振る舞いが露骨になったなと感じるエステルであった。

 

 

「全く、ヘルったら昔から迷惑かけてばかり。ルークもヘルを甘やかしてるんじゃない?」

 

「……へ?」

 

 唐突にルークの背後から声がする。

 振り向いてみれば、そこにはミアラージュが呆れたような顔で立っていた。

 

「どわあっ!?」

「お姉ちゃんいつの間に!?」

「さっきからずっといたけど?」

「気づかなかった……」

「そうでしょうね。だって死体だもの」

 

 ゾンビ体操のポーズをとってみせるミアラージュ。これぞ秘儀ゾンビ歩き。生気を感じさせない足取りで気配を消しながら相手の背後に忍び寄る技だ。要はゾンビジョークである。

 

「いや~、まじでゾンビみたいな歩き方だったわ」

「エステルさんもなんで黙ってるんですか!?」

「え? ルークが気づいてないのが面白そうだから黙ってた」

「ピンクお前な……」

 

 してやったりと笑うエステルをルークは睨みつける。

 

「ま、それはそれとして。情報得たんでしょ? なら早くジーナたちの所に行きましょう」

「へいへい。鍛冶ギルドって場所どの辺だ?」

「えーっと、地図だとこっちかな。あ、でもここを通れば近道できるかも」

「流石はカエル商店街の番長。路地裏探索はお茶の子さいさいってか?」

「いつの話してるのよ。大体路地裏はあんたの領域だったじゃん?」

 

 そうして細い路地に入っていく四人。

 その後ろ姿を、黒猫の双眸が見つめていた。

 

 

 

 ◇

 

 

 

 速足で進みながら、太ったほうのチンピラが口を開く。

 

「ところでよお、レンディ」

「なんだよ、ペッチョ」

「なんで俺がルークの奴に殴り返そうとしたのを止めたんだ? アイツ喧嘩は弱かったし、何回かやり返してもよかったんじゃねえか?」

 

 今更になって言うペッチョに、レンディは顔を横に振ってみせた。

 

「馬鹿かお前。アイツの目ちゃんと見たか? ありゃ既に殺しやってる顔だ。冒険者っつってたけど、絶対ヤバい仕事とかもやってるやつだよ」

「マジか……でも確かに、アイツのやり口が一番おっかなかったもんな」

「昔から花火で爆弾作ってたりしたもんな。エルヴィスさんの話に一番食いついてたのもアイツだったろ?」

「今になって思えば、あの人どうみても堅気じゃなかったよな。……てことはよ、あの嬢ちゃんもそれぐらいやべえのか?」

「かもな」

「ひゃぁ、おっかねえ」

「親方のところで働けてよかったよなあ俺たち」

「仕事もナンパもほどほどにってわけだな」

「ちげえねえ」

 

 そうして彼らは買い出しの役目をまっとうするために、スピードを上げた。

 

 

 

 ◇

 

 

 

 工業区。

 帝都鍛冶鉄工組合(ギルド)総合事務所。

 

 帝国の鍛冶鉄工業者の多くが名を連ね、鍛冶屋ライセンスを始めとして職人の免許を発行する組合の総合本部。召喚士協会の本部よりは劣るものの、多くの職人たちが集うその規模は圧巻の一言だった。

 

 

「邪魔するわよ」

 

 いきなり入ってきたジーナの姿を認めると、頭にタオルを巻いた見習いと思わしき青年がぎょっと声を挙げる。

 

「げぇ、ジーナ!」

「久しぶりに会った顔を見て『げぇ』はないんじゃないの? まあいいわ。爺さんたちいる?」

「棟梁なら今は事務室で休んでいるが……」

「じゃあ通るわ。アポはとってあるから気にしないで。後これ手土産」

「え、ちょっと……」

「ああ、姉さんがすいません」

 

 徒弟に紙袋を押し付け、ジーナは建物の奥へとずかずか進んでいく。その後をアルフレッドが平謝りしながらついていき、そこから私も後に続いていく。

 

 我が物顔で廊下を歩いていくジーナの姿を、通りすがった職人たちが驚きの目で見ている。男社会である鍛冶工房に女性が入ってきたからと言うよりは、ジーナの存在そのものに驚いているようだ。修業時代に何度も女のくせにってナメてくるだのいやらしい目で見て来る男ばかりだのと愚痴を聞いてやってはいたが、彼女の性格からしてやられっぱなしでいるわけがなかったようだ。

 目的の部屋の前までたどり着いたジーナは勢いよく扉を開けた。事務室の中は意外と整頓されていた。流石に職人仕事である以上は作業場以外もきっちりする必要あるってことだろう。熟練の職人たちが突然やってきたジーナを見て目を丸くしている中、一番奥の机にどっかりと肘を乗せた初老の方が帳簿から視線を動かすことなく言葉を発した。

 

「……扉ぐらい丁寧に開けろ」

 

 地獄の底から響いたのかと思うぐらいにはドスの効いた声だった。

 貫禄を漂わせるそのご老人が、おそらくはジーナがかつて所属していた工房の棟梁だというのは容易に相応がついた。

 なぜかって言えば、鍛冶屋として働くときのジーナが発する雰囲気と似ていたからなんだけど。

 

「悪いね。急用だったもんで」

「ハン。まあいい、久しぶりじゃねえかジーナ。茶ぐらいは出してやる」

 

 そうして人数分の茶が出される。丁度喉が渇いていたのでありがたく啜る。

 一応歓迎されているのだろうが、一触即発のような沈黙にアルフレッドは気が気でない様子だ。実は私もちょっとだけ緊張している。職業柄、お互い鍛冶屋の世話になることが多いけど、その中でもこれだけの圧力を放つ人物は初めてだった。

 

 ずず、と珈琲を啜ったあとに棟梁は口を開いた。

 

「てめえが打った槍、見た」

 

 しわがれたガラガラ声が端的に告げる。

 ジーナはハグレ王国に来るまではこの棟梁の元で修業に励む徒弟だった。つまり棟梁とは師弟関係の間柄であり、そんな彼から自らの作品を見たと言われることのプレッシャーは計り知れないだろう。

 魔物とは異なる圧力にアルフレッドが思わず身を竦ませていた。ゴースト相手にはとても険しい顔になるくせに、ただの人に対してはまるで子供のように身を縮ませるとは。こういうところは変わってないね。

 

「おや、私の武器を買ってくれてるとは鍛冶屋としては嬉しい事だね」

 

 しかしジーナは涼しい顔で切り返した。

 彼女は圧力にひるむどころか減らず口を叩き返していた。師を相手に不遜極まる態度だったけど、棟梁は目を閉じただけ。お互いこの程度のやり取りは何度もしていたのだろうね。そしてそれが自然な光景だと思えてしまったからちょっとだけ口角が上がる。

 

「嗚呼。なまくら打ってオレの前に姿見せるようなら頭カチ割っているところだったがな」

「うちの連中が拾ってくる武器なんかに負けてたら鍛冶屋の名折れさ」

 

 うん。確かに私たちって次元の塔に何度も挑戦して色んな装備を集めてきているけど、世の中の冒険者たちからすればそれを容易くこなすことは難しいはずだ。そして、それらに負けないだけの装備を作ったり、素材と組み合わせてより強い装備に仕立ててくれるジーナの腕前はA級の肩書に恥じないだけの技術を持っている。今じゃもうジーナに装備を手入れして貰わないと満足できなくなってしまった。どうしてくれるんだ。

 

「小娘が一丁前の口を利きやがって。んで、そいつがてめえの弟か」

「あ、どうも。アルフレッドです」

「何かしこまってんのよ。ただの爺じゃない」

「ハン。姉と違ってしつけが行き届いているようだな」 

「うっさいわね」

 

 憎まれ口をたたき合う二人だが、その声に侮蔑の感情はない。

 

「で、協会のやつに手紙寄こさせてまでてめえらハグレ王国が何の用だ?」

「ちょいと野暮用を請け負ったのよ。最近物騒だし、この辺で変な連中がうろついているって言うから何か知らないか聞きに来たの」

「鍛冶屋が傭兵の真似事ときたか」

「そうよ。文句ある?」

「いんや。鍛冶屋が満足に武器を振るえないなんざ笑い話にもならんだろう」

 

 "鍛冶屋は武器の性能を試す必要があるから、必然と武器の扱いに熟達する"

 ジーナは剣や弓のような物理だけじゃなく、杖やマジックアイテムなどの魔法系の武器もしれっと使いこなして見せるのにはそういった訳がある。出会った時からハンマーを振り回していたから、元々武器の扱いには才能があったんだろうけど、魔法は使えないのに魔法の武器は使えるっていうのはそうそうない才能だろう。

 

「で、こっちの質問についてなんだけど」

「ああ。確かにオレらの側で何かがうろちょろしてやがるよ。これを見ろ、ついさっき届け出がきた発注表よ」

 

 無造作にテーブルへと投げおかれた書類を、ジーナは手に取った。

 横から覗き込んだそれは鍛冶ギルドが管理する交易の帳票であり、何の変哲もないものだ。

 だが、問題なのはその中身だった。

 

「何これ。新しい機械でも導入するつもり?」

「んなわけねえだろ。だが実際にそんなものが工業区(ここ)に運び込まれてやがる。事務の奴らに聞いたが、どこもそんな注文はしてねえって言いやがる」

 

 ギルドは健全な経済活動を推進するために大きな抜け駆けや資材の独占を防いだり、帝都ブランドという品質を一定に保つためといった目的のため、帝都に持ち寄られる交易内容の一部を知る権限を持っている。

 今回ギルドに流れてきた情報は工業に用いる機材の輸入。新規に導入する機材だと言われたそれらは帝都の中では見たこともない機械であり、当然検問も怪しんだのだが、商人はギルドの証明書を提示してきた。れっきとした貴族の証印付き。とてもじゃないけど偽造なんてできないそれを出されたことで、検問も彼らを通したらしい。

 だが当然そんなものはギルドには入ってきていない。どういうことだと彼らは検問所に問いつめ、より詳しく取引内容が書かれた帳票がこれだと言う。

 

「その機械を持ってきたのはモーケン採掘。帝都(ここ)じゃ取り扱ってねえ零細業者だ。んで取引先がオーリョウ工業。こっちもオレたちのリストにはねえ名前だな」 

 

 ギルドの証明書を偽装してまで帝都に運び込んだ機械。

 そのような代物について、今の私たちに思い当たるものなど一つしかない。

 かつて水晶洞窟でデーリッチ達を追い詰め、エルフ王国との共同戦線でも会敵した魔導鎧。そしてそれを作り、持ち込めるだけの工作が出来る勢力もまた一つだけだ。

 

「……ハグルマか」

 

 神聖ハグルマ資本主義教団。異世界の海神を崇めるハグレを発端とした組織は、召喚人解放戦線と合流している。彼らが量産した兵器は帝都の水準を上回っており私たちでも一対一だと未だに手こずる、そんな代物を身に着けた兵士が帝都で暴れれば、とてもじゃないが帝国騎士団では太刀打ちできない。

 

「知ってんのか」

「私たちがやりあってる連中にそういうのがいるのよ」

 

 大方、解放戦線は魔導兵を帝都に忍び込ませ、式典と同時に内側から攻めるつもりなのだろう。だが今ここでハグレが機械の鎧を着て帝都で暴れ回るなどと口にすれば誰が聞いているかわかったものじゃない。余計な混乱を避けるため、ジーナは出来る限り大雑把に答えた。

 

「ハン。どうやらお前たちのほうが今回の騒動には詳しそうだな。近頃は世の動きが妙だし、こりゃ一波乱起きるか」

「そういうこと。長生きしたいなら避難の準備をお勧めするわ」

「馬鹿いえ。オレたちから工房を奪ったら何が残る。例え帝都が攻め込まれようがオレはここを離れんぞ」

 

 どっかりと椅子に座って構えるその姿は、ハグレの一人二人ぐらいならば返り討ちにしてしまえるだろうという説得力があった。

 

「ハグルマだのキグルミだの知らねえが、ギルドの名前を勝手に使った落とし前はつけさせてやらなきゃいかん。だが今は騎士団から大量の発注が来ていてそっちに回せるやつがいねえ。面倒事を引き受けてくれるならそっちに任せるぞ」

「ああ。最初からそのつもりだよ」

 

 

 

 

 

 事務所を後にすると、ジーナは大きく肩を落としてため息をついた。

 

「は~あ。疲れたわ。流石は棟梁、息が詰まるかと思ったわ」

「ええ? あんなに打ち解けた会話してたのに……?」

 

 心底嫌そうな顔で語る姉を弟は怪訝な目で見る。

 確かに、いくら慣れ親しんだ中とは言えあの圧力だ。それを良く知っているジーナは

 

「たまたま機嫌が良かっただけよ。無愛想だからわかりづらいったらない」

「姉さんも割と同じだと思うな……」

「お、姉に向かって失礼な言葉を叩くのはこの口か?」

「あだだだだ!?」

 

 ぎりぎりとアルフレッドの頬が抓られる。こいつは無自覚なのかたまにデリカシーにかける言葉を吐くからな。もう少し乙女心と言うものを分かってほしい。

 

「いてて……。とにかくいい情報が手に入ったし、ルーク達と合流しよう」

「そうだな。ところで、薙彦のやつは何処に行った? 先ほどから姿を見かけないが」

 

 先ほどから姿を見かけないあの和国人(ろくでなし)の姿を二人に尋ねる。

 実力は本物だし、そうそう裏切らない奴なのはわかっているが、それはそれとして奴に単独行動をさせるとどんな問題を持ってくるかわかったものじゃない。ただでさえ方々に借金を作って踏み倒しているから、取り立てが襲い掛かってこないとも限らない。同行する以上は常に目を光らせておきたいと言うのが本音だった。

 

「私は知らない」

「あれ? ここに入るまでは確かにいたんだけどな……」

 

 アルフレッドも心当たりがないらしい。

 仕方がないのでそのまま事務所を出て、受付と隣接する装飾品店へと足を踏み入れた。

 

「しかしいい品ぞろえですねここは。その髪飾りも良く似合いそうだ。ほら、この色あいとあなたの髪の色が合わさってまるで華のようだ」

「わ、本当だ……!」

「そうだ。此処で出会ったのも何かの縁です。この後一緒に食事などしてみませんか? ああ大丈夫です。代金は私(の仲間)が持ちますから」

 

 そこには一般客の女の子相手にアクセサリーを見繕いながら口説きにかかっている和国人の姿があった。

 いや、ホント何してんだろうねコイツ。

 

 

 

 ◇

 

 

 

「ところでさ、ふと気になったんだけどいいかピンク?」

 

 ギルド本部までの道を歩く中、ルークがエステルに質問する。

 

「何?」

帝国(俺たちの国)って普通の魔法についてはどうなってんだ? 召喚士協会以外てんで名前を聞かねえが、まさか召喚魔法以外は野良の連中しか研究してねえってことはないよな?」

「あぁ。確かに私たちが子供の時に召喚術が流行ってそこからずっと協会が目立ってたものねえ」

 

 ルークの疑問は今更だが最もだった。

 魔法とは多くの系統が存在し、召喚術はそれらの一つに過ぎない。だというのに帝国において正式に組織された魔法機関は召喚士協会のみ。冒険者たちは様々な魔法を用いているというのに、発見されて十数年しかたっていない召喚魔法のみが研究されているというのは少々おかしい話ではある。

 

「それは単純な話ですわ。召喚術がこの世界に莫大な恩恵をもたらしたことで、帝国は魔法技術局の中で召喚魔法を発見、研究していた一門を召喚士協会として独立させました。そうして召喚士という職業が生まれ、今私たちが知っている状況になったのですが、その反面元々あった技術局は権威が弱まってしまい、あまり表舞台には出なくなってしまったのです」

「ま、その後すぐにハグレ戦争が起こって召喚術の人気は地に落ちたけど、それは召喚ブームで大規模なリストラをした技術局も同じ。そのせいで多くの魔術師は帝国を見限って野良に下ったり《サバト・クラブ》なんかの魔導ギャングに加わったりしたわけでさ。技術局はそっち方面の対策に手をこまねいているのが現状なのよ」

 

 ヘルラージュの解説にエステルが付け足す形で答える。

 

「へー、よく知ってるんだな」

「当たり前よ。先生に散々叩き込まれたからね。というかヘルちんも結構知ってるな」

「ええ。歴史というのは魔術において一番重要ですもの。特に私たちの古神交霊術は旧き歴史を紐解く者と言っても過言ではありませんのよ? ね、お姉ちゃん?」

「ふーん。今の帝国ってそんなことになってるのね」

「……え、あれ? お姉ちゃん?」

 

 自信満々に姉に聞いた答えが、あたかも今知ったみたいな感じの反応にヘルラージュは困惑する。

 

「おあいにく様だけど、私の世情知識は10年前で止まってるわ。もともとラージュ家は世間からちょっと離れて過ごしていたし、丁度召喚が流行ったころは家がゴタゴタしてたからね。ハグレのことだってヘルと別れてから知ったわ」

「ああ。そう言う事ですかい」

 

 ミアラージュはおよそ10年ほど前に死んでおり、そこから5年ほどたって復活している。そこから数か月ほどであの惨劇が起き、その後は人目を避けるように各地を転々としていたため、帝国の事情を知る機会がなかったのである。

 

「いやあ、元々悪霊とか呼び出している身からすると、生きているものとはいえよその世界から無造作に呼び出すとか制御できないだろうに馬鹿なことするなーって思ってたけど、肝心の魔法技術局(ここ)がそんなことになっちゃってたのね」

「そーそー。だから王宮は今でも何かあったら先生を頼ってるわけなのよ。国で一番魔導に詳しいの、先生だし。先生は先生で王室に貸しを作るだのなんだのと言って断らないし」

「本当に大丈夫なのかしらこの国……」

 

 例えテロリストたちを撃退し、式典を無事に終わらせたとしても帝国の未来は明るくなさそうだ。

 

「じゃあなんだ。今の《サバト・クラブ》とかが解放戦線に協力してるのって、自分たちをリストラした帝都への復讐とかだったりするのか?」

「かもしれないわね。万全に研究ができる環境をいきなり取り上げられたなんて、魔法使いからすれば憤慨ものもいいところだしね」

 

 ルークの発言をミアラージュは首肯する。

 

「ハグレだけが帝都に恨みを抱いてるわけじゃない、か。そりゃ当たり前なんだけど何だか複雑な気分だわ」

 

 自分の生まれ育った国の抱える問題の多さに、エステルはらしくないため息をつく。

 そんな昔馴染みの姿にルークは話を早急に結論づけた。

 

「ま、どの道帝都に今潰れてもらったら俺たちも困るんだ。精々恩を大量に売りつけて、ハグレ王国を成長させるチャンスだと考えようぜ」

 

 それは、悪党らしく意地の悪い考え方であった。

 




○帝都の皆さま
 ルークとかエステルとかジーナとかの人間関係を掘り下げてみた。

○鍛冶ギルド、魔法技術局
 この小説の帝都周りの設定は9割捏造でございます。


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その58.帝都動乱・二日目(3)

前回のあらすじ。
聞き込みで有力な情報を手に入れたぞ!
ギルドで情報を手に入れたぞ!

ちょっと展開がぐだぐだしてきたので巻き入ります。


『二日目・工業区』

 

 

 

「ういーっす。そっちはどうだ……って、なんだこの状況」

「あだだだだだだルーク助けあばばばばば」

「お、ようやく来たか。ちょっと待ってくれよ。今コイツに灸を据えているところだから」

 

 

 鍛冶ギルドに到着したルーク達の目の前に広がっていたのは、薙彦がジーナにアームロックを決められているという意味不明な光景であった。

 

「あの……ジュリアさん。これは一体何なのですか?」

「気にする必要はないよ。こいつ(薙彦)が仕事さぼってナンパしてただけだから」

「あっ、そっすか」

 

 その一言で全員が納得した。

 戦いにおいては活躍するというのに、普段がこれだ。

 昼行灯を演じているとかではなく、素で遊び人気質のダメ人間が薙彦である。

 ルークは思い出す。デカい依頼を成功させて大きな稼ぎを得た夜にエルヴィスと薙彦に連れられて繁華街で遊び惚け、また二束三文の生活に元通りとなった時のことを。そうしてアプリコから呆れられ、ラプスに二人纏めて折檻を受ける。

 そんなダメ人間を間近で見てきたおかげで、ルークは金勘定だけは厳密にやるようになり、一人でも生きていけるだけの処世術を身に着けたのであった。

 

 

「うごごご……肩が……稼働部位のないプラモデルみたいな感じに……」

「わかんねえよその例え」

「皆揃ったようだね。それじゃあ情報を整理しよう」

 

 やっと解放されて悶絶する薙彦は軽く流され、ジュリアは鍛冶ギルドで聞いた話を、ルークも聞き込みで得られた情報を交換する。

 

「検問をパスするための偽装か、連中もなかなかやるわね」

「ギルドが発行する証明証なんてそうそう偽造できないわよ。ギルドの親方達か、出資している貴族たちの証印が無ければ偽物だってすぐにわかるわ」

「つまり、それができる連中が容疑者ということだ。身内ならとっくの前に洗い出されてるはずだろうから、残るは貴族だ」

 

 ルーク達が聞いた荷馬車が運ばれていった方角は商会に出資する貴族が住む屋敷が多い地域だ。それを考えれば、解放軍が裏で繋がりを持った貴族を通じて何らかの物資を運び込んだのは間違いないだろう。

 

「貴族が一枚噛んでるってのはまあ想定内だったが、ギルドを敵に回す真似やるか普通」

「解放軍が関わってるならおかしくはない話だろう。何せ、ことが上手く進めば自分たちの天下だ」

 

 帝国の職人ギルド、特に鉄工ギルドはその偏屈さと躊躇いのなさからそんじょそこらのマフィアよりも恐れられている。仮にギルドの名前を騙ろうものなら、それは帝都そのものを敵に回すのと同義なのだ。

 だが、今は丁度いいことに帝都へ喧嘩を売っている威勢のいいテロ組織がある。彼らと何らかの関係を結んでいるのであれば、ギルドを敵に回そうが関係ないということだろう。

 

「んじゃ次は、そのオーリョウ工業に金出してる貴族を探れば、解放戦線の足取りも掴めるかもしれねえってことだな」

「え、できるのそれ? ギルドの名前に無いってことは、裏を返せば調べる手がかりがないと思うんだけどさ」

「よく言うだろ。餅は餅屋。商人のことは、同じ商人に聞けってな」

 

 

 

 ◇

 

 

 

「なるほど。それで私たちのところに来たと」

 

 

 要件を聞いて、アイスブルーの髪を持つ美妖精、プリシラは合点がいったと頷く。

 

 ここは商業区のプリシラ商会帝都支部。

 ルーク達が出来立てほやほやの新築事務所を訪れてみれば、社長である妖精王国の恐るべき素晴らしい参謀はちょうど事務作業を行っているところだった。

 突然の来訪ではあったものの、相手がルーク達ならばむしろ待っていたとばかりに席を用意してくれた。

 

「そういうことだ。アポも無しだったから大丈夫かと少し心配だったのだが」

「いえいえ。アルカナさんから話は聞いてますから、ハグレ王国の皆さんであれば問題ありませんよ」

「助かるよ。それで、オーリョウ工業についての情報について知っていることはあるだろうか」

 

 出てきた名前を聞いたプリシラはむむ、と少し考えるそぶりを見せる。

 

「オーリョウ工業……あまり聞かない名前ですね」

「ああ。何せマイナーな商会だからそちらの情報網にも引っ掛かっているかどうか怪しいのだが」

 

 

 

「確かこのリストの中に……あったあった、これですね。オーリョウ工業。1年前に設立された企業で、内容は廃品回収とリサイクル。帝都の目が届かない遠方での営業が主なのでギルドが存在を把握していないのは当然ですね。出資先はドロブネ伯爵。ハグレ由来のアイテムを蒐集することが趣味で、出資している商人を経由して集めていたようです。ですが、本来なら宮廷に報告しなければならないアイテムをを横領していることが発覚し処罰として集めたアイテムの他に財産の五割を没収されていますね。このオーリョウ商会以外にもいくつか小さな商会を所有していますが、どれもこれもハグレが持つアイテムを集めるためのフロント企業です。これはついでなのですが、ハグルマとも秘密裏に取引を行っていたみたいです」

 

 

 

「おい、何かすぐに出てきたんだが? しかもめっちゃ詳しいんだけど。ねえ、ちょっとその分厚いバインダーなに? なんかところどころに脅威度とか対処済とか書いてあるのなに?」

「企業秘密です」

 

 ちょっと悩んだかと思えば即座に資料を出してきたプリシラにルークは思わずツッコんでしまった。

 

「まあそう言う訳ですので帝都からテロ組織に鞍替えする動機は十分ですね。検挙前は工業区に大きなハグレ道具の研究所を構えていたらしいですし、そのコネが残っているのなら偽造することも難しくはない。ほぼ黒と見ていいでしょう」

「流石だな。今最も勢いのある商会という評判は伊達ではないらしい」

「おだててもサービスはありませんよー」

 

 ジュリアの皮肉めかした賛辞をなんでもないように笑うプリシラ。

 一体この商会はどこまでの事情を掴んでいるのか、そしてその集めた情報を何に使うつもりなのか。

 気になる一同ではあるが、聞いたら最後、自分たちもその何かに巻き込まれそうな気がして聞くことはできないのであった。

 

「それじゃ次はそのドロブネ伯爵の屋敷から証拠を取ってくればいいのか?」

「いやいや。一応協会からの雇われとは言え、私たちが直に貴族の館に押し入るのはまずくないか?」

「いやほら、ここはこう華麗に忍び込んで証拠を盗んでくるとかさ。ルークそういうの慣れてるでしょ」

「下準備も無しにか? 悪いがとてもじゃないが無理だな。行くなら夜だ」

 

 本職(ルーク)からもダメ出しを受ける始末。彼からしてみれば白昼堂々帝都のど真ん中で襲撃を仕掛けるなど、警備が厳重すぎてやってられないのだから当然なのだが。

 

「じゃあ暗殺ギルドか丑三つ時処刑互助会でも探すか?」

「つってもどこにいるのか探さなきゃ行かんだろ」

「え? (カルマ)のアジトならここから外壁側に向かったドヤ街にありますよ」

 

 しれっと情報を吐き出す薙彦。

 

「何で知ってんだお前」

「その手の人間からすれば公然の秘密みたいなものでして。表向きは安宿『ストレイ』ですが、その裏手にある住宅地の廃墟が連中のアジトです」

 

 既に所在が分かり切っている暗殺ギルドであった。

 

「マジかよ……暗殺ギルドよく成り立ってんな」

「なんだかんだ裏社会じゃ有名どころですからね」

 

 何はともあれ、居場所がわかっているなら好都合。

 

「それじゃ、いっちょブチかましに行くわよ!」

 

 

 

 ◇

 

 

 

 暗殺ギルド・(カルマ)

 

 

 帝国の裏社会において、彼らの名を知らない者はいない。

 召喚成立期以前より続く暗殺集団。

 何よりも数を重視したその連携戦術は、一人二人ならば格上であったとしても仕留めてきた。

 

 エステルもデーリッチ達の救援が無ければ成すすべなく追い込まれていたことを考えれば、生半可な覚悟で挑んでいい相手ではない。

 ないのだが……。

 

 

「はーい。この程度ね」

「ま、アジトわかってりゃこんなもんだわな」

「おのれ……まさか我々が襲撃を受けるとは……」

 

 

 それも、襲撃を仕掛ける側であった場合の話だ。

 

 大口の依頼を受け、かつての失敗による汚名を返上できると色めきだっていた暗殺者たちは、根城としていた集合住宅地廃墟に突然乗り込んできたルーク達の電撃作戦によって戦闘描写すらなく倒されてしまった。

 所在を知られたところでわざわざ乗り込んでくる馬鹿もいない。という慢心もあっただろう。

 

 だが、何よりも相手が悪かった。

 

 凄腕の傭兵にハグレ二人。稀代の黒魔術師に一流の冒険者が一斉に乗り込んでくれば、正面からの戦いには不慣れな暗殺者たちはひとたまりも無かった。

 

 死屍累々の形相を呈したアジトの中で、無事に立っているのはハグレ王国の八人のみである。

 

 

「あっけなかったわねー。リベンジ成功なのはいいけど、ちょっと暴れ足りないわ」

「き……貴様はまさかあの時の……!」

 

 また意識のある髭面の暗殺者が特徴的なピンク色の髪を認めて震え出す。

 

「そーよ。悪いけど今回も暗殺は諦めな。あんた達がマクスウェルの奴から依頼を受けていることぐらいとっくの前に筒抜けよ」

「クソっ……」

 

 観念したのか、髭面はがっくりと項垂れて動かなくなった。

 

 

「さて。こいつらはもう済んだとして、これからどうするの?」

「ふむ、夜まではまだ結構あるな」

「ではジュリアさん、私と街でも歩きますか?」

「そう言って私にたかるつもりだろう。その手には乗らんぞ」

「……そうだな」

 

 

 ふと、何かを考えこんでいたルークはヘルラージュを見た。

 

 

「リーダー」

「なあに?」

「ちょいと付き合ってくれないか。行きてえところがある」

 

 

 

 ◇

 

 

 

 商業区の広場。

 多くの人々が安らぐ憩いの場では、聖十字教会が主催のフリーマーケットが行われている。

 お祭りムードの現在はその最盛況とも呼べる状態で、中でもある露店ブースは人でごった返していた。

 

 

「このポーションを二つくれないか」

「このランチセットをお願いするわ」

「モーモードリンクを箱でくれ!」

「おい、それは俺が先に頼んだ奴だぞ!」

 

「皆さん、慌てないで喧嘩しないでください! 在庫はいっぱいありますから!」

「はいどうぞ。よければ王国の方にも来てくださいね」

「勇気凛々、元気ハツラツ、モーモードリンクが大人気だ!」

「安いよ安いよー! 帝都じゃ今だけしか買えないハグレ王国グッズが安いよー!」

 

 ベルは諍いを起こしかける客を宥め、その側ではクウェウリが商品を包んで笑顔と共に手渡す。その傍らではニワカマッスルたちが呼び込みを行っている。ベロベロスの火噴きやヤエの超能力によるパフォーマンスも合わさって凄まじい集客率だ。

 

 ベル謹製の各種ポーション類や、わざわざ転移ゲートを使ってまで持ってきた王国ベーカリーの焼きたてパンは大人気で、他にもモーモードリンクや人造人間など、ハグレ王国が誇る人気商品は飛ぶように売れていた。

 

 人が捌けてきた辺りで、ベルは座り込む。

 そこへ、にこやかにクウェウリが声をかけてきた。

 

「ふう。こんなに忙しいのは流石に疲れるなあ」

「お疲れ様ベルくん」

「クウェウリさんもお疲れ様」

 

 年上で同じ獣人のクウェウリとは夜の散歩に出かける仲だ。

 普段はクウェウリのほうがお姉さんとして振舞い、少女にも見えるベルとは姉弟のように接している一方、商売人としてはベルのほうが経験豊かでクウェウリのほうが色々と教わることも多い。総じて良好かつ健全な仲を築けていると言っていいだろう。

 

 だが、端から見て同じような印象を抱かれるかはまた別の話。

 いわんや、それが父親であるならば。

 

 

 

「……随分と、楽しそうじゃないかベルくん」

 

 

 

 後方から響いた、稲妻めいた声。

 

 

「――ッ!?」

 

 ベルが総毛立って振り向くと、そこには青い体毛をした狼の獣人――マーロウが木箱を抱えながらベルを見下ろしていた。

 

 

「マ、マーロウさん!?」

「パパ、どうしてここに!?」

「元気そうだなクウェウリ」

 

 ここにいない筈の人物の登場に驚く一行。

 娘へ穏やかな笑みを見せてから、マーロウは事情を話し出す。

 

「実は私も当時のハグレ代表として式典に出席することになっていてね。アルカナ殿から話は聞いていないかい?」

「あっ、だからそんな恰好をしていたのね」

 

 よくよく見ればマーロウは普段の戦士の装いとは異なりきちんとした服装に身を包んでおり、野性的などう猛さよりもダンディズム溢れる雰囲気を醸し出している。

 

「ああ。それとついでにケモフサ村の特産品を売りに来たんだ――っと!」

「うわあっ!?」

 

 ドスン。とベルの前に大きな音を立てておかれた箱の中には、パッポコ芋を使った特産品がぎっしりと詰まっていた。

 

「折角だ、君たちの隣に出店させてもらっても構わないかな?」

「だ、大丈夫ですよ……」

 

 

 そうしてケモフサ村の住人達との共同出店が開始されたわけだが。

 

 

「…………」

 

 

 どっかりと座り込んだマーロウから発せられる無言の威圧感によって、ベルどころか他の者達もイマイチ集中できないのであった。

 

 

「あの、マーロウさん。もう少し覇気を抑えてくれると……」

「大丈夫だ。私はきちんとわかっているとも。ああそうだ。飽くまで彼らとは先輩後輩。同じ獣人として姉弟のように仲睦まじくしているだけだとも。だからやましい関係になどなってはいないともクウェウリはしっかりしているから悪い男に誑かされる心配は必要ないとも」

 

 

 自分に言い聞かせるように呟くマーロウだが、その威圧感は収まるどころかますます高まっている。

 

 

「こりゃ駄目だね。オルグ、あれはほっといて店番に専念じゃい」

「わかりましたよ……」

 

 

 幸い、彼の気迫に気圧されてか客も諍いなど起こさずに大人しく並んでくれたので問題が起きることなく時間は過ぎていったのだが、ベルは終始落ち着かなかった。

 

 

 

 ◇

 

 

 

 帝都住居区外れ。帝国霊園。

 外壁に近い場所に設けられたそこは、生涯を終えた帝都民が行き着く最後の場所。

 

 聖十字教の石碑が立ち並び、死者たちが眠る安息の寝床。

 

 だが、それは生前、専用の墓を持つに足る財産を遺した者たちの話。

 

 自分の墓を買う金の無かった貧民、身よりのハッキリしなかった流れ者たちが何処に行くのかと言えば、中央に立つ合葬墓。十把一絡げに骨が納められるそこに、ルークの父親も貧民の例に漏れずこの中へと納まっていた。

 

 

「用事って、墓参りでしたのね」

「ああ。つっても、今まで碌に参ったことなんかねえけどな」

 

 そう言ってルークが懐から取り出したのは、小さな紙箱。蓋状になっている上部を開ければ、中から十二本の白い円柱が顔を出した。その中から一本を取り出し、先端を口に咥える。

 

 次に火を付けようと懐を弄ったルークは、そこで自分の失態に気が付いた。 

 

「……ピンク、火ぃくれ、火」

「はいはい。私はマッチ棒じゃないっての……ってかルーク、煙草吸うんだ」

「ええ。私が出会った頃はよく吸ってましたわ」

 

 ルークはかつて煙草を吸っていた。元々実の父親が喫煙家であったから煙草自体はよく買いに行かされたことで馴染みがあり、亜侠チームを組んでいたころはチーム全員が吸っていたことでルークも吸うようになった。エルヴィスは安いシガレットを愛飲し、ルークもそれに倣った。アプリコは葉巻の質に強いこだわりを持っており、ラプスが戦闘の後に煙管をくゆらせる姿はそれだけで絵になった。薙彦は吸う機会こそ稀ではあったが、割と何でも嗜む派だ。

 

 この時ルークが煙草を吸った理由は父親への香の代わりだ。上等な香を焚くよりも、マーケットで安売りしている煙草の方が親族もいない孤独な父への弔いには合っている。

 そしてもう一人、ある意味では真の父親として慕っていたかもしれない恩師へ、一方的に語りかけるために――。

 

「ルーク。私にも一つ」

「ん」

「どうも」

 

 薙彦は煙草を一本受け取り、そのままマッチで火を付ける。

 

「――うん。安い味ですねえ」

 

 口ではそう言いながらも、薙彦は満足そうに煙を吐いた。

 

 墓碑の前で紫煙が燻る。

 思い草を食みながら、二人はどこでもない場所に視線を向けた。

 

「ああ。なんとなく匂いに覚えがあると思えば、これはエルヴィスさんの好きな銘柄でしたか」

 

 煙を目で追いながら、薙彦は懐かしむように言った。

 

「この前市場で見かけてさ。つい買っちまった。でもよ、うちの拠点じゃ大っぴらに吸えねえから湿気るところだった」

「昔も背伸びして吸おうとしてましたよねえ。そのたびに()せてましたが、今ではもう慣れましたか」

「かもな。つっても、ヘルと組んでからは殆ど吸ってねえがな」

「それはまたどうして?」

「ヘルが嫌な顔するからだな。俺だってヘルにヤニの匂いつけるのは嫌だったし、煙草の代金も割と馬鹿にならねえからきっぱり止めた」

「はいはい。お熱いですねえ」

 

 半ば開き直りに近い惚気を浴びせ続けられたエステルの精神は糖分過多であった。

 

「で、久々に吸った感想は?」

「やっぱまずいわコレ。大麻のほうが好きだな」

「堂々と問題発言かましたわね」

「別にいいだろ。なんかとやかく言われたら『この小説はフィクションです。実在の人物や団体などとは関係ありません』って言っておけばいい」

 

 ぶつくさ言いながらも、吸うのは辞めない。

 そこに、おずおずと声がかけられる。

 

「……あの、私にも一つくれますか?」

 

 その言葉にルークは少々眉をひそめた後、視線を隣に移す。

 しょうがなさそうに首を振る姉を見て、ルークは煙草を一本だけ手渡した。

 

「無理すんなよ。火は貸してやる」

 

 ヘルは慣れない手つきで煙草を咥え、と先端をゆっくりルークの煙草に近づける。

 

「……ッ!? けほっ、けほっ……!」

「だから言っただろ。ほら、無理なら俺が吸ってやる。旦那への香代わりだ」

 

 

 返却された二本目を半ばまで吸ったあたりで、ルークは火を押し消して捨てた。

 

 

「おや、墓参りはもうおしまいですか?」

「ああ」

「折角お父様の墓に来たのにですか?」

「別に、今更親父に言う事なんかねえし――それに、こんな場所まで来たんだ。()()()()()()姿()()()()()()()()()()()()

 

 ルークは視界の端に移る大きな墓石に視線を向けた。

 

「さっきからコソコソと……いくら下水にいたからって自分までネズミみたいな真似することはねえよなあ、()()()()さんよぉ」

 

 

 

「――いっひっひっひっひ」

 

 

 怖気立つような笑い声。

 音もなく姿を現したのは、つい昨日相まみえたばかりの血濡れ髪。

 

 

「左腕の借りを返しに来てやったよヘルラージュ。今度こそ、アタシの作品の一つになりな」

 

 

 狂気を孕んだ目をヘルに向けながら、死霊術師は裂けるような笑みを浮かべた。




次回、またまた中ボス戦。



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その59.帝都動乱・二日目(4)

27話辺りに若干の改稿と追記がございます。
当時では考えが及んでいなかったジェスター達の信条とか言い回しの修正です。


 

 ルークが違和感に気が付いたのは、暗殺ギルドにカチコミをかけた瞬間だった。

 あの時の襲撃は誰にも察知されていなかった。見張りはいたがルークからすればザルの一言。奇襲のために窓から爆弾を投げ込むのに何の支障も無かった。

 

 だが、いざ突入となった途端に背後から殺気を感じた。

 

 こちらを執拗に舐めまわす様な陰気に満ちた殺意。

 慌てて背後を確認するが、敵の姿はなく物陰からの遠隔攻撃の気配もない。

 

 再びその殺気を感じたのは、暗殺ギルドを片付けた直後だった。

 

 戦闘後のクリアリングで注意を張っていたからこそ気が付けた僅かな殺気。

 そこに意識を向けると、即座にその殺意は遠ざかって行く。

 

 ルークはそのことをすぐさま全員に知らせようとして、

 ――ふと、その粘つくような殺気が一日も立たないうちに経験していたものであることに思い至った。

 

 ……成る程。

 であればここで知らせて皆を警戒させると逆に手を出さない、あるいは開き直って襲い掛かってくるかもしれない。

 アレが自分たちにつき纏っているリスクを取るか、街の中を戦場にするリスクを取るか。

 

 悩んだ末、彼は相手をおびき寄せることに決めた。 

 色々と都合のいい理由をつけ、人気がなくその上で相手が出てきたがる場所――すなわち墓場にやってきた。

 勿論、墓参りをするというのもある程度は本音だったが。

 

 そして、ルークの目論見通り、彼女は姿を現した。

 

 

「昼間からつけてきてたのは知ってたさ。街ン中で堂々と暴れられても困るからな。ここなら誰にも迷惑が掛からねえ」

「まさかまさか、そこの坊やがピンピンしてるとはねえ。流石はラージュ家、解呪もお手のものかい」

 

 死に至る呪いを受けたはずのルークが立っているという事実は、アドベラからすれば不愉快な話だ。

 解呪のために捕縛した呪術師を殺したか、あるいは他に呪いを除去する術を知っていたか。

 どちらにせよ、これで損害を受けたのは自分だけ。プライドの高いアドベラは目の前の相手を凌辱するしかなくなった。

 

「アドベラだと!」

「こいつが……!」

 

 面識のある者もない者も、その顔を見た瞬間に一斉に身構える。

 ルーク達三人からすれば一日経つかどうかの凶相。

 そうでなくとも相手はかの死霊術師(ネクロマンサー)。顔を知らぬものなどこの場にはいない。むしろ半分にはそれぞれの因縁があるほどだ。

 

 例えば、この小さな姉とか。

 

 

「久しぶりじゃないアドベラ。私の可愛い妹をダシにするつもりが、左腕を奪われた気分はどう?」

「これはこれはミアラージュ殿。わざわざお出ましになられるとは手間が省けた。その黄泉還りの秘密、存分に解体(バラ)させてもらうよ」

「私に飽き足らず大事な家族にまで手を出した分際でよく言うわ。そっちこそ死んだ上で殺される覚悟はできてるんでしょうね?」

 

 お互い笑みを浮かべてはいるが、その目は限りない殺意に満ちている。

 アドベラは何が何でも黄泉還りの術を求め、ミアラージュは矜持にかけて死霊術を濫用する彼女を見逃せない。

 

 そして、他にも彼女を許さない者がここにはいる。

 

「……死霊術師(ネクロマンサー)アドベラ。死霊を操り、多くの人々に危害を加えるお前をゴーストハンターとして見過ごすことはできない。ここで君の首を獲らせてもらう」

「俊英サマまでいらっしゃるとは。随分とまあ豪華だこと」

 

 稀代のゴーストハンター・アルフレッド。かつて自らが残した置き土産を打倒した男の冷徹な宣言を受けても、アドベラに焦りはない。

 

「ああ。大事なゾンビを全滅させられたアンタじゃ、この面子に適うとは思えないがな」

「そっちこそ、あたしのホームグラウンドがどこなのか知らないわけじゃないだろう?」

 

 アドベラは手に持った脊髄の杖を打ち鳴らす。

 静寂なる墓地に響き渡ったその音に呼応するように、地面から蠢く影が続々と這い出る。

 土葬によって未だに形を残す死体から、完全に白骨化した死体。つい先ほどまで生きていたような新鮮な死体までもがその中にはいた。

 

「おいおい。俺たち相手にこの程度か?」

 

 確かに死体の数で言えば下水道の時を上回る。

 だがこちらには炎魔法が得意なエステルに、対アンデッドなら右に出る者はいないアルフレッドまでいる。相手の手駒がアンデッドだけならば、アドベラに勝ち目など万に一つもない。

 

「そうだねえ。アンタたち相手にはそれだけじゃあ児戯(ぬる)すぎるよねえ」

 

 だが、アドベラは決して余裕の表情を崩さずに()()()()()()()()

 

 

「……ッ! なによそれ……!」

 

 

 ミアラージュはその異常を瞬時に理解した。

 その左腕は肘の部分までが黒く染まっていた。

 黒い肌などという話ではない。

 のっぺりと、しかしどこまでも続くような奥行きを感じさせる虚無。

 腕のカタチに世界を切り取ったような暗黒、というのが相応しいだろう。

 

「ちょっと、それってまさか……!」

 

 その正体にエステルはいち早く思い至った。

 

 水晶洞窟の戦いにおいて、白翼の後継ジェスターがアルカナに対して振るった影の魔法。

 その後に師が語るところによれば、それは宇宙(ソラ)の根源を二分する属性の片割れ。

 星の光と対を成す虚無の暗黒。

 混沌を司る闇が、その左手に存在していた。

 

「さあ、祭りの始まりだよ!」

 

 アドベラが左腕を地に突き刺す。

 地面にしみ込んだ影は瞬く間に墓場全域に根を広げ、アンデッドへ纏わりついていく。影に侵食された死体は欠損を補われ、命が消えた筈の肉体に力を滾らせていく。

 

 最初に動いた屍人(グール)が得物に定めたのは、槌を持った金髪の女性。

 髪を纏めて露わとなったうなじに歯を突き立てようと迫り、

 

■■■■――!!

「ふんッ!」

 

 寸分たがわぬスイング。

 襲いかかってきた屍人の頭蓋をジーナのハンマーが砕く。

 頭部を失った屍人は地面に崩れ落ちると、奇妙にも影の中へ溶けるように消えた。

 

「なんだと?」

「ジーナ、後ろだ!」

「……っ!?」

 

 訝しむが、異常はそれだけに非ず。

 影は沸き立つ瘴気となって地面より染み出し、悪霊(ゴースト)としての姿を形成する。

 ずるりと出てきた悪霊は、死体の消失に気を取られたジーナの背後からその腕を伸ばし、

 

 

 ――目にも留まらぬ一閃に貫かれて霧散した。

 

 

「大丈夫? 姉さん」

 

 弟はいつもと変わらぬ笑みを浮かべる。

 とっくの前に追い越されたその背は、やはり大きかった。

 

「別に、この程度なら反応できたわよ。

 

 ……でも、助かった」

「うん。湧き出る悪霊は僕に任せて」

「ああ。背中は任せたよ――!」

 

 照れ隠しのように振るい続ける槌から伝わる感触は、予想よりも軽かった。

 

 

 その一方で、周囲を冷静に観察していたミアラージュは、この状況がどれだけの異常事態なのかを把握していた。

 

「なんてこと……!」

「ミアさん、こいつは一体?」

「あいつ、この墓地に染み付いた死者全てを一気に呼び起こすつもりよ! 死体だけじゃない、もうこの世にいない筈の魂すら呼び寄せて悪霊に変えている。このままじゃこの墓地がアンデッドで埋め尽くされるのも時間の問題よ!」

「なんだと!?」

 

 帝都の共同墓地に眠る無数の魂。

 土地に染み付いた人間たちの痕跡。

 それが湧き出る悪霊たちの正体。

 

 ジェスターが授けた虚数の魔力は、アドベラの死霊魔術を促進させ、失われた生者の記憶を呼び起こし悪霊として自在に呼び出すことを実現させていた。

 

 なんという死者の尊厳を侮辱して余りある禁断の魔術か。

 ミアラージュは憤怒の表情でアドベラを睨みつける。

 

「この外道め……この期に及んでさらに禁忌を侵すつもり!?」

「どうせやるなら盛大にさね! 折角もらった力なんだ、どこまでいけるか試してやろうじゃないの!」

 

 血濡れた杖がさらに打ち付けられる。

 この世のものとは思えぬ唸り声が響き、大地が揺れる。

 

 

■■■■■■■■■――!!

 

 

 ガラガラガラと音を立て、地面が罅割れる。

 崩れていく墓石から、ひとりでに出ていくものがあった。

 

 割れて砕けて、あらゆる場所から出てくる白い欠片。

 納められていた人骨は影の手によって一か所に集められ、組み合って巨大な姿となる。

 

「おいおい……流石にこりゃどうかと思うぜ」

 

 顕れるはハグルマの巨人兵(タロス)に匹敵する巨体。

 生きる者たちを睥睨する威容、まさに和国に伝わる大怪異の如し。

 

「アッハハハハハハ! あたしの生涯最大の術だ。存分に味わいな!!」

「地獄に落ちろ、このクソ女!」

 

 哄笑する死霊術師に悪態をつきながら、ルークは短剣で屍人の首を落とす。

 

 本日最大の馬鹿騒ぎが、ここに幕を開けた。

 

 

 

 ◇

 

 

 

 帝都商業区。

 メインストリートの近くを、二人のよく似た顔の男たちが歩いていた。

 

 

「はあ……まさかアイツが二股かけてやがったとは」

「やっぱナンパはダメだって兄者よ。そんなのに乗ってくるやつなんか男に貢がせることしか考えてねえんだからよ」

 

 しょぼくれた様子で歩く片方を、もう片方が慰める。

 彼らは流石兄弟。

 昨晩ナンパで引っ掛けた女と遊びに行った兄者の初デートは、相手側のもう一人の交際相手が乱入してくるというアクシデントによって大失敗に終わった。

 

「けどよ、フラれフラれてやっと答えてくれた女の子だったんだぞ。そりゃ少しぐらい脈ありって思ってもいいじゃないか」

「いい加減立ち直りなよ。捨てる神あれば拾う神あり。いつかお前をちゃんと拾ってくれる女の子に会えるって」

 

 かなり最低な発言である。

 

「それでもよお、せめてあの胸は味わいたかった」

「それはわかる」

「……あれ? 俺、お前に彼女の姿教えたっけ?」

「抜け駆けは腹立ったからな。物陰からこっそりと見ていたんだ」

「んなっ!?」

「いくらなんでも初っ端からホテル直行はダメだって」

「それにノリノリなあの女も大概だとは思うがな」

「いやでも尻の軽い女の子って良くないか?」

「ああ、同感だな」

 

 そんなどうしようもない会話を繰り広げている時だった。

 

 

■■■■■■■■■――!!

 

 奇妙な遠吠えと、唐突な揺れ。

 

 

「地震か?」

「いやどっちかといえば爆発だろ」

「どっかで火薬の事故でも起きたか?」

「でも住居区のほうだよなアレ」

 

 互いに先ほどの現象について話し合う。

 当然何が起きているのかなど分からず、半ば他人事だ。

 

「つか、その前に変な声しなかったか?」

「何の動物だろうな」

「魔物じゃねえの?」

「おいおい。帝都に魔物が湧くわけねえだろ」

「そうだな。ところで兄者」

「なんだ弟よ」

 

 

「今あっちのほうに顔を出している奴。一体何だと思う?」

 

 

 弟者が指で示した先には、巨大な何かが鎌首をもたげる姿が。

 

 

「そりゃあ、デカい骸骨に決まってんだろ」

 

 

「そうだよな!」

「「はっはっは」」

 

 

 

「「……」」

 

 沈黙。

 二人はしばし互いに顔を見合わせた後、

 

「「なんじゃありゃああああああああ!?」」

 

 絶叫の共鳴を響かせた。

 

 

 

 

「ふむ。アドベラはさっそく始めたようだな」

 

 

 

 墓地の方角から禍々しい魔力が噴き上がり、巨大な骸骨がその巨体を持ち上げる様子を見つめる者達あり。

 

 白髪黒衣の先導者、ジェスターは今まさに繰り広げられようとしている惨状を興味深そうに眺める。

 

「流石は『カルメンの悪夢』を引き起こした一人と言うべきか。中々にやってくれる」

「貴方が直々に力を与えるとは、よほど彼女のことを高く買っているようですな」

 

 燻る目を持ったザナルの問いにジェスターは頷く。

 

「そうさ。奴の叡智もさるものだが、アルカナと対峙して生き延びたというだけで称賛に値する。事実、私が彼女に抱いた期待は間違いではなかった。見給え、あれこそはまさしくテロル。世界に自らの存在を知らしめる叫びよ」

「……だが、アレではそう長くは持ちますまい」

 

 確かにアンデッドの大群を帝都に解き放てば、大打撃となることは間違いない。

 だがそれには多大な準備が必要だ。ジェスターの与えた魔力が後押ししているとはいえ、それでも最低二日はかかる。

 

 しかし、当のアドベラは秘密裏の行動よりもハグレ王国への復讐を優先した。

 憎き相手を殺せればそれでいいと、自分へ降りかかる負担を度外視した。

 半ば制御を放棄したことによってあれだけの大術式を僅かな時間で行使してみせた。

 

 当然その対価は重い。

 虚無の魔力によって湧き出る無尽の魔力があるとはいえ、あのような禁呪の行使は相応の危険がある。

 最期には溢れる魔力に浸食されて自我が耐え切れず、見るもおぞましい結末が待っているだろう。

 

「そうだろうな。そしてそれは彼女自身が何よりも分かっていることだ」

 

 だがそれでも、ジェスターはアドベラが生存よりも復讐を優先したことを肯定する。

 

「我々の行動は全てに意味がある。彼女はいわば狼煙。この世界に嘆く者達を決起させるための一歩よ」

「その通りだ。投じられた火種は、やがて全てを灰燼に帰す劫火となるだろう」

 

 ザナルも同意するように頷く。

 弱者。敗者。落伍者。異端者。無法者。

 

 今の世では受け入れられなかった逸れ者たちの叫び。

 自分たちはここにいたという証を世界に刻み付け、決して忘れ去られることのない傷跡を残すために。

 

 

 

 ◇

 

 

 

 ルークは一閃し、屍人の首を断つ。

 そのまま次の屍人の掴みかかりを回避し、頭部を二つに断ち斬る。

 

 彼の動きをカバーするように真空の刃が悪霊を飲み込み、灼熱の雲が腐った肉を溶かす。

 押し寄せるアンデッドを大盾が食い止め、スケルトンをハンマーが砕いて薙ぎ払いが一掃する。

 

 そして最前線にて大立ち回りをするのが二人。

 

 浄化の力を纏ったアルフレッドの一閃と、エステルの炎は屍者を影ごと焼き尽くし、悪霊の発生を防いでいる。

 

 回復役がヘルラージュのみという不安はあるが、それでも対アンデッド戦においては極めて相性の良いパーティだ。

 

 だがそれでも、状況の好転には程遠い。

 際限なく現れては斬り伏せられ、そこからさらに召喚される屍者の群れ。

 斬っても斬っても戦局が変わらない様子は、体力だけでなく精神を疲弊させる。

 

 

 そして一番厄介なのがあのがしゃどくろだ。

 あの巨体が腕を振り下ろせば、それの回避に意識を裂かれる。火球を吐き出してくれば、一心不乱に下がる必要がある。

 周囲のアンデッドが見境なく巻き添えになるとはいえ、そこから悪霊が発生するのだから損害になどなりはしない。

 これだけの数は流石に制御できていないのか、倒した死体が武器となって射出されないのがせめてもの救いか。

 

 ルークは解放軍が敵に回って以来、何かとこのような戦いが多いなと思った。その考えはあながち間違いでは無かろう。

 ハグレ王国という質を集めた集団に勝るには、それを押し流せるだけの量を揃えるのがもっとも有効なのだから。

 

 

「流石に湧き出るペースが速すぎる……このままではじきに街へ溢れかえるぞ」

「それだけは何としても止めないとね!」

 

 アルフレッドの剣閃が煌めけば、次々と腐肉を爆ぜさせる。

 

 これほどの異常事態。

 異変が起きたことはすぐに外に伝わり、デーリッチ達は駆けつけてくるだろう。

 だが、その間の僅かな時間こそが命取り。

 一体でも市街地に侵入を許せば、瞬く間に帝都には阿鼻叫喚の地獄絵図が描かれることになる。

 

 状況を打破するには術者を仕留めるのが一番だろう。

 だがアドベラとの間は夥しい数の屍者で固められている。

 安全圏でなぶり殺しにされるのを見物する腹積もりなのだろう。

 

「こうなりゃ一か八かだ。リーダー、()()でいくがどうだ?」

「……ええ、勿論!」

 

 ルークの提案をヘルラージュは快諾する。

 チャンスは一度きり。

 失敗すれば死。

 確率的には五十パー……否、百パーセント成功する。

 ヘルラージュと共にやることだ、失敗などどうして在り得ようか。

 

「もしかして、あなた達アレをやるつもり?」

「お、何々? 秘密の大技でもあるわけ?」

「ああ。後ろは任せたぞ」

「分かったわ。全力でぶちかましてきなさい」

 

 頼もしくも、穴埋めは義姉たちが請け負ってくれる。

 二人が考えるのは一つ。

 

 この一撃で決めること、ただそれだけだ。

 

 

「何をする気か知らないが!」

 

 

 アドベラの叫びに応じてルークとヘルラージュに殺到する魔物たち。

 

 死者どもによる殺戮の饗宴。

 

 その渦中にて踊るは二人の愚か者。

 

 片や荒れ狂う風を巻き起こす黒衣の魔術師。

 片や刃を滑り躍らせる黒紫の衣と仮面の男。

 

 

「ヘルズラカニト!」

 

 

 限界まで凝縮された魔力を解き放つ。

 放たれた魔力は空気を破壊し、前方から後方まで次々と屍人の群れを吹き飛ばして腐肉の破片を砂塵や石礫もろともに攪拌する。

 

 そして、生み出された真空は気流を生む。

 吹き込んだ空気は突風となり、ヘルの前方からアドベラの下まで突き進んでいく。

 

 しかしこれはただの風。

 ローブを靡かせる程度の強風では、死霊術師には僅かな傷も負わせられない。

 確かに道は開いた。だが、この程度の綻びは周囲の屍人で即座に塞げる程度でしかない。

 

 

 にも関わらず死霊術師が目の前の光景に目を見開いたのは、その吹きすさぶ烈風の中に飛び出る人影がいたからだ。

 

「なんだと……ッ!?」

 

 風の一押しを受けて限界以上に加速したルークの跳躍はアドベラの反応測度を越えた。

 斬撃が左肩を抉り、遅れて来た激痛にアドベラは怒りで顔を歪める。

 

「小僧――!」

 

 注意が逸れたのは一瞬。

 だがその一瞬があれば十分だ。

 

 

「レイジングウィンド!」

 

 足元から吹き上がる竜巻。

 死霊術師の身体が浮き、周囲のアンデッドが切り刻まれる

 そのまま風は吹き続け、アドベラと周囲を隔離する。

 

「ハッ。これで動きを封じたつもりかい? この程度の風、たやすく破って――ガッ!?」

 

 下方から飛んできた一撃。

 凄まじき速度でアドベラに肉薄したルークの一閃が肉を裂く。そのまま着地するかと思われたルークはなんと風の壁を蹴って方向転換。すれ違いざまに再び一閃! さらにまた風を蹴って跳ね返り、上昇気流に乗って追撃する。

 

 ルークはアドベラとすれ違う度に斬る。斬る。斬る斬る斬る斬る!

 

 死角から次々と斬りつけてくるルークの総攻撃数、八回!

 宙に打ち上げられ、風に巻かれるアドベラに為す術なし!

 

 

  ――これぞ奥義・ダンスマカブル!!

 

 

 無論、彼に風を蹴る異能などない。彼は天狗でもなければ、翼人(ハーピー)でもないただの人間だ。空に飛べば自由落下という物理現象に囚われるだけの陸上生命に過ぎない。

 

 ではなぜこのような芸当が可能なのか? その答えはアドベラに巻き付く一筋の線にある。

 それはルークが数多く持つおたからが一つ《透明ワイヤー》。

 

 その身に巻き付けて手繰るルークと、同じく事前に示し合わせたヘルラージュのみが視認を可能とするその透明な繊維は極めて頑丈な素材で造られており、かなづち大明神ほどの重量であってもつるし上げることを可能にする。

 つまりルークは風を蹴っているのではない。吹き荒れる風に巻かれたワイヤーによって、ルークはアドベラの下へと自動的に引き戻されているのだ。この突風の中において、人間二人分の重量に引っ張られても千切れることはなく、ただ使い手であるルークを宙に舞わせている。当然これはヘルラージュの緻密な魔力操作も要求される。少しでも加減を間違えばルークはあらぬ方向に飛ばされてしまうだろう。

 

 だが彼らはお互いが失敗するなどとは考えていない。

 あるのはお互いが成功すると言う確信。

 

 信頼の深さこそが成しえる、二人だけの合体技だ。

 

 

 

 

 

 切り裂かれたアドベラから血が吹き出す。

 四方八方に散るその様子は空に咲いた薔薇か。

 

 

「ルーク!」

 

 

 竜巻が消え、二人の人間が地に落ちる。

 地面に叩きつけられるのは死霊術師。対してルークはヘルの側へと着地する。

 

「わっとと」

 

 勢いあまってヘルの身体を掴んで一回転。

 多少不格好なそれは、この狂騒を締めくくる最後の舞踏のようだ。

 

 

「クソガキどもが……調子に乗るんじゃ……ッ!」

 

 

 だがアドベラにはまだ息がある。

 

 彼女は最期に、左手の虚無を解き放とうとして、

 

 

「駄目よ。二人の仲を邪魔するなんて女の子として最低だわ」

 

 最後の活力が吸い取られる。

 声の主に視線を向ければ、ミアラージュが杖を掲げながら地に伏すアドベラを見下ろしていた。

 

 

「ミアラージュ、おのれ――」

 

 

 二つの破裂音。

 

 アドベラの額へ続けざまに穴が開く。

 ルークの手には、硝煙を吐き出す拳銃が握られていた。

 

 

「じゃあなアドベラ。秘密結社をナメんじゃねえ」

 

 

 

 ◇

 

 

 

「おっと。向こうは片付いたようだな」

 

 アンデッドの大群を引き受けていたエステル達は、ルーク達の方角から剣戟の音が止んだことを察知した。

 

「やるじゃんアイツ。こりゃ私も負けてられねえな!」

 

 

 エステルが両手を広げる。

 

 それぞれの手に三つずつ火球が育つ。

 

 

「新技行くわよ、バルカンブレイザー!

 

 

 ――紅蓮六道(ぐれんりくどう)

 六つの炎球で敵陣を屠るアルカナの焼却魔法。

 それを自己流に継承し、最近になってようやく様になってきた技をアンデッドの群れに叩きつける。

 

 一撃一撃が全力の収束火炎魔法(ファイア)に匹敵する威力。

 それを広域火炎魔法(フレイム)並みの効果範囲で適用すればこれこの通り。

 彼女たちの前に広がっていたアンデッドが綺麗さっぱりと消え失せていた。

 

 唯一残っていたがしゃどくろはその多腕で魔力を使い切ったエステルを叩き潰そうとする。

 

 

「ぬん!」

「ほい」

 

 

 献身の大盾が一撃を防ぐ。

 神域の一薙ぎが腕を砕く。

 

 思わぬ方向への力にバランスの崩れた巨体。

 そこにさらなる攻撃が横から襲い掛かった。

 

「アル!」

「分かってる!」

 

 

 装甲すら破壊する鉄槌の一撃(クラッシャー・ワン)を受け、完全に体勢を崩したがしゃどくろ。

 絶好のチャンス。

 アルフレッドはその巨腕に飛び乗り、瞬く間に核たる頭蓋目掛けて駆け上がる。

 

 がしゃどくろも残った腕で払い落そうとするが、鋼の集中力で突き進むアルフレッドをその鈍重な動きで捉えるなど不可能だ。

 バチバチと右腕に雷光が迸る。

 

 繰り出されるは彼の代名詞。

 かつて憧れ、その背を追い、そして継承した勇者の技。

 

 

ヘヴンズ・ゲート!

 

 

 浄化の力を込めた一撃が頭蓋を砕き、その奥底で燃える黒い炎を消し飛ばした。

 

 

 白骨の巨体が崩れ去る。

 死者を冒涜して作られた怪物は、跡形もなく消え去った。

 

「よっしゃ!」

 

 エステルはガッツポーズを決める。

 アンデッドはまだ残っているが、供給源を断たれた以上はただの雑魚だ。

 

 がやがやと墓場の入り口が騒がしい。

 おそらく騒ぎを聞きつけて駆けつけたのだろう。

 振り向けばそこには、自分たちの仲間たちが勢ぞろいしていた。

 

 

「――みんな、大丈夫でちか!?」

「遅かったな。あまりにも遅いから俺たちで片付けちまったぞ」

 

 

 血相を変えて飛びこんできた王様に、ルークは不敵な笑みを向けた。

 

 

 死霊術師アドベラ。

 ここに討伐完了。




カットインとしてフォントを活用するのにハマっています。


○アドベラ
 ぶっちゃけ魔王タワーのミトナの劣化版。
 彼女との戦闘シーンは『罪な薔薇』を流しながら書いていました。

○今回のオリジナル技
★ダンスマカブル 消費MP20% 消費TP90
 前衛にヘルラージュが必要。
 驚きの八回連続ダメージ(近接物理/会心あり)。TP回収率が極めて高い(一撃につきTP+4)。
 秘密結社奥義。ヘルラージュの風に乗ったルークが猛攻を仕掛ける。

 王国大学でこっそり二人で練習してたりする。


★禍神降ろし(本作仕様)
 ルークには効果が二倍で適用される。


★バルカンブレイザー 消費MP30% 消費TP95
 広域版バルカンフレア(炎)
 師匠の技を見よう見まねで覚えました。


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番外編 めにゃめにゃめにゃ

2月22日のメニャーニャ祭りに便乗した番外編。

メニャーニャの話と言うよりは、彼女から見た本作の捕捉みたいなやつです。




『抱き心地』

 

 わが師、アルカナは大の世話好きだ。

 

 私たちが研究を行えば、呼んでもいないのに顔を出してはあれやこれやと手を貸してくる。事前の根回しから、研究室の確保、息抜き用のスイーツなどなど、とにかく研究をやるのに十分な環境が先生の元には合った。

 

 そしてそれは研究のみならず、プライベートなことにも発揮される。

 

 特にシノブ先輩はお気に入りのようで、休日には度々街に連れ出して、世俗に疎いシノブ先輩にエステル先輩と一緒にあれやこれやと教えて回っている。シノブ先輩のほうもまんざらではないようで、むしろ先生と一緒の時間を過ごしている時は普段よりも笑顔を浮かべることが多かった。

 

 

 

 ……そして、その溺愛の矛先はシノブ先輩だけではない。

 

 手のかかるエステル先輩は言わずもがな、どうやら私も世話を焼く対象に入っているらしかった。

 

「あ"~~今日は疲れたなあ」

「ナチュラルに抱き着いてくるのやめてくれませんか?」

 

 背後からもたれかかるようにして先生が抱き着いてくる。

 白銀の髪が顔にかかり、爽やかなハーブ系の香りが鼻孔をくすぐる。

 特に抵抗もせずに受け入れると、そのまま先生の手は脇腹へと移動する。

 

 またこれだ。

 見ればわかる通り、先生は時折セクハラを交えて来る。

 

「おー。メニャーニャはあれだな。すっきりしてる」

「貧相って言いたいんですか?」

「いや、ちゃんと飯食ってるのか心配になる」

「ちゃんと三食摂ってますよ」

 

 研究が立て込むと一食二食ぐらいは簡素な携帯食で済ませることも多い。元より食事など栄養さえ摂取できればいいやと考えていたが、健康には気を遣えと目の前の人に言われ続けたせいで、食事だけはちゃんと摂るようになった。

 

 体だけの話じゃ無い、心の健康の問題だ。何であれ、適度に刺激を与えないと衰えていく。

 そんな先生の言葉を実感したのは、エステル先輩に連れられて何度も外食を繰り返すようになってからだ。

 店ごとに違う料理の味を心の中で分析し始めるようになった。

 自分が淹れる珈琲の味にこだわりを持つようになった。

 体に栄養を取り入れる作業から、心の栄養も取り入れる作業になった。

 

 他にもやれ適度に運動しろだと睡眠時間は確保しとけだのと、この人はとにかく不摂生を働いていると注意してくる。しかしそういう本人も深酒して酔いつぶれていることは珍しくない。私たちの健康よりもまずは自分自身を大事にしたらどうだろうか。

 

「徹夜し続けると育つものも育たないぞ。こことか」

「やっぱりセクハラじゃないですか!」

 

 撫で上げるように脇まで伸びてきた手を引っぺがす。流石にそれは許容範囲外だ。

 

「メニャーニャが育っているのは上じゃなくて下だからね~」

「何言ってるんですか先輩」

「どれどれ……」

「先生も触るな! さっきからいやらしい!」

「ちぇー」

 

 つんと口を尖らせながらも、先生は私が本気で嫌がる前に引き下がる。

 

「ごめんなさいメニャーニャ。ほら先生、こっちが空いてますよ」

「なんだなんだ、そんなあざといやり方は。誘ってんのかー?」

 

 先生はシノブ先輩を引き寄せ、そのまま頭を撫でる。シノブ先輩もそれを受け入れるように体重を預けている。

 頭一つ分ほど違う二人の様子は、似た色の髪も合わさって端から見れば親子のようだ。

 

「そもそも、私なんかの体を触っても面白くもなんともないでしょうに」

「いやいや。生徒とのスキンシップは私にとっての数少ない楽しみの一つだよ。他人と肌で触れ合うことでしか、分かり合えないことは沢山ある」

 

 至言だが、それは実際に触るという意味ではないだろう。

 

「それじゃあ後は何が楽しみなんですか?」

「美味い飯に酒。読書にギャンブルに美術鑑賞にあと演劇でしょ。あと最近できた活動写真も中々興味深いし、最近はハグレの文化を取り入れたものが発展してきて目移りしちゃうわ」

「めちゃくちゃあるじゃないですか!」

 

 道楽人、と言う言葉はきっとこの人のためにある言葉かもしれない。

 

「生きてるだけで楽しそうだよな、先生って」

「はは。それじゃあお前たちに一つ教えてやろう。世の中を楽しめない奴に、世界を変えられなどしないさ」

 

 なんてことはないその言葉は、強い実感を持って私の心に刻まれていた。

 

 

 

 

 

『彼女の選択』

 

 

 エステル先輩が冤罪で指名手配犯となった。 

 

 下手人はシノブ先輩を目の敵にして何度も妨害を行っていたマクスウェル。

 最近は動きが無いと油断していたところに、思わぬ強打を受けてしまった。

 側にいれば何らかの動きを察知できただろうけど、今は自分の研究に没頭していたため、気づいたときには後の祭りだった。

 

 慌てて先生の研究室に駆け込めば、先生は窓から夜空を眺めている始末。

 間もなくシノブ先輩もやってきて、私たちは事態を収めるために動いた。

 

 先生は手を回し、エステル先輩の行方を調べ上げ、マクスウェルの不正にかこつけて多くの貴族たちを検挙させた。次々と明るみとなる不祥事に、多くの召喚士たちは協会を見限り次々と組織を離れていった。

 

 腐敗に腐敗を重ねていた召喚士協会に、トドメが差された瞬間だった。

 

 

 そして事態が収まった数日後。

 シノブ先輩が、召喚士協会を抜けると申し出て先生はこれを了承した。

 

 ――ああ、やっぱりか。

 

 衝撃的ではあったが、同時に腑に落ちる結果でもあった。

 確かにシノブ先輩からすれば召喚術を研究しようとして、その実貴族たちの私利私欲を満たすための道具となっていた組織だ。エステル先輩が貶められた今、もう協会という組織には愛着など無いのだろう。

 その原因である貴族派は協会から一掃されたが、彼らがそのことを根に持って復讐してこないとは限らない。そうした政争からエステル先輩を守るためには、原因である自分が離れるのが一番だと判断したのだろう。こういう時、自分一人が損をすればいいという考えには苛立ちを感じる。自分もその気があることはわかっているからなおさらだ。

 

 それでも、シノブ先輩があれだけ慕っていた先生の元を離れようとしたことは意外だった。あの人に抱いている感情は、尊敬や敬愛よりも依存に近かった。先生のシノブ先輩に対する溺愛っぷりも、シノブ先輩が人とのコミュニケーションに餓えていることも、端から見てわかりやすすぎた。

 先生はシノブ先輩の意見を尊重するようだが、裏で色々と支援するつもりなのは間違いない。当の本人が迷惑そうに思っていないから別にどうと言う気もないが、ああいうのを、世間一般では過保護というのだろう。

 

 

 

 ……私は、どうすればいいだろうか。

 

「メニャーニャ。君も行きたいなら行っていいんだよ」

 

 

 シノブ先輩が協会を去る時、師は私に向かってそう言った。

 確かに、シノブ先輩が去り、エステル先輩も戻っては来ない以上、召喚士協会にいる理由が私にはない。

 人付き合いというものが圧倒的に不得意なシノブ先輩を一人で野に放つのは心配で仕方がないし、エステル先輩が行ったっきり帰ってこないハグレ王国とやらに興味が無いわけでもない。

 

 行ってきていいと言われて、嬉しく思った。

 それと同時に、酷く不安になった。

 

 

 もし、自分がここを離れて先輩たちについていったとして、この人は一体どうするのだろうか。

 

 また、独りであの研究室にいるのだろうか。

 そんなことを考えたら、自然と答えは出ていた。

 

 

「――いえ、お気遣いは嬉しいのですが、私はここが性に合ってますので」

「ふうん。物好きだね」

 

 

 どっちがだか。

 

 

 

 

『彼女の星』

 

 

 疑問に思ったことはある。

 師はかつて宮廷魔術師にまでなったほどの逸材で、ハグレ戦争の知られざる英雄。そんな彼女が真に目をかけるべきはシノブ先輩のような天才中の天才。だというのに、師は自分のほうに多くの力を割いている。

 

 有力者との顔合わせ。

 コネクションの作り方。

 様々な研究資料の調達。

 

 都合のいい環境を整えるために、あの人は手を尽くすことを惜しまなかった。

 そしてそれは、先生が特務召喚士として返り咲いてからはさらなる拍車がかかっていた。

 

 一体どうして、こんな私のためだけに何をそこまで手を尽くすのか。

 

 

 ハグレ王国との協力関係を結んだ後。

 先生の経歴と思いの全てを聞いた私は、意を決してその疑問をぶつけてみたことがある。

 

 

「正直に言おう。私が後継者に相応しいと思っているのはメニャーニャ、君なんだ」

「――え?」

 

 今、この人は何と言った?

 召喚術の理論を変えたのはシノブ先輩だ。

 賢者と呼ぶに相応しい実力を持つ先生の力に最も近いのもシノブ先輩だ。

 ハグレ問題が蔓延るこの世界を善く導くという先生の理想を実現できるのは、シノブ先輩を置いて他にはいないだろう。

 

 そんな戸惑いがわかりやすかったのか、先生は少し困ったような顔をして言い直した。

 

「うん、言い方が悪かった。正確には私の思いを継がせるのにはシノブもエステルも必要で、その中で一番重要な役目を果たしているのが君ということだ」

 

 確かに意味は分かりやすくなったが、それでも私の疑問は変わっていない。

 私たち三人で先生の理想を実現させる。納得は出来る。シノブ先輩の側にはエステル先輩がいなければいけないのは同意できる。その二人を補佐するのに私が適任というのは光栄だ。

 だが、そこで私が一番重要だというのは一体どういう意味だ?

 

「シノブは私以上の天才だ。彼女は未知を拓き、人の世を導くことができる。百年……いや、千年に一度現れるかどうかの才能を持った逸材。星を開拓する資格を持った存在だ。

 

 ――だが、それはあくまで道を拓くだけだ。

 

 他の人類がその道を歩むためには、この『新しいもの』を『ありふれたもの』にする存在が必要だ。

 それが君だ、メニャーニャ。

 技術とは普遍化し、その末端までもが恩恵に預かれてこそ意味がある。ブレイクスルーが起こった後は、それが常識として広がるべきだ。

 シノブは新しいものを開発できるが、それを普遍化するのには向いていない。育ちの環境の問題ではなく、より根本的な部分で彼女は他者と同じ目線に立つことはできない。最初から不可能を可能にする超越者として生まれたのがシノブという人間だ。彼女は文明を次のステージに進めることはできるが、それを成熟させることには向いていない。『生み出すもの』の究極系だ」

 

 

 その説明でようやく納得できた。

 確かに、シノブ先輩が考えるものはどれも革新的ではあるが、それを他の者達が利用するには多くの障害やしがらみが存在する。以前に召喚士達からつまはじきにされていた理由の大半は単純な利権闘争だが、それ以外にも単にシノブさん以外には理屈が高度すぎて十分に使いこなせないものも多かったというのがある。相互ゲートだってシノブ先輩なら独力で実現できるだろうけど、そのやり方を他の召喚士たちが実現できるかどうかと言われれば、エステル先輩ぐらいにしか無理だろう。

 

 

「じゃあエステル先輩は?」

「エステルはその対極。あいつは広まった新しい技術を率先して使っていく人間だよ。分かりやすい『使うもの』さ」

「そして、私が『改良するもの』ですか」

「そういうこと。要は一番大事で忙しい仕事を担ってもらうから、今のうちに動きやすくしておこうかなって出来る限りのことはしていたんだけど……重荷だったかい?」

「まさか。そう言う事でしたら、先生のご期待以上の成果を上げてみせますとも」

「言ったな。それじゃあじゃんじゃん無茶ぶりしてやるから覚悟しろよ?」

 

 

 夜空を見上げ、星々を愛おしそうに見つめながら、師は言った。

 

「シノブが道を拓き、メニャーニャが整え、エステルが広げる。

 たった一人で救うことができる世界になど意味はない。

 人は、人と繋がることで初めて世界を変えられる。

 

 ――そうだ。私は君たち三人に期待しているのさ」

 

 

 そうして私の頭を撫でながら浮かべた笑みは、まるで星の輝きのようだった。

 




○メニャーニャ
 はむすた氏も言ったように、彼女はただの女の子。
 普通の価値観を持ち、普通の感性で行動できるからこそ、人の世に適した技術を作り出せる。
 あと散々構われ倒したおかげで結構ふてぶてしくなってる。


○アルカナ
 大 戦 犯
 そもそもこの小説を書こうと思った理由が「召喚士トリオの後方で保護者面したい」という欲求なのでやむを得なし。
 
 ただそれだとチートキャラが原作蹂躙してはい終わりになるので、並行して考えていたヘルちんヒロイン小説のルーク君とがっちゃんこして生まれたのが本作にございます。


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その60.帝都動乱・二日目(5)

Tips
作者はたちと「達」を直前が漢字かそうでないかで使い分けています。
このほかにも漢字表記とかな表記は見やすさで使い分けていることがあるのでその辺りは誤字ではないです。

余裕で一万文字越えかけたので投稿。


『二日目・商業区』

 

 

 一時は巨大な魔物が帝都内に出現したということで大騒ぎになったものの、その魔物の姿が数十分ほどで跡形もなく消えたことで市街は普段の賑わいをあっというまに取り戻していた。

 

 そしてここは料理店『シャルルブルゴーニュ』

 帝都内でも有数の高級レストランであるそこは、高官や商人の会合場所としても用いられるお墨付きの店だ。

 

 

 

「うおおおお……ナイフとフォークがいっぱいでち……」

「国王様。こちらはこのように。外側の食器から順に使うのでございますわ」

「はは。別に私相手なんだからそう畏まらなくてもいいんだけどね」

「いえ。こういう時こそちゃんと礼儀を徹底しないといけませんよ」

 

 

 夢に見たような豪華なテーブルにデーリッチが目を輝かせ、ゼニヤッタが食事作法(テーブルマナー)を教える。

 その様子を見ながらローズマリーも合わせて食器を動かし、付き添いとして彼女を選んだのはやはり正解だと思った。

 

 

 遡ること朝。

 ルーク達が出て行く少し前に宿屋を訪れたアルカナは、デーリッチ達へ夕食の誘いを告げた。

 帝都としてハグレ王国との融和を図るため話し合う場を設けた……という名目で行われるただの食事会だ。

 最高級レストラン、しかもフルコースであるということから王国の皆がどよめき立つも、予約を取れたのはたったの三名のみ。

 

 国王のデーリッチと補佐ローズマリーは確定で行くとして、残る一人を誰に選ぶのかが問題だった。

 捜索任務に当たった七人は真っ先に辞退したが、残るメンバーから選ぶのは至難を極める。なにせ観光パンフにも載るほどの最高級レストランだ。誰だって行きたいに決まっている。ならば厳密な選定基準を設け、たった一人を選ばなくてはならない。

 

 ……では何を基準にして選ぶのか?

 王国への貢献度? そんなのは全員平等だ。ハグレ王国には誰一人として欠かして良いメンバーなんていなかった。実力順? わざわざ争うほど食事に餓えているわけでもない。

 

 たかが食事だが、それでも仲間の間で優劣をつけるような真似をすることは、ローズマリーには憚られた。

 そうして悩むローズマリーに助言をしたのはドリントルだった。

 

 

『よいかローズマリー、値段が高いと言う事はそれ相応のマナーも求められるものじゃ。あの御仁がそうしたことを気にする柄ではないのは知っておるが、礼儀とは相手のみならず場所に合わせるものでもある。仮にハグレ王国の姿を見る人間が他にいた場合、そこから評判が伝わっていくこともあろう。お主やデーリッチがそうしたことに明るくない以上はそうした作法に詳しい者を同伴させるのが良いのではないか? あ、わらわは辞退させてもらうぞ。仲間とは言え、他国の王女が混ざっているのはややこしいからの』

 

 

 逃亡中とはいえ一国、いや一星の姫からの貴重なアドバイスは説得力に満ちていた。ローズマリーはテーブルマナーに詳しい者を吟味し、悪魔貴族としての礼節を持つゼニヤッタを選んだ。自他ともに忠臣と認識される彼女はこの中では最適解だったと言えるだろう。

 

 そしてローズマリーは残る女子群によってブティックに連れ込まれた。お洒落を追求する女子たちからすれば、格式高いレストランに行くというのは普段は緑のローブとマントしか着ないローズマリーに様々な服を着せる絶好の機会だ。この時のローズマリーに味方はいなかった。個々のファッションを尊重するハグレ王国でも、参謀の飾り気のなさについては全員思うところがあったらしい。

 

 あれやこれやと着せ替え人形にされながらも、どうにか自分らしい深緑色の控え目なドレスを見繕ったローズマリー。だがそれでも素材が良く知的な雰囲気を保ちつつもお淑やかさを兼ね備えた姿に大変身。デーリッチもバッチリと服を新調し*1、場違いなどと言われることは無いだろう。ゼニヤッタは普段の装いである。

 彼女たちの向かい合わせに座っているのは、召喚士協会の裏のトップであるアルカナと、内弟子のシノブと補佐のメニャーニャ。彼女たちもドレスではないが協会の正式な儀礼服に身を包んでいる。何度か来たことがあるのだろう、三人は慣れた手つきで料理を口に運んでいた。

 

「ん、美味い。ここのシェフはまた腕を上げたか」

 

 アルカナが新鮮魚のハーブサラダに舌鼓を打つ。

 ローズマリーも料理を口にすれば、一度では噛みきれないほどの弾力とハーブの香ばしさが口に広がった。間違いなく人生で口にしてきたものの中でも上位に位置する味わいだ。

 

「美味しい……」

 

 自分のかつての暮らしならば、一生に一度味わえるかどうか。本来なら縁など無かった筈の美食を前に、感嘆のつぶやきがぽろりと零れる。

 ハグレ王国にも何人か料理上手はいる。それこそ自分の店を持てるだけの腕前を誇る者*2もいるが、大陸で味の粋を極めた料理人がその腕を振るった料理はまさに別格だ。

 

 そこまで考えて、ふとあることが頭によぎる。

 

 

「……あの、ところでこのコースっていくらなんですか?」

「ん? 一人10万Gだからざっと60万ね」

「ろくじゅっ……!?」

「むごっ!?」

「ああっ、国王様大丈夫ですか!?」

 

 

 およそ60万ゴールド。現時点でのハグレ王国の国家予算の約半分に匹敵する値段にローズマリーは絶句する。デーリッチも思わず咽せてゼニヤッタに介抱されている。

 

「高いでしょ? 私でもそうちょくちょくは食べられないやつ」

 

 と、アルカナは苦笑するが、普通の帝都民からすれば十数年分の稼ぎに匹敵する代物。いくら貴族としての資産持ちとは言え、気軽に支払える額でもないだろうに。

 それをぱくぱくと気軽に口に運んでみせるのだから、この女がどれだけの大物なのかをローズマリーは改めて思い知る。

 

「でも先生、毎週『グラニュースイート』の一箱10000Gする焼菓子買ってきてますよね」

「あと私室の棚にはプレミアものの酒瓶がずらりと並んでますね。現在進行形で増加中」

「キミたち、私の家計簿事情を暴露するのはやめないかね? 別に私のポケットマネーなんだからいいでしょー」

 

 そんな師弟たちの姦しいやり取りを見ながら、ローズマリーは魚の切り身をもう一切れ口に運んだ。

 

 

 

 

「悪いね。こういう名目でもないと君達と話し合いができる時間を取るのは難しかった。王国民全員を招待できなかったのは心苦しいが、またの機会とさせてほしい」

「いえいえ。ご招待いただきありがとうございます」

 

 その後も極楽鳥の卵パイや子豚のローストなどの高級料理を堪能した六人。

 食後のワインを勢いよく傾けながら、アルカナは話を切り出した。

 

 

「さて、本日の本題と行きたいところだが……その前に、つい数時間前に起こった墓場での事件についても整理する必要があるな」

「ええ。私たちが現場に着いたときにはエステル達が解決していましたが」

 

 

 ――話は数時間前に遡る。

 

 地響きと共に現れた、巨大な骸骨。

 帝都の中で堂々と魔物の召喚が行われるという異常事態。

 

 あわや大混乱になりかけた帝都内だったが、メニャーニャ率いる召喚士協会と帝国騎士団が避難誘導を行い、デーリッチ達ハグレ王国がこれの対処に向かった。

 

 そうして墓地に到着したハグレ王国の面々が見たものは、雷電迸る光に貫かれて消え去る骸骨と、まさに戦闘終了といった様子のルーク達であった。

 正確にはまだアンデッドが残っていたため、デーリッチ達も加わっての掃討戦があったものの、特筆するほどのものではない。

 こうして巨大魔物騒動は収束し、実際の被害は墓地が荒れに荒れただけであった。

 

「そうだ。君たちも知っての通り、帝都捜索隊は昨日遭遇した死霊術師アドベラと帝都墓地にて再び交戦した。彼女は墓地に収められた死体を一斉にアンデッドへと変え、あわやアンデッドが帝都に解き放たれる事態に発展しかけたものの、エステル達の奮闘によってアドベラは死亡。発生が確認された巨大アンデッド個体もアルフレッド君によって討伐された。残るアンデッドについても現場に駆け付けた君達の手によって掃討されたから、目立った被害は墓地が荒れまくった以外は無い」

 

「とは言え、あと少しでも遅ければ街に魔物が侵入していました。幸運だったのは、アドベラがヘルさん達への復讐を優先したことでしょう。最も、彼らには思わぬ負担を強いる形にはなりましたが」

 

「ええ。流石にあれだけの惨状を見て、楽勝だったとはとても言えませんよ」

「賞金首の額を上乗せするよう、事が終わったら掛け合ってみるよ」

 

 ローズマリーは荒れ果てた墓地の惨状を思い出していた。

 一時間にも満たない合間に、アンデッドの蔓延る地獄に作り替えられた広大な墓地。

 

 その有様もそうだったが、何よりもゾッとさせられるのはもしかすれば市街地にまで広がっていたと言う可能性だ。

 ルーク達が倒した死霊術師。たったの一人でこれだけの事態を起こしたと言う事実は、数多の修羅場を潜り抜けてきた彼女たちを震撼させるに十分だった。

 

 重傷者はいなかったものの、ルークとヘルによる奇策が無ければデーリッチ達が駆けつける前に全滅していた可能性もあった。まさに紙一重の勝利だった。

 

「ああ。ミア君が言うには、アドベラはアンデッドの残骸から悪霊が再召喚される無限機関に近い魔術を発動したという。確かにその仕組みなら墓地を短時間で覆いつくすことも不可能ではない。……とは言え、彼女は単独であのような芸当を行ったとは思っていない」

「と言うと?」

 

「アドベラの遺骸から虚数属性の残滓が感知された。本来の彼女の魔力属性は地。扱う術もオーソドックスなネクロマンシーと錬金術。ヘル君の話では、昨日アドベラと交戦した時に彼女はその魔力を行使していなかったという。つまりそこから推察できるのは何者かが別の属性の魔力を分け与えたということだ。そして、私が知る限りこの状況下でそんなことができる奴は一人しかいない」

 

「それは、つまり……」

「ああ。敵の首魁、ジェスター・サーディス・アルバトロスは生きている」

 

 『カルメンの悪夢』と呼ばれる事変は、複数の黒魔術師による呪い合戦がエスカレートした結果できた地獄絵図であり、誰か一人の手で行われたものではない。

 アドベラの死体を検分したアルカナは、彼女の消失した左腕に残留するものを発見した。エステルから聞いた混沌の魔力はなく、塞がりかけた腕の断面があるのみだったが、感覚を研ぎ澄ませばかアルカナにとっては馴染みのある魔力を僅かだが感じ取ることができた。アルカナはすぐに、これこそが大術式を発動させる要因なのだと確信した。

 

「ん? そのジェスターはアルカナちゃんが倒したんじゃなかったんでちか?」

「うん。上半身を粉みじんにしてやった。手ごたえもあったしアレは確実に死んだ筈。その上で奴の痕跡が見つかったということは、つまりジェスターは復活していたということだ」

「しかし、実際に復活したと言われるとにわかに信じがたいものがありますね」

 

 水晶洞窟にて一度は仕留めた筈の相手が生きていたという事実にローズマリーは表情を重くする。まがりなりにも白翼の後継として据えられた以上、何らかの形で死を一度二度は偽装できるだろうと以前に伝えられてはいたものの、こうして実際に生存が確認できるまでは半信半疑だったのも事実。遅効性の蘇生魔法(レイズ)というには致命傷を受けすぎている。かと言って完全な死からの復活が難しいのはミアラージュがその身を以って証明している。卓越した魔導技術を持つと言われる白翼だからで納得しろというのも難しい話だろう。

 

「確かに荒唐無稽ではありますが、それができるからこそ先生に挑んだとも言えます」

「仮にも先生の後釜に座っていただけの実力はあるわけですね」

「ま、かなり無茶苦茶な術式組んでるとは思ってるけどね。一回でもジェスターが復活するところを直に見られれば、不死のカラクリにもおおよその見当が付けられる。あー、アイツ調子に乗ってのこのこと出てきてくれないかなー」

「一度倒された以上そう出て来るとは思えませんが……」

「だよねー」

 

 とは言え、この一連の事変の黒幕が生きていると言う確証を得ることができたという情報は何よりもの収穫とも言える。

 

 それに、これで確認できている中で最も危険な相手を早々に対処できた。

 どういうわけか始末屋ノックも病院に搬送されていたし、あらかじめリストアップした危険人物はこの時点で軒並み排除できた。これで市内に潜伏している解放戦線の捜索に本腰を入れられる。

 

 

(((……だが、どうにも手ぬるいな)))

 

 

 状況はこちら側にとって好調。

 だが、おおよそ彼らのすべては攪乱であると仮定して、これでようやく対等の立場に立ったようなものだ。市街地戦では自在に戦力を動かせるこちら側が有利なように見えて、その実、解放戦線は決行の時を待って潜伏を続ければいい。ハグレ王国は良くも悪くも目立つメンバーばかり。重点的な捜査へ回せるのはルーク達の八人パーティだけだ。

 攻撃目標になり得る商業区には多くの王国民が観光の傍らで怪しい動きがないか目を光らせている。これで牽制になればいいのだが。

 

 等と思案を巡らせるアルカナに対して、デザートのプリンを頬張っていたデーリッチがおもむろに口に開いた。

 

「前々から気になってたけど、そもそも虚数属性って何なんでちか?」

「うん、虚数とは数学上では複素数の構成要素だけど、魔法としてはまた別の意味がある。魔法の属性の中でも虚は星と並んでとても希少なもの。多くの書物には負の力を操る魔法だと言われているけれど、その実態はよく分かっていない。ジェスターは闇や影を操っていたから、その辺りに近い属性なんだろう」

「イリスさんが言うには、属性としての虚数とは混沌に近しい力とのことですが」

「むー……よくわからん!」

 

 高等数学の概念をデーリッチが理解するには少々早いようだ。

 アルカナは微笑みで返し、一つ問いを口にした。

 

「では君たちに一つ聞くが、闇とは何だと思う?」

「光が存在しない状態ですよね?」

 

 ローズマリーの即答にアルカナは頷く。

 

「ああ。一般的には光のある状態を基準として、そこから光量がゼロに近い状態を闇と定義する。では次の質問、()()()()()()()()()()()()()()()?」

「それは……ない、のではないでしょうか」

 

 

 その答えはおおむね正しい。

 先ほど答えたように、闇とは光がない状態を表す言葉。

 

 光は確かに存在する。根源的な熱量である光は、この宇宙に無くてはならないものなのは誰だって知っている。

 

 ……では、闇とはなんだ?

 闇と言う概念がある以上、それは確かに存在するものだ。

 だが、闇と言うものは光がない状態のこと。

 闇と言うものが物質として存在するわけがない。

 

 その理屈で言えば炎や風も同じく存在しないものだろうか?

 否だ。炎も風も確かに物質ではない現象だが、そこには確かにエネルギーが存在する。

 質量がなくとも、熱量がある。ならばそれは存在するものとして成立する。

 

 だが、闇はそうではない。

 『光』というエネルギーが無い状態を『闇』と表現する以上、そこに何らかの存在を認めることはできない。

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 普段ならば気にも留めない哲学が、この時ばかりは頭を埋め尽くす。

 ぐるぐると沈みゆくローズマリーの思考を浮上させたのは、シノブだった。

 

 

「……そうですね、ローズマリーさんの言う通りです。私たちの世界に闇という存在があるのではなく、私たちが存在しないものに闇という名前を付けているに過ぎません」

「その通りだ。元来、この宇宙のあり方は二つに区別できる。有か無。光と闇。陰と陽。そして星と虚。色々言い換えることは出来るけど、要するに『物質として存在しないもの』を司り総括して操る魔法を虚数魔法と呼び、我らが白翼の祖・ガルタナは星属性とともにこの魔法を極め、弟子たちへと伝授させた」

 

 

 アルカナはワイングラスを弄んで見せる。

 

「虚数魔法の原理は『存在しないもの』を『存在する』と言い張ること。在り得ないものを在ると想像する人間の空想力を司る属性とも言えるだろう。影を実体化させるなんてのは序の口、上手くやればこの世界から一時的に消えて次元の狭間を自在に行き来するなんてことも実現できるはずだ……流石にそこまでできた術者は始祖以外いないけどね」

 

 何より自分にその力があれば、今の問題も解決できただろうに。

 そんな自嘲を含みながらアルカナは続ける。

 

「堆積するこの世界の全ての業、忘れ去られた負の感情が世界の裏側に蓄積して生まれた混沌とは、魔力の原油のようなもの。そして虚無の秘術とはその一部をくみ取る力だ。そんなのを一流の術者に譲渡すれば、なんであれ自分なりの使い道を見出すってわけ。とりわけ、『死』という消失を前提とした概念を扱うアドベラにとっては宝の山みたいなものだ」

 

 

 ルーク達にとって幸運だったのは、アドベラが虚数の魔力を即座に使ったことだろう。

 彼女が身を潜め、さらに混沌の性質を理解していれば、その使い方に熟達していれば、恐らく今のハグレ王国では手に負えない存在になっていたかもしれない。

 禍神。あるいは冥王シュオルが司る領域の一片に触れる力。それが虚数魔法なのだ。

 

 

「……とは言え、この属性の恐ろしいところは空想と現実の境目があやふやになることだ。精神が不安定になりがちなのは序の口、濫用すれば自我を混沌に蝕まれて廃人になるのがオチ。しかも制御できなければ簡単に暴走して周囲を穢れで汚染するとかいうリスク付きだ。むやみやたらと広めるわけにもいかないのさ」

「なるほど……」

 

 恐らくどの魔導書を解いたとしても、これだけの知識を得ることなどできないだろう。

 ローズマリーは深い知識を得られたことを素直に感謝すると同時に、その恐ろしい力を振るう人物が敵であることに顔を引き締める。

 

 

「む~~~~ようわからんでち! もっと簡単に説明できないでちか!」

 

 

 難解かつ抽象的な言い回しに対応できないお子様は不満の声を上げた。

 

 

「こら、せっかく説明してくれたのに失礼だろ。それに魔法の理屈は複雑なのは当たり前で、こう一言で表すことなんて……」

「『闇と影を司る属性』

 『悪意や死を魔力に変換できる』

 『便利だが使い過ぎると死ぬ毒』

 こういうことだ」

「なるほど!」

「え!? そんなざっくりとした説明でいいんですか!?」

 

 

 三行で纏められたことにローズマリーのツッコミが炸裂する。

 

 

「いいのいいの。学問ってのは多少アバウトでもどういうものかを知ってもらうのが重要で、そこから細かい部分を理解していくべきなんだ。だから理解できない相手が悪いで打ち切るんじゃなくて、どのように表現すれば伝わるのかを考えること。それは自分自身の理論を整理することでもあるんだから、決して軽んじてはいけないよ」

「教育者として立派な言葉だ……」

「まあ、マリーちゃんにしたような説明で十どころか二十も三十も理解しちゃう子もいるんだけどね」

「それ、私の事ですか?」

「お前以外に誰がいるんだ。私が三年かけて編み出した秘術に一年で到達しやがって、教え甲斐があるにもほどがあるだろうが。このこの、この二つの膨らみに知識が詰まってんのか~~?」

 

 シノブの二つの豊満がアルカナの手で形を変える。どこからどう見ても立派なセクハラだ。

 

「ああっ、皆さんの前ではやめてくださいっ。せめて帰ってから先生の部屋で……」

「いや二人きりでも駄目ですからね?」

 

 メニャーニャはその大きな双子山を凝視しながら釘を刺す。

 たった一つしか違わないのに。自分のほうが年上なのに、どうして世界には持つ者と持たざる者が現れるのか。どうして自分だけが恵まれないのか。この世から争いが無くならないのはこの不平等のせいなのではないだろうか。

 

「……あの、仲が良いのは結構なんですが、本題のほうを……」

「んー? ああ、そうだったね。ごめんごめん」

 

 ある意味、この女はデカい妖精神よりも危険かもしれない。

 ローズマリーから若干警戒の視線を向けられながら、アルカナは本来の話題を始めた。

 

 

「では本題に入るとしよう。とりあえずこれを見てほしい。現在の帝国議会の名簿だ」

 

 懐から取り出されたスクロールには、帝国に属する貴族の家名が記されており、その中のいくつかには赤い線や青い線が引かれている。

 

「現在の帝国議会はいくつかの派閥に分けられているわけだが、その中でハグレに関わるのはハグレを迎え入れようとする青色の『融和派』と、逆に排斥しようとする赤色の『排斥派』の二つが存在する。私たち召喚士協会は『融和派』で、帝国騎士団が『排斥派』に位置している。そして解放戦線が攻撃を行った領主なんかも『排斥派』に属していた者たちばかりだ」

「となると、彼らを支援している貴族は『融和派』の中にいるということですか?」

 

 解放戦線がハグレを中心としたクーデターを目的とする以上、ハグレを擁立する貴族たちとは協力関係にあるのではないかと推理するローズマリーに、アルカナは首を横に振ってみせる。

 

「いや、はっきり言えばどちらにも内通者はいると見ていい。どうせ大体の貴族はハグレの事に関しては自分たちの発言力を高めるための道具としか考えていない。利益が自分に向くと考えれば、連中はどちらにでも転ぶさ」

 

 経済支配による統治をおこなう帝国は一見平和に見えるが、むしろ外部内部を問わず利権争いが絶えず陰謀が渦巻き、隙あらば他の貴族も引きずり落とそうと画策する輩が蔓延っている。王族は帝都を中心とした現在の経済基盤を支える土台として一定の権威を保ってはいるものの、野心的な貴族の中には首を挿げ替えることを企む者もいるだろう。

 

「今回の一件で膿を出し切れればいいが、財政への影響を考えるとそう言う訳にもいかない。だからある程度は動きを把握しているぞと圧をかけて、表面上でも歯向かわないようにしてくれれば御の字ってわけだ」

「そのあたり、エステル先輩たちが見つけてくれればいいんですけどねえ」

「結局はこっち側の身内話なわけだけど、君たちにもある程度知る権利はある。この国の連中にどういう連中がいるのか、何を敵に回すべきでないかを、しっかりと注意してもらいたい」

「ええ。わかっていますよ」

 

 勿論ハグレ王国以外にも方々に調査の手は回しているが、依然として有益な手掛かりは掴めていない。貴族の中にいる裏切者たちもある程度は目星をつけてはいるものの、これと言った決め手はなくある程度融通を聞かせられると言っても捕縛を強行するには難しい。今夜にもルーク達が潜入すると言う貴族邸で、何らかの手がかりが得られればいいのだが。

 

 

 最早衰退の道をたどりつつある帝都だが、それでも人々はこの国で生きている。

 彼らの平穏を護り、世界を善き方向に導くために、星の賢者は出来る限りのことを務めるのだ。

 

 

 

*1
でち子の服は何を着せても可愛かったので各自ご自由にご想像ください。

*2
現時点だとクウェウリさん




○フルコース
 新鮮魚のハーブサラダ添え+フォアグラの上品テリーヌ+極楽鳥卵のプレミアムパイ+オマール子豚の贅沢ロースト
 全部合わせて212000Gのところをを団体コースとアルカナのお得意様優待でひとり10万。お得。

○闇・虚数
 又の名を空想・混沌。
 闇は『光がない』状態を闇と定義しているだけであり、闇という物質があるわけではない。だが虚数属性はこれを物質界に実体化させることができる。そういうお話。
 色んな意味を内包しているのでいろいろできる分、失敗した場合のリスクも大きい。


次回はルーク達が貴族邸に侵入します。


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その61.帝都動乱・二日目(6)

『二日目・工業区』

 

 

 工業区北部。

 

 ノッテンナー・ドロブネ伯爵邸。

 家の者たちが寝静まった深夜は、警備の手も緩くなる。

 だが、伯爵は用心深く、夜中にも警備を配置していた。

 

 

 闇に沈む廊下を、ランタンの明かりを頼りに異常がないかを見回る。

 

 淡々と、動じることなく。こんな夜更けだというのに不平不満一つ上げることなく。

 まるで命令をインプットされた機械のように、その警備兵は巡回を続ける。

 

 そして角に突き当たった時、警備兵は窓の外に何か動く影を見た。

 

「ッ!」

 

 窓を開け放ち、頭を乗り出す。

 月明かりに照らされて、はっきりとしたその顔は、色褪せた灰色の髪に赤い瞳。

 色素の薄い整った顔立ちに無機質な表情をした、まるで人形のような人間だ。

 

「?」

 

 窓の左右、下。どこにも隠れる場所はない。

 ならば上か――?

 

「……!?」

 

 そう思って警備兵が空を見上げた瞬間、視界が何かに塞がれたように暗くなる。そしてそのまま反応を起こす前に身体が床に引き倒される。

 

 後頭部からの強烈な衝撃に意識が揺らぐも、警備兵は侵入者を伝えるべく鐘を取り出す。

 

「おっと、それだけはご勘弁だっ……!」

「ぐふっ」

 

 だが、突如として開放された視界と共に手首を押さえつけられる。

 取り落とした鐘は絨毯に落ち、カランと一つだけ小さな音を鳴らすに留まった。

 

 黒い外套(ローブ)を羽織り、仮面で顔を隠した奇妙な男は、流れるような回し蹴りを警備兵の側頭部に叩き込む。

 そうして警備兵が完全に沈黙したことを確認し、仮面の男――ルークは調度品の陰に警備員を転がしてから窓の上に合図する。

 

 直後、するりと抜けるように薙彦が廊下へと侵入する。彼も同じように暗色のローブと仮面をつけている。ちなみにそのお面は狐面だ。

 

「おおっと、ばれてしまいましたか?」

「いや、ギリギリだが黙らせた。急ごう」

「了解」

 

 今回の作戦は彼ら二人。残りの仲間には裏手で待機してもらっている。

 

 元より潜入はルークの得意分野。陸地の隠密において、ルークは同じ斥候のハピコに引けを取らない。

 足に履いた《登ビル靴》*1のスパイクが壁に食い込み、取っ手や足場の無い場所からの侵入を容易にする。他にもフックロープや針金などの盗賊道具の使い方に習熟した彼はこの作戦の要だ。

 そして薙彦についても夜襲はお手のもの。数年前まで何度もこのような作戦を共にしてきた二人によるチームワークで、ドロブネ伯爵の屋敷に侵入し、迅速に解放戦線との結びつきを示す証拠や手がかりを盗むことは何の問題もなく達成できる。

 

 その、筈だったのだが……。

 

「なーんで、あんたが付いてくるんですかねえ柚葉さん」

「まあまあ。そうお気になさらず」

「いや、気にするが」

 

 ルークは薙彦に続くように入ってきた柚葉を見た。

 この自称ダイミョー、どういう訳かルーク達の今夜の行動を聞きつけ、その作戦に加えてほしいと立候補してきたのだ。彼女も同じくマントで身を隠し、さらにその上からほっかむりとひょっとこのお面をつけていた。

 

「この度警邏の任に就いておきながら遊び惚けているなど、大名としてどうかと思ってな。昼間にはようやくの鉄火場が来ると思っていたら、お前たちに先を越されてしまった。こうなってはお前たちに同行するしかあるまい」

「つまり?」

「そろそろわかりやすい手柄を立てたい」

「正直でよろしい」

 

 どうやら功名心に駆られての行動だったらしい。確かに、名目上は警備だが、彼らの本番は式典当日。戦力を一点に集中させてテロ組織を迎え撃てるようにすることであり、当然それまでの間は手持ち無沙汰となる。

 凄腕の実力者である柚葉ならただ突っ立っているだけでも仕事にはなるのだが、武勲を求めている彼女にとっては納得がいかないのだろう。

 

「この柚葉、職業はダイミョーだが、サブクラスとしてニンジャも兼ねている。このような潜入にうってつけの人材がいるというのに置いていくなど、水臭いのではないか?」

「いやあんたがニンジャなの初耳なんですが」

「資格だってあるぞ。ほら資格証」

「ニンジャに資格なんてあるんだ」

 

 巻物まで取り出されては、頷くしかない。

 

「あれ、今のニンジャって和国が平定されたことで大道芸人と大体同じ扱いに落ちぶれたのではなかったですか?」

「幕府の内側では争いが多いからな。むしろ身内を監視するために需要は増えるばかりだ」

「ああ。物騒ですよねえ」

 

 薙彦がしょうがないというように笑う。ルークが聞いた話によれば、和国はつい十数年前までは小さな島国の中で武将たちが領土争いを繰り広げていたらしい。そんな大陸も真っ青な戦乱具合だったのを修めたのがトクガワとかいう将軍で、一人の将軍の下に天下泰平が成ったとのこと。そうなったらそうなったで、今度は元々敵対していた元将軍の政官たちの間で表沙汰にならない政争が頻発し始めたとのこと。

 そんな修羅の国に生まれたからこいつらはこんなに強いんだなあと、ルークは和国人に対するズレた認識を今も抱き続けていた。恐らくその誤解が正されることは今後一切ないだろう。

 

「それにだな、帝都編に入ってから和国キャラが増えたことで私の存在が薄くなってしまわないかという不安がだな……」

「いや、なんねえよ。どう考えてもあんたのキャラは濃すぎるわ」

「そうか? それなら日々の甲斐があるというもの」

「普段のあれ分かっててやってるんすか……」

「皆と打ち解けようとひょうきんに振舞っているつもりなのだがな。やはり娯楽の文化も違うのか、どうにも受けが悪い」

「天然だったかぁ」

 

 どうやら日々の奇行は天然と計算が混ざったものらしい。なお性質が悪い。

 

「大体なんだ、昼行灯で強いって。完全に私と駄々被りではないか」

「だから被ってねえっての。いやあんたがラプスとやり合える時点で強いのは分かってるけどさ」

「おや、彼女と戦ったんですか?」

「ちょっと前に闘技場でな。ギリギリ勝ったけど、もうやりたくねえ」

 

 次元の塔6層の一件を思い出し、ルークはため息をついた。あの時は人数差を均等にするための魔法がかかっていたが、それを差し引いても柚葉とラプスは概ね互角と考えて問題ないだろう。耐久力で言えばニワカマッスルのほうが上が、ラプスの激流を思わせる動きについてこれる技量を持っていたのはあの中では柚葉だけだ。

 そして、そのラプスと何度も組手を交えるどころか、槍術の手ほどきまでしたのがこの薙刀男である。

 

「ううむ。まさか過剰防衛の陣が破られるとは。彼女、カウンター対策をやり込んでいるな……」

「はは。ラプスの槍は守って攻めるカウンター重視の型ですからね。当然弱点も知ってますよ」

「よもやラプス殿が大殺陣流(おおたてりゅう)の使い手とはな。聞くところによれば、あの技を教えたのはお主なのだろう?」

 

 柚葉の指摘に薙彦はピクリと眉を動かし、興味深そうな視線を返した。

 

「あの技は僧兵術だ。西の天総寺(てんそうじ)が総本山のな」

「ふふ。ご存知でしたか。その通り、破門された身とは言えこれでも大律師*2だったのです」

「柚葉さん、薙彦の流派について知ってたのか?」

「和国でも悪名高い、武装した坊主どもの抵抗勢力だ。殺生を戒めるために戦士を殺す術を振るうとは、仏を念じる身としては本末転倒だと思うのだがいかがか?」

「ぐうの音も出ませんね。殺しを追及して他の欲を削ぎ落すとか、人間として破綻しますよ」

「……え?」

「え?」

 

 などとコントはほどほどにして彼らは本来の目的を果たすべく行動を再開する。

 

 ヘルラージュから消音の魔法を施してもらっているが、大きな声や姿まで隠すことはできない。さっきの会話がギリギリ隠蔽できる範囲。油断は禁物だ。

 あらかじめ入手した間取り図を手に進む。

 

 建物は縦に長い四階建て。警備は各階に一人ずつ。帝都の中である関係上、そう広い屋敷でもなく下手に警備を増やす必要もないのだろう。

 彼らが目指すのはドロブネ伯爵の執務室。表沙汰にできない機密情報を取り扱うならば、自分の手元に置いておくのが常である。

 

 忍び足で階段を駆け上がる。

 

 ――三階。

 警備兵が持つランタンの光を見つけ、通り過ぎるのを待ってから迅速に進む。

 クリア。

 

 ――四階。

 執務室の目の前に警備兵がいるが、ルークが注意を惹き、薙彦が一瞬で距離を詰めて昏倒させる。

 クリア。

 

 聞き耳を立てるとどうやら部屋の主は就寝中のようで特に物音や人の気配はない。執務室は当然鍵がかかっているが、ルークからすれば魔法の罠もかかっていない鍵など障子戸に等しい。数秒でカチリと鍵が開き、彼らは静かに中へと入る。警備兵を拘束しておくのも忘れない。

 

「さてさて、見つかるといいが」

 

 ルークは鍵を再び閉め、部屋を眺める。

 デスクと本棚。典型的な執務室である。唯一異なるのは、もう片方の壁に備えられた棚に奇妙な物品が大量に飾られていることだ。ハグレから集めた異世界産のアイテムを飾っているのだろう。中には一目見ただけでレア物と分かるものもあるが、本日の用はそれではない。

 

 警備兵が目覚める、あるいは誰かが廊下で倒れる警備兵に気が付いた時点でタイムオーバー。

 出来る限り痕跡を残さないように細心の注意を払いながらデスクを漁る。 

 

「っと、これか」

 

 一見めぼしいものは収まっていないように見える。だがルークの眼は誤魔化せない。

 彼はこの引き出しが見かけよりも浅いことから二重底の存在に気が付く。裏面を探り、見つけ出した小さな穴に針金を通せば、板が浮き上がって二段目が現れた。幸い、着火などのトラップは仕掛けられていないようで、ルークは中に納まっていた本を慎重に手に取った。

 

 表紙を見れば、どうやらこれは伯爵の日記らしい。こんな回りくどい場所に置いてある辺り、他人には見られたくない内容が書いてあるはずだ。それもプライベートとかではない、もっと重大な事実が。

 一つめくると、そこには当たり障りない日々の日常風景と、現在の王室に対しての不満が並べ立てられている。一日ずつ読んでいる時間はないため、直近の日付辺りまで飛ばす。

 

 

 ――♏月16日

 

 オークションで出会ったマクスウェルという男から出資の依頼を受けた。

 なんでも、ハグレ達の意識改革を行わせるための運動の活動資金が必要らしい。既に何人かの貴族からは理解を得られているようだ。さらには私が密かに取引をしているハグルマも参画しているというではないか。

 なるほど、確かに異世界人の扱いが良くなれば彼らの技術が発展し、この世界にはない貴重かつ精巧なモノを好きなだけ集めることができるだろう。悪くない話だと思い、ひとまずは初期投資を行ってみよう。

 

 

「あっさり騙されてやがる……」

 

 

 ――♏月22日

 

 彼らの思想は本気のようだ。

 マネゲバー侯爵の黒い噂は私も耳にしていた。貴重な技術を知る異世界人を我欲のために搾取するなど天罰が下って当然だろう。見世物や頑丈な労働力など以ての外。出来ることなら丁重に保護し、その技術を余さず伝えさせるべきである。

 私は彼らを支援するために物資の供給を行い、見返りとしていくつかのアイテムを提供してくれた。どれもこれも私の心を躍らせてくれる未知の結晶だった。これからも良い関係を築いていけるようにしなければな。

 

 

「余計なことしやがって……」

 

 

 ――♐月4日

 

 召喚人解放戦線から伝令役かつ雑用として人員が送られてきた。

 奇妙なことに誰も彼も同じような見た目をしていたが、そういう特徴のハグレなのだろう。

 彼らは従順で、家事や警備の仕事を文句ひとつ言わずにこなしてくれる。今まで雇っていた使用人たちよりも有能かつ安価で購入雇用できるとは何とすばらしい。

 早速すべての人員を入れ替えよう。

 

 

「……」

 

 

 ――♐月12日

 

 式典の日が近づいてきた。

 召喚人解放戦線は式典に乗り込み、自分たちの権利を訴えるつもりらしい。

 その際にはある程度の武力衝突もあり得るだろうと言われた。そして、事が上手く進めば、私には新政権の上級議員への席が用意されるだろうとも。

 やはり連中は意識改革で収めるつもりはないらしい。勿論、私からすればハグレに理解のある者が上に座るのは都合が良い。5年前はひどい目にあったが、やはり天は私を見放していなかったらしい。

 

 

 ――♐月14日

 

 マクスウェルが機材の隠し場所を求め、私に相談してきた。

 閉鎖せざるを得なかった研究所がまだ残っていたはずだ。そこを提供しよう。

 買い手もつかず処分に困っていたが、やはりモノは大事にとっておくべきだな。

 

 

「……ビンゴ」

 

 有力な情報を発見し、ルークは仮面に隠されていない口元に笑みを浮かべた。

 研究所とは恐らく、プリシラの話に出ていた廃棄された研究所のことだろう。

 これなら明日の朝にでも調べに行くことができる。

 

「見てください柚葉さん、茶器ですよ茶器」

「むむ。有田焼に似ているが、微妙に異なるな。だが実にワビサビが利いている」

「おい、何サボって物色してんだ」

 

 一方そのころ、自由人二人は飾られている品を勝手に物色していた。

 

「いやあ、本棚漁って散らかすのもあれですから、ねえ?」

「むしろこれ見よがしに飾ってあるのだから見ておかないほうが失礼ではないか」

「というかルークが一番こういうのに食いつきそうなんですが。ちょろまかすのは貴方の専売特許とばかり」

「そりゃ俺だって一個二個ぐらい貰えるなら貰っていきたいが、今はそういう仕事じゃねえからな――っと」

 

 ドアの向こうからドタドタと走るような足音がする。

 

「流石に気づかれたか」

「時間は稼げた方じゃないですか? ではお暇しましょう。ルーク、証拠は残さないように」

「わかってるって。薙彦、そっちは?」

「もうやりますよ」 

 

 薙刀の石突でショウケースのガラスが叩き割られるのを尻目に、ルークは急いで、しかし痕跡を残さないように日記を元の配置に戻す。

 針金を引き抜いて隠し棚を閉めてから、カチカチとCCを二回鳴らす。その横で柚葉は懐から取り出した小さな玉の導火線に火を着けた。

 

 

 その直後、鍵が開く音をかき消すように扉が蹴破られる。しかし警備兵たちの目に飛び込んできたのは視界一面を埋め尽くす灰煙。

 ごくわずかな間塞がれる視界。煙が晴れると、そこには砕けたショウケースの硝子が散乱する床と、夜風に揺れる開けた窓が映る。

 そして遠くには豆粒の様な大きさで屋根を飛び渡る人影が月明かりで見えていた。

 

「おのれっ、賊めが。追え、何としても奴らをひっ捕らえろ!」

 

 寝巻姿のまま駆けつけた伯爵が部屋の惨状を見て怒り散らす。

 警備兵たちは狼狽えることなく、開いた窓から隣の屋根へと次々に飛び渡っていった。

 

 

 

 

「やっぱり追いかけてくるよなあ」

 

 

 屋根から屋根へ飛び渡りながら、ルークは後方から迫ってくる影を視認した。

 追手が来るのは想定内。後はこれをどう振り撒くかが肝心だ。

 

「どうします?」

「撒くに決まってんだろっと!」

 

 追跡劇(ケチャップ)が始まる。

 ルークは振り向き様に、汎用的なスローイングナイフを三つ投擲する。

 それは兵士が持つハルバードによって弾かれるが、その隙にルーク達はひとまず見晴らしの良い屋根上から入り組んだ路地へと飛び降りる。

 

 当然追跡兵たちも後を追うが、長柄武器を携えている彼らにとって狭い裏路地は動きづらい。対してルーク達は木箱などの障害物を苦とせずにスイスイと駆け抜けていく。

 だがこれで振り切れるほど甘くはない。ルーク達の前方、屋根と屋根の境目から何者かが飛び出し、武器を振るった。

 

「おっと」

 

 どうやら直接屋根を伝って先回りしてきたらしい。無言で振るわれた槍を薙彦は受け流し、そして勢いを利用して刃を地面に食い込ませる。そして重心を崩した隙を見逃さず、柚葉が襲撃者を横合いから蹴り飛ばした。

 不意打ちは防げた。しかし一度立ち止まってしまったことで、ルーク達は追跡してきた兵士たちに追い付かれてしまう。

 

 雲が切れ、月の光が路地裏に差し込む。

 初めて鮮明に視認できるようになった追手らの顔立ちを見て、ルークは仮面の下で苦い顔をした。

 

 灰髪赤目の非常に似通った造形。身長や体格に多少の差はあるが、ぱっと見の特徴が不気味なまでに酷似している。自分たちを無表情で追い詰める様子はまるで量産品の人形だ。

 

「む、同じ顔とは何とも奇怪(きっかい)な」

「三つ子とか四つ子ですかねえ」

「んなわけあるか。やっぱりこいつらホムンクルスだ」

 

 

 人員が送られたという文面と警備員の顔つきから薄々察してはいたが、ここに来て確信に至る。解放戦線はホムンクルスを量産して、貴族の中に送り込んでいるらしい。

 錬金術の深奥に位置する技術の筈だが、ここまで大量生産されていると神秘もへったくれもない。

 

 無言で振るわれる短剣やカトラスをルークは躱す。まともに相手をすればさらに増援が来る可能性もある。人気のある場所に逃げ込んで撒くべきだ。

 ルークは癇癪玉、爆竹などをばら撒き、騒音と火花で攪乱する。そこに柚葉がおかわりの煙玉を転がして先ほどよりも大きな煙幕が張られる。

 

「――トルネード」

 

 これで時間を稼ぐ――筈だったのだが、ビュンと吹き荒れた竜巻によって煙が散らされる。

 

 どうやら風魔法を放ったらしい。以前に水晶洞窟で戦った時は魔導鎧を着ていた弊害で扱えなかったが、本来ホムンクルスとは製作者の技量で性能が左右される人造生命体。特に白翼の技術を用いて量産化に成功しているなら万能とまではいかずとも多芸。余分な自意識が無い分、下手な兵士よりも厄介だった。

 

 

「おい、何の騒ぎだ!」

 

 声と共にガチャガチャと鎧が揺れる音が近づく。

 全員の視線がそちらへ向くと、路地の反対方向には大盾を構えた女性や杖を構えた女性など、臨時衛兵として活動していると思わしき冒険者たちが陣取っていた。

 

「衛兵ですか? その者達の捕縛に協力してください」

 

 ホムンクルス兵の一人が抑揚のない声で通達を行う。

 その言葉を聞いて冒険者たちも武器を構える。

 

「何をやったかは知らないが……その恰好はただごとじゃなさそうだ」

「ふむ、囲まれてしまったな」

「困りましたねえ」

「ああくそ、()()()()()()()()()()()()()()()

 

 冒険者の中の一人、赤い髪の魔法使いが鍵めいた杖を振るう。

 

「いいから神妙にお縄に付きなさい、――ファイア!」

 

 速攻の劫火が迸る。直線的にルーク達が回避すると、その延長線上にいたホムンクルス達が巻き添えになる。その様子を見てルークは「加減しろよ」と毒づいた。

 

「あーしまったやってしまったわーごめんなさいねー」

「仕方ないわね……ほら、喰らいなさい!」

 

 小柄な少女が放った呪いの風が吹き荒れる。

 ルーク達を呑み込んだその風は、しかし彼らの纏うマントによってその毒素の殆どを弾かれてしまった。そしてその毒を巻き添えで受けてしまうホムンクルス兵。人造生命とは言え、呪いや毒に特別な抗体を持っているわけではなく、身を蝕む苦痛に苦しんでいる。

 

「あら、ごめんなさい。ちょっと加減を間違えたわ」

「――キュアオール」

「――トルネード」

 

 即座に唱えられた浄化魔法と風魔法によって炎と邪毒は消し飛ばされる。何故汎用スキルとして使えないのかと疑問に思われがちな魔法の勢いに思わずルーク達は後退するが、後ろには雇われ傭兵の冒険者たちが立ち塞がっている。

 

 想定外のアクシデントはあれど、兵士たちはルーク達を着実に追い詰めていた。体勢を立て直し、取り押さえるべく武器を構えて突撃する。

 

「はは。これはちょっとまずそうですね。なのでお返ししますよ」

 

 だがそれに先んじて薙彦が徐に懐から取り出したあるものを投げつける。

 兵士はそれを武器で弾き返そうとして――寸でのところで()()に気が付いて受け止めた。

 

 手の中に納まった風呂敷包み。その中身は伯爵のコレクションの一つの茶器。

 脱出時にショーケースを割って盗んだ物品。伯爵はこれが盗まれたことを直ぐに気が付いたからこそ怒り狂っていたのだ。

 『盗まれたものを取り返せ』という命令を優先して、兵士が追撃の手を止めた隙にルーク達は衛兵たちの間をすり抜けて通りを駆け抜ける。

 

「あ、待て!」

「ごめんごめん、すぐに捕まえるから!」

 

 慌てて後を追いかける衛兵たち。ホムンクルス兵は目まぐるしく変化する状況を処理するため、ごくわずかな間硬直してしまう。これは余計な行動を取らないよう自意識を抑制されている弊害と言えるだろう。しばらくの黙考のうち、兵士たちはひとまず奪還した盗品を持ち帰るために踵を返した。

 

 

 

 

 大通りをひた走るルーク達を、衛兵たちが追いかける。しかしよく見れば彼らは一定の距離を保っており、聡い者がならば明らかに手を抜いているとわかるだろう。 

 

 ホムンクルス達が追ってきていないことを確認し、ルーク達は路地裏に入る。

 丁度通りから死角となる場所。

 三人が仮面と外套を外したところで、ルークの肩に後ろから手が置かれる。

 

「はい、捕まえた。燃やされたくなけりゃ大人しく手上げてもらうわよ」

「おっと、これはしまった」

  

 わざとらしく両手を上げて振り向けば、そこには不敵な笑みを浮かべるエステル。その後ろにはヘル達がいた。

 

「演技凄かったぜジュリア隊長。本気で役者もできるんじゃないか?」

「割と本気で捕まえるつもりだったからね。あれだけ派手に騒音をまき散らしているのをひっ捕らえない理由がないだろう?」

「にしては殺意が高すぎますよ。ピンクはともかく、ミアさんのデスこっくりさんは死人出ますよ」

「む、ちゃんと加減はしたわよ」

 

 既に読者の皆様にはお分かりだろう。駆けつけた衛兵とは数ブロック先で待機していたエステルたちのことである。

 盗賊役と衛兵役に分担し、逃亡時に合流する。追手がいないのならばそのまま変装を解き、追手が来たらお互いが敵対するように見せて、途中で見失った体で合流して安全に抜け出す。ルークが考えたこの作戦はこうして効果覿面だった。とはいえ、いくらなんでも手口が悪党すぎる。貴族とテロ組織の癒着の証拠を掴むという名分が無ければ立派な強盗だ。ジュリアは作戦を聞いたとき、彼らが盗賊として一種の伝説を築き上げた理由の一端を思い知った。

 

 ルーク達は何食わぬ顔で商業区への門を通る。衛兵として登録されているため、疑いをかけられる心配もなく彼らは宿へ戻ることができた。

 

「それで、情報は見つかった?」

「ああ。ばっちりな。工業区の工場。元ハグレ研究所の廃墟を間借りしてると日記に書いてあったぜ」

 

 ここで心配されるのは、情報が露呈したことによってアジトを移動させられることだが、それは確率が低い話ではある。情報源である日記からは痕跡を完全に消してあり、さらには本気で追われるリスクを背負い込んでまで宝を盗んだことで侵入者の目的が宝物であると思わせた。逃亡中であっさりと返したのもそれが理由だ。あちらからは逃げやすくするために宝を手放したと思われるし、仮に本当の目的を看破されたとしても、大荷物を運び込んでいる関係で一日では撤収できないはずだ。

 

「ならば明日には早速突入しよう。ここが正念場だからな」

 

 そして、また夜が明ける。

 帝都を股にかけた大騒動は、大詰めへと向かっていた。

*1
【アウトドア】のおたから。侵入、襲撃の難易度を減少させる。

*2
下から数えて三番目




○潜入作戦
 BGMはピンクパンサー

○ケチャップ
 ぶっちゃけこいつら逃げ慣れてるのであまり意味がない。

○ホムンクルス兵
 クローンヤクザと同じ扱い



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その62.帝都動乱・幕間(2)

一日目と二日目に収まらなかった小話。


『一日目のおまけ』

 

 

 一日目から紆余曲折あった帝都の夜。

 

 各地で思い思いの時間を満喫し、日が落ちたことで宿屋へと戻ってくるハグレ王国の仲間たち。女所帯、それも成人しているかも怪しい少女の多いハグレ王国ではこっそり女衒(ぜげん)に行くような不埒者もおらず、八時を過ぎるころにはほぼ全員が宿屋へと集合していた。

 

 そうして皆が集まった夕食時。

 さあ食事だ――という前に、一同の視線は見慣れぬ人物に注がれていた。

 本来ならルークが座ったであろう椅子に、そこには和国人の青年が着席している。

 

「という訳で、こちらルークの昔仲間の薙彦くんです」

「皆さんお初にお目にかかります。不肖、始末ヶ原と申す者でございます。短い間ですが、なにとぞよろしくお願いします」

 

 協会でルーク達三人を置いて宿屋へとやってきたエステル達は、しれっとアルカナ達も交えて夕食を取ることになり、そのまま皆と薙彦の顔合わせも兼ねることにした。

 

「薙彦くんでちか……うんうん。中々強そうな面構えでちね」

「貴方がハグレ王国の王様ですね? 流れ者の身である私が貴方のようなお方とお目通り叶うとは望外の喜びです」

「うむうむ!」

 

 うやうやしくお辞儀をする礼儀正しい様子は、まさに上下関係の礼節を重んじる和国の人間のそれである。

 王国の仲間たちは事前にある程度ルークから評判を聞いている。だがそこから出てくるエピソードは卓越した武を持つ和国人であることと、常に文無しであるロクデナシという二面性に極振りしたものばかり。

 そんなわけで多少は身構えていた面々も、彼の予想外のまともっぷりに驚く……筈だった。

 

「しかし噂には聞いていましたが、目麗しい方々ばかりだ。どうでしょう、親睦を深めるためにも後でお嬢さんたちとは一人ずつじっくりとお話をしてみるというのは」

「とまあ、こいつはこのようにナンパ野郎だ。皆、騙されるなよ」

 

 築けたであろう好印象を自ら秒で粉砕する薙彦。その様子を見て皆は「ああやっぱりそういうやつか」という顔をする。

 そんな薙彦の肩をジュリアの右手が押さえつけている。そして左側にはエステルが座り、彼の両脇をがっちりと固める。無論彼が逃げ出したり何らかの抵抗を行わないようにするためだ。

 ではこれから何が行われるか? それは彼を仲間に迎え入れるに当たっての禊である。

 

「ひ、久しぶりだね……」

 

 少々気まずそうにアルフレッドが話しかける。

 ゴーストハンターとフリーランサーと専門分野は違うものの、どちらも魔物を主に相手とする職業柄顔を会わせることが多く、ハグレと和国人という帝都にとってはどちらも余所者であることからいくらかの交流があった。最も、それに付け込んで借金をしたのがこの爽やか系ダメ人間なのだが。

 

「はは。あの時以来ですねアルフレッドさん。見違えるように精悍になって、随分と腕を上げたようですね。そしてそちらのお嬢さんはもしや……」

「ふーん、あんたが薙彦ねえ。どうやらうちの弟が色々と世話になったようじゃないか」

「ね、姉さん。流石に手荒な真似はやめて……!」

 

 どこか剣呑な雰囲気で知人へと絡みに向かった姉に弟が制止の声をかける。ほとんど窮地だというのに当の薙彦はいたって平静であった。

 

「安心しなさい。流石にここでドンパチやるつもりはないから」

「よかった……」

 

 そうしてジーナは愛用の鍛冶ハンマーを取り出した。

 

「ただ一発ガツンといってやるだけよ」

「ハンマー持ち出して言っても何も安心できないよ!?」

「でもあんたコイツに二千五百Gも貸したっきりなんでしょ」

「確かにそうだけど……でも、彼には何度か助けてもらっているんだよ」

「そう言って何でも許すのはあんたの良いところだけどね。金の問題となると流石に見逃せないね」

「だとしてもこれは僕個人の問題だろう!? なんでそこで姉さんの方が怒るのさ……!」

「アルがそういう問題を放っておくからだよ。やられた時はちゃんとやり返さないと痛い目を見るのはあんたもよく知ってるだろ」

「おやおや、姉弟で喧嘩は良くないですよ」

「「誰のせいだと思ってる」んだ!」

 

 

 

「ひゃー、やっぱり碌なことにならなかったわ」

「なんちゅう問題抱えた人を連れてきたんでちか……」

「仕方ないでしょ。どの道アレと協力する以上はいずれ付きまとう問題だし」

 

 ぎゃあぎゃあと騒ぎ出したあたりでエステルはデーリッチ達の方へと逃げてきた。古来より他人の金銭問題と色恋沙汰に首を突っ込むとろくなことにはならない。

 

「ところでルーク君は大丈夫なんでちか?」

「呪いを受けたんだろう? 回復魔法を使える人を誰か連れて行った方が良いんじゃないか?」

「……あー、うん。気遣い嬉しいけど、ちょっとドジっちまっただけでさ。多分すぐに治るよ」

「でも心配です。ポーションの差し入れぐらいなら……」

 

 ここにいない彼の身を案じているのだろう。ローズマリーやベルが看病を申し出るが、向こうでは二人の仲睦まじい展開が繰り広げられている。そこに誰か一人でも入れてしまえば、今後の人間関係がギクシャクする可能性がある。というかこういうのに耐性が無さそうなマリーと純粋無垢なベルは絶対に向かわせてはならないとエステルは堅く決意する。

 

「大丈夫大丈夫! 先生がちゃんとした処置をしてくれたから! 朝になったらピンピンして顔出してくるって!」

「まあ足腰は立たなくなってるかもしれませんがねえ」

「お前は黙ってろ!」

 

 内緒にすると決めた矢先に口走ろうとする阿保を黙らせる。

 何やら必死な様子のエステルを怪訝に思いながらも、ローズマリーは当のアルカナに尋ねた。

 

「……それで、実際彼は大丈夫なんですか?」

「――んー? 別に問題ないさ。ラージュ姉妹にそのあたりの対処は任せたからね。呪術という括りなら私なんかよりもよっぽど詳しいさ」

「そうですか……」

「人払いもしたから邪魔が入る心配もない。彼女たちはじっくり専念できるってわけ」

 

 アルカナが自信を持って言えば、ローズマリーもそれ以上の追求は取り下げる。

 

(((あれ? でもそれって()()()()ってことだよな……?)))

 

 少々よからぬ状況が頭をよぎったが、流石に口には出さなかった。

 二人の仲を耳聡く気にしていた者達はある程度察していてもおかしくはないだろうが、この辺りは余談だろう。

 

 

 

 

 

「それで、今日一日どうだった?」

 

 相も変わらぬ賑やかな時間が過ぎ行く中、アルカナはデーリッチへと感想を尋ねる。

 

「楽しかったでちよ! お店を回るのも、美味しいものを食べるのも、もぐらたたきも、帝都の人たちとお話するのも全部楽しかった! 多分皆もおんなじ気持ちでちよ」

「……そうだな。それなら君たちを招待した甲斐がある。仕事じゃなくて、お祭りとして楽しんでくれるならこっちとしても嬉しいよ」

 

 笑顔の即答にアルカナも思わず破顔する。

 

「帝都は楽しい事がいっぱいでち。三日間だけじゃ全部回り切ることなんて全然できないくらい。ここだけでそうなんだから、きっとこの世界にはもっとたくさんの楽しいことが溢れているんでち。

 ――でも、そう思わない人も多くいる。

 こんな楽しい祭りの日に、よくないことを企んでいる人たちがいる。この違いは一体、何なんでちかね……」

「……その理由は、君もよく知っているんじゃないか?」

「それはそう」

 

 ハグレ王国も最初は結構うさん臭い目で見られたものでちからねー、と重くなりかけた雰囲気を持ち前のお気楽さで中和するデーリッチ。

 その姿を見ながらアルカナはしばし黙考する。

 

 解放戦線が台頭して一か月弱。

 未確認のハグレが増える一方で、ハグレ住民の失踪情報も相次いでいる。

 それらの多くは解放戦線に加わっているのだろう。だが、それと同時にこの世界とは別の世界へ渡ったというのは少なくないだろう。マクスウェルから召喚術の知識を仕入れ、あの水晶洞窟で次元接続の術に干渉できるだけの腕を持つジェスターであれば相互ゲートを実現できてもおかしくはないし、それだけの条件が無ければアプリコやハグルマが加わっていたとは言え、この世界の悪意に晒されて猜疑心を深くしたハグレ達を味方にすることは難しかっただろう。

 

 彼らが一体どのような思いでこの世界を離れたのか、想像に難くはない。一刻も早くこの世界の窮屈な暮らしから抜け出して、心機一転の新天地生活を夢見ていたことも容易に思い浮かぶ。

 だが、それは果たして本当に彼らの幸福に繋がっているのだろうか。元の世界に帰れたのならいい。だがただこの世界に対しての反感のみでどことも知れぬ別の世界に旅立ったというのなら、それはただ同じことの繰り返しではないのだろうか? そしてそれを自己責任の一言で片づけられるほど、この問題は単純じゃない。ハグレ達にこの世界からの脱出を選ばせるに至ったすべての要因は、この世界の歪さにあるのだから。すべての責任は、その歪みを止められなかった自分にあるのだから。

 

 

「……一つ、聞いてなかったことがある」

「なんでちか?」

「デーリッチ。君はどうして、この世界を受け入れられたんだい?」

 

 試しとばかりに、アルカナは目の前の王様に問いを投げかけた。

 軽く答えるには深刻な、さりとて重要な意味を持たない問い。

 かつて聞いた答えを再び訊き返すだけの行為。

 

 だがアルカナは、ふとこの小さな王様がハグレたちの国を作り上げようと決意するにまで至った思いを改めて知っておきたくなったのだ。

 

「……それは、ちょっと分からないでちね」

「分からないか」

 

 答えにたいする簡素な問い返しに、デーリッチはうん、と首肯する。それから、自分の短かなこれまでの道のりを語った。

 

「デーリッチはこの世界に召喚されてからの記憶しかないんでち。ひとりで一日を生きていくのでいっぱいいっぱい。ひもじい時は苦しかったり寂しかったりしたけど、『憎い』って思ったことは無かったんでち」

 

 その答えを聞いて、アルカナの脳裏にある事象が思い起こされる。

 

 元の世界の記憶の消失。

 多くのハグレにみられるこの症状は、ハグレ達を苛む一方で、かつての世界への執着を断つという側面もある。かつて大陸の人間に近い姿のハグレがこの世界に馴染めない一因には、その記憶の有無があるという説まで立てられたことがある。

 デーリッチもまた、その例に当てはまるハグレの一人。少なくとも、王国の仲間たちに元の世界の記憶を語ったことは無い。

 

 では、記憶があればハグレ王国はできなかったのだろうか。

 元の世界へ帰ることを求めて、この世界を憎んだのだろうか。

 

 ……それでも、答えは変わらなかっただろう。

 アルカナは何となくだが、そう確信していた。

 

「でもすぐにデーリッチはローズマリーと出会って、そこからは二人で旅をしてきたんでち。だから、この世界での思い出はローズマリーとの思い出。ローズマリーと一緒に暮らしてきたこの世界は、デーリッチにとっては楽しいものだったんでち。そんな世界をもっと楽しく生きられるように。楽しくないと思ってる人たちも楽しめるように、デーリッチはハグレ王国を作ろうと思ったんでち。だから、アルカナちゃんが期待したような答えじゃないかもしれないけど……」

「いや……ありがとう。とても立派な答えだ。千点あげちゃう」

「それ何点満点でち?」

「百点満点中の大満足点だよ」

 

 守りたいものができた。この世界での居場所ができた。この世界に、居たいといえるだけの理由ができた。

 ただそれだけで、人は自分のいる世界を好きになれるのだ。

 

 だから、デーリッチがこの世界で生きようとする理由も、そう大したものでは無く。

 どこにでもいる子供が考えるような、ささやかな願いなのだろう。

 

「人は、人との間に居場所を見つける。……そうできなかったのが、アプリコ達か。彼らはこの世界を憎んでいるが、元の世界にも別の世界にも戻る選択肢はない。それをしたところで、同じことの繰り返しになるだけだと彼らは心のどこかで分かっている。だから、彼らはこの世界に牙を剥いたんだ。自分たちの居場所がないのなら、せめて生きた痕跡だけでも残そうとあがいている」

「うん。でもそれは、きっと駄目なことなんでち。召喚術で成り立ったこの世界が、間違っている……ローズマリーやみんなと出会えたこの世界が、間違っているなんてデーリッチは思わない。だから、間違いを犯そうとしているハグレの皆を、デーリッチはハグレ王国の国王として止めなきゃならん」

 

 ただ、出会いに恵まれなかっただけの違いなのかもしれない。

 この世界に来て間もなく善き理解者と出会えた幸運もあるだろう。だがそれ以上に、デーリッチはきっと、自分の為に誰かを憎むことはできない生粋のお人よしなのだ。

 

「そう言ってくれてありがとう、国王殿。それじゃあ改めて頼むとしよう。

 ――どうか。この街を、この国の人々を守ってほしい。

 帝国はこれ以上勢いを伸ばすことは無い。召喚術に頼り、よそから持ってきた技術が無ければ発展の見込みがないこの国は既に全盛期を通り越し、今や衰退の一途をたどるのみ。最早、私がその行く末を見守る理由は無くなった。

 ……それでも、この国には懸命に生きる人たちがいる。ハグレ(きみたち)への偏見に塗れていても、他人事だと目を背けても、私はそれが、それだけじゃないということを証明したい。この国にはまだ君たちを受け入れるだけの善性が残っていると言う事を、どうか信じてほしい」

 

 白翼の一族が抱える命題を考えれば、自ら衰退の道に足を踏み入れた帝国を見守る理由は無かった。

 それでもこの国に居続けたのは、いずれ来たる戦火と、そこから伝播する破滅の光景を防ぐため。

 人を超越した視座で垣間見た、最悪の結末(バッドエンド)を回避するためだ。

 それは人間を自分を迎え入れたこの国とその価値を認めた皇帝への義理であり、この世界に拉致され虐げられる異世界人たちへの憐憫でもあった。

 

 要するに、アルカナはこの世界をどうあがいても見限れなかったのだ。

 宮廷を引きずりおろされた時は「もう駄目だなこの国」と思いながらも、最後に何かできないかとなんだかんだと召喚士たちの監視を務め、「マジ死ねばいいのにクソ貴族ども」と保身で腐敗する協会の幹部たちに悪態をつきながらも自らはハグレ達の地位を守ろうと努めた。

 

 全ては、人の輝きを証明するために。

 

 未来を救う術を探し続けた星詠みの賢者は、深く頭を下げて新たに見出した星に願う。

 ハグレの王はその相変わらず深刻な振る舞いに呆れながらも頷いた。

 

「別にそんなにかしこまらなくてもいいんでちがねえ」

「はは。大人になると背負いたくないものも背負う羽目になるし、。それで、どうかな?」

「う~ん、いつもアルカナちゃんの頼みを聞いてばっかりだから……それじゃあ、デーリッチからも一つ提案するでち」

「なに? 他ならぬ君だ、できることなら何でもしよう」

「ハグレ王国でもお祭りをやるんでち! この世界に来て辛い事や悲しい事は沢山あるけれど……それでも、この世界に来たことを嫌なことだとは思ってほしくない。例えこの世界からいなくなることを選んでも、『この世界に来てよかった』と思えるような、そんな楽しいお祭りがやりたいでち!」

 

 いつもと変わらぬ眩いばかりの笑顔で告げられたその言葉は、とても偉大な宣言のように聞こえた。

 

「……うん。それはいい提案だ。本当に、いい提案だ。この騒動にケリがついたときには、私たちでハグレのための祭りを開催しよう」

 

 アルカナはデーリッチに歩み寄り、その小さな体を抱きしめた。

 

 

 

 

 

 

『二日目 ~黒天礼賛~』

 

 

 帝都某所。

 密かに築かれた地下礼拝堂にて、黒ずくめの男たちが怪しげな儀式を執り行っていた。

 

 地面に描かれた魔法陣と、その周囲に置かれた蝋燭。

 そして魔法陣の中心には、ズブーブヤドクカエルの干物にサンサーラニシキオオヘビのスープなど、食用ではない素材によるす気味悪い見た目をした供え物が用意され、さらには見麗しき少女が一糸まとわぬ姿で縛られ、転がされている。

 

 絵に描いたような怪しい儀式の正体は、まさに悪魔を召喚する怪しい儀式である。

 

 彼女の役割は贄。

 これから彼らが降臨させる悪魔と契約を交わすための生贄である。

 

 ――悪魔崇拝。

 この世界には多くの神がいる。三つの世界樹にそれぞれ座す神、魔法使いからその力を求められるセドナを始めとした四季を司る神、戦の主神オーディンなど数多の神霊が存在している。挙句には下界に降りて実際に姿を現すことも珍しくないこの世界において宗教も多様性を認められている。帝国の国教は聖十字教ではあるが、冒険者たちが様々な神々を信仰し、世界樹が認められていることがその証だ。

 しかし、何事にも例外は存在するもの。

 

 「悪魔」とカテゴライズされた存在を信仰する者達は、常に異端として世の陰に隠れ潜んでいる。

 彼らもまさにその悪魔崇拝者(サタニスト)の一つ。

 サバト・クラブがはぐれ魔術師の集まりであるならば、彼らは邪教徒の集団。

 

 《丑三つ時処刑互助会》

 貴族や聖人など世界に影響を与える権力者を暗殺し、その血を贄として悪魔や邪神を崇めるカルト教団。

 

 魔界、冥界、あるいはこの世界のどこかに存在する悪魔邪神。

 彼らから恩恵を受け取るために彼らは他者の血を捧げる。

 貴き血であればなおよい。純潔なる血であればなおよい。

 今回生贄として選んだ少女もそれなりの商家の娘。あらかじめ目をつけておいた候補の一人で、この式典前の喧騒に乗じて攫ってきた。

 

「"オンリ・マカラキャリヤ・ソワカ"、"オンリ・マカラキャリヤ・ソワカ"、"オンリ・マカラキャリヤ・ソワカ"――」

 

 黒い布で全身を覆った男が錆びた血で紅く染まったナイフと青く燃える蝋燭を掲げ、真言を朗々と諳んじる。

 彼を取り囲む十数人の人物がそれを復唱する。彼らの服装もまた、黒いローブを被りその素性を覆い隠している。

 

「"オンリ・マカラキャリヤ・ソワカ"、"オンリ・マカラキャリヤ・ソワカ"、"オンリ・マカラキャリヤ・ソワカ"…………諸君、時は満ちた」

 

 邪教徒たちが僅かにざわめき立つ。

 彼らは元々、この世界の競争に負けた者達である。

 貧困にあえいだ農民が。倒産した商人が。パーティを追放された冒険者が。あるいは政争に敗北した元貴族が。

 今も尚平穏を享受する帝都への憎しみを晴らし、現状を苛む苦しみから解放されるために、彼らは自分たちに都合が良い神を崇める。

 

「"月に翳る金星、姉妹星を呼び起こし、その彼方より破壊の黒天が来たる。空に混沌が満ち、地上を覆う破壊の後に使徒たちはまことの秩序を敷く"

 ――即ち、今夜だ」

 

 リーダー格の男はその喧騒を手で制止し、声を張り上げた。

 彼の背には3つの顔と6つの腕を持った禍々しくも荘厳な像が聳え立ち、彼らを睥睨していた。

 

「さあ、さあ! 準備は整った。祈りを捧げよ、真言を唱えよ。そして忌まわしき資本主義に生まれし生娘の血を贄として、偉大にして荒ぶる我らが神をここに招くときである!」

 

 "オンリ・マカラキャリヤ・ソワカ"、"オンリ・マカラキャリヤ・ソワカ"、"オンリ・マカラキャリヤ・ソワカ"――

 

 不気味な、だが神聖なる真言を唱える声が何重にもなって石削りの空間に響き渡る。

 深く眠り薬を盛られた生贄の少女は目覚める様子を見せない。このまま罪なき娘は哀れにも自らの置かれた悲劇に気が付くことなくその命を絶たれてしまうのか!?

 

「"オンリ・マカラキャリヤ・ソワカ"、"オンリ・マカラキャリヤ・ソワカ"――」

「ホーウ。それで、一体誰を呼び出そうとしたのカナ?」

 

 ナイフを振り上げた男の背後から声がする。

 それでいて冷ややかな、この場には到底似つかわしくない声。

 慌てて振り向いた男は、自らの後ろに顕れたその姿に目を剥く。

 

 透き通るような銀色の髪と、翡翠の如き瞳を怪しく輝かせる美貌。

 煽情的かつ原色を使った道化めいた衣装に包まれた、見る者を誘惑するしなやかな肢体。 

 そしてそれらよりも目を惹くのは、宙に浮かぶ巨大な白い両手。

 

「何やら面白そうなことをしているな。手繰る魂のイリス、此処にまかり越してやったゾ」

 

 悪魔の主は心底嘲るような声で、自らの正体を口にした。

 

「冥界姫イリス……!」

「まさか御身のような存在が降臨するとは……!!」

「あれ、でも呼び出すのコレだったか?」

 

 ビッグネーム中のビッグネーム。その強大さに名すらも抹消されかかるほどの大悪魔を召喚した事実が、邪教徒たちの間に多大な興奮と少なからぬ困惑を齎した。

 

 

 ――その時、魔法陣が光り輝く。

 

「何ッ!?」

シー(See)。ご本命の登場らしいぞ」

「おお、我らが望む破壊と災禍を齎す神が来たると言うのか……!」

「あれ、でもそれじゃあこの人(イリス様)なんでここにいるの?」

 

 地下室は瞬く間に眩い光で満ち、そして――

 

 

 ぼふん。

 

 

 もうもうと巻き上がる煙。

 その中に薄らと見える、不可思議な人影。

 

「おお、我らが黒天よ――」

 

 その中心からゆっくりと姿を現したのは――――、

 

 

「はーい、皆さんに福を与えに来ましたよー」

 

 

 純白のレオタード。

 掲げた小槌。

 背負っているのは「福」と書かれた大福袋。

 

 ハグレ王国の氏神(うじがみ)、福の神こと福ちゃんである。

 

「……え、福?」

「はい。福の神です」

 

 思わず漏れた言葉に肯定される。

 おかしい。自分たちは邪神を呼んだはずだ。なのに現れたのは福の神。どう考えても真逆の存在に、彼らは本気で困惑した。

 

 

「な、何故!? 我々が呼ぶ予定だったのは禍ツ黒天――」

 

 後ろからコツコツと足音が聞こえてくる。微かな冷気と共に礼拝堂の入口から現れたのは――

 

 

「どうもー。皆さんの取り立てに参りましたー」

「……え、妖精? 妖精なんで?」

 

 冷たき妖精、プリシラである。

 さらに入ってきた別の種族の姿に、最早このカオスな状況を整理できる人間はこの場にいなかった。

 

「――まあ、あれだ」

 

 冷え冷えとした声。

 そこで彼らはようやく気が付いた。

 ここは元々地下ゆえに温度の低い。そのために気づくのが遅れたが、自分たちの手がかじかんでいることで周囲の変化に理解が追い付く。

 

 この洞穴は、いつの間にか真冬の如き冷気で満たされていた。

 

「運が悪かったナ。お前たちの神サマは忙しいんだとよ」

 

 悪魔の姫君が心底おかしそうに嗤い、その手から冥界の冷気を放出した。

 

 

 

 

 

 ……数分後。

 

 ギイ。と古ぼけた扉を開け、ハグレ王国の三人は通りに姿を現す。

 福の神の腕には拘束を解かれた少女が抱かれ、安らかな寝息を立てている。

 

 彼女たちは誰かの目に留まる前に、そそくさと大通りまで向かう。

 

 その建物の近くを通りがかった者は、皆どこからか漂う冷気に不振を覚え、足早にその前を通り過ぎる。しかし興味本位で中を覗く者がいれば、彼らは人智を越えた力で冷凍庫と化した地下礼拝堂を目の当たりにするだろう。

 

 

「しかし最初は邪教の集団に攫われたと聞いてヒヤヒヤしましたが……無事でよかったですね」

「時間ギリギリでしたが、ちょうど一同に集まる時間を特定できたのは幸運でしたね」

「そりゃこっちには福の神そのものがいるからナ。最初から連中はバッドラックだ」

 

 帝都で勢いのある商会の一人娘である彼女が誘拐されたのはつい先日。祭りの中、御付きの人間が暴漢に絡まれた隙に攫われた。父親である会長は一心不乱に捜索の手を出し、どこからか話を聞きつけたプリシラ商会を通じてハグレ王国にも捜索を依頼した。

 プリシラが持つ強固な情報網を活用したハグレ王国民の情報収集によって居場所が突き止められ、こうして儀式を執り行う際のレイラインを福ちゃんがジャックする形で乗り込んだのだ。ちなみにイリスは特に儀式とは関係なく、ただ揶揄うために勝手に現れただけだ。

 

「しかし、アイツらそれなりにいい趣味してたな。うん。どうみても破壊神な奴を自分たちに都合よく曲解できるのは人間特有のイマジナリーだ」

「ところで、なんで彼らの呪文で福の神様が呼びこめたのでしょうか。曰く、彼らが呼び出ろうとしたのはどこかの世界から伝わったと言う禍神(まががみ)。福の神様とはまるっきり正反対だとは思うのですが……心当たりとかありますか?」

「……さあ。呪文か儀式を間違えて呼び出す存在の性質が反転したのではありませんか? 見た限りだと元々のやり方から随分と都合よく捻じ曲げられていましたからね」

「随分と詳しいですね。同じ神様として分かったりするんです?」

「ええ。流石にあれはちょっと――」

「ちょっと?」

「いえなんでもありません。どちらにせよ、あのような生贄を使って神性を呼び出したところで、自分たちがその力にあやかれるというのは思い上がりです。神への生贄とはすなわち献身。合意の上で身を捧げるならともかく、関係のない命を与えるなどバチ当たりです」

「ふぅん。そういうものですか」

 

 割と強引なはぐらかしであったが、プリシラもそれ以上追及するつもりはない。

 

 人に言いたくないことなど一つ二つは抱えているもの。商売敵ならともかく、この一件の後で帰属する先の仲間にそんな無礼な振る舞いはしない。それが福の神となればなおさら。商人として御利益にあやかるために拝む対象であると同時に、自分たちの頼れる大明神の対等な友人(神?)として礼儀を尽くす相手である。

 むしろ彼女としては、その横で何やら笑みを浮かべてはいる冥界の姫君のほうに興味がある。同じ冷気を司る存在としてシンパシーを感じることもあるし、『悪魔』と揶揄されることもある自分が本物の悪魔から見てどう映るのかは非常に気になるところだ。

 

 

 冥界姫に氷妖精が絡んでいく様子を横目に、福の神は夜空を見上げる。

 

 星々がきらめく夜のとばり。

 その中でひときわ輝く満月と、今まさにその陰に隠れようとする小さな輝き。

 金星食、と呼ばれる現象が今まさに起きようとしていた。

 

 ――この世界に来たばかりの事を思い出す。

 自分の知るものとは異なる天界。

 突如として現れた播神を見て、地上の人間たちと全く同じような対応をとった神々たち。

 背中を預け、袂を分かったかつての姉妹神。

 

 多くの出会いがあった。

 敵も、味方も、従者も、信者も、友も。

 

 そのどれか一つでも違えば、今の自分はここにはいない。

 故にこそ、思う。

 

 もし、自分が最初から受け入れられていたら。

 もし、自分が独りしていたら。

 ……もし、自分が彼女の手を取っていたら。

 

 

 神の眼ですら見通せぬ分枝(IF)

 まるで人間のように想像する"もしも"。

 

(((貴方はどうしたのでしょうね。御影星――)))

 

 在り得た可能性を想起して、

 

 福の神は、すぐにその顔を脳の片隅に追いやった。




「……あの、アルカナさん?」
「何かなマリーちゃん?」
「なんでデーリッチのお腹に顔を埋めているんですか?」
「いつものことよ。先生は突発的にセクハラ働くのよ」
「人聞きの悪いこというな、エステル。私はただ、この子のお腹に導かれただけで……」
「ああくそ、さっきまですごくいい事言ってたのに台無しだ……」
「くすぐったいでちー」


○丑三つ時処刑互助会
 悪魔崇拝カルト教団。
 要人を暗殺して、その死体を贄に悪魔を召喚し、その力でさらに暗殺を……という悪魔的サイクルを繰り返し続ける。最早悪魔を召喚したいだけに暗殺を請け負い続けている本末転倒な集団。
 非合法魔術ギルド「サバト・クラブ」とは協力関係である一方で、「装甲十字軍」とは敵対関係にある。


10000UA越えたら特別編投稿します。


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その63.帝都動乱・三日目(1)

いよいよ大詰めの三日目。


『三日目・工業区』

 

 

 

 ――二か月前。

 

 

 

「さて、同志マクスウェル。君は最強たるものの定義とは何だと思う?」

 

 召喚人解放戦線のアジトの一つにて。

 ジェスターはマクスウェルへ唐突に問いかけた。

 

「なんだいきなり? そんなもの、圧倒的な力に決まっているだろう」

 

 要領を得ない質問に、マクスウェルは怪訝に思いながらも即答する。

 

 認めがたいが、マクスウェルにとっての"最強"とは生きる伝説のアルカナであり、魔導の巨人として君臨するシノブを指す。あらゆる存在を歯牙にもかけない圧倒的な魔力。文明そのものを進化させうる天才的頭脳。神域に達する魔導の技術。魔導の道を志した者にとって、それらを兼ね備えた存在であるあの二人は紛れもない最強だ。

 

「それも一理ある答えだが……私からすれば違う。真に強いものというのはね、"死なない"ことだ。"底なし"と言ってもいいだろう。自分たちの何百倍もの軍勢。どれだけ倒しても現れる増援。いつまで経っても終わりの見えない戦い。どんな英雄であっても疲れるし、かすり傷は負う。蓄積される負債はいずれ破産を引き起こす。生命だろうと機械だろうと、その体を動かすエネルギーの総量には限度がある」

 

 ジェスターの発言は意外なほどに腑に落ちた。

 シノブは見かけだけで言えば些細なことでその命を終わらせてしまう儚い小動物のような小柄なインドア系少女であり、実際に運動神経や体力は年相応の少女でしかない。かつて協会で行われた野外活動ではほんの少し険しい山道を進んだだけで息切れしていた光景は印象に残っていた。

 どれだけ化け物めいた存在であっても、人間である以上はどこかに限界がある。

 だからこそ、人は永久機関や不老不死のように限界の存在しないものを求めるのだ。

 

「我々が発見した魔導鎧……いや、元々は生きる(バイオ)鎧と呼ばれていた古代遺物は、周囲のマナを吸収して稼働するパワードスーツだ。古代遺物の例に漏れず、搭載される兵器はいずれも強力な兵器。このマナの満ちた環境に生息する強靭な魔物であろうと粉砕できるほどの能力を持つ。例え一兵卒であっても一騎当千の兵となることができる、最強の兵器と言えるだろう。

 ――だが、強い力には代償がつきものだ」

 

 ジェスターが指で示した先には、鎧を装着した兵士が苦痛に悶え、のたうち回る姿があった。

 

 表向きはミドルネームであるサーディスを名義とするジェスターによって連れられたマクスウェルは、ジェスターが潜伏先の一つで発見した古代兵器の復元を任せられた。

 かなり高度な兵器ではあったが、まがりなりにも一級召喚士の地位にまで上り詰めたマクスウェルは見事これを復元することに成功した。そして現在、このように実際の駆動実験を行っている最中だ。

 もしこれがマクスウェル独りであればその辺の冒険者や傭兵を実験台にする必要があったかもしれないが、ここにはジェスターが白翼の一族から持ち出した錬金術の奥義によって生み出されるホムンクルスが何人もいる。彼らは伝承に謳われたような万能の叡智は持たず、寿命自体も短いがその分汎用性に富んでおり雑兵としては申し分ない。長い潜伏期間の中でハグルマとの協力関係を築き、工房を稼働させたことで製造されたホムンクルスは今や一小隊に匹敵していた。

 つまり、今の所は実験台に困ることは無いと言う事であり、このバイオ鎧を身に着けたホムンクルスによる対魔物・対人実験を行ったことで彼らはその強力な性能とそれに伴う副作用を把握していた。

 

「強力な分かなりの量のマナを消費し、大気中に漂うマナはあっという間に枯渇する。だが足りないマナを求めて、最も近くにあるマナの保有者、つまり着用者の身体を侵食する。そして着用者は痛みの余り暴れ回り、敵味方の区別なく襲い掛かってマナを奪い取る」

 

 同胞だった人造兵を屠り、血液を啜ってマナを取り込む様子はまさに狂戦士。

 並みの相手ならば1体で十分に事足りる相手ではあるが、ジェスター達にとって目下の仮想敵はアルカナとシノブという規格外の二人。この鎧であっても一つ二つでは足りず、編成した軍隊でなければ勝負にもなりはしない以上、同士討ちや暴走の危険性は決して看過できなかった。

 

「じゃあどうするんだよ?」

「簡単だよ。足りないのなら、足りるようにする。魔物ならともかく、人間相手にあれだけの武装は過剰火力だ。余計な武装はそぎ落とし、マナを装着者の強化に回す。マナがある限りは回復し続けるようにすれば、生半可な攻撃は通用しなくなる。

 問題は着用者を侵食する特性だが、マナを吸収する仕組みは十分に有用だ。後はこれの供給先を制限すればいい。魔法はマナによって引き起こされる現象だ。ここに魔法を分解する術式を組み込み、マナへ還元する仕組みへと改良する」

「おい、それはまさか……」

「その通り、マナある限り決して死ぬことのない軍隊が完成する。戦士を凌駕し、魔法使いの力を吸い取り、圧倒的な物量で蹂躙する不死の兵団。喜べ、君はどの世界よりも究極の魔導を目の当たりにする機会に恵まれた」

 

 そうしてバイオ鎧をひな形として、攻撃性能をグレードダウンさせながらも魔法を吸収し、身体強化と回復に特化した対魔法用兵器・魔導型機動装甲具――通称、魔導鎧が誕生した。

 マクスウェルはこの時、確かに勝利を確信していた。していたのだ。

 

 アルカナの管理下にいたアプリコを始めとした、現状に不満を持つ獣人たちを仲間に引き込み、彼女たちが行おうとする帰還計画を知ることができた。ゼロキャンペーンを発展させた相互ゲート理論を把握し、彼女たちがマナの薄い環境へわざわざ赴くことを理解したジェスター達は、その時を狙って襲撃を仕掛けた。

 懸念事項であるハグレ王国の持つキーオブパンドラを封じ、洞窟という閉鎖環境でアルカナの大規模破壊の星魔法を制限したうえでジェスターが引き受ける。そして残りを魔導兵10体で追い詰め、デーリッチかシノブを排除するという計画に瑕疵は無かったはずだ。

 

 だが現実はマクスウェルの思い通りにはいかない。

 結果として、水晶洞窟での戦いでジェスターは織り込み済みとは言えアルカナに敗れ、肝心の魔導鎧は誰一人殺すことができなかった。

 

 その後に魔導鎧が投入されたエルフ王国との戦争においても、ハグレ王国に攻略方法が知れ渡ったことで攻略された。

 勿論、魔導鎧が帝都の騎士団など一般の戦士たちにとっては途方もない脅威であることに変わりはない。しかし一番の敵であるハグレ王国にとっては魔導鎧は『多少厄介な相手』の認識を出ない。マクスウェルにとってはそれが不満だった。

 唯一自らの功績とも呼べる魔導鎧。その力を以って勝利を収められなければ気が済まない。ジェスターの人外めいた再生能力は確かに強力だ。ハグレの軍勢を率いれば帝都は落とせる。だからこそ、マクスウェルは自らの持つ手札で彼女たちを上回ることを証明しなければならなかった。

 

 幸いにもそれを実現するための道筋は整っている。

 ジェスターの見立ては甘いが、決して間違ってはいない。シノブの魔法は魔導鎧でも吸収しきれないほどに強力だったが、確実に倒すには仲間の手を必要としていた。仮にあの時の10体をシノブただ一人に仕向けていれば、倒せただろうと言う確信があった。

 

 強靭な装甲。魔法吸収機能。極めつけは即死でなければ復活する回復力。

 これらを兼ね備えた兵士が強くないわけがない。

 それでも敗北したのならば、残るは中身の問題となる。

 人造人間であるホムンクルスは、強化されていようと身体構造は人間と同じだ。だから装甲の防御力を上回る攻撃では倒されてしまう。

 要するに、出力が足りていなかったのだ。アプリコのような軍師の指示を受けていればその弱点を補って余りあるが、そうでなければ咄嗟の判断力に乏しいホムンクルスでは足りなかった。

 ならばどうするか? 簡単だ、人間でない種族に着せればいい。具体的には屈強なハグレに着せるのがベストだ。適当な戦士よりも、根本から人間を上回る存在を補強する方が効率的なのは誰の目にも明らか。そしてその存在は他ならぬジェスターが把握していた。

 

 

 鳥人クックル。

 

 アプリコから話を聞き、是非仲間に引き入れたいとジェスターはクックルの解放をマクスウェルに依頼した。

 マクスウェルもクックルの事については伝聞程度には知っていた。

 そして、使える。と彼は思った。

 

 10年前のハグレ戦争にて破壊を尽くした男。

 あのアルカナですら殺し切れなかったほどに強力な力を持つ生物。

 そんな存在に自らの魔導鎧を装着させ、意のままに操ることができれば……。

 

 マクスウェルは二つ返事でその指示に従った。

 クックルは政治犯として重犯罪区に収監されていたが、自らの財力を使えば連れ出すことは難しくはなかった。凍結される前に確保しておいた資産は目減りしたが、その程度は後で帳消しにできる。

 魔導鎧も、発見されたバイオ鎧の中でより大型のものを基盤に改造した。思考を誘導する機能に加え、もしもの為の仕掛けも抜かりはない。

 

 そうして、彼は望み通りの切り札を手に入れたのだ。

 

 

 

 

「はっ、あいつら。今頃右往左往してるんだろうな」

 

 

 拠点とした研究所にて余裕ぶった笑みを浮かべるマクスウェル。

 彼の視線の先には、培養槽の中に眠るクックルの姿がある。

 クックルはマナを多量に含んだ特殊な薬液に浸かっており、酩酊状態にありながらも生命力を活性化させ続けている。子分のベルベットは薬学に秀でており、クックルの強化に最適な調合を行ってくれた。ビロード機材の細やかな調整を行う助手としてはそこそこの働きをしてくれる。

 

「マクスウェル様」

「なんだ」

「報告します。昨晩、提供元であるドロブネ様の邸宅に賊が侵入しました」

「なんだと?」

 

 ドロブネ伯爵はこの研究所跡を提供している貴族だ。召喚人解放戦線の内容にも理解を示し、政治的な野心を持った貴族として利用しやすい相手だった。

 その人物の屋敷に賊が? 何のために? マクスウェルは最悪の事態を想定した。

 

「被害状況は?」

「警備員を襲撃し、伯爵の蒐集物を強奪して逃亡しました。盗品は取り戻したが、犯人は取り逃がしたとのことです」

「んじゃあただの泥棒だな」

 

 ドロブネ伯爵は蒐集家として有名だ。ならば貴重品目当ての盗賊が帝都の浮ついた雰囲気に乗じて押し入ったのだろう。

 マクスウェルはそう納得して視線を元に戻す。

 

 ……途端、手元の無線機から着信音が響いた。

 

「どうした?」

 

 ハグルマは主要な拠点の一つと軍勢の過半数を失ったが、その技術力は未だ健在。無線通信のための設備ぐらいならば設けることができた。

 声をかければ、警備兵からの報告が返ってきた。

 

『報告します。正門前にて、何者かが襲撃を仕掛けてきたようです』

「襲撃だぁ? どんな奴らだ」

『薙刀を持った男と、鎧を着た女性と交戦中。データによればアプリコ様の知己、始末ヶ原薙彦および、ハグレ王国に属する傭兵ジュリアと推測されます』

「はぁ? なんでそんな奴が……いや、そうか。そういうことか」

 

 始末ヶ原薙彦はアプリコが昔所属していたチームのメンバーだ。それはつまりハグレ王国に属しているルークの知り合いでもある。アプリコは勧誘に失敗したと言っていた以上、ルークを通じてハグレ王国が始末ヶ原を引き入れたのだろう。

 そして彼らが襲撃を仕掛けてきたということは、つまり此処が何なのかが連中に露呈したということだ。

 

「役に立たねえな、あの獣が……おい、そこにはエステルはいるか?」

『いえ。彼以外は見当たりません』

「ちっ、だとしたら既に侵入してるな……。

 とりあえず、絶対にそいつはそこから動かすな」

『了解しました』

「……まあいいさ、仮にここがバレたなら、ちょっと早いコイツのお披露目ってわけだ」

 

 ハグレ王国が総勢で押し寄せてくることは難しく、またアルカナの魔法は帝都の中では制限される。シノブやエステルが来るなら願ったりだ。高火力で焼き払えばいいと高をくくったすまし顔を絶望に歪めさせられる。

 

 そして時を間もなくして、近い場所から金属の打ち合う音が聞こえ始める。

 ホムンクルスが報告に来たのは、すぐの事だった。

 

「マクスウェル様、侵入者です」

「だと思ったよ。丁度いい。適度に相手しながら此処に誘導しろ。折角だ、叩き潰してやる」

「了解しました」

「ビロード、ベルベット。準備しろ。今すぐクックルを動かす」

「えっ、でもまだ調整が……」

「それに起動試験もしていませんが」

「良いからやれ! 何、いざとなったら"コイツ"がある」

 

 手に持った小型機械を見せびらかして子分たちを急かせば、急ピッチで起動準備が進められてゆく。

 配線を通じ、マナが供給された後、培養槽の中身の薬液が排出される。

 特型魔導装甲兵が目覚めるまでの様子を見て、マクスウェルは口元を釣り上げる。

 

「ああそうだ。僕が最強である必要なんてない。いつの時代も、英雄よりも英雄を従えられる奴が誰よりも優れているんだからなあ」

 

 マクスウェルはその眼に童子のような期待を込め、執念に満ちた言葉を口にした。

 

 

 

 

 

 振るわれる武器を躱し、ルークは反撃の蹴りを兵士に叩き込む。

 後ろを巻き込んで倒れる警備兵に目もくれず、ルークは一目散に通路を駆け抜ける。

 その後をエステル、メニャーニャ、ヘルラージュ、ミアラージュ、アルフレッドが続く。

 

 彼らの目的は内部へ突入し、マクスウェル及び一味を捕縛すること。マクスウェルへの逮捕権を行使するためにメニャーニャが同行している形だ。

 薙彦とジュリアが正面で陽動し、ジーナは後詰めとして控えている。仮にマクスウェルが施設外に逃亡した場合、すかさず抑え込む役割だ。

 

 外で騒ぎを起こせば騎士団や衛兵が駆けつけてくるだろうが、それはこの場所の正体を白日の下に晒すのと同義。突入するには絶好の機会であった。

 

「なあ、今更なんだけどよ」

「何?」

 

 疾走しながら、ルークはある懸念事項について話す。

 

「マクスウェルやアプリコさんならいいが、ここにジェスターがいるかもしれねえんだよな」

 

 ジェスターはアルカナと同じ白翼の一族。アルカナにはあっさり敗れたとはいえ、ルーク達からすればラスボスそのものだ。遭遇してしまえば全滅は避けられない。

 

「あるかもしれませんが、可能性としては低いですね。おそらくですが、ここは魔導鎧を置いておく場所です。式典と同時に待機させておいた兵士たちで宮殿を制圧するつもりだったのでしょう。重要拠点なのは間違いありませんが、その分敵に乗り込まれる可能性が極めて高い。先生が直々に乗り込んでくるリスクを冒してまでジェスターがいる理由はありませんよ」

「そうね。あの人、必要だと思ったら帝都の中だろうとブチかますだろうし」

「もしそうなったら?」

「建物ごと一帯が吹き飛ぶわね」

「やっぱヤベえなあの人!」

「同感ね」

 

 ちなみにアプリコも同様の理由で除外できる。ルークの見立てでは、おそらく帝都中に潜ませた獣人たちと共に機会を伺っているに違いない。ここのような都市の中心部から外れた大きな場所よりも、廃屋や安宿などの目立たず市井に紛れる場所にアジトを構えているのだろう。そちらの炙り出しもできれば行いたかったが、商業区でハグレ王国が捜索を続けても見つけられなかった以上はどうしようもない。ひとまずは分かりやすい拠点を潰すことを最優先だ。

 

「ま、もしジェスターがいたらCC(コンタクトクリスタル)を全力で叩いて逃げるわ。先生や皆が駆けつけてくるまでの辛抱ってところね」

「はわわ、出てきませんように……」

「お化け扱いかよ」

 

 そうしている間にもぞろぞろと通路の向こうからやってくるホムンクルスたち。

 多くは軽装だが、中には魔導型機動装甲具を着た兵士もいる。

 

「おっと、出てきやがった。ミアさんお願いします」

「はいはい。ほら、働きなさいアンタ達!」

 

 ミアラージュが死霊たちを呼び出してのデスこっくりさんを発動する。

 死の風に巻かれる兵士たち。魔導兵は含まれるマナを吸収しようとしたが、身体を痙攣させて倒れ込んだ。

 魔導兵は傷の回復は速いが、毒や呪いなどの状態異常の治癒は遅い。さらには吸収系の攻撃にもめっぽう弱いことが発覚していた。ミアラージュの真ソウルスティールやゼニヤッタのダブル噛みつきなどによって動力となるマナそのものを完全に枯渇させた場合、魔導鎧は機能を停止し、ただ重すぎるだけの鎧となるのだ。

 勿論そのためにはある程度消耗させないといけないのだが、止めを刺し切る以外の攻略法があるというのは実に心強いことだ。

 

「メニャーニャ、次は!?」

「角を右に曲がってください!」

「オーケー!」

 

 あらかじめ間取り図を抜いていたメニャーニャ*1の案内に従い、エステルとヘルラージュが曲がり角を先行する。

 そこには魔導兵が5人並んで立ち塞がっていた。彼らは一様に銃を手にしており、二人の姿を認めた瞬間に容赦なく引き金を引いた。

 

「ウィンドブレスト!」

「ファイアウォール!」

 

 一斉に射出される鉛玉。

 対して展開されるは魔法による二重の防壁。

 風の壁で弾丸は勢いを殺され、続く炎の壁が弾丸を歪ませて役立たずに変える。

 一流の魔法使いであれば、来るのが分かっている飛び道具はこうして防ぐことも可能だ。

 

「ほいっと」

 

 弾幕が終わる刹那、兵士たちの足元にころりとグレネードが投げ込まれ、炸裂する。

 魔導兵は轟音と閃光に目が眩み、その隙を見逃さずにアルフレッドの一閃が接合部を貫く。あるいは飛来したナイフがフェイスガードの隙間から突き刺さって沈黙させる。

 

「これで片付いたわね」

「そのまま直進してください!」

 

 ルーク達の進撃は止まらない。

 時折襲い来る兵士を蹴散らしながら、建物の中を進んでいく。

 そうして突き進むことしばらく、彼らは突き当たりの通路に出た。

 

「あそこ、左の大部屋と思われます!」

「よっし、任せな!」

 

 目の前にそびえる鉄扉を前に、エステルは両手に炎符を構えて直進する。

 

「バルカンフレア!!」

 

 投げ放った術符が火球となって、扉へ直進して強烈な爆炎を上げる。

 

 黒煙を突っ切った先は、精密な機械が配置された空間。

 それらは今も尚稼働しており、ここが中心地点であるのは明白だった。

 

 

「随分と騒がしいな。人の部屋に入る前はノックをしろと教わらなかったのか? ゴリラですら礼儀は弁えているぞ」

 

 呆れたような声が響く。

 部屋へ入ってきたルーク達の正面には、マクスウェルが取り巻きを引き連れて立っていた。

 

「だがまあいい。僕は寛大だからな、お前たち相手でも歓迎してやろうじゃないか。ようこそ、僕の工房へ。お前たちが帝都の中を必死こいて走り回って探していた場所はここだよ」

「ようやく追い詰めたわよ。帝都で好き勝手しようなんて、この私が許さないわ」

「ヒュー! 流石は爆炎ピンク。まるで主人公サマじゃないか、カッコイー!」

 

 気迫のエステルを前に、マクスウェルは嘲笑の賛美を浴びせる。

 追い詰められた、というには余裕に溢れた振る舞い。それもそのはず、彼からすれば現状はピンチでもなんでもなく。むしろ待ち望んだ蹂躙劇がようやく幕を開けようとしていたのだから。

 

「オイオイ。ちょっとコイツ余裕がありすぎるっつーか、このテンション前にも見たぞ」

「どうせ虎の威を借りているだけですよ。最も、手勢を潰せばすぐにボロが出る程度の威勢しか晴れないでしょうがね」

「フン、イキがっていられるのも今のうちだ。

 ……見るがいい! これぞこのマクスウェル様が作りし特型魔導鎧だ!!」

 

 その言葉に一同はマクスウェルの背後へと焦点が向き――、

 

 

 佇む大きな影を見て、息を呑んだ。

 

 2メートルを超える巨躯に、それを覆うは脈打つ鋼鉄の鎧。

 携えるは機械仕掛けと思わしき巨大な両刃斧

 頭部を覆うヘルムに輝くは『真理』の二文字。

 

 これまでに相手にしてきた兵士たちよりも、ひと際大きな威圧感を放つ魔導兵がそこに立っていた。

 

 

「はっはっは! 言葉も出ないようだな!! そうとも。コイツは今までの雑魚どもとは訳が違う。油断してようがなかろうがお前たちの死は決定しているのさ!!」

「よっぽど自信があるようですね。改造でもしましたか?」

「勿論。兵器の出力を上げることは当然だからね。そして手を入れたのはそれだけじゃない。お前たちが相手にするのは最強のハグレが、僕の手によって生まれ変わった最強の兵器なんだからな」

「最強のハグレだと?」

「まさかあんた、別の世界からハグレを召喚して鎧を着せたってわけ!? 召喚人の解放とか言ってるくせに、随分と舐めた真似するじゃないの」

「何か勘違いしているようだが、コイツは元々いたハグレだよ。かわいそうなことに檻の中に10年間も入れられていたからな、僕が出してやってこうして装備も整えてやったわけだ」

「10年前? それって確か……」

「召喚術の全盛期ですよ。それで最強というのは……なるほど、反乱軍の残党でしたか」

 

 ハグレ戦争において帝国の軍隊を手こずらせたハグレ達。

 中でもひと際凶悪な存在は投獄されたと聞いていたが、それを引きずり出してきたということか。

 

 ……どうやら、あまり油断はできない相手のようだ。

 

 緊張感を高めていくルーク達に、その反応こそを待っていたマクスウェルはその戦意がへし折れる瞬間に期待しながら彼らにある事実を突きつけた。

 

「精々頑張れよ? なんたってコイツは1()0()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()ハグレだからな!」

「……は、はぁ!?」

 

 驚愕を前にマクスウェルは悪辣な笑みをさらに深め、その()()を呼び起こした。

 

「さぁ、目覚めろ僕の最終兵器、

 ――魔導式殲滅機兵・クックル!

 

 

 鎧に刻まれた回路が緑色に輝く。

 クックルと呼ばれた魔導兵はゆっくりを鎌首をもたげ、

 

 

 

■■■■■■■■■――!!

 

 

 

 耳をつんざく破壊の意志に満ちたけたたましい咆哮を轟かせた。

*1
なお間取り図を実際に手に入れたのはプリシラである。




(真理っておま……)
(だっさ)
(自己顕示欲の塊ですねえ)
(恥ずかしくないのかしら……)
(なぜ真理……?)
(折角のフォルムが台無しだよ)


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その64.帝都動乱・三日目(2)

お待たせしました。



 戦闘の口火を切ったのは、やはりというかエステルだ。

 

 

ニャルブレイズ!

 

 

 我らが爆炎ピンクの炎が煉獄の如き勢いで殺到する。

 《ニャルブレイズ》は通常の炎魔法とは異なり、対象の周囲に留まって炎上し混乱を誘発する魔法だ。毒性のガスを発生させる《ガスクラウド》ではなくこちらを用いた理由は、相手の外見から耐久力に自信のあるパワータイプだと判断し、まずは攻撃の正確性を奪うことが重要だと考えたからだ。

 

 ……しかし、彼女の魔法はクックルに届く寸前で跡形もなく霧散する。

 

「うそぉ!?」

 

 実のところ、魔導鎧は魔法そのものを無効化してはいない。

 魔導鎧の仕組みは虚数魔法の術式を用いて分解したマナを吸収し、装着者の回復と強化を行う。そのためには一度魔法を受ける必要があり、軽減したダメージ以上の回復によって無効化を実現している。だからこそ状態異常が有効打となる。

 しかし、今のは魔法が届く前にかき消された。表面に油を塗った紙が水を弾くように、鎧の表面に刻まれた幾何学的な紋様が光り輝いて魔法そのものを拒絶した。これでは状態異常すら意味を為さない。

 

クルァァァァァァァ!!

 

 鉄仮面から覗く鋭い瞳が眼前の敵対者を捉えた瞬間、振り下ろされた斧は石造りの床を叩き割っていた。

 

「あっぶなぁ……」

 

 間一髪で回避したエステルはその破壊力に肝を冷やす。

 もしまともに喰らっていれば、彼女は脳天から真っ二つになっていただろう。

 

「チッ。すばしっこい奴め。さっそくミンチにできると思ってたんだがな」

「……その紋様は迷宮装甲ですか。ハグルマの対魔法加工を用いたわけだ」

「正解だよ。流石は期待の特務召喚士さまだな」

 

 クックルの後方から苛立ちの声が聞こえる。

 メニャーニャの推察通り、クックルが着る特式魔導鎧は神聖ハグルマ資本主義教団の青銅ゴーレム「タロス」の対魔法装甲と同じ仕組みが施されている。そもそもの話、魔導鎧自体がハグルマと共同開発したようなものであり、そこに新しく異界技術を組み込むことはさほど支障はない。その分機械を増設する必要があったが、強化されたクックルの膂力では大した問題にはならなかった。

 

 サハギン族の巣窟で同じ異界技術を目撃しているとはいえ、僅か一度の動作でその原理を見抜いてみせたメニャーニャの観察眼は優れたものだ。マクスウェルは知らずのうちに嫉妬を含みながら称賛を口にする。

 一方、メニャーニャはこの鎧の脅威を分析すると同時に問題点にも気が付いていた。

 

(確かに圧倒的ではあるが。元々の持ち味を殺しているんじゃないのか?)

 

 魔法を分解してマナを得ていたと言うのに、その魔法を受ける前に弾いてしまうなど本末転倒にもほどがある。大気中のマナを吸収しているとは言え、急速な回復や障壁に回す動力のほうがどう見ても大きいだろう。この矛盾に気が付いているのかいないのか。

 

「まあ、気づいてないんでしょうねえ」

 

 発想はいいのだが、そもそもの着眼点がズレていたりするのがマクスウェルという人間だ。これはもう性格と言うか、生まれ持った(さが)としか言いようがあるまい。

 

 とはいえこれらの問題点を指摘してやる理由もない。メニャーニャは得意げにしているマクスウェルを冷笑する。

 その態度を余裕と受け取ったのか、マクスウェルは眉間の皺を増やす。

 

「クソ。シノブやエステルもムカつくが。二人の後ろに隠れて人を食ったような態度をするお前も気に入らなかったんだよ……。おいクックル、そこの白衣を先に潰せ!」

クルァァァァァァァ!!

 

 咆哮するクックル。

 

 そこにルークが横合いから攻撃を仕掛ける。左手に備えたホビットの弓*1を惹き絞り、毒の塗られた矢を放つ。

 超小型の弓から放たれた矢は螺旋を描き、鎧の関節部分を貫こうとする。

 しかし矢は固い音を立てて弾かれた。どうやら装甲以外の部分も加工が施されているらしい。

 

「おっと、狙いはいいがコイツの装甲に穴はないよ」

「らしいな……」

 

 クックルの間合いの内側へ詰め寄ったアルフレッドが目にも留まらぬ三連撃を放つ。彼の刺突はリビングアーマーに大きな穴を貫通させるほどの威力を誇る。

 だが、魔法合金製の装甲を貫くには能わず。甲高い金属音が響いた後には、表面に浅いひっかき傷ができただけだ。

 

 クックルはアルフレッドへ斧を持たない左腕でフックを繰り出す。反撃を読んでいたアルフレッドはマインゴーシュでいなすが、拳圧で生じた風は必要以上にアルフレッドの身体を後退させた。

 

「……ッ!」

 

 受け流しきれない衝撃で手が痺れる感覚にアルフレッドは僅かに目を見開く。

 

(なんて力だ……)

 

 先日のがしゃ髑髏の薙ぎ払いを受け流した時よりも残る衝撃が強い。墓場でアドベラによって召喚されたあの悪霊の集合体は、アルフレッドがこれまで相手にしてきた魔物の中でも上位に食い込む手ごわさだった。

 だが、目の前の巨兵はその記録を無造作な一撃で塗り替えた。

 機械で補強されている分もあるだろうが、それ以上に中身の強靭さが無くては成り立つまい。

 

ウィンドブレスト!

 

 ヘルラージュが呪文を唱え、風の古神の加護がパーティ全体を包み込む。

 ルークは軽やかな動きでクックルの大ぶりな攻撃を回避する。

 魔法攻撃が通用しない以上、ヘルは援護に徹していた。

 

 だがクックルとていたずらに斧を振り回すだけではない。

 例え理性が消えていようとも、屈強なハグレの中にある闘争本能はこの弱敵を屠るために最適な攻撃を導いている。

 端から見ればただ暴れ回るだけの行為も、丸太の如く太い四肢で繰り出されれば竜巻にも等しい。

 

 薙ぎ払うように繰り出される斧。

 ルーク達は飛び下がって回避するが、その勢いを利用した回し蹴りと、もう一回転した斧の追撃が用意されていた。

 アルフレッドは間合いを計って回避。ルークもかろうじて捌いたが、斧の追撃がエステルに襲い掛かる。

 

「レイジングウィンド!」

 

 地表より巻き上がる烈風が斧を逸らす。

 回転の勢いを殺し切れなかったクックルは不意に重心が上に動いたことでバランスを崩し、斧はエステルの頭上スレスレを通り過ぎて行った。

 

「ひぃ~……」

「本人に魔法が通じないなら、他のところを動かせばいいのよ」

 

 ミアラージュはそう不敵に言い放った。

 もしかしたら武器には魔法無効化の力がないのではないかという仮定から行った行動は見事に的中した。

 体勢が崩れた隙にエステルが冥界で購入したよく伸びる杖で殴打するが、やはりアルカナとは杖の素材も練度も違うからかあまり効果は見られない。正直に言って焼け石に水だ。

 

「おいおいどうした? まさかそんな体たらくで僕を捕まえに来たとか言うんじゃないだろうね?」

「うるせえ黙れ、お前から先にぶっ殺すぞ!」

「おお怖い怖い。チンピラ崩れは威勢だけは達者らしい」

 

 ルークがドスを聞かせて中指を突き立てるが、はっきり言ってそんな暇はない。この遠距離からマクスウェルを殺す手段など既に20は考えついているが、実行に移せばアルフレッド一人に対応を任せることになるし、クックルがインタラプトする可能性も高い。

 クックルは巨体だが、鈍重ではない。筋肉とはすなわち脚力であり、体格の大きさはつまり間合いと歩幅の大きさだ。理性が飛んでいるせいで急な状況の変化への反応は遅れるが、極限まで発達した筋肉が生み出す速度は神速。ルークの反射神経とアルフレッドの俊敏性、どちらが欠けても拮抗は崩れるだろう。

 

「なあ、これいっぺん引いたほうがいいんじゃねえか!?」

「確かに、私たちだけじゃ決定打が無いかもしれないわね」

 

 何度も打ち合いを続け、一向に傾かない戦況に撤退の選択肢が見え始める。

 

 外にいるジュリア達と合流すればまだ対処の余地はある。

 デーリッチ達が駆けつけてくれれば勝ち目が見えてくる。

 生きて情報を持って帰れるならば、討伐の可能性はいくらでも出てくるだろう。

 

「とは言っても……こいつを放置するほうがもっとヤバいでしょ」

「はい。この魔導兵を止めなくては、どこかで被害が確実に出ます」

 

 居場所が割れたマクスウェルが大人しくするはずもない。

 ルーク達が退却して時間を与えてしまえば、その間にマクスウェルはクックルを帝都に解き放ち大規模な破壊テロに移るだろう。そうなれば被害を最小限に抑えるという目的は達成できなくなる。もし撤退するにしても、この魔導兵を機能停止に追い込まなくてはならない。

 

「どうにか一発、デカいの決めるしかないわね」

「それなら狙うは当然……頭よね。できるかしら? ルーク」 

「オーケーオーケー。死ぬ気で頑張りますよっと」

 

 有効打を叩きこむため、彼らは陣形を組みなおす。

 その様子を見てもマクスウェルは己の優勢を疑わない。彼は無限に調子に乗り続けている。

 

「よく足掻く。でもさ、気づいてるんだろ? コイツの腕力も防御もスタミナも、お前たちが全員分を軽く上回っているってことにさ!」

 

 

 クックルは無敵だ。

 魔法は効かない。物理は叩き潰す。

 あらゆる敵を正面から粉砕する、まさに夢の最強兵器。

 

 だから相手がどんな作戦を練ってこようが意味はない。

 そんな自信に満ちているからか、ルーク達の作戦についても特に注意を払わなかった。

 いや、注意したところで細かい指示を下すことはできないのであまり意味はないのだが。

 

 そして次の瞬間、マクスウェルは驚愕に目を見開くこととなる。

 

 痺れを切らして襲い掛かるクックルの前に、アルフレッドが立ち塞がった。

 クックルの猛攻を巧みな剣捌きでいなし、攻撃の手を自分一人に引きつけている。

 

 その間にヘルが圧縮された詠唱を一息で終える。

 禍神降ろし。物理アタッカーを超強化する大魔術を受けたルークが禍々しく力強いオーラを身に纏う。

 

 クックルの横へ回り込むルーク。

 目の前のアルフレッドに夢中になっているクックルはそれに気が付かない。

 

「クエイク!」

 

 見計らってミアが大地励起の魔法を発動する。 

 地形そのものを変化させる術には装甲も効果を為さず、足元を崩されたクックルの身体ががくんと崩れる。

 

「今です!」

 

 メニャーニャは今が好機だと合図を送る。

 ルークは跳躍し、クックルの丸太めいた太さの腕を蹴ってもう一度跳躍。

 

 

 狙うは一点。

 急所目掛けた会心の一撃。

 

 

 ルークはクックルの肩に着地し、その勢いのまま屈強な首筋へと刃を突き立てた。

 

「……くそっ」

 

 ルークは苦し紛れに悪態をつく。

 奇襲は上手くいった。上手くいったが、それまでだ。

 クックルが頑強なのは鎧だけではない。そもそも、クックルはほとんど生身でありながら剣も槍も矢も通さないような頑強さを誇る存在として暴れ回った男だ。その岩の如き筋肉は首も例外では無い。首の駆動部を覆っているミスリル繊維を切り裂き金剛のように固い皮膚を貫いた短剣は、しかし数ミリほど食い込んだところで止められていた。

 

「はは、クックルの頑丈さを侮ったな!」

 

 マクスウェルの嗤い声が聞こえる。

 ルークはさらに短剣を押し込もうとする。この回復力でどれだけの致命傷になるかは分からないが、少しでも大きな深手を与えるために力を込める。

 

ゴアアアアアアアアッ!(#゚∋゚)」

 

 クックルは煩わしそうに身をよじり、その巨体に圧縮された気を一息に解き放った。

 なんと凄まじき筋肉!

 

「ぐおっ」

 

 肩にしがみつこうとするルークだったが、筋肉の脈動に呼応して放たれた屈強なマナの圧力によって振り解かれ、宙に投げ出される。

 

「そら、早速一人脱落だ」

 

 空中で身動きの取れないルーク。

 クックルは獲物を捕らえた猛禽の如く目を細め、斧を振りかぶった。

 

「ごッ…………!」

 

 豪腕の一撃を腹部に受け、ルークの身体が吹き飛ばされる。

 その勢いはすさまじく、石壁を砕いて通路にまで突き出るほどだ。

 

「ルーク!」

「ヘル、あなたはアイツの側に行ってあげなさい!」

「でも、それじゃあ……」

 

 ヘルは当然ルークの側に駆け寄りたい。

 だが自分が欠ければクックルに攻撃を通す手段が無くなることも理解している。私情で戦況を傾けるわけにはいかないのだ。

 

「ここは私たちに任せて、ヘルちんは早くアイツの側に行ってやりな!」

「……ごめんなさい、任せました!」

 

 仲間の言葉で決意が固まり、ヘルは瓦礫を越えて姿を消した。

 

「おっといいのかな。大事な戦力を向こうに行かせてさ」

「構いませんよ。ルークさんの行動は確かに次に繋がりました。後は私たちでどうにかしますとも」

「……? たかがかすり傷一つ負わせた程度で、勝った気になられても困るんだよねえ」

「そうですか……それじゃあ、サンダー

「おいおいさっきの一瞬で忘れたのか? お前たちの魔法じゃコイツには効かないって……何ッ!?」

 

 メニャーニャが呪文を唱え、電光が迸る。

 対魔法装甲に阻まれるかと思われた雷は、ある一か所に吸い込まれてクックルを焼いた。

 

「私たちは先生みたいに力押しはできません。できることといえば、こうして隙間を作ってねじ込むぐらいしかとてもとても」

 

 首の関節部。その隙間に突き刺さっていたルークの短剣。

 クックルの体表面で唯一防護障壁の加護がないそれを避雷針のように扱うことで、内部に電撃を通すことに成功した。

 

 機械鎧の内部回路に強い電流を流し込んでショートさせる。それがメニャーニャの狙いだった。

 

■■■■■■■■■!?

 

 初めて上がるクックルの苦悶の声に、マクスウェルは狼狽する。

 まさか、まさかこんなところで敗れるのか?

 

 自分が手掛けた最強の兵器が。

 自らのものにした最強の生物が?

 

 バツン。と何かが弾ける音がして、クックルが沈黙する。

 見れば首筋の辺りからバチバチと火花が散っている。素人目に見ても機械がダメになったことは明白だ。

 

「……やったか?」

「先輩、それフラグです」

 

 

 刹那の沈黙。

 ごくりと誰かが息を呑んだ瞬間、クックルの眼光は鋭く光った。

 

 

ゴアアアアアアアアッ!

 

 

 再びの咆哮。

 脈動する筋肉。

 鼓膜を破りかねないその声には、限りない怒りの感情が満ちていた。

 

「げ、コイツまだ動くのかよ!」

「止むをえません、こうなったら一度体勢を……うわっ!?」

 

 メニャーニャの言葉は途中で遮られた。

 

 クックルは眼前に斧を叩きつけ――爆発が起こる。

 瞬間的に圧縮されたマナの解放。

 爆発の直撃は受けなかったが、エステル達四人は爆風によって部屋の端まで吹き飛ばされた。

 

「は、ははっ。驚かせやがって…。だがいいぞ、クックル! そのままあいつ等を踏みつぶせ!」

 

 突然の事に理解が追い付いていなかったが、すぐに調子を取り戻し指示を出すマクスウェル。

 クックルはその言葉にピクリと反応し、くるりと振り向いた。

 

「何ぼうっと突っ立っている!? 早くあのピンク髪どもを叩き潰せ!」

 

 いう事を聞かないクックルを急かす。

 クックルの表情はフルプレートヘルムに覆われて伺うことはできない。

 

 しばしの沈黙の後、クックルはゆっくりと歩き出した……マクスウェルに向かって。

 

 

「……おい? 相手が違うぞ。お前が潰すのは向こうの奴らだ、わかってるのか? 行けッ!」 

 

 だがクックルは止まらない。

 屈強な鳥人はどういう訳か自らの意志を持ってマクスウェルの方に歩いてきている。

 

 

「おい、忘れたのか? お前の主人はこの僕だ! なのになぜ言う事を聞かない!?」

「……あっ」

 

 その時、取り巻きのベルベットが何かに気が付いたように声を漏らした。

 

「なんだベルベット!?」

「いやあの、マクスウェルさん。大変言いにくいことなんですが……」

「何だ!? もったいぶらずに言え!」

 

 しどろもどろな取り巻きの様子にマクスウェルは苛立ちながら急かす。

 ベルベットは非常に言いづらそうにしながら、予想を口にした。

 

「さっきのメニャーニャさんの電撃……首筋に当たったんですよね? そしてそのまま魔導鎧の内部に流れて……。だとしたらそのう、魔導鎧に組み込んでいたクックルの思考を制御していた装置が破損した可能性が……」

 

 

 

「…………は?」

 

 

 

「つまり今、クックルはマクスウェルさんの制御下にないどころか、もしかしたら命令したことを怒っているのではないかと……」

「おい、おい……そんなバカな。ふざけんなよ!」

 

 クックルは自らを見世物扱いにした貴族に反乱したハグレだ。

 そんな彼を拘束し、あまつさえ上から目線で道具扱いしたマクスウェルは、何処からどう見ても憎悪の対象だ。そのことは分かっていたからこそ、マクスウェルは思考を制御する装置を取り付けたのだ。

 もしそれが何らかの要因で失われたら? 考えるまでもない。

 

「止まれ、止まれっ! 止まれって言ってんだよ!」

 

 必死の制止も虚しく、クックルは止まらない。

 

「ぼ、ボクはもうわかんないんです。なのでここは避難が一番なんです!」

「……すいませんマクスウェルさん。一応借りはこれで返したと言うことで、わかってください」

「は、はぁ!? 待て、お前たちだけ逃げる気か!?」

 

 ベルベットとビロードはスタコラと逃げていく。

 もとより弱みに漬け込んで従えた連中だ。こうなってしまっては、見放されるのは当然だったとも言える。

 

 運の悪い事に、解放戦線の幹部メンバーはこの場にはいなかった。

 

 ザナルは別のアジトに移動し、ジェスターもまた同様にどこかへと向かった。

 アプリコは……いたところでマクスウェルを助けるかも怪しい。

 

 使えるホムンクルス達は、当然だがエステル達に突破されている。

 

「く、……くそっ、こうなったら仕方ない。僕が殺されるなんて冗談にも程がある」

 

 マクスウェルは右手にある機械を見せつけるようにして言った。

 

「おいクックル、ボクの手にあるものがわかるか? これはお前の鎧を制御するためのリモコンだ。万が一の場合、このスイッチを押せばお前の着ている鎧が爆発するようになっている! 折角檻から出られたのに死にたくないだろ? だから僕の言う事を聞け!」

「…………( ゚∋゚)」

 

 勿論その言葉はハッタリだ。

 

 いや、自爆装置があるのは本当の事ではある。マクスウェルの持つリモコンのスイッチが押されれば、魔導鎧の動力源は過剰駆動し、オーバーヒート後もって五秒で爆発。屈強なハグレの身体を焼き尽くす。だが問題なのはその威力で、膨大なマナで駆動する鎧が自爆すればその影響は周囲にまで及ぶ。マクスウェルが安全を計るには、少なくともこの建物から出る必要がある。当然そんなものを悠々と見過ごしてくれる筈がない。

 だからこれはあくまで脅迫。流石に命を握っていることをわからせれば矛先を変えるぐらいはしてくれるだろう……。

 

 

 そんな甘い考えの返答は振り下ろされた斧だった。

 

「――え?」

 

 ぶしゃり、と鮮血が舞う。

 一拍置いて床に落ち、ごろりと転がる細いナニカ。

 その先端にはさらに五本の細かい棒が付いており、その中心にはスイッチのついたリモコンらしきものがある。

 

 それが失われた自分の右肘から先であることを、三度ほど視線を交互させてマクスウェルはようやく理解した。

 

「うわああああああああああ!? 血が、手が、僕の腕が!?」

 

 ぐしゃりとリモコンが腕ごと踏みつぶされる。幸か不幸か、自爆装置への信号が送信される前にリモコンはその生涯を全うしたらしい。

 

 何度も何度も。クックルの大きな足はマクスウェルの右手を執拗に踏み付ける。

 自分の腕だったものの骨が砕け、肉がつぶれる音を聞いて、マクスウェルは痛みに悶える暇もなく一目散に逃げ出した。

 

 

 

 肉のペーストを作り上げた後、クックルはふと周囲にあの男がいないことに気が付いた。

 

 理性は完全に消えているが、それでも彼の中には傲慢な弱者たちへの憎悪と憤怒が渦巻いている。

 それはもはや、長い投獄生活の中で組みあがった本能と言ってもいい。

 

 真新しい血痕が、通路の先まで続いている。

 そして僅かに走る音と、つい先ほどまで自分に命令を下していたあの貴族の男の情けない声が強化されてさらに鋭敏になった聴覚に伝わってきた。

 

 獲物はまだ、生きている。

 ならば、どうする?

 

「…………」

 

 野生の狩人の本能に従い、クックルは一歩を踏み出した。

 

 

 

 

 

 

「なんだよ……なんだんだよぉ! なんでこんなことになったんだよぉ!」

 

 全てが自業自得であることを棚に上げ、マクスウェルは喚き散らしながら走る。

 

 機関室を抜けて通路に出る。

 途中、戦闘不能になったホムンクルス達の中から息のあった者たちが何名か起き上がってくるのが見える。

 後ろからは壁の破砕する音が聞こえる。どうやらクックルは道中の障害物を無視してマクスウェルの跡を追跡し始めたようだ。

 

「おい、何を寝ているんだお前たち! クックルが、クックルが来る! 暴走しやがったあの野郎を止めろ!!」

 

 慌てて出した命令に、ホムンクルス達はほんのわずか怪訝な顔をするが、命令を遂行するべく彼の逃げ道を確保するべく武器を構えた。

 

 走って走って、ひとまずは撒けたか……。

 

 

 

「ふざけるな……ああくそ、僕の腕がどうしてくrKABOOOOOOOOMM!!

 

 

 

 直後、背後の壁が爆発と共に砕け散った。

 ばらばらと砕ける魔導鎧の残骸に、先ほどまで兵士たちだった肉片が撒き散らかされる。

 巻き上がる粉塵の中からゆっくりと進み出てきたその影は、ただ殺意に満ちた目でマクスウェルを見つめていた。

 

■■■■■■■■■!!

「うわああああああ! 来るなあああああああああ!」

 

*1
投擲装備。とても小さいらしい




はい。まだクックル戦は続きます。
というか三日目は大体クックル戦です。

感想、ここすきよろしくお願いします。


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その65.帝都動乱・三日目(3)

感想やここすきがあると執筆の励みになります。
誤字脱字報告もありがたいです。


()ってえ。死ぬかと思った」

 

 

 エステル達が合流して一言、ルークはそうぼやいた。

 

 斧を受けたのが空中だったこと。魔物の素材を用いた強化繊維で作られたスーツと、肌着の上に仕込んである鎖帷子が功を奏していた。そして理性のない力任せの一撃だったことで受け流しで分散できたこと……などの理由が合わさり、どうにか致命傷は避けることができたルーク。そこにすかさず駆け付けたヘルの回復魔法によって、ある程度までは持ち直しているようだ。

 とはいえ、受け身に用いた左腕はしばらく使い物にならず、できることといえばこうして悪態をつくぐらいなのだが。

 

 

「うっわ、あれで痛いで済むとか……本当、ハグレでもないのにゴキブリみたいな生命力ね」

「ひっでえ言いぐさだな。ヘルがいなけりゃあのままお陀仏だ」

「お陀仏って何よ」

「和国の弔い文句らしいぜ。薙彦か柚葉さんにでも聞いてみろ。それで、あのデカブツは? マクスウェルの野郎はどこ行った」

「いやあ、えーっと、その……」

 

 エステルはどこから説明したものか迷う。

 なにせクックルが巻き起こした爆風に飲み込まれて意識が断絶し、目が覚めたらマクスウェルもクックルもいなくなっていたのだ。

 直前に聞こえた彷徨や悲鳴、破壊された壁、瓦礫とともにあった血痕と肉片などから大体の事情を察したエステル達は、痛恨の一撃を喰らったルークと、手当てに向かったヘルラージュと合流することを優先した。

 

「一言で言いますと、あのクックルという魔導兵が暴走しました。マクスウェルは施設外に逃亡。クックルはその後を追っていきました」

「どういうことだ?」

「どうやらあいつ、鎧と薬で無理やりいう事を聞かせてたみたいなのよ。そんでメニャーニャが電撃浴びせたおかげで洗脳装置がぶっ壊れたみたいね」

「それでも正気とは思えなかったけどね。そうして制御できなくなったクックルがマクスウェルを襲って、逃亡劇の始まりってわけ」

「オイオイ……そりゃヤバくないか? マクスウェルが逃げたなら、アレも街に出るってことだろ? あれがマジで()()クックルなら、帝都の中で暴れ回るぞ」

 

 現状を把握して冷や汗を流すルーク。その言葉の根拠はクックルというハグレの存在を知っていることから来る嫌な予感だった。

 

「ルーク、あのハグレについて知ってたの?」

「知ってたつーか、思い出した。昔アプリコさんが言ってたんだよ。ハグレ戦争で自分たちのいうことも聞かずに暴れ回って、無駄に被害を出す手に負えないハグレがいるって。そいつがクックルだ。最後に反乱軍が軒並み鎮圧された後で帝都が出してきた英雄とやらの活躍でとっ捕まったって話だ」

 

 それほどまでに狂暴なハグレを制御していたというのならば、マクスウェルのあの自信も頷ける。

 ルークが記憶の隅から引っ張りだしてきた情報を聞いて、一同はクックルの危険性を再認識した。

 

「本当に不味いですね……その話が本当なら、クックルが帝都で暴れることは確定です。マクスウェルについても、殺されてしまっては情報が得られません。目的は変わらず、マクスウェルの確保および魔導式殲滅兵クックルの排除。急いでジュリアさん達と合流しますよ」

 

 

 

 

 一方そのころ。

 

 研究所の正門にて陽動を引き受けていたジュリアたちは、施設内の大きな爆音を聞いていた。

 彼らの周りには見張りの兵士たちが十名ほど倒れており、すでにこの辺りでの戦闘が終わったことを意味していた。

 

 

「おっと、ルーク達もやってますねえ」

「しかしこれだけ大きな爆発となると少し不安だな」

「アルもいるし、大丈夫だろ」

 

 裏手のほうから右手を押さえて走り去っていく人影が見えた。

 上等な身なりをした金髪の後ろ姿は、まさにお目当ての人物の姿だ。

 

「ジーナ、あれはマクスウェルじゃないか?」

「ああ。やっぱり見張ってて正解だったね」

「しかし待ってください。彼、何やら負傷していませんか?」

「なおさら捕まえやすくて結構」

 

 ジュリアとジーナは、マクスウェルを捕まえるために走り寄る。

 

「止まれ!」

「ひっ、ひあぁ!」

 

 それに気が付いたマクスウェルが怯え切った声を上げる。

 ジュリア達に詰め寄られ、逃れようともがく。その右腕はひじから先が無残にちぎれており、悲惨な傷口には魔法による止血の痕跡が見えた。

 

「やはり逃げてきたか、だがここまでだ。観念しろ!」

「た、頼む。放してくれ」

「うっさいよ。いいからお縄につけ」

「やめろ、やめてくれ。今すぐここから逃げないと、あいつが、あいつが来る……!」

「あいつ……?」

 

 ルーク達から逃げてきた、にしてはどうにもおかしいマクスウェルの様子にジュリアは訝んだ。

 

 

 その瞬間である。

 

 

 KaBooooooM!!

 

 壁を破壊し、地響きを錯覚するほどの足音を鳴らして全身鎧を身に着けた巨大な人物が飛び出してきた。

 

 

「なんだこれは!?」

「魔導兵? にしてはずいぶんと大きいじゃない」

 

 唐突に表れたその巨大な人物にジュリア達は一斉に警戒する。

 外見から察するに、これはマクスウェルが用意した魔導兵器。

 ――なるほど、ルーク達はこれの相手をしているうちにマクスウェルを逃がしたか。そう考えるジュリアだったが、半ば狂乱したマクスウェルの叫びがそれを否定した。

 

「来るなっ、来るなっ。こっちに来るなああああああ!」

 

 脱兎のごとく走り去るマクスウェル。

 それを見た巨人はさらに興奮し、ジュリア達には目もくれずどしんどしんと跡を追いかけていく。

 

 そのあまりの圧力に身構えていたジュリア達は反応が遅れ、瞬く間に彼らは姿を消してしまった。

 

「一体なにが起こっている?」

「ジュリアさん!」

 

 かけられた声に振り向けば、今しがた空いた穴からメニャーニャ達が飛び出してきた。

 

「君たち、これは一体……」

「ごめんジュリア。マクスウェルを逃がしたわ。そして奴が従えてたハグレが暴走して今マクスウェルを追ってる。このままだと追いつかれてあいつが殺されるし、街中であのハグレが暴れ出すわ」

「簡素な説明ありがとうエステル。しかし、ルークがそこまでボロボロにされるとは、どうやら相当強力な相手のようだなあのハグレは」

「マクスウェルが言うには、中身はあの鳥人クックルらしい」

「なんだと? アレがあの伝説の……」

 

 傭兵たちの間でも語り草として伝えられる存在に、ジュリアは驚愕を露にする。ハグレ戦争を経験してきた傭兵たちはジュリアの先輩方にあたり、彼らはそれぞれ相手にしてきたハグレとの戦いを武勇伝としていた。

 だがその中で、「クックル」というハグレだけはみな一様に恐怖の象徴として語るのだ。

 

 『アレを一度目にすれば大体の魔物はワンちゃんのようなものだ』『同じ生き物を相手にしているとは思えなかったぜ』『同僚は一目見ただけで逃げて行ったよ』

 

 そんな様々な形容のされ方は、もはや悪魔や魔神に対する言葉である。

 実際、ジュリアからすれば、クックルが発した圧力は魔人か何かと錯覚するほどだった。

 

「あれがアプリコさんの言っていたクックルとやらですか」

「どうだ薙彦、ぶっちゃけお前を一番頼りにしてるんだが」

「それは実際に刃を交えてみないことにはなんとも」

 

 薙彦も少しばかり考え込んでいる。ひと際抜けた実力を持つ彼であってもクックルは尋常の相手ではないようだ。

 

「とにかく急いで後を追おう」

「そうですねえ。あのままだと……商業区に突っ込みますか」

 

 既に姿は見えないが、クックルの後を追うのは問題ない。だって向こう側から建造物を破壊する轟音が聞こえてきているのだから。しかもその音はどんどん遠ざかっている。音の方角から察するに商業区のほうに行くのは時間の問題だ。

 

「先輩は協会に向かって応援を呼んできてください。私たちは商業区に向かいます」

「わかったわ」

「それとルーク、左腕をやられたらしいが大丈夫か?」

「ひとまず骨だけは何とかってとこですね。まあ、足手まといにはならないようピンクのほうに着いてきますよ」 

「そうか、分かった」

 

 即決即断。

 方針も決め終わり、ジュリア達はその場を去る。

 残された二人も、協会へ向かう準備をする。

 

「さて、ここからだと結構距離があるな」

 

 南側の通行門を通れば召喚士協会は目の鼻の先だが、ここは工業区北側のはずれ。最短距離はともかく、通りを走っても三十分はかかる。

 

「辻馬車とかあればいいけど……お、こんなのがあったわよ」

「自転車か。珍しいな、なんでこんなところに」

「さあ? でもちょうどいいから使わせてもらいましょう」

 

 エステルは目ざとく、敷地の端にあるものを発見する。

 それは二つの車輪が前後につき、その直線上の中心にハンドル、鞍と鎖で連結された車輪を動かすためのペダルがある平面的な二輪車。すなわち自転車だった。

 召喚によっていくつか持ち込まれ、馬の代用として目される乗り物。街中で商人が台車と連結して使っていることが多いが、製造技術の高度さや道路整備の問題から未だに市井には普及していない代物である。

 

「おいおい、お前自転車乗れるのか? 前にサーカスで乗ったことあるけどよ、結構バランス取りにくいぜ」

「要は真ん中に乗って漕げばいいんでしょ? こんな風に」

 

 どこから湧いてくるのか不明な自信に満ちた様子で、エステルはサドルに腰を下ろす。

 そして地を蹴ってペダルを踏み、キコキコと見事に漕いでみせる。ルークですら二回は転倒したというのに、なんと恵まれた運動神経だろうか。

 

「ほら、簡単よ」

「それでどうにかできるのはお前ぐらいだろ」

「できるからいいのよ。ほらルーク、さっさと後ろに乗って」

「へいへい」

 

 ルークは荷台に腰掛け、エステルの肩に手を置く。

 

「変なところ触ったら蹴り落とすからねー」

「お前の体に欲情するほど飢えてねえよ」

「はいはい。おっし、行くわよ! しっかり掴まってなさい!!」

 

 エステルは勢いよく地を蹴り―― 

 

 

 進路上にあった小石に車輪が乗り上げ、エステルたちは盛大にコケた。

 

 

 

 

 

 

 帝都商業区。

 

 式典も明日に迫ったことで、市街地の賑わいは最高潮を迎えている。

 

 日常の裏で起こる戦いに気がつくこともなく(つい昨日に漏れ出したが)、人々はこのめでたい時期を楽しんでいた。

 

 だが、その喧噪は今、阿鼻叫喚に上塗りされようとしていた。

 

「いてっ」

「おいおい、気をつけろよ」

 

 弟者が後ろから走ってきた何者かと肩をぶつける。兄者が注意するが、その人物は一瞥しただけでよろめきながら走り去っていく。

 

「なんだあいつ……」

「ところで兄者、なんか騒がしくねえか?」

「そうか? 最近はこんなもんだろ……」

 

 兄者がそう言った途端。

 後ろから大きな破壊音と、絹を裂くような悲鳴。

 自分の後ろを見ていた人々は目を丸くし、追い抜くように逃げ去っていく人もいる。

 たった一日ぶりの、なんらかの異常事態が起こっている。

 それも、きっと自分たちのすぐそばで。

 

「……なあ、弟よ」

「なんだ兄者?」

「俺は今、すごく後ろを見たくない」

「奇遇だな。俺もだよ」

 

 だらだらと脂汗を流しながらの言葉に、弟者は頷く。

 

「そうか。でも確認しないことには何が起きたのかわからないな」

「そうだな。それじゃあ二人一緒に見るのはどうだ?」

「そいつは名案だ」

「ああ。俺たちだからできることだよな」

「「流石だよな、俺たち」」

 

 などと強がりを言いつつ、

 

「それじゃあいっせーので向くぞ」

「「ああ。いっせーの――」」

 

 

 そうして後ろを振り向いた流石兄弟が見たものは、

 

 

 建物を破壊し、屋台を蹴散らしながらこちらに迫ってくる、

 

 

 機械の鎧に全身を包んだ巨漢だった。

 

 

「「――うわあああああああ!?」」

 

 

 咄嗟に出た叫び声も、二人同時だった。

 

 

 

 

 

 

 商業区の一角。

 突如として工業区のほうから出現した巨人によって、辺りは騒然とした有様となっていた。

 逃げ出す人。遠巻きに見つめる人。

 そして、武器を手に立ち向かう人。

 

「止まれ!」

「我々は騎士団だ! 貴様の所属を言え!」

「今すぐにその武器を地面に捨てろ! さもないと……」

 

 巡回の任務に就いていた騎士たちが、騒動の中心を見咎める。

 

 とはいえ、さすがの威圧感に彼らも若干だが腰が引けている。

 それでも相手をしっかりと見据えているのは、さすが訓練が行き届いた騎士と言えるだろう。

 

 彼らからすれば、帝都を反乱分子が脅かしている中で帝都の護衛を行うこの状況は、自分たちの忠義と武力を証明できる晴れ舞台だ。

 だというのに、雇われ衛兵たちが次々とA級指名手配犯を仕留めてきている現状は内心穏やかにあらず。

 ようやく現れた相手に、騎士団の面目を保つために彼らも必死だった。

 

 だが、相手が悪いとしか言えない。

 騎士たちが知る由もないが、目の前にいるのはかつて帝国を脅かした狂戦士。

 武器を構えながら自らを包囲する兵を、クックルは無言で眺めている。

 

「……」

 

 朦朧な意識の中、クックルは目の前の相手の姿を認める。

 

 かつて幾度となく立ちふさがり、剣と槍を振るってきて、そのたびに叩き潰してきた弱兵の群れ。

 だが最終的に自らを縛り上げ、狭い穴倉に押し込めた集団。

 傲慢な貴族たちの言いなりになって自分を束縛しようとしてきた兵隊たち。

 

 つまり、自分の敵だ。

 憎んでも憎み足りぬ、束縛者たちの群れだ。

 忌まわしい、圧制者の走狗だ!

 

 

「■■■■■■■■■!!」

 

 

 そう気づいたら答えは簡単だった。

 自分は今、戦場にいるのだ。

 場所は市街地。破壊するべきものに溢れた敵の巣。

 目の前に立ちふさがる雑兵を蹴散らし、その後ろで尻尾を巻いて逃げようとする高慢な貴族に怒りをたたきつける。

 

 いつもと同じように、ただ心から湧き上がる衝動のままに!

 

 

「従わぬならば制圧する――がッ!?」

 

 

 最初に前に出た騎士が、斧の一撃を受けて宙を舞う。

 腹部がひしゃげた騎士は、そのまま地面に叩きつけられて動かなくなる。

 

「な、貴様ぎゃあっ!」

「ハヤック!? シサンタ!? くっ、おのれ!」

 

 続けざまに吹き飛ばされる騎士。

 仲間が次々と蹴散らされることに驚愕を隠せない騎士ワイヨー。だが勇気を振り絞ってクックルが斧を振り上げた隙をついて切りかかる。

 しかし斧を振り上げると同時に反対の足で繰り出された前蹴りによって阻まれてしまい、その間に振り下ろされた斧の衝撃が彼を後ろに転ばせた。

 

 

「■■■■■■■■■!!」

 

 

 咆哮が響く。

 瞬く間に帝国の誇る騎士を倒した怪物に、人々は蜘蛛の子を散らすように逃げ出した。

 逃げ惑う人々にクックルは興味を持たず、ただマクスウェルの痕跡を鋭く捉えて前進する。

 

 

「何だこの有様は!?」

「そこのデカイの、止まれ!」

 

 と、2ブロックほど進んだあたりで騒ぎを聞きつけた騎士たちがあちらこちらからやってくる。

 無残な姿を晒した仲間の姿を見て、彼らは一斉にこの巨兵を制圧対象だと認識する。

 

 

「さてはこいつが例の魔導兵とやらか!」

「よくも我らが同胞を、許せん!!」

「総員囲め、僅かな傷は回復すると聞く。一斉にかかるぞ!」

 

 そこで追いついたジュリアは、騎士たちがクックルを包囲している光景を目にして思わず叫んだ。

 

「よせ君たち! そいつは普通の相手じゃ――」

「突撃!」

 

 号令に合わせて騎士たちが殺到する。

 普段ならば魔物も一方的に倒しうる騎士団の集団戦法は、しかしこの鳥人には蟻にたかられるに等しかった。

 

 クックルは目の前の騎士Aに斧を振り下ろす。騎士Aは咄嗟に盾で受け止めようとして、そのまま盾ごと叩き潰される。その直後に騎士Bと騎士Cの剣が胴体に振り下ろされるが、魔法合金の鎧と増強された筋肉を突破することは敵わない。そして斜め右に振り上げられた斧の一撃が騎士Bを打ち上げ、踏み込みで騎士Cを蹴り飛ばしながら追撃の一撃で真っ二つにする。

 そして振り向くと同時に巨腕が騎士D、E、Fをまとめて薙ぎ払い、左わき腹に取り付こうとした騎士Gを掴んで上半身を握りつぶす。血と鉄のオブジェとなった肉を投擲武器として前方の騎士たちにぶつけて道を開ける。

 

 あまりに一方的な蹂躙。

 血と肉が散乱する屠殺場。

 屍と瓦礫を積み重ねつづけるその光景は、十年前の再来だ。

 

「な、なんだこいつはぁ!」

「ば、化け物だぁ!」

 

 まるで刃が立たない相手を前に、騎士たちは後ずさり始める。

 かすり傷の一つでも追ってくれればまだ奮い立てようがある。

 だが現実は鎧すら突破できない有様。

 騎士団も魔導鎧についての知識は共有しており、その対策も十分に考えてきた。

 だがこのクックルは鎧も中身も特別性。帝国騎士団を容易に壊滅できるとマクスウェルが豪語するほどの性能を誇っているのだ。そして当のマクスウェルにすら制御不能だというのが余計に手に負えない。

 

 そんな怪物に対抗するならば、やはり常日頃から冒険に身を置く者たちの力が必要不可欠である。

 

 

「おらどいたどいた!」

「そいつの相手は俺たちに任せな!」

 

 人ごみを掻き分けてやってくる二つの筋肉有り。

 ニワカマッスルとジョルジュ長岡。腰ミノ一丁の牛人と、擦り切れた胴着を着こなす太眉な巨漢。見るだけでもう暑苦しくなる組み合わせだ。

 

 騒ぎを察知し、いち早く駆け付けた漢たちは騎士たち相手に無双するクックルに正面から立ち向かう。

 

「おお、こいつはひでえな……」

「だがすげえ筋肉だ。見えなくとも俺たちにはわかる」

「ああ、鎧なんかで隠すにはもったいねえ筋肉してるぜ」

 

 かなづち大明神に匹敵する背丈から発せられる威圧感に、ニワカマッスルは筋肉を盛り上がらせて対抗する。ジョルジュも得物である魔鎖をひゅんひゅんと振って調子を確かめる。

 

「マッスル! ジョルジュも!」

「待たせたなジュリアさん、力比べなら俺たちの出番さ!」

「ひっさしぶりだなジュリアちゃん! また髪が伸びたか。その鎧の下にある見事なおっぱいも元気に育ってるか?」

「君も相変わらずだな! そいつはマクスウェルの自信作だ、気を付けてくれ!!」

 

 応! という勇ましい声と同時に、巨大な筋肉のぶつかり合う重い音が響き渡った。

 

「……さて、彼らが押さえてくれている間に私たちもできる限りのことをしよう」

「マクスウェルの確保か?」

「それもだが、まずは避難誘導と負傷者の救護をする。

 特に君たちに任せたいのだが、いいだろうか!」

 

 ジュリアは無事だった騎士たちに声をかける。

 

「は、はい!」

「我ら帝国騎士団、率先して市民の方々を誘導いたします!」

 

 部隊が半壊したことで動揺の収まらない騎士たちは、歴戦の貫禄を持つジュリアに気圧され言われるままに市民の避難誘導へと向かう。

 メニャーニャはその傍らで息のある騎士を見つける。

 

「召喚士協会のメニャーニャです。立てますか、ブリゲイド三番隊長」

「……ぐ、メニャーニャ特務召喚士か。君たちの手を借りることになろうとは市街の守りを担っておきながらなんたる不覚……」

「負け惜しみを言えるなら大丈夫ですね。それでは騎士団の方々の統率をお願いします」

 

 立ち上がったブリゲイドに現場指揮を任せ、メニャーニャはマクスウェルを探し始める。

 あの傷だ。そうそう遠くまでは逃げられていないはず。この辺りにいるだろうが……。

 

「……あ、いた」

「ひいぃ!? メニャーニャ!?」

 

 目と鼻の先。路地裏の陰に隠れるようにしてマクスウェルはうずくまっていた。

 その服装は一層ボロボロになっており、先ほどの混乱の中で揉まれに揉まれたことが伺える。

 

「あ、く、くそっ」

「サンダー」

「ぐわぁあぁ!?」

 

 這いずってでも逃げようとするその背中にプチ雷撃を叩きこんでマクスウェルを黙らせる。

 

「やれやれ、手こずらせてくれた。とりあえず死なない程度には回復させないといけませんね……」

 

 ヘルラージュに回復を頼もうと振り返ったメニャーニャの視界に、勢いよく宙を舞う筋肉が横切る。

 視線を追えば、石畳を盛大に砕いたニワカマッスル。反対側を見れば右手をジョルジュの鎖で封じられたクックルが拳を振り抜いていた。

 

「ニワカマッスルさん!? 大丈夫ですか!」

「ぐおぉ……メニャーニャさんか。腹に一発いいのをもらっちまったが、まだまだ「ぬおぉおぉおぉおぉ!?」っておおっ!?」

 

 瓦礫を振り払いながら立ち上がったニワカマッスル。

 そこに砲丸めいて飛んできたジョルジュが勢いよく衝突する。

 

「……ってて。おっとすまねえな牛くん」

「おうよ。しかしマジすげえ筋肉だな」

「ああ、負けてられねえ。気合いいれるぜ」

 

「ハッスル!」

「マッスル!」

 

 

 ニワカマッスルとジョルジュは互いの上腕二頭筋をぶつけ合って気力を高め合った。二つの筋肉の衝突は小宇宙にも等しい光景を脳裏に浮かばせる。

 

 

「よし、筋肉充填完了! いくぞオラァ!」

 

 

 目の前で繰り広げられた謎儀式に、しばし真顔で硬直するメニャーニャだったが、首を振って我に返ると懐からベル謹製回復ポーションとサヴァイブポーションを取り出した。

 緊急用だが致し方あるまい。マクスウェルの口を強引にこじ開け、一気に二つの中身を注ぎ込む。

 

「……ご、ごぼっ。ごぶふぁ! にがぶはぁっ!?」

「はーいお早うございますクソ野郎。これからあなたに色々と尋ねたいのですがよろしいですね?」

 

 一つですらこの上なく苦いポーションをダブルパンチで受けたマクスウェルはもだえ苦しみながら目を覚ます。

 

「げほごほっ! に、苦すぎる……この僕になんてものを飲ませやがるんだ!」

「良薬口に苦しと言うじゃないですか」

 

 とはいえ、性能向上に合わせて苦みも上げようとする謎のこだわりは理解しづらいが。

 

「ああくそ、クックルはすぐそこじゃないか! こんなところにいられあがさがさかす!?」

「はいはい。まったく油断も隙もありゃしない」

 

 ある程度回復した途端、逃げ出そうとしたマクスウェルだが、メニャーニャは即座に電撃を浴びせて麻痺させ、がら空きの背中を踏みつける。

 

「どうしてわざわざ治療までしたかわかりますか? あなたに色々聞くためですよ」

「……だ、ダメだ! 第一、そんなことをやっている場合か!? アイツの狙いは僕だ。呑気に話なんていていたらお前まで巻き添えを喰らうのがわからないのか!?」

「それは貴方を放置しても同じことです。解放戦線の目的が帝都への侵攻である以上、クックルはここで倒すしかない」

「はあ? お前あいつの強さを見ただろうが! クックルは無敵なんだ。多少仲間が増えたからってクックルに勝てるわけがない!!」

 

 先ほどは自負であった叫びも、今は警告として吐き出される。

 最強の手駒が一転して最悪の敵だ。無理だと叫ぶ気持ちもわからなくはない。

 現に再び挑んでいった筋肉二人組も、まるで藁のように振り回され地に転がされている。

 

 

 

「さてさて、それはどうでしょう」

 

 

 

 マクスウェルのいる路地裏目掛けて突進せんとするクックルの前に、和装の青年が軽やかに躍り出る。

 

 

 

「いやはや、こうして真正面に立ってみれば武者震いも一入(ひとしお)ですね」

 

 

 突然現われた進路上の障害物を排除するべく斧が振るわれる。

 だが薙彦は眉一つ動かさずに薙刀を合わせた。

 

 余波のみで暴風を巻き起こす斧の一撃を、薙刀を滑るように動かして弾いていく。その合理性と精細性を突き詰めた動きに一切の無駄はない。直接刃を打ち合わせるのではなく、側面から流れるように斧を反らしている。

 

 ――柔よく剛を制す。

 大殺陣流の真髄は、強化を受けた異界人の猛攻すらも捌き切ってみせる。

 

「全く……これほどまでに豪快なのは初めてですよ。いなすだけでも腕が重い。我武者羅なようで無駄がない。まさに嵐か大津波。アプリコさんが持て余したのも納得だ。

 

 ――ま、始末しましたが」

 

 三打の切り結びを演じ、僅かな隙の一点を神速の突きが穿つ。

 

 薙彦の筋力のみならず、打ち合った全ての勢いが乗算された一閃。

 反りのある刀身は合金の兜を割り、額を貫いて後頭部から先端を覗かせている。

 ゆっくりと引き抜けば、噴水のように鮮血が吹き出す。

 

 これにて始末仕りて候。

 血と肉脂を払い、残心を決めた薙彦はメニャーニャ達を振り返った。

 

「とまあ、私にはこれぐらいの取柄しかありませんがね」

「お見事です薙彦さん。流石は音に聞こえしナギナタボーイ」

「それほどでも。ですがそうですね。せっかくなら今夜、二人きりで戦功を労い合うなどどうでしょう?」

「生憎忙しいので遠慮しておきます。……というわけで、じっくりとお話の時間と行きましょうか」

「だ、駄目だ……」

 

 マクスウェルは震えた声で首を横に振った。

 

「おや、この期に及んでだんまりを決めるつもりですか? 大した忠誠心だとは思いますが、主犯格である貴方からは聞かせてもらいたいことが山ほど――」

「そうじゃない……そうじゃないんだ……」

「だから何を――」

「その程度の攻撃じゃ……()()()()()()()()()()()()()()()()()!」

 

 

「……え?」

 

 

 思わず、メニャーニャが聞き返す。

 薙彦が素早く長刀を構えて振り向く。

 

 ……そこには、赤い鶏冠を逆立たせ、

 つい今しがた額を貫かれたはずの、 

 鋭い眼光を持つ鳥の顔をした異形が、

 緑色の魔力光を放つ斧を振り上げていた。

 

 

「…………■■■■■■■■■」

 




〇ルーク
 死にそうで死なない。生命力が強いというよりは生き汚い。


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その66.帝都動乱・三日目(4)

感想・ここすき・お気に入り登録ありがとうございます。
皆さんのおかげで10000UAを突破いたしました。
特別編を執筆開始しながら、本編更新でございます。


 

 大きくなり始めた街の喧噪に、アプリコの耳がピクリと動く。

 

「ふむ……クックルが暴れ出したようですな」

「少々予定が早まったが、彼にはあのままクックルを暴れさせてもらうとしよう」

 

 ジェスターが冷徹に告げる。

 彼はマクスウェルがクックルを制御できなくなったことを把握していた。

 というよりは、最初から暴走するだろうという算段を立てていた、というのが正しいが。

 いずれにせよ、マクスウェルの窮地に救援を出すつもりはないようだ。

 

「それではあの小僧が死にますぞ?」

「そうだな。だがそれはクックルを止める理由にはならない。マクスウェルに必要なことは、アルカナを戦いに引っ張り出させ、その手札を一枚でも多く暴かせること。それには命の一つ二つでは到底足りないからな。……まあ、それでも彼が無事逃げ延びたのなら、回収してやるとも」

 

 ザナルの疑問に悠然とした答えが返される。

 それ即ち、マクスウェルを捨て駒にするのと同義である。

 非道な宣告であるが、ザナルは得心が行ったと頷く。

 

 そもそも、召喚人解放戦線が掲げているのは『召喚によって虐げられた者たちの解放』。

 召喚士によってその地位を奪われたザナルも現地人だが賛同する資格がある。だがマクスウェルは元召喚士だ。組織が肥大化しハグレたちの意識も高まりつつある今、召喚士協会の経歴を持つ者を幹部に据えておくのは内部不和を招きかねない。そもそもマクスウェルはジェスター以外の構成員を見下しているきらいがあった。後々のことを考えれば、いっそこの辺りで切り捨てておくのも手かとザナルは考えた。

 

「恐ろしいものですな。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()とは」

「不満か?」

「いえ。むしろ魔導を志した者として、白翼に挑むという我が火炎の真髄を思い知らせる絶好の機会を逃すなどというほうがどうかしていますとも」

 

 相手は魔術師の頂点に位置する存在。そんなものを相手に正道で挑むほうが正気ではない。

 

 ザナル自身、アルカナに対して特に恨みはないが、召喚士協会に与するのであれば敵であり、同時に自らが修めた叡智を試す機会に興奮を隠せなかった。

 ジェスターはそんなザナルを笑って肯定する。その執念こそが、この世界に爪痕を刻み付けるのだから。

 

「その通りだ。そしてかの魔導殲滅兵は彼が至った一つの答え、研究の集大成といえる。仮にその結果にマクスウェル自身が呑まれるというのならば、それもまた結末よ」

 

 これから広がる混沌にむけて、ジェスターは期待の笑みを浮かべた。

 

 

 

 

 

 

 召喚士協会に到着したエステルは、エントランスで親友の名を叫んだ。

 

 

「シノブ、シノブはいる!?」

 

 

 ぎょっとする協会員たちだが、声の主がエステルとわかるや否やすぐに元の作業に戻る。

 誰かがシノブを呼びに向かい、数分と待たずに奥からシノブが顔を出した。

 

 

「どうしたのエステル……本当にどうしたの、その傷?」

「ただ転んだだけよ」

 

 

 エステルとルークの顔にできた擦り傷を見て怪訝な顔をするシノブ。

 まさか不注意運転での転倒とは言えず、適当な言葉でごまかす。

 シノブもそれで納得する。親友が勢い余って生傷を作ることは珍しくないし、切羽詰まっている様子から変に追及する必要はないと判断した。

 

 

「相変わらずそそっかしいんだから……それで、ただ事じゃないようだけどどうしたの? メニャーニャは一緒じゃないのかしら」

「ざっくり言うと、マクスウェルがやらかして商業区にデカイ魔導兵が突っ込んだわ」

「……本当に緊急事態ね」

 

 

 マクスウェルのことだから何かしらの強硬策に出るだろうことは予想していた。

 大体予想通りではある。

 マクスウェルの制御すら外れて暴れている、というのは少々想定していなかったが。

 

 ともあれ、相手が魔導兵ならまだ何とかなる。

 シノブは思考を切り替えて状況の対処を始める。

 先ほどもちょうど、そのための準備を進めていたところだ。

 

 

「あのクックルっていう魔導兵、私たちじゃ手も足も出なかったわ。でもシノブの魔法なら少しは通るはずよ、だから……」

「そうね。それじゃあ着いてきてくれるかしら?」

 

 エステルの予想に反して、シノブは玄関とは正反対の方向に足を進めた。

 

「……え、いや、どこに?」

「メニャーニャの研究室よ。あの子の指示で来たってことは、多分だけど()()が必要になったってことだから」

 

 

 

 

 

 

 振るわれる豪力の斧。

 完全なる不意打ち。薙彦はかろうじて薙刀の柄で防ぐ。分厚い刃が狼牙鉄と石鬼柳で作られた柄の半ばまで食い込むも、その一撃は阻まれていた。

 

 だが、斧槍の穂先が黄緑色の光を帯び……そして爆ぜた。

 

 

「な――」

 

 

 それは極めて小規模な爆発だった。

 だが刃の食い込む薙刀を破壊し、さらに柄を掴んでいた右手を破壊するのには十分な威力であった。

 

「ごはっ……!」

「薙彦!?」

 

 駆け付けてきたジュリアが驚愕する。

 これまで鎧袖一触で薙ぎ払ってきた男が初めて深手を負ったのだ。

 地を転がる薙彦に追撃の前蹴りが突き刺さる。

 爆発の反動を利用した蹴りによって吹き飛ばされた薙彦は空中で直線を描き、その先にあった武器屋の壁を砕いて姿が見えなくなった。

 

 

クルァァァァァァ!

 

 

 まずは一人。獲物を仕留めたクックルが雄叫びを上げ、呼応するように魔導殲滅鎧が動作する。

 だらりと垂れ下がっていたチューブが意思をもったかのようにのたうち、地面へと突き刺さった。

 

「くっ、なんて怪物だ……」

「ジュリア姉!」

「ああくそ、何やってんだあのナンパ野郎は!」

 

 そのままメニャーニャに襲い掛かろうとしたクックルをジュリアが引き受け、さらにアルフレッドとジーナが加勢する。だがそれでも激しさの増したクックルの連撃をいなすのが精いっぱいだ。

 クックルはつい先ほど頭蓋を貫かれて死んだはずだ。だというのに今や血の跡を残すのみで完全に傷が塞がっていた。そのからくりを掴まなければクックルを倒すことはできない。メニャーニャは冷静にその様子を観察する。

 

 

「あいつは……死なないんだ。クックルは不死身なんだよ」

「不死身……? そういう種族ということか? ……いや違うな。一つ聞きますが、あの巨人が纏っている鎧が不死身の仕組みですね?」

「そ、それは……」

「答えろ、これは質問じゃなくて尋問だ。ここでお前をアレに差し出してもいいんだぞ」

「ひィぃ! そうだよ、アイツに着せた特性の魔導鎧だよ! 能力強化は元々のバイオ鎧の性能のまま、他にも色々と手を加えたんだ」

「バイオ鎧とは?」

 

 聞きなれぬ兵器にメニャーニャが問う。

 

「東の世界樹の地下遺跡にあった古代兵器だ。元々は大気中のマナを吸って稼働する兵器なんだ。でもマナが足りないと着用者を取り込んで暴走する。ジェスターのやつはそれを疎んで重火器系統をカットして再生能力と魔法吸収に特化させたんだ」

「ガトリングやグレネードを積んだはいいがコストが賄えず着用者を蝕むとか、過剰兵器としてコンセプトから破綻していますね。……それで、どのように改良したんですか?」

「クックルに着せた魔導鎧は相手からの魔力や大気中のマナだけじゃなくて、地脈や水脈のマナを吸い上げることができるんだ。だから致命傷だろうと回復するんだよ!」

「地脈って……まさか!」

 

 メニャーニャは振り向いて事実を確かめる。

 彼の背中から伸びるチューブ。地面に突き刺さったそれからはマナの光が吸い上げられるように登り、クックルの体に吸い込まれていく。

 そしてその傍らで、石畳みの隙間から健気にも生えていた花や草が枯れ果てていった。

 

 

「な、何考えてるんですかその無茶苦茶極まるコンセプトは!? アンタらが乗っとる予定の国の土地をぶっ殺す気ですか! 馬鹿ですか死ぬんですかつか死ね!!」

「うるさい! 最初からお前たち相手にぶつけていいところで自爆させて諸共に吹っ飛ばすつもりだったんだよ! ()ってももう自爆スイッチもぶっ壊れて止めようがないけどな! はははははははははは!」

「何開き直ってんですか!」

「どうせ見捨てられただろうからな! ああくそ、アイツら最初から僕を使い捨てるつもりだったんだ。何が革命の同志だクソったれ!!」

 

 もはや自棄になってきたのかふてぶてしさすら取り戻す勢いでマクスウェルは叫んだ。

 実際、半分は見捨てるつもりであり間違ってはいない。

 マクスウェル自身、ジェスターに誘われたことで疑問にも思わなかったが、それでも帝国の在り方を憎むような彼らとは多少の意識の差を感じており、この期に及んで救援の一人も来ないことで自分の立場を理解したらしい。

 

「まあ、アナタ達の仲間割れ事情はどうでもいい。私たちが聞きたいことはただ一つ、アレに弱点はありますか?」

「弱点だと? 僕の作った最強兵器にそんなものがあるわけが……」

「ふんっ」

 

 メニャーニャの鋭い蹴りがわき腹を抉る!

 積年の恨みも籠っているため、その威力は普通に痛い!

 

「ぐはっ! ……そ、そうだ。動力源だ! 流石にマナを増幅する炉心を潰されたらアイツの不死身は消えるはずだ! でも中は膨大なエネルギーが循環してる! 適当に潰したら多分ドエライことになるからやめろ! 主に僕の身のために!!」

「なるほど、つまり一瞬で動力炉を消滅させるほどの一撃を叩きこむ必要があると」

「そうは言うけどな、そんな攻撃どうやって――」

 

 

「メニャーニャ!」

 

 

 後ろから聞こえてきた声に振り向くと、シノブが協会の方向から走ってくる。エステルとルークもやや遅れており、二人は他の協会員と共に何かが積まれた荷車を引いていた。

 

「シノブさん」

「状況はエステルから聞きました。それと、そこにいるのは……」

「けっ」

 

 マクスウェルはシノブを忌々し気に睨んだ後、顔を背けた。

 

「……色々とありますが、すべて終わってからですね。必要になるだろうと思って持ってきました」

 

 シノブの後ろで、エステル達が荷車からその()()()()を下ろし始める。

 

「くっそ、怪我人にこんな労働させんなよなー」

「もう回復したんだから文句言わないの。ところで、今どうなってんの? かなりヤバイ感じなのは見てわかるけど」

「……クックルが騎士団と交戦し、騎士団が壊滅。その後私たちが食い止めに掛かりましたが、薙彦さんがやられました」

「なんだと!? あいつが!?」

 

 ルークは信じられないとばかりに声を荒げる。

 だが彼の姿が見えないことを考えると、事実なのだろう。薙彦が戦場から逃げ出すような男ではないことはこの場の誰よりも分かっているつもりだ。

 だがそれでも信じられない。クックルの手に負えない強さは実際に刃を交えて理解したつもりだ。その上で、薙彦がいるならどうにかできるという確信があったのだ。

 

「一度は仕留めてくれたのですが……まさか頭部を破壊された状態から再生するとは」

「なんだそのバケモノは……」

「でも、何か策はあるんでしょう?」

「ええ。クックルは地脈そのものからマナを吸収することで超再生力を獲得しています。これを攻略するには超合金でできた魔法無効化装甲と彼自身の防御を貫いて魔力炉を破壊できる一点突破型の一撃が必要。

 ――つまり、これの出番というわけです」

 

 

 どこか得意げにメニャーニャは布を取り払う。

 

 かつて鹵獲した魔導鎧。

 それらを解析し、対策を講じてきた。

 相手が自分たちを想定してあの兵器を作ったというのなら、こちらもまたそれを打ち破るための兵器を開発する。

 

「これは……!」

「対魔導鎧用兵器。整備が間に合ってなかったのでまだ出せていませんでしたが、ようやくお披露目と行けそうです」

 

 

 その形は大弩(バリスタ)

 

 両翼を広げた大きさは直径3メートル弱と異様なまでに巨大。

 それだけでも発射される矢の威力は圧倒的。

 しかも通常の矢ではなくマナエネルギーによって打ち出されるというのだから、一体どれだけの破壊力が出されることか。

 

 だが何より恐ろしいのは、

 これは戦車でも船でも城でもなく、

 たった一個の生命を狙い撃つことを目的として作られた兵器だということだ。

 

 名を――

 

 

「――"狙撃用機械式魔導弓試作型:シキ"

 魔導ゴーレムから一歩発展させた、私の最新作です♪」

 

 

「うわ……マジかっけえじゃねえか」

 

 ルークはそのシャープなフォルムに目を輝かせる。

 メニャーニャもまんざらではなさそうに頷いた。

 

「整備は済んでいます。マナジャムも充填してあるし、理論上は多分発射も問題ない。不安要素としては最後の試運転がまだなことですが……」

「ぶっつけ本番でいくしかないですね。あんまり好きではありませんが」

「そこはあんたたちの腕を信じる!」

 

 エステルの自信満々の言葉に、責任重大だとメニャーニャは苦笑しながらシキを起動する。

 両翼が開き、弓としての形をとる。

 その両端からマナの光がバチバチと迸り、中心に供えられた矢型の弾頭にマナが込められていく。

 

「まず発射のためのチャージに時間がかかるのが難点ですがね。三分ほど稼いでください」

「三分って、簡単に言ってくれますねえ……」

 

 普段なら麺をゆでていれば終わるような時間だが、こと秒単位での攻防が行われる戦闘においては果てしなく長い時間ともいえよう。

 

 ルークは注意深く周りを観察する。

 クックルを相手にしているのはジュリア、アルフレッド、ジーナの三人。

 見事な連携でしのいでいるが、爆発を起こす斧を警戒するあまり攻めに出られない。

 その少し離れた場所では、ニワカマッスルとジョルジュ長岡が倒れている。

 力自慢の彼らですらあのように転がされている。

 その事実にルークは改めて戦慄する。

 

 

「おいおい、大丈夫かー?」

 

 ニワカマッスルの傍にハピコが着地する。

 彼女はつい先ほどまでニワカマッスルとともにいたが、騒ぎが起こると同時にマッスルに状況の対応を任せ、自身は王国の仲間たちへ呼びかけに向かい、おおよそ全員に呼びかけを終えた形となる。

 

「ハピコお前、同じ鳥なんだからちょっと話とかできねえか?」

「いや、あいつ鶏じゃん。食う側と食われる側じゃ話は通じないっていうかむしろ私のほうが逆に食われそうなんだけど」

 

 冗談めいたやり取りだが、要するに話は通じないということである。

 

「ヒール!」

「ありがとよデーリッチ。ようし、もいっちょいってやらあ!」

 

 福ちゃんやティーティ―様の加護(バフ)も受け、三度クックルへと立ち向かうニワカマッスル。

 今まさに前衛が押し切られ、続く一撃をアルフレッドが回避できないと思われたその横から筋肉満点のタックルをぶち当てる。

 流石にこの質量攻撃には体制が崩れるクックル。

 

 その間に三人が下がり、入れ替わるようににハオ、地竜ちゃん、かなづち大明神が戦いを挑んでいく。

 

……!!」 

「暴れニワトリ! 今こそハオの槍が帝都を守るとき!」

「なんともまあ恐ろしいテクノロジーですね……ですが、体格なら負けませんよ!」

「もけもっけー!」

 

 投げ槍が接合部を貫く。

 だがクックルは意に介さず、脳天を狙って振り下ろされたハンマーを両腕でガードする。

 その足元では地竜の強烈な体当たりが炸裂する。

 

 

■■■■■■■ー!

 

 

 クックルが勢い任せに斧を地面に叩きつける。蓄積されたマナが爆発を引き起こす。かなづち大明神が盾となってかばうも、飛散する瓦礫が彼女の体を傷つけていく。

 死闘が繰り広げられる中、ローズマリーは彼女たちに助言を与えるために戦況を観察する。

 

「やはり特技による攻撃は有効……爆発する斧も気を付けていれば耐えられないわけじゃない。エステルのフレイムウォールが有効かもしれないな。ただあの回復力を上回るだけの一撃が……」

 

 魔導鎧から伸びて地面に突き刺さるチューブがマナを取り込んでいることは傍目に見ても明らか。ローズマリ―もまたメニャーニャと同じ結論に至っていた。

 

「ううむ。よもやあ奴が出ているとは……」

 

 どうにか攻略の糸口を見つけようとクックルの挙動を分析するローズマリーの横で、マーロウが唸るように口を開いた。

 

「マーロウさん。あのハグレを知っているんですか?」

「ええ。かつては同じ陣営として共に戦いました。クックル=ドゥルードゥ。剣闘士として戦いを強いられた男であり、あらゆる破壊と略奪を行った将軍です」

 

 マーロウは思い出す。

 10年前のハグレ戦争。当初は奇襲も相まって破竹の快進撃を続けていた反乱軍は、アルカナを始めとした帝国側の実力者が動員されたことで瞬く間に形勢をひっくり返された。

 掃討戦が行われ、これ以上の犠牲を出すわけにはいかぬとマーロウやアプリコといった指導者たちが降伏を選んだ中、クックルは独り抵抗を続けた。

 そこにあったのは後先を考えない怒りだったのか、あるいは誇りに殉じようとしたのかはわからない。

 クックルはひときわ寡黙な男で、作戦会議でもとりわけ口数が少ないながらも、攻勢に出ることに拘るところがあった。同じ陣営にあったマーロウでもその心境は推し測ることは難しかったが、彼を突き動かすものが途方もない怒りによるものであることだけは、執拗なまでに帝国の兵士や民を殺戮する様子から伺えた。

 

「そんな人物が……」

「マリーさん!」

 

 と、戦場を迂回するようにして駆け寄ってきたのはルークだ。

 

「ルーク、そっちはどうなっている?」

「今あいつを倒すための兵器がチャージ中です、メニャーニャさんが言うには三分持ちこたえてくれって」

「そうか……みんな、三分だ! 三分そいつをどうにか足止めしてくれ!!」

 

 ローズマリーがそう檄を飛ばすが、現実は厳しい。

 一瞬だけ押し込めたハオたちも蹴散らされており、回復したジュリア達が再び入れ替わる。

 迷宮装甲のせいで魔法を主体とする者たちの攻撃が聞かない以上、彼女たちは援護に徹するしかなく、じりじりと戦線が後退していく。

 マーロウも加勢しようと考えるが、彼は帝都に入る条件として一切の武装を許されておらず、肉弾戦を挑もうにもクックルが相手では焼け石に水だ。

 

 ハグレ王国の精鋭がほぼ総がかりで尚優勢に持ち込めない。

 何人かの冒険者たちはあまりに規格外の存在に尻込みしている。

 帝国騎士団の勇猛な男たちは、一足先に壊滅した。

 

 せめて、せめて後一人でも彼らに匹敵する猛者がいたのならば……!

 

 

 

「――水龍槍・双龍閃」

 

 

 

 絡み合うような二つの龍の形を模した激流。

 槍の形に押し込められた波濤がクックルの顔面に直撃し、盛大に転ばせる。

 ズズン、と地響きが鳴る。

 

 全員が一斉に、その一撃の出どころを見る。

 小さな料理店。悲惨なことに瓦礫によって粉砕された窓から、飛び出してくる影が一つ。

 くるくると一回転してから着地したその姿に、一同はさらに驚愕に目を見開いた。

 

「てめえか、こんなところでボコボコ爆発させてんのは。おかげで料理が来る前に店主が逃げちまったじゃねえか」

 

 真紅の生地に黄金の龍の刺繍が輝くチャイニードレスに身を包んだその女性は、しかし美麗な姿に似合わぬ眼差しを以って相手を睨みつける。

 

「お前は……」

「全く、おちおち飯も食えねえのかよこの街は」

 

 その布地の隙間から除く肢体は、艶めかしくも極限まで引き締まった筋肉を備えており。

 その全身は、周囲の風景を自然と揺らめかせるほどの闘気を放っていた。

 

「ラプス!」

「ようルーク、奇遇……でもねえか。まあいい、せっかくだからこの祭り、あたしも混ぜてもらうぜ」

 

 波濤戦士ラプス。

 深海より出でし龍宮の戦士が、参戦の名乗りを上げた。




○狙撃用機械式魔導弓試作型:シキ
 魔導兵器の一つ。一点特化で魔法装甲を貫くために作っていた。
 とはいえ単発式。過剰火力。高燃費。無駄に大型と課題点は多い。

 名前の由来は子規。
 別名ホトトギス、時鳥、忍び音、不如帰。
 ……要するに、水着イベントでメニャーニャが作る武器のプロトタイプという設定。


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10000UA記念特別編 ~IF Ending【たった二人で】~

さいしょのさいしょ。
もしおうさまたちとであえなかったら、
もしまじょのやかたをしってしまったら、
もし……ふくしゅうをやめられなかったら。
そんなふたりのおはなしです。

特別編ゆえ、過去最長です。


 クックコッコ村。

 とりわけ何の変哲もない牧歌的なこの村では現在、家畜の血が抜かれるという事件が、立て続けに起こっていた。

 

 家畜そのものではなく、肉でもなく、ただ血のみを抜きとって殺す。

 どうみても普通の家畜泥棒ではないこの事件に、村人たちは多くの予想を打ち立てた。

 

 

 曰く、魔物の仕業だと。

 特に血を好んで接種する魔物が、この辺りに出現したのだと。

 だが、魔物が出たならば目撃情報が上がる。

 木こり。狩人。森に出る職業の人間たちからそのような魔物の気配や姿に心当たりはなかった。

 

 次に曰く、吸血鬼の仕業だと。

 これは最もわかりやすい。

 だがそれなら、彼らが最も好むのは人の生き血であり、村人には誰も被害が出ていないのが不思議であった。

 

 最後に曰く、魔女の仕業だと。

 近くの森にある廃墟には魔女が住み着き、生贄として生き血を求めているのだと、住民たちの間ではそう噂されていた。

 家畜の死体が見つかったのもこの近辺であり、村人たちの間では魔女が家畜の血を抜いているという噂話はすっかりと広まっていた。

 

 

 だが事実を確かめようにも、中に入れば今度は自分が血を抜かれてしまうと非力な村人たちは近寄ろうともせず、冒険者もこのような辺境の村のただの怪談を調査しようとは思わなかった。

 

 

 

 ――この二人を除いては、だが。

 

 

 この日。

 礼服と仮面を身に着けた男と、同じくドレスに身を包んだ女の二人組が、魔女の館へと入っていった。

 

 

 

 

 

 

 遡ること半日前。

 

 

 宿屋の一部屋。

 二人の男女がテーブルを挟んで話し合っている。

 彼らの身なりは上等だが、しかして逢引などではない。

 二人は互いにパーティを組んだ冒険者。一見してそうとは見えないその恰好も、対魔物用の素材を余すことなく用いた一級品である。

 

 

「情報を整理するぞ。まず、この村では最近家畜の被害が相次いでいる。それも盗むのではなく、血だけが抜かれている」

 

 礼服に身を包んだ男、ルークはこれまでに集めた情報を整理する。

 かつては義賊として活動した過去を持つ彼は、盗賊として接近戦と斥候を担当している。

 

「そうね。そしてその数は日に日に増えていってるわ」

 

 煽情的なドレスに身を包んだ女性、ヘルラージュは補足を加える。

 彼女は強力な黒魔術を操り、遠距離攻撃、回復、補助と一人で多彩な役割を果たすことができる。

 それぞれ長所と短所を補い合ったこの二人は、多少粗はあるもののそれなりに長くやってきた熟練の冒険者であった。

 

 

「で、それらの家畜が見つかる方角は大体こっちのほう――森だな」

 

 

 ルークはテーブルの上に広げた地図を指で差す。

 この村から牧場を挟んで、離れたところにある森。その奥地にある×印こそが今回の目的地だ。

 

 

「ここにあるのが魔女の館。村人たちからはホラーハウスとも呼ばれてる廃墟だ。ここに住んでいる魔女が血を抜いているっていう噂が広まっている。お前から見ても、だいたいその噂は合っているんだな?」

「ええ。血を用いて生命力を得る。あるいは魔術に用いる。魔女の目的はそれです」

「そうか。まあお前の言うことだ、今さら間違っているとか言わないけどよ」

 

 高度な魔術に精通するヘルラージュのことを、ルークは疑いはしない。

 黒魔術に傾倒する連中がこのような真似をすることも、彼の経験上あり得ることだ。

 だから、彼が懸念するとすればただ一つ。

 

 

「だから聞くぜ、ヘル。本当に、いいのか?」

 

 それは彼女ではなく、自分の決意のための問い。

 彼女が「是」と言えば刃を振るい、「否」と言えば矛を収めるつもりだった。

 

 その答えは、暗い微笑みと共に返ってきた。

 

 

「――ええ。そこにいるのが姉であるならば、私は彼女を殺します」

 

 

 

 

 

 

 それまで多く自分のことを語らなかったヘルラージュが自らの過去について語ったのは、ほんの一週間前のことだった。

 

 

 多くの冒険者が訪れる次元の塔の一角を占拠し、"戦闘員募集"などという触れ込みで自分たちの仲間を探したはよいものの、1か月以上経過しても誰も来なかったことで彼らはその活動を打ち切った。

 備蓄が尽きかけた。というのもある。

 だが一番の要因は、そこを通りがかった山賊たちからある情報を手に入れたからだ。

 

 

 ――ある森の奥に魔女の館と呼ばれる場所が存在する。

 そこは一見廃墟のログハウスでしかないが、中には魔女が住んでおり、夜な夜な周辺の村から生贄を攫っている。その館の周囲には、動く死者が徘徊している。

 

 闇魔術ギルド《サバト・クラブ》とのコネクションを持っていた魔法使いの男か得た情報は大いに怪しかったが、そこからさらに続く情報にヘルラージュが目の色を変えた。

 

 

 何人かの黒魔術師が調査に向かったが全員帰ってこなかった。

 そしてあの《死霊術師》もがその近辺で消息を絶った。

 

 《死霊術師》……アドベラという名の各地で悪名を轟かせる黒魔術師。

 聞くもおぞましき闇の魔術を己の欲望のために行使する危険人物。帝都から直々に派遣された精鋭の追跡すらも振り切るほどの実力者として裏社会では知れ渡った存在だ。

 

 そんな人物がなぜ魔女の館などに用がある?

 じつはその魔女の館がアドベラのアジトである。可能性としてはなくもないが、それなら消息を絶ったという表現はおかしい。

 では一体どうしてか?

 アドベラはその魔女の館に求めるものがあり、その場所に赴いた。そしてそこに棲む魔女に返り討ちにあった。

 

 それは『そうなっていたらどれほどいいか』という希望的観測を含んだ予想ではあったものの、前者と比べればまだ納得は行く。

 問題は、そんな悪名高き彼女を上回る魔術の使い手がその館にはいるということになるわけだが。

 

 そんな曰く付き度が急上昇した場所にわざわざ行きたがる冒険者はいない。結局は真偽不明の噂に留まっていた。

 

「だからよ、お前たち腕が立つなら少し偵察に行って来てみたらどうだ? 連中に情報を売るだけでも高くつくだろうからさ」

 

 ふざけんな。

 と、普段のルークなら拒否していただろう。

 だってどう見ても厄ネタだ。 

 一文の稼ぎにもならない、ギャンブルですらない自殺行為。

 彼は確かに命知らずではあるものの、それは十分生存戦略を張った上での命知らずだ。

 外れしかないと公言されているくじを引かないのと同じで、見るからに骨折り損になることが分かっている場所に赴くつもりは毛頭なかった。

 

 だがほとんど冗談に近いそれを真に受けたものがいた。ヘルラージュだ。

 最初は耳を疑ったルークは当然引き留めた。

 しかしヘルラージュは頑なに発言を撤回しようとはしなかった。普段の小心者の彼女ならば想像だにつかない、確固たる意志がそこにあった。

 

 どうにか説得しようとしていたルークは、その時のヘルの目に宿っていた決意の炎を見て、言いかけていた言葉を飲み込んだ。

 そして代わりに、一言だけ問いかけた。

 

「それは、お前の復讐のためか?」

 

 

 ……彼女は黙って頷き、ぽつりぽつりと口に出した。

 

 

 魔術の実験事故によって死亡した姉の代わりに自分が家督を受け継ぎ、その裏で両親が姉の復活を試みていたこと。その結果として姉は人の生き血を求める不死者として蘇ったこと。やがて手が付けられなくなった姉を両親は諫めに向かい、殺し合いになったこと。事の成り行きを隠れて見ていた自分は、両親の首を持って笑う姉に怯えを成して逃げたこと。 

 逃げて、逃げて。すべてを失って、そして両親の仇を取るために復讐することを誓った。

 

 旅を続け、技を磨き、姉の足跡を追う。

 そして彼と出会い、共に旅をするようになった。

 秘密結社という名を掲げようとしたのも、姉を討つための"悪"になるためだったこと。

 でも、それも時間切れだということ。

 

 ……魔女の噂は姉の痕跡を示していた。

 あまりにも、かつての状況と酷似していた。

 それに、自分が尻込みする悪名高い死霊術師を討伐できる術者など、姉以外には考えられなかった。

 見つけた以上は、真偽を確かめなければいけない。こんな場所で油を売るような時間はもうない。どれだけこの日々を続けたいと思っていても、そんなことは復讐を誓った自分には許されていないのだから。

 

 長い独白はやがて嗚咽が混じり、最後には言葉の形を成していなかった。

 ルークはそれを聞き、長い溜息をつき。

 頭を掻いてからこう返した。

 

 

「いいぜ、付き合ってやる。まずは情報収集だ、その村に行こう」

 

 そうして彼らはこれまでのアジトを引き払い、件の魔女の館の近くに存在するクックコッコ村へと赴いたのである。

 

 

 

 

 

 

「対アンデッド用の火属性武器。ゴーストハンター公認の聖別済み武器。毒、呪い、あと諸々の状態異常への対策。一通りかき集めてみたが、どうだ。いけそうか?」

 

 ずらりと並べられた数多のアイテム。

 それらは一般的な装備から、魔物由来の素材やミスリルなどを用いた上級装備。果ては秘宝と称されるようなマジックアイテムまで、ルークのコネクションを利用して集められたより取り見取りのラインナップ。少なくとも、通常の依頼なら十分すぎる備えである。

 

「ええ。これなら姉が使役しているアンデッドは敵ではありません。でも、対策をそろえただけじゃ多分倒せない。姉は交霊術以外にも基礎四種の属性を操ることができる。多少の不利程度じゃ、きっと物ともしませんわ」

「っ、そうか……」

 

 ヘルの無慈悲な言葉にルークは悔しげに唸る。

 ルークにはハグレのように秀でた身体能力や特殊能力はないし、名うての冒険者たちのように武芸や魔法の才能があるわけでもない。

 あるのは冒険者としては長い経験を活かした策略と、ほんの少しだけ他者より優れた素早さと身軽さ。あとはその場その場のアドリブと運で立ち回ってきた。

 正面きっての戦いもできるが、それでも一般の戦士役には少し劣る。

 だから少しでも有利に進められるようにと準備は怠らなかったが、それでも苦しいと言われてしまうと、自分の力不足に歯噛みする。

 

「そう悔しがらないで。実は、あなたに贈るものがあります」

 

 ヘルラージュは一本の短剣を取り出し、ルークに手渡した。

 

「これは」

 

 見たところ、何の変哲もないただの短剣。

 柄の先端に嵌められた宝石は中々のものだが、それ以外は平凡と言える。

 名工が作った業物でもなければ、遺跡からの発掘品でもない。

 精々が魔法で属性を付与しやすいというだけの武器屋で買える装備品だ。

 武器性能で言えば、ルークが愛用する短剣のほうが上回っている。*1

 

 

「見ての通り、ただの短剣です。ですが、私がある術式を込めました。ある魔術で蘇った存在に対しては絶対に殺すことができる術式を」

「おい、それは……」

 

 それがどういう意味なのか。わからないルークではない。

 自分はあくまで手伝い。復讐のお膳立てをするだけだ。

 そう思っていたし、そう振舞おうと務めていた。

 彼女の手を汚したくはないと思いながらも、それでもこれは彼女が汚さなくてはいけないのだと自分に言い聞かせていた。

 

 けれど、こんなあからさまなものを渡されてしまっては、口実を与えられたも同然だ。

 

 

「はい。ルーク君にはこれを託します。姉を討つ手段は、一つでも多いほうがいいから」

「いいのか? ヘル、お前の仇なんだろ」

「それでもです。重荷を背負わせることになって、ごめんなさい」

「いや、いい。大体、こういう汚れ役はいつも俺の役目だろ? なんたって悪党だからな、俺」

「ふふ、そうでしたわね」

 

 ルークが少しおどけて言ってみせると、つられてヘルも笑った。

 

「……それで、あの。もう一つ、やっておきたいことがあるの。多分、これが一番大事だと思うわ」

「おう。なんでも言ってくれ」

 

 それから何度か逡巡するそぶりを見せてから、意を決したようにヘルは話し始めた。

 

「姉を、ミアラージュを倒すには彼女をこの世に繋ぎとめているものを断つのが一番です。古神交霊術は信仰を失った神霊を呼び出し、その力にあやかる魔術。禍神を呼び出すために、術者はあるものを利用します。それは"未練"。術者の魂をほんのわずかに贄として、信仰や生贄を失った神をおびき寄せ、その対価として強大な力を操るのです。そして、もちろんそれは死霊にも当てはまります。術者の執着心と相手の未練。それらが合致すれば、より強大な術が行使できるのです」

 

 

 ミアラージュは、両親が持つ姉への執着によって蘇った。

 そしてそれは、ミアラージュもまた現世への未練を持っていたことに他ならない。

 それが何についてのものなのか、誰へ対してのものなのか。

 ヘルラージュは理解していた。しなくてはいけなかった。

 

 

「父の、母の……そして、私の。家族という唯一の未練が、彼女をこの世に繋ぎとめている。だから、姉を倒すためにはまず、この私が、姉への未練を断ち切らなければいけない。私が愛した姉を守るために、思い出は、ここに置いていく」

 

 だから――

 その言葉の続きはこない。

 その代わりに、ルークの口にはやわらかい感触が伝わった。

 少しの沈黙。ぷあ、と触れ合っていた唇が離される。

 

 

「え?」

 

 

 ルークは突然のことに目を白黒させ、すぐに何が起こったのかを理解してヘルラージュを見た。

 

 

「おい。今の、お前なにを……」

「――ルーク。私の大事な人。こんなところまでついてきてくれた、掛け替えのない相棒。

 私はあなたを愛しています。だからどうか。あなたを私の一番にしてください」

 

 

 唇の温もりを愛しく思いながら、思いを告げる。

 正直、こんなのは対策でもなんでもなくて。

 ただの願掛けに便乗しただけの告白で、復讐とか、憎悪とか、お姉ちゃんへの思いを利用するようで申し訳ないと思うけども。こうでもしないと、きっと伝えることなんてできなかったから。

 私のために命をかけてくれたあなたに、少しでも恩を返したいの。

 

 

 泣きそうな顔で告げる彼女。

 そのか細い体を、彼は優しく抱きしめる。

 

 

「告白ぐらい、普通にやれよな」

 

 

 数年も燻っていた自分が言えた義理ではないが、と内心自嘲しながらルークはついつい笑みが零れ、おもむろに押し倒すように、ヘルラージュをベッドへと寝かせた。

 

 思いを遂げるのは、彼女の目的を果たしてから。

 

 そう自分に言い聞かせていたというのに。先を越されてしまっては意味がない。押さえつけていた感情が溢れ出す。それが彼女の望み通りなのだから仕方ないと内心言い訳をして、ルークは我慢をやめることにした。

 

 

「きゃん」

「ああもう、俺もお前が最初から好きなんだよ。そうじゃなきゃ、こんなところまでついてこねえよ」

「あら、それじゃお似合いなのね、私たち」

 

 

 二つの影が重なり、夜は更けていく。

 

 

 

 ◇

 

 

 

 そして翌日。

 二人は魔女の館の前に立っていた。

 

「よく燃えそうだな」

 

 顔の上半分を隠す仮面の奥で、ルークは魔女の館を注意深く観察してからそんな身もふたもないことを言い放った。

 

「火を放つのはお勧めしませんわ。最悪建物内に潜む悪霊が解放されて、一斉に襲い掛かってくる危険があるんですのよ?」

「冗談だよ。んじゃ、突入するぞ」

 

 

 老朽化した扉は簡単に開いた。蹴破る必要すらない。

 

 朽ちているのは外観だけではない。

 天井には蜘蛛の巣が張られ、床板は腐敗が進んでいる。

 注意して進まなくては床を踏み抜いてしまうだろう。

 もっとも、忍び足など彼らにとっては当たり前の技能だが。

 

「っと、早速お出ましか」

 

 物陰のそこらかしらから現れるのは、ゾンビの姿をした人形や呪物系の魔物たち。

 侵入者を見て襲い掛かってくるそれらは、想定してきた彼らからすれば敵ではない。

 剣で斬り、風で刻み、火を着け、吹き飛ばす。

 

 たった二人でありながら、その勢いはまさに快進撃だった。

 鎧袖一触。

 

 斃れたゾンビ人形の残骸をヘルラージュは調べる。

 

 

「……やっぱり、これは死霊が憑りついていましたわ。それにこの人形の作り方、姉が昔作ってくれたものによく似ています」

「そうか」

 

 

 調査をすればするほど、情報は確信を近づけるばかり。身内のことだから、いやでもわかってしまう。

 

 ぎしぎしと床を軋ませながら、先に進む。

 気づけば、相当奥にまで足を踏み入れており、外部からの構造上、そろそろ魔女のいる場所にたどり着くだろうという予想から、ついつい身に緊張が走る。

 

「……おかしいな。罠の一個二個あってもいいだろうに、ここに来るまで何一つとしてねえ」

「必要ないんですわ。侵入者を阻むなら、従えた人形と自分が手を下せばそれで済むのですから」

「それなら、むしろ天井や床が崩れないかのほうが心配になってくるな」

 

 気休めに軽口をたたいてみながら、たどり着いた先は大量の人形が収められた部屋だった。

 

 

「おいおい。こいつら一斉に襲ってこねえよな?」

「見たところ霊は入っていないようですが……。ああ、そこの後ろ。包帯を巻いている人形です」

 

 

 ヘルラージュが指差すと同時に、ルークはナイフを投げ放っていた。

 

 

「――チッ、気づかれたかよ」

 

 

 テーブルに突き刺さるナイフ。

 そこにあったはずの人形は、斜め上の空中に。

 ほぼノータイム・ノ―モーションで放たれた投擲攻撃を跳躍して回避した人形は、返しとばかりにナイフを四つ投げ放つ。

 

 ルークとヘルラージュ、それぞれに二つずつ。ルークに投げられた一つは投擲と同時に構えられていた短剣に阻まれ、もう一つは半歩横をかすめて床に突き立った。そしてヘルラージュに投げられた二つは、彼女の周囲を渦巻く風の障壁に阻まれてカランカランと空しい音を立てて落ちる。

 

「中々やるじゃねえかあんたら。この魔女様の館を調べ回ってるんだろ? そこのスーツ着た(あん)ちゃん、最近この辺をうろうろしてるって噂になってたぜ。そこの姉ちゃんはお仲間――」

 

 ヘルラージュの顔に視線が吸い込まれ、人形は瞠目した。

 硝子の眼球と、紫の瞳が交わる。

 

 

「その顔……クソ、そういうことかよ」

 

 僅かな交錯。それだけで人形はすべてを把握した。

 

「ここに来た目的はわかった。あんたら、魔女様を殺しに来たな?」

「ええ。私たちはこの館に潜む魔女を倒しに来ました」

「そうかい。残念だが、魔女様の下には行かせねえよ」

 

 どこにしまっていたのか、人形は両手の指にナイフを再び構える。

 

「……一つ聞くが、アドベラとかいうクソ女がここに来たって聞いたんだが」

「ああ。魔女様が直々に始末なさったよ。なんだ、お前たちの知り合いだったか?」

「いや、面識もねえよ。関わりたくもないやつだったからな。これで安心できる」

「そうかい。でも安心するのはまだ早いぜ? だってこれから、あんたたちは俺に血を抜かれるんだからな!」

 

 

 襲い掛かるナイフ。

 飛んで躱し、短剣で弾く。

 ひとつ避け損ねて、防いだ仮面が落下する。

 

 

「ああそうだ。もう一つ聞き忘れてた」

「なんだよ?」

 

 

 

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「……ミアラージュ様だよ。()()()()()()()()()()()()()

 

 

 言い終わると同時、風の刃を人形は掻い潜る。

 反撃に投げたナイフはひとりでにヘルラージュを避けていく。

 纏う風のコートは、矢を跳ね返す古神の加護だ。

 

 

「ちっ、通じねえかよ」

 

 人形は悪態をつきながらもルークの繰り出す斬撃を回避する。

 急所を的確に狙うそれは、人形であっても稼動部分が破壊される危険な一撃。

 だが距離を詰めたのはむしろルークの悪手。回避際、至近距離で投げられたナイフが右腿に突き刺さる。

 ヘルラージュの特製装束のおかげで浅いが、反射的に動きが止まる。

 

「ぐっ……!」

「そらよ、動きが止まったぜ?」

 

 脇腹めがけて振るわれたナイフ。

 そのまま心臓まで貫くと思われたそれは、ガキンという音に阻まれて折れる。

 

(――鎖帷子か!)

 

 軽装に見えるが、ちゃんと防具は着込まれている。

 鎖帷子は基本に、纏うジャケットも魔物由来の素材で強靭。

 見た目以上に強い防御力があるのだ。人形が振るうナイフ程度なら、こうして防ぐこともできる。

 

「ちゃんと内側に仕込んでるに決まってるだろ」

 

 ルークの左袖から滑り出るは細い鉄筒。

 

 人形は訝しむより前に、直感に従って跳んだ。その一秒後にパン! という破裂音が聞こえた。

 さっきまでいたところを見れば、脆い床板が崩れている。

 

「銃……!」

 

 中々見ない武器だ。しかも異世界由来の拳銃と来た。

 矢と同等以上の速度かつ、それ以上の破壊力がある。加えて弦を引き絞るような長い予備動作がない。 

 続けざま、狙いが定められてバン、バンと二つの火花が散る。

 

(はっ、銃弾なら避けられないと思ったか?)

 

 

 人形にとって、矢を躱すのも魔法を躱すのも変わりない。 

 それは見慣れぬ拳銃であっても同様。

 音を追い抜く弾丸がどういう軌道を描くのか、手と銃口の向きから予測できる。

 むしろ直線しか描かない以上はよっぽど躱しやすい――。

 

 

 壁を蹴って射線を潜り抜け、その腕にナイフを突き立てようとした瞬間。

 バキン。パリン。と人形の左腕と右足が砕けた。

 

「――は?」

 

 あり得ない角度。あり得ない方向。

 完全な死角から襲い掛かってきた弾丸を防ぐ術を、人形は持ち合わせていなかった。

 

 唖然としながら、後ろを振り向く。

 人形の視界には、渦巻く風が解けていく様子がかろうじて写っていた。

 

「そういう、ことか――!」

 

 主の妹君であるなら一流であるのは当然。風を操る、というのがどれだけの精度で行われるのか。飛び道具を防がれた時点で想定しておくべきだった。

 人形が躱したと思った銃弾は風壁によって跳弾し、勢いを殺すどころかさらに速度を増して人形の身体を粉砕したのだ。

 

 がしゃり、と落下する身体。

 元より人形。手足の喪失感はあるが、痛みはない。

 不格好にも起き上がろうとして、残った手足も踏み砕かれた。

 

 

「勝負あり、だな」

「ちくしょう……」

 

 

 落とした仮面をつけ直しながら、ルークは人形の頭を踏みつける。

 相手は死霊術で動く人形、最後まで油断はできない。四肢を落としてもその口が動けば呪いの言葉を吐き出したり、あるいは自爆かもしれない。とにかく、この手の存在は完膚なく砕くのが、冒険者の常套であった。

 

 

「やめろ、魔女様を殺すんじゃねえ。そんなことをしなくても、あの人は……だから、俺の、おれたちの、おかあさんを、ころさないで」

 

 

 だが、人形の口から出てきたのは懇願だった。

 泣きじゃくるような命乞い。母を探す迷い子のような弱弱しい声で人形は縋りつこうとする。

 

 けれど。

 

「悪いな。俺は悪党なんだ」

 

 

 既に彼は、覚悟を決めている。

 

 人形の頭を踏み砕く。

 頭部の残骸から硝子玉の眼球がごろりと零れ落ちる。

 それは恨みがましくルークを見つめるように瞳を向けた後、パリンという音を立てて粉々に砕け散った。

 

 

「……片付いたぜ」

 

 完全に沈黙したことを確認してから、ルークは口を開いた。

 ヘルラージュもまた、その痕跡を目に焼き付けてから、頷く。

 

 

「ええ。進みましょう。きっと、姉はこの先に――」

 

 

 その時。

 

 

「ちょっと、キャシー。騒がしいけど、何があったの?」

 

 

 奥の闇から、ヘルにとって懐かしい声が聞こえた。

 

 

「――――。」

 

 鼓動が大きくなる。

 息をするのが辛くなる。

 

 ぎし、ぎし。

 

「返事ぐらいしなさいな。それとも、最近うろついてる冒険者でも来たかしら?」

 

 段々と近づく声。

 それは最早はっきりと聞こえるようになって。

 

 その闇から。

 齢十前後の幼い少女が、姿を現した。

 

 

「ちょっと、一言も返さないとかあなたらしくな……ヘル?」

「――ね、えさん?」

 

 

 お互いに、言葉に詰まる。

 

 

 覚悟はしていた。

 していたというのに。いざ目の前にすると震えが止まらない。

 

 

 背を向けて逃げ出したくなる。/その小さな体に抱き着きたくなる。

 

 あなたを殺しに来たと言わなければ。/会いたかったと伝えたい。寂しかったと泣きつきたい。

 

 目の前にいるのは、両親を殺した仇だ。/思い出と何も変わらない、大好きなお姉ちゃんがいる。

 

 

 動揺が喉を詰まらせる。

 出会ったら一番に「お前を殺す」と伝えるつもりが、何を言うべきだったのかすら忘れかけている。

 

 対して、姉――ミアラージュのほうはゆっくりと荒れ果てた部屋を見渡し、地面に転がるガラクタを、信じられないような目で見てから、状況は理解したとばかりにシニカルな笑みを浮かべた。

 

 

「へえ、そう。キャサリンを殺したのね、ヘル」

 

 

 淡々と、事実を確かめるように。

 主人のために命を賭した人形にかけるには、その声色はあまりにも冷淡だった。

 

 

「こんなにしちゃって、ひどいわね。あの子はもともと、戦争で命を落とした。そして人形になったら今度は滅茶苦茶に砕かれて……。なんてひどいことをしたのかしら、あなた」

「違えな」

 

 言葉が遮られる。

 

「こいつを殺したのは俺だ。あんたが来る前に、頭を踏み潰してやった」

「……あら、あなた、もしかしてこの子の仲間? ああ、そう。復讐だと息巻いていても、人形が相手でも、自分の手は汚せなかったのね。確かに生贄を殺すのもできなかったあなたらしいわ「黙れよ」――」

 

 ルークが再び言葉を遮る。

 今度は、強い怒りがあった。

 

「姉だか何だか知らねえが、ヘルを馬鹿にするんじゃねえ」

「ふーん。随分と気に入られてるみたいね、ヘル。もしかしてその育った体で誑かしたのかしら?」

 

 ミアラージュはルークを品定めするように見て、妹が纏う煽情的な黒のドレスを揶揄してみせる。

 

「――ッ、ルーク君は、私の仲間です。ここまで私を支えてくれた人です。そんな、不純な人ではありません!」

 

 半ば嘲るような言葉に、ヘルラージュは反射的に反論する。

 妹の剣幕にミアラージュは少しだけ瞠目してから、やれやれと肩をすくめた。

 

「……まあいいわ。足りない魔力の足しにはなるか。着いてきなさい。こんな狭い場所で殺し合うなんて無粋だもの。あなた達にはもっと、死ぬにふさわしい場所があるわ」

 

 

 

 

 

 

 ミアラージュはこの時を待っていた。

 

 ラージュ家は古神交霊術と呼ばれる死霊魔術を代々研究する一族であり、《サバト・クラブ》を始めとする黒魔術師の間では一目置かれる名家であった。

 

 ついこの間館を訪れた魔術師は妹ではなく、しかし因縁のある相手ではあった。

 自分をアンデッドとして復活させる術式を求めていたその女は、ラージュ家の秘術をも簒奪しようと目論んでいた。彼女もまた天才とされる術者ではあったが、それでもミアラージュのほうに軍配が上がった。

 死者へのリスペクトが欠け、ただその死骸と魂を冒涜するだけの死霊術師は完膚なきまでに敗北し、復活も出来ないよう肉片も残さずに焼き尽くされた。

 そうして力を使ってしまったミアラージュは肉体を維持するためにさらなる血液を欲した。

 

 勿論、そんなことを使い魔であり家族でもある彼女たちに命じてはいない。

 ただ、力の枯渇を体は誤魔化せず、不調を見かねた人形たちが勝手に血を持ってきた。

 

 その献身を拒むことはできなかった。

 いくら無理やり人形の器に押し込めたとはいえ、自分を慕う彼女たちの厚意を無下にすることはできなかった。

 そして、彼女たちは先ほど全滅した。

 

 魔女の館に乗り込んできた最愛の妹と、その仲間である男の手によって。

 

 

 ――ちくりと、胸を刺す痛みがあった。

 

 馬鹿ね。と自嘲する。

 自己満足で魂を掬いあげ、代償行為のように家族としてふるまっただけ。

 だというのに。胸にぽっかりと穴が開いたような喪失感がある。

 

 茶番に付き合う必要なんてなく、ただ一緒に動かなくなる時を待てばよかったのに。こんなどうしようもない罪人のために戦って死んだ。

 全部終わったら、むこうで謝らなければいけないな。

 

 

 祭儀の間にたどり着く。

 かつて儀式を行った部屋を再現した場所。

 過ちが始まり、そして終わる。

 

 殺されるなら、これ以上にふさわしい場所はない。

 自分は悪として、最愛の妹の憎しみによって死ぬ。

 そのためにも、全力で悪を演じよう。 

 

 

「――姉さん。私はあなたを土に還します。それがパパとママ。そしてあなたにできる唯一の供養です」

 

 ヘルラージュは姉へと啖呵を切る。

 まだ恐れはある。けれど、ここで怖気づいては彼に申し訳が立たない。

 先ほども、自分が言うべきことを肩代わりされた。

 だからせめて。これだけは自分の口で言うべきなのだ。

 

「そうね。私はあなたの両親を殺したわ。でも、あなたたちはさっき私の大事な下僕を殺したわ」

「だからおあいこだってか?」

「まさか。これでお互い、殺し合う理由ができたってことよ」

 

 ミアラージュは妖艶に目を細め、残忍に口を歪める。

 和解は無くなった。

 それぞれが進む道は死線で交わり、それ以降は離れるのみ。

 

 お互いが既に戦闘態勢に入る。

 いつ口火が切られてもおかしくない緊張の中、おもむろにルークが口を開いた。

 

「……おい。始める前にひとつ、聞いておくことがある」

「あら、なあに? どうせ死ぬ命だもの、冥途の土産になんでも教えてあげるわ」

「そうかい。じゃあちょうど気になったつーか、ヘルからあれこれ聞いてからずっと思ってたことなんだけどよ。ヘルとお前の両親を殺したのは、お前なんだな?」

「なに、今さらそんなこと? 判り切ったことを聞かれるのは流石に不愉快よ」

「まあ、そうだよな。いやなに、実際のところ、()()()()()()()()()()()()()んだろうなって、ふと思っただけだよ」

 

 違和感はあった。

 

 姉を取り戻すため、死者を蘇らせる禁呪にまで手を染めた両親が、はたしてそのあと血を求め続けた姉を止めようとするだろうか。

 些細な疑問。だが気づいてしまえば無視はできない。

 

 淡泊だがつながりはあった実父と、義理の親とも呼べるほどの深い関わりを持った師。

 この二つの関係を知っていたからこそ、ヘルから語られる人物像と当時の状況が彼の中で噛み合わなかった。

 

 

「――――」

 

 

 姉が目を閉じる。

 それはもしかしたら、という淡い期待を込めての問いではあった。

 けれど。

 

 

「――――だから言ってるじゃない。私が殺したの。全部、全部よ」

 

 

 その願いは切って捨てられる。

 

 

 

「……そうかよ」

 

 

 仮面に覆われていない口からぎり、と歯ぎしりの音が聞こえる。

 

 

「じゃあ、殺すしかねえな――!」

 

 

 ルークは顎が床を掠めるほどまで屈み、地を蹴った。

 地を這う百足のように、一息でミアラージュの足元まで滑り込む。

 

 

「うそ……っ!?」

 

 

 ミアラージュの若干上を向いていた瞳が一気に下を見る。

 斬りこんでくると予想はしていた。だが驚くべきはその速度。

 ヘルの風の加護か。自分はともかく、他者に付与するのは難しいというのに、ここまで成長していたとは。それを差し引いても、この男は奇襲に慣れている。

 

 掬いあげる斬撃が魔力防壁を大きく削る。

 ミアラージュは間髪入れずに襲い来る振り下ろしを全力で後退して回避する。

 

 そこから反撃の魔法を詠唱しようとしてパパパン。と乾いた音が三つ。

 

 反応する間もなく、ミアラージュのわき腹、右肩、右上腕に小さな穴が開く。

 穿孔した箇所から血がにじみ出し、肌がジュウジュウと文字通り焼けている。

 

 

「銀……! 聖水まで……!」

 

 ルークの左手には硝煙を吐き出す銃が握られていた。

 銃弾は弾頭が聖なる銀で作られた特別製。

 鍛冶屋に無理を言って作ってもらい、さらにはゴーストハンターの伝手を頼って対ゴーストの祝福を与えてある。

 

 クイックドロウによる奇襲。

 剣と銃を同時に扱う彼だからこそできる芸当。これによって少なくないダメージを与えることができ、さらに浄化による持続ダメージも付与した。

 

 とはいえ、先の人形に2発。今ので3発。装填数は6発のため残り1発。再装填の暇はなく、こんな奇襲はもう使えない。

 

 このまま押し切るため銃を戻し、短剣を逆手に構える。

 

 

「この、やってくれたわね……!」

「レイジングウィンド!」

 

 

 ミアラージュが詠唱を始めた瞬間、後方から風が吹き荒れ、真空の刃が襲い来る。

 

 

「ヘル……!」

 

 

 裂傷を刻む肌を意に介さず、ミアラージュは下手人である妹を見据える。

 なるほど。突っ込んできた彼に注意を向けさせ、自分は魔法の発動に専念する。冒険者にとってはセオリーの戦い方だ。単純だが、連携が極まればここまで脅威になる。長い年月を彼と共に過ごしてきたのだろうと確信させる動きだった。

 

 

「ブリザード」

 

 

 冷気の魔法でルークを引きはがす。

 ヘルラージュも攻撃の対象に入っていたが、彼女は身にまとう風によって冷気を横へと流し受ける。

 

 ルークが勇んで再び攻め立てる。剣戟は弾かれる。青く燃え盛る巨大な人魂を躱す。そこにミアラージュが追撃を加えようとすれば真空の刃が襲い来る。

 

 ならばと妹に杖を向けた途端に、ひゅんひゅんと炎の円を描いて飛んできた武器を身を反らして回避する。竜の角を加工して作られたナイフが壁に突き立つ。その余波だけでも髪が焦げ付き、肌がチリチリとする。惜しい。魔法を放った瞬間であれば確実に刺さっていただろう。そうしなかったのはヘルをかばったからか。本当に妹を気に入っているらしい。ならばこれはどうだ?

 

 

「……惑え惑え、汝の時は止まれり」

「ウィンドヒール!」

 

 

 ミアラージュは怪異を呼び寄せ、ルークの時間間隔を歪めて足を奪う。だが後方より吹いた癒しの風がその乱れを打ち消した。

 ミアラージュが妹の力を理解しているように、ヘルラージュもまた姉の取る手段について研究している。ルークに全面的な攻めを任せ、自分は後手で姉の繰り出す厄介な魔術を打ち消す。自分一人ではできなかった戦い方だ。多少の傷は構わない。回復も支援も、彼にすべてを注ぐ。

 

 勢いを止めぬまま、ナイフが連続で投げ放たれる。

 寸分たがわず急所狙い。ミアラージュは風を操ってそれらを打ち落とす。妹にできて姉にできないことはない。

 一つ、二つ。三つ目はナイフはではなかった。落ちたそれはパリンと割れ、足元に濡れる何かが飛散した。

 

 

「油……?」

 

 

 その潤滑と匂いに訝み、狙いが何かを理解する。

 だが着火したマッチが床の油に落ちるほうが早く、ミアラージュの体から勢いよく炎が迸った。

 

 

「あ、ああああぁぁぁぁ!!」

 

 燃える。燃える。

 なんという無様。

 神童と謳われた少女が、火炎瓶などという小細工の武器で断末魔の悲鳴を上げている。

 

 

「こ、の程度……!」

 

 

 だが禁呪で蘇ったアンデッドを殺すには至らない。

 焼けただれる皮膚が次第に内側から再生していく。

 ボロボロと燃え盛る表層が剥がれ落ち、完全に振り払うための魔法を繰り出す――。

 

 

 バキィ!

 

 

「あ……」

 

 

 腐食で弱り、度重なる激闘で荒らされた床板に、燃焼のとどめが刺される。

 体勢が完全に崩れる。ここから魔法の狙いを定めることはできない。

 

 

 最初で、最後の好機。

 

 

「《禍神降ろし》……お願い、もう終わらせて」

「――わかったよ」

 

 

 ヘルラージュが使える最大の強化を受けたルークが再び地を蹴る。

 彗星の如き速度でミアラージュに斬りかかる。

 

 "させるものか。"といまだに娘への妄執に囚われた父と母の霊が襲い掛かる。

 ヘルラージュであれば、かつて目の前で死した面影に足をすくめていただろうが。

 

 

「邪魔、だ――!」

 

 

 ルークからすれば、どうでもいいこと。

 姉がいなくなってもその力しか見ておらず、彼女自身に愛を注がなかった両親に対して思うところはなく、それどころか話を聞いて恨み節の一つ二つは言いたくなった。

 それが霊魂となっても彼女を苛むのであれば、問答無用で蹴散らすのみ。

 

 父を斬り捨て、母を薙ぎ払う。二振りで乗り越えれば相手の首はもう目の前。

 このまま刃を細い首に滑らせれば、それだけですべてが終わる。

 復讐は終わる。彼女を苛んだ過去に決着がつく。

 

 

 いいのか?

 仮にも姉だぞ。

 

 

 

 ルークの脳裏に生じる一欠片の迷い。

 家族という存在がどれだけ大事なのか、心を許した相手がどれだけ掛け替えのないものなのか。それがもたらす暖かさも、それを失う痛みもよく知っている。

 

 両親を蹴散らして迫る自分に、形だけの抵抗を取るミアラージュの姿に、どこか感じていた手ぬるさが確信に至る。

 

 

 本当に、いいのか?

 まだ、ヘルと彼女が共に生きていられる未来は――。

 

 

『わたし、もういや。お姉ちゃんがこれ以上人を殺すところなんて、みたくない』

 

 

 ――否。

 そんなものはない。

 褥で聞いた弱音が蘇る。

 

 たとえ真実が何であろうと。

 たとえ殺したのが誰であろうと。

 彼女はもういるだけで周囲に被害を撒く魔物だ。

 他人の命を糧としなければ生きていけない存在だ。

 だから、ここで、殺す。

 

 

 

 刃の一閃が、闇を切り裂くように煌めいた。

 

 

 

 古き魔術によって呪詛を重ねた刃は、その死骸の(いきた)くびをいともたやすく切断した。

 ボールのように丸いものが床に弾む。追って胴体がだらしなく倒れ転がる。

 まるで脱輪した馬車のようだ。

 小さな胴体は手足をめちゃくちゃに折り曲げ、ひび割れ、壁にぶつかって止まった。

 

 

「……なによ、そんな顔しちゃって」

 

 

 

 転がった首が口を開く。

 アンデッドだからか、首を断たれても意識は残っていた。

 

 

「アンタたちは人を襲う魔女を殺した。それでいいじゃない。もっと勝ち誇った顔をしなさいよ」

 

 倒された側だというのに、負け惜しみではなく、勝者を案ずる声が発せられる。

 沈痛な顔で自らを見つめる二つの視線。

 

 

 だがそれもすぐに終わる。

 もうじき、その亡骸は灰に還るからだ。

 

 復讐のため、黄泉返りの術を独自に研究して作り上げた、ただそれを否定するだけの術式。文字通り、姉だけを殺すための、妹の最高傑作。

 それで胴体と頭部を断つと言う事は、すなわち、それを死体であると再定義するということ。

 あの日から止まっていた時間は解き放たれ、急速にその体を朽ち果てさせる。

 

 自らの身体を以ってでそのことを理解したミアラージュは、自分のすべてが妹の糧となったことを喜び。

 ヘルラージュは、姉を殺すことにすべてを注がなくてはいけなかったことを嘆いていた。

 

 姉と妹の目が合う。

 悪意も殺意もない。互いを見つめる瞳に映るのは笑いあったあの日の姿。

 相も変わらず弱気なその瞳から、一筋の涙が零れ落ちる。

 

「姉、さん……」 

「こんなロクでもない家の事なんか忘れなさい。私たちの家は、呪われた魔術を受け継いできた報いを受けた。わたしは最後の当主として、すべてを地獄に持っていくわ」

 

 ――だから、あなたは幸せに生きなさい。ヘル。

 

 

 笑みはすぐに灰へと変わり、崩れ落ちた。

 ヘルラージュは屈み、その手に残骸を掬った。

 

 

「……本当に、よかったの?」

 

 

 知れず、つぶやきが漏れる。

 

 

「本当に、ほんとうに。

 これで、よかったのですか?

 ママ。パパ。……おねえちゃん」

「……ああ、クソッたれだ」

 

 

 泣き崩れる彼女を見て。

 

 彼の心には達成感でなく、ただただやるせなさだけが広がっていた。

 

 

 

 

 

 

 魔女の館。

 その軒先で男は屈みこんでいた。

 手には葉巻。重く息を吐き出せば、紫煙が空に溶けて消えた。

 

「……」

 

 背後に気配を感じて、立ち上がる。

 振り向けば、そこにはすべてを片付けた少女の姿が。

 

「ルーク……」

 

 その口からはか細い声で、男の名前が漏れる。

 彼はそれに何も答えず、少女を抱きしめる。

 

「――」

 

 想い草の匂い。

 先ほどまで焚かれていたそれは、普段ならば顔を顰めると言うのに、今はなによりも優しく思えた。

 だって、それはまるで弔いのようで――。 

 

 

「ごめんなさい。もうすこしだけ、こうさせて」

 

 返事はない。

 その代わり、少女を締め付ける力が少し強くなり、少女も男をさらに強く抱きしめる。

 

「これから、どうするんだ」

「わかんない。ぜんぶ、このためだけにいきてきたから」

「そうか」

「……でも、そうね。ひとつ、やらなきゃいけないことがありました」

「なんだ?」

「最後に言われたの。幸せに生きてって。だから、私は最後まで生きなきゃいけない。どんなに苦しくても、逃げたくても、私は生きていくしかないの」

 

 それは、呪いだろう。

 復讐に憑りつかれた少女は、次は生きるという目的(呪い)を与えられた。

 

「ああ。そうだな」

「……付き合ってくれますか? こんな私に」

 

 男は少女の手を取る。

 お生憎様、この身はとっくの前に魔女に魅入られている。

 彼女が幸せになるために身を尽くすことなど、当たり前のことだ。

 

「もちろんだ。で、まずは何をする?」

「そうね。それじゃあ――」

 

 

 そうして、彼らは魔女の館を後にした。

 

 致命的な過ちを犯して、

 得るものは何もなく、

 ただ、大事なものを失って、

 それでも彼らは生きていく。

 

 

 なぜなら人生とは、そういうものなのだから。

*1
黒檀の柄、ミスリル銀の刃とけっこうお高い。




 やあやあ諸君。『もしも』の話に付き合ってくれてありがとう。もしよろしければ、私の語る蛇足に付き合ってほしい。
 私? ただの観客だよ。

 今回の話はずばり、『ヘルちんとルークがハグレ王国と出会えなかったら』というイフの結末だ。二人は一向に集まらない秘密結社の勧誘を打ち切って次元の塔を抜け、立った二人で活動を始める。たった二人だから出来ることは限られているけど、それでも元々コンビでうまくやれて来ていたから、なんやかんやと上手くいってしまう。ただ、仲間が殆どいないという現実はヘルの精神を蝕んでいくし、たった一人の仲間であるルークに対しての依存がさらに深まってしまう。

 デーリッチたちハグレ王国はこの大陸でも稀有なぐらいには優しいコミュニティだ。それがどれだけヘルの心を癒したかは言うまでもないよね。ルークはヘルが幸せならどこでもバッチコイなやつだから、すり減っていくヘルを見て復讐相手への憎悪を知らないうちに燻らせていく。彼も彼で、ハグレ王国の日常で多少は穏やかになっているのさ。

 そういうわけで荒み切った二人は魔女の館を突きとめてしまった。 
 この時点で容赦とか慈悲とかは頭にないから、死者の群れもキャサリンも問答無用で蹴散らしてしまう。皮肉にも、アンデッド系に対する対策だけは万全にできてしまう二人だからこその快進撃だ。

 そういうわけで、ミアラージュとの戦いも乾いたものになる。
 ルークをアタッカーに仕立て上げて、ヘルちんが支援するいつもの戦い方だけど、そのえげつなさは本編以上だ。何せ絶対に殺すための戦法だから、いくらミアちゃんと言っても防戦一方になってしまう。

 最終的な結末は見ての通りだ。
 それまでの目的を失った彼女は、ただ生きているだけになってしまう。母の日記を読んだとしても、姉を再び蘇らせようとは考えないだろう。それは手を下させてしまった彼に対する裏切りになってしまうからだ。

 なのでこの後はルークと共にだらだらと生きていくことになるんだけど……。
 もしかしたら昔の仲間とばったり再会して、もう一度つるんだりするかもしれないし、どこかの片田舎でひっそりと暮らし始めるかもしれないし。 

 まあ、ある意味幸せなんじゃないかな?
 これも一つのエンディングってやつだ。ヘルちんは仇を討って、ルークは彼女とずっと一緒にいる。ただし、本編のように姉と暮らす日々は二度と戻らない。メリーバッドというわけだ。
 だがそれもひとつの人間模様だ。すべてが良い方向に向かわずとも、生きててよかったと言える時は来る。たまには、こういう『IF』に目を向けてみるのも悪くはないさ。


 ……余談だけど、この世界線への分岐は単純だ。『エステルの危機にアルカナが駆けつける』だ。指名手配、あるいはトゲチーク山だね。この時点でアルカナがハグレ王国と関わりをもった時点で物語は相互ゲート設立まで移行する。ジェスターとマクスウェルが結託するのが妖精戦争と同時期だから、その前に帰還計画が始動するともう止まらず、色んなごたごたを彼女の権力と実力で片付けちゃうから、寄り道のイベントがかなりずれるわけだな。
 いやはや、我が係累ながら困ったものだネ。


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その67.帝都動乱・三日目(5)

感想・ここすき・お気に入り登録ありがとうございます。

特別編の反響が大きくてめっちゃビビってます。


「こりゃまた派手に暴れたもんだなぁ」

 

 

 周囲の惨状をなんでもないように言ってから、ラプスはその下手人を見据える。

 奇襲による転倒から即座に復帰して起き上がるクックル。

 彼はそのままラプス目掛けて突っ込んでいくかと思われた。

 

 だが意外や意外!

 猛り狂っていたはずのクックルは、全身からマナの輝きと蒸気を発しながら、獲物の動きを見定める肉食獣のようにじっと構えをとった。

 

 己の肉体を貫く一撃を何度も受けてきたクックルだが、有り余る耐久と薬物と分泌アドレナリンによる痛覚麻痺、そして魔導鎧の再生力が合わさりこれまでのハグレ王国による攻撃を障害ともなんとも思っていなかった。精々が虫に刺された程度の痛みしか感じていなかっただろう。

 

 しかし、ラプスの水龍槍は肉体で練られた高密度のマナ……すなわち闘気が彼の屈強な肉体の内部にまで浸透し、ただの投槍とは比較にならないダメージを与えたことで彼の朧げな理性にヴィジョンを与えた。

 自らの肉体を内部まで揺さぶる一撃、そして立ち昇る圧倒的な闘気を受け、クックルは目の前の相手を蹴散らす獲物としてではなく、己の命を脅かす強敵として認識したのだ!

 

 

「ラプス……! ちょうどいい。時間を稼いでくれ! 今そいつをぶっ飛ばすための兵器がチャージ中だ!」

「お安い御用。……ってか、別にアレならお前たちで普通にぶっ殺せるんじゃねえの?」

「下手に壊すと鎧が爆発するらしいんだよ。軽くこの辺吹っ飛ぶ感じで」

「え~? めんどくさっ」

「ああ。さらに面倒なことに、そいつは頭をぶち抜いても復活する再生力と爆発を起こす斧がある。……薙彦はそれでやられた」

「――――」

 

 僅かの逡巡の後、ルークは()の名前を出す。

 間合いを見計らっていたラプスの動きが、ほんの僅かだけ硬直する。

 

(やっべ、やっぱアイツの名前出すんじゃなかったか? 頼むからいきなりキレてくれんなよ……)

 

 

 二人は痴情の縺れから喧嘩別れした関係で、しかもお互いそれなりに引きずっているときた。

 特にラプスは名前が出るだけで機嫌を悪くする始末。

 とはいえ、一番危機感が伝わりやすい表現も他にはなく。

 

 そんな苦悩の答えは、からからとした笑いだった。

 

 

「ほーうほーう。そっかアイツこの辺うろついてるのは知ってたけど、こいつ相手に負けたのか! あのクソ野郎がねえ。そっかそっか。間抜けだなあアイツも。

 ――んじゃあ、ぶち殺すわ

 

 

 ぐしゃり。

 

 嘲るような苦笑するような表情から一転。

 

 瞬きの間にラプスの姿が消えたと思えば、跳び膝蹴りがクックルの顔面に突き刺さっていた。

 

 

クルアァァァァァァ!?

 

 明らかに致命傷のレベルで顔面をめり込ませながら、反撃の斧が振るわれる。

 その合間にも骨が元の形に戻り、肉が盛り上がっていく。

 

「おー、再生ってのはそういうこと。頭蓋骨砕いたってのに生きてんじゃあそりゃ勝てねえわな」

 

 ラプスはその再生能力に感心しながら、軽やかな身のこなしで攻撃をかわし続けている。

 そしてその合間に放たれるは水龍槍による刺突の連打。 

 心臓目掛けて繰り出された三連撃は、貫通までには至らないまでも大きなへこみを生み出し、凄まじい衝撃を体内に浸透させる。

 

「まあ別に、あのクソ野郎がどこで誰に負けようが知ったことじゃねえよ。でもあれだけあたしが勝ち越せなかった奴がたかが再生し続けるやつに負けるとかちょっと馬鹿らしくなるってかさ。さっき昼飯食い損ねたからムカついてるし、何回殴っても壊れないサンドバッグがあるなら殴るぐらい文句ねえよなあ!」

 

 

 どこからどう見てもブチギレです。本当にありがとうございました。

 

 神速の突きが斧を弾き、見事な弧を描く蹴り上げがガードを強引にこじ開ける。

 そうして懐に潜り込んだラプスは体を回転させる。

 

 

 ゴウンゴウンゴウン!

 

 

 どう聞いても打撃では生じないはずの音が鳴り響く。

 それは打撃が重なるほどの四連撃によって反響したもの。

 衝撃が内部でぶつかり合い内臓を破壊してクックルの顔面から夥しい血が噴き出す。

 隙を与えぬ連撃からのフォールダウン・リューオー。完全に容赦のないコンボがクックルの胴体を蹂躙した。

 

 

「おいおい。お前アレ正面から受けて耐えてたの? ヤバいな」

「あたぼうよ! つってもでもあれお互いボロボロだったしなあ。やっべ、次耐えれるかちょっと不安だわ」

「まあ牛肉は叩いたほうが美味くなるし、ちょうどいいんじゃね?」

 

 ダメージで伝わるあまりの殺意と、それを耐えてみせた相方にドン引きするハピコ。

 ニワカマッスルもあの猛打を一度は経験しているとはいえ、記憶の中とは違う激しさに気圧されている。

 

 怒濤の猛打に、ついにクックルが両膝から崩れ落ちる。ラプスは油断せず、こちらに落ちてくる頭部目掛けてとどめの蹴りを放――

 

 

「この馬鹿! そっちじゃねえ!」

 

 

 ルークの警告にラプスは己の両脇のガードを固める。

 だがそれも誤った選択。

 

 

「がっ!?」

 

 

 来たのは打撃ではなく、掌握。

 前のめりの勢いを利用した掴みかかり。

 がっちりと組み合った二つの巨大な手のひらはまるで万力のごとくラプスを締めあげ、その動きを封じていた。

 

「しまった……!」

 

 掴みと投げはラプスの十八番。普段ならば正面からの掴みかかりなど見切れるが、あの前傾した体勢から繰り出してくるとは予想外だった。これも鎧の再生力による復帰性と理性なきクックルの猛進さが合わさってのことか。

 だが最大の不覚を悔む余裕などない。クックルはラプスを掴み上げたまま、その両腕を頭上に持ち上げる。

 

「てめえ、まさか……!」

 

 クックルが何をするつもりかを悟るラプス。

 ならばと体内のマナを練り上げ、闘気を噴出させることで強引に拘束をこじ開けようと試みる。

 

 だが一つ、ラプスの知らない情報があった。

 

 クックルの身に着ける魔導鎧、その源流であるバイオ鎧には周囲からマナを吸収する機能が存在する。それは改良され、魔法を分解してマナに還元する機能となったわけだが、マナ吸収の原理事態に変わりはない。それどころか、この特式については大気中のマナを吸収する機能をさらに強化して地脈から直接マナを吸い取ることもできるように改造されていた。

 

 つまるところ。

 魔導鎧も密着状態であるならば生命体からマナを吸収することができるのだ。

 

 

「――ッ!?」

 

 

 ぞっとするような喪失と虚無感に、ラプスは反射的に怯む。

 致命的な隙を晒してしまった彼女に、クックルは無慈悲な一撃を叩き込んだ。

 

 

■■■■■■■ーー!!

 

 

 咆哮とともに両腕が振りかぶられる。

 まるで壺を投げ割るようにして、ラプスが45度の角度で投げ捨てられる。

 その勢いやすさまじく、クックルの前には半径1メートルのクレーターが出来上がった。

 

 おおよそ3メートル弱の高さ。

 常人であれば十分に死にうる高度を、クックルのけた外れの膂力で地面に叩きつけられればいくら強靭なリュージンであろうともただでは済まない。

 

 

「ラプス……ッ! クソッ、メニャーニャさん。チャージはまだか!?」

「あと二分です……!」

「二分……」

 

 

 あれだけの攻防が、僅か一分で行われた。

 技量で勝る強者たちが、「再生能力」という暴力の前に立て続けて圧倒されていく。

 

 ルークは注意深くクックルを凝視する。

 クックルは辺りを見回し――そして、こちらを見た。

 

 

「あ、やば」

「まず――」

 

 

 高まり続ける魔力に本能で危機を感じ、クックルはメニャーニャへと斧を投げ放とうとした。

 迎撃も回避も間に合わない。ルークが咄嗟に庇おうと飛び出す。

 

 だが、その斧が振りかぶられることはない。

 

 

「……?」

 

 

 クックルは斧を取り落としていた。

 不意の感触に訝しみ、クックルは左手を見る。

 手首。装甲の合間を縫って的確に細長い棒が突き刺さっている。

 

 その棒は奇妙な形状をしており、突き刺さっていない側はL字に折れ曲がり、中は空洞になっていた。

 神経と筋肉が遮られ、動かない。

 

 

「煙管……ってことは」

「おおっと、それはまずいですよっと……ごふっ」

「薙彦!」

 

 

 瓦礫の中から現れたのは、左腕を振りかぶったまま肩で息をする薙彦であった。

 

 

「すいませんねルーク。不覚を取りましたが、これこの通り問題はありません。ちょうど突っ込んだのが武器屋でして、代わりの槍もここに……」

「右腕ぶら下げておいて何言ってんだ。どう見ても戦闘不能だろうが」

 

 

 ルークの言う通り、最早薙彦は満身創痍。

 頭から血を流して、右腕はだらりと下げている。肘と手首はねじれ、指もあらぬ方向に曲がっている。仮に回復魔法で治癒を受けたとしても、完治には相当な時間が必要になるだろう。

 

 そんな状態から仕込み煙管を的確に投擲してみせるのだから、恐ろしい男である。

 

 

「まあぶっちゃけかなりしんどいですよ? でも彼女が甚振られる姿を黙って見ていられるほど男は腐ってないと自負して――」

「誰が、甚振られてるだって?」

 

 

 腹立たし気な声が聞こえた直後。

 クレーターの中心から、間欠泉めいて波濤が噴き出した。

 

 

「昇・龍・脚!」

 

 

 

 龍宮振蹴拳の技が一つ、昇龍脚。

 滝登りの如き跳び蹴りが鋭角を描いてクックルの下あごを突き上げる。完全にバランスを崩したクックルは仰向けに倒れこんだ。

 そのまま跳ねかえるように一回転した後、ラプスは着地する。

 

 

「ラプス!」

「……一本やられた。次はない」

 

 

 ぺっ、と血交じりの唾を吐きだす。

 その体は傷つき、上等なドレスは引き裂かれていたが、立ち昇る闘気は微塵も衰えていない。

 

 そのまま追撃に移るかと思われたラプスだが、ルークの傍に立つ薙彦の姿を認めて口を開いた。

 

 

「ようナンパ男。無様な格好だな。とうとう女にキレられたか?」

「いえ。女性を泣かせるような真似はしてませんとも」

「ハッ、よく言うぜ。あたしが蹴り出した時もピンピンしてたってのに、あんな奴相手にズタボロたあ鈍ってんじゃねえのか。薙彦サン?」

「あっはは。残心を怠った小生の未熟です」

「ああ。女のことばかり考えてっからそうなるんだ。他にも色々言ってやりたいことはあるけどさ。――まずはコイツをぶっ殺してからだな」

 

 

 ぐらり、とクックルが起き上がる。

 あれだけ打ちのめされてもなお、目立った疲労の気配はない。

 

「そうですねえ。小生もやられっぱなしは性に合いませんし。ルーク、手伝ってください」

「おいおい。俺なんかじゃもうどうにもできねえぞ?」

「足を引っ張るだけならいくらでもできるだろ」

「へーへー」

 

 メニャーニャがチャージを完了させるまであと僅か。

 鳥人は完全に狙いを彼女に定め、突進する。

 

 立ちふさがる敵兵どもを叩き潰し、帝国が持ち出した小癪な兵器を破壊する。そうして自らの怒りを知らしめることは、クックルにとって今までの戦いと何の代わりもない。

 

 果たして今の状況がどうなっているのか。

 目の前にいる者たちが虐げる側の人間なのかそうでないのか。

 そんなことはどうでもよい。

 

 湧き上がる衝動に身を任せる。

 ただ己が虐げられた分の怒りを。

 高慢なる貴族たちへ鉄槌を。

 ただ、ただ破壊する。

 

 それだけが目的だ。

 それだけが生きがいだ。

 

 そう。たとえ正気を取り戻していようと。クックルがとる行動に変わりはなかっただろう。

 

 彼に残されたものは、破壊(それ)以外になかったのだから。

 

 

■■■■■■■ーー!!

 

「ナギ、アレ用意しろ! ルークはわかってんな?」

「ああアレか。オッケー、いつでも用意しているからな」

「承知。とはいえ左手(こっち)でできるか不安ですが、ね!」

 

 

 ラプスは薙彦の槍の石突に飛び乗る瞬間、すかさず薙彦は槍をてこのように跳ね上げる。

 即席のジャンプ台からラプスの残像が垂直の軌跡を残す。

 

 即興コンビネーション、というにはあまりにも手慣れすぎたこれは、彼らが巨大な魔物に挑むときに何度も行ってきた必殺コンボの前触れであった。

 

 

「い、く、ぜぇ!」

 

 

 クックルよりも高く跳躍したラプスは脳天目掛けて三連回し蹴りを繰り出す。

 誰よりも背が高いゆえに常に視線が下方に向いていたクックルはこれを防ぐ術がなく、その太い両足が地面に埋まるほどの衝撃が彼の巨躯を一直線に突き抜けた。

 

 

「おら、動き止めたぞ! やりやがれてめえら!!」

「今だ! 全員かかれ!!」

 

 好機とみたジュリアの掛け声で、ハグレ王国の仲間たちも総攻撃を仕掛ける。

 

 

 俊英の刺突が無数の切り傷をつける。エステルが一点集中した炎が弱まった迷宮装甲を貫いて肉を焼く。

 ゼニヤッタの怪力で鎧が凹み、睡眠薬の入った矢が皮膚に突き刺さる。

 刀めいた鋭いシュートが筋肉を貫き、ベロベロスの炎が羽毛を焦がして香ばしい匂いをあげる。

 厄いものが詰まった爆弾が炸裂し、ルビーの弾丸が次々と撃ち込まれる。

 そしてハピコとハオが起こした竜巻が、縦横無尽にクックルの体を切り刻んでいく。

 

■■■■■■■ーー!!

 

 

 だが動きを封じられてなお、クックルは筋肉の律動による衝撃波で彼らを払いのけてみせる。

 

 

「みんな無茶しすぎでち、リカバー!」

「全く、世話を焼かせるのう」

 

 治癒の光が前線を包み込み、紅茶の香りが精神を落ち着かせる。

 

 

 そうして邪魔者を振り払ったクックルは傷を癒すためにマナを地脈から吸い取ろうとチューブを伸ばした。

 

 だが。既に種が割れているものが見逃される道理はない。

 

 

「柚葉一刀流――落花落葉の刃」

 

 

 かちん。と鞘に刀を納める音が響く。

 瞬く間にチューブがばらばらと切断され、残骸が地面に転がるさまをどこか満足げに柚葉は眺めた。

 

「兵站は断つべし。戦の常であるな」

 

 今日は今までどこにいたのかと問い詰めたくなるほどに姿を見なかった彼女だが、どうやらおいしい場面を狙っていたようだ。

 

 マナの供給が大幅に減じ、傷の回復が止まる。

 だが鎧そのものが生命のように蠢き、彼の埋まった足元から根を張るようにして配線類が伸びていく。

 

 

「おいおい。今度は足元がお留守だぜ?」

 

 

 爆発。

 ルークがこっそりと転がしていた爆弾がクックルの真下が破壊する。

 石畳が巻き上がる。地脈に接続しようとしていた鎧が地面から引きはがされる。

 

「はっ、散々好き勝手やってくれたお返しだデカブツ」

 

 ルークは中指を突き立て、挑発してみせた。

 ラプスの一撃で動きを止め、ルークの破壊工作で足場を崩す。そうして釘付けとなった相手を総員でタコ殴りにする。

 昔であればアプリコの地形操作に加え、エルヴィスの指揮によってもっとひどい惨状を生み出すこともできた。

 ルークは少し郷愁に浸るが、今も昔に負けず劣らずの仲間たちがいる。

 ほら、そこに彼女がいる。

 

 

「禍神降ろし!」

「そらよ!」

 

 そうして完全に隙を晒したクックルへとジーナが氷壊斧エンネを振り下ろす。

 ヘルの支援によって最大限まで強化された、武器破損を厭わぬ一閃。

 砕け散る氷めいた破片を代償として、彼女はクックルの左肩から先を断ち切ってみせた。

 

「ほら、これで狙いやすくなっただろ!」

「ええ、ありがとうございます。皆さんのおかげで、十分にチャージできましたとも」

 

 

 バチバチと光があふれる中、メニャーニャはにやりと笑みを浮かべた。

 

 その激しき鳴き声は雷鳴の如く。

 その雷鳴は神が放つ雷霆のように。

 

 放たれる矢の名はインドラランス。

 

「装填、完了」

 

 

 装填されるのは魔法を圧縮し、着弾と同時に炸裂する特殊弾頭。

 

 

「充填、サンダー、サンダー、サンダー。三倍に設定」

 

 

 充填されるのは射手の魔法。この場合はメニャーニャとシノブ。二人の術者による雷の魔法。

 電光が三度走り、弾頭が眩い光を放つ。

 

 

「照準、だいたいでよし!」

 

 

 機械によってマナの弦が引かれる。

 弓、とはいったものの、あくまでマナから弦を生成し、その炸裂によって射出するこの兵器は大砲に近いだろう。だが、弓であるということが重要なのだ。完全な機械式でないのは、術者の魔力を込めるにはこの形が最適だから。……つまり、製作者(メニャーニャ)のこだわりだ。

 

「発射カウントダウン開始、3――」

■■■■■■■ーー!!

 

 

 矢を放つまで最早秒読み。

 

 クックルは生命の危機を前にして、冷静にも逃走を選択する。

 足を取られてはいるが、彼の生きようとする本能はそのための最適な行動を既に導いている。

 

 ――特式魔導鎧の背部がバカリ、と脱落し、折り畳まれていた翼が窮屈そうにその巨躯を広げた。

 

「な、こいつ翼を……!?」

 

 

 闘争本能に支配された今のクックルには、魔導鎧をコントロールする力はないはずだった。

 だが、脊髄と直結して繋がる魔導鎧は既に己の肉体も同然。

 漠然とした欲求に鎧は応え、鎧はクックルの肉体を最適化する形に導いていた。

 

「空に逃げるつもりか……!」

「今は照準を上に傾けられません!」

「じゃあ奴の足止めは!?」

「ダメです。巻き添えを喰らいますよ!」

 

 クックルはここまで貯めたマナを衰えた翼の再生と体の進化に費やし、かつては滑空や加速にしか使えなかった翼が生来以上にまで発達し、彼らの種族が進化の過程で失った飛翔機能を取り戻した。

 一度動きを確かめるように翼がばさり、と大きく羽ばたき、クックルはまず空に往くべく跳躍を試み――

 

 その右腕に、下から飛んできた鎖が絡まった。

 

 

 がくん、と地面に引きずり降ろされるクックル。

 怒りの形相で鎖の持ち主を睨みつける。

 

「おっと、ここで逃がすわけにはいかねえな!」

 

 ジョルジュ長岡の右手に絡まるは彼の得物"魔鎖ユストーン"。

 意のままに動く愛用の武器は、クックルの腕にみっちりと絡みつき、同時にジョルジュの胴体から腕にかけてがっちりと巻き付くことで両者を完全に繋ぎとめていた。

 そしてそれだけではない。

 

「「「オーエス! オーエス!」」」

 

 かなづち大明神。ニワカマッスル。マーロウ。無事だった帝国騎士団の騎士たちに、駆け付けてきた冒険者たち、そして帝都に暮らす屈強な男たち。

 この場にいる力自慢たちがジョルジュの前に立ち、一斉に鎖を引いていた。

 

 

■■■■■■■…………!!

 

 

 怪力無双のクックルとはいえども、これだけの人数に引っ張られればたまったものではない。

 抵抗するように飛翔を試みても、最早彼の体は1ミリも浮かぶことはない。

 

 すべての者が死力を尽くして作り上げた好機。

 ここを逃せば、この凶悪なハグレに時間を与えてしまえば、それこそ手が付けられない存在に変貌するだろう。

 

(だから、これで倒す!)

 

 我が師は己の強力無比な魔法による周囲への被害を考慮して、この豪傑を倒すことができなかった。

 だから、自分がそれを十年越しに受け継ぐ。

 

 ハグレである以上、彼も被害者なのだろう。

 その怒りの矛先が貴族や王族に向くのも、筋違いとは言えない。

 だが、それでも罪のない多くの人間が彼の怒りに晒されるというのなら、この世界に住む人間として、彼を討伐しなくてはいけない。

 

 メニャーニャは兵器のトリガーを握る。

 

「動きが止まった、今しかない!」

「ええ。魔力砲狙撃、開始。神の雷はここに在り。インドラランス――発射!

 

 雷が迸る。

 空気が唸る。

 

 

 ホトトギスは往く。その鳴き声を雷として――!

 

 

 音を超えた速度に、クックルは反応できず。

 狙いは寸分違わず、鋼鉄に覆われた巨体の心臓部。

 魔導鎧の魔力炉を一筋の光が刺し貫いた。

 着弾と同時に内部に込められた魔法が炸裂する。

 

 雷の三重奏。

 

 

 バチ、バチバチと三つの電光がその場に立ち昇り――直後、地を揺るがす轟音が響き渡った。

 

 

 ド、ゴオオオオオン!!

 

 

 大地を揺らし、周囲の建物の窓ガラスが割れる。

 サンダーを三回打った。という単純な理屈ではここまでの破壊は起こりえない。

 魔法弾頭の中で圧縮するという工程を得ることで、単純な足し算ではなく、累乗のごとく威力が跳ね上がった。

 

 

「どわあああああああっ!!」

 

 

 衝撃でバランスを崩し、鎖を引いていた漢たちが仰向けに倒れる。

 他の者たちも爆風に耐えるので精いっぱいだ。

 

 

「けほっ、こほっ……ど、どうなりましたかね……?」

 

 

 魔導兵器にしがみついていたことで比較的復帰の早かったメニャーニャが、いち早く状況を確認する。

 

 土煙が晴れ、爆発地点の全容が露となる。

 石畳を抉り取ってできた半径3メートルほどのクレーター。

 その中心にて、クックルは斃れていた。

 

 魔導鎧は既に砕け、心臓にはぽっかりと穴が開いている。

 左半身は完全に黒く焼け焦げており、ボロボロと崩壊が始まっている。

 対する右半身はまだ肉体を残してはいるものの、夥しい火傷が余すところなく走っている。

 

 誰がどう見ても、死んでいると判断できる状態だ。

 というか、あれだけの熱量を浴びて生きていたらそれこそ不死身である。

 

 勝利の高揚。成功の歓喜。れっきとした命を奪ったことの感触。

 すべてを呑み込んで、メニャーニャはその場の全員に聞こえるように告げた。

 

「――作戦、成功です」

「た、倒した……」

 

 周囲の者たちもクックルが完全に沈黙したことを理解し、やがてどこからか勝鬨の声が挙がる。

 

「やったー!」

「倒したぞー!」

「うおおお、帝都は救われたー!」

 

 

 歓声は瞬く間に広がった。

 全員が等しく肩を叩き合い、勝利を喜び合った。

 騎士も冒険者もハグレも関係なく。

 その場にいた全員が、互いの健闘を称え合った。

 

 

「回復ができる人は負傷者の手当てを。市民の中に傷を受けた人がいれば優先的にお願いします」

 

 勝利に酔っている暇などない。

 メニャーニャは即座に現場の指揮を執り、事後処理を始める。

 

 ハグレ王国のヒーラー達はまだまだ忙しい。

 

 

「ヒール。ヒール。ヒール。キュアオール……うひー、終わったでち」

「薙彦さんの腕はかなりひどいので、病院に言ってきちんと処置をしたほうがいいですよ」

 

 ルーク、ラプス、薙彦はメニャーニャ達と共にデーリッチから回復を受けていた。

 

「よっ、と。おー、いいねこりゃ。あたしが今まで受けてきた中でも相当に腕がいいじゃねえか王様」

「そりゃあ、ずっとヒールとリカバー使ってきたからな」

「パンドラも忘れないでほしいでち!」

 

 最近デーリッチと別行動が多いせいか、オープンパンドラの恩恵を忘れがちなルークであった。

 

「全く、デーリッチは王様なんでちよ。それなのにこんな回復薬みたいな扱い……」

「ははっ。王様ってのは国民を生かすのが仕事みたいなもんだろ。だったら本望じゃねえか」

「その分俺たちが命懸けてるからさ、文句言わないでくだせえよ」

 

 と、ほがらかに治療が進んでいた。

 その時、彼らの背後のクレーターから瓦礫がはじけ飛んだ。

 

クルァァァァァ……

 

 

「うわっ!?」

「今度はなんだ……ってはぁ!?」

 

 彼らの驚愕はもっともだ。

 その視線の先、クレーターの中心で斃れていたはずの存在が、今まさに身を起こしている。

 全身から血を噴き出し、内臓すらも焼け焦げてなお、クックルは立ち上がった。

 

「コイツまだ動くのかよ!? 心臓なくなってんだぞ!」

 

クルアァァァァァァ!!

 

 

 緊張の糸が切れたことで、急激な対応が追い付かない。

 その虚を突いてクックルは瞬く間に斜面を駆け上がる。

 自分を倒した者たち。すなわちメニャーニャやルークらの下へと一矢報いんと、唯一残った右腕を振るう。

 

 そして、その直線上には彼女がいた。

 

 いくらほとんど死体とはいえ、振りかぶられる剛腕の前にその小さな体がいともたやすく潰れるのは想像に難くない。

 ローズマリーが庇おうとするが、その距離では間に合わない。

 当のデーリッチは、迫る巨体に回避も防御もせず、ただその姿を見つめていた。

 

 

「危ない、デーリッチ――」

 

 

 手が、止まった。

 

 

「…………」

 

 

 デーリッチに手が届く寸前。クックルは動きを止め、その感情の読めぬ双眸で彼女をじっと見つめていた。

 

 ――なんだ。これは?

 

 死を前にして、戦いの陶酔から目覚めた理性が目の前の相手を分析する。

 

 

 小さい。あまりにも小さい。

 害など考えられない。無害ではないか。

 それにこの小さいものは、この世界の人間でもない。

 その頭にあるものはなんだ?

 ……王冠か。権力の象徴にしては、随分と小さい。まるで子供のおもちゃのようだ。

 

 戸惑い。困惑。安堵。

 常に彼の身体が発していた怒気が霧散していく。

 

 

 ――これは、敵では、ない。

 なら、その後ろにいるのも、敵ではない。

 戦いの音は聞こえない。

 つまり、ここに敵はいない。

 

 いないのなら、眠る、だけだ……。

 

 

 鳥人はゆっくりと目を閉じる。

 その巨躯はうつ伏せに崩れ、今度こそ物言わぬ躯となった。

 

 

「おやすみなさい。ぐっすり眠るんでちよ」

 

 

 王はただ一人、撫でるようにしてその頭に小さな手を置いた。




○ラプス
 助っ人枠。めちゃんこ強い。
 ちょっと強くしすぎたかなって思うけどもリュージンなのでこれぐらいの暴れっぷりは許してほしい。
 薙彦のことはまだ許していない。

○クックル
 フルボッコにしたけどそれでもなんかしぶとすぎる。
 適正レベルより一回り上のボスより強い中ボス。
 鬼武蔵とか叛逆者とかその辺のイメージ。
 プロット段階では『帝都聖杯奇譚』に熱をあげていたためこの辺のオマージュが多い。

 コンセプトは『倒すしかない敵』
 被害者ではあるものの、齎す被害はそれ以上。
 平和な世界に生きるには罪が大きく、それ以上にこの世界を憎みすぎていた。

 憤怒によって眠ることすら許されなかった狂戦士は、王の手の中で眠りについた。


次回。三日目最終パート。
これが過ぎれば帝都編はあとは最終日のみです。


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その68.帝都動乱・三日目(6)

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「いや~、メニャーニャもエステルもご苦労! 中々荷が重い相手だったとは思うけど、見事に乗り越えてくれた! お前たちがここまで成長してくれたことを嬉しく思う!」

 

 

 召喚士教会の会議室にて、報告を受けたアルカナはまず弟子たちを労った。

 事後処理の最中に現れた彼女は、メニャーニャの放った水晶鳥による連絡によって状況を把握する傍ら、錯綜する伝令によって混乱する宮廷会議の仲裁に務めていた。

 

 危惧していた男の存在には流石に驚愕したが、それでもアルカナは弟子たちの勝利を微塵も疑ってはいなかった。

 

 そういった存在が現れることは見越したうえで、アルカナはメニャーニャに今回の作戦の指揮を全面的に任せたのだ。

 

 

 そして実際に、彼女たちはその期待に応えた。

 そのことに喜び、惜しみない賞賛をアルカナは口にした。

 

 

「ハグレ王国の皆もご苦労。これで残るは明日の式典だ。ここが本番だ、今日までのお祭りムードとは真逆の大真面目な催しだから、真剣に臨んでほしい」

「何も起こらないでくれるのが一番、なんでしょうがね」

 

 

 立て続けに起こるボス戦に、ローズマリーはこれ以上荒事にならないでほしいと願いを口にする。

 その通り。最も危険なことが起こるとアルカナが予言した終戦記念式典当日こそが今回の本番。

 これまでの三日間はいわば前哨戦。一斉に敵対勢力が雪崩れ込んでくることを防ぐための露払いに過ぎない。

 

 

「まあ、そう都合よくはいかないでしょう。マクスウェルから聞き出した情報だと、先のクックルを含めた魔導兵の部隊を式典のど真ん中に放り込む手はずだったらしいし」

 

 師の言葉にエステルは尋問の様子を思い返す。

 

 

 ~回想はじまり~

 

 

「はい。では尋問のお時間です。解放戦線についてあなたが知っていること、全部喋ってもらいますよ」

「はっ、そんな風に言われてはいそうですかと喋るわけが」

「魔導鎧の弱点喋ったくせに今さら何言ってんだ。いいから観念して喋りな!」

「ふむ。そういう態度を貫くのであれば仕方ありませんね。この『仲良しくん一号』を使うとしましょうか」

「おいッ、なんだそれは!? 明らかに仲良しなんて言葉が似合わないやつだろ。なんでヘッドギアの内側に針が伸びてるんだよ、一体どこに突き刺すつもりだそれ!?」

「安心してください。もともとあなたに使うつもりは無かったので痛みはありません」

「何も安心できないんだが!? というか最初は誰に使うつもりだったんだよそれ!?」

「まあまあ。そう暴れない」

「や、やめ、やめろ。うわああああ――――」

 

 

 ~回想おわり~

 

 

 

「それで、マクスウェルはどうした?」

「はい。尋問も終わりましたので、現在は協会の一室に拘束しています。手続きが終わり次第、拘置所に移送する手はずです」

「ふむ、彼を奪還するために解放戦線が仕掛けてくる可能性は?」

「なくはないけど、可能性としては低いね。だってあいつ、有益な情報ほとんど持ってなかったし。魔導鎧の開発を担っていたっていう言葉もどこまで信憑性があるやら。ジェスターとハグルマが量産したってことは、つまり奴はもう用済みってことだろうし」

「協会から見捨てられて、帝都にも居場所がなくなって、拾われたと思ったら捨て駒扱い、か。ここまでくると可哀想に思えてくるよ」

 

 

 味方からもほぼ見捨てられているという彼の状況に、エステルはわずかばかりの憐憫を向ける。

 いくら卑劣な罠で自分を排除しようとしてきた男であっても、落ちるとこまで落ちていく様子を見て笑うことなどできない善良さは彼女の長所である。

 

 

「というか多分、帝都貴族との接点を作るためだけに近づいたのだろう。まず奴のコンプレックスを刺激して取り入り、優秀なコネクションを利用して土台作りをする。行動が目に余るようになったらそれとなく退場してもらおう。こんなところかな?」

「ずいぶんと具体的な……」

()()()()()()()()()()()()()。同じ白翼で、主席に任命された奴だ。人心掌握の手法なんざ、当然のように修めているとも。ま、あまり性に合わないんだけどね、私の場合」

 

 

 そうあっけらかんと言ってのけるアルカナに、ローズマリーは改めて、この女性が敵じゃなくて良かったなと心の奥で安堵した。

 

 

「だから彼から得られたのは今回の作戦に関わっている主要メンバーの名前ぐらいだ。ジェスター・サーディス・アルバトロス。アプリコ。それに《サバト・クラブ》の幹部のザナルという男か。彼らがこの三日間で何のアクションも起こさなかったのは少々意外だったけど、逆に言えば明日に乗り込んでくることが確定したと考えていい」

 

 

 アルカナは改めて今回の敵についての説明を行う。

 

 

「ジェスターについてはまず私が対処するが、問題は他の連中だな。特にアプリコ、彼はハグレ戦争でハグレ軍の軍師役を担っていた。補助として用いる魔法は戦場を操作する類のもので中々に厄介だ。だが何より危険なのは、彼の指揮下にいる兵隊だ」

「ああ。命令に忠実な魔導兵であの強さだ。訓練を積んだ生身の兵隊が臨機応変に対応してきた場合、その危険性は跳ね上がる」

 

 

 ジュリアが頷いて同意する。

 思い返される水晶洞窟での死闘。

 あの時、アプリコは道具や魔法による妨害を差し込む以外には指揮に徹していたが、それは彼自身の戦闘能力が皆無であるということではない。ルークにゲリラ式戦闘術を仕込んだのはアプリコだ。あの獣人参謀が本気でその牙を剥いたときに運用される軍隊の恐ろしさは計り知れない。

 その点で言えば、今回最も警戒しなくてはいけない相手と言えるだろう。

 

 

「最後にザナルについてだが、彼についてはほとんど情報が無い。炎魔法を使っていたみたいだけど、帝都のブラックリストには載っていなかった」

「ってことはただの雑魚……ってわけでもないんだよな」

 

 

 帝都政府と冒険者ギルドが共同で製作する危険人物のリストに掲載されていない。それはこの場合、帝国にとて脅威に値しない三下か、自分の痕跡を隠すのが相当に上手なやり手かのどちらかだ。

 

 ルークが懸念したのは後者。

 犯罪組織が跳梁跋扈するこの大陸において、無名だからといって相手を侮るのは三流。評判を疑わずに真に受けるのは二流。

 手の内が知れた相手よりも、全く情報が無い相手こそが真の脅威。

 たとえ実力で劣る相手であっても、一発逆転の初見殺しを持っている可能性もある。

 何より、ルーク自身がそうした《おたから》を持っているためか、そうした危険性を嗅ぎ取る感覚は鋭敏であった。

 このあたりは、各々が強い部類に入るハグレ王国が失念しがちな部分だ。

 

 

「《サバト・クラブ》は有象無象の集まりだけど、彼らが蓄積する魔術の知識は相当に深い。局長クラスなら異端魔術に長けている。それにジェスターの奴から白翼の技術を受け取っていたならば、君たちと同等の実力者であってもおかしくはない。くれぐれも油断なきように」

 

 

 その後、スケジュールの確認や翌日の配置など打ち合わせを行い、この場はお開きとなった。

 

 

 

 

 ◇

 

 

 

「諸君。時は来た」

 

 

 ジェスター・サーディス・アルバトロスは目の前の群衆に向かって告げる。

 

 実にこの手の扇動者にありきたりな台詞と、仰々しい仕草。

 だがその型にはまった動作言動こそ、最も人の心を揺さぶり、昂らせ、押し流すのもまた事実。

 

 

「今こそ歪み切った国家を打ち壊し、召喚術によって齎された邪悪を清め流す時が来た。

 この世界に同意もなく君たちを連れ込み、何の利益も還さずに知恵と力を搾取し、そして用が済めば不要だと捨てさったこの世界に、君たちの無念と怒りを叩きつける絶好の機会が訪れた」

 

 

 ジェスターの前に立ち並んでいるのは数にして二百人ほどのハグレ。

 獣人。ゴブリン。サキュバス。その他さまざまな種族が混合した統一性のない集団は、召喚人解放戦線に合流したハグレ部隊のほぼ全てである。

 世界も種族のバラバラな彼らに共通する唯一の事実は、この世界の住民たちから排斥を受けてきたことだろう。その一点だけで彼らは一致団結するに至ったのだから、どれだけ召喚術が引き起こした問題が大きいかも伺えよう。

 

 とはいえ、彼らが諸々の根源である帝国へ戦いを挑むには圧倒的に足りていないものがある。

 数だ。一個一個の戦力という点で言えばハグレはこの世界の人間よりも強力だ。子供ですら成人男性を正面から倒しかねないと言えばその強力さがわかるだろう。

 それでも、人数差というものは覆しがたい。質と量でいえば量が勝るのがあらゆる世界で絶対の法則だ。

 

 だが、その数を埋め合わせたとしても彼らの心にはなお恐怖がある。

 

 それはかつての戦争の敗北の記憶。

 

 天を裂き、地を砕いた光。

 召喚術で別の世界から多くの仲間を呼びこんだとはいえ、かつて敗北したという事実がハグレ達に二の足を踏ませている。彼らの脳裏には、戦場を蹂躙した無数の流星が焼き付いているのだ。

 

 

「かつて君たちは異界の者をいたずらに弄ぶ帝国を糺すため剣を取り、杖を振るった。だがその結果は屈辱的な敗北だった。なぜか? それはあの忌々しい女傑、アルカナ・クラウンという魔術師がその力を振るったからだ。本来ならば世界を正しく導くためにふるわれなければならない我らが始祖より受け継がれし力は、こともあろうに召喚術によって発展した誤った文明を守るために使われた。私は同じ一族の者としてこれを嘆かわしく思い、代わって君たちに謝罪しよう。そして君たちを導くことでその詫びを取るつもりだ」

 

 

 だからこそジェスターは痛烈な事実を述べた後、肯定する言葉を投げかけて心の天秤を自分に傾けていく。

 

 

「それでは、改めて問おう。君たちは何者だ? その力で破壊をもたらし、欲望のままに他者を貪る怪物か?

 違うだろう。君たちは『ヒト』だ。この世界の人間たちと比べても優れた知恵と力を持つ君たちは、文明を謳歌し、この世界に友を作り、異性を愛し、子を残し、そして繁栄する資格がある。否、それはむしろ義務だといてもいい。簒奪した文化で偽りの繁栄を享受する帝国人などよりも、君たちは素晴らしい国を作り、暮らしていくべきだ」

 

 

 

 ――その様子をヴァイオレット・ロマネスクは少し離れた場所で、闇に隠れながら聞いていた。

 

 アルカナの依頼で帝都に潜伏した犯罪者たちを調べ上げた彼は、そのまま帝都周辺に位置する町村を巡り、解放戦線の動きを探っていた。彼の健脚であれば、馬なしで大きな町を半日も経たずに渡ることが可能だ。その上、隠密行動も問題ない。偵察・伝令としてアルカナが重宝するのもわかるというものだ。

 

 そうしてロマネスクは帝都にほど近い場所にて、解放戦線の野営地を見つけた。

 

 そこには多くの獣人たちがおり、戦闘訓練や武器の手入れなどを行っていた。

 そのまま潜伏して情報を探ろうかとも考えたが、念には念を入れて、アルカナから預かった偵察用マジックアイテム【渡り鳥の水晶細工】を飛ばし、己は気取られないよう十分に離れた場所で伺うことにした。

 

 そうして偵察を続けること数時間。夜も更けた頃に、敵の首魁、ジェスター・クラウン・アルバトロスが姿を見せた。

 敵の首魁が語る言葉だ。

 一言一句聞き逃さず、一挙一動を見逃さないようにロマネスクは水晶玉に注意を注ぐ。

 

 

「ご存じだとは思うが、この三日間、既に我らが同胞は帝都に入り、幾度となくその社会へと挑み、己の意思を叩きつけ、そして命を散らしていった。かつての聖戦において戦ったあの豪傑、クックルを知っている者はいるか?

  ……うむ。忘れられることなどないだろうな。常に最前線に立ち、誰よりも先んじてその怒りを帝国の軍勢に叩きつけた勇敢な益荒男であり、そして屈辱にもその身を囚われのものとした悲劇の英雄を。だが、彼はなお揺るぎない意志を持っていた。薄暗き檻にて抑圧され続けた彼の怒りは弱まるどころかさらに強くなっていたのだ。我々は先日、彼を解き放った」

 

 

 少なくないざわめきが生じた。

 無理もない。鳥人クックルとはかつての戦争にて敵味方ともに恐れた戦士。傭兵たちの間で語り継がれたように、ハグレ達の間でも十年経ってもなおその名は色あせることはなかった。

 

 

「彼の力は我々にとって無双の矛となるはずだった。だが彼は我先にと果敢にも帝国に挑み、その命を散らせた。非常に残念だが、彼はただ死したのではない。帝国騎士団に多大なる傷を負わせ、己の怒りを帝国に刻み付けた。時を経てなお、彼は君たちハグレの英雄であり続けたのだ」

 

 

 その事実にすすり泣く声があがった。次に義憤に燃えるような感情の揺らめきがあった。

 怒りは伝播していき、やがてその場にいる全てのハグレの闘志に火が付く。

 それを影の魔力によって感知したジェスターはわずかにほくそ笑む。

 

 悲しみ。憎しみ。怒り。劣等感。

 

 そうした負の感情がどのようにして上下し、それに人の意識がどう左右されるのか。虚数属性を修めたジェスターは知り尽くしており、当然それを用いて集団を扇動することは世界を導く者としての必須技能と言ってもよい。特に、十年もの月日を経て醸造された憎悪を抱えるハグレを焚きつけることなど、彼からすれば造作もないことだ。

 これは人の善性を重んじるあの女(アルカナ)では同じことはできない。悪によって人の世を正す己だからこそできることだ。

 そう考えるたび、ジェスターの奥底に暗い愉悦がこみ上げる。

 

 

「先に血を流した彼らの犠牲を無駄してはならない。帝国が再び我らの存在を忘却の淵に追いやる前に、決して消えることのない傷を刻み込み、君たちがハグレなどではなく、れっきとした人間であることを思い知らせる。

 これは断じて陰湿な復讐などではない。君たちが本来持って然るべき『権利』を取り戻すための戦いだ。君たちを無様に敗走せしめたあのアルカナ・クラウンと同じルーツを持つ白翼として、人の世を正しく導く使命を帯びたこの私が保証しよう」

 

 

 ジェスターは何一つとして表情を崩すことなく、真摯で胸を打つような言葉を発した。

 

 ――ウオオオオオオッ!

 

 

 それが決定打となり、ハグレ達は鬨の声を上げた。

 

 場の空気は戦意一色で染まった。

 奪われたものを取り戻そうと戦うことの何が悪い。

 大義と力を得た今、彼らは自分達こそが正義だということを疑いもしない。

 

 それを離れた場所から聞いていたロマネスクは、ジェスターという男の恐ろしさを改めて実感した。

 

 

「戦いは既に始まっている! 我らの同胞が既に帝都に潜り込んでいる。彼らは式典にて自分たちの在り方を一番に叩きつける偉大な役目を担った解放の戦士たちだ。君たちは彼らの邪魔が入らないよう、帝都の門を叩き続けてもらいたい。さすれば、あの堅牢な門はたちまち君たちを受け入れるだろう!」

 

 

(なるほど。挟撃するつもりであるか)

 

 

 式典が近づき、人が流入することで警備の意識は否応にも帝都の中に向く。

 そこへ実際に何名かの工作員を潜り込ませてアクションを起こす。そうすることで確実に彼らは内側への警備を固める。逆にそこを突いて、内側と外側、その両方から攻め入ろうという魂胆なのだろう。

 

 これだけ聞ければ十分。すぐにでも報告に帰還しなくては、そう思ってロマネスクが水晶玉から目を離そうとした瞬間である。

 

 

「それと」

 

 

 ジェスターはゆっくりと振り向き、()()()()()()()()()()()()

 

 

「!!」

 

 

 バキリ。と水晶玉が中心からひび割れて映像が途切れる。

 本能に従い、ロマネスクは慌てて飛び下がった。

 一秒も経たず、先ほどの場所を見えざる爪が薙ぎ払う。

 

 

「わかるとも。エルセブンではありふれた品だからな。最も、型落ちの骨とう品を好き好んで使うやつなどあの女ぐらいのものだがな」

 

 

 それと同時に、服装を黒一色に染めた白髪の男がその場に立っていた。

 野営地からここまでには結構な距離があった。だというのに、ジェスターは今ロマネスクの前にいる。

 

 

「アルカナの飼い犬……いや、飼い猫か。よく気配を消していたが、道具を使ったのは失敗だったな。大方、こちら側の動きを探りに来たというところか」

 

 

 問答には応じない。

 己の潜伏が割れた以上、この場にいるのは最悪手。

 ロマネスクは即座に逃げの一手を打っていた。

 

 大地を蹴り、枝を飛び渡る

 闇夜に鋭角の軌跡を刻みながらロマネスクは来た道を一目散に引き返す。

 

 

「ほう、早いな」

 

 

 だが、進行方向上。

 己の視線の先に黒い影が立っている。

 

 

「別にこの場所が割れたからなんだという話だが、奴の手駒だ。嫌がらせ程度に始末しておこうか」

 

 

 無造作に振るわれた腕から影が走り、刃が地面を這い進む。

 人体をバターよりも易く斬り刻むそれを、ロマネスクは空中に身を躍らせて回避する。

 

 軽く驚愕したが、心にあるのは動揺ではなく『やはり』という納得だった。

 ジェスターは虚数属性のマスタリー。奥義である影を介した転移術も習得しているだろうというアルカナの言葉は真実であった。

 彼女が言うには様々な制約があるとのことだが、それでもキーオブパンドラに匹敵する力を単体で振るうというのは脅威という他この上ない。

 

 ロマネスクは空中で逆さになったまま、三つのナイフを投げ放つ。

 闇夜を切り裂いて進む刃は、沸き立つようにせりあがった影に呑まれて消えたが、それで生じた意識の隙を狙ってロマネスクはジェスターの斜め右後ろの方向へと駆け抜けた。

 

 

「――ム」

 

 

 ジェスターは影を介してロマネスクの生体反応を探り、先回りを行う。

 ロマネスクはそれを感覚で察知し、彼が出現すると同時に進路の変更を行う。

 

 いかに未知の魔術といえども、何度も見れば感覚を記憶できる。

 再出現までの時間を体で覚えたロマネスクの俊敏性は、ジェスターの探知速度を上回っていた。

 最早彼が森を駆け巡る猫人を捉えることは不可能。

 このまま行けば次第に森を抜けることができる。拓けた場所に出れば、あとは街道まで走り、その後は帝都まで一本道。ロマネスクが逃げ切れるのは時間の問題とも言えた。

 

 

 ――ガコン。

 

 

「――ッ!?」

 

 

 ロマネスクが踏み抜いた地面がわずかに陥没する。

 足を取られたロマネスクの動きが硬直する。

 

 すぐに立て直せるが、彼にはそのわずかな時間があれば十分だった。

 

 

「うぐッ!?」

 

 

 鋭い痛みと熱。

 見下ろせば、光を照り返さぬように黒く塗られた刃がわき腹を貫通している。

 

 

「ぐぅ……!」

「甘いですな、ロマネスク殿。夜に紛れ、自然に溶け込むのは私も同じだ」

 

 

 ロマネスクは振り向き様に爪を振るい、飛び下がった男の顔を見る。

 獣人参謀アプリコ。

 即席のブービートラップ。

 通常なら不自然な匂いで気づくが、何の違和感もなかった。

 つまりこの男が魔術で作ったものだろう。

 

 ぬかった。この男は既に帝都内にいると考えていた。

 ロマネスクは体内のマナを傷口に集中させて出血を抑えながら周囲を警戒する。

 

 

「一度はあなたと共に冒険したこともありましたが、今回は敵。ご容赦を」

 

 

 ナイフを構える。

 お互い獣人。森は狩人としてのホームグラウンド。

 状況としてロマネスクは負傷しており、対するアプリコは無傷。その上、解放戦線の野営地周辺となればトラップをいくつか仕掛けているに違いない。

 

 

 ロマネスクはすぐに行動に移った。

 木を蹴って三角跳びで枝に乗り、最も強い光のほうへと駆け出す。

 

 開けた場所なら自分に利がある。

 

 

(何はともあれ、逃げなくては……!)

 

「同志アプリコ。足止めご苦労」

 

 

 ジェスターの声が響く。

 飛んできた矢を躱し、直角に方向転換。

 着地予定の足場に闇が渦巻いているのに気が付き、枝を飛び越えて回避。

 

 がさがさと草木をかき分ける音が複数響く。

 どうやらジェスターが増援を連れてきたらしい。

 

(まずいであるな)

 

 焦燥感に駆られながら月明りの強くなるほうへと必死に進む。

 矢が背を掠め、肩に刺さるが気にしない。

 今はただ前へ進むことだけを考える。

 

 

 ……唐突に、風景が開いた。

 

 眼前に広がる開放的な光景。

 ロマネスクは苦笑して振り向く。

 

 ゆっくりと。もったいつけるようにジェスターが歩み出る。

 その後ろにはホムンクルス兵。アプリコもその中に混ざっていた。

 

 

「よい逃走劇だった。そうして必死に走った結果、行き止まりだった感想はどうかな?」

 

 

 ロマネスクの後ろ。()()()()場所を見てジェスターは言った。

 

 しかり。ここは丘。後ろには小さな川がある。

 普段ならちょうどいい流れだが、今は上流の山にて降った雨の影響によって、その勢いはすさまじくなっていた。

 

 

「尋問する必要性は……うん。ないな。首を獲る予定だが。一応は聞いておこう。

 貴様は何故あの女の肩を持つ? 人の善を尊ぶなどとアルカナは言うが、その実態は貴様らを返す当てもなく召喚して戦争に駆り出した挙句、その後もこき使っているではないか。己の大義のために身内への不義を働く女に従う意義などありはしないだろう。私は違う。この誤った世界に正しき裁きを下し、徹底的にハグレ達の居場所として作り変えて見せよう。もちろん、帰還を望むものは元の世界に返してやるとも。ゆえにだヴァイオレット・ロマネスクよ、私の下に来ないかね?」

「愚問、であるな」

 

 即答。

 

 彼女は自分の世界と、そこに住む人々を想って召喚術に手を出した。

 戦争という最悪の事態を打開するために純粋に助けを求めた。

 そこに打算はなく、自らも共に戦場に出て義理を示した。

 自分やほかの二人とアルカナの間にある関係は、至極まっとうなものだ。

 風来坊である己が従う理由など、それだけで十分だ。

 

 

「そうか、では死ね」

 

 ジェスターの手が振るわれ、影の刃が放たれた。

 背には崖。その下には濁流の川。横に躱せば兵士たちが矢を射かけてくる。

 

 なんともお誂え向きな展開か。

 

 いかに強靭な獣人とはいえ、負傷した状態でこの高さと激しさでは命に関わるだろう。

 だが、この状況を続けるよりはまだ望みがある。

 

 ロマネスクは目を細め、背中から空中に身を投げ出した。

 

 

「ほう」

 

 

 感心するようにジェスターが鼻を鳴らした。

 影の刃は空を切った。

 木が折れる音と遅れてドボンという音が聞こえる。

 ジェスターが近づいて覗きこめば、崖面にあるのは生えた木のみ。その視界の端で黒い布が流されていくのが薄っすらと確認できた。

 

 

「木をクッションにして衝撃を和らげたか……だが、この激しさでは無事でいられまい。下流に向かえ。仮に奴が生きながらえていたらトドメを刺せ。では行こうか、同志アプリコ」

「ああ。……さらばだロマネスク、これで借りは返したぞ」

 

 ホムンクルスに指示を出し、ジェスターはその場を立ち去る。

 アプリコも暫し崖下を覗き込み、一言残して姿を消した。

 

 

 あとには濁流の音が流れ、木々が風に揺れて葉を鳴らすのみ。

 

 

 

 

「……行った、であるな」

 

 

 完全に彼らの気配が消失したことを確認してから、ロマネスクはようやく胸を撫で下ろした。

 

 咄嗟の判断で枝につかまり、マントを脱ぎ捨てて使い物にならない水晶玉と共に川へと捨てた。

 そのおかげで川に流されたと判断し、ジェスターはその場での探索を打ち切った。

 

 仮に魔術での探索を行われていたら詰み。念のためと木を切り落とされても詰み。

 分の悪い賭けではあったものの、どうやら命だけはつかみ取ったようだ。

 

 とはいえ、疑問点が一つ。

 

 

「しかし、アプリコの奴……()()()()()()()()()()()()()()()()()()?」

 

 

 先ほど覗き込んだ時に感じた視線、あれは明らかに自分を見ていた。

 アプリコは地形操作の魔術を使う。それでなくても犬の獣人だ。消す努力をしているとはいえ、自らの匂いを探り当てることは不可能ではない。

 では、何故その可能性を進言したりここを検めたりせずそのまま立ち去ったのか?

 

 

 思い当たる節はあるにはある。

 一度、十年前にロマネスクは帝都の追手からアプリコを逃がしている。誰に語られるでもない断章。アルカナにも報告はしていない、ほんの僅かな一幕。借りとはつまりそういうことだろう。

 

 だが、彼の立ち位置からしてその義理を果たす理由はない。

 むしろその程度の情でロマネスクを逃がすことは、ジェスターへの裏切りになる。

 

 

「いや、違うか」

 

 

 ジェスターも言っていたではないか。

 仮に自分を見逃したからといって、それが今の自分たちを揺るがすことにはならない。

 それにどの道、この負傷では明日までに帝都に戻ることは不可能。彼らの目から逃れるために明日一日は潜伏に徹さなくてはいけないのだ。

 となれば、ジェスターの私情以外に裏切りにはならない。

 アプリコはそう結論づけたのだろう。

 ロマネスクの実力を考えれば、彼がアルカナの下に帰還すればそれだけでも厄介になるはずだが、そうなっても問題ないだけの戦力を揃えていると考えたほうが良いだろう。

 

 

(すまぬ……アルカナ殿。皆よ、どうか健闘を)

「――さて、どのようにして戻るべきか。これは」

 

 

 ロマネスクは心の中で謝罪しつつ、どうにか上まで戻れないかと方法を模索し始めた。

 

 

 

 そうして、それぞれの思惑が交錯する中で、

 

 

 帝都終戦記念式典が、開かれる――。




○【渡り鳥の水晶細工】
 本作にて度々出てくるアイテム。
 アルカナお手製の品で、登録した水晶玉に映像を送る据え置き型と、伝書鳩のように伝言を録音する単独型の二つが存在する。
 コンタクトクリスタルとは別の原理で動いており、使い魔を作る魔法に、遠見の魔法、物を動かす魔法など様々な術式が組み合わさっている。内臓した魔力が切れると動かなくなる。アルカナの場合、大体二日は持つ。


 三日目の幕間はないです。
 次は最終日です。

誤字脱字・段落抜けなどの報告よろしくお願いします。


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その69.帝都動乱・終戦記念式典(1)

帝都編始まってもう一年も経つんですね。
遅筆で申し訳ない。
追加ダンジョンの攻略に専念していました。おかげで意欲も湧いてきました。
最後のやりこみダンジョンが実装されたので未プレイの方もこの機会に是非。


『式典、その直前にて』

 

 

 式典開催まで数刻。

 

 活気に満ちていた帝都は、打って変わって静寂と緊張に満ちていた。

 それ自体は毎年のものだ。だが今回は例年に増して空気が張り詰めている。

 

 それもそうだろう。

 魔物召喚。暴徒騒動。その他多数の犯罪組織の検挙。

 これまで祭り騒ぎの喧騒の裏で行われていた数々の戦いの総決算。最も激しい戦いが予想されるといって過言ではない。

 

 騎士団、冒険者、傭兵。

 衝突に備え、今日この時に雇われた戦士たちは気を引き締めている。

 

 そしてこれまで帝都周辺の哨戒に当たっていたブーンも同様に、衛兵詰め所にて装備の最終確認を行っていた。

 

 

「ブーン」

 

 

 そこへ声をかける女がいた。

 言うまでもない。彼の召喚主にして雇用主。この式典の防衛に際しての問題解決を委任された召喚士協会の実質的な主導者アルカナだ。

 いつになく真剣なその声色に、ブーンは少しだけ眉を動かす。

 この女傑は大体の状況において余裕を持っている。デーリッチが異世界に遭難した際すら、助けられるという確信をもって振舞っていた。

 ここまで余裕を無くした様子は、それだけで異常事態だ。

 

 

「どうかしたお?」

「ヴィオからの連絡がない。予定時刻一時間オーバー。この意味はわかるな?」

「――、そうか。ならば腰を据えなければならないおね」

 

 

 ロマネスクとはかつての世界からの仲。仕事は確実にこなす男だ。意味もなくボイコットをするはずがない。つまりは備えていた()()()()()である。

 

「襲われたか、深入りしすぎたか。つながりは途切れていないからまだ死んではいないのだろうが……」

 

 アルカナと彼女が召喚した三人の間には一つの()()()()がある。

 占星術を扱うが故か、『縁』というものを人並み以上に感じとるアルカナだけが感じることのできる希薄なラインではあるものの、それでもアルカナが直々に世界の壁を越えて繋いだ運命の糸が存在する。

 それがまだ途切れていない、ということはロマネスクの生存は証明されている。

 だが予定していた時刻での連絡がないということは、彼は身動きが取れない状態にあるということだ。ブーンはその中でも最悪の場合を想定する。

 

 

「捕まってると思うかお?」

「……半々だな。奴にもハグレ達を動かすための大義名分がある。同じハグレであるヴィオを表立って捕虜や人質にはできないはずだ」

「希望的にすぎる観測だおね」

「仮に人質だった場合、私は彼を切り捨てなければならないからね。そっちの想像はあまりしたくないんだ」

 

 アルカナの行動方針、今回の目的は式典を問題なく完遂させて帝都とハグレ王国の友好関係を築くことであり、そのためにやむを得ない犠牲が生じる可能性は受け入れている。それは長年の時を経て絆を育んできた戦友であっても変わらない。悩んで悩んで悩みぬいた末に、最後には切り捨てる道を選ぶ。

 

 

 だが、それは決してアルカナが冷徹ということではない。

 当たり前だ。十年以上も共に過ごしてきた戦友。そうそう気軽に動けない自分の代わりを何度も務めてくれた右腕と言ってもいい。それだけの信頼を置いてきた者を苦渋の末に見捨なければならないかもしれないのだ。

 反則と言ってもよいほどの強者の弱弱し気な姿に、ブーンはどんと広い胸をさらに広く張った。

 

 

「大丈夫だお。ロマは生きて帰ってくるお。僕たちはできることを最大限やるだけだお。今までだって、君はそうして色んなことを乗り越えてきたじゃないかお」

「……なかなか気楽に構えるじゃないか」

 

 

 だがその様子に元気づけられたのも確か。彼の大らかさ、肝の太さは昔から頼りにしてきた。アルカナの楽観さも、元をたどれば彼譲りなのだ。

 

 帝都に入り込んだ尖兵を倒し、マクスウェルが保有する魔導兵の軍勢を潰し、さらにはそこから解放軍と繋がる貴族のいくつかを摘発した。

 

 人事は尽くした。あとは天命をどれだけ自分たちの方へ手繰り寄せられるかの勝負だ。

 アルカナはぴしゃりと頬を一つ張って気合を入れなおし、その場に集った傭兵たちに大声で呼びかけた。

 

 

「やあやあ君たち。よく今日は集まってくれた! 聞いているだろうが今回は例年よりも抵抗勢力が激しい。昨日の今日で知っているだろう。解放戦線はハグレの戦士を集めている。君たちの役目は突っ込んでくる馬鹿を絶対に通さないことだ。そして聞くまでもないことだが、ここで怖気ずく臆病者はいないな?」

「勿論だお!」

 

 ブーンが威勢よく巨大な武器を掲げる。

 それに続いて各々の得物を掲げる傭兵たち。

 

 

「ようし! それじゃあいよいよ開幕だ。クソ野郎どもが出てきたら容赦なく追っ払え!」

 

 

 

 

 

 

『開幕』

 

 

 帝都城門前中央広場。

 

 慰霊碑の建てられたそこには、多くの帝都民が参列しており、帝国騎士団がそれを一定以上のラインから先へ入れぬよう、バリケードを並べて空間を仕切っている。

 

 そのラインの向こう側、国賓の席には様々な国の使節が控えている中に、ハグレ王国の国王と宰相としてデーリッチとローズマリーは並んでいた。

 ハグレ王国は拠点遺跡に住む仲間全員が国政に関わっているようなものだが、対外的な交渉の場においてはやはりこの二人が権力上のトップとして扱われる。

 

 他の面々は一般参列者と同様の場所に参列するか警備に回っており、他に彼女たちが見知った顔ぶれは妖精王国代表のヅッチーとプリシラ、獣人側からマーロウ。そしてエルフ王国の王女リリィとその側近クリストファーだ。割と結構いた。

 プリシラはさっそく他国の使節たちと何らかの取引と思わしき会話を繰り広げており、リリィはエルフ特有の高貴さによる近寄りがたくも神秘的なオーラを発している。

 そうして一角の存在感を持った女たちはともかく、見た目はただの少女でしかない二人はいくら正装に身を包んでいるとはいえ、いささか場違いであった。

 

 

「なんだあの子供たちは、どこから迷い込んだ」

「確かあれはハグレ王国とかいうらしいですな。なんでも半年ほど前に立ち上がったハグレ達の国だと」

「あんな幼い子供が国王とは冗談ではないか?」

「どうせお飾りですよ。いくらハグレの寄り合い所帯が国などと息巻いたところで……」

 

 

 品定めするような好奇の視線。

 所詮は子供だと侮る声。

 ハグレが集まっていることを危惧する者もいる。

 

 

「やっぱり侮られるな……いかんいかん。気にしたらいけない」

 

 

 それなりに名が知れ渡っているとはいえ、国として評価を受けるにはまだまだ功績が足りない。

 肩身が狭くなるローズマリーの心境を思いやってか、デーリッチは自分たちの王国を軽んじる戯言を一蹴する。

 

 

「そんなの好きに言わせておけばいいでちよ。どうせこそこそ言うことしかできないんでち。後からハグレ王国の素晴らしさに気づいて平伏するんでちよ」

「デーリッチ……!」

「そして毎日プリンを献上しにきたらいいな」

「…………」

 

 

 株が乱高下する王様だった。

 

 

「――皆様。式典の時間となりました。これより皇帝陛下の入場でございます」

 

 

 アーサー右大臣が開始の宣言を告げる。

 場の空気が一斉にしんと静まり返り、その場にいたすべての参列者の視線が一つの方向に注がれる。

 

 広場の北。王宮区より儀仗兵が楽器を打ち鳴らして進み、その後ろに騎乗した騎士団が行進。その隊列の中央には近衛兵で囲まれた豪奢な馬車。そこに皇帝ユーグレア3世は座している。

 

「あれが帝国の皇帝か、実際に見るのは初めてだな……」

「年々顔に無理が出てるのに、よくも頑張るものね」

 

 リリィが指摘するように、老年期に差し掛かろうとする皇帝の顔には隠し切れぬ心労が見える。それは十年前の混乱からいまだに立ち直れていない帝国の在り様でもあった。

 その後ろにはシャルル皇太子を始めとした王族とその家臣が続く。その脇を騎士団が一糸乱れぬ統率で固めているが、その様子を見る軍務大臣カーチスとジャスティス公爵の表情もまた疲れ切っていた。

 

「ああ、あれがアルカナさんの言っていたジャスティス・ヒルベインですね。どうやら彼、シロだったらしいですよ」

「要するにただの脳筋だっただけよ。自慢の騎士団を増強するために、解放戦線を自力で追い返して功績を示したかったらしいけど、結果はご覧の通り。市街地の警備をケチるからね」

「いやあ、アレが相手じゃあ何人いたところであまり変わらなかったと思うけどね……」

 

 とはいえ、一部隊がハグレ一人にズタボロにされたという事実は大きく、そのせいで騎士団は見かけ上は堂々としているが内心の士気は低い。召喚士協会の開発した新兵器の武力は心強いが、推している騎士団の株がこれ以上下がるのも避けたい。かくなるうえは式典の完遂を以って、騎士団のメンツを保つ必要がある。

 

 

(来たか……)

 

 

 そんな内情の渦巻くパレードを、他の王国民の誰よりも離れた場所、広場を一望できる高層建築物の屋根の上でルークは眺めていた。

 

 彼の役目は周囲の哨戒と狙撃手の排除だ。

 式典の内容は勝利と平穏を祝うパレード。そして戦死者を悼むための黙祷を行い、その後いくつかの演説を経て終了とする。

 まず警戒するべきは暗殺だった。解放戦線が仕掛けてくるならパレードの後、慰霊碑の前に皇帝が上がる時。暗殺の効果が最も高まる瞬間を狙ってくるだろう。

 

 

(狙撃できる位置に怪しいやつは……いないか)

 

 

 CC(コンタクト・クリスタル)を叩いて信号を送る。

 それを受け取ったのは警備隊の総監督を務めるメニャーニャだ。

 

 

(そのまま警戒を続行……と)

 

 

 メニャーニャは簡潔に返事を済ませると、何気なく顔を前に上げた。

 

 

 今のところ、式典はつつがなく進行している。

 広場周辺の狙撃ポイントとなりうる部分はおおよそ洗い出した。

 

 参列する帝都市民の周りは傭兵隊が見張り、王族を騎士団が護っている。特に民間人が近い正面はジュリア、ブーンと歴戦の傭兵揃い。衛兵の巡回ルートから外れる場所はルークや柚葉のように身軽な者たちが順次見回っている。

 外部からの侵入には外壁に召喚士と妖精の混成部隊が睨みを利かせ、新型大砲に加えて奥の手の魔導兵器が各門に二基ずつ配備されている。さらにそれら召喚士隊にはシノブが参加しているという脅威の体制。魔導鎧であってもこれを強行突破するのは難しいだろう。

 

 そして肝心の皇帝の近くにはアルカナが直々に護衛を行う。宮廷魔術師や将軍の並ぶ横は『衛星帯』による自動迎撃の適用範囲内。もし狙撃が来るならそこから迎撃するつもりだった。

 

「壮観ねー。この大陸で一番の国なだけはあるわね」

「うむ。催事はド派手でなくては民草の活気だけでなく他国に対する沽券にも関わるものじゃからな。どれだけ無理があっても見栄だけは張らなければならん」

「だからここまでガッチガチの警備体制ってわけね」

「暗殺騒ぎ自体は毎年あるらしいからな。わらわのドリンピア星もそこまで荒れてはおらんが、賊に対する備えはガチガチじゃったしな」

 

 何気ないヤエのぼやきにドリントルが実感のこもった言葉で返す。

 

「お姫様はいうことが違うわね。経験則?」

「こちとら星間国家じゃぞ? 革命も反乱も大体どこかの星で起こっておった。……考えてみれば、ドリンピア星も王室は陰謀バリバリやっとったわ。本当によく逃げ延びられたなわらわ」

「中々物騒ね……。ま、その分スペースヤエちゃん編での活躍が増えると思っておきましょう。で、どうなの実際?」

「いくらここの作者がEXエピソードをいくつか考えているとはいえ、お前の主役話はないぞ?」

「そうじゃなくて! いやそっちも欲しいけど……解放軍、このまま大人しくすると思う?」

「そんなわけないじゃろ。アルカナ殿も言っておったが、連中にとってもこの日が本番じゃからな。どういう状況でも突っ込んでくることを考える。例えば、自爆覚悟で突貫してくるものがいれば警備の頑丈さも意味はない。こういう時は集団よりも少数のほうがかえって恐ろしいものよ。それらに照らし合わせて言うなら――」

 

 

 ひと悶着は起きるぞ。と言うドリントルの言葉通り、状況は大きく動き出していた。

 

 

 

 

「……うわあ、マジかよ。アルカナさんの予想通りになりやがった」

 

 

 高所から見張っていたルークは、いち早くそれを目撃した。

 

 

 赤いマントに身を包んだ壮年の男性が帝都の東から進んでくる。その後ろに付き従うのは複数の亜人。

 ほんの十数人で構成されていたその列は、次第にわき道から幾人ものハグレが合流してきたことで、広場の前にたどり着く頃には数倍に膨れ上がっていた。

 あれはおそらく、帝都内に潜りこんでいた解放軍の部隊だろう。

 

「こりゃまずいな……報告報告……っと」

 

 

 一切隠しもしないその様子に、急いで緊急事態の信号を送るルーク。

 そこでふと、彼はあることに気が付く。

 

「……おい、アプリコさん。()()()()()()()()?」

 

 

 一方、西の大通り。

 こちらでもまた、真正面から一人の人影が堂々と歩いてくるのを傭兵たちが見咎めていた。

 

「何者だ」

「警備ご苦労。献花のために通してもらいたい」

「既に入場時間は過ぎている。悪いが今は立ち入り禁止だ」

 

 外套に身を包み、フードで隠したその内側からはしゃがれた声。語り口は年季を感じさせ、老人の男であることが判別できる。その腕には確かに花束を抱えているが、見るからに怪しい風貌の者を通すつもりはない。

 当然の反応に、ローブの男は肩をすくめた。

 

「かつての戦で散っていった同士のために、花を手向けたいだけなのだがね。ならばせめて、君たちが後でこの花を捧げてはくれないか?」

「……ま、まあそれぐらいなら」

 

 流石にそう言われて無碍なく断るというのもはばかられ、傭兵は花束を受け取ろうとする。

 傭兵として、戦場で散っていく命を悼む姿勢にはいくらかの同情があったのだろう。

 

「おい、何勝手に受け取ってんだよ。というか、顔ぐらい見せろよ」

「だってさ。俺の親父だってあの戦争で死んだんだ。この爺さんの仲間にだって花ぐらい届けてやっても――」

 

 

 それをもう一人の傭兵が窘め、この人物の素性を確かめようとする。

 だがその手がローブをはぎ取るよりも早く、彼――アプリコは自らの顔を晒した。

 

 

「そうだな。私も多くの同胞を、息子を失ったよ。――お前たちの手によって」

 

 

 長い毛に覆われた犬の顔が露わになる。

 手配書に記されていたその顔に、傭兵たちは驚愕する。

 

「なっ……!」

「君の判断は正しい。一見無害なものであっても、油断せず近寄らないこと。それが戦場の鉄則だ」

 

 

 その言葉で傭兵が花束を捨てるよりも早く、アプリコは身を翻す。

 

 

「まず――」

 

 

 中に込められた爆薬が炸裂して、広場に轟音を鳴り響かせた。

 

 

 

 

 

 

「あ、また来た――って、遂にですか」

 

 

 緊急連絡の信号を受け取り、メニャーニャは意識を切り替えて師に目を向ける。アルカナはその視線を受けて事態を把握。演説中の皇帝に意識を配る。

 

 

「かの痛ましき戦争から十年。我が国は一つの節目を迎えることとなる。国が負った傷も癒える頃合い。繁栄への道を新たに歩む時だ。だが同時に、平和のため尊い犠牲となった民たちがいたことを決して忘れてはならない。一度は犯した過ちを、過去を無かったことにはできない。ゆえに――」

 

 

 直後、西の方角から爆発が起きる。

 爆心地は会場のすぐ側。

 張り詰めた緊張の糸が途切れた反動は重く、瞬く間に動揺が走る。

 

 

「おい、何があった!」

「爆弾だ! 誰かが爆弾を投げ込んだぞ!!」

「こっちも怪しい連中が来た、応援を頼む!」

 

 

 衛兵たちが収拾に奔走する。

 怪我の功名か。ここ数日で立て続けに起こった異常事態で危機感が研ぎ澄まされていた彼らは、この不意打ちにも迅速に動くことができていた。

 

 

「例の解放軍とやらの攻撃か!?」

「ええい、帝都の守りはどうなっている守りは!?」

「皆様ご静粛に! 念のため避難をしますので我々に従って……」

 

 

 国賓席にて各国の大使たちが慌てるのを騎士団員が必死に宥める。

 その喧騒を横に、デーリッチとローズマリーは動こうとするのを我慢していた。

 

 

「来てしまったか……デーリッチ、準備だけはしておくんだ」

「わかってるでち」

 

 敵の狙いが不明瞭な以上、下手に動くのは愚策。

 プリシラやリリィも、事の動きを冷静に見据えるために沈黙を貫いている。最も、ここに襲撃がくれば即座に迎撃に移れるように警戒は怠っていない。

 

 

 そして広場の東でも状況が動こうとしていた。

 通りの真ん中から堂々とやってきたハグレの集団。

 エステルとニワカマッスルの二人は、衛兵たちの先頭でこのハグレの集団と睨みあっていた。

 

「そこを通してもらいたいのだが……駄目かね?」

「悪いな。アンタらみたいなのを通さないのが俺たちの仕事だ」

「ひどいな。君も同じ召喚された者だというのにハグレ差別に迎合するとは」

「社会のルールは守れってだけの話だぜ。今は誰だって立ち入り禁止だ」

 

 この集団がただならぬ目的を持っていることは明白。

 ニワカマッスルは一歩も踏み入れさせないと筋肉を盛り上がらせてみせるが、灰色の髪の男は圧倒的筋肉の迫力に一歩も引かなかった。

 

「そのマント……あんたがザナル?」

 

 深紅のマント。色あせた魔導局の制服。刈り上げた灰色の髪。マクスウェルから聞きだした風貌と一致する。エステルはこの集団を率いる男の正体に気づいた。

 

 灰色の男――ザナルはフン、と鼻を鳴らして肯定する。

 

 

「召喚士、それもアルカナの弟子、加えて炎使いとは。開幕として幸先が良い」

 

 

 挑発的なその言動にエステルたちが身構えた直後、その後方から爆発音が轟いた。

 

「えっ、後ろ!?」

「同志アプリコが始めたようだな。我々も遅れるわけにはいかん。強行突破と往こう」

「危ねえ、エステルさん!」

 

 ザナルの両手に炎が灯る。

 エステルがフレイムウォールを展開し、マッスルが立ちはだかって壁となる。

 これまで多くの炎攻撃をこれで耐え忍んできた王国屈指の対炎防御態勢。

 迷うことなく構えられたそれを前にして、ザナルの自信に陰りはない。

 

 

「他力本願の召喚術など恐れるに足らず。我が魔導の究極、炎の神髄を知るがいい。

 ――シェルフレア

 

 

 その両腕から、煮えた炎が吐き出された。

 

 

 

 

 

 

 外壁。

 帝都正門にてざっと並び立つハグレ達を防衛塔の上から見下ろしながら、妖精部隊を率いるかなづち大明神は困ったものだと腕を組む。

 

 式典の一時間ほど前から正門に近づいてきたハグレの集団。遠目に見える帝国の国章を打ち消した乱雑な旗は、彼らが召喚人解放戦線に属していることを表すもの。

 

 すわ侵攻かと迎撃態勢に移る防衛隊だったが、繰り広げられる激戦の予感に反してその実態は奇妙なものであった。

 

 ハグレ達はただ突き進んだ。砲門と弓矢を向けられ、杖を掲げられてなお進軍を止めず、彼らはただその旗を掲げて進んできた。そこに雄たけびや怒号の類はなく、ただ何らかの主張を持って帝都へ近づいてきた彼らは正門からおおよそ200メートル離れた地点。柵で作られた境界線の前で止まった。

 

 

 先頭に立つ獣人が大声を張り上げて要件を伝えた。

 式典を中止しろ。我々を虐げたことを称えるなど間違っているのだ。

 それができないなら帝都に入れろ。せめて自分たちが何をされたのかを主張するのだ。

 

 とはいえ、それを鵜呑みにして帝都に入れるわけにもいかない。

 ブリギットが外壁から拡声機能を使って彼らに呼びかける。

 

 

「おい! 今は帝都は入国禁止中だ。そっから先に入ったらぶっ放すぞ!!」

「うるせー!」

「私たちはれっきとした目的があって帝都に用があるんだ! いいから入れろ!!」

「不満を主張するのは国民の権利だろうが!!」

「帝都の暴力には屈しないぞー!」

 

 

 彼らの抵抗は激しくなる一方。

 帝都の国旗を持ち出して汚したり破いたり燃やしたり。あるいは貴族の肖像などを踏みつけ唾を吐きつけるなど、下手に手出しできないのをいいことに完全にやりたい放題であった。勿論これらの挑発行動は完全に不敬罪であるのだが、騎士団がここにいない今それを取り締まろうとする者はいなかった。

 

「うーん……何も仕掛けてきませんね……」

「どうする? もうぶっ飛ばしちまうか」

「いやいや。いくら解放戦線だからってただ立っているだけの人たちに大砲ぶちかましたら駄目ですよ……」

「だったらゴム弾でいいだろ。妖精砲だっけか? 持ってきてるんだからそれで適当に脅しとけ」

 

 兵器の操作役であるブリギットの過激な発言を窘める大明神。

 単なるデモの類であるなら彼女たちはこれを問答無用で退散させることはできない。

 ハグレ達は帝都への不満を口にしているだけ。このまま何もしないのならいいが、立ち退かないというのは式典が終わった後にまた問題の種となるだろう。それは防衛に関わったハグレ王国の信用にも響きかねない。とはいえ、ハグレと下手に衝突するのも避けたいところではある……。

 

 

「本当に何がしたいんでしょうねえ」

「入れろって主張するぐらいなら強行突破すればいいのによ。そうすりゃこちらも遠慮なくかませるんだ」

「ブリギットさんそんなキャラでしたっけ?」

「……入ろうとしているが、実はそうではない?」

 

 ハグレ達の目的と行動の矛盾に対して、シノブが思い至ったように呟いた。

 

「なんだと?」

「解放戦線は帝都の中にも既に何人かは入り込んでいる……式典の襲撃を実行犯は当然そっちだ。なら余計な邪魔が入らないように陽動役を置くのは戦の常套手段だ」

「中に潜入した連中から注意を逸らすための陽動だってのか? いや、防衛ならあっちのほうがよっぽど多いし、うちの奴らもいる。その全部を抜けて王族を暗殺するなんて真似ができるわけ……」

 

 

 その言葉を遮るように、突如として爆発音が響き渡った。

 

 

「――まじか」

「大明神さん。すいませんが、ここはお願いします!」

「え、ちょ、シノブさん!?」

 

 大明神の制止も叶わず、シノブは正門から離脱し、慣れない全速力で広場まで向かう。

 広場の守りを疑っているわけではない。メニャーニャが考案した警備形態だ。例え魔導兵や正門のハグレ達が押し寄せても押し返すことはできる。

 

 けれど嫌な予感はどうしても晴れない。なんの根拠もない杞憂と言ってもいい。

 だからシノブは動いた。

 

 この時ばかりは理論ではなく、直観を信じて彼女は動き出した。

 

 

「始まったよ。完璧な秩序への第一歩が」

 

 

 そしてすべてが動き出した瞬間を、ジェスターは俯瞰するように眺めていた。

 

 

「勝負だ、アルカナよ。貴様の掲げる理想と、彼らが抱える怒り。どちらがこの世界を正しく導けるか見せてもらおうではないか」




○アプリコ
 どれくらいえげつない戦い方をするかっていうと、これぐらいやる

○ザナル
 想定外枠。

 長くなったのでひとまずキリのいい場面で区切り
 続きはもう間もなく……!

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その70.帝都動乱・終戦記念式典(2)

興が乗った結果、かなりの文字数となりました。


『報復の時来たれり』

 

 

「敵襲か、爆弾とは卑劣な……!」

「陛下、私の後ろへ」

「……うむ」

 

 爆発によって騒然とする広場。

 賊の襲撃を許したことに歯嚙みする大臣を他所に、アルカナは皇帝を庇うように立って周囲を見渡した。

 

 敵の狙いは皇帝を暗殺し、宮廷の混乱に乗じて政治を乗っ取ること。

 アルカナはそう予測を立て、できる限りの人数を動員して防衛を固めた。

 ジェスターが自分に向けてくる対抗心ならば、間違いなく自分たちの兵隊を揃えて制圧にかかると踏んでいたからこその徹底抗戦の姿勢。

 専用の訓練を受けていない雇われ衛兵がほとんどではあったものの、そこはこちら側の指示でカバーする。

 

 

「爆弾を仕掛けた犯人は近くにいます! 決して死角を作らないように警戒してください!」

 

 

 メニャーニャの指示に従い、傭兵たちは負傷者の手当と下手人の捜索を行っている。

 先生、と目配せする視線に頷きだけで返す。

 相手の狙いは警備の目と手を引いた上で一気に入り込む作戦か。

 アルカナは精神を研ぎ澄まし、最大まで広げた魔力感知を展開する。

 

 大規模なマナの制御を行うアルカナの探知術は、どこでだれが魔法を行使したか把握し、最大まで広げれば帝都の半分以上の範囲を把握することができる。転移魔法を行使しても、即座に感知可能だ。

 だがその警戒とは裏腹に、主犯格はあっさりと姿を現した。

 

 

「過去は無かったことにはできない。まったくもってその通りだ。……だが、お前たちは本当にそう言えるのか?」

「なっ……いつの間に!?」

 

 

 いつの間にか警備をすり抜けて広場の中へと侵入を果たしていたアプリコの姿にメニャーニャは驚愕する。

 

 軍師として多くの戦場を見てきた彼からしても、彼女の構築した防衛体制は感心する出来栄えだった。()()()()()()()()()()

 どう動けば隙を突けるか。陣形を動かせるか。人の流れを生み出せるのか。ある程度出来上がった防御陣地を崩すことは、彼からすればチェス問題を解くようなものだった。

 

 アプリコはその物静かな言葉とは裏腹に漂う剣呑な雰囲気を漂わせ、檀上目指して毅然たる足取りで向かってくる。

 

 

「な、なんだお前は!」

「陛下の御前だぞ、今すぐ引け!」

「退いてもらうのはそちらの方だとも」

 

 止まらずに進むアプリコを力ずくで排除しようとして、背後で再び起こった爆発に気を取られる。

 

「なにっ!?」

「失礼」

「あがっ……!?」

「このっ、うぐっ……」

 

 自分から注意が逸れた隙を狙い、短剣を鎧の隙間から通して突き刺す。

 刃に仕込まれた毒は瞬く間に全身に回り、騎士たちは崩れ落ちる。

 

 邪魔者がいなくなったことで、アプリコは再び歩みを進める。

 

「させるか――」

 

 

 勿論、アルカナは皇帝の前まで彼を通すつもりはない。

 体内魔力を循環増幅させ、彼をこの場から叩き落とすべく魔法を撃とうとした。

ぐわあああああッ!

 

 

「……エステル?」

 

 大事な教え子の悲鳴に、そちらに意識を裂くべきかと思考が生まれる。

 そのわずかな逡巡が、彼に最後の一歩を踏ませることに成功させた。

 

 

「御機嫌ようユーグレア三世皇帝陛下。そして帝都の皆様方」

 

 

 帝国とは異なるデザインの軍服に身を包んだ犬型の老獣人。

 壇上に進み出た彼は拡声器を手に持ち、この場にいる全員……否、帝都全体に聞こえるように告げた。

 

 

「我々は召喚人解放戦線。そして私は総指揮官アプリコ。この国の在り様に異議を唱えるため、ここに参上した」

 

 

 ここ最近で急激に名を広げた革命組織の登場にどよめく市民。

 拡声器の効果か、その声は帝都の外壁にまで響いている。

 

 

「過去を無かったことにはできない、先ほど皇帝陛下はそう仰られた。その通りだ。問答無用でこの世界に連れてこられた挙句、ハグレと呼んで社会の端に追いやられた我々の怒りは決して消えていない」

「そいつをつまみ出せ!」

 

 

 アーサー大臣が慌てて指示を出す。騎士団員が剣を抜いてこの不埒者に斬りかかろうとする。

 

 

「邪魔をするな大臣」

 

 

 騎士が火だるまに変わる。多少の火炎魔法なら防ぐ鉄鎧が飴細工のように赤く歪み、焦げ肉と混ざった物体となる。

 東の方角から燃え盛る道からハグレを引き連れてザナルが現れる。その左手には火傷を負い、意識を失ったエステルが引きずられていた。

 彼らの背後では多くの冒険者や傭兵が倒れ、正面からシェルフレアを受けたニワカマッスルは体にまとわりつく炎を振りほどこうともがいていた。

 

 

「エステルッ!」

「先輩……!?」

「露払いご苦労、同志ザナル。そのまま邪魔を入れさせないように」

「うむ。そのまま動かないでもらおうかスターゲイザー。大事な弟子の命が惜しかろう」

 

 亜人を引き連れたザナルは冒険者たちの前に立ちはだかり、檀上への侵入を妨害する。下手に動けば、ザナルはエステルを躊躇なく害するだろう。アルカナはエステル諸共にザナルを排除する選択肢を脳裏によぎらせ、しかしそれは時期尚早だと無意識にその選択を否定する。こちらに駆け付けようとするブーンに「来るな」と視線だけで伝える。

 

「……ッ、わかったお」

「ブーンさん!?」

 

 持ち場に戻るブーンにメニャーニャの抗議の視線が突き刺さる。

 

「ここは冷静にいくんだおメニャーニャちゃん。人質なら簡単には殺されないお。壇を占拠するってことはアプリコには何か目的がある。彼の行動を見てから動いたほうがいいお」

「……そうですね。すみません、焦りました。皆さんはこのまま待機。増援に警戒しつつ、機を見て突入の合図を出します」

 

 ハグレ王国の仲間たちも、エステルがなすすべなく囚われたことで身動きを制限されてしまう。

 邪魔立てが無くなったことでアプリコは演説を再開する。

 

「はじめに申し上げておこう。我々は帝都市民の諸君に危害を加えるつもりはない。繰り返す形になるが、我々は帝国政府の悪政を糾弾するためにここにいる」

 

 混乱の最中にいる群衆はその声に思わず耳を傾ける。

 爆発の犯人である彼らが目の前にいて、その気になればすぐに自分たちに同じ炎が降りかかる現状。市民たちは助かりたいという一心でアプリコの言葉を聞き入れるしかない。

 

「そもそもとして、この国は召喚人に何をした? 決まっている。奪ったのだ。記憶を、居場所を、誇りを。我らが人として生きるためのすべてを召喚術によって奪い去った! そして都合が悪くなれば蛮族として迫害し、最後に残った人としての尊厳すらもはく奪した。この慰霊碑に誰の名前が書かれているかお前たちは知っているだろう。家族、友、隣人。かつての戦争で犠牲となった者たちを忘れぬように石碑に刻んだのだろう……我々以外の名前を。自分たちが手にかけた者の名前を記すこともなく、ただ自分たちの痛みだけを覚えてその原因を忘れ去る。これを愚行と呼ばずしてなんと言おうか」

「アプリコさん……」

 

 クウェウリが悲痛な表情でアプリコを見上げる。他のケモフサ村の住民たちも押し黙るほかなかった。

 

 彼の言葉は真実だ。

 帝国は召喚術で異世界から人を呼びすぎた。

 召喚される側の事情を一切考えることなく、ただ自分たちの私利私欲で異世界の人々を拉致してきた。

 彼らの不満が爆発して戦争にまで発展しても、待遇の改善などせずにハグレと呼び蔑んでいるのだ。

 

「もちろん、被害者は我々だけではない。この国の実態を見てきた君たちならば、我々の言葉が真っ当な訴えであることが理解できているはずだ。召喚という外法が君たちにとっても大事なものを奪っていった。今目の前にいる彼もそうだ。この国に貢献するため魔導局で研究を続けていた。だが召喚術の台頭によってその研究のすべてが時代遅れとして扱われた。このような悲劇はただの一例でしかない。帝国はただ他所から持ってくるだけの技術を持て囃し、伝統や歴史ある技術を何の躊躇いもなく捨てたのだ!」

 

 ザナルの外套がはためき、色あせた魔導局の制服。その中で唯一、襟章が日光を照り返して輝いた。

 

「自分たちの世界のものですら大事にできないほどにこの国は腐り果てている。この十年で、諸君はこの国がどうなったかを知っているはずだ。君たちの生活がよくなったことがあったか? ないだろう! それどころか一部の貴族だけが私服を肥やし、搾取に励む様子を目の当たりにしてきたはずだ。我々はそのような根本的な問題解決に取り組むためにここにいる。もはや屈辱に耐え忍び、辛酸を舐める日々は終わりだ。我々は自由を勝ち取るためにここに来た。今こそこの国の支配構造を変える時、革命の時だ!」

 

 

 犬歯を剥き出しにしたアプリコの怒声が雷鳴のように響き渡る。

 

 その声は離れた住居区の一角、いわゆる貧民区でその演説を聞いていた市民たちにも届いていた。

 

「マジか?」

「できるわけねえって……」

「でもよぉ。こいつら式典に乗り込んでるんだろ? だったら……」

「俺の父ちゃんだって召喚でもっといい道具作れるからってクビになったぜ。もしかしたらマジでできるんじゃねえか?」

 

 ひっそりと暮らしていたハグレや貧民が顔を見合わせた。

 あるいは、という疑惑が彼らを反権力の渦に押し流し始める。

 知らず知らずに積み重なった鬱憤の火薬庫の導火線。それが今、革命という大義名分の下に着火しようとしている。

 

 それは間近で聞いている市民も同様。

 現政権に不満を持つ者はどこにでもいる。それが召喚人問題に依るものでなくとも関係ない。最初の火花さえあれば、後は勢いに任せて燃え上がるだけだ。

 

 広場の空気が焦げ付いていくのをメニャーニャは肌で感じていた。

 このままだとまずい。何人かが確実に爆発する。加えて正門方面からも非常事態の連絡があった。解放戦線が待機しているのなら、この演説が終わった時が間違いなく戦いの口火となる。

 

(何か手はないのか……?)

 

 思考するメニャーニャ。 

 そこでふと、彼女は小さな影が動くのを視界の端に捉えた。

 

 

 

 

 

 

「なんだあいつは!」

「この式典であんな狼藉を許すとは、帝国の守りも地に落ちたな」

「どうします? このままでは政治基盤がひっくり帰るやもしれませんよ」

 

 アプリコが演説する様子を見ながら、他人ごとのように大使たちはひそひそと話し合っている。

 他国からもわかるぐらいには帝国の国力は急落していた。革命も危ぶまれるこの状況、帝国と国交を持っているいくつかの国は既に新政権が樹立することも視野に入れているようだ。

 

 

「動くな!」

「抵抗しなければ手荒な真似はしない」

 

 剣を手にした解放戦線の戦士が国賓席に乗り込んでくる。

 

「ひぃ!?」

「なんだなんだ、我々は帝国の人間ではないぞ!」

 

 他国の大使たちは凶器を手にして現れた亜人の姿に慌てふためく。

 護衛の騎士が武器を構えるが、力の差は歴然である。

 

「余計な真似はするなよ? 一応、俺たちの敵は帝国だ。他国の人間に手を出すつもりはないが、暴れられたら命の保証はできないぜ」

 

 他国の使者を確保することで革命後の外交関係を円滑にするつもりなのだろう。

 解放戦士たちがその手に持った武器で威圧していると、どこからから飛んできた蝶がぴとりとその手に止まった。

 

「ん、なんだこれ……」

「やれやれ、騒がしいですね」

「あぎゃっ」

 

 亜人の全身に冷気が走り、その体を凍らせる。

 揚羽蝶の夢。プリシラが放った氷妖精としての力だ。

 

「出ていきなさい」

 

 そしてそこにブンナグール!

 リリィによって作り出された土のゴーレムが動きの止まった亜人を追い出した。

 テロリストを瞬殺した二人に大使たちの畏怖の視線が二人に注がれるが、本人たちは意に介すこともなく、マーロウやローズマリーを集めて作戦会議を始める。

 

「しかし、この状況どうしましょうか」

「どう見ても帝都の威厳はガタ落ちね。それに市民にまで煽動を受けているし、あっちこっちで暴動が起こってもおかしくないわね」

「アプリコの事だ、解放戦線の兵士を帝都に潜ませている可能性が高い。破壊工作が行われることも考慮しなくてはなりません。エステル殿もどうにか奪還しなくてはいけませんね」

「このままだと奴らが完全に主導権を握ってしまいます。市民たちが暴動に走る前に、まずはこっちから打って出ないと。デーリッチ、まずはみんなと合流を……デーリッチ?」

 

 

 ローズマリーは自分たちの王に呼びかけようとして、その姿がいつの間にか消えていることに気がついた。

 

 

「あの子ならさっき外に出て行ったけど?」

「えっ」

「ヅッチーもついていきましたよ」

「えっ……え!?」

 

 

 何事もないように言われたその言葉に、ローズマリーは慌てて壇へと視線を向ける。

 アプリコの演説は佳境を迎えようとしており、誰もかれもが彼の言葉にくぎ付けとなっていた。

 

 

「賽を投げるのは我々だ。市民諸君らがひと欠片でもその罪を悔やむというのなら、今ここで立ちあがってみせろ! 同志たちよ立ち上がれ! 民衆よ過去を取り戻せ! そこの欲に塗れた王族たちの血によって、すべての罪を雪ぐと「でえぇぇぇぇい!」ぐはぁ!?」

 

 

「……え?」

 

 

 ほとんどの者たちは何が起こったのかわからなかっただろう。

 横合いから飛び出した闖入者が、牙を剥いたアプリコの横っ面を叩き飛ばした。

 

 文章に表せばただそれだけのこと。

 だが、それを成したのが幼さの抜けきらない少女であるということ事実が、皆の理解を置いてけぼりにした。最高潮に達しようとしていたボルテージが突如として停止したのだ。

 場の勢いに呑まれかけていた市民たちがはっと冷静さを取り戻し、遠巻きに聞いていた者たちも突然の雄叫びに何事かと逆に耳を澄ましていた。

 

 

 

「デーリッチ!?」

 

 アプリコを吹き飛ばした下手人の姿に、ローズマリーは驚きの声をあげた。

 その下手人とは他ならぬ自分達の国王であるデーリッチである。彼女は檀上を駆け上るや否や、キーオブパンドラによるフルスイングで獣人参謀をかっ飛ばしたのだ!

 

 不意打ちを受けながらも獣人の優れた身体能力によって膝立て着地をするアプリコ。右手で左肩を抑えながら、彼は目の前に立ちはだかった少女を見る。

 

「小さな王よ、そこからどきなさい」

「断る」

 

 要求に対する返答は極めて短かった。

 これまで耳にしてきた無邪気な声とは全く異なる、怒気に満ちた言葉だった。

 

「さっきから黙って聞いていたが、これ以上は聞き捨てならん!」

「なんだと?」

「アプリコさん、言ったでちよね。犠牲になった自分の息子が忘れ去られたままなのが許せないって。デーリッチ達は最初はそれがアプリコさんの戦う動機だと思った。でも今の話を聞いてわかったでち。それはただの言い訳だ。結局のところ、アプリコさんは戦う動機として息子さんを使っているだけでち」

「流石に、それは聞き逃せないぞ」

 

 ともすれば逆鱗に触れる言葉に、アプリコは犬歯を剥きだしにして威嚇する。

 だがデーリッチは一歩も引かず、彼の主張に反論する。

 

「その証拠に、アプリコさんの主張には一切未来の話が無かった。何を取り戻すのか。何を壊すのか。そんなことばかり言って、どういう世界を作るのかなんて話は一つも出てこなかった。これって、死んだ人を弔うのにはおかしな話でちよね?」

 

 

 ――息子の死を忘れ去られることが許せない。

 

 アプリコと決裂した時、確かに彼は慟哭と共に言った。

 それは親として最もな主張で、誰も否定してはならない切実な願いだ。

 

 だが、その願いを取り繕うような言葉と手段は別だ。

 おそらくだが、彼の中には別の欲望がある。ルークや薙彦が語った彼の印象がその疑惑を裏付けた。

 終わった戦争の繰り返し。圧倒的な力による敗北を認めることができずに、戦いを挑むように各地で襲撃を行ってきた。

 虚飾と妄執で自らを覆い隠し、切実だったはずの願いを穢している。

 

 そんな彼の醜い姿は、デーリッチにとって到底見過ごせるものではなかった。

 

「ハグレの自由を取り戻してこの国を変えると言ってたけど、結局のところお前が見ているのは失った過去だけ。これまでに失ってきたものの埋め合わせだけを考えているやつが、世界を変えられるわけがない! 仮にお前のやり方で帝都を変えたところで、息子さんの死は忘れ去られたまま。ハグレ達が敗北の歴史ごと無かったことにして好き勝手なことを言い出すだけだ。大体、過去だの未来だの言う前に、もっと一番最初に見なければいけないものがあるじゃないんでちか? 現状から身を背けてあーだこーだ言っても、失った過去は戻ってこん! それは平和に暮らしている人々を傷つけてでもやるべきことなのでちか?」

 

 

 ビシッと指を突き付けてアプリコの主張に矛盾を指摘するデーリッチ。

 

 デーリッチはこの三日間、帝都の人々を見てきた。

 街の警備や観光を通じて、その心とふれあってきた。

 

 ハグレ王国の特産品を手にして笑っていた。

 料理に舌鼓を打てば喜んでくれた。

 迷子を案内して感謝された。

 

 それは既にハグレ王国にいくらかの名声があったからかもしれない。

 見ず知らずのハグレが帝都に訪れても、同じように接してもらえるとは限らない。

 だがそれでも、自分たちという余所者(ハグレ)を帝都の人々がどう見ているのか、国を背負う王はその本質を捉えていた。

 

 マッスルや大明神に遠慮なくおんぶをせがむ子供がいた。

 純粋な尊敬の目で見てくる少年がいた。

 冤罪でハグレを責め立てたことを悔やむ女性がいた。

 君たちの商品は素晴らしいと目を輝かせる青年がいた。

 

 必要なのは手を取ること。相手と分かり合おうとする意志であり、過去を焼き増しするような手段では未来はずっと暗いままだ。

 

 

「罪を忘れてのうのうと生きていることを平和というのならそうなのだろう。だが、傷の精算なくして被害者と加害者が手を取り合える道理はない」

「ハグレを元の世界に帰す技術なら既に出来上がっているでち。シノブちゃんが作って、アルカナちゃんがデーリッチ達にお願いしてできた相互ゲートがある! みんなを故郷に帰せるようにすることが、この世界のやるべき償いじゃないんでちか!?」

「な、あの子何言ってんだこの場で!?」

 

 ローズマリーはいきなりの暴露に目を剥く。これまでの一連の活動は帰還計画を帝都上層部に知られて、妨害されないようにするための根回しだったのに、それがすべてパーになった瞬間だった。

 一部からじろりとアルカナに視線が向く。だがアルカナは気にした素振りもなく、ただ微笑みを浮かべていた。 

 

「はは。しょうがないなあ、あの子は」

 

 彼女の興味は今、目の前で大望を世界に突きつける小さな王の後ろ姿だけに注がれている。

 

 それはアプリコも同じ。

 自分の膝ほどしかない、同じハグレであっても容易く縊り殺せそうな子供に自分の言い分を台無しにされてなお、彼はその言葉を聞き入れるしかなかった。すぐにでも黙らせなければならないという思考が、内側から湧き上がる何かに阻まれている。

 

 忘却の彼方に消えたはずの記憶が呼び起こされる。

 かつて元の世界で軍に属し、国の王に忠誠を誓った。

 士官として功績を上げ、謁見した時の記憶が蘇ってくる。

 わからない。自分がどうして過去の記憶を思い出せているのか、深い知性と経験を持ってしてもアプリコには何一つわからなかった。

 

「未来へ生きるためには、まずすべての過去を清算しなくてはならんのだ……!! 君のそれは夢を見ているだけだ。虐げられることなく、この世界の住人に受け入れられて施されるだけの小娘に何がわかる」

「要するに舐め腐っているんでちね。デーリッチ達の活躍を見てきたのにわからないとは、とんだおとぼけさんもいたもんだ」

 

 

 正体不明の感情を押し殺してアプリコは必死に反論する。

 それをデーリッチは一蹴する。

 

 はじめは自分たちの安らげる居場所が欲しかったから国を作った。

 その過程で世間の悪意に晒されることは少なからず理解していたが、どうやら自分たちの前には世界そのものへの悪意まで立ちはだかったらしい。

 

 ――どうか。この街を、この国の人々を守ってほしい。

 

 星を見上げる人の願いが脳裏に蘇る。彼女はずっと、この悪意に真っ向から立ち向かい続けていた。なんと壮大で、無謀で、切実な願いだろう。

 

 いいだろう。それならとことんやってやる。 

 何しろこちらは王様だぞ? どんな夢だろうと、でかすぎるなんてことはない!

 

 

「ならば宣言してやるでち。

 私たちハグレ王国はこの帝国よりも大きく、強く、楽しい国となる!! どこにも居場所がないなら私たちが居場所になる。共に一緒に楽しい国を作ろう。笑いあえる日々を過ごそう。

 ――ハグレ王国に来い! 私たちは、誰であっても受け入れる!!

 

 

 キーオブパンドラを強く大地に突き、声高らかに不退転の覚悟を口にする。確固たる信念と決意の下で告げられた宣言は、世界の隅々にまで行き渡るように響いた。

 

 

「その通りだぜ相棒! 妖精王国も続いてやるぜ! よう、お前たちはそれでいいのか!? 世の中の理不尽に俯いたまんま、顔もよく知らないやつの言うことを真に受けて暴れまわって、それで本当に自由を勝ち取れるのかって言ってんだ。本当に自由を勝ち取りたいならまず自分を表現できなきゃ意味がねえ! その点、うちらは自由だぜ? 牛男もハーピーも神様も妖精も悪魔も! みんな好き勝手にやりたいことをやって生きてる! まさか、ヅッチー達の活躍を知らねえ奴なんてこの場にはいねえよな!?」

 

 

 ヅッチーが電撃的に檀上に踊り出し、参戦の意を口にする。挑戦的な檄文は、春雷のように帝都の空へと轟いた。

 

 

「本当、アンタら見てると飽きないわね……貴女が見た星の輝き、ちょっとわかった気がするわ。いいわ。乗ってやろうじゃない。

 ――聞きなさい! 帝都のハグレたち! 私はエルフ王国の女王リリィよ。私たちエルフはハグレ王国を全面的に支持させてもらうわ! だから迷っている暇があるならハグレ王国に行きなさい! エルフ女王の名に誓いましょう、あなた達が故郷に帰る道はそこにある!」

 

 

 感心したように壇上に登ってきたリリィも宣言を口にする。風の精霊の助けを受けた玲瓏な調べは、荒んだ空気を押し流すように帝都の外へと吹き抜けた。

 

 

 

 

 

 

「……聞こえたよな、今の」

「元の世界に、帰れるって?」

「導師はそんなこと言ってたか?」

「帰りてえよ。故郷の村に帰りてえよ」

 

 しゅんと静まりかえる正門のハグレ達。

 占拠を果たした祝報でもなければ、突撃を命じる号令でもない。

 自分たちが聞いたことのない、けれど安心感すら感じさせる宣言が、彼らの荒んだ心に波紋を広げていた。

 敵意が霧散したことを確かめたブリギットは、ため息をついて浮遊椅子に深くもたれかかった。

 

「どうやら、杞憂だったみてえだな」

「一時はどうなるかと思いましたけどね。ヅッチーも、いつの間にか立派になって……」

「まったく、俺の知らねえうちに背伸びしやがって。これだからガキの面倒なんて見てられねえんだ。目を離せばすぐにデカくなっちまうからな」

 

 子供たちの成長に、彼女たちは感慨深く笑いあった。

 

 

 

 

 

 

 三人の王が与えた衝撃は大きく、広場のほとんどが宣言の内容を受け止めきれずに放心している。

 彼らが衝撃から冷める前に、ヅッチーが間髪入れずに追撃を叩き込んだ。

 

「まずはそこのお前! お前は一体どっちなんだ!?」

「え、私!?」

「そうだ! 解放戦線とハグレ王国。どっちを応援するって聞いてるんだ!」

 

 真正面にいた市民を指さして、この状況を打破する最後の一撃を投げかける。

 

「……は、ハグレ王国、私はハグレ王国を応援します!」

 

 意を決して放たれた言葉に、堰を切ったように次々と市民たちがその気持ちを告げる。

 

「俺もだ! あの子たちを見てると元気が湧いてくるんだ」

「この国を変えてくれるなら、ハグレ王国がいいわ! むしろハグレ王国に移住させて!!」

「そうだそうだ、テロリストなんか認められるか! とっとと帝都から出ていけ!!」

 

 

 

「「「ハグレ王国! ハグレ王国! ハグレ王国!」」」

 

 

 

 ハグレ王国一色コール。

 さっきまでとは真逆の熱気に押されて、解放戦線の兵士たちがその熱意に思わず後ずさる。

 

「ほら、帝都のみんなはデーリッチ達のほうが好きらしいでち。きっとこの話を聞いているハグレも同じ気持ちでち。……あなたはどうしたいんでちか、アプリコさん?」

「――――」

 

 デーリッチが視線を戻すと、アプリコは目を閉じて何かを考えこんでいた。

 壇上に向かって、しびれを切らしたザナルが叫んだ。

 

「威勢はよいが、諸君は忘れていないか? 吾輩の手の中には大事な仲間がいるということを……」

 

 そう言って手の中のピンク色の髪を掲げようとするザナル。エステルはそれよりも早く顔を上げ、彼を真っ向から睨みつけた。

 

「いつまで乙女の髪引っ張ってるのよ、このスケベジジイ!」

「なにっ、ぐぉ……っ!?」

 

 ザナルの小指を的確に踏み抜き、続いてがら空きの胴に肘を叩き込んだエステルは、そのまま身をはがして彼らから距離を取る。

 

「貴様……ッ、いつの間に……」

「まあ好き勝手やってくれたじゃない? 悪いけどここからは、私たちの逆転劇ってことでやらせてもらうわよ!! サンキュー、デーリッチ! アンタの燃えるような宣言、私の魂に火が付いたわ!!」

 

 

「人質の解放を確認! 皆さん、今が好機です! 突入してください!」 

 

 エステルの復帰したことでメニャーニャが号令を下す。

 解放戦線を取り押さえようと一気に最前列までやってくる傭兵たち。

 じりじりと包囲網が狭まっていくのを見て、ザナルがさらに声を張り上げた。

 

 

「同志アプリコ、プランBだ! こうなれば当初の目的だけでも果たそうではないか!」

「……うむ。すまない同志ザナル。では、何度行ってきたかもわからない撤退戦の始まりだ」

 

 アプリコは懐から試験管を取り出した。

 内部に仕切りが存在し、片方には一粒の種が、もう片方には緑色の液体が入っていた。

 

「異界に存在する食肉魔植物の種だ。この成長促進剤と共に使えば一瞬で開花まで至る」

「え……!?」

「祖国が分かれ、この世界に流れ着いた。息子を失い、星を見る者に敗走した。そして今、私は再起してここにいる。感謝するハグレの王よ」

 

 

 

――嗚呼、私は戦争がしたかったのだ

 

 

 

 空虚な瞳で、獰猛に牙を剥きだした笑みを浮かべ、青空オレンジは試験管を地面に叩きつけた。

 割れた試験管の種子に薬剤が染み入る。瞬く間に発芽し、言葉通りに人間の胴体並みの幹が育ち始め、牙をはやした花弁が消化液を巻きちらし始めた。

 

 

-Unknown Plants-

 

 

 

「ザナル殿、退路を拓くぞ。できる限り荒らしてもらいたい」

「ふうむ、ふうむ。その通りよ、吾輩の獄炎無くてはどの道窮地も切り抜けまいて!!」

 

 火炎が舐めるように広場を横断する。

 あわや市民に襲い掛かろうとしたその炎は、その手前で別の炎に遮られた。

 

「やらせるかっての!」

「流石は王冠の弟子。良い炎だ。だが、真の火炎魔法とはこういうものだ!!」

 

 己のフレイムを相殺したエステルに、ザナルは手の中で育った炎の弾を放つ。

 粘性の火炎弾は先ほどファイアウォールを突破したものと同じ。普通に受ければ爆発が周囲を巻き込む悪質な焼夷魔法(シェルフレア)を前に、エステルは両手の火球を解き放った。

 

紅蓮六道(ぐれんりくどう)――バルカンブレイザー!

 

 一度で突破されるなら何度でも防げばいい。

 六つの火炎球が順繰りにぶつかる。一つ一つは押し負けるが、徐々にシェルフレアは小さくなり、最後の一発がザナルの火球を粉砕して逆に彼の元へと飛来した。

 

「これは、まさか私の火炎を破るとは……!」

「その混沌の魔力、ジェスターのものでしょ。デカい魔力の塊に火を付けて放ってる。だから普通に防ぐと燃えた魔力が爆発するし、体に纏わりついて燃え続ける。それがアンタの魔法の仕組みね」

「たった一度の合一でそこまで見抜くとは流石! その通り、我が火炎魔法は導師ジェスターの薫陶によって真理に至れり! 召喚魔法を称えた帝都などこの力で焼き払ってくれるわ!!」

「人から貰った力でよくもまあそこまでイキがれるわね。それって結局アンタ自身は何の進歩もしてないんじゃなくって?」

「その他力本願の極致たる召喚士がよく吠える!」

 

 そうして彼女らは再び火炎をぶつけ合う。

 メニャーニャがその光景を見ながら傭兵たちに市民の避難と魔物の撃退の指示を下していると、彼女の近くにいた協会長ウォレッシュが口を開いた。

 

「むむ……まさかあいつは……」

「協会長、彼をご存じで?」

「魔導局にいた頃に見た覚えがあったわ。あいつはザナル・グラバードという炎魔法の研究家じゃ。奴の言っていた通り、召喚術が流行してからは強い炎を呼び寄せたほうが手軽だとかで見向きもされなくなった哀れな男じゃ。いつの間にか姿を消しておったが、サバト・クラブに合流していたのか……」

「なるほど。自分を冷遇した帝都と我々召喚士への復讐のために解放戦線に協力していると、とにかくエステル先輩が引き付けている間に、私たちは魔物を片付けましょう」

 

 壇上を見ればアルカナは王族と共に姿を消していた。どうやら一足早く安全を確保できたらしい。

 一番の憂いは消えた。ハグレ王国の仲間たちも続々と合流し、アンノウンプラントに立ち向かっていく。

 

 帝都を舞台とした最後の戦いが、幕を開けた。




○デーリッチ
 この子の台詞が結構悩んだ。
 やはり王様に締めてもらいませんとね。

○アルカナ
 冷酷のようで身内にだだ甘。

○アプリコ
 色々言っておりますが、要は戦争で勝ちたかった。
 原作でマーロウが言っていたことと似ているけど余計性質が悪い。
 これにはデーリッチもげきおこ。

○ザナル
 元帝都魔導局所属の炎魔法使い。召喚術の台頭で窓際に、そのまま退職して落ちぶれた。一応ウォレッシュとは同僚だったらしい。

 『シェルフレア』
 炎魔法。炎耐性を無視する。やけど付与。
 シェルは(shell)ではなく、シェール(shale)層の意味。
 混沌由来のマナを媒介として発動するファイアボールの亜種。

 要するに高密度なマナ塊に火を付けて放っている。なので単純な炎に勝てるし、マナが体に纏わりつくと炎上し続ける。

○アンノウンプラントくん
 ズブーブ大湿原に用が無くなるのでここで出番オファー。都市のど真ん中でデカい魔物との戦いって、一種のお約束ですよね。

○召喚人解放軍
 王族の拘束と宮廷の占拠が本作戦の目的。
 帝都を攻めようとすればアルカナに殲滅させられるのが目に見えているので、内側から崩す予定だった。サハギン軍が健在なら原作通りの包囲作戦が展開できたらしい。


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その71.帝都動乱・終戦記念式典(3)

最後ではなかった

ちょっとシリアスが続きすぎていたので、ボス戦はフィーバータイムです。
新演出も試験的に活用しています。


『総進撃』

 

 

 

 アプリコによって出現した巨大魔物アンノウンプラントは、巨大な蟲から無数の蔦を触手めいて生やしたような異形の姿をしていた。

 急速な成長によって飢餓状態にある魔物は、まず一番近くにいたデーリッチ達を餌を定めてその成人男性の腕ほどある蔓を鞭のように振るう。

 

 迎撃のためにキーオブパンドラを振り上げたデーリッチ。

 そこに横から飛んできたフレイムが蔓を焼き払う。

 

「デーリッチ!」

「ローズマリー!」

 

 安堵と呆れの混ざった表情でローズマリーが駆け寄って来る。

 

「まったく、一人で勝手に飛び出すなんて……」

「いやー、あんなこと好き勝手に言われたらハグレ王国の沽券にも関わってくるからつい」

「でも、素晴らしい演説だった。見直したよ」

「えー? やっぱりデーリッチのカリスマ溢れちゃってたかー。……でも、アプリコさんは駄目だったみたい」

「そうだね。彼はどうやら引き返せないところまで行っていたようだ」

 

 デーリッチの言葉はアプリコの本音を引き出しすぎた。

 突きつけた矛盾はその大義を崩すと同時に、彼がその復讐心で覆い隠していた野望を白日の下に晒してしまった。

 そのアプリコの姿はもうない。魔物に気を取られたわずかな間に彼は逃走していた。その逃げ足の速さは、彼が撤退戦を幾度となく成功させてきた証拠である。

 

「過ぎたことを悔やんでも仕方ない。今回最後の大仕事だ。ハグレ王国総出でこいつをぶちのめすぞ!!」

「おうとも!」

 

 一方、リリィの傍らには側近クリストファーが傅いていた。

 

「見事な演説でした女王陛下。これで帝都にもエルフ王国の威厳を知らしめることができたでしょう」

「世辞はいいわ。とりあえずこれを片付けるわよ。杖は?」

「こちらに」

「ありがとう。さてと、久しぶりに戦うから腕が鳴るわね。そこの妖精もサポートを頼むわよ。足手まといにだけはならないでよね」

 

 リリィはプリシラに呼びかけるが、返事がない。

 というか近くにいると思っていたのだが、よく見ると来賓席に留まったままだ。

 

「……? そんなところに突っ立ってないで早くこっち――」

 

「――――」

 

「し、死んでる……!?」

 

 プリシラは鼻血を出してその鼓動を停止していた。

 どうやらヅッチーの宣言が痺れるを通り越して心停止まで行ったらしい。

 まあ、妖精なので心臓とかあまり意味ないのですがね。

 

「おーい、プリシラー。大丈夫かー?」

 

 仕方がないのでヅッチーが起こす。

 目の前で愛しのイカヅチ妖精に目覚めの言葉を懸けられた氷妖精は、至福の表情でハッと我を取り戻した。

 

「ひゃっ、ヅッチー!? 確か今ヅッチーの天にも昇るようなヴォイスで痺れるようなセリフを聞いていたような……!?」

「なに寝ぼけてんだ? とりあえずこの魔物片付けるからさ、プリシラも力を貸してくれ!」

……!!!! オッケー、ヅッチー! 妖精王国が武力も優れていること、帝都に宣伝してみせるわ!!」

「おう! その意気だぜ!!」

 

 

 

「……なにあれ、キャラ変わりすぎじゃない?」

「忠誠心……ですかねぇ」

 

 TP満タン状態ハイテンションなプリシラを見て、リリィはただ一言コメントを残した。

 

 

 

 

 

 広場はまさに過去に類を見ないほどの戦場だった。

 

 冒険者たちから集中砲火を受けるかと思われた巨大魔物であったが、そうそう簡単にいかない厄介な性質を備えていた。

 蔓に点々と咲く花弁からばら撒かれる種。一見なんの害もないように見えるそれが地面に落ちた途端、新たな魔物が芽生えてくるのだ。

 

 

「くそっ、倒しても倒しても生えてくるぞ! キリがねえ」

「アニキぃ、他の連中が集まってるからってやっぱ帝都になんて来るんじゃなかったんっすよ! 逃げましょうよ!!」

「過ぎたことを喚くんじゃねえサブ! こうなったらこいつら狩って報酬たからなきゃどの道大赤字なんだよ!」

「言い争いしている暇があるなら手を動かせ! そろそろこっちのMPが尽きそうなんだ!!」

 

 厄介なことに、この魔物――オシャベリフラワーはそのコミカルな外見に反して普通に手ごわい。その落書きめいた口から発せられる奇怪な超音波で混乱させてくるだけでも危険なのだが、アイスやファイアなどの魔法まで使ってくるのだ。

 口があるから呪文も唱えられるということなのか、とにかくこの魔物がぽこじゃか増えているせいで冒険者たちの数の利はあっさり覆った。単純に魔法を連打されることの鬱陶しいこと。雨後の筍のように増殖するこの魔物の存在に冒険者たちはてこずっていた。

 

「この子分たちは魔法を使ってくるお! 放っておくと増え続けて手が付けられなくなるお! 親玉はハグレ王国に任せて、君たちは取り巻きを優先して処理してほしいお!!」

 

 その巨大な戦斧で蔓を伐採しながらブーンが冒険者たちに指示を出す。その攻撃は他の冒険者とは一線を画しており、一振りで目の前にいたオシャベリフラワーがボトボトと間引いていく。

 冒険者たちは歴戦の戦士である彼の言葉に従ってオシャベリフラワーの対処に専念するか、あるいはこれ以上戦線が拡大しないように発生源を抑え込むように動いていた。

 

「ばっきゅーん☆ 的当てならオレ様の得意分野だぜ」

「木を刈るなら、わしらの得意分野じゃな!!」

 

 例えば二丁の魔導銃を操る女冒険者が蔓に咲いた花弁を次々と撃ち落としていき。 

 また別の方向を見れば、鎧を着こんだドワーフが豪快な斧捌きで蔓を切断していく。

 

「ああもう、アプリコさん面倒なもの残していきやがって!」

 

 そんな中で一人、ルークはズバズバと魔物を切り払いながら戦場をひた走る。

 鞭めいて跳ね回る蔦を躱して仲間と合流するために中心部へと向かっていると、ちょうど行く手を遮るように大量の蔦が生い茂っていた。

 切り刻んでみるものの、即座に新たな蔦が補っていき一向に突破できない。

 

「こういう時薙彦の奴がいればなあ……」

 

 思わず愚痴がこぼれる。始末ヶ原薙彦ならばこの程度文字通り薙ぎ払っていくだろう。だが彼は昨日の大怪我で入院中だ。ラプスもその見舞いで付き添っている。あるいは治療費を踏み倒さないように監視する役目か。どちらにせよいないものは仕方がない。

 

「これじゃ全然前に行けねえな。かといって、登ったら登ったで餌食になるし、回り込むしかねえか」

「おやおや。足、というか羽が必要かい?」 

 

 バサバサと羽ばたく音と共に上から声がする。

 

「ハピコ。丁度いいや、向こう側まで連れて行ってくれよ」

「あいよ。戦場宅配サービス、特別価格で1000Gね」

「高いなぁ。まあ、払ってやるけどよ」

「まいどあり~。ほれっ、ご到着だ」

 

 肩掛けしたハーネスから下げられたロープをルークが掴む。

 実際にはほとんど距離はなかったのだろう。ハピコが飛び上がれば中央まで一瞬だった。

 ルークが探していた二人も既にそこにいて、後方に控えていたミアラージュがこっちを見た。

 

「あ、やっと来たわね」 

「すいませんねミアさん。あれが魔物の本体っすか」

「そうなんだけど、あそこの魔術師が邪魔してて中々攻撃に移れないのよね」

 

 ミアラージュの言葉通り、ザナルは植物魔物の前に立ちふさがる様にして火炎魔法を馬鹿打ちしている。

 対するエステル達は迫る火球に各々の魔法をぶつけ、小さくなったところをニワカマッスル、エステル、クウェウリを中心とした防御陣形で耐え忍ぶ。幸いだったのはクウェウリが炎上に対して対策を行えたことだ。少なくとも余波で全員火だるまなどという大惨事は避けられた。

 その合間を縫ってハオやドリントルが遠距離攻撃を仕掛けてはいるが、彼が周囲に展開する炎のカーテンによってこちらもあまり有効打になっていない。相手側の目論見通りの膠着状態だ。

 

「余波だけでも熱くて仕方ないわ。まるで火葬されてるみたい」

「洒落になってませんわよお姉ちゃん!」

 

 本当に消し炭にされかねない火力の前でそんなゾンビジョークをかませるミアラージュの胆力はなかなかのものである。

 

「ふうむ。吾輩の火炎を受けてここまで立っていられた者は始めてだな!!」

 

 エステルがその仕組みを見抜いたとはいえ、シェルフレアの広範囲爆発は圧倒的だ。

 魔法を同じく魔法で相殺し、爆風をファイアウォールと雪乃ヴェールで軽減してどうにか耐えきれるといったところ。

 加えて巨大魔物が無差別に襲い掛かってくるのも、彼女たちが攻め手に回れない現状に拍車をかけている。

 唯一ザナルに対しては従っている……というよりは彼の炎を疎んで勝手に避けている。

 

「つーかこの魔物、ここまで元気なのもおかしくない? 帝都のど真ん中でしょここ、マナの噴出孔が開いてるわけでもないのにこの強さって……」

「マクスウェルもαトランス*1を使用していましたし、こいつにもなんらかの増強剤が投与されているのでしょうね」

 

 基本的にマナの少ない環境で魔物は衰弱するのだが、この魔植物はそんなことを気にせずに暴れまわっている。今のところ犠牲者は出ておらず、このままでは飢死するのを先延ばしにしているだけだが、その間だけでも起こりうる被害は甚大。市民の捕食が始まる前になんとしてても倒さなくては。

 

「ふーむ。しかしお前たちも中々揃ってきたところか。流石にこの人数ではいささか不利よな」

「おっと、流石にガス切れ? こっちはまだまだ余裕あるけどね」

 

 ベロベロス、ジーナ、アルフレッドら姉弟、柚葉など外回り組が次々と合流してくる様子を見てなお、ザナルは不遜な態度を崩さない。

 

 

「いやいや、我らの同志も粗方撤退が完了した頃合い。吾輩の仕事も終わりということよ」 

「な、逃がすか――!」

「ではさらばだ、王冠の弟子よ!! 決着は次に預けておこう!!」

 

 ザナルは足元に特大のシェルフレアを叩きつけた。

 極大の爆炎。蔦もいくつか燃え、巻き起こった黒煙でルーク達の視界が覆われる。

 

「ぐおっ」

「レイジングウィンド!」

「目がっ、目がぁ~~!!」

 

 咄嗟に手で目を保護する。その後ろでもろに目に砂が入ったヤエが苦しむ*2

 ヘルラージュが即座に風魔法で煙を払うが既にザナルの姿はなく、代わりにどろどろに溶けた石畳による穴がぽっかりと口を開けていた。

 

「下水道までぶち抜いていったか。こりゃ追跡は無理だな」

「くっそ~~、やりたい放題やって逃げやがって! 今度は絶対に負けてやるもんか!!」

 

 エステルが悔し気に地団太を踏む。得意分野の炎で上回られた屈辱は計り知れず。次こそはと雪辱の念を強く誓った。

 

「とにかく、これで邪魔者はいなくなったな」

「ええ。あとはこいつを片付けるだけです」

 

 

 巨大魔物を見上げて、ハグレ王国の精鋭たちは腕を鳴らした。

 

 

「よーし、それじゃあ気合入れていこうじゃ「むぎゃ~~~~っ!?」って」

「で、デーリッチ!?」

「国王様!?」

 

 

 悲鳴と共に放物線を描く人影。

 ルーク達が慕う国王デーリッチが彼らの真っただ中に落下してきた。

 

「ごめん、そっちにデーリッチが吹っ飛んだ!!」

「任せな!」

 

 ローズマリーが走りながら伝えてくる。落っこちてくる王様をニワカマッスルがその逞しく香ばしい筋肉*3で受け止める。その強靭さはまさに筋肉由来素材100%のエアバッグ。デーリッチの運動エネルギーのほとんどを吸収した。

 

「おっとっと! 大丈夫か?」

「ナイスキャッチだマッスル!」

「ふひ~、油断したでち」

 

 でへへとばつが悪そうに笑うデーリッチ。

 

「おいおい、しっかりしてくれよ」

「あんなカッコいいこと言ったってのに、これじゃあ締まらねえなあ」

「まあ、その方がこの子らしいかもね」

「言えてる」

 

 どっと笑いが巻き上がる。

 死地の真っただ中ではあるものの、これぐらいの気構えこそが彼ららしい。

 そしてローズマリーやヅッチー、プリシラがやってきて、全員が顔を見合わせた。

 

「……さて、それじゃほとんど揃ったかな?」

「正門にいるブリギットさんや大明神を除けば、これで全員ですね」

「滅多にないフルメンバーってわけだな。クライマックスにはおあつらえ向きじゃないの」

 

 敵は巨大魔物一体。

 対してこちらはハグレ王国。

 戦力、士気、共に不足はなし。

 あとは一つ、王の声を待つだけだ。

 

「それじゃあデーリッチ、号令……熱いの一発頼んだわよ」

「総攻撃の開始でち! ハグレ王国、出撃!

 

応!!

 

 そこからはまさに快進撃。

 

 

「いくでちよベロベロス、全部燃やしてやるでち! 地竜ちゃんはこいつを根っこから引き抜いてやるでち!」

「わおーん!」

「ぐごーご!」

 

 先陣を切るはベロベロスに乗ったデーリッチ。主の命に応じ、三つ頭の魔犬はそれぞれの口から劫火を吐き出し、幼き六魔もその膂力で根を張る足元を崩していく。

 

「ふん! そりゃ、おらあ!」

 

 赤い牛人はその屈強な肉体を生かしたパワーファイトで蔓を破壊する。一切の防御も回避もしないそのスタイルは鞭めいた猛打に晒されるも同然だが、彼の鍛え上げた筋肉はびくともしない。肌を走る痛みも彼の熱いハートの前では何の効果もない。

 

「そんなんじゃ俺の筋肉はビクともしねえな!! ……ってあれ、ちょっとそれは不味いって!?」

 

 猛打をものともせずに引き受けていたニワカマッスルの屈強な体に蔦が巻き付く。アンノウンプラントはそのままマッスルを持ち上げてガバリと大口を開けて丸のみにしようとする。

 

「なーにやってんだか!」

 

 上空からきりもみ回転で落下してきたハーピーが魔物の口を強引に塞ぐ。そして下から鋭角に飛んできた槍が蔓を切断して、拘束されていたニワカマッスルを解放した。

 

「やったハオ!」

「わっとと……これ、あまりはしゃぐでない!」

 

 光の巫女は全身で成功の喜びを表現し、その頭に乗っかっていたティーカップが大きく揺れる。

 

「流石ねー。雪乃、私たちも負けてられないわね」

「うん! それじゃあカタナシュートいっくよー!」

 

 サイキッカーの隠された目が光り、魔物をほんの僅かに硬直させる。そして雪の妖精は大学で研鑽して生まれ変わった得意技を力いっぱいに叩き込んだ。

 

「■■■■■■――!!」

「よーしっ、ブルズアイ!」

「いつにも増してやる気満々ね」

「とーぜん! 私のカタナシュートは四つ取られてからが本番だからね!」

「そうね、あんたがやれる子なのはわかってるけど。今日はちょっと違う気がするわ」

「なあに?」

「何だか大きな思いに突き動かされている感じがするのよ。使命感、っていうのかしら。デーリッチの宣言で、何か変化でもあった?」

「あ~……ヤエちゃんにはわかっちゃうか」

 

 内心を見抜かれていたことを恥ずかしそうにしながらも、雪乃はぽつりと自分に起こった変化を吐露した。

 

「あのね、デーリッチの言葉を聞いて、私もちょっと頑張らなきゃなって思ったの」

「? 雪乃ちゃんはいつも頑張ってるヨ?」

「ううん。そうじゃないの……私、この世界に来てから待ってばかりだった。独りぼっちだった私をヤエちゃんに見つけてもらって、その後すぐにデーリッチと友達になって、それからは拠点のみんなに優しくしてもらって。……そして、アルカナさんの計画が始まった」

 

 雪乃はこれまでの自らの歩みを振り返る。

 少しでも恩を返すために彼らの旅に同行し、唯一の取柄である蹴りを活かして戦力として貢献しようとする一方、皆が店舗を提案する中で自分だけは手伝いに留まっていた。そのことを王国の誰も責めることはなかった。むしろ彼女の境遇に気を遣うように、仲間たちは雪乃に寂しい思いをさせないように多くの工夫を凝らしていた。

 

 『いつかは帰るから』

 

 ……そんな願いを言い訳にした雪乃の行動原理は常に受動的で、消極的だった。

 

 そしてその望郷の念は降って湧いたように叶おうとしている。相互ゲートの理論は立証できている。あとはハグレ王国と召喚士協会を取り巻く面倒ごとが片付けば、帰還計画はすぐにでも実行できる段階。願いが成就する時は着々と近づいていた。

 

 そんな雪乃の心境は嬉しさ半分、焦燥感半分だった。

 

 ようやく帰れるという気持ち。まだ何も恩を返せていないという焦り。

 何かしなければ、という漠然とした思いを抱えながらも、皆のように店舗を構えるなどの腰を落ち着かせる真似を実行に移すことはできなかった。

 目まぐるしく流れていく情勢に、彼女はまた流されることしかできていなかった。

 

「デーリッチの言葉、すっっごく胸に響いた。あの子は本気でみんなの居場所を作ろうとしている。私と同じか、それ以上に悲しんでる人たちを受け入れると言ったんだ」

 

 自分よりも幼いのに、自分以上に過酷な目に遭ってきた子供が、この大陸の真ん中で自分の存在を高らかに知らしめた。

 

 なら、自分もただ突っ立っているだけではいられない。

 せめて自分の足で歩くぐらいはしなくては、ハグレ王国の一員として恥ずかしい。

 

「だから、私もついていくだけじゃない。アルカナさん達がゲートを開いてくれる日をただ待つんじゃない。この世界を、皆の帰る場所を守るために自分の意思で戦うんだ。いつか元の世界に帰った時、家族や友達に、私は頑張ったよって胸を張って言うために。私は、私の全力を尽くすって決めたんだ――!」

 

 決意と共に放たれた渾身のシュートが、雪だるまを空高く打ち上げる。

 最高頂点に達した雪だるまははじけ飛び、無数の雹となって種を撒こうとする触手をまとめて射貫いた。

 

「おお~っ」

「へっへーん! 新技大成功!」

「やるじゃない雪乃。それじゃ、私も張り切っていきましょうか!!」

 

 超能力を全力で解放する。天から降り注ぐ雷の瀑布が、魔植物の表皮を剥がれるまで焼き焦がす。

 

 だが、巨大魔物は息絶えない。アンノウンプラントは体液を圧縮し、口から鉄砲水のように放つことで邪魔な敵を押し流そうとする。

 

「おっと、そうはいかないな!」

「ふんッ!」

 

 鉄砲水をジュリアが盾で防ぎ、その影から飛び出したジーナがハンマーで脆くなった表皮を完全に叩き割る。

 

「アルフレッドさん!」

「ありがとう、ベル君!」

 

 そこへからくり大博打の援護を受けたアルフレッドの強烈な一撃。

 目にも止まらない神速の刺突は脆くなった部分を的確に射貫き、脚の一つを根元から切り落とした。

 

「やった! アルフレッドさん!」

「うん。まずは一手だ」

「アルフレッドめ、すっかり一人前の戦士だな」

「私から見ればまだまだ半人前だけど、ね!」

 

 見事なヒットアンドアウェイで後退するアルフレッドに感心するジュリアとは対照的に、ジーナは辛口な評価と共にハンマーのアッパーを魔物に食らわせた。

 

「はは。流石に姉は厳しいな」

「正当な評価よ。あいつの目標からすれば、この程度の相手でも全然足りないぐらいだしね?」

 

 そう言って弟の背中を見るジーナの眼には、憧憬と郷愁、そして期待が重なっていた。

 

 

 

 

 

 

「いってらっしゃいませこたっちゃん!」

「まさかまさかのカタパルト再び!!」

 

 一方、乱れる触手を宙を飛んで撃ち落とす存在がいる。

 それはガ○ラのように霧のブレスを吐きながら回転するこたつである。

 

「ああ、国王様。私は感激しております! この大陸、いや世界を平らげようとするその覇気。不肖なれど、このゼニヤッタ、国王様の覇道にどこまでもお供いたしますわ!!」

「ウン。でもそのインプレッションをこたつを投げることで表現するのは違うと思うゾ」

 

 流石にこんなトンチキ極まる光景には引き気味のイリス。しかし彼女もまたデーリッチの言葉にいくらか無視できないものがあったのも確か。

 

「この国がビッグになるなら、その分乗っ取った後の地上征服もやりやすくなりマース。だから、全力で走れよリトルキング? 腑抜けるようなら、そこでペロリと平らげてやるからな」

 

 悪意に満ちた期待を胸に、冥界の姫は襲い来る蔓触手を一瞥もせずに氷像へと変えていった。

 

 

 

 

 

 

 オシャベリフラワーが怪音波を放ち、また別のオシャベリフラワーがファイアを唱える。

 混乱した隙に叩き込まれる魔法に、奮闘していた武道家があえなく沈む。

 

「ぐわあああ!」

「はーい、ヒールですよ」

「おお……ありがとうございますおっぱい神様。ついでにその見事なおっぱいを揉ませてもらえれば元気百倍です」

「あらあら。それじゃあゴールデンハンマーを一発入れておくわね?」

「問題ありません! それでは倒してまいります!」

 

 うおおおお! と鎖を振り回して魔物を駆逐しに向かったジョルジュを福ちゃんは見送る。

 周囲で頑張っているがジリ貧な冒険者たちを支援することが重要であると判断した彼女は、クウェウリと共に、冒険者や彼らに加勢して戦うケモフサ村の住民たちの援護に回っていた。

 

「元気いっぱいなのはよろしいことですわね……あら、クウェウリさんどうしました?」

「……パパが、広場の外に走っていくのを見ました」

「マーロウさんが?」

「はい。きっとアプリコさんを追っていったんだと思います」

 

 クウェウリは物憂げな表情で目を閉じる。

 瞼の裏に映し出されるのは、この村にあの老獣人がやってきた時の記憶。

 

「あの人がケモフサ村にやってきた時、パパはとても喜んでいました。生きていたこと、各地を放浪してきた彼がようやく安住の地と呼べる場所を得られたこと。あんなに穏やかで嬉しそうな顔のパパは今まで見たことがなかった」

 

 マーロウは責任感が強く、また仲間思いの誇り高き戦士だ。

 各地に散逸した敗残兵たちのことを気に掛けていた彼は、同じ思想のもと肩を並べた戦友が無事であったことを知り、長年あった心のしこりの一つが取れた。

 父が滅多にない屈託なき笑顔を浮かべてアプリコを歓迎した時には、クウェウリも我が事のように喜んだものだ。

 そして、それらのすべてが妄執の炎に浮かんだ幻に過ぎなかったと知った時の激情と落胆もまた、これまでに見たことがなかった。

 

「アプリコさんはすぐに村に馴染んだわ。武器屋のオルグさんからは英雄として尊敬されて、雑貨屋ではよくプシケさんと談笑していた。週末になればよくパパと二人でお酒を飲んで煙草を吸っていたわ。健康には悪いからやめてほしいけど、パパがあそこまで楽しそうに笑うものだからその時だけは許してたわ」

 

 村長であるマーロウの旧友だったこともあってか、アプリコは村の御意見番として多くの村民から頼られることになった。例えそれが、反旗を翻すための同胞を集めるための策略であったとしてもだ。

 

「アルカナさんも、彼にはいくつか便宜を図ろうとしていたわ。あれはきっと、自分たちの手で息子さんの命を奪わざるを得なかったことへの負い目だったのね」

 

 異世界からデーリッチを救出した後、マーロウから告げられた獣人参謀の事情。

 故人を偲ぶが故の壮絶な思いに対してクウェウリは何も言えなかった。

 もしマーロウが自分を失ったらどうなってしまうのか。血ではなく心で繋がる親子であるからこそ、アプリコの心中は察するに余りあった。

 

「だから、私はアプリコさんはその心をジェスターに利用されたのだと思っていたわ。でも違った。あの人は本心から戦いを望んでいた。デーリッチちゃんに論破されても、あの人の眼には炎が宿っていた。せっかく戦わなくても平穏を手にできる選択肢があるのに、あの人は自分から戦う道を選んでしまった。私はそれが悲しいんです」

 

 勿論、クウェウリだって帝都への恨みは残っている。マーロウが未だに幾らかの悪感情は持ち合わせているように、故郷から引き離され、元の家族を奪った帝都を許すつもりはない。

 それと同時に、彼女はこの世界にはハグレと歩み寄ろうと考える人がいることを知っている。マーロウが平和のために尽力したアルカナの意思を尊重したように、クウェウリは彼らと共に平和への道を歩むことほうが誇らしいと思っているからこそ、その悪意をさらけ出すことを善しとしないのだ。

 

 だからこそ、穏やかな日々を自ら捨て去り、戦火へと身を投じる同胞に何もできないことが辛い。

 多少貧しくとも平穏だったあの日々を知るからこそ、各地で虐げられて流れてきたハグレたちの心に寄り添えないことが心苦しくて仕方がない。

 

「……そうですね。何もかもを失ったことで、その後に得られたはずの幸せすらも手放した。未来を夢見ることができなくなり、かといって現実にも目を向けられず、ただ失った過去の傷を拭うことに固執する。彼を止めるにはもう、戦うしかないのでしょうね」

 

 アプリコという獣人の奥底にあったものは戦いへの未練だ。

 アルカナの参戦により、無残な敗北に終わった記憶。圧倒的な蹂躙によって不完全燃焼に終わった戦争への情熱こそが彼を突き動かしている。

 

「とにかく、今はあの人はマーロウさんに任せましょう。きちんと思いをぶつけ合うことができるのは、共に背中を預けあった相手のみです。大丈夫、貴方のお父さんを信じなさい」

「……はい。ありがとうございます福の神様」

 

 

 

 

 

 

「かんらかんら! どうしたどうした? その程度ではわらわは捕まらんぞ!」

「ああもう。皆好き勝手に動いて、作戦も何もあったもんじゃないな……」

「なあに、祭りの締めの馬鹿騒ぎじゃ。好きにやらせても構うまい!」

 

 銃を撃ち、踊るように戦場を駆けるドリントル。その華麗な立ち振る舞いはハグレ王国のみならず、周りで戦う冒険者たちの士気も上げており、戦況の改善に大きく貢献していた。それに追随するローズマリーはファイアで時折けん制をしているが、どちらかというと救急薬をばらまくのが仕事である。何しろ王国民のほとんどが参加するという異例の状況。王国の頭脳であるローズマリーとはいえ、流石に二十人以上の戦闘指揮の経験はない。こうして誰かが戦闘不能に陥っていないか目を凝らすだけで精一杯だ。

 

「のうマリー、わらわはとても楽しいぞ!」

「それはよかった。こっちは忙しくてそれどころじゃないけどね……!」

「なんじゃ、折角我らが国王が気持ちの良い啖呵を挙げたというのに、テンション上がらぬのか?」

「勿論アゲアゲだよ。それはそれとして、私はこの狂騒に身をゆだねられるほどお気楽じゃないってだけ」

 

 彼らのようにはね、とローズマリーはこの帝都を巡る馬鹿騒ぎのメインキャストを見る。

 

 この中で最も魔物の本体に近い最前線。そこが彼らのダンスホール。

 縦横無尽に駆け回って刃を煌めかせる仮面の男と、烈風を繰る黒衣の女。

 秘密結社の二人は息のあった立ち回りで本体に傷を負わせていく。

 そんな彼らの立ち回りを邪魔しないように、死の風が蔓を腐敗させ、鯨のような人魂が粉砕していく。 

 

 普段なら笑っている暇なんかないはずの死地。

 しかし魔物の攻撃を捌いていくルークの顔は自然と笑みを浮かべていた。

 

「なあ、リーダー」

 

 背中合わせに立つ彼女に呼びかける。

 

「なあに?」

「不思議なこともあるもんだよな。帝都のど真ん中で、油断したら自分だけじゃなくて誰かが死ぬような魔物を相手にしているのに、それが楽しいなんて思ってる俺がいる」

 

 ルークは改めて己を省みる。

 ふとしたことで容易く命の灯が消えるようなチンピラ。命知らずの無鉄砲。富と名誉を求めて自ら危険を冒す大馬鹿者。

 そんな自分が、この大陸の真ん中で大勢のために命を賭して戦っている。

 昔ならそんなことはしない。最低限の線引きはして、割に合わないととっくの前に逃げ帰っている。

 

 

「だから改めて思ったんだよ。俺たち、ハグレ王国に来て良かったなって!」

 

 

 彼らとの出会いに感謝を。あの小さくも偉大な王に出会えたからこそ今がある。

 珍妙な仲間たちと共に歩み、素晴らしい冒険譚の中にいる。

 

 そんな無邪気な子供のような告白を受けて、ヘルは。

 

 

 

「……うん! 私も同じ気持ちよ!!」

 

 

 

 同じように、無邪気な笑みを返した。

 ヘルラージュは小心者だ。臆病だ。へなちょこのヘタレだ。

 痛いのは嫌だ。疲れるのは嫌だ。怖いのは嫌だ。

 そんな甘ったれだけど、今は不思議と戦うことに恐れはない。恐いけど、恐くない。

 仲間のための傷は痛いけど誇らしい。みんなで頑張ったあとの疲労はなぜか心地いい。

 自分を認めるための研鑽とは違う、負い目のない充足感を得られるのが嬉しい。

 

 自分も彼も、デーリッチ達と出会ったことで変われたのだ。

 このお人よしたちの王国には、何度感謝してもし足りない。

 

 仮面の下で口角が吊り上がる。

 後ろから肩をぽん、と叩かれれば、それだけで力が漲った。

 足を払いにきた――というには少々大きすぎるぐらいには太い蔓を躱し、逆に足場にする。そのままトン、トンとパルクールで蔓を渡っていく。

 幼馴染には劣るものの、冒険の中で磨かれてきた運動能力は思うままに彼の身体を高くへ高くへ運んでいく。

 そして魔物の顔面とも呼べる部分を見下ろせる位置に来たところで、鋭角軌道で落下を開始。

 

 腕を伸ばし、短剣を振り降ろす。繰り出すのは彼の得意技(サプライザル)

 禍神降ろしの力を受けた渾身の一振りが、魔物の胴体に大きな傷を刻み付けた。

 そのまま結構弾力のある蔓に足をつけ、何度か跳ねるようにして着地する。

 

「クリティカルヒット!!」

 

 深い傷が刻まれたことで各地の蔓触手の動きが鈍くなる。

 ここが畳みかける部分だと判断した王国民は、一斉に攻撃を叩き込んでいく。

 

 妖精の雷と吹雪が舞い散り、エルフの風と矢が嵐となる。

 

 

「それじゃ、デカいの一発食らわせましょうか」

 

 

― 魔神降ろし ―

 

 

 忘れ去られた魔神の力がパーティ全体の魔法力を引き上げる。

 

 

「先輩、お願いします!」

 

 

― トラウマファイアⅡ ―

 

 続いて放たれるのは幻の炎。幻覚と侮るなかれ、対象の精神に作用するこの魔法は炎属性への耐性を著しく下げる。

 それらの下準備から繋がるのは――召喚士協会、ハグレ王国屈指の火力を誇る炎使いによる最大火力。

 

 

「締めは私ね! ブチかますわよ!!」

 

 

― バルカンフレア ―

 

 

 六連炎球。爆炎と衝撃。

 お供のオシャベリフラワーも余波で消し飛んでいく。

 魔物は原型は留めているものの、最早虫の息。

 

 

「ヒューッ!」

「あっはっは。いいねえアオハルしてて」

 

 見てわかる手ごたえにガッツポーズ。

 そこにひらりと舞い降りて衆目を集めたのは白翼の賢者だった。

 

「アルカナさん!?」

「やあやあ君たち。手助けは……あんまりいらないみたいだね」

「いやあの、王族の護衛は!?」

「既に王宮区に避難済み、引継ぎも完了してる。だからあとはこっちを片付けるだけなんだけど……ごめん、ちょっと向こうの方で衝突があったみたいだからそっち見に行くわ」

 

 ちらりと彼方に目を向けるアルカナ。メニャーニャもその視線を追う。確かに大気中の魔力の流れが乱れた感覚がある。ここ以外にも誰かが魔法を行使しているのか。

 

「衝突……? 解放戦線がまだ何かを仕掛けているということですか」

「まあ、ちょっかいかけたのはあの子の方が先なんだけどさ。そういうのはどうでもよくて……」

 

 

 と、一呼吸おいて。

 

 

「――私の可愛い娘に手ぇ出そうとするクソ野郎に、お灸を据えに行くんだ」

 

 

 冷徹な殺意を宿した瞳が引き絞られた。

 

 

 

*1
本当に今更だが、αトランスとは「ダブルクロス3rd」に登場する、超能力の源であるウィルスを活性化させる薬物のこと。技の効果が上がると同時にキャラロストに近づく代物である。基本PLが使うものではない

*2
別に光ってはいない

*3
ほどよくこんがり




○ルーク
 所詮チンピラだと達観した風で斜に構えたところはありますが、その本質はビッグになりたい悪ガキです。じゃなきゃ冒険者になんてなりませんって。

○雪乃
 推しなんだけど思考のトレースが難しい……。
 原作よりも自分のスタンスが早く固まってきた、という風に書いている。

○ザナル
 敵役の炎魔術師として大真面目に考えたつもり。
 とはいえ、結構下駄を履いてこの程度なので、普通に炎のエキスパートが出てきたらまあお察しではある。

○アンノウンプラントくん
 Q.なんか滅茶苦茶強化されてませんか?
 A.実はジェスターが改造した特別製なのです。
  プラントヒュドラと混同していたのは内緒だ。

励ましの感想をくれると作者が喜びます。
伸びる評価を貰えると作者のやる気が出ます。
ざくざくアクターズをもっと好きになってもらえると作者冥利に尽きます。


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その72.帝都動乱・終戦記念式典(4)

最後!


『インディペンデント・ロストチャイルド』

 

 

 

「……少しばかり予想外だな、これは」

 

 

 ジェスター・サーディス・アルバトロスは広場に出現した巨大魔物を見て苦笑する。

 今回の作戦目標は式典を占拠し、ハグレ達の決起を促すこと。そして王族を拘束してアルカナ達の行動を大きく制限することだった。

 

 ただ帝都を襲撃して攻め落とすだけでは理想的な世界の構築は不可能。帝都の現状に不満を持つ者たちを先導して政治体制を崩壊させる。すなわち今を生きる人間にこの世界を否定させること。それが完全な新世界を築くことに必要な要素であり、アルカナに対する意趣返しとして最も効果的なものであるとジェスターは考えた。

 

 現状に不満を持つ人間というのは帝都民、ハグレ問わず掃いて捨てるほど存在する。

 召喚術に手を染めたことで十年以上も停滞を続けるこの国に見切りをつけ始めた者も多い。大陸に訪れ、世情を調べることでその事実を理解したジェスターはまず自分の手駒となる人物を求めた。

 

 まず最初にハグレ側の野心家であるアプリコに話を持ち掛けることでハグレを集め、魔術結社に白翼の技術を与えて味方につけることで解放戦線の下地を作った。

 

 次にその人員を持って各地に眠る古代文明の遺跡から使える異物を拝借し、召喚士協会を追放されたマクスウェルを引き込んでそれを復元させた。そして彼のコネクションを利用して貴族社会へのパイプを手にすることで活動資金や潜伏場所を確保した。

 

 最後に世論を政府転覆に持っていくことで王族の権威を失墜させ、各地の野心的な貴族たちを味方につける。そうすることで帝国を掌握した後の新たな秩序の構築をスムーズに行う算段だった。

 

 最も、その下準備による計画はたった今ハグレ王国によってご破算と相成ったが。

 水晶洞窟にて彼女らを排除できなかったことはあまり重要に思ってはいなかった。所詮はアルカナが自分の目的のために用意した布石の一つ程度の認識だった。まさかそれがここにきて一番計画を乱す要素になるとは、アルカナが注視するだけのことはある。

 

「仕方ない。では王の首だけ獲って帰るとしよう」

 

 しからば自分が直接打って出るまで。勿論王族には彼女が護衛にいる。戦闘の余波で帝都そのものが崩壊する可能性はあるが、それならそれで一から新しく築き上げればいい。

 

 まずはアルカナの不意を打って王族を暗殺するために影の転移を行おうとして――

 

 

「炎神よ、我が敵を滅ぼし給え。

 

 

 ――サモンアグニ

 

 

 あらゆるものを灰塵と帰す獄炎がジェスターを飲み込もうと殺到する。

 

「ン――」

「そこまでです。ジェスター」

 

 炎は隆起した影の壁に遮られ、その熱が届く前に防ぎきられるが、その圧倒的な威力でジェスターの足を止める役割は果たした。

 ボロボロと崩れ落ちていく影の向こうに、ジェスターは一人の少女を認める。確かあれは、マクスウェルが執着していたアルカナの一番弟子だったか。

 

「これはこれは。まさか私の下まで来るとは、どうやって突き止めた?」

「状況判断です。あなたが出張ってくるとは先生も予測していましたから。先生を倒すことに固執するあなたなら、先生が一番身動きの取れなくなるタイミングを狙ってくるとは思っていました」

 

 ですが、と言葉を区切る。

 

「何よりも嫌な予感がしたから、でしょうね」

「はは。なるほど。その実、私の居場所を勘で探り当てるとは実に才覚がある。だがあいにく君にはさほど興味はない。せいぜい奴への釣り餌として利用する程度か」

「そうですね、私もあなたに興味はありません。ただ先生の邪魔をさせないことが私の目的ですので――」

 

 

 

――最初から、全力で参ります。

 

 

 

「天を統べる神の雷霆よ。極寒の星、厳冬の女神よ」

「サモンゼウス」
 
「サモンセドナ」
         

 

 

 ――シノブは二つの魔法を同時に使用した!

 ――神々の力が天罰となって敵を襲う……!

 

 

「ごかっ!?」

 

 

 重なる二つの音。

 その言霊に込められた膨大なマナに身構えたジェスターへ無慈悲な天罰が下る。

 

 電光が半身を焼き焦がし、絶凍がもう片方を芯まで停止させた。

 並みならぬ神々の力を借り受ける召喚魔法の奥義。さらに異なる属性を同時発動する並列詠唱(マルチスペル)。ミクロコスモス論を用いて体内のマナを増幅、制御し、効率的に運用する天体航路理論をわずか一年で習得して見せたシノブだからこその神業である。

 

 文字通りの瞬殺。

 

 

「――ん、ンン。なるほどなるほど。流石はアルカナに見初められるだけのことはある。立場が違えば、是非エルセブンに招くほどの逸材よ」

 

 だが、この程度で白翼の十三家。その一角を落とせるなどとは片腹痛い。

 

 右半身が炭化していながら、ジェスターはその魔法の威力に感心する。

 左半身が凍死していながら、ジェスターは余裕の笑みを浮かべる。

 

「しかしあと一歩足りなかったな。私を滅ぼすには」

「……ッ、やはり死にませんか」

 

 湧き出た影がジェスターの遺体を呑み込み、瞬く間に無傷のジェスターが現れ出た。

 

「私を一度殺した褒美だ。我が虚数の一端を教授しよう」

 

 ジェスターの足元。蠢く影から這い出る黴あるいは霞。瞬く間にあふれ出したそれはシノブの足元に纏わりつく。

 ぞぶりと怖気のする感触から咄嗟に振り払おうとするシノブは、得体の知れない減衰感に襲われる。

 

「これは……!?」

「『影蟲』。魔力に反応し、マナを貪り増殖する。その身をもって学びたまえ」

 

 

 マナを食い荒らす魔物を生み出すそれは、魔法使いの天敵ともいえる術。

 いかに魔導の巨人といえども、片っ端から魔力を奪い取られれば矮小な少女に過ぎない。

 だがその侵食速度を上回るのがアルカナの用いる天体航路理論。シノブは体内のマナを急速に練り上げてこの影蟲を焼き払おうとする。

 

 

「サモン――」

崩れよ(Thwart)

 

 

 

 ――シノブはサモンアグニを唱えた!

 ――ジェスターはその魔法を打ち消した!

 

 

 

 指を一つ鳴らす。ただその仕草だけで練り上げたマナが霧散し、サモンアグニが不発に終わる。

 

 

「っ、打消呪文(カウンタースペル)……!」

「然り。素晴らしきマナの回転数だが、影とはあらゆるものに侵食する。高度な術式ほど、一つの乱れが致命的だ」

「《スター》!」

 

 吸い上げられていくマナを振り絞ってシノブは魔法を発動する。

 光が煌めき、ジェスターの身体に幾つもの穴が開く。

 

「――ッ、この魔法は……ッ!!」

 

 致命的な臓器を的確に破壊され、おびただしい血を吐き出すジェスター。彼の命がまた一つ消え、その手段をとった彼女の評価を見直す。

 

「白翼の血を引かぬ者が星魔法を操るとは……なるほどお前の才能は我々すらも凌駕しているか!」

 

 ジェスターの傷から靄めいた黒が溢れる、混沌が肉体の欠損を埋め合わせて魔術師は再び蘇る。

 そのまま影が蠢き、シノブの手足を絡め取った。

 

「ッ……!!」

「しかし解せぬな。それだけの才能があってなぜこのような弱国に留まっている? 私から見てもわかるぞ。お前は世界を変革できる器だ。だというのに、このような間違った文明の粛清も、新たなる秩序の構築も行わず。ただ現状維持に甘んじて大樹の芽を腐らせてるなど、愚かとしかいいようがないな」

「……そう、でしょうね。皆が私を天才と褒めたたえる。先生も私は世界を変える存在だと言った」

「その通りだ。君はここで命を落としてよい存在ではなく、この偽りの平和の中で無為に時間を過ごす存在でもない」

 

 ジェスターは勿体づけるようにかぶりを振る。煽動者として彼に染み付いた仕草は、これから語らせる言葉を容易に想像させた。

 

「よかろう、気が変わった。どうかなシノブくん、君は我が理想たる完全秩序を築き上げるための同志として実にふさわしい。確執のあったマクスウェルがいなくなった今、我々と意を違える理由もあるまい? どうだ、せっかくなら私と共に世界を変えてみないか? 善悪の測りなどに縛られず考えてみるといい、視野を遠く、より大きくするのだ。さすれば――」

「お断りします」

 

 大仰な仕草。的を射た言葉。声色の緩急。()()()()()()()()()()()()()()

 なるほど。これは魔的だ。

 人の罪悪感、劣等感につけ込むのがうまい。敵対しているというのに安心感を錯覚させる。絶妙なうさん臭さが、却って疑念を伸長させる。

 ただ赦しを願っていたかつての自分なら、この誘いに乗ったのだろう。

 ……でも。

 

「私にはその資格はない。先生は私に教えてくれた。この世界の広さ。人の醜さと弱さ。……そして、そんな世界でも輝こうとする、人の強さを。私はこの世界のことを何も知らなかった。そんな未熟者が結論を出していいほど、この世界は弱くない――!」

 

 犯した罪。失ったもの。

 そのすべてを抱えると決められたわけではないけれど。

 それでも、彼女は選んだかもしれない未来と改めて決別する。

 それは愛を知り、出会いを経て少女が抱いた、断固たる決意だった。

 

「何を言うかと思えば、結局はアルカナの受け売りとは! よほど寝首を掻かれるのが恐ろしかったようだなあの女は!! その愚かさこそが世界そのものへの侮辱。己の使命に胡坐をかいたツケを見せつけてやるとしよう」 

 

 問答は終わる。

 影から伸びた牙が鎌首をもたげる。

 シャドウバイト。影の牙で相手を捕食する技だ。

 

「才能は惜しいが、憂いは早々に刈り取っておかねばな。我が混沌の中で糧となるがいい」

 

 先ほどの一撃で余剰魔力は尽きた。影蟲が魔力を回復した傍から捕食していくこの状況ではこれ以上魔法を行使できない。

 影に拘束されたシノブに最早為すすべはなく……。

 

 

「私の可愛いシノブに何しようとしてんだ。残骸」

 

 

― スター・アサルト ―

 

 

 

 ――アルカナはスターアサルトを唱えた!

 ――無数の流星が敵陣に降り注ぐ!

 

 

 

 幾つもの流星が降り注ぎ、ジェスターを影蟲ごと焼き払う。

 解放されたシノブの身体を優しく抱き留めたのは、星の輝きを身に纏って現れたアルカナだ。

 

 

「先生……」

「よく頑張ったねシノブ。ここからは私の出番だね」

 

 

 微笑み、撫でてからシノブを降ろし、アルカナは黒い沼から這い出したジェスターを見下ろす。

 

 

「やはり現れたかアルカナ。しかし大事な皇帝の御守はよいのか?」

「そんなもの、もうじき片付く。あとうちの子のほうが大事だし。というわけでもっかい死ね」

 

 そう言ってアルカナが無造作に構えた手の指には、銀色の液体が滴っていた。

 

「"小さく速く。其は星の海を流れるもの。固まらず、溶けず、消えず。この手に在るは戦を拓く刃なり"」

 

 

― 水星の剣(ソード・マキュリア) ―

 

 

 

 ――アルカナは水星の剣を唱えた!

 ――目にもとまらぬ刃が敵を両断する!

 

 

「がぱっ」

 

 

 人差し指と中指を揃えて横に振る。

 それだけで再生中のジェスターの身体が上下に両断された。

 

 反応を許さない速度での遠慮のない一撃。

 その正体は速度と流体を司る惑星(水星)の力を模した斬撃であり、そこから語源を経た水銀をも引用した文字通り流れるように繰り出される攻撃だ。

 抵抗も許されない無様を晒した革命家は、遥か届かぬ領域にいる女を見上げて笑う。

 

 

「ハハハハ。今回も私の負けか」

「ああそうだ。サハギンも魔導鎧もハグレ達も、お前の用意した軍団はこれで全部おしまいだ」

 

 見ろ、とアルカナは今まさにアンノウンプラントが滅んでいく姿を後ろ手に親指で示す。

 

「何を言っている……我が手勢は未だ健在。帝国を掌握できぬというのなら、手段を新たに講じるまでよ」

「何度やっても同じだよ。()()()()()と解放戦線。どっちが()()()()()()()()()()()かなんてのは既に決着がついた。何度やっても同じ結果になるのは流石にわかるだろ? お前はとっととエルセブンに帰って頭の固い連中の御機嫌取りでもやっていろ」

「――――なんだと?」

 

 一笑に伏そうとして、思わず聞き返す。

 

 今、この女は我が解放戦線を何と比較した?

 帝国を存続させることが、彼女の抱いた命題ではなかったのか?

 

 未だ道化の身にすぎない男は、そこで己の失点に気が付いた。

 

「なるほど。つまるところ私は仮想の敵すら見誤っていたか。やはり、貴様を倒すにはまず同じ土台に立たなくてはならないな――」

「なんだと?」

 

 

 聞き捨てならなかったが、既にジェスターの姿は影に覆われている。

 

 

「私は諦めぬぞアルカナ。貴様を打倒し、この腐敗した世界に完全なる秩序を築いてみせよう――」

 

 

 その言葉を最後にして、影は消えた。

 

 

「……コッテコテの捨てセリフ吐きやがって、芸がないんだっつーの」

 

 

 

 

 

 

『獣人の誇り』

 

 

 

 

 ――石畳の一部がガコンと動き、下から持ち上げられる。

 

 

 そこから顔を出したアプリコは、ぐるりと周囲を確認する。

 

 地下水道の中に設けた隠し通路。そこから進んだ先にあるのがここ、帝都工業区の外壁部。すぐ側に森が隣接し、さらに西に向かえば山間部がある。ひとまずはそこに潜伏し、待機させていた部隊との合流を図るつもりだ。

 

 正門の待機組の多くはケモフサ村で引き込んだ勢力だ。彼らもあの演説、すなわちハグレ王国の言葉は聞いていたはずだ。各地でハグレ差別の被害を受けてきた彼らにはハグレ王国よりも先にこちら側へ味方するよう誘導したが、不和を防ぐためにハグレ王国が悪だとは吹き込んではいなかった。彼らの中にも元の世界への帰還を望むものもいるだろう。果たしてどれだけの数がこちら側に残るのか。例え一人残らずハグレ王国に向かったとしても徹底抗戦を掲げるつもりではあるが。

 

 思案と共に周辺の確認を終える。どうやら出た瞬間に包囲されている、などというこの手のお決まりは避けられたようだ。

 

 

「こっちだ」 

 

 

 そして穴から這い出て、部下たちを促したその時。

 アプリコは急速に近づいてくる気配を察知してナイフを構えた。

 

「どこへ行く、アプリコ」

 

 現れたのは青毛の獣人。普段なら決して身に着けないだろう、お世辞にも似合っているとは言い難い仕立て服を着こんだその男――マーロウの姿にアプリコは驚愕を顔には出さず、ただ一言問うた。

 

「なぜここがわかった?」

「十年前、私は帝都に奇襲を仕掛ける計画をお前と共に組んだ。段階を分けて行う内部破壊工作作戦……結局は立案後すぐにアルカナの襲撃によって降伏したから実行に移されることは無かったがな。その時お前が考案していた退路を思い出しただけだ」

「……盲点だったな。結局私は、最初から敗北の屈辱を挽回することに固執していたようだ」

 

 懐古するように自嘲の言葉を口にしてから、アプリコは部下たちを地上に出す。彼らは自分たちの前に誰かが立ちはだかっていることに気が付いて身構え、それがマーロウであることを認めて驚愕する。

 

「あ、マーロウさん……」

「久しぶりだな。皆、元気そうでなによりだ」

 

 元村民を案じながらも、彼から発せられる気迫は衰えない。その巨躯の立ち姿のみで、彼らの逃走を阻む意思は十全に伝わってきた。

 

「じき追手が来るだろう。降伏しろ、アプリコ」

「悲しいな。まさか君が心根まで帝都に下ってしまうとは。どれだけ劣勢されても屈することのない意志はとても頼もしかったのだがね」

「帝都の狗になったつもりはない。だが、お前たちの狼藉を見逃すつもりも無い」

 

 決断的に一歩を踏み出せば、その青い体毛が雷を帯びて光る。その瞳は獲物を狙う狼、食物連鎖の頂点に立つ圧倒的捕食者のもの。獣人たちの本能が彼に恐れを為してその場に釘付けにする。

 

「恨みに引きずられて戦ったところで、誰一人としてお前たちを顧みる者はいない! それではプラムも浮かばれない! お前があれだけ拘っていた息子の名誉すら穢してることがわからないのか!」

「構わないよ」

「――なに?」

 

 吹っ切れたようにアプリコは自らの思いを口にする。

 つまらない理由で飾り立てる必要のない、ありのままの欲望を。

 

「気づいたのだよ。いや、最初からわかっていたのだな。我ら獣人。生まれた世界は違えど、その本能は同じ。名誉だ勲章だと理屈をつけずとも、戦い続けることこそが宿命。ならば息子にするべき弔いもまた、我らの手で敵兵の血を大地に満たし、天に捧げることだ」

「ただ力に溺れるだけのどこが宿命だ! 血に酔い、肉を貪る。それでは知性を得られなかった畜生となんの変わりもない!!」

 

 獣人とは獣としての力と人としての知性を両立する存在。だからこそ、その力を振るう先は大義のため、弱者を喰らうのではなく強者を挫くために振るうのが獣人の誇りなのだとマーロウは説く。

 

「敵を滅ぼすために知恵を捻り、理性によって統率された軍隊を率いる。戦争とは知性ある人間にしか行えないものだ。ただいたずらに暴れる獣の殺し合いとは、天と地の差がある。そして戦争で決まるのは個人ではなく帰属する集団の優劣。我々ハグレが帝都の者たちよりも優れていることを証明し、生存圏を勝ち取るためには戦争を続ける以外にないのだよ」

 

 話は平行線を動かない。

 アプリコは柔軟な思考の持ち主だが、その芯は極めて頑固。

 マーロウは説得を打ち切り、話題を個人的な疑問へと切り替えた。

 

 

「――だったら、なぜ今回はこんな回りくどい真似をした? クックルを手中に収めていたならば、魔導兵と共に帝都を正面から制圧にかかればよかった。お前の策謀ならいくらアルカナが相手だろうとかく乱できたはずだ」

「確かに、アルカナの力を制限するのは我々が帝都への潜伏を選択した理由の一つだ。だがそれ以上に、私の策略を阻むものがハグレ王国にはあった」

「なんだと?」

「小さき王の持つ鍵だよ。キーオブパンドラ。空間と空間を自在に繋げるあの鍵がある限り、どのような戦術戦略を組んだところで後の先を取られるだけだ。仮に部隊を分散させたところで、各個撃破されるのは目に見えている。もし君がハグレ王国と敵対したとしても、真っ先にあの鍵杖を奪うことが最優先目標となるはずだ」

「……ッ!」

 

 業腹だが、その通りだ。

 マーロウも戦士の経験からあの鍵がどれだけ規格外なのかは理解している。仮にアルカナが存在せず、自分たちが帝都への憎悪を募らせて反旗を翻したとして、真っ先に障害となるのはハグレ王国だ。デーリッチの持つキーオブパンドラを押さえるか、転移そのものへの対策がなければ選りすぐりのハグレが揃ったあの王国にはほとんどの国が苦戦を強いられるだろう。

 そして一度確保に失敗した以上、下手に戦略を練るのは時間の無駄であり、むしろどういう方法で転移を使わせられない状況下に持っていくかが肝心となる。

 その点で見れば、転移とハグレ達の行動範囲を制限させられた帝都潜伏は妙手だったと言える。

 

「……なるほど。彼女たちの事をよく理解しているな」

「私からすれば、帝都なんかよりもよっぽど恐ろしい存在だよ。同志ジェスターはハグレも現地人も平等に扱うが、私に言わせればあれは悪平等だ。アルカナに執心するあまり物事の基準すら彼女になっている。こればかりは私も彼の事は笑えないか」

「笑い話とは、随分と呑気なことをするな」

「勿論、君が始めた話だからな。時間稼ぎとして門から来る衛兵たちを待っているのだろう? 正門に集中させているとはいえ、西門にも何人か配備されていたからね」

 

 ガチャリガチャリと金属を鳴らす音が重なって聞こえる。

 しかしそれはマーロウが背にする南の方角ではなく、ちょうどアプリコ達が逃げ込もうとしていた森の方向から。

 

「どうやら援軍が来たようだ――我々の援軍がね」

 

 色素の失せた髪と赤い瞳。

 酷似した顔立ちをした不気味な集団は、明らかに帝都の兵ではない。

 最早見慣れたそれはホムンクルス兵――ジェスターが錬金術で製造する禁忌の人造人間だ。

 

「お迎えに上がりました。アプリコ様」

「ありがとう。君たちには続いて殿を命じる」

「かしこまりました」

「行かせると思うな……!」

「この人数を相手にか? ホムンクルスは短命な分、能力はハグレに劣らない。加えて君は今、武器を持っていない。戦力差を見てわからぬほど、君が老いたとは流石に思いたくない」

「――耄碌したのはお前のほうだ。アプリコ」

 

 雷光が兵士たちの間を駆ける。斧を叩き落し、槍をへし折る。剣を奪って攻撃をいなし、脇腹に突き立てられた刃はそのまま強靭な皮膚と筋肉で防ぐ。

 文字通りの雷狼となったマーロウは、一騎当千の戦士としての猛威を存分に振るう。

 

「生まれた世界が異なれど、我ら獣人は生まれた時から武器を持っている。牙と爪、この二つがある限り、獣人族の誇りが失われることはない。

 ――だからこそ、戦うための理由を見失っては我らは卑しい獣に堕ちるのが、なぜわからない」

 

 そうしてすべての兵士が倒れた後。

 アルカナが用立ててくれた服を自らの血で濡らしながらも五体満足で立っていたマーロウに、アプリコは感嘆の息を漏らした。

 

「見事だな。十年前と変わらないどころかより洗練されている。だが、おかげで私も時間稼ぎができた」

「なっ――!?」

 

 アプリコの姿が靄にかかる様に薄れていく。

 彼が行使したのは水晶洞窟でも見せた撤退用の魔術。しかし地形操作の魔術は自然界のマナに働きかけるもの。人工物の中では使用できないはずだ。

 

「帝都の内側なら使えないが、ここなら半分は自然だ。多少時間はかかるが使えないというほどではない」

「待て、……ッッ!!」

「我々はしばし力を蓄えよう。次に遭う時はお互いの戦場になるだろう」

 

 薄れていく気配は止められない。

 せめてマーロウは吠えるも、忘れていた痛みが顔を歪める。

 

「さらばだ戦友(とも)よ。欲を言えば、君とは同じ陣営で戦い続けたかったよ」

 

 

 

 

 

「マーロウさん!」

 

 

 西門から報せを受け、急いで駆け付けてきた召喚士たちが見たものは。

 

 

 倒れ伏す兵士たちと、外壁にもたれかかる血塗れのマーロウの姿だった。




○シノブ
 実は原作よりも強い。
 毎ターンMPとTPが回復しているし、二回行動もたまにする。

○アルカナ
 通常だと六属性魔法は一つずつしか使えない(MP効率が悪い)が、星の逸話を用いた各種属性魔法を使うこともできる。
 水星の剣は近接物理。速度補正+1000。
「でもぶっちゃけこれ使うよりも先手取ってステラすればいいし……」

○ジェスター
 最初のコンセプト:カンスペ積みまくって魔法を打ち消しまくる。
 ある意味でざくアクそのものにメタ張ったような敵。
 まだまだ暗躍する気満々で撤退。
 【影蟲】:毎ターンMPを20%削る&MP回復率減少。MPが無くなると解除。

次回は後日談。


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その73.帝都動乱・後日談

『後日談』

 

 

 

 召喚人解放戦線による帝都占拠を狙ったテロは収束を迎えた。

 

 兵士たちにはある程度の死傷者が出つつも、王族にも市民にも被害は出ておらず、破壊された広場を片付けた後に式典は再開。その後は妨害もなく、しめやかに閉幕した。

 

「いやー、色々あったけどお疲れ様。これでしばらくは安泰ってところかなあ」

 

 ハグレ王国の談話室。

 事後処理のためにやってきたアルカナの言葉にローズマリーは頷いた。

 

「そうですね……。ジェスター、アプリコ、ザナルといった中核メンバーは取り逃がしましたが、解放戦線も大きく戦力が削れたはずです。これでしばらくは大人しくしてくれるでしょう」

「演説の甲斐あってか、解放戦線に参加してたハグレ達も結構な数が降伏してきましたね。中にはハグレ王国への移住を申請している人も多いんでしょう?」

「帝都としては、彼らのハグレ王国への移住は認めるつもりらしいよ。おかげで役所は書類仕事が盛りだくさんだってさ。ま、私たちも人を笑っていられる立場じゃないんだけど」

「東の世界樹でしたっけ? マクスウェルから聞き出した話だと、魔導鎧の雛型を発掘した遺跡があるということですが……」

 

 マクスウェルは既に投獄された。解放戦線からは尻尾切りめいて見捨てられたとはいえ、魔導鎧を帝都に持ち込んだ挙句、ハグレを脱獄させて暴走させたテロの実行犯であることに変わりはない。今度こそ資産を凍結され、進退窮まったマクスウェルは司法取引として解放戦線の情報を知る限りのすべてを暴露(ゲロ)った。解放戦線に手を貸していた貴族や商人の情報から、魔導鎧を含んだ古代兵器の出どころまで。式典前に簡略的に行った尋問から情報はさほど増えていないが、これで数年程度は釈放が早まっただろう。数十年という膨大な年月のうちのいくつか、ではあるが。

 

「奴が知っていた以上アジトの線は薄いだろうが、手掛かりが得られる可能性はゼロじゃない。人手が飽き次第、調査隊を組ませるつもりだよ」

「世界樹は厳密には帝都ではなく管理者の神の管轄となってますけど、集団で押し寄せて地下の遺跡を調査すると言って許可は降りるんでしょうか?」

「あそこの神様は子供だけど、話が通じないわけじゃない。流石にテロリストが潜伏している危険性を訴えれば許可は通るはずだ」

「しかし世界樹の地下に遺跡ですか……南の世界樹はそんな風には見えなかったし、ティーティー様からもそんな話を聞いたことはなかったな」

「んー、そう? そっちにもゼロキャンペーンの対象になるぐらい大きなマナの噴出孔があったし、おかしな話じゃないと思うけど」

 

 試すようなアルカナの言葉にローズマリーは訝しむが、すぐにその答えに思い至る。

 

「……あっ、もしかしてここの地下遺跡!?」

「そゆこと。古代人が作った遺跡にはマナの噴出孔、いや取り入れ口が存在する。んで、世界樹は地下と異世界から取り込んだ膨大なマナを地上に放出している。そのおかげで世界樹の周辺では生命が溢れ、人も元気になるご利益が存在する……どうかな? そうおかしな話じゃないと思うけど」

 

 その場にいた全員がぽかんと口を開ける。

 アルカナの言葉は荒唐無稽ではある。だがハグレ王国が辿ってきた道のりがそれを裏付け、何よりその古代からの生き証人から遺跡の機能について説明を受けている。

 

「……すごいな。それだとこれまでの一件すべてに辻褄が合ってしまいますよ。この仮説、あなた一人で全部推察したんですか?」

「いや? 知り合いに古代文明に詳しい魔法使いがいるんだよ。彼と話し合った時に得られた情報と、シノブが組み立てたマナ理論を合わせて、そういうものなんじゃないかっていう仮説を組み立てただけよ」

「先生。私たち、そんな人がいること一切聞いた覚えがないんですが?」

「その辺の話は順繰りに出そうと思ってたら、シノブが一足飛びにたどり着いちゃったからねえ」

 

 メニャーニャの抗議するような目線にアルカナは苦笑いで返すだけ。

 世界の構造とか召喚術と古代人の密接な関係など、アルカナが抱えている情報は普通の召喚士には劇薬も良いところ。故にこそ情報の開示はエステル達に対しても慎重な姿勢を保っており、ゼロキャンペーンはそのアプローチとしては実に有用だと思っており、期待通りにシノブは召喚の仕組みをほぼ独力で解明した。

 

「しかし、それほどの知識人なら何らかの権威であってもおかしくはないはず。先生がだんまり決めていたのはいつもの事だからいいとして、「ちょっと?」研究の過程で影も形もないというのもおかしな話ですよ」

「名誉とか権威に興味なくて、ただ知識欲だけを求めてたとかじゃない?」

「先生は何か聞いていないんですか?」

「あの爺さん、自分の家から一切外に出ないんだよ。普通なら会うのにも一苦労で、外界からその情報を入手するっていうのは偶然通りがかりでもしない限り難しいな」

「隠棲した偏屈爺さんってわけか……そりゃあシノブやメニャーニャじゃだめだな。間違いなく喧嘩になる」

「いや、他人事みたいにいうがエステルお前もだからね?」

「ほんとナチュラル無礼だなこの人……」

 

 距離を詰めるのが誰よりも上手であると同時に、誰よりも人の地雷を踏み抜くのが得意な爆炎ピンク。それがエステルだった。

 

「まあ、既に上層部のほうで話が進んでいるからこの話は置いておこう。問題はやっぱりハグレ達の処遇でさ。歓迎するっていうなら今のうちに受け入れ態勢を整えておきなさい。聞けばこの国、政務はほぼマリーちゃんが一人で引き受けているような状態らしいじゃないか。過労死する前に、きちんと役割分担はしておきなさいよ」

「ご忠告痛み入ります。とはいえ、やろうやろうと思ってもいざとなると適任が見つけられないんですよね。店舗のほうはみんなの報告をベルくんやミアさんが纏めてくれているんですが、それ以外の手続きとなると勝手が違いますし……」

「それでしたら私が手伝いますよ」

「いいのかい?」

「ええ。これからお世話になる以上、できる仕事は引き受けませんとね」

「助かるよ」

 

 プリシラはハグレ王国に帰属する。それは妖精戦争の時から決まっていたことだったのだが、この度プリシラ商会の帝都進出計画もひと段落ついたところで、ひとまず妖精王国側の運用はリッピー達に任せて、自分はハグレ王国の常駐戦力として滞在することにしたらしい。

 

「しかし正門にあんだけハグレが居座っていたとは、マジで攻め込んでこなくて助かったわー」

「帝都を攻め落とすには非合理的すぎましたけどね。マーロウさん曰く、正面から攻め込んだらアルカナさんが問答無用でブチかますから攻撃は王族の拘束ができるまでやらなかったとアプリコが言ったらしいですけど。実際はどうなんですか?」

「んなことしたら帝都や市民に被害が出ちゃうでしょ。復興とかその後の信用問題とか国民感情とか、デメリットが多すぎて割に合わないわ。それにきっと君たちに嫌われちゃうのが一番堪えるかな」

 

 やらない、とは言わないあたりが恐ろしい。もしハグレ王国が対処できなかった場合、おそらくこの女は最終手段として解放戦線のハグレ達を殲滅しただろう。帝都が占拠されて周辺諸国との内乱勃発よりはマシだと判断するはずだ。

 

「それならそれで、帝都は反乱分子を自爆覚悟で殲滅する国家だった。って恐れられるかもしれませんけどね」

「恐怖政治なんて流行らないわよ。プリシラちゃんも気をつけなさいね」

「わかってますよ」

 

 そういって笑い話にする二人の姿にローズマリーは苦笑する。

 このままだと政治的ブラックジョークの応酬になりかねないので、ローズマリーは急いで話題を軌道修正する。

 

「とにかく、ちゃんと帝都が私たちの活動を認めてくれるそうで安心する限りですよ」

「そりゃあね。あれだけ大見得切って大立ち回りした英雄を無下に扱うほうが沽券に関わるとも。帝都市民からのハグレ王国人気はうなぎのぼりだ。上層部の中には依然快く思わない者もいるだろうけど、皇帝直々のお墨付きとなれば黙認するしかない」

 

 ハグレ王国が今回の冒険で得られたものはとても大きい。

 なんといっても、皇帝が直々にハグレ王国の存在を認めたのだ。

 帝国を代表して今回の脅威を退けたことへの感謝と、これまでのハグレに対する狼藉への謝罪。帝都市民や家臣たちが見守る中、皇帝はデーリッチと握手を交わし、対等な存在として同盟を結ぶことを宣言したのだ。これまでもアルカナの進言でハグレの扱いを慎重に行ってはいたが、本人の意思でハグレとの歩み寄りの姿勢を見せたのは初めてであった。

 そして帝都中央政府は帰還計画を行うことを容認し、改めてハグレ王国、妖精王国、エルフ王国との健全な国交を樹立した。そしてハグレ王国には友好的な関係を維持するための大使が送られることとなったのだ。

 

 それが一体誰なのかというと……、

 

 

「あー、はい。私です」

 

 メニャーニャであった。

 彼女は元々ハグレ王国とは行動を共にすることが多く、召喚士協会の有望株であることから友好関係を築くのに適任だとして任命された。

 勿論ハグレ王国の皆は大歓迎。特にエステルは後輩と共に過ごせるということで、ご機嫌有頂天絶好調であった。

 

「これでアンタと毎日一緒に過ごせるのね~♪ でも本当にいいの?」

「別に研究ならこっちでもできますからね。というか、協会にいた時もそこまで一緒にいたわけじゃないでしょうに。やけにベタベタしてきますね」

「一度離れた分、寂しさ恋しさも人一倍ってわけですよ。でもメニャーニャだけだと物足りないなー。ねぇねぇ先生、シノブと二人でこっちに来てくださいよー」

「それはまだ無理だねぇ。シノブは私が囲っておかないと不安だし、私は私で協会でやっておくことが色々あるし……できるとしたら、面倒ごとが全部片付いたらかな」

「ってことは、いつかは来てくれるんですね!?」

「楽しみに待ってるこった」

 

 帝都との連絡事項もほぼ終わり、最後にある意味一番肝心な部分についての話となる。

 

「それではお待ちかね、こちら協会からの報酬でございます。金額はどーんと1000000Gだ!!」

 

 

 どすん、とどっさりゴールドが詰まった宝箱が机の上に置かれる。

 その見た目と金額の豪快さに歓声が巻き起こる。

 

 

「ひゃ……っ!? いいんですかこんなに!?」

「君たちは今や大陸中のスターだ。これぐらいでも足りないぐらいだよ。あ、それとヘル君達が狩った賞金首の分は冒険者ギルドからの報酬なので別口で支払わせてもらいます」

「だから俺たちも呼ばれてたんですね」

 

 ルークは何故自分たち秘密結社がここにいるのかと思っていたが、その疑問が氷解した。

 

「私たちの分ってどれくらいになるんでしたっけ?」

「グエンは薙彦が殺って、アドベラは俺たちが倒した。ノックはいつの間にかラプスがぶちのめしてたらしいし、結局俺たちの分ってアドベラに掛けられてた100000Gしか無いな」

「……この流れだと、いくらでもはした金に聞こえちゃいそうで困るわ。それで、どうするの?」

「半分はへそくりに回しますよ。何かあった時の蓄えは合った方がいい。薙彦みたいな借金地獄はまっぴらごめんですからね」

 

 

 フラグであった。

 

 

「で、こちらは私からの献上品です。どうぞ御納めください」

 

 アルカナは恭しく豪華な装飾の箱をデーリッチに手渡した。

 

「おぉ……何やら凄い箱。一体何が入っているんでち?」

「むふふ。開けてからのお楽しみ」

 

 期待するようなその口ぶりに、デーリッチはわくわくと開封する。

 入っていたのは、水晶で作られた鳥を模したペンダントだ。

 

「アクセサリー?」

「これ先生がいつも身に着けてるやつよね?」

「その通り。うちの領地の近くの水晶洞窟。あそこで取れた水晶の中でも最高純度のもので作った白翼のペンダントさ。この世界に一個しかない貴重品だぞ」

「おお~っ!」

「それだけじゃない。そいつには時空アンカーとして機能する魔法が付与されている。例え国王殿がまた異世界に飛んだとしても、それが常に君の居場所を示してくれるし、君がハグレ王国の場所を見失うこともまたない。あの時の謝罪も兼ねた品だ、どうか受け取ってもらいたい」

「か、感情が重い……!」

 

 めちゃくちゃあの時の事を引きずっていることが発覚し、しかもかなり高度な魔法までかける執念っぷりに若干引く一同であった。

 

「今ここでつけてもいいでちか?」

「勿論」

 

 胸元のペンダントはきらりと神秘的に輝いていながら、デーリッチ本人の雰囲気を押しのけるような真似はしておらず、彼女が放つカリスマを引き立てることに成功している。

 

「どうどう? 似合っているでちか?」

「いいじゃん、ベリベリキュート! 立派な装飾つけてると、ちょっとは王様らしい威厳も出た気がするわね」

 

 気がするだけである。

 

「でしょでしょ? どや! 羨ましいか!!」

「いいなー! 私も先生から贈り物ほしー!」

「暴れるなって。ちゃんとお前にも用意してあるよ」

 

 ほい、エステル。とアルカナは懐から書筒と小箱を取り出して、エステルに手渡す。

 

「おおっ! ……って、なにこの筒? どっかで見たような気がするけど」

「おいおい、協会(うち)で使う書筒忘れてんじゃないよ」

「てことはこれ協会からの公式文書? 私何かやらかした?」

「やらかしたっていうか、成し遂げたっていうか。いいから見なさい」

 

 エステルはドキドキしながら書筒の中身を取り出して広げる。

 格式ばった文が書かれているが、要約すると以下の通りだ。 

 

「『その技術及び功績を評価し、エステルを一級召喚士に認定する』……って、マジか!?」

「いつまでも二級のままじゃ恰好つかないでしょ? これまでの活動で功績なら十分にある。問題だった研究成果についても、その炎魔術の腕前を見れば文句なし。加えて敵の魔術の原理を分析して報告したことも評価の後押しになった。おめでとうエステル。その箱の中身は私からのご褒美だ」

 

 最早期待しかなく小箱を開ければ、赤い宝石をはめ込んだ指輪が納まっていた。

 

「《ブレイズンリング》。君の最も得意な火属性魔法を強化する魔道具だよ。勿論、私が選りすぐった素材で作った特注品だ」

「おおー! いいじゃん!! 私の欲しいものわかってるー!」

 

 お洒落で実用性もあるアクセサリーに大はしゃぎのエステル。そのまま自分の右中指に通せば、燃えるような赤色のガーネットが照明の光を反射して輝く。

 

「へっへーん! どうだメニャーニャ、先生が私に送ってくれたプレゼントだぞ」

「そうですか。それはよかったですね」

 

 そのままメニャーニャに見せつけるが、予想に反して反応は薄い。

 

「なんだよ、反応薄いな。先生から魔道具とか滅多に貰えないんだぞ?」

「そうですね。ところで先輩、これが何かわかりますか?」

 

 ほら、とメニャーニャは自分の髪を指差した。

 今の今まで気が付かなかったが、右側の髪飾りはそれまでの赤いガラス玉とは違い、内側に雷電の光を宿した黄色の宝石が輝いていた。

 名を《トワイライトアンバー》。雷に撃たれた琥珀を用いて作られた、雷属性をブーストする霊装である。

 

「え、それってまさか……!?」

「お察しの通り。私もこの前昇進祝いに貰っていまして。要はエステル先輩が一番最後ってわけですね」

「ちくしょう、自慢できると思ったのにー!」

 

 したり顔の後輩に悔しがるエステル。

 そんな彼女たちの様子を見ていたルークは、誰に聞かせるでもなくぽつりと呟いた。

 

 

「……贈り物、か」

 

 

 

 ◇

 

 

 

『アフタープレイ』

 

 

 

 帝都商業区。

 酒場『サモンバッカス』はあらゆる種族、職業を差別せずに受け入れる。

 

 例えば、よく似た顔の双子が変わらない日々が戻ってきたことを喜んだり。

 例えば、筋骨隆々の武道家が赤ら顔でいかに女性の胸部が素晴らしいかを力説したり。

 例えば、傭兵たちが散っていった同僚のために酒を付き上げたり。

 例えば、太った戦士と猫人の剣士が互いの生存を祝ってグラスを突き合わせたり。

 

 市民。冒険者。傭兵。ハグレ。

 

 死線となった式典を生き抜いた者たちは互いの健闘を称え、汗を流すように酒を飲み交わし、騒いでいる。

 

 

 

「よう、もう始めちまったか?」

 

 そんな酒場のテーブルの一つに、ヘルとミアを連れたルークは近づいた。

 

「いやいや、まだだよ」

「むしろ僕たちが先に来ちゃったぐらいだよね。それぞれ用事も早く終わったし」

「ったく、独立したのにギルドもつまんないことで呼び出すんじゃないよ……」

 

 そこに座っているのはジュリア、ジーナ、アルフレッドの三人。

 秘密結社の三人を合わせて、帝都捜索班のメンバーがこの席に集っていた。

 

 これから行うのはハグレ王国の祝賀会とは別の、彼らだけの打ち上げ。

 帝都を駆けずり回って汗と血を流した者たちの、ささやかな祝勝会である。

 

「エステルはまだなの?」

「もうすぐ彼女たちも来る頃だとは思うよ」

「おっまたせー! エステル組とうちゃーく!」

 

 ガランガラン、と大きくベルを鳴らし、それをかき消すように大きな声と共に扉が開かれた。

 

 

「ほら来た」

「うるさいピンクだなあ。あれでシティガール名乗るのは無理あるだろ」

 

 こちらに向かって歩いてくるエステルに無理やり肩を回されて引きずられるメニャーニャ。その後ろからシノブが付いてくる。

 

「やー、まさか帝都に来たら協会の仕事やらされるとは。一級召喚士ってのも楽じゃないわー」

「当たり前でしょう。あれでも不在期間を考えればかなり少ない方ですからね?」

「ま、仕事のことは呑んでパーッと忘れましょ!」

「まったくこの人は……シノブさん、ここにどうぞ」

 

 ドカッと景気よくルーク達の隣のテーブルに座るエステル。

 メニャーニャは間を一個開けて座り、しり込みするシノブを促した。

 

「ええと、いいのかしら私まで……」

「何言ってんの。シノブはメニャーニャの補佐してくれてたでしょ? アンタも十分今回のチームメンバーだって」

「そうだな。遠慮せずに参加してくれ。にぎやかになるのはいいことだ」

「そ、それなら……」

 

 おずおず、とちょっと縮こまりながらシノブも着席する。

 

「シノブ先輩にはあまり酒を飲ませないでくださいね? 酔い潰れたら先生がうるさいので」

「まじ過保護だなあの人……」

「自分は飲んだくれのくせにねー」

 

 そうして料理と酒が来るまで駄弁っていると、又してもガランガランという音が鳴る。

 

「ややや。出遅れましたかね?」

「よう手前ら! 呑みに来てやったぞ!!」

 

 右手を三角巾で吊った薙彦と胴着姿のラプスもやってきた。これで今回の参加メンバーは全員集合した。

 頃合いを見計らったように、人数分のエールグラスと料理が運ばれてくる。全員がグラスを持ったところで、エステルがテーブルを見渡した。

 

「それじゃ、一番働いてたルーク。音頭よろしく!」

「へいよ。……それじゃ、今回の作戦の成功を祝って、乾杯!」

 

 

『乾杯!!』

 

 

 グラスのぶつかり合い、小気味よい音を奏でた。それだけでもこれまでの苦労が報われたような気がする。

 酒と料理をかっ食らい、それぞれ思い思いのままに今回の感想(愚痴)を吐き出していく。

 

 

「あー、酒がうめえ!!」

「わかるよルーク。私たちはこの一杯のために生きてるんだ」

「また始まったよ」

「そういうジーナも飲み干しているじゃないか」

「まあね。ほら、お代わりじゃんじゃん用意しなさい」

「姉さん、あまり飲みすぎると体に良くないってば……」

「なんだアルフレッド、私たちと一緒の酒は飲めないってのか?」

「絡むにしても雑じゃない!?」

 

「あら、美味しいわねこのお酒」

「スクリュードライバーはほぼオレンジジュースですからね。度数は高いから飲みすぎるとあっという間に酔いつぶれますよ」

「あらそうなの。ところでメニャーニャが飲んでるのは何かしら?」

「これはファジー・ネーブルですね。桃とオレンジのカクテルですよ」

「へえ……次はそっちを飲もうかしら」

 

「えへへ~ルークく~ん」

「酔い潰れるの早すぎません?」

「ヘルちんは酒弱いからなあ」

「しょうがないわね、介抱は私がしておくわ」

「ルークくん、しゅき~~」

「ああ。俺もだよヘル」

「ヒューッ、お熱いねー!」

「しかし、あのヘタれたルークがいっちょ前の男になるとはな。しかもついこの前にとうとうヤッたんだってな?」

「ぶっ、なんでお前がそれ知ってんだよ」

「コイツが病室で話した」

「薙彦ぉ!」

「はははは。さてこの干物が美味ですねえ」

「確かに、酒のつまみにちょうどいいわね」

「ジーナさん。それウィスキー何杯目っすか」

「小山できてんじゃん……」

 

「てかマジで俺、今回死ぬような目に遭いすぎじゃね?」

「君だけじゃないぞ。この場にいる皆が死にかけてたからな」

「思い返してみれば、今までにない修羅場でしたねえ」

「なんだったら私はもう死んでるし?」

「おっとゾンビジョーク!」

「ゾンビジョーク!」

 

 ゲラゲラと笑い声が木霊する。

 

 そんなくだらなくて、掛け替えのないひと時。

 このひと時があるからこそ、人は明日も歩いていく。

 だから彼らは、最後はいつもこう言うのだ。

 

 

「いやー、色々あったけど」

 

 

 

『生きててよかった!』

 

 

 

 

――第3章「帝都動乱」完。




○白翼のペンダント
 アルカナからの贈り物。
 なおこの後デーリッチが遊びまわるのにどこかに引っかけては大変だということで、ローズマリーによって大事な時以外はしまわれることになった。

○ブレイズンリング
 エステル専用装備。燃え盛るような赤い宝石。火輪とは太陽の別名。 
 装備枠ではなく常時強化スキルとして入る感じ。
 メニャーニャの《トワイライトアンバー》、シノブの《プラチナバングル》で三色揃っている。

○メニャーニャ
 というわけで帝国からの大使として王国入り。
 三人娘がいなくても協会が回る様に組織を固めていたのは、ハグレ王国入りさせるためのアルカナの策略でしたと。

○マーロウ
 特に描写はしてないけど、アルカナからの個人的な使者という名目でしれっと王国入りしている。


 ~あとがき~

 これにて一年以上も掛かった帝都動乱編も終了!
 いやあ、長かったです。
 なんか打ち切り最終回っぽい内容になりましたが、ちゃんと続きます。
 以下、軽く裏話を纏めました。

 ○プロット関連
 元々、帝都中に潜伏したテロリストたちをルーク達があっちこっち行って倒していく、というシティアドベンチャーを想定していました。そこで欲を出してオリキャラ塗れにしたことで彼らへの尺で大幅に伸びました。
 最初は帝都編は三日目のクックル戦が本番だから一日目と二日目はサクサク行こう! ぐらいの心持ちでした。はい。全日程6話以上かかりました。

 式典当日もほとんど決めていなかったのでめちゃくちゃ難産でした。最初に決めていたのはアプリコをデーリッチが一喝する。ぐらいのものです。
 巨大魔物とか完全に悪乗りの産物ですね。ハグレが一斉に攻めてこなかった理由はまあ色々ありますが、帝都に大勢で乗り込まれたら防衛は無理。なのでそうしない理由を作らなくてはいけない……ということでジェスターやアプリコが帝都をスマートに掌握したがったから、という理由を急遽ひねり出しました。全員なまじ頭がいいので、それぞれの裏をかこうとした結果、最善手を逃しているわけですね。

 ○敵キャラ達
 帝都にもハグレ王国に負けないぐらい変なやつらがいるんだぞ! っていうのを表現したかった。

 死霊術師アドベラはポッと出で変なの出すよりはハグレ王国の誰かと因縁持ってた方がいいよねってことでラージュ姉妹との因縁を作りました。そしたらあれよあれよとルークとヘルのいちゃいちゃのための当て馬になっていましたね……。特別編の方でもしれっとミアお姉ちゃんに始末されてます。個人的に気に入ってる敵キャラですね。

 グエンはステレオタイプな殺人鬼です。野良エンカウントよりは中ボスのお供だよねということで薙彦くんのワザマエを披露するための役回りとなりました。
 始末屋ノックはラプスを関わらせるための導線といいますか......舞台裏でしれっと退場する奴もいる方が群像劇っぽくないかという思いつきです。

 クックルは作者的に満を持してお出しできたボスキャラです。
 ハグレ王国の素晴らしい仲間たちを知ったことかと正面からなぎ倒していく。それぐらいの気概がなけりゃボスキャラなんて務まりませんからね!! 皆で力を合わせて倒せるボスキャラであり、時代の流れに取り残された哀れなハグレの一人。デーリッチの手の中で安らかに眠ったのが救いと言えるでしょう。
 
 個人的には結構胡乱な奴らが揃ったと思うのですが、読者の皆さんとしてはどうですかね? 感想で教えてくれると今後の参考になります。

 ○マクスウェルについて
 彼が生存することは決めていました。原作だと知略でシノブを上回ってくれましたが、今作ではもっと悪い大人たちに利用されてポイされちゃいました。これでも誰も彼もに見捨てられて死ぬよりはマシな最期ではないでしょうか。
 


 いくつかの幕間を挟んだ後、いよいよ本編最終章へと移ります。
 やはり話の順序は原作と変わっておりますが、おおむねやること自体は変わらないかと。
 引き続き、応援よろしくお願いします。


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その74.彼ら彼女らの一幕・漆

久しぶりの幕間です。
いつもの文量に比べると1/2でお手軽です。


『道場破り』

 

 

「ぐわーっ!」

 

 木剣の競合いに推し負け、ルークは床に転がる。

 受け身を取り、敷かれているのは畳なので怪我はない。

 しかし体力は既に底を尽き、散々打ち据えられた体の節々が痛みを上げている。

 

「大丈夫か?」

「バテただけです……お気遣いどうも。マーロウさん」

 

 手を差し伸べて立ち上がる手助けをしたのは、つい先日に王国の一員となった獣人マーロウであった。

 

「ひとまず休憩しよう」

「うっす」

 

 既にあるハグレ道場の代わりに、昔取った杵柄を活かして劇場を開設したマーロウではあるが、それはそれとして道場には師範役として通うこととなった。

 単純な戦士としての経験値ならば王国の誰よりも多いマーロウ。ジュリアが護りの大楯ならマーロウは攻める豪剣。彼の指導によって得られるものは大きく、多くの仲間たちが彼との交流も兼ねて道場での鍛錬に励んでいる。ルークもその一人だ。

 他の王国民たちが鍛錬する様子を、壁にもたれかかった二人は眺める。

 

「君も意外と熱心なんだな。よく前線に出ているからあまり鍛錬の必要はないと思っていたが」

「――ん、ぷはっ。そっちは冒険者としての経験を買われてるんですよ。正直、ここまで連れまわされるとは思ってなかった」

 

 マーロウの問いに、ルークは口から水筒を離して答えた。

 

「実力で言うなら俺は王国の男連中じゃ誰よりも貧弱だ。この前にはついにベルにも腕相撲で負けちまいましたよ」

「子供は成長が早いからな。……それを抜きにしても、ハグレの身である我々とでは体のつくりからして違う。その向上心と克己心は素晴らしいが、必要以上に悩むよりは持ち味を活かすのが良いと思うよ」

「お気遣いどうも。まあ、この世界の人間のくせにわけわからん強さしてる奴らもいるけどさ。柚葉さんとか」

「彼女か……力はほどほどだが何よりも速さが秀でている。特に抜刀の瞬間は私でも目で追えなかったよ」

「和国ってのはそういう修羅ばっかりいるんすかねえ」

 

 などと談笑していると、道場の門が唐突に開かれる。

 噂話が呼び水となったのか、現れたのは和装に身を包んだ男。

 ……というか薙彦だ。

 

「どうもどうも。ここがハグレ王国の道場で合ってますかな?」

「おや、君は確か……」

「こうして言葉を交わすのは初めてですね。小生、始末ヶ原薙彦と申す者に候」

「なるほど。君がアプリコの言っていた始末ヶ原くんか……」

「左様に。そういうあなたはマーロウ殿、で合ってますかな?」

「その通りだ。奴から多少なり話は聞いていたか?」

「ええ。策の練りがいがある益荒男。理想の将軍だったと聞き及んでおります」

「あの馬鹿……話を盛りすぎだ。私はあの中で最も戦いというものに慣れていただけだ。決してもてはやされるような存在ではないよ」

「ふむ、力を誇りつつもそれに驕るような真似はしない……よい心構えですね」

 

 袂を分かった旧友からの賛辞を又聞きして少し面映い思いを抱えるマーロウ。しかし戦士として純粋な尊敬の念を送られることを悪く思ってはいないようだ。

 

「ところで薙彦殿、何の用事でこの道場を訪れたのですか?」

「そうですねえ……」

「道場破りだ!」

 

 と、そこで道場の主であるハオが嬉々として駆け寄って来る。その背中の槍には、既に手がかかっていた。

 

「やめないかハオ殿。申し訳ない、私の時も同じようなことをして槍を投げてきたのですが、彼女に悪気はないのです」

「おや、あなたがここの道場主ですか?」

「そうだよ! あなたも訓練に来たの?」

「そうですねえ、ではあなたと手合わせを一つ」

「いいよ!」

「てか、お前右腕大丈夫なのか?」

「骨は繋がりましたよ。なので調子を確かめておきたいんですよね。というわけで」

 

 薙彦は穏やかに対応する。そして、

 

「――ここの看板、貰っていっても構いませんか?」

 

 人当たりの良い笑みを浮かべたまま薙刀を構えた。

 

「道場破りだったー!?」

「うん。実はなんとなくそんな気はしてた」

 

 驚くマーロウと、遠い目で納得するルーク。

 このナギナタボーイ、割とこういう喧嘩にはノリノリで参加する馬鹿であった。

 

「道場破り! ハグレ道場の看板は渡さないヨ! このハオといざ勝負!!」

「投げ槍……ふむ、長物での試合は幾度と行ってきましたが、投げる相手とは珍しい」

「やめないか君たち! 周囲にはまだ他の人たちもいるだろうが」

「マーロウさん、こいつらには無駄ですよ」

 

 もはや一触即発……その時!

 

「よーっす、()ってるか?」

「居酒屋みたいなノリで来るんじゃねえ!」

 

 再び道場の扉が開き、気さくに顔を出したラプスにルークのツッコミが炸裂する。

 

「戦場も酒場も同じようなもの。血に酔うか酒に酔うか……それぐらいの差です」

「うまいこと言ったつもりか!? ここは道場だ、流血沙汰は禁止だっつーの」

「そうか? あたしの実家の道場とか、骨折ぐらいはいつもの事だったけどな」

「物騒すぎないお前の家?」

 

(((まずいな……だんだん戦闘馬鹿が揃ってきてやがる。このままだと収拾つかねえぞ)))

 

 ルークは冷や汗を流し、これ以上面倒なことになる前に逃げだそうとする。

 

「ちわーっす! ここでは可愛い女の子が道場主やってるって聞いてきました!」

「また変なのが来やがった! もう帝都編は終わったんだよ出しゃばってくんな!!」

 

 そこへ投入されるおっぱい紳士。

 ついこの間に見た顔が揃ってしまったことへのツッコミを入れるも、事態は既に後の祭り。

 バトル馬鹿が四人も集まってしまったこの飽和空間はどの戦場よりも激しくなることが予想される。

 

「ハオオオーーっ!? 道場破りがこんなにいっぱい!? こうなったら光の巫女、全力で相手するよ!」

「うっひょーっ、ビッグじゃないけどちょうどいいサイズ。しかも野生児スタイルとはつまり体と体が触れ合う距離での肉弾戦がご所望でよろしいんですか!?」

「光の槍の前に敵はなし! ハオ参る!!」

「あっ、槍ですかそうですか……」

「だから止せといっているだろう君たち!!」

 

 マーロウも木剣を手に取り、暴れだそうとする彼らを実力行使で抑えようと飛び込んだ。

 ルークはその騒ぎの傍ら、こっそり場を抜け出そうとしていた。

 

「知らん知らん。おれは帰るぞ……」

「おいルーク、ちょうどいいからお前も鍛えなおしてやるよ。来い!」

 

 むんず、とルークの首根っこをラプスが掴む。もう逃げられないぞ。

 

「もうやだ……」

 

 

 この後、ルークは無事筋肉痛となって丸一日寝込みましたとさ。

 

 

 

『罪と誉』

 

 

「ひー、疲れた疲れた」

「あ、ルーク。ベルもお疲れ様」

「アルフレッドさん! お疲れ様です」

「珍しいな、お前が昼間に拠点(ここ)にいるの」

「今日はゴースト発生率がどこも10%を切っててね、ちょうどいいから休みにしたんだ。せっかくだから一緒に昼ご飯でも食べるかい?」

「はい!」

「なんならマッスルも誘うか」

 

 よく晴れた昼下がり。

 男たちがぞろぞろと食堂へと向かう。そのうちの一人を、じゅーっ、とクリームソーダをストローで吸い上げながらイリスは眺めている。

 その様子を珍しく思ったゼニヤッタはイリスに尋ねる。

 

「おや、イリスさん。ルークさんを見つめているようですがどうしたのですか?」

「まあナ。あのチェリーボーイ……いや、もう卒業したからナイスガイだな。中々面白いやつだとな」

「はい。帝都での一件を得てより逞しく、素晴らしくなったと思いますわ」

 

 その言葉に反応を示したのは、対面でもぎゅもぎゅとハンバーガーを頬張るヘルとチキンナゲットにチョコソースを付けてつまむミアだ。

 

「何、あんた達ルークの事タイプだったりするわけ?」

あげませんわよ?

「誰も取って食わねえから安心しろ。特に妹、目が一切笑ってねーぞおっかねーな。……そうじゃなくて、元からいい感じに罪背負ってる奴が、より男前になったと思っただけダ」

「つ、罪?」

 

 想像とは明後日の方向で彼が評価されていることに首を傾げるヘルラージュ。その頭にはハテナが大量に浮かんでいる。

 

「確かにアイツは結構やんちゃしてたらしいけど……そういうのが良いってこと?」

「はい。悪魔にとって罪とは誉れ。悪行を重ね、より大きな罪を背負えば背負うほど、魔界では畏れを抱かれるのです」

「あー、なんかそんな感じのこと前に読んだ気がするわね」

 

 どうやら悪魔の価値観では善人と悪人の基準が真逆、ということらしい。いや、善と悪は人間と同じだが、賞賛されるのは悪徳であるというべきか。確かに地獄や冥界といった死後の世界に住み、人を誑かして悪の道に貶める悪魔らしい発想ではある。

 

「そういうワケで、ルークという奴は中々に見ていて面白い。どれくらい面白いかというと、アイツの持ってる呪物を管理してる死神が、奴の駆けずり回っている様が酒のつまみになるからってわざわざ身近な死を遠ざけているぐらいだな。アレがなかったらアイツはもう10回は死んでるな」

「それ《死の弾丸》よね!? そんなにヤバいものだったのアレ!?」

「あいつやけにしぶといなと思ってたけど、そういうことだったのね……」

 

 帝都でも3回以上は死にかけていたルークだ。最早そう易々と死ぬことは許されていないのだろう。

 

「で……前科と言ってましたけど、ルーク君は今どれくらい罪があるんですの?」

 

 ヘルは戦々恐々ながらもイリスに尋ねる。

 とはいえ、彼のこれまでの発言からすれば罪は同じ悪人相手の殺人と窃盗ぐらいのもの。同じならず者相手では帝国の司法が取り合うことはないレベルだ。いや、何度か貴族相手の強盗を行ったことはあったか。こうして考えてみるとかなり危ない橋を渡っているな彼。

 

「今のアイツなら、ンー……前科50犯といったところカ」

「いや多いな!? どんだけ悪さしてきたんだアイツ!」

「凄まじい前科の数ですわ……。私などまだまだ10犯も行きませんのに」

「いやいやいや……。一体どういう内訳が為されているんですの!?」

 

 ゼニヤッタが自身の未熟を省みるが、問題はそこではない。

 

「そうだナ。まず『レベル上げすぎの罪』で2犯、『盗みを極めしの罪』で10犯、『やられすぎの罪』で2犯、『遭遇表振り過ぎの罪』で6犯、『カルマ取り過ぎの罪』で6犯、『キャンペーンをクリアした罪』で10犯、『金稼ぎすぎの罪』で2犯……」

「無茶苦茶な内容ですわね!?」

 

 指を折ってひとつひとつルークの罪を数えていくイリス。中には明らかに罪かどうか怪しいものまで混ざっていることにヘルはツッコまざるを得ない。最早言いがかりとかそういうレベルではない。

 

「ちなみにオマエは『レベル上げすぎの罪』と『男誑かしすぎの罪』、そして『深夜お菓子罪』で累計6犯だ。まだまだ甘ちゃんダナ、精進しろヨ」

「そんな励ましいりませんわ!」

「……ヘル? あなた午後九時以降のお菓子は禁止って言ったはずだけど?」

「ひぃっ!? ごめんなさいお姉ちゃん! もうしないからぁ!」

「……まあいいわ。今日からちゃんと気を付けること」

「はぁい……」

「だだ甘だなオマエ……」

 

 妹に厳しく振舞っているようで、滅茶苦茶に甘やかしているお姉ちゃんである。

 とはいえ、叱られたことは事実なので、ヘルは背中を小さくながら食器を返しに行く。

 

「しかしヘルでも6犯って……それじゃあ私はどうなるのかしら?」

 

 妹が立ち去ったことを見計らって、ミアは自分の前科を尋ねる。

 人の生き血を奪い、両親を殺し、妹を無益な復讐の道に走らせた。そんな自分はきっと大罪人だろう。

 

「ハッ」

 

 ミアの思惑を見透かしたようにイリスは鼻で笑う。

 

「オマエも妹と大して変わらんナ。せいぜい『黒魔術を極めた罪』でボーナス12犯程度だ」

「……は?」

「おっと、伝わらなかったカ? お前の期待しているような罪はゼロだ。お前らの親殺しなんぞ罪に数えるまでもない」

「なによそれ、ふざけてんの!?」

 

 抗議の余りテーブルを勢いよく叩いてしまう。

 自分の所業が罪ではない? そんなわけがないだろう。両親の行いは確かに罪だ。そして自分のためを思って行われたそれを拒絶し、彼らの命を奪った自分の行いも罪でなければならない。それが自分の存在意義で、それを贖うことだけが生きる意味。妹の幸せのために、この穢れた命を費やすことだけが己の価値。今のイリスが言った言葉は、そのすべてを否定するに等しかった。

 それとも悪魔だから最初からいい加減なことを言って、自分に甘い言葉を言って弄んでいるのか?

 

「ミアさん、少し落ちついたほうが……」

 

 ゼニヤッタが制止する。それほどの視線をミアはイリスに向けている。実際に何かしらの呪いが混ざっていると言われてもおかしくはない凄みを放っていた。

 だがイリスは最高位の悪魔だ。その程度の悪意で動じることはなく、ストローがずごっという音を立ててからようやく口を開いた。

 

「そうそう。一つ教えてやるヨ。悪魔にとっての罪とはな、自分のために他者を踏みにじる行為のことだ。弱肉強食は魔界の鉄則。妹のために親と自分を犠牲にしたオマエは、吐き気がするような善人だヨ」

 

 イリスはわざとらしく舌を出す。

 お前の抱えている罪悪感なんぞ、最初から見当違いのものだと言っているようだった。

 

「だいたい、お前たち人間が生きてる間の罪の重さなんか気にしたってしょうがねーダロ。ワタシは1000犯は下らないからナ。冥界の姫嘗めるんじゃネー」

「そんなのでマウント取られても別に悔しくないわよ」

 

 冥界の姫は底の底まで飲み切ったグラスを返却しに立ち上がる。

 そこでちらりと振り向いて彼女は一言、

 

「自分の終わりにビクビクするような真似はやめときナ? そんな死んだように生きてる奴なんか、見ていたってつまんねーからナ」

「……あなたを楽しませるために生きてるわけじゃないわよ、私は」

 

 ミアラージュは遠ざかっていくイリスの背を見つめ、

 

 所詮人を誑かす悪魔の言うことだと、あまり真に受けないようにした。

 

 

 

 彼女の凝り固まった死生観に変化が起きるのは、まだ先の話である。




○ルーク
 ダイスの女神と死神に愛されている。

○悪魔の罪
 要するに某やり込みすぎなSRPG第二作目のアレ。
 真に受ける必要はないです。

○イリス→ルーク
 フラグとかはないです。単に地獄行き確定のおもしれーやつ程度の認識です。


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キャラクター設定①

遅れがちなのでお茶濁しの設定をば。
アルカナについては次の機会に。


【ルーク】

 

《キャラ設定》

 

 フルネームを付けるとすれば、ルーク・キャスリング。

 20歳で、エステルの3つ年上の男性です。

 帝都の住民区貧民街に生まれ、物心つく前に母親を亡くしてからはを父親と二人で暮らしてきました。

 父親は働きづめであまり子育てに関わることができず、ルークもその時間の多くを路地裏の縄張り争いに明け暮れていました。

 

 一見して家族愛に飢えた少年のように聞こえますが、実はそこまで寂しくはありませんでした。なぜなら彼にはもう一人、父親と呼べるような存在がいたからです。それは同じ貧民街に住んでいたエルヴィス・大徳寺という男で、彼は大阪という世界屈指の犯罪都市から召喚されたハグレでした。日本人(この世界で言えば和国人)の外見をしていたエルヴィスは帝都の中でもするっと溶け込むことに成功して、街の便利屋みたいな扱いを受けていました。

 エルヴィスは元の世界での武勇伝を近所の悪ガキに聞かせていまして、ルークもまた彼の話を好んで聞きにいってました。その中には後の爆炎ピンクことエステルも混ざっており、彼の話に出てきた大道芸人の真似をして屋根から屋根へとパルクールで跳び回ったり、ルークを正面からボコって舎弟にしたりとガキ大将として君臨していました。

 

 そんな子供時代を過ごしていたルークの転機は12歳の時です。

 実の父親が事故死したことがきっかけで、冒険者として一旗揚げようと旅立つエルヴィスについていくことを決心し、彼が乗る馬車に潜り込んでなし崩し的に同行しました。エルヴィスとしても子分の一人二人が増えることは特に問題ないのでついてくることを許可しました。(ちなみにオオサカは13歳以下で犯罪に手を染めてる子供など掃いて捨てるほどいる魔境である)

 

 さて、エルヴィス率いる《夜明けのトロピカル.com》ですが、これは彼が元の世界で組んでいたチームの名前を冠詞だけ変えたものです。彼が新しくチームを結成する際にルークが付いてきたことでこの名前にすると決めていたようです。(元々は夕暮れトロピカル.com)

 一度は夜を迎えた彼の人生に光を与えるという思いがこもっています。うそです。ランダム表の結果から逆算して設定を作りました。

 ちなみにチーム名が正確に伝わっていることはほとんどなく、「夜明けの南国団」とか「トロピカル盗賊団」とか好き勝手に呼ばれていたらしいです。

 

 《ハグレ軍曹》、《おたから使い》、《青空オレンジ》、《波濤戦士》、《ナギナタボーイ》と個性豊かなメンバーで過ごした盗賊稼業はルークにとって充実した時間でした。

 

 ただしそんなボンクラ共の栄光など唐突に終わるもの。

 遺跡調査の依頼で欲を掻いた面々はうっかり警報を踏みつけ魔物の群れに襲われます。

 さらに運の悪いことに、そこは奈落への穴がぽっかりと空いており、エルヴィスが足を滑らせて落っこちてしまいます。

 リーダーの死に涙する暇も無く、彼らはどうにかこうにか、命からがら遺跡から脱出しました。

 そうしてエルヴィスを弔った後、彼らは次にやるべきことを決意しますが、そこである問題が浮上しました。

 

 結局彼らはチンピラ冒険者で、まとめ役がいなければそれぞれが違う方向に突っ走る馬鹿だったのです。

 チームは自然解散。ルークも自分の夢であったトレジャーハンターとして生きようとしますが、どうにもパッとしません。それもそのはず、彼が憧れたのは「仲間たちとの大冒険」であって「一人で宝探しをする」ことでは無かったからです。

 

 そのことに気が付かず、漠然として未練を抱えたまま、依頼を請けた報酬の素材や洞窟で見つけた秘宝を商人や冒険者に売りつけるという生き方をして2年ほど。二度目の転機が彼に訪れました。

 それはヘルラージュ。つまりヘルちんと出会い、冒険者としてパーティを組んだことです。

 最初は風魔法使いということで、標的の弱点が風属性だったこともあり丁度いいと思っていたのですが、ここである欠点が発覚します。

 

 ヘルちんが、実力に見合わないヘタレだったという事です。

 

 目標の討伐は上手くいったものの、ヘルちんがメンタルナイスを忘れてMPを切らしてしまい、さらに悪いことに帰路でもっと上位の魔物と遭遇してしまいます。

 慌てて逃げる間に他の冒険者たちと散り散りになり、不幸にも魔物に追われたのはルークとヘルの二人。この時ルークにはヘルを囮にするという手段がありましたが、そうせずに彼はヘルラージュを抱えて森を突っ切る道を選びました。最初は良かったのですが、どこかで道を間違えたのか一向に森を抜けることができず、魔物に追い付かれてしまいます。

 絶体絶命の危機に、ルークはかつてエルヴィスから貰ったあるものの存在を思い出します。そして懐から一丁の銃を取り出し、"あるもの"を込めて祈るように魔物に撃ちました。

 

 ――ダイスの女神は微笑んでくれました。

 《死の弾丸》は魔物の脳を貫き、二人は窮地を乗り切ったのです。

 命が助かったことにヘルはルークに抱き着いて泣いて喜び、二人は肩を貸し合い森を抜けました。

 そして宿屋でルークはヘルに《死の弾丸》について聞かれ、正直に答えたところもう一度泣かれました。

 

 ふと、ルークはヘルラージュに旅の目的を聞きました。するとヘルは一言【復讐】とだけ言いました。

 彼は思いました。それは彼女には無理だ。自分とは違い、彼女はどこまでも他者を思いやることができてしまう。こんな善人をこの冒険者社会で放っておけば、いずれ不本意な結末を迎えてしまうだろうと。

なので、自分がその分悪役に徹するべきだと考えました。この時点でベタ惚れしていますね。

 

 そんなわけで彼らはこの後もパーティを組み続け、或る時宿屋でルークが荷物の整理をしていたところ、漫画を読んでいたヘルが唐突に「秘密結社ですわ!」と、言いました。

 

 それが秘密結社ヘルラージュの始まりです。

 

 

《外見とか性格とか交友関係とか》

 

 短く切った癖がかった茶髪(ラージュ姉妹と同じ色)で、翠色の瞳をした三白眼が特徴的です。

 ヘルラージュお手製の礼服が仕事着で、作戦実行時などはそこに仮面や手袋が加わります。というか拠点にいる時以外は描写してなくても仮面付けてます。そして度々落ちたり割れたりします。破損した場合は都度新調しています。

 

 バッチリ決めたその恰好から、素性を知らない女性にはそれなりの人気があります。しかし本人はそのことを鼻にかけません。ヘルラージュ一筋だからってが一番ですが、リーダーや薙彦が女性関係でのトラブルを度々起こしているのを間近で見ていたため「ああはなるまい」と女性に対してはかなり慎重になっているからです。それでも興味がないわけじゃなく、むしろ年頃の男子並みにはあるので下世話な話題には割と乗っかります。しかしヘルラージュが話題にあがるとすぐに話を打ち切ります。そういうことです。

 

 女所帯のハグレ王国において、数少ない男性陣とはとても仲が良いです。

 ニワカマッスルとは言うまでもなくツーカーの仲で、アルフレッドは近めの年下ということもあってかなり気安く接しています。ベル君ともお互い仕事でもプライベートでも相談し合い、マーロウには上の世代として一定のリスペクトを払っています。幼馴染のエステルとは一切取り繕わずに喧嘩できるというお互いに貴重な関係です。

 

 あと女性陣とも臆さずに話し合えるので一定の関係は築けます。ジーナさんとかが気楽に会話できるみたいですね。

 

 ルークは度々自分を「悪人」と称していますが、実際はあまりそういった手段に出ることは少ないです。

 彼は自らの行動理念に社会規範よりも感性のほうを上に置いており、それが社会的に良くないことだと自覚しているが故の「悪人」というわけです。

 

 もちろん、作中世界は現代日本よりも犯罪の敷居が低いとは言え、盗みと殺人を相当数行っている彼は立派な悪党です。冒険者ギルドが発行するルールも守りませんし、彼の生業である故買屋も中々アコギな商売です。やってることは異世界編の冒険者たちとどっこいどっこいです。アライメントで示せば中立・悪。

 そんなある意味最も生々しい悪人の彼がハグレ王国に馴染めた要因の一つとして、ヘルラージュの存在があります。彼女の前では、わざわざ悪事を働いてまで自分の利益を追求しようとは考えません。

 

 何が言いたいかというと、ルークはヘルラージュのことを一人の女性として愛している。ということです。

 

 え、ミアちゃん?

 ルークを出来の悪い弟分として立派にこき使っているようですよ。

 

 

 

《作者の思い》

 

 コンセプトは「RPGの盗賊」

 ケチなチンピラ上がりの冒険者っていうのが一番しっくりくるでしょう。

 

 元々のイメージは「飄々とした参謀役」として、ヘルちんの相方として作ったキャラです。

 よくへなちょこだのぽんこつだの言われる彼女とは対比するように、ビシっと決めたファッションに身を固め、丁寧な物言いかつ相手を煙に巻くような話し方をする狂言回しというのが構想時点でのルークでした。実際、この作品の方向性が定まってなかった一章の時は丁寧口調が混ざった奇妙な話し方になってます。二章からはだいぶ打ち解けたので大体素で話してます。

 

 一見常識人のように思われがちですが、それはヘルちんのフォローに回っているからそう見えるだけであって、実際は率先して馬鹿をやる悪ガキであり、法律よりも自分ルールを優先するチンピラです。実際に戦闘ではスタイリッシュに戦うような見た目のくせに、こそこそと隠れてブービートラップを仕掛けたりする他、相手の武器を盗んで攻撃力を下げたりなど、とにかく手癖の悪いスキルが際立ちます。

 

 特技は手先の技。曲芸に工作、早撃ちにイカサマまでなんでもござれ。投擲も得意で、ナイフ投げやダーツの腕前は中々のものです。社会の闇を生き抜く世渡りの上手さも彼の立派な長所です。

 

 また、仲間キャラにはいなかった「現地人の男性」としても位置付けがあり、この世界に生まれた人間としてハグレに接する役目もあります。

 ハグレと呼ばれる異邦人たちとは価値観が異なるけれども、一定の理解を示して尊重できる。ある意味では理想的な存在とも言えます。(それ以外の部分が社会不適合者なのですが)

 とはいえ、それはあくまで差別的な物言いをしないだけ。自分が禄でもない自覚があるので相手を必要以上に否定しないという心境から来ているものであり、根無し草でも充足しているルークはハグレたちの苦悩には寄り添えません。

 それと作中では特に描写するつもりはありませんが、意図的に汚れ役を演じることで王国内での立ち位置を確立しようとしている部分があります。サビシガリヤの癖に日陰に居たがる性分なのです。

 

 ヘルラージュの方はルークに対しては甘え50%、見栄50%という塩梅。寂しい時期を共に過ごしたこともあって全幅の信頼を置いていますし、作中ではそれが段々と恋心に発展していきました。彼が時折見せるろくでもない部分は子供っぽいと呆れていますが、同時にそこが可愛らしい部分だとも感じているようです。

 

 とはいえ、彼は地力だとハグレに劣るただの現地人A。物語の流れに干渉できるほどの力がない分、襲い来る事件の数々をエキセントリックな手段で楽しませたり、愉快なリアクションを取ってくれるように期待しております。

 まだまだ彼が中心になるストーリーはいっぱいあるのでお楽しみに!

 

 

《スキル一覧》

 

 パッシブスキル

 アウトローの生き様

 徹底的に生き汚い彼の在り方を示したスキル。

 近接攻撃に弱耐性。

 HPとMPが毎ターン3%回復

 

 三下の意地

 会心率3%上昇。回避率、再行動率が5%上昇。その代わり被会心ダメージが20%上昇する。

 ハグレじゃなくても死ぬ気で相手に食い下がるぞ!

 

 固有スキル

 ☆シャドウハイド 消費MP8% 消費TP20

 隠密状態(狙われ率50% & 物理・魔法回避率+25%)を自身に付与する。

 シーフとして物陰に身をひそめます。

 

 ☆サプライザル

 敵単体に近接物理ダメージ、会心あり。隠密状態なら必中に変化+中確率の即死判定。

 死角より表れる一撃。死神の刃が首を刈る!

 

 ☆カムフラージュ 消費MP14% 消費TP25

 TPを消費して発動する復活状態を付与。(1回・4ターン & 復活時HPはTPに依存)

 死んだふりは彼の得意技。

 

 ☆スケープゴート

 味方一人の狙われ率をぐぐーんと引き上げる。(1ターン)

 誰かを囮にします。挑発の切れ目に使えば効果的。

 

 ☆ウェポンスティール

 敵単体の攻撃と魔攻を二段階低下。

 相手の武器を盗むのだがなぜか武器を持ってない相手にも効果がある。

 

 

 

 

 

 

【他キャラ達の解説】

 どこかで見たような顔もいるキャラクター達です。

 主に味方編。

 

 

【夜明けのトロピカル.com】

 ルークがかつて所属していた冒険者(亜侠)チーム。

 冒険者としての活動と、盗賊団としての活動を半々に行ってきたお騒がせ集団。

 その正体は作者がざくアク世界をTRPGとしてキャラメイクしたらどうなるかと組んだ連中である。

 ハグレ(人間)、獣人、リュージン、現地人(大陸人)、現地人(和国人)。と出身が一切被ってないのはそういうワケです。

 この悪ふざけにもほどがあるチーム名はサタスペルールブックのチーム名表振ったら出てきました。本当ですよ?

 

 

【エルヴィス・大徳寺】

 ルークの恩師。通称・ハグレ軍曹。それ以外の細かい設定は決めてないです。それっぽくカッコいい台詞を言ったり、それっぽくカッコいい生き方をしてみたり、それっぽく情けない部分を見せたりしていた奴です。サタスペを遊んだ人なら分かると思いますが典型的な犯罪型親分ぐらいに思ってください。

 

 

【アプリコ】

 温厚な知性派。犬型の獣人。故郷と家族と記憶を奪われた哀しきハグレにして、どうしようもない戦争狂。アルカナが帝都編を未然に防いだおかげでチャートが行方不明になった3章の動機づけとして色々とキャラが芽生えました。作者が好きなキャラの一人ですね。

 通称・青空オレンジ。これもランダム表で決めたんですが、割といい理由付けができたと思っています。

 詳しい話については設定その2で。

 

 

【ラプス】

 早すぎる出演を果たしたリュージン。通称・波濤戦士。

 アリウープから直接分裂した、族長の娘という中々に危険球なキャラ付けをしました。これぐらいしないと水着イベントでレプトスの代役にしかならないという事情もありますが、真っ向から大婆様に反抗的なリュージンっているのかなという思考実験から生まれたキャラです。

 姐御肌なキャラかつその暴れっぷりに説得力のあるキャラとして中々好評だったので作者としては嬉しい限りです。まだまだ暴れさせます。

 槍技のネーミングは同じくフリゲの新約・帽子世界、ひいてはそれのオマージュ元であるロマサガ等からの引用です。名作なのでそっちもやりましょうね。

 

 

【始末ヶ原薙彦】

 人間の屑です。

 和国人かつ自由人ともう柚葉さんとだだ被りなわけでして、彼はもっと駄目な方向にキャラを伸ばすことにしました。ルークくんが話の流れ的にあまりクズ要素出せないので、薙彦の存在は作者の欲求を満たすのにも一役買っています。

 帝都編で出てきたのはそこを逃すと二度と出るタイミングがないからです。

 淡々と敵を捌き続ける爽やか系イケメン、いいですよね。

 

 

【ブーン】

 アルカナが召喚したハグレ。

 シリアスもギャグもできて、コイツ便利すぎるなと意図的に出番を減らされています。

 色んなブーン系作品から装備やら技やら持ってきてます。

 スターシステムかつメタ発言ありありなブーン系だからできる芸当ですね。

 

 

【ヴァイオレット・ロマネスク】

 ロマネスクです。

 アルカナが召喚したハグレはブーン系で統一しようと思いついたのが彼を出した後だったので、急遽名前にロマネスクを付け足し、地の文の呼称を変更する事態になったという裏話があります。

 

 そもそも彼らが登場したのは、一般冒険者として生活するハグレを書こうという発想からです。アルカナが独自に抱えるハグレのチーム……というコンセプトはそのままに、物語のちょい役として出てきてはデーリッチたちの手が届かない場所に駆けつける助っ人役に収まりました。

 ブーン系から引用している理由は、下手にオリジナルにして登場した時に「誰だっけこいつ?」って困惑されるよりも、名前である程度共通認識取れていてかつ原作というものが厳密には存在しないので必要以上にざくアク世界を希釈しなくて済むと思ったからです。あと執筆開始時にニコニコ動画のTRPG動画にハマっていたからってのもありますね。

 

 

【????】

 アルカナが召喚したハグレ3人組の最後の一人。

 女性かつAA出身であること以外は実は決めてないです。

 

 

【ジョルジュ長岡】

 

 気づけばサブキャラとして出演回数が増えていたキャラその一。

 闘技場で数合わせ兼出オチ役だったはずですが、動かしやすくてその後もちょいちょい出てくるようになりました。

 彼はハグレではない現地人です。

 

 

【クリストファー】【スパイク】

 

 サハギン編で出てきたオリキャラ二人です。

 クリストファーはエルフの男性兼、種族間での差別意識者として、スパイクは似てるけど実は違う種族ってどういう扱いになるのかということで、作品によってはサハギンとギルマンが分かれていることを利用して登場させました。

 なんて言ってたらチョメスとかいう名前だけでキャラ付け完了してるエルフがExダンジョンで出てきました。さすがはむすた氏。敵わねえ。

 

 この二人もちょいちょい出番はあってもいいですね。個人的に気に入ってます。



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第4章【満天に輝くもの】
その75.バーニングお嬢様


4章開幕!


『小人たちの世界へ』

 

 

 ハグレ王国の拠点前にて、いくつかのドラム缶を囲む複数の人影があった。

 

「そろそろだな」

 

 ルークがそのうちの一つの真ん中に仕込まれた扉を開くと、むわりと香ばしい匂いの煙が周囲に漂う。中のものを取り出し、隣に置いてあったテーブルの上に置いた。そうしてその厚い肉の端を包丁で切り落とす。そのまま切れ端を口に運び、咀嚼。――問題ない。

 

「どうだ。マーロウさん」

 

 念のためにもう一人にも味見をしてもらう。

 同じように肉切れを口に運んだマーロウも、莞爾として頷いた。

 

「……うむ。十分だ」

「よしっ、それじゃ完成だ」

 

 ルークの言葉におおっ、と成り行きを見守っていた者たちも軽く歓声を上げる。

 肉、魚、チーズにナッツ。次々とドラム缶の中から取り出されていく燻製たち。今まさに拠点前はちょっとした燻製パーティ会場であった。

 

「むぐむぐ……ふまーい!」

「美味くできたもんじゃないか。特にこのナッツはいい、昼間から酒が飲みたくなってしまうじゃないか」

「あらあら。いけませんわよジュリアさん」

 

 満面の笑みで肉を頬張るハオ。ジュリアと福ちゃんの二大酒豪も口に広がる豊潤な香りに顔を綻ばせている。

 

「マーロウさんのチーズ最高っすね。これだけで無限に酒が飲めますよ」

「君の肉も中々良い味を出すじゃないか。チップはリンゴかな」

「よくわかりますね」

「私も色々と試したからね。一杯のビールでも長く楽しめるよう試行錯誤の果てにたどり着いたのがこれだ。サクラの強い香りがチーズの生臭さを隠し、旨味を引き出してくれる。君のほうは匂いが素朴な分がっつりと肉の味が来る。これはこれで慣れ親しんだ味がするよ」

「癖のない味が一番飽きませんからね。シンプルに塩と胡椒で勝負ってのが冒険者の嗜みですよ」

 

 ルークはマーロウ仕込みのスモークチーズに舌鼓を打ち、マーロウもまたルークの肉を褒める。贅沢にも霜降り部分を使用したこの燻製は、程よく落ちた油分が堅くなった肉に絡まって絶妙な食感を生み出していた。

 

 この燻製会を開く発端となったのは、ハオとマーロウが獲ってきたヌシ猪であった。

 いつもなら味噌漬け謎肉になるはずだったが、味噌味にちょっと飽きていたルークがたまにはちょっと違う趣向で行こうと一部を燻製にすることを提案したところ、なんかあっちこっちから酒飲みどもが集まってきて、どういうわけか色々と材料を持ち込みだして、こうして大人たちが拠点前でドラム缶を囲んでいる風景が出来上がったのであった。

 

「わんっわんっ」

「ぐごごー」

「分かってるよ。ほら、お前たちの分だぞ」

 

 ルークは物欲しそうな上目遣いで足元に寄ってきたベロベロスと地竜ちゃんにも肉を分け与える。ベロベロスは三つの頭それぞれで肉を味わい、地竜ちゃんもがっつくように肉を食べてもっけーと満足そうな鳴き声をあげた。

 

「あ、いたいた。おーい、冒険の時間だぞ!」

「ピンクか。食ってみろ、中々美味くできたぞ」

「わっ、うま……ってそうじゃなくて、冒険の時間だからデーリッチに呼ばれてるんだって」

「え? あ、そっか。そういやそんな話してたな」

 

 しっかり燻製肉を堪能してからツッコミを入れるエステル。ルークは前回の会議で次元の塔の7層が開通したことを思い出した。この度繋がった場所は小人の世界。宇宙、冥界と続いてからは少々インパクトに欠けるが、それでも未知のダンジョン、モンスター、お宝が待っていることに違いはない。

 

 エステルの言葉からするに、探索パーティの中には自分も内定したらしい。次元の塔に接続した影響で小人たちの世界にこちら側の魔物が流入してしまい、向こう側は混乱。幸いにもヘルパーさんの素早い処置で町は無事らしいが逃げた小人たちが散り散りとなって隠れたまま。ハグレ王国に頼まれた依頼として彼らの救助がある。そして失せもの探しとくればルークは適任だ。

 

「もしかして忘れてたの? いつもなら冒険の話なら我先に食いつくのに」

「いやー、なんか一年以上も冒険してなかったような感じで意識から抜けてたんだよな」

「そこから先は言わない方がいいわよ。ほら、マーロウさんも行くわよ」

「おや、私もですか」

「新人歓迎っていうか、試運転みたいな感じかな。今回はメニャーニャとプリシラの付き添いでヅッチーもいるから、雷属性で特化してる感じかしら」

「なるほど。では準備をしてこよう。すまないがジュリア殿、後片付けをよろしく頼む」

「分かった。そちらも皆を頼むよ」

 

 マーロウは手早く自分の分の道具を回収した後、拠点の中へと戻っていった。

 

「さて、それじゃ俺も準備をしてきますかね」

 

 自分の分の肉を革袋に仕舞い、ルークも装備を整えるために自室へと戻ろうとする。その途中で、玄関口からこっそりと顔を覗かせていたミアとかち合った。

 

「――――」

「いや、何してんすかミアさん」

「ねえ、ルーク」

「何ですか」

「さっきのお肉、後で分けてくれない?」

「別にいいですけど……というか向こうで配ってるんだから貰いに行けばいいじゃないですか」

「それだとベロベロスが逃げるじゃない!」

「そういう魂胆ですかい……」

 

 ミアはペットたちに避けられている。デーリッチ曰く常に気が張っているせいで近寄りがたい雰囲気を感じ取っているらしい。目線を合わせてもダメ。じっくりと待ってもダメ。デーリッチが隣にいてもダメ。業を煮やした結果、どうやらおやつで釣るという手段に出るようだ。向こうから勝手に寄ってくるヘルとは正反対である。その幼さに秘めた魔性の妖艶さで人を誑かすことはできるだろうにとはルークの勝手な感想。義姉に逆らえない理由は、どうやら色々あるらしい。

 

「この際手段を選んではいられないわ。何が何でもあのもふもふを堪能してやるのよ!」

(そうやって必死になっているうちは無理だと思いますけどね)

 

 もっと肩の力を抜いて接することができれば、多少は懐いてくれるだろうに。熱気迫る意気込みのミアを見て、ため息をつくルークであった。

 

 

 

 ◇

 

 

 

『バーニングお嬢様』

 

 

 そんなこんなでやってきた次元の塔7層目。

 緑豊かな草原を越えて、膝から腰ぐらいの高さまでしかない家屋が並ぶ村へとたどり着く。ここが恐らく二つある村の片方、ミドリーニャだ。

 

「ヘルパーさんはいるかな……っと、ああいたいた」

「むきーーーーーっ! もう我慢ならーーーーん!!」

「あらどうしちゃったの? 更年期かしら?」

 

 流石に小人の村で等身大の人間などすぐ見つかる。ほぼ目の前で言い争いをしているのはお馴染みヘルパーさんと、黄色のドレスに赤い髪が映える女性……いや少女か。豚をモチーフとした珍妙な杖を佩いているが、その佇まいには決して伊達ではない優雅さがある。

 

「誰が更年期じゃ、まだピチピチだわい! ちょっとは我慢しなさいって言ってんの!」

「分かりましたわ。では午後ティーはチャイで我慢します。砂漠に急ぎましょう」

「おーのーれーはー! あーもう、あの子はどこ行っちゃったのよー!」

「ヘ、ヘルパーさん、落ち着いて」

 

 憤るヘルパーさんをどうにかこうにか宥め、ようやく少女の紹介がされる。

 

 この赤髪の少女の名前はヴォルケッタ。

 小人たちの救援者として雇った冒険者で、さる大賢者の孫娘ということ実力も申し分ない。しかし常に高慢ちきな言動をしており、ヘルパーさんを度々悩ませていたようだ。

 

「もう一人がフォローしてくれてたんですが、どっかではぐれたっきり合流できなくて……」

「最低限の団体行動すらままならないなんて、同じ魔法使いとして恥ずかしいですわ」

「何が最低限の団体行動じゃこのド腐れこんきちきぃがー!」

「あの、もう一人いるんですか?」

「え、ええ。そちらの方もハグレですが、私たちの世界でもそこそこ功績がある人です。特にこんな高飛車とは大違いで気遣いのできる良い人だったのですが、森の辺りではぐれてしまいまして……」

「いない人のことを言っても仕方ありませんわ。それで、そちらの方々は一体どこのどちら様でして?」

「……こちらがハグレ王国の皆さんです。あなたと同じハグレの方々です」

「おほほ……! わたくしと同じ? 同じですって!? この大賢者ヴォルガノンの孫娘ヴォルケッタと並び立つとでも!? 面白いジョークですわ。ならば自己紹介してごらんなさい!」

 

 お見せ! お前たちの平民ぶりを! と見下すヴォルケッタだが、さて今回の参加メンバーを確認しよう。

 ハグレ王国の国王デーリッチとその参謀ローズマリー。召喚士のエステルとメニャーニャ。妖精王国女王ヅッチーと今や帝都の三割を掌握した商会の元締めプリシラ。獣人たちのリーダー役のマーロウ。ドリンピア星の第一王女ドリントル。チンピラのルーク。

 どういうわけか王族が三人もいるこのハグレ王国では、貴族程度ではインパクトに欠けてしまうのであった。

 

「サミットか!」

「お、良いツッコミ」

 

 これにはヴォルケッタのツッコミが爆裂する。炎魔法使いと言うだけあって、情熱的なツッコミはお手の物らしい。これは貴重な人材だ。ハグレ王国にてボケは飽和状態。ツッコミ需要がストップ高である現状、彼女は期待の新人として期待が高まる。

 

「冗談も大概におしっ! 王族がそんなにうろうろしているわけがないでしょうが!」

「まぁ、最近興したばかりの国ですから……でもこの子たちが王様なのは本当ですよ」

 

 思えば最初は廃墟の遺跡を勝手に国と称して、犬やハーピー、牛人などの個性豊かな面々と細々やってきた寄り合い所帯が、僅か数か月で国と呼ぶに遜色ない規模にまで成長し、大陸を牛耳る帝都と対等の関係にまで登り詰めたのだ。

 

「ほ、本当ですの? ぐぐぐ……」

 

 改めて見てみれば、デーリッチからはただの子供とは断じきれぬ謎の気風がある。ヅッチーも妖精という種族として非常に高純度なマナを保有している。ドリントルは王族らしからぬ破廉恥な恰好をしているが、その姿から溢れる気品は隠し切れず。貴族として培われた審美眼が、彼女たちが決してただ王族を名乗っているわけではないことをヴォルケッタに伝えていた。

 

「で、なんだっけ? ヴォルケッタちゃんは何だって?」

「わ、わたくしは……大賢者ヴォルガノンの孫娘にして、子爵の称号を、その……」

 

 最初の威勢は何処へやら。尻込みするヴォルケッタに、ここが逃げ時だとヘルパーさんは悟った。

 

「あ、そうでした! ヴォルケッタさんうちみたいな泥臭いところは嫌だって散々言ってましたね! 丁度良かったじゃないですか! 王族いっぱいのところに入れてもらいましょう! ね!?」

「え!?」

「いやー、良かった。これで強制解雇にはなりませんね! じゃあヴォルケッタさんは引き続きハグレ王国さんに雇われるということでよろしくお願いしまーす!」

「ちょ、ちょっと待ちなさい! そんな無責任なことがありますか!」

 

 言い終わるか否かのところで、脱兎の如く走り去ったヘルパーさん。

 完全に押し付けられた形にはなるが、優秀な魔法使いが仲間になるというのは美味しい展開だ。多少高飛車でわがままな面があるが、その程度のキャラを持て余すほどハグレ王国の器は浅くない。ひとまずお試し期間ということで、この塔の探索を共にすることとなった。

 

「では我々の残りも自己紹介ですね。私はローズマリー。ひとまずハグレ王国の執務全般を取り仕切っております」

「宰相というわけですね。よろしくお願いしますわ」

「で、こちらがエステルとメニャーニャさん。大陸の帝都召喚士教会の一級召喚士と特務士官です。エステルのほうは貴女と同じ炎属性の魔法が得意です」

「よろしく~」

「あら、そちらにも既に炎魔法の使い手がいらっしゃるのね。ではひとまず先達としてそちらの顔を立てておきましょうか」

「ほー、言ったな~?」

 

 ヴァルケッタはエステルが炎使いと聞き、遠回しに対抗心を見せる。エステルの方も元祖王国の炎担当ということもあってか、新人には挑戦的な笑みで返した。

 

「次にこちらの方がマーロウさん。一流の戦士で、獣人族の村を治めていた経験もあります」

「よろしくお願いします」

「それはこちらこそ。その凄まじい気迫、近接戦では頼りにしますわね」

 

 歴戦の風格を漂わせるマーロウには相応の礼を払っているように見える。そこは貴族としての良き礼節が染み付いているようだ。

 

「……で、こちらのプリシラは妖精王国の代理女王で、さらには妖精たちによる商会を取り仕切っています」

「どうも。その年で爵位を持っているとは才覚に溢れているご様子。今回限りとは言わず、良い関係を築いていきたいところですね」

「こ、こちらこそ。仲良くしていきたいところですわね……」

「……何故初対面でそこまで怯えられなければならないので?」

「商人は決して敵に回すなと教わっておりますので!!」

「貴族として良い教育をしていらっしゃいますね、そちらの家」

 

 ずずいと距離を詰めようと、悪く言えば付け入るような思わせのプリシラには少し引き気味に応対する。素直に残念がるようにプリシラは眉を下げた。メニャーニャはそんなヴォルケッタを帝都の貴族たちと比べて非常に好ましく評価していた。

 

「最後はルーク。彼は主に索敵や罠の解除なんかが専門分野ですね」

「ただのチンピラっすよ。お気になさらず」

「なるほど斥候というわけですか。鬱陶しい木々の中を探し回る手間が省けるのは良いことですわ」

「露骨に態度変わるなこの子……」

 

 まあいいかと今回の目的を改めて確認する。まず優先するのは小人たちの救出。ミドリーニャと姉妹都市のデザートラッテの小人たちも散らばっているから、森だけでなく砂漠のほうも探索することになる。

 

「それと、わたくしはドッカン山にも赴きたいですわね」

「例のマグマンタイラントか。マジで挑む気か?」

「当然ですわ。火山に君臨する灼熱のドラゴン! 輝かしい戦歴に加える敵として文句なしですわ!」

 

 ヴォルケッタが提案したのは、先ほど小人たちから聞いた凶悪な魔物が生息する火山への冒険。炎帝の名前に恥じない武勇を求める彼女はこの魔物を討伐しようと考えているらしい。

 

「というか、マグマに住むドラゴンって火属性に耐性持ってるから不利なんじゃあ……」

「我がヴォルガノン流の炎魔法使いにとって、敵は燃える燃えないの話じゃありませんわ。いかにして燃やすかでしてよ!」

「すさまじい脳筋理論だ……」

「まあ私たちとしても悪い話じゃない。いい鍛錬にもなるだろうし、余裕があれば行ってみようか。それより優先するべきなのは、もう一人のハグレの方の捜索だ。森の方ではぐれたって話だし、小人たちの救助と並行して進めよう」

 

 小人の救援に参加した冒険者はヴォルケッタの他にもう一人。文字通りはぐれた状態にあるわけだが、放置しておくわけにもいかない。

 

「ヴォルケッタさん、その人の特徴とか教えてくれませんか?」

「そうね。彼女は土みたいに茶色い髪をしていましたわ。わたくしほどではありませんが、地属性の魔法を扱えるだけあってそれなりの実力はあります。もしかしたら、彼女が生み出したゴーレムが辺りをうろついているかもしれませんわ」

「地属性ですか。それはまた珍しい」

 

 この世界の魔法属性は炎氷雷地水風が基本六属性というのが通説だが、しかし地属性の魔法使いというものは非常に少ない。基礎であるクエイクすらも魔法書が中々出回っていないといえばその希少さは伺い知れるというもの。その原因としては、大地を操作する魔法の難易度にある。マナを介して自然現象を引き起こす魔法の原理からして、質量の大きい地形や岩の操作は難易度が高い。限定的に足元を励起(クエイク)させるぐらいなら問題ないが、岩を降らせる、ゴーレムにして操るなどは高等技術となる。ぶっちゃけ特技系の戦士や格闘家が岩を投げつけたり地面を叩き割る技のほうが多く、ハグレ王国でも地竜ちゃんが屈指のパワーファイターとして活躍している。

 例外としてエルフ王国のリリィ女王は地の精霊との契約を介して多種多様な地属性魔法を操るが、逆に言えばこれだけの高位術者でなければ得意魔法とするには難しい属性なのだ。その魔法を扱えるということは、その女冒険者は相当な実力者とみていい。

 

「それだけの実力がある人なら、下手に動きまわるような真似もしないはずだ。早くその森に急ごう、運が良ければお互い早く合流できるかもしれない」

「全くどこで油を売っているのかしらね。ワタナベさんったら」

 

「おや?」

「……ん?」

「失礼、ヴォルケッタ殿。今、ワタナベと言いましたかな?」

 

 何気なくぼやかれたその名前に、三人ほどピクリと反応した。

 

 

 

 

 

 ◇

 

 

 

『きのこのこのこ』

 

 

 その高慢な様子から少し大丈夫かと思われていたヴォルケッタだが、前評判に偽りなし。

 得意技だという爆球ヴォルケッタ――炎属性の基本とも呼べるファイアボールで全体攻撃するという如何にもシンプルなそれが固有技なのかと疑いかねないものだったが、その威力はエステルのバルカンブレイザーにも劣らない。炎魔法で右に出るものがいなかった彼女でさえそれなりの溜めと制御が必要な大技、それと同等の威力を滅多な疲労もなくポンポンと放って敵を殲滅する姿は、まさに炎帝と呼ぶに相応しい。

 

「おーほっほっほ! わたくしにかかればこの程度ですわ!!」

「これは想像以上だね……」

「実際に見てみるとやべえ火力してるな。ピンク、お前自信無くしたりしてない? 大丈夫?」

「は? 何言ってんの。こんな火力見せられたらむしろ燃えるに決まってるでしょ。次はエステルさんの実力を見せてやるからな」

 

 からかうように視線を向けたルーク。勿論エステルが劣るなどということはない。同じ炎属性とはいえ、それぞれに取り得があり、不向きもある。それに同じ属性同士が組めばシナジーが凄まじいのは彼も分かっており、これはいつもの応酬でしかない。

 

「フレイム!」

「――っ!」

 

 次に現れた魔物の群れへと、出合い頭にエステルは炎を呼び出す。

 速攻の火炎は敵を倒すまでには至らなかったが、それでも先制攻撃として十分以上のダメージを発揮している。

 

「どう?」

「……まあまあの火力ですわね。しかしこのわたくしよりも早く炎を繰り出すとは、中々の技術をお持ちのようですわね」

 

 ヴォルケッタが目を見張ったのはその詠唱速度。マナから魔力を練り上げる速度と術式を成立させる速度については自分以上であると素直に認めた。

 

「あ、分かっちゃう? 先生の天体航路(レヴォリューション・サーキット)、頑張って習得した甲斐があったわね」

「先輩の場合、割と感覚だけで動かしているじゃないですか。習得したっていうなら、シノブさんぐらいになってから言ったらどうです?」

「あれはまた別の何かじゃん……。大体、メニャーニャだってほとんどできてないだろ」

 

 何度も説明してきたことではあるが、体内のマナを特定のルートで循環させることで劇的に増幅させる天体航路という技術は通常の魔法学の他に天文学、チャクラ概念、占星術などの概念を複合した白翼が秘匿する霊子術の基礎にして奥義。並大抵の魔法使いでは会得できない高度な技術であり、それをアルカナが付きっ切りで教えたとはいえ一年で習得するどころか自分流に改良して使いこなすシノブは完全にぶっ壊れであり、触りの部分である魔力の高速詠唱をエステルが使用できるだけでも十分にすごいことなのだ。

 

「私の場合は最初から無理だと見切りをつけていますからね。あの人たちみたいに無茶苦茶な火力を直接ブチかますよりも、同等の火力を手軽に出せる兵器を作るほうが性にあってまして」

 

 メニャーニャは霊子星術を自らの魔法として身に着けるのは無駄が多いと諦めている。その代わりと言うように、アルカナのローブに施された対魔力装甲用の仕組みを解析し、自らが着用する白衣に施すことで属性耐性を大幅に引き上げることを実現していたりする。

 そんな二人の会話を聞いていたヴォルケッタはほう、と感心するような息を漏らした。

 

「なるほど、あなた達の師は優れた魔法使いのようですわね。このわたくしも炎魔法の探究に一つご教授いただきたいものですわ。この冒険が終わったら取り計らってくださるかしら?」

 

 エステルとメニャーニャは顔を見合わせる。二人の脳裏には一つの懸念があった。魔導を志す十代の少女……これがいけない。間違いなくアルカナの好みド真ん中だ。そんな彼女はヴォルケッタを猫かわいがりの如く世話を焼きまくるに決まっている。そうなればこの如何にもチョロそうなお嬢様は確実にでろっでろに甘やかされて再起不能にまで陥るだろう。

 現に設備や環境を万全に整えられてしまったメニャーニャはもはやアルカナなしでは満足に研究できなくなっていた。ハグレ王国にも同等の研究室を設けてもらったし、立場を気にする必要がないというのは素晴らしいのだが、それはそれ。あの決して過剰ではない柔らかさによる包容力。エステルから先輩成分を摂取しても物足りないと思ってしまったメニャーニャは、そこで自分がかなり師に依存していたことに気が付いたのだった。

 

「……どうする?」

「まあ会わせるしかないんじゃないですか。回収したワタナベさんを先生のところに連れていく必要もありますし。公私の区別は……ついていると思いましょう」

 

 早々にこの話を切り上げ、次の話題は件の捜索対象――ワタナベという冒険者の話になる。

 

「それで、エステル達の知り合いってことでいいんだよね? そのワタナベって人は」

「うん。彼女も先生が召喚したハグレの一人よ」

「アルカナさんの――ああ、ブーンさんやロマネスクさんと同じハグレか。それならヘルパーさんに頼りにされていたのも納得だ」

 

 アルカナによって召喚されたハグレ達。アルカナの目的であるハグレ救済のための手がかりを求めて、各地を探索する彼らは一級の冒険者としても評判が高い。その例に漏れず、ワタナベも同様に一流の魔法使いなのだろう。

 

「とはいえ、私たちも特別親しかったわけではないですけどね。その辺りはやはり、マーロウさんが一番知っているかと」

「そうですな。魔法使いゆえ、アルカナ殿の陰に隠れていましたが、彼女も中々の曲者でした」

「曲者? ヘルパーさんの言葉を聞く限りかなりまともそうな人でしたけど」

「人格の問題ではないのです。まあその……なんといいますかな。色々と間が悪いのですよ、彼女」

「間が悪い?」

 

 顎に手を当てて発せられたマーロウの言葉に首を傾げるローズマリー。

 

「何もないところで転んだり、片づけをしたら何かが壊れる。戦いになれば要所を抑えた盤石の戦法で非常に心強い反面、平常時には何かしら余計なトラブルを引き起こす。……要するに彼女はとんでもなくツキが悪い。悪意無く騒動を呼び込むトラブル誘因体質なのです」

「それは、まあなんというか……」

「なので実は少し、というかかなり心配なのです。仲間とはぐれ、単独状態で焦っている。そんな状況で彼女の身に割と洒落にならないトラブルが起こっていた場合、我々はその渦中に突っ込むことになるでしょうからな」

 

 そんなこんなで森を捜索し、ついでにミドリーニャの大工であるゲンさんを救出して。キノコが密集する地帯を通った時、ハグレ王国を呼び止める声がした。

 

「かーっ、また性懲りもなく出てきたドね! やい巨人ども、キノコは渡さんド!」

「うわっ、なんだこいつ」

 

 大きなキノコを持った小人がデーリッチ達に向かって何かしらを喚きたてる。

 

「お仲間がいると聞いて待ち構えてきてみれば案の定だべ! 覚悟しろキノコ泥棒ども!」

「キノコ泥棒って……わらわ達はここを通りがかっただけじゃぞ?」

「嘘こくでね! この前もキノコを採りまくって食ってた奴に一発かましてやっただ! おめえらも同じ目的でここに来たに決まってるだ!」

「素性のわからんキノコとか食えるわけねえだろ……最悪お陀仏だぞ」

 

 ルークの記憶において食い扶持に困ってキノコに手を出し、そのままポックリいく同業者は数知れず。知識もないのに野生のキノコを食うなというのは、冒険者が生き延びる上で知っていなければならないことである。ちなみに毒耐性を悪用し、あえて幻覚作用のあるキノコを服用してラリる馬鹿も多い。冒険者とは命知らずの代名詞だ。

 

「そういうしらを切るだか! ならこのキノコニンジャしずこが成敗してやる、出てこい舎弟一号!」

「ぐぇー……」

 

 キノコニンジャの呼びかけに従い、樹の陰から虚ろな目をした女魔術師が顔を出す。

 ボブカットの茶髪から一房だけぴょこりとハネたアホ毛は主の調子を示すようにくったりとしている。だがそんなことよりも目を惹くのは、頭の頂点に鎮座した原色的なキノコであった。

 

「わ、ワタナベさん!?」

「キノコ生えてるー!?」

「このキノコを貪る不届き者はおらの舎弟としてキノコの大切さを一から叩き込んでやっているべさ! お前たちにも同じようにキノコ魂を植え付けてやるだ!」

「ワタシ、キノコ、アイスル。キノコ、トモダチ。ミンナ、キノコ、ゲンキノコ」

「キノコ魂ってか直にキノコ植えられてんじゃねーか!」

「案の定でしたな……」

 

 マーロウの予感は、救助対象が敵に回るという一番面倒な状態で的中した。




○ヴォルケッタ
 火属性ツンデレお嬢さま。高慢ちきに見えてただただ可愛いだけだったりする。
 11月のはむすたブログにあったパジャマ絵がめちゃくちゃ可愛いかったので見てない人はいないでしょうが、もしいたら見に行きましょう。何ならもう一度見に行きましょう。

○渡辺さん
 ブーン系出身ハグレ3人衆最後の一人。
 無自覚トラブルメイカー。度々snegな目に遭う薄幸少女。


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その76.おたから争奪戦

『森のキノコにご用心』

 

 

 

「さあとっちめてやるんだド! ぶっかませ舎弟1号!」

「うぇぁー」

 

 キノコニンジャの号令を下し、涎を垂らしたままのワタナベが杖を振り上げる。キノコの生えた地面がもこもこと励起していき、あっという間に全身にキノコを生やしたロックゴーレムが出現した。

 

MUUUUSH!!

「うおおっ、なんだこりゃ!?」

「これぞキノコ忍法、土人形の術! 巨人どものサイズ差もこれで同じだべ!」

「なんてことだ……」

「ぬはは、流石の巨人どもも肝を冷やしたかド!」

「くそっ、見た目が最悪だ!」

「ええ。こんなものとても文章でも描写できませんね」

 

 人型のロックゴーレムにあちこちにキノコが生えているという見た目は場合によっては非常に危険だ。これが単純なキノコ怪人なら恐ろしいと思えるのだが。いやこれも色んな意味で恐ろしいが。

 しかしてその見た目によらず、熟練の大地魔法使いが生み出したロックゴーレム――いやマッシュゴーレムは強さもまたひとしお。エステルの初手フレイムを何ともないように突っ切り、ゴウンと唸りを上げて襲い掛かってきた。マーロウが剣で斬りつけて大きく弾き飛ばすが、マッシュゴーレムは未だ健在だった。

 

「キノコ塗れとはいえ、やはりワタナベ殿のゴーレムか。これは手ごわい……」

「さっさとあの人を気絶させるなり、正気に戻すなりしなくちゃいけませんね」

 

 術者であるワタナベを確保すれば、とりあえずこの面倒な増援は止められる。

 プリシラの冷気を纏った刺突がゴーレムの身体を突き崩し、追い打ちとばかりにヴォルケッタの火球がドゴンドゴンと着弾する。

 

「おーほっほっほ! そんな菌まみれのものを近づけないでくださるかしら!」

MUSH!?

「うぼぁーっ!?」

 

 体に食い込んだキノコがこんがりと焼け、食欲を誘う香ばしい匂いが周囲に漂う。炎に巻かれたワタナベは突然襲ってきた高熱に反射的に立ち退く。どうやら自律的な行動はキノコの支配下にあるだけで、指示を受けたり咄嗟の防御などの受動的な行動は行えるらしい。

 マッシュゴーレムは動いてはいるものの片腕が落ち、体中にひび割れが入って端から崩れ始めている。

 

「よーし、大分削れてきたな」

「うぎゅぎゅ……ならばこれじゃ!」

 

 ドロンという音と共に霧が立ち込め、中から三人のキノコニンジャの姿が現れた。

 

「キノコ忍法、攪乱の術! おめぇらに本体のオラが見切れるかド!?」

「おー、忍者の定番だな」

「こういうのは全体攻撃で一掃してしまえば本体を探す必要もないわい。エステル、頼んだぞい」

「んじゃ悪いけどフレイム!」

 

 容赦なく炸裂するフレイム。しかし炎は分身を掻き消すどころか、なんと跳ね返ってデーリッチ達に牙を剥く結果となった!

 

「な、何ぃーー!?」

「ふははー! その程度の小賢しい考えはばっちり対策済みド!」

 

 幻術を用いた鏡面反射体は与えられた攻撃を跳ね返す。伊達にニンジャというクラスを極めていないわけではない。

 迂闊に全体攻撃を行えばこのように反射による大惨事。かと言って全体攻撃を止め、本体を見極めて集中攻撃を行えばワタナベによって生み出されたゴーレムが野放しになる。 なんと恐るべきキノコブンシン・ジツによる全体攻撃を誘発した上での反射攻撃による二段構えの狡猾!!

 

「反撃じゃー!」

「うぼあー」

 

 焦点の合わぬ目をしたワタナベが魔法を発動する。唱えられるのは代表的な地属性の全体魔法ロックブラスト。意識が無いようなものだが、どういうわけか発動できている。キノコによって思考が制御されているのだろう。

 

「そーら喰らえ、キノコ忍術奥義・胞子めちゃおこの舞!」

 

 岩の散弾を必死で耐えるルーク達。そこへキノコニンジャが畳みかけるように小さな体を生かして木々を飛び回り、上からばっふんばっふんと胞子を振りかける。エステルの展開したフレイムウォールが多くを焼き払ったが、運悪くモロに食らった男が一人。

 

「げほっ、ごほっ! ……っ、やべ。意識がだんだん……」

「大丈夫でちか!?」

 

 状態異常に対する耐性を持ち合わせていないルークは、胞子に含まれる毒と疫病と混乱のフルコースを受けてしまった。まず視界がぐらぐらと揺れ、泥濘に嵌ったように脚がおぼつかなくなる。皮膚の中で無数の蟲が蠢いているような感覚で身体を掻きむしり、次に痛みという概念が身体から消え失せた。朦朧とする意識は一周回って冴えてきたようにも思えた。視界も極彩色に満ちてきており、素晴らしい多幸感が全身を包みだした。ルークはおもむろに持っていた魔香草*1の紙巻に火をつけて吸った。もっと、もっと極彩色に! 

 

「スゥー……フゥ……うん、大丈夫。世界は一つ、俺たちはみんな大地に生まれた子供なんだ。ハハ、つまり俺はお前。お前は俺。武器を取っていがみ合う必要ナンテ無いじゃないカ。ハハハ」

「何一つ大丈夫じゃねー!?」

「またラリってるじゃねーか!」

 

 アップとダウンのジェットコースターと洒落込んだ結果、どうやら彼は自分と世界をオープンにつなげてしまったらしい。まるで大量に酒を買いこんで延々と飲み続けた亜侠*2のように、バッドトリップのループに陥ったルーク。そんな彼の耳に誰かの声が響いてきた。

 

『おや、またやってきたのですか。どうやら分身を出すボスに翻弄されているみたいですね。搦手を使うボス相手にアナンタさんみたいに突っ込んでいくのはお勧めできませんね。よーく相手の動きを見て本体を見極めるのです』ハーレルヤ

「ハハッ、簡単だな!」

 

 勿論自分にしか聞こえていない神託に従い、ぐるぐるの瞳でルークは周囲を見渡す。そしてハイテンションにナイフを手で数回弄んでから適当な方向目掛けて投擲を行った。

 

「そこだぁ!」

「みぎょっ!?」

 

 放たれたナイフの柄が見事キノコニンジャの額にぶち当たる。痛みでごろごろと転がるその姿は、微動だにしない分身と比べれば本物だと一目で分かる。

 

「おお、あれが本体か!」

キュアスペシャル(首斜め45度)!」

「ばぬぅ!? ……ハッ、俺は一体!?」

「だがこれで分かったぞ。みんな、動くのは本体だけだ!」

 

 ルークもタイガースイングで復帰して一転攻勢。最早ただのカカシでしかない分身には目もくれず、一斉にキノコニンジャへ攻撃を加えていく。対するキノコニンジャは分身の数を増やして対抗するが、数が増えたところでカカシはカカシ。一呼吸おいてから再び本体に集中攻撃が降り注ぐ。

 

「にょはー!? お、おのれー! だったら土人形の術で……」

 

 最早万事休すなキノコニンジャはワタナベに命じてさらなるゴーレムを召喚させる。マッシュゴーレムが二体追加で出現し、そこで彼女らの上空に影が差した。

 

「およ?」

「あら。ごめん遊ばせ」

 

 浮遊する大ブタ……ヴォルトントンに乗ったヴォルケッタが上空から大量に爆弾を降り注がせた。

 

「あばばばば!?」

「みぎゃー!」

「「「MUSH……」」」

「よーし、今だ!」

 

 これぞ爆炎ヴォルトントン。魔力で生み出した使い魔の豚風船に乗って敵の頭上を取り、これまた魔力で生み出した爆弾で敵陣を焼き払うというヴォルガノン流奥義。次々と爆発が起こり、周囲のフィールドが炎上する。そこにエステルのフレイムが炸裂した。

 炎への耐性を下がったところにこの劫火。耐えきれるはずもなく、菌糸を焼き尽くされたマッシュゴーレムはただの土くれへと還った。

 

「申し訳ないがワタナベ殿、お覚悟っ!」

 

 完全に動きの止まった隙を逃さずにマーロウがワタナベへと駆け寄る。そのまま脳天に生えたキノコを掴み、力任せにぶちっと引っこ抜いた。

 

「ウギャーッ!?」

 

 乙女にあるまじき悲鳴を上げて、ワタナベは気絶する。

 

「今、結構ヤバい音しなかったか……?」

「大丈夫ですかねあれ」

「まあ、アルカナさんの部下ですし、生存能力は高いんじゃないですか?」

 

 実際、倒れた身体はビクンビクンと痙攣しているので、まあ生きてはいるのだろう。

 

「おにょれー! おめぇら覚えてるだドー! うわーん!!」

 

 泣きべそをかきながら、キノコニンジャは森の奥へと消えていった。

 これで戦闘終了。徹頭徹尾締まらない雰囲気での戦いだった。

 

 

 

 ◇

 

 

 

「うーん……」

「気が付きましたかな。ワタナベ殿」

「……はっ!? ダンディなイケオジボイス!?」

 

 ガバっと身を起こしたワタナベはきょろきょろと周囲を見渡し、知っている顔が自分を取り囲んでいることに気が付いた。

 

「ん? あれ、マーロウさん?? なんでここに?」

「貴女がはぐれていたとヴォルケッタ殿から聞きましてな」

「あっ、ヴォルケッタちゃんだ! よかった~、無事だったんだね」

「無事じゃなかったのは貴女の方ですわ! ……全く、心配かけさせないでくださいまし」

 

 そう言ってぷいと顔を背けるという、お手本のようなツンデレを発揮するバーニングお嬢様。今日日ここまで純正のツンデレというのも珍しい。

 ワタナベはそんな彼女の仕草をにへへ、とほほ笑んでその隣にいた見覚えのある二人に視線を移し、さて誰だったかなと記憶を漁り出す。

 

「えーっと……エステルちゃんとメニャーニャちゃんだっけ?」

「正解。よく覚えてたね」

「アルカナちゃんの少ない生徒さんだもん……流石に覚えてるよ」

 

 アルカナは召喚士協会設立時から在籍しているが、彼女の研究室で育った召喚士というのは極々少ない。単純にアルカナが多忙であり、かつ主力だった貴族派の幹部たちに組織としての業務から遠ざけられていたという事情もあるが、それ以上に意図的に召喚士としての生徒を取らないようにしていたというのが大きい。

 表立って標榜したことはないが、アルカナの研究分野は「ハグレの送還方法について」。勿論これは召喚士とハグレの関係及びハグレ搾取が横行した帝都の平穏をぶち壊しにしかねないものであったため、これを迂闊な若者に教えるわけにはいかなかった。そこにシノブという規格外の天才が入ったことは、ある意味で運命のようなものだったのだろう。

 

 と、そんな裏事情はさておき。

 

「えへへ……どうも、ワタナベです」

 

 ワタナベは初対面の方々に挨拶をする。ほんわかな声とゆるい雰囲気が合わさって、人に好かれやすい印象を与えてくれるだろう。もっとも、デーリッチ達からの第一印象はキノコに乗っ取られて正気を失っていた哀れな冒険者なのだが。

 

「どうも初めまして。私たちはハグレ王国というものです。ご存じとは思いますが……」

「ハグレ王国??」

「え、知らないの?」

「うん」

 

 これにはローズマリーも思わずキョトンとしてしまう。アルカナの関係者は大体ハグレ王国のことを知っていたからまあ今回もそんな感じだろうと思っていたのでこれは予想外だった。

 

「……先生とはどれくらい連絡取ってないんですか」

「う~んと、三か月くらいかな?」

「……どこまで行ってたの?」

「最初はカーネ王国行きの船に乗ったんだけど、途中でクラーケンとキングオーシャンの戦いに巻き込まれて船が巻き込まれちゃって」

「呼吸をするようにトラブルに見舞われてるな……」

「それで気が付いたら、独立鉄拳皇国ってところに流れ着いちゃって」

「え、何その今ダイス表振って決めた感じの名前の国は?」

「帝都とは国交がないから手紙も届けられなくて、仕方ないからそこで冒険者として活動してたらついこの前に次元の塔に入れるワープゾーンを見つけたの。そこでヘルパーさんとヴォルケッタちゃんと一緒に小人さんたちを助けてたんだ」

「……なるほどな。でだ、それでどうして頭からキノコ生やすような羽目になってたんだアンタは」

「うーんと、そうだね。とりあえずヴォルケッタちゃん達とはぐれた辺りから説明するね。ほわんほわんナベナベ~」

「自分で言うのかよ」

 

 

 

 ◇

 

 

 

『ふええ……キノコ美味しいよお。ヘルパーさんもヴォルケッタちゃんもいないけど……探してればそのうち会えるよね。だってここ小人ばかりだもん……とっても目立つもん……二人とも魔物に襲われてないか心配だな……』

『おんどりゃー! てめえ大事なキノコたちに何しょっとばー!』

『あれれ? 小人さん?? こんなところにいたら危ないよ??』

『この森はオラの庭だベ! おみゃーは何勝手にキノコ食ってるだ! しかもそんな大量に、完全にこの辺のキノコ達が禿げ上がってるド! どうしてくれるんだド!』

『おなかが空いていたから……多分毒キノコじゃないから大丈夫だよ。とっても美味しいし、小人さんも一つ食べる?』

『さては喧嘩売ってるド!? 良い度胸だベ。おめーに食われたキノコらの仇ド。くらえキノコ忍術超奥義、ウーパーキノコの術!』

『え、ちょなにってにょわあああ!?』

 

 

 

 ◇

 

 

 

「……って感じで。その後はずっとキノコを採りに来る人を敵だと思いながらうろうろとしてたような気がします……はい」

「つまり俺たちが襲われたのはコイツのせいってことか?」

「全くあなたって人は! どうしてこうやることなすこと裏目に出るんですの!?」

「えへへ……ごめんちゃい」

「可愛く言っても誤魔化されませんからね!?」

 

 この女の余計な行動のおかげでこの上ない徒労を味わった身としては、小首を傾げてこつん、と頭を小突いて、手屁☆彡って感じで乗り切ろうとするのは返って逆効果であった。

 

「……で、私はこのまま君たちのパーティに加わればいいのかな?」

「なんか着いてきたらまた余計な面倒が起こりそうなんで一先ず帰って……ああいや、それも不安だな。うちの拠点に送るので、そこでしばらく待機していてください。アルカナさんには迎えを寄越すように手紙を出しますから」

「はーい」

 

 

 

 ◇

 

 

 

『おたから争奪戦』

 

 

 ワタナベをハグレ王国に送りつけて探索を再開した一行は、砂漠にあるピラミッドへと乗り込んだ。

 一面砂の世界に聳え立つ巨大な四角錐は王家の墳墓であり、その中には王の遺体と同時に埋葬された多数の秘宝が眠っている。勿論、財宝目当ての盗掘者に対するトラップも満載。

 内部に蔓延る死霊たちは侵入者に目もくれずに徘徊するだけだが、油断してトラップに引っかかり少しでも傷つけば血の匂いを嗅ぎつけて一斉に襲い掛かり、欲深く浅はかな盗掘者たちを同胞に加え入れるのだ。

 

「よっと」

 

 そんな恐ろしきピラミッドだが、ここには優秀なスカウトがいる。

 乾いた血痕のある床にルークが石を投げれば、落ちた先の空間をカシュンと矢が通過する。その方向を目で追って、壁に空いた僅かな隙間を適当な石で塞いでおく。

 

「おっ、分かりやすいところにレバーがあるでち」

「このレバーを操作すれば、きっと向こうにあるキューブが消えるのですわね」

「じゃあ早速倒してみるで「ちょい待ち」え?」

「あー……こいつを倒したら爆発するな。他には何の仕掛けもついてねえハズレだ」

「よく分かるわね……」

「どうやったら間抜けが引っかかるかって考えるのが肝だからな、こうやって露骨なのはわかりやすいもんだ」

「誰が間抜けですって!?」

「言ってませんよ……」

 

 これ見よがしに置かれたレバーを作動させようとしたデーリッチを制止し、ダミーであることを看破する。なお正解のレバーは二階への階段の陰にあった。いやらしい。

 そうして次の階へと上がった彼らの前に、今度は断続的に雷が落ちる廊下が立ちふさがる。

 

「……雷耐性持ちの方ー、お願いしまーす」

「おい」

「いや現在作動中の罠に突っ込むとかできねえよ。こういうのはタフなマーロウさんか同じイカヅチ妖精にでも任せようぜ」

「お"? 今ヅッチーを罠に突入させるとかいいましたか??」

「ハイ、スカウトとして行って参ります」

 

 物理的にも精神的にも凍てつく視線を背中に感じたルークはマーロウと共に雨雷の中に突っ込んだ。

 

「……あれ、痛くねえ」

「私もだ」

「おーい、大丈夫か?」

「大丈夫だ。ダメージはねえぞ。けどなんかダルくなってくるぜ」

「どれどれ……あぁ、これは魔力が吸われていきますね」

「地味に厄介なタイプだなぁ、とっとと突っ切ってしまおう」

 

 消耗した状態で魔物と接敵すれば致命傷だがそれ以外は特に害のないトラップの雨を走り抜ける最中、ルークは罅の入り方に規則性のある壁を見つけた。

 

「お、多分この先に部屋があるな。マーロウさん、一発頼んます」

「ぬうん!」

 

 屈強な獣人が繰り出すのは、雷を纏った張り手という名のマスターキー。破砕した壁の向こう側から人工的な空洞が顔を出した。

 

「宝箱でち!」

「よっしゃー! ヅッチーが一番乗りだぜ」

「だから待てってば」

 

 隠し部屋は大量の宝箱が収められた宝物庫だった。はしゃいで開けに向かおうとする子供たちを押さえつけ、十フィート棒を片手にコツコツとトラップを確かめていけば案の定地面からトゲがせり出してきた。

 トレジャーハンターの面目躍如とばかりに、ルークは数々の罠を見抜き、手際よく解除していった。

 悪質なブービートラップもなんのその。ショートカット開通という甘い罠にも惑わされず、探索判定を無難に成功させ続ける姿は、まるで近頃の不運(ファンブル)の揺り戻しのようにも見える。

 

「ははっ、ちょろいもんだぜ」

「あいつ、イキイキしてるわねー」

「久しぶりのダンジョン攻略だからかな」

 

 

 そうやって宝を回収しながら進んでいく一行。しかし彼らの快進撃は三階に上がったところで止まることとなる。

 

「おい、誰かいるぞ」

「いや待て、この見慣れたSilhouetteは……」

「ああ、ヤツだ……」

「ヤツ……?」

「ん? ――うおっ、ハグレ王国!?」

 

 それは紛れもなくはむすけ&どらごん君、ハグレ王国の行く先々にて毎度余計なことをしては騒ぎを大きくする厄介者コンビ……ああいや、厄介なのははむすけだけであった。

 また悪事を働くつもりなのかと問い詰める、しかしそれはこちらも同じ。目的が同じ盗掘である以上、言いがかりをつけて襲い掛かるのは筋が通らないとはむすけは反論を振りかざした。

 

「そういうわけなんで、僕たちは正々堂々と盗掘を続けますんでー攻撃はしてこないでねー?」

 

(こいつ……もうここでやっちまうか?)

 

 煽り倒すはむすけに静かにキレたルーク。彼はポケットに忍ばせたチーフスペシャルに手を伸ばして仁義なき戦いを仕掛けようとして、取りやめた。はむすけは調子に乗っているように見えるが、その実一挙一動を見逃さないようにちらちらと全員に目配せをし、特にルークには注意を払っていることに気が付いたからだ。同じ穴の狢。こういった場合に相手がどう出るかは概ねお見通しということか。

 

「まだ話は終わっとらんでち! こうなったら財宝の取り合いで勝負するでち!」

 

 煮え切らないのは国王も同じ。彼女は非戦を前提としたトレジャーハントの勝負をはむすけに持ち掛ける。逃げ足に自信のあるというはむすけはこれを受諾した。大方、軽く揉んでやろうという魂胆だろう。

 

(へえ、やるじゃねえか)

 

 敢えて相手の得意分野での戦いを挑むことで、相手をその気にさせる。我らが国王は人に好かれるのが上手ければ、人を乗せるのも巧い。愛し愛されて、侮られもする。無害という概念が人の形をして歩いているような存在だった。

 さて、とルークは考える。この勝負、実際はクソ不利だ。足の速さで言えばどらごん君は中々早い。はむすけの開錠技術がどれくらいかは不明だが、恐らく泥棒と走り屋の罪業を多く背負っている彼の自信を見れば相当なもの。真っ向から挑んで、まず勝ち目はあるまい。

 

「……なあ、俺に考えがあるんだが」

「何じゃ?」

「まさか掟破りの不意打ちですか? それは流石にこちら側の悪評が……」

「いやいや。そんな姑息な真似しませんよっと。まあ皆は普通に競争してくれればソレでいいっすから……」

 

 どこからどう見ても悪巧みなそれを耳打ちし、聞いた一行もその案に頷いた。何だかんだ言って全員このあん畜生には思うところがあるようだ。

 

「そんじゃマリーさん号令お願いします」

「分かったよ。それじゃあ、3、2、1、スタート!」

「ほい」

 

 スタートが切られた直後。ルークだけはデーリッチ達とは逆方向に、すなわちはむすけと同じ方向へと走り出した。

 

「お? 別行動っすか? まあそれぐらいはハンデとしてやっても――おや、何か落ちたっすよ?」

 

 全速力で前に出た瞬間、ルークの背中から革袋が零れ落ちた。

 

(ぷぷっ、焦って荷物を落っことすとかドジな奴~)

 

 折角だ、マウントを取るついでにあの気取ったいけ好かない野郎の間抜け面でも拝んでやろう。そう思って拾い上げようとしてみた袋の中から顔を覗かせたのは、ピリッと鼻腔を刺す香ばしい匂いを漂わせた茶色の物体だった。

 

「ん……なにこれ?」

!!

 

 それは肉の燻製。霜降り肉を用いてじっくりこんがりと作られた特製のおいしいおにくである。

 

「なんだハズレじゃないか……って、あっ、ちょ、何食べてるんだいどらごんくーん!?」

 

 金目の物ではないことを看破したはむすけとは対照的に、どらごん君は目の色を変えてその肉にがっつき始めた。そうなると当然、騎乗しているはむすけの動きも止まる。

 

「ははっ、やっぱりだ。あいつ、ヘルが前にやったやつの味覚えてやがるぜ」

 

 ルークがこのような行動に出たのにはワケがある。

 それはルーク達がハグレ王国に加入する前。つまり次元の塔3層での一件。

 ハグレ王国に戦いを挑むために彼が準備をしている間、ヘルがどらごん君にルークが残していたジャーキーを与えたのだ。流石に甘いものはどうかなと思い、肉なら大丈夫だろうと無許可で与えたのだが、これが意外と食いつきが良く、あまり人懐っこいとはいえないどらごん君がすんなりとヘルに懐いた経緯である。

 この経験は後々に加入した地竜ちゃんのお世話にも活かされており、地竜ちゃんもまたルークの作る加工肉がお気に入りのおやつである。いつの時代も、魔物を懐かせるのに必要なものは肉であるとかの有名な青色の魔物使いは言っていた。ちなみにこの時にヘルがジャーキーを勝手に餌付けに使用したことが発覚したのは余談である。

 

「おたから取り放題だヤッホーイ!」

 

 この競争であの駄獣にくれてやるおたからなど一つもない。かなり大人げない恨みを晴らした爽快感を胸に、ルークはパカパカと宝箱の中身を回収していく。

 

「こういう姑息な手段はすぐ思いつくよな、アイツ」

「ま、戦わないってだけで、妨害全般をするなって取り決めではありませんからね。勝手に別のものに注意が逸れたなら仕方ありませんよね」

「それに、こうやって出し抜いてやるのは痛快じゃからのう。かんらかんら♪」

 

 反対側のデーリッチ達も順調に宝箱を開けていき、息も絶え絶えの様子で最奥の部屋で走り込んできたはむすけを悠々と拍手で迎え入れた。

 

「ゴールおめでとさん。そっちはどれだけのおたからが手に入ったかな? かな?」

「ぐぬぬぬ……」

 

 煽り散らかしイキリ倒すルークに、負けた手前何も言い返せないはむすけ。すごすごと帰っていくその後ろ姿は哀愁漂うものであった。

 

「さて、と。位置的にここが最奥部か?」

「上りの階段も見つからなかったし、そうかな。……それにしても、あまり空気が良くないね、ここ」

「確かに、なーんか嫌な空気が漂っているわね」

 

 ローズマリーはローブの端を口元に当てながらそう言い、エステルもきょろきょろと何かを探る様に周囲を見回す。

 

「というか、なんか別のところから瘴気が漏れてきてる感じがしませんか? こう、マナの流れがじんわりと偏っているというか……」

「まぁ、ここが王様の墓っていうなら、一番大事な棺の部屋が隠れてそうだけどな。ほら、そこの割れ目とか滅茶苦茶怪しいだろ」

 

 ルークは宝箱の後ろにあった壁の割れ目を指す。これまでも散々あった隠し部屋への入り口となっていた罅だが、これは特別に危険な匂いが漂っている。

 

「十中八九ボス戦の気配がしますわね……」

「どうする? このメンバーで挑んでみようか?」

「んー……やめるか。そこはまた後で来ようぜ。正直、結構疲れた」

 

 人間引き際が肝心である。何だかんだここまで結構な数の魔物と戦ってきたので回復アイテムも厳しい。ゆえに彼らはここで補給を兼ねて一度帰還することとした。

 

 勿論、その後はきっちりと隠し部屋に挑戦して王の亡霊を打ち倒して財宝を手に入れたのは、言うまでもないだろう。

*1
ソード・ワールドシリーズに登場するMP回復アイテム。軟膏にしたり、抽出してお茶にしたり、火をつけて吸ったりする。ちなみにサタスペにおける大麻の効果はMPを3点回復。点と点が線で繋がりましたね?

*2
ダイス運が悪いと本当にバッドトリップはループする。しかし極まったマンチどもはバフや回復のために酒を飲み麻薬をキメ続け、バッドトリップ表を嬉々として振るボンクラばかり。オオサカ故致し方なしである




 ちなみにルークはこの後肉を使い切ったことでミアお姉ちゃんに怒られました。


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その77.彼ら彼女らの一幕・捌

お久しぶりです。
なんかモチベが上がってこなかったので無理やりケツを蹴り上げて書きました。
山なし落ちなしでキャラが駄弁ってるだけの回。イチャイチャしかしてないです。


『ガールズトークウィズメン』

 

 

 

「前々から気になってたんだけどよ。これ、結局何でできてるんだ?」

 

 昼下がりのおやつタイム。

 甘ったるい緑色の粘液が詰まった瓶を指さしながら、ルークはかねがね思っていた疑問を口にした。

 

「それって、宇宙ジャムのこと?」

「ああ。姫さんがUFO呼ぶたびに貰ってくるせいで消費追い付かねえし、何なら今も在庫処分のために食ってるわけだけどよぉ、じゃあこいつの材料って一体何なんだろうなってさ」

「やっぱりジャムだから果物なんじゃない? そんな感じの味がするし」

 

 スコーンを大口で貪るエステルがざっくりした答えを言う。

 いちごジャムとクリームをどっかり乗せたスコーンが口の中に消え、紅茶で流し込まれる様子には品の欠片もなかった。

 

「というか、ドリントルに聞いた方が早くない?」

「最初に聞いた。知らんって返ってきた」

「それじゃあ誰も分からないわね。宇宙はまだまだ私たちの理解が及ぶ世界じゃないわ」

 

 エステルの投げ槍な言葉によって一瞬で話題が終わってしまった。

 

「……話続かないじゃない。どうしてくれんの」

「てめえが『なんか面白い話しろー』って無茶振りした癖に文句言うんじゃねえよ。つか、なんでこの中で男が俺だけなんだよ」

「そりゃまあ、私たちがヴォルちゃんのティータイムに参加してる中、食堂の隅っこで寂しそうに珈琲啜ってたキミを憐れんで参加させてやってるわけですよ」

「寂しくねえよ。一人の時間を楽しんでたんだよ」

「よかったな。ヴォルちゃんがお前の参加受け入れてくれて」

 

 食堂ではティータイムという名のほぼ女子会が開催されており、ルークはその端っこで慎ましく座っていた。この女所帯でとっくの前に慣れているので別に肩身が狭いとかではないが、流石にその渦中へわざわざ突っ込んでいけるほど心臓に毛は生えていない。故に空気を乱さないようにしながらヘルが甘味に顔を綻ばせる様子を眺めていたのだが、微妙に空気を読まないエステルのせいでこうなっているのであった。

 

「おーほっほっほ! ド高貴なわたくしは風雅を解すのなら誰であっても受け入れますわ。お爺様とも何度もお茶をしたものです。あ、でも流石にニワカマッスルさんとかはちょっと考えさせてくださいます?」

「あいついたら雰囲気がティータイムじゃなくてバーベキューみたいになるもんな」

 

 真っ赤な筋肉が優雅に紅茶を啜る姿を想像するが、うーんこれはよろしくない。なんか口の中がしょっぱくなってくる。肉を頬張りアイスティーを呷るのもまた素晴らしいものだが、そんなジャンキーな食事風景を人前でするなど貴族らしくない。

 

「紳士な方なのは知っておりますし、あの熱の入った性格はとても好感が持てますわ。でもあの汗くさい筋肉むき出しはちょっとどうにかなりませんこと?」

「その辺に突っ立ってるだけで画面の半分持っていくし、存在感がパないわよねー」

「流石うちのディフェンス代表だね!」

「盾役としては優秀だし実際頼りなんですけど、あの腰蓑一丁は流石に……。パパのふんどしと同じくらい恥ずかしいわ……」

「うーんこの評価よ」

 

 女衆からの散々たる半裸Disを決められるマッスルへ哀れみの念を送るルーク。手放しで褒めてるのが同じ薄着族の雪乃だけだ。ついでに言えば彼女も何だかんだお洒落力はある。だがマッスルにはない。彼にあるのは熱気に揺らめく腰蓑だけだ。

 残念だが当然たる結果だとは思いつつ、同じ男としては何かしらフォローを入れてやりたくなるのが人情であった。

 

「まあ、お前たちも知ってるようにマッスルは実際いい奴なんだし、もっと恰好をちゃんとすればまだモテる目があるとは思うんだよ。ハグレ云々とかじゃなくて、あの蛮族スタイルじゃ誰にもそういう印象しか与えられねえんだわ。マーロウさんだってちゃんとしたところじゃしっかりした服着るだろ? まず外見からちゃんとやらねえと最初の土俵にも立てねえってのは間違ってないと思うんだわ」

「流石、王国の伊達男二大巨頭の一人は言う事が違いますなぁ」

「こちとら嘗められたら終わりの世界だからな。ちょっとでも隙がありそうだと見られたらすぐに追いはぎがやって来るんだぜ?」

「そうそう。ハグレだから泣き寝入りだろうって遠慮なく襲ってくるの、困っちゃうわよねぇ」

「あらまぁ、この世界の冒険者は品がなっておりませんのねぇ。法整備と取り締まりがなっておりませんわ」

「ふーん、ヴォルちゃんのところは治安いいんだな」

「いえ、うちの領土周りでも食い詰めて夜盗に成り下がった冒険者が月に一回ぐらいの頻度で湧きますので、その度にお爺様が焼き払って退治しておりましたわ」

「そっちもそっちで大概だったわ」

「炎帝の名は一日にして成らずですわ!」

 

 貴族だろうと腕っぷしが物をいう時代である。

 

「でもさ、ヘルちんと一緒だと結構絡まれて面倒だったりしたんじゃないの? こんな性格で、美人だし」

「いやそうでもねえぜ。俺は普通に顔が利くし、ヘルも一見したら黒魔法使いだったからな」

「あぁ、そりゃよっぽどの馬鹿以外関わらないわね」

「どういうことですの?」

「ここ数年、黒魔術系の魔法使いが何度かデカい事件起こしてるのよ。一時期はマイナーな魔法使ってるだけで白い目で見られてた時期まであったらしいわ」

 

 ついこの前に戦い、そして倒した死霊術師の顔を思い出しながらエステルは語る。

 召喚術もだが、何事も悪用する連中の顔だけが目立ち、きちんと真面目にやっている者たちは表舞台に立てることは少ない。世知辛い話である。

 

「そんなわけだからある程度分かってる連中は逆に手を引く。むしろ何も分かってない新米冒険者の方が勧誘にしつこく声かけてきて面倒だったな」

「苦労してますのねぇ」

「ルーク君のおかげで、秘密結社も恰好がついてますわ」

「あなたの頬っぺたについてるクリームが全部台無しにしてるわね」

「ルークく~ん」

「しょうがねえなぁ」

 

 ルークはヘルの頬についたクリームを指で拭い、そのまま自分の口に放り込んだ。

 

「ちなみにもう一人の伊達男は?」

「アルフレッド以外いないでしょ。外じゃ結構人気あるんだぜあいつ」

「こっちじゃあジーナかジュリア隊長の尻に敷かれてるイメージしかないけどね。初対面の時だってさっそうと現れたかと思ったらジーナに追っかけまわされて即座に頭が下がってたわ」

「いいんですよ。弟なんて生意気にもこっちの心配も知らずに調子に乗っていくんですから、多少マウントとってわからせておくぐらいでいいんです!」

 

(え、今の流しますの!?)

 

 ナチュラルに繰り広げられた甘々仕草をスルーした他の面々にヴォルケッタは内心、いや優雅な表情を保てないぐらいに驚愕した。13歳という思春期に突入したばかりの多感な年頃の乙女には刺激が強すぎて一瞬思考が止まり、赤面すらしていたというのに。この女子(おなご)どもと来たら全くの無反応! 思わず出そうになった黄色い悲鳴が引っ込んでしまったではないか。

 

「でもぶっちゃけさ、マッスルって別にモテない心配いらないよね」

「まぁねー」

「あれだけ仲がいいのにお付き合いされてないって本当ですか?」

「いつも一緒にいるのにねー」

「これ以上おアツいのが増えたら胃もたれするわ」

 

 なんなら既に胸やけしているわ。そうツッコミたいヴォルケッタであった。

 

「で、話を戻すけどよ。結局これって原材料なんなんだろうな」

「まだ引っ張るのそれ?」

「だって似た味が分かれば宇宙味って売り捌けるかもしれねえだろ」

「うちにある分がまだピラミッド作ってるのに早くない?」

「無くなったら無くなったで怖いし……」

「雪乃さんなら何かわかるんじゃないかしら?」

 

 自分では判断できないと早々に判断したヘルは、ジャムについては一家言あるジャム大使こと雪乃に意見を仰ぐことにした。

 

「宇宙ジャムについてですか? うーん、それが私にもわからないんですよねぇ……桃みたいに甘くて、ベリーのような酸味も感じるし、リンゴのような瑞々しさに、ブドウの豊潤さも広がる……こんなジャムがあるとは知らなかったなぁ。流石は宇宙、奥が深い」

 

 ジャムで宇宙の何を感じるというのだろうか。雪乃はしみじみと宇宙の神秘に感心していた。

 

「マナジャムは分かりやすいんだけどな」

「マナ水を豊富に吸収する以外は、コケモモと同じ味ですわね」

「あと緑色の果物ってのもそんなにないよな。メロンとキウイぐらいだろ」

「メロンってジャムにしてもあんまりおいしくないですよ」

「案外適当に果物混ぜたら同じ味になったりして」

 

 あーだこーだと意見が交わされるが、結局これという答えも見つからず。

 

「ま、わかんねえんじゃ仕方ねえか」

 

 そこまで重要な話題でもない。自分で出した話を打ち切ったルークはパイへとかぶりついた。

 

「お、うめえなこのパイ」

「そのユノッグチェリーパイは新作なんですよ。この様子ならお店に出しても問題なさそうで良かった」

「クウェウリさんの作る料理なら大体美味いっすよ」

「おいおい、ヘルちんの前で浮気か~?」

「そうね~私もクウェウリさんのパンなら毎日食べたいですわ」

「おっと?」

「ヘルは作るより食べるのが好きだからな。二人で冒険してた時の料理当番は俺とヘルで5:2だったし」

「ルーク君の料理もちょっと濃いけどおいしいですわ」

「あら。ルークさんも料理できるんですか? パパと一緒に色々おつまみ作ってたりするのは見てましたけど……」

「そっかクウェウリちゃんは知らないか。ミアちんとキャサリンが来るまで王国の料理は当番制だったんだよ。マリーとか福ちゃんでさ、後は意外にもマッスルが料理できるんだよ」

「大体は王国に来るまで一人で生きてきた連中だからな。最低限の自炊スキルぐらいは持ってるよ」

 

 ちなみにルークの料理ジャンルはザ・男飯とでもいうべき、その場その場の食材を普通に食える感じに調理するサバイバル系である。とはいえ、オオサカ人たるエルヴィスから伝えられたごった煮料理*1の知識に加え、薙彦とラプスの意外にも料理上手な二人からも色々と教わっているのである程度の料理は作れたりする。

 

「そんな話をしてたら久々にルーク君のコーンポタージュが食べたくなってきましたわ」

「じゃあ今度作ってやるよ。甘めの奴だろ?」

「わーい!」

「……すみません。紅茶、もう少し濃くお願いできます? 砂糖もジャムも要りませんわ。正直、口の中が甘くなりすぎてまして」

 

 そんな二人の甘ったるいやりとりに、ヴォルケッタの舌は限界であった。

 

 

 

 ◇

 

 

 

『氷上のワルツ』

 

 

 

 大陸の北、常冬の地サムサ村では今、ウィンタースポーツが熱い!

 

 元々は辺境の村であったが、ハグレ王国との交易によって経済が活性化し、交通の便となる大橋がかけられたことで各地の街との交流も盛んになり始めた現在、サムサ村は季節を問わず雪を活かしたスポーツが楽しめるとして軽いブームが起こり始めていた。

 

 そしてそれはハグレ王国も例外にあらず。

 

 機を見るに敏なる社長プリシラの下、季節を問わずにアイススケートが楽しめる王国スケートリンクが建設され、日夜観光客で大賑わい。多くの家族連れやカップルが訪れ、氷の上での滑走を楽しんでいる。

 

 そしてここにも、カップルが一組。

 

「ひぃぃぃ……ルーク君、離さないでくださいね!?」

「離さないからまず落ち着いてくれ。そんな足ガックガクじゃあ逆に支えづらいわ」

 

 膝をがくがくと震えさせているヘルの手を、ルークがしっかりと握る。

 

 以前みんなでアイススケートを行ったときに一人だけ補助器具を使用していたヘルラージュは、それをローズマリーに散々けなされたため、こうして自力で滑るための練習を始めた。勿論こんなすぐ転んで氷に頭を打ち付けてそのままナムアミダブツ! なスポーツ(大いに主観が入っております)を小心者のヘルが一人でできるわけがなく、こうしてルークが付き添っているのだった。ちなみに遠くではミアが腕を組みながら生暖かい目で見守っている。

 

 だが現実は無情。ヘタレの魂百まで。ビビリは三年にして成らず。

 ルークがヘルの横で支えとなっているのだが、こうも足が震えていては滑り出すことはおろかまともに立つことすら怪しい。

 

「いいか。まず足首とつま先に重心を預けるんだよ。そんで片足ずつ、ゆっくりとな」

「え、ええ……」

 

 おっかなびっくりではあるが、壁に沿ってゆっくりと前進する。

 おぼつかないが、それでも着実に進んでいる。

 十歩ほど進んだところで、見守っていたルークが声をかけた。

 

「おっし、んじゃあそのまま滑ろうぜ」

「え、もう!?」

「それだけ歩けるなら十分だよ。体重の移動ができてるなら、後はそのままの姿勢を保つ。脚の動かし方なら補助器具持ってる時と同じでいいんだ。簡単だろ?」

「それができたら苦労しないんだけど?」

 

 エステルほどではないが、彼もそれなりに身のこなしは得意な方だ。そんな運動神経がある側のアドバイスなど、へなちょこの参考になるわけがない。

 

「いいからいいから」

「ひゃっ!?」

 

 軽く背を押せば、ヘルの体は前へと進む。

 前のめりになって手をじたばたさせ、必死に体勢を保とうと後ろに傾いて案の定倒れ始める――

 

 前に、彼女の手が横から掴まれた。

 

「足は動かさなくていいからな。後はどっちかの足に体重を傾けるだけだ」

 

 並走するルークが僅かに傾く。それに体を預けるようにして動けば、自ずとヘルの体も同様に滑り出した。

 

「わ、私ちゃんと滑れてるわ……」

「簡単だろ?」

 

 外周に沿ってリングを回る。流れる風景の中、唯一変わらずにいる彼の顔が目に入る。それが妙に気恥ずかしくなり、僅かに視線を逸らした。だがそれがいけなかったのか、足がズレて体勢が大きく崩してしまった。

 

「って、ひゃっ!?」

「おっと」

 

 あわや転びそうになったヘルを、ルークが背中から抱き留める。

 若干シューズが浮き、危なっかしくブレードが空を斬った。

 

「大丈夫か?」

「え、ええ……」

「やっぱりちゃんと滑るのはまだ早かったか。どうする? 今日はこの辺にしとくか?」

「……ううん、もうちょっとお願い」

「あいよ」

 

 そうしてルークがヘルの手を引き、二人は滑走を再開した。

 その様子を、優雅な立ち振る舞いでスケートに興じていたヴォルケッタは見ていた。

 

「……なんでかしら。若干気温が暑くなってきた気がしましたわ。すいません、もう少し寒くしたほうがよろしいのではなくて?」

「残念ですが、これ以上冷気は強くできないので我慢してください」

 

 辟易とした顔でプリシラはそう言った。

 

 

 

 ◇

 

 

 

『おませさん』

 

 

 

「なんなんですのあれは!?」

「き、急にどうした?」

 

 ところ変わって別の日のティータイム。

 やることのない、あるいは店が暇で仕方がない女子が集まって駄弁る中、ドンとテーブルを叩いて叫んだのはヴォルケッタであった。

 

「どうもこうもありませんわ。一体どういうおつもりですのあの二人は?」

「あの二人?」

「ヘルさんとルークさんの事ですわ。ああも人前でイチャイチャいちゃいちゃと……どうして貴女たちは平然としていられるのです!?」

「あ~、ヴォルちゃんには刺激が強すぎたかぁ」

「皆あいつらのイチャイチャに見慣れちゃってたから、新しい子の反応は新鮮でいいわねぇ」

 

 うがーっという勢いでヴォルケッタはこれまで散々見せつけられてきた光景に対する不満を吐き出す。

 

 最初は皆、数少ない恋バナにはしゃいでいたのだ。年若い少女が大多数のハグレ王国。そこにやってきた現役カップルの進展は格好の話題であり、帝都に繰り出す直前はそのピークだった。

 

 だが今はどうだ。ある程度人目を気にしていたのが、帰って来てからというものルークの方がその辺りを隠さなくなってきた。彼の見せるさりげない部分がじれったくもドキドキさせてくれる部分だったというのに、ここまで露骨にイチャつかれては茶化すこともできない。乙女心とは複雑なものである。

 

 だが新参者のヴォルケッタはそんな事情も知らず、ただただ目の前で繰り広げられる甘い生活に目を泳がせていた。そんな恋愛耐性にない者の初々しい狼狽えっぷり見るのもまた一興と、ヤエを筆頭とした乙女(自称)軍団は新しい楽しみにしていたようだ。

 

「というか、あの二人だけやけにお熱くありませんこと? あまりにも甘々すぎて紅茶どころかブラックコーヒーすら飲めるようになってしまいましたわ」

「ブラック飲めなかったんだ……」

 

 甘く、甘く、甘いだけの光景は少女を一つ大人にしたらしい。

 

「でもまあ確かに、帝都から帰ってきて以来、あの二人のイチャイチャっぷりに拍車がかかってるのよね」

「そうだよね。今朝も二人で手を繋いで廊下を歩いてたし、朝も一緒に出ていくときが多くなったよね」

「完全に付き合いたてのバカップルだな……」

 

 昔馴染みの色ボケ具合にエステルは頭を抱える。

 そうなる理由も過程も知っているだけに、責められにくいのが余計に性質が悪い。

 生死の境を共にしてより親密になったと言えばドラマチックだが、結局は男と女が一つになっただけだ。

 

「まあそこで進展があったってことなんでしょうけど。エステルは一緒に行動してたなら何か知らない?」

「え!? うーん、特に心当たりは、ない、かな、ですね」

「何かあったのね。大体想像はつくけど」

 

 テレパシーを使うまでもない。エステルの目はわかりやすく泳いでいた。

 

「一日目の夜。あなた達だけが宿に帰ってきて、ほぼ二人っきりのあの時に何かがあった。こんなところでしょ」

「……うん。まあ、別にいっか。実際そうだよ」

 

 最早隠しても意味なしと、エステルは端的に肯定する。

 というかそこまで隠し立てするようなことでもない。ただ死にかけた後でしっぽりやってますなんて言うのはちょっとアレなので空気を読んで黙っていただけだ。

 ぶっちゃけあの時点で何人には気づかれていたし、耳聡い大人たちならばもう察している頃合いだろう。だから後はデーリッチ達お子様組の耳に入れないようにすればいい。その一線を越えた場合は、あのグレートマザーたるビッグモスの怒りが待ち受けているだろう。本人だって耳年増の癖に過保護なんだからもう。

 

「そ、それってまさか……」

「そりゃ、男の人と女の子が一緒になってやることなんて……ねえ?」

「キャー!」

 

 黄色い声をあげ、雪乃がわざとらしく顔を掌で覆ってみせる。

 

「あの二人、仲が良かったけどそんなところまで……!?」

「むしろあのラブラブっぷりで今までしてないのが不思議だった気がするけどね。まああのヘルちんと青臭さ丸出しのルークだし、人がいるここじゃそういう雰囲気になろうとしてもなれなかったんでしょ。それでこの前の一件で何かしら進展があった、て見るのは当然じゃない?」

 

 訳知り顔で語るヤエだが、彼女自身もついこの間やっと気が付いた口である。

 

「ヤエちゃんよくわかったね」

「アルフレッドが遠出している時だけヘルちんの起きるタイミングがミアじゃなくてルークと同じになってるのを何度も見れば、流石に察するわよ」

「あ、うん。そっすね」

 

 要するにあの二人の過失である。

 そうやって姦しく盛り上がる女性たちの中、顔を真っ赤にして震えあがったのはヴォルケッタだ。

 

「なっ、なんて不潔な……! この国では不純異性交遊がまかり通っているというのですの!?」

「不純ではないと思うけどなぁ」

「割と清純なお付き合いを続けてきてようやくって感じよね」

「どちらにしても同じことですわ! そんな露骨な匂わせをしていたら、熱狂的な原作ファンの方々からブチ切れられてしまいますわよ!?」

「んなもんこの話数まで読んできてる時点で今更でしょ。初っ端からサ〇スぺネタでふるいに掛けに来てる時点でお察しくださいよ」

「皆さん毎度毎度読んでくれてありがとうございます!」

 

 斜め四十五度の方角に向かって雪乃のお辞儀が炸裂した。

 

「いやー、それでもついに行くところまで行っちゃったかあの二人」

「これまで長く見守ってきた身からすると感慨深いものがあるねぇ……」

 

 しみじみとする野次馬二人。

 

「あ、でもこれからの女子会どうしよっか。ぶっちゃけこれ以上進展も何も無いよね?」

「だからこそよ雪乃。あの二人ががっつりラブったってことは、他にも触発されて動き出す関係があるかもしれないわ」

「……! それは、つまり……」

「ええ。新しい戦場、見守るべきカップルがそこにいるわ。私たちに休んでいる暇なんてないわ。行くわよ雪乃、まだ見ぬ恋バナが私たちを待っている……!」

「おうともさ!」

 

 そうして勢いよく立ち上がった雪だるまキッカーズ。

 しばし沈黙が談話室を支配し、やがて何事もなかったかのように二人はすっと着席した。

 

 

「――で、あの二人のイチャイチャが激しくて困ってるんだって?」

「よくあの流れで話を続けられますわね!?」

「いやー、なんか走り出しそうな感じで立ちあがってみたけど、正直どこに行けばいいのかさっぱり考えてなかったのよね」

「行き当たりばったりがすぎますわね!?」

 

 常にその場のノリで生きている二人であった。

 

「……とにかくですわ。(わたくし)が言いたいのはもう少し節度ある付き合いをしていただきたいのです。目に毒……とまでは言いませんが、色々と集中できなくて困りますので!」

「いや、それ直接言えばいいじゃん」

「あの振る舞いを直視してそれを言えたら苦労はしませんわ!」

「純情ねぇ」

「ピュアだね!」

「わかったわかった。二人にはそれとなく注意しておくよ」

「本当に頼みましたわよ……!」

 

 

 

 

「ああ、それなら私も一つ伝言を頼もうかしら」

「どうしたんですヤエさん?」

夜にはしゃぐのやめさせてほしいのよ。ピンク色の思念が漏れ出てて寝れないんだけど

「ホントアイツらがすいませんでしたっ!」

 

 うっすらと隈のできた目で睨むようなヤエに、エステルは思いっきり頭を下げたのであった。

*1
サタスペにおける大阪は世界中から難民移民の集まる多国籍地域のためあらゆる地域の料理が食べられる。そして数多の食文化が悪魔合体した無国籍料理も溢れているし、路地裏ネズミやカラス肉などの不衛生な食材を使った料理も蔓延っている。




○ルーク
 カッコつけることは一人前。この後、人前では少し控えるようになった。

〇ヘルちん
 このヘタレっぷりでどうして今まで問題が起きてないんだろうって思ってたがよくよく考えれば恰好がまともではないので割と遠巻きに見られることも多かったんじゃないかと。飽くまで本作だけの設定ですので!

〇ヴォルケッタ
 高飛車純情おませさん。


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その78.さざ波の呼び声

夏も終わりだってのに真っ盛りな話です。


『荒波の記憶』

 

 

 

 ざあざあ。

 

 ざあざあ。

 

 

 波の音を打ち消すほどの強い雨。

 誰も来ないであろうその浜辺で、一人の少女が俯いていた。

 美しき少女の貌は悲しみに歪み、その感情を表すようにその下半身――蛸を思わせる十二本の脚が砂を握り締めている。 

 

 その両腕と幾本かの脚で抱えているのは、同じ異形の少女。

 その身体はところどころが毒々しく変色し、口元からは血が流れている。毒を受け、苦しんだ末に事切れたことが窺い知れる、見るも無残な死体だった。

 

 人を助け、恐れられ、射貫かれて。

 謂れなき迫害の末に物言わぬ骸となった友を抱いて、その少女は泣いていた。

 

 

「……何があった」

 

 

 砂を踏む音と、弱弱しい声が聞こえる。

 

 

「……アルカナさん」

「この辺りの騒ぎは聞いている。一体、何があった。彼女の容体は。手当てを――」

 

 

 友を抱えて泣きじゃくる異形の少女に、賢者は歩み寄ろうとして、

 

「――ごめんなさい。いまは、こないで」

 

 

 あなたも、信じられなくなりそうだから。

 目を腫らしたその顔で、普段と変わらない微笑みを浮かべながら彼女はそう言った。

 

「……ああ。そうだな」

 

 足が止まる。

 

 その代わりに一歩、二歩。

 おぼつかない足取りで後ずさり、白の女は天を仰いだ。

 

 

 ざあざあ。

 

 

 ざあざあ。

 

 

 豪雨がこの身を打ち据える。

 耳に残る雨の音は、まるで自らの傲慢さを嘲笑うかのようだ。

 

 

「――何が、理想だ。何が、救済だ。なにが……今度こそは、だ」

 

 

 崇高な目的を掲げ、手を差し伸べ、笑い合えたとして。

 

 友ひとり守ることすらできない理想に、何の意味があるのだろうか。

 

 

 少女の慟哭は、降り注ぐ水の音に掻き消えていった。

 

 

 

 ◇

 

 

 

『三者三様』

 

 

 

 帝都の大通りに面した、老舗の喫茶店。

 そのテラス席で三人の男女が寛いでいた。

 

 

「ふぃ~~~」

 

 

 渡辺は深く息を吐き、合わせるようにアホ毛が揺れる。

 半分に切ったケーキの片方にフォークを刺し、そのままがぶりと一口。

 

「あーっ、この味も久しぶり。やーっと返ってきたって感じがする~~」

「元気そうで良かったお」

 

 もしゃもしゃと幸せそうに甘味を咀嚼する渡辺。それを見て自らも顔を綻ばせるブーン。傍らで紅茶を啜るロマネスク。

 彼ら三人はひとりの星術士――アルカナによってこの世界に招かれたハグレ。かつての争乱で帝都側として戦った戦士であり、星を掴むような願いを抱く少女のためにその力を貸すと決めた戦友である。

 

 アルカナが推し進めていたハグレ帰還計画において、彼ら三人はそれぞれの役目があった。

 

 冒険者として活躍し大陸中を横断するロマネスクは遺跡探索や各地の偵察を。

 凄腕の傭兵として名高いブーンはアルカナ達が遠征する際の護衛を。

 そしてゴーレム使いとして有名な渡辺は、さらに遠くの外国での情報収集を。

 

 この世界に来たる破滅から救うため世界各地に散らばって活動し、時々アルカナに呼び出されてこき使われていた。

 そのため三人が全員揃うということも中々少なく、実に半年ぶりぐらいに再会した彼らは、今こうしてささやかなひと時を共に過ごしていた。

 

「連絡が取れぬからどうしたのかと思っていたが、旅の最中のトラブルとは。まさに災難だったであるな」

「いやいや、別の大陸に難破してるとかトラブルってレベルじゃねえんだわ。マジで何か憑かれてるんじゃないのかお。一度お祓いにでも行って来たらどうかお?」

「それはゴールドがドブに捨てられるだけだから却下でーす」

 

 彼女の巡りあわせの悪さには、二人はおろかアルカナすら悩まされてきた。

 とはいえ彼女の生存能力の高さもまた本物であり、アルカナはそういった点を信頼して彼女に遠征を頼んでいたのだ。決して厄介払いなどではない。断じて。

 

「で、収穫は何かあったのかお?」

「ん-、今回はハズレだったね。召喚術よりも武術が盛んな国だからその辺の研究とか全然進んでなかったし、そもそも帰る手段を探すのが最優先になっちゃったからねー」

「探索の結果が手ぶらなんてのはしょっちゅうである。そう気にすることでもないぞ」

「ありがとー。それにしても、私がいない間にこっちも大変なことになっちゃってるね。アルカナちゃんの夢が叶うと思った先に、変な連中が邪魔してきてるんでしょ?」

 

 渡辺は帝都の街並みへと視線を移す。

 普段と変わらぬ喧騒。しかしその実態は破損を急ごしらえで覆うことで何とか普段通りに見せかけているだけ。ハグレ王国の手で致命的な損壊は回避できたとはいえ、解放戦線が刻んだ爪痕はしっかりと残されている。

 ついこの前も秘密裡に下水道で作られていた潜入ルートの洗い出しに騎士団が駆り出されていたところだ。当分は復興にかかりきりとなることは想像に難くない。

 

「アルカナ殿への妨害工作はいつもの事ではある。しかし今度の敵の首魁……ジェスターはアルカナ殿の古巣からの因縁。加えてあのアプリコまで彼奴等に与している。これまでに彼女の邪魔をしてきた有象無象どもとは比べ物にならないであるな」

「あのお爺ちゃんが敵ってやっぱりメンドクサイなぁ」

 

 獣人参謀の名前を聞き、テーブルにへたれながらぼやく。渡辺は10年前、アプリコの地形操作によるゲリラ戦術対策に駆り出された経験があり、彼の厄介さを直接味わった数少ない一人だ。

 

「そうだお。お互い一回はガチで死にかけてるとか、洒落になってないんだお」

「吾輩はともかく、毒を盛られて生きているお主の頑丈さは大概であるな」

「なにそれこわい」

 

 近況報告と雑談を交えつつ、話題がエルフ王国とハグルマの戦いになった所で渡辺があることを切り出した。

 

「サハギンで思い出したけど……そういえばあの子、今どうしてるの?」

「あの子……ああ、シオーネさんのことかお。特に問題はないお。彼女の住処はザンブラコの方だし、この前もアルカナさんが博士への依頼のためにタクシーをお願いしていたお」

「博士に? 何かあったの?」

「なんでも凄いアイテムをハグレ王国が持ってきたらしいお。あんなに目を丸くしたアルカナさんは久しぶりに見たお」

「えー!? 何そのレア表情私も見たかったなー!」

「残念だったおね。まあ相変わらず彼女は元気そうだったから心配する必要はないお」

「……そのことについてなのであるがな、彼女、少々面倒ごとに巻き込まれているらしいぞ」

 

 

 

 ◇

 

 

 

『さざ波の呼び声』

 

 

 

「やあ皆の衆、突然だが海に行きたくはないかね?」

「来て早々何言ってるんですか」

 

 開口一番そんなことを口走ったアルカナにメニャーニャのツッコミが炸裂する。

 大事な話がある、と神妙な口ぶりでやってきたことで多少は身構えていたローズマリーが軽くズッコケる。

 

「何って、バカンスのお誘いだよ。日頃君たちにはお世話になっているから、個人的なお礼って感じでさ」

「大事な話っていうから覚悟してたのに……」

「戦士にとって休息は大事だろう? 幾つもの戦場を越え、そしてまた次の戦場に赴く君たちへのささやかなひと時を提供するのがスポンサーの役目。これは至極真面目な話だとも」

「いつからハグレ王国のスポンサーになったんだアンタは」

「帝都とハグレ王国の橋渡しを担当してやっているが? うん?」

「ちくしょうごもっともで言い返せねえ」

 

 エステルのツッコミはストレートに打ち返された。投球名手にあるまじき失態である。

 

「最近オープンしたばかりのホットな高級リゾート地、その名もドナウブルー! 高層から眺める一面の海はまさにこの世の絶景さ」

「リゾート!?」

「一面の海だって!?」

「それはつまり、水着イベント……ってコト!?」

「おふこーす! 青い海、白い砂浜、照り付ける太陽! そして可愛い水着姿の女の子!」

「うっひょー! 最高じゃないですかアルカナさん! 流石は私が認めたサービスレジェンド。やってくれると信じていましたよ!」

 

 アルカナの熱演PRに色めき立つ一同。かなづち大明神は当然の如く水着姿のセクシーな女性陣の姿を妄想し、狂喜乱舞する。

 あらゆるしがらみから解放され、常夏の浜辺で泳ぎ、遊び、ハチャメチャなひと時を楽しむ。そんな誰しもが一度は夢見るバカンスと聞いて興奮せずにいられようか。ついでにセクシーな水着も。

 

 それを見て満足そうにアルカナは頷いた後、ため息混じりにぼそりと。

 

「――って、なればよかったんだけどなぁ」

「……え、どういう事です?」

「もしかしてまた厄介ごとが起こってる感じ?」

「まあ端的に言うとね? そこのリゾートって私の知り合いなハグレの子が運営してるところなんだけどさ、いざオープンだって時に妙な連中に占拠されちゃったらしいのよ。んで立ち退いてもらおうにも無駄に武装してるから一人二人じゃどうにもできないってことで私に相談が来たわけ」

「えー!? そんなー!」

「がーん!? ビーチ閉鎖のお知らせ!?」

「まあそんなオチよね」

 

 急なお仕事案件にリゾートへのわくわくを募らせていたお子様たちから不平不満の声が上がる。薄々察していた者たちはさして落胆した様子もなく。唯一、勝手に壮大な上げ落としを喰らった大明神が派手に崩れ落ち、物理的にも派手な音が鳴った。

 

「なぜだっ!? なぜいつも世界はこうなんだ! せめてちょっとぐらい夢を見させてくれたっていいじゃないか!! まだビーチに足を踏み入れてすらいないじゃないか!! ちくしょーめ!!」

「君の図体であんまり床を叩かないでくれるかな?」

「まあまあ。どうせかなちゃんはほっとけば元に戻りますし、とりあえず話を進めましょうよ」

 

 割と深刻に床を心配するローズマリー。プリシラはそんな大明神の醜態をスルーして話の続きを促した。

 

「なるほど。つまり話というのはそのホテルを占拠した連中を私たちのほうでどうにかしてほしいと」

「そういうこと。彼らを追い払ってくれれば運営も再開できるから、仕事が終わったらそのままリゾートで遊んでもらっても構わないらしい。どう? 悪くないでしょ」

「よしっ! ではそいつらをちゃっちゃと追い出して水着イベントを始めましょう!! 一話なんて言わず、この話のうちに終わらせて次話からはお色気シーンだけでお送りさせてやりますよ!!」

「立ち直りはええなこいつ」

 

 水着イベントがかかっていると知った大明神は途端にやる気マックス。具体的には攻撃と防御にいっぱいバフがかかった。状態異常の耐性は相変わらずのため、別にそこまで強くはない。さらに言えば水着イベントはまだ先なので完全に空回りである。

 

「んで、占拠した連中ってのはどんな奴らなのよ」

「ああ。そのホテル、ドナウブルーを占領した連中の多くは水棲種の魔物とか亜人だ。ただその中に一人だけ人間がいるらしくてね。どうもそいつが魔物を呼び込んだ原因でもあるらしい」

「妙な格好?」

「ああ。黒い背広、七三分け。極めつけには歯車型の襟章。ここまで言えばわかるだろう?」

「ハグルマか……!」

 

 その言葉を聞いて一同は顔を引き締める。

 神聖ハグルマ資本主義教団。召喚人解放戦線に与し、エルフとサハギンの戦争の火付け役となった者たち。帝都の件で獣人や亜人の多くが降伏を選んだ以上、残されたハグレ戦力の中心になるのは必然的にサハギン達となる。人里離れたリゾート施設を拠点として反転攻勢の準備を進めている、というのは十分にありえる話だ。

 

「ということはジェスターも……!」

「確証はないけれど、このタイミングでハグルマが再び動き始めたというのは、奴が一枚嚙んでいる可能性が高いな」

「結局解放戦線絡みの案件かぁ」

「真面目な話だって言ったでしょ?」

「言ったけどさぁ」

「話は分かりました。こちらとしてもハグレを助けることに異存はありません」

 

 さらにいえば潜伏中のジェスター達の動向を探ることもできる。彼らが何か企んでいたとして、その目論見を潰せるというのならそれに越したことはない。

 ローズマリーの返答にアルカナは頷く。正直自分たちだけでとっとと片付ける手もあったのだが、そをすると折角のホテルが良くて半壊、悪くて更地になる。仮にも友人の持ち物件だ、できることなら損壊は少なく済ませられるならそれに越したことはない。

 

「ありがとう。依頼人は今は近くの海の家に避難しているから、とりあえずザンブラコからドンコッコ海岸まで行ってほしい。私たちもブーン達と一緒に行くから、詳しい話はそこで」

「それじゃあデーリッチ、編成と装備を――」

 

 冒険の出立について会議を始めようとしたローズマリー。

 だが、そこにデーリッチが待ったをかける。

 

「待つでち。その前にひとつ、大事なことがあるでち」

「なんだい?」

 

 国王の神妙な態度にアルカナも襟を改める。

 真っすぐにその星の瞳を見つめ、デーリッチは問いかけた。

 

おやつはいくらまででち?

「遠足か!」

 

 すかさず入るローズマリーのツッコミ。この間コンマ1秒。何かおかしいと思った前振りに無意識に備えられたのは日々の賜物である。

 

「ん-と、向こうでご飯食べられなくなると困るからひとり500Gまででお願いね」

「だから遠足か!」

「はい先生! バナナはおやつに入りますか!?」

「またコッテコテの質問するなー」

「今更ゴリラアピールかエステル? 朝ごはんにでも食べてこい!」

「ほんと締まらねえなぁ」

 

 

 さっきまでの緊張はすっかり霧散し、ルークのぼやきが虚空に消える。

 これぐらい緩いほうが、らしいと言えばらしいのではあったが。

 

 

 

 ◇

 

 

 

 そういうわけでザンブラコまで転移したデーリッチ達。

 そこで既にアルカナ達も待っており、ここからドンコッコ海岸へと徒歩で向かう。

 

「ひゃー、やっぱり暑いねここは。日差しもきつい」

 

 アルカナはサングラスの奥から白雲の映える青空を見上げた。

 彼女は普段とは違う薄めの白ローブに加えて、頭に日よけ用の帽子と日傘を装備していた。その姿はさながら避暑地の貴婦人。そこにいるだけで視線を釘付けにし、あるいは無意識に反らしてしまう優美な佇まいだが、かなづち大明神はただでさえ少ないアルカナの露出がさらに減ったことに涙を流していた。

 

「どうして……アルカナさんならサービスを分かってくれると思っていたのに……」

「いやこのクソ暑い日差しで肌なんか晒せないわ。ガチで赤くなって痛いし。それにこれでも十分サービスだと思うけどね」

「私は! 肌が! 見たいんですよ!!」

「特大フォント使ってまで叫ぶんじゃないわよ。ただでさえ声大きいんだからさぁ」

 

 大音量のセクハラに早速エステルがブチ切れる。

 

「いえ、いいんですよ。お仕事ですし水着は半々でしか期待していませんから。でも普通に考えて薄着は出てくるじゃないですか! 普段は露出度の低いアルカナさんやシノブさんの柔肌が見れるならそれだけで満足じゃないかと思って眠れない夜を過ごしたのに、それがなんですか揃いも揃って全身布で覆うような恰好ばかり! 南国だってのに恥ずかしくないんですか!!」

「は? 節穴か?? きちんとノースリーブ仕様で大変すばらしい二の腕が見えてるじゃん」

 

 普段とは違うノースリーブの黒いワンピースに、風通しのいい麦わら帽子。勿論、白いインナーで熱対策も忘れていない。そんな完璧な南国コーデのシノブは監修したアルカナのイチ押しであり、この渾身の出来にはエステルやメニャーニャも人知れず満足げに頷いていた。

 だというのに、この大明神ときたら。

 

「可愛い服装なのは認めましょう! でもですね、ボディラインが見えてないんですよ! あのベルトで人知れず強調されていた魔導の巨乳が、ゆったりした布で隠れていちゃ意味がないんですよ!!」

「かーっ、目先の露出に拘る輩はこれだから。お洒落は女の子の本懐でしょう。こうふんわりとわかる、いや実は隠しきれていないバディが期待を膨らませてくれるんじゃないかまあ私は割と見てるんだけど、シノブの裸」 

「そうやっていつも焦らしてばかり、いいから私は肌色が見たいんだ!! ちち! しり! ふともも!! ルークさんだってそう思いますよね!?」

「なんで俺に振るんだよ」

「え、だってヘルさんの水着とか期待してますよね?」

「そりゃあ……まあ」

「ちょっとルーク! こいつに餌を与えちゃダメよ!」

 

 ルークの賛同をミアが注意する。

 少し言い淀んだが、なんだかんだ欲望に忠実な奴である。とはいえ、ここまでヘル絡みで素直に言えるのは、自分たちの関係が露呈しているからではあるが。

 

「ほーら、ちゃんと需要はあるんですよ! わかったら肌色をこちらに出すのです!」

「俺を巻き込むんじゃねえ」

「めんどくさ。渡辺ちゃんで我慢しなよ」

「え、なんで私?」

 

 ウザ絡みする大明神にこの日差しも相まって若干苛ついたアルカナは、比較的薄着の渡辺を生贄として差し出した。

 

「えぇ……? こんなすっとん少女体形のどこに興奮しろっていうんですか?」

「これぐらいの小柄さから見せる肌って一番エロいと思わない? 控えめなのがむしろどれだけ眺めても飽きない味わいがするでしょ」

「いや~解釈違いですかね。やっぱりセクシーさを求めるならスタイルも抜群じゃないと。視覚に訴えてくるインパクトこそが読者も求めているものなんですよ」

「ねえねえエステルちゃん、この二人今すぐ海に投げ捨ててもいいかな?」

「お好きにどうぞ」

 

 

 

「……あれが、エステルさん方の師ですか」

 

 地面から出現した巨大な手によって水面に投げ込まれたアルカナの姿に一人呟くヴォルケッタ。

 エステルやメニャーニャのように優秀な魔法使いを導いた者。白翼の名を冠する星術師。ハグレ王国にも少なくない影響を与えた女傑。そんな感じに聞いていた印象とは真逆のセクハラ丸出しな姿に、もしや幻滅してしまったのではないだろうか。流石にそれは酷だろうと、ローズマリーはフォローに回る。

 

「ああいえ、普段はもっとしっかりしている方なんですけども……」

 

 そうしてこれまでの彼女の姿を思い返す。

 デーリッチを抱きかかえてご満悦に浸り、シノブのたわわを当然のように揉みしだく。エステルには全く遠慮なしに尻を叩き、メニャーニャをその腕の中に納める。

 うん。女子にセクハラしか働いてないわ。アルカナがクッソ美形だから緩和されているだけで、スキンシップを働いてくる分、大明神以上にひどいともいえる。その上シノブやメニャーニャは満更でもなさそうな態度でいるから性質が悪い。

 

「いえ。お爺様も中々人を食った……じゃなくてお茶目な一面も多くありました。あのように振舞う姿がすべてではないのは承知の上ですわ」

 

 どうやら杞憂だったらしい。だがこれまでに祖父から受けたイタズラを思い出したのか、その可愛らしい顔が引きつっている。

 まあ新人がショックを受けないならそれでいいやとローズマリーもまたこの南国の光景に目を向ける。

 

 さんさんと降り注ぐ日差しの暑さは以前にザンブラコを訪れた時と変わらないはずだというのに、リゾート地となれば醍醐味として悪くないようにも思える。 

 こうしてゆったりと浜辺を歩き、波の音に耳を澄ませて磯の香りを味わうというのは普段山間の遺跡を拠点とする身としては新鮮な感覚だった。

 

 どっぱん、とひと際大きな水しぶきが上がり、その水滴が照り返す陽光の輝く様がなんとも美しい。それの発生源が何であるかは気にしないことにした。

 

「ふふ。お仕事とはいえ、こういう場所に来るのはワクワクするね。デーリッチ」

 

 どことなく浮かれた気持ちで呼びかけるが、返答はない。

 視線を僅かに下げる。そこにさっきまでわくわくそわそわで歩いていた国王の姿はない。

 

「姐御、ガキども走って行っちまいやしたぜ」

 

 マッスルの声に顔を上げれば、案の定。

 道の向こうには、お子様二人が駆けだしているのが見えた。

 

 

 

 ◇

 

 

 

「ずばっ!」

「ずばばばばっ!」

 

「きらめく砂!」

「輝く太陽!」

 

「いやー、リゾートに来たって感じですなー」

「真夏への愛が止まらんですなー」

 

 

 さんさんきらきら。

 素晴らしき砂浜にデーリッチとヅッチーは二人揃って大はしゃぎだったが、ふとそこで周りにいるのが自分たちだけであることに気が付いた。

 

 

「やや? これはおかしいぞ? いつの間にか私たち二人だけになっている」

「おや本当だ。なんだ情けないな。みんなヅッチー達とはぐれちゃったのか」

「全く、大人のくせに迷子とはたるんでますなー」

いやお前たちが迷子なんだよ!

 

 デーリッチ達が来たのと同じ方向からニワカマッスルが走って追い付いてきた。

 なんてことはない。完全に遊びゲージのリミットがオーバーした二人が勝手に走っていったので彼が慌てて監督に来たのである。

 

「全く、ちゃんとした依頼なんだから勝手に走っていくんじゃねえよ」

「ええと、それはそのう……砂浜を見たらつい走り出したくなったというか、夏の気配にワクワクしたというか」

「この砂浜がヅッチー達を呼んだんだから仕方ねえよな! 夏に刺激されちまったヅッチー達の胸は止められねえぜ!」

「こいつら……ったくしょうがねえな。とりあえずゆっくり歩いていくぞ。こんなカンカン照りの中走ってたらすぐにへばっちまうぜ」

 

 どうせこのまま連れ戻してたとして疲労が二倍になるだけ。

 ローズマリー達を待つにしてもこのベビーギャングどもが大人しくするわけもないので、このままマッスルを引率として予定の場所まで行くことにした。

 

「さて、確かホテルの看板が近くにある海の家が集合場所つってたな」

「これでちね」

 

 横にあった『ドナウブルー』とヤシの木の生えた海岸を背景とした豪華な看板をデーリッチが見つける。素晴らしいリゾートを予想させる看板だが、残念なことに今は閉鎖中だ。

 

「こんだけでかい看板があるってことはさぞかし豪華なホテルなんだろうな。そう思うと俄然やる気が出てくるな」

「お、海の家ってあれじゃねーの?」

 

 ヅッチーが指で示した先には、中ぐらいの大きさのログハウスが建っていた。

 きちんと手入れもされている感じで、今もローブを被った人物が玄関先を丁寧に掃除している。ドアには先ほどと同じドナウブルーの看板があり、地図で確認してもここが海の家であることは間違いなかった。

 

「そのようでちね。ごめんくださーい!」

「あ、こら走るなって!」

 

 とてとてと駆け寄っていくデーリッチ。大声に気が付いたその人物がこちらを振り向き、そのローブの中身と目が合った。

 

「む、お前たちは……」

 

 ぎょろっとした目。青い鱗。厚ぼったい唇。

 そこにいたのはまぎれもなく半魚人であった。

 

「ほんぎゃー!? さかなー!?」

「何っ!? サハギンだって!? もうこんなとこまで来てたのか!」

「早速お出ましだな! 下がってろお前ら。ここは俺が相手になってやる!」

「お、おお?」

 

 子供たちを押しのけ、筋肉の壁となって半魚人に立ちはだかるマッスル。

 その迫力に気おされた半魚人はいきなりの敵対宣言に戸惑っている。

 

「いやいやいや、ちょっと待った!」

 

 一触即発の雰囲気。そこへ慌てて走ってきたローズマリーが割って入った。

 

「彼は味方だよ。ほら、前に共に戦ったギルマン。デーリッチは覚えてるだろう?」

「ん……? あっ! そうでち、確かスパイク君でち!」

「久しぶりだな。待っていたぞハグレ王国」

「お久しぶりでちね!」

 

 この半魚人はスパイク。かつてエルフ王国とハグルマ教団の戦争にてハグルマと袂を分かち、ハグレ王国と共に死線を潜り抜けたギルマンの男だ。

 先の三人で面識があったのはデーリッチだけであり、その国王も魔物と勘違いしたので誤解が起きかけていたらしい。自身の過ちを恥じたニワカマッスルは申し訳なさそうに頭を下げた。

 

「なあんだ、姐御たちの知り合いだったのか。ごめんな、俺はニワカマッスルだ。よろしく頼むよ」

「誤解が解けたのならいいさ。率先して前に出るのは戦士として当然だ」

「彼はあの後、アルカナさんの紹介でここで働いていたみたいなんだ」

「ここは良い。サハギンの奴らと鉢合わせることもない。静かに暮らせていたよ」

 

 そうして会話をしていると、後続も追いついてくる。

 アルカナはしとどに濡れており、同じくびしょ濡れの大明神は晴れやかな顔をしていた。それは素晴らしい濡れ透けを拝めたからだ。

 

「やあやあ、出迎えご苦労様スパイク君」

「……なぜそんなに濡れている?」

「はしゃいだだけだからお気になさらず。ところで彼女は?」

「今呼んでこよう」

 

 店内に引っ込んでいくスパイク。その後ろ姿を見届けてからエステルが疑問を口にする。

 

「……で、店長って何者なの? ハグレなんでしょ」

「前にも言ったと思うけど、スキュラの女の子だよ。中々個性的な見た目だし、エステルはともかくルーク君とかはびっくりするかもね」

「確か下半身が蛸だったか? いや俺だって色々ハグレは見てきてますし、それぐらいで今更驚いたりは――」

 

 そんなことを言っていると、ずるるるるっという足音(?)を共に店主が姿を見せた。

 

 

「お待たせしました! ドナウブルー管理人のウズシオーネです!」

 

「うおっ……でっか……」

 

 

 ウズシオーネと名乗ったスキュラの女性を見て、その言葉は誰からともなく飛び出ていた。

 

 




〇ウズシオーネ
 ばっぽいーんな海のお姉さん。
 2章から度々存在は仄めかしていた。

〇スパイク
 元気にやっている。清掃員兼食料調達係兼魔物狩り担当。つまり雑用全部。


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その79.腹が減っては会議もできぬ

『腹が減っては会議もできぬ』

 

 

 ウズシオーネと名乗ったその女性の姿に、一同は謎の圧力に襲われていた。 

 

 エメラルドのように輝く髪。人当たりの良い微笑みを称えた顔。頭に乗ったカメさん。肌面積の広いビキニとパレオは水棲種として自然な服装なのだろう。これだけでも男性を魅了し、女性にも好感を覚えさせる美貌だった。

 だが、それらの特徴よりも彼女たちはある一点に目を奪われる。

 

 スキュラという種族のことはあらかじめ聞いていた。上半身が人、下半身が蛸という奇怪な見た目に露骨に驚くような失礼はしないようにと心構えはしていた。

 

 だが、実際に目の当たりにすれば、そんな覚悟はなまっちょろいものであったことを思い知らされる。

 一般的な知識としてタコの足はその殆どが筋肉であり、そこから発揮される桁違いの膂力を以って堅い貝の殻をこじ開け、自分よりも巨大な獲物を絞め殺す。まさに海のボディビルダーなのだ。

 

 では彼女はどうだろう。人間の上半身に従ってその足も人間と同等の大きさ。華奢な上半身を支える八本のたこ足は全長2メートルを超え、その一本一本が成人男性の脚並みの太さを誇る。それらがぬるぬると滑らかに動く様子はまさに視界への暴力。荒れる水流をものともせず、水をかき分け押し出して海を自在に駆け回る健脚にして獲物を捕らえる剛腕。

 その下半身の圧倒的ボリュームは、初めて見る者を否応にも圧倒させた。

 

 すなわち。

 

 

「ご、ごんぶと……!」

「え、ごん……なんですか?」

「いや、あの、ダイナミックなお体ですねと……」

 

 ルークの口から自然と感想が漏れる。

 珍しいとか、奇妙だとか。そんなのよりも前に存在感がすごすぎる。

 言葉を失う一同に、アルカナはしてやったりという笑みを浮かべた。

 

「どう? びっくりしたでしょ」

「びっくりしますよそりゃあ……」

「怖いのには散々慣れてると思ってたけど、こりゃまた別のインパクトがあるわねぇ」

「猛スピードで迫り来るマッスルの顔といい勝負でちね」

「おい、何しれっと失礼なこと言ってるの?」

 

 初対面時のエピソードを引き合いに出すデーリッチ。絶叫しながらこちらに走り寄ってくる身長186cm、赤肌で腰蓑一丁な筋肉モリモリマッチョマンの変態ファッション牛頭はそれだけでホラー映画として完成している。実際あの時の首なし幽霊(デルフィナ)よりもよっぽど怖かったというのがハグレ王国では定番の語り草だった。

 

「えーと、すいません。初対面なのに少し失礼な発言を……」

「いえいえ。第一印象で驚かれるのは慣れていますから。むしろ初対面でリアクションを取ってくれるなら、それだけあなた達の記憶に残るってことですよね!」

「ポ、ポジティブだなぁ……」

 

 ローズマリーが謝罪するが、ウズシオーネは気にした様子もなくそれどころか奇異の視線も印象に残るならアドだとまで言った。これまでにも多くの偏見を受けてきただろうに、その感想を持てるのは中々にたくましさだ。

 上半身が人の形をして会話も通じる。おまけにこちらの少々無礼な言動も笑って流してくれる。頭部までタコでこちらを完全に見下していたあの脳漿喰らいに比べれば、人間と会話しているのと大差ない。ルークは記憶の中の蛸から連想させる絵面を秒で上書きした。

 

「そういうわけで、彼女がシオーネちゃんだ。みんな、仲良くしてあげてくれ」

「ハグレ王国の方々ですね。お会いできるのを楽しみにしておりました!」

 

 どうやらアルカナからある程度の評判は聞いていたらしく、その声色には歓迎の意がとても込められていた。曰く、この奇怪な見た目からトラブルを避けるため他人との関わりは少なくしているが、それでもたまに人恋しくなることがある。アルカナ達がたまに会いに来るので孤独ではないが、やはりハグレが堂々と顔を出せるハグレ王国の活躍を耳にして一度会ってみたかったということらしい。

 

「とりあえず皆さんお疲れ様でした。こちらで昼食の用意をしていますので、依頼の話の前にまずはこちらでどうぞ食べていってください」

「さっきからめちゃくちゃいい匂いがするでち!」

「はい! もうすぐ出来上がる頃合いですから、どうぞ入って!」

 

 デーリッチの言う通り、店内からは海の香りが混ざった香ばしい匂いが漂ってきており、全員の鼻腔を刺激していた。

 ぱちぱちと景気よく油の跳ねる音に加え、フライパンと思わしき鉄の音がガンガンと鳴り響いている。店内に足を踏み入れれば、その匂いは一段と濃くなった。この小さな海の家には似つかわしくないほどの豊潤な香りに胃袋が空腹を訴えてくる。

 ごくり、と思わず涎を呑み込む音が鳴る。程度の差はあれど、全員が空腹を覚えているのは明らかだった。中に入れば匂いは当然より濃くなり、食い意地の張った連中がそわそわを隠しきれなくなっている。内装はこじんまりとしているが、そんなものが気にならないぐらいには既に期待が高まっていた。

 

「おっし、カニとホタテのチャーハン一丁上がりだ!」

 

 威勢のいい声と共に、黒々と焼けるような褐色肌と頭に巻いた布の合間から覗かせる立派な角が特徴的な女性がキッチンの暖簾から顔を出す。

 見間違うはずもなく、それは波濤戦士の異名を轟かせる旅の武道家ラプスであった。

 

「ラプス!?」

「ようルーク、ちょうど飯ができたところだ」

「何やってんだよこんなところで」

「バイトだバイト。用心棒のついでにな」

 

 『ドナウブルー』の文字が入ったエプロンをつけ、二の腕までを露出して頭にバンダナを巻いたその姿は立派な厨房スタッフだ。なんだか店の前で自慢げに腕組みしてそうだなとルークは思った。

 

「闘技場はどうした?」

「名誉チャンピオンってことで卒業した」

「要するに賭けにならねーから追い出されたんだな」

「ま、そういうこった。で、この前帝都でドンパチあっただろ。その後にそこの女にここを紹介されたんだよ」

「ラプスちゃんの実力派なら放っておくほうが勿体ないからねー」

 

 いい拾い物したわーとほくほく顔でアルカナは言う。これからの戦いに備えた戦力確保の一環としてスカウトをかけていたらしい。なんとも抜け目がないことである。

 

「てかお前が料理作ってるのか」

「おうよ。たまにはがっつり作らなきゃ腕も鈍るからな。帝都で食べ歩いてインスピレーションも出たし、久々にご馳走してやるよ」

「マジか、やったぜ!」

 

 どうやらラプスは腕によりを振るって料理を振舞う気満々らしい。しかも彼女の創作料理ときた。というのも、この店本来のメニューをそのまま出すのがラプスのプライド的に許せなかったのだが。それをルークが知る由もなく、単純に仲間の料理を再び味わえる機会を無邪気に喜ぶ。

 

「そこまでかい?」

「ああ。昔チームを組んでた時もよ、暇な時はラプスに屋台を出させりゃがっぽり稼げたもんさ」

「止せって。あたしの故郷じゃ、もっとうめえの作るやつがいるし、そこまで褒められるようなもんでもねえよ」

 

 ルークの言葉にラプスは気恥ずかしそうに笑った。ラプスの料理技術は故郷で学んだものだが、そこには当然本職の料理人もいる。故に魚の捌き方も野菜の下ごしらえもまだまだと謙遜するのだが、ルークからすれば下手どころか三ッ星にも匹敵する腕前だと思っている。だから期待していい、と自分のでもないのに自信満々に言うのでデーリッチ達のワクワクは止まらない。

 そしてその言葉に違わぬ凄まじき料理の数々が彼女たちを襲うのであった。

 

 

「ちゅーわけで、まずはエビシューマイを食え!」

「ひゃっほーう!」

「このエビ、プリップリだ!」

「すり身の滑らかさと食感を損なわない程度に荒く潰された身の弾力。それでいて噛んだ時のあふれ出す旨味! 醤油とからしで味変してやめられない止まらない!」

「そして極めつけはこのデカさよ。口を開けてかぶりつくのがたまらんのう!」

「これで前菜とかちょっと怖いわね」

 

 

「続いて海のフライ盛りだぁ!」

「ほぎょー!?」

「このエビフライ、みたこともないぐらいデカいぜ!」

「この辺りで獲れるシャリンエビはプリップリで美味しいんですよ! さっきのシューマイに使ったのは若干小ぶりで、このフライは30cm以上の個体を揚げました!」

「ふおぅ、衣がざっくざく! エビ汁じゅわじゅわ!」

「お、イカリングもあるじゃないか。やっぱりシーフードフライにはイカが入っていないとな」

「あんたホントにイカ好きよね」

「姉さんもしょっちゅうスルメを齧ってるような……あだっ」

「カキもでけぇしうめぇ……やべえビール飲みたくなってくるわ」

「だと思った。勿論、あるぜ?」

「最高だぜ料理長!」

「もう、飲み過ぎないでね?」

 

 

「ちょっとテーブル開けてくださーい。極上サザエのつぼ焼きの登場です!」

「……え。なんか普通に壺出てきたんだけど」

「でもつぼ焼きってそういう意味じゃなくない?」

「それじゃ御開帳っと」

「グワーッ!? 蓋を開けた途端スパイスの香りが一面に!」

「それをサザエの殻に戻して盛り付けるとは……なんて優雅な料理ですの!?」

「オーブンで6時間ぐらい焼いた本格的なブツだ。覚悟しろよな?」

「ちょっとプリミラで撮っときましょ。めっちゃ映えますわ」

「え、何々? 魔力反射を用いた光学記録媒体? ちょっと貸してみ、ほらシノブこっち来て。エステルはメニャーニャ持ってこい」

「なっ、腕の角度20度……完璧な自撮りを心得ていらっしゃるというの!?」

「はっはっは、こちとら先進文明出身よ。この程度余裕のよっちゃんよ」

「ネタが先進じゃねぇ……」

 

 

「そしてお待ちかね、こいつがメインの冷ラーメンとチャーハンだ!」

「すっげー、スープに氷が浮いてるぜ」

「そこのメニューにある冷やし中華じゃなくて?」

冷やし中華なんぞ料理とは認めるかぁ!」

「あうぅ……すみません……」

「なんでウズシオーネさんが謝ってるんですか……?」

「むむ! 昆布と鰹のしっかりした味に煮干しのアクセントが効いたスープは味が冷えてることできりっとした味わいを出して、それをモチモチの太麺が余すところなく絡め取って冷やしたラーメンという新境地を拓いているでち!!」

「言うまでもなく最高のチャーハンの合間としても素晴らしい相方だ……余裕で飲み干せちゃうぜ!」

「健康に悪いからやめようねー」

 

 

「はーい。そしてデザートのトロピカルヤシの実ジュースですよー」

「トロピカルヤシの実ジュースってヤシの実からストローぶっ刺して飲むあれだよな?」

「いえ。今は開封サービスをやっているんです。ラプスさんお願いします!」

「ふんっ」

「チョップで割りやがった……」

「あ、でも常温だから生ぬるいな」

「温度調整はこちらの氷をどうぞ!」

「セルフだ……なんでこれだけ微妙なんだ」

「え? この滑らかな切り口は素晴らしいと思いませんか?」

「なるほどパフォーマンス代」

 

 

「げふー、もう入らんでち」

「ういっぷ、食った食った」

 

 そうして大分おかしなテンションで料理を完食したデーリッチ達。

 冷えた麦茶で口の中をさっぱりさせながら、美食の余韻に浸っていた。

 

「いやぁごっそさん。お前また腕上げたな」

「おう、お粗末様。いい食いっぷりだったぜ」

 

 ルークの賞賛に、ラプスは頭のバンダナを取り外しながら満足そうに笑った。

 

 

「……ん?」

「なんだよルーク。あたしの顔に油跳ねでもついてんのか?」

「いや、顔っつーか。それ」

 

 指を刺せば、他の者たちもすすっと視線が誘導される。

 その先には、ついこの前までは無かったはずのものが存在していた。

 

「お前そんな髪飾りしてたっけか?」

「あ~……こいつのことか。これは、あ~、どうすっかな」

 

 蓮華の花を象った、精巧な髪飾り。

 折れた右角を隠すようにつけられたソレは、ラプスの外見だけを見れば実に映える出来栄えだった。

 ラプスは少し照れくさそうな顔をして、僅かに逡巡してから言った。

 

「帝都で、あの後な。馬鹿ナギがくれたんだよ」

「薙彦がぁ?」

「職人街でなんかやってると思ったら、そういうことだったのね」

 

 ラプスと薙彦。彼らがなんとなく関係を持ち、薙彦(クズ)の問題で破局したことはルークの口から語られており、教訓としてハグレ王国中でも知られた話題である。そんな彼がラプスに髪飾りを贈った。それが意味することが何なのかは、言わずもがな。

 

「ふーん。あいつクズの癖に粋なところあるのねぇ」

「こういうことをしれっとやれるのがまた性質悪いところなんだわ。で、アイツのこと許したのか?」

「あ? んなわけねーよ。この程度であたしが機嫌を直すと思われてるとか嘗めてんだよ。大体、コイツをオーダーメイドで頼める金があるくせに、まだ借金が残ってるとかふざけてるだろ? やるならちゃんと全部綺麗にしてからやれってんだ。ま、あのちゃらんぽらんクズ野郎には土台無理だろうけどな」

 

(すっごい上機嫌な声で言ってますわね……)

(チョロいわぁ……)

(こいつ案外その辺純情だからなぁ)

 

 本人は気づいていないのだろうが、早口で言い訳をまくしたてる口元のニヤつきが抑えきれてない。乱暴な男をあしらうのには慣れているが、一度距離を詰めた相手にはとことん弱い。そんな恋愛クソ雑魚深海系ガールなラプスであった。

 

 

 

 ◇

 

 

 

「さーてと、お腹も膨れたことだし、依頼の話をしようじゃないか」

 

 

 食後の一服も終え、アルカナは今回の作戦について切り出した。

 その一言で全員が彼女のテーブルまで集まり、じっと話を聞く姿勢になる。

 

 

「はーい、皆さん聞き分けよろしくて大変結構。んじゃまずここまでの説明からいこっか」

 

 シオーネちゃん、と呼びかけられた声にはい、とウズシオーネは頷く。そして彼女はここまでに至る経緯を語り始めた。

 

 事の発端は数週間前、ハグレ王国が帝都で活躍した話がこの辺りまで届いてきた頃。その時期を境としてドンコッコ海岸に見慣れないハグレの方々がちらほらと見え始めたらしい。

 彼らは水棲種を主体としたハグレのグループで、ここ最近の混乱で行き場をなくし、どうにか一目のつかない場所を探していたという。ウズシオーネは彼らを哀れみ快く迎え入れた。とはいえ、流石に海の家は手狭だったため、ドナウブルー本舗を仮宿として提供することにしたのだ。

 

「雲行きが怪しくなったのはその辺りですね」

 

 水棲ハグレ達はドナウブルー内部に侵入していた魔物たちをあっさりと手なずけた。そこまではいい。むしろ手荒な真似をすることなく運営上の懸念事項を解決できたと喜んだ。問題は彼らがそのまま魔物の湧きスポットであるマナ噴出孔を発見し、そこを占拠してしまったことだ。

 

『ああ、貴方がここの管理人ですか。申し訳ありませんが、ここを明け渡してもらいましょう』

 

 そうして遅れてやってきた黒いスーツ姿の人間――ハグルマの指示の下、瞬く間にその場所は海僧正(シーモンク)が取り仕切る神殿となり、ドナウブルーは深人たちの要塞になった。

 

「彼らは召喚の準備を整えて、自分たちの仲間たちを呼び込み始めました。最初から自分たちの勢力を蓄えるための基地が欲しかったんです」

 

 流石にそれはホテル運営の支障に障ると止めようとしたのだが、いかんせん多勢に無勢。いくら水中ではめちゃんこ強いウズシオーネと、戦士として申し分ないスパイクであってもたった二人ではホテルの奪還は無理な話だ。

 ウズシオーネ達はひとまずその場を離れ、対岸であるアッチーナ海岸の磯に備えておいた隠れ家まで逃げ込んだ。そこで定期連絡に訪れたロマネスクと情報交換し、現在に至るという。

 

「なんて奴らでち! ウズシオーネちゃんの優しさに付け入るなんて許せないでちよ!」

 

 一部始終を聞き、デーリッチは素直に憤りを露わにした。その想いは少なからずこの場に集った全員が同じとするところだ。

 ウズシオーネが困っていることを解決したいという気持ちもあるが、何より大きいのはハグルマへの義憤だ。連中はウズシオーネの厚意を無下にし、あまつさえ我が物顔で住居を乗っ取った。ハグレ達が受けてきた非道をあろうことか同じハグレ側であるはずの彼らが行っている。それが何よりも許せないのだ。

 

「全く、サハギンにも困ったものですね。エルフどころか同じ海のハグレにすら牙を剥くとは、ああいや、確かサハギンは蛸が苦手なんでしたっけ? ならむしろ縄張り争いにも発展しますか……」

「いいや、あいつらの姿はなかった」

 

 メニャーニャの言葉にスパイクが首を振った。ドナウブルーを占拠した集団、その中にかつての同胞であるサハギンは一人も見当たらなかったという。

 

「おそらく、あいつらもあの一件でハグルマを見限ったんだろう。元々、無駄に担ぎ上げられて調子に乗っていただけだ。あの悍ましい蛸頭どもがくたばって目が醒めたんだろう」

「つまり今回はハグルマ単体での犯行ということか。それなら後腐れがなくて良い」

 

 これ以上サハギン族との関係が悪化することが懸念事項だったが、無関係ならなんの遠慮もなく叩き潰せる。そんなニュアンスを込めてアルカナは好戦的な笑みを浮かべた。

 

「目的地はここから北に海岸沿いに進んだ先にある。途中、海路に切り替えてドナウブルーまで向かう。おそらくこの辺りから奴らの姿も見えてくるはずだ」

「海路?」

「あ、言い忘れてた。例のホテル、海の真ん中に建ってるのよ。元々古代遺跡だったのをそのまま使ってるらしいから、多分その関係で連中も目を付けたんだと思う」

「なんでそんなところにまで……」

「古代人については知ってるでしょ? 要するに、地上からだけじゃ飽き足らず、デカい海の真ん中から都市をおっ建てていけば効率よくマナが得られるんじゃないかって考えたんだよ。まあ普通に考えて無茶苦茶だし、ほとんどは途中で頓挫したんだけどね。いいところまで行ったものもある。それの一つがドナウブルーなんだろう」

 

 古代人の遺跡はその多くがマナを別世界から取り入れるための機構がある。勿論、そうでなく自然に開いた孔も存在するだろうが、人為的に開かれていた次元孔のほうが制御機構がある分扱いやすい。

 マクスウェルの証言によれば、ジェスターは解放戦線を結成するための前準備として多くの古代遺跡を下調べしていた。だからドナウブルーが占拠されたのも決して偶然連中がやってきたのではなく、元々計画されていたものの一つと考えられる。

 

「それじゃあ班分けだ。今回は相手側もそれなりの規模が想定される。こっちは留守番のスパイク君を除いた五人。十六人態勢で乗り込むつもりだから、そちらからは王様を除いて十名選んでくれ」

「水棲種の例に漏れず、雷系統の敵と水中戦が重要になるだろうね」

「つまりヅッチーと!」

「私の出番ってわけね!」

 

 妖精とサイキッカーが名乗りを上げる。そもそも名乗らずとも内定しているようなものだが、やはり自己主張は大事である。

 

「んー、まずはヅッチー女王にヤエちゃんか。それならメニャーニャも確定で」

「おっと、先生直々のご指名ですか。それはそれは、断れませんねぇ……」

「頑張りましょうね、メニャーニャ」

 

 後輩との共同戦線にシノブがぐっとガッツポーズを取り、それに合わせてその豊かな胸元がたゆんと揺れた。

 

「ラプスが同行するなら、君にもいてくれた方がいいかな」

「また俺っすか、分かりましたよ。この中で付き合い深いの俺だけだからな」

 

 ラプスとのチームワークを考えてルークも加わる。何かと理由をつけて同行させられている感じがしなくもないが、ともあれやるからにはきっちりとやる。

 

「そうなるとヘルちんとミアさんにも入ってもらおうかな」

「ふふ、私たちの価値をよくわかってるじゃない。雷なんかよりも即死でバッタバッタとなぎ倒してやってもいいのよ。ギュっと締めてやりましょ、ヘル?」

「あのうねうねぬめぬめでぎょろっとした魔物の相手を、私にやれと申しますの!?」

「それよりもっと酷いのと戦ってきたでしょ。全く、帝都でバリバリに活躍していた君の姿はどこにいったのか……」

「いや、そのあれは都会のテンションというかぁ……デートみたいなものだからってはしゃいでたからで……。そもそもここまで来るのに暑くて疲れちゃってぇ……お腹いっぱいで一歩も動けなくてぇ……」

「はいはい。そういうのはわかったから行くぞリーダー」

「こういう時にリーダー呼びはズルくありません!?」

 

 などとほざいてはいたが、なんやかんやパーティに加えられるヘルラージュであった。

 

「うーん、でもなんかあれだな。戦闘スタイルが魔法に偏っててちょっとバランスが悪いね」

「それならわらわもどうかの。射撃はもちろん、ひとつワルツを踊るだけでこの大人数がいっぺんにバリ強化じゃぞ?」

「前々から思うけど、そのワルツも大概不思議だよね。なんで皆纏めて強化されるのか謎なんだけど」

「アイドルはバードの上級職じゃからのう。味方を鼓舞(バフ)って、敵には様々な弱体を付与できる。この隙の無さはまさに完璧で究極の――」

「はいストップ! ストップ!」

 

 何事か言いかけたドリントルの言葉をルークは慌てて遮った。とにかくこのお姫様も採用する。

 

「というか、物理役考えるならマーロウさん入れたほうがいい気がするんだがな。雷でいいだろ?」

「流石にマーロウまで入れるとほら、この前(第7層)の面子とほぼ同じになっちゃうじゃん。そういうのってあんまりよろしくないと思うんだよね。マンネリ防止的な意味で」

「すっげえギリギリの発言っすねそれ……」

「別にいいんじゃないですか? 普段は一部のメンバーばかり固定で戦争イベントの時だけ使わないキャラ使うプレイヤーの方が大多数ですって。よっぽどの物好き以外わざわざ使い分けとかしませんよ」

「もう完全にアウトだからその発現ンンン!? 何、今回そういう回なの!? 作者が忘れないうちにネタを全力投球(ブッコミ)していくつもりなのか!?」

 

 よりにもよってメニャーニャがヤバいことを言い始め、ルークのツッコミは切れ味を増し続ける。

 

「さて、これで七人まで揃った。あと三人を誰にするべきか……」

「私は? ねー私はー? 連携取るのに誰か足りてないと思わなーい?」

 

 後輩にお呼びがかかる中、ここまで完全にスルーされたエステルが駄々をこね始める。

 

「うーん、深人に炎はイマイチだし、というか水辺だし。フレイムウォールもそんなに使うとは思えないからなぁ……」

「すいません先輩、このパーティ11人用なんです」

「めっちゃ余裕あるだろ! ちくしょー、私だけ留守番とかひどくない!? ちゃんとフレイムだって活躍するって! とにかく一発燃やせばなんとかなるって絶対!!」

「思考が蛮族と大差ねえんだよなこのピンク」

 

 納得がいかぬとエステルはアルカナの腕にしがみつく。シノブほどではないが十分にたわわな二つの感触が伝わり、アルカナは内心ほくそ笑んだ。勿論エステルもそれを知った上での交渉術だ。その様子を見たウズシオーネの口からふひっ、という声が漏れたが、幸か不幸かそれを耳にした者はいなかった。

 

「仕方ありませんわね……わたくしがいれば炎の弱体化は完璧でしてよ?」

「ヴォルケッタちゃんが言うなら、まあ連れてくかぁ。それで良いマリーちゃん?」

「え、えぇ。別に構いませんが……」

「え、ちょ。なんかそっちには甘くない!?」

「学に励む若人には優しく、そして厳しく試練を与えるべきなのだよ……」

「私もまだピッチピチのヤングなんですけどー!」

 

 やっぱりただのロリコンではないのだろうか、この教師。

 

「それじゃあ、残り一人はマッスルに頼もうかな」

「任せな。へへっ、ここまでの人数を俺一人の背中で守るってのは責任重大だな」

「いや渡辺がアースウォール使えるし、シオーネちゃんも無敵技あるから多少耐久はできるけど、念には念をね?」

「そこで梯子外しますか!?」

 

 そうしてパーティも決め終わり、いざ出陣というところで少し良いかしら? と声がかかる。

 

「差し支えなければ、私たちを同行させてもらってもいいかしら?」

「福ちゃんと、ティーティー様をですか?」

「ティーティー様が行くならハオもついていくヨ!」

 

 二柱の申し出にローズマリーは首を傾げる。保護者的な一歩引いた目線を保ち、王国の方針にはあまり口出ししない彼女たちがこうして積極的に何かを訴えてくるのは珍しく、逆に言えば彼女たちが自発的に助言をする場合それはある種の神託に等しいわけで。

 

「うむ。この辺りに来てから感じられる水気があまり良くない。どうも嫌な予感がするのじゃ」

「何かあった時に私たちが備えていた方がいいと思うんです。だから戦闘には参加できないと思って、言うのが今になっちゃったんだけど、どうかしら?」

「お二方がそこまで言うんですか……先生その辺どうです?」

「どれどれお星さまっと。……む、これは」

 

 メニャーニャの言葉にアルカナが杖の先の天球儀を見せてから霊子星術による簡易的な未来演算を行う。惑星の配列が動いてあるパターンを形成し、さらにはいくつかの小さな光点がぽつぽつと浮かびあがった。

 

「むむ、星辰が揃っているな。水星と火星と土星が正三角を描き、さらにはいくつかの小惑星がこれらと重なって陣を描いている」

「パッと見じゃ何にもわからないわね……」

「惑星だけならともかく、ここまで精密に星を詠むには専門知識がないと無理だよ。とはいえ、これはちょっとまずいかもしれん」

 

 しかめ面で星の並びを凝視するアルカナの様子は、先の神様たちの不安を裏付けるには十分で。

 

「あの……星の並びと召喚術って何か関係があったりするんですか?」

「あるわよ。マナっていうのは世界に満ちる生命エネルギー。ひいては天体そのものが持つ生命力なわけだけど、それは他の並び合う星と互いに影響を及ぼしているの。月の満ち欠けがアンデッド系の魔物の活発さに影響するのは最もたるものよね。召喚術はそもそも宇宙上の距離とかは無視して道をブチ開ける技なんだけど、やっぱり色々と限界はあったりする。でも上手く星の並びを利用して召喚術を用いれば、普段なら届かない場所からの召喚も不可能じゃないらしいわ」

「普段なら届かない場所って?」

「それは……魔界とか、天界とか。そういうところかな?」

 

 ローズマリーの疑問には代わりにエステルが答える。とはいえ、それは召喚術という観点からすると聊かマイナーな分野なので師から多少聞きかじっただけの知識では尻すぼみになってしまったが。

 

「つまり、向こうが召喚術でより強力な魔物を召喚している可能性が?」

「ジェスターも同じことに気が付いていたらな。霊子星術そのものが使えなくても、知識だけで悪用なんて如何様にも思いつくさ。これは、悠長な真似はしていられんか」

 

 幸いなのは、この日が過ぎてから事態の解決に乗り出さなかったことか。

 

 得体の知れぬ焦燥を胸に、一同は海岸を進み始めるのであった。

 

 




 流石に道中で全員は書けない……でも七人選出も難しい。せや、疑似的にパーティを分割して人数倍にすればええやんけ!→結局戦闘外で増えるメンバー。

〇ラプス
 腕っぷしが強くて料理もできてぶっきらぼうだけど面倒見がよくて実は結構乙女な褐色お姉さんは好きですか? 独り立ちしてから出会った男衆が悉くダメ人間なので興味がそっち寄りだったり。
 ドナウブルーの料理は別にケチつけるつもりはないけど冷やし中華は認められないらしい。

〇召喚術と星辰
 二次創作です! まあそれっぽいこじつけというか、なんか無茶苦茶やる時はこういうことがあるんだよ、なんだってー!? ぐらいの話です。


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その80.ぶらり海の旅

お待たせしました。
長々と期間を開けた挙句年を跨ぐという去年と同じようなことをやらかしておりますが、失踪するつもりはありませんので応援よろしくお願いします。今年こそは、本編完結まで目指したい……っ!

以下、今回いるサブオリキャラ達のおさらいです
〇渡辺さん 从'ー'从
 土魔法使い。ゴーレムとか生み出すの得意だよ。

〇ラプス
 やんちゃリュージン。この中だとステゴロ最強。


『潮騒の出会い』

 

 

 

「おお。本当に下半身が蛸じゃないか。興味深い。付け根のほうとかどうなってるの?」

 

 岩礁によって阻まれた入り江。

 怪物が出ると噂されて人の寄り付かない私たちの住処に、彼女は遠慮なく踏み入ってきた。

 

 人間の女。年は二十代後半から三十といったところ。

 白波のごとく清らかな白金の髪は潮風に靡かせ、金色の瞳は水面から見上げた夜空の星のように煌めき、肌はよく磨いた貝殻のようになめらかで注意深くその衣で覆われている。

 

 どれ一つとっても極上の物を見事な比率で配置したかんばせが形づくるにこやかな笑みと好奇心旺盛な眼差しは、心の底から興味深いという気持ちを余さずに表現している。

 ここまで臆さない人間は初めて見た。二足歩行の人間たちのほとんどは、水棲に適した私たちの姿を見てまるで怪物のように扱ってくるから、それがかえって不気味で仕方ない。

 

「あの、どな「私たちに何の用よ、人間」

 

 口を開こうとしたシオーネの言葉を遮って前に出る。

 目の前の人間が何を企んでいるのか分からないが、口ぶりから察するに私たちの噂を聞きつけてきたのだろう。

 人間たちが怯える魔物を討伐にきた冒険者か、あるいは好事家へ売りさばくためにきた商人か。はたまたその仕立ての良い服から自分の手で捕らえにきた貴族という可能性もある。

 いずれにせよ、何かあれば彼女がすぐに海へ逃げ込めるように矢面に立って相手の出方を待つ。

 

 有無を言わずに追い払うという選択肢もあっただろう。けれど逸脱者(ハグレ)である私たちの立場はとても低い。どちらが先であろうとも危害を加えた時点でこちらが悪者となる。

 せめて正当防衛という大義名分を得られるまでは、こちらから下手なアクションを起こすことはできなかった。

 

「待ってくれ待ってくれ。別に乱暴を働くつもりはない」

 

 女は顔の側で両手を広げて害意がないことをアピールした。だが顔色一つ変えることなく微笑みを続ける様子はその美麗さでも誤魔化しきれないほどに胡散臭い。脚の一本を岩に打ち付けて威嚇すると女はたはは、と苦笑して一歩下がった。

 

「うーん、手厳しいなこりゃ。どうしようか、ブーン」

 

 女は背後を振り向いて控えていた男に呼びかけた。

 見るからに重戦士とわかる鎧姿のふとましい体格の男。人間たちとほぼ同じ見た目だったが、この世界の人間ではないのは気配で分かった。ハグレとこの世界の人間は根本的に違うのだ。

 

「仕方ないおね。ここはハンサムで愛嬌たっぷりのモテモテな僕が行くお」

「何言ってんだこの白饅頭。却下(カット)却下(カット)

 

 無駄にキリっとした顔で出てこようとした男を、女はしっしと手を払って下がらせた。ブーンと呼ばれた男はしょんぼりした感じですごすごと下がった。

 正直言ってこちらもあのガタイは若干御免だった。連れてくるなら顔の良い奴を寄越せ。とはいえ、目の前のこいつ以上の顔が良い奴もそうそういないだろうけど。

 

「あーあ、目撃されたハグレがこんなかわいい女の子たちだって分かってたなら渡辺ちゃん連れてきたほうが良かったかな?」

「触手持ってる相手に彼女を出したら面倒な事態になるって言って省いたのは君だお」

「だって皆ここにいるのがタコ足持った化け物だとしか言わないもん。ちゃんと相手を見て言ってくれないとこっちもこっちで対応に困っちゃうよね。……あぁ、すまないね。化け物云々は比喩って言うか私たちが聞いた情報だから、そんなデリカシーのない言葉を言うつもりは無いから、ね?」

 

 しょうもない言い争いを始める二人。一体こいつらは何をしにきたのだろうか。

 そんな毒気の抜けるやり取りを目にしたからか、背中からシオーネが顔を出しておずおずと尋ねていた。

 

「……私たちを狩りに来た冒険者、ではないんですよね……?」

「おおっと失礼。名乗るのが遅れた」

 

 女は均整の取れた顔で柔らかく微笑み、そして名乗った。

 

「私はアルカナ・クラウン。召喚士協会から出向してきたハグレ監査役。……ってのは置いといて、今はただの物好きなお姉さんだ。まずは君たちの事を教えてほしいな」

 

 

 

 ◇

 

 

 

『渦巻く陰謀』

 

 

 海洋ホテル・ドナウブルー。

 高級リゾートホテルとして開業するはずだったそこには、多くの深人たちが蔓延っていた。

 

 丈夫な鱗と強靭な顎を持つ鰐人。螺旋状の殻からぎょろぎょろと目玉を覗かせる貝人。

 召喚ゲートを通じて異世界からやってきた異形の者たち。

 

「あんじゃがうんじゃが。わんじゃがおんじゃが」

「むぐるふるぐる。いあいああごだし」

 

 膝まで漬かるほどの水が満ちたその空間。深人たちは円を描くようにして並び、自分たちが奉じる神への祈祷を捧げる舞いを踊り、その口からは人の言葉では形容できない発音の祝詞が紡がれる。それらを透き通る肌とのたうつ複脚を持つイカにも似た姿の海僧正(シーモンク)が取り仕切っている。

 召喚ゲートからは儀式に応じるようにして時折のたうつ触手の塊が溢れ出てるようにして這い出てくる。魚人たちがあがめる深神、その落とし仔。

 意志があるのかすら定かではないその触手の群れは、獲物を求めるように部屋の外へと這い出ていった。

 

 その様子をスーツ姿の男が満足そうに眺め、傾いた眼鏡を直しながら傍らの男に語り掛ける。

 

「とまあ、このように儀式は順調でございます。眷属たる落とし仔の数も増え、この調子ならば規定の時刻には間に合うかと」

「素晴らしい出来だ。やはり貴殿に頼んで正解だったな、ハグルマ殿」

「ええ。その節は本当に助かりましたよジェスター様」

 

 ジェスターの言葉にウォルナット・ハグルマはへこへこと頭を下げ、神経質そうにその七三分けを櫛で整える。

 エルフ王国との戦いでの手痛い敗走によって拠点の一つと多くの軍勢を失った彼は、支社の一つに逃れ息を潜めた。

 そうして再起を図ろうと準備を進めていた彼の耳に飛び込んできたのは帝都侵攻失敗の報せと、怒り狂ったサハギン達による支社への襲撃だった。

 

 自分たちにすり寄ってきた人間の甘言に騙され、憎きエルフを滅ぼすどころか多くの仲間たちを死地に追いやった。そして帝都でのハグレ王国の宣言が決定打となり単純なサハギン達にハグルマへ抱き始めていた不信を敵意へと変化させた。

 最早ハグルマの言う事をまともに聞こうとしない魚人たちは、意のままに動かせる愚鈍な駒ではなくなっていたのだ。

 

 瞬く間に支社は包囲され、部下たち同様串刺しにされかけたウォルナットを助けたのは、他ならぬジェスターだった。彼はウォルナットの窮地を救うとこの遺跡へ送り込んで命じた。再び深人を率いて、強大なる神性存在をこの世界に呼び寄せよと。

 

 かなり危険な賭けであることに違いはない。呼び出す対象はかつての世界ですら邪神と畏れられ、ハグルマ本社の資本卿ですらおいそれと関わることを禁じられている上位深人。

 頼みの綱はいにしえの魔導士スレイマンが遺した「契約の言葉」のみ。72種の契約深人を縛るこの呪文を偶然知っていたことが、ウォルナットが持っていた逆転の切り札でもあった。

 

 だがそれは完全な制御を意味することではない。

 契約に縛られようとも邪神は邪神。ただの人間が容易く御し得る存在ではなく、仮に僅かでも対応を間違えればこの世界ごと巻き込んだ破滅が訪れるだろう。

 

 

(臨むところよ!)

 

 

 どちらにせよ己にはもう後が無いのだ。

 帝都から海で隔たれたこの遺跡を中心として軍勢を呼び寄せ、捲土重来(けんどちょうらい)を成しえる。それができなければ展望のない地獄に逆戻り。ならば一発逆転の手段はより大きく、より派手にいかなくては帳尻が合わない。

 

「ん、ふふふ」

 

 狂気の混ざった笑みと共に左手袋を外す。

 そこにあったのは水かきと鋭い爪を備え、強固な鱗に覆われた異形の手。

 それが前触れもなく疼き始めるのは、決まって()の声が聞こえる時。その疼きは日に日に近くなっている。

 眷属たちの声は届く。迷宮の奥底、深階にてまどろむ神の手はやがてこの世界に届くだろう。

 

 来るべき時を見据え、ハグルマの名を騙る男は濁った眼で狂気の笑みを浮かべていた。

 

 

 

 ◇

 

 

 

『ぶらり海の旅』

 

 

 

「んじゃ、ここから海底を進んでいくぞ」

「そうは言いますけど、本当に大丈夫なんですよね?」

「大丈夫だって、ちゃんとシオーネバブルは発動してるから」

 

 海岸を北上した行き止まり。アルカナの言葉にローズマリーは不安を口にした。

 おあつらえ向きに存在する下り階段。そこから海底を歩いてドナウブルーまで行くというのだ。

 ウズシオーネが操るスキュラ族の奥義《シオーネバブル》によって水中でも陸上と変わらず活動できるというのだが、やはり信じがたいものがあるのも確か。

 

「まあいいや。とりあえず私が先に行くから、皆も早く来るように」

 

 アルカナが率先して海の下へと続く階段をざぶざぶと降りていき、あっという間にその姿は水面に消えていった。

 

「本当に行っちゃったよ……」

「でも出てこないってことはちゃんと潜れるのよね」

「よーし、ならば行くでち!」

「あー、ずるいぞー!」

 

 どぼん、と盛大にデーリッチが飛び込んだ。

 競うようにヅッチーもダイブ。恐れ知らずの王様たちである。

 

「ガキどもも行っちまったし、俺たちも行きますか」

「え、ちょっと待ってまだ心の準備が」

「それじゃ、ダーイブ!」

 

 姉を相棒に両脇をがっちり固められたヘルの悲鳴は水しぶきに掻き消えた。

 その後に続いて王国民たちもどんどんダイブしていく。

 

「宇宙遊泳は何度かあるが、海底散歩の経験はなかったのう。レッツダーイヴ☆彡」

「ドリントルさん躊躇いなさすぎではぁあ!?」

「スペースヤエちゃん深海編、こうご期待!!

「ほら、エステル、メニャーニャ。私たちも行きましょう!」

「わかったから引っ張らないでください!」

 

 わくわくしているシノブに引っ張られた召喚士組が続いて水の中へと歩を進め、気が付けばローズマリーはその場にぽつんと残されていた。

 

「どうするー? 怖いなら私が一思いに投入するけど」

「いやいいです」

 

 巨大な土の腕を動かしながら問いかける渡辺に、ローズマリーも意を決して水の中へと身を委ねた。

 

 どぷん、と水の弾ける音が耳に飛び込む。覚悟していた全身が濡れる感触はなく、それどころかゆっくりと下に降りていくような不思議な感覚があった。

 間もなく足元が接地し、ゆっくりと目を開ける。

 

「……わぁ」

 

 視界を埋め尽くすのは360度のウォータービュー、全景が海一色の青く透き通った世界。

 色鮮やかな魚群とサンゴ礁が織りなすその光景は、まるで寝物語に聞いたおとぎ話のよう。

 

「本当に、水の中で息ができる……」

「そうだろう? どうかな、生身での水中散歩の気分は」

「すごいでち! 水の中綺麗でちー!」

 

 普通では見られない絶景にぴょんぴょんとはしゃぐデーリッチ。どうやら飛び跳ねるなどの動作も地上と変わらずに行えるらしい。

 

「ルーク君、これ現実よね? お姉ちゃん、私溺れてないよね!?」

「ちゃんと息できてるから安心しろって……え、いや待て、うおぉ、何だこれ。こんな冒険してるの俺たちが初めてじゃねえのか? やっべ、一番乗りってことじゃねえか。マジか! マジなのか!?」

「それにしても凄いわねこれ、マナで空気の膜を作っているのかしら? もしかして酸素も水を分解して生成してるわけ?」

「ええ。基本的にバブルが破損することはないので大丈夫ですよ」

 

 水からマナと酸素を取り出し、水中にいる限りは半永久的に稼働し続ける魔法。まさに秘術と呼んで遜色ない代物である。

 

「これを広めて実用化したりとかすれば……」

「いやぁ、んなことしたらどうせ上の馬鹿どもが独占するし、ろくな使い道しないでしょ」

「ですよねー」

 

 案の定な答えにメニャーニャは肩を竦める。帝都が特許を取り、ハグレから奪って独占した技術の中には人間には使いづらい、原理が不明などの理由で放置され、奪われただけになって発展も進まなくなったものがいくつも存在する。これがまだ人類発展のために研究と改良に励んでいるのならマシだったのだが、いくらでも別の世界から召喚すればいいという状況でそんな考えに及ぶわけもなく。恐らくずっと前から存在を知っていたであろうアルカナが情報を絶っていたのは大体そういう理由だ。

 

「……ふむ、この水中からのマナを取り出す過程を応用して液体中のマナを圧縮ができないかな……。そうしたら実質的なマナの容量が増えて多くの古代遺物を動かせるようになる。それに液体以外の物質への充填方法はどうだろう……例えば結晶に凝固させたら体積も小さくなるからさらに……」

「はーい、勉強熱心はよろしいが人様の技術を目の前で大っぴらに解体(バラ)するんじゃないよ。全く、こっちはこっちで既存の技術を一気に陳腐化させるから困りものね」

「あ、すみません……」

 

 バブルの膜を見ながらブツブツとつぶやくシノブの頭をアルカナはつついて窘める。ウズシオーネの眼が一瞬だが開かれて、「え、何こわ……」という言葉が漏れ出ていた。一族の秘術の仕組みをこうもあっさり解析されかければさもありなん。

 

 そんなこんなで海中行軍とは名ばかりのダイビングツアーを満喫する一行だったが、

 

「皆さん、あれを見てください!」 

 

 ウズシオーネの言葉に立ち止まり、前方に位置するものを見る。

 そこには舎利蟹(ざりがね)指令と呼ばれる魔物が、これまたカツオ武士と呼ばれる甲冑を着込んだ若干食欲をそそらせる見た目の魚人を率いて海亀の群れを追い立てている様子があった。

 

「ありゃなんだ。亀たちが追いかけられているように見えるが」

「あの亀たちはこの海域にいるギャング団です。この辺りでブイブイ言わせている暴れん坊たちなのですが、変ですね。彼らの縄張りはもう少し先の岩礁地帯のはずなのに……」

「どう見ても追い立てられてるな。あっちの魚人たちに見覚えは?」

「いいえ。この辺り、というかこの世界では全く見た覚えがないです」

「ということはハグルマが呼んだ魔物か。どうやら早速周囲の侵略行動に出ているらしい」

「完全に生態系を汚染してるな……どうする?」

「勿論、助けるでちよ!」

「おっけー。んじゃ渡辺、壁プリーズ」

「はいはーい」

 

 義を見てせざるは勇無きなり。海亀たちを遮るようにして土壁が隆起し、ハグレ王国はその前へと躍り出る。

 突然の闖入者、それも人間たちの存在に魚人側も面食らったように一瞬固まるが、すぐに相手を敵と認定して武器を構え出す。

 舎利蟹指令がじゃぎじゃぎとハサミを開閉して鳴らすと、それを合図として彼らの足元に隠れていた何かがぞろぞろと溢れ出してきた。

 

「うわ、何よあのキモいの!」

 

 エステルが思わず嫌悪的な声をあげたそれは、イソギンチャクの細い触手が塊となり、その中心には無数の目玉が密集した生物だった。

 ぎょろぎょろと全方位の目玉を焦点も合わずに動かしながらうねうねと触手を蠢かせる様子を見て、福ちゃんが何かに気づいたように眉を顰めた。

 

「む……あのただならない生物、微かですが神気を感じます」

「神気?」

「うむ。とはいえ、あれそのものは神ではないがな。いわば神から生まれた下級の生命……眷属ということじゃの」

「あんなのが神様の眷属なのかよ……」

 

 ヒトデのなり損ないみたいな怪物と、自分たちの神様を見比べるという何とも罰当たりなことをしながらルークは呟いた。

 

「まあ神と言っても色々あるからねぇ。とはいえちょっと数が多いな、シオーネちゃんよろしく頼むよ」

「はーい。それじゃあいきますね、ばっぽいーん!」

 

 アルカナの要請に応え、奇妙な掛け声と共にウズシオーネが凄まじい速度で発進する。そのままぐるぐるとカツオ武士たちの周囲を旋回すると瞬く間に渦潮が巻き起こりカツオ武士たちが呑み込まれて舞い上がった。

 これぞ真・ウズシオーネ。自らの名前を冠したスキュラが海中でも上位のヒエラルキーに属する理由のひとつである必殺技だ。

 

「うっひゃー、すげえな」

「ここまでできるのも水の中だけなんだけどね。それでも水中なら敵なしだから怖いわあの子」

 

 そうして散々もみくちゃにされた魚人たちは落ちてきた後もぐったりとしており、そこを電撃で追撃して徹底的にダウンさせた。

 

「SYYYYYYY!!」

「ラプス!」

「任せろ!」

 

 一瞬で部下を全滅させたことに怒りを覚えた舎利蟹指令のハサミ連撃をルークが短剣でいなし、その間に懐に潜り込んだラプスが拳を叩き込む。

 だがその一撃は舎利蟹指令が腹部に身に着けていた亀の甲羅らしき胴当てに防がれて大きく威力を減退されてしまった。

 

「SYYYYYYY!!」

「っと、あぶねえな!」

 

 衝撃に耐えた舎利蟹が繰り出した鋭いハサミを、割り込みに間に合ったマッスルが受け止める。

 

「ふーん、いいもん持ってるじゃねえか」

 

 ラプスは水龍槍を解除し、背負っていた筒から釣竿を取り出した。その名を《七宝釣り》。盗人の呪いを帯びた釣竿を振り、放物線を描いた針が胴当てに引っかかった。

 

「おっしゃぁ、フィーシュ!」

 

 そのまま見事な一本釣りで装備を剥ぎ取る。比較的殻の薄い胴体が暴かれ、そこに赤い筋肉の突進と鋭い斬撃が滑り込んだ。

 

「KANIIIIII!?」

 

 急所に攻撃を叩き込まれた舎利蟹指令はその口から泡を吹き出して崩れ落ちる。

 息の合ったセットプレーを決めたルークとラプスは互いに手を叩いて勝利を分かち合った。

 

「SPAMSPAMSPAM……」

「ばきゅーん☆」

 

 しぶとく生き残って這いよろうとする触手塊えお、アルカナは指先から放たれた星型弾が四散させる。千切れた触手の破片が飛び散り、びちびちと動いていたがやがて大人しくなった。

 

「はい終了っと。いやーやっぱラプスちゃんいると効率がダンチね」

「おーよ。この程度ならいくらでも持ってきな」

「しかしいい感じのおたからだなコレ。ラプスの一撃受けて凹み一つねえや」

「それは多分ウミガメ族の秘宝ですね。侵略を受けた時に奪われたんだと思います」

「ってことは返したほうがいいんじゃねえか?」

 

 マッスルが海亀ギャング団の方を見ると、亀たちは気にするなと言うようにぐるぐると回って泳いだ。

 

「……なんかくれるみたいだな」

「だったら報酬ってことで貰っとこうぜ。あたしが盾持つ趣味ねえからあんたらにやるよ」

「お、サンキューな。んじゃマッスルが装備な」

「甲羅を背負った牛ってかなり奇妙な見た目だね……」

 

 驚異も去り、デーリッチのヒールで傷も癒えたウミガメーズは悠々と海の彼方へと去っていった。その様子をデーリッチは手を振って見送る。心なしか彼らも手を振っているようにも見えた。

 

「気を付けていくんでちよー!」

 

 今後彼らは新天地を求め、対岸であるアッチーナ海岸にたどり着き、そこでまたひと悶着あったりするのだが、それはまた別のお話。

 

「しかし見事な光景ですわねぇ。水面から降り注ぐ光のカーテンの中を優雅に歩くわたくし――まさにセレブに相応しい舞台だと思いませんこと?」

「そうだねぇ。ヴォルちゃんのおかげでフレイムもバッチリ効いてるし、最高の思い出間違いなしだ!」

「エステル、流石にその返しはどうかとアルカナさん思うワケ」

「この人炎をぶち込むことしかアイデンティティありませんから……」

「なにおー! 私だってこの光景の素晴らしさについて感じってるんだからね!? それはそれとしてフレイムが通用するのもまた大事ってだけで……」

「はいはい。ほらほらヴォルケッタちゃん、あんな品性の欠片もないフレイムゴリラとつるんでいると野生が移るから私と一緒にいなさい。ついでに道すがら魔法のあれこれについて話してみよう。君の腕前は道中で見せてもらったから、ここはひとつ手取り足取りアドバイスをしてあげようじゃないか」

「え、ええ……ってどうして肩とか腰に手を持ってくるんですの!?」

「おうさりげなくセクハラ目論むのやめーや」

 

 そうして時折襲ってくる魔物をシバきながら海底散歩をエンジョイしつつ、ハグレ王国は目的の場所にまでたどり着いた。

 

「あぁ、折角作った看板が……」

「アホみてえな看板に挿げ替えられてるな」

 

 ドナウブルーの看板は撤去され、代わりに『神聖ハグルマ資本主義教団本社』と無機質な看板が立てられていた。

 

「確か入り口は正面の昇降機だったね」

 

 アルカナが扉の前まで歩いてポチポチとボタンを押すが、昇降機は一向に動く様子を見せない。

 

「案の定ロックがかかってるか」

「あたしがいっちょブチ破ってやろうか?」

「それするとエレベーター来なくなるからダメー」

「だったらラプス、お前こういうの開けられる鍵持ってなかったか? あの板みたいなやつ」

「あー……わりぃな、アレどっかいったわ」

「オイオイ……勘弁してくれよな」

 

 そんなやり取りを余所に、アルカナは懐をまさぐり、掌サイズのケースを取り出した。

 

「なんでちかそれ?」

「ハッキングツール。古代文明の機器ならだいたいアドミン権限でこじ開けられる素敵アイテムだ。こういう時のために用意しておいた」

「おぉ、流石は研究者ってか」

「いやいや、なんでそんなもの用意できるのよ。古代文字が読めて操作できるのはまだしも、そういう装置を作るのはまた別の話でしょ?」

 

 ルークは素直に感心するが、曲がりなりにも古代文明の高度さをよく知るエステルはそのトンデモな内容について追及せざるを得ない。

 

「私の伝手を舐めてもらっちゃ困るよ。さてさて、確かこの辺を開ければっと、ここだな」

 

 格納されていたコンソールを開け、差込み口に端子を接続する。そしてあらかじめ聞いておいた起動パスワードを打ち込んでいく。

 

「パスワードは確か"AMBTSNSCR"っと。……よし、これで操作可能だ」

 

 そして再びボタンを押すと、すぐに稼働音が聞こえ始めた。

 

「皆、準備はいい? ……よろしい。それじゃあハック&スラッシュと行こうか。とにかく最短で奥まで突っ込むよ」

 

 ガコンと口を開けた扉の中へ、彼女たちは躊躇いなく足を踏み出した。




○"AMBTSNSCR"
 ……ただの感傷だよ。それ以外の何物でもないさ。

○ラプス:サタスペ風ステータス
 犯罪4 教養3 恋愛1 生活2 戦闘7 
 肉体7 精神5 破壊力8 攻撃力5 反応力5
 性業値3
 習得カルマ
 異能:《修羅場》《無影脚》《旋風脚》《震脚》《投げ技》《ハメ技》《追撃》《韋駄天》《一騎当千》《血の饗宴》《聖痕》《鉄腕》
 代償:《弱肉強食》《古傷》《仲間思い》《命知らず》《朋友》《タイマン》《復讐》《宿敵》《せっかち》《お人よし》《暴走》《喚起》《因縁》

 趣味:アウトドア、飲食、スポーツ
 おたから:《七宝釣り》《勇気のマフラー》《夫婦どんぶり》《妖血》《反撃のラケット》

続きはもう少ししたら投稿できると思います。
感想・評価・ここすき等よろしくお願いいたします。


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その81.昏き海より来たる

『語らいは磯香と共に』

 

 

 

「……あ、アルカナさん!」

「何よ、また来たの?」

「いやあ。君たちの顔を見たくなっちゃって。悪かった?」

 

 

 その日もそいつはやってきて、無駄に整った顔でそんな気取った台詞を開口一番に吐いてきた。

 

 このアルカナという女は私たちがこの世界に来た原因である召喚術の総本山。つまり諸悪の根源とも呼べる召喚士協会の幹部で、各地に点在するハグレ集落の視察が仕事だった。

 私たちを見つけたのもその一環。近隣の村人に目撃されてちょっとした噂になっていたのを聞きつけ、余計な問題が起こる前に保護しに来た、というのが事の経緯だった。

 

 あれからこの女は何度もこの入り江を訪れては、執拗なぐらいに私たちと会話を試みてきた。

 どれだけこっちがあしらおうと足しげく通ってきては、害意や悪意を微塵も見せることなく話しかけてくる。そんな相手に優しいシオーネはとっとと心を開いてしまったし、私も今ではこうして岩礁に腰かけて近況を語り合うぐらいの交流は持つようになった。

 

 ここの人間と深い関わりを持つことに気は進まなかったが、シオーネのほうは新しく仲良くできる友人が増えたことを喜び、迫害から逃れる中で沈みかけていた笑顔が明るくなったと思う。その点に関しては感謝しなくもない。

 それに……決して口にはしないが、私もこいつと会話するのはそれなりに気晴らしになって悪くはなかった。

 

「しかしこんな辺鄙なところにわざわざ来るなんて、監査官様って暇なのね」

「いやいや。これでも多忙な身さ。キミ達に会いに来たのは巡回帰りのついでだよ」

「それにしては前回より間隔が短いと思うのは気のせいかしらね」

「おや鋭い。実はハグレの受け入れをしたから視察地が一つ減ったのさ」

「へえ、それは良かったわね」

「ああ。これでまた一人、不当な扱いに晒される者を減らせたよ」

 

 心からの安堵に彼女は気の抜けたような笑みを浮かべた。

 いつもは余裕ぶった振る舞いをするくせに、こういう時だけ弱弱しい地が出てくるのはずるくないか。

 

「――そうやって彼らは自力で販路を拓いてみせたんだ。そこにちょうど酒を気に入ってくれた帝都の商会との契約も取り付けられたところでね。やっと住人たちだけで村を回せるようになってきたよ」

「へえ、あれ成功したんだ。これであなたの負担も減って楽になるんじゃない?」

「ここからが本番だよ。……それで、返事はどうかな? そろそろ」

「……何度も言ったでしょう。私たちはここで暮らすわ」

「やっぱり淡水は厳しい?」

「そういう話じゃないわよ。わかってるでしょう?」

 

 自分が管理している領地にあるハグレの居住区への勧誘。

 アルカナは度々その話を持ちかけてくる。

 監視という名目ではあるが、ほとんど放任状態であるそこは一種の避難地であり、ハグレが周囲の目を気にせずに暮らせるほぼ唯一の場所と言っていいだろう。

 確かにそこなら、私たちだって恐れられることなく受け入れられるかもしれない。今後のことを考えれば、彼女についていくのが正解なんだろうけど。

 

「私たちは、あなた達から見れば魔物と変わらない。ただでさえ今が肝心な時なのに、問題なんて持ち込むわけにはいかないわ」

「え? もしかして私たちの事心配してくれてるの?」

「……お互いに面倒が起きないように配慮しているだけよ」

 

 あんまりこいつを調子に乗らせたくないので誤魔化す。ツンデレ属性を搭載した覚えはないが、こいつの前だと素直なことは中々言いづらい。

 

 その保護区はアルカナという女が帝国に貸しを作ったことで成立しており、もし彼女の身に問題が起これば瞬く間に破綻する仮初の平穏。それをもし自分たちが来ることで早めてしまったら? 

 亜人のみならず魔物を匿ったなどと言われれば、内部のハグレ全員に猜疑の目が向くのは間違いない。そうなれば終わりだ。これまで彼女が地道に築き上げてきた全てが水の泡に消える。

 そうなるぐらいなら、私たちはここで隠れ住んでいたほうがいい。幸い私たちには海中という逃走経路もあるから他の種族よりはよっぽど安心できるし、二人だから孤独という訳でもない。

 

「でもなぁ、それを言うと君たちのほうも心配さ。私の目的が完成した時、君たちに何かあってからじゃ遅いんだ」

「それって例の帰還ゲートってやつ? 本当にできるのかしらね。あんたほどの召喚士でも目途すら立ってないものがどうやってできるのよ」

「いや理論については大体できてるのよ。ただそれを実現、それもちゃんと使えるように仕上げるってなると中々難しい。私は召喚士としては落第もいいところでさ、特に召喚ゲートの形成とやらが全くといっていいほどできないんだ」

 

 それはおかしい。だったら彼女に付き従うあの三人は一体なんだというのだ。

 

 私がアルカナと話している間、シオーネは彼女が連れてきた三人のハグレと交遊している。 

 目の前の海を見れば、渡辺とかいう少女のハグレが乗ったボートがシオーネに牽引されて海上を爆走中。聞こえるのは歓声というより悲鳴だろうが、高く舞い上がる波の音にかき消されてよく聞こえない。

 視線を少し下に移せば、あの子が泳いだ後に生じた大波に巻き込まれ、浜に打ちあげられた魚や貝を猫型の獣人が七輪で焼いているのが見える。さらにその側では巨漢の戦士が見事に捌いた魚介類を焚き火にかけた鍋に放り込み、なにやら白い液体と共にぐつぐつと煮込んでいた。なんだこいつら自由か?

 

「ブーン達についてはほとんど力技だよ。彼らが奇しくもどの世界でも入れるような性質だったから無理やり引っ張り込めただけで、私は普通の召喚術については全く使えないんだ。……まあ、原因については大体把握してるんだけどね。星の裏側はどうしたって見ることができないように、私には空想を手繰る力だけが綺麗に欠けていた。役割の分担ではなく機能の分割とは、十三の分家とはよく言ったものだ」

 

 などとわけが分からないことを言いだしたが、要するにハグレの帰還は彼女一人で実現は不可能に近いということらしい。

 

「難儀なものね。あなたなんでもできそうなくせに、たったひとつできないだけでハグレのことが解決しないなんて」

「腕の立つ召喚士が来てくれればすぐにでも解決しそうなものなんだけどねぇ、そこそこ優秀な奴ほど余所に抜かれていっちゃうんだよなぁ」

「その面なら誰だって寄ってきそうなものなのにね」

「そうだろう? 我ながら可愛い女の子には引く手数多な自信はあるけど、肝心の召喚士に引っかからないんじゃ意味が……ああいや、違うな。少なくとも、君たちみたいな可愛い子達と仲良くなれたのは素晴らしいことだったさ」

「……それ、自分で言ってて恥ずかしくないの?」

「趣味と実益を兼ねられるって最高じゃない?」

「趣味を仕事にすると地獄よ~?」

 

 具体的には〆切とか需要とかね。あんなもの無いほうが良いに決まってるのよ。

 

「まあいいわ、期待しないで待ってるから精々頑張りなさい。――いい弟子、見つかるといいわね」

「ああ。きみ達の期待に応えられるように頑張るとも」

「だから期待しないって言ってるでしょ」

 

 馬鹿な女だ。私たちなんかに関わったところで得なんて一つもないくせに。

 見当違いの罪悪感と焦燥。そして誰よりも生き急いでいるような使命感で、絵空事を本気で追い求めている。

 この世界の人間たちがもう少しぐらい分かり合おうとする姿勢を取れたなら、彼女の苦労もずいぶん減るだろうに。

 

 

「ふぅ……良い感じに泳げました! どうでしたかワタナベさん!」

「ぐえーっ……まだふらふらするー……」

「勢いが強すぎたであるな。まあ座るといい」

「ちょうどクラムチャウダーができたところだお。食べるおね?」

「はい!」

「ふらふらしてるけどお腹は空いてるのでいただきます……」

「食い意地だけは立派であるな」

「ちゃっかり食べてた人には言われたくないです~」

「おーい、二人も食べるかお?」

「おっけー、すぐ行くよ。ほらウズちゃんも」

「わかったわかった」

 

 

 アルカナの後を追って、私もシオーネ達のところまで向かう。

 潮風に揺れる磯の匂いと、波の音は変わらず心地よい。

 この世界ではじめてできた友人たちと過ごす、なんてことない日常。

 嗚呼。この穏やかな日々を続けられたらどれだけ幸せだろうか。

 

 

 

「……応援してるわよ」

 

 その背中へ聞こえないように小さく呟く。

 願わくば、この女がいつか報われる日が来るようにと。

 

 

 ――その三日後。

 

 私は磯で溺れかけていた人間の子を助けて。

 そしてそれを魔物に襲われていると勘違いした人間によって毒矢で射貫かれ、苦しんで死んだ。

 

 

 

 ◇

 

 

 

『昏き海より来たる』

 

 

 

「む、なにやら騒がしくなってきましたね」

「侵入者か……どうやら近づいてきているらしい。配下どもの苦悶が瞬く間に増えていく。この破竹の勢いは、まあ彼女以外にあり得んわなぁ」

 

 微かに聞こえる戦闘音に訝しむウォルナットにジェスターは状況を伝える。

 この辺り一帯に張り巡らせた影の探知網から、深人が次々に倒されていくのが伝わってきており、それは段々と近づいている。この遺跡は複雑な作りではない。正面から堂々と乗り込んできたのならば、間もなくここまでたどり着くはずだ。

 

 そうして彼の予想は的中し、襲撃者たちが姿を見せる。

 

「これはこれは。このような僻地にまで足を向けるとは、実に熱心なことだなアルカナ」

「やあジェスター。お前が何を目論んでいるかは知らんが、その召喚を通させるわけにはいかないね」

 

 互いに笑みこそ浮かべてはいるが、親しみの感情など微塵も籠っていない。

 アルカナは嫌悪と殺意を、ジェスターは好奇と歓喜を以って対峙している。

 

「ンン……中々にいい感情をしているな。憎悪が見えるぞ」

「そりゃあ何度もお前にちょっかいをかけられたらね。仏の顔も三度まで、流石に私の友達に被害出しといてただで済むと思ってるんじゃねえよ。ハグルマともども、ここで潰させてもらう」

 

 アルカナが杖を構え、それに続いて他の者たちもそれぞれ戦闘態勢に入る。

 

 深人たちもこの闖入者を排除するため続々と集まり、武器を取り出して打ち鳴らしたり歯ぎしりを起こして威嚇を始める。

 瞬く間の一触即発。睨み合う最中、軍勢の前にウォルナットが進み出てきた。

 

「いいでしょう。私もそろそろ、直接この手であなた方に借りを返したいと思っていたところです」

「はっ、どう見てもあんたがやり合えるようには見えねえんだが?」

 

 ルークのような煽りは口にしなかったが、概ね皆が同じ感想を抱いていた。

 以前の戦いでもウォルナットはタロスを操って戦闘に参加してはいたが、自身が前線に立つようなことは完全に避けていたし、敗色が濃くなれば即座に逃げの一手を打つほどには荒事に長けているわけではない。

 アプリコのように兵士たちを臨機応変に指揮するでもなく、ザナルのように自分の魔法に自信をもっているのでもなく。言ってしまえばマクスウェルと同じ、強力な兵器や手下を嗾けてそれを眺めているだけというのがウォルナットという人間の印象だった。

 

「ええ、先ほどまではその通りでしたとも。泥臭く剣を交えるよりも、銃でスマートに撃ちあうほうが好みでしたし、何ならその前に経済的にケリをつけるのがハグルマのやり方です。ですがまあ、何事も例外というのがございまして」

 

 例えばそう、と彼は手袋を捨てた。

 その中にあった魚人の腕をさらけ出し、誇らしそうに広げてみせる。

 

「圧倒的な力を手にしたのであれば、直接赴いて身の程を知らしめるのが最も手っ取り早い方法になるでしょうとも!!」

 

 その言葉と共に、彼の身体に変化が起こった。

 

「グフフフ、力が湧いてくる。偉大なる神の恩寵が、大いなる力が満ちていく」

 

 中肉中背だったシルエットが歪に変形し、ぶちぶちと布が引きちぎれる音が鳴る。

 スーツの伸張性を越えて膨れ上がった体格は、頭一つ分も大きくなっていた。

 ぎょろりとした瞳。全身を覆う鱗。鋭利な爪。

 人の骨格に魚のテクスチャを張り付けたような歪な風貌は、サハギンとは似ても似つかず。

 筋骨隆々の半魚人という見た目に変貌したウォルナットは、どう猛な牙が生え揃った口で吠えたてた。

 

「見ルがイイ! コレが私の力、大イなる神カラの祝福! コレヨリ世界を統べル我が名はそう、魔人ハグルマと――興味ねぇげぶはぁ!」

 

 

 ラプスの跳び膝蹴りがウォルナットの鼻っ柱をへし折り、そのまま水の中へと転がした。

 

 

「貴様……戦士の誇りもないのか!!」

「お前は別に戦士じゃねえからノーカン。てか借りモンの力で偉そうでムカつくし、とっとと潰すぞルーク」

「オッケーオッケー。それじゃ皆、畳みかけるぜー」

「よっしゃー! やってやるでち!」

 

「グ……、ものドモカカレ!」

 

 

 怒りに顔を歪ませたウォルナットの号令に従い、深人たちがハグレ王国に襲い掛かった――

 

 

 が。

 

 

「ミアちゃんおねがーい」

「《魔神降ろし》!!」

星光よ(ステラⅨ)!」

 

 

 降り注いだ流星が敵陣をずたずたに切り裂き。

 

 

「サモンザウス」

 

 

 召喚された雷霆が逆らう術もなく焼き焦がし。

 

 

「ストーンダッシャー!」

 

 

 雪崩のように降り注ぐ岩が押しつぶし。

 

 

「ばっぽいーん!」

 

 

 最後に水面に生みだされた渦潮がそれらを纏めて攪拌して深人の群れは壊滅した。

 その圧倒的な地獄を幸運にも免れて、なお挑みかかろうというガッツのある深人もいたが、それらはエステル達がきっちりとしばき上げていた。

 

 

「ナらバこれハ!」

 

 

 触手の蠢かせる神の落とし仔たちが瞬く間にその場へと顕れる。

 

「あ、そういうホラーなのは間に合ってるから」

 

 ヤエがパチン、と指を鳴らすと超自然の圧力が触手の群れを縛り付け、そこにラプスが飛び込んで水龍槍を縦横無尽に振り回せば、肉片と煮え立つような血液が辺りに飛び散った。

 

 

「この程度か?」

「他愛ないわねぇ」

「オノレ、またしても貴様カ!」

 

 

 ウォルナットがヤエ目掛けて突進し、ズタズタに引き裂かんと鉤爪を振るう。――が、そこにしっかりと甲羅の盾を構えていたニワカマッスルが攻撃を防ぎ、その隙にヘルからの禍神降ろしを受けたルークの一閃が背中に大きな切り傷を刻みつける。

 

「ウゴアッ!」

 

 青黒い血がスプレーのように噴き出し、ウォルナットは激痛に悶える。さらに弛緩毒の矢が突き刺さって体勢を崩し、そうしてがら空きになった胴体に、ラプスの渾身の蹴りが炸裂した。

 

 

「ばぬぅ!!」

 

 

 胴体に風穴が空いたかのような悲鳴を上げ、大きく吹き飛ばさたウォルナットは壁に激突した。

 ガラガラと崩れ落ちる瓦礫の中から、魚面の魔人がかろうじて這い出てくる。ごぼりと血を吐き出す様子から深手を負ったことは瞭然だが、その眼に宿る狂気的な戦意は衰えていなかった。

 いかに外道とて、不退転の覚悟ぐらいは決めているという事か。ラプスはほんの少しだけ目の前の男を見直し、ヒュンヒュンと槍を振るってから構えた。

 

「中々気合い入ってんじゃねえか」

「当然ダ……来タレ、来タレぇ!」

 

 

 さらなる魔物を呼び寄せようとウォルナットはおぞましき呪文を唱える。

 それに応じるように空間がうねり、水面にごぼごぼと巨大な泡が生じ――その一瞬後、巨大な水しぶきとともに筒型の胴を持った巨大な水棲魔物――オーシャンイノベーターが姿を現した。

 

 

「うおあっ!?」

「こりゃまたドデカいのが出てきたな……!」

 

 

 魔物は巨体と同等の径を持つ口を広げて浅い水の中を暴れ泳ぐ。

 その猛威は凄まじく、無数のヒレが生み出す波に足元を掬われないようルーク達は一歩下がることを強要されてしまう。

 これでは近づいて攻撃することはおろか、高位魔法の発動も難しい。アルカナがスターを撃ってみたが、巨大な体と鱗の前に弾かれてしまう。

 

 

「ハハハ! ドウダ! コレならキサマらの攻撃も通ジマイ!!」

「……あ? 何言ってんだ?」

 

 勝ち誇るウォルナットをラプスは鼻で笑い、真っ向からオーシャンイノベーターへと突貫した。

 荒れ狂う波もなんのその。彼女の故郷を思えば、この程度の荒波など生ぬるい。

 

「この程度、ペコドロンのほうがよっぽど暴れん坊だ!」

 

 そうして巨大魔物へと肉薄したラプスは先の波に負けぬ水しぶきを上げるほど強く踏み込み、そして――

 

 

一・撃・必・殺 !

 

 

猛 龍 硬 爬 海

 

 

 それは冥界の闘技場でも披露した、この場に満ちる水から踏みしめた足を通じてマナを吸収し、水龍気と変換して自らの掌に集約させ全力で放つ絶技。数多の冒険、幾度の強敵との戦いを通じて編み出された彼女だけの奥義。

 元より彼女が身につけし拳法は、自分たちよりも大きな体躯を誇る竜人たちと渡り合うために千年もの間連綿と受け継がれてきたもの。であればこの程度の巨大魔物など片腹痛し!

 

 バオン! バオン! バオン!

 

 鱗を貫通し体内に浸透したエネルギーが爆発し、その巨体を三度揺らした。

 オーシャンイノベーターはその口、鰓、肛門など体中の孔という孔から赤黒い血や液状化した内臓などを吐き出し、ズシンとその身を水中に横たえた。

 

 

「……っ痛ぇー……流石にここまででけぇのは結構無茶だったな」

 

 まさかの瞬殺。唖然とするウォルナットには目もくれることなく、ラプスはブラブラと両手を揺らして調子を確かめていた。

 

「っしゃぁ! 決まったぜラプスの十八番!」

「ヒューッ、今のすっげぇビリビリ来たぜ。やるじゃねえかラプス!」

「あんな巨大魔物を一撃で……」

「お見事ちゃんだねぇ。――さて、これで勝負あったかな? ハグルマ某」

 

 魔人だと息巻いた男はハグレ王国によって完全に包囲され、アルカナは杖を挑戦的に突きつけて勝利を宣告する。

 ウォルナットはそれでハッと現状を認識し……そして堰を切ったように笑い出した。

 

 

「――クク、フハハハハハハ!! 勝負アッタ? 確カにソウだろうナ! ただしソレは、我々の勝ちだがな!!」

 

 

 客観的に見当違いなことを言いだした男に、とうとう錯乱し始めたかと訝しむ一行。

 

 

「……おいおい、流石にお主もこの状況が分かっておらんわけじゃ」

「サア、仕上げを頼ムゾ、ジェスター!」

「――言われずとも」

 

 そして、戦いを眺めていたジェスターが口を開いた。

 

「ジェスターッ! させるか――」

 

 ジェスターの動きに備えていたアルカナが瞬時に杖の向きを変え、流星が黒衣を穿った。

 しかし自らの身体に穴を開けるそれを意に介することなくジェスターは両手を広げ、その足元から影が湧き溢れた。

 

 

「わわっ!?」

「なんだこりゃ!?」

「――ッ、《プリズムヴェール》!」

 

 デーリッチ達の下へ殺到する影。しかしシノブが咄嗟に展開した光のヴェールがそれを阻んだ。

 

「うわちょ、なにこれめっちゃ綺麗じゃん!?」

「一番最初の感想がそれですか!? しかしシノブさん、この魔法は……?」

「先生に教わったのよ。ジェスターの影には以前痛い目を見たから……その代わり、私は一歩も動けないけど」

「安心してる場合でもないわよ。あれを見なさい」

 

 そう言ってミアが指し示したのは、倒れ伏した深人やオーシャンイノベーターの死体が影の中に沈み込んでいく有様。それは先の帝都にてルーク達が死闘を繰り広げた死霊術師が行使した忌まわしき術と同じ光景だった。

 

「死者からの魔力吸収……私たちに雑魚を狩らせて自分はそれを糧にする。最初からこっちが本命だったわけね」

「さあ死を喰らえ我が影よ! そしてその命を以って開きたまえ、彼方の深き神の門よ!」

 

 ジェスターは死体から集めた怨念を変換した膨大なマナを召喚ゲートを成立させる魔法陣に注ぎ込んでいく。

 バキバキと軋みを上げながら空間の孔が徐々に広がっていく。

 夥しいマナを含んだ風が孔の中から吹き荒れ、その轟音に紛れて地鳴りのようなうめき声が微かに聞こえた。

 

「……ッ! こりゃいかん。福の神よ!」

「ええ! 皆さん、急いでこっちへ!!」

 

 かつてない焦燥感でティーティー様と福ちゃんが仲間たちに呼びかける。ひとつに固まったデーリッチ達の前に二柱が出て、神としての力を全力で解放する。

 

 その間にも孔は広がり、さらにその速度を越えて空間に亀裂が走り、そして。

 

 

「――――あ」

 

 

 ――――■■■■■■■■■■

 

 

 

 名状しがたき異形の神が、この世界に姿を顕した。

 

 それは巨大だった。一本一本が大樹の幹ほどもある触手が密集しており、冒涜的な樹海の奥からは幾つもの眼が覗く。ごおんごおんと鳴り響く音はいびきらしく、どうやらこの存在は今もまだ眠っているらしい。

 知能はあるのだろうか。知恵は必要だろうか。こんな明々白々なる強大な存在に、そんなものがあったとして何を思うのだろうか。あるいは今も、彼は微睡みの中で何かの夢を見ているのだろうか。なるほど、深人たちの神というだけはある。一目で畏れられ、忌み嫌われ、崇められてきただろう。そしてそれらを何の顧みもなく蹂躙してきたのだろう。それこそ、いびきや寝返り程度の動きで生み出される破壊によって。

 

「あ、ぁ……」

 

 ルークは戦慄した。

 彼はそれなりに世界の広さを知っているつもりだった。

 巨大な魔物だって何度も戦った。悪魔さえも倒したことがある。

 だからこそ、目の前の存在がどれだけのものかもある程度理解できる。できてしまった。

 

 ――勝てない。

 太刀打ちできるのか、なんて考えすら浮かばない。

 これだけの怪物を前にすれば、自分たちの抵抗など蟻が人の身体によじ登るがごとき無意味だ。

 

「ハ、ハハハハハ! 顕レタ、顕レタ!! 大いなる神、微睡みの豪魔、スレイマンが遺した72の契約深人がひとつ、いにしえのアモン!」

 

 天上を突き破らんとする威容を見上げ、狂った喜びにウォルナットが笑う。

 圧倒されていた者たちは、その狂笑によって我に返った。

 

「どうだアルカナ。これが我らが求める新たなる秩序。古き異界の神の力で、我らはこの世界の過ちを破壊せしめようではないか」

「オイオイ……そりゃ本末転倒だろ。このままこいつが完全に出てくればお前たちが支配する世界そのものまでぶっ壊れるぞ。死に過ぎて白翼としての使命すら見失ったか?」

「なんとでも言うが良い。人の力、ハグレの力。どちらも通じぬというのなら、さらなる上位の力を以って世界を正すまで!」

 

 その呻き、身じろぎ一つが脆弱な人間もハグレも問わず精神を蝕む呪波となって降り注いでおり。それを二柱の神が壁となって必死に押し返している。そうしなければ、瞬く間に何人かは気絶なり発狂なりしていただろう。

 例えばそう、彼女のように。

 

 

「あ、いや、あ、あああああああ!!」

「シオーネさん!?」

「やっば。私たちはともかく、この子にはちょっとクリティカルすぎたな」

 

 

 ルーク達の後方から響いた声に振り向く。ウズシオーネは目を見開き涙を流し、甲高い悲鳴を上げて喉を掻きむしりだす。それまでのおっとりとした、悪くいえばマイペースだったはずの彼女からは想像できないほどの取り乱しようだ。

 だが無理もないことだ。陸に暮らす人間のルーク達ですら正気を保つのがやっとの神性存在を前にして、元々が海中で暮らす種であるスキュラである彼女ではその怪物に対する感応性には大きな差がある。

 かつてサハギン達が脳漿喰らいにひれ伏したように、自分たちの中に流れる遺伝子に宿る母にして深淵たる海の底に対する恐れは世界の垣根を越え、スキュラの少女の精神を蝕み狂気に陥らせんとする。

 

 

「――あ」

 

 

 がくん、とまるでぜんまいの切れた絡繰り仕掛けのようにシオーネの首が大きく項垂れる。

 狂気を前にして先に意識が閉じたのか……そう思われた数秒後、彼女は頭を押さえながらゆっくりと顔を上げた。

 

 

「……ごめんシオーネ。ちょっと寝てて」

「ウズシオーネさん?」

「おや珍しい。君が強引に出てくるとは」

「ちょっと無理やり代わったわ。いくらシオーネだからって流石にこれ相手は無茶よ」

「そうは言うけど、君もあんまり変わんなくない?」

「そりゃそうだけど、まあ毒の矢で射られた時に比べたらまだマシね」

「ごめんそれちょっと笑えないわ」

「えーっと、ウズシオーネさんどうしたの? なんかキャラ変わってない?」

 

 さっきまでとはまるっきり正反対の冷静な口調に変わったウズシオーネにエステルが首を傾げる。

 

「キャラっていうか実際人格を代えたんだけど……んー、どうやって説明したものかな」

「まあそんなことは後で説明できる。それよりもだ、寝起きで悪いんだけどちょっと壁足してくれない? いかんせんヤツの波で転ばされないように踏ん張るのが結構きつくって」

「分かってるわよ、《インビンシブル》!」

 

 アルカナの要請にウズはスキュラ族に伝わる奥義を発動した。

 サンゴが地面から出現し、それは既に渡辺が展開していたアースウォールと合体。即席の防波堤となってデーリッチ達を邪神が生む荒波から守った。

 光の障壁。神々の護り。強固な防御力を誇る二つの物理的な壁。見事なまでに重ねられた防御も、しかし目の前の邪神を前にしてはこうして凌ぐのが精いっぱい。

 

 

「ティーティー様!」

「くぅ……! やはり保たんか……」

「なんという力でしょう。しかもこの神、これでまだ全身じゃない。あまりに強すぎてまだ頭の半分ぐらいしか出てきてないけど、段々次元をこじ開けてきている……」

 

 恐ろしいことに、この邪神は精々が首を少し出した程度だ。かつてイリスがこの世界に入り込めず次元の狭間に閉じ込められたように、強大過ぎる力を持つ存在は世界そのものの抵抗力とでもよぶべき力によって侵入を阻まれる。

 とはいえ、たかが頭一つ覗かせただけでもこの惨状。仮にこのままの状態が保たれたとしても邪神の眷属たちが溢れかえり、地上に侵攻を始める。それだけならまだしも空間の亀裂は今も広がり続けており、邪神は無理やりにでもこの世界に顕れようとしている。

 

「こうなったらお主らだけでも逃げい。ゲートを開くまでの間ぐらいなら持ちこたえてみせよう」

 

 打開策はたったひとつ。

 二柱を犠牲とする一時撤退を却下したのは、他ならぬアルカナだった。

 

「うーん、無理だな。今ゲートを開こうにも向こうの圧力が強すぎて干渉できん、よしんば開けたとしても逃げた先にこいつが産地直送。私たちはみんなまとめてSAN値直葬。オゥマイガーって感じ」

「唐突にラップ挟んでも全くうまくないからな!」

「じゃあ閉じるのはどうでちか!?」

 

 いくら邪神を召喚しているとはいえ、キーオブパンドラの封印の力ならば対抗できるだろう。実際、ハグレ王国は幾度となく強力な魔物を召喚するゲートを閉じてきた実績がある。うまいこと邪神をゲートの向こうまで押しやるか、閉じる力に任せて放逐できれば万事解決だ。

 

「う~ん……私たちが全力で攻撃すれば追い返せるかもしれないけど。あいつら(ジェスター達)がそれを許してくれんだろう」

 

 そうしてアルカナは視線を移し、こちらをニヤニヤと嘲笑うジェスターを睨みつけた。

 このままでは完全な破滅が待っている。だがハグレ王国が死力を尽くしたとしてもこの邪神を追い返すには到底足りない。これほどの神に対抗するには、それこそ星を裂く一撃でもなければ――。

 

「クク。アルカナよ、今ならまだ間に合うぞ? 貴様の全力を賭し、見事この神を追い返してみせるがいい」

 

 その言葉が誘いであることは明白だった。

 確かにアルカナの有する奥義、万の軍勢をも蹂躙する大魔術ならばこの邪神にも通じる一手を与えられるだろう。ただし仕留め損なえばあの邪神の意識は完全にこちらに向いてしまう。そうなれば一巻の終わり。

 そして仮に撃退できたとしても、大魔術の使用による僅かな硬直が存在する。その隙を狙ってジェスターが攻撃を仕掛けてくる可能性だってある。いや、あるいは奴はそれすらも狙って……?

 

 アルカナは幾つか考えを巡らせ、そして覚悟を決めた。

 

 

「……背に腹は代えられないか。渡辺、アイツが動いたらシノブのカバーよろしく」

「え、アルカナちゃんまさか」

「――"では、物語を語ろうか"」

 

 

 渡辺の返事を待たず、アルカナは前に進み出て杖を掲げ詠唱を始めた。

 天球儀が回転を始め、その頭上には星座版を想起させる巨大な魔法陣が展開される。

 

 

「"始まりの神話。始祖の旅路。いつかの栄光を我らは知っている。誕生を、冒険を、栄光を、殺戮を、滅亡を。神は絶え、人は増え、星は潰え、子供たちは彼方の旅路へと赴いた"」

 

 アルカナは体内にて魔力を循環させ、無尽のマナを練り上げる。

 肉体にかかる負荷に顔が歪み、その額に脂汗が浮かびあがる。

 

「"彼方の賢者は只一人(only)果ての大地にて(lonely)栄光を寿ぎ続ける(glory)。そして子らは三度、永劫の夢を追い求める。――そう、我らはソラを往く渡り鳥(アルバトロス)。大いなるガルタナの偉業を語り継ぐもの也"」

 

 魔法陣に刻まれた星が光り輝く。星々は浮かび上がり、この空間の天井に満天の星空を形成する。

 これこそはアルカナが誇りし奥義が一つ。無数の光弾にて敵陣を蹂躙し、諸共に更地へと変える広範囲殲滅魔法。かつてハグレ戦争にてハグレ達を文字通り半殺しにせしめた偉業を、彼女の魔力限界を超えた臨界出力で放てば、それこそあらゆる敵を滅ぼす黄昏を実現するだろう。

 

 既に発動準備は整った。後はここに臨界まで魔力を注ぐのみ――。

 

 

「"ならばここに、我らが始祖の威光を示そう。黄昏の空より来たれ、星々よ――」

『――おいおい、それは少し早いんじゃないかな。スターゲイザー?』

 

 

 待ったの声にアルカナは魔術の発動をキャンセルした。

 収束していた魔力が減退し、しかし星々は滞空させたまま。

 突然の割り込みに全員が辺りを見回し――そしてアルカナの側にあるものを見つけた。

 

『君が備えておいた布石ならまだあるだろう? あらゆる災厄を打ち砕くための、最強の武器がね』

 

 

 プルプルとプロペラ音を鳴らしながら浮遊する小さな箱から、その声は聞こえていた。




○猛龍硬爬海
 リューグー震蹴拳裏奥義。ラプスが旅の中で編み出した我流技。荒れ狂うエネルギーを右手に集め、震脚と同時に相手の身体に余すことなく叩き込む破壊の絶技。
 もちろん元ネタは猛虎硬爬山。敵単体に防御無視の巨大特攻超ダメージを叩き込み、ついでにスタンも与える。ただし自分も1ターンスタンする。水系フィールドであればさらに威力がドン。
 自分の師であり怨敵のアリウープを倒すための技は別にあるが、奇しくも対竜奥義としてはこちらの方がより最適化されている。

○アモン
 ちゃんとまよキンにいるんだな。


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その82.星を裂くヒカリ

お待たせしました。
何度目かのハイライトです。


『星を裂くヒカリ』

 

 

 

「……博士!」

『やあ、困っているようだねマイフレンド。僕が送ったツールは役に立ったかな?』

「そりゃもうばっちり。おかげで友の物件を無駄に壊さずに済んだ……とはいえ、結局無意味になっちゃったけど。博士はどうやってここに?」

『この辺りは僕の監視網の範囲内だ、ドローンを飛ばすぐらいは朝飯前だよ。さて、そちらの君たちがハグレ王国だね? 僕は……しがない魔法使いとでも名乗っておこうか』

 

 プロペラ付きのドローンに備えられたスピーカーからは無機質だがどこかユーモアに満ちた合成音声が響き、簡素なカメラアイがきょろきょろとデーリッチ達を興味深そうに観察する。

 

「博士って……つまり先生が前に言ってた?」

「ん、まあね。本人は隠居しきったジジイだけど」

『失礼だね。僕の脳みそはいつまでも若々しくアイデアが湧き出ているけれど』

「私が行くまで半分ボケてた奴が何を言ってんだか」

『おっとそれを言うのは無しだよ』

 

 小気味よいジョークの応酬を交わす一人と一機。

 どうやらこれがアルカナに古代遺跡関連の知識を与えた張本人である"博士"であることは間違いないらしい。

 

『しかし中々個性的な面構えだね。僕がいない間に地上は随分面白いことになっているみたいだ。それに……ふむ』

「あ、なんだ? あたしをジロジロ見やがって」

 

 注視されていることに気が付いたラプスが訝し気に睨み返す。

 表情の欠片もない機械であるはずだが、向こうにいる何者かが含み笑いを浮かべたような気がした。

 

『大したことじゃないよ。実に()()()()()()()()()()だと思っただけさ。そう気軽に外を出歩くこともままならない身体でね。いやはや若いというのは良いことだ、目の保養になる』

「ケッ……単なるスケベジジイかよ」

「なるほど……確かに先生と仲良しなだけはあるわね」

「抜け目ないセクハラは確かに先生にも勝りますね」

「え、気が合うところってそこなんですの? もっとこう、知識とかそういうのじゃなくって?」

 

 エステルが納得げに頷き、メニャーニャが同意する。

 あっさりと受け入れた二人の様子に、まだ純粋に知恵者への尊敬を抱いてるヴォルケッタは完全に困惑している。ダメなところで意気投合するのが、人間臭いといえるのだろうが。

 

 一方、この奇妙な闖入者についてハグルマ側も怪訝な視線を向けており、ジェスターがそこで思い当たる節があったように肩を竦めた。

 

「……フン。何者かと思えば愚かな遺物どもの生き残りか。所詮はこの世界に適合できなかった者が、今更何ができると?」

『はは。確かに僕程度じゃあこの怪物は倒せないだろう。でもまあ、ちょうど彼女が面白いものを持ってきたからね。いや中々にやりがいのある仕事だった』

 

 満足そうな言葉にアルカナは目の色を変えた。

 

「お、ということはつまり……」

『ああ、例の物の修復が完了した。たった今運送用DAN-GANを飛ばしたから受け取ってくれたまえ』

「ダンガン? 一体何を……まさか!?」

 

 訝しんだウォルナットが何かに気が付くと同時、

 

 

 CRAAAAAAAAASH!!!

 

 

 凄まじい衝突音と共に、天井近くの壁が大きく砕け散った。

 

「な、なんだぁ!?」

「ほ、砲撃ぃ!?」

 

 ドナウブルーの壁に巨大な風穴を開け、瓦礫と共にアルカナ達の前へと突き刺さるように落下したそれは、円錐形の頭部と円柱の胴体を持った巨大な砲弾であった。

 

「不発弾……否、移送コンテナか!」

 

 バシュゥと圧縮空気を吐き出しながら胴体部分が開き、中に納められていた箱をアルカナは掴み取る。

 厳重にパッキングされていた箱を開封し、梱包材を剥がす。そうして露わとなったのは武骨なアタッチメントが取り付けられた金属の筒であった。

 

「……え、なにそれ?」

「ふっふーん、思いがけない秘密兵器だよエステル」

「魔法兵器の類ですね? それも、かなり古代の」

「お、鋭いねメニャーニャ。実際かなりの年代物を復活させたやつなんだコレ。それにしてもなんかゴツくない? 構造はスリムに、性能はスマート。そしてラヴを込めた設計が君のポリシーでしょ?」

『仕方ないだろう。あの()()()()()()()()()()()()()()、僕だってそう易々と復元できるものじゃない。そうやって外部ユニットで無理やり動かせるようにするのが精いっぱい。一回こっきりの消耗品だからしくじらないでくれよ?』

「カロナダイム……?」

 

 はてどこかで聞いた名前だったなとデーリッチ達が首を傾げる。

 ルークがそういえばと心当たりのある人物を見る。

 そして視線を向けられたドリントルは、いきなりな単語に目を丸くしてアルカナを見た。

 

「――馬鹿な。それは、まさか」

 

 思わず言葉を零したジェスターの顔には、先ほどまでの余裕が消えていた。

 

 その兵器の名に思い至ったがために。それがとうの昔に失われたものであると知っているが故に。

 それだけはあり得ないという眼差しを、アルカナは無慈悲に首肯した。

 

「お前の想像通りだよジェスター。

 此れはかつて失われし我らが祖の遺産。偉大なる文明が造り上げし終末兵装。滅びを滅ぼすための兵器にして、斬撃の頂点に立つ最強の一振り。

 

 ――その名を星断つ者(デイブレイク)。次元勇者グレットが振るいし、星すら切り裂く魔剣。そのレプリカさ」

 

 

 

 ◇

 

 

 

「星を裂く剣……ってもしかして」

「そうそう。ルーク君がこの前持ってきてくれた鉄の遺骸だよ」

「え、あれ本物(マジモン)だったのかよ! いやアルカナさんの反応からなんかすげえもんだとは思ってたけどよ!」

 

 それは次元の塔5層。宇宙都市にて手に入れたオーパーツ。

 『星を裂く剣』なのだと宇宙海賊は言っていたが、何処からどう見ても錆びて壊れた金属筒でしかない。しかし戦利品のお宝として何となく光るものがあると思っていたルークは、帝都での一件に前後してこのガラクタについての解析をアルカナに依頼したのだ。

 並々ならぬ知識を持つ彼女であればまあ何かしらはわかるんじゃないかと、駄目元の依頼ではあったのだが、なんとアルカナは訝しむどころかむしろ目を丸くし、どこでこれを手に入れたと訊ねてきた。ルークが素直に宇宙都市と答えると、彼女はそれで腑に落ちたようにして解析依頼を引き受けた。その様子が妙に記憶に残っていたのだが…どうやら、あの話は眉唾では無かったようだ。

 

「こいつが一目であの黎明剣であることは分かったんだが、かなり劣化が進んでいて私の持つ設備じゃちょっとお手上げだった。だからより整った環境を持った知り合い――『博士』に頼んでいたのさ」

「どういうことだ、星間文明の崩壊と共に宙の彼方に消えたと伝えられているソレが何故、この世界に存在する!」

「そうだね。確かにこの遺産がこの星に流れ着いた記憶はないし、()()()()()()()()()()()()もそれじゃあない。なら答えは簡単さ。これは文字通り別の世界から拾われた。世界と世界が気軽に繋がるこの世界だからこそ起こり得た奇跡と言えるだろう」

 

 召喚術は多くの恩恵を呼び、多くの問題を生んだ。

 罪があれば功もある。それはこのように、世界を滅ぼしうる存在を呼び寄せ、そして滅びに抗うための武器を手繰り寄せた。

 であれば、これも一つの因果。

 かつて魔王を屠り、邪神を斬り、三界に覇を唱えし勇者の剣。友の武器を模して造られたその兵器は、今再び白翼の子の手に握られた。

 

「……ハッタリだっ! そのような玩具風情で我らの神を倒せるなど思い上がりもいい加減に――」

「じゃあ試してみようか。おあつらえ向きのデカい的だ、星すら切り裂く伝説が如何ほどのものか、しっかりその眼に焼き付けるといい」

 

 ジェスターの様子から状況をひっくり返されかけていることを薄々感じ取ったウォルナットが、不安を払いのけるように威勢を張るも、今度はアルカナは笑う番であった。

 

「させるか、影よ――」

「さあ、久遠の眠りから目覚める時だ。『星裂く者』よ!」

 

 アルカナの言葉に従い、いにしえからの破壊兵器が産声を上げる。

 莫大な魔力がその場に吹き荒れ、襲い掛かろうとしたジェスターの影腕がまとめて吹き飛ばされる。

 

「うおっ、またすげぇ力が」

「でもさっきまでの恐ろしい感じとは全然違うわ。なんだか暖かくて、綺麗で、勇気づけられるような……」

 

 邪神召喚のため、ゲートから吹き荒れていたマナ風が今度は装置目掛けて吸い込まれていく。先ほどまで降り注いでいた邪神の圧力すら単独で跳ね除けるほどの力がそこから発せられていた。

 

「凄まじい量のマナが収束されていきます……こんな兵器が存在するなんて……!」

 

 メニャーニャは懐から携帯型マナ計測機を取り出し、目まぐるしい速度で空間中のマナ濃度を上昇させていく様子に目を剥いた。

 

「対象:2等級神性存在に設定。射程捕捉10kmまで確定。マナ最大確保、霊子演算にて刀身形成――完了!」

 

 アルカナが滞空させていた星型弾も還元されて吸い込まれていく。

 そしてため込んだマナが満タンとなってピピピーッと機械音が鳴った瞬間。

 

 

 

 

 

 ――光が、天を衝いた。

 

 

 

 

 

 かすかに聞こえた邪神の声に怯えて海の家に閉じこもっていたスパイクは、その恐れが何か強い力で吹き飛ばされたことを感じ取って恐る恐る表に出て、そして仰天した。

 あるいは先ほどから尋常じゃない空模様の変化になんだなんだと出てきたザンブラコの住人は、やがて港へと集まって海原の向こうを指さした。

 彼らがその目に焼き付けた光景。それは海から暗雲を切り裂くように立ち昇る巨大な光の柱。

 それが一つの兵器にが形成する巨大な光の刀身であるという真実は、至近距離で目撃したハグレ王国のみが知っている。

 

 ホテルの天井をぶち抜き、その先端が見えないほどに伸びきった光の刃。巨大なのは長さだけではない。その刀幅もまたこの広大な石室の半分を埋め尽くすほどの巨大さでデーリッチ達の頭上を覆いつくしていた。

 

「おいおいおいおいおい! こりゃヤベえとかそういうレベルじゃねえ! 完全に世界観ぶっ壊してんじゃねえか!」

「これがかの勇者が振るいし魔剣の姿……まさか宇宙の伝説を目にできるとは、かんらかんら!」

 

 これを持ち込んだ男はその非現実的な巨大(でか)さに驚き。

 異星の姫は、寝物語に聞いた伝説が目の前で再現されることに興奮を隠せず。

 この場にいるすべての者が、そのブッ飛んだ存在に度肝を抜かしている。

 

「あ、嗚呼……これは、紛れもなく始祖の御業、大いなる災厄を祓う黎明の剣、か」

『これは凄まじいな。さて、名残惜しいけど私は役目も終えたことだしここで退散させてもらうとしよう。それとラプス君、たまには里帰りぐらいしたらどうだい? 流石に5年も音沙汰なしとは、彼女も心配してる頃だろう』

「は? てめえなんであたしの故郷のこと知って――」

『それでは諸君、縁があれば会おうじゃないか!』

「あ、逃げんな!」

 

 ラプスの怒号も虚しく、博士は巧みなプロペラさばきで先ほど壁に空いた大穴へと消えていった。

 

「馬鹿な、馬鹿な……! こんなことがあるわけが……」

「さあて。それじゃいっちょ神殺しと参ろうか。天を衝く剣で、海の底の邪神を斬る。実にロックな話じゃないか」

 

 

 星詠みの賢者は楽しそうな笑みを浮かべ、星裂きの魔剣を邪神目掛けて振りかぶる。

 

 

 

 ■■■■■■■■■■!!

 

 

 

 暗黒を滅する光を前に、微睡みに沈んでいた邪神が反射的に敵意を向ける。

 地を揺るがし、海を割る咆哮。

 ハグレ王国を護った防御を砕くであろうそれを、勇者の剣は真っ向から断ち切った。

 

 

「さあ、暗雲を掃い、黄昏を越えろ!」

 

 

 

 ――偽・惑星斬(デイ・ブレイク)!!!!

 

 

 

 ◇

 

 

 

「あ、あぁ……そんな、我らが、神が」

 

 

 光が収まると、先ほどまでの広がった石室は見る影もない。

 光の剣は壁も天井も吹き飛ばしてしまい、満天の夜空と大海がどこまでも広がる絶景を一望できるオーシャンビュー。廊下の他にもう一つ、部屋一面で眺められるスポットが増えたことになる。

 

 だがそんな圧巻の風景に目もくれる暇はない。先ほどまでおぞましき威圧感を放っていた巨大な邪神の姿はどこにも見えない。あれだけ大きく広がっていたゲートも、今は普通よりも気持ち小さいレベルにまで縮小していた。

 

「すっげぇ……あのヤバい奴を消し飛ばしちまったぜ」

「流石はカロナダイムの終末兵装。その伝説に偽りなしじゃのう」

 

 あの邪神は倒された。星裂きの剣は地上を脅かす神をも両断することを実現した。

 それは目の前で唖然とするウォルナットが加護を失い、魔人から元の人間の姿に戻っていったことが証明している。

 

「邪神両断。ここに為しえりってね。……と、ありゃりゃ」

 

 役目を終えた《星裂く者》は反動に耐えきれずあちこちの部品を脱落させ、ついにはバラバラになって床に散乱した。

 アルカナは名残惜しそうにそれを見届けるも、しかし悠久の時を越えて自分たちを救った祖星の遺産に心の中で感謝を述べた。

 

「――さーて、これで正真正銘のおしまいだ。覚悟はできてるか?」

「嘘だ、こんなことが……こんなことがあっていい筈が!」

 

 

 最早破れかぶれとなったウォルナットが踵を返して一心不乱に逃げ出そうとした、その時。

 

 

「……え?」

 

 

 ぱあん。と乾いた音が一発。

 ウォルナットは自分でも理解せぬままに傾き、ばしゃりと水面に倒れ落ちた。

 その左足から流れ出る血が、水を赤色に塗り広げていく。

 じんじんと訴えてくる熱や痛みに何が起こったのかと混乱する彼の耳に、これまた知らぬ声が飛び込んできた。

 

 

「――ふむ。謎の召喚術式が働いているという報告を受けてきてみれば、まさかこんな世界が広がっているとは。これには驚きを隠せませんね」

 

 ゲートが静かに唸り、そこから確かめるようにゆっくりと一人の人間が歩み出る。

 黒のスーツを着こみ、歯車型の襟章だけが特徴的なビジネスウーマン。ウォルナットと雰囲気の似た女性が手に持つ拳銃からは硝煙を立ちのぼらせており、この人物が狙撃を行ったことは明白だ。

 

 

「あ、あなた、は、まさか」

()()()()()()()()()()()()()・僻地調査部第六課D7席と申します。確かあなたはハグルマの民ですね? ウォルナット様」

 

 役職名としか思えない名前を聞き、顔面蒼白となって震え出すウォルナット。

 ハグルマ……つまり彼が元いた世界における国の方なのだろう。ゲートの接続によって、向こう側の人間が接触にきたといったところか。

 

「えーと、君はそこのハグルマ野郎の仲間……かね?」

「所属だけを言うならばそういうことになるのでしょう。あなた方はこの世界の冒険者(ランドメイカー)ですね? まったく、ハグルマの名を使って勝手な真似をされるとは、やはり目の届かない末端ほど忠誠心が足りなくて困りますよ」

 

 アルカナの言葉を聞いてD7席は困ったように頭を押さえる仕草を取り、そしてウォルナットの背中を踏みつけた。

 

「私は深人のコミュニティでハグルマ主導の侵略計画が立ち上がっているという話の調査に訪れたのですが、まさか実態は平民の分際でハグルマを名乗っていた愚か者が勝手に我々の取引相手である深人を誘致した挙句、ここまでの損害を出してしまっていたとは。実に嘆かわしいことです」

「――わ、私は始祖ハグルマに財を捧げるためこの世界で心血を注いできた! 例え遠い世界であろうと、私の信仰に翳りはない! この地にてハグルマの版図を広げてきたのがその証拠だ!!」

「ええ。勤勉であることは素晴らしい。ですが、それとこれとは話が別でして」

 

 D7席は徐に懐から紙の束を取り出し、淡々とそれをめくり始める。

 

「実は私、いくつかの諜報業務も担当しておりまして。確か数年前に、アズマ資本卿の支社で事業に失敗し450MGもの損失を埋め合わせることなく逃亡した者の記録が残っています。平民でありながら債権回収班の手から逃れて消息を絶ったことで迷宮変動に巻き込まれたと見なされ、要捜索リストに載るだけ載っていたはずですが……あぁ、ありました。この顔写真、よく見覚えがありますね?」

「――ぁ」

 

 ちぎり取られ、投げ捨てるようにウォルナットの眼前に出された紙面を見て、彼の口からは乾ききった声のみが出た。

 僅かに若いその顔は、紛れもなくウォルナット本人のもの。何よりも恐れていた事態が、逃れられたはずの過去がたった今、彼の人生を回収に来たのだ。

 

「"金は命より重い"。あなたが出した損害は偉大なるハグルマそのものへの損害に等しい。あなたはその代償を身を以って精算なされるといい。ちょうど今は鮫人が繁殖期で獲物に飢えている時期です」

 

 這いずって逃げようとしたウォルナットだが、D7席がどこからともなく取り出した鎖によって瞬く間にがんじがらめにされる。

 

「――ジェスター殿! 同志! 我が素晴らしきお客様! 今こそ御社の力を! この者に私の行ってきた価値を分からせていただきたい!」

 

 最後の希望に縋ってウォルナットは叫ぶ。静かに影を沸き立たせ、虚空を見つめていたジェスターは煩わし気に振り返った。

 

「……ン? ああ、すまないな。少し手こずっていてな。もうしばらく同郷と昔話に興じているといい」

「――は? 何を言って、私がどれだけ貴方に貢献したと思って」

「そうだな。そちらから受け取った恩恵は計り知れん。多少の想定外はあったが結果としてはまずまず。《今もこうして望み通りのものが手に入った》》。我々はつくづく良いビジネスを交わせたと思っているよ。

 

 

 ――だから、これは心ばかりの礼だ。君が元居た世界に帰してやろう。そちらでも達者でな」

「――――。」

 

 

 一瞥すらせずに放たれたその言葉が絶縁の宣言であることは、誰の耳にも明確だった。

 頼みの綱を失ったウォルナットは、縋るようにアルカナのほうへと目を向ける。

 

「あー。今のところ我々は君たちの世界と事を構えるつもりは無い。勿論、そちらが侵略行動を継続するというのなら厳粛な対応をするが、今回はそいつの身柄でお引き取り願いたいところだね」

「私は営業部門ではないのでそのような権限はありませんよ。それにこれ以上我が国への心証を悪くされるのはこちらとしても望みません。まあ、ここはお互い荒波を立てず穏便に済ませましょう。それでは、行きますよ」

 

 ウォルナットを引きずり、D7席はゲートの前でデーリッチ達に振り向いて慇懃なお辞儀をした。

 

「では皆さま、私はこれにて失礼させていただきます。どうかご縁があれば、我らハグルマの製品をどうかごひいきになさいませ」

 

 D7席が深い闇へと足を踏み入れ、鎖に繋がれたウォルナットもその後を追う。

 

「何故だ! 私は、この地で成功して、資本卿に。損害など比にもならない成功が、栄華がそこに。嫌だ、いやだ。やめてくれぇぇぇ………」

 

 

 抵抗の声は虚しく、次元の孔に吸い込まれていく。

 がりがりと床にしがみつこうとする爪の先までが完全に呑みこまれて、ゲートは完全に閉じて跡形もなく消滅した。

 

 罅割れて転がる眼鏡だけが、彼がこの世界にいたこと示す痕跡であった。

 

 

 

 ◇

 

 

 

「いやあ、私が言うのも何だと思うけどその対応はちょっとひどくない?」

「とっくの前に破滅していることに気が付かん輩に、最後の機会をくれてやったまでよ。そこから先については奴の自己責任。我らの関与することではない」

 

 要するに体のいい厄介払いである。

 ハグルマが抱える設備は既に掌握済み。勢力として壊滅状態にあった深人を、ジェスターは切り捨てていた。今回の計画においてウォルナットの結末はどうでもよく、むしろこれからを考えればここで次元の向こうに消えたのは手間が省けたと言えるだろう。

 

「自分の企みが潰えたのに随分と余裕だな?」

「貴様が余力を残していることは想定外だったが……構うまい。目当ての物は既に我が手にありよ」

 

 そう言ってジェスターは虚を掴むような形で右手を持ち上げる。

 

「何だ、あいつは何を持っているんだ?」

「俺たちには何にも見えねえな」

 

 ルークとマッスルが首を傾げる。通常の感覚では彼の手に握られているものが認識できないのだ。

 そしてそれを理解できる者のうち、福の神が血相を変えて叫ぶ。

 

「……まさか! あなたは何をしようとしているのかわかっているのですか!?」

「無論! 深き海に微睡む邪神、その大いなる魂、我が混沌の秘奥にて食らうことこそ本懐よ!」

 

 ジェスターは影に覆われて真っ黒になった身体でごくり、と呑み込んだ。

 ドクン。と鼓動のような音が空間全体に響き渡り、影の輪郭がぐるりと歪む。

 だがそれも一瞬の事。すぐに影は収まり中からジェスターが元の姿を見せた。

 

「ン、ンン。実に、いい気分だ。まるで下着から上着まで新品の一張羅で固めた時のような清々しい気分だとも」

 

 ゴキリ、ゴキリと肩を鳴らして体の調子を確かめるジェスター。

 彼の身体に目に見えた変化はない。しかし彼女たちはその肉体が一回り大きくなったような錯覚を覚えた。

 それほどまでに威圧感が増したのだ。いくら人智を越えた魔術を身に着け、何度も蘇る不死身であってもほんの数秒前までは自分たちと同じ人間だった。

 だが今はどうか? 細く長い肉体に納められているのが可笑しな程の圧倒的存在感! まるでイリスが一度だけ見せた本気の時のような、圧倒的に次元の異なる強さが彼の身体から感じられる。

 

「――なんて、真似を」

 

 世界のバランスをも恐れぬ所業に福の神が絶句する。

 神を超えるのでも殺すのでもなく、喰らう。

 その言葉通り、あの邪神の力をジェスターは取り込んでみせたのだ。

 彼は今、人と神の境目を揺るがす禁忌中の禁忌に手を染めたのだ。

 

「とはいえ、この神核は所詮分かたれた欠片のひとつ。やはり世界の垣根を越えて全てを抽出するには無理があった。だがこの身に漲る魔力、死の吸収に頼らずとも白翼の最高傑作たる貴様にすら並んでいる。どうだ? これでお互いに対等になったぞ」

「……呆れたな。ここまで大それた真似をしておいて、私と並ぶことが目的とは。随分みみっちい志じゃないか」

「いやいや。貴様は始祖の再現として生み出された存在。然らば我も始祖の道を歩み、同じ視座に立たねば勝負にならんとこれまでの敗北から学んだだけのことよ」

 

 ジェスターは帝都での戦いの顛末を経て理解した。

 このままの自分が復活を重ねて力を増したところで意味はない。怨念を吸収してのパワーアップにも限界がある以上、幾度アルカナに戦いを挑んだとしても、自分が積み重ねた死が上回るよりも先に彼女がジェスターを殺しきる手段を確立する。

 ならばそれ以外の方法で強くなる。単純だが、アルカナという純粋な格上を前にしては最も困難な方法であった。ジェスターもまた魔導という点では秘奥に至っているからこそ最も大きな壁となって立ちはだかる課題を、彼はかつて始祖が行った外法を辿ることで乗り越えようとしていた。

 

「神喰らいによる魔王への到達……確かに存在の位を高めるには真っ当な手段だ。だがその結末がどうなるかなど、お前は当然知っている筈だ」

「然り。かつて魔王を屠り、荒ぶる神を葬った我らが始祖は叡智の高みに至るために叡智を司る業魔(アークデビル)へと挑み、その命を喰らうことで魔王の位へと登り詰ることで『混沌王』の名を得た」

 

 白翼の始祖ガルタナ・クラウンが行った蛮行とも呼べる偉業、魔神殺し。

 それは魔導の誉れある到達点の一つであり、そして絶対の禁忌として魔導の世界においては語り継がれる神話。

 

「――だが、その代償に始祖ガルタナは己が心を乱し、二千年もの間に渡る狂気と共に世界の狭間へと姿を消した。始祖でさえ正気を失ったものを、貴様が無事でいられるわけもなし。まさか白翼の後継とあろうものが古き手段に縋って同じ轍を踏むとは……流石に笑えんぞ」

「旧き考えに凝り固まっているのは貴様のほうだ、アルカナ」

 

 このままでは自滅するだろうと指摘するアルカナを、ジェスターは一笑に伏す。

 

「我が十三位(サーディス)の血族が受け継ぎし虚数の力は、始祖より伝授された時からさらに二千年の時を経て練磨されている。当然、上位存在を己の血肉とする術式についてもな。かつて始祖はこの魔術を修めきれなかったが故に己を見失ったが、それはすなわち単一の魂のみを喰らったがため。ひとつの在り方では存在のバランスを崩したが故に、彼の始祖は人の心を保つことができなかった。

 

 

 

 ……そう、一つだけではな」

 

 ジェスターはそこで初めてアルカナから視線を外し、ハグレ王国に……二柱の神に目を向けた。

 

「人を脅かす暴威と人を律する神威。この双方の性質を合わせ持つことで人は真なる高みへと至る。海に眠る魔を手にした次は、天に座す神々を喰らうとしよう。

 ――つまり、貴公らの力をだ!!

 

「――ッ、狙いは貴女だ! ()()()!!」

 

 本人が言及しないため知る者こそ少ないが、福の神の神格は神の中でも高位。邪神の力に対抗せしめたことからもその一端を測ることができ、ジェスターはそれを見抜いていた。

 

 アルカナが振り向いて警告する。しかしジェスターの属性は影。質量が無いゆえに迅速を誇る。彼の影は瞬く間に福の神の下まで到達し、肉食獣の如き牙を生やした大口を開け、彼女を丸のみにしようとした。

 

「せえい!」

 

 刹那、石壁が隆起して影の牙を阻む。

 注意しろ、という言葉通りに備えていた渡辺によるフォローだ。

 

「いいぞ渡辺!」

「小癪な!」

 

 ならばと壁ごと砕かんと鋭利な槍のように影を変形させる。

 しかしその一瞬の猶予はハグレ王国の精鋭たちが行動に移るには十分だった。

 

「シャァ!」

「うらぁ!」

 

 ラプスの槍とルークの短剣が影の刃に応戦し、その隙を縫ってマッスルとハオが神々を抱え上げ後方へと下がる。

 押しも押されぬ剣戟が鳴り響き、二人の身体にいくつもの傷が刻まれていく。

 

「「《ファイア》!」」

「「《サンダー》!」」

 

 その合間に二筋の炎と雷がジェスター目掛けて襲い掛かる。だがジェスターは影を壁のように沸き立たせてこれを飲み干す。そして反撃とばかりに黒い魔力弾を散弾のように発射してエステル達に傷を負わせて見せる。

 

「下らん。貴様ら程度の魔法など我が影の前には――」

「――蠍星(アンタレス)

 

 

 星空から一瞬で振り落ちた光の矢がジェスターの右半身を消し飛ばした。

 蠍星(アンタレス)。星空が見える時のみ使用できる狙撃魔法。制約は多いがその分威力は高い。魔法の打ち合いなら分があると高を括り、最初から最後まで一定距離を保ってその場を一歩も動かなかったのが彼の失敗であった。

 

星よ(スターⅨ)!」

 

 

 間髪入れず残った左側にも魔法を叩き込むアルカナ。だがジェスターの左目がぎょろりと動き、足元の影が茨のようにせり上がる。

 影の茨は星を破壊しながらアルカナ目掛けて一直線に突き進み、彼女の顔を掠める。ジェスターはその結果に口元を歪ませながら影に沈みこんだ。

 

「チッ、仕留めきれんか」

『……流石に欲を張りすぎたか。だが良い。私もこちらの力を馴染ませる必要がある。ここは潔く引くといよう……』

 

 くぐもった声が響き渡り、それを最後にジェスターの気配が消える。

 どうやら本当に撤退したらしい。それを確かめてからアルカナはようやく肩の力を抜いた。

 

「やれやれ。ハグルマが片付いたと思えば今度は奴の神喰いとはな。ひとまず帰還して今後のことを……」

「先生、顔に傷が……!」

「え?」

 

 アルカナはシノブにそう言われて頬に触れ、そして指に付着した血を見て息を呑んだ。

 

「……参ったな」

 

 アルカナが一連の戦いの中で目立った傷を負ったことはない。後衛に徹すると言うのもあるが、それ以上に傷を負うほどの応酬を重ねる前にその圧倒的火力で勝負を決めるからだ。ジェスターとの戦いも都合二回、ほぼ一撃で決めてきたが、ことここに至ってそれが罠であると思い知った。

 ジェスターは倒されても復活し、文字通り敗北を糧として成長する。水晶洞窟での初戦、帝都での遭遇戦、そして今回の攻城戦。都合三回の戦いの中で、彼は自分に降りかかる攻撃の一切を躱さずに受け入れてはその致命傷を混沌で埋め合わせてきた。

 それは徐々に自分との差が縮まっていくことを意味しており、このままいけばいずれ追い付かれることは明白。勿論そうなる前にジェスターを殺しきれる算段だったのだが、今回のように上位存在を取り込むことで急激に縮めるという禁じ手に出られてしまえば話は別となる。

 

 その分かりやすい結果がこれだ。たかが頬の浅い切り傷と軽視はできない。それは確実に、ジェスターの力がアルカナに届いているという証拠なのだから。

 

「……こりゃあ、覚悟を決めなきゃならんかもな」

 

 皆がそれぞれ回復しながら帰還の準備を進める中、アルカナは誰にも聞こえないよう静かに呟いた。




〇《星裂く者》
 魔剣・黎明とも。次元の塔5層で僅かに触れて、おたから図鑑で仄めかした伏線の回収。
 カロナダイムの遺産。白翼の一族に伝えられる終末兵装の一つ。その正体は魔力を注いだ分だけ巨大化するビームサーベル。実際の威力はご覧の通り。
 ズタボロになっていたのを無理やり修復したため一回こっきりで壊れたが、装備として出すなら青☆レア装備。多分オークションニュースで出る。

○偽・惑星斬
 デイ・ブレイク。TP90・敵全体の星属性防御力無視ダメージ。
 かつてガルタナと共に魔王討伐の旅に出た勇者グレットが編み出した究極斬撃奥義『惑星斬』の模倣。成層圏にまで届く光の刃であらゆる敵を両断する。

 オリジナルの技については本人が「やっぱり星とかぶった斬ってみてぇよな!」という考えで編み出したらしく、実際に星を丸呑みにする銀河ドラゴンをこの技で三枚おろしにしたんだって。

○ジェスター
 神喰いで存在のレベルアップを図っていた。
 アルカナが自分の技で邪神を倒す→不意打ちを狙いつつ邪神ソウルGET。
 邪神がそのまま顕現→邪魔な連中が倒れたのでゲートを無理やり閉じて強制的に魂GET。
 そして本編→邪神ソウルGET。

 彼からすればぶっちゃけどうなっても問題なかったらしい。成功するかどうかは別として。

○ウォルナット
 退場。同時にまよキンの世界観も控えめになります。
 ちなみにハグルマで出てきたあの役職名オンリーなのは設定準拠。あの国では資本卿以外自分の名前を持てないのである。

○ハカセ
 まあ皆察してると思うけど水着イベントのあいつだよ。

 ドナウブルー編はあと一話です。
 後始末について語ろうとしたら文字数がかさばったので次に。


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