ゲームしてたら異世界に来てました。 (ハイキューw)
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1話 わんぴーすに憧れて【ピカピカの実】

いつどの時代にもいる様に、どの世界にもいるのだろう。

そう納得するのに足る事が目の前で広がっていた。

 

 

 

「バルベールとの国境では今にも決戦が始まろうとしているはずだ!それにも関わらず、なぜこんな場所にこれ程の軍勢を置いているのだ!! イステール家が裏切っている事などもう我々は解っておる!! 即刻武装解除し、投降しろ!」

「お前たちは騙されているんだ! ニーベルと言う男が全て仕組んだものだ!!」

 

 

今、この村では 2つの軍勢が睨みをきかせている。互いに一歩も引かず、言い争いを続けている。……否、即戦闘になりかねない緊迫した様子だろう。一触即発とはまさにこの事。あとほんの僅かの種火を放り込めば、即座に業火へと変わり、ここら一帯が戦場になる。

 

それだけは看過出来ない者がいた。

 

そう―――決して出来ない者が。

 

 

 

「シルベストリア様。これはまずいですよ」

「うん。まずいね。……セレット。もう力業でいくしかない」

 

 

 

全面的な戦闘を覚悟した2人の兵士の間に、突如光が舞い降りた。

無数の粒子が1つ1つ現れ、軈て1人の男を形成する。

 

突如の事で驚き思わず仰け反ってしまったが、直ぐにその現象が何を意味するのかを悟り、シルベストリアとセレットの2人はすぐさま跪いた。

 

 

「シルベストリアさん、セレットさん。ここはオレに任せてくれ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

【あぁ―――最初は恥ずかしかったんだけどなぁ。でも、ここまで来たら 成りきらないと向こうさんは通じそうにない。コレ(・・)を見せるだけでも十分すぎるくらい説得力あるけど、口調辺りも変えて、っと……。うしっ、行くか】

 

 

 

 

 

 

光の粒子が今度は言い争いを続けてる軍勢の間に空間を割く様に現れた。

 

最初こそは、怒気・怒声が止まらなかった様だが、超常的な現象が起きてしまえば 止まらずにはいられないだろう。

皆の視線が1つに集中した。

 

そして、光を知る者は安堵の表情を浮かべ、何も知らない者はただただ唖然としていた。

 

 

 

【――――我は、リブラシオールに仕えし 存在……メルエム。貴様らか? 我が友の地を汚そうとする不届き者めらは】

 

 

神々しい。

口に出すのは簡単だ。だが、それを実際に体感するともなれば、色んな意見があってしかるべきだろう。……だが、このあり得ない存在を前にすると、そんな言葉だけでは物足りないものがあった。

 

武装解除し投降せよ、と押し入っている軍勢は今にもとびかかってきそうだったのだが、圧倒されたのか、思わず武器を落とし、膝を落とす者たちも現れだした。

先陣切ってまくし立てた男は、辛うじて立つ事は出来ていたが、その脚は震えていた。

 

我に大義有り、と心を決めているのであれば。何も間違えてなどいないと心から思っているのであれば、こんな無様は晒すまいと思える。

 

【発言を許可する。……そこの貴様だ。申してみよ。―――なぜ我が友の地を汚そうとするのだ】

「っ、っっ………!!」

 

 

光は更に光度を上げ、まだ明るい屋外だと言うのに、埋め尽くさん勢いだった。

 

 

そんな中、光に紛れてあのシルベストリアとセレットの2人の元へと向かう影があった。

 

 

 

 

 

 

「……こんな感じでどう? 上手くいったと思う??」

「あ、あははは……。っとと、はい。勿論でございます」

「私も同様の意見です。流石です」

「……そっか。良かったぁ……。あ~やっぱ恥ずかしいな。そもそも何でこんな事やってるのやら……」

 

 

 

あまりに強い光を受けて、完全に委縮し声を出す事さえ出来ていない事を確認したメルエムと称する彼は 疲れた、と言わんばかりに頭を掻いていた。

場は混乱を極めるだろうが、これでも強硬手段を取ろうとする者は皆無だろう。……それ以上するのなら実力行使しかない。思う存分に力を振るえばどれ程の軍勢があったとしても制圧するのは容易い事だ。……でも、それを御免願いたいのは彼。

 

 

ほんと厄介な事になったな――――と、頭を何度もかきむしるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ここで―――時を、時空を遡ってみよう。

 

それは彼が神様の様な真似事をする切っ掛けとなった事件。

 

世にも不思議で奇妙な物語の序章である。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

日本 西暦20XX年 1月 6日(木)

 

 

 

1人の男が室内でヘルメットの様なモノをかぶっていて、それを思いっきり脱いでガッツポーズを見せていた。

 

 

 

「いよっっっっっっっしゃぁぁぁぁぁぁ!! イヤァァァァァァァァァ!! イェェェェェェェスッ!!」

 

 

 

何度も何度もガッツポーズと奇声を繰り出す近所迷惑な男がアパートで1人暮らしてた。

彼にとって今日は記念日となったからのこの行動である。

その記念日の内容とは、今彼がしているゲーム。VRと呼ばれる即ち仮想現実で行われているゲームである。

 

 

そのソフトとは 約1年前に発売した国民的漫画・アニメを原作とする王道冒険ファンタジー『ONE PIECE』の世界を舞台にしたゲーム。

 

 

「苦節、苦節10ヶ月!! 毎日毎日彼女にフラれてから、延々と潜りに潜って、とうとうオレは手に入れたぞ! これぞ男のロマン! これぞ田中邦〇! そうっ、ピカピカの実ぃぃぃっ!!」

 

 

ゲームは1日8時間を主とする彼は、約2400時間と言う時をかけて 目的のブツを手に入れたのだ。

ネット上でも存在は確認されていても、誰もが取得するまでに至らなかった究極(個人的主観)の悪魔の実(アイテム)

 

 

「ふぉぉぉぉぉ!! 絶対にオレ、言うぞ!! 能力使いながら言うぞ!! 【おっかしぃねぇ~……】【もしもーーし、こちらキザルゥ~~!】【化け物染みてて怖いねぇ~】ぜぇぇぇったい真似して言うぞ!! うはぁっ、楽しみだな、コンチクショ――!! 光速を体感するぞーー!! ウハ―――!!」

 

 

近所迷惑極まりないのだが、幸運にも今、上下左右の部屋には誰も居ないのでクレームが来る事も無い。興奮しっぱなしの彼は、そのテンションを維持したまま、さっき外したばかりのメット型のゲーム機 《ヴァ~チャル》を装着。パワースイッチを力強く入れた。

 

 

「さぁ、今日からゲームは一日10時間だ!! いっちょやってみっかぁ!!」

 

 

それが新たな世界の始まりを告げる事になるとは夢にも思わないまま――再びゲーム機を装着し、仮想世界へと旅立った。

 

 

 

 

 

「ふんふんふん♪ やっぱり最初の方からやりたいよな~。さいきょーの悪魔の実の力の試運転も兼ねて~♪」

 

いつも通りのOP、いつも通りのメニューを操作してあの世界に降り立つ準備を着実に進める彼。

 

そんな時だった。恐らくは 初めて得たピカピカの実(アイテム)だったからだろうか チュートリアル、説明文の様なモノが現れたのは。

目の前に大きなウインドウで表示されるのは能力の使い方についてだ。

 

 

「んん? なになに~……、え゛? 使えるの1日1時間までぇ!?? マジ!?」

 

 

最初の方の文面を見て、思わず変な声が出そうになってしまった。

折角頑張って頑張って頑張って……手に入れた力に制限がついてしまってるのだから。こんなのクレームものだろう。

……だが、彼はとりあえず良しとしていた。

 

「追々にだな。今後手に入れるヤツとか増えたら、色々とアップデートとかで改善しそうだし。兎も角、OKOK! 早く光の力を~~♪ ふむふむ、ほうほう……、こうやって光の身体にか。勿論 通常物理は無効、と……。防御は自動でしてくれる、と」

 

 

 

能力の確認画面に食い入る様に見つめる。1日1時間制約もそうだが、能力確認等の文面に注視しすぎていたせいからか……、この文面の後半部分をしっかりと見ていなかった。

 

 

 

【新たな世界への旅立ちが始まります】

 

 

 

と言う文面に。

いつも仮想世界に入る時、そんな文面等はない。

 

【野郎ども! 出航だ!!】

 

のいつも通りのキャッチフレーズだけだった筈なのに。興奮冷めた後、改めて見てみたとするなら違和感を覚えた事だろう。

 

 

 

 

 

もう――――改めて見る様な事は出来なくなったが。

 

 

 

 

 

 

 

「っっええ!? なに? なにこれっ!?」

 

突如現れたのは大きな大きな黒い球体の塊。まるでとてつもない吸い込まれるかの様に身体が引っ張られる感じがした。

 

 

「ひ、ひかりっ……‼ ピカピカの力っっ!?」

 

 

直感的にヤバイと感じたので、逃れようと藻掻くがそれは叶わなかった。

まるで………、光さえ逃さないブラックホールにでも吸い込まれてしまってる様だ。

一瞬、黒ひげの存在を想像したが、生憎あのキャラは 海の奥に鎮座するBOSSキャラ。こんな所で仕掛けてくるなんて今まで無かったし、聴いたことも無かった。

 

 

そして、身体の殆どが闇の中へと放り込まれた。圧倒的な漆黒が蝕んでいくような感覚。生理的嫌悪感も一気に押し寄せてくる。

 

 

「う、うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」

 

 

 

そこで――――彼の意識は遮断された。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そして、一気に意識が覚醒する。訳が判らなかった。一瞬だったのか、ずっと暗闇だったのか何にも判らない。

 

「――――ぁぁぁぁぁっ!!?」

 

だから、思わず叫びながら身体を起こした。

どうやら、自分は寝そべっていたようだった。

 

「っ!? っっ!? い、いったいなんだったんだ?? 今の―――って」

 

身体を起こして、辺りをきょろきょろと見渡してみる。

どうやら、森の中にいる様だ。……それも濃霧が発生している森。

 

「うわぁ……、ナニ? ここ。リトルガーデン?? 誘惑の森??」

 

と、思いつくのは森があるステージ。……でも、どれとも当てはまらないのは直ぐに分かった。外観がまるで違うし、実装されてるステージのマップデータは全て頭の中に納まっている。故に間違える筈もないからだ。……そして、知っているどの場所とも違った。

 

一体此処は何処だ? と三度頭をひねらせて考えていたその時だ。

 

 

 

【グルルルルルル……】

 

 

 

と、低く唸ような声が聞こえてきたのは。

咄嗟に完全に起き上がって辺りを見渡した。すると……、そこには大きな大きな犬……ではなく、虎? 狼?? ……連想するのは軍隊ウルフ。そんな獣がぱっと見で5匹いた。

 

明確な名称は判らなかったが、それでも十分すぎる程判る事はある。

 

剥きだされた牙、今にも飛び掛かってきそうな四足姿勢、人よりも大きそうなその体躯から察するに、自分は餌として認識されているであろう事。……つまり、十中八九 肉食獣であると言う事。

 

色々と思考を張り巡らせた時だった。

 

【ガァァ!!】

 

と一斉に飛び掛かってきたのは。

 

「い、いきなりなんだよ!! って、そういうイベントか?? 周知されてたか!? さっきのといい、これといい!」

 

(ゲームの中で)襲われる事は、云わば慣れっこだ。即座に飛びのいて回避しつつ、右手で指を振る

この仕草がメインメニューを呼び出す操作だからだ。色々と確認や迎撃態勢を整えるのにも必要な操作……なのだが、振れども振れども 空間には何にも現れない。左手と間違えた? と思って左手でも同じようにしてみるが一向に変化はない。

 

「んだ……? こりゃ、ってうわっっ!?」

 

もう1匹が飛び掛かってきたので、反射でどうにか回避する事が出来た。

身体の方は、ゲームの世界で培ってきた様に少なからず動かせる様だ。現実ではまず出来ないくらいの素早さと敏捷性で動く事が出来た。ただ、それは少し運動が出来る程度の身体機能。思いっきりジャンプして空高く飛び上がったり、大地を蹴る事でめくりあげたり、とそういった超人的な事が出来なくなってしまっている。

 

此処は現実? いや、ゲーム?? 何度目かになる攻撃を回避している間に考えるが、答えは出なかった。……答えを出したくなかったのかもしれない。

ゲームの世界では出来ていた事が出来なくなってしまっている。ゲームの世界から現実の世界へ戻る為の所作も、右手を振ってメニューを呼び出す操作に含まれているからだ。時間による強制終了機能も備わっているが、長時間プレイが主流だった為、機能OFFにしてしまっている。……そして、もう1つ。心肺機能が急激に変われば、安全装置が働いて強制終了となるんだが……。

 

「う、うわっっ!?」

 

メニューを呼び出せない所から、彼の思考には恐怖の二文字が現れてしまっていた。普段のゲームの世界であれば、笑いながら蹴散らす所なんだけれど、そんな楽観的な事は出来ない。そんな状況ででも、必死に紙一重で躱す事が出来ているんだが……あの獰猛な牙が自身を捕えたらどうなるか、想像しただけでも縮み上がる。

ただHPが減るだけだろ、と頭の中では思いたい。だが、明らかに変だから それは身体が拒否する様に動いて躱した。

 

そして、数秒後。

 

とうとう捕まってしまう事になるようだった。バラバラで攻めてきていた獣たちが連携を取り出したからだ。獣らしからぬ動作、連携で追い詰められ……一本の大きな樹の前で取り囲まれてしまった。

 

 

「はぁっ、はぁっ、はぁっ……、た、性質悪いぞ。落ちろよ、落ちてくれよ……ッ、こんなトコに居たくないって。……ってか、これ夢か??オレ、疲れて寝ちまったのか??」

 

 

どんな悪夢でも良い。夢であって欲しい。

ゲームの世界ではどんな危険でも笑って乗り越えてやろうと言う気概も生まれるが、生憎現実? な場所で命張れるような心臓は持っていない。

でも……、どれだけ拒否しても 目の前の獣たちは待ってくれなかった。

 

周囲 一斉に飛び掛かってきたから。牙が爪が、自身の身体よりも遥かに大きな獣が 襲い掛かってきた。

 

 

あ……―――これ死んだ。

 

 

 

そう思ってしまっても仕方なかった。

死の瞬間の走馬灯の様なモノも体感してしまったからだ。過去を遡るようなのではなく、世界が圧倒的にスローになった。迫る脅威もスローになる。体感時間が一気に増大する。恐怖も増大したんだ。

 

 

爪が迫り、貫かれる感覚がした。自分の身体をすり抜け……背後にある大樹に突き刺さる音も。

 

【あぁ、これはダメだろ……、なんで、なんでこうなったんだ? 一体、なにがあればこうなるんだ?】

 

と、帰ってくる答えのない問いに自問自答を繰り返していくうちに、違和感に気付けた。

間違いなく、身体を突き抜けた筈だった。背もたれにしている大樹が衝撃で震えたのもなんとなく判った。……なのに 自分に感じられる衝撃が殆ど無かったからだ。あまりの大怪我で痛みを通り越して感覚がマヒしているのか? とも思ったが、どうやらそうではないらしい。

 

恐る恐る貫かれた場所、腹部をチラリとみてみた。正直見たらマヒした感覚が一気に覚醒しそうでそれはそれで怖かったが、見られずにはいられなかった様だ。

そして、また唖然とする。

 

「……なんだこりゃ?」

 

確かに、腹部を貫通していた。普通なら贓物が飛び出てグロテスクでスプラッタなシーン満載になる場面なのだが、それは間違いだった。

貫いたと言うより通り抜けた、と言った方が正しいだろうか。

 

そう認識した瞬間、急速に頭が回転し始める。

 

 

「あ、これって…… アレか。オレ、光人間になったって事?」

 

 

貫かれた部分に光が集まっていた。まるで、目の前の獣が光る腕輪? みたいなのをつけているみたいに見えなくもない。

 

そして、思い出す。

 

少し前? までの自分を。

 

 

一体なんであんなにテンションが高かったのか?

一体なんで時間を超えてまで再びあの世界に降りようとしたのか?

一体何をこれ程時間をかけて追い求めたのだろうか?

 

 

 

―――そう、全ては ピカピカの実(最強アイテム)の為に。

 

 

「く、くく、クハハッ クハハハハハハッ!!」

 

自分は助かったんだと言う圧倒的な安堵感。

追い求めてた力を得た充実感。

 

そして―――、眼前の畜生共に今まで散々甚振ってくれた礼が出来る事の歓喜。

 

 

「お仕置きタイムだ畜生どもがコラ……!! よくもやってくれたなぁぁぁ!!」

 

 

とりあえず目の前のヤツから思いっきり殴ってみた。

某アニメや漫画のキャラの様に、速度は重さ、と言った感じでは出来てない様だが、とりあえず良い具合に顔面に決まった。ぎゃんっ! と小さく悲鳴を上げながら森の奥へと吹き飛んでいった。

 

 

「チっ、笑い方と言いパンチの打ち方と言い、力手に入れた時に決めた様にできなかった。でもッ 今ならいくらでもやれるぞ! かかって来いや!!」

 

大声をあげて構えた所で、狼たちは 勢いを一気に失った様だった。牙を剥き出しにしていた筈なのに、いつの間にか引っ込んでいるし、項垂れる様に耳と尻尾を下げていたから。

獣だからこそ、もう理解したのだろう。力の差を。敵わないと言うことを。

 

でも、だからと言って許される筈もない。人間に危害を加えようとした大型肉食獣など適切に処置しても良い筈だ。……と、彼の中では結論は決まっていた。

 

なので 謝っても許してあげない精神で実力行使を執行しようとしたその時だ。

 

 

「お、お待ちください!!」

 

 

森の奥から1匹の黒い獣が姿を現したのは。

それも驚いた事に人の言葉を喋るらしい。……展開としては 獣たちが服従し、そして配下に加える、的なゲームそのものな展開にもっていっても良いかな、とも思えたのだが、本気で命の危険に晒された気持ちでいるので、直ぐに王道通りに事を運ぼうとは思えなかった。

 

 

「話せる時点でお前はこいつらと違うみたいだけど、同じだろ。……襲ってきたのは そっち側なんだ」

「本当に申し訳ございません。私の一族の者たちが恐怖に駆られ、行動してしまったのです」

「いやいや、恐怖に駆られたのはオレの方だっての。マジで死んだと思ったんだぞ!」

 

 

腹の部分を指さして狼?に言った。その部分はつい先ほどまで大きな穴が開いていた部分だ。……もう見事にふさがっていて、説得力が無いかもしれないが、誓っても嘘ではない。

 

「森がざわめきました。得体のしれない何かが現れたと。この森の全てが、ざわめき立ちました。その中心に……貴方様がおられましたので、この者は、私の制止を聞かず、仲間たちを引き連れて襲い掛かってしまったのです。……本当に申し訳ございません。どうか、お許しいただけないでしょうか」

「……むー」

 

 

襲い掛かられた事に対して、正直今でも怒ってる。こうやって言葉を交わせるのなら、恐がってる、と言うのならイキナリ襲わずに対話でもすればよかったのに、と。でも……恐怖に駆られた行動を御する事が出来なかった、と言う気持ちも判らなくもなかった。

 

それと勿論、今更だが強者としての余裕も生まれていた。

絶対的な力である能力を得た今の自分は無敵! とまで思っちゃってるから。

 

 

後ろ側に居たのだろう。ついさっき殴り飛ばした狼がおずおずと頭を下げていた。

時折、きゅーん、きゅーん、と鳴く姿は何処となく可哀想な気もしないでもない、と思ったその時だ。黒い大きな狼が小さく変貌していき、軈て黒い髪を風に靡かせる女性の姿になったのだ。

突然の変身に思わずぎょっとした。

 

 

「女の人?? 動物系(ゾオン)の能力者!?」

「どうか……、え? ぞおん……とは 何でしょうか?」

「あー、いやこっちの話」

 

 

薄々ではあるが、頭の何処かでは察していた。

 

此処は、自分の知る場所ではないのだと言う事を。ゲームの世界とも現実世界とも違う。なのにピカピカの力を使う事は出来るみたいだから、尚混乱してしまう。

 

どうしたものか、と更に考えを張り巡らせていた時だ。

 

目の前の黒い獣……ではなく、女性が土下座をしたのは。生の土下座などそう見れるものではない。それも美人と言って差し支えない女性のモノなら尚更だ。

 

「どうか、私の首1つでご勘弁をして頂けないでしょうか……。今回の責は全て私に有ります」

「はぁっ? 首??」

「……はい。どうか、それでお怒りを………」

 

女性の周りに、きゅんきゅんと さっきの狼たちが集まってきていた。

獣の表情を読取るような真似は出来ないが、悲壮感は嫌と言う程感じられる。

そして、そんな中で更に一際大きな狼が姿を現したのだ。

 

「―――お前の首1つで償いきれるものか。それに……一族の長である私こそが差し出すべきだろう。それで償いきれるかどうかは判らぬが」

「でもっ」

「でもではない。……今度ばかりは聞いてもらうぞ」

 

大きな大きな狼さんは、あの女性を尻尾で隠す様にして、その巨体をこちら側へと預ける様に頭を下げた。

 

「どうか、この首1つで赦していただきたい」

 

また、首を差し出されてしまった。動物の首を切るような趣味は持ち合わせてはいない。どちらかと言えば、グロテスク系は映画でも漫画でも苦手な部類なんだから。

 

「いや、もう、そんな事しなくても良いって。オレも頭冷えてきたから」

 

両手を上げて手をヒラヒラ~とさせた。これが一応精一杯のこれ以上何もしない、と言う意思表示。

その後何度か押し問答が続いたが、【もう手にかける気などさらさら無い!】 と思わず怒っていった事で、何とか聞いてくれた。

 

今は、動物の首なんかよりも情報が何よりも欲しいから。

 

 

 

「はぁ、座っていいかな?」

「あ、はい。私もご一緒に……」

 

 

対面する形で座る2人、そして女性の隣に大きな大きな狼、その後ろには大きな狼が沢山。傍から見たら生きた心地がしない1対多数。四面楚歌、な状態である。

 

「まず言いたいのは、もう さっきの1件は終わりって事。オレがこの先蒸し返したりする事は絶対にしないから、そっちも謝ったり、奉ったり、みたいな事しないで。オレ人間だから。神様とかと違うから」

「はい。承知いたしております」

「了解した」

 

ぺこっ、と2人? が頭を下げた。

なんだか主従関係みたいで悪い気はしないけれど、実際に何かを強いるつもりもさらさら無い。

 

「聞きたいのは ここ何処? って事。何でオレがこんなところに居るの? ってのも聞きたいんだけど、……知るワケないよね?」

「はい。私達は貴方の存在を察知致しましたが、原因については不明です。突如現れた、としか……」

「OKOK.……全然OKじゃないケド、そっちの問題はとりあえず置いとく。……んで、話戻すケド、ここ何処? なんてトコなのかな?」

「はい。ここはイステール領・グリセア村の北部に位置する森林です。慈悲と豊穣の神 グレイシオール様を祀る森、ともされています」

「ん~~やっぱ聞いたこと無い……。んん? (いや、聞いたことあるぞ。確か一時期ハマったラノベだ。結構古いラノベで、そんな名前の村や名前があった様な……、えっと…… くそっ、ここ数ヶ月はずっとゲーム三昧だったからなぁ……)」

 

 

 

 

 

その後、暫く話を続けた。

 

結局のところ、何がどうなったのか、何で自分はここにいるのか等 わからないままだったが、とりあえず話し相手が早々に出来たことは良しとするのだった。

 

 

 

 



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2話 40億と異世界

「戦争……ね。そんな事があったら そりゃこいつらがこんだけ警戒するのも不思議じゃないか」

「はい。バルベールとの戦争の傷跡は、人のみならず我々にも深く、深く、残していってます。そして……休戦協定が終われば 全てが焼き払われて終わる()、だったんです」

()? 今は違う、ってこと?」

「はい。()が此処に来た時に、何も見えなくなってしまって。……そして、貴方様が来て下さった事で、今まで深い霧に包まれていた未来(さき)に光が現れました。……明るく、温かく見え始めたんです。……それを確証したのがほんのつい先ほどでした。……なのに私たちは あなたを………………」

「なるほどなるほど……って、謝んないでよっ!? それにそんな悲しそうな顔するのも禁止! ステイ! 俺は怪我してないし、もう蒸し返さないっつったろ! 被害者(やられた)側がOKって言ってんだから 何でもOKOKだ!」

「うぅ……、ほんとうにありがとうございます」

「……私も心より、感謝する」

 

 

何だかんだと打ち解け合ってる様子である。

何でも、この獣はウリボウと言う名の獣との事。……彼の知るウリボウとは程遠い、と思ったのは言うまでも無い。

どちらかと言えばデカい狼で イノシシの子供(うり坊)とは到底思えなかったから。

 

 

それは兎も角 この森の中の話し合い? はかなりの時間を要していた。

基本的に会話を交わすのは女性の方で、大きなウリボウはその横で鎮座。時折謝罪の相槌? を打ったりしてるが、要らない! と何度かいったのでそれも無くなった。

 

 

そして今の彼の状況。それは突如この場所に降り立ってしまって、当たり前だがそんな状況で彼が何か知ってる訳も無く、本当に頭が真っ白な状態に等しかった。

 

なので、現状での貴重な情報源でもあるウリボウの皆さんとの会話で今後の身の振り方や(出来れば)帰還方法を模索していたのだ。

だから気付いたら 結構話し込んでいたのである。時計が無いので詳しい時間は判らないが、体感で2~3時間程は話し込んでいただろうか。

 

 

そして、話を交わしていくうちに、一つの結論が出た。

彼はやはり この世界を知っていた(・・・・・)のだ。

 

 

バルベール、イステリア……そしてグレイシオールの名。

 

それらは考えていた通り、この場所は古いライトノベルで書かれていた異世界と非常に酷似していた。

先ほど上げた地名や人物名まで。彼女との会話で聞いた限りでは、自分の知るモノと一致していたのだ。

 

 

その小説との出会いは たまたまネットで目に入っただけであり、その題名に少なからずインパクトを受けて読んでみたのが始まりだった。

 

 

宝くじで40億と言う現実味に欠けるトンデモナイ額を引き当てた強運の持ち主が異世界へと誘われ 世界間を行き来し、一般的な知識と巨額にものを言わせて貧困に喘ぐ異世界の国を救うために奮闘する、と言う話だった筈。

 

そんな世界に何故自分が降り立ったのか、そもそもここはまだ仮想世界で、VR機器の故障が原因で此処にきてしまったのか、或いは超常的な存在か何かに電脳空間?にさらわれてしまったのか。

仮説は色々と思いつくが その説が正しいかどうかの確認は一切取れないのが難点だった。

 

仮にこの世界がまだ仮想世界なのであるのなら、消滅すれば最初のメインメニューに戻れる筈……だが、昨今のVR技術の凄まじさは目を見張るものがあり、現実と大差ない空間を生み出している。

そんな中で自傷行為……自殺行為などははっきり言って長くプレイしてきた自分でも少なからず勇気がいる行動。

その上に、この訳のわからない状況になってしまった所で、確認する為に死んでみよう! なんて到底思えないので、その確認の仕方は自分で自分に却下を下した。

 

なら、どうするのか……、と考えたら やはり この世界の神様の1人に合流するのが無難な行動だろうと判断した。

 

剣と魔法なファンタジー世界や海洋ロマン冒険ファンタジー世界なら、自分の能力を最大限に活かしてウハウハオラオラチートプレイ! を目指してみても面白いかもしれないが、そんな気は起きなかった。完全なジャンル別な世界だから、と言う理由が大きいかもしれない。

 

 

 

「うぅん……、さて 今後どうするべきか。一先ず会ってみるのも良いかな? と言うかそれしかないか」

「グレイシオール様……カズラ様にお会いなさるのですか?」

「うん。そうだね。だって ずっとこの森で暮らしていく訳にはいかないし、かと言って今の時点で帰る場所はないし、この世界の住人には俺の事説明しきれないって思うしなぁ。交渉するにしても彼の方が都合が良さそうだ。……後、色々と話は合いそうな気もするし。お互い世界を渡った間柄っていう共通点が一番気の合うポイントだ」

 

 

うんうん、と頷きながら決めていた。

 

この世界について 全てを完璧に思い出せる訳ではないが、覚えている1つとして 時間軸だ。ここと繋がっている地球……日本は、自分の故郷でもあるが ここから行ける日本は確か2010年代後半だったと記憶している。

 

自分が居た世界と違う点があるとすればその時間軸。

 

よしんばこの世界から 日本へ、東京へと還る事が出来たとして、その場所(・・・・)に自分の帰る所があるかどうか可能性は限りなく低いと思う。

少なくとも30年以上昔の日本、と言う訳になってしまうから。20になったばかりの自分にとって 生まれる前の日本だと言う事だ。

 

生まれる前、と言う事だから 自分の親はいるかもしれないが、自分を息子だとはきっと思えないだろう。……貴方たちが将来授かる息子です! と暴露した所で 良い病院を紹介されるか通報されるかの二択だと思う。顔が似てる、と言ってみても世の中には似た様な人は3人居ると言われてるし、効果が無いかもしれないから。

 

 

なので、当面の身の振り方は 同じような境遇にあるカズラに頼ってみよう、と思った。単純に会ってみたいと言う気持ちも強い。

 

 

 

「カズラさんは、ちょっと前にこの森の奥に入っていったって言ってただろ?」

「はい。それは間違いないと思われます。()は 見えなくなりましたが、この森で、更にあの人の事になれば大丈夫です」

「ん。了解。だから 俺も奥に行ってちょっと待ってみるよ。……勿論、俺1人でな。こんな大勢で出迎えたら ひっくり返ってしまいそうだし。まだ会った事も無いんだろ?」

「はい。頃合いを見て接触をしてみようかとは思ってますが」

「ん。了解。一先ずお別れだな」

 

ひょいっと起き上がって、背筋を伸ばした。

光人間になっても腰は痛くなるんだな、と割とどうでも良い事を考えつつ 直ぐ隣で座してるウリボウの一匹の頭を撫でて、他の皆にも手を振った。

 

因みに、このウリボウは ついさっき、自分がぶん殴ったヤツで、話す間も きゅん、きゅん、と鳴きながら 頭を下げたり、ごろんっと転がって腹部を見せたり、自分に鼻を擦り付けたりされていた。

 

動物の世界の解りやすい圧倒的な力による主従関係(?)は、あまり好ましいとは思ってないので、気にしてないから、殴って逆に悪かったから、と伝えてから漸く大人しくなったが、それでも愛嬌振りまくような仕草を受けて 大きいサイズの動物も可愛いかも? と接している内に思ってしまったのはまた別な話。

 

 

「んじゃ、また」

「……はい」

 

 

手を振って森の奥の方へと歩いていく彼を見送って……黒い彼女は ほっと胸を撫でおろしていた。心底良かったと安堵していた。その表情に気付いたのか、一番彼になついていたウリボウが鼻を擦り付ける様に擦り寄る。

 

「赦していただいて良かったですね……、本当に」

「……ああ。今後は間違っても あの様な事はしないだろうが、我々でもよく言い聞かせておかないといけないな。迅速にだ」

「勿論です」

 

そう頷き合うと、黒い女性は黒いウリボウへと変化して、一際大きい長ウリボウと共に一族を引き連れ何処かへと走っていったのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そして、もう1人の世にも不思議で奇妙な体験をしている男。いわばこの世界の主人公でもあるカズラはと言うと。

 

 

 

先ほど話をしていた通り、森を通って一時元の世界へと帰還していた。

 

その足で群馬県内にある実家へと顔を出した後、異世界の村 グリセア村で世話になっているバレッタと言う名の少女へのお土産用の本、そして他の住人の皆さんの為に石鹸などの日用品などを大量に仕入れ、また異世界へと戻ろうとしていた。

以前購入したリアカーがあるので とりあえずの持てるだけ沢山遠慮等無い爆買い、である。

 

 

 

ある程度時間をかけて色々と購入品を揃えて積み込み、リアカーを引っ張って異世界へと通じる群馬の山奥にある先祖代々から持っている屋敷へ。

 

 

 

屋敷の一室にある空間は、よく判らないトンデモ空間になっていて、傍から見ればただの六畳間の部屋なんだが、一歩踏み込むと がらりと変化し 石畳の通路が姿を現す。背後を見るとあるべき筈の屋敷の姿はなく真っ暗で行き止まりだ。だが、勿論恐れず引き返すとまた元の場所に戻れる。片道切符ではないので今の所安心して行き来出来ているのだ。

 

 

「んんー、逃げちゃってたけどやっぱり軍の人達も見てみたい気もするんだよなぁ……。バレッタさんたちには止められちゃったけど。まっ、よくある悪政を強いる悪い人達じゃないっぽいけど勤勉な人達みたいだし、俺不法入国も同然だし、普通に逮捕されるから残念だけど我慢我慢」

 

異世界に来た事で 元来 好奇心旺盛気味だった性格に拍車がかかっているカズラなのだが、郷に入っては郷に従え、とも言うだろうし そもそも捕まりでもしたら大変極まりない。この世界の法については詳しくないし、文明のレベルも決して高いとは言えないので、ひょっとしたら 魔女狩り宜しく火あぶりの刑だってあるのかもしれない。冗談抜きで異世界人なんてバレた日には、魔女と然程変わらないので 仮に軍人たちにコンタクトを取るとするなら、お近づきになれてから、段取り良く、が一番安心だ。

 

 

そんな事を考えながら、カズラは石畳の通路を通過。そして、この世界に初めて来た時に見つけた見知らぬ人骨に軽くお辞儀をして、森の中へと進んだ。

 

「ふぃ……、もっと体力つけないとなぁ」

 

腰をトントン、と叩きつつ前へ前へと進む。この雑木林内は整備されてない自然のままの状態なんだが、そんな凹凸激しい場所じゃないので、不幸中の幸いだ。もしも、道が最悪だったら、今の体力じゃ目も当てられない状態になってしまうのが目に見えてるから。

そんなこんなで、必死に運んでいる時だった。

 

 

 

「おぉぉい! あのーー、すみませーーーんっ! カズラさん、でしたっけ?? カズラさーーんっ!!」

 

 

背後から声が聞こえてくるのは。

思わず、カズラは呼ばれた方を凝視する。声がする方は自分が来た道で、こちらの世界の人は通れない場所となってる所だ。以前、バレッタを日本へ観光させようとして 森の中を進んでいったら、ある地点から強制的に森の入り口へと戻されてしまった出来事があるのだ。

この場所は、その超えられないライン(・・・・・・・・・)を余裕で超えてしまってる。

つまり、ここで会える人……となると 現時点では可能性は1つしかない。

 

 

「はぁっはぁっ、良かった……。入れ違いになる所だった」

「だ、誰だ君は!? 屋敷に勝手に入ったのか!?」

「へ? 屋敷?? あ、あ――、成程。違う違う。そうじゃないって」

「そうじゃないってどういう事だ? ここに入れるって事は君も日本から来たんじゃないのか??」

「あ、それは正しい。……でも、違うから。出身は同じだと思うけど、来た手段は違うから。とりあえず話を聞いてくれないかな。上手く説明できるかわからないけど、少なくとも此処で理解してくれそうな人は、貴方くらいしか居ないんだ。どうか宜しくお願い出来ないかな?」

 

両手をパタパタ、と振って軽くお辞儀をする男。

カズラが 見たところ歳は自分より若そうに見えた。そして、来ている服を見てみたら、ジャージの上下で どちらにしてもこの世界では手に入らないであろう衣類だから、自分と同じ日本出身なのだと言う事は解る。

でも、カズラが警戒しているのは 同じ出身だから安心、ではなく、この世界を繋ぐのは自分が確認できる範囲ではあるが 先祖代々続く屋敷が入り口になっているので、勝手に他人の家に不法侵入したのではないか? 泥棒か?? と言った点だった。

名前を知られているのは以前なら不思議に思うかもしれないが、カズラは宝くじで大金を当てた時から、見ず知らずの他人に名前を知られてしまった事が多かったので、全然不思議じゃないのだ。

 

でも、話を聞くくらいは問題ないだろう、とも判断した。そもそも生憎争いごとは苦手。暴力反対! なので、問答無用で叩き返すなんて真似できないから。

 

 

「えっと、初めまして。俺は一ノ瀬(いちのせ) 和樹(かずき)って言います」

「……はい。私の名は ご存知かもしれないけど、一応。志野(しの) 一良(かずら)です」

 

カズキとカズラ。似た様な名を持つもの同士の自己紹介から始まり―――そして、カズキの現在について一通りの説明をカズラは受けた。

 

勿論 眉唾モノだった。

 

ゲームしてて、気付いたら違う世界でした、なんて どこのファンタジー小説だ? と。でも自身も似た様なモノなので、口に出してはいない。

カズキもカズラの心境を大体察した。

 

「そりゃ、なかなか信じられないですよね。……でも、現実なんです。それにこの世界? に来た時にすんごい能力も何か会得しちゃいまして」

「すんごい能力??」

「はい。ほら、そんなの会得して別の世界に来ちゃいました、なんてまさにファンタジーでしょ? 普通なら信じられないと思いますけど、こうやって、実演してみれば……」

「っっ!?」

 

 

そして、かねてより考えていた事を。異常な事が起きているのを一発で知らしめる手段を取る事にした。

そう、勿論 欲して欲して止まなかった 我が力! の解放である。

 

指先から発せられたのは一直線に伸びる光。

それだけだったら、手にペンライトか何かを仕込ませているだけじゃない? とも思えたのだが、ここからが違った。その光に吸い込まれる様に身体が消え去り……凄い速度で反対側へと移動していたのだ。まさに瞬間移動。光速移動だった。

 

「とある事情でゲーム……VRゲームにどっぷりハマりまして、廃人の手前まで、何千時間も費やしてゲームして、それでやっとこさ手に入れた力で、思う存分プレイを! って思ってたら、こんな所に来ちゃってたんです。……イキナリで納得するなんて難しいと思いますが、身分証明書みたいなの勿論持ってないので、これ以上の証明の仕様が無いんですよ……。信じてもらえないですかね?」

「い、いや、信じないもなにも、実際に見てるし。…………正直 カミサマだって言われても信じるしかないって。俺。トリックかトリックじゃないかくらい判別できるし。……こんな森の中で 種も仕掛けも出来ないトコで そんな事されちゃったら、ね……」

「!! 良かった!!」

 

 

ほっと一息つくカズキ。それを見たカズラは 友好的な性格で良かったと安堵したと同時に、もしも 好戦的で悪人で、いきなりの力で世界を支配! みたいな事にならなくて良かった、と自分で考えて背筋が凍っていた。あのグリセア村と言う場所を救う為に躍起になってるのに、こんな無茶苦茶な力を持った人間が現れて、蹂躙でもされたらたまったものじゃないからだ。

見た範囲ではあるが、そういった真似はしなさそうに思えた。……そう、信じたい、と言うのが正しいかもしれないが。

 

 

その後、リアカーを押すのを手伝ってもらいながら、村へと向かう。

その道中で色んな話を交わした。

ゲームの世界から此処へ、や自分の力について、と言うのは もうそれ以上説明の仕様がないので あまりしなかったが、一番は自分が居た世界……日本についてだ。

 

 

「へぇ……、そっちの日本じゃ そんな凄いゲーム機が開発されるんだ。SF映画とかじゃよく見る機器だけどさ」

「はい。良い時代に生まれた~って皆で感涙しましたよ。ま、ゲームやる前は失恋して号泣でしたが」

「そ、それはそれは……。でも、笑いながら言えるって事は吹っ切れたって感じかな?」

「勿論ですよ。勝手に男作ってどっか行った女なんて、もう知らね――! 考えても考えるだけ損だ――って感じです」

「うわぁ……。それは、大変だったね……」

「はい。……オレ、女を見る目無かったんスよ………」

 

 

たははは、とお互いに苦笑いした。

 

 

そして、次に話題に上がったのは、何故自分(カズラ)の名を知っているか? だった。

 

正直に全部話すかどうか迷ったが、一先ず 実際にこの世界で起きた事。ウリボウのお姉さんに教えてもらった事を話す事にした。古いライトノベルの登場人物でした、なんて説明で納得させる自信無いから。

 

「うぇぇぇ…… ここってそんなおっかない動物がいるんだ……。知らなかった……。普通に1人で行き来してたし」

「襲われた時生きた心地しませんでした……。でもま、それが合ってカズラさんの事聞けたし、自分のこの力も判ったし、良かったって事にしてます。あ、間違っても もう襲ってきたりはしないそうなんで」

「了解。でも一応……注意はしとこうかな。うんうん。……それにしてもカズキ君はポジティブだね。見習いたいトコだ。っとと、出口に到着したかな。……あっ、バレッタさん」

 

雑木林の先。丁度出口の陰が掛かった所に1人の女性が立っていた。

カズラは勿論、カズキも知っている少女。

もし――カズキの知っている通りの世界なのであれば、文武両道であり発明家でもあり、努力家であり――――と文句なしの天才少女である。勿論その原動力は自分の横にいるカズラである事も知っている。

 

 

「あっ、カズラさん。お帰りな―――さい?」

 

 

カズラが帰ってきてくれた事に喜んでお出迎えを~としてた時、その隣に居る人に気付けた。最初は困惑してしまっていたが、カズラがニコっと笑いながら 友人であると説明してくれたので、表情を緩めた。

 

その後、簡単にではあるがカズラは カズキの事をバレッタに説明をした。

最初はやや警戒をしていたバレッタだったが、カズラのおかげもあり あまり皆が混乱しないように、騒ぎにならないように、カズキをカズラの友……即ちグレイシオールの友である、と言う事を皆にバレッタの口から伝えてもらえる様に約束もしてくれた。

 

 

「初めまして。私はグリセア村のバレッタと申します」

「いえいえ。こちらこそ。おれ……私はカズキ、と申します」

「ははは、似た様な名前なので、間違えない様にしてもらえたら、と思います」

「あ、あははは。間違えるなんてとんでもありませんよ」

 

 

笑う姿も本当に可愛らしいバレッタ。こんな子の為なら、力になってあげたい、と思うカズラの気持ちもよく判ると言うものだ。女性関係で痛い目を見たカズキもすっかり忘れてしまいそうになる程の威力がバレッタの笑顔にはあったから。

 

 

「カズラさんの友として、俺もグリセア村の力になりますから! 何でも言ってくださいね? バレッタさん。オレ、頑張ります!」

「え、えっと…… そんな私達の為にそこまで」

「良いんです良いんです。ほら、オレの事を助けると思って。ね? カズラさん」

「ははは……そうですね」

 

 

 

元の場所に帰る手段を持ち得てるカズラと違って、一切の手段を持たないカズキの大変さはわかるので、最初は心から同情する想いだった。

 

 

もし――カズラが カズキの様に あの施錠された六畳間の部屋の中に入ってそのまま帰る事が出来なかったら? 

 

 

と考えたら、正直恐ろしいものがある。

それに、日本へ帰る事が出来るからこそ、この村を救う事が出来たのだから。

 

 

 

因みに バレッタに会う前に色々とカズキと話していた内の1つとして、日雇いで護衛として雇ってくれ~的な話があった。能力ははっきり言って神様みたいなモノなので、そんな人が護衛なんてしてくれたら心強い事極まりないが、流石に会ったばかりで付き合いが浅すぎると言うのもあって断った。

 

なので、表向きは友(ゆくゆくは本当の友達になれたら一番良い)で、カズラと協力して一緒にグリセア村の復興を手伝う、と言う形で雇ってもらえる事になったのだ。

 

 

バレッタも困惑した様子で、申し訳ない、と断り気味だった様だが、カズラの言伝もあって最後は笑顔で了承してくれた。

 

カズキにとっては幸先の良いスタート。

ひょっとしたら、トンデモナイ額の宝くじに当たったカズラと同じくらい幸運だと言っていいかもしれない。

 

 

そして――カズラにとっても このカズキと言う男との出会いは、40億円というトンデモナイ大金を引き当てた強運をも凌ぐ程のモノになっていくのだった。

 

 



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3話 私は光

翌日。

 

晴れ渡った空の下で、カズラとバレッタ、そしてカズキは一緒に水車2号機が設置されている川べりに向かって歩いていた。

 

因みに、1号機はカズラが日本から取り寄せた純日本製のモノ、そして2号機が実際にこちら側の世界で説明を求められたときに説明できる様にと、こちらで手に入る材料を使って制作したモノである。

水路を引くために設置したとのことだ。

 

でも、本物があるとはいえ、そんなのを作っちゃうところを見ても、バレッタはすでに天才の片鱗を見せている様な気がした。

 

 

そして、今 話題に上がるのは以前の軍の人の事。

 

 

「なるほど、軍隊は村の視察ついでに行軍訓練で立ち寄っただけだったんですか」

「はい。いつも通りに父がアイザックさんに付き添って村の視察をしただけで、軍隊はイステリアへ帰っていきました。村の皆も上手く立ち回ってくれたので問題は何も起こらなかったですよ」

 

ふんふん、と口を挟まず カズラとバレッタの横で話の内容を頭に入れて整理するのはカズキ。

 

カズラからある程度話は聞いていたが、これで間違いない、と確信できた。

村に滞在していたが、軍関係の人物の訪問で一時日本へと避難し、そして ほとぼりが冷めた頃に戻ってくる。素性の知れない人間が村に居るともなれば不正入国を疑われ、見つかっただけで罰せられる可能性だってある。更にアイザックと言う名の軍人は非常に優秀で勤勉。 グリセア村の事をよく知っていて、村人かそうでないかは直ぐにバレてしまうだろうとのこと。

そうでなくてもカズラの身なりはどう見てもこちら側の人種じゃないので、それだけでバレてしまいそうだ。

 

何も知らない状態なら 成程、理解した。

 

……で済む話だが ここまで人物名や状況が一致してくると、この先に起こるであろう事も身構える必要があるな、とカズキは思っていた。

現状ではカズラの協力は何よりも重要だ。

能力とかを駆使して立ち回りを図れたら軍部で居場所は出来たりできそうだが、そういうつもりは毛頭なかった。どんな事でも接戦が何よりも面白いのが信条。

他からみれば明らかに理不尽な力で圧倒的にものを言わせてどうこうするのは、はっきり言って趣味じゃない。

 

気に入って、気に入られて、友達になって、そして 大切な人が出来たのなら、護る為に力を使う。……それがこの世界では一番だと。

 

「カズキ様?」

「…………」

「あの、カズキ様??」

「っ、と。ゴメンなさい。ちょっと考え事してました。何でしょう?」

 

バレッタに呼ばれて気付けてなかったが、何度目かで気付く事が出来て振り返った。少しだけ難しそうな顔をして伺い立てている様子のバレッタ。まだやっぱり何処か遠慮がちなのもその表情から判る。

 

「何かありましたか……? その……」

「いえ、特に何もありません。少し考え事をしてまして……」

「考え事? 軍の人の事かな?」

「はい。……ちょっと会ってみたかったり、とか思っちゃってて。でもそれしたら カズラさんやバレッタさん達皆さんに迷惑が掛かりそうなので やっぱやめよう、って思ってた所でバレッタさんに話しかけられました」

 

てへへ、と笑いながらそう言うカズキを見て、バレッタも少しだけ表情が柔らかくなる。

カズラの友である、と言う事を聞いても中々直ぐにフレンドリーになるのは幾らなんでも難しいだろう。出会ってまだ1日程度なんだから。

 

「あ~~、それはオレも判る。気になるよなぁ」

「でしょ??」

「ふふふ。直ぐには難しいかもしれませんが、アイザック様は素晴らしい方です。折を見て少しずつ話をしてみたら、機会が出来るかもしれません」

「おお、それは期待してみたい所です。素性関係聞かれたら中々答えにくいので、その辺りがハードル高そうですが」

「そーですよね。口で説明するのって難しいですし、証明するともなれば尚更。………って、オレは大丈夫か」

 

カズキは、カズラが所謂神様。グレイシオールである事の説明をカズラ自身がするとなれば、最終的には上手くいくだろうけれど、結構難しいだろうとも思えた。荒唐無稽すぎる気もするから。

でも、自分が証明するのはそう難しい事じゃない、と直ぐに気付く。

バレッタはどういう事? と首を傾げてた。訳を聞いてみようとした丁度その時、水車2号機が見えてきた。

 

「おっ、良い感じで回ってますね。遠目から見てもムラはなさそうです。……でも」

 

笑ってたカズラだったが、今は少し申し訳ない表情を作る。

 

「さっきは軍の人に会ってみたいっていっちゃいましたけど、おそらく今後 バレッタさんに水車の作り方を説明させるためにイステリアに呼び出されるかもしれない、って思ったら、何だか申し訳ない気持ちになります」

「――――あっ」

 

カズラの言葉を聞いて、カズキも思わず声を上げた。

一連の話を聞いてみたら、確かにその通りだ。持ち込んだのはカズラで、その制作方法も日本で手に入れたもの。でも、それを隠してこの村で開発した事にするともなれば、その白羽の矢が当たったバレッタに説明を求められるのは至極当然の流れだ。……軍の人と仲良くなる~云々も全てバレッタに要らぬ迷惑や心労をかけてしまう事になる。

 

「………すみません。オレも配慮不足でした」

「い、いえいえ。お2人ともそんな謝らないでください! 私たち村の皆が受けた恩を考えれば、そのくらいお安い御用ですよ」

「うぅ、でも今のオレはカズラさんにおんぶにだっこ状態……。カズラさん! バレッタさん!! 何でも言ってくださいね! オレ、頑張りますから!」

 

 

バレッタ達の恩と言うのはカズラがグリセア村を救った事だ。

此処に来たばっかりの自分は何にもしてない。ただ、カズラが友である事を許してくれただけなのだ。

だから、余計に力が入った。貢献をしよう、と。

何でそこまでするの? と思われるかもしれないが、それでもカズキにとっては非常に重要な事だ。自分自身が本当に信用し、信頼される為には。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そして、その後は暫くちょっとした押し問答みたいなのがあったが、カズラが綺麗に纏めてくれて、話題は当初の予定通り水車に。

バレッタが以前アイザックに指摘された部分をカズラとカズキに話したのだ。

 

「ここの軸の部分です。使ってるうちにすり減ってしまったみたいで……」

 

ひょい、と2人で軸部分をのぞき込んでみた。完成した時を見てないカズキでも判るくらい摩耗しているのが判るくらいだった。

 

「あぁ……、これは随分と摩耗してますね。軸が折れる前に気付いてよかったです」

 

カズラも似た様な印象だった様だ。

今日明日程度では折れないかもしれないが、確実に折れてしまうだろう。突然水源が失われてしまったら混乱してしまうかもしれないので、本当に不幸中の幸いだ。

 

カズキは、その水車の全体を隈なく眺めていた。話を聞いただけなのと実際に見てみるのとではやっぱり違う。なまじ不自由ない生活をしていた身から考えると、ここまで人の手でやってのけるのはやっぱり感動してしまうと言うものだ。その後、対策をカズラとバレッタは検討しているがカズキは暫く魅入っていた。

摩耗した部分も、確かに危ないし大きな問題かもしれないが、それ以上に感激してて中々言葉が出てこなかった、と言うのが理由である。

 

そして、水車の全体を隈なく目でなぞった後……ふと小高い丘が見える方角に目を向けた。

ほんと何気ない仕草。理由などはない。ただ、何となく見てみただけだ。何となく――見てみた先に、人影が見えた。その数は3人。

まだ此処に来たばかりのカズキだが、はっきりと判る。ぱっと見た感じ明らかに村人達ではないと言う事が。何故なら格好が明らかに兵士そのものだから。見てはっきりわかる鎧を身にまとい、腰部分には剣が備わっている。ゲームの世界でこの手の兵装は何度か見た事があるから、結構似た様な装備なんだな~と割とどうでもよい事を考えてしまってたので、反応が遅れてしまった。

向こうの3人も気付かれた事がわかったのだろう。逃げ出さない様に、制圧すべく接近する速度を上げてきたから。

 

自然とカズキはバレッタとカズラの前、あの兵士たちと一番先に対面する位置に立った。そこで漸くカズラやバレッタも気付けた様だ。……誰が来たのかが分かったのと同時に、バレッタの顔は蒼白していく。

 

「お前たちは何者だ! グリセア村の住人ではないな」

 

突然の来訪者の正体。以前グリセア村に来た軍人のアイザックとその部下たちだ。

アイザックは部下たちに目で指示すると取り囲むようにわきに回り込んだ。

 

 

慌ててバレッタがカズキの前に出た。

 

「あ、アイザックさん。この方たちは……」

「貴女は黙っていなさい」

 

アイザックは問答無用でバレッタを黙らせた。アイザックからすれば、バレッタは虚偽の説明をした事になる。信頼していた彼女からの裏切り行為。故に怒りを持っていたのだ。

 

「さっさと答えろ。それとも堪えられないような理由でもあるのか?」

 

カズキとカズラを相互に睨みつけるアイザック。

 

「カズラさん。早速恩を返せそうな場面なんですが、オレが説明しても良いですか?」

 

カズラは、どう答えるべきか数秒思案していた時にカズキからの突然の申し出が出て少なからず驚いた。アイザックは今でこそ凄い形相で睨んできていて、それだけを見たらあまり良い感情は持ち合わせられないが、以前、バレッタや村長に彼の事を聞いた事があるカズラからすると、悪い人間じゃないのは判る。

でも、カズキは違うだろう。ある程度説明したとはいえ、状況は突然兵士が現れて今にも武器を向けてきそうな状況だ。

非常にまずい気がした。特にカズキの言う説明(・・)が口を使ったものなのか、……考えたくないが実力行使的なモノなのか、真意が判らないから。

 

 

「あ、ああ! 違います違います。変な事はしないですよ。ちゃんと考えてますって」

 

 

神妙な顔をしだしたカズラを見て、何を考えてるか分かったカズキは、直ぐに手を振って否定に走った。力についてはカズラに説明しているので、それを使って思いっきり暴れてやる! とでも思われてしまったのではないか、とカズキが思ったから。

確かにできなくはないし、実際に命の危険を感じたら、あの森でウリボウと対峙した時みたいにするつもりだが、人間相手なら、話が出来そうな相手なら、まずは対話は必ずすると決めてるから。

 

 

「おい。貴様。説明を求めているのは私だ。……妙なことをすれば即刻対処するぞ」

 

剣の柄を握り締めるアイザック。怒気も強めていた。彼に取って見れば罪人相手に話をしているも同然だ。なのに、返答無く内輪もめみたいな事をされてしまえば相応の対応をしなければならないだろう。即ち制圧である。抵抗がある場合は即刻切り伏せるとも考えていた。アイザックが持っていた情報では調査対象はカズラと呼ばれる男1人。つまり、今バレッタの隣にいる男で、前にいる男ではない。……そう、2名いるのなら1人でも五体満足で喋れる者が居れば良い、と判断しているのだ。その方が残った方も話をせざるを得ないだろうから。

だが、あくまでそれは最終手段。

罪状は数あれど、村を助けた事に目を瞑るような真似はしない。

 

 

「アイザック、さん。で良いですかね? 私たちは こちらの世界の者ではありません。別の世界から来ました」

「………なんだって?」

 

 

様々な想定を頭の中で張り巡らせ、いついかなる時でも動けるように備えていたアイザックだったが、全く予期せぬ答えだったので思わず問い返していた。

 

それは、取り囲んだほかの2人も同様だ。恐怖で頭がおかしくなったのか? と疑う視線なのがよく判る。

 

「つまり、私たちは神の世界からやってきた、と言ってます。最初からグリセア村へと向かうカズラさんに同行させてもらう予定だったんですが、少し遅れた為 此処につくのが遅れてしまいましたが」

「……………」

 

 

全く予想だにしない返答が大真面目に返される状況に困惑を通り越して頭が白くなる感覚がアイザックにはあった。

 

そして、後ろで待機してるカズラも色々と考えを張り巡らせている。カズキが証明するのは簡単なのは、カズラとて判る。でも、自分も証明を……と考えたら、すぐにするのは難しいのだから。手段は こちらの世界にとっての未知の道具を見せる。実際に日本へと通じる道まで来てもらう、と手段はあるにはあるが、どっちにしても時間がかかる。

 

そして――― 実の所一番の心配はカズキにあった。

 

彼とは出会ってほんの1日程度。

申し訳ないが信頼関係等ある訳も無い。此処で自分が売られ、そして 彼の国進出への足掛かりに、と言った考えを絶対にもってない、とは言い切れない。

あの力なら、軍部を預かる彼らに見せれば取り入る事など造作も無いだろう。この世界へとやってきた理由だって、裏が取れてる訳も無い。本当の目的が別にあるのかもしれない。……不安要素があまりにも多すぎたのだ。考えれば考える程悪い方へと考えてしまう。

 

でも、今はカズキを信じる以上の策は見つけられなかった。

命運を握られたと言っても良い状況だ。

 

 

そんな心配を他所に、カズキは続けた。

 

「カズラさん。神の国ではそう呼ばれてます。でも、こちら側では違う名で通ってる筈です。ね? バレッタさん」

 

此処でカズキはバレッタに話を振った。

村人の1人である彼女の証言を得る為に。

 

「は、はい!」

 

突然話を振られてビックリするバレッタ。そんなバレッタを見て軽く笑みを浮かべるのはカズキだ。

 

「落ち着いて大丈夫ですよ。……アイザックさん達に教えてあげてください。カズラさんの、……神の名を」

 

カズキの笑みを見たバレッタは、少し落ち着きを取り戻す事が出来たのか、こくんっ、と頷いた後に数度深呼吸をした。そして、必死に息を整えなおすと……、大きな声で宣言した。

 

「カズラ様は、グレイシオール様なんです! グリセア村を救うために、来てくださったんです。カズラ様……、グレイシオール様が来て下さらなかったら、村は全滅していました!」

 

 

カズキに注視していた筈のアイザック達だったが、頭の中の整理がつかないままバレッタに大声を出されて、また混乱してしまっていた。

それでも、飲まれまいとどうにか気を立て直したのはアイザックだ。

 

「グレイシオールさま……?」

「ええ。バレッタさんの言う通りです。私はそのお供をしているしがない神族の1人。こちら側の世界ではカズラさんとは違って知られてない筈ですから、名乗っても意味は無いでしょう。カズキでお願いします」

 

ぺこっ、と優雅にお辞儀をするカズキ。

 

因みに、カズキは今 スラスラと芝居がかったセリフを言えるのは、これもVRゲームの色んな世界で色んな役? をやってたお陰だったりするので、また別の意味で嘗てのゲームに感謝していたりしている。

 

そして、アイザックはもう聞こうとはしなかった。呆れ半分の表情でため息を吐くと。

 

 

「……この男たちを縛り上げろ」

 

 

そう命じるのだった。

 

勿論、それは想定の範囲内。

 

「信じて頂けませんか?」

 

カズキはアイザックの目を見ながら言った。虚言癖でもあるんだろう、と判断した男のそのまっすぐな視線に少なからず驚いたアイザックだったが。

 

「私は神だ。と言って直ぐに信じる事が出来る方が異常であると私は考えているのでな。それに、神を名乗って民を先導しようとしかねない男を放置するのもあり得ない。裁判では極刑に値する行為だ」

「ふむ……、仕様がありませんね」

「……? なんだ? 抵抗するつもりか? 今すぐに刑を執行しても良いんだぞ」

 

ちゃきっ、と柄から剣を引き抜くアイザック。

部下の2人も思わず身震いした。単なる不法入国の男の捕縛程度にしか考えていなかったのに、よもやの事態。アイザックを前にしても一切怯まない神を語る男。あまりに現実感から離れた光景だった。アイザックが此処までしているのを見るのも随分昔の話だから。

 

 

「いいえ。ただ、私を証明するだけです。……生憎、カズラさんを証明するのは時間が少し、かかると思いますが、私の証明なら直ぐにできますので」

「……ほう? 証明してもらいたいものだ。神と対面できるなど光栄極まる事だからな」

 

 

アイザックは後少し、剣を引き抜いた。もう刀身がはっきりと見えており、その刃が太陽の光に反射して鈍く光ってるのがよく判る。バレッタは、ガタガタと震えている。カズキがカズラの友である事は聞いていた。ただ、問題なのはカズラが人間(・・)だと言う事なのだ。違う世界からやってきた人間だと言う事を打ち明けてもらっていたのだ。だから、カズキもカズラと同じ世界から来た人間だ、と考えていたのだが、まさかの事態。驚きと恐怖に苛まれている。

カズラも、最早考えるのをやめて、カズキの行く末を見守る事にした。……それ以上何も出来ないのが辛い所ではあるが、どうしようもないのだ。

 

 

カズキは、ゆっくりと指を上に上げた。

その指に光が集まるのが目視で判る。取り囲んでいた2人の男も失笑に嘲笑、だったのだが まさかの事態に身体が凍り付いたかの様に動かなかった。それはアイザックとて同じことだ。

 

 

力を使えるのは1日1時間だけ。その効果時間のカウントはいつなのか、いつリセットされるのかはっきりと判らない部分はあるが、少なくとも、今は大丈夫だと判断している。何故なら、今朝目覚めてこの場所に来るまで余裕で1時間は超えているのだが、先ほどこっそりと試してみた結果、問題なく使えたからだ。こそっと使った事もあるが、夜と違って明るい昼なら殆どバレない様に使う事が出来た。

 

なので、少なくとも時間指定ではない。朝、目が覚めてから1時間ではなく、おそらく累計時間。力を1時間継続すると使えなくなる、と言う事だろう。

そして、覚えているのは自動防御効果についてだ。その辺りは制限が無かったので、際限は無い、と推察できる。………命に係わる項目なので 裏を取ってみようとか、確認してみようとかは思わないが。

 

「(攻撃は無し。と言うか試してないから怖い。……移動系と光の身体の防御くらい、かな)」

 

カズキはそんな事を考えつつ、指先に更に意識を集中。

昼間なのに更に輝く発光体が人一人分程大きくなった所で、その光が丁度アイザックの背後に縫う様に放たれた。彼を傷つけない様に細心の注意を払いながら。……元ネタ通りの力だったら、アイザックの身体を貫いてしまうから。……最悪爆発するかも? と思ったがそれはカズラに見せた時も大丈夫だったので、とりあえず心配はしてない。

 

目も眩む強烈な光が周囲に発生し、決して見逃すまいとしてた筈のアイザック達も思わず目を背けた。そして―― 次の瞬間には その場にいた筈の男の姿が無い。

 

「っ、っっ……!! ど、どこに!?」

 

アイザックは、きょろきょろと左右を見渡したが、姿が見えない。そんな中、アイザックから見れば正面に居る部下の2人が青ざめた表情で指さした。

 

 

「あ、アイザック様……」

「う、うしろ……うしろに………」

 

 

その言葉に従い、中々動けない身体をどうにか鞭打って、身体を後ろへと向ける。

そこには、確かに目の前にいた筈の男がいた。

光をまとった姿が、そこにはあった。神々しいを体現したような姿で。

 

 

「これで納得していただけましたか?」

 

 

微笑みを向けられていたのだった。

 



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4話 メルエムと懺悔

 

「どうです? 信じていただけましたかね? とりあえず、他の方々にしっかり事情を話して 拘束等をしているのであれば、解放して頂けると助かるのですが………。私にとっても、このグリセア村は大切な村ですので」

「っ……」

 

 

アイザックは、驚きのあまり動く事が出来なかった。

だが、カズキの言葉を聞き、完全に固まっていた身体をどうにか動かす事が出来た。

 

そして、タイミングが良いのか悪いのか……。

 

丁度 副長の男が駆け足でやって来た。

そして、只ならぬ様子に表情を顰めつつ、それでもアイザックがいる事、数人で包囲している事、それらもあって仮に反抗的態度であったとしても対処できる、大丈夫だろう、と判断し アイザックの元へ速足で向かっていって、報告を始めた。

 

ただ、それは アイザックにとっては死刑宣告に等しい内容の報告でもあった。

 

 

「アイザック様。現在 住民の全てを各々の家に入らせ、村長の屋敷も制圧しております」

「!!!」

 

いつもなら、ただの定期報告でもあり、更に言えば 迅速な対応をしてくれた故に、よくやってくれた、の労いの言葉くらいかける事だろう。

だが、今はアイザックにとってはタイミングが悪すぎた。

 

そして カズキからすれば、アイザックがトップで、この後ろの副長が次点。つまり、2人に説明をすれば 制圧した速度と同じくらい迅速に、村の解放をしてくれるだろう、と思えるのでグッドタイミング、である。

 

ただ―――ここで誤算が発生する。

 

何故なら カズキは この世界の詳細について、隅から隅まで覚えている訳ではない。

 

何せ膨大な数の書籍のうちの1つなのだから当然と言えば当然。記憶力が悪い訳ではないが、突出して良い訳でもないから。だから この後起こる事を完全に忘れてしまっていたのだ。

アイザックの事を、それは アイザックの性格が故に、とんでもない行動をとってしまうという事を。

 

「ハベル!! 直ちに村を解放しろ!! 急げ!!」

「……は?」

 

アイザックは慌てて副長のハベルに村の解放を命令した。

だが、ハベルにとってみれば 命令通りに制圧したのにいきなりの解放命令だったので、混乱してしまって思わず正しからぬ言動をしてしまっていた。だが、アイザックの今まで見た事の無い程の鬼気迫る様子にそれ以上何も言えなくなってしまっていたのだ。

 

そして アイザックにしてみれば、一瞬一秒さえ惜しい状況である。

今直ぐにでも村を解放させたいのだ。自分が犯してしまった重罪を悔い改める為に。

 

――そして、それを見届けた後に 己の命を差し出す為に。

 

ちゃんと、全てを確認してから償いたかったが、今のアイザックにはその時間さえ惜しかった。

 

「……ハベル。必ず解放するんだ。頼むぞ」

「は、はぁ……。了解しました」

 

ハベルはとりあえず命令を聞く様に頷き、それを確認し終えた後、アイザックは 意を決したような表情でカズキに向き直った。

 

「申し訳ございません。……グリセア村は、必ず解放させると約束致します。そして――数々の無礼 どうか、どうか、私の命1つで赦していただけないでしょうか。部下たちは私に従っただけなのです。全ては……私の独断です。どうか、部下たちには寛大な処置を………」

 

すっ、と手に持ってた短剣を首元へ……。そこまで見た途端に顔を真っ青にさせたのはカズキ、そして カズラやハベルも同様だ。

 

「うわわっっ!! ちょっと待った待った!!(そうだったよ!! この人って確かこんな感じだった!! って言うか、前にも似たようなの見たぞこれ!)」

「や、やめてくださいっ!!」

「アイザック様っ!? なにやってるんですか!!」

 

丁度ハベルがアイザックの短剣を力づくで握って止めてくれた。グローブを嵌めたハベルの手に刃が食い込んでいる。もしも、素手だったらと思うと正直痛いが、今は非常にナイス判断である。アイザックは思いの他 思い切りが良かったようで、相応の力が入ってる様子。つまり、ハベルが刃を止めてなければそのまま首を掻っ切る様だった。一切の躊躇いもなく。

 

「ナイスです! ハベルさん!! ぜーーったい手を離しちゃダメですよ! 説得しますんで!! アイザックさんっ!? まずゆっくり力抜きましょう! 私達はあなたの命なんかもらっても困ります! ですよねっ?? カズ……グレイシオ―ル様!? ね? ね??」

「も、勿論です! それにあなたは職務を忠実にこなそうとしただけでしょう!?」

 

ハベルが何度か抑えている間に、カズラとカズキが説き伏せる。

2人の神様(笑)にそう言われてるのに、それを無視して自害する訳にはいかないので、どうにかアイザックは力を抜いてくれた。

 

「し、しかし 私は神に不敬を……。私が出来るのは命を持って償うしかありません……」

「気にしなくて良いんです! ぜーんぜん! そもそも私は全く気にしてませんので!」

 

カズキは、アイザックの両肩を掴んでガクガク揺さぶった。

 

「首1つで許して~、なんてやり取り もう1回で充分なんです!! と言うより今後一切聞きたくないセリフNo.1です!」

 

カズキの言っている意味、言葉の意味がいまいち判らない所があるアイザックだったが、命を差し出そうとするな、と言っているのは判った。

 

「ぁぁ……、し、しかし……それでは私はどうすれば……」

 

どう悔い改めれば良いのかわからず、ただただアイザックは憔悴していった。

そんなアイザックを他所に、カズキは今まさにテンパっている。

 

アイザックは自責の念に駆られつつ、混乱している。そんな2人を見ていたら 逆に落ち着けるのはカズラだった。

 

横からそっと顔を出して、神様っぽい……そう、慈愛の神様のように優しさを頑張って出しつつ、それでいて微笑みも絶やさず落ち着いて話しかけた。

 

「あなたは、自分の職務を忠実に全うしただけでしょう? そして、己の命を差し出し、部下を守ろうとした。そんな素晴らしい人間を罪に問えましょうか。それに私の友も許すと言っています。これ以上は何もありません」

「うぅ…… っっ、い、いえ ですが……私は神々を捕らえようとしました。その上暴言まで……それは赦されるとは到底……」

 

無限ループである。

赦す、赦されない。それの繰り返し。どうすれば良いか……、と考えつつ、また衝動的に刃を己に立てないとも限らないので、カズキが一歩前に出た。

 

「な、なら 私に暴言を吐いた事を悔いている、と言うのなら、私の命令はきけますか?」

「っっ!! 勿論でございます!」

 

跪くアイザックを見て カズキは思いっきり息を吸い込んで―――、大きく両手を振りかぶって、手を叩いた。

ばちんっ! と言う乾いた音が響いたのと同時にカズキは宣言する。

 

 

「はいっ! この件は全て不問って事で終わりにします! 蒸し返すの禁止! 罪とか無し! いつも通りに戻ってください! 普通に接してください!! これは神様(笑)の命令です!!」

「私も大賛成。この村でのあなたの全ての罪を赦します。グレイシオ―ルの名のもとに」

「ええっ!? 直々に免罪を……!? あ、あぁぁぁ……」

「あ、アイザック様! 気をしっかり!!」

 

本当に気を張り詰めていたのだろう。アイザックは力なく崩れ落ちる様だった。地面に倒れこむ前にハベルがどうにか抱えた。

 

「アイザック様。いったいどういう事なのか説明をしていただけないでしょうか? その、神……と言うのはいったい??」

「っっ、は、ハベル!?」

「オールOKです! 判らないのは当然! 全然構いません! 不敬とか無し! フランクOK。でも、どうしても気になるって言うんなら、説明する間だけ許すって事にします! じゃないとハベルさんがあまりにも不憫です!」

 

アイザックは、ハベルの言い方等が また神の怒り(元々そんなの無いが)を買いそうだと思ったのか慌ててやめさせ、頭を地につけさせようとするが、そこは強引な手段でカズキが止めた。カズラも、この人種は面倒くさいモノ、と心の底から思ったようで、なんとも言えない顔になっていた。

 

 

 

そして、その後はハベルにもしっかりと説明された。その上でカズキがピカピカ能力を披露し、否が応でも納得させた。と言うより、超常現象を目の当たりにした為信じる以外何も出来なかったというべきだ。

 

 

とりあえず、外でずっと騒いでいる訳にはいかないので村長の家にまで行く事になった。

 

 

その道中の事。

 

カズキはバレッタに耳打ちをした。

 

「バレッタさん すみません。……えっと、グレイの意味が慈悲と豊穣、でしたよね? なら、光ってこちらの世界では何というんですか?」

「あ、はい。光は【メルエム】と言います。正しくは【全ての光】それがメルエムの意味でしょうか。リブラシオール様の伝承の中にある言葉です」

「成る程……。よしよし、なら不自然じゃないですね。……ええっと、私…… っとと、オレ、カズラさんがグレイシオ―ルって呼ばれる場面の時は【メルエム】って名前を使わせてもらいますので、バレッタさん……何度も何度も頼って申し訳ないんですが、それとなく村の皆さんにも周知して頂けないでしょうか……? こんな身体ですし、信じられないという人がいれば直ぐに私が言って説明しますので。それとなくフォローしてもらえると助かります」

 

カズラがグレイシオ―ルである、と言う事はこの世界では直ぐに周知される事だ。同じ世界から来た以上、アイザックたちにも色々と説明をする以上は、神様名くらいは持っておいた方が都合が良い。

丁度【光】になれる身体なので、カズラと比べれば断然説明がしやすい。

 

「ふふっ、はい! ふぉろーは任せてください!」

「ありがとうございます」

 

 

バレッタは、何処までも腰が低い神様(仮)のカズキを見て思わず笑みを見せてしまっていた。

そして、カズラの事も交互に見る。

 

カズラが暮らしていた世界……日本。

 

かの世界の男の人は皆 こんなにも優しく、そして強い人達なのだろうか、と思えてしまっていた。

 

カズラは 瀕死の村を助けてくれた。

カズキは、強大な力を持っているというのに、敵国の様に力で回りを捻じ伏せ、支配しようとする気配がまるで見えないのだ。

 

心の底から優しい人とはこう言う人たちの事を言うのだろう、とバレッタは思うのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その後、カズキの事は言われるまでも無く、神様パワー(ピカピカな力)を見せて一瞬で信じて貰えて、カズラに関しては 村長バリンの屋敷に置いてあった日本から持ち込んだ道具の数々を見せて、それで(もう既に信じてるが)グレイシオールである、と信じてもらえる事になった。

【メルエム】は全ての光、と言う名である為、光になる事が出来る、と決着。だが、【グレイシオール】は慈悲と豊穣の神と言う意味。なので、凄い力を直ぐに見せる、今までの現状から説明。

グリセア村の人々を飢餓から救い、更に干ばつから村を救い、作物を育て上げ、全てにおいて必要不可欠である水を、水車と言うこちらの世界から見れば トンデモナイ発明品で齎した、と言う実績から完全にグレイシオールそのものだと信じてもらえた様だ。

 

 

「ふぅ、これで私たちがイステリアへ行く必要は無くなった訳ですね?」

「はいっ!! 勿論でございます! グレイシオール様!!」

 

粗方説明を終えて、一息ついていた時だった。

ハベルが跪いたのは。

 

「恐れながら申し上げます。現在、このアルカディア国内は大規模な飢饉が発生しており、その多くの民が苦しんでおります。……どうか、どうか、我々を救っては頂けないでしょうか……?」

 

ハベルの言葉を聞いて、神様説得にばかり頭を使っていたが、このアルカディアと言う国の現状について再認識した。

 

「あぁ、そうですよね……」

「(何せ慈悲と豊穣のカミサマでしたら、そりゃ 崇め奉って救いを求める筈ですよ。大飢饉が起きてるなら尚更です)」

「(そーだよねー。仮にも神様が現れた! ってなったら、それも伝承が残ってる村からともなれば、それなりに直ぐ伝わりそうだし)」

 

 

カズキとカズラがぼそぼそ、とやり取りをしているのを見て、ハラハラしているのはハベルとアイザック。また、不敬を? と内心不安でたまらないが、それでも国の現状を考えたら、何度でも何度でも頭を下げるつもりだった。……それを許されるのなら。

 

「どうか、私からもお願い致します……。国王や各領主は様々な手段を講じてはいますが―――、前例のない災害に見舞われて、成すすべも……」

 

アイザックも頭を下げた。

そんな2人を見たら、仮にカミサマじゃなくたって無下にはしたくない、って思うのは普通だろう。

 

「(……カズキ、アルカディアの人口ってどれくらいだと思う?)」

「(2人に聴いた方が早くないですかね? って思いましたけど、たぶん、万は余裕で乗ると思いますよ。10、いや100? くらいは。何せ()ですし。それに ()領主とも言ってましたし、各々の地区を納める領主も多数いるとなるとやっぱり……)」

「(だよなぁ……、まぁ 一応……)」

 

カズラはカズキの言葉を聞いて、恐らくは間違えていないだろうけれど、裏を取ろうとアイザックに聞くことに。

 

「この国の人口ってどのくらいなんですか? 何分私はグリセア村周囲の管轄でして……」

 

知らない事をそれっぽい事情で誤魔化すカズラ。

それに関しては、2人とも別に不思議に思う事は無かったので、普通に答えた。その答えは期待? を裏切らないものである。

 

「200万ほどだったかと。因みにイステール領は約45万程です」

「…………」

 

 

勿論、カズラの頭の中では、【多すぎだよ! 全員助けるなんて無茶だよ!!】と頭の中を巡りに巡った。

カズキは、大体の記憶と擦り合わせて、間違えてなかった事にある意味安堵。

 

人手を考えたら、そんな大規模な事は出来るワケもないし、カズキに至っては、光の能力は凄いけれど、殆ど見た目重視な力だ。作物を育てたり、飢えから人を救ったり、そんなカミサマみたいな事出来ない。

 

「……そのすべてを直接私たちが、と言うのはあまり好ましくはありません。人間の問題は人間の力で解決すべき事ですから」

 

カズラの言葉に顔を真っ青にするハベル。

 

「し、しかし、それでは……!」

 

だが、ハベルの言い分はもっともであるが、相手が悪すぎる、とアイザックは叱責する。

 

「ハベル!! 口を慎め! 神の御前だぞ!!」

 

そして、ハベルとてアイザックの言っている事の意味が判らない程、無神論者と言うワケではない。と言うより、この国に生きる者であればグレイシオールの話は誰もが知っている。それでも、言うように神の御前であったとしても、簡単に退いてはいけないと思っているのだ。

 

「し、しかし このままでは何千、何万もの餓死者が………!」

 

そんな悲痛な叫び。

聞き入れる事が出来なくて、何が神様だろうか。

カズラは笑顔で頷きながら言葉の真意を説明した。

 

「我々は見捨てるとは言ってませんよ。農作物の増産法や効率的な道具の作り方を教えましょう。他にも何か目につけば助言をしましょう」

「それに、どうやら私は【光】を冠する名、メルエムと言う名でこの世界には伝わっている様子です。……今のあなた達を見捨ててしまえば、それこそメルエム()でなくなってしまう。私もグレイシオールと同じ考えです」

 

それに同調する様にカズキも頷く。

それを聞いてお通夜状態な表情をしていた2人も一気に生気を、笑顔を取り戻した。

 

「「グレイシオール様! メルエム様!!」」

「ですが、条件はありますよ。今後、私がグリセア村でなにをしようとも一切干渉しないで欲しいのです。村や村人に対し、不当な扱いがあれば、我々はすべての援助から手を引きます」

 

世の中甘い話ばかりではない……、と言うのはどの世界ででも共通する事の様だ。手放しで喜ぼうとしていた2人だったが、とりあえず気を落ち着きなおした。

 

「それはこの村を特別扱いをしろ、と言う事でしょうか?」

「いいえ。そうではありません。私たちが齎した技術、そして知識、それらを持つ村人を無理矢理移住させたりするな、ということです。税の義務などは従来の法に則っていれば問題ありませんから」

「……分かりました。今の内容は領主、ナルソン様に私が直接お伝えします。必ずや、ご意向に沿える形にいたします」

 

アイザックは再び首を垂れる。ハベルも同じく。

 

ナルソン、の名を聞いてカズキは少し考えた。

当たり前だが、いきなり 神様がグリセア村へとやってきて援助してやる代わりに村を特別扱いしろ、なんて荒唐無稽な話、誰が信じるだろうか。

 

「アイザックさん。そのナルソン様に説明が必要なのであれば、私を連れて行ってくれてもかまいませんよ」

「!!」

 

それを聞いて、ぱあっ! と花開く様な笑顔になるのはアイザック。

 

「い、イステリアへ来て下さるのですか!?」

「はい。神なる証明が必要であれば、私が一番手っ取り早く説明が出来ますからね? ほら、こんなの見せられたら誰だって信じるでしょ?」

 

HAHAHA、と笑いながら指先で光を生み出し、ひゅんひゅんと光の筋を作って遊んだ挙句に、その光る筋を道へと変えて文字通りの光速移動。

凄い笑顔のアイザック。そしてハベルは何処か引きつった笑顔だった。

 

「私はカズラさんとは少し違う能力を持っています。ですので、此処は適材適所、と言う事で私がイステリアへと向かうのが良いと思いますが、どうでしょう?」

「確かにそうだけど、事の説明やこれからの話、それらをするとなれば 慈悲と豊穣の神()もいった方が一番とも思うんですけど……」

「あはは。カズラさん。2人ともグリセア村を留守にしたら、皆さんが寂しがると思います。まだ、私はこの世界に来て日も浅い。カズラさんが残ってくれた方が村の人達やバレッタさんも安心だと思うんですけど」

 

 

横で不安そうな顔をしているバレッタをチラッ、と見た後カズキはそういう。だけど、それでも カズキ1人の負担が大きくなってしまうのは判る。領主と話をつけるともなれば尚更で、自分が言い出した事だと言う事もあって、カズラも引かなかった。

 

少しの間ちょっとした押し問答が続いた後、バレッタが【私がお2人についていきます!】と提案。

カズキは、村の事を想ってくれてカズラを残そうとしている。

カズラは、村の事は勿論だが、カズキの負担の事を考える。

 

なので、それらを解消する為に、バレッタは提案したのだ。

 

村の皆を説得する時 バレッタが居れば必ず戻ってくる、と言う説得力が増す事になるし、何より村出身者が一人でも居れば、現状・過程を把握しやすくなる。

 

バレッタの提案にはカズラもカズキも渋ったのだが、最終的には彼女の押しの強さもあって、カズラ、カズキ、バレッタ、そして父親のバリンの4名でイステリアへと向かう事になったのだった。

 

 

 



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5話 イステリアへ

「やっぱりグリセア村の皆さんとても心配そうに見てましたね……、カズラさん」

「あはは……、あれじゃ言い伝えのままだって取られても仕方ないからなぁ……。まぁ、縛られた所を見られてなかったのは本当に良かった。そうなってしまったらまんまその通りだし……」

「うわぁ…… よくよく考えてみればそうですよ 確かに。縛られて~みたいな そんな所見られてたら村人の皆が一斉蜂起! ってなっても不思議じゃないですし! はぁ…… ほんと間一髪だったんだなぁ。考えてみたら、どっと疲れが出てきたかもです……」

 

 

色々と後ろ髪を引かれる思いでグリセア村を出て早1日。

 

 

 

ラタに乗って(現実世界で言う馬)イステリアへと向かっていた。

 

途中野営で軍隊の食糧を堪能させてもらったり、設営風景を見学させてもらったり、正直歴史ツアーに参加させてもらってるみたいでワクワクしてしまったりしているカズキ。

 

カズラも、軍食(コンバットレーション)やアイザックが率いる部隊について等、色々聞いてみたりして楽しそうだった。やっぱり薄味な食糧だったが、それでも十分過ぎる程 アイザックの部隊の野営食は豪勢。……出されたパンがやたら硬くて硬くて非常に食べにくかったのは除いて。

そして、食事以上に一番堪えたのは長時間のラタによる移動だ。……特に 光な人間のカズキは兎も角、普通の人間? であるカズラは かなり堪えた様子だった。

 

何せ、馬につけられている鐙がこのラタには無い。

長時間騎乗してれば尻が悲鳴を上げるのはまさに自明の理である。

 

申し訳ないが、カズキはその点何ともなかった。光のボディはこういう所でも役に立つ様だ。なので、カズラのフォローに回りつつ、バレッタやバリンとも色々と話をしてみて、より仲良くなれた。

グリセア村との交流は1日程度で殆ど無いも同然。カズラの友人、と言う理由で殆ど無条件で友好的な関係を築けてはいるが、ゆくゆくは建前無くとも仲良くなりたい、と思ったりしている。

 

 

バリンとの話で話題になるのは何と言っても【酒】だった。

 

 

「へぇー バリンさんはお酒に目が無いんですね?」

 

話の内容とは 以前、カズラが持ち込んだ日本酒を呑んで大層気に入った時の事。

でも、異世界の酒なので、まずは身体に合うかどうかを確認するのが一番、って事であまり呑めなかったらしい。実際、現実世界……カズラたちでも急性アルコール中毒! みたいなのがあるし、アレルギー的なものもある。こちらの世界に当てはまるかどうかは判らないが、用心することに越したことはない。

そんな話を最初に聞いていたバレッタ。……父を心配するバレッタが鉄壁の防御。もう1杯を許さなかったのである。

 

「いやはや、お恥ずかしい限りでございます。カズラさんから頂いたお酒がとても美味しくて……、あの味が忘れられなくて………」

 

何処か儚い夢でも見ていたかの様に、視線を遠くさせているバリンを見てカズキは思わず笑った。

 

「なら今度、私とも一緒に飲みませんか? 前に飲んだ時、身体は大丈夫だったのならいけると思います。私のおすすめ品をカズラさんに今度 頼んでみますよ」

 

まさかの提案にバリンは焦点を元に戻し、前のめりになる。

 

「おおおおっっ!! ほ、ほんとうですか!? おすすめを!?」

 

そして 子供の様に目を輝かせるバリン。

 

因みに カズキもこれでも酒は飲める方。酒の話になって、この光な身体になってアルコール反応? がどう出るのか気になったりもしているから実は飲んでみたい。身体は直ぐに赤くなる方だが、どちらかと言えば光、黄色に光る身体なので、飲んだ状態で光ったら、赤い閃光になったりするのだろうか? とおバカな事を考えたりして笑っていた。

 

「か、カズキ様がこういってくださってる! だから、良いよな!? バレッタ!! 今度は呑んでも良いよな!! 良いんだよな!??」

「飲みすぎなければ良い、かな?」

「あはは……、その辺りは私もいますし、適度に楽しむつもりですよ? 安心してください」

「あははは……、どうもすみません。カズキさん」

「いえいえ」

 

喋り方さえ変わっちゃう程嬉しい様で、何だか提案した自分も嬉しくなってくる。

そこでカズキはそっとカズラに耳打ちをする。

 

「あのー 勝手な約束をすみません。……また、日本にいったときで良いんで買ってもらえないですかね? オレ、その分しっかり働く所存なので!」

「あははは……、それくらいお安い御用だよ。必要なものがあるならじゃんじゃん買ってくるから。あ、でも勿論、酒に関しては バレッタさんが言った様に飲み過ぎない程度じゃないと、バレッタさんに止められちゃうからね?」

「もちろんっ」

 

最初こそは、イステリアへと向かう事に複雑な想いを抱えていたのだが、楽しみな約束事が出来て良かった、とカズラもカズキも思うのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そして、更に明後日。

 

イステリアへと到着した。

 

 

カズラは2度目だが、カズキは初めてのイステリアだ。

 

だからこそ、目を大きく見開き、そして子供の様に目を輝かせていた。

到着した時間は深夜であり、街の灯りは当然電気などではなく、火を用いている為、街の殆どの灯りは消えていた。……それでも幾つか付けられている灯が街を幻想的な雰囲気に彩っていたのだ。

グリセア村との違いを言えばとにかく建物が多く、大体幅は5~7m程だろうか、真っすぐ伸びた道のわきに木造・石造りの建物が一定間隔ごとに建てられている。

これだけ広かったら、さぞ人通りは賑やかな事だろう。交通の便を考えたら徒歩で埋め尽くさんばかりに人々が往来しているのが目に浮かぶ。顔立ちがロシア人? オランダ人? な感じの顔立ちなので、見栄えもする事だろう。

 

カズラの【中世映画の中にいるみたい】と率直な感想を聞いたが、まさにその通りだ、とカズキも思えた。

 

 

 

そんな、何処を見てもまだまだ飽きない市街地を更に抜けて、イステリアの中心部へと向かった。

 

 

そこは貴族が暮らす居住区。まさに貴族の世界。THE・貴族。

 

一目でわかる程、ここへ通ってきた時に鎮座していた建物とは違った。

如何にも豪邸、な建物しかなく殆どが平屋だった先ほどとは違い、2階建ての部位を持っている建物もちらほら見受けられる。中には3階建てもある様だ。建築技術がどこまで進んでいるのかは判らないが、木造・石造りでここまで拵えるのは相当大変なんだろうな、と思いつつ、目を更に輝かせながら移動し、そして到着したのは ハベルの屋敷。

アイザックと色々

 

「ほんっと豪邸ばかり! 同じイステリアでも中心部は凄いですね」

「オレも初めて来ました。これは本当に凄い。(……写真撮りたい)」

「本当に父と私までハベル様のところに泊めていただいていいんでしょうか……。恐縮です~……」

「う、うむ……」

 

 

 

昨日、ハベルから自らの屋敷で過ごしてほしい、と言われて 勿論バレッタやバリンのグリセア村の人達も分け隔てなく貴族な豪邸に入らせてもらえた。

バレッタとバリンは非常に恐縮しているのが横目で判る。身分の違い、と言うのがこの世界では当然の如くあるのだろう、と改めて感じた瞬間でもあった。

 

青銅拵えの門……だろうか、それが左右に開かれ、ハベルに招かれた豪邸の入り口を開くと、とても若い侍女、使用人、……メイドさん? が出迎えてくれた。

 

「おかえりなさいませ」

 

玄関ホールの石床はピカピカに磨かれていて、カズキのピカピカといい勝負をしそうだ、とカズラは更に興奮。

 

カズキは何本か立っている石の柱の彫刻に注目して目を輝かせていた。

 

屋敷の第一印象、受けが良かった、とハベルはその2人を見て感じたのだろう。その表情は明らかに嬉しそうに笑っていて、出迎えてくれている侍女を手招きした。

 

「大事なお客様をお連れした。私が客室にご案内するからマリーはすぐに夕食と風呂の準備をしてくれ」

「ご夕食はお風呂の後でよろしいでしょうか?」

「ああ、それで頼むよ」

 

マリーと呼ばれた侍女は、ハベルにかしこまりました、とお辞儀をする。

カズラは、まだ少女と言っても差し支えない齢に少なからず驚きを見せ、奴隷制度がある国でもある事だし、年齢関係なく働かなければならないのだろう、と深く考えるのは止めた。

 

そして、カズキはマリーの名を聞いて、その容姿を見て 頭の奥底の所謂【記憶タンス】をどうにか頑張って抉じ開けた。色々とある筈なんだけれどなかなか思い出せないのは、やはりもどかしい。

それでもどうにか 朧げではあるが、彼女の事をゆっくりと思い出していく。

 

「(確か あのマリーって子は……ハベルさんの妹、だったかな? いや、だったはず。そんでもって、妹だけど 奴隷で………)」

 

マリーと言う少女は、ハベルとは母親が違う腹違いの妹。

侍女ではあるが、その実 奴隷でありハベル以外からは不遇に扱われていた。

 

……と色々と思い出すにつれて、カズキは こんな幼気な少女を、懸命に働いているであろう少女を邪険に扱うとは何事か! と知らず知らずの内に、何とか自然に見える様に、変な権限とか使って拗らせない様に、ごくごく自然に……助ける手助けをしよう! と内なる使命感? の炎を燃やした。

神様(笑)権限は、かなり絶大だが それ故に広範囲に影響を及ぼしてしまって、水面下でドロドロの無用な戦いを生んでしまうのは目に見えている。それは正直良い想いはしないので、正体については 限られた人数にしか判らない様にしてもらいたい、と思いなおすのだった。………イステリア側もそれは重々承知であるだろう、とは思うが。

 

そして ハベルはハベルで色々と画策し、動いている。

カズキやカズラの考えている事が判る筈はないが、知らず知らずのうちにカズキとは利害が一致する間柄となり、ハベルは知る由もない事だが、当初から考えていた事以上。これ以上ない程の幸運が舞い込んでくる事になるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そして、案内された客間も勿論とても豪勢。

 

「こちらのお部屋はご自由にお使いください。お風呂の仕度が出来次第、別の者がお迎えに参ります」

 

ハベルは一礼すると、部屋を出ていった。

 

このとても豪勢な部屋。壁にはろうそくが立て掛けられていて、緩やかな灯りは優しい空間を演出している様だ。

部屋の中心位置には 明らかに上質であろう木材で作られた丸テーブル。瑞瑞しい果物がいくつか乗せられた木皿、そして果物ナイフ。

 

それらを見て 思わず挙動不審になってしまっているのはバレッタとバリン。

カズキとカズラ以外は別に~ と言う流れでも不思議ではないのに、と言うより、他の宿屋で、と言われた方が当たり前である、と。

 

「……私たちまでこんな部屋に案内してもらえるんなんて……」

「きっと、今のうちに私たちに良い印象を与えておこう、っていう腹積もりでしょうね。後々のための布石、ってヤツかな?」

「それはあるでしょうね。ああー、そもそも 私自身が正体バラした時点で判ってたことなんですけど、私たちが望めば何でもします! 何でもおっしゃってください!! みたいな感じで接してくるのは勘弁でしたので、これくらいはまだ……。……そういうの(・・・・・)は しなくていい、と命令(おねがい)してるので大丈夫だとは思うんですが。特にアイザックさんは……ね」

「あはは………、アイザックさんは根がスゴク真面目な人だから仕方ないって……」

「デスヨネ。でも、ハベルさんはアイザックさん程極端じゃなくてある意味助かってます」

 

カズラやカズキは楽しそうに話をしているが、バレッタは何ともすっきりしない表情だった。

自分達には不都合はない、と判っていても、自分達をダシに使われているのはバレッタとて判るからだ。そこからカズキやカズラの厚意を引き出そうとしている………、当然ながら良い気はしない。

 

その表情に気付いたカズラは、カズキとの話をとりあえず切り上げてバレッタの方を向いた。

 

「そんな顔しなくても大丈夫ですよ、バレッタさん。今の所、私たちに不利益になる要素はないと思いますし、このまま程よい関係を築いていけば私としても好都合です」

「そうですそうです。あまり肩に力を入れずに適度に抜いて。何かアレば、私が神罰! ってやりますので、任せてください」

 

カラカラ、と笑うカズラとカズキ。

カズキに至っては、指先で光を灯して部屋を照らし出した。

蝋燭の火の光は、こうなってしまったら何とも脆弱だなぁ……と感じてしまう。

窓がもしも開けられていたら、この部屋の外にまでカズキの光が漏れてちょっとした騒動になってしまいそうだ。

その辺はしっかりとわきまえているので、カズキはニコニコ笑いながら、光を身体の奥へと引っ込める。

 

「しっかり働きますよ! 任せてくださいね」

「いえいえ、カズキさんにはもう既にとても助けられてます。ね? お父さん」

「そうですとも!! カズキ様と共に飲める酒、今からでも楽しみですなぁ」

「あははは」

「あははは、こりゃ、速めに買っとかないとだな」

 

 

 

暫く談笑した後、カズラたちは、今後領主との面会の口裏合わせに入っていった。

現時点で4人は一緒に居る。なので、面会の際は別々に~となるとは思えないし、超常的な力を持つカズキの前に、そんな不敬とも取られかねない事は決してしないだろう。アイザックは命を賭して、領主を説得する筈だ。……それに、カズキが力を見せる、と承諾しているので、その辺りは間違いなく大丈夫だろう。

 

なので、基本的な会話の流れをチェック。何があっても大丈夫……とカズキは頑張ってくれると言ってくれているが、過信は良くない、とカズラは思っているのだ。

絶対無敵!な光の力は判るが、それを持つのはカズキ1人だけ。………悪い方には考えたくはないが、用心に越したことはないから。

 

 

「バレッタさんとバリンさんは、領主の質問に正直に答えてもらってもかまいません。ただし、私のもってきた食べ物を食べたあと、村の人たちが力持ちになった、と言うことは伏せておいて欲しいのです」

「「判りました」」

 

カズラの言葉に2人とも頷いた。

色々と聞いているが、飲むだけで体力全回復、病気も快復、……そんな某ゲームの《エ〇クサー》や《ばんのう〇く》とも取られかねない物が存在したら、それだけで大騒ぎだ。こちらも証明する事は決して難しい事じゃないので相手を納得させるのも簡単にできる。

 

つまり、カズラは自分の持っている いわば有効で強力なカードは伏せておこう、と言うスタンスなのである。

 

「私は、村にいた期間が短いので、その辺りは自分で説明します。それで良いですかね?」

「うん。そっちに関しては 説明は一緒にするつもりだけど、裏を合わせる様に言ってくれればOKかな」

「それじゃ、それで」

 

カズキの力の話も実演が超簡単なので、領主がどんな反応を見せるか……、ちょっぴり今からでも楽しみだったりする。

 

そして、他に何か話したらまずいことはないかどうか、を話し合っていると、部屋の扉がコンコン、とノックされた。

 

「どうぞ」

「失礼致します」

 

カズラが返事をすると、マリーが部屋へと入ってきた。

 

「お風呂の用意が出来ましたので、お迎えに参りました。最初にカズキ様にご入浴していただければ、と思うのですが……」

「わかりました」

 

復興に関しては カズラがどちらかと言えばメイン。グリセア村を助けたのもカズラ。なので、一番風呂? はカズラが一番良い流れ……、な気がするのだが、カズキに白羽の矢が当たった。……この辺りは、ハベルも相当苦慮したのだろうと言う事が判る。

カズキとカズラの違いは、直接的な力を示して見せた所に尽きるだろう。

後は、カズキとカズラの雰囲気を鑑みていても、良き友人の間柄である事は判るので、……きっと、きっと大丈夫な筈、だと。

 

 

そんな感じな事があったんだろうなぁ、と思い浮かべながら、カズキはカズラを見た。大丈夫ですよね? と一応ながら確認の視線である。

当然カズラは何も問題ない、と首を縦に。順番にこだわりがある訳でもないし、寧ろ 正直他の人から見るなら兎も角、カズラ自身はただの人間の枠だから、寧ろカズキからで正解! と思ったりしたり。

 

 

 

そして、マリーに連れられてこれまた豪華な大浴場に。

 

「ふわぁ……」

 

思わず息をのむ。映画の世界に入ってきた、と言うのは仮想世界が実現している自分の居た時代の日本ではふつうにあったのだが、これはまた何と言えば良いのか……、云わば()が違った。

単純に言葉にするなら、圧倒的な情報量の差。仮想世界とは言っても現実世界に追いついていない部分は当然ながらある。五感を実現したと言ってもしきれていない面は当然ある。

此処にはそういった不足部分は全くないのだ。

 

色々ときょろきょろ、と見渡してる間に、マリーがいつの間にか自分と正面に立っていて。

 

「それでは、お召し物を脱がさせていただきます」

 

まさかの脱衣プレイ?になってしまったのである。

この浴場の風景ばかりに目を取られてしまったが、それ以外にもマリーの背後で良い笑顔な筋骨隆々なスキンヘッドの男も居た。……何やらピンセットやら小ぶりな鎌やら持っている男。

 

普通ならかなりの恐怖を覚えるが、生憎 こちとら光人間。鎌の一撃なんか貫通するし、無傷。大きな獣の大きな爪と牙もするっ、とすり抜けた身体だ。

 

どっからでもかかって来い! 的な感覚に一瞬なったのだが、直ぐに現実へと引き戻される。

 

「失礼いたします」

 

マリーがその間着々とお召し物を脱がせてくださっていて、その手はとうとう男の子の秘部を隠している頼りない一枚の布にまで到達していたのだ。

瞬時に全神経を集中させて、体感時間を時を止める勢いで超圧縮。それでいてあまり強く拒絶はしたくないので、マリーの頭に軽くぽんっ、と手を置いて何度か鋤いてやる様に撫でながら言った。

 

「あ、ありがとう。それは自分で脱ぐから」

 

何とか余裕のある声で言えたのは及第点。

噛まなかったら合格点だったが、ぜいたくは言えない。

 

マリーは撫でられたのを判っておらず一瞬きょとん、としたが、頭を撫でている、と実感した直ぐ後に、顔を赤くして ばっ、と頭を下げた。

 

「し、失礼いたしました!」

 

まさか、撫でられるとは思ってもみなかったのだろう。……マリーはこの家では ハベル以外異性からの優しさにはあまり慣れていなかったりするのだ。特に……ある人物からの扱いが心に刻みつけられていて……。

 

「えっと、マリーちゃん、かな」

「あ、は、はい! 申し訳ありません。着替えはご入浴中に用意しておきますので!」

「あはは……、そんな慌てなくても大丈夫だよ。……(寧ろ、半裸を見られてるオレの方がキャー! な気分だし)」

 

初対面、それも女の子の頭を気軽に撫でたりするようなキャラではない、と自負しているカズキだが、マリーの事はしっかり思い出せているので、その辺は強引に行ってみた。

これも、光なパワーのお陰である(こじつけ)。

 

「色々とありがとう。それと、……頑張ってね。大丈夫だから(・・・・・・)

 

にこっ、と微笑み返すカズキ。

また、一瞬マリーはきょとん、とした。

 

ついさっきまで何か粗相をしてしまった!? とも考えてしまったりして、かなり慌てていたのだが、不思議とその笑顔と言葉を聞いて 何だか気持ちが落ち着いていくのを感じる。物凄く優しそうな、優しい笑顔だったから。

 

 

 

マリーは、気を取り直す事が出来ていて、もう一度きちっとお辞儀をして、退出となった。

 

 

 

マリーには笑顔で最高の返しにはなったのだが、忘れかけていたスキンヘッドのマッチョマンには引きつった笑顔でお断りを入れた。

 

彼はなんでも脱毛師のような仕事をしている様だ。

 

やる気満々、それもマリーとのやり取りから優しい御仁である事は判っているので、爽やかに決めてくれたのだが、断られてしまって心底落胆。

 

ロリコン疑惑でもこのハベル邸で生まれてないよね? と変な心配をしつつ、カズキは風呂を出た。

 

 

 

 

 

カズキは 部屋に戻った後、次に行くカズラにネタバレをする事なく、色々と頑張って! とだけ言い 笑顔でエールを送るのだった。

 



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6話 領主との面会

「―――すごい食事でしたなぁ」

「おなかいっぱいです……!」

 

ハベルがご馳走してくれた夕食は、本当に豪勢なモノだった。

色とりどりであり、見た目でも楽しめる何とも鮮やかな食卓。当たり前だが殆ど初めて食べる食事。

でも、味は似通っている物が多いので、全く未知の触感だったり味覚だったりはしないので

【日本だったらこの料理だろうな】

と別な意味でも楽しめる食卓だった。

 

……が、その食後だ。カズラが違和感を感じられたのは。

 

「確かに凄い料理でしたね。まさか、帰ってきて直ぐにあんな豪華な料理を出してもらえるとは……って、あれ? カズラさん? ……大丈夫ですか?」

 

直ぐ横でせわしなく腹部を摩り続けるカズラを見て驚いているカズキ。何か食事に当たったのだろうか? と心配した。

横で座っていたバレッタも同じで、直ぐにカズラの元へ。

 

「だ、大丈夫ですか!?」

「…… おなかの調子が、ちょっと………」

「え!! だ、大丈夫ですか!? 痛いんですか!?」

「カズラさん! 持ち物に正露丸とか整腸剤的な内服薬あります? 無ければ一度戻ってみます。オレなら直ぐにグリセア村にまで行けますので!」

 

光に成れるカズキは、まだ試した事はないがその気になれば、某猿の様に光の速度……とまではいかないかもしれないが、かなりの高速で移動する事が出来るだろう。今は外はまだ真っ暗なので注意しなければならないが、基本的に夜間外出をしている者は居ないので、その辺は誤魔化せそうだ。

 

ただ、カズラの屋敷から日本へと戻れたとして……、ジェネレーションギャップがある可能性もあるが、大体判るので大丈夫だ。……だが、それ以上に厄介な事がある。

それは金銭面の問題。

……当然カズキは文無しなので、そこはカズラに頼むほかない。

 

「あ、いや 大丈夫。……違う。お腹が空いて……目が回りそう、なんです……」

「え? あ、あれだけの量で……って、(……あっ! 思い出した……)」

「お腹がすい……え?」

 

バレッタとバリンは心配そうにカズラを見ていて、カズキはカズラの身に起きた事を把握した。 持ち物バックの中をガサゴソ、と漁って 中から缶詰を数種類。主にフルーツ系を取り出してカズラに渡す。

 

「多分、こちらの世界のモノと私たちの世界のモノとでは、勝手が違うんだと思います。食べてみて下さい」

「あ、ああ…… そのつも……っ!!」

 

立ち上がって受け取ろうとしたその時だ。足に力が入らず、思わず倒れそうになるのをどうにかバレッタが隣で支えた。

 

「す、すみません…… なんか、ふらついて……」

「カズラさん!!」

「カズラさん!! 無理に立たなくて大丈夫です! 兎も角、何かお腹に入れ直してください! 向こうの食糧を!」

 

カシュっ! とカズキは勢いよく缶詰を開いてカズラへと渡した。

カズラの状態、手が震えていて、明らかに力が入ってない様子。脱力感にも見舞われている事だろう。つまり、低血糖症の症状。

勿論、原因が別にある可能性も決して否定は出来ないが、どうにか思い出す事が出来たカズキにとって、その可能性が限りなく高いのだと自信はあった。もしも、それで駄目なら、ハベルやアイザックたちには悪いが、どうにかして一度日本へ帰って救急車を呼んでもらわないといけないが。

 

色々と心配をしていたが、カズラも自分の今の症状が以前かかった事があるのを思い出して、手渡された缶詰の中身を勢いよくかき込んだ。

 

 

「あ、ありがとうカズキさん。もう大丈夫……これ、低血糖症っぽい」

 

顔色が良くなっていくカズラを見て、カズキはほっと胸を撫でおろした。

どうやら、自分の記憶違いでは無かった、と。

 

「はぁ…… 本当に良かったです。カズラさん。……えっと、前に勉強しました。血糖値が極端に下がると手の震えや脱力感に見舞われる……って」

 

バレッタも以前、カズラと一緒に勉強していた内容を思い返しながら、原因系を口にしていた。スラスラ~と口から出てくるバレッタを見てやっぱり凄い人だな、と改めて感心していた時、バレッタと目があう。

 

「カズキさんは凄いです。カズラさんを一目見ただけで直ぐに気付くなんて…!」

 

ぱぁ、と花開く様に笑顔になった。

カズラの調子が悪くなった時は顔が真っ青になって気が気じゃない様子だったが、今は心底安堵してその反動が顔に現れているのだろう。カズキは僅かに照れ笑いを浮かべた。

 

「あはは。私にも似た様な経験がありますからね。それにしても大事なくて本当に良かったです。カズラさん」

「うん。ほんとありがとう。……でも、おかしいよこれ。だって本来これは空腹時になる症状な筈だし……」

 

カズラは、頬杖をついて考え始めた。

 

色々と仮説を考えてみると、この世界の食糧にはほとんど栄養素が含まれていないのでは? と言う事で纏まりつつあった。

それなら説明がつく現象が沢山あるからだ。

 

衰弱しきっていた村人達を持ち直したのが日本から持ち込んだ食糧。

無論、飢餓に苦しんでいる所に食料を持ち込んだのだから、当然持ち直すだろう、と思うかもしれないが、そんな単純ではない。村人達の回復力が尋常ではないのだ。

以前、日本から持ち込んだ肥料を使って作物を育てようとした所、あっと言う間に育ってしまった。一晩でだ。ジャックと豆の木の童話宜しく(流石に大きさに関しては大袈裟だが)、巨大化までしてしまった。

裏を返せば、この世界の人間は超低燃費で暮らしていると言う事になる。栄養素0でも生命維持が可能であり、普通に生活している。……日本の常識を遥かに超えた究極生命体と言えるだろう。

 

勿論、様々な検証をしてみないと裏付けが取れないので、今は仮説に過ぎないが……。

 

 

その後、バレッタが再び心配して声を掛けるまで、カズラは考察を続けていたのだった。

 

 

「カズキさんは問題ないのですか……?」

 

バレッタは、カズラが問題なく回復したのを見届けた後に、カズキの方を見て聞いた。

カズラとカズキの食事の量は殆ど同じだ。こちら側の世界に来て日も浅い事もあり、色々と興味津々気味に、手を伸ばしては味を見ていたので、ややカズラより多い程度。

でも、カズキはカズラの様な症状は出ていなかった。寧ろ、カズラの様子に気付く程だから、全くをもって問題ないようだ。

 

「そう、なんですよね。私は何ともないみたいなんです」

 

カズキは、手をグッ、パっ、と何度か開いては握り締め、を繰り返して力の入り具合を確認していた。末梢神経障害みたいなのは起こっていない。寧ろ、イステリアに来た時からテンションが上がっているその余韻がまだ消えていないくらいだった。

 

カズラも心配気味にカズキを見ていた。そして、バレッタやバリンに至っても、先ほどのカズラの様子を見たばかりだったので、大丈夫、と言っても心配は拭えない様子だったのだが、カズキは、カラカラと笑いながら答える。

 

 

「まぁ、私はこんな身体ですし? 大丈夫なんじゃないでしょうか」

 

指先をぴかっ! と目が眩まない程度に光らせて、光の筋を作り、壁を照らしながら遊んでいる。笑顔で遊ぶ様子を見た3人は、とりあえず本当に大丈夫なのだろう、と言う事で安心するのだった。

 

カズラも、カズキに関しては同じ日本人である事は間違いないと思っているから、同じ様な低血糖症が出てもおかしくない、寧ろ出る可能性の方が高い、と踏んでいたのだが、元居た時代が違う……と言うより此処へ来た手段が根本的に違うので、本質的な違いの検証の仕様がない。そもそも、カズキの身体の構造こそが調べようがない事でもあった。

 

なので、万が一何かあった時の為だけ注意しよう、とお互いに言い合って終わりにした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

某日某時刻。

イステリアの領主ナルソンの元に、耳を疑うような報告が入ってきた。

報告者の名はアイザック。つい数日前に グリセア村の調査に派遣した相手であり、普段からよく知る者なので、信頼性は間違いなくある……のだが、流石にこの報告を即座に信じる事は出来ない。耳を疑う他無いのだ。

 

「……アイザックよ。もう一度言ってくれ。いったい誰が現れたって?」

 

アイザックが来る前までは執務室にて手元にある書類を一瞥していたのだが……、思わずそれらを落としそうになったので、机の上に片付けて改めてアイザックの顔を見た。

アイザックは、全く変わりなく、いつもの真面目さを更に向上させたかの様な視線と姿勢で再度報告。

 

「はい! グレイシオール様とメルエム様がグリセア村に現れました」

 

物怖じせず、あっさりと言ってのけたアイザック。

自身の耳を疑う余地も無い答えが返ってきたのを確認できたのは良いが、一体何を口に出せば良いかナルソンは迷い、その間が静寂の時となって場に漂う。動いているのは蝋燭の火とその火に照らされている2人の影のみだ。

 

 

漸くいつもより重く感じる口を開けたのはナルソン。

 

「あー……、その、なんだ。まずはグレイシオール様の件だが、言い伝えに出てくる【慈悲と豊穣の神】の事か?」

「そうです。村の水路に水が流れていたことも、飢餓によって村が壊滅しなかった事も、すべてはグレイシオール様がグリセア村に救いの手を差し伸べて下さったことによるものでした。メルエム様はそのグレイシオール様のお供をしている、と」

「にわかには信じがたい……が、その、なんだ。もう一つ聞きたかったのはそのメルエム様、についてだ。元々【メルエム】と言う言語は 全ての【光】を象徴する、その総意だった筈。……知る限りではあるが、名では無かった筈だが?」

 

眉を再び寄せるナルソン。

まだまだ耳を疑う内容が続いてはいたのだが、現象の前にまず素朴な疑問をアイザックに投げかけていた。

ナルソンが言う様に、【メルエム】と言うのは 光 の意味。

それはこの世に存在するもの全て。夜に瞬く星々の光から、夜の街を照らす灯の光までありとあらゆる光を総称して【メルエム】と呼ぶのだ。

神話の伝承にもナルソンが知る限りでは、メルエムと言う名の神々は存在していない筈であり、グレイシオールの伝説にも出てきていない筈だった。

 

この時、今まで間髪入れずに返答してきたアイザックだったが、初めて口を噤んだ。

 

どう説明すべきか、それ等を考えて居ただけで特に深い意味は無かったのだが、ナルソンにとっては アイザックの実直な性格を考えると珍しい部類に入る。故にその沈黙にも何か裏があるのではないか、と疑心暗鬼だったが、それらを考えている間にアイザックは口を開いた。

 

「メルエム様は、【我々の住む世界には 自身の名は伝わっていない】とおっしゃっておりました。……そして、私たちが呼ぶ神の名は【メルエム】と称しなさい、と」

「アイザック。それをそのまま従っただけだ、……と?」

 

ナルソンの視線が更に鋭くなる。

子供の絵空事では無いのだ。いきなり光と称するメルエムを名乗り、且つ何の疑いも無くそう呼称するアイザックの真意を知る為に。

 

アイザックは、その視線を決して逸らせる事無く、そして何より淀みなく答えた。

 

「メルエム様に関しましては、今私の口からナルソン様に伝えるより、……実際にメルエム様とお会いになればわかります。……断言、出来ます」

「……おまえ自身がメルエム(・・・・)様を見た、と。そして信じるに至った、と」

「はい。……私はお会いし、そして数々の無礼を、とんでもない不敬を働いてしまいました。メルエム様にもグレイシオール様にも。お二方は赦すと言ってくださいましたが、悔やんでも悔やみきれません………」

 

アイザックは悲しげに表情を曇らせると視線を落とした。

対するナルソンは、まだまだ訝しむ視線を崩してはいない。

 

そして、少し間を開けて、アイザックは再び視線を戻し、歪んだ表情を引き締めなおすと一番大切なことを伝えた。

 

「ナルソン様。明日の朝一番で、会っていただきたい方々がいます」

 

訝しむ視線を向けていたナルソンだった。アイザックの言葉を疑いつつも一言一句頭に入れていた矢先のアイザックの言う会ってもらいたい相手。

この話の流れを考えたら……、いや、考えるまでも無く判る。今度は表情こそは殆ど変わっていなかったナルソンの表情が変わった。

 

「……おい、まさかとは思うが―――」

「私がお会いした神々……、グレイシオール様とメルエム様です」

「! 冗談の類――――ではないのだな」

 

決して目を逸らさないアイザック。

その視線はあまりにも真剣そのものだ。疑心暗鬼、そして現実感も沸かない話ではある、が アイザックの言っている事が真実だとすると、事は大事である。真実であるからこそ、この実直で真面目なアイザックが此処まで心酔するに至った……と裏付けも取れるが……。

 

「だがしかし、今から向かうのでは間に合わないだろう。このイステリアへと来ていると言うのなら話は別だが……っ! おい、まさか……!」

「はい。お2人は現在ルーソン家の屋敷に滞在していただいております。本来ならば私の家にご案内すべきだったのですが、何分極秘のうちに行動せねばならなかったので……現時点でグレイシオール様、メルエム様の存在を知っているのは、私と副長のハベル、そして部下2名、グリセア村の住民のみです。部下の2人には他言しないよう厳命してあります」

 

淀みなく伝えられる神との謁見。

最早冗談―――とは露とも思っていないが、それでもここにきて漸くナルソンは 何やらとんでもない事態が起こっている、と言う実感がわいてきていた。

神が現世に姿を現す、と言う言い伝え以外では前例のない事件だ。

これ以上ない程に、慎重を期する必要があるだろう。

 

そして、もう1つの可能性。

 

そのグレイシオールとメルエムが偽物である可能性だ。

アイザックの事は信頼し、信用もしている。その人柄も判っている。……そのアイザックをやり込めた、と言うのならとんでもない極悪人と言う事になるのだ。神の名を語る、と言う事も既にそうではあるが。

 

故に、その2人の神が本物であるかどうかもしっかりと見極めなければならないだろう。

 

ナルソンはそう決意すると、アイザックに言う。

 

「よし、ならば朝一番に時間を取ろう。……それで、グレイシオール様とメルエム様は、私に会って何を話したいと申しておられるのだ?」

 

グレイシオールとメルエムに会うと言う返事に、ほっと安心し、僅かに力を抜いたアイザックだったが、直ぐに気を引き締めなおした。まだ伝えきっていない重大な事だからだ。この国を、未来を左右する。

 

「はい。飢餓に苦しむ我々を支援してくださると申しておられます。先ほど話した道具の作り方、作物の増産方法……それらを教えて下さるとか。ほかにもなにか目を付けば助言いただけると」

「それはありがたい話だが―――」

 

そこまで聴けば、本当に気前のいい話と感謝する……ではなく、不信感が拭えない。

 

ナルソンの顔を見て、アイザックは信じられないのも無理はない、と内心苦笑いをしていた。

 

だが、今報告すべき全ての事を伝えた。そして会う約束も取り付けた。

ならば、もうアイザックが言うのはただ1つだ。

 

 

「ナルソン様。本物です。お会いすればわかります。グレイシオール様とメルエム様。……メルエム様は」

「……そうだな」

 

 

自信満々、と言った風にアイザックにナルソンは尚も質問しようと思ったが、明日になると解る、と言うアイザックの意見に同意してそれ以上の追及はやめにした。

本物だと信じ切っているが故に……、悪い言い方をすれば、洗脳の類でもされているのであれば、アイザックの口から出るのは、最早肯定の言葉しかないだろう。

 

そして、会う約束をした以上。……最終的には自分自身の判断に委ねられているのだ。

自分達が見た事もない道具や知識は勿論確認させてもらうが、アイザックが特に会うのを推奨している様子のメルエムについては未知数なので、より気を引き締めなおさなければならない、とナルソンは考えていた。

 

「それでは、私はハベルに明日の面会時間を伝えに行ってまいります」

 

アイザックはそう言って頭を下げると、足早に執務室を出ていった。

 

そしてその数秒後―――今度は執務室にナルソンの後妻 ジルコニアが入ってきた。

 

「差し入れ持ってきたんだけど、何かあったの? アイザックが部屋を出るなり走っていったみたいだけど」

 

はて? と首を傾げるジルコニア。ナルソンの館で走る、などとアイザックにしては珍しい行動だ。慌てていたとしても、あそこまでわき目も振らずに走っていくのは余程の事がないと考えにくい。

 

「ああ。実は今―――」

 

ジルコニアにナルソンが説明をしようとした時、ふと1つの手を考えた。

それは、メルエムではなく、まずグレイシオールだと証明できるかどうか、こちら側から仕掛ける事が出来る手。

 

「ジル。……確か、北西にある山岳地帯の出身だったな?」

「ええ。もう誰も住んでないけどね。それがどうかしたの?」

「ひとつ……協力してもらいたい事がある」

「?」

 

色々と判らない事が多い、と言わんばかりの表情をしているジルコニアにナルソンは先ほどアイザックと話した内容と自分の思いついた内容を合わせて、説明を始めるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

翌朝。

 

ハベル邸にて朝食を済ませた後、ハベルと共に馬車にて領主の館へと向かっていた。

 

少なからず、人通りを楽しみにしていたカズキだったが……、流石に朝の7時だと言う事や、ここは貴族街。高級住宅街沿いの大通りは閑散としていて、すれ違う人は殆ど居なかった。なので、夜の時には見られない昼の風景を馬車から楽しんでいた。

 

そしてカズラは、陽気なカズキを見て 色々と凄いな……と半ば感心する。もしも――カズキの様な力を自分が持っていたとしたら、あんな風になれるのだろうか? と考えたが、難しい気がしてならない。……いや、強大な力を持ってしまったら、その力を利用して――――とかそっち方面に行ってしまう、と言うのが一番あり得そうな内容なんだけれど、そんな気配は毛ほども感じさせないし、しない、と言っているカズキはやっぱり凄い、と。

結局結論するとカズラの中で、何度も何度も【凄い】と言う単語が踊っていた。

 

バレッタとバリンは、ただただ緊張し、身体を固くさせていたのだった。

 

 

その後――検問の様な所を通り抜け、アイザックとも合流し、領主邸の入り口、と言うより要塞、駐屯地を思わせる門をくぐり……そして居住区へと足を踏み入れた。

 

進んでいって、軈て大きな扉の前に立つ。

アイザックは扉の前にて足を止めて、ノックをした。

 

「ナルソン様、アイザックです。昨夜、お話しした方々をお連れいたしました」

 

アイザックがそういうと、直ぐに扉が開いた。

 

領主ナルソンとの対面である。

 

 

「ナルソン様、こちらの方が、カズラ様、カズキ様です。後ろの2人はグリセア村のバリンさんとそのご子女のバレッタさんです」

 

ここで、まずはカズラが一歩前に出て頭を下げた。

 

「お初にお目に掛かります。カズラと申します」

「私はカズキと申します」

 

続いてカズキも頭を下げる。

 

これらは、それとなく事前に打ち合わせをしていた。

神に対して先に名乗らせたり、頭を下げての挨拶みたいなのは……とアイザックは止めようとしたのだが、カズキが笑顔で【郷に入っては郷に従え】と言うことわざを使ってアイザックを説得(勿論意味も教えた)と言う変な形になって話はまとまった。

カズラに関しては、会社員時代の挨拶が身に染みているので、極めて自然な流れだ。神非ざる~と、アイザックの様に一瞬考えたが、カズキの郷に入っては~の件で、幾らでも言いようがある、と言うワケでこの形となったのである。

 

 

それを聞いたナルソンは同じくごく自然な流れで答える様に頭を下げていった。

 

「グレイシオール様、メルエム様。我が屋敷までご足労いただきありがとうございます。私はこの領地を治めている領主のナルソン=イステールと申します。アルカディア陸軍イステリア方面第1軍団長も兼任しております。以後、宜しくお願い致します」

 

何処か仄かに微笑みも浮かべ、深く頭を下げるナルソン。

グリセア村に伝わる領主の話とはやっぱりかけ離れてるな、と改めて思うのはカズキだ。

 

そんな時だ。

 

「「っ!!? ナルソン様!?」」

 

突如、アイザックとハベルがなぜか驚いた様に声を上げた。最初は領主が頭を下げた事に~と考えられたが、それを言うなら神であるカズラやカズキが頭を下げた事の方が驚き度は高い筈だ。

 

カズラは頭に幾つも【???】を浮かべていると、アイザック達の事は気にせず、横にいたジルコニアが続けて頭を下げた。

 

「私はナルソンの妻のジルコニアと申します。アルカディア陸軍イステリア方面第2軍団長を務めています。この度は、グレイシオール様、メルエム様がイステール領に支援を行ってくださると言うことで、本当に感謝しております。もし、よろしければ道具の作り方や農業だけではなく、軍備についても助言を頂ければと思うのですが………」

 

「「じ、ジルコニア様まで、一体何を!?」」

 

同じく、ジルコニアに対してもアイザックやハベルはテンパっていた。

此処までくると、何かがある―――と勘づくのは当然の事だ。アイザックやハベルは間違いなく自分達を信じている。……と言うより信じざるを得ない状況である。

方やナルソン側は違うだろう。如何に部下が説得をした、会う約束をした、とはいっても、いきなりカミサマがやってきた~はいそうですか、で済む筈もない。何か、何かをする筈なのだ。

 

「(えぇっと……、確か ここは…… えーっと………)」

 

カズキは頭の中で必死に記憶のタンスをこじ開けようと努力していた。生憎今回のこれは、妙に硬く、鍵も幾つも仕掛けられている様で、どう頑張っても開けれなかった(思い出せなかった)。ナルソンやジルコニアの事は判るのだが……。

 

でも、黙ったままなのは頂けないので、口を開く。

 

「道具や農業についての助言は出来ますが、軍備については何分管轄外なものでして、ご期待に沿うのは難しいかと思います」

 

カズラの淀みない返答に、今度はジルコニアとナルソンは少しだが、驚きの表情を作って顔を見合わせていた。

 

「先ずは、飢えに苦しむ民の皆さんから、ですね。軍部に関しましては、カズラさん同様、私も専門外で助言は難しいですが、幾分か力になれる事はあるかと思います」

 

カズキの返答に驚き以上に目を輝かせるのはジルコニアだった。

最初のカズラの返答で、――――色々と確信が持てた。

 

そして次。専門外、と言う言葉の先にある幾分かの力、である。軍部を預かるジルコニアにとって、……彼女にとって、その言葉が今回特に聞きたかった事だったかもしれないからだ。

 

カズラは、よく判らないテンションな4人の事より、カズキの返答に内心ちょっと冷や汗ものだった。

 

カズキとの打ち合わせの時、農業関係、慈悲と豊穣の神様だから、そちらの関係の話を中心に行われる筈なので、まさか軍について助言を求められるとは思ってもみなかった。

やんわりと断ったが、カズキはそうではなく、何かしら手を貸すと言ってしまった。……専門外である、と保険は入れているようだけれど、あまり軍関係に手出しをするのは好ましくないと考えていたのだ。ただ、そういう事を話したワケでもないので、信頼しよう、と結論付けた。

 

 

「「おお………!」」

 

 

まだテンパっていた2人は、何を感動したのか判らないが、声を上げていた。

 

 

「……では、早速要件を話したいのですがよろしいでしょうか」

「あ、はい。ではそちらのイスをお使いください」

 

 

そして、此処から始まる。

長く、険しい復興への道。イステール領土の救済へ。

 

 



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7話 私は光②

 

まず、ここイステリアでは……、否 アルカディア王国でグレイシオールの名は深く信仰されている。

あの御伽噺に対してもそうであり、グリセア村だけでなく 居る居ないは兎も角、その名は国中が知っていると言っても決して過言ではないだろう。

 

だから、もしも――その神が降臨したとなれば、イステリアどころではない。国中が歓喜するであろう事案となりうる。

 

だが――勿論全ては、そのグレイシオールが本物であればの話だ。

 

 

 

当然ながら、ナルソンやジルコニアは 不敬が無いように注意を払いつつカズラとカズキを見極める事に集中していた。

 

カズラたちもそれは当然見越している。と言うより事前に領主の出方についてはある程度の打ち合わせをしていたのだ。カズラが先か、カズキが先かも当然ながら。即座に信じさせるにはカズキが一番だろうが、カズラの方がグレイシオールである、と言う事なので一番重要度が高い。慈悲と豊穣の神で、現在のアルカディアで一番必要とされている神なのだから。

 

限りなくないとは思うが、カズキは信じられるが、カズラは信じられない、みたいな展開があるかもしれない。

 

故にカズラたちは、ナルソンたちに委ねる事にしたのだ。どちらから証明してもらうか、を。

 

 

そして、先だったのはカズラの方だった。

 

 

ナルソンは、アイザックから報告を受けていた 我々が見た事もないような道具を持っている、部分に着目し、拝見させてもらえないだろうか? と提言した。

 

カズラ自身も想定している事だったので、アイザックとハベルに荷物を持ってくる様に指示し、淀みない動きで準備を始める。

 

当然領主との謁見の場であり、危険物を持ち出す可能性もあるので、ナルソンの傍にいるジルコニアは特に手元に注視していた。武器の様なモノを持ち込んでいないかどうかを警戒していた。

 

 

結果―――その警戒は杞憂となった。

 

 

杞憂であるのと同時に、驚愕もする。

 

火も起こさず光りを放つ箱。

火起こし作業をせずに炎を発生させる小物。

 

他にも色々とあるが、アイザックの報告通り、どれもこれも全く見た事の無いものだった。

 

「なんと明るい! 精霊の力……では、その道具は雨の中でも使用は――」

 

ジルコニアがまず注目したのは、火を使わず、熱も発せず光るランタン。

それについて詳しく聞こうとした時だった。

 

 

「……ジル。それはもういい。普通に話せ(・・・・・)

 

 

ナルソンの突然の指示が飛ぶ。

 

カズラは言っている意味がいまいちわからず思わず首を傾げそうになったが、何とか堪えて2人の出方を見た。

ジルコニアは、はっ! として口を押えていた。 そして、申し訳なさそうに表情を落としながら、先ほどから感じていたアイザックやハベルたちの様子からくる違和感の正体について語り始めた。

 

「それもそうね。……試すような真似をして―――…… ご無礼を御許し下さい。カズラ様。カズキ様」

「??」

「試すような真似?」

 

言っている意味がまだ解らない。

だが、なるべくそれを表情には出さずに、自然に聞き返す。

そしてもうジルコニアには、最初にはややあった警戒心からくるであろう緊張の色は露と消えていた。

 

「お二方が偽者かもしれない……と言う疑念からグレイシオール様を信仰する複数の地域の言語を使ってお話をさせていただきましたが、全くの杞憂でしたわね。ナルソンの話した南方の島国の言語や、私の故郷の極めて特殊な方言にも顔色一つ変えず接して頂けまして……」

「―――!?」

 

 

此処で漸く意図に気付けた。

いや、今もある意味では気付けていないかもしれない、と言うのが正しい。

 

何故なら、カズラには…… いや、カズキにも普通に日本語を話している様にしか聞こえないからだ。

ジルコニアが言うのは いわば 仮にも神と名乗るなら この地域の複数の言語、方言に至るまで答えられて当然。答えられないのであれば本当に神なのか怪しい。と言う事だろう。判断材料としては決して強い手ではないとは思えるが、少なくとも信頼を得る事が出来たのは僥倖だと言えるだろう。

 

「……ほん〇くこんに〇くでも食べた気分ですね」

「あ、それ一番しっくりくる。……バレッタさん達を見ても判るけど」

 

カズキとカズラは互いに顔を見合わせつつ、最終的には苦笑い。

からかわれている様にも感じられたカズラだったが、バレッタやバリンの表情を見たら、そんなワケないと直ぐに判った。

バリンが特に嬉しそうに、それでいて誇らしそうな表情をしていたから。

 

それはそれとして、疑惑は完全に晴れた! とまではいかないかもしれないが、所謂神を試したも同然だったので、深い謝罪を口にするナルソン。

 

「……なにぶん、初めての事例で……。直ぐに信用できかったのです。……大変失礼な真似を、本当に申し訳ございません」

 

 

ナルソンの謝罪を合図に、ジルコニアも深々と腰を折って頭を下げた。

 

「あ、いえ、特に気にしてませんので、顔を上げてください」

「領地を任され、人の上に立つ者なら当然だと思います。毅然とした振る舞いに私は寧ろ感服していますよ」

 

カズラもカズキも問題ない、と言わんばかりに 謝罪を受け入れる。

ナルソンは、アイザックの気持ちがよく判った。事前の報告が無ければ、恐らく自分もアイザックと同じ対応を取る可能性が高いだろう。勿論、柔軟に対応する自信もあるにはあるが、こればかりは難しいとしか言えない。

 

 

 

 

 

 

 

「さて……」

 

此処で、カズキが声を上げた。

カズラの方を見て、カズラも頷き返す。続いて、今度はバレッタやバリンの方を確認。2人も判りました、と言った様に頭を下げた。

 

「カズラさんがグレイシオールである、と言う事は信じて頂けたようですので、………次は、私、ですね」

 

できる範囲ではあるが、極めて柔らかく微笑みを浮かべるカズキ。

慈愛の~ 的なイメージを精一杯その顔に出そうとしていた。これから、自分自身を証明した後にも、安心してもらえる様に。―――なるべく、怖がられない様に。

 

上手く出来たかは正直不明ではあるが、ナルソンをはじめ、ジルコニアの身体もぴくっ、と動いたので 色々とカズキ自身の事をアイザックに聞いているんだろう、と思えた。

 

 

 

―――否、打ち合わせ通りであれば、聞いていない(・・・・・・)と言った方が正しい。

 

 

 

でも、一応確認を取る。

 

「アイザックさん達には、私の事は聞きましたか?」

 

カズキの言葉を聞いて、反射的に背筋を伸ばし直すのはアイザックとハベル。

ナルソンは、一呼吸置いた後に答えた。

 

「はい。アイザックからは、我々がカズキ様に、……メルエム様に会えば判る、とだけお聞きしています。グレイシオール様の伝承は伝え聞かされておりますが、メルエム様の伝承は残っていない為、我々としても、何をどう証明して頂けるのか、全く想像がつかないのが現状ですな」

 

カズラの道具や、何より2人が眉一つ変えることなく、言語関係を看破した所を見て、それだけでも十分驚愕に値する事なのだが、アイザックにはそれ以上の何かを感じた。

 

見ただけで神である、と判るような証明とは一体何なのか、と疑問が、そして今は好奇心も募っていく。

 

「私からそう説明を、と実は言っていたのです。なのでアイザックさん達に非は全くありませんので、その辺りはどうかご了承願えますか?」

 

カズキがそういうと、後ろにいたアイザックは涙目になった。

気にかけてくれた事が兎に角嬉しかったのだろう。……不敬をしてしまった負い目が未だに根強く彼の中にはあるから。

 

ナルソンに関しても、その辺りは全くと言っていい程気にしていなかった。今回の内容を考えたら、些細な話だからだ。

カズキは、ナルソンが頷いたのを確認した後、続けた。

 

 

 

私自身(メルエム)を証明する、と言うのはとても簡単なことです。お2人も、この後 恐らくは納得して頂けるかと思います。……ああ、そうだ。証明するに当たって、ナルソンさんに1つだけ お願いごとがあるのですが、良いでしょうか?」

 

 

 

カズキからの問いに姿勢を今一度正しつつ、はい、と頷くナルソン。

如何ともしがたい只ならぬ気配を、その身で感じたかの様に 気が引き締まる思いだった。そして、それはジルコニアも同様だ。

 

謝罪の後は、カズラの道具に意識がいっていた筈、なのだが、今はカズキに釘付けだと言っていいから。

 

了解を得たのを確認したカズキは、再び微笑みを浮かべて言った。

 

「この部屋の灯りを―――消して貰えればより判るかと思います。……あ、勿論カズラさんの照明き……、光の精霊のランタンは最大の光を放つ状態で灯しておきますので、完全に暗闇にしてください、とは言いませんよ。今より少し、この中を暗くしてもらいたいだけです。 ――より、(メルエム)を判ってもらえる様に」

「判りました。アイザック」

「はッ!」

 

アイザックは速足で、夫々の蝋燭に灯されている火を消して回った。

この部屋には通気口はあっても日をさすような窓はない。蝋燭の火を完全に消してしまえばほぼ暗闇になってしまうだろう。

 

もしも―――カズラの前に、カズキが闇にしてくれ、と言った要望を出そうものなら、文字通り闇討ちされる危険性を考慮して、渋るかもしれなかったが、今はそんな事はしなかった。

 

アイザックは、1つ、また1つと火の灯を消していき―――やがて、木のテーブルの上に置かれている2つのランタンの灯のみの光となって辺りが闇になった。

 

「ありがとうございます。……では」

 

 

 

どくんっ……。

 

 

誰かの心音が聞こえた? 

否、違う。ナルソンとジルコニアは夫々心臓が高鳴ったのだ。何をするのかは判らない。……だが、突如やって来た肌がピリ付くこの感覚は、何かが間違いなく起こるであろう事を物語っていたのだ。

戦場でも、この感覚は大いに役立ってくれた歴戦の兵の勘……とでもいうべき感覚。

 

だが、今回のこれは過去最大級。

―――過去のどの感覚とも比較できない、比べようもない程の何かを感じられた。

 

 

そして、期待を裏切らない程の事が……否、想像を遥かに超える様な事が起きた。

 

 

「「!!!!」」

 

 

カズキが両手をグッ、と握ったかと思えば、その手に光が出てきた。

先ほどのカズラの持ってきた道具、精霊の道具を用いているのでは? と一瞬ナルソンやジルコニアは思っていたが、直ぐにそれは違う事に気付く。

 

なんてことはない。手、そのものが光っているのだから。手自体が光の発光体となっているのだから。

 

仄かな光だったが、目が眩まない程度に徐々にその光度を上げていった。両手が光でその掌の形が見えなくなった所でカズキは立ち上がる。

両手を前に、差し出す様に伸ばすと、まだ手周辺に留まっていた筈の光が、道筋の様になって伸び―――部屋の壁にまで到達した。その光は反射を繰り返し、軈て……先ほどまで蝋燭の火で灯りをつけていたが、そんな灯りは必要ない程 部屋中を光で満たした。

 

恐らくはナルソン達に配慮しているのだろう。目が眩むような事は一切なかった。

 

 

「ごらんの通りです。――私は、()に成る事が出来ます。無論、この程度であれば、まだイカサマ、手品の類ではないか? と疑問に思う事でしょう。先ほどの光の精霊のランタンを用いたものではないか? と」

 

ナルソン達は、そんな事最早頭の片隅にも無い。人体そのものが信じられない程光を放った時点で、人間業ではない事は直ぐに判った。

目の前に神を見た――と言うアイザックの言葉の真意が此処へ来て更に1段階増して理解出来た。直ぐにでも 首を垂れたかったが、カズキの言葉を遮らない様に、食い入る様に次の展開を待った。

 

「では、カズラさん。お願いします」

「! っと、はい。わかりました」

 

事前に全て打ち合わせていた事であるとはいえ、やはり、カズラ自身もこんなファンタジーな力は直ぐになれる事ではないだろう。

でも、これは入念な打ち合わせを行っている事だから、淀みなくただ粛々と行わなければならない、とは感じている。

既に十分すぎる程のインパクトを与えているが、これ以上ない事をする為に。

 

「アイザックさん。短刀を一振り……カズラさんにお貸し願えますか?」

「!! はっ!!!」

 

アイザックとは何をするかは打ち合わせてはいない。光の光景は一度見せているから、それをまた再現する、程度だった。

勿論、それだけで十分すぎる、と言うのはアイザックも思っていた事、と言うのがある。

 

アイザックは、言われた様に短刀―――ではなく、腰に備えているアイザックの家紋、スラン家の紋を刻印している剣を差し出した。

 

それを見たカズキは、普通にそこにある果物を切るであろう包丁みたいなので構わない、と思っていたのだが、自分自身の剣を差し出してくれたアイザックに、敬意のようなものが生まれた。

剣を差し出す行為。……その重大性くらい流石に判るからだ。

 

カズキはそっとその剣を受け取った。

 

流石に重くズシッ、とのしかかってくる。

これを自在に使いこなせるようになるには、訓練に訓練を重ねなければならないだろう、と判り、アイザックがどれだけ鍛え、忠義を尽くしてきたのか、朧気にではあるが見えた気がした。そんな大切なモノを貸してもらえたのだから、とカズラもより気合が入る。

 

「では、カズラさん。よろしくお願いします」

「っ。判りました」

 

カズラは、その貰った剣を慣れない手つきで振り上げると……カズキに振り下ろした。

 

思わず、ナルソンも、ジルコニアも、横で見ていたバレッタやバリンも、そして背後に立っていたハベルやアイザックまでも、何を! と席を立ち、または手を伸ばす所作をしたが……、直ぐにカズキが制した。

 

そして、誰もが我が目を疑った瞬間が訪れた。……カズキの光を見た時を含めると、目を疑うのはこの短い時間で2度目だ。

 

 

そのカズキに振り下ろした剣は、何の手応えもなく……すり抜けた(・・・・・)

 

 

そのまま、床に落とす……と、床が傷ついてしまうので、カズラは頑張って力を入れて床を切る寸前で止める。

 

 

「御覧の様に、私は光そのものです。―――我が身を傷つける事は、如何なる武器を用いても叶いません。ですが、私に一切触れる事が出来ない、と言う事ではありません。ただ……悪しき意思は全て私を害さないと言う事です。そして、斬る事が出来ない理由は 水や空気を切る事が出来ないのと同じでしょう」

 

カズキは、そう言うと 光の光度を一部に集中。

それは、さっきまで灯っていた蝋燭の芯の部分。アイザックが消してしまった箇所を、光熱で発火させ、再び火を灯した。

 

全ての蝋燭に火が灯り―――部屋がもとに戻ったのを確認すると、カズキ自身の光も引っ込める。

 

 

「――以上です」

 

 

ゆっくりとした所作で元の位置に戻って腰を掛けるカズキ。

 

超常現象を間近で見せられたナルソン達は、暫く何も言葉を発する事が出来ず、軈て数分後―――目の前に神を見た、とまた頭を擦り付ける様に下げてしまった。

 

 

明らかに畏怖の念が見える、これでもか!!と強烈な畏怖の念が。

その後、アイザックの時程ではないが、カズキはどうにかナルソンとジルコニアの2人を宥めるのだった。

 



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8話 私はゲーム脳

 

 

「はぁ……、予想はしてましたが、やっぱり思いのほか大変でしたね……」

「そりゃそうだよ……。オレだって ちゃんとカズキさんから事前に事情を色々聞いたり、元ネタ知ってないと、やっぱり ああ(・・)なっちゃうって。オレの道具とか知識とかとは比べ物にならないくらいインパクトあるし」

 

 

件の会議? の後、ナルソンに用意して頂いた部屋にて今日の反省会をしていた。

光を披露した後は本当に大変だった、と言える。当初は信じさせる事を第一優先に考えていたので、でっかいインパクトを残す! 事に力を入れて――――入れ過ぎた。

 

人は、得体の知れないなにかを、範疇外のなにかを、常識外のなにかを、……超常的ななにかを 目撃した際は、跪き、傅く。

 

古今東西、神話の類の話では大体そうだ。

 

だから、ナルソンやジルコニアの反応は全くをもって当たり前なモノ。

それを考えて、対処法もしっかりと吟味していなかったカズキの手際が悪い、と言う事なのである。

 

 

「デスヨネ。そういえば、バリンさんにもしっかり話して無かったのも迂闊でした。驚かせてすみません」

「い、いえいえ。確かに驚きましたが、(メルエム)様なのですから。あの現象は当然かと思ってますよ」

「……スムーズに信じてくれて嬉しいです」

 

カズキは、ピカピカの力を披露した際 いわばナルソンやジルコニアの2人を信じさせる為、つまり2人を狙ったのだったが……、直ぐ横で見ていたバリンも唖然としていたのに気づいた。

 

バリンの娘、バレッタには 出会った当初に自分自身を信じてもらうために教えていたので、普通だったが、バリンには伝えていなかったのだ。

 

だが、バリン自身は当初こそは驚き固まってしまっていたが直ぐに順応する事は出来ていた。

 

何故なら、グレイシオールであるカズラが来たグリセア村にて、様々な神秘的な事が何度も起こっていたから。

何処からともなく現れ、村人全員を救ってくれた事を皮切りに、見た事もない技術を教えてもらえたり、全くの疲れ知らずな身体になったり、極めつけには、日照りだった村に雨を降らせたりとだ。

 

確かに、あの場でカズキとカズラを比べれば、圧倒的にカズキの方が見栄えがするだろうし、光を放つ神々しさも目撃しているので、カズラの影が薄まるかもしれない。

だが、影響を及ぼした規模を基準に考えてみると、カズラの方が圧倒的だ。

これからしようとしている事を考えても。

 

と言うワケで、神様である事はしっかり信じてもらえた。

ナルソン達との、イステリアの復興に向けての話し合いもそれなりに進んでいる。……大飢饉、干ばつによって一部壊滅的な被害を被っているが、それでも全く不可能と言うワケではないだろう。―――そもそも、神の名を冠する以上、不可能を可能にしていきたい所だ。

ナルソン達にも結構な無理難題を言って、了承してもらえた手前もある。

 

 

「これから大変ですけど、頑張ってやっていきますかね」

「イステリア復興、ですね。問題点山積みですけど、着実に堅実に一歩ずつ行きましょう。オレも頑張ります」

 

 

 

 

 

 

 

そして、暫くして扉を叩く音が聞こえてきた。

 

侍女より、【準備が終わった】との知らせが来たのだ。……準備、とはグリセア村へと戻る準備である。

 

ここからは、グレイシオールとメルエムの2人とは別行動で、2人は村へと戻る事になっている。

ナルソン達を落ち着かせた後、国の現状から対処法を話し合っている時、機密事項だからと2人は席を外していたのだ。

 

「さて……、そろそろバレッタさんとバリンさんは」

「はい。わかりました。……バレッタ」

「………………」

 

ナルソン達と話をしている時、……いや、席を外された時から特に、バレッタの表情が暗くなっていた。今も、悲しそうな悲痛な表情が隠しきれずにいたのだ。

 

「バレッタさん。私たちも3日後にはここを発つ予定です。直ぐに村へは戻れますよ」

「で、でも……」

 

バレッタは、どうしても2人の事が…… いや、カズラの事が気になって仕方がないのだ。

 

カズラの事はどんな事があっても、自分の命を賭けても守る意思は強く持っていた。……だが、カズキがここへやってきてから、風向きは変わる。

カズラを護る、と言う意味では、カズキ程適任者はいないだろう。そして、何があっても カズキならば、それを通すだけの力が備わっている事も判る。

 

だから……、自分は不要なのではないか、と思ってしまうのだ。

 

カズキやカズラの事を考えてみれば、そんなワケない、と言う事は頭では判るのだが……、理屈ではない。

 

「バレッタさん。……カズラさんは大丈夫です。直ぐに、一緒にいられますよ」

「っ」

「私が保証しましょう! 何なら、バレッタさん。カズラさんに変な虫がつかない様に私が見張ってましょうか?」

「ええっ!??」

 

突然のカズキの申し出にバレッタは思わず顔を真っ赤にしていた。

カズラも一体何を!? と驚いてカズキの方を見る。

 

「ほら、カズラさんはスゴクモテそうですし、ちゃーんと、村に帰りを待ってる人がいる、って私が光りながら諭しますよ。そうしたら、大体の人達は理解してくれると思うんです」

「そ、そそそそそ、そんなっ、それはっっ!!」

「な、なに変なこと言ってるんだーーー!!」

 

ガーーっ! と2人して慌てながらカズキに詰め寄る。

そんな2人の表情を見たカズキは、ふっ、と力を抜いて更に笑みを浮かべた。

 

「そうです。笑顔です。……笑って見送って、笑ってまた会いましょう。辛く、暗い顔をいつまでもしていたら、もっともっと気が滅入ってしまいますよ」

「「あっ……」」

 

 

ここで、漸くカズラとバレッタは 2人して表情が暗くなってしまっている事に気付けた。

それと同時に気を使ってくれたカズキに対して感謝をした。

 

そして、別れる間際。

 

バレッタはやはり 寂しそうに、辛そうにしていたが、何とか堪えて笑顔を作って2人に言った。

 

 

「早く、早く 帰ってきてくださいね。……待ってますから」

 

 

健気で何処か儚い少女。かなりのしっかり者だとは今まで接してきて判っていたつもりだったが、彼女はまだ恐らく日本で言う成人にも成っていない年齢だろう。

そんな彼女が強い想いを堪えている姿を見て、カズラはそっと頭を撫でていた。

 

必ず戻ります、と言葉を添えて。

 

 

バレッタとバリンを乗せたラタ車を見送る際に、カズラはカズキに言った。

 

「カズキさんは、しっかりしてるなぁ……。何だかオレはまだまだ子供だって思っちゃってるよ」

「あはは。そんな事ないですよ」

「いやいや。だって、オレ。カズキさんが居るからまだ大丈夫だって思ってるもん。たかが数日だったとしても、知らない世界の知らない土地でひとりだったら……絶対に心細い。カズキさんが居なかったらきっと、バレッタさんを引き留めてたと思う」

 

カズラは、ラタ車がもう小さく見えなくなっていっているのを眺めながら、そう告げた。

 

所謂、たら、れば、にはなるだろうが、カズキが居なかったら、カズラは間違いなくそうなる、と思えていた。

グリセア村の人達が、特に心を許せているバレッタが助けてくれたなら、と。

 

「ほんっと、凄いよ。カズキさん。……カズキさんの方がもっともっと大変だって分かってるのに、こう思っちゃうから、余計に何だか情けない」

 

あはは、と苦笑いしながら カズラはカズキにそう言った。

カズキはカズラと違って、帰るべき世界(・・・・・・)が無いと言っても良いのだ。

この世界に来た方法も元いた場所に帰る手段も判らない。不安があるとするなら、きっとカズキは、自分の比じゃない、と思える。

 

それでいても、周囲を気に掛けるだけの事が出来ているカズキに本当に脱帽する想いだった。

 

それを聞いても、カズキは首を横に振る。

 

「違うんです。カズラさん。……ただ、オレは場数(・・)が違うだけで大したことじゃないです」

「え?」

 

カズキの言う【場数】の意味がいまいちわからず、カズラはカズキの方に改めて視線を向けた。

 

「ほら、此処に来る過程の話、したでしょ? VRゲームをしてたら来たって」

「うん。最早疑う余地なんて、オレの中じゃないよ」

「それはありがたいですね。証明の仕様がないですし。……それで、オレが居た世界ではVR…… 仮想現実っていう世界は、それこそ無数に存在してるんです。オレがプレイしていた世界は、無限って言っていい程存在する世界の内のたった1つに過ぎません。そして、オレは今やってたゲームをやり込む前も、沢山の世界を見て回ってます。ただ世界を旅したり、世界の命運をかけて戦う! みたいなのもしてみたり。きっと オレがこの世界でも立ち回り出来てるのは、そういった経験があるからです。……所謂、ゲーム脳ってヤツですね」

 

カズキはそういうとぴんっ、と指を立てた。

 

「オレにも、出来ない事は山のように沢山ありますし、カズラさんに頼りまくる事も沢山あります。……なので、オレの事も助けてください」

 

最後に苦笑いしながらそういうカズキに、カズラは 一瞬きょとん、とするが、直ぐに笑顔になっていった。

 

「勿論だよ。オレに出来る事なら何でもする。……最初雇って~っていう話だったけど、もう給料払いたい気分だよ」

「あ、それは嬉しいです! えっと んじゃ、早速頼りたい事があるんですけど……」

「って、はやっっ!? もう??」

 

カズラとカズキは笑いながらやり取りを続け、軈てバレッタ達のラタ車が完全に見えなくなった所で、ナルソンの屋敷内へと帰っていくのだった。

 

 

 

 

 

 

 

執務室にて、穀倉地帯の復興に治水工事、色々な資料を確認しつつ、日本の技術・物資で解決策を見いだせないか、色々と議論をカズラとカズキは交わし合っていた時だ。

 

「―――カズラ様、カズキ様。少しご相談が」

 

ナルソンがタイミングを見計らって入ってきたのだ。その声に反応して2人は振り返る。

 

「お2人の事は、混乱を避ける為に内密にし、私の友人として屋敷に来ているということにさせていただけると助かるのですが」

「かまいませんよ。そのほうが動きやすいので是非」

「!!」

 

普通に了承するのはカズラで、そのナルソンの申し出に、やや過剰気味に反応するのはカズキだった。

カズラは良くてもカズキが悪ければ、今後にかなりの影響が起こる、と懸念しているナルソン。何か不味いことを? と一瞬焦っていたのだったが、直ぐに杞憂となる。

 

「い、いえ。そんな提案をナルソンさんからして貰えて、何だか嬉しくなって……。私に対する畏まる姿勢と言うか、傅いてる姿勢が暫く崩れそうになかったですから」

「あ、あははは。申し訳ない。あそこまで気が動転してしまうのは何分初めての事でしたから……。今後は、出来る範囲にはなってしまうかもしれませんが、カズラ殿やカズキ殿のご要望通りにしていこうと考えております」

「はい。よろしくお願いします! ……友人、と言う普通の関係は私にとって大歓迎ですので」

 

神と友人に成れた―――と言うのは、まず間違いなく歴史に刻まれる邂逅、神話の世界の話になってくるだろう。

そんなのがこうもあっさりと訪れるとは、ナルソンは 今後これ以上の驚きは恐らく無いだろう、と想いつつ 2人との関係をもっと良好的なモノにしていこう、と心に深く刻むのだった。

 

 

 

 

 

そして、その日の夕食時。展開が動いた。

 

 

「――――っっ!!」

 

ナルソン達に食事を共に、と招待されてやってきたとっても綺麗なダイニングルーム。

色とりどり鮮やかな夕食のみなさん。

 

そして、今ここで重要となる1名の侍女。

 

何故なら、入ってきたカズラを見るなり、はっきりと驚きの表情を見せていたから。

ナルソンにもそれは伝わっていて、何事か? と問いただしたのだが。

 

「い、いえ! 申し訳ございませんっ!!!」

 

ただ、急いで謝罪、頭を下げるだけだった。

 

「なら良い。ジルはまだ来てないのか……。カズラ殿、カズキ殿。夕食の席に妻と娘を同席させていただいても?」

「かまいませんよ」

「はい。大丈夫です」

 

カズキは、侍女が何を驚いたのかは分からないが、カズラは思い返していた。

 

彼女とは、一度会った事があるからだ。――以前に初めてイステリアに来た時に。

 

 

「では、エイラ。リーゼを呼んできてくれ」

「かしこまりました」

 

エイラと呼ばれた侍女は、少々取り乱した様子は見せつつも、ナルソンの指示通り、部屋を後にする。

 

 

カズキは、席について、ナルソンが離れた際にそっとカズラにエイラの事を聞いてみた。

 

「カズラさん。いまの人と顔見知りだったりします?」

「あ、うん。……以前、イステリアに来た話はしたよね? その時に会ってるんだ。……ナルソンさんのご息女、リーゼさんともそこで会ってる」

「へぇー」

 

カズキは、再び記憶タンスの引き出しを頑張って開ける作業開始。

エイラ、の名前にも リーゼ、の名前にも憶えがあった。事細かな詳細をどうにか、どうにか、と。

 

エイラは勿論だが、リーゼもかなり美少女だった筈だ。単行本を読んでいたあの頃の記憶を頑張って思い出し、手ごたえを感じ始めたその時だ。

 

ダイニングルームの扉からノックが聞こえ、ナルソンが入る様に促して―――そして、入ってきた。

ジルコニアとリーゼの2人が。

 

「――リーゼ。この方々は私の友人。カズラ殿とカズキ殿だ。我が屋敷に来るのは初めてでな。よくして差し上げてくれ」

 

紹介され、促され、自然な流れで歩み寄るリーゼ。挙動のひとつひとつが滑らかであり、気品に満ちている、の一言だ。

 

「カズラと申します。よろしくお願いします」

「私はカズキです。よろしくお願いします」

 

にこっ、と挨拶をすると、同じく微笑みを返してくれるリーゼ。

 

 

「リーゼです。お二方のことは、母から聞いております。内政の手助けをして下さるとか。私にできることならなんでもお手伝いしますので、どうかよろしくお願いします」

 

 

ほぼ至近距離で向けられた微笑み。

艶やかで鮮やかな淡いブラウンの髪が室内で風もない筈なのに靡いている。

 

まず間違いなく美少女。この世界にやってきてトップクラス。……失礼な事を言うつもりはないが、この世界の女性は、出会った人達全員が、皆顔立ちが整っている。

母のジルコニアも同じくだ。銀の髪をかき分ける仕草は、非常に絵になる。こちらは少女……ではなく美女。

 

カズラもカズキもその笑みに癒される想いだ。……因みにカズラは 以前 出会った事があるのと、冗談の類だったとはいえ、バレッタの事をカズキに言われていた事もあり、なるべく顔に出さない様に務めていた。……面白おかしくバレッタに報告されるのでは? と若干ながら思ったからだ。……それを鑑みても、非常に愛らしい。

 

 

その後の食事会は非情に有意義なモノだった。社交性………と言うものを絵にかいた様に完璧でパーフェクトだったのはリーゼ。初対面のカズキに対しても、気を使ってもらい非の打ちようがない程に完璧だった。――――そう、完璧過ぎた(・・・)

 

 

「あ……」

「? どうしました? カズキ様」

 

 

ふと、イステリアの話を、内政の話を中心に、カズラが話をしていた際だ。

カズキの記憶のタンス、引き出しの中身が わっ! と出てきたのは。

 

 

 



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9話 助けて神様

 

 

 

夕食会が終わって暫くした後、ナルソンはアイザックとハベルを屋敷内のとある一室に呼び出していた。

 

 

ナルソンから直々に新たな任務を与えられる事は、隊長格であるアイザックやハベルには珍しい事ではなく、これが基本となっていたりしていて いつもであれば如何なる命令でもアイザックやハベルは忠実に熟し、全うする事に全力を尽くすのみ……だったのだが、今回はどうやら雲行きが怪しい。

その原因はアイザックが、かなり動揺していて、愕然とした表情をしていたからである。

ハベルは実に対照的で、落ち着いていて ナルソンの言う事に対して同意を示す様に頷いていた。

 

「では、今後はカズラ様、カズキ様の側近と言う形でよろしいですね?」

「うむ。くれぐれも不興を買うようなことの無いように注意するんだぞ。カズキ殿は普通(・・)を特に、とおっしゃっていたが、接する回数を極力増やし、信頼と信用を得て、極々自然に……と言った形で調整しろ。無論、カズラ殿も同様にだ。技術支援、追加に関しては、カズラ殿が自ら行ってくださる支援が打ち止めになる気配が見えてからで良い。情に訴えるやり方も有りではあるが、それは最初にいった通り信頼を勝ち得てから行動に移せ。………アイザック。どうした? 何か不満か」

 

ナルソンの話が進めば進む程―――、アイザックの表情が重く沈んでいくのが見ていてよく判る。生真面目、実直な男だと言う事はナルソンはよく知っている。故にその表情が意味する所は解っているが、アイザック自身の口からそれを言う様にナルソンは促した。

 

「……ナルソン様。幾ら国の――……、民の為とはいえ、我らをお救いに現れて下さった神々に対して、更に支援を引き出すために画策するような真似は………。私は、お許しを頂けたとはいえ カズキ様……メルエム様に不敬を働きました。大罪を犯した身である、と自覚しています…………。故に、このようなことをするのは………」

 

一言一句、発する度に苦し気な表情を醸し出すアイザック。それを見たナルソンは顔を顰めた。カズキの姿を見てしまえば、確かにアイザックの言う様になるのも仕方ない。神を前に不敬を働き、あまつさえ それを笑って赦して下さった程の器の大きな相手。更に人間側の都合でこれ以上甘んじるにはあまりにも抵抗があるのだろう。

 

その横で、ハベルは冷めた様子でアイザックを見ていた。

常日頃の心構え、そして根幹にある国を、仕えし者の為に身を粉にして働く事を大前提においても、その他にも目的(・・)があって、軍隊に入隊したりするのだ。

それらの違いが、2人の様子を顕著に表していたのである。

 

「……アイザック。お前はバルベールと我が国アルカディアは、どれだけの国力の差があるか知っているか?」

「……はい」

「ならば、判るだろう。今はまだ不透明ではある、が、今後、カズラ殿がイステール領の食糧問題、治水や衛生面の問題、更には経済まで回復させたとしよう。その状態で4年後にバルベールと我が国が戦争状態に陥ったとして、我が国がバルベールに勝てる可能性がどれだけあると思う?」

「……休戦前の同盟国が再び手を取って連携すれば、少なくとも負ける事はないのでは」

「そうだな。……だが、それらの国が4年後に敵に回ったり、連携をとらず静観を決め込んだりしないと言う保証は何処にある? 前回の戦争では、バルベールが南側諸国を甘く見て、すべての国に同時攻撃を仕掛けてくると言う何とも馬鹿な真似があってこそ成立した同盟だったのだ。それに加えてその攻撃とほぼ同時期に北方の蛮族からバルベールに対して大攻勢があったということも有利に働いた」

 

話を聞けば聞く程……、ほんの些細な切っ掛けで、ほんの些細な歪で、全ては崩れ去ってしまう砂上の楼閣に聞こえてきたのは気のせいではない。

だからこそ、アイザックは聞いた。

 

「ナルソン様は、次にバルベールと戦争が起これば、我々は敗北する、と考えておられるのですか?」

「……悪条件が重なれば、敗北もあり得ると言う話だ。戦争に向けて我々も準備を進めているし、同盟関係維持のための外交も行っている。……我々だけだとしても、簡単に負けてやるつもりは無い」

「ならばなぜ!?」

 

とうとう批判めいた口調で問い詰めるアイザック。

負けるつもりは無い。寧ろ、次も打ち負かしてやる、と言う精神だったアイザック。それを否定されるような説明は、如何に領主のナルソンであろうと……、どうしても否定したかったのだ。

 

ナルソンは、その気概、気持ちは察するし、好感も持てる……が、現実は甘くないと言うことを誰よりもナルソンは知っているし、常に最悪と言うものを想定し、それに抗う為、確実とは言い難いが、それに近づける様に行動指示を出してもいるのだ。

 

そして今回……、非常に頭が痛くなる情報を得ている。

 

「……1ヶ月ほど前だ。バルベールが北方の蛮族の一部と和平を結んだ」

「ッ!!?」

「他の蛮族とも和平や停戦協定を結ぶために動いているだろう。奴らは背後の安全を確保し、再び攻めてくるつもりだ」

 

絶句するアイザックの隣では、流石にハベルも驚いた様に目を見開いていた。

 

正面と背後。

 

その2正面と戦わなくても良いともなれば、全力で攻めてくるのは目に見えている。国力差で圧倒、物量で圧し潰そうとしてきているのが判る。……更に言えば、手を組んだ蛮族たちとの共闘も考えられる。国力、兵力ともに前回よりも更に強固となるのが目に見えているのだ。

 

「せ、戦争を回避できる可能性はないのですか?」

 

流石のアイザックも想定外の事だったので、更に動揺し、狼狽えてしまう。

あまりにも突然の事だった。そして、ナルソンが言う様な事が起こってしまえばどうなるか。……最早精神論の様なモノだけで解決出来る、勝てる話じゃない。

 

「蛮族とは長年の確執があるらしい。そんな相手と和平協定を結ぶくらいだ。必ず攻めてくるだろう。……それに加え、バルベールは3年ほど前から徴兵制を廃止して志願制を採用している。貧民層から大量の人員を兵士として雇い入れて、常備軍の数を大幅に増やしている。……奴らの外交官は、経済政策である、と言っていたが、今回の和平協定で目的がはっきりと判った」

 

ナルソンの説明を聞いていた傍ら、ハベルがここで初めて口を開いた。

 

「……しかし、まだ休戦直後だと言っていいのに、大量の武具を国が用意し、尚且つ常備軍の維持費を賄う程の財源があるとは、バルベールと言う国は一体どうなっているのでしょうか。前回の戦争中にバルベールには錫が足りなくなった、と言う話を耳にした事がありますが、新たに大規模な錫の鉱脈が見つかったのでしょうか?」

 

 

当然ながら、膨大で強大な軍隊を維持する為には、それに見合う莫大な資金が必要だ。

資金不足が露呈すれば、それはそのまま士気に影響してしまう。亡命者まで出かねない。

 

今回蛮族と和平は結べたようだが、長年いがみ合った相手。和平を結んだとはいえ、資金面援助を……なんて事は考えにくい。

 

「……そうだな。高価な青銅武具を大量に雇い入れた兵士全てに支給できるとは にわかに信じられんが、実際武具は国が支給する、と銘打った上での志願制だ。直ぐには無理だとしてもどうにかして用意はする筈。……これは貧民層を抱き込む程だ。手だてはある、とみるのが妥当。そして、資金面に関してはハベルが言う様な可能性はある」

 

ナルソンはそこまで言うと再びアイザックに目を向けた。

 

 

「アイザックよ。お前の言う事も判る。言いたい事もな。私もお前の様に、かの御方を恐れ、畏怖の念を実際に感じた。目の前で見た私も お前と大差ない程判っているつもりだ。………我らの求めに応じて救いの手を差し伸べて下さった神々に、元を言えば人間同士の手前勝手な紛争。その中で我々への更なる支援を出そうと言うのだから。……なんとも恐れ多い事だと私も思う。……それでもやらなければならないのだ。……私はな アイザック。メルエム様に助太刀を……とも考えているのだ」

「!」

 

 

あの神の御業を目の前で引き起こしたこの世界の光の頂点に何たる物言いを! と思えたアイザック。かの神の耳に届けば 即座に裁きの光が落ちてくるであろう、とも。

だが、それ以上にナルソンの表情を見れば、何も言えなくなってしまった自分も居た。

もし、ナルソンがメルエムの事を見ていないし、何も知らない状態だったのなら、思わず怒鳴る程の勢いで言葉を制する所だが、今のナルソンは自分自身と同じ面識だ。その上で、神に人間の戦を、と言っている。―――計り知れない覚悟をその顔に見た。

 

 

「カズラ殿とカズキ殿は、仮にとはいえ私の()として、招かれている状態にある事を赦してくれた。友であれば……苦しむ我らを手を、と。……つまり友である事を利用すると言う事だ。……正直、恐れ多いと言う事は判っている。なかなか口に出して言えるものじゃない、と言う事も理解している。……だが、それでも取れる手立ての全てを行わなければならんのだ。バルベールとの戦争に敗れた国がどうなったかは知っているだろう。土地と財産はすべて奪われ、生き残った者は奴隷にされる。先に降伏して国ごとバルベールに組み込まれたとしても、土地と財産の損失は免れんだろう。奴らと戦い、勝利しなければ自由は永遠に失われる」

「…………」

 

ナルソンが言っている意味は分かるし、やらねばならない状態である事も理解している。

 

だが、アイザックは神相手……よりも、カズキと言う神に触れて、接して その優しさを目の当たりにしているのだ。不敬を働いた自分を赦し、カズラと一緒に国を助ける為に動く事を厭わないでいてくれている。

証明する為、足を運んでくれると自ら進言してくれた。

 

そんな心優しき神に……とアイザックは何ともやりきれない表情で俯いた。

ナルソンもアイザックの気持ちは十二分に理解できるが、それでも人の上に立ち、国とその民の為を想うなら、例え神の光で裁かれる日が来ようとも、最善と思える道を行く覚悟なのだ。

 

アイザックは俯てしまってナルソンの顔を見られなかったが、ハベルは違う。その表情に、決意の強さを見た。

そして、ナルソンにこのまま付き従えば……自身の目的も間違いなく達成できる、と強く思えた。

 

「話は以上だ。アイザック、ハベル。……しっかり頼むぞ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

一方―――……

 

とある一室にて。

 

「カズラさん。ありがとうございます」

「いや、ほんと大丈夫。ってか、そんなんで良いの? って思っちゃった程だよ。何せ、日本じゃ数百円くらいじゃん? ガラス玉とかちょっとしたペンダントとか」

「そうなんですけどね。ほら、以前イステリアに来た時 色々と売った、って話聞いたのを思い出して……、やっぱり資金確保するには、この世界じゃ宝石も同然! なこれに限るじゃないですか。なかなか、忙しいと思いますし、街を見て回る時間もないとは思うんですけど。チャンスがあれば観光してみたいんですよ」

 

カズラは、カズキが頼りたい、と言った部分を早速叶えていた。

 

それは、この世界の金銭に関してだ。

 

現代日本の通貨 【円】ではなく、ここアルカディアの通貨、【アル】の支給である。

それについては、カズキが以前カズラに聞いていたイステリアに来た時にちょっと怪しい雑貨屋の老婆に色々と売った、と言うのを思い出して、手っ取り早い宝石(ガラス玉、黒曜石等々)を頂けないか、と。

 

勿論、二つ返事でOK。

寧ろたったそれだけの報酬だと言うのは……、日本基準で考えたら、労働基準法に違反するじゃん? とカズラは思いながら苦笑いをしていた。

 

「あー、オレもそれは考えてたなぁ。この街に来た時にさ。……でも、あのおばあさんには気を付けてね。ほんっと老獪、って言葉そのものが具現化した人だから」

「色々と掬われない様に、ですね。OKですよ。何とか対処したり、出来るなら カマかけしてみたりします。勿論、騒ぎにならない程度に、ですが」

 

あはは、と笑うカズキ。

金銭面でのトラブルに関しては、事が大きくなればなるほど、物騒な事件に発展しかねないのは考えるまでも無い事だ。

大きな金の流れを扱っている店であるなら尚更。……色々と街政との癒着も無いとは限らない事だし、最悪 狭い場所に連れていかれて、寄ってたかって袋叩きに~ とも無いとは言えない。

 

その点、カズキなら絶対大丈夫だとは思うが、神に関してはあまり広まるのは現時点では好ましくないので、重々注意、である。

 

 

 

その後、話題はリーゼの話になった。

人当たりが良く、美人で気品にも満ち溢れていて―――非の打ちどころがないとはこの事。才色兼備、の言葉が最も当て嵌まりそうな美少女。

彼女に関しての話題はやっぱり男の性、と言うのもあるが 尽きる事が無い話題だ。……無論、バレッタの事もあるので 時折 カズキはバレッタの話を匂わせて、それとなく約束(笑)を果たそうとしていた。

 

「ペンダントの話の時、結構驚かれてましたね。あのハート形の」

「あー、うん。……安物のペンダントだったからさ。別に無くしちゃった所でどうって事ない、っていうのが本音なんだけど、カズキさんが言う様に、こっちの世界じゃ高価そのものだからなぁ……。そりゃ、驚かれるかな」

 

ペンダント、と言うのは 以前カズラがイステリアに来た時の話だ。

そこで、カズラはペンダントを紛失してしまっていて、それを回収してくれたのが、あのリーゼの侍女であるエイラだった。

確かにカズキやカズラ視点では明らかに安物のペンダントではあるが、……あの色の輝きはこちらの世界では見る事が出来ない程の希少なモノ。エイラがカズラの事をよく覚えていた事も、驚いた表情をしていた事も、その時理解出来た。

 

「リーゼさんにカズラさんがプレゼントしたんなら、オレはエイラさんにプレゼントしようかな? カズラさんから貰ったこのペンダント」

 

ひょい、と取り出したのは鉱物の一種 オパールのペンダント。俗にいうパワーストーンである。

 

「うーん……、さ、流石に侍女の身分の人に高価な品物をあげるのは……色々と問題が起きたりしない? これを期に、纏まったお金が入ったからエイラさんが仕事辞めちゃう、とか」

「う……、それはちょっと……確かに危ないですね。こっち価格は全然読めないですから」

 

カズラにそれとなく止められたので、カズキは出した手を引っ込めた。

リーゼ専属の侍女であるエイラがそんな理由で辞めない、と言う事は 朧気ではあるが知っているカズキ。……でも、100%絶対!とは言い切れないのも事実だ。

 

「あははは。そういえばカズキさんは、フラれた~女の子を見る目が~ って嘆いてたけど、もう完璧に吹っ切れてたみたいだね。女の人にプレゼント、って言えるくらいには」

「うっ……、ま、まぁ こちらの人達は、あーんな性格悪い人なんて……、きっと、その……たぶん?」

 

カズラは笑いながら、中々痛い所を攻めてきた。

カズキとて、あのトラウマはゲームで忘れようとして、どうにか忘れられた……と思っているが、ちょっとした切っ掛けで思い出してしまったりするのだ。

 

そんなカズキを見てカズラは笑う。

 

「大丈夫だと思うよ。カズキさんは ほんとオレよりもずっとしっかりしてるし、もう変な人になんか引っかからないよ。悪い女運をぜーんぶ、使っちゃった、って考えたら今後はもうバラ色って事じゃん」

「うぅ……、そう願いますよ」

「そうそう。ほら、リーゼさんとかスゴク可愛いですよね? そりゃもう反則的に! ………いっちゃってみたらどう?? アタックアタック(笑)」

 

親指でくいっ、くいっ、と指さすカズラ。何だか仕草がおっさん臭い。

 

カズキは、色々と(・・・)思い出した事があるので、カズラの半分からかい目的の提案は、苦笑いをしながら 受け流すのに留めるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その後―――カズラたちは、顔面蒼白を絵にかいた様な状態のアイザックとばったり出会った。生気と言う生気が抜け落ちてしまったかの様な顔は、顔が青い……ではなく、真っ白。

あまりの状態に驚きつつも、日本製で効果が抜群そうなハーブティーを振舞ってしっかりと介抱した。

 

 

その結果。

 

 

カズラとカズキは、アイザックとハベルの2人を部下に持つ事になったと言う報告を受け、……命を賭けてでも守り通す! と強く、堅く……何よりも重い忠義をアイザックから受ける事になったのだった。

 

 

 

 

 

 

でも、まだそれは良い。

今は神として対話しただけなので、相手が委縮したり崇め奉ったり、と言うのは当然で当たり前だ。徐々に、それでいて自重もしながら、友好的に~ と言うのが理想で平和的だ。

 

そう、今はまだ平和そのものだった。

 

 

―――グリセア村からの一報を聞くまでは。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

おまけ。

 

 

 

 

 

翌日の事。

 

「ふぅ……。きれい」

 

リーゼは自室にて、カズラから正式に貰ったペンダントを眺めていた。

透き通る鮮やかな桃色。ハートを象る曲線部は見事の一言で、どのように加工すればこうも滑らかになるのか想像がつかない。

超一流腕利き職人が丹精込めて作った一品。超高級品。

 

いつ見ても全然飽きない。吸い込まれるかの様な、思わず見惚れてしまう様な宝石。

 

「リーゼ様。失礼します。おはようございます」

「おはよう、エイラ」

 

お召し物を、と入ってきたのはエイラ。

エイラを見るなり、リーゼはペンダントを見せながらもう何度目になるか判らないが、言った。

 

「改めて見ても信じられないよね、エイラも見たでしょ?? これ、返そうとした時のカズラ様の反応!」

「え、ええ。……無くした事さえ気づいてない様子でした」

「あんなヘタな嘘ついてまで無くしてた、って事にしてたみたいだけど!? それにカズキ様も、ただただ笑ってるだけで、あげちゃえば? みたいな事いっちゃって。こんな高価な物なのに!?」

「あ、あはははは。カズラ様も【それもそうですね】ってあっさりと下さいましたね……」

 

度肝を抜かれる、とはこの事。

更に言えば、普段の凛として完璧な作法を怠らないリーゼのこの砕け切ったラフなやり取りも、いわば度肝、である。

エイラとは幼少期より共に暮らしている間柄。侍女と領主の娘で、立場の違いはあれど、一番信頼のおける人物でもあるのだ。

エイラの前だからこそ、自然体を出せると言える。

 

「うーん……、お母様にそれとなく聞いたけど、あの2人ってとある国の大貴族出身で、いくら使っても使い切れないくらいのお金持ちらしいけど……」

「……このご時世に、ですか。いったいどこの国の貴族様なんでしょう……?」

「さぁ。この辺で有力なのはクレイラッツかな、って思うけど…… そんな人の話なんて、噂でも耳にしてないよね。……うーん」

 

 

リーゼは考える。

このペンダントはカズラから貰ったものだが、もう1人カズキも同じくらいの金持ちである事は母親のジルコニアから確認済だ。

一体どれくらいの値打ちモノなのか不明だが、これまでで面会してきた相手よりは桁がひとつふたつと違う。

欲深そうで取り繕ってくるような様子も今の所だが全く見えない。寧ろこの国を救おうと動いてくれている。

 

そんな性格面も金銭面も……特に金銭面は合格ラインを遥かに突き抜けている人物が2人。

 

 

「カズラ様には、何となく女の気配がする話をしてたけど、カズキ様は無いよね。……でも、どっちでも良い! いつも以上に(・・・・・・)本気出して、私に惚れてもらって、どんどん貢いでもらうんだから……!!」

「あ、あははは…………」

 

聴く人が聴けば即倒してしまう程、いつものリーゼとはかけ離れた姿である。

 

因みに―――カズキは、このリーゼの姿を思い出している(・・・・・・・)のだ。

 

それが今後……吉と出るか凶と出るか、――現時点では誰にもわからないのだった。

 



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10話 凶報、光は先に

 

その凶報が知らされたのは翌日の昼間の事だった。

 

ナルソン邸の一室は騒然とした空気に包まれている。バレッタ達を連れてグリセア村に向かった護衛兵の一行が、村を襲撃した野党を連れて帰還した知らせだ。

 

当然カズラにとっては寝耳に水、青天の霹靂、驚天動地。

 

一瞬困惑と混乱、不安等の感情で頭が追いつかなかったが、直ぐに詳しくナルソン達の直ぐ傍に居る護衛兵を問い詰めた。

 

「バレッタさんたちは無事なんですか!?」

 

思わず座っていたイスから腰を浮かして問い詰める。

非常に心配していたが、最悪の結果は免れている様だった。

 

「グリセア村の人々は全員無事、無傷です。……襲撃してきた合計13人の野盗の多数を逆に討ち取り、うち3人を捕縛しておりました」

「……13人の武装集団を殲滅ですって? それも無傷で……?」

 

その報告に、唖然とするのはジルコニア。

確かにグレイシオールやメルエムが現れた村、それを見れば極めて特殊な村だと思えるが、その村に暮らす人達は平民だ。

ここイステリアで訓練を受けた兵士たちならまだしも、報告を聞けば13人もの野盗……武装集団を相手に殲滅。それも無傷で。

 

とてもじゃないが考えられなかった。それ程までの手練れが居る。仮に戦争を経て実践経験豊富な村人が居たとしても、それは恐らく少数の筈だと考えるから。

 

「その……それと、現場を確認しましたが……、殆どの者に戦闘痕が無かったのです――無抵抗で、背後から、一撃で即死させられています。中には胴体を肩口から腹部にまで一撃で切り裂かれておりました」

「………」

 

どれ程の剛力の者がいれば、そんな事が可能だろう? とジルコニアは思う。

腕や足、首を撥ねるのとはわけが違うのだ。人体は、骨は 思った以上に硬い。それを肩から腹にかけて、となると……現実味に欠ける話に思えた。

 

「これは……恐れながら私には――」

 

とある事を進言しようとする前に、カズラが声を上げた。

 

「ジルコニアさん。今からグリセア村へと向かいます。直ぐに準備を……」

 

その言葉に、当然 誰も異議を唱える者はいなかった。

カズラを知る者は全て。知らない者も居るには居るが、領主であるナルソンやジルコニアが異議を申し立てず、頭を下げて了承をしている所を見たら疑問以上に従わなければならない、と思う事だろう。

 

 

そして、カズラは僅かにだが身体を震わせた。

カズラの隣に居たカズキはそっとカズラの肩に手を触れる。

 

「カズラさん。……オレが先に村を見てきます」

「!?」

 

カズキの言葉の意味を、一瞬理解出来なかった。でも、カズキなら確かに今直ぐにでも村へと行ける事を思い出していた。

 

村の皆は大丈夫だ、と幾ら護衛兵たちが言い聞かせてくれたとしても、絶対に安否の確認は自分で確認しないといけない。そして一分一秒と惜しい状況である事と、どれだけラタを飛ばしても、グリセア村に着くまでに相応の時間がかかる。

そして―― 此処イステリアで一番信用し信頼出来る者と言えば……カズキだ。

 

「お願い出来ますか……?」

「任せてください。……私もまだ日は浅いとはいえ、グリセア村の皆さんの事はとても心配ですから。……だから全力を尽くしますよ」

 

カズキはそう答えると、ナルソン達の方を見ていった。

 

「早急に村へと向かわなければなりません。ですが、ご安心ください。カズラさんと共に、此処イステリアへと戻ってくる事をお約束致します。……私が単独となりますが、了承願えますか?」

「わかりました。カズキ殿の後になる形になりますが、我々の兵を出動させてもよろしいでしょうか?」

「はい。勿論大丈夫ですよ。……注意してくださいね」

「勿論でございます。ありがとうございます」

 

ナルソンとジルコニアの2人は頭を下げた。

頭は下げてほしくなかったな、とちょっと思いつつ、カズキは今度は控えているハベルの方を見る。

 

「すみません。ハベルさんのお力を借りたいのですが、少しご同行願えますか? アイザックさんは、カズラさんを宜しくお願いします」

「かしこまりました」

「直ちに準備いたします」

 

ハベルは いつも以上に決意を身に宿らせた。アイザックではなく、自分自身を選んでくれた事に誉れが有り、誇らしくも有り、そして何よりも自分自身の目的の為に欠かせない関門を突破できた事による歓喜があった。

表情には出さない様にしつつ、早足でカズキの隣へ。

 

「アイザック。第2軍団の近衛を護衛に出すわ。兵舎に行って私の名前で100人準備をする様に近衛部隊長に伝えて。装備は往復10日分で十社の動向は可。私が到着するまでの指揮権はアイザックに委譲。大至急よ」

「はっ!」

 

迅速に進められていく布陣。

野盗はもう既に捕えている様だが、この布陣ならばまた別の不届き者たちが現れたとしても大丈夫だろう。カズキはそう思うと、カズラに一声をかけた。

 

「では、行ってきます」

「……宜しくお願いします」

「バレッタさんとも約束しましたからね。……カズラさん。会う時は難しいかもしれませんが、笑顔で」

 

カズキはそういうと、ハベルと共に部屋を後にした。

 

 

 

 

 

 

 

 

カズキとハベルが去った後、アイザックとカズラも同じくグリセア村へと向かう準備の為、部屋を出ていった。

 

此処に残っているのはジルコニアとナルソンの2名のみ。報告にきていた護衛兵――オーティスは、グリセア村の住人の異様さ、異質さを肌で感じ取っており、それを進言したのだが、ジルコニアは、ただただ他言無用である事、それを厳守する事のみ伝えるだけだった。

 

今回の騒動、グリセア村を知った者たち全員がその対象だ。

 

その後は、野盗をジルコニア直々に尋問することを告げ、オーティスは対応へと向かう為、部屋を後にする。

 

そして残った2人は、今回の異質さについての話し合いを始めた。

 

 

「……ジル。長剣で人間の肩から腹までを一撃で切り裂くことは出来るか?」

 

ジルコニアは女性でありながら 相当な手練れ。それは軍部の中においてもトップクラスの剣の達人なのだ。故にナルソンはジルコニアの口から聴きたかった。人と言うものは思いのほか硬い。肩から腹ともなれば、腕や首を撥ねる時よりも何倍も負荷が必要となってくる筈だから。骨、筋肉、それらを考えたら。

……この際、グリセア村の住人の事は頭から離しつつ考えて。

 

「やろうと思えばできない事も無いけど、そんな大振りの攻撃をする余裕があるのなら、私だったら腹でも突き刺すわね。大振りは隙も大きいし、そこを別の相手に狙われる可能性だってあるから。……乱戦なら特にそうね。……勿論、戦闘中はその時の状況によって、何でも起こりえるから一概には言えないけど」

「ふむ………」

 

ジルコニアの返答を聞いて、ナルソンは再び考える。

 

「……メルエム様、カズキ殿の伝承は伝わっておらん。……が、グレイシオール様であるカズラ殿は別だ」

「え?」

 

ジルコニアは、ナルソンの意図が判らず、それを確認する様にあの2人が出ていった扉から目を離してナルソンを見た。

 

「お二方がここへやってきてから、ジルは何か体調に変化は感じているか?」

「ん……、そうね。……あの物凄い光景を目にしたもの。それこそ神話に出てくる場面でも魅せられた時からは、身体の疲労が吹き飛んだわ。……まぁ、冷静になっていくにつれて、思い出してきた感じはあるけど。だから、極端に変化、っていうのは無いかしら。精神面から来る波って所ね」

「ふむ。私と同じだな。ジルの言う通り、カズキ殿の神業を見て 心底畏怖し、興奮もした。そして、カズラ殿が様々な神の国の知識や道具でこの国を救う手立てを見繕ってくれる、と約束してくれた時も高揚した。……それらだけだと思っていたが、今回のコレは説明がつかん。……もしかしたら、お二方は我々に祝福のようなものを与えて下さったのか、若しくは―――」

 

ん、とナルソンは昨日の事を思い返していた。

どうしても、あの暗くなってしまった部屋を一瞬で明るくさせた神業に脳裏がいっぱいになってしまうのだが。数秒考えて思い出す事は出来た。

直接的に、彼らが自分達にしてくれた事を。

 

 

「もしくは?」

「あの時食べた、缶詰のせいかもしれん」

「……物を食べて力が上がった、って言いたいの?」

 

ジルコニアは流石に訝しむ視線を向けずにはいられなかった。

まだ、カズキのあの光の力を自分達に~ の様なシーンの方が説得力が増すと言うものだ。

でも、あの時の光は部屋を照らす事のみだったと記憶しているからそれは無さそうだ、とジルコニア自身も思っていたが。

 

「……ジルはグレイシオール様の言い伝えを知っているだろう? 思い出してみろ。気になる一文がある」

「ああ。メルエム様の伝承は、って言ってたのは此処に繋がる訳、ね。……でも、ごめんなさい。一応言い伝えは知っているけれど、文面全てを暗記しているわけじゃないから……」

 

ジルコニアは知っている風にナルソンに何度か言っていた事がこれまでにもあったので、少し意外だった。でも、覚えているかどうかは何ら問題ない。今は伝承の中身が一番重要なのだ。

 

「言い伝えの中には食べ物の話があるのだ。【不思議な事に、男の持ってきた食べ物は、少しの量でも身体に力が沸き起こり、大勢の飢えた人々を救う事が出来た】とな。別段珍しくもなく他の御伽噺にも登場する謳い文句、ではあるが……、もしかすると、言い伝えの内容は本当のことを示唆しているかもしれんぞ」

「……ちょっとまって。つまりナルソンは、今回の野盗の襲撃。それを撃退する事が出来たのは、グリセア村の住人達は皆、カズラ殿―――グレイシオール様の持ってきた食べ物を食べていたから、って事になるの?」

「いや、あくまでこれは推測だ。そうとは限らん。……カズラ殿も神の名に相応しきお力でグリセア村の住人に祝福を与えて守っているのかもしれないし、そもそも野盗と戦ったのはグリセア村の住人ではないかもしれないからな。……我々の常識の範疇では語る事が出来ない事が、あの村で起こった、と言う事実以外ははっきりせん」

 

ナルソンの推理を聞くと、ジルコニアは険しい表情で、自分の額を抑えて見せた。

 

わからない、と言う事がわかった。と言う事なのだが、推測の全てがあり得そうで何が正しいのか皆目見当もつかない。

 

メルエムの光の裁きで野盗連中を下した! と言うのなら、実際に光を間近で見ているので直に結論が出て終わり、となるのだが、報告内容と先ほどの様子からみても、それは無さそうだ。

考える事が多すぎて頭が痛くなってくる。

 

「……ふぅ。どちらにせよ、真実を知るにはあのカズラさん、カズキさんのどちらかに聞くしかないけど……」

「うむ。……聞きづらいな。本人の口から話してもらえるのが一番なのだが……」

 

 

そもそもな話。

今回の騒動も、2人がここイステリアに来なければ起こらなかったかもしれないのだ。この時点で大分不興を買ってしまったのは事実であり、2人はグリセア村をとてもよく思っているのは昨日のやり取りで一目瞭然。

カズラに至っては、バレッタと言う村娘との間で淡い想いが募っている可能性も否定できない。そんな村がこんな事になれば、例え助かったとしても、無傷だと言ったとしても、不機嫌になるのは目に見えている。それは人間だって同じ事だ。立場の違いはあれど、恨みつらみを買う事になるだろう。

今回は カズキが何とか宥めてくれていなかったら、どうなっていたか……。

 

 

「んー……、えっと、長机(これ) 持ち上げられるかしら?」

「なに?」

「私たちも食べ物たべたんだし、一応検証しておこうと思って」

「ふむ」

 

ジルコニアは、ナルソンがとりあえず立ち上がって机から離れたのを見て、両手に力を入れて、持ち上げようとした―――が、分厚い板で作られている重厚な長机はとても女性一人で持ち上げれるような代物では無かった。

余程の剛力の持ち主でなければ1人で持ち上げるのは不可能だろう。

 

「はぁ、無理ね。持ち上がらない」

「……まぁ、食べ物がどうこうと言う話は保留にしよう。この状況でこちらからずけずけと聞こうとするのも同じくだ。カズキ殿が我々をフォローする形となったのに、我々が更に悪化させるワケにはいかんからな」

「そうね。……それに、捕えた野盗を尋問すれば、どんなことが起こったのかくらいわかるはずだし」

 

そういうと、ジルコニアは部屋から出ていった。

ジルコニアが去っていった扉を見ながら、ナルソンは再び大きくため息を吐く。

 

「…………」

 

全てが上手く回りだすだろう、と思っていた矢先の出来事だ。

神が降臨してくれたと言うのに、人間の手で災いを起こすなどと、領主として申し訳ない気持ちだが、此処で立ち止まる訳にはいかない、と手に力を再度入れ直すのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そして、カズキはと言うと。

 

 

「さっきは、いきなりですみませんハベルさん。えっとですね。此処に屋上の様な空が見える場所はありますか?」

「はっ! 直ぐにご案内致します」

 

ハベルは足早にカズキの前に出て屋敷にある屋上――見張り台へと案内してくれた。

人払いも一緒にカズキはお願いしたので、在中している兵士はハベルの指示で早急に退散し、この場所にはカズキとハベルの2人きりとなる。

 

「ありがとうございます。ハベルさん」

「いえ。私はカズキ様、カズラ様の為、時には剣、時には盾と 身を粉にして働く所存ですので」

 

ピシっ、と一糸乱れぬ姿勢で胸を張って応えるハベル。

それを聞いて、やっぱり重いなぁ、と思って苦笑いしつつ、もう一つハベルに指示を出した。

 

「後、もう1つだけ頼めますか?」

「はい! 何なりと!」

「今のカズラさんには余裕が一切ありません。……ハベルさんの目から見てもよく判ると思います」

 

 

カズキの言う通りだ。グリセア村の凶報を聞いてからのカズラの様子を見れば誰が見ても明らか。余裕等ある訳がない。だからこそ、アイザックやハベルは そんな彼を守る為に努めている、と言っていい。

 

 

「きっと、グリセア村に向かうまで、カズラさんを1人にすれば……色々と思い詰めると思うんです。……とても優しいひとですから」

 

カズキの言葉を聞いて、【それはカズキ様も同じなのでは?】と言いたかったが、口に出さず最後まで話を聞く姿勢を取る。

 

だが、この次の指示に関しては、ハベルにとって全くの予想外の事だった。

 

「だから、ハベルさん。カズラさんも面識のある人を宛がって貰いたいのです。我々が知る者の中で。……個人的には、つい先日お世話になったマリーさんが一番の適任ですかね。強制はしませんが、出来るのなら、どなたかカズラさんの従者としてあてがわせていただきたいのです」

「!!!」

 

それはハベルにとって願っても無い指示、命令だった。

ハベルの目的そのもの(・・・・・・)に直結する願いをされるとは夢にも思わないが、これが現実である事を知り、状況が状況で不謹慎だとは思うが、歓喜に震えた。

 

「人選はお任せします。……頼めますか?」

「っ! は、はい! マリーなら、大丈夫です。私にお任せください!」

 

ハベルは いつもの自分であるなら、恐らく相当な無理難題は別として、直ぐに返答をする筈だが、一瞬出遅れてしまった事を悔いた。歓喜し過ぎたが故に、だ。

 

「ありがとうございます。……少し、難しいかもしれませんが、理想はカズラさんがマリーさんを指定する流れ―――が、好ましいかと思います。【カズキ(わたし)が指示を出した】と聞けば、きっとまた気にしちゃうと思うので。あ、勿論こっちも無理にとは言いませんよ? 私の名は出していただいてもかまいません。後、カズラさんを1人にさせないで頂けるのであれば」

「畏まりました。すぐさま、マリーを派遣いたします。方法は全て私に一任して頂けるのであれば、何なりと尽力致します」

「ありがとうございます。ハベルさん宜しくお願いします」

 

ハベルの返事を聞いて、カズキはニコッと笑った。

 

別にカズキが頼まなくとも、きっとハベルはマリーを宛がうだろう事はカズキは知っていた。でも100%とは言えないので 敢えて頼む事にしたのだ。

ハベルは決して断らない。嫌な顔1つせず、寧ろ歓喜した事もはっきりとその表情に見えたので、ハベルとマリーに関する情報は、間違いないと認識するカズキ。

 

 

「では、行ってきますね」

 

 

カズキはそう告げると、身体を光にした。

昼間であるのにも関わらず、何よりも眩い光に。

 

ハベルはそれを至近距離から見てしまった。それでも目が眩む事はない。ただただ、神々しい光を、――(メルエム)を、自分の身体全体で浴び続けたい、と無意識に感じていた。

 

「っとと、流石に目立っちゃ不味い。もうちょっと控えめに控えめに……」

 

カズキは自分自身の光の輝きを一段階抑えた。それは光度の制御。……それとなく深夜練習してたりしている。カズラが起きない程度には、光の加減を調整できる様にはなってきた。

これは、自分のオリジナル! と楽しみながら。

何でもかんでも ピカピカしているだけでは面白くない。

ゲームの世界ででも、出来る範囲内で自分自身が出来ることを追求してきたのだから。

 

 

そんな風に思いながら、身体を宙に浮かせた。丁度、この世界の太陽の位置を確認して。……サングラスの様な偏光レンズは無いであろうから、誰も好き好んで目が痛くなる太陽の光を直視する者なんて居ないだろう。

 

その太陽の光に紛れながら空高く飛び上がり、もう 恐らくは誰も見ないであろう高さまで到達したら、グリセア村への方角を確認。

 

確認すると同時に、一瞬だけ、一瞬だけ懺悔。

 

 

「オレは……思い出せなかった。読んでた筈なのに……見てた筈なのに。あの村が襲われる事」

 

 

グリセア村、そして イステリアへきて、色んな人に出会った。

グリセア村の皆とはたった1日限りと短い期間だったが、身に覚えのある者たちばかり。それはイステリアに来た時も同様。

アイザックとハベルに誘われ、この地へと足を運び――ルーソン家の奴隷であるマリーと出会い、領主のナルソン、ジルコニア、……そしてリーゼと出会った。

 

記憶の深層域の扉が、重要とされる人物と出会う度に、開いていった、と感じていたのに……、この重要な所は思い出す事が出来なかった。

 

「―――防げたかもしれないのにっ」

 

必死に、また思い出そうとする。

確か―――村は報告通り大丈夫な筈だ。……でも、100%か否か、と問われれば………決して首を縦に振る事は出来ない。

 

ここに来て、いわば運命ともいえる流れは徐々にではあるが変わってきている筈だから。

 

あの森の獣たちとの出会い。そしてカズラにその獣たちの存在を伝えた事。

自分の知っているこの世界を正史世界、とするなら、例え僅かな差異だったとしても、もう別物の世界になっているといって良いから。

 

 

「っとと、深く考えすぎないすぎない! 今は1分でも1秒でも早く……バレッタさん達の元へ」

 

 

時間にして凡そ5秒ほどではあったが、体感時間となれば、もっと長く感じられていたカズキ。それ以上は余計な事は考えず、ただただカズラと約束した様に、直ぐにグリセア村に向かう事だけを頭に入れて、一直線上に光を伸ばすのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「………カズキ、様」

 

ハベルは、暫くの間動く事が出来なかった。

カズキが空高く光を纏いながら飛んでいく光景。これを見たのは恐らくカズラを除けば、ハベルが イステリアでは初めて見る者である、と言えるだろう。

 

その神々しさは、無意識に自身に膝を付かせ祈る。極々自然に。元々そのような習慣は無かったハベルだったが、それでも 本能に身を任せる様に。

 

軈て、光の筋がグリセア村がある方角へと一直線上に伸びたのを確認。

 

光の球が、その軌跡に乗って……、まるで夜空を流れる星の様に、瞬きながら動き――消えてしまった。

 

 

「――メルエム様。ありがとうございます。…………っ」

 

 

礼を言うのと同時に、色々と画策していた自分自身を悔いてしまったハベル。

全ては彼自身の目的の為――。

 

運もあるだろうが、アイザックの下につける様に動いたのも、そもそも軍に入隊したのもハベルの目的の為。

その目的の為ならば、例えグレイシオールであろうとメルエムであろうと、何だって利用し、のし上がる腹積もりだった。

 

そして今。

 

ハベルは今――まるで腹の底まで見透かされている様な感覚に見舞われた。

無論、それは初めての感覚ではない――が、これまでの冷たい腹の中の探り合いとはまた全く違う別物。

そして 神の慈悲――と言うものを本気で感じられた。

 

故に、それに甘んじる様な真似はしまいと誓う。

 

腹の底まで見据えられている、と言うのなら、小細工は一切使わない事を決めた。

 

「――メルエム様の為に」

 

アイザック程ではないが、ハベルもこの時 心底腹を括ったのだった。

腹の底の想いに応えてくれる形になったのだから、自分自身も―――と。

 

 



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11話 安心安全、更に安心

 

 

 

流石は光……ピカピカの実の力と言うべきだろう。

本当に時速30万km! までは出さないが、あっと言う間にグリセア村にカズキは到着した。

あまりに早過ぎた為、村を通り越してしまったのは また別の話。

 

 

グリセア村上空。

カズキは空から村の様子を見ていた。村が野盗に襲われた、と言う事もあって村の入り口には数人見張りが立っていて、村の中でも警戒しているのだろうか、何人も家家の間を往復しているのが解る。

 

カズキは、報告通り、村が無事である事はまだ見える範囲ではあるがこの目で確認出来たので、心底安堵していた。

 

次に問題なのは、到着したのは良いがどう着陸? するかだ。

 

「うーん……、いきなり降りて行ったら十中八九大パニックになるな……。村の人達との付き合いもたった1日だし(しかも子供たちと遊んでばっかり)、オレの顔覚えてない人もいるかもだし……。バリンさんかバレッタさんは居ないかな……?」

 

カズキは目を凝らしながら、村を観察。

数分後――バレッタと思われる女性が家から出てきた。幸いな事に丁度1人きりで、周囲も問題なさそうだった。

 

まだ、この世界では航空技術が全く進んでいないのも幸いして、空への警戒が無かったのも、今回にとっては良かったと言える。

 

光の力については、まだバリンとバレッタにしか披露していない。

名をメルエム()と名乗っただけだから、いきなりこんなの見せたらそれこそパニックになるかもしれないので、より慎重に降りていく。

 

そして、降りた場所で カズキは、バレッタを確認すると、彼女の後ろ付近に付いた。

勿論、いきなり後ろから肩を叩いたり、至近距離から声を掛けたりして驚かせる! なんて事はしない。少し離れた位置におりて、バレッタを呼んだ。

 

「バレッタさん、バレッタさん」

「! え? あれ?? カズキさん!?」

 

声が聞こえた方を直ぐに振り返るバレッタ。神経過敏になっている様子も今の所は見受けられないが、野盗に村を襲われたのは事実。……彼女自身も襲われた可能性が極めて高い事をカズキは知っているので、細心の注意を払い、余計な事は詮索しない様に決めて、彼女に合流を果たした。

 

「一足先に、戻ってきました。カズラさんもさっき出発の準備をしてましたので、準備出来次第にはなりますが、恐らく今日の夜には戻ってきてくれますよ」

「ほ、本当ですか! あっ、いえ……」

 

バレッタは、カズラが戻ってきてくれる事にぱっ、と顔を明るくさせたが、直ぐに表情を引き締めなおした。

 

「申し訳ありません。私たちの村の事で こんな手数をお掛けしまして……」

「いえ、そこは心配しないでください。……兎も角、無事でよかったです。村の他の人達は大丈夫ですか?」

「あ、はい。大丈夫です。誰も怪我はしてません。カズラさんが、カズラさんとカズキさんが授けて下さった力のおかげで乗り切る事が出来ましたので」

 

カズキのほっとした顔を見ると、バレッタも自然と顰めていた顔が和らいでいく。

 

カズキは、【力】の話を聞いて、少し首を傾げたが―――直ぐに思い出した。

日本の食事の効果の事を。

 

「あはは。それはカズラさんの力ですよ。私は一緒に居るだけに過ぎませんから。……ですから、これからも頑張るつもりです!」

「あ、あの…… ありがとうございました。カズキさん。こんなに早くに、村の為に来てくださって。……本当に、本当に嬉しい、です」

 

バレッタは頭を下げると同時に、ぽた、ぽた、と涙を流していた。

カズキは一瞬悩んだ。……彼女が本当に傍にいてもらいたい人は、間違いなくカズラだ。でも、そのカズラはどう頑張っても後数時間は此処に来るまでに時間がかかる。

 

泣いている彼女を抱きしめる役は、カズラのもの。カズキはそっと手を伸ばしてバレッタの頭を撫でた。

 

そして、仄かに身体を発光させながら……、カズキとしてではなく、メルエムを意識してバレッタに伝える。

 

 

「本当によく―――、よく頑張りましたね。……安心してください。……大丈夫(・・・)ですから。私は勿論、彼も――大丈夫(・・・)

 

 

意味深に、メルエムの光を出しながら、何度も何度も【大丈夫】とバレッタに言い続けたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その後、バレッタ経由で カズキが――メルエムがこの村へと戻ってきた事が村中に伝わった。皆、心の底から安心したんだろう、歓声が上がり メルエム様! の声が何度も何度も村の中で木霊する。

……カズラの時同様、メルエムの名ではなく なるべくカズキの名前で宜しく、と伝える事が非常に難儀だったのは言うまでもない事だ。

 

そして、その後――グレイシオールであるカズラが村へと向かってきてくれてる事も説明する。

 

「カズラさんは、恐らくは今日の夕刻以降になるでしょう。ジルコニアさんの元、アイザックさん、ハベルさん達が指揮を執ってくれているので、そう遅くはならない筈です」

 

その言葉に、また歓声が上がる。

カズラ―――即ち、グレイシオールの祝福の力のお陰で、この村は助かった。

遥か昔、グリセア村を襲った大飢饉と日照り続きによる干ばつから、村を直接的に救ってくれた神様だ。メルエムの名は、光であるという言い伝え以上に伝え聞かされている訳ではないので、順列をつけるワケではないが、やはりグレイシオールの方がグリセア村の人達にとっては心のよりどころになっているのだろう。

やや違う声の質で、カズキはそう感じた。

 

「(ここが神話になる場面だったりするかもしれない、かな。……メルエムっていう神様の名が新たに刻まれて~って感じ?)」

 

もしかしたら、もしかしても無く、間違いなく神話の一ページを担う役どころ。カズキはそう考えると、何処か照れくさそうに苦笑いをするのだった。

 

 

「カズキさまー、あそぼーー!」

「あー、ぼくもっ!!」

「あそぼー! あそぼー!!」

 

 

その後、カズキはあっという間に村の子供たちに囲まれる。

 

「ちょっ! こら、お前たち!!」

 

慌てて、その子たちの親だろうか、何人かが止めに入ってくるが、カズキは笑顔で手を振った。

 

「大丈夫ですよ。この子たち皆も頑張ったんですから。ね?」

「うんっ!!」

 

一番先頭に居た女の子――ミューラが胸を張っていた。

何でも、野盗に襲われた時は幸い眠っていたので、怖い思いはしなかった。その後、所々壊された家の扉や少しだが荒らされた畑等の片づけを手伝ってくれたらしい。

まだまだ遊びたい盛りな年ごろの子たちのたまにのわがままくらい聞いて上げたい、と思うのがカズキだ。――元々、子供が好き(変な意味ではない)だったから、と言う理由もある。

 

 

「じゃあ、カズラさんが帰ってくるまでで良いかな?」

「うんっ!!」

「やくそく――っ!」

 

 

と言うワケで、カズラが軍隊と共にやってくるまでの間、カズキは子供たちと一緒に遊ぶことにするのだった。

 

最初は、まだまだ幼さが残る子供たちの為に、元気いっぱいに付き合うぞ! と微笑ましく腕まくりをしていたカズキだった………のだが。

遊び始めて、ものの数分で その余裕は吹き飛んでしまった。

 

原因はと言うと、勿論子供たちにあった。

グリセア村の子供たちは、カズラがやって来たお陰で大飢饉からの生還を果たし、今も尚元気に健やかに、村で育っている。……ここまで言えば、もう解るだろう。カズラが日本から持ってきた食料をベースに、この子たちも育っているので、動きや体力が最早オバケなのだ。瞬発力もさることながら、跳躍、目の前から突然消えてしまう程の緩急のついた敏捷性。メルエムと言う光を称する者、言わば神と名乗っている自分だが、この子らは正直、韋駄天の生まれ変わり、末裔、等と呼んでも良いとカズキは思った。

韋駄天は 日本の神様なので、グレイシオールやメルエム、オマイシオール等を考えたら 畑違いな気もするが。

 

 

あまりにも凄まじい体力なので、カズキは途中から時折光の力を使って、子供たちを楽しませる方向へと持っていくのだった。

 

 

追いかけっこ、鬼ごっこ等で光の力を使う様な大人げない真似はとりあえずせずに済み、そろそろカズラが帰ってくるかもしれない時間、と子供たちに伝えてお遊び会はお開きになった。

子供たちも遊んでもらえて満足したのか、グズるような子は一切おらず満足のまま家に帰っていく。

 

皆を見送った後に、カズキは どしゃっ と地べたに座り込んだ。

 

 

「はぁ、はぁ、はぁ……、いや なんていう体力してんの、あの子たち……」

「あははは……。皆カズラ様に力を授けてもらった子供たちですから。それに加えて子供っていうのは、元が体力底なしなので、相乗効果で凄い事になってるんだと思いますね」

「ふへぇー。ニィナさんも付き合ったりしてるの? 大変だよなぁ……」

「私もあの子たちと一緒! 力は大分付いてますよ!」

 

ぐっ、と力こぶを作る仕草をするニィナ。……ニィナとはバレッタと同じく、このグリセア村で育ち、暮らしている娘の1人。歳はバレッタと同じだ。

 

「カズキ様、本当にありがとうございます。あの子たち皆、間違いなく不安がってると思うんです。カズキ様のお陰で、皆元気になってくれました」

「いえいえ。あ、お礼は【様】を除けて呼んでくれればで良いですよ?」

「あー……うー……、そ、それは……」

「あはは。直ぐに、とは言いません。それに言ってみただけでもありますよ。徐々に慣れてくれれば。私はここに来てまだまだ日も浅いですから」

 

ふぅ、とため息を吐いた後に、カズキは空を見上げる。

 

丁度、太陽の日の光も黄金色になっており、後少しで夜空に変わる黄昏時。

空が本当に綺麗だな、と改めてカズキは思っていた。この世界には排気ガスの様なモノが無いからだ。……カズラの居る日本より先、未来から来たカズキ。科学は確かに進んでいるが、まだまだこの世界の空の綺麗さには及ばない、とカズキは思った。

 

「私はカズラさんの友ですから。当然の事をしただけです」

 

カズキはそう言ってニィナに笑いかけた。

その笑顔を見て、ニィナも同じく笑い、暫くの間2人で談笑していたのだった。

 

―――それを後日、他の村娘たちに加えて、バレッタまでにも色々と追及されたりするのはまた別の話。

 

 

 

 

 

 

そして、更に数時間後。

カズラが部隊を引き連れて、グリセア村へと到着した。

 

「皆さん。無事でしたか………」

【カズラ様!】

【カズラさまーー!】

 

村の中が一気ににぎやかになった。

バリン宅で休ませてもらっていたカズキにもすぐに分かったので、外へと出る。

 

 

「みんなも無事で本当に良かった……」

「カズラさまー。カズキさまがね! あそんでくれたのーー!」

「うんっ、ぼくもぼくも!!」

 

 

子供たちが笑顔でカズキの名を言っているのを見て、カズラは更に力が緩んだ。

村を見てくる。全力を尽くす、と言ってくれた通りにカズキは頑張ってくれていたんだろう事が直に分かった。

子供たちだけでなく、他の住人の皆も一様に頷いていたから。

 

安心し、力が抜けた所でカズラはバレッタを見つけた。バレッタは早足でカズラの元へ。

 

「村が無事で、皆さんが無事で、……バレッタさんが無事で良かった。本当に良かったです」

「はい。正直、肝を冷やしましたが、カズラさんが授けてくださった力のおかげです。……カズキさんも、村の皆を元気付けてくれました。もう、グリセア村は大丈夫です」

 

笑顔でそう言ってくれるバレッタを見て、カズラは再び安堵する。

そして、直ぐ後ろにはカズキが居た。

 

「大体考えてた時間通りの到着ですね、カズラさん。お疲れ様です」

「カズキさん!」

「はい! 全力は尽くせました! ……とは思います。自己判断ですが」

「とても大助かりですよカズキさん! 皆皆笑顔でしたから!」

 

 

カズキが色々としてくれた事。子供の遊び相手から始まり、荒らされた村の片づけを手伝ったりと、大活躍だった、と説明をしてくれた。

子供たちも口をそろえて、うんっ! と。

 

カズキは、何だか照れくさいのか頭を掻いて笑っていて、つられてカズラも笑顔を見せるのだった。

 

 

 

 

 

――その後。

 

 

カズラを交えて、村の防衛について、自衛についての話し合いをバリンの家にて実施。

バレッタが設計した改善策である村の見取り図は、ぱっと見【砦!】と思える程の出来であり、カズキは勿論、カズラも野盗に襲われる心配はなし! と太鼓判。

だが、問題点も勿論ある。それは村の周囲を堀で囲む為、今まで水路を引っ張っていたのだが、その水路が使えなくなってしまう、と言う点だ。……だが、その辺りは バレッタが既に解決済みである。

 

「サイフォンの原理までバレッタさんは勉強してて本当に凄いんですよ。従来なら考えもつかない高低差も超えて水を運ぶ。……オレ、見せてもらった時 【天才っているんだな~】って思いました」

 

カズキはニコニコと笑いながらバレッタを持ち上げた。

カズラも、【サイフォン……マジで?】と目を見開いて驚く。

 

バレッタ自身は謙遜しつつも、2人がかりで褒めてもらえるので、最終的には 顔を真っ赤にして笑っていた。

 

「上手くいかない場合は、水道橋を設置して水は必ず村へひく予定です。川に繋がる水路も改良して、村の炉も大型化して―――やる事いっぱいで大変ですけど、楽しいです」

 

カズラがプレゼントしたノートとボールペンを使って、これからの作業計画書なるものを見せてもらった。カズキが聞いていたのは、サイフォンの原理を利用した地下水路までであり、そこから先、サイフォンが失敗した事も想定した上での第2案まで纏めて、更に更に他の水路も――。

 

先の先の先くらいまで考えているバレッタ。

 

 

カズキは、カズラに目で。

 

 

【ね? 天才デショ?】

 

 

と同意を求めると、カズラもコクコクっ、と頷いてこたえていた。

 

 

 

 

その後は、水路に必要になる石灰をカズラに頼む形で、今日の所は終わりとするのだった。

 



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12話 君の名は。ノワール

 

 

 

「うーむ………、流石に夜の森の中って言うのはちょっとあれだったかなぁ……」

 

カズキは、ぽつんと一軒家……ではなく、ぽつんと1人だけでグリセア村の外れにある森の中へと来ていた。

 

カズキの言う通り、現在は真夜中。

漆黒の闇がどこまでも辺りを支配しており、この場にあるランタンの灯りが無ければ、一寸先でさえ何も見えないだろう。

 

グレイシオールの伝説の森の中であって神秘さ、神聖さは何処となくありそうだと連想出来るが、真夜中の森の中と言うのは……、怖がりな人であれば絶対に来たくないだろう。それにあまりに静かすぎて逆に耳が痛い。

 

勿論、カズキが1人で此処までやってきたのには理由がある。

 

「練習って、この辺じゃこの森の中じゃないと出来ないしなぁ……」

 

そう、カズキが持つ能力、ピカピカの力の練習である。

夜だと光で目立ちそうな気もするが、この森には基本的に誰も立ち寄らないので安心だ。

それに 昼間だと色々と忙しい事が多くてなかなか抜け出せず、忙しい時間帯を抜けたとしても、村の子供たちに結構な人気者になってしまったので、遊ぶ事を優先させている。

 

因みに今度は日本の歌を披露する、と言う流れになってしまっていた。

 

アカペラで、【あの素晴らしい愛をまた一度】を軽く歌った所……いつの間にか子供たちだけでなく、村のお年寄りの方々も、加えては働いていた人達までも手を止めて集まってきて……ちょっとした グリセア村コンサートになってしまった。

 

目を閉じて歌っていたのが災いしたようで、集まってきたのに気付くのが遅れてしまったカズキ。何だか恥ずかしくなってきて止めてしまおうか……と思ったのだが、皆目を輝かせて聞き入ってくれているので途中でやめるのは悪い、と思い直し最後まで歌ったのだ。

これがまた大好評。自身が楽器を、ギターを演奏する事が出来る、と言う事を告げると 今度、カズラが日本からギターを持ってきてくれる、と言う流れになってまた披露する約束になったりしている。

 

 

「おほんおほんっ!」

 

 

歌の事を思いだしたカズキは、気恥ずかしくなってきたので軽く咳をした後に、本来の目的を実施。

 

「ここは やっぱ天叢雲剣(あまのむらくも)デショ」

 

夜の森の薄気味悪さや思い出し恥ずかし など、ピカピカの力を使い始めた数秒後にはコロッと忘れたカズキ。意気揚々と作り出したのは光の剣。

某黄色い猿が使っていた光の剣である。

 

「おー、凄い斬れる斬れる……。うおーーすげー!! ………でも、うん。これ以上は無し。今後も 練習とはいえ あんまりやらないでおこう。自然破壊になっちゃう」

 

試しに目の前にある木を斬ってみたら……、まるで豆腐? かなにかみたいにスパっと斬れた。続いてもう1本、もう1本、切れ味も凄まじいの一言だ。あのアイザックにカズラが借りていた剣、即ちこの世界の剣とこの光の剣が当たったらどうなるのか……。

 

「(相手の剣ごとたたっ切ってしまいそうで怖いな。……うーん、剣の訓練とか見てみたり、一緒にやってみたりしたいんだけど……、光の出力とか抑えたり、意識的に抑えたりすればいけるかな? んっーー こうかな?)」

 

何度か剣を振るってみる。

勿論、新たな木々に対して試し切りするワケではなく、一度切ってしまって倒れた木に対して、剣の強度を確かめているのだ。

数度試し切りしてみて、手にかかる重さを比べてみると、確かに意識的に……所謂 手加減攻撃をしようしようと考えてやってみると、その通りの強度になった。その逆に最高光度を意識して斬ってみたら、……斬る、と言うより光の剣を木の上に置いたら、殆ど抵抗なく通り抜けた。

 

その後も暫く光の剣の練習を続ける事数十分。

 

「よし!(実験はこの位にしよ。制約の1時間着そうだし。……うぅ~ん、やっぱり練習相手とかいてくれた方が助かるかなぁ。対人戦の感覚は残ってるッポイから色々と出来そうな気もするし……)」

 

VRゲームをやってきて、最後に熱中したゲームの世界で当、【世界一の剣豪!】と一戦交える等のイベントを数多く熟してきた経験がある。あの時のアバターの反射速度、超反応は流石に無いし、覇気の様な力も当然ながら無いが、アバターとはいえ仮想世界での自分の経験だから、ある程度の【剣術の型】や【格闘術】みたいなのは修めているつもりだ。

 

 

「……………あの、ウリボウ達を相手にした時はこっぴどくやられそうになったけど、アレはノーカンで」

「あのウリボウ、とは私たちの事でしょうか……?」

「どわぁぁっ!!」

 

 

本当に突然の事だった。

光の剣の扱い方を確認していて、剣術や格闘についても嘗てのVRゲームの世界で学んだ事を思いだしていて、……この世界で初めての戦闘? の時に 結構な醜態をさらしてしまった事を思いだしていた時だ。

 

突如、後ろから声を掛けられた。

 

驚きで思わず倒れそうになったが、どうにか堪える。

 

「び、びっくりした! な、なに??」

「も、申し訳ありません! まさか、そこまで驚かれるとは……」

 

ビックリして背後を振り返ってみると……、そこにはあの時の黒髪の女の人が立っていた。

そう、正体はウリボウの女性である。……イキナリ首を差し出そうとしてきた最初の人? だ。

 

「驚かせないでよ……。幾らオレでもビックリくらいはするから」

「すみません!」

 

勢いよく頭を下げて謝る彼女を見て、カズキは軽く苦笑いとため息をして向き直った。

 

「それで? 何か用でも……って、そうか。此処が住処だから、騒がしくしてたオレが悪いか……」

「あ、いえ、そんな事はありませんよ。逆に皆喜んでましたから。【また、来てくれた】と」

 

森の中でピカピカしてたり、一本とはいえ大きな木を切り倒して騒いでいたと言うのに、喜ばれるとはなかなか複雑なものがある。

でも、カズキはある意味歓迎されている様なモノだと納得した。

 

「カズキ様がお困りの様でしたので、私で良ければお相手をさせていただこうかな、と」

 

そう言うと、彼女の体躯に負けないくらいの大きな剣を取り出していた。

ゲームの世界で言う【大剣】と言う名のカテゴリーに入る重量武器だ。

 

「……武器もって背後からやってきたら、正直 お相手、と言うより襲いに、って思うんだけど……」

「っっ!! いえ! そんなつもりは毛頭!!」

「あー、うそうそ。冗談だって。ほら、前にあった時みたいに固くなってるみたいだからさ。自然に自然に。崇め奉り~みたいなの禁止だって言ったデショ?」

 

カズキはジト目で言っていたが、慌てだしたのを見てコロッ、と笑顔に戻した。

実際な話。大きな大きな剣を持って後ろから来られたら……、例え声を先にかけてからと言っても、背後から襲われる!? って思ってしまっても不思議ではないだろう。

 

でも、この女性は カズキ自身の身体の仕組み? についてはある程度判っている筈。物理的な攻撃の類は一切通じない事も判っている筈なので、背後からの奇襲! と言う線は 最初から無かったりしている。

……彼女は この森と、自然と通じている部分があるのだろう。だからここにカズキが居た事も判ったし、何をしているのかもわかった様だった。

 

「そう言えばさ。君の名はなんていうの? こうやって相手してもらうんなら名前くらい知っといた方が言いやすいって思うんだけど」

「私には名はありません。………ただの長生きな獣に過ぎませんから」

「へぇ……、長生きってどのくらい?」

「かれこれ……1000年程」

「………………」

「………カズキ、様?」

 

 

さらっと気が遠くなり過ぎて放心しそうな事を言ってのけた彼女。

と言うより、実際に放心している。そして そんなカズキを見て心配している様子。超常的な存在なのはカズキも同じなので、人間相手に話している、とは彼女も思っていないのだろう。

 

 

「あ、いや。何でもない。……んー、でも名が無いっていうのはちょっと不便だよなぁ。(あのでっかいボスウリボウや、子ウリボウらと違って、彼女は結構頻繁に接触しそうだし)」

「では、カズキ様の好きな様に呼んでいただいても……。……寧ろ、名を頂けるのは嬉しいです」

 

彼女は、今まで恐縮しっぱなし、何処か()あった事に負い目を感じているのだろうか、表情が固いものだったが、今 何処となく表情が柔らかく、何より期待に満ちている様子が受けて取れる。

もし、彼女が人間化、変化を解いて獣に戻ったら さぞ忙しなく尻尾をぶんぶんと振っているだろう事が目に見えて解る程だ。

 

「名付けか……、う~む…… 別に良いけど、あんまり期待はしないでよ? ていうか嫌だったら直に言って。獣って言っても見た目完全な女の人に対しての名付けなんて、オレも何か恥ずかしいから」

「ふふ。畏まりました」

 

そういうと、カズキは考え込んだ。

見た目は確実に美人に入る分類の女性だ。リーゼやジルコニアとはまた違った何処かミステリアスさも醸し出しているので、妖艶な美女? とも連想出来る。

何より、この世界ではまだお目にかかっていない程の綺麗な黒い髪が特徴的。獣の状態に戻った時もそう。他のウリボウとは違って綺麗な黒い毛並みだった。……つまり。

 

 

「ノワール……」

「え?」

 

 

ふと、口にしたのはノワールと言う単語だ。

何の捻りもない、ただ【黒】をフランス語で訳しただけだ。

 

「あ、いや、今のなし」

 

安直すぎるだろ、と思いカズキは考えを改める。

黒っぽい犬や猫に、【クロ】と名付ける様なものだと思えたからだ。

 

でも、当の彼女はと言うと……。

 

「ノワール……、良い響きですね。とても、とても気に入りました。ありがとうございます! カズキ様」

「あ、え?」

 

今のなし! と言った部分は全然聞き入ってくれていなかった様子。

ノワール、と言う言葉の流れ、響きを感じ取っていたようなので。

 

そして、満面の笑みで【ありがとう】と続ける彼女に、【もう一回考えさせて? 今のなしの方向で】等と改めて言うのも気が退けてしまったので、その名で決定した。

 

「ふぅ……。妙に緊張したよ……。あ、後他の皆も名前つけて~ とかならもう勘弁してね。存外プレッシャーがかかるもんだってのがわかったし」

 

親が最初に子にプレゼントするのが、名前、と言うものだ。

小動物、つまりペットに名前をつけるのとは訳が違う。ウリボウ達もかなり賢いし、あの中の長ともなれば尚更。歳も900歳以上うえの相手。

……あんまりホイホイ請け負ったりしたくないな、とカズキは思った。

 

 

「わかりました。私だけのモノ、ですね。大事に、大事にします! ありがとうございました!」

「っ……」

 

 

満面の笑みで、そこまで喜ばれたら……、流石に照れる。

彼女……ノワール程美人なら尚更だ。

 

「え、えっと、んじゃ とりあえず宜しく。剣じゃなくて棒で相手するよ」

「はい!」

 

カズキは、天叢雲剣(あまのむらくも)じゃなく、天叢雲棍棒(あまの…略こんぼう)に変えた。 ノワールの実力は……正直判らない。思い出せない。

でも、こちらは物理攻撃一切遮断するので、問題ないが 剣状の攻撃でもしもノワールを傷つけるような事になるのはゴメンだった。自信過剰である、と言う訳ではないが、万が一にでも、だ。

 

 

 

 

その後、数合打ち合って打ち合って……一息つく。

 

 

 

「凄いです。カズキ様は武芸も達者であられたのですね?」

「あー、いや まぁ。そんな感じかな? と言うか 一応オレに関しては説明はしたけど、理解出来た?」

「……はい。私も一応……ですが。はっきりと理解しきれてなかったので。【げぇむ】と言う世界で鍛えた、と言う事で宜しいですか?」

「そっ! そんな感じ。まぁ、こっちの世界じゃ無い娯楽だから仕様がないって。オーバーテクノロジーも良いトコだし」

 

そもそも文明レベルが低い世界。電気も無いというのに、一足も二足も飛び越えた技術、仮想現実世界について話をするというのが無茶な話だ。

 

 

その後、暫く談笑した後。

 

「本日はありがとうございました。素敵な名まで頂きまして……」

「いやいや。オレの方も有意義な時間だったよ。ノワも随分打ち解けてくれてるみたいだし」

「あ、はははは……。私たちは大変な無礼を働いてしまいましたから……。気にするな、と仰られても中々難しかったのです」

「そりゃそーだけどさ。ま、これで終わり終わり。……グリセア村に戻ってきた時くらいに、ここで色々と練習はすると思うからさ。気が向いたら付き合ってくれたら嬉しいかな? まぁオレとノワが来るタイミングが合わないと難しいと思うけど」

「それは是非! バッチリタイミング合わせますので、ご心配いりません!」

「ん。ありがとう。それじゃあ」

 

ひょい、と立ち上がるとカズキは、ヒラヒラと手を振りながら離れていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

見えなくなるまで、ノワールは手を振り続け……カズキが見えなくなった所で獣の姿へと変える。

 

「……まさか、またあのお方に接触するとは。貴様はいったい何がしたいのだ?」

 

そんな時だ。

いつの間にか、背後には大きな大きなウリボウが姿をあらわしていた。

それに気づいた様で、そっとそのウリボウの隣に並ぶノワール。

 

「あの方こそが、この国に()を齎してくれると信じているからです。……メルエム様のお役に立てる事があるのであれば、私は厭わないつもりですよ。……勿論、メルエム様が私を迷惑だ、と捉えられてしまえば、もう二度と接触するつもりは無かったのですが……、本当に良かった」

 

ほうっ、と軽く息を吐く。

獣同士だからこそ解る、お互いの表情。長い付き合いだからこそだ、と言う見方もあるが、大体の心情は察する事が出来るのだ。

 

「名を貰い、意気揚々か。普段より割り増しで機嫌が良さそうだな」

「ふふっ。そうですね。貴方もお願いしてみましょうか? カズキ様はきっと断らないと思いますよ」

「まさか。……いらぬ心労をかけようとは思わん」

 

ぷいっ、と顔を背けるウリボウ。何処となく、羨ましそうにしているのを知っているノワールは、やれやれ、とため息を吐きつつ、並走して走り去っていくのだった。

 



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13話 妹は大切

 

「昨日は何処に行ってたんですか? カズラ様も凄く心配してましたよ?」

「あれ? 私はちゃんと伝えてから出た筈なんですが……」

「【ちょっと出てきます】だけでは、足りませんよ。説明不足です! 流石に一晩中帰ってこないとは思ってなかったそうですし、私だったとしても、同じ気持ちです。……心配します。……とても、心配していました」

 

 

森の中で、ノワールとの練習に熱中し過ぎていたせいもあって、帰ってきた頃には日も出始めた朝方になっていた。

 

ぶっ通しにはなってしまったが、別に体調面は全く問題なし。考えてみれば夜中の間、ずっと身体を動かしていた。元々元来体力は人並みだった筈だが、ここまで出来るとなると、ピカピカの力以外にも身体能力もどうやらかなり向上しているらしい。

……寝不足気味~の様な心配は特にないのは朗報だ。検証しようと思っていた訳ではないのである意味判明出来て良かった。

 

実の所を言うと、身体能力ではなくピカピカの力の制限時間? の様なモノを推し量るつもりではあった。

 

その結果。少なくとも、剣の練習は余裕で一時間を超えていた。あの1時間制約は、もしかしたら、能力使用の有無ではなく、光状態をいつまで継続できるかどうかの制限なのでは? と思い始めたりもしている。

 

流石に1時間以上超えた後に剣で身体を刺してみたり、棒で殴って見たり、はしたくないが。

 

 

そして 閑話休題。

 

 

 

現在カズキは、朝方グリセア村へ帰ってきた所で、村娘の1人 ニィナに捕まった状態である。

 

野盗の一件もあったせいでもあるのだろう。

一応神様設定なカズキ自身が相手であっても、凄く心配してくれていた。

あまりにもカズキがフランクに話すから 自然と接しやすいという理由もあるだろう。

 

 

「……私としては、バレッタさんとカズラさんの2人に……、空気を読んだつもりだったんですが、その結果 皆さんにご心配をかけてしまいました。どうもすみません。ニィナさん」

「あ、いえ、その―――…… 兎も角、帰ってきてくれてよかったです!」

 

カズキは、グリセア村の人達にとって……、否 この世界の人達にとって、人知を超えた存在なので 正直に言えば、身体に関しては そこまで心配する様な事でもなかったりするのが本音だ。……だが、それでも居なくなってしまうというのは、心配する。……もう、戻ってきてくれないのかもしれない、と少しでも考えてしまえば心配してしまう。

 

カズキが村の子供たちと楽しそうに遊んでくれていた姿は、はっきりと覚えている。

うっとりする様な歌を披露してくれた事もそうだ。

 

……あの光景がもう見られなくなってしまうと考えると、胸が締め付けられそうになる。

村娘の中でも、バレッタに次いで特に会話を重ねているのがニィナだ。

カズキと話をするのはとても楽しいし、心地良い時間だと思っている。それがもう無くなってしまうのでは? とほんの僅かでも思ってしまえば………。

 

「あははは。大丈夫です。私は勝手に居なくなったりはしませんよ? 勿論、カズラさんもです。約束します。復興には時間がかかりそうですし、イステリアには何度も足を運んだり、滞在したりする時間は長くなると思いますが、必ずその旨をお伝えします。……それに、ふふふっ。ニィナさん。バレッタさんの所へ行ってたのでしょう? カズラさんとはどんな感じでした??」

 

 

そんなニィナの心境を、カズキは理解したのか朗らかに笑いながら否定をした。

何処かへ行くにしても、勝手に消えたりはしないと約束をしてくれた。

それが嬉しくて、先ほどまで少々険しい顔をしていたニィナだったが、ぱっ、と明るくさせていた。

 

させると同時に、バレッタの事を伝える。その手の話についても 盛り上がってくれるので、大分ありがたかったりしていた。

 

「あの子はやっぱりヘタレで……。カズラ様関係になると、どうも奥手になっちゃうんです。村の防衛の話や、お2人から頂いた知識等を活用して皆を先導する姿からは、どーもかけ離れちゃって」

「あららー……そうですか。でも、追々ですかね? ちゃんと私はカズラさんが他の女性に向かわない様に目を光らせてますっ! ってまた、ニィナさんの口からもバレッタさんにお伝えください。2人からだと結構効果があるかもしれませんし」

「うーん、私はカズキ様に甘えちゃいそうな気がしますね。【……カズキ様がしっかりと護って?くれてるんだ、って思ったら、私はゆっくりゆっくり、ゆ~~~~~っくりでも大丈夫!】とかなんとか。考えれば考える程、くっつく未来が見えなくなってしまいそうです。寧ろ、ライバルでも出てくれば、話は速くなるかもしれませんね」

「ありゃ、それは考えものですね。……とは言ったものの、ゆっくりでも全く問題はありません。この国を、沢山の人達を手助けして、空いた時間にゆっくりと交流を深めてもらえればそれも良し、でしょう」

 

ニィナはそれを聞いて、【私たちも、ゆっくりと交流を深めても良いでしょうか………?】と言おうとしたが、直ぐに口を噤んだ。

 

「おはようございます」

 

丁度、ばったりとハベルに出くわしたからだ。

ハベルは、まずニィナに軽く挨拶を、そして カズキも居ると確認するとゆっくりと頭を下げた。

 

「カズキ様。おはようございます」

「あ、おはようございます。ハベルさん。昨日はゆっくりと話をできませんでしたね。……ありがとうございます。カズラさんの姿を見れば、何とかして頂けたのは判りました」

 

カズキも、ハベルに頭を下げていた。

 

「いえ。私は当然の事をしたまでです。カズキ様のお役に立てたのであれば、これ以上ない程幸せでございます。今後も、身を粉にし、カズキ様の為に働く所存です。なんなりとお申し付けください」

「あ、あははは。大袈裟ですよー。でも、これからもよろしくお願いします」

「はっ!」

 

2人のやり取りを見たニィナは、ハベルの方を再度チラリと見た後……、【こんな感じの人だったっけ?】と首を傾げた。

 

どちらかと言うと、ハベルの上司、隊長のアイザックがこの手の人種である事は理解していて、ハベルには違う印象があった。勿論 副官としての器量は備わっているし、規律を守り、敬意を払い、首を垂れる……と言う所作は完璧に近いものがあるが、何処か打算的なイメージが所々にある印象だったのだ。

 

でも、今……カズキを見るハベルは、そういった様子は一切見せない。言わば心酔してる? と思ってしまう程になっていた。

 

 

―――カズキはカズラ同様、神様の様なモノなので、当然と言えば当然かもしれないが………。

 

 

と、少々面食らうニィナだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その後、ニィナとは別れて(少々名残惜しそうにしていたが)、カズキはハベルに付き添っていた。

理由はマリーに会いに行く為でもある。カズキがハベルを通して、カズラの事をマリーに頼んだのだから、一言お礼を言いたかったのだ。

 

 

「あ、マリーさん。おはようございます」

「っ!? カズキ様っっ!?」

 

 

野営所にて マリーの後ろ姿を発見したカズキは、ハベルよりも早く彼女に声を掛けた。

マリーはと言うと、突然後ろから声を掛けられたうえに、相手がカズキだったので、思わずビックリして、抱えていた荷物を落としそうになっていた……が、何とか堪える事が出来た。

 

「お、おはようございます! カズキ様」

「ハベルさんの家で会った時 以来ですね? お久しぶりです。昨日はカズラさんの事、ありがとうございました」

「い、いえ……、お礼どころか、私はカズラ様にはご迷惑をお掛けしてしまいました……」

 

カズラの話を振ると、マリーは少しばかり表情が沈んだ。

 

 

話を聞いてみると、なんでも、マリーは乗り物酔いをしてしまったらしい。整備されている、とは言い難い道を、ラタが引く馬車で長時間走ってきた事を考えたら……仕様がない事だ。

 

そして、マリーの様子を見ていたカズラが薬をくれたらしい。その薬は本当に不思議な薬で、一瞬で悪かった気分が良くなったのだ。

 

まるで魔法の様な薬で、とても高価な物では? とマリーは思い、自分などの為に―――ととてつもなく罪悪感が合ったりしていた。

それでも、カズラは笑って赦してくれて……逆にお世話になったのは自分の方だ、と思えたのだ。

 

そんな様子のマリーを見て、カズキは笑いながら言った。

 

 

「そんな風に思う必要はないですよ。だって、カズラさんは、きっとマリーさんに救われた、と思いますから。……1人きりだったらきっと悪い風にしか考えられなかったと思います。大切な村が襲われた、と聞かされていたのであれば尚更です。私は別行動になってましたし。だから、マリーさん。カズラさんの傍に居てくれて、ありがとうございました」

「あ、いえ! そんなっ! わ、私はたまたま……ハベル様が……」

「はい。勿論、ハベルさんにも感謝感激です。今後とも、よろしくお願いしますね? お2人とも」

「は、はいっ!」

「はい!」

 

 

 

 

その後も暫くマリーを交えて3人で談笑した後、カズラと合流。

カズラ自身からも、夜中ずっとカズキがバリン邸から不在にしていた事に対して、お叱りを受けた。

森でピカピカの力の練習、と言うのもあるが、もう1つ、カズラとバレッタを2人きりにしてあげよう! 的な、カズキのお節介な面があったとはいえ、心配をかけたのは事実なので、カズキは甘んじて受けるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ハベルとマリーは、カズキとカズラと別れた後 ほっと胸を撫でおろしていた。

緊張しなくても大丈夫、普通に、と何度かカズキは勿論、カズラにもそんな感じで言われていたのだが……、はい、わかりました。と直ぐに切り替えが出来る程 マリーは器用ではないし、それに軍人でもあるハベルには少々無理難題だった事もあるので仕方のない事だと言える。

 

 

「……ハベル様。不思議な方々、ですね。カズラ様もカズキ様も。まるで、身分の違いなんてないみたいに、こんなにも優しく接してくださって。私にお声を掛けて下さって……。……それにあの時、カズラ様は馬車に酔ってしまった私に薬まで……」

 

ほうっ……と何処か遠くを見ているマリーの視線は、もう見えなくなったカズラやカズキの姿を追いかけているのだろう事が、ハベルにもわかった。

そんなマリーに同調する様に、ハベルも首を縦に振る。

 

「ああ。……お2人は、とても優しいお方だ。優しい方々に甘んじる事無く、勤めを果たす必要があるんだよ、マリー」

「……はい。勿論です。頑張ります。……あの、私……」

 

マリーは、ぎゅっ、と左右の手を握って続けて答えた。カズキやカズラに対して、何を感じていたのかを。

 

「私は……初めてお会いした時にもそうでしたが、凄く緊張していました。……お屋敷で、カズキ様は【頑張ってね、大丈夫だから】と言ってくださいました。最初は、よくその意味を理解していませんでしたが、カズキ様に、カズラ様に出会って接する事が出来て…… その意味を理解する事が出来ました」

 

マリーは、ただのルーソン家の奴隷。

身分を考えれば、領主の友人と言うとてつもない相手の世話係に任命されるなどあり得ないだろう。ナルソン家が見繕った従者をつけるというのが、普通だと思える。

 

だけど、今日は自分がカズラのお世話係にとハベル経由ではあるが、任命された。……考えられない事だ。

 

そして、カズキの言葉を思い出す。……この事を言ってくれたのだろうか、と思う。

 

まるで全てを見透かしているかの様に……。

 

「カズキ様は、まるで未来が見えているかの様で……。それに、話をしているうちに、なぜかすごく安心もできて……」

 

心を赦せる相手。

奴隷であるマリーがそこまで思える相手は、数える程度しか居ない。仕事上での信頼する相手こそはおれども、心から赦せる相手ともなれば、目の前のハベルは勿論。そしてもう1人―――。

 

 

「なんだか、まるでお母さんと話しているみたいで――――」

「………」

 

そう、マリーの母親だ。

今は、居ない(・・・)……母親。

 

「……ッッ!! も、もうしわけございません!! わ、わたしはそんなつもりで言ったのでは……!!」

 

マリーは、自分が言ってしまった言葉を思い出し、そしてハベルの表情をみて、直ぐ様謝った。

そんなマリーの謝罪を軽く頷きながら聞き入れるのはハベルだ。

 

「……うん」

 

ゆっくりと頷くと、ハベルはマリーの頭を撫でた。

 

「……ハベル様?」

「マリー。2人でいる時くらいは呼んで欲しいな。兄さんって」

「っ! あ、……に、兄さん……」

「すまない。今までのオレには力が足りないせいで。義母さんを……。……でも、今は違う。……必ず。いつか必ず見つけ出して見せる。……マリー。カズキ様の言葉じゃないケド、オレも使うよ。……大丈夫だから。絶対に、大丈夫。安心してくれ」

「……はい」

 

 

ハベルの目的。

それは自身の妹であるマリーにあった。軍部で昇格を目指しているのも、カズキ直属の部下に成れた事に対して心から喜んだのも、全てはマリーに通じる。

 

カズキは、そんな自分の企みにも似た考えを読んでいたとでもいうのだろうか、と思う事はある。

 

マリーが言う様に、未来を見ているのではないか? と。

 

確かに、光を放つ、光に成る、と言った超常的な力を見せられた事もあり、新たに未来が見える、と言われても全く不思議ではない。……それに、本当に見えているというのなら、見えていた尚且つ、マリーやハベル自身に慈悲の手を差し伸べてくれているという事になるのだ。

 

カズキやカズラに、より強い力に取り入ろうとしたのは事実だが、そこまで信頼を勝ち取れたか? と問われれば 日が浅すぎるという事も有り、完全に不十分だ。

 

こういう類の話で、類似するのは軍部で賄賂片手にのし上がろうとしている貴族出身の兵の話。

ハベル自身が知る中でも両手で数える以上くらいにはいるのを知っていた。

そういった裏工作、言わば不正をも行っていたとしても、時間と言うのは必ず要する。

 

だが、抜擢されたのは異例といって良い。その上に本来の目的でもあるマリーの事も考えれば尚更。

 

 

なぜ、ハベル自身がそこまでカズキの御手を、慈悲をあやかれているかは分からないが、ただただ 神であるカズキを、そしてカズラを、今後とも粉骨砕身の覚悟でお付きする、お守りする。ただそれだけだと ハベルはマリーの頭を撫でながら、改めて心に誓うのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その後カズキは、カズラと合流。

何人目かになる、夜の外出を少々咎められたが、子供じゃないんだし、と言う事でカズラは割とあっさりとしていた。

 

次に話すのは今後の予定。

 

「アイザックさんに確認したけど、後続の到着は、明日の夜には着くらしい」

「なるほど……。つまり、想定より余裕が出来たって考えで良いですかね? イステリアの皆が、肥料を入れる袋を用意して、此処に持ってくる間に日本で物資の調達する、と」

「うん。到着に間に合う様に手配は出来ると思うよ」

 

と話をしながら、日本へと続く森の中へと足を踏み入れた。

 

「ノワは……来ないかな? カズラさんにも姿を見せる、って話は以前してたんだけど」

「えっと、……虎サイズの狼の話、だっけ?」

「そうですね。どちらかと言うと、ほら、古いアニメで出てくる山犬に近いかと思いますよ」

 

それを聞いて、カズラはやっぱり顔を顰める。

某長編アニメの山犬……人間を余裕で吹っ飛ばして食い荒らして……、あのアニメは見た事あるし、インパクトも凄かったから、覚えていた。……そんな最早怪物と言っていい相手がすぐそばに居る、ともなるとどうしても足がすくむ。

 

「あ、あははは。大丈夫ですよ。カズラさんの存在は元々知っていたようですし、……どっちかと言えば、オレの事を異分子? 扱いしてましたし」

「突然襲われたんだっけ?」

「そうですよ。………ここで突然目を覚まして、文字通り 右も左も判んない状況で囲まれて、メチャクチャやられました。あれは本当に肝が冷えましたよ……」

 

話を聞けば聞く程、ゾッとする。大丈夫と言われてもゾッとするのを止められない。

はっ、と思い直したカズキは、直ぐに首を横に振る。

 

「今じゃ仲良しですよ? ぜーーーったい、カズラさんにも、勿論 グリセア村の皆にも危害は加えたりしないです! それに、この森は、グレイシオールの伝説があるから、そうそう訪れたりはしないらしいですし。遭遇する事自体稀な気がします」

「ほんと、カズキさんが居てくれてよかった……。なーんにも知らないで、のほほんとこの道を往復してて、そのノワさん? にばったり出会った日には、ひっくり返りそう。心構えがあるのと無いのとじゃ雲泥の差ですからねぇ……」

 

たはは、と苦笑いをするカズラ。

 

そして、そうこうする内に、森の中とは思えない似つかわしくない人工建造物が見えてきた。石造りの入り口で、その袂には小さな墓が作られている。……話には聞いていた グレイシオール本人であろう人の墓だ。

 

カズキはそっと足を止めて、両手を合わせて祈り、カズラもそれに続く。

 

おえると、更に進んでいき――――ある一定の境界を超えると、また別の空間に来た。六畳ほどの畳の部屋だ。

 

「こっちではオレの戸籍は無い筈ですし……、よくよく考えたら色々と不便ですよね……」

「あはは。その辺はオレに任せなさい! バッチリフォローはするんで! ……流石に戸籍取得とかになってきたら、大変だと思うけど」

「あ、大丈夫です。今の所、現住所は、異世界の方にするつもりです」

 

カズキは、ケロっとしているが……、カズラは内心やっぱり元の世界の事。こことは違う時間軸の日本の事を思い馳せているんだろう、と思っていた。表情には出していない、が何処となく暗い感じがするから。

それでも、表に出さない様にしているのだから、自分から言うものじゃない、とカズラは判断した。

 

「交通手段が車1つしかないし、またもう一台買っとこうかなぁ」

「おぉぅ……、車をぽんっ、と買えちゃうような話を聞くと、やっぱりインパクトありますねぇ……」

 

カズラの言葉を聞いて、恐れおののく! のがカズキ。

40億と言う途方もない金額を当てて見せた男はやっぱり凄い強運の持ち主だ。

カズラも、何気にVサインを送っていた。

 

でも、問題点はある。

 

「でも、オレは免許証とか無いですし……」

 

そう、こちらの日本での免許証が無いのだ。……と言うより、問答無用で転送? されてしまったので、財布自体持っている訳がない。

 

「あっ、それは不味いな。捕まっちゃったら、かなり面倒な事に巻き込まれちゃうよ」

「でしょ? 安全運転はしてきたんですけど、万が一っていうのもありますし」

「うん。ここはより安全性を考慮して、暫くは日本では別行動はやめて、一緒に買い物に行こう。この屋敷は山の中にあって、一番近いトコでも40kmくらい離れてるから、どうしても交通手段は必要だし」

「ですね。流石に日本でピカピカの力使うと大騒動になりそうなので、そっち方面の手段は禁じます。……作者さんが見たらリアルで目玉飛び出しそうですし」

「あ、あははは……。確かに。それにここは向こうと違って飛行機やヘリ、果ては衛星まであるからなぁ、空が安心? とは言えないし」

「はい。なので、基本的にはオレの時代でも日本は平和ですので、この力は封印! って事で」

 

 

色々と話し合って決定した。

買い物自体は一緒に行く事にして、そこで力仕事等があれば、カズキが手伝う形。金銭面と、店側と話すのはカズラが全てしてくれる事で収まった。

 

今回購入するのはそれなりに大量になるので、2人いても必要ない、と言う事にはならないだろう。

 

「さて、大量の買い物に出発しますか」

「了解です!」

 

 

 

こうして、日本での大量お買い物ツアーが開催されたのだった。

 



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14話 歌

 

カズキにとって、ここまでの大型のお買い物は初めての事だった。

 

何十億も持っている大富豪だからこそ、ここまで思い切りの良い、見ていて清々しいと思える程に沢山の買い物が金額気にせずに出来たんだろうな、とシミジミと思う。

 

とりわけ重要度が高い買い物は、肥料に使う何tもある堆肥や数100㎏もある石灰。そしてカズラにとってあの世界で活動必須になってくる日本製の食糧を貯蔵する為に必要な家電。沢山の家電製品。

イステリアにて電気を使う為の発電機と法令に引っかからない程度貯蔵出来る量のドラム缶(発電機用の燃料セット)。

 

それらを発注するまでは早くスムーズだったのだが、問題はここからだ。

 

 

どこもかしこも、大量に購入してもらえて嬉しいのか、大口の客を逃すまい! と思っているのかは分からないが、物凄い速さで山奥にある屋敷まで運んでくれた。

 

 

なので、大量の電話が掛かってきたそこから先はカズキとカズラの二手に分かれて行動した。ピカピカの能力で一足先に~と脳裏に浮かんだが、自分で自分を……は勿論、カズラにもそれは却下。万が一にでも見られたら大騒動になってしまいかねない。トリックの類だ、と最初は思われるだけかもしれないが、それでも慎重に行動するに越したことはない。

 

足のあるカズラが、買えていない資材等の購入に走り、カズキは屋敷にて待機して入荷対応をとる。手分けして行った作業が功を成した様で、考えていたよりも早くに準備完了。

 

大量の物を……重量物を屋敷へと運ぶの大丈夫なのかな? と思い、色々確認してみたら――不可思議な(・・・・・)ものがあったのがややカズラは引っかかっていたが、今は一大事なので、細かい事は置いといてするべき事を優先させる。

 

そして作業も完了、後はイステリアへと向かうだけだ。

 

 

「まさか、ショベルカーを運転する事になるとは……、これはこれで驚きですし、すげー量でしたが、やってみると結構楽しいものですねー」

「だよねー。加えて、500㎏まで運搬可能な農業用運搬車2台! 最強最強! この組み合わせ最強!! それに、ほんとにカズキさんが居てくれて助かったよ……。1人だけだったら多分、100回は往復しないとだし、途方もない作業時間だっただろうし……」

「いえいえ。大変良い経験ありがとうございました!」

 

わはは、と2人して笑い合う。

正直な所 何だか妙なテンションになっている感なのは否めない。

確かに二手に分かれて、この文明の利器を存分に使った特殊車両たちを備えれば、総重量50tを超す堆肥を運ぶ事も、精密機械である家電製品を運ぶ事も燃料を安全に運ぶ事も可能だろう。

 

 

 

【科学万歳! 現代科学万歳! いざゆかん! イステリア!!】

 

 

 

となっている。

最初は、山々とした堆肥やら、大量の家電やらの物量もあって圧倒されてしまっていたが、変なテンションでどうにか乗り切る事が出来た2人だった。

 

 

2人はその後、華麗にハイタッチを決めると、それぞれの詰め込んだ農業用運搬車に乗り込んでエンジンをかけた。キャタピラ式なので非常に力強く、坂道だったとしても滑る事は一切ない。これなら、あの雑木林でも足をとられると言った心配も皆無だろう。

一列で行進すれば、森を余計に傷つける事も無い。

仮にも神様が自然を蹂躙した!? ともなれば格好がつかないので、その辺りは配慮。以前カズキが話をしていたウリボウ達の事もあって、自然は大切に~ なのである。

 

 

 

そしてそして、2台の農業運搬車は、爆音をとどろかせながら異世界へとダイヴ。

雑木林を抜けて、太陽の光がジリジリと照らされる外へと到着すると、そこには当然ながら唖然としている村人たちがこちらを凝視していた。当然だ。この世界には機械の類は無い。乗用車なんかも無い。ラタで馬車を引っ張ってもらうものだけだ。

明らかなオーバーテクノロジーを見せつけられて驚かない方がおかしい。

幸いな事に、搭乗しているのがカズラだという事は直ぐに分かってもらえたので、大パニックにはなっていなかった。

 

 

 

「やーやー皆さん。本日もやたらと暑いですねー!」

「熱中症だけは注意してくださいねー。こまめな水分、塩分補給・休憩は確実に~ですよ~」

 

 

 

爆音を響かせながら2台が並列駐車。

恐る恐ると言った様子で近付いてくる村人の皆さん。

 

「あ、あの……カズラ様、カズキ様。その乗り物は一体なんなのですか!?」

 

これまでは荷物運搬ともなれば、カズラがリアカーをせっせせっせと引いてきて~が主流だった。リアカーレベルならばタイヤのゴム辺りがちょっとこの世界にはまだ存在しない物になってしまうかもだが、仕組も理解できるし 容易に受け入れやすいだろう。……が、この運搬車だけは別格も別格。

こちらの世界の皆さんの理解の範疇を余裕で超えしまっているので、動揺を隠せれない。それが例えカズラやカズキが乗ってきたものであったとしてもだ。

 

「あー、それはですね。神の世界で使われてる重たいモノを運ぶことのできる乗り物なんですよ。沢山の荷物を一度に運べるんで、とても便利です。今からどんどん降ろしていくんで、そこから離れてもらっても良いですか?」

「は、はい!」

 

神の世界~ ともなれば、連想するのは お空の雲の上だったり、天使?様たちがふわふわと浮いていてお歌を歌ったり、とてもきれいで楽しく……と言ったメルヘンチックな想像をするかもしれない(個人的意見)が、カズラの農業運搬車を見て、神の世界の感じが瞬く間に変わってしまったのは言うまでもない事だろう。

 

「多分、私たちがそれぞれ50回ずつくらい往復したら、こちらの世界への搬入は完了すると思うんで、運んでる間に手伝ってもらうのはどうでしょう?」

「あ、そうですね」

 

 

50回と言うのは正直途方もなく感じてしまう……が、村の皆さんの前でげんなり、とする訳にはいかないカズラは、提案を受けて頷きながら皆へ協力を仰ぐ。

 

勿論、村の人達に手助けを貰えた。

 

この国を救うためにしてくれている神々からの頼みなど、如何なる事でもする所存!! な人達が集まっているので、農業運搬車には度肝を抜かされたが、そこから先は早かった。

親に引っ付いてきていたのであろう、子供たちはカッコイイ!! と口々に騒いでいて賑やかだ。

 

「カズキさまーー。おうたはーー??」

「カズキさまーー!」

 

女の子たちが大きく手を振りながらせがむ。

 

ぎょっ! とするのは、その子の親だろう。こんな時にいったい何をわがままを!! と口を閉じさせ様とした時、カズキは嫌な顔1つせず、ぐっ、と拳を握って笑顔で応えてくれた。

 

 

「ちょっと待ってねー。仕事が終わったらまた一緒に歌おうねー」

「「「「ぅわーいっっ!!」」」」

 

 

カズキがあんな大きな音を出す車の上に居ても、自分たちに気付いてくれたのが本当に嬉しいのか、或いは、約束してくれた事が嬉しいのか分からないが、ぴょんぴょん飛び跳ねて喜んでくれていた。

そこまで喜んでもらえるのは、恥ずかしいが嬉しいというものだ。

カズキも笑顔を見せつつ、作業に戻っていった。

 

「ふふふ。カズキさんは本当に子どもたちに大人気ですね?」

「あははは……。自分が、遊んでもらってるだけ~ って言ってましたけど、きっと子ども好きなんだと思います。おやつを用意してあげたり、本を読んであげたり、歌をうたってあげたり。何だか父親と母親の両方をしてあげてるような感じです」

 

確かにその通りだ、とカズラと少し話していたバレッタは同調。だが、それはカズラにも言える事だ、と笑顔を見せるのだった。

 

「カズラさん。50回ずつ、となれば、大体どのくらい運搬するのですか?」

「えーっと、50t、ですかね?」

「ごっ、50ですか。随分持ってきましたね……。でも、水も何とかしないといけないと思うのですけど、水車も沢山持ってきたのですか?」

「ああ、それはイステリアで量産させていますよ。いくつかの部品をグループに分けて、街の職人を使って作らせるように、と指示しておいたんです」

 

復興の手筈については、やれる最善策を模索して、それらの指示を出している。

壊滅的な被害を被っている田畑だが、全滅と言う訳ではない。とにかく生き残っている所から救済を続けて、どうにか生き返らせる事に注視しているのだ。

最悪、色んな目で見られる可能性があるが、集中的に日本製肥料を集中投下する最終手段も考えているので、想像上では上手くいっている。………そして、カズキとも話をしたが、今回のはグリセア村だけではない。イステリア全体を見るあまりにも規模が大きいので、想定外の出来事は絶対に起こるだろう事は頭に入れている。

 

「バレッタさんの方はどうですか? 何やら既に工事が始まってるみたいですが」

「あ、はい! 村の皆に協力をしてもらって、以前カズラさん達に見てもらった図面で工事を始めました。村全体を柵で囲って、見張り塔の建設ですね」

「おお、さすがバレッタさん。仕事が早い……。っとと、石灰もちゃんと用意したので、後でもってきます。2t程は用意したので、多分行けると思いますよ」

「わっ! ありがとうございます! それだけあれば大丈夫です!」

 

 

笑顔のバレッタを見て、カズラは改めて思う。

グリセア村が野盗に襲われた、と聞いた時は本当に生きた心地がしなかったし、自分自身を責めていた事もあるカズラ。

事実、カズキが一足先に向かってくれた事など(マリーをカズキが宛がった事実は知らず、ハベルの指示だと認識。そして ハベルの評価が最高潮(ストップ高)になっている)が無ければ、未だに引きずっていたかもしれない。

村の子供たちを元気づけてくれた事もそうだし、一足先に他の皆を安心させてくれた事もそうだし、感謝してもしきれない。だからこそ、今は復興の方に力をいっぱいに注げるのだ。

 

 

「っとと、カズキさんに置いてけぼりにされる訳には行きませんね。作業に戻ります」

「あ、はい! 本当にありがとうございますっ!」

 

 

ちらっ、とカズラは、カズキの方を見てみると……、子供たちとの話は終わったのか せっせと積み荷を降ろして2バッチ目に入ろうとしていた。……子供たちは、最初こそ大盛り上がりだったんだけど、カズラさんとカズキさんの邪魔をしちゃ駄目でしょ? と親たちから説教を受けて、ちょっぴり涙目になっていた。

 

叱られて、怒られて、褒められて、そして大きくなっていくんだ。頑張れ。

 

と何処か親でもないのに、ちょっぴり殊勝な事を考えつつ、カズラも皆に手を振られながら農業運搬車を操り、仕事に戻っていくのだった。

 

 

 

 

 

 

そして、丁度その頃………。

 

グリセア村に到着していたジルコニアは、周囲をきょろきょろと見回していた。

その原因は勿論、遠くからも低く聞こえてくる地鳴りのような音。腹の底にまで響いてくるドドドドド、の轟音。

 

だが、とりあえずアイザックが出迎えに来たので一先ず先に話を聞く事にした。

 

「ジルコニア様。行軍お疲れ様でした。部隊の指揮権をお返しします」

「ご苦労様、アイザック。ちょっと寄り道(・・・)してて……遅れて悪かったわね」

「は! ………??」

 

アイザックは姿勢を正し直し、敬礼をする……が、そのジルコニアの隣に居る近衛兵の1人、オーティスの様子がやや気になった。

顔色は明らかに悪く、ゲッソリと頬がこけている様にも見える。体調不良だろうか? とも思えたが、口を出してまで確認する事は無かった。自分の部下ならいざ知らず、近衛兵ともなればあちら側の方が位は上なのだから。

 

 

因みに、それにはワケがある。

ジルコニアの寄り道……と言う点にだ。

 

ジルコニアは、此処に来る前に、野盗の死体の確認をしていたのだ。

動物に掘り起こされない様に地中深くに埋められていた死体を掘り起こし、その状態を確認。イステリアにて、3人の野盗の生き残りの尋問をした後、その証言が正しいのかどうかの確認だった。

 

曰く、グリセア村の住人は怪物である、と言う証言だ。

 

ある者は凄まじい剛力で両断され、そして殆どはほぼ無抵抗、と言って良い状態で仕留められたと。野盗ともなれば、抵抗は全力でするだろう。捕まれば当然死罪なのだから、後先考えて等いられない。……にもかかわらず、圧倒されて捕虜を残し全滅した。

 

その死体の状態を確認すれば、裏が取れる。と思い、ジルコニアは側近を1人加えて墓荒らしの様な真似をした。

 

事実はその通りだった。腐敗も進んでいて、明確な確認は出来ないかもしれないが、切り口の感じや、死体の状態を確認したら、証言は全て一致した。

 

……それらの作業をしていたが故に、オーティスはゲッソリとしていたのだ。決して慣れている作業とは言えないから。

 

ジルコニアは口でこそ、腐敗臭や人間の死体などで【吐きそう】とは言っていたが、口でいうだけで手は全く止まっていないので、凄まじい胆力、精神力だとオーティスは改めて脱帽していた。

 

 

 

 

 

 

「それにしても、この音はなに……?」

「あ、これは……」

 

アイザックはオーティスから視線を外すと、ジルコニアに音について説明をしようとした……が、その説明は殆ど不要に終わる。

 

丁度、カズキとカズラがあの雑木林を抜けて戻ってきて、視界に入ったからだ。

 

 

「あれ? ジルコニアさんも来てたんですね」

「おはようございます」

 

 

笑顔で手を振りながら……見た事も無いモノに乗っている2人。

数秒、固まってしまったのは言うまでもない。

 

 

「話によると、農業用運搬車という神の国の道具との事で……」

「そ、そうなの……すごいわね………」

 

圧倒されるのは無理もない。

光を見せられた時とはまた違った驚きだったから。

 

ジルコニアは、足早に傍にまでやってきた。丁度、カズキが積み荷を降ろして身軽になった所だ。

 

「え、えっとカズキさん。この、農業用運搬……車? はどれくらいの早さで動くことが出来るんですか……?」

「? えーっと、確か……」

 

カズキは、速度メーターを確認した。

走行中に注視していた訳ではない、視界の中にはあったので大体の速度は覚えている。デジタル表示と針が動くアナログ表示の二つがあったので、割と覚えていた。

 

「時速10m以上は無理だったから……、軽く走ったりするくらいですかね? なので、これは戦場ではあまり運用出来ないと思います。何せ音が大きいので隠密~も無理ですし、攻撃を想定して頑強に作られた訳でもないので、手段を考えれば簡単に破壊されちゃいます」

「っっ!! あ、いえ、そういうつもりでは……」

「あははは。大丈夫ですよ。私に取り繕う必要はありません。流石にカズラさんは慈悲と豊穣の神グレイシオール。お優しい方なのはまちがいありませんが、まだ話さない方が良いと思います」

 

驚愕しているジルコニアにニコッ、と笑みを見せるカズキ。

 

「今は国の救済に力を注ぐつもりです。……その後(・・・)の話は 全てを終えてから。時期が来たら、でどうでしょうか」

「……………」

 

ジルコニアは、片膝を付いて跪いた。

ぎょっっ、としたカズキ。流石に公衆の面前でそれをされるのは困るんだが、ジルコニアはお構いなく続けた。

 

 

「ありがとう……ございます」

 

 

心の底からの感謝の言葉と言うものはこういう事を言うんだろう、と思えた。

この運搬車のせいで、物凄く周囲が煩いのだが……、ジルコニアの小さな声は身体の底にまで届いてきた感覚があるから。

 

カズキは周囲をきょろきょろ、と見渡す。

幸いな事にジルコニアを見ていたのは、アイザックやオーティスと言った側近たちのみで、他の村の人達は気付いていない様だ。

なので、カズキは一先ずエンジンかけっぱなしで降りると。

 

 

「大丈夫です。大丈夫。ですから、今は目の前の事に集中しましょう」

「っ……。はい」

 

 

 

―――光の神は全てを見据えている。

 

ジルコニアは本能的にそう感じた。

恐らくは自分の生い立ちをも判ってくれているのではないか? ともだ。心の中まで読んでいる、とも。……流石にそこまでオープンにする訳ではないのがカズキ。その後は慈悲深い微笑みで乗り切るのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

その後も色々と大変だった。

 

 

作業自体は、車が2台あっても大変で結構時間がかかり、袋詰めなどは村人や軍の皆さんが頑張ってくれたので、何とかなったがすっかり日も落ちてしまった。

 

 

だが、何よりも大変だったのは カズラだ。

 

 

掻い摘んで説明すると―――――同性愛者である、と言う疑惑、確信? をジルコニアに植え付けてしまった。

 

 

 

何がどーなったらそうなる!???

 

 

 

と思われるかもしれないが、勿論これにはワケがある。

 

日本食で超人化した村人たち。怪物の様な力を持ち、野盗をも蹴散らした村人たち。

容易にこの力を外に出す訳には行かないのは当然思う事であり、日本食に関しては他の人達に広めないように決めていたのだが……、日本製の肥料を使って育てたものは大丈夫なのか? と言う疑惑。そして、それが本当なのなら 考えうる最大の問題点に到達してしまったのだ。

 

イステリア復興の要が肥料。

 

それを使い、食糧問題を解決しようものなら、国中に広がってしまう恐れがある。穀倉地帯の復活の約束はしているので、今更撤回ともなれば……、その理由が思いつかない。

非常に困った展開になった。

 

「カズラさんが実際に食べてみて、満腹感をまずは確認する、のはどうでしょう?」

 

カズキがそう提案。

バレッタやバリンも頷いた。

 

 

そして暫く時間が経過―――。

 

結局腹ペコのままであり、カズラの身体には合わない事が判明。それでもまだ証拠と言うには弱い。カズラだけがダメだっただけで、イステリアで暮らす人達は違うかも? と言う新たな疑惑が生まれ、他の人で試す事になった。

 

そこで選ばれたのがアイザック。

 

もしも、効力が出た場合、言いふらしたりせずに、今傍にいて、協力を頼めそうな人、ともなれば、信仰心が非常に厚く、寧ろ重いと言って良いアイザックに白羽の矢が当たった。

 

満場一致だったのは言うまでもない。非常に真面目且つ優秀な人であり、神であるカズラの事なら、恐らく直属の上司であるナルソンにも黙っているだろう。……以前の事を負い目にも感じている事も考慮すれば尚更。

 

 

 

そこで始まったのが、天幕の中での【アイザックさんの筋トレタイム】

 

 

日本製の肥料を使って育てた食糧を食べてもらい、そして 約2時間ほどトレーニングをしてもらう、と言うメニュー。

この2時間と言うのは、カズラ自身の体感時間。以前、瀕死で死の淵をさまよっていたバリンが、リポDドリンクで劇的復活を果たした時間が2時間だったから目安だ。

 

アイザックは、聞かされた時は正直混乱していた。

 

詳しい意味を話してもらえず、ただ食べてトレーニングを、と言われれば当然誰でも混乱する。……内容は正直変だが、普段自分達が身体を鍛えている事をそのままする、のと同じだ。と考えて愚直に勤めを果たしてくれた。

 

 

結果は――――体力回復の効果は全くなし。である。

 

 

アイザックは最後にはぶっ倒れてしまった。

 

でも、二時間ぶっ通しで筋トレをやってのけたアイザックは物凄いと言えるが、この世界の軍人の常人的な体力である、らしい。

 

 

 

 

そして―――ここからが、同性愛者疑惑へと通じる事になる。

 

全てが終わった後、カズラは理由あってアイザックに口止めを図った。ハベルには勿論、ジルコニアにも秘密だと。何とか頼むとアイザックは考えていた通りに了承してくれて、安心して天幕を出たのだが……、そこをあろう事かジルコニアに目撃されたのだ。

 

カズラが出ていっただけなのならまだ良い。問題は次で、アイザックに用があってきたジルコニアは、天幕に入った瞬間、その光景を見て固まった。

 

 

アイザックは上半身裸。加えてベッドに腰掛けていて、布タオルで身体の汗を拭きとっている。天幕内の地面には布が敷かれていて、所々で汗で湿っている。加えて、長時間運動をしていた(ジルコニアは知る由もないが)事もあり、アイザックの発している熱気でむわっ! と空気が外とは全く違っていた。

 

そこから連想するのは――――――アレ(・・)だ。

 

丁度その前にカズラが出ていっている。見間違えようがない。アレはカズラの後ろ姿。

 

 

 

「だ、誰にも言わないから……」

 

 

 

ジルコニアは、そう告げてそっと天幕を出ていこうとしていた。

アイザックは、はて? と思っていたのだが、ようやく何を考えているのかを把握した後に大慌てで大否定。

 

「誤解! 誤解です!! 違うんです!!」

「ひっ、り、リーゼにも内緒にするからっ!」

「ですから違うんですっ!!」

「あ、貴方が全身全霊で国に尽くしてくれてる事、わ、私は知ってるから! 安心して!!」

「ほ、本当に違うんです! 私とカズラさんはそんなことはしておりません!!」

「……な、なら、なんで汗だくで裸?」

「そ、それはカズラさんが………」

「……………………」

 

 

形を見れば、アイザックがカズラに色々と擦り付けた、と言う事になるが……それはそれで困ったものだ。

 

 

「ひょ、ひょっとして、カズキさん……も?」

「なっ! なんでカズキ様の名が出てくるんですか!? 違いますっ! いえ、どちらも違います!!」

 

 

ジルコニアは、カズキももしやアイザックと……? と考えたら、何故だか更に顔が赤く染まってしまった。昼間、あれほどまでに慈悲の表情をむけてくれていたカズキ。心の奥まで見通し、そして温かく手を差し伸べてくれている様にも見えたカズキ。

 

そのカズキの手にアイザックが居た、ともなれば―――……。

 

 

 

勿論 大慌てで、アイザックはジルコニアの両肩を掴んだ。

丁度そのタイミングだ。まるで狙ってたかの様に天幕へとやってきた人物がいた。

 

 

「アイザック様。打ち合わせをしたい事が………」

 

 

何やら騒いでいるのは判っていた。

でもジルコニアの声量は、消え入りそうなモノで、普段とは全く違うから、アイザックが部下の誰かを叱責しているのだろう、と判断し、返事を待つ間もなく、入ってきたのだ。

 

―――部下である副長のハベルが。

 

 

そして、この光景を見せられて、ジルコニアとは違った意味で固まった。でも、固まったのは一瞬だ。直ぐになすべき事があるから。

 

「は、ハベル……たすけて………」

 

この事態をどうにか打開? したいジルコニアは、普段とはかけ離れた程に弱弱しい声を出しながらハベルに助けを求めた。

あの鬼とも呼ばれ、訓練の際には何度も何度も痛めつけられた経験のあるハベル。その非常に高い実力は、ここイステリアでも1番ともいえる力を持っているジルコニアが、まさかの様子。

 

思考放棄したい、とも一瞬思ったが、直ぐにハベルは頭を横に振る。

 

間違いなく何か超常的な何かがあったのだろう。あのジルコニアがこんな風になってしまったのだから。……でも、それは兎も角置いておいて現状だ。何も考えずに見たら、ただ半裸のアイザックがジルコニアを襲おうとしている風にしか見えない。

 

 

「……見損ないました。アイザック様。おとなしくお縄についてください」

「ハベルまで!? ああもう、ほんと勘弁してくれ………!」

 

 

 

その後―――アイザックは命を賭けて弁明を頑張った。

ハベルにも、カズラの疑惑が伝わったおかげ? でどうにか強姦罪、もしくは不敬罪は免れたが、誤解を解くまでには至らなかったのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

そして一晩立って、カズラは昨日の出来事をアイザックに説明された。

最初は何かおかしい事でも? と首を傾げていたカズラだったが。

 

「………カズラさん。ゲイ疑惑をかけられた、って事じゃないです?」

「へ?」

「だって、布を敷いた天幕の中、アイザックさんは聞けば、上半身裸だったんでしょ? そんなトコ目撃されたら……」

「……………!!!!」

 

やっと納得してくれた。

そして勿論ながら 滅茶苦茶否定した。

訳を話して軍事利用、なんて展開は望んでいないので、放置する以外考えられず、とりあえず自然消滅を狙うのだった。

 

アイザックは悲痛の声をあげたのは無理もない事だ。

 

 

なので、この件で 一番大変だったのは―――アイザックだった、と言う話である。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そして、妙な件があったが、一先ず仕事を頑張ろう! と言う訳で、せっせと袋詰め作業を再開した。

運び込む作業自体は終了したので、後は袋詰めと重量物を運搬のみだ。

 

 

勿論、作業効率を上げる為にちょこちょこ休憩を入れている。

 

「カズキさまー。おつかれさまです!」

「ああ、ありがとう。ミュラちゃん」

「えへへ~」

 

休憩中、水を持ってきてくれる村の子供のミュラ。カズラと一緒に受け取ってありがとう、と頭を撫でてあげると大喜び。

 

「あ、そうだ。昨日の内に運び込んであったのが……、ほら、これアコギのギター」

 

運搬車の助手席側に置かれていた物をひょいっととってきたカズラ。それは、アコースティックギターだった。保管法の事もあるので、あまり高価なものじゃない方が良い……と言う事で、どーんと億を払うようなものではなく6000~10000円ほどのしろもの。

 

「あははは……、覚えてくれてたんですね?」

「勿論! カズキさんの歌は私は聞いてませんからね。是非聞かせてもらえたらな、と思いまして」

「そんな大層なものじゃないんですが……」

 

苦笑いするカズキ。

 

因みに、手伝いの名目でここに来ている子供たちは、ちらちらとカズキの事を見ていた。

昨日、親たちに怒られた事もあって、大っぴらに強請ったりは出来なさそうだが、明らかに期待に満ちた目をしているのが解る。

それに、バレッタを含む、村娘の皆さんも同様だった。

歌の話題は、皆から聞いていたのだろう。バレッタもカズラ同様に興味津々な様子。

 

 

勿論ながら、作業で疲れているだろう事もあり、それを考慮したら 是非 よろしく!! などとは言えるようなものじゃないので、物凄く躊躇っている様にも見える。

 

 

そんな彼女たちの表情から、様々な情報を貰ったカズキはまたまた苦笑い。

 

訳が知らないジルコニアやアイザック、ハベルと言ったイステリアのメンバーは普通に汗を拭い、休憩しつつ……カズキ達の事も常に気にしているので視線を少なからず送っている。

 

 

更に言えば、休憩は始まったばかりで ちょっとした余興をするには丁度良い場面でもあった。でも、ここまでに囲まれた中での演奏&歌唱となると……と、色々とカズキ自身も恥ずかしそうにしていたのだが、カズラがちょこちょこ掛け声を出してくれたおかげで、更に更に周囲に期待させてしまう。

 

 

「はぁ……、わ、わかりました。期待はそんなにしないでくださいね? 皆さんも是非! どうかスルーしてもらってかまわないので」

 

 

スルーの意味は分からないので注目するー(・・・)(シャレです……)。

 

カズキは、そっとギターを取り出して、伴奏。古い曲がずっと好きだったので、中でも特に好きなのを選曲。

 

 

優しい音が周囲に響くと……、何をするの? と疑問を浮かべていた者たちが全員悟る。吟遊詩人の様な事が出来るのは知らなかったので、驚きの表情を見せて。

 

 

 

 

【イエスタディ・ワンスモア・タイム】

 

 

 

 

優しい歌声に優しい音。

休憩の時間はカズキのコンサートになり、大盛況になるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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15話 ノワとの逢引?

 

 

「いやぁ~ カズキ様のお歌は最高でしたな!」

「や、もうその辺で終わりに………」

「はっはっは。それは難しいですな! この村に語り継がれる事になるでしょうから!」

「うぇぇ……、ま、マジっすか……」

 

 

お仕事中……ではなく、仕事の休憩時間を利用したコンサートは、かなり、大大大好評だった。バラード系ばかりを歌っていた為、殆どの人がほんわかと表情を緩ませ、うっとりとしているのが目に映り……正直、カズキは恥ずかしかった。

歌自体は嫌いではない。カラオケも()彼女らと一緒に何度も何度も足を運んだし、他にも実家に帰った時には、長い付き合いであるご近所さん方と飲んだ時にも歌ったりした。

下手、音痴、と言われた事は無かったが……、此処まで褒めに褒め倒される事は無かったので、メチャクチャ驚いているのだ。

それがグリセア村の人達だけならまだ解るのだが(カズキ・カズラの正体を知っているので 接待的な意味で) イステリアよりこちらへ派遣で来ていた人達も等しく同じ反応。

ハベルの隣で聞いていたマリーに関しては、感極まったのか 目に涙まで浮かべて……、否、泣いていた程だ。一瞬ハベルは ぎょっ、としていたが マリーの視線がカズキから動かない事、歌に関しては自分も思う所があった事も有り、特に何も言わかったりする。

 

「実際ほんと上手でしたって。ね? バレッタさん」

「はい!」

「うぅぅ……、そ、その ありがとうございます……」

「あはは。カズキさんの弱点発見、みたいですね。ストレートな誉め言葉には弱い、と」

「いやいやいや、単純な物量の差で押し切られちゃったんですよ。あれだけの人達にここまで好評され、喝采までされちゃった日には、こうなっちゃいますって。(アイドル歌手じゃないんだし……)」

 

顔が赤くなったのを誤魔化す様にカズキは出された水をぐいっ、と飲み干した。

そんな仕草を見て、また笑いに包まれる。

 

「あはは。さぁ、カズラさん、カズキさん。たくさん食べて下さいね?」

「そうでしたね。折角作って頂いた料理が冷めちゃいますし」

「はい! その通りです! と言う訳でこの話題はそろそろ終わりで、美味しそうなご馳走を頂きましょう!」

 

 

目の前に並べられた1品1品の料理をじっくりと見ながら、カズキはやや過剰気味に話題を逸らした。

実際とても美味しそうな料理だから、冷めてしまうのはもったいないと言う気持ちも当然ある。

 

グリセア村で栽培された芋を利用した煮物、半分は日本製の冷凍野菜を利用した野菜の吸い物、グリセア村のゆで卵(根切り鳥と呼ばれる 日本で言う鶏の卵)、川で獲れた魚の混ぜご飯。

そして、デザート用にパイナップルの缶詰を横に据え、大分豪勢な夕食になった。

 

 

 

夕食を楽しんでいる時も――話題に上がるのはカズキの歌だったりするのは言うまでも無い事である。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そして、翌日も作業作業作業。

主に日本から持ち込んだ肥料の袋詰めだ。壊滅しかけの穀倉地帯用に急ピッチで行う作業に殆どの労力を注がれていた。

農業運搬車を使った肥料の持ち込み作業は昨日の内に全て終了しているので、今 この頼もしい味方は 別の代物を大量に運んでくれている。

 

 

別の代物とは、勿論イステリアへと持ち込む日本の家電製品だったり、食糧だったりだ。

こちらに関しては 精密機械も混ざっていると言う事もあり、カズラ・カズキを中心に、村人の皆にも手伝ってもらっている。

 

それらの作業を横目で見ていたジルコニアは、ふと疑問を口にした。

 

 

「……それにしても、凄い量ね。あの箱たち。……いったいあの中には何が入ってるのかしら?」

 

そのジルコニアの疑問に答えるのは、共に傍で作業をしていたアイザック。

 

 

「あれは、カズラ様、カズキ様の神の国での食べ物だったり、以前拝見したランタンなどの道具らしいです。あまり衝撃を与えすぎると、道具に込められた精霊が驚き、逃げてしまうとの事で、運ぶときは出来るだけ丁寧に、と指示されました」

「ふぅん……。まぁ道具はともかく、食べ物まで持ち込む……、って事は、私たちの出した料理は口に合わなかったのかしら? 確かに思い返してみれば、あの時試食した缶詰は少し濃い味付けだったものね……」

 

財政難ではある。食糧難でもあるが、その中でも出来る範囲で豪勢な食事を振舞った筈だった。……だが、食糧を持ち込む、と言う事になれば、口に合わなかったと考えるのが普通だろう。……料理人も一流と呼ばれる人達を雇っているのだが。

 

横で聞いていたアイザックは少し否定する。

 

「しかし、ハベルの屋敷で出された料理は、お二方とも非常に気に入った様子だったそうですが」

「あら。それならあとでハベルに相談しようかしら。いっそのこと、料理担当者を引き取れたら助かるわね」

「それが一番だと思われます。まだ日も浅く、味も覚えていると思いますから」

 

今後の方針がまとまる。

カズキに色々と言われたが、それでも注意すべきところ、注視すべきところで怠慢になる訳にはいかない。……まだまだ気が抜けない現状ではある、が 料理に関しては嬉しい誤算だと言えるだろう。

今後の事で 神の国と呼ばれる日本の食糧の味をこちらの世界で再現するのは非情に難しい、と考えていたから。ハベルの屋敷での料理を気に入ったのであれば、それで半ば解決だと言える。

 

 

と、色々話をしている間に、カズラとカズキは帰ってきた様だ。

 

地の底から発せられ、腹の底にまで響く様な重低音は、離れていても十分聞こえてくるから。

 

 

 

「カズラさーーん、オーライ! オーライです! はい、その辺で」

「ふぃ~…… やーーっと終わった」

「まだですよ~。荷物降ろさないと」

「うげっ、一番大変なの忘れてた」

 

 

 

カズキとカズラがせっせと仕事をしている時、バレッタが駆け寄っていた。

手に持っているのを見てぴんっ! と来たカズキは、そそくさと後ろの方へと移動。バレッタに目配せをして、カズラに向かう様に促した。

顔を赤らめたバレッタだったが、小さく頷く。

 

「お疲れ様でしたカズラさん!お水をどうぞ」

「おお、ありがとうございます。あ、カズキさんの分は……」

 

カズラは、ちらっ、とカズキが居た方を見た……が、いつの間にかそこにはおらず。いつの間にか農業運搬車の運転席にいた。ドリンクホルダーに刺してあったペットボトルを取って軽く飲んで……、カズラの方を見て 手をぱたぱた、と振る。

 

イステリアでも、カズラに女の子がつかない様に見る、と言っていたが、ここまであからさまに気を使わなくても……、と思いながらも カズラは満面の笑みのバレッタを見たらそれ以上は何も言わず、バレッタがカズキの事を呼ぶまでそのままだった。

 

 

その一連のやり取りを傍から見ていたジルコニアは頬杖を突きながらつぶやいた。

 

「ふーむ……。前々から思っていたけど、カズラさんはあの娘を気に入っていて、それを判ってるカズキさんも くっつけようと奔走してる……みたいね。あの娘もまんざらではなさそうだし」

 

バレッタの満面の笑みを見たら、カズラと他の人たちとの接し方の差を見れば大体わかる事だ。鈍感朴念仁でもない限り。

 

「そのようですね。イステリアで、野盗襲撃の知らせを聞いた時も、第一声がバレッタさんの事でしたし、カズキ様がいらっしゃらなければ、もっと気負いしていた可能性が高いと感じました」

「…………」

 

ジルコニアは、アイザックの言葉も頭に入れつつ――――あのアイザック天幕事件? の事を思い浮かべた。カズラの雰囲気やバレッタを見る表情は、異性として捉えているとはっきりわかる。……だが、アイザックとの蜜月? は……??

 

 

 

「……うーん……、つまり、♂♀ どちらでも良い………と? 神は色を好む…………、どちらでも……??」

 

 

顔を赤くさせながら考え込むジルコニア。

そんな姿を見たアイザックは、以前の事を思い返しているな、と悟ると どうしようもない現実にややげんなりしてしまうが、解決策が現時点では全くないので、これ以上は何も出来ない。

 

なので、触るな、危険! 触らぬ神に祟りなし、と言う事でそそくさと移動する事にした。

 

 

「………私は、袋を馬車に運んでまいります」

 

 

あの話題はもう忘れよう。……今の自分にはそれしかできない、と。

それを聞いたジルコニアも これ以上観察を続けて仕事を止める訳にはいかない、とはっ! と持ち直した。

 

「あ、私も後から行くから」

 

そうアイザックに告げると、カズラたちの元へ。

 

 

 

「荷物はそれで全部ですか?」

「あと、カズキさんの方に数点あるだけですかね。それを積み込めば終了です。……あとは荷馬車へと積み込みですが……、それは明日にして今日はもう休みましょう。暗くなってますから」

 

カズラの言葉を聞いて、直ぐ後ろに居た荷物を運んでいるカズキが一言。

 

「暗くても照らしてあげましょう、とか考えたんですが、労働時間が増えたら身体壊しそうですし、何より大パニックになりそうなので 止めてます」

 

とだ。

ピカピカの力を使えば、どの規模、範囲になるかは分からないが間違いなく眩い光に包まれる事は確かだろう。此処にいるメンバーは全員が体感しているからよくわかる。

 

「確かに、それは……」

「身分は あまり広めず隠してるので、カンベンですよカズキさん」

「あはは。わかってますよ」

 

 

一頻り笑った後、明日以降についての話し合いもした。

 

荷馬車の牽引を村人に手伝わせる話。事前の話では御者はグリセア村に入れない仕様になっているからだ。

それには大きな理由がある。不特定多数に、グリセア村で起こった現象の1つ、オバケ畑を安易に見せる訳にはいかないからだ。

一度でも外に漏れると、それを狙う輩が増えるリスクだって高まる。今回の野盗の様に。

成るべくグリセア村には迷惑をかけたくない気持ちが強いので、自然とそう収まったのである。

 

 

 

 

 

 

 

そして、日も完全に落ち、その夜―――。

 

 

「お時間を空けてもらったありがとうございます」

「いえいえ! とんでもございません。カズキ様のご命令であれば、何時如何なる時であっても!」

 

ビシッ! と敬礼されているカズキ。

しているのはハベルである。

 

実は、アイザックから話を聞いた事をハベルにそれとなく伝えに来ていたのである。

この流れであれば恐らく―――彼女(・・)が派遣されるのは間違いないだろうけれど、念のために。

 

 

「以前、ハベルさんの屋敷に招待された時の事を、ジルコニアさんにアイザックさんが説明したとの事で」

「私の屋敷に……?」

「はい。神の世界からの食糧を大量に持ってきている所をジルコニアさんが見て、アイザックさんに聞いた、と言うのが流れですね」

 

食糧の問題はカズキは何故だか問題ないのだが、カズラにとってはまさに死活問題だ。

難に直面する度に、グリセア村や日本へと帰還すれば対処は容易にできるが、イステリアから毎度毎度戻っていたら復興支援に来たのに、かなり遅れになってしまうのは目に見えている。

だからこその大量食糧の持ち込み。

当然、それを見たジルコニアが、自分達の食事では駄目だったのだろうか、と思うのは至極当然の事だ。

 

「……なるほど。私の屋敷で召し上がって頂いた食事、カズラ様は満足されたのですか。それは私としても非常に喜ばしい限りでございます。気に入って頂けたのであれば」

「あははは。私も同感ですよ。いきなりお邪魔の形になったのに、物凄いご馳走を振舞っていただきましたから。常に備蓄を怠らないんですね。立派だと思います」

「そこまでではありませんが、父の趣向の1つで一定量は常に持つようにしているのです」

 

一頻り笑った後カズキは続けて言った。

 

「ジルコニアさんは、恐らくハベルさんから食料に関しての話が行くと思います。主にハベルさんの屋敷での料理ですね。……食料の問題に関しては少々機密度合いが高い位になるので細かな説明までできなくて申し訳ありませんが、ハベルさんの所でまたお世話になるかもしれないので、事前に礼を、と思いまして」

「っ!?? そ、そんな滅相も無い。私はカズキ様、カズラ様の為に、盾となり剣となり、命を捧げる所存です! なので、どうか気になさらないでください」

「い、いのちは少々重たいのですが……。私としてもゆくゆくは、もっと軽い感じで接し合いたいと思ってます。……国を護る兵士、副隊長のハベルさんですから、ちょっぴり難しいかもですが」

「………………」

 

少々困った表情をしているハベル。

ハベルはアイザック程ではないにしろ、カズキが言う様な関係になるのはなかなかに難しい事なのは間違いない。上下関係がかなり厳しい身分制度であるこの国を考えたら、カズラやカズキは、間違いなく最高位。国のトップをも遥かに上回る存在だ。

軍隊で規律を学び、今も実践し続けているハベルには酷な話だろう。

……勿論。

 

「強制はしませんからね? どちらも。確かに私の希望はフランクに接する事ですが、それでハベルさんが気疲れしちゃったらまさに本末転倒。ハベルさんが楽な方で」

「は! ありがとうございます」

 

その後も色々と話をした後、カズキは天幕を後にした。

 

 

 

 

 

 

「……何だかんだで優遇、贔屓してるよなぁ……、オレって。主にマリーちゃんに」

 

 

天幕からバリン邸へと帰る道中、カズキは思わずそう呟いていた。

 

ハベルの行動理念については、最早確認するまでも無くマリーである事は判っている。マリーが自分の家で如何に不遇な扱いをされているのかも、裏を取るべく聞き出したのだ。

ハベルがどうにか軍で出世し、そしてマリーをこの環境から救い出そうとしているのも理解できる。

実際にマリーはしっかりと働いてくれているし、あの歳を考えたら、極めて優秀な分類に入るだろう。いつも一生懸命な彼女を見て、現状を知って、手助けしたいと思わない男などいない訳がない。(……ロリコンではないです)

 

 

「……流石に、余計な不和をオレのせいで齎す訳にはいかないからなぁ……、ハベルさんには申し訳ないけど順序を踏んでって説明したけど……。う~ん、オレも早く解放させてあげて、兄妹仲良く暮らす……っていうのを実現したいんだけどなぁ……」

 

今現在、カズキ自身の力……影響力を考えたらナルソン領主に頼めば確実に解放は出来るだろう。物凄く気に入ったから、と理由を付ければ間違いなく。

 

だが、権力だろうと純粋な力だろうと、それを強行的に使って何かを成したその後の展開は決して良い様にはならないと思うのだ。

少なくとも マリーを縛り付けているであろうハベルの父は間違いなく不信感を抱く筈。

それも纏めてピカピカでブットバス! と勢いよく行けば良いかもしれないんだけど……。

 

 

「穏便に、が一番だよ。ハベルさんの力で自然に。無用ないざこざ、諍いが間違いなく起きそうな強引な手は、急を要する時以外は一先ず保留」

 

少なくとも、マリーがナルソン邸で働く様になるのは恐らく間違いないだろう。

食事事情をハベルに聞く……となれば、食糧や料理人の話に十中八九行くはず。そこでハベルがマリーを派遣する様にするのは間違いない。

 

ナルソン邸で働く様になれば、間違いなく現環境は向上する筈。……勿論カズキは、何かあったら、告げ口する形で改善させる気も満々である。

決してロリコンではない。重要な事なのでもう一度明言したが、護りたい少女、だと言う事はカズキも認めるだろう。

 

 

「よしっ! さっさと戻って今日は寝るかな」

 

 

カズキは足早にバリンの家へと帰っていった。

 

「ただいま戻りま―――――……した?」

「ッッ!!!」

「すぅ……すぅ………」

 

そして、バリンの家にて不意打ちともいえる驚き発生。

 

 

完全に忘れていた。カズラがバレッタと抱き合っている姿を見て状況判断&記憶を手繰りながら――――。

 

「……失礼しました」

 

そそくさと外へと出たのは言うまでも無い。

 

「ま、まって……」

 

超小声で待つ様に言うカズラ。

 

フリーズしていたカズラは、カズキが静かに外へと出ていったのを確認すると、大慌て。

眠ってしまったバレッタをなるべく起こさない様に、それでいてこれ以上ない速度で寝床まで運んで寝させた後、少し遅れたがカズキを追いかけるのだった。

 

 

 

 

「そうだよそうだよ! バレッタさんが頑張ったんだよ! そういえば精油、アロマとかするって言ってたし、効力だって日本の何倍もこっちじゃある筈だし! ……ぁぁ、悪い事したなぁ」

 

カズキは、ついついピカピカの力を使ってしまって、森の中にまで来ていた。

バレッタの事はカズキも応援している。とても良い子だ。父親想いで村の為に駆け回って、いつも皆に気をかけて、優しい。だからこそ、応援したくもなる。背を押したくもなる。

それに、襲われたと聞いたら心配にもなる。

 

色々と助けてくれているから、こちらも助けれる事があれば助けたい。……カズラと早くくっついてほしい。

あんな良い子は他には居ないんだから。

 

「……いや、この世界には結構いるかも。バレッタさんに負けないくらい良い子。あ~、何だか羨ましくなっちゃったかなぁ……。オレ、元カノ(前のヤツ)で結構懲りた筈なんだけど」

「羨ましくなった、とは 何がでしょうか?」

「うわぁっ!??」

 

突然、後ろから声が聞こえてきた。

 

バレッタとカズラの様子を見て、少なからず羨ましい、と言う想いも芽吹き始めていたカズキ。以前カズラにも話をしたが、向こうの日本……カズキが居た方の日本で 彼女にこっぴどくフラれた記憶はまだ新しい。―――長く付き合っていた筈なのに、あっさりと別の男の方に行って……、ゲーム三昧になる前にどれだけ泣いてしまったか覚えている。……思い出したくもないが。

 

そんな状態だったのに、あの2人を見たらやっぱり、ちょっぴり羨ましくなる。

 

そんな悶々としたり、複雑だったり、様々な事を考えていたら、少々注意散漫になってしまった様だ。

直ぐ後ろまで誰かが来ているのにも気づかないのだから。

 

「び、ビックリした……! ってノワ……!? ビックリさせないでよ」

「す、すみません。カズキ様がいらしたのが見えたので、嬉しくなってつい……」

「嬉しくなったら後ろから驚かすんだ!? うわーー、気を付けよ」

 

 

グレイシオールの森へとやって来たのだ。

だから、突然の来訪者、黒いウリボウ事ノワールが来ていても不思議じゃない。油断していたのはカズキの方である。

 

一頻り謝罪を受け入れた後、改めてノワは首を傾げた。

 

「この様な深夜にどうしたのですか?」

「あー、いや ちょっとね? と言うか、よくオレを見つけられたね。いつもこの森に居る訳じゃないでしょ?」

「はい。今日、此処にいたのは偶然です。沢山の人間の気配がしていたので、大丈夫とは思ってましたが、一応様子見に、と皆で来ていました」

 

ノワがそういうと、きゅんきゅん、鳴きながら数匹のウリボウが出てきた。

甘える様に纏わりついてくるんだけれど、彼らは自分の体躯を忘れてないだろうか? 人間など簡単に襤褸切れにしてしまいそうな大きく鋭い牙やら爪やらを持つトラサイズの狼だと言うことを。

上下関係を力ではっきりさせてしまったので仕方ないかもしれないが、あまりにギャップがあって思わず笑ってしまう。

 

「カズキ様の光が見えましたので。夜の闇に貴方様の光はとても目立ちますよ」

「……そりゃそっか。そうだよなぁ。……誰にも見られてないかな?」

「その辺りは大丈夫でしょう。村が騒がしくなればここに居ても感じ取れます。皆眠りに入る時間帯ですから」

「了解。ありがとね」

 

因みにカズラがカズキのことを探しているのは、2人とも知らない。

予想できそうな事だけれど、あまり考えない様にしたのかもしれない。カズラとバレッタの事が羨ましい、と思ってしまったが故に。

 

カズラも流石にこんな深夜、村の外まで範囲を広げて捜索はしない様だ。……カズキの移動範囲・移動時間を考慮すれば、それも容易に判断できる筈、である。

 

 

 

そして、その後。ノワは食いつき気味に聞いてきた。

それに呼応する様に、数匹のウリボウも近づいてくる。四方八方取り囲まれていて常人であれば絶対逃げ場無しな状況。

 

「羨ましいって何がでしょうか?」

「いやいや、近い近いって! もれなく皆近い!」

「何だかとても気になるんです。教えて頂けませんか?」

「わかったわかった。わかったからノワを含めた全員、ステイ! 落ち着きなさい」

 

 

 

その後――あまり言いふらして良いモノではないので絶対に内密にする、と言うのを条件にカズラとバレッタの事をつい話した。

 

 

 

男女の間柄、秘め事、逢引を見て羨ましい――と口にしたカズキを改めてみたノワは、何だか妖艶な仕草を、雰囲気を出し、そして静かに微笑むのだった。

 



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16話 カズラの弁明

「本当に……とても激しかったです。カズキさん」

「何だか意味深な含みある発言止めません?? そんなにしてないでしょ」

「いえ、とてもお強く、気持ちが芯にまで伝わってきました……」

「手・合・わ・せ! 手合わせね!? また、剣の相手をしてもらっただけですからね! 誤解を招くでしょ! それじゃ!」

 

 

周囲には自分達しかいないのに、一体誰に弁解をしているのだろうか……、頬を紅潮させながら言っていたノワールを遮る形になったカズキ。

 

 

あの後、根掘り葉掘りノワールに聞かれた。

 

 

自身の女性観についてもそうだが、村での事。カズラとバレッタの事。カズラの様子とカズキ自身の記憶から、恐らく男女の営み~ 的な事は無かっただろうと言う事も添えて。

日本の製品の効力はこちら側の世界では絶大だと言って良い。アロマの効力であるリラックスが出来る日中の疲れも重なり、深い睡魔へと誘われたと言う可能性の公算が高い。

 

後は、バレッタも頑張ったのだろう。

 

あの場に居たのは本当にちょっとだけだったが、床に置かれていた精油の種類の1つがはっきりと見えた。

 

【クラリセージ】

 

アロマ関係の本を一緒に見させてもらった時にはっきりと記憶している。

リラックス効果もあるが、その中にはっきりと雰囲気を盛り上げる為の効能……催淫があると。

普通に考えて、それを使ったからと言って直に効力がある訳はないが、こちらの世界の皆さん相手ならどうなるか想像がつく。

カズラ関係では、やや奥手気味なバレッタでさえ、大胆な行動をとらせるのだから。

 

 

 

そんなバレッタの頑張りは一先ず置いておいて……、ノワ―ルがその手の話をした途端に鼻息荒くなったのは言うまでもない。

 

【私でよろしければお相手致しますがどうでしょうか?】

 

とグイグイ攻め込んでくる。

正体が正体だから、まさに肉食系女子まんまである。

 

ノワールに関しては、正体云々は置いておいても はっきり言えば美人に分類される。

そもそも、この世界の皆さんは全員と出会った訳ではないが容姿端麗な人達が殆どだ。日本人の顔立ちではなく、言うならロシア系美女と言えるだろう。

 

そんな美人な人達にこうもはっきり迫られたらグラッ、と来る面も無い訳ではない。

数多の仮想現実世界を渡り歩いてきた自分。リアルさで言えば決して引けを取らない筈なのに、ここまで煩悩と戦ったのは初めてだ。……これが現実と仮想現実の差なのか、と今更な感性を持ち始めたりもする。

 

……そして、勿論丁重にお断りをした。一番の理由は、物凄く楽しそうにしていて明らかにからかってる様な雰囲気が見て取れたから、と言う点があった。顔を仄かに赤くさせてはいるが……、その辺は目を瞑った。

 

 

「ふぅ……、兎に角、時間つぶしに付き合ってくれてありがとうノワ」

「はい。私でよければいつだってお相手致します。……勿論、そちら(・・・)の方も、いつでも仰ってください」

「…………はぁ」

 

止めて下さい。貴女のその仕草や胸を強調しつつ上目遣いになるのははっきり言って凶器です。……と、口に出す事が出来ないカズキは、とりあえずため息を1つして落ち着かせた。

ノワはノワで、一頻り遊んで満足したのか、それ以上に食いついたりはしてこなかった。

 

……千年以上も生きてきた獣にも発情期の様なモノはあるんだろうか、と割りとどうでも良い事を考えつつ、カズキは 直ぐ隣でクッションの役割を果たしてくれているウリボウ、【ハク】の頭を撫でた。

 

「ハクも ありがとな」

 

頭の毛並みを梳いてやると、ワフッ! と一声鳴いて返事をしてくれた。

気持ちよさそうなのは見てわかるから、もう1つ、2つと撫でてあげた。

 

因みに、名に関しては ノワールを通じて強請られたから、と言う理由があった。

ハクに関して言えば 嘗て自分が殴りつけたウリボウであり、あの日から一番懐かれている。単純に敵わない相手、として上下関係で見られている様な感覚ではない。昔からずっと付き添ってきた愛犬? のように時折感じてしまうから不思議だ。……ハク本人から聞いた訳でも聞ける訳でもないので、その辺りはカズキの感想に過ぎないが。

 

そして 美しい白い毛並みの中に、淡いブラウンのラインの毛があるこの色彩はハクのみだから、名付けをしやすかったと言う理由もある。………ハクまでは良かったのだが、ウリボウはノワールやハクだけではない。ノワールは兎も角、ハク1頭だけではないのだ。

ざっと見渡すと、少なくともこの場には9頭は居る。襲われた時は倍以上は居た筈だ。

 

非常に申し訳ないが、他の皆を区別するのは難しいので、ノワールの方へと丸投げしてしまったのは言うまでもない。

 

愛着が沸くのは良い事だと思うのだが……、如何せん会う機会が非常に少ない。毎日顔を合わせでもすれば、覚えていくだろうけれど、生憎そこまでのんびりしている時間もないのだ。

 

 

「う~ん……、そろそろカズラさんが心配してるといけないし……、まぁ森まで入ってきたりはしないだろうけど。って、めっちゃ今更だ! こんだけ騒いでたら村人は兎も角、イステリアの人達がここに来たりしない??」

「はい。その辺りは大丈夫ですよ」

 

 

ノワールとの談笑、ハクたちとの戯れ……まではまだ良い。

剣の手合わせ、と言う事で結構動き回ったりしている。以前の様に木を斬って倒したり~ まではしていないが、鍔迫り合いの最中の金属音は、森に響いている筈だ。(光の剣と普通の剣がぶつかり合ったら、金属音がする)

場所が場所だから、それを聞きつけたともなると、色々と誤解を生んだり、下手したら恐れさせたり……と考えていたのだが、ノワールは首を左右に振ってこたえてくれた。

 

「カズキ様。この霧がここを包んでくれている間は、大丈夫。……普通の人間では意識を保つ事が出来ません。森中に広がってますので、音を聞きつける事もないでしょう」

「え?」

 

カズキは改めて周囲を見渡した。

自身の光も使って 辺りを照らすと……、確かにノワールが言う様に木々の間、手前、至る所に濃霧が出ていた。

まるで自分達を包み込んでいる様に見えた。

 

「結界、ってヤツかな?」

「……そう捉えてもらって間違いないかと思います。私たちは基本的に人と関わる事はしません。……関わる事で悪い未来に繋がってしまう可能性が高い……高かったからです。……ですが、極稀に 人に接触する時が有ります。その時、このように接触するのです。後は その者の魂を通じ、頭に直接語り掛けるので、身体は眠ったままの感覚になります」

「なるほど……、夢か現か判らない様な状態で、ノワが話しかけたら……そりゃ 信憑性高いお告げみたいに聞こえるわな」

 

獣の姿で話す、ともなれば紛れもなく神族の分類に位置される事だろう。

ウリボウは肉食獣。故に戦いの神と連想されそうだ。この地では戦いの神はオルマシオールと言う名が伝わっているからその名になるだろう。

 

 

「とりあえず一安心。オレは帰るよ」

「……はい。今日はお会い出来て本当に良かった。………ありがとうございます」

 

 

何処となく……、いや、間違いなく表情を暗くしたノワール。

周囲のウリボウ達も、ハクを筆頭にきゅんきゅん鳴いて、尻尾も耳も垂れ下がっている。

 

滅茶苦茶慕われているのは有難いのは有難いのだが、生憎明日も仕事が控えているので、あまり夜更かしするのもよろしくない。

何だかんだでこの身体で試せることを試してみたが、普通に疲れるし、普通に睡魔も襲ってくるので、何十時間でも連続活動! みたいな真似は出来ない。

 

だが、勿論名残惜しくしてくれている皆にそのまま背を向けて、【じゃ!】と帰れる程白状ではないつもりだ。

 

カズキは、片膝を付いて視線をハクと同じ高さにし、頭をまた一撫で。そしてノワールの方も見て。

 

「また会おう」

 

そう一言添える。

この時ばかりは何の含みも飾り気も無かったノワールだったが、カズキの一言で、今の自分がどんな顔をしているのか理解出来た。

色々と楽しんだのは事実だが、カズキに本当の意味で障害になったり絶対にしないつもりだった。だから、明日も控えているカズキを引き留めるつもりは全くなかったのだが……。

 

カズキの笑顔の一言を見て、自分も笑顔を作る事が出来た。

 

「はい! また、会いましょう」

 

一番の笑顔と共に、ハクを含めたウリボウ達を呼び寄せる。

カズキは、それを確認し、見届けた後に 自身は光の身体になった。

 

 

周囲を見てみれば、まだ濃霧は立ち込めている。それなりに光った所で漏れる事は無いだろう。

 

 

後は、高く飛んで村の方へと降りるだけ。……勿論、光度を抑えつつ。

 

 

 

グリセア村にまで戻ったカズキは、足音を殺し、そろり、そろりとバリン邸へと帰った。

夜間もパトロールをしていて、時折村人の皆と会釈は交わしたが、いざ! バリンの家へ! となったら、やっぱり気を遣う。

自由にしてくれて構わない、と言ってくれた部屋の前にまで行き、扉を開けた所で……。

 

 

「………おかえり」

 

 

まだ起きていたカズラと目が合った。

どうやら……、多く時間を使ったつもりだったのだが、まだ1時間程度だったらしい。日本の時間にして、夜の11時前後。子供でも余裕で起きていられそうな時間。カズラが寝静まるには早すぎる時間、である。

 

 

その後、懇々と先ほどの目撃情報の件について、弁明・熱弁をしていた。

 

皆を起こさない様に、限りなく小さな声ではあるが……、その説明会は、ノワールたちとの交流の時間以上にかかったのはまた別の話。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

翌日。

カズラとカズキが日本から持ってきた数十はある段ボール箱を片っ端から開封し、バレッタへと説明をしていた。

超回復を図れるリポDを筆頭に、後は村人の為の食料品、包帯、消毒液等の医療品の数々。

グリセア村だけを特別扱いさせてもらえると言う約定を計らえた為のモノだ。……日本製品の凄まじさは、グリセア村の皆が知っている事だし、何よりカズラやカズキの事もあるので、彼らから外に漏れる事は無いだろう。

 

ジルコニアやアイザック、それ以上に明晰な頭脳を持つナルソン相手だと、状況から考察される可能性は十分あるが、表立って何かをされる事は当面考えられない。

カズラ1人なら確定とまではいかなかったが、カズキの存在がそれを更に後押ししてくれる形となっている。

 

光の神を相手に強硬手段に出るなど考えられない。

 

 

それはそうと、分かれての作業で1時間強の時間をかけて、漸く取り出し終了。

 

「すごい量ですね……。お2人は、暫く戻ってこられないのですか?」

「いや、10日後には戻ってくるつもりですよ。日本の工務店に発注している水力発電機を回収しないといけないので」

「あはは……。私は、子供たちに歌を……と少々約束をしまして。工務店関係はカズラさん1人で十分なんですが、そちらの約束も果たさないと、なので、私も同じくらいに戻ってきます」

 

カズラとカズキがそう遠くない内に戻ってきてくれる事、そして村の子供たちと仲良くしてくれている事に物凄く喜びを顕わにしたいバレッタだが、それ以上に気になった単語があったので、会釈するのと同時に確認する様にカズラに聞く。

 

「イステリアに発電機を持っていくんですか?」

 

当然の疑問だ。

バレッタも類稀なる頭脳、記憶力の持ち主。

色んな事を熱心に勉強した結果、覚えた項目は数知れず。発電機……即ち、電気の事も大分理解しているのだ。……この世界には電気などないのに。

流石は、蒸気エンジンを作りたい、と冗談でも口にするだけの事はある。

 

「カズラさんからも聞きましたが、効率を考えたら、どうしても電気は必要だ、って結論になったんですよ。食料の問題も有りますし……冷蔵庫があるのとないのとでは保存食の種類も量も変わってきますからね。……単純にカズラさんの健康面も心配なので」

「あ、それは確かに……」

「いざとなったら、私が光でびゅーんっ! と飛んでくるので、食糧問題はそこまで不安視してません。色々とみられない様にすれば 大丈夫かと」

「う~ん……その辺りはカズキさんを頼り切っちゃうんだよね…………。申し訳ないです」

「いえいえ。しっかりお給料頂いてるので、はたらかせてくださいよー!」

 

ぐっ、と腕に力こぶを作るカズキ。

その仕草を見て笑うカズラ。つられてバレッタも同じく。

 

 

「確かにカズラさんの御身体が第一なのは間違いないです。………が、大丈夫でしょうか」

 

 

発電機……電化製品は明らかにオーバーテクノロジーの塊だ。

誰が何処を見ても混乱する図しか映らない。

 

「その辺りはナルソンさん達にも協力してもらってるので大丈夫ですよ。(わたし)の頼みだからってことで物凄く張り切っちゃってくれまして……。なので、流出したり 他の人に見られたりする危険性は限りなく低いかと」

「まさにカズラ様メルエム様、お天道様。領主でも、いち人間である以上逆らえませんし、頼みだって無理のない範囲なら間違いなく喜んで請け負うでしょう。私自身に置き換えても断言できますよ」

「あ、はははは……、グレイシオール様とメルエム様は同系列、役割が違うだけ、って事なのを忘れないで下さいよ??」

「わかってますって」

 

 

2人のやり取りを見ていて、本当に頼もしい人達だと改めてバレッタは思っていた。

 

カズラ1人だけだったら……、どうにかして自分もいきたい、ともっともっと駄々をこねてしまう未来がはっきりと見える。襲われたあの時、カズキが一足先にグリセア村に来てくれて村を助けてくれたから、今の自分があるんだと思う。どちらが欠けても今の自分は間違いなくいないんだと思えた。

 

でも、一緒に居たいと言う気持ちに間違いはない。……だからこそ、共にいる為に行動をする。決して近道はしない。どれだけ時間は掛かろうとも、カズラたちの傍に居られる様にバレッタは頑張る所存だった。

 

 

 

 

 

そして、その後―――。

 

領主の後妻、ジルコニアからの説明で カズラとカズキが正式にイステリアの支援へと全力で乗り出す事を通達してもらった。

 

村人たちは、やはり 昔話……遥か過去にあった過ち。神を蔑ろにした過去を憂いている事もあって、戸惑いを隠せれない者も居たが グレイシオールであるカズラ自身が、そして新たに降臨してくださった光の神、メルエムであるカズキも了承しているのだから、と最後には安心出来た。

イステール家が、過去の領主の様な横暴な独裁者じゃないと言う事実も良い方向へと向かう切っ掛けにもなった。

 

 

 

 

そして、出発直前。

 

「カズラさん。バレッタさんですよ」

 

カズラがジルコニアとアイザックの2人と話している所を割って入るカズキ。

もう後は馬車に乗ってイステリアへと向かうだけにまで手筈を整えたので、このタイミングを逃してしまうと、中々話す事が出来ないだろう、とカズキは思ったからだ。

 

その思いを、ジルコニアもアイザックも酌んでくれたのだろう。微笑みつつ、2人ともバレッタの方を向く様に促していた。

 

バレッタは、カズラの前に立って、そしてカズキの方も見て 2人に向かって頭を下げた。

 

 

「カズラさん。カズキさん。私、頑張ります。この村は任せて下さい。必ず、私が……! だから、お体に気を付けて」

 

 

にこっ、と笑うバレッタの目は僅かに赤くなっている。

別れるのが辛いのだと言う事が解る。……しっかり者で、天才だと言って良い彼女だけれど、見た目はまだ明らかに10台だろう年齢だ。

 

だからこそ、カズラは安心させる為に、バレッタの頭を梳いてあげた。

 

「バレッタさんも身体には気を付けてくださいね。ニィナさんから密告受けましたが、夜更かしを何度もしてるらしいじゃないですか。ほどほどにしてください」

「あ、それ私も聞きました! 無理しちゃダメですよ?」

 

2人の返しに、困った顔になるバレッタ。

今行っている勉強はどれもこれも楽しすぎて時間を忘れてしまうものだから。

 

 

「うーん……、それは約束できませんね。ごめんなさい」

「こらこら、背が伸びなくなっても知らないぞ?」

 

カズラもつられて笑う。

そんな時、そっとカズキがバレッタに耳打ち。

 

「(夜更かしは肌に悪いんですよ? 美容にもよくありません。だから、ね? カズラさんの為にって思って! カズラさんの事は引き続き見てますから。……見られる範囲で、には なっちゃいますけど)」

「っっ!!」

「ん? 何を話してるんですか?」

「あはは。カズラさんと同じです。背が伸びなくなるよ、みたいなのです」

 

 

カズキはパタパタ、と手を振ってバレッタから離れた。

やや顔の赤みが増したバレッタだったが、直ぐに頭を下げた。

 

その仕草を見たカズラは十中八九嘘だと思って追及してみたら……【イステリアにいったらまたしっかりカズラを見ておく】と言う話をした、とカズキは本当の部分を説明。

 

バレッタに習って、カズラも顔を赤くさせるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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17話 マリーのお仕事

 

 

 

コトコト……と煮込んでる鍋を背に、少しぎこちない手付きで食材の下ごしらえをしているのはカズラとカズキの専属料理人として任命されたハベルの屋敷で働いている侍女 マリー。

 

 

徐々に美味しそうな香りが鼻腔に届いてくる。そして――食欲を誘ってくる。

 

 

腹が減っては戦は出来ぬ、と言うことわざがある通り、空腹では満足な仕事を行う事が出来ないので、疲れてお腹が空いた時の食事は本当に楽しみだ。

 

カズキは兎も角、カズラは日本食じゃないと空腹しっぱなしになる、と言う問題を抱えていたが、ハベルの計らいでその問題も解消された。

 

 

計らいとは、カズラに出す食事は神の世界からの食糧をベースに、自分達の用意する食糧と合わせて提供する、と言うもの。意見があればその都度要望には応える、との事だ。

 

 

この粋な計らいを聞いて、カズラの中でハベルの株がどんどん急上昇し、ストップ高となった。

何故なら、この極めて特殊としか言えない食事問題の解決策としてカズラが考えていたのは、1日5~6食、最悪食事は別、と言う手段しか思い浮かばなかったから。

 

満腹感は得られないが、腹に何かを詰めている圧迫感は感じると言う何とも不可思議で厄介な現象が起きてしまうのが、カズラにとってのこちらの食事だ。

カズキは何故だか違うのが羨ましい事ではある、がこればかりは仕方がない。

カズラの体内に収まる体積は決まっているので、無理矢理食べても吐き出しかねないから、食事は別々(カズキも付き合うと言っていたが、そこまでしてもらうのは悪い、と断ったりしている)に泣く泣く……と思った矢先の出来事である。

 

だが、日本食をこちらの人間が食する危険性もついて回るので、その辺りはしっかり約束させた。神様権限を存分に使って。それを破るような真似はハベルは絶対にしないと思えるのでそれで安心だ。

 

 

そして、ハベルにとっては逆にもっともっと礼を言いたいくらいだった。

 

専属の料理人を出す様に、とジルコニアから依頼された。

カズキが言っていた通りに。

 

そこで、ハベルが用意した専属料理人がこのマリーである。

 

「ああっ!?」

 

マリーは、基本家事全般なんでも仕込まれている有能な侍女。

歳を考えたら尚更有能。

……こんな小さな子に仕事をさせるなんて……とも思えたが、世界が違うので一先ず目を瞑った。ヒドイ事をされていないから、と言う理由もある。行き過ぎる様なら制止をかけるつもりだが、ナルソンの屋敷ではそれは無いだろう。―――神である2人が不満に思う、不敬に感じる事は一切行わないと徹底している筈だから。

 

 

話は逸れたのでもとに戻そう。

マリーは有能である。……でも、今の給仕ではミスが目立っている。

 

ものを落としたり、やけどしかけたり、と見ていて怖い!と思ってしまう程だ。

 

 

「(多分、オレ達が見てるせいかな……?)」

「(はい……そうですね。間違いないと思います)」

 

 

この場に居るカズラとカズキ、そしてハベル。

ハベルが一緒とはいえ、明らかに身分が違うと思っているカズラとカズキの2人に見られながら……と言うのは、緊張をさせてしまうのだろう。

 

 

「では、そのへんを一回りしてきますので、ハベルさん。あとはよろしくお願いします」

「あ、私も少しバリンさんとお話がありますので……」

 

 

そそくさと、緊張をほぐす為に、2人は離れていった。

申し訳なさそうにハベルは頭を下げるが、笑顔で首と手を振るカズラとカズキ。

 

気にしていない様子なのは、2人をみてよく解ったが、注意はしておかなければ、とハベルはマリーの隣に来た。

 

 

「……マリー」

「も、申し訳ございません!!」

 

マリーも解っていたのだろう。

ハベルが何かを言う前に、勢いよく頭をさげて謝罪をした。

 

「緊張してしまって……。わ、私の様なモノがお二方の専属料理人だなんて本当に……」

 

何故自分が選ばれたのか……、ハベルの計らいではある、と言うのは理解しているが、マリーにとってはいきなりすぎるのだ。段階を1も2も……それどころか10くらい飛び越している、と思えてしまう。

領主であるナルソンの友人なのだから。マリーは、ルーソン家の奴隷の身分。最下層。天地の隔たりがある、と感じ、委縮してしまうのだ。

 

 

「不安なのはわかるよ。でも、これはお前がルーソン家を出ることが出来る絶好の機会でもあるんだ。……お前もいつまでもあんなところには……」

 

周囲の目を気にし、誰も見ていない、聞いていない事を確認しながらマリーに耳打ちをするハベル。

それを聞いて、理解はしているし、望んでいる事でもある、がどうしても心の引っかかりが取れないのがマリー。

 

「はい……。ですが、これでは……その、お二方をだましているようで……。それに、あの約束(・・・・)の事も……」

「人聞きが悪いな。誰も騙してないし、嘘もついていないよ。父上とのオレの約束も大丈夫だ。……安心して良いんだマリー」

 

ハベルは、僅かに震えているマリーの頭をそっと撫でた。

 

「大丈夫なんだ。オレには、……カズキ様が、ついてくださっている。オレの働き次第では、と言ってくださってる。オレが粉骨砕身、誠意を尽くせば応えて下さる方だ。安心して良いんだ」

「あっ………」

 

 

マリーは、ハベルの顔を見て思った。

普段は奥に隠している―――出さない様にしている自然の表情。

いつも自分に向けてくれる時以外、それも仕事が終わり、兄妹として接してくれている時に見せてくれる顔。

 

今は2人きりとはいえ、仕事の最中。気を張りつめて集中している事が多いハベルがカズキの名を出して何かを言う時――綻ぶ。

 

それ程までに、信頼を、信用をしているのだと言う事が解る。

 

忠義は尽くしてはいても、その深奥にはアイザックやジルコニア、果てはナルソンまで、利用すると言う考えがあったハベル。

それが自分自身の為、ベクトルが自分に向いている事は知っている。物凄く嬉しいし、心休まる唯一の存在ともいえる兄。だからこそ 心を砕かないで欲しい、と願っていたマリー。

 

その懸念が、今少しだけ払拭した。そんな気がした。

 

 

ハベルは、マリーの目を表情を見て、何かを察したのだろうか。軽く深呼吸をしていった。

 

 

「だから、今は安心して料理の続きをしてくれ」

 

ハベルにそう言われ、マリーは少しだけ笑顔に戻る事が出来た。

 

 

「あ、はい。あの―――先ほど聞けなかったのですが、もととなる料理の味見はしてもよろしいでしょうか?」

「それくらいは良いんじゃないか? 流石に、味をみずに料理を出す方が失礼にあたるだろう」

「そうですよね。ではお野菜を入れる前に――――」

 

 

 

 

この後―――マリーは料理人として働く事になるのだが、味見をする為に、日本の食材をその都度摂取する事になり、グリセア村の住人の様に、即ちグレイシオールからの祝福の力を人知れず授かる事になるのだった。

 

 

尚、この事実は様子見に戻ってきたカズラとカズキ以外当然ながら知る由もない。

 

 

あの味見をそれとなく止めればよかったのだが。

 

【……美味しいです!】

 

と目を輝かせながら、年相応の愛らしい笑顔と共に、ハベルに言っている姿を見たので、止められなくなったのはまた別の話。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その夜―――イステリアに無事帰還する。

 

 

行きと同じ様に相応の時間がかかり、馬車にゆらりゆらりと長時間揺られ続け……へとへとになったカズラ。

 

誰にもバレない様に、時折しれっとピカピカの力を使って身体を浮かせてなるべく酔わない様にしていたカズキ。

 

この世界に来る前に表示されていたピカピカの実の力に対する注意事項の1つ、1日1時間と言う制約。

どうやら、某主人公のギ〇4の様に完全に暫く使えなくなってしまう覇〇の様にはならないらしい。

何処から何処までが正しいのかわからないのがネックだ。

実際にあのVRゲームの中では、アップデートしたばかりだからと色々と言い訳をつけて、実装サービスに制限があったのかもしれないが、確認の仕様が無いので想像の域を出ない。

イステリアでも色々と実験的なことをしよう、とカズキ

 

帰還報告をし、明日の予定とカズラの部屋周辺改造計画(発電機や燃料等置き場作成)を事前にナルソンに伝え、本日の御勤めは終了となった。

 

「それじゃあ、オレはお風呂に行ってくるよ……」

「お疲れ様です、カズラさん」

「あははは。何だか情けない気もするなぁ。ちょっとくらいは運動しないと」

 

カズラは、風呂を沸かしていただいているので、そのまま入浴~就寝の流れに。

カズキは、ここ数日身体を動かした事、森の中でノワールと一緒に剣の練習、訓練の様なのをしてから、夜は身体を動かしてから就寝したい、と言う事になったので、ちょっとした訓練タイムとなった。

 

そんなカズキを見て、カズラは少しばかり体力が少なくなってきている自分に鞭を打たねば、と思い始めたのである。

 

「何か運動するなら、いつでも付き合いますよ!」

「うん。その時が来たらお願いするよ。……今はとにかく復興準備に向けて頑張らないと、だからね。カズキさんも身体には十分注意してくださいね? その―――大丈夫とは思いますけど」

「あはは……。ありがとうございます」

 

ぐっ、と握り瘤を作るカズキ。

凄い能力・身体になっていると言うのに、心配してもらえるのは何だか嬉しい感じがする、と頬をポリポリ、とかくカズキ。

 

 

 

その後、カズラを見送った後に、カズキは部屋の直ぐ外、隣接する庭へと来ていた。

人通りも少ないし、この周囲には使用している部屋も無いとの事なので(日本食・電化製品等を隠すのにもってこいの場所)、多少剣を振ったりしても問題ないだろう。

 

 

その代わり――――自分で作る剣を使うのは本日は止めだ。

明らかに目立ってしまうし、一応正体は伏せている状態なので、バレてしまえば説明が面倒なのとナルソンに迷惑が掛かってしまうから。

 

なので、お借りした訓練用の木剣を手にしていた。

 

「よし………。一応、ノワにも剣は続けるって約束したしな」

 

重量感のある木剣を眺めながら、森で共に訓練に付き合ってくれたノワールの事を思いだす。途中、色々とからかわれたりしたこともあったが、訓練内容については真剣そのものだった。

数多の世界(仮想世界)を巡り、様々な強敵と一騎打ちをしてきた最強の男 カズキ!! ————と言うのは、こちらの世界ではない話。やはり、各世界で得たレベル。能力値は身体能力に相応の補正をかけてくれた様で、ピカピカの実の能力を除けば、海や山を割る一撃! みたいな無茶な力は出せない模様。

 

 

「―――でもまぁ、このすり抜ける身体で十分過ぎる程チートだけど」

 

 

たはは、と苦笑いするカズキ。

寝る間も惜しんで得た力が失われているのは思う所があるにはある。……が、ここは言わば現実だ。仮想世界とはまた違う第2の現実。ただ1つでも持ち込めただけでも十分過ぎる程幸運だし、人間の範囲内ではあるが、新たに鍛える事だって出来る。

これ以上高望みは贅沢過ぎるだろう。

 

カズキはそう考えを締めると、軽く呼吸をした後に、剣術の練習を始めるのだった。

 

 

 

ほっ、よっ、と小さく声を出しながら剣を振り、ステップを刻む事約小一時間。

 

「カズキ様。……ぁ」

「っと、あ、アイザックさん。どうかしましたか?」

 

不意に背後から声を掛けられた。

アイザックは慌てて頭を下げる。

 

「も、申し訳ございません! 訓練の邪魔をしてしまって………」

 

アイザックが出てきた場所を見てみると、丁度曲がり角になっていて、カズキが居る場所は完全な死角になっている。小さくとはいえ声を出していたので、アイザックが不審に思って此処へ見に来た―――と考えるのが自然だ。

 

それで、ついカズキに声を掛けて―――訓練している手を止めさせた事を悔いている様子だった。

 

それを見たカズキは、笑いながら手を振った。

 

「大丈夫大丈夫。少し手を止めようかな? って思ってた所ですから。その、うるさかったですかね?」

「あ、いえ。そんな事は無いです。丁度、カズラ様に渡すものを頼まれまして」

 

アイザックが差し出してきたのは、日本製品 ステンレス製の水筒だ。中にはスポーツドリンクが入っていて、昼間は結構活躍してくれた物でもある。

身体を動かしている、とカズラに伝えていた為、アイザック経由で気を遣わせて持ってきてくれた様だ。

 

「ありがとうございます」

 

カズキは、アイザックから水筒を受け取ると軽く礼を言いつつ、汗を拭った。

木剣を器用に回して、腰へと携え、水筒の蓋を回して開き―――流石だ。冷たい状態を保ってくれている中身のスポーツドリンクを勢いよく、胃の中に流し込んだ。

火照った身体に有難い水分、である。

 

ある程度飲み終えた時だ。アイザックが少なからず興味津々に見ているのに気付いたのは。……その視線は、水筒――――ではなく、木剣の方。

 

ここで、カズキはぴんっ! と来た。

 

アイザックは軍人だ。

そして、自分は自称神様(笑)

自称——と言っても、あの光を見せた今、アイザックにとってはカズキは神以外の何者でもないのは間違いない。無論カズラも疑う余地無しだ。

 

さて、そんなアイザックが興味津々に自分が持っている木剣を見ている理由は……? と考えると、とりあえず直ぐ浮かんできたのはコレ(・・)

 

 

「手合わせ、してみますか? アイザックさん」

「!! よ、よろしいのですか!?」

「ええ。良いですよ。……勿論、アイザックさんの体調を第一に考えて下さいね? 昼間は大変働いてくれていたので」

「はい! 私はまだまだ動けます! 大丈夫です!!」

 

 

水を得た魚―――と言うよりは、玩具を得た子犬の様にはしゃいでいるアイザックが何処か可愛く見えてしまうのは気のせいか。……若いとはいえ、20くらいはあると思うので、可愛い、と言う表現はちょっとアレだが。

 

 

その後―――アイザックは自分の練習用の木剣を取りに行く、と駆け出していったのだった。

 



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18話 1vs2

唐突に始まったアイザックと共に夜の訓練(変な意味ではない)。

正直に言うと、カズキはアイザックと一緒に訓練をするつもりは最初は無かった。と言うより考えもしていなかった、と言うのが正しい。

 

何せ、カズキはアイザックが朝昼夜と時間の限り全力で職務を全うしている事は良く知っているから。仕事が終わったのなら身体を休めてもらいたい。

 

なのに 夜の訓練を……より身体を動かし、酷使しかねない事を 共にしようなどとは誰が思うだろうか。

 

アイザックやハベルが帰宅する際には労いの言葉と、カズラにも了承を貰っている体力即回復秘薬(笑) である日本製 リポD を渡そう、と思っていたのだが……。

 

剣を振るカズキを見ているアイザックは まるで少年の様。

目をキラキラと輝かせているのだ。

 

それを見てしまえば 疲れている筈だから、今日は休んだ方が、とは中々言えない。

アイザック本人がやる気全開だったし、お世話になっているのは間違いないし、共にやってみたいのなら、と提案したのである。

 

それに、多少無理してもあのリポDがあるのである程度はどうとでもなるのだ。

 

 

 

 

 

 

そんなこんなで始まった夜の訓練。

かる~く流す程度に済ませる筈――――だったのだが。

 

 

「はぁ、はぁ、はぁ……」

 

アイザックは息を切らせながら、鋭い視線を自分に向けている。

この雰囲気だけでも全く軽くはない。

 

「あの、アイザックさん。きついのならそろそろ……」

 

と、カズキが促そうとするのだが、首を縦に振る事は無かった。

 

「いえ! カズキ様が訓練を、そして私が参加する事を許してもらえる限り、共にさせて下さい!」

 

息は切らせている。

朝昼夜、と疲れも当然出ている事だろう。

だが、それでも時折見せる笑顔を見れば、本当に有意義な訓練になっているんだ、と言う事はよく解る。嫌々やらされている類のモノではない。

 

カズキ自身も、思ったよりもこの世界で動けている事を実感中である。

ノワールと一緒に剣術訓練をしていたが、相手は人外とはいっても見た目麗しき女性の姿。基本全力、全身全霊で打つ! なんて真似は出来ないので、寸止めを主として行っていた。

 

訓練とはいえ、真剣に本気で剣術を披露するのはアイザックが初めてだ。

 

 

アイザック自身も、最初は知らない型だったので、戸惑いを見せていたが、カズキ―――即ち神の剣術!? と思う様になってからはより目を輝かせたのはまた別の話。

 

「はぁ、はぁ、はぁ……、カズキ様は武芸達者であらせられるのですね。感服致しました。私もまだまだ精進が必要です」

「あはは。そうですね。此処とは違う……えっと、その……そう、神の国であまたの刃を交えてきましたから!」

「おおっっっ!!」

 

ますます目を輝かせるアイザック。

 

その後はこれまではメルエムと言う光の神様! と言う補正がかかってそうだった崇め奉り―――そして称賛する、と言ったものとは違う意味で、凄い剣術である、と言う事を素直な気持ちで何度も何度も称賛されたので、気をよくしたのはカズキだ。

 

 

「型、と言うならまた別の型も有りますが……、やってみましょうか?」

 

 

と、不意にそう言うと、アイザックは、目をきらんっ! と輝かせて、疲れている筈なのに、凄い速さで迫ってきた。

 

「ぜ、是非! よろしくお願い致します!!」

 

バッ! と敬礼し、頭まで下げた。

ここで隙あり‼ っと頭を小突くのもありかな? とか思ったが、アイザックは物凄く生真面目で真っ直ぐ。……日本でもなかなか目にする事の無い好青年だ。

なので、そんな人にズルを―――と言うのは気が引けて、悪戯心をどうにか抑え込んだ。

 

 

「解りました。……えっと、この辺りには人は来たりは……」

 

念のために人払いを――――っと思っていた矢先。

 

「アイザック様? カズキ様も何をしておられるのですか??」

 

鍔迫り合いや、数度木剣が当たって響く音を聞きつけたのだろう。ハベルがいつの間にかやってきていた。

 

 

アイザックは、満面の笑みで経緯をハベルに説明。

元々、地獄の訓練である、ジルコニア直々の実践訓練。

 

何度も地に叩きつけられては、蹴り起こされ、敵前で寝るのかと罵倒され、血だらけになっても続く鬼訓練。

 

そんな訓練でさえ アイザックにとっては大好物。受けられなかった事を悔しがり、受けられたハベルを含む、部下たちを羨ましがる始末な隊長だと言う事はハベルも解っているので、話半分に聞き流していたが、カズキが剣を使っている所は、新鮮極まりなくもあるので、かなり興味をそそられた様子だ。

 

 

「侍女に人払いを頼めば大丈夫かと思います。周知もして頂きますので、少々お待ちください」

 

ハベルはそういうと軽く頭を下げると同時に、駆け足。

 

「……ハベルさんも興味あり、って感じですね」

「あっはっは! カズキ様とご一緒させていただくのですよ!? 当然の事ではないですか!」

 

アイザックは、当然だ、と胸を張って笑顔で言っていた。

 

嘗て、ハベルがジルコニアの訓練を受けるのはもう嫌だ、とかなり駄々をこねていた事を、アイザックはもうすっかり忘れている様子。

 

単純に、ジルコニアの時は極度に嫌がっていたハベルだったのだが、カズキとの訓練には興味がありそうなのが嬉しいだけなのかもしれないが。

 

 

 

 

その後、屋敷の侍女に―――そして、ナルソンにも伝わって正式な許可を得た。

 

元々カズキ絡みの事であれば、余程の事が無い限りは逆らったりはしないので(勿論、過剰反応は無しで)かなりスムーズに終わった様だ。

 

そして、ハベルが合流した辺りで、アイザックとハベルの2人は、目を輝かせながらカズキの方を見ていた。

アイザックは大体解りやすい性格なのだが、まさかハベルまでこの様に反応するのは意外だったが、一先ず観客が増えたので、カズキも恥をかかないように気を付けつつ、演武の様に実演。

 

木剣とは別に、手に取り出すのは光の剣。

もう見ている側2人は大興奮。グリセア村の子供たちのそれに等しい感覚だった。

 

見せるのは二刀流の構えだ。

 

まるで、舞っているかの様に動くカズキを見て、興奮を抑えつつ アイザックはその剣術の概要を聞いた。

 

 

「これは1対多数の時に用いた剣術です。四方八方、波状攻撃、果ては飛び道具にまで想定し、斬り伏せます」

「おおおおっ!」

「凄まじいですね……。大小2本とはいえ、相当の握力が必要かと思いますが」

「はい。勿論です。弾かれちゃったら隙が出来ますし、武器喪失にも繋がりかねませんからね。鍛え込む手首、鍛錬あっての型です」

 

カズキは得意気に言っているのだが、これは勿論ゲーム内の鍛錬。

アイザック達、軍人のそれとはまったく別次元だ。………軍人の方が120%は辛く険しい鍛錬への道で、こちらは レベル性のゲームであり、ある程度のレベルまで高まれば筋力ゲージも大体向上し、弾かれる要素はほぼなくなる。後はPSをどれだけ磨くかに掛かっているだけで……、つまりあまり大したことはない。

 

 

フィクションの世界をノンフィクションな世界に持ってきた自分の力が不正(チート)なだけである。

 

 

 

「っとと、こほんっ」

 

ある程度自虐ネタを考えつくした所で、ソワソワとしているアイザックや真剣な眼差しでカズキの光の剣を見ているハベルに提案。

 

 

「では、更に実践形式と行きましょうか。ハベルさんもどうです? これは1対多数で使う術なので、アイザックさんと同時に攻撃してもらって結構ですよ」

「!」

 

まさか、カズキを攻撃するなどと!! と思ったハベルだったが、これは訓練であり、カズキからの提案でもあり、尚且つ これまでで体験した事のない武術。興味をそそられない訳がないし、何よりカズキが望むモノであれば、可能な限り応えたいと常々考えているのだ。

 

アイザックも【一緒にやるぞ!】と目で言っているので、ハベルも頷いた。

 

 

「では、何処からでも良いので、攻撃してきてください。無論、遠慮はいりませんよ? 私の身体がすり抜ける事はお2人とも知っている筈ですし、何ら問題なしです。私も隙あらば反撃はさせていただきます。…………さぁ、どうぞ」

 

 

ぐっ、と二刀を構えるカズキ。

 

確かに相手は神である―――が、1対2の状況。

そして、隊長と副隊長……つまり、部隊のNo1,2の2人。

相応のプライドと言うモノは持ち合わせている。……ジルコニア相手に心を折られかけていたハベルでさえも、2人掛かりなら……、御許しを得ているのなら……、と闘志に火が付く。

 

アイザックも同じであり、互いに視線を交わすと頷き合い、自分達の訓練でも行っている攻撃陣形でカズキを包囲。前後を取り―――タイミングを計りつつ切りかかったのだった。

 

 

 

 

 

 

――――そして、約30分後。

 

 

 

「ぜぇ、ぜぇ、ぜぇ……」

「はぁ、はぁ、はぁ……」

 

 

ハベルとアイザックは、互いに大の字になって地面に倒れ込んでいた。

 

「……お疲れ様でした」

 

そんな2人をゆっくりと起こすのはカズキ。

 

 

結論から言うと―――― 一太刀も浴びせる事は叶わなかった。

すり抜ける身体故に、当たったかどうか怪しい判定があるだろう、と当初は思っていたのだが、、間違いなく当たっていない。

 

すり抜ける感覚ではない。

幾度も幾度も手に伝わってくる痺れ、何度も弾かれているのだ。

 

カズキはまさに縦横無尽。

身体全体を使って大胆な動きで回避したり、思いもよらぬタイミングで剣撃が来たり、更には時には地を蹴り、宙を舞う様に飛び上がり、回転しながら剣を振るう。遠心力と相余って、更に威力向上。

 

そして、アイザックとハベルも一太刀も浴びてはいない。カズキは終始 それぞれの身体ではなく、木剣に当てる様に心掛けていたから。

手に伝わる痺れが、徐々に木剣を持つ力を、握力を削いでいく。

幾度も幾度もぶつかってぶつかって……、軈て木剣を落とした頃には、もう完全に体力が切れてしまったのである。

 

 

 

 

「日々、もっともっと精進が必要である、と痛感させられました」

「カズキ様やカズラ様を護る盾となり、剣となる為にも……我々はもっともっと……」

 

一太刀くらいは、と思っていたが、やはり神は甘くないと言う事だろう。

達成感や充実感は、普段の訓練のそれとはまったく比較にならない。

 

 

――――神に相手をしてもらえたのだから。

 

 

 

 

後日、カズキとの夜の訓練は、アイザックとハベル以外にも見ていた者が居て(人払いと見はりを任されていた侍女)、そこから噂が噂を呼び、アイザックとハベルの2人だけ、と言う事でなく 武を嗜む色んな人達が関わる事になると言う事はカズキは知る由も無かったのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ええ!!」

「本当、ですか……」

 

まだ息も絶え絶えな2人にカズキは笑顔で頷いた。

 

「はい。カズラさんにも了承を得てますよ。これぞ! 神の国で作られた秘薬です! かなり動きましたし、普段の動きとは違うとも思います。きっと疲労以外にも 筋肉痛や関節痛があるかもしれません。そんな時、これを呑めば、体調万全は勿論、以前よりも調子がよくなりますよ」

 

カズキはスラスラと打ち合わせ通り、秘薬(笑)、ただの栄養ドリンク リポD の説明を2人にした。

 

実はこれはカズラからの提案だ。

こう説明すると、他の食べ物と差別化が出来るし、日本の食べ物にある特別な効力の隠れ蓑にもなるだろうから。

 

 

 

そして、勿論ながら秘薬(・・)を頂けると聞いた2人は驚き戸惑い、躊躇いを隠せない。

 

 

「そ、そのようなモノを、我々に……!?」

「ええ。勿論です。後、これを知るのは私とカズラさんだけなので、どうかお2人には内密にして頂きたい所ですが」

「……了解致しました。ありがとうございます」

「カズキ様! 今日は我々に訓練を、手解きをして頂いたうえに此処まで!! 本当にありがとうございます!!」

「いえいえ。私も充実しましたから。(……あれ? 2人の訓練に付き合う形、と言うか剣を教えるみたいな立ち位置になっちゃったの?)」

 

最初は、寝る前に身体を動かす……ノリで行ったのだが、アイザックが合流して少々変わり、いつの間にか自分が師の様な立ち位置になったみたいだった。

 

確かに、2人がかりで一太刀も貰わず、身体に攻撃を当てたりせず、武器まで落とさせる所まで行ったとなれば……、そう錯覚しても不思議じゃないだろう。

 

 

「また、気が向いた時にでも付き合ってくだされば。あ、勿論強制じゃないですからね? ご自身の仕事を優先してください。私も無理無茶はしませんので。……イステリア(ここ)の復興、と言う大切な仕事が有りますから」

「カズキ様………」

「カズキ様ぁぁぁ……!」

 

 

アイザックは号泣。

ハベルも尊敬の眼差しを向けた。

 

 

 

 

その後、腰に手を当てて、リポDをグビグビ一気飲みで飲み干した頃、……直ぐ傍の部屋からカズラの悲痛な叫び、慟哭が聞こえてきたのだった。

 

 



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19話 リーゼとエイラ

 

朝。

 

朝日が窓から差し込み、自身を温かく包む。

それが起床の合図。

 

 

リーゼは、この日もいつも通り 規則正しく行動する。

領主の娘として恥ずかしくない様に、完璧である様に。

 

 

目を覚ましたら ベッドから身体を起こし、水桶の中にある水で顔を洗い、乱れた髪を整える。

寝巻姿から、朝の訓練着へと着替えると柔軟体操、つまり早朝自主訓練に向けての準備を始める。

直ぐに身体を動かしては怪我の元になる事を重々承知しているからだ。

どんな時でも油断しない様に心掛けている。

 

部屋から出て、出会う人、すれ違う人達全員に、朝の挨拶を交わす。

1人1人の目を見て、そして 横着する事なく名で呼んで。そう言った心遣いの1つ1つが、今日のリーゼの人気にも通じているのである。

 

 

 

 

 

 

 

そして、いつも通りの早朝自主訓練終了。

流れている大量の汗が、常に本気である、と言う事をしっかりと示していた。

 

 

「リーゼ様。お疲れ様でした。本日の調子はどうでした?」

 

専属の侍女であるエイラが、タオルを手に リーゼを労う。

リーゼはタオルを受け取ると、ぐいっ、と顔の汗を拭いながら笑顔で答えた。

 

「うんっ! ばっちり! もともと剣の方がわたしは得意だったし」

 

リーゼの顔を見て、そっと微笑むエイラ。

 

「では、そろそろジルコニア様やアイザック様とも対等に戦えそうですか?」

 

エイラはエイラで、笑顔のまま結構無茶な事を言ってくる。

遠慮抜きにそういうことをストレートに言える相手、言える事が出来る相手がいると言う事は、リーゼにとっても良い事なのだ。

 

「無茶言わないでよ、エイラ……。アイザックはともかく、お母様になんて手も足も出ないに決まってるでしょ? ―――とはいっても、アイザックも私相手だろうと手抜きや油断は絶対にしないだろうから、厳しいと思うけど。……ん……でもやっぱりお母様は別格かな。……なんかもう、次元が違うっていうか、なんていうか……」

 

母は強し、とはよく聞く言葉ではあるが、ジルコニアの強さに関しては 散々訓練を重ねているリーゼであっても、その背に届くとは到底思っていない。

寧ろ、上達すればするほど、霞んでいく様にも思えるのだ。

 

「……やっぱり、実戦経験の差なのかな……」

「うーん……、それはあるかもしれないですね」

 

そして、明確な差は 実戦経験(そこ)にあるとも思えていた。

 

戦争を経験しているジルコニア。戦争の経験が無い今の自分。

 

到底追いつく事が出来ないのも納得だ。

エイラもリーゼの意見に賛成。どんなものであれ、経験ありと経験なしでは明確な差が出てくるものだから。

 

「―――ジルコニア様と言えば、昨夜 カズラ様、カズキ様とお戻りになられたそうですよ。なんでも何処かから大荷物を運んできたとか」

「へぇ。カズラ様が前に言ってたやつかな」

「! ご存知なのですか?」

 

侍女の間では、カズラやカズキの絡む話は最高機密。

事細かな詳細まではまだ伝わっていないので、エイラも ふわっ とした答えしか出来ないと言おうと思っていたのだが、リーゼには伝わっている様で少なからず驚いた。

少なくとも対談の際は、リーゼは退出していたし、食事会の時もそれっぽい話はしていなかったから。

 

「うん。確か、北部と西部の穀倉地帯復興に手を貸してくれるらしいの。多分、その為の荷物じゃないかな。大分多くなるって話も聞いてたし」

「えっ!? 北部と西部って……、日照りで全滅し掛かっているっていう……?」

「そう。ちょっと信じられない話だけどね」

 

日照り、干ばつ……、所謂天災の類。

人間の手で一体どうすれば、これらを解決に、復興に導けると言うのだろうか、とリーゼとエイラは揃って首を捻る。

 

「あとは、川から水を引き込む水車? っていう道具を使うって」

「水車……、聞いたことのない道具ですね」

 

ある程度の学は備わっているが、それでも聞いたことのない言葉。

まだまだ知らぬ未知の技術があり、その技術を使って復興を手助けして頂けるのは、本当にありがたい事ではある……が、どうしても規模が大き過ぎて 本当に出来るのか? と言う懐疑的な考えが過ってしまう。

 

 

だが、そこはここの領主ナルソンが指揮を執ってくれているのだ。

 

 

自分達程度が考えられる疑問を、ナルソンが思わない訳がない。

内政と外交、外なる戦争への準備と備え、アルカディアの盾とも呼ばれているナルソンの評価は、国の中ではかなり高い位置にある。

 

そんな彼が全面的に信頼している相手なのだから、疑問には思っても口にはせず、ただやるべき事をやり、成り行きを見守るだけだ。

 

カズラやカズキの2人にも、何か不思議な感じがするのは解っているから。

疑問が浮かぶのと同時に、何かしてくれるのではないか、と言う期待も持ち合わせているから。

 

「あっ」

「え? どうしたの?」

「いえ。荷物の事も気になるのですが、他にも驚く事を沢山ききまして……」

「驚く事? なに?」

 

壊滅した穀倉地帯の復興についても十分驚くべき案件だと思うのだが、エイラは直接的にその単語は使っていない。つまり、それに匹敵する様な事があるのでは? とリーゼは少々気になった。勿論、そこまで期待して外れだったとしても、何か言うつもりは無いが。

 

 

 

―――だが、この話の内容。それは期待外れどころか、リーゼ本人も驚く事になる。

 

 

 

「昨夜の事です。夜勤勤務の侍女から聞いたのですが、夜間訓練として、アイザック様とハベル様が カズキ様と手合わせをした、との事で」

「へぇ……、カズキ様って武術を嗜んでいるんだ……。お金持ちっていう以外は、知的な感じがするから 学者肌っていうか、研究者って感じだと思ったんだけど」

「はい。……その、私も同じです。体躯もアイザック様やハベル様程は無く、その―――薄着の御姿を見ても、鍛えられている様には感じませんでしたから」

「……なーに? よーく見てますってアピール?? 身体の輪郭っていうか、裸体まで見た、っていうんじゃないでしょうね?」

「や、そんな事はっ!! 見てません!! それに ち、違うんです。此処からが驚く所で」

 

 

男の人の身体の形をはっきり、しっかり見ている、と言ったエイラにジト目を向けるリーゼ。まさか風呂の世話等でしっかり見ているのではないか? ともジト目……疑いの眼差しを向ける。

 

カズキにしろカズラにしろ、思う存分ぶつかってぶつかって、全力で自身に好意を持ってもらう、惚れてもらうとエイラには宣言しているので、それを知った上での行動……となれば、少々エイラにきつく当たったって問題ない筈だ。

ひょっとしたら……、色々と理想的な相手なのであれば、将来の伴侶にと考えなかった訳ではないから。

 

 

あれ程の宝石(モノ)を簡単に渡せる程の相手だ。考えない事自体があり得ない。

 

 

 

と、それは兎も角。

エイラの慌てようを見てリーゼもとりあえず 表情を戻して改めて聞いた。

 

 

「その―――アイザック様とハベル様のお2人とカズキ様は手合わせをしたらしく……」

「へー、カズキ様がアイザック達と? 凄いわね。隊長格と手合わせしようなんて、普通思わないと思うんだけど。それで、どうなったの? 善戦した、とか? お父様の客人である以上、流石のアイザックも手荒な事は出来ないとは思うんだけど」

 

リーゼの質問、そして考えは全否定される。

 

「いいえ……。その、アイザック様とハベル様は、2人掛かりでカズキ様に挑む、と言う形になって―――……その……」

「へ? 2人掛かり?? 1対2って事?」

「はい。……えっと、その……、お2人は手も足も出なかった、との事で……」

「え……。えええええええええ!!!」

 

 

リーゼの絶叫が朝のナルソン邸に響く。

周囲を歩いていた兵士や侍女たちが何事か、と集まってくるが、どうにかエイラとリーゼの2人は誤解である事を伝えて、大事にならない様に出来た。

 

……が、心中はまだ混乱を極めている。

 

 

「ちょ、ちょっと待って。アイザックとハベルって、相当な腕の持ち主じゃない! お母様と訓練して、ズタボロにされたって話は聞いたけど……、い、いや そんな尺度じゃ図れない。少なくとも軍部で隊長と副長を任されるだけの実力がある2人じゃん。そんな2人が……1対2形式で? まとめて相手にして勝った?? 1対1で勝ち抜きとかじゃなくて?」

「……はい。お2人を介抱した侍女が居たので、間違いないかと……。お2人ともお怪我とかは無かったらしいのですが……。カズキ様も心配なさってたらしく」

「…………」

 

怪我も無い、だが、手も足も出なかった。

一方的に叩きのめしたのであれば、大なり小なり傷はつきもの。実践的な訓練でも毎回けが人、重症人が続出しているので、それも何ら不思議じゃない。

 

驚くべき所は、怪我をさせる事なく、手も足も出なくした、と言う事は 考えられるに、アイザックとハベルの攻撃をただ只管捌いただけだと言う事。

攻撃を延々打ち込む事は、当然だが体力が居る。無限に剣を振れる訳がないから。

 

何度も何度も弾かれては躱されてゆけば、精神的にもキツイだろう事は解るが、少なくとも2人を相手に相手がつぶれるまで躱しきる、捌ききるなんてこと、本当に出来るのだろうか。

 

 

「……これは、是非とも聞いてみたい事が増えたわね」

「はい……。私も同感です。嘘を言う様な子じゃないので、信じてない訳ではないのですが……」

「アイザックとハベルの事を知ってれば 耳を疑っても不思議じゃないわよ。うん。カズキ様ってそんなに強かったのね。……あ、カズラ様は訓練には参加してなかったのかしら?」

 

カズキの名が出てきているのに、カズラの名が出ていないから少し気になってエイラに聞いてみたリーゼ。

エイラは少しだけ考えて、そして、今思い出したかの様に口を開いた。

 

「カズラ様にも謎が少しあります」

「え? 謎?」

「はい。えっと、カズラ様の部屋の前から変な音が響いていて、様子を見に行ってもアイザック様とハベル様が見張りをしていて誰も近寄らせないのだとか」

「え………。手も足も出ずにやられた後、見張りなんてしてたの?」

「はい……。物凄くお疲れの様子だった筈なのに、少ししたら 体調回復なされていたのか、顔色も良くて」

「なにそれ……。手を抜いてた……って訳無いか。アイザックに限って」

 

倒れるまで動いた後、直立不動で監視係など、考えたく無い。それも深夜ともなれば翌日に間違いなく響くだろうから尚更だ。

夜勤業務に2人の名は無かった筈だから、率先して手を挙げた事は解るけれど、どこにそんな体力があったのかは甚だ疑問である。

 

 

「それも不思議な所なんですが、その後なんです。……カズラ様のお部屋から悲鳴が聞こえただとか」

「!! それこそ なにそれ!?」

「はい……。侍女によっては、カズラ様の部屋の近くにいたから解った、と言っている人もいますが、昨夜 少なくとも2度はカズラ様は悲鳴を上げられたと……」

「賊でも侵入したわけ!? 大丈夫なの!?」

 

このイステリアに賊の侵入を許しただけでも問題なのに、領主の館にまで侵入されたとなれば、大問題だ。どれ程までの被害が及ぶか想像が出来ない。それに今は復興の大事な時期でもあるのだから。

 

 

 

―――が、そんな心配は杞憂だった。

 

 

 

「あ、いえ……、それが何ともなかったとの事です……。部屋に入ってみると、カズキ様がカズラ様を慰めていた、との事で。カズラ様 ちょっと妙な様子だったらしいんですが、【ちょっとした持病、発作みたいなものです】とカズキ様に説明なされて……」

「じ、持病? それに発作って……。気になるわね…… それも」

「カズラ様はかなりお疲れとの事で、朝食はとらず、昼までお休みだそうですよ」

「ん……。そっか。カズキ様は?」

「カズキ様は……。あ、ひょっとしたら、今も嗜んでおられるかも……」

 

昨夜のアイザック達との訓練を考えたら、起きて早々また訓練……等とは少々考えにくい事ではあるが、色々と【試したい】や【朝の日が出ている間の方がやりやすい】、と言っていたのを聞いたらしい。

 

真偽は定かではないが、珍しい関係の噂が回るのが如何に早いか……、まさに今、実感出来る。

 

「そう。……ん。今日の午後の予定ってどうだっけ?」

「はい。面会がいくつか」

 

エイラは、脳内にしまってあるスケジュール表を取り出し、記憶を手繰り寄せて、暗記した部分を鮮明に思い浮かべ、指折り数えながらリーゼに説明。

 

 

「領地内の豪商 ヴィルヴェル・マイバッハ様が昼過ぎに。その後、フライス領の貴族 アルデルト・トレーガー様。グレゴルン領からは 貴族のギュンター・ブランデン様。豪商のニーベル・フェルディナント様…… と言う順番ですね」

 

エイラが名を上げていくにつれて、それらが圧力となってリーゼにのしかかってくる。

 

「……ちょっとカンベンしてよ。幾ら何でも詰め込み過ぎでしょ……」

「そう申されましても……。あと、朝食後にマクレガー様の戦術講義も有ります」

「うぇー。……んじゃ、自由時間は?」

「夕食後になるかと」

「……………。じゃあ、エイラ。詰め込み過ぎなのはこの際 諦めるから、これから一緒に来て」

「はい?」

 

リーゼは、ちゃちゃっ と出発準備を整える。

勿論、しっかりと身嗜みを整えて――――と言うのが通常ではあるが、今は早朝訓練後である事。そして、会いに行く相手……カズキも恐らく訓練をしているだろう事。

話を聞きつけて、と言うよりは、位置的にも距離が近いので、訓練後にばったり出会った、と言うのを装う事を優先とした。

着こなしていけば、相手の邪魔になるだろうし、動きやすい恰好であれば より親睦を深める事が出来るかもしれないから。

 

エイラは、何のこと? と首を傾げていたが、リーゼは続けて言う。

 

「マクレガーとの講義は、朝食後の私の指定した時間だし、まだ時間はあるから、それくらいなら構わないでしょう? 空いた時間の有効活用」

「あ……(カズキ様に)いえ。別に否定をする訳ではありませんが、スケジュール的にも空いた時間は休まれる方がよろしいかと思うのですが……」

「解ってる。でも、穀倉地帯復興の手伝いともなれば、次いつ時間が取れるかなんてわかんないでしょ? 出来る時になるべく交流はしときたいの」

「は、はい。解りました」

 

 

午前の空き時間は もう殆ど無いと思うが、それはカズキ側も同じだろう。

確定していない事を考えると、行くだけ無駄かもしれないが、それはそれで休息の時間にはめてしまえば問題ない。

 

それに、リーゼは カズキとカズラ…… どちらを優先させるか? と頭で考えると……今一番気になるのはカズキだった。

 

無論、悪くはないが、極めて好みのタイプと言った類ではなく(失礼)、単純にジルコニアのカズキに対しての評価、と言うか人物像が カズラとはまた違った類のモノだったから。

 

何と言えば良いのだろうか……、心から喜んでいる様にも見えるし、慕っている様にも感じる。自分に勧めてくる勢いも、カズラと比べたらややカズキの方が上だと感じた。

 

「(とりあえず、朝の挨拶も兼ねて出来る時に交流を……。お2人も忙しい筈だし)」

 

リーゼは、そう呟く時、腰の木剣を軽く固定し、エイラと共に 噂の出どころへと向かうのだった。

 

 



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20話 朝の交流

 

朝――、カズキは部屋から外に出て、アイザックとハベルとの訓練で使っていた場所に出てきていた。

 

昨夜とやや違うのは、ただ開けた場所に、試斬台を据え置きしてくれている事。

 

「おぉ……、甲冑までつけてくれて、随分凝ってるなぁ……。コレを正式に利用して訓練してるのかな?」

 

最初は、丸太でも刺して、ロープでぐるぐる巻きにして肉付けをするくらいかな? とカズキは思っていたのだが、色々と施してくれており、動かない的ではあるが 対人初期訓練にも使えそうな精度だった。

面、胴、小手! と剣道ならそんな感じで攻める所ではある……が。

 

「よっし……。ふっふっふ。久しぶりに剣士気分なのも悪く無いかな? 人は……いないし、とっておきの技、練習してみよっと!」

 

アイザックやハベルとの訓練はそれなりに楽しかった。

ピカピカの身体と言うモノは、基本的には心労以外、肉体的な疲労は皆無だった。……そもそも、現在自分の身体の構造が解らない。説明がつかない事はちょっとキモチワルイとも思うのだが、今はそんなことは考えていない。

ピカピカの力を使って 嘗て 身体能力、パラメータ、その他諸々をレベルMAXにまで上げていた仮想世界で存分に振るった技を練習で試してみる。

 

 

木剣を正眼の構えで 試斬台へと向ける。

 

 

視線を鋭く、そして打ち込む事だけを考える。――――但し、加減はする事。折角作ってくれた、設置してくれたこの試斬台を壊すのは駄目だ。

限りなく力は抜く。それでいて速度に重点を置く。

 

ゆっくり、ゆっくり―――目を閉じ、集中力を高め、研ぎ澄ませ―――、そして目を見開くと同時に動いた。

 

これぞ、光速の剣技―――そのまんまではあるが、とりあえず 実際にはピカピカな光はなるべく抑え気味、抑制気味で動いている。

あまりにも光る身体は目立つので、なるべく 目立たない様に、それでいて それに見合うパフォーマンスが出来たらな、と試行錯誤した結果が今回の剣技である。

 

 

試斬台と交差する刹那、剣撃を実に9発放つ――――某有名漫画でも出てきて、カズキの時代でも人気を博しているかの男の剣技の模倣だ。

 

 

「っ! よしっ! できた!!」

 

 

いきなりぶっつけ本番だったが、見事な手応えにカズキは思わずガッツポーズ!

仮想世界で一番最初に体感・体現して見たかった剣技の1つなので思い入れもある。

 

 

そして、出来た事に喜んでいて気付くのが遅れてしまった。

 

丁度後ろに、約2名程…… この場に来ていた事に。

 

気付けたのは、物音がこちらまで響いてきたから。

音の大きさ的に、重い物じゃないと思うが、何かを落とした様な、そんな音。

 

 

「え?」

「あっ、そ、その!!」

「っ、っっ!」

 

 

カズキが振り返った先に居たのは―――女性が2人。

見知った相手だ。

 

 

「リーゼさん、それにエイラさんも………」

 

 

ナルソンの、領主の娘であるリーゼとその侍女のエイラ。

2人とも驚き固まっている。どうやら、先ほどの物音は、リーゼが手に持っていた木剣を下へと落としてしまった時のものだろう。

エイラも、思わず手に持っている―――洗濯籠の様なモノを落としそうになっていたが、下から両手で抱えていたので、どうにか落とす事は回避できた模様。

 

 

そして、まさか、この2人がここへやってくるとは思ってもみなかったので、カズキも2人の様に驚いていた。

 

この屋敷では、あの場で自分とカズラの正体……グレイシオールとメルエムである事を告げた者たち以外には なるべく明かさない様に……としていたので、一応 自重はするが なるべく此処には立ち入らない様にとアイザックやハベルたちに頼んで周知をしてもらっていたのだが(2人は喜んで了承。見張りを立てるとまで言ってくれた)。

 

 

「(さ、流石にリーゼさんを抑える事は出来そうにないよな………。一応、名目は訓練で場所を借りてるだけってことにしてたし)」

 

侍女たちや近衛兵たちならば、抑止できただろう。

だが、リーゼはここの娘―――領主の娘だ。そんな彼女を立ち入り禁止です、と一蹴するのは難しい事だし、ナルソンの許可を得ている、と言ってしまえば 更に止めるのは難しい。

 

色々と抑えているので、見られて困る事ではないのだが……、2人ともかなりの美少女だし、後ろから見られていたとなれば、ガッツポーズをしている所まで見られていたのなら、やっぱり色々と恥ずかしい。

 

 

「お、おはようございます。リーゼさん、エイラさん。何かありましたか? 今日の朝の予定はもう少し後だと思ってましたが、変更がありました?」

 

成るべく平然を装いつつ、声を掛けるカズキ。

 

予定では、今日から本格的にイステリア復興に向けて、カズラを先頭に指導から現地で開始する。

まずは穀倉地帯。

広大な土地が干ばつでかなりやられていて 全てを救済するのは無理難題な所ではある、が生き残っている場所も幾つかあるので、そこを重点的に行う予定。

結構無理を言って、麻袋を大量に用意させ、腐葉土・肥料も大量に確保したので 後は人員が揃っていれば何とかなる公算だ。

 

カズラとも色々打ち合わせをしたので、その辺りは問題ない―――筈。

 

予定外、予想外の事態が起きたのなら別だ。

カズキにとって今回の2人の訪問は完璧に予想外ではあるが。

 

リーゼは、まだ少し固まっていたのだが、カズキに言われて我に返ったのだろう。

慌てて木剣を拾い直し、そして 傍にまで来て頭を下げた。

 

「申し訳ありません。朝の訓練をしていると聞いて、是非、共に……と思いこちらへ参りました。その………お邪魔、でしたか?」

「っ、いえ。邪魔なんてことはありません。それに謝る必要も全く。ここはリーゼさんのお家ですし、私はただのナルソンさん、ジルコニアさんの友人ですよ?」

 

カズキは、笑ってそういう。

申し訳ない、と頭を下げた後のリーゼの上目遣いはかなりの高威力だ。

色々と解ってはいても、ある程度 リーゼの事を知っていて(・・・・・) 更に自分自身の過去(・・・・・・・)も相余って それなりには(あからさまに ではないが)警戒しているつもりだが不覚にも間近で見て ドキッ! としてしまった。

 

 

「リーゼさんとはゆっくり話をしてみたかった事も有りますし。私の方も是非。勿論、この後の事もありますから 時間の許す限りではありますが」

「本当ですか! ありがとうございます!」

 

 

ぱぁ、と花開く様な笑顔とはこの事を言うのだろうなぁ……、と何処か思考が遠くなりそうな気もするが、どうにか表情には出さない様に出来た……と思う。

 

 

「カズキ様。先ほどの剣には本当に驚きました。遠間ではありますが、視認するのが難しくて……」

「あ、ああ。今のは その――――そう! 私の故郷に伝わる剣術のひとつでして……」

 

 

 

その後、まずは穀倉地帯復興! の本格的な仕事に入る前の朝の一時。

リーゼとカズキ、そして 傍で見ていたエイラは 非常に有意義な時間を過ごしたのだった。………多分。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ちょ、ちょっとエイラ見た!?? あのカズキ様の剣!!」

「は、はい!!」

 

カズキとのちょっとした朝の交流も終えて、笑顔のまま戻るリーゼだった……が、確実にカズキから離れた位置、誰にも見られていない場所に来るや否や、表情を一気に強張らせ、興奮気味にエイラに言っていた。

 

「見えませんでした………。気付いたら、カズキ様が向こう側に行ってた? みたいな感覚です……」

「そう! 私もそう思う!! ……正直、アイザック達との事は 半信半疑だったんだけど、アレを見せられたら納得するしかないわ。見た感じお母様よりも遥かに速い……っていうか、どうやったら あんなに速く動けるのか、今でも自分の目を疑ってる所よ」

「はい……。私も白昼夢かと」

 

興奮しているリーゼを他所に、エイラは 逆に放心気味だった。

あまりに凄過ぎて自分の目を疑いたくなるリーゼの気持ちも判る。アイザックとハベルの2人を手玉に取ったと言う話も嘘ではないだろう。

 

 

「(……本当に人間なの………?)」

 

 

ただ、エイラは驚きと同じくらい恐怖もしていた。

軍の隊長クラスを2人同時に相手した事もそうだが、何よりも先ほどの光景。

あまりにも早過ぎる動きは 人間業じゃない、と寒気が走ったのだ。リーゼは興奮していても恐怖心は感じていない様だが……、エイラは あの一閃を見て背筋に悪寒が走った。

超常現象を見た時の感覚ってこういう事を言うんだと理解した。……理解したくなかったけど。

 

 

「うーん。今日は時間も時間だったから、あんまり進められてないケド、力もあるお金もある。更に何処かの大貴族!! これは間違いなく、優良物件! 今まででダントツの! お顔も……まぁ、合格範囲内! 思いっきり本気出してきっと落として見せるんだから!」

「あ、あははは………」

 

 

エイラの心境を他所に、リーゼは ターゲットを完全に2人からカズキに絞った様で、拳を握り込んで気合を入れていた。

 

リーゼが人を見る目がある事はエイラにも解っている。

長らく侍女として、専属侍女として幼少期より付き合ってきたからこそ、裏も表も全て知り尽くしていると言って良い間柄なのだ。

 

父親であるナルソンより解っていると言う自負がある。……と言うより、リーゼ自身が、領主の娘に相応しい様常に気を張り、注意しているので 本当の素顔を見せていないと言うのが正しいかもしれないが。

 

 

それでも、先ほどの恐怖心も残っているので心配ではある。

結構失礼な事も言っていたし……。

 

 

「(ま、まぁ リーゼ様なら バレたりはしないと思う……かな)」

 

 

これまでも猫かぶりを続けてきて、恐らくはその真の素顔はナルソンにもジルコニアにもバレていないだろう。

ならば、昨日今日の付き合いであるカズラやカズキに解る筈がない、と言うのが自然な考えと言うモノだ。

 

エイラは、両頬をぱちんぱちんっ、と挟み込むと、先ほどの恐怖心をどうにか奥底へと押し殺し。

 

「リーゼ様。そろそろお時間が……」

「ん! 了解。早く帰って着替えないと……」

 

侍女の務めを、仕事をしっかりと果たす為、リーゼに進言して手早くスケジュール通り動くのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

カズキはと言うと。

 

リーゼ同様、部屋に戻って着替えてカズラと合流していた。

昨夜のカズラの慟哭――――の件を慰めつつ。

 

 

「ま、まぁ またアイスを買ってくれば良いじゃないですか。……あ、何なら ひとっ飛び買って来ましょうか? オレなら直ぐに買ってこられると思いますし! ……ただ、お金だけはお給金の前借をしないといけませんが」

 

 

カズラの魂の慟哭。

昨夜の原因は、カズキが言う様に【アイス】である。

 

なんで? と普通なら思うかもしれないが、大体把握しているカズキは 気持ちが少なからず解る。

 

丹精込めて疲れを癒す為のとっておきのアイス。

カズキにも分けてあげる、と約束していて、一日の疲れに持って来いなアイス。

 

 

――――こちらの世界に持ってきたのは良いが……、色々と忙しい事が多過ぎて長らくクーラーボックスの中で放置し過ぎていた。

 

 

その結果。

袋詰めの氷を、そしてドライアイスを大量に入れて保冷をしていたのだが、結構暑いこのイステリアの外気温を遮り続けるのは無理があったのだろう。

氷は勿論全て溶けていた。ドライアイスは消えていた。

保冷して置けるであろう持続時間を大幅に超過している。

 

アイスは、形を保っていたらしく、まだセーフだった!? とカズラは一瞬歓喜したのだが、手に取った瞬間―――アイスはその形を崩し、ドロリとした液体へと変わってしまっていたのだ。

 

そして、カズラもまるでアイスと同じ様に―――どろり、と効果音をつけたいと思える感じで、床に倒れ込んだ。【うっ、うおおおおおぉぉぉぉ………】と、地に響く様な慟哭と共に。

 

 

でもまぁ、確かに悲しい事は悲しいがアイスでいつまでもふさぎ込む子供ではない。

 

カズキも居るし、何時までも気を使ってもらうのも大人げなさすぎる。

買ってくる、まで言ってくれたカズキに感謝の念を送りつつ―――。

 

 

「流石に、それは大丈夫ですよ……。じ、次回、向こうに戻った時必ず買って来ますから。……同じ轍は二度は踏みません。冷蔵庫も起動OKですし。ルートさんとアイザックさんが、見張りも立ててくれてるみたいなので、発電機を見られる心配も無いですし……」

 

 

ふ、ふふふ、と怪しく笑うカズラを見てカズキは苦笑い。

 

確かに、カズラの部屋に近づけば一発で解るが、あの発電機のエンジン音が低く唸りをあげている。この世界では間違いなくオーバーテクノロジーの1つであり、腹の底から響いてくるこの重低音は、何事か!? とパニックを誘発させそうな気もするが、そこはアイザックが図らってくれた。

ルートと呼ばれる人は、アイザックの従弟に当たる人らしく、以前 捕まった時に一緒に居た人物の内の1人なので、秘密を共有できるメンバーの1人でもあるのだ。

 

因みに、その性格や容姿は、まさにアイザックと瓜二つ、と言って良い。物凄くマジメであり、手伝わせてくれ、と進言してきた程だ。

断る方が可哀想な程である。

因みに、カズラのこの時の印象は、【プチアイザックさん】

カズキは【リトルアイザックさん】である。

頭一つ分程背丈が低く、年齢は恐らくは10代だろう。だからこその印象である。

 

 

そうこうしている内に、部屋の外が騒がしくなってきた事に気付いた。

どうやら迎えが来た様だ。

 

 

「解りました。では、アイスは 次回を楽しみにする……と言う事で!」

「うん。……穀倉地帯から、ここから本格的に復興支援スタートだ」

 

 



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21話 復興作業開始

 

 

 

さて、復興作業の開始!

 

 

 

と、言葉で言うのは簡単だが、かなり大変な作業だ。

 

太陽が強烈に大地をギラギラと照り付けるこの地。干ばつに見舞われたって無理もない。

カズキは、その太陽の下で少々ばつが悪い顔をしていた。

 

何故ならば、自身がこの地で【メルエム】と自称しているから。

 

最初はメルエムと言う単語についてはよく知らなかったが、バレッタに説明してもらい、この国では、光全般をメルエムと称する。

故に全てを統括する神・リブラシオールと共に、メルエムについては称される文献の様なのは幾つか存在しているのだ。……無論、メルエムが神の様に扱われる事は未だに無かった事なので、カズキとの出会い、メルエムとの出会いは神話の新たな1ページと言っても決して大袈裟ではない。

 

……そして、何が言いたいかと言うと、【メルエム】とは【光】だ。言うならば、この大地を照らしつくし、日照りから干ばつまでさせて、大飢饉に導いてしまっているのはメルエムの仕業!! となっても何ら不思議ではないのだ。

その辺りを突っ込まれるかな? と多少身構えてはいたが、その様な事は無かった。

 

カズラに畏怖されているが故にかな? と遠回しに聞いてみても。

 

【ここまで献身的に、協力してくれるメルエム様なら当然だと思うよ?】

 

と返ってきたので、それ以上は特に考えず復興の事に頭を集中させる。

出来る事は全てする為に。

 

 

何せ、物凄く大変なのだ。

 

 

皆の前には、堆肥袋に加え、水車の部品が積まれた数台の荷馬車と大量の荷車、そしてかき集めてくれた人員合わせて300名が集っている。

 

今はアイザックを始め、それぞれの長に分類するであろう兵士たちが急ぎ足でグループを分けてくれていて、そろそろそのグループ分けも終わりが近そうだ。

 

グループ分けが終わるまでの間、連れてこられた皆は 一体何をするのかまだ説明を受けていないので、ざわつきながらも、隊列を乱す事無く説明を告げられるまで待機していた。

 

 

 

そして、全ての準備が整った所でアイザックがカズラの前へと戻る。

 

「グループ分け、完了しました。カズラ様」

「はい。解りました。では、始めましょう!」

 

カズラの号令と共に、鍬を持ったカズキがニコリと笑顔で肩に担いで行動開始!

それを見たアイザックとハベルがぎょっ!?? としたが、カズラに宥められて一先ず落ち着いた。

 

 

「先ずは、カズキさんのやり方をしっかり見ていてください」

「んじゃあ、張り切って頑張りますよー!」

 

 

慣れた手付きで、ひょいひょいひょいと、地面を掘り起こす。そこまで掘るではなく浅く・広くと言った感じだ。

 

そしてその後、布袋の中に詰められている堆肥をいくらか均等に混ざる様に加えていき――――更に土を被せて馴染ませる。

 

 

カズラの声に合わせて、カズキもどんどん作業を進めていった。

疲れ知らずな身体であるカズキも、農作業をやる機会等早々ないので、これはこれで新鮮。事前にそれなりに練習していたとはいえ、結構夢中になるものだ、と笑顔のまま 指示された以上にやりそうになっていた。

 

 

「っとと、カズキさん早いです。ちょっと待っててください」

「っ――――、失礼しました。つい夢中になっちゃって……」

 

 

照れ笑いを浮かべるカズキの姿を見て、釣られて笑顔になっていく面々。

カズキはカズラと同じく、領主の友人、この地の復興を手助けしてくれる外の国からやって来た貴族である、と銘打っているので、少なからず固くなっていた者も居たのだろう。

 

イステリアの貴族、ナルソンについては全くと言って良い程不満は無い。寧ろ、アルカディアの盾として、戦争から救ってくれた英雄の1人なのだから尚更だ。

だが、それはあくまでナルソンに向けた者だけだ。如何にナルソンの友人だからと言っても……外の貴族については、良くない噂も聞くので、口に出す者はおらずとも、自然に身構えてしまったり警戒してしまったりしても、何ら不思議ではないだろう。

 

でも、嬉々として作業を手伝っているカズキの姿を見て、それを笑いながら相槌を打ったりしているカズラを見て、何だか強張りを見せていた身体が柔らかくなっていくのを少なからず感じる者が多かったのだ。

 

 

 

それはそれとして――――カズラとカズキは更に進めていく。

 

 

範囲にして、約35m程。

 

 

「今の作業を大体このくらいの範囲に、なるべく均等になる様にしてくれださい。布袋1つ分を撒き終えたら、まだ撒いていない畑へと移動して先ほどの作業を只管繰り返します。……これを北部一帯の全ての畑に行うんです」

 

 

 

カズキやカズラのやり取りに、何だか笑顔を見せていた面々も……流石にその説明には、笑顔は消えて、驚愕の色一色に染まる。

 

今は北部一帯の限定とはいっても、この穀倉地帯は半端ではない。半端なく広いのだ。

裏を返せば、それだけの広大な地帯が干ばつによる大飢饉に見舞われていると言う事でもあるので、これでそれが救われると言うのであれば致し方ない事ではある、が……まだ効能も見えていない事もあり、範囲だけを聞くと身体が一気に重くなってくる。

 

 

だが、それでも大丈夫、と太鼓判を押すのは一心不乱にまた35m範囲のみを限定して、只管掘り、撒き続けているカズキと、カズラ。

 

しっかりと計算上の話、机上の話ではあるが、可能の範囲になっている事は証明済みなのである。

 

日本から持ってきた堆肥、約45t。

それを通常の50分の1に薄めて使用した場合の散布できる範囲は、3712500㎡。

 

正直解りにくい数字ではあるが、大体簡単に言えば、東京ドームの約79個分の広さだろうか。

 

その時点で、頭がパンクしそうになるが、人数と時間をしっかりとかけるのでその辺りは問題ない。300人と言う人数も事前に連絡を受けているので織り込み済みだ。

 

勿論、この計算の中には天災などのトラブルについては一切考慮していないので、何も無ければ、の話にはなるが 約2週間程で達成可能だろう。

 

 

カズラが、最初限り目安にしてもらう為の木の板を設置した後戻ってきて説明を続ける。

 

 

「あと、カズキさんの行ってる場所は現在見本としているので例外ですが、基本は しっかりと各グループが横一列になって同時に行う様にしてください。先に終わったからと言ってどんどん先に作業を進めては駄目です。散布箇所が重なったりする原因になりますからね」

 

 

今も尚、どんどん進めているカズキを見て苦笑いをしつつ、カズラはまだ作業する広さに困惑の色を、堅くなってしまっている人達の顔を見てニコッと笑いながら、やる気燃料になるであろう事も告げた。

 

 

「言い忘れてましたが、この作業が完了した暁には、イステール家より給金が支払われます。作業の精度や進み具合によっては色を付けることも考えるので、皆さん張り切って作業に臨んでくださいね?」

 

 

やはり、どこの世界だろうが、ご褒美があれば人は頑張れると言うものだ。

ここイステリアに関しては、(恐らくするであろう)戦争を控えている、と言う事もあり、軍事費の方に予算が傾きつつある昨今。

貴族を除けば生活はどうしても苦しくなる。―――悲しいかな、戦争で犠牲となった者たちは、働き盛りの男女。人員の欠如も深刻なモノなのだ。

 

そこへ、給金とくれば、目の色に力が宿ると言うもの。

ナルソンは 嘘をつく様な領主で無い事も皆が知っているから。

 

 

「では、始めて下さい。よろしくお願いします」

 

 

カズラの合図で各グループは一斉に作業を開始した。

カズキは、まだ止まる様子はない。追加の袋を要求し、アイザックやハベルが自分がやる、と止めるのだが……、【何だか、こういうのも楽しいですね】と笑顔で返されるので、止めるに止められなかった。

 

最終的に、カズラに助けを求める形になったのだが……、結果 一先ず 手本として見せた最初の35m四方は カズキとカズラ、そしてアイザックとハベル、ルートの5人で終わらせる、と言う事になったのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

最初の35m以上は流石にカズキも手は付けない。

 

と言うより、夢中になってしまった自分をちょっと戒めている。

何せ、まだ水車の事ややらなければならない事も有り、更に言えば (一応)身分が高い者である設定の自分がずっとここに居ては委縮してしまうのでは? とも思えたから。

軽く謝罪すると、これまた【とんでもございません!!】とややオーバー気味な返答をされたので、カズキはそれ以上は何も言わず、【あ、そうだ!】と話題を変えた。

 

 

「身体の調子はどうですか? アイザックさん。ハベルさん」

「! は、はい。凄まじい効果です。今までの疲労感が嘘の様で、寧ろ調子が遥かに良い、と」

「私も同じです。これなら昼夜問わず、不眠不休でお仕えできます!!」

「そ、それは止めて下さいね? アイザックさん……。一応、これはまだ秘密なので、変に噂が立つのも好ましくないですし……、アイザックさんの様な上の人が働きっぱなしだと、下の人たちにも影響を及ぼしそうなので……」

 

 

上司が残業をしていると言うのに、部下がとっとと帰ってしまうのは体裁が悪い……と言う事と同じだ。

勿論、それには善し悪しがあるし、残ってまでしなきゃいけないので、いつも効率悪い仕事をしてるから! と日本では言われるかもしれないが、アイザック達にはそれらは全く当てはまらない。ただただ国の為にと愚直に前へ進んでいるから、そんなバッサリ切って捨てられる者はなかなかここには居ないだろう。

 

アイザックは、カズキの言い分も理解してくれた様で、敬礼をしながら やや抑える事を約束してくれた。……多分。

 

 

「それでは、私も水車の方へと行ってきますので、この場をお任せします」

「「は!」」

 

 

勿論、穀倉地帯復興に必須なのが水源の確保。

日照り続きで 雨が全く降ってくれなかったのが原因なので。如何に土地に肥料と言う命の息吹を吹き込んだとしても、育つ為の源である水が無ければ話にならない。

 

なので、水車の技術を提供して、常に水を供給できる様にするのだ。

 

 

 

 

 

カズキが居なくなったのを確認すると、ハベルはアイザックに聞く。

 

「アイザック様。あの秘薬に、これ程の効力があるのなら……、なぜカズラ様はあんなに疲れた様子だったのでしょうか。逆にカズキ様はいつも通りのご様子でしたが」

「……それは、確かにな」

 

アイザックとハベルは、カズキとカズラの事を思い返しつつ、自身の身体に起こった超回復についても考えてみた。

 

カズキは昨夜 自分達と手合わせをした上に、早朝、鍛錬をしたいからと試斬台を設置していた。2人の動く量は、ほぼ同じだったが、そこに夜と朝の鍛錬が加わってくると話が変わってくる。

 

カズキに至っては、35mの半分以上自分1人でやってしまっていて、その後5人で分けて終わらせたと言うのに、いつも通りケロっとしているのだ。……汗さえかいていないようにも感じる。

 

その点カズラは、動けば当然動いただけの疲労がたまっている様子だ。

昨日も遅くに何やら持病の発作? があったらしいし……。

 

 

「……だが、その理由を直接ご本人たちから聴くと言うのもな……。素直に感謝の気持ちを持つだけにとどめておこう」

「そう、ですね。……カズキ様もカズラ様を、と優先されてました。神に序列は無い―――と以前申してましたが、カズキ様がカズラ様を気にかけているのは私も解ります」

 

ハベルは、以前 グリセア村野盗襲撃事件の際にカズラを気にかけていた時もそうだし、これまでの言動でもそうだ。

カズラに付き従っている……という風には見えない、お互いに尊敬し合っているに近いだろうか。

 

ならば、ハベルは自分がすべき事は何なのかを改めて心に刻む。

カズキ様の為になる事、それはカズラ様の為にもなる。

 

 

「なるべく、カズラ様に負担をかけ過ぎない様、我々で作業日程を調整していくべきではないでしょうか?」

「! そうだな。オレもそう思うよ。復興を急がねばならないとはいえ、今後はきちんとお休みいただく様進言しよう」

「はい」

 

 

アイザックは、ハベルからの提言に笑顔を見せた。

明らかにいつも以上に積極的になっているのが嬉しいのだ。神々が降臨される前と後とでは違う。かと言って、以前までのハベルが不良だったか? と言われれば首を横に振る。十分に真面目な青年、副隊長だったから。

 

 

「そのかわり、オレ達は今まで以上に精一杯働こう。少しでも、カズラ様の、そしてカズキ様のご負担を減らせるように」

「勿論です。身を粉にして働く覚悟ですよ」

「その意気だ。……頼りにしているぞ、ハベル」

 

 

部下の成長が喜ばしい、と表情を綻ばせるアイザック。

ハベルはハベルで、勿論野心はある……が、今の最善の事が、全てが目的の為となる事は解っているので、いつもの打算的な考えは一切捨て、2人の為に尽くす事を改めて心に誓うのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そして、カズキはカズラと合流。

丁度、カズラはジルコニアと話をしている様だ。

 

 

「カズラさんカズラさん。向こうで組み立て方指導をしないと」

「ああ! ごめん、忘れてた!?」

 

 

ジルコニアとの話が盛り上がっていたのか、集中していたのか解らないが、作業員は話しかけるに話しかけられない様子だった。……まぁ、ジルコニアは領主の妻だし、カズラは、領主の友人となっているので、ズカズカと間に割って入ると言うのはなかなかハードルが高いのだろう。あまりに時間がかかる様ならば、意を決するかもしれないが。

 

カズキの隣にいたジルコニアは、軽く会釈をした後に、今度は話し相手がカズキへと変わる。

勿論、作業が始まれば 口を動かす前に身体を動かす予定だ。

 

「カズラさんとは何を話してたんですか?」

「えっと……、水車の話や、脱穀、製粉の話……ですかね? 後は季節。冬の寒さについても幾つかお話をしました」

「へぇ……。ふむふむ。成る程。水車を利用して製粉機にするとかかな。量産体制が整って、問題なく水の供給が出来たなら、作業効率が上がって良いかと思いますね」

 

 

水車の話から導き出すカズキを見てジルコニアは少しだけ驚きを見せる。

勿論、カズラとカズキの関係性を考えれば、カズラが知っていることをカズキが知らない訳はないだろう。

ジルコニアも説明を殆ど受けていないとはいえ、【製粉機】と言う話を聞いて、いまいちピンと来ていなかったのだが、まるで打ち合わせをしていたかの様に(実際はそういう風には見えない)、自然にカズキは納得をしていた。

 

「カズラ様も作業効率が何倍にもなると仰ってましたが、それ程までなのでしょうか? 申し訳ありません……、理解が追いついていないものですから」

 

ジルコニアは、学が無い事を詫びつつ、カズキに製粉機について聞く。

カズキはきょとん、としていたが、直ぐに両手を振った。

 

「いえいえ。謝る必要はないですよ。ジルコニアさん達からすれば、未知の道具なんですから。逆に直ぐに理解しちゃったら、それこそ天才ですから驚きますよ」

 

笑いながらカズキはそう答え、ジルコニアも同じく笑みを見せた。

以前から話を聞くに、カズキは敬われる事があまり好ましくないとの事。最終的には自然にフランクに、と。それはまるで、1人の人間の様(・・・・・・・・)に扱って欲しい、と言っている様にジルコニアは見えた。

 

あれだけの超常的な力を持ち合わせていながら、まるで相反する感性だと思える。

 

権力、武力、政治力………――――数ある力の種。

それらは、力が大きければ大きい程、所有した者に傲慢さ、残虐さ、……つまり欲を与えるとジルコニアは思っているから。

 

カズキはそれらとは一切関係ないと言わんばかりだ。

だからこそ、ここまでの好青年に見えるのだろう。……それはカズラも同じだと思う。ジルコニアの中では、やはり光に成って見せたカズキの方がカズラよりもやや上に見ている節があるが、それはジルコニアだけの秘密だ。

カズラはその見た事も無い道具や知識で自分達を救おうとしてくれているのだから、そもそも序列を考える事こそが失礼に値する。

 

 

 

「水車が組みあがった後に説明する方が解りやすいと思いますが……、水車は 水車そのものが壊れない限り、若しくは水がある限り、水が流れる限り延々と回り続けます。その回る力を、他に活かするというのがカズラさんの言っている製粉機なんですよ。……と言っても、私の説明よりも、やっぱり実際に見た方が良いと思いますが」

「あ、いえ。大体の輪郭はつかめてきてるつもりです。ありがとうございます……」

 

ジルコニアは、ふんふん、と頷きながら頭の中でどうにか想像を巡らせる。

 

大雑把な説明ではあるが、2度目の説明を聞いているから。

水車の動きについてはまだまだ想像の域を出ないが、【ずっと回り続ける】と言う点に着目すると見えてくる。

その回転力を他で活かす事が出来るのなら、構造まで考えたら頭が痛くなるが、理解は追いつきそうだ。

 

……だが、流石に完璧に、とはいかない。それこそカズキの言う通り、実際に水車を見てみないと。

 

 

「楽しみにしていてくださいね。カズラさんと協力して、製粉機、脱穀機まで作れば、一般市民の為にもなりますから。効率がかなり上がるので、食糧価格もぐっと下がる筈です」

「! はい。よろしくお願いします。人でも物でも、必要なものは全て用意いたしますから」

 

 

ジルコニアの笑顔を見て、カズキも思わず頬が染まってしまいそうになった。

太陽に照り付けられる彼女の顔は、綺麗な銀の髪が光りを更に反射させて、本人が本当に輝いている様に見える。

太陽がジリジリと照り付けてくれているおかげで、どうにか顔が赤いのを誤魔化せそうだな、とカズキは苦笑いしつつ、誤魔化しも含め、咳払いをしていた。

 

「あ、私もカズキさんには聞きたい事があったんでした」

「こほんっ、っとと、はい? なんでしょうか」

 

指を口元に当てながら、ジルコニアは笑顔を絶やさずに口を開いた。

 

「何でも、凄まじい剣術を披露したとか」

「ぶっ!」

 

カズキは思わず吹いてしまった。

加えて、咽てしまったのか、思いっきりせき込む。

 

「だ、だ、大丈夫ですか? カズキさん!?」

「あ、はは。だいじょうぶ、大丈夫です。すみません、ちょっと驚きまして……」

 

ごほごほ、と咳をしつつ、カズキは苦笑いしながらジルコニアにそう答えた。

 

 

驚くのも無理はない。

 

情報が回るのが、正直早過ぎる、と思ってしまうから。

 

そこまで極秘! 的な事にはしていないつもりだが、アイザックとハベルに付き合い、その夜は侍女たちにも伝わり、朝にはリーゼとエイラがやってきて、軈て―――ジルコニアの耳にまで伝わった。

この間、昨夜と今朝の2回の剣術の練習で、である。

 

「昨夜と今朝、少しだけ身体を動かそうと思って行っただけで、ジルコニアさんにまで伝わってるとは驚きました……」

「すみません。アイザックとハベルから聴きまして……。その、秘密……でしたか?」

「いえいえ。そんな事はありませんよ? 立場としては ナルソンさんの屋敷、ジルコニアさんの屋敷をお借りしてるので、その領内で内緒にしなきゃいけない様な事はしませんよ」

 

カズキは、頭を掻きながら笑っていた。

その笑みには少しでも怒ったり、困ったり、と言った色は一切見えないので、とりあえずジルコニアも安心する。これで機嫌を損ねる……と言った事は無さそうだから。

ならば、もう少し突っ込んだ話をしてみたい、と思うのが心情だ。

 

何せ、アイザックとハベルの2人掛かりで、手も足も出ない剣術ともなれば、剣に多少なりとも腕に覚えのあるジルコニア。

まさに興味津々なのである。

 

 

「今度、わたくしとも剣を交えてもらいたいな! と思いまして」

「えええ! じ、ジルコニアさんも、ですか?」

「はい! 私もこう見えて、剣の訓練は―――っとと、私()とは、アイザック達以外ともお約束を?」

 

目を輝かせながら、ジルコニアは一緒に剣を練習させてくれ、と聞き……カズキから 自分以外にも他に居るのか? と思えたから。

 

「あ、あははは……。今朝、リーゼさんからお誘いがありまして。今度、剣を共に、と」

「まぁ! それでリーゼとの訓練を?」

「あ、はい。時間の許す限りと返事は。何せ、私もそうですが、リーゼさんも忙しい身分ですからね……」

 

ジルコニアの目がきらんっ! と輝いた様に見えたのは決して気のせいではないだろう。

 

 

何故なら、その後 リーゼについて、怒涛の津波の如き勢いで色んな事を聞かされたから。

好意を持ってもらいたい、という感が物凄く見て取れる。

 

 

ジルコニアの考えについてはカズキも大体解る……が、今はとりあえず復興第一主義を掲げているので、無難に返答をするに限るのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そして、その後―――作業員たちのお陰で、見事! 水車の設置が完了した。

設置完了まで堰き止めていた水を流し―――水車にまで到達すると、ゴトッ ゴトッ とゆっくり、それでいて確実に回りだす。

回り出すにつれて、自分達よりも遥かに高い位置にまで水を汲み上げ、そして流していく。人力以外を見た事が無い作業員たちは目を丸めるのと同時に、確実に速く水が流れていくのを見て、思わず大歓声を上げていた。

 

 

それは、作業を最後まで見ていたジルコニアも同様だ。

 

 

「すごいです! グリセア村の水路に流れていた水もこうして川からくみ上げたのですね!?」

「ええ。村の水車もこれと全く同じですね」

「1基ですけど、これで何とか持たせて、後は量産体制に入って頂ければ! 大きな一歩になりますよ」

「はいっ! ありがとうございます!」

 

 

ジルコニアも目を輝かせ、子供の様に水車を魅入っている。

そして、製粉機についても、水車が回っているので、あの回転部に何か細工をするのだろうとまで想像が張り巡らせれる様になったので、更に喜びを顕わにした。

 

 

「……ん? あれ? ………これは」

 

 

そんな時、カズラだけは顔を顰めている。

水車を見ていて気付いたのだ。

 

回転し始めこそは、順調に回っていたのだが、ものの数秒で変化が顕著に表れた。

 

「回転速度にムラがある……?」

 

そこに気付き、カズラは直ぐに話し込んでいるカズキとジルコニアを呼び、現状を伝える。

 

 

「ほんとだ。周りはじめの5~6回転までは、一定に見えてましたが……」

「ばらつきがありますね。……その、本来は一定の速度で回転するのですよね?」

 

 

じっ、と見てみると解るのだが、ぱっと見ただけでは、問題なく動作している様にしか見えない。でも、集中して見れば明らかだ。回転速度にムラが生じている。

 

「はい、そうです。部品図面はグリセア村で使ったものと同じものをお渡ししたので、これは部品を作った現場のミスですね。回転速度にムラがあると、水車自体も早く傷んでしまう上に、作業効率も悪くなってしまうんですよ」

 

折角出来上がったと言うのに、早くに壊れてしまったり、効率が悪くなるとはあまりにも穏やかではない。

それも、各部品に不備があると言うのなら、ジルコニアも責任者なので、責任をより感じてしまう。

 

「とりあえず、このまま今は動かしておきましょう。効率が落ちても、最悪壊れてしまっても、この水を一刻も早く供給してあげる方が先決ですから」

「ッ……、も、申し訳ございません! 直ぐに原因を調査して作り直させます」

「はい。よろしくお願いします」

 

だが、それでも不可解な点がある。

グリセア村で使用した図面と全く同じな所だ。

 

最初は、日本から持ち込んだ水車をそのまま、こちらの世界で組み立てて使っていたが、軈て、その存在が明るみになった時、色々と追及されては困るので、最後には自分達の手で一から作成したのが、2基目の水車だ。

その作った時にバレッタが作成した図面が、今回でも活用されているもの。

 

あのグリセア村の器具・材料で組み立てる所まで行けたのに、それ以上の人数・人員・物資のあるイステリアで出来なかったと言うのが不可解なのだ。

 

「僅かに生き残った作物だけでも持たせないと、ですね」

 

カズラが、色々と考え込んでいた時、カズキがカズラに声を掛けた。

 

「うん。勿論確認も必要だけど、全部後回し。不良品だろうと何だろうと、水車を使わないと水が送れないからね。とりあえず、明日からの事ですが、ジルコニアさん?」

「ッ! は、はい」

 

顔を顰め、俯かせているジルコニアに声を掛ける。

 

「水車の部品製作はいったん中止にさせて貰って、きちんと原因を突き止めてから再開をしましょう。それまでは、先に作ってもらった水車でなんとかしのぐって事で」

「わかりました。早急に対策を立てさせます。………あの、本当に申し訳ございません。私の、私の責任ですわ」

 

先ほどから表情を落としているのは、やはり責任を一番感じているからだろう。

カズラに依頼されたものを仕上げる事が出来なかった事に対する責任。穀倉地帯の復興のスタート時点で躓いてしまった事に対しても。

 

「いや、ジルコニアさんだけのせいではないですから。私も無茶な指示を出しましたし。それに大丈夫ですよ。きっと直ぐに良くなりますから」

 

カズラは不安にさせない様に、とジルコニアに笑顔を見せる。

あまり笑ってもいられない事態ではあるのだが、何をどうしても同じなら、まだ笑っていた方が良い。気を張りつめて、他のトラブルにも見舞われたらたまったモノではないから。

 

「カズラさんの言う通りです。ジルコニアさん。私の好きな言葉に、【笑う門には福来る】っていう言葉がありましてね」

「え……?」

 

カズキが指を立てて、ジルコニアにことわざの1つを教える。

 

 

「いつも笑顔で溢れる家には、自然と幸運が訪れる、と言った意味です。明るく朗らかにしていれば、軈て幸せがやってくる、とも言いますね。……それに、ピンチにこそ、太々しく笑う事も良いとされてますよ。ジルコニアさんが不安がっていれば、皆が不安になると思いますし、逆にジルコニアさんが笑ってくれてたなら、きっと皆も笑顔になれます。一緒に困難を乗り越えられる、と思えますから」

「っ……そう、ですね」

「私も力になりますので。大変なのは重々承知ですが、最初のトラブル、笑って乗り越えてやりましょう!」

 

胸をぽんっ、と叩いて笑顔になるカズキを見て、思わずカズラも笑顔になる。

 

 

 

 

「(調査とか、作業場とかのチェックとか 色々と広範囲なら、(オレ)を使う事も全然考えてくれて良いですからね? 勿論、なるべく目立たない様に移動しますので)」

 

 

 

耳元でカズラにそう言うと、カズラも大きく頷いた。

 

 

 

 

「一息つくには、まだまだかかりそうですけど、カズキさんの言う通りですね。これからもっと大きな事をするんです。これくらい、笑って乗り切ってやりましょうか」

「は、はい!」

 

 

 



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22話 いつの間にか高待遇・高給取り

 

 

 

復興作業初日の夕刻。

 

一段落ついたので一時中断しナルソン邸へと戻ってきていた。

 

「ハベルさん、アイザックさん。今日はカズラさんの方を手伝っていただけると助かります」

「「は! 了解致しました!」」

 

今日も夜にカズキとの訓練がある! と半ばワクワクしているアイザックだったが、カズラの指示のもと、沢山の木材を運び込んでいるのを見て、カズキはそう提案した。

 

ハベルは兎も角 アイザックは 一瞬だけ、残念そうな顔をしていたが、カズラでもカズキでもこの身を全て捧げる所存だと言うのは変わらないので、間をおかず返答。

 

一糸乱れない返事に思わず仰け反りそうになったが、どうにか押し止め、カズキは軽く頭を下げて礼を言うと。

 

 

「発電機の目隠し小屋ですね? さっき言ってた」

「うん。今夜の内にやっときたくてね。……何せ音が凄いから。一番低温のecoモードでも周囲にかなり響くんだ……」

「仕方ないですね……。あの手の機械音は、ここじゃ カズラさんの発電機だけですから。似た様な音が無い分、余計に目立つんだと思います」

「ですよね~~」

 

 

完全なオーバーテクノロジーを持ち込む以上、ある程度は覚悟していたつもりだったが、やはり初日ともなれば、想定を超える事態が起きたって不思議じゃない。

アイザックは、一晩中見張りをする! と意気込んではいたが、それは カズラもカズキもやめさせている。

 

如何に栄養ドリンク リポDで言わばドーピングを施しているとはいえ、休む時はしっかり休んでもらいたいし、あまりにも超人的な働きをし続ければ、要らぬ噂が立ってしまいそうな問題点もある。日頃からアイザックは真面目であり、体力もずば抜けて高いとはいっても、普段以上を発揮し続ければ、誰もが訝しむ筈だ。……人の噂の広がる速度が速い事は、カズキの剣の訓練からよーく身に染みていると言うモノ、である。

 

 

「では、アイザックさん。ハベルさんもお手伝いをお願いします」

「じゃあ、一式取ってきますね、カズキさん」

「宜しくお願いします」

 

 

周囲の人払いもある程度済んだ。

材料となる木材も揃った。後は加工していくだけだ。4人いて、道具も有れば直ぐに終わるだろう。

 

 

因みに、最初は金槌、鋸、釘―――とやや原始的で、見ている人達にも解りやすい加工法を取ろうとしたのだが、結構めんどくさい。かと言って、カズキのピカピカの力で切ってもらっても良いかもしれないが、他の人に見られる可能性が跳ね上がるし、何より 神様(笑)の力をそんなお手軽に使うのもどうか? と言うのがカズラの意見だ。

 

 

と言うワケで、色々と考慮した結果、発電機もある事だし、電動工具の出番が来たのである。

 

 

カズキが工具一式をカズラの元へと持ってきた所で、準備完了。

 

「あ、ルートさんは今日はお疲れ様でした。ずっと長い間見張りをさせてしまってスミマセン……。また明日からも手伝いをお願いするかと思いますので今日は帰って休んでください」

 

因みにルートは、発電機の見張りに立っていてくれていた。

延々と直立不動で立ち続けるのもかなりの苦行だ。なのに、ルートは文句ひとつ言わず、表情ひとつ変えず、最後の最後まで見張り続けてくれた。

まだまだ若い筈なのに、本当に大した忍耐力・忠誠心だ。……だけど、流石にそろそろ休憩を……、というのがカズラの気持ち。

 

復興作業中は、時折 休憩も入れていたし、それを考えると延々と見張りを続けていたルートの方が負担が大きい筈だから。勿論、誰も見ていない所で、軽くサボりでもしていたら、そうでもないかもしれないが、ルートがそういう性格じゃない事はもう解りきっている。

 

 

……だが、カズラの申し出に首を大きく横に振った。

 

 

「――――いえ! どうか私にもお手伝いをさせて下さい! まだまだ元気ですので、なんでも致します! お心遣い、ありがとうございます!」

「おお……!」

 

 

目を輝かせながら張り切るルート。

その横でアイザックも同じような目でルートを見ていた。

 

【良くぞ言った!】

 

 

と胸を張っている様に見える。

アイザックとルートのその姿は本当に瓜二つだ。

容姿、その性格、まさにルートは プチ・アイザック、リトル・アイザックである。

 

 

そして、アイザックもルートに関して後押し・太鼓判を改めて告げる。

 

 

 

「――――そうですね。ルートは他人に秘密を漏らすような男ではありません。もとより、カズラ様、カズキ様が、グレイシオール様、メルエム様である事を知っていますし、今後も手伝わせても問題は無いかと思います」

 

 

最初は4人で作業を行うつもりだった。

それでも十分多い方だが、ルートを含めると更に1人加わって5人。

電動工具は1セットしかないので、木材運搬係、木材を切る係、打ち付ける係……と分担しても人が余りそうだ。

 

でも、後々の事を考えれば 秘密を共有出来るに足る人物が増えて、手伝ってもらえる人が増えるのは良い事だろう。

 

 

「んーー、ですね。なら、お願いしましょう。これだけ人数が居たならもっと早く終わるでしょうし」

「5人いるなら、工具、もう1セットくらいあった方が良かったですね。(………ちょちょっと、オレの力、使って切ってみても良いですか?)」

「ま、まぁ 目立たない程度にね………?」

 

 

 

と言うワケで、カズラ講師による、木材加工・工具説明 講義がスタートした。

 

 

 

 

勿論、電動(・・)工具だ。

この世界じゃ、それも当然ながらオーバーテクノロジー。

 

電動鋸を、じゃん! と出した途端に、アイザック・ルート・ハベルも顔をひきつらせた。

物騒な形状の刃で一体何を?? と思ったのだが……、カズラがそのまま高速回転する刃で、木くずを周囲にまき散らせながら、どんどん切っていく。

 

何でも、カズラは実家の畑、肥料つくりの為、木製コンポストボックスを作った事があるので、手際が良いのだ。

 

これまた当然だが、危険性はあるので、安全第一でどんどん木材を切っていく。

 

 

「な、なんと………」

「あの大きさの木が、あっという間に………」

「凄いです…………」

 

 

現代日本では当然驚かれる訳がない事なのだが、ここまで驚き、目を見張らせられると、何だか良い気分になるものだ。

別に自分が発明したワケでは無いのだが。

 

 

「私が板を切断している間に、アイザックさんにはこの道具を使って小屋の壁を作ってもらいたいんです。使い方はまた説明をします。今後にも活かせる加工法だと思いますので、他の皆さんもしっかり覚えておいてください」

「「「は!」」」

 

 

 

その後は驚いては、熱心に、また驚いては熱心に……の繰り返しだった。

特にネイルガンについては、こちらの世界ででも釘はあるから、金槌を使った打ち付けくらいは経験がある筈なので、特に驚いていた。

一瞬で釘が刺さってしまうのだから。

 

これも危険なので、安全性重視、安全教育は怠らない。

 

 

 

 

 

 

「ん~~♪ んっん~~~♪」

 

 

 

 

その横で、カズキは、鼻歌交じりに、指先から発せられた光の剣。光の刃で木の切断担当を担っていた。

 

一際大きな材木に関しては、電動鋸でも中々加工しずらいので、必要な部分を切り取る係だ。

切断面が少々ではあるものの、焦げ付きが残ってしまうから、大雑把で良い切り作業はカズキお手の物、なのである。

 

鼻歌交じりにどんどん、木を斬ってく後ろ姿は、何ともギャップがあり過ぎて思わず苦笑いしてしまう4人。

やっている事は凄まじい……、オーバーテクノロジーを遥かに超えた最早オカルト系なのに、本当に楽しそうにしているから、例え初見であったとしても、そこまで驚かない様な気もする。

 

 

 

 

 

 

そして、暫くして……。

 

「カズキさんのお陰で、後々に作成する資材置き場用の木材加工も済みましたし、皆さんのおかげで思ったよりも早く作る事が出来ました。ありがとうございます」

 

カズラたちが作成した小屋は、四方の柱が地中に埋まっており、地面と壁の間には10㎝程のすきまが取っている。

発電機なので、当然燃料を燃やす際に発生する一酸化炭素。それを換気する為の隙間だ。……危険なので、此処に顔を近付かせない様にも伝えてある。

 

不思議な空気は、吸い続けると死に至る――――と、脅かしているので、誰も近づきたがらない。見張りもしてくれているので安心だ。

 

 

「凄まじいですね……カズキ様も凄まじいですが、こちらも……。これ程までの道具が無ければ、こんなにも早く終わりませんでした」

「はい。……これなら本格的な家作りももっともっと時間が短縮されそうな……」

「あー、気持ちは解りますが、こちらの道具は大量生産するのが不可能です。なので、申し訳ないですが、大掛かりな建設関係は諦めて下さい」

 

カズラの一声で、少々惜しむ気持ちはあると思うが、ハベルは それ以上言わずに頷いて一歩下がるのだった。

 

そして、皆疲れてるだろうな……、と汗を拭い、ふと 周囲を見渡してみると……。

 

 

「宜しくお願いします!!」

「あ、はい。解りました」

 

 

何故こうなったのかは解らないが、ルートとカズキが互いに剣を構えていた場面が見えた。

カズラは目を擦って見直してみたが、何度擦っても、何度見しても、この光景が変わる事は無く……、武芸達者なカズキに挑む形でルートが剣を振るっていた。

 

 

「な、なな! おいルート! 何をしているんだ!?」

「っっ!! す、すみません! アイザック様! こ、これは……」

「あ、ああ。すみません。アイザックさん。こちらの作業が幾分か早く終わりまして……。カズラさん達の手伝いをとも思ったんですが、人が増えても、道具が無く作業効率が悪いと判断したので、私が提案したんです」

 

慌ててカズキが説明をする。

理由は、ルートと共に木材(大雑把)加工をしている際に、アイザック&ハベル との夜の訓練の話になり、ルートは先ほどの手伝います発言よりも更に目を輝かせた。

 

【おもちゃが欲しい、強請りたい、でもでも、……お兄ちゃんだから我慢する! 頑張って我慢する!】 

 

と言う感じの健気な男の子に見えたカズキが、ルートに提案したのが発端。

最初は、他の人の作業が……、まだアイザックやハベル、カズラが小屋を作っている最中、と渋ったのだが、好奇心がかなり高い事と、向こうに行っても 工具が無いので 手伝える事は少なく、逆に邪魔になりかねない事を告げる。

 

何より、メルエム()が良いですよ? と言えば、きっと大丈夫でしょう。とカズキは言ったのだ。……ちょっとズルい気もするが。

 

それに、ルートは、秘密を共有出来る数少ない兵士。

出来る事があれば、目をかけてあげたい、というのが心情だ。

 

 

 

 

その後、カズキの言葉を聞いて 一先ずアイザックは納得してくれた。

 

ただ、納得するだけで終わる筈もなく、その後はアイザックやハベルも含んだ4人で一気に剣の訓練開始となり、カズラは、ただの観客になってしまうのだった。

(見てるだけで凄いので、観戦するだけの価値は十分にある、というのがカズラの感想)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

一方その頃――――。

 

 

ナルソン邸に戻ってきたジルコニアは マリー用の部屋を作らせていた。

元々は、物置部屋ではあったが、整理整頓し、家具をそれなりに揃えると、普通の部屋として十分に機能する。

ナルソン邸だから、その普通のレベルは、一般的な普通とはかけ離れているのは言うまでもない。

元々奴隷であるマリーにとって見れば、豪邸の一室、自身が仕えているルーソン家が霞む程のモノだった。

 

 

次々に必要物資が運び出されている様子をジルコニアが眺めていると、パタパタパタ、と慌ただしく足音が近づいてくる。

 

「お、遅くなり申し訳ございません! 私をお呼びでしょうか!?」

 

思いっきりダッシュでやって来たのだろう。……勿論侍女の制服が乱れない最低限度の気を使いながら。だから、普通に走るより遥かに疲れてしまう。

 

息を切らせ、どうにか呼吸を整え、それでいて、ジルコニアと言う自分にとって雲の上の人に失礼が無いように失礼が無いように、とだけ頭の中で念仏の様に唱えながら頭を下げる。

 

「あらあら。そんなに慌てなくても大丈夫よ。顔を上げなさい」

 

ジルコニアは、マリーがいつも一生懸命である事は知っている。

カズラの世話係に何度かあてられ、更にカズラとカズキの食事事情にもかかわりのある少女だ。普段の様子、勤務態度はしっかり確認はとっている。

 

結果、申し分ない。年齢を考えても非常に優秀と言えるだろう。

 

ルーソン家には先ほど足を運び、色々と内に潜むモノがあるのは感じていたが、それを考慮したとしても、マリーは良い子だ。

 

 

「今日からここがあなたの部屋よ。それと、あなたをカズラさん、カズキさんの従者に任命するわ。……どちらを優先的に、どちらを先に、というのは深く考えなくて良いからね。時間割をしっかり決めてから仕えてちょうだい。もちろん、専属料理人の仕事も兼務してね」

「っっ!?? か、かしこまりました!」

 

 

いきなりだ。

本当にいきなりの人事異動?? だった。新たな職務にも驚かされるし、何よりもこの豪勢な部屋を自分の部屋として使うなんて、高待遇……あまりの事で気絶してしまいそうだった。

 

それでもどうにか、踏ん張ると、また 呼吸が荒くなりそうだったので、しっかり整える。

 

 

例えいきなりだったとしても、……無理難題があったとしても、マリーがジルコニアに意見できるような立場ではないので、全て【はい】と答えるしかない。

 

 

これまででも、何度も何度も辛い事だってあった。【はい】しか言えず、苦しい事もあった。

今回のこれは、それらの意味とは180度違うので、あまりにも違い過ぎて、息は整いつつあっても、思考が纏まらない。

 

 

 

「どのくらいの時間になるかはわからないけど、あなたの身は一時的にイステール家が借り受ける事になったの。ノールには話を通してあるから、安心してね」

「!! はい! わかりました!」

 

 

そして、ルーソン家との話をつけている、というジルコニアの言葉を聞いて、兄 ハベルが言っていた事がこの事だったのだ、という結論に達する事は出来た。

 

どうにかして、あのルーソン家…… 奴隷の身分。決して良い待遇とは言えない扱いをされていた家から抜ける事が出来た。……まだ一時的なものではあるし、兄も自分も望んでいた事がこうも早くに訪れるなんて……、と油断をすれば涙が出てしまう。

 

兄も間違いなく喜んでくれるし、兄が喜んでくれる事が、マリーにとっても一番嬉しい。……更に、自分の環境が良くなった事で兄が喜んでくれるなんて、これ以上の幸せがあるだろうか。

 

 

色々と想いを馳せている時――――更にジルコニアからの驚愕な追い打ちがやってくる。

勿論、悪い意味ではない……が、それでもマリーにとっての衝撃は半端ではない。

 

 

「あと、あなたの私物も全部回収してきてあるから、ルーソン家にとりに戻る必要はないわ。服とか家具も用意させてるから、今後はそれを使いなさい。給金は月の終わりに1500アル出すわ」

「………えっ!?」

「諸経費は引いた状態で、現金で渡すから手取りはもっと少ないけどね。色々と勝手が解らないだろうから、あなたと一緒にもう1人、2人に対しての従者として正式につけるわ。解らない事は全部その娘に聞きなさい。もうここで10年働いている娘だから聞けば何でもわかるでしょう」

 

 

 

半端ない衝撃が、マリーを打ち抜いた。

頭の中で大噴火が沸き起こる。

 

 

まさかの給金と言う言葉の中の……桁がおかしい、という部分。

 

 

今までも確かに奴隷として働いていて給金は得ていたのだが………待遇は限りなく悪い。このイステリアでの最低賃金と言うモノは幾らなのかはマリーに解る由も無いが、それでも貰っている者限定と考えれば、自分より低い給金があるのか? と問われれば……なかなか首を横には振れない。

 

何せ、ルーソン家の給金は、貰っているのか貰っていないんだかわからなくなる程の薄給。必要な経費は勿論、給金から差し引かれるし、生活用品に関しても当然ながら自分の給金。

貰っているのか貰っていないのか解らない感覚に見舞われるのはここに原因がある。

 

幾ら数字を示されても、必要経費としてドンドン引かれていくのだから、手元に残らない。

衣食住にのみ困らないだけマシだと思うしかなかったのだが……、ここにきてまさかの1500アル。

 

この金額はかなりの高額。高給取りの仲間入りをしてしまったのだ。おまけに1人部屋ありの高待遇。

 

もう何が何やら訳が分からないと言うマリーの感覚は決して、決っっっして間違っていない。

 

 

「ちゃんと貯金すれば、その内身分を買い戻して解放奴隷になれるわ。今後の働きによっては昇給も考えるから、頑張りなさい」

「は、はい…………」

 

 

あまりの事に現実感が無い。

夢現か、白昼夢を見ているのか? と思えたが、この時不意に頭に感触を覚えた。

ジルコニアが触っている訳ではないのに、何故かこの瞬間、撫でられたような感覚………正確に言えば、マリーの記憶が蘇る。

 

それは、兄に撫でられたのではなく、………そう、従者として仕える対象の1人である、カズキ。

 

初めてルーソン家で短い時間だったが、お世話をした時に撫でられた感覚だ。

頻りに、【大丈夫】と言う言葉を頂いた。あの時はよく解らなかったが……、もしかしたら、全ては此処に繋がっているのでは? とも思えた。

兄のハベルが心から信頼しているのはよく知っているし、その人柄の良さはマリーもよく知っている。

 

身分が高い人の筈なのに、分け隔てなく、どんな人に対しても接し方が変わらないのだから。

 

 

心の中で、カズキに、そして勿論、これから仕えるもう1人のカズラにもお礼を……と思ったその時だ。

 

 

 

「あ、それと……」

 

またまたまたまた―――――――何度目か解らない衝撃が来たのは。

 

しかも、超高威力なのは同じだが、先ほどのジルコニアに呼ばれた事や、高い給金と言ったモノとは種類が違う(・・・・・)衝撃。

 

 

ジルコニアにとっては、忘れていた事項だし、別段深く考えた事ではないのだが。

何事も無い様にごく自然に通知する様に真顔で言う。

 

 

 

「いつ お2人から夜伽を申し付けられても良い様に、身体は常に清潔にしておきなさい。必要なら風呂を使う事も特別に許可するから、いつでも申し出てね? 勿論、体力だって必要な事だから、休む時は休む、特に睡眠時間はしっかり取るようにね。……じゃあ、よろしくね」

 

 

 

 

 

―――――………。

 

 

マリーの思考が完全に停止したのは言うまでもない。

優しかったあの手に…………自分の身体を………………

 

 

 

 

 

 

 

正直マリーを置き去りにした感はあるが、しっかり返事をした(殆ど条件反射)のを見届けたので、良しとして その場を離れるジルコニア。

 

「……ふぅ」

 

因みにジルコニアは、カズキとカズラの2人が、そう言うもの(・・・・・・)を求めている、とは正直考えてはいなかった。

2人の性格は、まだ接した時間が短いとはいえ、大体把握できている。

 

流石は神。と言うべきだろうか、こちらの世界の人間とは考え方が違った。

 

 

どんな者であっても、強大な力を持てば覇権を握りたくなるものだ。

歴史がそれを証明している。自分達は違うと言いたいが、それでも、ジルコニアは自分の為に利用している節があるのは否定できない。

 

最初は、マリーともう1人、カズラとカズキにそれぞれ従者を宛がうつもりだったのだが、兎に角 普通の待遇を、友人として接する事を願うカズキの事も有ったので、見知った間柄でもあるマリーを2人に宛がう事でどうにか、印象悪くならないようにしよう、というのがジルコニアの最低ラインだった。

 

マリーが良い子なのは間違いないし、更に嬉しい事に カズキとリーゼの交流する機会が増えている。

 

 

今後も、より良好な関係を築き上げる事が出来たのなら、ここイステリアもあのグリセア村のように――――。

 

嘗ての神話の様な 悪い領主が居る場所としてではなく、庇護するべき地だと思ってくれたなら……。

 

 

 

「………そうなったら、きっとバルベールだって……………」

 

 

 

ジルコニアは、ふと窓から顔を出した。

月明りが照らす夜空が広がっている。

 

届きそうで決して届かないその星々に手を伸ばしながら―――嘗て誓った、あの日の想いを、本懐を必ず遂げるのだと、胸に刻みつけるのだった。

 



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23話 従者×従者×教育係

復興開始2日目の朝。

 

ナルソン邸内、食事用の一室にて、数名の侍女たちが手際よく朝食の準備を行ってくれている。その部屋の中央には大きな長テーブルが設置されており、既に銀製の皿・コップなどが配膳されており、後は食事が運ばれてくるのを待つのみ。

 

焼き立てパン、そしてスープ……、徐々に、確実に豪勢になってゆく朝食の風景……なのだが。

 

 

「(………これは、そろそろやばく無いですか? カズラさん。今こそリポDの出番では?)」

「(うーん……、リポDは 秘薬って扱いだし、あんまりポンポン出したくは無いんだけど……、考えておくよ。ほんとこの人達そろそろ倒れそうな気がするから……)」

 

 

倒れる前にドーピングを! とも思うが、実の所 瀕死の状態になった後でも 劇的な復活が出来る事は、カズキがくる以前、バリン相手に証明されている。今夜が山……と言われてもなんら不思議じゃない状態から数時間で復活する程の神薬……秘薬をカズラが出し惜しみする理由も、とりあえず理解出来る為、カズキはカズラの意向に従うのみだ。

 

 

それでも、解っていても、やっぱり皆さんの目の下のクマがヤバイ。

疲労が色濃く残っているのがよく解る。 カズキが一番で、その次に元気そうなのはカズラだと言うのが一発で解る程にあからさまだ。

 

中でも一番きつそうに見えるのはジルコニア。

軽く意識が飛び掛かってる? と思ってしまう程、うつろな表情。現実逃避でもしているのかと疑える仕草……、窓の外に見える青空を眺めている。今も尚。

 

顔色も少し白みがかっている様に見えて、あまり女性の扱いや気持ちが解っていないカズラも、女性の顔は大切なモノだ、と言う事くらいは解るので、心配になってしまうと言うものだ。

 

以前の初めての対談の時とは比べ物にならない。

 

「あの、お母様……?」

「………(空が、きれい……)」

「お母様?」

 

心配したのか、リーゼがジルコニアに話しかけるが、反応を見せてくれない。空を眺め続ける。……これは本当の本当にヤバイヤツでは? と思い始めたその時。

 

「ジル。リーゼが呼んでるぞ!」

「ッ!? え、あ、ごめんなさい。何かしら?」

 

ナルソンに名前を呼ばれ、そのナルソンの重低音はどうやら、身体に直接響いてきたのだろう、はっ! と気を取り戻して、リーゼとナルソンに顔を向けた。

 

 

「大丈夫か? かなり疲れている様に見えるが……」

「大丈夫よ。心配いらないわ」

 

ジルコニアは表情を取り繕っている様だが、どうみても大丈夫そうには見えない。

後ほんの少し押したら、倒れてしまいそうだ。……目を瞑って10秒数えさせたら、そのまま眠ってしまいそうだ。

 

「流石に休んだ方が良いのでは? ジルコニアさん、とても辛そうです」

「い、いえ。大丈夫ですよ。それにただでさえ仕事が溜まってますので……」

「昨日はどれくらい寝ました?」

 

カズキ・カズラの言葉に狼狽えつつ、大丈夫アピールはするのだが、最後のカズラの質問に対して、何処か遠い目をしたのを2人は見逃さなかった。

 

遠い目をしなければならない事情、答えがあると言う事が解るのはこの直ぐ後。

 

 

「………1時間(半刻)ほど」

 

 

気まずそうに呟くジルコニア。

たった1時間……、ただの仮眠ならまだしも、1日1時間は鬼だ。無茶だ。どんなブラック企業も真っ青だ。

 

どうにかして休んでもらいたい。

 

「(うーむ……、神様権限? いや、仕事が溜まってる事実は変えられないし……、でもかと言って簡単に手伝えるようなものじゃないし……。こちらの仕事量も決して少ないワケじゃないから……)」

 

どうしようか……、と悩んでいたカズキ。

カズラも、ジルコニアに休んでもらいたい気持ちはカズキと一緒なので、腕を組み、うんうん唸っていたその時だ。

 

 

「お母様。私にも何かお手伝いをさせて下さい。現場に出向いて作業の進捗を見るような仕事なら、私にもできます」

 

 

そこで手を挙げたのはリーゼだった。

 

「現場に……って、あなたは面会の予定があるでしょう? 今日の相手は?」

「あ、えっと……」

 

リーゼがちらっ、と見た先に居るのはエイラ。

その視線に勿論気付いて、リーゼの代わりに今日の予定を告げる。

 

 

「グレゴルン領土から貴族のギュンター・ブランデン様。豪商のニーベル・フェルディナント様が午前と午後でそれぞれ。……お二方とも2日連続での面会です」

 

 

面会予定の人物名を言った瞬間、場の空気が変わる。

濁った様な淀んだような……、そんな感じ。

お世辞にも良い空気とは言えない。

 

 

「ニーベル。……ああ」

「……アレね」

「あ、はい。……あ、べつにアレ……じゃなく、ニーベル様。彼が嫌だからと言うワケでは」

 

「(あ、アレ呼ばわり………)」

「(ニーベルニーベルニーベル………聞き覚えある。どんなヤツだったか…………。はっきり思い出せないのに、不快感しかないって事はそういう事なんだろうな………。皆の反応を見てもよく解るし)」

 

 

ニーベルと言う人物をアレ呼ばわりする3人。(リーゼは否定していたが、説得力無し)

あまり良い印象はないのだろう、と言う事がよく解った。

カズキも思い出そうとしているが、なかなか思い出す事が出来ないので早々に諦める。

 

 

「……まあ、昨日会ってるなら、断っても平気かしらね。すみません。今日の作業には私の代わりにリーゼをつき添わせてもよろしいでしょうか?」

 

ジルコニアは、カズラとカズキの2人をそれぞれ見ながら聞いた。

 

因みに、神同士の序列は無いと言う事は、直接口には出していないものの、雰囲気的には伝わっているだろう。

それに 今回の復興作業の言わばリーダー的な存在はグレイシオール、豊穣の神のカズラである。

カズキは、その補佐的な役柄なので 決定権はカズラに譲っていた。

 

カズラも、最初は渋っていたものの、役柄(グレイシオール)のことを考えたらカズキの言う様に合わせた方が良いと判断し、対等な関係でありながらも、最終ジャッジはカズラが決める事に決定している。

 

つまり、このリーゼを同行させても良いか? と言う話もそうだ。

カズキがうんうん、と頷きつつ カズラに視線を移し 判定を促す。カズラも、それを受け取った上で。

 

「かまいませんよ」

 

と決定。

悩んだ様子は一切ない流れ作業。リーゼを連れて行く事に抵抗が無い、迷惑なんてもっとない、と言う事がはっきり解る流れである。

 

 

「ありがとうございます。お2人のお役に立てるよう、精一杯がんばります」

「あ、そんなに肩肘張らなくても大丈夫ですよ。そんなに難しい事はやらないんで気楽に行きましょう」

「ですね。あ、私は 主にカズラさんが居る現場の作業の皆さんに混じって一緒に行ってますので、用があれば声を掛けて貰えば」

「あ、そんなに肩肘張らなくても大丈夫ですえよ。そんなに難しい事はやらないんで気楽に行きましょう」

 

 

笑って了承してくれた事が嬉しくもあり、更にカズキが労働を共に行っていると言う話を聞いて驚きもした。

現場監督の立場ならいざ知らず、目上、貴族であろう人が率先して労働者に加わると言うのは、これまで面会してきた者たち、接してきた者たちの中でも初めての事だったから。

 

カズラとカズキの関係性もよく解らず、対等に見えるのだが、復興作業においてはカズキが率先して作業をしている所を見れば、カズラが上に見える。

 

だけど、アイザックやハベル、そしてジルコニアとナルソンを見たら……やっぱり対等だ。

考えれば考えるほど謎が深まっていく感じがするが、とりあえず今は良しとした。

 

 

「それじゃエイラ。準備して置いてもらえる?」

「畏まりました」

「あ、エイラ。ちょっと待って」

 

リーゼから指示を受けて、部屋から出て行こうとしたエイラをジルコニアが引き留めた。

エイラは、何か他にも指示があるのか、と説明を聞く為に、振り返って元の場所へと戻る。

ジルコニアはそれを確認すると、カズラとカズキの2人を見て話を始めた。

 

 

「カズラさんの従者にエイラを、カズキさんの従者にマリーをおつけします。両者とも屋敷に住みこむことになってますから、今後はなんなりとその2人に」

 

 

突然の人事異動の報告に、一瞬エイラとリーゼの2人は時が止まる―――が、直ぐに動き出す。

 

 

「「えっ!??」」

 

 

ハモる2人。

そして、ばつが悪そうな顔をするのはジルコニア。驚くのも無理はない話だ。

 

 

「ごめんね。あなたたちにも言うのを忘れてたわ」

 

 

リーゼやエイラは勿論、カズラもそれなりに驚く。カズキも記憶が多少混濁しているものの、事情を知れば大体察する事は出来るので、そこまであからさまに表情には出さなかった。

 

ただ――マリーが自分でエイラがカズラなのは、少々予想外。

普通の待遇をそれとなく欲し、求めている様子を見せていたので、てっきり カズラの方に集中すると思っていたのだが……、それだと周囲に対する目に困惑が映るかもしれない。

カズラと自分は同じ、対等の間柄の筈なのに、友人であるナルソン、およびジルコニアから、従者をつける方、つけない方と分けられたら当然、何かおかしい、と思われるだろう。

 

色々と事情は察するも、マリーが従者なのを考えてみると、……色々と慌てたり、緊張したり、と最初は大変だと思うので、それとなくフォローする事をカズキは誓うのだった。

 

 

カズキこそは、大体納得出来たものの、やはり他の面子はそうはいかず、最後の最後で、なかなか強烈なモノを残していくジルコニアだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「はぁ……、ほんっと驚いた。でも、エイラが私の従者から外されなくて本当に良かった……」

「あ、あははは……」

 

朝食後、リーゼは自室の青銅の鏡台の前で、盛大なため息を吐いていた。

 

「マリーが一人前になる様に、教育係兼、私とカズラ様の従者って……、結構ハードだと思うけど大丈夫?」

「だ、大丈夫じゃなくても、やらないといけない……ですし」

「それもそうよね。でも、無茶はしないでね?」

「わかりました」

 

結果的に、エイラは、リーゼの従者から外れる事は無かった。

 

聞かされた当初、エイラがリーゼの従者の任から外されてしまうのか、とリーゼはひどく狼狽した様子を見せていた。

それもその筈、エイラとリーゼの関係はもう10年以上だ。

齢3歳の頃からの付き合いで、幼少期からずっと専属の従者を務めてくれている。

 

つまり、幼い頃から当たり前の様に一緒にいたエイラ。従者だが それ以上の関係を築けている。……リーゼにとって、エイラ以上に心を赦せる相手は他にはいないから。

 

でも、詳しくジルコニアから話を聞いてみると、色々と兼任する事には成りそうだが、専属従者から外れる事はなく、安心していた。

 

エイラも同感だ。

今更リーゼから離れて、他の従者には……、と口が裂けても言えない事ではあるが、やはり抵抗があるのは事実。逆らえる、逆らえないは別として。

 

 

「ふぅ……、それはそれとして。エイラは何でだと思う?」

「? 私がカズラ様の従者を兼任する、というお話の事でしょうか?」

「うん。後、カズキ様の事も、かな。いきなり新人のマリーを従者に任命した理由も気になるけど。それに 2人に1人ずつの従者をつけるのが普通だと思うし」

 

 

リーゼの言葉を聞きながら、確かに―――と考え込むエイラ。

丁度、今はリーゼの髪を結い上げていたが、考える為に一度止めた。

 

 

「やはり、私の侍女の経験が比較的長い事……、後は年齢が近い事でしょうか。カズラ様とカズキ様は、20代半ば程の御歳に見えますから。マリーに従者を任命する理由と、従者を実質少数にする理由は………正直解り兼ねます」

「うーん……」

 

エイラは、もう一度考える。

見た目で判断すればになるが、歳は多分然程は変わらない筈だ。これまでの話し方を考えてみて、リーゼに対する話し方も考えて……、恐らくリーゼ以上ジルコニア以下程度の年齢だと思った。

そして、もう1つ。

 

「後、思ったのは、カズラ様の従者に私を宛がう事、そしてカズキ様の従者になるマリーの教育係を私に任された事を考慮すれば、リーゼ様に接点を作ったようにも思えます」

「―――うん。それは私も考えた。元々お母様は私に興味を持たせようとしていたし。……ん、今考えたら カズラ様の事ばかりだった気もするけどね」

「カズラ様ばかり……ですか?」

「そう」

 

 

自分自身がカズラの従者をリーゼの従者兼任で行えば、間違いなく接する時間は多くなるだろう。マリーが担当するカズキもそうだ。

教育をする間に、色々と誘導すればそれなりには接する時間が多くなる、多くできる。

 

流石に3人の従者になるには無理があるので、カズラとカズキの2人をリーゼと満遍なく接する事を考えたら……、これが一番効率が良いのだろうか。

 

 

「興味を持たせようとしてるのは一緒なんだけど……、何だか違う感じがするのよ。カズキ様の事は。遠慮? いや、どういえば良いのか解らないけど……、でも、明らかに差別してる訳じゃなくて、ほんと なんとなくって感じだから。それとマリーを従者にする件はひょっとしたら、カズキ様の好み――――とか? お母様に伝えたって可能性は……」

「うーん…………」

 

可能性の1つとして、マリーをカズキ自身が指名した、と言う事。

マリーは元々ルーソン家の奴隷だったと聞いている。

 

本来なら、彼女がナルソン家の従者になるなんて考えられない事だ。

マリーの境遇ならまず貯金を溜めて解放奴隷となる。そしてこのナルソン家の従者となる言わば実地試験や面接を経て、晴れて領主邸で務める安定した職に就く事が出来る。

 

険しい道の筈なのに、一足飛び足であっという間に色々免除されて従者になった。

 

色々と困惑する所はあるが、マリー自身に悪意の類が一切ないのは、あのリーゼよりも更に若い少女だから、と言う理由と ルーソン家の身分も理由もあるだろう。

変な話、手癖の悪い奴隷をナルソン邸へ遣わせた……となれば、家の名に泥を塗るも同然だから。

 

なら、考えられるのは やはり タイミングは解らないが、ルーソン家と接点を持つ機会が合った時に、マリーの目にカズキ、若しくはカズラが止まりそこで――――と言うのが自然なのだが。

 

「……正直、あまり考えたくはないけどね」

「あ、あははははは……」

 

リーゼは険しい顔をした。

カズラとカズキ、この2人の中ではジルコニアに何を言われたとしても、まずはカズキ、と決めていたから。まだ、カズラの方が残ってる……と言う余り物みたいな考えはリーゼはしたくないし、考えるだけで最悪な行為だ。

アレ呼ばわりしたニーベルならまだしも、彼らの為人(ひととなり)はある程度は見て接し、感じてきたのだから。

 

「でも、私はそれは無い様な気もしますが。……ジルコニア様から任を受けた時、お2人とも驚いてましたから」

「うーん……それも確かに……」

 

 

エイラもこの話を聞いた時、当然驚いたが、流石に従者になるのが嫌だ! みたいな雰囲気や仕草をカズラやカズキが見ている前で見せるワケにはいかないので、ある程度 周囲の空気を読むように、カズラたちの事もしっかり伺っていた。

 

考えている事は流石に解らないが、その表情くらいは何となくわかる。

 

【……聞いてないよ?】

 

みたいな顔をしていたから。

 

 

「あ、そうだ。もう1つ解らない事があった。エイラ、なんでお母様は2人の出身国を教えてくれないんだろ? 別に隠す事じゃないと思わない?」

「あ……確かにそうですね。此処までの待遇、そして 復興の手助けをして頂いてる方達ですから、国を挙げて御礼を……と言うのが一般的な気もします」

「だよね。……もしかして、バルベールの貴族とか かな?」

「えっ!? さ、さすがにそれはないのでは……?」

 

バルベールの名を聞いた途端、エイラは顔を強張らせた。

だが、リーゼとて当てずっぽうと言うワケではない。

可能性とすれば間違いなく候補の1つだろう、と言う理由はしっかりあったからこそ言ったのだ。

 

 

「だって近場の国の大貴族なんでしょ? ほかにある? クレイラッツにはそこまで目立つ貴族は居ない筈だし、プロティアはクレイラッツの向こう側な上に、アルカディア(こっち)とそこまでの仲じゃないし」

 

立地条件、近場と言う情報、それらを考えて候補に挙がるのがやはりバルベールと言う事になるからだ。国の性質は兎も角、大きさ、国力を考えたら大貴族でお金持ち、未知の知識、全てが当てはある。

候補としてはクレイラッツもあるが、あの国では市民の一人一人が直接政治に参加できる政治方式になっているから、跳びぬけた貴族、巨万の富を持つような人物が居れば直ぐに噂になって広まる筈だ。

収める税金も桁が違ってくるだろうし、国ももっと潤うと思うのだが、流石に全ては見ていないとはいえ、傍目からでは 裕福な国とはとても思えない、と言うのが実情。

 

 

だが、それでもエイラは首を横に振る。

 

「ですが、大のバルベール嫌いのジルコニア様ですよ……? 私はやはり無いかと思います……」

「んー……。そう言えばなんでそこまでバルベールを嫌ってるんだろお母様。難癖付けて進行してきた国だし、嫌うのは当然だろうけど、それにしては……ちょっと凄みがあり過ぎる気がするから」

 

バルベールの大貴族がこちらへ物資や知識を授け、和平の道を目指していると言う筋書きも見えてくるが、エイラが言う事も全く無視は出来ない。

ジルコニアが激しく怒気を顕わにし、嫌悪感、殺意さえ見受けられる程、激昂したのをリーゼは見ているから。勿論侍女たちも同じく。

 

4年前に休戦協定が結ばれる事が国家間の話し合いで決定した際が特に凄かった。

激しい口調で言い争う。それもナルソン相手に、である。

 

噂の範囲内ではあるが、ジルコニアは休戦協定など結ばずに北方の蛮族の動きに連携してバルベースに攻め込むべきだと強く主張していたとの事だ。

 

戦争の爪痕は、決して浅くない。

自国の状況、そして勿論バルベール以外の国の状況を説明して、どうにか怒りの矛先を収めようとしていたのだが、それでも曲がらず、果てはナルソンを腰抜け呼ばわりしたとのこと。

 

その際に幾度となくバルベールを口汚く罵り、バルベール人はすべて皆殺しにすべきだともあった。

 

――――勿論、これらは全て噂の範囲内。

 

ジルコニアが激しく激昂していたのはリーゼも知っているから、そのあまりの迫力で、尾ひれがついたと言うのも否定は出来ない。

 

 

「……一時期、本当に話しかける事が出来なかったからね。お母様。お父様でさえも。何日かして、謝ってくれてたけど……」

 

 

リーゼの中ではトラウマ級の様だった。

謝罪の後はいつものジルコニアに戻ってくれてほっとした。いや、以前よりも温和に、丸くなったとも言えるかもしれない。

 

……ただ、軍事関係になると話は別。訓練などには一切妥協を許さないと言うのは以前のまま。

 

軍事関係は兎も角、バルベール関係。戦争関係でもジルコニアの目つきが恐ろしいものに変わってしまうので、リーゼはあえてその話題を避ける様にしている。

 

 

「……これも、噂で聞いた話なのですが」

 

 

リーゼに伏し目がちにエイラが口を開いた。

 

 

「バルベールとの戦争が起こる数か月前に北方山岳地帯にあったイステール領の村のいくつかが野盗に襲われたことがあったらしいんです。襲われた村は住民全てが虐殺されるか攫われるかしたとのことで……その………」

 

 

流石にその先の事はなかなか口に出せず、言い難そうに詰まらせた。

 

「……ジルコニア様は、その時に襲われた村の生き残りらしいんです。どういう経緯かはわかりませんが、その後兵士としてイステリア軍に志願して、ナルソン様に見初められて、戦争直後にご結婚なされたとか……」

「それ、誰から聞いたの?」

「ナルソン様とジルコニア様がご結婚された時に、先輩の侍女たちがうわさ話をしているのをたまたま耳にしまして。……あくまで噂なので、本当かどうかはわかりません」

「…………」

 

 

それはリーゼにとって初めて耳にするジルコニアの過去。

 

もしも、その噂が本当だったとするなら……、あれほど烈火のごとく怒りをあらわにした理由も説明がつくし、毛嫌いする理由も想像がつく。

野盗、となっているが それが戦争前と言う点を考えたら十分バルベールの仕業である事は考えられる事だ。

 

何故ジルコニアがナルソンと結婚する事になったのかまではよくわからない。

 

でも、噂とは言っても、火の無い所に煙は立たない、と言うのと同じだ。全く違うとは言えないだろう。

 

 

「どうして話してくれなかったの? 今まで」

「あえて話題にするような類の話でもないので。……それに、あくまで噂ですから」

「そう……そうよね。エイラ、手が止まってるわよ」

「あ、申し訳ございません」

 

 

これ以上は話題にはしない。

 

そういっている様に感じたエイラの直感は正しかった。

髪を結うのを再開した後は、このバルベールの話は一切なかったから。

 

 

「あ、でも お母様は最近変わったよね?」

「ジルコニア様が、ですか?」

「うん。一番変わったのは、カズラ様たちが来たばかりの時だったかな? その笑顔と興奮が混ざった感じで」

 

 

リーゼは、カズラとカズキが来たばかりの時の記憶を、ジルコニアの過去話を上書きするかの様に口に出した。

 

今思えば当然かもしれない。

未知の道具で支援してくれている上にこの穀倉地帯復興もそうだ。眉唾ものであれば、ここまで大規模な予算を投入するまでには至らないだろう。

舵を切ったと言う事は、相応の信憑性が2人にあったと言う事だ。

 

 

「じゃあ、エイラも頑張ってね? 従者兼教育係。もちろんっ! 私の方も疎かにしちゃ駄目よ? 手を抜いたらお仕置きだから」

「手を……って、そんな事しませんよ!」

 

 

 

エイラは、今でこそ笑って頑張るつもりだが……、この後 大変な事になってしまうと言う事は知る由もないのだった。

 

 



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24話 星に願いを

 

 

 

 

 

復興作業も順調そのものだ。

 

確かに水車の部品不良の件は、少々焦ったが 水車が全くない状態、0の状態だったことを考えれば何ら問題ない。

 

回転にムラがあっても今はしっかりと川の水を水路へと汲み上げてくれている。

仮に、破損したとしても、その場凌ぎだったとしても、土が……畑が息を吹き返してくれるだけでも十分だ。

 

 

大規模復興作業の初っ端のスタート。

 

 

そんな大掛かりなと言って良い作業に問題が無いと言う方がおかしい。

 

常に問題はある、解決しても新たな問題は直ぐにやってくる、と気構える事にしたのだ。

 

 

 

 

―――問題とは 皆が集まれば必ず解決できるものだと言う事も同時に思う様になった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

丁度太陽の光が真上に差し掛かった所で。

 

 

「―――さて、ちょうどキリも良いとこですし、そろそろ昼食にしましょう」

 

 

カズラの号令で、一同 作業を止めて昼の休憩……昼食休憩に入った。

 

今日はリーゼが付き添いで来ている事もあってか、作業員全員がいつも以上の働きを見せてくれている様に見える。

それだけでも、普段からリーゼの人気が高い、と言う事がよく解ると言うものだ。

 

カズラに至っては、明らかにやる気満々で張り切っているのが傍目から見てもよーく解ったから、カズキは苦笑いをしていた。

 

「(う~~ん……、記憶が正しければ、リーゼさんって……。いや、人間だれしも裏表はあるもんだし、こんな戦争やら食糧問題やら、色々と大変な事を抱えてる国の領主の娘ともなれば、ストレスだって相当……、想像以上にたまってる筈だし。……リーゼさんの知ってほしくない部分をほじくり返すのもなぁ……)」

 

 

カズキはリーゼの姿を見て、更に苦笑い。

傍から見ていても物凄く働いているのが解る。

 

勿論、作業員たちに混ざって……と言うワケではなく、ジルコニアの代わりの視察だ。

それぞれの担当者に労いの言葉や、進捗状況の確認など、てきぱきと熟しているのがよく解る。

 

流石に水車を実際に見た時は圧倒されていて、素の顔が出ていたが。

 

 

 

 

カズキが色々と考えている間にも、従者たちはせっせと昼食の準備を進めていた。

荷馬車から引っ張り出した組み立て式の簡易テーブルや椅子を取り出して、あっという間に綺麗な屋外ダイニングルームの出来上がり。

更に日傘もセット。テーブルクロスは純白。何処かの喫茶店のテラス席だ。食器も銀製で実に見栄えする。料理も彩り鮮やか。食欲をそそられる匂いもどんどん屋外なのに充満していき、お昼時だ、と言うのを 鼻腔を通じて 腹部の奥にまで届けてくれた。

 

 

カズラも、この世界の料理で満腹になれればもっと良いと思うんだけれど、こればかりは仕方ない。

従者の1人であり、カズラとカズキの好みの味? を知っている料理が出来る(とされている)マリー。

形式上では、カズキの従者となっているが、カズラとカズキの専属料理人でもあるのだ。

 

マリーは手際よく、クラムチャウダーと菓子パンを用意してくれた。

カズキはこちらの世界の料理でも問題ないが、流石に神様である2人の料理が分かれては不自然なので、カズキも日本製を頂いている。

以前は、無料飯(タダメシ)申し訳ない! と言う気持ちがあったのだが そこはカズラ。文字通り億万長者なので 痛くもかゆくもない、と笑い飛ばしてくれたので、今は感謝の念だけを送り、両手を合わせて頂いている。

 

こちらの料理では腹が膨れない、空腹感が満たされないと言う摩訶不思議とも言える状態のカズラに料理を用意するのは少々見た目的にも大変だけど、その辺りはマリーがよくやってくれているので大丈夫だ。

 

こちらの世界の人達が日本製の料理を食べたらどうなってしまうのか……、それはグリセア村の皆を見たら1発で解るので、要チェックポイントなのである。

 

無論、カズラやカズキの心証を悪くするワケにはいかないし、カズラ自身にもきつく言われているので(多少脅しあり)、その手のミスはナルソンを始め、ジルコニア達も犯さないだろう。

少なからず、食べ物の秘密を掴みつつあるようだが――――それでも。

 

 

 

「(なんだろ……? シチュー?? 暑さで悪くなってないのかな……?)」

 

 

リーゼも、自身に出された料理と別物にした事に少々疑問に思っていたが、今は好感度を上げる事に集中しているので、些細な違いは気にしない事にしている。

単純に、別の国の貴族なのだから、味の好みが違うとか、その辺りは理由を考えれば幾らでもあるから。

 

 

 

食事をしながら話題に上がるのはやはり、先ほど見た中で一番インパクトのある水車の話だろう。

あまりに圧倒されたので、カズキやカズラが【この水車には不具合・不備がある】と言う説明を聞いてもさっぱり理解出来なかった。

 

水を絶えず汲み上げ流し続けるのだから無理もない事だ。回転にムラがあるなんて、些細な事だと感じてしまうのだろう。……本来なら汲み上げるには莫大な人材・金銭が掛かりそうなのに、こうも迅速に水を供給できる設備。これで穀倉地帯も息を吹き返す事間違いないだろう、とこの時ばかりは、心の中でさえ、カズキやカズラ(主にカズキ狙い)も忘れて大いに喜んだものだ。

 

「そう言えば、カズラさんとは街中で会ったんですよね? リーゼさんって。よく出かけられるんですか?」

「ええ。気分転換でよく散歩に行きます。町ではいろんな人とお話が出来て、とても楽しくて市民の生活を直接見られて勉強にもなります」

「リーゼさんは、とても勉強熱心ですよね。それに とても優しい。あの時(・・・)、リーゼさんに助けられてなかったら、結構大変な事になってたかもですし」

 

カズラは苦笑いをしながら当初の事を思い返した。

 

それは、エイラとカズラが出合い頭にぶつかったのである。

当たったタイミングが悪かったのか、当たった場所が悪かったのか、女性であるエイラは倒れず、カズラは倒れてしまうと言う何とも情けない姿だった、とカズラは苦笑い。

 

あの時の事は、正直 リーゼは こちら側に非がある、と思っているので(エイラは自分と話をしていて余所見をしていたから)、当然の事をしたまでだ、と思っていて、正直蒸し返されるのには、若干の抵抗があったのだが、カズキに姿勢を見せるには好機。

 

「あの時は申し訳ありません。私達の不注意でした。……それに近衛兵たちも……」

 

陽気に笑っていたリーゼがしおらしく頭を下げる。

心から謝罪をしている姿勢を全面に出して見せた。

 

ぶつかった事に関しては、カズラに非がないとは正直言えないが、それでも こちらが悪いと全面的に認める。何せ、その後が大変だった。

 

カズラが倒れた時に落とした物を拾って返そうとした時、不意に気になってリーゼは突起部分を強く押し込んだのだ。

 

初めて見る形状の道具だったから、好奇心が出てしまった、と言うのが正しい。少し触るくらいなら問題ないだろう、直ぐ返却するから、と考えがあまかった。

 

「い、いえいえ。リーゼさんを護る為の行動です。なので、彼らを咎めてはいけませんよ?」

「……あ。っはい! ありがとうございます」

 

でも、考えがあまかったからと言って、流石にいきなり火が出てくるのは想像・想定の範疇を遥かに超えているだろう。

 

あの時、カズラが落とした物は、簡易ライター。

 

この世界では、火起こしは原始的な方法でしか存在しておらず、種火を確保しておかないとかなり大変なのだ。だからこそ、容易に火を生み出せる道具も当然オーバーテクノロジー。

 

石油燃料もこの世界では発見されていない代物なので、流石に水車の様に道具提供とはいかないから、ライターの件は有耶無耶にしている。リーゼも 話したくない部分である事はある程度察しているので、そこまで言及する事は無かった。好感度を上げる為にも がめつく、しつこい女は駄目だろう、と判断したから。

 

 

 

 

 

その後終始穏やかに、そして楽しく時が流れていく。

 

リーゼの人柄について、カズラはより深く知る結果にも繋がった。

控えめな所もあるが、予想外に積極的な発言をする事もあり、どこまでが本気なのか測りかねる部分はあったものの、仕事に対する姿勢を見れば、全力である事が容易にわかる。

 

社交辞令である笑顔――――と、ある一定の距離を置いていたカズラも、その笑顔には心打たれるモノがあり、市民の間で人気が高い理由、このエリアにリーゼが来た事で明らかに顔が変わった理由が解った。

 

給金を弾む、と言った発言と同等以上なのだから。彼女の為になるのなら――――と。

 

 

「(いやぁ、随分と社交的な人だよね、リーゼさんって。市民の間で人気があるのも納得できるよ)」

「(…………ですね)」

「?」

 

 

カズラのリーゼに対する評価、と言うか印象はかなり高い。高い、と言うよりもうMAXストップ高だ。市民に慕われる領主の娘。この国の問題点が改善されて行けば、より良い未来があるだろう、とカズラは思っていたのだが……、何やらカズキは歯切れが悪い。

 

その様子がちょっと気になった。

 

カズキは善し悪し両方とも、ある程度オブラートに包みはするものの、把握している範囲、解りやすい範囲では 殆ど即答しているからだ。

 

リーゼに関して言えば、まさに解りやすい話題。

無論、私生活の全てを見ている訳じゃないので、早計かもしれないが 現時点では問題ない、満点の働き。

 

作業員たちの士気向上にもつながっているので、かなり仕事が捗っているのは、午前中の業務を見ればよく解ると言うものだ。

 

何がひっかかるのだろう? とカズラは首を傾げていた。

 

 

「(あれ? 何かあった? リーゼさんと)」

「(?? あ、ああ、いえいえ。そういうワケではないですよ。ちょっと考え事をしてただけで。……リーゼさんについては非の打ち所がなく、まさに才色兼備って言葉がぴったりですし)」

「(……うん。だよね)」

 

 

カズキの女性観については、カズラも重々承知だ。

 

嘘か本当かは一先ず確認のしようがないので置いといて……、長く付き合っていた彼女が突然男を作って行方を晦ます。それも もうそろそろ結婚を……、とカズキが考えていた矢先にだ。

 

金銭面のやり取り等は特に無かったし、何より結婚したワケでも婚約をしていたワケでも無いので、訴えるなどの修羅場にはならなかった様だが……、それでも本人の心の内ではかなりの修羅場になっていたと言うのは容易に想像がつく。

 

そこから、一日の大半を 未来ゲームであるVR世界へと没頭していったらしいので、その点を考えても……。

 

 

だから、リーゼに関して 少なからず疑心暗鬼な部分でもあるのでは? と思ったが どうやらそう言うワケではないらしい。

……それによくよく考えてみれば、確かにリーゼは かなりの美少女なのは間違いないが、出会ってまだ数日。立場も柵も色々とある間柄のリーゼに 幾らトラウマがあったとしても そこまで警戒する必要はない筈だろう。

 

なら、何を考えていたのか、と少々気にはなったが 本人が話してくれるならまだしも、カズラ自身が根掘り葉掘り聞くつもりは無いので、それ以上触れない事にして、談笑を再開した。

 

 

 

 

色々とカズラやカズキが考えを張り巡らせている時、勿論 リーゼ自身も色々と考えている。

 

「(うーん……、カズラ様は たまにじっと見られてる事があるからある程度解りやすいんだけど……、何だかカズキ様は 違うのよね……。警戒してる? うぅん、変なボロは出してない筈だし、………)」

 

リーゼの本性に関しては、親であるナルソンは勿論の事、同姓のジルコニアでさえある程度は隠す事が出来ている。常に一緒にいる、と言っても良い家族相手にも 素顔を隠す事が出来ているのにも関わらず、昨日今日の付き合いの浅いカズキに考えが悟られるなんて、到底思えない。

 

これまでの実績を考えてもそうだ。

 

だから、ある程度はリーゼ自身も警戒しつつも―――手を緩める様な事は考えていない。

心の内を読めないのはリーゼも同じなのだ。実際は全く違う理由で警戒している様に見えるだけかもしれない。

カズキと話せば普通に、自然にやり取りが出来ているのも事実だし、その辺りに変な棘やしこりがあるワケでもない。

言うなら、直感に近い。……長年男を見てきたリーゼの経験則に基づくモノだから。

 

 

 

「(カズキ様に全力を出すのは変わらない。……勿論、カズラ様を蔑ろにしちゃったら、本末転倒になりかねないし、バランスを考えて……全力で……)」

 

 

カズキを狙うにしても、その過程でカズラの事を杜撰な扱いにしては、当然カズキにも心証最悪に映るだろうから、2人の事を立てつつも、徐々にカズキへとシフトしていく腹積もりである。

 

 

 

 

それぞれの心の内は穏やかとは言えないかもしれないが、傍目からは、微笑みが絶えない終始穏やかに過ごしたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その日の夜――――。

 

今日も一日終わりをつげ、夜中はいわば自由時間だ。

カズキが剣を振るう様に、カズラも持ち込んだお茶で、ティータイムと洒落こんだりと、過ごし方は様々である。

 

 

「ふぅ……」

 

カズキは、一先ず今夜は剣の訓練はやめておいた。

約束の類があるのなら、するつもりだが ハベルにしろアイザックにしろ、またのお相手と言う話はしたが、正確な日時指定まではしていないので、本日は勝手ながらお休みと言う事にした。

 

「それにしても、まさかジルコニアさんまで伝わってるとはなぁ……。彼女、剣の腕は凄そうだし、軍部与ってる身だから、当然興味津々だよねぇ。……なんせオレ、神様だし?」

 

剣の相手の件でのジルコニアの表情は、これまで以上。

復興の手伝いをする事が正式に決まった時以上の表情だったので、彼女が軍部の強化を何よりも重要視しているのが、傍目からでもよく解った。口には出さないが、全てを後回しにしてでも、敵国であるバルベールとの戦争の準備をしておきたいと言うのが本音だろう。

 

何せ、仮に穀倉地帯を始め 国の問題を改善出来た所で、何れ間違いなく攻めてくるであろう、バルベールに敗北すれば 全てが終わってしまうのだから。

飢饉で滅びるか、敵国に滅ぼされるか、の違いだ。

 

……今回の干ばつの影響の凄まじさは流石に想定していなかったので、あのまま軍部強化ばかりしていたら、戦う前に干からびる事も間違いないので、表情にこそ決して出さないが、ある意味苦渋の決断でもある。

 

 

「あと、リーゼさんだよなぁ……」

 

 

カズキは、ジルコニアの事の次は、リーゼの事について……、親子の2人の事を考える。

それは、昼間 カズラが不思議に思ったあの時。カズキが考えていた事に直結する事でもある。

 

大きく大きく息を吸い込んで―――――――。

 

 

「―――――すっっっっごい可愛い!!」

 

 

 

盛大に吐き出した。

無論、周りに人が居ない自分が使わせてもらっている部屋とはいえ、ある程度配慮はしつつ、である。

リーゼの事を本当の意味で知っているカズキだが、色々と画策していても、裏があったとしても、接すれば接するほど、そう強く思ってしまうのだ。

 

 

「美人なのは間違いない。正直、解ってても惚れる。間違いない」

 

 

 

ストレートにカズキはそう愚痴り続ける。

 

カズキ自身が抱えているトラウマに関しては 嘘偽りない事だ。

多分 ほぼ間違いないリーゼの本性について考慮したとしても……、それを補って余りあるサービス精神の高さ。

 

好感度を上げる術、と言うモノを全て熟知していると言って良いやり取り。

ちょっとした仕草、気の使い方……、満点だ。100点どころか1万点だってつけられる。

 

世の男の全てを虜にすると言っても過言ではない。

 

 

が、問題は次の事。

 

 

「うぅ~ん……、やっぱりニーベルってヤツの事 全部は思い出せん。……嫌な奴って事以上に何かあった筈なのになぁ……、くそうっ。グリセア村襲撃の時もそうだけど、事が起こってから(・・・・・・・・)鮮明に思い出すの止めたいんだけど……こればっかりはなぁ………」

 

 

考えるのは、あの時言っていた【ニーベル】について。

覚えがあると言うのに、はっきりとまでは思い出せない。

不快な事だけは覚えているのだが……、それ以上は無理だった。

何だか嫌な予感もするし、ラノベにハマった時に もっとよく読み込んでいればよかったと、今更な後悔をする……が。

 

 

「良いヤツじゃなかったのは絶対間違いない。……出来る事だけはしっかりするか。本人に聞くワケにはいかないし」

 

ニーベルとは豪商だ。

下手に口出しをして、色々と歪ませるワケにはいかないのだ。

 

勿論、このピカピカの力を駆使すれば、普通の世界ならたった1人であっても使い方次第では余裕で覇権を握れるだろう。

 

もしも、そんな野心の塊のような男が、ピカピカの実を引っ提げて、この異世界へと転生させられたら、と思うと背筋が凍る想いだ。

 

自制するのが少々難しい時だってある。感情移入は元々し易い性質であることを理解しているから。

 

だけど、それでも深すぎず、浅すぎず……が一番ベストなんだ。何故なら…………。

 

 

オレはカズラさんとは違うから(・・・・・・・・・・・・・・)

 

 

 

カズキはそう口ずさむと、気分転換に部屋の外……、屋外へと出る事にした。

地球とはまた違った満天の星空でも眺めて、気を落ち着かせよう、と。

 

 

そして、外へと出た先にはもう既に先客がいた。

ジルコニアだ。

 

外に備え付けられているベンチに座って、何やら夜空を見上げている。

 

 

カズキの視線に気づいた様で、ジルコニアは ゆっくりとお辞儀をした。

 

 

「……出入口は遠いし……、まぁ 周囲には誰も居なさそうだ」

 

カズキはカズキで、淡い光の粒子状へと身体を変化させる。

ジルコニアが やはり驚愕しているのを見つつ、光の速さでジルコニアの傍へと到着。

 

「……驚かせちゃいましたかね?」

「あ、いえ! そんな事は……!!」

「ふふ。良いんですよ。私に気遣いは無用です。……本当に良くして頂いてるので。カズラさん共々、ありがとうございます」

 

ニコッ、と笑いかけるカズキを見て、驚いたり、焦ったりしているジルコニアは徐々に平静を保つ事が出来だした。

 

 

やっぱり驚くのも無理はない事だ。

 

カズキの力をまた目の当たりにしたから。

 

自分自身がメルエムである事を証明する為に、光に成った事は初対面のあの日以外は、本当にただの人間の様に過ごしていたから。

神様だと言うのに、人間の様に笑って、食べて、働いて……、そして何よりも、このアルカディア王国を助けてくれている。

 

本当にジルコニアの目には、好青年にしか見えていなかったのだが、やはり改めて光の力を見せられたら、この人は神様なんだと認識させられる。

 

でも、目の前で笑っている彼の姿は、やっぱり人間のソレだ。

まるで―――メルエムとカズキは別物なのではないか? と思ってしまう程に。

 

「歩いてきても良かったのですが、少々距離がありまして。横着しちゃいましたね」

「ふ、ふふふ。そうですね。カズキさんなら あっという間に移動出来ちゃいますから。足を使っての移動はやはり面倒ですか? 昼間のお仕事の方は……」

「いえいえ。大丈夫どころか充実してますよ。……人にとっての普通を満喫出来ているんですから。それに加えて カズラさんやリーゼさん達と共に復興も出来たなら最高だと思ってますよ」

 

 

カズキはそういうと、ジルコニアの隣に来た。

 

「横、座っても良いですか?」

「はい。勿論です。寧ろ、ありがとうございます。……なんだか眠れなくて。そう言えば、ほんの少し前、カズラさんも来てました。お茶をご馳走になりましたよ」

「ありゃりゃ、もうちょっと早かったら、一緒に夜のTパーティが出来た、って事ですかね? 少々惜しい事をしました」

「ふふふふ。カズキさんがやりたいとおっしゃるなら、私はいつでも参加しますよ。……勿論、なんの含みも有りません。心からそう思ってます」

「あははは。それは嬉しいですね。ありがとうございます」

 

ジルコニアは笑ってそう告げた。

どうやら、カズラもここに来ていた様だが、入れ違いになった様だ。昼間もかなり熱く、疲れも溜まっている様だから、眠たくなったのだろう。ジルコニアは1日1時間程しか寝ていないと言うのにも関わらず、意識を保てている程の体力の持ち主。今日からリーゼにある程度の仕事を任せ、自身は休む事が出来た様で、万全とは言えないかもしれないが、顔色を見る限り、あの目の下にクマが出来ていた時に比べたら断然良い。

 

そんな彼女に長く付き合うのは、カズラでもきつかったのだろう。

 

 

「寝られないのであれば、また私からもカズラさんに伝えておきましょうか? 安眠できるお茶等、持ち合わせてると思いますが(カズラさんなら、既に提案してそうだけど)」

「ふふふ。本当にお2人はお優しいですね」

 

 

ジルコニアの言葉から察するに、もう既にカズラからは提案されている様だ。

貰ったのか、遠慮したのかまでは解らないが。

 

 

「……後少し、ほんの少しだけ星を眺めたら眠るとカズラさんには伝えてます。本当にぐっすり寝ちゃいそうなので、今日は遠慮させて頂きました。……眠れないのですが、それ以上にこの夜空をもう少し見ていたい、と思いましたので」

 

 

すっ……と、視線を上へと戻す。

 

 

「………あの光の瞬き、その1つ1つがカズキさん……、メルエム様なのですよね?」

「………、そう、ですね。もう私の手からは離れてるので、独立したそれぞれの国である、と言う考えが一番近いかと思います」

 

 

不意にジルコニアに聞かれたが、どうにか言葉を詰まらす事なく返答が出来た。

 

あの星の光は……、まぁ 望遠鏡の様なモノや天文学が無い限りは絶対とはいえ無いが、地球と同じだろう。何万光年も向こうで燃えている星々なのだと。

 

流石にそんなものまで意識を飛ばせるワケは無いので、当たり障りのない言葉を選んで帰したのである。

あの光の全てをあつめてとかなんとか、な話になったら大変なので。

 

ジルコニアは、少し目を細めながら続けた。

 

 

「……この格言は、カズキさんに伝えて良いものかどうか……」

「全く問題ありませんよ?」

 

 

星に関する言い伝えの類を、言おうとしているのは、ジルコニアの口ぶりから直ぐに理解出来た。

そして、内容的にはあまりメルエムにとってはよろしくない意味、若しくは言い方なのだろう。

 

神様がそんな器の小さな存在じゃない、と笑い飛ばす様にカズキは問題ないと告げると、またジルコニアは微笑みを浮かべながら言った。

 

「【夜空に浮かぶ細い月は、若い兵士には毒と同じだ】と言う格言があります。……静かな夜に、か細い月を眺めていると、だんだん心細くなって、故郷に帰りたくてたまらなくなる。……それは、病気と同じ――――、一度取り憑かれたなら、なかなか治らない。……だから、毒と呼ばれる所以で……」

「………成る程。確かに、そうかもしれませんね。……(アレ)は人を惹きつける。それが惜しくなってしまう。……見上げる機会を失ってしまうのではないか、共に過ごした者たちと見た光。……もう元に戻らないのではないか、と恐怖も覚えてしまう事もあるでしょう。……自然な事です。何も畏まる事は無いと思いますよ」

「ありがとうございます……」

 

 

ジルコニアの心の中に直接入り込んでくるカズキの言葉。

 

【共に過ごした者たちと見た光。……もう元には戻らない】

 

それをまさにジルコニアは経験してきたのだから。

 

 

だが、この格言は メルエム様への冒涜になりかねないとも思っていた。例え自然な事だから、良いと言われても。

ただ、美しい星々の光に目を奪われた人間の自業自得。……失う原因も人間同士の争いなのだから。

 

 

「―――ジルコニアさん。流れ星と言うものは見た事は?」

「……え?」

「ほら、極稀に夜の空を流れる光です。目に映る時間はとても短く……なかなかお目にかかる事は無いと思いますが」

「あ……はい。最近ではめっきり……。昔、空を見上げていたあの頃は、何度か見た事はあります」

 

遠い昔を夜空に浮かべるジルコニア。

その言葉を聞いて、カズキはもう1つだけ質問する。

 

 

「―――その流れ星に、願い事を3度唱えると……願いが届く、と言うことは?」

「いえ、初耳ですね。その様な伝説があるのですか?」

「……ええ。まぁ一種の願掛けの様なモノです。100%叶うのであれば、世界は大変な事になっちゃいますからね」

「ふふ、なるほど。………たった一瞬しか見えない刹那の瞬間。その時に立ち会えた者に齎されるもの。……その光景を見た事そのものが、幸運に感じます。あ、でも私の記憶では、願い事を3度も言える暇は正直無いかと思いますが。……本当に一瞬ですから」

 

ジルコニアからの返答を聞くと、カズキは苦笑いをしていった。

 

無いとは思うが、メルエムであるカズキが言う伝説なのだから、これは今日から数名配備して、一瞬たりとも見逃さず、願いを唱えろ! と言う指令が飛ぶかもしれない、と言う予防策である。

 

 

「ふふふ。そうですね。とても難しい事だと思います。……神が気まぐれに運ぶ光の欠片なのですから。………………ん」

 

 

カズキは指先を空へと向けた。

それは小さな小さな光の粒子。肉眼では捕えられない程のもの。

 

ジルコニアは何か見えるのか? と首を傾げて指先をじっ、と見続けていると……。

 

 

 

遥か上空で、光が瞬いたかと思ったその瞬間、光の筋が、山岳地帯の方へと流れ―――消え去った。それも1つではなく2つ、3つ4つと。

 

 

「っ、っっ……!」

「これは ただの願掛けです。……ジルコニアさんの願いが全て行き届くかどうか、それを保証できる、とは言えません。……………」

 

カズキはジルコニアに笑いかけながら続けた。

 

 

 

 

 

「私は、ジルコニアさん達に。……皆さんとこの世界で 出会えたことに、……様々な巡り合わせの全てに感謝をしてます」

 

 

 

 

 

神々しいとはこの時に使うのだろう。

そして、ジルコニアは今日と言う日を一生忘れる事はないだろう。

 

 

とても驚き、驚愕し、そして何よりも優しく、慈愛に満ちた神との一夜を。

 



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25話 侍女のお仕事

 

 

 

 

 

 

 

 

侍女達の朝は早い。

 

 

早くに起き、身支度を整え まず初めに行う事は【朝礼】

 

夜勤者から日勤者への申し送りや連絡事項の通達、重要な事は再三確認し、漏れ・不備の無いように心がける。

そして、なるべく笑顔を絶やさない様に務めるのも重要だ。

 

このアルカディア、イステリアの領主 ナルソンは 黒い噂が蔓延る様な領主とは違う。自分達の雇い主であり、主であり、生活の基盤ともなる場所だ。少しでも居心地が良い様に、自他ともにより良い職場にするためには……、やっぱり自然な笑顔は重要な要素。

 

ストレスがあまりない職場だからこそ、出来る事かもしれないが。

 

 

 

 

 

 

そして、次に マリーとエイラの業務を見てみよう。

 

 

 

 

 

 

 

朝礼が終わった後は、専属従者が行う業務、それも重要なモノの1つ。

 

リーゼの部屋の整頓・身支度の手伝いを行う事。

 

朝礼後の時間帯はいつもリーゼはトレーニングに出かけていて、部屋を開けているので、その間に手早く済ませるのだ。

 

 

「……よしっ。マリーちゃんお疲れ様。随分慣れてきたね」

「はい。ありがとうございます!」

 

 

一度教えた事は大体熟してくれるマリー。

教育係に任命された時は、どうなるかと心配していたが……、いざ一緒に仕事をしてみると、まだ若いと言うのにかなり要領よく、そして積極的に熟してくれるのだから 心配は杞憂と言うものだ。

 

「おはよう、マリー」

 

そんな時、部屋の扉が開いたかと思えば、リーゼの声。

どうやら、トレーニングを終えたリーゼが帰ってきた様だ。今日の訓練も調子が良かったのだろう、と一目みたら解る表情、そして 多くの汗だった。

 

「「リーゼ様! おはようございます」」

 

マリーとエイラの2人は頭を下げる。

まだまだ、緊張している様で、マリーにはぎこちなさが残っている様だが、それでも一生懸命にしているのは見たら一目瞭然なので、リーゼは温かい目で見守っていた。

 

 

「マリーは、今日で3日目よね。仕事はどう? みんなとは上手くやっていけてる?」

「はい! 皆さん、とてもよくしてくださいます」

 

 

歳が比較的近いと言う事、何よりリーゼ自身の人柄(内面に関しては……、当然だが まだマリーは知らない)も有り、マリーは本心をそのままはっきりと口に出す事が出来ている。

 

これが、以前まで居たルーソン家であれば、ここまで淀みなく言えるだろうか?

事務的に、或いは同じ言葉を繰り返す人形の様に、受け答えをするだけになってしまっていたかもしれない。

ここに来てからのマリーは真面目で直向きなので、本当にそうなるのか? と問われれば首を横に振る者が多いだろうが、それ程までにルーソン家とナルソン家では待遇が違ったと言う事なのだ。

 

それを知るのは、ここではハベルと本人のみになるが……。

 

だが、それは最早過去の事だ。

 

マリーはただただ今ここで働ける事に対して幸せを感じつつ、そして兄のハベル、……カズキとカズラに迷惑が掛からない様、全力で仕事をするだけだ。

 

 

「よかった。でも、エイラにいびられたら直ぐに私に言ってね? 懲らしめておくから!」

「っ! ちょっ……人聞きの悪い事言わないでください!」

「ふふ、冗談よ」

 

 

エイラとリーゼの仲が良い事は日も浅いマリーでもよく解る。

誰が相手であっても分け隔てなく自然に接してくれるリーゼだが、やっぱりエイラは特別なのだと言う事が、言葉の要所要所でよく解るから。もう10年以上仕えているのだから、当たり前かもしれないが、2人のやり取りは、見ていてマリーも思わず頬を緩めてしまうものなのだ。

 

 

「こ、こほんっ! じゃあ、マリー。これを洗い場の方に持っていって。私はこれからカズラ様のお部屋に行ってくるから、マリーはカズキ様の方をよろしくね」

「はいっ!」

 

マリーは意気揚々と、洗濯籠を両手に抱えて、お辞儀をし 出て行った。

 

その後ろ姿を見送ったリーゼは、エイラに改めて聞く。

 

 

「――――どう? あの娘、大丈夫そう?」

「一通りの教育は受けている様で仕事は問題なく出来てますよ。他のみんなも気にかけているので、うまくやっていけるかと」

 

 

真剣身が一段階増した表情で聞くリーゼと、同じく嘘偽りのない、いつも通りの姿勢で答えるエイラ。

 

大丈夫だとは思っているが、万が一にでも、カズキやカズラに迷惑はかけられないから、ある程度は気に掛ける必要はあったのだ。

それに、2人がミス等で目くじらを立てる性格ではない事は、リーゼも解っている。

だから、もしも、マリーに問題があると言うのなら、それとなくフォローを入れて、好感度を上げる事にも繋がる。……と、色々と考えては居たのだが、良いのか悪いのか……、いや、間違いなく良い。マリーは問題なく働けていけそうな事にはリーゼも歓迎だ。下心があった事は否定しないが。

 

 

「そっか。でも、私より若い娘なんてね……。ん~、エイラはカズラ様で、マリーはカズキ様だから……、カズキ様の好み? エイラはカズラ様と同い歳っぽいしね」

「そ、それはどうでしょう? どうせ住み込みなら、兼任で従者も……といったところでは? 教養が行き届いていると言う所を見てもマリーは申し分ないと思いますし。ルーソン家で働いていた様なので、その辺りが行き届いているのは納得してますが」

 

 

 

 

ルーソン家……ハベルの家。

 

 

 

貴族に分類する身分で、重鎮である家の1つ。

家柄も申し分ないし、何より マリーの失態はルーソン家にとっても家柄に泥を塗るも同然だ。その辺りを気にする家柄である事は、ルーソン家の当主、ノールやハベルの()も同じだろうから。……当主程は解りやすくないが。

 

 

「ん~、でもそれにしては待遇が良すぎない? ルーソン家って言ったって、領主(うち)程じゃないんだし、屋敷の中に部屋もあるし。夜伽の為だ、って言われてもおかしくないと思うわ」

「えーっと、カズラ様もカズキ様もご多忙ですから。私もマリーも小間使いとしていつでも呼び出せるようにとの配慮かと。それに、夜伽の為なら、ルーソン家から【貸し出し】ではなく、【買い取り】になるのでは?」

「それもそっか……、じゃないとエイラも夜伽相手で住み込みになった、って事になるもんね。カズラ様はエイラ、カズキ様はマリーって感じで。もしも、カズキ様の好みがマリーで、カズラ様がエイラだったら……って考えたら、この待遇も納得できるし。………でもま、2人が、そういう事しなさそうなのは、一応分かったつもりだけど」

 

 

リーゼは、大真面目でそう答える。

夜伽とか、朝っぱらから出てくる単語じゃない気もするのだが……、リーゼの話を聞いて、はっ! と焦るのはエイラだ。

 

 

そもそも、エイラも突然の高待遇。

屋敷の中への引っ越しに加えて、お風呂の使用も許可されている。……何のために身体を清潔にしているのか? 誰の為に毎日入浴を? と考えたら……リーゼの言っている事が、極めて高確率で当たっている。

 

何故、今の今までそれを考えつかなかったのだろうか。

 

今回は、2人がその気がない? 様なので大丈夫だったが、もしも―――身体を求められ、夜伽に呼ばれでもしたなら…………、相手に恥をかかせない様に、ナルソン家に泥を塗らない様に、対応出来たかどうか正直解らない。

 

 

 

―――――と言うか、まだそんな覚悟は持ち合わせていない。

 

 

 

「エイラ?」

 

 

いつかは、そう(・・)なるかもしれないが、まだ遠い先、未来だと思っていた。と言うより、ひょっとしたら生涯……無いかもしれない、と思っていた矢先のまさかの展開。

エイラの中では一大事件だ。……結果論を言えば、カズラもカズキも女性を、夜伽の相手を求めていない様なので、起こっていない、起こらないのだが……、その辺は今のエイラには関係ない様子。

リーゼの前でなければ、もんどりうって七転八倒、ゴロゴロとベッドの上で転がっていただろう、と自覚している。

 

 

「………エイラ?? 大丈夫?」 

「!! も、申し訳ございません! 大丈夫です」

「そ? 大丈夫なら良いけど。……あまり無茶はしないでね。無理だったら直ぐに言って。出来る範囲になっちゃうかもしれないケド、しっかり伝えておくから」

「ありがとうございます。……大丈夫です」

 

 

半ばリーゼを無視して苦悶していたエイラだったが、二度目の訝し気な問いかけには流石に気が付き、答える。

いつも通りリーゼは優しい。……自分を信頼してくれているのも嬉しい。………が、リーゼの言葉で色々な悩みが頭の中を駆け回ったのだが……? と思ったのは、エイラだけの秘密である。

 

 

 

 

エイラは、その後分担して屋敷の掃除と洗濯を行っていた時、バッタリとカズキに出会った。

 

「おはようございます。カズキ様」

「おはようございます。エイラさん。私の方は終わりましたので、マリーさんに調理場に行ってもらいますから」

 

カズキがそういう後ろには、マリーが立っている。丁度影になりそうでならない絶妙の斜め後ろに居て 立ち位置は完璧に近い、とエイラは思った。

 

「(朝食作りかな?)かしこまりました。マリーちゃん、カズキ様とカズラ様の方を最優先させて。他の所は私がやっておくから」

「はい! 承知致しました。よろしくお願いします」

「さ、最優先にって……」

 

 

カズキは、【そこまでしなくても――――】と言いかけたが、直ぐに口を噤む。

別に希望をしたワケではないのだが、従者として配属された以上、その相手を優先させるのは当然の事だろう。後回し、蔑ろ、……2人に限ってそんな事はしないと思うが、万が一にでも、意に沿わない結果になったとしたら、色々と被害を被るのはその雇い主であるナルソンに向かうから。

 

 

従者としての義務はしっかりと果たす彼女たち。

なら、自分に何が出来るか? を考えたら、やっぱり1つしかない。

 

 

「肩肘を張らず、落ち着いてゆっくりで良いからね? そうそう、カズラさんもマリーちゃんが出してくれてる料理、美味しいって評判でね―――」

「あ、あぅ、あの、ありがとうございます……」

 

 

少しでも居心地が良い様に、変な態度を、ありきたりでベタだと思ってしまうが、そこらへんの悪貴族かの様な 意地が悪く傲慢な態度にならない様に、仕えてくれている彼女たちが伸び伸びと仕事が出来る様に配慮するだけだ。

 

 

「じゃあ、エイラさんもよろしくお願いします。カズラさん、まだ書類纏めてると思いますので、そろそろ朝食を~、私とマリーさんが行ってます~って事をそれとなくタイミングを見て伝えておいてもらえませんか?」

「かしこまりました」

 

 

 

人柄に関しては、リーゼではないがエイラもよく解っている。

 

 

彼らが夜伽を求める―――、と言うのは今の所想像が出来ないのだが、彼らだって男。

何日も何日も国を離れて……ふとした時に…………。

 

 

「(………カズキ様の様な優しい方が、最初なら……それも……………っっぅ!!? わ、私なにかんがえて……ッッ!!)」

 

 

エイラは、変な事を考えるな! と自分に戒める様に頬を思いっきり挟む様に叩く。

 

もう、カズキもマリーもこの場から去った後だったので、先ほどの痴態は見られていない。

本当に肝を冷やしたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その後――いつも通りカズラの部屋を掃除、洗濯ものの回収をし、カズキに伝えられた通りに熱心に書類を目に通していたカズラに朝食を促し……仕事の一区切りをつけた。

 

カズラの部屋は いつもの異音(発電機)が鳴っている様だが、お腹に響く様な音が止まる事なく成り続けている様だが、気のせい気のせい、幻聴幻聴、とエイラは気にした様子はない。

 

 

 

 

 

 

 

 

そして、更に時間が経ち、復興作業の為の穀倉地帯へ同伴もし、終えてナルソン邸に戻った後、最後の大きな業務ジルコニアとの面談開始。

 

 

「失礼します」

「いつもご苦労様」

 

 

その内容は主にリーゼ関係。翌日の予定の確認やその調整である。

だが、今回は異なってくる。カズキやカズラと言った別の重要事項が増えたからだ。

 

 

「えっと、今日はマリーと一緒にリーゼの作業……穀倉地帯まで同行したのよね? 暑かったでしょう?」

「はい。強い日差しに加え、地面からの照り返しが酷く……でも、みんな 文句を言わず一生懸命働いています」

「あはは……。先頭で働いてるのが、リーゼやカズラさん、カズキさんの3人だからね。それにカズキさんなんて、率先して作業者たちよりも仕事やろうとしているんだから」

「あ、あははは……、カズラ様やリーゼ様が次へ、と促さないとずっと最後までやる、って勢いですね……」

 

高貴な身分である筈なのに、云わば下っ端の仕事を笑顔で率先してやる姿に驚きもしていたが、今は好感度しかない。

それは、リーゼと同じ部類に入る。……流石にまだ自分達よりも若く、美しいリーゼに力仕事や比較的汚れる仕事をさせてたまるか、と作業員たちは躍起になるのだが、カズキはまた違う。

 

「競争、とまで言ってましたからね……。早く済ませたら、自分の小遣いから賞金、とかなんとか……」

「仕事がちょっとしたゲームになっちゃって……。それはそれで士気向上しそうね」

「おっしゃる通りで……。それに加えてリーゼ様も同じく身分問わず慕われてますし、カズキ様が頑張っておられる所に、混ざろうとして、でもカズキ様も自分が、と言ったりして……その、2人のやり取りを微笑ましくカズラ様が眺めていて。……私の方も暑さとはまた違う温かさを感じられました」

「あらあらまぁまぁ。それは良い事ね」

 

親密に接する事が出来ている報告を受けるのは、本当に好都合。……好都合、とは言いたくない自分も居るが、やっぱりそう思ってしまう。

親しくなれば成る程……、光の神の加護が得られるのだから。

 

カズキ本人からも、嬉しい事を沢山言って聞かせてくれているが……、やはり 一番は大らかに、全体を分け隔てなく……ではなく一個人を好きになってくれる事が一番だと思ったから。……ただただ、護りたくなる、と個人に思わせる事が。

 

画策しているとは思われたくない……が、どうしても、更に一手、もう一手と詰め寄りたい。

国の為に……、何より自分の為に。

 

 

「(あのカズキ(優しい神様)を利用してる、見たいに感じるのは正直、好ましくないけれど………。それでも)」

 

 

ジルコニアは過去の誓いを思い返しながら、万が一にでも何かがあったとしても、自分の全てを擲ってでも……。

 

 

色々とジルコニアが考えていた時、会話が止まったので、エイラが少し不安そうな顔をしていた。

 

その表情と視線に気づいたので、軽く咳払いをした後、続ける。

 

 

「カズラさんが好きなのって、人の手を煩わせない様に頑張ってる人………とかなのかしら? 勿論、カズキさんも一緒だと思うけれど、この間の復興作業中も同じ様に一緒に手伝ってくれていたから……なんというか、どんな新しい事でも一緒にやれる人。身分の違いとか仕事の違いとか関係なく接してもらえる人が好き……って事かしら?」

「……確かに、そのように感じますね。カズキ様は カズラ様より体力があるから~ と言って、カズラ様の分も身体を動かし、考える事をカズラ様に分担している様に見えました。対等である立場だと聞いてましたが……、カズラ様が指示をし、カズキ様が受けているので、少し違うのかな? とも思えましたが」

「ふふふ。それはエイラが多分間違えてると思うわ。本人たちから対等である、と聞いてるし、もしも主従関係、上下関係がはっきりしているなら、きっと表情に出てると思う。何より、カズキさん、楽しそうでしょう? とても」

「そう―――ですね。はい」

 

カズキの作業中の姿を見れば、解る事だ。

誰よりも身体を動かしている、働いている彼の背中を見れば。皆の士気も向上するし、暑い辛さも、疲れもへっちゃらになりそうな勢い。―――勿論、休憩は小まめにしているが。

 

 

「リーゼ様も、カズキ様も、カズラ様も、皆様楽しそうでした。リーゼ様から街の様子、市民の生活ぶりを話題に上げていて、お2方とも、興味があった様で食いつきが良かったです」

「ふふふ。リーゼが加わって、より楽しそうになったのなら、本当に良かった。……それにしても、やっぱりリーゼは……あの娘は凄いわね。―――前からそう(・・)なの?」

「はい。前からです。………私にはとても真似できません」

「そう。……私も見習わないといけないわね。……さて、引き続き、よろしくお願いするわね。それじゃリーゼとの面会希望のリストなんだけど……」

 

 

そして、リーゼの面会予定の人物、時間配分、指定場所等の打ち合わせをして、ジルコニアとの面談は終了した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

最後に、夕礼後、就寝するリーゼに挨拶を交わした後―――自由時間と言って良い大食堂にて自分の夕食時間だ。

 

「エイラお疲れー! こっち座りなよ」

「うん。お疲れ」

 

仲間や友達と、肩肘張らず、気を使わず リラックスできる場所。

勿論、ナルソン邸に来て日も浅いマリーは まだ気を張り巡らせている様だが、それは追々に慣れて行けば良い。

 

皆が友好的に接してくれているのは傍目から見ても一目瞭然だから。

 

 

「マリーちゃんすっかり人気ねぇ……、若いのによく働くものね。それもカズキ様の従者にいきなり抜擢されちゃったから、ひょっとしたら、カズキ様とデキちゃってるの……? 若いのにあっち(・・・)も凄いのね~ って」

「えええ! そ、それはないよ、流石に。ジルコニア様からの配属指示だから、そんな……」

「あはははは! わかってる、わかってるって。マリーちゃん見てたら、それくらいならわかるから。人を見る目ってヤツ、私は良い目を持ってるつもりだからさ」

 

エイラの友達、ラミアは、お腹を抱えながら笑う。

からかわれた? と思ったエイラは頬を軽く膨らませた。

 

ジルコニアからの人選を否定する様な事を言われたら、やはり普段から接している立場である自分には、重すぎる話題だから、あまりその手の話はしたくないのである。

 

 

「エイラもカズラ様とリーゼ様の兼任なんでしょ? おまけにマリーちゃんの教育係とか? 大丈夫なの?」

「うん。何とかね。マリーちゃんはスゴク頑張ってくれて、直ぐ覚えてくれたから、大丈夫」

「そっか。良かった。まぁ、マリーちゃんなら、カズキ様なら、ちょっと失敗したくらいじゃ、笑って許してくれそうだし。失敗しちゃうのは良くないけどさ。ああやって、声を掛けてくれる人って、素敵だよね。マリーちゃんも、今後 凄く上達していくと思うなぁ……」

 

 

カズキやカズラの話になった途端、わっ! と他の侍女たちが近寄ってきた。

 

 

「カズキ様の話!? この間、カズキ様、ちょっとした不注意でコケそうになっちゃった私を、抱きかかえてくれたんだー! 見た目と違って(結構失礼)すっごく力持ちで、優しくて、本当に素敵な方だった!」

「うんうん! あっ、でも優しさなら、カズラ様もそうだと思う! 廊下で名前を呼んで挨拶してくれたし!」

「そうそう! 名前まで呼んでくれる、覚えてくれたのって、リーゼ様以外いないもんね? カズキ様とカズラ様って、他の貴族の人とは何だか、根本的に違うっていうか、不思議なんだけど、何だか良いよね~~」

「ねーねー、カズラ様とカズキ様、どっちかがリーゼ様にくっつくとしたらどっちが良い??」

「うっわぁぁぁ、メチャクチャ贅沢な二択!! すっっっごく悩んじゃう二択!! どっちも素敵! そしてリーゼ様なら、お2人を娶る! なーんて」

「娶るって……、漢気あるリーゼ様はなんかやだよー!」

「うーん、カズラ様とカズキ様……、私はカズキ様の方、かな……」

「いやいや、リーゼ様は 有史以来初めての一妻多夫制度を作っちゃうかもよっ♪」

 

 

 

 

色々とうわさ話で持ち切りな大食堂。

エイラは、話を聞きながら、リーゼとくっつく、どっちがくっつく? 的な話で ジルコニアに昨日(・・)言われた事を思い出し、思わず咽てしまうのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

――――胸中決して穏やかにはなれない、ジルコニアから告げられた命令(業務)を思い出して。

 

 

 

 



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26話 騒がしい夜

 

「……はぁ、遅くなっちゃった。ちょっと喋り過ぎたなぁ……」

 

侍女のエイラは、自由時間である夕食の時間に、あまりにも色々と目まぐるしく職場環境が変わった為なのか、そのストレス?の発散の為 時間を忘れて侍女の仲間たちと延々(勿論、時間制限内)とおしゃべりをしていた。

 

そして、気付けばもう深夜である。

 

 

明日の業務も当然待ったなしであるだろうから、少しでも早く部屋へと戻り身体を休めなければならない。

 

兵士たちを始め、全員が一丸となって ここ イステリアを復興しようと弛まぬ努力を続けているのだから、自分達侍女も――――となるのは自然な事なのだが………。

 

 

「………はぁぁぁぁ、どうしたものかしら…………」

 

 

エイラに課せられた業務(・・・・・・・)内容が凄まじく難易度が高く、何よりも成功するかどうかが不透明。かと言って、簡単に【できませんでした】なんて言える筈も無い。

 

ここナルソン邸の後妻……ジルコニア直々の命。

 

 

【カズキとリーゼをなるべく傍に居させる事】

 

 

ジルコニア本人も、このような裏工作に関しては、以前、ナルソンに噛みついたアイザックばりに葛藤があった。あれ程までに優しい神相手に、何故誠実に向き合わないのか、と。

 

夜空を共に見た時、あの流れ星(奇跡)を魅せられた時の事を思い返せば思い返す程に……。

 

 

……だが、それでも、憎き敵国(バルベール)が存在する以上は その想いを押し殺し、例え不敬だったとしても、全ての責は自身にある、と身を捧げたとしても………打てる手は全て打ちたかったのだ。

 

 

 

そんなジルコニアの葛藤や決意は、対面しているエイラにも十分すぎる程伝わる。

 

あまりにも真剣過ぎて、失敗したら何されるか解らない!? と間違った解釈をしてしまいそうになったりはしたが。

 

 

それに ジルコニアに関しては……普段は優しい方ではあるが、やはり、どうしても侍女たちの中で噂になっている件や、軍隊の戦闘訓練の話が頭を過る。

 

 

アルカディアの盾 と称されるナルソンだが、ジルコニアはこの国の英雄と呼ばれる程の豪傑だ。

 

 

訓練の際には、屈強な兵士たちを何度もなぎ倒しては、地に這いつくばらせ、砂利を喰わせる過激な訓練は、兵士たちにとって悪夢そのものであり、その情報は勿論侍女たち間にも実際目の当たりにしたワケでは無いが、噂となって伝わってくる。

 

お給金が以前の倍以上に伸びた金銭面のみをみれば、超高待遇とは言え……あまりにも厳しい業務内容。

それに、ジルコニアからの命令を、そう簡単にできませんでした、なんて事も……到底……。

 

加えて、カズキやカズラの正体についても告げられた。

人間ではなく神である、と。

流石に無条件で信じられる様な話ではない荒唐無稽な話ではあるが、グリセア村で起こった事やカズラ・カズキが来た事で圧倒的な速度で復興が進んでいる、と言うことを考慮すれば、納得できる所もある。

 

 

―――カズキに関しては、何れ見る事(・・・)が出来たのなら、100%信じる筈。

 

 

とも言われている。

 

 

 

神やリーゼをくっつけろ、やら……何はともあれ、ジルコニアの命令……指令は、本当に神経を使うと言う事だ。

 

それに提言の1つや2つする事でさえ、未だに緊張すると言うのに、果たせなかったともなれば………あまりカンガエタクナイ。

 

 

「はぁぁぁぁ……ん?」

 

 

本日何度目になるか解らないため息を吐いた後、ふと前を見ていると、視界の中に見知った者の姿が映る。

丁度夕食の際に話題にも上がった新人侍女マリーだ。

 

何やら、扉の前でうろうろ、と挙動不審な動きをしている。見たところ侍女服はもう着替えていて、寝間着姿。

 

そして、何より あの部屋はカズキの部屋。

 

 

 

「……マリーちゃん? どうしたの? カズキ様に何か用事? 部屋の前で」

「! あっ、エイラさん……」

 

 

声を掛けられたマリーは、エイラの声に少し驚いた様だが、直ぐに相手がエイラであることを認識すると、ほっとしつつ……険しい顔になった。

何やら考え込んでいるのか、普段の仕事ぶりを見せている頃の活発的……とまでは言わないが、常に真剣で、時折笑顔を見せる少女からは想像もできない程の顔。

 

 

「―――あのっっ!」

 

 

軈て、エイラはぎょっ、とする。

 

マリーが決心したのか ぐっ、と息を呑みこみそして涙ぐんで エイラの方を見たから。

 

 

「今から私に夜伽を教えて頂けませんか!?」

「!!??」

 

 

まさかの言葉。

まさかのご教授を求められてしまった。

 

先輩侍女として、後輩には……新人には、解らない所はしっかりと教えるのは業務内容の1つだ。

1つ――――なのだが……、流石にこの内容は無理無理、難題。

 

それに、何よりも……エイラ自身が未経験(・・・)なのだから、教えようがない。耳年増な所はあるにはあるかもしれないが、マリーにマンツーマンで教えれる様な教養は備わっていないのだ。

何せ果ては実践的に教えてくれ、と言われかねない。真面目なマリーなら尚更。

 

 

暫くエイラは放心していたが、その間もマリーは怒涛の寄り切りを見せてくる。

 

 

「私は カズキ様の従者として任命されて、それからずっとお呼びにならなくて……、それにカズラ様も……。こ、こういうのは自分で出向くモノなのかと思って……、で、でも 夜伽のやり方なんて、私は知らない事に気付いて……っ」

 

 

自分自身の不甲斐なさ故に、マリーは涙を流す。

期待してくれた兄、ハベルの為にも粉骨砕身で頑張る所存、と意気込んでいるというのに、まさか最初に段階で迷惑をかけてしまいかねない状況になれば………。

 

マリーは、そう考えてしまうと止まらない。マイナス思考全開。カズキやカズラの人柄を、これまで接してきて解ってきた人柄を鑑みたら、マリーが考えている様な事にならないのは解りそうな事ではあるが、……今回に限っては止まらなかった。

 

エイラに勢いよく抱き着く。

 

「お願いします! このままだと私、ハベル様にご迷惑をかけて……!! 私にどうか夜伽のやり方を教えて頂けませんか!!」

「ひぇっ!? ちょ……っ、 マリーちゃん、落ち着いて! しがみ付かないで……!」

 

 

小さな身体のマリーではあるが、完璧に胴部分にしがみ付かれては、如何に体格で勝るエイラであっても振りほどくのは困難だろう。……強引に突き放すような事は基本したくないのだが、今回に限っては厳しい。

 

人には出来る事と出来ない事があるのだから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

一報―――その頃カズキはと言うと。

 

 

【夜伽をやり方を教えて頂けませんか!】

【マリーちゃん、落ち着いて!】

 

 

2人のやり取りをバッチリ聞いていた。

と言うより、こんな密接で、それも夜遅く、現代で言う街の音などは殆どしないイステリアの夜に響く2人の(それなりに大きい。それに たまにモスキート音まで有り)侍女の声。

 

聞き逃す方があり得ない。

 

 

「ぁっちゃぁ………、そりゃそーだよね。こういう世界じゃありきたりな接待と言うか、嗜みと言うか……所謂、性接待? ってのはありそうだよね………。ジルコニアさんやナルソンさんが言いつけたとは考えにくいけど。……何せ、オレ一応神様(笑)だし……」

 

 

扉に寄りかかりながら、どうしたものか、と思案するのはカズキ。

 

この世界で出会った女性陣達は、基本皆美人・美少女。ありきたりに言えば街中を歩いていたら、たまに出会ったりする可愛い女の子…… 美少女、美女に出会ったりする、アレを常に。デフォルトに、と言う感覚だ。

多少歳を召した方々にも出会ったが、良い感じの歳の重ね方……と言うべきだろうか、もしも写真と言う技術が出回っていて、アルバムとして残してくれてる様モノなら、間違いなく顔の造形は整っている、と断言できる。

マリーは、少々若すぎると言う点はあるものの、間違いなく美少女、美人に将来なるであろう。(注意※ ロリコンではない)

エイラだってそうだ。

 

中でも、イステリアでトップクラスなのはやはりリーゼ。

そして続いて、グリセア村のバレッタ。

 

……女性にランク付けをするなんて、失礼に値するので、妄想上のみで留めるカズキ。

 

「(いっくら、オレが色々と嫌な事抱えてても、可愛い子達に言い寄られたら、ぐらっ、と来ちゃうんだよなぁ……、男の子だもん)」

 

 

嘗て、こっぴどく振られた経緯がある事はカズラにも、ノワールにも説明している通り、暫くは好いた惚れた、恋愛関係、はお預けで良いと思っていた。

 

思っていたからこそ、現実世界で仮想世界(VRMMO)の世界に逃げてきたのだから。

 

でも、この世界はいわばカズキにとってもリアルになってしまっている。

とんでもない能力、身体を持ってはいてもだ。

なので、ヤッパリ、欲求と言うモノはそれなりには備わっているのだが……。

 

 

「………よしっ」

 

 

カズキは パチンッ、と両頬を叩いて気を引き締めると同時に、背後でまだ言い合っている2人の元へと行く為、部屋の扉をゆっくりと開けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

エイラとマリーの2人の話以外はほぼ無音だと言って良いこの廊下で……。

カズキがゆっくりと開く木製の扉の擦れる音、キィ……と言う音は、十分過ぎる程にエイラの耳に届いた。

 

 

「っっ!!?」

 

 

ビクッ! と反射的に振り返るエイラ。

そして、視界に入るのは 顔を半分、身体半分程出したカズキ。

今の会話を聞かれていたのでは!? と危惧していたが。

 

 

「どうかしました? 何か問題でも……? あ、いや その……取り込み中ですか?」

 

 

いつも通りのカズキがそこには居た。

仕事面でのトラブルであれば、いつどの時間でも対処します、と言う気遣い無用、と言う優しさ、大らかさと合わせて、もしかしたら、侍女同士のいざこざで 踏み入って良いモノかどうか解らず、遠慮しがちな面も持ち合わせているエイラ達側に対しての気遣いを魅せてくれる器の大きさ。

 

 

いつも通りのカズキだ。

カズキとカズラ、本当に良い人たちが来てくれた、と心の底からエイラが思っている通りの人物。

 

 

聴かれてない、と咄嗟に判断するや否や。

 

 

 

「―――しっ、失礼しました!!!」

 

 

 

マリーを脇に抱えて、全力ダッシュで去っていった。

マリーよりは体格があるとはいえ、中々に剛腕。火事場の馬鹿力とでもいう力を発揮した。

 

流石のマリーも、本人が居る前で 夜伽を教えてくれ、とは言えず 借りてきたネコの様に大人しくなり、されるがままに抱えられていくのだった―――。

 

 

「ぉぉ……、エイラさん力持ち……」

 

 

と、カズキも似た様な感想。

女性に対して力持ち、と言うのは聊かデリカシーに欠けた評価だとは思っているが、本人が聴いてないのでセーフとしよう。

 

 

とか考えていると、向かって右隣の部屋の扉が 音を立てながら開いた。

 

 

「ん? あれ? ……どうかした?」

 

 

出てきたのはカズラ。

カズラの部屋は、発電機の音がそれなりに入ってくる。カズキの部屋は窓さえ締め切っていれば音は入ってこないし、家電製品も無いから入れる必要も無いので静かだ。

 

だから、エイラやマリーのやり取りを完全には聞き取れてなかっただろう。

ただ、騒がしいな、と思った程度で。

 

 

「ああ、今 マリーさんとエイラさんが何か話してて。直ぐに戻っていったので、特に問題があったとかは無いと思いますよ」

「そっか。……まぁ、あの2人なら問題があれば直ぐに自分達に言いに来てくれるよね……」

「はい、その辺は遠慮なく、と再三伝えてるので間違いないかな、と」

 

 

カズラもカズキの返事を聴いて安心したのか、欠伸を1つしながら 【おやすみ~】と部屋の中へと戻っていった。

 

 

カズキは、カズラを見送った後……。

 

 

「んっ……、夜も遅いし 目立っちゃ不味い。光度を極限まで落として………」

 

自身の光の光度を最小限まで下げるカズキ。

闇状に出来たら一番良いのだが、流石にそこまでは無理そうだった。(それじゃ、ピカピカじゃなくヤミヤミに成りそうだし)

なので、薄っすらと燭台から灯される光に紛れる様に光と光の隙間の移動にのみ神経を集中させて、移動開始。

 

勿論、行先はマリーの所だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

マリーはと言うと……。

 

あの後、エイラの部屋に、マリーは担ぎ込まれた。

そこでは、兎に角【待つ】様にとマリーに言い聞かせる。

 

夜伽に関しては、絶対無いとは言えないので、無責任な事は言えないが、少なくともカズラやカズキが求めてくるまで待つように、と伝えられた。

 

自身の不甲斐なさを……としょんぼりしていたマリーを何とか宥め、気にし過ぎず、尚且つ暴走させない絶妙な力加減で還したエイラはまさにファインプレイだと言えるだろう。

 

元々真面目な性格であり、兄のハベルの迷惑にならない事、力になれる事だけを考えていたマリーだったが、どうにかエイラの説得のお陰で落ち着く事は出来ていたが……やはり気は晴れない様だ。

 

そんなマリーの後ろ姿をカズキは視界にとらえた。

 

エイラの部屋から、出てトボトボ、と歩く後ろ姿はどうにも元気が無いように見える。

普段の日中ならまず見られない猫背なマリーを見て―――やはり、ハベルではないが、可愛い妹には元気に居て貰いたい、と言う気持ちがカズキにも改めて湧いて出る。

 

だから、なるべく驚かせない様に、それでいてバレない様に細心の注意を図ってマリーに声を掛ける事にした。

 

いきなり後ろから声を掛けるのは、間違いなく驚かれるので先回りして マリーがカズキの姿を確認できるように、計らう。時間的に位置的にも、その場所に自身が居る事は不自然極まりないが、この際良いだろう。

丁度給仕室の傍だから、と言う理由も出来ない事はないのだから。

 

 

「ぁ………」

 

 

そして、狙い通り。

マリーはカズキに気付いた。

 

一瞬、カズキが懸念していた通り、どうしてここに? と言う疑問もマリーには生まれていた様だが、微笑みながら右手をヒラヒラと振るカズキを見て思わず小走りになる。

 

「お疲れ様です、マリーさん。夜遅くまで大変でしたね」

「い、いえ! そんな……。私は まだまだです。……出来ない事も、知らない事も、沢山……沢山ありますから……。ですから、カズキ様にも、カズラ様にも。………ハベル様にも」

 

カズキの笑顔に、マリーも微笑みを浮かべるのだが、先ほどのエイラとのやり取り、そして自分自身が何故カズキの元へとやって来たのかを思い出しては、表情を暗くさせる。

 

エイラからは、兎に角 【待つ】様にと指示を受けている。

こちらから過剰に接するのは、侍女ではなく娼婦の仕事だと。そして、日を改めて……そっち方面(・・・・・)も話をすると、エイラには聞かされている。

 

体よく逃げた、問題を先送りにした、とも言えるが、あの場はあまりにも突然の出来事故に、出来る範囲では最適の解をエイラは示したと言えるだろう。

 

 

だが、だからと言って 自分自身が出来ない事には変わりないのだ。

 

 

「(ハベル様の為にも……、カズキ様の為にも………)」

 

 

マリーはギュっ、と裾を握る手を強める。

 

 

そして、意を決した。

 

 

エイラには待つように、と言われたが、まさかこの時間にこの場所にカズキが居るなんて、最早 運命の導きなのだ、と千載一遇のチャンスだ、とマリーは判断した。

 

そして、……恥を忍んでカズキ本人からご教授を。それを必ず完遂して、カズキに気に入られる。もっともっと気に入られる。その結果次第では、必ずハベルの役にも立てる。

 

―――必ずやり遂げる、と胸に誓い、勇気を振り絞って顔を上げたその時だった。

 

 

温かく、柔らかい感触が……頭に感じたのは。

 

 

「マリーちゃんは凄く頑張ってる。……物凄く頑張ってるよ。これ以上はない、って程にね。それは一番オレが解ってるから」

 

2度、3度と頭を撫で……そして撫でた回数だけ頭をぽんぽん、と触り、マリーの両肩に手を置く。

 

じっ、と真っ直ぐその両目を見据える。

 

マリーは、至近距離にカズキの顔がある事に、気が動転してしまいそうになる。思わず赤面してしまい、気を失ってしまうのでは? と思う程だったのだが、先ほどの温かい感触のお陰で、気を保つ事が出来た。

 

「マリーちゃん」

「は、はい!」

「えっとね。……その、実はオレ……さっきのエイラさんとのやり取り、聞いていてね……?」

「はい! ……はい? …………は、、、ぃ……?」

 

折角真っ直ぐ見つめる事が出来たというのに、目を逸らせる事なく見る事が出来ていたというのに、また顔の温度が上がっていくのを感じた。

 

「え、えと! そ、それは、そのっっ! わ、わたし、わたしはっっ」

 

今回ばかりは無理だった。完全に混乱し、羞恥の念もあり、動転してしまった。あのカズキの撫で撫ででも、今回の波は超える事が出来なかった……のだが。

 

「落ち着いて」

 

真っ直ぐ見据えていたカズキの目が少しだけ細く、そして優しくなった。

 

微笑んでくれているのがよく解る。

 

 

「オレからのお願い。……良いかな?」

「はふぃ!! な、なんなりと!!」

「うん。……夜伽の相手、だけどね……」

 

 

気が動転しているマリーとは実に対照的に、カズキは微笑みを絶やさず、そしてまた頭を撫でながら言った。

 

 

「夜伽は、マリーちゃんが、生涯を共に添い遂げる相手に。―――生涯にわたって、病める時も健やかな時も。ずっと添い遂げられる……と想える相手に。願わくば してもらいたい、って オレは思ってるかな」

「ぁ………………」

 

 

カズキはそこまで言うと、今度は照れくさそうに笑った。

 

「あはは。何だか恥ずかしいね。ちょっと臭いセリフ……だった?」

「い、いえ、そんな……っ、そんなこと……」

 

マリーは、目をぎゅっ と閉じてぶんぶんと首を左右に振る。

そして、目を開いた。今度は慌てる事などない。

カズキと同じ様に、笑えているか解らないが……、気持ち的にはカズキと同じ様に笑っている顔を作ったつもりだ。

 

 

「とても、素敵な言葉でした……。誓いの言葉……」

「ははは。うん。オレのせか…… く、国ではね。結婚式…… 婚礼の儀の時に 神様の前で誓うんだよ。幸せにすることを誓いますか? 生涯共にいる事を誓いますか? 明るく楽しい家庭を築いていく事を誓いますか? ってね。勿論、お互いの思いやりが何よりも大事です。………まぁ、お国柄 全ての人間が等しく同じ……とは言えないかもしれませんが」

「素敵です……。とても、素敵です……」

 

 

この世界の文明レベル、貴族制度、奴隷制度等を鑑みると、……極々ありきたりで平凡な幸せをつかみ取るなんて難しいのかもしれない。

 

少なくとも、戦時中……一触即発な現状では、悠長に幸せになってられる暇は無いかもしれないのだ。

 

妻は夫を想い、戦地からの帰還を願う。……ジルコニアは、夜の星々が毒だと称していたが、それは愛し合う男女が、伴侶が居たのなら、夜空の星々以上に時として毒になるかもしれない。

全ての兵士が 愛する者たちの為に、命賭して戦えるワケではないだろう。表面上では言い繕ったとしても、誰も、残して逝きたくない筈だから。家族が待つ場所へ帰りたいと願う筈だから。

 

 

 

でも、カズキは少なくとも……、この笑顔は守りたいと思った。

マリーも納得してくれたようだし、上からの直々の命令、カズラの命令等が無い限り、夜伽騒動はもう多分起きないだろう。

 

 

エイラもひょっとしたら、悶々とさせてるかもしれないが………、きっと空回りに終わる。

それを伝えるのも良いが、何だか互いに恥ずかしい想いをしそうなので、カズキは保留にした。

 

 

 

 

カズキは、自分がこの世界に来た意味を。――――本当の意味で 見出す為にも、手の届く範囲の笑顔は守ろう、と心に誓うのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

場面は変わり―――カズキの部屋。

そこには、驚く事にカズキだけでなくある来訪者が居た。

 

 

「……んで、ノワは何で此処に?」

「いえ。少しこの周辺……砦周辺に出向いてきてまして。たまたま、立ち寄っただけです。……後、カズキ様はどの様な女性が好みか……と想いまして」

 

 

いつの間にか、ナルソン邸にまで忍び込んできていたのはノワールだ。

こんな場所にまで、驚き目を見開いたのは言うまでもない。

 

 

「忍び込むにしても、場所を考えてくれよ……。変に騒ぎにならなかったか?」

「それは大丈夫です。……皆さんには眠ってもらいましたから」

「それは大丈夫………なのか? 警備とかの観点で」

「私の一定範囲内です。流石に全体に霧をかける事は出来ませんから」

「ふーん……。そんで、さっきのをのぞき見してた、と?」

「………はい」

 

ノワールは、ぷくっ、と頬を膨らませてそっぽ向いた。

こんなキャラだったか? とカズキは訝しむと同時に呆れる。

 

 

「全く……」

 

 

ふぅ、とため息を1つ。

名付けをした当初くらいからか、物凄く懐かれた感が満載だ。年齢は(自身の正確な年齢は測りかねるが……少なくとも精神的には)明らかにノワールの方が上だと言うのに、何だか妹を持った気分になる。

 

マリーと話をしていたからか、よりそんな感情が顕著に表れていた。

 

 

 

「あ、それとお知らせが幾つかあります」

「ん?」

「グリセア村に関しましては、ある程度の範囲には成ろうかと思いますけど、今後はあの様な事が起こらない様に、私達の眷属に任せていただけたら……、と言う旨をお伝えしようかと思いまして」

「……え!?」

 

 

ノワールが来ていて驚いていたが、応対に関しては やや不真面目気味だったカズキだが、今回のに関しては、目を見開いて驚き、そして真剣に聞きなおした。

 

 

 

「そ、それはどういう……? と言うか、以前 あまり人に干渉し過ぎるのは良くない、

って言ってなかったっけ??」

「はい。確かにそう言いました。……ですが、カズラ様が……。いえ、カズキ様がこの世界に来られてから、完全に変わった、と私は確信しています」

 

 

ノワールはやや興奮気味。前のめりで両拳をぶんぶん、と振るいながら話を続ける。

 

 

元々の彼女の印象は、何処となくミステリアス。

 

神出鬼没で 何度もカズラを驚かせたり、時には助けたり……、と記憶は正直曖昧ではあるが、カズキの中でのノワール像、即ち オルマシオール()と認識されているであろう彼女の印象はそれなのだが、今の彼女は 何だかとても活発的で元気なお姉さん、と言った様子だ。

 

勿論、それが悪いとは言わない。言うワケも無い。

 

 

「ありがとう。嬉しいよ!」

 

 

グリセア村を護ってくれると言うのだから。

カズラ……、グレイシオールに加えて、オルマシオールまでの加護があるとすれば、あの村は完璧完全な要塞も良い所だ。大規模な事情が起こらなければ、の話だが、あのウリボウ達にも手に余る様な事が起これば、そこはカズキ(メルエム)の出番だろう。

 

ピカピカの力で強制退場願うだけである。

 

 

カズキの笑顔とお礼に本日一番の同じく笑顔を見せるノワール。

でも……。

 

 

「いや、本当にありがとう! ……んでも、ナルソン邸(ここ)まで入ってくるのはなるべく止めて欲しい……かな。ノワが人前でも認知されて、堂々と正面から入ってきてもらいたい。じゃないと警備に穴が~ とかの色んな問題が発生しそう」

「ぁ……、そ、それはそうですね………」

 

 

ノワールが人の姿で、対象の人前に姿を現す時、所謂催眠術の様な力を用いて、意識に霧をかけ、眠らせてから行動をする。

 

つまり、今日 カズキと対面しているこの場所で、意識を保っているのはカズキとノワールだけであり、他のメンバーは意識を完全に失っているだろうから。

 

それは、部屋に戻って就寝している者たちなら問題ないが、遅くまで仕事をしているであろうナルソン、ジルコニア、そして警備についている近衛兵たちをも深い眠りに落とすと思われるので、1度や2度なら 復興の疲れが……で済まされそうだが、それを頻繁に行われてしまえば、流石に異常に気付くだろう。それに警備兵たちの居眠りは罰則、懲罰ものだ、とも考えられるので、その辺を考慮しても……流石に遠慮願いたい。

 

 

「申し訳ありません……。カズキ様とお会いする事しか考えれていなかった様で………」

 

 

ノワールは、しゅんっ……と表情を落とした。

完全に人の姿になっているのにも関わらず、耳や尻尾が見えて、それも落ち込む様に下がった様な気がしたのは、気のせいではないだろう。

 

カズキは、苦笑いを1つすると、ノワールの頭をそっと撫でていった。

 

 

「また、グリセア村に帰った時にでも沢山会う機会はあるだろうしさ。その辺で手打ちに、ってのはどうかな? また、剣の特訓にも付き合って貰いたいし」

「は、はい! 勿論です!」

 

 

 

項垂れていたノワールだが、カズキの一言でまた元気を取り戻す。

快活、活発、元気なお嬢さんは、何処となく単純化もしてしまったかも……とカズキは思ったが、それはある意味自分のセイだ、と言う認識はしっかりある。

 

名も無い彼女に初めての名を与えた。名付け親と言っても良いのが自分自身であり、1000年と言う気が遠くなりそうな時間、人の一生を10回程は過ごしてきた悠久の時の中で、初めての出来事であったとするなら……。

仕方が無い事だ。

 

 

 

その後、暫くノワールとカズキは楽しそうに談笑を続けた。

中でも専ら盛り上がった? のはやはり前回の続き――――カズキの恋愛事情。

 

ノワールは妖艶な笑みを浮かべたり、室内だから、衣服を脱ぐ―――とわざとらしく露出させたり、と随分楽しそうだったが、何よりも面白かったのは、カズキを袖にした当時の女性に牙を向こうとしてた事だ。

 

 

もし、こちら側の世界に居たなら、七夜は魘されるくらいの恐怖を味あわせる! と息巻いたりもしていたが、あまりにも過激なことを言うので、途中でカズキが諫める。

 

 

 

 

 

 

 

そして―――ノワールは退出。カズキも眠りにつくのだった。

 



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27話 優しい神々

 

 

「―――では、あとは東と南の水路に水車を設置しましょう。明日以降もリーゼさんに手伝いをお願いしても構いませんかね?」

 

 

復興作業も順調そのもの。

 

作業環境は決して良いとは言えないが、イステール家が全面バックアップしてくれると言う事、水車と言うこの世界で言えば大発明品を目の当たりにして、先々のビジョンが見えたという事が大きい。

 

 

いや 何よりも大きいのはやはり リーゼの存在だ。

 

 

「もちろんです。他の予定は私のほうで調整しておきますわ」

「順調の様ですな……。本当に助かります」

 

 

作業が進んでいる、と言う事はそれだけ国が助かる、と言う事。

領主を預かる身である2人にとっては、悲願の1つ。滞りなく進む事が出来た結果を重々に噛みしめ、そして頭を下げた。

 

 

「いえいえ。ぜーーったい、作業効率が格段に上がったのは、リーゼさんのおかげですね。間違いないです」

「あははは。ですね。作業員さん達、目の色を変えて頑張ってくれてますから。水車の設置も肥料の散布も。良いトコ見せたい、って気持ちが凄く伝わってきて」

 

 

カズキもカズラもリーゼ推し推しである。

これは含みの一切ない事実であり、民に人気があるリーゼが直々に現場にて立ち会うとなると、それだけで元気がもらえる、とか何とかで気合が入っているのだ。

 

ありきたりな事を考えてみれば、ここまで人気があれば妬みの1つや2つ、有りそうなモノなのだが、今の所は 一切聞こえてこない。

お忍びで、カズキが しれっと町の食堂に立ち寄った時。リーゼの話題を度々耳にしていたが……、本当にその手のモノは一切なかった。老若男女問わずとはこの事だ。

 

「(……まぁ、知ってる(・・・・)ケドね。いや、多分(・・)知ってる、かな?)」

 

 

因みに、べた褒めされているリーゼはと言うと、現在入浴中の為 席を外している。

カズキは、リーゼとは何度か早朝練習を共にしているし、この復興作業中、穀倉地帯の肥料散布・水車の設置等も共に行動していたので、カズラよりもリーゼと接する時間は長いと言える。

 

非の打ちどころのない才色兼備なご令嬢……、そして ありきたりな傲慢な態度は一切見せない姿……、普通に接し、感じたなら リーゼの評価はうなぎ上り、ストップ高と言えるが…………、十中八九、記憶に間違いない、とカズキは思ってるので、ある程度の心構え? はしてたりする。

 

 

 

 

 

「……恥ずかしながら、私もこれには驚きました」

「ええ……。ここまで民の人気があるとは……。でも、私は、民に活気、元気があるのは カズラさんとカズキさんのお2人のお陰でもあると思いますわ」

 

 

ジルコニアは、リーゼの人気っぷりには驚きを隠せれない様子で、それが表情に出ていたのだが、何か思い出したかの様に表情を変えると、笑顔でカズラやカズキを見た。

 

 

「あははは。私―――と言うより、カズキさんの方でしょうね。凄く楽しそうに仕事をしてくれてまして……」

「え?」

「それもそうですわね。時折競争を、と疲れている筈な所に娯楽を交えてみたり、民の皆さんと笑顔で接して頂けてる姿を目の当たりにしてますので。ふふ。最後はカズラさんも一緒に、でしたわ」

 

 

本当に楽しそうに話すジルコニアを見て、少々恥ずかしくなったカズキは頭を掻く。

カズラもカズラで、色々と調整をしつつも、カズキの頑張りには触発された様子。ただ、流石に体力の限界値と言うモノは存在しているので、最後の最後までは付いて行けず、リタイアする事もシバシバ。

だが、それはカズキの異様なまでの体力がモノを言う事であり、作業員の皆は カズキに挑むような形になって………、皆敗北しているのだ。

 

熱射病、熱中症になっても危ないので、勿論ある程度の所でやめたりはしているが。

 

 

「そ、それはそうと、ジルコニアさんは体調良さそうですね!! ちゃんと夜は休めてますか??」

 

 

やや強引ではあるが、話題逸らし兼、以前にも会ったジルコニアの過労負担の件の再確認。

夜寝られず星を……と言う場面は、カズキも見ているので 話題逸らしに使った内容とはいえ、実際に心配はしている。

カズラも、それは同じだ。

ジルコニアのあの上の空――――空をじっと眺め、リーゼやナルソンの問いにも答えない疲労困憊、睡眠不足な姿を目の当たりにしているのだから。

 

笑ってはいたが、改めてジルコニアの事を見てみた。

 

そして、ジルコニアは、それを聞いて カズラの視線にも気づいて……きょとん、としたが直ぐに微笑みを返した。

 

 

「ふふふ。勿論です。ありがとうございました」

「「ほっ」」

 

 

リーゼもジルコニアも、当然ナルソンも、誰一人倒れた!なんて事になってはならない。

民を導く役目を担っている責任が本人たちにはあるから、ある程度の過労は仕方が無いと思っている筈だけれど、それで倒れてしまったらまさに本末転倒。

 

基本的には自分達で体調管理を徹底してもらいたいが、いざとなれば、秘薬(リポD)も使う気満々だったのだが、とりあえず 保留で良さそうだ、とカズラは安堵し―――、引き続きの業務を、その場にいたアイザック・ハベルに指示。

 

 

穀倉地帯の目処は十分たっている。

だが、それに匹敵―――否、それ以上とも言える問題がまだあるのだ。

 

 

「―――ナルソンさん。領内の財政事情の方は……?」

 

 

そう、金の問題である。

どの世界だろうが、金の問題は甚だ大きい。

 

労働に対し、十分な報酬を与えるのは当然の事。何処か1つでもそれが滞れば……冗談抜きで破綻・破滅し、労働力、その質が低下。……それは、そのまま国の文字通り死活問題に繋がるから。

 

人員に関してもカツカツなイステリア。

余裕は微塵も無いのだ。

 

 

 

 

だけど、実は 事前にカズラとカズキも話し合っていて、大体察していた。……ナルソンの表情を見ると、予想通り……と言うのがよく解る。正直嬉しくない予想的中ではあるが、仕方が無い。

 

 

ナルソンは顔を顰めながら答える。

 

 

 

「……どうにか回していますが……、このままですよ、事業をどれか一旦止めて、予算を絞り出すことになるかと」

「………どれもこれも、少しでも止めたら、大分後に響きますね……」

「ですよね。……食糧事情が改善すればなんとかなりそうですか?」

 

 

イステリアの復興関係は、どの事案も待ったなし、の一言だ。

 

現実世界の日本であれば、ダラダラふにゃふにゃ国会でその議員たちが意味の無いやり取りを延々として、意味なく伸ばしていたとしても、ある程度の地盤が出来上がっているから、国民の暮らしが逼迫してしまう様な事は無いが(カズラ・カズキどちらの日本でも同じ)

ここイステリアでは そうはいかない。

 

 

一先ず穀倉地帯をよみがえらせ、食糧自給率が上がれば……と考えたが、そう甘いものではなかった。

 

 

「なにかしらの金策が無ければ、大きな改善は厳しいでしょう。作物が実るまでにも、基金による被害の立ち直りにも、時間がかかりますから」

「……や、全くです」

「そーですよね。……そりゃそうだ……」

 

 

水車で、水を汲み上げたからと言って、あっ! と言うまでに復活するワケが無い。

あのグリセア村の様に、100%日本製の肥料を使えば、あっ! という間に実ってオバケ作物が発生、新種の誕生! 大分回復するのは目に見えてくるが、それはそれで国中、果ては外にまで大パニックになってしまう可能性があるので、余程の事が無い限り実行には移さない。

 

基本、ある程度の効力を出しつつ~とやる為に、大体50倍程、希釈して使っているのが現状。

 

それでも十分効力は見込めるものの――――今日明日、と言った話になるワケが無いので、目の前の財政問題改善にはどうしても繋がらないのだ。

 

 

「他に、何か案は残されてますかね?」

 

うーん、うーん、と考え込むカズキ。

 

こちら側にはウルトラCとも言える 【とっておき】はあるにはある……が、あくまでこちら側の世界の人間が~ と言う体で行っているので、あまり好ましいモノではない。

 

 

オバケ作物程では無いにしろ、大なり小なりは内外に出回ってしまう事間違いないからだ。

 

 

カズキは、カズラの方を見て、軽く首を捻る。

 

素人頭ではあるが……、現状を打破する様な案が有れば、もう既に使っているだろ、とも思うので、やはりウルトラCに頼った方が早く・確実では? と。

 

軽く頷いていたので、口には出さずとも、カズラ自身にも伝わった様だ。

 

 

「そうですな……。王都から支援金を増額してもらうか、周辺の森を伐採して、木材を大量生産するか……、鉱物資源の採掘も有りますが……生産性はそこまででは……」

 

 

ある程度の案はある様だが、ナルソンの顔を見れば それが有効・有用だ、と言える程の結果を残せないであろう事は解る。

 

 

「鉱物……因みに金は採れないんですか?」

「イステール領では採れませんな。金鉱はわが国では王都のみです」

「そうですか……」

「採れてたら、栄えてそうですもんね。ある程度は、財政のゴリ押しで賄えそうですし」

「う~ん、それもそうか」

 

 

悪いイメージだと、悪い領主が金を独占し、民から貪り~ と金鉱脈の話を聴くと容易に連想できるが、ここイステール領においては、ナルソンが領主を務めている以上、その様な事は起こらない、と断言出来そうだ。

 

ただ、グリセア村での伝承、グレイシオールの話に出てくる領主は、清々しい程の悪党なので、もし(・・)と言うモノが存在するとすれば、やっぱり一概には言えないかもしれないのが辛い所ではある。………が、今は大丈夫。ナルソン・イステール家は大丈夫大丈夫、である。

 

 

「やっぱ、カズラさん、アレ(・・)が一番手っ取り早くないですか?」

「う~ん……だよね。他にも塩とか石灰とか考えてみたケド、位置的にも時間的にも厳しいのは目に見えてるよね」

「状況が状況ですし、もう出し惜しみ無しで行きましょう。―――と言うワケで、オプションって事でアレ(・・)もしてみますか」

「うん。了解」

 

 

カズラは、ニヤッ、とカズキと共に笑うと、ごそごそ、とポケットに入れていた布袋を取り出すと、そこから何かを取り出した。

 

カズキは、カズキで、カズラが取り出したその瞬間の刹那、狙い定めて 光の粒子を文字通り目にもとまらぬ速さで、取り出したそれにぶつける。

 

 

すると……カズラが取り出し、手のひらに乗せたソレ(・・)は、光の輝きを纏った神の雫(笑)、へと大変身。

 

 

 

「どうですかね? コレ。いくらで売れますかね?」

「神の涙(仮名) と言うヤツですね! キラキラ光ってて綺麗な方が良いかな? と」

 

 

ネタの様に、わはは、と腰に両手を当てて、カズキは笑いながら胸を張る。

カズラもカズラで、少々悪戯心に身を任せている面もあった。

 

財政問題の中、少々暗くなっていた表情を少しでも明るく……と思っての事だったのだが。

 

 

【!!!!】

 

 

想像以上に一同驚愕してしまった……。

アイザックに至っては、片膝をつき、思わず首を垂れている。

 

 

神の一部を……、とでも思ったのだろう。ただのピカピカの悪戯! なのだが。

それを理解出来る者は、この場には皆無である。

 

 

「こ、これは…… これほど、これほど美しい光を放つ石とは見た事がありません………。あ、あまりにも恐れ多く、値がつけられない、と言うのが心情で……」

 

 

ナルソンもこの時ばかりは普段の平静を装っておけれなかった様子。

これは神話に出てくる神具、聖具、―――最早空想上の宝石。

 

カズキが初めてピカピカの力を披露した時程とは言わないが、それに近しい程驚きを見せていて……

 

 

「ッ………こ、このようなものを………わ、われわれに……??」

 

 

ジルコニア自身もナルソンに負けない程動揺しきっている。

カズキが【涙】と誇張して言っちゃったおかげで、神の一部を授けてくれる、と思ったのだろう。……そんなモノ売れるワケが無い。

国宝…… いや、国と国とのいざこざを考えたら、永世中立か何かを建国し、そこに崇めなければならない……とさえ思っていた。流石に敵国(バルベール)は容認するワケ無いが。

 

 

ちょっとした悪戯のつもりだったのだが、思いのほか 動揺が……凄い勢いで広がっていきそうなので、直ぐに軌道修正。

 

 

 

「な、涙云々は、冗談ですよ冗談! 綺麗な石に、私の光(・・・)を少し与えただけなので、直ぐに消えます! ほーら、この通り!」

「す、少し悪ふざけが過ぎました! これは、神の国で作られるビー玉と言うガラスです! カズキさんの、メルエムの光を宿す神具~! とかじゃないので、落ち着いてください! アイザックさんも!!」

 

 

カズキが言う様に、込めた光はあっという間に消失した。

それでも十分過ぎる程 綺麗なガラスなので大丈夫だろう。

 

アイザックは、首を垂れ、カズラが言う様に神具と崇めていたので、思わず声に力を入れて諫めるカズラ。

 

ピカピカの光を消失させた所に出てきたのは……所謂 パワーストーン。(\250 日本の石屋で購入。因みに、カズキにも幾つか見繕って贈呈済み)

 

カズラも悪戯が過ぎたか、と少々自身を諫める。自分達は神様ポジションなのだから、何か分け与えるともなれば、このくらいの反応はするだろう、と改めて頭の中へといれた。

 

 

 

 

少しして、落ち着きを取り戻したナルソンは、もう一度パワーストーンをじっ、と見て確認。先ほどの光に目を奪われがちだが、光が消失しても、美しい形状、色、全てが一級品だと目を見開く。

 

「……おそらく、ひとつ1万アル以上の価値があるのではないでしょうか……? 宝石にはあまり詳しくありませんが……」

「ええっ! マジで???」

「(……あ、確か、安くされた~ って言ってたっけ……?)」

 

 

以前の質屋騒動の話は聞いている。

老獪な老婆に、ものの見事にしてやられたらしい。グリセア村の娘の1人、ミュラが居てくれたおかげで何とかなったとの事。

 

まだ、換金にはカズキは行ってないので肝に銘じる事にした。

 

 

「こ、こほんっ、えっと、因みにそういう宝石ってどっちの方が価値があります? 色が濃い方ですか? 透明度のある方ですか??」

 

取り合えず、過去は過去、と割り切ったカズラは前へと進む為、相場について聞いてみる。

ナルソンは、宝石には詳しくない、とは言いつつも、高価なモノゆえ、大体の相場は解っている様だ。少し考えた後。

 

 

「一般的には透き通った方の様ですな。まれに出回る美しく透き通った黒曜石の価値は凄まじいモノです」

「! 黒曜石ですか。それなら……」

 

 

パワーストーンとしても広く流通している黒曜石。

そう言う指定があれば、有難い、と言わんばかりにカズラは再び袋の中に手を入れ、手の中に納まるだけの黒曜石の球を取り出し………。

 

 

 

「黒曜石のバーゲンセールだ! ……なーんて」

【!!!!】

 

 

 

本日、二度目の驚愕タイム、である。

 

流石に一度目の神様の涙(笑)程の衝撃は無かった様だが、それでも十分衝撃である。

 

 

「カズラさん、このバーゲンセールと言う黒曜石は………?」

 

 

だが、あまりにも高価なモノゆえ、声が裏返ってしまうのも無理はない。

 

 

「あははは、バーゲンと言えばそーなんですけど」

「わ、わーーー! そのくだりは止め止め! 無し無し! 忘れて下さい!! これも、アレです! さっきのと一緒で、ビー玉と言う神の国で作られたガラスです!」

 

 

非常に賑やかになった。

衝撃的な事が多すぎる様だが、カズキの光同様、財政に物凄い光が差し込んだのは間違いない。

 

「それだけあれば直近の財源はなんとかなりそうですか??」

「は、はい。かなりの高額で売れるでしょうが……、あまりに珍しくて売り方が難しそうですな……」

「そうね……、あとあと探りを入れてくる輩が現れそう……わぁ、透明な中に色の帯が……」

 

如何に流通させるか、と言う問題点は残っているが、それは贅沢な問題だと言えるだろう。

 

殆ど見る事が叶わない、一部の富裕層、何処にでもいる財を貪る貴族たちなら見るかもしれないが、ナルソン家では 程遠いモノ。

ジルコニアもナルソンも、あまりの美しさ故に、暫く目が離せなかった。

 

 

「色付きの方が良さそうなので、色ガラスの方が良いって事になりません?」

「むっ、それもそうだね……。ビー玉よりそっちの方が良いかな」

「色のついたガラスもあるんですか?」

「はい。ありますよ。おそらくこの国で出回る黒曜石と同様のモノかと。今度神の国に戻った時に調達しておきます。―――色の希望はあります?」

 

 

 

直近の財源の確保は、これで恐らくは解決。

余りにも凄過ぎるモノは後々の問題になりかねないので、高価なのは高価でも、世界に1つだけの黒曜石、な代物をイキナリ市場に流通させるのではなく、元来、この国でも出回る色に近しいモノを用意する、と言う事で話はまとまった。

 

 

 

 

「さてと。次はこっちですね」

 

 

カズキがクリアファイルに閉じていた資料を取り出した。

とある道具の設計完成図、そして 使用用途などの説明書である。

 

 

「慢性的な資金不足と人口増加………、農地を拡張させる為に、手押しポンプと言う道具を作ろう、ってなったんです」

 

 

勿論、これもカズラと試行錯誤を重ねた末での案である。

こちらの世界ででも使える鉱物を利用して作成でき、且つ人員削減にも繋がり、作業効率も大幅にアップする事が見込める。

 

 

その道具の名前を知らない2人は首を傾げていた。

だから、カズキは四つ折りにしていた紙を広げて、説明。

 

 

「水車は大きさや、設置の条件等で、色々と限られてしまうんですけど、こちらは少し違います。まず、小型である為、設置しやすいと言う利点がありまして、水を汲み上げられる高さが凄く高い、と言う利点もありますね。井戸等に設置して貰えれば、格段に作業効率が良くなりますよ。小さな子でも、レバーに届けば汲み上げる事が可能ですから」

 

 

まだ、紙の上での説明だから、実践してみせてみるのが一番説得力がある。……が、水車等の道具を見せられた今、説明だけでも十分過ぎる程の道具なのである事は2人にも十分理解出来ていた。

 

 

「素晴らしい道具ですね! 人員も道具も最優先で手配いたします!」

「………ふむ」

 

ナルソンは、少し考えた後……ジルコニアが話し終えたのを見計らってカズキに聞く。

 

 

「カズキ殿、ひとつ質問なのですが……、その手押しポンプ、と言う道具は狭い場所への設置も可能でしょうか? 例えば坑道の様な」

「えっと、はい。恐らくできると思いますよ。手押し(・・・)っていうくらいですから、そこまでの大きさじゃないので」

「では……完成した折には、鉱山でも使わせていただいても?」

 

 

ナルソンの言葉に、カズキはちらっ、とカズラを見た。

一応、2人の提案と言う事にもなってるので、それぞれの同意は必要儀式だろう、と言う事でだ。

無論、カズラが否定するワケは無く……ただ、理由だけは聞いておきたかったようだ。

 

 

「えっと、問題ありませんが、理由を聞いても? 何に使うんです?」

 

 

カズラがそう聞き返す。

その間、カズキは周囲をチラリとみていたが、他の者たちは ナルソンが意図する事に気付いたのだろう、少しだけ驚いた様な、それでいて その手があった! と言わんばかりの顔になっていた。

 

 

「地下水の排水です。山岳地帯では、真横に坑道を掘り進める最中に地下水が湧き出る事があり、水量があまりに多いと、その場はあきらめざるを得なかったのです」

「! 成程……、水没してしまった場所の功績が全て採掘可能になる……と」

「確かに、坑道で地下水脈に突き当たったら厄介ですよね。単純に、水の勢い次第では、重大な事故にも繋がりかねませんし。少量でも溜まったら溜まっただけ、厄介ですから。――――そこに、手押しポンプを、と」

「はい。それにポンプを経由し、大量の水を1ヶ所に集める事が出来れば。その水を利用し、露天採掘が出来そうな一帯を洗い流す事で、新たな鉱床の発見も可能でしょう」

 

「「おお……」」

 

矢継ぎ早に、手押しポンプの可能性を飛躍させていくナルソンの頭の回転の速さには舌を巻く。

未知の技術・道具の筈なのに、直ぐに自分達の問題点に当てはめて、その解決策まで模索し、更に発展へと導く。

 

まさに、大都市の領主の御業、と言っても差し支えない。

 

 

「(ピカピカなだけの自分が小さく感じます……)」

「(それ言うなら、オレなんてただの成金だよ……? そもそも、ピカピカだけでも凄過ぎるからね?? チートって言って良いからね?? 世界征服とかよゆーで出来そうだからね???)」

「(いえいえ、確かにフィクションな(チート)はヤバイと思いますし、そりゃ力全開で色々上手くやったら、世界~……も出来そうな気もしますけど、それは使い手(チーター)によりけりですよ?? オレ、そんな気まったくないですからね?? ……後、ふつーに40億円も当てちゃう方も大概ですよ??)」

 

 

ぼしょぼしょ、と2人でやり取りするのだった。

 

 

「あ、カズラさん。以前おっしゃっていた【良い考え】と言うのは……?」

「え? あ――― はい。そうでしたね。市民の食生活改善とお金儲けを同時にってヤツでしたっけ。それは――――えっと、【氷室】と言う建物を聞いたことは?」

 

 

ナルソンとジルコニアは カズラの言葉を聞いて、記憶を手繰ってみるが、どれだけ頭を捻っても解らないので首を左右に振る。

 

 

「(氷室の件、すっかり忘れてた。詳しく調べてる訳じゃないけど……確か)簡単に言うと氷の貯蔵庫です。冬に保管し、夏に取り出して使用する、と言う感じで」

「冬にため池などから、氷を沢山採取して、その氷室、と言う建物で保管しておくと………、この猛暑の夏には最高ですよ! 氷ですからね、火照った身体に、ひんやりと。タオルに包んで、首に巻くとまさに生き返る! そんな氷にありつけるってワケです。商業用としても良いと思いますし、熱中症対策……暑さ対策にも使えますから、作業効率が上がる事間違いないです」

 

 

と、カズラとカズキが説明したが……流石にジルコニアは懐疑的。

それも当然だ。当然の感性だ。

数日間~ならまだしも―――……。

 

 

「……冬の氷を夏まで……? 溶けますよね??」

 

 

そうである。

冷蔵庫の無いこの世界で、夏にまで氷を取っておくと言うのは限りなく不可能だ。何処かの北方から輸入でもしない限り。

 

そして、位置的には北の国が敵国(バルベール)なのでどうしようもない。

 

 

「あははは。溶かさずに長期保存できる方法もあるんですよ」

「論より証拠、もし作れた時のお楽しみにしましょう」

「は、はい………」

 

 

疑うワケではないし、最早疑う余地のない所まで来ているのだが……、ジルコニアは流石に気持ち的には直ぐに信じる事は出来ないのだった。

 

 

「……なるほど、氷そのものを利用する他に、 その氷室の中に、肉や魚を保管し、保存する事も出来る……と言う事ですかな?」

「考え方的にはそんな感じですね。商業用、とカズキさんも言ってましたが、私も同意見です。夏場に売る事が出来れば流行ると思いますから。冷蔵庫も同時に制作して販売すれば、氷の需要も尽きませんし」

「ですね。タンスくらいの大きさですから、一家に一台、ともなれば、生活必需品になると思いますよ」

「なるほど……、その程度の大きさなら確かに一般家庭にも置けますね。現実的に。……そして、氷は冬場に切り出しておけば、人件費等を省いたならば、元はタダ同然………」

 

 

復興作業は、順調に見えて、まだまだ薄氷の上を歩いている様な印象だったナルソン達だったが、今日の話で それらは一蹴された。

 

財政難から新たなる商いまで、未来は明るい―――とさえ思った程だ。

 

 

そして、何より――――その明るい未来に必ず立ち塞がるであろう、バルベールとも、国力が違えど、国を貧困から救う事が出来たなら、確実に立ち上がり、勝利を収める事だってできる筈だ。

 

 

「で、問題はその氷を切り出す池が必要なんです。穀倉地帯にあるため池って、氷を作るには………」

「……ちょっと()から見てた感じ、立地的にも大きさ的にも効率良い感じじゃない、っていうのが、私の見解ですが」

「……はい。カズキさんの言う通り、斬り出す程となると少し厳しいかと思います……。山の上に、新たにため池を作っておくのが良いかもですね」

「あ、ちょっとした穴なら、雑で良ければ私、簡単に作れると思いますんで。使ってくださいね」

「……え?」

 

 

山にため池を―――と言う件に来たら、手を上げようと思っていたカズキ。

 

勿論、ピカピカレーザー! を遺憾なく発揮すれば、十分可能である。

問題点である、目立ちすぎる……と言う面は、山の上であれば殆ど解決するから。

 

 

と言う事で、カズキの能力? の1つ、その詳細を話してみる。

ナルソンは、やや引きつっていた。

アイザックは目を輝かせていた。

ハベルは祀り上げるかの様に拝んでいた。

そして、ジルコニアは アイザック同様目を光らせていた。………正直違う意味で、ではあるが。

 

 

「とまぁ、一夜に大きな穴が出来てた! ともなれば、変な噂が立つかもしれませんので、ナルソンさん達が、発見して そこを使う――――と言う体にして頂けるのが助かるかな? と思いますね」

「もちろんそれは構いません。……ありがとうございます。早急に場所を選定いたします」

 

 

ぺこり、ともう何度目になるか解らない程、ナルソンは頭を下げる。

カズキに掛かってくる負担が大きすぎるのではないか、と思う今日この頃だが、カズキ自身が、どんな事でも楽しんでやっている様に見えるので、その部分でも本当に助かっている。

 

後ろで色々と画策している身とすれば、正直心苦しさもナルソンは覚えていた。

 

以前、アイザックに国の為だと、諫め 技術や知識を少しでも多く――――と言い聞かせていたのだが、本当の意味でナルソンはアイザックの気持ちが解ると言うモノだ。

 

アイザックが超がつく程 生真面目だから……と言う理由だけではない。

 

このカズラとカズキ……、グレイシオールとメルエムの二柱の神は、心の底から優しいと思える。

 

 

「――――……では、次にこちらの方を……」

 

 

だが、ナルソンとて 領主を任された立場。

国の為に命を捧げる覚悟を持っている。

多くの人間の命を背負っている。

 

自身の感情と言う不確かなモノだけでは足りない、と感じている。

 

例え地獄行だと言われたとしても………もう引き返す事は出来ないのだ。

少なくとも、全ての憂いを断ち切るまでは。

 

 

そして、願わくば――――。

 

 

 

 

「そう言えば、カズキさんはリーゼさんとも早朝トレしてるんですよね? アイザックさんやハベルさんも一緒に居て」

「あははは………、ほんっと、皆さんの意識が高いと言うか、凄い人達が集まったものですね。日に日に別人になっていく!? みたいになっちゃってるんで」

 

「おおっ…… か、神様(メルエム様)にそこまで言っていただけるなんて……」

「……これからも、日々、精進いたします。どうかご指導ご鞭撻のほど……」

 

 

 

 

ナルソンにとっての宝である、亡き妻の忘れ形見。……そして妻ジルコニアの最愛の娘。

例え自身は地獄に落ちても、リーゼだけでも幸せにしてもらいたい。

 

 

ナルソンはそう考えながら、楽しそうに話をする二柱の神々を見つめ続けるのだった。

 



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28話 2つのブレスレット

 

 

「う~~ん……、改めて見てみると……これ、めっちゃ時間かかりそうだなぁ……」

「ですね……。ああーーー、こう言う時こそ身分が無い事を恨みますよーー! 車の免許とかその他諸々!! 手分けしたら、半分の時間で済むかもしれないのに……」

「あはは。まぁ、それは仕方ない事だし、カズキさんは、それ以上の事をしてくれてるからさ。と言うか、計り知れない程の事してるって自覚してるよね? (ピカピカ)人間!」

「うー、そう言ってくれるのは有難いんですが……、こういう性分なんで……。もしも、ここがゲームの世界だ、っていうなら、思う存分遊んで回るんですけどね?」

 

 

カズキとカズラは、昨日 ナルソン達と話をして 日本で調達する者の一覧を眺めていた。

日本に戻れば、全く問題なく調達できるものであり、資金も無尽蔵で問題なし。……だが、流石に時間ばかりは金に換えるのは非常に難しいので困りものだ。

 

カズキとカズラの二手で、と言うのもあるが、前々から話してる通り、身分の無いカズキが分かれて行動した時、もしも―――の時がかなり厄介な事になるのだ。

 

持ち前の(ピカピカ)で、どんな窮地でも打破・脱出! くらいは余裕だと思うが…………、それを行った日には、直ぐにとは言わないが、日本の日常が崩れてしまうコースにまっしぐら、な気がする。

 

 

カズキが言う通り、この世界もカズラの故郷の日本も、全てがゲームだと言うのなら……。

 

 

「ぶ、物騒な事はしないでね……? ゲームとは違うからね??」

「あ、あははは。だいじょーぶですって。指振ってもメニュー・ウィンドウ出ませんし、NPCのカーソルとかも有りません。限りなく現実に近い完成度を再現して、遊べれてましたが………、流石にそこまでのゲーム脳ではないつもりなので」

 

 

右手のひとさし指を 上から下へ、ひゅんっ、と振る所作をするカズキを見て、カズラは 朧気だが、ゲーム設定画面? の様なものが目に浮かぶ感覚がした。

 

間違いなく無理だろうが……。

 

 

「VRゲームかぁ…… やってみたい気はするんだよねぇ」

「カズラさんの財力なら揃えるのは余裕ですね! ……ただ、時間だけは進めれませんから………。オレが居た日本でもタイムマシンみたいなのは無いです」

「うぅむ」

 

 

こう色々と談笑を重ねていると……時間が立つのは早いモノで。

馬車の準備が全て完了していた。

馬車の方を見ていると、視線に気づいたリーゼがこちら側へと歩いてくる。

 

完了したことを知らせに来てくれてるのだろう、と言う事は簡単に予想出来た。

 

 

「―――っとと、そろそろ出発しないと」

「了解です」

 

 

リーゼを待つ……のではなく、こちら側からも歩み寄る為、歩を進める2人。

数秒後、予想通り 準備完了の報告を頂いたので、カズラも返す。懸念事項が幾つかあるからだ。

 

 

「予定より時間がかかるかもしれませんが……、色々と品物を用意して戻ります。リーゼさんにはその間の水車の設置作業を宜しくお願いしますね」

「はい。頑張ります」

 

リーゼはぺこっ、とお辞儀を1つ。

そしてカズキも一言。

 

 

「あ、しばらくは 朝の鍛錬は付き合えそうに無いですね。すみません」

 

 

あの初めて剣の練習の際に見てからと言うモノ、ほぼ毎日の早朝トレーニングをカズキは付き合ってきていた。

こちら側の世界は、生きるか死ぬかの世界。如何に女性であったとしても、男顔負けの実力を持っているのだと言う事は、リーゼの真剣な姿、そして打ち込む強さを見ても十分解る。

 

年齢は10代前半だと言うのに。

 

 

リーゼは、カズキの言葉を聞いて慌てて両手を前に出して、左右に振った。

 

 

「い、いえいえ。こちらこそ。毎日お付き合いして頂いて、本当にすみません。おかげで、物凄く充実してます。カズキ様のおかげです」

「いやー、朝のってアレ(・・)でしょ? リーゼさんもすっげー強くて強くて。オレだったら、コテンパンにやられそうですね」

「あははは。確かに。カズラさんも運動しておかないと、ですね。次回、何なら一緒にやってみますか?」

「うへぇ……、武力関係は カズキさんにお任せしますよ……。身体を鍛える、と言う点は同意しますが、流石に剣道は……」

 

 

 

リーゼは2人の話を聴いて、あたふたしながらも、強いと言う事を褒めてもらって(あまりうれしいとは思えない褒め部分ではあるが)、顔を仄かに赤く染めていた。

 

 

「あ、あのっ、お2人にこれを――――」

 

 

そして、話題を変えるべく…… 否、本日の大本命部分を取り出した。

 

 

カズラとカズキの2人に差し出すのは手のひらサイズの布袋。

礼を言いつつ……2人は中身を開ける。

 

中に収められていたのは―――。

 

「ブレスレット……? 黄色い刺繍で縫われた……」

「凄く細かに縫ってありますよ、この辺りとか……。うわ…… 凄く綺麗」

 

 

カズラには黄色の刺繍が施されたブレスレット。

カズキには赤色の刺繍が施されたブレスレット。

 

どちらも店先で置かれていても何ら不思議ではない程の完成度であり、リーゼの手先の器用さがよく解る程だ。

 

 

「これはリーゼさんが?」

「はい。あまり上手には作れませんでしたけど……」

「いえいえ。町の露店を見せて貰った時にも色々と見ましたけど……、十分凄いですよ、これ。職人技? 大切に使わせてもらいます」

「うん、オレもそう思う。作る時間なんて、中々取れなかったと思います。ありがとうございます。大切にしますね」

 

 

2人の返事に微笑みを返して頭を下げるリーゼ。

穏やかで、微笑ましい空気が流れていたのだが―――約1名固まってしまっていた。

 

 

それも、この世の終わりの様な顔をして―――。

 

 

「――――」

「…………」

 

 

その固まってしまった人の反応は……勿論、リーゼは解ってる。

解っているが、特に何か弁明をするワケでも無く、微笑みを返すだけだった。

 

その笑みを見た彼は――――つまり、そう言う事(・・・・・)なのだ、と理解。理解したくないが……、自身のせいで遅れるワケにはいかない。

 

固まっていた身体を、体内の時間を、どうにか強引に動かす。

物凄く不自然な歩き方で、ヨタヨタ、と馬車の方へ。

 

 

「?? アイザックさん?? 大丈夫ですか??」

 

 

その様子に気付いたカズラが声を掛ける。

1度かけたくらいじゃ気付かない。

2度目、声を掛けた所で漸く気付いた様で振り返った。

 

 

「うわっ、顔色凄く悪いですよ?? ひょっとして……疲れが祟ったのでは?」

「い、いえ……。だいじょうぶです。だいじょうぶ」

「……(以前の時よりもヒドイ気がするけど………)」

 

 

以前、ナルソンに厳命された時。自身の想いとは裏腹に、カズラやカズキ、神々から裏工作をしろ、国の為だ、と厳命された時。自らの使命、国に身を捧げた時から誓ってきた使命と神々に対する不敬の板挟みになってしまっていて、窶れてしまった時があった。

 

あの時は、カズラもそれに気づいてお茶を振舞う……事で、どうにか復活してくれたが、今回はどうだろうか。

 

「(馬車の中でアロマでも使ってみようかな? 落ち着くタイプのヤツ……。マリーさんの車酔いには効いたし……)」

 

カズラは、手荷物を確認し、ヨタヨタふらふらと歩いていくアイザックの元へと駆け寄るのだった。

 

 

 

「じゃあ、マリーさんは、こっちに……」

「はい、かしこまりました」

 

 

因みに、カズキも胸中穏やか……と言うワケではなく、アイザックには同情している。

これは、記憶の中に覚えがあるブレスレットだった。数種の色の刺繍が施してあり、それぞれで意味合いが変わってくる、と言う事も朧気だが解っている。

 

 

「(うーん……、黄色と赤……、どっちがどうとか、細かな事までは解んない……。流石に、他人に聞くっていうのも……。知らずにつけてた体の方が色々と都合が良いし……)」

「あ、あのカズキ様、こちらに……」

「おおっと、ごめんごめん。ありがとう」

 

 

色々と考えすぎていて、目の前が見えてなかった。馬車に乗らなければならないのに、その馬車を引っ張るラタの方へと向かっていたみたいだ。

気を取り直して、カズキは馬車の中へ。遅れてマリーも入った。

馬車内で腰掛けると、カズキは カズラから渡された青い小瓶を取り出すと。

 

「長い移動になるからさ。また気分が悪くなったりしたら言ってね? もう知ってると思うケド、これ物凄く効くからさ」

 

小瓶に入っている液体は、乗り物酔いに効くとされるラベンダー、ペパーミント、柑橘系等のモノがずらり。どれもこれも、こちらの世界の人たちには効果は抜群である、と言う事はカズラにお墨付きをもらっている。

あの後、何人かで試した結果との事。

 

「い、いけません! 私なんかの為に、そのような高価なお薬を……」

 

以前もマリーは負い目に感じていた。

 

カズラと共に馬車に乗り……酔ってしまった。当初はカズラの事もカズキの事も、そこまでよく知る間柄では無かった。カズキに関しては、ハベル邸で優しくしてもらったという事も有ったが、カズラとは特に話はしていない。

 

信頼は寄せていても……心からの安心に繋がるか? と問われれば疑問だった。

でも、そんな後ろめたい気持ちは、カズラの優しさに、露と消え、かき消される。

 

2人の優しさは身をもって知っている……が、それに甘えるワケにはいかない、とマリーは強く思っているのだ。

 

 

そんな想いもある程度はカズキに伝わった様だ。

どうすれば良いか……と思案していた所。

ぽんっ、と右拳を左手のひらに充てて閃いた。

 

 

「じゃあ、こうします。これは命令(・・)です! ジルコニアさんからは、【何でも指示してくださって構いません】と言うお墨付きを頂きました! 断れませんよね?」

「あ、あぅっ…… そ、そのっ………」

「ね?」

「はぃ……」

 

 

マリーは困った様にパタパタと手を上下に動かしていたが、最後には顔を赤くさせて、観念した様に頷いた。

あまりにも優しい。優しすぎます、と心の中で何度も何度もリピートさせながら。

 

 

「と言うワケでマリーちゃん? 辛くなったら言う事。しっかり体調を万全にさせる事。………それと」

 

 

最後に、ニコッと笑って告げる。

 

 

「私の前では、あまり緊張せず、自然に接してくれると嬉しい、かな? 従者だから、って畏まらないでくれると嬉しい。勿論、場を弁える事も必要だからいつどこででも、とは言わないからね。……それにハベルさんとの事も色々聞きたいし。なんでも話して欲しい。相談とかも聞きたい。私も相談したい事を気軽にマリーちゃんと話ししたい」

 

 

マリーの顔が、再び茹蛸の様に真っ赤に染まったのは言うまでも無く……。

そして、いきなりは当然ながら難しいので、徐々に頑張っていこう、と言う事になるのだった。

 

 

――――カズキの従者なので。命令となれば仕方ない、と。……割り切るには中々に経験値が足りないので、いつまでかかるかは解らない。

 

 

だが、その道中もカズキは楽しむ事にするのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

一方……リーゼはと言うと。

 

目的の物を渡せた事に満足し、落ち着いた様で、軽く深呼吸をしていた。

だが、まだすべき事は山の様にある。一段落ついたとはいえ、復興の方はまだまだ先が不透明なのだ。

 

今日も一日やりきらなければならない。

 

全力でやりぬいた後に――――自分へのご褒美タイムだ。

 

 

「さてと、私達は水車の設置に行こっか。帰りに買い物もしたいから、今日は早めに」

 

 

色んな人物からアプローチが日々絶えないリーゼ。

国の懐事情は思わしくないが、リーゼ自身は実はそうでもない。

 

望んでなくても、どんどん高価な物を貢いでくれるから、ある程度の(アル)は溜まっているのだ。面会に大分神経使っているし、好きでも無い相手とも笑顔を絶やさない様にし、最大限に相手に気を使ってきているのだから、これくらいは許してもらいたい。……と言うより十分すぎる程許容範囲内だ。当然の権利だ。

 

 

と言うワケで、今日もしっかりと復興事業を進めて、後は自身のストレス発散に――――と、思っていた時、エイラの顔を見た。

 

 

「……エイラ? どうしたの?」

 

 

何処か神妙な顔つきで、去っていく馬車を眺めながら……エイラは続ける。

 

 

「……リーゼ様……、あれではアイザック様があまりにも………」

 

 

そう、それは先ほどのブレスレットのやり取りの1件。

アイザックがリーゼに好意を抱いているのは周囲が知る所であり、そのアイザックの目の前で、あのブレスレットを手渡した。それを見てアイザックは固まった。リーゼの顔を見て更に固まった。

 

それら一部始終全てエイラは見ていたのだ。

 

あまりに報われない話で、思わず同情を隠せれない。

アイザックは本当に好青年であり、家柄もよく、それに胡坐をかく事もせず……兎に角、真面目過ぎる、と言う所くらいしか欠点が無いのだ。だからこそ、エイラは深く同情した。

 

どうでも良い相手なら、ここまで考えない。

 

 

……が、当の好意を寄せられ、それを十二分に理解していたリーゼはそうでもない様子。

 

 

 

「だって、仕方ないじゃない。だらだら希望を持たせるままにするより、よっぽど優しいでしょ?」

 

 

生殺しにするくらいなら、スパッと男らしく切る! なんと逞しい! ……と、思えなくもないが、あまりにもエグイ、と思ってしまうエイラは止まらない。

主従関係ではあるが、それ以上に心を通わせている者同士……と言う面もあるから。

 

 

「そ、それにしてもあんな…… 目の前で【親愛のブレスレット】をカズキ様にお渡しするのは………。せめて、カズラ様の【信頼のブレスレット】の方をお渡しした方がまだ………、えぐくない、と言うか……」

 

 

 

【親愛のブレスレット】

 

 

それは3種存在する。

色は白・赤・黒。

 

それぞれに深い意味が存在する。

 

 

◇白:【糸に色がついてしまう前に早く帰ってきて欲しい】 別れ際の告白・出征する恋人に送る物。

 

 

◇赤:【あなたに好意を持っています】それが意味する表現の範囲は広い。

 

 

◇黒:【今夜あなたを待っています】 所謂オトナのブレスレット。

 

 

 

【信頼のブレスレット】

 

 

こちらは1種のみ存在する。

 

◇黄:【あなたの事を尊敬しています。今後ともよろしくお願いします】教授を願う相手や恩ある相手に送られる物。

 

 

 

 

カズラとカズキで、違う種類と言う事は――――つまり、そう言う事である。

 

 

 

「でも、アイザックには告白されてもないのよ? なのに面と向かって【お断り】するよりマシじゃない? これでも一応アイザックやお父様の顔を潰さない様に考えたつもりなんだけど。私にとって、カズキ様は剣の師でもあるし、(アレ)を渡しても不自然じゃない筈だし」

 

 

と、後半部分は完全に建前。

 

リーゼは、カズラとカズキの2人をしっかりと吟味した上で決めた。

 

 

―――未来の夫に予約済みである、と。

 

 

決め手は幾つかある……が、やはり一番は先ほどにも上がった通り、朝の稽古だろう。

 

剣の腕は結構自信があった。

まだまだ手の届かない相手も多数いる事は事実だが、それでも どちらかと言えば学者肌だと思っていたカズキに、実力の差を魅せられて、今は建前では無く、社交辞令でもなく、心から師と仰いでいる。

だから、それとなく続いているのだ。

 

因みにジルコニアも共に―――と思っていたのだが、リーゼとの仲睦まじそう……と言う雰囲気は読取ったので、今は遠慮してる。

 

 

カズラも優しく、信じられない程のお金持ちで、カズキとカズラでは、どちらかと言えばカズラの方が上司の様な感じはするが――――何処となく、女の影を感じていた。

 

親しくなる事もワケ無いし、そのまま先まで―――と言うのも自信はある、が、ある程度のリスクを考えれば カズキに軍配があがるのだ。

 

 

「うん。外堀は埋めすぎるってことはないもんね。かなり親しくなれたと思うから、もうちょっと素性についても探りを入れたい………」

 

 

と、今後の事も視野に入れて、色々と模索していた。

エイラも解ってくれるだろう、ここまで言えば、と思っていたのだが……。

 

 

「たしかにそうですが……、アイザック様がおいたわしいです……」

「む…………」

 

 

 

まだまだアイザックの肩を持つ様子。

ここまで言われてしまえば、自分が悪い事をしたように思ってしまう。そんなつもりは無い、寧ろ気を利かせた最善行為なのに、と 。

 

 

流石のエイラも、言いすぎた、と思ったのか。

 

 

「もっ、申し訳ございません!! そのようなつもりではなくてですね!??」

 

 

リーゼを責めてる訳ではない。

如何にアイザックとは付き合いが長く、親しみやすく、優しい……とはいっても、如何にリーゼとは幼少期から長く従者として付き合い、心を開いてくれている……とはいっても、何処まで言っても、エイラは従者。

 

主であるリーゼに逆らうワケにはいかないのだ。……それに、リーゼの事をそこまで責めてるつもりもない。アイザックが可哀想なだけ、で。……でも、それが繋がる事なのだが、なかなか難しい問題なのだ。

 

 

リーゼもそれを悟っているのか、エイラが謝ってくれた事も有り。

 

 

「いいのよべつに。ほら、そろそろ作業に向かいましょ」

 

 

これ以上は終わり、と言わんばかりに話を締めたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そして――――時は流れ――――

 

 

 

 

2日後。

 

 

 

カズラたちを乗せた馬車がグリセア村へと到着した。

そして、カズラ達は、グリセア村(そこ)で、とんでもないモノを見るのだった。

 



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29話 グリセア村の夜

 

「うっひゃぁ……、マジですか……。軍隊の駐屯地? これだけ立派だと、()から見下ろす時、凄く楽になりそうですね………。気付かれちゃう可能性も上がっちゃいますが」

「それも10日くらいでだよ? たった……。これ程変わるなんて、どうやっても想像出来なかったよ……」

 

 

 

それは グリセア村に到着した時の事。

 

村の入り口にたち、まだ深夜だし、全容こそは見えないが……カズラとカズキは、村の変わりように思わず唖然としていた。

 

本当につい最近だ。

 

野盗に襲われて急いで駆け付けた時。

光となって上空から接近する時にカズキはあまり目立たない様に高度を上げて移動していた。そのせいもあって、見つけるのには一苦労したのだが……、ここまで見事な変貌を遂げると、次は苦労する事は無いだろう、と断言できる。

 

 

村の周囲には、先の尖った太い木の柵が槍の様に外側に向けて付き立っている。余程訓練されてる軍隊とかなら別として、そんじょそこらに湧いて出るらしい野盗程度では、乗り越えようとなんて思わない筈。寧ろ、野盗程度であればこの村はスルー案件だろう。攻めれば間違いなく()られる、と本能的に察するに違いない。

そのくらいの危機管理能力くらい持ち合わせていなければ、死罪確定である野盗家業などやってられないとも思われる。

 

 

何せ、まだ木の柵は序の口なのだから。

 

 

村に1歩踏み入り、よーく確認。

周囲には急勾配の堀まで掘られていて、更に柵の四隅には見張り塔の様な木製の櫓が作られている。大きさから鑑みても、相当遠い位置まで見渡せるだろう事は自明の理だ。

グリセア村の住人達の身体機能は皆超人化しているから尚更。

 

双眼鏡と言った文明の利器なんぞ必要としない程だと思われるから。

 

裏を返せば、文明の利器を手にした時の彼らの戦闘能力は一体如何ほどか………、と思っちゃうのは別の話。

 

 

村の入り口のわきにはつい最近切ったばかりと思われる丸太が山積みになってるので……、ここから更に改良を加えていくのだろう、と言う事は考えなくても解る。

 

木製の要塞でも作る気だろうか……、これで製鉄技術が確立すれば、マジモンの鉄壁要塞の出来上がり、な気がする。……そう遠く無い未来で。

 

 

無論、ハベルやアイザックも絶句していた。

 

何せ2人ともこのグリセア村については、他の近衛兵たちよりはよく知っているからだ。

 

 

【あれ? こんな村だったっけ? 来る場所間違えた?】

 

 

と軽く受け流せるワケも無い。進化に進化し続けている。それも物凄い速さで。

 

こうなれば、国境の砦に派遣してもらいたいと思う程だ。

 

 

そうこう話をしている内に、村の入り口からバレッタが歩いてきた。

 

 

「おかえりなさい! カズラさん、カズキさん! お待ちしておりました!」

「「ただいまです」」

 

 

苦笑いしながらも2人は挨拶を返した後……カズラは再び村の見える範囲を一頻り見た後。

 

 

 

「あの、これは随分と凄い事になってますね……? 前に工事の概要は聴きましたけど、まさかここまでするとは………」

「え? カズラさんは聞いていたんですか?」

「う、うん。丁度 堆肥の下ろし作業終えた時……だったかな。あのまま、カズキさんは戻っちゃったから、バレッタさんから聞く機会が無かったんだった。概要はオレも伝えようと思ってたんだけど、色々と忙しくて……」

「あ、ははは。じゃあ、一番驚いちゃったりしてるのは、自分って事かな?」

 

 

カズキはちらちら、と周りを見渡す。

バレッタが恥ずかしそうに笑顔を見せている傍らで……、まだアイザックやハベル、そしてその他の兵たちも唖然としている様なので、どうやら一番驚いているのは自分……とは言えない様だ。

 

 

「えっと、本当はもっと早くに工事を進めてしまいたかったのですが、思ったより作業に手間取ったのと足りない材料が幾つかあって……、あの、前は偉そうに自分で何とかするだなんて言ってしまいましたが、少し材料と道具の調達をお願いしても良いですか?」

 

 

バレッタからの懇願―――ともなれば、ぴくりっ、と耳が動く。

バレッタは勿論、その他の皆も願い事なんて 早々口にしないから。本当に自分達で、あまりお手を煩わせずに、と言う気持ちが犇々と伝わってきている。

 

遠慮なく色々と要求してくるのは、ここの子供たちくらいのモノだ。

 

 

なので、待ってました、と言わんばかりにカズキが、そしてカズラも頷く。

 

 

「大丈夫ですよ、なんでも用意しますので、どんどん頼ってくださいね」

「さてさて、働きますよーーー! どんとこい、です!」

 

 

手をぐるぐる、と回しながら笑うカズキ。

カズラも手にあるボストンバックからノートを取り出した。メモを取るつもりだろう事はバレッタも解るのだが……。

 

 

「ありがとうございます! あ、あの、続きは家で……」

 

 

とても嬉しそうに笑っていた……が、流石に時間も時間だ。こんな深夜にでも、今にでも駆け出してしまいそうなカズキだから思わず両手を前に出して止める姿勢になるバレッタ。

 

カズキはカズキで、ゆらりゆられた馬車の中での長時間の移動。身体がなまってしまっていたのだろう。動かしたい気満々だったのだが………、色々察して断念した。

 

 

「そうですね、そうしましょうか」

「りょ、了解です! あっ」

 

 

カズキは、何かを思い出したかの様に左掌に右拳をぽんっ、と置いて(少々わざとらしい)告げた。バレッタとカズラの2人に伝わる程度の声の大きさで。

 

 

「カズラさんカズラさん。ちょっと、今夜は森に行ってきますね? 約束(・・)してましたんで。詳細は明日、という事で大丈夫ですか?」

「あ、はい。了解です」

 

 

カズキの突然の言葉に驚く―――が、この話は昨日の内に行っているので、カズラも思い出した様子。夜中に森の中に行くなんて―――と普通なら思うかもしれないが、生憎普通な事情ではない。

 

グリセア村を守護してくれている、と言うカズキが言う【ノワール】達の事をカズラも知っているから。感謝のしるしに、差し入れの1つや2つ、持っていかなければ罰が当たると言うモノだ。

 

自分達の様に、いや、寧ろそれ以上。文句なしに、彼女たちはこの世界で言う()に分類されてもおかしくない存在だから。

 

なので、とりあえずお土産(果物等の日本製の食べ物)を両手の袋にいっぱいに詰めて持っていくのだ。

 

 

―――だが、実はカズキにはまた違う狙いも有ったりする。それはカズラには内緒にしているモノ。

 

 

「バレッタさん、ひょっとして……ですけど、見張りは24時か……、夜中もずっと、って感じでしょうか?」

「あ、はい。村人が交代で立つ様にしてます」

 

 

その後も少々聞いたが……、どうやら パワー漲ってる皆様。

子どもたちでさえ、遊びの追いかけっこでは、凄まじい膂力を発揮している。常人が見れば消えたかと思う程素早く、野山を駆け上がる時は、殆ど数秒で帰ってきた。簡単な獣を狩るくらいなら出来る様で、視認したら空でも飛ばない限りもう逃がさない……と来るから、今後の生態系が心配になってくる程。……無論、その辺りは大人たちがしっかりしているので、大丈夫そうだが。

 

つまり、グリセア村の皆様方は、もはや神兵と言って良い。

老若男女、関係なくとってもパワフルの様で……、流石に村の子供に見張りを任せたりしないが、若い女性でも見張りに立つとの事だ。

 

まだまだ拙いかもしれないが、護身術、武具の扱いは多少は出来るらしく、そして 多少(・・)であっても十分過ぎる程の効力を与える事が出来る。

 

 

それこそが、カズラが授けた日本食パワーであり、裏ではナルソン・ジルコニアが喉から手が出るほど欲している力。

 

 

その力は、例え武器の取り扱いがヘタクソであっても、力にものを言わせて全て解決、出来る程のもの。武芸を収めた者が食事パワーを得たなら……正直怖い程。

 

 

因みに、今夜見張り番に立つのは全員女性。南側にニィナが立つらしい。中でも顔見知りなのはニィナなので、終わった後に 安心してグリセア村に戻る為に、ニィナの所へと寄る事にしている。

 

 

「じゃあ、カズラさん。後はよろしく(・・・・)お願いしますね。また、明日。頑張りましょう」

「! はい」

 

 

カズキの不自然にならない程度の微笑みを受けて、カズラは何の疑いも無く手を振って返す。

 

 

そして、森へと向かう前に……バレッタに一言。

 

 

「(カズラさんは大丈夫です。ちゃんと、私は 約束(・・)守ってますからね? ですから、バレッタさん、ふぁいとふぁいと、です)」

「え? ……あっっっ!!?」

 

 

空気を読める男、空気を読む光、カズキは そう告げると茹蛸の様に 真っ赤になったバレッタに笑顔で手を振り、バリンにもよろしく伝える様告げて、グレイシオールの森へと向かうのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

グレイシオールの森にて。

 

カズキは、奥へ奥へと歩き出し……とりあえず光が漏れない程度の場所にまでやって来た。

以前、ノワールと鍛錬をした所であり、自然破壊はどうかと思ったが、相応の広さにした場所である。

 

※勿論、斬った木々は 木材資材として有効利用させていただいてます。

 

 

「カズラさんには、バレッタさんが居る~、みたいな直接的な事は言ってないケド、匂わせたし、それにジルコニアさんは知ってるし。まぁ大丈夫でしょ!」

 

 

カズキは 口々で、ファイト! と呟く……が、肝心な所も思い返す。

 

「………カズラさんがその気になるかどうかは………ちょっと保証出来ないけどねぇ……。絶対好意は持ってると思うケド……、ちょっぴり歳、離れてるから」

 

 

聞いたところによると、バレッタの年齢は15歳。因みにリーゼも同い年。

日本世界で言えば中高生。方やカズラもカズキも余裕で20を超えている年齢。日本の世の常識を照らし合わせると……なかなか難しい。

 

バレッタが好意を持つのは最早必然。

 

死にかけていた村を復活させた大恩人であり、神様だと思っていたのだが、自分達と同じ人間。ただ、住む世界が違うだけの人間と知り………手を伸ばせば間違いなく届く距離にいる事を知った。

その結果恋に落ちた。

必ず守る、と言う庇護欲もあるだろうけれど、それ以上に人として恋に落ちた。

 

 

「……バレッタさんは、良い子だから、幸せになってもらいたいなぁ………。殺伐とした世界だって、解っていても……さ。……ってな訳で、久しぶりノワ」

「ッッ!」

 

 

バレッタとカズラの未来を思い馳せていた時。

図ったかのように、くるり、と振り返ったカズキ。

その目と鼻の先にはノワールが居た。

 

 

「こ、こんばんはーー」

「はい、こんばんは。オレだって学習するから。流石に市街地に出てきたら無理かもだけど、ほれ、オレ式、ぴかぴか簡易結界!」

 

 

カズキがひょい、と手を翳すと……月明りに紛れていた光の粒子の粒たちが集ってきた。

これらが全てカズキと感覚で繋がっており、広範囲にバラまかれている。

つまり、接触があれば察知できる、と言う事である。そこから色々攻勢に出たり、ビーム出したりサーベル出したり、と幅広く使えそうだが、生憎この森で敵の様なモノが出てくる事はない。

 

 

「きゅんきゅんっ!!」

「おおっと、悪い悪い。ハクも来てたんだな」

 

 

ノワールを横切り、勢いよくカズキの傍にやってきて、頬ずりをするウリボウ―――ハク。

見分けがつける事が出来るのは、額の部分の傷。カズキを以前襲ってきた時に返り討ちにした時についた傷であり……、ここまで懐かれてしまって、名付けまでしてしまうと、それなりに罪悪感が合ったりするが、口に出すと ノワールも含め、ハクたち全員が大変な事になってしまうので、言わないつもりだ。(懺悔、大謝罪大会開催、である)

 

 

「むぅ……」

 

 

ノワールは、可愛がってもらえてるハクに少なからずヤキモチを妬く。

不意打ちも失敗し、今後も難しくなっちゃった事に対しての八つ当たりもあるかもしれない。

 

 

「さて、今日はお土産があるんだ」

「あ、えと……、はい!?」

 

 

ハクを撫でながらノワールの方を見るカズキ。

ノワールは頬を膨らませていたのを直ぐに止めて慌ててカズキに近づいた。

 

 

「はい、果物詰め合わせセット。カズラさんもお礼を、って言ってたから、またカズラさんにも会いに来て欲しいかな? あ、いや こっちから向かった方が良い? 今のトコ、オレがアポ取る、って事にしてるんだけど」

 

 

カズキは、ノワールを、そしてハクたち(・・)を見ながら、聞いた。

 

ノワールたちに会って欲しいとは思っているが、今の所 街中(以前のナルソン邸)を除き、基本的にノワール1人で会っていない。必ず? と言って良い程、ハクが、そして 引き連れた獣たちが同行している。一番大きな喋るウリボウ(オルマシオール)は、会う事そのものが恐れ多い、不敬だと捉えている様で、こちらが言わない限り出てこないが、それでも、ハク達を始め、ウリボウ達の体躯を考えたら………安易に決めて良いのか憚れる。

 

何せ、ハクは非常に人懐っこく、見る者が見れば愛玩動物の様に見えなくもない………が、先ほど言った通り、それはハク達の体躯を無視すれば、である。

 

一番小さい個体でも日本で言うトラやライオンクラスに大きく、牙や爪と言ったモノも見せる時があるので、尚更大変。

 

 

「大丈夫ですよ。カズラ様とは また私の方から出向きますので、ご心配成されぬようにお願いします。こんな素敵なモノを沢山いただけましたから」

 

 

ノワールは、カズキが考えていた事を大体悟ったのか、慌てていた様子は鳴りを潜め、笑顔になっていた。

大きな袋の中には見た事無い果物が多数揃っている。似ているモノなら幾つかあるが、どれもこれもやはり見た事が無い。

匂いもそうだ。美味しそうだと言うのが一目で……一嗅ぎで解ると言うものだ。

 

 

「そっか。カズラさんもお礼をしたい、って言ってたから。なるべく早くに会ってもらいたいかな?」

「承りました。カズラ様には 私達の方も、助けて下さっているので」

 

 

ノワールはそう言うと、カズキからあの袋を2つ受け取った。

それをハクに渡すと、器用に口で加えてぶら下げる。

 

 

 

その後も、暫く談笑をした後…… ノワールは意を決する様に言った。

 

 

 

 

「さぁ、今日もご一緒にシテ頂けるのでしょうか? 夜のお相手(・・・・・)を……望んでも?」

「………ノワが言うと、なんか別な意味で聞こえてくる……ってか、ぜーーったい狙って言ってるだろ?」

「うふふ。どうでしょうか? ただ、言えるのは 私の方はいつでも(・・・・)どちらでも(・・・・)―――」

「剣の方をお願いします。と言うか、今日はお礼と土産くらいしか考えてなかったケド、折角だから。勿論、剣の方ね??」

「………はい」

 

 

ノワールはまた頬を膨らませる。

 

ノワールは確かに美人だ。見た感じ、年上の美人なお姉さん、と言う印象。

でも異種族間の求愛は……一先ずカズキは遠慮をしている……と言うより1歩、2歩と退いてみている。

 

彼女と自分達が暮らす場所……世界は異なっているのだし、そして、何よりもカズキにも色々と事情(・・)がある。

それは、トラウマ~ の様なモノではなく………。

 

 

「さてさて、今日のオレは ちと激しく行くから、覚悟しとかないと大変だぞ?」

 

 

カズキはぶんぶん、と首を振ってノワールを見た。

ノワールは、一瞬赤くなるが……、先ほどのお返しか? と思うと同時に、カズキの真剣な顔も見て、ふざけるのは止めにした。

 

 

「……はいっ」

 

 

武の面でも頼って貰えている。それだけでも、ノワールは嬉しいから。

カズキの反応が可愛らしくて可愛らしくて、いつの間にか自分の方が夢中になってしまったとも思うが、今は一介の戦士として、お相手する、と集中。

 

 

 

「さっきの結界の応用。危険を察知して、攻撃に移る~ 練習をさせてくれ。波状攻撃だから、勿論加減はするよ」

「もちろん……。それと、攻撃の手は、私が根を上げるまでで。それでお願い致します」

「――――むぅ。ノワは一度言いだしたら聞かないからなぁ……。解った解った。」

 

 

 

まさに 女は強し、である。

 

カズキは宙に光の粒子をばらまく様に、右手・左手を扇状に左右にスライドさせた。

光が瞬いたかと思った瞬間、様々な場所から光の剣が出てきた。

 

 

「んん、全部自分の意思で動く――――ケド、こりゃ、練習しないと頭がパンクしそうだ……。ノワ、行くよ?」

「っ! はい!!」

 

 

四方八方、光の全てが自身の感覚に繋がっているのは間違いないのだが、生憎考える頭まで増えた分けではない。自動攻撃(オート)手動攻撃(マニュアル)にも切り替える事は出来そうだが、自動攻撃(オート)時の力加減がよく解ってないし、ノワールに怪我でもさせたら大変なので、(来てほしくはないが)実戦の時にしか使わないでおこう、とカズキは思った。

 

一先ず、ノワールの前方180度、視界の中の全てに剣や槍やらを再現。刃先は潰すイメージで行っているので、切れ味は皆無。叩かれても居たくない程度の柔らかさをもイメージ。

 

 

 

「っ、ん! はぁっ!! ッッ!!」

 

 

ノワールは懸命に防いではいる、が 所々当たっているのは間違いない。

カズキの攻撃が当たった箇所が光る様になっているから。

 

右肩、左腕、左大腿部、左脛……、痛みは無い。だが、突破されてしまった事実が可視化された事、それがノワールを更に気合を入れさせる結果になった。

もしも、本物の攻撃であったなら、頭部・胴体は無事でも四肢が裂かれ、致命傷となるのは目に見えていたから。

 

 

カズキは頭を悩ませながらも、技を練習。ノワールは必死に防ぎ続け、隙あらばカズキにも一手入れようとする。

ハク達は、両方を応援でもしているのか、時折遠吠えの様な鳴き声が聞こえてくる。

 

 

その攻防は一刻程続き―――、ノワールが片膝を付き、剣を支えだした所で終了。

 

 

ノワールと打ち合っていた光の武器が形を変え、カズキの掌を顕現すると、息を切らせているノワールの頭にそっと手が乗った。

 

 

 

「本当に色々とありがとな。ノワ。オレたち……、オレの方が沢山、助けられてるよ」

 

 

 

カズキの微笑みに、ノワールも微笑みで返す。

全てはこの笑顔が見たいが為の行動だった、と言っても決して過言ではない、とノワールは改めて思うのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

深夜のグリセア村。

かがり火はいつまでも燃えていて、暗闇になる――――と言う事は無いが、人は当然全くいない。

時折巡回に回っている村人には何人か目にするが、その程度。

見分けれるだけの視力を持ち合わせてなければ驚いてしまうだろう。

 

 

そして、まだまだ夜は長い……。

 

 

後どのくらいしたら太陽が、光が顔を出すのだろう。

南側の見張り役が回ってきたニィナは、太陽が必ず顔を出す東の空を眺めながら思う。

 

「ふぅ……。(星がすっごく綺麗なんだけど、1人じゃどーもなー……)」

 

ムードと言うモノが一切ないではないか、とニィナは一人愚痴っていた。

勿論、あの野盗騒動の件もある。グレイシオール、メルエムであるカズラやカズキにも心配をかけた事だってある。

自分達の村は自分達で守る、と言う使命感も持っている。

 

でも、こんな深夜に、女1人起きて見張りだなんて……… と少しくらい何処かで思ってしまったって別に罰は当たらないだろう。

 

 

「(っと、そう言えばバレッタは、カズラ様と一緒に泊まってるって話だから…………、あの子、しっかり出来てるのかしらね~。ひょっとしたら、夜遅くだし、男女2人で。ムフフ、な展開になる様に頑張ってる? …………)な分け無いか。バレッタだし。ヘタレるし」

 

 

ニィナは、カラカラと笑いながら 手槍を地面に刺して背伸びを1つ入れた。

カズラとカズキが戻ってきてくれてる事は、当然聞いているし、明日は挨拶を~ とも考えている。

 

 

「カズキ様も一緒、なんだよね~。うんうん」

 

 

ニィナもお年頃な乙女。

バレッタの世話ばかりだけじゃなく、自分の事も考えなければ、と思っているのである。

無論……難易度はかなり高いと思うが。

 

何せ、カズキの事を見ていたから。

 

彼の事を気に掛ける切っ掛けになったのは、子供たちに…… いや、村人全員に振舞ってくれた【歌】だった。

歌を聞いて……心が震えると言うのは、こういう事を言うんだ、とニィナは実感出来た。感動した。

 

カズキが披露してくれた歌は、聞いたことの無いものだったけれど、聞いたことも意味もよく解らない言語だと思っていたけれど、心に響いた。

 

そのこともあってニィナは、カズキの事をよく見て、接する事になったのだが……、これがバレッタと同じモノか? と問われれば、正直まだ解らない、と言うのが正しい。

でも、じっとしているのもどうなのか、とも思ってしまう。

 

何せ、カズキはカズラと一緒にイステリアで復興作業の手助けをしてくれてるから。今回の様に返ってきてくれてはいるものの、大半がイステリアだと言って良いから。

 

そして、何よりも考えてしまうのが…… やはり、イステリアにはナルソン領主が居て……国内外に有名なリーゼが居る事。

 

 

「(イステリアで仕事してるし……、やっぱリーゼ様とかとお話したりしてる……よね? リーゼ様とても美人だし……、カズキ様がメルエム様だって解ったら、きっと……… アプローチ? とかしてきそう。………バレッタの様にヘタレるとは到底思えないし)」

 

 

好いた惚れた、その相手を巡って骨肉の争い……なんてしたいとは到底思えない。

でも、本気で好きだったらどうか? バレッタの様に傍から見てみて、明らかな程に好きだったらどうか?

 

 

「……うーむ、負けたくない、って思うんだけど………。やっぱバレッタの様に、っていうのはまだ、なんだかなぁ……。確かに すっごく感謝もしてるし、カズラ様のみたいに優しくて、子供たちにも人気がある家庭的で、憧れてもいるし。………んん? 憧れ? あ、一番しっくりくるかも」

 

 

自問自答を繰り返していた時の事。

 

 

 

「こんばんは」

 

「うひゃいっっ!!?」

 

 

下から声が聞こえてきたのである。

 

 

「ただいま戻りました、ニィナさん」

「あ、あっ、カズキ様っ!? わわ、こんな高い所からっ!?? 今直ぐおります!!」

「いえいえ。仕事中ですし、そのままで良いですよ。……っとと、と言うより、私がそっちに行った方が早いですね」

「へ? ――――ッッ!!?」

 

 

ニィナは、見張り塔の上から見ていたカズキの姿に唖然とする。

突如、徐々に身体が光り出したからだ。

 

キラキラと光り輝く粒子は、まるで空に瞬く星々のよう。幻想的な空間を演出し、その光たちが ゆっくりと上へ上へと昇っていき……ニィナの前でカズキの姿になった。

 

 

「っっ!!?」

「あははは……。ゴメンなさい。まだ慣れませんかね?」

「い、いえいえいえ!! すみませんっっ! ちょっぴり驚いちゃっただけで! あ、あれ? カズキさん、それは……」

 

 

思わず倒れ込みそうになったニィナだったが、どうにか堪える。堪えた後は、両手を振って大丈夫の旨を伝えた後、カズキの手首に巻かれているモノに注目した。

そう―――赤のブレスレットである。

 

 

「あ、これですか? イステリアでリーゼさんから頂いたモノですよ」

「そ、そうなんですね。(やっぱり、リーゼ様は………)」

 

 

ニィナは自身の考えが間違えてなかった事を確信した。

そして、同時に……。

 

 

「綺麗な色ですよね、これって。御守か何かの効力があるんでしょうか? ()と合わされば、向かうトコ敵無し、って感じですね」

「え? あ、ああ。そうですね! 確かに!」

 

 

 

カズキが、そのブレスレットの意味を理解していない事にも気づく。

 

 

「カズキ様に御守……何だか凄い事になりそうです」

「あははは。普段より更に光っちゃったりして、こんなな感じで」

 

 

 

 

ぴかっ! と空に向かって一筋の光が伸びる。

 

 

 

そうだ―――彼は、超常的な存在。カズラとはまた一味違った存在だ。

 

 

 

2人に序列をつけるつもりは無いが、やはりインパクトがあまりにもデカすぎるのが、このカズキの光だから。だから、バレッタの様に安易に、容易に 迫ったりするのが憚れると言うものだ。

 

恐らくはリーゼも知らないカズキのこの正体。それが判明した時―――――リーゼは同じ様に接する事が出来るのだろうか。

 

 

 

 

「(…………私が考える事じゃない、かな。私は自然にカズキ様やカズラ様に接するだけ。……うん。それだけ。―――――先の事なんか、わかんないんだし……)」

 

 

 

 

当のカズキは 神であったとしても、崇め奉る(そう言う)感じを好んでいない様で、普通に接する事を願いとしている。だから、ニィナも頑張ってそれに応えよう! と思い続けるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

今接していても、先ほどの光の件を省いたとするならば、やはり普通の好青年にしか見えない。とても優しくて、面白くて、……色んな意味で趣味が合う。

 

 

 

 

 

 

「ふむふむ。バレッタさんが無理無茶をしてないか見張っていても、口に出してもなかなか難しい……と」

「ええ。私達も手伝ってはいるんですけどねぇ……。あの子ってば、休むって事を知らないみたいで……」

「解りました! 私の方からカズラさんに密告しておきますよ。大好きな人からのドクターストップ的な指示を受けたら、ちょっとは効くでしょう?」

「どくたー? すとっぷ? とは何でしょう??」

「ああ、しっかり身体を休めなさいよ~~、って感じの意味です。バレッタさんもそうですが、グリセア村の皆さんほんとに頑張り過ぎてる様な気がしてならないので……」

 

 

 

バレッタとカズラのくっつけ大作戦に関しても、前のめりで賛同してくれてるから。

そう言う時のカズキは、人間より人間らしい、と言うのがニィナの感想だ。

 

 

「私達は大丈夫ですよっ! 何せ、カズラ様やカズキ様から頂いた力がありますからっ!」

「あははは……。凄いのは勿論知ってます。こんな短期間で村を駐屯地みたいに改造しちゃう所を見ても。でもまぁ、バレッタさんやニィナさんを含め、女の子ですから」

 

 

カズキはそう言うと、手を光に代えた。

仄かに温度を上げて、人肌よりもやや暖かい程の温度に上げて、ニィナの頭を撫でる。

 

 

「私達に、もっともっと頼ってくれても良いですからね? 光の神様は、頑張り屋さんの味方です!」

 

 

カズキは、ぎゅっ、と拳を握って力こぶを作るポーズをとる。

ニィナは、きょとん……としていたが、直ぐに笑顔になって頭を下げていた。

 

 

 

 

 

 

復興現場でもそうだが、グリセア村もそうだ。

余りにも皆が皆、頑張っているのが目に入る。

それなりに人数が居るなら、何処かでサボったりする人が居そうな所だが…… 今の所見えない。見えていない。巧妙に隠している可能性も0ではないが。

何はともあれ、頑張っている人には手助けをしてあげたい、と言う気持ちは嘘ではない。

 

自己満足と言われるかもしれないし、傲慢だと思われるかもしれないが……、何の因果か、この世界に来たからには。この世界で強大な力を手に、来れたのだから。

 

(メルエム)を名乗っても許される世界ならば、自分達を慕う人達を守りたい。笑顔を守りたい。

 

カズキは、笑顔で話すニィナを、そして勿論グリセア村の皆、イステリアの皆、偶然が紡いでくれた皆の笑顔を。

 

 

 

 

 

 

 

 

「バレッタは、カズラ様に告白できたでしょうか……?」

「うう~~ん、申し訳ないですが、できてない方に、有り金 全部使っておきましょう!」

「うわぁっ、随分辛辣なご意見を……」

「バレッタさんが バシッ! と決めてくれるなら、何度か2人きりにさせた時に、進展有りそうだと思うんです。………今の所、皆無みたいなので」

「うぅ~~ん……。素直になる、って言ってましたし。この間なんか【ぎゅっとして欲しい】って言ったらしいですが」

「おおっ、それはそれは! ………ん? それって確か精油(アロマ)の……」

「カズキ様! 絶対に断られないですよね? カズラ様は! バレッタが迫れば絶対!!」

「もも、勿論ですよ! きっと!」

きっと(・・・)じゃなく、絶対(・・)!」

「は、はい!」

 

 

ニィナは、バレッタ恋愛事情の話になると、どんどん声のトーンが増していく。

カズキはカズキで、最初こそは楽しそうにしていたのだが、だんだんニィナの圧に負けそうになっていたのだった。

 

 

 



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30話 兄妹

 

 

「くくく………っ、とうとう、オレは文明の利器を手にしたんだーーっ!!」

 

 

日本国、群馬県の山奥にある大きな屋敷前にて、大きくガッツポーズをする男が1名。

傍から見たら十分不審者の部類に見えるが、生憎この場所は山奥。 志野家、先祖代々から受け継がれている屋敷。俗世間からは隔離されたと言って良い立地。

 

現在、この場所に居るのはカズラとカズキの2名だけ。一体誰に不審者と呼ばれる心配があるだろうか。

 

 

「盲点だったよねー。色々と原始的な買い物が多かったからかな? 日本での活動時間の方が短くなってきてるからかな? すっげー便利なのにちょっとぬけてたよ」

 

 

苦笑いをしながらも、相槌を打ってくれているカズラ。

そう、ガッツポーズをしているのはカズキの方である。―――その手に握られているのはスマートフォン。

 

未来国からやってきた カズキからすれば、大分ジェネレーションギャップが満載な気もしていたカズラだったが、その辺りは何ら問題ないとの事。

 

 

「取り合えず、これである程度分かれて行動が出来ますね! 勿論、車移動とかまでは まだしませんが」

「免許はまだまだハードルが高いからね~。でも、色々と考えてみるつもりではあるけど」

「ありがとうございますっ! あ、でも カズラ運転以外は十分手伝えますし、麓に降りれば、徒歩圏内に大体揃ってますから、スマホだけでも十分ですよ! っとと、早速向こうにじゃんじゃん運びましょうか」

 

 

一応、カズキは周囲を再チェックした後に、ピカピカな姿になって 超高速移動。勿論、荷物に関しては最大限配慮しつつ。

 

色々と試してみたのだけれど、某国民的漫画ONE PIECE からやって来た? この力。物を運ぶのに物凄く便利だと判明した。

あの世界では 能力者が身に纏ってる衣服や武器に関して、本人の身体とは違って、実体のある物質の筈なのに、接触している間は どうやらある程度は同じ属性に変化させる事が出来てるらしい。

ピカピカを解除すると元に戻るので、物凄く便利である。

 

その後も色々と確認してみると、手で運べる様なモノに関しては問題なく(同じ)に出来る。(プロパンボンベと言う比較的大きなモノでも成功した)

 

但し、農業運搬車の様なある程度の規模がデカい物質に関しては、どうやら光化は出来ないようだった。

 

 

【能力は稀に覚醒し、己以外にも影響を与える!!】

 

 

的なセリフは聞いた事あるが、覚醒(それ)にまでは至ってないらしい。

でも、これでも本当に充分。

カズキが荷物を詰め込む作業をすると、本当に早く、カズラは運転するだけで済んでいるので、体力等の消費もなく運転するだけで大丈夫なのだ。

 

 

―――流石に、あまりにも目立つので 周囲の目もある事から、向こう側では この技は使わず、手作業で下ろす様にしているが。

 

 

「えっと、バーナーワークショップで買った一式、プロパンボンベ、銅やら錫やら…… ふむふむ」

 

 

カズキは積み込みながらも、しっかり中身をチェック。

同じ光に化けさせる事が出来るとはいえ、中身までスキャン? みたいには出来ないので、この辺りは目視確認だ。

 

色々と準備していると、外が賑やかになってきた。

 

どうやら、宅配業者たちが到着した様だ。

 

 

宅配業者たちに、ピカピカの力を見られたらちょっとまずいが、その辺りは勿論対処している。

 

 

「表はカズラさんが居るし、とりあえずオレはこっちを確認した後出ようかな(それにしても……ほんっとオレのピカピカ結界、便利っ)」

 

 

そう、光を目に見えない程の細かな粒子を飛ばしているのである。

あまりに広範囲だったら大変なのだが、生憎 このカズラの屋敷までの道は一本のみ。それ以外は森林に囲まれていて、獣道しかない。そんなトコを通ってやってくる業者は居ないので、整備されている道路に仕掛けていて、そこを数台通過したのである。

 

再三のチェックを終了させて、カズキは表へ。

もう業者たちが積み荷を降ろして帰宅された後だった。

 

「おお、多いですね。100万円分ともなれば当然かな…?? ああぁ、金銭感覚がマヒしちゃってます。オレ」

「あははは……。オレはもう慣れちゃったケドね」

 

 

散財っぷり~ とまでは思ってないが、思い切りよくさらっと高額な機器を買ってる姿を見て、カズキ自身もメモ帳通りの買い物をして、それなりに感覚は凄い事になってしまっていた。

成金なイメージは持ちやすいが、カズラは、高級外車やクルーザー、数々ブランド品~ とかで散財している分けではなく、異世界を救おうと言う崇高な目的があるから、超がつく程大金持ちだけど、イメージは真逆である。金で人が変わった―――と言った様子も見られないし。

 

それはそうと、中身チェック&詰め込み作業に移った。

 

 

「エアコンプレッサーに手押しポンプに、石ノミセット……、井戸掘り道具ですね」

「うん。向こうの街中ではこういうアナログな道具も必要だし、買っといて間違いないよ。……まぁ、買う時ちょっと変な目で見られちゃったケドね」

「あ――――……、ま、まぁ 仕方ないと思いますけど、上客って事になるんですから。そこまでは追及されたりはしないでしょうね」

 

 

あまりにも大量の道具に店員が怪訝そうにしていたのはこの際仕方ない。

カズラは弁解を図っていたが、店側とすれば 在庫が一気にはけた事と、追加で幾つも購入したので、最後にはホクホク笑顔になってたので良しとしよう。

 

 

 

 

そして、色々と整理したり、準備したりしている最中、話題は金属の話になった。

 

 

 

「カズラさん。以前話してた()の話ですが……」

「うん。覚えてるよ。ぶっちゃけ鉄が作れるようになったら作業がかなり楽になるし。良いトコだらけなんだけど……、カズキさんが言ってた様な事になっちゃったら、手放しで喜べないよねぇ……」

 

 

カズラは、続いて歴史博物館、そこの教授に話を通してもらい、明治時代に使われていた道具の設計図の購入にも取り付けていて、それを眺めながら…… カズキの言う鉄について、考える。

 

技術は進歩するもの。

それに鉄鉱石、鉱脈の様なモノが発見されて、鉄製品が普及してもおかしくない。

 

それはそれで万々歳、だと思う―――が、手放しで喜べるようなモノではない。

 

グリセア村では木製が多かったが、青銅のものもあった。イステリアでは青銅が主流である、と言うのも見ている。鉄についてナルソン達に直接聞いた分けではないので、確定している分けではないが、もし―――鉄と言うものが無く、これから発見、若しくは発明されるとすれば?

 

 

鉄は、青銅よりも強く、鋭く、軽い。そして何より安価で鉱脈さえ押さえて発掘に手を回せば量産も出来る。

間違いなく、文明レベルの低いと言わざるを得ないあの世界においては、世界を席巻する力を持つ、と言っても過言ではないだろう。

 

 

「――――まぁ、最悪な事態(・・・・・)になったら、オレが 行ってどうこうしようとは思ってるんですがね」

「……わーー、そうなったら 鉄なんてオモチャみたいなもんだよねー」

 

 

少々物騒な話をしたが、近年戦争をしていて、休戦協定が数年で切れる、と言う状況であれば、絵空事、戯言、で済む話ではない。

その点、カズキの存在は間違いなく、イステリアに、アルカディア王国にとって 福音そのもの。まさに神の所業……と言えるのだが、唯一絶対な力を大々的に使って繁栄したとして――――その先にあるモノは決して穏やかな平和な世界とは限らない、と言う事をカズキは知っているのだ。

 

それに、その話は以前カズラにもしていたから、カズラもある程度は解っているつもりである。

 

 

「あまり光の力で干渉を続けると、色々と均衡が崩れちゃうのは目に見えてるんですよね。陰謀やら何やら暗いモノが渦巻いちゃいます」

 

 

昔を思い返して、カズキは苦笑いをした。

VRMMOと言うゲームは、オンラインで遊ぶ事が主流ではあるが、オフラインで遊ぶゲームも出回っている。

いわば、自分だけの世界を自分が創造したも同然。オンラインじゃないから、外部からの接触や圧力等も無く、全ては自身の掌の出来事―――と言う事にもなる。

 

ある程度のレイティングは設けているが……、守られている様で守られてなかったりしているのが実情だ。

現実世界の、社会の不満のはけ口効果、と言うモノもあってある程度は許されている。

 

 

当然、カズキもした事はあった。

 

 

仮想世界(ゲーム)超能力(チート)を使って無双、みたいなのした事あるんですが………、AIのシミュレーションとはいえ、極めて現実に近しい世界で、ああ(・・)なったので……、こちらの世界では、大々的にはやらない方が良いかも、とは思ってるんですよ」

 

 

それは やって来たからこその感性である。

でも、だからと言って見捨てたり傍観に徹したりするつもりは毛頭ない。

 

 

「でも、勿論 今まで知り合ってきた皆の為になら、オレは幾らだって頑張れます。相手に鬼だと思われても。やります。………手出し無用って思ってても、最後の部分は抑えるつもり、無いです」

「……うん。凄く心強いと思う。バレッタさんやリーゼさん、ナルソンさん達はカズキさんが来てくれて幸せだな、って思うよ。そんな時は来ないのが一番良いんだけど……ね」

「カズラさんが齎した恩恵の方が凄いと思うんですけどね!」

 

 

カズラが言うそんな時(・・・・)

 

そう、敵国と言われてるバルベールとの戦争再開だ。

戦争と言うものは、歴史が証明している通り、敵も味方も多大なる犠牲者が出るから。今まで知り合ってきた人達が。笑いあった人達が。一緒に仕事をした人達が。

兵士として徴兵されて、戦場に駆り出され……命を落とすかもしれないのだ。

 

それは男女関係ない。

 

バレッタも次は呼ばれると覚悟をしていた。

 

 

 

来ない方が良い、と思うのは当然の感性。

 

そして、仮にカズラにカズキの力が宿ってたとすれば……、こちらも当然。カズキの様に、自分の知る人達の為になら、鬼にだってなれそうな気がする。

 

 

 

ちょっと暗い話になったので、カズラは気を紛らわせ、空気を弛緩させる為に、笑顔で言った。

 

 

「もっちろん、カズキさんの働きに対しての対価は支払うんで、よろしく」

「あっ! はい! 解りました!! すっごく期待してますんでっ!」

 

 

 

最後は笑顔で〆るのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そして、いざグリセア村へ。

 

農業運搬車二台! 大きな大きな騒音を奏でながら、世界を超えて突き進んで………到着して直ぐカズキは別行動。

 

ニィナを発見したからだ。それとバレッタとカズラを2人に~ と言う打算的な考えも有ったりする。

 

 

「どうでした???」

「うぅ……、カズキ様の言った通りでしたよぉ、あの子、さっそくカズラ様にウソ(・・)ついちゃったみたいで」

「ウソ??」

 

 

ニィナとは、あれから バレッタとカズラをくっつけよう会(仮名)を立ち上げ、その近況を話すのがマイブーム? みたいになってるのである。

 

「あ、いや…… その――――、アレですよ。自分の気持ちを抑えて抑えて、想いとは全然違う事をしちゃって」

「あー、成程……。目に浮かびますね」

「そうですよ! バリンさんも空気を読んで出て言ってくれて、2人きりだったらしいのに、買ってきて欲しいモノ一覧とか、カズラ様に注文してたりして……」

 

 

バレッタの事をヘタレ、と呼んでるニィナ。カズキもそう思うが、微笑ましさが勝ってるので、ゆっくりゆっくりで~~、と思っているのだが、ニィナは違う様子。

 

カズラの様な男性は、他の女性がほっとかない、と言う危機感をバレッタに与えている。与え続けている。

 

 

「【いきなりそんな事言えないよ~】って言ってたんですけど、あの子、こないだは【ぎゅっとしてほしい】って言ったんですよ?? なら、いきなりも何にもないと思いませんっ!??」

「あーー、いや、それはきっと……。あれですよ。カズラさんが前に渡してあげたらしいアロマって言う道具が……」

「はい! それも聞きました! 精油、って言う油の効果に催淫作用があるらしくって、その勢いで言っちゃった、と! なら、その勢いに任せてヤっちゃえば良かったんですよっっ!」

「お、漢らしいですね……、ニィナさん……」

 

 

中々に肉食系女子な所のあるニィナ。

ひけらかすつもりも無いし、フランクに接する~ と普段から言ってるからこっちの方が有難い……と思ってるカズキも、思わず仰け反ってしまう。

 

了承は得られたが、それでもカズキは一応神(笑)。

 

でも、こういう時のニィナの押しは物凄く強いのだ。

 

 

「カズキ様もぜーーーったい断られないって言ってくれた、って伝えたのに、あの子ったらウジウジふにゃふにゃしちゃって! 同じ精油で押し倒せ、って言ってきましたよ」

「わーーー、バレッタさん、真っ赤になって倒れちゃいそう……」

「倒れはしなかったですけど、全否定してましたね。恥ずかしくて死んじゃうとか何とか。だから、カズラ様、誰かに取られちゃうよ~、カズキ様も抑えてくれる、って言ってたケド、四六時中はきっと無理だよ~~、って感じで更に焚きつけました」

「それはGOODですね」

 

 

カズキはサムズアップする。

GOODとは聞いたことの無い言葉ではあるが………、通じるモノはあった様だ。ニィナも笑顔になっていたから。

 

 

「あの子は、カズラ様関係になると一気にヘタレるから、一応、手は個人的に打っておきました! これで、何処まで効果があるかは解りませんが、やらないよりはマシと思いまして!」

「おおおっ! 流石ニィナさんです! して、その手とは?」

「………ふふふ。カズキ様には秘密です。また、きっと結果はお話しますので、その時にでも!」

「むー、気になりますが……。楽しみにしておきましょう!」

 

 

 

と言うワケで、結果は何となくわかりそうな気もするが、野暮な事は言わず楽しみにすると言う事で話は終わるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

そして、次の日。

 

 

日本に戻るのは買い物の規模が少ないので、カズラ1人で戻る事になり、カズキはグリセア村に残る事になった。

 

別にカズラも一緒に行っても問題ないし、邪魔にならないどころか 間違いなく早く終わるのだが……。

 

 

「カズキさまーー、こっちこっちーーー!」

「ああーー、ずっるーーい! 次、こっちきて、カズキさまーーー!」

「むむむ、メッチャ速いな! よっしゃー、皆捕まえちゃうぞーー!」

「「「きゃーー!」」」

 

 

仕事の合間、と言う条件で(カズキはいつでも良い、と言ったが、畏れ多くと言う事もあり、双方が納得出来る様にこの形に親たちが出した)村の子供たちの相手をする為に残っていたのである。

 

専ら今のトレンドは鬼ごっこが主流。

 

以前は、カズキに歌をねだっていたが、今は元気いっぱい外で遊ぶ事でいっぱいだ。

 

 

 

――――しかし子供だ、遊びだ、と決して侮る事なかれ。

 

 

 

彼らの身体能力は、そんじょそこらの大人とは分けが違う。

日本食で復活を果たし、現在もすくすくと成長していっている子供たちの身体能力は、神兵の子。

 

凄まじい敏捷性を、反射神経を見せつけて逃げる逃げる逃げる。

 

 

 

これは、カズラでは無理だ……とカズキは思いながら 子供たちの相手を心行くまで行っていたのである。

 

 

 

 

「やっぱ、げんきいっぱい過ぎるなぁ………」

 

幾らピカピカでも疲れる時は疲れるのだろう。

単純に気分の問題かもしれないが、カズキは結構疲れていた。

 

子供たちの体力は底なしだったからよりそう思ったのかもしれない。時間をしっかり守る所は凄いと思うんだけれど……、子供ならもうちょっと甘えても良いともカズキは思っていた。

 

その辺りは、親達にも要らぬ心労をかけてしまいそうなので、バランスが難しい所だ……。

 

 

「カズキさま~~っ!」

「っ、とと。ミュラちゃん? アレ? てっきり戻ったかと思ったんだけど」

 

 

背中に抱き着いてきたのは、わんぱく女の子の中でも随一の行動派、ミュラだった。

肩先まで伸びている綺麗なブラウンの髪を風になびかせて、走る姿は本当に絵になる。

母親も非常に美人さん。間違いなく、将来は美人さんになるだろう……と言う事もよく解る。(勿論 ロリコンではない)

 

 

「さいごに、おうた…… ききたい、って思って」

「んん?? アカペラで??」

「あかぺら??」

 

 

現在楽器の類は持ち合わせておらず。

アコギでもあれば、と思ったカズキだったが、取りに戻るには少々時間がかかるし、光に成るにも少々目立ちすぎる。

 

なので、伴奏無しつまりアカペラで歌うのか? とミュラに思わず表情で訴えかけていたが、アカペラの意味が理解出来ない様で、可愛らしく首を45度傾けていた。

 

 

伴奏無しでのアカペラは、正直初めてなのだが……村の皆は老若男女、分け隔てなく、付箋しているワケでもなく、強制しているワケでもなく…… 大絶賛してくれている。

 

恥ずかしさはあるが、子供たちがとても期待をしてくれるなら……吝かでは無い。

 

 

「よっしゃ。どんな歌がいい??」

「あっ、お魚さんのうた!!」

「僕、お空のうた!」

「あいのうた!!」

 

 

いつの間にやっていていたのやら……。

ミュラだけでなく、他の子どもたちも全員集まってきて、鬼ごっこの時とはまた違った大盛況になるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その後、アンコール? を何度か頂き、3~4曲披露した所で、親達もやってきて感謝の念と子供たちに切り上げる旨を伝えて終了となる。

 

 

「………カズキ様、お疲れ様です」

「あ、あははは……。ハベルさんも来てたんですね? 何だか恥ずかしいなぁ」

「いえ! 持ち合わせが有れば、お金をお支払いしたい程です!」

「いえいえいえいえ、頂くワケにはいきませんって。ッ皆で楽しく、がモットーなので、商売するつもりは無いです。……復興も進んで、平和になったあかつきには、そう言う娯楽も良いかな? って思っちゃったりはしてますけどね。趣味程度、最小料金で。皆さん、とても褒めてくれてるので」

 

 

気付いたら、ハベルも来ていた様だ。

直ぐ隣にはマリーも居て、何だか涙ぐんでいる。

どうしたのか……? と少し心配して見ていたら……。

 

 

「か、感動しました!」

「!!」

 

 

どうやら感動、感激して涙ぐんでいたとの事だった。

 

 

「あはは……、恐縮です。ありがとう、マリーちゃん」

「はい! い、いえ、こちらこそ素敵なお歌をありがとうございます!」

 

 

マリーは歌を聞く事、吟遊詩人の様な類が好きなのだろうか、普段より前のめりな気がするが、ここまでストレートに感激したと言ってくれるのはやっぱり嬉しい。……気恥ずかしいけれど。

 

取り合えず、カズキは恥ずかしさを紛らわせる為に、マリーやハベルが手に持っていたモノに着目して話題逸らし。

 

 

「2人は、釣りに行ってたんですね?」

 

 

そう、マリーとハベルの2人が持っていたのは釣り竿だ。木製の桶も持っている所を見ると、間違いない。覗き込むと大漁だった、と言うのが解る程魚が泳いでいる。

 

「カズキさんも是非、食べて下さい。頼むぞ、マリー」

「っ! はい! 了解です!!」

 

料理の腕は間違いないマリーは、張り切って返事を返し、ハベルもそんなマリーを見て微笑む。

 

そんな2人を見て―――カズキは考える前に意識せず、不意に口ずさんだ。

 

 

「仲の良い兄妹(・・)を見てたら、私も何だか嬉しい気持ちになりますね。これからもずっと仲良く過ごしてもらいたいです」

「「!!」」

 

 

カズキの言葉を聞いて、驚いた様に目を見開くのはハベルとマリーの2人。

カズキ自身も、その表情に気付いたので、一体何を驚くのか? と考えていて………先ほど不意に口にした言葉を思い返した。

 

 

そう、ハベルとマリーを仲の良い兄妹、と言ったのだから。

 

 

ハベルからは、マリーについては何も聞いていない。

以前、ルーソン家にて侍女……奴隷として働いている時に知り合い、カズラを宛がう時に、ハベルに指名してもらった人選も、【ハベルに近しい人】に留めていた。

 

親族とは一言もいっていない。

カズキも覚えている範囲内ではあるが、ハベルからは聞いていない。勿論、マリーからも。

 

 

「……き、気付いておられたのですか? 我々が兄妹である、と」

 

 

マリーよりも表情が険しく……いや、普段のハベルを見ていたら、まるでこの世の終わりの様な顔をしている、と表現できる程、暗く沈んでいた。

 

 

ハベルとマリーが兄妹である事は、カズキは元から知っていたので、中々難しい弁解ではあるが、ハベルは勿論、マリーも兄の様子に心を痛めたのだろう、感激していた時の顔とは180度変わって沈みかえっていた。

 

少々慌てていた(つもりだった)カズキは 対照的に 極めて陽気に、笑顔で話をするように努力する。

 

 

「ハベルさんとマリーさんは似てると思いましたから。加えて、慈愛の籠った目は、屋敷の侍女に向けられるモノにしては、少々大きいかな? とも思いました。それに今日、この瞬間の2人の様子を見て確信しました。カマかけたつもりは無かったんですが、結果としてみれば、カマかけになっちゃってますね」

「っ…………」

「か、カズキさま…… ハベルさま……っ」

 

 

マリーやハベルからしたら、カズキの事を騙していた様なモノだと思ったのだろう。

ハベルは顔を俯かせる。マリーも心配そうに交互を見合わせていた。

 

 

 

―――神の前で、不敬を働いた。

 

 

 

 

例え、カズキが心優しき神であったとしても……その事実は耐え難い。

自分自身の口から話をするつもりだったのに、ハベル自身の性格もあってか、先伸ばしにし過ぎてしまったのだ。

 

あわよくば、マリーがカズキの従者となったのだから、もっともっと接して、情を抱く程になってくれれば、自由にしてあげれる。……そんな打算が無かったか? と問われれば決してないとは言えない。

 

アイザック程ではないが、ハベルはカズキの事を尊敬し、目立ちはしないが崇拝もしている。

 

当初は冷めた目で見ていたハベルだったが、いざカズキを前に、この事実が露呈してしまった結果を見たら……神を利用すると判断したナルソンに、向かって異を唱えた時のアイザックの気持ちが解った気がした。

 

 

 

こうなったなら、あの時のアイザックの様に。……初めてカズラやカズキと出会い、不敬を働いたから、と首を差し出そうとしたアイザックの様に……、と悲痛な面持ちでハベルが意を決しようとしたその時だ。

 

 

「あっはっは。私の前で隠し事はできなーーい、って感じですね?? あ、マリーちゃん。バレッタさんの所に行ってもらえないかな? ちょっと聞きたい事がある、って言ってたんだ」

「え? ええ??」

「その~。アレだよ。マリーちゃんが今までカズラさんの料理を担当していたから。そのことをバレッタさんに話したら、――――料理の事色々聞きたい、との事だって。だから、頼めない……かな?」

 

 

カズキはウインクしてマリーにそう言うと。

 

 

「わ、わかりました!!」

 

 

マリーは勢いよく頭を下げた。

 

 

「今は村の入り口、ほら、あそこ南口の方に居るらしいから、宜しくね」

「はいっ!」

 

 

マリーは返事をすると、パタパタと世話しなく駆け出す。

走る必要はないのだが……カズキは止めようとはせず、カズキを横切る寸前の所で、そっとマリーに聞こえるだけの声量でカズキは呟いた。

 

 

 

「大丈夫だから。……安心して」

「っ……!」

 

 

ぴたっ、とマリーは一瞬足を止めて、カズキの顔を見る。

ニコリと笑うその顔を見て……、頭を撫でてくれて、とても安心出来たあの時と同じ気持ちになれた。

 

 

「じゃあ、ハベルさん。ちゃんと話、聞きますから」

「………は、はい」

 

 

マリーを放した、即ち人払いをした結果になったが、マリーの中にあった胸を締め付けられる様な心配は、解消されていたのである。

 

 

 

 

 

 



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31話 マリーの解放は……

 

 

 

「さて、ハベルさん」

「………はッ。私の処罰はカズキ様にお任せ致します。理由はどうあれ、カズキ様を……メルエム様欺いていたのですから。……どう、罰して頂いてもかまいません。……ただ、妹だけは どうか、どうか。………私の首1つで御許しを……」

 

 

マリーと別れて、兵士たちからも離れた場所、川辺の所までカズキとハベルが歩いてきていて………、誰も居ないのを確認した所でカズキが振り返ってハベルと話をしようとした時だ。

 

ハベルは跪き、首を垂れ、剣を抜き……… つまり、首を差し出そうとしている。

 

 

結構久しぶりの光景ではあるが(見たいとは決して思わない)、かなりのデジャヴュを覚えるのは仕方が無い事である。

 

何せ、ハベルで3人目だから。

 

でもまさかハベルからこの様な発言を貰うとは思っても無く、完全に油断していたカズキ。生真面目過ぎるアイザックを反面教師にしつつ―――己が目的の為に色々と手を尽くしている参謀……の様なキャラだと思っていたからだ。

 

だから一瞬呆気に取られていたカズキだが………、勿論直ぐに正気を取り戻してハベルの両肩を思いっきり揺する。

アイザックの様に、自決行為こそはしないと思うが……万が一に備えてしっかりと抑える為にも。

 

 

「だぁぁぁ―――! ハベルさんまでアイザックさん化しないでください!! そんなの受け取って喜ぶ私じゃない事くらい、ハベルさん解ってるでしょ!!?」

 

 

がっくんがっくん、とハベルの頭を揺らす。

流石に知的クールなハベルは、揺らされる事で、ベタな【あばばばば】や【やめめめめてててて】の様な悲鳴を上げる事なく、ただ揺らされながらもしっかりとカズキの目を見ようとしていた。

 

 

暫くして 揺さぶり攻撃? が収まったのを見計らいハベルが口を開いた。

 

 

「しかし……、私はカズキ様や………カズラ様にも、そのお優しい寛大なお心に付け込み、色々と手を回すような真似を……」

「家族を助ける為なんです! その位当然だと思いますよ!? マリーちゃんは、ハベルさんにとってそれほどまでに大切な存在だった。神様(我々)を利用したとしても! メルエム()の力を目の当たりにしても、決して曲げない信念を、それ程までに覚悟を伴う、身を切る様な覚悟を否定したり、見限る様な真似しませんって!」

 

 

視線が落ちてるハベルにカズキは言葉で前を向かせようとする。

 

確かに、裏で自分の思惑通りに事を運ぶ様に手を回す事。

 

それをされた側は、例え実害が無かったとしても 良い気はしないだろう。この王族貴族な世界においては 特にその手のモノには敏感に反応しそうな為政者が居そうだ、と言うのが率直な感想。

 

だが、カズキはそれ以上に知っているのだ。

マリーの働き、ハベルの働き。

 

マリー自身の性格を考えたら、自分よりも兄を……と思っている節が必ずある。

ひょっとしたら、この一連の流れに関しても、利用していると思ってしまい、心を痛めてるかもしれない。

先ほどのハベルとのやり取りを見ていたら、それが良く解る。

 

カズキが歌をうたい、それを聞いていた時は笑顔だった。緊張している面持ちが完全に消えさり、自然な笑顔を出す事が出来ていた。

 

だが、カズキの一言で空気が変わり、その表情が完全に消え、真っ青になっていたのだから。

 

 

―――それに関しては、実はカズキの方が申し訳ない気持ちになっちゃったりしているのは、別の話。

 

 

 

 

だが、まさかハベルがここまでアイザック化してしまうとは、カズキにとって想定外……なのだが、それ程までに、自分(メルエム)の事を信仰しているという事なのだろう。

 

そもそも、ピカピカの実()を見せた時点で、文句なしの神様(笑)なんだから、それが普通である、と言う事も若干失念していた。

 

 

「っよし、なら こうしましょうか」

「………?」

「腹割って話ましょう! それっぽく匂わせるつもりでしたが、ハベルさんとは今後も良いお付き合いをしていきたいので。私が考えてる事を、ズバリ! いっていきます」

 

 

ハベルは、一瞬身震いするが それでも今は しっかりとカズキの方を見ていた。

色々自身の責任は感じているものの、カズキの口から【良いお付き合い】と言う言葉を貰えたと言うのが甚だ大きいと言える。

 

 

そして、カズキの次の言葉で 自身のが如何に甘い考えだったのかを痛感させられる事になるのである。

 

 

「ハベルさんは、マリーちゃんをどうにか ナルソンさんの所へと。延いては、私若しくはカズラさんの傍に、と画策してました。ですね?」

「……はい」

「マリーちゃんとハベルさんはルーソン家の兄妹。でも、マリーちゃんの扱いは侍女。……恐らくは奴隷の身分となってる様です。……つまり、ハベル(あなた)マリー(彼女)は、兄妹は兄妹でも、義兄妹…… 父親は同じでも母親が違う。……違いますか?」

「っ…………」

 

 

天より見透かされている様な感覚になるのは仕方のない事。

カズキの考え――――と言っているが、全て当たっているのだ。あまりに的中し過ぎていて、神の前でたかが人間が欺いたり、裏で手を…… なんて、実に無意味である事を思い知らされた瞬間だった。

 

 

「―――沈黙は肯定と取ります。……そして、此処からが本筋。ハベルさん。貴方の望みは、【マリーを奴隷の身分から解放する事】………違いますか?」

「は、い……。その、通りです」

 

 

ハベルはガクッ、と肩を落としつつも訥々と話を続けた。

 

 

カズキの言う事は全て当たっているという事。

 

腹違いは腹違いでも、母親が奴隷だった事。そして、その子供であるマリーは奴隷から生まれた子供故に、生まれた瞬間から奴隷身分。所有権もハベルの父親 ノールにあると言う事。

 

血筋を何よりも重んじる、アロンドと言う名のハベルの兄が、心底毛嫌いをしており、毎日毎日終わりのない辛く苦しい日常を過ごしていた事。

 

軍部で昇格し、ルーソン家に益を齎す様になれば、ハベルは マリーの所有権を父ノールから譲り受ける事。多額の奴隷解放金を添えて。

 

そこからは、マリーの為に粉骨砕身…… 働き続けた事。

以前、カズキやカズラを自身の家に招き入れたのも、口八丁に言い包めて 誘導したと言う事。

 

裏で手を回そうとした事を挙げだしたら本当にキリが無い。

 

ハベルは、あの時の…… 自身とマリーが兄妹である事が知られていたあの時のマリーの様に身体を震わせていた。

 

 

「……ハベルさん。1つ言っておきますよ」

「――――……はっ」

 

 

カズキは、深く、深く深呼吸をした後……今の今まで真顔でシリアスな雰囲気を存分に作り上げていたのにも関わらず、その空気が弛緩する様に、させる様に表情を緩め、声色も緩めて、告げた。

 

 

 

「私は、マリーちゃんを解放する事に対して、大賛成です。寧ろ私から告げても良い」

「―――――………え?」

 

 

 

何を言っているのか、理解出来なかった。

本当に理解出来なかった。

 

だが、先ほどのカズキの話を聴いて、聞いて……頭の中へ入れて。何度も何度もリピートさせて、漸く理解が追いついた。

 

 

追い求めて、追い求めて……、長く苦しい時間だった。

 

 

軍内部で昇格し、益を齎す為に働き続けた。

鬼のようなジルコニアとの訓練も最後の1人になろうと、気絶するまでたち続けた。全ては見初められる為に。……全ては、マリーの解放の為に。

 

 

 

「ほ、本当でしょうか……!?」

 

 

 

ハベルの目が涙で潤んでいる様に見える。

そんなハベルにカズキは微笑み返すと続けた。

 

 

「もちろん、条件はありますよ? ……条件、とはやや大袈裟な表現になりますが。私としては、身内になるべく不和を生みたくない、と思ってるんです。……だからこそ、ハベルさんの力をお借りしたい」

「は、はっ! 何なりと!!」

「マリーちゃんを解放するのは、正直全く難しい事ではない筈です。私が一声かければそれだけで解放されると思います………が、あまりに時期尚早だと思います。結果……ハベルさんの父。つまり ノールさんとの不和が貴方たちの間に生まれる事は良しとしたくないんです」

 

 

カズキは、ハベルの生い立ちや家柄、内部事情について。

朧気ではあるが、覚えがある。

 

 

後々に―――ルーソン家は問題行動を起こす。

 

 

それをカズキが追及した所で、確信はないし、100%とは言えないし、行動する事によって不信感が顕わになるだけの可能性だって0ではない。

 

 

カズキ自身の事情(・・)も考慮すると――――、やはり一番は和解が望ましいのだ。

少なくとも、結果ブレーキとなれば、結果カズキが知っている未来とは違う形になる。それが一番だ。

 

 

「……身を粉にして、粉骨砕身の精神を持って働かせて頂きます。私に出来る事なら何なりと、お申し付けください」

 

 

ハベルは、カズキの言葉にやや意気消沈を禁じえなかったが、なるべく表情には出さない様に務める。

如何なる行動も思考も、カズキの意に沿わない形にしない事を第一に掲げているから。

 

それは、カズキにとって非常に好ましくない事なのだが……、今はそれで良い。

 

カズキは、笑顔で告げた。

 

 

「難しく言い繕いましたが、つまり 表向きはマリーちゃんの身分は変わらず現状のまま。………でも 実質は解放されているも同然。と言う形が良いかと思いまして。あ、勿論 マリーちゃんの意思も尊重したいとは思ってますよ。今の職場が好ましくない、と言うなら、それはそれでまた考えますから」

「っっ……!?」

 

 

ハベルは、目を見開いた。

つまり―――もうそれはマリーは解放されたも同然だと言う事だから。

カズキの庇護の元であれば、父のノールも決して手は出せないだろう。

現状でもナルソン家に貸し出し状態になっているとはいえ、領主であるナルソンの意に反する事は出来ないので、実質手は出せない状況に加えて、更に神の庇護……と言うのは……。

 

だが、ここで1つ疑問が浮かんだ。

 

ハベルは、自分自身はどうすれば良いのだろうか? と言う点だ。

力を借りたいと言う話だが―――どんな事でもする所存ではあるモノの、その内容の輪郭すら思い浮かばなかったが……。

 

その疑問も解消された。

目の前の心優しき神の神託により。

 

 

「ハベルさんに力を借りたい、と言ったのは、厳密に言えば【今のまま頑張ってほしい】、って意味ですね。あ、勿論 今まで以上に頑張って貰っても嬉しいですよ! ……少なくともノールさんが、ハベルさんに出した条件(・・・・・)を達成出来る日がくるまで。………流石に軍部の出世に関して私が口出しするのは、アレなので。そこはハベルさんの実力で、正々堂々頑張って貰いたいんです。その代わり、マリーちゃんの事は安心してください」

 

 

つまり、これまで通りで構わない、と言う事なのだ。

それで、何年も何年もかかると思っていたマリーの解放が、念願が叶うのだ。

 

 

涙が零れそうになるのを懸命に堪え、ハベルは土下座をした。地に頭を擦り付けて、嗚咽を漏らす様に礼の言葉を続ける。

 

 

「あ、頭を上げて下さい!」

「ありがとう、ありがとうございます、ありがとう、ございます………」

「私は、頑張ってる人の味方ですから! ね? ね? ハベルさん?? とりあえず頭を上げましょ! ほ、ほら、誰かに見られちゃったら厄介ですから!」

 

 

土下座をされるのは、目の前で首を差し出されるのに比べたら遥かにマシだとは言え……、それでも見ていられなくなるので、カズキは何度も何度もハベルに声を掛けてどうにか起きて貰うのだった。

 

 

 

―――だが、その後も。

 

 

 

ハベルがマリー共々 カズキの元へと馳せ参じ、再び兄妹揃っての涙ながらの土下座大会&カズキのストップ土下座の繰り返しになるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

その後も暫くグリセア村で滞在。

 

 

カズキは、カズラとバレッタに配慮して、ロズルー家にて泊めて貰える事になっていた。

バリンがこの村の村長であり、村の中では一番の家だと言う事で、バリンを始め、ロズルーにも かなり焦られたが……、そこは しれっとカズキが バレッタとカズラの名を出して、大人同士結託。2人を温かく見守る会が出来上がった。

 

ロズルーは、バレッタとカズラの件はさておき、カズキが泊まる事が決定するや否や、ロズルーの妻、ターナと共に恐縮しっぱなし。

カズキが幾ら大丈夫だと言った所で、なかなか変わるものではなく、ひっきりなしに何度も何度も掃除を実行し、部屋の隅々まで綺麗にしていた。

 

 

その間、カズキは ミュラと遊んでいたのは別の話。

 

 

「えへへ~。ただいま~ あなたー!」

「おかえり! 大丈夫だったかい?」

「うんっ!」

 

 

ただいま絶賛おままごと中。

カズキが旦那役、ミュラが妻役。

 

日本では、男女平等が訴えられてきて、垣根はあるモノの、女性が社会進出をしつつある世界……ではあるが、この世界では 基本的に母親が家を守り、父親が働きに出るのが主流。

グリセア村の様に、畑仕事や狩猟等が仕事の場合はその限りではなく、女性でも戦場に兵士として駆り立てられるので、一概には当てはまらないが、現在 カズキは所謂主夫な旦那役なのである。

 

おままごとも進行していき、軈て ターナが作ってくれた夕食の匂いが鼻腔を刺激しだした頃、終焉を迎え――― 一家仲良く夕食タイム。

 

 

「わたしっ、しょうらい、カズキ様のお嫁さんになるっっ!」

 

 

その席で、ミュラが高らかに嫁入り宣言を果たした。

おままごとの影響もあってか、今日のミュラはカズキにベッタリ、である。

 

 

「こ、これこれ。ミュラ」

 

 

ロズルーが恐れ多い、と言わんばかりにミュラを牽制するが、カズキはただただ笑っていて手で制するので、あまり表立っては止めに入ってはいない。

 

ターナの方は最初こそ、ロズルーの様に 気が気じゃない様子だったが、流石 母は強し、順応してくれて、自然に笑っていた。

 

 

「えー、でもなぁ~。コルツ君に恨まれちゃうかもしれないしなぁ~?」

「え? コルツが? うー、でもわたし―――カズキ様が……」

「あっははは。ミュラちゃんは、まだまだ明るい未来が先に待ってるんだよ? 後々にもっともっと凄い男の人がミュラちゃんの前に現れるかもしれない。将来設計はまだ早すぎるよ。……この国も、グリセア村も、きっと大丈夫だから」

 

 

それとなく、ミュラの求婚を交わすカズキ。

それを見ていたロズルーは、落ち着きを取り戻した様に一息し。

 

 

「はっはっは。それにミュラ? カズキ様を見初めて貰おうモノなら大変だぞ? 何せ、リーゼ様と言うお方がいらっしゃるワケだからな」

「! リーゼさまがっ!?」

 

 

因みに、リーゼはこのグリセア村に来た時に 一通りの村人とは面識を持っている。

彼女の社交性の高さ、身分関係なく、分け隔てなく接する姿勢、そしてその美しい容姿。全てを兼ね備えていると言っても過言ではなく、つまり―――あっという間に、本当の意味で村で大人気な存在になったのである。

 

ミュラは、国が落ち着いたら、平和になったらリーゼと遊ぶ約束を、村の子供たちと結託して行っている。

 

つまり、それだけリーゼの事が好きになっているのである。

 

 

「うーん、うーーん…… リーゼさまとカズキさまなら………」

「おいおい、なんか、すっごく上からの目線で語ってないか?」

「あははは………」

 

 

ロズルーやミュラの方を見ながらカズキも苦笑い。

そんな時、ターナからそっと耳打ちを。

 

 

「リーゼ様とは、どうなのでしょう? カズキ様」

 

 

母と言えど女。それなりに色恋沙汰には興味津々なご様子。

カズキはそれを聞いて、特に慌てる事もなく苦笑い。

 

 

「あははは……。良くして頂いてる~のと 時折 早朝の剣の訓練に付き合う~くらいですかね? 実際リーゼさんには、イステリアでは、スゴクお世話になってます」

「まぁっ!」

 

 

ターナは、手をぽんっ、と合わせてはち切れんばかりの笑顔。

カズキが(メルエム)である事は承知だが、カズキはカズキである、と言うカズキ自身の強い要望の事もあるので、純粋にナルソン家の令嬢、リーゼとの婚約ともなれば、国中が喜ぶ一大イベントだ。

神話の一ページ目とも言って良い。

 

 

そんなターナの喜び様を目の当たりにしたカズキは、流石に苦笑いを止めて、やんわり制止。

 

 

「ま、まぁ リーゼさんも色々と多忙ですからね? そういう類(・・・・・)の話はまだまだ時期尚早と言うか、……(年齢的にも……)」

 

 

リーゼの年齢は14、15だった筈だ。

つまり、この村のバレッタと同年代。

 

カズキは、厳密には不明かもしれないが、現在24歳。10程度の歳の差は、何処にでも存在すると思うが………、流石に日本で言えば中学生な彼女だから。

 

 

ターナはそれを聞いて、一瞬きょとんとした後、視線をカズキが伸ばした手に、裾から見えている手首に着けられたモノ(・・)に改めて注目した。

 

ターナは、気付いていた。

 

ロズルーやミュラは見落としていた様だが、時折 ちらちらと見えるその手首に着けられているモノを。

 

 

 

「ふふふ。リーゼ様は待っているかもしれませんよ? ……それ(・・)が何よりの証拠かと」

「え?」

「つかぬ事をお聞きしますが、そのブレスレットはリーゼ様からの贈り物では?」

「あ、はい。グリセア村に帰ってくる時に……」

 

 

 

ブレスレットの話をしたら、またまた大騒ぎ。

 

親愛のブレスレットであると言う事をターナが説明。カズキは知らなくても不思議ではないから、改めて説明して、お祭り騒ぎになった。

 

【あなたに好意を持っています】

 

の意が込められたブレスレットを渡されたのだ。……間違いなくリーゼはカズキを待っている、と言っても良いだろう。

 

 

 

 

その後、ミュラが眠ってしまうまで、ドンチャン賑やかなまま―――グリセア村の夜が過ぎていくのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そしてロズルー達が眠ったのを見計らうと、カズキはゆっくりと起き上がる。

 

グリセア村の皆は、日本食の影響で 常人では考えられない程の力をつけている神兵。

特に夜に野盗に襲われてからと言うモノ、疲れて寝てしまっていても、頭の一部は起きていると言う離れ業をやってのけている。

 

それが証拠に、トイレに目を覚ましたカズキの抜き足にも余裕で気付いていたりしていた。

 

 

 

 

なので、今回は絶対にバレない様に……、起こさない様に……、余計な心労をかけない様に、薄ら月明りが照らしている光に紛れながら……カズキは外へと出た。

 

 

 

「……参ったなぁ……」

 

 

 

月明りの下、カズキは1人愚痴る。

キラキラと輝いている身体は完全に月が照らす光と同化しており、グリセア村の住人の常人離れな視力をもってしても、見分ける事は出来ないだろう。

 

 

「(やっぱ、ブレスレット(コレ)はそう言う意味だったか……。カズラさんじゃなくて、オレに来た、と。………そりゃ、バレッタさんとくっつけようとしたから、好都合と言えばそうなんだけど…… やっぱりなぁ……)」

 

 

カズキは苦笑いをする。

 

ここで一応説明しておくが、カズキがリーゼを嫌っていたりはしていない。

彼女の本性がもしも、知った通りだったとしても、それは同じ。日頃の働きは十分過ぎる程観ているし、合間合間の極々少ない時間を活用して、領主の娘としての嗜み、今後軍を率いる立場であろうそれらの学も只管学んでいる直向きな姿を見ている。

 

忘れそうになるが、彼女はまだまだ10代。

 

様々な負担が、その小さな身体に重圧としてのしかかっている状態なのだから、愚痴りたくなる時は盛大に愚痴って良いし、ストレス解消できるのなら、周りに迷惑がほぼ掛かってないところを見ても、十分推奨する気持ちだ。

 

 

―――が、自身に好意を持たれる事に関しては話は別。

 

 

過去のトラウマ―――云々は最早言い訳。

ちゃんとした理由があるのだ。

 

 

 

「……ノワ?」

「はい」

 

 

そんなこんなで、チラッ、と背後を確認してみると……ノワールがやってきていた。

外に出て、森の方まで来たら大体ノワールは一目散に駆けつけてくるので、最早驚いたりはしない。

 

 

「求婚を申し込まれた様ですね? とても可愛らしい子から」

「……はは。凄いな。聞こえてたの?」

「はい。……ふふ。それに 凄く大きな声でしたからね。……後ブレスレットのお話も聞いてます。…………何だかちょっぴり妬けちゃってたりもしてます」

 

 

ノワールは、カズキの姿が光状態であっても、嗅ぎ付けるだけの力を身に着けていたりしている。何度も何度もカズキに接してきて、見てきて、それで積み上げてきた力である。

 

元が1000年も生きている獣―――精霊の様な存在だから,夜目が効いたり、聴力もずば抜けてたり、は別段不思議ではない事ではある、が。少々こっぱずかしいのも仕方ない。

 

 

 

 

 

「カズキ様、何かお悩みでしょうか? 私で良ければ…… 何でもお話ください。言ってしまって楽になる事だってあると思いますから」

「ん………バレちゃってるかぁ……」

「あ、勿論 無理にとは言いませんよ」

 

 

最近のブームになっていたのか、何処となくカズキをからかったりする様なちょっとした悪戯や意地悪をするような仕草は身を潜め、ただただ、カズキの傍に寄り添っている。

 

純粋に、カズキを思っての事だ。

 

 

 

「―――オレとカズラさんでは その……ある意味では同じなんだけど、根本的には違う(・・・・・・・)って言うか……。カズラさんと違って オレはさ…………」

 

 

その夜……カズキはノワールに想いの内を全て話した。

 

ノワール自身も、気が付いてなかったカズキの葛藤。

 

気付けなかった自分自身が情けなく、許せなくもなったが、そういった仕草や表情だけは、決して見せない様に――――ただただ、カズキの傍にいる。

こうやって会える間。カズキの負担にならないのなら。傍に居る。

 

それで気が少しでも晴れて、紛れてくれたならこれ以上ない幸せだ。

 

 

 

そして、その後……カズキは笑顔のまま ノワールと別れる。

その背を見ながら、その光を見ながら―――いつか、本当の意味で心が晴れる様になる事をノワールは願うのだった。

 

 



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32話 作業名「穴を作る」

それは、丁度昼休憩の時。

バリンの家にて。

 

「ふむふむ、この場所なら大丈夫……で良いですか? バレッタさん」

「はい。その場所は鉱床も無く、深い森があるワケも無く、ただの荒れ地。如何に利用して頂いても大丈夫かと思います。その周辺に集落等はありません」

「ん! 了解です! (一応、ノワにも聞いておこうかな……。結構大規模な自然破壊には違いないし)」

 

 

グリセア村周囲の地図を広げ、バレッタに確認をしているのはカズキ。

現在、カズラは日本に帰還中だ。実家に頼んでおいた資材・金属が幾つかあるとの事。1人でも問題ないと判断して、カズラのみ日本へと向かったのである。

 

 

「今夜にでも早速取り掛かります。バレッタさんも、ため池に活用する、様な【穴】がご所望ならいつでも頼ってくれて構いませんからね? ……作るのは、正直バレッタさんに及ぶワケもないですが、穴をあける………壊す分野は大丈夫ですから! ………あ、それって結構イメージ悪くなっちゃいそう」

「ふふふ。ありがとうございます、カズキさん。イメージの方は全然大丈夫ですよ! だって、カズキさんなのですから!」

「あ、あははは……。こちらこそありがとうです、バレッタさん」

 

 

作る事よりも壊す事が得意……、何だか悪党が使いそうな、若しくは兵士? 等が使いそうな言葉だ。神様(笑)にあるまじき発言な気がして、自虐的に笑うカズキを全否定するバレッタ。

そもそも、神様を……光を否定など、出来るワケが無い。

 

 

「よっしゃ、休憩後に下見に行こう……っとと、それともう1つ忘れてました」

「?」

 

 

まずは現場にて、自分の目で確認を……と思い行動をしようとしたカズキだが、ぴたっ、と足を止めてバレッタに向き直した。

 

バレッタにはまだ伝えてない事があるから。

 

 

「カズラさんから、美容系のモノを貰いました?」

「え? あ、はい。とても綺麗な容器に入った薬品ですね。頂いてます」

 

 

本当にありがとうございます、とバレッタはカズキにも礼を言いつつ、肯定した。

カズキも大体わかった上での再確認だ。何せバレッタの肌艶が素晴らしい事になっている。

元々健康的、シミ1つ無い綺麗な顔立ちに加えて、比喩抜きで輝いてる様に見れる。

 

あの美容品の謳い文句通り、全てを体現出来ているので、もしも日本に行く事が出来るのなら、きっと各メーカーのイメージガールとして引っ張りダコな気がしてならない。

 

それはさておき……本題に。

 

 

「美容品ですが、実はバレッタさんの他に、ターナさんとニィナさんにも渡してるんです」

「え?」

「あ、あははは。私を下宿させて貰ってますからね。そのお礼に、と同じモノを。ニィナさんはたまたま、居合わせたので。彼女にもお世話になってますから。なので、色々と使ってみた感想や情報交換をしてもらいたいな、と。ひょっとして体質的にその人に合う・合わないがあるかもしれませんから」

「そこまでして頂いてるんですね……、私達こそがお世話になってるのに………。ありがとうございます……」

 

 

幾度もカズキは【世話になってる】等の言葉を使ってくれるが……やっぱり畏れ多いどころか、自分達が貰ったモノの方が遥かにデカいので少なからず委縮してしまうと言うモノだ。

 

カズラもそうだが、こればっかりは性格なので仕方なし、と思う事にしているバレッタだが……、どうにかもっともっと2人に出来る事、お返し出来ることは、と考えたら………、中々難しい。つり合いがどうしても取れない。

 

未知の道具を食料を、更に天候を雨に代えて見せた。

そして、光の加護も授けてくれている。……どうすれば良いのか? と何度も何度も悩んでしまう。

 

 

「バレッタさん」

「! は、はい!」

 

 

表情に出ていたのだろうか、カズキが顔を覗き込む様にして、笑顔を見せてくれた。

この笑顔は知っている。グリセア村の皆が知っている。……或いは、イステリアの人達も見た事がある人が多いのではないだろうか。

 

この、心から安心できる笑顔を。

 

 

「バレッタさんは、グリセア村の皆さんは いつも自然な笑顔でカズラさんや私を待ってくれてます。とても歓迎してくれてます。私はそれで十分です。……あ、美味しい美味しい料理も振舞ってくれてるんですから、尚更十分ですよ! 私も沢山沢山頂きましたから! ターナさんのごはんも凄く美味しい」

 

 

ニッ、と笑みを見せてくれるカズキ。

カズラとはまた違った心温まるものを、心の安らぎを与えてくれる。

光の力を見た時とはまた違う、云わば人としての力なのだろう、とバレッタは思った。

 

 

バレッタは、笑顔には笑顔を返し……、そして懐から布吟着袋を取り出し、中身を出してカズキに差し出した。

 

 

「ありがとうございます、カズキさん。……これ、作ってみたんです」

「え? わ……、いい匂い……凄い、え? ええ?? これ、バレッタさんが作ったんですか? 売り物じゃなくて??」

 

 

手渡されたのは、木製のペンダント。それを見てカズキは目を丸くして驚いていた。

小さく掌に収まる、筒状のそのペンダントには 全面に花の絵柄満遍なく掘られている。小さいのに細かく、綺麗に。

 

 

「はい。お礼を、と思いましたが。私自身がプレゼントをしたくて アロマ・ペンダントを作ってみたんです。カズキさんにはカモミールを」

「わーー、ほんと凄い。こんな細かに…… 職人技と言うヤツでは?? んんん!」

 

 

突然のプレゼントに嬉しくて舞い上がってしまっていたが、一先ず休憩(インターバル)

 

 

には(・・)、って事は カズラさんにも渡せてます?」

「っ、あ、はい! カズラさんにはラベンダーのペンダントをプレゼントしました」

「あははは。愚問でしたね! こほんっ。失礼しました。まずはしっかりと、ですね」

 

 

カズキは、カズラネタでバレッタをからかうよりも先に、言うべき事があるのを思い返し、バレッタを正面から見て告げる。

 

 

「ありがとうございます、バレッタさん。大切に、大切に使わせてもらいますね」

「いえ、こんな物で宜しければ。……私の方がカズキさんに沢山頂いてます。私達は、お2人に、本当に返しても返しきれない程、頂いてるんです。だから、カズキさんも私達に出来る事があれば、なんでも言ってください。私達も何でも頑張りますから! 村を上げて、みんなで応援に駆け付けますから!」

 

 

グッ、と両拳を握り締めて、奮起するバレッタを見て、カズキも笑顔になる。

そして、一頻り笑い合った後。

 

 

「―――あ、そうだ。一応教えておきますね。ニィナさんからの密告。私の耳に入ってきてますから。流石にカズラさんには伝えてないですから、その辺りは安心してください」

「え? あ、そ、その…… あ、あぅあぅ……」

 

 

笑い合ってた筈なのに、ニィナの名を聞いた途端、顔を赤くさせて萎んでしまったバレッタ。

先ほどまでの勇ましさは何処へやら……。

 

 

「バレッタさん! ファイトですよ! きっと大丈夫! それに【女は度胸】と言う言葉が日本にはあります! 是非是非、頑張ってください。ずっと応援してますから」

「えぇぇ? カズキさん、それって【男は度胸、女は愛嬌】では……?」

「おお、流石バレッタさん! 凄く勉強熱心なのが伝わりますよ!」

「ご、誤魔化さないでくださいよ……。嘘言っちゃ駄目です!」

「あ、強ち嘘だと言う事でもないですよ? 時代は変わるモノですから~」

 

 

 

最後はバレッタは頬を膨らませて怒っていたが、それも何処か楽しんでいたりもした。カズキだけでなく、バレッタ自身も。……この近い親近感は、何処かカズキの事を兄の様に慕う感覚に近いのかもしれない……と感じ始めたりしたのは別の話。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

バリンの家で休憩を取った後、カズキは軽く外で準備体操。

 

別にピカピカの能力を使うと、身体が疲れる~ なんて事は今の所無いし、身体の調子がおかしくなる、変に筋を痛める、と言った普通な身体なら起こりそうな事も無いので、準備体操は身体能力的には、殆ど意味ないも同然なのだが……いうなら気分だ。

気持ちの部分を切り替える為に行ってるのである。

 

 

「カズキ様、お疲れ様です」

「あ、アイザックさん。お疲れ様―――です? あれ??」

 

 

体操中にひょっこりと姿を見せたのはアイザック。

本日は一度も顔を合わせてなかったので、しっかりと挨拶を―――と、アイザックの顔を見た時、その顔の違和感、異変に気付く。当然だ。鼻が赤くなっており、保護テープを付けているから。何処かでぶつけたのだろうか? とも思ったがアイザックの身体能力は、手合わせをしているのだから勿論知っている。顔面と言う人体の急所をむざむざ……と言うのは、なかなか想像出来る事では無かった。

 

 

「顔、どうしたんですか? 大丈夫ですか?」

 

 

十中八九、何かあった……、と勘づいたカズキは心配する様にアイザックに聞く。

アイザックはと言うと、何処か気恥ずかしそうにしていた。カズキに心配してもらえるのが、気にかけて貰えるのが嬉しくもある様子。まだまだフランクには程遠い感性、である。

 

 

「はっ! 大丈夫です。……少々、良い一撃を貰っただけですから」

「へぇー、グリセア村に来ても訓練を。復興の合間に……。お疲れ様です。……って、えええ! 待ってください、アイザックさんに一撃入れたんですか!? マジですか? 一体誰に?」

 

 

先ほども思ったが、アイザックの実力は解っているつもりだ。

訓練ともなれば、アイザックの性格上、手を抜く様な事だってしないだろう。なのに、顔面に入れる……とは。

 

カズキの頭の中では、アイザック相手に そこまでの力を見せれるのはイステリアではジルコニア位だろうか? と思っていた。

 

 

 

「あ、あ……その……… ええっと……」

 

 

アイザックはただただ顰めるだけであり……、いや 言いたくても言えない、そんな気配がその表情から読めてきた。

ただ、当然の事ながら カズキは アイザックの中では最上位の存在、神様(笑)だ。そんな相手に隠し事を、と言うのは……と言う葛藤も少なからず存在するのだろう。

 

直ぐに折れず、言わなかったのは、云わばカズキの優しさに甘えている面がある、と言う事なのだ。

 

 

「あ、ああ。大丈夫です大丈夫です。アイザックさんが大丈夫なら、無暗矢鱈に聞こうとはしませんよ。っと、そうだったそうだった。アイザックさんが居るなら伝えておかないと……」

 

 

カズキは大体のアイザックの心情を察知して、少々強引ではあったがアイザックとの話の話題を変える。

強引でも話を変える、それも重要な話に代えてあげないと、アイザックはいつまでも気にしてしまう事を知っているから。持ち場に戻り、部下たちの前では兵士として隊長として、勤めを全うする為に切り替えると思うが……カズキやカズラと接している時。

 

それに アイザック首さし出します~ の件でも、結構長引いたから。

 

 

 

カズキは咳払いを1つ、2つした後。

 

 

 

「ジルコニアさん達と話していた、冬場に氷を切り出す様の池、ため池の件です。一応、モデルケースとして、グリセア村の傍、あの山に作ろうと思ってるんです。村の皆さんには了承を貰ってるので、後はアイザックさんやイステリアの皆さんにも連絡を、と」

「は! 何か指示を頂ければ何なりと! 人員等の配置は任せて下さい。私自らも使っていただいて構いません!」

 

 

これは以前、カズラと共に進言した氷室の件だ。

冬までにしっかりと水を確保する様のため池を幾つか作っておこうと言うモノで、山の上に作ろう、と言う話も出ていたが、当然 優先度を考えれば、少々後ろの方にしている。

 

それには勿論理由があり、一番大変な穴掘りの仕事が、此処にいる神様(カズキ)ならば、あっさりとやってしまえるから、と言うモノ。引きつった笑みを最初は浮かべていたが、大体は頼れる、信頼できる、そう言った種類のモノに変化していくのがお決まりであり、その辺りは、日頃のカズキの姿を見ているから、その人徳と言うモノだろう。

 

神様だ、とそれを持ち出して無茶をするような事は一切カズキ自身がしてこなかったから。

 

 

 

「ふっふっふ、穴に関しましては、私がちゃちゃ~~っと、開けてきますので、事後調査とか、報告書みたいなのはお任せするかもしれませんね。ため池を作る数とかもある程度は多いので、私はソッチに集中しておきたいですから」

 

 

指先に光をぴんっ! と作って それを地面にインサート。

すると……、丁度指先がすっぽり入る位の直径の穴が出来上がってしまった。

昼の明るさに紛れ込ませた光度。なので、アイザックの様に近くに居ない限りは ある程度は隠せれる。……流石に、ため池を作るレベルの仕事は、隠せれるモノじゃないので、ある程度の対策(大騒ぎにならない様に)は必要になってくるが、その辺りはしっかりと考えている。

 

 

アイザックは、それを見て ビックリ仰天、してしまったが………直ぐに落ち着く。

カズキの光は、照明の様な役割を果たしたり、光そのものであり、文字通り光の速度で動いて見せる瞬間移動等は幾度となく一見してみたが、直接的なモノは少ない。

 

光を形に変え、剣状にしての手合わせの事を思い返せば……、この神業も可能なのだろう、ととりあえず納得。

 

 

アイザックの表情を見て、その心情を察して、やっぱり、能力を数度見た程度では仕様がないかな、と納得したカズキはと言うと、もう一度咳払いをした後。

 

 

「やっぱり、驚いちゃう人は出てくると思うんで、私も作業時間は配慮する予定です。つきましては―――アイザックさんに、大体の大穴を開けるタイミング・帰還するタイミング・場所を伝えておきますので、騒ぎにならない様 最小限度に抑えてもらえたらな~、と思いまして」

 

 

そう、山岳地帯とはいえ、振動や光源等で気付かれる可能性だって高いだろう。

ため池レベルの穴をあけるとなると……。村や駐屯地からは離れているには離れているのだが、実験したワケでも、及ぶ範囲を正確に解っているワケでも無いから。

 

なので、相応の対応策を講じる必要があるのだ。心配をかけない様に。

気付いたら大穴が開いてた、と言うのが好ましい。………無論、大穴を開けるまでのストーリーはジルコニアやナルソン、アイザック達が作ってくれるので、その辺りも大丈夫。

 

 

 

カズキの言っている事を直ぐに理解したアイザックは、呆けている頭に活を入れる様に両頬を叩くと、胸を張って。

 

 

「失礼しました! そちらは私に任せて下さい!!」

 

 

と力強く言ってくれた。

 

その答えを貰い、安心すると同時に 続いて カズキは森の中へと入っていくのだった。

もう2人?(匹?)にも、事を話しておかなければならないだろうから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

グレイシオールの森。

 

別に待ち合わせたワケではないのだが、カズキが呼ぶよりも早く直ぐに出てきてくれた。 

 

 

「ノワ。ちょっとお願いと言うか相談があって……。あの長のウリボウ、オルマシオールを呼んでもらえないかな?」

「え、あ、はい。解りました。…………」

 

 

折角2人切り、と思った矢先、もう1人を呼んでくれと言われて、正直ガッカリ気味なノワールだったが、茶化したりフザケけたりするつもりは毛頭ない。

 

ノワールが呼ぶと……直ぐにハクよりも一回りも二回りも大きなウリボウ達の長……オルマシオールが出てきた。

 

 

因みに、ノワールと同じく喋る事が出来るウリボウだ、人間の言葉を発し、理解でき、更に精霊に位置する分類である、と言われているので名前がある方が良いのでは? とノワールが彼に進言。

無論、初めは最初ノワールと言う名を貰った時に問題ない、と一蹴していたのだが、カズキからの言葉ともなれば、無下にする事も出来ず。

と言う事で、【戦いの神 オルマシオール】の名を冠する事になった、と言うのが真相である。

 

 

「じゃあ、この辺りの長、と言う立場、視点から相談に乗ってもらいたい事があって……」

 

 

カズキは、周辺地図を広げる。

 

「「!!」」

 

因みに、その周辺地図のクオリティは、ノワールやオルマシオールが驚くほどのモノ。

まるで空から大地を見下ろしたかの様な繊細極まる絵に、暫く絶句していた。

 

カズラからカメラを借りて、簡易版航空写真の様に該当位置を数枚写真に収めて作った代物である。

 

 

「ここから北に、丁度15里程言った先の山の絵だよ。荒廃して禿山に成りかかってるこの部分を、ため池が出来る様に加工しようと思うんだけど………どうかな? 一応 慎重に厳選して選んだつもりなんだ。他にも幾つか候補はあるけど、一応 自然に手を加えるワケだから、ノワとオルマシオールに相談しておいた方が良いかな、って」

「はい。私はこの場所ならば大丈夫だと思いますが……それよりも、物凄く綺麗な絵ですね……、このようなモノが存在するとは……。まるで、見てきたままの姿をそのまま映しているかの様……」

 

 

ノワールは、マジマジとその地図を見て驚きが収まらない様子。

オルマシオールは、ノワールの様に最初こそ驚いたが、それ以上の反応は見せず、ただただじっ、とその禿た部分を見入っていた。

 

 

「……加工、と言うのは。どの様な?」

「雨が降った時、ため池を作れる様の穴を作るんだ。ある程度溜まったら放流できる様にする為の水路……川とかも作って、定期的な放流を~とかも考えてるから。他の動物たちにも優しい作りに出来ると思うケド……」

 

 

水は生きとし生ける者にとって必要不可欠の命そのもの。干ばつによって枯渇する、水不足となる危険を少しでも回避できる案。

ただし、先ほど言った通り 自然に手を加えるのだからその辺りの線引きもしっかりしておかないといけないだろう。

 

 

「――――奴ら(・・)は、手当たり次第に目につくすべての木を切り倒していた。……貴方様は、その様な御考えをなさらない様だ。……妙に疑ってしまい申し訳ない」

「へ?(あれ? 疑ってる感じだった? 普通に場所の確認とか、写真に注目してたと思った)」

 

 

何やら、オルマシオールはまた頭を伏せて……謝罪をしていた。

そんな風には感じなかったカズキは一瞬呆気にとられたが、直ぐに手と顔をプルプルと左右に振って問題ない事を伝える。

 

 

「ないないない。好き勝手山々を荒らしたらどうなるかなんて、簡単に想像がつくし。森林の重要性、自然は大切。それは オレも解ってるつもりだよ。なんてったってメルエム()だ。………森の根の支えが途絶えたら地滑りだって起こりそうだし、洪水も同じ理由でそう。……自然との共存は大切」

「―――感服致しました。奴ら(・・)も、貴方様と同じ考えだったらどれだけ………」

 

 

頭を上げてはいるが、伏目がちなオルマシオール。

そして会話の中で、何度か出てくる【奴ら】。

 

 

それが何を意味するかは、カズキにも解っている。聞くまでも無く、解っている。

 

 

 

「ノワ。オルマシオール」

「はい」

「は」

 

 

 

カズキは真剣な面持ちで、そして 身体から光源を発しながら、断言する。

 

 

 

全てが燃えて終わり(・・・・・・・・・)だった、って言ってたよな?」

 

 

カズキの言葉に、ノワールもオルマシオールも何も言わなかった。

それは嘗て見たこの世界の未来の話。

 

今でこそ、カズキが、カズラがやって来た今でこそ、見えない、見る事が無くなった未来ではあるモノの、怖くないか? と聞かれれば……怖い。あの悪夢のような光景をまた見てしまうのが怖い。どうしようもなく。

 

でも――――。

 

 

 

「―――絶対にさせない(・・・・・・・)。少なくとも、オレが居る間は」

 

 

 

今は、心から安心できる光が見える。光を感じている。……目の前の温かい光が身体を包んでくれるから。

 

 

「ただ、オレにも出来る事と出来ない事はあるから、オルマシオールやノワも、何かあったら(・・・・・・)オレに伝える様にして欲しい。……それも、頼めるかな?」

「もちろんです」

「了解致しました」

 

 

心優しき神に、何処までも付いて行く。……従う、と首を垂れる2人だった。

 

 

勿論、カズキは直ぐに、光を消して頭は上げさせた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そして、その夜。

 

 

 

バレッタを通じてグリセア村の人達にも了承を得て、アイザックとの打ち合わせを済ませた。更にノワールやオルマシオール達とも話を済ませている為、これから起こる事(・・・・)で騒ぎになる様な事は無いだろう。…………多分。

 

 

「うっし、やるか!」

 

 

皆が寝静まった深夜の時間帯。

カズラも無事戻ってきたのを確認し――――自分が向かう事、山を加工する旨を伝えて準備は完璧。

 

カズキは指先に力を凝縮する様に集中させる。

 

それは、某黄色い猿が、よく足で使っていたビーム? に酷似しているだろうやり方。

蹴りでも良いかな? とは思ったが……、生憎 今は遊び心は皆無で集中している。指先の方が狙い易いし、下手なミスはしないだろう。

 

光の力を凝縮し、凝縮し……素早く一気に破裂する事をイメージ。

勿論無駄な破壊はしない。設計・設定通りの直径と深さの球状の穴を作る。

 

 

「―――これが戦いとかだったら、絶対 技名とか叫んでそうだけどなぁ……。えー、この場合は、【天岩戸(あまのいわと)】って感じで? あははは……」

 

 

前の自分の事を少し思い返して笑うカズキ。

ピカピカの実の力を得たら、思う存分敵相手に無双する事をいつも考えていたのに、今はそんなつもりはさらさらなく、光の力で復興のお手伝い? なのだから、人生とは何が起こるか本当に解らないな、とつくづく思う。

 

 

そして―――悪い気は決してしない。

 

 

カズキは、光の力を凝縮させた拳大の球体を生み出し、そのまま地面に放った。

瞬く光は、まるで流れ星が地上に落ちるかの様。

 

 

 

 

 

たちまち、上空から地上の指定位置まで落下すると、一気に発光と共に大爆発。

ドンッ!! と言う凄まじい轟音、そして空にまで伝わってくる空気の震え。

自身の高さにまで上ってくる光の柱。

 

 

 

 

 

業を放って、結果を知った直後に……冷や汗が出てきた。

 

 

「や、やり過ぎたかな……?」

 

 

某黄色い猿の様に、やる気のある木を蹴り倒した時の様に笑えない。

 

カズキは慌てて着弾地点へと戻り……確認すると。

 

 

「ほっ………。威力が殆ど空に逃げちゃって、地上は最小限で済んだんだね………」

 

 

あの光の柱は、威力を空に逃がす役目を果たしていたらしい。

力の全てが下に伝わってしまっていたら、山を貫いてしまってたかもしれないので、恐ろしい。

 

 

「…………絶対に練習しとこ。もっともっと練習しとこ………。時間かかっても良いから ちょっとずつ穴、大きくしよ……、次のトコ」

 

 

 

改めて人間兵器である事を理解したカズキ。

その他の穴に関しては、入念な準備と穴を徐々に広げていく、と言う段階を得て行うのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

因みに、カズキの光は 何と離れているグリセア村にも届いていた様で。

 

 

【メルエム様!】

 

 

と言う声援が、村中から沸き起こったとか起こってなかったとか……。

 

 

 

 

 

 



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32話 ただいま、イステリア

 

「結構夜遅くに作業? したつもりだったんですけど……、グリセア村の皆さん気付いた様で……」

「あ、あははは。よくよく考えてみれば、皆さん野盗の一件から、敏感になってる、とバレッタさんも言ってたから仕方が無かったんじゃないかな?」

「んでも、15里(約3.9km×15)も離れた場所だったんですよ? おまけに山の中。………日本食、凄まじすぎやしません?」

「それは…………、まぁ 同感です」

 

 

 

それはグリセア村を出発した時の馬車内での事。

 

 

丁度、昨日の夜の事を話していた。

 

 

カズキは昨夜の【穴掘り作業】を終えてグリセア村に帰還した時驚いていた時の事だ。

何せ、カズキが戻ってきてみれば、なんとなんと! 村中の皆さんが目を覚ましていて、子供まで目を覚ましていて、空に向かって頭を下げていた場面に遭遇したから。

 

 

いったい何事!? とカズキはあたふたしていたが、カズキが帰って来るや否や、またまた頭を下げていた…。

 

 

穴を掘る仕事に関しては、グリセア村の皆には伝わっている。

その使用用途も勿論伝えていて、冬の氷を夏に利用する旨も伝えている。正確にその穴を掘る作業日程の様なモノはバレッタに伝えていたのだが、皆に気付かれない様に余計な心配をかけない様に寝静まったであろう夜、加えて村から遠くに行っていたのだが………カズラの言う通り グリセア村の皆さんを侮る事無かれ、である。

 

彼らの感覚神経はトンデモナイ程研ぎ澄まされているから。

老若男女問わず、グリセア村の面々のパワーはすさまじいの一言。

 

如何に遠く離れた場所で会ったとしても、所謂 爆弾(ダイナマイト)とは比べ物にならない程の爆音・轟音と、空気を弾く甲高い音、更には極めつけの夜の空に伸びる光の柱。

 

 

 

神々しいそれらの光景を、遠い空の上だとしても、聞き逃すような村人は居なかった様だ。

 

 

 

カズキが帰ってきた時こそ、崇め奉る~~ と言った様子だったが、戻ってきた人は、一応神様(メルエム様)(笑)だが、カズキだ。慌てたり 止めさせたりと色々慌てふためいている姿を見て、直ぐに村人たちは 緊張を解いた。

解いたのは良いが……次は矢継ぎ早の称讃、感謝の声、子供たちにも囲まれて、篝火も上げて、ちょっとした深夜パーティとなってしまったのである。

 

 

因みに、カズラは スヤスヤと寝息を立てていたそうだ。日本での買い物が結構大変な肉体労働(これまでは2人で手分けしていたが、1人だった為、結構見誤った)だったので、こちらもある意味仕方が無い。

 

 

「今度からも、比較的グリセア村に近い場所の穴掘りに関しては、バレッタさんを通じて村の人達に周知しますね? 予告なしの爆破? よりは 予告ありの方が心労は無いと思いますから……」

「それが良いよ」

 

 

楽しかったのは事実だが、【ピカピカの穴掘り】をする時は、グリセア村の人達には事前に伝える様にするカズキだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そして、更に翌日の深夜。

イステリア・ナルソン邸に無事到着。

 

馬車での長旅はやっぱり慣れてないカズラは、馬車から降りると腰をぐっ、と逸らせる。カズキは全く問題ない様子なので、せっせと荷物を外へとおろしていた。

 

 

「カズキさん、カズラさん」

「「!」」

 

 

そんな時、灯りを持った人影から声が聞こえてくる。

足早に近づいてくる人影の正体は、グリセア村の人達の様な超感覚を駆使するまでも無い。良く知っている人物。

ジルコニアだ。

 

 

「おかえりなさい、長旅お疲れ様でした」

「ただいまです、ジルコニアさん」

「ただいま戻りました!」

 

 

カズラは、とりあえず腰を逸らせて、叩いていたのを一時中断。

カズキも荷物の運搬を一度止めて、ジルコニアの方へと身体を向けた。

 

 

「取り合えず、予定通りに戻ってこられました。道具に関しては、バッチリです。……つかれた」

「私の方も、とりあえず試験的ではありましたが、問題なくバッチリです! 人件費、節約ですね」

 

 

腰を抑えながら顔に疲れが出ているカズラと、ブイッと子供の様にピースサインを見せるカズキ。

実に対照的な2人を見て思わず笑うのはジルコニアだ。

 

 

「うふふ。お疲れ様です。ありがとうございました。さぁ、ずっと馬車移動も大変だったでしょう? お風呂を沸かしてありますわ。どうぞお入りください」

 

 

疲れた身体にやっぱり効くのは入浴。

古今東西、どんな世界でもそれは共通だろう。

 

 

「カズラさん、お先にどうぞ? 私は全然大丈夫なので、ささっと 部屋に荷物運んでおきますね」

「え! でも、何だかそれは悪いよ。ずっと働いてくれたんだし」

「ふっふっふっふ……。大丈夫ですよ。その分、こちらの方もよろしくです!」

 

 

カズキはイヤらしい笑みを浮かべながら、右手の人差し指と親指で○の形を作り、手のひらを上に向けた。所謂残業代・お給金を弾んでね? と言う所作。

それは当然の事。山に空けた穴に関しては、カズラも写真で確認したが(航空写真の様にカズキが撮った)、アレは普通に何10人分の仕事だと言って良いし、工期? を考えたら、それこそ何100人分の働きをしたと言っても過言ではない。

 

お給金など 最初から当然用意するつもりなのだが。

 

 

「解りました! 思いっきり弾みますんで、楽しみにしていてください」

「しゃーーすっ!」

 

 

カズラの一言で喜び、更に更に仕事量を増やして、どんどん荷物を運んでいくのだった。

 

 

「うふふふ」

 

 

ジルコニアは、そんな2人のやり取りを見ていて、ただただ湧いて出てくる止まらない笑みに身を任せながら、笑い続けるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そして、その後―――――。

 

 

カズキの部屋にて。

 

 

「上がりましたよ~、カズキさん」

「あ、解りました」

 

 

風呂から上がったカズラが、カズキを呼びに部屋に来ていた。

疲労困憊な様子だった顔がすっかり良くなり、仄かに赤みがかっている。後ひと眠りでもすれば 疲れもバッチリと取れる事だろう。

 

 

「あっと、忘れてました、これこれ……」

 

 

カズラの顔を見て、カズキは思い出した様に 部屋の隅に置いてある荷物に手を伸ばし、中をガサゴソ~と、手探りで探し出して取り出した。

 

 

これ(・・)、ジルコニアさんへのお土産を渡すの忘れてました……」

「あ! そうだったそうだった! 日用品セットは、そっちに入れてたんだった」

 

 

パっ、と取り出したのは 鮮やかな黄色いキャップにプラ容器の筒状の入れ物。表紙には【温泉の元】と書かれている所謂バスソルトである。

 

香り等の効能は、身体の疲れや肩こり、眼精疲労、その他諸々に書かれているだけでも相当な効能。……普通の日本人なら、そんな直ぐに効果が表れるワケも無いが、こちらの世界の人であれば相応の効力が得られるだろうとある意味確信している。

 

因みに、バスソルト(これ)に関してはカズキとカズラは事前打ち合わせをしていた。

 

バスソルトだけでなく、石鹸やシャンプー、コンディショナー等もある。

食べ物の様に、直接身体に作用する様なモノをプレゼントするのは、超人的な力を与える事も同義だから、一先ず保留して、飲食物ではなく、こう言った日用品の様な、身体の内部ではなく、外身への影響ならば、大丈夫だろう……と思っての事だ。

 

単純にお世話になっているからプレゼントをしたいと言う気持ちがあるのは2人ともが同じ。

 

 

「う~~ん、渡しそびれちゃいましたね」

「でもまぁ、大丈夫でしょ。渡すのはいつできるよ。明日にでも」

「それもそうですね………。何なら、夜にひょっこり来てくれたら嬉しいけど。早くやってもらって実感して貰いたい、かな? って」

「それは、オレも同じ気持ちかな? でもまぁ、最初はカズキさんに譲りましょう!」

 

 

ジルコニアの喜ぶ姿を見るのは、2人にとっても癒しだ。比較的歳が近い美人なジルコニアに喜んでもらえて、嬉しくない男なんて恐らくこの世には居ないだろう、と断言出来たりする。

日用品プレゼントの発案者はカズキだったから、今回のプレゼントに関してはカズラはカズキに譲る、としていた。

 

 

 

 

 

ただ―――――2人は思いもしなかった。

 

 

 

【ッ……ッッ………】

 

 

 

この何気ないやり取りを、部屋の外で聞いていた者が居たと言う事を。

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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33話 トラウマと克服

―――本当にただの偶然だった。 それに仕事上の事とはいえ頻繁に昼夜問わず、彼らの部屋には行き来していた身だったから、と言うのもある。

 

 

両腕をそっと抱き、その身体は僅かに震えている。

震えを懸命に抑えようとするが、完全には抑える事が出来ない。

 

 

だが、これ(・・)は 千載一遇のチャンスでもある展開……とも言える。

直々に呼ばれたワケではない、ただ聞いただけ(・・・・・)だ。

いずれ、呼ばれる事になるだろう。ならば―――先んじた方が更に好印象だと解る。

 

頭では解っている。……解っている筈なのに、異様な程身体が重い。

 

 

 

「いか……、ないと………。じゅんび、を………」

 

 

 

ポツリ、ポツリと、どうにか言葉を絞り出すと同時に、自己暗示をかける様に歩を進める。

部屋の前で盗み聞きをしていた、と思われてしまえば、このチャンスもフイになってしまう。

 

足取りが重い。いつも通ってる筈の廊下が異様に長い。―――もう、長く暮らしていた筈のナルソン邸が、全く別の場所に見えてきた。

 

歩を進める事に、視界がぼやける。あの日(・・・)の我が家の光景が 眼前に映し出されてしまう。

 

忘れたくて、それでいて決して忘れてはならないモノ。燃える様な怒りを、憎しみを、あの悪魔の様な国にぶつける為に、どれだけ平穏を得られたとしても、家族(・・)()の無念を晴らす為に。

 

 

だが、それでも………。

 

 

まるで、その光景にある悪魔たち(・・・・)が嘲笑っている様に見えた。

 

 

【どうせ、その程度のカクゴだったんだろ?】

 

 

嘲笑ってる様に見えた。

 

 

「ッッ、ッッ……!!」

 

 

その度に、ジルコニアは全身の骨が軋む様な感覚がしていたが、歯を喰いしばり、耐えて 逆に睨みかえした。

 

あの時の悪魔に向かって。

 

 

 

 

 

 

「しっかり……、しっかり、しなさい……。ジルコニア。………わたし、自身が狙ってた事、でもあるでしょ……? 自分の娘(リーゼ)まで、宛がおうとした……でしょ? その私が、この体たらくで………、どうする、っていうの……!」

 

 

彼女は――――ジルコニアは、重い体を引き擦る様に再び歩き始めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――10数分後。

 

 

カズラは自室へと戻り、カズキはそのまま明日の準備をしていた。

復興の件もあるが、もう1つ発電機を増設したのである。

 

 

「流石口コミNo.1! オススメNo.1! 隣のカズラさんの発電機の騒音より、ずっと小さい!」

 

 

腹の底に響く様な重低音、ドッドッドッ…… と言う音は、このイステリアでは……否、このアルカディア王国、更に東側外の国々、クレイラッツやプロティア、エルタイル、果ては北部の敵国バルベール。……全世界ででもこの場所にしか存在しないと断言できる未来の道具。

 

 

―――と、カズキは、自分が発明したワケでも、自分が購入したワケでも無いのに 何処となくドラえ○んになった気分に浸っていた。

 

 

 

「んん、こっちはリーゼさんやエイラさん、マリーちゃん達にも渡していきたいけどなぁ……、グリセア村のターナさんやニィナさん、ミュラちゃんにも渡したし。……徐々に、って考えたらヤッパリ、ジルコニアさんから始まって、リーゼさん、って感じで上からの方が良いかな? …………効力とか考えたら、ね」

 

 

あはは、と苦笑いするカズキ。

勿論カズキが渡そうと悩んでいるのは日用品、美容品である。

 

こちら側の世界の皆には、その効能は絶大。十全にも影響が現れると言う事は、グリセア村のニィナやターナ、ミュラ達が早速使ってくれて、その効能を大絶賛してくれたから。とてつもない。肌の色艶や髪が輝いているかの様な……、どんな世界であろうと女の子なのだろう。その喜び様は凄まじく、何なら男であり、旦那であるロズルーに勧めた程だった。

 

ロズルーは娘や妻を優先、と言う名目で断っていたが。

 

まだ比較的小さな村であるグリセア村の住人でさえ大騒ぎしそうだったのが、このイステリア、ナルソン邸で起これば、結構な騒ぎになってしまいそうなのも少々怖い。

 

リーゼやジルコニアが怒る様な事はしないと思うが……順番は考えたおいた方が吉。

 

 

「んっし、んじゃあ、それと後は………」

 

 

次は復興の計画書(日本語ver)の書類に目を通す。

穀倉地帯、水車の量産化などの進捗状況と先日 日本から入荷した道具の数々を踏まえて、後々の進捗具合の予想を立ててみた。

 

手作業前提の原始的な道具とはいえ、こちらの世界とは比較にならない程高性能な道具だから、恐らく作業効率は上がる。財政面では宝石(笑)な、ガラス玉、パワーストーンで当面は確保できるという話も聞いているから、皆のやる気を一番出させる事が出来る特別給金の話も持っていきやすくなるだろう。(無論、宝石に関しては、余りにも高価(100円 笑)らしく、販売ルートの選別等やる事は山済みではあるが、嬉しい悲鳴だと言える)

 

 

等々、色々と考えを張り巡らせていたその時だ。

部屋の扉がノックされるのと同時に。

 

 

「ジルコニアです」

 

 

と声が聞こえてきたのは。

カズキは、一瞬 【はて? 何か用事あったっけ?】と首を傾げたが、兎に角 ジルコニアが来たのは間違いないから居留守を使う訳にはいかないし、する理由もない。

用事があるから、夜遅くに部屋まで来たのは間違いないだろうし、考えていた頭を一蹴して直ぐに立ち上がった。

 

 

「ジルコニアさん? どうぞー、あいてますよー」

 

 

カズキの一声で、扉が開いて ジルコニアが入ってきた。

 

その姿を見て、カズキはまたまた、驚く。

 

「!」

 

夜会……庭園で星を見上げるスターウォッチングの時は、チェニックを羽織っていた。と言うより、ジルコニアの普段着は、大体ソレで、それ以外をカズキは見た事がなく……、現在のジルコニアの姿は、脛程までの長さのワンピース。ベージュ色でゆったりとしてる服装。………つまり、寝間着だろうか?

 

 

「…………お待たせ、しました」

「え? ジルコニアさん?? どうしました??」

 

 

何かありましたっけ? と再び首を……だったカズキが、只ならぬ様子。

流石に悠長に構えていられなくなり、胸騒ぎを覚えた。……だが、原因が全くの不明だ。

 

ここイステリア、ナルソン邸にまで帰ってきた時は笑顔で迎え入れてくれたし、風呂まで沸かして容易してくれると言う周到さも有り、まさに至れり尽くせりな状態だったのだ。

 

その時のジルコニアに代わった様子は見受けられない。……が、今は何かが違う。

 

 

「え、えっと……。何か話があるんですね? 今、お茶を淹れますんで、てきとうに座っててください」

「……はい」

 

 

カズキは、部屋の入口にまで入ってきたは良いが、一向に動かない棒立ち状態になってるジルコニアに声を掛けて、テーブルに置かれている水筒を手に取った。ステン製の水筒はまだまだ中身は温かく、香りも心地良いハーブティが入っている。量も問題ないので、ジルコニアと共に楽しめるだけはあるだろう。

 

 

―――と、色々と考えていた時だ。

 

 

ジルコニアが行動を開始。

ゆっくり、緩やかに……それでいて何処か違和感がある動き方で、何故か備え付けられているテーブルではなく、ベッドに腰掛けた。

 

カズキが先ほどまで座っていて、途中で寝転がったりもしていたベッドに腰掛けるのは、何だか気恥ずかしくも感じてしまう……が、それどころではない。

 

 

「えと……、お茶、入りましたよ……?」

「……はい」

 

 

「これは、身体の疲れが取れる効力があるお茶で、カズラさんから頂いたものでしてー」

「……はい」

 

 

「つ、次は多分1ヵ月後になると思うんです、グリセア村に向かうのはー」

「……わかりました」

 

 

会話が続かない。

先ほどまでのジルコニアと同一人物とは思えない程、委縮してしまっている。

 

兎に角、カズキは 日本製のハーブティなら、落ち着いてくれるだろう……と言う希望的観測も込々ながら、水筒からカップに注ぎ、ジルコニアと自分の分を用意してトレーに乗せて、向かおうとしたその時だ。

 

 

「えっ、ええっっっ!?」

 

 

ジルコニアは、極度の緊張からか、身体を縮こまらせていて、今にも泣きそうな表情をしていた。否、既に目には涙が溜まっている。瞬きすれば、直ぐにでも流れてしまうだろう。

 

 

「ジルコニアさん!?? ほんと、どーしたんですか?? っ、な、なにかあったとか??」

「い、いえ、違うんです………! 違う、違うんです……。そ、その……わたし、わたしは、経験、不足ですから……、ちゃんと、できるかどうかも、わかりませんが………」

 

 

案の定だ。

涙が留まる事を知らず流れ続けた。

 

 

「やさしく、やさしくしてください……」

「えええ!! い、いったい何を?? わぁぁぁ!! ふ、服脱ぐのストップ! ストップ!!」

 

 

はらり、と肩口からワンピースが脱げ、胸部の5割程が顕わになるジルコニア。

カズラ曰く……、この世界の人達は下着と言うモノが無いらしい。甲冑なら心配いらないし、厚手のチェニックも特に問題ないだろうが、この柔いワンピースでは、ジルコニアの胸部を隠しきるのには心許ない。

 

あわや、胸部の頂き……が顕わになろうかと言う所で、カズキがどうにか止めた。

 

 

「さ、さいしょから話してみて下さい! お、おれ、私は そう言うのを頼んだつもりはないですよっ!? ジルコニアさんも、いっかい落ち着きましょう!!」

 

 

 

明らかにカズキだってテンパっている様子。

でも、ジルコニアの様な美女の柔肌を見せられて、魅了されず理性が保った事を褒めて頂きたい位だった。

 

 

「え……、え……? で、でも カズキさんは、カズラさんと……」

「??? ど、どう言う事です??」

「すみません。さっき、お2人が話をしているのを……聞いて……」

「????」

 

 

ジルコニアの説明を聞いても、やはり解らなかったカズキは、少々ジルコニア自身にとっては恥ずかしい事ではあるが、詳細をゆっくり話してもらった。

 

 

結論はこうだ。

 

 

本当についさっき、カズラとカズキは、カズキの部屋で話をしていた。

その時、ジルコニアがたまたま別件で部屋の前を通りがかった。

 

 

その時に聞いた話の内容。

 

 

【ジルコニア】

 

 

の単語が聞こえ、自分の話だと思い。

 

 

()にひょっこりきてくれたら嬉しい】

【早くヤって(・・・)もらって実感したい】

最初は(・・・)カズキさんに譲る】

 

 

途切れ途切れではあるが、それらが聞こえてきたとの事だ。

 

確かに……卑猥と思われるかもしれないが、それ(・・)を連想してしまうかもしれない。

日本と言う場所なら兎も角、この世界では特にだ。

 

 

夜に、女性がきてくれたら嬉しく、ヤると言う単語もあり、更には譲ると言う話。

人非ざる力を有するカズキや、様々な道具と知識を併せ持つカズラ達の会話。

男である事。

 

 

連想したって無理はない。

 

 

「うっ、え、えと…… ま、紛らわしい言い方ですみません……」

 

 

ジルコニアが盗み聞きしていた、と言う事になるにはなるが、別に聞かれても問題ないつもりで声量などは気にせず話をしていた。発電機もまだカズキの部屋の前にはセットしていないので、比較的声が外まで通った。

 

様々な条件が整ってしまった結果が今だが、一番怖い想いをしてしまったのはジルコニアだろう。

 

カズキはそれが一番解る。……一番解る。恐らくはカズラよりもよく解る。知っているから。まさか、自分の元へこの展開で来るとは思ってなかった。マリーの時の様に柔らかく諭すつもりだった。

身を挺してまで、身を捧げてまで、自身に仕えなければ、助けない、と言う様な 代償と犠牲を強いる神様には成るつもりは無かった。

 

正しくある者たち、共に暮らして、見て、接してきて、助けたい、と思った人達の為なら、と言う精神のつもりだった。

 

 

だが、ジルコニアが聞いて、そう解釈してしまった以上はもう仕方ない。

 

 

 

カズキは、ベッドの脇に置かれている段ボールの中身を取り出して、テーブルの上に並べた。比較的小柄なテーブルだから、簡単に移動は出来る。持ち上げてジルコニアの前に並べる。

 

 

「これ、カズラさんと厳選した ジルコニアさん達へのお土産なんです。その、神の世界から持ってきた、美容関係の物で、今夜にでも使ってもらえたらな、って」

 

 

先ほどのカズラとの話を思い返しながら、カズキは続ける。

 

 

「帰ってきた時に、日用品(これ)を渡すのを忘れてた、と言う話をカズラさんとしてました。明日でも良かったですし、今夜の内に来てくれたなら渡す事が出来る、とも。………とても良いモノなので、使ってもらって効果を実感してもらえたらな、と思いまして………。カズラさんが譲る、と言ったのは 私からジルコニアさん達に渡す事。その役目を譲ると言う意味で……」

 

 

相手がどう連想するかなんて、正直保証は出来ない。

想像力にお任せするし、客観的に観てもカズラやカズキ、自分達に非があるとは思えないが、ジルコニアの事情を知っている事、夜・ヤル・譲ると言ったモノを使ってしまった事。第一に、ジルコニア自身が怯えて泣いてしまっている姿を見て、ジルコニア(相手)が悪いなんて到底思えない。

 

 

「本当にすみません……」

「あ、は、はい……。わ、わたしの方こそもうしわけございません……。盗み聞きをしてしまった、私の不徳の致すところ……で……」

「……い、いえ、でも よくよく考えてみると、私達にも……」

 

 

「「…………………」」

 

 

誤解は解けたと言って良いと思うが、気まずさだけは払拭出来るものではない。

最終的に沈黙が部屋に訪れてしまった。

 

永遠とも思える時間が流れ、淹れたハーブティが冷めてしまいそうなのを忘れる。

 

泣いてしまったとはいえ、これから情事を秘め事を逢引を、と言うカクゴで臨んだつもりのジルコニア、それを察したカズキ。

 

気まずいなんてモノじゃない。

 

 

先に沈黙に耐えられなくなったのは、どうやらジルコニアの方だった。

 

 

「ご、、ごめんなさい。本当にごめんなさい……。そう、ですよね。そもそも私なんかにそんな事……、カズキさん達が話すワケも、申し付けるワケもありませんよね……。屋敷には綺麗な娘も沢山いますし……。盗み聞きした上に、勘違いまでして、ほんとにバカみたいで………」

 

 

自身を卑下にする言葉を吐き続ける。

見る者が見れば、大貴族をも上回る存在に見初められた、と言う誉れ高い状況……だが、それが勘違いだった。いたたまれなくなる気持ちも解る。

 

だから、カズキもかける言葉を、気持ちを慎重に見極める事にした。

恐らく間違いないジルコニアの事実。知っている者の1人として。

 

 

「ジルコニアさん」

「は、はい……」

 

 

最初は怒られるとでも思ってしまったのだろうか、子供の様に震えていたが、そんな彼女にカズキは真剣な顔つきこそは変えないが、慌てふためいていた表情を一新し、それでいて柔らかく言い聞かせる様に告げる。

 

 

「ジルコニアさんの、その涙の本当の意味も。……抱えてしまっている胸の内も、……私には理解しきるのは難しいです。……ですが、自身をそんなに追い詰めないで貰えるとありがたい」

 

 

続いて、ニコリと微笑みながら続けた。

 

 

「それに私は、ジルコニアさんの味方のつもりですからね? ほら あの夜、一緒に流れる()を見た時から、はっきり決めたつもりでした。だから 私を信じて下さい。私の出来る限りの事はしますから」

「あ、あ………」

 

 

ジルコニアの目に溜まる、流れる涙。

恐怖故の、恥辱からの涙の質が変わった気がした。

 

時折見せるカズキとはまた違って見える。

 

いつも楽しそうにしているカズキ。

グリセア村やこの城下町の人にも近衛兵たちにも、アイザックやハベル、マリー、エイラ、そして リーゼにナルソン、ジルコニア自身。分け隔てなく見せてくれる笑顔。

 

大変な事であっても笑顔を見せる様にしているカズキ。安心できる笑顔。

何を恐れる必要があるのだろうか、と思わせてくれる位安心できる笑顔だった。

 

ジルコニアはそっと涙を拭うとその笑顔に真っ直ぐ向き合う。

 

 

「カズキさん……、その、ごめ「ごめんなさい、は無しにしましょ?」ぅぇっ!?」

 

 

改めて、非礼を詫びる為に謝罪を、と思ったが、完全に出鼻挫かれてしまったので、思わず変な声が出る。

 

 

「それに、ま……、まぁ これは私の考えですが」

 

 

カズキは、こほんっ、と咳ばらいを1つしつつ、話を続けた。

 

 

「こういうその……夜伽? みたいなのは 生涯を共に添い遂げる相手に。……生涯にわたって、病める時も健やかな時も、同じくずっと添い遂げられる相手が一番だ、と私は思ってますから。望まぬ形、逢瀬、それは心に傷を付けちゃいますからね」

 

 

指をぴんっ、と立ててジルコニアにそうはっきりと伝えた。

 

最初はマリーの名を思わず出してしまいそうだったカズキだが、どうにか個人名は出さずに済んだのは僥倖だろう。何せ、マリーの名を出して、伝えれば ジルコニアがカズキに夜伽を申し付けられた時は、と伝えていたのだから、よりジルコニアが罪悪感を感じてしまう切っ掛けに成り兼ねなかったのだ。

 

 

「ふ、ふふふ………。とても素敵だと思います……」

「!(良かった。笑ってくれた)」

 

 

住む世界が違ったから、余りにも理想を押し付けているのではないか? と危惧したが、ジルコニアの笑顔を見てカズキはほっとした。

 

 

暫く、何気ない会話が続いた。

ジルコニアも徐々にではあるが、元の彼女に戻りつつある。元気を取り戻しつつある。

 

そんなジルコニアを見て、またカズキはホッとする。

 

理想の押し付け……、そうマリーの話をするとすれば、彼女は生まれながらに奴隷の身分だった。出生は選べない。生まれた瞬間から。本人に選択肢など無い。……自由があるとは言えない環境で育った。

 

そして 漸く解放の兆しが見えてナルソン邸へとやって来ている。

 

そんな彼女なのだから、例え心は別だったとしても、自由になる為に、兄妹共に幸せになる為には、夜伽の相手だって決して辞さない。

カズキの言い分は、不自由ない幸せな世界で、素敵な人と、パートナーと出会って出来る恋愛模様の延長上。この世界では 比率的にどちらかと言うと絵巻物(夢物語)の分類に入りそうだ。価値観の違い、その押し付けでない事を安堵しつつ、ほっとしていたのもつかの間……。

 

 

「カズキさんが相手なら……良いですね……。幸せだと、確信が出来ますね……」

 

 

先ほどの様子は一体どこへやら。

目元を拭ったとはいえまだまだ目が赤いのは兎も角、乱れかかった服装、仄かに赤く染まる頬、今更だが風呂上りだろうから、全体的に淡く染まっているのが、ますます大人な色気を演出している。

 

 

「私、カズキさんなら……」

「じ、ジルコニアさん? 私は 不倫も推奨しませんからね!!」

 

 

ススス、と近付いてくるジルコニアに、今度はカズキが顔を赤くさせながら 両手を前に出して制した。

 

すると、ジルコニアは 最初から解っていた、と言わんばかりに笑顔で笑いながら、ワンピースをしっかりと羽織りなおす。

 

 

「うふふ。冗談です。おかげ様で元気が出ました。……ありがとうございます」

「じょ、じょーだん……、も、もう! 元気出たならそう言ってくださいよ……。ビックリしてしまいますって」

「そうですか? 私でも……イケます? さっきも言いましたが屋敷には可愛い娘が沢山居ますけど……。私はカズキさん的にはどうです?」

「えっと、ジルコニアさんは、素敵な女性(ひと)で、って もうっ! ジルコニアさんは オレに何を言わせたいんですかーー」

 

 

夜のナルソン邸に楽しそうな声が僅かに漏れ出す。

最初の事を考えたら、本当に良かった、とカズキはからかわれているのを理解しながらも、そう思うのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

あの後、暫くして 自室へと戻ったジルコニア。

その両手には、カズキとカズラからのプレゼントである日用品・美容品があり、それらを自室のテーブルの上に置くと、身体中の力が抜けたのか、ドサッ、と音を立てて座り込んでしまった。

 

 

「ッ………カズキ、さんに……、すくわれた……」

 

 

不意にそう呟く。

もしも、あのまま――― あのままの精神状態で、カズキと会話を交わす事なく、この部屋に戻って来ていたらどうなっていたか、簡単に想像が出来る。

 

零れ出る嗚咽。咽び泣き続ける姿。

震える身体は止まる事を知らず、ただただ止めようと藻掻き、自身を抱きしめ続けていただろう。

 

 

夜伽に呼ばれる事。

 

 

 

カズキの身体は、あの日…… 本当の姿を見た時から、人のモノではない、と理解していたが、それでも 光を発する事、光に成る事以外の時を思えば、普通の人間と何ら変わらない。

接すれば触れる事だって出来る。共に汗を流す事も、笑い合う事も、出来る。普通の人の様に扱って欲しい、とカズキから言われていたが、ふとした時、メルエムである事を忘れてしまいそうなまでに、彼は()だった。

 

 

だからだろうか、夜伽に呼ばれる事は、いずれひょっとしたら自身が呼ばれるかもしれない事はカクゴしていた筈だった。

 

カズキのモノになれば、見初められれば、きっと寵愛を授けてくれると思うから。カズラだって無視できない筈だ。同じ神々同士、夫々の寵愛する者を守りたいと思うのは……自然な事だと思うから。

 

だから、可能であれば、夜伽相手となりお気に入りになる事だって辞さないつもりだったというのに………、カズキの人柄を知っている、知っていた筈なのに、あの時 脳裏に過去の記憶がフラッシュバックし、怖くて怖くてたまらない自分が居た。

 

そして、カズキに、カズキの優しさに救われるまでの自分がどうしても情けなくなってしまう。

 

 

「……あの時とは違う筈なのに。……あんな風に、汚される訳じゃないのに。……あんな光景を見せられるワケもないのに」

 

 

カズキに限って、光の優しい神様に限って、そんなワケが無い。今なら直ぐに解ると言うのに、あの時の自分はどうかしてしまった。

 

 

 

「お父さん……、お母さん……、フィリア……。家族(・・)に……、皆に顔向けできなくなる……所だった」

 

 

 

あのまま、子供の様に泣き続けていたら、きっと後悔していただろう。

カズキの優しさが無ければ、後はもう自分は何も出来ない。エイラやマリー、そしてリーゼに頼るほかなくなる。術がなくなる。

 

 

でも、今は違う。前を向く事が出来る。立ち上がる術を、与えてくれたから。

自身の心の傷(トラウマ)を克服する術を与えてくれるから。

 

 

まだまだ、時間はかかるかもしれないが、必ず。

家族に報告をするために……。

 

 

 

 

ジルコニアは、涙を拭いさると、抜けていた力を改めて入れ直す様に立ち上がるのだった。

 

 

 

 

 



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34話 せめるリーゼさん

 

 

 

色んな意味で大変だった夜も更け―――朝がやってくる。

 

日の光が差し込み、まるで自分の光と溶け合ってる様な感覚を覚えながら……カズキの意識は覚醒した。

 

 

「………いや、単純に昨日の心労が残ってるだけ………。そんなロマンチックなのないって」

 

 

覚醒と同時に、勝手に自分にツッコミを入れてカズキは、ゆっくりと身体を起こした。

 

考える事はただ1つ。

ジルコニアとの1件……カズラの耳に入れておくか否かを悩む。

 

 

カズラと自分の会話を聞いてジルコニアが勘違いをした。

 

カズラにもある程度は、今後とも誤解を招きそうな発言、言葉に注意を促す為に……とも思ったが、今は ジルコニアにとって触れられて欲しくない場面でもある筈だ、と思いとどまった。

 

だから、カズキはカズラに相談と言う名目でジルコニアの事を話すのは止めておこうと結論。

そもそも、他人の心の傷を妄りに広めて良いモノではない。

 

そう結論付いたその時、部屋のノック音が聞こえてくる。

 

 

「どうぞー大丈夫ですよ」

「おはようございます、カズキ様」

 

 

カズキの招き入れる声と共に部屋の扉が開かれ、そこから朝一番の笑顔の挨拶と共に彼女が入室。

完全に部屋の中へ入って再びマリーが深々と頭を下げて挨拶をした。

 

色々と悩む事が多くなった気がするが、これが本当の1日のスタート。

カズキはマリーが入ってくるまでに、表情をしっかりといつも通りに直す様に務める事ができ、マリーと笑顔で挨拶を交わす事が出来たのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

朝の挨拶もそこそこに、カズキは身支度。

もう恒例になっている朝の訓練だ。そこにはリーゼも来ているので、1人のんびりと時間を使って準備するつもりは無い。

 

リーゼの早朝訓練の予定時間(スケジュール)に関してはエイラより聞いている。

 

リーゼ自身が合わせる様に、と言っているのだが、そこは多忙極まりない彼女の1日(スケジュール)。どう考えても自分がリーゼに合わせる方が良い、と言う事で本人には内緒の方向性で、エイラから時間を聞いたのである。

 

この時、そのちょっとした優しさかもしれないが、それに触れて エイラやマリーが笑っていたのは言うまでも無い。

 

 

「じゃあ、マリーちゃん。行ってきます」

「はい!」

 

 

元気な笑顔で見送れるのも心地良いモノだ、と思いつつカズキは部屋を出ようとして……1度止まった。今日の事、マリーに言っておこうと思っていた事があったのを思い出したから。

 

 

「そうそう、今日はカズラさんから扱う食材の保管方法や場所の指導を受けると思うケド……」

「あ、はい! 聞いております」

「あははっ。えっとね~。うん! 結構、いや多分 すっごくビックリすると思うんだ……。だから先に心構え、とかをね? 私から詳細を教えちゃうのも有りだと思ったケド、やっぱり実際に見た方が解りやすいか。ただ、ビックリしちゃう事は確かだから、覚悟しといてね」

 

 

ニコッ、と笑いながらウインクするカズキに、マリーは頬を赤らめながら頭を下げて【畏まりました!】と元気に言葉を添えた。

 

 

マリー自身もカズキだけでなく、カズラの食事係も任命されているので、その辺りの事は聴いている。カズラやカズキ(厳密にはカズラのみ)の2人には出す食事、材料が違う事も知っている。理由までは解っていないが、ジルコニアやハベルからは、【口に合わなかった】とだけしか聞いていないから。

 

 

でも、マリーはそれが本当の事だとは思っていない。

 

 

2人の優しさに触れているからだ。

仮に本当に口に合わなかったとしても、底なしの優しさを持っている彼らが、作った食事に対して、料理に対して、文句を言ったりする姿が想像がつかない。

 

それに、周りと同じ事(・・・・・・)を強く求めているカズキの事も見て接しているから。

 

だから、何か自分達には知らない事情がある、とは思いつつも、それらには一切関与しない関知もしない。

 

ただただ、自身が仕える事が出来ている相手に幸運と多大なる感謝を想いながら、日々を全うする事だけをマリーは考えているのである。

 

 

 

 

 

 

そして、その後―――。

 

 

カズキの言う通りだ。マリーはビックリ仰天した。ビックリする、と伝えられていたから それなりには、身構えていたつもりだったのだが、予想を遥か上に行く代物を前に、そのちょっとしたカクゴ? は霧散する。

 

 

カズラが説明したのは、冷蔵庫(・・・)の取り扱い方法とその中身の説明だ。

 

驚くのは無理もない。

冷蔵庫、と呼ばれる見た事の無い箱状の物体を開いた途端、精霊の光が内部に宿り、明るく照らされた。

それどころか、明らかに室温よりも遥かに低い温度、冷気が開いたと同時に中から漏れ出し、思わず身体が震えた。

 

 

食材の鮮度を保ち、長持ちさせる為に気温を下げている……と一頻り説明は受けたが、全く理解が追いつかない。

更には食材を凍らせられる場所もあって、更に更に更に驚く。

冬でもないのに氷が量産されている事にも驚き驚き驚く。

 

 

 

カズキのウインクの意味、此処で漸く理解出来た。

そして、何だか今も……今の自分を見て笑っている様に感じる。

確かに、注意を促してくれたのはそうだが、何処か含みのある、悪戯っ子の様な笑みがマリーの瞼に焼き付いて離れない。

 

 

「(……ぅぅ、なんだ いじわるです……)」

 

 

マリーはそう思いながらも、本心の部分は 嬉しい事には変わりない。

撫でられた頭を一撫でし、カズラの説明をしっかりと頭の中に留めようと努めるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――ナルソン邸、庭園にて。

 

早朝の訓練場として扱われている場にて、汗を流している影が2つ。離れた場所でもう1つあった。

 

「ハァっ!!」

「っうん。良いよ、良いよ、その調子!」

 

 

踏み込み、打ち込み時の裂帛の気合。何より迷いなく打ち込む姿勢とその位置。どれをとって見てもよく解ると言うモノだ。

 

 

彼女が―――リーゼが日々研鑽を積んできたのだと言う事が。

 

 

ぶつかり合ってこそ、本質が見えてくる。何処かで聞いたことがある話ではある。

カズキ自身も決して絵空事ではない、と思っている。

 

武の腕前とその人間の性質は、リンクしないだろう……と何処かでは思っているが、少なくともカズキにも解るから。リーゼの日々の積み重ねが。

 

 

足取り軽やかに、再びリーゼと間合いを取り、もう一度打ち込んでこい、と言わんばかりに手招きする。

そして元来、リーゼ自身も負けず嫌いな所があるから、それを挑発と受け取り、より気合を込めて一刀入魂。

 

自身の母、ジルコニアの剣術を記憶の中で揺り起こす。

 

ジルコニアの強さは、実際に打ち合ったワケではなく、観ていただけなのに、まるで身に染みているかの如く理解している。

どれだけ修練を、訓練を重ねてもたどり着けない、と思わせる程の頂きにいると言う事が。

女である事を忘れさせられる程、圧倒してきた数々。目にも止まらないスピード、反応の速さ。……そして何より実戦経験の差。

 

リーゼ自身には、決して模倣出来ない代物かもしれないが、ジルコニアの姿を目に焼き付けて、自分の最高を全て出す勢いでカズキに突進した。

 

幾重にも重ねるフェイント。数多の偽物の中にたった1つだけ紛らわせている本身。

 

 

まさしく最高の一撃を―――!

 

 

「っ!!」

 

 

びゅんっっ! とカズキの目先を、その空間を 訓練用の木剣が切り裂く様に通り過ぎた。

僅かに髪の毛に当たったのだろうか、光の粒子が瞬いている。幸いな事に彼女にはバレない程微細な光の粒子が舞い、そして毛先を泳がせた。

 

 

 

「お見事!」

 

 

 

カズキはそう言うと剣を腰に戻した。

リーゼは かなり力を入れていた様だ。まだ小刻みに身体が震えている。

 

 

会心の一撃である、と感じたのと同時に、その一撃は躱されてしまうと言う事も読めた。

悔しいが、まだまだ自分は髪の毛1本掠らせる程度しか、カズキに追いつけていない事を理解。

 

理解するのと同時に、見えなかった頂きに、少し近づけたかもしれないと言う僅かな達成感もあった。

 

 

「(毛一本掠め取っただけで、達成感を得られるなんて………)」

 

 

以前までの自分なら笑い飛ばす事だろう。

その程度なのか、と。志が低い、と。

 

でも、そう思ってしまうのは、カズキの大きさ(・・・)を、目で見える範囲を更に超えた大きさを、間近で肌で感じ取っているからこそだろう。

 

 

「ありがとうございました」

「お疲れ様でした」

 

 

汗を拭うための布タオルをエイラから受け取り、何処かさっぱりとした様子でカズキはリーゼの隣に立って告げた。

 

 

「ほんとスゴイね。日に日に上達するの、ってこういう事を言うんだなー、って今まさに実感してるよ」

「はいっ! カズキ様にそう評価して頂けて、私も嬉しいです。……でも、まだまだ頑張りますので、見ていてくださいね」

 

 

ニコッと輝く笑顔に見惚れそうになる。

それをどうにか顔の汗を拭う所作で誤魔化すカズキ。

 

そして、誤魔化すついでにリーゼに1つだけ聞きたい事が有ったので、出来るだけ自然に不自然な風にならない様に聞いた。

 

 

「リーゼさん。ジルコニアさんは今朝は大丈夫そうかな? その……昨日、何だか疲れてる様だったから」

 

 

それは勿論。

 

昨夜の1件は話さず、見て接して、感じたからリーゼに心配になって聞くカズキ、を演出したつもりだ。心配している、と言うのは演技でも何でもない。本気で思っている。

 

昨日の夜の1件の後、ジルコニアは笑ってはいたが、負担になってないか? 日頃の疲れと相余り、精神への負担に昇華されて翌日に尾を引いてないか?

 

ただでさえ実務が鬼程忙しいのだから、身体は第一に考えて貰いたいのだ。カズラに頼んで完全回復薬(リポD)を幾らか渡す手筈も直ぐに整えれる。

 

 

と、色々と深刻気味に考えていたカズキだったが。

 

 

「お母様は、今朝 こちらへ来る前に、お会いしましたが、特に様子は問題ない様に思えました。グッスリ眠れたと、昨日よりもお元気な姿で……」

「! そっか、それは良かった……」

 

 

ほっ、と撫でおろすカズキ。

 

それを見たリーゼは……少々曲解した方向で自身のセンサーが警鐘を鳴らせていた。

 

ジルコニアの身を案じているという事と昨夜のジルコニアの事。

彼女の姿こそ見ていないが、夜遅くまで起きていたという事は解っている。

 

 

「(まさか、お母様と………? 幾らクレイラッツの有力者で凄腕の剣士だからって領主の妻をなんて……、そんなまさか………。でも、カズキ様は そんな感じ(・・・・・)はしないんだけど………)」

 

 

リーゼとて目利きは優秀だと言える。

接してみて大体の人柄を察知し、個々においての対応策を変えてきている。

 

これまで 自身が目的の面会。

明らかに下心満載な人物は、察知するまでも無いが、領主と言う立場を利用する野心が見え隠れしている者や一緒になると兎に角面倒くさくなりそうな者、ほんの僅かな相手の印象、直感に似た心の機微にまで、人を見続け、接し続けてきて養われてきたもう1つの特技。

 

 

それら培われてきた技能を総動員させて、カズキやカズラの人柄は一通り察したつもりだったが……、まさかの盲点だった。

 

ここまで訓練に熱を入れる様な事までは考えてなかったが、カズキの人柄を見て、はっきりと決めた。好印象を向けて、本気で落とすつもりだったと言うのに、まさか意中の相手が自身の母?

 

 

「……(いや、結論付けるには少しばかり早計……。でも、油断するワケにはいかないわ……。万が一 相手がジルコニア(お母様)だったとしても)」

「?? どうしました?」

「あ、いえ。なんでもありませんわ。……今日も本当にありがとうございました。カズキ様」

「あはは……。まぁ 今日も1日始まったばかりだからね。正直お礼を言うのはまだ早いと思いますよ? ここから、より頑張りますから」

 

 

数ある面会を重ねてきて、これ程までに贅沢な優良物件が2つ。

本気を出す、と初めて決めた相手なのだ。例え不倫をしていたとしても、自身の両親であり、その善し悪しは兎も角……負けるワケにはいかない。

 

 

笑顔で握り拳を向ける未来の相手――――。

 

リーゼはロックオンし、決して逃すまい、と瞳の中の炎を更に猛々しく燃やすのだった。

 

 

傍で観ていたエイラは、何処となく察した様で ただただ苦笑いをしていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そして、早朝の打ち合わせにて。

 

 

「おはようございます。カズラ殿」

「あ、おはようございます、ナルソンさん、ジルコニアさん、リーゼさん。それにカズキさんも。あぁ、オレが一番遅かったですね、すみません」

 

 

打ち合わせに使っているダイニングにて、部屋に入ってきたカズラに先に気付いたナルソンが挨拶を交わし、他のメンバーも頭を下げる。

カズキも同じく挨拶をしたのだが、カズラは一番遅かった事を気にしている様なので、少々苦笑いを交えながら答える。

 

 

「私も先ほどついたばかりですよ。……あはは、流石に汗だくでこの場に参加するワケにはいきませんからね」

「うぅん、朝から稽古とは、ほんとスゴイ……(身体バキバキなのに、絶対マネできない……)」

 

 

カズキが早朝訓練をしている事。

アイザックやハベル、そしてリーゼも含めて相手をしている事は把握している。

それに、カズキの告白でその技量はズルである、と言う事も聞いているが、カズラ自身はそうは思っていない。力は兎も角、精神面は カズキが培ってきたものの筈だから。

 

 

「ふふふ。私もまた、ご一緒させてください。凄く興味がありますので」

「あ、はい。良いですよ。……何だか、大所帯になってきましたね、もうアイザックさん達から広まったのか、何人かの近衛兵の皆さんにも声を掛けられましたから。後、マクレガーさんにも、かな? うーむ……復興の仕事や各皆さんの通常業務の妨げにならないと良いけど」

 

 

恥ずかしそうに頭を掻くカズキにナルソンは改めて注目。

 

ナルソンも訓練(それら)の報告は受けている。

まだ日も浅いが、事細かに書かれた詳細を網羅している。

 

ナルソンは、【アルカディアの盾】の異名を誇り、先の大戦では その妻 ジルコニアは【常勝将軍】と称され、他国にもその異名は轟いている。

そして、自身が受け持つ領地の兵力にも当然信頼しているし、この国のトップクラスの実力と言っても良い兵士が揃っていると言う自覚もしている。

 

神の力を疑ってはいない。だが、人の心に作用するか否かはまた別だ。

 

 

「カズキ殿。ありがとうございます」

「ええ! まさかですけど……ナルソンさんも参加する! なんて言いませんよね? 流石に容量(キャパ)オーバーですよ?」

「ふふふ。興味は尽きませんが。まだまだやらなければならない事が多い故、私は退いておきましょう」

 

 

リーゼが頬を膨らませているのが見える。

ジルコニアが好奇心を剥き出しに観ているのが解る。

 

光に集っているのが解る。

 

 

復興の方、豊穣の神様(グレイシオール)については、最早語るまでも無い。

神々に囲まれた我らアルカディアは、これ以上ない程の幸運だ。

 

 

問題は山積みではある、がここから国は上昇していくだろう。

 

 

ナルソンはそう確信出来るのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そして―――その後。

 

 

 

「カズキ様………私………」

「!!!」

 

 

 

場所はランタンの灯りが僅かに周囲を照らすのみの空間。

誰も居ない密室と言って良い場所。

 

 

そんな場所で2人きり。

 

 

リーゼ(・・・)と2人きり。

 

 

 

 

―――えっと、えっと……、ちょっとまって? どうして、こうなったんだっけ?

 

 

 

 

上目遣い、灯りに照らされただけとは思えない紅潮した頬。

 

その圧倒的な破壊力のある美貌を存分に堪能しながら、世の男にとっては実に贅沢な悩みだと思われるかもしれないが、カズキは混乱極まっていた。

 

そのオーバーヒートしそうな頭でカズキは、懸命に事情を思い返すのだった。

 

 



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35話 娘の恋路を邪魔? するのは……

遡る事数分前――――。

 

 

 

 

場所は資料室。

 

 

重要な書類は、ナルソンの執務室に主に保管されているが、それ以外の全てはこの資料室に保管されているとの事。

 

兎に角広いし、兎に角 多い。ちょっとした図書館だ。カズキの世代では主に電子書籍、デジタル化が主流になっているが、歴史博物館や、昔ながらの図書館など、紙が主流な所も当然あり、足を運んだ事があるが………、公共施設と比べて全く引けを取らないのが驚きモノ。

 

全ての棚には綺麗に収められており、しっかりと管理されているのがよく解る。

だが、リーゼもこれだけの量の資料だから、何が何処に有るか詳しく把握は出来てないらしい。――――当然の事だ。覚えきれる者が居たとすれば、文句なしの天才だと言える。

 

 

重要なモノが保管されている事も有り、ある程度厳重に管理している部屋だからか、窓が無く日の光も入らない。蝋燭の灯り、燭台を頼りに進み 奥の机で資料を広げて確認をしていた。

 

 

最初はリーゼ・カズラ・カズキの3名で水車の設計図を確認していた。

 

それは、カズラが日本から持ち込んだ日本製ものではなく、ここイステリアの職人たちが手直しして拵えた設計図。

車輪や水を汲み上げる木箱の強度を上げて、破損しにくく、更に効率よくをコンセプトとして、手直ししてくれたは良いが、生憎未知の道具である事は間違いないので、善し悪しの判断が難しかったとの事。

 

 

 

結果はカズラのお墨付き。

 

試作品を作り、順調にいけたなら量産化、と先々まで見据えて太鼓判を貰えた。

当然リーゼの顔には安堵の表情が浮かんでいる。

職人たちの頑張りや家族の皆の頑張り……、そしてイステール領で暮らす全ての人達、皆が報われた、と思えたから。

 

 

リーゼは深く頭を下げて、家族を、このイステール領で暮らす者代表として、感謝の意をカズラとカズキに伝えた。

 

 

この領土内の状況は年々悪くなる一方。

加えて敵国バルベールの不穏な動き。砦の建設。果てには天に見放されたかの様な大飢饉。

 

泣き言は一切言わないナルソンもジルコニアも……限界に近かったかもしれない。

だが、2人が来て、未来に希望が持てる様になった、と。

 

 

これからも一緒に手伝いをさせて欲しい、と懇願された。

 

 

勿論、カズラもカズキも笑顔で了承。

リーゼの様な美しい女性にここまで懇願されて、断れる男が居るだろうか? いいや、いない! と断言できる、とカズラは思い、そしてカズキも同じだった。

 

それにカズキは 早朝、時には夜。

 

剣の鍛錬をリーゼと共に行っており、色々知ってはいても(・・・・・・・・・) 情と言うモノは当然ながら出てくる。

 

特に訓練に限っては例え裏で何を考えて様が、その一撃一撃に乗せる想いに一遍の曇り無しだ。

何事も全力で取り組んでいるという事がよく解ると言うモノだ。……だから、休日の気が休まる時間くらいは……、ああ(・・)なったとしても仕方ないだろう、とカズキは改めて考えなおしていたその時だった。

 

 

資料室を出て―――と言う所でリーゼに呼び止められたのは。

 

 

「カズキ様。その、訓練の件なのですが、少し宜しいでしょうか?」

「! はい、大丈夫ですよ」

 

少々驚いた。

木剣での訓練の事を思い返していた矢先のリーゼのこの言葉だったから。

 

カズラは、武術面においては完全素人な上に、軍事関係ならまだしも、個々の力に重きを置く剣術指導となると正直付いて行き難く……更に空気の読める男である事も意識し出してるので。

 

 

【ここは、カズキとリーゼを2人きりにさせなければ!】

 

 

と思ったとか思わなかったとか。

大切な領主の娘に何を!? と思う自分も何処かで居たが、リーゼの両親であるジルコニアやナルソン、特にジルコニアは許容しそうな気がする、と言うのがカズラの意見だったりする。

 

 

直接聞いた訳ではないが……、時折 そう言った類の事に関して 推しが強い傾向がみられるから。

 

 

付け加えて、カズキがカズラとバレッタを妙にくっつけようとしてきてる事に対するお返し、と言うカズラの悪戯心も有ったりしている。

 

 

色々と重なった結果―――――リーゼとカズキの2人きり(前話のラスト)シーンに繋がるのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「私はカズキ様の技量に、そして優しさに、心から尊敬し、敬愛しております………」

「は、はい! それはその……身に余る程光栄で……」

「そうご謙遜なさらずに。……その、先ほど カズラ様にも申し上げましたが……、どうか私にもお手伝いをさせて下さい」

「勿論ですよ。リーゼさんはとても頼りにしてます! その辺りはカズラさんも同じで、すっごく助かってて……」

 

 

と言っていた間に、リーゼは間合いを一歩更に詰めた。

訓練の時でも、ここまで深くに切り込まれた事は無い。赤くに染まる頬。艶のある唇。室内だと言うのに靡く見事な茶髪(ブラウン)

仄かに花のような香りがするのは……、恐らくリーゼの香りなのだろう。変態、と思われるのは勘弁なので、嗅ぎつくような真似はしないが、極端に匂いを付ける香水のような代物が無いこの世界だから、よりリーゼ自身の香りが鼻腔の奥にまで駆け上がってきた。

 

まるで酔ってしまったかの様に、視界が歪む。

 

嘗てのトラウマでさえ、裸足で逃げ出しそうな程の魅力をリーゼに感じていた。

 

 

「これからも……、カズキ様の御傍(・・・・・・・)で………。私、私は…………っ」

 

 

その小さな手が、自身の胸に当たる。

衣服で隔てているのにも関わらず、その温もりを感じる。

 

女の子を象徴するリーゼの少々控えめな……ゲフンッ! サイズは兎も角として、柔らかく温かく心地良く、理性を崩壊させかねない威力を兼ね備えていたリーゼの(膨らみ)が、カズキを捕らえて離さない。

 

 

「あ、いえ、その……っ! えと……」 

 

 

 

カズキは 顔を真っ赤にさせて口が回らなくなっていた。

 

 

――――後ほんの1歩、後ほんの1歩。

 

 

その姿を見たリーゼの頭。

ただただ只管に、後1歩だと連呼していた。

リーゼとて、ここまで異性に迫るのは初めての事だ。……後に起こる輝かしい未来の為に、国の為に、……そして やはり自分の為にも、ここだけは退いてはいけない、と言う並々ならぬ決意と覚悟を併せ持っている。

 

だが、だと言っても………、初めてなのだ。話には聞いていた。経験のあるコに話を聞いた。心構えも聞いていた。……だが、百聞は一見ともいうべきか、何度聞いても1度目と言うのは やはりかなり恥ずかしい。

 

 

「(もう少し……)」

 

 

リーゼの腕にかかる力が上がってきていたその時だ。

 

 

ギィ………ッ、とこの外界から遮断されたかのような空間に、外からの来訪者を告げる音が響く。

それは、部屋の入口の扉が開く時の擦れた音である……と言う事は 瞬時に悟れた。

 

 

それを聞き咄嗟に2人同時に距離を取る。

 

 

「ん? カズラ殿が戻ってこられていたのですが、まだカズキ殿はリーゼとこちらにおられたのですか?」

 

最早誰にも止められない、と思われていたリーゼの進撃が止まった瞬間だった。

 

入り口から顔を覗かせたのはナルソン。

棚の間から部屋の奥に居るカズキ、そしてリーゼを見つけると意外そうな表情を見せていた。

 

何より、ここに来る前にカズラと接触していた。2人でリーゼの案内によって資料室へと行く、と言う話は聞いていたので、もうそれも終わり、仕事を開始――――と思っていたから。

 

 

「はい。カズラ様とカズキ様には、水車の設計図を見て貰って、太鼓判を頂けました。その、カズキ様には、早朝訓練の件について、少々議論を重ねてまして……」

 

 

リーゼはほんのつい先ほどまで、室内が薄暗いのにも関わらず、頬が紅潮していた様な気がしたのだが、それさえ 気合? で身体の奥へと引っ込め、切なげな表情を完全に消し去り、声がしたナルソンの方へと振り返る時は、もういつもの穏やかな表情そのものに戻っていて対応を交わしていた。

 

その姿を見れば、若い(カズキは不明だが)男女が密室で2人切り―――と言う誰もが思い浮かべそうな展開、誰もが想像しそうな事柄、逢引の類ではない、と言うのは直ぐに解ると言うモノ。

それ程の演技力を兼ね備えているのは、脱帽モノである。

 

如何に相手が相手とはいえ、ナルソンにとってリーゼはたった1人の娘だ。例え相手が神だったとしても 父親の前で異性と――――ともなると、少なからず表情に動揺の色が出そうなモノだが、リーゼの返答と表情もあってか、その可能性は瞬時に消し去ると。

 

 

「何もそんな薄暗い所でやり取りをしなくとも、すぐそこにある談話室でも使えばいいじゃないか」

「いえ。ほんの少しの内容でしたので。細かな擦り合わせは、実際に訓練場で指導して頂ける事でしたので。……お父様は、何の資料をお探しに?」

「うむ。徴兵関連の資料を取りにな。領民の資産をもう一度洗い直して、徴兵時の装備と編成の区分を分けなおさなければならん。最近は様々な事が上昇傾向にあるとはいえ、忙しくて、途中まで手を付けて残りは放置していた状態だったからな」

 

 

そのナルソンの話に、次に喰いつくのはリーゼではなくカズキ。

 

 

「ナルソンさん。その仕事の内容を少し見せて貰える事は出来ますか?」

「よろしいのですか?」

「はい。ジルコニアさんとは約束をしています。カズラさんにも了承済みの事ですし、今後カズラさんの知識や道具をお借りする事は多いでしょう。……ですが、私自身が最初に約束をした事柄なので。今の内に頭に入れれるだけ入れておこうかと」

 

 

軍事関係に関して、一番声を上げていたのは、カズキの方だ。

カズラは当初は 農業関係、自給率の向上、財政状況の改善などを主として対応していくつもりだったが、早朝訓練、更には夜の訓練まで一緒に行うカズキはまた別。

 

そして、カズラ自身も軍事関係に手を貸す事に今は抵抗はない。

 

色々な可能性を危惧して、軍事面はオーバーテクノロジーでもある日本製の道具一式は準備するのは止しておこうと思っていたのだが、そこはカズキに後押しされた形でもある。

 

敵国家であり、国力に大きく差を付けられ、必ず戦争が起こる事まで危惧されている現状。

戦力、と言うよりは 主に防衛力の方向性で力を貸せたなら、と言う考えだ。

 

平和な現代日本において、戦争と言う言葉は馴染みが無いから、浮世絵した話に聞こえるかもしれないが、本当に失う時はあっという間である、と言う事もカズキ自身から聞いている。

 

ゲームの世界とはいえ、限りなく現実に近付いた仮想の世界、数多の世界を旅してきた男の話だ。

失ってから後悔しない様に、と何処かで考える様にしていた。

 

 

「解りました。それでは早速執務室に参りましょう。リーゼ、書類を運ぶのを手伝ってくれ」

「あ、私も手伝います!」

「はい。お任せください。(………もう少しだったのに!!)」

 

 

最高のタイミングだった。

カズラとカズキの2人で、カズキに狙いを絞ったリーゼ。

元々、カズラには女性の影がちらほらと見えており、時折カズキ自身が それを匂わせる発言も幾つかしていたので、確信に変わっていたのだが、カズキは対照的に、女性の影は一切ない。

 

更には、付き合ってくれた早朝訓練での神業とも言って良い剣術を体感し、これ以上ない程の充実した訓練を受け続ける事が出来ている所にもある。

 

――――ただ、落とす! せめてせめてメロメロにして、惚れ込ませる!

 

と、意気込んでいたリーゼだったが、その姿には一定以上の好感度は持っている。凄まじい動きは、訓練をして、まだ未熟ではるものの、一剣士として 見惚れてしまうのは当然だと言える。

 

 

そして、更に更に、隣国の有力者。ジルコニアからも絶大な信頼を得ているのも見て解る上に、想像を絶する程の金持ち。カズラとカズキの共通点。性格は穏やかで優しい、周りに気遣いが出来る、分け隔てなく接する事が出来る上に働き者。

 

正直、違う意味でバケモノの様に見えなくもない。

 

力があり、金もあり、権力も、在れば 何処か醜い部分が1つ2つでも見えてきそうなモノなのだが、2人にはその影も片鱗さえも見えない。

長年人を見る目を長けさせてきたリーゼ自身の目をもってしても見る事が出来ない。100%とは言えないかもだが、それでも十分過ぎる程だ。

 

 

だから、今回攻めに攻めてみた。

大貴族でもあるイステール領主の娘である自分と一度関係を持ってしまえば、いくら隣国クレイラッツの有力者とはいえ、責任は取らざるを得なくなるだろう。……元々の性格を考えれば、責任を取らず逃げ出す様な男ではない、と言う事も承知済み。

 

このまま、めでたくイステール家の婿養子、結婚一直線。

 

カズラが選ばれなかった、と気分を害する可能性も少しは考えているが、後々そちら方面も全力でバックアップしていくつもりだった。

 

その大きな一歩、自分にとっても国にとっても、重要な第一歩をよりにもよって自分の父親に邪魔されるとは夢にも思わなかっただろう。

 

 

「?? どうかしたのか? リーゼ」

 

 

心の表情は兎も角、実際の現実の表情は変わっていないが、言葉数が明らかに少なくなったのを気にしたナルソンは首を傾げたが、リーゼは笑顔をつくって。

 

 

「いえ、なんでもありません」

 

 

全く読ませないその表情に、多少の身震いを覚えるのは 頭が冷えてきたカズキの方だった。

リーゼが考えている事………、自分が もう朧気で霞んでさえいるが、僅かな情報を手繰り寄せ、形にしたリーゼの人物像、そして この世界観から 推理すれば……容易に行きつく。

確かに下心はあるだろう。と言うより、リーゼ自身に下心で近付く輩の方が圧倒的に多いのだから、彼女自身がそう(・・)なったとしても、罰は当たらない。……それを圧倒すると言って良い程、大変な仕事量を熟しているのだから。

 

 

カズキはナルソンとリーゼと一緒に執務室へと向かっていたが、ゆっくりと歩く速度を緩め、後ろからついてきているリーゼと並ぶ形になった。

 

リーゼ自身は、ナルソンに邪魔された事もそうだが、今後の計画を考えていて、少し油断していた様で、解らない様だった。

 

でも、ふとした時カズキが直ぐ横に来ているのが解って、目が合う。

 

 

「!」

 

 

パチンっ、と片目を瞑るカズキ。軽く照れくさそうな表情こそ残っているが、ニコっと笑顔を見せるカズキに……リーゼはドキッ! と心臓を高く跳ね上がらせた。

 

 

いつも、自身が受けるのは、思わせぶりを少しでもした相手だったなら、更に一歩、また一歩深く踏み込み、少しでも深い仲になろうと取り入ろうとする表情だったのだが、カズキのソレ(・・)は、今まで感じてきた男達、誰とも違った。

 

心の内を見られたような感覚がしつつ、まるで【ゆっくりで良いから落ち着いて】とあやされている様な感覚もしていた。

 

 

様々な事で培ってきた演技力(猫かぶり)には絶対の自信があったリーゼだが、剣術と同じく 何処か底知れない姿を見た気がしたのだった。

だが、カズキの照れた顔はしっかりと見れたので よりリーゼを前向きに、より攻勢に出させる結果にも繋がったのである。

 



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36話 夜の茶会での衝撃

 

 

カズラは、自室で酸素バーナーを使い透き通ったガラスロッドを只管溶かし……。

カズキは、訓練夜の部へと精を出していた。

 

 

それぞれが互いに成果を発揮する良い関係だ、と今更ながらカズラは実感する。

 

 

「……どう考えても、オレじゃ武力(あっち)関係はムリムチャだからなぁ………、せめて体力くらいはつけときたいけど」

 

 

左手にもったガラスロッドの先端に炎を当てつつ……、時折きこえてくる鍔迫り合いの音を聞き、まだまだ続いている訓練の光景を思い描いて、ややげんなりとしていた。

 

 

変にミスしない程度に考え事をしつつ、作業をしていたので、思った以上に完成数が多い。

 

 

「うん。結構作れたな。それにしても、いったい幾らくらいで売れるのかな?」

 

 

お世辞にも上手いとは言えない歪なガラス玉がクッキーの空き缶に入ってる徐冷材の中に放り込まれている。

 

 

あまりにも精度が良過ぎる(日本製のガラス)となると、価格がヤバすぎて、市場に混乱をきたしかねないし、他の宝石が暴落してしまう可能性も捨てきれないので、日本製バリの純度なガラス玉を量産するより、こちら側の世界に合わせた宝石を量産する方が良い……と言う訳で、カズラの様な素人技がいわば重宝となっているのである。

 

酸素バーバーと言ったオーバーテクノロジーを扱える、と言う面もある。

こちら側の世界の人間に教えるのも限度と言うものがあるから。

 

 

何はともあれ、凡そ30程のガラス球が出来上がった。

 

 

「ふぅ……。それにしても、あのばあさん。今頃左団扇なんだろうか。……今度様子を見に行ってみるか。カズキさんも気になってるみたいだし」

 

 

透明度の低い宝石でも、真円にカットされたものは、詳しくない、と言っていたナルソンでも1万アルは下らないのでは? と言う意見だった。

 

なのにも関わらず、カズラ1人……否、村の子供の1人ミュラと一緒だから2人で行った時、脇の甘さ故にかなりの安値で買いたたかれてしまった経緯がある。

 

子供であるミュラの方が遥かにしっかりしている。アンタもしっかりしな、と耳が痛いお叱りの言葉も貰えた。

 

 

「……でもまぁ、そんな凄い額の宝石売買できるパイプを持ってる、って事なんだろうなぁ、あのばあさん」

 

 

高額なシロモノを簡単に右から左へ、なんて上手い話なワケが無い。相応の太いパイプでもない限り、痛い目を見そうなのはカズラとて解る。……と言うより、前回その辺りもしっかりお叱りを貰った。

下手したら、捕まっていた、とも言われたのだから。

 

 

「……うん。近い内に。カズキさんに纏まったお給金(アル)を渡さないとだし」

 

 

カズラはそう一息つくと、テーブルの端に置かれている紙袋へと目をむけた。

カズキからも言われていた通り、ジルコニアだけでなく、ナルソンやその他の家臣、目まぐるしく働いている皆さんに渡すだけの本数入っているリポDだ。

近い内に渡すつもりで、持ってきている。

 

 

「さて、エイラさんはいるかな」

 

 

カズラはそう呟くと、リポDの入った紙袋とハーブティーの材料が入った加護を手に取って、調理場へと向かった。

 

 

少しだけ歩く……、ずっと座り仕事ばかりだったので、少しは身体を動かさないとな、と愚痴りながら、歩く事数十秒。

 

調理場へと到着。中を覗いてみると……。

 

 

「あ、エイラさん。こんばんは」

 

 

椅子に座ってるエイラを直ぐに見つけた。

エイラはカズラの姿をみて、ほっとした様子で立ち上がり深々と腰を折る。

 

これは夜のお茶会仲間としての会合だ。

 

 

「カズラ様。夜分遅くに失礼いたします。以前お話していたお菓子を作ってみたのですが……、その、ご迷惑ではなかったでしょうか」

 

 

エイラの傍にあるテーブルの上には、リンゴの様な果物のコンポートがのせられた銀の皿が置かれていた。

 

 

「いえいえ、迷惑だなんてとんでもないです! 凄く美味しそうなお菓子ですね。カズキさんも羨ましがっちゃいそうだ」

 

 

実を言うと、カズキも夜のお茶会にそれとなくお誘いをしているのだが、夜の訓練の方に時間がかかってしまえば、残念ながら参加はまた後日。開催中に間に合えば、是非。と言う話になっている。

 

その辺りはエイラも知っているので。

 

 

「ありがとうございます。カズキ様がいらっしゃったら、直ぐ用意できますので大丈夫ですよ」

「あはは。重ね重ねありがとうございます。食べ物の恨みは怖いですからね。カズキさんと一戦やり合う様になっちゃったら、大変なので」

 

 

カズラは、舌をぺろっ、と出して笑った。

カズラとカズキが一戦やりあう……、なんて想像が出来ない。2人とも傍から見れば大の仲良し。普通の友達。一応、周囲に説明している大貴族? には見えない程。

そして何より 神様同士とはどうしても思えない程のモノなのだから。

 

 

「ふふ。大丈夫ですからね。あ、お湯は先ほど沸かしておきました。今、お淹れいたします」

 

 

エイラからお茶を淹れて貰い、そしてデザートのコンポートを頬張るカズラ。

 

 

「うんうん、さっぱりした甘さで美味しいです。食後のデザートにぴったりだ」

「ありがとうございます! ……よかった」

「あ、エイラさんも食べてください。別に気を使う必要は無いですから、気楽に行きましょう! 因みに、これはカズキさんも同様です。……重要で大事な事ですからね? 気楽に、普通に、ですよ??」

「ぅ、は、はいっ!!」

「あははは……。重要で大事な事なのに、気楽って。すっごく矛盾しちゃいそうですね」

 

 

やや委縮し、固くなってしまったエイラを尻目に、カズラは笑う。

エイラも解ってはいても、やっぱり身分の違い、そもそも存在の違い等も有って、中々難しい所ではあるが、本人たちが望んでいる以上、相応の姿勢を持って臨まなければならないだろう。

 

そう、気楽に、気楽に―――――……。

 

 

 

「気楽、と言うのがこんなに難しく感じるなんて、初めての事です」

「心中察しますよ。でも、どうか頑張ってくださいね」

 

 

 

暫く、2人は談笑を続けるのだった。

 

 

 

そして、更にもう暫くした後。

 

 

 

「お疲れ様です~~」

「あ、カズキさん。お疲れ様」

「お疲れ様です、カズキさん」

 

 

カズキも夜の茶会に参加。

 

 

「今日も随分大変そうでしたね………、部屋まで聞こえてましたよ? その、鍔迫り合い、ってヤツが……」

「あははは。アイザックさんもハベルさんも、日に日に強くなっていってますから。オレも大分力が入っちゃってますからね」

 

 

ぶんぶん、と手を振って応えるカズキを見て、カズラは苦笑い。

 

 

「体力面を鍛える、と言うのなら、カズラさんも是非。お待ちしてますよ!」

「うぅ……、ってアレ?? 大所帯になるの複雑~~って言ってませんでしたっけ??」

「いや、もう流石に慣れちゃいましたよ。リーゼさんやジルコニアさん、マクレガーさん、……この国のトップの方々がこぞってやってくるんですから」

「……改めて聞くと、凄く疲れる内容ですね」

 

 

一兵卒を鍛え上げる!! みたいなノリであれば、そこまで気になる事でもない筈だが、メンバーがあまりにも凄過ぎる。

幾ら色々と規制をした所で噂と言うモノはどこからともなく駆け巡るものであり、更に言えばカズキもそこまで秘密に~としているワケでもなく、更に更に来る者拒まず、なスタンスなので、入り口の門が広い。

 

マクレガー教官までが顔を出すと言う事は、最早軍隊全員が知っていても不思議ではない。

かと言って、人数制限が無いワケじゃないので、ある程度は抑えて貰ってるかもしれないが。……訓練を行っている場所の広さ等も考慮して。

 

 

「(か、カズキさんってやっぱり凄い……)」

 

 

リーゼにアイザックにハベル、果てはマクレガーやジルコニア。

リーゼは、確かに努力を積み重ねているし、剣術に関してはかなり高い水準でいるだろうけれど、それでもアイザックに迫る程の力量を有していたとしてもおかしくない。

アイザックとハベルは、言うまでもなく、近衛隊長クラス。評価するのも烏滸がましい程の実力者。

マクレガーは、教官として上に立つ存在。……剣の腕に関しては同じく言うまでも無く。

 

更に更に、ジルコニア。

 

常勝将軍と称されており、アルカディアの剣としてすさまじい力量を持つと言うのは、市井までに響く武勲だ。

実際に、汗1つかかずに何人もの兵士を地べたに薙ぎ倒し、その討ち取った? 数は数えきれず。鬼教官とも呼ばれて、死を覚悟する程の恐怖を味わった者もいるとか。その辺りは侍女であるエイラには噂として巡ってくる。

 

 

集まってる者たち、誰も彼もが文句なし、国トップクラスの実力者と言っても過言ではないと言うのに、当のカズキはと言うと………、こんな感じだ。

 

 

 

「(メルエム様……だから、かなぁ………?)」

 

 

 

エイラは話しは聞いている。

2人の正体について。

 

でも、武を司る神と言えば、オルマシオールだし、そもそもメルエムとは《光》を意味する言葉であって、神では無かった筈……と、頭の中が混乱したりもしている。

 

 

「エイラさん?」

「ひゃっ! ひゃいっっ!! なな、何でしたっけ!? 申し訳ありません!!」

 

 

いつの間にか、カズキから話を振られていたというのに、心ここにあらずだった様で聞き流してしまった様だ。

慌てて頭を下げるが、カズキは笑って手を振る。

 

 

「いえいえ、ほんと気楽にしてください。私も普通に接して頂けるのが何よりも嬉しい事なので」

 

 

両手を振って笑って言うカズキ。

その言葉を聞いて、先ほどのカズラとのやり取り、重要にして大切だと言っていた事を思い返す。

 

 

気楽にする事。

 

 

「あ、エイラさんひょっとして眠たくなったんじゃ?」

 

 

気を利かせて、渡り船~と言った様にカズラがそう聞くが。エイラは慌てて手を振った。

 

 

「いえ! まだ大丈夫ですよ!! すみませんっ。カズキ様がお相手をしている人達があまりにも凄いので、やっぱり思い返しては驚いてしまって」

「あははは……それはそうですよね……。っとと、話しを戻しますと、エイラさん達はいつ頃食事をとってるのかな~~って話です。いつも忙しく動き回ってるイメージが強いので」

「因みに、私とカズキさんの両方の侍女さん達へとイメージですね。いつもよくして貰ってる分、大丈夫なのかな、と」

 

 

カズラとカズキの気遣いには、非常にありがたく思う。

アルカディア、ナルソン家を除き、昨今、どの貴族でもここまで気にかけてくれる人なんて、殆ど居ないと言うのに。

 

 

エイラはありがたい、と思いつつ、質問内容について答える。

 

 

「はい。朝と昼は、お2人の食事の後に、当番の者がまとめて作っておいた料理をぱぱっと食べる感じですね。夜は此の食堂が解放されるので、手の空いた時間にやって来て好きなものを注文して食べています。結構美味しいんですよ」

「成る程……」

「ん? あれ? 好きなモノって、メニューは固定じゃないんですか?」

「はい。その日ある食材にもよりますけど、融通が利きますね。前もって、料理人に希望を出しておけば、大抵のものは用意しておいてくれますよ。夜は夜勤者位しか食べに来る者がいないので、そこまで沢山食材を用意しなくても良いから、かもしれないですが」

 

 

エイラの話を聞いて、カズキとカズラは目を合わせた。

2人して、夜間の仕事は夫々別作業? で行っている。

 

知っての通り、カズキは武芸。

カズラは、復興支援関係(ガラス球作成の様に、あまり一目に晒す事が出来ないもの関係)。

 

色々と大変なのは事実なので、憩いの場的になっているのであれば……。

 

 

「今度食べに来ても良いですかね?」

「あ、私も思いました」

 

「えええ! それは料理人がすごくびっくりしてしまいそうです」

 

 

大貴族、と銘打ってる2人なので、専用・専属の料理人を宛がわれている中で、一般的な料理人がその相手に、ともなれば一体どういう心証、印象になってしまうのか……、実際に見て見なくても解る。

 

 

「むぅ……、気楽で良いんですが……」

「確かにね……。でも、ある程度は仕方ないのかな? あっ、そうだ! 変装とかどうでしょう?? 警備兵とかに変装して、紛れ込んで一緒に、なんて」

「おお、それなら自然かもですね。大目の人数の日に紛れてしまえば……」

 

 

カズラとカズキが2人して、何だか悪だくみの様に話し合ってる姿を見て、エイラは思わず笑ってしまいそうになるが、また慌てる。

 

 

「いえ、バレます。絶対バレます!」

 

 

ちゃんと人数や名前、名簿チェックはしている。バレないワケが無い。食糧難でもあるので、その辺りはしっかりしているのだ。

 

 

「だ、だめか……」

「もうちょっと馴染んでから、上手い事運べば行けそうな気も………、いつまでかかるか解りませんが」

 

 

いつの間にか、楽しそうに話す事が出来ているエイラは、自分自身に驚いている。

神話で出てくる神様は、ひょっとしたら、人間に憧れでもあるのだろうか? とさえ思ってしまえる。

 

それ程までに気さくで、何より心地良いから。

 

 

 

そんな時だ。ふと話題を変えたのはカズラ。

 

 

「あ、エイラさんって普段ジルコニアさんに会う機会はあります?」

「はい。毎日夕方になると、リーゼ様の次の日の予定調整と私の業務報告の為に、面談をしております」

「なるほど! あ、実はですね、1つ頼まれてほしいんですが。……最近スゴク忙しそうで、何だか渡しそびれちゃって」

 

 

カズラは、紙袋を取り出して並べて見せた。

リボD数本分。そして、紛れ込んでしまっていた化粧セット。

 

因みに、以前のカズキとジルコニアの夜這い? 事件に関してはカズラは知らない。

余ったので、こちらもどうぞ、と言った感じである。

 

 

エイラは、その化粧セットに目が釘付けになってしまった。

それも仕方が無い。彼女にとっては未知であり、何より容器が凄まじく美しい円を帯びた物だから。

 

 

「えっと、これは私の国の化粧品と薬で……って、そうだ。エイラさん?」

「あ、はい!」

「……エイラさんは、私とカズキさんの事ナルソンさんやジルコニアさんから聞いてますか?」

「――――……え」

 

 

カズラの言葉に、エイラは一気に表情を強張らせる。

今の今まで和気藹々……とまではいかずとも、緊張感は良い具合に解けた筈だったのだが、一遍に戻ってきてしまった。

 

 

「な、なにか……ですか?」

「(……この反応は、きっと聞いてるかな)」

「(…………)」

 

 

カズキは、再び聞くまでもなく、エイラは何か、聞いているだろう、と言う事は彼女の様子から一発で解った……が、しっかりと本人の口からきいて、話しておく必要はあるだろう。

カズラはそこまで気を回してはいない。

 

 

「そうですね、一応エイラさんの方からも聞いておこうかな、と思いまして」

「その方が更に気兼ねなく、って思いません?」

 

 

何とか笑みを保ち、緊張緩和に繋がれば~とカズキも頑張っている。

 

 

そして……、その何か(・・)についてだが、二通りの考えがあった。

 

 

① 高貴な家柄。他国の大貴族。

グレイシオールとメルエム(神々)

 

そのどちらかだ。

 

エイラの様子を見れば②が怪しいかな? と思うが、取り合えず本人と口からきいてみたかった。

 

 

「え、えっと……」

 

 

エイラはやたら緊張した様子。

これは俄然②か? と思ったカズキ。

カズラは、まだどちらとも言えない

 

 

だが、流石にエイラの口から発せられた次の言葉で、はっきりする。

 

 

 

「カズラ様が、グレイシオール様で、カズキ様がメルエム様……、イステール領に多大なるご支援をしてくださってる、と言う事と……」

「え……?」

「やっぱり②だった」

 

 

カズキは納得したのだが、カズラは驚いている。ある程度の設定を、と考えていた。即ち、カズラは①を意識していたのだが、まさかの展開だった。

 

カズキは兎も角、カズラの反応には、流石のエイラも肩を竦めてしまう。

1人は問題なくても1人が駄目だったら……本当に獲り返しがつかない事になるから。

 

 

「あ、ああ。すみません。続けてください。支援をしている、と言う事と、なんですか」

「……私達に、祝福の力を授けて下さると言う事です」

「「!!」」

 

 

流石にこの部分に関しては、カズキも驚いた。

慈悲と豊穣、グレイシオールの力は確かに御伽噺の通りではある、が……その説明は誰にもしていない筈だ。

 

カズラはチラリとカズキを見るが……、カズキも首を横に振る。伝えていない、と。

 

ならば、アイザックとハベル? 彼らはリポDを呑ませた事があり、秘薬と伝えて、その効能もはっきりと受けた相手だ。だから、食べ物を摂取して~~、と連想させても不思議ではない、が2人にはしっかりと口止めをしている。

アイザックはかなり真面目な性格をしているので、ハベルだったら……とも思ったが、それも無さそうなのだ。

 

何故なら、ハベルは兎に角カズキの方に感謝の念を忘れていない、と言う面が周りからも解る程だから。不利益になりかねない事は口が裂けてもしないだろう。

 

 

「エイラさん。祝福の力とは具体的にはどんなものだと?」

「その……まるで怪物の様な力とだけ聞いています。……詳しくは聞いていないので……」

「そうですか。では、他には誰が知っていますか?」

「そ、そこまでは私にはわかりません。ジルコニア様からお伺っただけで……。お2人の従者として申し付けられた時に簡単な説明を受けただけですので……」

「―――そうですか」

 

 

カズラは腕を組んで考えた。

エイラがジルコニアから色々聞いたのであれば不自然ではないだろう。……ただ、一言連絡が欲しかった、と言う気持ちはあるが、ジルコニアは恐ろしく多忙。合間を縫ってどうにかカズキの夜間訓練や早朝訓練に漕ぎ着けているが、本当に休まないと死にますよ! と言いたくなる程。

だから、ある程度のうっかりはあり得る話なのだが、剛力の話に関しては予想外だ。

 

 

「多分、グリセア村の野盗の件で、だと思いますよ」

「! ………うん。オレもそう思った」

 

 

予想外とはいえ、カズキが言う様にカズラも1つ浮かんだのは、グリセア村を野盗が襲った事件の事だ。

 

夜間の襲撃であるにも関わらず、村人は全員無事、野盗を全滅させた。

 

それもただの村人が、だ。ある程度の戦争経験者が居るとはいえ、グリセア村の平均年齢は決して低いものではない筈だから。

 

 

その後も、色々と考慮していたら……。

 

 

 

「あっ、エイラさん?? 大丈夫ですからね。気にしないで下さいよ! 怒ったり、とかありませんから」

「は、はい。その、私……」

「大丈夫です。ほんと、ほら、気楽。気楽ですよ?」

 

 

キーワードである、《気楽》を再び彼女に与えて……何とか立ち直らせる事が出来た。……多分だが。

 

 

「は、はい。ですが、その。申し訳ございませんでした」

「いえいえ。良いんです。ただの連絡漏れでしょう。エイラさんに非はありませんよ」

「そうですそうです。気にしないで下さい。ほら、私の件も聞いたのであれば。もう隠す必要もないので、ぱぱーーっと、です!」

 

 

 

おろおろしているエイラに向かって、カズキはピカピカを披露。

 

 

 

瞬間移動したり、指先で光を灯らせて操ったり、全身から神々しい光を、……外に漏れない程度に出したり。

 

ちゃんとした所謂証拠、を見せていた。

 

気軽に出せる、と言う事は、それくらいは 大丈夫なのだ、と安心させる為……だったのだが―――――それは悪手だった。

 

 

何故なら、エイラはカズキの力に関しての詳細はしっかりと聞いていない。

 

 

なので、超常的な光景をイキナリ目の前で見せられて………、驚き具合は先ほどの比ではなく、目を開けたまま気を失ってしまったのだ。

 



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37話 井戸掘り

 

 

 

「……絶対、エイラ何かあったでしょ? あからさまに変だし」

「そそ、そんな事無いですよ!! ほんとです! 何にもないですっ!!」

 

 

事ある事に問い詰められるのはエイラ。

相手はリーゼである。

 

 

あのトンデモお茶会の時……エイラは生まれて初めて立ったまま気絶、それも外傷一切なく、驚きの光景、視覚だけで気絶と言う極めてレアな体験をしてしまった。

このご時世、凄惨な光景、悲劇など何時起こっても不思議じゃ無く、戦争が始まるやもしれない、と言う事も相まって、相応に心根は持ち合わせていたつもりだったが……、1発昏倒である。

 

だが、それも仕方ないのだ。

 

 

あの超常的な存在を目の当たりにしたら――――。

 

 

 

だが、だからと言って日々の御勤めを疎かにしたり、休んだりして良いワケが無い。

不甲斐ない自分にフォローをしてくれた2人の神々に報いる為にも……、と頑張って見たのだが、長い付き合い、幼少期より付き合いの長いリーゼには見破られてしまった様だ。

 

 

「そう? ……まさかとは思うけど、変な事したり、されたりしてないわよね? その、カズラ様やカズキ様に」

「そんな滅相も有りません! ……それだけは断じてない、とだけお伝えしておきます」

「そ、そう? なら良いけど」

 

 

畏れ多い! とエイラは鬼気迫るかの如く、否定した。

リーゼもこの時ばかりの剣幕は、気圧されてしまう程だから、信じて良いだろう、と思う。

 

そもそも、カズラとカズキ。似た名を持つあの2人に限って、それは無いだろう事は端から解っていた。エイラを揶揄っていた割合の方が大きいのだ。

 

ただ、エイラの事を気に掛けたのも本当の事だから、リーゼは今後もよく見ている事にするのだった。。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……取り合えず、早朝訓練はお疲れ様。カズキさん」

「いえ……。こちらもリーゼさんの反応から察するに、エイラさんは何も言ってないみたいでしたね……。なんか、こう―――普段の倍は疲れました」

 

 

朝の訓練、リーゼとの剣の訓練を終えて、カズキはカズラとまず合流した。

昨日の一件が、まだまだ尾を引いている様子であり、少々安易すぎたとやや後悔もしている。

 

 

「てっきり、エイラさんはオレの事まで聴いてる、って思ったんですが……」

「多分、ジルコニアさん達は、カズキさんの場合、論より証拠。余計な事は言わず、来たるべき時に自身の目で見て判断~~と言った感じだったんだろうね……」

「ぅぅ……自分が浅はかでした……」

「あっ、いやいや、別にカズキさんを責めてる訳じゃないよ!? オレもジルコニアさんから、祝福の力まで聴いてるのなら、カズキさんの力だって聴いてるだろう、って思ってたし! それに、カズキさんが気に病む事無いと思う。神様なんだから、もっと堂々としてても良いって」

 

 

エイラに光を披露し、気絶させてしまった件。

当然慌てたのは言うまでも無く、余計な事まで披露してしまった感が拭えない。

 

 

 

「そう、ですね。終わった事でもありますし、ウジウジ考えてても仕方ない。……と言うより、そんな事してる神様(メルエム)って、もの凄くシュールな気もします」

「あはは……。まぁ、オレも神様(グレイシオール)に見えない、って思われてても不思議じゃないよね」

 

 

神様らしくない神様たち。

どちらかと言えば、どうにも人間臭いと思われても不思議じゃない、と言うのが率直な感想である。

 

 

「またタイミングを見て、祝福の力についてはジルコニアさんに聞いてみますね」

「あ、それはオレも思ってた。今日1日は井戸掘りで大変だから、終わってゆっくりした時にでも……」

 

 

話をしている2人を見て、客観的に見て、……どうみても人間のそれだろう。

そんな2人を、神様足らしめているのは、どう考えてもカズラの数々の道具(アイテム)とカズキの超常的(ピカピカ)な力。

 

 

それぞれの力や道具に見合うだけの人格者になろう、恥ずかしくない様に……と、この後も人知れず思い馳せる2人だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そして、その後。

 

本日は水源調査用の試掘道具紹介日。

 

イステリアのとある街中の一角にて、井戸掘り職人たちに小型井戸掘り機の使い方を紹介するのだ。

 

正直、エンジンブレーカーの方が圧倒的に早く終わるし、更に更に上を言うなら、カズキのピカピカのドリル!! ピカピカのビーム!! で、あっさり大穴が相手更に時短になる―――が、あまりにも目立ちすぎるので、それは却下だ。

 

急を要する場合や、同じく試験的な井戸掘り(これまでピカピカを井戸掘りに使ってないので)でイステール家が秘密裏に処理をして、拵えた~ と言う名目でカズキの力を思う存分発揮する所存ではある。

 

 

「カズラ様はもう現場の方に?」

「はい。ちょっと私は用事を済ませてからだったので、遅れる旨を伝えてます。2人して遅刻しちゃいそうですね? 後でしっかり謝っておかないと……」

「そ、それなら謝るのは私の方で!! こんなにスケジュールが推してしまったのは管理責任者である私自身の不手際で!!」

「え? あああ、いえいえいえ、冗談です冗談です! ジルコニアさん達も業務で忙しいんですから、開いた時間に、って考えたら仕方ない事だってカズラさん言ってましたよ!」

 

 

そのイステリアの一角目指して、ジルコニアと共に向かってるのはカズキである。

ちょっとした冗談のつもりで、謝罪を~~と口にしたら、取り乱す様にジルコニアが反応したので、どうにか諫めた。

 

ちょっとしたお茶目な所があるカズキの言動には、ジルコニアはまだまだ慣れきってない様である。

護る、と言ってくれたいわば守護神も同然な存在なので、中々心情的には難しいのだろうが、その辺りはしっかりと慣れて貰う他無いだろう。

 

 

「うぅ……、カズキさん何だかイジワルしてません?」

「あはは……、そんな事は無いですよ? ただ、私の冗談はジルコニアさんにはまだまだ刺激が強過ぎる、って事なんでしょうか。もうちょっと頑張ってくださいね」

「し、心臓にかかる負担が半端ないのですが……」

 

 

頬を膨らませて、頬を赤らませるジルコニア。何処か幼さが垣間見えるその姿こそが、ジルコニアの本当の姿なのだ、と言う事はカズキも段々解ってきている。

 

あの惨劇の夜。バルベールと言う国に、人生を歪まされていなければ、恐らくジルコニアは………。

 

 

「―――――んっ」

「? どうかしましたか?」

「いえいえ、何でもないですよ」

 

 

知っている限りを思い出せば思い出す程、怒りと言う感情が煮えたぎってくるものだが、ジルコニアにそれを悟らせない様にカズキは咳払いをして気を落ち着かせた。

 

色々と事情があり、絡み合ってる事も朧気ではあるが それが解っている分、単に怒りを、その矛先を相手に向けて、打ち滅ぼして終わり―――と言う訳にはいかない。

 

それに、何より……カズキと言う存在(・・・・・・・・)の事を考えれば、安易な決断や行動は正直慎まなければならない。

メルエム・グレイシオールの名の元に集ったアルカディアの勇士たちが、国の自由の為に、自由を勝ち取る為に、敵国を打ち負かす。

 

それが一番の形だ。

 

 

 

―――人間の力ではなく、メルエムと言う光で全てを塗りつぶして訪れた平和は、……綻びが、最悪の綻びが生じかねない、と言う強い懸念をカズキは想っているから。

 

 

 

「あ、そう言えばジルコニアさん。薬や化粧品はどうですか? 見た感じですが、凄く調子良さそうだ、とは思いますが。実体験上の感想などは?」

「! はい。飲んで一晩経たないうちに疲れが吹き飛びました。神の国の秘薬はすさまじい効能だと思います。それに化粧品も、肌が透き通る様に綺麗になって―――まるで魔法をかけられたみたいですよ」

 

 

笑顔で答えてくれるジルコニアを見て、今し方の表情は、読取られてない、と思い一先ず安堵。

そして、相変わらずリポD……栄養ドリンクの効能の凄まじさを垣間見た。

 

 

「そちらの分野はカズラさんなんですが、私も色々と融通が利く様になってます。勿論、カズラさんに直接お願いしても問題ないですよ。ですから、身体がつらくなったら直ぐに言ってくださいね?」

「ありがとうございます。今後は無理し過ぎない様に気を付けますわ。ぁ……、カズキさん。1つ、宜しいでしょうか?」

「? はいはい大丈夫ですよー。1つと言わず、2つでも3つでも」

 

 

カズキの笑顔を見て、ジルコニアはニコリっ、と同じく笑みを浮かべて告げた。

 

 

「リーゼの事ですが、カズキさん的にどう思いますか?」

「へ? リーゼさんですか?」

 

 

予想外の問いかけに対して、完全に不意打ちだった様で、素っ頓狂な顔を思わずカズキはしてしまった。

だが、直ぐに気を取り直す。

 

 

「んー……、毎朝、私と一緒に剣の練習をして、国の勉強をして、時間余す事なくいつも全力で。……ほんと凄い人だと思ってますよ。……でも、あまりに仕事量が凄い気がするので、何処かでお休みが必要では? とも思ったりしてます」

「お気遣いをありがとうございます。リーゼは先週の面会があまりに根を詰め過ぎていたので、もうそろそろお休みを、と計画を立てていますよ。リーゼに求婚をしてくる貴族は、他領からも後を絶ちませんからね」

「成る程。それなら安心―――ですかね? うぅん。私も仕事頑張らないと………、とと、やっぱりリーゼさんには、求婚してくる相手がそんなに大勢いるんですねー……」

 

 

本人から、今のジルコニアからの様に、直接話を聞いた訳ではないが、リーゼの求婚の話は知っている。あまりに大人数である、と言う事と……やはり、中でも嫌な気がするのが、豪商ニーベルだ。嫌気がまるで粘液の様に具現化し、身体に纏わりついてくる様な、それでいて思い出せないもどかしさもある。

 

 

「カズキさんも気になっちゃいます?」

「そりゃ、そうですね。実際非の打ちどころがない、って思いますよ? 真面目で容姿端麗で、分け隔てなく優しくて――――市政の話を見て聞いてれば、人成りは解りますし。何と言ってもリーゼさんとはもう、剣を交えて語ってますからね! ~なんちゃって」

 

 

軽く素振りして、笑って見せるカズキ。

 

何だか、ちょっと方向性が違う―――と思ったジルコニアだが、此処こそが勝機! と言わんばかりに目を輝かせて、急接近。

 

 

「でしょう!? そうでしょう!? リーゼは努力家でいつも頑張ってる自慢の娘です。どうです? 一度お付き合いをしてみると言うのは?」

「え、えええ!? いきなりなにを……!??」

「きっと更に気に入ってくれると思うんですよー!」

「それは、今も……。って、いえいえ、ほら ジルコニアさん。オレ……私は、ほら。所謂メルエムでして。そんなよくわかんない存在がリーゼさんに~~と言うのは……」

 

 

この言葉を聞いてジルコニアは笑っていた顔が真顔に変化していく。

 

 

「カズキさん。……いえ、メルエム様。差し出がましい物言いかと存じ上げますが、ご自身を卑下にするような言葉は、およしになった方がよろしいかと」

「え……?」

「ふふ、いつも普通に接して欲しい、と仰ってますので、元に戻しますね」

 

 

ジルコニアが引っかかったのは、カズキの一言。

《よく解らない存在》である、と言う所だ。

 

 

「……カズキさんは、私達にとっても掛けがえの無い人ですよ。《よくわからない》なんて、口が裂けても言いたくありませんし、カズキさん自身にも言って欲しくないんです。それは正体は神様である、とか、とてつもない力を持っている、とか、カズラさんと助けてくれる、だけではありません。……貴方の人柄に。……その誠実さに私は惹かれています。きっとカズキさんを知る皆も同じでしょう」

「それは……」

 

 

少し、言葉に詰まるカズキ。

そんなカズキの顔を覗き込む様に、ニコリと微笑んだ。

 

 

「カズキさんは、カズキさんですよ。私にとっても掛け替えのない大切な人です」

 

 

顔が赤くなるのを感じた。

 

神としてではなく、ただ1人の人間(普通)として扱って欲しい。

それはカズキが皆に願っていた事ではある。

 

 

「ふふ、お顔。赤いですよ?」

「っ~~、そ、それは仕方ないじゃないですかー!」

「ふふふ」

 

 

頬を膨らませて怒るカズキを見て、ジルコニアはより強く思う。

 

確かに、人外の力を有しているのは間違いない。

だが、何処かにやはり違和感は残っていた。

 

 

カズキと接していく内に、朧気に……そして確実に、その違和感は形を帯びていき、輪郭まではっきりと見え始める。

 

 

その身に窶す能力は確かに神そのもの。

 

だけど―――カズキは、普通の人間でもある。

普通の心の優しい人。

 

 

 

―――心の優しい人が、ある日突然力に目覚めた、或いはメルエムとして選ばれた。

 

 

 

そう思う様になった。

 

 

 

それと同時にカズキの本当に凄い部分も見える様になる。

 

人間と言うモノは、欲の塊である事はジルコニアもよく知っている。

 

強い力を持てば持つ程、その欲は加速させていく。

国として縛る。法としてしっかりと縛っているからこそ、無法地帯にならずに済んでいるのだが、それを余裕で破る事が出来る力を、有する事が出来たならどうなるか?

 

欲の限りを発し続けるだろう事は簡単に想像できる。

 

仮にバルベールの様な敵国の人間が、更に強大な力を得たらどうするだろうか?

その欲のままに世界を蹂躙し尽すだろう。……最後は自身の国さえも呑みこむだろう。

 

 

だが、カズキはそう言った類のモノは一切見せない。

 

 

その気になれば、この国の頂点に君臨して、いや この世界の覇権すら握れる力である筈なのに、この小さな場所に留まり、力を貸してくれている。

皆と笑い合っている。

 

 

 

「カズキさん」

「はい?」

 

 

 

少し話をした後、ジルコニアはまた、笑顔で言った。

 

 

 

「リーゼの事、正直半分冗談でしたけど……、やっぱり真剣に考えてみてくださいね?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

色々と疲れが見えてきたかもしれないが、取り合えず目的地へと到着。

もう既にカズラを始め、他の職人たちが集まってきていたので、ジルコニアもカズキも小走りで駆け寄った。

 

国の極秘扱いをされている様に、周囲には作業風景を覗き見られない様に目隠しがされており、他の電子機器の存在が無い世界だから、これで情報漏洩、機密漏洩対策は万全。

 

 

「――――で、このように先端を地面に突き刺したら、ハンドルを捻じって地面に食い込ませてください。掘った土は先端に溜まるので、ある程度掘ったら井戸掘り機を引き上げて土を掻きだします。これをひたすら繰り返します」

 

 

カズラの手に握られているのは、小型井戸掘り機。T字型のハンドルの先端に筒状の容器が取り付けられたもの、である。

 

現代日本の事を考えれば、聊か原始的過ぎる、と思いガチになるが、これでもこの世界ではかなりの高性能なのだ。鉄の無い世界では、この固い固い金属(ステンレス)、おまけに軽量の道具は、技術革新へと繋がりかねない……と言っても決して大袈裟ではないだろう。

 

他の金属を代用して~と考えてはいるが、量産化は現時点では出来ないから、機密、内密に、なのである。

 

 

 

だが、勿論ながら悠長に構えてられる状態でもない。

日照り、大干ばつ、大飢饉が広がったアルカディアおい国だ。多くの井戸が枯れている状態なので、急ぐ必要のある事案。

だが、ある程度進み、岩盤に当たったら……、その先までくりぬく作業ともなれば、手作業では心許ない。

 

 

……とは言っても、その辺りは、カズラもカズキもしっかり対策済みだ。

 

現代技術、オーバーテクノロジーとチートスキルの組み合わせ。である。

 

 

 

「―――と言う訳で、急を要するポイントに関しては、私とカズキさんで、手分けして何とか水脈まで迅速~と言う形をとります。その地点のある程度の人払いや区画などを宜しくお願いしたいかと」

「了解致しましたわ。お任せください!」

「取り合えず、ため池作成とはちょっと勝手の違う井戸掘りなんで、一応1つ目は立ち会ってもらおうとは思ってますよ。カズラさんとオレ、どっちにします?」

「うーん……、じゃあ、エンジンブレーカーの方を先に(実際使った事無いから、なー。まずはお試しって意味でも……)」

 

 

 

 

木製井戸が出来上がっている場所へと案内されて、後は水が湧き出れば万事解決。

 

最後の一押し、トドメを現代科学の結晶であるエンジンブレーカーで一刺し。

勿論、しっかりと事前対策・安全確認は怠らない。

 

この世界観では正直浮いてしまっている装備にカズラは着替える。

 

 

ヘルメット、保護眼鏡、防塵マスク、軍手……などなど。

更に当然だが、酸素欠乏症対策もバッチリ。井戸の中に入っての作業なのだから、当然空気を送り込むブロアーも設置。

 

 

初めて見る者であれば、頭の中にいくつも《??》が浮かんでいる事だろう。

 

 

「では、準備万端って事で、さっそく岩盤くりぬき作業ですね。ちょいとやかましくなりますよー」

「しんどくなったら、直ぐ言ってくださいね? 熱中症とかシャレじゃすまされないですから」

「勿論。とりあえず1時間程度の目安でいきます」

 

 

カズラは、井戸にはしごに足をかけて、一緒に付き添ってくれているアイザックに声をかける。

 

 

「アイザックさん、先に私が下りるので、あとからそれを縄につるして下ろしてくださいね」

「かしこまりました」

 

 

重量物なので、しっかりと縄で固定。

カズラの声に合わせて慎重に、ゆっくりと井戸の中まで下ろす。

 

 

反響音はそれなりにあるものの、やはり音そのものが少ない世界だ。静寂に包まれている―――と言っても大袈裟じゃない。

 

 

 

「ふぅ……、思ったよりも深かったなぁ」

 

 

 

中に降りてカズラは井戸の中は1人きり。

正直心細くもあるが、情けない事を言ってもいられない。

 

手分けして分担作業、目立つ事を考慮すると、カズキの行動範囲・速度もそれなりに限られてくるし、何より世話になりっぱなし、頼りっぱなし、と言うのは一応神様仲間なので、立つ瀬無い。

 

 

「……っし! ここは一発で温泉掘りあてるみたいにやって見せますか!」

 

 

 

 

―――と、意気込んでいたのだが。

 

 

早くも1時間。

 

 

 

「………つ、疲れる……、握力持ってかれる……」

 

 

掘って掘って掘って、まだ水の気配は皆無。

何より岩盤が想定していた以上に固い。

 

 

『カズラさーーーん、だいじょうぶですかーーー!!』

 

 

上から心配する声が聞こえてくる。

これが女性の声援だったらなぁ……と、何処か下世話な考えが頭に過っていたが、馬鹿な事を、と一蹴。

 

 

「だいじょうぶですよーー! なんとなーーく、もうちょっとで出そうな気もするので、まだ連続で」

『りょうかいでーーす!! 何かあったら、というか、なにかある前に声かけてくださいよーー!』

「はーーい!」

 

 

と言う訳で、トライアゲイン。

 

声を掛けられる、大丈夫と返事する、を幾度か繰り返し―――そして合計3時間。

 

頑張りに頑張ったと思うが、想定をはるかに上回る程、時間がかかってしまっている。

まだまだ頑張れるとは思うが……、あまりに時間をかけ過ぎて、他の業務に支障をきたすのは頂けない。

 

それなりに時間をとってもらっているものの、やはりまだまだやるべき事は多く、多忙極まっているから。

 

 

「―――もうちょっと、って感じなんです」

「了解しました! なんだか、良いトコどり、って感じがしちゃいますが……、カズラさんが頑張ってくれたおかげ、って事は忘れませんからね」

 

 

カズキが、グッ、と親指を立てて笑顔で降りていく。

その光景を見て、周りも同じく笑顔になる。

 

 

カズキが使用するのは、当然エンジンブレーカー……ではなく、ピカピカな力だ。

 

 

 

「―――あんまし、目立たない様に、光度、光度を落として………、うぅ~~ん………」

 

 

右手、人差し指に力を籠める。

『ま、眩しい!!』 と某アニメ・漫画の様に思われてしまわない様に。

 

 

そして、岩盤をも貫くイメージを持って、光の槍を作り上げて……地面に突き刺す。

爆発はしない方向で。

 

 

「うはっっ、マジで!? 手にかかる負担がヤバイ。………こんなのと3時間も格闘してたんだ、カズラさん」

 

 

ピカピカの身体になっても、ある程度の負荷と言うものは感じ取る事が出来る。

どういう理屈かは知らないが、実体のない流動する光の身体にはなれるが、だからと言って、質量が無い、と言う訳ではない様なので。

 

ピカピカビームを打って、そのビーム以上の強度で押し返されたら、手に伝わってくるのである。

 

だからこそ、カズキも岩盤の固さと言うモノがしっかりと理解出来た。

 

 

「……こりゃ、ちょっと気を使って少しずつ、なんて言ってたら日が暮れちゃう、か」

 

 

カズキは意を決した。

 

指先の光を周囲の土砂を利用して、手に盛り上げると、それで光を遮る役目、カーテンにする。木の板も大活躍をしてくれた。

 

後は、当然だが日中作業にしたと言うのも功を成す。

井戸の中に覗き込むのは大体カズラだから、直視される事も無いだろう。……目に良くないと思うし。

 

 

 

と言う訳で、最低限の処置を施した後、先ほどの出力を上回るピカピカビームを指先から発射。―――当然爆発はしない方向で。

 

 

ドスンッ!! と言う中々豪快な音と振動が井戸に伝わり、上にも伝わってくる。

先ほどのエンジンブレーカーの音をカムフラージュに使っていたが、それでも届く程の轟音。

 

ぎょっっ!? とさせてしまったが、功を成した。

 

 

 

じゃぶじゃぶじゃぶ~~~ と水脈に直撃した様で、水が湧いて出てくれたのだから。

 

 

ガッツポーズをしつつ、井戸掘り作業終了である。

 

 

 

カズラ作業時間3時間

カズキ作業時間3分間

 

 

 

 

―――カズラが苦い顔をしたのは言うまでもない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その数十分後。

 

井戸から出て、アイザック・ハベルに指示。井戸の上に手押しポンプを設置。

落下しない様に蓋をするような形で。

 

 

当然固定も強固なものにする。

インパクトドライバーを用いて、凡そ人力では解放出来ない様にしっかりと固定。

 

全てを終えた後に、ポンプに呼び水を入れて、ハンドル上下作業。何度も往復すると――――。

 

 

 

「すごい……! こんなに簡単に水が汲み上げられるのなら、農民たちもかなり楽になりますね!」

 

 

 

最初は濁った水が出てきたが、直ぐに綺麗な水に変わった。

更に言うなら勢いも、皆から見れば物凄い。

人力でこれまで汲み上げてきたその辛さを、農民出身であるジルコニアは良く知っていたからこその感動である。

 

周囲も、負けずと劣らず、『おお!』と声を漏らしていた。

 

何となくではあるが、オーバーテクノロジーである発電機・コンプレッサー・エンジンブレーカーよりも水の方に着目している様だ。

 

だが、それも当然と言えばそう。……命の源であると言って良いのが水。

それを簡単に汲み上げる事が出来る様になったのだから、これもジルコニア風に言えば『魔法』だ、と称しても不思議じゃない。

 

 

「おっ、水も大丈夫そうですね、冷たくて綺麗で、気持ち良いですよ」

 

 

カズキもポンプの出口から水を確認していて、目視で問題なし、触覚で冷たい、飲んでみて美味しい、と◎。

 

カズキの言葉にカズラは手を上げて答えつつ、ジルコニアにも答えた。

 

 

「作業効率が全然違いますからね。それに力もほとんどいりませんから、女性の方でも簡単に水が汲めると思いますよ」

「! あ、あの私もやってみていいですか?」

「どうぞどうぞ」

 

 

カズラが快諾すると、ジルコニアは場所を代わり、慎重にハンドルを漕ぎ始めた。

 

すると、本当に僅かな力で水が出てくるので、驚き目を見開き、歓声を上げかけているジルコニアの姿がそこにはある。

 

宛ら、初めて玩具を見る子供の様……、或いは、周りの皆の反応をも考慮すると、まさしく温泉を掘り当てた時の感覚にも近いかもしれない。

 

 

「あぁぁ、火照った身体に丁度良いですよぉ」

 

 

両手で水を汲み、ぱしゃんっ! と顔に掛けるカズキ。

肉体労働はカズラに比べたら、文字通り皆無な時間だが、この日照りの下だから。

 

 

「ですね。折角だから、皆さんも体験してもらうついでに、水浴びもすると良いかな? カズキさんが言う様に冷たくて気持ち良いですよ」

「バッチリです! 最高ですよー」

 

 

しっとり、と濡れた身体のまま、手招きしつつ、場を開けるカズキ。

 

 

いそいそとしつつも、我先に、と水に向かってくるかな? と思ったのだが、予想に反して、人気だったのは手押しポンプの方だ。

 

 

 

 

「私が扱ぐから皆飲んでいいわよ」

「ジルコニア様、それは私がやりますので先に休んでください」

「いや、ハベルも疲れているだろう。オレが先にやるから水浴びして一息ついていいぞ」

「いえ、カズラ様とカズキ様が殆どやってくださって、私は水桶を引っ張り上げただけですので、全然疲れてませんよ。ここは下っ端の私の出番です」

「アイザック様、ハベル様、そのような作業は我々がやりますから、皆さまと一緒に水浴びをなさってください。ささ、ジルコニア様」

「別に気にしないで良いのよ。私がやるから先に水浴びを皆と――」

「ジルコニア様、私がやりますから」

「いえいえ、ここは私が」

「いいから! 私がやるから!!」

 

 

 

 

何故だろう。

水を掘り当てて感動している―――と思っていたのに、大人気になったのはポンプの方だ。

 

カズラとカズキは顔を見合わせながら吹き出しそうになり、落ち着いた所で。

 

 

 

 

 

「もう、皆で変わるばんこに扱げば良いんじゃないですか?」

「あははは。焦らなくても、水は無くなったりしませんし、ポンプも何処かに行ったりしませんよー」

 

 

 

 

 

ポンプの奪い合いをしていた一同は、2人の言葉を聞き、ハッ! と我に返った様で、気恥ずかしそうにするのだった。

 

 

 



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38話 やきもちリーゼさん

 

「え゛………」

「さ、晒し、首……ですか……」

 

 

それは井戸掘り作業を終えて、皆で水浴びも終えて、強い日差しで身体を乾かしながら、戻る時の事。

 

カズラが、それとなくジルコニアに聞きだしたのである。エイラが言っていた事。カズラが持ち込んだ日本食が、祝福の力だと思っていないかどうかの確認を兼ねて。

 

その話の流れで、ジルコニアが知る切っ掛けになってであろう、グリセア村を襲った野盗の話になったのである。

 

 

聞いた話は主に、野盗に対する尋問の内容。

グリセア村を襲う明確な意図があったのか? そして組織的だったのか?

今後襲われる可能性。あまり考えたくない事柄ではあるが、ある程度は知っておかないといけない事なのだ。

 

幸い? な事に常習的に人を襲っている連中だった事、全員を捕らえたので、それ以上の規模ではない事は確認された。

 

それと同時に、村人たちの力がバケモノの様に強かったと言う事実も、ジルコニアは知った様だ。血相を変えて、特に何もするつもりは無い、知っているのは自分とナルソン、エイラの3人だけ、と言う話をして、謝罪までしてくれた。

 

 

だから、この話はこれまでだな~~、と思っていた時、ふと野盗たちの今後についてを聞いてみたら……、冒頭の様な内容の解答が返ってきたのである。

 

唖然、絶句と言った様子なカズラとカズキの2人とは実に対照的に、あっけらかんとしたまま、淡々と答えてくれた。

 

 

「はい。正直に話してくれたので、苦痛が少ない様に、斬首刑にと……。処刑方法についてもご相談した方がよろしかったでしょうか」

「い、いえいえいえ」

「だいじょーぶですよ! 一切口出しするつもり無いです! 完全な管轄外ですのでっっ!」

 

 

カズラとカズキは慌てて、2人同時に首と手を左右に強く振った。

野盗相手に、いちいち罪状を決める裁判など起こす事は無く、即死刑。

 

恐ろしい世界だ……、と現代日本、未来日本出身な2人は戦慄を覚えたのだった。

 

 

「カズキさんの方の日本でも……?」

「ええ。廃止の声は上がってます。昔からずっと変わらず。でも、反対派の方が圧倒的に多いので、実現には至らず、って感じですかね…………」

「………うーむ。厳しい罰があっても悪事に手を染めるって事は、やっぱ、法も大事だけど、治安、経済も大切なんだよね……」

「襲わなければ食べれない、って言う人も、中には居るのかもしれないですから。……だからと言って許容する訳にはいきませんし、そもそもグリセア村……、このアルカディアは戦争を経験したばかりですから、情けはかけず、全力で……だと思います。オレも幾ら色んな世界経験してるとはいっても偽りの世界、でしたから。流石に現実世界で、となったら………」

 

 

グリセア村を襲った野盗は、村長のバリンを筆頭にたった数人規模で、捕虜を2~3人残して、後は躊躇せず全滅させてしまった様なので、死生観がかけ離れている様だ。

 

それが間違いだ、と言うつもりは無いし、郷に入っては郷に従えともいう。

そこはカズラも解っている様子だった。

 

カズキはカズキで、数多な世界を渡り歩いてきたゲーム脳だと自負している身ではあるが……流石に一応? ここは現実世界。ゲームの様に、と瞬時に割り切ったりは出来そうになかったのである。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そして、イステリア家に戻った所で、次の視察へ。

 

 

「おぉ……、ここがイステリアの軍事施設――――」

「話には聞いてましたが、此処に来るのは初めてで、何か圧倒されますね……」

 

 

リーゼの案内で、イステリア軍事施設へと来ていた。

 

普段、カズキは部屋の窓から出れば直ぐにある開けた庭で剣を振ってたので、直接施設を使用していない。カズキの話題が広がって、正直カズキの部屋の外がちょっとした訓練場になりつつあったりもしていた。

 

やはり、そんな急ごしらえな場所ではなく、しっかりとした目的を持って作られた施設は、圧巻であり、圧倒されると言うものだ。

 

 

カズキの意思も聞きつつ、カズラもそれなりに興味を持っていたので、軍事関係についても確認する事にした、と言うのが切っ掛けだ。

休戦中とはいえ、数年後には戦争再開は確実だと言われてるアルカディア王国。

カズラやカズキの申し出は、ナルソンにとっても大変喜ばしい事であり、恐縮しつつ、見せて欲しい、と頼んだのはこちら側だと言うのに、逆に感謝の意を受け取る事になった。

 

解っていた事だが、改めて状況が切羽詰まってるのが、ナルソンの言葉から解る。

 

大飢饉もそうだが、敵国(バルベール)との争いは。

過剰に介入するのは、正直悩ましい所ではある。軍隊全員に日本食を分け与えれば、あのグリセア村でさえ、超人の村化してしまったので、かなりの強化に繋がるかと思われるが………、そこまでは踏み込めない。

 

 

「近衛兵以外は、この施設で全員、訓練を行っています。今の時間なら、広場での訓練でしょうから、行ってみましょう」

「ありがとうございます、リーゼさん」

「おぉ……、それはそれは。ある意味良かった、と言った方が良いのかな?」

 

 

カズキは、周囲を見ながら腕を組み、唸らせていた。

リーゼは、カズラの感謝を受け取りつつ―――カズキの方にも目をむける。

 

 

「ある意味良かったって?」

 

 

リーゼの疑問をカズラが先に聞く形で、カズキに聞いてみた。

すると、カズキは苦笑いをしながら告げる。

 

 

「いえ。あの庭を使わせてもらってた事が、です。……話題が近衛兵止まりになってくれてる様なので。こういう本格的な場所で行っていたら、今の比じゃないな~~、って思いまして~~」

 

 

頭をポリポリと掻きながら告げるカズキ。

カズラも、それなりに顔を出した事はある(参加はしてない)が、それこそ、それなりに大所帯になりつつあった。

 

御馴染みなのは、リーゼやアイザック、ハベル、ルート……そこから伝わりに伝わって、近衛兵たち、果ては侍女たちの影もチラチラと見え始め―――ジルコニアやナルソン、更には訓練教官であり、アイザックの叔父でもあるマクレガーまで。

イステリアの重鎮全揃い、なんて時もあったから。

 

それはそれで充分大所帯なのだが、近衛兵だけでは、当然ながら兵力のほんの一握り。犇めき合うこの場で、実演でもしようものなら、余裕でアレ以上の人だかりができる未来がよく見えると言うものだ。

 

 

「ふふふ。とても実りのある訓練になりそうですね、カズキ様」

 

 

直に体感し、メキメキと力をつけて言っているリーゼだからこその感想。

でも、カズキは苦笑い。

 

 

「復興の方を疎かにする訳にはいきませんからね………。アレ以上の規模になるのはちょ~~っと……」

 

 

復興の件をダシに使っているいるが、本人自身のキャパシティを超えちゃいそうだ、と言うのが本音である。

目立つ事は決して得意であると言えないし、その辺りは、ピカピカな身体だから、仕方ないと受け入れているのだが……剣術の訓練は話しは別である。

 

「ふふふっ」

「あははは。カズキさんを師として、憧れとして集まる兵士さん達が増えそうですね?」

「ぅ……、それは光栄なんですけど………、流石にそろそろ抑えて欲しいな~~、なんて?」

「そうですね。秘密―――と言う事にしておきましょう。私としては、私達だけの(・・・・・)秘密、と言う事にしたいのですが、もう屋敷では広がってますからね」

 

 

朗らかに笑みを浮かべるリーゼ。何処となく頬も仄かに赤く染まっている様に見えて、全てが絵になる仕草だ。

 

 

――――リーゼを知ってるカズキ。ジルコニアにもせっつかれてるカズキ。知っているだけなのと、実際に体感するのとではワケが違う。……いつもいつも、身震いする程、リーゼには驚かされるばかりなのだった。

 

 

 

 

そして、その後は敷地内を案内される。

 

木造平屋の建物が等間隔でいくつも並んでおり、改めて足を踏み入れるとその規模の大きさには驚かされた。

用途は、兵舎・武器庫・病院・食糧庫など多岐にわたり、国の存亡を担う使命を抱いている兵士たちが集う場所と言う事も有り、1つ1つの作りがこれまで見てきた中でも当然ながらトップクラス。

そして、見張り塔は物々しい雰囲気を更に演出していた。

 

 

「―――そう言えば、バルベールとの国境付近で砦を作ってると以前聞いた事があるんですけど、その砦とこのような要塞とでは造りは別物なんですか?」

「完全に別物というわけではありませんが、国境付近の砦は、この要塞よりも更に大規模なものですね。軍団の駐留を前提として、街の機能も備えているので、砦と言うよりも、城郭都市と言った方が正しいかもしれません」

「……成る程。イステリアの街を小さくしたような、と言った感じです?」

「はい。そう言ったイメージで問題ないと思います」

 

 

リーゼは、カズラやカズキ、夫々の質問に対して一切の淀みなく答えて見せた。

その知識の量はやはり半端ではない。日頃からの努力の積み重ねが、此処ででも解ると言うものだ。

 

 

「(―――まぁ、だから色々と発散(・・・・・)するんだろうなぁ。絶対仕方が無い事だと思う)」

 

 

将来は間違いなく国を率いる立場になるだろう。

この年端もいかない、あどけなさが残る少女の肩にはそれだけのモノがのしかかっているのだ。

 

 

だから、誰も見てない所くらいは――――とカズキは改めて思う。

でも、これはプライベートな事だし、妄りに言うのも知ってるのもおかしいから、カズラには告げてない事実。

 

 

普段のリーゼしか知らないから、やっぱりカズラが知れば衝撃が走るだろうなぁ、とも思えていた。

 

 

「?? カズキ様、どうかなされましたか?」

「い、いえいえ。大丈夫ですよー。凄く勉強されてるんだな、と感心しきっちゃいまして」

「そ、そんな。私はまだまだですよ……」

 

 

鋭いのか、或いはただの偶然か。

咄嗟に思いついた誤魔化し方は100点満点の出来だと思うが、リーゼの勘は侮れない……と改めて思うカズキだった。

 

 

そして、更に先へと進んだところで、一際立派な鎧を付けた、初老の男がリーゼに気付き、走ってきた。

遠目からでは解らなかったが、誰なのかは直ぐに判明する。

 

 

「リーゼ様、カズラ様、カズキ様。お待ちしておりました。既に準備は整っておりますので、いつでもご指示を」

「ありがとう、今日はよろしくね」

「「お疲れ様です、マクレガーさん」」

 

 

リーゼが会釈すると同時に、カズラとカズキもペコリと頭を下げた。

アイザックの叔父であり、ここの訓練教官であるマクレガー・スランだ。

 

カズキは勿論の事、カズラとも面識がある。―――主に、早朝訓練時で、だ。

 

 

「こちらこそ感謝を。―――リーゼ様、そして お二方に視察され、皆の良い刺激になる事でしょう」

 

 

マクレガーは視線を兵士たちへと向けた。

どうやら、3人が来る前に、言われていたのだろう、視線を向けると同時に、ピタリと整列していたから。

 

 

「それでは、最初にお見せするものは、重装歩兵の基本的な動き方でよろしいですか?」

「ええ、それで構わないわ。騎兵と弓兵の準備も大丈夫?」

「勿論です。いつでもお披露目できる状態になっております」

「ありがと。内容はこの間話したものでお願いね」

「かしこまりました」

 

 

マクレガーは一礼すると、整列している兵士たちの元へと走っていった。

 

 

「ふぃ……、聞かされてたとはいえ、わざわざ私達の為に、段取りを組んでもらうのってやっぱり悪い気がするよな……」

「あ、それ思いました。……ちょっぴり余計な事頼んじゃったかな、って」

「いえいえ、マクレガーも言ってますが、お2人のお役に立てる事なら全く苦になりませんし、兵士たちにとっても好ましい事でもあります。どうか、遠慮などなさらずになんでも私に御申しつけ下さい」

 

 

恐縮している2人に手を振って問題ない事を告げるリーゼ。

これは本心からの言葉だ。

 

近衛兵だけに留まっている、とカズキは思っている様だが、噂話と言うモノの広がる速度と規模を少々甘く見ている、とリーゼは思っていた。

 

アイザックやハベル、そしてマクレガーにジルコニア。……この国のトップクラス、果ては戦争を知る者たちをも上回る武を持つ者として、話が伝わり―――それとなくマクレガーが言い聞かせてる部分も加わって信憑性が増し……カズキやカズラを見る目は今まさに、見た通りなのである。

 

当然、主に武の担当はカズキなのだが、同じ位に居る、と言う意味では武は担当外と公言してるカズラも同等なのである。

 

 

 

そうこうしている内に、兵士たちの準備は整った様で、マクレガーの号令が訓練場に響き渡った。

端から端まで聞こえるかのように、かなり大きな声。拡声器でも使ってるのか? と思いたくなる。

 

 

「歩兵中隊!」

 

 

重装歩兵たちも、負けじと声を張り上げる。円盾を身体の前に構えて、鎧に辺り、鈍い金属音が響いた。

 

 

「密集隊形!」

 

 

次の号令で即座に互いの距離を詰めて、言葉通り密集隊形をとった。

 

左右には槍を構えられる程度の隙間しか空いておらず、素人がみれば、アレでどうやってあの大きな槍を……と思えてしまうだろう。

 

だが、その疑問は即座に霧散する。

 

 

「槍構え!!」

 

 

最前列の兵士たちは掲げていた槍を左手に添え、そのまま前方に向けて突き出した。

隙間がない、と思っていても、まるで接触する事なく、適正な幅、と言わんばかりにスムーズに移行していた。

そして後ろの者たちは、槍を斜め上に構えて、更に後ろの者たちはより傾斜を付けた状態で槍を斜め上に構えた。

 

 

「おお、ファランクス隊形か。初めて生で見た………」

「生、と言う意味ではオレも同じですね。迫力がまたスゴイ」

 

 

カズラもカズキも感嘆の声を上げる。

 

ファランクス隊形、別名重装歩兵密集方陣と呼ばれる全面に攻撃力を集中させた戦闘形態だ。

 

ただ、当然前方の身に集中、と言っても差し支えない形態なので、左右からの攻撃には非常にもろい。なので、何等かの方法で側面を守りつつ、ファランクス陣形の兵士たちは、ただただ一点を貫くのだろう。

 

 

「他領や他国のものと比べると、イステリアの重装歩兵が持つ槍はかなり長いので、目新しいかもしれないですね。お2人の国のものとは、だいぶ様相が違いますか?」

「えっと……、まぁ違うと言うか……」

「うーん……」

 

 

言葉に詰まる。

折角包み隠さず全てを見せてくれてると言うのに、これでは印象悪くなってしまいそうだ。

だが、だからと言ってどうやって説明すれば良いのだろう?

 

現代日本では自衛隊が専守防衛で頑張ってくれてるが、まず槍は持たない。重火器が主流だし、そもそも最新のものにでもなれば、人じゃなく兵器が主流になりつつある。対面して刃を交え、命のやり取り……、究極の白兵戦と言って良いような戦はもう起こらないだろうから。

 

それぞれが口籠っていた所で、マクレガーの号令が更に続き、何とか誤魔化す事が出来た様だ。

 

号令が続き、そして一糸乱れぬ仕草を持って応える兵士たち。

日頃の訓練の賜物である、と言う事が良く解る。

 

 

 

その後もリーゼに色々と質問をした。

演目ではなく実戦ではどんな形になるのか、や問題点等も含めて。

 

リーゼも全て淀みなく答える。

カズラは主に復興をメインで考えてくれてる大貴族(リーゼが聞かされてる身分)なので、軍事的な知識は持ち得てないと判断した様子。何を言われる事も無く、ただただ丁寧に細かく細部にまで説明をしてくれた。

 

 

「それにしても―――やっぱりリーゼさんは凄いですね。日頃からの鍛錬、それに勉強。尊敬しますよ」

「ありがとうございます。将来は私が軍を率いる立場になりますし、幼い頃から武器の扱いや戦術については学んでいるんです」

「主に武器関係は私もまさに太鼓判ですよ、カズラさん。何せ刃を交えてますからね?」

「そこは私も疑う余地なし、ですよ。毎朝訓練頑張っているのを直に見ているんで」

 

 

リーゼが剣だけでないのは解っている。

槍から投擲、全ての武器の取り扱いには精通している。……しておかなければならないのだ。

 

だからこそ、日頃から鍛錬・勉学に勤しんでいる。……だからこそ、空いた時間に、はっちゃけるのだが………。

 

 

「リーゼ様には天賦の才がありますからな。将来は優れた軍団長として、戦場で活躍されることでしょう」

 

 

丁度、ある程度の役目を終えたマクレガーが戻ってきた。

 

 

「えっ、そんな私に天賦の才なんて……、それより、投石器をお見せしたいのだけど、どこかに無いかしら?」

「教練用のスリングとスタッフスリングがあります。少々お待ちを……」

 

 

照れ隠しをしつつ、マクレガーも解っています、と言わんばかりに笑みを見せながら近場の兵舎へと入っていった。

 

ものの数秒でマクレガーは、投石器……、半円形の革のカップが2本と縄紐で結びつかれた武器、スリングと1mほどの長さのその先に、それが結びつけられた武器。

 

スタッフスリングを持ってきた。

 

更に付け加えるとするなら、大きな木の板が貼り付けられた的も持っている。

 

 

「お待たせしました。リーゼ様がお使いになられますか?」

「―――え?」

 

 

それは予想外の進言だった。マクレガーのアドリブには、一瞬言葉に詰まってしまうリーゼだったが、軍事に関しては素人である、と傍から見て解るカズラは勿論、極めてレベルが高い武を修めてるカズキも、興味深々にマクレガーの手に握られている投石器(スタッフスリング)に釘付けになっている。

 

間違いなく興味は向けられている。

 

そんな2人の姿を確認した後に、リーゼは小さく頷くと、マクレガーから受け取った。

 

 

「石弾と鉛弾のどちらになさいます?」

「鉛弾にするわ。的を用意してくれる?」

「かしこまりました。距離はいかがいたしますか?」

「近めでお願い。直射するわ」

 

 

リーゼのリクエスト通り、弾は鉛弾、距離は短めに設置した。

短め、とは言っているが、目算で約30m。十分長い距離だと言える。

 

 

「リーゼさんは投石器も使えるんですね?」

「おぉ……、まさに武芸百般」

「っ、いえ、それ程までは……。でも、一応訓練は積んでおります。それに久しぶりなので、当たるかどうか、不安ではありますが……。危ないので、少し離れていてください」

 

 

煽てられて、またまた気恥ずかしくなったリーゼだったが、武器を構え、的を射る様に眼光を向ける姿になると、雰囲気が一変した。

 

鉛弾入りのカップを回転させる。

その回転速度は、凄まじく、風を切る音が辺りに響いてくる。

 

限界まで遠心力を高めた所で、握っていた紐の片方を離すと、リーゼが言った通り、直射で放たれた。

 

ほんの一瞬の出来事。鉛弾は的の中央に命中し、木が爆ぜる様な渇いた音を立てた。

 

 

「―――お見事!」

「ど真ん中ですね!」

「おおおっ! それもあんな遠い的に、スゴイです」

「ふふふ。早朝訓練を知るお二方もご存じの通り、ああ見えてリーゼ様は努力家ですからな。剣の訓練だけでなく、数ある武芸を、身に着ける為に、人知れず隠れて努力、訓練を重ねているのでしょう」

 

 

カズラやカズキ、マクレガーだけでなく、いつの間にかファランクス隊形での訓練を終えていた兵士たちも歓声を上げていた。

リーゼが投擲すると言う事を聞き、皆が注目していたのである。

 

リーゼが慕われているのがよく解る光景だ。

 

 

「……マクレガー」

「いやはや、これは失礼」

 

 

ほっと肩の力を抜いてたリーゼがマクレガーを睨むと、マクレガーは笑いながら取って付けた様な謝罪をする。

 

 

「カズキ殿はどうですかな? こちらの方は?」

 

 

笑いながら謝罪しつつ、リーゼから渡されたスタッフスリングをカズキに見える位置で持って聞いた。

 

 

「あははは。私は生憎剣術・体術を専門としてましたので。飛び道具は収めてないんですよ。だから、リーゼさんはマクレガーさんの言う通り、本当に凄い人だと思ってますよ」

 

 

両手でパチパチパチ、と惜しみの無い称讃をリーゼに向けた。

 

そう、カズキは飛び道具は得意とはしてない。

何せ、これまで渡り歩いてきた世界で、銃の様な飛び道具は一切使ってないからだ。

 

……まぁ、道具を使わない遠距離攻撃主体だったから。ファンタジー世界で言えば魔法

、気弾の類。

 

この世界でではピカピカのレーザー。

例外的には、剣を使って、鎌鼬の様に遠方の敵を仕留めたりもしていたが、完全に使い方を間違ってるも同然なのである。

 

 

「(まぁ、カズキさんなら、飛び道具なんて使わなくても……だからかな? それにしても、ああ見えて(・・・・・)ってなんだろ?)」

 

 

横で聞いていたカズラは、カズキと共にリーゼに拍手を送りつつも、カズキが考えている事を推察するのだった。勿論、カズラの正解。

 

そして、一番気になったのは、マクレガーの【ああ見えて】発言だったりする。

 

 

 

「マクレガー教官! 全て滞りなく終了致しました!」

「うむ。ご苦労だったカリニム」

 

 

そして、訓練を終えた後の報告―――恐らく小隊長的な位の人物だろうか、部下たちを待機させ、1人だけで走って報告に来ていた。

 

 

だが、ここで妙な違和感に気付く。

マクレガーと話をしていた筈なのに―――いつの間にか、視線を向けられている。……カズキに。

 

 

「あ、あの……どうかしましたかね?」

「っ!! 申し訳ございませんっ、失礼しました」

 

 

腰を90度折り曲げて謝罪をする姿を見て、思わずこちらが怖気づいてしまう。

 

 

「いえ、眼が合っただけで、そんな謝らなくて大丈夫ですよ! 私に何かあれば、遠慮せずに言っていただきたいと思ってますので。勿論、私にできる範囲での事にはなっちゃいますが」

 

 

「ぁ………、これって」

「え、えーと……」

 

 

カズキがカリニムと話しをしていて、その流れから大体何かを察したのはカズラだ。

リーゼもカズラと同じ結論に達したのだろう、思わず苦笑いをしていた。

 

 

「ありがとうございます。教官」

「うむ。これ以上、粗相のない様に心掛けるのだぞ」

「申し訳ございません。了解致しました」

 

 

マクレガーの言葉を受けて、カリニムは姿勢を再び正して、カズキを見て告げた。

 

 

 

 

 

「カズキ殿、お噂はかねがね! 曰く武術の頂点におられる方だと。剣術を極めたと。―――どうか、私とも刃を交えて頂けませんか!?」

「――――……え?」

 

 

 

 

 

それは―――甘いと痛感させられた瞬間でもあった。

 

イステール家の近衛兵までに留まっているだろう、と思っていたのだが、どうやら噂が噂を呼び、より大きく強く高く、盛大に肉付けされて、この大規模な場所にまで伝わっていた様だ。

 

 

武の頂点に立つ御仁であり、アイザックは勿論の事、戦争では常勝将軍と呼ばれ、訓練時では誰もが叶わず、地をなめさせられれう程の豪胆ジルコニアでさえも及ばず―――……と、耳を塞ぎたくなる言葉を沢山真っ直ぐ向けられる。

 

隊長格の男達は、皆素直で真っ直ぐなのだろうか……?

アイザックだけが例外だと思っていたのだが……、どうやらカリニムも通じるモノがあるらしい。

 

 

 

 

 

 

その後、想定外だったとはいえ、出来る事は~~と言った手前、引くに引けなくなったカズキは、時間の許す限り、剣で友好を結ぶ事になる。

 

 

 

仕舞にはリーゼも加わり、更に更に顔を出しに見に来たジルコニアまで加わった。

 

 

 

「え――――っ!! なんでジルコニアさんがここに?? 一体いつの間に??」

「ふふっ。お呼ばれしちゃいましたので、来ちゃいました♪」

「そんな楽しそうに言われても……」

 

 

朗らかに笑って見せるジルコニア。

 

訓練時に、あんなジルコニアの顔を見るなんて――――と、この時今日一番。カズキの強さに沸いたどよめき以上のモノが、沸いたのはまた別の話。

 

 

 

「………カズキ様。お母様といつの間にあんな仲良く……………」

 

 

 

外で見ていたリーゼ。

最初こそは普通だったのだが、徐々にチクチクと、胸に何か棘で数回刺される様な感覚に見舞われ続けるのだった。

 

 

 

 



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39話 老婦人と取引

井戸工事が完了して、更に数日後の午後。

 

イステリアの高級商業区画へと訪れているのは、カズキとジルコニア。

いつもとは違う服装を見に纏っており、ジルコニアも簡素な無地の平民服、カズキはグリセア村でプレゼントされた衣類一式を身に着けている。

 

2人の中で面識が無いのがジルコニアだけではあるが、彼女は領主の妻であり、国の英雄とも称される常勝将軍の誉れ高き存在。

もしも、この世界に映像文化が進んでいたなら、100%市政にまでその姿は轟いている事だろうが、恐らく大丈夫だろう、と言うのが、ナルソンの意見。

ジルコニアもそれは解っているのか、服装と同じく、簡素な変装を施していた。ヘンそう、と言っても髪を首の後ろで結んでいる程度。……正直変装になっているの? と問われればジルコニアを知る者からすれば、首を大きく横に振るだろう。

 

だが、本人も一般市民と顔を合わせる事は滅多にないとの事なので、まぁ、大丈夫だろう、と言うのが最終的なカズキの意見である。

 

 

本来ならば、カズラも一緒に―――と思っていたのだが、復興作業でまだ仕事が残っている事と、以前カズラとカズキの2人でこの店へと訪れた事、老婆と面識が十分である事を考慮して、カズキとジルコニアの2人での訪問となった。

 

これに関してはカズキは予想外だった……のは言うまでも無い。

 

変にカズラも連れて行こうとするのは正当な理由着けが出来ず、どれもこれも違和感満載だったので……、ジルコニアと2人で訪問を了承。

 

少々訝しむ様子が見て取れたが、直ぐにいつもの表情に戻っていたので、別段気にする様子が無かったカズラとジルコニア。

 

 

ただ―――カズキは何となくではある。朧気でもある。もう正直忘れちゃってる部分は確かにあるのだが……、記憶の片鱗を掬い取る事が出来たので、何となく―――ではあるが、予感はしていた(・・・・・・・)りする。

 

 

「この雑貨屋です。カズラさんが2度、私が1度。まぁ、カズラさんに紹介された、って形で2人で来たんです。カズラさんに限っては2度目でしたし、贔屓にしてくれるかな~、って ちょっぴり打算的な目的も有りましたが」

 

 

カズキの案内で、ジルコニアは案内された……が、その顔は険しい。

カズキの前で見せる物とは程遠い、と言える程に。

 

 

「………こんな堂々と店を構えているのに、法の目をかいくぐって詐欺行為を行っているとは……」

 

 

以前、カズラからは聞かされていた。

最初に訪れた時、老婆……老婦人に数点買いたたかれたと言う話。

 

流石に2度目ともなると、帳簿を見せて貰った事もあり、適正価格で取引してくれたが、それも、1度目、カズラと一緒に来ていたミューラの存在が無ければ危うかったかもしれない、と言うのが感想である。

 

2度目は大丈夫だったから~~と言って後も大丈夫か? と問われれば中々難しい面はあるだろう。そもそも詐欺行為を一度でも行ってれば、信用等ある訳がない。

 

安心させておいて、また―――ともならないとも言えない。

 

 

と、強く懸念、警戒を抱いているのは、主にナルソン達イステール家だ。

 

 

「常習的に詐欺を行ってるかどうかは、解りませんよ? カズラさんにアドバイスをしてくれたらしいですし、私の時は最初から猫かぶりじゃなくて、素の対応をしてくれてましたからね」

「素……? ……まさか、カズキさんに無礼を?」

「え、えーと、それは私の身分は隠してるので、怒らないで下さいね? 大丈夫なんですから。と言うか、普通の扱いが嬉しいので!!」

 

 

素の対応、と言う言葉を聞いて、更に険しい表情を、物騒な威圧感を見せるジルコニアだったが、直ぐに諫めるカズキ。

メルエムである、と言うのは当然ながらあの老婦人にはしていないし、一客人、口コミで訪れただけの異国の大金持ち、で話は通っているのだ。

 

 

「……なら、不問に致します」

 

 

取り合えず、不問にしてくれて良かった、と肩を撫でおろした。

ピカピカな身体の癖に、何だか心臓が痛くなるカズキ。ちゃんと人間である? 気がしてそれとなく嬉しくも思うのだった。

 

 

「それはそれとして、詐欺で歴を上げている店だと言う事は疑いようのない事実ですね。……正直な所、このような者の手を借りるのはあまり気が進まないのですが……」

「あははは……、その辺りはどうか折れて頂けたら。事前にカズラさんを含めて皆で話し合いましたけど、やっぱりこの際使える物は何でも使うべきで、優先されるべきは人命、国です」

 

 

表情を曇らせていたジルコニアだったが、直ぐにその顔は息を潜める。

代わりに、きょとん、とした表情を見せて そして楽しそうに笑みをこぼした。

 

 

「ふふふ。そうですね。カズキさんの……、カズラさんの言う通りです。細かい事に気を掛けている場合ではありません。国の危機は間違いないのですから。―――カズラさんや、それにカズキさんと出会えて、もう平和になっちゃったような気がして、緩んでしまってました。申し訳ありません」

「あははは。それはそれで光栄ですね。でも、ジルコニアさんもそうですが、皆さん気を引き締めるべき所はしっかりとしているのは、私の目から見てもはっきりと解りますから。多少緩んでも、それこそ目を瞑りべきだと思いますよ? 気を張り詰め過ぎるのも身体に毒ですから」

「――――はいっ!」

 

 

カズキもニコッ、とわらって応える。

ジルコニアはその笑顔を見て、朗らかに笑った。無邪気であどけない笑み。幼少期に置き忘れていたジルコニアの素の笑顔。それが徐々に表に出てきている。そんな感じがするカズキだった。

 

 

だが、ここからは気を引き締めなければならない場面だ。

 

 

「カズキさんは、問題ないかと存じます。……ですが、私は警戒を強めておきますからね。この手の詐欺を行う店は、用心棒の1人や2人、置いていてもおかしくありません。―――カズキさんの手を煩わせる事なく、私がカタを付けさせていただきます」

 

 

ジルコニアはそう言うと、マントに隠れた背中側の腰に手を当てて言った。

交渉が思うように行かず、不穏な流れになって用心棒の様なモノが出てきた場合は、カズキではなくジルコニアが相手をする、と言う事になっている。

 

逆にカズキ自身が恐縮をしていた様だが、それでも―――やっぱりカズキは神様(メルエム)。手を煩わせる訳にはいかない、と言うのが、ナルソンの意見でもあった。

 

勿論心配はしていない。何せ、ジルコニアの実力の程は、カズキ自身が良く知っているからだ。数多の兵士たちと刃を交えて、比べてみたら―――正直 男女含めてジルコニアが圧倒していると言う評価。贔屓目無し、文句なしに軍配はジルコニアだ。

それ程までの剣の実力者。一介の用心棒風情が太刀打ちできる人じゃない。

 

でも、それでも女性だから―――……と思ってしまうのは、未来とはいえ平和な国日本からやってきた男の子だから。数多な世界を渡り歩いてきたとはいえ、仮想世界。現実世界ででは、やっぱり、女の人の前に立つのは、男の子! 的な考えが拭えなかったりもするから。

 

でも、大なり小なり自尊心(プライド)は持ち合わせている筈だから、それに傷をつける訳にはいかない、とも思ったりしている。

 

 

「解りました。勿論、ジルコニアさんばかりに負担を掛けたりはしませんよ? 私もこれでも剣士。―――血が騒いじゃいそうなので、ひょっとしたら混ざっちゃうかもです」

 

 

同じくカズキも腰の剣に手を当ててつつ、ニコっと笑いながら、そして片目をパチンとウインクしながら言った。

 

殺伐とした雰囲気だった筈なのに、何処か穏やかな気配が出てくる。

 

 

「……適材適所、と言う事でカズラさんは来なくて正解だったかもしれませんね。グレイシオールは慈悲と豊穣、と伝わってる通り、武を修めてる訳じゃないですから」

「ふふ……。そうですね」

 

 

2人は笑い合う。

傍から見ても、殺伐とした空気が霧散した事はある意味良かったのかもしれない。

 

それだけ、相手に警戒される心配がなくなる可能性が高くなるのだから。

 

 

「(うーむ、こういう仕事は市政に幅広く支持されていて、人気も高いリーゼさんには無理だよなぁ………。色んな意味(・・・・・)で顔利くだろうし。……一応、聞いておこうかな)」

 

 

カズキは、剣の柄から手を離し、思い出したかの様にジルコニアに聞いた。

 

 

「そう言えば、リーゼさんの予定は、この街での用ではないんですか?」

「ああ、リーゼでしたら、きのう1日、面会続きで今日は休ませる事にしたんです。リーゼに求婚してくる貴族は他領からもあとを絶ちませんから……」

「うへぇ……、そんなに大勢いるんですか。……話には聞いてましたが、ジルコニアさんの口から改めて聞かされると、とんでもないですよね」

 

 

苦笑いしながら言うジルコニアに、改めてリーゼの幅広い活躍? に身震いする。

 

 

「器量よしで、人気も高く、仕事熱心。将来を見据えて努力を惜しまず……、他領でも有名ときた。完璧超人だ、って言われても私は頷きますよ、メルエムのお墨付きです」

「!! ならば、メルエム様のお隣でえ尽くさせても良いかと思うんです!? どうです? 以前言ってた通り、1度お付き合いしてみると言うのは??」

「っっ!?? や、ややや、ちょっとちょっと、ジルコニアさん落ち着いて! それにほら、面会に来る中で良い人がいるかもしれませんし!」

 

 

物凄い勢いに圧されそうになったカズキだが、他領からやってくる者たちの中で、意中の相手が居るのでは? と話しを返す。

 

朧気な記憶が確かなら、リーゼはカズラに想いを寄せる筈―――だが、あのブレスレットの件も有り、それは少々ズレが生じてきてても不思議じゃない。……と言うか、カズキ自身がターゲットになっちゃってる。(親愛のブレスレットを頂いてるから)

 

確かに、色々ある(・・・・)にしても、リーゼは素敵な人だと思う……が、だからと言って、カズキは安易に受け答えして良い話じゃないのだ。

 

ジルコニアは、他に良い人~ と聞いて少し考えたが、首を横に振っていた。

 

 

「うーん……、今の所はそう言った話は聞きませんね。本人からの話ですが……。それどころか、少々問題のある相手もいますし……」

「―――――――……それって、【ニーベル】と言う男ですか?」

「! はい、そうですね。ちょっと、クセのある方でして……、イステール領との大口商業取引の責任者なので、邪険にするわけにもいかなくて……」

 

 

ジルコニアは、カズキの見事に当てて見せた晴眼に驚きつつ……、少しだけ胸騒ぎがした。

カズキが、何かに、誰かに、……こんな感情(・・・・・)を向けるのは初めてだったから。何と言えば良いだろうか、所謂 《負》の感情。《怒》と言っても構わないが、リーゼを気にかけてくれてる、と言う意味では有難く、嬉しい話で、先ほどの縁談話の延長上で話をしてみて良いのだが……、何処かそう言った感情を超えている様に思えた。

 

何か深い訳があるのか? と思えていたが、現状 ニーベルと言う男がクセの強い男とはいえ、先ほどの通りの商業取引の責任者。豪商と言って良い存在。邪険にする事は出来ないのだ。――――少なくとも、現時点では。

 

 

「リーゼも、多くは言いませんが、苦労させていそうで……」

「そう、ですよね。心身共に休んで貰って、また明日から元気よく。……うん、元気が一番です」

 

 

カズキは、負の感情を振り払うようにしながら、笑顔を作る。

ジルコニアもそれに倣って、笑うのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

そして―――到着した店の中へと入っていく。

 

 

「こんにちは―――、買い取ってもらいたいものを持ってきましたよ」

 

 

カズキの一声で、店の奥から何かが動く気配、物音を感じた。

チラリと視線を動かしてみると、以前訪れていた時と同じ様に、店奥に座って、帳面を付けていた様だが、手を止めて立ち上がっていた。

 

 

「はい、いらっしゃい―――、やっぱり聞き覚えがあると思ったら、お前さんだったかい」

 

 

老婦人は顔を上げると、ニヤリ、と含み笑いを見せていた。

 

 

「はい。ちょ~っと散財しちゃったので、また買い取ってもらえたらな、と思いまして。勿論、私だけじゃなく、この間一緒に来ていた彼の分も一緒に」

「ふふふっ、そうかいそうかい。そりゃ、イイもん大量に持ってきてくれてそうだ。いくらでも買い取ってやるから任せておきな。―――っと、所で、そちらの姉さんは?」

 

 

笑っていた老婦人は、笑みを一度止めると、視線をジルコニアへと向ける。

ジルコニアはきょろきょろと店内を見渡した後、笑みを止め訝し気な視線を向けてくる老婦人に微笑んだ。

 

 

「―――この者の妻ですわ! 夫に無理言って、一緒に連れてきてもらいましたの!」

「ほうっ、こりゃまた随分と綺麗な嫁さんだね。お前さん、可愛らしい顔してなかなかやるじゃないかい」

「!! そ、それはその……どうも、デス」

 

 

事前打ち合わせをするの忘れてた。

強烈な出来事は、朧気、薄っすらとだが、輪郭を帯びているが、やはり覚えていない事が圧倒的に多過ぎるので、こういった不意打ち気味な展開にはカズキは当たり前だが弱い。

 

思いの外、身体を密着させるジルコニア。

遠慮していたら、演技だとバレるかも……、と言う懸念もあるだろうが、それにしても身体を密着させてくるジルコニア。簡素な服だから、彼女の柔らかい部分がハッキリと腕に当たるので、顔が一気に紅潮してしまうのが止められない。

 

 

「そ、それはそれとして! 取り合えず宝石です! 宝石!! 色付けてくれたら嬉しいですよ!!」

 

 

慌てて軌道修正。

紅くなってるの誤魔化せれる様に。

 

照明設備が整ってないのが幸いした。こればかりはピカピカで誤魔化す事が出来ないから、明るい時間帯とはいえ、中は薄暗い。赤い顔はきっとバレてないだろう。

 

 

「ちょっと待ちな」

 

 

老婦人はそう言うと、店内の隅に置かれていた《準備中》とこちらの世界の文字で書かれた看板を取り、入り口に設置した。

 

 

「これでよし。念のため、奥の部屋で話すとしようか。前と同じ部屋さ」

「了解です」

 

 

大口の取引、これまでにない程の金銭が動く話だ。当然の措置だろう。

 

準備を整えた所で、店の奥の戸を潜った所で―――。

 

 

「皆、お疲れ様、今日も精が出るね」

 

 

カズキが一番早くに挨拶をしていた。

 

ジルコニアが続いて中を見てみると、奥の部屋には、女の子が6人いた。

歳は大体6歳~10代半ばくらいまでと言った所だろうか、女の子たちは針やナイフを手に靴や手袋と言って革製品の製造に当たっている。

 

 

「カズキ様っ!」

「こんにちはっ!!」

 

 

製造する手を止める訳にはいかないけれど、カズキに挨拶はしたい、と思いつつ、色々葛藤がありながらも、精一杯出した結論ははち切れんばかりに笑顔で挨拶、だった。

 

 

「前に来た時も、この子達と話したんですよ。チップを弾んだら、凄く喜んでくれて」

「そう、でしたか(うーむ………)」

 

 

どういった関係? とジルコニアは首を傾げかけたが、カズキが先に説明したので、納得した。

 

グリセア村での子供達の人気、屋敷ではマリーが宛がわれと、幼い子の扱いに長けているのは今日に始まった事じゃないだろう。

少々、たらし疑惑? 幼女趣味? と言ったあまりに罰当たり(笑)な事を考えてしまったジルコニア。

以前は、カズラに対して、同性愛疑惑をかけていた事もあり、別段珍しい事でもない。

 

それに、特にカズキに気付かれた様子は無い。

 

 

「お前たち。今日の仕事はおしまいで良いよ。今日もこっちのお客さんが大盤振る舞いしてくれる。また、臨時賃金期待しときな」

 

 

老婦人の一言で、場が沸いた。

 

 

「こんなお客さん、他に居ないんだからね。あんま期待し過ぎるんじゃないよ。それに今はまだ昼過ぎだ。この間教えた丸石を拾いに川にでも行ってみたらどうだい。そこにある籠持っていって良いから」

 

 

あぶく銭も良い所だ。

それに極めて珍しい。まさに稀有。希少種。そんな人物がカズキと言う人物なのだ。

超がつく程お金持ちであり、それを鼻にかける訳でもなく、誰とでも分け隔てなく接して、裏表も見られない。

長年接客業をしてきた老婦人だからこそ、解る。

 

ほんの少しのやり取りで、仲良くなった所を見てもそうだ。―――因みに変な下心が無いのも確認済みである。

 

 

「じゃあ、そこの椅子にてきとうに腰かけておくれ。どれ、茶でも出そうかね」

 

 

老婦人が茶を用意―――と移動しようとしたが、カズキは両手を振った。

 

 

「いえいえ。今回は前回の様に長居が出来ないんです。この後少々予定が入ってまして。なので、お気遣いなく、直ぐに商談、取引に入ってくれて大丈夫ですよ」

「ん。そうかい? それならそうするとしようか」

 

 

カズキが断りを入れると、上げかけた腰を下ろして再び対面する形になった。

カズキが言わなければジルコニアが言っていた所だったりする。

 

 

「さて、今日はどんなものを持ってきてくれたんだい?」

「前回持ってきた宝石をもう数種、同系統のものをいくつか用意してきましたよ」

 

 

ズダ袋から布の小袋を取り出した。

カズキからそれを受け取ると、老婦人はどれどれ、と中の宝石を取り出して手のひらに載せる。

 

 

「ほう、これもまた、見事な品だね」

 

 

 

満足そうに頷いた。

今回も同じ様に取引をするだろう、とこの辺りでカズキは確信した。

 

 

因みに、今回持ってきたのは、前回のとは少し違う。色々とアドバイスを貰い、透明度は無く色が濃い物を選出。

真円にカットされた、ラピスラズリ、トルコ石、紅水晶。

 

 

「―――よし。1つ7000アルで買い取ろう。3つで21000アルだ」

「! ぜ、前回より1000もupしてません?? え、え? 前回より透明度は無いですし、寧ろちょっと下がるかも、って思ったんですけど……」

「なに。正直、アンタやもう1人の兄さんが持ってくるのは、どれもこれも希少すぎて大雑把な額しか提示出来ないんだよ。1000単位なら、誤差程度だと思ってくれて良い。―――それに、あんたは特別さ、とは言えないねぇ。長くおまえさんとは取引を続けたい、と言う意図も当然ながらあるから」

「おおお……、それを聞けば聞く程、カズラさんが最初にヤられちゃったのが気の毒な気がしてきます」

「―――……そりゃ、悪かった、って前にも言っただろう? だいぶ買い叩いたんだよ。あの兄さんは脇が甘かった。……一緒に来てた小さな嬢ちゃんが来てなきゃもうちょっとやってた」

 

 

 

悪かった、と言う割には悪びれた気がしないのは気のせいだろうか……?

 

まぁ、所謂騙される方が悪い。商売の中での戦いと言うモノは、シビアだ。

だが、ガイエルシオール……商売の神に誓ってる面はある様だから、そこまでのあくどい事はしないとは思うが。……女の子たちを雇っている面を見ても。

 

 

「あの……前回の帳簿、を私にも見せて貰ってもよろしいですか?」

「ん? ああ、嫁さんの方は前に来てなかったからね。デカい取引だ。気にもなるだろ。ちょっと待ってな」

 

 

そう言うと、すぐに立ち上がって店に戻っていった。

 

 

「大丈夫そうでしょ? やっぱり、色々と面倒を見てくれる人に悪い人はいませんよ。……………多分」

「ふふふ。最後に、多分(・・)とカズキさんが言えるのであれば、私は忠告はしないでおきましょう。世の中には、どうしようもない悪が居ると言う事を、カズキさんも勿論知っている筈ですし」

 

 

少し笑った後、次は考え込む。

 

 

「ただ、一度に取引できる数と、販売経路が気になりますね……」

「それは確かに。……イステリア家から、出回った、ともなれば、探りを入れてくる可能性だってありますし、何処に流れるか、も気になります………」

 

 

色々と話し合っていた所で。

 

 

「ほら、これが前回の宝石の売値だよ」

「あ、私が買い取ってもらった宝石ですね? えーっと………」

「《琥珀色の黒曜石》――――42000アル」

「……、カズラさんが売ったやつより高くなってる……」

 

 

商売上手なのだろう、末恐ろしい、と老婦人に目を向ける。

 

 

「まぁ、二度目ってのもあるし、最初吹っ掛けた時、まだ行ける感じがしたんでね。頭はそこまで痛めなかったよ。―――そう言う訳で、嫁さんの方にもしっかり言っておくが、今後おまえさん達との取引で嘘は一切無しだ。ガイエルシオール様に誓ってね。……今後も、お互い上手くやっていこうじゃないか」

「わー……素敵な笑みですねーー。あ、それはそれと、もう1つ話があって―――」

「あ、カズキさん。ここからは私が話を………」

 

 

ジルコニアが名乗りを上げようとしたその時だ。

 

 

 

 

【クレア―――――っ!! いないの――――――!?】

 

 

 

 

店内に聞き覚えのある声が響いてきたのは………。

 

 

 

「(――――ああ、やっぱり)」

 

 

カズキは間違いない、と一瞬で把握。

記憶の扉が勢いよく開く!! とまではいかないが、誰が来たのかは、100%正解できるだけの自信は持てた。

 

 

「っと、ちょっと待ってな」

 

 

老婦人、クレアと呼ばれた老婦人は直ぐに立ち上がると、店の方へと戻っていった。

 

 

「………ジルコニアさん?」

「あ、はい。えと……、今の声って……」

「はい。聞き覚えが……と言うか、間違いなく」

 

 

ジルコニアは入り口をまじまじと見つめた。

カズキはただただ苦笑い。

 

 

そして、2人同時に口を開いた。

 

 

 

 

 

 

「「リーゼ?」さんですね?」

 

 

 

 

 



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40話 待ってましたのメロメロばんばん! ……アレ?

「リーゼさんですね」

「はい……。え、あ、いえ、そのっっ」

 

 

ジルコニアは、店にやってきた声から誰が来たのかを悟った。

思わずカズキとハモる形で断言しつつ、改めて聞き返された時も頷いて……、これで良かったのか? 肯定してはまずいのでは? と思い直した様で、手をぶんぶん、と振っていた。

 

 

「あ、エイラさんの声も聞こえてきた。間違いないですって」

「あ、あの。まだわかりませんし、ほ、ほら。動かないでよ言われましたから、もう少し奥の方へ―――」

 

 

あからさまに、遠ざけようとするジルコニア。

当然ながら、カズキはこの対応をとろうとする意味も理由も解っているつもりだ。

 

リーゼの声……、普段のソレとは全然違う。

 

言うならば、元気ハツラツ、と言った印象が強い。

日頃も元気が無い……と言う訳ではない。凛として、芯が通った素敵な女性―――をイメージしやすいのだが、この感じは活発なお嬢様、と言った印象を持つ。

 

エイラも自然に会話に入ってるので、これが普段のリーゼと言うものなのだろう。

 

 

「まぁまぁ、そう慌てなくても―――」

 

 

と、カズキはジルコニアを逆に落ち着かせようとしていたその時だ。

一際声が大きくなったリーゼの言葉が聞こえてくるのは。……大きく、と表現するよりは、何処となく怒気が籠った、と言った方が良いだろうか。

 

 

 

「それがさ! 聞いてよ、クレア! あのバカ商人がしつこくて。何度も何度も面会捻じ込んでくるし、隙あれば身体触ってくるし……、この間なんて、危うく夜の屋敷の外に連れ出されそうになったのよ? あのまま連れていかれたら、何をされたか解ったものじゃ無いわ。本当、アイツ死ねば良いのに」

「……まぁ、ご苦労さんとだけ言っとくよ。今日はそいつから貰った物の換金かい?」

 

 

 

あの老婦人―――クレア。相当なやり手な商売人。

会話を重要視するのは勿論であり、時には詐欺まがいな真似にまで発展する事だってしばしば……なのに、どっしりと店を構えて、イステリアで生き抜く手腕。どれをとっても特上の者だと言えるクレアが……、思わず同情を禁じえない程のリーゼの言葉。

 

クレアの口ぶりだけで、色々と察する事が出来ると言うものだ。

 

様々な重圧から解放されて、素の自分を出す事が出来る場所が、此処だと言う事。

 

 

「あのエロオヤジ、贈り物だけはいつも一級品なのよね。そこだけは感心するわ」

「そうしておきな。今回も少し色を付けておいてやるからね。……ところで、前言ってた男達の身分ははっきりしたのかい? どっちを狙うとかも」

「ええ、勿論決めてるわ。素性は、クレイラッツの有力者だと思う。……で、身分は平民かな」

「ほほう、クレイラッツか。聴く限りじゃ、どっちも性格良いし、かなりの金持ち、更にもう1人の方は腕も立つんだろ? 天は幾つの才能をその男に与えたのかねぇより取り見取りじゃないかい。そりゃ、悪い気だって近付きたくなる、ってもんさね」

「近付いてほしくない! あんなエロオヤジはごめんよ、もぅ!」

 

 

ジルコニアにしてみれば、聞けば聴くほど、心臓の鼓動が早まり、寿命が縮みあがる思いだ。

ちらり、とカズキを見てみると……。

 

 

「―――――――」

「ひっ……」

 

 

 

 

 

ニコニコニコニコニコニコニコニコ…………。

 

 

 

 

物凄い笑顔で見入っている。聴いている。不自然? って思ってしまいかねない程、裏表のない笑顔。

会話の内容を聞いていれば、リーゼがカズラかカズキのどちらかを狙う、みたいな話を、このクレアと言う老婦人に伝えていたという事が解る。はっきりと名を口に出していないが、容易に連想出来る。

 

だが、全くを持って予想も想像も出来ないのが、今のカズキの様子だ。

兎に角笑顔。……あまりの笑顔は、何処か狂気にも見えてしまうから、ジルコニアは更に気が気じゃない。思わず小さく悲鳴を上げてしまう程に。

 

 

「まぁまぁ。それで? 結婚相手として決めた、って事でもいいのかい?」

「うん。剣の訓練も重ねたのもあると思う。私のこと大分気に入って貰えたと思うし、今夜あたり行っちゃおうかな、って。もう1人の人は、本国に恋人っぽい人がいるみたいで、それとなく教えて貰ったから解ったんだけど、最初から狙いを絞ってて良かった、って思ってるわ」

「えと……、リーゼ様。それって、カズキ様の事、ですよね? 夜這いをかけるって事ですか……?」

「ええ。丁度夜間訓練の時間も取ってるし、部屋に入れて貰って自然な流れで、って出来そうじゃない?」

 

 

とうとう名前まで判明した。

あまりに凄まじい内容の会話に、ジルコニアは身体をプルプルと震えさせてしまっている。顔は真っ赤だ。曲りなりにも、自身の娘が……普段のそれとは人格が変わったかの様になっているだけに飽き足らず、あまりにも過激で生々しい内容を口にしているのだから、それも仕方ない事だろう。

 

 

「成る程――――」

「な、なるほど……?」

「あ、ほら。リーゼさんからのスキンシップがちょっと最近増えてるな、とは思ってたんです。ブレスレットを2人分頂けた事も有るので、カズラさんの方を―――と思わなかった事も無いですし。……正直、私の方か、と驚きの方が大きいですが、納得出来た、とも思いまして」

「い、いえいえいえいえいえいえいえい!! きっと、声色が似てるだけの同姓同名の別人ですよ!」

「ええぇ……? 流石にエイラさんの名前も呼んでますし、こんな近くに同姓同名の人が揃うなんて、実際に街で居たら、きっと有名になってますよ? リーゼさんなんですから」

 

 

ニコニコ顔で笑っているのが、もう一蹴回って怖くなってきたジルコニア。

カズラもそうだが、カズキが怒ってる所は見た事が無い。いつも笑っているイメージで、とても好印象、好感が持てる―――――神様(メルエム様)なのだが、今回は怖い。怖すぎる。

 

 

「じゃ、そろそろジルコニアさんも、ほら」

「えええ!! ま、まって。何処へ行くつもりですか!? とりあえず座ってください! 出るな、って言われてたでしょっ!?」

 

 

ひょい、と立ち上がるカズキに纏わりつくジルコニア。

ピカピカな身体故に、透き通す事も出来たが、それはしなかった。

 

さっきまでは、ジルコニアに引っ付かれて、胸を押し付けられて―――と、赤面する想いだったが、今はただただ綺麗な笑顔。

 

 

そのまま、ジルコニアが引きずられる形で、2人は部屋を出た。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ほんの数秒前。

 

 

「それに身分は平民だけど、あの器量は絶対に超有力者。……だけど、領主の娘相手に既成事実作っちゃったら、結婚せざるをえないでしょ? カズラ様は恋人がいるッポイから、手を出さないにしても、カズキ様はその気配見えないし、でも、出来ないとも限らない。いや、出来ない方が絶対おかしいよ。―――だからこそ、先手はうつもの。先手必勝」

「……何ともまぁ、随分と逞しくなったもんだね」

 

 

エイラの質問に自信ありげに答えるリーゼに、クレアは半ば呆れた表情で苦笑いしていた。

 

初めてリーゼと出会った時は、完全なる猫を被っていて、訝しんだものだ。

あの手の演技は、狡猾な――――それも女には効果は薄い。商売柄、人をよく見てきたクレアにしてみれば、云わば天敵とも言われてもおかしくない。

 

なので、あっさり見抜かれた――――が、此処から面白いのは、それでもリーゼは構わない、と素の状態を見せる様になったのだ。

 

いわば、エイラ以外にも、自身を解放出来る所。――素の自分を出せる所だと重宝しているのかもしれない。本心を曝け出せる友達だと。……歳は相応に離れている様だが。

 

 

「絶対よ、絶対! ものにしてみせるわ! あんな優良物件、他にあるわけないもん。―――あぁ、でも何か緊張してきた。上手くできるかな……。カズキ様、体力は有り余ってそうだから、ちょっぴり怖くなってきたかも……」

「なんだ。ちゃんと予習してる訳じゃないのかい?」

「経験のある娘から、時々話は聞いてるけど、雑談で出る程度の知識しかないのよね……。武力で皆の上を行く。お母様でさえ上回る力を持つカズキ様だもん。やっぱり、ね……。優しくしてくれると良いんだけどなぁ。……優しい人程は、夜は豹変! 凄い! みたいなのも聞いた事あるし……」

「ほう、それならエイラちゃんに教えて貰えばいいじゃないか。男の1人や2人、経験してるだろ?」

「…………」

 

 

まさか、突然話を振られると思わなかったエイラ。

この手の話になると、それとなくフェードアウトするか、気配断ち! とまではいかずとも、周囲に溶け込むが如くにしてるのだが、クレアは堂々と乗り込んできて―――言葉を失っていた。

 

 

「え、まさかお前さん。その歳で処女なのかい?」

 

 

そして、歳の功。デリカシーが! と言いたくなるかもしれないが、同性であり、年配の先輩。……踏み込み方がえげつないが、それでも何とかエイラは表情を保ち、ゆっくりとした口調で告げる。

 

 

「…………お付き合いすらした事ない、です……」

 

 

その絞りだすかの様な言葉にクレアは、少々聞いたのを後悔した後。

 

 

「ま、まぁ、人それぞれだからね……。とまぁ、それはそうと、嬢ちゃんには期待してるよ。この前のペンダントも売ってくれると嬉しいんだけどねぇ……」

「ええ!? あ、アレは……うぅ……、カズキ様じゃなく、カズラ様から頂いたモノだから……、これからの事を考えても、手放すのは……、でも、凄く気に入ってるのも事実で……。ぅぅぅ、アレはやっぱ勘弁して、クレア。でも、約束するわ」

 

 

リーゼは、やや弱々しかった様子を払拭。

胸に手を当てて、ぐっっ、と拳を握り込みながら大宣言した。

 

 

 

 

「恋人になれたら、もうメロメロにさせて、ばんばん貢いでもらうから!! 期待してて良いよ―――!」

 

 

 

件の名台詞。

正直 朧気で、輪郭も薄れてて、細かい所は当然思い出せなくて……、今も現在進行形で忘れそうになっている過去、前の世界の記憶。

 

でも、リーゼのあのセリフだけは、不思議な事にはっきりと覚えていた。

その姿まではっきりと。

 

 

だから、ついつい、声だけでなく姿も拝見しようとして、扉を開け―――。

 

 

「そうかいそうかい。期待しとくよ」

「あ、あはははは……………はぁっ!??」

 

 

 

エイラとしっかり目があった。

見た瞬間、身体が固まる。

 

それにジルコニアの姿もはっきり見えた。何故か肩で息してる様だ。

 

エイラの只ならぬ様子に、リーゼも思わず振り返り――――そして、エイラ同様に固まった。

 

 

「ん? あ! コラ!! こっちに来るなと言っただろ! ………おや? お前さんたち、知り合いかい?」

 

 

 

クレアは夫々の顔を見比べて、顔見知りであると判断する。

そして―――どういう関係なのかも知るのだった。

 

 

更に言えば―――カズキも思い知る事になる。

 

 

 

「―――――――ぁ」

 

 

ほんの一瞬だけ……観客(・・)気分で見ていた自分が居た事。

そして今はまさに、当事者であると言う事に。

 

 

 

 

 

 

 

カズキは大変だった。

いわば現実逃避? してたも同然だった所に戻されたから。

 

勿論、ジルコニア・リーゼ・エイラも大変だった。

最悪な場面を見られてしまったから、聞かれてしまったから。

 

リーゼは勿論だが……、それと同等か、若しくはそれ以上に顔を青くさせているのがエイラとジルコニアだ。

カズキとリーゼをくっつけようとしていた。画策していた。

 

カズキが神である事を考慮したら、普通はここまでリーゼを宛がわせようなんて思わないし、思えないのだが、カズキがあまりにも人間らしすぎた。

もう1人の人間、男のコ。それもとびっきり優しい男のコとしてしか見られなくなりつつあった。

 

古来の文献……御伽噺では、神々と人間が結ばれる感動的秘話など幾つも存在するし、それが現実に起こった事、神話の一節がイステリアで始まった、などと盛り上がっていただけに、それが足元から崩れ落ちる様を目撃させられている様で、気が気じゃない。

 

 

 

固まっている内に、色々と査問会? 尋問会? 

でもするかの様に、先ほどの奥の部屋で、行われた。

 

 

 

 

 

「(……そう、じゃん、そうじゃん! カズラさんじゃなくて、オレのトコに来ちゃったんじゃん……!! ブレスレットの件やバレッタさんくっつけようとした事とか……、色々合わさって、方向性が変わっちゃった……? ね、狙ってやったわけじゃないのに、いざこうなったら、う、うぅぅぅ、目、目をみれない……)」

 

 

 

 

 

腕を組み、表情を俯かせているカズキ。

滅茶苦茶動揺している。リーゼが夜這いを掛けようとした事、結婚狙った事、色々と客観的に見てみれば、面白い展開だったのだが、その想いのベクトルが全て自分に向けられてしまった時に、そのベクトルが槍となり、突き刺されて、そのまま引き摺り返されたのである。

 

 

メロメロばんばん、で最高潮まで言ったかと思えば………アレ? である。

これって自分? である。

 

 

 

なので、色々悶々としているカズキだったが、周囲にはそれは全く……ま~~~~~~~ったく伝わらない。

 

 

 

何故なら、カズキのその表情からは完全に笑みが消えてしまっているからだ。

それがジルコニアにとっては何よりもキツイ時間を演出していた。

 

先ほどまでは、物凄い笑顔だったのにも関わらずの豹変だ。

 

 

―――カズキの顔が赤くなってしまっているのだが、そんな色は一切見れない、感じられない様になってしまってる。

 

 

クレアの店の奥は、蝋燭の火の灯りで照明としているから、顔色などは、火の色ではっきりと解らない、と言うのが拍車をかけてしまっている。

後は先入観……だろうか。

 

 

「あ、あの……カズキ様。リーゼ様も悪気があったわけじゃなくて、ですね……」

 

 

等々沈黙に逆らえなくなってしまったエイラが口を開いた。

相手は光の神。

以前、その正体をハッキリと顕わにされて、確認して、実演されて――――これは現実なのか? とそれこそ逃避しそうになった程の衝撃の元で、明らかにされた事実。

 

だが、エイラもジルコニア同様だ。

あまりにも人間臭いカズキ。その光の能力を見せられたからと言って、これまでの印象が完璧に変わってしまう程では無かった。

 

それ程までに、カズキには恩義があり、世話になり、大切な人である、と言う事を認識し出しているから。

 

 

だからこそ、この状況は駄目だ、と先陣を切ったのである。

 

 

「え……っと、なに、かな?」

「ぅぅぅぅ……」

 

 

ただ、よく聞いてなかったので、もう一度―――と言った様に聞き返したつもりだったが、そう言うニュアンスには伝わらなかった様子。

 

 

「ちょ、ちょっと! 何で黙っちゃうの!?」

「…………」

「――――ぅぅぅ」

 

 

リーゼも、カズキの沈黙には堪えてしまう。

あれだけ陽気に、朗らかに、そして手取り足取りと稽古をつけてくれたのがカズキだ。話も面白い、何なら、気を逆に使ってくれる程。

 

クレアの手前、失礼な物言いをしてしまったが、それでもカズキに対しての想いは決して嘘ではない。

 

 

だけど――――今の会話を全部聞かれてしまったのなら、リーゼ自身の口から、何を弁解しても、逆効果にしかなり得ないと思ってしまっているのだ。

 

 

「あ、いや、泣かないで良いですよ。リーゼさん」

 

 

とうとう泣き出してしまったリーゼ。

流石に彼女の涙(例え演技だったとしても)は、高威力。

恥ずかしくて、これ以上聞けない、見れない、なんて感性は跳んでいった。

 

 

「せっかく、せっかく……カズキさまと……っ」

「え? 何? もう一回……」

「………何でもないです」

 

 

本当に聞こえなかった。

それ程までに小さい声だったから。

 

だけど、リーゼには本当に聞こえなかったから聞き返された、とは思えなかった様子。

 

 

「カズキ様、リーゼ様がお慕いしているのは本当の事なのです。毎日、私と話をしている時も、カズキ様の話題が多かったです。カズラ様とカズキ様では2:8程の割合で……」

「え、えっと…… 流石にカズラさんを巻き込む様な感じの説明は止めて置いた方が……」

「し、失礼しました!!」

 

 

完全に恐縮しっぱなし。畏縮されてしまった。

 

 

 

 

「……メロメロ、ばんばん」

 

 

 

 

それをナマで聴けた事に対して、あんなに面白かった感情も完全に消え去っていた。

 

 

「ぅぅぅ……」

「お、お金の話はその……、リーゼ様は少しお金にがめつい所がありますが、人を見る目は確かですよ! 悪意を持って人を騙す様な方ではありません。その、結婚したら少し豪華な生活を夢見て……、その想いが思わず漏れたと言うか……」

 

 

メロメロばんばん、の名台詞を思わず口ずさんだのを聞かれた様だ。

そして、その部分に対して怒っている、とも思われた様子。

 

カズキは、少し頭と両手を振って応えた。

 

 

「それは勿論、えと……リーゼさんが日頃から頑張ってるのは解ってますし、まだまだ沢山してみたい事や遊んでみたい事もあるなか、国の為にと頑張ってるのはしっかり見てます。解ってます解ってます。なので、そこまで落ち込まず、一度落ち着きません? 正直、おれ……私も途中から頭の中が真っ白になった、と言うか……。正直展開に追いつけてないだけですので」

「そ、それでは不問にして頂けるのですか!? リーゼ様とお付き合いを!?」

「いや、めちゃくちゃ飛躍しましたね!? 落ち着きましょうとお付き合いしましょう、は同類項じゃありませんよ??」

 

 

ぽんぽんっ、と手を叩いた。

先ほどまで畏縮し、涙を目に溜めていたリーゼが顔を上げる。

 

 

でも、最後の言葉で再び沈んだ。

 

赦してくれたとは思ったが、駄目だと言われたも同然だったから。

 

 

「……もう一度、リーゼ様にチャンスを、とは駄目でしょうか……?」

「へ、返答に困りますよ、それも。そもそもリーゼさんにチャンス与えて~~なんて、考えても無かった事なので」

「……カズキ様はリーゼ様の事がお嫌いですか?」

「嫌いな人達を手伝ったり、稽古に付き合ったり、そんな事しませんよ?」

「で、でしたらお付き合いを……」

「き、嫌いじゃないイコールお付き合い、ですか……今度は」

 

 

あまりにも積極的過ぎるエイラに度胆抜かれるのはカズキである。

以前メルエムの力―――ピカピカの力を披露してから、畏怖されるのでは? 敬遠されて、疎遠になってしまうのでは? と危惧していたのだが、それもどうやら要らぬ心配だったらしい。懸念事項はきれいさっぱり消え去った―――が、あまりにも肉食系? 過ぎて……。

 

従者が主の為に頑張るのは解るのだが、これでもエイラはまだ色々と未経験者なのか……? と疑ってしまいたくなる。

 

 

「あのカズキさん。一度、落ち着いて考えてみたのですが……」

「あ、はい。何でしょう? ジルコニアさん」

「失礼な物言いをしてしまったのは事実です……。お優しいカズキさんは、咎めたりしないかもしれませんが。―――私達の気がすみません。リーゼには、反省させる為にも、きつく言い聞かせておきます。……どうか、あまり嫌わないで上げてください」

「いえ、嫌ってはいないんですよ。これは本当です!! 話が物凄すぎて、追いついてないだけで、追いついたとしても嫌ったりしませんから、安心してください!」

 

 

これまでの表情の全てが思い過ごし、取り越し苦労なのか?と一瞬思ったジルコニアだったが、安易にそれを信じて、選択・行動する事は止めにした。

 

カズキが優しい事は解っているからだ。

でも、ほんの些細な切っ掛けでも、心に棘が刺さってしまえば今後どうなるか解ったものではない。言質取ったとはいえ、慎重を心掛けるのも当然。

 

リーゼの本性については、思う所はあっても、まさかここまで積極的だとは思ってなかった、と言うのも有る。

今は気落ちしている様だが、1度転んだ程度でへこたれる性格じゃない事は解っているからそこまでの心配はしていない。

 

癖のある相手と長く付き合っていく忍耐力も持ち合わせているのだから。

 

 

「―――リーゼ。とりあえず、もう一度誠意ある謝罪を」

「……はい。本当に、申し訳ありませんでした……」

 

 

リーゼはペコリ、と頭を90度以上下げて謝罪をした。

謝って欲しい訳じゃない。

 

寧ろ、何処か楽しんでた節の有る、現実逃避して、ゲームを楽しむかの様にしていた自分にも嫌悪感が生まれてしまっているので、どうしたものか、どう返事をしたものか、と考えていた矢先だ。

 

 

「お前さんも、それ以上その娘を問い詰める気はないんだろ? じゃあ、ここで終わりにしときな。その娘だって、連日好きでもない男と面会させられて、気苦労が絶えない筈なんだ。そこに漸く気に入った男が現れたとなったら、多少は強引な手を使おうとしても仕方ないだろう?」

 

 

そこへやってきたのはクレアだ。

お茶のお代わりを~~ と持ってきた矢先に、リーゼの謝罪が聞こえてきたから、口を出した形である。

 

 

「そうですよね。あの会話を聞いていても、何だか怪しからん男が居る事は解りましたから」

「ほう! そう思ってんなら、お前さんが今後も隣で守ってやれば良いじゃないかい」

「ややや、だから、飛躍しすぎですってば! 隣って!」

「良いじゃないか。お前さんは、寧ろこの娘の何処が気に喰わない、気後れするってんだい? こんなに美人で、家柄も申し分なく、更には貴族と市民の両方からも支持されてる。そんな女国中探したって他にはいないよ」

「いえ、気に喰わない、なんてことは……」

 

 

何故だか、クレアには怒られてる気分になってきてしまった。

 

 

「嬢ちゃんがおまえさんの前で偽ってた、って事が気になるのなら、アタシがお前さんを赦すから」

「……へ?」

 

 

どういう事か? と首を傾げた所で、畳みかけられる。

 

 

「お前さんだって、嘘をついてたろ? 細かい事言う気は無かったが、気にするようじゃ、私が言ってやるよ。ついさっき、私にこの姉さんを妻だとか、言って嘘ついてたじゃないか! つまり、嘘つき同士のお互い様って事だよ! 姉さんも、まさか嬢ちゃんの母親だったとはねぇ!」

「ふぐっ……!」

「っ………」

 

 

それはぐうの音も出ない。

確かにあの嘘はジルコニアが咄嗟に着いたとはいえ、カズキも加担しているも同然だ。

もし、事前打ち合わせしていたとしても、身分は隠そうとしているし、現在でも カズラ以外には本当の意味での本当の事は話していないから、嘘継続中だと言ってもおかしくない。

 

 

「クレイラッツの有力者だったら、嬢ちゃんと結婚する事でどんな利益が得られるか。どれ程大きいか解るだろ? 将来的にはイステール領の領主様じゃないか。こんないい話を断ってたら、お前さん、後で絶対後悔するよ!」

「え? あー――そう言えば、それもありましたね……」

「そう言えばそれも、じゃないさ! どんだけ、お気楽な性格してるんだい!?」

 

 

思わずツッコミを入れるクレア。

カズキは苦笑いをした。

クレイラッツの有力者だと言うのは、リーゼの推測であり、推理。

金持ちであり、地理的にどこが一番近いのか、そして当然敵国(バルベール)は除外。ならば、消去法でクレイラッツ、なのである。

 

 

そして、こうなたら仕方ない。

自分自身が、彩らなければならないだろう。どういう道に通じるのかは検討もつかない。

 

ただ、自分とカズラでは絶対的に違う物があるのも事実。

 

 

それを考えて……どうするのか。

 

 

「解りましたクレアさん。ご忠告の件も考慮して、しっかり話をしておきますので、取り合えず今は――――」

 

 

兎に角話をする、と言う事で落ち着いた。

問題を先送りにしてるだけの様に思えるが、仕方ない。

今日、此処に持ってきた話の内容だって十分過ぎる程重要だから。(殆ど言い訳)

 

 

カズキはそう言うとジルコニアの方を見た。

すると、その意図が解ったのか、まだ表情を歪ませているジルコニアだったが、小さく頷くとクレアと本題に入るのだった。

 



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41話 大空に舞う

 

「わぁぁ、わぁぁ! カズキ! 凄い凄い!! 私こんなの初めてっ!」

「ははっ。はしゃぎ過ぎて手を放さない様にだけ、気を付けてね?」

「もうっ、大丈夫だよっ! それに、カズキがついててくれるんだから。私を落っことしちゃうなんて、しないでしょ? 私、カズキの姫なんだから!」

「勿論ですとも。お姫様」

 

 

 

薄暗い夕闇の中、月も顔を出していた。

 

その月下、雲一つない空を自由に泳ぐ光がある。

 

驚く事に、それは流れ星の様なモノではない様だ。瞬く事なく宙を駆け回り、軌道が変わり、とあまりに現実離れし過ぎている光景だから。

 

 

そんな夜空に、リーゼの陽気な声が響き渡る。

 

本来なら騒然とするだろう光景だが、2人の高度は知覚するには難しい、不可能だと言える高さなので、誰にも気付かれていない。

 

2人だけの空間を演出していた。

 

 

リーゼは、あのクレアの雑貨屋の時とは、うって変わり、彼女は幻想的な世界、まるで絵巻物の登場人物にでもなれたかの様だ、と子供の様に燥いでいた。

 

綺麗な月明りに彩られながら、リーゼは心ゆくまで彼の魔法(・・)をその身で感じ続けるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――――それは、遡る事数時間前。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「色付き黒曜石を大量に、か……」

 

 

一先ず、リーゼの本音部分露呈による謝罪会は切り上げて、商談に入る。

先ほどの様な個人間での商談ではなく、イステール家、領主との商談。クレアにとってこれまででも一番大きな仕事になるだろう。

 

いつも以上に真剣なのか、はたまた通常運転なのかは解らないが、差し出された歪な形の青色ガラスを手にしているクレアは真剣そのもの。

 

 

「――何とか目立たない様な形で、他領か他国に売ってもらいたいのだけど、出来るかしら? 引き受けてくれるなら、領内でのあなたの身の安全は保障するわ。それに、今後の商売でも融通を利かせてあげれると思うの」

「ほう、それは引き受けなければどうなるか分からないぞ、ってことかい?」

「そうは言ってないわ。もし引き受けたくないなら、お互い今日の事は全て無かった事にすれば良い」

「―――ふむ。【今日のことは】ね。……まぁ、私にとってはいい儲け話には違いないね」

 

 

クレアは、手に持ったガラスを置いて、テーブルの隅に置いてあったインク瓶と羽ペンを引き寄せて、ジルコニアに向かって告げた。

 

 

「解った。引き受けよう。ただし、扱う品物が希少な上、高額だから、換金までにはかなり時間がかかるよ。仕事の代価は今後領内での商売や土地の融通、衣類と家具の卸の優先権でどうだい? これなら、そちらから回される宝石販売の手数料はタダで構わないよ」

「………商売と土地の口利きは問題ないけど、卸関係については、この場で判断できないから、戻ってナルソンと検討してみるわ。とりあえず、それで仕事を引き受けてくれないかしらね」

「ふむ。……どうしたもんかね」

 

 

クレアは腕組すると、考え込む様に唸った。

 

 

「受けてくれるなら、私の方も融通利かしますよ! こう見えて、さっきクレアさんが言ってる様に、有力者なので。繋がってるのは、お得ですよ~~」

 

 

うんうん唸ってるクレアに、出来る範囲で陽気に振舞うカズキ。

イステール家が絡んでいるが、正直なところ、宝石を後ろで根回しをしているのは、間違いなくこのカズキと言う男と、そしてもう1人。最初にここに来たカズラと言う男の2人で間違いないだろう。

 

聞いていた話、かなりのお人よしである事は解るし、店の子供達が直ぐに懐いた所を見ると、悪人と言う訳でもない。目利きはそれなりに利くから、クレアもその辺りは解っている。

良い繋がりが増える、ひょっとしたら、イステール家よりも大きな繋がりが? とメリット部分をクレアは頭の中でまとめ始めたその時だ。

 

 

「クレア………」

 

 

追撃、とでもいうべきだろうか。

沈黙を守っていたリーゼが静かに、そして何処か縋る様に声をかけてきた。

その表情を見ると、どう断れと言うのだろう?

 

同性の自分から見てもかなりの美少女であるリーゼの求婚を断るなんて、カズキ(コイツ)は本当に男なのか? とも思えた。

 

それに何より、リーゼには色々と高価なシロモノを流してくれる上客みたいなもの。カズラやカズキが来なかったら、間違いなく最上客だった。

持ちつ持たれつな関係性だったとはいえ……情と言うモノも当然ながらある。

 

 

 

「わかったよ。とりあえず、それで引き受けよう」

 

 

クレアがそう言うと、リーゼは再びカズキに目を向けた。

目が合うと、カズキは軽く頷いて見せてくれたが……、やはりリーゼは しゅん……とした様子でテーブルに目を落としていた。

 

 

「卸優先権は、まあ ある程度つけておいてくれればそれで良いよ。後で都合のつく品物のリストを作って寄越して遅れ」

「わかったわ。でも、あまり期待はしないでおいて」

「既存の利益との絡みもあるだろうだからね。そこは解ってるから安心しな」

 

 

アッと言う間に商談をまとめ始めた。

希望の卸が実現しないかもしれない、と言う状況になったのだが、それでも決断力は凄いものがある。

 

更に言えば、商談相手は、ジルコニア―――つまり、このイステリアの領主、トップが相手なのだ。

一切怯む事無く堂々と構えている姿勢に脱帽。

 

 

「はぁ……、やっぱクレアさんこそが凄い。イステール家お抱えの商人になって貰うのはどうです?」

「かんべんしとくれ。あたしゃ、ある程度の自由にやれてるからこそ、色んな横の繋がりが生まれるのさ。そんなデカい所に繋がった日には、相手がそっぽ向く可能性だって出てくる。何より、肩が凝りそうだから止めとくれ」

 

 

クレアは手をぶんぶん、と左右に振ってそう告げた。

領主抱えの商人ともなれば、金銭面だけでなく地位も相応に約束されるものなのだが……、クレアはこのスタイルを好んでいるのだろうか、首を縦に振らなかった。

 

そして、何処かではそう言うだろうな、と解っていたカズキはただただ笑っていた。

 

 

 

 

 

 

 

カズキの提案については、ジルコニアも【その手が……】と少なからず思った。色々手綱を引いている方が、首輪をつけている方が今後とも都合が良い。

だけど、あっさりフラれたので、その企みも霧散だが、強くツッコム事なく淡々と続けた。

 

 

「流通経路の仲売人との件だけど、こちらの商人を同行させることは可能かしら?」

「無茶いわないでおくれ。できるわけがないだろう」

「そう。……あと、契約書に署名する前に、明日もう一度屋敷でお話できるかしら。報酬内容をまとめなおして、契約書にも記載しておくから。仕事内容と合わせて、その時、もう一度話を詰める事にしましょう」

「わかったよ」

 

 

この場では署名する気が無いジルコニアに、クレアはため息を吐きながらも頷く。

相手が相手だ。そう簡単にはいかないのは解っていたが、とり合えず取って喰われたりはしないだろう、程度には思っている。

 

 

「ありがとう。明日の午後、都合の良いときに来てくれれば良いわ」

「あいよ。午後の適当な時間に伺わせてもらうよ」

「話はまとまりましたね。では、今後ともよろしくお願いします」

 

 

タイミングを見計らって、カズキも頭を下げた。

 

 

そして―――ある意味商談よりも大変そうな相手に目を向ける。

まだ俯いてしまっていて、こちらを向く気配が全く見えないリーゼだ。

 

 

「リーゼさん。とりあえず、一緒に帰りましょう。帰ったらお話を」

「………はい」

 

 

リーゼはそれを聞くと、しょぼくれた表情のまま、よろよろと立ち上がった。

 

慌てるエイラ、ギロリっ、と睨むクレア。

2人にはそれぞれ大丈夫、とカズキは 身振り手振りで説明するのだった。

 

 

 

 

 

 

帰宅後。

 

取り合えず、カズキは今日の話が終わったらカズラに連絡を~~と告げているので、その時にリーゼの事は話す事にするつもりだ。

黙っている事も考えたが、今後の付き合いを考えても、カズラだけ知らないのは正直リスクにしかなり得ない。

 

朧気になってるが、ここからより絆が深まって、より発展させていく事になる。……それは、朧気だろうと何だろうと、見てみたら明らかだ。

カズラの日本からの技術に加えて、多方面に顔が利くリーゼ。合わさればどれ程までの効力を生むのかなど考えるまでも無い。

 

 

 

色々と考え込んでいると、漸く部屋へと到着。

 

リーゼとカズキの2人だ。

 

ジルコニアは、カズラを連れてナルソンの所に向かっていて先ほどの交渉の結果報告を2人に行っている。

エイラは、夕食の支度にとりかかっている。

必然的に、場はリーゼとカズキの2人だけになる。

 

 

「リーゼさん。そんなに気を落とさないで下さい。私は本当に怒ってないんですよ? あの時だって、何か他人事(・・・)のように感じてたので、上の空だっただけで。あ、お茶入りました。どうぞ」

「はい……。ありがとうございます………」

 

 

カズキの説明を聞いても、表情を改めない。

やや、笑顔ではあるが、それでもぎこちない。普段の笑みとはかけ離れている。

 

普段のそれが全て演技じゃない事くらい、カズキだって解っていた。

何より、剣を交えた間柄だ。

 

本気じゃない訓練など、リーゼはしないし、時折、合間に見せる笑みこそ自然なモノ。カズキはエイラの次くらいに、リーゼの自然な素顔、笑顔を見ている人物の1人でもあるのだ。

 

 

だからこそ、今の状況は決して好ましいモノではない。

 

 

「あの、カズキ様……。本当に申し訳ありません。でも、失礼な事を言ってしまいましたが、私は本当にカズキ様の事を」

「ストップストップ! 好いた惚れた、は自由だと思いますが……、そこは申し訳ありません。怒ってないのは事実ですが、リーゼさんの言葉を聞いた後、【そうですね、ありがとうございます】っと応える事は出来ません。取り合えず、あの時の事は置いときましょう」

「うぅ……、やっぱり、怒ってます……よね」

「いいえ! ……ああ、いや 怒ってた方が良い、のかな。その方が筋としては……」

「っ……」

 

 

あそこまで言われて、信じられないのに怒ってない、と言うのはあまりにも不自然な気がする。

信用できないから、興味もなく、怒る事以前の問題、と言う話もありそうだが、それはあまりにもリーゼが可哀想なので、口が裂けても言えないし、言うつもりもない。

 

あまりに特殊極まりない境遇な今の自分だな、と苦笑いをしながら告げた。

 

 

「剣を交えた間柄ですよ。リーゼさんがいつも一生懸命だって事も、激務の中、解放された自由時間で、あの……その、ああやってはっちゃけちゃうのも理解出来ます。日頃の事を考えたら、尚更です。――――でも」

「………っ」

 

 

カズキは真っ直ぐにリーゼを見据えて聞いた。

 

 

「偶然リーゼさんの本音を聞いて、本来なら怒る場面かもしれません。だまして既成事実を、お金の為に、とも捕らえれる内容でしたからね。……私的には怒ってるつもりは無いんですが、……何も無く、赦されるのをリーゼさんは良しとしますか? 後々、気まずくなったりしません?」

「そ、それは……」

 

 

赦して貰いたい。でも、怒ってないと聞いて、そのまま有耶無耶にするのも正直嫌だと思っている自分も居る。

 

エイラやクレアしか聞いてない、と思ってたとはいえ、カズキに好意を持っていたのは事実だ。皆の手前、気を許せる皆の手前、強気発言、行き過ぎた発言をしてしまっただけなのだ。あまりにも幼い思考回路だと、過去の自分を諫めてやりたい気持ちになる。

 

カズキに好意を持っているのは事実なのだ。

金銭面だけじゃない。切っ掛けはそうだったかもしれないが、人柄に触れて、剣を本気で交えて、国を助けてくれて……想いを寄せない方が嘘だ。

 

 

だからこそ、赦して貰いたい―――が、自分が心の底から好意を持った相手。恋愛して、求婚して、結ばれる――――領主の娘である以上、地位の高い人間である以上、そのような絵空事は無理だと思っていた。

 

だけど、叶うかもしれない相手が出来て……、そんな相手に……。

 

 

 

「うんっ! やっぱり、これが一番の解決法、かな?」

「……えっ?」

 

 

 

罪悪感が渦巻いていたリーゼの頭の中に、極めて陽気なカズキの声が入ってくる。

 

 

 

「今後はさ? お互いに素の状態で接する、って言うの。蟠りもまだまだあるかもしれないけどさ、ちょっとずつ、ほら、クレアさんやエイラさんと話をする時みたいに。敬語とか演技ッポイ部分? とかも、もう要らない。―――リーゼさんは、否定するかもしれないけど、私……オレは知ってるからね? 本音な部分。……剣を本気で交えた間柄なんだから、ある程度は解っちゃうんだよ」

「っ、え、そ、それは……。でも、演技は――」

「じゃあ、言い出しっぺなオレから呼ぶね。―――リーゼ」

「!」

 

 

敬称無しに呼び捨てでリーゼの名を呼んだ。

演技か、そうでないかを見破る事は、カズキならば容易い。

と言うか、最初に出会い、リーゼの事を思い出した時点(・・・・・・・)で、解っている。朧気とか、過去の記憶が曖昧とか、そんなのは関係なく、解るのだ。

 

 

「困惑するのは当然だし、いきなりなんて、無理! って思われるかもしれない。だって、エイラさんとは長い付き合いだろうし、クレアさんとエイラさん程じゃ無いにしろ、長い付き合いだと思う。いきなり難易度が高い、って思われるかもしれない。―――でもね、オレも、いや、オレだけじゃなく、カズラさんも。リーゼとは仲良くしていきたい。個人的に仲良くしたい、って言う面もあるけど、これはきっとこの国にとっても良い事だと思う。……なんの打算も無く、素の状態で言い合えるからこそ、迅速に対応したり、言い繕わず直接言える事になるから。――――だから、まずは友達から。友達になってほしい」

「友達……友達、ですか」

「うん。出来ればカズラさんともね。復興の要はカズラさんだし、あの人もリーゼさんの事は凄い凄い、って毎日のように言ってるから、……だから」

 

 

にこっ、と笑うのは、何処か儚い笑顔。

何処か懇願しているかの様な笑顔。

 

赦しを乞うているのはこちらだと言うのに、その笑顔にリーゼは吸い寄せられる。

だからこそ―――

 

 

「こちらこそ、宜しくお願いします!」

 

 

リーゼも笑顔に戻る事が出来た。

ぱっ、と顔を輝かせてるいつもの笑顔。無理をした笑顔ではないものがそこにあった事に、安堵しつつ―――。

 

 

「宜しくね! あ、後敬語も無しにしようか。――――っとと、カズラさんも交えた方が良いね、これ」

「ぅ……、わ、解りました。、いや、えと……、わ、解った……」

「あはは。ぎこちないケド、ここからゆっくり頑張ってこ? ほら、カズラさんを連れてくる理由って他にもあるんだ。オレ達の素性の絡みになってくる。リーゼはクレイラッツの有力者、って勘違いしてるみたいだから。―――流石にカズラさんの事をオレが話すのは違うかな? って思ってるし」

 

 

自分の痴態を他の人にも知られてしまう……のには、物凄く抵抗があるが、今回ばかりは仕方ない、と甘んじて受け入れるしかない、と思うよりも先に驚いた事がある。

 

 

「えっ! カズキ様って、いや カズラ様も、クレイラッツの方じゃないんですか!?」

 

 

これは地味に驚くべきポイントである。

以前エイラと色々と考察をしていたが、地理的な関係、様々な物資を届けた時にかかった日数。それらを考慮すると、敵国(バルベール)を除いたとすれば、クレイラッツしかありえないのだ。

 

バルベールの可能性も絶対無い―――とは言えないのかもしれないが、それこそ 地理的・距離的な問題より、ジルコニアの態度の方が説明が出来ない。

 

 

「あ、また敬語になってるよ」

「! あ、っご、ごめんなさ……、ごめん」

「―――ぷっ」

「!!」

 

 

思わず笑ってしまいそう……と言うか、吹き出してしまったカズキに不服そうな視線を向けるリーゼ。

先ほどと比べたら、断然良い。自然なやり取りで安心出来る。心底良かったと思える。

 

自分が知る世界とはもうかけ離れているが、ある意味良かったのかもしれない。

色々と問題は抱えてしまっているが、今は取り合えずヨシとする。……と言う事で。

 

 

「じゃあ、カズラさん呼びますね~~」

「あぅ……」

 

 

リーゼは萎れてしまった。

恥ずかしいのだろう、と解っていても、笑ってしまう意地悪さは許して欲しいモノだ。

メロメロばんばんの方がある意味強烈だから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そして―――丁度カズラもナルソン・ジルコニアとの話し合いが終わっていたので、直ぐに呼ぶ事が出来、事情を粗方説明。

 

 

当然ながら、普段のリーゼを見ているから信じられない、と言わんばかりに驚いてしまっていたが、色々と話しをするうちに納得した様だ。

 

中でも、やっぱり一番強烈だったのが……。

 

 

「め、メロメロばんばん……」

「あははっ。強烈だよね~~♪」

「もう、や、止めてくだ……、じゃなく、やめてっ勘弁してっ! もう私の中では今日のあの時、あの瞬間が黒歴史になっちゃったんだからっ!」

「暫く弄っちゃうのは許して欲しいかな~? って」

「ぅぅぅ…… か、カズキのイジワル……」

 

 

若干敬語になるが、名前の方は敬称を付ける事なく呼べるようになるのに、思ったより時間がかからなかった。

まだ、カズラには時間がかかっている様だが、取り合えずカズキは大丈夫な様子。

 

 

 

「それで、もうそろそろ明かしても良いかな? って思ってカズラさんを呼びました。クレイラッツの人間だって思われてるみたいだから」

「あぁ……確かに、位置的にはその国しかないだろうから、当然と言えば当然だよね。……うん。オレも問題ないよ。と言うか、その方が色々と都合が良いかもね。カズキさんの言う通り」

 

 

カズラも了承し、ちゃんと説明をする事になる。

 

 

 

「まず、オレの方だけど、出身はグリセア村の雑木林の奥にある、別の世界から来たんだよ。村の人やナルソンさん達には、グレイシオールって呼ばれてる」

「………え?」

 

「それで、オレはそのカズラさんの友達。グレイシオールの友達で、メルエムって呼ばれてるよ。名の由来に関しては、この話が終わったら直ぐに証明するから安心してね」

「………え? え?」

 

 

矢継ぎ早に明かされる事実に、流石の聡明なリーゼもついていけない。

頭に【?】マークが幾つも幾つも並んでは消えて、を繰り返している。

 

 

「ほら、グレイシオールの言い伝え……聞いた事あるかな?」

「えと、それはありま、……あるけど、カズラさん……、カズラが、そのグレイシオールだって言うの? それと、メルエムって確か……神話の中に出てくる光の総称、だったと思うけど……」

 

「「そうっ、そのとーりです!」」

 

 

イェーイ!! と2人でハイタッチを繰り広げて改めて自己紹介する2人に、思わず笑いそうに……と言うより、ここは呆れそうになる方が正しいかもしれない。

 

軽い感じで紹介されたと思ったら、相手は神でした――――なんて、何処の世界の神話だ、絵巻物だ、と思ってしまうから。

 

 

「先ずは、カズラさんの方の説明、だね。オレの方はもう実は説明方法ちょっと考えてて。―――前に言ってたやり方でやってみようかな? って」

「おぉぉぉ、リーゼにやっちゃいますか。カズキさんロマンチスト……」

「あははは……、色々肩こっちゃいそうな場面だったからさ。思いっきり楽しんでもらおうかな? って思って。怖かったら加減するケド、リーゼの様に身体能力が高い人なら大丈夫だと思う」

「――――な、何だか、不穏な気配がするんだけど、わ、私大丈夫? やっぱ許さない、神罰! みたい事になったりは……?」

「しないしない」

 

 

カラカラ、と笑いながら、話を切り上げて―――カズラの部屋へと直行。

 

出入り禁止を言い渡されていた部屋だが、中を初めて覗いてみると―――……、カズラが手で招いて、色々と見せてくれた。

驚くべきオーバーテクノロジーの数々。

 

エアコンから冷蔵庫、ノートパソコン、山の様に積み上げられた段ボールと言う軽くてそれなりに丈夫な素材。

 

暑い季節だと言うのに、冷房が吹き、物凄く涼しい。

冷蔵庫から取り出された氷入りのお茶が、物凄く冷たくて美味しい。

 

 

「涼しい~~~!! 冷たくて美味しい~~~!! なにこれ~~」

「わははは。そうだろうそうだろう!」

「何だかニヤニヤしちゃいますね♪」

「だね! お、そうだった。リーゼと初めて会った時に驚かれたライターを先に見せた方が良かったかな……っと、あったあった」

 

 

初めてイステリアへ来た時の事。

それは、カズキがここへ来る前の事だ。

 

街中で、エイラと出会い頭に衝突して、転んだ弾みでリーゼの元へとライターを落としてしまったのだ。

 

それでヒドイ騒ぎになったのは、今ではもう良い思い出となってる。

 

火を操る妖しい男だと言うのに、何の御咎めなしにしたリーゼの懐の深さも、あの時に知った。

 

 

 

「凄いっ……、火が簡単に、こんなに簡単に……こんな便利な道具が皆使えたら、助かるだろうな……、火おこしって凄い大変だから……」

「あぁ、確かにそれはそうだよな」

「キリモミ式は重労働ですからねぇ」

 

 

毎回キリモミ式で、摩擦で火おこしする訳ではなく、灰の中に火種を保存しているやり方で行っている――――が、当然ながら火なので注意が必要だし、何時までも持つと言う訳でもないので、大変だ。

 

 

「でも、あまりにも目立ちすぎるから、普及は考えてないんですよ。内政どころの騒ぎじゃなくなるからね」

「それを言えば、オレの存在もバレちゃったら、国中が大騒ぎしそうなので、より慎重に~ですよ……。まぁ、リーゼとは友達だし、ちゃんとしなきゃだけどね」

「う、う~~ん、カズキやカズラが神様だって知られちゃったら、大変だもんね。それくらいは解るけど――――それで、カズキはメルエムって言ってたけど、どう証明するの? もう、これだけ見せてくれたら正直十分なんだけど?」

 

 

 

疑ってない。

道具の数々には、この世界ではあり得ない光源が広がってる。

 

冷蔵庫の中は明るいし、パソコンだって明るい。何なら、エアコンのLEDの光だって色とりどり、3色の色で彩っていて、この世界には無い光だらけだ。

 

リーゼにとって疑いの余地が無い事であっても、カズキにとっては弱い事には変わりない。

 

 

「よっしゃ、んじゃ、メルエムさんを紹介しますよー! と言う訳で、カズラさん。ちょっとリーゼと一緒に行ってきますね? 3人移動はちょっと目立ちますし、待ち時間(・・・・)を持て余しちゃいます」

「うん、了解! ちょっと色々纏めなきゃいけない事も多いから、行っておいでよ」

 

 

カズラに挨拶をして、リーゼを手招きする。

そして、リーゼがカズラの傍に来た所で。

 

 

「物凄く驚くかもしれないけど、大丈夫だから。カズキさんを―――メルエム様を信じて。グレイシオールから太鼓判です」

「わ、解った」

 

 

少々――――どころか、非常に気になる事ではあるが、付いて行けば直ぐに解る。

カズキの部屋も直ぐ傍だから、直ぐに解る。と思っていたが、どうやら向かう先はカズキの部屋じゃない。

 

 

「屋上へ。今日はハベルさんに伝えてるから、見張りはいないよ。秘密にするにはうってつけの場所だよね、屋上って」

「え、ええ。一体何を……?」

「それは到着してみてのお楽しみ」

 

 

笑顔のまま歩いて歩いて―――リーゼにとって何も珍しくないナルソン邸の屋上へと来た。

見張り台としても利用できるので、ここらではかなり高い方に位置する場所だ。

 

 

そんなカズキは、驚く事に、大の大人、成人男性の平均身長よりも遥かに高い壁、2~3mはある屋上の縁へと、梯子も使わずひょいと駆け上がった。殆ど一瞬で昇って見せたので、目を見開いた。

身体能力が高いのは知っているが、あの跳躍力は正直人間のソレじゃない気がしてならない。

 

 

「メルエム、ってリーゼは光だって言ったよね?」

 

 

夕闇が辺りを支配し、月が仄かに出てきた場面で、カズキの身体は何処か神々しく光っているかの様にリーゼには見えた。

気のせいか? と眼を凝らしてみつつ……。

 

 

「う、うん。誰かの名前、とかじゃなくって、光そのもの。導いてくれる光、とか助けてくれる光、とか慈悲の光、とか。沢山出てくる言葉だから、正直、名前って感じはしなくて……」

「ふふ。そりゃそうだね。オレも、こっちで聞いて同じ様に思ったもん」

「え? ――――っっ!?」

 

 

今度は、気付いたら、本当に気付いたら。瞬きすらしてないと言うのに、目の前にカズキがやって来ていた。

目と鼻の先に居る。息が吹きかかる程の距離に居る。

 

思わず転びそうになったが、それはカズキが支えた。

 

 

「ごめんごめん。ちょっとビックリさせ過ぎちゃったね」

「え? ええ???」

「じゃあ、ちょっとお手を拝借して」

 

 

リーゼの手を握ると、その手を中心に鮮やかな光が生まれた。

黄金色の空の下でリーゼの手の中にある光は、温かみを感じる。その光は、リーゼの全身を包み込む様に広がると、彼女の身体を宙へと浮かせた。

 

 

「ひゃ、わ、わわわ、な、っっ、えええ!?」

「落ち着いて落ち着いて。大丈夫だから」

 

 

直ぐ傍にはカズキが居る。

目の前にカズキは間違いなくいる。だけど、おかしい。

 

 

「こ、これ、宙に浮いて………」

 

 

ほんの少しではあるが、足の下の感触が無くなってしまっているのだ。

 

ほんの数⑩㎝程ではあるが、地面から足が離れてしまっている。

屋上の感触ではなく、柔らかいのか、温かいのかよく解らない、感じた事のない感触が足の下にはあった。

 

 

「ゆっくり、ゆっくり、あの見張り台の上まで、行くね」

「えっ? あ、あ………っ」

 

 

リーゼは息を呑んだ。

カズキがそう言うと、徐々に身体が宙に浮いていくのだ。

 

まるで夢の様。夢幻の様。

空を飛ぶ夢は見た事がある。

鳥になって大空を翔る夢。

 

それと全く同じ感覚だった。

 

 

 

ゆっくり、ゆっくりと空へと上がっていき、軈て見張り台の更に上、屋根の端に腰かけていた。

 

 

「これがオレだよ。―――メルエム。そのままの意味。オレは()なんだ。光に成る事が出来る」

 

 

証明するのは簡単である、とここに来る前に聞いていたが、これは確かに疑いの余地が無い。

現実か夢か、と混乱はしても、今起こっているこれは、事実なのだから。

 

ほっぺを抓ってみても……十分痛い。

 

 

「あはははは。夢じゃないよ。現実だ。―――リーゼだけじゃなく、成り行きだけど、アイザックさんやハベルさん、ナルソンさんにジルコニアさん、後エイラさんも知ってる」

「―――エイラも?」

 

 

ここは驚く感情―――は一先ず沈めて。何で自分より先にエイラが知ってるのか? とやや妬いている様子なリーゼ。

 

 

「あ、あははは……。オレ達の正体をジルコニアさんからそれとなく聞かされてたんだって。だから、光の事も知ってるのかな? ってオレが思ってたら、実は細かな事は聞かされてなかったらしくてさ。……勢いで見せてあげたら即倒しちゃってて」

 

 

リーゼは説明を聞いてみて―――納得した。

確かに、こんな現象を見せられたら、驚きのあまり倒れてしまっても不思議じゃない。

 

 

「でも、一緒に宙を飛んだのはリーゼが初めてだからね?」

「っ―――う、うん」

「あはははっ! してやったり、驚いた顔、頂きだね~♪」

「むっ!」

 

 

横で朗らかに笑うカズキを見て、頬を膨らませるリーゼ。

 

だが、それ以上に聞いてみたい事があった。

 

 

「ねぇ、カズキ」

「うん?」

 

 

意を決して聞く。

 

 

 

「もっともっと、空を飛べたり―――するのかな?」

「!」

 

 

 

リーゼが聞きたかった事。

いや、リーゼの願いとでもいうべきか。

 

 

もっと、空を飛んでみたいとの事だ。

 

確かに、不思議ではない。

今、私の願い事。それは翼が欲しい。背中に翼を、鳥の様に、白い翼を。……この大空に、翼を広げて、飛んでいきたい。

 

そう願ってもおかしくない。

 

そんな歌が、歌詞がある程だから。

 

恥ずかしそうな、それでいて期待に満ちてる様なリーゼの素顔。

そこには、当然演技のソレは一切ない。

 

それを見たカズキは、歯を見せながらニッ、と笑うと。

リーゼに跪く様にし、手を広げながら告げる。

 

 

 

 

「よろしいですよ、リーゼお姫様。姫様に今、空を飛ぶ魔法をかけて差し上げます」

 

 

 

 

雰囲気の良い幻想的な黄金色の空に包まれた場で、思わず言ってしまった気障な一言。

顔が赤くなりそうだったが、リーゼも負けずと劣らない程紅い。

でも、空の色に混ざり込んで、十分誤魔化す事が出来そうだ。

 

 

 

 

 

カズキは、ゆっくりと頷くリーゼの手を握り―――この大空へと大きく飛び立つのだった。

 

 

 

 

 

 

 



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42話 にゅふふ、と笑う

 

 

いつまでも大空に舞い続けたい――――とリーゼは思っていたが、夢とは必ず覚めるモノ。

 

自分にはやらなければならない事も多くあるし、何時までも夢に甘え続ける訳にはいかない……と、まだまだ飛んでいたい気分をどうにか押し殺して地上に降りたのは、実に1時間後の事だった。

 

その後、十分な準備期間でカズラはリーゼにプレゼント企画を遂行。

……でも、1時間も当然ながら要らないので、屋上にまでやって来て下からカズラは眺めていたくらい時間を持て余していたりする。

 

 

勿論、プレゼントの内容は ジルコニアに渡した物と同質。化粧品類。

―――リーゼが益々笑顔になり、世の男を虜にするのでは? と思う程の輝く笑顔を魅せ続けるのだった。

 

 

 

 

 

そして、やってきたのは夕食時間。

神々とイステール一家が揃って食事を口へと運んでいたのだが、あまりにも不自然? なので、ジルコニアは首を捻る。

 

 

「にゅふふふ………」

「(えぇ……? 何なの、これ……)」

 

 

物凄く上機嫌なリーゼがそこに居たから。

それこそ、普段はやらない様な……、寧ろ出してはいけないのでは? と思える小さな笑い声? を出しつつ、緩み切った頬をしている。

 

リーゼは可愛い、美人だが、それでも絵になるにはなる――――が、普段の彼女を良く知っているジルコニアやナルソンからすれば、違和感満載だ。

 

ナルソンは、特に問題視してなく、ジルコニアが問題視して、凝視していたのは、昼間の一件があるからだろう。

 

 

「(正直、お通夜みたいになっちゃう事覚悟してたけど………)」

 

 

メロメロばんばん発言を聞き、血の気が引いたあの時は一体何だったんだろうか?

 

カズキが大丈夫だ、と何度も言っていたが、正直気が気じゃない。

 

優しい人だから、気を使ってくれてる程度にしか思っておらず、心証回復には途方もない時間を要する、とも思っていたのに。

優しいからこそ、ジルコニア自身も解っているからこそ、その仕草や余計な気遣いが正直辛くもあった。

 

でも、当のカズキは混じりっけ無し、掛け値なしの笑顔。リーゼは破顔。

その横でカズラも、2人を見守るかの様に微笑ましそうに見てる。

 

 

―――いくら考えてみても意味が解らない。

 

 

従者であるエイラも、リーゼの様子には困惑している様で、目が点になってしまっていた。

 

 

「リーゼ。何やら随分機嫌がいいようだが、何かいい事でもあったのか?」

 

 

問題視していない、、が、それでもやっぱり自分の娘が嬉しそうな表情をしていれば喜ばしいものだ。

何せ気苦労を絶えずかけており、更に最近では面会機関も増えて更に負担をかけてしまっていると言う自覚がナルソンにはあったから。

 

 

「はいっ、とてもいいことがありました。……うふふ」

「ほう、何があったのか、教えてはくれないかな?」

「先ほど、カズキ様ととても素敵な一時を過ごす事が出来ました。それと、カズキ様、カズラ様からお肌のお手入れ用の化粧品や洗髪剤を頂いたんです。それが使うのも楽しみで」

「! カズキ殿とカズラ殿から?」

 

 

ナルソンが2人に目を向けると、カズキは勿論、カズラも笑みを浮かべた。

 

素敵な一時を過ごせた―――と言う面に着目もしている。

 

 

「(やっぱし、娘さんを持つ親だもんなぁ、……怒られちゃうかな? そんな風に言わせちゃったら……)」

 

 

―――オレの娘に手ぇ出しやがって!!

 

と、世間一般的にはなりそうな気がする。

お付き合いさせて頂いてます! みたいな挨拶してないし。

 

 

だが、その心配は全くの杞憂と言うモノだ。

言うなら世界観―――と言うモノがあるだろうか。日本的なモノとはまた違うのだ。

 

それでも共通しているのは、娘の幸せを嬉しく思わないワケが無い、と言う面だろう。

 

 

「リーゼさんにはとても助けて貰ってますから。以前、ジルコニアさんへ、カズキさんから渡してもらった物と同じ物を」

「あ、それともう話をしてますんで。―――私達の事」

 

 

事情を説明する流れで、カズキがカズラの説明が終わったのを見計らって、指先を光に変えて、周囲を彩った。蝋燭の火が光源である食堂が一際鮮やかに光輝く光景。

 

初めてではないにしろ、自己紹介をした時以来なので、ナルソンは当然ながら、ジルコニアも、リーゼもエイラも、皆目を見開いていた。

 

驚かせるつもりは無かったので、カズキは直ぐに光を引っ込める。

 

ピカピカの力は、妄りに披露したりしていない。

この様な場ではあの初めてナルソン達と会った時以来だ。

 

 

「おぉぉ……、何とも神々しい……。カズキ殿、カズラ殿、ありがとうございます」

 

 

改めて、ナルソンはその神々しい光を見て跪きそうになる……が、それをするとカズキが止めに入るので、どうにか堪えた。

 

普段の接し方や話し方、どう見ても、どう接しても人間のソレにしか見えない感じないのだが、改めて見せられると、彼が人を超越した神、メルエムであると言う事を認識させられると言うものだ。

 

そして、リーゼに関しては、実をいうとそろそろ2人の素性を話していいかを相談しようと思っていた矢先だった事もあり、願ったり叶ったり。

 

だが、相談するまでも無く、自らが明かした現状は好ましい以外の何物でもない。

自分自身の娘も、神々に認められたも同然なのだから。

 

 

「リーゼ、よかったな。今後もしっかり頼むぞ」

「はい、頑張ります。……にゅふふふ」

「(これは、餌付けされて……? いや、でも何だかそれ以上な感じが……)」

 

 

化粧品については、ジルコニア自身も良く知っている。

常日頃気にかけているリーゼだ。魔法と見紛う変化を見せる化粧品など喉から手が出る程欲している事だろう。

 

それを餌に釣られた……? と一瞬考えてみたが、リーゼのその表情はまた何処か違った。

いや、確かに緩み切った姿は、日頃見せない。凛とした佇まいは何処行った? と聞きたくなる。

 

 

でも、リーゼのその表情は…… 言うなら恋する乙女の様な――――。

 

 

 

 

 

 

「ところで、そろそろ北西の山岳地帯に製氷用の溜め池をつくる場所を探しに行きたいと思うんです。造るのは人払いが済めば直ぐに出来るんですが、やはり立地条件等になると、ナルソンさん達に声をかけておかないといけませんから」

「私も、10日くらいで一度グリセア村へ戻らなければならないので、その位を目安にして頂けると助かりますが」

「では、近日中に迎える様に予定を整理しておきますね。リーゼも同行させてよろしいですか?」

 

 

ナルソンの言葉を聞いて、リーゼはカズキ、カズラの方を見た。

連れて行って‼ と言っているかの様。聞くまでも無くOKを出すのはカズキだ。

 

無論、カズラとアイコンタクトはしっかりとって。

 

 

「グリセア村には、イステリアの職人さんたちにも同行して貰いたいので、リーゼが一緒だととても助かります。それで良いよね?」

「任せて! 大丈夫! エイラ、後で私の予定を調整して置いて。この際、断られそうな面会は断っちゃって良いから」

「か、かしこまりました……」

 

 

「……………ぉぉぅ」

 

 

砕けた会話だった。

神々と、光の神とまさかの砕けた会話。

 

それ程までにリーゼが踏み込み、そして受け入れて貰えた事に、ナルソンは天にも昇る思いだ。

 

ジルコニア程ではないが、情に訴える、と言う小賢しいマネを考えた事など幾らもある。カズキが大丈夫、力になる、助けると言ってくれているのにも関わらず、念には念を、と言わんばかりに詰め込んだ事だって何度かある。

 

国の為、民の為……と言い聞かせて。

 

 

何とも罰当たりな事かと一日の終わりにいつも自責の念に駆られるが、それらが払拭した思いだった。

もしや、リーゼが娶られる事があるなら……? 神の国へと向かわれてしまうのだろうか?

 

別の心配事が増えてしまいそうだが、カズキの人柄を考えたら、そんなことはしないだろう、と希望的観測がやや大きいにしても、そう確信してしまう。

 

娘と離れ離れになるのは寂しいモノだから。……いずれは、離れる定めだとしても。

 

 

 

ナルソンが色々と復興とは全く関係ない事まで考えに耽っていたその時だ。

 

 

「あ、モルタルと言う建築材料を作るので、石灰や砂、他にも幾つか材料を用意して欲しいです。後で、必要なものを紙に書いて渡しますね」

 

 

正直、心ここにあらずだったかもしれないが、そこは敏腕領主。

直ぐにスイッチを切り替える術は持っている。

 

 

「……解りました。直ぐに用意させます。カズラ殿、そのモルタルと言う建築材料ですが、石膏とはどの様に違うのですか?」

「使い方は同じようなものですよ。ですが、石膏に比べたら水に強くて頑丈なんです。なので、カズキさんに穴をあけて貰って、その穴をモルタルで敷き詰める事が出来たら、水が地面に抜けてしまう心配もなくなります」

「あははは……、加減はしてるんですが、地面が脆くなっちゃう可能性はありますからね。それをモルタルでカバーして貰うんですよ」

 

 

ナルソンはそれを聞くと《おお!》と声を漏らした。

 

 

「石膏よりも丈夫で水に強く、材料は石灰と砂ですか……。それは使い勝手が良さそうですな。何より安価で行えそうです」

「はい! 財政事情にも効果的かと。安くて大量に作れて、丈夫、ですからね。至れり尽くせり。ですが、あちこちで使う事になるので専門の業種を立ち上げないといけないですね」

「ふむ。石膏職人に兼任させるのはどうでしょうか。作業内容が似ていれば、モルタルの仕様になれるのも早いかと」

 

 

細かな内容が、決まっていく。

着実に国の未来を明るく照らしてくれるのを、より強く感じる事がリーゼには出来ている。

 

カズキと言う人の事を知って。……本当の意味で知って、より強く想えて来る。

 

 

「―――ふむ。リーゼ、石膏職人や陶器職人たちに顔は利くか?」

「はい!」

 

 

リーゼは大きく、笑顔で返事を返した。

どうにか頼み込んでみる。この日の為に、今日と言う日の為に、頑張って来たんだ、とリーゼは思える程になってきていた。

 

 

 

「うむ。人数などの詳細は、また後でまとめて伝えよう」

「解りました。お任せください!」

 

 

リーゼの元気の良い返事は、こちらも笑顔にしてくれると言うモノだ。

ふと、カズキと眼が合うリーゼ。

 

ニッ、と笑顔で片目を瞑ってウインクしつつ、親指を持ち上げるサムズアップ。

サムズアップの意味は正確にはリーゼは解っていないのだが、それが何を意味しているのか、本質は解る。

頼りにしてくれていると言う事が良く解る。

 

 

「頑張りますね! ……にゅふふふふ」

「(ま、まぁ……何はともあれ、安心……ね)」

 

 

ジルコニアは、正直、あの笑い方は、普段のリーゼのソレとは全く違うので、公私で弁えた方が良い気がするが……、心から笑っているので、ヨシとする事にした。

 

そもそも、この場は会議とはいえ、家族と近しい者、カズキとカズラだけだ。

 

自然体なリーゼを見られる事は良い事だと、カズキやカズラもそう思ってくれていると、ジルコニアは感じるのだった。

 

 

 

 

 



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43話 女の影アリ

 

 

「いてて……、ぅぅぅ……」

「だ、大丈夫ですか? カズラさん」

 

 

グリセア村へと到着―――はまだまだ先。

この整備・舗装されてない荒れ地を馬車で進むのが、まだ数日残っている。

 

まさにカズラにとっては地獄の一言。

 

現代の道路がどれだけ偉大なのか、身に染みて理解した様だ。

 

 

「うん、大丈夫……。でも、幾ら何でもあの馬車揺れすぎ……4日も続くと大変……」

「馬車、と言うより場所……、やっぱり道の整備は必要ですかね?」

「そう、だね……ある程度目処が立った後、一番最後になると思うけど……」

 

 

腰を摩りながらゲッソリしてるカズラを見て、やっぱり何だか申し訳なくなるのはカズキである。

光に成る事が出来る彼の身体能力は当然ながら群を抜いていて、三半規管が弱い~何てことも無ければ、ゆられにゆられて腰を痛める、なんてことも無い。

しんどくなったら、しれっと浮いてたりもする。

能力の使い方間違ってない? って思う様な、ちょいスキルを使って乗り切ったのだ。

 

因みに普段は、ピカピカの力でグリセア村へ一直線! 

直ぐ到着、だが今回は行動を共にしている。

 

 

「(―――……う~~ん。1時間能力制限縛りは何処行ったのかな? ゲームの世界だけ?ここでは関係ない? それとも攻撃手段だけかな?)」

 

 

4日間も移動、と言う中で、能力使用最長時間を試してみたりしたのだ。

 

一応、データは捕れたが、皆が辛そうなのを見るのは良い気分ではない。緩和する事が出来たらよかったんだけど、生憎そこまで万能と言う訳でもなさそうだ。

 

大人数での移動だから、一緒に空を飛ぶ~なんて事も出来ないし。

 

特に視界に入るのはリーゼ。

 

彼女もゲッソリとしていて、エイラが気を使っている様子。

 

 

「オリーブの香りで、ちょっとは楽になれば……」

「うん……。オレにも効果があったら良いんだけど、こっちの人限定だからなぁ……」

 

 

日本食だけでなく、こちらの世界では、香水の効果も絶大だったりする。主にバレッタが色々実験してくれたのだが、目を見張る程の回復力やら、催淫効果であの引っ込み思案なバレッタが、カズラに抱きしめて欲しい、と懇願する事が出来る程で……、まぁ、つまり あまり危ないモノは買わない様にしよう、とカズラと決め合ったりした。

 

 

リーゼなら大丈夫だろう、と言う事で。

 

 

「はい、リーゼ。これの匂いを嗅いでみて? 気が楽になるよ」

「ぅ……、あ、ありがと………」

 

 

侍女たちには気丈に振舞ってたリーゼだが、カズキの前ではそれなりには素を魅せれる様になってきている。……勿論、なるべく他の人に見られてない範囲内に限り、ではあるが。

 

 

「わ……、良い香りが………。気持ち良い、ね。これ……」

「ん。気がまぎれたなら良かったよ。はい、エイラさんの分」

「わ、私もですか!? そんな貴重なモノ頂けませんよ!?」

「いやいや、そんな遠慮なさらずに。マリーちゃんにも上げましたし、エイラさんに上げない~なんて、差別したくないですよ。ほらほら、貰ってください。気分が晴れますよ」

 

 

リーゼを見ながらそう言うカズキ。

エイラも、リーゼを見る。先ほどまでゲッソリとしていて、今にも吐いてしまいそうな様子だったのだが、程よく頬には赤みが見られる血色も良い顔に戻っている。

 

神々の道具の効力の凄まじさを改めて垣間見た気分だ。

 

 

「エイラー。あんまり、拒否し過ぎるのも失礼になっちゃうかもしれないわよ? 天罰があったりするかも………」

「はははは。そうそう。……エイラさんに断られちゃって、しょんぼり~~、です……。……って、リーゼ? 天罰は無いからね?」

「あはははは!」

 

 

楽しそうにしてる2人を見て、安心感が沸くのと同時に、弄られてるので、焦って慌てたりすると言う、非常に珍しいコンボを受けるエイラ。

 

 

「っっ~~~~! わ、わかりました。ありがとうございますっ!」

 

 

ここは神々に感謝しつつ、施しを受けようと、エイラは香水の入った小さな小瓶を受け取り、その香りを堪能するのだった。

 

その後は、ジルコニアにも~と思っていたのだが、彼女は平気そうだった。

 

 

「カズキさんは大丈夫そうですね」

「あははは……。何だかカズラさんに申し訳ないですけどね。はい‼ 私は大丈夫ですよ~! ジャンジャン、働けますよ!」

「うふふ。ありがとうございます」

 

 

ジルコニアは楽しそうに笑って応えてくれてる。

この分じゃ、香水、精油関係は大丈夫そうだ。

そして、最悪ドーピング処置として、リポDも十全に持ってきているから、準備万端。

 

 

「ジルコニアさんは、カズキさん印の秘薬を貰ってますし、がぶ飲みしながらもっともっと頑張れる! って感じですかね? あ、私も似たようなのカズラさんから貰ってますんで、いつでも言ってくださいね」

「が、がぶ飲みしながら頑張るのは、絶対いやです……。それ、さっきカズラさんからも言われちゃって……」

「へ? どういう事です?」

 

 

カズラは絶賛休憩中。

星を見上げながら寝転がっている最中だ。

話は聞こえてない様子。

 

だが、特に聞かれる事を気にする様子は見せないジルコニアは、先ほどあったやり取りをカズキに伝える。

 

 

「カズラさんがその、大変そうだったので、お身体を大事に、と。今、倒れられでもしたら、私が死んじゃいます、って言ったら―――――」

「なるほど、そこから秘薬がぶ飲み、ですか。贅沢な使い方ですね~」

「そ、そんな使い方したくないです!」

 

 

効力はとんでもないのだが、精神面がキツイのだろう。

なまじ体力は持っても、膨大過ぎる仕事量を考えたら、げんなりしてしまうのは無理はない。

 

カズキの場合は、冗談抜きで、人の何百倍も働いてるも同然の成果を見せつけてはいるものの、能力に頼っただけの能力バカ化しているも同然なので、やっぱりちょっぴり悪い気がしなくもない。

 

 

「カズラさんは、草葉の陰で応援してる~、なんて言っちゃって……」

「おお、成る程! では、私は満天の空の上から見守る事にしましょうか!」

「や、やめてください~~~、見捨てないで~~~!」

「うわわわわ、じょ、じょーだんですっ! じ、ジルコニアさん!? く、くっつかないで………」

 

 

がしぃっ、とくっつく……どころじゃなく、抱き着いてくるジルコニアにカズキは思いっきり顔を赤く染めた。

 

ベストタイミングだったのか、その場面をしっかりとリーゼに見られてしまい。

 

 

「あああああ!! 何してるの、カズキっっ!!」

「な、何もしてないっ! じ、ジルコニアさん揶揄ったら、逆襲されちゃっただけーーー!」

 

 

わーわー騒いでいたら、直ぐ近くで、クスクス笑う声が聞こえてくる。

当然ながら、その声の主はジルコニアだ。散々楽しんだ後。

 

 

「もう、カズラさんといい、カズキさんといい、私をいじめるからですよ?」

 

 

と言って、悪戯っ子の様に笑いながら離れる。

 

因みに、普段は確実に見る事が出来ないジルコニアの姿。

普段は、凛々しく、訓練時は鬼の様な形相で叩き潰してくる鬼教官ジルコニアの珍しい姿―――をお目にする事が出来たのは、侍女の数人とリーゼ、カズキだけだった。

 

 

 

 

 

「この感じじゃ、グリセア村に到着するのは早くても7日後……」

「沢山の道具やら人やらを、オレの力で飛ばせれれば良いんですけどね………。流石にそれは危ないです」

「それは駄目っ!」

「「!」」

 

 

リーゼとカズラ、カズキの3人で話をしていた際、カズキが持ち前の能力、ピカピカの能力をどうにか応用~と考えていた矢先。運び屋風な事を口に出していたら、リーゼが真っ先に手を×にして首を横に振った。

 

 

「ど、どーしたのリーゼ」

「駄目なモノは駄目っ! そもそも、出来ないんでしょ? なら、危ないからしちゃ駄目だよっ! カズキは平気でも、他の皆が落ちちゃったら怪我するかもだし、トラウマになっちゃっても大変じゃん?」

「ん……それもそーだけど。大丈夫だよ? 元々、危ない事する気無いし」

「んっ、なら良し!」

 

 

リーゼは安堵した様に、エイラから貰ったパンを頬張っていた。

鬼の様に固さのあるパンなのだが、問題なく食べる所を見ると、リーゼの顎も常人よりは遥かに強靭な様だ。

 

 

「ふふ。話を戻そうか」

 

 

リーゼの考えを大体察したカズラはただただ笑う。

あの夢の様な体験を。空を2人で飛び、夜空、満天の星空の下、空を飛ぶシチュエーション。

女の子でなくても憧れると言うモノだ。

それをお気軽にポンポンとされたら、って考えたら……リーゼにとっては良い気は絶対にしないのだろう。

 

何なら、体験する女の子は1人で良い、自分だけ! と思ってるのかもしれない。

直接聞くワケではないが、あのカズキのピカピカ空を飛ぶは、実は緊急避難的な対応でも考えているので、それは時と場合で、納得してもらうが。

 

 

 

「今回作業に当てる市民には、部分改修後の本改修、後々の街道整備などの仕事にもついてもらって……、うん。だから今回工事が終わった後も解散にせず、契約は継続にしてままの方が良いと思うかな?」

「成る程……、ある程度資金には余裕が出せそうだから、失業者の受け皿としては問題ないよね。雨季の間は別の仕事、例えば街の防壁の工事とか……。うん。私は賛成。お母様とお父様にも伝えておかないと……、って、そうだ。ねぇねぇカズラ、それにカズキも」

「「ん?」」

 

 

色々と考えを張り巡らせ、今後のスケジュールもリーゼなりに組み込みながら、別の興味を持った事を思い返して、カズラ達に聞く。

 

 

「カズラやカズキの国って、他の人……神様はいるの? オルマシオール様とか、ガイエルシオール様とか」

「えーっと、いるといえばいるよ。それっぽいのが色々と」

「ですね。……言い伝えとか、遡って確認してみれば、割りとえげつない系統の神様だっているし」

「そ、そう」

 

 

光に成れるカズキ。明らかな人外、その気になれば世界を掌中に納める事だって余裕で出来てしまう、まさに光の神であるカズキをもってして、えげつない、と言わしめる神がいる事に、リーゼは身震いをした。

カズラは慈悲と豊穣の神だ。絶大な効力を持つ多彩な道具を操り、人々を助ける食料や医療関係のモノを持つ優しい神。……それでもえげつない、と称する神がいると言うカズキに対して、笑いながら頷いている。

 

一体、どれ程の神?

 

会う事があるのだろうか?

 

と、戦慄を禁じえない……が、状況が状況だ。正直怖ささえ感じるが、カズキやカズラが要れば、きっとダイジョブ……と思い直し、リーゼは思った事を伝える。

 

 

「えっと、それっぽい分野の人達が居るんなら、直接手伝って貰えば良いんじゃないかな? だって、カズラは慈悲、だから救済と豊穣が管轄なんでしょ? カズキは光……え、えーーっと、全部包み込んでくれる優しい、温かい……なんでしょ? 何も管轄外な事を2人してやらなくてもいい気がするんだ」

 

 

確かにその通りだと思う。リーゼの言い分も最もだ。

 

だが、まずカズラが齎した恩恵は、この地により古くから伝わっているグレイシオールの伝説を遥かに凌ぐ程の事を起こしている。

更に言えば、メルエム、光の神は 伝承に残るだけで具体性は皆無。夜に瞬く星々、月には神様が住んでいるんだよ~~、程度の御伽の世界の話で、現実性のある伝承は何一つない。当然だ。ただの光の総称がメルエム、と呼ばれているのだから。

実際に人間の世界で降りてきて、世界を照らして~~~くらいだろう。

 

 

だが現実を見ればどうか?

2人は、あれやこれやと手を伸ばしては、超人的な実績を、迅速に……、いやいや、速攻で残しまくっている。

人手不足をものともせず、大規模な工事(基本破壊系統)を一晩で1人で終わらせたり、不思議な道具ですさまじい効能を齎したり、等々。

 

御伽噺所の話じゃない。

 

 

「あははは。まあまあ、皆事情があってこれない人ばっかりだからさ? でも、オルマシオールはこの世界に居るよ? 住んでる」

「「え!?」」

 

 

リーゼだけでなく、カズラまで驚いてカズキを見た。

カズラにはそれとなく伝えていた筈だが……、連日の激務のせいか、忘れてしまったのだろうか?

リーゼと殆ど同時に驚いているから、リーゼ自身もカズラが驚いていた事に気付けてなかったのは良かったかもしれない。

 

 

「あのグレイシオールの森で、ね? ただ、あまり人前じゃ姿を見せてくれないからさ。会わせて~~って言われたら、難しいケド」

「……あ(成る程。……黒い女性の事、かな。確か、の、の…ノワール…さん、だったかな)」

 

 

カズラも思い出したのだろう。

ウリボウ達の事、その中で人の姿になれる黒い女性、ノワ―ルの事を。

 

 

「そっか……、戦いの神様だから、もっともっと皆連れてご挨拶に来れたらな、って思っちゃったけど…」

「そ、それはどうだろう? また会えたら聞いてみるよ」

「え? カズキは直ぐ会えるの? なら連れてって欲しいなっ」

「うう~~ん…………」

 

 

ノワールの姿を思い返しながら、カズキは考え込む。

何せ、彼女は女性だ。リーゼも女性。凄く慕ってくれているのは、カズキにも解るし、リーゼの話題、他の女性の話題になると、頬を膨らませる程アカラサマになりつつある。

 

 

直接会う、なんてことになったら………。

 

 

 

「(いつ、オレモテ男になったんだよ、自意識過剰か? でもなぁ……)」

 

 

 

色々と考えを張る巡らせていた時。

 

 

「あんまり、困らせちゃダメよ? リーゼ」

「お、お母様!? い、いえ、私はそんなつもりじゃ……」

 

 

いつの間にかやって来ていたジルコニアに諫められた。

カズキの仕草、表情から何となく読めたのか、リーゼに聞こえない様にそっと耳元で……。

 

 

「ひょっとして、女性、なのですか……?」

「っ!?」

 

 

ズバリ、図星を当てられてしまった。

困ってる部分を的確に。

 

 

いない、と思っていたカズキに女の影アリ。

 

 

 

「え? え? カズキ、お母様と何話してるの??」

「うふふ、リーゼ。大変ねぇ」

「え? ど、どーいうこと……!?」

 

 

きゃっきゃうふふ、とガールズトークを楽しむ母子。

困った顔のカズキと、そんな2人に置いてけぼりにされかけてるカズラ。

 

 

 

「多分、この会話も聞かれてると思うんだよねぇ、ノワには」

「へぇ……今度会う時大変ですかね?」

「いや、まぁ。聞き分けが悪いってワケじゃないし……、どーだろ? 他のウリボウ達は、止めて、って言っても平伏しちゃうから、ノワの存在は有難いと言えばそうなんだけど……………物凄く大変そうな気配。もうビンビンに」

「モテモテですね~~♪ 女運が悪いって言ってたの、撤回する?」

「っっっ!? そ、そー簡単に治ったりしないと思ってますっ! それ言うなら、カズラさんだって、バレッタさんにちゃんと決めちゃってくださいよっ!?」

 

 

 

何だかんだで、カズラとカズキも、男同士の色恋? トークを楽しむのだった。

 



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44話 リーゼさんの愚痴

食事休憩を、川べりにて取っているリーゼ、カズキ、カズラの3人。

 

本来なら、天幕で取るのが通常なのだが、空が満天の星空だと言う事もあり、絶対に外で食べた方が気持ちが良い、と言う提案があって、こういう形になった。

 

川のせせらぎや星明り、そして近くて燃える焚火の炎。何とも風勢がある―――と言えなくもない空間なのだが、結構乱暴な言葉が飛び交っていた。

中でも一番キツイ言葉は【死ねば良い】だろう。

 

まぁ、詳しく理由を聞いてみると、仕方ない、と思うのはカズラとカズキ。

 

 

「なるほどなるほど……、それで【死ねば良いのに】か……確かに、言いたくもなるなぁ」

「でしょ!??」

「でも、クレアさんの店とはいえ、あーんな大声で言わなくても……、普段のリーゼ知ってる皆さんに、もし聞かれちゃったら、即倒ものだよ?」

「う゛……、そ、それは気を付けてるもん……。聞かれちゃったけど………」

 

 

カズラは、解る事は解る、と納得し、でも、気を付けた方が~と忠告するカズキも間違ってないだろう。

リーゼが一番迷惑を被ってる相手、それを思い出していると、相当むかっ腹が立つのか、カズキの指摘も忘れて、パンをちぎっては口に放り込み、頬を膨らませた。

 

 

「でもさ、そんなに嫌なら断っちゃえばよいんじゃないか? そいつと結婚するつもりないなら、別に無理して面会を続ける必要はないだろ?」

「あ、それオレも思いました。ジルコニアさんやナルソンさんに言えば、対応はしてくれると思うんだけど―――」

 

 

カズラとカズキが示し合わせてリーゼを見る。

ぷんすか! と怒っていたリーゼだったが、2人の提案については首を縦に振る事はなかった。

 

 

「んーん。そういうわけにもいかないの。簡単に断って悪い評判を広められるのは嫌だし。お父様とお母様は、私を第一に考えてくれてるんだけど、やっぱり私の行動が原因で迷惑かけちゃうのはもっと嫌。ほら、大抵の人は商業取引とか仕事の口利きとかで、イステール家を支援してくれてるから」

 

 

簡単に話をしているけれど……、リーゼにとってはそんな簡単な話じゃない。

もう慣れた、と言えばそうなのかもしれないが、彼女はまだ14だ。……そう言った事情に慣れてしまうのは如何なものかと思ってしまう。

もっと、年頃の……自由な………と頭の中に浮かぶが、それは封印する。彼女に対する失礼な事になるだろうし、上に立つ者としての覚悟はもう既に出来上がっている筈だから。

 

だからこそ、本当の意味で信用に足る者たちの前では、普段とは比べ物にならない程の仕草、態度で接するのだろう。

解放される機会を増やす手助けが出来ただけでも良い、とカズキは思えた。

 

 

「つまり、みんなリーゼ目当てで色々イステール家に気を使ってるも同然、って感じなのか……」

 

 

カズラもカズラで大分思う所がある様だ。

横目から見ても渋い表情をしているのがよく解ったから。

 

ただ、リーゼは何の感慨も無さげで、淡々と話しをした。

 

 

「領主の地位が目当て、って感じの人も沢山いるから、全員が私目当てって訳じゃないと思うよ。もう何年も前からずっとこんな感じだし」

 

 

ハードな話だ。当事者にしか分からないとは思うのだが、聞くだけで十分解るし、伝わる。

 

 

「だから、ある程度権力があって、お金持ちの相手とじゃないと結婚するつもりはないの。……とはいっても、ニーベルみたいな気持ち悪い奴とか、領主になって好き勝手にやってやろう、って考える様な奴は絶対に嫌。あ、後は逆にケチケチし過ぎてる人も嫌かな?」

 

 

指折りしながら、男のリクエスト、最低条件を口にしていくリーゼ。

 

 

「や、前言撤回するよ。リーゼ」

「え?」

 

 

カズキは、ぽんっ、と膝を叩いてリーゼに言う。

何を撤回なのか? とリーゼは勿論、カズラも興味がある様に視線をこちらへと向けた。

 

 

「オレ達の前じゃ、幾らでも大声あげて言っちゃって大丈夫! うんうん、言わなかったらやってらんない、ってのは十分解るし、エイラさんやクレアさん以外にも、息抜き出来る場所があっても良いと思うんだ。と言うか、それになれたらオレが嬉しい!」

 

 

腕を組んでうんうん頷きながら結論を出すカズキに、カズラも笑っていた。

 

 

「だよねぇ。リーゼだって相当苦労してるんだ、って分かるし。オレもカズキさんに賛成で! ……うーむ、結婚狙って最初から言い寄ってくるとか」

 

 

年端もいかない少女に対して一体……と言うのは、世界観の違い(ワールドギャップ)(造語)、と言うヤツだろうか?

 

領主の娘とはいえ、常識はずれの様な者もいる。間違いなく負担だ。軽減されたなら嬉しい。友達として、付き合っていくなら、友達の為なら。

 

 

「ふふ。ありがと。……でも、領主の娘なんてこんなものでしょ。まともに恋愛して結婚なんてできるわけがないよ」

 

 

もう割り切っている、と言わんばかりに普通にしながら、川に目を向けて、追加の料理を口に運んでいっている。

 

やはり、達観するには少々早過ぎる……と世界観の違いがあるとはいえ、そう感じてしまうカズキもカズラも仕方が無い事なのだ。

 

 

「んじゃ、2人の前じゃ、思いっきり愚痴聞いてもらうからね!」

「おっしゃ! よっしゃ! どーーんと来なさ~~い! オレ達、お兄さん2人、いつでもオープンだよ!」

「うんうん」

 

 

リーゼの宣言に大きく頷くカズラとカズキ。

にまっ! と口端を歪めながら、リーゼは追撃をする。

言質をとったのだから問題ない、と言わんばかりに。

 

 

「言い寄ってくるやつらから、色々もらえるし、それ売って美味しいもの食べたり、綺麗な服買ったりしてもぜーーったいバチあたらないと思うの」

「当たりません! ぜーーーーったい! メルエム様が保証します! あ、グレイシオール様も同じで」

「勿論! 面会のストレス発散くらい全くもって問題ないよ。お釣りがくる、ってもんだ」

 

 

2人の神様のお墨付きを貰ったのだ。

リーゼの笑顔は一段階増した様に花開いた。

 

 

「あ、でもさ、そんなに沢山の面会者が来るなら、良い人1人や2人、いたりしなかったのか?」

「え? ……いたらとっくに結婚してるよね」

「………そう言えば、もう適正年齢……だっけ」

 

 

14とくれば、まだ中学生。中学二年生。中二! 厨二!! と言った単語がある様に、実に多感な時期なのに、とまたまた世界観の違いに、違い過ぎる事に面食らう。

 

 

「あーあ、やーーっといい人見つけた、って思ったんだけどなぁ、その人には思いっきり引かれちゃったし。何なら実は嫌われてたり? もう、これからどうすれば良いんだろ? ねー、カズラー」

「だよなだよなぁ。可愛くて、可哀想なリーゼ。」

 

 

 

2人して、ジトォ~~と見てくる。

何だろ? 名指しされた訳じゃないのに、ここまで態度でハッキリわかっちゃうのも一周回って面白い。

 

 

「えぇ~~、引いたり嫌ったりしてる人を、夜空の世界に連れて言ってあげたりするのかなぁ―――、奮発したつもりなんだけどぉ、そうとっちゃうのかぁぁ、メルエム悲しいなぁ~~。今度からは、しない方が良いのかなぁ~~。じゃあ、他の―――」

 

 

しょんぼり、しょぼんぬ(´・ω・`)

 

と、これまたわざとらしく沈んで見せるカズキ。

すると、まさかの反撃を予見してなかったのか、リーゼは大慌てでパンをかじったまま、両手を上に上げてパタパタ、と振った。

 

 

「わーーー、待って待って!! じょーだん、じょーーーだんだからっっ!!」

 

 

どんな金銀財宝であっても、不可能である神秘の世界だ。

翼を授けてくれて、空を共に飛ぶ絵巻物の世界を体験出来た事はリーゼにとっては一生の宝物だし、何なら一定間隔で招待してもらおうと画策してる矢先。

あまりにも悪手な手だったので、急いで方向転換。

 

 

 

 

「「ぷくくくく」」

 

 

 

 

 

大慌てっぷりを見て、笑いに笑うのはカズラとカズキ。

どうやら、カズラはどっちつかずのスタンダードだった様で……。

 

 

「むむむ!! か、カズラにだって、色々聞くんだからねっ! 村に着いたら、紹介してもらうんだからねっ! そのバレッタって恋人のこと利かせて貰うんだからっ!!」

「ぶっ!?」

 

 

カズキは兎も角、カズラが笑ってるのはゆるせん! とばかりに、矛先をカズラへと向けた。

 

 

「ですねですね! 紹介してあげましょう! なんなら、婚礼の儀式を~~メルエム様()の前でどーぞ! こちらの形式いまいちわかってませんが!」

「な、何言ってんの!? ちがうちがう!!」

 

 

あまりにも年下だし、慕ってくれてるのは嬉しいカズラだが、流石に一足飛び足ではいけない。日本的な常識が染みついてる2人なので、中学生相手に結婚ともなると当然だが躊躇する。と言うか犯罪だ。

大人になって~~と言いたい所ではあるが、正直この世界は明日無事かも解らない部分も有るので、安易に先伸ばしな事を言うのもどうか、と思ったりもしているが。

 

 

因みにカズキはカズキで、どっちつかずな姿勢に罰を! と思っちゃったりしてるので、リーゼに便乗、である。

現在はカズキこそが、どっちつかずなポジションなのだが……、それはそれ、これはこれ、である。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

一頻り笑った後、リーゼはカズキを見て言った。

 

 

「空を飛ぶ魔法をかけてくれた、って事は、私の事引いても嫌ってもない、って事で良いのよね?」

「うん。勿論!」

「―――じゃあ、私と結婚してくれる?」

「あはは……イコール結婚に結び付けるのあの店以来だね」

 

 

嫌いじゃないから結婚。

どうでしょう結婚。

クレアからも結婚。

 

散々押しに押されたあの店でのやり取りを思い返してカズキは笑う。

 

リーゼは美人だし、好ましいし、性格も全て含めて好印象しかない。メロメロばんばん事件だって、知った上で踏み込んだのだから、悪い風に感じるなんてあり得ない。

 

 

だが、それでも―――。

 

 

 

「オレが、普通の人(・・・・)だったら、その手を取ってたかもしれない、かな?」

「……………」

 

 

 

カズキはそう言って、軽くリーゼの頭を撫でて鋤いて上げた。

どうやら、トリートメント等はしっかり使ってる様で、非常にサラサラ。撫で心地は最高だ。

 

 

「ぶ~~。神様と人が結ばれる~~、なんて、絵巻物じゃ沢山あるんだよ~~」

「あっはっは! 絵巻物~って言うよりは、神話の一節になっちゃいそうだね?」

「そう考えたら、確かに面白いね。復興と同時に、だから。まさに神話そのものだし。……まぁ、当事者としては全然ピンときてないんだけど」

 

 

 

最初の愚痴ばかりな辛気臭い話題が続いたので、ふざけ合ったら、大分気持ちも晴れやかになってきた。

 

 

一頻り3人で笑った後―――話題に上がるのは、少し前に離れていったジルコニアの事。

 

 

 

 

「そう言えば、ジルコニアさん随分遅くない? 畑ってそんなにここから遠いのかな?」

「確かに。……んん、時計無いから、読めないんだけど体感的には小1時間? ひょっとしたら1時間以上?」

 

 

話が楽しくて時間を忘れてしまっていたが、それくらい話していてもおかしくない。

つまり、ジルコニアはそれほどまでに長い時間いなくなっている、と言う事にもなる。「

 

 

「えっと、イステリアを出発する前に、地図を見たんだけど、そんなに距離は無かったと思うよ。………でも、確かにちょっと遅いね」

 

 

 

リーゼは事前に地図を見て周辺地域の地形はしっかり頭の中に叩きこんでいた。

だからこそ、直ぐに解るのだが、周囲が暗いからと言っても、大体10分ほど歩いた場所。険しい道のりと言う訳でもない。

 

 

「向こうで何か問題があったんだろうか……、様子を見に行った方が良くないかな?」

「ジルコニアさんが凄く強いのは剣を交えてるオレが良く知ってる~……ケド、だから心配しなくて良いって訳にはならないし。賛成です。――確か、護衛はつけてなかった筈ですし」

 

 

カズラもカズキもジルコニアと別れた時のことは覚えている。

森の方へと足を踏み入れる彼女の後姿。そこには誰も護衛はつけていなかった筈だ。

 

この国でも指折りの剣の達人であり、紛れもなく最強クラスの武力の持ち主―――とは言っても夜遅くに、帰りが遅く、更には森の中、ともなれば……。

 

 

と、カズラがまず先に立ち上がったその時だ。

 

 

「ちょっと待って」

 

 

リーゼがカズラを制した。

 

 

「もう少しだけ、待って見ようよ。……ここって、多分お母様の故郷だと思うから」

 

 

リーゼの言葉に、慌てていたカズラは勿論、カズキも少しだけ固まってしまう。

 

 

「それって………」

「うん。……カズキは、知ってたみたい、だね」

「……うん。少しだけジルコニアさんと話をしたからね。―――(メルエム)として」

「それって一体……」

「すみません。妄りに話して良い内容じゃない、って判断したので、カズラさんには黙ってたんですよ」

 

 

カズラにカズキは説明をした。

ジルコニアの故郷は10年前に野盗に襲われて住人皆殺しにされたと言う事。

唯一の生き残りが彼女であり、家族は勿論、全て奪われたと。

 

 

その奪った相手が、敵国(バルベール)だと言う事も。

 

 

 

「……」

 

 

カズラも険しい表情をしたままだった。

気丈に振舞うジルコニア。

時にはお茶目な姿を見せるジルコニア。

訓練では鬼と形容される程の容赦を一切見せないジルコニア。

 

彼女と言う人格が形成される切っ掛けになったのは、恐らくはその事件のせいだろう、と断定するのは容易かった。

 

 

「だから、もう少しだけ、待って見よう?」

「……わかった」

 

 

リーゼの言葉に、カズラは納得するしかない。

 

だが、カズキは違った。

 

 

「リーゼ。ゴメン。……ちょっと、オレだけはいかせてくれないかな?」

「え?」

 

 

少しだけ、驚いた顔になったリーゼ。

カズキの顔を、姿を見ると、淡い光がぽつぽつと、その身体に瞬いているのが良く解る。

夜の闇に瞬く光。その黄金の輝き。―――神々しい、としか言い表す事が出来ない。

 

勉学にも励み続けてきたリーゼであっても、言葉で表す事が出来なくなってしまっていた。

 

 

 

 

 

 

「光として、力になると彼女に約束をしたから」

 

 

 



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45話 幸せに

 

 

雲一つない夜空の下。

三日月が綺麗に顔を出しており、星々の輝きが満天の空を演出していた。

 

ジルコニアは、そんな夜空の下で、腰を下ろしていた。

 

丁度、土が盛られて積まれた3つの石。―――墓石。

1つは小さな墓、もう2つは少し大きな墓。

 

両親の間に挟まれていれば、2人が傍にいてくれるなら―――妹も寂しく無いだろう、と思い、彼女が手掛けたのだ。

 

それぞれの墓の前にはジルコニアが道すがら摘んできた山花がいくつも供えられており、小さい墓、妹の墓の前には、毛糸で作られた女の子の恰好をした小さな人形も置かれている。

 

 

「………もう、少し。もう少し……だから」

 

 

不意に、そう呟く。

両親の、妹の、……村の仇を討つ為に、ナルソンの元に嫁いだ。政略結婚ではあるが、それ以上に自分の願いを叶える為に、彼の妻となり、リーゼの母となったのだ。

農民と貴族が結ばれ、身分関係なく、一丸となって敵に抗う。―――士気向上は、これ以上ない程だった。

 

ジルコニア自身も、破竹の勢いで敵を薙ぎ倒し、常勝将軍とまで呼ばれて、王都では舞台の主人公として一大披露をされた事もある。

 

上々の滑り出しだった。……だが、それでも故郷を滅ぼした奴らの手がかりが全くつかめない。

 

それこそ、雲を掴むかの様だった。……口には決して出さないが、半ばあきらめかけていた自分も間違いなくいた。

 

そんな時に―――彼に、彼らに出会ったのだ。

 

1人は、大飢饉から民を救ってくれた。

御伽噺の通りに、慈悲と豊穣を与えてくれたグレイシオ―ル。

 

そしてもう1人……、全てを包み込み、全てを照らす光であるメルエム。

伝承は殆ど残ってない。ただ、光の総称がメルエム。そこに人格や神が居た……と言う記述は一切ない。神々の頂点に位置するリブラシオールの神話の中でさえ、光以上の伝承が無いのだ。

 

 

神話の一節に、自分は、自分達はまさにいるのかもしれない。

光の神は、誰よりも優しい。

彼と一緒に居る時は、心が穏やかになっていく。温かくなっていく。

心の奥では、諦めかけたとはいえ、いまだに復讐心に捕らわれた自分を優しく包み込んでくれる様に。

 

 

 

「―――でも、ね。こうも……思っちゃうんだ」

 

 

 

ジルコニアは、まるで幼子になったかの様な声色で、墓石に……恐らくは彼女の目の前には居るであろう両親と妹に語り掛ける。

 

 

 

「………あんな優しい神様に……、私は何てことをしてるんだろう、って。……ゴメン、ごめん、なさい。みんな………。かならず、って約束……したのに。私は……」

 

 

 

どんな手を使ってでも、仇を討つ気持ちだった。

それこそ悪魔に魂を捧げたとしても。

 

だが、ここへきて心が揺らぐ

 

安らぎを知り、心が揺らぐ。

光明が見えたが故に。

 

光は全てを優しく包み込んでくれるから。

 

 

―――そう、今もまた、光が……。

 

 

 

「ッ――――!!」

 

 

 

一体いつからだっただろうか。

気付いたら、温かな光の中に居た。

 

 

 

「おれ………私は、ジルコニアさんの味方ですからね」

 

 

 

光の中から、声が聞こえてきた。

とても優しい声。心が洗われる……そんな声が。

 

 

 

「メルエム……さま……」

「カズキ、でお願いしますよ。ジルコニアさん」

 

 

 

振り返ると、そこには彼と―――もう1人?

いや、カズキだけでは無かった。

大きな黒い獣―――ウリボウが居た。

 

 

 

「ッ―――う、ウリ……!!」

「し―――……」

 

 

 

ここまでの接近を赦してしまい、一瞬パニックに陥りかけたが、カズキがウインクをして、人差し指を口元に置き、落ち着く様に、としてくれたおかげで、冷静さを取り戻す。

 

最初から慌てる必要などない。カズキと共にいるのだから。

 

 

「ノワール。―――よろしく頼むよ」

「――――――」

 

 

ノワールと呼ばれた黒いウリボウは、ゆっくりと頷くと、ジルコニアの傍にまで移動した。

かなり大きな黒いウリボウだが、不思議と恐ろしさと言った類の感情を持てなかった。

 

それは、カズキと共にいたから等ではない。

 

 

 

「この村に留まっている魂を、送ってあげれるそうです。……これは、光の私には出来ない御業です」

「え」

 

 

 

ジルコニアは一体何を言っているのか理解出来なかった様だ。

だが、ほんの数秒後に―――景色が一変する。

 

 

廃村と化した村。

住人の最後の1人まで、墓を作り弔い……この場所には全員が云わば集まっている墓地だ。

 

その墓地から―――淡い光がたちまち現れた。瞬いては消え、瞬いては消え……それを繰り返している。

周囲を明るく照らす程の光。……その輝きはきっとメルエムの光にも負けていない。

 

 

 

「これ、これは…………」

 

 

 

何が起きているのか理解が追いつかない。

カズキの存在を知って尚、理解が追いつかない。

 

だが―――頭で理解するよりも身体が先に、本能が先に、これらの光が一体なんなのか―――ハッキリした。

 

ジルコニアの目から、自然に涙が流れ続けているからだ。

人前では決して見せない。1人の時だけは、どうしても止める事が出来ないが、想いを遂げるまで、決して弱い所を見せまいとしていたジルコニアだったが、止めどなく、涙が流れ続けていた。

 

 

 

 

「ノワ。大丈夫?」

「―――――」

 

 

 

 

ぺこり、と頭を下げて大丈夫である所作をするのを確認した後。

カズキもノワールの傍に立った。

 

 

 

 

 

「ジルコニアさんは、頑張ってます。……私も傍にいます。どうか、ご安心を」

 

 

 

 

 

光たちに一礼する様に、胸に手を当てて頭を下げる。

カズキが光りの神メルエムである事は、光たちも解っていた様で、まるで慌てている? かの様に忙しなく動いていたが、ノワールが軽く目を細めて、小さく頷くと……どうにか落ち着いた。

 

 

 

 

 

「おと……さん? おかあ、……さん?」

 

 

 

 

 

光たちがジルコニアの周囲で瞬き、1つ、また1つ―――と消失していき、軈て光は3つだけ残った。

小さな光が1つと、少し大きな光が2つ。3つの光がジルコニアを包む。

 

 

 

 

 

 

 

 

「フィリ……ア………」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

大粒の涙をこぼしながら、ジルコニアは地に手を付けて張り裂けんばかりの胸の内を吐き出した。

 

 

「ごめん、ごめんなさい、ごめんなさい、おとうさん、おかあさん、フィリア、ごめん、ごめんなさい――――ッッ」

 

 

身体の震えが止まらず、ただただ泣きながら許しを請うジルコニア。

そんなジルコニアに、優しい声が響く。

 

 

 

 

 

 

「おねえちゃん」

「「ジルコニア」」

 

「!!」

 

 

 

 

 

 

3人の姿が、ハッキリと見えた。

そこにあるのは笑顔だけだった。赦し,赦される、懺悔をする必要などない、と言わんばかりだった。

 

一頻りの笑顔を見せた後に、再び淡く光だし、その表情が消えかかる所で。

光たちの、父と母、妹の3人の願いを、ジルコニアに……。

 

 

 

【―――――幸せに】

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ノワ。ありがとう。……また、後で」

「――――――」

 

 

カズキは暫くジルコニアの傍に。

ノワールは役目を終えた、と言わんばかりにカズキからゆっくりと離れようとした。それをカズキが先に気付いて、頭を下げたのである。

 

事前に確認していたとはいえ、カズキからの礼と言うのは、ノワールにとっては格別なモノがあるのだろう。

 

死者の魂を可視化させる。

ノワール自身の魂を使って可視化させる。

かなりの負担のかかる御業を、使ってくれたのだ。

 

カズキ自身は、正直な所……ノワールに負担を強いる事を是としなかったので、首を横に振ったが、ノワールは する、と言った。ジルコニアの話は知っているが、やはりカズキの力になりたい、と言う気持ちが強かったのだろう。

 

 

「―――また、約束を」

「ん。了解。……それくらいで良かったら幾らでも」

 

 

カズキがそういうと、ノワールは光の領域から外へと出て、闇の中へと消えていった。

 

ノワールを見送った後、カズキはジルコニアの方を見る。

まるで子供の様に泣き続ける彼女を、見守るのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

同日―――同刻。

 

野営地・ジルコニアの故郷から数キロ離れた山の中にバレッタはいた。

静まり返った山の中で、ドーム状の炭窯の前で膝を抱えて座り、うつらうつらと襲ってくる眠気と戦っていた。

 

直ぐ隣にはニィナが眠っている。今交代しながら睡眠休憩を取り、炭窯を監視しているのだ。

 

カズラが日本から持ち帰ってくれた書物の中で、こちらの世界でも出来る、応用が利く技術を勉強し、実現するにまで至っている。

 

炭窯の中で燃えている薪は、今回税としてイステール家に納めていないものだから、ある意味丁度良かったのかもしれない。税を納めていない……と言う負い目は少なからずあるが、それを挽回する、挽回できる程の成果を上げるべく、夜も頑張っているのだ。

 

 

「………ん」

 

 

睡魔と戦い、半分以上は夢の中の住人になりかけていたバレッタだった。

そんな夢現かと思わしき景色の中に―――自分を真っ直ぐ見つめてくる獣が居た。

 

 

「(あ、ウリボウ……だ)」

 

 

自分よりも遥かに大きく、そして真っ直ぐ見据えてくるウリボウ。

肉食獣であり、遠出する時も決して油断してはならない大型の獣……が、こんなに近くに。

それも見た事の無い程の巨躯で――――――。

 

 

数秒。漸く自分が何と対峙しているのかを理解し、一気に全身が総毛だった。何故悠長にウリボウだ、などと寝惚けていられたのか、と自分自身が腹立たしく思うが、今はそれどころじゃない。

 

 

「ッッ―――!!」

 

 

兎に角デカい。巨大なのだ。自身が見た事のあるウリボウより二回り―――はデカいだろうか。

 

群生地でもあるが、猟師であるロズルーから、炎を焚いていれば、ウリボウは寄ってこないと話には聞いていたので、完全に油断をしていた結果ではある。

 

バレッタは、直ぐに立ち上がり、護身用に持ってきていた長槍を構えようとしたが、この時―――彼の声が頭の中で響いてきた、そんな感じがした。

 

 

【ノワール、って言います。オルマシオールの友、って感じでしょうか? ノワールは他のウリボウとは黒い毛で解り易くて、もう1人は、兎に角大きな体なので、会う時はビックリしますよ】

 

 

以前、カズキが話してくれた神オルマシオール。

会う……かも? と言う話もしていたが、正直話半分だった。会うにしても、恐らくはカズキと一緒か、もしくはカズラとだろう、と思っていたから、尚の事驚きだ。

 

 

 

「オルマシオール……様、でしょうか」

 

 

 

もしも違ったなら。突然変異体のウリボウであったなら、……命懸けの戦いになってしまうが、神オルマシオールであれば、神に対して武器を向けると言う不敬を買ってしまう。

バレッタは、極限の場面に出くわして、どうすれば正解なのか、解らずにいたが、兎にも角にも、声を先にかけたのは良かった。

 

 

「カズキさん……、メルエム様から、お話を―――」

「………ふむ」

「!!」

 

 

声が響いてきた。

ウリボウが口を開いた。

カズキが言っていたオルマシオールだと、バレッタは確信した。同時に、長槍を向けなくて良かった、と身体から冷や汗が出そうになるが、まだまだ気は抜けない。

 

 

 

「お前は、かの御方の……なんなのだ?」

「ッ……わ、わたし、私は………」

 

 

 

カズキの何なのか?

自分はカズキとどういう関係?

 

助けてくれている。

勇気づけてくれている。

沢山楽しい話をしてくれている。

 

 

それらを、合わせて考えてみると――――。

 

 

 

「大恩のある……方です。私達を救ってくれている、光の神様……」

「――――………成る程」

 

 

ゆっくりと、頷いて見せると巨躯のウリボウ……オルマシオールは座った。

 

 

 

「かの御方にもお伝えする事ではあるが、お前も聞くが良い。……やつらは、手当たり次第に目の突くすべての木を切り倒している」

「……やつら?」

「……大恩の方、と言ったが、意に添わぬ事はしないであろうな? この山を、お前達はやつらの様に全て切り開く、と言うのか?」

「そのような事は致しません。……メルエム様に、グレイシオール様に誓います」

「………ほう、ならば切った後どうする?」

 

 

オルマシオールとのやり取りは神経を使う―――と思っていたが、バレッタ自身も驚く程スムーズに話をする事が出来た。

最初から、誰なのか解った時点で、嘘をつくつもりは毛頭ないが、この存在の前では思った事、問われた事、その本心をそのまま口に出されるのだとバレッタは思った。

 

だから、ハッキリと答える。

 

 

「禿山にならない様に、木を切った跡地に、植林を行います。……山を切り開いた結果、何を齎すのか、自然の恐ろしさは、カズラさん……グレイシオール様から学びました」

「……」

 

 

正確には歴史書等を見せて貰っただけであり、カズラ自身がそこまで細かく教えた訳ではない……のだが、バレッタにとっては同じ事なのだ。

 

 

「強く硬い木を切ってはならぬ。……乾いて死にたくなければな。………だが、心配はしておらぬぞ」

「……え?」

 

 

起き上がると、背を向けたままバレッタに言った。

 

 

「かの御方が、お前達を信じているからだ。……ならば、我々も信じるに値する」

 

 

そういうと、ゆっくりと森へと帰っていった。

カズキに信頼されている? いや、ハッキリとカズキと言う名を聞いてはいないが……。

 

 

 

 

 

 

 

「ま、待ってください。御方と言うのは、カズキさんの――――」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

バレッタがそう叫んだ時には、もうあのウリボウの姿はどこにもなかった。

炭窯で燃えている炎が揺れているだけであり、まるで夢でも見ていたかの様。

 

 

「ど……どうしたの? 急に大声出して」

 

 

眠りこけていたニィナも流石にバレッタの大声を聞いて目を覚ました様だ。

まだ眠たいのか、目元を何度も擦っている。

 

 

「今、今ね。とても大きなウリボウが……」

「えええ!!?」

 

 

ウリボウ、の名を聞いた途端、完璧に目が覚めたニィナは弾かれた様に起き上がると、護身の武器を構える。……が、何処にもいない。

 

 

「………なにも居ないけど、本当に見たの?」

「え? うん。……ウリボウ、じゃない。オルマシオール様が」

「―――え?」

 

 

オルマシオール、の名を聞いてぎょっとするのはニィナだ。

グレイシオール、メルエムと来て、オルマシオールが降臨したとしても不思議ではないのだが。

 

 

「オルマシオール様って、ウリボウだったって事……?」

「あ、いや。実は前にカズキさんから少し聞いてて。……それに、話しをする事も出来たから」

「…………バレッタ。疲れてる、って訳じゃないわよね?」

「だ、大丈夫大丈夫。……オルマシオール様、カズキさんの事も言ってて、私達の事も信頼してる、って言ってくれたよ」

「!! 3、3人の神様に信頼されてる……って凄い事じゃない?」

 

 

あまりの展開にただただ唖然とするしかない。

少し前までなら、夢でも見たんだろう、と笑うのだが カズラを始めとして、カズキと出会い、色々な事が起き過ぎてて、最早疑うと言う考えが消し飛んでしまっているからだ。

 

 

騙しに来る人がいたら、簡単に騙されてしまいそう…………なので、人選はしっかりするが。

 

 

 

「また、カズキ様が戻ってきたら、今日の事ちゃんと伝えておきましょ」

「うん」

 

 

 

完全に目が冴えてしまった2人。

本当なら、交代で眠る筈―――だったのだが、朝まで今の事を語り明かすのだった。

 



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46話 味方

 

「ジルコニアさん、あれから話せなかったんだけど……、大丈夫だった? カズキさんも帰ってこなかったし……」

「あ、いえいえ。遅くなっちゃいましたが、ちゃんと帰ってきましたよ? 森の…… 皆にちょっとお礼をしてて、遅くなっちゃって」

 

 

ジルコニアと共に、故郷の村で鎮魂を捧げた後、暫く彼女の傍にいた。

共に全ての墓を手入れをし、花を供え、改めて祈りを捧げた。

 

その時、いくつか話をしたが……、ジルコニアとカズキの2人だけの秘密だ。必要な事であれば、カズラやリーゼにも話す事はやぶさかでも無いが、必要性を感じないし、ジルコニア自身から口止めをされている訳でもないが、非常にデリケートな話だ。

 

語るとするなら、彼女の口から語られるのが良いだろう。

 

 

「それとカズラさん、すみません……、前に言ってた食料の件ですが……」

「ああ、減っちゃったみたいだけど、それは大丈夫。グリセア村の傍だし、直ぐに日本に帰れるから、買い出しに行く事も出来るし」

「うぅぅ……想定していた以上に、長……オルマシオールが気に入っちゃって。おまけにハク達も尻尾ぶんぶん振って、凄かったんで……」

「あははは。気に入ってくれたならこっちも嬉しいよ。お菓子で交渉事が出来るなら、ね? 何でもかんでもカズキさんに頼るだけじゃなく、オレ自身の力も存分に使わないと! 小さな力かもですが」

「小さくないです。40億って力も大概、ヤベーと思いまよ」

 

 

ウリボウ達事、オルマシオールとの事については、もう事前に説明していて、改めて謝罪をしたカズキ。

昨夜、以前話をしていた食料のお礼で皆に渡したら、大層気に入ったらしく、涎だらだら、尻尾ぶんぶん、と大変だった。

子犬の様な瞳で、きゅんきゅんすり寄ってきて、もっともっと、と強請る姿を見れば、大きさは兎も角、愛らしさが全面に出たウリボウ達は、愛玩動物と言っても差し支えない状態だった。

唯一、美味しいモノに目を奪われなかったのは、ノワだけだろう。

彼女も彼女で、美味しそうにしていたが、欲求的(・・・)な意味で言えば、お菓子よりも遥かにカズキ(・・・)の方だから。

 

―――深く詮索はしないが。

 

 

 

 

 

 

その後、いつも通り……どころか、何処か晴れ晴れとしているジルコニアに案内され、私財を積んだ荷馬車や職人たちとも、放棄された農場へとやってきた。

 

「……かーずーきー。ほんとのほんとに、お母さまとは何も無かったの?」

「天地神明に誓って」

「てんちしんめー?」

「あー、えっと。リブラシオールに誓って嘘じゃないよ、って事で」

「ふーん……」

 

因みに、晴れ晴れとしたジルコニアの様子はリーゼも当然ながら気づいていて、昨夜―――カズキと何かあったのでは? 蜜月が? 逢引が?? と、結構な剣幕で根掘り葉掘り尋問されそうになったが……、ある程度事情が知ってるリーゼだから、魂の供養の件以外は全て話した。

当然、何も変な事してない! と慌てて説明して、何とか納得して貰ったりする。

 

 

「(うーむ。神様的なオレで、前も普通の人間なら~~って、言ったのに、リーゼのバイタリティはほんと凄い……)」

 

 

ある意味感心、とカズキは苦笑い。

リーゼ程の美人、美少女に迫られたら、顔が赤くなってしまうのは不可避だからしれーっと、ピカピカな力で誤魔化してたりはするが、人非ざるモノでも物怖じせずにリーゼはブレない。

 

勿論、それにはちょっとした訳の様なモノもあるが。

 

 

「……触れるもん。くっつけるもん。あったかいもん」

 

 

リーゼは、カズキの裾を少し握って引っ張った。

気付かれない、負荷のかからない僅かな力で。

 

その後、暫くの間付きっ切りで行動を共にするのである。

 

 

 

 

 

それはそれとして、今は氷池を作る仕事だ。

 

 

「おぉぉ……、改めて見ると、カズキさんの仕事量やっぱヤバいですよ」

「あはは。オレにとってはほんの一瞬、ですけどね」

 

 

平地になっている農場。

細かな作業は難しいが、ピカピカの力を使った大胆な仕事は大部分が済んでいる。

他の人が見て、目を丸くしない様に、事前に準備は整っている、と言う旨は伝えており、イステール家主導で行った作業なので、探りを入れたり、神々的な力の関与などとは皆思わないだろう。

 

事情を知る一部を除けば。

 

 

「後は水車を使って水を引いて、排水用の溝は人力で多少ほって、大部分が完成ですね。木々も撤去してくれているので、落ち葉等が入る事も無いでしょう」

「ええ。一応、柵は拵えておきましょう。さて、さっそく作業指示をだしていきますよ」

 

 

ここから先は、単純な破壊!! 的な作業じゃない。

文明の利器―――モルタル作りだ。

 

 

その製造方法を、事前にしっかりと予習してきたカズラが全体に説明。

実際にカズキと共に、モルタル作りを実演して見せ、それに疑問を持った職人たちには、丁寧に説明を続ける。

 

 

「こんな感じで、出来上がったモルタルはヘラを使って、丁寧に塗って平らにしてください」

「あ、石灰は人体には毒なので、口には布を巻いてくださいね? 気分が悪くなったら直ぐに申し出てください」

 

 

安全第一! とヘルメットを被ってにこやかに話す。

無論、職人たちは石灰の危険性を理解しているので、問題は無いのだが、その使用用途が解らない様子。

 

 

「石灰は虫よけの為ですか?」

「いえ、石灰を砂や土と混ぜて、水で捏ねると時間と共に固まるモルタルが出来るんです」

 

 

石灰はモルタルの原材料の1つ、と説明。

 

 

「雨が降ったら溶けてしまうのでは?」

「このモルタルは、例え水の中でもしっかりと固まる特殊なものですから大丈夫です。陶器片を混ぜると、水硬性のモルタルが作れるんです。あ、でも土砂降りの様な雨だと流石にダメなので、その場合でも作業中断してくださいね。小雨なら大丈夫です」

 

 

1人1人丁寧に説明を繰り返す。

無論、ある程度端折ってる部分はあるが。

 

例えば、水硬性モルタルは、人口ポゾランの効果。焼いた粘土に含まれる可溶性シリカと水を混ぜ、石灰の水酸化カルシウムが反応し、ポゾラン反応を起こす―――と、the・科学と言って差し支えない。

 

学校の理科の授業をしては理解するのも大変だろうし、実践で行い、実際に固まったモルタルを見せれば、論より証拠―――となる。数式やら反応式やらは必要ない。

 

因みに、この技法はこちら側の世界でも十分出来る様にと調べた結果《ローマン・コンクリート》と呼ぶ古代ローマで使われたものを採用していたりする。

 

この山岳地帯では、稀に黒曜石が産出する事前情報や、カズキの地質学の事前調査(採取)をして、簡単に火山性土を用意できる。

 

立地的にも最高の場所なのである。

 

 

「次にろ過装置ですが、使う石や木材は綺麗に洗うようにしてください。材料が汚れていたら元も子もありませんから」

 

 

ろ過装置については、事前説明はしている。

組み立て時から見ているし、実際に水を通し、綺麗な水が出てきているのも見てるので問題ない。

 

 

「氷池の大きさは―――申し分ないから、大分時間短縮になったよ、カズキさん」

「ふっふっふ。ピカピカのコントロールは大分上手くなりましたよ! 不必要に自然破壊をする訳にはいきませんからね……。メルエムとしても」

「流石!」

 

 

最初は、敵国(バルベール)の方で練習を―――と思っていたのだが、流石に騒ぎになるのでその案は却下。

 

なので、ノワやオルマシオールと一緒に、ある程度暴れても大丈夫な場所を選出して貰って、そこで付き合ってもらったりしている。

 

 

 

閑話休題。

 

 

「―――では、作業を開始してください。必要な物資があれば、今のうちに言ってくださいね」

 

 

カズラの号令により、スタート―――となる前に。質問があると職人の1人が手を上げた。

 

 

「この先に廃村があると聞いたのですが、そこの建物を解体して、薪として使ってもよろしいでしょうか? 鍋や鍬などの道具も残っていれば使いたいのですが……」

「!!」

「あ……」

 

 

廃村の件。

地理に詳しい、土地勘のある者等が居れば、ここに村がある事を知っていてもおかしくない。

 

でも、想定していなかった。言われて初めて、理解し、そして慌てる。ジルコニアの件があるから。

 

だから、断ろうとした時、一番早くに前に出たジルコニア。

 

 

「構わないわ。好きに使って。ただ、あそこにはお墓がたくさんあるから、それらを踏みつけたり、荒したりしない様に注意してね。余裕があったら、お墓の手入れもしてあげて頂戴」

「畏まりました」

 

 

ジルコニアに一礼すると、それを最後に職人たちは動き始めた。

夫々の労働者たちに作業分担をさせていた様で、迷いなく皆が動き始めたのである。

 

 

ある程度の穴は開いているので、細かな修正部分がまず始まった。

 

 

 

 

 

「ジルコニアさん」

「―――ふふ。大丈夫ですよ」

 

 

声をかけたカズキに対し、ジルコニアは振り返って笑顔を見せた。

 

 

「昨夜、お別れは済みましたから。……カズキさんのおかげで」

「……はい。そう、ですね」

 

 

ジルコニアはそういうと、カズキに近づいて、額を胸に当てた。

誰も見てない(多分)様にして。

 

 

「ありがとうございます」

「もう、沢山貰いましたよ?」

「沢山、沢山私が言いたいんです」

「ふふ。そうですか。では、沢山受け取ります。私もたくさん、言いますね? ……ジルコニアさんの味方です」

 

 

一連のやり取り。

下心は一切ない、と言えるのだが……はた目からはそうは見えない。

無論、見ているのはひとりだけ。

 

 

「な、ななな! お母さま!! カズキっ!?」

 

 

そう、リーゼ1人である。

 

 

「ふふ。ごめんなさい。少し、躓いちゃって」

「はい。大丈夫です」

 

 

ずっとリーゼは見ていた訳じゃない。

後ろから、抱き合ってる? 様にも見えた瞬間に声を上げただけなのである。

 

あまりにも自然なやり取りを2人は見せるので、訝しがりながらも……。

 

 

「む―――。ほんとでしょうね?」

「ほんとほんと」

 

 

ニッ、と屈託のない笑みを見せるカズキ。

訝しむリーゼ。実に対照的な2人だ。

 

 

「まさか、お母様と不倫……」

「してないから。神様だとしても、不倫(それ)推奨してないから」

 

 

ズビシッ、と軽くリーゼの額にチョップを当てて、笑うのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

リーゼ()カズキ(メルエム様)のやり取りを見て、ジルコニアは頬を鉾ばらせる。

 

昨夜の事も、同時に思い返す。

 

 

母と父……そして妹。

今は亡き、家族。

 

悲惨な死を……、その末路を見てきたジルコニアにとって、今も尚、悲願を、復讐を遂げる事が出来てない事に罪悪感を覚え、圧し潰されそうになってしまった事が多々あった。

 

でも、家族と最後の別れ。

 

魂が形どり、ほんの一瞬だったが、再開を果たした家族の顔は皆笑顔だった。

会えた事、最後の最後で言の葉を交わす事が出来た事、それだけで幸せだ、と。

 

 

最後に、幸せになれ、と背を押してくれた。

 

 

それは、復讐など考えずに、自身が幸せになる事を―――と頭を過ぎってしまう。

でも、だからと言って奴らを赦せる訳ではない。

幸せになる為にも―――前に進む為にも。ナルソンと交わした約束、村を手に懸けた仇を取る、本懐を遂げるまでは……。

 

カズキにそれを包み隠さず話した。

 

軽蔑されるかもしれない。

思いとどまらせる為に、自分を想ってくれたのに……と顔を暗くさせたが。

 

 

【ジルコニアさんの味方】

 

 

カズキはそう言って微笑んでくれたんだ。

 

 

 

 

そして、カズキ自身も綺麗事で終わらせて良い話じゃない事くらい解っている。

対岸の火事、川向こうの火事、川向の喧嘩、……他人事。

 

痛みを被ってない者が何言ってもダメなのだ。

だからこそ、事情を知る自分が出来る事は見守る事しかない。事情を知っているからこそ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「カズキ……。じゃあまた、今夜あたり、夜のデートしよ? それでチャラって事で」

「チャラって…貸し借りとか、してたっけ?」

「そ、そもそも、神様が人妻と不倫疑惑持つだけで、だめじゃんっ!」

「わーーー、声でっかい! してないしてない! 冤罪反対! って、わかったわかった。約束するから」

「なら、よしっ」

 

 

最終的には、押し切られる形でリーゼと夜のデートを確約。

 

 

無論、ムフフな、大人な、ピンクな付き合い―――と言う訳ではなく、夜空の遊泳。空のデートである。

 

 

勿論、夜にはグリセア村に向かうから……その辺りどうしよう? とカズキは悩むのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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47話 グリセア村の天才スピードスター

グリセア村へと向かう時間を考慮したら……、あまり時間をかける事は出来ない。

それでも構わないか? とリーゼに聞いたら、頬を膨らませて不服だったようだが、何とか納得してくれた。

 

そもそも、夜にイステール家の令嬢、次期当主のリーゼがいなくなった、なんて目玉が飛び出る程の案件だ。

近衛兵たちは全員クビ……打ち首になってもおかしくない程の失態。

 

加えて、リーゼは《容姿端麗》―――なだけでなく、《才色兼備》であり、更には《一視同仁》。

分け隔てなく大人気。………まぁ、良い四字熟語が全面に出てきているが……、実のところ外面を気にして、中身では玉の輿を狙う、既成事実を~~等も考えたりしていたので、《外巧内嫉》と言う言葉も添えておこう。

 

とにもかくにも、彼女をずっと見てきた人たちからすれば、女神も同然。グレイシオールやメルエムの様に、と言っても大袈裟じゃないだろう。

そんな彼女が危険な目に……なんて、罰を与えられる前に進んで刑に服す近衛兵たちがいても何ら不思議じゃない。

 

 

 

「わぁ、わぁ! すごいっ! やっぱり気持ち良いっ!」

 

 

 

色々と言い繕ってみたが、空中遊泳を楽しんでる彼女の横顔は、年相応のものだ、とカズキは確信できる。

領主の娘として、ゆくゆくは民を導く主導者として、無論本心がバレないように、と言うのもあるが、大部分はナルソンやジルコニアにとって、民にとって恥ずかしくない人物になるようにと常に気を張っているリーゼ。

 

 

 

「! な、なに笑ってるのよー」

「ふふ。いーや。なーんでもないよ」

 

 

 

そんなリーゼの横顔を楽しんでるのが、バレてしまったようだ。

夜空なので、視界的には見えにくいと言って良い環境なのだが、それでも空から見下ろすのは絶景。

だから、まさか気付かれるとは思ってなかった。カズキの油断である。

 

 

「ぶ~~! ん? おっ? ひょっとして……見惚れちゃったりする?」

 

 

揶揄われている、と感じたリーゼだったが、逆に仕返しと言わんばかりに、イヤらしい笑みを浮かべながら、カズキに顔を近づけた。

 

 

「そりゃ、リーゼは美人だし、可愛いし、頭も良いし、非の打ちどころがないってこの事だろうし」

「へ?」

 

 

そして、予想していた反応とは全く違うカズキを見て、一瞬唖然とし――――やがて、顔を赤らめる。

 

 

「おまけに努力家ときた。弱点ってないんだろーなー、って」

「なっ……え、えと、その――――」

 

 

顔を赤くして、折角近づけたカズキの顔から、近づきたかったカズキの顔が離れていく。

それでも、恥ずかしさの方が勝った。攻めるのはある意味得意だが、逆の免疫はリーゼにはあまり無いらしい。

 

そんなリーゼの顔を覗き込みながら、カズキは ニッ と笑みを浮かべ。

 

 

 

「それだけに、メロメロばんばん!! は驚いたかな~~~♪」

 

 

 

リーゼの中の黒歴史。

それは思い出すだけで、体中が総毛立ちそうになる。恥ずかしいのとか、恥ずかしいのとか、恥ずかしいのとか。

今回のソレとは比較にならない。

 

そして、何より―――揶揄われてるのが解ったので。

 

 

 

「もーーーっ!! かぁぁずきぃぃ―――――っっ!!」

 

 

 

リーゼは盛大に頬を膨らませて、カズキの胸めがけて拳をぽかぽか、と振るった。

 

 

「はっはっは。先に仕掛けてきたのはリーゼの方じゃん」

「む~~!」

 

 

色仕掛け。

リーゼは文句なしのトップクラスの美少女だ。そんな彼女から受けてしまえば……

 

こうかは ばつぐんだ

 

となってしまう。

だが、リーゼにも弱点はある。

逆に揶揄ってしまえば、魅了する美貌はあっても、幼く、愛らしい、可愛らしい。何処となく愛玩動物の様になってしまうのだ。

見ていて楽しいし、和む。リーゼにとってはたまったものじゃないかもしれないが、カズキは楽しい。(……S?)

 

 

暫く楽しんだ後……時間が来た。

 

 

「じゃあ、そろそろ降りますよ? お姫様」

「ぶーっ。もっともっととびたかったなぁ」

 

 

篝火が見える。

出発前の合図として、近衛兵の皆に伝えていたのだ。……少々留守にする、と。

名目は勿論【リーゼとの夜の空のデート】ではなく、【オルマシオールと会ってくる】だ。

 

一部、 目を輝かせる兵士がいたが、遠慮してもらった。

戦いの神なのだから、お会いしたい、憧れる、と言った所だろうか。

 

訓練時や大きな戦いの際に、祈りを込めるのはグレイシオールではなく、オルマシオールなのだから。

 

神と言えば、商業の神、ガイエルオール。

もしも、連れてくる事ができたのなら、あの雑貨屋のクレアは腰を抜かすだろうか? ……まず、本物だと証明するのが難しいと思われるが。

 

 

「カズキ」

「ん?」

 

 

リーゼは、名残惜しそうに口を尖らせていたのだが、いつの間にか収まっていて、カズキの方を見ていた。

 

 

「その、降りるまで……、ぎゅっとして欲しい」

「!」

 

 

今までは、所謂手を繋いだ状態で浮遊をしていた。

こんな能力の使い方原作あるのか無いのか……、まぁわからないが、自身の光を手を繋いだリーゼに伝わせて、全体を包み込むようにして――― 一緒に浮いていたのだ。

光なので、リーゼには触覚的には解らない筈だから、妙な圧迫感や触れられてる不快感なども無いだろう。

 

……色々と触れてしまっては不味い女性的な部分があるから、意図的にカズキも頑張って、自身の五感とリンクさせないようにしている。

 

 

「――――――」

「……だめ?」

 

 

リーゼの顔は、まるで甘えてるかの様。

ここから降りれば、また気を張っている領主の娘へと戻る。

この時、この瞬間だけなのだ。

 

勿論、エイラと共にいる時も安らぐのだが……、ここまで甘えさせてくれるのはカズキだけ。

父親でも母親でもない。

 

カズキだけ、だから。

 

 

「我儘なお姫様の願いを聞き入れるのも、――――一興、でございます」

「んもー、時々変な口調になるのやめてよー」

 

 

笑顔でカズキは受け入れた。

所謂お姫様抱っこだ

 

リーゼを力強く抱き寄せる。リーゼも、そのカズキにしっかりと。

首に腕を回し、丁度見上げると頬が目と鼻の先だ。

 

 

「その――――降りる時は、皆に見られない所選ぶんだよね?」

「ん? もちろん。空から登場! な場面を知らない皆に見られたら大騒ぎだしね」

 

 

 

篝火を目指すのは間違いない……が、少し離れた場所に降りる。

それを確認したリーゼは、あと少しで地に足がつく―――と言った場面までカズキを抱きしめると、着地と同時に。

 

 

「―――――んっ」

「!」

 

 

その頬にそっと口を添えた。

悪戯っ子のような、それでいて顔を真っ赤にさせて。

 

 

「今日のデートのお礼はキス(これ)って事で―――」

 

 

そういって、リーゼは笑う。

 

抱きしめても、叩いてみても、――――キスをしてみても、カズキはそこにいる。

 

温かくて優しくて心地良いひとがそこにいる。

 

今も笑ってる顔が、心底愛おしい。

 

 

「次は、(こっち)に行くかもだから、カクゴしといてね」

 

 

リーゼは赤い顔で ニっ、と笑いながら、自身の唇に人差し指を当て、カズキに宣戦布告をする様にいうのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そして、グリセア村へと到着。

村長のバリンがジルコニア・リーゼと言った国の重鎮に挨拶に出てきた。

身分的には圧倒的に女性陣が上なのだが……互い同士で何だか恐縮しあってる様にも見えるのが何だか面白い。

 

面白い―――と言えば……。

 

 

「や、面白いじゃない。物凄い、だ。村が日々変化していってる……」

「わかります。わかりますとも。入り口に跳ね橋。向こうには見張り棟。……作りかけだったの全部作っちゃってます」

「流石バレッタさん……。それに、偉大ですね、日本食」

「う~~ん、どっちも同感」

 

 

パワーアップ云々は、日本から持ち込んだ食糧でどうにかなるかもしれない。

力仕事なら兎も角、設計やら何やらは、単純にはいかない。

だから、日本でもその道のプロが多数いて、お金を払って任せるのだ。

 

生憎、グリセア村ではそういうわけにもいかないから、一からすべて皆で協力してやってくれている。

その筆頭が、間違いなくバレッタであり、類稀に見る天才だ。

 

 

「おぉ……、これモルタル製ですね。イステリアの職人さんたちには教えたばかりの技術ふんだんに使っちゃって出来てる」

「――――ここまで来たら、もう業者だよ。専門業者が手掛けた、って感じ。工期も凄く短い」

 

 

堀の上の水道橋。

村の中の水路へと繋がっている。

 

これを見たら、当初水不足問題が上がっていた話も嘘のようだ。ナニソレ? って感じで。

 

 

「カズラさん、カズキさん。長旅お疲れさまでした。今夕食を準備しますので、申し訳ありませんが、少々お待ちください」

「ありがとうございます! いえいえ、このグリセア村を改めて見せ貰ってたら、時間なんてあっという間ですよ。……凄すぎて」

「バレッタさん、ですよね?」

「ええ。バレッタはもう毎日の様に張り切って、率先して開拓を進めていってくれてます。……私の自慢の娘です」

 

 

 

天才の父は恐縮気味だったが、それでも否定などするわけがない。

父の背を飛び越えて、更に更に上へと上がっていく娘を見るのが楽しい。成長を見守るのが楽しい。

 

2人の神のおかげで、幾ばくも無い命が、永劫生きると思える程の活力を得た。

必ず、村を、娘を守るという強い決意が新たにバリンにあるのだ。

 

 

 

「ふふっ あ、バリンさん。全部終わったら、……コレ、やります?」

 

 

カズキは、そんなバリンの内情を読んだのだろう。朗らかに笑い、そして日頃の労いと言う意味でも、バリンと共に酒を飲む事にした。

丁度、お猪口で飲む動作をバリンにすると―――類を見ない酒好きなバリンは即座に反応。

 

 

「よろしいのですか!??」

「ええ、勿論っ! あ、いいですよね? カズラさん」

「はい。大丈夫です」

 

 

以前戻った時の備蓄がまだ屋敷には備わっている。

取りにいかなければならないが、その辺りはカズキなら余裕の速攻だし、カズラも戻る予定があるので、丁度良い。

 

それを聞いたバリンは、まるで子供の様に目を輝かせ、2人に頭を下げ続けるのだった。

 

 

「あはは。ほんとお酒好きですよね――――っとと、そうだった。あの、バレッタさんは村にはいないんですか?」

 

 

カズラはバリンに聞く。

少し、周囲を見渡していた時、村の凄さを確認すると同時進行で、バレッタの姿を探していたのだ。

だが、目の入る所にはその姿はなかったから、バリンに聞いたのである。

 

 

「ええ。なんでも炭焼きと資源採集をするとかで、何人かで山に籠っていましてな。部隊の松明が見えてるから、直ぐに迎えを出したので、もうすぐ戻ってくると思います」

「なるほ――――え? 山? 近くに山なんてありましたっけ?」

「一番近い山で、あそこ―――ですね」

 

 

バレッタの場所は聞いたし、これから帰ってくる、と言う話も聞いた。

部隊が到着したのは、本当に今し方。電話もないこの世界で、事前につく時間を伝える術は持ち合わせていない。

無論、カズキが先行して村に伝えて~~と言う手もあるにはあるが、特に意味をなさない労力を、カズキにしてもらうつもりはないので、今回はしてない。

 

なので、山に連絡―――ともなれば、直ぐに出来る様なものじゃないし、そもそも、この周辺に山がある? と覚えがなかった。

 

村の周囲の探索のレベルは、カズラはグレイシオールの森から、初めて作った水車のある河原だけ。ちょっと小高い丘程度ならあったのだが……資源採集できるような、炭焼きが出来る様な山は、ピンとこなかったようだ。

 

 

だが、カズキは直ぐに連想して山を指さした。

何せ、カズラと違ってグリセア村周辺、否―――イステリアも含めて、この国の空を把握している。リーゼとのデートコースで一際広がった、と言って良い。

 

だからこそ、場所を把握できた訳だが、やっぱりカズラは腑に落ちない。

 

何せ、カズキに指さしてもらって、その指の先を目で追って――――見えてくる山のシルエット。

地図は一応確認しているから、頭の中でどうにか広げる。

 

あれは―――イステリア北西にある山岳地帯の山の一つ……の筈だ。

 

 

「えっと、確か地図では、40㎞程離れてる………、かなり遠いですよね?」

「確かに遠いですが、走れば約1時間(半刻)ほどで着くようです。私はまだ行ったことはありませんが」

「………ええ!? 走って1時間!??」

「ほぇ~~」

 

 

単純だ。1時間で着くのが40㎞。つまり時速40㎞。

人の身でそんなパワーが出せるわけが―――、と思ったカズラがチラリとカズキを見た。

不意に視界の中に入った、と言う方が正しいが。

 

 

「?」

 

 

そう、この目の前の男は、秒速30万㎞で移動可能なのだ。

今更、何を驚く事があろうか! といい具合に気付けになった。

 

 

 

 

そうこうしているうちに、取り合えず屋敷に荷物を、と言う手筈になる。

アイザックとハベルもそれに気づいて小走りで合流。もちろん、マリーもだ。

 

 

「では、私たちの予定ですが、今夜中に一度神の国へと戻り、直ぐに帰ってきます。改めて明日朝もう一度戻ります。二度目は長くても3日程かかりそうなので、各自ゆっくりと休んでください」

 

 

取り合えず、バリンとの約束を果たす為に、酒を持ってきて酒盛り。

直ぐにでも取り掛からなければならない事ではあるが、今晩くらいは大丈夫だろう、とカズラは判断した。

無論、そこまで酒が強い訳じゃないから、誘われた時はセーブをしておかなければならないだろうが。

 

 

「了解です。私は妹と釣りでもしながら、お二人の帰りをお待ちしております」

「おっ、いいですねぇ」

「たくさん釣れたら、ごちそうさせてくださいね」

 

 

酒の肴に~ とも一瞬思ったが、マリーがいるので口にする事はなかった。

 

でも、カズラやカズキにそう言ってもらって、マリーもハベルもご満悦だ。

 

 

「ご期待に沿えるよう、頑張ります」

「ゆっくり、のんびり、それでいて頑張る! 何だか、難しい気もしますが、頑張ってください。もちろん、マリーちゃんも」

「はいっ!」

 

 

ハベル・マリー兄妹は大丈夫そうだ。

だが、問題はアイザックの方。

 

物凄く真面目で、休みをちゃんと取ってるのか? と心配になってしまう程だ。

カズキやカズラが渡す万能薬、秘薬、リポDの接種で、その耐久力はオバケになってしまっている。

だから、余計に休みを………と心配の種になってしまう。

 

 

だから、命令―――と言う形で休んでもらおう、と思い、アイザックを目で追ってみたら、予想とは違った。

周囲の村人たちに目を向けていて、誰かを探している感じだ。

 

 

「どうしたんですか? 誰か探して?」

「あ、いえ。その……」

「アイザックさんも、無理せず休んでくださいよ? いえいえ。無理して、休んでください。福利厚生の充実は、上司であるアイザックさんが率先してやらないと、部下が取りにくくなっちゃいますから」

「!! は、はい。了解致しました。あ―――」

 

 

何か言いたげだったアイザックだったが、丁度そのタイミングで見張り塔から響いてくる声にかき消される。

 

 

「おーい、バレッタさんが見えたぞーーー!」

 

 

見張り塔から響く声は、相応のもの。

流石、見張りに立つ者の声量は違う―――と聞き入りながら、遠目に見える月明りに照らされた大地を見た。

 

何やら、黒い点がもぞもぞと動いているのが見える。

 

 

「え、アレが……バレッタさん?」

「……圧巻、ですねぇ。ひょっとして、カズラさんや皆がオレの事見る時って、こんな感じなのかな……?」

 

 

物凄く速い。

兎に角早い黒い何かが近づいてきてるのが解る。

 

確かに、カズキのそれとは比べるのは烏滸がましい、とされるかもしれないが、衝撃としては似ているかもしれない。

凡そ人の足で駆ける脚力ではない。

 

 

「え、えっと、ラタ……ではないのですか?」

 

 

マリーも何事か、と凝視し続けていた。

ハベルもマリーの答えを聞いて、首を横に振る。

 

 

「いや、……おそらくラタより速い」

 

 

どんどん黒い影が大きくなってきて、あっという間に横切った。

通り過ぎてしまった。

 

 

「……うんうん、わかりますよ、バレッタさん。オレも最初そうでした」

 

 

あまりの速さゆえに、目的地を通り越してしまうなんて、日常茶飯事。

慣れるまで大変だったから。

 

 

1人だけ何だか納得してるカズキだったが、他の皆さんはそう簡単に割り切れるものじゃなく。

 

 

「はぁっ、はぁっ、はぁっ、お、おかえりなさい。かずらさん、かずきさん……」

 

 

胸に手を当てて、呼吸を整えるバレッタ。

この辺りは、ピカピカと少し違うんだな、純粋な身体能力強化だから、やはりバレッタが凄いんだ、と認識新たにしつつ、苦笑い。

 

 

「た、ただいま、かえりました……。いや、速かった、早かったですね……いや、すごい。大丈夫ですか?」

「だ、大丈夫です。それに、カズキさんの足元にも及びませんし、大した事は……」

「うんうん。光と比べるなんてすごいよ。次期メルエムはバレッタさんかな? グレイシオールとゴールインした後にでも」

「っっ、ふ、不敬な事を……」

 

 

渾身の色恋ネタを披露したつもりだったのだが、バレッタはそれよりカズキを引き合いに出してしまった事に対して、息も絶え絶えながら後悔。

 

 

「そーんな訳ないです。気にしないでください。それに、ふつー出来ないですからね? でも、バレッタさんならしちゃいそうな気もしなくもなくて」

 

 

カズキはそれを察して即座に問題ない、と言う。

 

話を戻すが、そもそも流石にピカピカに追いつくのは無理がある……。と誰もツッコミは入れず、ほのぼのとした空気が流れた。

 

 

ハベルやアイザックは、もともと衝撃度合いで言えば、カズキと出会っただけでも十分振り切ってるので、取り乱したりせず、ハベルは驚きを通り越してしまってるマリーのフォローに回った。

 

 

 

 

そして、周囲で野営準備をしていた兵士やその従者、何人も今のトンデモ映像を見ていたようで、まるで夢でも見ていたのでは? と言いたげな表情をして立ち尽くすのだった。

 

 

ジルコニアやリーゼは丁度野営地にて、天幕内にいた為、見ていなかった。

もしも見ていたら、物凄い質問攻めになりそうな予感がするので、ある意味良かったな、とカズキは思うのだった。

 

 



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48話 夜の宴会

 

 

「凄い……、ほんとにお風呂場まで作っちゃったんだ……。以前作りたいって聞いたばかりだった筈だけど」

「はいっ! 以前、カズラさんに頂いた本に乗っていた五右衛門風呂を作りました! 自信作ですよ。是非、入ってください」

「あ、カズラさんに一番風呂は譲りますよー。オレ、これからちょっと森に、用事があるので」

 

 

思い出した様に手をひらひらとさせるのはカズキだ。

 

色々とグリセア村を改めて紹介された。

元々、この村を拠点にしていた筈なのに、まるで違う。まったく違う村に来た様な、……カルチャーショック? 的なのを受ける。

 

朧げだが知っているカズキは兎も角、カズラは来たばかりのころのグリセア村もしっかり覚えている事もあって、その衝撃度合いは計り知れない。

 

 

「今から森って、あ! ノワさんに会いに?」

「そうですね。外にも沢山いますが。なので、また食料関係を貰っていきますね? 大分好物みたいで。貰えるなら、ってみんな張り切っちゃってて。最近じゃ、盗賊崩れの連中もいたとか、仕留めたとか、何とか」

「え!? それって、この村周辺を護ってくれてるって事?? それは聞いてないよ??」

「あれ? 言ってませんでしたっけ? 以前の事もあって、結構気にかけてくれてるんですよ。あまり大っぴらに動いたら騒動になるかもしれないから、何かアレば会う時に言って、とも言ったけど、今の所は問題なく治めれてるそうで」

 

 

黒いウリボウ事、ノワールやあの大きなウリボウ、オルマシオールの話はしていても、グリセア村を護ってくれている、と言った話は聞いてない。

そういえばカズキも言ってなかった、と改めて思い返す。

勿論、バレッタも同様だ。

 

それにバレッタは、つい先日オルマシオールと思われる大きなウリボウと出会っている事もあり、衝撃は相応に大きい。

 

 

「私の所にも、その……オルマシオール様は来られて……」

「あ、それ聞きましたよ。バレッタさん、すっごく勉強してて、自然を大切にしてくれてる、考えてくれてるって言ってました。流石ですね!」

「え!? そ、そんな。私は……。でも、とてもうれしいです。決して、約束を違える様な事はしません」

「バレッタさんなら安心です」

 

 

オルマシオールとの件。

すでにカズキに伝わっている事に驚くよりも、あの時の訴えを、決して禿山にはさせず、植林も行い、緑を守る事を信じてくれた事が嬉しかった。

 

そして、何より――――。

 

 

「えと……、他にはカズキさんはその、オルマシオール様から何か聞いてますか……?」

 

 

神に何か言われたか? 

バレッタは勿論、普通の人間であれば、それは物凄く気になる事だろう。

 

普通じゃない方の人間、この世界の神様的な立ち位置であるカズラだって、まだ喋るウリボウ、人の姿に成れるウリボウには合ってない。

虎サイズの犬の群れ、その中でも一際大きいのがオルマシオールで、某長編アニメに出てくる山犬クラスかそれ以上の大きさだ、カズキから聞いているだけだ。想像しただけで縮み上がる。

 

 

「いえいえ、そう畏まらなくても大丈夫ですよ、バレッタさん。まぁ、彼らを見たら、そうなっちゃうのはすごーーーく理解できますが」

 

 

バレッタの気持ちも解る、とカズキは苦笑い。

何せ、この世界に来たと同時に、あのウリボウの……虎サイズの犬たちの総攻撃を受けたのだから。

当時は、ピカピカな身体である事も知らなかったし、ゲームの世界だと思っていてもあまりにも情報量がVRゲームのソレとは違い、死の予感がした。走馬灯に似た何かも感じたのだから。

 

 

―――当時の事はある意味トラウマ級なのだが、カズキ以上にウリボウ達の方が辛く、悲しく、それこそトラウマ大なので、話題には出さない様にしているが。

 

 

 

「では! カズラさん、行ってきますね? もしジルコニアさんやリーゼから何か聞かれたら、上手く伝えておいてくれたらありがたいです」

「一緒にご対面、って訳にはいかないしね。了解。オレも機会があれば……と言うより、カクゴが決まれば会ってみたいですから……」

 

 

 

まだ対面を果たしていないカズラ。

普通にカズキに言えば、会う事は直ぐ出来るだろう。

 

でも、まだ対面してない、と言う事はカズラの覚悟が決まってない、と言う事なのだ。

幾らカズキが一緒とはいえ、幾ら大丈夫だ、と言っているとはいえ、柵のない場所に猛獣クラスの獣と対面するなど……、やっぱり難しい。

 

 

「バレッタさん。また、戻ってきたらグリセア村の変化、オレにも教えてください」

「はい。勿論です! その、オルマシオール様に、決して約束を違えない、とお伝えくだされば……」

「勿論! 伝えておきますよ」

 

 

カズキを伝令役に使うなどと不敬極まりない、と思えるが、流石にある意味神との対談に一緒についていくのも難しいと言わざるを得ないだろう。

 

だが、そういった細かい事? を気にするカズキではないので、いつも通りのノリと雰囲気で、手をひらひらと振りながら了承してくれて、自然とバレッタの顔にも笑みが浮かぶ。

 

 

 

「では、カズラさんはお風呂堪能してきてくださいね~! なんなら、バレッタさんに背中流してもらっても良いのでは?」

「!!」

「ええ!!?」

 

 

軽い冗談のつもり、なのだが、結構のこの手の冗談は、面白い様に反応するのがこの2人。

 

 

「な、何言ってんだー!」

「あ、あぅぅ、えと、その、す、すみません! そこまで広いお風呂場では……」

「いえいえいえいえ、バレッタさん本気にしないでくれて良いですから!?」

 

 

と顔を真っ赤にさせて抗議をしている間に。

カズキはいつの間にか、身体を光に変えていた。

 

 

「あっはっはっは! ジョーダンですよ」

 

 

カズキはそう言いつつも――――。

 

 

「本気になってくれたら、御祝儀ですけどね! ニィナさん達と一緒にパーティーしましょう!」

 

 

そう言い残すと、文字通り見た通り、光の速さで森の中へと消えていくのだった。

 

 

 

「ま、全く……(うぉぉぉ、へ、変な意識しちゃって、風呂に行きにくくなった……!)」

「か、カズラさんの………っっっ」

 

 

 

何処の世界であったとしても、女は強し、である。

でもバレッタの年齢がカズラの認識では中学生くらい。日本では手を出すと犯罪に成っちゃう。

 

―――でも、ここは日本ではなくアルカディア王国だ。14で婚礼期。郷に入っては郷に従え、と言うヤツだろうか。

 

 

「(い、いやいやいや、何考えてんのオレ! いつも通りのカズキさんの冗談じゃん!!)あ、えっと―――、あれ? あの大きな柵ってありましたっけ!?」

 

 

誤魔化す様にカズラは周囲を見渡して、ほんのちょっとでも気になった場所を指をさした。

 

 

「あ、はい。あれは飼育小屋ですね。根切り鳥が逃げないように、柵を高くしてるんです」

「へ――――、ってえ?? あの鳥ってあんな高く跳んでましたっけ?」

 

 

誤魔化す為だけの話題だったのだが、幸運にも結構気を逸らせる事が出来るくらいには気になる話題だった。

何せカズラが以前根切り鳥を世話していた時は、大人しい……極めて温厚なニワトリのような印象だったから。簡単に捕まえる事が出来るし、滅多に飛び跳ねたりしない。

一度、飛び跳ねた場面をカズラは見たことがあるが、それでも10㎝くらいしかできてなかった筈だから。

 

 

 

「ワタシもあそこまで跳ねるなんて知らなくて、初めて見たときはビックリしました。多分、あの根切り鳥たちも、私たちみたいに、日本食で強化されたんだと思います」

「うへぇ、ほんとに万能感が凄い……動物まで強化されるなんて。ん? 大きさはどうですか? あの野菜みたいにオバケになってません?」

「物凄く元気になっただけで、大きさは変わってませんね。卵もたくさん産んでくれますし、雛もたくさん産まれました」

「おぉ……それは凄い。でも生き物だったら生態系とかもあるし、あまり逃げられない様にする事が課題ですかね。流石にあの高さの柵を超えてくるとは思いにくいですが」

「あはは……、確かに前に逃げられた時はすごかったです。卵を取りにいったら、2羽が一斉に跳びはねて逃げて行っちゃって……、私たちのスピードでも捕まえきれませんでした」

 

 

カズラはそれを聞くと改めてギョッとする。

何せ、バレッタの人並外れた身体能力は、もう既に目の当たりにしているから。

車並みの速度に加えて、常人以上の反射神経を持つ。そんな超人であったとしても、やはり素の野生には追いつく事は叶わないのか、と。

 

 

「う~む、それはほんと大変そうですね……」

「でも、そこまでの心配はしてませんよ。結局森に逃げられちゃったんですけど、美味しいごはんが森にはなかったみたいで、夕方にはしょんぼりして村に戻ってきましたから」

「おー、餌付け出来てるって事ですか。ちょっぴり心配してましたが、大丈夫そうですね」

 

 

いい具合に緊張? がほぐれたので、流れに身を任せてそのまま五右衛門風呂へ。

 

 

 

 

 

それでも、やっぱり完全に気を逸らせる事などできる訳もない。

カズラは風呂の中で、当然裸だ。それをバレッタは想像してしまう。

カズラもカズラで、お背中お流しします~なんて、画面の向こうの世界だと思っていたのに、まさか実現しそう? と恥ずかしくて顔の紅潮が止められない。

 

 

「カズラさん、湯加減はどうですか?」

「ッ! あ、はい、えと……もうちょっと熱いくらいが、良いかな? って思います……」

「わかりました。薪をくべますね」

 

 

会話はあるのはあるが、それでも、ちょっぴり沈黙の時間が長くなる2人だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

同日同刻、グリセア村・グレイシオールの森にて。

 

 

「ほらほら、どうどう、ハク、落ち着いて。お前が落ち着かないと、みんなも落ち着けないよ」

「くぉんっ!」

 

 

カズキが入ってくるや否や、一目散に駆け寄るのはウリボウの中の1匹、ハクである。

単純にカズキが来てくれた事が嬉しいのもあるが、それ以上にカズキから出ている香ばしさに身を引かれた、と言う理由も当然あるだろう。

 

そして、ハク自身はちょっとしたリーダー職。

ノワやオルマシオールをトップにした中間管理職的なポジションなので、他のウリボウ達を上手く管理している。

 

なので、ハク自身がはしゃぎまわると、みんなも一斉にはしゃぐのだ。

 

 

「お疲れ様です、カズキ様」

「夜分恐れ入ります」

 

 

ぺこり、と首を垂れながらやってくる一際大きなウリボウ、オルマシオールと人間の姿のままであるノワール。

 

 

「いやいや、みんなには聞きたい事があったし、それに約束したしね? ほら」

 

 

そう言って、一緒に持ってきた段ボール4つ分の箱を指さした。

リーゼを空に浮かせた時の応用だ。何処まで持ち上げられるのかは試した事は無いが、少なくとも人力で運べる代物は特に問題ない。

以前の農業運搬車で、何度も往復した時の肥料――――までは流石に難しい。難しいというか、物凄く目立ちそうだからやらないだけだが、いつかは限界まで試してみたかったりもしている。

 

 

「本当に、申し訳ない。感謝致します」

 

 

物凄く丁寧に言葉を選び、慎重に――――としている反面、段ボール箱の中身が何なのか分かっているからか、或いはハクの様にその香りに心躍らせているのか、物凄く尻尾を左右に振り回している。

ちょっとした旋風が起きているかの様だ。

口からは涎の勢いが物凄い。

 

 

「そう、畏まりまる必要はもうそろそろ無くしてくれて良いよ。2人は、オルマシオールって皆には伝えているし、《神》って括りじゃ、上下関係は無い。あるとしたら、えっと、リブラシオールだろうけど、それっぽいヒト? にはあってないから」

「いや、ですが……」

「砕けた口調で話してくれないんなら、ごはん没収しちゃうかもだけど、どうする?」

「いや、わかった。了解した!! 今後ともよろしく頼む!」

 

 

一瞬で変えた。

食欲の方が遥か高い位置にある事が解り、カズキは苦笑いをしながら、段ボール箱を左右に開いて見せた。

 

 

 

 

 

ちょっとした森の中の宴会だ。

獣たちのお祭り騒ぎ、ともいえる。

 

 

ここだけを切り取ってみると、本当にファンタジーな世界だな、と思う。

 

 

沢山食料を広げて、みんな踊り食いを始めた。

前回よりも更に多く持ってきているから、直ぐになくなる事も無く、満遍なくウリボウ全体を満たす事が出来るだろう。

 

加えて、日本食の効能を得たウリボウ達の強さは、この世界での獣の中でも間違いなくトップクラスに躍り出る。

 

これで、警備対策もバッチリだ。

ここまで慕ってくれているウリボウ達にケガをさせたりするのは、カズキも嫌だから。

 

 

 

 

 

 

 

 

「私は、カズキ様とお話するのは、この口調が良いのですが、許してくれますか?」

「ノワだけ、ゆるしませーーん、なんて言わないよ。ほら、オルマシオールの場合はさ、見てくれとかもあるし、それに戦いの神様(オルマシオール)だから、色々威厳もあった方が良いから」

 

 

カズキはカラカラ、と笑いながらそう告げる。

ノワールは、そんなカズキを見て微笑むと。

 

 

「最初は、私はあまり人とは関わり合いにならない方が良い、って考えていたんです」

「未来が悪い風に変わるから――――でしょ?」

「!」

 

 

ピタリと言い当てたカズキに、ノワールは珍しくも驚きの表情を見せた。

そんなノワールの顔を見て、してやったり、とカズキはハニカム。

 

 

「ノワにはいつもいつも悪戯で驚かされてるから、丁度良い仕返しになって良かったよ」

「あ、あぅ……」

 

 

心地良く、柔らかいカズキの掌を頭に受けて、ノワールは頬を紅潮させた。このまますり寄りたい気分になりつつあったが。

 

 

「人間と関わる事が悪い未来に繋がる。……これまで繋がってたっていうならさ。包み隠さず、全部オレに教えてくれよ? ノワ」

 

 

次の真剣な顔つきになったツカサを見て、それをピタリと辞めた。

 

 

「生憎、未来視なんて便利な力はオレは持ち合わせてない。でも、この国で災いが起こる、それが見えたっていうなら、全力でそれを止めに行くから。……他の誰に内緒にしたとしても、オレにだけは話して欲しい。……約束してほしい」

 

 

 

まっすぐノワールを見つめる。

その黒い瞳は、まるで吸い込まれそうな程に澄んでいて、綺麗だった。

 

 

「約束致します。…………ありがとうございます、カズキ様。私たちを――――救ってくれて」

 

 

 

実を言えば、もう悪い未来は見えていない。

霧がかかった様に、先が見えないのは確かだが、全て終わりを告げていた未来は、もう既に霧の彼方へと散っている。

 

 

彼らがこの世界に来てから、全てが変わった。

未来は、明るくなったんだ。

 

 

 

 

 

 

「では、私からもお願い、しても良いですか? いえ、聞いてみたい事がありまして」

「うん? 聞いてみたい事? 良いよ。なんでも聞いて」

「あの娘。リーゼさん、でしたよね? カズキ様とは、どういったご関係でしょうか? どういったお話をして、……その、夜空高く、共に空を駆けた時、どの様な事をしたのでしょうか? 以前お話してくれた女性関係からの不信の件は、どうなったのですか? すごく気になります」

 

 

矢継ぎ早のリクエスト。

オルマシオールやハクたちは食料に夢中なのだが、ノワールは色恋沙汰に興味津々な様だ。

 

それに、リーゼとの夜空を飛んだ場面もしっかり見ていた様子。

見てくれで忘れそうになるが、ノワールもウリボウ。夜目は効く様だ。

 

 

その後 リーゼとのやり取りや、以前ぼそっ、と話を零してしまったカズキ自身の過去のトラウマの件。

 

それをノワールにしっかりと話したのか、そしてノワールはどう思ったのか。

―――その詳細は省く。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

翌日。

 

 

 

「ちょっぴり心配しましたよ? まさか朝帰りだとは思ってなかったんで」

「あはは……、すみません。事前に伝えに戻ったらよかったですね。思いの他盛り上がっちゃったんで……」

「おぉぉ……、ウリボウ達と宴会。ファンシーなのか、ファンシーなのかファンタジーなのか……、ちょっと想像しにくい光景だ」

「今度はカズラさんも一緒に会いましょうね。2人とも話をしてみたい、って言ってましたし」

 

 

朝帰りをしたカズキに、ちょっとだけ苦言を呈するのはカズラだ。

カズキの力は知っているし、何か事故があったのでは? とは正直思ってはいない。

だからと言って、心配しないという理由にはならない。

 

あまり考えたくない事ではあるが……、もう帰って来なくなる可能性も決してゼロではないのだから。

 

 

 

 

 

「それはそれとして、明るくなったら更に凄い事になってますね……、グリセア村」

「あ、やっぱり……? 夕べは暗くてよくわからなかったんだけど、明るくなったら村の進化っぷりの全容がハッキリとまざまざと………」

 

 

ついこの間までの村と同じである、とは到底思えない。

見張り台もそうだが、水道橋も張っており、水車を回してその動力を利用し―――と、様々な施設がハッキリ見て取れる。

 

これは見るだけでもイステリアの職人たちは勉強になる事だろう。

まず驚愕して目が点になっただろうが。

 

 

「あ、カズキさん。おかえりなさい」

 

 

とて、とて、と小走りでやってくるのはバレッタだ。

その手には、お弁当が二つ、備わっている。

 

 

「バレッタさんにも、心配、かけちゃいましたかね?」

「ふふ。そうですね。私だけじゃなく、ニィナや、特にリーゼ様も心配されてましたよ? リーゼ様は森に自分もいく! って言っちゃったらしくて」

「ええっ!」

「あ、勿論ジルコニア様が止めてくれましたが」

「ほっ……」

 

 

それに、リーゼの行動力、バイタリティなら、例え薄暗い森の中だって突っ切ってきそうな気がする。

如何に危険のない森とはいえ、ケガしないとは絶対に言えないから。

 

 

「昨日は流れのまま、リーゼには何にも伝えてなかったからなぁ……、今日はしっかりしとかないと。心配かけちゃったなら猶更」

「あ、ならカズキさん。今日はオレ一人だけ日本で買い出ししてきますよ? そんな大きな用事はありませんし、一日リーゼと一緒にこちらの仕事を貰っても大丈夫」

 

 

今日も2人で日本へと向かう―――予定だったのだが、カズラは予定変更を提案。

 

 

「えっ? ほんと大丈夫です? 荷物持ちとか、大きな買い物ってありませんでしたっけ?」

「全然大丈夫ですよ。PCソフトとか、河川工事計画の打ち合わせとかだから。車は1台あれば余裕だし」

 

 

指をおりおり、カズラは考えていくと、にやっと笑って言った。

 

 

「何なら、昨日のお詫びにリーゼにサービスとかしてあげたらどうかな? お背中お流しします、とか」

「えー、それじゃ、昨日の……って、逆じゃないですか! オレがリーゼの背中流すんですか?」

「それは良いですね。リーゼ様、とてもお喜びなると思います」

 

 

リーゼの背中を流す。

バレッタまで推奨する。

 

それ即ち三助をするという事か。

 

江戸時代くらいには日本でもポピュラーな存在だったが……現在では絶滅危惧種。

 

それも、お相手がリーゼの背……

 

 

「っ~~~」

「あっはっは! 赤くなりましたね~~? 昨日の仕返し成功だよ、バレッタさん」

「えへへ、そうですね」

 

 

リーゼの背中姿を想像した瞬間、カズキも思わず赤く顔を染めたのを見逃さず、カズラとバレッタはハイタッチを交わした。

 

 

「うぐぐ、一本取られちゃいました……、そういうのは、こっちが十八番だって思ってたんですけど………」

 

 

バレッタとカズラの初々しい関係性。

それを見て微笑ましく感じながらも揶揄うのが常だったが、今回はしてやられた形だ。

 

 

「バレッタもいつまでもヘタレでお子様って訳じゃない、って事ですね。少し前までは、そっち系なら、ちょっとした事でも赤くなってまともに話出来なかったのに。(香油利用したって件は、例外)」

「あ、ニィナさん」

 

 

ニヤニヤ、と笑いながらやってきたのはニィナだ。

いつもいつも、目を光らせて、隙あらばカズラとバレッタをくっつけようと画策している。

 

今回は、カズキとリーゼのネタを言う事で、ちょっとした下な話でもカズラと一緒に出来てる時点で、大分前進出来た、と言えるだろう。

 

ただ、カズラ自身に照準が合わさった状態であれば、速攻でヘタレると思うが。

 

 

「リーゼ様、凄く心配してましたよ? 早くお詫びをした方が良いです~、と、提案しておきます」

「……おっしゃる通りに」

 

 

ニィナにも釘を差されるカズキ。

 

その後、朝帰りしたという事実を知ったリーゼと再会した後、一悶着あったのは言うまでもない事だった。

 



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49話 霧の中の邂逅

 

「うーむ……、やっぱしカズキさんと一緒に行ってたら良かったかな? 結構荷物多くなったし、色々相談もしてみたかったし」

 

 

 

 

 

日本に帰還したカズラは、取り合えず先に前回の河川工事の一件で継続的に世話になっている建設会社に赴き、図面の見方・工事内容等の確認をしてきた。

 

仮想工事と言う名目で行われていたのだが、取締役は妙にノリノリ。カズラ自身の羽振りも当然良いから、童心に戻りつつ、自身の勉強にもなりつつ、実際に工事をする訳でもないから、お気楽で楽しく仕事が出来る、と終始頬が緩みっぱなしだったのが印象的だ。

 

山から水道橋~噴水。

町の全域に上下水道引く。

 

 

次々とアイディアを出してはひっこめ、全て実現できるだけの財力と労働力を持ち合わせているカズラだったが、あまりにも内容が世界観離れしすぎているので、丁重にお断りを入れつつ、肝心の河川工事面では、ノートにメモを取り、専門用語を勉強して取り組んだ。

 

如何せん、ある程度の勉強をしておかないと、大きな工事が出来ないし、イステリアの職人たちに説明も出来ない。

 

 

「そうだ、百科事典のソフトも入れとかないと。わざわざ日本に帰って調べてきて、ってあまりにも効率悪すぎるし」

 

 

当然ネット環境の無い世界。

本で学ぶ事は出来なくもないが、ネットのありがたみと言うのが今更ながらわかるというものだろう。

 

 

「ふっふっふ、なんといっても一番の収穫、一番の目玉はソフトウェア会社! 異世界(アルカディア)の言語で書き込めるソフト作成も完了した事!」

 

 

イステリアにパソコンを導入して活用しているのだが、如何せん日本語ベース。ローマ字とか日本語とかは、イステリアではただの暗号にしかならない。

勉強熱心で、速攻で覚えてしまうバレッタの様な天才が何人もいるならまだしも、あそこまでの天才はイステリアでもいないから、簡単にパソコン操作を覚えてもらう、なんて無理なのだ。

 

そこで最大級の効力を発揮するのが《オリジナルフォントを作って、それに文字などを連動させる》事だ。

 

 

パソコン業務を覚えてくれれば、飛躍的に作業効率が増す事間違いない。

印刷機だけでも、革命が起きるレベルだ、とナルソンが言ってた様に、その印刷機に描く文字を自分達で入力する事が出来るのなら、………もはや革命超えちゃうかもしれない。

 

 

 

「ふふふ……、取り合えず まぁ、現実逃避はこの辺にして、と」

 

 

 

盛大な独り言をいったんカズラはやめた。

自分の家だから、周囲には当然誰もいないから出来る事だ。

 

今日1日、日本で購入してきたもの。

 

 

食糧(オルマシオール)

酒類(バリン達他)

 

 

 

段ボールに沢山入れて買ってきたのは良いが、これまでは2人で運んでいたという事と、1人は圧倒的な力を持つ人だったという事をすっかり失念してしまっていたのだ。

 

山の様に積み上げられた段ボール箱、どうにか屋敷へと入れる事は出来たが……。

 

 

「農業運搬車の出番、だよなぁ」

 

 

当然 手でもって入国なんて大変すぎるから、肥料を何トンも運び、大活躍をした農業運搬車の出番だ。

軽トラックでも購入した方が良いか? とも思ったが、今大量に物資を異世界に運べるものは、農業運搬車しかない。

 

 

ただ――――それでも一人で積み込む作業も大変なのだ。

 

 

カズラは暫く荷物の山と目で格闘した後。

 

 

 

 

 

 

「―――――うん。応援要請しよう」

 

 

 

 

 

 

 

日本に行く前は、買い物大丈夫だから~~とカズキを置いてきたのに(リーゼ達の為とは言え)、今更手を貸して欲しい―――なんて、情けない気もするが、こうなったら仕方がない。

今か今かと待っている皆の為にも……恥を忍んで頼み込もう、とカズラは決めて、一先ず異世界へとつながる扉を開けて、アルカディア王国へ。

 

 

 

時刻は、日本時間で18時30分程。

 

 

 

「急がないと。バレッタさん達にもあまり時間かからない、って言っちゃったし」

 

 

買い込んだ荷物はとりあえず屋敷へ置き去り。

ボストンバッグだけを片手に、小走りで向かうと……。

 

 

「お、雨降ってたのか」

 

 

一面水浸しの地面が広がっているのが目に見えた。

どうやら、かなりの大雨だったらしく、あちらこちらに小さなぬかるみが出来ていた。

 

 

「ん。このくらいなら問題ないか」

 

 

だが、農業運搬車が泥濘に足を取られる~までの心配はなさそうだ。

 

ただ、その代わりに大変そうなのは。

 

 

「……こりゃ凄い。初めてみたここまでの霧は」

 

 

ぬかるんだ地面、そして数m先さえキチンと把握できない程、雑木林にかかる濃い霧。

 

まだ日本では夕日が差す時間帯だというのに、こちら側では完全に日が落ちてしまっているので、一寸先は本当に見えない闇状態。ペンライト程度じゃどうにもならない。

 

 

「……ピカピカの実ってほんとにすごいよなぁ」

 

 

こんな時に、ぼそっ、と口に出してしまうのはやっぱり、カズキの能力。

ピカピカの実ならば、霧くらい簡単に吹き飛ばしてしまいそうだし、そもそも、森全体に明かりをともす事だって容易だろう。

村人やイステリアから来た皆が驚きそうだから、そこまで大規模な事はしないが、少なくとも、こんなペンライトとは比べ物にはならない。まさに月とスッポン。

 

 

 

でも、村までの道のりは一本道。迷う事なんてないだろう、とそのまま雑木林へと足を踏み込み――――。

 

 

「やばい。迷った」

 

 

カズラはものの見事に遭難してしまった。

まっすぐに歩いていた筈なのだが、どうやらこの霧でホワイトアウト状態となってしまった様だ。

 

 

「―――森で野宿かぁ。朝になって霧が晴れれば良いんだけど、と言うか霧が晴れても森から抜けれるかな? ……こう言う時、携帯が使えないのって凄く不便。おまけにオレ頼り過ぎだろ、カズキさんに」

 

 

例え霧が深くかかっていたとしても、例え現在位置が解らなかったとしても、電話して助けを呼べば一瞬で解決だ。

 

……あまりにも頼り過ぎな思考を持ってしまっている事を今更ながら恥じる。

 

形上ではあるがお給金を出しているし、本人も働く気満々やる気十分だったから、沢山頼ったのだが……、一人では何もできない駄目神様になってしまっては目も当てられない。

 

 

「いない人便りとか、情けないの通り越してる。兎に角、朝になったら生木を燃やして狼煙でも上げようか。自分に出来る最善はソレだな……」

 

 

ポケットに常備していたライターを擦る。

しのばしておいて本当によかった、と安堵する。

 

 

「……そういえば、ここの森で初めてノワールさん……、オルマシオールさん達に出会ったんだっけ? 今じゃいろんな所に散ってるらしいけど……」

 

 

ぬかるんでいない木の下に腰を掛けて、カズキが言っていたことを思い返した。

 

カズキは最早ウリボウ使いと言っても良いくらい手懐けていて、カズラの事に関してもちゃんと言っているらしい。

更に言えば、定期的に御馳走をふるまっているから、もう普通の動物の肉、それも人間の肉なんて美味しいと思えなくなってしまった、らしい。

加えて、なんといってもカズキの匂いがカズラからもおそらくする筈だから、遭遇したとしても襲われたりしないだろう。

 

 

「――――……って言っても、虎サイズの犬、なんだよなぁ……、某山犬くらい大きいって話の」

 

 

幾ら襲われないと言っても、恐怖心はある。

恐怖そのものだと言って良い。

軽く口を開ければ、人間の胴体なんか簡単にすっぽり入ってしまい、更にその俊敏な脚力を考えれば、あっと言う間に間合いを詰めて攻撃されかねない。

 

 

悪い風に考え過ぎて、寒気がしてくるカズラ。

 

 

 

「大丈夫、大丈夫……。うん、バレッタさんやカズキさん、皆に心配かけちゃってるし、帰る事に集中しない、と……」

 

 

 

頭では色々と考えている筈なのに、木に背中を預けて、体重をかけると……どうやら昼間の疲れが出てきた様だ。次第にうつらうつらと船をこぎ始めた。

 

 

「―――――カズラ様、カズラ様」

「ん………」

 

 

カズラがそのまま寝入っていると不意に声を掛けられ、身体が揺すられる。

寝ぼけた目で顔を見上げてみると、そこには遠出用の軽装に身を包まれた若い女性がカズラの肩に手をかけていた。

 

 

「良かった、気づかれたようですね。お怪我はありませんか?」

「あれ……? ひょっとして私の事を探しに来てくれたんですか?」

「はい。カズラ様の事をよろしく頼む、と仰せつかっておりますので」

「私を? ……えと、すみません、初めて会いますけど、部隊の使用人の方、ですよね? 頼んだのは、アイザックさんとか?」

「あ、いえ、私は――――」

 

 

ここでハッキリとカズラは彼女の全体像を見た。

その肩よりも長い黒い髪は、色艶が出ていて鮮やかの一言。加えて黒い瞳も印象的だ。

松明の炎に揺られて、彩られた彼女は、何処かミステリアスさも醸しだしていて、非常に魅力的な人だとカズラは思った。

 

だからと言って、初対面から口説いたりはしないが。

 

 

「オレですよー、カズラさん」

「うわっ!?」

 

 

そんな時だ。

ふわりと上から降りてくるのと同時に、声をかけられたのは。

 

無論、よく知る人物。何せ凄く光ってる。

こんな濃霧状態の中で、これほどの輝きを見せるのは、この世界でも日本ででも一人しか知らない。

 

 

「カズキさん!?」

「はい! お疲れ様です」

 

 

ニッ、と光と共に笑顔で降りてきたのは、光の化身カズキである。

 

 

「ノワ。カズラさんが見つかったら直ぐにオレに知らせて、って言ったのに」

「すみません。私もカズラ様とお話をしてみたかったのでつい……」

「え? ノワ? それって……」

 

 

降りてきたかと思えば、親しそうに女性と話すカズキ。

別段珍しい光景ではないのは確かなのだが、引っかかるのはその名前である。

 

確かに、カズキの口から【ノワ】と言っていた。

 

 

「もしかして……、ノワールさん? カズキさんが名付けた、黒いウリボウの……」

「はいっ! その通りです」

 

 

ノワは嬉しそうに返事をした。

カズキから頂いた名前、嬉しくて仕方がない、と言わんばかりに。

 

実際に会ってみると、非常に綺麗、美人と言って良い容姿だ。

そんな彼女が、実は黒いウリボウだった―――なんて、誰に言っても信じてもらえないだろうな、とカズラは思う。

 

 

因みに、名を嬉しそうにしているノワを後目に、少々気恥しそうにするのはカズキ。

 

 

「実はカズラさんが戻ってきたのは解ってたんですよ。オレがハクに……ウリボウ達にちょっと余計な事言っちゃってたので……」

「え? 余計な事?」

 

 

カズキには探知能力~の様な力は出来るのかもしれないが、今の所はやろうとしてないし、やるつもりもなく、カズラも知らない。

だから通常であれば、カズラの異世界帰還などカズキに察知する事は出来ないとされている――――筈だったのだが。

 

 

「カズラさんが、また美味しい日本のごはんを持ってきてくれるよ、ってハクたちに言ったんです。そしたら、多分カズラさんが戻ってきたタイミングだと思うんですけど、嬉しそうに森の中に走って行っちゃって」

 

 

苦笑いしながら話すカズキ。

聞き入っていたカズラだったが、次第に目が慣れてきたのか、或いはカズキの光のおかげなのか、うっすらと濃霧の向こう側に幾つもの大きな影があるのに気付く。

 

 

 

 

「きゅおんっ!」

 

 

 

 

そして、その中の1匹が濃霧の中をかけて、中にまで入ってきた。

 

 

「うわわっ!?」

「ってコラ! ハク! ステイ! ハウスっ!」

 

 

クンカクンカ、とカズラに向かって鼻を摺り寄せる。

カズラの現在の状況をハッキリ知っているカズキは、どうにかハクを宥めた。

 

 

「ちょっと待ってってば。ほら、カズラさん何も持ってないだろ? まだご飯はお預け! つーか、ちょっと前に食べたばっかりだろ?」

「きゅん………」

 

 

今の今まで尻尾を勢いよく振っていた筈なのに、確かに、カズラからは美味しそうな香りがしてないのと、カズキの言葉でごはんがない、と悟ったのか、尻尾も垂れ下がり、寂しそうに後ろに下がって腰を下ろした。

 

 

「すみません、カズラさん……」

「あ、あははは。ちょっと呆気にとられちゃいましたけど、大丈夫ですよ。オレもノワールさんとは一度会ってお話してみたい、って思ってましたし。どのみち、この霧が晴れるまで、少なくとも朝まで待つつもりだったのに、とても助かりました」

「あ、いや――――その……、実は、この霧もノワの仕業で……」

「へ?」

 

 

カズキはそう言うと、申し訳なさそうにノワが一歩前に出た。

 

 

「申し訳ありません、カズラさん。私達が貴方と話をする為に、少し術を施しまして……私達のいるこの辺り周辺の人間は、意識を保つ事が出来ない状態となってます。この霧は、その影響で……」

「え? これ術……? えっと、催眠術、みたいな?」

「言いえて妙ですね。今頃、この森周辺にもしも人がいたら、皆眠ってると思います。何せ人目を忍んで色々と行動しないと、……ほら、皆の姿見られただけで、大騒ぎになっちゃいますから」

「ああ、たしか……に、……………お? …ぉぉぉ、………確かに、それもそうだね……」

 

 

 

大騒ぎ、と言う言葉を聞いて間違いない、と確信した。

何故なら、前方より……ずし、ずし、と大地を揺らさんが如く、更に一際大きなウリボウが姿を現したからだ。

本当にデカい。

確かにデカい。

物凄くデカい。

 

セリフを言ってもらうとすれば、【黙れ小僧!!】が物凄く似合いそうな風貌だ。

 

思いっきり頭からかじられそうな勢いだ。

 

 

 

「貴公がグレイシオールだな!? 私は今、オルマシオールと名乗っているこの者達の長だ。まずは礼を言わせてくれ!」

 

 

「ひょあぁっ!?」

 

 

厳つい風貌、猛獣と言った雰囲気――――な筈だったのだが、物凄くフレンドリー。

先ほどのハクと呼ばれたウリボウばりに尻尾を揺らし、涎も垂らし、物凄い勢いで顔を近づけてきた。

元々圧倒されてた上に、今度はこの勢い。……思わずカズラがのけぞって尻もちをついた。

 

 

「オルマシオールも落ち着いて……。ハクにも言ったけど、今はごはん無いからね? カズラさんボストンバッグ以外手ぶらだし。そんな匂いしないでしょ?」

「あ、いや、その……それはそう、なのだが。解っていたのだが、……すまない。……抑えきれなかった」

「ほんと、いつの間に皆して食いしん坊キャラになったのやら……。(まぁ、ごはん前にした犬って感じと言えばそうかな……)っとと、カズラさん、大丈夫ですか? なんかすみません」

 

 

尻もちをついたカズラを引っ張り上げるカズキ。

確かに圧倒された。

 

霧の件から、遭難しかけて驚いて、更に見知らぬ女性が現れて、カズキも現れて、驚きの連続――――だが、ここまでくると、もう笑うしかない。

 

 

 

「あ、あははははは。大丈夫ですよ。何だか皆さん、ほんと親しみやすくて親しみやすくて。実の所会うのは結構緊張してたんだけど、どっか行っちゃいましたね」

「……これでも最初は大変でしたんですがねぇ」

 

 

 

大層な歓迎をしてくれたカズキは、最早...遠い記憶だ、とちょっぴり懐かしみ、それとなく聞いていたノワとハクが申し訳なさそうにしていたので、しっかりあとフォローもするのだった。

 

 

 

 

「ほいほいっ、っと」

 

焚き木をかき集めて1つにまとめ、指先から【弱ビーム】を発射。

濡れていても、ここまでの光熱(・・)なら問題なし、ノワが持っている松明も問題なし、あっと言う間に火が付いた。

 

 

「凄いですよね……やっぱり。あ、その能力使う感覚ってどんななんですか? 結構気になってたんですけど、聞けてなくて」

 

 

光を操ってるカズキを見て、いくつか浮かんでいた疑問をカズラが投げかける。

そもそも、ファンタジーな力、アニメな力、漫画な力である特殊能力は一体身体の何処に力を込めれば良いのか? 皆目見当がつかないのだ。

 

某ゴムな身体の人間は、思いっきり腕を引っ張ったらそのまま伸びる――――と解りやすい部類ではあるが、光人間は身体の何処に力を入れたら光になるのか皆目見当もつかない。

 

 

「あ、そこやっぱ気になりますよね? オレもそうでしたし」

 

 

あはは、と笑いながらカズキは説明。

VRゲームをし始めたころは、カズラの様な疑問は少なからず頭の中にあった。

 

この世界は、VRゲームとは違うから、100%同じ……とはならないと思うが、大体は同じだろう。

 

 

「簡単に言えば、イメージ、ですかね? 自分は指先からビーム出せる~、身体から光出せる~~って、頭の中でイメージして、トリガーを引くイメージもする。すると、現実に顕現します。なので、力を籠める~~って言うのは特に無いかな?」

「おぉ……、なるほど。イメージですか。イメージ、イメージ……。それも結構重要そうですよね。力をコントロールするって意味じゃ」

「それは勿論! なんたって光人間ですよ? 気を抜いちゃったら、あっと言う間にグリセア村どころか、隣国の空にまで行ってしまいますし、下手に見られたら大騒ぎになりますし、その辺は気を使っちゃいますね。もう慣れてきてますが」

 

 

カズキは、以前の事業で山の中に氷室様の穴をあけた事や井戸掘りの穴などの事を思い返しつつ告げた。

光……、電気の無い炎の明かりで生活するこの世界において、光は強烈過ぎる。

だから、目立たない様にそれとなく練習したりしていた。……だが、それでもあの光爆発(笑)は、無理なので、皆が見てないであろう、眠っているであろう時間帯を狙って発射したのだ。

(ちなみに、その光を何名か見ていて、拝んでいた事をカズキは知らない)

 

 

「カズキ様のお力は本当に神々しいですよね……。永らく生きてきた私達ですが、比肩するものがありません」

「あはは……そりゃもう。?? ノワさんは、ノワさん達はそんなに長く?」

 

 

ノワの言葉を聞いて、気になるポイントがあったので、光については終わりにし、ノワの方を見た。

女性に年齢を聞くのはどうか、とも思ったが、特殊な事例である事は間違いない筈なので、意を決するカズラ。

 

 

「そうですね。かれこれ千年程は」

「――――――――――」

「スケール、違うでしょ? そりゃ、ウリボウだって話す様になったり、人化の術やら催眠術やらを会得したり、色々出来るようになっても不思議じゃないって、思いません?」

「……だね」

 

 

猫も●●●年生きれば化け猫、妖怪の類になる、と言う伝承も少なからず日本でもあるのだ。勿論、彼女達を妖怪、などとは呼びたくはない。言うなら――――。

 

 

「精霊、ってイメージが近い、かな」

「賛成です。色んな術が使える中で、人の魂を看取ったり、送ったり出来る所も見てますから。イメージぴったりです」

「そう、ですね」

 

 

あはは、と笑う3人。

因みに、ハクやオルマシオールは一応周囲の警戒をしている為か、話の輪の中には入って来ない。

別に来ても良いのだが、彼らも色々と気を使っているのか、或いはごはんがないからか、のどっちかだ。多分後者の方なのでは? とも思ったりしている。

 

 

「すみません。カズラさんにも、聞いておいてもらいたい事がありまして」

「? はい、構いませんよ」

 

 

軽く笑みを浮かべながら談笑を続けていた時、ノワの声の雰囲気が変わる。

それは真剣なものだった。

 

 

「後、4年です。本来なら、後4年で、沢山の命が失われる事になっていたんです。―――人も、獣も、大勢」

「4年? ……ああ、それって休戦協定の期限切れまでの事、でしたよね? ……ちょっと待ってください。失われる事(・・・・・)になっていた(・・・・・・)って、どういう……」

 

 

バルベールとの休戦条約についてはカズラも知っている。

だから、ジルコニアも特に警戒し、確定の様に言っていたが、それは攻め込まれるのが確定している訳だった。

 

でも、ノワの言い方ではまるで、滅んでしまう……、アルカディア王国が滅んでしまう様な言い方だったから。

 

 

 

「はい。全ては決まっていたんです。攻め込まれて、追い立てられて、何もかも焼かれて、それでおしまいだったんです。……ほんの数か月前まで、すべて」

 

 

 

ノワは悲しそうな顔をしていた。

だが、それも直ぐに息をひそめる。

 

辺りに立ち込める濃霧に負けない程の輝きが、直ぐ横で発生したからだ。

それは目が眩むほどの強烈な輝き―――の筈なのに、不思議と痛くない。そして何より温かい。

 

 

 

「それは全部過去(・・・・)だよ。もう過ぎた悪夢に過ぎない。……オレ達がいる。絶対、絶対にそんな事にはならない」

 

 

 

全て焼けて終わる。

国も家も物も……人も。

 

 

この世界で出来た大切な人たちの未来が永遠に閉ざされ、笑顔が苦痛に満ちた、絶望に満ちたモノへと変わってしまう。

 

 

何の原因でこの世界に飛ばされたかはわからないが、そんな事は絶対にさせない、とカズキは(イメージ)を強く籠める。

 

 

 

「はい。その通りですね。変な言い方をしてしまってすみません」

 

 

ノワの顔色が変わった。

真剣なものから、柔らかくほのかに赤い顔。まるで慈しむ様なそんな顔に。

 

 

 

「カズラ様がいらっしゃって、どんどん霧が濃くなって何も見えなくなって……、カズキ様がいらっしゃった後は、霧の中に一筋の光を視ました。もう、そこには焼かれた国も、人も、ありませんでした」

 

 

 

いつの間にか、ノワの傍にはオルマシオールが、ハクが、皆が揃っている。

 

 

 

「私達の未来も、明るくなったんです」

 

 

 

ノワはまた笑うと、カズラを見た。

 

 

「改めて、お礼を。……助けてくださって、ありがとうございます」

「あ、いえ、そんな……。オレが出来る事なんて、カズキさんに比べたらちっぽけで……」

「そんな事無いですってば。オレが出来ない事をカズラさんがして、カズラさんが出来ないことを、オレがしてるだけです! 二人三脚、で良いじゃないですか」

 

 

座っていたカズラをカズキはひょい、と起こした。

 

 

「ノワ、そろそろ?」

「はい。その通りです。……霧が晴れます。長く術を使い過ぎていた様なので」

 

 

 

カズキがノワにそう聞くと、いつの間にか、ノワが持っていた松明の火が一瞬で消失。

カズキが起こした火だけが残り、火の照らす範囲が狭くなったかと思えば、オルマシオール達の姿が掻き消えた。

 

闇に同化した、と言うのが正しいだろう。

 

 

 

【我々も、深く感謝を】

 

 

 

その言葉だけを残して。

 

 

「しっかり、オレに捕まっててくださいね? カズラさん。足に力が入らないかもしれないので」

「え? ぁ……ぁれ?」

 

 

カズキに言われるまで気づけなかった。

自分の足で立っていた筈なのに、まるで地面が無くなってしまったかの様な浮遊感に襲われると同時に、足から力が抜けてしまった。

カズキが支えてくれてなかったら、また尻もちをついていた事だろう。

 

 

「催眠中みたいなもの、ですからね。よいっしょっと」

「っ……、あ、ありがとう」

「いえいえ。皆。ごはんはまた明日、って事で」

 

 

カズキがそういうと、先ほどまで神秘的? ファンタジー? な雰囲気を演出していた筈なのに。火の光が消えて、闇に溶け込んで、声だけがして――――相応の雰囲気だった筈なのに、へにゃ、っと崩れ落ちた。

 

尻尾をぶんぶんと振らす音、涎を垂らして、ハッハッハッ、と鼻息が荒くなる物。更に……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「かたじけない!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

オルマシオールの一際大きな声。

何だか楽しくなって、今すぐにでも取りに帰りたい気分になった程だ。……流石に、この状態での運転は危ないので、実際には行わないが。

 

 

「ノワ。カズラさんはオレが送っていくから」

「はい。今日は本当にありがとうございます」

 

 

ノワとの別れの挨拶後は、完全に気配も消失。霧も晴れて、一寸先も見える様になって――――直ぐに森を抜ける事が出来た。

 

あれほど歩いた筈なのに、抜け出れる気配さえしなかったというのに、ほんの数m先に行けば村の門、松明の明かりが見える。

 

 

ここまでくれば、カズラもすっかり調子を取り戻したようで、軽い足取りでバレッタやバリンのまつ屋敷へ。

 

 

「おかえりなさい、カズラさん。カズキさん。ご飯できてますよ」

「ああ、ありがとうございます。バレッタさん」

 

 

どうやら、時間感覚にも干渉してくる様だ。

少なくとも、もう夜遅く。深夜になっているだろう、と思っていたのに日本から帰ってきてまだ1時間もたっていないのだから。

 

 

カズキは軽くウィンクをする。

あまり、妄りに神との謁見? の様なものを話さない方が良い、と言う判断。

バリンが下手な気を遣う可能性もあるし、何よりバリンとは今日は酒盛りの約束がある。

 

 

「おお、カズラ様、カズキ様。これは失礼をしました。すっかり寝入ってしまってましたな」

「流石バリンさんです。――――ひょっとして、この匂い、香りに感づいて、夢の世界から戻ってきましたか?」

「!!!」

 

 

ひょい、と取り出したのは、カズラに頼んでいた銘柄の酒。

大量の食糧はまだ運べていないが、酒類、バレッタに頼まれていた本などは、ボストンバッグに入っている。

 

それをスルスルスル~~っととりだしたら、バリンは子供の様に目を輝かせた。

 

 

「お、おぉぉぉぉ!?? た、確かに夢見ておりました! よろしいのですか!? 本当に宜しいのですか!?」

「はい、勿論! って言いたいですが……構いませんかね? カズラさん」

 

 

買ってきたのはカズラだ。

まるで、自分が御馳走~かの様に言うのはちがうな、と苦笑いしつつ、カズラの方を向くカズキ。

無論、カズラがそんな意地悪を言うわけもなく。

 

 

「よろしいので、好きにやってください」

 

 

ニッ、と笑う。

するとバリンはカズキから受け取った酒瓶を抱えて踊りだし――――そうな勢いで喜んで、新しい升を、人数分の升を取りに行った。

 

 

 

「オルマシオール様とは……?」

「はい。会えましたよ」

「バレッタさんの事はバッチリ伝えてますし、聞いてますからね? 【よくやってくれている】との事です」

 

 

会う事は、バレッタも知っていた。

カズラを迎えに行くカズキから聞いていたのだから当然だ。バレッタも相当気にしていた様で、ほっと胸を撫でおろし、頭を下げていた。

 

 

 

「カズキさぁん! カズラさぁん!!」

「は、はははは。バリンさん、そう慌てないで。何処にも逃げませんって」

 

 

実際に、升を手に、小躍りしながらスキップしながらと忙しいバリン。ずっこけたりはしないだろうが、少々危なっかしいので、手を貸す為にカズキは立ち上がった。

 

 

「聞いていた通りでした」

「聞いていた通り? えと、それは私の……」

「いえいえ。違いますよ。オルマシオールさん、と言うよりノワさんの事ですね。凄く綺麗な女性でした」

「――――――――」

「えぇぇ?」

 

 

 

なんでそんなことをバレッタに言っちゃうの?

 

と一瞬思ったのは言うまでもない。

 

確かに、ノワールたちと話をしていた事、既に決まっていた未来については黙ってよう。明るい未来の話だけを伝えよう、と打ち合わせはしていた。

そもそも、戦争の話は良い話じゃない。バレッタの母、バリンの妻もその戦争で亡くしてしまったのだから、戦争関連の話はNGで、とも言ったが……、まさかバレッタに面向かって開口一番、【ノワは綺麗だった】なんて……。

 

 

「ちょ~~っと、デリカシーが……」

「これは美味しい!! ほらほら、カズキさんも!」

 

 

「あ、あれ? バレッタさん?」

「知りません」

 

 

完全にご機嫌斜めになってむくれてしまったバレッタを窘めるのに、時間を要し、次第に男3人で酒盛りまで始まってしまった。

 

 

最終的には朝までまっしぐらコースとなり――――最後はぶっ倒れるのだった。

 



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50話 バルベール第10軍団

ほぼ原作です……m(__)m


 

 

バレッタが散々むくれてしまったが、それはそれとして可愛らしい、愛らしい。

 

いつもしっかり者であり、それは村の中であってもあまり見せない姿。

おそらく歳頃の友達であるニィナ達にしか見えない様な姿であり、日本酒に夢中になっていたバリンであっても、そのバレッタの姿を見るのは実に微笑ましいと思っていた。

 

そして この酒の席でポツリ―――と、それを匂わせる様に呟く。

 

母親がいない現状。

これまで長きにわたって、甘えられない現状を続けてきた事に対する申し訳ない想い。

そして、それ以上に自分の娘の素を、こうも曝け出させてくれる相手が居る事に深く、深く感謝の意を呟いていた。

 

村を救い、皆の心まで救ってくれた心優しき神々に、思わずバリンは目頭が熱くなる。

 

 

当然ながら、そこにはカズキも居る。それとなくバリンの気持ちを察し、グラスを持っていく。

 

全て解ってますと、カズキも匂わせながら、再び乾杯を促すのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

神との晩酌――――、それも媚び諂う類のモノではなく、あくまで対等に、あくまで友達に、を意識してほしいと言う。本当になんという贅沢だろう、なんと言う幸福なのだろう、娘の幸せに加えて、村の発展、国の発展と良い事しか起こらない。こんな幸せで良いのだろうか、とバリンは目頭に熱いものがこみ上げてくる。

あわよくば、亡き妻にも見せてやりたい光景だ。だが、それ以上は強欲が過ぎる事だろう。墓参りに向かう時に、沢山の土産話を、そして自分も向こうに(・・・・)行く時、比べ物にならない程の土産話を持って参じよう、と心に決めたのだった。

 

 

 

親の気遣い子知らず―――とまではいかないが、なかなかに機嫌が直らないバレッタに四苦八苦するのはカズラである。

 

それとなくHELP‼ な視線をカズラから発信されるのだが、申し訳ない、自業自得と言う事で盛大に詫びて貰いたい、とカズキは左右にフルフル、と首を振った。

そもそも、バレッタの好意くらい、カズラも解っている筈だ。

 

まぁ、その障害が年齢的な要因がある事はカズキも重々察しているが、それも時間が解決する問題。

現代っ子で、地球人の女の子であれば、自分の様なおっさん手前より、もっともっと良い出会いがある筈、その類稀なる天性の頭脳をもってすれば、もっともっと上へと駆け上がる事が出来る筈、だからそこでも良い出会いを――――と思えなくもないが、それは理由にならない。

バレッタはカズラしか見てないし、カズラに認めて貰いたい事しか考えられないだろう。全てを蹴って、カズラの元へと嫁ぐ覚悟など、疾うの昔に決めてる筈だ。寧ろ、そんな提案した日には、怒ってむくれたり、と言った可愛らしい反応ではなく絶望に沈みそうな気もしなくもない。

 

 

 

 

「………まぁ、こっちも他人の事言えないかもなんだけどね」

 

 

 

 

ちびっ、と酒を口に運びつつ、苦笑いをするカズキ。

無論、カズキの頭の中に一番先に出てくるのは熱烈なアピールをし続けてくるリーゼだ。

他にも好意を寄せてくれる娘は有難い事に居るには居る……が、次元の違い、存在の違いを知っても尚、熱烈な相手はやはりリーゼだった。

 

そこまで鈍感でもない。

好意を寄せてくれている事だって解ってる。勿論、切っ掛けは金だったり、ピカピカ(コレ)だったりと、本当の意味でのカズキを、一ノ瀬和樹と言う人間を見ていない事も解ってる。

でも、それはこちら側の世界の人間には仕方ない事であり、責めたりなんて当然しない。知らなくて当然だし、メルエムで通している以上どちらかと言えば非は自分にある。

 

 

 

 

【どうせ、(メルエム)目当てなんでしょ!】

 

 

 

 

 

と、どこででも通用しそうな謳い文句が頭の中を過る――――が、この世界の人達、特に出会った人達はそんなじゃない。

勿論、この世界の全てが綺麗だとは言わないし、言えないし、朧げではあるが知ってる部分もある。

考えれば考える程、難しい。難題だ。

 

どうしたもんかな――――……と、しみじみしつつ、最終的にはやっぱり楽しく、一夜を過ごすのだった。

 

 

 

「そういえば、カズキ様はリーゼ様といつ御婚礼を?」

「ぶっ」

 

 

 

なんとタイムリーな話をバリンはしてくるのだろうか。

余りにも見事なタイミングだったこともあり、カズキは盛大に吹いてしまった。

 

娘に対して、カズラと一緒に~~とは、口にはしないと言うのに、カズキとリーゼ(他人)に対しては良いのだろうか、と思ってしまうのも無理はない。

勿論、カズキは本気にはせず笑って返す。

 

 

「はっはっは、バリンさん結構酔っちゃってますね~~? ワタシってば、メルエム様ですよ? ピカピカ~~って光るんですよ??」

「わっはっはっは! リーゼ様も輝いていらっしゃる方です。それに御2人が話す時の笑顔は、更に光で満ちております。とてもお似合いですぞ!」

 

 

改めてバリンに言われた。

それは、決して冷やかしてる訳でも茶化してる訳でもない。

酒の席で少し口が軽くなっていると言うのもあるだろうが、それでもそうなれば良い、心から祝福する、と言う想いがバリンから伝わってくる。

 

 

無論、カズキとて躱しているものの、リーゼに向けられている好意を無下にはしたくないとは思っていた。

 

 

それでも、どうしたものか、と悩んでいるというのに、バリンは、自分の娘の前で、色々なかなか、どストレートに言ってくれるなぁ、とどこか呆れてしまいそうになる自分も居る。

 

 

「………リーゼの気持ちに応えてあげるのも、その、……結構難しいんですよ」

「!」

 

 

笑い上戸、揶揄い上戸になりつつあったバリンだったが、ただならぬ雰囲気に酒を勧める手を止めた。

カズキは、軽く笑った後に、バリンに告げる。

 

 

 

「俺は、光ですから。――――そこに在って、無い様なモノです」

 

 

 

光がいつまでも瞬けるか、輝けるか、と問われれば解らない。

光と闇は常に一対。

 

そして、カズラと唯一絶対的に違う所はソコだ。

能力の是非ではない。

 

軈て光が消える時(・・・・・・・・)も来るかもしれない、と言う所なのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

同日、同刻。

 

バルベール北方国境線。

第10軍団 軍団要塞。

 

 

「……【越冬用の食糧が足りないから無償でいくらか分けてくれ】ってか? あんの業突く張りが。3日前に大金受け取ってホクホクしてたくせによく言えたもんだな、たかるにしても、もう少し考えて嘘つけっての」

 

 

書類の山、目を通しては片付けて、目を通しては思案して、と半ばうんざり気味、投げやりに業務を遂行する赤髪・短髪の男が居る。

 

バルベール第10軍団将軍 カイレン・グリプス。

 

いつもいつも上層部の爺共から無理難題を押し付けられ、うんざりとため息が続いている明朗快活な将軍だ。

 

 

「カイレン様」

 

 

そんな執務室に、声が響く。

誰が来たのかはわかっているカイレンは、書類を落として、目を向けた。

 

 

「ああ、カギは開いてるよ」

「……簾にカギはつけれませんよ」

 

 

本人の執務室で、それなりの案件を扱ってるのにも関わらず、不用心極まりない。

隔たっているのは、ツッコまれた通り簾だ。簡単に声は聞こえるし、言う様に頼りない布切れだけなので、カギだってつけられない。

無論、彼に対して不利益が被る事や、裏切る様な事をする者は一切この場には、この軍にはいないが。

 

 

「はは。こりゃ一本とられたな」

「別にとってません」

 

 

半ば呆れる様子でカイレンとはまた違った意味でため息を吐くのは、カイレン将軍の秘書官ティティス。

長い髪を三つ編みにし、サイドテールで纏めている少女で凡そ10台後半であろう容姿。

秘書官と将軍の間柄ではあるが、その2人の空気はそれ以上の何かを感じさせられる雰囲気だ。ティティスの方はやや不愛想ではあるが、将軍と言う立ち位置のカイレンの方を見れ猶更。地位にかこつけて、何かいかがわしい事をやってやろう、と言った感じも見受けられない。

 

 

「首都から辞令です。蛮族への対応後、アルカディア方面へ転属し、現地の軍に合流せよ、との事です」

「今度はアルカディアか……、って言うか、転属命令は前に2回も断っただろ……。あの条件(・・・・)が無理なら、俺はここから――――」

「許可が下りました」

「えっ」

 

 

間髪入れずに説明するティティスに目を見張るカイレン。

頑なに認めたくなかった条件を上がのんだ事に対して驚く。

 

 

「ラッカ・ラース両将軍、それぞれ第13・14軍団、我々の転属後、半年以内には合流させると」

「………それ、マジで言ってるのか?」

「ええ、マジで言ってます」

 

 

そう言うと、ティテイスは書類を渡した。

改めて、その書類にカイレンは目を通す―――――と、やはりマジだった。

 

 

「うお……、本当に許可されてやがる。俺の要求を丸呑みとは……、元老院はおかしくなったか?」

「いえ、そんな事はないでしょう」

「ほう?」

 

 

こんな要求、本来なら何度出されても突っぱねられる程のモノだ。

何せ、二つの軍団が、合計で三つの軍団が離れるも同然なのだから。

そして、その結果防衛に穴が開く事は容易に考えられる事であり、そもそも自身の存在を面白くない感MAXな元老院。……だからこそ、とうとう頭がおかしくなった? と思うカイレンの感性は正しい。

 

だが、ティティスは違う様だ。

 

 

「それは―――見解をお聞かせ願いたいね。なぁ、ティティスさん」

「軍の合流許可は、開戦早期に決着をつける為の下準備ではないかと。カイレン様とは、気心の知れたおふたりですから、初めから全力での攻撃が可能でしょう」

「……だとしたら、朗報だな。味方の足を引っ張り合ってる場合じゃないって漸く気付いたか。―――けどなぁ、あの元老院が煙たがってるやつに手柄を許すかな? 手持ちの軍団から引きはがして俺の手足を捥ぐような転属命令を寄越してきた連中だぞ? だから意地でも突っぱねてやったんだが」

「交代した執政官の意向かと。まずは外敵の排除が最優先と言う方針になったのでは?」

「……なるほど。執政官ね。かなりのやり手だったらしいが、4月に変わったんだったっけか。今度のやつらもまともだといいな」

 

 

そのカイレンの言葉に、表情を強張らせる。

 

 

「その点は大丈夫でしょう。戦時中、それと同じマネをしたら、暴動が起きます。間違いなく」

「……まぁな。戦時中の執政官は元老院の操り人形。……戦力を見誤って大損害と醜態しか持ち帰らなかったからなぁ。あれだけ批判されたら、元老院も辞任させるしかない」

 

 

それは、前回のアルカディアとの戦争の件だ。

アルカディアを軽んじた結果、手痛いしっぺ返しを食らった。最終局面に至っては誰がどう見ても、アルカディア軍の勝利であり、恐らく向こうの国では英雄的扱いをされている事だろう。――――件の常勝将軍の名が。

 

 

「新しい執政官のひとりは、平民からのたたき上げらしいですが、頭が切れる上に、物怖じしない性格で市民から人気があるそうですよ。元老院にも遠慮せず、モノを言うとか」

「うおっ、マジかそりゃ。根性あるヤツだな。俺なら暗殺が怖くてそんな事できないわ」

「! 暗殺なんて……、それこそ元老院がつるし上げられますよ。まず大丈夫でしょう」

「そりゃ、任期中(・・・)はそうだろうけどさ」

 

 

暗殺は防ぐのが一番難しいし、狙われる側になれば疲弊される事間違いなしだ。

歴史を見てきても、そう言った事例は腐る程ある。上手く元老院がもみ消し続けている様だが、見る者が見れば解る。

 

カイレン自身も相当煙たがられている存在だ。全てを終えた後にどうなってしまうか解らない程に―――。

ティティスはそんなはずはない、と強く否定したが、カイレンの横顔を見ると一概にはそうは言えない、何とも不安感が頭をざわつかせる……が、そんな時カイレンが話題を変えた。

 

 

「それはいいとして、俺たちの相手はアルカディアか。あいつらやたらと強そうだから、あんまり相手にしたくないんだよなぁ」

「……珍しく弱気ですね」

「うん。色々調べたんだけどさ、結構ヤバめな噂とかも真面目にまとめられて、半ば呆れを通り越して驚いてるんだよ」

「―――――!!」

 

 

書類を差し出し、ティティスに持たせた。

すると、マジマジと読むまでもない。一際大きく書かれている文に目がいく。

 

 

「まず最初のそれ。あいつら4年前から内政そっちのけで、国境沿いに砦を造ってるみたいなんだよな。砦と言うか巨大な城塞都市みたいな規模だ。加えて、地の利はあちら側だ。向こうの地形も、こちらの不利にしかならない。とんでもない将軍もいるみたいだし、まともに戦ったら苦しいんじゃないかな」

 

 

カイレンの言葉を聞いて、嘗ての記憶が蘇るティティス。

蛮族相手に、絶対的不利な状況に追い込まれていても、カイレンは弱気な事は言わなかった。

 

【ま、なんとかなるさ】

 

それを口癖に、軍団を鼓舞し、戦い抜き、勝利へと導いた猛将だ。

その姿を誰よりも見てきている。

そして、多大なる恩義も、彼にはある。

だからこそ、不安が頭を過る。

 

 

「………勝てる気がしないのですか?」

「いや? 勝てるよ。国自体の地力が全然違うし、よほどの事が無い限り圧勝だろう」

「……発言が先ほどと正反対なのですが……」

「んじゃあ、次のページだ」

 

 

促されるままに、ティティスは次のページに目を移す。

未確認物体の調査報告書。

アルカディア関連の書類の中で、これは違った意味で目立っている。

 

 

「――――某日、深夜。発光体を上空に観測? アルカディア王国領土内、イステリア領土にて、同じく光源体、爆発を確認? 未確認飛行物体も観測?? ……なんですか、カイレン様。コレは」

「そんな顔するなって。俺だっておんなじ気持ちだ。んなもん、真面目に上に出すとか頭おかしいって言われたって仕方がないんだよ」

 

 

ティティスの冷ややかな目に耐えられなくなったカイレンは両手を上げて弁明をする。

 

 

「大体、鳥でもないのに空飛ぶわ、月や星、太陽でもない、ましてや炎でもないのに夜に光ったの見たわで、ガキの戯言かよ、って一蹴してやりたいんだが……、これ上げてきた連中、懲罰覚悟で上に通してきた。恐れおののいちまって、部署移動まで申し出たらしい」

「―――――ッ」

 

 

軍の懲罰、それは殆ど拷問に等しい罰則だ。五体満足ではいられないのは当然で、更に一族の汚名まで注がれる。まだ軍団に戻るのであればある程度で済まされるかもしれないが、それをも覚悟するとなると……、ただの戯言である、と一蹴出来る問題じゃないかもしれない。

 

だからこそ、カイレンはこれを持っている。ただの子供の戯言だと切り捨ててない。

 

 

「敵さんの新兵器って可能性だって捨てきれない。……だが、空飛んで光って、燃やされるなんて手段取られたら、幾ら国力に差があったとしても、無理だ。……だが、流石にそれは夢物語、現実的じゃない。だから、よほどの事(・・・・・)って所に、そいつを入れてるって訳だ」

「……………信じられません」

「そりゃ、10人中10人がティティスと同じ事を言うだろうな。……兎も角、全くの無視と言う訳にはいかんが、ある程度は頭の中に入れとくつもりだ。夜間の防備とか、な。………」

 

 

そう言うと、カイレンはティティスから目を外し、再び先ほど置いた書類に目を通す。

 

 

「……大規模な軍制改革、大幅な装備の新調、複数の新兵器の導入、蛮族との和平協定、そしてこの時期に俺への転属命令と指揮権の拡充―――――――……成程な。使えるものは全部使うつもりって事か」

「……新兵器? そのような話は一度も……」

「そのうちわかるさ。今は言えないんだ。ごめんな」

「いえ、……というかいつの間にここまでの調査を? 転属命令のこと私より先に知ってました?」

「いいや。最近の状況からして、くるかなー、って少し思ってただけだよ。念のため、先に調べてただけだから、こんな早くに命令があるとは思っても無かった」

「……そうですか」

 

 

秘書官ではあるが、自分は本当の意味でカイレンに信頼されてないのだろうか、とティティスは表情落とす……が、そんなティティスの様子をいち早く察するカイレンは慌てた。

 

 

「いや、本当だって。そんな顔するなよ」

 

 

カイレンがティティスの事を信頼していない訳がない。

だが、状況が状況で、口が滑り過ぎた、とカイレンは後悔するが、ティティスも物分かりは良い方だ。そして、カイレンとも付き合いは長い。蔑ろにする様な人ではないと言う事くらい解っている。

少し寂しい気分になった程度の事だ、と自身に言い聞かせながら。

 

 

「わかっています。……あの、もしよろしければ、ひとつお聞きしたいのですが」

「―――ん? なにかな?」

 

勿論、聞ける範囲で構わない、と思いながら。

 

 

「この資料といい先ほどのお話といい、私には、彼らに圧勝出来るとは思えません。戯言である、と常時ならば切り捨てるかもしれませんが、転属命令が来た以上、相応の覚悟を持つつもりです。なので、早期決着のためには、さらなる兵力の増強を申し出るべきではないかと」

「兵力は多いに越したことはないけど……現地の軍も居る事だし、これ以上は受けて貰えない気もするけどな。……まぁ、好きにしてくれて良いよ」

 

 

カイレンの言質も取ったティティスは、頭をゆっくり下げる。

 

 

 

「かしこまりました。増援を要請致します」

 

 

 

一言そう言い、そしてこの部屋を後にした。

 

 

ティティスの気配が完全になくなったのを確認すると、カイレンは苦々しい顔になる。

先ほどまで、彼女を見ていた顔は最早何処にもない。

 

 

「……きっと、イヤな戦いになるだろうな。まったく――――毎回毎回、こんな手ばっかりだ」

 

 

そう吐き捨てると、乱暴に書類を机に叩きつける。

 

 

だが、この時のカイレンは夢にも思わなかっただろう。

 

この戯言と一蹴されかねない報告に。

無視はせず、ある程度の注意はする、頭の片隅に留める、その程度の代物に。

 

 

此度の戦において――――かつてない程の戦慄を覚える事になるなんて……。

 

 

 

 



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51話 天国と地獄

 

 

今日も今日とて、カズキはグリセア村の子供たちの相手をしつつ、しっかりと復興業務も熟している。

 

そして相棒? 雇用主? のカズラは日本との往復に精を出している。

 

あの濃霧の件もあって大丈夫か? と渋っていた様だが、発生源はオルマシオール、ノワールたちが原因だから、基本的には大丈夫―――と言う話を聞いてるので、特に問題なく日本とアルカディアの行き来をしている。

 

今回は問題なかったが、もしもの時の為、無線機の類は必要になるだろう、と調べて購入する予定だ。

 

他にも大きな買い物で言えばエアコンやノートパソコン。頼まれものの化粧品・酒類・食料と沢山買い物が控えているが、その辺りは通販でも十分補えるのでカズラ一人で大丈夫なのだ。

 

 

 

「カズキ様……、ほんともう直ぐ行っちゃうの?」

「寂しいよぅ。もっと一緒にいたいよぅ……」

 

 

村へとやってきたら、帰る時期を絶対に先に告げている。

故に、その日が近づくにつれて、子供たちの顔が解りやすく曇り始めるのだ。

 

 

「大丈夫大丈夫。また遊びに戻ってくるから。そんな心配しないで。……それに、このグリセア村みたいに、他の村や町を元気にしないといけないからね?」

「ぅぅ……」

「そしたら、他の子達と友達になったりできるかもしれないよ? もっともっと沢山集まって遊んだり、勉強だってしたり、楽しい事が沢山待ってるかもしれない。だから、皆もグリセア村で頑張って欲しいんだ」

「ッ――――うんっ、わたし、わたしがんばるっ! カズキさまのためにも、がんばるっ!」

 

 

村で一番しっかりしている子供の一人でもあるミュラが半べそかいている皆の間を縫って縫って、カズキの傍でしっかりと宣言した。

その目にはやっぱり寂しさからか、涙がにじみ出て居るが、それをぐっと我慢して、堪えて。

 

それにカズキは必ず戻ってきてくれるから。約束したら、違えたりしないから。短い時間だけど、合間合間で会いに来てくれるから。……だからこそ、いなくなったら寂しさが増してしまうのだが、それはもう仕方がない。

我儘を言うのは子供の特権の1つ。ある程度聞きつつ、ある程度我慢も覚えるのも大切な事。

ミュラを筆頭に、頑張れる子達だ。

 

だから、きっとこの村の未来は明るいし、安泰だ。

 

 

「カズキ、凄く子供の相手が上手だね。優しい旦那様って感じがするよ」

「あっははは。俺が遊ばれてる感じがするけどね。……この村の子供たちは皆逞しいよ。大変な時代に生まれて、大変な事も経験してきてるのに、前を向いてる。子供たちは、明日の世界の主役。……イステリアの明日はまさに安泰」

 

 

ニッ、と笑うカズキを見て同じく微笑むのはリーゼ。

 

子供たちの間ですっかり人気者になっているリーゼに対しても、子供たちは半べそかいて帰らないで、と懇願してきたのは言う間でもなく、それをギョッとして止めていた親御さんたちもいて大変だった、と言うのは当然の話だ。

 

 

「――――私も、あの子達が安心して暮らせる国を作る責任がある」

 

 

子供たちの背中をリーゼは目で追いかけ、それを焼き付けた。

楽しそうに遊んでる子供たち。

これが、この国の何処でもある日常にするのだと。必ずやって見せると。まずはイステリアから、小さな一歩かもしれないが、それでも必ずやり遂げる、と。

 

心優しい神々が傍に居てくれるのだから、なんの不安があろうか。

 

 

 

「リーゼは普段から頑張ってくれてるよ。そーんな肘肩張らずにさ? 俺やカズラさんの前じゃリラックスしてくれて良いから」

 

 

安心出来て、心穏やかになる。

何にも代えられない至福の時。独り占めしたくなるし、その温もりを傍でいつまでも感じて居たい。

 

リーゼは、そっとカズキの肩に自身の頭を乗せた。

 

 

「んっ。……そうしてるよ。時々、頼っちゃうって決めちゃったんだし」

「よっしゃ。メルエムさん頑張りますよー」

 

 

 

穏やかな時間はカズラが戻るその時まで続いた。

カズラはカズラで、バレッタと2人でこのグリセア村をのんびりと見て回り、時折定時連絡を受けつつ、穏やかにのどかに、グリセア村での生活を満喫するのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そして――――数日後。

 

 

 

 

 

名残惜しいが、出発日だ。

ジルコニア・リーゼ組は、他業務があった為、一足先にイステリアへと戻っているので、後は残っているのはカズラとカズキ、アイザック・ハベル、マリー、そして全体の半数の護衛のみ。

 

 

朝早くに起きて、全ての準備を終えて村の入り口へと向かったのだが、皆待っていた。

一体いつから待っているのかわからないが、村人全員が集まっている事くらい、カズラは勿論、カズキだってわかっている。

 

 

「皆さん、ありがとうございます。こんな朝早くに……」

 

 

思わず頭を下げてしまうのはカズキ。

如何に神だ神だと言っても、中身は彼女にフラれてゲームに走って、陰キャ気質が増し増しだった所にモテる様になって困惑してる――――――兎も角、一般的な男子だ。

ある程度キャラを演じる覚悟を持ち合わせた場面ならまだしも、不意打ち気味なこの見送りにはヤッパリ心に来るものがある。

 

 

「オレからも。朝早くからすみません。集まってくれてありがとうございます。――――次に戻ってくるのは恐らく3か月後になると思います。時間に余裕が出来たら、早めに戻りますから心配しないでくださいね」

 

 

カズラの口から今後の事を説明。

光に成れるカズキと違い、カズラはそんな超光速で村に戻ってきたりは出来ない。なので、長期の別れともなれば、村の皆に不安を与えてしまう事に成ろう事は解っている。

子供たちの様にとはいかないが、村人全員が惜しんでくれているのは、正直嬉しい気分になるが、ここは堪えて貰いたい。

 

 

「はいっ、わかりました。村はきっと大丈夫です。ですから、カズラさんもカズキさんも、無理はしないでくださいね。健康第一ですっ!」

 

 

そんな中で、最も予想外だったのがバレッタの反応だ。

長期に渡る別れ――――最初の時は目に涙を浮かべ、別れを惜しんでいた彼女の姿とは思えない程、明るく陽気な声。

 

その反応は正直嬉しさ半分――――逆にカズラの方が寂しく感じてしまう。

 

 

「(……カズラさん、バレッタさんと、ナニかしたんですか?)」

「(い、いや、そんな何もしてないよっ!?)」

「(えぇ、だってあのバレッタさん(・・・・・・・・)ですよ? フォローの言葉色々考えてたのが肩透かしになっちゃって、取り越し苦労なのは良かったんですが……、ここまで爽やかだったら何かあったとしか……。焚きつけちゃった事もありますし、俺は聞いておくべきかな、と。――――ここだけの話にしますから、後で教えてくださいね?)」

「(いやいやいやいや、ほんと何にもないから! 変な事してないし、やってないから!)」

 

 

カズラ&カズキの内緒話もそこそこに、アイザックやハベルがやってきた。

もう、戻る時間だ。

 

 

「こほんっ。ではバレッタさんも元気で。カズラさんの事はしっかり今まで通りフォローしておきますんで」

「っ! は、はいぃ……」

 

 

ぐっ、と親指立てて女気がないようにする、と言った類の話にバレッタは顔を赤くさせた。

この辺りは変わってない。……つまり、カズラと何かあった訳ではなさそうだ。

 

覚えてない事が多いから新鮮である意味良いのかもしれないが……、その分バレッタの様子が気になってしまったりするジレンマもある。

 

 

「何もしてないですからね!?」

「あははは。解りましたよ。では行きましょう」

「もう、勘弁してくださいよ……。っとと、それより。バレッタさん無理し過ぎない様にしてくださいね? 毎日殆ど休まないで動き回ってるってニィナさんからタレコミがありましたよ?」

「ぅ……気を付けます」

「本当に?」

「ほ、本当です!」

 

 

この辺りもいつも通りのバレッタだ。

頑張り屋で、頑張り過ぎて身体を壊してしまわないか心配になってしまうバレッタだ。

 

なのに、カズラと離れる事に関しては問題なさそうにしているのがやっぱり解せない……が、カズラは知らないと言い、バレッタから聞くのもマズそうだから、何れ解る時までの我慢だ、とカズキは自分を納得させた。

 

 

「では―――行ってきますね」

「行ってきます!」

 

 

2人で手を振り、村人皆も手を振り返して、歓声も上がり、応えてくれた。

 

 

 

「きっと―――――」

 

 

 

そんな時だ。

バレッタと目が合ったのは。

 

 

「きっと、きっと、もっと早くに会えます」

「――――え?」

「??」

 

 

少し距離が離れてしまった事もあり、バレッタが何を言ったのかハッキリ聞き取る事が出来なかった。

だから、首をかしげていたのだが、そんな2人にバレッタは笑顔で言った。

 

 

「いってらっしゃい。お元気で」

 

 

頭に沢山の疑問符を浮かべながらもカズラとカズキはグリセア村を後にするのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

道中での事。

 

荒れた地を走り続けるので、強烈な揺れを何とか酔い止めで持ちこたえようとカズラは躍起になっていた。

 

 

「それでは、辛そうな皆さんの為、秘密兵器をお魅せましょうか!」

「ぅぉぇ……んん?」

 

 

正直、話すのも億劫だから、言葉・会話は最小限度にしていたいのだが、突然のカズキの言葉が気になったので、その脳内取り決め? で決まった法案は、いったん廃棄。

 

 

「あ、でもリーゼには内緒にしててくださいね? カズラさんも、マリーちゃんも」

「………………ぅぅ、は、はぃ、りょうかい、いたしまし……た」

「ぅ、うん? そ、それってどう、いう……?」

 

 

マリーもこの悪路には四苦八苦。

でも、気分が悪くなったら直ぐに薬、香油を使う様に、と渡しているからこちら側の世界の人間に対する効果を考えたら、十分イステリアにつくまで位は持ちこたえられる筈、と思っていたのだが、どうやらそうはいかない様だ。

 

でも、それは仕方がない。

高価なもの(と認識)している薬をそう易々と使う訳にはいかない、と懸命に堪えていたから。カズキやカズラの従者となり、超高待遇+高給取りになったからと言って、これまでの事が消えてなくなる訳ではない。

元々奴隷だったマリーからすれば、本当に仕方がない。

 

だから、無理にとは言わないが―――――、ここからはカズキが勝手にする事なのだ。

 

 

 

「ほいほいほいっと。光絨毯っ!」

 

 

パっ、と手を翳すと――――馬車内の底部が淡い光で包まれた。

 

その光は軈て馬車内全体を包み込み……。

 

 

「ひゃぁっ!?」

「おっ、あ? お?? うわっっ こ、これって、ひょっとして、身体が浮いてる!?」

 

マリーやカズラの身体を包み込んだ状態でほんの僅かだが宙にその光を浮かせる。

 

 

「これだったら、例え悪路だったとしても、身体に影響はゼロでしょ?? どうです?? 俺が考案した光絨毯っ! 快適な旅をお約束致しますよ~」

「す、すごい! これ、マジ浮いてる。ほんのちょっとだけど浮いてるよ! ………あ、でも今の今まで気持ち悪かったから………」

 

 

カズラは興奮しつつも顔を青くさせる。

何せ、今の今まで吐き気を催していた事実が消えた訳でも治った訳でもないから。

 

 

「はいはーい、マリーちゃんも我慢は身体に毒だよ。ほら、酔い止めと香油使って」

「あ、は、はい……、申し訳ありません、カズキ様……」

「良いの良いの。好きでやってる事だから、マリーちゃんは気にしなくて問題なし。元気でいてくれた方が、俺も気分が良いしさ?」

「は、はいっ……」

 

 

恥ずかしくなってしまうが、カズキの厚意に甘える事にした。

無論、カズキもタダでとは言わない。

 

 

「戻ったら、とびっきり美味しいお菓子をまた振舞って貰いたい、かな? それが条件って事で。ね?」

「っ! は、はい! 任せてくださいっ!」

 

 

マリーの美味しいお菓子の為にガンバル! と言う口実。

 

カズキの優しさにマリーは思わず涙ぐみそうになりながら、受け取った香油をハンカチにしみ込ませ、口と鼻に充てるのだった。

 

 

「やっぱり、マリーちゃんには正体教えてて正解だった、でしょ? そうじゃなかったら、これ出来なかったんだし」

「――――だよねぇ……。エイラさんにも話したし、同じ侍女でマリーさんだけ知らない、って言うのはアレだったし? それに冷蔵庫活用してくれてる時点で半分は教えてたも同然だけど」

「わ、私なんかに、とても恐れ多くて……」

 

 

 

マリーは、カズラやカズキ専属の料理人として起用した面もある。

故に日本食を扱ってもらう為に、結構早い段階から冷蔵庫の使い方を教え込んでいた。

 

それに、エアコンがある部屋にも行き来しているし、夏なのに氷があるし、で、これなら別に正体を話しても特に混乱せずに、スムーズに行けるだろう、と思っていたのだが―――――、マリーにカズキのピカピカを説明した所、エイラ同様に立ったまま気絶してしまった。

 

バリンやバレッタ、そしてイステリア組で言えばジルコニア、ナルソン、そしてリーゼが凄かっただけで、マリーやエイラの様な反応をする者が一般的なのかもしれない。

 

自分なんかが、と卑下にし続けるマリーの頭を軽く撫でると。

 

 

「メルエム様やグレイシオール様は、頑張ってる子の味方なのです。ね? そうですよね?」

「――――――……ええ、勿論ですとも」

 

 

どう見てもピカピカしてるカズキの方が圧倒的神様オーラを見せているのだが、一応同格と言う事でそれっぽく返事をして見せるカズラ。

もう、吐き気やらなんやらは気合で何処かに吹き飛ばした。

 

心優しい2人に囲まれたマリー。

思わず目に涙を浮かべる。

 

それと同時に、これまで大変だった過去が一気に頭の中を駆け巡った。

全ては、この時の為に。この二柱の神様に仕える為に、今までの苦しみがあったのだ、と思える様に。

 

 

 

「あ、ただ……その、リーゼには内緒にしておいてくださいね? 最初に言った様に。光で他の誰かと飛ぶのは駄目! って凄く言われちゃったので」

「あははは……、ん、でも これはちょっと違うと思うけどね? リーゼの時は夜空を飛んだんでしょ?」

「や、それはそーなんだけど、光で飛んだ、って言う意味じゃ同じな気がして……」

 

 

 

そして、マリーはこうも想う。

 

また、恐れ多いかもしれないが、どうしても思ってしまう。

 

 

リーゼの事が羨ましい……と。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そして、イステリアまでの長旅を終えた深夜。

一行がナルソン邸の広場に到着すると、ナルソン・ジルコニアの2人が出迎えてくれた。

 

 

「カズラ殿、カズキ殿、長旅お疲れ様でした。首尾はどうでしたかな?」

「ただいま戻りました。必要なものはすべて揃いましたよ。工事計画書も用意できたので、早急に工事を開始できるかと」

「こちらは、オルマシオールとの接触は問題なく。―――ちょっぴり、向こうが渋っちゃいましたが、何とか一緒に撮るから、って条件で写真も撮ってきたので、証拠にもなりますよ」

 

 

2人の報告を聞いて、相も変わらず成す事が凄いとナルソンは目を見張った。

この短期間で、河川工事の計画書が出来上がり、早急に出来る様にしたのに加えて、戦いの神であるオルマシオールとの接触、未知の技術である写真を見せられて驚愕する。

 

何せ、ウリボウ達と戯れているカズキ、カズラの姿があり、中の1頭は更に一際大きく、まさに神を関するのにふさわしい体躯の持ち主だったから。

 

 

 

「お疲れ様でございました」

 

 

 

だからこそ、ナルソンは改めて労いの言葉を贈る。

ジルコニアも驚いてはいたが、この2人が成す事なのだから当然と直ぐにいつも通りの様子に戻っていた。

 

 

「あ、工事の件ですけど、人員の確保の方はどうでしょう?」

「そちらは滞りなく。お二方が出発した直ぐ後にガラスの売り上げの一部が入ってきましたので、初期費用として、それを用いました」

「おおお! クレアさんがやってくれたようですね。まだ半月くらいしか経ってないのに」

「流石敏腕……【これが年の功ってヤツさね】って言ってる顔が目に浮かびますねぇ」

 

 

幾ら敏腕―――――とは言っても、この世界には無い宝石、ガラス細工。定価も相場も定まってない状態で売りさばくなんて並大抵じゃできやしない。

感心しつつも、ある意味脅威に思えていた時、ジルコニアが種を明かしてくれた。

 

 

「実は、リーゼが頻繁にせっついていた様で。村に行く前にはもう解っていたようですよ。取り合えず工事費用は大急ぎで売却して、後はもう少し待ってくれといってました」

 

 

リーゼは、クレアのお得意様で付き合いも相応に長い。

そんな彼女が頼み込めば、如何にクレアであったとしても、無下には出来ないだろう。それは、例のメロメロばんばん事件の時のやり取りでもよく解る。

 

それにしても、加工済みガラス玉数十個をこんな短期間で……、やっぱりイステール家お抱え商人となってくれれば良いのに、と改めて思えてきた。

 

 

「その売り上げで大丈夫そうですかね?」

「初期費用としては十分ですが、長期間持たせることはできませんな。一応別枠で予算は組んであるのですが、資金不足になる心配はありませんが」

 

 

それなりの額が入ってきたようだが、大人数を動員した工事費用としてはやはり心もとない様だ。

定期的にクレアが資金調達をしてくれれば良いのだろうが、安定性があるか? と問われれば頷けない。

 

 

「ガラス玉もまとめて売却~出来たら楽で大金だと思いますが、それやっちゃったら、価格暴落しそうですしね。それに何処から流れてくるのか、探りを入れる輩も多くなりそうです」

 

 

カズキが言う様に、市場価格が暴落に繋がる恐れだ十分ある。その辺りを見極めつつ、商品を流すのもクレアの腕の見せ所、なのだろう。

だからこそ安定性は頷けないのだ。そして、もう1つ……カズキが言う様に、変な探りも入れてくる可能性だってある。

 

あまりにも質が良いモノが出回れば、これまで売れていたモノが一切売れなくなる。その理由は? 絶対に追及するモノだと思われるから。

 

 

「ええ。彼女に渡すのもある程度調整した方が良いかと思われますな。小粒のものを小出しし、時折大粒のガラスを用意して、数ではなく質で売却価格を調整する、と。こうすれば、利益が多少下がったとしても、探りを入れてくる者も少ないでしょうな」

「成程……確かにそれがよさそうですね」

 

 

ポケットの中や自室にはそれなりにあるが、あまりにやり過ぎてしまうとナルソンやカズキが言う様に色々と面倒な事になるから、必要に応じて必要なモノを作る、と言う事にした方が経済的で安全だ。

 

 

「明日の準備もありますし、今日は休ませてもらおうかと思うんですが、良いですかね?」

「あっ……、そういえばルートさんと戻った後に、って約束があったんだった」

 

 

カズラは休みを、カズキはルートとの約束(夜の訓練)がある事を思いだし、切り上げても良いか?と暗に告げるが。

 

 

「それが、その前に少しご相談したいことがありまして……」

「ん? 何かあったのですか?」

 

 

ナルソンから、ではなくジルコニアが一歩前に出た。どうやら、彼女から何かある様だ。

急を要する雰囲気の様なので、カズキもルートには申し訳ないが少し待ってもらおう、とジルコニアに向き直った。

 

 

「……実は面会の申し入れに使者がやってきました。王都、グレゴルン領、フライス領、そしてクレイラッツから。どうやら、彼らもついに耳にしてしまった様なのです。……水車の噂を――――」

 

 

それを聞いて、カズラは一瞬顔を顰めた――――が、直ぐに平静を取り戻していた。

想定内の話だ。何れは来るであろうと思っていた。それが遅いか早いかの違いに過ぎない。

 

相手方は恐らくは情報源の特定と真偽の確認も済んでいるとみて間違いない。

だが、神云々の話は恐らく伝わってないだろう。復興速度が目を見張ると言う意味ではイステール領はとんでもない速度だ。

注目を集めてもおかしくない。

 

 

「領内は兎も角、クレイラッツですか、確かアルカディアの隣の国、ですよね?」

「はい。ただ、クレイラッツからは水車よりも軍事関連でについてを重点的に、と言う内容でした。そちら側は私が対応致しますわ」

「……成る程。あ、ジルコニアさん。少し相談なのですが――――」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

一通りの話を終えたカズラとカズキ。

ただ、直ぐに休憩と言う訳にはいかない。カズキに関してはルートとの約束(夜の訓練)があるし、カズラは運んできた荷物の荷解きとパソコンの設定などでまだまだ夜は長く、御就寝と言う訳にはいかない。

 

 

「色々と話し合ってた事(・・・・・・・)、そろそろ実行に移した方が良い時期かもですね」

「ええ。効果は絶対に覿面だと思いますよ? 信仰心の深いこの世界なら猶更で、おれのピカピカと合わされば、効果は倍増所じゃありません。後の問題はそのクオリティ(・・・・・)でしょうね。上手くできる人がいたら丁度良いんですが……」

「うーん、この手の話は何処に相談すれば良いのか、何処に依頼すれば良いのかいまいちわかんないからなぁ。……でも、いろんな所が探りを入れてきてる以上、【邪な考えで近づいてきて、悪事でも働いたら大変だぞっ!!】って、ちょっと乱暴かもだけど、周囲に解らせないと……」

 

 

色んな所から探りが入ってきて尚、カズラとカズキ……特にカズラがそれ程気にしていなかったのには理由がある。

 

以前より、2人で話をしていた事、云わばウルトラCだ。使い方次第では、ひょっとしたら戦争を回避する事だって出来るかもしれない。

 

 

名づけるなら

【天国と地獄】作戦、である。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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52話 嫌なヤツ

 

 

「お待たせしました、ルートさん」

「!! ハッ! カズキ様もお疲れ様でございます!!」

 

 

やっぱり、アイザックの……スラン家の血筋だなぁ、と改めて思わされるのがこのルートだ。

昨日今日の付き合いじゃなく、それなりに長く一緒に夜間訓練をしてきた間柄だと言うのに、未だに慣れる事がなく、出会った直後から直立不動&敬礼。

フランクに、普通に、なんだったら友達に、が心情のカズキも流石にルートやアイザックは、そういう性分なんだ、と半ばあきらめて笑っている。

 

 

「ふふ。どうです? 身体は鈍ってませんか?」

「ハッ! ご心配をありがとうございます! 私は日々の訓練を欠かしたことはありません! 大丈夫です!」

「ですよね。じゃあ、始めましょう」

 

 

無から有を、光の剣を形成するカズキ。

これはルートじゃなかったとしても仕方がない事。あまりに神秘的だから、昨日今日じゃない、と言われても恐らく年単位の付き合いだったとしても、この神々しい光景に慣れを生じさせるなんて有りえないと断言できる。

 

 

「よろしくお願い致します!!」

「あ、勿論終わったらしっかり秘薬飲んで貰いますからね? これは(メルエム)の指示です! 拒否駄目です」

「りょ、了解であります!」

 

 

秘薬事リポD。

 

最初こそ、そのような貴重なモノを、おいそれと受け取れませんっ! と拒否をしていたルートだったのだが、毎日の訓練に加えて復興事業にも尽力を尽くし、更には時折力を抜いて休む事も大切だと言うのに、生真面目な遺伝的な性格が災いしたのか、不眠不休で働き続けてる。アイザックも見習う~と言いつつ働き続けてる。

 

これで、復興の兆しが見えない類ならば、途中で倒れてしまっていたかもしれないが、現在、完璧に目に見える形で復興が進んでいき、国が持ち直すどころか、歴代稀に見る復興を遂げる神話にも刻まれそうな歴史の場面に立ち会い、働ける事が出来てきる! と、嬉しさのあまり謎パワー全開でやっちゃってくれてるのだ。

 

誰かが強制的にでも休ませてあげないと、正直ヤバい、と思ったのはカズラ&カズキである。

なので、一番権限があると言っても過言ではない神々からの信託ともなれば、ルートやアイザックも拒否は出来る訳もなく、だ。

 

働けば働く程潤うなんて、まさにバブルか……。

 

 

「おおっ、今の踏み込みは素晴らしい! 太刀筋も驚きましたよ。日に日に上達していってるとはこの事なんですね」

「はっ! ありがとうございますっっ」

 

 

剣術には型と言うモノが存在し、基本の型から応用まで、ルート自身にはまさに身体にしみ込ませている。

だが、型に囚われすぎると、ある程度知る者ならば読み易い攻撃になってしまうだろう。

特に、戦闘が基本な世界を行き来し続けてきたカズキにとっては猶更で、ある程度の読みを駆使して、剣をさばいていたのだが、ここにきて意表を突く攻撃やフェイントを織り交ぜてきたルートに目を見張った。

 

決して侮ってる訳ではないが、それでもこんな忙しい時期での急成長。曲がりなりにも稽古をつけてる側とすれば嬉しくなってくる。

 

 

「では、そろそろ私の二刀を受けてみますか? アイザックさんやハベルさんがやってたヤツです」

「―――――えっ!! ほ、本当ですか!?」

「え、ええ。(別に勿体ぶってた訳じゃなだけど……、基本の型が二刀だったし)」

 

 

どうやら、ルートの中では昇格試験? を超えたらカズキの本気(疑)モードと対戦する事が出来る、と言う認識だったらしい。

だから、アイザックやハベルはもうその域までいっていると言う事で、自分も追いつかなければ、と目標とし日々精進していた様だ。

 

 

「(何だかルートさんに悪い事しちゃってた? でもそれがモチベーションになってたって言うなら、そう悪い事でもない……かな?)」

 

 

ぶんっ、と再び光の剣を、二本目を形成。

 

 

「おおおっ――――!!」

「(そ、そんな子供の様な、キラキラした熱い視線を送られちゃったら……)で、では」

 

 

熱烈な視線、憧憬の眼差し、加えて熱心な信仰心。

それらを一身に受けたカズキ……、今も尚、子供の様に向けられ続けているカズキは それに応えてあげよう、と満更でもない様子で意気揚々と己の力を見せ、胸を貸し続けるのだった。

 

―――因みに、その後アイザックとハベルが合流。更に賑やかになったのは言うまでもない事であり、いつも通りの光景である。※業務の都合上、残念無念な様子のジルコニアは欠席。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「はぁぁぁぁ~~~……、なーんかオレだけこんなゆっくりしてて良いのかな、って思っちゃうなぁぁぁぁ………、まあ、やるべき事はやってるつもりだけどぉ……」

 

 

荷解きを終えて、ある程度の汗をかく仕事を片付けたカズラは、先に風呂に入らせてもらった。

大理石で拵えてある浴場の広さときたら、思う存分羽根を伸ばせると言うモノで、色々と配慮をしてくれているのか、使用中なのは一人だけ。直ぐ外でマリーが待っている事を考えたら、少々気恥ずかしさも覚えなくもないが、その辺はそろそろ慣れも出てきている。

(エイラは、カズキ達の夜の訓練の見張りに立っている)

流石に脱衣所にまでは入って来ないし、男女で分けられてる訳でもないので、他の誰かと(異性)バッタリ――――なんて事も起こらないから大丈夫だろう。

 

そんなラッキースケベなイベントが起きてしまったら、未来永劫弄られてしまいそうな気がして止まない。なぜか100%の確率でバレッタにバレてしまう未来も視える。

 

 

 

「ぁぁぁ………、ほんと良い湯………」

 

 

 

それは兎も角、邪な念はこの極楽浄土には無用。

身体の芯まで温もりを堪能し続けるカズラだった。

 

 

 

ある程度さっぱりした所で着替えて部屋に戻る。

パソコンのセットアップ、オリジナルフォント作りなど、デスクワークはまだまだ残ってるので、眠たくなる前にある程度片付けておかないといけないから。

 

 

「ん? おお、クッキーだ。誰からだろ? ……それと、手紙?」

 

 

開いてみると、そこにはエイラの名が記されていた。

 

 

『お疲れ様でございます。本日は夜のお茶会の開催が業務の都合上、出来そうにないとお聞きしましたので、クッキーをお持ちしました。よろしければ食べてみてください』

 

 

 

「ぉぉ……、簡単に文字教わっといてよかった……。ホント、エイラさん達だって忙しいだろうに、ありがたい。―――――いただきます。……美味いっ」

 

 

さくっ、と良い歯応えと塩味が聞いた味付け。聞いていた通りの甘さがないこの世界のクッキー。それも美味しい。酒のつまみにもってこい! だと言えるが、生憎まだ業務が残っているのでそれはおあずけ。

 

 

味を堪能しつつ、用意するのは当然パソコン。

パソコン本体のセットアップはある程度は日本で終わらせてきたから、後は電源を繋いで起動して――ソフトをしっかり確認するだけだ。

 

 

「なになに……、オリジナルフォントを造ろう……、手書きの文字をスキャナで取り込む……、これって字が綺麗な人がやってくれた方がありがたないな。お世辞にも上手いとは言えないし。オレ達」

 

 

デジタル時代。

学生時代に培ってきた硬筆、書道などはどうしても衰えている。

だが、こちらの世界はアナログが主流だから、皆字が上手いのだ

 

 

「ふむふむ、意外と簡単だ。聞いてた通り。後は文章作成ソフトとかに作ったフォントを対応させれば良いってわけか……、書類作成の効率も向上しそうだ。……うーむ、エイラさん達にも手伝ってもらえたら……、あ、不味い。それだとパソコンから覚えて貰わないといけないか。直ぐに頼めそうにないなぁ。…………上手く使える人って言ったら、カズキさんだけど、これ以上ないくらい働いてくれてるし、こういう事務仕事を任せるのって違う気がするし……………やっぱり、頼れるのはバレッタさん、かなぁ」

 

 

色々試行錯誤したり考えたりしていくうちに、最後に思い浮かべるのはバレッタの存在だった。無論、好意を持ってくれている事やくっつけようとしている周囲の事もあって……と言うのも否定できないが、何よりバレッタは天才なのだ。

直ぐに覚えてしまい、日本の知識もみるみる内に吸収。百科事典を手にしたバレッタは、最早その辺の大学生どころか……学者レベルと言ったって良い。

 

 

「……傍にいてくれたら最高に心強い。……この際、色々言われるのは十分目を瞑れるくらいには最高に心強い。―――――でも、居ないもの強請りだよなぁ。十分過ぎる程恵まれてるってのに、何言ってんだって感じ。……これ以上は罰が当たりそうだ。グレイシオールなのに」

 

 

自虐ネタを入れるカズラ。

そもそも、今はカズキも居る。その上バレッタまでとなったら、まさに文武両道……、文のバレッタと武のカズキ。

そんな2人を常に手元に、なんて強欲が過ぎる。

 

 

「それに村の人にはなるべく迷惑をかけない、って決めたのはオレ自身だ。その辺はカズキさんも解ってくれてるし、さっさと済ませれるトコだけやっちゃおうっと」

 

 

夜はまだまだ長い。

パソコン関係が終われば冷蔵庫内のチェックと補充。

外に耳を澄ませてみれば鍔迫り合いの音が重なって聞こえてくる。

 

今も尚、動き続けてる人達がいるのだから、とカズラも身体に力を入れ直して、仕事をし続けるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そして翌日。

 

 

「では……、昨晩の話の続きですが、まず水車の件についての面会。それは私が対応致します」

「お願いします」

「よろしくお願いします」

 

 

色々と探りを入れられてくる現状で、やはり領地のトップであるナルソンからの説明の方が説得力が遥かに増す事だろう、異議があるわけもなく進行。

 

 

「水車はイステリアの技術者が作った事にする予定です。職人たちと口裏も合わせてあります。幸い、手押しポンプや製材機などは試作機ができたばかりで話は漏れていない様です」

「え、それってまだかかりそう、って言ってたヤツですよね? もう出来ちゃったんですか」

「ええ。職人たちは 頑張ってくれました」

 

 

職人の頑張りは当然だが、それに加えて、ここでもリーゼの活躍もある。

日頃の行い、人柄、それらが全面に良い方面に言ってるリーゼからの激励や労いの言葉は、身内の万の賞賛にも勝るものだ。

 

 

「それは良かった……。試作機の方はどんな具合です?」

 

 

カズラもカズキ同様、もう少し時間がかかるものだと思っていたので、嬉しい誤算に頬を緩ませた。

 

 

「はい。製材機と既存の水車を改良した動力水車の試作機が完成しまして、とりあえず使用に耐えられそうだとのことです。ですが、手押しポンプの動作に少々難があり、水漏れが発生して動作不良を起こす事もある、とのことで」

「なるほど……、因みに、どの部分が駄目だったりします?」

「制作当初は問題なく動作していたとのことで、何日か使わずにおいておくとピストン部分から水漏れが起こると職人は言っておりました。恐らくはピストンに使用している木材が乾燥すると収縮してしまう事が原因だろうとの事で、替えの部品を用意しておく必要があるとのことですな」

「試作機ですからね。常時フル稼働って訳にもいきませんし……、毎日使うって事で、様子見、あわよくば改善、って感じで出来そうじゃないですか?」

「それはオレも思った。後最近かなり空気が乾燥してるのも原因だから、寧ろ推奨したいかな? どうです? 毎日使うって案は出てます?」

 

 

手押しポンプのピストンには木玉と呼ばれる円錐台の形をした部品が使われている。基本的にはゴム製品が一般的なのだが、この世界、イステリアではゴム製品を手に入れる事が出来なかったので、代用したのだ。

 

やはり、今後の事を考えると日本製に依存し過ぎず、こちらの世界で幅広く使えるものを模索していかなければならない、と言うのは皆も納得済みだ。

 

 

「あまり長く使い続けると、今度は逆にピストン部が膨張して詰まってしまい、ハンドルが動かなくなってしまうとのことですな。かなり微妙な調整が必要とのことなので、ピストン部分を制作する工房は一か所に限定して、専門に作らせることにしました」

「――――成程」

 

 

ナルソン程の男ならば、この程度の提案など最初から……寧ろ職人間でもしっかりやっている事だろう。殆ど素人に毛が生えた程度、大急ぎで日本で調べた程度の知識しかない自分達より遥かに有能で頭の回転が早い人だから。

 

だからこそ、もう結論部分を聞く方が良いだろう。

 

 

「量産開始できそうですかね?」

「はい。製材機に関しては量産が可能です。手押しポンプは政策に手間がかかるので、時間がかかりそうですが、試作中の鍛造機が完成すれば、多少早く制作できるようになると思われます。私の提案なのですが、今後予定されている製粉機の施策を一旦取りやめ、製材機と鍛造機の両方を優先させてはどうかと思うのですが」

「異議なし、ですね。先が十分見据えて居る方を後に回し、厄介な方を先に片付けてしまう。最善だと思います」

「こちらも同感です。早めに手押しポンプの数だけでもそろえてしまいましょう」

 

 

カズラやカズキの太鼓判を聞き、仄かに表情を緩めるナルソン。

如何に主導しているのは自分達だと言っても、やはり相手が相手。相応に気を遣う事だって当然ある。……カズキの申し出は非常にありがたい事にはなるのだが、なかなかに難しいと言うのが現実なのだ。

 

 

 

「かしこまりました。では、次の話なのですが……」

 

 

 

だが、今はまだまだ片付けなければならない問題は沢山あるから先に進もう。

 

 

 

「隣のグレゴルン領との潮の取引で問題が発生しました」

「塩、ですか?」

「!」

 

 

塩、と言うワードを聞いて、少々頭に引っかかるのはカズキだ。

この感覚には覚えがある。

 

つまり、元の世界での記憶に関する事柄だ。何か引っかかりを覚える、と言う事は恐らく高い確率で悪い事が起きる。肝心な部分がハッキリと思いだせないから、グリセア村への野盗襲撃事件も後手に回ってしまった。

 

物凄くもどかしいが、こればかりはどうしようもない。

まるで他人事の様に思えるが、どうにか思い出してもらわないといけない。

この世界の自分の頭に働きをかけるほかないのだ。

 

 

「現在、領内で使っている塩は西のグレゴルン領と南のフライス領から輸入しているものです。……ですが、先日グレゴルン領の商人から塩の取引規模を縮小したいとの申し出がありました」

「…………」

「え? いきいなりですか? 一体何があったんです?」

 

 

グレゴルン領、商人。……重要なピースが揃いつつある。

 

 

「それが、グレゴルン領の沿岸で天候不順がここ最近続いているとかで、製塩作業が行えない、と商人は言っていたのですが、……どうにもよくわからない部分がありましてな」

「解らない部分とは?」

「4日前にこの辺りにも雨が降りまして、漸く日照りは終わりを迎えたようなのです。おそらくグレゴルン領でも雨が降り始めただろうとは思うのですが、製塩作業に支障をきたす程の天候不順が以前から続いていたとは予想外でしてな。この時期にそこまで長雨が続くことは珍しいものでして」

「今までの取引では問題なかったのですか?」

「はい、昨年の同時期は量も価格もいつも通りでした。こんな事は今回が初めてです」

 

 

カズラは首をかしげる。

天候不順で製塩作業が出来ない、と言うのは確かにあるだろう。どうやって製塩をしているのかはグレゴルン領の事は何も知らないから解らないが、原始的なやり方の筈だ。熱量を以て蒸発させて、塩分抽出を行っている筈。つまり、天候に左右されるのは当然の事だろう。

 

だが、ナルソンがおかしい、と判断すると言う事は、それほどの規模の不順が起これば領主である彼の耳にも届いていてもおかしくない事だ。それが突然……、きな臭いと思ってしまうのは仕方ないだろうか。

 

 

「カズキさんはどう思……っ」

「――――――――……」

 

 

いつの間にだろう。

何だか声がしなくなった為、カズラはカズキの意見を求めようとそちら側に視線を向けたその時、一瞬寒気がした。

カズキの横顔が、真顔なのだ。無、と言う表情が一番近いかもしれない。

怒っている訳ではなさそうなのだが、何かを考えていると言う訳でも無さそうだと言うのがカズラの考え……だが、兎に角寒気がした。

 

 

「………グレゴルン領との潮の取引は、他に何処がありますか?」

「! 我が領とフライス領、そして王都くらいでしょうな」

「それ以外の可能性は?」

「はい。ほぼ無いかと思われます。隣のクレイラッツの塩の取引は我が領がグレゴルン領の間に入って卸しをしている状態なので、事前に連絡なしに取引を行うと我々と摩擦が生じます。事実を隠蔽してまで行うメリットは皆無だと。………そして、後は隣接しているバルベールになりますが、休戦状態だと言えど、敵国。商業取引は王家から自粛するように指示が出ております。それにバルベールも長い海岸線を持っているので、製塩も行っています。グレゴルン領の塩は高品質で人気もありますが、現状でそれを理由に大規模な取引を行うといった事は無いでしょうな。以上の事から、考えにくいかと思われるのが現状です」

「……そう、ですか。ありがとうございます」

 

 

カズキとナルソンの話を聞いて、ややカズキの様子が不可解な感じがするものの、先ほどの様な寒気は無い。

その代わり、最悪の想定が頭を過った。

そう―――グレゴルン領が、裏切っている可能性だ。

 

バルベールと言う敵国に内部事情を塩と一緒に横流しをしているのではないか? と。だが、グレゴルン領とイステール領の関係性について、疑いをもつだけの関係性も無ければ付き合いも無い自分が言った所で、変な言いがかりだ、と相手を怒らせるだけに終わってしまいそうにはなるが……。

 

そもそも、先の戦いを共に戦い抜いてきた盟友である筈だから、あまり解った風に口をきく訳にはいかない。

戦争について詳しく知らないのに、軽々しく裏切りものの存在など、口に出してはいけいない。

 

 

「そうなると、バルベールが大金をつんでグレゴルン領から塩を買っている、ってのもありえないですよね。グレゴルン領としても危険を冒す事になりますし、バルベール側からすると、敵国に資金提供するって事になるでしょうし」

「ですね。国力が敵国に渡る事は互いに避けたい筈ですから。そう言った穴から崩壊していく可能性だって決して0じゃない」

「そうなのです。なのでことさら不思議でしてな。まぁ、どちらにせよ取引が縮小されることには変わりがないので、フライス領から輸入を増やさざるを得なくなりました」

「あ、そうか。フライス領から買えばいいですもんね。そっちの商人とは話はしたんですか?」

 

 

塩の取引をしているのが1カ所しか無ければ死活問題だったかもしれないが、リスクを鑑みて、複数抱える、と言うのは最初から考えていたのだろう、とも思える。

 

 

「はい。来ていた商人に相談した所、可能な限り融通する、と申されましたが、生産が追い付かない可能性の方が高いと言われまして。フライス領には今まで何かと無理な他の身ばかりをしているので、こちらとしてもこれ以上強くは言えません。かといって塩の価格が高騰するのも困りますし、何とかならないかと思いまして」

 

 

塩の価格が高騰すると言う事は市民の家計を圧迫すると言う事に他ならない。

上手く循環させ、市民に活気が生まれなければ復興の妨げにもなるだろう。

 

 

「……製塩の技術提供、はどうでしょう? カズラさん」

「ああ、それは考えてました。こちらからの技術を提供するので、グレゴルン領が駄目なのであればフライス領の海岸線で製塩を―――と言う話はできませんか?」

「利権の絡みがあるので簡単にはいきませんが、技術提供の身を行うというのでは問題は無い筈です。……ですが、我々が製塩技術を有していると言うのもおかしな話になってしまうので、現地に赴き、試行錯誤するふりなどをして、共同開発と言う形にする必要はあるかと。……それでもだいぶ苦しいですが」

「海が無い場所で塩、ですからね。……変に疑いを駆けられてしまうのも後々問題になりかねませんし……。でも」

「ええ。塩が足りなくなるのは死活問題なので、そこは何とか押し通しましょう。結果的にフライス領も潤う結果ともなれば、無碍には出来ないと思います」

 

 

解決する為には仕方がない。

ナルソン自身も苦しい、と表現はしたが出来ないとは言っていないので、つまりそういう事だろう。

 

 

「かしこまりました。製塩作業強力の打診をしてみます。我が領からフライス領までは大きな川が流れているので、物資輸送のコストも安く済み、塩の増産が軌道にのれば更に塩の価格を抑えられるでしょう。グレゴルン領との取引量もなるべく減らさずに済むよう、交渉に当たる文官に対応させます」

「よろしくお願いします」

「お願いします。―――――それと、すみません、ナルソンさん。1つだけ教えて貰いたい事があるのですが」

 

 

カズラもホッと一息置いた時、カズキから何やら質問がある様で一息つく暇もなく、頭はカズキが聞きたい内容について意識を向けた。

 

 

 

 

「グレゴルン関係、塩とかの取引をする商人って―――以前聞いたアレ……じゃなく、ニーベルと言う名の男、だったりしましたっけ?」

 

 

 

 

カズキの言葉に、一番大きく反応を見せたのは、リーゼだ。

幸か不幸か、そのリーゼのおかしな様子に気付く事が出来たのは、向かい側に座ってるカズキ、そしてカズラだけだ。

 

元々今日は疲れているのか、元気がない様子が見受けられたが、その名をカズキが出した時の様子が、更におかしい。

それとカズキがどういう意図で、ニーベルと言う男の名を出したのかも疑問が残る。

確か、リーゼにしつこく求婚を迫っていた男で、セクハラ三昧な男で、つまり『死ねば良いのに』と思われる様な男だ。

 

 

 

 

「(えっ……、それってつまり……)」

 

 

 

 

 

ここで、カズラの中でもピースが嵌った……気がした。

リーゼの様子がおかしいのと、グレゴルン領の商人がそのセクハラ三昧な嫌な男ニーベルである事、更にカズキのあの無の顔。寒気がした顔。

 

色々と考察に考察が重なり、軈て1つの結論に導き出される寸前の事。

 

 

 

「ええ、その通りでございますが……? ニーベルがどうかなさいましたか?」

「ああ、いえ。アレ、とかソレとか言ってた相手だったかなぁ、と思っただけで。大した事ではないですよ? すみません話を遮らせてしまって」

 

 

 

カズキはぺこり、と頭を下げた。

ナルソンは話の意図がわからなかったが、特に気にする様子はない。

 

それは良かったのかもしれない。

 

 

 

 

もう、カズキの中ではしっかりとピースが嵌っている。

ニーベルと言う男について。

 

 

細部に至るまで、とは言えないが、間違いなく嫌な男だと言う事がハッキリと。

 

 

 

 

リーゼの顔を見た瞬間から最後のピースが嵌ったのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…………っ」

 

 

 

だから、カズキはリーゼの方を見る。

 

リーゼの方を見て、そして微笑んだ。

 

安心して良いんだよ、と口に出さずとも伝わる様に。

 

 

カズラは寒気がした様だが、リーゼにはそれがしっかりと伝わったのだろう。元気が無さそうなのは間違いないが、それでもそれなりには復活を果たす事が出来た様だから。

 

 

「――――――!」

 

 

その時だ。

リーゼは思わず驚き声を上げそうになったのは。

かろうじて堪える事が出来たのは、カズキの方を見ていたから、だろう。

 

部屋の中の明かりを利用した光の粒子の移動。

いつの間にか、リーゼの身体を包み込んでいた。周囲には気付かれない程のほんの僅かな灯。

 

 

 

 

「………ありがとう、カズキ」

 

 

 

 

それがカズキであると言うのは直ぐに解った。

だからこそ、誰にも聞き取られない様な大きさの声で、感謝の念を伝えるのだった。

 

 



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53話 絶対に守る

リーゼを落ち着かせることは出来た、安心させることも恐らくは出来たので、光の力を使うのを一時止めて、話題も元に戻した。

 

ただ、カズラはニーベルの話題をカズキが降った事に対して気になる点が浮上した様で少しだけ難しい顔をし続けている。

 

記憶を遡れば、ニーベルとは以前リーゼの口から聞いた、面会したくない人物のトップに躍り出る豪商だった筈だ。愚痴を聞く約束も取り付けたし、リーゼも躱して何とかやっていけると言っていたのだが……、ここへきて塩の取引の悪化とリーゼの様子。

 

……気にならないと言えばウソになる、が。何だかリーゼは笑顔になっていたので、一先ず考えの方も元に軌道修正しようとしたその時だ。

少々苦い顔をしたのは。

 

 

 

「――――では、次の話ですが、最近市民のあいだで、イステリアにグレイシオール様が現れたとの噂が流れているようで……」

「っっ!??」

「え……、それはまたどうして?」

 

 

なぜなら、話題が自分自身、カズラ事グレイシオールになったからだ。

それも、秘密にしている筈なのに、どうして市民にバレたりするのだろうか? それもグレイシオール、即ち神が現れたなどと、どうしてわかるものなのだろうか?

 

そもそも、ぱっと見、カズラもカズキも普通の人間にしか見えない。

カズキが、光の力を使えば見方が変わるのは間違いないのだが、カズラ自身には、特別な道具(日本製)を持っているだけで、それ以上に一見目立った事はない筈なのだ。

 

 

「え、えっと―――ひょっとして護衛の兵士や、従者が噂の出所、とかですか? 若しくは屋敷の使用人とか?」

「いえ。穀倉地帯で作業をしていた使用人たちのようです。先日ひと月遅れで収穫を始めましたが、作物の成長が著しく、昨年とほぼ同量の収穫できまして」

「おおお、流石ですね、カズラさん」

「それは朗報です。そんなに効果があったら噂がたってもしかたない、と言うものですね」

 

 

何せ、グレイシオールは慈悲に加えて豊穣(・・)の神だ。類を見ない程の成長を見せたのなら、あり得ない事もない。

 

 

だが、2人の予想は外れる事になる。

 

 

「……それが……切っ掛けはそれではなく」

 

 

作物がよく育った。神様(グレイシオール)のおかげだ! と言う単純な話じゃないらしい。

 

 

「カズラ殿、それにカズキ殿もそうですが、作業の説明から普通の会話に至るまで、この国の言葉をほとんど話せない(・・・・・・・・)理解できない者(・・・・・・・)が、理解できたのです。……そこから噂がたった様で―――」

「………ぁ」

「………ぇ」

 

 

カズラとカズキは2人して失念していた。

そう、初めてこのナルソン邸へとやってきて、ナルソン・ジルコニアが自分達を試した言語の事だ。

グレイシオールの伝承が伝わっている場所に加えて、極めて特殊な分類の言語、それを用いて、試していたあの時。

 

普通に日本語として聞き入っていた。某猫型ロボットのひみつどうぐ(こんにゃく)を食べたみたいだ、と感想を持っていたが……。

 

 

「逆もまた、然り――――って事ですか。よくよく考えてみたら、その可能性もありましたね……、失念してました」

「……そう、だね。誰が聞いても伝わるって言うのは、分け隔てなく皆に伝わるって事は、まんま――――」

 

 

神様じゃん。

そう思うしかない。今更だが。

 

 

「……更に加えて収穫量の件を受けて――――お二方にそう噂が立つ様になった、と言う事でしょうな。グレイシオール様の伝承は1人の男性、となってますが……、例え2人いたとしても、神の存在を連想させてしまったとしても、不思議じゃないかと思われます」

「うーん……、どうすれば良いと思います? 俺としては普通を心がけてますから、これ以上の対策? は仕様がないと言うか……言語に関してはどうにも……」

「それを言ったら、こっちも……ね。今更通訳さん通して、なんて出来る訳もないし、寧ろ信ぴょう性まで上げる結果になりそうだし……」

 

 

今の今まで率先して、先頭で指揮し、更には労働までやっていた人達が突然引っ込んだ、となれば余計な勘ぐりがめぐる可能性大だ。

更に言えば神に不敬を働いてしまったか? と思われればそれもまた誤解なので、厄介だ。

 

 

「ご安心ください」

 

 

そんな時、ナルソンが柔らかい笑みを浮かべながら告げた。

 

 

「噂を信じている者は現在少数の様ですから、【グリセア村の周囲の森の土には、加護の力が強く備わっているらしい】と言う噂をこちら側から流せば問題ない筈です」

「え? それだけで??」

「そんなに上手くいきますかね……?」

 

 

ナルソンは自信がある様だ。

ナルソン程頭が切れる男は今の所知らないから、信じて良いとは思うのだが、その心は? と聞いてみたい。

 

 

「土を撒いたことで収穫量が増え、その出所があの村だと知れればそう考えるのが普通かと。グリセア村は、元々グレイシオール様の伝説が残っている土地、発祥の地と言って差し支えありませんから。それに……」

 

 

ここで、今の今まで淀みなく説明をしていたナルソンに少し躊躇いが視えてきた。

 

 

「それに、そのお二方は何とも親しみやすいと言うか、実に人間味がある、と言う事で……」

「!! ひょっとして、神様に見えないって感じて貰えてます??」

 

 

ずいっ、と前のめりに訴えかけるのはカズキの方だ。

カズラは、腕を組んでうんうん、と頷いていた。元々普通を求めているカズキとは似通っていて、普段から神様的な態度をしようと思った事はない。分け隔てなく接しているつもりだし、クレアの所では子供たちとも打ち解け合っていて、それなりに親しみを覚えて貰ってるつもりだ。

 

総括すると、普通の人間である、と自己評価を十分与えれる。

 

カズキの前のめり感に、穏やかで仄かに笑みが零れ出る。

本来ならば、不敬ではないか? 如何に口ではそうは言っていても、要求していたとしても、実際に言われたら違うのではないか? と少なからず構えていたナルソンだが、強張らせていた表情を綻ばせた。

 

何せ、よっしゃぁっ! と盛大にガッツポーズを目の前でしていて、喜んでいるのだ。これ以上ない安堵感を齎してくれている。

 

 

「世の中に溶け込めて良かったよね。まぁ、実際こんなんだから、苦労らしい苦労はした覚えがないけど」

「ですねっ! でもまぁ幸先良いって思っておきます」

 

 

普通人化を目指して、十分な成果を得られたとカズキの中では加点だが……、それにより次の問題が発生する。

 

 

「グリセア村が、これで名実ともに特別な土地である、って事になれば……前の輩が増えたり、今後狙われたりしませんか?」

「うーん、今村は殆ど要塞化してるから、大丈夫だとは思うんだけど……前科がある分、正直心配かな」

 

 

そう、グリセア村からの加護、土だけであれだけの成果が出るのだ。噂が噂を呼び、どんどん大きくなって、その結果――――カズキが言う様に、野盗の様な連中が押し寄せてくる可能性だって否定できない。

 

その辺りは、ノワ達がしっかり守護してくれているとは思うが……あまり血生臭い事を、あの村周辺で行われる、と言うのは諸手を上げれない。

 

やっぱり、一番は 手を出すのは不味い、相応のリスクがある……、と周囲に解らせるのが一番だ。インパクト重視で言えばノワ達、つまりウリボウが守護している宣伝だろう。

そんなの知られたら益々大変な騒ぎになりそうだから、NGだが。

 

 

「村の要塞化につきましては、こちらも把握できておりますが、万が一に備えて、近くに防衛部隊を駐屯させていただければ―――と思われますがどうですかな?」

「確かに、そうしたほうが安全ですかね……」

「賛成、とお願い、ですね。こちらも」

 

 

ナルソンの案、それが最善と言えば最善だ。

軍隊が駐屯している~と言う情報が回れば迂闊に手が出せないのは当然だし、下手をすればイステール家に喧嘩を売るも同義。このご時世、そんな無茶をやろうとする輩は極々少数だろう。

 

 

「(……結局村に迷惑かける事になっちゃったなぁ)」

「(せめてものお詫びに、戻る頻度上げましょうね? 何なら、オレが運んでも良いですよ? びゅんっ! と帰れまず。いや、ぴゅんっ! かな?)」

「(って、それは駄目駄目! 駄目だって。……あんな高いの、オレ絶対震えあがって大変だし! それにリーゼとも約束してたでしょ? あ! なんか、リーゼから睨まれてる!!)」

「(地獄耳??)」

 

 

空中遊泳の権利は今の所リーゼが独占中と言う。

有事ではその限りではないかもしれないけど、なんだかジト目で見られている以上、許容範囲を超える様だ。それにしても凄い地獄耳? 或いはたまたまだろうか?

 

 

「では。そのように手配いたしましょう。アイザック」

「はっ!」

 

 

部屋の隅で控えていたアイザックは良い声の返事と共に、一歩前に出てくる。

 

 

「お前の信頼できる者を選出しろ。その者に駐屯軍の指揮を任せる」

「私の一存で構わないのですか?」

「うむ。一応私も確認はするがな。それでよろしいですかな?」

 

 

ナルソンの決定に、文句などはない。

間違いなく、今とれる最善の策だから。

 

だから、カズキもカズラも頭を少し下げた。

 

 

「はい。アイザックさんが選んだ人なら安心ですね」

「戦闘技術よりは人柄を優先させてもらうのが一番ですが、大丈夫そうですか?」

「はっ! お任せください!」

 

 

ついこの前まで普通の村だったのだ。

物々しい軍隊が駐屯し、且つ期限も定まってないともなれば、村の皆との信頼関係を築く事が重要だと解る。

 

護ってくれる力量は当然必要だが、それ以上に村人たちを心から安心させる……そこに寄り添ってくれる人が一番良い。

だが、心配はしていない。

そう言った面でも、アイザックの人選は大丈夫そうだと思えるから。

 

 

アイザックは深く頭を下げ、部屋から出て行った。

 

 

「兵は第1軍団の予備役を使い、50名ずつ交代で配備しようかと思います。年配者が多く、体力は劣りますが、経験豊富な精鋭です。今回の任には最適かと」

「その辺りはお任せします。村の内情には干渉しない様に、とだけ言っておいてください」

「かしこまりました」

 

 

1つ片付いた。

これで噂関係は大丈夫だろう。

 

だが、勿論これで終わりと言う訳ではない。

 

 

「――――他にもご報告がありまして」

 

 

書類の束を手に持つナルソン。

それを見て、少し身構えてしまうのは仕方ない。

 

 

「わかりました。そちらが済みましたら、工事計画の話を詰めましょうか」

「では、順次上げていきます」

 

 

内容はそれなりに……と言うか結構多い。

箇条書きにすると以下の通りだ。

 

◇ 穀倉地帯の開墾状況と新たな候補地の選定

◇ 街中の井戸掘りの進捗

◇ 氷池建設の進捗

◇ 氷池建設予定地の候補

 

 

これでもまだ一部である。

 

 

「お、おお、結構ありますね……」

「こっちも馬車改善案や豆油の搾りだし、それらの機器説明会……等々目白押しでしたが」

 

 

苦笑いをしつつ、先ほどの内容を少し思い返して……。

 

 

「ああ、ナルソンさん。他に手を取られてましたが、井戸掘りの件ですけど、進捗状況が芳しくない所に、私を配置してくれても良いですから。びゅんっ! と終わらせちゃいますよ」

「っ―――。それはありがとうございます」

 

 

やっぱりまだまだ慣れが必要なピカピカの凄まじい力。

資料の中にもあるが、あの巨大な氷池建設の土台、大穴を1人で開けてしまったのだから、力加減さえ間違わなければ、井戸掘りなどそれこそ一瞬でやってしまう事だろう。

 

 

「はい! ただ……、文字通り、あっと言う間に出来上がっちゃうので、変に不信感を与えない程度、と言うのが好ましいですが……難しいですかね?」

 

 

光の力、ピカピカの力なら簡単に土中に穴を開けられる。

氷池の件での大部分の仕事はカズキがやってしまったから、それと同じことを街の井戸でもやってしまえば、インパクトがデカすぎるだろう。それこそ、言葉が通じた、作物の育ちが良い、とは比較にならない程に。

 

 

「いえ、それは大丈夫です。こちらにお任せを」

 

 

ナルソンはそういうと残ったハベルの方を見た。

カズキの正体を知っていて、且つ軍に顔もきくのは、アイザックを除けばハベルが最適だろう。

 

 

「ハベル。各自連絡を頼めるな? カズキ殿のお力をお借りする場面では迅速に行え」

「はっ。了解致しました」

 

 

ハベルを通じて、カズキが実際に作業をする井戸については人払い等を行い、それとなく帳尻を合わせてくれる様だ。

 

 

「では、工事個所が決まり次第私に連絡を。それとハベルさんもよろしくお願いします。何か、その上手い言い訳、みたいなのを……」

「お任せください!」

 

 

ハベルは胸をどんっ! と叩いて返事をした。

中々井戸掘りも重労働。加えて岩盤が固くてなかなか掘り進むのも難しい。

日本製の道具を使用したカズラであっても、相当な時間がかかった作業だが、カズキのピカピカビームに掛かれば本当にあっと言う間。

やるのは簡単、でも後処理が少々面倒なので、頭を抱えたが……、ハベルは自信満々の様なので、頼る事にしよう。

 

 

「では、どうかよろしくお願い致します」

「はい! 任せてください! あ、勿論氷池候補地の穴開け作業もジャンジャン回してくれて構わないですから」

「おおう……、百人力ってのはこういう事を言うんだと改めて実感……」

 

 

大きな作業はカズキが対応してくれるから、大部分の時間削減が出来るのは、ナルソン側にとっても非常にありがたい事だ。

他の面子もそうだが、ナルソンでさえ、光の神を前にすれば、気を抜けば跪き、拝んでしまいそうになる――――が、そこはカズキが全力で止めているので、やらない様にしている。

 

街の為、国の為、そして心優しき神々に感謝しつつ―――それでも、愛想をつかれない様に、彼らに頼り過ぎない様に、出来うる事は人間たちの手でやる事も心がけ、ナルソンは書類に目を通し、再び話し合いを続けるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

話し合いが一段落ついたのはもう夜の10時を回ったころだった。

先ほど解散し、ある程度まとまったとはいえ、大分疲れが溜まってきた――――が、カズキは就寝についたりはしない。

かと言って、夜の訓練に向かう訳でもない。

 

今日は部屋で待っている。

多分……リーゼがやってくるから。

 

 

 

そして、予想通り、部屋の扉がノックされた。

 

「開いてますよー。入ってくれてどうぞ」

「はい……」

 

声をかけると、そっと扉が開いてリーゼが入ってきた。

普段ならば、この時間もう彼女は就寝の時間だが、先ほどのドレス姿のままだ。

 

 

「ん。来る、って思ってた。……じゃあ、話聞かせて貰える?」

「……うん。カズキ、その、さっきはありがとう」

 

 

リーゼはふっと、カズキの胸に飛び込んだ。

やや不意打ち気味だったので、カズキはぎょっとしながらも、その身体を受け止める。

 

 

「どういたしまして。……でも、変にカマかける様な言い方してごめん。リーゼ、頑張って我慢してる感じだったのに」

「んーん。……嬉しかった。カズキの優しさが、カズキの光が、私の中に入ってきて……、とっても暖かった、から」

 

 

何やら、赤面しちゃいそうな言葉だ。傍から聞いたら……ちょ~~っと大人な関係? と思われなくもないセリフなのだが、事情が事情、こほんっ、と軽く咳払いをしてカズキも続ける。

 

 

「―――やっぱり、ニーベルってイヤなヤツがリーゼに何かしてきた。その結果、塩の取引に影響を及ぼしてる。……って事であってる? リーゼが口にしたくないなら、無理にでも聞き出すって事はしないけど。オレの事、頼って欲しいって気持ちだけは解って欲しいな」

「ッ………」

「それと勿論、カズラさんの事もね。塩に関しては知識は凄く持ってるみたいだから、一時的に価格高騰はすると思うけど、きっと解決してくれる。……オレ達を信じて。君を、君たちを守護する神々(2人)なんだから」

 

 

ぎゅっ……。

リーゼはカズキの服を握る強さが増した。

小さく、小さく嗚咽を漏らすリーゼを見て、沸々と湧いて出てくるのはニーベルと言う男に対しての憎悪だ。

自分でこれなのだ。ジルコニアが聞けばどうなるだろう? 即斬首まで持って行ったとしても不思議じゃない。

 

記憶はまだ鮮明じゃなく曖昧だ。

ある程度、掘り起こしておきたい。

なので、強行手段(ジルコニア報告)は今のところ取る気はないが……視野に入れておいても良いかもしれない。

 

 

 

 

 

 

震えるリーゼの肩を摩り、軈て落ち着きを取り戻したリーゼが話してくれた。

 

 

「やたらと、身体触ってきたり、外に連れ出そうとしてきて……、今までは何とか受け流していたんだけど、ここへきて急に取引縮小の話が出たから……」

「……ふむ」

「2日前にも、あの人と面会した時、《本当はこんなことはしたくないが、リーゼ様がご協力してくださるのなら、私も身を切る覚悟で取り組ませていただきます》とか言ってきたの。……これって」

「何もしなくて良い」

「ッ――――」

 

 

リーゼが何をされるのか。

安易に想像がつく。下種びた笑みを浮かべる顔も知らぬその男の姿が、鮮明に浮かぶ気分だ。

 

 

「リーゼは何もしなくて良い。皆の為に、自分の心まで殺す必要は絶対ない」

 

 

今度はカズキからリーゼの身体をぎゅっ、と抱きしめた。

震えているまだまだ華奢な身体。年齢を考えるとそうだ。この世界と日本とでは違うのかもしれないが、それでも見てられない。

だから、カズキは強くリーゼに言い聞かせる。

 

 

 

「オレが、オレ達が絶対に何とかする。だから、その腐れ外道の言う事を聞く必要は一切ないよ。これまで頑張ってきたんだ。だから、守らせてよ」

 

 

 

柔らかい物言いだが、その目には強い決意がある。

 

 

 

 

【絶対に守る】

 

 

 

そう言う決意が。

 

リーゼは、目に涙を浮かべながら、その力強い言葉と優しい温もりに、その甘美に、身を委ね続けるのだった。

 

 

 



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54話 ルーソン家の2人

 

 

「ここまでして貰っちゃったら……、もう、絶対あきらめられないよ。カズキの事」

「―――うん?」

 

 

暫くカズキの中で嗚咽を漏らしていたリーゼだったが、目に溜まった涙を拭い、カズキの顔を見上げながら、その目をハッキリと見据えて言う。

 

手を取ってくれる―――とは言ってもらえなかったかもしれない。

 

でも、絶対に守ると言う決意を見せてくれた。

傍で支えてくれた。

暖かい気持ちになった。

 

もう、無くてはならない。自分にとっては無くてはならない存在となった。

大きすぎる存在となった。

 

そして、それと同時に、チクリと針で刺される様な痛みもその胸の内にはある。

 

 

「カズキは、今……ここに居る。手だって取れる。触れられる」

 

 

カズキの手をリーゼは取った。

温もりを感じる。間違いなくそこに居る事を実感できる。

彼は人じゃないのかもしれないが、それでも今リーゼにとっては愛しい人だ。それ以外の言葉が見つからないのだ。

言葉の真意をハッキリとリーゼは意識している訳ではないが、それでも思う所はある。

カズキが言わんとしている意味……何となくではあるが、解る部分はある。

それは決して認めたくない部分で――――。

 

 

「ほ~らほら、やっぱ無理してたんだろ? あれじゃん。生理的に受け付けないヤツ、って顔してる?」

「! ぶ~~~! そんな顔してないもんっ! 私はカズキの事が好き! だーい好き!! って顔だもんっ!」

「ははははっ。つまり、まだ俺の事 メロメロばんばんに―――ぶっっ!?」

「黒歴史出すの禁止っ!!」

 

 

リーゼはカズキの口を手のひらで抑えた。

やっぱり触れるのを実感する。ふっくらとした唇が手のひらに当たってるのを感じる。

男性のモノは、ごわごわ~と言うかゴツゴツ~と言うか、柔らかいとか考えた事も無かったが……とても柔らかかった。

 

ひょいっ、とリーゼは離れると。

 

 

「……でも、ほんとありがとね カズキ。でも、あんまり急に面会拒否にすると相手の顔潰しちゃうし、後々の繋がりも厄介な事になるから、向こうの顔を立てつつ上手くあしらってみるよ」

「それこそ ほんとに大丈夫? 今なら神様()権限全開しちゃっても……」

「だいじょーぶ! カズキに頼らないとやっていけない次期領主、なんてダメダメでしょ? 愛想つかされちゃうのも嫌だし。それに護衛だってつけるから、任せて大丈夫!」

「……そっか」

 

 

カズキはリーゼの言葉を噛み締める。

確かに、この世界において……いわばファンタジー要素がほぼ無い普通の古い時代の世界において、光の力は絶大であり、運用次第では直ぐにでも世界の覇権を握れるだけの力を秘めているだろう。それを利用しようと考えたら、幾らでも使いようはあるし、頭がまだまだ弱い部分はあるが、それでも軍師の様な人、ナルソンもそうだが、頭の回転が早く、キレる人に任せれば、補ってもらえればどうとでもなる。最速で握れる。

 

 

でも、カズキ自身は圧倒的に異端であり異質であり異常な存在だ。カズラとの違いはそこにある。

どうやってここに来たのか? そもそも、何でこのような能力を得て世界を超えたのか? いや、或いは今もVRゲーム中なだけなのか?

 

解らない事が多すぎる。

 

だからこそ、リーゼの様な考え方が好ましく、何よりも重宝されるだろう。

光に頼るのではなく、自分達の足をしっかり地につけ、歩く。……いつか光は消えてしまう。そんな可能性だって十分過ぎる程あるのだから。

 

そして、その考えはリーゼだけでなく、このイステール家の重鎮たちは皆等しく同じだ。媚びをうってきたり、過剰に取り繕ったり……はない。……少々ジルコニアが過剰気味だったかもしれないが、味方であると言う事を告げると頻度は激減した。

悲願を遂げるまでは仕方がないが、永劫ともなれば話は別かもしれないから。

 

 

「? 不安な顔してるぞ? カズキっ! 私の事、信じられない?」

「あ、いやいや。そんな事ないって。それこそ、そんな顔してないよ。だって、リーゼの事信じられない訳ないし」

「そっか! あーーーほっとした。カズキと話せて本当によかった。すっきり出来た!」

 

 

リーゼは背伸びをして、身体をゆっくり回して解す。

 

 

「いつでも、カズキさんの相談教室は開いてるから。今後とも是非に~! ね?」

「うん! ―――ありがとっ」

 

 

リーゼはそういうと、カズキに抱き着いた。

その身を包んでしまいたい衝動に苛まれる。

こんな小さな身体で、どれ程まで今まで抱え込み、そして苦労してきたのか………と思う事は沢山ある。

 

だから、カズキはリーゼの頭をそっと撫でた。

 

 

「いつでも頼ってきて」

 

 

光が光であれる内は。

 

 

 

「俺は、味方だから」

 

 

 

自分が自分でいられる間は。

 

 

 

「にひひっ」

 

 

 

この腕の中の娘を、必ず守る。

 

 

 

 

 

リーゼはその後、自分の手のひらにそっとキスを交わして、カズキをウインク。

その意味は一瞬解らなかったが……よくよく考えたら間接キスになるな、と思い直し、カズキは自身の光に仄かな赤の色が加わるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

更に数日後。

 

ジルコニアはナルソン邸の一室で2人の男と面会をしていた。

クレイラッツの軍司令官、そして外交担当官の肩書を持つ2人だ。 

他国との交渉の席に立つ者らしく、相応の身形・身のこなしであり、一切の隙が見えにくい――――のが、軍司令官のカーネリアン、と言う男。

もう1人の外交官は名乗られてはいないが、見たところ……恐らく若手。緊張しているのが一目で解るし、額の汗の量がそれを物語っている。

演技の可能性も捨てきれないが、これを意図的に演出できるとなれば、見抜くのは無理だ、と思える。

 

 

そして、ジルコニア側―――即ちアルカディア・イステール領側には更に両脇に2名座っている。

初老の男たちではあるが、その様相は百戦錬磨を彷彿とさせるもの。

1人は第2軍団 副将のマクレガー、そしてもう1人は第1軍団 副将であるイクシオス・スラン。

 

スラン―――つまり、イクシオスは、アイザックの父親にあたる存在。厳格な風貌から、普段の様子がよく解ると言うもの。仮にイクシオスと言う男を知らなかったとしても、たたずまいの全てが歴史を物語っている、と言える程のものだった。

 

 

恐らく、外交官はこの威圧感満載の2人を前にしているからか、委縮してしまっている……のかもしれない。

だが、カーネリアンは一切動じた様子はなく淡々と話しを切り出してきた。

 

 

「……軍隊進駐権?」

 

 

その申し出に、怪訝な表情を隠せれないのはジルコニアである。

確かに共通の敵国バルベールの存在を考えれば選択肢の1つである事は間違いないが……。

 

 

「有事に備え、互いの軍が円滑に連携をとれるように今のうちから一定数イステール領に駐屯させていただきたい。後日、グレゴルン領にも駐屯権のお願いに伺う予定です。無論、了承いただいた折には王都へも出向かわせていただきます」

 

 

改めて整理すれば、つまりイステール……アルカディアにクレイラッツの軍隊が居座る事が出来る権利を欲していると言う事。

同盟関係になっているが、今は平時。先ほどのバルベールの存在を考えれば選択肢に、と一瞬頭を過ったが、あくまで今は休戦中。

簡単に答えを出せる協定じゃなく、今後武力衝突で起こる事態も考慮すればデメリット以外のなにものでもない。

 

 

「せっかくの申し出だが、お断りさせていただく」

 

 

ジルコニアではなく、真っ先に返答を返したのはイクシオスである。

全く淀みなく、それでいて射貫く様な眼光を向けて。……完全に威圧する勢いだ。

だが、やはりカーネリアンは一切動じる様子はない。

 

 

「円滑な連携と言うが、我らとて、国境線の守備は固めている。時がくれば援軍を要請することもあるかもしれんが、前もってクレイラッツの手を借りなければならないような状況ではない」

「いえ、一方的にと言う訳ではありません。イステール領軍も我が国に進駐していただきたいのです」

「それはなぜだ? 費用がかさむばかりで益などなかろう」

「いいえ。ありますとも。先に進駐軍がいるともなれば、援軍を送った際の移動もスムーズになります。慣れない土地での戦闘ともなれば本来の力を発揮できない……と言った事も起こりえる。それを緩和し、少しでも力を……と言う理由ではいかがでしょうか?」

 

 

腹の探り合い、とはこの事なのだろう。

いや、一方的に探ってきているのがカーネリアンだから、探り合いとは少し違う。

 

一見すれば、理由になっている……とも思うが、言い方、雰囲気、それらがあまりにもカーネリアンはおかしいの一言だ。

それに、視線を向けているのは話を切り出したイクシオスではなくジルコニアの方だ。まるで、彼女の様子、出方を伺う、細部まで読み取ろう、と言わんばかりに。

 

片や、イクシオスはまるで動じた様子はなく、表情は一切変わってない。

 

 

「全てを否定するつもりはない。……が、多額の費用を割いてまで行うほどの事ではない、と判断する」

 

 

カーネリアンはただただ、ジルコニアを見ていた。決定権は彼女にあり、彼女の口から聞きたい、と言わんばかりに。

 

 

「……申し訳ありませんが、進駐を許可するわけにはいきません」

「そうですか。残念ですが仕方がありませんね。急なお願いをしてしまい、大変失礼いたしました」

 

 

カーネリアンは残念がる―――と言った様子も一切なく、ただ手をつき、頭をさげる、と言った行動とまるで台本があったかの様な文章を読み上げただけ……の様な印象。

 

 

「では、本題に移りましょう。バルベールの動きについてなのですが、近々国内で軍団の配置換えが行われる兆しがありそうです」

 

 

そして、何事も無かったかの様に本題へと入る。

全てが胡散臭い……それがこの面会でのジルコニアの感想だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

面会が終了した後、3人はカーネリアン達が出て行ったのを確認すると互いに顔を見合わせる。

 

 

「……何やら探りを入れられたようですな」

 

 

ぽつり、と漏らすマクレガーにジルコニアは目を向けた。

イクシオスは腕組をしたまま、考えを纏めているのか黙って扉をにらみ続けている。

 

 

「それは私も感じたわ。……正直、ハッキリとした内容の検討は出来ると言い難いけど」

 

 

ジルコニアの言葉を聞き、そしてもう暫く黙った後にイクシオスが口を開いた。

 

 

 

「………メルエム様(・・・・・)は、どう思われましたかな?」

「―――ここで俺に話を振りますか。まぁ、色々と候補はあると言えばあるんですが」

 

 

 

 

イクシオスの言葉に応える様に……何もいない場所に、淡い光が集中し始めると同時に声が聞こえてきた。

 

カーネリアン達もその場を過ぎ去った筈なのに、一切気付く事が出来なかったこの超常現象。

 

事前打ち合わせをしていたとはいえ、やはり襟を正される様子だ。

年の功があるであろうマクレガーやイクシオスも例外ではない。

初めて正体を本当の意味で明かした時、立ったまま気を失いかけたのは今となっては良い思い出。もう二度とはあの様なイクシオス、マクレガーの顔は見られないだろうな、とジルコニアは思ったりしていた。

 

 

軈て光は形となり、1人の男を形成する。

そう、メルエム基、カズキの降臨! である。

 

 

「取り合えず、イクシオスさんには カズキと呼んで貰いたい……って所から始めたいですが」

「―――どうか、それはご勘弁願いたい。話し方こそ、どうにか修正しておりますが……」

「うーん……ですよねー。大丈夫ですよ言ってみただけです。そっちの方が大変そうなので、無理にとは言いません」

 

 

何せイクシオスはあの生真面目アイザックの父親だ。

ハベルは何となく合わせることが出来ているのだが、アイザックは未だに出来る様な気がしない。……と言うより未来永劫主従関係の様に付き従う事だろう。

 

非常に真面目、ド真面目。悪く言えば頭が固い。その上この歳まで積み上げてきたモノがある。今更どうこう出来る様な事でもないし、そこまで意識するつもりもないが。

 

 

「私は―――」

「あ、マクレガーさんは頑張ってください! 是非是非」

「ぅ……しょ、承知、致しました……カズキ殿」

 

 

マクレガーとは結構密な付き合いをしている。

一緒に軍部を見学させてもらった事もあり、部下たちと剣術稽古もしており、イクシオスよりも付き合いがどちらかと言えば長い。

 

なので、頑張ってフランクに! とカズキは注文した。

 

思わず、マクレガーを除いた2人から笑みが出たのは言うまでもない。

 

 

「えっと、カズキさんの意見を聞いてみたいわ。―――本当、同席感謝しております」

 

 

一頻り笑った後に、ジルコニアはカズキの方を見た。

事前に、この面会を視させてもらいたい、と言われた時は驚いたが、今では感謝以外のなにものでもない。

カズキは、そこまでの過度な期待はやめてください、と一言添えた後。

 

 

「ジルコニアさんが彼らが求めるナニカ(・・・)について、知っているかどうか……、それを暗に探ろうとしていた、って感じですね。動揺を誘ってるって感じもしましたし、寧ろあからさまでした。―――マクレガーさんやイクシオスさんじゃなく、ジルコニアさんに対して含みのある言い方を選んだ、と言う事は、内容は恐らくバルベール関係、と推察出来ます。………以上が私が感じた事ではありますが」

「お見事――の一言ですな。メルエム様。一言一句、私と考えが同じです」

「それは光栄」

 

 

お辞儀をし、頭を綺麗に下げるイクシオス。

頭下げなくても~~と、と思うがマクレガーとは違うイクシオスはこれでヨシ。

 

 

 

「―――バルベール関係……」

 

 

そんな中、ジルコニアは口元に手を当てて考えていた。

その可能性は考えてなかったわけではない。だが、それでもその名を聞くとどうしても殺気立ってしまう。抑えられない。カーネリアンがその名を出してきていたら、それもジルコニアを挑発するかの様にふるまってきていたら、憤怒の化身と化す事間違いないだろう。

 

 

「前ばかり、気にし過ぎるのも良くないかもしれませんね」

「……ええ。敵は正面だけとは限らないかもしれない。……ですが、正面だけだと良いのは間違いないですな」

「そうですね。―――無論、最悪の場合、私も出来うる限り手を貸したい、と思ってますよ」

 

 

マクレガー、イクシオスには 人と人との争いごとに、神が介入するのはヨシとしない存在が~~~とそれっぽい事を匂わせたりして、頼り過ぎない様に、と釘をさした事も何度かあった。

カズラの様に間接的に支援するのなら目立ちにくいかもしれないが、ピカピカの光は当然ながら目立ちすぎる。そういう方面でも強大な力に依存し過ぎない様にしないと、と思っていた。

 

でも、以前リーゼの時にもあった様に、彼らは、その様な事を言う必要は端から無かった。

彼ら自身も頼り過ぎるつもりは更々ない。

カズキは、皆の事を見縊ってしまっていた自分自身を恥じる思いだ。

 

 

 

彼らは自分の足で歩く。生きていく。

光の神の力を以て、敵を殲滅し、その力に胡坐をかく気はないのだから。

 

 

 

でも―――とてつもない安心感だけは感じる。過剰にかかった力を抜く事が出来る。自分の、自分達の100%、120%を出せる様な気がする。

 

 

それでも、出すべき所では絶対に出す。

それをカズキは忘れない。

 

 

 

 

 

「トモダチですから」

 

 

 

 

 

無邪気な笑みを見せるこの神様を背に、全力で抗う事が、生きることが出来る。

そう、確信できる。

 

 

「では、我らはその友と呼ばれるに見合う様になる為―――しっかりと致す事にしましょうか」

 

 

イクシオスはゆっくりとそう告げる。

マクレガーもジルコニアも同感だ、と言わんばかりに大きく頷いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――――と言った事がありまして」

「なるほど……、カズキさんやイクシオスさんの言う通り、警戒はしておくに越したことはない、か……」

 

 

別室でカズラとカズキが何やら話をしていた。

無論、先ほどの文官、外交官たちとのやり取り、その内容についての説明だ。

 

なんと言っても、こちらには秘密兵器(笑)が存在するので説明も容易。

 

 

「ICレコーダー! 十分オーバーテクノロジーですねぇ……。一言一句、覚えておく必要がないのが嬉しい! 正直、そこまで記憶力が良いとは言えないので……」

「ですねぇ。俺もリーマン時代は大分世話になってましたよ……」

 

 

ぱぱぱぱっぱぱぁ~~♪

 

と取り出したるは、手のひらサイズの機器ICレコーダー。

これが有れば、会話の録音は容易。流石に映像を残すともなれば、電気の無い世界だからバッテリー式の監視カメラ等、相応な準備が必要になってくるが、流石にその辺りはプライバシーの侵害! と言うのもあれば、皆に機械についての説明もまだ出来てないので、導入は見送っている。

 

でも、今後この手の話し合いがある時の為の備えとして、用意しておいた方が良いかもしれない、と思うカズラだった。

 

 

「更に更に、俺の特殊な身体はこうやって、同化させちゃう事も可能! 盗聴し放題! ……って、自分で言ってても嫌なヤツですね。勿論、TPOは弁えますから」

「カズキさんを信頼してない訳ないじゃないですか。今更な宣言ですよ、ソレ」

 

 

わっはっは、と腰に手を当てて笑うカズラ。

そうこうしている内に、リーゼやナルソン達との会合の時間が迫っている事に気付き、部屋の外へと出る2人。

 

時間はすっかりと夕刻だ。

 

これは夕食の時間も近いな、と思いながら歩いていると、まずはリーゼと合流。

少々心臓に悪い過剰気味なスキンシップをしてこられるのは、如何に神様(笑)なカズキでもなれるのは難しい……と、赤い光に成りそうだった時に後ろから声が聞こえてきた。

 

 

「これはリーゼ様!」

「お久しぶりでございます」

 

 

正面からやってきたのは、ハベルの父親であるノール・ルーソン。そしてその長男であるアロンド・ルーソンの2名。

どうやら、ナルソンとの話が終わり帰る所の様だ。

 

 

「お久しぶりです。ノール様、アロン度様もお変わりありませんか?」

「毎日父にこき使われておりますが、何とかやっております。リーゼ様もお元気そうでなによりです」

 

 

リーゼが笑顔で応えると2人とも頭を下げて微笑をたたえる。

まさに営業スマイル。この手の笑顔はよーーーく知っている、と言うものだ。素晴らしい100点満点。

 

 

「カズキ様、カズラ様、こちらはルーソン家の御当主であられるノール様とそのご子息のアロン度様です。お2人はグレゴルン領との取引全般を担当している文官です」

「お初にお目にかかります。カズラと申します」

「私はカズキ、と申します」

 

 

紹介を受けて、2人とも笑顔で頭を下げる。

 

 

「おおお、あなた方がカズキ様、カズラ様のお二方でしたか。国の発展に多大なる力をお貸し頂けている方々だと拝聴しております。……都合が合わず、今までご挨拶出来ずにいた事をお許しください」

 

 

ノールは恐縮した様子で頭を下げ、アロンドもそれに続いた。

 

 

「いえいえ、そんな。当日は、私達も留守にしていた為、仕方のない事ですよ」

「こちらも領地の重鎮の方々全てに挨拶が回れてないので……お互い様、ですね? 今後ともよろしくお願いします」

 

「そう言って頂けて光栄極まれりでございます」

 

 

お互いにぺこぺこ、と頭を下げ合う社交辞令の応酬。培われてきた社会人スキルの1つが遺憾なく発揮できるのは良い事だろう……と思いながら、暫くして話題はルーソン家の次男ハベルの話になる。

 

 

「私の弟が御二方には大変よくしていただいていると伺っております。弟はお役に立ててますでしょうか?」

「勿論ですよ! ハベルさんには本当にお世話になってます。主に私についてくれるのですが、会う度会う度~って言っても大袈裟ではないですよ? 剣の腕もそうですが、文武両道とは彼を差すのでしょうね」

「―――おおお、これは失礼致しました。弟には剣の訓練にも施してもらっている、と聞いていたのを忘れておりました。文武共に、ご指導ご鞭撻、本当にありがとうございます」

 

 

ハベルの優秀さは、ここ最近では拍車がかかっている。

その理由は勿論カズキの下に付けた事、そして何よりカズキが【全て解っている】と言う事に尽きるだろう。

あれこれ、頭で考え画策し、そして上に行く為に、目標を達する為に、行動に移していたハベルだったが、良い意味で身体の力を、頭の力を抜く事が出来たのだ。

 

自分の力を最大限に、100%出し続けて居れば、必ず望む未来をつかめると解った今、彼のポテンシャルは最大限に発動された、と言って良い。

 

それは上司でもあるアイザックも目を見張るもので、彼自身も嫉妬の類は一切見せず、自らも向上心を持ち、隊長・副隊長共に切磋琢磨し合っていくと言う間柄となっていて、良い所尽くし、なのである。

 

 

後ほんの少しだけ談笑をし合った後に、最後に深々と頭を下げて2人は屋敷の入口へと去っていった。

 

 

「あの人達がハベルさんのお父さんとお兄さんかぁ。感じの良い人たちだな」

「………ですね」

 

 

彼らの背を見送り、思った事を素直に口にするカズラと少しだけ間をおいて同意するカズキ。

思うところが無い訳ではない。

カズキは知っているから。

事細かな事は思い出せてはいないが、カズキにはハベル以外にももう一人ついてくれている娘がいる。

 

そう―――マリーのことだ。

 

 

マリーについては、専属メイドとなったこと、当然知っている筈なのだ。なのに話題すら出さない。

ある程度の風向きが良くなれば、と思っていたが、重んじる血筋。その重さはやはり相当なモノなのだと実感している。

 

 

 

「――――」

 

 

ルーソン家は、何よりも注視しなければならない。

都合が良い事に、自分の記憶力は起きてしまった後に、その固く閉じていた記憶の扉がバンッ! と開くのだ。最初から開いてくれていたら、どんなに……と嘆く事もあるが、もう仕方がない。

 

 

「……ひょっとして、カズキも感じた?」

「……んん?? ごめん、リーゼ。俺がなんだって?」

「あの2人の事。私と同じ感想を持ったのかなぁ、って」

「へ? 2人とも何かあるの? ノールさん達の事」

 

 

リーゼとカズキは思うところがあり、カズラはただ優秀な人達で、人間性も良い人達、と評価していたが……どうやら、2人の考えは違う様だ、と目を丸くしていた。

 

 

「いや、会うのは初めてですし、第一印象はカズラさんと同じですよ? ただ、ちょっぴり……何だか引っかかるって言うか、思う所があって……、上手く言葉にできないんで、ぶっちゃけ聞き流してくれても良いレベルです」

「引っかかる? ……う~~ん……、聞き流すにしても、気になっちゃったから難しいかも……。リーゼの方は?」

「私の方も話半分に聞いておいて欲しい。まぁ、ズバッと言わせてもらうけど」

 

 

取り繕う必要が無くなったリーゼ。

そもそも、もう素の自分を見せても良い2人を前にしているのだ。何を綺麗に言い着飾る必要があろうか。

 

 

「ノールは、正直解りやすい性格。でも、アロンドの方は何を考えてるかわからないって言うか、近づきたくないタイプって言うか……」

「おお……ズバッと言っちゃったね」

 

 

リーゼに面会に来たことがあるであろうアロンドに対して近づきたくないタイプ、と切って捨てる。なかなか可哀想な気もしなくもないが……。

 

 

「リーゼはアロンドさんとは面識は?」

「えっと、何回か面会した事はあるよ? それでその時思ったのよ。―――この人、自分以外の誰も信用してないな―――って」

「それはまた……ズバッ! どころかドスンッ!! って衝撃来たよ」

「逆にリーゼの口からそこまで聞かされたら、本性が出るのかもね。アロンドさんの」

 

 

アロンド下げ下げ話になっちゃってるので、一応諸悪っぽい自分が取り合えず軌道修正。

 

 

「あ、でも話上手だし、気遣いも出来る人で、文官としては有能って評価は貰ってる人だから、そこまで警戒する必要は無いと思うよ。お父様も評価してるみたいだし」

「なるほど―――。総括すると、リーゼとカズキさんは、苦手なタイプって事かな?」

「……まぁ、そんな感じ、かな?」

「殆ど直感ですからね。それだけで評価しちゃうのは流石に職権乱用になっちゃうので、今後改めて、って感じでもあります」

 

 

直感だけで評価を決めること程ヒドイ事はない。

 

大体のブラックな会社は上司に嫌われたら、ではなく直感的に嫌い! で評価される事だってある事はある。容姿だったりステータスだったり、色々な理由で。仕事を視ずに評価は極めて最悪だ。

 

 

「アロンドさんは優秀な人って言うのはハベルさんを見てれば解る気がするし、人のあうあわない、相性って問題は仕方がない面もあるよ」

「そうそう、私としてはそんな感じで考えておいて欲しい」

「右に同じ!」

 

 

そんな話をしあいながら、3人は歩き続けるのだった。

 



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55話 写真撮影

 

何度も目を擦りつつも、書類に目を通し、手を動かし続けてるリーゼ。

時間も大分立ってきたし、休憩を挟んでいるとは言ってもかなりきつい筈だろう。

 

 

「リーゼ……、流石にもう休んだ方が良いと思うよ? と言うか寝た方が良い。全然寝てないでしょ?」

 

 

だから、休みを和樹は促した。

 

一良と和樹は十分休みを取れている。

何故なら、この世界でのオーバーテクノロジーを自由自在に動かすだけのスキルを身に着けているからだ。日本の更に遠い未来からやってきた和樹にとっては、一良の持ち込んだパソコン等は中々に古いと言わざるを得ないが、それでも身に着ける事は造作もなく、業務に支障はない。

 

つまり、互いに交代をしながら効率よく仕事を熟す事が出来ているのだ。

 

だが、リーゼやジルコニアたちはそうはいかない。

元々、彼女達の国、王国の問題だから、と言う面も勿論あるだろう。2人に、神々に任せっぱなしでは立つ瀬がない、と感じているのかもしれない。

基本的にこちら側の世界の住人は皆生真面目、超真面目。休むと言う概念が殆どない。

戦時中で余裕がないからだ、と言う事もあるだろうが、それでも休める時に休まないといけないのも事実。

身体に何かあっては元も子もないのだから。

 

それに、この工事計画書は文字も小さく、ハッキリ言って延々にしてたら身体に毒でしかない。ルーティンワークはしんどいのはどの世界でもきっと共通だと思うから。

 

 

「大丈夫。だって少しずつ夜更かしにも慣れてきたし? 無理そうだったら ちゃんと寝るから気にしないで。―――それに、私は和樹と一緒だし! 一緒に居られる為なら、秘薬がぶ飲みして頑張れるつもりだよ?」

「えぇ……マジ? ジルコニアさんでも降参したのに?」

「ふふんっ! 私の和樹への想いは並じゃない、って事だよっ!」

 

 

胸を張ってそう宣言するリーゼ。

とても可愛い……と思うのだが、それ以上に弄りたくなる衝動が抑えられない……。

 

 

「え~。ならなんでメロ―――」

「黒歴史出すの禁止!!」

「は、はい!! (早い……)」

 

 

メロメロばんばんネタはもうそろそろ完封される勢い。

ギロッ、とにらまれた上に、ペン類まで投げられたら大変だ。

 

 

「もうっ!」

「冗談は別として、やっぱりリーゼが無理するのだけはなぁ。……と言うより、一緒に居るから無理しないで」

「解ってるよ。……でも、私が居ないとこの翻訳作業だって全然進まないでしょ? こればっかりは一良にも和樹にも出来ない事だし?」

 

 

リーゼには無理させたくないのは本心。

でも、リーゼに抜けられて仕事が出来るか? と問われれば……。

 

 

「……ごもっともです。あ、でももう大分進んだんだし」

「じゃあ、後もう少しだし。頑張って全部終わらせちゃおう! 明日、一良が驚く顔が目に浮かぶよ」

「あぁ~~、予告してた地点よりずっと先に進んでるし。それはそうだなぁ」

 

 

一良から引き継ぎされて、今の地点。色々と考えてみれば、リーゼの奮闘もあって大分進んでいる。これなら、明日以降も楽出来る部分も出てくるだろう。

いや、明日以降も楽せずに仕事に慢心するだろうから、とてつもないペースで復興が進んでいっている気もする。

 

 

その後も、色々と確認を行いながら続ける。

大飢饉で発生した問題点は、とてつもないペースで進んでいったとしても、時間はいくらあっても無駄ではなく、足りない、と言う認識を持った方が良い。

こうしてる間でも、苦しんでいる領民が居るのだから、それを思えば当然だ。

 

国を、領民を、ここまで憂う為政者が居るのであれば、必ず発展する。

それを妨害する悪意ある者が居るのであれば、容赦はしない。

 

きっと、もう大丈夫……、と穏やかな表情をしながらリーゼの方を見ていた和樹は。

 

 

 

「……あのさ。この間、グリセア村の視察報告書を見たんだけど、一良はそこで1ヵ月くらい生活してて、和樹は丁度一良がイステリアに来る頃――――つまり、1ヵ月後に合流した、って形なんだよね?」

「ん? うん。そうだね。後で合流する~って話はしてたんだけど、ちょっぴり遅くなっちゃって。オレにもいろいろあるからなぁ……」

 

 

不意打ち気味な神様設定の話も自然に返す事が出来ている合格点。

一良と和樹が入念な打ち合わせをしている賜物だと言えるだろう。

 

 

だが、リーゼの真骨頂はここからだ。

 

 

 

「全てに光を齎すメルエム様と、慈悲と豊穣のグレイシオール様。………一良と、和樹はどうして急に村へとやってきたの?」

 

 

 

随分久しぶりだった。

一良、和樹で定着していた筈の名前呼びが、公の場所でもないのに、神様名称に変わった事に少々面を喰らう。

 

 

「あの村は、一良さん……グレイシオールにとって大切な村だからね。そこが苦しんでる、日照りで苦しんでる村を見捨てる事なんて出来なかった。なら、オレだって友達として一緒に―――」

「本当に?」

 

 

和樹に最後まで言わせる事なく、リーゼは再び問う。

 

 

 

 

 

「本当にそう――――なの?」

 

 

 

 

 

 

真っ直ぐ、和樹の目の奥まで見据える様に、その榛色の瞳を真っ直ぐに向けてくる。

 

 

 

 

「ッ――――――」

 

 

 

不審な点があったのだろうか?

でも、例えそんなものがあったとしても、有無を言わさぬ証拠と言うモノが備わっている。

そう、ピカピカの力だ。コレは人なら出来る訳がない人外の証拠そのもの。

一良に関しては人間の身体だから説得力と言う面では落ちるかもしれないが、この世界に存在しえない機械をいくつも持ってきているのだから、それを十分補ってると言える。

 

なぜ、リーゼはここまで思う所が?

 

 

 

「――――やっぱり、今のなし。忘れて」

「! ええ、ここまで来て?」

「あはははっ。だって、和樹思いつめちゃってる顔してたし? それに――――」

 

 

 

リーゼは少しだけ俯かせた。

最後の最後まで踏み込まなかった理由がここに有る。

 

 

 

「……和樹が消えちゃうのは困るから、さ」

 

 

 

光である事は間違いない。

それは歴然たる事実。

 

でも、光が有れば闇があるのと同義で、夜になれば光は落ちる。

ありとあらゆるものの光の総称とは言っても……だからと言って消えない理由にはならないのだから。

 

 

「……ふふ。消えないよ」

 

 

そんなリーゼの心境を読み取ったのか、和樹はふわりと右手を動かし、空気を撫でる様に上下させた。

すると、光の粒子がリーゼを包み込む。

 

軈て、光は頭部へと集まり、彼女の頭を撫でる。

以前から、事ある事に撫でて欲しい、とせがまれてた事もあり、これがリーゼが一番好きな事だと知ってるから、和樹は安心させたい、と言う理由も込めて撫でる事にした。

 

……勿論、絶対の保証がないのも事実。

和樹自身も踏み込めない最大の理由がソレ(・・)だから。

 

 

 

「―――ありがとっ」

 

 

 

リーゼは仄かに表情を赤く染めて……目を閉じて心行くまで堪能した。

 

そして少しして。

 

 

「そうだ! 前にした約束ってまだ有効だよね?」

「約束? ―――ああ、今度出かけよう、って話?」

「そうそう」

「勿論大丈夫! ……でも、明るい内の空の旅はお控えくださいよ? お姫様」

「も、もうっ! 解ってるよ! 皆に見られたら大変だし、……(それに、あれを知るのは私だけで………)」

「なら、OK! ささっ、手早く済ませてひと眠りしよう!」

「よっしゃ! 頑張るよー!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そして次の日。

一良は2人が想像してた通りに目を丸くさせて驚いていた。

残りを最後にやって、今日の夜には報告会を行おうと思ったのだが、時間を前倒しにして朝から行えるから。

ナルソンにはリーゼから話を通しているし、後は機器の準備をするだけだ。

 

和樹は、自分は寧ろリーゼが凄かった、と説明。

領民を、大切に想うトップに立つに相応しい人だと。

 

そして一良は、和樹と一緒だからこそだよ、と笑って言うのだった。

 

 

 

 

 

それは兎も角、ここからは一良も一緒に行う。

まずはプロジェクターを起動させて、画質は問題ないかを確認。

窓を締めれば十分薄暗くなるので、視覚的にも問題ない。

 

河川工事計画書も解りやすくまとめられており、時折リーゼの筆跡、綺麗な手書きにも感銘を覚えつつ、説明を続ける。

因みに、写真技術はもう既に伝えてるので問題なし。

少々躊躇ったが、デメリットよりもメリットの方が圧倒的に大きい事を考慮し、2人で考えた結果だ。

 

 

「まずは洪水が起きる可能性が高いのはこの高い場所で、そこから改修工事を行います。地区はこことここで、担当は――――」

 

 

一良のレーザーポインターと指の指示を読み取って和樹がPCを操作。

画面を次々切り替えて、質問等があればいつでも聞く様にし、元の画面にも戻したりしている。

 

質問~~に関しては、最初こそは初めてプロジェクターを見るので、凄く驚いて声を漏らしていたから、プロジェクターについての質問が飛ぶかな? と思ったが驚く程度でそれ以上の事は無い。

有意義で生産性のある質問ばかりが飛ぶ。

 

 

「一良殿。質問なのですが、工事に用いる材料は木材と石材、それにモルタルだけでよろしいのですかな? 今のうちから用意しておく他の材料等はありますか?」

「それだけで大丈夫ですよ。来年行う本改修でも、材料は同じなので作業員と合わせて都合をよろしくお願いします」

「畏まりました。計画書は職人も閲覧できる形にしたいのですが、問題ありませんか?」

「ええ。大丈夫です。流石にこの規模ともなると彼らに見て貰わなければ、上手く進みませんし」

「あ、光については私の名を出してくれて大丈夫ですよ? 納得できず、更に私の事を知らない人が居れば、ちゃんと教えますのでいつでも呼んでくださいね」

「畏まりました。写真についても、メルエム様、そしてグレイシオール様のお力添え、と説明致します」

 

 

プロジェクターもそうだが、写真技術もそう。

被写体が人であれば、その写真1まいで誰も知る事が出来る。記録を残す、記念を残す、と使用用途は多岐に渡るし、寸分も違わない姿を映し描いているので、圧倒的時短にもなる。

 

更に恐ろしい、と思えたのは自分の知らない第三者がいつの間にかこれを所持、広くに知られると言う可能性が極めて高いからだ。

 

まさしく恐ろしい道具、とナルソンもジルコニアも思った。

 

でも、よくよく考えたら光を自在に操るメルエムの方が遥かに上に居るので、直ぐにその考えは吹き飛んだが。

あまりにも親しみやすい人格者なので、ついつい忘れそうになってしまうのだ。

和樹は和樹で、それを大歓迎しているから猶更。

 

 

「写真に関しては本当に、例え相手の顔を忘れてしまっていても、いつでも思い出せますね。和樹さんや一良さんの様に、いつまでも記憶に、心に、留めて置けるひとたちなんて限定されてしまいますから」

 

 

ジルコニアは少しだけ笑みを浮かべた。

和樹と一良の事はもう生涯忘れる訳がない。どれ程歳を迎えたとしても、永遠に、だ。

それは当然家族と呼べる相手もそう言えるが、それでも全員がそうか、と言われれば無理だ。

 

 

「犯罪を犯してしまった者の写真を作って、記録として取っておけば、絶対に逃げようがありませんし、抑止力にもつながる力かと」

「確かに。使い方によってはそうですね。非常に便利なものです」

「一瞬で記録が獲れるって言うのがね~。それに私の光が合わされば、もう逃がしませんよ」

「……和樹殿から逃げる事など、考えられませんな」

 

 

一良も頷く。

普通に撮影し、息をする様に記録を残す世界から来た身とすれば忘れがちだが、写真の技術はとんでもない、と痛感させられる。

和樹に関しては写真など無くても、本当の意味で目にもとまらぬ動きで瞬く間に移動するから、逃げる~なんて考えられないし、そんな機会等絶対にないしない、と宣誓する。

 

 

そんな時だった。

 

 

「―――その写真って、簡単に撮れるものなの?」

 

 

リーゼが違う質問を投げかけた。

 

 

「ああ、色んな事が出来るぞ。今直ぐリーゼを撮って、そのまま印刷……何枚でも!」

「高性能だから、画質もヨシ読み込みも早い。本当にあっと言う間に」

 

 

一良や和樹からも太鼓判。

それを聞いて、リーゼは少しだけ考えて―――。

 

 

「……撮りたいものがあるんだけど、お願いできないかな?」

「! リーゼ……」

「まぁまぁ、いいですよ。全く問題なしです」

 

 

ナルソンが諫めようとするが、それを制する様に一良がさっさと立ち上がって準備。

 

 

「綺麗に残したいモノ、記録と記憶に残したいモノ、なんて沢山あるし。リーゼは何を撮りたいんだ?」

 

 

リーゼの考えに同調する様に一良が準備する横でうんうん頷く和樹。

すると、リーゼは少しだけ気恥ずかしそうにしながら……。

 

 

 

「家族3人で、撮った写真が欲しいな……って」

「「―――!」」

 

 

 

リーゼの望みは家族写真だった。

十分あり得る選択肢だったが、それ以上にリーゼの想いを感じて、笑った。

 

 

「家族写真! いいね! 絶対良い!」

「最初にデジカメ説明する時に撮っておけばよかった! 是非是非、今とろうっ!」

 

 

2人は大賛成。

でも手放しで喜べないのはジルコニアだ。

 

 

「―――ッ! あ、あの、私は……」

 

 

ジルコニアは公言している。

戦争が終われば貴族をさり、平民に戻ると。

つまり、これは仮初の家族だと。

 

だから、家族写真(・・・・)に残すのは……と。

 

 

「良いじゃないですか、ジルコニアさん!」

「直ぐ準備しますよ」

「あ、そう言えばジルコニアさんは、何かあったら何でも言ってください~って言ってくれましたよね?? 今それ使いますよ!」

「えええ!」

 

 

以前、和樹に言っていた事を、今このタイミングで使われるとは、と思わず声に出す。

それでも尚……。

 

 

「で、でも……」

 

 

頷けなかった。

だから、ナルソンの方を見た。

全てをナルソンも知っているからだ。

 

 

そんなナルソンは、ただ笑顔で言う。

その横ではリーゼが真剣な顔つきでナルソンに続く。

 

 

 

「……お二方もここまで勧められてるのだ。お言葉に甘えようではないか、ジル」

「お母様。……お願いします」

 

 

2人からの願い。

皆からの願い。

 

それを聞き入れない……なんて、出来る筈もない。

 

 

ハベル・アイザック、皆も一緒に。

家族写真の次に全員写真、と言うのも悪くない。

 

 

「ナルソンさん! 表情がちょっと硬いですよ、笑って笑って」

「む、難しいですな……」

「お父様、肩の力を抜いてください」

「ふ、ふむ……」

 

「ジルコニアさんも、ちょっと硬いですよ~~。ほらほら、リラックスリラックス!」

「わ、解りました!」

 

 

結論から言えば、写真撮影は大盛り上がり。

何だか、工事計画が次いで~~みたいな感じになってきた。

 

 

更に、ジルコニアからの逆襲(笑)もあった。

 

 

 

「和樹さんとの2人きりの写真も欲しいですね」

「!! あの、ジルコニアさん?? ナルソンさんが傍に居るトコで堂々とそれ言うのはどうかと思うのですが?」

「はっはっはっは~~」

「ナルソンさんは笑い過ぎですー! 笑ってられる話じゃない、って思うんですけどねーー!」

「あっ、お母様狡い!! 私も和樹と一緒に撮る!!」

「や、一良さんもいますし? 皆で全員写真撮りましょうよ……??」

「いやいや~~お2人の御指名は和樹さんですし? そこはお譲りして……」

「一良さんまで不倫推奨しないでくださいよっ!! バレッタさんに言いつけますよ!?」

「えええ!! なんでバレッタさんが出てくるんですか!?」

 

 

 

 

その後はアイザック、ハベル、エイラ、マリーと沢山の思い出が鮮明に記録されていく。

 

今日と言う日を大切に―――とこの場の誰もが思うのだった。

 



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56話 シルベストリア

漸く、最初にちょこっと出てきていたシルベストリア……シア姉ちゃんが登場です(笑)

遅れてすみません!


神々しい光が、轟音と共に森の中から天へと放たれて行くのが見てわかる。

これ程の光ならば、特大の落雷をも容易に上回ってる程の光の柱が天に昇った―――ともなれば、まだまだ光の技術が未発達なこの世界では猶更目立つ。音を響かせれば、直ぐにでも騒動になりそうなものなのだが、その様子は一切ない。

森を始め、周辺が静寂に包まれていた。

 

そんな場所の中心に、男女の姿があった。

 

そう、和樹とノワールの2人、そしてこの場所はグレイシオールの森奥深く。

 

 

暫くして光が音と共に消失し、再び場には静寂な夜の闇で覆われてゆく。

それでも完全に光が消えたりしないのは、ノワールが持っている松明の明かりのおかげだろう。

和樹はその松明の明かりを頼りに、右手に持ってる時計(セイローブランド時計 15諭吉さん)を見て改めて確認する。

 

 

「う~~ん、天岩(あまのいわ…)……ピカピカビーム空に向かって連続で放ったら、やっぱり丁度1時間で使えなくなる……か。使えなくなった今の身体も、光じゃなくて生身みたいだし。でもいまいち掴み切れてないんだよなぁ……。単純な天叢(あまのむら…)………ピカピカ剣術だったら、全然余裕で1時間超えちゃってるってのもあるし。クールタイム? もまだまだ把握出来ってないし……。ノワは何か解ったりする? これ」

「――――恐らく、ですが」

 

 

本日はノワールとのお約束の日。

グリセア村を守ってくれてるお礼をしたい~と言う話を和樹から聞いて、【逢瀬の機会が欲しい】とお願いをされた。

 

逢瀬とは、中々ハードルが高い言葉を使ってくるが、その辺りは華麗にスルー。ノワールとはグリセア村の周辺情報の確認やウリボウ繋がりでバルベール関係の話も聞いてみたかったりするので、逢引~を無視するだけで、会うのは当然OK。

 

特に、ピカピカの能力を把握する、と言うのはノワールが居る深い森の中がうってつけなのだ。それに日本へと続く―――一良の家に続く道は、こちら側の人間では通る事が出来ないので、ちょっとした実験をするにはここ以上に安全な場所はない。

 

因みに純粋に合いたい気持ちがあったノワールが、和樹のその動機を聞いて頬を膨らませたのは言うまでもないことだった。

 

 

 

そして今。

 

 

当初は純粋に和樹とノワールは和やかに話し相手となり笑顔や笑い声が絶えない~と言った感じだったが、後半からはピカピカの力の確認。ノワールの考えを聞いている。

人間よりも野生の勘の様なモノの方が優れているのでは? と言う少々浅はかな考えだったが、ノワールの意見を聞いてみたい、と思ったのだ。

 

 

「和樹様の中に備わってる光神(メルエム)の御業……、内なる力を全てを使いきり、枯渇すれば、一時的に使えなくなる、と言った感覚ではないでしょうか? だからこそ、最大規模での連続使用は8刻(1時間)程度、その規模を遥かに抑えた剣術時はほぼ無尽蔵に……。休憩を挟めば相応に延長される様ですが、見ている感じだけで、それを正確に推し量るのはほぼ不可能かと思われます」

「う~ん、やっぱしそんな感じかな? ノワの言う通りっぽいね。クールタイムとかタメに関しては身体で覚えるしかなさそう、か……」

 

ピカピカの実の力の実験。

 

それはこの世界に来て何度も何度も試している事。

調子に乗って墓穴を掘らない様にする。当然の備えだ。

 

力に酔った者の末路なんて、何度も読み漁った物語の定番の様になってるから。

それが如何に中世の世界が舞台で、殆ど現実的な法則の力、異能の様な力とは無縁な世界線だったとしても。

 

単純な話、敵国であるバルベールの方に攻め入って、最初の方は圧倒的な力で一方的に殲滅する事だって容易だろう。

そうなったら光の神様じゃなくて、破壊の神様になってしまいそうだが。

でも、危険がない訳じゃない。持久戦になったりすれば能力発動のリミットの事もある。移動手段も無くなり生身な状態になってしまう。

回復の時間もそれなりに必要であることを考慮すれば、……当然絶体絶命。

 

《天岩戸》と言ったピカピカ特大ビーム連発して大破壊~をすれば或いは……とも思う。確実に戦意を削ぐ事が出来るし、反対の立場だったら我先にと逃げる自信もある。某黄色いサルが追いかけてくるのだ。屈強な男たちでさえ逃げ一択。余程の大物や命知らず以外立ち向かうなんて選択肢をとる訳がないだろう。

 

―――が、そう単純な話ではない。主に精神面。

 

ジルコニアには申し訳ないが、敵国だからと言ってダース単位で無差別に虐殺する様な精神は流石に持ち合わせていないから、結局の所出来ない。

以前、一良に自分はゲーム脳だと伝えていたのだが、これほどまで長く没入した世界、ゲームとは思える訳がないリアルな世界にやってきて、ゲーム脳だから、オレTUEEE! を連発する~~~、なんて無理だ。

 

 

勿論、襲ってくる連中、これから攻め入ろうとする敵を返り討ちにする程度は訳ないのだが、やはり無差別な◎人厳しい。

 

 

それにもう1つ頭を悩ませているのが実に性質が悪いのは前世の記憶だ。

 

 

簡単に思い出せたら良いのに、本当に性質が悪いタイミングで記憶の扉が開くから、全て覚えている様で、覚えていないに等しい。

これまでもあの手この手で何とか思い出そう、思い出そう、としたのだが、縋る者には開かない扉? とでもいうのか、全く思い出せない。

 

 

「まぁ、皆を守る事。専守防衛を優先して気を配ること、かな。今は……」

 

 

何が最善なのか、それは自分の中で決める事ではない事も和樹は解っている。

とても頼りになる人達が多い事も和樹は解っている。

そして、如何に強大な力を持ったとしても、守れる範囲と言うものはある事も理解している。

 

 

だからこそ、過信はせずに、今は兎に角出来る事をしよう―――と心に決めたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その後もノワールとの蜜月は続く。

 

深夜の時間帯を使ったり、念には念を入れて、ノワールやオルマシオールに頼んだ催眠術を駆使し、万が一にでも視られない様に配慮はしているから、あまり遠慮が必要ないのは非常にありがたい。

 

ノワールとオルマシオール2人掛かりの催眠術? は、単独で行うよりも遥かに効果があるらしい。

あの催眠術に耐性? を持ってるバレッタであっても、堪える事は難しいとかなんとか。

和樹は、腰を掛けて夜の空を眺めながら呟く。

 

 

「やーそれにしても、今の状態でノワ達に襲われてたら、あっと言う間にゲームオーバーだったなぁ。この状態でノワに木剣で叩いて貰ったら透過しなかったし、ふつーに痛かったし。うんうん、やっぱどんな力にも弱点有り、と」

 

 

この世界に来たばかりの事を思い出してしまうのは、やっぱり森の中で、それもウリボウ達もいる中で色々と話をしているから、だろう。

あの時程恐怖を覚えた事は無いからだ。

今はトンデモナイ能力を得て、それでも油断と過信はしない様に、と戒めているが十分過ぎるオーバースペック。無敵感満載で今日まで過ごしてきたから。

 

だからこそ、より刻まれた恐怖は早々忘れれるものじゃない。

 

 

「……きゅーんきゅーん」

 

 

そんな話をしていると、いつの間にか傍に来ていたウリボウの内の1匹……ハクが来て鼻先をこすり付けて小さく鳴いていた。

 

耳も尻尾も垂れ下がり、悲しそうな表情にも見える。その所作だけであの時の後悔の事を気にしているのだろう、と和樹も読めた。

だからこそ、直ぐにハクの頭を撫でながら言う。

 

 

「あっはは! ごめんごめん、変に気にさせちゃった? もう良い思い出って自分の中で昇華出来てるから」

 

 

わしゃわしゃわしゃ~~と、やや乱暴気味に頭を撫でまわす。

ハク程の巨躯のウリボウは、このくらいが丁度良いのだ。ハク自身も気持ち良い様で、次第に尻尾が左右に揺れる様になり、耳も持ち上がり、完全に立ち直った。

 

だが、その横にいたノワールはと言うと。

 

 

「……ぅぅ、私はあの時本当に取り返しのつかない事を……」

「ああっ! ノワまで!? ごめんごめん、今のはオレの言い方が悪かったってば。ノワ達がそんな事する訳ない、ってもう解ってるから。いい加減長い付き合いになってきたでしょ?」

 

 

同様に悲痛な声を上げてたので、こちらもしっかりとフォロー。

でも、ハクと違いノワールは意気消沈していく。どよよん……と効果音をつけたくなるくらい沈んでいってるのが分かる。

 

なので、和樹は問題ない旨を再度、再再度伝えてどうにか元気になれ~と頑張ってるが……なかなかどうして。

ノワールは人間の状態なら間違いなく美女に入る分類。バレッタ、リーゼ、ジルコニアとはまた違うタイプ。ミステリアスさがあって、何処か妖艶な様子も見受けられる大人な女性だ。

そんなノワールが悲しそうな顔をしていて、平気でいられるわけがない。

 

 

 

「ほんと気にしないでってば! 気にするの禁止! って前に言ったでしょ? 元気出して!」

「ぅぅ…………………」

 

 

 

だが、それも終わり。

 

 

「……ん?」

 

 

違和感に気付いたからだ。

と言うか、どうして気付けなかったのか? とも言える。

それ程までに、あからさまだったから。

 

 

「ノワ、ひょっとして……オレの事からかってない?」

「!」

 

 

おぃおぃおぃ……と、顔を両手で覆ってるノワール。でも、その手の隙間からちらっと見えた目は、表情は何処となく笑ってる様に見えたのだ。

それも一瞬見えた、気のせい? といった事ではなく、適度な間隔でこちらを伺う様に? 或いは困ってる様子、揶揄えているかどうかの確認―――の様に見えなくもない。

 

そして、それが正解だと言う事もノワールの反応を見れば明らかなので……。

 

 

「………瞬間移動(やたのかがみ)

「ああっ!!?」

 

 

確信したと同時に、和樹はピカピカの能力で瞬間移動。

ある程度、回復出来たので移動するくらいなら問題なく出来た。

 

そして、想定外! と先ほどまで両手で顔を覆って悲しんでいた筈のノワールは直ぐに手を伸ばそうとするが、当然ながら光に追いつけるわけもなければ、光を掴む事なんて出来る訳がない。

 

 

「か、かずきさんっっ!! すみませんっ、ごめんなさいっっ!! わた、私もハクの様に頭を撫でて貰いたかっただけなんですぅぅっ!! 元気つけて貰いたかっただけなんですぅぅっ!! (最初は)か、からかうつもりじゃなかったんですぅぅっっ!!?」

 

 

折角の逢引の時間が短縮された。

ハク自身も、ノワールのせいで帰ってしまったんだ、と解ったのだろう、彼女を見る目が厳しい。

 

それ以上にノワールは悪手だったと後悔。

 

 

その後、暫く夜の森にノワールの嘆きが響き渡り――――今度は和樹に、焦らされて 暫くの間からかわれるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――――数日後。

 

 

 

 

 

「アイザックさんの従姉妹の人が、グリセア村を守ってくれる、って事ですか。それなら更に安心ですね。アイザックさんの身内ってだけでも」

 

 

和樹は一良から、報連相を受けた。

何でもアイザックから相談を受けて、その内容は グリセア村の守備隊のもとに少々滞在しても良いか? 代わりに他の人員を~と言う流れで、彼の従姉妹、シルベストリアと言う女性が来る事になったらしい。

 

 

「歳は24歳で若いけど、アイザックさんが太鼓判を押す程優秀な人だって。正義感も強くて不正も極度に嫌っているから、今回の任務にはうってつけだとか」

「へぇ……それはますます………、っというか、アイザックさんがそこまで太鼓判を押すって、物凄く、とてつもなくお堅い人って事じゃ? ちょっと想像したら、若干震えたんですが……」

「あ、それはオレも思ったよ……。でも、一生懸命否定してたから。村の皆ともきっと上手くやっていけるって。普段は気さくで朗らかな人らしいし。…………怒らなければ」

「……最後の方がすごーく不穏ですよ一良さん。軍の人を怒らせる人なんて、グリセア村にはいないと思うんですけど……、ヤンチャな子達は沢山いるから余計に」

 

 

シルベストリアの人物像を一生懸命思い出そうとする和樹。

名には覚えがある。でも、詳細は不明。ただ、ニーベルの時の様な不快感は一切しないのがせめてもの救い。

 

 

【怒ったら怖い。不正をしようとした同僚・上官を揃って半殺しにした】

 

 

とか聞いて、ぎょっとしたが……。

 

 

「でも、アイザックさんやルートさんを見てたら、きっと大丈夫ですよね。それにグリセア村だったら、怒る(・・)、じゃなくて叱る(・・)、と言う表現の方が正しそうじゃないですか?」

「……ですね」

 

 

と言う事で最終的には落ち着いた。

アイザックの家系……、あのイクシオスも含めて真面目な人が多いのは間違いない。

シルベストリアもきっと同じ分類に入るのだろう。

不正を許さず、毛嫌いし、少々やり過ぎな気がするが、時代背景が背景だ。現代日本・未来日本とは違う。

鉄拳制裁を以て相手を悪を罰する。

 

 

心情はさておき、信頼は出来るのには違いない。

 

 

「早めに会ってみたい、ですね」

「オレもそう思います」

 

 

そういって、話を締めた。

 

シルベストリアについては、もう直ぐ会えるから、そこからゆっくりと話をして親交を深めて、人柄を知っていけば良いと考えてる。

 

家系を考えたら、剣術の相手をしてくれ!! と言われるかもしれないな、と和樹は笑った。

 

 

 

「……さて、と」

 

 

 

一良との話を終えて、和樹は別の場所へと移動。

覚えていないことは仕方がないが、覚えている事はしっかりと把握している。

 

中でも、特に気にかけてる部分は猶更、記憶に、頭に刻み付けている。

 

 

それが、彼女――――マリーの家系の事。

 

 

 

兄のハベルとの仲は文句なしの一言だが、もう1人の兄(・・・・・・)はそうはいかない。

 

 

 

和樹は、視界の中に、マリーの姿を捕らえた。

それと同時に、もう1人の兄……アロンドの姿も。

皆作業に精を出してる事もあって、2人のやり取りは周りには聞こえてないようだ。ちょっとした2人きり状態、と言うのが正しい。

 

 

そういう場面を狙って(・・・・・・・・・・)接近したと考えられるが。

 

 

だが、お構いなく和樹は2人に近づく。

 

 

「アロンドさん、お疲れ様です。それにマリーちゃんも」

「ッッ!!?」

「カズキ様。おはようございます」

 

 

つい今し方まで、アロンドは険悪な雰囲気、表情だったのを和樹はしっかりと見ていたが、見てない様に、気づいてない様になるべく勤めつつ―――話しかけた。

 

 

「(おい。カズキ様の前だぞ。挨拶をしないか)」

 

 

マリーにとっては強烈で凶悪なアロンドの圧力を身体で感じ、震えつつも慌てて頭を下げた。

 

 

「ッ……!! お、おはよう、ございます。カズキ様っ」

「うん、おはよう。今日も朝から頑張ってくれてありがとう」

 

 

そういって、マリーの頭を撫でてあげた。

手から伝わってくる。震えてるのがよく解る。だから少しでも落ち着ける様に、少しだけ長めに撫でた。

 

そして、落ち着いてくれたのか、或いは彼と2人きりじゃなくなった事で緊張感から解放されたのか、マリーの震えが止まった。それを確認できた後に、和樹はマリーから手を離し、その笑顔のまま、アロンドの方を見る。

 

 

流石はアロンドだ。上辺を繕う術にかけては随一。

マリーとの険悪な間柄を全く噯にも出さず、愛想笑みを見せている。

 

和樹も当然それに気づいてるが、気づいてないフリを続行。

 

 

「マリーちゃんもハベルさんも……。本当に、ルーソン家の方々は皆優秀で、凄いですね。正直、私の中では飛び抜けて――――と言っても決して大袈裟ではないですよ」

「……はっ。ありがとうございます。そこまでの好評を頂けて、ルーソン家の長兄として鼻が高く、心より御礼を申し上げます。カズキ様」

「いえいえ。そう固くならないでください。それにあまり、固い雰囲気出しちゃったら、作業してる皆さんが緊張するかもしれませんし」

 

 

そういうと、和樹は回りに手を振った。

和樹の人柄は、皆知ってるからそれぞれが頭を下げたりして挨拶を返す。誰もが笑顔で。マリーの監督の下で作業をしている時も十分程穏やかだったが、それ以上に皆が力を抜けてるのを感じる。

勿論、メリハリはしっかりとしているので、その辺りは問題ない。

アロンドも最初こそ見えない所でマリーに圧を送ってたようだが、ここまで和やかな空気になったのを見て、これ以上は下手をすれば自分が壊すかもしれない状況になるのは不味いと自重を始める。

 

 

「あ、資材調達の方は問題なさそうですかね? 一良さんも確認したがってましたし」

「はい、そちらの方が概ね予定通りですよ。これからカズラ様にも報告へ向かおうと思っていた所です。その道中に……見知った者が働いておりましたから、ルーソン家の者として、少々確認の意味を込めてこちらに」

「評価は間違いなく最高位ですよ。個人的にボーナスを上げちゃいたいくらいで。……まぁ、余計な事しちゃったら、一良さんに迷惑掛かっちゃうかもだから、自重してますけどね」

 

 

ハベルの名はしっかり出すが、マリーの名は意地でも出したくない様子なのがよく伝わってくる。

それを感じつつも、マリーの事を大好評するモノだから、アロンドの表情もほんの僅かだが、口端が歪んで見えた気がした。

化かし合いの軍配は和樹側に有り、と言った所だろう。

 

 

その後、暫く談笑をして――――。

 

 

「一良さんは、A区画の現場に顔を出してる筈ですよ」

「ありがとうございます、カズキ様。大変有意義な時間でした。また、今後ともご指導ご鞭撻のほど、家族ともどもどうかよろしくお願いします」

「ええ、勿論です!」

 

 

最後は一礼をして、穏やかな空気のまま別れた。

マリーの事は最後まで見る事も褒める事もしなかったが、それを和樹の口からマリーに伝える事は無い。

ルーソン家の者を下げる様な事はせずに。

 

 

「お疲れ様、マリーちゃん。……大丈夫だからね」

「ッ、ッッ……!」

 

 

ただただ、マリーに大丈夫だ、と安心して貰える様にし続ける。

 

アロンドの姿を見るだけで身体が震えていた。

これまでは、アロンドが見えなくなっても暫く震えが止まらなかった。

止まるのは、兄のハベルが励ましてくれる時だけだった。

 

でも、今日からは違う。

 

マリーはきっとアロンドの姿を見ても、もう震える事はない。

 

そう、断言出来るのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

アイザックは、件の従姉妹―――シルベストリアの元に居た。

ショートカットの金髪と活発そうな顔立ちが印象的な女性である。

 

申し送り事項を全て伝えて、万全の状態でグリセア村へと向かってもらう為に改めて説明に来ていた―――のだが、雲行きが怪しい。

 

ニコニコと笑い続ける彼女。

それを冷や汗が流れるのを感じながら相対するアイザック。

 

 

「……重ねて言いますが、これはとても重要な任務です。何があろうとも規律を徹底し、外部から村に接触しようとする者は必ず先にイステリアに向かわせてください」

「かしこまりましたアイザック様。このシルベストリア、完璧に任務を遂行して見せますわ」

 

 

朗らかに答えるシルベストリア。

確かに、アイザックは一良に説明する時、シルベストリアについて気さくで朗らかな者、と称したが、それは他者に向けてであり、ベクトルは自分に向いていない。

 

元々シルベストリアはアイザックよりも立場が上なのだが、現状として指示を出すのはこれまでの積み重ねもあり、アイザックの役目となってるからやりにくい……と言う事ではなく、兎に角不自然を通り越しているのだ。

 

 

 

「(……な、なんなんだ。オレに対するこの態度は!? 今まで敬語も様付けも使ってきたことなんてないのに、何より終始浮かべてるこの笑顔は……)」

 

 

 

漸く、アイザックはシルベストリアの様子を言葉にする事が出来そうだ。シルベストリアに対して、何を感じているのか、言語化できそうだ。

 

 

それは――――恐怖の2文字。

 

 

非常に怖い。身体が恐怖を覚えているのだ。

ある種、初めて光の神と相対したあの時の恐怖と同等レベル……と思ってしまうのは和樹の人柄、一良の人柄を知ってるからそう思うだけだとは思うが、それを差し引いても、この得も知れない恐怖はきついを通り越している。

 

 

「駐屯中は村の警備と、外部からの接触者の対応をすれば良いのですね。他は何もしなくて良いのですね?」

「はい……村の方に何か相談を受けたらその時は……あ、あの。もしかして怒ってます?」

 

 

あまりのプレッシャーに耐えかねたアイザックは直接聞く事にした。

それはそれで相応のプレッシャーと言う高い壁があった筈だが、この状態を延々と維持する方がもっときつい、との判断、英断だ。

 

 

「いいえ。そんなことありませんわアイザック様」

 

 

ニコニコニコ……と笑顔のままいうシルベストリア。

心なしか、その笑顔の質が……恐怖の割合が倍増しになった様な気がしてならない。

 

だが、何故か解らない。

何せ、話を持ち掛けた当初、彼女はアイザックの頼みならば、と2つ返事で任務を引き受けてくれた筈。だからこの様な笑顔の奥に潜む阿修羅……憤怒の化身の様にしてしまった理由が全く分からない。

 

 

だが、それは直ぐに判明する事になる。

 

 

笑顔のまま、シルベストリアはネタばらし。

 

 

 

「―――ただ、任務期間が無制限だなんて聞いておりませんでしたから。まさかアイザック様にこの様な仕打ちをされるとは夢にも思ってなかったので、少し驚いてしまっただけですよ」

「!!」

 

 

 

ここで、アイザックは自分自身の不手際を嘆く。

確かに事前に説明したし、了承もしてくれたし、その時は2つ返事で、それもいつも通りの応対だった―――が、その時は確かに任務の起源については何も話をしてなかった。

 

僻地へと左遷させた―――と思われても仕方ない。

何より、バルベールとの戦争が後数年後に起こる……砦の街でもまだまだやらなければならない事が多い最中に、戦線離脱とも言える場所に出張ともなれば、国の為人の為命賭して戦い続けてきた軍人であるシルベストリアにとって、耐えがたい仕打ちなのだ。

 

言葉にしなくとも、それを言葉の無い圧で発する程までに。

 

 

「ですから、アイザック様。シルベストリアからの忠告をひとつ。今後は夜の1人歩きには気を付けた方が良いかと存じます」

「えええ!? い、いや待ってください! そんなつもりでお願いした訳では……っ」

「いえいえ。別に良いのですよ。それよりアイザック様にはもう何年も剣の稽古をつけて頂いておりませんでしたね。久々に手合わせをお願いしたいのですが」

 

 

黒いオーラと共に、腰に掛けられた剣に手をかけられた。

光は和樹を通して何度も見た事があるが、この黒いオーラは初めてだった。

 

 

これまで何度も鍛錬に付き合って頂き、自分も上達している、まだまだ強くなってきてる事を実感させていただける程、光の神には感謝をしている。シルベストリアの実力は圧倒的に自分よりも高い。これまでの訓練でも何度も血反吐を吐き、地に叩き伏せられたことか、と思い出すだけでも辛く厳しい訓練だった。

 

だが、光の神の元、剣を磨き、鍛錬し、上達した自分であれば或いは――――と考えなかった事はないのだが、その淡い自信が一瞬でかき消されてしまう程に、シルベストリアの黒いオーラは凄まじかった。

 

 

「いやだから、本当にこれは重要な任務なんですよ! お願いしますっ! 話を聞いてください! それと敬語もどうかやめてください!!」

 

 

だから速攻で降参する様に両手を上げた。

無防備の人間を斬る訳にはいかないでしょう? と言わんばかりに。

 

 

真剣での手合わせなど、自分がなます切りにされてしまう未来しか見えない。

多少上達した所で、その差が縮まるモノか、と一蹴された気分だが、命を守る為の行動は、選択はこれしかない。

 

 

 

ここで漸くシルベストリアは笑顔を止めた。

 

 

「なら、ちゃんと説明して。国の未来を左右する重要な任務だとあなたは言っていたけど、寒村の警護にそんな価値があると本気で思っているの?」

 

 

漸く腹を割って話をする事が出来る……と何処か安堵するアイザック。

それ程までに、あの笑顔は怖かった。この怒った顔、圧とは比べ物にならない程に。

落ち着いて冷静に、全てを伝える為に口を開く。

 

 

「重要どころの話ではありません。あの村のおかげで今こうして領内は急速に復興し始めているのです」

「だから、その理由をさっさと話しなさいって言ってるのよ。要点以外の事言ったら斬り倒すよ」

 

 

非常に物騒な事を言われているが、アイザックは落ち着いている。

ひょっとしたら早く打ち明けたかったのかもしれない。

 

 

 

【交渉事で、必要なら私の名を使っても大丈夫ですよ。証明も後々に行いますから。あ、勿論誰でも何でも~~ってわけで言ってるんじゃないですからね? ……アイザックさんが、話しても大丈夫だって人なら、って事で。アイザックさんが信じてる人なら、私も信じられる。信じられるに値する、と思ってますので】

 

 

 

以前和樹に言われた事だ。

一良も同様にうなずいてくれたが、ここまで信頼してくれたことがどうしようもないくらいに嬉しかった。

 

そして今、目の前のシルベストリアは条件をクリアしている。

間違いなく信じられる人だと断言できるから。

 

 

 

「あの村には、カズラ様、カズキ様。……お二方にとっての大切な人達が暮らしている村だからです。その方たちを守っていただきたいのです」

 

 

真剣な表情で話すアイザックの顔を見て、シルベストリアは少しだけ怒気を下げた。

そして、じっと目を見据える。

 

 

「カズラ様、カズキ様……似た名を持つ他国の大貴族が復興の手助けをしてくれてる、って話は聞いていたけど、その人達の事?」

「ええ。そうです。あの方々は他国の貴族ではありません」

「……そう、本当はただの平民だったの」

「いいえ。それも違います」

 

 

アイザックはシルベストリアを真っ直ぐに見据えながら、核心部分を口にする。

 

 

「お二方は、この世に降臨召された、二柱の神――――グレイシオール様とメルエム様です」

 

 

 

一瞬、アイザックが何を言っているのかわからなかった。

だが、それは本当に一瞬だ。会話の流れが止まる様な時間でもない。

 

 

「グレイシオール様……、確か慈悲と豊穣の神様。メルエム様は……いえ、聞いたことのない神の名、光の総称だって言われてたから。リブラシオール様の伝承の中でよく見る単語ってイメージだったけど……、本当に?」

「はい。誓って嘘ではありません」

「…………そうなの。……そうなんだ」

 

 

アイザックが誓うと言った。

そこまで聞いたシルベストリアは身体から力を抜いた。先ほどまであった圧も、当然ながら黒いオーラ? も消失している。

 

 

「……あの、自分で言っておいてなんですが、疑わないのですか?」

「だって、そうなんでしょ? あなたのいう事なら信じるよ。あなたは嘘はつかないし」

「……そう、ですか。最終手段を用いなくてほっとしました」

「最終手段??」

 

 

アイザックの言葉に、シルベストリアは首を傾げる。

 

 

「会って頂けたら直ぐにでも理解できます。あの神の御業を目の当たりにすれば必ず。私自身がそうでしたから。……お優しいお2人ですが、手を煩わせる事なく信じて貰えて本当に良かった」

「……………そう。でも、それって基本的に機密中の機密、国家最高レベルの機密だったりするんじゃないの? 私に話しても良かったの?」

「ちゃんと話さなかったら、納得しなかったでしょう?」

「………それもそうだね。私の悪い癖だなー。反省する。ごめんね」

 

 

先ほどとは打って変わって、しおらしくなってしまった。

 

 

「ですが、先ほど申し上げた通り、私の口から言わなくとも、貴女も理解できると思います。……ただ、私が斬られた後になるかもしれないので、口に出してしまいましたが」

「もう。ほんと悪いと思ってるよ。……でも、グレイシオール様にメルエム様かぁ……、今度お話してみたいなぁ。その神の御業、と言うのも出来れば拝見したい……」

「メルエム様は武芸達者でもあらせます。私もルートも神の元、修業を積んでますので、あなたも気に入っていただければ直ぐにでも」

「何それ! ズルい!! 神様と一緒に訓練なんて、そんな神話みたいなのやってるのズルいじゃん! 私も一緒に訓練したい!! ……っとと、なら与えられた任務を完璧に、確実にこなさないと、だね。まずは謁見出来るくらいに信頼を勝ち取って見せるわ」

 

 

シルベストリアの力強い言葉に、アイザックは大きく頷いた。

シルベストリアもアイザックに向き合い、姿勢を正す。

 

 

 

 

「任務の目的了解致しました。早速現地に向かいます」

「よろしくお願いします。私も後から向かうので、村の人達には挨拶だけ済ませておいてください」

 

 



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57話 リーゼさんとデート①

 

目の前で、仁王立ちしているのは我らがリーゼお嬢様。

頬はつつけば破裂するのでは? と思う程膨れており、目はやや涙目。両手を腰に添えてここから先は通さない、と言わんばかりの佇まい。

 

 

「もうっ! 今日と言う今日は付き合って貰うんだからねっ!」

「ごめん、ごめんってば! ちょっとグリセア村のノワに呼ばれちゃって、オレもあっちで色々と用事があったからっ! ってか、リーゼ解った。問題ない、って笑ってたのにどーしたの?」

「皆の前で、すっぽかされた~! って、カズキ(メルエム)様に怒ったり出来る訳ないでしょっ!」

「……や、それは ごもっともです」

 

 

グリセア村のグレイシオールの森にて、ピカピカの実の実践確認やノワールたちの警備の情報、バルベール側の情報……等々、オルマシオール率いるウリボウ達にはかなり世話になっている。

そのお礼のノワールとの密会だったり、食料だったりするので、こちらもあまり無下には出来ないのだ。それはリーゼにも言える事だが……。

 

 

因みに、リーゼとの約束は、一緒にイステリアの中心部、まだ足を運んでない部分に赴き、現地視察~的な仕事だ。リーゼ自身にとってみれば、漸く2人きりのデート気分だったと言うのに、急な用事とはいえ、重要な用事とはいえすっぽかされたのだ。良い気分は訳がない。

以前、女の子たちと話をした、【仕事と私どっちが大事?】と言う内容。今なら物凄く解る気がする。如何にリーゼ自身も領主の娘として、バリバリに仕事を熟してる側とはいえ、本当に解る気がするのだ。

 

その話は、ナルソンを始め、イクオシス、マクレガー、ジルコニアと領地の重鎮と言って良い面子が揃ってる場所だったから、流石のリーゼも空気を読んだのだ。

如何に、トモダチである様に接していても公私と言うモノは弁えなければならないのだから。

 

 

「今日はお父様とお母様の強い勧めもあって、休みを頂けたんだからっ! カズキだってその筈でしょっ??」

「あーうん。情報と野盗の身柄を引き渡した事の報告終えた後、ナルソンさんから一応通達があったよ。休暇云々は、一良さん案だけどね」

 

 

作業効率を上げる為の適度なリフレッシュ休暇制度を一良が提案したのだ。

和樹と一良のコンビが来て、様々な道具や超常的な力で人的負担が圧倒的に軽減した。とりわけ、書類関係の作成、印刷機などこれまでの業務作業を考えれば革命が起きた! と言っても決して大袈裟ではない程、効率化を図れており、2人の休暇を取る時間も余裕で取る事が出来ているのだ。

 

 

「だから、今日は一緒にいくのっ! 良いでしょ!? 頑張って我慢したんだから!」

「うんうん。解ってるってば。逃げないよ。オレだってリーゼに休め、って言っといて、休む代わりに~って条件も覚えてるんだし。でも、この間はほんとにゴメン。意図的に後回し、って訳じゃないから、その辺は信じて」

「んっ。今日埋め合わせしてくれるんだから全然大丈夫っ!」

 

 

怒っていた顔があっと言う間に花開く笑顔に変わる。

お出掛け了承を得られた事が兎に角嬉しい様だ。

 

そして、リーゼは既にいつもの鎧姿ではなく普段着のドレス姿になっている事も考えて、今日は気合が入っているのだとみてわかる。

今日、これで断られた日には……トンデモナイ雷が落ちそうな気がするし、本当に悲しそうな顔をするのも解るから和樹は首を縦に振る以外の選択肢はないのだ。

 

当然、嫌々付き合う、と言う訳でもない。

純粋に楽しんでいる、と明言しておこう。

 

 

「いこっ!」

「はい。お供しますよお姫様」

 

 

大袈裟に頭を下げる和樹の手をリーゼは取り、そのまま小走りでナルソン邸を後にするのだった。

 

 

 

「そう言えば、ハベルさんがゲッソリしてたけど、リーゼの訓練に付き合ってあげてたんだって?」

「ええ。カズキがすっぽかしちゃったからさ? その憂さ晴———じゃなくて、余った時間の有効活用に付き合ってもらった、ってわけ」

「…………(すみません……、ハベルさん……)」

 

 

リーゼの剣の腕は日に日に向上していっている。

和樹と共に訓練して、メキメキと力をつけ続けている。

 

ハベル自身も当然、アイザック隊の副隊長である事や、リーゼ程ではないが和樹との訓練を行っていて、腕自体は相応の使い手なのだが、贔屓目抜きに考えて、現時点ではリーゼの方に軍配が上がる、と言うのが和樹の見立てだ。

加えて、負のオーラ? 全開のリーゼともなればどれ程の強さなのか想像がつかない……。全てを剣に込める事が出来たなら、冗談抜きで倍くらいは強くなってしまいそうな気配がする。

 

だからこそ、理不尽な怒りをぶつけられたであろうハベルに、和樹は頭の中で盛大に謝罪の念を込めるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

イステリア中心部に近い街なかを2人で並んで歩く。

リーゼは市民から慕われていて、街中を歩くだけでも結構騒がれて大変だ。

 

それでも過度に接触をしてくるモノはいない。近衛兵たちが彼女を守っている、と言うのもあるだろうが、その辺りの礼節を弁えた上でもリーゼは皆に慕われているのだ。

 

今日は侍女たち皆が休暇日。

一良は別用で出ているが、それも交代で休暇を、と言うのを2人で決めているので、特に問題ないとのことだ。そろそろ日本に戻って物資の調達を考えているので、それらを纏める時間も欲しかった、と言う理由もある。

 

 

「あ、ほらほら、ここのお店が凄く美味しいんだ。エイラと2人でよくお昼を食べにくるの」

 

 

木造のこじんまりとした建物の前で、リーゼは足を止める。

入り口には石板がおかれていて、本日のおすすめメニュー、その値段が掛かれている。こちらの世界の文字はそれなりに練習しているから、簡単なモノなら読み解く事は出来るが……それでも目を細めて、暫く考えないと出てこないのが厄介だが。

 

 

「(ふんふん……大分価格が下がってきてるみたいだね。取り合えずほっとした)」

 

 

値段を確認。領主側が備蓄食料を放出して、配給・市場介入した事や、穀倉地帯の収穫増加、水車の導入によって広がった安心感が結果として影響されているのは喜ばしい事だ。

 

 

「それにしても、お洒落な店だな。リーゼとエイラさんの2人、か……。なんだかピッタリな雰囲気って感じ?」

「えへへ」

 

 

暗に褒めて貰ってる、と解ったのかリーゼは目を細めて口端を緩めて笑った。

そして、中を覗いてみると————殆ど客が居ないのが分かる。

お昼になると、大分混んでしまって、中々入れないから早めに来たのだが、それが功を奏した様だ。

 

 

「ほらほら、入るよ! 行こうっ!」

「はいはい、付き合いますよ~」

 

 

リーゼが腕を絡み、大分接近してくるのは初めてではない……が、中々慣れるモノでもない。

兎に角柔らかくて良い匂いがして……女なんか懲り懲り!! 憤慨!! と枕を涙で濡らしていたあの時の負の遺産が全て無かった事にされそうな感じがして、結構ヤバい。

 

自分が一良と同じ立場。本当の意味で一緒だったら、素直にこの魅力の虜になってしまっただろう事は否めないが、中々一線を超えるのは難しいな、と苦笑いをした。

 

 

「む~~、もうちょっとカワイイ反応あっても良くない?? 私って魅力ないのかなぁ~……」

「なんでオレにカワイイ求めてるの? 違くない? そもそもリーゼに魅力ないとか、そんな訳無いでしょ。どんだけ皆に好かれてると思ってんのさ? ……まぁ、本音部分は結構なギャップがあったりするけど………」

「む! 何か言った!?」

「……ナンデモナイデス」

 

 

本音部分。

当然かの有名な、伝説的な(和樹談) メロメロばんばん! だ。

 

結構、このネタで弄ってるので、そろそろいい加減にしろ、とリーゼは鬼の形相に変わりそうなので、手前で必ず止める様にはしているが、手前まではいく様にしてる。

これくらいはヨシとして貰いたい。知ってたとは言っても、かなりのカミングアウトだと思ってるから。

 

 

リーゼは表情を強張らせて、絡ませた腕も強くさせて、そのまま店の中へ。

 

 

「リーゼ様! おひさしぶりで……えっ!?」

 

 

2人が魅せに入ると、カウンター裏の石窯からパンを取りだした女性が驚きの声を上げた。

当然だ。いつもの侍女ではないのだから。………それどころか、同姓じゃないのだから。

 

 

「おひさしぶりです。席は空いてますか?」

「は、はい。では、奥の席へ………」

 

 

先ほどの強張った表情は何処へやら。一瞬でいつもの笑顔対応に戻るリーゼの社交性、その技は最早職人クラス、と言って良いだろう。

色々と感心している所で、店員であろう女性がまじまじと2人を見て告げる。

 

 

「ひょっとした、御二方はお付き合いをされている……とか?」

 

 

当然の疑問だ。

傍から見ても、遠目から見たとしても、腕を組み、2人きりで店内に入ってきたらそういう関係では? と思うモノ。別に下世話な話~~とかではない。

ただ、男性と2人きりのリーゼ、と言うのは初めて見る光景なので。

 

 

「ええ。付き合ってますよ」

「「!!!!」」

【!!!!】

 

 

 

和樹の一言に、店員の女性だけでなくリーゼは勿論、店に来ているお客さんたち皆驚き固まっていた。驚きのあまり絶叫! まで行かなかったのが奇跡だと言えるのかもしれない。

 

そして、特に驚きを見せているのはリーゼであり、その顔は驚きの次はあっと言う間に赤くなって頬を染めていた。

それは願っていた事ではあった。でも、いつの間に叶ったのか? と物凄く混乱している。

 

そんなリーゼに和樹は微笑みかけると。

 

 

 

 

「今日はちょっとした仕事関係でお付き合いをさせて貰ってまして。私は、イステール領復興の為に、粉骨砕身させて頂いてます」

 

 

 

 

 

そのセリフを聞いた途端、何処の新喜劇だ? と思える様なタイミングとリアクションで皆がズッコケた。

特に店員さんはロングだとは言え、スカート姿だと言うのに、………この世界の女性たちは、否、この世界の人達は下着と言う概念が無いので、スカートが捲れちゃった日には大変な事になるのに。

 

 

「…………………」

 

 

そんな最中、とてつもない圧を背に感じる。

凄まじい圧力は、自分の光の身体を押し出してしまいかねない程の力を内包していた。

 

思わず振り返ってみると……リーゼさんは両手をぎゅっ、と握りしめてプルプルと震えてる。表情は綺麗なリーゼの髪、前髪の長さもあってか見えなくなってしまってるのも中々のホラー感。

 

 

「あ、あははは……。な~~んちゃって? ほ、ほら。オレなりの かわいさをちょっぴりアピールしても、って思って?」

 

 

ちょっとした揶揄い~だと思っていたのだが、これは思った以上の悪手だった? と思い返した和樹。メロメロばんばん、よりは良いだろうと思っていたんだけど、後悔後に立たず。

 

 

 

「かぁぁぁぁずぅぅぅぅきぃぃぃぃぃぃのぉぉぉぉぉ~~~~!!」

 

 

まるで呪詛の様にゆっくり呟く自分自身の名。

これは不味いっ! と即座に【ごめんなさい】を言おうとしたが既に遅し。

 

 

 

 

【ばかぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!】

 

 

 

 

渾身の右ストレートを鳩尾に貰って、思わず昏倒してしまうのだった。

 

因みに、店内の誰もが自業自得である、と同情してくれなかったのは言うまでもない。

 

ただただ、見た事がないいつもとは違うリーゼの可愛さを目の当たりにして、ニヤニヤ、と笑みを浮かべているのだった。

 

 

 

 

 

 

それにしても、リーゼさん……何だか黒い稲妻? みたいなの纏ってないだろうか?

和樹のピカピカの身体も見事に捉えたこの力は———————————

 

 

 

覇◎色?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その後は、宥めるのが大変だった。

この手の揶揄いは安易にしちゃだめだ、と魂に刻み込む。

それはそうだ。乙女に対してやっちゃ駄目な事だ、と。後日、エイラやマリーからも苦言を賜るのだが、それも致し方なし、甘んじて受ける和樹だった。

 

 

「…………ふんっ」

「ああ、ほんとゴメンってば。なんか、今日オレ謝ってばっかだ……」

「カズキが悪いもんっ!! 反省してっ!!」

「あい……。おっしゃる通りでございます……」

 

 

ぐびぐび、と果実酒を呑み続けるリーゼ。

中々の酒豪で、幾ら呑んでも顔色が変わる事はない。

何なら、最初の顔を真っ赤にさせてた時の方が赤い程だ。

 

 

 

暫くお叱りを受けて、その度に酒も進んで—————。

 

 

「ちょっと期待しちゃったのに、あんな風に叩き落とされるなんて思っても無かったもん」

「あぁ……、それは怒って良いよね。うん。間違いない」

「何他人事みたいに言ってんのよっ。カズキの事でしょ!?」

「………あい。そうです」

 

 

中々ご機嫌直らないようだが、漸く柔らかくなってきた。(これでも)

 

 

更にもう一杯~といこうとしてるリーゼを見て。

 

 

「や、オレのせいなんだけどさ? ……それ以上に、実はリーゼって酒好きだったりする?」

「ん? 好きだよ。果実酒が一番好きだけど、穀物種も好き。愚痴吐きたい時にお酒って欠かせないよね?」

「あい。ほんとそう思います……。でも、それにしても顔色変わらなさすぎて、ちょっと驚いてるってのもほんとだよ。大丈夫? オレが言うのもなんだけど」

「全然平気。飲めば少しは酔っぱらうけど、気持ち悪くなったり、潰れたりすることはないかな? 今日だって、そりゃ腹がたったけどさ? それも楽しいって分類になっちゃってるから、尚更お酒が美味しいよ? 愚痴の時より、楽しく飲むお酒がやっぱり一番だから」

 

 

怒っている様で、実はちゃっかり楽しんでる節のあるリーゼ。

何だか、頭が上がらない未来が一瞬和樹の脳裏に見えた気がした。

 

 

「そっか。良かった良かった」

「ふふふ。でも、あーいう冗談は嫌だから」

「ゴメンなさい。あの時と違って、過失はこっちにアリだし、口チャックします」

「宜しい! ………冗談じゃなくて、本気で言ってくれたなら、何しても許したりするけど?」

 

 

ここで、上目遣いはズルいと思う。

苦笑いしか出来ない和樹は頭を掻きながら。

 

 

「前向きに検討する方向で善処するという事で————」

「それ、断る時のヤツじゃんっ! もうっ」

 

 

あはは、と笑いながら最後は2人で酒を飲み交わした。

 

 

「リーゼには負けるなぁ。じゃ、ナルソンさんも結構な酒豪だったり?」

「お父様が飲んでるのは見た事無いかな? でも、死んじゃったお母様がお酒が大好きで、凄く強かったらしいの。たぶん、私はそれを受け継いでるんだと思う」

 

 

お酒好きだけじゃなくて、きっと容姿も受け継がれている事だろう。周囲の証言を聞けば明らかだ。それに加えて、14歳でこの飲みっぷり。肝臓がいかんぞう……と、おやじギャグは決して口にはしないが、成長が阻害されたりしない? とちょっぴり心配になりそうだが、これも口にしない。成長云々も、明らかにデリカシーに欠ける指摘だから。

 

 

「あ、でも最近は飲む量大分減ったんだよ? 夜は飲まない事が多いし」

「え? そうだったんだ。なんで酒好きリーゼが?」

「そんな風に言うの禁止っ! ……だってほら。夜のデートとか、お酒飲んで酒臭いまま~なんて嫌だし。酔わなくても、眠たくなるのも嫌だし。それにデートじゃなくても、夜遅くまで仕事してる事が多くなったから。後は、好き嫌いは別にして、前程は飲みたいと思わなくなった気がする」

「………へぇ」

 

 

ストレス解消に酒を嗜む———と言う事が多いのも事実。

以前までのリーゼも相応にストレスを感じていたのだろう、と改めて実感する。まだ齢14。日本じゃ中学生の年頃の彼女の肩に一体どれ程の重圧がかかってるのか……、それを考えれば尚更だ。

 

だからこそ、少しでも楽になってくれたのなら嬉しい事極まりない。

 

 

「んじゃ、もいっかいカンパイしよ? 最初はカズキのせいでグダグダになっちゃったし?」

「……付き合いますとも。リーゼ様」

「えへへっ。じゃ、おつかれ~~」

「や、それはどうかと。だってまだ昼にもなってないし」

 

 

苦笑いをしながらも、笑顔の2人は再び互いにカチンっとコップを当て合うのだった。

 



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58話 リーゼさんとデート②

 

 

「おおぅ……、オムレツパンにパン麦のサラダ……注文した時は解んなかったけど、これ結構多いな」

「ん。私もそー思った。けど大丈夫大丈夫。食べれるよっ」

 

 

予想以上の量の料理が目の前に運ばれてきて、目を白黒させてる和樹。

リーゼはそう思って無さそうだ。色々と優秀で人気もので正直忘れがちになりそうなのだが、リーゼはまだ14歳。日本で言えば中学生でまだまだ少年少女の分類だ。

つまり、育ち盛りだという事。沢山動いて沢山頭を働かせて、毎日を過ごしているのだ。沢山食べて大きくならなければならないだろう。

 

何だか、その後リーゼが胸元を抑えながら睨んできたけど……気のせいだと言う事にしておこう。そして断言しておくが、《大きくならなければ~》の部分は、リーゼが気にしている様な場所を意識した訳じゃないから悪しからず。

 

それにしても、簡単に心読まれては敵わないが……今後はそれなりには注意をしておかなければ、と和樹は思うのだった。

 

 

 

 

その後、食事を楽しみつつ、和樹は初めての店を堪能し、木板のメニュー表を再度見上げた。

 

次に頼むならどれが良いか……、と選んでいた候補が川魚のパン包み焼き、ポテトパンなどなどが掛かれており、どうやらこの店はパン麦を使った料理専門な様で、どれも食欲をそそられそうな名前ばかり。

 

一良には申し訳ないが、和樹はどういう身体の構造しているのか、こちらの世界の食べ物でもお腹いっぱい、栄養補給問題なし、なので十分に楽しめるのだ。……非常に申し訳ない。ほんと、どういう構造になっているのか、自分でも知りたい気分だったりする。

 

 

「美味しいねー」

「ん………。リーゼが御贔屓にしてる理由が解るよ。こりゃ美味しい。頬が緩む」

「でしょでしょ?? でももっと有名になっちゃうかもしれないなぁ。何せ、あのカズキ様(・・・・)が気に入っちゃってるお店になったんだし? ただでさえお昼時は混むお店がもっともっと~ってなるかも??」

「お店が繁盛してくれるならOK! って言いたいけど、繁盛し過ぎて中々通えなくなるのは嫌だなぁ……。特権みたいにするのも嫌だし。いやぁ、悩ましい」

「えへへ。カズキのそういう考え好きだな。だよね。市民皆のお店だし。……貴族だったら、欲しいモノ独占する、なんていうのもやっぱりいるし。皆の味方、って感じで好きっ」

 

 

イステリアでは少ないけど、とリーゼは言うと、配膳されたスープを口にする。

少々熱かったのか、軽く表情を顰めていたが、直ぐに美味しいと頬を緩める。

 

 

「そりゃそーでしょ。庶民あっての貴族だし、奴隷の人達が頑張ってるから、庶民の皆も生活を支えられてるんだし。国を護る兵士の皆が居るから安全は護られるんだし。……全部回ってるんだ。だから、誰にだって分け隔てなく~だよ。……まっ、だからと言って俺の価値観を押し付ける様な事はしないけどね」

 

 

神様権限を使えば、人類皆平等! 皆仲良く! そう言った国柄にする事は可能だろう。

 

だけど、それでは意味を成さない。

大きな力で無理矢理に変えていった所で意味はない。理想があるのなら自力達で変えていかないと絶対に長続きしないし、大きな隔たりや蟠りが出来るのが目に見えている。

未来永劫見守る事が可能なら何とか……と思わなくもないが、向こう100年、200年と長い年月を暮らせたとして………今の状態のまま、何も変わらず平和主義を貫けれるか? と問われれば正直解らない。

人間は変わるモノだから。それは自分も例外ではない、と思っているから。独裁的なピカピカの実の能力者……なんて、某国民的なアニメ・漫画内で暮らしてる皆にとっても最悪を通り越してる。

 

 

「皆に感謝……うん。私も心掛けてる。だからこそ、カズキもカズラも皆から支持されて、人気があるんだ、って思うわ。神様関係なく、ね?」

「それは光栄。……うん、こっちのスープ美味しいっ」

「ほんとっ? 私にも一口ちょうだい?」

「OKOK、シェアしよう」

 

 

ひょい、と差し出したスープが6割は残っている木製皿をリーゼに差し出した。

魚の出汁がよく出ていて、パンに浸して食べたらなお美味しいだろう。スープのままでも勿論美味しい。

リーゼも気に入るだろう、と差し出したスープを、何を思ったのか、少しだけ皿を回転させて……口に付けた。

リーゼの口が触れている部分は————。

 

 

「ほんとだ、美味しいね~」

 

 

狙っているのか偶然なのか……、明かに狙っているだろう間接キス。

頬を赤くさせながらスープを口に入れるリーゼ。それは身体が料理で温まったから、ではないだろう。

 

 

「大好評だよ。次にここに来た時も注文しよっと―――」

 

 

そんなリーゼに気付いてませんよ~、と言わんばかりに普通な対応をする和樹に少しだけリーゼはムッとして頬を膨らませた。

そして、皿をテーブルに置くと……。

 

 

「えへへ。関節キスだね」

「ちゅーがくせいか」

「ん?? ちゅーがくせいって?」

 

 

早速ネタ晴らし。

和樹はちょっとツッコミ。リーゼは中学生、の意味を当然解ってない。

 

 

「まだまだお子様だなぁ~~リーゼお姫様はってこと」

「ぶ~~~! お子様じゃないもんっ! と言うか、今こそ、もっと可愛らしい反応してくれても良いのにっ!」

 

 

そんなこんなで、2人は食事を心行くまで楽しみ、暫く店でだらだらと雑談をして過ごした。

話の内容は主に和樹について。まるで、普通の人間の様に話す内容。神様じゃない事をもう見破られた? と少なからず戸惑いや躊躇いも生まれた。

一良と明らかに違う光の身体をもってしても、人非ざるものじゃなく、人として認識しているリーゼは凄いと思う。

 

だからこそ、本当に本気で心から慕って、好意を抱いているのだろう事も同時に強く理解する。

 

楽しいひと時で、ついつい和樹もリーゼのその好意を受け取りたい……と思うのだが、まだまだ解らない事が多すぎるので、やっぱりその手を握る事は出来なかった。

 

 

 

そして昼近くになって店が混んできたので、お会計を済ませて街に繰り出した。

食事の代金(おごり)は男が払う! と言う聞く者が聞いたら盛大な罵詈雑言が聞こえてきそうだが、和樹はそういう精神な持ち主。にも拘わらず、らあるまじき事態……、リーゼが知らない内に払ってくれていた。

 

 

「へぇ……これ塩だね。《焼塩》?」

 

 

リーゼの行きたい店に向かっている最中の高級商業区画。

行商人が荷馬車の簡易露店で、塩を打っているのを見つけた。

今後、重要なモノになる塩だ。色々とリサーチしておくのは良い事だし、一良にも以前伝えていたので、これ幸いに、と和樹は塩を眺めていた。

 

更に盛られているのは純白の塩と壺に入れられた灰色の塩の2種。

 

純白の方が不純物が無さそうで当然高いだろうな……とある程度の予想を立ててみたらドンピシャリ。《焼塩》と書かれているのが、純白な塩の方で、圧倒的に灰色の塩に比べて値段が高い。

 

 

「うん。あれはフライス領の塩で、焼塩はグレゴルン領のものより高いけど、その他の塩は少し安いよ。その分、質は悪いけど」

「成る程—————あ、塩に関してはリーゼがムリする必要皆無だから。ニーベルだかサーベルだか知らん男の言いなりになる必要無しだから。我慢する必要もなし。再度、再三言っておくね。……いや、ほんと冗談抜きで、何かしようものなら、光の制裁喰らわすよ。命の保証は一応してあげるけど、もう二度と手を出さない~くらいはしたいな? ジルコニアさんに相談したら、諸手挙げてOKしてくれる筈」

「ッ…………」

 

 

今の今まで楽しそうに、時には冗談言ったり、拗ねて見せたり、泣き真似してみせたりと、喜怒哀楽愉快に表情を変えていた和樹だったが、怒の感情は全く表に出してなかった。

 

でも、今ハッキリと怒ってくれてるのがリーゼには解る。

それがどうしようもなく嬉しくて、物凄く愛おしいのだ。

 

 

「ありがと、凄く嬉しいよ。でも、ほんと心配しないで? カズキが無茶しちゃったら、皆大騒ぎになっちゃうし。大丈夫! 私の身体はカズキの予約で埋まってる、ってしっかり伝えておくから!」

「そうそう! そんな感じでよろしくどうぞ!」

「……もうっっ! 流石に今のは、絶対顔赤くさせる場面だよ!? 私だって恥ずかしいの我慢して頑張ったのにっ!」

「もうっ! 貞操なんてものは一番大事な時にとっとくモノなの、って前に教えたでしょっ! リーゼはもっと自分を大切にしなさいっ、ってば」

「だーかーらっ、カズキの事が本気で本当に好きなんだってばっ! 他の人に安売りなんて絶対にしないし、余所見もしないってば! ここが一番大事な場面なんだってばっ!」

 

 

高級商業区で一般的な庶民は(値段的に)近づけず、故に往来の場と言えどもここは比較的数は少ない場所。

だけど、いないという訳ではない。高級店が並んでいる以上、店員は要るし貴族の方々、マダムな方々もお買い物に来ているのだろう、少人数だがいる。

中には、それなりに見知った相手もいた……かもしれない。

 

そんな場所で、公開プロポーズをやってのけるリーゼの漢気には感服しかない……のだが、流石にここまで言われて強く拒絶なんてもってのほかだ。

両手をぎゅっ、と強く握ってプルプルと小刻みに震えてるリーゼを見てみても……。

 

 

「……リーゼ。嬉しいよ、ありがと。ほんとだよ? ほら」

「むー……」

 

 

頭を撫でてあげると、力を込めてた拳が緩まった様に感じた。

それを見た和樹は意を決して言う。

中途半端に誤魔化していたのが悪かったんだ。

 

リーゼが自分自身の事を人間じゃない、と言うのは間違いなく解っている。

そもそも、光な身体を見せた時点で、光の能力を駆使して空を飛んだ時点で否が応でも理解する筈。

その上で、ここまでの好意を抱いてくれるのだ。覚悟を以て、人と神が交わる覚悟を持っているのだ。元々、リーゼは領主の娘として様々な覚悟を以ている。それだけの器量を持ち合わせている。

だから、簡単に考えている訳じゃない、と言う事くらい和樹にも解る。

 

 

でも、情けないかな。和樹の方がまだまだ覚悟を持てていない。

 

 

「もう少し、待って欲しい……かな。大切な事だから。リーゼの告白をおざなりにするつもりは全くないんだ。……でも、悪い。もう少し、返事は待って欲しい。メルエム様からのお願い」

 

 

撫でる手に光が宿る。

街中だから目立たない程度に、正午の日光の光に溶け込む程度に。

 

その暖かな光がリーゼの身体を包み込んだ。

 

心地良い、気持ちが良い。日向ぼっことはまた違う。どう表現して良いか解らないが、リーゼには表現しようのない多幸感でいっぱいになっていた。

 

 

「んっ……待つよ。今のカズキは真剣に聞いてくれたもん。真剣には真剣で返さないと、だから……」

「普段、真剣な場面はいっぱいあるつもりなんだけどねぇ……」

「解ってるよ! でも、私の事に関しては、真剣じゃない事多かったりするもんっ! 茶化したり、揶揄ったりするもんっ! もしかして自覚してないのっ!? さっきの事とか今の事とか!」

「あい、おっしゃる通りで……。だって、リーゼが可愛いんだもん……ちょっと、ねぇ?」

「むーーーー! そ、そんな事言ったって駄目だからねっ」

 

 

ポカポカポカ、とリーゼは和樹の胸元を叩いた。

子供をあやす様に和樹はリーゼの頭を撫で続ける。

 

リーゼの人徳もあるのだろう、野次馬根性だった皆の衆からも、穏やかな、それでいて優しい笑みに包まれる。

何を言ったのかは、リーゼの大きな声以外はハッキリと解らないが、それでも雰囲気は良い。

だから、祝福をしたい――――……とばかりに拍手を送られるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「それで、グレゴルンとフライスの塩って、値段が違うけど、細かな詳細はどんな感じになってるの?」

「グレゴルン領の塩が2割引きになってからは、フライス領の商人も競争して値段を下げて来たんだ。……ただ、明らかにグレゴルン領の塩に比べて質が悪いから値段が安くても、あんまり人気はないんだけどね」

「成る程……。まぁ、色を見てもそんな感じだよねぇ。質が悪いって言うのはアレ? 砂利とか塵、虫みたいのが入ってたりって感じ?」

「そうそう。まぁ、《ヒドイのだと~》って文言を、頭に付けてね。全部がそうってわけじゃないから。質より量、一熟す為に雑に作ってるって感じだと思う」

「そりゃ人気ないのもうなずけるな。うんうん。後でカズラさんに伝えるべき点だ。覚えて

おくよ、ありがと」

「あ、これも言っておいて。グレゴルン領のものの中にはそういうの無いから。色が多少ついてても塵とかが混じってるのは殆どなくて、美味しいって」

「了解了解。……ふむふむ」

 

 

塩に関しては、一良とも話をしているが一応対策の様なのを考えている。

海に面してないから難しいのかもしれないが、塩が獲れるのは海だけだとは限らない。

 

地質学者、と言う訳ではないが、その辺の調査も和樹にとってみればお手の物。解らなかったら、ピャッと言って、ピャッと壊して、パパっと色々と回収して分析をかければ良い。

塩を取引している以上、実物が有れば調査は容易に出来るだろうから。

もしもムリなら日本に持ち込む~と言う手段もあるので大丈夫だ。

 

 

色々と今後の業務内容を更新・追加を頭の中でしていると―――リーゼが腕を絡ませた。

別の事を考えていたので、ちょっと驚きつつ、リーゼの方を見てみると、笑顔で指をさしながら、《あそこあそこ!》と絡ませた腕をひく。

 

リーゼの指の先にあるのは、高級商業区画の中の店にしては低価格だと思える小物店。

女性用のアクセサリーや雑貨が陳列されていて、確かに女の子ウケは間違いなくヨシ、と言える店だ。

 

 

腕を引かれて店の中に入ると棚の商品を見て目を輝かせた。

 

 

「ほらっ、これとか かわいくない?」

 

 

棚に飾られてる商品の1つを手に取って、和樹に見せてみる。

それは銀の耳飾りだ。ただ――――カワイイ?

銀加工で見事なモノだとは思うけれど、そのデザインが見事な毛並みの(ラタ)……若しくは獅子だ。

 

 

「カワイイ、よりカッコイイ、の方が似合わない? あ、カッコいい方が好きだったかな?」

「うん。私もカッコイイって思う」

「かわいくない? って聞いてて、カッコイイって思う~か。どう反応して良いのか困っちゃうけど、俺がリーゼに選んであげるとしたら――――」

 

 

1つのネックレスに目を向けた。

それは日本で言う四葉のクローバーに似た金加工したネックレスだ。

花より団子~とか日本でことわざがあるんだけど、リーゼには絶対に似合うと思う。

 

 

「おぉ~、カズキセンス良いね。それ、凄くかわいい」

「リーゼに認められちゃって、俺のカワイイセンス爆上がりだ」

「リーゼ試験管は結構厳しいよ? 次からもっと厳しくいくからね~」

 

 

厳しくいく、と言いつつも最終的い和樹が選んだのが一番気に入ったのか、リーゼはそれを手に取って目を輝かせた。

欲しそうにしているのが傍目から見てもよく解る。

 

 

「じゃ、それ買っちゃう?」

「うんっ、買っちゃう!」

「気に入ってくれて何より。センスって正直苦手な分類だったしさぁ」

「冗談抜きで、凄くカワイイと思うよ? カズキのセンス、開眼した! ってヤツじゃないかな?」

「そりゃ嬉しい。免許皆伝だ」

 

 

あはは、と笑い合いながらリーゼは完全に決めた、と言う様に手の中に収めた。

 

 

「それに、今日と言う日の思い出になるしね。形ある思い出がやっぱり良いから。……これを見て、いつでも思い出せるでしょ?」

「ん――――」

「おっ? ドキっ、とした?」

「ビクッ! としたかも?」

「なんでよっ!」

 

 

あはは、と笑いながらもお会計に向かう。

 

 

「……やっぱし、なかなか難しかったりするよね。リーゼ程の人になったらこういう買い物って。今みたいに絶対に従者とかついてくるだろうし」

「あ~~、やっぱり解っちゃう? どうしても出なきゃいけない相手って言うのはたまにいるから、そういう時は必ず従者をつける様にしてるんだ。……って言うか、2人だけで歩きたい人なんていないし、デートだって思いたくもないし」

 

 

街中だろうと警戒するに越したことはない。

元々、リーゼはナルソン家の御令嬢。この街中で危険に出くわすなんて事は早々あるモノじゃない。市政に幅広く人気のあるリーゼに好意こそ持てど、悪意を持つ者などならず者以外限られてくるからだ。

だから、常に従者だったり護衛だったりは必要となってくるのだが、今回に限っては、和樹と一緒に居るリーゼは絶対に安全だと言える。

 

傍に来ている従者にも気付く広範囲の光の能力は、こういう時でも万能気味に働くし、色々と無害なのか、力自体があまり使われてないのか、1時間制約に引っかかったりはしない。

ノワールの言う通り、力の使い方も色々あるし、今後とも検証をしていく必要あり、と一良への調査報告以外にも、頭の片隅に和樹は入れるのだった。

 

 

「まぁ、デートするって言うのもやっぱり……ねぇ?」

「うん。あの辺に居るの私服の護衛兵、でしょ?」

「御明察。ずっと一緒につかず離れず、だよ。凄く優秀な人だ。高評価を上げたい」

「……私としては、なーんか複雑なんですけど」

 

 

2人きりの街中デート。

憧れない訳がない。

だから、守ってくれるのは凄く有難い事なのだが、2人きりになれない現状を嘆きたい気分でもあるのだ。

 

そんな何処かふてくされてるリーゼに和樹は指で額を弾く。

 

 

「なーに言ってんのさ? 2人きり~って言うなら、夜空の旅なんか、間違いなく2人っきりでしょ? なに? もう忘れちゃった??」

「わ、忘れてる訳ないでしょっ! あんな素敵な夜……。でも、ほら。こうやって街中で一緒に歩いて、肩とか腕とかっ。……普通の恋人や家族がやってる事もその――――憧れるから」

「………」

 

 

ここでもちょっぴり茶化した事に対してばつが悪そうにする和樹。

2人きり~の演出はもれなくリーゼにしている。夜の空のデートなんて幻想的過ぎて、超高額な商売だって出来るイベントだ。

でも、あまりにも幻想過ぎるのも困りものなのだろうか。

 

リーゼにはその身分故に出来ない事だってある。そういう望みは贅沢、などとは中々言えないだろう。

 

 

「―――さてっ、記念にって言うなら、そのネックレス、いや ペンダント、かな? ここは俺が買ってあげるよ」

 

 

話の逸らせ方としては、やや強引な気がしなくもないが、問題なかったようで、リーゼの表情がパっ、と輝いた。

 

 

「えっ、良いの??」

「うん、良いよ良いよ。と言うか、こういうシチュエーションって男の方が女の子に買ってあげる、って感じじゃないの?」

「あ、いや、そうだけど、やっぱり値段が値段、だし?」

「気にしなーい気にしなーい。さぁさぁ、任せて任せて! 神様の腕? の見せどころだよ。値段気にせず、他にも欲しいのが有ったら言いなさいな」

 

 

どんっ、と胸を叩く和樹。

花開く様に笑顔を見せるリーゼ。

 

 

「うわー、どうしよっかなぁ。凄く悩む……って、あれ? お金って和樹持ってたの?」

「その辺は抜かり有りませんよ、お姫様。………ここに来て、【あ、お金ない……】なんて、トップ3に入る格好悪い事、しないよ」

「そりゃまぁ……」

 

 

奢る、と見栄を張って、いざその場面になるとお金が足りない――――なんて、正直格好悪い所の話じゃない気もする。極まってる感じもする。熱が冷めちゃう気もする。

 

 

和樹に対する想いで、リーゼに限ってそういう事は無いが、それでも格好悪い―――とは絶対に思う。

 

 

「ほらほら、クレアさんの所で色々と、ね? 俺も一良さんも今じゃちょっとしたお金持ちだよ。一良さんは、ひょっとしたらバレッタさんがこっちに来るかもだし? 手持ちが多い事に越した事ないよ~~って話したら、ちょっと気恥ずかしそうにしながら、ごっそり準備してたし、ね」

「へぇ………。ねぇ、度々バレッタ、って名前聞くけど、カズラのこいびと……なんだよね? カズキは関係ないんだよね? 横恋慕、とかしてないんだよね?」

「寝取り、寝取られ属性は有りません」

「? なにそれ」

「バレッタさんはカズラさんだよ。なんなら、俺バレッタさんに、カズラさんの事はしっかり見てます~って言ってるから。だから、申し訳ないけど、リーゼ、エイラさんとか他の皆さん、カズラさんの事は狙わないでくださいね~」

「私が狙ってるのはカズキだけだってば。エイラは……どうなんだろ?」

 

 

寝取られ~云々は置いといて……。

エイラと一良は、夜にお茶会を開いたりしている。たまにご相伴に肖る事があるので和樹もしっている。それくらいは……とバレッタには黙ってよう、と思ったり思わなかったり。

 

 

「それよりもホラ、ご覧あれ~~。手持ちで10000アル超えちゃってるよ。この辺りは俺じゃなくて一良さんの力だね。すげー」

「ええええ!! そんな大金っ!? いくらなんでも持ち歩きすぎだよ」

「大丈夫大丈夫。絶対盗られたりしないから。寧ろ、かかってこい! みたいな?」

「………確かに、カズキを狙っちゃったら、不運だよねぇ」

 

 

新米警備兵の初任給の10倍もの金額をひょいと見せて見せる和樹に驚愕するリーゼ。

でも、和樹にしてみれば決して多いとは思わない。

リーゼが欲しそうに見ていた金のネックレスは3500アル。あの花のネックレスは3000アル。考えナシにひょいひょい入れてたら、10000アルくらい一瞬でなくなるから。

 

 

それはそうと、リーゼは欲しいモノが決まった様だ。

選んだのは、金加工されたネックレス。

 

 

「おお……、凄いリッチでゴージャスって感じだ……。全部金? 金の鎖か……」

「うん、凄く綺麗だよね。革紐も艶が出てきて良い感じなんだけど、金の鎖も凄く綺麗なんだ。銀も勿論綺麗」

 

 

決まった所で、店主を呼び出して代金を払った。

財布の中から3500アルを数えて取り出すと……。

 

 

「ありがとうございますっ! 今後とも是非、御贔屓にっ!」

 

 

物凄く笑顔で頭を下げられた。

どうやら、滅多に売れないらしい。流石の貴族様でも、中々に手が出せないのだろうか、簡単に買ってしまって、更に先ほどの会話からお財布事情もまだまだ分厚い事を聞いて、売り込みにきそうな勢いだ。でも、今回はこれまででヨシ、となっている。

 

 

 

「わぁ、カズキありがとうっ! ね、ね? 着けて着けて!」

「うん? ここで直ぐ着けちゃうの? 家まで我慢できない?」

「もっちろんっ! それにカズキに着けてもらうのが良いの」

「?? じゃあ――――」

 

 

自分に着けてもらうのが良い……と言う部分がよく解らないが、取り合えずリーゼの首に手を回して、長い髪の下から鎖を回した。

仄かに漂う甘い香りが鼻腔を擽る……ただつけてあげてるだけなのに、顔が赤くなってる感じがする。

リーゼの香り……と意識して、こんなにも近づけば、やっぱり仕方がない。

メルエム様も男の子だから。

 

 

「おおっ……」

 

 

色々と格闘している間に、リーゼは感慨深そうに声を上げた。

赤くなってるであろう顔を見られなくて良かった、とほっと一息つくと同時に、しっかりと装着を終えて少し離れる。

 

 

「なるほど~……確かにかなりドキドキする。ドキドキしたっ」

「??? どゆこと?」

「えっとね。前にうちの屋敷でお茶会してた時に、友達の娘が言ってたの。【デート中にドキドキしたシチュエーションはこれだ!】って」

「あぁ~~……なるほど。……納得」

 

 

リーゼの言葉を聞いて、着けてと強請った理由と、自分自身の状態を鑑みて、納得した様に頷いた。

 

 

「でも、そういう話もするんだね。やっぱり女子会って」

「うん? お茶会……だよ? あっ、でも女子会って名前も良いね! ……って言っても大体そう言う事話すのは女の人しか回りにはいないけど。―――これ、時々呼ばれたり呼んだりってあるんだよ。こういう事って交流を持つ意味でも意味があるし、私も楽しかったりするし、凄く意味があると思う」

「確かに、ね。それは否定はしないよ」

 

 

普段の仕事の量を考えたら、ちょっとした息抜きだったり、同姓相手に好きな内容の話をしたり……休息と言う意味でも十分重要だし、リーゼが言う通りコミュニケーションは必要不可欠だ。

本当にしっかりしてる。

 

 

 

「夜のデートも素敵だけど、お昼時も良いよね。また、デートしようねっ」

「………やぁやぁ、リーゼさんや。枕詞に()って、こんな場で言わない方が良かったかもしれません事よ?」

 

 

 

まだ店内。

更に言うなら、目の前に店主が居る。

少ないが店内には他の客も居る。(皆女性)

リーゼは当然有名人、和樹は市政には当然無名人。

 

 

この後、店内がどうなったのか言うまでもない。

 

それはそれとして、リーゼはその後もデートを心行くまで堪能するのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 



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59話 グリセア村での相談

 

「―――んんん……、一良さん的には、どう思います……?」

「いやまぁ……うん。難しい問題だよね。俺も見ていてよく解るし。うぅん、こればっかりはなぁ……」

 

 

リーゼとのデートを終えて、暫くは書類関係の仕事に携わっている和樹と一良。

 

事務作業は大体が一良の仕事で、圧倒的な火力(笑)で現場仕事が中心な和樹。

最近では広範囲に工事の規模が同時進行で進んでるのでいい具合に効率良い仕事となっていたが、今回は珍しく、そして久しぶりに他の侍女たちも居ない仕事時の2人きりな状態。

 

そこで打ち明けるは、やっぱりリーゼとの関係性だ。

元々、リーゼが和樹に好意を持ってるのは一良も知ってる……が、普通であればあの超常的な力を目の当たりにし、神だと打ち明けた後は一線を引くだろう。それが一良自身の予想だった。自分の様な人間で不思議なアイテム持ってる程度のなんちゃって神様(笑)じゃなく、実際に光に成れる正真正銘な神様(笑)な和樹だ。本人の人柄や普通に接して欲しいという願いが無ければ、畏怖の念を覚えて口を利くのも難しくなるのでは? と思っても仕方がない。

 

でも、リーゼはあの後も非常に積極的。

仲良さそう……程度だと思っていた一良の見積もりは甘すぎ判定である。

 

そして和樹の想いも。

 

 

「……そりゃ、俺だって。フラれた~~って、女性不振だ~~って、一良さんに言っちゃってますが。ハッキリ言ってもうソレ言い訳に使ってるだけだって自分でも解ってますよ……。リーゼは良い子だし、普通に可愛くて綺麗で、あの素の性格だって十分魅力的だし、俺には勿体ないくらいだし……」

「年齢的な所を考慮しても、和樹さんと同意見。こっちじゃ適正年齢遥かに低いからね。一昔前の日本、元服があったころの日本を思えば何にも不思議じゃないし」

「でも………、俺は一良さんと全然違うんですよ? どうやって(・・・・・)ここに来たのか(・・・・・・・)のかも解らない状態(・・・・・・・・・)で」

 

 

この件は以前に一良にも和樹は打ち明けた事がある。

自分がどうやってこの世界に降り立ったのか、その経緯を。

流石に、自分がいた世界では、この世界や一良自身が空想の産物、虚構(フィクション)だった等とは話はしていないが、十分過ぎる程一良には解って貰えた。

 

 

「未来のゲーム、VRMMOをしていたら、此処に来てた。俺とはまた違った異世界転移方法だもんね……。単純に、眠ってるだけで意識だけが飛ばされた~みたいな可能性もあるし、その……言いたくないけど……」

「ああ、大丈夫ですよ。だって、俺からも言ったでしょ? そんな気遣いは無用です。……ゲームの最中に、発作とかで死んでたり(・・・・・)、でしょ?」

 

 

異世界もののお約束では、現実世界? で命を落とし、異世界に転生させられる、と言うパターンが多い。

 

和樹の場合はそれが当てはまる可能性だって大いにあるのだ。ピカピカの実と言うチート能力を授かった、と言う点にしても、神様的な存在がいて、その神様のミスなのか或いは気まぐれなのか、アソビなのか……、この世界に転生させられたという設定。結構世に出回ってる設定。

 

ただ、その場合は誰か別の人物……元の自分じゃなく、別の誰かに生まれ変わり、前世の知識を持って~的なのが王道な筈。

和樹の場合、身形は以前のままだというので………つまりどうなるのだろう?

身体が異世界転生、じゃなく転移、転送の類となるのだろうか? その移動の過程でチートな能力を得た、と……?

 

 

この件は、今日まで結構考えてきた……が、当然考えて答えが出るモノではない。

結局いつも結論は取り合えず巨大で強大な力か何かが働いたのは言うまでもない、と言う事。

 

 

そんな大いなる存在が居たのなら、この先のこの世界がどうなってしまうのか? と不安にならない訳ではないが、大体は干渉しない、と言うのが相場的。それに今の所神様自称した2人組が活動しても、天からの裁きの様なのはないから大丈夫……とは思うが。

 

 

「寧ろ、そっちの方が歓迎って、今は考えてます」

 

 

和樹はそう答えると天井を見上げながら続けた。

 

「……この世界に骨を埋める事が出来るのなら、リーゼとの付き合いだって十分マエムキに考え……いえ。普通にOKしますよ。即決です。こんな俺でも良ければ、って。その場合俺についての説明(・・・・・・・・)はしたいですがね。……勿論、一良さんの了承を得てから、になりますが」

 

リーゼと結ばれる未来を視てみたいと思う。

その先に何が待っているのか不透明な部分はあるが、それで別に構わない。今だってそうだから。ただ、明るい未来を創る為に努力をするだけだ。

 

一良は、そんな和樹の言葉を聞いて穏やかに笑った。

 

 

「ははは……。別に俺の了承なんて必要ないよ。そりゃ、和樹さんが居なかったら……正直メリット・デメリットを考えて、話す方が割に合わない、って判断してたけど。今はどちらでも良い、って感じだからね。皆を騙してるって考えたらちょっと複雑だけど、その分頑張って働いて貢献する事で許して貰おうかな? って」

 

 

当初は一良の言う通り。

自分が神でない、と暴露した時のメリットとデメリットを天秤にかけて、明かにデメリットの方に傾いた。

皆の人柄を知った今、神じゃないとしても分け隔てなく接してくれる事だろう事は頭の中では解っているが、それでもひょっとしたら村を人質に取られたり、軟禁されて知識・私財の全てを強奪されたり……と100%無いとは言い切れないからこそのデメリット側。

 

でも、その点は和樹が共に居てくれるのなら話は変わってくる。

実力でどうこうするなんて不可能だから。………万が一にでも、和樹の人柄がもっと横柄で横暴で……って考えたらアレだが………もうそれは考えない様にしてるから大丈夫。

 

 

「……それと、そっちの方が歓迎(・・・・・・・・)って言うのは?」

 

 

一良は次に、和樹に質問を投げかけた。

そっち、と言うのは現実で死に、この世界にまで渡ってきた、と言う説。

正直、それをヨシとする意味がイマイチ解らなかった。……嘘でも死んでいる、なんて自分は考えたくないから。

 

だが、和樹は視線を天上から一良の方に向け直すと、朗らかに笑いながら告げる。

 

 

「あ~~。……俺がリーゼの手を取れない一番の理由。今一番気がかりな事は、強制的にこっちに連れてこられたので、その逆もまたあるのかな? って事なので」

 

 

普通に屋敷から歩いてきた一良と違う点がそこだ。

勿論、一良だって扉、家を物理的に破壊されたり、時空間? か何かの力の作用が効力を失って世界と世界を繋げなくなったり、と不安要素がない訳じゃないと思うが、それでも突然連れてこられる、連れて帰られるかもしれない和樹よりはマシな部類だと思われる。

 

 

「リーゼの事が好きになって、この国も勿論好きで、リーゼだけじゃなくジルコニアさん達だってそう。力になる、って言っておいて、何もかも無責任にこの世界から退場させられたら、って考えたら、どうしてもリーゼの想いに対して二の足を踏むんですよ。もしも、を考えたら、こればっかりは、やっぱり抗いようがないですから。ピカピカでも逃げれないって思ってます」

「……難しいよね」

 

 

改めて和樹に告げられて、一良も少し表情を落としながら一言告げた。

現実ではありえない事象を何度も見てきているから、今和樹が言った様な事が起こらないとも限らない。

 

でも、それは自分達じゃ抗えない事………。

だから、一良は少し考えて……決めた。

 

 

「うん。やっぱりこれが一番かな」

「??」

 

 

ぽんっ、と手を叩き和樹に告げる。

 

 

「和樹さんは引き摺る性格じゃないとは思うんだけど、やっぱりマイナス面を考え込み過ぎたらさ? どうしても気落ちしちゃうから、この答えもプラス面を考える様にしよう。和樹さんの言う通り、こればっかりは俺の金でも解決できない問題だし、備えるなんて事さえ出来ない。なら、もう考えるの止めた方がいっその事良いと思うんだ」

「………ですよねぇ。やっぱり」

「それで、ね?」

 

 

和樹も一良が言わんとする事は解る、と苦笑いをした。

最終的に自分が行き着く所がそこである、と言う事は予想していたから。

 

だが、一良には続きがある。

 

 

「万が一って事もあるし、今からでも出来る事はしようと思う。だから、2人で約束事を決めない?」

「???」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

数日後。

 

和樹はグリセア村上空まで飛んできた。

イステリアでの仕事はとりあえず和樹がいなくても良いくらいには一段落出来ているし、後は既存の道具や一良の日本式道具でどうにか出来るから。

必要な書類作成や事務的な処理もナルソンを中心として期日までには問題なく済ませれる、と太鼓判も貰ってる。

 

と言うより、やっぱりパソコン・印刷機を持ち込んだ事による事務的な仕事効率向上……以上に、ピカピカの力を使った現場作業が鬼の様に早いから時間のゆとりは物凄くある、と言うのが実際な所だ。

本来想定していた工事期間を超大幅に短縮させて、皆の士気も向上しているのだから。

ある程度無理するのはリーゼを含めた領主たちで、そんな領主側に負担を駆けまい、と他の皆も頑張って良い相互関係となっているので今後も期待大。

 

 

 

 

それは兎も角———和樹がグリセア村に来た理由は……。

 

 

「ええっと、まずは人気のない場所に降りて……、ノワに挨拶する前に、シルベストリアさんの方、かな?」

 

 

グリセア村警護に当たってくれてるシルベストリアに挨拶をする、と言う事。

大切な村を守ってくれるのだから、当然。本来ならもっと早くに、初日にでも来ても良かったのだけど……、その辺りは仕事以外にも色々とあったので、と言う事で。

 

 

「ニィナさんニィナさん」

「!!!」

 

 

グリセア村での農作物管理をしていたニィナと目が合って、和樹は手を振った。

一瞬ギョッ! としたニィナだったが、直ぐに色々と手に持ってたモノを投げ捨てる様に手放すと駆け寄ってくる。

 

 

「カズキ様!? いつの間に――――!??」

「ふっふっふっふ。私は何時如何なる時も、貴女の傍に現れるんですよ~~、お仕事、頑張ってますかーーー! って神様チェックしてるんですよ~~~! ……あはっ、グリセア村の皆は、その辺りは全く問題なし、ですがね。皆頑張ってます! ………そもそも、毎回ここに来る度に村がグレードアップしてる感じですし……要塞?」

 

 

ピカピカの力の応用。

光の屈折やら、太陽光やらに紛れたり、何やらを利用したなんちゃってステルス。

以前は光に紛れて移動~程度だったし、よく目を凝らして視られたらバレる程度のモノだったが、それなりに精度が上がってる。

ただ、神経使う精神的なモノなのか何なのかは不明だが、……物凄く疲れるのであまり長時間乱用は嫌だ。タイムを計った事は無いが、ピカピカ制限時間切れの件もあるから。

 

 

「ひょ、ひょっとしてカズキ様に私、覗かれちゃってた!? ついさっきも汗かいて、汚れちゃったから湯浴みを……、えと、えとえとえと、いつから、いつからですか? い、いえ、嫌だったってわけじゃなくて、その……わ、わたしは、どうでした……? バレッタ程綺麗でも可愛くもないけど、カズキ様のお目に叶いそう……ですか?」

「ぶっっ」

 

 

まさかのしっぺ返しを食らう和樹。

どうやら、驚かせて終わり、とはならない様だ。

 

ニィナは頬を赤く染めて、両頬に手を添えて身体をくねらせている。

丁度グリセア村にはお風呂も常備しているから、生まれたままの姿……裸だって和樹の力を使えば……アレだ。

 

 

「ちょちょ、ちょっとまった!! 今来たばっかです! 覗きなんてしてないですよっっ!!?」

「わ、わたし、カズキ様なら………」

「まってまってまって! ほんとですってば! 今着いたばっかりでーー!!」

「ニィナ~~! 誰と話を……って、カズキさん?」

 

 

ここに救世主(バレッタ)が現れる。

両手をぱたぱたと振るって、顔を赤くさせながら慌ててるカズキ、方や両頬に手を添えて、顔を赤らめながら悶えてるニィナ。

一体どういう場面だ? とバレッタは首を傾げながらも、和樹の来訪は喜ばしい事だ。(勿論、一良も来て欲しいけれども)取り合えず花開く笑顔で挨拶。

 

 

「着ていらしたのですね。お疲れ様ですカズキさんっ!」

 

 

いつも以上に良い笑顔のバレッタがそこにいて(和樹視点) やっぱり和樹にとって救世主だ! と半ば縋る形で、バレッタに言う。

 

 

「ば、バレッタさんもどうか説得してくれません!? おれ、ニィナさんの事覗いたりしてない、って! 神に誓ってそんな不貞してない、って!」

「え、ええ?? の、のぞき、ですか?」

「そーです! そーです!! や、違う! のぞきしてません! 俺、今着いたばっかりで、外だと駐屯兵の皆さんにバレて騒ぎが大きくなっちゃうから、いつも通り、俺の正体知ってる皆の所に、グリセア村の中に降りて、そ、そこでちょっとした悪戯でニィナさんを驚かせただけなんですっっ」

 

 

 

わたわた、と半ばパニック状態になってる和樹を見て、いつの間にかお腹を抱えて笑を堪えてるのはニィナだ。

バレッタもバレッタで、そんな和樹の姿が可愛らしく見えたのだろう、笑いそうになったのだが、ニィナの姿を見てどうにか止める事に成功。

 

 

「ニィナ?」

「くく、~~~っっっっ!?」

「もうっ、そんなにカズキさんを揶揄ってどうするのよ。罰あたっちゃうっても知らないよ?」

「へ?」

 

 

慌てていた和樹。

でも、次第に理解していくのだった。

自分自身がまたもや揶揄われてしまっているという事に……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……ブスッ」

「すみません、カズキ様。っその……、ちょっとした仕返し~って思ってやって見たら、何だか凄くカズキ様がどんどん愛らしく見えちゃって、あ、私を驚かせたそのお返しに、って思って下されば幸いですが!」

「あ~~もうっ、イイ感じですよねっ! ニィナさんは、村一番俺に普通に接してくれてすごーーーく嬉しいですよ! いやー、うれしいなぁぁぁ!」

「あ、あははは。カズキさん、お水をどうぞ」

 

 

フランクに接する事。

普通に接する事。

神様(笑)だけど、それを望む―――。

 

そう言って、実行に移してくれたのは最早数える程だ。

ニィナはある意味希少で貴重な人材だと言えるのだが……。

 

 

「まったく、ノワと言い、ニィナさんといい、こっちの女の人は強いよね」

「あっはっはっは~! 私も漸くですよ? 漸くこうやってカズキ様と接する事が出来たんですよ? 正直、自分を自分で褒めてあげたい気分で~ ……っとと、そう言えば以前もその名前を聞きましたが、ノワ、とは誰の事なんですか?」

「ん? ああ。確か言ってませんでしたね。ノワは、その―――オルマシオールの事ですよ。いや、オルマシオールの相方? 眷属? とでもいうべきでしょうか」

 

 

事ある事に、和樹の口から語られるノワと言う名に、ニィナは疑問に思いつつも、中々タイミングがつかめずにいた。

丁度今良いタイミング、と名について聞いてみたらビックリ……。

 

 

「え? あれ? オルマシオール……って、確かバレッタが言ってた……?」

「うん」

 

 

オルマシオールの名が出てきた事にはビックリ。

驚きを隠せられない。思わず、《~様》と呼べなかったくらいには。

以前、バレッタと共に山の中で炭窯を作っている時にニィナ自身は会っていないが、バレッタは会ったらしい。

それは大きな大きなウリボウとの事。

 

 

「えと、大きなウリボウの姿で、言葉を喋る、でしたっけ?」

「えと、はい。そうですね。その通り。通常種の2倍はあるかな?」

 

 

普通のサイズより二回りは大きく、更には喋るとの事。

 

 

「バレッタが言ってたのって、やっぱり夢とかじゃなかった、って事かー」

「もー! ほんとだって言ったよ? ニィナ信じてなかったの?」

「いや、信じてなかったってわけじゃないけどさ。やっぱりほら? 頭打っちゃった~とか、働きすぎだから疲れが溜まって~とかも考えててさ? 疑ってかかる事も大事じゃん? 心配で心配で~」 

「も~~~! ニィナっ!」

「あはは、ごめんごめん」

 

 

本当に仲良さそうな2人を見ると微笑ましくて頬が緩む。

 

 

「そうだ。そのノワ――――オルマシオール達からの連絡で、昨日も変な集団を見かけたから追っ払った、との事で。身形から察するに野盗らしいよ。こんな要塞みたいな村に、イステリアの軍も居るのに襲ってくる~なんて事は無いと思うけど」

「「えっ!??」」

 

 

説明不足だった。

ノワールたちウリボウ組は、この地帯を、この地域一帯に根を張りアンテナを張り巡らせ、治安維持に努めてくれているのだ。

イステリアから遣わされた部隊も手の届かない範囲と言うモノは当然あるから。更に範囲を広げて見ていてくれてる。

 

 

その説明を和樹は忘れていたので、ニィナは勿論のこと、バレッタも驚き目を見開いていた。

 

 

その後は、これでもか! と頭を下げられたのは言うまでもない。

本人に合わせて欲しい、とも言われたがノワールは基本的に催眠術を駆使するので難しいし、和樹以外(例外的に一良)はなるべく合わない様にしているので難しい。

 

それをそれとなく伝えて、感謝の念は自分から伝える~で解って貰えたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その後———アイザックと合流。

ここへ来た目的の1つ、守護を引き受けてくれたシルベストリアに挨拶をする為、である。

 

シルベストリアを紹介するという過程でアイザック以上の適任は居ないだろう。

 

 

「付き合ってもらって感謝ですよ。アイザックさん」

「いえいえ。私で宜しければ幾らでも使って下さい。私こそがいつもカズキ様にはお世話になっております。……カズラ様、カズキ様の為にこれからも粉骨砕身の覚悟を持って働きますので」

「あははは。でも、アイザックさん? ベクトルは忘れない様にしてくださいよ。アイザックさんが粉骨砕身で働くのは国の為。私はそのお手伝いをしている立場ですので」

「あ、ありがとうございますっっ」

 

 

時折、涙まで流して感極まるのはアイザックの通常運転。

最初こそ諫めたり落ち着かせたりしていたんだけど、アイザック自身がこういう性分なので、ムリに矯正したりせず、このままにしている。

楽しんでたりもする。

 

 

 

「それにしてもシルベストリアさんは、子供たちと釣りですか。うん。良いですね。早速皆と仲良くなってくれたのは、嬉しいです」

「はい。彼女は元々子供好きと言うのもありますし、とても昔から上手だったので。イステリアの町の子供たちにも人気がありますよ」

「それは人柄の良さ―――ですね。流石はアイザックさんの家系」

 

 

和樹がほめると、物凄く嬉しいそうに頭を掻きながら照れ笑いを浮かべるアイザック。

褒めて伸ばす、と言う言葉があるが、アイザック程ストイックな軍人には寧ろこちらの方が良い気がする。……と言うより、普段から自分にも他人にも厳しく、上層部には鬼の様な上司が沢山いるので、普通に自分といる時くらいは鞭なし、飴状態で良い筈だ。

 

そして家系の話をちらりとしたが、これは心の底からの本心。

マクレガー、イクシオス、ルートとそれなりにアイザックの家系、スラン家の皆さんとは面識があるからこそのモノだ。

 

その後も、主に剣の訓練話を中心に話しながら川縁の方へ足を運んでいくと、楽しそうな―――それでいて慌てた様な声が聞こえてきた。

 

 

 

「―――ぜ、全然外れないよこれ!? どうして!? なんで!?」

「違うって! 板を押し込むんじゃなくて、押しながら捻るんだよ! 急いでやらないと魚が死んじゃうよ!」

 

 

 

声の方を見てみると、どうやら人だかりが出来ている。

アイザックに目配せして確認すると、頷きが帰ってきたので間違いない。彼女がシルベストリアだ。子供たちに囲まれて大騒ぎしている。

 

 

「だから! ただ押し込むだけじゃ駄目なんだって! 糸も引っ張りながらじゃないと外れないよ!」

「そ、そんなこと言ったって……」

 

 

シルベストリアは半泣きになりながら、魚の口に入れた板をこねくり回している。

どうやら、魚が飲み込んだ針を外そうとしているのだが上手くいかないらしい。

軈て、魚の方が根を上げたようで、「グェッ」と謎の異音を発して大人しくなってしまった。

 

 

「あー、もう! 俺がやるよ。ほら貸して!」

「あうっ、あぅぅぅ……」

 

 

見るに見かねた周りで騒いでいた男の子の1人がシルベストリアから魚を引っ手繰ると、手慣れた様子で板を捻って針を出した。そして水桶の中に魚を放り込む。

どうやら、根を上げても完全に事切れた~と言う訳では無かった様子。身体を痙攣させながら水桶の底へと沈んでいった。

 

 

「あ、あの~シルベストリア様?」

「……あ、アイザック……、私、釣りの才能ないのかも……」

「は、はぁ」

 

 

げっそりした様子のシルベストリアは、アイザックの存在には気付いたようだが、直ぐ隣に要る和樹の事は気付かない様だ。

いや、気づいているのかもしれないが、アイザックの部下? 程度の認識であまり気にしてないのかもしれない。

それ以上に、魚との格闘、長い格闘の末に、どうにもならず途中リタイアしてしまった自分自身が泣けてくる……と半泣きになってしまっている。

 

 

「あの、シルベストリア様には本日ご紹介したいお方が――――」

 

 

それは兎も角、目的を果たそうとアイザックは隣の和樹の説明に入ろうとしたその時だ。

 

 

「あっ、カズキさまっ!!」

 

 

村の子供の1人が、和樹に気付いて声を上げた。

すると、あれよあれよと言う内に、子供たちの注目を集める。

 

 

【ほんとだ! カズキさまだっっ!!】

 

 

持っていた釣竿を、石と石の間に引っ掛けたり、地面に突き刺して固定したりして、手放すと直ぐに皆の人だかりが、シルベストリアから和樹へと変わった。

 

 

「え、あれ? かずきさま、って確か――――……」

 

 

シルベストリアは、一体何事か? と目を白黒させていたが、その名についてはハッキリと覚えているので、アイザックの方を見た。

すると、アイザックもそのシルベストリアの視線の意味が分かったのか、笑いながら小さく頷く。

 

 

「ッッ!!」

 

 

それで全てを悟り、急いで立ち上がって直立不動の姿勢で敬礼をした。

 

 

「も、申し訳ありませんっっ! 私は、シルベストリアと―――」

「あ、いえいえ、そのままで大丈夫ですよ。お話はアイザックさんから聞いています。シルベストリアさん」

 

 

あっという間に子供たちに埋もれていく和樹。

シルベストリアにしてみれば、アイザックから聞かされていた人との邂逅。

冗談抜きでまさに神との謁見。

どういう形式が良いのか、軍隊形式の礼儀作法が良いのか、正直答えが解らない。この辺りは、アイザックに追々相談を~と言う形にしていたのだが、あまりにも不意打ちが過ぎる。

 

そもそも、神との邂逅だ。こんな遊んでる所であって良いモノではない! 

 

 

———と、シルベストリアは慌てていたのだが、物凄く子供たちに好かれている様で、子供たちに向けている笑顔を見ても物凄く人柄が良さそうで……、次第に思いっきり緊張して、筋肉が突っ張ってしまっていた感覚が解れていくのを感じ始めた。

 

 

「カズキさま~~! おうた、うたって~~!」

「カズキさま~~~!! 一緒にあそぼーーーっ! 追いかけっこ~~!」

「カズキさま~~~~!! おままごとしよーーーーっ!!」

「「「カズキさまーーー!」」」

 

「ほらほら、いつもながら無茶言わないの。俺の身体は1つしかないんだからな? 取り合えず皆で釣りをしよっ!」

【はーいっ!】

 

 

一日の長と言うモノがあるとは思うが、こうまで子供たちの心をつかみ、こうまで笑顔を弾き出せている神に思わずシルベストリアは目を輝かせた。

 

 

「皆で勝負、ですね。アイザックさんも」

「え! あ、いえ私は……」

「アイザックさんが帰っちゃうの、辛いなぁ……。ねー? みんな。アイザックさんとも一緒に釣り勝負したいよね~?」

【うんっ!!】

 

 

子供たちからの期待の目。

更に和樹から差し出される釣竿。

 

粉骨砕身の覚悟を誓ってるアイザックに断るなどと言う選択肢は端から無い。

 

 

「じゃあ、お隣失礼しますねー」

「ひゃ、ひゃいっ!!」

「あはははっ。シアお姉ちゃん面白いおかお~!」

 

 

和樹がシルベストリアの隣に腰かけた。

気も漫ろだったようで思わず驚いてしまって、それが顔に出た様だ。

 

 

「ゆっくり釣りでもしながら、お話しましょう。アイザックさんも、今日の急ぎの作業はとりあえずない、と聞いてますから」

「はい、了解です」

 

 

付き合いも仕事の内。

村を預かる以上、子供たちとの触れ合いも言わずもがな。

 

アイザックは頷くと付近の石をひっくり返して餌になる虫を探すのだった。

 

 

「かずきさま~~! 早速つれたよっっ!!」

「ええ、早ッ!」

 

 

とは言っても、やっぱり子供たちに大人気な和樹だ。

そこにシルベストリアまでいて、テンションが上がらない子供は居ない様で、ゆっくり話す~と言うのはムリがあったな……と、苦笑いをするのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その後も暫くは子供たちと遊んだ。

今回は主に釣りで、皆で釣り勝負! どれだけ沢山釣れるか勝負! と言う話を持ち掛けて、子供たちは雲を散らす様に散っていき、漸くシルベストリアと話をする事が出来たのである。

 

最初こそは当然ながら物凄く緊張していた様だが、次第に打ち解け合い、笑顔を見せてくれる様になった。

まだまだ自然に~とはならないかもしれないが、素性を知った上で、この速さでの打ち解けは、シルベストリアが初めてではないだろうか。

 

 

「それにしても、シルベストリアさんは凄いですね~。皆と1,2日で仲良くなっちゃうんですから」

「えへへ……。その、仲良くなってる、と言うよりも私自身があの子たちに遊んでもらってる、って言う方が正しいかと思いますよ」

 

 

照れ笑いを浮かべるシルベストリア。

アイザックが言っていた子供好き~と言うのは筋金入りな様で、性別など色々な要素があるとは思うが、やはり義務や仕事だと認識して接するのと、心から子供好きと言う気持ちで接するのとでは、やはり信頼関係を結ぶのに時間は生まれてしまうと思う。

彼女は後者だったからこそ、ここまで短期間で仲良くなれた筈なのだと。

 

 

そして、ここでもアイザック似……と言うより、スラン家の血筋が爆発する。

 

 

「カズキ様は、夜な夜なアイザックに剣術稽古をしている、と話に聞いてますが!」

「ええ。アイザックさんに限らず、ルートさんやハベルさん、ですかね。たまにマクレガーさんも顔を出す事はありますし、イクシオスさんも同じ頻度で。ジルコニアさんは度々、ナルソンさんは稀に……」

 

 

指を折り折り出てくるのはこのイステール領土の重鎮と言っても良い超大物ばかり。

益々シルベストリアは目を輝かせて―――。

 

 

「カズキ様はオルマシオール様なのでは無いですか??」

「いえいえ。私はメルエムですよ。オルマシオールは別に存在してて―――」

 

 

戦いの神の名を口にする。

それも仕方がない事だ。アイザックの話から照らし合わせても相当な剣術・力がないと務まらない相手ばかりだ。特にジルコニアは国でも間違いなく5本指に入る程の実力者。

それらを手玉に取る(とは言ってない)和樹が最早最強であり、つまり神様であり、オルマシオール、と言うのがシルベストリアの連想ゲーム。

即座に和樹には、手をぶんぶん横に振って否定されたが。

 

 

「いいなぁ、アイザック……。私も神様に手取り足取り稽古して貰いたいなぁ……」

「え、そ、それはですね……」

 

 

和樹との剣術稽古は、イステリアに居てこその話だ。

そしてシルベストリアはグリセア村から動けない。

 

和樹自身の能力を使えば、領土内の行き来など文字通り光の速さで出来るだろうが、流石にそこまで苦労を掛けるのは有りえないから。

 

 

「あはは。空いた時間で良ければ別に構いませんよ? あ、勿論グリセア村に来ている間、になっちゃいますが。いつでも気軽にどうぞ。時間は作ります」

「よよ、よろしいのですか!?? わ、私なんかの為にそんな―――っっ」

「すっごい食いつき……。流石アイザックさん家の血筋………。こほんっ。いえいえ。シルベストリアさんにはここを護って貰ってる感謝があります。グレイシオールに変わって、私の方から感謝の意を。この程度で宜しければ幾らでも、です」

 

 

女性であってもやっぱり軍人か……。

花より団子? 的なことわざが頭を過ったが……流石にそれは飲み込んだ。

 

 

シルベストリアは、両手でガッツポーズを見せると。アイザックの方を見て子供の様に喜んだ。

 

 

「これで私も神様の弟子の1人になるんだねっ! アイザック!」

「あ、あははは……。そうですね。私も負けてられません。やはりまだまだシルベストリア様の方が御強いですから―――っと、そうでした。シルベストリア様に1つお願いしたい事がありまして、聞いていただけますか? そのかたにも許諾を得ないといけないので、それからにはなりますが」

 

 

元々合間に話す予定だった事を告げるアイザック。

話の流れ的に鑑みれば、話題も剣の稽古の話だからある意味最高だといえる。

 

 

「うん? お願いしたい事?」

 

 

子供の様に燥いでいたシルベストリアだったが、取り合えず落ち着きつつ、小首を傾げた。

 

 

「それは、私も聞いてて大丈夫な話ですか? 必要なら距離を取りますが―――」

「いえいえいえ、カズキ様に聞かれて困る様な事は私は知りません。持ち合わせてもいません」

「……そこまで言って下さるのは有難い事ですが、流石にプライバシー系はフルオープンにしないでくださいね?」

 

 

アイザックは真面目な性格だから、ちょっと心配……と苦笑いする和樹。

シルベストリアも同じ気持ちで、和樹の気持ちも解るから同じ様に笑っていた。

 

アイザック自身はよく解ってない様だが、一先ず【少し長くなる】と前置きをしつつ話を続ける。

 

 

 

 

「……というわけで、バレッタさんに武術の指南をしていただきたいのです。丁度、シルベストリア様がカズキ様に弟子入りをしてしまった後、と言うのは中々複雑ではありますが、彼女が拠点としているのはこのグリセア村ですし、同姓で、常駐しているシルベストリア様なら、と」

 

 

アイザックの話は分かった。

確かに和樹に剣の稽古をつけてもらう~と喜んでいたシルベストリアに、剣を教えてあげて~と言うのは、中々に変な話ではないか? と思わなくもないが、中身をしっかりと聞けば理解できる。

元々、和樹の場合は剣を教える~と言うより、実際の手合わせ中心。無茶な動きも能力を使ってするので、アレを模倣したりするのは極めて難しいから。

如何なる状況に置いても臨機応変に動けるだけの心構えを持つ、と言う意味では良い稽古だと言えるが。

 

 

っと、色々考えていたが、シルベストリアが考えているのはそこではない。

頬を赤く染めて、目を輝かせて、両頬に両手を添えて感嘆とした表情をさせると。

 

 

 

「うわー、いじらしいなぁ……。しかも彼には秘密で頑張るってところがもう、ね……。ぐっとくるよ~……」

 

 

くねくね、と身体をくねらせ悶えさせて……。和樹との稽古~の時とはまた違う彼女の一面に、思わず微笑むのは和樹。

 

 

「そっか……、バレッタさん、そっち方面も頑張ってるんですね。動機を考えたらそりゃ、気合が入るってものです」

「ですよね……。【守れるようになりたい】なんて、中々言える言葉じゃないですよぉ……ん? ちょっとストップ。アイザック」

「はい?」

「許諾を~って言ってたけど、そもそもこの話自体、その娘から許可とったの?」

「いえ、とってませんが?」

 

 

 

そのアイザックの返答を聞いて、和樹&シルベストリアは、まるでシンクロしたかのように、息を合わせて首をぐるり、と回し、アイザックの方を見つめて……。

 

 

「えぇ……」

「最っ低……」

 

 

侮蔑な視線を送った。

 

 

「えええ!!? な、なんでですか!? か、カズキ様までっ!?」

 

 

アイザックにとって一番の威力は、和樹からもその様な視線を受けてしまった事にあるのだろうか。でも、シルベストリアのも強烈だ。

 

 

「流石にデリカシーが無いですよ、アイザックさん。……そういう類な話は、私であっても絶対に話さないでくださいよ?」

「そ、そういう??」

「【そういう?】じゃないよバカ。どう考えても相談する順番が逆でしょ!? 流石に意中の人がいる所で、そんな事口にする貴方じゃない、とは思いたいけど、ひょっとして、口にしてないよね?」

「い、いえいえいえいえ、してませんよ! シルベストリア様とカズキ様の御二方だけで……」

「それはまぁ、100万歩譲って良かった、と言えなくもないけど、受けた恋愛相談を勝手に第三者に話すなんて、幻滅どころの話じゃないじゃない。私がその娘の立場だったら間違いなく幻滅するよ。そうですよね? カズキ様」

「うん。私がバレッタさんと同じ立場なら、-100点プレゼントします。折角の積み重ねが、根本からポキリ、かもしれません」

「ぅぅぅぅ……も、申し訳ございません……、どうか、お許しください……」

 

 

 

その後はアイザックは只管涙目で頭を下げ続けた。

 

最後は、シルベストリアが【謝る相手が違う】とぴしゃりと占めて……アイザックは乙女心やデリカシーについてを学んだのだった。

 



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60話 バレッタとシルベストリアと

 

「取り合えずもうちょっと説教しとく。恋する乙女の秘密、それも恋愛関係の暴露は重罪なんだよ!」

「は、はいぃぃぃ………」

「あはは……、アイザックさんはホントにもう」

 

 

もうちょっと~と言いつつかなり長くなりそうな予感がする和樹だが、仕方ないと割り切ったりもしていた。

 

でも、アイザックの物凄く真面目。

 

それは美徳ではあるし、部隊を任せられている身であるならば、上に立つ者であるならば、当然の資質である―――と思うが、流石に男女関係の色恋沙汰、恋愛関係にその性質は毒と成りうる。

 

今回でアイザック自身が改めて身に染みている様だ。

 

シルベストリアにしこたま怒られて、小さくなっているところを見たらよく解るので、後で飴役を買って出よう、と和樹は思った。

 

アイザックもきっと同じ過ちを二度繰り返す様な愚者ではない。最初から和樹も知っている。

だからこそそれを糧として今後とも頑張って貰いたい、と思う。

 

 

「ん? あれ?」

 

 

ふと、視線をシルベストリアやアイザックとは反対方向に向けてみると、1人の少年の姿が有った。勿論名は覚えている。コルツと言う名で、ミュラと特に仲良し。和樹が来ている間も、ミュラはコルツの手を引いて自分の所へと来ていた事が何度もあった。

 

どうやら、彼もちらちらとこちらを伺っていた様で、それもあって和樹と目が合ってしまった様だ。慌てて目を逸らせる。

その仕草に違和感を覚える。いつもいつも遊んで欲しいとせがむ村の子達は目が合ったらいつも目を輝かせて手を振ったり笑顔を見せたりしている。コルツの場合は少々歳が上だという事もあり、甘えたりな年齢時期が過ぎたのかも、とも思えたが、曲がりなりにも【神様(笑)】な和樹に対してあの様な顔を見せて逸らせるというのはおかしい。

 

 

いや、よくよく考えてみたらコルツが見ていたのは自分ではなく、どちらかと言えばアイザックかシルベストリアに対してで――――。

 

 

「…………ぁ」

 

 

ゆっくり、それでいて朧気に、ほんの少しだけ記憶の扉が開くのを感じる。

なんの嫌がらせなのか、ハッキリ全てを教えてくれるわけじゃないのがもどかしい所ではあるが、コルツに対しては少しだけ思いだす事が出来た。

 

 

「よっと。どーしたの? コルツくん」

「わぁっ!?」

 

 

和樹は、一瞬にも満たない速度でコルツの隣に来て座った。丁度腰掛けやすい大きさの小さな岩が傍にあったのは僥倖。コルツ側からすれば、突然消えて、突然隣から話しかけられてしまったので、驚いてしまうのも無理はない。

和樹の御業に対しては視た事が有るので、初めてという訳ではないが流石にこれは慣れる事は無い様だが。

 

 

「か、カズキさまっ!?」

「へっへ~~。驚いた?? 驚いた?? オレ、結構最近驚かされてバッカリだったからさ? ちょ~~っと大人気なくコルツくん、驚かせてみました! ……ごめんねっ?」

「い、いえ! そんな事ないよ! すっげぇぇ!!」

 

 

ペロッ、と舌を出す和樹。

コルツは驚き顔の後は何処か無理した驚き顔、笑顔を作っていた……。神様(笑)じゃなくてもそのくらい解る。

 

 

「何かあるなら、このカズキさんに話してみてくれて良いよ。それとも、話せれない内容だったりする?」

「あ、いや、その………」

「ま~個人のプライバシーに首を突っ込むのは余り宜しくないのは解るよ。ほら、例えばミュラちゃんとの事とか」

「!! ……?? え? なんでミュラの話が出るんですか?」

「……おやや?」

 

 

結構一緒に居るから、それなりに意識したり、両想いだったり片思いだったり……、即ち男同士の恋バナとやらに花を咲かせる事だって出来る筈! (自分は失恋メインな視点しか出来ないが)

 

と思っていたが当てが外れた様だ。コルツは先ほどのムリした顔ではなく、純粋に意味が解らない、と言った様に首を傾げていたから。

 

 

「こほんっ。それは兎も角……。直球で行くよ。コルツくん、アイザックさんと何かあった?」

「ッ………」

 

 

シルベストリアは村に来たばかりだし、元々子供好きであり、あっという間に溶け込んで大人気、なのは見てて解る。

だからこそ十中八九アイザック関連————と推理出来るが、これが間違いない事は推理するまでも無く、解っていた。ほんの少し開いた記憶(世界)が、思い出させてくれた。

 

 

「その、おれ、おれ……っ」

 

 

コルツの顔が途端に真っ青になる。

まるで自分がいじめている様に思えてしまうが、それでも聞かなくちゃいけない。

ここで、ちゃんと聞いて、少しでも解決して、少しでもコルツの心に自分が残っておかなければならない、と和樹は強く思った。

 

 

何故なら――――――

 

 

 

 

「コルツくん。……ちょっとシルベストリアさんやアイザックさんの視線が気になるかもしれないね。だから2人だけで話せる様にしようか」

 

 

和樹はそういうと、指先をひょいと立てて上に向ける。

すると、その指先から昼間だというのにも関わらずハッキリと見える光の筋が現れた。

それは、自分達の頭より少しだけ高い位置で止まり、軈てまるで四方八方に流れる滝、光の滝の様に包み込んだ。

そして、光は2人を呑みこむと完全に外界から隔離された様な空間が生まれた。

 

 

必要最低限度の光の幕だといはいえ、もしも、周りに誰か見ていたら驚くかもしれない。

でも特に気にはしてない。

生憎自分の正体を知っている者達ばかりだし、幸いな事にシルベストリアはアイザックへの説教に夢中。アイザックも本気で悪いと思っているので、頭を下げているので恐らく気付かれない。仮に気づかれても直ぐに解るだろう。……結構騒ぎになるかもしれないから。

 

例え騒ぎになったとしても、今ここで―――。

 

 

「ここにはオレとコルツくんの2人だけだ。何か悩みがあるなら聞く。これでも神様、って呼ばれる事が多々あるからさ? それくらいさせて欲しいよ。この村は、村の皆はオレにとってもかけがえの無い存在だから」

「…………ぅ、ぅぅ」

 

 

コルツは、そんな和樹を見て大粒の涙をボロボロとこぼしはじめる。

胸に溜めていた想いの全て。謝罪の全て。それらを全部和樹に対して吐き出させた。

 

 

曖昧な記憶しか持たない和樹にとっても、この行動は後々に間違いなく功を齎す。

まさにここが分岐点だった。

 

 

元々和樹と言う異端な者がやってきた時点である程度の未来は変わったが、更に未来に変化が起きるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

和樹とコルツの内緒の話。

ピカピカな力を使ってでの内緒の話は幸運にも誰にも悟られる事なく終了。

ただ、シルベストリアはいつの間にか和樹が居なくなっていて、コルツの方に向かっていた事(その時には既にピカピカ解除)、コルツが涙目になっていた事などに驚いてはいたが、コルツ自身が良い笑顔だった事、和樹も勿論笑顔だった、と言う事もあり深く考える事はしなかった。

 

 

ただ――――アイザックの説教に夢中になり過ぎていたせいもあってか、魚は一匹も釣れず、結果はボウズだったりする。

 

 

その後、アイザックは先に駐屯地へと戻り―――シルベストリアと和樹の2人は後少しだけ、子供たちの相手をしていた。

その合間合間で、落ち込むシルベストリアを和樹は慰める。

 

 

「釣れない事もありますよ? そーんな落ち込まなくても」

「うぅぅ……、私やっぱり釣りの才能なくて……」

「あははっ。ま、釣りって結構難しいですよね。釣れる人はほんと釣れるし、何か裏技でもあるんじゃ? って疑いたくもなりますし。上手い人を真似てみた所で上手くいくとは限らないのも何だか理不尽って感じもしますし」

「!! か、カズキ様も思いますか!? カズキ様ならどうしてますか!?」

 

 

釣り談義に花を咲かせる~と言うより、子供たちは皆見事に釣りあげてるのに、シルベストリアだけ釣れてないのが悲しくて悔しくて、今度こそ! と息巻いている、と言う面もある。

 

 

「どう、か……。うーん……」

「…………!!」

「や、期待に満ちた顔しちゃって……。やっぱり根気、かなぁ」

「……デスヨネ」

「期待に応えられなくて申し訳ない……」

「そ、そんな事ないですよ! 何事も一歩ずつ、精進していくのみだと改めて勉強になりましたので!」

 

 

やっぱりスラン家の皆さんは真面目に全てを糧とするんだなぁ、と和樹は頬を緩ませる。

すると、和樹の隣にミュラがやってきて、裾を引っ張りながら―――。

 

 

「カズキさま~! おうた! おうたうたって!」

 

 

リクエストをされちゃった。

日本の童話関係、番組で流れる《こどものうた》はやっぱり子供たちには刺さる様子。

以前は個人的に和樹自身が大好きだった英語の洋楽を歌ったりして、それが神の言語!! と大はしゃぎしてたりもしていたが、やっぱりある程度通じる方が理解できるし、楽しい様だ。

何なら、子供たちも時折歌ったりしてるから。

 

 

「はいはい。んじゃ、後もうちょっとだけ、ね? よっし、シルベストリアさんも歌いましょうか?」

「……ふぇ!?」

「簡単な歌ですから、直ぐに覚えますよ。カエルの歌って言う曲で―――一緒にどうぞ」

 

 

顔を赤くさせて最初は戸惑い躊躇い、遠慮がちだったシルベストリアだったが……、子供たちからの期待に満ちた目、和樹の一押しもあって恥ずかしそうにしながらも了承。

カラオケ大会に突入した。

 

歌唱力については―――――――個人情報の観点から詳細は省くこととする。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その後、数日間に渡って周囲の工事関係に精を出しつつ、グリセア村の子供たちの相手もしつつ―――充実した日々を送った。

 

特に和樹が数日間グリセア村に居る、と言う事実は子供たちをこれでもか! と歓喜させて、大喜びされた時は和樹も思わず頬が緩む。

仕事関係で仕様が無いとはいえ一良が居ない事に負い目を感じ、自分だけで申し訳ない、とも思っていた所があるのだが、一同皆が心の底から喜んでくれている事をその身で感じ、和樹はただただ気恥ずかしそうに微笑みながら過ごしていた。

 

 

「……でも、やっぱしバレッタさんには申し訳ない!! って思っちゃうなぁ……」

「ふぇっ!?」

 

 

バリンの家でお世話になっているので、必然的にバレッタの世話にもなっている。

料理をしてくれたり、風呂を沸かしてくれたり、更にはマッサージまで………本当に困っちゃう、赤くなっちゃう、勢いで至れり尽くせり。物凄く尽くしてくれているのだ。

 

 

「あ、一良さんやっぱり連れてこようか? リーゼに駄目っ! って言われてるケド、やっぱし一緒に空飛んだらあっという間で――――」

「だ、大丈夫ですよ! カズキさん! 私は、私自身の力でカズラさんに、カズラさんとカズキさんのお傍に居られる様にならないと駄目、なんです。だから、本当に大丈夫です。……でも、ありがとうございます。カズキさん」

 

 

 

一良の事は会えない時もずっと想い続けているのがよく伝わってくる。

そして、和樹に頼めば簡単に会う事が出来るが、それをヨシとしていない面も非常に好感が持てる。

バレッタは天才であり、ヤル気にも満ちている努力家でもあり……。完全無欠を目指しているに違いない。どこまでもストイックだ。

 

 

「りょーかいです! オレに出来る事なら何でも言って下さいね? いつでも力になります!」

「ふふふ。ありがとうございます」

 

 

ぐっ、と力瘤を作る仕草をすると、バレッタも楽しそうに嬉しそうに笑った。

 

 

「あ、でもリーゼ様の事は宜しいのでしょうか……?」

「……………ま、まぁ ちょっ~~とばかり怒られちゃうかもしれないけど」

 

 

予定よりも2~3日オーバー気味になっている。

ピカピカ使えばすぐに帰れるのは帰れるんだが……、結構夢中で仕事して、皆と一緒に火を囲んで食事して、コミュニケーションとって、……バレッタやシルベストリアとの約束アリ、子供たちとの付き合いアリ。色々してたら、忘れていたのだ。

 

頬を思いっきり膨らませているリーゼの姿が簡単に目に浮かぶ。

カワイイのはカワイイんだけど、妄想上のソレを揶揄ってしまうと、リーゼぱんち! が飛んできた。コワい。

 

 

そんな和樹の様子を見て、バレッタは大体察した様でクスクスと笑い。

 

 

「私は、カズキさんとリーゼ様の事、応援しますよ。その……カズキさんも沢山、私の事を応援してくれている様に、私ももっともっと、沢山応援します」

「へ?」

 

 

両手をぎゅっと握り、ぶんぶんと上下に振り、ボディランゲージ全開で表現。

 

 

「本当に、素敵だと思います。だって、神様と結ばれる。……まさに、神話の一節に立ち会えるのですから」

「………あはははは、バレッタさん? バレッタさんには、オレの事ちゃぁんと説明したつもり、なんですけど……。オレ、神様違います」

「はい、勿論聞いていますよっ?」

「えぇ……」 

 

 

ニコニコ、と笑うだけでバレッタは特に何も言わないし、変えない。

確かに和樹の言う通り。凄い力を持っていても人間である、普通の人間である、と言う事はバレッタは疑っていない。

でも、それでも……。

 

皆を笑顔にする和樹の姿は、まさに光そのものだと思っている。

グレイシオールとはまた違う光の温かさ、それがこの人だから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そして、翌日。

 

 

「漸く、漸く時間が取れました! カズキ様!」

「本当にお疲れ様です。シルベストリアさん。あ、でも――――」

「はい、勿論! アイザックから聞いてる彼女に教えた後に是非とも!」

「ふふふ。シルベストリアさんが疲れてなければ、幾らでも」

 

 

和樹、グリセア村滞在最終日。

漸くアイザックとシルベストリアは、説教が終わって……ではなく、バレッタとの時間を作る事が出来たので、合流した。

勿論、和樹との手合わせも漸く。だから、朝からシルベストリアははち切れんばかりの笑顔だったのである。

 

 

 

「シルベストリアさん、物凄く嬉しそうですねー」

「それは勿論。私も彼女の気持ちが分かります。何せ、カズキ様にご指南いただけるのですから。身に余る光栄に胸いっぱいとなってしまいますよ」

「あははは。そうですよねー」

 

 

 

他も一切手を抜かず、子供たちと遊ぶのも全力で、それでいて面倒見もよく……物凄く働いているのだが、絶対につかれてると思うんだけれど、元気いっぱい。まさにアイザックもその気があるし、強引に休ませなければならない、と思った時も何度もあったし、リポDを上げてどうにかこうにか、と思った事も幾度もある。

 

でも、本当に無尽蔵のスタミナを持つのは事実で、特に光栄極まる、と言った時には、正しくinfinity()だった……のは和樹もよーく知っているのだ。

 

そうでもなければ、激務の中夜の稽古開催日、皆勤賞など絶対とれない。

 

 

「あ、キミがバレッタだね」

「は、はい!」

 

 

そうこうしている間に、バレッタとも合流した。

バレッタもアイザックが指定した通り、ピッタリの時間にやってきた様だ。

 

 

「アイザックやカズキ様から聞いてるよ。物凄く才能があって努力家で、武術も極めたいんだってね?」

「えええ!? そ、そんな大それた事は……」

 

 

慌ててるバレッタを見て、和樹はニヤニヤ、と笑う。

どうやら色々と誇張されちゃった、と気づいたバレッタは少しだけ頬を膨らませてぷるぷる、としている様だが、シルベストリアがカラカラ、と笑いながら説明。

 

 

「あっはっは! 良い具合に緊張解れたんじゃない? 流石はカズキ様ですね」

「え! そ、そうでしたか……」

「ふふふ」

 

 

バレッタは初めてシルベストリアと合うから絶対に緊張している事だろう。

だから、それをほぐす為に、一芝居~と買って出てくれたのだ! ………恐らく。

 

 

「極める云々は兎も角、私も絶賛精進中だしね。一緒に頑張ろう? 真面目にやれば結果はかあらず付いてくるから」

「は、はい! 頑張ります! よろしくお願いします!」

「じゃあ、アイザック。しっかり引き受けたからね」

「はい。剣術から騎乗まで、貴族の子弟が習う一通りの指導をよろしくお願いします。机上についてはある程度乗りこなす事が出来るようになれば十分ですので」

「ん。了解」

 

 

シルベストリアはニコッ、と笑った。

そして、バレッタも気を引き締め直した。

優しそうな人で安心したし、緊張も解れたけれど、それでも全ては自分次第、自分のやる気次第でどうとでも変化する事を知っているから。

 

気を緩めない様に、真剣に、全力で――――と。

 

 

 

「じゃあ、オレも今日が最終日だから――――――」

 

 

 

そこに、和樹が声を上げて、腕をくるり、と回した。

すると、聞きなれない音が周囲に鳴り響く。

初めて聞く、きぃぃぃ、と言う甲高く、それでいて金属音の類ではなく、どう形容して良いか解らないが、その音の根幹部分を見れば、全て理解する事は出来た。

 

 

光輝く剣を、和樹が手に持っているから。

 

 

 

「バレッタさんとシルベストリアさんの2人に、しっかりと神様(笑)剣技、見せてあげないとね」

 

 

 

シルベストリアは目を輝かせ。

バレッタは話は聞いていたが、初めて見る神の御業に唖然とするのだった。

 

 

 

 



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61話 カキ氷パーティー

遅くなりましたが、明けましておめでとうございます。
今年もどうかよろしくお願い致します。


 

 

 

「おお~~、順調ですね。氷室の建設は」

「はい。土台を作る作業の殆どをカズキさんがしてくださったので、我々もそれに応える様に、頑張ってくれたようです」

「何だかオレも嬉しくなってきますよ。頑張った甲斐がある、って」

 

 

現在、氷室建設現場の視察へとやってきている。

本来ならば、気温の事もあり、もう少し標高の高い場所で建設をするのが理想なのだが、山道の移送時間、それに掛かるコストを鑑みると、この辺りがベスト。

和樹のピカピカで綺麗に山道整備――――と言うのは流石に難しいかった、と言う理由もある。

 

 

「そう言えば一良さんと一緒に視察って結構久しぶりな気がします」

「主に現場と事務って感じで綺麗に分かれてたからね。でも、そのおかげでかなり効率化を図る事が出来たよ」

「ですね! そのおかげもあってこうやってゆっくり細部まで見る視察ができますし」

 

 

適材適所とはまさにこの事。

一良は、日本の資材との橋渡しもあるし、事務作業自体が前の職場での仕事だった為、特に苦も無く、更に言えばこちらの世界のパソコンを持ち出して、印刷機も持ち出して、仕事周りを充実させてるので、更に効率良くこなせている。

 

そして、和樹は勿論ながらピカピカの実の能力者。

その能力を遺憾なく発揮して、大規模工事は殆ど1人でこなしてしまうので、寧ろ周囲への影響の配慮の方が時間がかかる程の嬉しい悲鳴。

そんなこんなもあって、目玉の1つである氷室建設も順調そのものなのだ。

 

 

「それにここの建設が完了したら、ジルコニアさんにとっても喜ばしいモノになる事間違いなし、ですね~」

「え?」

 

ジルコニアは何を言っているのか解らないようで、首を傾げた。

和樹は、そんなジルコニアを見てニコリと笑うと。

 

 

「実は、氷を使った美味しい美味しいデザートがあるんです」

「!!?」

 

 

ジルコニアは隠しているのかもしれないが、根っからの甘党。

この世界では果物しか甘味は味わえないから、チョコレートやアイスなど、日本製品を見たら目を輝かせる事間違いなし! ………なのだが、まだ日本食を摂取して貰う予定ではない。 その辺りは一良もかなり慎重になっているから。

バルベールとの開戦が起こる事になるのなら、直ぐにでも……と思うが、現在においては和樹の存在がデカい。大きな抑止力になるし、何なら攻めてきたとしても返り討ちにしてやる! と和樹自身から力強い言葉を貰ってるので、その辺りは一良は心配していない。

 

だからこそ、慎重に慎重を重ねる事が出来るのだ。大きすぎる力を持たせて良いモノなのかを。既に、バレッタを始め、グリセア村の住人に緊急事態とはいえ、色々と食べて超人化させしまったのに、何を言ってるか! と思われるかもしれないが、あの村はグレイシオールの伝説が、その伝承がある村なので、まだ周辺に言い訳が出来るのでヨシとしている。

 

 

それは置いといて、和樹の言う美味しいデザート、かき氷の説明だ。

 

 

「そうですよ~、夏場なんかは特に最高で。涼める上に美味しい、喉も潤うといい所尽くし!」

「そ、それは一体っ!? 一体どのような食べ物なのですか!?」

「あははっ」

 

 

いつの間に甘党なのがバレた!? と言う様な顔をしていたジルコニアだが、和樹に続いて一良も太鼓判を押す感じでの説明があり、そんな些細な問題はどうでも良くなった様子。目を輝かせているから。

 

 

「かき氷と言います。果物を煮詰めて作った甘い汁を、雪にかけて食べる―――って感じですかね」

「雪に、甘い汁を!? そ、そのような食べ物が存在するんですか……!??」

「そう言えば、一良さんが持ってた道具の中に、カキ氷機ありましたよね? 帰ってから実際に食してみるのが早いと思いますよ」

「わ、わかりました!! では直ぐにでも!!」

「い、いやいや、ちょっと待った待った! まだ終わってませんってば。全部終わらせて、帰ってからのお楽しみでお願いしますよ」

「し、失礼しました……」

 

 

甘いモノに目が無い。

この一連のやり取りで一良も十分解った様で、和樹と目が合った際に頷きあって笑っていた。その2人の動作をジルコニアは察し――――そして今し方、自分の言動・行動を思い返して、ただただ顔を赤くさせるのだった。

 

でも、早く食べてみたい! と言う気持ちは全面に出ている様で、その後の仕事を熟すスピードが心なしか3割増しになってる気がする。

 

 

「早めに戻れる、って言うのは良い事ではありますねぇ……」

「それ、リーゼの事いってるでしょ? 昨日は大変だったもんね~~」

「あー……いや、まぁ。自分のせいなんで仕方ないかな、と。一良さんもそれとなくフォロー感謝です」

「いや、まぁ…… お父さん(ナルソンさん)の前で言う内容じゃないって思うし……」

「はい。右に同じです」

 

 

グリセア村でバレッタやシルベストリアと剣術稽古を続けた結果、想定していた以上に滞在してしまっていた。

 

元々、和樹の仕事はそれこそ光の速度なので、業務上は全く問題ないが、一良が言う様にリーゼとの約束を破ってしまった1点だけは頂けない。

 

でも、仕方ないとも言える。和樹が時を忘れてしまうのも無理は無いのだ。

何故なら、かなり充実した稽古だったから。

シルベストリアもバレッタも、物凄く頑張っていた……と言うより、和樹相手に退かず、物凄く粘っていたから。

 

最初は1対1の実践式稽古だったのだが、直ぐにシルベストリアとバレッタの2人対和樹の2対1形式へと変わる。

それはアイザックとハベルと似通ってる展開だ。

 

元々武芸百般な世界で生き抜いてきた和樹だから、別に問題はない。どちらかと言えば、ケガをさせない様に、それなりに気を遣おうと思っていた。

でも、ふたを開けてみればこの2人のコンビは、即興な筈なのにアイザックとハベルの2人組を上回っていた。気を遣うなんてとんでもない。

剣術においても膂力においても、男たちを凌駕していると言って良い。と言う訳で、もっとしっかりしろ、男性陣。と思った和樹は悪くない。

 

 

シルベストリアは、アイザックも認める程剣術達者。

加えてバレッタは日本食強化済な上に根性と気合の鬼。文句なしの文武両道な天才。

 

 

最初こそは遠慮がちだった2人が、本当の本気の真剣勝負となって、結果後1歩、後1歩と和樹の剣に近づいたのだ。

 

一合一合打ち合う度に、研ぎ澄まされて行くこの感覚は、嘗て別の世界―――VRMMOの世界で体感した世界最強の剣士とのエンドレスバトルを思い出して、和樹自身も大いに楽しんでしまった。日本でもトップ10に入る高ランクを叩きだしたあの日を……このゲーマー魂を呼びおこす事になって、まさに時間を忘れて、寝食を忘れて楽しんでしまったのだ。

 

 

その日は、シルベストリアとバレッタの体力の限界が来て終わりになったが、2人とも目の中の炎は決して消えず、次も、また次も、と希望して和樹もそれに応えた結果。

リーゼに伝えていた日数を大幅オーバーしてしまったのである。

 

 

「はい。夢中になっちゃったボクが悪いです。その上、剣の相手をしていたのがシルベストリアさんだ、ってリーゼに口を滑らせちゃったのも……駄目でした。メチャクチャな悪手です」

「あはは……。女性の方、だよね? そりゃリーゼだってヤキモチ妬くよ」

「おっしゃる通りで」

 

 

バレッタもその場には居たのだが……そこはどうにか口を噤む事が出来た。

一良には秘密。それを暴露する様な真似は出来ない。アイザックに辛口評価をした以上、和樹も護るべき事柄なのだ。

 

でも、そこまで考え、思っていたのなら、何でリーゼにバレッタの話を伏せてシルベストリアと色々……と口を滑らせてしまったのか、と自分で自分を責めたい。大いに。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そして数日後。

無事にナルソン邸へと帰宅。

最初こそは、ジルコニアの為のカキ氷試食会に花を咲かせていたのだけど、暫くしてリーゼが2人きりになりたい……との事で、それとなく退出したのである。

 

 

「んっ。今回はちゃんと期日通りに帰ってきてくれたね? 偉い偉い!」

「や、一応神様(笑)だし。偉そうぶるつもり無いケド、周りの目は気を付けてよ?」

「だいじょーぶよ。その辺はちゃんとしてるつもりだから」

 

 

胸を張って出迎えてくれてるリーゼ。

ちゃんとTPOを弁えている、と言っている様だが、正直説得力が無い。

 

 

「でも一良さんがそれとなくフォローしてくれなかったら、ナルソンさんの前でトンデモナイ事言おうとしてたデショ?」

「う………」

 

 

勿論、それは前回のグリセア村からの帰宅が遅くなった時の事。

お詫びに何でも言う事を聞く~、聞いて~~、と上目遣いなオネダリが始まって、まだ14歳だというのに、アダルティな事を言い始めて、仕舞にはあのリーゼにとっての黒歴史、メロメロばんばんと似たような事を言いかけて……危うくナルソンに聞かれる所だったのだ。それとなく気配を察した一良がフォロー、止めてくれたタイミングで一仕事終えたナルソンが部屋の中へと入ってきたから。絶妙なタイミングだったので、一良は予知できるのでは? とも思った瞬間だったりした。

でも、油断禁物だ。

和樹も和樹で止めれば良かったのだが、やっぱり負い目と言うモノは有るので、リーゼが願う通りに~なスタンスだったのがちょっと不味かったのかもしれない。

 

 

「あ、リーゼは、もうカキ氷は食べないの? ジルコニアさんめっちゃ嵌っちゃってるみたいだけど」

「あ―――――……」

 

 

超特急で仕事を仕上げて、皆で戻ってきて、いの一番に取り掛かったのがカキ氷作りだ。

一良の持ち物の中で、比較的簡単で、こちらでも再現が安易で、更に老若男女問わず親しまれるであろう美味しいデザートが出来る器具、と言う訳で荷物の中に忍ばせていた。

氷に関しても、冷蔵庫を持ち込んでるので簡単に回収できる。

 

それで作って見せたらジルコニアにはドストライクだったらしい。

これまでで一番美味しいと目を輝かせて、その感動を周囲に周知して回っている程だ。

 

 

「いや、美味しいのは美味しいんだけど、お母様は異常よ。あんな冷たい食べ物、あれだけ食べたらお腹冷やしちゃって、下しちゃいそうだもん」

「まぁ、それもそうだけど」

 

 

リーゼ自身もそれなりには美味しいと頬を緩めていたのだが、ジルコニア程ではなかった、と言う事だ。……と言っても傍目から見たらよく解る。

延々とバキュームカーか? って思いたいくらいサクサクパクパク食べるジルコニアに皆が少々退いていた。でも、本当に幸せそうに食べるから皆笑顔だったりもする。

 

 

「それにカズキも同じじゃん。食べないの?」

「……そりゃ、ジルコニアさんやリーゼ達の分を取っちゃうわけにはいかないでしょ? オレや一良さんはもう既に沢山食べてきてるからね~~」

「あーー、なんか誤魔化したでしょ! 素直に言いなさいよ。あんなにお母様に付き合うのは無理だ~~って。おっ、カキ氷は無理でも、お酒の席なら幾らでも付き合っちゃうけど?」

 

 

くいくいっ、と飲む様な仕草をするリーゼ。

リーゼが鉄の肝臓をしているのは和樹とて重々承知。バリンを始め、ナルソンやイクオシス、マクレガーへのお土産に酒類を持ってきたのだが、一番飲んだのは間違いなくリーゼだったから。

たのしい席だったから、少々羽目を外したのだろう、と皆笑っていたが、正直身体が心配になるくらいには飲んでいたので、よく覚えてる。

 

 

「なら、今度晩酌でもしますか! お詫びにってわけじゃないけど。付き合うよ」

「やたっ! 約束したからねっ」

 

 

リーゼは笑顔になった。

この笑顔を見れるなら、それくらいお安い御用、と思っちゃってる和樹も結構チョロいのかもしれない。

 

でも、一良と約束(・・)した今――――以前の様にリーゼに一歩、二歩と退いてみたりはしてない。

だからこそ、無意識に少し、少しと歩み寄っているのである。

 

 

「あ、それともう1つ。さっきカズラさんに聞くの忘れちゃったんだけど、フライス領に製塩手法を教えるのはいつにするの? 夏終わっちゃったし、また来年?」

「その件は、一良さんが一任してるケド、ちゃんと共有は出来てるよ。こっちの向上が落ち着いたら、フライス領の方に職人を派遣するって手筈になってる。何せ新しい手法は効率がかなり良いからね。早めに教えておいて損はないし、季節とかも関係ないから」

 

 

季節関係ない、と言う話を聞いてリーゼは目を丸くさせた。

製塩には熱が必要なのはリーゼも解っていて、その生産効率はこれまでは気温……つまり季節に左右されるのは周知の事実だったから。

 

 

「季節、特に冬でも良いの? って顔してるね」

「どんな顔よ! って言いたいけど大正解。できるの?」

「うん。出来るよ。枝条架って言う道具を使うんだけど、今度実物を見せるからどんなモノかは、後々に……で、兎に角それは風で水分を蒸発させる方法だから、風が強くて乾燥してる冬の方が効率良かったりするんだよ」

「へぇーー。実際に見てみるの楽しみ! ……塩はやっぱり必要なモノだからさ」

「そうそう。無理しない範囲で、工夫次第でどんな事だって出来る。だからリーゼ1人で頑張らないで良い、ってこと」

 

 

和樹が指をぴんっ、と立ててそういうとリーゼは面白そうに笑った。

 

 

「もうっ、そんなに気にしなくて大丈夫だって言ってるでしょ? 私は和樹一筋だから、和樹が嫌がる事しないってば。そりゃ、面会謝絶するのは相手の面子もあるし、勘弁して欲しいって言いたいけど、絶対に身売りみたいな事しないからさ」

「カズキ兄さんと約束出来る?」

「はーい。約束しまーす」

「よっしゃ」

 

 

ぐりっ、とリーゼの頭を撫でてあげる。

整った良い髪の感触は撫でて貰って目を細めているリーゼ以上に、和樹の方が心地良くなってしまっていた。

 

 

「えへへ。あっ、南の島国からいろんなものが入ってくるから、今度フライス領に行って、色々見て回ろうよ。2人で」

「フライス領かー。確かに空の旅ならそんなに時間は掛からないけど、2人で、って言うのは流石に難しくない? 下町なら兎も角、リーゼが居なくなったら大混乱じゃん」

「そんな事ないよ。カズキと一緒ならお父様もお母様も絶対大丈夫だって言ってくれるし、それに他の領主でもお忍びで~って人も沢山いるんだ。そういう話も凄く聞くからね。なんていったって、フライス領はすごく良いところで、市民にも活気があって、市場はいつも賑やかなの。私、カズキと一緒に行ってみたいっ。……だめ?」

 

 

上目遣いのプロになってきているリーゼ。

甘やかしたくなる気持ちを押し殺して我慢させる~~~とかはする必要はなし。

 

 

「こりゃ仕事を速攻で、クオリティも落とさず、きちっと終わらす必要があるな」

「……なら!」

「良いよ。一緒に行ってみよう! 話聞いてオレも凄く気になってきたから。それにフライス領の領主さんも良い人なんでしょ?」

「ヘイシェル様ね。うん。とても良い人だよ。こっちの領内が大変になる前は、よく行き来してて交流があってね。……沢山、沢山助けてくれたの。今も昔も。……前の戦争のときもかなり無理して食料支援を続けてくれたみたいだし、フライス領がなかったら、この国はとっくに滅んでたんじゃないかな……」

 

 

敵国の矢面に立つイステール領を後方支援として支えた領こそがフライス領なのだ。

確かにイステール領が滅ぼされたら次は自分達だ、と言う打算も有りそうなものだが、リーゼの人を見る目は確かだし、何より命がけで支えるなんてそう簡単な事でも単純な事でもない。我が身惜しさを優先させるのであれば、敵国に寝返る~なんて考えを起こす者だっていても不思議じゃないから。

日本の歴史上でも幾度となく起こってきた事だ。

 

それでも惜しみなく支援をしてくれている相手。背中を任せられる国と言うのは本当に心強い。

 

そんな国だからこそ―――。

 

 

「神様(笑)なオレとしては、イステールを護ってくれた恩返しをしなきゃ、だね」

「え?」

 

 

リーゼに向かって和樹はウインクをした。

 

 

「守ってみせるよ。約束する」

「―――――――うんっ! 約束っ!」

 

 

リーゼは笑顔でそう言った。

和樹との約束が齎してくれる福音。その幸せを今この瞬間だけは独り占め。そう思いながら、リーゼは和樹に抱き着くのだった。

 

 

 

 

 

 

その後———あまり、長く抜けているのも不味いと思ったので、リーゼと和樹は、皆の元へと戻る。

流石にもうカキ氷試食会は終わってるだろうな……、と思ったんだけれど。

 

 

「あら? カズキさん。おかえりなさい。リーゼも」

 

 

そんな訳無かった様だ。

新しい氷をチャージしてる瞬間で、いつの間にかエイラとマリーも来ていて、当初は4人だったのに、人数が増えてる。

 

 

「ずっと食べてるんですか……? 流石におなか壊しちゃいますよ」

「ふふふっ。大丈夫です。カズラさんに素敵な方法を教えてもらいましたから。温かいお茶と一緒に飲む事で、とても贅沢な食べ方が出来て――――」

「………」

 

 

シロップも色んなものを試したのだろう。容器が増えてるし、皿についてる色もカラー数が増えてる。

一良の方をチラッ、と見たら苦笑いをしていた。何処か呆れている様にも見えなくない。

 

 

「それって、真夏にクーラーガンガンで毛布に包まる……的なヤツじゃないです?」

「言いえて妙だよ。オレもそれ連想した」

 

 

どうやら同じ日本人。

住む時代は違えど、まだまだジェネレーションギャップは感じない様だ。

 

 

「本当に美味しくて美味しくて、今まで食べたものの中で絶対一番です。ささ、リーゼもどうぞ」

「うぇっ!? お、お母様……」

 

 

あまり、乙女なリーゼが口にして良い様なコメントじゃない気もするが、ジルコニアの圧が凄くて、中々リーゼも断る事が出来ない。

そして、ジルコニアは圧と共にめいいっぱい近づいた所で……。

 

 

「カズキさんとの仲の進展、良い感じね。見ていて私も嬉しいわ」

「!!」

 

 

まさかのカキ氷の話ではなく、しれっと抜けていた事に対する言葉だった。

カキ氷に夢中で、和樹やリーゼが抜けた事なんか解ってなかった様に思っていたのだけど、どうやらそこまで視野が狭くなったわけではないらしい。

 

 

「カズラさんは、グリセア村のバレッタ。カズキさんはリーゼ。……ふふっ。本当に微笑ましいわね」

「……は、はぃ」

 

 

ここまで言われてしまったら、流石のリーゼも照れてしまう。

一良に想い人がいる事は、もう随分前から知っていた。正直、本性を知られる前までは横恋慕も辞さず、強行突破も十分選択肢に入れていたリーゼだったが、結果として一良ではなく和樹に夢中になったし、形としては夫々が恋愛面で頑張ると一番最適な形として落ち着いたのではないか? とも思う。

グリセア村の娘―――バレッタにはリーゼは会った事は無いけれど、一良や和樹、そしてジルコニアからも伝え聞いてみる限り、かなりの秀才で良嬢だという事は解る。

恋愛し、結婚し、愛したいし愛されたい相手は唯一無二の和樹だけれど、一良だってリーゼにとってはかけがえの無い友達。素で話をする事を許してくれたし、沢山助けてくれる恩人であり、大切な友達なのだ。

 

やっぱり、最後は幸せになって貰いたい。

 

 

リーゼはそう強く思う様になってから、1つの疑問が……1つの仮説が頭の中に浮かんだりしたのはまた別の話。

 

 

「あ、でも足りないって言われるかもしれないから、私やエイラ、マリーとどんどん候補を上げていきましょうか?」

「ええええ!!」

 

 

頭の中で色々と考えている際、まさかのジルコニアの発言で、止まっていたかの様に見えたリーゼの時間が動き始める。

 

 

「なな、何を言っているのですかお母様!!?」

「カズキ様は素敵な方ですし、皆まとめて囲ってくれると思わない?」

「そ、そんなの駄目ですっ!! 駄目に決まってますっっ!!」

「えー、でも側室を持つのなんて当たり前の様にあるし。専属の使用人契約でも一緒に居られるなら……。あ、でも私はお妾さんでも愛人さんでも全然……。正妻はリーゼに譲るわ」

「っっ~~~~~!!」

 

 

あくまでも穏やかに微笑みを絶やさずにリーゼに言い聞かせる様に言い続けるジルコニア。

勿論、リーゼは顔を真っ赤にして否定する。

 

それが本心からなのか、ただただ幸せそうだったリーゼを揶揄いたかったのかは解らない。

ただ、その後 2人の話を聞いてなかった一良と和樹が【一体なんの話?】と近づいてくるその時まで、続くのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

更に数日後。

 

 

「失礼致します」

 

 

連日開催中のカキ氷パーティ。

それもイイ感じでカキ氷パーティが盛り上がっていた時に来訪者がやってきた。

 

 

「アイザックさん」

「お疲れ様です、アイザックさん」

 

 

自分達より一足先にイステリアへと戻ってきていたアイザックである。

イステリアへ戻ってきてからは、業務の関係で中々顔を合わせる事が出来なかったので、進捗報告を聞けるのは丁度良い。……カキ氷パーティを一時停止するという意味でも。

本当にそろそろ大変気味になってきたので。

 

 

「お二方にご報告がありまして―――」

 

 

アイザックは、頭を下げて挨拶をしたのちに、手の中にある書類を差し出しながら告げる。

 

 

「鍛造機の製造の目途がつきました。数日中に製材機や動力水車と合わせて、数台完成品を揃えますので、現物のご確認をしていただければ、と」

「おお! 流石仕事が早い!」

「本当に順調そのものですね! でも、油断は駄目。ここから気を引き締め直しますか!」

 

 

イエーイ! とアイザックにハイタッチを申し出ようとした和樹……だが、やっぱり生真面目なアイザックにはハードルが高かった様で、顔を赤くさせながらぎこちないタッチ。

一良には普通にパチンっ! とハイタッチ。

 

 

それを見ていたジルコニアはと言うと。

 

 

「そうですね! でも、休息も同じくらい、重要ですよ? ほら、皆でカキ氷でも食べて一休みしましょう」

「えっ――――お母様まだ食べるのですか?」

 

 

ジルコニアが食べる、と言うよりは、アイザックを抱き込もうとしている様に見える。

いわば、カキ氷信者を増やそうというのがジルコニアの狙いだろう。

 

アイザック自身も、カキ氷自体は話には聞いていたが、実際に食べてみるのは初めてなので、興味はある様だが――――。

 

 

「ありがとうございます、ジルコニア様。全て報告をさせて頂いた後、いただきます」

「………えぇ」

 

 

直ぐに食べて欲しいのに……と言わんばかりのオーラ。

でも、生真面目なアイザックには通じない。報告の途中だという事もある。

なので、取り合えず会釈をした後、カキ氷は置いといて報告を続ける。

 

 

「製材機と鍛造機ですが、部品の調整を円滑にするため、工房をグループ分けをして個々で製作させました。精度には細心の注意を払う様に指示をしましたが、やはりグループによって動作に差がある様です」

「精密なモノですからね。それに職人さんたちの技量にもバラつきがあるという感じですか……」

 

 

流石に、その分野に関しては和樹の能力じゃどうしようもない。

幾年月を重ねて、積み上げてきた技術の結晶がモノを言うのだから。

 

 

「製造の工程、若しくは人員の配置を見直すしかないのでは?」

「うーん……確かに対応策はそれくらいしか思いつかない、かなぁ」

「でしたら、製造工程を検討し直して、機械を再設計したグループが1つあります。そちらが参考になるかもしれません」

「え!?」

 

 

アイザックの言葉に、一良は目を輝かせた。

精度を上げる、細かく注意する、と言うのはいわゆる感情論でそれなりには何とかなりそうだと思うが、製造工程そのものを検討し直して機械を再設計するなんて事、普通は考えられない。日本の技術、即ちこちら側の世界からすれば未知の技術も同然なので、1から覚えなければならないのが普通。でも、基礎を学んだ後直ぐに応用できる―――ともなれば。

 

 

「そんな優秀な職人さんがいらっしゃるんですか!?」

「…凄いですね。優秀、と言うより天才………あっ」

 

 

一良だけでなく、和樹も感銘を受けた様子だったが、【天才】と言う言葉を口にした瞬間、察した。

アイザックにそれとなく目配せをしてみると、小さく頷いて見せたので間違いない。

 

 

「そんな優秀な方なら、近々一良さんと会う事になるかもですね?」

「はい。それは考えております。今は何かと予定が立て込んでいる様なので、近い内に必ず都合をつけて屋敷に呼び寄せますので」

「え? それならこちらから出向いた方が良いのでは? ジルコニアさんやリーゼに一緒について来て貰って、地位向上が必要なら私も何とかお願いする形でお手伝い出来そうですし」

「いえいえ。今は間違いなく忙しい場面だと思いますよ一良さん。ここはアイザックさんのスケジュール通りに合わせて面会した方が、都合が良いと思います。……お互いに(・・・・)

「そう? まぁ、製材機と鍛造機(アレ)を再検討と再設計ってなると、確かに忙殺されてても不思議じゃない、かな。幾ら優秀だと言っても……」

 

 

本人(・・)が望み、狙っているタイミングが一番望ましいだろう。

ついつい、何だか自分事の様に嬉しくて余計な一言をいってしまった感があるが、一良も納得してくれたので大丈夫だろう。

 

 

 

そんな時———だった。

 

 

「リーゼ様。面会のお時間が……」

「……解ったわ。直ぐに行く」

 

 

屋敷の侍女筆頭がリーゼを呼びにやってきたのは。

そして、2人の会話の中で出てくる名前。その面会する相手の名を聞いて表情を強張らせた。

 

 

ニーベル様(・・・・・)が……――――――」

 

 



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62話 次あったら目ェ潰す

 

 

 

「……あれ? おまえ持ち場はここで良いのか? 今日はリーゼ様面会じゃなかったか?」

「それが、ニーベル様と商業取引の打ち合わせもしたいとかで、外してくれとリーゼ様からのご命令で」

「そうだったのか、相変わらずお忙しいお方だな……、休息用の茶の準備を頼んでおくとするか」

「そうですね」

 

 

 

それは、ナルソン邸の談話室でリーゼがニーベルの2人きりで対談している事他ならない。

リーゼ自身は覚悟を決めており、決意に満ちた目で、絶対なる自信を醸し出す姿を護衛たちに見せているので、その信頼は絶大だと言える。

 

リーゼが望む未来はただ1つと定まった以上、その他諸々は有象無象に過ぎず、そしてニーベルもその例外ではない。

 

リーゼの真意は当然ながら護衛兵たちは皆知りようもないが、ただただ主を信じ、必要あらば命賭して守る所存だからいつ如何なる時にでも、対応できる様に武具の手入れは欠かせない。だが、多忙なリーゼの為に給仕を依頼する為、武具の手入れをする手を止めたその時だった。

 

 

 

「あ、すみませーん! アレスさんと、ヨーズルさん!」

「「!!! こ、これはカズキ様ッッ!!」」

 

 

 

一体いつの間に傍に来ていたのか……、背後から声が聞こえてきた。

その声の主に反射的に気づくと直立不動で背筋をピンっ! と伸ばして、敬礼する護衛兵の2人。

 

 

「や、そんな畏まらなくても良いですよー。ほらほら、あの時みたいに?」

「いいえ。そう言う訳には参りません」

「自分達は今、職務の最中でございますので」

「あー………そう言えば、でしたねー。フランクに接するのは、夜の訓練の時だけ、になっちゃったんでしたっけ」

 

 

実を言うと、武芸に対して嗜みのある者の殆どが、つまる所兵士関連の皆さま方は和樹の武勇伝? を耳にしている者が殆ど。

アイザックやハベルを始め、軍の中でも指折りの腕の持ち主。

更に更にマクレガー、イクオシス……とまさにイステリアの軍部のトップが来ての大所帯。

近衛兵と言えども一介の兵士。誰もが崇める相手に対して対等な物言いなど出来る訳もなく……、その場は、アイザックやハベルが言い聞かせる形で、半ば命令と言った形で接する様になったのだが、期限限定となった。……アイザックやハベルも普段から親しくフランクに接する事はヨシとは出来なかったのだろう。特にアイザックは。

 

 

「カズキ様。本日はどのようなご用件でしょうか?」

「リーゼ様は只今面会中で、もうしばし時間が掛かろうかと思われますが」

「ああ、良いよ良いよ。……その面会に、面会相手に用事があるから。……悪いけど、暫くここから離れててくれないかな? 悪い様にはしないし、何なら後でナルソンさんやジルコニアさんに確認取ってくれても構わないよ。和樹(オレ)が命令した、って」

 

 

因みに、和樹の命令、一良の命令なら何でも聞く様に。比喩ではなく、上から通達、厳命されているのは、和樹を始め、一良も知らされてない。

そう言うタイプを好まないのは解っているから、勿論表立って言わない様にしている。

 

だから、和樹が《お願い事》をすれば、ノータイムで了解をし、その場を離れるのだが……、今回ばかりは数秒間2人が固まってしまった。

 

今まで見た事のない和樹の姿を見たからだ。

喜怒哀楽の打ち、《喜》と《楽》しか見た事がない和樹のその表情は、文字であらわすなら《無》となっているから。

いつも接して貰える時は名前まで読んで貰えて、更には笑顔まで向けてくれるお方の突然の変貌に驚きを隠せれなかったのだ。

 

 

「駄目、かな?」

「ッッ!! い、いいえ!」

「了解致しました!」

 

 

自分達が固まってしまった事にも気付かなかった様だ。

和樹が能面の様な表情から、いつもの笑顔? に戻った瞬間世界が動き出したかの様に、2人は姿勢を正し直して敬礼をした。

 

 

「そこまで畏まらなくても……って、それは良いや。うん、少しの間だけ離れてくれてたら良いよ。終わったらまた呼びに来るからさ」

「「はッ!」」

 

 

笑顔なのは笑顔。でもいつもとは比べ物にならない威圧感をそこに感じた。

でも、それ以上に安心感もある。だからこそ、彼らは固まっていたとはいえ、指令が出ているとはいえ、一分の迷いも無く和樹に委ねる事が出来たのである。

 

 

そんな2人を見送ったあと――――。

 

 

 

「………さて」

 

 

 

和樹はゆっくりと身体を動かした。

その身体は、動かす度にヒトの形を象っていた輪郭が軈て朧に見えはじめ、最後には消失した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ナルソン邸、談話室にて。

時間は和樹が来る少し前のこと。

 

リーゼとニーベルはソファーに向かい合って座っていた。

正直、一良……何より、和樹に言われた通り、この男との対面は、2人きりになるなど控えた方が良いと思っていたのだが、領主の娘として、何よりこれ以上の無礼を働こうモノなら毅然とした態度で臨まなければならない、と腹を括ったのだ。

 

だからこその決意。

 

決意を抱いた微笑みを絶やさず向けるリーゼとは対照的に、ニーベルは訝しむ様な表情になっている。

 

 

「ほう。塩は通常価格に戻してもよろしいと?」

「はい」

 

 

その顔は値踏みをする様なモノ。

そしてあからさまなわざとらしい所作。ニーベルはわざとらしく首を傾げて告げた。

 

 

「失礼ですが、イステール領の財政はかなり厳しいのではありませんか? 今ここで塩の値段を元に戻すと、ナルソン様は大変お困りになるのかと思うのですが」

「確かにそうなのですが、グレゴルン領でも天候不順で塩の生産がままならないのですよね? それならば私のわがままでニーベル様にご迷惑をおかけする訳にはいきません。なんとか自分達で切り詰めて頑張ろうと思いますので、どうかお気になさらないでください」

 

 

ナルソンの名を出し、出方を再度窺うニーベルだが、全く淀みなく、怯む姿勢の欠片もなくリーゼは返答した。

少しだけ眉を動かした後にニーベルは続ける。

 

 

「……そうですが。いや、確かに我々も今は大変な状況にありましてな。リーゼ様がそう言って下さるのなら少々調整させていただこうかと思うのですが……」

 

 

続いて、腕組をしてまるでさも考えている、かの様な振る舞いをしつつ唸る。

上っ面はどうでも良い。リーゼはただただニーベルの答え、数字だけを待ちながら見つめた。

 

 

「では、塩の価格は従来の水準に戻し、取引も五割ほど減らせていただこうかと思います。また、今後はクレイラッツとも我々が直接取引をさせていただこうかと思います。……しかし、そうなると例え、天候が戻ったとしても今までの様な取引は出来なくなりますが……それでもよろしいですかな?」

 

 

薄く笑みを浮かべる。

本当に何処までも嫌らしい。……嫌悪と唾棄を覚えるとはこの事なのだろう、とリーゼは感じつつも、その一切を表に出す事なく微笑みながら告げた。

 

 

「解りました。こちらは大丈夫ですので、どうかお気遣いなく」

「なっ……!!?」

 

 

とうとうメッキが剝がれてきたか、とリーゼは内心ほくそ笑む。

そんな内情とは露知らず、ただただニーベルはつい先ほどまで向けていた表情から一変させていたままになっていたので。

 

 

「どうかいたしましたか?」

 

 

リーゼが先手を打ち、気遣った(……そんな風に見せた)

それに気付いたのか、或いは自分の本心がその表情に出ている、と思ったのか慌てて咳払いをしながら表情を取り繕い、言った。

 

 

「か、価格は元より、一度でも取引量を減らすといつ、元の量に戻せるか解りませんぞ?」

「はい。残念ですが、仕方ありませんね」

「リーゼ様がごr協力くださるのであれば、今まで通りの2割引き。いや、もう1割引きをする事もやぶさかではありませんが」

「申し訳ございません。私も最近忙しくて、ニーベル様のお手伝いを出来る様な余裕は無いのです」

 

 

とうとう、最早本性を隠す気も無くなったのかニーベルは明らかに怒りの籠った視線をリーゼに向けた。

 

 

「………この状況で、私の申し出を断るということが、どういう結果を招くか解っておいでか?」

「ええ、勿論です。卸による収入が無くなるのは辛いですが、他の分野に力を入れて補おうと思います」

「塩の取引量が減れば価格が高騰し、民はさらに困窮しますぞ。それに価格の高騰で良からぬ噂でも流れればイステール家が民から非難を受けることになるかもしれません」

「……………噂ですか?」

 

 

微笑む事を絶やさなかったリーゼの表情が、今初めて無に近づく。

その反応を見れただけでもある程度の満足感が得られたのか、怒気を向けていたニーベルの表情に余裕と笑みが戻った。……いや、表情が歪んだ、と言うのが正しい。

 

 

「例えばの話です。急に市場に出回る塩が減って、価格が高騰を始めたとあれば、イステール家が何か不手際を起こしたのではないか、と言う噂が流れたとしてもおかしくない、と思いましてな。経済的に苦しい時に、更に民の不安を増大させることと色々な不穏なことに繋がりかねません」

「…………」

「ですが、リーゼ様がご協力くだされば、取引量と価格は従来のまま据え置きにさせて頂きます。それに加えて数ヵ月はイステール家には通常価格の3割引きで販売すると約束しましょう。クレイラッツへの卸で儲ける事が出来れば、その資金を領内の事業に回す事が出来る筈です。ご両親も喜ばれると思いますが?」

「……………協力とは、具体的に何をすればよろしいのですか?」

 

 

YES、と取ったと思ったのだろう。

ニーベルの表情には明らかに煌々とした笑みが張りつけられた。

この種の笑みをリーゼは良く知っている。

いつも、本当に……心から楽しみ、心から皆と楽しむときの彼らの顔が、……彼の顔がその表現に最も当てはまる。

 

 

だが、そんな考えは一瞬で消し飛ばした。

一瞬でも、彼と目の前の男を並び立たせるなどと、末代までの恥であるとリーゼは自覚しているからだ。

 

 

そんなリーゼの心境とは関係なく、更に醜く歪ませたニーベルは口を開く。

 

 

「お判りいただけませんかな? ……なぁに、簡単な事です。ほんの少々、私を満足させてくださればそれで良いのですよ」

「……気持ち悪い」

「……は?」

 

 

最早限界。

取り繕った顔も、選ぶ言葉も、堰き止めていた堤防も全てが決壊した。

もう、ここまでとしよう。……リーゼは本当の意味で覚悟を決めた。

 

 

 

「気持ち悪い、と言ったのです。そのようなふざけた提案に、私が本気で乗ると思っているのですか? そこまでの考えが及ばない、のですか? 肉欲に目が眩み、対局が一切見えていないのでは?」

 

 

リーゼが言い終わるのと同時に、ニーベルは額に青筋を浮かべて立ち上がる。

冷めた表情でリーゼはそれを見上げると。

 

 

「どうなさいました? 顔色が優れないようですが?」

 

 

更なる挑発を入れる。

ニーベルの表情はそのまま醜く歪んだまま……ずかずかとリーゼに歩み寄った。

そのソファーに座るリーゼの正面に立ち止まり、ギロリと睨みつける。

 

 

「あまり調子に乗るんじゃない。自分が何を言っているのか解っているのか?」

「それは誰に対しての事でしょうか? 立場と言うものが解っていないのは貴方のほう。……一体誰に対してモノを言っているのです」

 

 

更なる挑発に、ここがどこで、どこの誰に手を出そうとしているのか理解も及ばなくなったニーベルは凶行に出る。

まず間違いなく、直ぐ傍では近衛兵が控えていて、更にはこの場所はイステリアのど真ん中。自分もただでは済まされない、と解っている筈なのに、本能で動くブタは、こうも醜く、こうも目障り、で、……こうも殺処分に下したい、と思うのか。

 

 

「ッッ!!?」

 

 

その薄汚れた手が、リーゼに届く事は一切なかった。

反射的に、リーゼが短刀を抜いた……が、その心配は無く、まるで固まった様に、まるで時が止まったかの様に、ニーベルは一歩も動けない。

 

 

「む、む、むーーーっっ!!?」

 

 

そして、言葉も出ない。……息は出来るが、あまりの突然の事にニーベルは混乱極まり、激昂したその時よりも混乱極まった。

 

 

 

「……一体、誰に対して、何をしようとしたのか?」

「!!!」

 

 

まったく気づかなかった。

自分の直ぐ後ろに、背後に誰かが来ていたなんて……。

 

そして、驚くべきことに、目の前のリーゼも驚いている。

ずっとニーベルの後ろ側が視界に入っていた筈なのに、リーゼが驚き、構えていた短刀を下におろしてしまった程だ。

 

 

「貴様が触れて良い相手じゃない、と言う事くらい解らないのか? ……もう一度、問うぞ。貴様は今、何をしようとした?」

「む、むぅぅぅ、むぐぅっっ」

「ああ、口を抑えていたのだった。……(うわぁ、汚い。後で洗っとこ……)」

 

 

すると、口が動く様になった。

でも、一体何をされたのか解らない。言うならば、口を手で押さえつけた様な……。

 

 

「ごほっ! ごほっっ!!」

 

 

漸く解放されたニーベルは激しくせき込む。

異常事態である事と上手く息をする事が出来なかった事が合わさって、心臓が激しく鼓動する。

 

 

「はぁ……」

 

 

ニーベルはせき込むばかりで、何の回答も得られない。

ちょっと守護神っぽく気取った問い方をしたのだが、それももう時間の無駄である、この男に対しては全てが時間の無駄だ、と思い直した時。

 

 

「リーゼ様。この者に対し、最後(・・)の言葉をおかけください」

「ごほっ、ぐ、ひっっ!!?」

 

 

最後の、と言う言葉に今度は一気に青ざめる。

まだまだ酸素が足りておらず、必死に脳に酸素を送ろうとするが、上手くいかない。

 

 

リーゼは少しの間驚いていたが、もう既にその様子は解消されており、毅然とした態度で、ゆっくりとニーベルに近づいた。

 

 

「や、やめっ」

 

 

リーゼが何か言おうものなら、この得体のしれないナニかが、自分の命を刈り取ろうとしている、と察したニーベルは懸命に身体を動かそうと藻掻くが、まるで磔られたかの様に身動きが取れず。

 

 

「今まで懸命に、必死に我慢をしてきましたが、もう止めにしましょう。……ふふ。貴方の忠告を通り、もう二度と関わる事は無い様にします」

「――――――」

 

「ぐおっっ!?」

 

 

ニーベルは、突然解放された事で身体のバランスを崩し、地に伏してしまった。

見上げると、絶対零度の様な冷たい視線を自分に向け、見下ろしているリーゼの姿が視界に入る。

 

だが、それ以上に尋常じゃないのが背後から伝わる気配だ。

 

 

 

「このまま、御帰りになる事を御勧め致します。……かの存在を知れば、貴方自身がどうなるか保証は致しません。塵芥の様になりたくは無いでしょう?」

「き、きさ――――っ」

 

 

恐怖心よりも、目の上のリーゼに対する憎しみが勝ったのか、ニーベルは再び藻掻き、距離を詰めようとするが……学習能力の無い男である。

 

 

突然、視界の中に人間の指? の様なモノが見えたかと思えた次の瞬間。

 

 

ピカッッ!!

 

 

突然凄まじい発光が視界を白く塗りつぶした。

 

 

「ぎゃ、ぎゃああああああ!! め、目がっっ! 目がぁぁぁっ!??」

 

 

この世界には無いであろう攻撃。

所謂閃光手榴弾(スタングレネード)モドキ、である。

流石に実際に鎮圧する様な凄まじい大音量、閃光を起こせば、この屋敷内とはいえ大騒動になる可能性があるし、ニーベルの視力を潰してしまえば気分は晴れるかもしれないが後々に面倒事になるのが解るので、ある程度抑えつつ、更には周囲に素早く散りばめていた光の粒子の結界で外に漏れない様にカバー。

上手く光の能力を使いこなせている、と自分に花丸を上げたい気分だ。

 

だからこそ、リーゼの目も異常はない。

 

 

「リーゼ様。……この者は、私が放り出します。今の内にお戻りください」

「ええ。解りました。………では、後で。…………必ず」

 

 

リーゼはそういうと優雅に一礼して扉を開けて対談室から出て行った。

 

 

「ぎゃあああああ」

「いい加減喚くのヤメロ。耳障りだ。そもそも、光度は抑えてあるから、もう見えてるだろ」

「ぐえっっ」

 

 

リーゼを見送った後、襟首引っ付構えて無理矢理立たせる。

視界はまだまだ定かではないかもしれないが

 

 

「―――――俺が見えるか?」

「ぐ、ぐぅ……、き、きさ……い、いや! だ、誰だ!?」

「見えてないのか? 目玉くりぬいて、状態を見てやろうか?」

「っっ!! み、見えている! 見えてるっっ!! やめてくれ!!」

 

 

目に溜まった涙を拭い続けて、どうにかこうにか視力を取り戻したニーベルは、しっかりとその男の姿を見た。

正体不明だったナニかは、……どこにでも居そうは優男風な男(ニーベル談)

だが、それでも得体のしれない攻撃? を受けたのは事実なので、これ以上相手の逆鱗に触れぬ様に言葉を懸命に選ぶニーベル。

それでも、媚び諂う様に敬語を……などは一切使わない、使えない? のはある種才能か。

 

そして、殆どゼロ距離まで顔面を近づけると、地の底から響く様な声でニーベルに言った。

 

 

 

 

 

 

「リーゼに近付くことは許さん。イステリアにもな。……俺はリーゼを、イステール家を、アルカディアを守護する者だ。―――――次、貴様がリーゼの視界に入ったその時は、完全に目を潰してやる。………俺を決して忘れるな」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

腰が抜けていた様なので、取り合えず部屋の外に放り出してやった。

そのまま、まるで犬の様に四つん這いになりながらも、這いずって外へ。時折侍女に目撃されてギョッッ!? となっていたが、その辺りは直ぐにフォローを入れて大事にしない様に務める。

 

 

勿論、そんな人外な真似が出来るのはピカピカの実の能力者(笑)の和樹その人だ。

 

 

ここまで上手くできた。

もう少し早くに突入しても良かったかもしれないが……。

 

 

「リーゼ自身の口から、しっかりと決別の言葉を……の方が良いもんな」

 

 

と言う事で、ほんの少しではあるが間に割って入るタイミングを窺った。

流石にリーゼを襲おうとしたその瞬間は、あのウリボウのハクをぶん殴った時以上のピカピカのパンチ! を繰り出して首から上が大変な事になりそうだった、と思うが我ながら上手く加減が出来たものだ。

あのまま殺してしまった方がこの国にとっても良い筈なのだが、生憎ニーベルが何をするかまでは思いだせていない。

如何に人間性最悪な男であったとしても、他国の商人を、それもかなりの商人を葬ったともなれば、関係性悪化に繋がりかねない。

その変もピカピカの仲裁!! で、強引に解決できそうな気もしなくもないが、ただでさえ他の仕事もあるのに、余計な男の、最悪な男のせいで手間を取らせてしまうのも申し訳ないのだ。

 

勿論、変な事をしようものなら次は容赦しないが……。

 

 

「その辺はジルコニアさんにも一報……だな。まぁ、滅殺一択だろうけど――――っっ!?」

 

 

そんな時だ。

背中に温かいものを感じたのは。

 

……抱きしめられたのは。

 

 

 

「………よく、頑張ったな、リーゼ」

「うん、うんっ……」

 

 

強い決意をしていても、どれだけ気を張り詰めていても、リーゼはまだ14歳(幼い)女の子だ。怖かっただろう事はその身体を通じて伝わる震えで解る。

 

 

「ありがとう、ありがとう……、かずき……」

「うん。リーゼの為なら、だよ? だから1人で抱え込まない。出来ない事は絶対あるから。皆を、オレを頼ってよ。……反則って感じはしなくもないけど、今まで頑張ってきたんだから、それくらい大丈夫大丈夫」

「……ふ、ふふ」

 

 

ここでリーゼの笑顔が戻ってきた。

背中を抱きしめていたその腕を離し、正面に回ると……。

 

 

「かずきっっ!」

「わっっ!?」

 

 

今度は正面から抱き着いた。

和樹の胸に埋まり、頬を擦りつけ、そして上目遣いをする。

 

 

 

「やっぱり、私はカズキが好き。大好き。……愛してる」

 

 

 

そして改めて、和樹に想いの丈をぶつけるのだった。

 

 

 



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63話 約束と誓い

 

 

「一良さん。その……例の約束(・・・・)の件ですが」

「はいはい、解ってる解ってる」

「えええ! まだ、何も言ってないのにっ!?」

「や、今のリーゼの顔みたら解るから。なんかめっちゃ幸せそうな顔してるし、何ならオーラまで出ちゃってるし」

「にゅふふふ~~~」

 

 

にゅふふ、と笑うリーゼの周囲には、まるで☆や♡が宙を漂っているかの様だ。一良はそれを一目見て直ぐに理解していた。

 

そう、リーゼから告白された和樹は受け入れた。

 

もうこれ以上無碍に出来ないし、何より和樹自身もリーゼには想いを寄せている。

言い訳は出来ないし、そもそもリーゼにはしたくない、と言うのが本音だ。

無論、条件付き―――ではあるが。……それが今回の件だ。

 

仕事の合間に一良にわざわざ来てもらって時間を作ってくれている。今の作業はそれなりに大変だから結構時間を作るのも難しいのにありがたい話だ。勿論、一良や和樹が時間が欲しい~~的なお願いをして拒む者はこの世には皆無だが。

 

このいつか見たにゅふふ~笑い以上な幸せオーラ全開のリーゼを横目に一良は微笑ましく思いつつ、苦笑いもしたりしていた。この笑みが連想させるのは、どうしても、メロメロばんばんで………。

 

 

「カズラ? 変な事考えてないでしょうね?」

「滅相もございませんよリーゼお嬢様?」

 

 

超能力だろうか、ちょこっと考えていただけなのに、リーゼはいつの間にか真顔になって迫っている。勘が良すぎるだろ、と口を大にして言いたいが、その気持ちも此処まで。

 

此処からは真面目な話だから。

 

 

「それで、カズラと一緒に私に話をしたい事、って何? ………それを聞いてもカズキに対する想いが変わらなければ、私を受け入れてくれるってカズキは言ってくれたけど。………もう私は覚悟できてる。どんな事でも受け入れるし、この想いはウソじゃない、って証明もしたい。だって、カズキの事愛してるんだから」

 

 

愛してる、まで口にするリーゼに思わず一良は赤面。今は席を外しているがもしも、エイラを含む侍女たちがこの光景を見たら? あっという間にお祭り騒ぎになる事間違いないだろう。和樹もそれを受け入れている、と言うのなら猶更だ。

いつもいつも幸せそうに笑ってるリーゼを見て、復興に手を貸し、繁栄を手助けしてくれている和樹や一良達を見て、もしも結ばれるとするならこれ以上ないくらいに明るいニュースである、と思っていたから。

 

 

正妻は無理でも、妾や愛人を―――――――と虎視眈々に狙ってる者がいるとかいないとか……、それはまた和樹には与り知らぬ話。

そして、和樹に邪な思考で近づこうものならリーゼが反応し、凄まじい怒気をその身で育むだろうから、中々にガードが固く、最難関だと言えるかもしれないが。

 

閑話休題。

 

 

和樹と一良は丁度リーゼと向かい合う形で座ると、真剣な顔をしながら言った。

 

 

 

「うん。……じゃあ、心して聞いて欲しい。オレ達2人のことを―――――――」

 

 

 

 

話す内容は決まってる。

 

それは自分達は神様なんかじゃない、と言う事。

 

 

「―――ふふ。やっと教えてくれたね」

「……驚かないんだな? 一良さんは紛れもなく普通の人間だけど、オレ、こんなんだよ?」

「あははははっ。それは確かに、ねぇ? 空のデートとかも凄かったし?」

 

 

ひょい、と指先を翳すと光が出る。

それが丁度レーザーポイントの様に壁に当たり、反射し、光で場を彩った。

それとリーゼが言う様に、空中浮遊をして夜空のデートを演出したアレもそうだ。どう考えても人間業じゃないのは一目瞭然。でも、リーゼは一頻り笑ったあと、考えている素振りではあるが、それでもその目には確信を持ってる様だ。

 

 

「うーん。なんだろう? なんとなく、だけどやっぱり2人とも神様っぽくないから」

「ぅ……、特にオレの方が~だよなぁ……。ただ不思議な道具を沢山もってるだけのヒトだし? 和樹さんの様に特殊な力がアレば……なんだけど」

「ううん。カズラはカズラのままで良いって思うよ。いつも一生懸命で、とても優しくて。誰にも分け隔てなく接してくれる。私から見たら、それは十分特殊な能力だから」

 

 

リーゼはニコリと笑ってそう言った。

この世界での上に立つ者の汚さは嫌と言う程リーゼは見てきている。自分は環境が良かっただけかもしれない、と時折背筋が凍る想いだってした事がある。

ナルソンとジルコニアのおかげとも言えるだろう。良い父と母を持った……とリーゼは思った。

 

 

「取り合えず、一良さん」

「ああ、そうだよね」

 

 

一良と和樹の2人は、リーゼに向かって頭を下げる。

 

 

「ええ!?」

「ごめんな。今までずっと騙してて」

「全部こちら側の都合だったから。リーゼはきっと良い、って言うけどけじめとして受け取って欲しい。もう、隠し事は無しにするから」

「…………うん。受け取りました。でも2人とも何言ってるの? こんなにも私たちの為に一生懸命になってくれてる2人に対して、怒るなんてあり得ないじゃん」

 

 

リーゼはむんっ、と胸を張って、力強く叩くと。

 

 

「誰にでも隠し事の1つや2つ、あるでしょ! 普通な事だよ!」

「それは……うん。リーゼのメロメロ」

「こらぁっ! 黒歴史掘り起こすの禁止!」

 

 

和樹がまたまたメロメロばんばん事件を言おうとしたが、リーゼの一声で中断。

一良も実は同じことを考えていたのだが……、何とか口に出す事は無かった。

最後は3人で一頻り笑い合い――――そして、和樹が神妙な顔つきになっていった。

 

 

「ごめん、何か終わりって感が流れてるけど……実は、此処からが本番なんだ」

「え? そうなの?」

 

 

神様ではなく、ニンゲンだった~と言う衝撃告白(知らない人が聞いたら)以上に何があるのだろう? とリーゼは小首を傾げるが、和樹の顔が朗らかに笑っていた今のモノとは違い、

より真剣味を増した顔になったので、リーゼも姿勢と表情を正して真っ直ぐ見据える。

 

 

「オレと一良さんの決定的な違い……とも言える事だよ。……心して聞いて欲しい」

「――――――うん」

 

 

 

そこから先、告げるのはこの世界に降り立った経緯について。

 

一良は、日本へと通じるグレイシオールの森を抜けた先の屋敷からこちらの世界に転移(ワープ)してきたとの事。それはこちら側の世界の人間は通る事が出来ないが、一良は通事が出来る。つまり、いつでも日本に帰れる、帰る場所がある存在。

 

でも、和樹は違う。

 

ある日突然、この世界に転移させられてしまった。

和樹の知る日本と一良の知る日本は微妙に違う点があり、別の世界の日本からやってきた―――と言うのが一番有力な説。

ただ、どうして、どうやってこの世界に降り立ったかは解らない。ゲームをしていたら本当に

突然この世界へとやってきたのだ。

 

だから―――――……。

 

 

「……だから、その逆も有りうる、って事? カズキが来てくれた様に……、カズキがまた、突然いなくなってしまう可能性も否定できない、って事?」

「うん」

 

 

どうやって来たのか解らない以上、帰り方も当然解らない。

何が切っ掛けで世界を飛び越えたのかも解らないから、いつの日か、その切っ掛けが起こりまた転移させられてしまう可能性だってきっとゼロじゃない。

 

和樹が恐れている点はそこに在る。

 

だから、一良は和樹と約束したのだ。

 

 

「何の解決にもなってないかもだけどさ……。もし、万が一、和樹さんが危惧していた事が現実に起こったとしても、絶対にオレがその後の事は何とかする、って約束したんだ。和樹さんがしてくれた事全部自分でやる、って言うのは無理な話だけど、それでも約束した。それがオレに出来る唯一の事だから」

 

 

40億と言う巨万の富を得た一良が出来うる事。それはもしも和樹がいなくなってしまった後も、必ずリーゼを、この国を幸せにすると和樹に約束したのだ。

 

 

「…………………」

 

 

リーゼは無言になった。表情は先ほどの陽気な姿から一転し、無と言う表現が一番近いであろう表情だった。

重大な事を言われるだろう、聞かされるだろう事は想像していたが、それでも秘密を打ち明けてくれるだけで嬉しかったし、何でも乗り越える事が出来るとリーゼの中で確信していたのだが……、蓋を開けてみれば和樹自身が自分達の身を案じていた。

 

 

消えてしまうかもしれない。

だから、その手を取る事が出来なかった。

 

自分は不思議な力が、強大な力がある人間とは一線を画す存在だから、と言っていた理由はあくまで建前でしかなかった。

本当は…………。

 

 

リーゼは、立ち上がると和樹の傍へと向かう。

 

そして、その袖部分を掴むと。

 

 

「……カズキは、ここにいるよ? 触れれるよ?」

「うん」

 

 

そう言って、次にはその身体に抱き着いた。

光になる身体で、実体が無い状態にも出来るが、ハッキリとリーゼには触れる事が出来る。

 

 

「……温かいよ? 鼓動だって、聞こえるよ?」

「……うん」

 

 

そう言うと、リーゼは和樹の胸に顔を埋めて……そして和樹の顔を見上げた。

 

 

「カズキは此処にいる。どこにもいかない。……きっと、絶対、私達を置いて何処かにいっちゃったりなんか、しないよ。……しない、もん」

「………うん。勿論」

 

 

 

和樹は誓う。

いなくなったりしない、と。

 

リーゼはそう言ってくれても、怖い。

言葉にしないととてつもない恐怖感に押しつぶされそうになる。

こんなにも怖いのか。大切な人が、愛する人が失うかもしれない、と言うのはここまでの恐怖なのか、とリーゼはこの時初めて本当の意味で知る事が出来た。

戦争を経験し、数多の別れを経験してきた人たちだっているだろう。彼らの苦しみを本当の意味で知る事が出来たのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その後、何とか落ち着いたリーゼは部屋へと戻っていった。

最後には笑顔で、【今後ともよろしく!】と言っていたので、きっと大丈夫だろう。

 

 

「……一良さん。本当によろしくお願いしますね。迷惑をかけてしまいますが……」

「迷惑だなんて思ってないよ。それに、オレだってリーゼと同じ意見だ。……そんな時なんて、来ないよきっと。だから、絶対あり得ない保険? みたいな感じで受け取ってる」

「う~~ん……、でも一良さん、宝くじ10口買って全部当てちゃったんですよね? その強運が反転しちゃう~なんて事は?」

「不吉な事言わないでよ! ……って言うか、宝くじでの運はもう全部使い切っちゃってる気がしてるし。この世界に来れたって事実と和樹さんと知り合えた事。……あ、漫画の世界の能力? をこの目で見て体験できた事とかもね。お金幾らかけてもそんな経験出来ないでしょ?」

「そりゃそうだ」

 

 

2人も湿っぽい話はもうこれで終わり! と言わんばかりに明るく会話を繋げる。

万が一の備えは確かに必要。

でも、リーゼも一良も、……そして和樹も大丈夫だと思う事にするのだった。

 

 

「あ、それと共有したい情報が1つあってですね」

「え? なになに??」

 

 

明るい話をしていたんだけど……、ここからは違う意味であまり宜しくない、暗い話を和樹は一良にする。

勿論、リーゼとの恋仲の切っ掛けになった人物の話。ある意味では間柄を受け持ったとも言えなくもないが、絶対にそんな事思わない。口にすら出さない。考えない。

 

 

「……そんな実力行使でやろうとしてたんだ? 話に聞いてた腐れ外道が?」

「そうそう。至近距離でスタングレネードかました後、思いっきり脅かしてやったから、暫くは手荒な真似は出来ないと思うけど、一応一良さんにも報告を、ってね?」

 

 

男の名はニーベル。

思いっきりビビり散らかし、からくもイステリアから脱出を果たした男である。

確かに尋常じゃない事態に、人非ざる者に絡まれた以上、イステリアに今後近づくなんてあり得ないと思われるが………。

 

 

「なーんか、仕掛けてきそうな気がしなくも無いんですよね。あの手の輩は」

「ええ!? 和樹さんのピカピカを見た後で、ですか?」

「ええ。トリックがある~とか何とか言い出したりして。オレが居なくなった所で盛大にむかっ腹が立って、暴れたりして。……また違うやり方でこっちにきそうな気がします。だから共有を、と」

「うーん……」

 

 

一良は半信半疑だ。何せ光の超常現象を見舞われた相手だ。

そんな未知との遭遇を果たした後、またケンカを売る様な真似をするだろうか? と一良は腕を組んで考えてみる。

 

でも、外道の思考を読み切る事なんて不可能に近いから、考えるだけ無駄だとも言えるが。

 

 

「でも、ジルコニアさんやナルソンさんに報告は必要じゃないですか?」

「ええ。それは考えてますよ。……流石に、そこを黙るつもりはありません。リーゼには話さないで、とは言われてませんし? ……まぁ、話すとも言ってませんが」

「そりゃ、リーゼにとってみれば、白馬に乗った王子様が助けてくれたシチュエーションだったんでしょ? そんな事頭にないよきっと」

 

 

そりゃそうだ、とあはは~~と笑う和樹。自分自身に置き換えて考えてみたら、妙に気恥ずかしくなってくるが、それでもリーゼの想いを受け取ると決めた以上受け入れる。

 

 

「あ、でもただの付き合う~レベルだから。婚姻云々になってくると大騒ぎになっちゃうからさ? その辺の話はまだしないつもりだよ。少なくとも、アルカディアが安定して、不安要素を払拭させる時までは。その時に……ナルソンさん達にも報告を、とか考えちゃってます」

「明るいニュースで埋め尽くす、って感じで良いね。和樹さんは皆に人気あるし、絶対祝福してくれるね」

「一良さんも他人の事言えないと思いますけどね~」

 

 

リーゼが言う様に、2人は皆から絶大な信頼を得ているとの事。

助けて貰えていると言うのもそうだが、以前リーゼが言っていた分け隔てなく接し、名を呼ぶ、目を見て話す、等の事を当たり前の様に行っているその人柄が、皆からの信頼を得たのだ。

 

 

 

「あ、話したらきっとジルコニアさんは確実に怒髪天だから。その辺りのガス抜きも考え解かなきゃだね。下手したら自分でニーベル(腐れ外道)の首獲ってくる! って言いかねないし」

「え~~、それアロンドさんにも言われたけど、あのジルコニアさんがそこまでするかな? いまいちピンとこないんだけど」

「普段の、余裕がある時の彼女はいつも楽しそうですからそう思うかもしれないですが。…………でも、違う面はあると思いますよ」

 

 

 

多くを失ったあの戦争を経験し、政略結婚をした彼女の一面を一良は知らないから仕方ない。

 

だが、直ぐに知る事になる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「(――――――――や、やばい)」

 

 

その日の夜。

執務室にて、今回の件を報告しに行った和樹に同行した一良は、その凄まじい圧に、怒気に、殺気に思わず仰け反ってしまった。

 

 

 

「今すぐ殺してしまいましょう。ええ。カズキさんの手を煩わせるまでも無い事です。もし、今後彼がこの領地に来なくても構いません。兵を送り出し、グレゴルン領土から引き釣り出して血祭に上げます」

「いや、無茶苦茶を言うな。我々が正面切ってグレゴルンと事を構えてどうする。今はバルベールと休戦状態とはいえ、一丸とならねばならぬ時に、他方に敵を作る訳にはいかんだろ?」

「なら、野盗辺りに扮して、グレゴルンから出たところを闇討ちすると言う手はどうかしら? イステール(我々)が殺ったと言う痕跡、証拠を残さなければ良いのでしょう?」

「いや、基本的には使者はかなりの数を護衛に連れている。隠ぺいするのにも限度がある」

「なら、ナルソン。貴方は娘を辱められて黙ってて良い、と言うのかしら? 私は無理よ。腸が煮えくり返ってどうにかなりそうなの」

 

 

家族を殺された時の情景がジルコニアの頭の中では焼き付いて離れないのだろう。

ナルソンも渋い顔をしている。

これが疑いの余地程度であるならまだ言い聞かせる事も出来そうだが、判明したとなれば話は別。だが、だからと言ってこちらからの証言を一方的に話、豪商でもあるニーベルを殺すなんて出来るとも思えないし、あのグレゴルン領の領主が首を縦に振るとは思えない。

相応の金を生む男であるのは間違いないのだから。

 

 

「あの、ニーベルの件ですが、今は(・・)放置して良い、と考えてます」

 

 

そんな時、和樹が手を挙げた。

 

 

「お2人が許せない、と言う気持ちは十分解りますし、正直オレ自身が、あの場で殺してしまう寸前でした。それ程までに怒りを覚えましたから。それにもう2度とリーゼをあんな目には遭わせまい、と彼女に誓いました」

 

 

和樹のもの言いは静かだが、その心の内に内包されている激情があるのをジルコニアもナルソンも見逃さなかった。その静けさがまるで大嵐の前の予兆であるかの様。だからこそ憤慨していたジルコニアも言葉を噤んだのだ。

 

 

「では、カズキ殿はどの様にされた方が良いかと思われますか? ご意見を伺いたい」

 

 

ジルコニアの代わりに、和樹に聞くのはナルソンだ。

 

 

「私の力を使えば捕える事も殺害も至極容易に。……ですが、領土を超え、無法を犯したいとも考えてません。……大分皆さんと信頼関係を気付けて、友好的に接する事が出来た私でも、一応はメルエム(・・・・)ですからね」

 

 

正直人殺しは、かなりのハードルがある。

でも、必要と在ればスイッチを切り替える事も厭わない。

 

その為に数多の世界(VRMMO)を経験してきたのだ、とさえ思う。

 

 

「散々脅かしましたが、あの男(ニーベル)がここで終わるとは思えない。何か必ず仕掛けてくると踏んでます。………どうか、私の顔に免じて暫くは静観をしてもらえませんか? ジルコニアさん。……痺れを切らしたその時に、大義を以て捕えるのが最善だと思います」

「……………」

 

 

にっこりと笑う和樹を見て、ジルコニアも表情を緩めた。

 

 

「……リーゼは、幸せ者ですね。母親としてこれ以上ない程に喜ばしい事です」

 

 

そう言うと、ジルコニアは頭を下げた。

 

 

「お見苦しい所を見せてしまい、申し訳ありません。……どうか、娘をよろしくお願いします」

 

 

リーゼの事を心から想い、リーゼの事を想っているからこそのこの迫力なのだろう。

ナルソンとて同じ気持ちだが、身分と言うモノがどうしてもある。

 

 

その後、改めてナルソンも和樹に頭を下げて礼を言いニーベルの件は見送る事にするのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「はぁぁぁぁ……ビックリした……」

「あはは……ゴメンなさい。こうなるって解ってたのに」

「いやいや、オレが信じなかったのが悪いよ。だって、いつものジルコニアさんの姿を見てたらどうしても……」

 

 

全て終わった後、ちょっとしたお茶会を2人で開催していた。

いつもは、エイラやマリー、後時折リーゼもやってきて大所帯になるんだけど、今回は2人の姿は見えない。ひょっとしたらここにやってくるかもしれないので、来たら話題を変えよう! くらいの備えはしている。

 

 

「かき氷食べてる姿を見てたら、ですね?」

「そうそう。ず~~っと抱きしめて離さないで、食べ歩きも当然。アイザックさんやハベルさんは勿論、他の近衛兵の皆さんにまでどんどん勧めて信者を増やそうとしてる姿とか見てますから……」

「あははははは! 確かに! ……でも、一良さんは見てなかったから、だと思います。あの時のニーベルとリーゼのやり取り。もし、一良さんも一緒に目撃してたら、その場でぶん殴ったりしてても不思議じゃない、って思います」

 

 

穏やかではない話ではあるが、その気持ちは一良も解る。

戦闘員じゃないし、腕っぷしが良い訳でもないから出来るか、出来ないか? で問われたら、どうしても首を横に振ってしまうのだが。

 

 

「仮に、狙われたのがバレッタさんだったらどうです? オレの様になると思いません?」

「えええ!? いや、まぁ……大丈夫です。解ってますって。……でも、バレッタさんなら、相手を千切って投げ飛ばしちゃいそうな気がしません? 日本食で凄い事になってますし」

「……しまった。チョイスを間違いました」

 

 

一良の事に好意を、想いを寄せているバレッタ。

勿論、一良自身もそれは解ってる。年齢的な面があるから色々戸惑ったり躊躇ったりしてしまうが、それでもリーゼと同じ事が彼女の身に起きれば……、と真剣に考えた結果。

 

 

「私の持てる全ての力を使って報復———ですね」

「……うわぁぁ、それもなかなか……」

 

 

一良の財力を駆使した力。

日本とこちら側の物価の違いの利用。

 

一良が出来る事をする――――の中身を色々と想像してみると……和樹は相手が可哀想になってくる、と苦笑いをするのだった。

 

 

 

 

その後———エイラとマリーがやってきた。

 

そして、地獄耳だと言うのか、或いはエイラの作る菓子の匂いに誘われたのか、リーゼまでやってきて結局いつもの大所帯に。

 

 

「美味しい! 今日も美味しいですよ、エイラさん!」

「ふふふ。畏れ入ります」

「本当にお菓子作り上手ですね。私も美味しいです」

「ありがとうございます、カズラさん、カズキさんも。たくさんありますから遠慮せず食べてくださいね」

 

 

絶品の品々を頬張りつつ、お茶を嗜む。これぞ優雅なお茶会。

 

 

 

「わっ♪ 私もいただきまーす!」

「いただきます……!」

 

 

マリーも最初こそは物凄く遠慮して中々手が伸びなかった様だけど、回数を重ねて、和樹が差し出したりしたりもしてどうにかこの空気に慣れる事が出来た様だ。

そう言えば、リーゼが頬を膨らませてマリーに嫉妬な目で見ていた光景も何だか面白かったなぁ……と一良は何処かしみじみと思う。

 

 

「あ、マリーちゃん。口元にお菓子付いてるよ?」

「っっ! す、すみません。えと、えと……」

「ああ~~~! マリーずるいっ! カズキ! カズキ! ほらほら、私にもっ!」

「いや、リーゼはエイラさんのお菓子が美味しいからって完璧に食べれてるから何も付いてないよ」

「ぶーーー!!」

 

 

「……本当に楽しいですね、カズラさん」

「ええ。恒例行事にして良かったです」

 

 



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64話 超天才合流

 

 

和やかに談笑している最中、コンコン―――と部屋の戸が叩かれた。

 

 

「ん? どうぞー」

 

 

扉から一番近かった一良がノックに気付くと直ぐに返事をして入室を促す。そしてその扉はゆっくりと開かれた。

開かれたその先に居るのはハベルだった。

 

 

「失礼いたします」

 

 

ペコリ、と頭を綺麗に下げて入室前の一礼。

それに応える様に一良は勿論、和樹も手を振って応対。

それらを確認した後に、ハベルは口を開いた。

 

 

「井戸掘りの成果についてのご報告なのですが………」

「!」

 

 

一良が担当している分野の成果報告だ。

地下水が沸いて出てきたら直ぐにポンプを導入する予定にしている。

 

地下水、井戸水をくみ上げるそのポンプは、力が比較的弱い女性陣でも問題なく使えて大好評。

現場では勿論今この瞬間もその水の恩恵を受けている。

 

加えてナルソンからの使用用途、その提案で鉱山の穴の中の地下水を抜き出す、と言った作業にも割り当てられているので、侵入不可だった場所から更に奥へと進む事が出来、鉱脈探索も出来ている。まさに八面六臂の大活躍中。

 

だから、ある程度の成果は期待していた。勿論、地下水が出ればの話だったが……。

 

 

「うーん……5つだけ、ですか」

「はい。計150か所近く掘ったのですが、それ以外は全て岩盤にあたってしまいました」

 

 

成果は思わしくないとの事。

地下水そのものが出なければ如何にポンプがあっても意味ない。

正直、狙った穴の全てがヒットするとは思ってなかったが、それにしても150カ所中5カ所……約3%程度なのは………。

 

 

「じゃあ、いつも通りオレが対応しておきましょうかね~~って言いたいですが、流石に一気にやってしまったら、皆驚いちゃって誤魔化し聞かなくなっちゃいますか。……街中は特に慎重を心掛けないと、メチャクチャ目立っちゃいますし」

 

 

あはは、と笑いながらぐるん、と腕を回す和樹。

この手の案件は、和樹の分野で陰ながら光で助けると言う何とも面白い事をやっているのだ。……面白いかどうかは置いといて。

でも、情報統制や操作がやや難しくなってきている、と言う話も聞いている。

派手に動くのは自重しなければならない。

 

 

「ええ。以前もある程度の情報操作は行ったのですが……、どうしても人の口に戸は立てられない様で。深夜の時間帯、南の空に一筋の光を見たと報告も上がってました」

 

 

人工的な光は主に火を使ったモノ。電気の無い世界だから、和樹の光源は強烈だ。昼間であっても余裕で目視できる。ある程度光度を抑えているのにも関わらずこれ。

だから夜寝静まった後の深夜に活動をするのが基本になっていたのだが……。

 

 

「うへぇぁ……、確か夜中の3時くらいに行動したのに、見られてたんですか……。も、別に隠さなくても良い気もしてますが……」

 

 

思わず変な声が出てしまう。

 

どうしても、回数を重ねていけば誰かしらは見る事になる様だ。勿論、ネットの類が無い世界だから、情報の拡散速度は遅いと思われるが、噂話程度からどんどん話が大きくなって人伝で伝わりある至って不思議じゃないだろう。

特に、信仰心の強い世界であれば尚更だ。

と言う訳で、隠し続けるメリット・デメリットを鑑みても、そろそろある程度は打ち明けても良いのかもしれない。

ナルソンら領主の言葉で御布令を出せば何とかスムーズに伝わるのではないだろうか? アルカディアは、イステリアは神と契約、盟約を交わした。光で満ち日いずる国となったのだ! と。

グレイシオール(一良)の伝説もそこに織り交ぜて、オリジナリティを出して、誇張していけば。

 

ある種の商売にもなるかもしれない。その辺りはクレアに要相談になるだろうが……。

 

 

等々と色々と考えた後、リーゼの方を和樹は見た。

リーゼには自身の正体をバラしている内の1人。……と言うか何ならこの部屋の皆さんはご存じだ。1人増えようが10人増えようが、国中に広がろうが構わないだろう……と思った。流石に市民に対しては容姿関係は秘匿にして貰いたいが。普段の生活が大変になっちゃうのが目に見えるから。

 

 

「それは駄目よ。カズキも安易に明かす~なんて言っちゃ駄目!」

 

 

因みに、リーゼは首を縦に振る事無く、手を交差させて左右に振った。

 

 

「現状、ただでさえカズキには負担がかかってるし、そもそも頼まれたら大体なんでもやっちゃうし。自分達がどこまで出来るのか、その最低ラインの見切りをしない内に頼り過ぎるのって絶対良くないよ。……それに、こんな優しいヒトが神様だ~~って皆が知っちゃった日には、沢山押しかけてくるかもしれないよ? それも何だか嫌」

「へ? まぁ、確かに依存しちゃうって言うのは、今は良くても後々に響いてきたらやっぱし怖いし、リーゼの言う事も解らなくもないけど、そこは、何とか調整……ほら、整理券とか配る形で対応とか色々として貰って。若しくは制限する方向で対応、つまりバランスを取ってくれれば行けそうだと思うけど………。まぁ、丸投げだね。ナルソンさんやジルコニアさんならその辺り上手く回してくれそうな気がするんだけど??」

「だから、それでも駄目だって。依存って言ってる通り、もし皆が頼ってカズキがいないと何にも出来ない、ってなっちゃったらダメでしょ? 今回の井戸掘りの件だって、中々成果が出てないだけで、皆で協力すればきっと出来る案件だよ。……でも、カズキなら一晩あればさっさと1人で掘れちゃう。そんなのが続けばきっと絶対甘えちゃうから。今は色々と余裕が出てきている。カズキとカズラのおかげで、凄いスピードで復興が出来ているの。だからこれ以上はあまり、甘えさせちゃうのはよくない」

 

 

これは、少々リーゼにとっては私欲が入っていたりもする。

無論、領土の皆の事を一番に考えているのはウソ偽りではないし、依存云々、頼り過ぎる云々、に関しても同じくだ。

ただ、やっぱり和樹の人柄、人当たりの良さ、誰彼分け隔てなく接する様、色んな人達がその姿を見ているし、現在は和樹は別の国の大貴族って事になっていておいそれと平民たちが近づけない立ち位置なのに、実は神様である、と広がってしまえば教会に行くノリで和樹の所へと訪問してくる人たちが増えてきたって不思議じゃない。

 

 

……2人で会う時間が減ると思う。

何なら、まだ見ぬ女の陰が出てきたって不思議じゃない。

和樹が妾を取る事を否定するつもりは無いし、第一夫人の座こそは絶対ではある、とも思っているが……それまでの過程が大事。よく知らない人たちより、最低ラインこの場に居る侍女たちクラスに信頼できる相手じゃないと絶対に嫌だった。

何より、甘えるのは自分だけの特権にしたい!! とも強く思っていたり。

 

 

そんな事を考えてるとは露知らず、和樹はそれもそうかな……と言いつつ納得した様だ。

 

 

「今回の件、あまりに効率が悪いから街中の試掘は取り合えず一旦止めて、別の場所で井戸掘り機を使ってみるって言うのはどうかな? …………ああも、力説しちゃったけど、重要な案件だから、効率緩和の兆しさえも無かったら、最後はカズキに頼っちゃう事になるかもだけど」

「ふふふ。良いよ良いよ。だって頼ってくれるのは嬉しいから。それに、リーゼが言ってた手を出し過ぎちゃうのが良くないって言うのも解ってるつもりだったけど、リーゼのおかげでもう少し見直せる切っ掛けになった。………本来こんな超常的な力をひけらかすのって、本来大パニックモノだしねぇ。感覚が鈍っちゃわない様にしないと」

 

 

和樹は指先をひょいと上に向ける。

すると光線が発射されて、天井を光で彩った。

これはあくまでただの光、照明と同系統のモノではあるが、ひとたび和樹の意志で光に対し【攻撃せよ】と念じれば、それはこの世のモノ全て。どんな固いモノであっても貫く最強の弾丸となり、掘削機にも成る。

 

だから、井戸掘り等朝飯前。……掘り過ぎにだけ注意する必要があるだけなのだ。

 

 

「オレ達は見慣れた光景なんだけどね。……ねぇ? エイラさん、マリーさん」

「あはは……ですね。今では驚くよりもとても綺麗な光だな、って魅入っちゃいます」

「あ、私も同じ意見です。綺麗で、とても温かい光だなぁ、って思います」

「……いやいや、本人の前でそう言われちゃ流石に照れるよ~」

 

 

口々に和樹は異常な力と連呼しているが、そろそろ見知る者達は慣れてきた様だ。

エイラもマリーも、特にマリーは和樹に物凄く助けられているから、和樹には物凄く好意的。接し方も分け隔てなく、下も上も無いので尚更。和樹自身があまり望んでいないので言葉にはしない様にしているが、やっぱり和樹は神様だ。

 

 

「ちょっとーー! エイラもマリーもカズキ誘惑しないでよー!」

「えええ!!?」

「そ、そんなつもりはありませんよ!??」

 

 

きゃあきゃあ、と楽しそうに? はしゃぐ3人。

真面目な話のつもりだったのだけど、女の子が揃うとこうなるのだろうか。

 

 

「カズキ様」

「ん? はいはい! カズキさんですよー」

 

 

不意打ちだった事もあって、和樹は結構本気で照れていた。

でも、ハベルから声が掛かった事でどうにかこうにか平静を取り戻し、両頬をペチペチと叩いて気付けをする。

 

 

「マリーのこともどうか、よろしくお願いします」

「って、ぇぇ……ハベルさん」

 

 

そう言って頭を下げた。

入室する時の礼より更に深く深く、長く。

それは、リーゼが言っていた誘惑からの延長上の冗談の類ではなく、マリーの事も娶って貰えるなら、と言う願望も見えて取れる。

和樹、一良の庇護下に入れば間違いなく安泰なのは目に見えているから。

 

だからこそ、ただ照れるだけで終わるのではなく。

 

 

「大丈夫ですよ、安心してくださいハベルさん」

 

 

和樹はニコリと笑って言った。

 

 

「心配せずとも、大丈夫なんです(・・・・)。ハベルさんも勿論、……その家族(・・・・)もきっと」

「!」

 

 

それはとても意味深な言葉と笑みだった。

神々しく輝いている様にも見える姿(実際に光を出してる)。

 

いっている言葉の意味までは解らない。その笑顔と光の奥底に隠れてみる事が出来ない。

ただ、解る事はある。

正しく自分は、自分達は――――神の御加護を……。

 

ただ、(アロンド)(ノール)に関しては、加護を授かるだけの器量があるのか……? と少々不本意ではあるが、和樹が決めた事であるならば異論がある筈もない。

 

 

ハベルは片膝をつき、そして両手合わせて拝む。

 

 

「改めてこのハベル、身命を賭してカズキ様にお仕えし続ける事を此処に」

「っ……、ちょっぴりやり過ぎた? 普通通りが嬉しいよ。フレンドリーフレンドリー」

 

 

如何に光の力が皆にはもう見られている~とは言っても、日常的にその力を見ている訳じゃない。和樹自身も力は当然限定しているし、大っぴらに使う時は穴を掘ったり、移動で使ったり……後はリーゼとの夜のデートの時くらいだろうか。

 

特にハベルはよく周辺警護をしてくれてるだけなので、光の力を見たりする機会が更に少ない。マリーやエイラと比べても格段に。

そんな相手に、ピカピカの後光!! をして、安心させるような言葉を伝えればこうなっちゃうだろう。

ちょっぴりアソビも含んでた和樹は、やり過ぎた! と半ば慌てていて、そんな2人の様子に気付いたリーゼが絡んで———楽しそうにしていると。

 

 

コンコンコン

 

 

と再び部屋の戸を叩く音、ノックが聞こえてきた。

今度は先に気付いたのは一良で、楽しそうにしてる和樹らを尻目にゆっくりと立ち上がると。

 

 

「どうぞー」

 

 

と言って扉を開けた。

ガチャリ、と開かれた扉の先に居たのはアイザック。

 

 

「カズラ様、失礼いたします。以前お話した職人が間もなくお見えになりますので、ご連絡にきました」

「おおっ! ついに来ましたか」

 

 

それは一良が楽しみにしていた案件の1つ。

極めて優秀な職人で、これまで導入してきた機械の改良から始まり、斬新なアイディアも豊富で、間違いなく国を支える中心に立つだろう、と思わせられる人材。

 

実際に会うのを楽しみにしていたのだ。

 

 

「まもなく職人が屋敷に到着致しますが、こちらにお連れすれば宜しいでしょうか?」

「いやいや、出迎えますよ。私の方が無理言って来てもらったんですし」

「了解致しました」

 

 

そう言うと、一良は立ち上がる。

それに続く形で、和樹もハベルとのやり取りは一時中断して自分も! と立ち上がる。

 

なら私も! とリーゼも一緒に来て……大所帯になった。

本来ならば、一良と和樹の2人だけで十分な筈なのだが、リーゼが席を立ったので侍女であるエイラも同行。マリーは和樹の専属侍女でもあるから同行。

ハベルも、身命を賭して~~とまで宣言した手前、一緒に居ない訳がないので同行。

アイザックも合わせて7人で出迎えに行く事になった。

 

 

「(バッチリですね? アイザックさん。一良さんは全然気づいてませんよ? 流石です)」

「(いえ、私は職務を全うしただけですよ。秘密裏に動く事も良くあるので)」

 

 

アイザックは生真面目で正直人間。おまけにデリカシーも無い! (シルベストリア&和樹からお叱りを受けて改善中)

だから、正直嘘? をつく類は苦手かな? と少なからず思ったのだが、極々自然に言葉を濁して言えてたので大丈夫だったようだ。……と言うより、偽りなく、真実のみではぐらかすと言うやり方でどうにかやってきたらしい。本人としては職人の名は伏せているし、詳しい出身地も聞かれてないからやりようはあったし、で乗り切った。

少々疲れた様子も見えているが大丈夫そうだ。

 

 

「じゃあ、出迎えに行きますか!」

「あ、私もいくいく!」

 

 

一良を先頭に、和樹も立ち上がるとリーゼも手を挙げた。

領主の娘として、復興を助けてくれる優秀な人材ともなれば、自らが馳せ参じなければならない、と思っている。そう言う姿勢が彼女の人気、求心力にも繋がっているのは言うまでもない。特にここ最近のリーゼの対応は神がかっているとの専らの噂。

 

―——リーゼにとって、偽らざる本音で語り合える人が増えた事。本当に、真に愛すべき人が出来た事。それらが何よりも心の支えであり彼女自身の活力でもあるが故に、である。

 

 

 

それはそれとして、一良や和樹は勿論、リーゼまで付いてくるとなったので、他の4人も立ち上がってかなりの大所帯となった。皆で出迎えなければならない、と言う訳ではないのだが、リーゼが行くのならば侍女であるエイラは勿論、マリーも和樹専属侍女、ハベルは今し方忠臣を誓う所作をしたばかり。ついてくるのは自明の理だ。

 

 

「それでそれで。カズラ。職人って前に言ってた機械を再設計したり、自分で新しいのを作ったりしたって言う人でしょ?」

「そうそう。イステリアから離れた所で住んでるらしいんだけど、今回色々と無理言っちゃって来てもらう事にしたんだ」

「うんうん。イステリアから離れてる~は間違いないですね?」

「あはは……」

 

 

ウソは言ってない。

アイザックも上手くなったモノだ。シルベストリアにこっ酷く叱られたから、その影響も、英才教育? の賜物かもしれない。

苦笑いするその顔の奥に、これまでの苦労が目に見えてわかる気がした。

 

 

「かなり頭の良い人みたいだから、何とかお願いして職人の取り纏めをしてもらおうと思ってるんだ。イステリアの職人でも機械の改良を提案してくれた人はいたけど、その人の発案してくれたものは数段優れてたからね」

 

 

幾ら素人同然とはいえ、多少勉強をしているし、日本の最先端技術の一端を触れ続けている一良の目で見ても、その技能、技量は周囲と比較しても……いやいや、比較にならない程優秀だった、と太鼓判だ。

この世界の文明のレベルで考えれば、幾ら日本製を持ち込んで、色々と作ってきたとは言っても、数世代先を行く~と称しても何ら大袈裟じゃない。

 

そんな人材だからこそ、一良は強く欲したのである。

 

そして、和樹はニヤニヤ~と笑っている。その笑みには一良は気付かず。

 

 

 

「アイザック様。何だか挙動不審な気がしますが、何かやらかしたんですか?」

「失礼だな。……上手く、上手くできた、と思っている。カズキ様もそうおっしゃられた」

「なら何故?」

「………それでも、多少なりとも緊張をしてしまった、と言うだけだ」

「???」

 

 

ハベルはアイザックの意味がいまいち解らず。

和樹の前では平然を装っていたのだが、視線を外すと、やっぱりそれなりには心労があったようで、そこをハベルに見られてしまった。……気を付けなければならない、とアイザックは自身に戒めを刻む。

 

ハベルが言う様な事はやらかしてない。そこだけは自信を持って言い聞かせながら。

 

 

 

 

そうこうしている内に、広場へと到着。

タイミングが抜群だったようで、1台の馬車が騎兵に連れられて広場に入ってきた。

 

 

「お、あの馬車か。さてさて、どんな人かな?」

「どんな人でしょうね。楽しみです!」

 

 

第一声はどんな感じだろうか?

色々と想像を膨らませつつ――――和樹自身も約束をしっかりと守れた事を告げる準備もしていたりした。

 

 

軈て、馬車の窓からのぞく青い瞳が一良の瞳と交錯する。

どんな人か? と色々とその風貌を、容姿を想像していた一良だったが、それらの想像は一瞬で消えゆく。

何故なら、その姿はよく知る人物だったからで――――

 

 

「カズラさんっっ!!」

「ぐはっっ!!?」

 

 

ばんっ! と馬車の扉が開いたと同時に、腹部に強烈な一撃が決まった。

思考回路が追い付く前の衝撃だった為、中々に意識外からの威力は強烈で、思わず2~3歩たたらを踏む事になったが、どうにか堪える。

 

 

「ば、バレッタさん!?」

 

そして、意識をハッキリさせると同時に、抱き着いているその凄腕職人の姿をハッキリと見て、その名を呼んだ。

小奇麗な衣装に身を包んで、満面な笑みを見せていたその職人の正体はバレッタ。

 

目には強い決意が宿っていて、一良を見上げる形でハッキリと告げる。

 

 

「私、色んな事ができるようになりました!! 機械設計も建物の建築も、武術も医学も薬品の精製も!! もう、絶対に足手まといにはなりません! きっと、役に立ってみせます!! だから………だから………」

 

 

より一層強く、強く……掴んでいる一良の服を握りしめる。

笑顔だった筈の表情は硬く強張り、目じりには涙が浮かんでいて、一良に縋る様に見上げて。

 

 

「だから、カズラさんの傍にいさせてください!!」

 

 

一世一代の告白。

一良の返事を聞くまでの時間が本当に恐ろしいだろう……と、移動する間の想像の中では心底心細かったバレッタだったが、当の一良はバレッタの存在に驚いたものの。

 

 

「あ、はいお願いします」

 

 

ほぼノータイムで返答をした。

鬼気迫るバレッタに対して、一良自身は何とも気の抜ける様な返事だ。

 

 

「ほ、本当……ですか?」

「勿論ですよ。それこそこっちからお願いしたいくらいで。ていうか、職人ってバレッタさんの事だったんですね。……うん? あれ?? 確か和樹さんはグリセア村にたまに行ってた筈だから、知ってたんじゃ……?」

 

 

一良は、和樹の方にぐるっ、と首を回して見て見ると……、意味深な笑みと共に、手を前に、親指をぐいっ! と上に突き立てたサムズアップ。

 

 

「……知ってて黙ってたんですか?」

「あはははっ! 良いサプライズだったでしょう?? それより、バレッタさんを安心させてあげてくださいよ一良さん。……バレッタさん、泣いてます」

「って、ええええ! なんで!?」

 

 

ほんの少しだけ目を離した隙に……だった。

今し方のバレッタの様子、鬼気迫る様子を考えたら、泣くなんて考えられない~と思ってた一良だったが、実際は。

 

 

「ふえええええんっっ」

 

 

ぼろぼろと大粒の涙を零して泣いてしまっているのである。それもそれなりに泣き声を上げて。一良の性格を考えたら受け入れられない訳はない。和樹自身も以前グリセア村に立ち寄った時、絶対に大丈夫だとバレッタに伝えていた。

 

でも、幾ら頭が良く天才で、何でもござれな彼女であっても、まだ齢15。ここまで必死に頑張ってきて、成果を出して来ても……やはり不安で不安で押しつぶされそうだったのだろう。

緊張の糸が切れた途端に、決壊した様だ。

 

と言った具合にバレッタの心情を理解している和樹とは真逆に、どうしてバレッタが泣く!? と慌てた一良は懸命に宥める。

 

ある意味ではサプライズ成功! と言えなくもないが、まさかバレッタが大泣きしてしまうとは思っても無かったアイザックも多少慌てふためき、それ以外の事情の知らない面々はただただ唖然としているのだった。

 

 

 

 

 

「ちょ、そんなに泣かなくても……」

「ぅぅぅ、よがっだ、よがっだでずぅうぅ……」

 

 

背中をよしよし、と摩り頭をナデナデ、としてもどうしても感極まったバレッタの涙を引っ込めるまでには至らず、えぐえぐと一良の腕の中で泣き続けるバレッタ。

涙と鼻水で顔が凄い事になってしまっていた。

 

 

「ほらほら、こういう時はこれが必要でしょ。カズラっ!」

「うわっ!! あ、ありがとリーゼ」

 

 

あやし続けてもちっとも泣き止む気配がない。

2人きりにさせてあげたい気持ちではあるが……流石にそう言う訳にはいかないので、誰よりも早くに気を利かせたリーゼが一良の服を少しだけ引っ張って驚かせた? 後ハンカチを差し出した。

 

一良はそれを受け取ると。

 

 

「ほら、バレッタさん」

「ず、ずびばぜん………」

 

 

バレッタは、一良に顔を拭かれて、取り合えず涙と鼻水の洪水が一時的に止められた事もあって、バレッタは周囲の状況に気付く事が出来た。

 

 

「ッ~~~~~」

 

 

これまでの行動を鑑みる。客観的に自分自身を見つめ直す。

どう頑張っても顔面紅潮が止められず。

 

そんなバレッタを気遣ってか、ある程度落ち着いたと判断したリーゼが先に声をかけた。

 

 

「あなたがカズラやカズキが言ってた職人さんですね。私はリーゼ・イステールです。これからよろしくお願いしますね」

「は、ははははい!! よろしくお願いします!! グリセア村から来ました、バレッタと申しますっ!」

「ふふふ。そんなに硬くならないで下さい。気楽に行きましょう? ……それに、想い人(カズラ)に敢えて、感極まってしまったその気持ちは私も解ります」

「ふえっ!??」

 

 

リーゼはもう1歩バレッタに歩み寄ると、その顔をじっと見て、ニコリと微笑んで見せた。

 

 

「私でも、貴女と同じ様になると思いますから。……想い人(カズキ)に漸く逢えた、ってなっちゃったら……ね? ふふふ」

「え、えとえとえと、それはどういう……」

「ふふふ。さて、どういう意味でしょうかね。……それより、これからも気楽に行きましょう? ね?」

「は、はいっ!」

 

 

バレッタにとっては正しく雲の上の存在であるリーゼ。

そんな彼女から気さくな物言いを受けて、しどろもどろになりながらも、何とか平静を保とうと頑張っていた……が。

リーゼは、そんなバレッタの様子を見ただけで心境を察して口元に手を当てて笑う。

 

 

「ふふふ。バレッタさんの周囲にはもっともっと凄い人? 達が沢山いるじゃないですか。それに比べたらどうって事ない、って思いません?」

「え、や、そ、そんな事っっ!!」

 

 

慌てて両手を前にブンブンと振るバレッタ。

でも、確かに……、と思う節も当然あったりする。

正体を知っているとはいえ、バレッタは《慈愛と豊穣の神》《全ての光》と顔見知りであり、気さくに話をしたり、家に招待したり……と、ある意味ではとんでもない事をしているのだから。

本人たちがトモダチの様に~と言ってくれた事、そして一良や和樹から正体を打ち明けられた事もあって、完全にバレッタの中では除外していたんだけど………リーゼの言う通りだ。

 

 

「ふふふ。今後とも、よろしくお願いしますね」

「こ、こちらこひょっっ!! よろしくお願いしますっっ!」

「「「(噛んだ……)」」」

 

 

場は温かな空気に包まれて、バレッタの緊張具合も、言葉を噛んでしまった事もあって、何だか楽になっていく。……恥ずかしいのは恥ずかしい様だが。

 

 

「それで、アイザックさん。バレッタさん……彼女の泊まる場所ってもう決まってるんですかね?」

「一応昨晩は私の屋敷で泊っていただきましたが、今後どうするかはまだ決まっておりません」

「なら答えは1つですね!」

 

 

ぱちんっ、と和樹はバレッタに向けてウインクをする。

一良自身も最初から同じ考えだったとは思うが、最後の一押し、と言う事で和樹がリーゼへお願いをする形にした。

 

 

「リーゼ! 俺じゃんじゃん働くからさ? バレッタさんもこっちに泊れる様に計らって貰えないかな?」

「いや、だからカズキは働き過ぎなんだってば! そんな交換条件しなくても大丈夫よ。(どーせ、交換条件を出すんだったら、夜のデート10回とかにしてよね。……後で言ってみようかな?)」

 

 

バレッタに向けてウインクしたのをバッチリみていたリーゼ。

意図は解ってるんだけど、何だか通じ合ってる感じなのが面白くないので、頬を膨らませる流石にデートの部分はバレッタも居るからハッキリと言わないが……後々に言ってみよう! と思うリーゼだった。

 

 

「エイラ。4かいの客室を彼女に使って貰うから、直ぐに用意させて」

「畏まりました」

「マリー、バレッタさんの荷物を4階まで運んできてちょうだい」

「はい!」

 

 

元気よく返事をするマリー。

彼女の力は常人のソレを遥かに超えている~と言うのは彼女を知る者からすれば周知の事実。祝福の力を授かってるのである。………ただ単に食事の味見をする為仕方なかった、と言う理由もあるが。

 

 

「それじゃあ、バレッタさんも色々と疲れてると思うし、カズラが傍に居てあげて。きっとその方がバレッタさんにとっても一番良いでしょ?」

「そうそう! これからも大変だしさ? 英気を養うって意味でも一緒の方が良いと思う!」

「っ――――、は、はぃぃ………」

 

 

顔を再び真っ赤にさせるバレッタ。

あそこまでやらかしてる以上、バレてない訳がない。

和樹も和樹でニヤニヤと笑いつつ―――本心でそれを言っている。

耳元でしっかりとハッキリとバレッタに《頑張って!》と告げたから。

 

勿論、自分自身も頑張らなきゃならない事は多いので……、他人に言ってる暇は無いのだが。

 

 

「はーい! カズキはこっちでーす!」

「うわっ!!」

 

 

バレッタに近付き過ぎ!! とリーゼは和樹を引き寄せた。

 

そして、各々各自、持ち場へと向かうのだった。

 

 

 

「それで~、耳元でなーに話をしてたのかなぁ??」

「あっはっはっは! 以前、バレッタさんと約束しててね」

「約束??」

 

 

頬をぷくっ、と膨らませているリーゼは朗らかに笑い、彼女と約束がある、と言う和樹を見てきょとん、とした。

 

 

「あれ? 以前リーゼにも言わなかったっけ? 一良さんに他のコが引っ付かない様に見てますよ~~! ってヤツだよ。バレッタさんが一良さんをどう見てるか、なんて物凄く解り易かったし。離れて暮らすともなれば、やっぱり気が気じゃなかっただろうからね」

「ふーん……。それで、グリセア村に向かう時、定期的に彼女にも連絡する為に合ってた、と?」

「それもあるけど、シルベストリアさんやニィナさん達との約束とか、後は村の子供、それとノワ達とも会う為もあるかな?」

「ふ~~~~~~ん………」

 

 

和樹が上げる名。

子供を除けば全員が女性である。

ノワ事、ノワールの事、そして同じく村娘と聞いてるニィナ、2人は実際に見た事無いが、シルベストリアはリーゼも知ってる。

文句なしな美人だ。そして、ノワールはあった事無いけど、和樹から美人であると知ってる。ニィナの事は一良に聞いてる。

 

矢継ぎ早に、美人な女の人たちの名が出てくるなんていかがなモノか。

 

 

「ほらほら、そんなふくれっ面にならないの」

「ぷしゅーー」

 

 

えい、と頬を突いてやると、リーゼの口から空気が一気に漏れる。

それが何だか可愛らしくて思わず笑ってしまう。

 

そしてまたリーゼは頬を膨らませる……が、直ぐにそれは萎む。

 

 

「バレッタさんを直ぐ泊めてくれる様に言ってくれたリーゼに対して、お礼したいな。―――また、星空を見に行こう?」

 

 

今さっき、ついさっきまで考えていた事をズバリ先に言われたから。

にこっ、と笑いながら頭を撫でる和樹。見透かされてる、とリーゼは実感した。

 

 

「リーゼ解りやすいからさ! あはははっ」

 

 

楽しそうに笑う和樹。そんな和樹にリーゼは抱き着く。

 

 

「カズキの前だけだもんっ!」

「それは流石にウソでしょ? リーゼ、普段から結構隙見せる事あると思うよ~? 勿論、公務時以外ね。……良い事だと思うよ」

「ぶー……抱き着くのは、カズキの前だけ、って事だもんっ!」

「うわ、後付け感がハンパないってそれ」

 

 

久方ぶりに、少し長く和樹と2人きりでいられる~~ような気がするリーゼ。

普段は侍女であるマリーは勿論、タイミングによってはエイラもいて、一良も居るから、公務時間は中々和樹と2人きりでいられる時間は無い。忙しいし、皆と一緒の時間も当然好きだけど―――やっぱり、2人きりの時間ほど格別なモノはない。

 

でも、今は気になる事を先に聞く。

 

 

「あのバレッタって娘は前に言ってたカズキもカズラもお世話になってた家の娘だったよね? カズラもカズキも凄い凄い連呼してたし。そんなに凄い娘なの?」

「勿論! 今後のイステリア―――アルカディア王国にとっても間違いなく貢献する娘で、頭抜きんでてる、って評価! イステリア(こっち)に来て色んな技術者の人に会ったけど、やっぱり贔屓目なしにバレッタさんが何枚も上手だって思っちゃうかな? 何せあの歳であれだけの事やっちゃってるし」

「ふーん……」

 

 

ここまで手放しに相手を褒める和樹にちょこっとだけ妬けちゃう気もしなくもない……が、バレッタの意中の相手は一良だから。だからこそ、リーゼはそこまで表情に出さずにいられた。これが恋敵~とかだったら、と考えただけでも頭が痛くなってくる。焦燥感もありそう。

 

 

「後は意欲もそうなんだけど、1番は記憶力が半端ない所かな? 彼女自身が図書館みたいになっちゃってると思う」

「え? それってどういう……??」

「以前リーゼに一良さんが持ってきた百科事典の事覚えてる?」

「うん。凄く分厚い本ね。文字は流石に読めないけど、絵が凄くって、あんなの忘れられないよ」

「でしょでしょ? 何とバレッタさん……、何ページに何が載ってる~とか丸暗記出来てるんだよ」

「………………ぇ?」

 

 

あの分厚い本を知っているからこそ……、リーゼは思わず絶句。

冗談の類ではないか? とも思ったが、和樹がそんな事をする意味も理由も無いし、寧ろハードルを上げ過ぎてしまう結果となれば、困るのは彼女だ。

つまり、実際にその場面を見た訳ではないが状況的に考えて――――。

 

 

「天才?」

「うん。天才。瞬間記憶能力って言うのかな? その能力持ちプラス意欲も良し、応用力発想力もよし。非の付け所がありません。唯一あるとしたら――――一良さん関係じゃ、ちょっぴり奥手になっちゃう所かな? 今日はあんな感じでやれたケド、普段は中々進展出来ずに、周囲の皆がヤキモキしちゃう~ってのが日常茶飯事だし」

「聞けば聞く程凄い娘ね。……唯一、私が勝ててるのって、積極的に好きだって言える所だけかもね」

「いやいや、そんな事ないでしょ。リーゼにはリーゼにしか出来ない事、リーゼしか持ってない所があるって」

「ふふふっ。うんっ! ありがと」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

丁度その頃、一良、バレッタ達はと言うと、アイザックの屋敷へと向かい、到着していた。

さっそく荷物を荷馬車に積む作業に取り掛かり、そんな中バレッタの視界に入ったのはマリーの姿。間違いなく自分より年下で、まだまだ成長途中なのが見てわかる一回り小さな子が、明らかに重そうな木箱を1人で抱え始めている。

 

 

「あの、それは重いので私が運びますから……」

「いえ、大丈夫です。お気遣いありがとうございます!」

 

 

心配するバレッタを他所に、マリーは木箱を抱え上げると、ひょいひょいと軽快な足取りで進んでいく。そのままい荷馬車へと到着し、高低差などものともせずに積み込んでゆく。

 

明らかに、少女の膂力ではない、とバレッタは思い……そして、その答えは直ぐに帰ってきた。

 

 

「あはは……、実はマリーさんは俺や和樹さんの料理担当もしてくれててね。その過程、味見をしちゃって、日本食を食べちゃってたから」

「そ、そうですか」

 

 

あまり、この力を広めたくない……と思うバレッタ。そう思うのは仕方がない。自分の武力としての絶対的な有利性(アドヴァンテージ)は、あの力によるから。でも、依存する事なく、技術を磨いてはいる……が、生粋の兵士、歴戦の猛者たちの域に到達したとは言えない。シルベストリアに稽古をつけて貰っているが、彼女にはまだまだ到底かなわないのだから。

 

技能もあり、力も持った人が、一良の敵に回ったら……と考えただけでも恐ろしいのだ。

勿論、一良・和樹がそんな事はさせないだろうと思うがどうしても……。

 

 

「バレッタさん。ちょっと良いですか?」

「ふぁいっっ!!?」

「ふふふ。そんなに緊張しなくても良いと思うんですけどね。もう大丈夫でしょう?」

「は、はぃ……。本当に、先ほどはお見苦しい所を……」

「いえいえ。私は気にしてませんよ。バレッタさんが来てくれて、本当に心強い。それだけですから」

 

 

一良の本心からの言葉を聞けて、バレッタは心底嬉しかった。もしも、1人だったら跳びはねて跳びはねて、身体全体で喜びを露にしていた事だろう。

天にも昇る~とはこの事だろうか。

 

だが、そんな気持ちは直ぐに引っ込む事になる。

 

 

 

「バレッタさんが来たら、後で話がしたい、って和樹さんが言ってました。……なんでも、ノワールさんから色々と情報を貰ったからその擦り合わせ~との事で。後で、俺も情報共有するつもりですが、何せやる事が多くて」

「!!」

 

 

 

ノワール、つまりオルマシオール。

かの存在からの情報と、自分の持つ情報の擦り合わせ。それを和樹がバレッタに求めている事。

 

それらは、有頂天気味だったバレッタの頭を冷静にさせるのには十分過ぎる。

 

 

「解りました」

「っ」

 

 

真剣な面持ちになったバレッタを見て、一良は一瞬息を呑んだ。

本当に一瞬で、直ぐに笑顔に戻ったから、特に気にする事は無くそのまま話を続けた。

 

 

 

 

そしてその後―――積み荷を再確認する際に、荷台に乗ったバレッタはイステリアに持ち込んだ木箱を手に取る。

 

その木箱の蓋を開けて―――中にある銀色に鈍く輝く長方形の塊を手に取った。

 

 

 

「――――鉄」

 

 

 

それは、青銅よりも強く、鋭く、軽く、安価で、世界を席巻する力を持つ次世代の金属。

オルマシオールの警告、そして和樹と懇意にしているノワールの情報。

 

和樹が自分と話をしたい、と言っている事実。

 

 

それらは、全て1つの解を示している。

 

 

 

 

【バルベールは、製鉄の技術を持ち量産している】

 

 

 

 

鉄を味方につけた文明に対し、現在のアルカディア……青銅しか持たない文明は勝てない。戦えば必ず負ける。

 

でも、唯一の例外があるとすれば、和樹の存在だ。

 

あの超常的な力は、鉄だろうと何だろうと、何なら一良の世界の最高硬度とも言われている超硬合金であったとしても歯牙にもかけないだろう。

光、即ち神を前に、ヒトの手で生み出したモノなど通じる訳がない。

それは和樹の力を目の当たりにしてから、これまでも幾度もその力を目にしてから疑った事は無い。

 

でも、それ以上に………。

 

 

 

「………私達の世界の戦争に、あの人達の手を汚させたくない…………」

 

 

 

確かに以前、自身はゲーム脳と言う言葉で、精神的負担なく攻撃を出来ると聞いた事があるが、和樹は本当は心優しい人間なのだ。和樹は勿論一良もそう。ただ、住む世界が違って、何の因果か解らないが、この世界に来てしまっただけの優しい人達なのだ。

 

そんな優しい手を、何かを生み出し、育み、慈しむあの手で、壊したり、奪ったり、殺したり……そんな事はさせたくない。

 

 

でも、バレッタは知る由もない。

 

もう、和樹はリーゼの求愛に応えると決めてから……、否、それ以上前ジルコニアを助けると宣言した時から、紛争があるならば全面的に協力すると強く決めている事に。

 

 

それが吉と出るか凶と出るか……この時は誰にも解らなかった。

 



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65話 真夜中の邂逅

 

 

バレッタの荷物は無事アイザックの屋敷からこのナルソン邸へと搬送させた。

超人的な力を有しているマリー&バレッタの力により、簡単に運搬作業は終わったのだが……、仮にも一応男な一良は、如何に侍女とは言え、女性陣だけに力仕事を全て任せきるのはどうか? と思って少しばかり無理を言って手伝った。

 

その結果、想像以上に疲れてしまって、現在バレッタの部屋として用意して貰った4階の部屋で一休み中である。

 

 

「カズラ様。給仕はいかがいたしますか?」

「あ、勝手にやるんで大丈夫ですよ。何かあったら――――ああ、後和樹さんに終わった事を伝えて貰えると助かります。4階にいるので、って事も合わせて」

「畏まりました」

 

 

エイラは、4階の部屋から出ようとした時、丁度扉の先にバレッタが居たのに気付く。

それなりに離れた位置に居たので、扉との顔面衝突~と言った惨事は無さそうだと少なからずほっ……としつつ、表情には出さずに軽く一礼。

 

 

「あ、あの……」

「はい。どうなされました? バレッタ様」

「い、いえ! なんでもありません。失礼いたしました」

 

 

正直、何でもない訳はない……と思ったエイラだったが、深追いする事はせず、ただただ一礼をもう一度して部屋から出た。

凡そは解る。慣れない環境下に来て緊張しているのだろう、と言う所だろうか。

或いは、一良関係で聞きたい事がある・一良と一緒に居られて改めて緊張しているか。

その全てか。

 

 

「(……頑張って下さい)」

 

 

エイラは心の中でバレッタを応援する様に呟いた。

想い人の為に、努力に努力を重ね、ついこの間まで村娘だった彼女がここまでやってきたのは本当に凄い事だと思っている。

それも、一良や和樹の手を借りず、己の力だけで、研鑽と努力の賜物だと。

それを成し得る事が出来たのは、きっと想いの強さなのだと。

 

自分で考えて、自分で顔を赤くさせたエイラは、そそくさとこの場から離れるのだった。

 

 

 

バレッタは、部屋の中に入り、改めて一良と目が合う。

手をひらひら~~とさせてる一良は、表情にこそ出していないが相応に疲れたのだと理解した。

いつものバリンの家、実家であればマッサージの1つや2つ、やってあげようと思うのだが……いつもと違う環境下に居る事と、先ほどのエイラの様にひょっと誰かに見られたら………と思ったら中々に恥ずかしい。

 

 

「さあバレッタさん。どうぞ座って下さい。夕食にしましょう」

「はいっ」

 

 

それでも、一良と共に有れる時間は何よりも代えがたい宝物。

バレッタは心行くまで、その時間を堪能したいと思い、彼の前まで言って席に座った。

 

 

「あ……しまった。マリーさんが屋敷に居なかったから、料理の食材がこっちのものだけになってる」

「カズラさんの食事はマリーさんが用意しているんですか?」

「そうそう。俺だけじゃなくて和樹さんの分もね。2人の専属料理人って感じ。和樹さんの場合はこっちの料理で十分賄えるそうなんですけど、だからって俺と別々にするのもおかしな話なので、合わせてお願いしてます。彼女、凄く料理が上手で助かってますよ」

 

 

マリーの仕事に対する熱量は、それこそバレッタに匹敵すると言っても良いかもしれない。

切っ掛けは間違いなく、和樹が見てくれている事だろう。一良も同じく優しいがそれでもマリーにとって、心を見透かされた様に《大丈夫》と言ってくれた事や頭を撫でてくれた事等が、心に常にある。

出来る事は限られているが、だからこそ出来る事を全身全霊で行う。と言う訳で、料理は様々なバリエーション豊かに仕上げてくれる様にまで腕を上げた。

 

 

「そうなんですか……。あ、あの、もしよろしければ私にもカズラさんの食事を、お2人の食事を作らせてもらえませんか?」

「え、良いんですか!?」

「はい。包丁は毎日使っていたくて。腕が鈍ったら困りますし」

「うわー、嬉しいな! 正直、和樹さんには嫉妬してたんですよ。和樹さんはあっという間にグリセア村にまで戻れるので、バレッタさんの料理を堪能できた、と聞いてたので。……俺は、そうはいきませんからね~~。じゃあ、後でマリーさんに言っておきますね!」

「ふふふ。はい。お願いします!」

 

 

和樹がグリセア村に滞在していた時……最近で言えば、シルベストリアやバレッタと訓練をしていた頃だろうか。

確かに、国の為、村の為、頑張ってくれている和樹の為に、料理を振舞っていた。バレッタが特に嬉しい、と感じたのは自身の料理に対して嫉妬までしてくれた事に尽きるだろう。

 

和樹も素敵で素晴らしい正しく神様の様な人だけれど、バレッタの意中の相手は目の前の一良。もう後がなく、滅亡してもおかしくないあの現状を救ってくれた一良に夢中なのだ。

 

その辺は和樹も重々解っている。と言うよりメチャクチャ応援してくれてるので、心置きなく~なのである。

そう言った面もあってか、和樹の事はとても頼りになるお兄さんの様に思えてきたりもしているのだ。

バレッタには兄弟姉妹はいない。敢えて言うなら、村の子供たちが自分とっての妹や弟なのかもしれないが、兄はいない。……少し、それにも憧れていたから。

 

 

「一応、ジルコニアさんの計らいでマリーさんは和樹さんの庇護下に入ってる~って話にもうなってますが、表向きは専属料理人兼侍女でもあるので、仕事の1つを全部バレッタさんが取っちゃったら、立場とか色々と面倒なりそうなんですよ。だから、一緒に料理、若しくは替わりばんこ、って形が最適だと思いますが」

「そうですね。解りました。私もマリーさんと相談してみます。カズラさん、楽しみにしていてくださいね」

「それはもうっ! 話を聞くたびに羨ま~~って思ってましたから。凄く期待してます」

「はいっ!」

 

 

本当に嬉しい。

全てが報われたと言っても過言ではない。

勿論、託ける訳はないし、これからも全身全霊一良の為に頑張る所存ではあるが、この瞬間、この一瞬だけでも、その甘美な夢に身を委ねたい……そう思って、目頭が熱く、目尻に涙を溜めていたバレッタだったのだが………。

 

 

「一良さーん。来ました―――………よ?」

 

 

ガチャリ、とノックを忘れて中へと入ってしまった人がいた。

無論、その人は別にノックをしなくても、誰も咎めないし、誰もしなかった事が悪いとも思わないのだが……。

 

 

「あ、和樹さん。お疲れ様です!」

「………えと、何で呼んだんですかね? 何か仕事が……?」

 

 

勿論、やってきたのは光の神(笑)事、和樹である。

朗らかに楽しそうに、泣笑い、笑顔を見せているバレッタと、同じく笑顔な一良。

2人が備え付けられているテーブルに向き合って、さあ今からディナー! と2人でしゃれこむ場面。

バレッタと目が合った。迷惑そうな~残念そうな~と言った類の表情はしてない。普通に笑顔で会釈をしてくれているが、それでも……どう見ても、どう考えても、この場に置いて自分は異物? ではないか。いや、お邪魔虫か? と思ってしまう。

 

 

「先日、ノワさんと話をして、またバレッタさんとすり合わせしたい、って言ってたじゃないですか。丁度荷物搬入も一段落着いたので、エイラさんに呼んでもらったんで――――」

 

 

と、一良が言っているが、和樹はメチャクチャジト目だ。

 

 

「一良さん」

「は、はい!?」

 

 

笑っていた一良だったが、ジト目な和樹を見て思わず背筋を伸ばした。

そして、和樹はその目のままで、ハッキリと告げる。

 

 

「空気読んでくださいよ!! 何でですか!? なんでこのタイミングで俺、呼ばれちゃうんですか!?」

「ええええ!!?」

「どー考えても、2人きりの蜜月じゃないですか! オレ、そんな中に突入とかデリカシーがヤバいじゃないですかっ! もうっっ」

「ッ……あ、いや、その………(……た、確かに。ちょっと考えが足らなかった……)」

 

 

一良は一良で、当然バレッタに敢えて嬉しいし、ごはんもとても楽しみだ。

でも、一良の嬉しいとバレッタの嬉しいは、まだまだその種類が違う。

和樹がリーゼの想いを汲むようになったので、一良もそれなりにバレッタの事を考えている様な気がしたのだが……、やはりまだまだな様だ。

 

 

確か……以前は夜中にバリンの家に帰って、抱き合ってる? 2人を見た気がする……。

こう言うお邪魔虫キャラは嫌だ、とあの時同様に和樹はくるりと踵を返した。

 

 

「と言う訳で、お2人でどうぞごゆっくりです~~~」

 

 

そそそそ……と、帰ろうとした和樹だったが。

 

 

「カズキさんっ!? まって、待ってください! 私は大丈夫ですのでっっ!! カズキさんともお話したいですからっっ!!」

「ぅぅ…………でも」

 

 

 

バレッタに気を遣わせてしまう事になってしまった。

待って、と言われてるのに、さっさと出ていく事も中々難しい。

光になって即退散! も出来なくはないが、この時間帯は屋敷内でも人が多い。和樹の本当の正体を知らない者も一定数いるので、バレる訳にはいかない。

仕方ないので、踵を返していた身体を元に戻して一良の方へ。

 

 

「……ほんと、頼みますよ?」

「………は、反省します」

「ほ、本当に大丈夫ですから!」

 

 

その後も暫くの間、叱る和樹と項垂れる一良、そしてそんな2人をバレッタがフォローに回ると言うおかしな時間が流れるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ある程度言った後はもう取り合えず忘れる事にして、話題を変える。

 

 

「今日のメニューは日本食入ってないんですよね? オレ、前に貰った蜜柑の缶詰、今持ってますよ?」

「わ、凄くありがたい! 流石に食べずに日本食~は、これ作ってくれた人に申し訳ないし、間違いなく腹持ち良いし!」

「それなら、私からはこちらを。家にあった桃缶です。30個くらいはありますので」

 

 

蜜柑と桃の缶詰。バレッタが好みなのは桃。因みに、一良と間接キスをした事が有ったので……それも加わって世界で一番好きな食べ物候補になっているのだ。―――と言うのはバレッタだけの秘密である。

 

 

「あはははは。バレッタさんは本当に桃缶好きですよね。そう言えば、空き缶とか大丈夫ですか? 溜まってたら日本に持って帰りますけど」

「それは大丈夫ですよ。裏の空き家に纏めて置いてあります。使い道も色々と会って便利なので」

「成る程成る程……、こっちにとってはただのゴミだったとしても、バレッタさんの手に掛かればなんにでも化けそうだよね」

「えへへへ」

 

 

因みに、桃の缶詰を何に使うのかは追及していない。

一良も特に気にする様子も無いので、和樹から何かを言うつもりも無いのだ。バレッタの口から伝えられるのが一番だと思っているから。

 

 

 

 

 

 

その後、食事も終えて時間を忘れて談笑を楽しんだ。

色々な話をして、話題はグリセア村の事になった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「和樹さんに色々聞いてますけど、バレッタさんの方から見てどうです? 村の人と駐屯部隊の人たちは上手くやってますか?」

「はい、皆さん凄く良い人たちなので、直ぐに打ち解けて仲良くしてくれてます。最近じゃ、村の外で畑も作り始めてて、水路の脇が豆畑になってるんですよ」

「おぉ……、それは知らなかった。畑の規模も着々と広がって言ってるんですね。……でも、楽しそうにしている姿は目に浮かびます」

 

 

駐屯部隊の近衛兵たちは皆が現役———ではあるが、もう全盛期は過ぎた50歳代で構成されている。いわば予備役だ。戦争が起きた時は己が命を振るい戦う所存ではあるし、その心構えも勿論あるのはある……が、それでものどかな村に来て、子供たちが燥いで、田畑の仕事をして、程よく身体を動かせて楽しんでいるのを和樹は何度も目撃している。(豆畑は知らなかったが)

 

 

「シルベストリアさんは元気ですか?」

「それはもちろん! ここに来る直前まで、稽古をつけてくださいました。離れる時もとても悲しんでくださって、それでも背を押してくださって、本当に素敵な方です」

「確かアイザックさんの従姉妹でしたね。人柄優先で頼んだ結果、最高の評価を得られるなんて、嬉しい限りです。後でアイザックさんにも伝えておかないと……」

 

 

シルベストリアを選出したのはアイザックだ。

村を護る為に腕が立ち、尚且つ人柄も考慮する。寧ろ後者が重要だ。

村にはまだまだ子供たちは多いし、甘えたい盛り。一良と違い、何度も足を運んでる和樹でさえ、グリセア村から出る時は本当に悲しそうな顔をするから。

子供たちに囲まれて、村人の皆とも自然と談笑し、それでいて村を守ってくれる。

物凄く厳しい選出だと思っていたのだが……。

 

 

「俺からも最高点ですよ。シルベストリアさん、やってきてから直ぐ村の皆と打ち解けて、今じゃ『シア姉ちゃん!』って親しまれてますから。……それに、()って面でもしっかりしてて頼もしいです」

「おおお、和樹さんからも加点を! こりゃ、臨時ボーナスが出ても―――って、しつけ?」

 

 

少々気になるワードが出たので、一良は和樹に聞き直した。

シルベストリアの人柄はアイザックから色々と聞いている。

バレッタや和樹が言う様に、皆に優しく親しまれて、それでいて躾まで……。

 

でも、色々とアイザックから聞いている事もあるので、少々気になった。

そう、ぼこぼこ(・・・・)にした……と。

 

 

「あ~~。うん。アレは仕方ないですよ。ちょっと、バレッタさんとシルベストリアさんの2人と訓練して終わった時、何やらこっそりシルベストリアさんの天幕に忍び込んでた子達がいたんで………、そこで遊んでたんです」

「ああ~~、まぁ子供なら忍び込んでって言うのも仕方な――――」

「それも剣を使って」

「――――くないね。刃物は駄目」

 

 

結果、烈火の如く りつけるシルベストリア。

まさに鬼軍曹……いや、子供たちにとっては鬼教師の誕生である。

 

大きな声を出すでもなく、手を挙げる訳でもなく……ただ、表情が消えた? いやいや、黒いオーラが出てる?? 感じな表情で、子供たちをぐい、っと持ち上げると至近距離からじぃぃぃぃっと見て。

 

 

【勝手に入ってきて、剣は凄く危ない物なのに、それ使って遊んでたのは君か? ん??】

 

 

と。

とてつもない剣幕だった。

遊んでいた張本人は、漏れなく速攻で失禁。

場に居た子供たちも同罪だったので、皆身体中が震えあがった。

普段優しいお姉さんなんだけど、怒らせるのは駄目!! と子供たちの間で暗黙の了解が生まれたのは言うまでもない。

 

 

……でも、誰一人、意味なくシルベストリアを怖がったりする子はいなかった。

本気で、自分達の為に怒ってくれている。親の様に怒ってくれている、と言うのが伝わったから。

 

 

「あはは……、剣を振るう事自体は、あの子達でも十分出来るくらいの力があるので、余計に危なくならない様に、シルベストリア様の方でしっかりと叱って下さいまして……」

「確か子供が剣振るった時に彼女の前髪に触れた~って言ってたよね? 刃が目の前を通ったらって考えるだけでもゾっとするのに、シルベストリアさんは瞬きすらせず、速攻で説教に入ったから、やっぱり肝が違うって言うかなんて言うか~」

「……壮絶だったんですねぇ……」

 

 

訓練を受けた方が良いのでは? とちょこっと思ったりしなかったりする一良だったが、何だか意欲がそがれた気分になったのは何故だろう?

優しそうな人に教えて貰えれば~と思っていたのに、優しそうな……実際、優しいジルコニアは、鬼の様に強く恐れられているし、シルベストリアも聞く感じじゃ、とんでもなく怖い事は容易に想像がつく。

 

だから、仕方ない。そう、仕方ないのだ。

 

 

「はい! ですから、私はこれからもしっかりと訓練を重ねて、シルベストリア様に近付ける様に頑張りますよ! それで、カズラさんの事、守ってあげますね!」

「お、おぉう……ありがたい……のですが、立場が普通逆って言うか……やっぱり情けないですねぇ」

「そ、そんな事ないですよ! 私は、私達はカズラさんに守って貰えたから今があるんですっ!」

「ですです。そこはバレッタさんに激しく同意! オレがこっちに来るのはもう持ち直した時だったでしょ? ……話にしか聞いてませんが、あの場であの村を助ける事が出来る人って、一良さんしかいないですよ」

「あはははは。ありがとうございます」

 

 

バレッタと和樹の2人にフォローをして貰った。

確かに適材適所、自分の出来る事を全力でするだけ~と言い聞かせてる部分はあったが、それでもやっぱり男だから、ちょっぴり情けない気分になってしまうのは最早仕方がない。

本心から言ってるのではなく、ちょっぴり。

 

だって、こうやって2人はただ言い繕ってるだけでなく、着飾ってる訳でもなく、本心からそう思ってくれる、言ってくれていると解るから。

 

……それと、やっぱり和樹はピカピカな力、バレッタ達は日本食からのパワーアップの恩恵があるので、ある意味割り切れてる、とも言える。

自分にはそう言う能力も体質も無いから仕方がない、と。その代わりの40億円なのだ。

 

 

「それと確かバレッタさんは医術も学んだそうですよね? 何を学んだんです?」

「基本的には本の丸暗記ですけど、山で捕まえた動物を使って解剖や手術もしてみました。流石に人間では試した事が無いので、今度街のお医者さんに習いに行かないと、ですね」

「か、解剖に手術……おおお、想像以上に凄いワードが飛んできた……」

「同じく……、それ初耳です……」

「ふふふ。ビックリさせたくて、実は村に来てたカズキさんにも内緒だったんですよ」

 

 

まごうことなき天才。超天才だ。

簡単に言っている様だが、医学が、医術が、手術や解剖が……そんなサラッと出来る訳がない。テキトーにやってる訳じゃないのも、バレッタの人なりを見てたら解る。聞きかじった知識だけでなく動物を使った実践もしてると言う。

 

何度でも言おう。まごうことなき、天才である。

 

 

「凄く大変でしたが、何とか形になってきてますね。最初は止血用の道具、鉗子(かんし)とか全然足らなくて、あの子達には悪い事しちゃったな……って」

「医学の発展って、日本でも様々な犠牲の元で成り立ってる、って言うからね。命をぞんざいにする訳ないバレッタさんなら大丈夫。しっかり供養してると思うし、後々の人たちも助ける事になるから、胸を張っていれば良いと思うよ」

「うんうん。それは当然同感~~なんだけど、生きたまま手術とかしたって言うなら、動物たちは大丈夫だったの? 暴れたりしなかった?」

 

 

バレッタは2人に対して頭を下げた後、一良の質問に答える。

 

 

「あ、それは大丈夫でしたよ。麻酔を使ったので」

「……おぉう、今度は麻酔が出ましたよ。麻酔」

「もう驚かないぞー! って思ってたのに。ホントに麻酔使ったの?」

「はい。そうですよ」

 

 

どうやら本当らしい。

バレッタが言うのだから当然だ! と思っちゃってる。

 

 

「精油のカモミールの現役をしみ込ませた布を、たっぷりと嗅がせて、手術に使った部屋にはラベンダーを焚いておいたんです。半ば意識を混濁させる事が出来たみたいで、殆ど暴れたりはしなかったですよ。私も、リラックスして執刀ができたので、とても助かりました」

 

 

確かに、カモミールには鎮静・鎮痛作用があるので、バレッタの言う様な効力がある――――とは思うが、当然、現代日本で、純日本人にそれは通用しない。痛みの許容が速攻で超えて大絶叫だ。

 

 

「日本製フルコンボ! 効力頼りになっちゃうけど凄い! ……ですけど、それ私には効かなそうですね……」

「勿論、こちらも」

「いやいや、和樹さんはそもそも刃が通らないから、ケガとかしようがないんじゃないです?」

 

 

刃を入れようとしても、光な身体は透き通るだけだろう。と、軽くツッコミを入れた後、バレッタがニコリと笑いながら続ける。

 

 

「カズキさんは確かに難しいですね。効力を確かめるにしても、どうにか身体に刃を入れて視ないと……。カズラさんの場合は、タオルでも噛んで我慢してもらう事になりそうです」

「実験で、身体にメス入れるのは嫌だな~」

「………タオルで我慢……それ、痛みでショック死するヤツです」

 

 

物理攻撃無効になって久しい。

本当な意味での痛覚も無くなって久しい。

ある意味、バレッタの言う様な実験に興味がない訳でもないが……口に出してする事を聞いてみると、やっぱり嫌だ。

 

一良も当然、色々と想像してみたら、思わず見悶えた。

残虐な映画のワンシーンになる事間違いなしだと思ったから。

 

 

 

 

 

更に更に時間は経過し―――もう時間的には深夜帯。

 

 

 

「あ! 楽し過ぎて忘れる所でした。和樹さんが以前言ってたノワさんとバレッタさんの情報の擦り合わせについて~はどうです? 今しておきます??」

「ッ―――――!!」

「ん」

 

 

 

でも、就寝を忘れて話は弾む―――のだが、少々この話題に関しては話が違った。

バレッタの様子があからさまに変わったのだ。それに気付いたのは和樹だけだろう。一良は、和樹の方を見ていたから、バレッタの変化に気付けなかった様だ。

 

 

だからこそ、和樹は――――。

 

 

「以前、一良さんにはバレッタさんと会ったら~って話ましたけど、やっぱりノワも交えての方が良いかな? って思ったんですよね」

「ノワールさんも一緒で?」

「はい。……まぁ、あの悪戯っ娘がこっちに来るってなったら、周囲を眠らせないと難しいらしいんで、中々にタイミングが難しいですが、また聞きよりそっちの方が良い。……バレッタさんの様に記憶力抜群! ってわけじゃないので……。ノワも俺の方から言えばきっと会いに来ると思います」

 

 

苦笑いをしながら頭を掻く和樹。

そんな和樹を見たバレッタは、意図を察したのか。

 

 

「わ、私はそんな大した事をしてませんよ!?」

「えっと、百科事典のページ数とその内容を全部覚えてるんですよね?」

「………はい。でも、写真と同じなんですよ? 見たものを写真に撮っておいて、頭の中に置いておく―――みたいな感じです!」

「……そんな不可能な事を力説されましても、それバレッタさんしかできませんから。ええ、絶対に」

「そ、そうですか……? そうなの、かなぁ……」

 

 

上手く話題をすり替える事が出来て取り合えずほっとする。

 

話すタイミングを、本人もうかがっているのだろう。……そして、一良にそれを話しても良いか否かも。

 

 

「そ、それより! カズラさんの方は何か変わった事はありませんでしたか? 私、なんでも力になりたいんですっ」

「うぅ~~ん……そうですね。あ、1つ。いや2つかな? 相談したい事がありまして。いすてリアに掘ってる井戸の事で――――」

 

 

 

 

 

 

その後も、バレッタに質問・相談する事で天才の知識量を遺憾なく発揮させてもらってあっという間に解決策まで出してくれた。

井戸に対しても、地中にコップを入れて水滴があるかどうかで確認をする、と言う思いもしなかった提案をされて、光明が見えた。掘った穴をそのままにするわけにはいかず、かと言って埋めてしまうのももうちょっとで水源があるかも? と思えば躊躇ってしまう。

 

当の本人は、聞きかじっただけの知識~と謙遜していたが、間違いなくバレッタのおかげで最適な対応をする事が出来るので、終始2人は脱帽だったのである。

 

 

 

そして、驚いたのはその直ぐ後だ。

 

 

「こんばんは! カズキ様っ! 皆さまっ!」

「うわっっっ!!??」

 

 

音もなく、扉を開いた気配も微塵も無かった筈———なのに、いつの間にか部屋の中に入ってきていた黒い影。

 

 

「ええええ!?」

「………ぁ、ぁあ、だ、だれ……っ!?」

 

 

一良は呆気にとられ、バレッタは、いつの間にか異様に重たくなってしまっている身体をどうにか起こして臨戦態勢に入る。

 

一良を護る! と豪語したその宣言を証明する為に。確かに驚いた。物凄く驚いた。和樹さえ気付かないと言うのに、突然現れた事に。

 

 

「すみません、すみません。驚かせるつもりは無かったんです。前回、カズキ様が戻ってきた時に会えなかったのが残念で仕様が無かったのですが……、今回、私の事を呼んでくれた様なので、嬉しくて駆けつけてきちゃいました!」

「…………背後に突然現れて、突然声をかけてきて、驚かせるつもりはない! は、もう無理だよノワ(・・)。つーか、このやり取りもう何回すんのよ!」

「えへへ~……すみません、カズキ様っ。会えるのが本当に嬉しくて―――。リーゼって娘の事だけじゃなくて、私の事も構ってほしくて……」

「もう。少なくとも俺以外の他の人には加減してあげてよ? 下手したら即倒モノだよ。間違いなく」

 

 

和樹は驚きの声を上げていた……が、比較的直ぐに平常に戻っていた。

もう何回もやられているこれに、今回反応が遅れてしまったのはいつもは森の中での事なのに、まさかイステールに、この屋敷の中にまでやってくるとは思いもしなかったからだ。

 

 

そして、一良とバレッタにとっては何気に初の邂逅でもあったりする。

 

 

 

 

「改めまして、私はノワール。カズキ様より命名して頂きましたウリボウです!」

 

 

 

 

 



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66話 バレッタとリーゼ

 

 

「バルベールは手あたり次第に木々を切り開いていますよ。……乾いて餓える可能性を全く考慮していない様です。自然を蔑ろにした罪は何れ己が身に降りかかるでしょう」

 

先ほどまで、和樹に尻尾を振ってる様に、抱き着く寸前まで言っていたノワールとは思えない程の凛とした佇まい、まさに神格者と言うべき堂々とした仕草に、多少なりとも混乱しそうになるが……、それは一先ず置いておく。

 

 

「それって、製鉄(・・)……」

「!!」

 

 

一良も、バルベールの所作を聞いて思う所があった様だ。

当然だろう。バレッタ程ではないにしても、日本の知識と技術、能力をこの世界に持ってきたのは一良なのだから。

いつの日にか、青銅から鉄へ———と考えていたとしても何ら不思議ではない。

 

だが、バレッタはどうしても複雑で、どうしても一線を越えさせたくない……と言う想いしか無かった。

ただ、それを口に出す事は出来ない。

目の前に、夢で現れたウリボウの……人の姿に変化したウリボウ・ノワールを前にすれば、如何に一良が来た事で、信仰心より一良、と言う心に従ってきたバレッタとはいえ、不敬を働くなんて事は出来そうに無い。

 

一良に直接戦争に関与する様に厳命……までしてくれば流石に己が身を賭して、一良を庇う所存ではあるが、ノワールの感じだとそうは見えない。

 

 

「彼と向こうに紛れ込ませてるアルカディア(ウチ)ウリボウ()達の調査ですから、間違いはないかと」

「その理由が、製鉄を目論むものだとしたら……、もう猶予はありませんね。私もはらを括りました」

 

 

一良はゆっくりと頷くと、和樹の方を見る。

 

 

「漸く、俺も和樹さんの域にまで行けた気がするよ。バルベールが、……敵が強力な武器を持とうとしているのを察してから、なんて少々情けない気もするけどね」

「いやいや。……比べるのが俺である事がそもそもの間違いですって」

 

 

大きな力を持てば、人は使用したくなる、他者を蹂躙し奪い、欲望のままに……など歴史上何度もあった事だ。

現代日本、地球も現代になって漸く分別と言うモノが解る様になったとは言っても、ほんの少し前までは蛮族と変わらない事だってしてきているのだから。

 

その域にまで行くには……、この中世を思わせる世界ではまだ時間が足りなさすぎる。

武力には武力をもって対抗しなければならない。

己の領地、己の家族、己の命を賭けて。

 

 

「お二方は……」

 

 

そんな時だ。

漸く、バレッタは口を動かす事が出来た。

少し、ほんの少し離れていただけだ、と周りから言われた。直ぐに会えると和樹にも言われた。でも、それでもバレッタには長く、長く感じた。一良と会えない時間が長く。

 

あの優しい彼が、無償で助けてくれた人が……平和な世界で暮らしていた彼が、この世界の戦争に、争いごとにその身を投げ出そうとしている姿を見て、口に出さずにはいられなかったんだ。

因みに、お二方(・・・)、とバレッタは言っている様だが、殆ど一良の事だけだろう。

 

 

「軍事協力をする事に不安は感じないんですか? その……技術や道具、力。それを与える事によって、人の命を—————」

 

 

その先は中々口に出しては言えない。

でも、言わずにはいられない。

 

 

 

「たくさん、たくさんの人を殺す事になるのかもしれないんですよ……?」

 

 

 

何処までも表情が暗いバレッタ。

 

その姿を見て、一良だって察する。

ノワールが知れた事をバレッタが知らなかった、と言うのは中々考えにくい。夢でウリボウに出会ったと言う話もあるし。………でも、それでも自分達に何も言わなかったのは、そう言う事(・・・・・)なのだ。

 

そして、一良よりも先に和樹が手を挙げた。

 

 

「以前、俺はゲーム脳だって、バレッタさんにも言いましたよね? 数多の世界で沢山戦ってきましたし、何なら人だってこの手にかけた事だってあるって。例え虚構の世界、作り物の世界だとしても、目や手、耳、自分の五感で感じるそれは現実と殆ど変わらない精度のものでした。そう言う意味では覚悟はとっくに出来ている、と言えます」

「………ッ」

 

 

その話は和樹から以前聞いた事があった。

でも、嘘を言っているとは思っていなくとも、いつも明るく優しく、村の子供たちにも人気で、音楽を一緒に奏でて、歌って……光と言う力を用いて、平和の象徴そのもの。それがバレッタが持つ和樹の印象だった。

 

だから、どうしても………。

 

 

「って言うのは建前です。いや、建前とは少し違いますね。以前まではそんなつもりでしたが、今は違いますよ」

「え?」

 

 

ゆっくりと、和樹はバレッタを、そしてその横に居るノワールの方も見て、告げる。

 

 

「この世界、この国で護りたい人が出来たから。こんな俺を大好きだって、愛してるんだってまで言ってくれた人が出来た。……膝を抱えて絶望に涙して、……助けてと手を伸ばす人だっていた。護りたいモノが出来たなら、人は戦えると思ってます。………勿論、こんな凄い力(ピカピカの能力)を持ってなくたって、戦えた~~~って思いたいですね」

「ぁ……」

 

 

和樹の本心。

それが心からの言葉である、とバレッタは直ぐに解った。

愛する人がいるなら、人は戦える。奪う為に戦うんじゃない。護る為に、この国で生き残る権利を賭けて戦うのだから。

 

 

「俺も和樹さんと同じ意見、かな。後だしはちょっぴり格好つかないけど」

 

 

一良も少しだけ口端を緩めてそうバレッタに告げる。

でも、目は真剣そのものだ。何なら怖い、とさえ思える程に覚悟が、腹が決まっている男のものだ。

 

 

「俺は和樹さんと違って、経験自体は浅い。……精々、戦争映画を見た程度。精々、実写に近いGCの戦争ゲームをした程度です。だから、自分のせいで大勢の人が死ぬなんて、そんな姿なんて見たくないですよ? ……でもね」

 

 

いつの間にか、緩んでいた口端も真っ直ぐになり、一切笑みを向けないままバレッタに告げた。

 

 

「親しい人達の命がかかわってくるとなったら話は別ですから。……更に正直に言えば、バレッタさん1人の命と何十万、何百万というバルベールの人々の命。どっちをとるか、と問われたら、迷わず前者をとります。会った事もない彼らが……更に言えば、攻め込んできている様な彼らが死のうがどうなろうが、知った事じゃありません。……攻めてこなければ、欲を肥大化させ、欲しなければ、死ななかった。自業自得だと鼻で笑ってやれます」

「――――」

 

 

 

2人の答えを聞いたバレッタは、息をするのも忘れている。

ただ、額に、頬に流れる汗は止める事が出来ない様だ。

 

 

「人でなし、ですかね。私は」

「極々自然だ、って言いたいです。人として間違えてる、って思いたくないですよ」

「……私も、私も同じです。きっと、一良さんが人でなしなら……私はそれ以下で……」

 

 

頭を下げて沈みに沈むバレッタの肩にそっと手を置くのはノワールだ。

 

 

「そこまでの悲観をする様な事では無い、って私は思ってますよ。向こう側に言ってる彼らを使えば、最小限の行動の把握は出来ます」

「ん。ノワと俺のホットラインが繋がっていれば、仮に奇襲で攻め込んできたとしても追い払う事は出来そうだしね? 何なら戦意喪失までやれるかも? だし」

 

 

指先に光を集める和樹。

井戸作り、氷室作りでピカピカ能力を建設業の一環として使ってきた和樹だが、攻撃面で考えたら、核兵器より性質の悪い存在だと思ってる。

バルベールの信仰はよく解ってないが、神が降臨し、手を下したともなれば、全土に浸透するのには時間がかかるかもしれないが、それでも休戦協定じゃなく停戦、戦争の終わりにまで持っていけるかもしれない。

 

 

自分の手で平和な世界を……子供たちやリーゼ、それにジルコニアにだって見せてあげられるのなら、この世界に来てこれ以上無いくらいの役割だと思っている。

 

 

ただ、懸念事項はどうしてもあるが……。

 

 

「それで、カズキ様」

「うん? まだ何かあった?」

 

 

ノワ―ルが背筋をピンっと伸ばしつつ、真剣な面持ちで和樹を見据えた。

まだ重要事項が残っているのか、と和樹は勿論、一良、そして少しだけ精神面に揺らぎがあったバレッタも話を聞こう、集中しよう、と。

 

そんな緊張感に包まれていたのだが……。

 

 

「カズキ様の護りたい()の中に、私は入っていますよねっ!??」

 

 

ずるっ

どてっ

 

コテコテでベタなリアクションをしそうになったとか、ならなかったとか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「うぅ……ヒドイですよ。扱いが雑になってる気がしますよぅ……」

「そんな事無いでしょ? あ~~、でも悪戯っ娘なノワには良い薬だったりするかも?」

「あぅ」

 

 

リーゼの名を出して、ジルコニアの名も出して、この国の人たち(・・・)と言ってて……ウリボウの彼女がカウントされているか否か、明確にハッキリ言わず、悪戯っ子の様に笑う和樹に、ヨヨヨ~~とすり寄るノワール。

和樹も何処か楽しそうにしているので、揶揄ってるだけだと思われるが。

 

 

「取り合えず、ノワはこれまで同様。……グリセア村の皆を宜しくね。何かあったら直ぐに連絡して」

「わかりましたぁ……」

「ノワだって、この世界の一部(・・・・・・・)でしょ? ……自信、持ったって良いと思うけど」

「っ! はいっっ!」

 

 

ぼそっ、と最後に呟く和樹の一言を聞いて、先ほどまでの悲しそうな顔が嘘の様に、顔をぱぁっ、と明るくさせ、花開く様な笑顔で、視えてないが尻尾振ってるかの様に、和樹にまたすり寄った。

 

 

「ノワさんも、最初に和樹さんの事襲わなかったら、こうはならなかったかもしれないよなぁ~」

「うっ……」

「あ、話には聞きました。……なんでも、カズキさんが自分の力を自覚した瞬間でもあったとか。沢山のウリボウに囲まれてしまったら、今の私でも命を諦めてしまうかもしれません……」

「はぅっ………」

 

 

厳密には、ノワールが襲った訳ではなく、光に当てられたのか、或いは得体のしれない正体不明のナニカに野性的な勘で恐れをなしてしまったのか、統率が一切取れずに各々が狂乱した様に暴れてしまったのだ。

頑張って止めようとしたが……ノワールは勿論、オルマシオールも止めるに至らず、己の首で詫びようとしたのだ。

 

もう結構前の話になるな、と何処か懐かしそうにしていると……。

 

 

「ごめんなさぁぁぁぁい……、捨てないでぇぇぇぇぇ」

「コラコラコラコラ! 前も、ってか何度も言ったでしょーが。もう、その件で気にするのはダメだって。……ここにハクいなくて良かった……」

 

 

ウリボウの内の1頭であるハクが、もしもノワールの様な事になってしまったら、きゅんきゅんきゅん、と盛大に泣いて鳴いて啼いて大変になるのが目に見えているから。

 

 

取り合えず、ノワールを落ち着かせた後、一頻り皆で笑い合った後、一良がポツリと呟いた。

その後、和樹も続けて。

 

 

「できれば、戦争なんかしたくないですよね。製鉄技術の導入は急ピッチで進める予定ですが」

「備えあれば患いなし。決して戦う為じゃなく、護る為に。後悔しない様に、頑張りましょう」

 

 

その言葉に誰もが頷いた。

奪い合うのではなく、分け合えば余る。

そんな精神を、国のトップが持っていてくれたら悲劇は起きなかったかもしれない。でも、相手が拳を、剣を振るっている以上、防衛として備えなければならないから。

 

 

 

 

 

 

その後は、バレッタと共に製鉄導入についての意見を~と言う話の流れに持って行ったのだが……、ここでも驚く事に、彼女はもう作ってしまっていた。

 

 

「え? レン炉じゃなくて高炉を?」

「………あ、あははは。それは知らなった……」

 

 

村に何度か行き来している和樹でさえ知らなかった製鉄様のエリア。

バレッタは少し照れた笑いを浮かべながら続けた。

 

 

「えっと。実はアイザックさんに材料を用意して貰って、自分で沢山作っちゃったんです。けっこう高品質のものができましたよ」

 

 

てへっ、と笑うバレッタ。非常に可愛らしい事極まれり~~なのだが……。

 

やっぱり天才。

物凄く天才。

 

間違いなく、歴史に名を刻むであろう人物と邂逅している……と、改めて一良は勿論、和樹もゾクッッ、と背筋に冷たいものを覚えるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ノワールさんとバレッタさんの証言から考えても、確実に鉄を作ってるなぁ」

 

 

一良は、1人パソコン画面を食い入る様に見据えた。

その中には、バルベールで三年前に御子会われた軍制改革についての資料、蛮族との和平についての資料が映し出されている。

結果、失業率は低下して治安も改善、市民の支持率も向上、更に目玉なのが蛮族との和平の繋がり。大規模な戦闘も少なくなっている。

自国が安定しているのなら、そのまま外に出てこないで欲しい……と思わずにはいられない。

バルベールの木材生産量の急激増加の欄を見たら、なお思う。

 

あまりにも周囲の木々を切り倒している為、自然の精霊と言っても過言ではないウリボウらが、オルマシオールやノワールが気付いた。

バルベールに崇める神の中には、オルマシオール達の様な喋るタイプの獣はいないのか、と思いたくもなる。

 

 

「休戦したのが4年前、軍制改革が3年前。……そこから徐々に増えてここ1年で一気に増加って事か。……4年前は戦時中に錫が枯渇したから、その代用品に鉄を発明、でも実用化は難しかったから一時停戦、ここ数年で何とか漕ぎつけて軍制改革に踏み切った———筋は通るかな」

 

 

資料の中に、大規模な錫鉱脈が発見されたと思われる、と言うメモ書きがある。ノワールたちの進言が無ければ解らなかったかもしれない。

 

でも、その可能性は一良は考えていた。あまり不安視させること無いから、と言う理由と和樹自身が胸を叩いて任せろ! と言ってくれていたので、何も告げる事は無かったのだが……。

 

 

「いかんいかん。和樹さんばかりを頼り過ぎて、いざって時に何もできませんでした、じゃ話にならない。……鉄器相手に青銅装備じゃ粉砕される事が目に見えている。……うーーーーん。ある程度、予習したり、色々と作戦を頭の中で考えて入れておこうと思ったんだけど、俺はやっぱり素人過ぎる~~~!!」

 

 

一良は頭を抱える。

これならもっと勉強しておくべきだった、と頭を抱える。

正直に言えば仕方ないの一言で済ませたい。

周囲の人間があまりにも凄いヒトが集まり過ぎてて、自分が霞んでしまう~と思ってしまうから。一良も一良で、無限と言いたいくらいの資金源、この時代じゃ、超が5つくらいはつきそうなオーバーテクノロジー《日本製》があるから、別にそこまで卑下にする事は無いのだが、こればかりは本人の問題、ひいてはプライドの問題なのだ。

 

胡坐をかくくらいなら、己惚れるくらいなら丁度良い、とも本人は考えているので、解らないから任せる! と投げ出したりは決してせず、自分の最善を今日も頭を抱えながらもどうにか模索し続けるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その日の夜———。

 

 

 

 

バレッタは剣を手に、和樹の元……夜の訓練を行っていると言われている中庭の方へと足を運ぼうとしていた。

 

毎日が鍛錬の積み重ね。今日くらいは休んだら? と言われたのだが、一良を護ると決めている以上、一日一日、その一瞬でも惜しいくらいだ。

それに、和樹直々に、あの光の剣技で稽古をつけてくれると言うのなら、これ以上無い。和樹が届かない部分は、自分が補って見せるとさえ思っているから。

 

 

「「あっ」」

 

 

そんな時だ。

バレッタとリーゼの2人がバッタリ出会ったのは。

 

 

「こんばんは。バレッタさん」

「は、はい! こんばんは————でございますっ!!」

「ふふっ、ございます、ってなんだか可笑しいですよ?」

 

 

ガチガチに緊張しているバレッタと余裕があるリーゼ。

でも、リーゼはバレッタの持つ木剣を見て少しだけ視線を細めた。

 

 

「ひょっとして……剣の訓練ですか? カズキが行ってる」

「は、はい! 今日は空き時間がかなりあるから、と言って下さいまして!!」

「……ふーん」

 

 

自分と2人きりに慣れる時間……と言う訳ではないが、今日は人が少ないのはリーゼも知ってるし、そう言う夜で2人きりになって~~と画策していたのに……。と少々憤りを覚えるが、和樹自身にそれを伝えてる訳じゃないし、約束した訳でもない。

それでぶつけるのはあまりに理不尽だ、と何とか表情には出さずに笑顔を出した。

 

 

「あ、ではこれはどうでしょう? 私も最近では夜の訓練も行ってるんです。一緒にやりませんか?」

「え————……えええっっ!!?」

 



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67話 鉄の大鉱脈

明けましておめでとうございます!
今年もよろしくお願いします!!


「剣術歴は何年程ですか?」

「えっと、基礎を習ったのがだいたい3カ月半くらい前です。きちんと1対1で習い始めたのは1カ月半くらい前です」

「なるほど……、因みにその相手とは? シルベストリア様……ですよね?」

 

 

何やら探りを入れているのが解る。流石のバレッタも解った。

リーゼと2人きり。相手は領主の娘で方や平民農民な自分。比べたら天地程の差があるこの身分の違いに緊張やら恐怖やらで押しつぶされそうになっていたが、その辺りはハッキリと解った。

ある意味似た者同士だから。

お互いに神様(・・)と————なのだから。

 

緊張で顔を固くさせていたバレッタだったが、この時ばかりは頬を少し緩める。

和樹が自分に言ってくれた様に、一良が余所見をしないように気にかけてくれていた様に……自分もそっち方面で恩返しをしても良いのかもしれない、と思い始めた。

 

ただ、グリセア村でもニィナをはじめ、和樹はかなりの人気だから少々複雑な面もあるが、彼女らは自分と違い大人だ。ある程度割り切ったり、言い方は悪いが所謂遊んで(・・・)くれたり……と色々考えて世渡り上手で過ごしそうな気がしなくもない。

 

 

「? バレッタさん?」

「っっ、あ、そのはい! シルベストリア様から指導を賜ってます。後、時折グリセア村へ帰ってきてくれるカズキさんにも」

「そうですか。……やはり、そうですか」

 

 

リーゼは少し視線を細くさせていた……が、バレッタは慌てて両手を振って弁明に走る。

 

 

「あ、あの! カズキさんとは何もありませんから! えと、その、わ、私は………か、カズラさんが………」

 

 

和樹とは何もない。

一良と! と力いっぱい力説しようとしたのだが、自分が何を言おうとしているのか改めて自覚した途端にバレッタは顔を真っ赤にさせた。湯気が頭から出てきそうな勢いで赤くさせて、思わず俯かせる。

それを見たリーゼは、一瞬だけ目を丸くする———が、直ぐにクスクス、と口元に手を当てて朗らかに笑う。

 

 

「ふふふ。そうですか。そうですよね。カズラからバレッタさんの事は聞いてますよ。勿論、カズキからも。……お2人の事を祝福する、と。他の誰かに寄られない様に、と言ってましたね」

「あ、ぅ…………」

 

 

ぼんっ……と小さく音を立てて? 湯気を実際にだしてしまったバレッタ。

ここまでぶっちゃけたのだ。リーゼも変な勘ぐりや探りは止めてこれからの事に集中する事にした。

 

 

「すみません。話が逸れてしまいましたね。えっと、バレッタさん。今後は気が向いた時でいいですから、私の相手をしてくれませんか?」

「えっ!」

 

 

バレッタは先ほどまで俯かせていたのだが、リーゼの声を聴いて思わず驚いた。

剣の相手なら和樹が居る筈では? と思ってしまったからだ。勿論、和樹の剣術指導は、その剣術道場? は毎日大盛況で身分問わずに夜になると人が集まるで有名らしい。リーゼとの2人の時間が取れない、と言う意味なのだろうか、と少しだけ考えてしまうが……それを本人に確認する事は流石に出来ない。

 

 

「毎日、とは言いませんから。どうでしょう?」

「は、はい! 私で宜しければ!」

「そんなに硬くならないでください。気楽に、で構いませんよ。……私達は似た者同士じゃありませんか」

 

 

リーゼはそう言って笑った。

バレッタは逆に困惑気味に小首を傾げた。

 

 

「似た者同士、ですか?」

 

 

相手は貴族。大貴族だ。先ほども思ったが自分は村長の娘とはいえ、小さな村の長。身分で言えば圧倒的に下だから。

でも、似ている———と言われたら……。

 

 

「互いの想い人……愛する人は神様である。これ以上無く似た境地である——。そう思いませんか?」

「ぁ………」

 

 

そう、そこに帰結する。

紛れもなく似た者同士だ。

だからこそ、顔を赤くさせた。

 

 

「剣術以外にもバレッタさんとは沢山お話をしたいですね。楽しみです」

「あ、えと……はいっ!」

 

 

剣術の訓練が始まる前から良い関係を築けそうだ。とリーゼもバレッタもお互いがそう思い始めた。

もしも、想い人が同じだったなら……ちょっぴり力が入ってしまいそうだ。それに、リーゼなら意地悪な事を想わず言ってしまいそうな気もする。

それこそ、身分を利用して。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

リーゼが受けでバレッタが攻めで訓練は始まる。

左手を腰に当てて、盾を使わないバレッタに対し、リーゼは盾を使用したスタイル。

 

 

「あの、防具は……」

「ふふ。ありがとう。無くても平気ですよ。ちゃんと受けれます。それに、ケガなんかする訳にはいかないので、しっかりやりますよ? カズキに心配かけちゃうのは嫌なので」

「! ———では、私も同じですね。受けの時、リーゼ様に習って想う様に致します」

「ですね。本番(・・)で傷1つでもついていたら、良き思い出にならないかもしれませんから」

「?? ほんばん??」

 

 

本番の意味をいまいち理解してないバレッタはよく解ってないままに剣を構えて打ち始めた。

リーゼも、意味深に、しったげに本番~等と口にしたが……、詳しく聞かれても正直詳細をハッキリ伝える事は出来ない、と思っているのである意味バレッタが解ってなくて良かったと内心ホッとしていたりもする。

 

 

「うん。やっぱりバレッタさんもカズキから剣を習ってるんですね。攻め方が似ています。基本の中に彼のスタイルを模倣させ、自分の中で昇華させている。流石です」

「あ、いや……それ程までは。……でも、私は強くならなければならないので。カズキ様には大変感謝をしております」

「強く——ですか?」

「はい」

 

 

バレッタの握る剣に力が籠った気がした。

 

 

「私は、カズラさんを守れるくらい強くなりたいのです。……カズラさんの役に立てるように、なりたいのです」

「――――――」

 

 

一良は確かに体力も少なく、時折の誘いにも載らない専ら頭脳専門な所がある。

そこを和樹が余りある超絶な能力で補っているので、あの2人は2人揃って最強神である、とも思っていた。

だが、確かに一良単体で見てみると———バレッタの言う通りだ。守らなければならない。

 

例えば、戦争。

 

敵国(バルベール)が攻めてきたとなれば………和樹は兎も角、一良は生身だ。何があってもおかしくないから。

 

 

「バレッタさんは凄いですね。……カズラも幸せ者だと思います。こんなに想ってくれる恋人がいるんですから」

「」! え、えっと——……その、じ、実はまだ恋人、ではなくて………」

「あれ? そうなのですか? っとと、バレッタさん。会話を挟んでいたとしても、相手と対峙する時は目を見ないと駄目ですよ。部位を見て打ち込む癖もやや出てます。それは攻撃をする際に隙となりますし、相手に動きを読まれてしまいかねません」

「あっ! はい! すみません!」

 

 

一良との関係を改めて第三者に———それも同姓であるリーゼに言われて、少し乱れてしまった様だ。勿論、リーゼのせいになんかしたりはしない。

これはシルベストリアと1対1で訓練をして貰っていた時にも何度か指摘され、注意されていた悪癖だから。

一良を護る、護れる様になるためにと克服したつもりになっていたが……、これは何の言い訳も出来ない。

敵は聖人君子の類ではないのだから。

弱い所を、隙をいつでも狙ってくる様な相手なのだから。

 

 

「私は、カズキの事が好きになりました。初めてカズラとカズキの2人に合って———色々経て、カズキの事を想う様になりました。事前にそれとなくバレッタさんの事は聞いてましたので、……まぁ、カズキを狙った(・・・)。と思われて間違いないです」

 

 

もしも、和樹がおらず一良だけだったとしたら、リーゼは間違いなく一良に狙いを定め———そして、この国を救ってくれる事と、あの人柄も相合わさってきっと好きになっていただろう……と、この時バレッタはリーゼの話を聞いて連想させてしまった。心底安堵をしてしまった。

 

 

「でも、カズキは中々受け入れてくれませんでした。……当然です。彼は神様、なのですから。……光なのですから」

 

 

リーゼは、この訓練の時視線は必ず外していない。しっかりとバレッタを見据えて隙を一切出さずに、対峙し続けている。でも、雰囲気は何処か遠くを見ている様でもあった。

 

 

「私も、解ります。リーゼ様の想いが」

「ですよね? ……私は生半可な気持ちでカズキを好きになったんじゃない。心からカズキの事を、メルエム様の事を愛する様になった。彼が嫌悪し拒絶しない限りは諦めなかったんです。……それで」

 

 

次の瞬間、リーゼの目に光が宿った。そんな気がした。

徐々に剣と盾がぶつかる音の間隔が短くなっていっている中で、バレッタはハッキリとそれを見た。

 

 

「バレッタさん。―――女は、攻め有るのみ、ですよ」

 

 

リーゼはバレッタから突き出された攻撃を自らの剣で上から叩きつけた。

じん————と痺れる手に、リーゼの想いを受け取った気がした。

 

 

「……やはり、そうですよね」

「ええ。その通りです。攻めて攻めて攻めた結果———和樹は私を受け入れてくれたのですから」

 

 

汗が額を流れ、ニコッと笑顔を見せた途端にまるで空気中に散らばる。それはまるで宝石の様だった。

想いが成就した時……自分も此処まで喜ぶ事がきっと出来るだろう。リーゼの様に……。自分に足りないモノがあるとするなら、それは勇気だけだ。……その勇気が一番大変で、最凶の相手なのだが……。

 

 

「それにしても、今のよく剣を手放さなかったですね。ビックリしました」

 

 

リーゼは笑顔7割、驚き3割な顔つきになる。

同姓に、言うなら侍女のエイラ以外にここまで話した事は無かったのである程度興奮していた所が有ったのだろう。正直、バレッタの握力の強さに舌を巻いたのである。

 

 

 

『おーい!』

 

 

 

そんな時だ。

聞き覚えのある声が聞こえてきたのは。

 

 

「リーゼにバレッタさん。そろそろ、和樹式剣術道場に空きが出ましたよーー」

「あれ? カズキ。私とバレッタさんが一緒に訓練してるの知ってたの?」

「うん? ああ、エイラさんから聞いたんだ。今日の早朝訓練は珍しく人数が少なめだったしさ。早めに終わったから伝えにこようかな? って思って。………ん~2人の方が良かった、かな? コレ」

 

 

ちょっと、空気読まなかった? タイミング悪かった? と和樹はバツが悪そうな顔をしているのだが、バレッタは首を横に振った。

 

 

「とんでもないです! カズキさんに指導をして貰えるのって中々ない事なので」

「そうそう。……ふふ。バレッタさん。私の喋り方、こっちが素ですから。こっちの話し方も慣れて貰えると嬉しいです。ゆくゆくは、バレッタさんとこう言う感じでお話をしたいですから」

「!!」

 

 

和樹が来た事で先ほどまで丁寧に敬語を使っていたリーゼだったが一瞬で砕けた。それに別にバレッタは驚いてはいなかった……が、まさか自分に求められる~とは流石に思わなかったので。

 

 

「ほら。似た者同士。色々と助け合える事があるかな、と」

「ぁ……、な、なるほどです」

「ん? 似た者同士? なんのこと?」

 

 

和樹には解らない事だ。

当然だ。

でも、それでいい、それがいいんだ、とリーゼは軽く笑って舌を出す。

 

 

「カズキには内緒の女同士の秘密の話ですー。知りたいなんてデリカシー無いと思うゾ」

「いやいや、ムリに聞こうとしません、って。アンタッチャブルですやん」

 

 

わざとらしく肩をすくめてみせる和樹。

そんな2人を見てバレッタは益々笑顔になる。

 

 

 

ああ—————イステリアは安泰だ。アルカディア王国は間違いなく安泰だ。

 

 

 

2人を見て、愛する者同士を見てそう思う。

 

 

 

——早く、私もカズラさんと……。

 

 

 

そして、リーゼに言われた通り、自分も後に続くんだ、と心に強く秘めるのだった。

秘める~だから迅速に行動できる訳じゃないのは……もう仕方ない、のである。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その後、汗を水で流し朝食を取る。

今の今まで、色々と話をしていた事もあって、バレッタは正直一良と顔を合わせると顔から火が出そうな勢いで熱く赤くなってしまうのだが……当の一良はと言うと、この場に居るナルソンやジルコニア、リーゼ達。領内のトップが居るから緊張しているのだろう、と思うに留まり、自分の事で色々あったなど露とも思って無かったりする。

バレッタはヘタレ~と周りからよく言われているが、一良も一良で結構な鈍感さんなので、これは頑張らなければならないだろ、と違った意味でバレッタは力を入れた。……勇気を決める、作る猶予が増えたと思えば………と良い風に考える様にしている。

 

それもこれも、和樹が一良にはバレッタの陰あり! と皆を牽制してくれているおかげだ、と改めて感謝の念を持ったりもしていた。

 

 

そんなこんなで色々と悶々としていた所で早速始まった。

 

 

「今日から、彼女にも仕事に加わって貰おうかと。それで職人の取り纏めと機具の開発指導を中心に手伝って貰うと思ってます」

「開発指導ですか。彼女は設計が出来るのですか?」

 

 

バレッタを見やりながら問うジルコニア。彼女もバレッタの様子は緊張からくるものである、と結論しており、変な邪推はせずにただただ疑問に思った事は全て聞く様にしている。ある程度の報告は受けているが、他の誰でもない、一良・和樹の2人からの説明が何よりも重要。だから、納得するまで聞くのが良いと判断したのである。

 

 

「はい、できますよ。図面も引けますし、製材機を再設計した実績もあります」

「更に、次にグリセア村に行けばよりその凄まじさが解ると思いますよ。―――論より証拠、とはまさにあの事ですから。文句なし100点満点、120点だってあげちゃえる天才です」

 

 

2人してバレッタの事を褒める。

なので、違う意味でまた顔を赤く染め上げるバレッタは慌てて言った。

 

 

「ええっ!? そ、そんな事ないですよ! まだまだお二方には教えて貰わないといけない事ばかりですし……」

「いやいや、本当のことじゃないですか。仕事の方は無理そうだったら考えるので、とりあえずやってみて貰えませんか?」

「グリセア村をあそこまで魔改造しちゃったバレッタさんですよ。大丈夫大丈夫! 自分をもっと信じてあげてください」

「ぁぅ……、わ、わかりました」

 

 

2人からの絶大な信頼は非常に嬉しい———けども、やっぱり自信を持つ事が中々に難しい。最初の仕事と言う事もあって中々ハードルが高い。

 

でも、一良に想いを告げて、結ばれる為の行動の難しさ、勇気に比べたら何でもない! と最終的には勢いで頷いた。

 

 

「それじゃあ、職人の取り纏めって言うと私に付いて貰う事で良いのかな? その方が効率的だし」

「うん、リーゼが適任かな? 間に挟んだり別の所でやるより断然早いし」

「えっと————うん。違いないね。オレも同感。リーゼに任せたい」

「やった! 頑張るね。じゃあ、バレッタさんも一緒に頑張りましょう」

「はい!」

 

 

和やかな雰囲気のまま、続けて一良はバレッタから受け取っていた図面をテーブルに広げた。

 

 

「これがバレッタさんが考案してくれた鉱石粉砕機って言う機械です。これを職人に作って貰おうと思うんです」

「図宴……水車の様な形、ですね。読んで字の如く、鉱石を砕く為の機械ですか?」

 

 

ナルソンが興味深げに聞き、一良は頷いた。

 

 

「ええ。水車の動きに連動して、地面に設置した石の台座に槌を振り下ろす機械です。今までのように人力で鉱石を砕かなくてもよくなるので、かなり楽になるかと思います」

「後————……俺の手が入ったヤツの言い訳を考える手間も省けるかな? とも思ったりしてます」

「あははは……」

 

 

時間が推している時、他にしなければならない事が多々ある時。シレっと夜中に和樹がピカピカ能力で色々やってる事は今でもある。

その度に、アイザックやハベルにはそれとなく言い訳や台本作りを頑張って貰っているのだ。正直、騒ぎにならない様に夜中を選んで誰も居ない、確実に居ない時間帯を狙ってやってるので、作業時間こそ一瞬だが、効率はお世辞にも良いとは言えない。大々的にメルエムを大公開して、やればあっという間なのだが……流石にそれは悪手に繋がりそうなのでよっぽどの事が無い限りやらない方向である事はナルソンもジルコニアも同意している。

 

やはり、人の手で、人が出来る手段で効率よく作業を生み出すのが理想なのは間違いないから。全てを能力に頼り、頼り尽していると———きっと、何処かで手痛い事が起きてしまうモノだと解っているから。

 

 

「それで、採掘量はどうでしょう? 順調に増えてますかね?」

「はい。手押しポンプのおかげで排水が上手くいくようになったので、いくらか採掘量は増えております。思ったほど劇的には増えませんでしたが……、まぁこんなものか、といったところですな」

「―――過剰に期待していた、と言う訳でもありませんでしたし、取り合えず良好、で良いですよね?」

「無論です。採掘量自体は増えてますので。これまで不可能だった場所で獲れるようになった。この時点でも紛れもなく良好、と言えますな。それとまだ閉鎖された鉱山があります。そちらの再採掘準備も行ってますので、それらが始まればもっと採掘量は増えるかと」

 

 

手押しポンプ製作に手間がかかっているがどんどん揃ってきている。加えて和樹の処置もポイントを絞って行っている。

盗難防止等で四六時中警備をつけたり、まだまだ企業秘密な機器なので作業が終わる度に撤去したりしてるので人件費はかさんでいる……が、それも何とかなるだろう。

大がかりな作業での人件費削減が出来ているので、予算の方もプラス方向だから。

 

 

そして、此処からが重要だ。

 

 

「鉱山に関連してもう1つ相談があります。青銅に代わる新たな金属の開発についてです」

「新たな金属、ですか?」

「ええ。鉄と言う名の金属で、青銅よりも強くて安価な金属です。……恐らくですが、バルベールは既に鉄を開発しているかと思われます」

「「!!」」

 

 

この一良の言葉に、ナルソンは勿論、ジルコニアの顔色も変わった。

バルベールにおける錫の枯渇と木材生産量の増加の情報が咄嗟に頭に浮かんできたからだ。

新たな金属の開発———加えて、従来の青銅より安価で強力ともなれば、これ以上無いくらいの凶報だろう。

 

 

「以前、見せて貰ったバルベールの情報、ノワ……オルマシオールの証言、手あたり次第の森林伐採。全て照らし合わせても間違いないですね」

「オルマシオール様が……」

 

 

武の神をも手を貸してくれている。紛れもなく光栄であり、士気も上がると言うモノなのだが、そうも喜んでばかりはいられない。後に改めて感謝の意を伝える事を和樹に告げ、一良の方を見た。

 

「……その鉄と言う金属は加工は容易なのですか?」

「青銅と比較すると難しいですね。鉄は青銅よりも硬くて溶かしにくい金属なので。加工技術も高度になります」

「安価、と言うのは銅や錫に比べて採掘し易いと言うことですか?」

「はい。それは間違いないです。埋蔵量が比べ物にならないので容易に調達できます。現に、

北西の山岳地帯にも鉄の大鉱脈が存在してます。和樹さんの方で現地で確認もしてくれてるので間違いないです」

「なんと、その様な鉱脈が領内にあったとは。……バルベールにも大鉱脈があるのでしょうか?」

「それに関してはこちらが」

 

 

ひょい、と手を挙げる和樹。

 

 

「流石に、バルベール領土内を飛び回って確認するのは目立っちゃいますし、ムリがあるのでやってませんが、そちらもオルマシオールが手を貸してくれました。……似た鉱脈は発見した、との事です。そこに人がかなり集まっている、とも」

 

 

これ以上ない程説得力がある。

喜ばしい事ばかり続いていた。でも、世の中甘い話ばかりではない事を再認識した。これまでが上手くいきすぎていただけなのかもしれない。

 

こう言う時こそ、冷静に判断し最善を尽くすに限る。何より、全てを和樹に……自分達の手に余る様な事を全て和樹にやって貰う、貰い続ける訳にはいかないだろう。

以前、アイザックに話した。自分が神の手を……どんな神罰を受けようとも、神の力を存分に利用する、と言い切っていた……が、ものには限度と言うモノがある。

安易なモノにしがみ付き、乞い続ける将はいざと言う時に崩壊するものだ。

 

何より、リーゼを娶ってくれた心優しき神に。……恐れ多くも、義父と言う立場になった自分がいつまでも義理息子に頼ってばかりでは呆れられてしまうだろう、と言う気持ちの方が大きい。

 

 

「こちらも直ぐに鉄の採掘を始めましょう。鉱脈の場所をまた教えていただけますか?」

「はい。マッピングもしてますし、共有もしてます。位置を言えばグリセア村からの方が圧倒的に近いですね」

 

 

和樹がそう言って航空写真の様に上空から取った写真と地図を合成したモノを広げた。これで直ぐに派遣する事が出来るだろう。

 

 

「バレッタ。アイザックをつけるから採掘の人員を連れて鉱脈まで案内して貰える?」

「はい」

「急ぎで悪いんだけど、直ぐに準備して貰えるかしら、午後には出発して欲しいの。この後、カズキさんの地図も一緒に確認させてもらえるかしら?」

 

 

ジルコニアの対応は早い。

これも想定内だ。和樹も一良に進言しているし、一良自身も素のジルコニアと現場の……仕事のジルコニアのギャップについては理解してきているので驚きはない。

 

 

「……リーゼ。こう言う時くらいは(・・・・・・・・・)? 良いんじゃないかな? ちゃんと埋め合わせもするから」

「ぅ……。まぁ、仕様が無い、かな。我儘(・・)言ってられないし」

「ん?」

 

 

不意に聞こえてくるリーゼと和樹の会話。

それがどういう意味なのか、ジルコニアが知るのはこの直ぐ後の事だった。

 



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68話 森の中の特訓

原作終わっちゃって寂しいです……



 

「…………」

「ま、まーまー。リーゼもそんなむくれないで……」

「べーつーにー! むくれたりなんかしてませんけどー?」

「頬っぺた解りやすく膨らませててそれは無いでしょ……」

「あ、あははは………」

 

 

場に居るのはリーゼ・一良・エイラの3人。

いつもならば、ここに和樹が居て4人で過ごすのが定番になりつつあったのだが、どうやら珍しいとも言える3人の組み合わせである。

それも、バレッタと合流したのに、彼女いないのが不自然感が出ている、と言えるのかもしれない。

 

 

勿論、これには理由がある。

 

 

現在、和樹は主要メンバー皆まとめて鉄の大鉱脈へと案内をしているのだ。

因みに―――その移動手段が今回のリーゼ問題につながってくる。

 

 

「和樹さんは、リーゼに気を使って結構な大所帯で案内してるんだと思うよ? だって、アイザックさんやハベルさん、更にナルソンさんまで加わってるんだからさ? 異性と2人きりで~~って、なってないから」

「ぶーーー! だから気にしてませ――ん!! (……お母様が一緒って言うのが凄い気になるだけですーー)」

「……小声のつもりみたいだけど、バッチリ聞こえてるからな?」

 

 

そう、和樹の能力でもれなく行きたい人全員連れて行く―――つまり、視察が出来る様にしたのだ。数に制限があるのか調べるのも良いのかな? と一良が和樹に言っていたが、実のところ、ウリボウ達の協力もあって大体把握出来ているとの事。

 

単純に、人数が増えたら能力維持と操作に精神面をごっそり持っていかれるらしく、酷く疲れるのと、万が一にでも落としてしまう訳にはいかないので、安全面を最大限に考慮して、今回の人数【ナルソン・ジルコニア・アイザック・ハベル・バレッタ】で定員オーバー、としているのだ。

 

「ふんっ、だ。良いじゃん良いじゃん! それよりこっちの仕事に集中! でしょ?」

「はいはい」

「はい、は一回なの! ほらほら炉を作る~って仕事も物凄く大切な事でしょ? 鉱脈で採掘出来ても精製出来なきゃ意味ないんだから」

 

話題逸らしに勤しむリーゼ。

今回の件、男性陣が沢山いる事もあったので頑張って納得した。夜のデート……あの幻想的な世界で2人きり~と言うのは和樹と自分だけのもの~と考えていたんだけど……時と場合もしっかり考慮。何より国の行く末を担う事なのだから私情を挟む訳にはいかない、と断腸の思いで決断したのだ。

 

 

ただ――――……和樹とジルコニアの関係性。

 

 

それだけはやっぱり無視出来ない。距離感が近いし、それなりに疑いつつある。

でも、ジルコニアの過去を……自分の母親の過去を知っている者としては……、あの日 滅んでしまったジルコニアの故郷での話を聞いた身を考えてみれば………完全なる拒絶なんてモノは出来る訳がない。

 

でも、それでも乙女な部分はどうしても独占したい! と思ってしまう訳で……非常に大変なのだ。

 

 

「炉かぁ……、そっちも大変だよなぁ……」

 

 

話題逸らしに乗ってくれた一良―――ではなく、素で考えていた事をそのまま口に出していた。

 

 

「当然、私も手伝うよ? それに人手が足りないなら何時でも言ってくれて良いから。手配するし」

「あ、いや~……そう言う事じゃなくって。バレッタさんはもう村で炉を造った事があるらしいんだよ。だから、造り方に関しては彼女に聞けば良いや! って思ってたんだけど……まさか、一緒に行っちゃうとは思ってなかった」

 

 

うーん、と腕を組んで唸る一良。

この時エイラは、時折一良が難しそうな顔をしているのを横で見ていたから、てっきりリーゼを揶揄う様に言っても、想い人(エイラ談)であるバレッタも和樹と一緒に空の旅へ向かったのだから、思う所があるのでは? と考えていた。

 

でも、どうやらそれは違う様だ。

 

 

「えと……カズラ様は造り方を知らないのですか?」

「あ、いえ。造り方自体は幾らでも調べれるので知っているのですが、実際に造った事が無いんですよ。だから上手くいくかどうか不安で。……バレッタ(経験者)が居るのと居ないのとでは、やっぱり難易度が跳ね上がるな~~と」

 

 

弱気な態度でごめんね、と軽く謝罪をしつつ一良はそう言う。

因みに、バレッタの天才具合は一良からは勿論、和樹からも沢山聞いている。

曰く動く図書館だとか、パソコン(意味は知っている)だとか。

いや、応用が効き、実際に実行するだけの能力を備えているので明らかにそれ以上。

 

 

「凄まじいですね……」

「……いや、沢山聞いてたけど、やっぱり凄いよね、彼女」

「うん。正直かなり凄い。何回言っても言い足りないくらい」

 

 

グリセア村と言うグレイシオールの伝説以外は対して目立った功績の無い寒村に過ぎない村だった筈なのに、そこから生まれた天才に思いっきり舌を巻く。

いや、リーゼは一良がこの世界に来てくれるからこそ……そのタイミングで狙いを定めて、生まれてきてくれたのかもしれない、と思う様にした。

 

そして、それはリーゼ自身にも言える事だ。

和樹がこの世界に来てくれるから……この世に生を受けたんだと。生まれてきた意味なんだと。

 

 

「―――うん。取り合えず出来る所からやっつけちゃおう?」

「だな。製作には耐熱性のあるレンガを使うから、そっちの準備を中心に取り掛かるか。その辺りなら大丈夫だし」

 

 

こうして、3人は出来る事から取り掛かろう、と気を新たに持つのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

一方、和樹たちはと言うと……。

 

 

「念のためもう一度聞きます。高所恐怖症な人は居ない~と聞きましたが。大丈夫そうですか? 少しでも危なかったら言って下さいね」

 

 

イステリアでも再三確認した。

ピカピカの能力で空中移動をする際は、あまりにも目立つから高度を上げている。そしてピカピカで身体を包む事で、どういう理屈かは解らないが、上空の気温差、突風、空気などは全く問題なくなる。

 

でも、視覚的要因はどうしようもない。

 

何なら視察に行くのだから、視覚を遮断するのはデメリットの方が大きいとさえ思える。

全体像を把握しておいた方がスケジュールも立てやすい、と言うモノだから。

 

 

「私は大丈夫です。流石に驚きはしましたがな」

 

 

一番最初に返事をしたのはナルソン。

驚いた、と本人は言っているがその顔は笑顔だ。

 

流石、戦争を知りアルカディアの盾の二つ名を持つ男だ。領主である前に武人。危険を楽しむ余裕を持っている。

或いはやはり男であるから未知の体験と言うモノは心に来るのかもしれない。

 

そして同じくアイザック・ハベルも。

 

 

「はッ! 私も大丈夫です! カズキ様と同行させて頂き、身に余る光栄でございます!」

「私もです。カズキ様と共に何処までもご一緒する所存」

 

 

アイザックは目を輝かせている。童心に戻っている? と言っても良いくらい幼さが顔に出ているのが解る。勿論、和樹の事を崇めている、信仰心を持っている事もあるだろう。

 

そしてハベルもアイザックと然程変わらない。妹のマリーの件や以前のやり取り(心の中を見透かされた)もあって、身を捧げる勢いな様だ。

流石に領主であるナルソンやジルコニアの前ではそこまでハッキリとは言えないが。

 

 

「カズキさん! 私も大丈夫ですよ。とても綺麗ですっ!」

 

 

バレッタもナルソン同様楽しむだけの余裕が十分備わっている様だ。

日本食を得て超人化した彼女だから~と言う訳じゃないだろう。自分の知らなかった事、体験していない事、新しい事が何よりも好きなのだ、と言う事が解る。

それと—————。

 

 

「(カズラさんに何かあった時……、カズキさんにお願いをすれば一緒に連れて行ってもらえれば……)」

 

 

ちょっとした邪な考えもある。いや、邪~とは言い過ぎだろうか。

この和樹の力ならば、移動時間の短縮は当然出来る。圧倒的な脚力を得たグリセア村の皆のソレよりも遥かに早く。

 

和樹の事を利用する形になってしまうのはどうしても心苦しいが、それでも絶対に和樹の、一良の力になる。なれると思っているので、決して損はさせないつもりでもあった。連れていけるだけの技量・能力を持ち合わせ、今後も研鑽を続ける~とバレッタは深く決意をしたのだった。

 

 

「そうですか。良かった良かった。……え~~っと、ジルコニアさん??」

「はい!!」

 

 

他の皆さんは大丈夫だった。

問題はジルコニアの方だろう。

 

軍隊から、軍人の皆さんから心底恐れられ……げふんっ!! 心底尊敬されて、その力量も最大クラス。ナルソンが盾であればジルコニアは剣。常勝将軍の二つ名を持つ彼女なのだが、様子が変だ。

 

いや、表情こそは変化無いように見えるのだが……しっかりと和樹の手を握っている。

離さない!! と言った勢いで結構な握力で握られている。

ピカピカな力は、相手が攻撃してきた。攻撃である、とある程度の認識が無いと透過出来ない様で(だから、リーゼの攻撃(笑)は普通に通っている) そのままされるがままな状態だ。

 

 

「………やっぱり高いトコダメでしたかね?」

「い、いえいえいえ! そんな事は……」

 

 

高い~と言っても限度と言うモノがある。

それは和樹だって解っている。

高所恐怖症~と言う症状は確かに存在するかもしれないが……、普通に考えたら、飛行機レベルの高所なんてモノを生身でやったら、高い所平気! と言えども、恐怖を感じたって何ら不思議じゃない。

 

 

「ん~~、一端……「いいえ!!」うひぃっ!??」

 

 

一端下に降りる。何ならジルコニアだけでも帰還させる~と考えていた和樹だったが、その考えを読んでいたであろうジルコニアに制止されてしまった。

 

 

「すみません! お願いしますっ! カズキさんと一緒に私も連れて行ってください! 手、手を握っていれば大丈夫です! 絶対大丈夫になりますからっ!!」

「うわっっ、手どころか腕組んでますって! わーわーダメダメ!! ナルソンさんの前なんですよ!?」

 

 

貴女人妻でしょ!? と言いそうだったが、そこまでは言わず……でも、間違いなく旦那はナルソンだ。ある程度の配慮は必要な筈だ……と思ったのだが。

 

 

「カズキ殿。……ジルが申し訳ない。カズキ殿が不快でなければ、お願いしても宜しいでしょうか?」

「ぇぇぇ……、そ、そこは『私が面倒を見る!キリッ』じゃないんですかぁ……?」

 

 

右往左往、四苦八苦していた時にまさかのナルソンからの提案。

自分の妻だろ!? と、思いたくなるがこれも言葉を飲み込んだ。

ジルコニアの行動が嫌な訳がない。何なら、リーゼの母親と言っても全然差し支えない程の凄まじい美人なのがジルコニアだ。

そんな彼女に抱き着かれて不快感を覚える男なんて、男じゃねぇ!! と言える。

 

でも、倫理的にどうなのか……? と言いたい。

 

 

「はははっ。私如き、カズキ殿には敵う訳がありますまい。何せご友人で在らせられる前に、貴方様は全てを照らす光。……何よりも安心出来てしまうのは致し方なく存じます。……貴方様にそう言われるのは光栄極まれり、ですな」

 

 

和樹の葛藤を他所に、ナルソンは本当に構わない、と言わんばかりの笑顔。嫉妬の情念みたいなのが全くない。無と言って良い。……確かに、政略結婚だと言う事は知っているし、ナルソンの考えも理解できるのだが……。

 

 

「ほんとに良い———のかなぁ……?」

「だいじょうぶです! さぁさぁ、カズキ様っ! 私を空の旅時へ連れて行ってください!!」

「わーーー、わかりました! わかりましたからっっ」

 

 

ぎゅむっ、と豊満な二つのふくらみを押し付けられてしまう和樹。このままでは色々と大変な事になりそうなので、気を取り直して現地へとGO。

バレッタはリーゼの事が頭を過った———が、流石に和樹がしてくれた様に、一良に悪い虫がつかない様に~なんて事は出来る訳がないので、ただただ苦笑いをして2人を見ていた。

 

ジルコニアの仄かに赤くなっている顔、その淡い気持ち、期待、想い……それらを垣間見る瞬間を時折感じながら。

 

 

 

因みにこの時、リーゼは嫌な予感を色々感じて感覚ビンビンになってしまっていた様で……作業中も眉間に皺を寄せる事が多くなるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ここ一帯がすべて鉄の……相当な広さね」

 

 

鉄の大鉱脈がある現地に到着した一行。

色々と空の旅で燥いでいたのだが、流石に現地に到着したらある程度の緊張感が戻る。

後日、改めて派遣内容の精査や、作業拠点の模索等を検討・周囲に注意をしながらそれぞれ業務に当たっていた。

 

ただ、和樹の航空写真に加えて、実際に上空で見たから解るが相当な広さ。

ここら一帯の全てが鉄資源がある。

バルベールはもう鉄を調達をしている、と言う説明を聞いてるので楽観視は決して出来ないけれど、これ程の量なら決して負けていない。とそれぞれが思っていた。

 

 

「見つけたのはバレッタさんですけどね。ほんと、凄い!」

「い、いえ。村で狩人をしている方に、鉱石の見本を見せて見覚えがある場所を案内して貰ったんです。流石に私1人ではとても見つけられなかったと思いますよ」

 

 

バレッタは謙遜しているが、そんなの必要ないくらい彼女はやってくれているので、褒めちぎりたい、褒め倒したい! 気分になってくるが、それは一良からの方が一番良い筈なので和樹はこの辺りでやめにした。

 

 

「ロズルーさんですね。それも流石! ほんと半端ないなぁ」

「えへへ……私もそう思います。見習う点がとても多くて」

 

 

グリセア村の狩人~と言えば間違いなくロズルー。バレッタも頷いているので確定。

ミュラの父親であり、弓矢は針の穴を通す程の精度。野生の獣を彷彿させる程の気配立ちに、一発で仕留める。

村滞在時は、それなりに手伝った事もあったが狩人としての腕は間違いなく一番の力量。能力ありな和樹も舌を巻く程なのである。

 

 

「それにしても、グリセア村からかなり離れているけど、その人やバレッタは徒歩でここまで来てたの? それともカズキさんが?」

「いえいえ。私は知りませんでしたよ? だから……」

「えと……はい」

 

 

ちらっ、と和樹はバレッタを見る。

ピカピカの能力で人を運んだのはこれが初めて(リーゼとの絡みは秘密の約束なので基本話さず)だと、そう事前に皆に言っているので、ここで和樹がバレッタ達を連れてきました~となったら、それが嘘になってしまう。

その程度の嘘を気にする人達じゃないのは解っているが、ここはバレッタに正直に話して貰った方が良い、と和樹は思って彼女を見たのだ。

バレッタ自身もそれは解っていた様子だった。

 

 

「成る程。カズキさんが連れて行ったのではないとすれば……走っていったのよね? あなた達に祝福の力が備わっている事は事前に聞いているから隠さなくても大丈夫よ」

「あ、はい」

 

 

和樹が、一良が大丈夫だと判断して話したと言うのなら。不敬かもしれないが信用に足る人達であるならば、とバレッタも頷いた。

 

 

「カズキさんのその光の祝福~の様なものはあるのですか?」

「や、それは流石に。私みたいに成れると言うのなら、眷属を増やす様な事が出来ると言うのなら、世界の覇権があっという間に変わってしまいますよ? ……色々とトンデモナイ事になりそうなので、仮に出来たとしてもやりませんって」

「ふふっ、それもそうですよね」

 

 

和樹の言う通り。あの人外の力を……無敵の能力を授ける事が出来ると言うのなら、今すぐにでも敵国(バルベール)を殲滅出来る。でも、強大すぎる力を増幅させてしまったら世界がどうなってしまうのか、と言う危惧も解る。

やらない、のではなく、やれない。やれたとしてもやらない。と和樹は言っているのであの光の力を持つ事は不可能だろう、と断定。

そしてもう1つ、改めてグリセア村の祝福は一良が齎せたモノである、と確定できた。

探りを入れるつもりは毛頭ないし、そんな腹の探り合いの様な真似は和樹にはしたくない、と言う気持ちも嘘ではない。意図せず内に内情を少し深く知る事が出来た。

 

そしてジルコニアは自分の性分が時折嫌になってくる事が多く感じてもいた。

 

心の底から敬愛している相手である事は間違いないと言うのに、心の底に渦巻く黒い炎はどうしても消す事が出来ない。その暗き炎が自分の背を押している。仇を取れ、村の皆を、家族を、……妹を殺した憎き仇を、と。

 

和樹もそれを許容してくれているし、助けてくれる

 

心優しい彼だからこそ、ジルコニアには暗く重くのしかかってしまうのだ。

 

 

「私も驚く程の脚力でしたよ? バレッタさんは」

「いえ! そんな! 私なんかカズキさんの足元にも……」

 

 

楽しそうに笑う和樹を見てジルコニアは自身も気持ちを落ち着かせた。

懺悔するのは全てを終えた後。……そう己に言い聞かせながら。

 

 

「…………」

 

 

そんなジルコニアの内情、負の側面、抱える想い、耐え難い地獄の過去。

 

この場で唯一長く共に有り、それらを全て晴らさんと共に歩む道を提示したナルソンだからこそ、ジルコニアの事を察し気付く事が出来た。

 

ジルコニアには幸せになって貰いたい。

それは常々思っている事。

 

以前までは国力の差もあり、淡く儚い希望だと思っていたが……間違いなく未来は明るく光り輝いている。

 

ジルコニアが……彼女が前を向いて歩き出した時―――その時(・・・)が来たら、思い切り彼女の背を押そう……と、ナルソンは静かに笑みを零すのだった。

 

 

 

「……いや、光で在らせられるカズキ様と比べる事自体が凄まじいな」

「実際、彼女の脚力は凄まじいですから。ラタと競争をしたとしても彼女が勝つ方に賭けます」

 

 

直ぐ隣で聞いていたアイザックとハベルは、とんでもない内容に聞いてはいけないのでは? と思いつつ――――バレッタの身体能力の高さ、祝福の力の凄まじさを改めて感じるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

夕焼けに染まる森、……グレイシオールの森の中に1つの陰があった。

それはグリセア村の少年の1人、コルツ。

コルツは目の前に立てられたカカシと向き合いながら足を動かし、色々と細かく修正をし、四苦八苦していた。

その手には自身に丁度良いサイズの木の棒が握られている。その辺りに落ちていた棒きれ~と言う訳ではなさそうだ。その握り部分を見てみるとかなり使い込んでいきたのだろう事が解る程、擦れて黒ずんでいるのだから。

 

 

「うーん……カズキ様に鍛えて貰える時間スゲー短いから、何とか見て覚えよう、思ったんだけど……」

 

 

ぶんっっ! と木の棒を振るう。そして首を傾げる。ここ最近はそれの繰り返しである。

 

 

「やっぱり何か違う……。バレッタ姉ちゃんの真似も難しい……」

 

 

コルツは見取り稽古を主体として鍛えようと頑張ってる。

年齢別の大会みたいなモノがあれば、身体能力を含めてダントツでトップに位置するだろう事は想像に難くないが、コルツ自身が向上心の塊なので、それでヨシとしない。

バレッタと似通う部分もあるからか、グリセア村の住人とはそう言うものなのかもしれない。

 

それはそれとして、和樹の稽古ではあまりにも早過ぎて、どれ程観察していても解らない事が多すぎる。

だから、見取り稽古としてまずはバレッタの剣術を、和樹の稽古よりも圧倒的に多いシルベストリアとの稽古を目に焼き付け、実践してみているのだが……それも上手くいかないのだ。

 

 

思考錯誤、四苦八苦していたその時。

 

 

「足が閉じすぎていますよ。もう少し、後足1つ分広げましょう」

「うわぁっ!??」

 

 

不意に背後から声を掛けられて、思わず飛び上がった。

心臓が口から飛び出す、と言う表現があるが、こういう事を言うのか、とコルツは1つ学んだ~~が、悠長な事は言ってられない。

 

直ぐに体勢を立て直して振り返る。

そこには、長い黒髪の女性……若い女の人が立っていた。腰には長剣を携えていて、旅人の服を身に纏い……つまり、見た事がない人だ。

手には木編みの籠を持っていて、中には熟した木の実・キノコが沢山入っている。……よくよく見て見れば、駐屯している部隊の使用人たちと同じ服装な気がしてきた。

なので、軍隊関係の人だろう———と判断した途端に、コルツの顔色が変わっていく。

 

 

「……ごめんなさい」

「? 何を謝るのですか?」

 

 

ペコリ、と頭を下げた。

それを見て、女の人は首を傾げる。謝られた意味が解っていない様だ。

コルツはそのまま続けた。

 

 

「だって……、シア姉ちゃんたちに言われて見に来たんでしょ? 1人で危ない事しちゃ駄目って言われてるから……。だから、怒ってるんでしょ?」

 

 

和樹が時折やってきて稽古をつけてくれる事があるグリセア村。勿論、大盛況で中々子供だったら入り込む事は出来ない。

なので、所謂子供の遊び~をする時にコルツはコッソリ自分も鍛えて欲しい、と頼んだ事が有った。

和樹は笑顔で了承してくれて、空いた時間で相手をしてくれる様になった。でもやっぱり武器を扱うから、1人ではしない様に、誰か大人と一緒にする様に~と、それを見ていたシルベストリアに言われたのだ。

 

強くならなきゃいけないコルツは、短い時間じゃ満足できなかった。だから、和樹との稽古だけでなくバレッタの稽古を隠れて観察し、何とか強くなろうと頑張ってきたのだ。

 

ただ———どんな理由があろうと、シルベストリアの言いつけを破っているのは変わらない。

 

 

「別に怒ったりはしませんよ?」

「え……! あ、いや、でもシア姉ちゃんには言うんでしょ?」

「言った方が良いですか?」

「や、やめて! シア姉ちゃん怒るとめちゃくちゃ怖いんだよ!!」

 

 

シルベストリアは、自分自身も子供に遊んでもらってる~と朗らかに言える程気さくであり、子供が好きであるとアイザックが言ってた通り子供好きで優しい。……が、本気で怒った時の迫力が半端じゃなかった。

 

以前、シルベストリアが日課にもなりつつある子供たちとの川遊びをしている隙に、悪戯好きな1人の男の子が彼女の天幕に《探検》と称して侵入した事があった。

 

そこに在った彼女の装備の1つである長剣を見つけてしまって……事もあろうに鞘から抜いて天幕で遊んでしまったのだ。

 

日本食を食べて、一般的な子供の膂力を遥かに凌駕する程の力を兼ね備えていた為、普通なら長剣など、重く大きい為遊ぶ事なんて出来る訳がないが、意図も容易く引き抜き遊びに使ってしまったのだ。

 

結果、何があったか……。

 

 

何も知らずに川遊びを一時中断で戻ってきたシルベストリアと鉢合わせてしまった。

それも本当に偶然、偶々振るった剣が彼女の鼻先、前髪ギリギリの所をかすめてしまう、と言うおまけつき。

 

 

そこから先が、もうオモイダシタクナイ地獄の光景。まさしく地獄絵図である(子供感性)。

駐屯地中に響き渡る程の怒声が彼女の天幕から発せられ、凡そ30分後には涙と鼻水で顔をぐしょぐしょにした男の子が震えながら失禁した状態で家まで送り届けられたのだ。

 

勿論、叱られた理由はちゃんと解っている。悪い事をしたから叱られたのだ、と言う自覚はしっかりある。

付け加えると、親以外にここまで強く叱ってくれる人は早々いないので、保護者には躾をしてくれた、とまたシルベストリアには感謝をしたりもした。

グリセア村の子供たちは、グレイシオールの加護があったとはいえ、まだまだ未熟な子供なのに分相応な力を得てしまった。なので、どうしたものか……と、子育て論を村中で交わしたり、考えてたりしていた矢先のシルベストリアの大説教なのだから。

 

 

それは兎も角として、戦争を知らぬ子供たちにとっては過去最大級のトラウマ。

シルベストリアを……シア姉ちゃんを怒らせるととんでもない事になる!! とそれこそ光の速さで周知されて共有され、良い子にするべきだ、と浸透された事件だったのである。

 

 

「なるほど。解りました。告げたりしませんので安心してください」

「……本当?」

「ええ、本当ですよ。約束は守ります」

「ん! 絶対に言わないでよ? 約束っ!」

「はい。約束です」

 

 

彼女は優しく微笑むとコルツの持っている棒に目を向けた。

 

 

「私で良ければ、剣術を教えて差し上げましょうか?」

「えっ! いいの!?」

「はい。良いですよ。……こう見えて、私もカズキ様と何度か稽古をつけて貰った事が有ります。そう言う意味でも1人でやるより有意義だと思います」

「ええっ!? お姉ちゃんもカズキ様に教えて貰ってるの!? 凄い! よろしくおねがいしますっ!!」

 

 

目を輝かせながら彼女を見るコルツ。

またニコリと笑うと手に持った籠を降ろして両手で剣を握った。

 

 

「では、基本の形から始めましょうか。私の真似をしてみてください」

 

 

剣先を頭上に向けて右腕を引き、胸の前で剣を掲げる様に構えた。

左半身を前にして奈々枝立ち、足を大きく開いて少し膝を下げて腰を落とす。

 

 

「いいですか。重心を全体的に下げる意識が重要です。下半身が安定しないと———どうしました?」

 

 

何とも言えない表情で見つめてくるコルツに彼女は首を傾げた。

これは仕方がない事だ。

コルツもそれなりに和樹たちの稽古場を見ている。

 

ここ最近で一番興奮し、目を輝かせながら観ていたのは1対多数の殺陣。

 

二刀流を駆使して捌き、往なし、打ち込む和樹の姿にコルツは……いや、見ていた他の子供たちは勿論、大人まで引き込まれたと言うモノだ。

そう言った剣術をちょっぴり期待していた部分があったから……落胆具合も大きかった。

 

 

「何だか、格好悪いから……」

「なるほど。そう言えばあなたもカズキ様達の打ち合いを見ていたのでしたね。気持ちはよく解ります―――――が、何事も基本、基礎は大切なのですよ? カズキ様の様な剣を教えるのは無理ですが、後で格好良い構え方も教えてあげます。さぁ、構えて」

 

 

少しだけ気を取り戻したコルツは同じ様に構えた。

 

 

「背筋が曲がってますね。背中に一本棒を通した様な感じ………で…………」

「?? どうしたの?」

 

 

コルツに触れたと同時に、彼女が言葉を詰まらせた。

何かあったのか? と振り返るコルツに彼女はニコリと笑みを返す。

 

 

「……いえ。そう、手はその位置です。足幅はもっと広げましょうか」

 

 

その後は何事も無かった様にスムーズに進行した。

一通りの構えを教え、お待ちかねちょっと格好良い(彼女談)の型も教える。コルツも1人で練習するよりはずっと有意義な時間帯だった。時間を忘れて没頭する事が出来たのだから。

 

 

 

辺りが夕焼け色に染まる頃……彼女は空色を確認すると同時に、剣を鞘に戻す。

 

 

「私の知っている型、これで一通り終わりましたね。まぁ、私も他人がやってるのを見て覚えただけなので、これが正しいのかはわかりませんけど」

「ちょっ!? ここまで教えておいてそんなこと言わないでよ!?」

 

 

それなりに長い時間、叩き込む勢いだったと言うのに、やり終えた後……後は反復するだけだと思っていた矢先に爆弾を落とされて盛大に抗議をするコルツ。でも、彼女は笑みを崩さない。

 

 

「大丈夫ですよ。多分。……そうですね、説得力と言う意味では、カズキ様との稽古を付き合って行けるくらいにはなってますので。それなら安心でしょう? カズキ様の実力、それは貴方も知っている筈ですから」

「うぅ……。まぁ、それなら……」

 

 

頑張っていけば、ちょっとでも和樹に近付けるのかもしれない……と思い直したコルツは、訝し気な顔を見せていたが取り合えず表情を元に戻した。反復練習をする為に剣の持ち方、構え方を再びやろうとしたその時、彼女は持っていた籠をコルツに差し出す。

 

 

「これは差し上げますね。これだけあれば足りそうですか?」

「え? うん。足りるけど――――って、何で知ってるの?」

 

 

コルツが此処に来た理由の1つ。

いや、本来の目的~と言う方が正しい。本人さえも剣に夢中で忘れていたのだが、母親からキノコ・木の実を採ってくるようにと頼まれていたのだ。いつも剣術練習ばかりなので、疎かにしてしまって怒られてしまう、のが定番だが。

 

 

「お母さんとお父さんのいう事は聞かないと駄目ですよ。次からはしっかり採集をしてから練習しましょうね」

 

 

彼女は何故かコルツ自身の考えている事が解ってた、と言わんばかりに返答するとその頭を優しく撫でて微笑む。

 

 

「そろそろ日も落ちます。気を付けて帰るのですよ」

「うん。……明日も教えてくれる?」

「はい。勿論です。いつでもいらっしゃい」

「やった! 絶対だよ?」

 

 

1人で独学より、教えてもらう方が断然有意義。

それを改めて認識したコルツは目を輝かせ、飛び上がって喜んだ。

 

バレッタにはシルベストリアがいる様に自分にも専属で付いてくれた、と言う事実が何よりも嬉しかったのだ。

 

 

「約束は守りますよ。ああ、それとその代わりと言っては何ですが、1つ頼み事、良いですか?」

「え? うん」

 

 

微笑んでいた彼女の顔が少し……ほんの少しだけ真剣味を帯び始める。

コルツもその機微に気づく事が出来た様で、思わず姿勢を正した。

 

 

「次に、和樹様が村に来られたなら、私達がこの森で練習をしている、と伝えておいてもらえませんか?」

「え?? 何で?」

「ひょっとしたら、カズキ様も参加してくれたり、様子を見に来てくれるかもしれませんよ? 貴方にとってもそれは好ましい限りではありませんか?」

 

 

確かに、彼女の言う様にコルツにとってはメリットしかない。

和樹の剣を、こんな間近で見られる事なんて早々無いのだから。

 

 

「うん。解ったよ!」

 

 

だから、声をあげて返事をした。

今日は本当に良い所尽くしだ。……と、機嫌よく帰ろうとしたその時。最も重要な事を忘れていた事に気付く。

 

 

「あ、そうだ。お姉ちゃんの名前――――あれ?」

 

 

和樹に教えようにも、彼女の名前を知らないのであればどう伝えて良いのか解らない。

名前を告げた方が和樹にとっても良いだろう、と思って聞こうとしたのだが……、そこには誰も居なかった。夕焼け色に染まる森が広がるばかり。動物の鳴き声、木々の騒めき……それらだけが木霊する。

 

 

「え、嘘……」

 

 

時間的にも、視界の範囲的にも、あの一瞬で移動するなんて無理な話だ。それなりに死角がある森の中とは言え、人一人隠れるのだって限界がある。と言うか、隠れる意味もよく解らない。

 

 

「え、あれ? ひょっとしてあの人も神様だったり……? カズラ様、カズキ様に続いて3人目? 一体何人の神様がいるんだろ」

 

 

消えてしまった事に恐怖を覚えたが、よくよく考えたらここはグリセア村にあるグレイシオールの森。一良や和樹が消えているのを何度も目撃しているから別に今に始まった事じゃない、とコルツは落ち着きを取り戻していた。

 

 

「剣を教えてくれたし、ひょっとしたらあの人はオルマシオール様なのかな……? だったらやっぱり戦争……始まっちゃうのかな」

 

 

オルマシオールは戦いの神。

仮に彼女がそうであったとしたら、この世に顕現した理由を考えたら……どうしてもかの戦争くらいしか無い。

神様だからこそ、色々と知っている事も納得できる。

 

 

「あれ? じゃあ、何でオレにカズキ様の事頼んだりしたんだろ?」

 

 

和樹をここに連れてくる様に、と促した理由がイマイチ解らない。

神様同士なら直ぐにやり取りできるのでは? わざわざ人間の、それも子供をお使いに使う理由は?

色々と考えて考えて――――答えは出なかった。

 

 

「カズキ様は、メルエム様だし……ひょっとして、カズキ様の方が偉い? でも、カズラ様はグレイシオール様で、同じだ~友達だ~って言ってたし………、どうなんだろう?」

 

 

コルツはその後も、あーでもない、こーでもない、と考える。

 

 

「あ……、そう言えばさっきのお姉ちゃん。カズキ様の事ばっかりでカズラ様の事全然いってなかった……」

 

 

妙な三角関係? 幼いながらも色恋沙汰事情はそれなりに察する事が出来る! と自負しているコルツ。

なので、結論の1つとして導き出したのは……。

 

 

「お姉ちゃん、カズキ様にはリーゼ様がいるって知らないのかな?」

 

 

和樹とリーゼが良い仲になりつつあるのは、周知の事実となり始めている。何処から広がったのかまでは解らないが……兎に角、リーゼと和樹が一緒に居る時の笑顔がいつもの何倍も輝いて見えてる様な感じがして、雰囲気で悟った、と言う話も多かったらしい。

 

 

「次あった時、ちゃんと教えてあげないとだね」

 

 

コルツはそう言うと家に向かって走っていった。

 

コルツの行動の結果………これから先、様々なバトルが勃発するとも知らないで………

 



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69話 リーゼさんの苦悩

 

一良とリーゼはイステリアの街中にある一軒のレンガ工房を訪れていた。

和樹が中々帰ってこない、とぶー垂れていたリーゼだったが、流石に仕事モードとなると顔つきが変わる。

 

 

【和樹成分が足りない~】

【お母様と不倫なんて~】

【もしそうだとしても正妻は絶対私~】

【そう言えば何かマリーも怪しくない~?】

 

 

などなど。

一良やエイラがその度にフォローをしていたあの時が嘘のようだ、と苦笑いするしかない。

ジルコニアもジルコニアで、リーゼを揶揄うのが楽しいのか、はたまた何やら思う所があるのか、意味深に笑うだけだったので、更にリーゼが頬を膨らませて~と言ったループに陥ってしまっていたりしたのである。

 

 

「……今、変な事考えてるでしょ? カズラ」

「いやいや。そんな事ないですよ~?」

「嘘っ! 目ぇ泳いでるよ! もうっ! 言ったでしょ? 仕事はきっちりするんだから」

 

 

そして、彼女は中々のエスパーだ。その辺り和樹が言った通り。邪な考えについてはそのエスパー能力が遺憾なく発揮して詰めてくる。

頬をぷくっ、と膨らませる仕草をする。

―――こういう所もチャームポイントなんだな、と和樹の気持ちが解る気もしていた。普段、『こうでなければならない』を着飾っているリーゼ。

素の自分を出せる場面などそうは多くない筈だ。勿論、和樹に大部分は任せるつもりだけれど、ほんの少しでも気を抜ける存在となれたら良いな、と一良は思った。

 

 

――それ以上の深い意味はない。

 

 

何故だか時折一良の脳裏に過るバレッタの姿。

それが浮かぶ度に、言い訳の様に深い意味はないよ、と頭の中で呟き続けるのだった。

 

 

そうこうしている内に、レンガ工房の親方である白髪の老人が出てきた。

すると、一瞬で元の表情にリーゼは戻して会話を始める。変わり身の早さの極致をそこに見た! と一良は驚いていたが……直ぐに切り替える。

 

 

「ろう石と石臼で粉々に砕いたら粘土とよく混ぜて普通のレンガと同じ様に整形して干しておくんです。事細かな詳細はこちらの紙に書いてある通りで」

「ふむふむ、粉にしたろう石を混ぜると火に強くなる……ですか。色々な場所の粘土を採ってきて何度も試しましたが、ろう石を混ぜた事はありませんでしたな」

 

 

新たなる技術に子供の様に目を輝かせていた。そして、一良が渡した皮紙に目を通し感心しっぱなしで顎を擦る。

でも、大丈夫だとは思うがここで釘をさす一良。

 

 

「そのレンガの製法は極秘なので外部には漏らさない様にお願いしますね。恐らく今まで作られていたレンガとは耐熱性が段違いですので。他国に製法が漏れると厄介な事になりますから」

「やはり! 私も技術者の端くれ、想像はしておりましたぞ! これは完成が楽しみですな。感想が終わったら、最優先で焼き上げる事にしましょう」

「あ、いいえ。そのレンガは別の窯で焼くのでそのまま置いておいてください。後で回収にきますから」

 

 

グリセア村にはバレッタお手製のレンガ窯がある筈なので、焼成作業はグリセア村で行う予定だ。

高炉に使う耐火レンガは長期間にわたって酷使する事になるので、どうせ創り上げるのなら現在の最高峰、最高の環境で作り上げたい、と思うのは半ば必然と言うモノだろう。

 

 

「別の窯? ここよりも質の良い窯を持っている工房が他にあるのですか?」

「いえ。質……と言うより、別の場所にろう石を使ったレンガで試験的に作った窯があるんですよ。そこならばより高温でレンガを焼く事が出来るので」

 

 

一良の言葉を聞いた途端、また目を輝かせた。

いや、これは先ほどの感動(ソレ)とはまた何か違う……と一良は直感的に感じて、その直感は当たる事になる。

 

 

「それはあれですかな? 最近噂になっているグレイシオール様のお力添え……という」

「!」

 

 

直感はした。でも、内容には驚きを隠せれなかった。想像だにしなかったワードが飛び出てきたからだ。慈悲と豊穣を司る神(グレイシオール)から、レンガ工房~とどう繋がるのか、と言う話だ。連想出来る訳がない。

だからこそ、一良は顔に思いっきり出てしまったのだろう。

 

 

「おや? 違いましたかな? もう巷じゃかなり噂になっていたのでもしや、と思ったのですが……」

「そんな噂が……。私の方には届いてませんでしたね。因みにどんな話なのか教えて貰っても宜しいですか?」

 

 

和樹からもそんな話は聞いていない。

と言うより、見た目派手で影響力が有り、幾度も目撃情報? に近い話が上がっているのは(メルエム)の方だ。

だからこそ、一良はある意味 自分自身であるグレイシオールの話が出てより強く反応してしまったのだろう。

 

一良が色々と考え込んでいるとは露知らず、白髪老人職人は意気揚々と続ける。

 

 

「今年の夏ごろ―――ですかな。グレイシオール様が領内に現れて、あちこちの村や町を救っている、と言う話です。時折光輝く何かを夜空に見た、と言う話も上がっており、神降臨の現実性が日に日に増している所ですな」

「へ、へぇ……。えっと、光と言えばメルエム~と言う話は聞いたのですが……」

「無論! 【闇夜を照らす一筋の光の目撃話】。それが最も有名ですな。全てを照らす光、と言う意味であるメルエム。グレイシオール様と合わせて凄い事になっておりますぞ。他にグレイシオール様の話で有名どころで言えば、穀倉地帯を復活、水車と言う道具の知識を我々に与えてくださった、とか」

「ぉぉ、ふわっ、とした感じじゃなくてかなり具体的なことをしてくれる神様なのですね……。光の話は夜の空に―――なんて神々しい話! って感じがしましたが、より現実的な話になりましたね……」

「わはははは。合わさってこそ、信ぴょう性がより増す、と言う事ですな! 噂の1つではありますが、メルエム、と言うのは光の総称なのですが、一柱の神である、と言う噂も出回っておりますぞ。メルエムシオール、と呼ばれないのは、司る(シオール)ではなく、光そのもの(・・・・・)だから、と。国の未来が明るいとより評判となっております」

 

 

眉唾な情報、御伽噺の類に分類される様な話なのだが……、このアルカディア王国が恐ろしい勢いで復興して言っている事。

和樹自身はかなり注意しているとはいえ、松明の明かり以外は何もない世界での和樹の光はあまりにも明るすぎる事からどうしても目撃者がいてもおかしくない事。

 

ここまで合わさってより信ぴょう性が増した、とあるのは仕方がない事なのかもしれない。

信仰心の高い国なのだから猶更だ。

 

 

「もしかしたら、と私も期待はしておりました。神々が我々の国を、イステール領を気にかけてくれているのなら、お会いできるかもしれない、と。……少々残念ですが、仕事の方はしっかりと頑張らせていただきますよ。……いまだかつてない勢いで復興・発展していっている。……明るい未来が見える。その兆しが見えている。気合が入りますな」

 

 

愉快そうにハッキリと言い切る彼を見て、穏やかに笑うのはリーゼ。

 

確かに、一良や和樹が来てくれたおかげで、未来が明るいと確信は自分達は出来ている―――が、市井の人達が同じ意見を持つか? と問われれば、まだまだ道半ばである、と思っていたからだ。

 

でも、時間をかけて必ず心からそう思わせて見せる、とリーゼは常々思っていた。

だから、彼の言う明るい未来。兆し。その言葉がとても嬉しいのだ。

 

 

「ところで、その試験的に作ったレンガ窯を私も見てみたいのですが、見せて頂くことはできますか?」

「ええ。それは勿論。こちらとしても是非見て頂きたいです」

 

 

こうして話をつけて、一良達は礼を言ってその場を後にするのだった。

 

 

 

 

その帰り道にて。

一良とリーゼは現状に対してそれぞれ思っている事を言っていた。

 

 

「やっぱり噂は広まっちゃうか~~。でも仕方ないよね。カズラの技術や道具は秘匿にすればある程度抑えれるとはいえ、流石にカズキの光は目立っちゃうから」

「確かに……、でも噂を恐れて~なんて考えてたら今の速度は生み出せてない、ってのも事実なんだよなぁ。……ほんと、ほとんど一瞬で大穴開けたり、井戸の水源まで掘り抜いたり。間違いなく和樹さんが居なかったら年単位で遅れてる箇所が出てくるよ」

 

 

噂話なんてモノは尾ひれが付くのが定番だ。

でも、和樹の場合真実そのものが出回ってしまっている感がある。あれ以上尾ひれをつけようと思ったら、空から金の輪っかをつけた白ひげふさふさなおじいさんが降臨してきた! とか何とか、本人が現れた~レベルにならなければ、と思ってしまう。

あくまで、光を目視した。その光源を見た、と言う市民が増えている、と言うだけなのだから。……まぁ、本当に言った全員が見たかどうかはまた別の話だろう。見栄を張っている~と言う可能性だってあるが、それはそれ、だろう。

 

 

和樹(メルエム)さんの話は、まぁ解るんだけど、慈悲と豊穣の神様~って役どころのオレってどうしても違和感が出てくるかなぁ?」

「え? なんで??」

「だってほら。水車の作り方教える~って、名前とまったく関係ない気がするんだよね。技術とか知識の神様の行いだ、って言うなら解るんだけど」

 

 

グリセア村に齎した事は、確かに慈悲と豊穣~となるだろう。極貧の寒村。飢餓と病に苦しんでいた村人を救い、食料を与え、作物をアレほどまで育て上げた。……十分通じる。

 

でも、出回っている水車の技術とやらは、あまり繋がらない、と言うのが一良の考えだ。

 

 

「そう? 別に変だとは思わないけどなぁ。あっ、そう言えば以前カズキにも聞いたんだけど、カズラたちの世界の神様って、どんな人達なの? えっと、カズキが教えてくれたのは……、あまてらすおおみかみシオール様、だったかな?」

「……え? 天照大神……シオール?」

「うん。外にも幾つか名前は教えて貰えたけど、細かな詳細は聞けてなくって。なんせ遊んでたからね? この機会にちゃんと聞いておこうかな、って」

 

 

一良の疑問を他所に、リーゼは聞きたい、聞いてみたい欲を全面に出している。

和樹と一緒に居る時は、復興も大事だと思うけれどリーゼ的には甘えたい……つまり、イチャイチャしたい欲の方が強く出る様なので、話を更に深堀しなかったのだろう。

和樹が苦笑いをしているのが容易に想像できる覚え方をしているが。

 

 

「取り合えず、しおーるって、《~を司る神》って意味だったよね? それは除けて。シオールはこっちの世界のお国柄で、オレ達の世界じゃ天照大神様、だけで良いから」

「あ、そうなんだ」

「そうだよ? じゃないと、オレは《一良シオール》になるし、和樹さんだって、《メルエム》って言うのが神様的な名前になっちゃってるんだから、《メルエムシオール》になって、更に《和樹シオール》になっちゃうじゃん」

「うーん……お国柄、かぁ。私の場合はずっと違和感なくグレイシオール様、オルマシオール様、ガイエンシオール様って呼んでたから、改めてメルエムシオールやカズラシオールになっても違和感ないかな?」

「そっかそっか。そう言われれば確かにそうかも」

 

 

こればかりは慣れるしかないだろう。

取り合えず、日本の神様に関しては《シオール》は必要ない、とだけ改めて教えておく一良だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

数日後グリセア村側(鉄の大鉱脈側)にて。

 

部隊編成を施し、技術者を含めた人員がバレッタの指示の元、鉄の大鉱脈がある場所へと案内されていた。

和樹の空からの視察、写真の技術も合わさって、より効率よく移動する事が出来たので、これ以上無い速さだと言えるだろう。

 

 

「図面で説明した通りです。ここら一帯の岩壁、この模様を目印にして考えてくれたら良いです。それと河原に山積みになっている石にも鉄鉱石がかなり含まれていますので、まずはそこから改修するのが良いかと思います」

 

 

最初こそは自信がない……と消極的な姿勢だったバレッタだが、いざ始まってみると、リーダーとしての気質、資質は十分備わっていると思える。

集まった全員が、感心した様に頷いているし、ナルソン、ジルコニア、アイザックらがバレッタについて説明したとはいえ、年端も行かぬ少女に教わる事に抵抗が~と、何人かが出ると予想をしていたのだが、一切なかった。

偏に彼女の力量の高さを体感したからなのだろう。

 

 

「ふふふ」

 

 

和樹もうんうん頷きながら、笑顔でバレッタを見ていた。

彼女は天才である。その才覚はきっと今に国中に広がって皆に周知される事だろう、と疑ってない。比較的早くにその機会を得られた事も良かった、と何処か親心ながら観ていたりしていた。

 

 

「あの……カズキ様?」

「ん? はいはい、なんでしょう、アイザックさん」

 

 

そんな感慨に耽っていた時、アイザックに声を掛けられた。

笑顔のまま、アイザックの方を向くと、少し訝し気な表情のアイザックがそこに居た。

 

 

「以前に、空から見させていただいた時は解らなかったのですが……、山の向こうに幾つもあがっているあの煙はいったい……?」

「ああ、アレは確か炭焼きをしている、と聞きましたね。私が此処に来る時は大体空からですから、煙が出ない様に配慮~って考えてくれてたみたいですけど、もうそんなの気にしなくて良いよ、と説き伏せましたので。今は数人交代でグリセア村の人が焼いてくれてるみたいです。この山のスペシャリストになってますから、何か不明な点があれば、皆に相談するのも有り、ですね」

「成る程………、それにしても、ほんと凄まじいですね……末恐ろしくも……っと、申し訳ありません!!」

 

 

思わず本音がぽろっ、と出てしまったアイザックは直ぐさま頭を下げた。

恐ろしい、等と不敬が過ぎる、と自身を戒めながら。

 

でも、当の和樹はカラカラと笑っていた。

 

「あはははは! アイザックさんのその感覚、きっと正しいですよ。だって私だって凄い! ……やばいっ! いやいや、こわっ……ってバレッタさんに対して思っちゃう事、ありますもん。光の私に言わせる程、バレッタさんは凄まじい才覚を持ってるんですよ。それが、村に向いて、国に向く。……未来は明るいですね」

「そ、そうですか……。そうですね!」

 

 

不敬かも、とかなり落ち込み気味になってしまったアイザックだったが、持ち前の和樹の明るさと同調で、どうにか持ち直した様子。そしてバレッタに対する評価も更に向上した。

 

アイザックの性格と言うのもあるが、何より光の神である和樹をも畏怖させる彼女に対して畏怖の念を覚えてしまうのはある意味仕方がないのかもしれない。

 

 

「あ、カズキさん! 今日、すみませんが……」

「はいはい、了解ですよー」

 

 

笑い合っている時、バレッタが戻ってきて声をかけてきた。

どうやら、ある程度の説明が終わり、皆各々作業に入っている様だ。その辺りも非常に速い。イステリアからやってきた人材も、皆優秀な人ばかりだから、滞りなく作業が進むだろう。その辺りは一切心配はしていないが。

 

 

「どうなされました?」

「いえ、これからバレッタさんをグリセア村に送ってくるんですよ。ここ数日、グリセア村付近に帰省してましたが、作業時間の都合やら、他の色々やらでバレッタさん村に戻れていないので。ですから、こちらはアイザックさんやハベルさんにお任せしますね。私もグリセア村の方に用事がありますので」

 

 

和樹はニコッと笑ってアイザックに言った。

バリンや村の友達の事、会いたい人は沢山いる事だろう。バレッタも一良に会えればそれで良い、みたいな所があるにはあるけれど、やっぱり想い人と家族・友人は天秤にかけてはいけない、と思う。

 

 

「了解致しました。お任せください!」

 

 

アイザックはバレッタを見て唖然としていた表情を改めて、胸を張って敬礼をした。ハベルがこの場に居たら、彼もまた同じ様にしていただろうな、と和樹は苦笑いしつつ手を振ってバレッタと共にグリセア村へ。

 

 

因みに、ジルコニアやナルソンは一度イステリアに戻っている。

空の旅延長をしれっと彼女から打診された時は少々大変だったが(リーゼの顔が浮かんだりした)、仕事もあるから、と流石にナルソンに窘められ、後日改めて~と言う事に落ち着いた。……条件にリーゼをちゃんと説得して欲しい~、とそれなりに和樹は訴えたのだが、意味深な微笑みで返されるだけだったりする。

 

 

 

 

「さて、バレッタさん。ちょっとお手を拝借」

「っ、は、はい!」

「そんな緊張しなくて大丈夫ですからね? リラックスリラックス。……それと、バレッタさんもジルコニアさんみたいにやらないでくださいよ(・・・・・・・・・・)?」

 

 

和樹と共にグリセア村に戻る事。

これに関しては、ただ強化されたバレッタが走って戻る~と言う訳じゃない。

和樹に光速で運んでもらう、と言うのだ。

 

あの空の旅で、バレッタが考えた事。

もしも、一良に何かが有った時、自分も一緒に連れて行って欲しい、と和樹に懇願したのである。必ず力になるから、と。

 

その願いを和樹は聞き入れた。でもいきなりだと危ないかもしれないので、その練習に~と鉱山からグリセア村の距離で一緒に帰ろう、と言う事になったのだ。

 

でも、バレッタの脳裏に一番浮かぶのはリーゼの顔だったりする。それでもやっぱり一良の為に……、その想いが強く脳裏のリーゼには何度も頭を下げてどうにか解って貰った(自己満足)。勿論、イステリアに戻ったら謝罪はするつもりだ。

 

 

因みに和樹の中ではジルコニアの姿が浮かんでいる。

バレッタと一緒に、今回の空の旅を経験して、色々と責めてくる~と言った映像だ。バレッタはそんな事する子じゃなく、一良一筋だと言う事も解っているんだけど、ちょっぴりジルコニアが悪戯っ子になって画策して~~等と連想してしまうのはある意味仕方がない。

 

 

 

バレッタはそんな和樹を見て口元に手を当てて笑った。

 

 

「ふふふ。しませんよ。私はしません」

「ですよね。言ってみただけです。だってバレッタさんは一良さんですから? 乗り換える~なんてしませんもんね?」

「し、しません! 大丈夫ですからっ! 警戒なんてしなくて大丈夫なんですっ!」

 

 

釘を刺す形にした和樹。その辺りは疑ってないけれど、念のため一応。

ちょっと揶揄いたい衝動も有るには有ったが、そこまでではない。

 

 

 

そして、バレッタは和樹の手を取った。

 

 

 

 

すると、和樹の手からバレッタの手へ光の領域範囲が広がって行く。軈て、バレッタの身体そのものが光に包まれたかと思えばそのまま宙に浮いた。

 

 

「ある程度は緩和出来る仕様らしいので、慣性やら温度やら酸素濃度やらは大丈夫ですが、如何せん視覚みたいな五感はどうしようもないので。頑張って慣れていきましょうね?」

「は、はい! よろしくお願いしますっ!」

 

 

バレッタの中にあるのは全ては一良の為。

 

彼女の凄まじいとさえいえる精神力と一良への愛の深さは、光の体感を精神力でねじ伏せて、あっという間に和樹が定めている高度と速度に慣れてしまった。

 

その結果更に和樹を驚かせてしまうのだった。

 

 

「———いや、ほんとバレッタさん凄いですね。も、いい加減凄い以外の言葉が浮かばなくなっちゃいました。語彙力皆無だこりゃ」

「えへへ。そうですかね? ありがとうございます、カズキさん。あの、それで私も緊急時に一緒に連れて行っていただけるのでしょうか」

「はい。これだけ対応する事が出来たバレッタさんなら太鼓判ですよ。……まぁ時と場合(・・・・)によりますが、私の出来うる範囲内ではお約束しますよ」

 

 

時と場合。

それをやや強調して言う和樹の目は真剣そのものだった。

いつも笑顔で笑っている印象が強い和樹だが、この時ばかりは少し違う。

 

時と場合……。

 

バレッタにとって、一良に対して何かが有った時。危機的な何かが有った時、もしも、傍に居なかった時。……直ぐにでも駆けつけれる様に、とお願いした。

そして、一良に降りかかる危機的な何か、と言われて連想するのはどうしてもバルベールとの戦争だろう。

時と場合、と言う言葉の中にはきっとそれが含まれるのだとバレッタは直感的に解った。

もしも戦争が起きてしまって、それに巻き込まれて――――戦地にもしも赴く時、きっと和樹は連れて行ってはくれないだろう、と。

 

 

「どうしました?」

「いえ! 何でもありません」

 

 

バレッタは手を振った。

正直、あまり甘えすぎる訳にはいかないと思いつつ和樹を頼っている自分に矛盾と自己嫌悪を覚えてしまう。

 

だからこそ、出来うる事を、どんな小さな事であっても2人の力になれる様に務める事を改めてバレッタは決意するのだった。

 

そんな時だ。

 

 

「バレッタ―――――!! カズキさ――――――んッッ!!」

 

 

大きな声と掛けてくる足音がする、近づいてきたのは。

 

 

「あ、シルベストリアさ―――――ぐはっっ!!」

 

 

その勢いのままに、和樹とバレッタに跳び付いてきた。

 

 

「会いたかったですよ! カズキさん! それにバレッタも!!」

「ひゃあっ!!」

 

 

腹筋ダイブ! の一撃を受けて和樹はよろめき、そしてバレッタも腕で首を回されて思わず押し倒されそうになってしまったが、どうにか堪えた。

 

 

「いたたた……、お、落ち着いて落ち着いてシルベストリアさん!」

「えへへへ~~って、すみません……! 姿を見たら思わず……」

 

 

シルベストリアは思わず飛びのいた。

 

よくよく考えたら、神様と言えども、家族以外の男性に……異性に跳び付くなんて初めての事だ。また会えたことに対して嬉しい気持ちでいっぱいだったのだが、その後直ぐに羞恥心が襲ってきて、顔を真っ赤にさせながら飛びのいた様子。

ある程度落ち着いた後、和樹も笑いながら挨拶。

 

 

「元気そうで何より。また直ぐ来る~って言っておいて、少々期間が開いちゃってごめんなさい」

「いえ!! また会えただけでも本当に光栄ですからカズキさん! それにバレッタも。こんなに早く帰ってくるなんてビックリしたよ」

 

 

顔を真っ赤にさせながらそう言うシルベストリア。

 

因みに、公務中は兎も角、剣術稽古の時やこう言った絡みの場合、フランクに柔らかく話をしよう! そう言う口調で宜しく! と和樹はお願いした結果、かなりシルベストリアにも心を開いて(懐かれて?)貰えた。

 

アイザックの家系は超真面目である、と認識をしていたから、中々難しいのではないか? と和樹は思っていたんだけれど、シルベストリアはスムーズに受け入れてくれたので非常にありがたい。……けれど、異性に抱き着きを(タックル)されるのは和樹も慣れないので、そこは自重して貰いたい所だ。

 

公私をしっかり分ける所は流石の一言で、そのギャップも何だか面白いと言うのは内緒の話だ。

 

 

「カズキさんに連れてきてもらいましたから。それに村の……家の様子が気になったので」

「そっかそっか。キミは本当に良い子だね。バリンさんもこんな優しい娘をもって幸せ者だよ」

「同意します。バレッタさんはメッチャ良い子!」

「あ、いや、その……。えへへ……」

 

 

いつの間にか、和樹も加わってバレッタを褒めちぎった。

 

 

「イステリアでもバレッタさんは大活躍ですからね。鉄の大鉱脈発見とか、まさに世紀の大発見、ってヤツですよ」

「ですよねですよね~! ほんっと、バレッタもひょっとして現世に降り立った神様の内の1人~って言われても私は驚きませんよ?」

「あ、あぅあぅ、そ、それは言い過ぎですよぅ……」

 

 

最終的に、バレッタが真っ赤になって俯いてしまったので、その辺りで示し合わせて止めにした。

 

―——それのせいで、標的が和樹になってしまったりする。

 

 

「カズキさん、噂話を小耳にはさんだんですが、真偽を確認しても良いですか?」

「噂話?」

 

 

何でも答える~と言いたい所だが、ある程度の守秘義務はあると和樹は思ってる。

ナルソンを始め、ジルコニアらも和樹の判断なら問題ない~と言いそうだけど、その辺りは神様権力、権限を笠にするみたいな感じなので好んでいないからだ。

 

だから一応気を付けていたんだけど――――。

 

 

「リーゼ様とくっついた、って言うのは本当なのかな?」

「ぶっっ」

 

 

噂話は想像の斜め上だった。

変な所に唾が入って思いっきり咽てしまった。

 

 

「な、なんでそんな噂が?」

「えー結構有名だよ? 2人で街中デートしてたーとか。近衛兵が付いている筈だから、もう公認の仲になってる~とか」

「あー……それは……」

 

 

 

よくよく考えてみれば……、考えてなくても、リーゼは結構大胆に街中で発言している。あの街中のデートの時は《付き合ってる》を男女の仲的な話ではなく、《買い物に付き合ってる》と言い換えて笑った事が有ったが……、あの後にリーゼの反応、対応を思い返してみれば、誰もが微笑ましそうに頬を緩めていたのがよく解る、と言うモノだ。

 

何だか、あのアイザックでさえ間違いなく失恋になると言うのにも関わらず、目を輝かせてみている節があるから、自身の恋心、失恋なんてどこ吹く風……。それ程までに心酔している……と考えたら少々背筋が寒くなっちゃう所ではあるが。

 

 

「その辺りはどーなんだい? バレッタ」

「はい! とても仲睦まじく、私も見ていて幸せな気持ちになれますよ!」

「ば、バレッタさん……」

 

 

バレッタは、これ見よがしに惚気話を聞かせている。

ちらっ、と顔を見てみると……可愛らしく笑って舌をぺろりっ、と出していた。どうやら、散々恋愛ネタ、一良ネタで揶揄った事に対する細やかな仕返し~と言った感じだろう。

 

 

「本当だったんだー。いや~残念だなぁ。私もアタックしようかな~って思ってたのに、リーゼ様を相手にするのは無理無茶だ」

「えぇ………、シルベストリアさんって確か以前好きな人いる~みたいな話してませんでしたっけ?」

「あっははっ! それはそれ、これはこれ! でしょ?」

「あーもう。ものすっごくフランクな対応嬉しいですよー。まったく! それこそ噂じゃそう言う系(・・・・・)の話が出た途端に、上司やら男連中をタコ殴りにした~~って言ってたのに。印象変わっちゃいましたよ、もう」

「あははははっ! ……ん? ちょっと待ってください。そう言う系の話(・・・・・・・)って何です?」

 

 

その後も、そう言う系の話(・・・・・・・)を根掘り葉掘り聞いたシルベストリアの顔色が変わって、その結果アイザックにちょっぴり迷惑が掛かってしまったりするのだった。

 

 

 

 

 

 

 

丁度その頃————イステリアでは。

 

 

「いや、リーゼって飲みこみメチャクチャ早いな……。もうパソコン使いこなしちゃってる……」

「……………集中してる。過去最高に集中してるから、だよ」

 

 

パソコン業務を行ってるのは主に一良のみだった。でも今回リーゼも使いたい、手伝いたい、と言う事もあって使い方を教えたのだ。……物凄い集中力を発揮して、瞬く間に使いこなして見せる姿は驚きを隠せれない。

まるで、バレッタのようだ、と思った一良は決して大袈裟ではないだろう。この世界に存在しない完全オーバーテクノロジーであるパソコンを、一良自身も使いこなせてるか? と聞かれれば正直首を横に振る様な代物を、こうも容易くやってしまうのだから。

 

でも、それには理由がある。

 

 

「……カズラだって、お母様のあの顔、見たでしょ?」

「うん? ジルコニアさんの?」

「そ。……帰ってきた時のあの顔」

 

 

もうブラインドタッチまでかますリーゼ。

カタカタカタ………と、キーボードをタイピングしつつ、既に帰ってきているジルコニアの事を話題に出した。

 

 

「あの艶々した顔、見たでしょ? 顔も赤くなっちゃってて…………ああああ、もうっっっ、もうっっっ、もうっっっっ!!」

 

 

リーゼは憤慨!! しつつも、手元は滑らか鮮やかなブラインドタッチ。

 

 

「今もなんか変な感じしたし! なーんか、カズキが誰かとイチャイチャしてる! って感じしたし! ああもうっっ、早く帰ってきてよーーー!!」

 

 

口では盛大に文句言ってるのに仕事は完璧。

 

 

「……きっと、仕事に没頭していないと、色々と大変なんだと思われます」

「あははは………だろうねぇ」

 

 

一良はそんなリーゼを生暖かい目で見守りつつ――――エイラに入れて貰ったお茶を堪能するのだった。

 



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70話 コルツの秘密

 

 

「人の過去を勝手に話すなんで。……もう一度アイザックにはしっかり言い聞かせておく必要がありそうね……」

「……あははは」

 

 

ぽろっ、とこぼしてしまった和樹も脇が甘かったかもしれないが、実際にシルベストリアの過去を、上官やら目上の相手やらを枕強要されたからとタコ殴りにした剛力を言っちゃったアイザックにも非がきっとある事だろう。

 

シルベストリアのガチギレモードは本当に怖い。

なので……、神様(笑)のくせに怖がってアイザックの事を庇う事が出来なかった……と言うのが本心な所である。

 

 

なので、心の中では謝罪をしつつ……女性の扱い方を覚える様にとエールも送った。

 

 

「カズキさんも忘れてくださいねっ!!」

「えぇっと……それは流石に難しいかもですね……。結構強烈な内容だったので……」

「ううぅぅ、そこはウソでも忘れる! って言ってくれたら良いじゃないですかぁ!」

「あははは………」

 

 

因みにバレッタも何気に知っている為乾いた笑いしか出なかったりする。

そして、忘れようにもなかなか強烈過ぎて難しい、と言うのが和樹の感想だったり。

何せあのリーゼのメロメロばんばんとはまた違った方向性の代物だから……。

 

 

「…………」

 

 

何だか連想してしまった瞬間にリーゼが睨んできた様な感覚に見舞われたので、これ以上は考えない様に頑張る和樹だった、

 

 

暫く見悶えて居たり、抗議したりしていたシルベストリアだったが、ある程度は吹っ切れたのか開き直ったのか……、話題を変えた。

 

 

 

「それでカズキさんやバレッタは村に泊っていくのかな? だったらもっと話を聞きたいんだけど――――」

「あ、いえ。夕方までにはイステリアに戻ろうかと……」

 

 

バレッタはイステリアへの帰還時間を考えて、逆算。

やっぱり、どうしてもシルベストリアとの交流時間が短くなってしまうのは心苦しいが、もっと纏まった時間が取れれば良い。その日の為に頑張ろうと思ったその時だ。

 

 

「バレッタさん~。時間の事ならそこまで気にしなくて良いんですよ? ほら、私との移動練習にもなりますし? 慣れたらあっという間ですから」

「!! あ、え、えっと、その………、あ、ありがとうございます、カズキさん」

 

 

和樹が一言つげた。

和樹の光速移動ならイステリアまで文字通りあっという間だ。また帰り道にまで世話になるとは考えてなかったバレッタだったのだが、和樹の口から【練習】と言われたらどうしようもない。和樹を移動手段にしたくない~~と言う気持ちと、光速体感をして有事(一良危機)に備えたい~~と、天秤にかけたくはないのだが、和樹が言ってくれたのでお言葉に甘えようと思った。

 

 

「うん? どーゆーことですか?」

「バレッタさんは最近練習してるんですよ。私と一緒の「(か、カズキさん! 言っちゃって良いんですか??)」っっ、と……」

 

 

バレッタが和樹に耳打ちして言葉を制した。

和樹による空中浮遊、空中移動は言わば国の最重要機密扱いされているも同義だ。

それに何より……リーゼに色々と口止めを強くされている、と言う点もある。

 

 

「えーーー、なんの話? 練習? 2人して内緒話はちょっと寂しいかなぁ………?」

「あぁ~~……えっと、バレッタさんとの事は」

「ご、ごめんなさい……。そ、その秘密……になっちゃってまして」

「ぶーー」

 

 

頬を膨らませるシルベストリアだったが、2人の様子を見て大体察する。

余程の事がない限り、2人は隠し事なんてしない。特に和樹はそれが顕著に表れている。秘密を共有できる様にナルソン(うえ)に掛け合う~とまで言ってくれる人なのだ。

 

そんな人が【練習】と言って……いや バレッタが止めるまで言いかけてたところを見ると………、恐らくはリーゼが関わってくるのだろうな、と思った。

 

リーゼの人柄もシルベストリアは知っているし、バレッタが良い娘だと言う事も良く知っている。だから、打ち解け合うのは必然であり、更に言えばお互いに身分こそ違うが神様を好きになった……と言う点でも通じる所がある。

 

 

「まぁ、ムリに聞いたりはしないよ。教えてくれる気になったら教えて~って感じで」

「「あ、あははははは……」」

 

 

なんとなーく心を読まれてる気がしてならないバレッタと和樹。

とりあえず追及はしないようなので、この話は終わりにした。

 

 

「あ、カズキさんとバレッタに他に聞きたい事が有ったんだった」

「はい。何でも聞いてください」

「はいはーい。私も答えれる範囲では何でも答えちゃいますよ。遠慮なさらず!」

 

 

バレッタは勿論和樹も大きく頷く。

特に和樹は自分のわきの甘さ故に(想像上の)リーゼに憤怒の表情をさせてしまった事を猛省しつつ……他の事なら答えると胸を叩いた。

 

 

「まずはカズキさんから。……コルツ君に剣術を教えたりしてます?」

「うん? コルツくん??」

 

 

和樹はコルツの事を聞かれるとは思っても無かったので首を傾げ、元に戻して今度は左右に振った。

 

 

「遊び相手ならまだしも、剣術関係は子供たちとはやってませんね? 危ないですし」

「……ですよね。なら、バレッタ。村で誰か正規の剣術を習ったって人は居るかな?」

「村で、ですか……。うーん、軍の速成訓練を受けた人は何人かいましたけど、コルツ君関係は特に何も……」

 

 

2人の話を聞いて、シルベストリアは少し考える。

 

 

「バレッタとの訓練時に気付いたんですけど……」

 

 

ここで、何があったのかを説明した。

どうやら、コルツはバレッタとシルベストリアとの訓練の際に、遠くからコッソリと覗いていたとの事。バレッタは一切気付かなかった様なのだが、真剣に毎日欠かさず、一挙一動全てを見逃さず。まるで見取り稽古をするかの様に。

 

 

「―――その時は、直ぐに飽きるかなと思ったんだけど、あの子、私達が訓練していた場所が空いたら1人で練習してるみたいなんだよね。毎日欠かさず。それも表情や雰囲気が本気と言うか必死と言うか……」

 

 

汗水たらし、年頃の子供とは思えない表情で、誰からも何も貰えないと言うのにただただ黙々と剣を振り続ける姿を見てシルベストリアは違和感を覚えた様だ。

 

 

「いたずら好きな子かと思ったら、ちょっと意外ですね。まだ6歳なのにそこまで熱心に……?」

「……私から言わせればバレッタさんを考えたら意外~とは思わないですけどね。まだ10台の真ん中あたりなのに、努力の天才型になっちゃってますし。だからかな? って」

「うぇっ!?」

 

 

ぼそっ、とツッコミを入れる和樹。

それを聞いてシルベストリアもハッ! とした様にうんうん頷いた。

 

 

「そっか! バレッタの頑張る姿を見てたから、自分も頑張らないと~~! ってなったのかな?? それなら理解できるかも。ほんっと、この子この村にいる間も凄かったんですから~」

「ですよねですよね! 頑張るベクトルの先に居るのが一良さんで……それが何だか微笑ましくて良いんですよね~~」

「ですよねぇ~~。一途で健気で一生懸命で……見ていて応援したくなるっっ! って感じ、しますよねぇ~~。カズキさんも解ってくれて何だか嬉しいですぅ……」

 

 

2人してバレッタを褒めちぎるモノだから、あっという間に顔を真っ赤にさせてバレッタは手を横に大きく振って謙遜をした……が、齎した功績を考えれば謙遜する必要なんて有る訳がないので、暫く玩具状態にされたのだった。

 

 

「っとと、そうだった。もう1つ不思議な点があったんだった」

「「???」」

 

 

一頻り笑った後、シルベストリアは手を叩いて更に話をつづけた。

勿論、コルツ関係だ。

 

 

「昨日見た時に気付いたんだけど。あまりにも一生懸命だったからさ? 1人でやるより教えた方が良いかな、って思って見に行ったんだ。そしたら、あの子。私達が訓練で一度もやった事のない両手剣の型を使ってたの」

両手剣(ツヴァイヘンダー)?? 二刀流はこっちの村でも見せた事あるけど、そっちは使った事無かったかなぁ、確か」

「私も見た事ないです。えっと、両手剣はあまり使われない型なんですか?」

 

 

バレッタや和樹の反応を見てシルベストリアはうーん、と再び唸る。

 

 

「えっと、両手剣は使わない~って事はないけど殆ど使われてないと思うよ。最近じゃ両手剣なんてあんまり使う機会が無いから。盾持てないしやっぱり大振りは威力が大きくても隙が大きくなっちゃうからリスクの方が大きいんだ」

 

 

一頻り唸った後————今度は目をきらんっ! とさせてシルベストリアは和樹の方に寄る。

 

 

「カズキさんの言う、つばいへんだー? って言うの凄く興味がありますが! 聞いた事の無い単語ですね!」

「お、おうっ!?」

 

 

まさかそこに強く興味を持つとは思わなかった……と和樹は苦笑いをした。

でも、両手剣をツヴァイヘンダーと呼ぶのは、ゲームやら漫画やらの影響。よくよく考えてみればこの世界では馴染みの無い言葉だった……と言うのは別の話。

見せるのは吝かではないので。

 

 

「また村で見せてあげますよ。ただ、そんな大層な代物でもない、って言うのが正直な所ですがね。二刀流に比べたらインパクトが~って感じです。一撃必殺! みたいなのを意識する型なので」

 

 

アイザック・ハベルの2人を同時に相手にした二刀流の剣舞。相手を殲滅する様な剣術~と言うよりはまさに舞の様に魅せるから見栄えが良かった……が、両手剣のスタイルはどちらかと言えば防御諸共両断するパワー型。

天叢雲剣(ピカピカ)では切れ味がヤバいのでそもそも殆ど力を使う必要無いからこれからも特に使う予定の無い型である。

 

 

「カズキさんにみせて貰える事自体が光栄なんですよ! また是非よろしくお願いしますっ! ……っとと、また脱線しちゃった。それよりコルツ君の事ですよね」

 

 

1人盛り上がりそうになってたシルベストリアだったが、本題であるコルツの剣術についてに話を戻した。

 

 

「我流、って訳じゃなくてきちんと型になってるのが凄く気になって。バレッタ達グリセア村の人達じゃないし、カズキさんでもないなら一体誰に教わったんだろうな……って思いまして」

 

 

ふむ……と、シルベストリアは考えを巡らせている……が、和樹は1つ心当たりが有った。

でも、今はそれは胸の内に留めておく事にする。確信がある、と言う訳ではないし……それ以上に何か嫌な予感がするからだ。

 

もう忘れてしまった記憶。あのニーベルと言う男の事と似た感覚が。

 

 

「一先ず、シルベストリアさんもコルツ君の事を気にかけてくれてるって言うなら安心安全ですよね。皆、シルベストリア……シアお姉ちゃんの言う事は聞くっ! って感じでしたし」

「あははは~……私の名前長いですからねぇ。いい具合に省略した愛称で呼んでくれて、何だかこちらも嬉しく感じてる今日この頃ですよ」

「シルベストリア様がこの村に来てくれて本当に良かったです」

「あ~~~、バレッタまでありがたい事言ってくれるねぇ! このこのっ! 嬉しいゾ!」

「ふふふっ」

 

 

暫く談笑を続けた後、バレッタは村に一度戻らなければならない、と話を切り上げた。

 

 

「そっか。引き留めてごめんね。用事はもう終わったし、また彼との進捗状況の報告だけよろしく!」

「ぁ……、は、はぃ……」

「バレッタさんや。そこは律儀に返事しなくて良いと思われますが?」

「もーー、カズキさんは余計な事言わないで良いよーー! 私の心のオアシスになっちゃってるんだからぁ! ……リーゼ様にカズキさん、取られちゃってるの知って、今にも干上がりそうな所だったけど、唯一のオアシスになってくれそうなんだから~~」

「そ、それは何だか反応に困りそうです……」

 

 

本当なのか、冗談なのか……、シルベストリアはアイザックの従姉妹……スランの家系。

あの血筋は物凄く生真面目な印象。ルート、アイザック、イクオシスと言った具合に。

だから冗談の類は無い様な気がするのだが……、普段子供たちに囲まれて遊んでいる彼女の姿も見ているので、彼女だけがちょっぴり特別なのか……。

 

 

「おっ? 私にも脈ありだったりします?」

「あ~~~、返事に困りますからこの話はやめやめで!」

「ふふふっ。ごめんなさい」

 

 

手をぶんぶん振りつつ、ぷいっ、とそっぽ向く和樹を見て取り合えず謝罪の言葉を残すシルベストリア。随分楽しそうなのがよく解る、と言うものだ。

何せ和樹も今は超が付く程のモテ期到来で自意識過剰? と言う事でも無さそうだから本気で本当に大変だったりするのだ。

誰にでも誠実でありたいし、蔑ろにもしたくない、と言う想いもある。本人を思えばキッパリとフッて上げるのが正解である、と以前言われた事が有ったのだが……その後の【若しくは一夫多妻ならOK】と言う言葉も会心の一撃となって心に刻まれている。

 

それだけの容量・器量が自身にあるかは甚だ疑問なので深く考えていなかったのだ。そもそもこんなに想われる事なんてあるとは思わなかったから大変なのである。

 

 

 

 

 

 

「バレッタさんバレッタさん」

「はい、なんでしょう?」

 

 

その後、村へと入っていくバレッタを和樹は呼び止めた。

 

 

「少しだけ野暮用を思い出したので、ちょっと出てきますね。なので、すみませんがハベルさんやニーナさん達によろしくとお伝えください」

「わかりました。いつ頃帰られますか?」

「……今日中には。光で送りますよ~~って言っておいてちょっと申し訳ないのですが、もし帰りが遅くなったら一先ずオレを置いてイステリアへ向かって貰えませんかね? ……少々確認をしたい事が出来ましたので」

 

 

先ほどのシルベストリアとの時とは打って変わって真剣な面持ちの和樹を見て、バレッタも何かを悟ったのか、コクリと頷いた。そしてバレッタも真剣な面持ちになる。

 

 

「早く帰ってきてくださいね。リーゼ様も心配されていると思いますから」

 

 

和樹はいつも笑顔だった。

本当に楽しそうに笑ったり、楽しそうに困ったり、楽しそうに遊んだり……、少なくともバレッタが見る彼はそんな姿だった。

 

でも、今の和樹は何だか少し違う様に感じた。真剣味の中に何か……上手く言い表せれないが、何か不安の様なモノが出ている。バレッタはそう感じたのだ。

 

 

「大丈夫です。ちょっとだけ……ちょっとだけ気になる点があるだけですから」

 

 

和樹は笑顔でバレッタにそう言うと、周囲にバレッタ以外は誰も居ない事を確認し、身体を光に変えて移動した。

 

 

行先は決まっている。

当然、あの森————グレイシオールの森。日本へと通じる森の中だ。

 

 

そして、そこで誰に会うのかも決まっている。

 

 

「まぁたまには警戒を――――っと……」

 

 

一際大きく太い木を背にする様に和樹は着地。壁を背にして背後を取られない様にした。

件の彼女はよく背後に現れて人を驚かせる。悪戯を使命に生きている節が見えるから。幾ら太陽が昇っている時間帯とはいえ、この深緑の森の中ではそれなりに薄暗い。

だから、後ろから【ばぁっ!!】って言うのは中々に慣れるものじゃないのだ。ホラー系でもいきなりのドッキリ!! は結構ニガテだったから。

 

 

「全く、困ったもんだ」

「何が困ったものなんです??」

「どわぁぁっ!!?」

 

 

……盛大な前フリだと思ってくれて大いに結構です。また、ノワにはいっぱい食わされてしまいました。

 

背後は獲られなかった。大木を背にしているから。……でも、相手は変身しているとはいえ元は(ウリボウ)……。見た事が無かった、と言う訳で木登りの類は得意分野なのだろう。

頭上から、ばーーん!! と現れて驚かせてくるのもまたホラー系では定番のドッキリポイントだ。

 

「えへへへ。カズキさん。お久しぶりです」

「………ふーんっ、折角会いに来たのに、もうノワなんか知らないもんね!!」

「えええっ!!?」

 

 

これまでは苦言を呈したりしてきたのだが、今回に限っては警戒していたのに裏を掛かれた(上を取られた)と言う腹いせで和樹はそっぽ向いた。解りやすく頬を膨らませて、解りやすく【私、怒ってます。もう拗ねました】と言う雰囲気を出して。

 

 

「ハク~~おいでおいで」

「わふっっ!!」

 

 

ノワが来た事で、ウリボウであるハクも傍に居る事だろう、と和樹はハクの名を呼んでくる様に言うと、すぐさまやってきた。

 

 

「もう、ノワなんかほっといて、向こうで話そう? ハク」

「わふっっ♪」

 

 

人間の言葉を話せないハクだが、和樹の言っている言葉は理解出来ている様子。

明らかにノワの方が格上なウリボウだと言うのに、そっちのけで和樹についていこうと尻尾をガンガン振っている。

 

それを見て呆気に取られていたノワもすぐさま始動。

 

 

「わ、わーーー! すみませんすみません!! だ、だってカズキさんの反応がすっごく可愛いんですよぉー! どうしても、我慢できないんです、見ちゃいたいんですーーーー! だから許してくださーーーーい!」

 

 

何がだから、なのだろう? 

可愛いから虐めたい~なんて、小学生がしそうな事だ。

つんっ、とした雰囲気を崩さないまま、和樹はハクに跨る。ハクもまさか自分に乗ってくれるなんて思っても無かった(和樹は飛べるから)から、更にテンションが上がって飛跳ねる様に駆け出した。

振り落とされる様な事もなく、そのまま走り去ろうとするが……。

 

 

「ま、待ってください~~~~!」

 

 

ノワも負けじと獣の姿に戻って駆け出した。

それを遠目で見ていたウリボウの長、オルマシオールはと言うと。

 

 

「馬鹿だろ、あいつ」

 

 

こういう結果になるの解っているだろうに。最初は、和樹に冷たくされる事、イジメられてる(やり返される)事を快感に思う変態か、と思っていたオルマシオールだったが、数日間は怒られたり、冷たくされたりを引き摺ってるのでそう言う訳ではなさそうだ。

でも、止められない止まらない、と言うのは和樹と言う人の魅力があの顔にあるのか……とオルマシオールは思ったが……、それでもノワの行動はアホだし馬鹿だからと同調する事は無かったのである。

 

 



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