黒鋼の天使は、自由の翼と共に (ドライ@厨房CQ)
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CHAPTER 0

『最終防衛ラインまで後がないぞ! 右翼を守れる部隊はいるか!?』

「こちらデルタ6、カバーいけます!」

 

 どこまでも続く蒼穹の中をいくつもの光点が交わりながら複雑な軌道を描いて飛んでいる。翼を有した航空機と人が跨るエアバイクの一団が数倍もの物量で迫る機械とも生物とも言えない真っ黒な飛行物体と激しい空中戦を繰り広げ、黒い塊を次々と落としていくがジリジリと後退しているのが現状だ。

 右翼側が手薄になっているところへエアバイクを操るコールサイン“デルタ6”が割って入り、迫る敵影にレーザーとミサイルを叩き込んで撃ち落とす。しかし小型な機体なため火力を集中しても1機落とすのが精一杯で更に3機の編隊が近づいてきた。

 

《敵機接近、近接モードへの移行を推奨》

「ええ、頼むわ!」

 

 搭載されている補助ナビゲーターに従って変形システムを作動させ、騎乗するエアバイクから搭乗者を胴体に収めて全身を覆うパワードアーマーへと姿を変える。すぐさま武器としてレーザーブレードを選びとり、発振部から伸びる青色のエネルギーの刃ですれ違いざまに3機を瞬く間に膾切りにしていった。

 加速性能に優れたエアバイク形態、小回りと火力じ優れる空戦型パワードスーツ形態の2種類に変形可能な機動兵器、それがこの“ストライダー”である。優れた性能を誇って黒い飛行物体“ガレリア”とも渡り合える代物であるが、やはり物量の差をひっくり返すのは厳しかった。

 

「流石に数が多いわね、このままじゃ……」

『クッ、増援はまだか!? このままだと最終防衛ラインを抜かれてしまう! ―あ、あれは!』

 

 既に最終防衛ライン上でなんとか持ちこたえている状態だから長くは保てそうにはない。そんな時にガレリアの編隊が大きく崩れてバラバラに散っていきながらいくつかが爆ぜていくのを見て、援軍を確信するみも姿を見せたのはたった1機の航空機であった。

 航空機型ストライダーはパワードスーツ型よりも空戦に適した対ガレリア戦の主戦力であるが、たった1機ではこの劣勢をひっくり返すことは難しい。だが、援軍のストライダーははガレリアの編隊へ臆することなく突っ込んではその陣形を崩していき、よろよろと飛ぶあぶれた1機を確実に落としていった。

 

『増援!? しかし1機だけとはどういうことだ……。まぁいい、全機態勢を立て直して反撃に移るぞ』

「了解! ……一体どこの誰なのかしらね?」

 

 隊長の号令とともに乱れたガレリアへ反撃に移りながら、編隊へ突っ込みながら撹乱しつつ目立つ動きで目を引くように飛ぶストライダーを眺める。IFFで確認しても友軍としか表示されず、ファイヤーパターンの塗装が施された両翼と尾翼に刻まれた鴉を模したマークだけでは所属を確認するのは難しかった。

 ガレリア達も例のストライダーを最大の脅威と認識しているようで3機編成の編隊が後方に食いついてきたが、エアブレーキを全開にして急減速して逆に後ろへ回り込むとレーザーやミサイルが火を吹いて撃滅していく。そちらに集中しすぎているせいもあってか、外縁から一点集中を加えていたデルタ小隊によってガレリアは数を減らしてきていた。

 

『こちら防衛隊。遅れてすまない。これより援護に入る!』

『遅いぞ正規軍! もうこっちであらかた片付けてるぞ!』

 

 レーダーに味方を示す光点が無数に現れて数の上でもガレリアを超えることとなる。やってきた増援は正規軍という事もあって乱れぬ編隊で飛びながら攻撃を加えていき、デルタ小隊も最大手プライベーティアに属する部隊として練度は劣らないというプライドから負けじと飛び交っていった。

 これで大勢が決して防衛には成功したのだろう。炎の翼のストライダーも戦闘エリアから離れて周囲の警戒を行いながら、両部隊の邪魔をしないようにと最終防衛ラインより内側へと飛んでいる。

 翼を目線で追っていくと、背後にある巨大な雲の柱が視界いっぱいに広がっていった。傘を広げたようなこれこそ防衛目標となる〈超空間通路〉の入口であり、ガレリアが通ってしまえば無防備な向こう側の世界へ危険が及ぶ。それを阻止するべくプライベーティアも正規軍もここを死守しているわけだ

 

『さてと、あらかた片付いたな。今回は我々グリフォンズの戦果が一番、と言いたいがあのストライダーがトップだな。正規軍の所属ってわけじゃないな』

『あんな派手なペイントはうちじゃあ認めれれていないからな。しかそ、ほぼ無名なフリーにもあんな逸材がいるとはな』

『まだだッ! まだ終わってないぞ!』

 

 殆どのガレリアを撃滅し終えて敵性反応がなくなったので皆が一息つくのだが、突如として若い少年の声が全方位通信で全ての機に届く。その声が例のストライダーから発せられているのに気づくのと同じく、最終防衛ラインを突破された事を示す警報がけたたましく鳴り出した。

 見れば3機のガレリアが戦闘エリアの反対方向から雲の隙間を縫ってゲートに迫ってきており、今まで戦っていた大群は防衛部隊を引きつけて本命が迎撃されないよう時間を稼ぐための囮に過ぎない。おそらく間に合わないとわかっていてもスピードに優れたストライダーが全速で飛び、狙撃タイプが砲撃人日を進める中でいち早く飛び出して接敵できる位置にあの炎の翼はあった。

 

『デルタ3から5、砲撃準備を進めろ! 残りのデルタは追撃に移行、正規軍の方でゲートの通過許可申請中だ。最悪ゲートに突っ込むことを覚悟しておけ!』

「了解! ……なら初めて行くことになるね、“向こうの世界”に。でも今はッ!」

 

 独り言を漏らすが今は追撃の真っ最中ということで意識をはるか前方を飛ぶガレリアに集中させて、先陣をきる翼についていく。狙撃チームの準備も整って空を割くようなエネルギーの奔流が放たれて最後尾を飛んでいたガレリアを貫いたが、射程距離はここが限界でこれ以上の狙撃は不可能である。

 頼みの綱であるあのストライダーが射程距離に入ろうとしたその時、ガレリアの1機が反転して攻撃を仕掛けてきた。黒いレーザーと生物のように動くミサイルの暴風雨を正面から受けて、左右へ不規則な旋回を繰り返すシザーズ機動でなんとか振り払うも、その間に後方へ回り込んでいたガレリアの一撃を受けて火を吹きながら雲海に沈んでいく

 

「うし、落とされたの!? ……ッ! 次の狙いはこっちってわけね!」

 

 目下の脅威を排除したガレリアはゲートへは向かおうとせず、次に近い位置にいたこちらへ迫ってきた。相手は主力戦闘機級のスカヴェンジャータイプであり、一対一で負けるつもりはないが火力も速力も侮れるものでない。

 ぴったりと横を並走しながらお互いの後ろを取り合うデッドヒートを繰り広げていった。空中を滑るような機動は空力特性を無視したエアバイク独特なものであり、羽つきの空力特性を最大限に活かしたものとは異なっている。

 互いの背後を取り合って円を描くような軌道で飛び交うが、激しくも滑らかな旋回で優位に立ち、スカヴェンジャーの攻撃をことごとく回避した。しかし撃ち落とすにはエアバイク形態では火力が足りないので変形する隙を突かれないように攻撃に転ずるタイミングを測っていく。そして向こうからの攻撃が途切れて加速しながら突っ込んできた瞬間、一気に反転してアーマー形態へ姿を変えた。

 

「さぁ、撃ち落とす――え?」

 

 振り向きざまにブレードを構えたのと同時に下に広がる雲海より無数のレーザーがガレリアを撃ち貫く。突然のことで呆気にとられるが相手はまだ倒れていないのですぐに気を取り直し、穴だらけになったスカヴェンジャーに両手に握った二振りの光刃を振るった。4つに分かれて落ちていくガレリアの残骸とすれ違うように炎の翼が舞い上がる。

 今まで落ちた振りをしてずっと雲海に潜んで奇襲を狙っていたストライダーの意図に気づいて、一本取られた。視界が悪くて飛びづらい雲の中ですっと飛べているのだから相当腕に自身があるのだろう。

 

「落ちたふ振りして雲の中を突っ切ってきたの? 呆れた……」

『これがオレの飛び方なんでね』

 

 ポツリと漏らした独り言に反応があり、ストライダーは返信しつつもアフターバーナー全開で最後のガレリアを追いかけていった。見れば既に最後の1機がゲートの目前まで迫って超空間通路へ突入するのも時間の問題である。

 雲の傘の内側に黒い機影が姿を消していくと、すぐ後ろを炎の翼が飛び込んでいった。臆すること通路へ突入していく胆力に舌を巻くが、それを見ていた隊長からは悲鳴に似た叫び声が響く。

 

『あの馬鹿、申請も無しに突入したのか!? 無効では未確認扱いでガレリアともども敵性存在にされちまうぞ! デルタ6、今すぐおいかけろ、お前の翼なら追いかけられるはずだ!』

「えッ、私がですが!? それにこっちもまだ申請前ですよね!?」

『通路を通ってる間に向こうへ連絡がいくようにする! だから頼む!』

「……ッ、了解! んもぉ、絶対追いついて文句言ってやるッ!」

 

 一番近い位置にいて隊の中で一番速いということでの抜擢だが、後先考えずに突っ込んだどこぞの馬鹿の尻拭いというわけでもあるから、これまでの畏敬の念はどこかへ吹き飛んで代わりに怒りがドンドン湧いてきた。スロットル全開で赤い機体が空を切って飛んでいき、雲の柱へと音速を超えて突入する。

 

 超空間通路の内部は筒状で横に伸びるトンネルそのものだ。筒の外側は幾何学模様の流れが歪んだように蠢いているもので、そちらに入り込んでしまえば通常空間へは戻ることは出来ない。空を飛ぶのとは勝手が違うのであんまり長居は支度なく、急いで突破すれば、出口となる光の円が視界いっぱいに広がってきた

 眩い光がすぎれば、そこは一面が青の世界である。どこまでも広がる海と空との境界になる水平線を初めて目にして、思わず感嘆の声を漏らす。しかし今はガレリアと馬鹿を追いかける方が優先なので、景色をゆっくりと堪能する暇はなかった。

 

『そちら、オラクルからの援軍ですね! 地球へようこそ、と言いたい所ですが、既に最終防衛線まで肉薄されています!』

「了解、引き続き追撃を行います! それとガレリアの後ろに引っ付いてる奴は味方ですんで、なるべく撃たないようにお願いします」

『えッ!? あれ味方なんです!? ちょっとぴったり付いててガレリアだけを狙うのは難しいです!』

「わかりました。気にせず弾幕張ってください。それぐらいで落ちないと思いますよ、あのバカは」

 

 地球側のオペレーターより渡された情報に目を通し、ゲートを中心に防衛機構などの海上施設がドーナッツ状に広がっている。それらを目視で見ればいくつもの光点が打ち上げられて、いくつもの火花が空を彩る中心にあの2機がいた。あれでは狙い撃ちは出来ない圧倒的火力であるが、その全てを侵入者たちは容易く突破していく。

 対空砲火の巻き添えを受けないように海面近くを飛べば、防衛施設が巨大な壁となって対空砲の射程に入らなくなければいけないようになっている。こに壁を突破しても外側にはイージス艦がいくつも展開するという鉄壁の守りを誇っているが、発射された対空ミサイルの雨霰をガレリアは表皮から発する波動でジャミングして無効化し、ストライダーも急激なターンに上下運動で全てを振り切った。

 

『クソッ、ミサイルもだめか! なんなんだあれは!?』

『スクランブルも随時発進! ……なんて速さだ、追いかけるのもままにならんとは!』

 

 船の間を通り過ぎながら混戦した無線から防衛隊の歯がゆさが聞き取れる。無理もない、総火力をもってしても2機を落とすことできずに防衛線を抜かれてしまったのだから。急上昇してストライダーの後方について、ガレリアの行き先を方位から最も近い陸地である日本という国のようで、速度からあと10分もしたら到達してしまうだろう。

 ストライダーはぴったりとガレリアについてようやく射程距離内に収めたようだが、いつまで立っても撃つ気配がない。どうしたものかと見れば下部ウエポンベイが丸々失われていたのだ。

 

「弾切れ!? まさか、あの時に全部失くしちゃったわけ!」

 

 奇襲の時に一度攻撃を受けたが、その時にウエポンベイを攻撃されてやむなく排除したのだろう。ミサイルなどは転送装置で補充できるが地球上では使用不可能で、レーザーを届かせるには更に接近する必要があるが、これ以上の加速はストライダーに無理である。

 

「アンタは下がりなさい、後はこっちがやるわ!」

『まだまだ、終わりじゃねえ!』

「ちょっと聞いてるの!? 何する気なのよ!?」

 

 攻撃できないストライダーでは対処できないので、引っ込むように叫ぶも答えになってない返しが来て、ストライダーは一気に加速していった。既にアフターバーナー全開であるはずなのに、更に加速していったということは全てのエネルギーをエンジンに回しているかもしれない。

 だがそれは生命維持や感性制御も切ってることになり、この超加速によるGを全て受け止めることだ。死にかけるような一撃を決めようとしているものに絶対に嫌な予感がしてやめるように伝えるも、無線のエネルギーも切っているのか繋がることはない。しかし、ガレリアに迫るその瞬間にその叫びが聞こえた。

 

『知らねえのか、オレは死なねえぇぇ――』

 

 雄叫びとともに機体設計限界強度を超えて突撃したストライダーの機首がガレリアへ突き刺さり、直後に2期は諸共爆散して火の玉として散っていく。陸地まであと2分というギリギリのところで阻止できたが、生活圏にも近いからこの爆発に驚く人々も多いだろう。

 操縦桿を握ったまま呆然と落ちていく残骸を眺めていたが、その中で妙に降下速度が遅いものがあった。それはストライダーの座席が変形した脱出ユニット兼ジェットパックであり、どうやら無事にベイルアウト出来たらしい。全てが計算の内かはたまた悪運が強いだけかわからぬが、無茶苦茶っぷりには呆れ果てるしかなかった。



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CHAPTER 1
CHAPTER 1-1


「はぁ……、どうしよう……」

 

 ため息をつきながら砂浜をトボトボとした足取りで歩く少年がいる。彼は放上(ほうじょう)千景(ちかげ)、ここ御統(みすまる)市の統原(すばる)中学校に通う普通の15歳の少年なのだが、頭を悩ませる問題があった。中学3年生ということで卒業間際だから普通に高校へ進学するつもりなのだが、そんな中で自衛隊から思わぬ声が書けられていた。

 なぜ普通の中学生にそんなことが起きたかというと、その理由は一つ。10年前に突如として現れた巨大な雲の柱が“超空間通路”とそれを通じて現れた謎の敵性存在、それを追いかけて撃退した異世界人―ゲネシスが浸かっていた兵装コントロールシステム、それに地球上で唯一適合するのが千景だからである。

 ゲネシスにおいて謎の敵性存在―ガレリアと戦っている者が使う戦闘兵器は航空機などこちらに似通ったものだが、原理やシステムは完全に別物で特に操作系は思考制御で賄われていた。ただシステムを動かすにはサイトロンと呼ばれる特殊波動を発生させられる人間だけで、向こう側でもその数は限られているので適合者は“ランナー”と呼ばれある種の天才として扱われている。そして千景は現時点で地球人で唯一のランナーということだ。

 

「そんな大げさなの、本当にあるのか……?」

 

 異世界との交流は国連が全権を握っているが交流自体が殆どないので、千景のような一般人にとっては海の向こうぬ見える巨大な雲の柱でしかない。ある意味ではまだフィクションの存在というのが大多数の認識なのだが、御統市は日本の領海内に位置する超空間通路に一番近いということで、そちらに従事してる国連職員が多く訪れる、いわば異世界特需で経済が支えられているから他よりも異世界が身近にある街だ。

 空に手をかざしてみてもそこはなんの変哲もないただの手のひらで特別な力が宿っているとは思えない。千景は航空機は好きだし、自衛隊の方も実戦はなくシステム実証実験きへの協力といいことで、学生を続けたまま臨時の民間協力者として自由に動けるよう取り計らってくれている。それでも受けるか躊躇しているのは、空を飛ぶというのはたとえ非戦闘であってもどれほど危ないのか知っているからだ。

 

「そりゃ飛行機好きだし、自在に操れるのも魅力的だけどさ。遊びじゃないんだよね」

 

 結局脳内議論は堂々巡りで決着がつかず、ただため息を漏らしだけで視線を砂浜に落とす。そんな千景の頭上で空を切り裂くジェットの爆音が轟き、見上げれば沖合の上空に黒い影があった。まるで巨大なコウモリかエイのような扁平な身体に菱形の翼を広げ、先端から流線型の細長い頭部が伸びている。後ろから伸びる長い尻尾からまさに生物のようであるが、表面の無機質さや足が無くて代わりに伸びているエンジンノズルからむしろ機械的に思えた。

 まっすぐこちらを目指して飛んでくる黒い未確認飛行物体に対して、後方から追いかけてくるクリップトデルタ翼形の航空機である。灰色のロービジカラーとは不釣り合いなファイヤーパターンが翼に描かれていた。

 2機とも陸地に向かっているが後方にいた戦闘機が突如として爆発したかのようにエンジンノズルから爆炎を噴出させて、その推力に物を言わせて更に加速していく。あまりにも強すぎる加速度に機体が歪んで崩壊していくのも構わずに肉薄し、文字通り炎の翼と化した機体が漆黒の翼とぶつかり合い、激しい閃光が迸って直後に爆発音と衝撃波が周囲に広がっていった。

 

「うわああぁぁぁぁ!!?? い、一体なにが……」

 

 海岸まで届いた衝撃波の吹き飛ばされそうになったところを何とか踏ん張って海に目を向ければ、ここから数キロもしない上空でぶつかったらしく2機の残骸がバラバラと落ちる。とんでもない空中衝突事故を間近で目撃して唖然としている千景の視界に更に信じられないものが映った。

 重力に従って海に落ちていく残骸の中で明らかにそれを無視した挙動で浮かぶものがあり、射出されたコックピットの座席がパラシュートも無しで自力で飛びながらゆっくりと砂浜の方へ降下してくる。そして目の前に軟着陸するとそこに座っていた謎の人影が立ち上がり、大きく身体を伸ばすのだった。

 

「だぁーッ、なんとかギリギリで落とせたな。しっかし帰りの足がなくなっちまったぜ……。通信はっと、やっぱ圏外かー」

 

 姿を見せたのは千景とそう年齢は変わらない少年で、白いワイシャツにスラックスを纏いネクタイやベストを着込んで格好からはどう見てもパイロットとは思えない。左手に巻いたリング状の機械をいじりながらボサボサでツンツンに立っている赤髪をかいているが、視線を上げた彼と目が合った。

 人がいることに別段驚く様子はなくて、またしても腕輪の調子を確かめると片手を上げながら明るい調子で親しげに声をかけてくる。どうにも調子は軽そうな感じだが悪人には見えなかった。

 

「あー君は地元の人? こっちの言ってる言葉わかる? 別に怪しいもんじゃないけど、騒がしくてすまんな。……って、怪しむなって方が無理だよな」

「えっと、そ、そんなことは無いですよ。ただちょっと現実離れしてて理解が追いついていないと言いますか―」

「まー仕方ねえよな。とりあえずオレはイーサンって言うんだ。君らが言うとこの異世界人ってやつだ」

 

 イーサンと名乗った少年は指鉄砲を作って撃つ仕草をしながら自らを異世界人と称し、そんなおどけた言い回しにどこかおかしくて思わず吹き出すとしばし2人で笑い合う。ひとしきりに笑ったあとでイーサンは軽く状況について教えてくれた。

 あの炎が刻まれた翼が戦闘機こそがイーサンの乗機であるストライダーで、黒いエイみたいなガレリアが向こう側から防衛網を破ってここまできたという。それを追いかけてなんとか追いつけたところで残弾が尽きてしまい、最後の手段であるリミッター解除と突撃によりガレリアを撃破できた。

 

「そ、そんなことが……。というか突撃ってただぶつかっただけだよね!? 本当に大丈夫だったの!?」

「オーバーだなー。確かにアレだけの高等技術は超スーパーグレートに特別なオレだからこそ出来るものだからな!」

「だよねあんなことする人ほかにもいないよね……。ガレリアって危ない奴だけど、あなたもなかなか……」

「なんだいその目は? まぁガレリアは危なくなったのは最近だな。今までこんな新型出して事なかったぜ」

 

 向こうの世界の空中に住まうゲネシスと地表を完全に覆ったガレリアとの睨み合いが1000年以上も続いているが、その殆どは小康状態で小競り合いに終始して大規模攻勢も数えるほどしかない。しかし10年前に地球と超空間通路が繋がって以来、ガレリアは見たこと無いほどに活発となってゲートへの襲撃や新型の投入などを繰り返していた。

 だからガレリアは地球を狙っている。そんなは話を聞かされて背筋が薄ら寒くなるが、語った当人は目を細めて千景の顔から全身を凝視して、初めて躊躇という状態を見せながら訪ねてきた。

 

「なぁ、ちょっといいか? さっきから気になって仕方なかったんだが、君って女? それとも男?」

「え、あ、僕は男ですよ、こんな顔だから間違われ――!?」

「なるほど、確かに男だな」

 

 顔立ちが中性的だから学生服を着るようになってからは減ったが、小学生の時は幼馴染と並んでると姉妹と間違われることも多々あったので、イーサンのように疑問を浮かべる相手にも慣れている。

 だが、そう言った次の瞬間に股間を思いっきり鷲掴みにされて物理的に確かめられのは初めてで、その痛みとショックで固まってしまうもすぐにイーサンを睨んで講義した。

 

「い、いきなり何すんの!?」

「まぁまぁ確かめるにはこれが一番でよ。んー、どうやらお迎えが来たみてえだ」

 

 目尻を釣り上げて怒る千景を軽く受け流してイーサンは沖合に目を向けて、仕方なく怒気を込めた視線をそちらに向けると確かに海を割くように水上バイクみたいなのが近付いてくる。海面から数メートル上を飛んでるエアバイクも、ストライダーと呼ばれる異世界の航空兵器だ。外見はバイクみたいだがシートがある胴体部は航空機らしくキャノピーで覆われており、赤と黒に塗られた機体は砂浜まで着くとゆっくりと降下する。

 キャノピーが後ろへスライドしてシートが浮き上がると、そこに跨っていたのは長い銀髪を靡かせた少女であった。背丈は千景よりも高くスラッとしていて、身体に密着するレオタード状のスーツの為か豊満な少女身体の起伏が強調されている。間違いなく美少女であり、キリッとした赤い瞳は千景に目を向けてからイーサンへと注がれた。

 

「あーその機体はずっとついてきてくれてたよな。君みたいな可愛い子ちゃんが乗ってたなん――ぐぉッッ!!!???」

「アンタのせいでこっちはいい迷惑なのよ! さっさと大人しくしなさい」

 

 つかつかと近寄ってきた少女はまずイーサンの股間に向けて思いっきり膝を叩きつける。強烈な一撃をもろに受けて鈍い声を口から漏らしてそのまま倒れ込み、少女は悶絶したままのイーサンをロープで縛り上げていった。

 まるで理解が追いつかずにただ呆然と眺める千景に、手を動かしつつも少女が同情するように笑みを向ける。やはり顔立ちは整っている美少女なのだから、直視するのもなぜだか躊躇わられた。決して足元で容赦なく雁字搦めに縛られていくイーサンがいるからではない。

 

「ごめんなさいね、いきなりこんな変な奴に絡まれて。コイツはしっかり私が送り返すから安心してね」

「あ、あ、はい。でも彼はここを守ってくれたんです。確かにすごく変な人ですけど、そこまで縛られるほど悪い人じゃないんじゃ……」

「確かにそれは事実ね。でもコイツは許可なく通路通るわ、地球側の防衛機構にいらぬ手間をかけさせるわ、人口密集地の近くで危険飛行するわで余罪が色々とあるの。だから出頭してもらわないとね」

 

 イーサンの余罪をつらつらと述べる少女の姿から、やっぱり彼は異世界でもとびっきりにおかしい人で普通な人もちゃんといると確認できてどこか安堵した。足先から首の下までグルグル巻きになったイーサンを機体の後方に積みながら、銀髪の少女も不幸な形でファーストコンタクトになった少年へ謝意を述べる。

 

「こんな形のファーストコンタクトなんて少し申し訳ないわ。でもこれも何か縁だしまた会えるといいわね。それじゃあ、今回のことは友だちとかに喋っても大丈夫だから安心して」

「ありがとうございます。でもこんな事を話しても信じてくれなさそうなんで胸にしまっておきます」

 

 赤いストライダーが浮かび上がるとゆっくり海の方へ進んでいき、海岸から離れたところで一気に加速して小さく水平線の向こうへ消えていった。たった数分の出来事ながらすごく濃い体験をしたものだから、今は吐き出したため息はない混ぜになったいろんな感情が漏れ出したものである。

 さっきの人にはああ言ったが家族には一応話しておこうと決めて、千景はここへ来た時とは真逆な軽い足取りで帰路に着いた。

 

 

 

 

 

「報告はアズライト・ジュネット君より聞いている。それでイーサン・バートレット君、なにか申し開きはあるかね?」

「いえ、その通りですよ司令官殿」

 

 超空間ゲートの周囲に置かれた人工島郡、その一画にある防衛部隊の司令室にてイーサンは気怠げそうに査問を受けている。股間に思いっきり膝蹴りを食らった挙げ句雁字搦めにされたのだから気分は良くないわけで、査問役の司令はそんな彼の態度を気にすることなく淡々と進めていった。

 査問と言えど提出された報告書に目を通しつつイーサンからも確認をとるといった具合で、記載されたものとはかねがね相違ないからイーサンは肯定していく。一通りチェックを終えた司令は報告書を閉じると、フッと一息漏らしてからイーサンに今回の処分を告げた。

 

「ゲートの無断通過は本来重罪だ。しかし新型ガレリアの撃退にも成功してるので、そこを考慮して1週間の飛行停止処分とする。それから撃墜現場近辺でのガレリアの影響調査を命ずる」

「影響調査ですかい?」

「そうだ。地球にガレリアが到達した時点で完全殲滅が確認するまで監視活動が行われる決まりになってる。さっそく現地に出向いてほしい」

 

 無許可でのゲ―ト突破となるとそれなりに重い処分が下るのだが、新型ガレリア撃退の功もあってか軽い処分だけで許された。それよりも司令が重要視しているのはガレリアの完全殲滅であり、地球に侵入したガレリアは欠片も残さず全て消滅させるのが地球側との取り決めとなっている。

 既に先方へ周辺海域での封鎖とガレリアの捜索を依頼しており、イーサンにもそちらの始末が命じられて別段拒否する理由もないので頷いて受理した。処理は終わったとのことで、イーサンは力の入ってない敬礼をすると踵を返して司令室から出ていく。

 

「待ちなさい、そこの大馬鹿野郎」

「ゲッ、玉蹴り女じゃねーか。また玉を蹴りに来やがったのかー。それにバカとは何だ、飛行とつけろ飛行と」

「た、たまッ……!? 私はアズライト・ジュネットというちゃんとした名前があるの、覚えなさい! それにもう蹴るつもりはないかた股間ガードやめなさい。……ってバカ呼ばわりはいいの!?」

 

 司令室の扉を出てすぐのイーサンを呼び止めたのはここへ連行した当人である銀髪の少女―アズライトであり、彼女はレオタード状のパイロットスーツの上から真紅のコートを羽織っていた。そしてイーサンは先程の出来事からその顔を見た途端に股間をガードしていき、その行動や言動に少女よりツッコミが入る。

 ちなみにイーサンが大馬鹿野郎と呼ばれているのは無許可でのゲート進入に防衛機構を全て回避してガレリアを自爆まがいで撃退したという滅茶苦茶なところから、ここの者達が呼び始めたものであるが、イーサン自身はバカ呼ばわりに対してはいつも少し的はずれな反論を見せていた。

 

「うるさいやつだなー。オレに用があるんだろ?」

「えぇ、まともに付き合うと疲れそうだわ……。用ってわけじゃないけど、その様子だとガレリアの動向調査を依頼されたみたいね。だから地球で変なことして人に迷惑とかかけないでよね。私ら皆そんな風に見られちゃうんだから」

「アンタはオレのかーちゃんかよ? そこんとこは心配ご無用だぜ、オレは超スーパーグレートにすんごいだからよ!」

「あぁ、心配だ……。まぁとりあえず頑張って……」

 

 声をかけたのが間違いだったと言わんばかりに顔を曇らせて頭を抱えたアズライトはゲネシス行きのターミナルの方へフラフラと歩いていく。それを不思議そうに眺めていたイーサンも反対側にある御統市行きのターミナルへ向かっていった。

 

 

 

 

 

「そのパーツはそっちに運んでくれ! あ、それは壊れやすいから気をつけてな」

 

 とある格納庫内にて機械のパーツがいくつも運ばれて並べられていく。しっかりと整然された物からスクラップ当然のものまで色々あるが、規則性のある並び方で置かれていって、それは十字架か翼を伸ばした鳥のように見えた。その通りここでは航空機のレストアが進めれられていれうが、ただのレストアではない。

 作業員の中心に立って指示を出す老人こそがレストアの主導者となる博士で、簡単な三面図を引いた後はそのまま製作を開始する。本人曰く細かいところは全て頭の中に収まっていると語っているが、監督役である背広の男性は残骸だらけの格納庫も相まって不安を感じていた。

 

「博士、本当に大丈夫のですか? この計画にはかなりの予算が使われていますので……」

「なーに心配はご無用、これだけのパーツとスタッフがいるのだからのう! 最高に仕上げてみせますぞ、この仕様書以上にな!」

「あー仕様書から逸脱しないでください! なんか心配なんですけど―!?」

 

 綴じられた分厚い紙の束をバンバンと叩きながら博士は豪快に笑うも、背広の男は半分泣きそうになりながらも必死に止めていく。くしゃくしゃとなった仕様書の表紙には極秘の文字とともに『国産ストライダー製造計画』と書かれていた。



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CHAPTER 1-2

「本当に現実だよね、昨日のこと……」

 

 桜の蕾が開き始めている春先の並木道を千景は歩いている。しかし、散歩というよりは上の空で昨日起こった出来事と出会った人物について考えを巡らしているところだった。目の前で航空機が爆発してそこから異世界人が現れて言葉を交わし、追いかけてやってきた別の異世界人にその異世界人が雁字搦めになって連れられて行く。目にした当人が言葉にしてみても荒唐無稽だと笑い飛ばせる代物で、今朝母に話したら『大変だったわね』の一言で済ませていた。

 一晩経ってまるで夢の出来事みたいになっているが、あの時イーサンと名乗った異世界人から股間を鷲掴みにされた痛みはしっかり覚えている。あれは現実であることは間違いないのだが、少し心許ないのでもう一度あの海岸へ向かっている次第だ。しかし、そんな彼を呼び止めるように一台の車がが止まって老人が出てくる。

 

「やぁ、君が放上千景くんじゃな? 御堂一尉に頼まれてお迎えにきたんだよ」

「御堂さんが? そっか今日会う約束してたんだ。ありがとうございます、えっと博士?」

「お、おう! ワシ博士っぽく見える? そうともそうとも、ワシはまさしく博士なじゃ!」

 

 顔を出していたのは白髪頭の老人でまるでバック・トゥ・ザ・フューチャーのドクがそのまま飛び出してきたような容姿をしていた。なので博士と呼んでみたら案の定嬉しそうに喜美を見せる。御堂一尉という人物は自衛隊内で行われている、千景も参加しているストライダー製造計画の中心にいる人で、どうやらこの博士とも知り合いのようであった。

 今日会う予定だった事を思い出して千景は車に乗り込み、博士もそのあとに続く。運転席にいる自衛隊員に合図を送ると車は走り出して、当初の目的地であった海岸からどんどん離れていった。

 

「それでどこへ行くんですか?」

「ムッフフ、それは着いてからのお楽しみじゃ」

 

 

 

 

 

「お待ちしていた! 自分が現場指揮を執る御堂(みどう)日向(ひゅうが)一等空尉だ。イーサン・バートレット君よろしく頼むよ! ……って気分が悪そうだけど、大丈夫かい?」

「ご心配なく、キャプテン・ミドウ。船酔いってやつっす、じきによくなる思うんで……」

 

 ゲート前線基地から御統市を繋ぐ定期船で一晩過ごしたイーサンは人生初の船旅ということで、見事に船酔いを身を以て経験した。視界がまだ揺れているが陸地に上がっているので気持ち悪さもだいぶ薄れてきているので、気を紛らわすように腕輪に目を向けて翻訳機能を調整する。

 イーサンに人懐っこい笑顔を向けて気遣いを見せた御堂一尉は自衛隊内に作られたガレリア対策室に設立当初から属しており、10年前のゲート開通及びそれに伴うガレリアの大侵攻では戦闘機パイロットとして戦ったベテランだ。今は戦闘機から降りてはいるが、昇進を蹴ってまで対策室の現場指揮官に留まっている。

 海上ではクレーンを載せたサルベージ船が浮かんでいて既にストライダーの残骸回収が進めれられており、イーサンの役割は同じく沈んでるガレリアの残骸を完全殲滅させることだ。ガレリアはあらゆる物質を取り込んで同化していく恐ろしい性質を有し、オルゴンというエネルギーだけが唯一対消滅させることが出来るが、そのオルゴンはゲネシスにしか存在しないので、地球では一欠片でもガレリアが残っていたらそこから無尽蔵に侵食と増殖を繰り返す危険性がある。

 もっともストライダーそのものがオルゴンの塊で出来ていて突撃した時は全開にしていたので、対消滅しきるには十分すぎるオルゴンを叩き込めたので残骸が残ってるとイーサンには思えなかった。

 

「しかし、君たちヘゲネシスの技術には驚くばかりだよ。こんな風に残骸が打ち上げられるほど軽いのに強度は金属なみという素材があるんだからさ」

「ストライダーなんかはオルガナイト、オルゴンの結晶を混ぜ込んだ複合材でできてますねぇ。値段はなかなかするんですけど、色んな機能があって特に―」

『御堂一尉、聞こえますか! こちらサルベージ版、海底より何かが高速でそちらに向かっています!?』

「なに、ガレリアか!?」

 

 沖合で活動していたサルベージ班からの緊急連絡に御堂一尉はすぐさま海の方目を向けてイーサンもそれに従う。見れば確かに波濤を立てながらまっすぐにこちらへ向かってくる何かがおり、砂浜にいる自衛隊員達は緊張した面持ちでライフルを構えて御堂一尉もホルスターから拳銃を引き抜いた。

 岸まで上がってきた黒い影は海面を割って飛び上がると、直径にして60センチほどの真っ黒な球体で生物とも機械ともとれぬ異様な姿に誰もが息を呑む。御堂一尉が号令をかける寸前のところで閃光が走り、球体のド真ん中に風穴が開いた。

 懐から黒塗りの拳銃を取り出していたイーサンが球体状のガレリアを撃ち抜いており、続けざまに引き金を引いて2発3発と光弾が銃口から放たれていく。どんどん穴あきになっていったガレリアは溶けるように形が崩れていき、跡形もなく綺麗サッパリ消えるのだった。見事なまでの早撃ちに見惚れた御堂一尉はホルスターに拳銃を収め、イーサンも得意げな表情を浮かべながら手の中でクルクルと銃を回す。

 

「凄いなぁ、それがオルゴンの力って奴か。あ、いや早撃ちも見事だったよ」

「ま、あのくらいちっこいガレリアなんざ指先一つで蹴散らせるさ。それよりもだ、ガレリアが出たってことはまだ残ってんだな、メンドーだぜ……。御堂一尉、サルベージ出来たやつの中にオレンジ色した六角形のパーツ見つかってないですかい?」

「オレンジ色の六角形だな、今確認してみる。サルベージ班、聞こえるかッ!」

 

 ガレリアが出たからには本格的に対処していく必要がある。イーサンはには考えが一つ浮かんだので、それに必要なストライダーの部品が見つかったか御堂一尉を介してサルベージ班に確認し、無線機越しより肯定の旨を確かに聞いた。

 回収に向かうということでボートを出してもらい、件のパーツを回収した墜落地点のほぼ直上にあるサルベージ船へ向かう。出迎えてくれたスタッフ達が早速回収されたパーツを持ってきており、確かにそれは注文通りのオレンジ色をした六角柱であった。

 

「それで、この秘密兵器を使ってどうガレリアを駆除するんだい? まだ連中はこの水底に潜んでるかもしれないが、探すのは一苦労だ」

「探す必要なんてないさ。さぁ皆の衆刮目せよッ!」

 

 オレンジの六角形を受け取りつつ疑問を浮かべる御堂一尉へイーサンは不敵な笑みを向け、天空へ捧げるように両手で持ち上げると芝居がかった大仰な言い回しで力強く叫ぶ。するとその声に呼応して手のひらから緑色の燐光が溢れるように漏れ出し、持ち上げられた六角柱も光を取り込んで更に激しい煌きを放っていき、宣言通りに御堂一尉を始めとしたその場にいる全ての者が刮目して眺めていた。

 六角柱の形が判別できない程の眩しさに包まれたところで、イーサンは垂直に5メートルほど飛び上がる。そして水面に向けて手にしていた光り輝く柱を投げつけ、まっすぐに海中へ没していった。海底まで到達したところで溜め込まれていた光が一気に開放されて、周辺の海域が翠の燐光に染まり上がり、しかし光はすぐに収まって海は何事なかったかのように青色を取り戻す。

 

「イーサン君、今の一体ッ……?」

「オルゴンによる浄化ってやつですよ。さっき打ち込んだのはストライダーのオルゴン増幅装置でオレのオルゴンをたっぷり高めたって感じっす。まー普通のランナーならこんな小細工しないでオルガナイトをバラまきゃいいわけだし、オレもまだまだ精進が足りないっすねー」

 

 目の前で起きた出来事を信じられない様子で呻くように呟いた御堂一尉はまだ未熟だと嘯くイーサンには開いた口が塞がらなかった。オルゴンそのものはイーサン達の世界“ゲネシス”では普遍的に存在するエネルギー源であるが、それを結晶化させたオルガナイトを生み出されるのはランナーと呼ばれる、自らオルゴンを生み出すことが出来る特殊能力者だけである。

 なのでオルゴンが存在せぬ地球においてもストライダーなどのオルゴンを動力としたマシーンを動かすことが出来た。その他にも色々と一般の人々にはない能力を持ち合わせているのだが、高い能力に比例してその人口はかなり少なく現時点でも1万人いるかいないかという具合である。

 

「これがランナーの力か……。それじゃあ、一般の人達はオルゴンを活用してエネルギーとしてるけど、ランナーは自らエネルギーを生み出せるってわけだね?」

「そうそう、普通だとオルゴン取り込んで色々出来るってわけね。向き不向きがあるから補助器具使うのが一般的さ。そのケータイってやつみたいに皆持ってんの」

「なるほど、そういうものか。だけど携帯電話を持っていない人は結構多いぞ」

 

 ボートに乗って岸まで戻ってきたイーサンは一仕事終えたように身体を伸ばす。ガレリアを綺麗に全部掃除できたからお払い箱であるが、まだ飛行停止期間中なので暇を持て余すことだろう。そこへ渡りに船と言えるお誘いが御堂一尉より来る。

 

「イーサン君、本当に助かった。それでお礼といってはなんだが、君に見せたいものがあるんだ。少し付き合ってくれるかい?」

「いいですぜ、どうせまだまだ飛べませんから。それで何を見せてくれんです?」

「フフフ、我々の秘密兵器さ!!」

 

 

 

 

 

 博士とともに車に乗った千景が揺られながらたどり着いた先は飛行場であった。御統市の郊外にはゲート前線基地との空路を担う御統飛行場があり、民間人の航路から国連関係の特殊航路の拠点として使われている。飛行場内んは航空自衛隊の基地も併設されており、千景もランナー適性を調べるためによく通っている。

 博士と千景を乗せた車はそのまま基地入口を顔パスで進んでいき、滑走路の隅を走りながら一番奥にひっそりと建っている格納庫の前で止まった。どうやたここが目的地のようでぴょんと飛び降りた博士が早く来るように手招きしている。

 

「えっと、ここが目的手ですか?」

「そうじゃそうじゃ。ささ、中に入られよ」

 

 背中を押されるように中へ入ると外から見たよりも広い感じの格納庫であり、多くの作業員が詰めているのがわかった。作業用の重機や雑多な部品類がいくつも置かれているが、その中心には整然と鎮座するは銀色の航空機である。

 この機体に千景にも見覚えがある“F-104 スターファイター”であるが、設計自体60年以上前で自衛隊からもとうの昔に退役してるはずの古い機体がここにある理由がわからなかった。しかしシルエットそのものは同じでも各部が微妙に違うのでレプリカらしく、特にエンジンは双発になって翼端のステーションにはミサイルでも増槽でもないパーツが取り付けられている。

 

「見せたかった物って、このマルヨンですか?」

「その通り! 見た目は確かに君から見れば旧式もいいとこなF-104であるが、中身は一切別物! これこそ初の地球製ストライダーなのだ!!」

「地球製、ストライダー……」

 

  博士の言葉を反復して千景は呟いた。既に組み立ては終わって最終調整が済めばあとは飛ばすだけというが、ちゃんと飛ばせるのだろうか不安と自分だけが動かせるマシーンというに存在への期待が同時に湧いてくる。相反する感情が迸って身震いする千景へ博士は相変わらずのマイペースといった具合でコックピットの中へ入ることを進めた。

 コックピットの中心にはペダルと操縦桿がついたシートとその後ろには折り畳み式の簡易シートが置かれ、千景がメインの操縦席へ博士が簡易シートへ乗り込んで操縦システムを立ち上げる。普通の航空機に設置されている多数の計器類は見当たらず、キャノピーの下もモニターになって外の様子を映しており、操作系統も大きく違うのが如実に表れていた。

 

「どうじゃ、サイトロンコントロールシステムは良好じゃろ?」

「はい、まるで身体を動かしてるみたいです。でも2つの身体を動かしていく勝手の違いにはまだ慣れませんけど……」

「最初は皆そんなもんじゃ。超伝達物質のサイトロンを増幅させて疑似的に接続してるのだからな、文字通り人機一体になるぞ~!」

 

 操縦システムとなるサイトロンコントロールシ(SCS)テムが作動して千景はすぐに羽が生えたかのような感覚を覚え、手を握る足を動かすといった身体を動かす感覚で方向舵などの翼可動部が連動している。機体を動かそうと思えば肉体も動いてその逆も然りというわけで、慣れは必要だが感覚を掴めれば自由自在に空を飛べるだろう。

 計器類などもSCSを通じて脳内へ伝えられたりヘルメットから網膜へ直接投影されたりするので、そちらの確認に気を取られることなく操縦に専念できた。コックピットより出てその出来に満足している博士は嬉しそうに千景の手を握りしめた。

 

「放上くん、おかげ様で調整も早く済みそうだわい。地球唯一のランナーと聞いておったが、なかなか良い筋をしている。注文があるなら希望通りにチューンするぞ?」

「ありがとうございます、博士。でも僕はこれにしっかり乗るはまだ先ですよ。まだまだ子どもですから」

「そうか、ならそれまで飛べるようしっかり整備しとかんとな。ちょうど孫もな君と同じくらいの年でランナーなんだが、空を飛ぶことしか考えてない大バカ者でな。話が合うかと思ったが、悪い影響しかないのう」

 

 近くに置いてある木箱に腰掛けると博士は家族のことを話し始める。向こうの世界で娘さんは昔はエアレース選手で現役を引退した今でも運び屋として飛んでいるようで、孫もその血を色濃く引き継いで物心ついた時から空を飛ぶという筋金入りの空バカだという。

 手本にはまるでならないと博士は笑い飛ばしているが、その様子を想像すれば不意に父の顔が思い浮かんできた。空を飛ぶのが好きでいつも飛行機の話をしていたのだから、なら飛行機と結婚すればいいと母が呆れたふうにぼやいたのを幼心ながらしっかりと覚えている。だから、自由に空を飛ぶ彼に好ましい感情が浮かび、昨日であった傍若無人な少年も悪く思えなかったのだろう。

 ちょうど格納庫に御堂一尉が姿を現してその後ろに誰かを連れていたので、何者かと顔を覗かせると二人はギョッとした。何故なら千景にとっては昨日出会ったあのランナーで、博士にとってはゲートの向こう側にいるはずの不肖の孫だからである。

 

「やぁ、バートレット博士に放上君。お二人に会わせたい人がいてね」

『どうして、ここにいるんだ!?』

「えっ、どういうこと?」

 

 3人が同時に同じセリフを叫ぶという状況を呑み込めず目を丸くしている御堂一尉をそのままに、連れられてきていた少年―イーサン・バートレットは溜息混じりにやれやれと言わんばかりな表情を浮かべて博士の元へやってきた。

 博士の孫が昨日出会った無茶苦茶なランナーである少年ということに、どんな縁で繋がっているのかと驚愕するが、同時に納得する。博士の話を聞いた限りその特徴は紛れもなくイーサンと合致したからだ。

 

「まったく、最近出かけてることが多いと思ったら、こんなとこでストライダー作ってなのかよ。じっちゃん、ばあちゃんととーちゃんが心配してるぜ」

「なになにもう少しで大詰めじゃから、すぐに帰れるよ。それに協力者として地球唯一のランナーがいるしな」

「ほーじゃあお前さんの機体って、昨日の!! あーえっと名前なんだっけ!?」

「千景だよ、放上千景。昨日ぶりだね、イーサン君」

 

 数奇な縁で結ばれた関係ということに驚いているのはイーサンも同じようで、年甲斐もなくフットワークが軽すぎる祖父に呆れている。3人がそれぞれ関係があったり、知り合いであったことをようやく理解して御堂一尉は合点がいったようだ。

 こうして3人を一ヵ所に集めたのは彼の仕業であり、イーサンと博士の苗字が一緒だからもしやとは考えていたが、千景とも顔見知りだったとは見抜けず、昨日の一件で出会ったと聞いたら更に目を丸くして驚く。

 

「そんなことが……。これはもう運命というやつだね、よし決めたぞ、イーサン君!」

「なんか嫌な予感するんですけど、なんですかいキャプテン?」

「君は凄腕のランナーと聞いている。だから、放上君のサポートをお願いできないか。先輩として色々とアドバイスしてほしいんだ」

「ダメですよー。不肖の孫は最も手本にしちゃいけないランナーですぞ。それに感覚で飛んでるもんだからアドバイスなんてそもそも出来ん男ですわい」

 

 祖父から思いっきりダメ出しされてムッとした表情を浮かべるが、評論そのものは正しいことを頷いて示した。昨日の空戦を直接見たわけではないが、その直後に遭遇してその時の言動や行動からかなりエキセントリックであるのは、千景だってはっきりと分かっている。

 それでも彼がどんな風に空を飛んで、どんな事を考えて空を飛ぶのか気になった。そんな率直な気持ちを言葉にしてぶつければ、イーサンは肩を落とす仕草を見せるも表情の方はどこか嬉しそうである。

 

「アドバイスとはいいんだ。ただイーサン君がどんな風に飛んでなんで飛ぶのか気になるんだ。そこを教えてもらえませんか?」

「……どうせあと6日は飛べなくて暇してるんだ、ちょうど話し相手に土地勘のある人間が欲しかったんでね。短い間だが、よろしくだぜ千景!」

「うん、こちらこそ!」

 

 親指を立てたサムズアップで快諾したイーサンに千景も同じくサムズアップした右手を突き出した。少年同士の他愛のない、それでいて世界の垣根を超えた連合に立ち会った者は皆感慨深げに眺めるのであった。

 

 

 

 

 

「さてとサルベージはこれで完了だな。あの増幅装置ってやつは回収しなくていいのか?」

「あぁ、おかげでガレリアなんて怪物がきれいさっぱりになって、サルベージ出来たからな。さ、これを博士のもとに運ぶぞ」

 

 陽光が落ちかけて空も海もオレンジ色に染まる中、墜落したイーサンのストライダー、その部品を全て回収し終えたサルベージ船が帰路についている。ただ一度回収したがイーサンの手によりもう一度海底へ沈められたオルゴン増幅装置については回収は行わず、おかげでガレリアが姿を見せたのはあの一度っきりでもう影も形もなかった。

 回収された積荷を降ろしために船は港に向けて舵を切られた。その船底に小さな小さな黒い塊がへばりついているのを誰も知らぬまま。



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CHAPTER 1-3

「よし、早速いくぞ、千景!」

「うん、イーサン君お願いするよ!」

 

 F-104(マルヨン)のコックピットに乗り込んでメインシートに千景が座り、後方の簡易シートにイーサンが腰掛けて早速ストライダーの操縦についてのレクチャーが始まる。機体そのものは格納庫の中で飛んではいないが、コックピット内のモニターには空の映像が映し出されて疑似的に飛んでいる練習モードが立ち上がっていた。パイロットとなる千景は先程の起動試験の時と同じように身体を動かすような感覚でマルヨンを飛ばしていく。

 サイトロンコントロールシステムはその名の通りランナーのみが持つサイトロンと呼ばれる波動が脳と機体の統合制御体をリンクさせる補助脳を形成し人間の思考を入力できるインターフェースだ。身体を動かす感覚で機体の各部を動かし、イメージを送ればそのように操作できるので航空機を動かした経験の無い人間でも問題なく操縦を可能にさせる。

 

「いい筋だが、力みすぎだな。気流に巻かれてバランスを崩しやすくなってる。もう少しリラックスして機体に任せてみるんだ」

「うん! リラックスリラックス……」

「よし、いいぞ! この風に乗るって感覚を覚えておくんだ。一度覚えれば忘れられないからな」

「なるほど、なんだか自転車に乗ってる感じかな。説明はできないけど、身体で理解してるって感覚かな」

 

 身体の動作やイメージをサイトロンを介して送り、逆に機体から来るセンサー類のデータを直接感じ取りながらイーサンのアドバイスを受けつつ千景の操るマルヨンは疑似的な大空を羽ばたいていった。煩雑な計器類は全てSCSによって直接脳内へ送られてきて、重要なものだけが立体映像としてポップアップしてくる。

 しばらくは安定して飛んでいたがイーサンから一旦休憩を告げる声が聞こえてきてシミュレーターが一度オフとなり、千景もシートから立ち上がろうとするが足に力が入らないのでコックピットから出るのも一苦労であった。なんとか機外に出ると、機体の傍に椅子代わりの木箱と冷たいペットボトル飲料を用意したイーサンが腰を据えている。

 

「お疲れさん。SCSは慣れてないと意外に体力使うんでな、ちょいちょい休みを入れていこうぜ。オレなんて最初から飛ばしまくって1時間はコックピットから出れなかったんだぜ?」

「ハハハ、それはイーサン君らしいね。じゃあ休憩がてら色々と聞いてもいい?」

「いいぜ、異文化交流としゃれこもう! もうこんな入れ物に入った飲み物こそ、オレにとっては未知との遭遇なのさ」

 

 木箱の上にどっかと座った千景はオレンジジュースのペットボトルを取ると、イーサンもぶどうジュースのペットボトルを手にした。彼にとっては未知の飲み物であるそれを迷うことなく口にしていき、似たフレーバーのソフトドリンクにソーダやコーラなどはゲネシスにも存在しており、お茶にコーヒーなんかも飲まれている。

 飲み物片手にイーサンは他にもゲネシスについて話していき、逆に地球のことについて千景に尋ねてきた。車輪のように走る自動車はゲネシスに無くて空飛ぶ車であるリグが主流の乗り物で車に鉄道や船舶の代わりにもなっている。オルゴンエネルギーに支えられて地球よりもずっと航空機が身近にあるのだった。

 

「まー人が住めるのが空中大陸しかねえからな、空飛ぶのが交通手段になるのは当たり前さ。ガレリアに奪われた地上を取り戻すのが目的だけどよ、1000年近くも経ってるんだから誰も地上なんて知らないのよ。海だって地球に来て初めて見たし」

「そうなってるんだね、向こうの世界は。空中大陸か、見てみたいな」

「ならいつでも遊びに来な、歓迎するぜ! でも、あっちで自由に飛ぶにはストライダーの操縦を覚えておかないとな」

「ならしっかりと覚えないとね。さ、続きといこう!」

 

 飲み干したペットボトルを木箱の上に置くと2人はまたマルヨンのコックピットへ向かっていく。

 

 そんな少年を遠くから現場責任者である御堂(みどう)日向(ひゅうが)一等空尉とストライダーの製造担当でイーサンの祖父であるレイジ・バートレット博士が見守っていた。2人とも千景とイーサンが仲良くしてるのを感慨深く、そして嬉しそうに眺めている。

 

「仲良くやっててよかったですよ。どうにもうちには同世代の人間がいないものですから、気軽に接する相手がいるのは放上君も気が楽でしょう」

「そういうことならどんどんイーサンを使ってやってくれ。まーアイツの悪い癖が彼に映らんといいけどな。おっと、最終調整進めないとな」

「では、引き続きお願いします。こちらも計画を進めさせていかなければならないので」

 

 日向が手にしているのは変哲もない普通のブリーフケースであるが、内部には書類がギッシリと詰まっていた。ストライダーが出来上がるのがゴールでなくスタートというわけで、この先の計画もしっかり立てていかなければいけない。だが、必要書類と言われたものが大量に詰まっており、終わりが見えそうにない書類仕事には苦笑いを浮かべるしかなかった。

 

 

 

 

 

「つ、疲れた……」

「お疲れさん、ストライダーの操縦はかなり体力使うからな。よし、明日は基礎体力作りにすっぞ、そんなガリガリでランナーとは片腹痛いわッ!」

「それはそれは、筋肉痛不可避だね……」

 

 コックピットから這い出てきた千景はクタクタになりながら、まるでフルマラソンを終えた後かのような疲労感を覚えている。ただ達成感も同時に覚えている心地の良い疲労感で、事実千景はSCSによる基礎的な操縦をこの数時間で殆ど習得していたのだ。

 教官役のイーサンが気取って体力作りと言ったのもSCS操縦をマスターしてその次のステップに移ったからで、現役ランナーから見ても舌を巻くほどの上達スピードである。あとは高高度の厳しい環境やSCSの負荷に耐えれる体力づくりとマニュアル操縦を覚えれば、千景は一人前のランナーとなるだろう。

 まず何より汗を流したい千景はシャワー室へ直行し、イーサンも1週間ほどの滞在に合わせて着替えなどを頼んでおり、その荷物が隣のロッカールームへ届けられていた。1週間分というには小さめなメッセンジャーバッグ一つだけであり、シャワーと着替えを終えて出てきた千景もその軽装っぷりには驚く。

 

「それで1週間分なのか……。過ごす場所次第で間に合いそうだけど、イーサン君はここに滞在するの?」

「一応この基地に厄介なるつもりさ。ま、ここが駄目で最悪野宿になってもオレは構わんぜ」

「今の季節に野宿は凍死しちゃうわよ。良かったらウチにくる?」

「おーそいつはありがたいが、迷惑じゃあ無いか……。って、どちら様!?」

 

 まだ肌寒い3月という日本の初春でも野宿できるとイーサンは豪語して胸を張るが、家に来ないかというお誘いにはやはり暖かいとこで過ごしたいという気持ちと地球の暮らしが肌で感じられるというチャンスに傾いくのだ。しかし、そのお誘いをしてきたのが千景では無い突如として現れた第三者的人物から発せられていたので、思わず声を大きくしている。

 年齢としては40代ほどの女性であるが、エプロンつけたままの格好が実に母性を醸し出しており、地球でも母親らしいさは変わらないのだなとイーサンは内心で納得していた。しかし、その女性の顔を見て一番驚きを見せたのは千景である。

 

「母さん、なんでここにるの!?」

「えッ、お母さん!? 確かによく似てるなあ……」

「なんでって、ここにアンタがいるから御堂さんから電話が入ってね、色々と聞いたわよ。ということでイーサン君、息子がお世話になってるお礼に滞在中の寝床くらいは提供しちゃうわ!」

「え、えぇ、ありがとうございます。……お前のかーちゃんなかなか押し強いな」

「うん、よく言われるよ……」

 

 こうしてイーサンは突如として現れた千景の母に思いっきり流されるまま、ショートステイ先が決まるのとそのまま担ぎ込まれるかのように車へ乗せられていくのだった。

 

 

 

 

 

 御統市は太平洋に突き出た半島部分に位置しており、かつては漁業が盛んな港町だから湾港は数多く存在している。その一部を再開発して生まれた湾岸地区は多くの集合住宅が立ち並ぶベッドタウンの役割を担い、千景達が住んでる赤レンガ調外観をした9階建ての集合住宅“メゾンみすまる”もそこに建っていた。

 506号室に通されたイーサンは早速部屋の中をキョロキョロと見回して、地球の生活様式がどんなものかと物色し始めている。家に入れた張本人である母ー御堂しのぶはウキウキな様子でキッチンに立ち、千景はイーサンの後を追った。彼は和室に入るとそこに安置されていた遺影と仏壇に目を向けた。

 

「この写真は誰だい?」

「父さんだよ、旅客機のパイロットだったんだけど10年前に事故でね」

「そうか……。これがこの国での故人の弔いなんだな」

 

 遺影に写っているのは千景の父である放上睦月(むつき)でイーサンも亡くなった人間を弔うものと理解してか神妙な口ぶりと表情となる。同じく空を飛ぶ者として思う所があるのだろうし、千景も彼から聞きたいことがあった。 先日見せた突撃してガレリアを倒したあの戦い方は傍から見たら死んでもおかしくないもので、そんな飛び方がなぜ出来るのか、そして怖くないかものすごく気になって仕方ない。

 

「ねぇ、イーサン君空を飛んでては怖くないの? まして父さんと違ってガレリアと戦ってるとなると、いつ落ちるかわかんないよね」

「確かにな。オレだって落ちるのは怖いし、こんな戦い方じゃいつ死んでもおかしくねえな。だけど一度知ったら止められなねえし抑えられないんだよ、あの空を自由に飛ぶ感覚を覚えちまったらな」

「その為にイーサンくんは飛んでるの、死ぬのが怖いってわかってても?」

「あぁ、あの大空を飛ぶこと、それがオレの夢だからな!」

 

 なんの屈託もない笑顔を浮かべてイーサンはそう言い切った。彼は全て承知の上であんな飛び方をしてあんな風に戦ってきていたのだろうと思えば、あまりに荒唐無稽でおかしいのだがら千景は思わず笑ってしまう。イーサンも釣られて大笑いしていき、2人はしばらく笑い合うのだった。

 夕飯の支度が出来たと千景の母より声がかかって、イーサンはものすごく楽しそうな足取りで食卓につく。テーブルのド真ん中には大皿に乗っかった鶏の唐揚げが山盛りで鎮座し、それが母の得意料理だということはわかるが余りにも作りすぎな量に千景は呆れてしまった。しかしイーサン全く気にしてはいないのか、普通に橋を伸ばして唐揚げを頬張っていく。

 

「お味のほうはどうかしら? 異世界の人の舌に合えばいいのだけど」

「いやー最高ですよお母さん。あっちで肉といえば合成肉でこんな天然の肉なんて高級食材なんすよ。それが山盛で食えるなんて最高の贅沢ですぜ!」

 

 どんぶり飯と唐揚げを交互に口へ放り込んでいき、そんなイーサンの食べっぷりにしのぶも満足げである。ゲネシスは空中大陸という関係で使える土地が限られているから、食材は培養された合成品が多くて地球で普通に食べられている自然の食品は高級品だった。

 奇しくも物量による歓迎は大成功でイーサンはその唐揚げの山の大半を胃袋に収めて満足し、放生家の食卓も久方ぶりに賑やかさに包まれている。食後に緑茶をすすりながら、イーサンはゲネシスの話をして返答代わりにしのぶは御統市の名所名物を教えていき、こうした団欒で夜は更けていった。

 

「一緒の部屋で雑魚寝か。これも旅の醍醐味ってやつだな」

「ま、狭いけど我慢してね。あ、それからベッドの下は聖域なんだから不可侵、いいね?」

「お、おう、よくわからんが了解したぞ」

 

 千景の部屋に布団を敷いてイーサンが寝泊まりすることとなるが、春期の少年にとって不可侵で神聖な領域であるベッドの下は向かうことを部屋の主より釘を刺される。もっともイーサンはその意味を理解していないのか、ただのプライバシーということで理解していた。

 日付が変わる時間が近づいてきて床に入るが、色々あってか二人とも目が冴えていてあまり寝付けない。特に千景は今日一日の体験とイーサンとの邂逅がずっと頭の中を巡りまわっており、マルヨンに乗った時に覚えたあの感覚は忘れそうにいられずにいた。

 

「イーサン君あのね、空を飛んだ時の感覚が忘れられないから飛ぶって言ってたけど、その気持ちわかってきたかも」

「機体と接続して擬似的に繋がっただけだぜ、まだまだそんなもんじゃないぞ。これなら本当の空を飛んだら戻ってこれなさそうだな」

「うん、いつも空を飛んでばっかだって母さんがボヤいてたのを思い出したよ。父さんもきっとこんな気持ちだったのかな」

 

 旅客機のパイロットとして多くの人を乗せて飛ぶのだから1人でストライダーとは勝手も心持ちも違うだろうが、父も空に魅せられた1人だったのだろう。自分も紛れもなく父の血を受け継いでいることは、今日で明確に知ることとなった。

 だが千景の中にはまだまだ心配事も多く多く渦巻いている。これからの進路とランナーの両立や空を飛ぶことへの不安、母を残して父と同じように飛んでもいいのかという躊躇などだ。

 

「ま、悩みが尽きないのが人生ってやつだ。オレは空を飛んでればそれでハッピーなんだけどな! まだまだ時間はあるんだし、これからたっぷり悩んできめればいいさ。んじゃ、おやすみー」

「それもそうだね、おやすみ」

 

 単純に空を飛びたいから空を飛んでいるイーサンの考えもひどく単純なもので、時間をかけて悩んで決めればいいと言い切る。確かに千景はランナーといえど当分は試験飛行でしストライダーで飛ぶ機会はなく、それも学業に支障が出ないようにスケジュール調整してくれていた。ならモラトリアムを考えれば数年は猶予があるので、その間に決めていけばいい。そう考えれば余裕が生まれて、疲労と共に眠気がやってきてすぐに眠りに落ちていく。

 

 

 

 

 

 日が明けてからイーサンと千景の二人は走り込みを始めた。ランナーとして体力をつける訓練という名目なのだが、これには御統市の観光も多分に含まれており、千景が道案内しながら2人で市内を走り回っていく。1日目は軽いジョギング程度で近場を巡って次の日はランニングしながらより遠くへと向かっていくといった感じで、さらに遠出するときは自転車を借りて4日かけて市内を網羅しするのだった。

 イーサンは初めて乗る自転車もすぐに乗りこなして鍛錬という名の観光をどっぷりと楽しみ、それに付き添った千景も心なしか体力がついたのではないかと実感している。そして最後の仕上げとして再び基地内の格納庫へやってきており、そこで千景は現実の大きな壁が立ちはだかっていた。

 

「さ、32連敗……」

「数字はなんざ気にすんなって、大事なのはマナーことさ。現に動きは最初よりだいぶ良くなってるぞ」

 

 二人はフライトシミュレーターに籠って模擬戦を繰り広げており、千景は只今32戦中32敗を喫したところである。元々からあったシミュレーターにマルヨンの制御体をリンクさせてレイジの作ったプログラムを入れれば、簡易的なストライダーのシミュレーターに早変わりした。

 SCSに頼らずマニュアルでの操縦方法を覚えるということで、千景はシステムを補助に回して、システムを完全に切っているイーサンと空戦を繰り広げているのだが、経験や技量など色々の差から一向に勝てずにいる。そこへ興味深そうに日向が顔を見せた。

 

「お、ストライダーのシミュレーターか。って千景君、負け越しじゃないか」

「まー負けてこそ学ぶこともあるからね。あ、そういえば元パイロットでしたよねキャプテン。お手合わせお願いできますか、そろそろ千景が限界そうなんで」

「いいけど、ブランクあるから勝負にならないかもだ。それにストライダーは自分では動かせない」

「普通のシミュレーターでいけますよ。こっちもSCSを使わない、クラシックでいきましょう!」

 

 籠りっきりで負けっぱなしな千景が体力的にも精神的にも限界なこともあり、元パイロットと聞いていた日向とのマッチをイーサンは所望する。ぐったりと外へ出た千景と変わって日向が中へと入り、栄養ドリンクを片手に汗を拭きながらモニターの前に座った。

 イーサンは変わらずマルヨンを操作し、日向はF-15Jイーグルを選択する。ストライダーと戦闘機という異種マッチということで珍しさから整備士たちも手を止めてモニターへ顔を向け、レイジに至ってはモニターの前に陣取っていった。

 

「それじゃあ、よろしくお願いしますよ。いざ尋常に勝負!」

「あぁ、お手柔らかにな!」

 

 デジタルで作られた蒼空を2つの翼が交差し、互いに機関砲を撃ち合う。イーサンが駆るマリヨンは機体特性よりも操縦者の得意分野である格闘戦を仕掛けようと距離を詰めていき、対して日向のF-15は距離を取りながらミサイルによる一撃を狙っていた。

 両者の読み合いはイーサンがクルビット機動で無理矢理に機首を大きく動かしてミサイルを発射したところで決する。放たれたミサイルはF-15の尾翼を掠めて炸裂し、しかし向こう側も急制動で姿勢が崩れた好きを逃がさずにミサイルを叩き込んでマルヨンの右翼をもぎ取った。

 双方とも撃墜判定で相打ちとなり、それまで固唾を飲んで観戦していたギャラリー達の盛大な歓声が格納庫中に響き渡る。年甲斐もなく本気で挑んだ事を少々気恥ずかしく思ってる日向とは対照的に、イーサンはすごく興奮した様子でシミュレーターから出てきた。

 

「すげえよ! あれでブランクありとか嘘みてえだ! 本当はバリバリのエースなんじゃないのー」

「ありがとうイーサン君。ただパイロットから離れて久しいのは事実さ。10年前にガレリアとやりあって戦友たちは逝ってしまって、自分はこの通り、膝を悪くしてね」

「……そうでしたか。いやすんませんね、なんか疑う真似しちゃって」

「いや構わんよ。それより、早く持ち場に戻れ! 見世物じゃあないんだぞ!」

 

 地球とゲネシスが繋がりガレリアが一挙に押し寄せてきた時であり、どちらでも多くの血が流れたという。日向の負傷や殉職したという戦友もその時の動乱で、ズボンを捲り上げた右足にはくっきりと古傷が残っている。悪いことをした気分になったイーサンは謝るが、日向は気にせず代わりにギャラリーへ向けて怒鳴り込んだ。

 仕事をほっぽり出して観戦していた整備士たちはその一喝を受けて、蜘蛛の子を散らすようにバラバラとなる。残ってまったりしていたのはレイジただ1人で、そんな彼もまだまだ仕事はあるからと日向に襟首を引っ張られて奥に消えていく。

 

「ふー、なかなかすごかったな、日向のおっさん。負けてられんな、千景、100戦するまでやるぞ!」

「えーっ!? そんな~~」

 

 日向との模擬戦を受けて変なスイッチが入ってしまったイーサンを止めることなど出来るはずもなく、千景はまたしてもシミュレーターの中へ押し込まれていくのだった。

 




次回は5/2に投稿予定です


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CHAPTER 1-4

 御統市の近郊には超空間通路から最も近い場所にあるということからいくつかの軍事基地が存在しており、自衛隊が駐屯する軍民共用である御統飛行場のほかに、沖合から50キロに築かれたメガフロートには在日米軍の基地が築かれている。名目上はゲート防衛施設を支援するための国連施設であるが、国連軍自体がアメリカが仕切ってるからこの基地も実質的にはアメリカ軍の管轄下にあった。

 戦力として海軍の艦艇や空軍の戦闘機を中心に配備されており、海上にあることで運用の制約を受けにくいようになっている。先日のガレリア侵入の際にもスクランブル発進しており、それよりも早くストライダーが落としてその後の処理も自衛隊が行っていたが、次に備えて24時間体制で警戒していた。

 

「哨戒機からの報告では異常なし、引き続きの警戒態勢を……なんだアレは?」

 

 管制塔では哨戒機から送られてくる情報や備え付けられてるレーダーで警戒を続けながら、スクランブル発進する戦闘機のローテなどを管理している。レーダーの網に引っかかる機影などはなく、引き続きスクランブルも待機状態が続いているのだが、管制官はおかしなものに気付いた。

 待機命令中のF-35戦闘機がなぜか滑走路上をタキシングして許可なく離陸態勢に移っており、それに気付いた管制官は慌てて飛行中止を呼び掛ける。だが、戦闘機側からの返答はなく、滑走路で今にも飛び立つ姿勢を見せ、幸いこれから離着陸する機体はなくて滑走路はがら空きだ。

 

「機体照合、C-5番機、一体誰が乗ってるんだ!?」

「それが、誰も乗っていないんです! C-5はオーバーホール中で飛ばせる状態にないと整備班から報告がッ!」

「なんだって!? じゃああれは一体――」

 

 すぐさま機体や搭乗員を照合するも、パイロット達は全員が所在の確認をとれて当該機はオーバーホール中でとても飛べる状態ではない。今起きてる状態と矛盾する報告に管制塔はさらなる混乱に見舞われ、それをよそにF-35は悠然と飛び立った。

 こうなればやむを得ず、管制塔は対空設備へ撃墜命令を下して戦闘機隊も順次発進するように指令を下す。怒号や砲声が鳴り響く地上と対照的に、黒い翼は悠々と空を飛んでいくのだった。

 

 

 

 

 

「よしっ、仕上げはこれで完了! 遂に地球初のストライダー“スターファイター”の完成じゃ!」

 

 手にしていた工具を工具箱に戻してほっと一息ついてから大きな声で宣言し、一緒に作業していた整備士を始め格納庫内にいた全ての者たちが歓声を上げて腕を振り上げたり飛び跳ねたりと喜びを全身で示す。その中にはイーサンや千景も混じってお互いにハイタッチして、専用機たるストライダーの完成を祝すのだった。

 完成の喜びで浮かれた雰囲気ながらも整備士達は次のステップである試験飛行の準備を始めており、ランナーである千景も喜びや不安を感じながらも飛ぶのを楽しみにしている。だがここで一番空を飛びたいと思っているのは1週間も空を飛ぶのを禁止されていたイーサンに他ならず、スターファイターのメインは千景で決まっているがそのサブシートの座を狙っていた。

 

「メインはお前さんできまりだけどよ、コパイはオレに任せてくれ! この経験豊かでハイパーグレートな超天才ランナーが、手取り足取り教えてやんよ」

「悪いがそうは問屋が卸さないぞ、イーサン君。コパイは自分が務めさせて頂く、責任者だからな」

「えーキャプテン、そりゃ職権濫用ですぜ! オレは1週間空飛べてなくてもはや禁断症状出ちまって、手がこんなに震えて……」

「飛行依存症なんてものはないと思うが……。これは我々の機体だから済まんが処女飛行は我々の手で行うべきだろう。それは空に長けた君にもわかると思うが」

 

 そうと言われればイーサンも納得して、飛べないのは実に口惜しいが潔くコパイの座を日向に譲る。ブランクがあるとはいえ凄腕のパイロットであるから任せても安心で、一応コパイ側にも手動で動かせる簡易的な操縦システムはついていた。

 SCSの確認と調整がしたいからと千景は整備士に呼ばれてコックピットに入っていき、その様子を2人で眺めている。特に日向は感慨深げな表情を浮かべており、内ポケットから取り出した古ぼけた写真にも目を向けている。ちらりと覗き見すればそこには5人の男女が移っており、真ん中には若い日向の姿があった。

 

「その写真、前に言ってた10年前のお仲間ですかい?」

「あぁ、みんないい奴だったさ、俺だけを残して逝ってちまったけど。…………イーサン君、一緒に飛んでた仲間が目の前で落ちていったことはあるか?」

「幸いなことにオレはボッチなもんで、そういう事はまだないな。ただ同じ空域で小隊組んだ奴が落ちてくのはいつものことでな、5機で突入したはずが気付いたらオレしか飛んでなかったってこともあったぜ。ストライダーで飛んでりゃあいつ死ぬかわかったもんじゃねえ。だけどよ、それでも飛ぼうとしてるオレなんかは全く度し難い人種なんだろうな」

 

 言葉少なげに日向は10年前からの後悔を口にして、イーサンは相変わらずの調子で割り切った姿勢を見せる。たとえ何があっても自分を抑えられずに空を飛ぶだろうという確信めいたものがあり、自分が納得できれば生き様も死に様もどんな感じでもよいというのがイーサンのロジックだ。

 単純明快を旨とするイーサンの在り方には日向も素直に共感するが、イーサン当人は難しいこと考えるのが嫌いなただの飛行バカなだけと素っ気なく答える。同じ空を飛ぶ者でそして千景と同世代だからこそ聞きたいことがある日向はまた一つ投げかけた。

 

「単純で思いっきりがいいのは良いことだと思うよ。でも戦う相手が人間だったら、生きてる人間が飛ばしてる航空機が相手でも同じように君は割り切れるのか?」

「そいつはなかなかキツイ話っすね。でもオレは自分から喧嘩を売るつもりは全くないっすけど、売られた喧嘩はきっちり買いますよ。自己防衛は必要だし何より仲間守んなきゃですからね。千景なら大丈夫っすよ。そういうことが起きないようキャプテンたちがいるんでしょ?」

「……そうだな、いやつまらないことを聞いてすまん」

 

 空を飛ぶ上で千景には戦闘に巻き込まれず、ましてや誰かを落とさなければいけない事態に直面させるのは絶対に防ぎたい。そんな日向の心内に気付いてイーサンを指鉄砲を作って撃つ仕草を見せ、ここには千景を支える面々が揃っているから心配ないことを示した。

 ちょうどSCSの調整も終わらせた千景がこっちに向かってきており、次の指示出しをするために入れ替わりで日向が離れていく。2人が話し込んでいたのが見えていたようで、何か様子も違っていたから気になる千景は尋ねてくる。

 

「ねぇ、2人で話してたみたいだけど、何かあったの?」

「なーにお前さんのお守りの相談したのさ。さぁ、新米ランナー千景よ、鳥になってこい!」

「うん!」

 

 

 

 

 

 いよいよついに試験飛行ということで千景はロッカールームで渡された飛行服に着替えていた。レイジが用意したという専用のそれは宇宙飛行士が着ている船内服に似たオレンジ色のジャンプスーツで、表地と裏地の間にはオルガナイトを埋め込んでオルゴンを扱えない千景をサポートし、SCSとの接続も補助できるなど他にも色々と機能を有している。

 

 着替え終えたところで日向がロッカールームに顔を見せ、彼も航空自衛隊の航空服へ着替えていた。元イーグルドライバーということもあってブランクを感じさせない程に着こなしているが、当人はあんまり着心地は良くなさそうである。

 

「いやはや、久々に着るとここまで窮屈とはな。」

「そんなことありませんよ、御堂さんよく似合ってます!」

「そうか、ありがとう。ところで放生君、――いや、早く行こうか。みんなが首を伸ばして待ってるはずだ」

 

 日向がどこか遠くを眺めるように目を細めたが、すぐに元に戻してロッカールームを出ので、何かとは聞かず千景はそのすぐ後ろを追った。完全な状態に仕上がったスターファイターはいつでも飛び出せる状態で格納庫の真ん中に鎮座し、外へ繋がる全開となった大扉の向こうは青い空と白い雲がどこまでも続く絶好のフライト日和である。

 しっかりとパイロットの格好をした2人がコックピットへ乗り込むと千景はSCSを起動させて、日向はサブシステムを作動させてモニタリングを始めた。システムはオールグリーンで問題なく、スターファイターのエンジンに火が入ってゆっくりとタキシングしながら滑走路へと入っていく。

 そして離陸するときの待機位置にまでついて、発進許可の合図を待った。格納庫の方ではイーサン達が無線機を設置して地上から助言を行うこととなってる。ついに管制塔より離陸許可が降りて飛び立つ時が来る。

 

こちら管制塔、離陸を許可。タイミングをスターファイターへ譲渡します』

『あんまり気張りすぎるなよ、練習通りにやりゃ上手くいく』

「うん、では……、スターファイター、離陸します!」

 

 千景の宣言とともにエンジンの出力が上がって爆音を轟かせながらストライダーが滑走路を滑走していき、上を向くような浮遊感とともに大空へ飛び込んだ。グングンと高度が上がっていくのと同時に無線機越しからは歓声が響いて、地上の無線口の近くにいるイーサンからも喜びを顕にした言葉が届く。

 高度は1000メートルを超えて試験飛行を行う空域に達した。試験と言えどただ自由に飛んでいればよいものだから、千景はイーサンとの訓練を思い浮かべながらスターファイターを操縦していく。SCSによる思考をダイレクトに反映させられることで、まさに手足の如く機体を動かせ鳥になったみたいだ。

 

「すごい、こんなに自由自在に動かせるなんて……!」

「確かに、本当に初飛行とは思えん見事な飛び方だ。これがストライダーにランナーか」

『当たり前よ、それにウルトラハイパーな超天才ランナーであるオレが教えたわけだからな! あとほかにはな……』

「すまないがイーサン君、飛行に集中したいから一旦通信を切らせてもらう」

 

 やかましいイーサンからの通信を切ると千景は順調に飛行を続けて日向は計器を確認しながら状態を見ながら試験飛行を続けていく。そんな中で日向は先程イーサンと話していた内容を語り始め、空を飛ぶ上での覚悟について訪ねてきた。

 千景にとって空は憧れであり、また父が死んだ場所として恐ろしさも感じるというな複雑な感情が渦巻いた場所となる。ただ日向が心配してくれているような誰かを傷つける真似は絶対にしないと誓って、飛ぶなら父のように誰かの為に飛べる男になりたいと思っていた。そんな率直な気持ちに後方で聞いていた日向は嬉しそうになんども頷く。

 

「そうか……。君のお父さんは10年前、あのゲートが現れた時に巻き込まれて亡くなったと聞いていてね。そしてランナー候補者に君の名前があった時は本当に驚いたよ。これはあの人の導きなんじゃないかってね」

「はい、そう聞きました。…………御堂さんは父を知ってるんですか!?」

「……あぁ。あの時、あの空に俺もいたんだ」

 

 まるで心の奥に突き刺さって抜けなくなった棘を無理矢理引き抜くような重々しい口調で日向は10年前のあの時、地球にゲートとガレリアが出現した時のことを語り始めた。超空間ゲートは最初に突如発生した低気圧と見られていたが、同時に無数の機影と近くを飛んでいた航空機から何かに攻撃されているというメーデーを受けて、当時日向が率いたF-15部隊にスクランブル発進して空域に現着したんぽだが、そ0こで日向が目にしたのはこの世の光景とは思えぬ、闇夜を包み込むように空を埋め尽くして空飛ぶ闇そのもの(ガレリア)だったという。

 レーダーに映らずミサイルも機銃も通用しない未知の敵に対して、日向達は1機また1機と落とされていく。せめて民間機だけでも守ろうと必死に飛んでいたが、その旅客機も攻撃を受けていてエンジンは全て停止した上に尾翼が破壊されてまともに飛ぶのも難しい状態だった。それでも日向は機長とコンタクトを取りながら空域からの離脱を目指していき、迫ってきたガレリアと正面からぶつかった日向はその衝撃で射出座席で外へ弾き飛ばされて、海面に落ちて気付いた時にはあの旅客機が炎を上げて真っ逆さまに置いていく姿が見えていたのだった。

 結局、あの戦いで生き残ったのは日向ただ1人だけで膝の負傷と、何より誰も守れなかったという重荷が彼の翼を封じ込める。そして月日が流れてガレリア対策室にて地球製ストライダー製造とランナーの選定が秘密裏に始まったその時、候補者として資料にあった少年の名前があの時の民間機の機長と同じなのに目が留まり、調査でそれが事実とわかってそして彼がランナーに選ばれたことを運命と感じ、その封印されていた翼が解かれようとしていた。

 

「そう、だったんですか。父さんらしいや、最後まで乗ってる人達を守ろうとしていたんだから」

「済まない、今まで黙っていて。そしてこれも俺の単なる独り善がりに過ぎないのかもしれない、それでも君を守るために全力を尽くしていく。それはこれからも変わらない、戒めで誓いなんだ」

「いえ、そんな、ありがとうございます。父さんは最後まで父さんだったってわかって嬉しいんです。僕も飛ぶなら父さんみたいに誰かの為に飛びたいって。だからこれからもよろしくお願いします!」

「あぁ、こちらこそだ!」

 

 父がよく見せていた仕草であるサムズアップを見せて日向も同じく応える。10年間抱えていた棘はまだ抜けきれていないが、ある程度のわだかまりが取れて彼の表情からも安堵感が出ていた。そこへ先程から切られていたイーサンからの通信が入ってきたので回線を開く。

 どうも飛行中のストライダーのデータが欲しいとレイジが喚いてるということで日向はすぐにデータを地上に送信した。地上からもフライトの情報が確認とれるので交信が切れていても大丈夫であるが、詳しいデータで問題ないかのチェックとより改良するのに必要な点は無いか調べるのも責任であるとレイジは力説している。

 

『まったくじーちゃんが煩くて構わんぜ。そっちは気にせず好きに飛び回ってくれよ』

「うん、そうするよ。後でイーサン君も飛んで見る?」

『お、そいつは嬉しいね! でもそのスターファイターはお前さんのだ、オレは家に帰ってから自分のに乗るさ』

「そっか、イーサン君もそろそろ帰んなくちゃいけないよね」

 

 イーサンとレイジはこの試験飛行を見届けたらゲネシスへ戻ることとなっており、破壊されたストライダーに代わる新型も前々から用意されているそうだ。もう少し一緒に居たかったが事情があるので仕方なく、イーサンもいつでも遊びに来ていいと豪語してたまにはこちらにもくるつもりらしい。

 そんな時、千景の背筋に悪寒が走った。まるで何か恐ろしいものが近付いてきてる感覚がして、SCSを通じてスターファイターが何かを感じ取りそれを伝えてきたのだろう。そして遥か眼下にいるイーサンも何かを感じ取っていた。

 

「おい2人ともどうしたんだ、何かあったのか!?」

「はい、何か嫌な予感がします!」

『キャプテン、敵だ! この感じからしてあん時のガレリアだ、野郎生きていやがったのか!』

「なんだって!?」

 

 千景とイーサンの2人が何かを感じ取った反応を見せて日向もレーダーに目を向けるが、モニター類には何も映っていない。しかしスターファイターのセンサー類と直結してる千景と、ランナーとして高い能力を持っていたイーサンが迫りくる敵を感知していた。

 それはイーサンが1週間前に撃破し落ちた残骸も増幅させたオルゴンで消し去ったはずのガレリアであり、倒したはずのものが蘇ってきたことにイーサンは歯噛みし、近付いてくる黒点が視界を目視でも見れる距離まできて黒塗の戦闘機と交差する。

 

「あれはF-35、米軍の戦闘機じゃないか!」

『らしいな。だがビンビンガレリアの感じがするぜ。……んと、今その米軍から通信が入ってな、F-35が1機勝手に飛び立って迎撃も振り切ったって話らしい。どうもガレリアの破片が取り付いて操ってるようだな』

 

 地上の管制塔からも情報が伝わってきており、今から数分前に在日米軍洋上フロート基地よりF-35が無断で飛び立って追撃を振り切って本土を目指していた。その際に1000発近い対空砲火に数発の対空ミサイル、更に迎撃機から最低でも8発ものミサイル攻撃を受けても動じず、むしろそれを取り込んでいく。以上の観点からF-35はガレリアもしくはガレリアの侵食を受けたものと判断されて、ゲート前線基地にいるストライダーへ出動要請してあうが、ガレリアの上陸のほうが確実に早かった。

 スターファイターは今すぐに迎撃できる距離にいるが、武装はレーザー砲のみで操縦者は実戦経験もない素人ということ、何より千景をガレリアと戦わせたくない日向はすぐに撤退を選択する。しかし、それは千景によって拒否されてスターファイターはガレリアの後をついていった。

 

「なんてことだ! 放生君、一旦引くぞ!」

「いえ、このまま戦います! このままだったら街に出てしまいます、そうなったら……。僕も誰かを守る為に戦います! だから支援お願いします!」

「わかったバックアップは任せろ! これでも元イーグルドライバーだからな」

『オレもいるぜ! こっちの不始末だけどよ、しっかり支援するぜ!』

「みんなありがとう! ……こちらスターファイター、交戦に入ります(エンゲージ)!」

 

 エンジンをフルスロットルで飛び出すスターファイターと妖しく黒光りするガレリアがぶつかり合い、蒼穹と大洋に挟まれた水平線上にて銀翼と黒翼が絡み合っていく。



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CHAPTER 1-5

『いいか、ガレリアはあらゆるものを取り込んで、オルゴンじゃないと倒せないことは知ってるな。それにまだ完全な同化はされてないと思うからスペック自体は元の戦闘機と変わらないはずだ』

「ガレリアの波動ってやつをスターファイターが感じ取ってるから捕捉はできている! 千景君、気を付けろ!」

「は、はい!」

 

 ガレリアに憑り付かれたF-35戦闘機と相対しながら、イーサンと日向のサポートを受けて千景とスターファイターは空戦を開始する。高速で飛び交ってまるで円を描くように飛びながら互いの出方を見ていたが、ガレリアが先に動いてミサイルを放った。何の変哲もない機首が構造上あり得ない形に開口して、黒い矢じりのようなミサイルがいくつか放たれる。

 後部座席にてミサイルの軌道をモニタリングしている日向がすぐさまフレアを放つも効果がなく、8発のミサイルは糸を引くような軌跡を残しながら追尾してきた。地球のミサイルと比べて速力は航空機と同等という遅さであるが、追尾性能や飛行性能は凄まじいものでぴったりと後方について徐々に距離を詰めてきている。

 

「なんて追尾性能だ! このまま振り切るしかないのか!?」

『こっちのミサイルはこういうのが主流なんだ! それにガレリア共はオルゴンを追尾するようにしてるからデコイの類は効かないし、ステルスも意味をなさない。そこはガレリアの波動をキャッチして捕捉してるこっちも文句はつけれねええど』

「クッ、このままじゃ……!?」

『大丈夫、機銃で迎撃してやるんだ! それに1発貰っても落ちるほどヤワには出来てねえよ』

 

 ミサイルの束に追われて千景は圧迫感に潰されかけながらもイーサンからの指示ですぐさま実行へと移していき、一直線にフルスロットルで飛びながら追いかけてくるミサイルへ機銃を浴びせた。機体上面には360度の旋回が可能な砲座が備え付けられており、後方へと砲口を向けて迫りくるミサイルをオルゴンのレーザーで次々と撃ち抜く。

 そしてお返しと言わんばかりに胴体下部のハッチを開いてミサイルを一斉発射していき、12発のミサイルが一斉に襲い掛かり、しかしガレリアも急減速と急加速を繰り返してミサイルを翻弄した。それでも数発のミサイルが食らいついてくるので、後部装甲が展開して小型のミサイルらしきものを吐き出して相殺させる。

 

「アクティブ防護システムとは、なかなか厄介だな……」

『すまん、スターファイターにも搭載予定だったんじゃが、不要なもんだから後回しにしておったんだ』

「なんとか、いけます! 」

『よし、その意気だ千景! ガレリアの残りカスなんぞぶっ飛ばしちまえ!』

 

 互いにミサイルの効果が薄いと判断したのかガレリアが誘うように加速して一直線に飛んでいき、千景もそれに乗る形で追いかけてその速度は音速の2倍に達した。現代の戦闘機でも到達可能な速度であるが、この状態での戦闘機動は不可能であり、それを容易く可能にして搭乗者へ掛かる加速度も感じない程に制御できている技術に日向は舌を巻く。

 音を抜き去る程のスピードで空に一本の白い線を描きながら2機の航空機が飛んでいき、前方を全速力で進むガレリアを追いかけながらも千景は手汗が止まらなかった。いくら思考による操縦で簡単に動かせて身体的な負荷も殆ど掛からないのだが、ただの学生が初めて飛んでる状態でドッグファイトを行うのは精神的にかなりの負担であり、更にガレリアを倒せなければ街を攻撃されるというプレッシャーも押しかかってきている。

 そんな精神状態ではいくらランナーが持つ高い空間把握能力やストライダーから送られてくるセンサーの情報などの精度が下がってしまい、これまで追いかけていたガレリアが視界から消えた事への反応が遅れてしまった。

 

「き、消えた!?」

「急上昇したんだ、上からくるぞ!」

「えっ、うわぁッ!?」

 

 混乱し慌てて周囲を見回すもセンサーを注視していた日向の言葉とほぼ同時に、上方より急降下してきたガレリアF-35の機銃攻撃を浴びせられる。機銃もF-35が搭載してる25mm機関砲のそれでなく、ガレリアの発する黒い波動が弾丸の如く絶え間なく撃ち出されており、スターファイターを覆うオルゴンの障壁を着実に削っていった。

 機体をジグザグに左右へ動くシザーズ機動で何とか振り切ろうとするも、後方をにぴったりと付いてくるガレリアは射撃を止めることなく更に距離を詰めてくる。ついに障壁を破られて左側ノズルの上部に被弾して機体が大きく揺さぶられ、ついに雲海の下へと没した。

 

「はぁー……、日向さん助かりました」

「あぁ、背中はしっかり守ってみせるさ。しかし次もうまくいくは限らないぞ」

「はい、操縦に専念しますんで、攻撃を任せます!」

「頼まれた!」

 

 雲海へ落ちたのは攻撃が原因ではなく、日向が咄嗟に雲海へ飛び込むように機体を奏上したからで、本来なら誤作動を防ぐ目的でサブシートからの操縦は受け付けないのだが、今回は訓練中ということでサブからの操作もある程度は可能になっている。マニュアルでの操縦であるが元イーグルドライバーの日向の経験の多さでカバーは十分にできた。

 気を引き締め直して操縦に専念するため攻撃動作を日向へ一任して千景は操縦に専念する。撃たれた損傷はそこまで大きくないので飛行に支障はなく、雲を抜けて水平線がどこまでも続く穏やかな大海原の上空に出た。しかしガレリアも雲を突き抜けて追いかけて来ており、静かな海の上にて激しいドッグファイトが続いていく。

 

「ガレリア、来ました!」

「オフェンスは任せてくれ! 必ず落としてみせる!」

「はい、お願いします!」

 

 先ほどと同じく機関砲を放ちながら後方より迫るガレリアへ日向が操作する旋回銃座を後方に向けて乱射しつつ、先ほどより動きのキレを取り戻したスターファイターが縫うように飛びながらガレリアの攻撃を避けた。急減速してオーバーシュートを誘ったり、上下左右へ自在に急旋回を行って後方を取ろうとするもガレリアも細かく動いて簡単に背後を取らせようとはしない。

 そんな堂々巡りな状態に千景は己の非力さに歯噛みした。ガレリアがまだこちらを注視して躍起になっているからまだ良いが、街の襲撃へシフトしたら阻止できるのかわからず、早く倒さなければ思えば思うほど気が焦ってしまう。せっかくレイジや自衛隊の人達が用意してくれた機体も活かしきれず、訓練に付き合ってくれたイーサンにも申し訳無く思って思考がまたもネガティブになっていった。そこへタイミングよくイーサンから通信が入る。

 

『どうした千景、動きが良くねえな。そんなに肩肘張らずにスターファイターに任せてみなよ』

「イーサン君……、ごめん、みっともなくて……」

『ハッ、そんなこと気にすんな! 空を飛ぶにはなんにも縛られちゃいけねえからな、そうすりゃ最高の自由ってやつをその身で味わえんぜ!』

「……プッ、なにそれ。わかった、その最高の自由ってやつ味わってみるよ」

 

 ガレリアに後ろを取られて四苦八苦している新人ランナーに対してかける言葉としては適切とは到底言えないもので、無線越しからはレイジのツッコミが聞こえて、後方の日向も何も言えずに頭を抱えた。だが、その一言は千景を吹っ切らせるには十分で、ふっと一息吐いてから瞠目して座席に深くもたれ掛かる。

 スターファイターは不意にエンジンが切られてそれまでの加速による惰性で空を滑るように飛んでいき、そのチャンスを逃すはずもなくガレリアが加速して近づきながら、機銃とミサイルを一斉に吐き出した。風に乗ってゆらゆらと揺れるストライダーは瞬く間に爆炎に包まれていく。

 爆炎が晴れた頃にはスターファイターの姿は跡形もなく、ガレリアは勝利者として悠然と飛んだ。だが、その左翼が突如として上方より放たれたレーザービームで吹き飛ばされ、一転して黒煙を吹き出しながら高度と速度が落ちていく。ガレリアを撃ち抜いたのはスターファイターで、健在である姿を誇示するかのように力強く飛んでいた。

 

「ふー、うまくいって良かった……」

「あぁ、流石に今のは肝が冷えた。あんまりイーサン君の真似みたいなのはしないようにな……」

『ヒュー、咄嗟に飛蝶跳びを出すとはな。千景よ、いいセンすだ! ってキャプテン、オレの飛び方に不安なわけ?』

 

 先ほどの失速も全て千景が咄嗟に思いついた策で、ミサイルをギリギリまで引き付けてその爆風を上手く受け流しつつ加速してガレリアの上を取ったのである。エンジンを切って風に乗る飛行方法はランナーの間では“飛蝶跳び”と呼ばれ、そこまでの高等技術ではないが戦闘機動に組み込みづらいものだから、それを見事に決めた千景をイーサンは素直に称賛した。

 片翼を破壊されたガレリアは高度を下げて失速していっていたが、そんな状態ながらも180度ターンしてスターファイターに向かっていく。オルゴンによる攻撃でガレリア特有の再生能力は失われて自壊が始まっている状態ながら、唯一稼働する右翼側機銃を向けた。

 相対した状態でミサイルは自爆の危険性があるので推奨されておらず、このまま旋回して後ろを取るのがセオリーなのだが、千景も日向も無線越しで地上より見守るイーサン達も誰もが正面からぶつかることを選択する。古より馬上槍試合よろしく、白銀の翼と漆黒の翼が互いの“刃”を突き付けあって突撃していった。

 

『ヘッドオンか、ガレリアにしては殊勝な奴だ。千景、やってやろうぜ!』

「攻撃タイミングはそちらに戻す。存分にやってくれ!」

「はい、いきます!」

 

 1門だけの機銃をガレリアは撃ってくるがまともに制動できない状態では弾道が安定せず、明後日の方向に逸れて直撃コースのものも千景の細かな操縦で回避される。スターファイターの前方機銃2門と前を向いた旋回砲座はしっかりと狙いを定めて、ロックオンカーソルが重なったところで一斉に撃ち放たれた。

 レーザーの線条はガレリアのボディを貫いてオルゴンによる対消滅が連鎖的に広がっていき、F-35の形状を保てずに崩壊しながら閃光と轟音とともに爆散していく。ガレリアは完全に倒し切ったことを示すように、コンソールにはガレリアの波動を示すが急速に縮小していく様子が映し出されていた。

 

「ふぅーこれで……。うわぁ!? 何が――」

 

 ガレリア反応が消失したその瞬間、F-35の機体から殻を破るように真っ黒い不定形なナニカが飛び込んでくる。視界が一杯が真っ暗に染まってモニター越しのはずなのに、まるで呑み込まれるような感覚が千景に襲い掛かった。

 

 

 

 

 

「うぅ……、なっ!? どうなってんの!?」

 

 いきなり視界が真っ暗に塗り潰されて、ようやく意識がハッキリしてきた千景はなぜか浮遊感を感じていて目を見開いて驚愕する。いつの間にか水の中に沈んでおり、口元からは気泡が漏れるが不思議と息苦しさはなかった。あのまま海に墜落してしまったのかと思ったが、どうも違うようで周囲にコックピットはなくてまるで深海の底にいるかのように浮いている。

 まるで水の詰まったチューブを流れに乗っているようで、前方からボンヤリとした光を放つ球体がゆっくりと流れてきて千景の前で止まった。そして球体が明滅すると共に頭の中へ声が響く。

 

―…………見、ツケ……タ……―

「どこなの、ここは!? それで君は一体なんなの?」

 

 目の前の発光体が何かコンタクトをとろうとしているのは理解できたが、何を伝えようとしているのか理解できないので千景は口から気泡をいくつも出しながら端的に返した。それらも小さな明滅を繰り返していたが、光を消して小さな黒点まで収縮すると一気に解き放つよう閃光を発して千景を呑み込む。

 強烈な光を浴びてまた景色が一転した。水中にいる感覚はそのままで、パノラマのごとく映像が周囲に浮かんでは消えていく。

映し出されるのは空に浮かぶ巨大な大地でこことは別の世界だと一目でわかり、もしかしたらイーサン達のゲネシスではないかと思えた。そんな空中大陸の上を覆うように黒い影が埋め尽くしていき、それを作り出した黒点の如き無数のガレリアによって視界は真っ黒に塗りつぶされる。次に映し出されるのはそれに空いた巨大な穴へ殺到する蟻の行列に等しいガレリアの大群で、超空間通路からどこかへ進撃する様を示していた。そして千景の見知った世界地図がとある一点から黒く染まっていき、最後は全てが闇に飲まれ消えていく。

 これがガレリアによる侵略の最終的な光景なのかと、千景は先程まで居た水底へ戻ったことを確かめながら戦慄していた。同時にこれを見せてきた意図がわからず、この状況を作り出したのがガレリアならこちらの戦意を挫く為に見せてきたのだろうか。消えかけたランプのような弱々しい光点が最後の力を振り絞ってその答えを指し示す。

 

―コレガ……未来…………アラガエ……カエロ…………アルベキ未来ナド……存在シナイ―

「変えろって、この未来をガレリアは望んでいないのか!?」

―否。求メルハ自由……ソナタハ鍵。飛ビタテ、向カエ、ソレコソ破滅ニ抗ウ最後ノ手段―

「一体どういうことなの! なんで僕がその鍵に、うわぁ!?」

 

 この真っ黒の未来を変える鍵は自身にあると光点はそう告げると溶けるように消えてしまい、停滞していた水の流れが一気に動き出して投げかけられた疑問に対する問いも聞かぬ内に千景はなすすべなく押し流されていった。

 水の通路から投げ出されて空中へ放り出される瞬間、まるで青い空が脳裏に浮かぶ。まるで空にぽっかりと穴が開いた、まるで超空間ゲートのようでどこか違うような姿だった。そして、今までのように途切れ途切れでノイズ混じりな声でなく、しっかりとした声で千景の耳へとが届く。

 

―千景、未来(ここ)で待ってるよ!―

 

 

 

 

 

「ハッ!……えっと、ここは……?」

「千景! もう、やっと起きたのね。おはよう、寝坊助さん」

「か、母さん。……おはようございます」

 

 まるで空から落ちる夢より目覚める時に感じる衝撃を覚えるながら目を開いた千景の視界にまず白い天井と照明が移り、続いて母の顔が見えた。ビクンと痙攣したように身を起こした彼に驚きながらも、目覚めたことが嬉しいからしのぶはいつも通りの感じながら安堵の笑みを浮かべている。近くのテーブルに置かれているリンゴの皮を剥きながら、千景へ事情を説明してくれた。

 ガレリアとの戦闘終了直後に千景が意識を失ったと報告を受けた時はイーサンたち地上の皆は気が気でなかったが、日向の操縦で帰投したスターファイターのコックピットよりいい顔でいびきをかいてるランナーが引っ張り出されたところで大笑いに変わっていたそうな。時計を見ればちょうどストライダーで飛び上がった時間を示していたので、あれかる丸1日ほど眠っていたとになる。

 

「ねぇ母さん、ちょっと話があるんだ」

「なにーちょっと待ってね」

「なんか凄くどうでもいいんだけど、凄く大事な気もするんだ」

「……そう、じゃあ聞かせて頂戴」

 

 自身も半信半疑ながら夢で見た出来事とそれを見て決めた事を母へ話そうと千景は姿勢を正し、リンゴの皮むきに注視していた彼女も息子の真剣な眼差しに手にしているものを下ろしてしっかりと向き合った。

 千景は率直にガレリアを撃墜した着後から目覚める時まで見ていた夢の内容を話して、口にしてもおかしいものだが母はただ耳を傾けている。ガレリアが告げた世界崩壊の部分に差し掛かれば2人とも眉を顰め、最後に聞こえた言葉に込められた意味がどんなものか2人で首を傾げた。そして、それを受けて自分のすべき事が定まったことをしのぶへ告げる。

 

「あの光景が嘘だとは思えないんだ。なんで僕に見せたかわからないけど、あんな地獄絵図を回避できる鍵が僕にあるなら……空を飛ぼうかと思うんだ! ごめん、母さん、こんなこといきなり決めて……」

「そう、全く父さんといい千景といい仕方ないわね! なにナヨってるのよ、決めたならしゃんとしなさい! でも計画とかあるの? まさか裸一貫でいくつもりなの?」

「流石にそこまでの考えなしじゃないよ! ……まーイーサン君頼みなとこがあるかな」

「もーならしっかりお願いしにいかないとね。さーいくわよ~!」

「ちょっと、なんで母さんが仕切るんだよー!?」

 

 夢で見た未来が本当に来るかわからないが、それでも何かをしたいと思った千景はあのガレリアの言葉どおりこれからも飛ぶことを決めた。そしてその謎を解くべく最後の言葉が示してくれたあの穴を探すことを。これからの進路が想像もしていなかった道を選んだことに親へ申し訳無さが出る千景であったが、しのぶはそんな息子の杞憂をカラッとした笑顔で笑い飛ばした。

 善は急げとこの話を皆に伝えようと立ち上がって、いつものペースで進んでいく母の背中が遠のいていく。なんで仕切ってるのだと千景は掛け布団を跳ね除けて立ち上がると、寝間着のジャージ姿のまま追いかけていった。



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CHAPTER 1-6

 千景の目の前には今、別世界を繋ぎとめる巨大な雲の柱が広がっていた。キノコの傘のように広がった部分の内側が超空間通路の入口であり、輸送機を操縦するイーサンはゲートの周囲に吹き荒れる強風を気にすることなく上昇して突入態勢に入っている。

 この先にはイーサン達の世界があって、そしてガレリア達が巣くう本拠もあるのだろう。窓から超空間通路を望む千景は期待と不安で胸を膨らませ、つい先ほどまでのやり取りがまるで悠久の彼方へいってしまっていた。

 

 

 

 

 

「おー千景、起きたか~。とりあえずお疲れさ。なんかお母さんがキャプテンを引っ張ってたけど、なんかあったのか?」

「そんな大したことだから気にしないで。それにみんなには色々迷惑かけちゃったし」

「何言ってんだ、初戦でここまでやれりゃあ上々だぜ! あの眠り姫にはみんな笑わせてもらったけどな、オレだって初戦闘の時には鼻血止まらなくて笑われまくったもんだ」

 

 ベッドより起き上がった千景が格納庫へ入るとスターファイターの周りを囲うようにレイジや整備スタッフが忙しなく動いており、先に飛び出していったしのぶに連れられた日向が色々と話し込んでいる。手持ち無沙汰にしていたイーサンが千景の姿を見つけると駆け寄ってきて、その無事を嬉しそうに確かめた。

 途中で気絶して心配かけたことを謝るも、帰ってきたときの爆睡っぷりには誰もが笑っていたので気にするなとイーサンは笑い飛ばして、自身の体験談も面白おかしく語っていく。なんでもイーサンが初戦闘したのは14歳の時で、試験飛行中にガレリアと遭遇した偶発的な戦闘という似た状況でガレリアを倒してみせた。しかし、初戦闘による負荷かテンション上げて興奮し過ぎた反動か、3日3晩鼻血が止まらなかったそうな。

 

「まったくひでぇよ、鼻血だって流し過ぎれば失血死する危険だというのに、みんなオレを見て爆笑してたんだぜ! 居眠りこいてたほうがどれくらい良かったか……」

「ご愁傷様だねイーサンくん……。でも反応が人それぞれってわかって少し安心したよ。それに14歳から飛んでるなんてすごいじゃない」

「うんにゃ、初めてガレリアとやりあったのが14だけで、初めて飛んだのは確か5歳の頃だ、うん」

「一体どれだけ規格外なのさ、もう尊敬の域に達するよ」

 

 10代ながら既に10年以上飛んでいると豪語するイーサンに対して千景は呆れ果てるが、彼のぶっ飛び具合が生まれつきで根っからの空バカっぷりには敬意を覚えるくらいだ。そんな常識外れだからこそ、夢の内容という荒唐無稽なものでもすんなりと伝えることができて、その話を聞くイーサンも千景の話を興味深そうに耳を傾ける。なぜならそれは人間とガレリアが初めてコンタクトをとったことだからだ。

 1000年ほど前にガレリアと人類が接触して以来、直接触れ合えば取り込まれて何か意思表示を示すことなど一度たりとも起きていない。つまり千景は史上初めてガレリアからのメッセージを受け取った人間ということだ。、普通に考えればガレリアからの精神攻撃と片付けられるのだが、イーサンは頭ごなしに否定せずとある映像を千景へ見せる。

 

「まっさか向こうのゲートまで見せてくるとはねぇー。千景、お前さんのビジョンに映ったのはこんなゲートで間違いないか?」

「うん、間違いなくこれだよ! ゲートとは渦巻きが逆なところが記憶に残ってるんだ。これもゲートなの?」

「そうだぜ、しかもガレリアが出てくる方のゲートだ。この1枚を撮影するために200人のランナーと100隻以上の戦艦、1万の人員が全滅したのさ」

 

 ゲネシスには2つのゲートがあり、1つが地球とゲネシスを繋げる最終防衛ラインとなっているゲートで、もう1つがガレリアの発生源ともくされるこのゲートだ。こちら側との違いは千景の言う通り渦の流れが逆になっていることで、1000年前のガレリア襲来時から残されていた貴重な記録にも示されている。ガレリアの元を断つべく出陣して未帰還となった討伐艦隊が最後に送ってきた映像が今映し出されているものだ。

 ゲートの事を聞いて千景は途方もなく遠いものな気がしてくる。大艦隊で向かっても生きて帰ってこれない場所へ来いと言われたのだから、すくんでしまうのは仕方ないものだ。イーサンもランナー達の最終目標となる場所へ誘うのは罠のようにも、こちらへの挑戦にも感じ取っている。いずれにしても調べてみる価値はあるものだとイーサンは判断して千景も同意した。

 

「結局謎のままってわけだけど、とりあえず調べるしかねえな。こっちも1000年連中と付き合ってるんだ、これ以上は願い下げさ。というかお前さんも最初からその腹積もりで、オレんとこに来たんだろう? もちろん乗るぜ!」

「ありがとう、すっごく心強いよ! でもなんでわかったのさ?」

「そんなん顔に書いてるからに決まってんだろ。……まーそいつは冗談で、なんか決断した男の顔!って感じがしてな。お前さん女顔だけど」

「もー女顔は余計だよ」

 

 余計な一言にツッコミを入れつつも一緒に調査活動に参加するのを即決してくれたイーサンをとても頼りになる存在である。動くとなるとゲネシスへ渡ることとなるが母からは了承を得ているので問題はなく、あとは向こうでの生活基盤など必要になるだろうが、その点は任せておけとイーサンは強く胸を張ってみせる。

 そこへさっきまで話し込んでいた日向としのぶも合流してきたので、途中で気絶した自分をここまで運んできてくれたのだから、日向へ改めて礼を述べた。彼がいなければあのまま海へ落ちていたと思うので無事に帰ってこれたので感謝を示す。彼も少し恥ずかしがりながらも素直に受け取って、今まで話し込んでいた理由を述べた。

 

「あ、日向さん! さっきはありがとうございました。いきなりぶっ倒れちゃって……」

「いや、元気なら問題ないだ。あんな激しい戦闘で体力に消耗したんだからしっかり休んでな。それと、これからについて色々あってな、端的に言うと明日出発することになった」

「はい、……って、ええええぇぇぇぇッ!!!???」

 

 あの夢の事を調べるため向こうの世界―ゲネシスへ行く方針を固めていたが、あまりに唐突な出立の報告に物凄く驚いてしまい、伝えた日向はばつが悪そうな顔を浮かべて少し離れたところにいるイーサンとしのぶは吹き出している。

 どうしてこんなにも急なのかというとガレリアを倒したことがゲート防衛部隊より本国の方へ報告が上がり、地球初のランナーの処遇を決めるなど色々とあるので出頭要請が出たのだ。もっともこれには強制力も期限も無いので都合がいい時に行けばいいのだが、ちょうど千景が向こうで飛びたいと考えているのを聞いて善は急げと決めたのである。

 

「やっぱり急すぎたか、伸ばした方がいいかい?」

「いえ、行くと決めたんですから、いつ行っても同じです。だから明日行きましょう!」

「じゃあ、準備もしておかないとね。そうだ、お世話になるもの、お土産も持ってかないと」

「あ、じゃあウメボシってやつお願いします。あんな酸っぱいのに美味い食い物があったなんて驚きですぜ!」

 

 千景の決意表明に日向はうんうんと頷いてしのぶは準備をしなきゃと意気込んでイーサンは厚かましくもお土産をねだっている、なんとも異色な組み合わせだが心強くもあると思える面々だ。既にスターファイターはレイジ達の手によって輸送機へ積み込む作業が進められており、一緒にゲネシスへ向かうようである。

 自衛隊の機材は本来簡単には動かせないが、スターファイターそのものはレイジが出したプライベートプランに自衛隊がデータと引き換えに場所と人員を提供しただけで、製造費用もレイジのポケットマネーだ。なのでスターファイターは表向き個人の所有物だから武器を使用しないなら、どう動かしても自衛隊は関知しらないことになる。

 

「それに向こうの世界での飛行試験もあるのだから、民間人のランナーに随伴していた自衛官が向こうで機材を受領して試験を行うって手筈で整えてある。これなら制約とか審査を無視してすぐに向こうへ持っていけるさ」

「キャプテン、そちらさんもなかなかイリガールだねぇ。じーちゃんも一枚噛んでたみてえだけど、あんなイリーガルな塊の真似はしないでくれよ?」

「規則破りの常習犯であるお前が言えるか? まぁいいや、人手が足りんのだ、イーサン手伝え」

 

 規則の裏を突いて準備を進めていた日向へイーサンは賞賛しつつもイリーガルな身近を引き合いに出して呆れるも、ルール破りなら一番だとレイジから突っ込まれて確かにと妙に納得しながら、スターファイターの積み込み作業をするよう引っ張られていった。

 千景も準備があるからとしのぶに引っ張られていき、格納庫の喧騒は去って静寂が戻ってくる。まだ書類仕事が残っているのと自身の準備もあるので日向も足早にその場を離れて、あとは作業を続ける重機の唸り声しか聞こえなかった。

 

「それじゃあ気を付けていってきなさい。イーサン君や日向さんに迷惑かけないようにね。それと里心ついちゃダメだから、しばらくは電話とか禁止よ!」

「うん、母さんも身体とか気を付けてね」

「ええ、しっかり待ってるわよ。だからちゃんと帰ってきなさい」

 

 夜が明けて時計が7時を指した頃、千景たちはついにゲネシスへ向かって飛び立つ。しっかりと正装に身を包んで、荷物をぎゅうぎゅうに詰まったバックパックを背負った。見送るしのぶは相変わらず底なしに明るい調子で喋っていたが、ふっとため息を漏らして寂しそうな表情を浮かべてから背中を押した。母の願いを受け止めて、千景はしっかりと頷いて滑走路へ身体を向ける。

 航空機の待機場所には胴体が横に広がった輸送機がアイドリング状態で待機しており、この中にスターファイターが格納庫されて出発を待っていた。タラップの前には自衛官の正装である日向が待っており、隣に立つレイジはなぜかサングラスをかけてノーネクタイにジャケット姿である。イーサンの姿は見えないが、彼は操縦担当だから輸送機のコックピットにて飛行準備中のようだ。

 

「では、行ってまいります! しのぶさん、千景君のことは自分がしっかり守ります。なのでご心配ないよう、と言っても心配ですよね……」

「いいえ、日向さんにイーサン君達がいるので微塵も心配ございません。レイジさん、ご迷惑かもしれませんが息子のことお願いします」

「なんのなんの、元々こちらは大所帯だから1人や2人増えてもそう変わりませんぞ。それに腕のいいランナーはいつでも大歓迎ですじゃ!」

「じゃあ、いってきます! 皆さんありがとうございました!」

 

 タラップに足をかけて日向に続いて千景が昇っていき、その様子をしのぶや格納庫の整備士たちに基地で働いてる皆が集まって手を振りながら見送る。3人乗り込み、タラップが上がればついにテイクオフとなる。操縦席のイーサンは立体映像として浮かぶ計器類に目を通しつつチェックリストを読み上げており、副操縦席に日向が座って後方の予備席に千景とレイジが腰掛けた。

 手を振って見送る皆へ操縦席からイーサンが手を振りながら、輸送機をタキシングさせて滑走路の発進位置へ移動していく。あとは飛び立つだけだがその前にイーサンがやり残したことをないかと確認をしてきた。

 

「さぁこっから先は後戻りはできねえ……わけじゃないが、結構離れるぜ。なにかやり残したことはねえかい?」

「いや、大丈夫。このまま行って頂戴!」

『こちら管制塔、滑走路は全てクリア、いつでもいける。我々も君たちの旅路が良きものであることを願っている』

「ありがとな! それじゃあテイクオフだぜ!!」

 

 管制塔からの激励に元気よく返礼するのと同時にジェットの爆音を轟かせて輸送機は滑走路を進んでいき、ふわりと浮かび上がるとそのままグングンと上昇して蒼穹の中へ飛び込んでいく。

 

 

 地上にて見送る者たちはその姿が空に呑まれて見えなくなるまで眺めており、しのぶも息子たちの健闘を祈っていた。その隣では基地の司令である一佐が号泣しながら見送っており、、副官がなんとも言えない表情でハンカチを差し出している。

 

「いやー良かった良かった。いいか、これから彼らをサポートするのが我々の努めだ! 諸君らの奮闘に期待する……うっ、うっ」

「司令、喋るか泣くかどっちかにしてください。ほら、ハンカチを……。あ、放上さん、すみません。うちの司令がお見苦しところを。息子さんもいきましたね、寂しくなりますな」

「そうね、でも大丈夫! こっちにはとっておきの秘密兵器があるから!」

「は、はぁ……?」

 

 家族と離れるのは辛いものだからと副官の二尉が気遣いを見せたが、しのぶはあっけらかんに笑って否定する。疑問に思う彼女を後目にレイジから受け取った“秘密兵器”が詰まったトランクを引きながらしのぶは滑走路をあとにするのだった。

 

 

 

 

 

「さーて、これから超空間通路へ突入するぜ。揺れるからしっかり掴まっときな!」

 

 イーサンのアナウンスとともに機内が大きく揺れ始め、雲の柱と傘の間にぽっかりと開た黒い隙間の中へ飛び込んでいく。前後左右もわからない真っ暗闇の中を進んでいくとまるで暗黒星雲が渦巻いているようなサイケデリックな色彩を放つ嵐が横倒しでどこまでも伸びており、、渦の目にあたる部分を輸送機が飛んでいるようだ。

 今まで見たこともない幻想的ながら不安を呼び起こす光景に千景も日向も言葉を失っているが、レイジは何事もなく本をパラパラとめくり操縦桿を握るイーサンに至っては鼻歌混じりである。慣れない光景に目が疲れてから千景は窓から視線を外して日向も眉間を揉んでいたので、イーサンは窓の遮光機能を入れて入ってくる景色を薄くした。

 

「ここの景色は慣れてないとキツイからな。もーちっとどうにかならんかったのかよ。確かに勝手に繋がってるのは仕方ねえけどよ、ガイドビーコン設置できるなら、遮光板とか貼れよなー」

「あ、さっきからピカピカ光ってるのがビーコンなんだね。これに沿って行けば迷わないわけか。迷ったら二度と出てこれそうにないもんね、ここは……」

「ま、そうだな。10分ありゃあ向こうにつくからそれまでの我慢だ。ヒーリングミュージックでも聞いてリラックスしようぜ」

 

 そう言って浮かび上がる計器類である立体映像の一つを指で弾くと音楽が流れ始めるが、それは予想していたものとは大きく異なる激しい音調のものである。かき鳴らされるギターサウンドに電子的なテクノが響き渡り、操縦しているイーサンはノリノリだ。ツッコミを入れる気力も出てこなくて、そこまで悪い曲でもないから耳を傾けて超空間通路を抜けるのを待つ。

 やがて渦のトンネルが狭くなっていき、遠くで輝いている光点が次第に大きくなってきた。この光点こそが超空間通路の出口のようで機体はまっすぐ飛び込んでいき、眩い閃光で視界がいっぱいに包まれる。その光が収まってようやく目を開ければ千景の視界によく見慣れた青い空と白い雲が広がっていた。しかし息をつく間もなく機体が大きく揺れて右へ45度に傾いていく。

 まるで洗濯機に入れられたかのように錐揉み状態となり、視界が何回転もしながらものすごい速度で落ちていくのを肌で感じていた。そんな中でも操縦桿を握るイーサンは実に楽しそうであり、スピン状態ながらも風を読んで瞬く間に機体の姿勢を正常へと戻す。

 

「いやー楽しかった。言い忘れたけど、出るときはかなり風が強いから逆らわずにこうして風に乗っていくのが一番なんだぜ。まーオレならここまで回らずに出来るがどんなもんか身をもって体験するのも大事っしょ?」

「うん、簡単に立て直しできるのはすごいよ……。でもね、もう少しで死んじゃうとこだったよ!? なんでそんなに楽しそうなのさ!?」

「まったく、寿命が縮むかと思ったわい……」

「すんません、俺はもう縮んでます……」

 

 イーサンの腕前ならあそこまでスピンせずに風に乗れたはずだが、錐揉み状態だとどんな状態になるか教える為にあそこまで回転したようだ。余計な気遣いだと死の恐怖を感じた千景は思いっきりツッコミを入れて、レイジは言葉と裏腹に平然としてパイロットだからこそ他人に操縦を委ねることに慣れていない日向は腰を抜かしてしまっていた。キャビンは酷い惨状であるが、イーサンは一向に気にすることなく目の前に広がる蒼穹へ飛び込んでいく。

 低気圧の塊である雲の柱から離れれば空は落ち着いた様を見せており、千景は絵に描いたような青空を窓から眺めていた。まだまだ高度のある空域を飛んでいるので陸地まではまだかかりそうだと思っていたが、大きな積乱雲が流れて視界が晴れたその時に驚きの声を上げる。

 雲海のその上に陸地が浮かんでいたのだ。島と呼ぶにはあまりにも巨大な大地の一部が雲を薙ぎ払って、その穂先の一部を突き出している。輸送機はそのまま大地のほうへ向かっていき、シートから乗り出して操縦席に顔を近づけた千景が尋ねる。

 

「い、イーサンくん、あ、あれが……?」

「あぁ、あの空に浮かぶ大地こそが“ゲネシス”さ!」

 

 高度にして3000メートルから9000メートルの間に浮かぶ巨大な空中大陸こそが、イーサンたちの住まうゲネシスだ。遠目からでもわかる巨大な山脈とその裾野に広がる森林や湖に川といった自然環境、平坦な大地が広がるエリアにいくつも高層建築物が乱立して銀色の照り返しを放っている。

 

「ガレリアに地上を追われた人類が築いた最後の楽園、それがゲネシスってわけじゃ」

「まーそんな大げさなものを置いといて。千景にキャプテン、ようこそオレたちの世界へ!」



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CHAPTER 1-7

 空中大陸の縁を沿うように輸送機は飛んでいき、その雄大な姿に千景は釘付けだ。大陸の底面は高度3000メートルに位置し平均1000メートルほどの岩盤の厚さで最高峰は高度9000メートルにまで達する巨大な大地は、地中に含有する特殊な鉱石が大気中のオルゴンと反発し合うことで浮かんでいる。先ほど通った超空間通路からオルゴンがこちらへ流れ込んでいるが、最近では大地そのものからもオルゴンの噴出が確認され、その噴出孔から虹のような煙が立ち昇っているのが見えていた。

 操縦席からガイド役を担っているイーサンが得意げに話していき、空中大陸というマンガかゲームでしか見たことのないものが実物として存在していることに千景は興奮を隠し切れない。しばらく遊覧飛行のように大陸の縁を飛んでいたが、陸地から離れるように逸れていく。

 

「さーて、ここからはゲネシス名物の岩礁空域に入るぞ。ここを突破出来て一人前のパイロットと認められるのさ」

「聞きたくないけど、突破出来ないとどうなるの?」

「そんなもんはねえよ。ただ突破できるか、途中で岩盤に激突してオダブツかの2択だけだぜ!」

「うん、そんなものかと思ってたよ……」

 

 文字通り岩礁空域には大地から分離した岩の塊がいくつも浮かんでおり、そんな空域へ臆することなく突っ込むイーサンに呆れながらも、千景も内心で岩山を避けて飛ぶのを楽しんでいた。浮遊効果をもたらすには鉱石が一定量含有されている必要があるので機体に詰まるような細かな欠片は浮かんでおらず、輸送機の数倍から数十倍もの山のような塊の間を縫うように飛んでいく。

 不規則に並ぶ巨岩の森を抜けた先には大陸から比べれば遥かに小さいが岩山よりは大きい、岩礁ならぬ群島が姿を現した。地肌が丸見えの岩山と違って島には草木が生えて生物が住める環境が出来ていて、ジェットの轟音に驚いてか鳥達が一斉に羽ばたいていく。群島はどこも人気のない無人島のようだが、その中で一つだけ何か看板か横断幕のような何かが掲げられている島があった。

 どうやらそこが目的地のようでイーサンは着陸態勢に入っており、近づくにつれて島から人工的に作られた埠頭と光を放つ小さな灯台が見えてくる。上面に緑が生えているのは変わらないがそこにいくつかの建物と風車が立っており、岩肌がむき出しの下層にはくりぬかれた穴が開いてそこが発着場の役目をしているようだ。

 

「そうじゃ、二人に渡しておきたい物があったんじゃ。ホイ、これじゃ」

「これってフィルムですか? すんごいペラペラですけど、結構丈夫ですね」

「いやいや、イーサンが腕に巻いとるもんと同じ奴じゃ。翻訳機能とかもあるし付けておけばここでの生活には困らないはずよ」

 

 レイジが何かを思い出したように腰に巻いているバックから取り出した何かを千景と日向に差し出し、それは紙やセロファンみたいに極薄素材でできた腕輪である。着けてみても巻いた感覚はないほど軽いが、この中に翻訳機能や通信機能に立体映像投射など多くの機能を詰め込まれていた。この『V.I.M(ヴィム)』はゲネシスでの生活必需品といえる代物で、イーサンが巻いてる旧式とは性能差はないが常時着用できるように超軽量になっている今の最新モデルである。

 

「さーてっと、到着だ。我が家へようこそ!」

「おぉ、久々の我が家じゃー。さーふたりともゆっくりしていってな」

 

 岩壁に切り抜かれた発着場へ輸送機がホバリングしながらゆっくりと進入して3本の着陸脚がしっかりと定位置についた。機体が止まってタラップが下がると千景と日向は荷物を抱えながら降りていき、初めてゲネシスの地に足を踏み入れる。島が丸ごと家になっているのは驚きだが、中身をくり抜いてまだまだ5機以上は積み込めそうな発着場まで備えているのだからかなりの規模だろう。

 イーサンの道案内に従って発着場の隣にある部屋へ入り、多くの作業機械とジャンクパーツが山積みで作業着姿の人達が忙しなく動き回っているので発着場と同じくらい広さはあるのに手狭に感じられた。壁の一面には外の壁面に掲げられていた文字が書かれており、翻訳機能が働いてか『ハイペリオン』と読むことが出来る。メカニックの皆はイーサンやレイジの姿を見ると気軽な挨拶を交わし、初対面である千景や日向にも気さくに声をかけてきた。

 

「このハイペリオンはじーちゃんの工房なのさ。もともとじーちゃんの個人なものだったんだけど、みんな押しかけてくるもんだから会社にしてみたのよ」

「そうなんだ。確かにレイジさんは凄腕メカニックだもんね、教えてもらいたい事がたくさんありそう」

「たしかにそうだけどよ、みんな振り回されてストッパーになったり大変なんぜ。あ、一番のストッパーの登場だ」

 

 皆がグレーの作業着を着てる中でワイシャツの上から黄地に黒ラインが入った警戒色な安全ベストを羽織った男性が近づいてきており、明るい茶髪をオールバックに纏めて覇気の感じられない三白眼な中年男性である。どうやらここの責任者のようで最大のストッパー役という評にはいささか頼りなさげに見えるが、親しげに並んだイーサンが衝撃的な一言を放った。

 

「こちらの目が死んでる御仁こそ実質的にハイペリオンを仕切ってる課長でストッパー役な、キール・バートレットさ。オレのとーちゃんだぜ」

「えっ!? イーサンくんのお父さん!!??」

「ハハッ、そこまで驚かれるとはね、確かに似てないけどさ。イーサンは母さん似だからね。ご紹介の通りイーサンの父でハイペリオンの専務をしてるキール・バートレットです。放上千景君、御堂日向一尉、ようこそ我が家へ。これからよろしくお願いします」

「あ、はい、キールさんこちらこそです!」

「突然の申し出にも関わらず快く引き受けて頂き、本当に感謝いたします」

 

 イーサンからの紹介を受けて名乗ったキールが千景と日向と握手を交わし、2人もこれからお世話になるということで感謝を示す。風体は無気力そうであるが、人の間合いにするりと入ってくる気安さが醸し出されていて実質的に仕切っていると言われるくらいしっかりと仕事しているのだろう。逆説的に代表であるレイジはあまり仕事してないことを示しているのか、口笛を吹きながら視線を逸らす彼に対しキールは表情を変えぬままぬるりと迫るのだった。

 反対方向に逃げようと身を翻したレイジであったが、それを読んでいたキールによって後頭部を鷲掴みにされてそのまま引きずられていく。久々の我が家だからゆっくりしたいとレイジは駄々をこねるが、1ヶ月も工房を開けていて仕事が溜まりに溜まっているとキールは容赦なく切り捨てる。

 

「さぁ、お父さん、観念して仕事してください」

「い、いやじゃあぁ!! わしはゴロゴロしたいんじゃ……」

「なっ? 最強のストッパー役だろ、うちのとーちゃん」

 

 引きずられてく祖父と引きずる父を見せて感想を求めるイーサンは千景はただただ首を横に振る。少なくとも静寂には程遠いところまでやってきたと少し後悔するが、もう来たからには腹をくくるしかなかった。日向も日向で地球にいた時はレイジに振り回されたことを思い出して後でキールへ差し入れでもと思っている。

 騒々しい工房から離れて螺旋階段を上がって上階にいくと、そこは吹き抜けのホールのようになっていて更に上へ繋がるエレベーターや他の部屋へ繋がる通路があった。ここは中継地点となるエリアですべての部屋に繋がる作りとなっており、休憩用のソファーがいくつも並んでいる。その一つにちょこんと少女が腰掛けていた。

 亜麻色の髪を肩に少しかかる程度で切りそろえて白いノースリーブシャツとオリーブドラブな作業用ズボンに身を包んで首にはヘッドフォンをかけている。椅子に腰かけて足をブラブラさせながら投影されたいくつもの画面とにらめっこしてたが、3人の姿を見つけると画面を閉じてパタパタと足音を立てながら近づいてきた。

 

「ようこそ、地球の人! 兄がお世話になってます。あたしはクーリェ・バートレット、ハイペリオンの天才美少女よ!」

「ハァーまったく……、うちの愚妹がいきなりすまんな。おいクーリェ、みんな引いちまっただろー、自分で天才とか美少女とか言うかふつー?」

「なによー、お兄ちゃんだって自分のこと『超天才ランナー』だってよく言ってるじゃない!」

「おいおい、オレが超天才ランナーなのは紛れもない事実だろ? だいたいお前はな―」

「まあまあ2人とも! クーリェちゃんだね、僕は放上千景、よろしくね!」

 

 いつの間にか酷く低レベルな兄妹喧嘩が勃発しかけたので、千景は無理矢理割って入ってなんとか宥めさせる。燃えるような赤毛をしているイーサンと容姿ではあまり似ていないが、その自信過剰な言動から2人とも似た者兄妹だ。さすがに客の前で口喧嘩はバツが悪いのかすぐに鎮圧できて、クーリェも関心を千景の方へ向けると先ほどと同じく勝気な笑みを浮かべて自己紹介を続ける。

 曰くプログラム構築に関しては祖父や父を超えて博士号レベルと豪語しており、実際に作ってるプログラムの画面を見せられて、ある程度地球のプログラムを齧っていた千景でも複雑なアーキテクチャだということしか分からなかった。ただある法則性に則って構成されているのは地球のプログラムと大きく変わらないので、覚えれば作るのは無理でもだいたいは理解できるだろう。ただそこら辺に疎いのか日向と同じ世界の住人であるイーサンも眉間にしわを寄せて疑問符を頭上に浮かべている。

 

「クーリェちゃん、すごいよ! 正直なとこ複雑なアーキテクチャを組んでるとこしか分からなかったけど、それを作れるなんて本当に天才なんだね!」

「ふっふーんその通り! お兄ちゃんなんてコレを全く理解できなくて困ってるのよ。あー千景さんがお兄ちゃんだったらよかったののにー」

「言っとけ。というか学校行かなくていいのかよ、もう始まってるぞ」

「心配ご無用、ちゃんと学校には言ってあるから。それにこれはお兄ちゃんに関係あるんだから、貸し一つね?」

 

 クーリェから貸しと言われてイーサンは仕方ないと大げさに肩を落とす仕草で肯定した。そのまま椅子に座りなおすとすごい集中力でプログラムの作成に向かっており、こうなると梃子でも動かないからとイーサンに引かれて千景達は邪魔しないように静かに離れていった。地上へ向かうエレベーターに乗り込みながら、千景はこれまであったイーサンの家族について感慨深げに思っている。

 こうしてみるとイーサンの家族はみな一芸に秀でた色々と濃い者達ばかりであり、先程兄妹喧嘩に介入して抑えたようにこれから共に過ごすとなると何かと大変そうだった。だが母子家庭ということもあってかここまで賑やかなで騒々しい家庭というのいは初めてで、どこか楽しみにしている自分もいる。

 

「すまんな千景、どいつもこいつもうるせー奴らでよ」

「ううん、ここまで賑やかだと逆に楽しみだよ!」

 

 エレベーターが地上に到達してホールも兼ねた建屋から出ると、一面に緑の生えた庭園が広がっていた。打ちっ放しのコンクリートと金属板で構成されていた地下構造体とは違って自然豊かで開放感があり、短く揃えられた芝生に低木には色とりどりな花が開いている。他にもハーブや家庭菜園もあるようで、円筒形の形をした庭師ドロイドがいつも手入れしてるがイーサンもたまに土いじりをするとのことだ。

 庭園に囲まれて島のほぼ真ん中辺りに2棟の建物が建っており、2階建ての母屋と平屋建ての離れとなる。これから千景達の生活の場となるのがこの離れで、イーサンはテラスやり引き戸を開けて中に入った。

 

「ここはハイペリオンで働いてるみんなが泊まり込みで作業することあったから用意したんだけど、みんな工房のほうにこもりっぱなしで使わなかったんだよ。掃除とかは行き届いてるし部屋も多いから自由に使っていいぜ」

「ありがとう、じゃあさっそくここを使わせてもらうよ」

「ちゃんと台所や水回りもあるな。丸々使わせてもらうのは忍びないな」

「誰も使ってないから気にせんでいいですぜ。あ、風呂や洗濯はないから母屋のを使ってちょうだい」

 

 離れは玄関を兼ねるテラスから入ってすぐにダイニングとなる作りでそこに簡易的なキッチンがあり、そこから延びる建物の真ん中を進む廊下の左右に個室が8つほど並んで洗面化粧室やトイレが置かれている。廊下はそのまま母屋へと繋がる渡り廊下となっており、離れにない浴室や洗濯機などは母屋でのものを使うこととなった。

 肝心の個室はどんなものかと千景が中へ入ると広さは8畳ほどで1人用のワンルームなら十分すぎる程で、家具としてベッドと細長い収納棚が置かれている。ほかに必要な家具は地下の倉庫にしまってあるようだが、今のところは必要なく持ってきた荷物もそこまで多くなかったので千景の荷物整理は15分ほどで完了した

 

「さーてふたりとも整理終わったわけだし、うちのボスに挨拶しに行くぜ。この家を取り仕切ってるばーちゃんにな」

「イーサンくんのおばあさんかー。でもなんでボスなのさ?」

「うちの家事を仕切ってて、あのじーちゃんを含めたオレらを一喝して完璧に抑えられる人だぜ、これをどう呼ぶ?」

「あぁ、確かにね……。みんなまとめて抑え込むなんてどんな人なんだろう」

 

 荷物の片付けもそこそこにイーサンが家の主と語る彼の祖母に挨拶するべく渡り廊下から母屋へと向かう。平屋建ての離れも広かったが2階建ての母屋も6人家族が住んでいても余裕があるくらいに広い作りだ。外見は木造建築物だが内部にセンサーや人工知能などを搭載したスマートホームであり、ロボット庭師と同型な円筒形のサポートロボが廊下を掃除している。この家事サポートロボや人工知能はおばあさんを主として認識していて、その指示に従ってきびきびと働くのだった。

 10人は余裕で入れそうなダイニングへ入ったイーサンは祖母の姿を探すが見つからず、いつもいる場所にいないことを訝しむ。ちょうどテーブルの上に何か光るものがあり、それはメモ用の立体映像でそこには買い物にいってくると祖母の字で書かれた書置きがあった。入れ違いで出ているので挨拶は出来ないなとイーサンが頭を掻きながら、これからのことを2人へ尋ねる。

 

「ばーちゃん、買い物に行っちまったかー。帰ってくるまで2人とも休んでくかい、あっちとこっちじゃあ勝手は違うから調子狂っちゃうだでしょ?」

「いや、身体の調子はすこぶる良好だ、日本と時差がほとんどないおかげでな。それに気合い入れてきたわけだから、ゆっくり休むって感じじゃないぞ」

「ですねー。なんかやる気満々って感じ!」

「お、おぅ……、元気なのはいいことだぜ」

 

 日向はヴィムの時計が午前9時を指しているのを見ながら、時差がないおかげで体内時計がいつも通りで調子が好調なのを伝えた。ゲネシスは東と西とで時差があるので時刻は標準時と東西時間の3つがあるが、現在いる東エリアは偶然にも日本とほぼ時差がないもので異世界から来た千景たちには過ごしやすい環境といえる。

 やる気に満ちているというか初めての異世界でいつになくテンション高めな2人にイーサンは珍しく気圧されてしまい、それを発散できるものはないかと考え込んだ。ややしばらくあって何か思いついたようでで指をパチリとならすと、ネクタイに取り付けていた銀色のピンを取り出した。

 

「よし、先にメンドイもんから終わらせよう。千景とキャプテン、ヴィムは持ってるな? アカデミーへいくぜ!」

 

 

 

 

 

 アカデミーへ行くと宣言したイーサンについて千景と日向は発着場へ戻ってきており、当のイーサンは向かうための乗り物を準備している。そして青いオープンカーに乗ってやってきて、地球の車両と違い4本のタイヤの代わりに降着脚スキッドを持って床面より少し浮かんでいた。

 空中大陸の浮遊原理を機械的に再現した浮遊装置を搭載した『リグ』がゲネシスでは一般的な乗り物で、地球で言う所の自動車や船舶に航空機などの性質を全て兼ね備えている。レイジからのお下がりであるが一番のお気に入りなリグなので、イーサンはこれから乗せる2人へ感想を求めてきた。

 

「どうだ、カッコいいだろ? じーちゃんはリグのチョイスは微妙なのが多いけど、コイツだけは大当たりだったぜ。なんといっても――」

「ウン、カッコイイネ、スゴイネー」

「……どの世界にもカーマニアっているんだな」

「こらこらイーサン、一人で語ってんじゃないの。ほら、2人とも困ってるじゃないの」

 

 まくし立てるように愛用のリグを語るイーサンの話についていけずに千景は片言のように相槌を打ち、日向はカーマニアの反応は世界の壁を超えるのだと感心している。そんな単独公演を終わらせるようにツッコミを入れてのはキールで、息子の扱いは手慣れているからすぐに鎮圧され、長話を聞かされていた千景と日向は感謝した。

 父親の無言の圧力に屈したイーサンはそれ以上はリグについて言うことはなく、操縦席に飛び乗って2人も後部座席に乗り込む。だが、ちょっと待ってとキーボードに言われて、安全ベストの内ポケットに手を入れてゴソゴソとしていた彼を待っていると、目当てのものが見つかってかそれをイーサンへ向けて投げ飛ばした。受け取ったのは片手だけの黒い指ぬきグローブで、伸縮素材で出来たよく手にフィットしそうな作りをしている。

 

「それは新しいヴィムだよ、欲しいって言ってたろ手袋型のを。使い勝手は保証しとくよ」

「サンキューとーちゃん! じゃあいってくるぜ!」

「あぁ、いってらっしゃい。くれぐれも安全運転でね」

 

 さっそく新しい手袋型のヴィムを右手にはめるとイーサンはハンドルを握ってアクセルを踏み込んだ。ふわりと浮かび上がったリグはある程度の高さがまでくると滑るように発進して発着場から飛び出していき、キールは手を振りながら見送っていく。

 リグの飛び方は先ほど乗った輸送機とあまり変わらないが、屋根がなくて身体がむき出しだから臨場感は段違いで千景はまるで絶叫マシーンに乗っている感覚に襲われた。それにシートベルトもないのだからもしひっくり返ったら真っ逆さまに落ちてしまわないか不安を覚えたが、イーサンはそれを笑い飛ばす。

 

「大丈夫さ、リグのシートには慣性制御が効いてるからひっくり返っても落ちはしないぜ。それに周囲にシールドみたいなの張ってるから。どんなに速く飛んでもショックウェーブは受けねえぞ!」

「ほんとだ、もう音速超えてる! なのに全然快適だよ」

「しかし、ここまで間近だと怖いな……。おや、あっちに見える光のラインはなんだい?」

「あれがはリグの通り道であるロードラインっすよ。あのラインに乗れば自動で目的地までいってくれるってわけなんですけど、まートロイんでオレは使いませんけど!」

 

 群島を通り過ぎて大陸に入って高度はより上がって速度も音速に至るも、車体は安定した状態で飛んでいた。自家用車でも軽く音速を突破できる技術力に先程までの不安はどこへやら千景は興味津々で、まだ慣れない日向は遠くを見ようと視線を外に向けて、空中に伸びる光の線を見つけて尋ねてくる。

 リグは搭載された航法コンピュータと航法指令室が管理するロードラインによって自動操縦を可能にしており、目的地を入力すればあとは勝手に動いていった。なので乗るだけなら年齢制限はなく、手動操縦の免許や速度・高度の制限解除を行うのは少数派になる。イーサンが持つA級ライセンスなら速度や高度の制限はほぼなく、ロードラインに近づかない限りは自由に飛べた。

 イーサンがとろいと称したロードラインを眼下に抜き去り、自然豊かな森林地帯の上空を遊覧飛行のように進んでいく。あんまり人の気配が感じられない緑の海を音速で5分ほど走り抜ければ、切り開かれた土地が見えてようやく人の手が入ったエリアに差し掛かった。

 

「あれが目的地だ! ランナーの為の学園『アカデミー』だ!」

「すごい、ほとんど街だね!」

 

 イーサンは学園と称したが千景の眼には都市として映るほどににアカデミーの敷地は広く、どこまでも建物や道路が続いている。緑の海にぽっかりと浮かぶ巨大な人口島、それが千景のアカデミーへに第一印象だった。



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CHAPTER 1-8

 イーサンのリグはアカデミーの中でも特徴的な形状をした4本の柱というかビルに支えられたドームという建造物のエアポートへ降り立ち、そこからアカデミー全体を一望できるくらいに高く敷地の中心に位置している。ドーム内部もかなりの広さでキャンパスらしい姿で、道案内しながらイーサンはアカデミーについてざっくりと教えてくれた。

 アカデミーはその名前通り未成年者のランナーを育成する場であるが、それ以外にも研究機関やランナー以外の一般向け学科なども有している。なのでこの場に集まる学生やアカデミー職員なども千人単位と膨れ上がっており、施設の規模も小さな街レベルまで大きくなった。

 

「ここを全部見て回るなら丸一日かけても半分いけるかどうかだぜ。まーランナーのクラスは9個だけで、このドームに集まってから走り回る必要はないけどな」

「そしてここに千景君を呼び寄せたランナーの管理者がいるわけだ。しかし、学校にいるものなのか?」

「名前で勘違いされやすいですけど、アカデミーはランナーの管理がメインで学校はおまけなんすよ。ほら、ランナーが色々問題起こすとヤバいっすからね」

 

 ランナーはゲネシスの根幹となるエネルギーであるオルゴンをほぼ無制限に生み出すことができて、強大な能力を単独で振るうことができる。そんな人間兵器を管理統制する役目を持っていたのがアカデミーの前身組織で、その一環で未成年者のランナーへの教育・訓練を担っていたら学校としての部分が大きくなっただけだ。

 空中大陸を治める自治州とその連合体である『コーテックス』の取り決めにより、ランナーはコーテックス指揮下の正規軍に入るかアカデミーの管理下にある民間請負組織プライベーティアに属するかの2択しか認められていない。どちらにも属さないランナーは管理外存在として、それだけで処罰の対象であった。

 

「まったくこんなクソッタレな規約を押し付けてきやがって。自由に飛ぶ分にはまだ問題ねえけど、これ以上制限加えてくるならコーテックスを吹っ飛ばしてやるつもりさ!」

「そんな無茶苦茶やめてよね……。テロリスト街道まっしぐらだよ」

「ええ、全く本当に。第一、認定ランナーには多くの特権がコーテックスから与えられてるの、あなたのこれまで出した被害総額を全部こちらで肩代わりしてるの忘れた?」

「あー……、今のは言葉の綾でな。今のコーテックスには文句はないわけじゃないが、よくやってると思うし、ランナーは自由の翼っていう鉄則を守るためには政府にべったりといかんでしょう、な?」

 

 相変わらず大言壮語をぶち上げるイーサンに呆れながらツッコミを入れるも、今回は重なる声があって同時にその後ろからゆらりと誰かが姿を見せる。その人物に対して一番反応したのはイーサンで先程までの嫌になるまでの自信過剰な様はどこへやら、しどろもどろに弁解しているので千景の関心は彼をそこまで狼狽させる謎の人物へ向けられた。

 背丈はイーサンよりも頭2つ分ほど小さい小柄な少女でアカデミーの制服なのか黒いセーラー服に白いタイを首に巻いており、前髪に目元を隠されているがそこから覗く左眼の眼光は年齢不相応に鋭い。ただ剣呑な視線には同時に親しさも込められており、この少女とイーサンとはそれなりに親しい間柄なのかと千景は予想していた。

 

「おー怖ェ……。こっちのちっこいのが目当ての人物さ。まったくいつもうるさいったらありゃしねーよ」

「それはあなたがいつも騒ぎを起こすから。申し遅れた、私はクラリッサ・ウィンストール、アカデミーの生徒会長。話はイーサンは聞いてる、ようこそ放上千景さん」

「はじめまして、ウィンストールさん。すごいですね、あのイーサン君を抑え込むなんて」

「幼馴染だから。あなたもいい筋してる」

 

 クラリッサと名乗った少女は肘鉄でイーサンを押しのけながら千景の元へやってきてお互いにがっしりと手を交わす。挨拶もあるのだが何よりあのイーサンに振り回されて困ってるという共通項があって、2人の間にはなんとも言えない連帯感があったのだ。

 すぐに意気投合した2人に引っ張られて千景に早速友達ができたことに感極まってる日向としょっぱい顔をしたイーサンも歩を進めていき、目的地である生徒会室の前に到着する。なかなか立派で丈夫そうな木製ドアを開いてクラリッサに続いて3人が入っていくが、最後尾のイーサンだけが通せんぼされた。

 

「イーサンはここまで。1週間も空いてたんだからカリキュラムが滞っているでしょ、特に座学がね」

「えーいやだ、座学なんかしなくてもランナーはできるっしょ……うわぁ、なんだ貴様ら!? ぶっ飛ばすぞ、いや引っ張るな! いやだ座学はやりたくないぃぃぃ!!! やりたくなーー……」

 

 地球で1週間滞在していたこともあるが事あるごとに授業を放り出すからイーサンのカリキュラムはかなり遅れており、当然の如くごねる彼に対して生徒会長より無慈悲に執行される。円錐形な警備ポッド3機が吐き出す拘束用ベルトに簀巻きにされて、そのまま引きずられていった。とんだ大捕り物だが日常茶飯事の光景なのか、廊下を行き交う人達はあまり気に留めてはいない。

 イーサンを見送ってからクラリッサは思いっきり嘆息して呆然と見えいた2人をソファーへ座るように促した。部屋の様子は地球でよくある生徒会室よりも応接室に近い感じで、対面で置かれたソファー2つとその間の背の低いテーブルに黒檀の机が奥に鎮座している。

 

「ふぅー、お騒がせした、彼が関わるといつもこう。貴方達も大変だったと思う」

「確かに騒がしくて付き合うのは大変たけど、悪い奴だとは毛ほども思ってませんよ」

「悪人じゃないのが尚のこと質悪い……。まぁこの話はこの辺で。改めてようこそ地球唯一のランナー。我々は貴方の来訪を歓迎します」

 

 イーサン絡みのゴタゴタをとりあえず意識の彼方へ追いやると、クラリッサは凛とした口調で千景と向き合った。その佇まいから人の上に立つ風格を感じて、事実彼女はアカデミーにて管理職員カリキュラムを学ぶリーダーの卵になる。

 生徒会もその教育課程の一環で、学生による自治は独立独歩の気概を育てるのと同時に生徒たちを纏める生徒会メンバーの管理者として適性を測ることも含まれ、生徒会室ともなれば最優秀者ということだ。ランナーを教育する教職員達もそれなりの人数がいるが、授業や訓練以外では生徒達へあまり干渉はしない。

 こうして新たに入ったランナーへアカデミーのことを説明するのも生徒会の役目であり、地球のランナーを見つけたとイーサンから一報が入った時は結構な衝撃がアカデミー全体に走った。しかし事前にランナーに関するデータや人となりなんかも聞かされていたので、すんなりと受け入れ態勢ができている。

 

「イーサン君、いつのまにそんなことを……」

「気を付けてください、御堂一尉。彼は手癖が悪い、いつの間にか情報とか抜かれる。おかげであなた方を迎える準備が早くできたけど」

「色々とイーサンくんには助けられてるな」

「手癖が悪くて“鼻”もよく効くから。即決即行動は彼の十八番で長所、後先考えないからストッパーやフォローは必須だけど」

 

 良くも悪くも行動力のあるイーサンのおかげで迷惑を被ることもあれば助けられることもあると、2人とも身をもって実感していた。雑談に逸れてしまった話をアカデミーの説明へと戻し、これから千景のランナーとしての適性を測る試験を行うのだが、既に地球でストライダーを動かしているのとイーサンからの主観混じりの所感が送られてきているのでパスされる。

 あとは書類などへのサインであるがそれは保護者の日向の役目ということで総務室へ案内するべくクラリッサは立ち上がり、千景には銀色の小さな円筒形したピンを差し出した。イーサンがネクタイピンと一緒に付けていたこれは『ホロファインダー』というアカデミーの学生証に当たる代物で、個人データ以外にナビ付のマップデータも収められている。

 

「しばらく単独になると思うけど、そのナビに従って見て回るといいかも。では御堂一尉はこちらへ。放上君、アカデミーでの生活が君の為になりことを願ってる、それでは」

「ありがとう。早速楽しませてもらうよ!」

 

 

 

 

 

「おーイーサンじゃないか、1週間ぶりだな」

「もう少しは静かにできないの? はーさらば静寂……」

「うるせーよ、オレだって好きで騒いでるわけじゃねえんだ。というか、ちゃんと授業受けるからもう解いていいだろ! さっさと離せ!!」

 

 道行く生徒達から気軽に声をかけられたり騒がしさを咎めるようなきつい視線を受けながらも、簀巻きのイーサンは3機の警備ポッドに引きずられていた。既に抵抗する気力はなく白旗を上げているのだが解放されるそぶりはなく、教室の前まで来てようやく拘束が外されてポッド達はそそくさと去っていく。やれやれだと頭を振りながら教室の中へ入ると皆授業を受けているが、イーサンのことは気に留めていなかった。

 別に煩すぎてクラスの誰からも無視されているわけでも、誰かが入ってきても気にならないほど授業に集中しているわけでもない。なんの変哲のない机でもホロファインダーを取り付ければ、立体映像と透過型防音シールドが発生して10人ほどが集まる教室内でも個人スペースを確保できていた。なので気にすることなく席について、ネクタイに付けてあるホロファインダーを机のソケットにはめると立体映像と防音シールドが周囲に展開していく。

 

『おはようございます、バートレット君。本日のカリキュラムはこちらです』

「はーやんなっちゃうぜ…………なんじゃこりゃああああ!? 一日で出来る量じゃあねえぞ!!」

 

 音声ナビも一緒に起動して受講すべきカリキュラムが出されて1日分のノルマも課せられているのだが、その量があまりにも多いことにイーサンは叫んだ。1週間の不在に加えて座学がもともと嫌いでやりたくないと弾いてきたツケが今やってきたのである。

 これではいつも楽しみにしている飛行訓練が全て座学に代わっているのはイーサンにとって耐え難いものながら、過密なスケジュールを1週間こなせば通常のカリキュラムに戻れる温情もまだまだあった。これからアカデミーの入る千景にも格好悪いところを見せるわけにもいかないので、半ばやけっぱちになって叫ぶ。

 

『これが本日のカリキュラムです。バートレット君頑張ってください』

「ああ、いいだろう……。やってやろうじゃあねえか、コノヤロォォォ!!!」

 

 

 

 

 

「はぁー、すごいんだランナーって……」

 

 日も傾き始めている時頃、千景はアカデミーの中を見学していた。午前中は授業の様子を眺めてお昼頃に日向と合流した後に食堂で昼食をとり、その後に手続きなどがあるという事でまた別れて単独で回っている。イーサンは途中で参加すると言っていたが1週間休んでた分のカリキュラムがあるから来られないとクラリッサから伝えられていたが、元々からナビによるサポートがあったので問題はなかった。

 アカデミーのカリキュラムは午前中が座学で午後がストライダーの飛行訓練や戦闘訓練などといった実技訓練が主体となっており、見学している千景は改めてランナーの凄さを目の当たりにする。周囲より一段低くなっている円形の試合場を部屋の中心に置いた武道場と思われるこの場所にて、高くなっている観戦席から千景はランナーの剣戟を眺めていた。

 相対するランナーは4人、ジャージ姿であるがマスクやグローブなど防具を身に着けて顔は見ないが、1人に対して3人が向かい合う構図となっている。手にしている剣は機械的なグリップ部とオルゴンの結晶であるオルガナイトで出来たブレードで構成され、しっかりと両手で握って構える3人と剣先を地面に向けて片手で緩く持つ1人のランナーが向かい合う。

 勝負は一瞬でついた。先に動いたのは3人のうちの1人で床を強く踏みしめ大きく振りかぶりながら突撃していき、微動だにせず立ったままの相手へ剣先が迫る。しかし剣が届く刹那下げられていた腕が神速で放たれて、力にこもった切り上げに向かってきたランナーは大きく持ち上げられて尻餅をついた。相手が動いたのと同時に先に仕掛けた1人へ意識が集中してるうちに回り込んでいた2人が同時に攻撃を向けるも、それすら読んでいた相手は左から来た者へは上がったままの剣を不意打ち気味に振り下ろして床に沈める。後ろを取ったと確信した最後の1人が思いっきり突いたが、剣先は空を裂くだけで頭上を大きな影がが掠めていき、慌てて振り向くと喉元に刃を突き付けられていたから剣を手放して降参するのだった。

 

「すんごい剣戟、速くて全然見えなかった……」

 

 観戦席には千景の他に誰もおらず、訓練とは思えない迫力満点な演武を独り興奮した様子で眺めている。自分も同じランナーであるがあんな動きができるのか疑問であり、クラリッサからも実技は基礎体力訓練くらいで戦闘訓練は行わずに飛行訓練を重点的にしていくカリキュラムを渡された。参考としてみたイーサンのカリキュラムも飛行訓練重視であったが、おおよそ訓練といえるのかわからない曲芸飛行ばっか載っており、何も参考にはならなかった。

 剣術訓練も終わりとなって4人とも礼をして、防護マスクを脱ぐと先ほどの模擬戦の評価を行っている。そこを教えているのは3人をまるで寄せ付けずに打ち負かしたあのランナーで、マスクを脱いだ素顔は長い銀髪をサイドポニーに纏めた赤眼の美少女だった。彼女の姿をどこかで見たことがあると千景は首を傾げて、イーサンと衝撃的な出会いをしたあの日を明瞭に思い出す。

 

「あの子はたしか、イーサンをぶっ飛ばして簀巻きにしたあの赤い服の――うわぁ!?」

 

 ハッとして勢いよく立ち上がるも力を入れていた腕の先に掴めるはずの手すりがなく、そのまま下方の演武城へ転がり落ちてしまった。幸い高さとしては1メートルも無かったのでケガはないが、落下音が大きく響いて打った背中からジンジンと鈍い痛みが発せられている。

 音に気付いて銀髪の少女が近寄ってきてうめき声を上げて伸びている千景に手を差し出し、助力を受けて立ち上がると痛めた背中を何度もさすった。大事ないことに彼女も安堵するが、どうやら向こうも千景の顔に見覚えがあるように目を細める。

 

「もー大丈夫? いきなり落ちてきたからびっくりしたわ。ケガはっと、よしっなさそうね」

「いきなり迷惑かけちゃってすみません、観戦してたら興奮して前後不覚に……」

「たしかに落ちてくる観客なんて初めてね……あら、あなたどこかで会わなかったかしら? …………あ! あの地球の!」

「はい、あの時の地球人です」

 

 

 

 

 

「―へぇ、そんなことがあったの。あなたのこと色々と噂になってるわよ、地球からランナーがやってくるってね」

「そんな大それた人間じゃないですよ、僕は。オルゴンは操れないしあんな剣戟もできっこないし」

 

 千景は銀髪の少女―アズライト・ジュネットと一緒に武道場から出てきた。偶然向かった地球で偶然出会った異世界人と偶然この場所で再会したわけだから、この必然の出会いめいた友誼を温めないわけにいかないということでアズライトがついてきた。どうも地球出身のランナーがやってくることは噂になっており、彼女は会長のクラリッサとは友人同士ということでいち早く話を聞いてたがそれが千景だったことは予想外だったそうな。

 アズライトは演武場での運動着姿から始めて出会った時と同じ紅いジャケット姿に着替えており、その下にはへそ出しノースリーブなトップスにローライズなホットパンツという肌の露出が多い格好でスタイルも抜群なものだから千景は目のやり場に困る。当人はそんなこと気にすることなくグイグイと来ており、先程の3人が手合わせを願い出た後輩ということから面倒見はいいのだろう。

 

「あら、そんなこと無いわ。だって初飛行でガレリアを倒したって、みんなの噂なんかじゃなくてクラリッサからちゃんと聞いたし。報告者があの空バカ野郎だから正確さには欠けるけど、空に関しては嘘は書かないと思うわ」

「イーサンがどんな誇張したのかはわからないけど、アレはストライダーの性能に助けられたところが大きいよ……あ、イーサンだ! なんか様子がおかしい?」

「1週間も授業放ったらかしにしたツケが回ってきたらしいわ。まともに動けないアレの代わりにあなたのサポートをしてくれないかって、クラリッサからそんな話があったのよ。私としてはこの出会いもあるから歓迎だけど」

 

 視線を逸した先に見慣れた顔を見つけて手を振るがどうにも様子が変だ。焦点が合わない目でフラフラと歩く様はまるでゾンビのようで、気力ごとごっそりと削がれた頬と土気色になった顔色からただ事ではないと千景は驚くが、対してアズライトは冷ややかな視線を送っている。その訳はイーサンが溜まりに溜まった座学を片付けているという話を生徒会長から聞いていたからだ。

 彼女の面倒見の良さはクラリッサも承知していたので動けないイーサンの代わりに千景のサポート役を任せようと考えていたらしく、地球で会ったことある顔見知りというのも考えてのことだが、あまりにも抜け目ないところがあるからこの出会いも策謀なのか疑ってしまう。しかし、それにいの一番に反対を表明したのは見事ゾンビ状態から復活したイーサンであった。

 

「なんだとー! 千景の相棒はオレだぞ! お前なんて言うこと聞かないとすぐに股間とか蹴るだろ、この暴力タマ蹴り女!」

「ハァッ!? あれはあんたを抑える為に弱点を突いただけです!そっちこそ座学したくないから彼のことをだしに使ってるだけでしょ!」

「まぁまぁ、2人とも落ち着いて! 僕は誰からのサポートでも大歓迎だよ~。ほら、僕もいろんなランナーから教わりたいからさ、2人ともよろしく! だから仲良くね!」

 

 いがみ合うイーサンとアズライトの間に割って入りなが千景はなんとか宥める。多くのランナーから教わりたいというのは本心でアズライトの剣戟を見ていたら他のランナーの戦い方についても知りたくなり、ストライダーによる空戦もイーサン以外のランナーも見てみたいという気持ちもあった。

 有無を言わせない千景の笑顔によるゴリ押しで2人も矛を収めて、イーサンは不満げに口は曲げながらも拳は下げてアズライトはやれやれだと言わんばかりに嘆息を漏らす。いがみ合う関係なのだが端から見た千景にとっては2人の息は何故か合っているみたいで、似た者同士だと感じている。

 

「しゃーねえな、とりあえず明日はそっちに任すよ。座学を明日いっぱいで終わらせて必ず戻ってくるからな! 千景の股間蹴ったら容赦せんぞ!」

「それ初対面の僕の股間握り締めたイーサンくんが言えた台詞……?」

「ホントにしょうがない奴わよね。それじゃあ明日からよろしくね、千景!」

「うん、ジュネットさんよろしく!」

 

 アズライトから差し出された右手を握って握手を交わし、イーサンはそれを口は曲げた状態ながら目線は柔らかくして眺めていた。どうやらこれからの学園生活も色々と波乱万丈で静寂からは程遠いものになりそうだと確信めいた予感を覚えるのだった。



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CHAPTER 1-9

「さっそく友達ができたのか、良かった良かった。しっかしそのアズライトって娘さんも地球で出会ったランナーなんだろ? こうも立て続けにあると運命的なものを感じるな」

「まったく、その運命ってやつがあのタマ蹴り女ってのが気に食わねえっすけど。なぁ千景、あんなのよりオレの方がいいだろう?」

「僕をダシにして授業を抜けようとしないの。ちゃんと明日は座学受けてね?」

「はいはいっと。……口うるさいのはクラリッサだけで十分だから勘弁してくれよ」

「なにはどうあれ、親しい友人が出来るのはいいことさ」

 

 オープンループなリグのハンドルを握りながらブツクサと文句を言うイーサンを彼の幼馴染仕込みの方法で釘を刺す千景が後部座席に座っており、その隣の日向は楽しそうに2人の話に耳を傾けてた。夕方ころまで長時間かかった色々とした登録が終わって無事にこちらで暮らせる準備が出来ており、見ることが出来なかったアカデミーの施設やこれからの学校生活に問題はないか気になるところなどを2人からの報告として聞いていたのである。

 地球で遭遇したランナーとまたしても再会したという千景にこちらへやってきた理由である白昼夢と併せて彼には運命づけられた何かがあるのではないかと日向は感じていたが、そこから良い出会いに繋がるのであれば悪いものではないと思えた。

 傾きかけた陽光が空や雲やリグの表面をオレンジ色に染め上げている中をホーム目指して飛んでいるが、そんなリグの上に影がかかる。見上げてみるとそこには灰色の飛行物体が10メートルほど上空を浮かんでおり、進行方向に対して前側に当たる部分は矢印のようで後ろ側は球体状をして、後方からエンジンノズルとサイドからは短い翼が伸びていた。全長30メートルほどの大きさである航空機型リグは3人の前に出てくると、誘うように両翼を揺らす。

 

「なんだろう、あのリグは……。イーサンくん、どうしたの?」

「そうかそうか……。いいだろう、やってやるぜぇ!!」

「いきなり、何を!? うおぉーっ!!」

「ちょっと、なんなのさ!?」

 

 灰色のリグを視界に入れた瞬間、イーサンの目の色が変わった。答える間もなくエンジンを全開にしてリグは大きく揺れながら砲弾のように飛び出していき、後ろに座っていた千景と日向はシートに抑えつけられる。凄まじい加速で航空機の前に出ると返すように同じように機体を左右に揺らして挑発すると、そのまま家がある方面へ向けて加速していった。

 抜かれた輸送機も轟音とともに加速してすぐさま追い抜いて引き離そうとするも、イーサンは輸送機の周囲を回るように飛ばすとちょうど上から下る時の勢いを利用してすぐさま抜いてみせる。そうして前を取れらたら取り返すデッドヒートを延々と続けており、両者は譲り合いという精神を遥か彼方に置き捨てた追いかけっこを続けていた。やがて目的地である島が見えてきたのだが、その間に大きな入道雲が横切るようにゆったりと流れている。

 

「い、イーサンくん、前に雲だよっ!!」

「わかってる、しっかり掴まってな! 突っ込むぜ!」

「嘘でしょう~~!?」

 

 なんの思案も躊躇もなくイーサンはただ愚直に雲海の中へ飛び込んでいき、視界は真っ白に包まれて雨粒や雹などがリグを大きく揺さぶった。車体の周囲を覆う空力フィールドがそれらを防いでくれるが、暴風吹き荒れる雲の中では小さな木の葉に過ぎない。操縦を誤れば流れに呑まれてしまうか、そうでなくとも視界が悪いこの状況では空間識失調(バーティゴ)を引き起こす危険だってあった。

 それでもイーサンは真っ直ぐにただ雲を突き抜けて最短コースを進んでおり、目の前に目的地である島が見えてきたが同じように雲を突破してきた航空機も直上にやってきている。後はどちらが先に到着するかのスピード勝負であるが、航空機の方がエンジン出力も段違いで雲を突破することで出来た距離の差をどんどん詰められてきた。

 ついに後方直後にぴったりと着かれて追い越されようとするも、イーサンはにやりと笑ってハンドルの裏にあるスイッチを押す。すると後部のトランクが開かれてそこから詰まっていたスペアパーツが放出されて、航空機はぶつけられて思わず減速していった。その隙に一気に加速してイーサンはリグを搬入口へ滑り込ませ、激しい着地ながらイーサンは手を振り上げて喝采をあげる。

 

「やったぜ! 今日はオレの勝ちィ!!」

「いっ、一体なんなのさ……」

「フッ、譲れぬ戦いってやつさ」

 

 意気揚々とリグから飛び降りるイーサンに対して目を回した千景と日向はぐったりともたれかかっており、一体何が起きたか理解できなかった。そこへ追いかけっこをしていた輸送機が同じように入ってきて、イーサンはこれまでとないくらいのドヤ顔を浮かべながら輸送機から出てくる人物を出迎える。

 輸送機から出てきたのはイーサンと同じ鮮やかな赤髪をした中年女性でポロシャツから逞しい二の腕を見せており、やれやれだと言わんばかりに困った笑みを浮かべた。2人は真正面から相対して額がぶつかりそうな程に顔を近づけており、まさに因縁のライバル関係と言った具合でその関係性に千景は疑問符を浮かべる。

 

「へっ、流石にロートルはここまでか?」

「言ったな、小僧。今日は勝ちを譲っただけよ、お客さん乗せてたようだし」

「あの2人、どういう関係なのかな……?」

「親子っすよ、似た者同士でしょ?」

「あー確かに……。って誰ですかあなた達!?」

「我々はヴァリアントフライヤーズ! 以後お見知り置きを」

「あ、ご丁寧にどうも」

 

 バチバチと火花を散らす2人が親子ということに外見だけじゃなく雰囲気も似ているから納得するも、突然現れた3人組に思わず声を荒げた。モヒカンやアフロやリーゼントに袖なし革ジャンというファンキーでパンクな格好した連中なので驚くも仕方ないが、意外と礼儀正しい感じに面を食らうも毒気を抜かれてそちらのペースに乗っかる。

 彼らヴァリアントフライヤーズはイーサンの母で現役時代無敗を誇った凄腕レーサーでもあったクリスチーナ・バートレットをリスペクトする元レーサー達で、彼女がレーサーを引退して輸送機ヴァリアントの機長として輸送業を始めてからも彼らも乗組員として乗り込んでいた。バートレット家との関係も長いから事情もよく知っていて意外とお喋りなのか、千景と日向にも色々と話していく。

 

「イーサンの坊っちゃんが空を飛んでるのもクリスの姐さんの影響っすね。見たでしょ、2人のめちゃくちゃな飛び方」

「確かに凄いですよね……。あれはもうお断りだよ」

「こらぁーーー!!! 2人ともそこに直りなさいーー!!」

「出た、この家の主人っすよ」

 

 ぶつかり合う親子にコソコソ話に興じる部外者や遠巻きにいつもの事と微笑むハイペリオンのスタッフ達が出していたそれぞれの声が、発着場に轟く一喝で全て鎮圧された。その声を向けられたイーサンとクリスの2人は顔を強張らせて緊張で身体を硬直させ、突然の事にぽかんとする千景にフライヤーズのアフロ頭が教えてくれる。

 たった1つの喝で2人を黙らせた小柄な老婆はユリア・バートレット、イーサンの祖父でクリスの母でバートレット家を仕切っている真の支配者というわけだ。外見からは人柄の良さそうなおばあちゃんであるが、あのイーサンとクリスが正座してお叱りを受けてるのだからあながち間違いでないのは確かであろう。

 

「まったくあなた達は! 1人で勝手にやるのは問題ないですが、イーサン、お客さんを乗せてあんな飛び方をして! クリス、仕事の荷物を持ったままあんな飛び方をしないの!」

「でもなばーちゃん、あれを仕掛けてきたのはかーちゃんのせいでよ……」

「アハハ、お客さんにちょっと見せつけようと思ったらついね……」

「お黙り! 今日という今日はしっかり絞らせてもらうわよ!」

「「そんな~~~」」

 

 

 

 

 

「ごめんなさいね、千景君に日向さん。うちの子達のバカ騒ぎに巻き込んじゃって。事あるごとに張り合うのよ、親子なのにね。さーさお2人の歓迎会始めちゃいますから、どうぞ席についてくださいな」

「はーい、お邪魔します。うわぁ~すごい料理だ!」

「フフ、久々のお客さんということで腕によりをかけさせてもらいました。みんなも入ってきなさい~」

「やったぜ、おかみさんの料理は最高なんだよ!」

 

 ユリアの案内で本邸の広間に千景たちがつくと10人以上は座れそうな長テーブルの上に所狭しと料理が載った皿がいくつも置かれていて、全て1人で準備したというなら凄い労力であるが目の前に立つ老婦人はそんな事を微塵も感じさせない笑顔を浮かべて2人を食卓へ通した。その後ろを付いてきたヴァリアントフライヤーズも相伴にあずかって綺麗に並んで食卓へついて、安全ベストを外したキールや機械油を落としたレイジにそれに続くハイペリオンのスタッフ達と部屋の中は一気に人が増えていく。

 いつの間にか千景の正面にはクーリェが座っていて豪華な料理に眼を輝かせて、確かに美味しそうな匂いが部屋いっぱいに充満していた。ラインナップは地球の洋食とは大差ないものだから問題なく食べれそうで、それどころか腹の虫がまだかまだかと暴れだしそうである。最後に入ってきたのはこっぴどく絞らたか妙に細くなって青ざめた顔色で足がしびれてかフラフラとした足取りなイーサンとクリスで、部屋の端っこに座ると回されていたグラスを手にして全員が揃った事を確認するとキールが立ち上がった。

 

「えー皆さん、僭越ながら私が地球から我が家にホームステイしてきました放上千景君と御堂日向さんの歓迎会の司会進行を務めさせて頂きます。まっ硬いこと抜きにしてよく食べよく飲みよく騒ごうってわけだから、各自醜態を晒しすぎないように楽しんで頂戴。はい、挨拶終わり。では乾杯」

「「「乾杯ー!」」」

 

 お互いにグラスを叩きあってそのまま口を付ける。千景のグラスに入っていたのは虹色に輝くへんてこなソフトドリンクであったが非常に美味で、日向のグラスにはビールのような黄金色の発泡酒のようであった。大皿に載ってる料理は1人サイズに切り分けては小皿に置いていくという動作を目にも留まらぬ速さで行っていくユリアに関心しながらソースがたっぷりかかった肉料理を頂き、それも非常に美味である。

 日向はキールたちと飲み明かしていて、千景の隣にいつの間にかイーサンが座っていて先程までのしょぼくれた表情はどこへやら並べられた皿をガツガツと食べていた。行儀はあまり良くないが実に美味しそうに食べているので千景もつられて箸が進んでいき、桃色のドレッシングが掛けられたサラダにこぶし大もある巨大肉団子に齧りつく。

 

「どうだい、ばーちゃんの料理は美味いだろ! オートメーションでも料理は作れるんだけどこの味は手作りじゃないと出せないぜ~」

「うん、本当に美味しいよ! これならいくらでも入っちゃう」

「あらあら、嬉しいわ~。地球の人は自然食材を食べてるからこっちの合成食材が口に合うか心配だったのよ。今はだいぶ美味しくなったけど、昔のはもっと不味かったの」

 

 ゲネシスでは食材の多くが酵母やプランクトンを培養加工して作られた合成食材で地球で食べられてる自然食材はこちらの世界では高級食材という扱いとなっており、栄養価は変わらない合成食材は味の面では数段劣っているが今口にしている料理はどれも地球で食べられる料理と遜色ないどころか上回ってすらいるだろう。それもユリアが持っている高い調理の腕前、イーサンいわく“神の手”によるからだ。

 歓迎会の主役なので千景の前から料理が尽きることはないが、テーブルを挟んで対面している兄妹は好物の取り合いをしている。というよりは祖母の料理は全部好きなのだが2人が手を伸ばした皿がことごとく被ってしまい、そのまま取り合いへと発展していき、ある意味息の合った妙技に感心してユリアは呆れた。

 

「ちょっとお兄ちゃん! これあたしが食べたかったのに~。あ、こっちもらい」

「あ~オレのフライが~」

「もうアンタ達は静かに食べれないのかい。ごめんね、うるさくてさ」

「いえ、歓迎会ですんでこれくらい賑やかじゃないですと」

 

 盛られた皿に箸を伸ばしながら宴会さながらの喧騒を千景は楽しんでいる。大人たちはテーブルから離れて床に円陣を組むように座り込んで、楽しげに酒を酌み交わしてその輪に日向も加わっていた。そんなどんちゃん騒ぎを繰り広げながら宴は夜を徹して行われていき、小さな島は歓声に包まれていく。

 

 

 

 

 

「おはよう、昨日は楽しかったねー」

「おはー、まったく大人連中は騒ぎすぎだぜ。さっき見たけど、みんな床で伸びてやがったぜ? というかお前さんはしっかり身支度すんでるのな、爪の垢を煎じて飲ませたいぐらいだな」

「今日が初日だからね。しっかりしておかないと思ってさ」

 

 歓迎会から一晩明けて千景は寝床から出て母屋と離れを繋ぐ渡り廊下より窓を開けて爽やかな朝の空気を吸いながら、通りがかった起きたてのイーサンとともにリビングへ向かった。寝間着のジャージ姿なイーサンと対照的に千景はアカデミーの制服を着ており、ブレザージャケットは脇に抱えてワイシャツにはしっかりネクタイを巻いている。

 顔も歯も洗ってないイーサンとパリッと身支度を整えた千景はリビングへと入っていき、テーブルには既に朝食が並べられていた。朝食はトーストとハムエッグにサラダとコーンスープというオーソドックスなラインナップで出来たてを示すように湯気は立っており、ユリアが天気予報が写っているホロディスプレイを眺めている。

 

「2人ともおはよう。あら千景君、制服似合ってるわよー。イーサン、アンタは顔洗ってきなさいな、髪もボサボサよ」

「ご飯食べてからするよー、いただきまーす」

「おばあさん、おはようございます。では、いただきます」

 

 朝食も実に絶品でただのハムエッグがどうしてこんなに美味しくなるのかという疑問が浮かんでくるが、そんな考えは朝食の美味しさの前には遥か彼方に飛んでいってあっという間に完食した。ちょうど2人も食べ終えて食器をシンクへ置くと、ユリアは広間で今なお横たわっている大人共の世話へと立ち上がり、イーサンは身支度のために洗面所へ向かい、千景はアカデミーへ持っていく荷物の点検に入る。

 持っていくといっても教科書といった類は全て電子化されており、イーサンがネクタイピンと一緒に付けていた銀色の筒であるホロファインダーに全てが詰まっていた。これ一つで教科書や学生証にランナーへ支給される電子クレジットの機能まで有しており、当然セキリティも登録された者が発するオルゴンにだけ反応するように出来ている。

 予習も兼ねて教科書の中身を見てみると、翻訳機能のおかげで言語は異なっていても問題なく読み取る事ができて内容も数学や理科は地球と大きく変わっていなかった。一方空中大陸に根ざしている国語や歴史に社会科といったジャンルはまるで異なっていて、流し見するだけで殆ど内容は殆ど理解出来ないでいる。

 

「おー朝から予習とは感心するなー。オレは見るだけで頭痛くなりそうなのに」

「それはこっちも同じだよ。特に歴史なんて一から覚えなきゃいけないし」

 

 顔を洗って歯を磨き髪を整え服装もジャージから見慣れたベスト姿になったイーサンがリビングへ入ってきた。学校へいくのに制服を着ないのかと疑問に思うが、アカデミーには厳密な制服と言えるもの無くて着用義務の無い指定服があるだけなので公序良俗に反さないなら服装は自由で指定服の改造も許されている。もっとも毎日着せ替えられる程に服を持ってる学生は少ないので多くは指定服を来ており、イーサンもワイシャツやネクタイが日替わりで変わる程度だ。

 せっかくだから予習していこうとイーサンも腰を下ろして授業の内容を確認していく。溜まりに溜まった座学を終わらせないと好きな飛行訓練や千景のサポートにもいけないということで、1週間はかかるというカリキュラムをどうにか短くしていきたかった。しかしじっと考えていられたのは15分程度でイーサンはお手上げである。

 

「まったく頭痛くなりそうだぜ……。千景、そろそろアカデミーいこうぜ」

「そうだね。初日から遅刻は駄目だもん」

 

 教科書データを全てしまうと2人は家を出て地下にある発着場へ向かった。向かうにはリグを使っており、昨日アカデミーへ向かったのと同じリグには大きめな肩掛けカバンを下げたクーリェが座っている。彼女もアカデミーの中にある学校へ通っているので便乗するのだが、千景はそれが小学校なのかと思っていた。しかしクーリェは心外だと言わんばかりビシッと指を指すと、アカデミー内の高等技術院に通っていると答える。

 その技術院では技術者の養育を目的として大学レベルの授業が行われており、この年齢でそこまで飛び級した自身がいかに凄い存在なのかと小さな胸を堂々と張っている。千景は素直に称賛するが、イーサンは華麗にスルーしながらハンドルを握ってリグは動き出した。

 

「ふっふーん、超天才なあたしならこれくらい当然よ! むしろレベルが低いぐらい」

「おー、クーリェちゃんすごいね!」

「出発するんだからあんまり騒ぐなよ。落っこちても知らんぞー」

 

 

 

 

 イーサンがクラスの中へ入るといきなりクラスメイト達が押し寄せてくる。その理由は単純、これからやってくるという地球出身なランナーの関係者ともくされていたからだ。アカデミーの敷地内へ入って技術院でクーリェを下ろしてから千景と2人でランナークラスのあるドームの駐機場に着いたが、そこで生徒会長のクラリッサが待っていて千景に用があるからとそのまま連れて行く。1人で教室へ向かうその道すがらでも新たに編入してくる地球生まれのランナーの噂で持ち切りだった。

 ようやく質問攻めから解放されたのはホームルームが始まる直前であり、チャイムとともに担任の先生がイーサンがよく見知った、クラスメイトにとっては初めて見る少年を引き連れて入ってくる。彼が噂のランナーかとクラス中がざわめき、先生が窘めてから少年へ促すと姿勢の良い格好ですっと挨拶を述べた。

 

「地球からやってきました、放上千景です。今日からよろしくお願いします」



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CHAPTER 1-10

 教室内は熱狂に包まれている。それもそのはず地球から留学生がやってきたからだ。ゲートで繋がっているとは言え学生がおいそれと行けるものではないので、異世界な存在との邂逅に皆興奮気味である。唯一の例外はこの中で冷静さを保っている、というよりも大量に残ってるカリキュラムを片付けなければならないので意識を向ける余裕がないイーサンだけだ。一応彼が最初に出会った人物で、アカデミーの制度の一つである新入生のサポートを在校生が行うパートナーシップ制度でバディとなるのだが、今の状態ではバディもできようがない。

 幸いなことにこれから授業が始まるので留学生当人である千景へクラスメイトからの熱烈的歓迎はなんとか抑えられた。チャイムがなって担任の先生が教室から出ていくのと同時に机の周囲が防音シールドが包まれて、擬似的な個人スペースが作られる。ランナーの適性があれば入学するアカデミーの特性上、カリキュラムを始める時期が個々人で違ってくるので座学に関しては高度な学習用AIとマンツーマンで行う方式となっていた。すごく発展した自習なのかなと思いつつ、千景は浮かんでくる立体映像に目を向けて最初に選んだ地理のカリキュラムを開始する。

 

『起動確認、はじめまして放上千景さん。私があなたのカリキュラムを担当します学習サポートインターフェイスのメイズです。以後よろしく~』

「イーサンくんからは聞いていたけど、すんごいハイテクだな……。外から音も聞こえないし個室にいるみたいだし、AIの合成音声も肉声とほぼ変わらないや」

『当然ですよー! なんてったってAI技術の最高峰ジンズ社製ですから! あ、宣伝になっちゃいましたね。早速授業始めますよ、千景さんは留学生ですから内容も特別仕様です!』

 

 起動した学習用AIメイズはまるで生きてるかのように流暢に話して、驚く千景を雑談混じりながらに授業へ向かわせた。最初の授業に地理を選んだのはゲネシスを知るために手早い手段ということで生徒会長のクラリッサがアドバイスをくれたもので、カリキュラムそのものも彼女が組んでくれたものである。

 『ゲネシス』とは空中大陸の名称とともに人類の生活圏がそこしかないことから世界そのものを指す言葉でもあり、大陸は各地を治める自治州(セクター)とそれをまとめるコーテックスという連合体から成り立ち、アカデミーもそのコーテックスによる傘下にあった。

 

『セクターはたくさんありますが、どれも異なった趣がありますよ。それで昔は争いが耐えなかったこともありますけど、今はオラクルがまとめてるので大丈夫です』

「56あるセクターはそれぞれが自治権を持ってて、軍隊はコーテックスがまとめてるんだね。コーテックスの中心地は空中都市で司法も別の場所に独立してある感じかな」

『大正解です! 飲み込みがはやいですよ、バートレットさんなんてすんごく……、あ、これは秘密ですよ?』

 

 まるで友達と気安く話し合うように授業と思えぬ授業は進んでいく。メイズは全てのユニットで情報共有されているが、個体ごとに個性があるようで千景の担当は親しみやすいように感情制御がかなりフリーとなっているようだ。調子は変わらずにメイズは次の議題へと進んでいく。

 ゲネシス大陸が浮遊しているのは大陸の大部分が特殊なオルガナイト結晶によって構成されてからで、巨大な地盤をまるごと上空3000メートルに浮かばせるだけじゃなく、核より漏れ出したオルゴンが大陸の周囲に満ちることでガレリアを近づけさせない守護領域を作り上げた。大気中に漂うオルゴンはゲネシスでのエネルギー源でもあり、既に機械の補助無しでオルゴンを取り込んで使用することができる人類は過半数を超えている。

 

「へぇー、こっちの世界の人達はすごいな。オルゴンを生み出すどころか操れもしない僕がランナーでいいのか?」

『いいのですよ! オルゴンの使用には個人差がありますし、取り込める人だってどこまで出来るかピンキリです。だから誰でもオルゴンにアクセスできるV.I.Mがあるんですから。それにSCSに適合してストライダー乗ってガレリア倒してるんで、千景さんは誰がなんと言おうと間違いなくランナーです!』

「そうかな……、ありがとう」

 

 こうしてメイズと会話しつつ要点をノート―と言ってもホログラムで出来たキーボードで打ち込むテキストデータ―にまとめつつ、ゲネシスの地理情勢を千景は学んでいった。途中でも休憩を挟めるのだが、授業に集中していたからか気づいたらお昼に近い時間となっている。学生のペース配分を考えて無理のないように授業を進めるのもメイズの役目であるのにと酷く気落ちしていたので、AIを人間が慰めるという一風変わったやりとりが行われた。

 ここで本日の座学は終了でお昼休憩を挟んで午後からはランナーとしての技量を高める実技授業が始まる。ここからのカリキュラムが一番特殊なところなのでじっくりと選定して、自身の能力にあった技能を伸ばしていくのが大事だ。ちなみに参考にとイーサンの実技カリキュラムを借りてきたのだが、そのほとんどが飛行訓練に費やされていて射撃訓練と格闘訓練がほんの少々ある程度となっている。これでは参考にならないとメイズも千景も意見が一致だ。

 

『まず、こんな頭おかしいカリキュラムは置いておきまして、千景さんの実習カリキュラムは当面のところ見学が主体ですね。いきなり人間が空中でチャンバラしたり、エネルギーの波動をぶつけ合うのに参加したいなら別ですが』

「すごくそそられるけど、命が惜しいから見学に専念しとくよ」

『それが懸命です。実技の内容や行われる場所はファインダーに入れておきますから、お昼楽しんでくださいね。大変だと思いますけど』

 

 最後に何か不穏な一言を残してメイズとの通信が切れて、机のソケットに入れていたホロファインダーを制服の胸ポケットに差し込む。お昼休憩にしようと防音フィールドを切って立ち上がるが、ここで初めてクラスメイトの視線がなぜか自身へ集中していることに気づいた。実はみんな千景が立ち上がる機会を待っていたのだが、結局午前中のうちにそのタイミングが来なかったのでお昼になっている。その理由は至極単純、異世界からやってきた転校生にインタビューしたいからだ。

 机から立ち上がった瞬間に周囲をクラスメイトに取り囲まれて、一瞬このまま血祭りに上げられるなのかと思えてたが、周りのみんなから負の感情は感じられない。それどころか好奇と期待と羨望の眼差しを向けてソワソワしているものだから、千景もどうすればいいのか判断が取れず、構える間もなく質問攻めが始まった。

 

「放上くんだよね。地球から来たっていうけど、どんなところから来たの? ゲネシスより広くてたくさんの国があるんだろ? 俺は特に日本ってとこに言ってみたいんだ。あのマンガやアニメーションを生み出したすんごい国なんだろ? ほら聞いたこと無い――」

「ねえねえ海ってどんなものなの? 本や資料映像なんかで見たことはあるけど、実物は見たことないんだ。地球は水の星っていうらしいからすんごいとこよね、どんな感じなのかしら? プールや湖なんか目じゃないけど、それがすんごく大きくなったもの――」

「えっと、えーっとね、僕はちょっと―」

「おいおいおいおい、お前ら! 人が必死こいて机に齧りついてるってのによぉ~、なにピーチクパーチクやってんだ、いい迷惑だぜこのやろう~~!!!」

 

 取り囲まれてあたふたする千景と好奇心を走らせるクラスメイト、そのどちらもが怒号の主へと顔を向ける。それはゆらりと立ち上がって目を真っ赤に充血させたイーサンであり、彼も千景と同じく午前中ぶっ通しで座学をしていた。だがそれはこれまでのツケを清算するためであり、自業自得と言われる代物である。一応千景を助ける目的もあるが、それよりはこの鬱憤を晴らすのがメインとなっている理不尽ぐあいだ。

 千景は首根っこを掴まれてそのまま宙へ放り出されると、教室の出口に着地して同時にお昼ごはんの入った弁当箱もキャッチする。振り向けばクラスメイトの前に立ちはだかったイーサンは腕を広げて変な構えをみせ、対するクラスメイト達の中から1人坊主頭の少年が前に出て荒ぶる鷹のポーズのように構えた。

 

「千景、ここはオレが食い止めるからお前は誰にも邪魔されずゆっくり昼メシを食べれる場所を探せ。こんなに騒がれちゃあ、ばーちゃんがせっかく作ってくれた弁当が台無しだ。さてストレス解消も兼ねてお前らをボコらせてもらうぜ!」

「まったくいつも美味しいとこどりかイーサン。その常日頃の行い、授業と同じくツケを払わせてやるぞ。くらえ、我が鳳凰旋風脚を―」

「なんだかよくわからないけど、それじゃまた!」

 

 突如として始まった次元も程度も低いバトルに皆の気が向いてる隙に千景は教室を離れ、ゆっくり食事を取れる場所を探す。ちょうどホロファインダーが校内の地図を表示され、目的地が定まった。学園モノなら定番中の定番、屋上である。

 

 

 

 

 

「ごちそうさまでした」

 

 弁当箱の中身をスッキリ綺麗に平らげて千景は箸を置いた。ここはドーム状になったアカデミーの屋上で人が過ごせるようにしっかりと床が敷かれてベンチなども整備されているが、人目を避けたい千景はそこから離れた塔屋らしき建物の影にいる。ここは見晴らしが悪く日当たりも悪いであんまり人気がないからちょうどよく、少し陰気くさい場所でもおばあちゃん手作りのお弁当の美味しさは微塵も変わらなかった。

 ご飯も食べ終わったので午後の準備に向かう。溜まった座学が残ってるイーサンに代わってアズライトが案内役を務めてくれるようで講堂前に集合と約束してあるが、ここまでたどり着くのに結構時間を使ってしまってお弁当はゆっくりじっくり味わっていたからそろそろ移動したほうがよい。

 特殊素材な弁当箱は少し力を入れれば小さくなっていき、ぺったんこになったそれを折りたたんでポケットに入れると屋上から駆け出した。講堂は校舎とは別の場所なので一旦外に出る必要があり、ドームの屋根をした学舎の周囲には講堂や武道場にアリーナといった訓練施設がいくつも並んでいる。玄関を出てた段階であと5分で午後からの授業が始まる感じになっており、千景は足早に進んでいたのだが……。

 

「うわぁッ!?」

「きゃッ!?」

 

 曲がり角に差し掛かった時に建物の影から飛び出してきた誰かとぶつかってしまい、千景は思いっきり前のめりに倒れてしまった。しかし硬い地面にぶつかった感覚はなく、逆に柔らかくほんのりと温かな感触に包まれており、ずっとこうしていた錯覚に一瞬襲われる。

 しかし、ハッと意識を戻してみれば千景はいま女の子を押し倒してその豊満な乳房に顔を突っ込んでいるという、男しては羨ましく社会的には非常にマズイ状態にあった。事態を把握した千景はまるで跳ね上がるように一瞬で立ち上がると、真っ赤になって赤くなる表情を気にする余裕もなく倒れている少女へ手を差し伸べる。

 

「ごごごごごめんなさいッ! 怪我とかないですか!! いや本当にごめんなさいッ!!」

「大丈夫、平気だよ――アッ! いっけない。急がないと! あなたも怪我ないよね、なら安心! ごめんね、それじゃあッ!!」

 

 倒れていた少女も怪我はないようで千景の手をとって立ち上がるがどこかへ急いでいかないとおけないのか、急に立ち上がり手をひかれて思わず前のめりになってしまった。そのまままくし立てるように喋るとそのまま駆け出していき、ふわりと揺れる金色の三編みの残像を呆然と見送っていたが、ちょうど午後の授業開始を知らせるチャイムが鳴り響いたので千景も慌てて駆け出していく。

 

 

 

 

 

「ごめん、アズライトさん。遅れちゃって」

「構わないわ、時間はたっぷりあるもの。それより顔赤いけど、どこかにぶつけたの?」

「あ、いやなんでもないよ。ちょっと転んだだけだから!」

「そう。なら早速いくわよー!」

 

 講堂の入り口前にて約束通りアズライトが待っていた。彼女は私服である深紅のコート姿でなくアカデミーの制服を着ており、ノースリーブなブラウスと黒いスカートに同じく黒のコルセットを腰に巻いてその上から黒地に赤のラインが入ったショートジャケットを羽織って赤色のネクタイを結んでいる。

 近くまでやってきた千景の顔が赤くなっているのに気がついて尋ねるが、彼が何故か強めな口調でなんでもないと主張するのでそれ以上は何も言わずに早速ランナーたちの訓練所へそのまま案内してくれた。まずは基本的なところを見せたいということで近くのアリーナへ向かいながら、ランナーの戦闘能力について分類などを教えてくれる。

 もともとオルゴンを取り込めばそのエネルギーを使って肉体強化や感覚強化にテクニックと呼ばれる魔法的な特殊能力を使用できるが、オルゴンそのものを生み出せるランナーは比でもないほど強力だ。例えるならアズライトは肉体強化が得意で逆に魔法的なテクニックが苦手で基礎的な念動しか使っていない。アカデミーに通う学生達は己が得意としている分野を磨き、ガレリアと戦える1人前のランナーを目指して勉学や鍛錬に励んでいた。

 

「みんなすごいなぁ。本当にオルゴン出せない僕が混じっても大丈夫なの?」

「問題ないわ、オルゴンを出せる有無よりもサイトロンを扱えるかどうかが重要だもの。オルゴンはサイトロンを補助して強化させる作用があるけど、代わりにはならないのよ」

「サイトロンってストライダーを動かす為に使う特殊な脳波だね。直感で動かせるのは本当に便利だったな」

「そういうこと、ランナーの感覚強化や認識能力の拡大なんかはオルゴンよりもサイトロンの方が作用してるみたいだし。あのイーサン・バートレットだってオルゴン出せない代わりにサイトロン特化タイプらしいわ」

 

 そう言ってアズライトはイーサンに関する資料を取り出す。大抵のランナーはオルガナイトを生成できるのだが、自称してるように彼はオルガナイトの生成ができなくて生身での戦闘能力は劣っていた。その分サイトロンの適性がSランクという最高の評価を持っており、それがそのままストライダーの適性にも反映されている。千景もここまで極端ではないが、サイトロンを中心にした実技訓練が相応しいだろうとアズライトは結論づけた。

 アズライトは千景を連れてきたには講堂からほど近い第3アリーナで、ここでは主に近接戦闘訓練が行われている。内部はコロッセウムの如く真円であり、周囲を30メートルほどの壁で取り囲まれて床には硬質なタイルが敷き詰められていた。そこでは剣や槍といった各々が得意とする得物をもった学生たちが1対1の模擬戦を繰り広げ、その上を5メートルから6メートルの大きさをしたロボットが空中を浮かびながら格闘戦を行っている。

 

「うわぁ、すご……。あのロボットもストライダーなの?」

「そうよ、私が乗ってるタイプと同じになるわ。バイク形態とパワードアーマー形態に変形する可変型ストライダー。確かあなたが乗ってるのは有翼型で良かったわよね?」

「うん、スターファイターは普通の航空機とかわらないよ。そっか、あういうのもあるのか」

「訓練機があるから乗ってみなさいよ。これもどっちが自分に合ってるか確かめるといいわ」

 

 ストライダーにも2種類あることを知り、変形ロボットという浪漫ある単語に男の子としての部分をくすぐられずにはいられなかった。ランナーの基本能力にはジョウントと呼ばれる空間と空間を繋いで遠くの物品を手元に持ってくる技能があり、アズライトもジョウントを使って己の武器をその手に持ってくる。パーソナルカラーである真紅に染められた刃渡り80センチほどの剣であるが、よく見ると刀身の真ん中にスリット入っていて刃そのものも付いていないように見えた。

 これでは切れないかと千景が尋ねるとアズライトをニヤリと笑みを見せて構えると、ブレードのラインに淡い緑色が巡っていく。そして外縁に光が満ちると同時にオルガナイトの刀身が形成されて、反りのある片刃の刀としての姿を見せた。オルゴンで形成されたブレードを持つ武器がランナーとしては基本のようであって、訓練してるみんなも緑色の刀身を振るっている。

 

「すごいなー。そんな風に武器を持ってきたり、刀身を作り出されるならいつでも対応可能だね」

「でも悪用しないようにジョウントを使った時やオルガナイトを生成した時はヴィムに記録されるのよ、ちゃんとアカデミーにも送られてね。さてと、まずは私がランナーの戦い方が見せるわ、えっと相手は誰が……あっ、ちょうどいいところに!」

「呼びましたかジュネットさん? おや、彼が噂の地球のランナーだね。私はニコル・ローゼンバーグ、よろしくです」

「放上千景です。はじめましてー」

「彼はアカデミーで一番剣の腕が立っているのよ。なんてったって『称号持ち』だもの」

 

 アズライトが呼び寄せたのは貴公子然とした金髪の少年で端正なルックスながらどこかぼんやりとマイペースな印象を覚えた。レイピアのような細い緑の刀身の剣を持っているが、評判通りの強者らしいオーラは感じられない。それよりも熱を帯びた女子たちの視線を受けても微動だにしないところを見るに、そのマイペースぶりは本物だろうと千景は断言できた。

 2人が言う称号持ちというのはアカデミーの生徒で成績が優秀な上位9人へ贈られる『ヴァルキュリー』の称号であり、それを持っている事がエリートの証でより優遇措置を受けられる立場になる。当のニコル少年は『オルトリンデ』の称号持っているが、その事を鼻にかけずにそれどころかあんまり出したがらないように見えた。

 

「そんなこといったらジュネットさんだって『ロスヴァイセ』の称号持ちじゃないですか。剣は好きで極めていたらそう呼ばれただけですから」

「謙遜を時として卑下にもなるわ、それじゃあ負け越しの私が弱いみたいじゃない? 千景にもランナーの戦い見せたいからリベンジマッチさせてもらうわよ!」

「そうですか、なら全力でお手合わせ頂きます!」

「ちょっと待ったあァァァーーーーーー!!!!!」

 

 突如として頭上から鳴り響く待ったの声に3人が、いやアリーナにいた全員が顔を上げる。ちょうど壁の上に立っている何者かのシルエットが見えて、その人物は30メートルはあろうかという壁から飛び降りて真っ直ぐに落ちてくる。数秒も絶たずに床面に到達して着地点の周囲にある硬質なタイルを地面ごとぶち破って、大きな円状に土煙が巻き上がった。

 そんな土煙が落ち着いたようやく姿を見せたのは、力強く地面を踏みしめ不敵な笑みを浮かべたイーサン・バートレットである。



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CHAPTER 1-11

「またせたな!」

「い、イーサン君、大丈夫なの!? というかカリキュラムが残ってたんじゃあ……?」

「今日のノルマは終わらせてきた! 何も心配はいらんぜ。さーて座りっぱなしだったし身体動かしてえから、早速やろうぜ。どっちから来る? なんだったら同時に相手してもいいぜ」」

 

 そう言って土煙を払ってイーサンが姿を見せた。30メートルはありそうな壁から降りてきたことに千景は驚きを隠せず、アズライトとニコルは呆れた表情を浮かべる。まだ座学が残っているはずの彼であるが何とノルマを終わらせたと豪語し、硬い床面にクレーターを作り出したので色々と視線を集めているが気にせず訓練をしてるランナー達の輪に平然と加わった。

 ド派手な登場の仕方にはびっくりしたが空戦は得意中の得意だったイーサンの生身の戦い方というものに千景は興味があり、当人も戦う気満々である。しかし途中から入ってきての割り込みに加えて女子から人気のあるニコルを蔑ろにする感じから、強く反発を受けてしまった。

 

「何言ってんのよ、このアンポンタン! 毎回毎回うるさく飛び回ることしかしてないのに、割り込みなんかするズルくて汚いアンタがヴァルキュリーであるローゼンバーグ君に勝てるわけないでしょ!」

「そうだ、ちゃんとルール守れ! 校則守らないし命令違反ばっかし意地汚い上に厚かましいんだぞ!」

「なんだとーッ!! 確かにそうだけど、面と言われると超ムカツクぜッ!!」

「あ、認めるのね……。ほらほらやめなさい、私が相手するから」

 

 皆の抗議は正しいものだがボロクソに言われてイーサンは吠えるも、アズライトが呆れながらもその間に入って静止させる。このまま戦わせてもただのケンカにしかならなさそうなので、最初の要求通りに自身が戦えばイーサンは納得するし周りの皆も実力をよく知っている相手が代わりにとっちめてくれれば矛を収めるだろうとアズライトは考えたからだ。その通りにイーサンは誘いに乗って皆がそのまま下がったので、このままアリーナの一角で2人の模擬戦が始まろうとしている。

 それを見守る千景はどうにも喧嘩っ早いイーサンに苦笑しつつ、隣に並ぶニコルは心配げな表情を浮かべているのでその理由を尋ねると、アズライトの実力はヴァルキュリーということでかなり高い事を知られているが、イーサンに関しては空戦能力の高さは知られているが白兵戦に関しては誰も知らない未知数なものだった。

 一体どんな戦い方をするのかと見ていると彼はジョウントでアタッシュケースを手元に持ってきて、勢いよく開くと中にはそれぞれ銀色と黒色に塗られた2挺の拳銃が収まっているのが見える。ゲネシスでは一般的な武器である「ブラスター」は光線エネルギーを発する銃器で訓練用に非殺傷の低出力モードも兼ね備えているが、オルガナイトを扱え元からブラスター以上のエネルギーを出せるランナーに無用な長物でもあった。

 本来ならランナーにとって不要な武器を持つことと基本能力であるオルガナイトの生成ができない事を公言していることからランナーとしての能力が低いものだとギャラリーの皆は判断し、ニコルも空戦能力の高さと釣り合いないことから何かとんでもない隠し玉なのかもしれないという。振り返って見ればイーサンは存在そのものがぶっ飛んでいると千景は感じており、それにはニコルも笑いながら同意した。

 

「イーサン君がおかしいのは僕が初めて会った時からそうだったよ。ゲネシスの人がみんなそうなのかもと思ってたけど、アズライトさんやローゼンバーグくんなんかは全然普通だったもん」

「ハハハ、それは良かったです。さてそんなぶっ飛び君の実力を特等席で観戦しようじゃあありませんか」

 

「なんだい、ランナーなのにブラスターが使うのかおかしいか? オレから言わせてもらうとそういう刃物なんて野蛮な武器を振り回す方がどうかと思うぜ。ブラスターはその点世界で一番洗練された武器だしよ。ブラスター使いが下なんて思ってるとそのキレイな顔に大穴空いちまうぜ」

「なにも下になんか見てないわ。あんなイカれた機動するランナーが弱いわけないでしょ、最初から本気で行くわよ」

「上等! 無駄な前フリは不要、やってやるぜぇ!!」

 

 アズライトが剣を立てて頭に寄せるように構えながら刀身より緑色の刃を発生させ、イーサンも黒の拳銃を右手に銀の拳銃を左手に持ちながら右腕を突き出し左腕を曲げて顔に近づけた弓を引くような構えを見せる。2人とも真剣な眼差しでどこかワイワイとしていたギャラリーも押し黙ってしまい、ニコルも視線が鋭くなって千景は固唾を呑んで見つめた。

 先に動いたのはイーサンで斜め前方へ転がるように飛び込みながら銃を乱射して濃密な弾幕が降り注ぐが、アズライトは迫る光弾をたった一振りで全て弾き飛ばす。その一閃は周囲に強烈な暴風を巻き起こしたでなく刀身から光波まで打ち出して地面を抉りながらイーサンへと向かっていき、アズライトが持つ規格外な力に観戦する千景は言葉をなくした。

 剣が届く範囲に入らぬよう距離を取りながら円を描くように周囲を動いていくイーサンの移動先を予測して飛んでいった光波であったが、身を翻してまるで踊るような動作を見せたイーサンはなんなく回避してみせる。しかしほんの一瞬だけアズライトから目を離していた間に距離を詰められており、横一文字に振るわれた斬撃が燐光の軌跡を描いた。しかしそこにイーサンはおらずひねりを入れた宙返りで彼女の頭上を通り抜けつつブラスターを撃ち込んでいき、着地と同時に発砲しながらがら空きになった背中へ光弾を浴びせかかる。

 

「今のを回避した!?」

「全部弾くとか、一体何個の目ン玉があるんだ!」

 

 必殺を期した一撃を回避されてアズライトは驚きを隠せず、イーサンもこれまでに数十発もの光弾を撃ち込んでいるのに全部弾かれるどころか撃ち返されてしまい、背中を取ったにも関わらず視線を向けられずに返されたのを見て思わず毒づいた。周囲を円を描くように攻撃していたイーサンの動きがより相手の懐へ迫る直線的な動きへと変化しブラスターの光も激しくなり、1本だったアズライトの剣も峰の部分が外れてオルガナイトの刃が伸びた小刀となる。

 向かい合って1メートルも無いだろう間合いで2挺の拳銃と2本の剣は閃光を上げており、片方が距離を詰めればもう片方が華麗に避けてカウンターを繰り出して、それを受け流しつつ次なる攻撃へ繋いでいった。戦っいるとは到底思えないまるでワルツを踊るかのような滞りなく紡がれた動作に、ギャラリーもニコルも千景も見てる者全ての視線を釘付けにする。

 

「まったくキリがねえな! 本当に強いぜアズライト!」

「そっちこそ、ここまでついてこれる奴なんてそうそういないわイーサン!」

「でもここまでさ! 勝機は我にありってね!」

「―!?」

 

 傍から見れば優美あっても当人同士ではただの優位を取ろうと奪い合っているだけで、一歩も引かぬ読み合いと捌き合いイーサンもアズライトも互いの実力を認めていた。だからこそこのタイミングで切り札を出してくるのは相手の動揺を誘うには十分であり、アズライトに生まれた一瞬の隙を逃さず左手に収まっていった銀色の拳銃をくるりと回す。するとまるで生物が変態するかのように銃身の形状が変わって、もう一度その銃口が向けられた。

 なにか危険なのものを感じて退くように下がるも発砲されたのは1発の光弾ではなく前方60度に広がる細かな光の雨であり、一つ一つの破壊力は光弾よりも酷く劣るがその射程範囲の広さと数の多さから弾いて防ぐことは困難である。剣による防御も身のこなしによる回避も難しい範囲攻撃であるスプレッド弾と一撃の破壊力に秀でるエナジーボルトを織り交ぜた銃撃で攻め立てていった。

 

「一撃の火力に重きを置いた『フギン』、銃身交換システムで多くの状況に対応可能な『ムギン』、そしてオレが持つガンスリンガーとしての技量。この三位一体、破れるもんかよォ!」

「べらべら喋るのはあんまり品位を感じないわ、まるで三下悪役。とっておきがあるのはそっちだけじゃないのよ!」

「な、なんじゃそりゃあぁぁぁ!?」

 

 スプレッド弾の範囲攻撃には手も足も出ないだろうと攻勢を強めたイーサンの前に巨大なオルガナイトが目の前に現れ、いつの間に作ったのかと驚いてると次にそれを軽々と持ち上げるアズライトの姿が映る。刀身に入ったスリットより長く伸びた結晶と刃と峰からも同じように結晶が伸びており、刃渡り80センチほどな小さめの剣はアズライトの身の丈を超えてその身体を覆い隠すほどの大剣へと変貌していた。

 一瞬でこれほどのオルガナイトを生成するというアズライトの能力の高さを示し、いくら結晶といえどあの大きさと厚さを片手で持ち上げるのは肉体強化の賜物か自前の筋力か。前者であることを願いながら少女らしい細腕によって掲げられた淡い燐光を放つ緑の大剣が振り下ろされ、その分厚さに似合う破壊力で床を叩き壊すのと同時にこれまでの光波とは比べ物にならない光の怒濤が向かってきた。

 到達するまでほぼ一瞬しかないがイーサンの眼は回避のための道筋と反撃への位置取りを同時に見つけて、そこへ向かうべく脚に力を入れてそれなり程度に使える肉体強化で一気に動く。直線的で読まれやすい軌道だが一瞬で流れるような動作で優位な立ち位置を取り、第二波第三波も同じように回避して距離を詰めていった。懐に飛び込んでの接近戦にもう一度持ち込んでいくつもりであるが、アズライトの振るう剣の速度は全く変わらないので慣性など振り方も勝手が違うものを御せる力には素直に舌を巻いて、イーサンの右足は剣先の範囲内へと微塵の躊躇もなく踏み込む。

 片手剣と変わらぬ勢いで大剣は振るわれて振り下ろしや横薙ぎに突きが放たれ、その全てを最低の動作で回避して代わりにフギンの光弾とムニンの特殊装備として実弾であるビーンバッグ弾やネット弾に相手を痺れさせる電極弾などを撃ち込んでいくも、その尽くが弾かれ防がれて1発も少女をかすりはしなかった。それでもイーサンは前進を止めずに近づいていく。それはオルガナイトそのものがオルゴンを高密度に圧縮した結晶であるなら大剣が持つエネルギー量をとんでもない総量になるのだから、遠距離に飛ばせる光波は先程の怒濤など可愛いものだろう。その発射を防ぐには光波を発射しても自身を巻き添え兼ねない接近戦を向こうに強いていくしかない。

 

「この大剣を前にしても近づいてくるとはとんだ胆力ね、あなたは。ストライダーでガレリアに体当たりしただけあるわ!」

「お褒めに預かり恐悦至極! まだまだこれから!」

「あいにくだけどそうはいかないわよ、この一撃を受け止められるならね!」

 

 搦手は通用しないと判断したイーサンはムニンも通常攻撃仕様の銃身に戻して時間差での銃撃を叩き込んでいくが、アズライトも振りかざす斬撃に鋭さは変わらないが刀身の輝きを増しておりまさか光波が飛んでくるのかと眼に力を込めた。しかし放たれたのは光波ではなく強烈な閃光で同時に刀身を中心に衝撃波が放たれ、同心円状に広がる範囲攻撃にはよく見える眼で察知できても回避する猶予がなくイーサンは直撃を受けて吹き飛ぶ。同じ衝撃を受けているはずのアズライトは足を踏ん張って耐えており、イーサンに向けて追撃でトドメとなる一撃を叩き込むべく力強く駆け出した。

 吹き飛ばされてすぐに復帰するイーサンであるが右手からフギンが無く遥か後方に転がり落ちており、取りに行こうにも大剣を振り上げたアズライトが迫ってきている。ムニンを撃てるとしても一撃だけで彼女を止められるか分からず、例え肉を切らせても骨を断つつもりであの突進を止められないだろう。瞬時の高速思考で導き出したイーサンの答えは本人が一番使いたくないものだった。そして振り下ろされた緑の刃はイーサンの眼前の手前で止まり、必殺の一撃を受け止めたのは白いトンファーであった。

 

「トンファー!? そんなものまでオプションであったのッ!」

「まさかコイツまで使うことになるとはな……! ガンスリンガーが近接武器を使う羽目になるとはな……!」

 

 驚いた少女と苦虫を噛み潰したような顔を浮かべる少年のせめぎ合いが始まり、ムニンに被せるように装着されたトンファーの先端部は二股に分かれて青白いスパークを発している部分で大剣を挟んでいる。左手でグリップを掴み右手を添えて全力で抗えるが見た通りの少女ではないパワーで両手で握られた剣を更に強く押し込んでいき、イーサンは片膝を突いた状態で支えるのが精一杯の状態だ。

 オルガナイトと複数の金属を混ぜ込んだ特殊合金《オリハルト》で出来ているのでそう簡単に壊れることはないが、ぶつかり合いで生まれる応力によって生じた軋む音が悲鳴のように聞こえる。しかし先に音を上げたのはオルガナイトで構成された刃の方で、耐えられずに表面に小さな亀裂っが走るとそれをたちまち全体へ広がっていった。これを好機とイーサンはムニンのトリガーを押し込んで溜め込まれたエネルギーを放出させて崩壊を早めさせて刀身が崩壊していくが、アズライトは逆に剣を力強く放り投げてトンファーも一緒に持っていかれてしまう。

 砕けたオルガナイトと剣とトンファーが床に落ちると同時にアズライトの拳のラッシュがイーサンへ飛んでいき、その握り拳を手のひらで受け流して掌底突きを叩き込んでいこうとするも容易く弾かれる。剣対銃で始まり剣対トンファーにそして素手の戦いへと移行していくが、それでも2人は譲らぬ戦いを繰り広げていきギャラリーの者達はもう言葉を漏らすことも出来なかった。しかし素手の戦い方はアズライトの方が得意としているからかイーサンは押され気味であり、拳のラッシュを掻い潜って反撃の一撃を打ち込む。

 ムニッ。柔らかな擬音が直接鳴り響いたようにイーサンは感じた。その右手は制服の上に大きな双丘を作り出しているアズライトの豊満な胸の右側を押し付けており、あまりにも柔らかな感触に思わず指先が動いて確かめるように揉んでしまっている。微妙な空気が2人の間に、否アリーナ全体に広がっていたたまれなくなったイーサンは手を離してアズライトに謝罪した。だが―。

 

「あ、えっと、その、ごめんなさい。事故とはいきなり座ってしま――ウボワァッ!!!!???」

「……胸触ったのは事故のはしょうがないけど、触り方がちょっと痛かったわ。これはそのお返しよ」

 

 所在なく眼を泳がせながら謝るイーサンの左側頭部にアズライトの右拳が食い込んでいき、その身体は思いっきり吹っ飛んで転がっていく。胸を触らた彼女は別段不快とは思っていないようだが、模擬戦に決着をつけるには十分過ぎる以上の力を込めた一撃は抗議の意味もしっかり込められていた。やはり頑丈なのかふっ飛ばされても意識を刈り取られることなく立ち上がろうとするが、その背中に柔らかく温かながらそれなりに重さのある何かがのしかかっている。

 誰が乗っているとは顔が見えなくともイーサンには察しが付いており、彼の幼馴染であるクラリッサが足を組んで人間椅子に腰掛けていた。表情はいつも通りの鉄面皮という感じであるが付き合いの長い幼馴染は表情が見えない背中越しでも彼女が不機嫌なのがわかり、この人間椅子のような有様はクラリッサなりの抗議である。

 

「クラリッサ、流石に椅子にしちゃうのは駄目よ。私はあの一発で済ませたんだから、それでお終いでいいでしょう?」

「……アズライトがそう言うならしかたない」

「ふーいやホントにすまんかった。あの一撃はしっかり覚えておくよ。それにクラリッサ、お前さんは軽すぎるぜ? 少しは肉つけた方がいいぞ」

「それって皮肉?」

 

 不服そうにほんの少しだけ口を尖らせていたクラリッサであるが、当事者達の間では解決しているからイーサンの背中から立ち上がった。これまでの戦闘を見るにそのパワーなら小柄な少女を容易に放り飛ばせるのだがそうしないのは彼なりの配慮だろうと千景は考えており、それはいつも世話になっているから強く出れないとかではなく幼馴染としての親愛の情からなのだと、言葉とは裏腹にいい笑顔で談笑し合う姿から見て取れる。

 3人からちょっと離れたところに千景は立っていたがその6つの眼がこちらに向けられ、ランナーの力が如何様なものか知らせる模擬戦などは自分の為にあったものだと再認識した。感想としては正直なところあまりにも常識外で何を言っていいのかわからず、解説をしてくれていたニコルもどう答えれば分からずにいたのでこの2人は普通のランナーから見ても色々と可笑しいのだろう。件の彼はギャラリーの女性陣に引っ張られていったので既にここにはいなかった。

 

「うーんと、とりあえずランナーはすごい能力があるってのはわかったよ。僕には到底無理そうだけど」

「うん、それがいい。あなたはサイトロン特化タイプだと思うから、ああいう戦い方はイーサンもアズライトに任せた方がいい」

「オレも白兵戦なんて任せてストライダーに専念してえよ。ランナーの本懐はストライダー操って空を飛ぶこと、模擬戦やら組手って奴はそのための鍛錬でしかないんだし。それに動くと疲れるし刃物振り回すのは趣味じゃない、やっぱりブラスターこそが世界で一番洗練された武器だぜ!」

「ハァー、だからアリーナとかに顔出さないわけね。でも体捌きもブラスターの扱いも良く出来てる、特に早撃ちは見事だったわ。誰から習ったの?」

 

 思いのほか高い評価を送られて特にブラスターの腕前を褒められイーサンはまんざらでもない顔をして、照れ隠しか愛用の拳銃『フギン&ムニン』を腕の中でクルクルと回している。イーサンが扱う体捌きにアズライトは見覚えがあり、それを教えてくれた教官はいると彼は肯定した。アカデミーでの実技は専門的な技能を教える教官が多数の生徒へ教えるものと、4人から10人の生徒に教官が付いて模擬戦や手合わせを行って互いを切磋琢磨しあうグループ学習がある。

 ただイーサン達はアカデミーに入学して1年ほど経っていて修了した実技も多かったが各々の特殊性が強すぎて未だにグループを作れていないのだ。強制でもないのでチームを作る必要はないのだが、クラリッサとしてはイーサンのストッパーになるチームがいてくればと考えている。やんややんや言い合う3人を見つめていた千景は一言ぽろりと漏らす。

 

「そうなんだ。てっきり3人とも一緒のグループかと思ってたよ」

「!? そうか、オレたちがチームってわけか。いいねぇ!」

「そうね。イーサンへのストッパーとしてはアリ。そうよねアズライト?」

「えー、なんでそうなっちゃうのよ。でも悪い気はしないね。じゃあ組んじゃう?」

 

 3人が千景の言葉に同意して頷いた。ここにアカデミー史上最大の嵐を巻き起こすチームが生まれたのだが、4人はまだ知る由もない。



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CHAPTER 1-12

「君等がグループを組むというの? まあまあ問題児が揃い踏みね」

「マイヤ先生、この中で問題児なのはイーサン・バートレットだけだと思います」

「ところがね、アズライト・ジュネット君。あなたは後輩にちょっかいを出したっていう男子生徒3人を相手に大立ち回り演じて、第3アリーナを半壊させたじゃない。それを問題児と言わないでなんと言うの?」

「あれはあいつらが悪いのです、セクハラ野郎は悪即斬というのが私の方針です!」

 

 チームを作ったということで次は担当する教官を探そうと4人は第3アリーナから離れて、武道場にいるマイヤ・レイヤーズ先生の元を訪れていた。彼女はイーサンに格闘訓練をつけてあの体捌きを教え込んだ教官であり、よく知っている人物でもあるので頼むわけである。武道場へ車での道中にてマイヤ先生に関することをイーサンが教えてくれたのだが、格闘戦に関しては現役時代も教官時代も変わらず鋭いものの一方、私生活では大酒飲みな酒豪で二日酔いのまま訓練を行ったという伝説を残した、教官はもとより教師や大人としてだいぶマズイものであるがそのおかげか逆に生徒から親しみを覚えられ、イーサンもそうした1人なのだ。

 イーサン達の顔を見るなり一行を問題児と放言してアズライトが反論するが、過去の出来事を出されて少々窮しながらもそちらに対しても反論する。先程の模擬戦で見せた力を考えればあのアリーナを半壊させるのは可能だと千景は想像でき、暴れたのも後輩の為という事だからアズライトは面倒見が良い人なのだと再認識した。

 

「まー生徒会長もいるから問題はなさそうだし、あたしも色々やらかしててこれ以上問題抱えても関係ないしね! あとは放上千景くんが決めればいいだけよ。アッハハハハ!!」

「な、中々いい先生だろ? オレこういうとこが好きなんだよ」

「ハハハ、なんかすごいね……。僕としても3人から教わるのは大賛成、改めてよろしくね」

 

 生徒同士でチームを作るのはお互いを鍛え合う為だが、今回は新入生である千景を3人が先輩として授業や訓練をサポートしていくパートナーシップ制度とも合わせることで万全な体制を作ろうとクラリッサは提案してきたのである。教える側も評価されるものだからイーサン達に異論はなく、千景にとっても顔見知りが付いてくれるのは心強いので断る理由はなかった。

 概要を聞いたマイヤ先生も許可をくれたので早速明日からローテで千景のパートナーをしていくのだが、イーサンはまだ座学のカリキュラムが溜まっているのでそちらが片付くまではクラリッサとアズライトの2人が担当することとなる。ちょっと残念そうなイーサンを慰めているマイヤ先生であるが、あることに気づいて3人へ尋ねてきた。

 

「そう言えば3人ともまだ相棒(エレメント)が決まっていないんじゃない? グループは任意だけど、こっちはほぼ強制なはずだけどね~」

「そのエレメントというのはアカデミーの制度なんですか?」

「うん、そだよー。ランナーというかストライダーはね、2機1組となることで最大限の力を発揮できると言われててね、相性が良い者同士で組んでるのよ。現役時代の相棒も相性良かったわ、ただ全く飲めなかったんだけどねアイツは」

 

 アカデミーにおいてもストライダーの性能を発揮させる面だけでなく訓練と言えどガレリアとの遭遇する可能性があるので単独飛行を禁止させ、早い段階から相性の良い者同士をマッチングさせていくエレメントを組ませる制度が作られており、大抵はすんなりと相棒が決まるものなのだがこの3人はその埒外にいるイレギュラーなのである。

 まずイーサンはその類まれなストライダー操縦技術と比例した我の強さから合わせられる者が学生におらず、そもそも単独での飛行中にガレリアと遭遇しても多少の数なら返り討ちにすることが出来た。アズライトは少々喧嘩っ早いところはあったが、面倒見が良くてクラスメイトや後輩たちからも慕われているので人格面でエレメントを組む上で何も問題はない。しかしランナーの能力の面から見ると彼女はあまりにも高すぎるものだから彼女の全力に合わせられる者がいないという状態で、アズライトの為に一肌脱ぐという者もそれなりにいるが無理はさせられないと彼女から断っているのが現状だ。クラリッサはランナーとしても素養はあるし会長らしく指揮者もあるのだが、前線に出るよりも後方での指揮や管理者として学んでいるのでそもそもストライダーで出撃するという機会がほとんどなくて故にエレメントを組んでいない。

 

「まぁ組めなくてもあんまり気にしてねえしなオレは。もし組むならその時は千景、よろしく頼むぜ~」

「うへぇ、イーサン君に付いてくのは大変そうだ。こりゃ精進しないと……」

「指揮者にエレメントは不要。必要ならアズライトと組むだけ」

「それはいいけど、クラリッサがストライダー動かしてるの見たことないから不安だわ」

 

 誰もエレメントがいないことを気にしておらず、そもそもコイツらと組めるやつはそうそういねえよなとマイヤ先生も匙を投げかけていた。こんな一味で大丈夫なのかと不安を覚えつつも千景は3人に引かれてアリーナへ向かていったのである。

 

 

 

 

 

「それで千景君、アカデミーの方はどうだった? 勝手が色々と違うから覚えるのは大変だと思うけど、それはこっちも同じだな」

「まぁはい、歴史や地理なんかは一から覚える必要はあるんですが、物理とか数学なんかはそんなに変わってなくて似たようなところは多いですね。日向さんも色々やってたみたい?」

「ああ、この部屋を借りて通信設備の拡充をな。これで地球とも交信可能になるさ。イーサン君、ここ使わせてもらって良かったのか?」

「じゃんじゃん使ってくださいよ。ここはデアデビルの事務所ですけど、ほとんど物置になってたんで。これでようやく本格始動ってね!」

 

 帰宅した千景達が顔を出したのは発着場に連なるそれなりに広い部屋で、そこでは日向が地球との連絡装置を設営していた。イーサンが言うようにここはプライベーティア『デアデビル』の事務所であるのだが、デアデビルのメンバー自体がイーサンだけだったので殆ど使われていなかったからこれを機に有効活用しようとしたのである。

 千景も日向もこれからはデアデビルの一員でもあるから活動しやすく事務所の整理も出来ており、目的であるガレリアの調査の為に情報収集を開始していた。大陸各地を飛び回るヴァリアントに聞き込みを頼み、処理能力の高い大型ヴィムも備え付けてゲネシスのネットワークシステムである『ナーヴス』より情報を集めることが出来る。

 

「情報収集はヒューミントとシギントが基本なのはこっちも変わらないな! まぁ、そんな大それたものよりはオシントに近いけども」

「ふーん、よくわからんが、これでキャプテンがこっちに来た本懐を果たせるわけね。オレはいつでも飛べるぜ!」

「気が早いねぇ。今はまだ情報収集だけだよ、それよりもイーサン君は座学終わらせないとでしょ?」

「うんうん、これなら千景君の学生生活もよく行けそうだな」

 

 新たな学校生活に千景が馴染んでいる様子に日向を腕を組んで何度も頷きながら、感慨深そうな表情を浮かべていた。アカデミー帰りの2人がデアデビルの事務所に顔を出してるのは改装具合のチェックだけでなく、隣接する工房に壊れた武器を持ち込むのも目的である。イーサンが持っている拳銃の片割れである銀色のムニンはバレル交換で色々な機能を持つのだが、その近接戦闘オプションであるトンファーがアズライトとの模擬戦で破損してしまっている。

 愛用の2挺拳銃フギン&ムニンはキールが息子であるイーサンの特性と趣味性を汲んで作った特注ブラスターで、工房内では事務職的立ち位置な彼なのだがレイジの一番弟子ということもあるから技術者としての力量も高く、ブラスターからヴィムまで特にこうした武器装備については専門家だ。トンファー部分の修理を終えてオプションパーツを収めたアタッシュケースを手にして、キールが3人の前に顔を出す。

 

「みんなお揃いだね。ほら修理完了したよ、オルガナイトの刃に力押しで対抗したって、もっと装備を労って使ってくれよな。ま、そうならないように結構頑丈に作ったつもりだけどさ」

「ありがとう、とーちゃん! 大丈夫、こいつはかなり頑丈だからしっかり使いこなしてみせるぜ!」

「ならいいんだけど。あ、日向さん、そっちの設備も問題ないですか? 余り物ですが性能は悪くない奴ですが」

「ええ、まったく問題ないですよ。自分は機械音痴なとこありますから、これからもお願いします」

「おー、野郎ども集まってるねー! おばあちゃんが夕飯できたから早く来いってさー!」

 

 パタパタと足音を立てながらひょっこりと顔を見せたクーリェが男だらけな室内を揶揄しつつ、夕食が出来たことを大声で告げてるとちょうどイーサンの腹の虫が大きな音を上げるのだった。

 

 

 

 

 

「今日はわたしが担当。ついてきて」

「うん。よろしくね、クラリッサ」

 

 午前中の授業が終わりお昼の弁当箱をちょうど空にしたタイミングで千景のもとにクラリッサが顔を見せてきて、今日のコーチ役は彼女ということである。早速訓練といくが向かった先は先日のアリーナではなく背丈を超えるほどの棚がいくつも立ち並ぶ図書館であり、間仕切が円形に並んだスペース―ここは視聴覚ブースらしい―も人もまばらだから余裕に座れた。クラリッサはイーサンやアズライトと違って動くのは苦手だから今回は座学の延長線上と言うと、ヴィムから図書館のデータベースにアクセスしていく。

 視聴覚ブースの名前通り、間仕切であるカーブの入った板もプロジェクターの機能を持っているのでクラリッサの操作に従って映像を映し出し、浮かんできたのは3Dで作られたのっぺらぼうで全身タイツを着たみたいなデッサン人形だ。

 

「ではこれからランナーの能力についての講義を始める。この3Dモデルを使って解説していく」

「ランナーの能力……、ストライダー操れたりオルガナイト出せたりするだけじゃないんだね」

「そういうこと。ランナーは脳力の特性ごとに4つに分かれるのだけど、まずは誰でも使える基本的な部分から」

 

 同時に浮かび上がるデッサン人形が動き出して右の手のひらを前に突き出し、そこから何かの波動が放たれたようなエフェクトや逆に吸い込むようなエフェクトが映し出される。これこそランナーが扱う異能のうち最も基本的と言える『念動』であり、オルゴンエナジーにより斥力や引力を発生させて物体を動かすことが出来た。

 続いて映るのは遠くにある物品を手元に呼ぶ寄せる『ジョウント』でこれはアズライトやイーサンから実物を見ており、この2つがランナーにとって基本的な異能となる。効力の範囲や規模に関しては個々人の素養や訓練次第で違ってくるが、基本的に意識を集中させて発動させるものだから咄嗟に使いづらいものだ。

 

「念動はイーサンが小物類動かす時に使って、アズライトなら意識を集中させてたら大岩なんかを浮かせていた。2人とも直接戦うのか好きなのか、戦闘中にはあまり使わないけど」

「うーん念動かぁ……。スプーン曲げなんかなら出来たことあるけど」

「そんなに悩まなくていい。基本とは言え使えないランナーもいるから。では次にランナーの能力分類について」

 

 クラリッサはそう言うと指を4本立てながらランナーの能力は4つに分けられると説明する。同時に3Dモデルも動きながらポーズを変えていき、ちょうど武術の構えをとると漫画的演出のように身体の周囲からオーラを吹き出していた。精製されたオルガナイトのエネルギーを活用して肉体強化や武器を作り出す『物理型』で、直接的な攻撃を得意とするもので扱うランナーも多くアズライトもこのタイプになる。

 対ガレリア戦の主力がストライダーとなってきてる現代ではそこまで重要視されない白兵戦能力であるが、常人離れした身体能力はストライダーの操縦において高G下などの極限環境へ強い耐性を示していた。生身でもストライダーでも高い戦闘力を発揮できるからこの特性を極めていく者は未だに多い。

 

「なるほどー、これがアズライトさんやイーサンくんの身体能力の秘密なんだね。昨日のアレで自信喪失しちゃいそう……」

「あのバカたちの真似は不要。それにイーサンは肉体強化使ってたけど、そこまであるわけじゃない。彼は五感を高めて認識能力を上げてる『感覚型』であの戦い方はその活用。千景、あなたもここのタイプ」

「あー、それがストライダーに適した適性って言ってたものだね。感覚強いと操縦しやすいのはよく知ってるよ」

 

 ロボットアニメで見たことあると千景は言うとその通りとクラリッサが頷き、立体モデルも瞑想をするようなポーズで周囲に何か念を送っていた。感覚型は特殊な脳波である『サイトロン』をオルゴンが増幅させてそれによって五感や空間認識能力が向上し、高い反射神経や優れた判断力をもたらしたり先読みとして発揮され、極めれば未来予知や読心まで可能となり直接的戦闘力はなくとも圧倒的な優位性を作り出す。

 特にイーサンはこの感覚型の特性をストライダーの操縦に全て振り分ける形で修練しており、自身のオルゴンをサイトロン増幅に特化している体質と相まって、生身でも十二分に戦えてストライダーに乗れば天下無双なわけだ。

 

「本人はサイトロンじゃなくて自分の腕前だと豪語してるけど。イーサンが凄腕なのは皆が認めるところ、命令違反や風紀を乱した数も多いけど」

「……色々大変そうなんだね。さ、次のに行こうか!」

「えぇ、今は考えたくない……。3つ目の特性は『遠距離型』、その名の通り遠距離攻撃を得意とする。こんな感じに」

 

 人差し指を立てるとその爪先に渦が生まれて野球ボールサイズなエネルギーの球体を作り出しと、パッと消していく。遠距離型はオルゴンエナジーを形状変化させたり火や雷といった自然現象に形質を変化させ遠くへと打ち出すという、千景が持っている知識の中で魔法という言葉が一番しっくり来た。

 特異な能力者として一番らしい能力に千景も興奮するもいちいち能力を発動させるのに集中力が必要だとクラリッサは面倒くさそうに目を細め、手の内に嵐を作り出すと炎から雷に変化して最後に氷の結晶が生まれてパッと消える。クラリッサはこの遠距離型の使い手で燃費や発動時間についても訓練次第に克服可能で、極めれば固定砲台の渾名の通りに圧倒的火力を投射できた。

 

「遠距離型を習ったのは動かずに済むから。イーサンはちょこちょこ避けるのは癪だけど」

「でもここまで出来るなんてすごいよ! それで最後の能力はなんだろうな~」

「ノリがいい教え子は嫌いじゃない。でも次は分類不明、つまりよく分からないもの」

 

 胸の前でバツ印をクラリッサが作ると頭上に浮かぶ3Dモデルも腕をくんで首を傾げながら疑問符をいくつも浮かべており、2人(?)のリアクション通り最後の系統は分類不明ということである。物理型・感覚型・遠距離型の3つにカテゴライズできず、余りに特殊性が強かったり属人的な能力はこのカテゴリー4に置かれるのだ。

 事例が少ない分なかなかぶっ飛んだ能力も多いからとかなり資料も多いようで、図書館の一角に専用の棚があるらしい。一通りランナーの能力を見てきたがどれも良い意味で現実味外れたものばかりだったので、千景は知識としてあるゲームやアニメなんかと比較して見ることが出来た。

 

「今回は能力分類の触りについて。細かくはまた次回からやっていくから、実践が見たいならアズライトに頼むといい。くれぐれもイーサンに頼んじゃダメ、日が暮れるまで振り回される空の上で」

「そ、それはマズそうだね……。それじゃあよろしくね、クラリッサさん」

 

 

 

 

 

「疲れたぁ~~……。もう頭使いたくない……」

「お疲れ様。でも座学を貯めてたのが悪いってクラリッサさんが言ってたから、これからは貯めないようにね」

「終わったならいいさ。千景君の方はこの1週間はどうだった?」

「覚えることばかりでしたよ。クラリッサさんが理論とか教えてくれてアズライトさんが実践を見せるという形で、ランナーの能力についてはだいぶ把握できたと思います」

 

 千景がアカデミーに入学して初めての週末、イーサンや日向とともにデアデビルの事務所に集まっている。お互いこの1週間の事を報告して置きたいということであるが、丸々補修で潰れてしまったイーサンは力尽きており、千景のサポートもアズライトとクラリッサの2人に任せっぱなしだった。

 通信設備を置いて情報収集に徹していた日向もガレリアの動向についての情報を噂レベルであるが入手でき、本来の目的―ガレリアの調査―も学業を疎かにしないという日向の方針で調査の日程は週末となっている。気を取り直すとイーサンは頭をブンブン振って出発しようとするが、そこへレイジが顔を見せた。

 

「おーみんな揃っとるな! ちょうどよかった」

「なんだいじーちゃん、オレ達これから調査だから付き合ってる暇はないぜ?」

「フフフ、これを聞いたらそんな態度はとれんぞ。イーサン、お前さんの専用機がついに完成したぞ!」




次回は8/28に投稿予定です


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CHAPTER 1-13

「これがイーサン君の為に作られた専用機……」

「そうじゃ! ワシらハイペリオンが技術の粋を集めて作り上げたカスタムストライダー『ネクサス』だ!」

 

 工房と発着場をシームレスに繋ぐ通路上に1機の航空機型ストライダーが千景達の前に鎮座していた。ボディ一面はダークグレーに染められてアクセントとして翼端や機種が白くなっており、前の機体に大きく描かれていたファイヤーパターンの赤やオレンジといった派手なカラーリングだった前の機体から比べるとずいぶんシンプルになっている。

 主翼の先端が前方へ伸びる前進翼が最も目を引く特徴で、この形状は空力特性で運動性能に優れていると千景は聞いたことがあった。隣で見ている日向も前進翼と色合いからロシア製戦闘機であるSu-47との類似性を口にしており、ついに完成した実機の姿に工房スタッフも感慨深そうにしている。だがこの場で一番感情を爆発していたのは無論この機体を操る、イーサン・バートレットその人だ。

 

「ネクサス!! オレの13番目の相棒! 待ってろ、今すぐ飛ばしてやるからなああぁぁぁぁ!!」

「ホントにはしゃいじゃって……。ん? 13番目って、イーサン君そんなに乗り換えてるの?」

「そうなんじゃよ。アイツの操縦が荒っぽくてな、最初に乗った訓練機なんぞ1度の飛行でオシャカになっちまってよ。こうしてワシらでカスタム機を出してるわけじゃ、ソイツらも寿命短かったがな!」

 

 イーサンの操縦についていけるようにハイペリオンが総動員してカスタム機を造ったり整備をしていたが、それでも消耗が激しく更に機体を顧みない無茶な機動も重なって1機の寿命は3ヶ月持てばいい方らしい。好きにカスタム出来るから歓迎だとレイジは盛大に笑うが、他の工房スタッフ達はげんなりとした顔を浮かべていたのでどうやらイーサンのカスタム機の製作及び整備に相当手を焼いていたようだ。

 今回の13代目ネクサスはこれまでの経験を踏まえて主翼などの外装はフルスクラッチで内装系もその殆どをチューンナップしており、イーサンに追従することを最重要視した設計になっている。カスタムパーツだらけということによる整備性の低下には機体各部が細かくユニット化されているというストライダーの特製をフルに活かして、各部位をまるごと交換する方式にして解決した。元々は既製品のポーツを組み合わせた機体をそのまま使っていたがすぐに破損して飛べなくなったので、カスタムパーツにチューンナップを施し挙句の果てにはフルスクラッチとなっていき、聞いてるだけの千景にもその苦労が目に浮かぶ。

 

「おいおいじーちゃん、ゴタゴタしたことはいいんだ! 要はコイツがどんな飛び方をするか見せればいいだけだろ! さぁさぁいくぜー!!」

「気が早いやつだなー。よーし、ゲートオープン確認。バックブラスト展開確認、退避エリアに全員いるな! イーサン、こっちはオッケーだ!」

「了解! 視界よし、周辺に人影なし。クリアードフォーテイクオフ、ネクサス出撃!」

 

 地上の安全を確認してからネクサスに火が入って双発のノズルより爆風が吐き出され、黒い翼は蒼穹へと飛び込んでいった。一直線に飛んでいく機影はすぐに見えなくなったので発着場にいた皆は空がよく見える上層へ向かっていき、その道中でレイジが無線機で飛行中のイーサンへ呼びかける。

 しかし無線を切ってるのかイーサン側からの返答はなく仕方なく無線機を仕舞い込むと、上の方から歓声が聞こえてきた。何事かと浮島の外へ張り出すバルコニーへレイジ達も顔を出すがと先にいったスタッフ達が見上げており。同じように3人も空を見上げてれば黒い翼が空を悠然と飛び回っていた

 

「おーアイツ楽しそうだなー!」

「全くいつ見ても驚かされますね、イーサン君の操縦センスには……。ん? 何をしてんだ」

「すごい、あんな機動できるのか……」

 

 青空という舞台をいっぱいに使って黒い鳥は飛んでいき、その飛び方は直線的に進みつつバレルロールで回転を加えながら鋭角的に降下したり上昇したり左右に曲がっていく。翼端からは飛行機雲が伸びていき、複雑な機動から生み出された軌道を白い筋を生み出した。

 無軌道に作られた白い筋だったがだんだんと形作ってきていき、やがて巨大な青いキャンパスに白い線によって巨大な鳥の絵が描かれていく。今までの機動はこの絵を描くためでもあったということに、眺めていたギャラリーは歓声を上げながら指笛を鳴らして空に向けて囃し立てた。

 

「あ、あんな鳥の絵を飛行機雲で描けるなんて……。メチャクチャだ」

「ハハハッ、ワシらの技術を作り上げたネクサスとアイツの操縦センスが合わされば、これくらい余裕なのだ!」

「もう驚くのは疲れたよ……」

 

 バルコニーに立つ皆に向けて機体を上下に揺らして返礼するような挙動を見せ、鋭角にターンしていくと同時に機首を一気に下げて真っ逆さまに降下して見えなくなると、バルコニーとは反対側から一直線に急上昇していく姿を見せていく。

 まだまだ飛んでいたいのか鳥の絵の周囲をくるくると周回しており、先程の雲を引くほどの機動力は見せないながら優雅に飛んでいた。そこでようやく通信に出る気になったのか、無線機越しに興奮した様子なイーサンの声が聞こえてきた。

 

『このネクサスすげーぜ! なんというかぴったりフィットして思うように飛べてる! さすがハイペリオン製!』

「満足頂き何よりだ! それで試運転とか色々あるんだろ? 武装のチェックなんかもしなきゃな」

『そういうのは飛びながら覚えるさ! じゃあこのまま調査に出るから千景、お前さんもスターファイターで出な!』

「えっ!? あ、確かに今から向かう予定だったけどさ、この状況で出るのはなかなか無茶振りだよぉ……」

 

 イーサンとしては一緒に飛びたいだけなようだが、空に鳥を描く様を見せられたら自身を無くしてしまう。スターファイターも飛ぶ立てる準備は出来ているとレイジに背中を押され、有無を言わさず千景は地下の発着場まで降りてきた。宣言通りにスターファイターも発進できる状態で鎮座していたが、レイジはそのまま工房の奥へ引っ込んでいってしまう。ややあって戻ってくるとその手にはオレンジ色のジャンプスーツがあった。

 元々イーサンのために用意した飛行服でストライダー操縦のサポートをする機能が盛り沢山なのだが、彼がポリシーを理由に袖を通すことなくそのまま埃を被っていたものを千景用にカスタムしたものだ。早速ロッカールームで着込むと丁度よいサイズでしっかりフィットし、白地に赤のラインが入ったヘルメットも渡されて一端のパイロットになった気分である。無論千景は間違いなく前からランナーであるが。

 

「おー似合っとるよー! この服、イーサンの奴は袖も通さんでな、その分使ってほしい。アイツはどんな時もあの格好は変えないからなぁ」

「ですよね。あれ以外の格好したイーサン君なんて想像できません。それじゃあレイジ博士、いってきます!」

「おー、気張らずに空を楽しんでこいよー!」

 

 気楽なレイジの声に幾分か肩の力が抜けてリラックスした状態でコックピットへ入れた。マニュアル通りに機動シーケンスを立ち上げればスターファイターのエンジンに火が入り、離陸可能となると同時に発着場も離陸に向けた状態へ移行する。ブラストシールドが後方に展開されて前方の発着口の左右にはガイドビーコンが展開され、空への道案内をしていた。出力も十分に高まり機体が軽く浮いた状態になると離陸可能のサインが点灯し、千景は右手のレバーを前に倒す。

 

「システムオールグリーン。スターファイター、発進します!」

 

 ジェットの轟音を響かせながら銀色のストライダーも空へ飛び込み、コックピットに座る千景も初めてオラクルの空というものを肌で感じ取ることができた。イーサンが描いた空の絵に近づくと彼のストライダーも近づいてきて歓迎するように周囲を飛んでおり、そんな2人へ無線機より日向の声が響く。

 このまま調査エリアへ飛んでいくこととなるが、その場所についての情報はイーサンの母であるクリスが輸送機ヴァリアントでの貨物運びの傍らに集めていた情報である。この空域でこれまで見られていたものとは違う未確認のガレリアが目撃したという証言が得られ、今回の調査対象となった。

 

『こちら司令室(CP)。これから目的地に向かおう。マップデータを送るから2人とも気を付けてくれよ』

 

 

 

 

 

 オラクル大陸の周囲はオルゴンに満ちておりその中へガレリアは侵入することは出来ないが、大陸中心部から離れていくほどに薄れていって境界線となるエリアがガレリアとの主戦場で今回の目的地である。イーサンもよく訪れるエリアであるが千景にとっては初めての空域なので不安はあるも、サイトロンによる操縦は安定しており飛行には問題なかった。

 通常のガレリアでなく特殊なガレリアを追う理由は地球へやってきて彼にコンタクトしたガレリアは今まで見たことの無いタイプであり、これからの調査活動をする上で接触すべき物はそういう特殊なガレリアとする。その方針を打ち出したのが千景本人で、イーサン達もそれに賛同して探す事に賛同してそのように動いているのだ。

 

「千景、順調そうだな。まー気張りすぎず気楽にいこうぜ」

「了解、でもこう飛んでるとパリッと緊張するんだよね。そっちこそ新しい機体だから……大丈夫そうだね」

「そうよ! コイツも最高の機体だから、こんなのも余裕だぜ~!」

「もう、はしゃいじゃって……」

 

 イーサンは飛ぶ喜びを示すように空を駆け抜けていき、千景の頭上を飛んだと思ったらロールしながら一気に急降下したり直角に曲がるように上昇してくる。複雑で機敏な機動を見せるイーサンにツッコミを入れながらも、超音速で飛ぶ航空機は着実に目的地に向かっていた。

 目撃されたエリアはある程度限られているがそれでも広いエリアであるので、到着する前よりイーサンはセンサーを強化して観測を行っている。同じように千景もセンサー感度を上げて周囲を索敵するとこちらに近づいてくる複数の機影が見て取れて、ガレリアの編隊かと思い身構えるもその機影より通信が入って敵でないことが示された。受け答えを行うイーサンの前に赤と黒に染められたエアバイク型のストライダーが向かってきており、その機体に千景は見覚えがある。

 

『こちらはグリフォンズ・デルタ小隊。現在当空域にて任務遂行中につき所属及び目的を伝えたし』

「こっちはデアデビルのイーサン・バートレットだ。目的はここいらで目撃された未確認ガレリアの調査だ。つまりそちらさんとは同じ目的さ、アズライト」

『……まさか仕事でもばったり合うとかどんな縁があるのよ? それで、その黒い羽つきがあなたのストライダーで、後ろの銀色が千景君なのね』

「そういうこと、最大手であるグリフォンズが出張ってきてるということは目的も同じようだし、一緒にやろうぜ」

「イーサン君、それはさすがに仕事の邪魔にならない?」

 

 警戒しながら周囲を飛ぶストライダーは地球でアズライトと初めて出会った時に乗っていた物と同じであり、通信機から聞こえる声から彼女本人だとわかった。今のアズライトは自身が所属しているプライベーティアでの仕事の真っ最中であり、そこに混ざるのは迷惑じゃないかと千景は待ったをかける。

 アズライトが属するグリフォンズはイーサンが言ったようにランナー派遣会社では最大手であり、その規模は数十人のランナーを有して同等のストライダーとそのサポート要員を持つ大企業だ。プライベーティアの規模はグリフォンズのような大規模な所は多くの人員を充てられるので仕事をこなせることが多く、デアデビルのような個人規模では公的機関や大企業では対応しづらい細かな依頼を受けやすいなど、それぞれが長所を活かしている。

 

『千景君の言う通りよ。そもそも、そっちは独自の調査でこっちはコーテックスからの正式な依頼なの。さっさと帰りなさい』

「えー、マジかよ。そういうのを決めるのはお前さんじゃなくて隊長さんじゃないの?」

『その通りだな。私が指揮を取るデルタ小隊長のデッカードだ。デルタ5,アズライトの学友だな。ここはアカデミーの延長線ではないのでね』

『隊長! そうですよ、このバカにバシッと言ってください!』

『同行を許可する。なに、先日のゲートでの戦闘で手伝ってもらったお返しだ』

 

 通信に入ってきたデルタ小隊に隊長がイーサンを一喝して叱り飛ばしてくれると期待していたアズライトであるが、それと反する答えが出てきたことに目が点となってしまった。ゲートでの戦闘とはイーサンが地球へやってくる直接の原因となったゲート前でのガレリアとの戦いで、その時ゲートの防衛を行っていたのがデルタ小隊でイーサンはその救援である。

 元々ゲートの防衛機構は強固であるのだが件のガレリアは今まで確認されていなかったステルスタイプだったので防衛機構は無力化されてしまい、哨戒活動していたデルタ小隊と偶然近くを飛んでいたイーサンが防衛に加わったのだ。そこでイーサンの無軌道な行動は問題になったが結果的には大惨事を回避できた功績は大きく、デルタ小隊長のデッカードも彼の行動力を評価している。

 

『さすがにコーテックスのお偉方も空中要塞2基でも防衛できなかったのは重く見ててな。近々更に強固な要塞を作るらしい。これで防衛が楽になればいいのだがな』

「ソイツはいいですねぇ。ま、オレにかかれば要塞だってぶっ飛ばしてやりますぜ」

『何言ってるのよ、要塞は味方でしょアンタ……』

『ハハッ、ソイツがあの時のストライダーのランナーか。アズ、面白い奴と知り合いだったんだな』

 

 見ればデルタ小隊と思われるストライダーが集まってきており、隊長機のデルタ1とデルタ3が千景達と同じ航空機型でデルタ2とデルタ4にデルタ5であるアズライトがエアバイク型の計5機の編成だ。元々は4人だけでアズライトは学生ということで臨時の編成であるが彼女も実力のあるランナーだから小隊の一員として迎えられ、しっかり鍛えられながら可愛がられている。

 姉御肌なデルタ3はイーサンの事を気に入った様子で真っ先に今回の協同に賛成の意を示し、僚機でどこかお調子者な感じあるデルタ4も続く。冷静な副隊長であるデルタ2も部外者が加わるのに難色を示しつつもイーサンの実力については承知してるので、こちらの指揮下に入るということで了承するのだった。

 

『まさか姫とあの時のぶっ飛びストライダーのランナーがボーイフレンドとはな。こりゃ面白え、俺も賛成しますぜ』

『ちょっとジョニー、じゃなくてデルタ4、コイツと私は同じクラスメイトじゃなくてただのクラスメイトなの。変なこと言うとまた股間蹴り飛ばすわよ?』

『まったく、デルタ3には荒治療が必要ですね。自分としては部外者を加えるのは反対ですが、彼の戦闘力についてはこの眼で見てますので問題ないと判断します。ただこちらの指揮下に入ることが条件ですが』

『ああ、というわけでこちらの指示に従ってもらうが問題ないか?』

「大丈夫っすよ。経験豊富なプロの判断に従いますぜ。自由裁量のとこは好きに飛ばしてもらいますけど」

 

 デルタ小隊がどうするか考えている間に千景達も本部にいる日向と交えて話し合いをしており、デルタ小隊に従うという判断を選ぶ。誰かの下に付きたがらないと思われていたイーサンがあっさり了承したのですぐに決まり、調査活動はデルタ小隊とデアデビルの協同任務となった。

 調べなければいけない空域はストライダーが全速力で飛んでも30分はかかる程に広いのだが分散して動くとなると未知なガレリアとの遭遇の危険があったので、出来る限りは集まって行動したい。そこでデアデビルの2機が加われば部隊を2つに分けても十分な戦力を確保することが出来た。

 

『ありがとう。それでは西端と東端に分かれて中央に向かって調査していくことになるが、西側担当の君たちにはアズライト、デルタ5をつけるよ。勝手知ったる仲な方が動きやすいだろうし学生に混ざるのは大人げなさそうだしな。それでいいか?』

『了解です隊長。それいうことだからよろしく、……はぁ、ここでもアンタ達と組むことになるなんてね、ホントに赤い糸でもあるかしら? でも、こうして3人で飛ぶのは初めてになるわね』

「そうだな、アズライト、お前さんと一緒に飛ぶの楽しみにしてたぜ!」

「うん、僕もそうだよ。足手まといになるかもしれないけど今日はよろしくね!」

 

 即席に出来上がった連合部隊は4つと3つの白い筋が左右に分かれて飛んでいく。千景達が振り当てられたのは大陸に近い西側となり背中からの奇襲を防ぐ意図があり、デルタ小隊側が危険な方を引き受けた。ベテラン揃いな彼らがついてるなら心強いので初めての任務であるが千景に強い阜陽が襲いかかってはこないで済む。それよりも3人で一緒に飛べる楽しみの方が勝っており、飛行機雲を伸ばしながら飛んでいく2人の後をしっかりと付いていくのだった。



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CHAPTER 1-14

 7本の白い筋が2つに別れて飛んでいく。その様子を遠くから眺める何かが居た。白と灰と黒の三色を多角形の模様に描かれたフェリス迷彩を施したストライダーが遥か高空より空域を俯瞰しており、僚機を伴わずに単騎でただ飛んでいる。コックピットの中で計器を操作しているパイロットはこれから始めることの準備を続けながらどこかへ通信をかけて、今後の展開についてどこかへ通信を入れていた。

 

「こちら『ヴォライユ』、準備は完了した。空域内に複数のストライダーが侵入中、プロジェクト継続の可否を問う。……了解した、このまま続行する」

 

 通信を終えるとコンソールの一つに触れれば、するとウェポンベイに載せられた無数のアンテナが伸びた装置よりエネルギーが流れ出し、何もない蒼穹にまるで空間を捻じ曲げたような禍々しさを持つ黒い歪みが生み出されていく。そして堰を切ったように歪みよりドロドロとした何かが勢いよく吐き出されて、澄み切った空の青さは撒き散らされた汚泥に穢されるように染まっていった。

 

 

 

 

 

「そういえば気になっていたんだけど、イーサン君もアズライトさんもプライベーティアに属してるんだよね。アカデミーの学生ってみんなそうなの?」

「みんながみんなってわけじゃあないが案外多いもんだぜ。アカデミーが主体だから非常勤だけど、前途有望な若者はプライベーティアでもほしいわけさ。属してれば色々支援とかしてくれるわけさ、こっちは個人経営だからそんもんないけどな!」

「私はまさにそれね。いくらアカデミーからの支援あるとはいえ、個人所有のストライダーを維持するのは大変なんだから。それに身元引受人にもなってくれてるしアカデミーへの報告も簡単で済むのよ」

 

 未確認タイプのガレリアが出没するという空域にて調査活動を行いに来た千景達は同じ目的で来ていたアズライト達グリフォンズのデルタ小隊と合流し、今は手分けして千景とイーサンとアズライトの3人でガレリアを探している。ただ見知った者同士なので任務というよりは学園生活の延長線上といった感じで気楽に飛んでおり、千景は2人がプライベーティアに属してる理由を気軽に尋ねていた。

 ランナー派遣組織であるプライベーティアはアカデミーの学生からもメンバーを募っており、アカデミーとしても実戦経験を得られる良い機会として学業に支障が出ない範囲での所属を認めている。また学生ながら個人経営なプライベーティアを立ち上げる者もいるがそれは極めて少数だった。学生ランナーは非常勤になるが企業のバックアップを受けられるので、性能はそれなりなアカデミーの訓練機でなく己自身のストライダーを持つことも可能となる。

 アズライトは学生の中でも実力が合ったので最大手であるグリフォンズが見逃すはずもなく、アズライトもおばあさんから受け継いだレーヴァテインがあったので、その整備を支援してくれて天涯孤独な身の上で身元引受人を引き受けてくれたのは大きかった。

 

「ごめんね、なんか込み入った話させちゃって……」

「別にいいわよ。そもそも両親の顔なんて知らないし、ずっとおばあちゃんと一緒だったもの。けどアカデミーに入るちょっと前から体調崩してて、入学してすぐにね。悲しいけどもういい歳だったから志方ないところもあるわ」

「だよな。うちのじーちゃんにばーちゃんも元気というか殺してもしななそうだけどよ」

「もう、ちゃんと大事にするのよ」

 

 アズライトの家庭事情にちょっと触れながらも新人な千景はともかくイーサンとアズライトはレーダーから眼を離しておらず、微弱な反応であろうと見逃さないよう意識を向けている。相変わらず気持ちの良い青空とゆったりとした白い雲が流れていく平和な空そのものであるが、どこにガレリアが潜んでいてそれがレーダーに映らないステルスタイプならなおさらだから、気を緩めされなかった。

 ゲネシスでのレーダーは地球のそれとは構造が異なっていて、電波を飛ばさず空気の振動や熱源にガレリア固有の振動波を感知するというものである。なので地球のステルス技術では手も足も出ないが、ガレリアの隠遁能力は非常に高いのでここまでしても接敵するまでわからないのが現状だ。3機は常にデータリンクをしてお互いの情報を共有しており、別働隊とも定期的な連絡を怠らず異常が発生したら即応できるようになっている。

 

「こちらWチーム、現在の所ガレリアの兆候はなし。至って平穏です」

『こちらEチーム、平穏でなによりだ。状況は似た感じだが、ガレリアはどこから出てくるかわからない。警戒は怠るなよ』

「了解しました。引き続き――ガレリアの反応あり! ちょ、イーサン勝手に行かないでよ!? ……すみません、ガレリアをこちらで捕捉しました!」

『わかった。今すぐそちらに急行する。無理はするなよ、っと言っても彼には通用せんか』

 

 アズライトが定時の無線連絡中に近づいてくる何かを動体センサーが捉えてガレリア振動波も感知され、目視でも近づいてくる黒い物体が見えていの一番にイーサンが突っ込んでいった。アズライトの静止を聞かずにガレリアと変わらぬ黒い翼がたやすく音速を超えて接敵する様を千景は眺めており、アズライトもデルタリーダーからの指示に従いつつイーサンと比べてゆっくりとした速度で動いてその後をついていく。

 既にイーサンはガレリアと空戦を繰り広げており、まるで靄がかかったような黒い球体が自在に飛び回ってその後方にピッタリとネクサスが付いていた。その空戦を俯瞰できる位置に付きながら新種なガレリアを観測しており、その不定形な姿に違わずネクサスのレーザー砲の大部分がその身体をすり抜けていって殆ど攻撃が効いていない様子である。

 

「コイツ、攻撃がすり抜けていく癖に攻撃はこちらに当たるようだ! まったく面倒な!」

「どうもソイツはまわりの靄は実体無くて中心の小さなコアが本体みたいね。でも実体なくともその靄もガレリアの一部だから濃縮して攻撃用に回してるってとこかしら」

「すごい、こんな短時間で解析できるなんて……。あっ、ガレリアの反応が増えた! 数は3つ!」

「任せろ、タネが割れれば簡単なもんだぜェ!!」

 

 全くな新種といえどガレリアを観察してすぐさま特性などを叩き出したアズライトの分析力に舌を巻いていたが、近づいてくるガレリアの数が増えたことを千景は伝えた。どんなものかわからば対策はあるとイーサンは呑み込み、ガレリアの周囲にミサイルを数発撃ち込んで近接信管にて爆破させて靄を削り取ると一瞬だけ剥き出しになったコアへレーザー砲を叩き込んで黙らせる。

 空に溶けるように霧散していくガレリアを尻目にネクサスは新たに現れたガレリアへ突撃していき、アズライトが操るレーヴァテインも近接戦闘用であるパワードアーマー形態へと変形していく。吐き出す靄の量を増やし見掛けの体積を増やしてコアを隠していくガレリアにレーザーブレードを展開してレーヴァテインが突撃していき、千景のスターファイターもそれに続いてミサイルをいつでも発射できるように構えた。初めての実弾発射ということで緊張で息が上がっていくが、それでも2人がいるというのは心強いものだから指先はぶれない。

 真正面からヘッドオンで相対するレーヴァテインへ向けてガレリアは靄より生成したミサイルをいくつも放っていくがそれらは回避されるか爆発する前に切り落とされていき、突撃を止められないと感じてかまるで牙を剥いた肉食獣のように靄を広げて巨大な顎を作り上げた。緑色のブレードと黒い牙が触れ合うかといった瞬間、レーヴァテインは右へ90度の急ターンを見せて閉じられた顎はただ空を切り、そこへスターファイターからのミサイルが降り注ぐ。攻撃のために薄く広げていたのが仇となってミサイルによって殆どの靄が取り払われ、むき出しになったコアは緑の奔流に一閃された。

 ガレリアの消滅を確認してイーサンはどうなったかそちらの方へ目を向けると、ちょうど靄を濃縮させたガレリアと機首にエネルギーシールドを発生させたガレリアが真正面から衝突している。そのぶつかり合いは赤いエナジーを吹き流すネクサスに軍配が上がり、ガレリアは見るも無惨に粉微塵と霧散していった。戦闘が片付いて今までモニタリングしていた日向の呆れの混じった驚嘆が無線機より聞こえてくる。

 

『まったく突撃戦法なんて無茶苦茶だ。ともあれ新種とはいえ倒せてみんなが無事なのは……かっ……あ……にノ……ズが……きこ……――』

「キャプテン? もしもーし! 通信がおかしくなっちまった。クラウドが撒き散らされてジャミングされちまったのか?」

『なんだこれは……、聞こえるか、アズライト! そちらの救援には……けそうにない、ここは危険……はやくにげ…………――――』

「隊長、どうしたんですか!? 隊長、応答してください! フランツさん、キャシー、ジョニー、誰でもいいから答えて!」

 

 日向からの無線が途中から途切れ途切れになってしまいには切れて音信不通となってしまった。ガレリアの発する粒子であるガレリアクラウドには通信を麻痺させてしまう特性があり、戦闘によって撒き散らされて通信を阻害したと思われるが、ネクサスに積んでる無線機はちょっとした濃度で阻害されるものでなく司令室にある通信機は更に性能が良いものだから、この程度で通信障害は出ないはずなのでイーサンは首を傾げる。

 少し弄っていると今度はアズライトの無線機へ通信が入り、聞こえきた声は小隊長デッカードのものだった。しかしその通信もノイズまみれで、何より彼の切羽詰まった声色から緊急事態だと3人はすぐに感じ取った。特にアズライトはここまで切羽詰まった隊長の声を聞いたことがなくて、慌てて返信するもノイズだけど応答はなく、他の小隊メンバーにも通信を送るが反応は変わらない。

 

「なんだかヤバそうだな、いくか?」

「当然でしょ、仲間なんだから! でも2人は帰って。ここからは任務外だもの。それに命令聞かないバカとペーペーの初心者なんて足手まといだけなんだから」

「なら、なおさらだ。一人で行かせるわけにいかねえな。それにオレに命令できるのはオレだけだぜ」

「2人とも言い合いしてないで早く行くよ! 隊長さん達が危ないよ!」

「……はぁ、勝手にしなさい。さ、全速力でいくわよ!」

 

 エンジン全開になったレーヴァテインは凄まじい加速で飛んでいってそのすぐ後ろをネクサスもスターファイターも全速力でついていった。スロットルを全開にしながらも千景は出会ったばかりだが親しみの持てるデルタ小隊の皆の無事を祈らずにはいられず、早く早くと心のなかで念じ続けていく。

 

 

 

 

 

「な、なにこれ……」

「クソッ、なんてこった!」

「どうして、隊長、みんな応答して! 無事なの! お願い返事してよ……!」

 

 デルタ小隊がいると思われる空域へ急行する3人の前に奇妙なものが現れた。間違いなくそれはガレリアと思われるのだが先程戦ったタイプが纏っていた黒い靄が液体のように広がって巨大な円形の沼を空の上に作り出しており、3機はその上を注意深く飛んでいる。周囲にはガレリアクラウドとともにオルゴンの残滓も計測されており、ここで戦闘が起きた事を示しているがデルタ小隊の面々の姿はなかった。

 まさかもう倒されてしまったのかと最悪な状態を千景は予測するも、アズライトは認めていないように無線機へ必死に呼びかける。だが返答はなく代わりに広がった巨大なガレリアが動き出し、表面から圧縮されたクラウドで作り出した黒い針を飛ばしてきた。まさに下方から打ち出される針の雨に為す術もなく3機はバラバラに散開しながら回避するしかない。

 

「クッ、こんなことしてる場合じゃ……あ、隊長! 反応は、向こう! だけどコレを倒さないといけないわけね……」

「推定直径は約1600メートル……、そんなに大きいなんて! それにコアが複数ある!?」

「コイツがさっき倒した奴らの大本ってわけか! やってやろうじゃねえか不定形野郎(アモルファス)!!」

 

 比べ物にならないガレリアクラウドを吐き出す大型ガレリアからの攻撃を回避しながら、アズライトは仲間の軌跡を追ってその無事を確かめるがこのガレリアを倒さなければ後ろから撃たれてしまう危険性があり、千景はアナライザーでガレリアを調査するが想像以上に大きなものに驚愕して弱点と思われるコアの所在が最低でも3つ以上あることを示す。

 焦りと怯えを見せる2人を一喝するようなイーサンの叫びが轟いて、ネクサスも翼を広げて不定形野郎(アモルファス)と蔑称した巨大ガレリアへ突っ込んでいった。千景は驚いたがアズライトは彼の意図に気付いてガレリアの気を引くように大きく動いて挑発していき、スターファイターも反対に向いて飛んで目を向けさせる。

 2機の挑発はあるがネクサスが圧倒的な弾幕の中へ突っ込んでいくことに変わりなく、黒い針が串刺しにしようと迫るも針と針の間を文字通り縫うような飛行で回避していき、それでも当たりそうになると細かな上下運動に翼の折りたたみを駆使して被弾なく避けきって、機首のエネルギーフィールドを全開で飛び込んだ。薄く広げられたクラウドは実体がないので突入は出来るがガレリアの腹の中へ入るのと同義でどんなものが飛び出してくるかわからないが、レーザーを撃ちつつネクサスが突きっ切るとぽっかりと大穴があく。

 だが実体のない靄だからこそすぐさま修復して何事もなく塞がり、靄の中を飛ぶイーサンは周囲から攻撃を受けてエネルギーフィールドを徐々に削られていった。もしフィールドが切れればそこれこそネクサスは瞬く間にバラバラとなってしまうが、それでもダイブし続けている理由が千景には今になって理解する。目的はコアの一つであり、そちらに向かって一直線に飛んでおり、分厚いクラウドを突撃で無理やり破って攻撃を届かせようとしていた。

 イーサンの突撃戦法はアモルファスのコアを捉えて、斉射されたミサイルは見事に破壊する。薄くなったクラウドを突き抜けてネクサスが悠然と姿を表すが、コアを破壊されて怒り狂うガレリアは全方位に注いでいた針の雨を止めてイーサンただ1人を敵と見定めて襲いかかった。クラウドから太い触手が無数に伸びてきてその先端が口を開き、黒いレーザーを照射して振り回していく。触れればストライダーなど簡単に切断できる熱の糸が無秩序に見えてしっかりとした軌道でイーサンに迫ってきた。

 

「イーサン君!?」

「大丈夫だ、そもそもこれが狙いなのさ! ヤツのコアとクラウドの濃度はどうなってる?」

「えっと、破壊されたコアの周りの濃度が濃くて修復中で……あ、健在のコア辺りが薄くなってて他のとこはもっと薄い!」

「これがあなたの狙いだったわけね! きっちりトドメ刺すからそれまで避けていなさいよ!」

 

 イーサンへの攻撃に意識を向けすぎてか防御に使われていたクラウドは薄まっており、レーザーを出しっぱなしにしていれば更に消費量が増えてしまうだろう。まさにイーサンが狙っていた状態となってアズライトがエアバイク形態で突撃していき、イーサンに習ったエナジーフィールドを張りながら肉薄していく。千景もスターファイターに搭載されている火器の中で最大のものを選定し、ロックオンサイトを展開した。

 密度も頻度も先程より落ちたとはいえ近づけさせないように針の雨を向けるガレリアに対し、当たらないように大回りに飛びながら千景は意識を集中させる。初めての実戦だから手足の震えが今更になって出てくるが、ここで撃ち損じればイーサンを危険に晒す時間が増えてしまうことだ。ゲネシスに渡る際に覚悟は決めていたのだから、その気持ちで奮い立たせて深呼吸一つしたから引き金を引く。

 機首と主翼両端より集束されたエネルギーを一点にして放つトライハウリングの極太ビームがコアを撃ち抜き、同時に突撃で肉薄していたレーヴァテインのブレードがもう一つのコアも両断していた。コアによる支えを失いクラウドは次々に霧散していき、先程破壊されたコアが再生半ばながらクラウドを集めて無理矢理維持していこうとするも、どこからか放たれた極太ビームにまるごと吹き飛ばされる。見ればネクサスが機首を二分割に展開しており、そこから最大火力のトライハウリングを撃ち込んだようだ。

 

「囮になるといったが、美味しいとこは譲るとは言ってないぜ? これで片付けたわけだな」

「相変わらず無茶苦茶な飛び方だね。でもありがとう」

「2人ともまだ終わっていいないわ! 早く隊長達のとこへ行くわよ!」

「了解、向こうじゃあこんなのよりヤバいもんと戦ってるはずだ。早く助太刀しねえとな」

 

 

 

 

 

 再び推力に全エネルギーを振り分けて最大出力でデルタ小隊のもとへ3機は飛んでいく。反応はレーダー上で確認取れたが、反応は薄くて更にその近くに正体不明の存在が高速で飛び交っているのが確認でき、ソイツがデルタ小隊を追い詰めているのだろう。また高濃度のクラウドが立ち込めている影響かレーダーの感度は依然悪くてデルタ小隊の反応はとてもあやふやで、通信も繋がったり切れたりを繰り返すだけだった。

 あと少しで到着しようとした地点でとも通信は途切れ途切れであるが、交信し続けるアズライトだけでなくイーサンや千景の通信機にも隊長の声が聞こえてくる。そこから聞こえてくる声は2人どころかアズライトも聞いたこと無いほどに切羽詰まった声色で何かと空戦を繰り広げているようで、どうも凄まじい難敵と戦っているのだろう。

 

『な、なんだ……これはッ!? クソッ、どうなってる……――』

「隊長、いま行きます!だから――」

『あ、アズライトか、来るな――これは――』

「隊長!? そんな……、あ、あぁ――」

 

 混線してきた通信にアズライトは必死に返答してようやく繋がるも隊長は来るなと警告を発して、3人が近づいてこないように声を荒げた。そしてようやくクラウドが消え去って現状を確認できるようになり、アズライトは言葉を失ってしまう。千景も愕然としてしまった、デルタ小隊の反応が隊長機を残して消え去っていたことを。

 そして敵の姿が見えた。ソレはガレリアでなく金属の翼を持った機体でストライダーのようであり、白と灰と黒の三色な多角形の模様が刻まれていて、その飛び方は鋭く苛烈な攻撃が続いて隊長は手も足も出せずに機体からも火が吹き出している。あのストライダーが仲間を落としたという事実にアズライトは怒りを爆発させた。

 

「貴様がッ、貴様がみんなをッ!!」

『いかんアズライトッ、来るんじゃ――あ――』

「た、隊長ォォォォッ!!!??」

 

 飛び交う2機に向かいようやく射程に捉えたかと思った瞬間、隊長の機体は大きく爆ぜて黒い煙を引きながら落ちていく。絶叫してアズライトは真っ直ぐに加工して追いかけていき、なんとか腕を伸ばすも手が届く寸前で機体は火の玉となって粉々となってしまった。確実に訪れた死に直面してアズライトの悲嘆に暮れる声が響き渡り、千景は震えが止まらない。

 隊長をそしてデルタ小隊を全て落とした謎のガレリアはくるりと身を翻して遠くへと飛んでいき、アズライトは当たらないが無茶苦茶にレーザーを発射しながら向かっていった。やり場のない感情をぶつけるしかなく彼女の悲しげな慟哭がただ虚しく空虚に消えていく。

 

「待てよ! 待ちなさい! 仲間を返して、返しなさいよ! 待て、待って……ホントに……待ちなさいよ……ッ本当に……返してよッ!!!!??」



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CHAPTER 1-15

「済まねえな、こんな時に頼んでよ。だけど、せめてブラックボックスだけでも回収しておかないと、デルタ小隊のみんなは消息不明のままってわけだ」

「うん、わかってる。……本当に、本当にみんな死んじゃったの……? 人ってあんな簡単に死んでしまうものなの……?」

 

 千景はイーサンとともに未だあの空域を飛んでおり、それは新型ガレリアのアモルファスと謎のストライダーによって撃墜されてしまったグリフォンズ社のデルタ小隊のブラックボックスを回収するためである。撃墜もしくは航行不能になったストライダーはフライトデータや音声記録など飛行に関する情報を詰めたブラックボックスを射出するのだが、ブラックボックス自体の浮遊できるのは48時間以内という短さなので落ちていってしまうう前に回収するべく2人は舞い戻っていた。

 一緒に飛んでいた仲間を一度に失ってしまったアズライトはショックが大きくてこれ以上は飛んでいるの難しそうな様子だったので、こちらと音信不通となった際にすぐさま輸送船で向かってきていた日向と合流し、そのまま預けたのである。どんな風に声をかければよいのかわからず、千景本人も人の生死に直面してショックを受けており、空を飛んでる時間なら比べ物にならないイーサンへ端的に疑問をぶつけた。

 

「いつか人は死ぬ、ガレリアと戦ってるランナーなら尚更だ。飛んでる自分や周りの誰かが簡単に落ちていくのを割り切るなり抱えるなり飲み込んだりとナイーブな事ばっか考えてる連中もいたら、ハナっからわかってるのに我先にと飛んでいく救いようのないバカ共もいるってわけさ」

「そう、なんだ……。イーサン君もデルタ小隊のみんなも覚悟が出来ていたってわけなんだね」

「オレはそこまで大それたもんじゃない。ま、ただ好きに飛んで生き方も死に場所も自分で決めるだけのことよ。どう飛ぶかは千景、お前さんが決めることさ」

 

 悩める少年に対してブラックボックスの発信する信号をキャッチして向かいながら、イーサンはいつもと変わらない軽い調子で返していく。ランナーという人種の救いようのなさをおちゃらけて話しつつ、何より自身のスタンスはかなり割り切ったものであった。一般論としては今の千景が抱えている疑念や憤りに不安といったものは、どんなに強く自由に空を飛べる存在であっても自分や仲間の命が失われる場面に直面してその事を己自身で考えて受け止めるのが肝要なのだと示している。

 このジレンマの答えは千景自らが出さなければいけないと言われて、すぐに答えが出てくるはずもなく黙して考え込んでしまった。既に3本のブラックボックスを回収しながら脳裏にはこの装置の持ち主達の無線機越しながら生き生きとしいた声を思い出し、そしてそんな仲間達を失った少女の顔が浮かんでくる。

 

「……アズライトさん、大丈夫かな……」

「大丈夫さ、あの娘なら絶対に立ち直るさ。オレの勝手な見立てだけど、ここで折れる女なんかじゃあないぜ」

 

 

 

 

 

「千景君、よく無事で戻ってきてくれた! そして本当に申し訳ない、君を危険な目に合わせて起きながら、自分はのうのうと安全な場所にいるなんて……」

「ひゅ、日向さん……、そ、そんな頭上げてください。そんな気にしてませんから」

 

 デアデビルの発着場に千景たちが戻ってくると真っ先に日向が駆け寄ってきて、土下座する勢いで頭を下げてきた。地球唯一のランナーといえどこれまで戦ったことなどない年少者を前線に向かわせておきながら自分は安全な場所に居るだけという現状に強く憤りを覚えている中、危険なガレリアと遭遇して生死に直面する事態となったのだから居ても立っても居られず、通信が繋がらなくなった時点で飛び出してしまったほどである。

 いきなり頭を下げられて千景は面食らってしまうが同時にそこまで案じてくれている日向の気持ちは有り難いものであり、感謝に思いながらいつまでも下げられていては申し訳ないので気にしてない風を装った。しかし心のうちは見抜かれているのか顔を上げた日向は手をかざして千景の言葉を一旦遮ると、首を横に振りながら落ち着きを取り戻して言葉を続ける。

 

「すまない、取り乱してしまったようだ。だが、今回は千景君の目の前で誰かが亡くなったんだ、気にしていないはずはないと思う。だからこそ、君をここまで連れてきた責任は自分にあるんだ」

「ここに来たのはきっかけは色々あっても選んだのは自分の意志です。……だから、今回のことは少し考えてから今後どうしようか決めたいと思います」

「あぁ、それがいい。もし相談したいことがあればいつでも来ておくれ、少しでも力に慣れれば幸いだ。ところでイーサン君はどこに?」

「イーサン君ならブラックボックスをアズライトさんのところへ届けに行きましたよ」

 

 千景が人の死を目の当たりにしたことは地球でも経験あったが、それはただ亡くなったという報告を聞いただけの実感のわかないもので父が亡くなった在りし日の記憶だった。だから多少の耐性はあろうと死に触れたショックは大きいものだから日向はそれによる心的外傷後ストレス障害(PTSD)を恐れており、その気遣いに感謝してイーサンの言葉もあってじっくり考えてみようと思っている。

 日向の前に姿を見せないイーサンはアズライトに会っていると聞いて輸送機に載せて戻ってくる間に見た彼女の憔悴した姿に声をかけることさえ出来なかった事に表情を曇らせ、イーサンに任せることしか出来ないことに申し訳なく感じているようだ。小脇に直径10センチ長さ50センチほどの金属製円柱をイーサンが小脇に抱えているが、これこそ先程空域に漂っていたのを回収したブラックボックスそのものである。

 

 

 

 

 

「アズライト、ちょっといいか。デルタ小隊のブラックボックス集めていてよ、お前さんが持っとくべきモンだろう?」

「……そうね、わざわざありがとう。4つあるのよね?」

「あぁ、そうだ。みんなの分になる」

 

 イーサンがブラックボックスを持って来た時、アズライトはまだレーヴァテインのコックピット内にて引きこもっていた。泣き腫らした顔を見せたくないということもあったが、涙が乾いた後もぐちゃぐちゃになった頭の中をまとめる時間がほしかったしひとりになりたかったのである。

 薄暗いコックピットの中でただ膝を抱えていると上面ハッチを叩く音とイーサンの声が聞こえてきて、どうやらレーヴァテインの上に乗って彼女を呼んでいた。ハッチを半分だけ開けて応えると彼はブラックボックスを回収してきてくれたようでその隙間に銀色の円柱4本を滑り込ませてきており、その存在は改めてデルタ小隊が壊滅したことを指し示すものでアズライトは胸を締め付けられる気持ちとなる。それでもいらぬ心配をさせないようにと返答の声を努めていつも通りに対応した。

 

「まったく、気持ちのいい連中だったのにな。いい奴ほど早く逝っちまうってか、そっちは大丈夫か?」

「……まだ、なんとも。でもこの気持ちにケリをつけなきゃいけないわ。だから今はここにいさせて」

「あぁ、構わねえよ。やっぱお前さんは強い奴だぜ」

 

 別に強いわけじゃない。そう反論しようかと思ったが気遣ってくれてる人にそこまで言うことはないだろうと沈黙を持って肯定する。機体を隔てて無言で佇む2人であったがイーサンはやがて立ち上がると乗っていたレーヴァテインから飛び降りて離れていこうとしていた。そんな背中に向けてアズライトが声をかける。

 

「イーサン! あなたは死なないでよ。無茶苦茶なお願いだとは自分でもわかってるけど、お願い、死なないで」

「へっ、あったりめえよ。知らなかったのか、オレは不死身なんだだぜ?」

 

 いつも見せてる不敵で不遜な笑みを背中越しに見せるイーサンになんとも言えない安心感を覚え、これは彼に対する信頼なのかと思いながらもアズライトは気持ちを切り替えてハッチを開けて外に顔を出した。奥へと消えていく背中を見送っていると代わりに見えたのは暗い顔をした千景である。

 今回の件である意味一番ショックを受けていたのはかの少年だろう。初戦闘で人の死に直面する事は稀有であるがそのまま機体を降りる者もいるくらいには大きなものだ。ストライダーから降りてその近くに寄ると、彼も驚いたような表情を見せてからこちらを労るような言葉を出す。

 

「あ、アズライトさん!? あの、大丈夫ですか、今日はあんなことがあって……」

「心配してくれてありがとう。大丈夫とはまだ言えないけど自棄になるつもりはないわ」

「良かった……。イーサンが言ってた通り強い人ですね」

「そんな強いわけじゃないよ、私なんて。それよりもあなたの方は大丈夫なの? 無理してるのが丸わかりよ」

 

 こちらを心配してくれたのは嬉しいがそれは無理して出してるものだと目に見えており、腰に手を当てて顔を覗き込むような仕草をしてみせた。少し驚きながらもややあって千景は微笑むようでいて泣き出そうとしているような表情を浮かべながら、心の内をポツポツと答え始める。もっとも問答は先程イーサンとしていたようでその時の言葉が引っ掛かっているようだ。

 話を聞いてアズライトは思いっきり嘆息を漏らす。イーサンが彼に告げたのは自分で考えろの一言のみで、悩んでいる人間に送るものとしては不適格極まりないものだった。確かにジレンマを解決するのは最終的に己自身であるが、そこまでの過程で助言や経験談を語ってサポートできるだろう。それをまるっきりしないイーサンに腹を立てると同時に、彼のスタンスにも多少の同意した。

 

「まったくあのバカは! 少しは手を差し伸べるような事も出来ないのかしら! ……まぁ、安直な事言っても不誠実だし、何よりアイツは他人の決定に干渉しない個人主義者でもあるってわけね」

「だから、イーサン君はただ自分で決めろと言ったんですか?」

「そうなるわ、無責任の極みにね! だからアイツは絶対に助言してこないと思うから、あなたも鬱憤に愚痴とかじゃんじゃんアイツに言いなさい。それぐらいしておかなきゃ割りに合わないわ!」

 

 スタンスは人それぞれで相手に干渉しないさせないを旨とするイーサンの主義も理解できるが、迷う者への助言を一切しないのは不誠実だと思うのはアズライトが持つ面倒見が良い性分が出たのだろう。プリプリと怒っていると千景は吹き出していき笑みをを漏らしていくと、彼女の怒気も勢いが削がれていった。

 

「いきなり笑っちゃってごめんなさい。でもイーサン君が絡むとなんかいつも通りって感じがしておかしくて」

「そうよね。そこだけは感謝しておくわ。さて、私はそろそろいくわ。みんなのこと伝えるのも生き残った側の大事な役目だし」

「うん、いってらっしゃい」

 

 まだ胸にポッカリと空いた穴は塞がらないだろうが今は前に進むために一度立ち止まって考えることが2人に必要なことである。千景に背を向けたアズライトはレーヴァテインへ向かっていき、グリフォンズ本社とデルタ小隊の近親者へ今回の一件を伝えるという重責を担う覚悟はとうに完了していた。

 

 

 

 

 

 時間というのは早く過ぎるもので出撃から1週間が経った。千景は相変わらずアカデミーで学ぶことが多くて忙しなく過ごしており、一方でこれからの事についてはまだ悩んでおり日向や生徒会長のクラリッサへ相談している。一方当事者であるイーサンは予想通り話は聞くだけで明確に応えることはせず訓練では相変わらず好きに飛んでおり、アズライトもデルタ小隊の件で喪に服したり事後処理などでアカデミーに来ているが千景の前には顔を出していなかった。

 あの時と同じくデアデビルの事務所兼通信室兼司令室に3人が集まって、今回は新型ガレリアについての情報をまとめている。地球で遭遇して千景にメッセージを送ってきたガレリアと靄のような身体をしたアモルファスは、未確認の新型ガレリアという事を除けば全くの共通点のないものだった。

 

「イーサン君、今一度ガレリアについて教えてくれないか。そもそも新種と言われても、我々は原種についても知識がないからな」

「それもそうだな。ではガレリアは小型種と大型種の2つに分けられてよ、矢印みたいな形した“アローヘッド”と猛禽類みてねな形の“スカベンジャー”が小型種だな。大型種は戦艦タイプの“エグゼキューター”や空母タイプの“インティミデーター”なんてあるけどどれもみんなバカでかいんだ」

 

 部屋の中央に鎮座する円卓は各種ホログラムを投影できる作戦説明用の代物であり、イーサンが口にした種類のガレリアの画像や映像を次々に投影していく。たいてい見るのは小型種のほうでスカベンジャー1機に対してアローヘッド4機による編隊が基本形でランナーも大抵はこの2種を相手にしており、戦艦型などの大型種と相まみえるのは大規模な戦闘ぐらいだった。

 過去のデータから見ても黒い鳥の姿をしていた地球に侵入したガレリアもアモルファスのような不定形な靄というガレリアなどは存在していない。だからこそ共通点がないので頭を悩ませているが、最近のガレリアは動きが活発化してきているというのでその影響だろうか。

 イーサンと日向が頭を捻りながら唸っており千景はどこか上の空で眺めていると、発着場の方より何かが入り込んでくる音が聞こえてきて覗いてみると、そこには黒と赤のストライダーが降りてきた。そして操縦していたアズライトがパイロットスーツに身を包んだまま、大荷物を引っさげて現れると開口一番に声を張り上げる。

 

「今日からデアデビルに所属に所属させてもらうわ。というわけで、よろしく」

「ハァッ!?」

 

「つまり、アズライトさんはグリフォンズを辞めてこっちに移籍するということ?」

「そういうこと。だって上層部があのガレリアとストライダーを追うなって言うのよ。アレを追いかけ見つけ出して、あのアモルファスとかいうガレリアのことを洗いざらい吐いてもらわなきゃいけないのにさ!」

 

 突然の登場と宣告をしたアズライトに面食らいつつも司令室に迎えつつ事情を聞いた。デルタ小隊の壊滅と新型ガレリアの情報がもたらされてこの1週間はかなりゴタゴタしていがそれも数日で収まってデルタ小隊の再編が行われたが、その時にまだ正体不明で練度のあった部隊が壊滅した事実から件のガレリアとストライダーへの一切の交戦が禁じる処置が出されのである。

 復讐戦と何より他の者達がアモルファスの被害を受けないよう早急に対処するのが役目だと考えていたアズライトは真っ向から反対したが会社の方針は変えられず、大きな組織だからこそ個人の意志を貫き通しづらいグリフォンズでは動くことは出来ないとそのまま辞表を叩きつけけ、流石に留意を求める声もあったがそれの一切を無視して荷物とレーヴァテインを持ってデアデビルまでやってきたのだ。

 

「おいおい、無茶苦茶だな。というかレーヴァテイン持ってきてよかったのか。会社の備品とかだったら窃盗だぞ?」

「安心してレーヴァテインはおばあちゃんから引き継いだ自前のストライダーだから。整備とかは任せていたけど、それはここでも変わらないでしょ? それに1人でどうにか出来るほど自惚れてはいないわ、だからここに来たのよ」

「そこは構わねえよ。というかあのストライダーには落とし前をつけるのが当たり前だ! 追いかけ見つけ出してバラバラにしてやるのが道理だ。そしてあの世でデルタ小隊の皆に詫びを入れさせてやる!」

「……アンタ、そこまで好戦的だったの。1週間前はかなり落ち着いて見えたけど、どう心境変わったのよ」

「別に変わったわけじゃねえ。あの時は2人とも落ち着いていなかったんだから、誰かが落ち着いていかなきゃいけねえだろ? 落とし前をつけるのは既に決定実行だったさ。というわけで、アズライト、デアデビルにようこそ、歓迎するぜ」

 

 イーサンはこの1週間隠していた本音を曝け出して、凶暴な笑みを浮かべる。あの時は努めて冷静さを保っていたが今はその必要はないと激情を剥き出しにして、デルタ小隊の弔い合戦を最も求めていた事を示した。そんな状態で歓迎されるのはどんなものかとアズライトは嘆息を漏らして。日向は苦笑いを浮かべる、いつもの調子になっている。

 しかし、ストライダーを見つけ出そうにも何も手掛かりがないと怒気が空回りするだけだとイーサンは肩を下ろし、情報収集に努めていた日向も空振りだった。3人の顔を見回すとアズライトは懐から薄くて円形のヴィムを取り出すとそれをテーブルの真ん中まで滑り込ませると、そこから波形グラフや何かの番号が浮かんでくる。

 

「これはデルタ小隊のストライダーが発する信号なの。これが突如として2日前から検知されている、機体は破壊されてブラックボックスが既に回収済みにも関わらずなのにね」

「ゴーストってわけか。コイツが考えられる理由は機体の一部がまだ生きていて信号を発信し続けてるか、何者が機体を奪って信号を出しているかだ。まさかその信号を出してる奴って――」

「そう、私はアモルファスと考えているわ。あのストライダーかあの靄かはわからないけど破壊されたストライダーの残骸を取り込んで信号なんかを出してるのかもね。これはおびき寄せる罠かもしらないしただ信号の装置を取り込んだ結果の反射かもしれないけど、死人への冒涜に違いない!

「ふざけやがって。これは行かなきゃいけなくなったな、たとえ罠だろうと!」

 

 またしても怒気が溢れてきてかイーサンは目つきを鋭くし、彼ほど表情に出ていないがアズライトにも怒りの感情が出ていた。そして今日の出撃が決まるが、ここまで部外者のように声を出していなかった千景は未だに答えが出せずにストライダーへ乗れるかわからずにいる。その様子はイーサンとアズライトにも伝わっており、2人とも付いてこいとは一切言わなかった。

 でもこのままじゃいけないと決心をつかないまま2人について行こうと立ち上がったその時、レイジが顔を見せる。何事かと思えば只今スターファイターは整備中で飛べるには今しばらくかかるということを伝えてきたのだ。嘘だ、千景は直感する。

 

「すまんな、今スターファイターが整備中でな。すぐの出撃はできんのじゃ」

「博士がそう言っているようだし、今回は見送ろう。いいかな?」

「…………はい。イーサン君、アズライトさんごめんね、出れなくて」

「いいさ。それに今回はただの私戦だからな。そういうのはバカのすることだからよ」

 

 これからどうするか日向やイーサン以外にもレイジやキールといったバートレット家の人にも相談しており、勢いに任せて出撃しようとしたところへやんわりと静止しにきたわけだ。日向もレイジに賛同して出撃しないように願ってきており、やはり飛べないなと諦めがちに頷く。見送るだけになることを謝ると祖父に向けて怪訝そうな視線を向けていたイーサンは、気にしていないことを示すように軽くを手を降った。

 言外にバカ呼ばわりされたアズライトより鋭い視線が飛んできていそいそと部屋から飛び出すと愛機ネクサスのもとへ向かっていく。イーサンはネクタイを締め直してからコックピットへ乗り込み、千景はその後姿を見送っていた。




次回は10/9に投稿予定です


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CHAPTER 1-16

「ねえ、あれでよかったの?」

「まーしゃあないだろう。本人だって迷ってるわけだし、そんな状態で飛んでもいいことはねえ。それに答えを出す為にとことん悩むべきなのさ、そこに他人が口を挟むのは論外ってわけよ」

 

 ネクサスとレーヴァテインの2機がデルタ小隊の残滓を探しに向かう中、その操縦を続けながらもアズライトは置いてきた形となった千景についてイーサンへ尋ねていた。デルタ小隊メンバーの死を目の当たりにして大きなショックを受けており、このままランナーとしてストライダーを動かして戦えるか悩んでいる。そんな彼を敢えて突き放すように出撃してきた事のイーサンの真意を聞きたかったのだ。

 サイトロンによる操縦に切り替えてコントロールレバーから手を離して座席に持たれながら、千景がストライダーを操縦できる状態にないとひと目でわかるぐらいで、日向もレイジも一緒になって止めていたのだろう。ただそこまで長くはかからずに答えを出してくれるはずだと千景をシンジている。

 

「さ、さくっと終わらせて帰ろう。そうすればあいつも心配しないはずさ。で、反応はどうなん?」

「もうビンビンよ。みんなが使ってた識別信号が無秩序に流れてるわ、一体何が目的よ……」

 

1週間前に突入した空域へ今回も真っ直ぐに入ったのだが、微弱に感じられていたデルタ小隊の識別信号がより強くなっているのをセンサーが捉えた。信号の発信場所を探すべく周囲へ意識を巡らせるようにセンサーの感度を上げて信号以外の反応を探していき、かつての仲間に擬態している不届き者がどこにいるかと眼を光らせる。

 しかしどこを見ても平穏な空そのもので敵機らしきものは何一つ映らないが、その状態こそが一番恐ろしいのだと2人は感じ取っていた。一体どこからくるのかと上下左右と360度に気を配るが、一瞬だけ外の風景が歪む。ストライダーは周囲の映像を機体のカメラより取り込み密閉型コックピット内のモニターに投影する方式であり、カメラの不調を疑うも問題はなくてセンサーが示す異常値を叩き出して外の風景がモニター通りだと示していたのだ。

 何事かと警戒する2人を機体ごと飲み込むような渦が発生して大きく揺れていくが素早く切り返して安定を取り戻すも、外の情景は一変している。青空はどこへいったのやら光が一切届かない闇に包まれて、まるで分厚い暗雲の中に突っ込んだみたいだった。

 

 

「いきなりなんだ!? この闇、どこまであるんだ! これもガレリアってのか!?」

「空域そのものになりすまして信号で誘き寄せる、どこまで悪知恵が働いてるのよ……! しかもなんで先が見えないのよ!? 」

 

 闇に覆われた空域から抜け出そうと飛んでいくがまるで果ての無い洞穴を進んでいくようで突っ切ることなど出来ず、更に周囲に立ち込む分厚い雲が鋭い針のように機体へ突き刺さってガリガリと削られていく。間違いなく立ち込めてる黒い靄は高濃度なガレリアクラウドであり、いくらオルゴンで守られたストライダーといえど長時間内部に留まっていれば跡形もなく分解されてしまうだろう。

 期せずしてガレリアの胃袋へ飛び込んだ形になるが攻撃手段は失われていないので、ネクサスよりミサイルとレーザーの雨が雲海の壁を焼き払うように炸裂した。しかし靄が僅かに削れるだけですぐに覆い隠されてしまい、攻撃に反応してか靄は形を変えて唸る触手を伸ばしてきた。穂先の形状は棘がびっしりと生えたものから鋭利な刃物のように怜悧なものまで様々だが、どれも機体に干渉して外装を削り取っている靄とは比べ物にならないほどの濃度を有していて当たればひとたまりもない。

 

「クッ、これじゃあジリ貧ね……! イーサン、なんとかならない!?」

「ハッ、この程度苦境でもなんでもねぇ! 要はこの靄を全部吹き飛ばせばいいんだろ! 駆けろネクサスゥッ!!」

 

 通信機も沈黙して外部と完全に遮断され代わりに流れてくる信号の一定なリズムがまるでこちらを嘲笑するような笑い声にも聞こえてきており、実際にガレリアも哀れにも閉じ込められて無駄な足掻きを続ける2人を笑っているだろうとアズライトは珍しく自虐的に笑った。しかしイーサンはまだ諦めていないようで、ネクサスのエナジーフィールドを全開にして真っ赤な矢じりとなって黒い壁にぶつかっていく。

 いくらフィールドで守られているとはいえ高濃度なクラウドにぶつかっていくのは愚の骨頂だと止めようとするが、ネクサスは靄の壁の縁ギリギリを飛んで直接触れないように飛びつつ靄が薄いところを削っていた。妨害するようにガレリアの触手がいくつも伸びて襲いかかるが、それを見事に回避していき、更に目の前にも伸びてくるが正面衝突寸前に紅い閃光が走って根本から切り倒される。レーヴァテインをクロースコンバットモードに変形させ両手に握る真紅のレーザーブレードを振り回し、迫る触手をすれ違いざまに斬り伏せてゆくのだった。

 

「サンキュー、助かったぜ!」

「何もせずに諦めるのはらしくないわね……。イーサン、あなたのやり方に乗ったわ、いくわよレーヴァテイン!」

 

 

 

 

 

「どうした、ぼーっとして。考え事かい?」

「えっ、あ、はい。そんな感じです。ちょっとですね…………」

 

 視線を中空に泳がせていると不意に肩を叩かれて千景は驚いたように振り返るとそこにはキールが立っている。彼はいま発着場の隅に置かれた長椅子に腰掛けてそこからどこまでも続く蒼穹を眺めていたが、意識は別の所に向けられていた。ガレリアと戦う上では避けては通れない死に直面して、このままストライダーを操って飛べるかわからなくなってしまったからである。

 その事はデアデビルを含めキール達バートレット一家も知っていたのでこの1週間は相談役を買って出ながら見守っており、今回も飛び立ったイーサンとアズライトを見送った彼が気になって声をかけたということだ。不意を突かれて驚いた千景も何か言いたいことがあるようだが、どこかか口籠っている様子にキールの方から尋ねてくる。

 

「いや、そんな難しい顔しなさんな。ただおじさんに話せばいいさ、変な話は聞き流すから」

「ありがとうございます……。これはまだ誰にも言ってないんですが、ストライダーに乗るのを躊躇ってるのはデルタ小隊のことだけじゃないんです。地球で戦ったガレリアは確かに怖かったんです、だけどあの声を聞いたらなんか安心したというか敵意を感じれなかったんです。だから、ここのガレリアが容易く人を殺すのがショックだったし、あの声はただ僕を騙していたのかなんて。逆にあのガレリアにも意志などを持っていたらと考えてしまって……」

「そうだったのかい。僕らは1000年近くガレリアと関わり戦ってきた。だからこそ個別の意志を持ってるなんて考えたことはなかったよ。そういう思考の差異は別の世界からきた人間の特権だね」

 

 ガレリアにも意志があって生きているかもしれないから素直に撃てなくなった、そう言ったらどんな目で見られるのかと思っていたがキールはその着眼点の違いを素直に感心していた。地球で遭遇したガレリアは飛び回って戦闘機などを取り込んでいりしていたが直接人を害することはなく、最後に垣間見た警告じみたイメージに呼びかける声から悪印象を千景は持っていなかったのである。

 しかしゲネシスにいるガレリアは人間を地上から駆逐して10年前には空中大陸やゲートへ大攻勢を仕掛けて多くの犠牲者を生み出し、そして千景の目の前でデルタ小隊の命を奪っていった。そのショックと合わさってガレリアへの認識にブレが出てしまい、ストライダーに乗って戦うことへ疑問が出て今悩んでいる。

 千景の悩みを聞いたキールはゲネシスの人間では出ない疑問を持って悩む彼の姿は好ましいものと思って、それを否定することはなく頷き更に問いかけた。

 

「千景君はガレリアに接触してその意志に触れた唯一の人間になる。それは地球唯一のランナーなんて称号が霞がかるくらいに希少なことで、意義があることだと僕は思う。もしかしたらガレリアとの意思疎通を可能になるかもしれない、それが千景君の才能でここへ来た意義なんじゃないかな」

「ガレリアとの意思疎通……、僕にそんな事が出来るんですか?」

「正直に言うとわからない。でも戦うだけがストライダーとして飛ぶ理由じゃないってことさ。これはイーサンからの受け売りだけど」

 

 自分にしか出来ないことを提示されて千景はその意味を飲み込むように顔を傾ける。何はともあれ彼が一歩先に進める手助けを出来てキールは満足そうであり、千景は発着場にて静かに鎮座する銀翼へ目を向けながらじっくりと考え込んでいた。

 そんな2人のもとへ通信のため事務所に詰めていた日向が駆け足で近づいてきており、何か会ったのかと不安がよぎる。そしてそれは的中し出撃したイーサンとアズライトとの連絡が途絶えてしまったのだ。

 

「さっきまで普通に通信が出来ていたんだが、空域に突入した途端音信が途絶してしまったんだ。あの2人がやられたとは思えないけれど、ガレリアと交戦した可能性が高い。キール主任、輸送機の方は!」

「すまないが改修中でまだまだ動かせない。……いくのかい?」

「千景君、行けるのか!?」

「……まだ戦う心構えなんて出来てません。でも僕だけが出来ることがあるというなら、行きます!」

 

 話を聞いた途端に事務所のロッカーへ走り出した千景はオレンジのパイロットスーツに身を包んでヘルメットを抱えて出てきて、日向は驚きキールを確かめるように尋ねる。その返答を聞いて満足そうに頷いてスターファイターへの道を開き、千景はただまっすぐに駆け出してコックピットへ飛び乗った。

 不安げに見送る日向の肩を叩きながらキールは心配ないと告げる。彼の杞憂を吹き飛ばすようにスターファイターのエンジンは轟音を上げながら蒼穹へ躊躇せずに飛び出していく。

 

「大丈夫、彼なら大丈夫です」

「そうですか……。ありがとうございます、主任のおかげです」

「なーに答えを既に彼は出していて、その手伝いをしたまでですよ。それに今回は杞憂で終わるかもしれません。なにせうちの息子はトップクラスのランナーですから!」

 

 

 

 

 

「うおっと! ちょっと今回はマズイかもなぁ!」

「正直に言ってジリ貧よ! なのになんでそっちはそんなに楽しそうなの!?」

「さぁな! ただ逆境になればなるほどテンションが上がる質なんでね!」

 

 ガレリアの生み出した暗黒空間に囚われて抜け出そうと四苦八苦するイーサンとアズライトであったが、ついに限界が見えてきた。暗雲の壁へと突撃を繰り返していたネクサスはフレーム損傷率70%を超えてエナジーフィールドを貼るためのオルゴン残量も僅かで、攻撃用触手を悉く斬り伏せてきたレーヴァテインもブレード1本をあと数分程度しか維持できないほど消耗している。普段なら大気中のオルゴンを取り込んでほぼ無尽蔵にエナジーを得られたが、ガレリアクラウドで覆われたこの一帯ではオルゴンの補充など出来るはずもなく、体内で生成するオルゴンでなんとか賄っているがそれも限界だ。

 一挙に数十本の束となって襲いかかる触手をいなしながら壁の薄い部分への突撃を繰り返すが、それもあと1回が限度だろう。この状況を打破できるとっておきの隠し玉があるのだが、それを出すためにはある程度攻撃を受けない状況が必要であり、何より2人とも実戦で試した事は一度もない大博打というわけだ。

 

「イーサン、こうなったらユナイトよ! それしかないこのガレリアを突破できないわ!」

「おいおい、自慢じゃないがオレとユナイトしてマトモに済んだ奴はいねえって評判なんだよ! そっちは大丈夫なのか!?」

「ええそうよ、こっちだって似たものだもん! だったらマイナスとマイナスでプラスにしていけばいいの!」

「おい無茶苦茶だぞ! だけど、それしか無いみてえだな……!」

 

 冷静さを欠いてバーっとまくし立てるアズライトにイーサンも流石にツッコミを入れ、緊迫感など欠片も無いが迫る触手を2人とも容易く回避している。とっておきのユナイトについてだがイーサンも何度か試してはいたが、毎回相手の方が真っ先に音を上げてしまって失敗ばかりだったので実戦でのユナイトは全く経験がなかった。それがアズライトの方も同じような事を聞いて不安はさらに高まってのは言うまでもない。

 しかしこの状況を突破するにはユナイトしかないようだから、コンディションも経験も最悪ながら一か八かに賭けてみるのも悪くないとイーサンは思っていた。ネクサスの向きを変えてレーヴァテインに突っ込んでいくような姿勢を見せて向こうもそれを受け入れる態勢を作ったその時、2人は同時に近づいてくる何かを感じ取る。姿は見えなくとも分厚い雲の向こうにいるのがハッキリと分かったそれは敵でなく、共に飛んでいる銀翼の流星だ。

 

「これって、来てくれたのね!」

「全く一番美味しいとこを持ってくとはな、千景!」

『2人ともこの中にいるの!? 大丈夫なの!』

 

 存在をしっかりと認識したのと同時に阻害されづらい短距離通信にて呼びかけてきた千景の声にイーサンは思わず歓声を上げる。どうやら外から見れば真っ黒な積乱雲のようなガレリアでその中に居るわけだから、度肝を抜かれたのだろう心配そうな声が聞こえた。どちらも健在だと示すとネクサスのエナジーフィールドを全開にして最後の突撃へ向かう。

 

「千景いいか、そっちが脱出のキーマンだ。こっちのネクサスの位置は確認できているだろう、そこに向かって最大出力のトライハウリングをぶち込んでくれ! そうすりゃこっちのフィールドとの相乗効果でガレリアに穴開けるくらいのオルゴンを出せるはずだ!」

『わ、わかった! でも危なくないの、これ?』

「危ないに決まってるじゃねえか! だけどよ、いつも命懸けなんだからこんなの当たり前だぜ!!」

「その思いっきりのよさだけは真似したいわね。後ろの事は考えなくていいから、アンタは突っ込んで道を開くのだけ考えなさい!」

『わかった。ハハハ、相変わらず無茶苦茶だねイーサン君は。だから信じてるよ!!』

 

 千景の力強い返答を聞いてイーサンは残るエナジーを全てつぎ込んで分厚い雲の壁へと突撃していき、機首が内部へ突き刺さるのと同時にスターファイターより放たれたトライハウリングが暗雲の外側より進んでくるのを感じた。そして薄い部分を両側より攻められてついに壁に穴が空き、極太のレーザーがそのままネクサスに降り注ぐ。全開にしたフィールドとぶつかりあいレーザーが周囲に拡散して小さな穴だった突破口を切り開いていき、双方のエナジー尽きたと同時に後方のレーヴァテインがネクサスを押して出口に突っ込んだ。飛び散ったオルゴンは大部分がガレリアと対消滅して消えていくがわずかに残った残滓を取り込みネクサスもエナジーを僅かながら復旧させてエンジンに再度火を入れる。

 逃さないとガレリアは触手を伸ばして突破口を閉じていくが、スターファイターの援護射撃もあってネクサスとレーヴァテインの2機は無事にガレリアの腹の中から脱出することに成功した。そのまま振り切るようにスピードを上げていき、スターファイターとすれ違うとイーサンは千景へ通信を入れる。

 

「助かったぜ! あともうちょっと時間稼いでくれ、お返しのためにとっておきの準備するからさ!」

「え、えええっ!? ちょっと早くしてよ、こんなのと1対1は無理だよぉ!」

「大丈夫、すぐに済ませるからさ。いくぜアズライト、さっきの続きだ、《ユナイト》でいくぜぇ!!」

「もうぶっつけ本番ね……、でもこういうのは嫌いじゃないわ! それにやられっぱなしで仲間の信号も利用されまくりで引き下がるのはお断り、さっさとコイツをぶっ倒すわよ!」

「あぁ、いくぜ――!」

 

 ネクサスとレーヴァテインは音速を突破としながら飛行機雲を引いていき、それを追いかけるように雲のようなガレリアは姿を激しく変形しつつ腕のような触手を無数に生やして逃さないと強い意志を見せた。それと相対したスターファイターは攻撃を縫うように飛んで操縦する千景も必死なところもあるが、その動きは間違いなくランナーのものである。

 半ば無理矢理囮役を買って出るハメになった千景であるが、ガレリアと相対して地球で戦ったガレリアと同じようにその意志を感じようとした。しかし向かってくるガレリアからは雄叫びのような敵意とどす黒い悪意だけが吹き出しており、倒さなければいけない相手だと確信した千景の思いに応えてスターファイターはミサイルを発射して迫りくる触手を次々と吹き飛ばしていく。

 

「悪意しか持たないお前なんてあの時のガレリアと大違いだ! ふたりとも、なんだかわからないけど思いっきりやっちゃって!」

「待たせたな! では刮目せよ!」

 

 飛行機雲を伸ばしていたレーヴァテインは速度を緩めてエアバイクから人型へと変化し、そのままの速度で飛んでいったネクサスが180度ターンすると2機は互いを正面に置いて距離を詰めた。このままでは正面衝突という状態でレーヴァテインは手足を折りたたんで胴体部と頭部だけという格納状態といえる姿へ更に変化し、ネクサスに至っては機首が左右に分割すると機体前半部が脚部や腰部に変わっていき、前進翼が機体から外れて内部に収納されていた腕部が持つ形になると推力ノズルも下方に移動していく。

 航空機から頭部と胸部が無い人型へと大きく様変わりしたネクサスとちょうど喪失部分を埋めるような形状に変化していたレーヴァテインが、空中で衝突―パズルがカッチリはまるように合体(ユナイト)した、鋼鉄の巨人として一つとなった。そんな変形合体と巨大ロボ登場という一部始終を目撃していた千景は興奮を隠しきれず、というよりも少年の心をくすぐられて大興奮する。

 

「ががががが合体したぁぁぁぁ!!!?? そ、それがストライダーの本当の姿というか、機能なの!? 本当にあったんだ、スーパーロボットって……!」

「おうよ、2機のストライダーが合体することでその性能を2乗化させる切札(ユナイト)だ! ふぅー、ぶっつけ本番だったけどうまく言ったぜ、あとはアズライトがオレに付いてこれればいいんだがな」

「ついてこれるか、ですって? そっくりそのままお返しするわ、アンタの方こそついてきな!!」

 

 ユナイトした事で性能が2乗するという言葉に偽りはなく、これまで受けていた損傷も全て修復されていた。オルガナイト合金はオルゴンが供給される限り自動修復できるがこの短時間で全身を修復できるのはそれほど大量のオルゴンを生成してる証であり、機体色もレーヴァテインの真紅やネクサスのダークグレーから白へ変わり全身へ巡るオルゴンの緑がラインカラーの如く映っている。

 これほどのエナジーゲインを誇るマシーンをメインパイロットであるアズライトは果たしてあつか切れるかとコパイとなったイーサンだったが、それは杞憂で終わった。両手に握られた主翼は今では鋭利な物理ブレードでオルゴンを纏えば切れ味は更に上がり、アズライトは最初から全開で振り回すと斬撃の衝撃波だけで迫る触手を消し飛ばし、巨大なガレリアの本体すらも横一文字に両断してみせる。

 機体制御を専門に扱うイーサンでもその衝撃には目を剥いて合わせるにはかなりキツいので機体制御に集中しつつも、自然と口角が上がって興奮の笑みをこぼした。雲そのものなガレリアはすぐにくっついて何事もなかったように再生するが、一振りが全体攻撃という桁違いの斬撃に細切れにされつつ再生を繰り返してオルゴンとの対消滅により体積が徐々に減っていった。

 

「くうぅぅぅぅっ! なんてパワーだ、こんなじゃじゃ馬女に合わせられるやつが居ないのも当然だぜ! でもオレにかかればまだまだ余裕のよっちゃんだ、この『ネクサス・オブ・アルビレオ』の実力をこれぽっーーちも引き出してねえからな!」

「言ったわね! そっちこそじゃじゃ馬野郎の名前がお似合いよ! 制御係数が右に左に振りまくってるじゃない、私みたいな凄腕じゃなかったら受けきれなかったわ! でもこのアルビレオはいい子ね、こんな乱暴な操縦する奴より私のほうが相応しい!!」

「ハァー……つまり、2人とも息ピッタリなナイスコンビってわけなんだね!」

「「違う!!」」

 

 否定の言葉が双方よりでるも先程の通りマイナスとマイナスをかけてプラスになった2人組(エレメント)は間違いなく最高の組み合わせであり、アルビレオの機体性能を最大限に引き出している2人の精神テンションは競い合うという形で最高潮に達している。それを示すように機体周辺へと漏れ出すオルゴンはオーラの如く纏い付き、半端なガレリアなら近づくだけで消滅するほどのものだった。

 一撃で暗雲のガレリアを消し飛ばす。そこまで溢れ出るオルゴンを更に2本のウイングブレードへ集束させて剣先に緑色の結晶が掲載されて徐々に膨張していき、まさに一撃必殺の一振りが今振り下ろさんとされていた。無論ガレリアも妨害しようと触手にレーザーやミサイルと暴風雨のような形振り構わず攻撃するも、迷いを吹っ切れた千景の動きに対応できず攻撃の大半を相殺されて届いた半数も見えないオルゴンの壁に阻まれてただただ消え去る。

 チャージが完了して両腕を天上に伸ばしたアルビレオより放たれたオルゴンの結晶がその全高の10倍は優に超えるブレードを形成してみせた。アルビレオ本体にイーサンとアズライトも丸ごと吹き飛んでしまいそうな猛烈な力を全力で御しながら、2人の雄叫びとともに燐光の巨刃が蒼穹を文字通り一閃する。

 

「「いっけええええええええええ!!!!」」

 

 オルガナイトの刃はガレリアを真っ二つに引き裂くと同時にオルゴンを放出しながら崩壊していき、最後まで振り下ろした時にはすっかりなくなっていた。それは全てのオルゴンがガレリアに叩き込まれた事を意味しており、真っ黒な暗雲は燐光に包まれながらやがて白色の粒子と変わる。まるで雪のように舞うガレリアだったものは最後を示すかのように輝きを見せて、間もなく跡形も残さす空へ溶けていくのだった。

 これで全てのガレリアは消滅したことになるが唯一残ったものがある。それはガレリアの核として使われていたストライダーの残骸、つまり識別信号を流していたデルタ小隊のストライダーだった。もはや残っているオルゴンの残滓でなんとか浮遊しているだけの鉄塊でしかないが、アズライトにとっては仲間の最後を看取るもので、彼女は一つ溜息を吐き出すと断ち切るように一刀のうちに両断する。

 

「いいのかい、これで?」

「ええ、いいのよこれで。だって、空はどこまでも繋がってるんだから」

 

 迷いや葛藤を振りほどいた事を示すように空はどこまでも雲一つ無い快晴で、銀翼の鳥と白銀の巨人を包み込んでいた。

 




次回は10/23に投稿予定です


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CHAPTER 1 エピローグ

「2人とも、やったね!」

「ああ、そっちも復活したようだし何よりだ」

 

 ガレリアの暗雲を切り払った白亜の巨人―アルビレオが仁王立ちの如く空に浮かび、千景を乗せたスターファイターはその周囲を飛んでいた。巨大なガレリアを更に巨大な剣で斬り伏せた巨大ロボの姿を目に焼き付けつけながら千景は動かしている2人へ労いの言葉をかけると、返答とともにイーサンの上半身が立体映像としてポップアップする。

 オルゴンを介した短距離通信は妨害されづらく立体映像によりリアルタイムでの交信が可能だから、直接会話してるような感覚で話すことが出来た。イーサンはすぐに通信に出て顔も見せるがアズライトはなぜか反応せず、 ややあってから彼女の声だけが聞こえてきて同時に色々な雑音が聞こえてくる。

 

「ごめんね、ちょっと通信の調子が……。というか色んなとこからエラー出てるみたい。特にレーヴァテインは完全にダウンしちゃってる」

「あれだけのオルゴン結晶を出してたもんね、オーバーヒートしてもおかしくないよ。イーサン君の方は大丈夫?」

「ああ、こっちは大丈夫だ。アズライト、操縦はこっちがやるからエラーの方に集中しときな。普通に飛ぶよりは遅えけど仕方ねえ、このまま帰るか~」

 

 ユナイトした事で爆発的に増大したジェネレーター出力に戦闘機動で加えられた負荷、そして限界ギリギリまで高めて放出したオルゴン結晶の生成による反動がやってきてレーヴァテインはシステムの8割がダウンしてしまっていた。ネクサス側は操作に支障はないがここまで反動が大きくなったのも、イーサンがユナイトしてこなかったからネクサスもその辺りの調整をしてこなかったのが原因でないかと考えられる。

 アルビレオのメイン操縦をイーサンへ切り替えてアズライトはエラー処理に集中し、戦闘できる状態ではないので千景は先行して飛びながら警戒をしていく。通信越しのエラー音はしばらく鳴り響いていたが、どうにか解除できたのかすぐに鳴り止んだ。通信も回復してアズライトも立体映像で通信を入れてきたが、千景は思わず眼を丸くして何が吹き出す音がイーサンのコックピットより轟く。

 

「ブッハァッ!!!???」

「イーサン!? 急にどうしたのよ!? そんな大量の鼻血出して――」

「あああ、アズライトさん!? み、見えてる、見えてるよ、む、胸が……!」

「見えてるって……ッ!? キャッ! 何よこれ~!?」

 

 立体映像として浮かんできたアズライトの姿はなんと半裸であった。きっちりと着ていたはずのパイロットスーツがビリビリに破れて彼女の豊満な乳房が露わになっており、ギリギリ大事な部分は見えていないが振動で形の良いふくらみがたゆんと揺れる様子は余りに青少年達への刺激としては強すぎるものである。指摘した千景は顔を真っ赤にしながら目を背け、気付いたアズライトもすぐに腕で庇うように隠し、なによりイーサンは鼻から大量の血を噴出させて気を失った。

 メインパイロットの意識喪失によりアルビレオは動作を停止してゆっくりと下へ落ちていき、今度を墜落の危機を迎える。スーツがズタボロになった謎と半裸状態という気恥ずかしさを感じている余裕もなくアズライトは慌てて復帰したばかりなレーヴァテインの操縦系統へ切り替え、千景も姿を見なくてもいいようにと通信の立体映像をオフにする。

 

「えっと、その、ごめんなさい……。バッチリ見ちゃいました……」

「いいわよ、気にしないで。あれは事故なんだし、気づくかなかった私も悪いの。それにしても女の子の裸を見て鼻血流す男なんて初めて見たわ……」

「ハハハ、現実にほんと居たんだね……。それにしてもあれだけ血出してイーサン君大丈夫かなぁ……?」

「いつも不死身だって言ってるしそれに殺しても死ななそうだし、大丈夫じゃない? しっかし、あんなにウブだったとわね、ウフフ」

 

 アズライトの操縦によりなんとか体勢を整えたアルビレオとスターファイターは併走しながら帰路を急いでいた。今回だけで色んな事がたくさん起きてどっと疲れが襲いかかり、千景はシートに深くもたれ掛かる。相変わらず透き通る蒼穹と輝く太陽はちょっと眩しすぎた。

 

 

 

 

 

 千景達がガレリアとの激闘を制したのとほぼ同時刻、スクランブル発進した2機のストライダーが現場へ急行していた。現場は空中大陸の周囲を飛ぶ防衛用プラットフォームの1基で最終防衛ラインを形成する一部であり、ここを脅かされるということは大陸そのものが危険に晒される事を意味している。しかし、今回のスクランブルの相手はガレリアではなかった。

 現着した2機の前に横に広がった空中プラットフォームが姿を見せ、その周囲には防空用の無人機がいくつも空を舞いながら更に小さな飛行物体を追いかけている。それはストライダーともリグとも言えないボードに乗った者たちで、自由気ままにプラットフォームの周囲を飛び交っていた。

 

「クソッ、好き放題やりたがって! お前達は航空法に違反している! 今すぐ投降しなさい、さもなければ実力で捕縛する!」

「おい、見ろ! 奴らの親玉の登場だ! こちらで引きつけるからオスカー2は連中の捕縛を!」

「了解、オスカー1!」

 

 ストライダーが増援として現れるのを理解していたのか、オスカー分隊が姿を見せた途端に勧告も聞かずにボード達は一斉に離れていく。追いかけようとするもその間に1機の航空機が割って入り、黄金色に染められた派手なストライダーが悠然と飛んでいた。すぐさま二手に別れてエアバイク型のオスカー2はクロースコンバットモードに変形しながらボードを追いかけ、航空機型のオスカー1はそのまま金色のストライダーへ向かっていく。

 移動先を見据えてレーザー砲とミサイルを織り交ぜた偏差射撃を行っていくも黄金のストライダーは鋭角なターンで避けると、一気に加速しながらプラットフォームへ向けてミサイルの雨を降らした。オスカー2とともに捕縛へ向かっていた無人機はそのすべてを落とされて、プラットフォーム自体もレーダーを損傷して捕捉が困難になってしまう。これ以上はと追いかけながら攻撃を続行するも黄金のストライダーはプラットフォームの間をすり抜けるように飛びながら距離を離していった。

 

「すまない、取り逃がしてしまった。どうやら奴らの母艦も来ていたようだ」

「またしても逃したか! おのれ『ワールド』め!!」

 

 雲間から姿を見せたのは純白に塗られて翼と首を伸ばしたまるで白鳥のような空中戦艦でこちらに向けて威嚇砲撃を数発撃ち込み、その間にストライダーとボード乗りを回収して雲の中へ再び姿を消していく。悔しそうにオスカー1はシートに拳を叩き、オスカー2もいいようにやられたのはこれで何回目だと溜息を漏らした。

 ―ワールド―あの黄金のストライダーを操るランナーであり、危険なエクストリームスポーツの第一人者でもある男。反体制的な態度を隠さないながらもアカデミーの規則に従っていたランナーであったが半年前に行った新造戦艦の強奪を皮切りに、同じエクストリームスポーツプレイヤー達を集めてバーテックスに対して妨害するような危険行為、バーテックスや各セクターが持っていた機密情報を大々的に公開するなど、今やワールドとその一党は世界的に指名手配されているテロリストになっている。

 ゲネシスにはガレリア以外にも多くの問題や火種を抱えており、それを全て纏めて持ちながら空中大陸は静かに浮かぶのだった。

 



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CHAPTER 2
CHAPTER 2-1


「千景、そっちに行ったぞ!」

「うん、任せて!」

 

 眼前にいくつもの黒い点が飛び交うのが見えて、それがガレリアの編隊であることは明白だった。隊長機と思われる“スカベンジャー”は鋭角なボディにブロック状の翼を1対を持つ猛禽を思わせる姿で、その後ろに付く4機の“アローヘッド”はその名の通り矢じりのようなくさび型をしている。そんなガレリアの群れへ真っ先に突っ込んだのはイーサンが操るネクサスで、隊長機であるスカベンジャーへミサイルを叩き込んだ。

 ミサイルを避けつつ加速して機動戦に入っていく2機を追いかけるようにアローヘッドも動いていくが、これまで静観していた千景のスターファイターが間を遮るように攻撃を仕掛ける。意表を突いた一撃に対応しきれずにアローヘッドの1機が爆散し、1機は隊長機を追いかけて残る2機が反転してスターファイターに向かってきた。

 

「このガレリアたちは……。よし、このまま!」

 

 後方より黒いレーザーを放ってくるアローヘッドの感じを見ながら相手を引きつけさせるべく一旦速度を落とし、距離を詰めて迫るガレリアを背中越しに睨みつつ頃合いを見計らう。後方よりレーザーとミサイルが放たれてきたその時、エンジン出力と機首を一気に上げてほぼ垂直に近い角度で急上昇していった。

 ガレリアのレーザーはなにもない空間を通り過ぎていきミサイルは目標に向けて急なターンをしながら追いかけてくるが、急上昇したスターファイターは折れ曲がるように今度は機首を思いっきり下げて急降下する。眼下にいる2機のガレリアめがけて上方よりミサイルとレーザーの雨を浴びせていき、避けようとブレイクするアローヘッドは1機は避けるがもう1機は撃ち抜かれて2発のミサイルを受けて爆散していった。

 そのまま爆煙を通り抜けて一気に下降していくスターファイターを追いかけようと残ったアローヘッドは追ってきて、その横にあの時放たれたミサイルもそのまま追尾を続けていて横に並ぶ。その一瞬を逃さずスターファイターは正面をガレリアに向けるようターンしていき、その時にかかる強めのGを受けつつ千景は狙いすまして引き金を引いた。スターファイターのレーザー機銃は追ってきたミサイルを撃ち抜き、その爆発に巻き込まれてアローヘッドは閃光に呑まれて爆ぜていく。

 

「ふぅ……。イーサンはっと、もう終わってたかぁ」

「おうよ、これくらいの数なら問題ねえ。それにしてもハイGターンに狙い撃ちとは、うまくなったじゃないの!」

 

 千景が見上げればダークグレーの翼を広げたストライダーがおり、その後方では2つの黒い煙が静かに下へ落ちていくのが見えた。どうやらスカベンジャーとアローヘッドを容易く倒したようで、千景のマニューバも見ていたのかその上達ぶりに感心している。

 アモルファスの決戦から1週間、本格的にマニューバを習得するために千景は飛行訓練を黙々と行っていた。そこへ整備が終わったネクサスの試し飛行とガレリアの編隊が近郊に現れたという報告を受けて2人で出動したのだが、これにはもうひとつ別の目的も兼ねていたのである。

 

「それでコイツらがいつもよく会うお友達なんだが、どう感じた?」

「うーん、なんていうかな。地球のガレリアはなんか柔らかくてアモルファスは悪意しかなくて尖ってる感じだったけど、今のガレリアからは何も感じない。なんか反射的に飛んでて攻撃してくるみたい」

「反射的にか。ガレリアは感情を持たないってのがこっちの定説だけど、それに合うなぁ。じゃあ地球とアモルファスだけが特別なのか、似たような別種なのか……。うーん、わからん!」

「まだこれしかわからないし悩んでも仕方ないよイーサン、さぁ帰ろう」

 

 千景が持つというガレリアの感情や情念を読み取る能力を試すということであり、イーサン達がよく遭遇する通常のガレリアはどのような感じなのか知る為だった。ただ交戦してみたがアローヘッドからおおよそ感情らしきものは感じられないどこか機械的なもので、何かを伝えようとして地球のガレリアや悪意で動いていたアモルファスは特別な存在なのかと思える。

 無い頭を必至に過動させてウンウン唸ってるイーサンがオーバーヒートしないか心配なので、結論はもっと情報を集めてからだということで2機は帰路につくのだった。

 

 

 

 

 

「あら、おかえり。早かったじゃない?」

「ただいま、アズライトさんも戻ってたんだね」

「まーオレらのコンビにかかれば一編隊程度どうってことねえさ! おーそれが新しいレーヴァテインか!」

「新しいというよりは古い方と言えばいいかしら。これがレーヴァテインのオリジンよ」

 

 バートレット邸がある浮島の下方で剥き出しな地肌をくり抜いて作られた発着場にスターファイターとネクサスは着陸し、そこにちょうど戻ってきたばかりのアズライトが居て2人を出迎える。彼女の横には愛機であるレーヴァテインが置いてあるが、その表面は純白に塗られていた。この機体はレーヴァテインに間違いないのだが、今まで乗っていたモノとは別種になる。

 これまで乗っていた黒と赤のレーヴァテインはアモルファスとの戦いでネクサスとユナイトした時の負荷でシステム系統の大部分は修理が必要となったのだが、そもそもアズライトの全力に耐え続けることが出来ないと判明した。その為一から新たに作り直すか改良するかの選択を迫られたが、アズライトはレーヴァテインがもう1機あることを思い出したのである。

 元々アズライトのおばあさんが現役のランナー時代に使っていたストライダーが純白のレーヴァテインであり、そのカスタム機はかなりの操作難度を誇っていたからアズライトには限界性能を下げて扱い易くしたレプリカモデルを渡していたのだった。おばあさんが亡くなりガレージでホコリを被っていたそのオリジナルが、この純白のレーヴァテインで新たな乗機となる。

 

「おばあさんの愛機を引き継ぐのって、なんかいいよね」

「確かにな。それでこのオリジナル、乗り心地はどうだった?」

「かなりのじゃじゃ馬だけどさすがはおばあちゃんの愛機、一通り飛んだだけでちゃんと馴染んでくるわ」

 

 新たな愛機を前にしてアズライトもいつになく興奮気味でその性能にもご満悦で、これより細かな調整に入るということで移動用パレットに載せて工房へ持っていった。アカデミーへ今回の報告書をまとめるということでイーサンは事務所に向かい、千景もこのあと用事はないからアズライトの後ろについていく。

 発着場と地続きな工房は相変わらず皆が忙しなく動いており、レーヴァテインの姿を確認すると一斉に集まって早速調整作業に入っていった。その陣頭指揮を取るのはイーサンの妹で天才的プログラマー少女なクーリェであり、いつも仕切ってるはずのメカニックマンで祖父のレイジの姿がなくて手伝う事はないか尋ねつつ事情を聞いてみる。

 

「手伝いに来ました! 今日はレイジ博士じゃなくてクーリェちゃんが仕切ってるんですね」

「おーちょうど良かった、スターファイターのプログラムを改良したいからデータの吸い取りお願いするよ。……実はさ、博士は今寝込んでるのさ。どうやらセクハラしてボッコボコにされたのよ、クーリェちゃんに」

「え、本当ですか……」

 

 データが入った円形デバイスを受け取りつつ整備士がこっそりと教えてくれた。それは一昨日のこと、レーヴァテインの修理に行き詰まっていた時でアズライトも手伝っていてくれたのだが、その時のレイジが目にしたのはアズライトが着ていた破れたパイロットスーツなのである。彼女が本気によるオルゴンの放出にスーツもレーヴァテインも耐えれなかったのが原因であるが、彼はあろうことか『こりゃ胸圧で吹っ飛んだんだな。そのおっぱいなら仕方ないな、ガハハ!』と言い放ってその瞬間に空気は凍りつき、アズライトも急にそんな事を言われて顔を赤くしていた。

 そんな空気を吹き飛ばしたのがクーリェであり、同時に飛び膝蹴りでレイジの股間を打ち抜いて物理的にも吹き飛ばしたのである。曰くセクハラするなら容赦なく吹っ飛ばすと宣言し、アズライトにもそう対応するようにアドバイスしていた。そんなわけで負傷したレイジに変わってクーリェが指揮をしていて、内容もソフトウェア関係だから彼女の方が適任でもある。

 

「そうだったんですか……。間違いなくレイジ博士が悪いですが、僕、アズライトさんがイーサンの股間を蹴り飛ばしたとこ見てますんで、それにイーサンにも握られたり……」

「そうか……千景君も大変だったな……」

 

 2人とも思い浮かんだ光景は違えど想像した痛みは同じであり、庇うように股間を押さえていた。セクハラダメ絶対を心に刻みつけると幻肢痛を振り切るように作業へ集中していき、千景も腕に巻いたヴィムの方へ目を落とす。ストライダーのレスポンスを高めるにはランナーのサイトロンと機体の制御系との同調率が重要で、その補助や微調整を行うプログラムは過去現代の飛行データで随時最適化させていくのが重要だ。

 受け取ったデバイスへヴィムの中にある飛行データを移していき、今日の飛行で感じたスターファイターの追従性もクーリェ謹製プログラムの補助が効いていたのでかなり良好なレスポンスである。これ以上更に高めたら逆についていけるか余計な心配を浮かべつつも、レーヴァテインの調整作業を続けるクーリェへデバイスを手渡す。

 

「はい、今日の飛行データだよ。今のプログラムでもすごく反応が良かったよ、こうぐっとフィットした感じで。いつも調整とかプログラム作ってくれてありがとね」

「フフーン、この天才少女のクーリェにかかればチョチョイのチョイですよ! でも、こうして感謝してくれのが千景さんだけなんですよ。お兄ちゃんったらそういうところ全く気にしてないんですよ~!」

「それはダメだね、僕の方からも言っておくよ」

「うー、千景さんがお兄ちゃんだったら良かったなー」

 

 ソフトウェア関係には疎い兄に対して悪態をつくクーリェへ、兄妹っていいものだなと千景はどこか暖かな眼差しを千景は向けていた。そうこうしている内にレーヴァテインの調整作業が終わったのか、アズライトとともに実際の動作確認へ移っていく。邪魔にならないように脇へどけると2人を載せたレーヴァテインが発着場へ向かって飛行準備に入っていき、整備チームはモニタリングしながら一息ついた様子だ。

 発進したレーヴァテインと入れ違いで円形のレドームを取り付けた飛空船(リグ)が発着場に降り立ち、中からは少々疲れ気味な日向が出てくる。元々輸送機だったものに電子機器やら通信設備やらを載せて擬似的な早期警戒管制機へ仕立て上げ、デアデビルの指揮機として日向が乗っているのだが、こういった機体を持っていない小規模プライベーティアからのレンタル依頼が相次いで機長たる日向がデアデビルの稼ぎ頭になっていた。

 

「日向さんお疲れ様です。はいお茶でもどうぞ」

「ふぅーありがとう、流石に3件掛け持ちは疲れたよ。おかげで色々と仕入れてきたものはあるけど、どうも『ハートブレイカー』って名前は慣れないな」

 

 ハートブレイカーというコールサインは代表であるイーサンの命名で、ハートを割ったエンブレムとデアデビルのマークが機体側面にでかでかと描かれて宣伝も兼ねている。機体そのものも輸送機を改造したAWACSモドキという事で初見の時は開いた口が塞がらず、性能面も純正機に劣らないもので操縦系統も無人化されていて乗ってからも日向は驚きっぱなしだった。

 差し出された銀のコップに入っていたお茶を飲み干すと報告があるということで日向は事務所の方へ向かっていき、お茶の入ったカップを片手に持ってシミュレーターのシートに腰を降ろす。難度の高いマニューバにチャレンジするにはもってこいなので最近は手持ち無沙汰な時に使っていて、シミュレーターの精度も上げていくことも出来た。

 イーサンが使っていたマニューバを研究目的で再現しようと四苦八苦していると、試験飛行を終えて戻ってきたレーヴァテインが見えてコックピットから飛び出してきたクーリェの反応を見るに良い結果だったのだろう。すぐにプログラミングマシンに向かってまた作業に没頭していき、アズライトはそこから離れていくつも積まれたトランクケースの前に立っていた。

 

「このれってアズライトさんの荷物なの?」

「ええ、そうなのよ。必要な物はもう持ってきてるんだけど、他の荷物もレーヴァテインと一緒に持ってきておいたの」

 

 元々グリフォンズの社員寮に住んでいたが退職したので引き払ってこちらに移ったのだが、アカデミーの学生寮も候補にある中でデアデビルのシェアハウスを選んだのだろうか。トランクケースの一つを持ち上げつつ聞こうとするも、ギチギチに押し込まれたトランクの留口が限界を迎えて千景が持ち上げたの同時に口を開いて中身をぶちまけた。

 飛び出してきたのはふわふわとしたぬいぐるみであり、相当押し込められていたのかかなりの数になっている。そのどれもが可愛らしいがどこか変な形をしている、いわゆるキモカワ系といった具合であった。どうやらゆるキャラ的なものはオラクルでも流行っているらしい。

 

「あっちゃー、やっぱり詰め込みすぎたかしら」

「すんごく圧縮されたよ……。これってアズライトがみんな集めたの?」

「そうよ。見かけるとついつい買っちゃうのよね。部屋が手狭になっていたからちょうどよかった~」

 

 社員寮ではぬいぐるみを堂々と飾るのは憚れるし置き場も少なく、学生寮も似た感じだ。その点シェアハウスなら多く置けるということで、ここへ越してきた理由を図らずに知ることとなり、千景はぬいぐるみを拾い集めながらキモカワ一色に染まる内装を幻視するのであった。

 

 

 

 

 

「ストライダーで通学なんてなんか慣れないね」

「そうね、レーヴァテインなんて今まで出撃する時ぐらいしか乗ってないもの」

「ダメだなふたりとも。常に慣らしてストライダーを半身だと思うぐらいが大事なんだぜ?」

 

 飛行場に降り立った3人はアカデミーの学舎に向かっている。通学はストライダーで行っているのであっという間に到着するのだが、大事な機体をこんな風に使っていいのかと疑問が出てきたが提案したイーサンにもしっかり考えがあった。

 ストライダーはランナーと神経接続して動かしていくのでもう一つの身体とも言えるもので、その身体を使っていかないと鈍ってしまってここぞという時にベストな力を出せない。千景はまだランナーとして日が浅くてより親和性を高める必要があり、イーサンとアズライトもこれまでの蓄積データはあるが機体そのものは新しくなっているので馴染ませていくことも重要であった。

 

「それにいくら寝坊してもぶっ飛ばせば数分で届くしよ! こっちはアカデミーの練習機使えねえって事情もあるしな」

「確かにアンタが乗れば修理不可能になるまでメチャクチャにされるもんね。さすがはサ・クラッシャーよ」

 

 ランナーとしては2年に満たないがイーサンの飛行時間が多いのはこういう考え以外にも、練習機を壊しまくった影響で自前で持つことになったのもあるだろう。これまではレーヴァテインを格納庫入りさせていたアズライトも一理あるからとのってくれて、慣れないとは有意義であるのは千景にも理解できた。

 滑走路と校舎の間には並木通りがあるので真っ直ぐ進めば5分ほどで到着できて、道行く学生の数も多い。千景はブレザータイプの制服に身を包んでアズライトもブラウスとスカートにボレロジャケットというアカデミーの指定服であり、イーサンだけが強制じゃないということでいつもの私服姿で通していた。

 

「オレの浮いてると思ってるなー。このベストにワイシャツ、スラックスにネクタイこそ男の正装なんだぜ。いつだってこれがオレの流儀なのさ! ……おんやぁ?」

「別に思ってはないよ。ただいつも同じようで微妙に変えてるんだねと思って――え?」

「――ぁぁぁぁきゃあああぁぁぁぁぁぁぁ~~~~~」

「う、うわあああああぁぁぁぁぁーーー!?」

 

 もう少しでアカデミーに入る、そんな時に上から声が聞こえてきてなんだと思って千景とイーサンが顔を上げると、そこには悲鳴を上げながら豊かな金髪を広げた少女が目掛けて降ってきていたのである。



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CHAPTER 2-2

「うぅ……いたたぁ……」

「……………………」

 

 空から女の子が降ってきた。そんなの絵空事でしかないが、ここではそんな事も起こりえるだろうと思いながら千景は地に伏している。そんな彼へ覆いかぶさるように豊かな金髪を三つ編みで1本に纏めてる少女が倒れ込んでおり、白いブラウスより突き出た豊満な胸部が千景の顔面を包み込んでいた。

 少女が上に乗っかっていて動けずにいる千景、落下の衝撃を下敷きになった少年のお陰で最小限に済んだがまだ動けずにいる少女。そんな2人の一部始終を近くで見ていたアズライトがすぐに助け舟を出し、乗っかったままな少女を引っ張り上げて大の字になっていた千景も身を起こすことができた。

 

「うぅー、アズライト先輩ありがとうございます~。それとあなたも受け止めてくれてありがとうございます! ホントにごめんなさい!」

「もう、空から降ってくるなんて前代未聞よルーテシア」

「い、いいよ気にしないで、こっちこそごめん。それでえーっと、2人は知り合いなの?」

 

 服に付いた土埃を払いながら千景は立ち上がると先程まで下敷きにさせていた少女はぺこぺこと頭を下げてきており、思いっきり胸に頭を突っ込ませていたこちらの方がセクハラではないかと思い同じく頭を下げる。お互い禍根が残っていない事に見守っていたアズライトは安堵したが。なぜ空から落ちてきたのかを金髪の少女へ名前を呼びつつ呆れており、その口調はとても親しげであった。

 千景から問いの通りに2人は顔馴染みで、先輩の生徒が後輩の生徒が二人一組となって指導する【バディ】制度でコンビを組んでおり、ついこの間一人前ということで金髪の少女―ルーテシアはアズライトのもとより卒業している。このまま共にストライダーを並べて飛びユナイトする分隊【エレメント】にもなれたが、アズライトは既にイーサンとエレメントを組んでいるし何よりついていけるのが彼1人だけというわけで先輩後輩バディそのまま解散となっている。

 

「ルーテシアは優秀だしすぐにエレメント組めるわ。それにしてもなんで降ってきたのよ?」

「えへへっ、それはね……」

「コイツだろ? その短いスカートでスウープを乗るとはなかなかだね」

 

 ひょいっと姿を見せたのはイーサンで3人の視線が集まるのと同時に、手にしていたボード状の乗り物を見せるように頭上へ掲げた。地球のサーフボードに似たそれはスウープといってリパルサーリフトにて浮遊するリグの中では最小の大きさでサーフボードと同じように上に乗って空を飛ぶ。風を受けて飛ぶ感覚は格別であるが小型ゆえリカバリーが不足気味で、スウープは無謀や刺激を求めるエクストリームスポーツ専用という趣なのだ。

 ルーテシアが空から降ってきたのもスウープに乗って飛行中に誤ってバランスを崩してしまい、そのまま真下にいた千景めがけて落ちてきたのである。主を失ったスウープはそのままフラフラと飛んで木に引っ掛かり、イーサンがよじ登って回収していた。

 

「あ、ありがとうございます。えっとイーサン先輩ですよね、結構有名な人なんで知ってますよ!」

「お、マジかそいつは嬉しいぜ~。こっちこそよろしくなルーちゃん」

「はースウープねぇ。乗るのは禁止されてないけど、結構危ない代物よ。どうして乗ろうと思ったの?」

「えっと、新しく手配してもらったのがスウープ型なんで、慣れておこうかなぁと。適性的に風を感じる方がいいみたいで、良い訓練なんですよ!」

 

 危険な代物という枕がつくスウープであるが、エクストリームスポーツとしては華麗な空中機動を見せれるということで猛者たちがこぞって飛んでいき、その妙技を映した動画が人気を博している。最近は特に流行っているのか動画も多くあり、ルーテシアもそれを見ながら飛び方を学びつつ試行錯誤していたのだ。このようにアカデミーより適性にあった道具が貸し与えらており、ルーテシアの特性は風力変換でオルゴンエネルギーにより風を生み出す事に長けている。

 訓練用スウープは風を直に感じてその微細な加減で飛んでいく乗り物であり、風を生み出して操る彼女の能力を伸ばすには鍛えるにはもってこいだ。今回落ちてしまったのも安易に無茶な空中機動をしたことであり、風を操って降下速度を落としていたので下敷きになってしまった千景とともに怪我せずに済んでいる。

 

「へー適性によって色んな道具が渡されるんだね。僕はどんなのになるかなぁ?」

「千景は、そうねぇ。操縦とか色々支援してくれる便利アイテムかもね。ほら、地球だと話せば教えてくるものがあるって言うじゃない?」

「地球……、あっ! この人が地球から来たっていうランナーさん! この間もさっきもごめんね、わたしルーテシア・ローウェルっていいます!」

 

 イーサンとアズライトの2人とも武器を持っていたので千景はてっきり勘違いしていたが、アカデミーが学生ランナー貸与するものはそれぞれの適性に合致して伸ばすことが出来るで道具が中心で武器の方が少数だ。というか自前でカスタマイズブラスター『フギン&ムニン』を持つイーサンや祖母から受け継いだ武器をそのまま使っているアズライトの方がよっぽど特殊な例になる。

 下敷きにしてしまった少年が話題になっていた地球からやってきたランナーということに気づき、2週間ほど前にぶつかったことも含めて改めて謝罪と自己紹介をしてふわりと豊かな金髪を揺らした。

 

「ううん、気にしないで。僕は放上千景、こちらこそよろしくね、ルーテシアさん」

「えっと千景くんって15歳だよね? ならさん付けなんてしなくていいよ、そうだ! イーサン先輩みたいにルーちゃんって呼んで!」

「さすがルーテシア、初対面相手にグイグイいくわね……。それと! 一体いつまでそうやって飛んでるつもりよアンタは!」

「ハーハハハッ! スウープってのは楽しいのなぁ! ストライダーには勝てねえが、風を直に受けるこの感じがたまらねえ!」

 

 いつの間にかイーサンは回収したスウープに乗っかって3人の頭上を飛び回っているので、アズライトは耐えかねて叫ぶ。そんな怒号もどこ吹く風でイーサンは鮮やかに空中で1回転ループを決めてからすっと近くに降り立つと、初めて乗り込んだには思えない飛び方にルーテシアも感心した。

 このまま実習はスウープ三昧だとイーサンは叫んでルーテシアもそれに乗っかり、頭を抱えるアズライトはせめて千景だけは普通の訓練に付き合ってくれるように願い出て苦笑いとともに頷く。今日も朝から騒がしくなったなと心のうちで思う千景であった。

 

 

 

 

 

『おー! 座学の内容はほぼ履修しましたね、この短期間ですごいですよ!』

「ありがとう、ここは基礎的なところだし早く覚えておきたかったんだ。それにメイズの教え方が良かったおかげでもあるよ」

『キャーうれしい! でも、これからはバシバシ行きますよー! じゃあ記念すべき1回目は地理です! 地図を覚えておけば空を飛んだ時に便利ですよ~』

「はい、お願いします!」

 

 覚えるべきゲネシスでの知識は一通り網羅し、1ヶ月足らずで覚えた千景の飲み込みの速さに学習用AIであるメイズも手放しで喜ぶ。これには専用の座学カリキュラムを組んでくれたクラリッサや教員達に教えるメイズのサポートもあったからで、何よりここでようやくスタートラインに立つのだからより一層力を入れていくところだ。

 ともあれゲネシスの基礎知識は身につけたのでこれからの生活へ支障はなく、これからの座学は高校生レベルの理系科目や文系科目といったアカデミーにおいて必修のものとなる。その第1回として地理を出してきたのは地球と基本が同じな理系科目と違って一から覚える必要のある分野で、空中大陸のおおまかな形状を知っていれば飛行でも役に立つからだ。

 

「こうして地図で見ると歪な形をしてるんだね。こんな風に陸地が繋がっていなくてもしっかり浮遊できているんだ」

『地下の大部分がオルゴン結晶に置き換わってその力でオルゴンを出して浮いてるのですよ。中心のゲネシスが特に強いですから、それに引っ張られて他の島々も浮いてるわけです』

 

 空中大陸(ゲネシス)は中央に位置するミッド・ポイントと周囲に6つの大地テリトリーで構成されており、その間に内海の如く隙間が開いて岩礁地帯などが点在にしている。巨大な大地が浮いている理由もストライダーやリグと同じリパルサーリフト効果によるもので、ゲネシス大陸のと6つの島より発せられるオルゴンによって釣り合ながらその位置を保ち、オルゴン結晶を微量に含んだ岩礁すらも浮かせる巨大なオルゴンフィールドが形成された。

 アカデミーがあるのは中央のミッドから最も近くに位置してる東側である“イースト・テリトリー”であり、その間にある岩礁地帯にデアデビルの本拠が位置している。イースト・テリトリーはアカデミーの他にコーテックス正規軍の一大拠点も有しており、6つのテリトリーの中では最小ながら対ガレリア戦略において重要な位置にあった。

 

『イースト・テリトリーは温暖な環境で過ごしやすいのですよー。あとは自然豊かでアカデミーの周りにある山々も全部自然保護区です、なのであんまり入れないんですけどねー』

「土地に限りがあるから環境維持には過敏なんだね。温暖だし普通に雨も降るから分かりづらいけど、ここってかなり高い位置にあるからね」

 

 ゲネシスの周囲を覆うオルゴンフィールドは浮遊効果やガレリアの阻害だけでなく、人が住みやすい環境を維持する効果も有しているので上空5000メートル級に位置していても生活を営めており、その範囲内が生存圏と言われる理由がここになる。それでも人間が住みやすい環境が保たれるように気象監視プラントがいくつも建てられて、人為的な気象をコントロールする試みも行われていた。

 気象観察プラントを含めて自然保護や環境整備も大事なインフラということで各自治州とコーテックスが協力して監視と維持がされており、自然保護区を巡回するネイチャーレンジャーはエリート公務員の一つと言われる。イースト・テリトリーも東側はほとんどが自然保護区でほとんどの人口は茫洋とした平野部である西側に集中しており、岩礁空域を挟んでミッド・ポイントとも隣接する立地もあってアカデミーや大きな都市群が位置していた。

 

『では今日の講義はイースト・テリトリーについてですね~。準備はいいですか?』

「うん、準備オッケーだよ!」

 

 

 

 

 

「ヒャッホオォォォォォ!!! この感覚たまらねえぜッ!」

「イーサン先輩、こんな短時間でここまで飛ばせるなんてすごいですよ!」

「あったりまえよ! 空を飛び事でこのイーサン・バートレットほど右に出るやつはいな――アガッ!?」

「ああ、先輩が頭から落ちた!!」

 

 実技演習用のアリーナにやかましい叫声と風切り音が鳴り響き、ドーム状の天井をかすめながらスウープに乗ったイーサンが飛んでいく。朝の約束通り午後の実技はルーテシアとともにスウープを使った飛行による訓練を行っており、本来なら風を操作しながらより安定した飛び方を行うものだが、イーサンは普通に操る飛び方を1時間ほどでマスターして飛んでいたのだが。

 結構な高さがある位置より頭から落ちてルーテシアが心配するもムクリと起き上がったイーサンは頭をさするだけだった。なにせ落ちた回数は飛び始めてかれこれ17回目であり、もう落ちたとろで気にするものでもない。一方でルーテシアの方は風の操作も上手く出来て落っこちることは一度もなく、流れるような動作ですっと横に降りてきた。

 

「まったく、コイツで空高くならジェットパックも必須だなぁ。エクスプレスだが知らんが、確かに命知らずな連中ばっかだぜ」

「それをイーサン先輩が言っちゃう? こっちも感覚を掴めてきて、能力もきっと強化されたと思います!」

「そいつは良かった。でもいいのかい、そんなスカートでびゅんびゅん飛んでたら丸見えになるんじゃね?」

「そこは心配ご無用、風操作でしっかりガードしてるから!」

 

 相変わらずなデリカシーのない発言に対してルーテシアはなぜか満面のドヤ顔で応えて、イーサンも能力の有効活用と素直に感心する。ランナーの能力は大まかに3つで、イーサンのように五感を強化する感覚タイプ、アズライトのようにオルゴン結晶の生成に優れてオルゴン武装を作り出す生成タイプ、ルーテシアのようのオルゴンエネルギーを変換して性質や形状を自在に操る放出タイプだ。

 風というよりは空気の操作は特に応用が効くもので圧縮率や指向性を変えることで攻撃だけでなく移動や防御などに使えて、上手く調整すれば道具無しで空を飛ぶこともできる。何より変換時のイメージが大事になる放出系において操作しやすいというのは大きな利点で、汎用性の高さもあって使い手は多かった。

 

「んじゃ、訓練の成果を見せてもらおうか。そういえば風のカッターで鉄をスパスパ切ってるの見たことあるけど、ルーちゃんもそんな感じかい?」

「そんな、危ないのはできないよ! 風の弾を撃つというか投げたり、風の壁を作ったりってところかな?」

「オッケー、じゃあオレめがけて投げてきな。大丈夫、ご覧の通り丈夫だからさ。ま、あのオルゴン出し放題メスゴリラには劣るがな!」

「うーん、じゃあお構いなくいくよ!」

 

 ランナーの肉体強化は生成できるオルゴンの量で決まるのでオルゴン結晶が多いほど強くなり、ストライダーの補助があれど150メートル級のオルゴン結晶を生み出したアズライトの生成力より肉体の頑強さも合点がいったからこその“メスゴリラ”というわけだが、そんなイーサンの意図など知るわけもなくルーテシアは気にせずオルゴンの生成と変換に意識を集中する。

 彼女の周囲を渦巻くような風が吹き始めてその終点は前にかざした右手の手のひらで、その風が止むと同時に球体になった風が放たれた。イーサンも肉体強化を発動させながら正拳突きの要領で突き出して右拳と風弾が正面からぶつかりあい、破裂して吹き荒れる強烈な風に強化されているはずのイーサンが大きく仰け反る。

 風弾は一発だけでなく連続して打ち出されており、姿勢を崩したイーサンへ絶え間なく当たってはるか後方へと弾き飛ばした。そのまま木枯らしに吹かれる落葉の如く風に巻かれてそのまま飛び上がると、止むまで吹かれっぱなしで5分ほどしてようやく解放されたのである。

 

「これはなかなか珍しい感じだぜ。スウープ訓練の効果成果ありだな!」

「うん! でもスウープってあんまり評判良くなくて好きに飛ばせないなのがなぁ……。やっぱエクストリームスポーツなのもあるからかな?」

「んーっとな、座学の間にちょっと調べてみたんだが、どうも違うらしい。ギャングだが空賊だが知らんけど、そんな連中が乗り回して暴れてるってのが問題になってるらしいぜ。あ、これが動画な」

 

 授業中に探すのはどうかというルーテシアからの非難のジト目を受けつつもイーサンは見つけた動画を手のひらの上で再生していき、そこには正規軍が使ってる空中プラットホームとその周囲を飛び交うスウープに乗った一団が映し出される。この動画はスウープの集団が撮って公開しているもので彼らは反政府組織らしく、コーテックス関連の施設でこのような飛行を繰り返しては政府が隠蔽しようとする事実について動画にあげて訴えているのだ。

 特にここ最近は組織のリーダーでスウープ・エクストリームで一世を風靡するも素性が全く不明であるエクストリームプレイヤー“ザ・ワールド”が表に姿を見せ、その活動は更にエスカレートして正規軍が持っている戦闘艦型リグを強奪して拠点に使っている。なのでザ・ワールドとその一味はギャングや空賊を通り越してテロリスト認定され、警察と軍が追っているが未だ法の網にはかかっていなかった。

 

「そんな事情があったんだ……。じゃあもう乗るのはやめた方がいいかな?」

「そんなの気にする必要ないと思うぜ。だからルーちゃんにアカデミーからスウープ渡してるわけだし。あ、そうだオレんとこのプライベーティア、デアデビルに入らないか? あそこら辺ならどんんなに飛んでも邪魔入らないしよ」

「うーんそうだな……。お誘いは嬉しいけど、他にやることがあるからプライベーティアに入るのはパスかな」

「そうかー、なら仕方ないな。でも手伝いとかだったら勧誘関係なしにいつでも歓迎するぜ!」

 

 ルーテシアをデアデビルへ勧誘してみるも軽く袖にされてしまうが、もともと人目を気にせずスウープを飛ばせる場所を提供できる意味合いだったので断られてもイーサンは気にしないでスウープの上に飛び乗る。飛ぶのが制限されてるなら今のうちに目一杯飛ぶべきだと豪語しつつ、その実自分が飛んでいたからというわけで、イーサンはまたしてもやかましい叫声を上げて風切り音とともにスウープで飛び出していった。



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CHAPTER 2-3

「いただきますー」

 

 料理が乗った皿を前にしてイーサンは箸を持ちながら手を合わせる。ここはアカデミーの学食で学舎ごとに食堂が置かれており、ランナー学舎は一面がガラス張りなカフェテラス様式で開放的な雰囲気だ。

 4人掛けのテーブル席にて所狭しと多くの料理が並んでイーサンはその中からソースのかかったミートローフを手に取って頬張っていき、対面で座っている恰幅の良い少年は柔らかく煮られたブロック肉が入っているスープを喉を鳴らしながら飲み干していく。彼らはテーブル上の皿を次々と手にとっては中身を空にしていき、10分ほどでその全てを胃袋に収めて感触するのだった。

 

「ごちそうさまでした。ふー食べた食べた、本当にイーサンの奢りでいいのかー?」

「おうよ、ミスターデータベースことテミン・ブレンソンに依頼するなら食事を奢るのが一番、だろう? んなわけで早速頼みたいことがあるんだ」

 

 ナプキンで口を拭きながらふくよかなクラスメートはランチの奢りに満足しており、イーサンは早速本題を切り出す。対面に座る少年―テミン・ブレンソンは各種雑学に長けた知恵者で、情勢や技術から街の情報に学園のちょっとした噂など色々と知っている事から皆から「データベース」と称されていた。無論ランナーであるのでそれなりの身体能力や操縦技能も持ち合わせているのだが、本人の気質からも「データベース」として情報を扱う方が性に合っているという。

 左手に付けているグローブ型ヴィムより立体映像を浮かんでそこには白と黒と灰のスプリッター迷彩が施されたストライダーが映っており、デルタ小隊を倒して特殊ガレリアを空域に放ったと思わしきあの機体である。この機に関する情報を仇討ちとガレリア関係の調査として集めており、そういった物に詳しいテミンの知恵を借りに来たということだ。

 

「ふむぅー、航空迷彩か。ストライダーにこういう塗装を施すのは少ないんだよね。今わかるとこだと正規軍のアグレッサー部隊と、航空技術研究所の実験機ぐらいかな」

「なるほど、数は少ないか。ならコイツを追うのはそこまで難しくねぇってことだな」

「でも、ガレリアを使ってきたかもしれない危ないやつなんでしょ? そういうのは監査局の対ランナー部隊に任せればいいんじゃないのー」

 

 アカデミーは学生ランナーの育成だけでなく事実上傭兵と言えるプライベーティアとそこに属するランナーの管理監督の役目も持っており、上位組織であるコーテックスの監査局は犯罪行為を行ったランナーを捕縛する為の専門部隊を有している。イーサン達が追っている存在はガレリアを使役するというランナーどころか人類の敵と言っても良いほどなので、テミンは心配して専門部隊に任せるように言うがイーサンは首を横に振った。

 

「確かにランナー部隊に任せるのが一番だけどよ、あの迷彩野郎に一発かましてやらねえと気が済まねえんだ。心配してくれるのは嬉しいけど、そこは譲れねえな。大丈夫だ、監査局の知り合いには既に話は回してるから、いつも通り連中と競争さ」

「そっか、わかったよ。それにしてもイーサンは顔が広いねー。情報に関しては負けないけど、人脈なら完敗だよー」

「オレだって好きで監査局の連中とつるんでるじゃあないんだ。飛ぶ毎にいちいち文句言ってくるし、ちょいと備品ぶっ壊せばすぐ本部にしょっぴこうとするんだぜ、アイツらは。レーダーのアンテナが吹っ飛んじまったのは、事故だぜ事故」

「うん、さすがはミスターデストロイヤーだ。監査局の人の苦労がしのばれるよー。さて皿を下げちゃおう」

 

 テミンからデストロイヤーと言われて嫌そうな表情を浮かべるイーサンであるが反論する前にテーブルの片付けになったので結局有耶無耶に終わる。スプリッター迷彩のあるストライダーとそれを扱うランナーやプライベーティアに関する情報収集について、テミンはしっかり集めてみせると約束し、2人はそこで別れるのだった。

 

 

 

 

 

「リグの操縦訓練?」

「そ、ストライダーの操縦ばかりだとつまらないし、別種を動かすのもいい経験になるわ。じゃあ早速、ここから好きなのを選んで」

 

 アカデミーに併設されたハンガーには訓練用としてストライダーからスウープまで何百ものリグが置かれており、学生なら簡単に借りれて飛行コースなども完備してある。千景がいつもここへ来るのはイーサンとの飛行訓練の時であるが、今回は違うようで赤色のバイク型リグに跨りながらアズライトが待っていた。

 オルゴン結晶による浮遊効果を強化して扱いやすくしたリパルサーリフトを持つリグはゲネシスでは普遍的な乗り物で、空飛ぶ車やバイクに翼を持つストライダーから大型艦船まで種類は豊富にある。ハンガーにストックされているリグは一般的なラインナップで、単座のバイク型や2人から4人乗りの車型にストライダーに似た形をした航空機型などだ。

 

「じゃあ、これににするよ」

「バイク型ね、風を感じれて気持ちいいわよ。それじゃ行きましょう」

 

 千景が選んだのはアズライトと同型のバイクタイプで地球のオートバイと同じなように足をかけるフットペダルにハンドルだけの簡略的な操作方式であり、座席に跨ってハンドルを握れば内蔵コンピュータと腕に巻いたヴィムがリンクしてハロディスプレイが浮かんでメーターなどを示す。ヘルメットを被ってグリップを回せばエンジンが甲高い音を鳴らし始め、先にいるアズライトの先導で走り始めた。

 広大なアカデミーの敷地内にはリグの飛行コースも完備されてもっと離れたところに訓練空域も設定しており、遠目からでも飛んでるストライダーが見えてそこにイーサンも混じっているだろう。飛行コースはホログラムによる道筋が浮かんでいるから飛びやすくてアズライトと共に走りながら、ヘルメットに内蔵されている無線機より彼女とも交信が可能だ。

 

「風が気持ちいいでしょ! この感覚はストライダーじゃ味わえないからね」

「うん、最高だよ! 前にイーサンも言ってたけど、風を受ける感覚があればストライダーを上手く動かせるって」

「そうなの? おばあちゃんも同じこと言ってわ、風を感じるのが大事って。ストライダーに翼があるのも風の力を味方につけるためだし、あの空バカがわからないわけないわよね」

「この感覚だね、しっかり覚えておかないとね!」

 

 そう言うと千景はグリップを更に回しながら加速してアズライトを抜き去ると彼女も負けじとアクセルを吹かしていき、2機のリグはどんどんスピードを上げて飛行コースを滑空していく。ヘルメットに制服姿という千景と異なり、アズライトは制服からいつも着ている赤いジャケットの私服姿で裾を風に靡かせていた。

 結局静かなデッドヒートは向かい風に散々打たれた千景から下りて、へそ出しルックという軽装なアズライトはケロッと平気そうな顔をしている。ゆっくりと周回しながらリグを走らせて先にいく赤いバイクを見ながら、今回の訓練内容である風の感覚を目一杯取り込むように千景は風を存分に受けていった。

 しばらく走らせていたが、一旦休憩ということでコースから外れてリグを止める。長くなびく銀髪を揺らしながらヘルメットを外してアズライトは給水ボトルに口を付けて、千景もヘルメットを取って一息つく。しばらくの間向かい風で冷えた身体を温めるように空を見上げていたが、アズライトは覗き込むように顔を向けてきた。

 

「再確認するけど、これからが大変よ。アモルファスみたいな変異ガレリアを倒したり、それをばらまく謎のストライダーを追いかけていくけど、きっと命がいくつあっても足らないわ。それでも一緒に来るの? 強制なんかしないし降りても構わないのよ」

「そうだね、確かに怖くないって言ったら嘘になるよ。でもあのガレリアを野放しにしちゃいけないし、あの白昼夢を現実にはさせない為にもね。それにあのストライダーにも復讐じゃなくて捕縛するためにいくんでしょ? なら、どこまでもついていくよ」

 

 しっかりとした目線を千景は向けてアズライトも満足そうに頷く。デアデビルのこれからの目標はアモルファスを始めとした特殊ガレリアの捜索と殲滅、そして元凶と思わしきストライダーの確保であった。撃破でなく捕縛を提案したのはアズライトであり、ガレリアを操るなどという外法を探る事や背後関係など洗う上で生きた情報源は確かに欲しい物といえる。

 同時にデルタ小隊の仇討ちを最も望んでいるであろうアズライトからそのような提案が出たのは驚きであり、イーサンは真っ先に理由を尋ねていた。ただ倒すのでなく同じ存在が出てくる可能性があるとして、芽を完全に摘むべく徹底的に調べ上げる必要があると理路整然に話す彼女へ反対意見を言うものなど居るはずもない。

 何より最も復讐戦を望んでいると思われていたアズライトは憎しみなどに囚われておらず、かつての仲間達の弔い合戦として特殊ガレリアの問題をきっちり終わせることを考えていたからだ。だからこそ負の感情を持たない純粋な闘気が彼女を奮い立たせており、戦闘コンディションはベストな状態にある。

 

「フフ、言ったわね。私もデルタの皆に誇れる姿を見せたいのよ。さてと復路は競争といかない? 負けたら明日のランチ奢りということで!」

「うん、負けないさ!」

 

 高ぶる気分を抑える為のクールダウンとしてリグによる走行を選んでおり、十分にクールダウンが出来ていた。身体も温まったところでもう一度リグに跨ると、2つのエンジン音が大きく轟く。

 

 

 

 

 

「目撃情報を鑑みて、サラスト空域で目撃されたクラウドは変異ガレリアで間違いないと思われる。」

「こっちもストライダーの方を調べてみてよ、特徴が一致してるストライダーの出撃記録を調べたんだ。そしたら1つだけ変な動きをしてるストライダーがあったんだ」

「じゃあ黒幕がサラストに居るってわけだね……」

 

 アカデミーから帰宅したのだがイーサンはそのままデアデビルの司令室へ直行し、各地のプライベーティアからガレリアクラウドの目撃情報を集めていた日向と自身が持っている情報のすり合わせを行っていく。結果として特殊ガレリアと思われる目撃場所と特徴的な航空迷彩を施されたストライダーの向かった先が一致しているのがわかり、これが目標だということが確定ではないが確実視できた。

 無論これが己を嗅ぎ回る者たちを誘い込む罠かもしれないし、デルタ小隊を倒した程の実力からたとえ見つかろうが倒しきれるという自信故の行動かも知れない。多くのパターンを出しながらイーサンと日向の2人は頭を突き合わせて作戦を練っていき、千景も何か無いかと頭を捻っているとそこへキールが顔を覗かせた。

 

「やっ、千景君に渡したものがあるんだけど、取り込み中かい? なんか2人とも気張ってるんだけどさ」

「あ、大丈夫ですよ。作戦を考えてるんですが、どうも僕にはまだ早くて……」

「そうかー。とりあえずイーサンの立てた作戦は基本的に無視してもいいよ、危なっかしいから。ま、御堂一尉がいるから大丈夫そうだけど。さて、渡すやつはっと……」

 

 どう頭を捻っても良い作戦は出なさそうなので2人に任せて千景はキールについていき、危なっかしい作戦と言った当人もちゃんとした軍人がいるから大丈夫だろうとしてその場から離れていく。千景へ渡したいものを探して雑多に置かれた作業机の上をしばし物色していたが、ややあって取り出したのは手のひらに乗るサイズの円盤だった。

 差し出された円盤を受け取ろうとしたその瞬間、まるで吹き上がるように円盤は飛び出すと下部よりいくつものアームを伸ばしていき、青と銀で塗られた機械のクラゲは宙に浮かんでいる。これこそキールが千景に渡したいものである、サポートポッドのDELL(デル)だ。

 

「デルはヴィムと同等の機能を持ってるサポート型ポッドなんだけど、他にも機能を入れてるよ。ストライダーの操縦支援システムを搭載しててナビゲーター役もできるし、個人携行式シールドも搭載してるよ。仕様書に色々書いてるから目を通しておいてね」

「へぇー、すごいんだね。バリアってどんな感じになるのかなー?」

 

 千景の期待に応えるように周囲を飛んでいたデルが甲高い電子音を鳴らして了解を示すと、4本のアームを伸なしてその間に青白いエネルギーの膜を作り出してバックラーほどの面積があるエネルギーシールドを形成する。千景が感心してるとアームの第一関節を立ててサムズアップのジェスチャーを見せれ千景も同じく親指を立てて返すと、満足したように手足を折りたたんで円盤モードで背中にひっついた。

 これが待機モードで相手を主として認めた証ということであまり重さも感じないのでそのままくっつけておくことにする。キールの作業机には他にも作ったものがいくつか置いてありイーサンが言っていた通り多くのガジェットを自作しているようで、デルの他にも色々仕上げているようだ。

 

「あとはアズライトちゃんにも渡すものあるんだけど、彼女は司令室にいなかったよね。一緒じゃなかった?」

「一緒に来てましたけど、そういやクーリェちゃんがどこかに連れっててましたね。僕、呼びにいってきますよ」

「あぁ悪いね、クーリェもなんかスーパーすごい装備出来たって言ってからそれ絡みかもよ。っこっちの方はなんてたってハイパーすごい装備だからね!」

 

 なんだかんだ言いつつイーサンとは家族なのだなと3人の似ている部分を感じながら、千景は工房でクーリェの定位置となっている一角に顔を覗く。だがそこに2人の姿はなく小さなホログラム装置より離席中の文字が浮かんでおり、ロッカールームや倉庫となっている奥の部屋に行っているようだ。

 扉をノックして呼びかけるが反応が無いのでノブに手をかけてゆっくりと開けながら、そっと中へと入る。廊下は薄暗いが奥から光が漏れていて2人の話し声も聞こえてきており、突き当りを曲がって千景は先にいるであろうアズライトとクーリェへ声をかけた。

 

「おーい、ふたりとも―――!!!???」

「うんうん、アズ姉似合ってるよ~! あ、千景さん!」

「――さすがに、これはちょっと、見えすぎじゃない? あら千景じゃない、ってどうしたのよ蹲っちゃって?」

 

 2人の姿を視界に捉えた途端に千景は固まってしまう。なぜなら着替え中だったのか肌が丸見えなアズライトがそこにいたからだ。実際は裸じゃなく試作の戦闘服を着ていたのだが、スリットが激しく入って胸の谷間や腹回りが丸見えで布地の面積が少ないレオタードに機械的なグローブとブーツやアズライトのヴィムである青い宝石を埋め込んだチョーカーだけという姿なので、裸と勘違いされてもおかしくはない。

 こうなってしまったのはアズライトが放出するオルゴンエナジーの威力が高くて、通常のパイロットスーツに使われる素材では耐えきれないからで事実前のインナーはボロボロになってしまった。それに耐えられる特殊素材はあるのだが特殊性が強くてあまり流通してないこともあり、かなり高価なせいでこの分の布地しか用意できなかったのである。

 

「やっぱりダメよ。これじゃあ人前に出れないわ、イーサンだったらまた鼻から大量出血するわきっと」

「そこは大丈夫、チョーカーのヴィムを一回押してみてよ」

「これを? ――あ、布が出来てきた!」

 

 肌の露出が多すぎるこの格好で出歩くのは蹲る千景の反応を見ればわかる通り、この戦闘服はダメだとアズライトは肩を落とすも製作者のクーリェにはまだ秘策があった。言われた通りにチョーカーに収まる宝石を押すと、レオタードとグローブにブーツやチョーカーから薄手の生地が伸びてきて、スリットなど肌が露出する部分を白のインナースーツに覆われて全身にフィットするボディースーツとなる。

 スリットを全開にしているのは着替える時やストライダーの戦闘機動で全力を出す時ぐらいで、通常時は全身を覆うインナーを展開させて肌を隠して防御力もしっかり確保した。これなら肌の露出を抑えつつスーツの破損も防げるという優れものであるが、一つだけ落とし穴が出来ている。

 

「ほらー千景、顔を上げて。」

「ホントにごめんなさい、覗くつもりは毛頭なかったんです。お許しください、誠に申し訳無いです」

「いや、そんなに謝らなくていいから。それに誤解よ、ちゃんとした服だから、ほら」

「……いや、なかなか刺激的な格好です……。ご、ごめんなさいーーーー!!!」

 

 肩を叩かれて恐る恐る顔を上げた千景が見たの戦闘スーツを着たアズライトであるが、身体にフィットするスーツな上、生地そのものは薄手になっているから彼女のボディーラインが丸わかりで扇情的なのだが、女性陣2人には気づいていないのだ。

 先程の勘違いも相まって羞恥心でかいたたまれなくなった千景はばっと立ち上がると、謝りながらすっ飛んでいっていくように扉へ向かっていく

 

 

 

 

「そのさっきはごめんなさい。いきなり逃げちゃったりして」

「こっちこそごねんなさいね。さ、お互い様ってことで過ぎた事は気にしない!」

「どうしたんだ、2人揃って? こっちは作戦立案できたぜ。ほとんどキャプテンが作ってくれたけどな」

 

 いつものジャケットに着替え終わったアズライトが逃げていった千景を追いかけて、誤解を解くとお互い謝罪しあって解決した。そこへ作戦を立て終えたイーサンが現れて、内容をまとめたデータを2人へ手渡す。内容は現職である日向が立案したものなので問題はなく、キールが危惧していた危ない作戦はないようだ。

 作戦の決行はアカデミーへの通学が休みになる明後日となる。具体的な内容と期日が出来て俄然やる気が出てきており、3人とも闘志は十分だ。

 

「よーし、やってやるぜ!」

『おお―!』

 

 

 

 

 

「おーい、新装備は千景君だけじゃないんだよー。早く取りにきてー…………あー、まいっか」

 

 千景に渡したデルだけじゃなくイーサンやアズライトにも新装備を作ったキールが2人を呼ぶも返事はなく、声だけ虚しく響いていく。しょうがないなと不貞腐れてそのまま椅子に深くもたれかかるのだった



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CHAPTER 2-4

「システムオールグリーン、ネクサスいつでも行けるぜ」

「スターファイター準備よし!」

「レーヴァテイン、所定の位置についたわ」

「こちらハートブレイカー、みんないるな。ではドッキング用意!」

 

 基地から発進したデアデビルのストライダー達が岩礁空域を抜けて広々とした蒼穹へと上がった。ここが集合地点で既にレドームやアンテナを伸ばした電子戦機が先に着いており、日向から号令に従ってその周囲に集まって綺麗な密集隊形をとる。ちょうど3機のストライダーが電子戦機の下部に並ぶとマグネットアンカーが伸びてきて、機体と機体を合わせてがっちりと固定された。

 ハートブレイカーの下方にストライダーが外部接続されると4機のエンジンが同調しながら火を吹いて加速していき、目的地へ進みながら全員がコックピットに収まった形で作戦のブリーフィングが始まる。目標は特殊ガレリアを生み出してると思われるストライダーであるが、まずはその足取りが確認された最後の場所であるサラスト空域の捜索を行ってガレリアとストライダーの双方に備えることとなった。

 

「まずは空域全体をこのレーダーでサーチするから捜索はそれからだな。ガレリアの擬態は前回の時に取れたデータがあるから見破れそうだ」

「あとは何が出てくるかだなぁ。空振りの可能性もあるし、逆に罠の可能性もあるな」

「なにが出来てもいいように、気を引き締めていくわよ」

 

 初動は出来ているが相手が底の知れない存在ということもあって、半ば行き当たりばったりな作戦である。それでも万全を期して対応できるようにハートブレイカーが常に空域の監視と戦術データリンクを行い、各個撃破されぬように3機1組となった密集隊形での行動が原則だ。

 エンジンが轟音を響かせながら進む中、アズライトはいつになく口数は少なく神経を鋭く尖らせるように意識を高めており、日向は作戦の手順を今しばらく確認して不測の事態に備えている。イーサン側の無線から持ち込んであるオーディオ機器よりいつも聞いている音楽が流れてくるのが聞こえ、千景は正面モニターの脇にあるソケットに収まるデルが機械の癖に怖じ気づいてしまっているのを宥めるのに手がかかり、自分も抱えている不安を感じずに済んでいた。

 

 

 

 

 

 

「……餌はばらまいておいた。これで気づかぬなら余程の阿呆になるな」

 

 コックピットの中でひとり声を漏らしながら、“狩人”は獲物を待っている。自身を追っている者なら必ず食い付くだろうわかりやすい足跡を残しており、呼び寄せられた狩人は自らが獲物だとは気付かずに呼び寄せられ、そう確信した時は既に手遅れだ。

 特殊ガレリアの起動試験の数々を思い返せば殆どの対象は為す術もなく倒されていき、“狩人”が直接手を下すことは指で数えるほどしかない。特に印象に残っていたのは前回の起動試験の際に現れた大手プライベーティアの精鋭部隊と呼ばれる者達で、彼らはガレリアによる網を突破して初めて肉薄したチームであった。だからこそ正面から死力を尽くして戦い、その飛び方をつぶさに読み取りそして落としていく。そんな強者との交わりが何にも変えられない至福の時間だった。

 

「どうやら網にかかったようだな、さて、お前たちはどうなんだ? ……ふっ、少々呼び過ぎたものだ」

 

 センサーが近づく何かを捉えて警告を発したので過去に耽っていた思考を現実へと戻し、狩場に入ってきた獲物の数を確認する。最も近くにある反応はストライダーの5機編成でまっすぐにこの空域を目指して飛んでおり、また別の方向からも1つ大きな反応でどうやら密集隊形を取っているようで数は3か4といったところだ。

 5機編成の部隊はこのままいけばガレリアとぶつかり合うが、その分密集隊形の部隊に対してはガラ空きとなる。ならば自ら出向くのも悪くないと思い、“狩人”はガレリアが詰まった増槽を切り離して解き放すと自身のストライダーへ火を入れた。

 

 

 

 

 

 

「さ、もうすぐで目標空域だ。さっそく周辺のサーチをするからしばらく待っててくれ」

「それじゃあ接続解除、私が前に出るからイーサンは右翼、千景は左翼をお願い」

 

 目標である空域が近づいてきたのでスピードを緩めて慎重に進んでいく。目で見える範囲ではなんの変哲も無いがガレリアが空間ごと潜んでいる可能性もあるので日向はハートブレイカーのセンサーをフル稼働させて周囲に探りを入れ、その間に機体の接続を解除してレーヴァテインを先頭に左右をネクサスとスターファイターで脇を固める三角形の隊形で前に出た。

 電子戦機の周囲に位置しつつ各々のストライダーでも警戒を行うが、やはりセンサーには何も反応がなくただただ蒼穹が広がっている。大型レドームでの空域スキャンも後少しで終わるのでこのまま何も出ないだろう、千景はそう思っていた。だが次の瞬間、イーサンから鋭い声が轟く。

 

「!? みんなブレイクしろ! ボギーだ!!」

「なにッ!? ――うわあああッ!!」

「日向さん!? な、何が――」

 

 イーサンの叫びと同時にハートブレイカーのレドームが吹き飛んで煙を出しながら高度を落としていき、編隊は崩れて皆がバラバラに散っていった。大気の動きから相手の位置を感知して電磁的光学的にステルス化しても相手を感知できる空間受動レーダーを装備していた電子戦機すら欺いてその目を破壊していき、その姿は捉えさせないで僅かに残った軌跡しか残さずにされど近くにいるというプレッシャーを与えている。

 降下しながらも自動消火装置など積まれている機材で修繕作業を続けてなんとか飛行できるよう維持しているハートブレイカーのすぐ隣に千景はつきながら、プレッシャーを放っている相手を警戒していた。イーサンとアズライトは既に上空に向けて飛び上がっており、残された軌跡から後を追っている。

 

「日向さん、大丈夫ですか!?」

「あぁ、なんとか! だが相手は見えなかった、千景君も気をつけるんだ!」

「はいッ!――あ、あれは――」

「千景君!?」

 

 警戒していたのが何かが飛んできたと察知した瞬間に機体が大きく揺さぶられて、両翼の付け根より火が吹いて錐揉み状態で落ちていた。攻撃されたと理解は出来たがいきなり爆発が起きて落下し続ける機体を立て直すのに精一杯で、追撃に備える余裕などなかった。

 エンジンの出力はかなり低下してエラーメッセージがいくつも吐き出されており、スターファイターの飛行能力は失われたに等しい。自己診断システムにより区画閉鎖などのダメージコントロールを行ってオルゴンの補充による自己修復を進めていくが、損傷が思った以上に大きく復帰には程遠かった。それまで黙っていたデルがソケットから抜け出すと勝手にハッチを開いて外に出ていこうとしていく。

 

「ちょっとデル、外は危ないよ! でも脱出できるならしたほうが…………。あッ!」

 

 これまでの道中でかなり怯えていたので逃げてしまうのも仕方ないと思っていたが、機上のカメラが捉えたのは破損箇所にアームを伸ばして動力伝達系統のバイパスを繋いでいた。デルの応急処置によりエンジンにパワーが戻ってきており、出力を全開にしながら機首を上げてどうにか安定を取り戻して飛行できるようになる。

 飛べるが戦闘をするのは無理な状態で後ろから追いかけてきていたハートブレイカーがアンカーを伸ばしてきて、そのまま引っ張られる形で戦線離脱となった。デルは損傷箇所から漏れる炎を消しながら応急修理を完了させ戻ってきて、煤まみれのボディを拭きながら千景は労う。

 

「デルありがとう! お陰で助かったよ!」

「千景君、大丈夫か!?」

「はい、デルのおかげでなんとか。あの敵は?」

「あぁ、今は2人が戦っている。この上でな」

 

 見上げれば3機のストライダーが生み出す軌跡がぼんやりとだが見えた。

 

 

 

 

 

「なんて加速力だ! 追いかけるのも一苦労だぜ……だけどよ、逃がさねえ!」

 

 残像しか視認させずにハートブレイカーとスターファイターの2機を瞬く間に戦闘不能にした相手を、イーサンは僅かに残った空間の揺らぎといった軌跡より追跡を行っている。空間受動レーダーが反応しなかったのは探知範囲外から一気にトップスピードによる奇襲をかけてきたからで、それほどの超加速は機体と操縦者の事を考えれば短時間しか発揮できないだろう。だがこれほどの戦闘機動を行えるのはストライダーとランナーの他におらず、相手が探し求めていたあのストライダーであるとの予感が強くなっていた。

 残像の残滓は高度を上げながら伸びていっており、その先には大きく発達した積乱雲が浮かんでいる。雲間に隠れながら襲撃の間合いを図っているのだろう、先をゆくをレーヴァテインが一旦足を止めてハイマニューバモードからクロスコンバットモードへ姿を変えると、2本のレーザーブレードを手にした。

 

「アズライト、なんか策でも?」

「ええ、やられたらやり返すってわけ。ステルスで潜んで隙を見せたら一気に斬り込むから、奴の誘導役頼める?」

「任せろ! 超加速で飛ぶ例のアイツが相手だろうと、ブッ飛ばしてやるぜ!」

 

 直線的なスピードよりも複雑な機動性を求められるドッグファイトに持ち込めば、超加速は使えないだろうと踏んでアズライトは挟撃作戦を提案する。レーヴァテインのシステムを殆ど落とした状態で雲海に潜ませて、攻撃ポイントへ誘導したとこへ一気に斬り込むというものだ。その為のデコイで誘導役としてドッグファイトを仕掛ける役目を仰せつかって、イーサンは二つ返事で肯定する。

 相手は間違いなくデルタ小隊を単独で撃破した凄腕のランナーだと思われるが、だからこそイーサンは闘志を奮い立たせていた。このまま野放しにして置けない責任感とデルタ小隊の仇討ちと今しがた仲間を撃ったことへの怒りと強大な相手と競い合えるという高揚感がごちゃまぜになりながら、意識を冷水の一滴と思えるほどに冷たく研ぎ澄ませてドッグファイトへ備える。

 内部に雷をはらむ雲の周囲を警戒しながら飛んでいき、残された残滓がやがて一本の筋となっていた先に羽を広げた影が伸びていた。見つけた、遠目ながら表面に刻まれた模様はあの時のスプリッター迷彩で間違いなく、あのストライダーと確信してイーサンは操縦桿を強く握り直す。

 

「見つけた……! さぁ、勝負だ!」

 

 先に仕掛けたのイーサンからで、十分に加速しながらレーザー砲を迷彩柄目掛けて発砲し、向こうがどう動く見ていた。しかし相手の方が一枚上手だったことを虚空に吸い込まれていくレーザーの軌跡と同時に鳴り響くロックオンアラートによって思い知らされて、思いっきり機首を下げた。すぐ後ろをレーザーの閃光が通り過ぎていくのを感じながら向かってくるミサイルを機銃で叩きおとしていき、雲海を這うように飛びながらも後方からのプレッシャーが収まらない。

 ネクサスのセンサーアイが白黒灰の3色迷彩が施されたストライダーの姿を捉えて、ある程度距離がありつつも攻撃に最も適した位置をとられていた。アラートは未だに鳴り響いているのでロックオンを外すように左右へのブレイクを繰り返していくが、まるで吸い付いているかのようにどピッタリとついいて、一方で攻撃を仕掛けてくる様子をまるで見せていない。

 

「なんだッ、どうして攻撃してこない!? 野郎、楽しんでるってわけか……、なら後悔させてやるぜッ!!」

 

 初手の一撃以降攻勢を見せないストライダーに対してこちらがどう飛ぶのかを見たいという欲求があることを見抜き、それが命取りになるとイーサンは息巻いて思いっきりピッチアップして機体を一回転させながら雲の中へ突っ込んだ。積乱雲なので雲の中は氷や水滴に満ちていて所々で雷鳴が轟いて飛びにはあまりに向いてないが、だからこそ追跡を振り切るにはもってこいである。

 HUDの情報は役に立たないので己の勘と技量が物を言うがイーサンは構わず雷雲の中を突っ切るように進んでいき、後方より迫るプレッシャーを感じて向こうが誘いに乗ったようだ。だが次の瞬間、雲に入ったことを思いっきり後悔する。なぜならあの爆発的な超加速で雲海の中へ突っ込んできたからだ。

 

「うおッ!? なんて無茶苦茶な野郎だ! だが、ビビると思ったかこれしきでよぉ!」

 

 イーサンもエンジンを全開にして飛び出して音を超えた2機のストライダーのデッドヒートによって巨大な積乱雲はショックウェーブでかき消されるように形を変えていき、風を抜き去るように飛んだ迷彩柄のストライダーは速度を緩めるもネクサスより前に出ている。絶好の攻撃チャンスを逃すことなく、イーサンはロックオンするとミサイルとレーザーを同時に撃ち出した。

 レーザーはまるで機体を多少揺らすような動作で回避さるも、まっすぐに飛んだミサイルが突き刺さって爆発する。しかし、直撃はしてないと直感したイーサンは反撃に転じてくるストライダーを警戒するが、センサーが近くにいることを示していくがどこにいるのか検討がつかないが、イーサンは己の直感に従った。

 

「こういう時、どうするかなんてわかりきってんだよぉ! オレだってよくするからな!」

 

 翼端の砲口より放たれたレーザーの雨霰は眼下に広がる雲海を次々と撃ち抜いていき、イーサンはその中で手応えを感じる。答えは当たって雲の中から飛び出してきたストライダーを追いかけてレーザーとミサイルを織り交ぜた猛攻をしかけるも、巧みな操縦で躱されてミサイルも全弾撃ち落とされて今度はネクサスが後ろをとられた。

 お互いに後ろを取り合うように絡み合った飛行機雲が蒼穹に描かれていき、文字通りのドッグファイトが繰り広げられて一瞬でも気を抜けば落とされるような機動戦が続いていく。しかし、イーサンには秘策が残されており、そのタイミングを測っていた。そしてこちらを真正面に捉えたその瞬間にイーサンは叫ぶ。

 

「アズライト、今だ! やっちまえ!!」

「言われなくても! くらえ―――」

 

 雲海から真紅の機体とエネルギーの奔流を放つブレードが飛び出してきた。既にキルゾーンへの誘い込みを成功しており、向こうの意識をこちらに全て向いたタイミングで隠れていたレーヴァテインが攻撃を仕掛ける。いくら凄腕といえど虚を突いた至近からの一撃を回避するなど不能と思えた。

 しかし次に吹き飛んだのはレーヴァテインの両腕で、黒煙を出しながら真紅の機体が落ちていく。攻撃を受けた瞬間にエンジンノズルを限界まで下に向けると同時にピッチアップするという急制動で、減速しながら機体をその場で一回転させて回避と同時反撃をしたのだ。一瞬でそんな操縦を見せたランナーの腕前に舌を巻き、必殺の一撃が不発ということにイーサンはモニターを強く叩いた。

 

「ちくしょう! なんて野郎だ、あんなイカれた動きしてて無事で済むのかよ!? ……あぁ、いいぜ。こっからはタイマンだぜ!!」

 

 お互い向き合うヘッドオンの状態でストライダーと落下していくレーヴァテインの間に割って入って向こうの気を引き、どうやら戦闘能力を失った相手には興味はないようで素直に乗ってくる。落ちていくレーヴァテインが気になるが、破損した腕部を排除しながら飛行モードに移っており、どうやら無事のようだ。

 もはや万策尽きたがまだネクサスは万全な状態で、何よりこれほどの凄腕と競い合えるということに武者震いをしてイーサンは叫びながら飛んでいく。

 

 

 

 

 

 

「なんて奴なのよ、あの一撃を避けるなんて…………」

 

 両腕が吹き飛んだ機体をどうにか立て直してようやくエラーメッセージが消えた中、アズライトは愕然としていた。必殺と思って放った一撃をたやすく避けられた挙げ句反撃を受けて腕と武器を失い、戦線離脱も同然でここにいる。

 見上げれば2機のストライダーが絡み合い命を取り合う軌跡が見えて、あの中でイーサンは戦っているのだろう。敵機は1機だけだから彼が戦っている間なら離脱する事は十分可能なほどの余裕があり、イーサンもそれを考えて単機で挑んだのだと思えた。そしてアズライトは強く拳を叩く。

 

「冗談じゃないわ! もう仲間を見せてるのは絶対お断りよ!」

 

 デルタ小隊の皆を助けられずイーサンまで見捨てるなどアズライトには出来なかった。だが実際問題、どう動こうにも武器がない状態では足手まといにしかならず、ユナイトしてアルビレオになろうにもその隙を向こうは与えてくれないだろう。

 そう頭を悩ませているとなぜか昔祖母と一緒に乗った時のことを思い出す。振り返ってみればおばあちゃんのようなランナーになりたいと思ったのがアズライトがランナーとして志した最初の事であり、アカデミーに向かうと決めた時に病床に伏していた彼女から背中を押されて、形見として合体剣を受け取った。亡くなったのはすぐ後のことだった。

 

「そうだね、おばあちゃん……。あの時と一緒に背中を押してくれるんだね。それとごめん、形見の品思いっきり壊しちゃうかもだけど!」

 

 愛しい家族の顔を思い出して今の家族みたいな存在を助けるべく、アズライトに天啓が降りてきてレーヴァテインと並ぶ形見である真紅の刀身を持つ合体剣を取り出す。ハイマニューバモードのレーヴァテインは武装こそないがトップスピードを出すくらいは造作もないくらいにエンジンは万全で、アズライトは全てのエネルギーをエンジンへ回した。

 ただ直進さえすればいいと細かい操縦は行わず、アズライトはコックピットのハッチを開けて外へ身を乗り出す。トップスピードに向かっているので向い風は凄まじく高度のあるので空気が薄いのだが、それをランナーとしての身体能力で無理にカバーしており、剣を構えつつも正直に言えば無茶苦茶な方法であるとアズライトは自嘲するが同時に祖母の言葉を思い出していた。

 

「さぁ、思いっきりいくわよ! 見ててねおばあちゃん、“やるなら思いっきりやる女でいくよ!”」

 

 力を込めて合体剣を機体と水平になるように構えて、緑色の結晶による刃が伸びてレーヴァテインもトップスピードに達する。体内から絞り出すオルゴンで前方に障壁を貼ってしっかりと踏ん張りながら、空戦が繰り広げられている上空へただひたすらに昇っていった。ここまで無茶なオルゴンの使い方をしたことはないが、奥歯を噛みしめる力が踏ん張る力が強くなればなるほど大きく伸びる結晶の刃がどうやら上手くいきそうだと告げている。

 2機のストライダーの姿を捉えてより踏ん張りが強くなっていき、ここまで高速で近づいてくる存在を見落とす事はないだろうと思い、事実こちらを確認した2機は一瞬動きが鈍った。一直線に向かってくるストライダーとその機上で剣をか構えているランナーがいるのを見れば意識が向くのは仕方ないだろうし、これを見たイーサンは驚くだろうか。いや、彼ならきっと笑うだろうとアズライトは大爆笑している顔を思い浮かべる。

 

「勝負よ! さっきのお返しを――」

 

 いくら生身で突撃してくるという頓痴気な状況であろうと向かってくる敵機には変わらないので砲口が向けてくるのは当然で、ただ直進しか出来ないストライダーで相手になるかは五分五分以下だ。姿勢を低くして備えるアズライトの目の前で何かが飛んできて閃光とともに炸裂すると、迷彩のストライダーの動きが鈍っていく。

 放たれたのは電子機器を一時的に麻痺させる磁気パルスミサイルであり、それが放たれた方向を見ればボロボロになった電子戦機がミサイルを次々に撃ち出してその下方にくっついた銀色のストライダーがエンジン全開で動きをサポートしていた。千景と日向も状況を打破するべく策を練って動いていたのである。

 2人が作った隙を逃すことなくイーサンは寸分の迷いもなく磁気パルスで電子機器がダウンしていくのも構わずに突っ込んでいき、機首を横開きに広げてストライダーを捕らえた。機銃の一部が可動してゼロ距離より撃たれていいようががっちりと咥えて離さず、そのままアズライトの方へ向かっていく。

 

「ハハハッ!! アズライト、最高だぜ! さぁ、思いっきりかましてやれ!!!」

「ハァァァァーーーーーーッl!!!!!」

 

 最高速度ですれ違い、一瞬の攻防が繰り広げられ、アズライトの合体剣はストライダーの翼端を切り落として刃先が吹き飛んだ。オルゴンの小爆発に巻き込まれて3機はそれぞれが落ちていくも、ネクサスがレーヴァテインをキャッチすると、ハートブレイカーが残った磁気パルスミサイルと煙幕弾の全てを撃ち出して、その隙に思いっきり高度を下げて探知範囲外へと逃れていく。

 雲海の下を通りながら4機は合流してなんとか無事であることを確かめあった。本来なら正面から叩き斬るつもりだったのに、ギリギリのところで抵抗されて翼の先端を切り落とすだけである。だが、それで追撃されずに済んだと皆がアズライトの行動を讃えた。

 

「とりあえず全員無事ってことで大勝利、そういうことにしておこう」

「そうね、今回はわたしたちの惨敗よ」

 

 敗北の味が口いっぱいに広がるのだが、相変わらず能天気に笑うイーサンに呆れながらも肯定する千景と何度も胸を撫で下ろして皆の生存を喜ぶ日向、皆の顔を見てアズライトは不思議と悪い気分はしなかった。




次回は12/18に投稿予定です


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CHAPTER 2-5

「壊しちゃったね……」

「壊れちゃったね……」

 

 アズライトは壊いてしまった形見の品々を目の前してがくりと肩を落とし、隣に立つクーリェも同意する。両腕を丸ごと無くして表面の塗装は所々剥げ落ちた無惨な姿でレーヴァテインは鎮座しており、手に握っている合体剣はグリップから先の部分が完全に消失した見るも無惨な姿だった。

 昨日の戦闘はデアデビルの惨敗であり、レーヴァテインだけでなくスターファイターは両翼と動力系統をやられてハートブレイカーはレーダーなど電子戦装備を全損しており、ほぼ無傷だったネクサス以外の機体がドッグ入りしたことで整備チームはてんやわんやの大騒ぎで駆けずり回っている。

 整備の手伝いをしようかと思ったが怒号が飛び交いつつテキパキと作業を進めていく中へ素人が入っていく隙間などなく、ソフトウェア専門で同じく修理に加われないクーリェと一緒にもう一方の形見の品の修理を確かめていたのだ。しかし、こちらも状態は酷いもので元の剣に戻すのは大変だと素人であるアズライトでも一目瞭然である。

 

「あの時はナイスアイデアだと思ってたけど、振り返れば相当無茶だったわね……」

「でも、あの恐ろしいガレリアから逃げ切れたのはアズ姉のおかげだって、お兄ちゃんや千景さんが言ってたよ!」

「ありがとね、クーリェ。さーて、私も千景みたいに出来ることでもしましょうかねー」

「あ、ちょっと待て。渡したいものがあるの!」

 

 整備には加われないがそれ以外の雑務なら手伝えると千景は忙しく動く整備員達の間を忙しくなく動いており、また日向は昨日の戦闘データの洗い出しを早速行っていて次に活かそうとしていた。アズライトも出来ることがあるだろうとそれを探しに行こうとするも、クーリェに止められて彼女は銀のアタッシュケースを引きずりながら持ってくる。

 差し出されて促されるように開けると中には銀色に磨かれた長短2本のグリップが入っており、それが剣のヒルト部分だとわかった。射撃武器がブラスターのようなエネルギー武器が使われているように近接武器もエネルギーの刃を持つレーザーブレードも存在するが、整備性の悪さや扱いにくいこともあって実体剣や高周波装置を組み込んだ振動武器などが主流となっている。

 

「レーザーブレードね、見たことはあるけど使うのは初めてだわ。……あれ、スイッチがないんだけど?」

「フフフーン、アズ姉それにオルゴンを流してみるといいよ~」

「オルゴンを? ――! これは、オルゴンの刃……!」

 

 言われるままグリップに力を込めながら握ってオルゴンを注ぐと緑色の刀身が伸びて、発振されたブレードはレーザーでなくオルゴン結晶であった。これはレーザーブレードでなくこれまで使ってきた合体剣と同じオルゴン兵装ということであり、振り回した感触は実体剣と変わらないが結晶体そのものの質量がかなり小さいので随分軽く感じられる。

 合体剣は破壊力や使い勝手はかなり良くて重宝していたが大きくて重量もあったので持ち歩けずジョウントで手元に持ってきていたが、その補助として軽量で常に常備できるオルゴン兵装を頼んでいたのだ。そして注文通りにキールはレーザーブレードの発振器をベースにした小型結晶剣を作り出して、更に別の機能があるとアズライトは見抜く。

 

「これはなかなか……、合体剣の特性も入れてるみたいね」

「そうそう! 合体剣から着想もらって色々ギミック入れたみたいだよ。名付けて“スプリットセイバー”だって!」

「だから分割剣(スプリットセイバー)ってことね。それじゃあ早速だけど、振り回させてもらうわ!」

「おー! 剣撃練習用ポッド1号いけ~」

 

 固定用のフックが側面に付いているので長めのヒルトを右腰側に短めのヒルトを左腰側のベルトに引っ掛けてアズライトは呼吸を整え、切られ役となるカカシみたいに細長い形状の訓練用ポッドをクーリェが遠隔操作で前に出してくる。しばしのにらみ合いアズライトは右腰のグリップに手をかけて思いっきり振り抜けば、伸びる緑色の刃が訓練ポッドを真っ二つに斬り裂いた。

 一振りであるがこの武器は実体剣と同じ素直な太刀筋で手によく馴染んでおり、一方で斬る瞬間にそこまで力を入れずに済むのは溶断して斬るレーザーブレードに近い。分割されたしまったポッドもボディの各部が磁石で連結した細かいパーツで出来ているから、すぐにくっつけて元通りに復帰できるので今度は両手に付いてある銃口を向けてくる。

 殺傷能力は無いが当たればそれなりに痛い低出力エネルギーボルトを絶え間なく放っていき、アズライトはその光弾の雨をブレードで弾いていった。怒涛の弾幕であるが左手でショートも握って2本の光刃で防ぎながら迫り、ブラスターを放つ両腕を斬り落として勝敗をつける。

 

「アズ姉すごーい! 色々改良して強くしてるのに全然が歯が立たないや。じゃあ本気モードでいくよ~」

「ええ、かかってきなさい!」

 

 本気モードと移行したポッドは一旦バラバラになって身体をつくりかえると、長い腕が1本だけという特異な風体に変わり、蛇腹状にしなる腕をムチのように振り回しながら構えた。動きが変わったポッドを見極めながら少しずつ間合いを詰めていき、アズライトが驚異的な瞬発力で踏み込みながら斬りかかるもしなる腕を振り回してポッドは上手く受け流す。

 リーチの長さと柔軟性を活かして接近戦を優位に運ぶスタイルのようだが、スプリットセイバーも同じように対抗策はあった。右腕に順手で握るロングと左腕に逆手で握るショートの柄頭同士を突き合わせ、片刃だった結晶は円柱状に変化したロッドへと姿を変える。

 互いの得物をグルグルと回しながら近づいていき、遠心力で叩きつけられるロッドとムチがぶつかり合って何度か打ち合いとなった。3度目のぶつかり合いでムチがロッドを絡まって引き合いになるも、アズライトの方がパワーで勝り体勢が崩れたポッドに片側のロッドの先端を叩きつけて上半身を吹き飛ばす。

 

「ムムム、アズ姉はホントに強敵だなぁ……。でもこれならどうだ~!」

「もう、原型とどめてないわよ……」

 

 仁王立ちな下半身の上に上半身ブロックが積み重なっていくが、それは繋がった鎖の如く連なって細長い一本の紐に足がついた奇怪な姿になってアズライトは思わずドン引きだ。しかし珍妙なスタイルに反して磁石で繋がった長いボディは振り回すだけで強力な武器で弱点となる脚部との接続部分を守っており、いくら斬り落としてもすぐに付き直って近寄らせない。

 チマチマやっても仕方ないとアズライトは一気に片をつけるため、一旦ブレードを解除してからロングとショートの2本を今度は平行となるように合わせて、もう一度展開すると2つのブレードエミッターより伸びる結晶が混じり合いながら巨大なブレードを生み出した。

 オルゴンの大剣を両手で握りしめて横薙ぎに一閃すると弾き出されたオルゴンエネルギーの斬撃は一撃でポッドのムチを吹き飛ばし、二撃目となる上段からの振り下ろしを散ったパーツをくっつけながら防御するも容易く突き抜けられて、ムチは下半身ごと両断されてバラバラになったパーツが辺り一面に散らばっていく。

 

「すごーい! アズ姉、カッコよかったよ!」

「ありがとね。あとキールさんにも感謝しないと、最高の仕上がりだもの。それ頼みたいことがるんだけど、いいかしら?」

「もっちろん、ドーンと任せてよ!」

 

 スプリットセイバーの性能に大満足なアズライトはくるくると手の中で回しつつブレードをしまうと、ベルトのフックに引っ掛けて吊るした。身体を動かしたこともあってか敗北の鬱憤も少しは晴れて、ここで1つ頼みたいことがあってクーリェに掛け合って彼女は快諾してくれる。

 セイバーを受け取って代わりに置いておいた合体剣の柄を持ち上げて、それをクーリェへ差し出した。頼みたいのは合体剣の処理についてで、この状態では元通りに戻すのは無理であるがこのままスクラップにしておくのは忍びない。なのでオブジェや何かのグリップなど好きに作り直してもらうことにしたのだ。

 

「つまり、形見分けってことだね! どんなのにしようかな~」

「喜んでもらえて結構よ。さてと千景のお手伝いにいきますか! …………そういえばイーサンの姿が見えないわね、まったく忙しい時にどこへいったのよ」

「お兄ちゃんならどっか行ったねー。アカデミーに報告しにいったのかな、でもいつもは通信で済ましてるのに」

「相手が相手だったものね、それで呼び出しかも」

 

 特殊ガレリアを操るランナーともなれば重大な存在で間違いないのでアカデミーや監査局も動いていて当然だろうし、直接交戦して自分たちの証言などは欲しいだろう。イーサンだけに任せるのは不安に思ったが、現時点で出来ることは無いので次からは同行するようにとアズライトは胸に留めておく。

 相変わらず忙しなく動き回っている整備班の世話を手伝うべくアズライトはハンガーへ入っていき、合体剣を抱えるクーリェは情報を纏めている日向をサポートするために司令室へそれぞれが向かっていった。

 

 

 

 

 

「まったく、朝っぱらから呼び出すしてんじゃねえよ……。こっちは昨日の今日で疲れてんのにさ」

 

 ぶつくさと文句を垂れながらもイーサンはガラス張りの建造物の入口前に立っている。ここはアカデミーの敷地内にある監査局の庁舎であり、朝早くから呼びつけられたので向かってる途中から今までの道中で文句が絶えることはなかった。ネクサスで直接乗り付けてこのガラス張りを全部ブッ飛ばしてやろうかとも考えたが、流石にそれは角が立つとなけなしの良心が訴えてなんとか踏み止まる。

 既に話を通されているのか待たされる事無くすんなりと入口より通されて、ここに呼び出されるのはもう指の数では数え切れないほどだから迷いなく中を進んでいった。無関係の建物を破壊しただの作戦指揮を無視して勝手に戦って終わらせただの、確かにこちらに否があったのは間違いないだろう。しかし今回の事に関しては早急に呼びつけられるほどかと内心で憤慨しているのだ。

 

「……ノックも無しに入ってくるとは、プライベーティアは無礼なのが売りなのかイーサン・バートレット」

「もう既に我が家かって思えるくらいここに来てんだ、今更ってもんだぜキャシディ少佐殿?」

 

 建物の一角で質素ながら鮮やかなレリーフが刻まれた木製の扉を勢いよく開けると、イーサンは中へズカズカと入って定位置でも言わんばかりに壁にもたれかかる。対面には格調高い机が置かれてそこに座る男は、色白で色素の薄い茶髪に線の細いシルエットから男性とは思えない儚さを醸し出すが、眉間に寄せられた皺の深さと冷たく鋭い眼光より冷徹さがより映し出された。

 ランナーの少年による無礼講に眉をひそめるファーマス・キャシディは27歳ながら監査局内に設置されている対ランナー特殊部隊を率いる隊長の位にあり、その地位に相応しく難関の監査局士官試験を首席で突破しランナーとしての実力も白兵戦ストライダー共にトップである。そして何より違反ランナーを容赦なく検挙し必要ならば斬り捨てるというその眼光以上に冷酷無慈悲さで内外にその名を轟かせている。

 そんな監査局謹製ドライアイスエッジを前にしても不遜とも言える態度を取るイーサンには少々毒気を抜かれたようで、眉間の皺はそのままに視線の鋭さは緩まり代わりに呆れが混じり始めた。一方で彼の隣に立つ副官はそんなイーサンの態度を許せないようまるで射殺すほどかというくらいの形相で睨みつけられて、同年代の少女とは思えぬ気迫に冷や汗を出しながら目を背けつつ本題に入る。

 

「それでオレを呼びつけたのはあの、特殊ガレリアを撒き散らすランナーということでいいんだな?」

「そうだ。あのストライダー、コードネームは“ハンター”であるが、奴に関わる一切が我々の管轄となった。ただのプライベーティアでは手に負えん、ここで引けと言いたいがそうも出来ない事情が出た」

「少佐! こんな怠惰で命令も聞けぬ愚か者に頼ることなど必要ありません! いつでも粉骨砕身で任務に望みます!」

「おいおいおい、アンタの家訓は悪口は大きな声で言うってヤツか? 陰口なんかよりはいいけどよ、言われるとやっぱムカつくぜ」

 

 指を差されながら面と向かって罵詈雑言を言われたのだから。さっきまでの冷や汗をとうに乾いて青筋を浮かべたイーサンは金髪の副官を睨みつけた。キャシディが思いっきり嘆息を漏らしてから副官を制すると、内部事情について話し始める。

 デアデビルが“ハンター”と戦っていた時、実は対ランナー部隊も近くの空域で“ハンター”が撒いたと思われる特殊ガレリアと戦っていたのだ。なんとか倒すことは出来たが出撃した7機の内2機のストライダーが落とされてしまい、難関ゆえの少数精鋭であるが同時に万年人材不足に喘いでる部隊にとって無視できない損失となっている。

 そこへ更に別件での出動も重なって隊員達への負担が日に日に増している現状であり、そこでプライベーティアのランナー力を借りようということになった。その候補としてキャシディが真っ先に挙げたのがイーサンとなる。

 

「貴様の素行不良や命令不服従は看過できんが、それを引いてもランナーとしての優秀さは認めざるを得ない。感謝しろ、“ハンター”と特殊ガレリア討伐の為にこき使ってやるのだからな」

「そういうことなら、喜んで受けさせて頂くよ。纏めてオレ達がのしてやるから、少佐殿は茶でもすすって待ってな」

「フン、啜る暇があったらとうにしている。貴様以上の愚か者が出てその対処にてんてこ舞いだ、忌々しいテロリストめ」

「お、それって“ザ・ワールド”じゃん。エクストリーム・ゲームの動画見たことあるぜ。テロリストになったのか?」

 

 本来なら一般ランナーに接触させない“ハンター”への調査と交戦を許可するお墨付きを実力込みで頂いたので、イーサンは素直に受けた。対ランナー部隊隊長の眉間の皺を深めさせている存在が別にもいるようで、机の上に浮かぶ立体映像の中身に見覚えがある。

 “ザ・ワールド”と言えばエクストリーム・ゲームのカリスマ的存在でその動画再生数は常にトップであるが、最近はゲリラ的に正規軍の基地内でゲーム行って更には機密データまで盗み出して暴露するという行為を繰り返していて、ついには軍用の艦船型リグを強奪する事件まで起こして指名手配犯となっていた。

 

「奴が盗んだ船は旧式だからまだいいとして、尻尾を掴ませないゲリラ的行動には正規軍のお偉方はカンカンだ。監査局にも奴がランナーだから捕まえろと圧力をかけてくる有様なのだよ」

「そりゃ基地をめちゃめちゃにされて船まで盗られたとなると怒るよなー。でも真っ赤に膨れ上がった軍のお偉いさんは見てみたかったぜ」

「あぁ、あれは傑作だったな。奴も機密データでなくあの写真を流してくれれば溜飲が下がるのだがな」

 

 キャシディが冗談を言うということはそれほど疲れているということなのだろう。“ハンター”に関する情報を纏めたデータがディスプレイに浮かぶので、それをヴィムに入れるため左の掌で触れてダウンロードしていった。監査局お抱えの諜報部員の働きも素晴らしいもので目撃場所から“ハンター”の中の人の候補者まで記載されている。しかしまた別のデータも中に収められていた。

 

「こっちにワールドのデータが入っちまってるぜ。混ざっちゃったみたいだな?」

「いや、それもお前に渡す。“ザ・ワールド”に関する事も頭に入れておけ、奴はそのカリスマ性で若者からの支持が厚いからな。同世代なら情報も入りやすいだろうし、何より貴様が仲間入りしても私は驚かん」

「おいおいひどいぜ、大将。とりあえず頭の片隅に入れておくよ、それじゃあこれからもよろしくな隊長さん」

「ああ以上だ。さっさと帰れ」

 

 唐突に呼び出したのと同じように唐突に終わりを告げられたがいつもこうだから仕方ない。眉間の皺をほぐしながら書類仕事に戻ったキャシディはイーサンに視線を戻すことはなく、副官も早く帰れと言わんばかりに睨んでくるのだから、そそくさと退散するのだった。




次回は1/1に投稿予定です


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CHAPTER 2-6

今年もよろしくお願いします


「か、金がない……」

「どうしたのイーサン、まるで世界が終わりそうな顔しちゃって?」

 

 イーサンは肩を落としてホロディスプレイを見つめながら嘆息を漏らす。ベースワンに戻ってきて監査局から“ハンター”と呼ばれるあのストライダーとの共闘体制を合わせる事となり、関係する情報が詰まったデータも提供されて新しい対抗策を作れると日向は張り切り、アズライトも雪辱を果たすべく改めて鍛え直していた。

 とはいえ戦力となるストライダーはレーヴァテインとスターファイターは修理中で電子戦兼管制機のハートブレイカーも損傷が酷く、相手が相手であるのでこのまま再戦しても勝てる見込みは薄くどうしても動く事が慎重になってしまう。そんな中で深刻そうに頭を抱えるイーサンがどうしたのかと、彼が見つめているディスプレイに千景も顔を近づけるとそこには3桁の数字が浮かんでいた。

 

「ああ聞いてくれよ千景、今回の“ハンター”戦はデルタチームの弔い合戦だから採算は度外視でいったんだけどよ。流石に3機の修理は高く付いた、このままじゃあ今月は赤字だぜ……」

「盛大に壊しちゃったからね……。でもアカデミーから学生用に給付金が出てるけど、それで足りないの?」

「足りない足りない! 学生じゃあ10万クレジットなんて大金だけどよ、ストライダーの修理費からすれば足しにはなんねえ。それにオレは色々とやらかしてるもんだから、そういったサービス関係は全部ストップしてんだよ」

 

 学生ランナーにはアカデミーより毎月クレジットの支給されていて最低額の生活費としても学生には十分すぎるものであるが、それにう咥えて成績や公的任務やオルゴン結晶の生成に従事した時などの報奨も支払われていく。一方でプライベーティアに属しているランナーは学生だろうと所属社員の扱いとなるので生活費の給付はないが、ストライダーのレンタルや修理整備など受けられるサービスはしっかり完備だ。

 しかしイーサンの場合は練習機としてレンタルされたストライダーを1ヶ月の間に5機もスクラップに変えてしまい、更に公的任務での命令不服従に規則違反など目に余る素行の悪さによりアカデミーが用意してあるサービスの殆どから出禁となってしまっている。イーサンが現在で唯一使えるのは食堂のサービスだけという有様だった。

 

「そうだったんだ……。じゃあどうするの?」

「決まってる、稼げばいいのさ! ちょうどいい感じの依頼が入ってきてんだぜ」

 

 口座残高のページから切り替えるとまるで地球のインターネット黎明期のようなものすごくシンプルなレイアウトをしたページへと切り替わり、真ん中に描かれた翼の生えた火の玉をディフォルメにしたエンブレムでここがデアデビルのホームページだという事に気づく。デカデカとしたエンブレム画像の隣にこれまたどシンプルな投稿フォームが置かれており、そこからデアデビルへの依頼が寄せられているのだろう。

 いくつかの投稿があってその中で一番上にある一番新しい投稿を開くと、いくつかの文面があるが何より強調されてるのは報酬の額で桁数は7桁もあった。イーサンが言っているのこの依頼なのだが、千景はどうにも嫌な予感を拭いきれない。

 

「本当に大丈夫なの? なんか怪しそうだけど……」

「大丈夫だ、いつも依頼をしてくれてるやつだからな。それに怪しかろうか大金稼げるチャンスには飛びつかないとな! さぁいくぜ!」

「えぇ~~僕もいくの!?」

 

 襟首を掴まれた千景は引きずらながらイーサンは有無を言わさずにリグへと乗り込んだ。青いオープンカーは一気に加速して飛び出していき、これではもう戻れないので仕方ないと千景は諦める。幸いデルも一緒なのでサポートから護身までと頼りになるし、イーサンの白兵戦能力も本人曰くクソ雑魚ということだが贔屓目なしに見ても適応力が高いので心配なかった。

 進む方向はアカデミーと同じでその敷地が見えてきたがリグはそこを通り過ぎて、その先へと飛んでいく。この先にはイースト・テリトリーで最大の街がある事をメイズとの授業で教わっており、向かう先はそこなのだろう。

 

「ねぇ、行き先はソレスシティでいいんだよね?」

「あぁ、あそこはアカデミーからも近いしこれから良く行くと思うから、道案内も兼ねて教えておこうってな」

「それが強制連行の理由ね。もう先に言ってよー」

「わりいな、そろそろ見えてくるぜ」

 

 緑と茶色の地平線に陽光を反射させて眩いまでに煌めく建造物が現れた。塔と呼ぶにはあまりにも太くビルと呼ぶにはあまりに巨大なそれは、上層部がキノコや傘のように広がって下部は支えるように極太な柱として伸びている。横に突き出た上部構造体という建造物としてはあまりバランスの良くない形状であるが、各所に設けられたリパルサーリフトによって自重を軽減させるように浮遊しているから倒壊する危険は皆無だ。

 土地が限られている空中大陸では樹木のように縦へと広がる巨大な建造物が一つの都市というスタイルをとっており、殆どの都市部も同様の構造をしていてツリーコンプレックスと呼ばれている。ソレスシティもその1つでイースト・テリトリー自治州の首都として50万人の人口を擁し、アカデミーから最も近い都市だから利用するランナーも多かった。

 幹となる柱部分や広がる上層部から都市への入口としてトンネル状のハンガーデッキやリグの着陸パッドが末枝の如く張り出ており、イーサンは下方にあるトンネルへ入って進んでいく。チューブ状のトンネル内部は磨かれたように純白でまさにSFに出てきそうな未来都市な感じに千景はテンションが上がっていき、通路を抜けた先はここが建物内部とは思えないほど天頂高くまで吹き抜けになった広い空間だった。

 

「さぁ、着いたぜ。中もすげえから見てこうぜ」

「もうサイズからしてすごいよ。地球にはここまで大きい建物なんてなかったし」

 

 都市の中心にあたるアトリウムは高さ500メートルに及ぶ開けた空間で、人工照明と集光ミラーによって降り注ぐ陽光によって明るく照らされているのと相まって閉塞感とは無縁である。外部からのトンネルは全てここへ繋がっており、リグ用の駐機パッドがいくつも置かれていてイーサンはアトリウムの最下層まで降下していった。

 周囲の外壁は螺旋状に続いていて主に居住ブロックとして活用されており、アトリウム上空をコースター型のリグが飛び交いながら各ブロックを繋いで内部での動線を賄っている。上になるほどにグレードが上がっており、キノコの傘に当たる上層部は商業区や官庁区と高級住宅街となっていてソレスシティ住人にとっては憧れだ。

 

「さてと、オレはこのままメールの送り主のとこにいくけど、お前さんどうする千景? デルにはここのマップ入れてるしコースターを借りとけば迷うことないから、ここを観光してくのもいいぜ」

「うーん、そうだなぁー。ここにはまた来れるし今日は依頼を手伝うよ。これでもデアデビルの一員だからね」

「嬉しいこと言ってくれるじゃないの、千景お前さんは社員の鑑だよ。じゃあ、カチコミにいくぜぇ!」

 

 イーサンは嬉しげに大股で歩いていきその後ろから千景はカチコミは違うんじゃないかとツッコミを入れつつ付いていく。いつも通り大げさに言ってるだけだと思っていたが、イーサンが向かう先はアトリウムの最下層より更に下のようで光が徐々に届かなくなってきて徐々に不安感が増した。空調も効きづらいのか空気が全体的に淀んでいて薄汚れた壁や床と相まって、まるで先程の街並みと別の場所に入り込んでしまった気分となる。

 自動スロープやエスカレーターもない金網製の階段をしばらく降りた先でようやく広い空間に出るが、先程のアトリウムとは比べ物にならないほど狭くて圧迫感を与える横穴に粗末な屋台やバラック小屋が所狭しと並んでいた。まさにスラム街といった有様であるが活気に溢れていて、画一的で綺麗に纏まった上層部とはまた違った趣がある。

 

「イーサン。ここは?」

「まぁお察しの通りスラム街ってやつさ。居住区画に入れない貧困層なんかがシティの根本や隙間に集まったのが始まりらしいぜ。治安は悪いけど活気ならご覧の通りさ、さーついてきな」

 

 よく来ているからか躊躇せずに雑踏へ入っていくイーサンから離れぬようぴったりと付いていき、千景は見かけぬ顔だからか視線が飛んでくるがイーサンは顔馴染みだからかよく挨拶が返ってきた。おかげで彼の連れということで居住者達から敵意は感じられず、すんなりと歩いていける。

 いくつか路地を曲がって簡易的な長椅子と料理の匂いで溢れた屋台街となってその中で真っ赤な汁物を出している屋台にイーサンが入っていき、そこにはモヒカン頭の巨漢が立っていた。ものすごい威圧感があるがイーサンは臆することもなく、スープを2つ頼むと屋台の椅子に座って千景も続く。

 

「ここのスープは美味いんだ、来たらいつも食ってさ。それで依頼ってのはなんだい?」

「おぅ、わざわざすまんな。おっとお前のお友達かい、さー座りな。大丈夫だって、別にとって食いはしねえよ」

「えっと店主さんが依頼主さん?」

「あぁ、正確には仲介者だな。ジャッキーは普段は屋台の店主、だがその裏の顔はこのスラム街の問題解決をするトラブルバスターなのさ!」

 

 身長2メートルはありそうな偉丈夫である屋台店主ジャッキーからは鍋から真っ赤なスープを器に入れて2人へ差し出して、イーサンはそのまま飲み干した。真っ赤な色合いに恐る恐る口にするがあまり辛さはなく出汁も効いていて、入ってる具材はぶつ切りで不揃いであるがかなり美味しいスープで千景もすぐに完食する。

 

「ジャッキーさん美味しかったです! なんというかほっと安心する味というか」

「ありがとよ、坊っちゃん。なんてったて俺のお袋直伝の味だからな、あとで紹介してやるよ。いい友達だなイーサン、お前と大違いだぜ」

「そっちも相変わらずのマザコン具合だぜ。気に入った奴がいると毎回ローザス婦人に消化してるもんでな、オレなんてしばらく会わせて貰えなかったけどよ。それで依頼ってのをどんなのだ?」

 

 舌鼓を打つ千景に嬉しそうにジャッキーは笑みを見せて強面ながらトラブルバスターをしてるというからきっと良い人なのだろうと思えた。ジャッキーの母であるローザス婦人はこの先でバーを開いており、どうも彼が気に入った人物は毎回紹介しているらしい。そんな親子の元に色々な相談事が舞い込むできて、自然とトラブルバスター・ジャッキー・ローザスが生まれたということだった。

 体格通りに腕っ節は強くて外見によらず説得も上手い事から大抵の問題は自身で解決できるのだが、そうともいかないモノ―特にランナーの力が必要な案件に対してはイーサンへ依頼してきている。つまるところ厄介事であるのだが、今回は特に提示額が大きくて更に詳細は口頭で伝えるということから更に危険度が上がっているわけだ。

 

「依頼自体は単純だ。人員輸送、つまり何かしらから逃げてる奴の手伝いさ。だけど先方はどうにも切羽詰まってる様子だし、金はいくらでも出すから早くして欲しいがランナーをご所望ってわけだ。怪しい匂いがプンプンするだろ?」

「確かにな。ランナーを雇いたいならアカデミーを介してプライベーティアを雇えばいい。そうしないのはアカデミーに悟られたくない、ひいてはコーテックスに知られたくないって感じか。だからストライダーを出すなとメールに書いてたわけか」

「あぁ、ストライダーを動かせば必ずアカデミーへの報告が必要になるだろう? お上の連中に悟られたくない上にランナーという強固な護衛を所望して、その上依頼金は莫大だ。怪しくないほうがおかしいぜ」

 

 ジャッキーとイーサンの結論からすると今回の依頼主は政府組織から狙われていると予想して、人物素性ともにかなり怪しい。そういった危険性があるから注意喚起するためジャッキーは今回イーサンを呼び出しており、怪しい点を率直に告げてやめるか受けるかは直接言及しないで受けるか否かの判断はイーサンに任せていた。

 しばしイーサンは熟考しており、その様子を千景とジャッキーは無言で眺めている。危険性があるので断るのが普通だが提示された額も大きいもので、そして何よりイーサンは危険なもの中へ飛び込んでいく習性があった。そして予想通りに熟考を終えたイーサンは首を縦に振る。

 

「とりあえず依頼主に会うだけあってみるさ。もし本当にヤバそうな奴だったらボコして警察にでも引き渡せばいいからな。それじゃあ早速いってくるぜ、スープのお代は?」

「今日はいらねえよ。無事に戻ってくれればそれでいい、気を付けろよ2人とも」

 

 お代を支払う替わりに依頼に関するデータを受け取るとジャッキーに見送られながら屋台を離れていった。

 

 

 

 

「なんだ、ここまで付いてこなくて良かったんだぜ? 危ない仕事だしよ」

「危ない仕事だからこそだよ。イーサンが無茶しないようにね」

 

 スラム街が形成されているエリアは居住区画の最下層とシティを支えるメガシャフトと放射線状に広がった8本の支柱が並ぶ根本の間にあたる部分で、隙間を詰めるように増改築を繰り返された粗末な建築が広がる。危険な依頼だからこのまま上に戻ってもいいとイーサンは勧めたが、1人にしたほうが後で大変そうになりそうだからストッパー役が必要だと千景は説き伏せて、ジャッキーがくれた地図を頼りに立体的な構造で上下左右に曲がりくねった非常に迷いやすい小路にて2人で並んでいた。

 まるで昔あったという九龍城砦を思わせるスラム地区を進んでいき、依頼主が隠れているという外壁にへばりつくように突き出た建物までやってくる。ここはかつての建設作業員の簡易宿所で今はスラムの住人達の寝床になっているが、屋台街の喧騒と活気が薄れてどことなく閑散としていて寒々しい印象だ。

 

「ここのどこかに依頼主の人がいるんだよね。確か番地や建物の形はジャッキーさんから聞いているよね」

「ああ、ここの一番上だ。まったくなんでこんなとこにいるんだか……」

 

 内部は瓦礫が乱雑に転がる殺風景なもので似たような間取りが続いて、指定されてた部屋の場所はここの最上階で外に面した位置と記載されている。殆どの窓や扉は板が打ち付けられて封印されてたむろする住人たちは1階や2階に集中しており、そこから上は人が住んでる気配がなくて用心のためとイーサンは頷いて腰のホルスターから黒色のブラスターであるフギンを引き抜いた。

 最上階に到達した2人は辺りを見回すが誰かがいる様子はなくて、あるのはおそらく外に面した部屋へつながる扉があるのみである。何があっても良いようにとイーサンはフギンの安全装置を解除しながらドアノブに手をかけ、千景も準備万端と頷きそれを確認してから意を決して扉を開いた。

 

「――――ッ!?」

「遅かったですね。こちらは既に済みましたよ」

 

 立ち込める悪臭に思わず息が詰まる。部屋の中は全体的に薄暗かったスラム街としては外の陽光を取り込められる窓があって明るかった。しかし夥しい赤い飛沫に塗れた惨状がはっきりと移り、壁や床を己の血液で染めたであろう人間の青白い骸が大の字に倒れている。そして、その傍らには鮮血で濡れた刃を握る少女が立っていた。



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CHAPTER 2-7

お待たせいたしました


「うぐっ!?」

「これは……! お前がやったのか!?」

 

 充満する血の匂いと死臭が鼻について千景は胃の中の物が逆流してきて思わずむせ返りそうになり、イーサンはフギンの銃口を血溜まりの中に立つ人物へ向ける。暗い紺色のボディースーツで身を包み同じ色のマスクで顔半分を隠した少女で年齢は千景達と同世代と思えるが、鮮血が滴り落ちる刃と同等にこちらを覗く双眸は冷たかった。

 状況からして転がっている骸がここで待っていたであろう依頼主で彼女が殺害の下手人に間違いなく、凄惨な現場に似合わず静かに佇む少女へイーサンは銃口を向けながらも引き続き尋ねていく。

 

「……オレ達はただこの男を運ぶように依頼されて来ただけだ。だからそっちが危害加えないならすぐに立ち去る──千景、伏せろ!」

「うわぁ!?」

 

 しかし静寂はすぐに破られ、まるで空気に溶けるように少女の姿がかき消えていった。そして何故かイーサンの左手に上から抑えつけられて千景は無理やり床に伏せられるが、直後に頭上で風切り音が響く。首だけを動かして上を見れば、腕から直接生えているブレードを突き立てる暗殺者の少女とその刃を黒いブラスターの銃身で受け止めるイーサンがあった。

 いくら頑丈でも刃物を銃身で受け止めるのは無茶もいいところなので一瞬だけ防いだら引き剥がすようにイーサンは蹴りを入れて、宙返りするように後方へ飛びながら避ける彼女に向けて発砲する。しかし撃ち出された光弾は全て最小の動作で避けられるかブレードで弾かれるかのどちらで当たる事はなかった。

 

「チッ、目撃者は逃がすつもりはないってか! 千景、ジャッキーに連絡して応援を呼んでくれ! 番号は覚えてるか?」

「あ、うん! …………ダメだ、繋がらないよ!?」

「チッ、ジャミングかよ! なら――」

 

 今回の仲介人の連絡先をしっかりメモしていた事を言われて思い出した千景は慌てて通信を入れるもまるで反応がなくて他の所へも手当り次第かけてみるがそれも同様で、ジャミングされていると気づいたイーサンが毒づく。目の前に立つ暗殺者の少女は最初から準備しており、こちらに向けられたブレードの刃先から逃さないという強い意志を感じた。

 このまま戦うしか無いかとイーサンは決意したのか構えて銃口を向けるが、それよりも早く暗殺者が素早く動いてまたしても斬りかかる。イーサンは目の良さをいつも豪語していてそれが嘘でないことを証明するように近接用スパイクを展開させたフギンで迫る刃と斬り結んで拮抗するが、何度か打ち合ったブレードがいきなり炸裂して体勢を崩されてしまった。

 追撃としてまるでジェットで放たれたと思える程の速度のミドルキックを脇腹に受けて、イーサンは吹き飛んで薄い窓ガラスを突き破って外へと落ちていく。ここは下層と言えど高層建造物なので地表までの高さはかなりのものでランナーと言えど一溜まりもないだろう。

 

「い、イーサァァァンッ!!!!??」

 

 絶叫しながら友の名前を呼ぶも返答はなく破られた窓からは寒々しい風が吹き込んでいるだけだった。暗殺者の前にただ一人だけ残された千景はその場にへたり込んでしまい、彼を守るように立ち向かうデルは4本の腕よりエネルギーシールドや電気ショックプロッドを展開するも少女からの一閃でやられてしまう。

 これで万事休すだ。足が震えて立ち上がれないまま後ろへ下がろうとしていた指先が粘ついた何かに触れ、それが傍らで横たわる骸より流れ出た血であると気づく。自分もこのような末路を迎えるのかという恐怖と同時にこの人も何故ここで死なねばならなかったのか、自分達がもう少し早く来ていれば助けられたのではないかと後悔が湧いてきた。

 

「…………その男に同情しているのですか、あなたは?」

「えっ?」

「その男は死んで当然の所業をした男です。私が始末するように差し向けられるくらいには」

 

 突然語りかけてきた暗殺者に驚きながら顔を上げるも、そこには先程と変わらず冷徹な眼差しをたたえた少女が立っている。しかしそこから殺気は微塵も感じられず、今殺そうとしている相手にこうして話しかけているということは何か思うところがあるのではないか。

 その言葉を信じるならここで屍を晒す千景達が護送する予定の男は彼女に始末されるほどの悪行を重ねていたということで、ジャッキーが警告していた通りそこら辺の信憑性は高いと思えた。しして目の前にいる少女はそんな汚れ仕事を何度もこなしてきたから、そんなに冷たい眼差しになってしまったのだろうか。自然と下半身に力が入ってきて、よろよろと立ち上がる千景は彼女へ手を差し出そうとした。

 

「き、君は――」

「でぃやああああああああああああああ!!!!!!」

「イーサンッ!?」

 

 右手を出そうとした瞬間、けたたましい雄叫びとともに破られた窓の向こうより黒い影が飛び込んできて暗殺者の少女へ向けて思いっきり両足蹴りを叩き込む。その正体はワイヤーを手にしているイーサンで、このワイヤーで落下を防いでターザンロープの如く勢いをつけてダイナミックエントリーしてきたのだ。

 渾身の力を込めたキックなのだろうが瓦礫の中から姿を見せた少女は平然としていて、身体にかかった粉塵を払っている。とんでもない頑強さにイーサンは舌打ちをしながらワイヤーガンのグリップとアンカーを手にしてワイヤーを構えた。

 

「ちょっと、イーサン! その子はまだ敵と決まったわけじゃ……」

「おいおいおいおい、オレを突き飛ばして、これの、どこが、敵じゃないって言えるんだ! 千景、ジャッキーのとこへ援軍を呼んできてくれ。流石にこのメカ女を1人で相手するのは手こずりそうだからな!」

「……わかった。気を付けて!」

 

 本当は誤解を解かせて休戦させたいところだが、彼女はイーサンも抹殺対象に見てるのか腕から伸びるブレードでその首を描き斬らんばかりに迫ってそれをワイヤーで受け止める攻防が繰り広げられる。こうなっては止められないと悟ってイーサンなら流石に彼女を殺すことはしないし何より殺されもしないと信じているので、その言葉に従って部屋を飛び出した。

 階段を勢いよく下っていき今まで見せたこともない速さで駆け抜けて建物から抜け出し、いつの間にか背中にくっついていたデルの通信機能でコールしながら、背後の建物を背中越しに一瞬だけ目線を向ける。

 

「イーサン、任せたよ!」

 

 

 

 

 

「まったく、さっきは良くもやってくれたな! アンタの動きもよく見えるようになってきた。さぁ、さっきのお返しといかせてもらうぜ!」

 

 蹴り飛ばされた脇腹はまだ痛むがこれまでのお返しするという事で精神テンションの高揚とともに闘志が湧いてきていて、イーサンの眼には先程よりもはっきりと少女の動きを捉えることが出来た。これがイーサンの持つ超感覚であり、サイトロンによる意識領域の拡大で相手の動きをスローモーションで捉えることができる。ただし感覚のみなので動作速度は変わらないのでまばたきの一瞬のみ発動させて、相手の動きに対応していくのだ。

 先程の爆発攻撃を避けるためにブレードとの接触時間を最小にしてワイヤーのを上を滑らせるようにいなして受け流していき、数度の打ち合いで向こうもこちらが対応できているのに気づいたのだろう。しかし先程の瞬発的に放たれる蹴りといった急な動きは感知できても身体がついていけないので、それを悟られないようにイーサンは仮面を被る如く不敵な笑みを向ける。

 

「どうだ、オレの本気モードは? だけどな、まだまだこんなもんじゃないぜッ!」

 

 ワイヤーのリーチの長さを利用してブレードが届かない位置より先端のアンカーを振り回しながら威嚇していくが、これはイーサンが苦手とする近接戦闘になった時のフェイルセーフで自衛装備に過ぎない。アンカーによる打撃をブレードで弾き返し次の攻撃が来る前に懐へ飛び込もうとした少女の身体は踏み込んだ途端に前でなく後ろへ大きく仰け反り、イーサンはアンカーの動きを隠れ蓑にして得意としているブラスターによる早撃ちを混ぜ込んでいた。

 撃ち出されるのも光弾でなく衝撃波の弾丸であり、殺傷力は低いが当たるだけで体勢を崩すことができて光弾すらも弾くほどの反応速度を誇るランナーに対して有用な装備となる。ワイヤーアンカーの動きにショック弾の発射を織り交ぜ、少女の身体はジリジリと窓の方へ押していきそこにはイーサンが落ちてぶち抜いた大穴が口を開けて待ち構えていた。

 

「お返しだァ! 落ちやがれェェェ!!」

 

 猛攻に押され気味な暗殺者であったが足のブースターを作動させてロケットダッシュに身体を拗じらせてドリルのように回りながら銃撃とアンカーをかいくぐりながら一気に迫ってきて、イーサンもそれを待っていたかのようにワイヤーを引き戻す。首筋にブレードが突き立てられるのが早いか反撃が早いか一瞬で生死が決まる勝負であるが、イーサンはそれでも不敵な笑みを浮かべ続けた。

 掌の中でくるりと回すムニンは銃身がワイヤーガンから大きく広がった銃口へと変わり、火炎放射バレルへ換装されたムニンにより青白い炎が吹き出される。暗殺者は炎の只中に突っ込む形となってサイボーグと思わしきボディでも1万度を超える熱量に耐えられるはずがないとイーサンは踏んでおり、しかしなんとか彼女は火炎を刃で顔を守りつつ身体を空中で丸めて脚部のロケットで相殺させながら射程より逃れていった。

 

「おいおい、なんて奴だ。どんな身体してるんだよ……」

「……そっくりそのままお返ししますよ」

 

 ショックガンと火炎放射器といった対ランナー装備をフルに活用しても倒し切れない存在に驚愕と呆れと僅かばかりの感心を浮かべて、髪が焦げてないか気にするように頭に手を回して暗殺者も少女らしい仕草を見せる。お互いに命の取り合いをしている緊迫した空気の中であるのに余裕を見せているのは、お互い隙を作ってそこを狙い撃つということだがどうやら効果はなかったようだ。

 お互い攻め込むには決め手を欠けた状態になり、銃口と刃先を向け合う膠着状態へと陥っている。しかし何かに反応してか暗殺者の少女がピクリと動き、仕掛けてるかとイーサンも両手に握ったブラスターの引き金にかかる指へ力が入った。しかし少女の動きは不可解なもので、窓に向かって駆け出していく。

 

「………頃合いですか……」

「なにッ……!?」

「オラアアァァァッ!!!」

 

 少女が窓へ向かっていったのと同時に反対側のドアより無数の光弾が撃ち込まれていき、容易く破られたその向こう側より6連式ロータリーブラスターを担いだジャッキーが姿を見せた。圧倒的な弾幕で部屋の内装を破壊しながら暗殺者へ向けられていき、素早い身のこなしで避けていくと窓に飛び込むと蒼穹の向こうへ消えていく。

 敵がいなくなってイーサンは一息つくように床へ腰を下ろし、大柄なジャッキーの影から千景が現れて彼が無事なことに胸を撫で下ろしていた。彼らのお陰で暗殺者の少女を撃退できたわけだから2人に向けて親指を上げて笑みを向けながら感謝する。

 

「イーサン、無事でよかった……!」

「へっ、間に合ったようだな。どーよこの火力!」

「ナイスタイミングだったぜ。千景、ジャッキー、助かったぜ」

 

 ロータリーブラスターを下ろすと連れてきた自警団のメンバー達にジャッキーは周囲の警戒を指示を出し、彼自身は部屋で横たわる骸を検分するように近づいた。依頼を出してきた当人であるので何故暗殺者を差し向けられたのかイーサンも気になってその隣に立ち、千景だけが敬遠するように遠巻きに見ている。

 ある程度の事情はジャッキーも千景から聞いているようで矢張り裏があったなとぼやきつつこのまま放置するわけにもいかないので身元がわかる持ち物がないかと漁りながら死体を納体袋へ詰めていき、イーサンはボロボロになった部屋の中を見回しながら探した。遺体の傍らにあるテーブルの上にはブラスターによって穴だらけであるが持ち込んだであろうバッグが置かれており、手のひらサイズのチップが3枚ほど零れ落ちてくる。

 

「こいつは電子クレジットのチップか? おいおいおいおい、とんでもない大金だぞ!」

「だからプライベーティアを雇えたわけか。まったく、奴さんはこの上なく怪しい奴には違いなかったわけだ」

 

 クレジット通貨はセラミック製の小型インゴットに刻まれた複雑に暗号化されて複製不可能なコードであり、殆どの会計はコードのやり取りで行われていた。そしてイーサンが手にしているこのチップはクレジットコードが大量に載っており、インゴット自体が分散されて預けられているから足がつきづらくなっている。

 裏取引御用達のクレジットということを納体袋を二人がかりで運んでいく自警団を見送りながらジャッキーは教えてくれた。そして頭をかきながら運ばれていった亡骸はかなりグレーゾーンな存在に間違いないと断言し、3つのチップに詰まった数百万クレジットという大金がそれを裏付ける。

 

「そういえば、あの暗殺者の女の子も言っていたね。あの男は死んでも当然の事をしてきた奴だって」

「あのすばしっこいのがそう言ってたのか? やっぱりきな臭い案件だったな、とりあえず無事で何よりだったぜ」

「まったくこんな事になるとねえ……。あのサイボーグ暗殺者も死んでた依頼主も何者かわからねえってのがすわりが悪いぜ」

 

 チップ以外にも何かないかとバッグをひっくり返して漁っていくのだが、中身は衣服や水筒といった旅支度のものだけで身元を示すものは見当たらなかった。更に生活必需品であるヴィムが見当たらない事から、常時ネットワークと繋がっている装置も捨ててきたと見て足取りを悟られないようにしているのは明らかである。

 だがわかるのはここまででイーサンも千景もジャッキーも推理が先に進まなくなってきたので今回はここで引き上げることとなった。なんとも締まりの悪い終わり方で未練は色々とあって後ろ髪を引かれる思いながら、3人は部屋から離れていく。

 

 

 

 

 

 ソレスシティの最上部にほど近いアンテナ塔の上で暗紺色の髪を靡かせながら暗殺者の少女が佇んでおり、マスクに覆われた口元は小さく動きながらどこかと交信していた。だが隠された口元や会話内容から通信機の向こう側の人物を計り知ることはできない。

 

「指示通りに始末しておきました。アレは存在するだけの害悪でしかないので。それとあなたが気にしていた、イーサン・バートレットと放生千景についてですが……。こちらでは測りきれません、あとはそっちでやってください。忙しいので」



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CHAPTER 2-8

「うぅ……これが子どもたちのパワー……」

「アズライト先輩、お疲れ様ですー!」

「ありがと、ルーテシア……」

 

 アズライトはクッションに頭を突っ込ませながらソファへ倒れ込んでおり、そんな彼女を労うように声をかけながらルーテシアはココアが入ったマグカップを差し出す。ランナーとして高い身体能力を持っていてここまでグデングデンになってしまったのは疲れ知らずな子どもたちの相手をしていたからで、ルーテシアが暮らす孤児院へ来ていた。

 10年前の大侵攻とそれ以降活発になったガレリアによって多くの命が失われて親を亡くした孤児達も増えていき、政府や宗教組織や慈善団体などが主体として運営する孤児院が多く建てられている。ルーテシアも10年前に両親を亡くした孤児であるが、普段の彼女はそんな素振りは微塵も感じさせなかった。

 木目調と白く塗られた壁が綺麗な2階建ての建物でアカデミーからもほど近い場所に建っており、ここではルーテシアを含めて10人ほどの子どもたちが住んでいる。特に彼女は最年長のお姉さんとして年少者の世話などを焼いており、意外な一面に驚きながらも心和んだ。

 

「みんなヤンチャ子たちばかりだけど、あなたもなかなかよ。今日だけでルーテシアのお姉ちゃん力がカンスト、というかもうオカンって感じ」

「もーアズライト先輩ったら何言ってるんですかー。わたしなんかよりシスター・ティファのほうがお母さんっぽいですよ」

「フフフ、私もお母さんと呼ばれる年頃ではないのですけど、悪い気はしませんね。それとアズライトさん今日は色々とありがとうございました。ゆっくりしていってください」

 

 受け取ったカップに口をつけてココアを飲みながらアズライトは孤児院内でのルーテシアの動きを見ながら感心している。休日ということで子どもたちの相手をしていたのだが、その間に洗濯や掃除を手際よく終わらせていた。さらに家事は分担制ということで年少の子らへしっかり手取り足取り教えて、その様はまさに姉を通り越してまるで母親のようだとアズライトは思っている。

 当の本人はそんな事をおくびにも出さないで適役であろう人物の方へ顔を向け、そこには白と黒の修道服にベールを被った大人の女性が座っていて視線に気づいてか微笑み返してきた。彼女がこの孤児院の院長で子どもたちの親代わりとなるティファ・リリアントで、ベールから溢れる豊かな金髪がルーテシアとよく似ている。

 

「こちらこそ今日は童心に帰れました。ちょっと疲れましたけど」

「そうそう、みんなで夕食作るので先輩はゆっくり寛いじゃっててください!」

「そうさせてもらうわ。そっちの手伝いもしたいけど、私が厨房に立つとね……」

「あら、それなら私達で作るからルーちゃんも今日はゆっくりしてなさい。いつもがんばってくれてるからね」

 

 夕食の支度としてエプロンを着込むルーテシアは眺めながらアズライトはどこか遠い目を向けた。昔から厨房に入ると調理器具が壊れたり吹っ飛んだりすることが日常茶飯事、なんとか完成させた料理はもはや食物とは思えぬ惨状で試しに一口食べた祖母の顔が緑色になった光景とあまりもの不味さは今でもはっきりと思い出せる。

 そんな苦い思い出があるのだからアズライトは料理に関してはからっきしでルーテシアもシスターティファからの気遣いを素直に受け取り、しばらくすると子どもたちの声と美味しそうな匂いキッチンより次第にダイニングへと広がってきていた。

 

「あれ、あの子は……?」

「あ、あの子ライトって言うんですけど、いつも独りであんな感じなんです。みんなの中に混ざろうとしないんでちょっと心配……」

 

 料理は作らずとも手伝えることはあるからと2人でテーブルに食器を並べていると、キッチンにいる他の子どもたちから離れて床に座りながらヴィムに触れている10代前半の少年と思わしきが視界に映る。ルーテシアからライトと呼ばれた10代前半の少年はアズライトがやってきた時からずっとその場から動いておらず、ただ一心に浮かぶホロディスプレイを凝視していた。

 食器運びもそこそこに終わったのでルーテシアは彼を心配してか近づいていき、何をしているのか気になってアズライトもその横からちらりとホログラムを見るとそこには細かな数字の羅列がぎっしりと並んでおり、前に見せてもらったクーリェのプラグラム画面に近しいものを感じる。

 

「ライト、そろそろ夕食なんだしやめなよー。今日ずっとやりっぱなしじゃない」

「いま複雑系アクチュエータの最適化プログラムを組んでることなんだ。ここが出来れば終わるつもり」

「こういったのは私にはちんぷんかんぷんよ……。クーリェといい最近の子たちはすごいわね」

「アズライトさん、だっけ? クーリェのこと知ってるんだ」

 

 アズライトがクーリェの名前を出すとライトは彼女を知っているかのような反応を見せた。なんでも2人は同じ学校に通うクラスメイトで本来なら高等教育課程を修了してから入学できるアカデミー高等技術院に弱冠12歳で飛び級で入った正真正銘の天才であり、そんな逸材が2人同時に存在するのは前代未聞だという。

 同じ年齢で能力的にも似通っているということで仲良くなると同時にライバル視もしていてお互いに切磋琢磨しながら技術院でも抜きん出た存在になっている。ライトが独り黙々とプラグラムを打ち込んでいるのもその影響だ。

 

「へぇーそうだったのね。一応私の妹分だから、これからも仲良くしてね」

「ライトだってわたしの弟ですので、こちらこそよろしくですっ!」

「はいはい、よろしくされますよ……」

 

 ルーテシアにぐいぐいと何故か推されているライトはされるがままヴィムをぽちぽちしており、ちょうど食事の用意が出来てシスターティファの呼び声が聞こえてそのまま押されていく。なんとも言えないゆるい空気に安心感を覚えつつアズライトもテーブルに向かうのだった。

 

 

 

 

 

「か~~~仕事終わりの一杯は格別だぜ! 今回は難儀したが稼ぎもあったからよしとするか~」

「お疲れ様ねイーサン。後処理はジャッキーに任せて、千景くんもゆっくりしていきなさい」

「はい、お邪魔します」

 

 差し出された瓶入りソーダの蓋を器用に片手で開けたイーサンは喉を鳴らしながら飲み干していき、千景も小さめのコップに注いで飲んでいく。ここはジャッキーの母親であるローザス婦人が切り盛りしてるローザスズバーで、居を構えるソレスシティスラム地区の顔となっている店だ。

 今はまだ開店前であるが今回色々とあった2人をそのまま帰すわけには行かないというローザス親子からの好意でバーで休ませてもらっており、クォンタムソーダという炭酸飲料と名物である真っ赤なスープを堪能している。

 

「それにしても災難だったわね。依頼主は死んでたしサイボーグな女の子がいて戦ったわけなんでしょ?」

「その通りですよ。めちゃくちゃ硬いわ銃撃回避しするわ腕からブレード生やすわでとんでもねえ奴でしたよ」

「戦闘用サイボーグってこと? 本当に居たとはね……」

「そういえばメイズから終えてもらったんですが、医療目的以外でのサイボーグ化は禁止されているんですよね?」

 

 アカデミーの座学でメイズから基礎知識だけでなく雑談から派生して雑学めいた事もいくつか聞いていて、千景はその中でサイボーグについて聞いたこともあった。多能性幹細胞の培養による再生治療が進んでいるゲネシスでは機械による臓器や義肢が作られることは稀で、法律でも機械による義肢などは過剰なスペックを持つことを禁じられており、主に使われているのは法規制されていない肉体に注射することでソフトウェア面でサポートするナノマシンぐらいである。

 つまりガチガチの戦闘用サイボーグというものは明らかにブラックな存在でゲネシス内でも与太話として出ている程度のものである。それと実際に出会い交戦したのだからイーサンは面食らい、千景はそれ以上にあの少女が残した言葉が気になっていた。

 

「ええそうよ。となると政府か裏社会の闇組織に属してるサイボーグ暗殺者ってところかしら? 非合法組織というものはいろんなとこに根を張ってるものだから、思わぬところからで出くわすものなのよ」

「まったく安物のパルプフィクションみてえだけど、案外それが正解かもしれねえな。スラム街の重鎮たるママ・ローザスの読みは百発百中だし、何よりそっちの方が面白え!」

「……あの子は一体何者なんだろう?」

 

 暗殺者の少女という存在や彼女が残した言葉からまだまだ知らない事が水面下で動いてるのだろうが、それに対して何ができるのか埒が明かないので飲み込むようにイーサンと同じく瓶を口につけて一気に飲み干していく。イーサンはそんな考えを見抜いてか同意しつつ、ベストの内ポケットにはジャッキーから受け取ったクレジットチップの一枚が入っていた。

 

「まー確かにオレも気になるけどよ、もう一度やり合うのは勘弁願いたいぜ。全身サイボーグなんてロクでもないのに関わってるのは間違いなしだからな」

「特殊ガレリアや“ハンター”に“ザ・ワールド”の事もあるから、そこまで手を出せないってわけだね」

「そうだな。ガレリアから見れば優先度はまだ低いけど、気になるから目を光らせておくぜ」

 

 最初の目標である資金稼ぎを達成したのでとりあえず今はこれで良いということで、また襲撃がないか警戒するようにアンテナを立てておくとしてイーサンは決めて千景もそれに同意する。ここに来てどっと疲れが押し寄せてきたのかバーカウンターに突っ伏すように上体を倒すのだった。

 

 

 

 

 

「ふーん千景さんは大変だったね。それでアズ姉はライトと会ったんだねー」

「ホントにね。サイボーグなんて地球じゃあ創作物の存在だから驚いたよ」

「こっちでもサイボーグ兵士なんて与太話でしかないわよ。ギフテッドが2人同時に存在する方がまだ現実的ね」

 

 家に戻ってからしばらく経って夜が更けてきたところでクーリェから今日の事を聞かれて千景とアズライトは昼間の出来事を卓を囲みながら話していた。ルーテシアの事情やクーリェと同年代の天才児がいることに千景は驚き、アズライトは孤児院の子どもたちと戯れていた時に資金集めに向かった2人が予想外の出来事に巻き込まれてなんとか対処した事を労う。

 破損していたストライダーもレイジ達整備チームの尽力で問題なく飛ばせる状態まで修理完了しており、明日からのアカデミー通学にも使えそうだ。イーサンは疲れたということで早々と就寝して千景もなんとも騒がしく疲れの取れない休日を過ごしたことになる。

 

「まっ、色々あったわけだしイーサンみたく早く休んだ方がいいかも……、ってこんな時間に誰かよ?」

「誰からのホロコール?」

「クラリッサからだわ。あんまり良い感じはしないけど……」

 

 通信が入った事を示すようにチョーカーから下げた青い結晶体をしたヴィムが明滅しアズライトが手にすると立体映像とともにクラリッサの姿が映し出された。こんな時間に送られてきたホロコールに一抹の不安を覚えながらアズライトは通信を受ける。

 

「一体こんな時間にどうしたのよクラリッサ?」

『突然で悪いわ。明日から始まるアカデミーでの調査活動、それにデアデビルも参加してほしいの』



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CHAPTER 2-9

「おはようメイズ、今日もよろしくね」

『おはようございます千景さん。でも今日は調査活動があるので座学はお休みですよ?』

「うん、大雑把なところはクラリッサさんから聞いてるけど、細かい部分を待機時間のうちに知っておこうと思ってね」

『そうでしたか! ならこの不肖メイズ、バッチリ教えちゃいます!』

 

 席につくと同時にメイズが立体映像として姿を見せ、千景が予習したいという心掛けに応えて立体映像をたくさん繰り出していく。発端は昨日の夜に着た通信より『ガレリア占拠構造体への強行偵察兼実態調査』へ参加してほしいとクラリッサから要請されたからで、アズライトが主に動いて千景とイーサンはそのバックアップになるが全体像を把握して起きたかったからだ。

 かつて空中大陸の周囲に多くの空中プラットフォームがいくつも浮かんでいて土地不足の解決策として大いに利用されていたが、10年前の大侵攻“”によってその殆どがガレリアに飲み込まれて膨大な人命と共に喪失してしまったのである。そして一部のプラットフォームはガレリアと同化して今でも空中を彷徨っており、そこへンナーを投入して内部を調べるというのが強行偵察と実態調査の趣旨だ。

 ガレリアの素の状態である霧状のクラウドとプラットフォームが合致して安定した状態に保たれているのか外部から攻撃されても失われた部分を再生する以上の事はしないのだが、侵攻拠点に使われている可能性もあるのでガレリアの学術調査も行いつつ危険性を調べて破壊するか静観または監視に留めるのか決めていった。

 

『まー大抵の場合はある程度の調査を行ったら破壊する事が殆どですね。ほぼ休止している状態といえどガレリアですから』

「そうなんだ。でも中に入るのは危なそうだし、外からの攻撃で壊せないの?」

『ええ、外部から破壊しようとなると艦隊規模の火力を集中させるか、大量破壊兵器となるディストラクターが必要になりますね』

「ディストラクター?」

 

 不穏な単語と聞き慣れない言葉に千景はオウム返しのように聞き返す。ディストラクターとは限界まで収束したオルゴンを一気に解放する事によって効果範囲内の一切を破壊する膨大なエネルギーを発生させる大量破壊兵器であり、オルゴンが原動力ということで特にガレリアへの効果は絶大だが大きすぎる破壊力と起動のために周囲のオルゴンを根こそぎ吸い取ってしまう欠点があった。なのでオルゴン領域内では何重にも及ぶ使用制限がかけられ、領域外での仕様は制限なしだが動力源として大量のオルゴン結晶を必要としている。

 大量破壊兵器はおいそれと使うことなど出来るはずもなぃ、破壊のために艦隊規模の出撃を毎回繰り返すわけにもいかず、内部からの破壊が効率的とは言えないが穏便に済む方法だった。なぜならここまで巨大になったガレリアは内部にコアと呼ばれる部位を持っていて、それを破壊されると巨体を維持できなくなってバラバラに分解していく特性があった。

 

『コアを破壊したところで完全に倒せませんが、細かくなるのでオルゴンでの相殺が可能になるのでストライダーや戦艦で各個撃破していくのです!』

「コアの破壊か。今までストライダーと同じくらいの大きさのガレリアとしか戦ったことないから、大型ガレリアには弱点が出てくるんだね」

『巨大ゆえの弊害というものですね。ただアモルファスとかいう特殊ガレリアは弱点もないし霧状になって動けるとかなんなんですかー! あんなのチートですよチート!』

「わ、わかったから落ち着いてよ……」

 

 小型中型ガレリアはこれといった弱点は持たない代わりにオルゴン兵装により外部から倒すことが可能で、大型ガレリアは生半可なオルゴン兵装では太刀打ちできないがコアという明確な弱点が存在している。なのでストライダーやランナー達で対応は可能であるが、アモルファスなどの特殊ガレリアに関しては霧状の状態でこちらの攻撃を受け流しつつ一方的に攻撃してくるのだから反則のようなものだ。

 声を荒げたメイズであるが咳払い一つしながら気を取り直していき、どこまでも人間臭いAIだなと千景には思える。ちょうどタイマーが鳴って出撃が迫っている事を示し、待機時間を利用した座学はここでお開きとなった。

 

「今日はありがとう、メイズ。それじゃあいってくるよ」

『ええ、千景さんもご武運を!』

 

 

 

 

 

「アカデミーからもランナーが出てるのね。学生と正規軍とプライベーティアがごちゃ混ぜで歩調は合わせられるのかしら?」

 

 ロッカールームにてアズライトは着ていた服を無造作に脱ぎ捨てながらケースに入っている戦闘服へ着替えているのだが、まず下着まで全部脱ぐ必要があるので一旦裸にならなければいけないのだが幸いロッカールームには誰もいないので、気にすることなくスリットが入って色々見え過ぎなレオタードを着込む。グローブとブーツを手足に嵌めてからメカニカルなチョーカを首に巻いて、そこに埋め込まれた青いクリスタル状のヴィムを押すとスリットなどの肌が露出してる部分を白のインナースーツが包み込んで装着完了だ。

 現在アカデミーを離れてガレリアと化した空中プラットフォームへの強行偵察任務として向かう途上で、この作戦のために正規軍から艦艇型コンバット・リグの2隻が参加していてアズライトを始めとした突入チームはそのうちの強襲揚陸艦に乗り込んでいる。先を進む巡航艦には対空護衛を行う直掩機としてストライダーがついており、こちらも正規軍やアカデミーにプライベーティアのランナーが集まっていてイーサンと千景もそこにいるはずだ。

 ここまでの大所帯で異なる組織が集まっているとなると指揮系統のが纏められているか心配になるが、今回はそういった大規模作戦の予行練習という側面があるという。実戦前に実際に動かして問題点を浮き彫りにさせておく必要があって、危険性の低いガレリアプラットフォームは格好の標的だ。

 

「ま、難しい話は上の人らに任せて、下っ端は任務遂行に集中しますか。作戦内容はっと――なんだか視線を感じるわ……」

 

 戦闘服へ着替え終えたアズライトはロッカールームを出てレーヴァテインを駐機してある格納庫へ向かいながら、作戦の内容をヴィムで確認していく。と言っても巡航艦とそれに付随する無人機と有翼型ストライダーが対空警戒を行い、揚陸艦が接岸したら可変型ストライダーがスタンドモードで直接揚陸してコアを目指すのだ。ただストライダーでは進入できない部分もあるかもしれないので万が一生身でも戦える準備も進められ、アズライトはそういった状況に対応する即応班に振り分けられている。

 ホロディスプレイを見ながらも作戦の為に多くの人員が集まっているからか混雑気味な通路にてぶつからなよう進んでいくのだが、道すがらすれ違う人達は一様にアズライトを目で追っている事に気付いた。どこか場違いのような姿をしてるのだろうかと自身を軽く見回しても何も変哲のないと思っているのだが、実際のところアズライトはアカデミーの学生でも上位9人である“ヴァルキュリア”の称号を持つ凄腕として名が知られて容姿やスタイルもいいのだから注目されている。

 その事を理解していないのは当の本人だけで、少し疑問を浮かべながらもアズライトはヴィムの画面を仕舞うと格納庫に置かれた愛機のもとへ急ぐのだった。

 

 

 

 

 

『こちら巡航艦『ザンザス』、もうすぐ作戦領域に入る。チームデアデビル問題ないか?』

「こちらデアデビル1問題なし。飛行も至って順調さ」

「こちらデアデビル2同じく問題ありません。いつでもいけます」

 

 スターファイターとネクサスが並んで蒼穹を飛んでいき、その周囲には十数機のストライダーが編隊を組んでいて後方には楕円形の船体に下部からエンジンブロックを伸ばした巡航艦が続いている。プラットフォームへ乗り込む前に制空権の確保ということでザンザスを旗艦とした航空部隊が後続の揚陸部隊への露払いを行うべく戦列を並べて、千景達デアデビルは先鋒の右翼を担っていた。

 ザンザスの航空管制官より先鋒を担うストライダー部隊へ作戦空域に入る事を伝え、肉眼でも目標を捉えられる。まるで翼を広げた鳥のように横に広がった形状はゲネシスの空中プラットフォームとしては標準的なものであり、ガレリアの色合いである漆黒からまるで巨大なカラスに見えた。

 

「どうやら着陸の前に一仕事だ! お友達がやって来たぞ!」

『作戦空域内にガレリアを確認! 相手は小型タイプだけだ、全機油断せずかかれ!』

「ちょっと、イーサン待って!? デアデビル、エンゲージします!」

 

 オルゴン領域内といえどガレリアの前線基地としての役目を担っているからか周辺にはヴァルチャーやアローヘッドが飛んではいるが、その数は10機ほどで艦艇規模の大型タイプもいないことからそこまでの重要拠点ではないようである。こちらへ向かってくる姿を確認してイーサンは編隊を離れて突撃していき、千景は慌てて戦闘開始を告げながらその後ろについていった。

 正面から突っ込んできたアローヘッドをネクサスがすれ違いざまに撃ち落としてガレリアの編隊からレーザーの雨が飛んでくる中を掻い潜んでいき、前衛のストライダーも編隊を崩して散開して2機同士の分隊(エレメント)へ組み直しながらガレリアを駆逐していく。

 

「すごい、これがプロか……」

「何言ってんだ、オレ達だってプロだぜ? なんてたって経験値も負けないぞ!」

「それはイーサンが規格外すぎるだけだよ……」

 

 正規軍やプライベーティアとして腕を鳴らすランナー達にとってこの数は敵ではなく、ガレリアの編隊は瞬く間に落とされて制空権を取ることが出来た。その中でアカデミーのストライダーは後方で巡航艦の周囲に付いていたのでデアデビルが唯一の戦闘参加で、イーサンが単独で2機を落として協同で千景も1機落としている。

 学生ながら飛行時間や戦闘経験など正規軍や一流プライベーティアのランナーに劣らないというイーサンの方がおかしいものだと称賛と呆れが混じった感想を千景は漏らし、イーサンはそんな事はお構いなくいつの間にか最前線を突き進んでいた。

 

『各機迅速の対応に感謝する。だがデアデビル1、腕前は認めるがスタンドプレイに走るな、今回はチーム戦だわかったな? それでは揚陸の為に砲撃を開始する、射線上に入らないよう留意しろ』

「へいへい了解ですよー。さて船の方が主砲ぶっ放すみてえだから、当たらないようにしていこうぜ」

「ちゃんと忠告は聞いておきなよ……。それで砲撃って外部からの攻撃って通用しないんじゃなかった?」

「そうだぜ。だけど揚陸艦が突っ込む隙間を作ってやるのさ。あのでかい図体だから火力だけはピカイチなんだ」

 

 巡航艦の楕円形な外周部に置かれた2連装砲塔が動き出して目前にあるプラットフォームへ向けて砲口を向けていく。砲撃の予想進路がストライダー各機のディスプレイへ投影されて巻き込まれない位置へと退避していき、8門の砲塔がエネルギーチャージをするように光を帯びているのを千景は遠巻きに眺めた。

 一斉に砲口から光の奔流が吹き出していき2本の太い閃光がプラットフォームへ着弾し、続けざまに砲塔より2つの光球が放たれて8門の砲塔で絶え間なくレーザーキャノンを当て続ける。着弾位置の外装周辺には大きな穴が形成されてガレリアもすぐさま修復しようと動いていくが、完全に塞ぎきる前に後方にて待機していた強襲揚陸艦が突っ込んでいった。

 船首部分を覆っているエネルギーシールドが徐々に収束して一本の槍へと姿を変えていき、まるで古来の衝角戦の如くプラットフォームの穴に飛び込む。再生しようとするガレリアをオルゴンエネルギーのラムで阻害していき、その間にスタンドモードのストライダーが次々と内部へ進入していくのだった。

 

「よしっ、揚陸は成功だな。あとはここで突入チームの成功を眺めてくわけさ」

「なんというか、船ごと突っ込むなんて豪快だね……。あ、レーヴァテインも無事に突入したみたい」

「アズライトなら1人で全部蹴散らせてしまいそうだな。とりあえず帰りの船が無事であるようにこっちも頑張りますか」

 

 揚陸艦より内部へ突入していくストライダーの中に白と緑のラインがが入った機体を千景は目視で確認してシグナルでもレーヴァテインをキャッチする。内部へ入っていたアズライトを見守るよう銀と黒の2機は静かに旋回していった。



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CHAPTER 2-10

「やっぱ気味が悪いわね、ガレリアの中ってのは……」

 

 真っ黒に染まって無秩序に膨らんだかのように隆起した壁面が作り出す丸い通路をアズライトの駆るレーヴァテインが進んでいく。元々はリグ航行用に作られた通路や搬入口と思われるのだが、ここまで変容しているとまるで巨大な生物の内部へ分け入っているように感じていた。そんな通路が迷路の如く入り組んでいてストライダーも1機がなんとか通れる程度の狭さなのだが、メインシャフトと思われるエリアは広い空洞になっていたのでここを拠点に各通路へ進入することとなっている。

 アカデミー生には正規軍ランナーやベテランプライベーティア達が付いて3機から4機ほどのチームとして内部へ突入していくのだが、アズライトはベテランのサポートは不要ということでオペレーターの指示に従いながら近隣の通路を進むランナーと交信しながら単独行動となった。

 

『ジュネットさん、協同できて光栄です。もしもの時はよろしくお願いしますよ『ロスヴァイセ』』

「あら、ニコルだって『オルトリンデ』じゃない。それに私よりこういった活動得意なはずでしょ?」

 

 隣の区画を進んでいるのは同級生でニコル・ローゼンバーグで同じく『ヴァルキュリー』の称号を持っている彼も当然呼ばれており、イーサン程ではないが広い場所での空戦を好むアズライトよりもこうした調査活動に多く参加している。まさに優等生的オールラウンダーということで色々と特化型な集まりであるデアデビルとは対極なので、今回は頼りになる人材というわけだ。

 とはいえ今のところ進入していても抗体ともいえるガレリアの防衛機構の姿はなく、内部探査とコアへの到達は難しくなそうに見える。油断せず周囲への警戒を怠らずに狭い道を奥へ奥へと進んでいき、やがて行き止まりに辿り着いた。

 

「どうやら私のとこはここで行き止まりみたい……あ、なんとか入れそうだけど、ストライダーでは無理そうね。生身でいけるかしら?」

『僕も何度かしましたが、あまりオススメはできませんね。ストライダーの有る無しは結構大きいですので』

「そう、ちょっと覗いて無理そうなら引き返すわ。それまでレーヴァテインをお願いね」

 

 行き止まりではあるが壁には亀裂が入っていて人なら余裕で通れそうな隙間が開いており、ストライダーから降りて生身でいけるかベテランであるニコルからの意見も聞いて奥の方を確認するだけということでコックピットハッチを開ける。同時に腰から下げている結晶剣を手にしていつでもブレードを発振できる状態を維持しながら降り立った。

 肉眼で確認しても気味の悪い色合いと形状をしている外壁に警戒しつつ、裂け目より奥の方へと進んでいく。狭い道を1メートルほど歩けばまた開けたところへ出ていき、風景は相変わらず黒塗りの内臓というところだがその先は見通せないほどに長く続いていた。

 

「こうなると生身でいくのは危険ね……。あの亀裂を広げて進むのも何が起こるかわからないし、迂回路を探すしか――きゃっ!?」

『ジュネットさん、大丈夫ですか? これは、なにか――』

「ニコル、ニコル聞こえる!? うっ! 一体なんなのよっ!?」

 

 ストライダーに戻ろうと踵を返した途端に強烈な振動がアズライトに襲いかかる。まるで内壁がのたうち回っているかのように前後左右に激しく揺れ動いており、アズライトは立っていられず床か壁もわからなくなった足元にしがみつくので精一杯だった。

 壁の向こうで待機しているニコルからも切羽詰まった通信が入るもすぐに切れてしまい、あとは混線したノイズしか聞こえてこなくなる。とんでもない事が起こっているのだと肌身で理解していてもどうすることは出来ず、アズライトはただうずくまって揺れから身を守るしかなかった。

 

 

 

 

 

 

「……んで、オレひとりでガレリアをぶっ倒したわけさ」

「それで空中プラットフォームを1つスクラップにしたの? ホントに無茶苦茶だよ……」

 

 たった1機のストライダーで大隊規模のガレリアを相手取った度胸と腕前に感心して、同時に近くにあった建造途中のプラットフォームを武器に盾に使い潰してスクラップに変えたという事実に千景は呆れ果てる。千景とイーサンの2人はただいま巡航艦『ザンザス』や幾多のストライダーとともにガレリアプラットフォームの周囲を飛びながら警戒していた。

 とは言うものの雲海が眼下に広がる快晴でストライダーよりも探知範囲が広い巡航艦の警戒レーダーや更に外周側で警戒する正規軍ストライダーもいるので、安全圏な内側にいるということで2人は駄弁っている。本来なら私語厳禁ということで管制官より注意が飛んでくるわけだが今回は変に飛ばない限りは大目に見てくれていたのだろう、怒声に近い注意は飛んでこなかった。

 

「もう、イーサンには何かぶっ壊しましたという話しかないの? さすがデストロイヤーなんて言われて――ハッ!? この感じってまさか……!」

「千景どうした? まさか奴らか!? 聞こえるか、敵襲だ!!」

 

 外の風景は相変わらず青い空であるが、一瞬ノイズが入ったように視界が揺れてビリビリとした空気の振動を千景は感じ取る。これは特殊ガレリアが近づいてきた時に感じるものであり、その様子にイーサンもすぐさまオープンチャンネルであらん限り叫んだ。

 正午の日差しががまるで反転していきなり真夜中になったかのように周囲が真っ黒に塗りつぶされ、黒い雲のような筋が至るところから伸びてくる。イーサンとアズライトが以前に囚われたアモルファスの内部空間であるが、その規模はあの時の比ではない程の規模でプラットフォームはおろか一番外側で警戒していたストライダーすらその腹の中へ飲み込んでいた。

 

『いつの間に!? 観測手なにをしていた!』

『まるで反応がありませんでした! 何もない空間から突然現れたみたいです!』

『こいつが特殊ガレリア、なんて規模だ……』

 

 殆どの者が初めて相対する圧倒的な存在に言葉少なになるが、何度か交戦したことのある千景でもここまで大規模なことに肝を冷やす。そんな中でもイーサンは高く速く飛んでいき、以前の経験則よりこちらを捕らえようとガレリアが動くと踏んで囮役を自ら買って出ていた。

 しかしガレリアは誘うよう派手に動いているネクサスに目もくれずに、黒い靄をのたうち回らせながらプラットフォームの方へと伸ばしていく。まるで吸い込まれるように黒い巨鳥の中へ入り込んでいき、傍から見れば取り込まれているのか進んで入っているのか他に別の理由があるのか区別がつかなかった。

 

「なんなんだ、合体でもしようってのか!?」

『あの中には突入班がいる! このままじゃ巻き込まれるぞ!』

『駄目です! 連絡がとれません!』

『なんてこと……!? う、うわぁあああ!!!??』

 

 ガレリアプラットフォームへと流れ込むアモルファスの奔流はどんどん大きく太くなってきており、まるで黒光する大蛇の群れか嵐で増水した大河の濁流となっている。それらが襲いかかってくることはないのだが、目的の場所には突入した仲間たちが大勢いるので楽観視などは出来なかった。通信で呼びかけても向こうからの返事はなく、アモルファスが取り付いたプラットフォームは姿を変貌させようとしているのが見える。

 更に悪いことにアモルファスの濁流はストライダーを狙っていないとはいえ最短ルートを最速で進んでいくので、その進路上にいた機体は哀れにも呑み込まれてしまった。なんとか突入チームの救援に回りたいのが、濁流を避けながら飛び回るのが精一杯な状態である。

 

「クソッ、こうなったら突撃するしかねえな!」

「イーサン、またかい!? これじゃあ無事に…………!?」

「千景ッ!? 待ってろ今行くぜェェェェェ!!!」

 

 手をこまねいている周囲のストライダーに目もくれずイーサンはプラットフォームへ向けて飛んでいっており、千景は危険と呼びかけながらもその後ろになんとかついていった。もはやアモルファスの靄に覆われて入り込む隙間などないのだが、道理を蹴り飛ばすイーサンにはそんな事は関係なく活路を無理矢理こじ開けるべく突撃体制に移っていく。

 流石に危なすぎると千景は止めようとするも注意が後方から薄れたその瞬間だった。飛び込んできたアモルファスに後ろから突き飛ばされてスターファイターは錐揉み状態で吹き飛ばされてしまい、そのまま濁流に飲み込まれしまう。すぐさま機首のシールドを最大に展開したネクサスは濁流に飛び込んでいき、黒い闇の中を流されていく友の翼を必死に追いかけていった。

 

 

 

 

 

「うぅ……。狭いッ……。いい加減にしろっての!!」

 

 周囲を黒い壁で覆われてアズライトは身動きが取れなくなってしまっている。揺れが収まるまで床にしがみついていたのだが床や壁までもが鳴動したり隆起したりして形を大きく変えていき、動けずないところを巻き込まれて詰まったかのように狭いところに押し込まれてしまった。なんとか抜け出そうともがくも内壁はびくともせず、だがセイバーのヒルトはしっかりと右手の中に収まっているので怒声とともに結晶の刃を発振させる。

 オルゴンによる緑の刃がガレリアで構成されている壁面を容易く斬り裂いて、腕の可動域が自由を取り戻すと更に振り回して2本の光刃でくり抜くように道を開いて抜け出した。先程まで立っていた場所に似た広い通路まで出たのだがその様相は打って変わって、生きているかのように胎動し脈打っている。その悍ましさに嫌でも意識が向いてしまい、アズライトは後ろから忍び寄るものに気づかなかった。

 

「な、なによこれ……きゃっ!?」

 

 切り開いた後ろの隙間より伸びてきた無数の細長い触腕がアズライトに襲いかかり、目の前に気を取られてしまっていたので避ける間もなく締め上げられてしまい爪先が地面より離れていく。両手両足や胴体に首筋など全身を縛り付け、触腕は蔦のように細いのだが振り解けないほどに強靭でギチギチと音を立ててアズライトを締め上げていくのだった。

 スーツに身を包んで肌を露出させてはいないが薄い生地越しに生暖かい気持ち悪い触感に、全身を這いずり回る触腕の不快感は相当なもので抜け出そうとする。しかし群がる触腕は更に本数を増していき浮かぶアズライトをまたしても隙間へ入れるように引きずり込んでいった。

 

「このっ気持ち悪いのよ、早く離れなさいっ!!」

 

 全身をまさぐられて我慢の限界に達したアズライトは素早く手首のスナップだけでブレードを振るって腕に絡みつく触腕を切り落し、すぐさま再生してもう一度絡みつこうとする諦め悪いガレリアを柄頭が連結したスプリットセイバー・ダブルブレードで薙ぎ払う。バトンのように高速回転させたダブルブレードは迫りくる触腕の群れを次々に斬り裂き、四方八方から伸びるガレリアをスプリットセイバーの分離と連結を巧みに使い分けて近づけさせなかった。

 触腕が出てきた内壁の亀裂より離れていたが、オルゴンの刃を振り回すアズライトを異物と感知してか抗体と思わしき防衛機構が次々と集まってくる。これでは逃げ隠れする意味はないなと確認するとブレードを握り直してアズライトは不敵な笑みを浮かべた。

 

「お返しよ。みんな輪切りにしてやるわよ!」

 

 

 

 

 

「いてて……、ここはどこ……?」

 

 どこかに打ったのか痛む額をさすりながら千景は周囲を見回す。まるで黒い腸内のような円形の通路にいて、機体の状態チェックをするとスターファイターはなんと一部が壁面に取り込まれて鎮座というか不時着していた。どうやらアモルファスの濁流に呑まれてプラットフォームとの一体化に巻き込まれてしまい、そのまま内部に取り込まれてしまったのだろう。

 スターファイターの素材はオルゴンを含んでいてジェネレーターも始動はしているのでガレリアに侵食されることはないが、翼がめり込んでいる現状では飛行など出来るはずもないから千景は仕方なく外へ出た。肉眼で見るほうがよりおぞましく感じて、護衛兼サポート用のデルが付いてきてくれてはいるがほぼ丸腰に違いないのでもしガレリアと遭遇したらひとたまりもない。

 

「なんとか合流しないと……。デル、どうしたの? えっ人がいるの!」

 

 プラットフォーム内には多数のランナーがいるはずなので彼らとの合流を目指して千景は黒い道を抜き足差し足でおっかなびっくりに進んでいき、方角などはわからないがデルのマッピング機能と対人センサーを駆使して丁度よくセンサーに反応があった。

 見れば薄ぼんやりした明かりが見えて誰かが照明を焚きながらこの道を進んでいるのがわかり、急いで合流すべく駆け出していく。人影がはっきりと見えてきて向こうも千景の存在に気付いてか手にしてるランプを前にかざし、照らされたところには30代ほどの年齢か無精髭を生やした男であることがわかった。

 千景が目の前にやってきたことを驚いた様子を見せるが敵対的なところはなく、その男も安心してように表情を和らげる。そしてランプを床に置くと大きな声を張り上げた。

 

「ここで友好的な人に会えるとは幸運だ! ありがとう少年、ところで出口はどっちかな?」

「実は僕もわからないんです。いきなりここに飛ばされたので……」

「そうだったのか、これはなんという不運! まさか私と同じ境遇だったとは!」

「…………あれ、もしかしてあなたは“ザ・ワールド”ですか?」

 

 目の前に立つ男にどこかで見た事があると既視感を覚え、千景は記憶を辿っていく。そして行き着いたのはあの危険な飛行を繰り返すスウープのエクストリームプレイヤーで、何よりコーデックスに色々な妨害行為を加えてテロリスト認定された反逆のランナー。

 そんな危険人物を前にして今までの安心感はどこへとともなく吹き飛んでしまい、千景は恐怖で慄く。問いかけに対して否定してほしいと願いながら、男は相変わらず大きな声量で応えるのだった。

 

「如何にも私があの“ザ・ワールド”だ! こんなところでファンに出会えるとはなんという幸運だ!」



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CHAPTER 2-11

「こちら揚陸艦ゼノン! ガレリアに侵食され航行不能、救援を乞う! 駄目です、外との連絡が全く付きません!」

「呼びかけ続けるんだ! この船を失ったら突入部隊の回収が絶望的になってしまう! むぅ、あれは!?」

 

 満を持してガレリアプラットフォームに吶喊した揚陸艦はアモルファスを取り込んだ事で膨れ上がったガレリアが漏れ出たタールのように流れてきて船体に襲いかかり、ジェネレーター出力を最大まで上げてオルゴンを吐き出しなんとか拮抗している。しかしプラットフォームと触れ合っている艦首ラムにはガレリアと融着してしまっているのか離陸できず、侵食してくるスピードも段々と上がってきていてこのままではジリ貧だ。

 外で待機しているであろう航空隊や内部へ突入したストライダー部隊への交信を続けているが上を覆う分厚いガレリアの雲に阻まれているようで、通信士が悲痛な声を上げるが艦長は檄を飛ばして気丈に振る舞う。そこへ暗雲を突き破る一閃が走って見上げると、一筋の赤い線が縦横無尽に飛び交いながらガレリアとドッグファイトを繰り広げているのだった。

 

「躊躇なくクラウドの方に突っ込んでいったぞ!? なんだ、あのストライダーは!」

「確認、出ました。デアデビルというプライベーティアに所属するネクサスです!」

「ネクサス、あの噂の……。だがガレリアの排除をしてくれているなら心強い!」

 

 分厚い暗雲だろうがお構いなしに超音速で通り抜けては赤い軌跡を残していき、ダークグレーのシルエットに迸る血管のような赤いラインが走った前進翼のストライダーがガレリアを蹴散らしていく。通信士は無線でなく発光信号でメッセージを送り、それにランナーは気付いたようでほぼ直角に曲がる鋭いターンでこちらへ向かってきた。

 誘爆をさせないためかミサイルは放たず機体側面に置かれたレーザー機関砲を向け、艦首ラムの周囲に取り付くガレリアを撃ち抜いていく。固着が緩んできたのを確認すると艦長は多少の損壊は仕方ないとして最大出力での発進を命じた。

 

「リバースエンジン、フルパワー! 艦首が取れても構わん、一気に上がれ!」

「了解、逆噴射開始!」

 

 艦前方側面に並んだ逆噴射口が一斉に噴き上がり、艦首ラムの一部が千切れながらもゼノンは再び浮上する。これで自由を取り戻したが気を抜くにはまだ早く、天蓋を覆う霧状のガレリアが一塊となって降ってきているのだ。対空機銃が唸りを上げてガレリアの礫を次々と破壊していくが、数があまりにも多くて雨霰の如く落ちてくるから防ぎきれなかった一部が船体にぶつかって大きく揺らす。

 ストライダーの方は器用にガレリアを避けながら飛んでいき、機関砲やミサイルを駆使して撃ち落としていた。単純な落下運動を行うだけの塊ならマニューバしてくる相手よりは対処しやすいようで、艦の直上を陣取りながら礫を破壊していってこのまま直掩につくようである。

 

「よし、浮上成功! ここからが本番だ、各員引き締めていけ! それからストライダー、援護に感謝する」

『別にいいさ。オレも中にいる仲間を探してるとこなんで、ここは一緒に頼みますぜ艦長さん』

 

 

 

 

 

「ふむ、ここも行き止まりか……。他の道はどうだい?」

「どれもダメみたいですね。一旦最初の枝分かれまで戻らないと」

 

 狭くて薄暗い上にデコボコだらけで歩きづらい事この上ない道を千景とワールドの2人は出口目指して進んでいくのだが、プラットフォームの内部は迷宮の如く入り組んでおりどうにか奥へ続いていそうな道は途中で進めない程に狭まっていた。名残惜しげにワールドは奥の方を見つめながら別の道を尋ね、千景はデルに記録したこれまでのルートを確認していく。

 世間を騒がすエクストリーム・プレイヤーにしてコーテックスやアカデミーからテロリスト認定されている人物と二人っきりというのも不安だらけであったが、ワールド自身は言われるほど危険な感じは無く声が少々大きくてあまり空気の読まないとこがあるくらいだ。なので来た道を引き返しながら千景は彼に聞きたかった事を尋ねる。

 

「どうしてワールドさんは反乱というか反抗をしてるんですか? コーテックスやアカデミーはそんなに悪い感じはしないと思いますけど」

「フムン、反抗の理由か……。カッコいいからだ! ……じゃあダメか?」

「ダメに決まってるんじゃないですか。そんなふざけた理由なら今すぐ関係各所に通報しますよ」

 

 真剣に聞くもおどけて答える三十路過ぎの男に千景は思いっきり冷めた視線を向けた。とはいえ誤魔化したのは何か言えない訳や言いたくない事情があるのだと察して、視線はすぐに外してデルに記録してある地図を頼りに道を引き返していく。

 戻りの行程はワールドの軽口が無くなり打って変わって静かでどうやら何か考え事をしているようだ。こう静かにしていれば年相応に見えるもので友人の印象と重なる部分がある。そんなことを思っているとワールドは思考から抜け出して顔を上げると、率直に切り出した。

 

「私があのような行動をしているのは、本当の事を言えばただの目眩ましに過ぎないんだ。真の目的は別にある」

「真の目的? じゃあエクストリームとかいうのはオマケみたいなんですか」

「エクストリームゲームが好きなのは事実さ。目立つからこそ裏が悟られづらいんだ。そして真の目的というのが、コーテックスの裏に潜んで世界を操る巨悪を打ち倒すことだ!」

「裏に潜む巨悪、まるで陰謀論ですね」

「うむ、確かに口で言うとゴシップ記事の隅に書いてある感じがするな。異世界から来た君には、そして大多数のこの世界の人間もそう思っているだろう」

 

 まさに荒唐無稽な話だと千景は率直に感じて言った当人もそれに同意する。だが同時にその口振りから確固たる証明や確信があるようで、ただのエクストリームゲームとして正規軍にちょっかいを出すのも変な感じがした。

 千景の困惑を察知してかワールドは証拠を見せると豪語して手招きをする。その先はガレリアの反応が強すぎて危険だから入らないように決めた通路であり、ついさっき決めた事を無かったかのように進んでいった。

 

「証拠って、この先にあるんですか!?」

「ああ。静かに、そして低くして。あれを見るんだ。これが私の反抗の理由さ」

 

 どんどん狭くなっていく道は1人が進めるのがやっとという具合になっていき、ようやく広いところへ出られる終点の手前でワールドは止まって後ろの千景を制する。腰を下ろして身を屈めて慎重に奥の方へ視線を向けていき、それに倣って千景も身を低くして道の向こうへ顔を合わせた。

 その先には怪しく蠢くものがあった。それはプラットフォームと一体化して黒い壁面となっているガレリアをまるで塗り替えるように覆い隠していく黒い靄であり、侵食された壁面は虫食いのように穴が開いてタール状の液体が漏れ出して靄に吸い込まれいく。まさにガレリア同士の共食いというおぞましい光景に千景は言葉を失ってしまった。

 

 

 

 

 

「ハアアァァァーッ!!!」

 

 淡い燐光を放つ刃が迫りくる黒き触腕を切り裂いていき、同時に黒い壁面を強く蹴って長く伸びる銀髪を翻しながらアズライトは飛び上がる。弱点となるオルゴンを受けて塵のように溶けていく触腕に代わってアローヘッドを小型にしたような自律抗体が編隊を組んできており、握りしめる長短2本のブレードが鮮やかな軌道を描きながら的確にガレリアを空ととも切り裂いた。

 着地するのとほぼ同時に足元が崩れてそこから新たな触腕が現れて槍の穂先のような鋭い先端を向けてくるものや足に絡みついて動きを阻害するものなどの波状攻撃で迫り、しかしアズライトはグリップの合わせて両端から刃が出るダブルブレードへ変えながら足場を抉るように斬り裂きながら棒高跳びの要領で再び飛び上がる。

 くるりと空中で前転しながら今度は2本のグリップを折りたたむよう平行に組み合わせてそれぞれの結晶体が混じり合った巨大なエネルギーの塊を刃とするオルゴンの大剣へ姿を変え、着地とともに叩きつけて爆発的な奔流が周囲のガレリアを丸ごと消し飛ばした。

 

「いい加減にしなさいよ……! どこまで来るのよコイツらは!」

 

 エナジーの大剣を解除してすぐさま一刀流の構えを取りながらもアズライトは懲りずに攻めてくるガレリアに毒づく。謎の揺れから大暴走が始まりかれこれ30分はぶっ通しで戦っており、敵の数が多いのと狭く入り組んだ小さな道がいくつも続いていたので、スプリットセイバーの大剣モードによる光刃で邪魔立てする一切合切を吹き飛ばして文字通り活路を切り開いていた。

 ガレリアから見れば腹の中を散々にかき回して暴れてるのだから全力で排除しにかかってきており、アズライトには疲労が出始めて他の仲間とも未だ合流できていない。だが逆に言えばこうしいて敵を引き付けておけば間接的に仲間の手助けになるのではないかと思い、こうして剣を振り続けた。

 

『……ットさん……ジュネットさん! こちらローゼンバーグ、聞こえますか!』

「ニコル! 良かった、無事だったのね!」

『はい、ジュネットさんも健在で何よりです! いまジュネットさんのレーヴァテインと一緒に待機しています』

 

 それまで沈黙を保っていた無線機より声が聞こえて小路で別れて以来のニコルの呼びかけにすぐさま応えて、彼はいまアズライトの愛機であるレーヴァテインとともに待機している。しかしそこにもガレリアの脅威が寄せてきており、今はオルゴンシールドを張って耐えているがいつまで持ちこたえていられるかわからない状態だ。

 早く合流したいのだがアズライトはガレリアの数が多くて簡単に突破することは難しく、ニコルは1人で2機のストライダーを持っているので動けないでいる。この状況を打破するべくアズライトは脇を締めてブレードを顔の横に寄せるように立てて構えると、送られてきたレーヴァテインの現在位置との直線距離を測っていった。

 

「今からそっちに行くからちょっと待ってて、最短距離で最速で行くから!」

『最速最短ってどうやって、ジュネットさ――』

 

 ニコルとストライダーの位置を逆探知して確認すると彼の声が終わらぬ間にセイバーを構えると、大剣モードによる巨大な光刃を振り上げて膨大なエネルギーの奔流が迸る。真っ直ぐに伸びる光芒がガレリアで構成された壁を容易く打ち破り、塞がれる前に飛び込んで宣言通りに最短ルートを駆け出していった。

 エネルギーの余波により無線が途中で途切れてしまい、通信先のニコルがヤキモキしているとすぐ近くの壁が盛大に崩壊していく。新たなガレリアの登場かと思って身構えるが、そこから出てきたのは緑の光刃を手にしたアズライトだった。

 

「せっ、盛大な登場だね……。無事で何よりです」

「そっちもね。レーヴァテインを守ってくれてありがとう」

 

 ブレードを仕舞うとレーヴァテインへ飛び移ってスリープモードから戦闘モードへ切り替えると、白いボディに緑のラインが浮かび上がって立ち上がる。始動した時に漏れ出すオルゴンだけで周囲のガレリアを吹き消すほどのエネルギーゲインが生まれ、各種センサーも全開にしてプラットフォーム内を走査させた。

 出口を探すためでない、当初の目的通りコアの位置を探す為で同じように囚えられている仲間達を助力するべく今の状況を打破するにはそこを破壊するしか方法はないだろう。一番ガレリアの反応が強い場所を見つけるとレーヴァテインが立ち上がり、ニコルも慌ててついていくようにストライダーを立ち上がらせる。

 

「見つけた、コアの場所!」

「コアの場所って、まさかそこにいくつもりですか!?」

「そのまさかよ、コアをぶっ壊してここのガレリアを一掃する!!」



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CHAPTER 2-12

『ガレリアの反応、いまも増大中! とんでもない数です、このままだと周りを囲まれてしまいます!』

『狼狽えるな、砲塔の全てを外に向けろ! 狙いはつけずにいい、これなら撃てば必ず当たるぞ!』

「へーあの艦長さん、思いっきりがいいじゃないの。よっしゃ、こっちも一働きといきますかッ!」

 

 プラットフォームより離岸した強襲揚陸艦ゼノンであったが、その直上から前後左右までガレリアに囲まれている危機的状況は続いており情報を伝えるオペレーターから悲鳴に近い声で報告が上がっている。そんな中でも艦長は激励するように声を張り上げながら支持を出していき、言葉通りに全方位へ向けられた火砲や対空砲にミサイル発射管が一斉に火を吹いて近づくガレリアに攻撃を仕掛けていった。

 その様子を直上で眺めながら通信を聞いていたイーサンも操縦桿を大きく倒して、ロールしながら降下してガレリアの中へ突っ込む。無数に飛び回る小型種ガレリアに加えて狙いがつけられず飛び交う砲撃が四方八方から降り注ぐ中をスピードを緩めことなく垂直に落下していき、機体側面の2門のレーザー機銃が唸りを上げて眼前に見えてきた編隊を蜂の巣にして撃ち落とした。

 

「まずはおひとつッ! おっと、お友達がわんさかやってきやがったぜ! だが今更遅いッ!」

 

 縦横無尽に飛び回るネクサスに対する脅威度を改めてか、鋭角な猛禽類を思わせる鳥型ガレリアと菱形の機首を持つ矢じりのようなガレリアによる編隊が次々と迫ってくる。レーザーとミサイルにそして尖った機首による突撃を武器とするアローヘッドが牽制と誘導を行い、制空戦において主力となる鳥型のスカベンジャーをサポートする小隊編成はよくみるものだった。

 ありきたりの編隊で来るとはなめられたものだとイーサンは鼻を鳴らし、ネクサスのエンジンを全開にして急加速していく。アローヘッドが機首からレーザーやミサイルを生成して放ちながら追いかけてきて、誘うようにわざとらしく機体を振りながらガレリアの編隊とゼノンの弾幕が入り乱れた空域へまっすぐに突撃した。機体のすぐそこを光弾が掠めて目の前に飛び出してきた爆ぜたガレリアの残骸を紙一重で避けながら弾幕エリアを抜けていけば、アローヘッドは全て破壊されてか黒い灰のような残骸しか残さず、しかし回り込んでいたであろうスカベンジャーが爪を立てながら真正面にいた。

 

「チキンレースだ、ビビった方が負けって奴よッ!」

 

 避けるどころが更に加速してスカベンジャーへ向かって突っ込んでいき、向こうも避ける気は毛頭ないようでレーザーとミサイルを無茶苦茶に放ちながら下肢から爪を大きく尖らせる。そしてネクサスとスカベンジャーが正面衝突する寸前、イーサンは操縦系統の全てを停止させた。大きく機首を下げて機体は失速してガレリアが迫るも、吹き荒れるソニックブームに押されてネクサスはまるで木の葉のように舞いながらスカベンジャーの横をすり抜けていく。

 その瞬間を見逃さずイーサンは姿勢制御とFCSのみを立ち上げてすぐさま攻撃態勢に移り、ロックオンと同時に機首を左右分割式に開いて最大火力を撃ち放つ。事前に溜めておいたチャージショットが照射ビームとしてスカベンジャーを覆い隠し、高密度なオルゴンエネルギーを数秒間受け続けたガレリアは跡形もなく消失していた。

 

「よっしゃ、まだまだ行けるぜ! この程度で終わりじゃねえだろうなッ!」

『まったく相変わらず無茶苦茶な男だな、デアデビル。ガレリアの分厚いクラウドもお前を止めきれないか』

「なんだなんだ、今更登場とか重役出勤かー。もうオレが全部倒すとこだったぞ」

『そいつは実に残念だ。こちらもクラウドには苦戦したが誰かさんが無理矢理突破したおかげで、薄くなっている突入点を作れたがな』

 

 ネクサスがガレリアの編隊を叩き潰したのと同じく降り注ぐミサイルの雨とそれに続いていくつものストライダーが単縦陣を組みながら舞い降りてきており、後続の機体も続々と重く垂れ込む暗雲を突破してきている。ガレリアの群れから距離を取りながらミサイルを放つ者や敵編隊に突撃してはレーザーを浴びせて即離脱する一撃離脱戦法を行う者など、ランナー達はそれぞれ得意な戦法で膨大なガレリアへ数の上での不利を思わせぬ猛攻を仕掛けていった。

 突入部隊第一陣を率いているランナーはイーサンとも協同経験のあるプライベーティアに属しており、その無謀に等しい飛び方に呆れつつも反撃の突破口を開いたことへの感謝を示す。相変わらず大言壮語を叩きながらネクサスはスピードも攻撃も緩めることなく次々とガレリアを屠っており、その言葉は誇張であっても決して虚言とは思わせなかった。

 

「ところで中への突入はまだできねえのか? そろそろアズライトや千景を迎えに行きたいんだが」

『周りを見ろ、敵が多すぎて下手に突入したら後から撃たれるし、脱出できたところで蜂の巣にされるのが関の山だ。まずは逃げ道を確保しておく、それに突入した奴らは精強揃いだ。お前のお仲間もそうだろう?』

「あったりまえよ! あいつらならきっと中のガレリア全部ブッ倒して出てくるに決まってらぁ!」

『やれやれ、お前みたいな奴は1人で十分なんだがな……』

 

 まるで生きているかのように膨張と収縮を繰り返すガレリアプラットフォームを見下ろしながらイーサンは中にいる仲間に気を向けつつ、ランナーに言われた通り脱出した際の安全確保するため外のガレリアを排除することに専念する。共に空をゆく千景とアズライトならこんなとこでやられるはずはないと、2人の強さに信頼を置いていて何よりただじゃ転ばない奴らだと信じているからだ。

 

 

 

 

 

「アズライトさん、無茶です! コアを破壊するなんて!? 今は仲間との合流を目指しましょう!」

「嫌なら付いてこなくていいのよ。合流しようにもこんなじゃ埒が明かないから、無理矢理でも切り開いていくべきだわ!」

 

 狭くて気味悪く脈動している黒に染まったプラットフォームの通路を燐光による残像を残しながら、レーヴァテインが突き進む。目的地はガレリアの集合体を纏め上げるコアブロックであり、その場所はクラウドの濃密さから大体の位置は把握できた。しかしその道中まですんなりと通してくれるはずもなく、壁と一体化しているガレリアが触腕や壁などに変化しながら妨害を繰り返している。

 目の前に立ち塞がるガレリアの一切を両腕に握ったレーザーブレードで斬り裂きながら、コアへの最短ルートを無理矢理開きながらレーヴァテインは駆け抜けていった。その後方からニコルがあまりに無謀だと止めようとするがアズライトも承知していた上で動いているので、結局前に立つ少女のサポートしていくようになる。

 

「ここでアズライトさんを1人にしておけるわけないじゃないですか。あ、前から自動砲台4つ来ます!」

「ありがとう、ならさっさと抜けるわよ!」

 

 天井から伸びる砲台より打ち出される爆発性エネルギー弾を回避して一気に踏み込みながら斬り裂き、残っていた放題もレーヴァテインを影にして近づいていたニコルのカレットヴルフの銃撃で狙い打たれて沈黙した。狭く曲がりくねった道がずっと続いていたが、ようやくゴールが見えてきてアズライトは一気に飛び出していく。

 その先に広がっていたのはプラットフォームの中とは思えない幻想的な空間で、淡い青の光が壁面や天井から漏れ出していて構造物の全てがガラスのような透明感のある結晶で出来ていた。見惚れてしまいそうな光景であるが結晶に詰まっているのはガレリアクラウドであり、それらが血液のようにプラットフォーム全体へ行き渡るよう次々と送り出されていく。

 

「ここが中心、さしづめ奴らの心臓ってとこね」

「こうな風になっていたのか……。ガレリアにはまだまだ謎が多いですね」

「1000年付き合ってこれだもんね。さぁ、コアは近いわ。このガラスの奥に――なッ!?」

 

 コアの反応が結晶の間の先にあることをセンサーが捉えて、そのさきへ進もうとした途端。周囲のガラスが全てひび割れ砕け散りながら、その破片が降り注いできた。

 

 

 

 

 

「ワールドさん、これは一体……?」

「見ての通り、君らがアモルファスと呼ばれる特殊ガレリアが通常種のガレリアを取り込んでいるんだ。ああなってしまったら最後、ガレリアは全てを喰らい尽くす暴威と化す」

 

 ガレリアがガレリアを食らっているというおぞましい光景を前にして千景はしばしの間言葉を失ってしまっていたが、おそるおそる目を話して傍らにいる“ザ・ワールド”へ尋ねる。先程までまとっていた道化師の仮面を外して世界への反抗を行うレジスタンスの首魁としての顔を浮かべながら、ワールドは目の前の壁を睨みつけながら言葉を続けた。

 地上を覆い隠し人類から地上を奪ったガレリアであるが空中大陸に人類の生活圏が移ってからオルゴンによる守護がるあとはいえ、その侵攻速度は地上のそれと比べて緩慢と呼ぶにはおこがましいほどに1000年もの時間が過ぎ去っている。なので10年前に起きた大侵攻“暗黒星(ダークネビュラ)”事件はあまりに予想外の出来事であり、それまでガレリアが空中大陸にまでやってくることはないと信じられていた。

 

「私は確信している、暴威状態のガレリアは“暗黒星”事件は非常に酷似している。そしてそれを引き起こした黒幕がな」

「く、黒幕ってそんなのが……。もしかして“ハンター”ですか?」

「“ハンター”か、奴はただの実行役に過ぎないだろう、我々の重要目標であることには変わらないが。我々の本当の目的は特殊ガレリアとそれを使役する存在の正体を暴きの根絶させることだ」

 

 地球とゲネシスを繋ぐ事となって千景の父を始めとした多くの人命を奪ったあの大事件が何者かの手によって引き起こされたと聞いて、千景を衝撃を覚えて頭を揺さぶられたような感覚に襲われる。同時にアモルファスを撒き散らしてグリフォンズのデルタチームを壊滅させ、千景自身もその並外れた機動に翻弄されたストライダーを思い浮かべるも、ワールドはそれほどの相手なのだがワールドは単なる尖兵に過ぎないと断言した。

 特殊ガレリアを生み出してあれほど強力なランナーを従わせる存在を隠蔽する秘密組織など、傍から聞けば陰謀論か三流ゴシップ記事の隅に載る与太話にしか思えないだろう。しかし真剣に語るワールドの表情と声色からそれが虚構だとは千景には到底思えず、事実彼はそのために戦っていると感じさせる。だがここで1つ疑問が湧いてきた。

 

「それじゃあワールドさんは特殊ガレリアを追ってるんですよね。じゃあなんでスウープを使って正規軍を妨害するような事を?」

「うむ、真の目的を悟られないようにするためだ。それに私の見立てでは連中はコーテックスの内部に根を張っていると思ってな、ある程度の阻害にはなるだろう」

「そうでしたか、でもそれはとばっちりなんじゃないですか」

「そうだな、千景君の言う通りだ。だがうちの若い衆はコーテックスに不満を持ってる者が多いからあまり止めるわけにいかなくて……。現場の兵士たちには悪いことをしている」

「本当ですか? 結構ノリノリに見えてんですが」

 

 表向きにしている大々的な妨害行為はどうもパフォーマンスの一環らしく本人も乗り気でない雰囲気を出しているが、動画で見た感じはどうも一番気合が入っているのはワールドだと千景には思える。そんな彼の批判めいたジットリとした視線を向けられ、否定するようにただただ首を横に振り続けた。

 既に特殊ガレリアは通り過ぎてしまったのか小さな通り道の向こうには何も居らず、ただ食い散らかされたガレリアの残骸がいくつか転がっているだけである。脅威度のある存在がいなくなった事を確認したワールドはすぐに移動しようとそそくさ立ち上がり、コレ以上の追求は無意味ということで千景もそれに従ってついていくのだった。



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CHAPTER 2-13

「あ、アレは一体……!?」

「コアを守る最終防衛装置っところかしら。どうやら倒さないと突破は無理そうね!」

 

 砕け散ったガラスの破片が降り注ぐ中、最後の壁がアズライトとニコルの前に姿を現す。割れた壁面とその欠片が一つに集まっていくと巨大な花弁へと姿を変えていき、まるでクリスタルを彫って作られたような透明感とストライダーを遥かに上回る巨体という異質さを醸し出していた。

 無機質で神々しさをもつ姿であるがガレリアから生み出されたものだから敵性存在に違いなく、それを示すように緩慢な動作で首を上げていくと花弁の中央が眩い光を放つ。攻撃動作を見た2人は回避へ移ると今まで立っていた場所に紫のレーザービームが通り過ぎ、レーヴァテインは反撃に移ろうとしたがカレットヴルフの背面が吹き飛ぶ爆炎を上げた。

 

「うわぁッ!?」

「ニコル!? 大丈夫!?」

「はい、なんとか……。でもどうして後ろから攻撃が?」

 

 乗っているニコルは無事であるが攻撃を受けた部分が大きく破損しており、移動は可能だが戦闘は難しそうでシールドに出力の全てを回して後方へ下がっていく。しかし死角から攻撃を受けた事実から伏兵がいるのではないかとアズライト警戒していると、再び結晶花より光線が放たれた。

 今度は一度の照射でなく単発のレーザービームを連射してきて弾幕は張っていくが、レーヴァテインは回避したりブレードで弾いていく。全てを受けきったところで後方より迫るレーザーを咄嗟に感知して機体を回転させながら光弾をギリギリで弾き、後方から撃ってきたものの正体にアズライトは気付いた。

 

「まさかこの結晶の欠片でレーザーを反射させてる? 厄介ね!」

 

 未だに空中を漂っている砕けた欠片が結晶花のレーザーを乱反射させて一度回避しても予想外のところから再び攻撃が飛んできており、カレットヴルフを戦闘不能にさせたのもこの反射なのだろう。

 つまりこのエリアそのものがガレリアの武器で状況的にはかなり不利になるが、アズライトは臆すること無く前へ進んでいく。花の周囲は結晶の欠片が薄くなっているのでレーザーの反射にある程度余裕ができて、何よりブレードが届く範囲に入っていけた。

 まっすぐに突き進んでくるレーヴァテインを前にしても結晶花は微動だにせず、オルゴンエネルギーの刃が迫っていく。ブレードが届く瞬間、床を突き破って結晶の蔦が伸びてきてブレードを受け止めた。更にしなやかで強靭な蔦がいくつも生えてきて不規則な振り回しにレーヴァテインは押されていき、そこへ間髪入れず花弁が光り始める。

 

「チッ、遠近隙がないってのはこういうことね!」

「アズライトさん、こちらでヤツの動きをシミュレートします! 攻撃に集中してください!」

「ありがとう、いくわよ!」

 

 後方で待機していたニコルはシールドで身を守っていたが結晶花は歯牙にも掛けられていない様子であり、そこを逆手に取ってそれまで最大だったシールド出力を下げて代わりにセンサー類をフル稼働させてその動きの徴候や弱点を探っていた。蔦と乱反射レーザーをなんとか捌いていたレーヴァテインへデータリンク行い、それに後押しを受けたアズライトは再び結晶花へ向かって突撃していく。

 データリンクさせたディスプレイには結晶花からの攻撃予測が映し出されて、しかし時間にして1秒も満たない短い時間しか猶予がなかった。それでもリンクを最大まで高めて自らの身体を動かすような微細な操縦で機体を翻しながら、ついに懐へ飛び込んだレーヴァテインより伸びる2本の光刃が花弁を横薙ぎに斬り裂く。

 

「これは、結晶の破片!? 厄介な!」

「反応増大、これは超速再生!? なんて奴だ!」

 

 切り裂かれた花弁はゆっくりと落ちて砕けるのだが、その時撒き散らされた破片がレーヴァテインへ降り注いだ。シールドを張っていているが高密度なガレリアで構成されたそれらと打ち消しあってシールドが強制的に剥がされてしまい、更にセンサー類まで狂わされて予測データがあやふやになっていく。

 幸いメインカメラは無事でモニター自体に問題はないが、五感でいうところの視覚以外を奪われてしまった状態で結晶花は砕けたはずの花弁を再生させてレーザーを撃ち出してくる。こうなれば防御は無視してアズライトは発射寸前の花弁の中へ捨て身の吶喊を行った。

 

「これなら、再生できないはずでしょ!」

「アズライトさん無茶だ、離れて!」

 

 花弁の中でぶつかり合う高濃度なオルゴンとガレリアにより、溢れたエネルギーが周囲を破壊していく。突き立てられたブレードの発振器から伸ばして両腕より悲鳴を上げるように警告音が響いて損傷率が上がっていき、同じく結晶花の花弁も耐えきれずに砕けては再生して元に戻すを繰り返していた。

 多少の損壊では再生されてしまう、そう考えたアズライトは攻撃の直前に飛び込んでエネルギーの暴発による完全破壊を目指してさらにレーヴァテインの両腕を突き立てる。花の半分のところまで身を乗り出して奥より吐き出されるエネルギーをクロスさせたブレードで受け止めながら、更に突き進んでいった。

 そしてついに限界を迎えた結晶花はその身にストライダーをすっぽり飲み込みながら、自ら放ったエネルギーの暴走に耐えきれず自壊していく。全身がひび割れて砕ける刹那、膨大なエネルギーが火の柱となって伸びて天蓋を突き破って結晶の部屋を、そして爆心地にいたレーヴァテインごと全てを吹き飛ばしていった。

 

 

 

 

 

「ん、センサーには反応あったが…… まーそれよりこの先だな!」

 

 今もガレリアを吐き出し続けているプラットフォームの上空では今も他のランナー達が制空戦型ガレリアとドッグファイトを繰り広げており、そこから離れたイーサンはプラットフォームの表面を飛びながら深く刻まれた溝の中へ突入していく。

 空戦においてストライダーは1機で2桁のガレリアを落とすキルレシオを叩き出し続けているが依然として数の不利を覆しきれておらず、発射口か発生源と思われるオブジェクトがある表面の深い谷を進んでいた。

 

「やっぱ、簡単には通してくれねえか。だがッ!」

 

 垂直に切り立った崖はストライダーが全速で飛んでも余裕があるほど広いがガレリアの姿は見当たらず、代わりに対空砲や大型砲塔がハリネズミのような密集陣形で並んでいる。そして入り込んできた不埒な侵入者に向けて数え切れない砲塔が一斉に火を吹いて、レーザー砲弾の壁といえる超濃密な弾幕を瞬く間に展開された。

 対するイーサンもスピードを緩めるどころか更に加速しながらレーザーの暴威の中へ突っ込んでいき、翼を畳んで弾幕の僅かな隙間に入りこんで微細なスラスターと主翼の動作で抜けていく。お返しとばかりに前方に並ぶ砲座に向けてミサイルの雨を叩き込み、ガレリアの再生力ですぐに元通りになるが弾幕が途切れた短い時間を逃さなかった。

 

「へっ、オレを落としたいならこの100倍は持ってきやがれ! あれが目標だな!」

 

 砲座が大量に並んだエリアを抜けて射程圏外に出ると機首方向の先にぽっかりと開いた大穴が見えてきて、高濃度のガレリアクラウドが放出されることから空戦型の発射口で間違いないだろう。距離を詰めながら対艦用ミサイルに切り替えてロックオンサイトを展開させ、後方からは対空陣地で止めれなかったからか急遽駆り出されたスカベンジャーの3機編隊が迫ってくる。

 どうにか足を止めようとレーザーやミサイルが後ろからいくつも飛んでくるが、迎撃用マイクロミサイルを撒き散らせて相殺させてそれでも迫る攻撃をバレルロールで避けていった。射程距離に入った所で2発の対艦ミサイルが撃ち出されて前面にエネルギーの膜を展開させながら大穴へ飛び込んでいき、ネクサスが上を通り過ぎた直後に盛大な爆炎が吹き出して追いかけてスカベンジャー達が飲み込まれる。

 

「よっしゃ! 見たかオレの超絶爆撃を!」

『ああ、よくやった! 空戦型の数がこころなしか減ってきた、……が、どうやらガレリア共を怒らせちまったみたいだなデアデビル』

「まったく、遅すぎるぐらいだぜ。オレとネクサスはいつだって爆心地だぜ!」

『すまんがこっちは空中戦で手一杯だ。自力でなんとかしてくれって、聞いちゃいないなあの大馬鹿野郎は……』

 

 ピンポイントで発射口を吹き飛ばしたイーサンは拳を突き上げて上空のランナーからも歓声があがるが、正面から大型ミサイルを叩き込まれてネクサスを最優先目標と判断してかガレリアが大編隊を組んで現れた。さらに左右にそびえるが崖から先程よりも数が増えた対空砲の群れも生えてきて一斉に黒い機影へ向かって砲火を集中させていく。

 たった1機に対する攻撃にしてはあまりに過剰な火力集中にただ見守るしか出来ないランナー達から歯痒さを滲ませてうめき声が漏れるも、その爆心地にいるネクサスよりオープンチャンネルで響いたのはどこまでも楽しそうなイーサンの高笑いだった。

 

 

 

 

 

「フムン、どうやら上は佳境みたいだな。出口を探して彷徨うことはないか」

「どうしたんですか、佳境って? あ、もしかして外でなにかあったんだ」

「ご明察だ千景君。私の予想よりだいぶ早かったが、君の友人達は優秀のようだね」

 

 ガレリアを避けながらワールドとともに狭い道を進んでいた千景であったが、不意に彼が足を止めて天井を見上げながらその向こうを覗くような仕草をとる。同じように顔を上げてみたが黒い天井があるだけでなにかを感じ取ることは出来なかったが、その言葉から外における戦いの流れが変わったことを察した。

 ワールドが感じたものによるとこの空中プラットフォームでのの戦いはランナー達に軍配が上がったようであり、このまま脱出口を探すよりもスターファイターが座礁している元の場所へ戻ったほうが良いと提案する。

 

「では君のストライダーのとこまで戻ろうか、時間もあまりなさそうだし」

「戻るって、出口を探すんじゃなかったんですか?」

「ああ、出口を見つける前に君の仲間達がここのコアを破壊するだろう。そうなればここは分解するからストライダーで一気に飛び出した方が早いからな」

「そうですか……。でもなんで分かるんですか、なにか外と交信してるようには見えなかったんですが、透視なのかなぁ」

 

 ワールドの先導とデルに記憶したマップデータを頼りに元来た道を引き返していくが、まるで直接目にしているかのように外の状況をリアルタイムで伝える男の能力に千景は興味を惹かれた。考えられるものとしたら遠くを見通す千里眼がワールドのランナーとしての固有能力なのかもしれないし、外にいる味方と通信機なしで交信できる能力という線もある。

 うんうんと唸る少年を横目に見ながら楽しげに笑う張本人は答えを求める無言の視線を受けて、口元に指を置いて秘密だとジェスチャーで示した。大人げないその仕草に千景はため息を漏らしつつもたぶんそうだろうと予測は少し出来ており、この道中で“ザ・ワールド”という男を多少は理解出来たのかもしれない。

 

「悪いが私の能力に関しては秘密でね。まっ、稀代のテロリストらしくていいだろう?」

「なんで楽しそうなんですか……。言いたくないなら仕方ないですよ」

「理解してくれてありがとう、ただ一つ教えてもいい方法があるんだ。それは……」

 

 そこで足を止めるとワールドは大きく身を翻しながら千景の方へ向き、芝居ががった大仰な動作と言い回しで手を差し出した。

 

「放上千景君、我々『ヴィジランズ』の仲間にならないか!」



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CHAPTER 2-14

「ワールドさん達の仲間に僕をですか?」

「そうだ、是非とも君をヴィジランズに迎えたい!」

 

 自分の仲間になってほしい、ワールドから唐突にそんな事を聞かされた千景は面食らったように驚いてオウム返しで尋ねた。どうも演技過剰なノリだから冗談かと思ったがどうも彼は本気な様子であり、下手な返答はマズいので顎に手を置きながら深く考えていく。

 ワールドの仲間になるということは世間一般にテロリストと呼ばれてる連中の中に入ることを意味し、一方で情報収集に長けているからか今まで以上に特殊ガレリアの謎へ迫れる事が出来た。しかし何故その相手が自分なのだろう、誘うならイーサンの方が実力があって気質も似ていると千景には思える。

 

「でもどうして僕なんですか? イーサンの方があなた達に近いと思いますけど」

「あの奇天烈飛行バカを仲間にしろと? ハハハッ、千景君はなかなか手厳しいな。いや済まない、君の友人を悪く言うつもりはないのだが、イーサン・バートレットはイレギュラー要素の塊のような男だ。制御なぞ誰にも出来ない、なら自由に動かして思う存分場をかき回してもらいたいのさ。第一、彼が私の誘いに乗ると思うかい?」

「ないですね。仮に自由に飛んでいいって言っても、『それはオレが決めることだ!』って言って突っぱねそうですし」

「だろう、全く面倒くさいったらありゃしない。その点千景君は外部より来た者だからこそ中立的視点に立っていて、何より人の話をしっかり聞いてくれる。だからこそ仲間になってほしいんだ」

 

 あんなのは勘弁してほしいとワールドは肩をすくめて千景も考えてみればイーサンはただ好きに空を飛んでいただけで、命令は聞かないしプライベーティアとして依頼を受ける時に多少なんとか融通を利かす程度だから仲間にするメリットはないと断定できた。

 何かワールドが欲しい人材は戦闘力でなく中立的視点から大局を見れる人物で地球からやってきた千景はまさに適任といえよう。それを感じ取ってしばしの黙考の後に答えを出した。

 

「誘ってくれるのは嬉しいですけど、僕にはデアデビルの仲間がいます。そのみんなで一緒に進んでいきたいんです」

「……そうか。なら、この話は忘れてくれ。また共闘する機会はいくらでもあるだろうし、敵対することも有り得るがそれも一興だろう」

 

 千景の答えを聞いたワールドをどこか満足げに頷いて背を向けるとまた進み始める。そこからは一切勧誘の話は出さずにそれでいてヴィジランズ活動について滔々と語り続け、ああ言ってもまだ未練が有るんじゃないかと感じつつ2人はスターファイターが座礁しているポイントまで戻ってきた。

 

 

 

 

 

「うっ…………、ハツ!? アズライトさんは!?」

 

 視界がグラグラと揺れる中で頭を抑えながらニコルはなんとか顔を上げた。レーヴァテインと結晶花の強烈なエネルギーのぶつかり合いは周囲を丸ごと破壊するほどの余波を生み出して、結晶で輝いていた空間は見る影もなかった。

 それほどの破壊的事象の中心にいたレーヴァティンとアズライトが無事なのか爆心地に目を向けると、そこには結晶花の残骸と思わしき結晶の山が残っているがレーヴァテインの姿は見えない。どこにいるのかと駆動系が悲鳴を上げてるカレットヴルフを進ませて近づいてくと、結晶の山が崩れ始めてその中心から赤いストライダーが出てきた。

 

「ふぅー、なんとか助かったわ。ニコル、そっちも無事でなによりよ」

「もう心臓に悪かったですよ本当に……。でもコアを破壊するなら早くしたほうが」

「ゲッ、あれだけぶっ壊されてもまだ再生できるのコイツらは!」

 

 お互いの無事を確認してアズライトは安堵するが周囲に散らばる結晶の欠片は磁石のようにくっついて黒ずんだタールも這うように一箇所へ集まっており、ぶつかりあった結晶花の残骸は流石に動いてはいないが早くも別の花弁が咲こうとしていることにアズライトは思わず毒づく。

 先へ進む道を邪魔するものはいないのでここに長居する必要はないと、ストライダーを直立(スタンド)モードから飛行(フライト)モードへ変形させて奥の方へ一気に飛び込んだ。コアへと通じる通路はこれまでと違って広めな六角形をしているからスピードを出していくことが苦でなく、すぐさま広い空間へ入っていく。

 

「あれがコア……。不気味だ」

「はやく壊しちゃいましょう。私は上を攻撃するから、下の方よろしくね」

 

 ストライダーが余裕で一周回れるほど広い球体状の空間に天井と床から伸びる無数の蔦に支えられた赤黒い球体が中心に鎮座していた。まさにコアと言える存在感を放つがその大きさはストライダーをゆうに上回る直径は20メートルを超えており、規則的に発光を繰り返してるのが心臓の鼓動にも似ていて余計に不気味である。

 しかしコアへの被害を恐れてか迎撃装置の類はなく血管のような蔦やコアそのもの防御力で守っているのだと判断したアズライトは上部への集中攻撃を狙い、ニコルも従って下方へ照準を合わせた。

 

「了解。全火器を目標に、照準よし!」

「こちらも完了っと。それじゃあ一斉に、ファイヤー!」

 

 アズライトの号令とともに2機のストライダーから正面に備え付けられた火砲が一斉に唸りを上げて光弾を撃ち始め、展開したウェポンベイからも大量のミサイルが吐き出されていく。その全てがガレリアプラットフォームのコアユニットへ向かっていき、オルゴンの淡い燐光が無数に炸裂して爆音が轟いた。

 爆発の規模の割に破壊できたのは絡んでいる蔦の一部だけでコア本体は傷一つ付いておらず、ミサイル攻撃は通用しないと判断した2人は即座にエネルギーのチャージを開始する。機体の許容限界ギリギリまでオルゴンエネルギーを圧縮されてストライダーの前方より光の渦が一気に放たれ、一直線に伸びる光芒はコアとぶつかり合った。

 しばし拮抗していたコアであったが途切れることなく照射され続けるチャージレーザーに次第に押されていき、ついに耐えきれなくなってか表面にヒビが入っていく。チャージされたオルゴンの残量は照射を継続させていくにはまだ十分でヒビが広がるスピードも次第に速くなり、ダメ押しとばかりに全てのエネルギーを一気に放出させてコアは真ん中から2つに分かれるとそのまま粉々になっていった。

 

「やったわ! これでプラットフォームはバラバラになるはずよ」

「だといいですけど、まずは脱出ですね。ここにいると巻き込まれてしまいます」

「そうね、なら長居は無用!」

 

 コアの破壊と同時に内装にもヒビが入って崩壊が始まっていき、何よりコアより漏れ出すエネルギー量は少なくともこの場所から結晶花がいたエリアまでを吹き飛ばすには十分すぎるほどの破壊力を有している。巻き込まれない為とプラットフォーム崩壊時は外側に近い方が脱出しやすいということで踵を返すようにUターンするともと来た道を引き返していった。

 後方より迫るエネルギー波を感じながら六角形の通路をほぼ全速で突っ切って小さな結晶花がいくつも花弁を咲かせた鏡張りのエリアも俄然無視して飛び去る。狭く曲がりくねった道を飛んでいるところでようやく後方からのエネルギー反応が消失しており、代わりに通路がひび割れを繰り返して広がりながらバラバラになっていくのが目に見えていた。

 

「ふぅー、なんとか逃げ切れたわね。これでプラットフォームも分解していけば他の皆も脱出できるわねきっと」

「色々無茶しましたけどね……。もうこんなのは勘弁してほしいですよアズライトさん」

 

 

 

 

 

「ハハハッ! どうしたどうしたガレリアさんよぉ、まだ追いつけねえのか!」

『あいつ、まだ追いかけっこを楽しんでいやがるぜ……』

 

 プラットフォームの表面にて湧き出る空戦型ガレリアとイーサンは追いかけっこを続けており、ネクサスの後方にいるガレリアの数は一個大隊に上っているがその全ては追いつくどころか一発も当てられずにいる。もはやスタンピードに追われてるという状態なのに響き渡る高笑いに、数がぐっと減ったガレリアと戦うランナー達の誰かもが呆れ果てていた。

 そんな事はお構いなしに3つ目の射出口に対艦ミサイルをタッチダウンさせて盛大に爆炎を上げさせていき、そのたびに増えるアローヘッドやスカヴェンジャーの大群をあざ笑うかのごとく引き離しながら狭いトレンチの中へ突っ込む。前方から味方への誤射を気にしない―そもそもガレリア同士の攻撃はダメージを受けないらしい―対空砲火が飛んでくるのだが、今回は濃密な弾幕が降ることなく代わりに1機がギリギリ通れそうな溝の隙間が次第に開かれていくのだった。

 

「なんだなんだ、プラットフォームがぶっ壊れていく?」

『コアが破壊されたんだ! どうやら中の奴らがやってくれたらしい。よしっ一気に掃討するぞ、お前も遊んでないで突っ込んでけ!』

「了解っと。オレを暴れさせて後悔すんじゃねえぞ!」

 

 本拠であるガレリアプラットフォームが機能停止して大気中のクラウド濃度が下がったことで空戦型の動きは見違えるほど鈍くなり、空中で超信地旋回の如く180度ターンするネクサスが突っ込んできても反応できずにいる。そんな漂うだけの的を見逃すことなどイーサンにはあり得ず、すれ違いざまにレーザー機銃やマイクロミサイルを的確に当てていき文字通り鎧袖一触に次々と撃ち落としていった。

 大隊規模の編隊をものの1分ほどで全てを破壊し尽くしておまけとして機首を展開させてチャージレーザーをプラットフォームに向けてぶっ放し、崩壊が始まっていた表面はたやすく撃ち抜くとそのまま貫通して下方の空へと消えていく。

 

『おい、気を付けろ。あそこには味方がいるんだから誤射したら大事だぞ』

「大丈夫っすよ、オレには見えますから。ほら、みんな出てきた」

『まったくバカなのか抜け目ないのかわからんな……』

「誰だオレはバカって言った奴は! そこは超天才イーサン・バートレット様と呼ぶとこだろッ!!」

 

 イーサンが撃ち抜いた風穴は崩壊とともに広がって大きくなり、そこから出てくる光点が確認できた。チャージレーザーの一閃は手っ取り早く脱出路を作るのと高エネルギーを中にいる味方が探知して誘導する目的もあった。それをパッと思いつく機転の速さには舌を巻くが、どうにも言動がいい加減呆けていて判断に困る。

 これまで覆っていたガレリアの分厚い靄も取り払われて外部より指揮を行っていた巡航艦が近づきながら部隊へ指示を出していき、揚陸艦ゼノンが出てきた突入部隊を迎えてストライダーはプラットフォームの警戒と突入部隊回収の二手に分かれてイーサンは警戒組に組み込まれた。

 

「さてとこれで一段落かー。もっと飛んでいたかったぜ、根性ないぜガレリア共!」

『アレだけやってまだ足りないのか、このバカは……。―異常反応だと!?』

「なんじゃありゃ、ガレリアの残骸か!」

 

 分解を繰り返すプラットフォームとそこから抜け出すストライダーをなんとかなし眺めながらイーサンはどこか消化不良な心持ちで、それをたまたまエレメントを組んだランナーが咎める。その時センサーに異常を知らせるアラームが鳴り響き、同時にプラットフォームの崩れた隙間から黒い靄が漏れ出していくのが見えた。

 内部に残っていたガレリアの残滓と思われるがその数はなかなかの数であり、外に出てきたが逃げるわけでなく一箇所に集まって圧縮されるように小さく濃密な球体へとなっていく。弱点であるオルゴンに満ちた空域から離れず戦おうとするガレリアなど誰もが予想していなかったが、イーサンだけはその気概だけを認めて最大戦速で突っ込んだ。

 

「その気概よしッ! 真正面からぶっ飛ばしてやるぜ!!」



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CHAPTER 2-15

『クラウドの濃度が爆発的に急上昇しています! こんな事が有り得るなんて!?』

『小癪な! 最期の悪足掻きに過ぎん、全砲門を開いて一気に片を付けるぞ!』

「おいおい、射線上にはオレがいるんだぜ? ま、構いはしねえけどな!」

 

 まるで蒼穹に浮かぶ一点の黒点の如く肉体を構築させるクラウドを濃縮させていくガレリアは怪しげな脈動を繰り返しており、何か行動を起こされる前に潰す事を意図して巡航艦は全ての砲口を向ける。その射線上には同じくガレリアへ向かっているネクサスもお構いなしに砲撃する気なのだが、全部避け切れる自信があるイーサンは気にすることはなかった。

 まばゆい光とともに燐光の嚆矢が無数に撃ち出されて球体のガレリアへ向けて放たれ、ネクサスは後方から迫る砲撃をすいすいと避けながらそのまま近づいていく。巡航艦に主砲は矢継ぎ早に放たれて小さい目標ながら殆どが命中していくが、イーサンが目視で着弾を確認できた部分ではダメージを見つけることは出来なかった。

 

「23センチオルゴンレーザーをざっと10ダース受けて無傷とは……。ならゼロ距離からブチ込む事に限るぜ!」

 

 遠距離攻撃では効果が薄いと感じたのか巡航艦の砲撃は止み、代わりにストライダーの編隊が次々とガレリアに向かっていきその最前線にはネクサスが飛んでいく。ミサイルの射程に入ったので挨拶代わりに撃ち込むがまるで見えない壁に当たったように虚空で爆発してしまい、レーザーも物理兵装も通用しないようだ。

 なら高出力のチャージレーザーを至近距離から叩き込むか機首エナジーフィールドを全開にして突っ込むのが有効だとイーサンは考えていたが、それよりも早くガレリアが動き出す。球体状から鋭角のような棘がいくつも伸びた星型がいくつも重なった形状へと変わり、中心に浮かぶ小さな星型が高速回転し始めるのだった。

 

「まだ隠し玉があるってか!」

『何をする気だ……、高エネルギー反応!? 各機ブレイクだ!』

 

 中心点より何かが集束されているのが確認できたのと同時に高いエネルギーが発生していることを知らせるアラームがコックピット内に響き渡り、間髪入れずにガレリアから高出力なエネルギー波が放たれる。目に見えるレーザーの直径は10メートルほどであるがエネルギーの余波による加害距離はその5倍にも及んでおり、先頭をいくイーサンは機首を90度下に向けた急降下でギリギリで回避した。

 後続のストライダー達もなんとか散開して避けていくのだがネクサスと同じように膨大なエネルギーに煽られてしまい、まっすぐ伸びっていた光芒は巡航艦の下方を掠めて更に後方にあったプラットフォームの残骸すら貫き通す。

 

『くっ、被害状況を知らせろ!』

『下部エンジンブロック被弾! 推力低下してますが、航行には問題ありません! ただ救出部隊との通信途絶し、向こうの被害状況は不明です!』

『すぐに反撃開始――なんだ!?』

「チっ、今度は範囲攻撃かよ!」

 

 集束されたレーザーが止まったと思ったら中心の星型は更に高速で回転し始めて、雨霰の如く数百もの細く小さなレーザーを放ってきた。狙いをつけて撃っているわけでないが圧倒的な弾幕で近づけるのは至難の業で散開していたストライダーは編隊を編成し直す間もなく散り散りになっていく。

 小型で高速で動けるストライダーはなんとか避けてはいるが艦艇は避けることが出来ず、レーザーの暴威を真正面から受け止めるしかなかった。揚陸艦はプラットフォーム残骸の後方に隠れているのでなんとか凌げてはいるが、巡航艦の方はシールドを張っていたが耐えきれず被弾した各所から火が吹き出ていく。

 

『メインジェネレーター出力低下、損傷率70%を超えました! これ以上は持ちません!』

『仕方ない、艦を放棄する! ストライダー隊、退避の支援を頼む』

『了解、っと言いたいとこですが、この状態ではなかなかキツいですな。編隊を組み直せ、フラフラしてると蜂の巣にされちまうぞ!』

「これじゃあジリ貧だな……。じゃあ、いっちょ一肌脱ぎますか!」

 

 矢継ぎ早に行われるガレリアからの攻撃に部隊は右往左往して反撃もままならぬ状態であり、沈みゆく巡航艦からの脱出を支援するべくイーサンはネクサス急上昇させながら浮かぶ黒点へ向けて大型対艦ミサイルを撃ち込んだ。残っていた最後の1発は真っ直ぐに伸びてガレリアもそれに気付いて迎撃のレーザーを浴びせてくるが、より高速なマイクロミサイルもばら撒いて相殺させて対艦ミサイルを守り抜く。

 中心点に撃ち込める段階になってガレリアは星型がいくつも重なった姿から元の球体へと姿を戻し強固なシールドを張り直し、対艦ミサイルは見えない壁に阻まれて直撃することなく爆散してしまった。お返しと言わんばかりに鋭角なフォルムへ姿を変えると今度はネクサスを狙い撃つかのようにレーザーを乱射してくる。

 

「食い付いたか、どんどん来やがれ! それに攻撃と防御は一緒に出来ないってとこだなガレリアさんよぉ!」

 

 針のように細く鋭い黒いレーザーが狙いすまされて降り注ぐ中を縦横無尽で隙間を縫うようにネクサスは飛んでいき、とりあえず友軍は射程外になったので立て直しに専念できるだろう。攻撃中はコアが剥き出しなのでチャンスだがそれにはこの濃密な弾幕を突っ切る必要があり、防御フィールドを発生させられたらネクサスの兵装はどれも通じなさそうでうまい攻撃方法が思いつかずにいた。

 その時、ガレリアに向かって三日月状のオルゴンエネルギーの塊が飛んでいき、レーザーの雨霰が一旦止んで防御形態へシフトしてガレリアは防ぎ切る。光波が飛んできた先を確認すると燐光を放つ純白のストライダーがオルゴン結晶の剣を携えており、続けざまに光波を放ちながら純白のストライダー―レーヴァテイン―がネクサスの近くまで飛んできた。

 

「アズライト、無事だったか!」

「無事だったかじゃないわよ、コアを壊して脱出できたと思ったらいきなりアンタがガレリアとやりあってるじゃない!」

「そう言いながらもすぐに来てくれるのは有り難いぜ。さ、ちゃっちゃと片付けちまおうぜ!」

 

 防御シフトから攻撃シフトへ切り替わったガレリアが再び容赦のない弾幕を放ってくるが、ネクサスとレーヴァテインも細やかな動きでくぐり抜けながらガレリアへ接敵していく。ミサイルと光波ブレードを同時に放ち、砲撃の間隙を突いたその一撃は五方へ伸びるガレリアのうち一方を切り落とした。

 まるで鮮血のように黒い靄を斬られた箇所から噴き出して空を黒く染めていくが、それらはまるで針のよう鋭く伸びると向かってくるストライダーへ降り注ぐ。しかも今度は撃ちっぱなしではなくこちらをどこまでも追尾してくるとんでもない代物だった。

 

「まだまだ隠し玉があるとはな、このガレリアとんだ根性してるぜ!」

「感心してないで撃ち落として! オルゴンで相殺は可能よ。それに向こうも相当無茶した大技みたいね、5つあった角がもう残り2つまで減ってるわ」

「ならこのまま逃げて消耗させるか――って、んなわけねえだろ!」

 

 追尾ミサイルに対してレーヴァテインは光波を浴びせてネクサスは旋回砲を後ろに向けて撃ち落としていきながら、アズライトはガレリアの形状変化から消耗状態であることを見抜く。いくら凶暴で非常識な特殊ガレリアであっても自身を構築するクラウドを出し続ければいつかは必ず尽きるのは当然で、こちらへの対処はミサイルだけに任せて本体が砲撃してくる様子はなかった。

 このまま飛び続けて持久戦に持ち込めばじきにガレリアは自然消滅するだろう。しかしそんな事を待つ2人などでなく、イーサンはエンジン全開で突っ込んでアズライトもそれについていく。

 

「同感! ユナイトして真っ二つにしてやるわ!」

「あぁ、そうこねえとな!!」

 

 ミサイルのほとんどを落とされて近付てくるストライダーを感知してガレリアは砲撃を再開して局所的ながら濃密な弾幕が瞬く間に構築され、その中でありながらネクサスとレーヴァテインはお構いなしにユナイト状態へ移行した。

 高いシンクロ率による相乗効果で溢れ出すオルゴンがガレリアの攻撃を打ち消してその勢いのまま、アルビレオは両腕に握ったウイングブレードを突き出して向かっていく。ガレリアも攻撃から防御へ切り替えてスクリーンを展開していくが、完全に閉じきる直前にブレードの先端が滑り込んだ。

 

「ようやく捕まえたぜ! 出力最大だ、ぶちかましてやれええええ!!」

「言われなくても! これで、トドメ!」

 

 どうにか閉じようと左右から凄まじい力で挟み込まれているが、2人のランナーの共鳴によるオルゴン増幅がアルビレオのジェネレーターを最高に稼働させ、膨大なエネルギーがブレードへと集中していく。アズライトの一言とともにオルゴン結晶の刃が真っ直ぐに伸びて、閉じかけたスクリーンを無理やり引き裂いた。

 それは同時にガレリアのコアにまで到達しており、横薙ぎに真っ二つ斬り裂かれたガレリアは断末魔を上げること無くゆらゆらと空中を漂うと溶けるように消えていく。一瞬の静寂の後、無線機の向こうから割れんばかりの喝采が鳴り響いた。

 

「ふぅ、これでどうにか終わったようね……」

「いやー今日もたっぷり飛べたぜ。オレは大満足だったぜ!」

「もう、これだから飛行バカは。ま、私も言えた義理じゃないけどね」

 

 

 

 

 

「本当にワールドさんの言う通りだ。プラットフォームの崩壊が始まってる……」

 

 スターファイターもコックピットで待機している千景はいつでも飛び立てる準備をしており、そのように助言していたザ・ワールドの言っていた通りにプラットフォームを構成していたガレリアは崩壊を始めている。

 壁に埋め込まれていた翼端も既に解放されていて天井も裂け目が広がっていき、上に向けて飛べるほどの隙間が開いていた。スターファイターは浮かび上がってゆっくりと上昇していくが、同時に通信が入ってきて送信主がワールドと確認する。

 

『やあ、千景君。無事に脱出できそうかい、こちらはなんとかいけそうだ』

「はい、大丈夫です。なにかあったんですか?」

『いや、一つだけ伝え忘れていたことがあってな。君は確かソレスシティのスラム街でゴタゴタに巻き込まれたそうじゃないか?』

 

 ワールドが何故ソレスシティで依頼を受けた先でサイボーグ少女と遭遇した事を知っていたのは謎だが彼の情報収集力の高さが理由だろうと納得し、その事を肯定するとワールドはホロデータを一緒に送ってきた。

 そこに移るのは板状の装置で千景は見覚えがあり、それはサイボーグ少女に殺されてしまった謎の男が持っていたクレジット通貨のデータが入っていたカードである。

 

「確かにこのカードはイーサンが回収してましたが、なにかあるんですか?」

『ああ、これは我らと君等がおっている連中に繋がる代物なんだ。その中を調べてみると何か手掛かりが見つかるかもしれない。それじゃあ気を付けて脱出してくれよ』

「はい、そちらもお気をつけて」

 

 そこで通信が切れて上昇していたスターファイターはプラットフォーム上空に出ており、エンジンに火を入れて飛びながら仲間との合流を目指す。ちょうど脱出してきたストライダーはいくつも飛んでおり、小型のリグの揚陸艦の周りに集まっているのが見えた。

 そんな集まりから少し離れたところを白と黒のストライダーは並んで飛んでいてスターファイターはそれを目指して加速していき、2機も近づいてきて通信機から嬉しそうな声は響く。

 

「千景! 無事で何よりだぜ!」

「うん、2人も元気そうだね。なにかあったの?」

「まぁね。今日は疲れたし早く帰りましょう」

 



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CHAPTER 2 エピローグ

「フハハハ、今帰ったぞ!! ……って誰もいないの?」

 

 勢いよくドアを開け放ちながらワールドが帰還する。ここは彼が率いる自称最悪の反動組織『ヴィジランズ』のアジトであるが、その実態はただの住居スペースで生活感がにじみ出る散らかり具合を呈していた。その中に置いてあるソファーへ勢いよく飛び込むとだらしなく身を投げだしており、ランナー達に混じってガレリアに侵食されたプラットフォームを右往左往して疲れ果てている。

 そんな怠惰の極みとも言える有様なワールドの姿に呆れたような表情を浮かべながら1人の少女が部屋の中へ入ってきた。手慣れた動作でテーブルの上に散らかるゴミ類を片付けると、濃紺の口当てを下ろしながら手近な椅子に腰を下ろす。

 

「あなたは私がいないとまともに掃除できない生活無能力者なのですか? 一応は組織の長なのですからしっかりしてください」

「なんだいリッカ、いたのか?」

「今戻ったところです。首尾は上々かと」

 

 呆れたように肩を落とす少女―リッカは口当てと同じ濃紺色なボディースーツに身を包んで暗い青色の長髪を左右に結んでおり、彼女は先日千景とイーサンとソレスシティのスラム街で遭遇したサイボーグ少女その人だった。数枚のチップをテーブルに置くとそれを滑らせてワールドの近くに出すと、立体映像が浮かんでいくつかの情報が流れていく。

 ついさっきまでの怠惰な姿はどこへやら伸びた姿勢のまま鋭い眼光で情報を一通り読み続け、内容に満足するように頷いた。これからの行動指針がその脳内で構築されていくのと同時に不敵な笑みが浮かんできて、この時のワールドが一番生き生きしているものだと副官たる少女はいつも思っている。

 

「よし、これで奴らの次がわかるぞ。奴らへの潜入という危険な役目を完璧にこなしているな!」

「いえ、これが仕事ですから、ただ一つだけ聞いていいですか。なぜ彼らを巻き込んだのです?」

 

 リッカが尋ねた彼らとは千景とイーサンの事で、ソレスシティでの遭遇も向こうの仕事である工作員として動いている中でワールドより接触するよう指示を受けたからだ。ランナーとしては目立つ存在であるがまだ学生に過ぎない彼らを引き込んだところで戦力としてはあまり期待できないところだが、ワールドはそれは違うと訂正する。

 

「別にあの子達を仲間にしようとしたわけじゃない。彼らと我らの目指す位置は同じ、つまり同志だ。若き同志に先達として助言をしてのさ。今回の遠征もそれだ」

「そうですか、それはご苦労さまです。で、本音は?」

「彼らはジョーカーさ! このまま巻き込んで色々かき回してもらいたい! その方が面白いだろう?」

 

 ニカっと笑うワールドに対してリッカは大げさに頭を抱える仕草を見せた。これが世界最悪の反動組織ヴィジランズの最高幹部会議において必ず行われるものである。こんなのでよく今まで組織が回っていたのかと思いたくなるが、ワールドという男は容易く成し遂げてきていた。

 

「さて、指針は決まった。目に物見せてやるぞカウンシル!」

 

 

 

 

 

 ゲネシスのネットワークはオルゴンによる量子ネットワークが主流だから膨大の情報をやり取りが可能で、もはやもう一つの世界と言えるほど成長している。誰にも開かれたオープンなものや鍵を知る者しか入れない閉じられたクローズまで雑多で細かなネットワークがテクスチャの如く重ね合わせられた世界の深淵、そんな奥底に潜むものがあった。

 入るための鍵となるパスワードを入力すると生体認証が始まって紋章が浮かび上がるとログインが成功した事を示し、まるでオペラ劇場を俯瞰した配置図が現れる。こここそが『カウンシル』の会議場で座席に当たる部分にはログインしているメンバーが在籍している事を表し、そして舞台に位置する場所に鎮座する者こそ会議の進行役であり何よりカウンシルの首魁となる存在だ。

 

『列席の方々、如何でしたか今回の演目は?』

『まったくもって素晴らしいです! まさにマイスの直系たる『エージェント』様にしか出来ぬ御業でございます』

『あの不気味で不可解なガレリアをいとも容易く手懐けるとは、これで我らの宿願に近づきました』

 

 開口一番にメンバー達が口々に首魁たるエージェントを讃える。それは先程行われたガレリアの制御実験であり、エージェントが作り出した特殊ガレリアが通常のガレリアを上書きしてその制御をこちらが好きなように操るというものだ。

 実験は見ての通り成功し更に対象となった侵食済みプラットフォームで活動していたランナー達への攻撃も一定の成果を出しており、これを本格的に運用していけば世界最強の軍隊を手にしたのも同然と言える。エージェントが作り出したカウンシルに集いし匿名の幹部たちもその恩恵に与って成功した者たちで、コーテックスの上層に食い込む権力者達だ。

 

『しかし、これは通過地点に過ぎません。エージェントたるこの私が望むは新世界の創造。ガレリアの力はその尖兵であり、貴殿らは新世界を担っていく人材。その為に邁進しつづけるのです』

『全ては我らが大望の為!!』

 

 

 

 

 

「大望か……。フッ、滑稽だな」

「ええ、全くですわ。まぁ、この俗物共にはいい目眩ましで餌になりますわ」

 

 称賛の大合唱が行われているカウンシルの秘密ネットワークを見ながら嘲笑を浮かべるのは、黄金仮面に被りながら豪奢な金髪を湛えた青年である。ダウン1着だけという軽装で天蓋付きのベッドで横になりながら、隣に並ぶ少女へアイスブルーの瞳を向けた。

 その隣には1枚の布で出来たような純白なワンピースに身を包んだ銀髪の少女が白銀の仮面を手にしながら、愛おしそうに青年へ腕を回して身を委ねている。2人にはカウンシルの会議など眼中に無いが少女は時折仮面に向けて言葉を投げかけ、それに反応するようにネットワーク内の『エージェント』が発言を行っていた。

 

「そうだね、私の天使たるエル。新世界に住まうは僕と君だけ、アダムとイブが世界を作るんだ」

「嬉しいです、我が主フィムブル様……。本当はずっとこうしていたいのですが、まだまだやることがありますわ」

「ああ、続きは全てが終わってからだね。さぁ行きなさい愛しの従僕、君こそが世界を変えるマイスの化身だ」

「行ってきますわ主様、必ずや吉報をお届けいたします」

 

 名残惜しそうにベッドから離れると銀髪の少女―エレノアの身体が浮かび上がる。頭上にある光輪(ハイロゥ)が輝きながら彼女を包み込むとその場から姿を消して、エージェントとして外へ出ていくのだ。仮面を外しておもむろに投げ捨てるとベッドの天蓋や壁が溶けるように消えて、緑や花々が生えた庭園とそれを囲う白い石畳へと姿を変えた。

 いまフィムブルがいる場所は巨大な白亜の塔の最上部に位置するまさに空中庭園であり、その周囲は虹色に輝く空と星の瞬きが輝く海がどこまでも続いている。そんな異界の頂上より眼下を見下ろしながら青年はよく通る声で宣言した。

 

「さぁ。世界よ。再生の時が始まるよ」



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CHAPTER 3
CHAPTER 3 プロローグ


「こちら第7観測班、依然目標は侵攻中。ポイント736への到達は誤差3カウント以内と予測できます」

『了解した。予定通り300カウント後に攻撃を開始する。引き続き観測を継続せよ』

 

 雷鳴を湛えた暗雲がいくつも立ち込めるここは空中大陸とそれを包むように存在するオルゴン領域から離れた圏外圏、特にガレリアが生み出される超空間ゲート方面に向いた航路図が存在しない未知空域と言える場所である。そんな未踏査の空域を横切るように巨大な積乱雲がゆっくりと通り過ぎていくが、それは気象現象などではなかった。

 超大型級ガレリア。そうとしか形容できない真っ黒な塊は縦横ともに数十キロはくだらない大きさで、球体と菱形が上下で繋がったような歪な形をしている。これ程にまで巨大なのだから人類側の監視網に引っ掛かるのも早く、正規軍の第5艦隊がオルゴン領域への到達前に殲滅するために動いていた。

 

「来たな。ディストラクター運搬専用輸送機『アルバトロス』25機、こんな大編隊は初めて見るな……。被害範囲からは離れているな?」

「はい、影響範囲から既に10キロ以上離れています。残りカウント100ですが、他の観測班も退避済みと連絡が入ってます」

 

 まるでブーメランのような形状をした全翼型リグの大編隊が頭上を飛んでいき、その船体の下方には大型ミサイルが4発分吊るされている。それこそ今回の作戦の要となるであり、この超大型ガレリアを殲滅する為に半径5キロ圏内を完全に滅却できるクラスAディストラクター100発による絨毯爆撃が行われるのだ。

 ガレリアの動向を探っていた観測班は既に後方へ下がって一番最前線にいる第7観測班も影響範囲から遠くに位置しており、攻撃準備に入ったアルバトロスの背中を眺めている。通信員がカウントの読み上げを始めて爆撃開始時刻が近づいていき、残り1桁となったところでディストラクターの推進機が炎を上げて0と同時に第一陣となる25発が同時に発射された。

 

「対ショック及び対閃光防御作動中。いま着弾を確認しました!」

「凄まじい光景だな……。まるで世界の終わりみたいだ」

 

 もう一つの太陽が生まれたかのような強烈な閃光が轟き、遅れて爆風と押し出された空気が一気に吹き荒れる。幸い観測機を今回の作戦に合わせて防護が施されて爆心地からの距離もあって少し揺れる程度であるが、浮かび上がる巨大な火球には誰もが息を呑んだ。

 第1射により生まれた小さな太陽が消えぬうちに第2射が発射されて再び強烈な閃光が迸り、破壊の光芒と暴風が駆け抜ける。その超大型ミサイルは更に放たれた事により巨大な火球は空に10分以上もの間に存在し続け、その熱量と破壊力の前に耐えきれる存在など無いと誰もがそう思っていた。

 

「火球が薄らいでいきます。もう少しでセンサーや目視でも観測できますが、ここまでされたら跡形もありませんよ」

「フッ、そうだな。それで観測は――」

「そ、それが、目標は依然健在ッ!! 全くの無傷です!」

「なんだと!? クラスAのディストラクターを100発も受けたんだぞ!?」

 

 火の玉が消えていくとその代わりに黒い球体が姿を表し、それが攻撃目標であった超大型ガレリアだとわかる。外観から損傷は確認できず攻撃手段を失っている爆撃隊は慌てて踵を返し、観測班はガレリアの測定など忘れてただ呆然としていた。

 大量破壊兵器による絨毯爆撃すら意に介さない巨大なガレリアはそんな人間達の有様などお構いなく、悠々とオルゴン領域へ入り込み人類を守護する聖域への侵攻を果たす。

 

 

 

 

 

 

「ふぅー、今回も色々あったみたいだが、皆無事で何よりだ……」

 

 プライベーティア『デアデビル』の事務所にて日向は溜まりに溜まっていた事務仕事を片付けながら、今回も依頼を受けて飛んでいるイーサン達から短いメッセージを受け取っていた。なんでもプラットフォーム探索中に特殊ガレリアの乱入してきて一悶着あったがしっかり元凶を倒して帰還中とのことであるが、部隊を率いていた巡航艦が大破してしまったので戻るにはまだ時間がかかるらしい。

 またしても厄介事に巻き込まれてしまったがとにかく無事な事に安堵して、主にネクサスの整備にかかった費用が記載された出納帳に目を通した。あまり桁違いな数値に頭を抱えながらも最大の難物をなんとか片付けて一息つくと、ちょうど来客があり黒いセーラー服姿の少女が入口辺りから顔を覗かせている。

 

「いらっしゃい、ウィンストールさん。済まないがまだイーサン君たちは帰ってきてなくてね。とりあえずお茶でいいかな」

「お気になさらず、ここで待つので」

 

 顔を見えたのはアカデミーの生徒会長でイーサンの幼馴染でもあるクラリッサで、日向が彼女と対面するのは初めてアカデミーを訪れた時以来だ。こうして2人だけで話し合うのは今までなかったのでお互いぎこちなく、入口近くの椅子にちょこんと座るクラリッサへ日向はイーサンがストックしてあったティーパックから濾した紅茶を差し出す。

 自分で育てたハーブと茶葉と合わせたブレンド紅茶を作ったり植木鉢で草花を育てたりするのがイーサンの趣味だと聞いて意外なものと驚かされたが、おかげで作業の合間の飲み物には困らず昔馴染みであるクラリッサも親しんでいるもののようだ。カップを手にしながら目線を先程片付けた帳簿が載っているディスプレイへ持っていき、日向の仕事を労う。

 

「御堂一尉、おかげでデアデビルがしっかり回ってます。イーサンの管理は難しいと思いますが、どうかこれからもよろしくお願いします」

「いやいや、こちらこそゲネシスでの生活では頼りっぱなしだよ。それに千景くんやアズライトくんがしっかりフォローしてくれてるおかげさ」

「ただいまー! ってクラリッサも来てたのか?」

 

 イーサンの破天荒さに振り回されていたのか眉間にシワを寄せる仕草を見せるクラリッサに思わず笑みが漏らし、そこへ件の張本人が外で散々遊ぼ回った子どものように帰ってきた。後ろではアズライトが3機のストライダーをドッグ入りさせており、ネクサスは今回も無茶な機動でオーバーホールが必要な気配にまた帳簿との睨み合いが始まるなと頭を押させる。

 デアデビルのメンバーが皆が事務所に集まったところで注目を集めるようにクラリッサがすくっと立ち上がり、円形の机の真ん中へ形態式のホログラム投影機を滑らした。そこに浮かび上がる映像は大艦隊と戦うこれまた巨大なガレリアの姿であり、率直言うと現実味が薄い荒唐無稽な姿だった。

 

「おいおいおい、キロ単位でありそうじゃねえか! こんなバカでかいガレリアなんてありえんのかよ?」

「うん、第5艦隊によるディストラクター殲滅を免れて今もこっちに向かって侵攻中。コードネーム『ディザスター』―この超大型ガレリア迎撃作戦『オペレーション・フォルトゥナ』がたった今発令されたの」

 

 またしても大波乱がやってくると誰もが表情を固くしていく。その中でイーサンだけは口角を上げて不敵な笑みを浮かべていた。



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CHAPTER 3-1

 ストライダーとはランナーの鎧である。高濃度なオルゴン結晶を生み出せるほどのエネルギーを有しているランナーであるが生身の身体はその力を十分に引き出しているとはいえず、そのエネルギー量と身体能力を最大限にまで引き出す為に機械によるサポートを行う鎧こそが最初のストライダーだった。

 技術革新や情勢の変化に合わせてストライダーは更に進化や巨大化を繰り返していき、2人のランナーが操る2機の可変式ストライダーを同調・合体させた“ユナイト仕様”が現行の仕様となる。そしてユナイト仕様の基礎を生み出したのが何を隠そう、クーリェの祖父であるレイジ・バートレットその人だ。

 

「でもおじいちゃんみたいにストライダーそのものを作るより、プログラムを作るのほうが好きかな。なんというか鍋に煮込んでかき混ぜてる感じみたいで、練れば練るほどいろんな顔を見せるから飽きないの」

「いや、凄いよクーリェちゃん。僕が見てもここの数字なんてわからないもん」

「へっへー当然、なにせアタシは天ッ才少女なんだからね! こうしたプログラム1つで性能がグーンと変わるから覚えててそんはないよー」

 

 広大なアカデミー敷地内に併設されている高等技術院にて千景はプログラム製作をしているクーリェの助手をしている。ここでは専門的な技術者の育成が行われて特にランナーを支援する技術に力を入れており、ソフトウェア類からストライダーのパーツといったハードウェア面や武器装備など多岐に渡っていた。

 3日後に超大型ガレリア『ディザスター』との一大決戦を控えてここもストライダーの整備や強化改造など技術面でのサポートに大忙しであり、クーリェが属するプログラム部門もミッション用のプログラム作成に奔走している。ホログラムとにらめっこしている彼女は昼食としてサンドイッチを頬張りながら作業を続けていき、いくつも置かれた資料類の中には手のひらサイズなデータカードも混じってあった。

 

「こんな忙しい中で頼みごとして悪いね。後回しでもいいんだよ?」

「いいのいいのこんなクレッドスティックの解析なんて朝飯前だよ! 今はお昼ごはんだけど」

 

 モグモグと咀嚼しながらスープを流し込みながらクーリェは作業を続けており、その中に千景がガレリアプラットフォームで遭遇した“ザ・ワールド”より別れ際に言われたクレジットが入っていたカード端末の解析も含まれいたのである。クレジットはコーテックスが価値を保証するデジタル通貨で銀行口座と紐付いたヴィムによる電子決済が主流であるが、金の流れを知られたくない人々や決済用登録が出来ない者達はクレッドスティックと呼ばれるスピッツ管やカードといった形の記憶端末にクレジットのデータを詰め込んで使用していた。

 千景が助手をしてるのもこの状況で頼み事をしたのだから少しでも手伝いをというわけだが凄まじい速さでプログラムを組み立てていくクーリェに合わせることは不可能で、できること言えば食事の用意か出来上がったプログラムが入ったデータスティックを纏める事と新しい空スティックを用意するぐらいである。

 

「1番から9番まで、これはアカデミーからの改良依頼が入ってたやつね。次のスティックを!」

「はい、ただいま!」

 

 

 

 

 

「うへぇー、飛びてぇ……」

 

 口元を思いっきりへの字に曲げながらイーサンはボヤいていた。その理由はオペレーション・フォルトゥナに参加するランナーは万全を期すという事で作戦開始まで飛行停止とするお達しがアカデミーから来ているからで、3日間ストライダーに乗れないという事はイーサンにとってかなりの痛手となってしまっている。

 午後の実習はシミュレーターかストライダーを使わない白兵戦訓練のどちらかになるのでとりあえず訓練アリーナまで足を運んではいたが、イーサンは手持ち無沙汰にフギンを手のひらの中でクルクルと回しながらアリーナの中央へ視線を向けるとそこにアズライトの姿を見つけた。

 

「おーアズライトだー。って周りの連中がかなりの勢いでぶっ飛んでる!?」

 

 アズライトを囲うようにオルゴン結晶で出来た武器を手にしたランナー複数名がいるも、ロンググリップより結晶の刃が伸びる長剣でその攻撃を全ていなしていく。腰から下げていたショートグリップを放り投げてブーメランのように手元に戻ってくると、ロングと一列に繋げると伸びていた刃が巨大な結晶の塊へ増大するとその大剣を軽々と振り回して迫るランナーをなぎ倒していった。

 スプリットセイバーは長短2本のグリップで構築されていてその2つを組み合わせる事で複数の形態に変化していき、二刀流や大剣からグリップを並行して合わせればしなやかなエネルギーの鞭となり、柄頭同士を合わせると刃のない結晶のロッドにもなる。

 

「うわっ、あの大剣をよく軽々と振り回せるもんだ。とーちゃんの作ったセイバーもよく使いこなせてるな」

「本当にアズライト先輩、すごいですねー」

「おや、ルーちゃんじゃないか。何か用かい?」

「はい、イーサン先輩の胸をちょっと借りたいと思って」

 

 隣から声が聞こえてアズライトのワンサイドゲームから目を離して頭を動かすと、そこには艷やかな金髪を長い三編みに纏めた後輩の少女であった。ルーテシアも白兵戦訓練に来たようであるが、参加してないでイーサンと同じように手すりに身を預けてアリーナの方へ視線を向けている。

 どうもこちらに用事があるようで彼女は右の手のひらを上に向けながらジョウントを発動させると、その上に装飾は多く刻まれた銀色の拳銃が現れた。多くの曲線で構成されて上に突き出たハンマーなど歴史書に載っている原始的な火薬弾丸式の火器に見えて、イーサンも物珍しく見つめる。

 

「ほーコイツはかなり珍しいなー。こいつはルーちゃんのオルゴン武装になるのかい?」

「うん、銃の扱いならイーサン先輩が一番だからコツを教えてほしいんです」

「いいけどオレが使ってるのはブラスターだからオルゴンの銃の参考になるかどうかは……って銃身が生えた!? しかも6つも!?」

 

 手のひらに収まる拳銃サイズであったがルーテシアが銃身を撫でるとそこからオルゴンで出来たバレルやストックが伸びていき、やがて中心の1本の周りに6本の銃身を持つ回転式ブラスターに似た形状へと変わり、生成されてた部分にも複雑なエングレーブが刻まれていた。

 小ぶりな拳銃から複雑怪奇な長銃へ変わった事に面食らうも、これもオルゴンによる刃を形成させるスプリットセイバーと同じ原理となる。ランナーはオルゴン結晶をいつでもどんな形状にも変化させて武器を作る事ができるが、その過程を簡略化させるのにある程度作りたい武器の一部を持つことが多く、更に内部へ補助機構を詰め込んで握るだけで刃を出したり配置を変えての多彩な形状変化を可能にしたのがスプリットセイバーだ。

 

「こいつは面白え武器だ! じーちゃんやとーちゃんが見たら喜びそうだぜ。じゃあ早速射撃場へいこうか」

「はい、イーサン先輩よろしくお願いしまーす!」

 

 アリーナの地下区画にも複数の訓練施設が併設されており、射撃場も置かれているがブラスターの訓練というよりはオルゴンエネルギーの遠距離投射術―エフェクト―の訓練用とし使われている。ルーテシアが風を操ったようにエフェクトは単なるエネルギー放出だけでなく擬似的な自然現象の再現も可能なので、時として有害な物質が不意に出来てしまう危険性を考慮して正方形の施設は床も壁も天井もかなり頑丈に作られていた。

 色とりどりの光弾が行き交いそれなりの数のランナーがエフェクトの発射訓練をしていて誤射を防ぐように一部の床が競り上がって分厚い間仕切りを構築しており、2人は端に位置するブロックに移動すると標的となる浮遊ターゲットを上に向けて飛び立たせていく。

 

「これで準備オッケーだね、よろしく先輩!」

「任せな! ま、どこまで参考になるかわからねぇけど……なッ!」

 

 ターゲットが全て位置についたところで訓練開始としてルーテシアから期待の視線を向けられて居心地が悪く感じながらも、イーサンはジョウントで黒塗りの角張ったライフルを手元に召喚して素早く構えた。瞬く間に放たれた3発の光弾はほぼ同時にターゲットの中心を射抜いてポッドはゆっくりと地面へ下降していき、その早業にルーテシアが感嘆の声を上げている。

 オルゴン結晶の生成は出来ないが反射速度などの感覚系を向上させるサイトロンの生成に特化したイーサンは集中すれば周囲の速度がゆっくりと感じられる超感覚を備えており、ブラスターを愛用しているのも相性が良いからだ。尤もこの超感覚はストライダーの搭乗時に最大の力を発揮するものなので、当人からすれば生身で戦う事自体が無駄なものである。

 

「イーサン先輩、すごい早撃ち! さっすがガンマン!」

「おうよ! まっ、オレは感覚が鋭いからこんなもんさ。さ、ルーちゃんもそのゴッツイやつを思いっきりぶっ放してみな!」

「うん、いっくよ~!!」

 

 緑色と銀色が混ざる6つの銃身に左手を添えて肩に当てたストックと共に銃を固定し、片膝を地面に付けてサイトを覗けるよう顔を寄せたルーテシアは深く息を吸って意識を集中させた。空中に浮かぶターゲットを狙い済まし、そして目を見開いてトリガーが右の人差し指によって引かれる。

 轟音とともに中心の銃口から風を纏った緑色の結晶が撃ち出されていき、続いて周囲の銃口からもオルゴン弾が放たれた。適正がある風への変換も行われて音速を遥かに超えた7連射に期待以上のド派手さにイーサンは感動を覚え、撃たれたポッドは力なく落ちてきた。

 

「スゲーぞ、こいつは! 超音速ソニックオルゴン弾を7連射とはとんでもねえ。あとは前段命中してれば文句なしだったけどな」

「また1発しか当たらなかった……。うぅ、シスターみたいに上手くなるにはまだまだ遠い……」

「シスターってルーちゃんとこの孤児院の人? その人もランナーなのかい」

「うん、もともとこの銃も教会から貰って現役時代に使ってたんだって。それを引き継いだからにはあたしも頑張らないと!」

 

 一発しか当たらず手足を床に付けて項垂れるルーテシアを慰めつつ、イーサンはマスケット銃を手にとって改めて検分していく。これはオルゴン教会が作ったオルゴン武装のようで先代のシスターからルーテシアへ引き継がれていき、本来なら個々人に合わせて作るものだがちょっと手にしてもわかるようにかなり高度な職人技が感じられた。

 オルゴンを祀りランナーを支援することを惜しまないオルゴン教会だからこそ出来る高品質な武装であり、それに見合うようルーテシアも努力している。うだうだとくだを巻いているよりも先輩として一肌脱ごうとイーサンは落ちたターゲットポッドを再起動し直してながらマスケット銃をルーテシアへ返却した。

 

「よっし、そういう事ならとことん付き合うぜ。狙撃が苦手なら乱射制圧もいいし早撃ちだってある。まずはどんな適正があるか見ていかねえとな」

「ありがとう、イーサン先輩! あたしいっぱいいっぱい撃っちゃいます!」

「ヘヘッ、その意気だ。じゃあまずはあの的からブチ抜いていこうか!」

 

 両手を胸の前で構えて意気込むルーテシアに負けじとイーサンもライフルを構え直すと、前方に浮かぶターゲットへ向けて次弾を向けていく。



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CHAPTER 3-2

「つーわけでルーちゃんの射撃訓練に付き合ってたけど、狙撃に早撃ちや乱射とか色々やってなかなか面白かったぜ。そっちは100人斬り達成かい?」

「正確には86人よ。まったく手合わせしたいってみんな集まり過ぎよ……。千景はクーリェと一緒にプログラム作ってたんだってね」

「そうだよー。まだまだあたしの足元には及ばないけど、千景兄ぃはいい筋してるよ」

「ほうほう、今日はみんな色々してたんだな。細かな準備はこっちで進めておくから、作戦にしっかり備えておくれよ」

 

 食卓を囲みながら千景はみんなの今日の出来事を聞いていた。午後の実習はクーリェと一緒にプログラムを見つめていたが、イーサンはルーテシアに射撃を教えてアズライトは並み居る強者と彼女のファンが押しかけてきてかなり大変だったようである。

 聞き役に徹しているのは千景以外に日向と家主たるユリアでイーサンの他の家族はストライダーの整備や運び屋業務に勤しんでおり、帰りは遅れるそうで食卓にはここにいるのは7人だけだ。頭脳労働や激しい運動を行った後なので自然と箸が進んでいく中で、アカデミーと対ガレリア作戦での子細を詰めている日向も疲れ気味な表情を浮かべる。

 

「こっちは万全ですぜ日向さんよっ。そっちの方が作戦会議なんかが沢山あって大変でしょ?」

「ああ、そんなのが半日もあってな……。でも皆を預かる者として責務は果たすからにはこれくらいなんともないさ。しいて言えば空中管制は1人じゃ忙しいからハートブレイカーに補助がほしいかな」

「飛行の方はパイロットポッドが代わりにしてくれてるけど、オペレーターは難しいっすもんね。オペレーターが出来る奴がいないかちょいと知り合いに声かけてみますわ」

「むーっ、そんな事ないもん。オペレーターポッドだってバッチリ作っちゃうもん!」

 

 デアデビルのAWACS機ハートブレイカーに補助オペレーターを所望する日向へ、イーサンは知り合いからオペレーター候補がいないか思案してパイロットポッドを作り上げたクーリェがオペレーターポッドも作ってみせると対抗心を顕にする。食事中ながらひと騒ぎを起こしながら料理が盛られていた皿は次々に空になっていき、食べ終わる頃には皆仲良く手を合わせるのであった。

 

「ごちそうさまでしたーっと。ばーちゃん、後片付け手伝うぜー。オラオラァーッ!」

「まあまあ、相変わらず豪快ねー」

「すごい技だ……」

「全くね……」

 

 テーブルの上に並んだ皿を手にしたイーサンはキッチンの壁に埋め込まれた食洗機の投入口へ向けて次々に投げ込んでいき、皿の全てが口の中へ綺麗に収まっていく。投擲と命中精度向上の一環ということだが百発百中の腕前に、ユリアは朗らかに笑ってクーリェは俄然気にせずヴィムの画面に視線を落としアズライトと日向は呆れ半分に感心し、イーサンなら忍者でもやっていけそうだと思う千景であった。

 

 

 

 

 

「クラリッサ会長の手伝い?」

『そうなの、作戦に向けて片付けなきゃいけない書類が山程あってね……。悪いけど生徒会に来れるかしら?』

「大丈夫、そっちにいくね」

 

 午前の座学を終えて昼休みを迎えて弁当を空にした千景のもとへアズライトから連絡が入り、午後からの実習は休む事にして生徒会室の方へ足を向ける。実地訓練はアリーナなどが置かれた訓練エリアで行われるから午後になると学生棟はがらんどうで、広い廊下を歩いていてもすれ違う人はいなかった。

 オペレーション・フォルトゥナに向けてランナーを管理するアカデミーは全体的に慌ただしく動いていて、上位機関の監査局や実働部隊となる正規軍とともに万全な準備を進めている。一方で千景達がいる学生部は作戦に参加する一部学生以外は比較的落ち着いているが、まとめる生徒会の方は色々と大変なようだ。

 

「手伝いに来たよ、アズライトさ――」

「あぁ~すんごい気持ちいい……、これは魔性、魔性だ……」

「あのね、クラリッサ。もう堪能したでしょ? そろそろ離れてくれないかしら、そろそろ千景も来る頃だし仕事に戻らないと……あ! 千景、いいとこに、さっ早く離れて、ってか離れなさいよ! あ、千景そっと閉じて見ないことしないで、このバカ離すのてつだってよ!」

 

 アズライトとクラッリサの2人が乳繰り合っていた。ブラウスの下よりこんもりと盛り上がるアズライトの豊満な胸部にクラリッサの顔面が埋もれており、押し付けられた頭部を優しく包み込む様からその柔らかさが見て取れる。心地よい弾力であろう柔肌に包まれている少女の表情はわからぬが、胸を押されているアズライトは困惑と恥ずかしさが入り混じって顔を少し赤らめていた。

 なんとも言えない背徳感を覚えてしまい途中まで開けたドアを思わず閉めようとしたが、それよりも早くアズライトからヘルプの声がかかる。それに押されてすんなりと生徒会室へ入るとアズライトにひっついたクラリッサを引き剥がすにかかるも、彼女は想像以上に強い力と意思をもって双丘に埋もれているのだった。

 

「クラリッサ会長、アズライトさんが迷惑してるんで離れて―うわっ!?」

「こっちは全然柔らかくない……。ってお前は男か、紛らわしい顔しやがって!」

「ちょっと、こっちに戻ってこないでよ! ―ひゃん!? どこ触ってんのよ!」

 

  肩を掴んで静止させようとしたところでクラリッサはアズライトから離れたと思うと、今度は千景に飛びついてその胸板に顔を押し付けてくる。しかしすぐに顔を上げてじーっと凝視してきて間近で見つめ合う千景も思わず胸が鳴るも、彼女からは吐き捨てるような言葉を浴びせられ呆然としているとさっとアズライトの元へ戻っていった。

 再びアズライトの胸元へ突っ込んでいくが今度は顔だけでなく両手で大きく柔らかな双丘を鷲掴みにして、その指先はブラウス越しでも分かる通りに深く沈んでいった。指が動く毎にアズライトは艶めかしい声を漏らしており、千景も顔を真っ赤に染まって動けずにいたが揉まれまくっていたアズライトが遂にキレる。

 

「ふぁあ……そこ、もんじゃ……! やっやめっ――いい加減にしなさい、この変態ッ!!!!」

「あっ痛ぁぁぁぁーーー!?」

 

 

「ごめんなさい、ちょっと取り乱しちゃって。これはまぁ、単なる発作」

「発作ね、人の胸を揉みまくる発作とか一体全体どんな病気かしらね!」

 

 先程までの醜態など嘘かのようにクラリッサは澄まし顔で椅子に座っているが頭から大きく出ているタンコブにより台無しで、不機嫌そうに眉をひそめるアズライトより辛辣な言葉が向けられていた。一応2人とも手は動かして作業を進めているが、ヘルプで来た千景は先程の光景が焼き付いていて作業に集中できていないでいる。

 生徒会用の円卓で対面に座っているアズライトが少し言いづらろうに額を抑えながら、クラリッサの“発作”について説明してくれた。どうもストレスがたまり過ぎると彼女はああして女性の特に大きな乳房を求めていき、思う存分堪能するまで収まらないのである。

 

「もういい加減にしてほしいわ……。私以外しかいない時しか発作は起こらないからいいけど、このままじゃ他の被害者が出てしまいそうよ」

「安心して、アズライトのおっぱいでしか満足できないから」

「全くこれっぽちも良くないわ、この変態!」

 

 クールで落ち着いたクラリッサが実はおっぱい魔人だったという事実に驚きと困惑を覚えながらも、千景はようやく作業に集中していった。ちなみにクラリッサの幼馴染であるイーサンは前に千景と同じ場面に遭遇したのが、2人を視認した途端フリーズしたように動かなくなり30分後に再起動した時は直前の記憶を忘れていたそうな。

 

「あの純情精神年齢5歳児には刺激が強すぎたみたい」

「アイツ意外とウブなのよね。あ、クラリッサこっちのデータまとめ終わったわ」

「僕の方も1つ目終わりました。これってアカデミーから参加するランナーのまとめですよね? 生徒会がこれをしなくちゃいけないんですか」

「というよりはクラリッサ個人がってとこよ。これでも中佐の階級もってるからさ」

 

 中佐という10代の少女に不釣り合いな階級に千景は驚くが、ランナーには学生でも正規軍との協働が多いので階級が与えられていた。アズライトは中尉の階級を持っていてランナーではないがクラリッサも学生ランナーの管理官をしているので高い階級を有している。

 千景も少尉という最下級であるが士官であるという事に驚くもこの階級はランナーなら全員に与えられており、パイロットだからこそ士官になるのだろう。そしてその例外がイーサンで彼は更に下位となる准尉だ。

 

「アレだけやらかしても准尉に留まれてるとは、恐ろしい男ね……」

「ホント頭下げる身になってほしい。その分しっかり働いてもらわないと」

「……それはご愁傷様です」

 

 避難民を守る為に戦艦どころか空中プラットフォームすら使い捨てにした時などそこからはクラリッサが堰を切ったようにイーサンのやらかしを暴露していき、話を聞きながらストレスが溜まって奇行に走ってしまうのも仕方ないと内心で同情する千景であった。



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CHAPTER 3-3

「ぶっえくっしょーん!?」

「イーサン先輩、隙きあり! いっけーっ!」

「フッハッ! なんのこれしき!」

 

 大きなくしゃみとともに頭を大きく仰け反らせるイーサンであったが、直後に一条の閃光がかすめて飛んできた。銀色の長銃を構えたルーテシアは片膝立ちでこちらに狙いを付けており、彼女の周囲には銃身と同じく銀色の筒が浮かんでいる。

 体制が崩れた隙きを逃さず号令ととも銀筒が取り囲むように動きながら一斉にレーザーを撃ち出していき。しかし全方位から迫るそれをイーサンは身体をわずかに反らせる最小の動作で回避していった。お返しにと左手に握るムニンの速射で周りに浮かぶ銀筒を弾き飛ばし、右手のフギンをまっすぐルーテシアに向けて光弾を放つも急速に戻ってきた4本の筒が盾となって弾いていく。

 

「だいぶ上手くなってるぜルーちゃん! オービットガンの使い方もバッチリだな」

「うん、シスターが使ってたからかよく手に馴染むんだ。でもイーサン先輩、一発も当たってくれないじゃないですかー」

「ハハハッ、オレは目がいいからな。とりあえず別メニューといこうか」

 

 本体から分離飛行するオービット兵装はオルゴンの念動で複数を動かさなければいけないので扱いづらいのだが、ルーテシアは適正があるのか使い始めた昨日の今日でほぼ完全に使いこなしていた。対峙するイーサンも決して手を抜かずに超感覚を駆使して全方位から迫るオービットの銃撃の全てを回避し続けて、2丁拳銃で弾き飛ばしたり反撃の一撃を彼女に向けて放っている。

 それに対してかわいい後輩が頬を膨らませて抗議しているのだが、先輩の威厳もあるし何より訓練用の低出力と言えど当たれば痛いので回避に専念していた理由だ。しかしやり過ぎて彼女の機嫌を損ねても先輩として如何なものなので、指をパチリと鳴らすとあらかじめ準備していたターゲットポッドを一斉に呼び寄せる。

 

「わーすごい数、全部でいくつあるんだろう」

「オレも途中から数えるのやめちまったぜ。さーて的あて大会といこうか、まずはオレからだ!」

「先輩、避けてばかりじゃなくてちゃんと撃ってくださいよ?」

 

 対戦中は殆ど撃ってなかったイーサンに対してルーテシアよりジト目混じりな視線を送られて、期待に沿うよう白黒の銃をホルスターから引き抜くと掌の中で一回転させながら構えた。円筒形の上部と無数の足が伸びる下部を持つ中型トレーニングポッドは回避と攻撃を行ってくる高等トレーニング用で、訓練場の上空を埋め尽くす数が相手では苦戦は免れそうにないがイーサンは不敵に口角を上げる。

 ポッドの戦闘システムが起動して一斉にレーザーを発射しイーサンは右手を顔の近くまで引いて左手を突き出した構えを崩さぬしっかりとした足捌きで光のシャワーを通り抜けていき、傍から見ればレーザーをすり抜けているようで観戦しているルーテシアは実際ひどく感心していた。

 

「ほえー、イーサン先輩のスルースキル高すぎ……」

「フッ、これだけで驚かれちゃ困るぜ。お楽しみはこれからだ!」

 

 回避に徹していたイーサンはポッドの群れのほぼ中心にまで移動しており、同時に2つの銃口より眩い光が瞬いてポッドが静かに墜落していく。中心に入り込まれて同士討ちを危惧したポッド達が攻撃の手を緩めなければいけなかったのに対して、踊るような足捌きとスナップを効かせた両腕の動作による360度への銃撃は全てが致命的な一撃となった。

 ランナーが持つ五感強化と肉体強化を組み合わせれば発射されたブラスターのエネルギーボルトすら後出しで弾くことはアズライトのブレード捌きによって証明されているが、肉体強化が弱い代わり五感強化が極まった超感覚を持つイーサンは相手の位置や銃口の先から予測して当たらない場所や死角に潜り込んで相手の動きを読んで偏差射撃を撃ち込むスタイルをとっている。初動と同じ構えで残心を取りながら撃ち終えると周囲のポッドの大部分が落ちていくのだった。

 

「ま、オレにかかればざっとこんなもんよ――あれ? ルーちゃんどこだー」

 

 残心の構えのままドヤ顔でギャラリーの方へ顔を向けるもそこにルーテシアの姿がなく、どこにいったのかと周りをキョロキョロと見渡す。訓練場の内部はほぼ真四角な広い空間であるが厚い間仕切りで分けれているのでいくつかもの小部屋と繋ぐ通路があるのだが、今いる小部屋と通路の出入口辺りに出ても彼女の姿はなかった。

 一体どこに行ったものかと訓練場の中心を通り抜ける廊下を進んでいくが、道すがらいつもとは異なる違和感を覚える。その理由は傷を負っている学生が多く見受けられることで、ルーテシアはその中で手当を行っていた。

 

「はい、傷口は消毒して包帯巻いたからあとは安静にしててね。深くないから1週間もあれば治ると思うよ」

「あ、ありがとう……。ちくしょう、なんで暴発しちまったんだ……」

「暴発? 武器かエフェクトがおかしくなっちまったって感じか」

「あ、あぁ。ちゃんといつもと変わらない感じでエフェクトを出したのに、いきなり強く出てきてこの有様ってわけだ」

 

 応急処置を行っている彼女の邪魔をしないようにジョウントで持ってこれるだけの応急処置を手渡し、治療を終えた学生から話を聞く。どうも風系統のエフェクトを出していたのだが突如として制御ができなくなって巨大な風刃を作ってしまい自らの腕を切ってしまったが、幸い傷は深くなくルーテシアの見立て通り完治まで時間は掛かりそうになかった。

 問題なのは彼のような突然の暴発による負傷者がかなりいることである。応急処置をしている者も多くいて救護班も到着しており、なかなか物々しい雰囲気に包まれていた。こうした暴発による怪我は少なくはないが大抵はオルゴンやエフェクトの扱いに不慣れな新入生が起こすもので、しかし今回は経験のある学生ばかりが負傷する事態となっている。

 

「こりゃ、なにかあるな。ちょいと調べてみるけど、ルーちゃんはどうする?」

「救護の人も来たみたいだし、素人は邪魔しないようにしないとね。先輩についてくよ!」

「よっし、なら決まりだな!」

 

 その場で手当てされたり医務室へ向かったりしていく怪我人を避けるように狭い裏道を選んで訓練場を離れて、イーサンは隣の区画へ繋がるスロープを進んでいった。この先も訓練施設となるのだが戦闘技術ではなく電子戦や医療面といったバックアップ技術を育成しており、電子戦練習場にある193番室へノックもせず扉を開け放つ。

 

「テミン、邪魔するぜ」

「イーサン氏よ、入るときはせめてノックをしてほしいのですよ。それに女の子を連れこむにはいささかムードに欠けますぞ、ここは」

「お、お邪魔しま~す……」

 

 部屋の中でいくつもホロディスプレイを展開して作業をしていたのはイーサンのクラスメイトでミスターデータベースの異名で知られるテミン・ブレンソンであり、突然で無遠慮な訪問に眉をひそめつつも快く招いてくれた。後ろにいるルーテシアがいることに気づいて椅子を用意して軽食として置いてあるチョコバーを差し出し、イーサンがそれをかすめ取るように口へ放り込む。

 なんとも自分勝手な振る舞いを見せるがテミンは気にせずチョコバーを食べ始め、傍若無人なイーサンもジョウントでティーポッドとティーカップを呼び出すと自作ティーバッグにお湯を注いでいき、部屋中に芳醇な香りが漂ってくると3人はくいっと紅茶を口にした。

 

「相変わらず良いお茶ですな。それでなんの用ですかな?」

「甘いチョコに合うブレンドさ。用事ってのは医務室の負傷者リストのピックアップと訓練場の監視カメラ映像を呼び出してほしい。今日の分だけでいい」

「それって勝手にプライバシーを覗くって奴っすよ。見つかったらヤバいですぞ」

「責任はオレが全部持つ。バレたらオレに脅されて仕方なくやったと言えばいいし、何よりお前さんの腕なら足跡一欠片すら残さずにやっていけるだろう?」

 

 イーサンとテミンは互いにニヤリと笑うと早速データベースへのアクセスを開始していく。すかさずリストがピックアップされていき先程ルーテシアが応急処置をしていた学生の情報が浮かんでいき、今日の救護者リストがずらりと並んでいった。

 同時に監視カメラ映像も映し出され早回しで再生していき、ちょうど暴発事故が撮れた場面をピックアップして今度は通常の速さで流していく。しかし何回見てもいきなりエフェクトが暴発したようにしか見えずルーテシアとテミンは頭を傾げるが、イーサンはなにかを見つけたようだ。

 

「相変わらず目がいいですな。して何を見つけましたかな?」

「さっきのとこ、スローで再生してみな。あの女が怪しいぜ」

 

 言われた通りにスローでもう一度見てみるがやはり何も映っておらず、最大までゆっくりとしたスロー再生でようやくイーサンが指していたものが見えてくる。暴発の寸前に通路を通った何者かがほんの一瞬であるが腕を振り上げたように見えて、その直後に事故が起きていた。

 この人物が犯人であるとイーサンは見ており、発動寸前のエフェクトに向けて外部より強いオルゴンを送ることで暴発を誘発させたのではないかと考えている。しかしいくらランナーと言えど外部から相手のエフェクトを暴走させるオルゴンを当てるにはかなりの力量が必要であり、あんな一瞬の内に出来るとは到底思えないということだ。

 

「流石に無理がありますぞ。これだけの事をするには相当の集中力が必要ですし、何より愉快犯でするには余りに難易度が高すぎる!」

「つまり『オペレーション・フォルトゥナに参加予定の学生ランナーに後遺症が残らないが作戦に参加するには無理な傷を与える』って理由があるんだろうな。他の動画にもバッチリ映ってるしな。えーと、これは女か、どっかで見たことあるような……」

「――フィオナ・ミード先輩?」

 

 負傷者リストに載っていた学生とオペレーション・フォルトゥナに参加する学生がバッチリ一致していた点を見て、イーサンはその妨害の為に行ったのではないかと推理している。他のカメラ映像でも件の人物は必ず暴発の現場近くにいることが確認でき、これまで後ろ姿だけのもなんとか正面から写した一枚がなんとか見つかった。

 制服姿に身を包んだ女子生徒のようでどこか思い当たる節があってイーサンが頭を捻っていると、ルーテシアがその人物の名前を発する。フィオナ・ミードは最優秀成績者9人に送られるヴァルキュリーの称号を持つ1人であり、確かにあの精密なオルゴン捌きを行える可能性がある人物と言えるだろう。

 

「とりあえず、彼女に話を聞いてみっか。ここまで来たら真相は知りたいからな。2人はどうする?」

「あたしもいく! フィオナ先輩って前に教えてくれたけど凄く良い人で、こんな事する人だと思えないもん!」

「僕はここに残って続きをしますよ。それとイーサン氏、今回の仕事に対する報酬は?」

「うちのばーちゃんのお手製弁当1週間分、そいつでどうだ」

 

 交渉成立のようで2人は熱く握手をかわし、テミンの見送りでイーサンとルーテシアは渦中の人物であろうフィオナ・ミードの元へ向かうのだった。



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CHAPTER 3-4

「すまないライオット少佐、面倒なことを押し付ける形になってしまい……」

「いえコーウェル提督、どのような命令でも最善を尽くすのが軍人としての責務でありますから」

 

 コーテックスの中心地であるセントラルシティに置かれた総合官庁ミリタリー・コンプレックスは統合参謀本部や安全保障総局など正規軍の中枢が集まった対ガレリア戦力の頭脳と言える場所であり、一大作戦となるオペレーション・フォルトゥーナを間近に控えて職員が忙しく動いている。

 空中大陸防衛の中心戦力である第1艦隊のオフィスでも連日の作戦会議が続いているが、今は艦隊を率いるコーウェル提督と第11機動中隊隊長のライオット少佐の2人しかいなかった。作戦で中心となるのは第7艦隊で第1艦隊はその後詰めとして不測の事態に備えているのだが、そこに第11機動中隊へ少々面倒な案件が回されてきたのである。

 

「しかし、アカデミーの学生を参加させるとは上は何を考えているんだ。プライベーティア(PT)に属しているなら学生でも実力は保証されてるからマシだが、よりによって学生からの志願者を受け入れるとは」

「1人でもランナーが欲しいのでしょう。それに最前線ではないので加えても問題ないと判断したのでしょう」

「まったく、うちは託児所じゃあないんだぞ……」

 

 戦闘経験の学生ランナーを部隊に加える、そんな正規軍上層部からの決定にコーウェル提督は嘆息混じりに毒付いて、ライオット少佐は参加する学生のリストを眺めながら眉を顰めた。参加する学生は総勢20人ほどで誰もある程度の戦績を出しているが、大規模作戦への参加経験は無い者が大半でPTに加入している者は皆無である。

 いくら前線から離れた位置にあるとはいえ戦闘に巻き込まれない保証が無い中へ、実戦経験の薄い者達を部隊へ加えるのは全体の足並みも揃いづらくなるだろう。第11機動中隊隊のライオットにお呼びがかかったのは以前も同じようにアカデミーの学生を実戦で率いた経験を買われたからで、提督が託児所と言いたくなることもわかると苦笑しながらも承諾書にサインを書いて指令を正式に受領した。

 

「いらぬ苦労を描けるがライオット少佐、君の最善に期待する。こちらの支援が必要と言うなら遠慮なく申してくれ」

「ありがとうございます、提督。早速ですが周辺で展開する部隊の指揮官達とのミーティングを行いたいのです」

 

 不測の事態に備えられるよう近くにある部隊とも連携をとった方が良いと考えミーティングを打診するとコーウェル提督はすぐに関係者へ連絡を入れ、しばらくしてノックをする音が聞こえて協働する部隊の指揮官が入ってきてライオットに親しげに声をかけてくる。

 

「よ、ライオット久しぶり……。っと、失礼しましたライオット少佐、第7艦隊戦術打撃群第4飛行隊ディアズ大尉ただいま参上いたしました!」

「ディアズ、そんな堅苦しくなくていい。同期のよしみだ」

「そう言ってくれると助かる、どうも俺は上に嫌われて昇進が遅いもんでな」

 

 一度正した姿勢をまた崩してディアズ大尉は軍人らしからぬ緩慢な表情と砕けた口調に戻った。ライオットとディアズの2人はアカデミー一般科からの学友で士官学校でも同期として正規軍へ入隊した学友にして戦友であるが、本土防衛の中心として防衛戦に長けた第1艦隊と唯一の対ガレリア外征軍として殴り込み部隊としての性格が強い第7艦隊ではかなり対照的である。

 荒くれ者揃いで実力主義な第7艦隊属するディアズも飄々とした態度とは対照的に多くの実戦経験を持っており、首都防衛のエリート部隊故にコーテックス上層部からの覚えが良い分面倒な案件を押し付けられから、ある程度好きに動ける第7艦隊とディアズが少々羨ましかった。

 

「それで今回の作戦については第7艦隊(うち)のブレーンから話は来てるから今更だとおもうが、こうしてみると艦隊配置はかなり重厚になっているな」

「ああ、前衛に無人艦隊を複数配置して中間は第7艦隊主力で後方にランナー部隊という前線艦隊、第3防衛戦から最終防衛戦にかけて第1艦隊が中心の防衛艦隊が後詰にいる。第3に第5も動員したからにはこれは総力戦といえるだろう」

 

 ディアズが手にしたホロプロジェクターから大艦隊の配置図が浮かび上がり、これがオペレーション・フォルトゥーナにおける戦力分布となる。先鋒の無人艦隊は第3・第5艦隊から抽出されたもので《デザイア》の侵攻ルート上に幾重にも配置させて消耗させていき、丁度そのタイミングで主力となる第7艦隊を中心としたタスクフォースとぶつかる事となった。

 艦隊による濃密な火砲を集中させつつ本命たるストライダー隊が《デザイア》に接近するまで盾となるのが目的であり、ディアズの部隊はストライダー隊の後方を守る位置におかれている。もしこのまま艦隊が突破されてしまっても最終防衛ラインには第1・第3・第5艦隊の主力艦隊が配置されており、鉄壁の守りを敷いていた。ライオット率いる第11機動中隊はこの防衛艦隊の最先端、というかタスクフォースと防衛艦隊を繋ぐ中継点に置かれて有機的な機動を一任されている。

 

「まーこんな配置だが、ライオット少佐殿はどう見ますかな?」

「そこまで変なものではないね。ランナーといえど実戦経験皆無の学生達を抱えての戦闘となると、ここの配置が最適解だし、もしその時はディアズの部隊にも救援を求められるからな」

「任せておけ、同期のよしみさ」

 

 

 

 

 

「ここって武道場だよね。イーサン先輩はよく来るの?」

「うんにゃ、オレとは無縁もいいとこさ」

 

 アカデミー内の訓練施設は数多く存在するが、その中でも異彩を放っているのが木造の門構えが入り口として鎮座する武道場だ。地上時代に生まれた武術は一部が失伝してまってはいるが、空中大陸に人類の居が移ってからも多くが継承されている。特に武道での精神修練や独自の哲学といった文化的側面は地上時代からの大事な遺産であり、手厚く保護されていた。

 しかし歴史的意義や格闘技に全く興味は持たないイーサンはもとより、オルゴン教の修道院を兼ねた孤児院で暮らすルーテシアも異文化に触れる機会は少ないので興味ありげに木造建築を眺めていく。そんな彼女にイーサンは不躾な疑問を投げかけた。

 

「なあルーちゃんよ、ここじゃあ昔あった哲学とか宗教とか教えてるらしいけど、オルゴン教的にはどうなん? 異教はダメって感じかな」

「うーん、そんな事はないと思うよ。基本的なところはこの世界を守ってくれているオルゴンに感謝して、ランナーはその祝福を受けた者として率先して義務を果たすってところだね」

「へーそんなもんなのか。ま、オルゴンを崇め奉るもんだからそこまでガチガチな競技じゃないわな。でもよ、ここで教えられてる奴だとほぼマゾ専用みたいな苦行もあるらしいぜ、とんでもないよな?」

「うへー痛いのはいやだよぉ……」

 

 静かなエリアと不釣り合いで騒がしい2人は木造の武道場のいくつかを通り過ぎていき、ほぼ四角に仕切られている武道場エリアの真ん中辺りまでやってきて目的に到達する。

 周囲の建物と同じく木製で作られた長方形の建造物が鎮座しており、探しているフィオナ・ミードがよく訓練を行っているという場所だ。イーサンはさっそく中へ飛び込み板張りの床を鳴らしながらずんずんと進んでいくもまるで人の気配がなく、やがて奥へと伸びる長方形な広い空間へと到達する。

 部屋の中心に長い黒髪をまとめた少女が座っており、白いチュニックと裾の広がったズボンという武道場でのユニフォームで身を包んでいる。静かに膝をついている姿勢から流れるよう立ち上がってオルゴンで作り出した弓をつがえると、結晶できた鏃が放たれて最奥に立っていた的の中心を見事に撃ち抜いた。見事な射撃な射撃にイーサンとルーテシアは無意識に手を叩き、射手の少女はいつの間にか居た2人の存在に気付く。

 

「あら、ここにお客さんが来るなんて珍しい。御二人ともいらっしゃい」

「お邪魔してまーす。ここにフィオナ先輩がいるって聞いたので」

「フィオナに用事があるのね。まだ来てないみたいだし、ゆっくりしていってよ」

「じゃあお言葉に甘えて、オレもいっちょ狙い撃ってみますか!」

 

 既に撃つ気満々なイーサンはホルスターからフギンを取り出しており、片手で構えながら右腕を真っ直ぐに伸ばして狙いをつけた。安定性に欠ける姿勢であるが的までの距離なら問題なく引き金が弾かれてエナジーボルトが閃光を放ち、ターゲットのド真ん中目掛けて飛んでいって外れることはないだろう。

 しかし当たる瞬間にまるで見えない壁にぶつかったように弾かれていき、光弾は斜め上に飛んでいく。ターゲットの周りにはオルゴンが循環する粒子シールドが貼られていると瞬時に判断してイーサンは続けざまに光弾を撃ち込んでいき、僅かな偏差を付けて放たれた5発のボルトは次々と弾かれていくが最後の1発がそのまま直進してターゲットの中心に大きな風穴を開くのだった。

 

「お見事! シールドの1点に連続してブラスターを当てて突破させるとは、かなりの手練とお見受けいたしますわ」

「いやいや、ただのブラスター使いさ。結晶生成できたりエフェクト扱えたらこんな小細工は不要だしよ。あーやっぱストライダーの砲撃でブッ飛ばすのが手っ取り早えぜ」

「イーサン先輩、それはダメだよぉ……」

「あら、今日はなんだか賑やかね。カレン、新人でもきたの?」

 

 いつもは閑静と思われる弓道場が騒がしくなっている事を不思議に思っているだろうフィオナ・ミードが入ってきており、ここの主で射手でもあるカレン・フェイエンに初めて見かけた2人について尋ねている。

 先程の演習場で起こったテクニック連続暴発事件の犯人として学園トップたるヴァルキュリーの称号を持つ彼女を疑っている事でここにイーサンとルーテシアが居る理由であり、しかしイーサンはフィオナへ対して率直に言葉をぶつけていった。

 

「フィオナ先輩、どうしてテクニック暴発なんかさせたんですか?」

「ちょっ、イーサン先輩!? そんな火の玉ストレートな――」

「ハァ……、君が何を言ってるのかわからないが、確かに暴発事故はあったけど、その犯人が私と言うのかい? そう言うくらいなら証拠ぐらいあるんだろう」

「まあ暴発する時の現場全てに先輩が居たのとコマ送りでなにか動作してたのはわかったんですが、これじゃあ証拠にはなりませんよ。ただ閃光のグリムゲルデと呼ばれる貴方なら、他人のオルゴンに自身のオルゴンを混ぜ込んで妨害するのはお手の物だと思ってね。去年の大決闘祭じゃあエフェクト妨害で完封させてたのは見事でしたぜ」

「そう、君はあれを見てたんだね……」

「ええ、もうバッチリ。だからビデオ越しでも見間違えるなんて有り得ませんよ、オレの目は特別ですんで」

 

 自らの目を指差して不敵に笑うイーサンを不思議そうにカレンは眺めてルーテシアは頭を抱え、フィオナはじっとの目の前に立つ少年の顔を見つめている。しばし2人の間に不穏な空気が流れるもフィオナの方から視線を外して肩を落とし、自身が負けた事を言外にて示した。

 

「……言い訳に聞こえるかもしれないけど、動機はあるんだ。今のアカデミーの方針は本当に正しいのかい? まだ実戦も経験した事もない子どもを戦場に駆り立てて、ガレリアと戦わせるのは間違ってる! ……だから色々行動したけど上手くいかなくてね、参加者を傷つけるなんて強硬な手に出たんだ。最低だ……」

「フィオナ……」

「うーん、難しい話はわからんっすけど、ランナーが持つ唯一絶対の権利にして義務は自由に飛ぶこと。それを邪魔する奴はアカデミーだろうが誰であろうが叩き潰すのがオレの方針ですんで、まー先輩だけでそんなに悩まなくていいっすよ。それで今日は色々ありがとうっす」

「まったく、君は噂通りだねイーサン・バートレット君」

 

 堰を切ったように心の内を告白したフィオナに対してイーサンは自らの持論を告げて、その単純明快にして何も考えてなさそうな突拍子もない発言に呆れを通り越して思わず失笑する。ただ純粋に動機が聞きたかったイーサンはこのまま退散するつもりであったが、ちょうど良いタイミングでこれまたこの場に不釣り合いな軽快なメロディーが鳴り響いた。

 ヴィムの着信を伝えるコール音を聞いてすぐさま左のグローブに目を向けて送れてきたメッセージに目を通す。内容を読みながらイーサンは頭をポリポリと掻きむしりながら、フィオナの方へ振り向きながら告げた。

 

「あー、なんかシオン生徒会長からメッセージが来ましてね、『オペレーション・フォルトゥーナに参加する全ランナーは今すぐ生徒会室に集合するように!』って。また面倒な事ないといいっすけど」

 

 

 



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