紅葉が桜に変わる頃 (本条真司)
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1話

九条奏音は逃げていた

後ろから迫ってくるのは、体格差のある男

持っているものはナイフだ。逃げるのも無理はない

(正直このままだと私の体力が先になくなるわね。すでにギリギリだし)

奏音は冷静に分析しつつ、男がつかず離れずの距離にいることを認識していた

(これ、楽しまれてるわね。おそらく私の速度に合わせてるんだわ)

奏音は自身の運動能力の無さを呪った

体育会系文化部などと呼ばれる吹奏楽部にて、そこまで運動をすることはない

それどころか以前にも増して体力が落ちたような気さえしていた

(…潮時、かしらね。捕まって殺されるならまだしも、女の尊厳を殺される気がするわ)

奏音はあえて袋小路に入り込み、足を止めた

「もう逃げられねぇぜ?」

「覚悟はできたわ。好きにすればいいじゃない」

男は自分のベルトに手をかけた。奏音の想定していた最悪の事態でもある

(終わったわね。さようなら日常、的な?)

自嘲気味に笑って、奏音は座り込んだ

体力が切れ、立っているのもやっとなのだ

「これからもっと疲れるんだぞ〜?」

ジリジリと近寄る男

そこに通りかかったのは、かつてのクラスメイトだった

「…奏音じゃねぇか。そんなとこに座り込んで何してんだ?」

冬風夜斗という名を持つ彼は、パックの牛乳を飲みながら訊ねた

「見ての通り、強姦されかけてるわ」

「ふーん。たすけてやろうか?」

「…できるなら、お願いするわ」

「対価は、まぁ後で話すけどそれでええ?」

「いいわ、契約成立ね」

奏音がそう言うと同時に、夜斗は男に向かって走り出した

男はまだ手を離していなかったナイフを夜斗に向けて威嚇するが、夜斗は意にも介さない

(…誰とも知らない人にやられるより、知ってる人なら多少心持ちもいいかしら。っていうか危ないんだけどなんで避けないのよ!)

夜斗は男の近くで立ち止まった

男はそんな夜斗の意図を読めず、ナイフを刺すために腕を伸ばした

その瞬間、男は宙を舞っていた

「!?」

「黒淵流体術、蓮華」

夜斗が呟くのと、男が地面に落ちるのは同時だった

カッとなった男が、夜斗をその手で捕らえるためにまた手を伸ばす

「いいもん拾ったな」

回避した夜斗は、男が落としたナイフを拾って投げた

クルクルと回転しながら落ちてくるナイフの柄が、夜斗の手の中に収まる

(…どうするのよ。ナイフで刺したらあなたが犯罪者になるわ)

夜斗はナイフを構え、向かってくる男の視界の隅で()()()()()()()()

男の視線がナイフを追いかけ、夜斗から意識が逸れる

その瞬間に夜斗は、ポケットからフィルムケースを取り出しつつ奏音の後ろに回った

「悪いな、奏音」

夜斗は奏音の手をとって耳を塞がせた

そして自分は首にかけてたヘッドホンをつけつつ、フィルムケースを投げすぐに奏音の目を手で隠す

「!?!?!?な、何をした!」

「フラッシュバン。わかりやすく言うなら閃光手榴弾だ。人間が視認すれば、2時間ほど視界が不安定になる」

夜斗はそう言いつつ、ヘッドホンと奏音の目を隠していた手を外した

男は立つこともままならず、その場に転倒した

「少しのたうち回ってろ、犯罪者」

(どっちが犯罪者だか、わからなくなってきたわ)

夜斗は取り出したビニールテープで、男の腕と足をがんじがらめに縛った



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2話

「聞いてんのか主!」

「聞いてるっての…。あんま騒ぐなよ、黒鉄」

夜斗は黒鉄と呼んだ男を適当にあしらっていた

黒鉄がこうも怒鳴っているのは、昨夜元同級生を助けたことが原因として存在する

「フラッシュバン使いやがったから隠蔽めんどくさかったんだぞ!?音響使わなかったからまだいいが…」

「じゃあいいだろ、話終わり。さっさと仕事に入れ」

夜斗はそう言って腕を組み、背もたれに体を預けた

黒鉄はまだなにか言いたそうだったが、それを遮るように茶封筒が夜斗の机に投げられた

それを投げたのは、黒鉄の弟である草薙だ。双子ではないものの、同い年である

「依頼完了。犯人は弟だったよ」

「へぇ…。目的は?」

「保険金だ。依頼人の旦那には2000万の生命保険がかけられていたらしくてな、それの相続が依頼人とガイシャの弟だった」

「ほーん。結局どうなったん?」

「まぁ警察に出頭したよ。自首って形だし、反省してるっぽいから減刑されるんじゃね?」

草薙は封筒を開けるように促した

言われるままに夜斗はそれを開けた

「次の依頼が来てた。俺が行くか?」

「…連続強姦殺人…。東京都都心…?珍しいな、あんなとこでこの事件なんて」

「歌舞伎町も渋谷も東京っちゃ東京だからな。主の言う東京は渋谷とかなんだろ?東京だって郊外いきゃ犯罪の温床だよ」

草薙はそういって車の鍵を腰につけた

「…草薙は彼女が東京だったな」

「ついでに言うなら黒鉄もな」

「ばっ、お前なんでバラした!?」

「彼女いんの!?」

夜斗は思わず叫んだ

黒鉄はこうなることがわかっていたから言わなかったのだが

「…いるよ。莉琉だ」

「え?神楽坂莉琉?」

「ああ、そうだ。アイドルグループセンターだが、事務所の恋愛禁止をぶっ壊した張本人だな」

「ちなみに俺の彼女は舞莉な。同じグループの」

「…どこで知り合うんだよそんな奴らと」

「主がタコった立食パーティーだよ。黒鉄と一緒に行けっていってタキシード用意したろ」

夜斗はパーティー等、大人数でいることを嫌う

元々は引きこもりがちで、学校以外は外に出なかったのだ

高校を卒業してすぐにこの探偵事務所を設立してからはそうもいかないのだが

「…あー、総理大臣きたやつ?」

「そうそれ。そんときの舞莉は可愛かったぞ、いつも可愛いけど」

「莉琉もな。亜麻色の髪の乙女には赤いドレスが似合う」

黒鉄と草薙の惚気が始まりそうだったため、夜斗はため息をつきつつ付き合ってやるのだった

そんなとき、夜斗の机に置かれた電話機が鳴った

「探偵事務所図書館でございます」

『…依頼をお願いしたいのだけれど、いいかしら夜斗?』

「この声は…九条奏音…?」

夜斗は草薙にアイコンタクトで録音を開始するように指示を出した

草薙の端末が、時間を遡って通話が始まった瞬間からを録音する

「内容によるな。それ次第で料金が変わる」

『…そうよね。けどこれは簡単なものよ』

「…なんだ?」

『割のいい仕事…知らない?』

夜斗は大きなため息をついた



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3話

「雇ってくれてありがとう、夜斗」

「…主、この女は?彼女か?」

「昨日助けた元同級生だ。クビになったんだとよ」

「まだ10月だぞ!?入社から半年って…何したんだよ!」

「…上司の好きな人が私を好きだったのよ。恨みを買って、なんやかんや理由つけてクビにされた」

「職権乱用じゃねぇか。それを壊せばいいのか?」

「違うわ。あの職場に戻るのはめんどくさいから、働き口と住むところを探してるの。昨日夜に彷徨ってたのはホームレスだったからよ」

「何サラッとすげぇこと言ってんの!?」

一足先に東京へ移動した草薙の代わりに黒鉄がツッコむ

普段は草薙がツッコミをしているのだ

「ホームレスなんてよくある話よ。住んでたのが社員寮だから、クビになったら住む場所がなくなるのも仕方ないわ」

奏音はそういってポーチを壁にあるフックにかけた

社員用の荷物置き場として使われるそのフックには、すでに夜斗のコートや黒鉄のパーカーが置かれている

「社員は私入れて四人なのね」

「20人だ。関西に支部がある」

夜斗はそう言いながら奏音に鍵を投げ渡した

「お前の部屋が用意できていないから、しばらくは女性社員と共同生活になる。話は通しておいた」

「手が早いわね」

奏音は受け取ってすぐに、支給品であるカラビナにとりつけてポーチにくくりつけた

「ベルト通しにつければいいだろうに」

「ないわ。一番安いのをヤマムラで買ったから、便利機能なんてないの」

ヤマムラは全国展開している服屋だ。かなり値段が安く、その上サービスがいい

「…とりあえず黒鉄、草薙を追いかけて東京いけ。車使ってもいいぞ」

「運転キツイし、新幹線で向こう行って草薙と合流する。つか車もレンタカーだろ?」

「当然だ。お前らの車は草薙が持っていったしな」

「お前ら、ってどういうことなの?全員分車があるわけじゃないってこと?」

「そんな金どこから出てくるんだ…。と言いたいところだが、用意はできる。けど基本的に二人一組(ツーマンセル)だからな。一組に一台にしてあるんだ」

夜斗はコーヒーを片手に話した

座っているのは自分用の机ではなく応接用のソファー。奏音はその目の前に座っている

黒鉄は立っていたが、夜斗の支持を受けて出発の用意を始めた

「…私って事務なのかしら?」

「それはこれから適性を見る。とりあえず筆記テストからだな」

「うっ…テスト、苦手なのよね…」

奏音はそう言いつつ、夜斗から差し出された紙を受け取った

夜斗は、自分の胸ポケットにあるボールペンを差し出した

「終わったら呼べ」

夜斗はそう言って自分の机に戻った

余談ではあるが、夜斗の机は黒いPCデスクだ。そこにはノートパソコンが一つ置かれている

また、二人用の事務机にもそれぞれノートパソコンが置かれており、合計11台ある

それらはローカルネットワークにより関西支部と繋がっているため、連携を取りやすくしているのだ

「やれやれ…。またパソコンを買わなきゃな…」

夜斗はそう言って、とあるところへと電話をかけた







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4話

「もしもーし」

『お電話ありがとうございます。オーレリアテクノでございます』

「冬風でーす」

『お世話になっております。申し訳ありません、現在社長は席を外しておりまして…』

「あらま。戻ったら折り返せって伝えてもらってもいいですかね?」

『承りました』

電話を切り、ため息をついた夜斗

オーレリアテクノという会社は、夜斗の友人が経営する会社だ

正確には友人の父親の会社だったのだが、彼の父親が早期引退したため友人が経営することになったのだ

「終わったわ。案外簡単だったわね」

「初っ端から難しいテストやっても仕方ないしな」

夜斗はテスト用紙を受け取り、驚愕した

実を言うとこのテスト、IQや性格を診断するためのものだったりする

このテストで満点を出されたのは、今回が初だ

(ほう。これほどとはな…。あとは体力の試験もあるが、やる意味はないな。昨日の感じからして体力はないだろう。となれば…)

「で、これで私の適性がわかるの?」

「まぁ本来はこのあと体力テストと射撃テストがあるわけなんだが、体力がないのは知ってるし射撃だな」

夜斗は社員の一人に任せる、と告げて奏音を連れて外に出た

「俺の事務所がもつ射撃場まで連れて行く。そこでの適性次第でお前の仕事が決まるぞ」

「わかったわ」

夜斗は車の鍵を操作してポケットに入れた

事務所の一階部分が左右に開き、中から大型の車が現れる

「…これは?」

「普通車に見せかけた装甲車だ。水分分解機構を備えてるから、水中での活動も可能だし、衝撃分散材質だから戦車砲やICBMにも耐える」

「…よくこのサイズに詰め込んだわね」

「トランクは全部潰してるから買い物には向かないな。買い物に行くなら草薙に頼め、あいつのは普通車だから」

「格差がすごいわ…」

夜斗は車に乗り込み、ドアを閉めた

ボタンを押してエンジンを始動させ、サイドミラーが開いたことを確認し、ギアをDに切り替えて走り出した

車庫から出てすぐ、シャッターが降りてなんの変哲もない飲食店のような風貌になる

「オートマなのね」

「マニュアルで作ってほしいって言ったら、そんな機構積む余裕がないって言われた」

「そう…」

奏音は外の景色を見た

今まで見てきた中で最もアングルが高いため、いつも見てる景色であるはずなのに全てが新鮮に見える

「そういえば奏音」

「なによ?」

「お前彼氏いるのか?」

「早速セクハラかしら。答えはノーよ。私に彼氏いるなら誰にでもできるわ」

そういう奏音だが、実際のところは奏音に話しかける人がいないだけだ

それほどに見た目が良く、また性格も良いということなのだが

「ふーん。ならあんま言う必要ないけど、うちの社宅は基本的に部外者の立ち入りは厳禁だ。俺の許可がいる。他の会社だと家族や友人はいいみたいなのあるけど、うちは家族や配送業者もダメだ。郵便や宅配物は事務所に届けるように配送業者に伝えてあるから、特に手続きはいらん」

「例えば夜斗が彼氏になった場合、入れるのかしら」

「俺の部屋に来ることはできるが逆は無理だな。女性階と男性階は別にしてある」

「他のアパートに住むのは?」

「子供ができれば許可するつもりだが、うちの社員は半数以上が未成年だからなんとも言えん」

夜斗は交差点を右折してすぐのところにあるコンビニに車を止めた

「…?」

「飲み物を買う。なにか飲むか?」

「…超甘いコーヒー」

「了解。エンジンはかけておくが触るなよ」

「触らないわよ」

奏音は拗ねたように顔を逸した

夜斗は笑いながらドアを閉め、コンビニの中に入っていく

「…変わってないわ。あの頃から。私が貴方を好きなのも、変わってない」

奏音はそう呟き、ため息をついた



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5話

夜斗の携帯電話が鳴動した

「俺だ」

『よう、夜斗。新規購入か?』

「ああ。いつものノートパソコンと、マグナムを一つずつ」

『ほーう。この時期に新入社員かよ、景気がいいな』

「奏音が仕事クビになったんだって来たんだよ。今は適性試験してるところ。汎用装備としてマグナムは全員に配るしパソコンも何かと使うからよ」

『じゃあいつもの場所でな。いつがいい?』

「適性試験終わったら追加するかもしれんしまた連絡する」

『ういよー』

先程の会社の社長からだった

名前は夜桜一樹。銃刀法が緩和されてすぐに銃社会を構築した敏腕を持つ

「待たせたな、奏音。ほらコーヒー。必要ならガムシロもあるぞ」

「ありがとう。これ、私が学校でよく飲んでたやつだわ」

「覚えてるからな、それがいいかなと思って」

そう言いつつ夜斗はエナジードリンクを呷った

ドリンクホルダーに差し、また車を発進させる

「…ねぇ、夜斗」

「なんだ?」

「…後ろからなんか来てるわ」

「……ああ、あいつらは敵対勢力だな。俺たちが敏腕すぎて、他の探偵への依頼が減ってるんだ。そういう奴らがやるのは、傘下下るかこうして襲うかなんだが…相手が悪かったな」

夜斗は窓から手を出してハンドガンを後ろに向けた

おもむろに引き金を引き、手を引っ込める

「…何したのよ」

「敵車両のタイヤを撃った。しばらくは走れない」

「そういうことしてるから襲われるんじゃないの?」

「そうなのか、覚えておこう」

スリップし、クラッシュした後ろの車をミラー越しに眺めながら、奏音はため息をついた

「…到着したぞ、起きろ」

「…はっ。寝てたわ」

「知ってるよ。だから起きろって言ったんだから」

夜斗はそう言いながら車を降りた

到着したのは一見普通の雑貨屋だ

中に入ってみると、普通に物を売っている

2階に行く階段には、関係者以外立入禁止と書かれたテープが張られている

「…どこにあるのよ」

「ここの二階。入るぞ」

「はーい」

店員の活発な声に驚きつつ、実は彼女が社員であることを後で告げられてそこでまた驚くことになる

「…とりあえずハンドガンからだ。M92Fで試せ」

夜斗はマガジンを装填したハンドガンを手渡した

それを奏音は慣れた手付きで構える

(使ったことがあるのか…?いや、まさかな)

「久しぶりに使うわ。最後に使ったのは去年の実弾演習かしら」

「実弾演習…?」

「私の父が貸してくれたのよ。新しいものを取り込めってね」

奏音は人型の的の肩と手首を撃ち抜いた

(…まだ何も教えてないが、無力化の手段を知ってるのか…?)

「父に教えられたのを思い出すわ。人を撃つときは、頭より先に手や肩を撃つ。それで銃を撃てなくしてから、トドメを刺す。よね?」

「あ、ああ…。お前の父親はなんの仕事をしている?」

「軍よ。けど、二階級特進したわ」

「…そうか、悪いことを聞いたな」

「構わないわよ。もう5年は前のことだわ」

奏音はマガジン全てで肩と手首を撃ち続けた

夜斗はイヤーマフの中につけられたインカムで話をしている

銃声が響く中で声が届くかと言われれば届きにくいだろう。そのため、射撃場のような音の籠もる場所ではこういった措置をしているのだった



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