東方医師録 (生きた屍)
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第一話 彼の日常

 ――博麗神社。

 そこへと続く石階段を上っている一人の青年がいた。

 

「もっと人里から行きやすければ、苦労しなくて済むんだが……」

 

 呟いて息を吐く。

 彼の名はドク。

 本名かどうかは分からないが、彼が自分から名乗るときは必ずこう言っている。

 そんな彼は、人里の巡回医師だ。

 朝、昼、晩と、依頼があれば合計三度、一日に人里を回る。

 そして朝の巡回が終わると、いつも決まって、ドクは博麗神社に足を向ける。

 

「ふう。やっと着いたか」

 

 石階段を上り終えたドクは、そう呟くと、視線を周囲に向ける。

 ――まだ、霊夢は起きてない、か。

 誰もいない境内からそれを察すると、ドクは神社の拝殿に近づき、置いてある賽銭箱に、いつものように賽銭を入れた。

 すると、今ドクが入れた硬貨と、元から入っていた硬貨が当たり、ちゃりん、と音が鳴る。

 珍しいことに、ドクの前にも賽銭を入れた誰かがいたらしい。

 もう帰ってしまったのだろうか。

 ――いや、違う。

 だが、ドクには別の考えが浮かんでいた。

 ――今の時間なら、もしかすると。

 確信に近い勘。

 彼はそのまま縁側に歩を進める。

 すると。

 

「……ほんとこっちの事情も考えなさいよね。いつもいつも私が暇だとでも思ってんの?」

「思ってるぜ!」

「ったく……あんたって奴は」

 

 聞き覚えのある声が、聞こえてきた。

 ――どうやら、境内の掃除中に魔理沙がやってきたようだね。

 ドクの頭には、その光景がありありと浮かんだ。

 ――まあ、二人ともいるならちょうどいいか。

 そう考えたドクは、まだこちらに気づかず、仲良く話している二人に近づいて行った。

 

「やあ、二人とも」

「ん? おお! ドク、お前もどうだ煎餅!」

 

 そういって、白と黒の服を着て、先端が尖っていて黒い帽子をかぶっている魔理沙は、ドクに手で持っている煎餅を突き出してきた。

 

「あんたのじゃないわよ。ま、ドクもお茶でも飲んでいけば? 今淹れてくるわよ」

 

 言いながら、寒くはないのだろうか? と、少し気になる脇の出た紅白の巫女服を着ている霊夢は、がしっ、と魔理沙の手を掴む。

 

「じゃあ、お言葉に甘えて。少し休ませてもらおうかな」

 

 ――朝の分の診察は済ませたし、特にこれと言ってやることはないし、まあいいだろう。

 ドクはそう思って、お茶請けを挟んで魔理沙の隣に座った。

 いつもとそう変わりない、巡回医師ドクの幻想郷での一日の始まりだった。

 

 

 

 

 ―――――――――

 

 

 

 

「さて、のんびりさせてもらったし……軽く視ておこうか、二人とも」

「ん」

「分かったぜ」

 

 三人は軽く談笑し終わってから、本殿の近くにある母屋の和室に入った。

 そしてドクは霊夢と魔理沙に確認を取り、いつものように診察を始める。

 ――僕のこれが、診察と言っていいのかは、微妙なところではあるが。

 

「じゃあ霊夢から。座って目をつぶって楽にしてくれ」

「分かってるわよ」

 

 霊夢が目をつぶってから、ドクは手をかざす。

 

「――解析開始」 

 

 頭、肩、胸、腹、足……いろいろな部分にかざしていく。

 そうしているドクの手は紫に光っていて、目の前には様々な文字列が浮かび上がっている。

 これは普通の人間が手に入れることができる力ではなかった。

 幻想郷に来たからこそのものだ。

 この幻想郷にいる多くの人には、『程度の能力』というものが備わっている。

 それはドクも例外ではなかった。

 ――『解析し書き換える程度の能力』。

 ――それが僕の力。幻想郷に来てから使えるようになった、どれだけ望んでも手に入れることができなかった力。

 ――もっと……早くあって欲しかったもの。

 

「やっぱドクのこれは綺麗だぜ。私も使えるようになりてーなー」

 

 魔理沙はドクを見て楽しそうに言った。

 魔法使いである魔理沙でも、ドクのこれは理解しがたい力だった。

 

「なあ、なんかコツとかあるのか? ドク? ……さすがに無視はひどいんだぜ……」

「え? あ、ああ……すまないね。視るのに集中していたから」

 

 ――考えるのはやめよう。もう、どうにもならないことだ……。

 ドクは終わることのない思考を止め、目先のことに集中した。

 少しして。

 

「…………よし。霊夢、もう目を開けてくれて大丈夫だ」

「ん。で、どこか悪いところあった?」 

  

 目を開けながら、霊夢はドクに尋ねた。

 

「いや、いたって健康だったよ。だがあまり無理はしないように。妖怪退治は危険が付き物だからね。慣れているからって油断は禁物だ」

「つまりはいつも通り頑張れってことでしょ? それに、ほんとにヤバそうだったらほかの人にも手伝ってもらうわよ」

「そうしてくれ。いざっていう時は僕でもいいから、無理して自分だけで全部解決しないように。じゃあ、次は魔理沙。さっきの霊夢みたいにしてくれるかい?」 

「了解だぜ」

 

 ――さて、思考は切り替えていこう。

 ドクは魔理沙に手をかざす。

 視えるのは幾つもの文字列。だがその中に、欠けていたり、おかしくなったりしている個所を見つける。

 そして、それがどの部分かを突き止めるのだ。

 ――目に疲労が蓄積されているのか。

 ドクはその文字を、瞬時にそこにあるべき文字に書き換える。

 漢字なら漢字で、英語なら英語で、数字なら数字で。

 あい えおなら、その空いているところに『う』を。

 ABC EFなら、その空いているところに『D』を。

 一+一が三になっているなら、『三を二』に。

 そうやって書き換えるだけ。

 彼の治す方法はこれだけだ。

 これだけで、ほとんどの病気は治せる。

 ――例外は、ないわけではないが。

 そしてほかの部分も視ていく。

 

「…………これで、終わりか。もういいよ、魔理沙」

「お、ど、どうだった?」

 

 魔理沙は先ほどの霊夢と同じように、目を開けながら聞いてきた。

 自分のどこかが悪くなっていることに、何か心当たりがあるのか、少し、不安そうに。

 

「目に疲労がたまっていたよ。また夜更かしして本でも読んでいただろう。前にも言ったが、僕が治せるからと言って体に無理をさせるのはいけない」

「うっ……。ご、ごめんなさいだぜ……」

「ん。反省できるのは偉いよ」

 

 ――さて、と。これで診察は終わったわけだが……。っと、そうだ。あっちにも行くんだったか。……感謝されることはないだろうし、覚えて言うかどうかも怪しいところではあるが。

 

「じゃあこれで二人とも終わりだ。また来週視に来るから、覚えててくれ」

 

 ドクは部屋を出ようと立ち上がりながら二人に告げた。

 

「はーい。じゃあね、ドク」

「また来週だぜ!」

 

 ドクは二人の声を背中に、手を軽く二人に振り母屋を出た。

 

 

 

 

 ―――――――――

 

 

 その後、人里に立ち寄り小休憩してから、ドクは太陽の畑――風見幽香の診察に向かうのだった。

 

 

 ―――――――――

 

 

 

 

「さて、彼女は居てくれるだろうか」

 

 幽香は本当に気まぐれで、日にちを決めても、気が乗らないだとか、面倒だとか言う理由で、素直に診察させてくれたためしがないのだ。

 ――どうしたものか……。

 そこまで考えてドクは息を吐く。

 

 それから少し歩いて、ドクは目的の場所に着いた。

 

 ――太陽の畑。

 全面に咲き誇る向日葵。

 その迫力に、ドクは思わず圧倒される。

 ――もう見慣れたものだが……さすがに凄い。……違う。そうじゃない。 

 ドクが太陽の畑に来たのは、向日葵を見るのが目的ではない。

 

「……」

 

 周囲を見る。

 人のいる気配はない。

 ――であれば。

 ドクの視線が一つの場所で止まる。

 花畑の近くにある、簡素なつくりをした小屋である。

 ここが風見幽香の家だった。

 ドクは息を吐き、その家に近づいて行った。

 ――と。

 

「あら、久しぶりね」

 

 突然、ドクは背後から話しかけられた。

 そしてそれと同時に背中に強い衝撃。

 

「な……っ!」

 

 ドクの体は簡単に吹っ飛ばされ、ごろごろと地面を転がりながら、小屋に直撃する寸前になってやっと止まった。

 

「かっ…………ぐっ……!」

 

 ――解析開始。

 腕の骨が折れている。足は捻挫。首も打ち付けている。ドクが自分の体を視ると、全身がひどく欠けていた。

 ドクはそれを定まらない焦点で、一つ一つ治していく。

 少しして、呼吸も落ち着いてきた。

 

「ふう……」

 

 ドクはややおぼつかない足で立ち上がった。

 そして、ゆっくりとした足取りでこちらに近づいてきている幽香に声をかける。

 

「はあ……。今日はどうした幽香。いつもよりダメージが大きいんだが……。何かストレスのたまることでもあったのかい?」

「さあ、どうでしょうね。それで? 私に何か用かしら」

 

 風見は悪びれた様子もなく言葉を返す。

 

「今の行動はいつものことだからスルーか……。まあいい。診察に来たんだ。小屋の中で視せてくれるか?」

 

 幽香は瞬間考える素振りをし、

 

「その前に。あなた、花も治せるのかしら」

「……やったことはないが……どれが悪いんだ?」

 

 少し不安を感じながらも、ドクは幽香と一緒に花畑に歩いて行った。

 

 

 

「この花なのだけど」

 

 そう指さされた花は、白い斑点が葉の全面に広がっていた。

 

「なるほど……。やってみようか」

 

 ――解析開始。

 すると目の前に文字列が浮かび上がった。

 ――どうやら僕の能力は、植物にも使えるようだ。

 人の治療と同じように、欠けていたり、おかしい部分を書き換える。

 ――あるべきものを、あるべき場所に。

 そして、ドクの手の光が消える

 

「…………これで、どうだろう。やれるだけみってみたが……」

「あんまり自信はないようね?」

「植物相手にこの力を使ったことはないからね。ただ、人間も植物も、大差ないってことは、分かったよ」

「あら、たまにはいいこと言うじゃない。それに心なしかその花も元気そうだし。いいわ。診察してくれるかしら」

「本当かい? じゃあ気が変わらないうちに済ませてしまおうか」

 

 二人は軽く話しながら小屋に向かって歩き出した。

 

 

 

「お茶でも飲む? いい茶葉があるのだけれど」

 

 小屋に入った二人は、木製の椅子に座り、テーブルを挟んで向かい合った。

 

「いや。その厚意はありがたいが、もう博麗神社でご馳走になってきたからね」

「あなた、もう博麗神社まで行って視てきたの?」

「ああ、そうだが……何かおかしいかい?」

「……いえ別に。働きものねと思っただけよ」

 

 幽香はどこかうんざりしたような目をドクに向けている。

 

「……まあいいわ。じゃあ、とっとと視てくれる?」

「ああ、分かった」

 

 そういうとドクは立ち上がり、幽香の正面に立った。

 

「目をつぶって」

「はいはい」

 

 ――解析開始。

 瞬間、ドクの目の前に文字列が浮かび上がる。

 ――もう、慣れたものかな、僕も。

 幾つもの文字を読み進め、異常がないかを確認していく。

 

「…………ふう。終わったよ。異常はなしだ」

「あらそう。前よりも早かったわね」

「僕でも、少しは成長するってことだ」

 

 言いながら、ドクは小屋の出口に向けて歩き始めた。

 

「もう帰るの?」

「ああ、まだやることが残ってるからね」

「……本当、働きものね」

「褒め言葉として受け取っておくよ。じゃあ、また」

「ええ。気が向いたらね」

 

 幽香の言葉に頷いて、ドクは外に出た。

 

 外の出ると、大分日差しが強くなってきていた。

 ――もう、昼か。確かこの後の診察の依頼はなかったはずだから、今日視た人たちの情報を纏めて、少し休むとするか。

 

 そうしてドクは、人里に向かって歩き出した。

 



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第二話 彼は退治した

ドクの能力については深く考えない方向で。


 今日は珍しく、ドクに人里での診察依頼が来ることはなかった。

 ――一日なにも仕事がないというのは、楽ではあるが落ち着かないな。

 ドクは部屋に置いてある机に向かい突っ伏しながら、ぼんやりとそう思った。

 基本的に毎日のように色々なところに出向いて視ているドクにとって、暇というのは不安で仕方がない。

 ――僕が知らない間に誰かが重い病に苦しんではいないか。

 そんな考えが頭をめぐる。

 もちろんそんなことはないだろうとは、ドク自身分かってはいる。

 だが、自宅の中で貧乏ゆすりをしている姿は、どうにも落ち着きがない。

 つまり、ドクはちょっとしたワーカホリックであったのだ。

 何か少しでも仕事を忘れられるような趣味でも見つかればいいのだが、それもなかなか見つけられない。

 そして、ドクの貧乏ゆすりが最高速まで行くかといったその直前。

 

「すまない。ドクはいるか?」

 

 ドクの自宅の戸をたたき中に入ってきたのは、上白沢慧音。

 彼女は普段、寺子屋で子供たちに教鞭を執っている。

 その授業風景を見せてもらったこともあった。

 ドクとはほぼ毎日顔を合わせ、挨拶を交わし雑談する程度の仲である。

 ――慧音か。珍しいな。

 

「ああ、ここにいる。どうかしたのかい?」

「実は少し頼みたいことがあってな。時間はあるか?」

 

 ――おあつらえ向きなタイミング、と言ったところかな。

 

「ちょうどいいところに来た。今日は診察の予定がないからね。博麗神社にももう賽銭を入れてきたし、何かな、頼みたいことは」

「うむ。実はな……」

 

 慧音は入口で立ったまま話し始めようとした。

 ドクはそれを見て話しかけた。

 

「中に入ってくれて構わないよ。立ったままじゃあ大変だろう」

「む。では失礼する」

 

 慧音はドクの言葉に応えて、靴を脱いで部屋に上がった。

 そして二人は向かい合うように畳に腰を下ろした。

 

「じゃあ、教えてくれるかな」

「ああ。実はあなたに妖怪を退治してもらいたいのだ」

「……はい?」 

 

 

 

 

 ―――――――――

 

 

 

 

「まさか、僕だけで妖怪退治に駆り出されるとはね……」

 

 ドクは夕暮れ時、人里から少し離れた森にいた。

 ――慧音の話によると、どうやらここらへんに人を襲う妖怪が出てきたようだ。襲われた人は幸い怪我なく逃げてきたからいいが。

 ――そしてなぜ僕にこの話を持ってきたかというと、霊夢は今他の依頼があったため、博麗神社を留守にしているからだそうだ。

 ――慧音は里のほうで警護するといっていたし、消去法的に僕が選ばれたわけだが……。

 そこまで考えて息を吐く。

 ――どうにも、荷が重い。

 そう思いながらも引き受けてしまったのだから、とドクは自分を納得させ、襲われたといっていた場所に向かう。

 歩いているうちに、辺りはどんどん暗くなっていった。

 

「さて、と。ここらへんかな」

 

 件の場所に着いたドクは、どこかからの視線を感じた。

 何者かがこちらを見ている。

 だが、具体的な場所までは分からなかった。

 ――だから不意を突かれる。

 突然前方の草陰から何かが飛び出し、ドクの肩を切り裂いた。

 

「ぐっ! く、っそ……!」

 

 ドクは倒れながらも自分を治す。

 ――解析開始。

 ――肩の怪我がひどいな……。

 ――だが。

 書き換える。書き換える。書き換える。書き換える。

 ドクは倒れる間にそれをやり終える。

 そして次の行動を予測し、対抗策を練る。

 ――恐らく相手は僕がもう動けないと思っているだろう。だから、その隙を突く。

 案の定、妖怪は油断してこちらに歩いて近づいてきた。

 暗い中見えたその姿は、人間と同じくらいの大きさの猿のようだった。

 知能はあまり高そうには見えない。

 その猿が歩いてくる間に、ドクは能力を発動させる。

 ドクの手が紫色に光り始めた。

 ――解析開始。

 猿に手を向ける。

 その光に反応して、驚いたように猿はこちらに走ってきた。

 ――だが。

 ――もう遅い。既に僕は書き換えた。

 あと少しといったところまでドクに迫っていた猿のような妖怪は、いきなり倒れ、頭を押さえ転がり始めた。

 苦悶のうめき声をあげている。

 

「今の君の頭は、それこそ割れるようにひどい痛みが襲っているだろう。今のうちに一思いに、やらせてもらう」

 

 ――解析開始。

 ドクはこれまでに死者に視た配列に、猿のような妖怪の配列を書き換える。

 ――人間と妖怪がすべて同じとは思わないが、すべて書き換えられて無事なものはいない。

 

「…………これで、君は死ぬだろう。どうか、安らかに眠ってくれ」

「あああ! ぐゥゥ! がァァァァ! が…………」

 

 そしてその妖怪は、物言わぬ骸となった。

 ――あまり……気持ちのいいものではないね。

 

「これで終わりか……。慧音に報告しないと。……だがその前に」

 

 ドクは何もない空間に目を向ける。

 

「そこにいるんだろ? 紫。 出てきてくれ」

 

 ドクの声が暗闇に消えていく。

 すると。

 

「あらら。ばれちゃった」

「僕の目には歪んで見えるからね、君のその力は」

 

 紫と呼ばれた女性は、何もなかった空間に亀裂を発生させ、どこか愉快そうな雰囲気を出しながら現れた。

 これが八雲紫の能力、『境界を操る程度の能力』だ。

 

「それでどうしたのかしら? そっちから私を呼ぶことなんて殆どないのに」

「この妖怪の墓を作りたいんだ。そのための道具を貸してくれないか?」

 

 ドクがそう言うと、紫は笑みを形作った。

 

「貸し一ってことでいいのかしら」

「……君に貸しは作りたくないが、仕方ない。ついでに、慧音に依頼の件は無事終わったって伝えておいてくれ」

「引き受けましょう」

 

 紫はドクに殊更楽しそうに言葉を返した。

 ウインクもつけて。

 ――この貸しが、後々大変なことにならないように……。

 

 ドクは、もうすっかり暗くなり、夜になった空を見上げ、そこに散らばる星たちに願いを込めるのだった。

 

 

 

 

 ―――――――――

 

 

 

 

 そしてその翌日。

 ドクが妖怪を退治し、その墓を作り、そして紫に貸しを作ってしまうという、なんとも疲れる一日だった昨日。

 だからといってドクは休んではいられない。

 ――依頼があれば、どこへなりとも。

 その意気込みで今日も朝の診察を終え、博麗神社にも賽銭を入れてきたのだった。

 そして、今日はもう仕事はない。

 ――少し、体を休めようか。

 そう思った矢先。

 

 ドクの自宅の戸を吹き飛ばす突風。

 そしてそれと同時に、うるさい奴がやってきた。

 

「どうもどうも! 昨日はなんと妖怪を退治なされたらしいじゃないですか! 今回はそれを記事にしようと文字通り飛んで参りました!」

 

 戸を破壊したのを全く悪びれずそう言いのけた彼女は、射命丸文。鴉天狗であり、『文々。新聞』を発行している。

 その新聞は人里についての記事が多く、ドクも購読していた。

 ――耳が早いね、本当。

 ドクは呆れながらも能力を発動させる。

 ――解析開始。

 ドクの紫色に光る手は、彼女の足に向いている。

 

「え、えっとドクさん……? その手はなぜに?」

「その戸を直すまでは帰す気はないってことだよ」

 

 ドクは言葉を返しながら書き換えた。

 

「痛い! なんだか足が痛いんですが!?」

 

 立っていた文は、足の痛みに耐え切れず座り込んだ。

 

「君の足を解析し書き換えた。治してほしければ戸を直すこと」

「分かりました、分かりましたから! まずは足を治してくださいよ! これじゃあ立てませんから!」

「……分かったよ」

 

 ドクは書き換えた個所を元に戻し、それと同時にほかの場所を解析。

 疲労が蓄積されているところなどがなくなるように書き換えた。

 

「じゃあ、戸を直してくれ」

「ラジャー!」

 

 

 

 

 

 ―――――――――

 

 

 

 

 文が戸を直している間に、ドクが二人分のお茶を淹れ、それをテーブルに置いた。

 そしてそのテーブルを挟んで、二人は向かい合って座る。

 まずは二人ともお茶を飲んで小休憩。

 

「……それで? 何の用だったかな」

「先ほども言いましたが、何と妖怪を退治なされたそうじゃないですか! 博麗の巫女ではなく、医者であるドクさん、あなたが。いや~、これはもう記事にするしかないと思いまして」

 

 楽しそうに話す文の言葉を聞いて、ドクは息を吐く。

 

「君がそう決めたんだから、僕がどれだけ否定しようと聞いて記事にするんだろう。……分かった。答えられるだけ答えるよ」

「その言葉を待っていましたよ!」

 

 文はそう言って、メモ帳とペンを取り出した。

 ――聞く気満々だね、まったく……。依頼がなくてよかったよ。

 

 ドクはそれからどこで退治したのか、どうやって退治したのか、その時どう思っていたか、など、根掘り葉掘り聞かれた。

 

 それらが終わった後には、疲れ果てたドクが出来上がっていた。

 それとは対照的に、文は上機嫌である。

 

 

「ではこれで終わりということで、ご協力感謝です」

「はいはい。お疲れ様」

 

 ドクは、お茶とテーブルを片付けようと立ち上がった。

 

「あ、そうそう」

「ん? なんだい」

 

 文に声をかけられ動きを止めるドク。

 

「茶屋の娘さんがドクさんに来てほしいと言ってましたよ。店を開けるわけにはいかないから、代わりに伝えてくれないかと頼まれました」

「それを先に言ってくれ……忍さんのところかな?」

 

 茶屋というといくつかあるが、娘さんが働いているのは少ない。

 

「ええ、そうです。では伝えましたのでこれで。また私の新聞の記事になりそうなことがありましたら伺いますよ」

 

 文は来た時と違い、ちゃんと戸を開けて出ていった。

 ――最初から、そうしてくれればいいんだが。

 ドクはそう思いながら出かける支度をする。

 ドクが文からこういう情報をもらうことは少なくない。

 取材を受ける時は大体、ドクは文に知らせてもらっている。

 

 ――彼女なりの、取材させてくれた礼、というところかな。

 

 ドクはそう思いながら外に出て、茶屋に向かって歩を進めるのだった。

 



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第三話 彼は出かけた

「お、久しぶりっすね、ドクさん」

「おや、玄さん久しぶりです。足は大丈夫ですか?」

 

 昼の診察を終え、遅めの昼食をとろうとドクが寄った蕎麦屋。

 そこで、ドクは先日治療した玄田という男にあった。

 前に見た、足を押さえ辛そうにしていた姿はなくなり、快活な笑顔を見せている。

 ――元気そうで、何よりだ。

 ドクが蕎麦を待っている間、玄田と相席になり会話をつづけた。

 

「ええそりゃもう。ドクさんに見てもらったら本当簡単に治っちゃいましたんで、もう全力で走っても大丈夫っすよ」

「それはよかった。だが若いからと言って休まなくても大丈夫、と思ってはいけませんよ? 適度な休憩をとってください」

 

 玄田はまだ二十代と若いが、あまり休まず大工の仕事を続けていたため、ドクの治療を受けることが多かった。

 だからその度ドクは同じことを言っているのだが、効果はない。

 ――仕事熱心なのはいいことだが、それが過ぎるのも考え物だな。

 

「どうぞ、注文の山菜そばです」

「どうも」

 

 ドクがしばらく玄田と雑談していると、注文したものが来た。

 

「あ、じゃあ俺はこれで。またお世話になるかもしれないんで、そん時はお願いするっす」

「そうならないことを願いますよ」

 

 そう言葉を交わして、玄田は蕎麦屋を出て、ドクは目の前の蕎麦を食べ始めた。 

 

 

 

 

  ―――――――――

 

 

 

 

 現在ドクは人里を出て、魔法の森と呼ばれる森のほうに歩いて向かっていた。

 だが、魔法の森が目的ではない。

 その入り口にある香霖堂という、結界の外の世界から来た道具や、忘れ去られた道具たちが集まる古道具屋。

 そこの店主の森近霖之助に用があった。

 だが診察というわけではなく、ただ香霖堂に置かれている道具を見に行くだけである。

 ――たまに、霖之助に道具を視てくれと、頼まれることもあるからね。

 また、霖之助の能力は『道具の名前と用途が判る程度の能力』。

 その能力で道具の使い方は分かるが、外の世界から流れてくるものは基本的に電気を必要とするため、無用の長物がどんどん増えていっている状況だ。

 そんな霖之助が頼ったのがドクの『解析し書き換える程度の能力』。

 この能力を使い、無理やりその道具を動かしたり、失敗して壊したりしている。

 ――まあ、霖之助も遊び半分だろうし。

 つまりは二人にとっての暇つぶしであった。

 

「……ん?」

 

 ドクは、何か音が聞こえる、と不思議に思い、おもむろに空を見上げると、魔理沙が箒に跨って飛んでいるのを見つけた。

 そのままドクの先を進み、香霖堂に入っていったのが見えた。

 すると、少しして慌ただしく魔理沙がそこから出てきた。

 そしてそのまま来た時と同じように箒に跨り、どこかに飛んでいった。

 ――あの様子から察するに、またツケとか言って、霖之助から何か道具を取っていったのだろう。……いや。魔理沙の場合は、盗って、かもしれないが。

 一度息を吐く。

 ドクは、このまま行くと、霖之助の疲れた顔を見ることになるだろうと思いながら、香霖堂に歩いていくのだった。

 

 

 

 

  ―――――――――

 

 

 

 

 数日ぶりに来た香霖堂は、やはりいつも通りの様相であった。

 店内に収まらない道具の数々が、店の外に乱雑に置かれたその様子は、ここが道具屋だとは気付かせないだろう。

 ドクはその様子に息を吐き、扉を一度叩いた。

 扉を開く。

 

「いらっしゃい。……って、君か」 

 

 霖之助は、入ってきたのがドクだとわかると、表情が少し柔らかくなった。

 だがどこか疲れているような感じを、ドクは受ける。

 ――魔理沙に手を焼いているようだね、相変わらず。

 

「やあ、霖之助。暇になったからね。少し様子を見に来たんだ」

「医者が暇なのはいいことさ」

「違いない」

 

 香霖堂の店内には、所狭しと様々な道具が置かれている。

 霖之助は掃除をすることがほとんどないので、埃をかぶっているものまである。

 また、先日ドクが来ていた時よりも置いてあるものが増えている。

 ――どうやら、霖之助の蒐集癖がまた出たようだ。

 

「ドク、そこで立ってないで奥に行くかい? 君が来てくれたんだ。少し見せたいものもあるしね」

「ああ、そうしようか」

 

 ドクは霖之助の言葉に応え、カウンターの奥の畳が敷いてある部屋を突っ切り、倉庫に行った。

 この倉庫というのは、外にも置けず、店内にも置けない、本格的ないらないもの、または使えないものである。

 ここにもまた、ドクと霖之助が圧迫感を受けるほどには詰め込まれた、たくさんの道具が置かれていた。

 ――がらくた、と言っても、間違いはないだろう。 

 

「それで、見てもらいたいものって?」

「ああ、だけどその前に……これを見てくれないかい?」

 

 霖之助は倉庫の奥から、一枚の長い丈の白い上着を持ってきた。

 ――これは。

 

「白衣?」

「そうだ。君は医者だからね。ぴったりだと思ったのだけど、いるかい?」

「そうだね……」

 

 ドクは少し考える。

 ――確かに僕がこれを着ていれば、ほかの人とは違うと一目でわかる。里の中を歩いていても、僕だってわかってもらえるかもしれない。

 ――便利ではあるか。

 

「出来れば、欲しいところかな。それに、そうやって言ってくるってことは、僕に視てもらいたいものがあるってことだろう? その白衣はそれと交換ってことかな」

 

 ドクの言葉を聞いて、霖之助は柔和な笑みを浮かべた。

 

「話が早くて助かるよ」

「大体このパターンだ」

「返す言葉もないね。……少し待っていてくれ。全部持ってくるから」

 

 霖之助はそう言い残して、また倉庫の奥に入っていった。

 ――全部ってことは、一つじゃないのか……。

 

 

 

 

  ―――――――――

 

 

 

 

「じゃあ、また来るよ」

 

 ドクは霖之助が持ってきた道具の数々を解析、書き換えた。

 十数個あった道具の大半は壊れ、また他のものは一瞬だけ使えるようになったが、すぐに使えなくなってしまった。

 ――いつも通りのことだ。

 

「ああ、今日は助かったよ。いつでも来てくれ。君なら歓迎するよ」

「そう言ってくれると嬉しいよ」

 

 ドクは霖之助にもらった白衣をすでに着ていた。

 道具を解析するときにはもう着ていたことから、案外気に入っているようだ。

 ――少しは、医者らしくなったかな。

 そう思いながら、ドクは香霖堂を出て、人里に歩き出すのだった。

 

 

 

 

  ―――――――――

 

 

 

 

「あややや。お帰りなさいドクさん。珍しいものを着てますねえ」

 

 ドクが人里の自宅に帰ると、なぜか文がいた。

 ドクは開いた戸を思わず閉めた。

 ――なぜ?

 それしか思い浮かばず、もう一度戸を開ける。

 

「……私の顔を見てすぐさま閉めるなんて、ひどいと思うのですが」

 

 そういう文は自分でテーブルを出し、お茶を淹れ寛いでいた。

 ――まるで彼女の家みたいじゃないか。

 ここの家主であるはずなのに、どこか居心地の悪さを感じながら靴を脱ぎ、部屋に入る。

 そして文と向かい合うように座った。

 

「……なぜここにいるんだ?」

「実はですね、ドクさんの記事ができまして。まずはそれを見てもらおうかと」

「もうできたのか」

 

 ドクはその速さに驚く。

 ――先日取材を受けて、もう出来上がったとは。

 

「それがこちらです」

 

 文はそう言いながら、文々。新聞と書かれたものを差し出した。

 ドクはそれを受け取り読み進める。

 初めに大きく『人里の医師ドク、見事に妖怪退治』、と書かれていた。

 

「…………特に問題はなさそうだ」

「清く正しい射命丸で通ってますからね」

「まあ確かに、君の記事はまるっきりウソってものはないか。……誇張はあるかもしれないが」

「はははは、何のことでしょう。それはそうと、その姿を一枚いただいてもよろしいですか」

 

 文は話を無理やりずらすかのように、やや矢継ぎ早に言葉を紡ぎ、懐からカメラを取り出した。

 

「僕をかい?」

「他に誰もいませんよ」

 

 ――新聞にこの姿が写っていれば、定着も早いか。

 ドクはそう考えて、文の頼みを受けた。

 

「笑ってください笑って。ドクさんいつも無表情に近いのですから。こういうときくらいは、ほら口の端上げて」

 

 ドクはそう言われて笑おうと努力したが、どうにも出来ず、結局自分の指で口の端を上げて写真を撮った。

 

「ふむ。まあこれはこれで」

「用はこれで終わりかい?」

「ええ、もう大丈夫です。あとはこの写真を記事に組み込んでおきますので。また後で完成版を持ってきますよ」

 

 文はそう言ってドクの自宅を出ていった。

 ――僕はそろそろ夕飯を作り始めようかな。

 ドクは文が出ていったのを確認すると、何か買い置きしておいたものがあったはず、と台所に向かう。

 ちなみに食材の数々はドクが能力で随時書き換えを繰り返しているため、いつも新鮮なままである。

 

「な、に……?」

 

 台所に着いたドクは思わず声を出した。

 そう、そこには何もなかったのだ。

 今朝起きた時にはあった者たちが、一つ残らず。

 ――なぜ? ……いや、犯人は分かっている。このタイミングでなくなっているということは……。

 

「……まったく、何が清く正しい射命丸、だ。あのお茶は食後の休憩みたいなものだったのか……」

 

 ドクは思う。

 ――次、文がやってきたときは、死なない程度に書き換えてやろう。

 そう、固く誓った。



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第四話 彼は紅い霧を見た

先を何も考えていなかったら、いつの間にか紅魔郷の話になった。


 ある日ドクはドンドン、と乱暴に戸をたたく音を聞き目を覚ました。

 まだ家に陽がさしていないことから、まだ夜は明けていないと思われる。

 ――誰だ? まだ太陽も昇っていない早朝じゃないか。

 ドクは重い瞼を根性で押し開け、戸まで歩いて行った。

 

「失礼。今開けます」

 

 ドクが戸を開くと、一人の男が息を切らして入ってきた。

 見るからに焦っている。

 

「た、大変なんですドク先生! 家の子供がいきなり倒れて……! それで……!」

「落ち着いてください。まずは何をしていたらそうなったのか教えてください」

「朝になったから外に出したんです……朝飯も食ったし、もうあいつも一人で遊べるだろうと思って……。そしたらなかなか帰ってこなくて……!」

 

 ドクは男の話にどことなく違和感を感じていた。

 

「お子さんが倒れているところを見つけた、と……。分かりました。こちらも急いで準備します。外で待っていてください」

 

 ドクはいつもの白い外套と、白衣を探しに部屋に戻ろうとすると、男が声をかけてきた。

 

「じ、実は倒れた理由はなんとなくわかってるんです……。外を見てください」

 

 ――外?

 ドクは手早く支度を済ませ、男に促され外に出る。

 ――すると。

 

「これは……!」

 

 ドクは驚き声を漏らす。

 人里全体が紅い霧に覆われていたのだ。

 今までドクが感じていた違和感はこれだった。

 ――子供を遊ばせるにはまだ時間が早い。

 ――僕を訪ねてくるにしても、太陽が昇る前に来るなんてことは珍しい。

 太陽が昇っていないのではなく、太陽が見えなくなっていたのだ。

 

「この霧を見て、あなたは子供を外で遊ばせていたんですか……!」

 

 ドクは珍しく声を荒げている。

 

「だ、大丈夫だと思ったんです……! ただの霧だと思ってましたし、紅いだけだと……」

 

 ドクの怒気にあてられた男の声は、後になるにつれ小さくなっていった。

 

「……失礼。取り乱しました。お子さんのところまで急ぎましょう」

「あ、ありがとうございます!」

 

 二人は走って霧の中に消えていった。

 ドクは走りながら、この霧から妖気を感じていた。

 ――この霧は妖霧だ。

 ――確かに、これは人間では短い間でしか耐えられないだろう。

 ――死ぬことはないだろうが……。

 

 

 

 

  ―――――――――

 

 

 

 

 ドクはその子供を治療した後、他の家も見て回った。

 その途中に会った慧音に、家を出ないように他の人に言っておいてくれと頼み、ドクはそのまま博麗神社に向かった。

 ――これは明らかに異変だ。ならば。

 ドクは石階段を上り終え、境内に向かって声をだした。

 

「霊夢! まだ寝ているのか! 紅い霧が出ていて、それのせいで里の人間たちに被害が出ている。これは異変だ! 異変を解決するのは、博麗の巫女である君の仕事だろう!」

 

 ドクは半ば叫びに近い声を出すが、何も反応はなかった。

 ――まだ、寝ているのか?

 ドクが母屋に向かおうとしたとき、不意に視界の端が歪んで見えた。

 

「……紫、霊夢はもう異変の解決に向かったか?」

 

 ドクがその歪みに向けて話しかけると、言葉が返ってきた。

 

「ええ。もう向かいましたわ。待っていれば解決されるでしょう」

「そうか……。それなら一安心だ。僕は自宅に戻って調子の悪くなった人を治療してくるよ」

 

 ドクはそう言って後ろを振り向き戻ろうとすると、いつの間にかできていた裂け目に入ってしまった。

 

「……人里まで送ってくれるってわけじゃ、ないようだね……」

「もちろんですわ。ドクには霊夢たちの手伝いをしてもらおうと思って。貸しがありましたわね?」

「……僕の嫌な予感は、大方当たるんだ……まったく」

「今霊夢たちがいるところまで送りますわ。詳しい話はそちらで」

「これが貸しになったりは……しないだろうね」

 

 ドクが紫の答えを聞く前に、裂け目は閉じられたのだった。

 

 

 

 

  ―――――――――

 

 

 

 

 一方霊夢と魔理沙は、既にこの件の首謀者がいる館、紅魔館の近くまで来ていた。

 新しく使用されることになった『スペルカードルール』、またの名を『弾幕ごっこ』、その練習に、軽く妖怪と妖精を倒していた。

 そのどちらも霊夢が倒してしまったため、魔理沙は少し不満そうである。

 

「紫の言ってたこれも、案外他の奴らに受け入れられてんのね」

「あいつの能力でそこらへんの境界をいじったんじゃねえの?」

「……ま、別にどうでもいいけどね」

「どっちにしろやるだけだからな! よっしゃー、あっちに着いたら私も、って、うわぁ!?」

 

 魔理沙の乗っていた箒が突然重くなり、危うく墜落しそうになった。

 

「な、なんだ!? ってドク!?」

「……やあ、二人とも」

 

 ドクは疲れた表情で魔理沙と霊夢に声をかけた。

 

「なんでドクがここにいんのよ? 今の登場の仕方から、紫のせいだと思うけど」

「ご明察。その通りだよ。詳しい話は君たちに聞けって言われて、いきなり飛ばされたんだ。ひどいものだよ……」

「あいつらしいわね」

「おーいお二人さん、私を無視して話さないでくれよ。ドクなんか平然と私の箒に跨ってるしな」

「ああ、これはすまないね。今飛ぶよ」

 

 そう言いドクは二人の間に入り、飛んだ。 

 

「それで、今はどこに向かっているんだい?」

「この霧を出した犯人がいるっていう、紅魔館ていうところ。このままいけばすぐ着きそうね」

「そうか。じゃあ手早く視ておこう」

 

 ――解析開始。

 ――やはりこの霧は、少なからず悪影響が出るようだ。

 霊夢、魔理沙の順に書き換える。

 

「よし。これでいいだろう。それともう一つ聞きたいんだが、君たちは――」

 

 どうやって戦ってきたんだい?

 そう聞こうとしてところで、紅魔館に着いた。

 二人はドクの話を聞く前に、下に降りて行った。

 ――まあ、いいか。

 

「ここが紅魔館か……。何というか、紅い」

 

 全体的に紅い色調の洋館で、パッと見て窓が少ない。

 そしてそこから紅い霧が出されていた。

 

「間違いなさそうね」

「よーし! 私が一番乗りだぜ!」

 

 魔理沙はそう言うと、正門があるのを無視し、横から入っていった。

 ――正門に門番らしき気配があるが、どうするか。

 

「ドクはどうする? このまま私と一緒にいく?」

「まあ、そのほうが安全な気はするが、僕は速やかな解決を望んでいるからね。別行動といこう」

「分かったわ。じゃあ私は真っ直ぐ行くから。また会いましょ」

 

 霊夢はそう言って門番のいるだろうほうに向かっていった。

 

「さて、僕はどうしようか……」

 

 数秒考える。

 ――魔理沙とは反対の方向から行くか。

 そう決めたドクは、素早く館に入っていった。

 

 

 

 

  ―――――――――

 

 

 

 

 ――さて、どうしたものか。

 ドクは館の中に入ったのはいいものの、どこに行こうか考えあぐねていた。

 その理由は、内装まで紅く、ここがどこなのかわからなくなったのもあるが、目の前に下に行く階段があったからだ。

 ――犯人がいるなら上のほうが可能性はあるが、そっちには霊夢が行きそうだ。

 ――下に行くか。

 ドクはそのまま階段を下りて行った。

 そして少し歩くと、厳重に守られた扉を見つけたのだった。

 ドクが少し押すと、そのまま開いた。

 ――鍵は、かかっていなかったのか。

 

「失礼。誰かいますか?」

 

 ドクは部屋の中に声をかける。

 その部屋は薄暗く、様々な人形が無残な姿で置かれていた。

 ドクは嫌な予感がしたが、ここにいるのが犯人だったらどうする、と思い中に入っていった。

 そしてドクが中に入った瞬間。

 扉が勢いよく閉められた。 

 そして薄暗闇の向こうから、紅い瞳がこちらを覗いてきていた。

 

「あなた、人間?」

 

 いきなり話しかけられて少し戸惑うドクだったが、すぐに持ち直し答える。

 

「いや、僕は妖怪だよ。妖怪の、医者だ。妖怪ではあるが、人妖関係なく治療している。君は?」

「私はフランドール・スカーレット。この館の主人は私のお姉さまよ」

 

 話しかけてきた少女――フランドール・スカーレットは、少しづつドクに近づいて行った。

 近づいてきて、それがまだ子供だと分かったドクは、内心動揺していた。

 ――まだ、小さい子供じゃないか……、この部屋の惨状は一体……。

 

「……この人形たちは、君が壊してしまったのかい?」

「うん。遊んでたら壊れちゃったの。ねえ、私と遊んでくれない?」

 

 フランドールはさらにドクに近づいていく。

 ――本当に、僕の予感はあたるね……。逃げるにせよ、入ったと同時に扉は閉められてしまったし……。

 

「……分かった。何をしようか」

「遊んでくれるの!? ありがとう! みんな私のことを怖がって逃げちゃうから、つまらなかったの。じゃあね……鬼ごっこ!」

「僕が逃げればいいのかな?」

「うん! ……簡単に、壊れないでね」

 

 ――彼女が手を開き握った瞬間、僕の隣にあった人形が爆ぜた。

 



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第五話 彼は思い出した

本当に、何も考えずに書くもんじゃないですね。
予想外のシリアスですよ。


「いつもの癖で人形を壊しちゃった……。でももう外さないからね! お兄ちゃん!」

「……っ!」

 

 『お兄ちゃん』。

 その言葉が、ドクの心を揺らす。

 ――……考えるな。あの娘は死んだ。もういない……。もういないんだ……なのに……。なぜ……!

 ――僕に助けてといったあの娘と、僕を殺そうとしている彼女が重なる……!

 動揺しながらも、ドクは隣にあった人形が爆ぜた時、一目散にフランドールの視界の外に移動した。

 彼女の視界に入らなければ、あの不思議な力でやられることはないだろうと考えたからだ。

 そしてそのまま能力を発動させようと、フランドールに手をかざす。

 だが。

 ――……駄目だ。僕には彼女を殺せない……。

 ――僕の能力は基本的に集中しなくては発動できない。それも殺さずに気絶させるだけとなると……そのためには時間が必要だ。

 ――どうする。

 

「……鬼ごっこっていうのは、もっと安全なものだと思っていたが……」

「私との鬼ごっこはね、私の能力の『ありとあらゆるものを破壊する程度の能力』を使ったものなの。食事を持ってくる妖精メイドと遊んだこともあったけど……すぐ壊れちゃってつまんない……だからお兄ちゃん! 頑張って逃げてね!」

 

 ――読んで字の如し、ってところかな。……恐ろしい能力だ。

 ドクは隙を伺いながら常に動き、フランドールに話しかけ続ける。

 

「……それはどうやっているのかな?」

「うーんとね……。私には『目』が見えるんだ。その『目』を私の手の中に移動させて……きゅっとしてドカーン!」

 

 その瞬間、また室内にあった人形が爆ぜた。

 

「……もっと平和的な遊びをしないかい?」

「ええ~、それじゃつまんないわ……あ! じゃあ弾幕ごっこをしましょ! お姉さまが言ってたわ。これからは弾幕ごっこの時代だって!」

「弾幕ごっこ?」

「じゃあ私からね! ……あれ? どうやるんだっけ? 確かスペルカードを宣言するとか言ってた気が……まあいいわ! それじゃあ、えっと、禁忌「フォーオブアカインド」!」

 

 フランドールが宣言すると同時に、ドクには信じられないことが起こった。

 ――……フランドールが……四人?

 そこにはフランドールが四人いた。

 分身したのか、それとも最初から四人で一人だったのか、瓜二つの姿で、見ただけではどれが本体なのか分からなかった。

 ――どうする……。これでは逃げ回るのは至難の業だ。だからと言って僕の能力が間に合うかと言えば……。

 

「どうしたのお兄ちゃん?」

「スペルカード出さないの?」

「だったらもうはじめちゃうよ~」

「いっくよ~!」

 

 四人に増えたフランドールが、一斉にドクに襲い掛かる。

 

「くっ……!」

「ほらほら、どうしたのお兄ちゃん! そんなのじゃあ簡単に壊れちゃうよ!」

 

 ドクは防戦一方となっていた。

 かつての救えなかった少女の幻影が、フランドールに取り付いて離れない。

 ドクは自分から手を出すことができなかった。

 

「違う……! 違うんだ……あの娘じゃない……! フランドールは……違う!」

「あははははっ! 『目』、見ぃ~つけた!」

 

 激しく動揺するあまり、フランドールたちの視界から逃げることを忘れていたドクの左腕が、無残にも一瞬にして爆ぜた。

 

「つ……っ! ぐぅ……!」

 

 即座に能力を発動させようと右手をかざしたが、なくなってしまったものは、書き換えられない。

 ドクの左腕は、もう、なくなっていた。

 ――……僕の命もここまで、かな。

 左腕に受けたダメージのせいで、ドクの足がふらつく。

 ドクは前のめりに倒れた。

 なくなった左腕のところからは、血が流れ続けている。

 

「あはははっ、は、は……もう、壊れちゃったの……?」

 

 それを見たフランドールは、先ほどまでの狂気に満ちた顔ではなくなっていた。

 

「……君がやったのに、何で寂しそうにするんだい……?」

「だって……、また遊び相手がいなくなっちゃったから……」

 

 フランドールは、いつの間にか一人に戻っていた。

 その表情は先ほどまでの楽しそうな笑顔ではなく、とても、とても寂しそうな、見ているほうが悲しくなってしまうような、そんな顔をしていた。

 ――……ああ。これはいけない。彼女を悲しませたくはないんだ。

 ――今、分かった。……似ていたんだ、あの娘と。本当の気持ちを隠して笑って……。

 ――解析開始。

 ドクは右手を紫色に光らせ、左腕の止血をした。

 

「えっ……?」

 

 そして、血を流しすぎてしまったのか、少し朦朧とする意識の中立ち上がり、彼女が壊した人形のうち、まだ原型を垣間見ることができるものを探した。

 ――解析開始。

 ――人形を解析。書き換え。元の状態に戻す。

 もうなくなってしまった部分は直らないが、どうにか人形だとは分かるぐらいには、直すことができた。

 ドクはそれをフランドールのところに持っていく。

 

「こ、これは……人形? 私が、私の能力で壊した……」

「そう。君が壊した人形だ。君は壊しても壊れないものが欲しかったんだろう? 壊しても壊れない友達が欲しかったんだろう。人形程度なら、本当に木端微塵になっていなければ、僕の能力で直すことができる。僕は壊れてしまうが、君が壊してしまったものは直すことができる」

「えっ……?」

「どうか……笑ってくれ、フランドール。君には笑顔のほうが似合っているよ。悲しそうな顔をしないでくれ……」

 

 ドクはフランドールに目線を合わせるために片膝で立ち、笑いかける。

 ドクには珍しい、作り笑顔ではない、純粋な笑顔だ。

 それだけ、ドクはフランドールを悲しませたくはなかった。

 

「どうし、て……」

「え?」

「どうして、笑っていられるの……?」

 

 フランドールは紅い瞳から涙をにじませ、ドクに問いかける。

 ―……どうして、か……。

 ドクは半ば反射的に、言葉を返していた。

 

「君に、笑っていてほしいから」

「分かんない……分かんないよ! 私に食事を持ってくる妖精メイドはみんな怯えてた! 私と遊ぼうっていうとみんな居なくなっちゃった! 私がみんなを壊しちゃうから! 私はただみんなと遊びたいだけなのに! 私が、この力を制御できてないから! みんな、みんな……私から離れて行って……」

 

 フランドールは叫ぶ。

 己の非を痛感しながら。

 フランドールは嘆く。

 一人は嫌だと。

 

「……君はこの人形たちを使って、力の制御をしようとしていたんだろう?」

 

 それを聞いたドクは、室内に転がっている人形を指さしていく。

 

「……! ……なんで、わかったの?」

「奥に行けばいくほど人形は原型がわからなくなるほど、壊れていた。だが、僕が入ってきた扉に近づくほど、壊れてはいるが、人形だってわかるものが増えてきていた。君の、努力の証じゃないのか?」

 

 奥の損傷がひどく、何かもわからないものから、まだ何か分かるものまで。

 ドクはフランドールに優しい声音で語り掛ける。

 

「君は優しい娘だ。他のみんなはまだ分かっていないだけなんだ。少しずつ、少しずつでいいから、分かってもらえばいい。力が制御できないなら、僕も協力しよう。僕を壊すのはやめてもらいたいが、直すことはできる」

「私と、遊んでくれるの……? 私を、嫌いにならない……?」

 

 フランドールの不安に揺れる瞳を真っ直ぐ見て、ドクは笑顔で言った。

 

「ああ、一緒に遊ぼう。嫌いになるなんてことはないよ。僕は、君と遊びたい」

「……あなたの名前を教えて?」

 

 ドクはその問いに間抜けな声を上げた。

 ――そういえば、名前を言ってなかったか。

 

「僕の名はドク。……よろしく、フランドール」

「うん! これからいっぱい遊ぼうね、ドク!」

 

 フランドールには、また笑顔が戻っていた。

 それも初めのような不安定な笑顔ではなく、安心した、心から嬉しそうな笑顔だった。

 ――……ああ、やっぱり、フランドールには笑顔が似合っている。

 ――あの娘も、なんだか笑っている気がして……、僕は……。

 

「そう、だね」

 

 ――僕は、救われた気がして……。

 ――この娘の笑顔を見ていたくて……。

 ――だから。僕は君にこう言おう。

 ドクは倒れそうになる体を押さえ、フランドールに応える。

 

「……一緒に、いっぱい遊ぼう。……僕も、君と遊びたいから……フランドール……」

 

 ドクはフランドールに笑いかけながら、少しずつ、意識が遠のいていった。

 そして、ドクは横に倒れた。

 ドンッ! と、大きな音が、響いた。

 

 

「……ドク? ど、どうしたのドク!? 大丈夫!? ねえ、ドク、私の声が聞こえる!? 目を覚ましてよ、ドク! 嫌だ、嫌だよ! こんなの、嫌だよぅ……」

 

 ドクは、目を開かない。

 ――一人の少女の叫びが、部屋の中を反響した。

 



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第六話 彼は過去を見た

これで一応の完結ですかね。
書けるだけ書いたんで。
後はなんか書けそうになったら続き書きます。


 ――僕はもともと幻想郷にいたわけじゃない。

 いろんな村や町を回って診療所を開いていた、ただの医師だった。

 僕は妖怪であるがゆえに、人間とは比べることのできないほどに長命だ。

 姿もあまり変化しない。

 だから、十年ごとに、その場所をでて、次の場所まで行って、診療所を開いて。

 それを繰り返していた、流れの、医者だった。

 そんな時、僕は彼女に会ったのだ。

 初めて会ったとき、彼女は自分のことを『さな』と言った。

 元気のいい少女だった。

 春、夏、秋、冬。

 どの季節でも彼女は楽しそうに外を駆けていた。

 二年ほどして、彼女とはよく話すようになっていた。

 診療所で仕事がないときにさなが来て、他愛のない話に盛り上がったこともあった。

 そして更に一年。

 さなが十歳になった年の冬。

 ――彼女は病に罹った。

 

 

 

 

  ―――――――――

 

 

 

 

 ――何だこの症状は……!

 ドクは昨日まで外を楽しそうに駆けていたさなの、変わり果てた姿を見て、絶句した。

 最初はただの熱のようなものだった。

 ドクは時間がたてば治るだろうと思って、風邪薬だけでも調合しておく気だった。

 ――これはただの熱じゃない! 二日たった今でも、まだ下がる気配がないなんて……!

 さなは苦しいのか、時々寝言のように呻いている。

 

「…………うっ……はあ……はあ……助け、て……お兄ちゃん……」

「……さな……」

 

 現状これが感染症かどうかもわからないドクは、診療所にさなを寝かせ、隔離状態にしていた。

 他の人が近づかないように注意をして。

 

「僕は……無力なのか……いや……」

 

 ドクはさなの額に置いてある布をもう一度冷たい水に入れて絞り、それを同じように額に置いた。

 そして立ち上がり、本棚のほうに歩いて行った。

 ――一から、調べてみればいいだけだ。病気に関する書物はここにたくさんある。前例が一つでもあれば……。

 彼はそれから書物を読み漁った。

 さながどれだけ持つか、それがわからない状況で、ドクは焦りながら本を読み進めていた。

 ――何か……! 何かあれば……!

 ドクの淡い希望は、終ぞ、現実になることはなかった。

 

 

 

 

  ―――――――――

 

 

 

 

 ――さなは笑って逝った。

 最期に、僕に、何もできなかった僕に、笑いかけてくれた。

 死の恐怖と闘いながら。

 救えない僕に、恨み言一つ言わずに、笑顔で、逝った。

 ――救えなかった。

 その事実が、僕の肩にのしかかる。

 今まで医者をやってきて、死んでいった患者を診たことがないわけではなかった。

 ただ、あんなに、何もできずに死なせてしまうなんてことは、さなが、初めてだった。

 僕は、さなの一件以降、流れの医者をやめ、ただの旅人のようになっていった。

 それも、生きているのか、死んでいるのかすら分からない、そんな状態で。

 そんな時、僕は彼女に会った。

 ――八雲紫に。

 

 

 

 

  ―――――――――

 

 

 

 

 ドクが目的もなくふらふらと、目も虚ろになりながら山道を歩いていると、ふと、視界が歪んだ。

 ――ああ。とうとう僕も死ぬのか……。それも、いいかもしれないな。

 そう思っていたドクだったが、その歪みから現れた人物がいたのを見て驚いた。

 

「……誰だ、君は」

「私は八雲紫。本日はあなたにお願いがあって来ましたの」

「お願い?」

「ええ」

 

 それからドクは紫に、幻想郷というところで医者をやってほしいと言われたのだ。

 ドクは内心動揺した。

 なんだか、今の自分が全部見透かされている気がしたからだ。

 だがドクは、やってもいいかもしれない、と。

 漠然とだが考えていた。

 ドク自身分かっていたのだ。

 こんな放浪の旅に意味はないことに。

 ただ現実から目を背けていただけだったことを。

 自分に笑いかけてくれた娘が、死んでしまった、自分の、せいで。

 そこから、逃げていただけだということを。

 ドクは、前を向いて歩きたいと思った。

 未来を。

 だからドクは、その誘いに乗った。

 そして、力を手に入れたのだ。

 ――『解析し書き換える程度の能力』を。

 

 

 

 

 

  ―――――――――

 

 

 

 

 ――昔の、夢を見ていた。

 ドクが目を覚ますと、紅い天井が目に入った。

 顔を横に向けると紅い家具に紅い壁紙、ドクはここが紅魔館だとすぐに察した。

 そしてそれと同時に、自分の左腕がなくなっているのも思い出す。

 ドクは体を起こす。

 少し、痛みを感じた。

 

「……」

 

 ――体を起こしたところで、どうすればいいのか。

 ドクは倦怠感を滲ませた息を吐く。

 ――もう一度、寝ようか。

 ドクが枕に頭を乗せ、眠りにつこうとしたところで、扉が開かれた。

 ドクは音に反応して体を起こす。

 

「ドク!」

「……フランドール」

 

 そこにいたのは、先ほどまで殺し合いをしていたフランドールだった。

  ――泣かせて、しまったのだろうか。 

 もともと紅かった目は、充血してさらに赤くなっていた。

 フランドールはドクが起きたとわかると、すぐさま飛びついてきた。

 ――なかなかの、威力だね……。

 ドクは内心気が気ではなかったが、どうにか顔には出さなかった。

 

「よかった……よかったよぅ……ほんとに、死んじゃったのかと思ったの……」

「心配かけて、悪かったね。もう、平気だから」

 

 泣き始めてしまったフランドールの頭に手を置いて、ドクは笑いかける。

 

「……うん……あっ、えっと……ごめんなさい……怪我、させちゃって……」

「えっ?」

 

 謝罪の言葉に、ドクは面食らう。

 

「ドクの話も聞かずに、殺しそうになっちゃって……ほんとに、ごめんなさい!」

 

 フランドールは一度ドクから離れて、涙ながらに謝った。

 ドクは言葉に詰まる。

 こんなこと想定外だからだ。

 ――だが、謝られたのなら、僕はこう言うべきだろう。

 

「……ああ、許すよ。結局、僕は生きているわけだし、今までだって死にそうなことがなかったって言えば嘘になる」

「ほんとに……? 許してくれるの? 一緒に、遊んでくれるの……?」

「ああ、まだ本調子じゃないから、すぐにとはいかないけど」

「ありがとー! ドク!」

 

 ―……やっぱり、あの娘と似ている気がするよ、君は。笑顔が似合っていて、とても元気で。

 そう思ってフランドールの顔を見る。

 そうしていたら、またもやドクに突っ込んでいくフランドール。

 

「ぐほっ!」

 

 ドクはあまりの痛みに声が漏れた。

 得意のポーカーフェイスもあっさりと崩れ、顔をゆがませている。

 

「ドク?」

 

 ―僕は、これからどうするのだろうか。

 ―……とりあえずは、彼女の笑顔を守ろう。そう、したいと思う。

 ―……ああ、駄目だ……意識が、もたな……。

 ドクはフランドールのきょとんとした顔を最後に、また、気を失った。 

 

 



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小話 一

本編のネタが思いつかないんで、小ネタ的な感じで。


 ドクが紅魔館に行き、フランドールに会うよりも前。

 朝、昼の診察を終えたドクは、香霖堂にいた。

 晩の診察予定がなかったからだ。

 香霖堂は相も変らぬ様相である。

 だが一つ。

 いつもと違うことがあった。

 それは――。

 

「……まさか僕が店番とはね……霖之助にも困ったものだよ」

 

 そう、霖之助がいないのだ。

 彼は今、無縁塚に行っていた。

 普段出不精な霖之助であるが、道具の蒐集にはそんなこと関係ないとばかりに出かける。

 ――それを悪いとは言わないが、たまたま寄った僕に店番を頼むというのも、どうなんだと言わざるを得ないのは事実だ。

 ドクはそう思いながらも、霖之助の頼みを快諾した。

 その結果、ドクは一人で今現在香霖堂の中を掃除している。

 

「整理しても整理しても、次から次へと道具が出てくる……」

 

 一向に、進む気配はないが。

 香霖堂には本当にさまざまなものが置かれている。

 その中で一番多いのが本だ。

 外の世界で忘れ去られたものもあるにはあるが、霖之助が趣味で集めているものが大半である。

 霖之助は、人に薀蓄を語る趣味のようなものがある。

 ドクも寄る度に、とは言わないが、語られることは多い。

 詰まらない、というわけではないのだが、霖之助が語りだすと止まらないため、ドクは結構疲れたりする。

 ――悪いとは、言わないが。

 ドクははたきを持って棚を叩き、埃を落として箒で掃く。

 それを延々と続けていた。

 香霖堂は広いわけではないが狭いわけでもなく、一人で掃除というのはなかなかに、大変であった。

 

「……ごほっ、ごほっ……扉と窓を開けておくか……初めからそうすればよかった……」

 

 埃のせいで煙たくなってきた室内を換気するため、窓を開けてから、入り口に近づいて行った。

 すると。

 

「失礼するわよ。霖之助さん、服直してもらいたいんだけど」

 

 コンコン、と扉がノックされ、見慣れた紅白の巫女服を着た霊夢がやって来た。

 片手には同じような巫女服ではあるが、少し解れているものを持っていた。

 

「……あれ、ドクだけ? 霖之助さんは? それになんだか煙たいんだけど……こほっ……」

「いらっしゃい霊夢。今霖之助は出かけていてね。煙たいのは、僕が今掃除しているから。ああ、扉は開けておいて。換気しないと」

 

 ドクは霊夢に簡単に状況を説明し、また掃除を再開した。

 

「……なんでドクが掃除してんの? 霖之助さんにやらせるべきじゃない?」

「まあ、僕も霖之助には助けてもらっているから。それに、よく来る場所が汚れているのは僕が嫌だ、ってだけだよ」

「はあ……本当に、アンタってお人よしって言うかなんて言うか……。まあ、そこがいいところではあるんだけど」

 

 霊夢の声は後になるのにつれ小さくなっていったため、最後のほうはドクには聞こえなかった。

 

「それで、霊夢の用って? 僕ができることなら、やってしまうが」

「いいわよ。掃除大変でしょ? 逆に私が掃除手伝ったほうがいいんじゃないの?」

「手伝ってくれるのかい?」

「ま、どーせ暇だしね」

「ありがとう。頼らせてもらうよ」

「別に礼を言われるほどのもんじゃないわよ。……さっ、とっとと終わらせちゃいましょ」

 

 ドクと霊夢は、他愛のない話をしながら、掃除を続けていった。

 

 

 

 

 ―――――――――

 

 

 

 

「ま、こんだけやればいいでしょ」

「ああ、霖之助が帰ってきたら驚くだろう」

 

 二人は香霖堂内を見回してそう言った。

 二人が掃除したことにより、道具の配置もしっかりと整頓され、棚にあった埃も大分落とされた。

 そしてもののついでということで、床と棚を分担して拭いたのだった。

 二人が想定していたよりも時間は経ち、夕暮れ時となっていた。

 

「……霖之助さんはまだ帰ってこなそうね……」

「ああ、そういえば用があったんだったね。僕がやろうか? できることなら、だが」

「そうね、じゃあ、お願いするわ。……これ、修繕してくれる?」

 

 霊夢は、掃除中は和室のほうに置いておいた巫女服を持ってきた。

 

「ああ、それなら僕にもできる。というか、僕と霖之助で仕立てたからね、それは」

「ドクはいつも診察とかで忙しいじゃない。だからいつも霖之助さんにやってもらってるのよ」

「なるほどね。じゃあ、お茶でも飲んで待っていてくれ。確か、霊夢の湯呑みは置いてあっただろう」

「ん」

 

 霊夢は湯呑みを探しに行き、ドクは裁縫道具を探しに倉庫に行った。

 さすがに倉庫は未だ汚れたままである。

 そこまでやれるほど、二人に余裕はなかった。

 

「ああ、あったあった」

 

 ドクは見つけた裁縫道具を持って、霊夢のいる和室に向かった。

 すると、既に霊夢は湯呑みを見つけて、お茶を淹れているらしかった。

 

「ドクのも淹れちゃったけど」

「あ、すまないね。ありがとう」

 

 ドクは淹れてもらったお茶を飲み、早速修繕に取り掛かった。

 

 

 

 

 ―――――――――

 

 

 

 

「……よし。これでいいかな、霊夢」

 

 ドクは巫女服を広げながら、適当にくつろいでいるだろう霊夢に声をかけた。

 だが、反応はない。

 

「霊夢? ……ああ」

 

 疲れたのだろう。

 霊夢は和室の中央に置かれているテーブルに、頬をつけて寝ていた。

 ――仕方ないか。

 霊夢は博麗の巫女として妖怪退治を生業としているが、実際はまだ幼い少女だ。

 ドクは起こすのも忍びなかったため、自分の着ていた上着をかけた。

 ――風邪をひいてはいけないからね。

 ドクはそうして、しばし寝顔を見てから立ち上がり、霊夢の頭を一度撫でた。

 

「こういうのも、随分と久しぶりになるのかな……」

 

 ドクはそう呟くと、そろそろ帰ってくるだろうと、入り口のほうに向かっていった。

 そして。

 コンコン、とノック音が響き、扉が開かれた。

 

「やあ、すまないね今日は。お蔭でいろいろ拾ってこれたよ……ん?」

 

 両手に袋を下げた霖之助が入って来た。

 そして店内の様子を見て、いつもと違うと分かったらしい。

 

「もしかして片づけてくれたのかい? 君にあげられるようなものが、何かあればよかったんだけど……すまないね」

「いや、僕がやりたかったからやっただけだ。それに」

 

 そこでドクは言葉を切り、霖之助についてくるよう促した。

 

「なんだい?」

 

 そのまま二人は霊夢のところまで行った。

 

「霊夢にも、手伝ってもらったんだよ」

「おや、これは珍しい」

「疲れて眠ってしまったがね」

 

 霊夢はまだ眠っていて、ドクから見てまだ起きる気配は感じられなかった。

 

「すまないが霖之助。霊夢のことは任せてしまっていいかい?」

「うん。ドクには今日一日、予想以上に働いてもらってしまったようだし、これくらいはやらせてもらうよ」

 

 それからドクは、霊夢の巫女服を修繕したことを伝えて渡してくれ、と霖之助に頼み、残っている仕事を片付けに、家に帰って行った。

 

 

 

 

 ―――――――――

 

 

 

 

 残された霖之助は、寝ているはずの霊夢に声をかけた。

 

「霊夢、もう起きたらどうだい? ドクは帰ってしまったよ」

「……気付いてたの?」

 

 霊夢は霖之助に返事をして、目を開けた。

 

「もう何回も同じことをしているだろうに……。ドクは気付いていなかったようだけどね」

「それならいいわ」

 

 霊夢は立ち上がり、霖之助から巫女服を受け取った。

 

「もっと素直になったらどうだい? 直接甘えたいとでもいえば、ドクも邪険にはしないだろう」

「……別に。そういうのじゃないし……」

「素直じゃないね、まったく……」 

「それが私なのよ」

「ドクのことを呼び捨てで呼んでいるのも、つまりはそう言うことかい?」

「……さあ、どうでしょうね」

 

 二人はそう言葉を交わした。

 そして霊夢は、香霖堂を出ていった。

 

「本当に、素直じゃないねえ……」

 

 霖之助は一人、そう呟いた。

 



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第七話 彼は紅い霧を抜けた

文字数が安定しないっすねー……。
それと今気づいたんですがね、弾幕ごっこのこと、この主人公知らないんですよね。
どうするかなあ……。



 ――……ああ、僕は、また気を失ったのか……。

 ドクは目を覚ました。

 前に起きた時と変わらず、紅が目に入る。

 フランドールはもういないようだ。

 紅い家具に紅いベッド、それに紅い絨毯に紅い壁紙。

 紅、紅、紅。

 どっちを向いても紅だった。

 ドクは、頭の中を紅の文字が回って、ゲシュタルト崩壊しそうだった。

 ――……とりあえず起きようか。ここに寝かせてくれた人に、礼を言わなければ……。

 上半身を上げると、少し痛みが走った。

 だがそれを無視し、ドクはベッドから起き、立ち上がった。

 軽く首を回す。

 息を吐く。

 ――もう、大分良くなったようだ。それに、受けた傷と言えば、軽い打撲と左腕がなくなったというだけで、即死するようなものではなかったか。

 やはりと言えばその通りだった。

 実際、ドクは血を流し続けて、出血多量で気を失っただけであった。

 

「……はあ」

 

 ドクはいろいろ思うところはありながらも、ここにいても仕方がない、と廊下に出た。

 そこもやはり紅い。

 それに先が見えないくらいに長かった。

 今は夜のようで、辺りはやや薄暗い。

 ――……そういえば霊夢は異変を解決したんだろうか……。いや、無駄な考えだ。解決していなければ、僕はここにはいないだろう。

 

「あら、もう具合は大丈夫なんですか?」

「……!」

 

 突然、目の前に少女が現れた。

 この薄暗闇に映える銀髪の少女。

 片手には火のついたろうそくを持っている。

 そして、自分の身分を語るようにメイド服を着ていた。

 ――気になることはあるが、人に会えたのはよかった。

 

「……失礼。この館のメイドさん……ということでいいのでしょうか」

「はい。ここ、紅魔館の主、レミリア・スカーレット様にお仕えしているしがないメイド、十六夜咲夜でございます」

 

 咲夜と名乗った少女は、ドクに頭を下げた。

 それだけで、なんとなく出来る人なのだと伝わってくるものがあった。

 雰囲気、とでもいうべきだろうか。

 ドクは少し面食らいながらも、落ち着いて言葉を紡ぐ。

 

「僕の目の前にいきなり現れたのは……一体?」

「それは私の能力、『時を操る程度の能力』を使って時を止めてましたから」

「……なるほど」

 

 咲夜がさらっと言った言葉に、驚きを通り越して、呆れるドク。

 ――時を操る、か……。

 

「ああ、そうだ。実は僕をベッドまで運んでくれた人に、礼を言いたいんですが」

「それなら私です。妹様が泣きながら頼んできましたので。血が足りなくなりそうで大変でした」

 

 ――妹様っていうのは、フランドールのことだろうか。彼女はこの館がお姉さまだと言っていたし。

 

「そう、か。それは助かった。ありがとう。僕が死んでは、もう誰かを助けられなくなってしまうからね。あ、いや。なってしまいますから」

 

 考え事をしていて、ドクは思わず素の喋りが出た。

 そのため、最後にとってつけたように、矢継ぎ早に言葉を続けた。

 

「普段通りにしてもらって結構ですよ」

 

 ドクは少し考えて。

 

「じゃあ、そうさせてもらうよ。十六夜さんも」

「咲夜、でいいすわ」

 

 ドクの言葉をさえぎって、咲夜はそう言った。

 

「じゃあ咲夜さん。そんなに丁寧な喋り方じゃなくていいよ。僕相手に気を使う必要はないから」

「いえ、ですがあなたは一応、ここのお客人となっていますので……」

「僕が逆に気を使ってしまうから、ね」

「……分かりまし……分かったわ」

 

 咲夜は観念したように言った。

 

「ああ、それと。僕を運んでくれた礼として」

 

 ドクは能力を発動させる。

 右手が紫色に光り始めた。

 その光は、この薄暗い廊下と相まって、どこか幻想的な雰囲気を出していた。

 ドクは咲夜にその手をかざす。

 ――解析開始。

 

「……綺麗な光……あの、これは?」

「僕の能力、『解析し書き換える程度の能力』だ。一応自衛程度には使えるものだが……」

 

 ――どうやら、結構疲れがたまっているらしい。まあ、それもそうか。年齢も、霊夢と近いくらいの子供だろう。時間を止めても動くのは自分なわけで、この広い館では、大変なことだろう。

 ――書き換え開始。

 ドクは目の前に現れた文字列を目で追い、読み進めていく。

 

「……?」

 

 咲夜は何か体に違和感を感じたのか、首を傾げた。

 ――書き換え完了。正常な状態。

 ドクの手から光がなくなった。

 

「……何か変わったことはないかい?」

「なんだか、体が軽くなったような……」

「それはよかった。僕はこの能力で、医者のようなものをやっていてね。疲れを取ったり、病気を治したり」

「なるほど……あ、ありがとうございました」

 

 咲夜は少し慌てて礼を言った。

 

「礼はいいよ。僕の礼なんだから。あ、そういえばフランドールは元気かい? 僕は気絶してしまったからね」

「あ、そのことでお嬢様からあなた……名前はなんでしたっけ?」

 

 ――まだ名乗っていなかったか。

 

「僕はドクと言う」

「ではドクさん。妹様のことで、お嬢様からお話があるらしいわ。私についてきてくれる?」

 

 ――お嬢様……つまりはレミリア・スカーレットか。どんな人物なのだろうか。

 ドクは内心緊張しながら、長い長い廊下を、咲夜の後について歩いた。

 

 

 

 

  ―――――――――

 

 

 

 

 ドクが咲夜に案内され着いた部屋に入ると、長いテーブルに紅いテーブルクロス、それに紅いイス、それらがまず目に入った。

 この部屋も、ドクが寝かされていた部屋と変わらず、基本的に紅い装飾だった。

 そしてそのテーブルの一番奥に、一人の少女が座っていた。

 フランドールに似た、だがしっかりと威厳も感じる少女だった。

 ――彼女が、レミリア・スカーレットだろうか。

 

「そんなところで突っ立ってないで、適当に座ったら?」

 

 言われて、ドクは立ち止まっていたことに気づく。

 咲夜はいつの間にかレミリアの隣に立っていた。

 ドクは頷き、入り口に一番近い椅子、つまりはレミリアと向かい合うようにして座った。

 

「まずは名乗らせてもらおう。我が名はレミリア・スカーレット。吸血鬼よ。そして礼を言う。ありがとう、と」

 

 ドクはいきなり礼を言われ、困惑していた。

 表情には出さず、いつも通りの無表情ではあったが。

 

「何のことでしょう」

「我が妹、フランドール・スカーレットについてよ。あなた、あの娘と遊んでやったでしょう? 喜んでいたわ」

「別にそこまでのことでは――」

「私にとっては、大事なことなのよっ」

 

 レミリアはドクの言葉を遮り、叫んだ。

 

「……あの娘は、繊細よ。この幻想郷でも、受け入れられるか……あの力のせいで、誰からも拒絶されるんじゃないか、と不安だった。力を、制御することもできていないから。そんな時現れたのがあなた」

「ですが、僕はただ一緒に遊ぼうと言っただけです。その不安が消えたわけではないでしょう」

 

 ドクは淡々と言う。

 レミリアが感情をぶつけてきたので、逆に冷静になれたのだった。

 

「それだけが、あの娘にとっては何よりも嬉しい言葉だったのよ。それに、あなたは片腕がなくなっても、拒絶することはなかった」

 

 言われて、ドクはもともと左腕があった場所に目を向ける。

 服ごとやられたため、そこにはもう何もなかった。

 ドクは思う。

 確かに、と。

 ――僕の頭の中には、彼女を拒絶するなんて言う選択肢は、なかった。

 

「もう一度礼を言うわ。ありがとう。あなたはフランを助けてくれた。それだけで、私が礼を言う理由になるわ。あの娘が自分からあの部屋から出てくれたのを見て、私は嬉しかったのよ。今は疲れてしまったんでしょうね、部屋で幸せそうに寝ているわ」

「そう、ですか」

 

 ドクは予想以上の礼を言われ、なんともむず痒い思いをしていた。

 ――……僕はただ単に、彼女の笑顔を見たかっただけなんだが。

 

「話はそれだけよ。今日はもう遅いから泊まっていって。咲夜、彼に食事の準備を。私にもね」

「かしこまりました」

 

 レミリアは隣に控えていた咲夜に言う。

 咲夜が返事をしたかと思うと、既に姿はなくなっていた。

 

「特に嫌いなものはあるかしら」

「ああ、いえ。特にありません。って、そうでなく……。僕に泊まる気はないですし、食事まで作ってもらうっていうのは、さすがに至れり尽くせりというか……」

 

 ドクは自分の内心を吐露した。

 それに、自分が寝ていた間診察できていないため、人里のほうで何か起きていないか心配だったのだ。

 

「遠慮するものではないわ。これからもフランと仲良くしてもらうわけだし、咲夜とも、仲良くなってほしいしね」

「咲夜さん、ですか?」

「ええ」

 

 レミリアは一度息を吸うと話を続けた。

 

「咲夜は私の娘のようなものでね。大切にしているの。でも、そんな娘が私たち以外誰も信頼できる人物がいないって、とても寂しいじゃない。あなたには、そっちのほうも期待しているのよ」

「随分と、僕を買ってくれているようですね……」

「フランと仲良くなれたのだから、なんとかなるでしょ。人生経験も豊富そうだし。私の倍くらいは生きているんじゃない?」

「……さあ、どうでしょうか」

 

 ドクはレミリアの言葉を軽く受け流した。

 その様子をレミリアはくすくす笑いながら、楽しそうに見ていた。

 どうやら、結構ドクのことを気に入っているらしかった。

 ドクのほうは、穏やかじゃないが。

 と、そこでドクが何かに気づいたように声を上げた。

 

「……一ついいですか?」

「何かしら? そんなに改まって」

 

 レミリアは、ドクが聞きたいことがわからず、心底不思議そうに返した。

 ドクは覚悟を決めるように息を吸い、吐いた。

 

「先ほど自分は吸血鬼と言いましたが……食事のほうはどうなっているのでしょうか……?」

 

 これはドクにとって、大事な質問だった。

 人間の血が使われていると聞けば、何があっても口をつけることはないだろう。

 

「く、ふふっ、あははははっ! な、なるほどね、ふふ……安心していいわよ。客人に出すものに人間は使わないわ。心配させて悪かったわね」

 

 暗に客人がいないときは人間を食っている、レミリアがそういっているように聞こえて、ドクは冷や汗を流した。

 ――まあ……吸血鬼とはそういうものだろうが。

 納得できるのではあるが、理解は難しい。

 ドクはそう思って、自分は幻想郷に来てよかったと、改めて紫に感謝した。

 

「お待たせいたしました」

 

 またドクと会った時のように、突然咲夜が現れた。

 ――慣れないと、心臓に悪いな……。

 咲夜は次々と料理を並べていく。

 紅いスープに紅いソースをかけたステーキ。そして紅いワイン。

 料理も、紅い。

 レミリアから、人間は使っていないと言われたが、勘ぐってしまう。 

 

「どうぞ、召し上がれ」

「……いただきます」

 

 ――ドクは戦々恐々しながら、咲夜の作った料理に舌鼓を打った。

 レミリアも、楽しそうであった。

 咲夜も、控えめながら笑っていた。

 こうして、ドクの『紅霧異変』は終わりを迎えたのだった。 



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第八話 彼は紅魔館を見て回った

結局この主人公が、紅魔館にいる間に弾幕ごっこについて知ることはなかった。
……次回どうしよう。


 ドクとレミリアの晩餐会があった翌日。

 ドクは泊まらせてくれたことと、夕食をご馳走してくれた礼として、紅魔館の住人の診断をやっていた。

 と、言っても。

 大半は妖精メイドであり、彼女らはほとんど視る意味がないため、ドクが診断する人は限られていた。

 咲夜にその旨を伝えると、大図書館と言うところに通された。

 そこに、一人見てもらいたい人がいるらしい。

 大図書館はその名の通り、多くの本が置かれていた。

 至る所に大きな本棚が置かれ、その中にびっしりと隙間なく本が入れられていた。

 それに、広すぎるせいだろうか、ドクは若干、埃っぽい感じを受けた。

 

「それで、僕は誰を視ればいいんだい?」

「ついてきて」

 

 ドクは更に咲夜についていく。

 様々な本棚を抜け、この場所の中央あたりに、多くの本が山積みしてある場所を見つけた。

 どうやら、そこにいるらしい。

 

「パチュリー様。お客人をお連れしました」

 

 だが、反応はない。

 いないのだろうか。

 

「パチュリー様?」

 

 おかしいと思い、咲夜はもう一度声をかける。

 しかし、反応はない。

 

「本をどかすのを手伝ってくれるかしら」

「ああ、分かった」

 

 そう言い二人は、山積みされた何冊もの本をどかしていく。

 少しすると、小さい音、いや、声が聞こえてきた。

 どうやら、埋まってしまったらしかった。

 ドクと咲夜はこれはいけない、と大急ぎで本をどかした。

 そして。

 

「……ふう。助かったわ、咲夜。まさか本に潰されるとはね」

「ご自愛ください、パチュリー様……」

 

 本の下から出てきたのは、この大図書館の主、パチュリー・ノーレッジ。

 本の下敷きになっていたため、少々疲れ気味である。

 小さく咳をしていた。

 

「それで、咲夜の隣にいる男は?」

「昨日ここにやって来たお客人でございます」

「じゃあ、あの黒いのの仲間?」

 

 パチュリーは何か嫌なことでもあったのか、ジト目でドクを見た。

 ――黒いの? ……魔理沙か。

 

「まあ、一応仲間ではあるわけだが」

「なら、アイツに伝えておいて。もう来るな、って」

 

 パチュリーは静かに怒っているようだ。

 表情は変わらないが、言葉の節々にそれが出ていた。

 ――一体何をしたんだ、魔理沙……。見たところ、怪我はないようだが。

 

「会ったら言っておくよ」

「で、アンタは何の用なわけ?」

「ああ、僕は……って、言うよりもやったほうが早いか」

 

 ドクはパチュリーに手をかざし、能力を使う。

 ――解析開始。

 ドクの右手が紫色に光る。

 

「……なに?」

「待っていてください。すぐに分かりますから」

 

 訝しげにドクを見るパチュリーに、咲夜が言った。

 ドクの治療を受けたからの言葉だった。

 ドクはそれを気にせず続ける。

 ――欠損確認。書き換え開始。書き換え、書き換え、書き換え。

 ドクの目の前に現れた文字列が、ものすごい速さで下にスクロールされていく。

 ――書き換え終了。正常確認。

 そして、ドクの右手は光を失った。

 

「……どうですか、パチュリー様」

「……おかしい、おかしいわ……体がいつもより軽い……それに、喘息がなくなっている……?」

「どうやら、成功したようだね」

 

 書き換えが成功したことに安堵し、息を吐くドク。

 そんなドクを、信じられないものを見るような目でパチュリーは見た。

 

「あなた、何者よ?」

「ただの医者だよ。能力を持ったね」

「能力?」

「そう、『解析し書き換える程度の能力』だ。これで君の情報を書き換えた。その結果、疲れは取れるし、病気も治せる」

「……便利な能力ね。とりあえず礼を言っておくわ。ありがとう」

 

 パチュリーはかすかに笑って言った。

 

「パチュリー様? 珍しいですね」

 

 普段笑うことの少ないパチュリーのその様子に、咲夜は驚きを隠せないようだ。

 それも、今日初めて会った人間に。

 

「何が?」

「……気付いていないのなら、別にいいのですが」

「……?」

 

 ドクはいまいち状況が理解できず、首を傾げた。

 そして三人は、軽く言葉を交わしてから別れたのだった。

 

 

 

 

  ―――――――――

 

 

 

 

 その後ドクは紅魔館の外に出て、門に向かった。

 咲夜に、ここにも視てほしいものがいると言われたのだ。

 ドクも、紅魔館に来た時に誰かがいたのは分かっていたので、予想の範疇であった。

 名前は紅美鈴。

 紅魔館の門番であるらしい。

 ――と言うことは、霊夢と闘った……のか?

 ドクはあまり大きな怪我をしていなければいいが、と思いながら、門をくぐり外に出た。

 すると、一人の少女がいた。

 淡い緑色をしたチャイナドレスのような服を着て、これまた緑色をした帽子をかぶっている。

 帽子には星の形をした飾りがついていて、その中には龍の文字が入っていた。

 髪は赤く、腰まで伸ばしている。

 ――彼女が、紅美鈴だろうか。

 

「失礼」

「はい?」

 

 彼女はドクのほうに振り向いた。

 

「君が紅美鈴さんで、合っているかな」

「ああ、はいそうですけど」

 

 彼女は答える。

 見たところ、怪我はないようだ。

 ――霊夢が異変解決した割に、みんな怪我なく穏便に終わっているのか。退治ではなく、ただの話し合いで終わったというのか?

 

「咲夜さんに君を視てほしいと言われてね。少し、時間いいかい?」

「はあ、まあ大丈夫です。……と言うかあなた誰です?」

 

 当然の疑問であった。

 ――どうにも、このごろ僕は自分から名乗るのを忘れてしまっていけない。

 

「すまない。先に名乗るべきだったね。僕はドク、医者をやっている」

「医者?」

「ええ、少し、失礼しますよ」

 

 そしてドクは紫色に発光する手を、美鈴に向けた。

 

「えっ? あの、私はどうすれば……」

「動かないで」

「あ、はい」

 

 ドクの真剣な表情に有無を言わせぬ何かを感じ、美鈴は黙った。

 ――解析開始。

 ドクの目の前に文字列が現れる。

 美鈴はその光景に驚き動いてしまい、ドクにまたさっきと同じことを言われていた。

 ――身体的な怪我は見受けられず。肉体的疲労のみ。

 ――書き換え。書き換え。書き換え。

 ――書き換え終了。バイタルサイン正常確認。

 ドクはそこまでやり、光を失った手を下ろした。

 美鈴は自分の体に違和感を感じるのか、腰を回したり、肩を上げたり下げたりしていた。

 それを見ていたドクは、今まで感じていた違和感が大きくなってきていた。

 ――今までそういうこともあるか、と納得してきていた、いや……納得させてきたが。

 ――あまりにも怪我がなさすぎる……。

 

「あの~ドクさん? もしも~し」

 

 一通り軽く柔軟をした美鈴が、うわの空気味のドクに声をかけた。

 ――とりあえず、このことは後で考えよう。

 

「あ、えっと、すまない。何だい?」

「なんだか疲れが取れてるんですけど、何やったんですか?」

 

 ――昨日今日で、随分多く言ったかな。

 

「僕は『解析し書き換える程度の能力』を持っていてね。それを使って治療をしているんだ」

「へえ~、なんだかすごそうな能力ですね」

「褒めてくれて嬉しいよ」

 

 自分の能力を説明するのが面倒になって来たドクは、簡単に説明した。

 それを聞いた美鈴は感心するように頷くのだった。

 そしてそれから少し、美鈴の愚痴を聞いたり、美鈴の変な踊り(太極拳と言うらしい)を見せてもらったり、有意義な時間を過ごした。

 ――美鈴さんの話によると、咲夜さんは結構怖い人のようだ。

 

「そういえば君は、フランドールがどこにいるか知っているかい? 一度顔を見ておきたいんだが」

「妹様ですか? 今の時間なら、御自分の部屋で寝ていると思いますよ」

「そうか……一度行ってみるかな。ありがとう美鈴さん。楽しい時間だったよ」

「私も感謝しています。愚痴なんて聞いてくれる人いないので……またいつでも来てくださいね!」

 

 美鈴の言葉に頷き、ドクはまた紅魔館の中に戻って行った。

 

 

 

 

  ―――――――――

 

 

 

 

 ドクがまた紅い内装に目をやられていると、咲夜が通りかかった。

 

「あらドクさん。美鈴のほうはもう終わったの?」

「ああ。だからここを出ていく前に一度、フランドールに会おうと思ってね」

 

 咲夜はなるほど、と頷いた。

 

「でも、今の時間だと寝ていると思うわ。吸血鬼の生活は夜が主体だから」

「美鈴さんにも言われたよ。でもまあ、顔を見ておきたいだけだから。寝ているところでもいいんだ。下にいるのかな?」

「いいえ、ドクさんが会ったときは満月で、妹様が暴走する危険性があったからあそこにいたの。妹様もそうしてって言ったのよ。今は……そうね。ちょうど私の仕事も一段落したところだし、案内するわ。ついてきて」 

 

 咲夜はドクの前を歩き出した。

 ドクは頷きその後を追った。

 

 

 

 

  ―――――――――

 

 

 

 

 それからしばらく歩き続け、本当にこの館は広いね、とドクが呟いた時。

 咲夜がある部屋の前で立ち止まった。

 

「この部屋よ。私はここで待っているから」

「え?」

 

 思いがけない言葉に、ドクは思わず声を上げた。

 

「だって、ここからの道分かる? 広げた私が言うのもなんだけれど、初めての人には迷路のようなものよ」

「ああ、それは確かに……ありがとう。軽く顔を見て戻ってくるよ」

 

 ドクはそう言って部屋に入った。

 ドクが部屋にはいてすぐに目に入ったのが、天蓋付の大きなベッド。

 おそらく、そこでフランドールが寝ているのだろう。

 ドクは音をたてないように近づいて行った。

 そしてベッドの中をのぞき込む。

 ――幸せそうに、寝ているね。

 フランドールは気持ちよさそうに寝ていた。

 小さな寝息を立てている。

 ドクはフランドールの頭に手を置き撫でた。

 

「……ド、ク……一緒に……遊ぼう……」

「……そうだね。一緒に、遊ぼう」

 

 ドクはそれだけ言うと、フランドールから離れた。

 ――寝言に、何言っているんだか。

 自分がおかしく感じられ、ドクは苦笑した。

 そして、部屋を出る。

 部屋の前で待っていた咲夜が少し驚いた顔で、ドクを見た。

 

「もういいの?」

「ああ、顔を一度見たいだけだったから。ああ、それと」

 

 ドクは咲夜に紙と何か書けるものを用意してくれないかと頼んだ。

 そして、フランドールに向けて、手紙を書いた。

 

『僕は人里に帰らなければいけない。

 君とも会えなくなってしまうが、一緒に遊ぶと言う約束を忘れたわけじゃあない。

 また、君のところに行くから、その時は、思う存分遊ぼう。』

 

 そう書いた手紙を咲夜に渡した。

 

「これをフランドールに渡してくれ」

「承ったわ。……もう帰るの?」

「人里のほうも心配だし、僕が帰ってこないということで、他の人に心配かけたくないからね」

「……そう」

 

 咲夜は寂しそうに呟いた。

 紅魔館にいる者以外と、こんなに親しく話したことがなかったからだろう。

 

「またここには来るよ。フランドールとの約束もあるが、一度僕が視た人はもう僕の患者だ。責任をもって治療に当たらせてもらう。その過程で、少しくらい話に付き合ったって、誰も怒りはしないよ。そのあとに予定がなければだが」

「ふふ、そうね」

 

 咲夜は楽しそうに笑った。

 

「あと、レミリアさんに礼を言いたいところだが……」

「お察しの通り、寝ているわ。まあ、そっちのほうは私が伝えておくわよ」

「本当に? ありがとう咲夜さん」

「咲夜でいいわ。私もドクって呼ぶから」

「じゃあ咲夜。僕はこれで人里に戻るよ。時間ができたらここに来る。その時にはフランドールと遊んで、あと君に僕の家を教えるよ。知っておいたほうが、後々便利だろうから」

 

 ドクはそう言って、咲夜に背中を見せ歩いて行った。

 

「って、ドク、あなた道分からないでしょ」

「……そうだったね」

 

 咲夜の言葉に振り返ったドクは、少々恥ずかしそうであった。



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第九話 彼は帰って来た

ふう。
まあ、こんな感じで。


 そうしてドクは、咲夜に出口まで案内してもらい、門番の美鈴にも挨拶して、紅魔館を後にしたのだった。

 ドクはすぐ側が湖であったため、空を飛んで人里まで戻った。

 途中にある氷精と出会ったが、軽くいなし先に進んだ。

 そして、里の入り口まで帰って来たのだった。

 そこでドクは思い出した。

 ――白衣、左腕ごとやられてしまったな……血もついてしまったし。霖之助に代えはないか、あとで聞いてみよう。

 考えながらドクは人里に足を踏み入れた。

 そこはたくさんの人で賑わっていた。

 紅い霧で静かになっていたのが嘘のようだ。

 ドクはその中を、自宅を目指し歩いて行く。

 ドクが隣を通るとき、何人かが、ドクの左腕に目をやっている。

 あるはずの場所に、あるはずのものがないのだ。

 無理もなかった。

 だが、ドク自身がそれを何も思っていないように飄々とした様子であった。

 そのため、他の人もそれについて聞くことはなかった。

 ドクは馴染みの蕎麦屋を通り過ぎ、自宅の長屋に入って行った。

 

「……やっと帰って来た」

「えっ?」

 

 ドクが戸を開くと、霊夢がお茶を飲んでいた。

 ドクはなんだか既視感を感じた。

 ――……文の時と同じか。

 

「何で、ここにいるんだい? 霊夢が博麗神社にいないんじゃ、他の人が大変だろう」

「知ったこっちゃないわよ。大体あんたがなかなか帰って……」

 

 霊夢はそこでいきなり言葉を切った。

 その視線は、ドクの左腕があった場所に向いている。

 

「……ドク、その腕……」

「ああこれかい? いろいろとあってね。まあ、命に別条はないよ」

「……誰にやられたの」

「えっ?」

「誰にやられたかって聞いてるのっ!」

 

 霊夢は肩を震わせていた。

 ドクは気圧さてしまった。

 今までこんな霊夢は見たことがなかったからだ。

 戸惑いながらドクは言葉を返した。

 

「……霊夢。君がそんなに慌てるなんて、らしくないじゃないか。心配せずとも僕は大丈夫だよ」

「……」

 

 霊夢は無言でドクを見る。

 どこか、寂しそうな雰囲気を感じた。

 ――……どうしたものか。

 

「……誰にやられたかって聞いたね。僕からそれを聞いて、どうする」

「ドクの代わりにやり返しに行くわよ」

「僕が望まなくても?」

「私の気が晴れないもの」

 

 ドクは息を吐く。

 

「じゃあ、教えられない」

「……あっそ。まあ、紅魔館の連中なのはわかるけど」

「だからって、手当たり次第に倒していけばいい、なんて考えないでくれよ? 異変は解決されたんだから」

「じゃあ、ドクのその怪我はどうすんのよ」

「左腕がなくたって、生きてはいけるさ。幸い、右手があれば治療はできる」

 

 ドクはそこまで言って、部屋に上がった。

 そして霊夢と向かい合うように座る。

 

「……お茶淹れるわ」

「ありがとう」

 

 霊夢は立ち上がって、湯呑みと急須を持ってきた。

 そして、ドクの前に湯呑みを置き、お茶を注いだ。

 二人は自分のお茶を一口飲んだ。

 ――霊夢も、少し落ち着いただろうか。

 

「大体何で怪我したのよ? これからの決闘は、弾幕ごっこによるものになったんじゃなかったの?」

 

 霊夢は落ち着いて、まず根本的な疑問をドクに問う。

 聞かれたドクは、いまいちピンと来ていない表情である。

 それもそうだ。

 なぜなら。

 

「弾幕ごっこ、とは何だい?」

「……はあ!?」

 

 霊夢は頓狂な声を上げた。

 

 

 

 

  ―――――――――

 

 

 

 

「なるほど。擬似的な決闘ね……。道理で……」

 

 ドクは霊夢に説明されて得心がいった様子だ。

 霊夢によると、弾幕ごっことは、人間と妖怪の力量の差をなくすために作られた、スペルカードルールと言うものに則って決闘を行うものらしい。

 決闘とは言っても、相手を殺したりはしない。

 スペルカードルールとは、実際聞いてもよくわからなかったが、スペルカードと言うものを作って、弾幕で勝負するもの、のようだ。

 だから、異変解決後も妙にギスギスした関係にもならず、さっぱりと終わりにできる、とのこと。

 これを霊夢が異変を解決する前に、紫が伝えたことらしい。

 ――……僕にも、一言でもいいから伝えてほしかった。 

 

「紫の奴から聞いてなかったの?」

「……ああ。だから、妖怪退治と同じようにするものだとばかり……」

 

 ―そういえば、途中フランドールが弾幕ごっこと言っていたか……。結局、彼女の能力に左腕をやられて終わったが。

 ドクの言葉を聞いた霊夢は、怒りの矛先を決めたようだった。

 

「……紫め……」

「霊夢?」

 

 恨めしそうに呟く霊夢。

 ドクはいきなり俯いてしまった霊夢に声をかける。

 霊夢は顔を上げた。

 

「……はあ。もういいわ。なんだか疲れちゃった……。ドク、その様子じゃ、ご飯も作れないんじゃないの?」

「ああ~……それは、確かに。どうしようか……考えていなかったよ」

 

 それを聞いた霊夢は、徐に立ち上がり、台所に向かった。

 

「れ、霊夢?」

 

 その行動に、慌てた様子で声をかけるドク。

 だが、霊夢は止まらない。

 少しして、霊夢は戻って来た。

 

「一応食材はあるみたいだから、私が作るわ。もう昼過ぎだし」

「それはありがたいが……いいのかい?」

「いつもドクには世話になってるし……それに、その……」

 

 霊夢は頬を淡い赤色に染め、しどろもどろになっていた。

 

「? 調子が悪いのなら僕が」

「大丈夫! 大丈夫よっ、うん。大丈夫だから。それじゃあドクは休んでて。パパッと作っちゃうから」

「あ、ああ」

 

 霊夢はいきなり慌てたように声を大きくし、素早く台所に行った。

 ――どうにも、今日の霊夢は様子がおかしいね。

 ドクはそう思いながら、もう一度お茶を飲んだ。

 

 

 

 

  ―――――――――

 

 

 

 

「ほら、出来たわよ。もともと材料がなかったから、あまりいいものは出来なかったけど」

「それは僕が悪いんだし、別に気にしないでくれ。じゃあ、いただきます」

 

 霊夢が作ったのは、あった野菜をいためた野菜炒めだった。

 ご飯も炊き、つやつやの米がおいしそうである。

 野菜炒めは簡単な料理ながら、人によって味の変わる料理でもある。

 霊夢の作ったものは、適度に焼かれていて、黒い焦げ目などもなく、食欲をそそるいい見栄えだった。

 ドクは箸で野菜炒めをつまみ、口に入れる。

 

「……どう?」

 

 ドクは丁寧に咀嚼し、飲み込んでから。

 

「おいしいよ、霊夢。料理が上手くなったね。米もいい炊き具合だ」

「そ、そう。ならいいの。……良かった」

 

 霊夢は小さく呟いた。

 

「どんどん食べてね。まだまだあるから」

 

 ドクは頷き食べ続ける。

 霊夢はそんなドクを眺めていた。

 また、うっすらと頬が赤くなっていた。

 

 そして、少し経ってドクは食べ終えた。

 綺麗に完食である。

 

「ご馳走様」

「お粗末さまでした。じゃあ、私が片づけるわ」

 

 霊夢は立ち上がり、食べ終えた食器を持った。

 

「悪いね」

「お互いさまよ。何度も言うようだけど、私はドクに世話になってるからね」

 

 霊夢はまた台所に歩いて行った。

 一人残されたドクは、これまでの疲れが来たのか、霊夢が食器を洗う音を聞きながら、意識が遠くなってきていた。

 ――……眠く、なって来たな……。

 そう思ったドクは、机に頬をつけ眠ってしまった。

 そんなところに、霊夢は戻って来た。

 

「ドク? 終わったわ、よ……って、寝ちゃったのね」

 

 ドクはすうすう、と規則正しい寝息を立てている。

 霊夢はそれを見て、幸せそうに微笑んでいた。

 このまま、静かな昼下がりになるかと思いきや、突然、大きく戸が開かれた。

 

「あやややや! ドクさんが帰って来たと聞きましてっ! この射命丸文、飛んで参りましたっ! ……って、あれ? 霊夢さん?」

「うるさい、今ドクが寝てんだから静かにしなさいよ」

 

 いきなり現れた文に、霊夢は低い声で言う。

 まさか霊夢がいるとは思わなかった文は、戸惑いつつも霊夢に一言謝り、部屋に上がった。

 

「あの~、何で霊夢さんがいるんでしょうか……?」

 

 文は部屋に上がるなりそう尋ねた。

 

「別にアンタには関係ないでしょ」

「はあ、まあそうなんですが……ん?」

 

 文はドクの隣に座って、左腕がないことに気づいた。

 驚きが表情に出てくる。

 

「あ、あのっ! ドクさんの左腕がないんですがっ!?」

 

 文の声は少し上ずっていた。

 

「あ~もう、うるさいわねっ! ドクが寝てるんだから静かにしなさいっての!」

「……ん、んん……」

「「!」」

 

 ドクは霊夢の声に反応して体を動かした。

 だが、起きたわけではないようだ。

 二人はひとまず安心し、声を小さくして話す。

 必然的に二人の顔は近くなった。

 

「ドクが紅魔館に行って、怪我して帰って来たのよ。……左腕がないってことを、ただの怪我として扱うのもアレだけど」

「……そう、ですか……」

 

 二人とも、どこか暗い雰囲気を出している。

 ドク本人はあまり気にしていないのだが、他の人間から見れば、いきなり友人の左腕がなくなったのだ。

 少なくとも、簡単に流せる話ではなかった。

 

「ですが、もう異変は解決したんですよね? それに、決闘にはルールを決めたと聞いたのですが……」

「ええ、決めてそれに則って異変を解決したわ。でもドクはそれを知らなかった。だから、ドクは何時ものようにやったって。それに乗ってくる相手も相手だけどね」

 

 霊夢は息を吐く。

 

「で、ですがルールについてはあの八雲紫が言ったのでは?」

 

 文はやや早口に言った。

 

「……ドクには言ってなかったらしいわよ。まったく、あとできつく締めてやるわ」

「その時は私もお付き合いしますよ」

 

 その言葉に霊夢は少なからず驚いた。

 

「アンタは、強い奴には下手に出る嫌な奴だと思ってたけど?」

「ええ、その通りです。ですが、そんな私でも怒るときは怒りますよ。……ドクさんには、いろいろとお世話になってますから」

 

 そこで二人は同時に息を吐いた。

 話すことは話した、そういうことらしい。

 

「ドクさんに取材させてもらいたかったのですが、今日は無理なようですね。また出直してきます。霊夢さん、ドクさんに後で取材させてほしい、と伝えておいてください。私はこのことを記事にしてきますよ」

「このことって?」

「ドクさんについてです。『大妖怪八雲紫、人里の医師ドクを異変解決に向かわせる』、とでも銘打って書いてきますよ。ドクさんの左腕がなくなったということも、他の人に伝えておいたほうがいいでしょう。会うごとに驚かれるのは、ドクさん自身好ましくないでしょうから」

「ま、アンタらしい紫に対しての嫌がらせ、ってとこかしら」

「そんなところです」

 

 文はそう言って、ドクの家を出ていった。

 また、静かになった部屋。

 ドクはまだ起きる気配はない。

 それだけ、疲れがたまっていたようだ。

 霊夢はドクの近くによった。

 ドクの小さな寝息が聞こえてくる。

 

「……文に写真でも撮らせればよかったわね」

 

 霊夢は呟き、ドクが起きるまで寝顔を眺めるのだった。



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第十話 彼は仕事をした

 ドクが人里に帰ってきて、数日が経ったある日。

 珍しい人物がドクの家を訪ねてきた。

 

「ドク、いるかな?」

 

 そう言い戸を開いたのは、滅多に店を出ることがない、霖之助であった。

 両手には、何かが入っている袋を三つ持っていた。

 部屋の中で机に向かい、忙しそうに患者の診療録を纏めていたドクは、声に反応して顔を上げる。

 霖之助だとわかると、診療録の書かれた何枚もの紙を一つにまとめ整理し、部屋の中に霖之助を招いた。

 そして部屋の隅にあったテーブルを中央に移動させる。

 

「お茶でも飲むかい?」

「うん、いただくよ。少し長い話になるだろうからね」

 

 座った霖之助にそう聞いたドクは、急須にお湯を入れ、湯呑みにお茶を注いだ。

 そして霖之助の前に湯呑みを置く。

 

「ありがとう」

「いえいえ。……それで、話って?」

「まあ、まずはこれだね」

 

 霖之助はテーブルの上に置いた袋の中から、紙の束を取り出した。

 広げてみると、『文々。新聞』と書かれていた。

 そしてドクの目を引く大きな題字。

 

「『大妖怪八雲紫 人里の医師ドクを異変解決に向かわせる』?」

「そのまま読み進めてくれるかい?」

 

 ドクは霖之助に言われるままに読み続けた。

 

「『異変解決に向かったドク氏は、八雲紫から大事なことを伝えられていなかったのだ。そう、それはスペルカードルールと言う、新たな決闘方法についてだ。それを知らなかったせいで、ドク氏は左腕を失うなど大きな怪我をした。』……」

「それを読んだ時は驚いたよ。初めてあの鴉天狗に、障子を破ったことを感謝したね」

「つまり霖之助は、僕が怪我したことを知ってここに来た、と?」

「そうだよ。旧知の友人が大怪我をしたとあっては、僕も落ち着いていられなくてね。君に渡したいものもあったから、折角だし来てみたんだ」

 

 ドクは霖之助の言葉が嬉しい反面、文がどこでこの情報を知ったのか、疑問が出ていた。

 ――僕が帰ってきてから、彼女に会ったことはなかったはずだが……。まあ、話を聞ける人は他にもいるのだから、深く考える必要はないか。

 

「どうかしたかい?」

「ああ、いや、心配してもらうのは申し訳ないと同時に嬉しくてね。ありがとう」

「はは、礼を言われるほどのことじゃないよ。まだ君に渡したいものがあるんだ」

 

 霖之助は、文々。新聞を出した袋と同じ袋から、前にドクがもらった白衣を出した。

 前のものより、幾分か丈が長い気がするが。

 

「左腕がなくなったって聞いて、じゃあ白衣もそうなんじゃないかと思ってね」

 

 ドクは霖之助から白衣を受け取る。

 

「君は本当に気が利く。まったくその通りだ。白衣も左腕の部分がなくなってしまったし、血もついてしまって使えなくなってしまっていたんだ」

「それはよかった、いやよくはないんだけど、持ってきた白衣が無駄にならなくてよかったよ」

 

 ドクは立ち上がって、早速白衣を着た。

 白衣を着ていた期間はそれほど長いわけではないが、どこかしっくりくるものがドクにはあった。

 

「前のものよりも、ちょうどいい大きさかもしれないな」

「そのようだね、君は案外長身だから」

 

 そしてドクは少し体を動かしてから、もう一度座った。

 そして霖之助は二つ目の袋をドクに渡した。

 中には色とりどりのたくさんのキノコが入っていた。

 

「これは?」

「魔理沙からだよ。彼女は人里には行きたがらないからね。僕がドクのことを教えると、これを持っていけってさ。キノコを食べれば怪我も治る、と言っていたよ」

「キノコを食べて、腕が生えてきたら恐ろしいがね」

「その通り」

 

 ドクは受けとったキノコの入った袋を台所に置き、また戻って来た。 

 その視線は、霖之助が持ってきたもう一つの袋にいっている。

 ――なんとなく、予想はつく。

 

「そのもう一つの袋は?」

「君に会うのなら、これらは持っていかないと、と思ってさ」

 

 霖之助はそう言うと、嬉々とした様子で幾つかの道具を取りだした。

 ――だろうと思った。

 ドクは何時もと変わらぬ霖之助の様子に感謝し、それらのものを視始めた。

 

 

 

 

  ―――――――――

 

 

 

 

「じゃあドク。暇になったらまた来てくれよ」

「ああ、そうさせてもらう」

 

 それからドクが道具を視終わり、霖之助は帰って行った。

 ドクはそれを見送ると、白衣を着たまま、もう一度診療録を纏めてしまおう、と机に向かった。

 何しろもともと患者数が多いのだ。

 一日でも仕事がある日に休みを入れてしまうと、修正する必要のある個所が幾つも出てしまう。

 今日も徹夜だな、と思いながらペンを持ったところで、戸を叩く音がした。

 ――診察依頼かな?

 ドクは一旦ペンを置き、玄関に向かった。

 

「どうぞ」

「……失礼しますよ、ドクさん。今日は取材させてもらいに来ました」

「おや、いつもより元気がないようだが……何かあったのかい?」

 

 ドクはそう言いながら文を部屋に招いた。

 そして霖之助が来た時のままになっていた湯呑みと急須を片付け、また新しくお茶を淹れた。

 文はおどおどしながらそれを受け取った。

 ――どうにもらしくないな。

 

「本当にどうした? らしくない」

「あ~、その……やはり左腕がないのが気になってしまいまして……」

「そのことは、あまり気にしないでくれたほうが嬉しい。僕が勝手に動いて勝手に怪我したんだ。記事にもしていたようだが、結局は僕の責任だ」

 

 ドクがそう言っても、文の顔色は優れない。

 なぜ、文はこんなにもドクの傷を気にするのか。

 ドク自身、不思議に思っていた。

 

「別に、君がそんなに気にすることではないと思うが……」

「いえ、私もドクさんにはよくお世話になりますし……よく会う友人が怪我をするのは、結構辛いものがありますよ……まあ、それはあの記事で発散させてもらいましたがね」

 

 文は最後、いつものように笑った。

 ――そうだ。彼女はこうでなくては。

 

「それで、僕に取材するんだっけ?」

「はい、お願いします」

「だが、何か聞くことがあるのかい? 異変のことなら霊夢に聞いたほうがいいだろう」

「そちらはもう記事にしましたし、今回は個人的なことですよ」

「個人的なこと?」

 

 ドクは文の珍しい発言に、思わず聞き返した。

 その言葉に、文は微笑む。

 

「はい、ドクさん個人について、です」

「……僕?」

 

 ドクは首をかしげる。

 文はこくん、と頷き話を続けた。

 

「この度、紅魔館でも私の新聞を取ってくれることになりましてね。その方たちの要望で、ドクさんについて知りたいと」

「……なるほどね」

 

 ドクの脳内に、紅魔館で会った人たちの顔が浮かんでくる。

 また、紅い廊下に、紅い内装。

 そして、フランドール。

 ――もう少しして、落ち着いたら一度伺おう。

 

「と、言うわけで。取材を開始させてもらっていいですか?」

「ああ、じゃあ始めようか」

 

 ドクは文の質問に、時には戸惑い、時には淡々と答えていくのだった。

 

 

 

 

 

  ―――――――――

 

 

 

 

 ドクは取材を終え、文が帰ってから、また診療録を纏めていた。

 食事もとらずに仕事を続けていると、時間は既に深夜になっていた。

 ろうそくでどうにか明るさを保っている状態である。

 ドクはさすがに疲れを感じ、一度大きく伸びをした。

 そして息を吐く。

 ――あと少しで、終わりそうだ。

 ドクは眠気を感じながらも、あと少しならばとやり続ける。

 そんなドクに、突然背後から声をかけられた。

 

「仕事熱心ね、あなたは」

「!」

 

 ドクは驚き、勢い良く振り向いた。

 そこにいたのは、ドクが異変にかかわることになった原因の、紫だった。

 

「こんな時間に、どうしたんだい? 君のことだから、すっかり熟睡中のように思っていたが」

「天狗の新聞を読みましたの。それによれば左腕をなくしたと……さすがの私も反省しなくては、と思いまして」

「君が直接謝りに来たってことかな」

「ええ」

 

 紫は頷き、ドクに近づいて行った。

 

「別に僕は気にしていないよ。ただ、決闘方法については、言ってほしかったがね」

「それについては反省していますわ。ごめんなさい。あなたを危険な目に遭わせてしまった」

 

 紫はドクに頭を下げる。

 そこに、いつものような胡散臭く、楽しげな雰囲気はなかった。

 

「……何度も言うがね、紫。僕は気にしていないよ」

「……はい」

 

 紫はなぜか叱られる子供のように、畳の上に正座している。

 深夜に男女二人と言う状況であるのに、なんとも微妙な空気が流れていた。

 ドクもその態度を見て、本当に反省しているのが理解できた。

 

「君は昔からそうだね。幻想郷に僕を誘ってから」

「え?」

 

 紫は不思議そうに首をかしげる。

 それがまた、どこか子供っぽさを感じさせ、正座と相まってドクに苦笑をもたらした。

 

「何か騒動に僕を巻き込んで、僕が何か怪我でもすれば落ちこんで……今回も同じ」

「うぅ……」

 

 紫は弱々しく呻いた。

 痛いところを突かれたらしい。

 

「別にせめているわけではないよ。ただ、後で後悔するならやらないでくれってことだ」

 

 紫は小さく頷いた。

 正しく親子の構図であった。

 紫はいたずらした子供で、ドクがそれを怒る父。

 今までも、こうだった。

 紫がやりすぎたと反省し、ドクに謝りにいく。

 もはや、日常茶飯事と言っても過言ではないだろう。

 ――それに、紫が謝りに来たってことは。

 

「藍にも怒られたのかい?」

「……うん」

 

 ドクは息を吐く。

 予想通り過ぎて。

 ――予定調和、みたいなものだろうか?

 ドクはもう一度息を吐く。

 

「ならもういいよ。藍にはこっぴどく怒られただろう」

「……うん」

「それと、今日はもう帰ったほうがいい。藍も待っているだろう」

「……うん」

 

 そう言うと、紫は浮かない顔で帰って行った。

 

「……やれやれ」

 

 静かになった室内で、ドクは首を横に振る。

 そして、また机に向かった。

 

 それから明け方まで、ドクの部屋からはカリカリ、と言う書く音が聞こえてくるのだった。

 



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第十一話 彼は紹介した

久しぶりの更新ですね。


 ドクの仕事が一段落つき、診察の予定がないある日。ドクは紅魔館に向かった。

 前々から行きたかったのだが、暇がなかったのだ。空いた時間は数日だったが、それでもその間の診療ができなかった。

 そのためやることは山積みで、寝る時間を削りやっとの思いで片付けたのである。

 予想していたよりも、次行くのに時間がかかってしまったドクは、少し急ぎながら紅魔館に向かった。

 無論、飛んでである。服装は白い外套に白衣。真っ白であった。

 ドクを見た人は、小さな雲がすごい速さで飛んでいると思うかもしれない。

 また、ドクは左腕のない生活にはまだ慣れていない。今までずっとあったものなのだから、当然のことではあった。

 食事も、霊夢が作ってくれたり、たまに文とその連れの犬走椛が来て、妖怪の山からの差し入れを料理してくれることもあった。

 そして、霖之助が来ているときに、慧音が見舞いに来たことがあった。

 ――だが、彼女の目当ては僕と言うより霖之助だろう。心配して来てくれたのは伝わったし、ありがたかったから、どうでもいいことだが。

 ――彼女たちには、頭が上がらなくなってしまうね。

 ドクは苦笑する。その反面楽ができていい、と。

 しかし、早く今の状態に慣れ、前と同じように生活したいと思っているのも事実だった。

 そんなどうしようもない思考を振り払うように、ドクは更に加速する。

 湖の中央あたりにある、紅い洋館を目指して。

 

 

 

 

 ―――――――――

 

 

 

 

 ドクは道中特にアクシデントもなく、無事紅魔館に着いた。門まで歩いていくと、見覚えのある姿が見えてきた。

 

「おや、お久しぶりですね、ドクさん」

 

 紅美鈴である。彼女は今日も門番をしていた。

 そして前回来た時にドクに見せてくれた、太極拳と言うのをやっている最中であった。

 

「久しぶりだね、美鈴。咲夜はいるかな」

「咲夜さんなら中にいると思いますよ」

 

 ドクは美鈴にありがとう、と言うと門をくぐった。そして紅魔館の中に入る。

 すると目に入る紅。内装は相も変わらず紅かった。

 全体的に白いドクは、その中でよく目立っている。ドクは中に入ったのはいいものの、どこに行けばいいのか分からず、立ち往生してしまっていた。

 美鈴に案内してもらうのはさすがに迷惑だろう、と思っていると、突然目の前に人が現れた。

 

「ドク?」

「……咲夜か。その登場の仕方は、心臓に悪いからあまりしてほしくはないね」

「それはごめんなさいね。それで、今日は何しに来たの? 妹様はまだ寝ているわよ。せめて夕方にならないと起きることはないわね」

 

 ドクはフランドールが吸血鬼で、朝では起きていないことを失念していた。ドクは少し考えて、だがそれならば、と咲夜に提案する。

 

「じゃあ、先に僕の家兼診療所を教えよう。今から出かけても大丈夫かい?」

「ええ、今はちょうど仕事が終わったところだったから。あとは妖精メイドに任せられるわ」

 

 と言うことで、ドクは咲夜を連れて外に出る。門番である美鈴にその旨を伝え、二人は飛んで人里まで行った。

 

 

 

 

 

 ―――――――――

 

 

 

 

 飛び始めてあることが思いついたドクは、人里に行く前にある場所に寄った。咲夜は不思議に思いながらもその後を追う。

 着いた場所は多くの道具でごった返している古道具屋。香霖堂である。

 ドクは慣れた手つきで扉をノックし開けた。そして後ろで戸惑った風である咲夜を、中に入るように促す。

 咲夜は恐る恐ると言った様子で、中に一歩踏み入れた。

 すると、すぐさま店の奥から声がかかった。

 

「いらっしゃい。ここは香霖堂。忘れ去られたものが流れ着く、古道具屋だ……って、これはこれは、珍しいお客が来たものだね」

「は、はあ……どうも」

 

 興味深そうに自分を見てくる霖之助に、どう反応していいのか分からず止まってしまっている咲夜の後ろから、ひょこっ、とドクが顔を覗かせた。

 それを見た霖之助は、得心がいったようにひとつ頷く。

 

「なるほど、君の紹介かな? ドク」

「ご明察。ここには使えないものも多いが、知っておいて損はないからね」

「店主の前でよくもまあずけずけと言えるものだよ……まったくその通りだけど」

 

 そして楽しそうに笑いあう二人。咲夜はそんな二人に挟まれ、困惑していた。

 とりあえず、奥に進むようにドクが咲夜を促した。

 されるがまま、咲夜は二人の言うように奥に進み、和室に通された。

 一つの丸いテーブルを真ん中にして、三人が適当に座る。

 

「店を開けてしまっていいのかい?」

「別に誰も困りはしないさ。来る者なんて殆どいないしね」

 

 そこで霖之助は言葉を切り、咲夜に視線を向けた。

 彼女のことを教えてくれ。

 その視線はそう言っているようにドクは感じた。ドクは頷き口を開く。

 

「彼女は十六夜咲夜と言ってね。君も紅魔館を知っているだろう?」

「ああ。湖の上にあるあの洋館だね。なるほど、そこのメイドさん、と言うわけか」

「理解が早くて助かるよ。初めに人里を紹介する気だったんだが、その前にここを紹介しておこうと思ってね」

「あの……」

 

 咲夜は話を続ける二人を前に、おじおずと手を上げる。

 それに気づいた二人は、ああ、やってしまった、と小さく笑った。そしてすぐさま話を止める。

 その後、咲夜が口を開くのを待った。

 

「ここは、結局なんの店なんですか? えっと、霖之助さん」

「ああ、自己紹介がまだだったね。僕は森近霖之助。この古道具屋、香霖堂の店主だよ。さっきドクが言っていたように、使えないようなものが大半を占めるけど、使えるものもある。僕はそれを売っているのさ」

「なるほど」

「僕は霖之助とは旧知の間柄でね。よくここには来ているし、僕が家にいないときはここにいることが大半だ」

「あ、そういう場合も含めての紹介だったのね」

「必ず僕が家にいるわけではないからね。何か診療の依頼があればそこまで出向くし、何もなければ家にいて診療録を纏めるか、どこかへ出かけているか、とまちまちだ。ここを知っておいて損はない」

 

 ドクが咲夜と話していると、いつの間にか霖之助がいなくなっていた。それに気づいたドクは室内を見回した。

 

「どうしたの?」

「いや、霖之助がいなくなって……ああ、なるほど。そういうことか」

 

 ドクが倉庫のほうに目を向けると、霖之助が楽しそうに出てきた。その手にはたくさんの道具を箱に入れて持っている。

 

「折角来たんだから、どうだい?」

「気軽に言ってくれるね、本当に。何時ものようにやりたいところだが……すまないね、今日は無理だ」

「おや、まだ何か他に予定があるのかい?」

「咲夜に僕の家を紹介しに行くんだよ」

「むむ……それじゃあ仕方ないか」

 

 霖之助は残念そうに肩を落として、また倉庫の中に入って行った。ドクはその様子に苦笑した。

 ――いつまでたっても、霖之助は変わらない。

 

「子供っぽいところもあるのね、霖之助さん」

 

 ドクの隣に座っている咲夜が呟いた。何がやりたいのかは分からなかったが、霖之助が楽しそうにしていたのは分かったようだ。

 それを聞いたドクは頷く。

 

「童心に返る、と言えばいいのかな。霖之助と僕はよく遊んだからね。ただ、遊ぶといっても道具と関連したことだったし、やることも今とそう変わらない」

「仲が良いのね」

「……そうだね。僕がこっちに来てからの、長い付き合いだ」

 

 ドクは懐かしそうに目を細めて、遠くを見つめた。その瞳に映るのは、過去の思い出。

 

「あれは、いつのことだったか」

 

 ドクが語るのは、幻想郷に来てすぐのこと。まだドクがさなのことを重く引きずっていた時のことだ。

 そして、その時に会ったのが霖之助。まだ香霖堂をやっていない時の霖之助だ。

 



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第十二話 彼は振り返った

 ――ここに来た当初の僕は、無気力だった。何にも興味を持つことができなくて、ただ淡々に日々を消化していくだけ。

 僕の時間は変わらず、止まったままだった。どうしてここに来たのか、それすら分からなくなってきていた。

 ……こんな話、君に言ったところで理解できないだろうが、聞くだけ聞いてくれ。僕も、久しぶりに話したくなったんだ。

 あれは幻想郷に来てどれくらい経ったか……詳しいところまでは思い出せない。ただ、あの時のことは鮮明に覚えている。

 僕の人生を変えた……そう言っても差支えないぐらいの出来事だった。やることもなく適当に歩いていると出会ったんだ。

 僕の初めての友人になる、森近霖之助に。

 

 

 

 

 

 ―――――――――

 

 

 

 

 

「おや、君が紫にスカウトされたっていう医者かな?」

「…………」

 

 魔法の森の入り口付近で、ドクと霖之助は出会った。軽い雰囲気で話しかけた霖之助。しかし、ドクの目には映ってはいない。

 ドクは霖之助に言葉を返すことなく、そのまま歩いていく。ふらふらと人里のほうへ。

 それを見た霖之助は肩を落として、その後を追った。そのまま帰る気はないようであった。

 

「少し、話でもしないかい? その様子からして、別にやることもないんだろう?」

「……僕に、構わないでくれ」

 

 霖之助が話しかけても、ドクは突き放すようにそう言った。今の二人からは想像もつかないことである。

 しかし、霖之助はそう言われても話し続けた。その顔は笑っている。

 その程度で離れるわけがない、そういう意思表示なのかもしれない。

 

「なら、僕が勝手に話す分にはいいかな?」

「…………」

 

 相変わらず、ドクからの反応はない。だが構わず霖之助は口を開いた。

 

「じゃあまずは自己紹介からにしようか。僕の名前は森近霖之助。知っているかはわからないけど、霧雨さんという人の家でお世話になっているんだ」

「…………」

「趣味は道具蒐集でね。と言うのも、僕は『道具の名前と用途が判る程度の能力』を持っているのが、その趣味に影響しているかな」

「……そうか」

「何か話してくれる気になったのかい?」

 

 ドクは話し続ける霖之助に耐えかねて、ため息を漏らした。それまで、こんなにずっと自分に話し続けるものがいなかったからだ。

 話しかけてきた者の大半は、ドクが突き放して終わった。その他も、何も言わないドクに嫌気がさして去って行った。

 だからドクにとって、霖之助のように話し続けるのは初めてだった。だから、つい口が滑ったのだろう。

 話す気がなかった言葉が、どんどん口から出ていく。ドクは呟くように話し始めた。

 まだ、その瞳に霖之助は映っていない。

 

「…………僕の名はドク……小さな女の子の命すら、救うことができなかった男だ」 

 

 そう言っているドクは、苦しそうで、泣き出しそうで……。その手は強く握りしめられて、悔しそうに震えていた。

 表情がどんどん暗くなっていく。ドクの頭から、さなのことが離れなかった。

 

「……僕は、駄目だ。医者なんて、名乗れるだけの力なんてない……ないんだ……」

「……そんなことないさ」

 

 だが、霖之助はあえて明るく言った。

 

「君は紫に誘われるくらいの技量があった。立派な医者としてのね。それに、過去に救えなかった命があったかもしれない。でもここでは過去なんて関係ないんだ。未来を生きればいいじゃないか。未来に踏み出したいから、紫の誘いに乗ったんだろう?」

「それは……」

「なら躊躇うことなんてないさ。それに、君にも僕と同じように何か能力がある、そうだろう?」

「……」

 

 ドクは静かにうなずいた。そして一度、深く息を吸った。

 

「『解析し……書き換える程度の能力』」 

「ふむ」

「それが僕の能力だ。……少し使ったが、恐らくこれで病気やけがを治すこともできる」

「ちょうどいいじゃないか、君のやりたいことと合っていて。それじゃあ、もう人里には診療所も作ったのかい?」

「ああ。長屋を借りて、簡易的なものを。……誰も来ないがね」

 

 ドクは自嘲するように笑う。それを見た霖之助は、やれやれ、と首を振った。

 

「それは君がそんな態度だからだろうに……。もっと明るくなったらどうだい?」

「え? ……僕の、態度?」

「そう、君の雰囲気とでも言うべきか。もっと話しやすい感じにしたらいいと思うけどね」

「話しやすく……話しやすく、か」

 

 ドクは立ち止まり、俯いて考え込んでしまった。人里にはもうあと少し、というところまで来ている。

 ドクの悩みを吹き飛ばすように、霖之助は笑みをにじませながら気楽に話す。

 

「そんなに深く考える必要はないさ。ただ、もっと人と話せばいい。それだけだよ」

 

 そう声をかけられたドクが顔を上げると、微かに笑っていた。今までで、初めての笑顔だった。

 なんとなく、理解したようであった。

 

「分かった。ありがとう、霖之助。……これから、頑張ってみようと思う」

「うん、頑張ってくれ、ドク。僕もそろそろ自分の店を持とうと思っていてね。お互いに頑張っていこう」

「なら、その時は呼んでくれ。できる限り力になろう」

「ふふ、頼もしいね。分かった、その時は頼むよ」

 

 ドクと霖之助は固く握手をする。ドクの瞳には霖之助がしっかりと映っていた。

 二人が友人同士になった瞬間だった。

 

 

 

 

 

 ―――――――――

 

 

 

 

 

 語り終えたドクは、すっきりしたような表情をしていた。

 

「随分変わったようね、ドクは」

 

 ドクは感慨深げに頷いた。ドクにとっては珍しく、綺麗な笑顔をしていた。

 それを見た咲夜は、少し驚いていた。そんな顔もできるのか、と。

 

「僕が変わることができたのは、紫に幻想郷に誘われたのはあるが、多くは霖之助のお蔭だろう」

「なんだか懐かしい話をしているね、二人とも」

 

 そこで、倉庫から霖之助が戻って来た。その口ぶりからして、ドクの話を聞いていたようだった。

 それに気づいたドクは、眉間に皺をよせ、霖之助に視線を向けた。

 

「……聞いていたのか?」

「うん、全部ね。いや~、照れるね。そんなに感謝していたなんて」

 

 霖之助はにやにやしてドクを見る。明らかな挑発であった。

 または、気恥ずかしくなってしまったのだろう。この空気をなくしたいようでもあった。

 

「……感謝しているのは確かだが、その態度は気に食わないね……」

「ま、まあまあ、ドク。落ち着いて」

 

 咲夜が慌ててドクを宥める。だが、意味はない。

 

「はは、いやいや照れてるだけさ、馬鹿にしてるわけじゃないよ? 君の気にしすぎじゃないかい?」

「……友人らしく、偶にはケンカでもしようか。もちろん、能力なしの肉体勝負だ」

 

 堪えきれず、ドクは立ち上がり霖之助を睨む。それを受けた霖之助も睨み返した。

 二人の間には火花が散っている。いや、実際には散っていないが、さもありなん、と思わせる雰囲気があった。

 

「普通ならお断りするところだけど、相手が君なら別さ。久しぶりにやろうか。昔はよくやったものだよ」

「言っておくが、手加減なしだ」

「当たり前さ」

 

 そのまま二人は店を出て、外に向かった。咲夜は二人の後ろ姿を見て、一人呟いた。

 

「……ケンカするほど仲が良い……いえ、仲が良いからケンカで済むんだったかしらね」

 

 咲夜はため息をついて、二人を追うように店を出る。ドクの家に向かうのは、いつになるのか。

 今日中に行くことができるのか。それが気になる咲夜であった。 

 

 ――――魔法の森の入り口にある香霖堂。営業日は店主である森近霖之助の気分次第。

 今日は臨時休業となったのだった。

 また。

 これは余談だが、この喧嘩を偶然目撃した鴉天狗がいたとか、いないとか。

 

 



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