異形種たちの子育て日記 (abc)
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Episode1
【〇月〇日】
真っ白な画用紙の上でクレヨンが鮮やかな線を描く。
絵を描くということが楽しくて楽しくて仕方がない。無意識のうちにクレヨンを握る手に力が入ってしまう。ボクは体を前のめりにさせながら顔を画用紙に目一杯近づけながら丁寧に、そして慎重に自分の想像を絵にしていく。
全ての色を塗り終えたところで、お気に入りのクレヨンをケースに戻す。完成した絵を宙に掲げながら確認するが、どうやら塗り残しはないらしい。
「できた!」
この絵を描くのにボクはかなり長い時間を費やしている。この部屋には時計がないからどれくらいの時間を掛けたのか具体的には分からない。それでも疲労を感じていることから、それなりの時間は経っているのが実感できる、
この絵はハッキリ言って下手だ。決して上手いとは言えないが、それでも思いを込めて描いたのは事実であった。
一仕事終えたことに満足そうに一息つくボクの部屋に、ノックをする音が響き渡る。聞こえてきたノックの音で、この部屋への来客者が誰か予想がつく。慌てる気持ちを抑えつつ入室の許可を出す。
「はいっていいよ」
「失礼する」
そう言うと扉が開き、ローブの様なものを纏った骸骨が入ってくる。ボクは自分が座っているイスから降りると、勢いよくその来客者に飛び込む。骸骨は飛びついてきたボクを微動だにせずに受け止めてくれる。そんな姿がボクにとってはかっこよく見えた。抱き着きながら大好きな彼の名前を呼ぶ。
「ももんがさん!ももんがさん!」
「私が来て嬉しいのは分かるが……急に飛びつくのは良くないな」
「ごめんなさい……」
「そんなに落ち込むな。怒っている訳じゃないから。大丈夫、次から気を付ければいいさ」
「……うん!」
モモンガさんは優しくボクに語り掛けながら頭を撫でてくれる。モモンガさんの手は骨で出来ているから温もりはないし、柔らかくもない。それでもモモンガさんに撫でてもらうのは何故か心地よく感じてしまう。その感覚は不思議だけど心地が良かったので良しとする。
モモンガさんはボクにとってお父さんみたいな存在である。ボクが今住んでいるこのナザリックで『至高の御方』と呼ばれる存在であり、『ギルド長』と言う最も偉大なる立場であるらしい。
モモンガさんはボクのことを家族の一員であると言って優しくしてくれる。それが嬉しくてついつい甘えてしまう。ボクに対して優しい彼が好きで仕方ない。
「ももんがさん!こっちきて!みせたいのがあるの」
「見せたい物?」
そう言って骨の手を握りながら先程まで自分が座っていた机に誘導する。そして画用紙を手に取り自慢げにモモンガさんに見せる。ボクの描いた絵を見るモモンガさんの目が一瞬だけ赤く光る。
「ほう、これは私達の絵か?」
「うん、なざりっくのみんなをかいたの!ももんがさんにあげる」
ボクが描いていた絵はモモンガさんやナザリックの使用人たちの姿であった。ボクが思い出せる範囲で、皆の姿をクレヨンで思い思いに描いていったのである。いつもお世話になっているせめてもの恩返しのつもりの絵であった。
「良く描けている。これほど心の籠った贈り物は初めてだ。ありがとう、大切にさせてもらう」
「……うれしい、ももんがさんだいすき」
「ああ、私も大好きだ」
オーバーロードと呼ばれる種族であるモモンガさんの骨の体では、表情が分からない。それでも声色から喜んでくれたのが分かる。喜んでもらえて本当に嬉しかった。血は繋がっていないけど、本当の家族になっていくことが如実に感じられる。
貰った絵を大切そうにアイテムボックスにしまうと、ボクの長い髪を撫でながら語り掛けてくる。
「だいぶ髪が伸びてきたな……そろそろ切りに行ってはどうだ?」
「かみのけをきるの?どうして?」
「……そう言えばお前がまたここに来てからは、まだ髪を切りに行ったことはなかったな。髪と言うのは自分の丁度良いと思った長さに切り揃えるものだ。長すぎたり、手入れがなされていないと邪魔だし見栄えも悪くなる。第九階層に美容院があるから今度連れて行ってやろう」
「おでかけしていいの!?」
「勿論だとも」
「やったー」
ボクはナザリック内であっても基本的に自由に出歩かせてもらえることはない。その上、いつも側にはメイドが控えて監視をしている。モモンガさん曰く『心配である』かららしい。何をそんなに心配しているかは分からないが、モモンガさんの言うことは絶対なので従わなければならない。
モモンガさんは付けていた腕時計で時間を確認する。
「……そろそろ薬の時間だな」
「……おくすり」
「そんな嫌そうな顔をするな。お前の体が良くなるためには必要なことだ」
「うん……」
そう言って部屋に置かれている薬箱から薬を用意していく。
ボクは薬を飲まないと生きていけない。何の病気なのかは分からないが、一日に二回それも毎日決まった時間に飲まないとだめらしい。
「さあ、飲むんだ」
「わかった」
大量の錠剤と薬液を思い切って流し込む。
口の中に気持ちの悪い苦みが広がる。
「口を開いて」
全部しっかりと薬を飲んだかを確認するために、ボクの口内を覗き込んでくる。一度だけ薬を飲むのが嫌で飲んだふりをした時があった。その時は『叩かれるほど怒られた記憶』がある。それ以来こうしてしっかりと飲んだことを証明しなければならない。
「よく飲めたな、これでまた良い子に戻れる」
モモンガさんは安心したような声でそう話す。よく分からないけど喜んでくれるなら、これからも頑張って薬を飲み続けよう。
【〇月〇日】
「ピクニックたのしいね!そりゅしゃん!」
「はい。ですがもう少し落ち着いてゆっくり歩きましょう。今から向かう場所は逃げることなどありませんから」
「うん、わかった」
ボクはいまナザリックの第六階層の中にある花畑に向けて、メイドのソリュシャンに手を引かれながら森の中を歩み進めていた。
ソリュシャンはナザリックで働く戦闘メイドプレアデスの一人であり、今日のボクの監視当番でもあった。ソリュシャンは優しく、知的で落ち着いた雰囲気を纏った女性である。そんな彼女と今日は一緒にピクニックを楽しんでいる。
何故出かけることが出来るようになったのか……それは、ボクがモモンガさんにわがままを言ったのが切っ掛けであった。自分の部屋からあまり出してもらえないボクは、モモンガさんに会うたびに外出したいという願いを伝えていた。そして遂にボクの願いを聞き届けてくれて、第六階層への外出を許可してくれたのだ。
ただしピクニックは条件付きで行うことを約束させられた。それは監視と護衛を兼ねてメイドを一人連れていくこと。いい加減誰かが必ず側にいるいるという生活にはストレスがあった。だから監視付きというのは納得できなかった。
モモンガさんに一人で行きたいと言ったが、速攻で却下されてしまった。なので仕方なくソリュシャンと二人で第六階層を歩いている。
ソリュシャンへ下げていた視線を前に向けてしばらく歩いていく。するとやっと目的地である花畑が見えてきた。
「すごい、はじめてみた……きれい……」
「今日のためにマーレ様が用意してくださったと伺っております」
「そっか、あとでありがとうっていわないと」
目の前には綺麗な色とりどりの様々な植物が咲き誇っていた。ここまで綺麗に咲いてる花を見たことはなかった。花の側に寄りしゃがみ込む様にして覗き込む。見てるだけで楽しいし、心が躍った。
ソリュシャンに花を指さして問い掛ける。
「ねえ、あのはなはなんていうなまえなの?」
「はい、あちらはロベリアと言う名前の花になります。その右に咲いているのがクロッカス、左に咲いているのがラベンダーです」
「すごい!ものしりだね!」
「お褒めに預かり光栄です」
ソリュシャンと一緒に色んな花を見てまわる。ここに来てから気分が良い。
「そりゅしゃん!おべんとうたべよう!おべんとう!」
「はい」
それから花畑の側の草地の上に敷物を敷いてその上に座る。ソリュシャンは手に持っていたバスケットからサンドイッチやお茶を取り出し並べて準備をする。サンドイッチを手に取って口に運んでいく。誰かとこうして外で食事するのは本当に『久しぶり』であった。
『久しぶり?』
思い出せない……前は誰と一緒に出掛けたんだっけ?
頭が少し痛くなってきたのを感じる。
「大丈夫ですか?顔色があまり優れていないようですが」
「ああ、うん、だいじょうぶ……大丈夫だと思う。少しはしゃぎ過ぎたのかも。心配はいらないよ、ソリュシャン」
「……いえ、万が一ということもありますので、常用薬に合わせて追加します。今準備しますので少々お待ちください」
「そんなに心配しなくてもいい……私なら平気だ」
「……急ぐ必要があるようです」
頭が少し痛いのは確かだが、ただでさえ多い薬をさらに増やされるのは勘弁して欲しかった。ただ、体調が急激に悪くなってきたのは自覚している。薬は毎日定刻に忘れず飲むとモモンガさんに約束しているから飲まないと。
頭痛が酷くなっていく。
痛くて仕方ない。
その痛みに反応して私の頭の中で覚えのない光景が広がって行く。
『この光景』は一体……?
「はぁ……はぁ……」
「こちらをお飲みください」
ソリュシャンは手早く必要な薬を取り出すと私に手渡してくる。言われた通りにいつもより多い錠剤と薬液を飲み込んでいく。すぐに効果があらわれてきたのか頭痛はおさまっていった。
とりあえず頭痛がおさまって良かった。
ボクはソリュシャンに回復したことを伝える。
「もうなおったからだいじょうぶ」
「お身体が心配です。今日はもう部屋に戻りましょう」
「あとすこしだけまってて」
「分かりました、ですがあと少しだけですよ?」
「うん」
急いでシロツメクサが生えている場所に向かう。
そして、そこに座り花冠を作る。今日付き合ってくれたソリュシャンにプレゼントしようと考えたからだ。作り方は不思議と覚えていた。
「♪」
すぐに一つ作り上げるとソリュシャンの元に戻る。
「そりゅしゃん、これあげる」
立ち上がっているソリュシャンの頭に載せてあげる。
「ありがとうございます、大切にさせて頂きますね」
「うん」
ソリュシャンが嬉しそうで良かった。
自室への帰路につく。少し気分が悪くなったものの、今日は外出出来て楽しかった。また遊びに出かけたいと思った。
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