乙女ゲームの破滅フラグしかない悪役令嬢に妹が転生してしまっていた…… (リベンジ)
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妹と出会いました。

前世という者を、信じる人と信じない人がいるだろう。

俺は前者である。理由はあの名作「火〇鳥」を読んでいるからだ。

そしてもう一つ。

俺には、前世の記憶がつい数ヶ月前に戻ったからである。

むかーしむかしに数作しか読んだ事ないが吐いて腐るほどあるなろう系小説のアレ、異世界転生とやらだ。

色々あって51歳享年となった俺は、めでたく異世界転生デビューを果たしていたのである。

 

今世の俺はそこそこの街の花火職人の家に生まれた。

なんで中世ヨーロッパ?的なこの世界に花火があるかなんぞ知らん。作り方も魔法とかを使うわけでもない日本式の作り方なのでおそらく他の転生者が伝えたのだろうか。

両親は街のムードメーカー兼変わり者で有名で一人っ子の俺もその影響を受けてテンションが高い子供として育った。

で、10歳の誕生日の翌日に自分で花火玉を作ってみようとして事故が発生し……爆発のショックで前世51年分の記憶が蘇った。

そのまま一日寝込んで、奇跡的に大きな怪我はなく俺は暫く火薬庫に入るのを禁じられただけですんだのだが…

(思い出さなくてもよかった、かな)

別に世界は危機に陥ってないしチート?能力もなく可愛い女の子との恋愛もない。

ただただ、平凡な毎日が過ぎていくだけ。

なまじ精神が若干とは言えおっさん臭くなったので同年代の子もまるで昔の息子を見てる気分になってしまう事がたまにある。

そうして暫くボケーっと生きてたある日。

 

俺は運命に導かれたのかもしれない。

 

その日は友達との約束も学校もなく暇なので街をぶらぶらしてたのだが…。

「あのー、すいませーん!この辺に何かお店とかありますかー!」

アホそうな声が路地に響いた。

「ちょっと姉さん!目立たないようにって言われたのに!」

「聞くぐらい大丈夫よ、そこの子ー!」

…周りには俺しかいない。うん、俺だな。

女の子の方はスカートなのも気にせずにぴょんぴょん飛び跳ねて手を俺に振ってるし弟くんはそんな姉のスカートをチラ見しながら顔色を赤と青に点滅させている。

…なんだあいつら、面白いな。

「よ、お嬢さんと弟さん。観光かい?」

「そうです!貴方はこの町の人ですか?」

「ああ、俺はカール・フェボアウストリア、君達は?」

「私はカタリナ・クラエス!よろしくね!」

「ちょ、姉さん!?」

「ほら、キースも」

「ああもう…キース・クラエスです…」

「よろしくな、カタリナと…キー坊。カールでいいぜ」

「キー坊!?」

「キースお坊ちゃんの略だよ、嫌ならおねーちゃんの背に隠れてないで前に出てこい、スカートなんか覗くなよ」

「なぁ~~~~!?」

俺は久々に少し笑った。

 

と言う訳で入り組んだ路地にある店を紹介した。

「ここのお魔きは美味いんだ、おまけに安い、しかも…二層構造で味もカスタムできる」

「それはすごいわ…!」

「かす、たむ?あ、味を組み合わせ出来るって事ですね」

「ほれ、お待ち!」

駄弁っていると店長が熱々のお魔きを3つ出してきた。

「わ~おやきみたい!この世界にもこんなお菓子があったのね!」

「‥‥‥ん?」

「あ、ああすいません、うちの姉は時々訳の分からない事を言うんです」

「そ、そう」

なんか引っかかるような物言いだったが…まあ考えてもメンドクサイや。

「んじゃ、次はとっておきのスポット教えてやんよ」

 

「わ~~~~!!!何この場所!遊園地みたい!」

「もう使われてないボロ屋敷でさ。ここの家主の趣味か知らんが家全体がいい具合にボロボロになったのもあってアトラクションにみたいになってんだよ」

ここは人の余り住んでいない森の区域。そこにポツンと立っているのがこのボロ屋敷だ。

カタリナ・クラエスは目をキラキラと輝かせ屋敷の奥へと走っていく、どうやらチョイスは正しかったようだ。

キー坊が慌てて後を追う所を見届けて俺はボロ柱に体を預けて空を見上げる。

 

『兄ちゃん、早くおいでよ!』

 

「…懐かしいなぁ」

本当に、久々に思い出した。

 

しばらく思い出に浸っていると、駆けてくる足音が床から響いた。

「カール!貴方は遊ばないの?」

「なーに、客が遊んでるのを見るだけでも楽しいもんだぜ、キー坊は?」

「あ、そういえば見失っちゃった!探しに行かないと!」

「おいおい、あいつも男だ。ほっといても大丈夫だろ」

「駄目よ!キースがこのままなら不良になっちゃう!」

「いやその理屈はどういう訳!?」

何を突飛な事を言い出すんだこいつ!?

「とにかく!私のかわいい弟を女の子に手あたり次第に手を出す不良にする訳にはいかないのよ!」

「はぁ…。…こんな言葉を知ってるか?」

「ん?」

「『かわいい子には旅をさせよ』。つまり、本当に愛してるんなら偶には放っておくのも成長には必要さ、いい男になるぜ?」

「!な、なるほど…それは一理あるわ!」

カタリナは心から改心したのかポケットからメモを取り出し書き出した。素直だな――…‥…。

気付けば笑いをこらえるのに必死だった。この感覚、何年ぶりだ?

「む、何笑ってるんですか?」

「いやごめんごめん。なんかお前見てると、思い出しちゃったんだ」

「誰を?」

「…ガキの頃、亡くなった妹をさ。お前みたいに美人じゃなかったが能天気なツラして食いしん坊で行動力だけは無駄にあったのはそっくりだ」

「あ、ご、ごめんなさい……」

「謝んなよ、お前は関係ないさ」

そ、もう40年近くも前の話。誰も、何も気にする必要はない。

もう少しフォローする言葉をかけようと横目でカタリナを見ると、カタリナも何か考える表情をしていた。

「…私も」

「ん?」

「私もカールを見て少し思い出したの、兄がいた事を…」

「…亡くなったのか?」

「いやいや、事情があってもう私には何をしてるか、どこにいるかも分かんないの。お別れも、言えなかったから……」

「…そういうこともあるよなあ、人って突然死ぬからな」

「ほんと、ビックリするぐらいあっさり死んじゃうわよね。だから、今度こそ私は死なないように頑張ってるの!」

「ふーん、具体的には?」

「えー、畑を耕したり、婚約者の苦手な蛇の模型を作ったり、剣技を磨いたり…みたいな?」

「最後以外何にも関係なくないか?」

「そんなことないわ!国外追放されても農業技術さえあればなんとか生きていけるもの!」

「死ぬって話じゃなかったか?」

「そうよ、スイカやキャベツは勿論最終的にはどうにか小麦の種を入手して…」

「お、おい…聞いてねえ」

ブツブツと言いながらカタリナは考え事を始めてしまった。

なんだこの人の話を全然聞かない感じ…マジでアイツと似てんな…‥生まれ変わりか?

いや…多分こいつは婚約者とか言ってたし多分身分の高いお嬢様。

「野猿と比べるとか失礼だろ…」

「野猿!?」

カタリナがその単語に高速で反応した。え?

「…どした」

「あ、いやいやなんでもない!」

………ん~~~?………カマかけてみるか?

「……お前さあ、日本って国聞いたことある?」

「!?!?!?」

カタリナがひっくり返った。物理的に。

え、おいおい、マジかよ……こんな身近に転生者仲間がいたってのか?しかも、そんな、俺の――――。

「おい、お前、まさか……」

「は、はい?」

ひっくり返っていたカタリナは状況を理解できないアホそうな顔で返事をする。

み、見覚えがあり過ぎる……!

「………間違ってたらすまん」

「え、やっ」

俺はカタリナ・クラエス嬢に対して。

 

思いっきり得意のプロレス技をかけた。

 

「ほあああああああああ!!!」

関節がきしむ音が聞こえる。

半端虐待かもだが許せ!

「はっ、こ、この技….…!」

「ばあちゃん家のキュウリをおやつ感覚で食べまくってた!」

「!」

「新作乙女ゲームを買うお金が足りず母親、兄、祖父母全員に泣きついて根負けさせて買わせた!」

「あ、あの時は大変だったなあ…ハッ!」

ビンゴ。

俺はカタリナを解放し、息が落ち着いたところで質問をした。

「おい、お前!前世の死因は!」

「!?!?え、えっと…坂道を自転車で駆け下りたら止まれずガードレールに激突して頭打って即死!だと思います!」

「そう!おかげで俺は試験も部活もすっぽかして病院に駆けつけたら、お前はもうとっくに冷たくなってたんだよ!馬鹿野郎がああああああ!!!」

「あ゛あ゛あ゛いだいいだいいだい!ごめんなさい!ごめんなさい…!」

「謝れ!お前のせいで!何人泣いたと思ってる!」

またひとしりきプロレス技を決めて、カタリナの顔色が変わってきたので解放してやった。

「…これで、はっきりしたな…」

「や、やっぱり…」

カタリナの顔が何もしてないのにまた変わってきた。

「久しぶりだな…○○」

「●●兄ちゃん!?」

32年前別れた妹と、遙か異世界で再会した。

 

その日の夜。

俺は貴族の家に忍び込む事になった。

 

ドロボーとかでは断じてない。

カタリナと約束したのだ。庭でこれからの話をすると。

深夜に閉まってる門をなんとか飛び越えて、コソコソと暗い道を歩く。

魔法で少し道を照らしながら歩いても暗すぎる。

こんな広い家とか聞いてねえよ…。

そう考えて歩いていると、ふと物音がした。

(まずっ、人か!)

すぐに光を消し、茂みに身を隠す。

そして、音の方を少し見ると。

「ギャーッ!?」

「何してんだ己は―――!」

カタリナの元に俺は走っていった。

 

「あ、ありがとう……暗いから畑の土の緩いところに足がはまって…」

「この前雨だったもんな……というか畑マジか…マジか……」

光で畑を照らしながらため息をつく。家庭菜園というには畑過ぎるし……。

「なあ、弟君は居ないだろうな?」

「うん、寝てるはずよ」

「……ほんとか?というかお前本物?」

「何よその言い草」

「お前が隠し事出来た事があったか。おまけにこんな夜迄起きてた事も起きれた事も兄としての記憶にはない」

「失礼ね!人は変わるわよ!」

「‥‥お互い外見も声も変わったから説得力あるなあ」

言い負かされてしまった。…歳は取るもんじゃない。

 

「ここが…乙女ゲームの世界!?んでお前が破滅するバカの悪役令嬢!?」

「しーっしー!声が大きいわよ!」

場所を月明かりが眩しく、本邸から離れた場所に移動し俺はこれまでのいきさつを聞いた。

記憶が戻り、攻略対象2人とライバルキャラその2と接触して今のところは仲良くやっていると……。

「しかし悪役令嬢…‥ぷっ…くっ、くっく……」

「あーっ、また笑った!?兄ちゃん!」

「だってお前が悪役とか死んでも無理だって。野猿が妖狸に化けろって言うぐらいの無茶だぜ、そんなの気にせず生きてればなんとかなるだろ〜〜〜?」

「そ、そうかもだけど……人生何が起こるか分かんないんだから!既にゲームとは微妙に変わってるせいで未来なんかぜーんぜんわかんないし!」

「そんなの皆そうだよ。未来は誰にもわかんないからいいんだろ。それにさ」

そう、俺は何をつまんなそうにしてたんだ。

若返って違う世界に来た、こんなの何だって出来るチャンスと考えるべきじゃないか。

こいつが運命を変えるってんなら、兄貴の俺はもっとデカい事をやる気概じゃないと!!

「本当に国外追放されたら、俺もついて行ってやるよ。兄貴だからな」

「……兄ちゃん」

「死んだお前とまた会えた。こんな奇跡は2度とない。だから、今後こそ老後まで一緒に生きるぞ」

このバカを、二度も死なせてたまるかよ!

「……うん!」

俺とカタリナは、硬い握手を交わした。

 

こうして、俺は破滅フラグに立ち向かう妹の唯一の協力者になった。

 

 




カール・フェボアウストリア(cv. 内田雄馬《幼少期cv・諸星すみれ》)

・前世では野猿の社会人の方の兄。妹の死後、平穏に生きていたが息子の結婚挨拶の焼肉パーティー帰りに息子の恋人を庇って亡くなってしまった。享年51歳。だが肉体が若いので精神年齢も下がってる。
カタリナと同じく相当な脳天気で(本人は常に冷静だと思っているがたまにしか冷静ではない)恋関係には鈍いが、知恵は回るタイプでカタリナの破滅を阻止すべく唯一の協力者として行動している。
前世では普通の仲良し兄妹だったが、一度死に別れたせいでカタリナに対して若干、いやかなりシスコン(自覚無し)。
野猿の死後、遺品(漫画等)をきっかけにオタク化していたのでオタク知識はそれなりにあるがFortune loverは畑違いのジャンルなので未プレイ。なので漫画がない今世はかなり億劫している。
まだ妻を愛してるので今世は恋愛はしないつもり。顔は悪くないがどうあがいても主要キャラには勝てないレベル(中の上)。
プロレス大好きマン。神は信じないが筋肉信仰家。成人したら親とは別の商売を始めようと思っている。


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王子と友達になりました。

「ところで俺は攻略対象とか、重要キャラとかそんなんじゃないのか?」

あの夜から数日後、俺は今度は普通にカタリナ邸へと遊びに来ていた。

いきなり庶民が家に来た事にカタリナの両親や使用人たちは渋い顔をしたが、カタリナの『危ないところを助けてもらったの』の一言で全員が納得の表情をしていた。こいつ……‥。

と言う訳で庭でお茶しながら『ゲームの俺』について情報を聞こうと質問したが…。

「うーん、カールって名前は聞いたことないわね。普通にモブなんじゃないかしら?」

「モ、モブ…‥」

いや、だろーなとは思ってたが……。なんかはっきり言われると……。

「ま、まあ乙女ゲームのモブは顔がいい事多いから大丈夫よ!」

「何の慰めにもならねえよ……」

俺がほんのちょびっとだけ落ち込んでいると、「姉さん!」とこの前聞いた声が聞こえた。

「あらキースおはよう。もう朝の勉強は終わったの?」

「おっすキー坊。休日も勉強とは偉いな」

肩で息をしながら俺たちの元に駆け付けたキー坊は、素早くカタリナの隣の空いた席に座り俺を睨む。

「おいおい、お姉ちゃん取られんのがそんなに嫌かよ」

「そんなこと言ってませんが?それにカールさんが急にうちに来た理由を教えてくれませんか?」

キー坊は張り付いた笑顔のまま俺に質問してくる。うーんシスコン。

「何もなんも、お前の姉ちゃんに会いに来たんだが……ついでにお前にも」

「へーそうですかそうですか。先日お世話になった例に付け込んだという訳ですか。あとキー坊はやめてください」

「ちょっとキース、私の友達に付け込んだとかやめてよ。私も会いたかったし、カールはね…」

カタリナの次に放った言葉は。

 

「キースにとってもお兄ちゃんなのよ!」

 

「おいこら、そんな事言ってもわかんねーだ「うああああああああああああああああああああ!!!」」

キースが机に突っ伏して発狂を始めた。

そして発狂が終わると、ゆっくりと生気のない顔で席を立った。え、どした。

「……部屋に戻ってるね…」

「キース、大丈夫?アン呼ぶ?」

「ううん、一人になりたいから………」

そう言ってキースは本邸に戻っていった。

………なんであんなに発狂したんだ?

あれか、お兄ちゃんが増えるとか言われて困惑したのか?

「あ、そうだ」

俺の疑問をよそにカタリナはいい案を思いついたように手をポンと叩いた。

「カー兄ちゃんって呼んでいい?兄ちゃんを呼び捨てって慣れないの」

「……ちゃんは抜きな」

 

トイレをお借りして、庭に戻るとなにやら人が増えていた。

「なんだ?」

ちょっと物陰に隠れて庭のテーブルを見ると…。

カタリナと、金髪の少年が話していた。

…あれはこの前聞いたあいつか。

「ぽへー、これが噂の顔がいい第三王子か…」

俺が率直な感想を漏らすと、ジオルドがこちらに気付いて振り向いた。

「……この屋敷の者でも僕の従者達でもない。誰です」

おおこわ。9歳にして肝が据わってやがる。

だがこちとら51歳+10歳、ビビったら負けだ。

 

先日、俺はジオルドの事を聞かされていた。

「ジオルド王子は超腹黒王子様なの。婚約者のカタリナのことを防波堤としか思ってなくて必要とあれば容赦なく切り捨てる悪魔よ悪魔」

「ほへー」

要はS男なのな。「おもしれー女」とか言うあんな感じの。

「とりあえず一度婚約解消を持ち掛けてみたんだけど全然聞いてくれなくて……おでこの傷は治ったって言ってるのに」

「んー………」

この場合の最適な方法か……………あっいいこと思いついた。

「なら俺がダチになるか!」

「え?」

「腹黒いのは王族の権力争いとかのせいもあんだろ、なら庶民の同性と友達になれば心が安らかになって身分関係なく優しくなる素晴らしい貴族に大変身!するかもしれねーだろ?そしたら婚約者の頼み事も快くOKしてくれるぜ!」

「それいいわね!!!よーし、今度の休みにジオルドが来るからその時に呼ぶわ!」

よっし。年上の威厳にかけてちびっ子には負けねえ!友情を築いてやるぜ!

「名付けて『ジオルド男の友情大作戦』!やったるぜ~~~!」

「お~~~~!」

 

「俺の名前はカール・フェボアウストリア!ジオルド王子、お前とダチになりに来た!」

まず自分の名前を名乗り、目的をストレートに伝える!!そうすれば奴の凍り付いた心も解けるはずだ!!

…なんかポカーンとしてるが関係ない!このまま攻めるぜ!

「そう!ジオルド様、カー兄ちゃんはジオルド様と友達になりたいと言うので呼んだんです!」

「…兄!?」

おい、余計な事を言うな。ジオルドもお付きの人も混乱してんじゃねーか。

…そだ。警戒してるかもしれないしここはサシで話そう。

「…兄の真相が知りたいなら、ちょっと裏で二人っきりで話そうぜ…?お付きの人は連れてくるなよ……」

「……いいでしょう。僕一人で行きます」

「ジオルド様!そんな、危険です!」

お付きの人が止めようとするがジオルドは「大丈夫です。護身用のナイフは携帯してますから」とお付きの人を止め、こちらに歩いてくる。

……待って。え、刺されない?大丈夫か俺、人生2回目のゲームオーバー嫌だぞ!?

 

「刺さないでください」

とりあえずDO☆GE☆ZAから初めて見ることにした。日本の伝家宝刀がこの世界でも通じるかはわからないが…!

「え、いや……頭を上げてください、話を聞きたいのです」

「あ、わかりました。後敬語抜いてもいいですか?」

「……いいですけど切り替え早いですね」

あ、俺のいいところ分かってるねこの子。仲良くなれそう!

「いやー武器とか持ってないし他国のスパイとかでもないからね、俺はジオルド王子、君の友達になろうと思って今日この家に来たんだ」

「……はぁ。一体何が目的なんですか。お金ですか、コネクションですか、悪いですがそういうのは…‥」

「‥‥……ううっ、こんな、こんな子供がスレちゃって……この年で人付き合いのリスクリターン計算なんてしなくても…‥…!」

「貴方も僕とそう歳は変わらないでしょう!?」

はっ、つい爺根性で泣いてしまった。

「とにかくそういうのじゃないから。カタリナから話聞いて面白そうな奴だなって思って会いに来たんだよ」

「………僕が、面白い奴……!?」

ジオルドの顔色が急に変わった。え、なんか不味い事言ったかな……。

「そ、それはともかく僕の婚約者とどういう関係なんですか君は!」

「ん?あー、妹、分みたいな?」

まあ今世では他人だが前世では兄妹なのでこれが適切だろう。

「まあカタリナなんかいいじゃないの。それよりさ、親睦深めたいから一緒に遊ばね?」

「良くないですよ!大体君は格好からして平民ですよね!?何故貴族のカタリナと…!」

「貴族と平民が友達になっちゃいけないルールなんてこの国になくない?」

「そ、それはそうですけど‥‥」

「だからさ、平民と俺と王子様のお前も友達になれるって俺思ってんだよ、それに」

「………それに?」

「王子様と友達になれたら、世界がもっと面白くなる気がしたんだ」

「世界が、‥‥面白く…」

「そ。自分から何もしないとこの世界は狭くてつまんないままでしょ?だから俺は、自分から見える世界を面白くしたいんだよ、その為に出来ることは何かなって思ったら………こっそり町に降りて遊びに出かける、畑作りが趣味のガサツでヘンテコな面白いお嬢様を婚約者にしてる王子様なんて‥‥すっごく仲良くなったら面白いでしょ!あ、これカタリナの悪口じゃないよ、褒めてんだよ?」

いかんいかん、防波堤の婚約者とは言えうっかり侮辱罪で切られても困る。死ぬ。

でも全部これは本音だ。

Sな男友達は前世にいなかったんだ。どんなものか拝見したいじゃない!

 

「‥‥っく、あははは………!」

「ん?」

「はははははは‥‥………さすがカタリナの友達、いや兄貴分ですね‥‥…」

「え、なにそれ俺とアイツが似てるって事……?」

それはなんかやだな…俺アイツよりずっと頭いいし……。

「……わかりました、友達になりましょう、カール君」

「カールでいいよ、ジオジオ」

「ジ、ジオジオ!?」

「うん、よろしく。あ、嫌なら変えるけど」

「……い、いえ別に…‥」

「ならよし!で、今日は何する!キー坊も呼んで男三人でなんかするか!?」

「え、ちょ……」

俺はジオジオの手を引っ張り、庭の方へと戻っていった。

 

「おーいジオジオ王子!また遊ぼうぜ!」

「はい、それでは」

夕方、一通り遊んだジオジオ一行を乗せた馬車がクラエス邸の正門を出ていく所を、仕事の父上を除くクラエス一家とついでに俺が見送った。

馬車が見えなくなったところで、俺は深く息を吐いた。

…仲良くなれたんかなーあれで。まあいいとするか。

そう妥協してると、カタリナがキラキラした瞳を俺に向けていた。

「でも、ほんとにジオルドと仲良くなるなんて凄いわ!カー兄ちゃんってやる時はやるのね!」

「最後のは余計だ。というか後半は殆どお前の畑作業の手伝いだったんだが…?アサガオ枯らしてたくせに畑なんてほんとに大丈夫か?」

「小学校の時の話をぶり返さないでよ!というかそれが通用するなら私が貸してた1300円返してよ」

「…この世界日本円じゃねえのに無理言うなよ……」

というかそんなのあったっけ、なにせ30数年前だからな……お魔き奢ったんだから許してくれ…。

 

「母様……姉さんとカールさんが聞き取れない言語で会話してるんですけど……」

「まさかカタリナにあんな特技があったとはね…というかあの子は誰なの?随分礼儀正しく挨拶したり礼儀作法もきちんとしてたけど…どこの貴族の子なの?」

…そういや俺が平民だってカタリナの両親に言い忘れてたな。まあいいか次来た時で。

 

[ジオルドside]

 

今日は驚きの連続だった。

カタリナの兄貴分(自称)がいきなり友達になろう!と言い出した時の混乱はある意味1年前のカタリナの傷事件以来かもしれない。

おまけに面白い奴、とまで言われてしまった。カタリナが一体外部の人間に僕の事をどんな風に語ってるのかは今後2人の時にじっくり問い詰めなくては。

しかし今日は一通り遊んだけれど、運動の方が得意、畑仕事の手際は良い、だが頭は回らないわけではない。

カタリナの両親の前では急に礼儀正しくなったので聞いたら「大人には顔を使い分けるのは貴族でも常識だろ?」と返され「でもジオジオは友達だからな、公のパーティーとかあったらまあ敬語使うけどそれ以外は緩くいくぞ」とも言われた。

多少の違いはあれど、彼を見てるとどうにもカタリナがダブる。

まあ、カタリナよりも物事をしっかり考え世渡りが巧そうな印象はあるが……。

「世界を、面白く…か」

つまらない世界は、自分から踏み出して変える。

どうやら世界は、自分から変えていこうとすればいくらでも変えられる。彼はそんな簡単な事実を教えてくれたのだ。

カール・フェボアウストリア。

僕の初めての平民の友達。

どうやら、今まで以上に退屈しない毎日がやってきそうだ。

 




カールとカタリナは二人だけで話す時は日本語を使ってます。(会話の内容を聞かれたら変に思われるとカールからの提案)

ちなみに読者の皆さんはご存知だと思いますが原作からしてカタリナにプロレス技をかける兄は存在しますからね(性格はオリジナルだけど)


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弟子が出来ました。

「本日はお招きありがとうございます。私のような平民がカタリナ・クラエス様及びキース・クラエス様とご関係を持つことをお許しいただき誠に感謝しております、胸を借りる所存でこの屋敷にお邪魔させていただきます」

「あらあらいらっしゃいカール君。お茶菓子ここに出しておくわね」

「ありがとうございます、奥方様」

俺はカタリナのお母様、ミリディアナ様に挨拶を済まし、2人の元へ向かった。

今日の休日も、クラエス邸に俺は着て妹やキー坊となんやかんやしに来たのだ。

これで来るのは4回目だが、最初は庶民と聞いて警戒した様もすっかり歓迎モードになってくれたようだ。

 

「ねえキース、あのさわやか笑顔と敬語を使う人は一体誰???」

「カールさんだよ……あの人、外面の使い分けが凄いよね……すっかり母さん気に行っちゃったみたい……」

 

「おっす二人とも。夏とはいえ最近熱いよなー、夜毎日上半身裸で寝てるわ、わはは」

「……人ってここまで態度変えれるものなのね……お母様に見せてやりたいわ!」

「姉さん、カールさんはお母様の凝った肩をほぐしたり姉さんの行動を逐一報告したりしてるから多分好感度を落とさせるのは難しいと思うよ」

「そうなの!?外堀を埋められてる!?」

「はは、俺を舐めるな、お前がお世話になってる人に親切にするのは当然だろ、いつも迷惑かけてすみません、みたいな」

数十年のサラリーマン生活と姑関連の世話スキルがめちゃくちゃ役に立った。まあ、カタリナのお母様は常に苦労が絶えなそうな顔をしてたから優しくしてあげたくなるんだよね……2割ぐらい実質俺の母親みたいなもんだし。

うちの今のかーちゃんは苦労とは無縁のノー天気人間だし………。

「まあいいわ、とりあえず雑草抜くから畑に来てくれる?」

「おう、お客様にやらせることかそれ?」

とりあえず二人についていく。この家の庭は広くてまだ覚えきれてないからな。

 

畑にやってくると先客がいた。

茶色くふわふわした髪、パッチリした瞳、どこをどう見ても美少女。

素材の良さそうなドレスも似合っているが、それを隠すデカいエプロンと頭のほっかむりがどう足掻いてもミスマッチである。

「あの子、お前の友達?」

「あ、そっか説明してなかったわね。彼女は……」

「カタリナ様誰ですのその殿方は!?!?」

一瞬で彼女はカタリナの胸元に飛び込んできた。

「わっ!メアリ!」

「はっ、すみません!カタリナ様が汚れてしまいますわ!」.

…何というか、やっぱりこいつの友達って個性豊かだよなあ。

 

「彼女はメアリ・ハント。私の農園友達よ」

「そんなそっけない!私とカタリナ様は大親友じゃないですか!」

こ、濃い。

まだ性格の予想が簡単だったジオジオとかキー坊とかと違って俺が全然知らないタイプの子だ。

とにかく情報を知ろうとカタリナにこそっと耳打ちする。

「この子も攻略キャラだったりする?ほら、実は男の子とかゲームに百合要素もあるとか…」

「そんなわけないじゃない、彼女はカタリナ関係ないルートのライバル令嬢キャラなの、でも誇り高くて、なんでも出来て可愛くて凄い子なのよ?」

「あ、ライバルキャラその2ってこの子の事か」

なるほど、つまり攻略対象ではないっぽいし‥そんな警戒する事もないか。

となると普通にカタリナの友達として仲良くすればいい筈。女子だし初対面で気安くするのもアレだからここは平民モードで接してみることにするか?

「初めましてメアリ・ハント様。私、カール・フェボアウストリアと申します。カタリナ様とは身分の差こそあれど親しくさせていただいてます、以後よろしくお願いします」

と、俺は膝まづいて深く頭を下げた。

「………よろしくお願いします」

そっぽ向いたまま棒読みの挨拶を返された。

……娘の反抗期思い出しちゃうぜ。

 

「なあキー坊、さっきからメアリ様が目すら合わせてくれないんだが俺何かした?」

「自分の胸に手を当てて考えてみたらどうですか?」

「キー坊、人間のハートは心臓だけど考える部分は頭にあるんだぜ」

「誰が医学書の解答を求めましたか、まず聞く前に自分で考えてみてくださいって事ですよ」

厳しい。

雑草取りをしながらキースと男同士の付き合いをしようとしてるがキー坊は俺にもやたら厳しい気がする。知り会ってそろそろ一か月近く経つんだしもう少し心開いてくれんかな……親戚の子に接するオジサンってこんな気持ちだったのかしら。

落ち込みながらトマトの添え木の調整をしているカタリナに相談することにした。

「あの年頃の女の子なんてさ、娘以外に知らないからさ……あんま期待してないけど、何かアイデアない?」

「ちょっとムカっとしたけどそうね………やっぱりメアリが言われて嬉しい言葉と言ったらアレね!『緑の手』!」

「……………は?」

「いやいやふざけてないの!これ、原作のメアリが婚約者のアランに言われて立派な淑女へと変わる切欠になった言葉なの!私はそのエピソード忘れてうっかりメアリに『緑の手』って言ってそれがきっかけで仲良くなったんだから!」

「どんなうっかりだよ、確信犯の方がまだ信じられるわ」

「ほんとにたまたまよ。後でアランも言って仲良くなれたらしいし、この魔法の言葉でメアリはイチコロよ!」

「いやいや、さすがに3回目は響かないでしょ」

「言うじゃない、仏の顔も三度はokとか二度あったら三度あるとか!」

「うろ覚えの言葉引用されてもな…」

ため息を吐きながら、他の方向を向くと。

 

水やり中のメアリ・ハントが人殺しのような目でこちらを見ていた。

 

…怖っ!!!

思わず目を見開くと、メアリがこちらに向かって笑顔で歩いてきた。…これは怒ってる。理由はわからないけど。オーラがなんかもう怖い。

「カール様、でしたね。少々カタリナ様と距離が近すぎるのではなくて?」

「そ、そう?」

肩を震わせているとカタリナがフォローに入る。

「メアリ、心配しなくてもいいのよ。カー兄ちゃんは口がキツいけど良い所もあるんだから」

「兄様!?」

メアリが愕然として膝から崩れ落ちた。え、待ってここ畑!しかも今自分で水やりした濡れてる所!

「お、お兄様とは知らず大変ご失礼を…!」

「いいから立とう!ドレス汚れてるから!!ね!!!」

 

[メアリside]

「メアリ、私の服サイズ合ってる?」

「…………もう死んでもいいです」

「そんなに嫌だった!?」

「逆です!!!ありがとうございます!!!」

かっかかかかかカタリナ様のご洋服に私が身を包まれている‥‥‥‥こんな幸せなことがあっていいのか。

カタリナ様に兄と呼ばれるあのアホ、もといカール様に少しは感謝すべきなのかもしれない。

大浴場から出て、カタリナ様とアンと一緒にカタリナ様の部屋に向かう事にした。邪魔者(殿方)はこれで来ない、後はアンを部屋の前で待機させればカタリナ様と2人きり………。

 

「どぉらっしゃああああああああああああああ!」

になろうと思ったらとんでもなく大きな声が窓の外から聞こえてきた。

「ちょ、何?私様子見てくるわ!」

「「カタリナ様!」」

私はアンとハモりながらカタリナ様の後を追った。

 

駆け付けた先には、キース様が呆然と立ち尽くしていた。

「どうしたの、キース!」

「姉さん!それが魔法でゴーレムを出したらカールさんが……」

「はっ、もしかして私の時と同じ!?カー兄が、あぶ」

「いや、その……投げ飛ばしちゃって…今土を元通りに直してます」

「は?」

キース様は何をおっしゃいますの?

 

 

男2人残されて、暇だったのでキー坊にこの世界の「魔法」について聞いてみた。

なんでも個人毎に特定の属性を持つ魔力が備わっており、それらを持ち扱えるのは必ずしも全員ではなく運次第だとか。

そして魔力保持者は自動的に国に目をつけられ優遇されるので、それを繰り返す内に現在の魔力保持者の殆どは貴族の家出身の者ばかりになってしまったらしい。

属性は大きく分けて炎、風、水、土が確認されているらしい。カタリナとキー坊のクラエス家メンバーは土属性で両親は魔力持ちではないという珍しい家だ。

更に魔力保持者が自らの魔力の存在に気づくのは基本的に自我と理性が確立される5〜6歳頃という都合良い設定もある。自分の魔法で怪我したらたまらんもんな。

乙女ゲームなせいか、どうにもワクワクしない設定である。

キー坊にホウキで空を飛ぶとか欲しい物を出すとかビーム砲を出すとかはないのかと聞いたら本の読みすぎじゃないですか?と鼻で笑ったので頭を7秒ほどゴリゴリした。

そして頼んで、高い土属性魔力を持つと作れるゴーレムを見せてもらう事になった。以前カタリナに見せた時怪我させてしまったので気が乗らない、と言われたので「ふ〜ん、つまりキー坊はその頃から何も成長してないんだな」と煽ったら出してくれた。

始めてみる巨大なゴーレムに男の子心が騒ぎ、上に登ろうと足をかけた。

そうしたらキー坊がゴーレムを操るバランスを崩したらしく、俺が足にぶら下がったまま倒れてきて……。

「どぉらっしゃああああああああああああああ!」

倒れてくる勢いを利用して、足が地面についた瞬間に全力でゴーレムを右横に投げ飛ばした。

潰されるまで紙一重だった。

ゴーレムが音を立てて土塊に戻っていく様を、俺は手の土を払いながら見ていた。

そして土塊の後片付けをしながら俺は本音を口から独り言で零した。

「そんなに重量なかったからギリギリてこの原理で投げれた………魔法すげえな」

「すごいのはあんたよ!」

カタリナの声が聞こえた。

「うおっいたのか。てかなんだよそんなすごくねーよ、お前が小学生の頃の俺の柔道部の活躍を覚えてなかったのか?」

「見たけどあの大きさの敵はいなかったわよ…」

「なーに、俺は所詮全国に行けなかった元柔道部とただのプロレスファンだ。本物ならもっと華麗に投げ飛ばすさ」

「よく分からないけど私が死んだ後もカー兄は大して変わらなかったのは分かったわ」

カタリナが呆れた顔でため息をついた。なんだか腹立つな……。

 

念のために見てもらったが怪我は何もなく、外もこの直後に行くのはアレな為、台所で一人茶をすすっていたのだが…。

「ここにいたのですね、カール様」

そこに意外な来客がやってきた。

「‥‥メアリ様?お腹でもお好きならアンさん方メイドを今お呼び…」

「いえ、貴方様本人にお話があるのです」

「……メアリ様の分のお茶も入れますね、粗茶ですが」

 

茶を入れ、2人揃って使用人用の一般家庭レベルの大きさの食卓テーブルに向かい合って座る。

……ええ、何言われんの。ちっちゃな女の子にここまでビビった事前世でも今世でも初めてだわ………。

緊張して肩で呼吸をしていると、メアリ様が意を決して口を開いた。

「どうしたら……貴方のように強くなれますの」

「はい?」

強く……って何が?どういう?

困惑しているが、メアリ様はさらに決意を秘めた瞳で続ける。

「わたくし、もっともっと、強くならなければならないのです。精神的にも、立場的にも、肉体的にも。……愛の為に、欲しい未来の為に。今日の貴方を見て気づかされました」

「……かっこいいじゃない」

思わず感想が口に出てしまった。こんな小さな女の子が愛の為に強くなりたい。そんな素晴らしい決意を今日あったばかりの俺に聞かせてくれた上に教えを乞おうとするなんて。感動した…!

「俺が、強い理由を知りたいの?」

「ええ」

「………プロレスかな」

「ぷろれす?」

「プロレスは最強の格闘術かつエンターティナーショーだよ、これを極めたモノは皆スターだった。俺はそのおこぼれをかじっていただけだったけれど、幾度となく窮地をプロレスに助けられたよ」

プロレス。

この世界には存在しないらしいが、世界最大の己の肉体と知恵を駆使する最高の格闘エンターティンメントだ。

「力にはいろいろな種類がある、学力、社会的身分、情報格差、どれも強く使える力だ。だが……『肉体的力』を身に着けているとそれらすべての力にもブーストがかかる。応用的な力を身に着けることも大事だが『基本』を磨くことを忘れた愚か者は必ず倒せる、俺はそういう人生を送ってきた」

「肉体的力…筋肉…という事ですの?」

「ベースはそうだね。だが、筋肉には『使い方』があり、プロレスは最も効果的に筋肉を使えると俺は思っている

。………メアリ様がどんな強大な敵だろと勝って欲しい愛があるのならまず鍛えて。藩外戦術は、基礎を覚えていなければただの付け焼刃にしかならないから」

「……!わかりました!ならば…わたくしに、プロレスを教えてください、先生!!」

先生!?

「えっ、あ……時間があればたまになら……後、先生はやめて?俺も敬語やめるから…」

こうして俺は、プロレスを貴族のお嬢様に教えることになった。

 

「どうして!?!?なんでそうなるの!!??」

「俺にも分からない…でも、なんかカッコ良かったから協力してあげたいなって……」

「あんなに可愛いメアリがムキムキお姉さんになっちゃったらどうするつもりよ!」

「そこまでしないよ……ところでさ、メアちゃんの好きな人って知ってる?」

「メアちゃんって……普通に考えたらこの前成立した婚約者の第4王子、アラン様じゃないの?」

「いや、多分道が険しい系だと思うな…後普通なのそれ?貴族なのに?」

メアちゃん(そう呼ぶことにした)と別れ、カタリナとこっそり話していた俺はメアちゃんの恋の相手とやらが気になっていた。

恋愛事は何が破滅フラグにつながるか分からない。知れるものなら全部知りたい。

そもそもカタリナとメアリは原作ゲームではろくすっぽ絡みがないらしく既に逸脱したこの状況がどんな変化をもたらすかなど神のみぞ知る所だ。

「うーん……カタリナ聞ける?俺が聞くのはなんか駄目な気がするんだよね……」

「OK!恋バナは大好物よ!」

「あっちゃんとは推しキャラのシチュ妄想しかしてなかった気がするんだが」

「それも広義の恋バナよ!ていうかカー兄がなんであっちゃん呼びなのよ!」

「ああ、それは―――—」

「「カタリナ様(姉さん)!こんなところに居ましたのね!」」

答えようとしたらメアちゃんとキー坊がカタリナに一目散に抱き着いてきた。

……昔からこいつ、結構モテるんだが本人に自覚なさそうなのは生まれ変わっても変わらんか。

 

[メアリside]

何ですかあの殿方は。

カタリナ様とあんなに馴れ馴れしく、距離が近く、くっついて!

自宅の自室に帰ってから、私はずっとノートにあのにっくきカール・フェボアウストリアの絵を描いてそれをペンでぐしぐしと突き刺している。

最大のライバルは、ジオルド王子だと思っていた。

だからせめて、義理の姉妹を目指して第四王子との婚約も取り付けたのに………。

カタリナ様は太陽のように朗らかで素敵な女性なので、樹々である周りの人間が絆されてしまうのはわかり切っていましたが、あんなにカタリナ様が気を許して軽口を叩き合うような仲の殿方も湧いてくるとは……。

「ライバルに…頭を下げるのは屈辱ですが…」

 

今ここに、私の新たなる目標は決まった。

いつか、カタリナ様と2人の世界を作るためにもっともっと強くなると。

 

だから、私は敵にすら頭を下げる。

ぷろれす、必ず身に着けてさしあげますわ!

「そしてゆくゆくはあの男やジオルド様も下し、カタリナ様と二人きりで………ふふふふふふ」

闇夜に不適な笑い声が響いていた。




時系列はメアリ編とアラン編の間からよーいスタート!

カール版カウントダウン
「TVアニメ、『乙女ゲームの破滅フラグしかない悪役令嬢に転生してしまった…』、放送まであと〇日。カール・フェボアウストリアです。このアニメの見どころは……えー、完パケ済みなので作画は保証しますし楽曲、声優さん方の実力も保証いたします。後は………まあ、野猿妹の頑張りと皆のことをよろしくお願いします。はめふら~」


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親友とその妹が妹と知り合いでした。

どうして、だれもわかってくれないんだ。

 

「お兄様、ごめんなさい。わたし……」

「いいんだ。外に慣れるのはもう少し先にしよう。使用人も勿論一緒だから危険はない」

「……はい。いってらっしゃいませ、お兄様」

ソフィアに見送られ、馬車を街に出す。

今日は妹、ソフィアの好きな本の発売日なのだ。

いつもならお得意の配達屋に本を届けてもらうのだが体調を崩してしまったらしい。

なので今日は休日で予定もなかった俺が町の本屋まで買いに行くことにしたのだ。

 

小さい頃に一度来ただけの城下町はすっかり記憶とは見違えていた。

何もかも見覚えがない景色ばかりで、地図と現実の風景が重ならない。

お付きの執事2人も思った以上の人の多さに困惑してるようだ。

「いらんかねー、火薬の種はいらんかねー」

「ここまで人が多いとは……本屋は確か南だったはずだが…」

「ああ、いこ…」

「そこのお金持ってそうなお三方さん!火薬種はいらんかね!」

いきなり火薬売りの少年が話しかけて来て驚いた。

背格好からして、俺と同い年ぐらいの子供だろう。この年で働いているのか……。凄いな。

「何だ小蔵。私達は用が……」

「用があるにしては数分ぐらいずっとここでウロチョロしてましたけど。道にでも迷いました?ここ人多いですもんね、ね?そこの少年」

「無礼者!この方を…」

「いや、構わない。……実はそうなんだ」

「……ガイド雇います?お代は火薬一個で」

少年は指でわっかを作った。

 

「はい、ここが本屋。この町始めて?」

「……ああ。ここまで一人で来たのは初めてだ」

彼の道案内は非常にスムーズですぐに本屋に到着した。

抜け道を手を取って案内してくれ、その朗らかな笑顔の前に緊張がどんどんほぐれていった。

「で、どんなタイトル?ここの本屋大きいから探すの面倒だよ?」

「確か「プリンス・プリンシパル」という…」

「お、じゃあコレだな!俺も買おうと思ってたんだ!」

彼は店の棚にそっと置いてあった「プリンス・プリンシパル」5巻を2冊取った。速い。手慣れている。

「ロマンス小説、君も読むのか?」

「ん?まあ小説なら雑食だから大体読むぜ、このシリーズいいよな!」

「いや、読むのは俺ではなく妹なんだ」

「へー、いいお兄ちゃんじゃない、俺みたいで。なんてね」

「君も妹が?」

「厳密には今は違うけどね、ま、馬鹿だけど慣れれば可愛いもんだよ、そっちは」

「‥‥…妹は」

「ニコル様、そろそろ屋敷に戻りますよ!」

執事が俺を呼んでいる。そうだ、そろそろ戻らなくては。

だが、何故だろう。同世代の人に会うのは久しぶりだからか。

俺はなんとなく、この少年ともっと話したいと思った。

「……あーこほん、のど湧いてないか」

「いや、別に「渇いてるよな、買ってくるから噴水の広場で待っててくれ」」

そう言って彼は飲み物の屋台へ行ってしまった。

………。

「すまない、もう少し彼と話がしたいんだ」

俺は噴水広場に向かって歩き出した。道は本屋の時にしっかり覚えこんだから大丈夫だ。

 

噴水広場で、俺たち2人は会話することになった。

「そう言えば、名前聞いてもいいか?」

「ニコル・アスカルト」

「俺はカール・フェボアウストリア。苗字は長いからカールでお願い」

「なら、俺もニコルでいい」

その会話を終えると、しばし静寂が訪れる。

冷たい飲み物のコップを持つ手が静かに震える。

何を話したらいいだろう。

パーティ会場などで幾度となく行った貴族同士の会話の切り出し方が全く役に立たない。

昔は何気ない事でも喋れていたのに、必要以上に話すのをやめてからすっかり日常会話のやり方を忘れてしまった。

せっかく誘われたのに、俺はなんてつまらない人間なんだ。

唇をかみしめ、自分を責めるような気分になっていると、彼、カール・フェボアウストリアが何気なしに話しかけて来た。

「しかし暗い顔してるなあ、俺と話すのそんなに嫌?」

「いや、俺は昔から表情が変わらないと……」

「は?そりゃちょっとわかりずらいけど本屋の時は少し嬉しそうだったじゃん、なのに今は急に暗い顔になった」

……わかるのか!

俺の表情の変化は、妹や両親ですらわかりづらいと評判なのに……。

「‥‥悩み事があるんだ、妹のことで」

「ん、話してみ」

肩に手を置かれ微笑まれた。

それから、俺はぽつりぽつりと話し出す。

可愛い妹の髪や瞳の色からの迫害、俺の感情の決めつけ。誰も分かってくれず、両親にも相談できない、と。

「……俺は、幸せだ。幸せなはずなのに」

「うそこけ」

「!?」

や、やはり、彼も、わかって‥‥…。

「だってお前全然笑ってないじゃん。だから幸せ~って言われてもほんとにそう~?ってなるんだよ」

真理を突かれたような音が俺の中で鳴った。

そうか、俺は……気持ちを顔に出さなかったから。いや…俺も、この状況を本当に幸せだと思っていたのか?

「大体さ、妹が辛い目にあってる、自分の言い分を信じてくれなくて凹んでるってのに何が幸せだよ、嘘つくんじゃありません」

淡々とそう続けられる。

「それは……」

「言う事信じてくれない奴らなんか気にしない方が良いぞ。お前がお前のことを自分でちゃんと幸せって思ってれば周りからも幸せに見えてくるからよ」

それだけ言うと、彼は立ち上がって火薬が入った箱を掴む。仕事に戻る、という事はこれで話も終わりだ。

「ま、お前は今日から幸せになるから大丈夫だよ」

「…え?」

「お前の辛い事情を理解した俺という友達がいる、不幸なんて言わせないよ?」

そう言って、彼は今日一番の笑顔で俺に笑いかけた。

「で、お前の家の場所ってどの辺?」

「…え、あ、ここから北に1,2キロだが……」

「なるほど、じゃあ3日後遊びに行くね、予定明けといて」

「…へ?」

俺がとぼけた声を出していると、彼は走ってここから去ってしまった。

 

3日後。

「よ」

彼は本当に来た。

一階の窓から話しかけて来た彼に、俺は窓を開けて家の中に招き入れる。

「……良く、うちの場所が」

「大体の場所さえ聞けば辺りはつくしね、後で知ったけど宰相の家系ならそりゃ聞けば分かるし」

「…門は、開けてないが」

「柵って子供でも登れるんだぜ、あ、両親とかいる?いるならお土産があるんだけど」

「今日は不在だ」

ソファーに座り、身分の差など気にせず普通に話しかけてきてくれる存在。

それが、なんだか無性にうれしかった。

「で、妹さんは?」

「ああ、ソフィアなら……」

書斎にいるはずだ、と答えようとすると。

「あ、あの……その、方は‥‥……」

ソファアが俺のそばまで来ていた。

話声を聴いて怖がりながらも挨拶をしないと、と近寄って来たらしい。

「ああ、彼は」

 

「‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥は?」

「どうした?」

急に様子が変わったカールを心配し、手を伸ばそうとしたら胸ぐらを掴まれた。

「おま、おまーっ!めちゃくちゃ可愛いじゃねえか!!!ふざけんな、こんな可愛い妹に慕われてお前も顔が良くておまけに貴族、許されるのかよこんなことーッ!!!」

「な、何故怒る‥‥‥‥?」

俺は何か粗相を…?

「…ばー、っ分からないならいい、いずれ誰かが言うだろうしな」

そう言ってカールは怯えるソフィアに「初めましてソフィアちゃん。俺はニコルお兄様の友達、カールだよ」とソフィアに挨拶を始めた。

「いやいや、お兄ちゃんの事いじめたわけじゃないよ!怖がらないで!!!」

距離を取り続けるソフィアにカールはどうしていいかわからないと言う感じでオロオロしていた。

…女の子の扱いは苦手なんだな、君は。

「なあ、怖がられちゃったみたいなんだけどどうしよニコ…」

「…カール」

 

「俺は、嘘はついていなかった」

「……かもな、今いい笑顔だし」

 

ああ、俺は今笑っているのか。

 

「なあ、ところでお前も普通の冒険小説は読んでるんだろ?窓から見た書庫にあったし。『修羅戦記』の5巻は買ったか?」

「ああ、読んでるさ。まさかヴァンガがギンを――――」

「わあああネタバレやめろ!」

俺たち二人はそれから日が暮れるまで、ずーっと、ずっーと本の話をした。

 

[カールside]

本が好きで、可愛い妹がいる友達が増えてからから1、2か月後。

 

「なんでお前がいるの!?怖いわ!!」

「それはこっちのセリフなんだけど!?」

何故かカタリナがアスカルト家に遊びに来やがった。

こ、こいつ……人のプライベート空間にも来やがって!破滅フラグとかから解放されたい時だってあるのに!

「カタリナ様、カール様とお知り合いでしたの!?こんな素敵な偶然、あるんですね!」

ソフィアちゃんがカタリナに楽しそうに笑いかける。

こ、この…まだ俺は少し距離を取って話されるのにカタリナとはめちゃくちゃ楽しそうに……!おのれ妹よ!!

俺がカタリナを睨みつけていると、横からニコルがカタリナに挨拶をしていた。はー照れちゃってまあ!

と俺が拗ねていると、カタリナが俺とニコルを交互に見ながら似合わない考え事をして冷や汗をかいてるようだった。

そして、ちょいちょいと俺に来いと言うジェスチャーをする。

‥‥……うわー、聞きたくな~い。

「何だよ……え?アスカルト兄妹もメインキャラでニコルは攻略対象‥‥‥‥?そういうのは最初に言えよ!!!俺ジオジオとキー坊とメアちゃんの事しか聞かされてないんだが!!??!?アラ助も事後報告だったし!」

「いや~~~、その、うっかりというか、忙しかったというか、……この前初めてニコル様に会うまで忘れてた、(∀`*ゞ)テヘッ」

「キャラメルクラッチ―――――――!」

「あががががががががががががががががががががが!!!」

「姉さーん!」

2,3分キャラメルクラッチをかけ、カタリナを解放した。

え、大丈夫だよね?なんか破滅フラグうっかり踏んでねえよな???

困ってる少年を導いてあげようと言うオジサン心と本語りが出来る友達が欲しかっただけなのに!

や、やはり未成年に急に声かけるのは事案だったか………。

 

で、俺はカタリナから「ニコルルートにはカタリナは影も形もないから大丈夫よ!」と聞きひとまず胸をなでおろした。

カタリナとソフィアちゃんがお付きの人と一緒に書斎に入った後、俺は「事情は知らないが女性に手を挙げてはいけない」「そうそうニコル様もっと言ってやってください、まあ姉さんが8割悪いんですが」と紳士二人にくどくどと45分ほどはお説教をくらい足をしびれさせていた。

「うう、私は今日ほどうれしいことはないよ、ニコルもソフィアも沢山のお友達に囲まれて楽しそうにしてるなんて……」

「本当にそうですわね貴方…」

ニコルの両親が泣いて喜んでいるが、息子さんを止めてくれませんかね?

 

で、説教もさすがに終わって3人で語るタイムになる。が…。

「それでまた畑を拡張して……」

「蛇の贈り物のクオリティは素晴らしいものだな……」

…なんであいつ(野猿)の話題になってんだ。

いや、ニコルが「カタリナ・クラエス嬢の事はいつもカールから聞いている」なんて言ったからだが……。

「それで姉さんがあーでこーで…」

しかしキー坊、お前の口から聞く言葉は8割方カタリナの事なんだが。お姉ちゃん以外興味ないのか?本読め本。

ニコルもニコルだ。お前の恋愛相手は主人公なんだぞ……。

そんな俺の内心虚しく、カタリナ語りは止まらない。

‥‥書斎行こ。

俺は席をそっと立ち、書斎の方へ向かう。

もし本トークをしているなら混ぜてもらおうと、到着してすぐドアを開けたら……。

 

そこには、前世でも見覚えがある光景が映っていた。

妹が、心から楽しそうに本のことで語り合う姿が……。

俺は誰にも気付かれないように、そっとドアを閉じた。

「…ま、オタク仲間が増えてよかったな」

 

その後、そろそろ日が落ちてきて帰る時間が近づき皆がリビングに集まっていた。

談笑が行われ、平和なひと時が流れている。

ああ、今日が終わらなければいいのに‥‥……。

「しかし綺麗な髪ですよね、触ってみてもいいですか?」

カタリナのこの一言で、一気に空気がお通夜みたいになった。

 

「カタリナァァァ!お前という奴はああああああああ!!」

「痛い痛い痛いコブラツイストいやああああああああ!!」

「大丈夫です!大丈夫ですからやめてあげてください!」

ソフィアちゃんに止められ、仕方なく技から解放すると俺は手短にソフィアちゃんの現状を説明した。

「なるほど、私の家も「あそこの子供は変わっている」なんて根も葉もない噂を耳にしたことがあるもの、貴族への妬みって怖いわね」

「鏡見れよ、根も葉もばっちしくっきりしてるわ」

怒ったカタリナと取っ組み合っていると、ソフィアちゃんがおずおずと聞いてくる。

「……カタリナ様は、私のこの見た目が怖く、気味が悪くないのですか?」

「「はい??」」

2人揃って変な声を出してしまった。

そ、そんなに思い詰めてたのか…‥‥シスコンのニコルの気にしすぎかと。

ちゃんと話したこと、あんまりなかったからな……俺も未熟だな。

「え、カール様も、気味悪いとは思ってないのですか……?」

「当たり前だよ!」

思わず叫んでしまう。そればかりは絶対に訂正しなくてはならない!

「な!カタリナ!」

「ええ!もちろんよ!」

俺たちは示し合わせて、ソフィアちゃんに言葉を投げかける。

「私はソフィア様の絹のような白い髪も、ルビーみたいなキラキラした赤い瞳もとても綺麗だと思いますよ」

「まったくそんな事気にしてたの?だったら俺も綺麗だって褒めてあげれば良かったよ」

「……ほんとう、ですか?」

「どうしてソフィアちゃんを傷つける嘘を俺がつくの、カタリナの言う通り俺が見た髪の中で一番綺麗だよ。瞳だって言葉に表せないぐらいだ。初めて見た時からずっとそう思ってた」

「そうよ、だから…‥よければでいいのですけど…」

俺とカタリナは顔を見合わせ、同時にこう言った。

「「お友達になってくれませんか?」」

 

ソフィアちゃんは、涙を眼頭に溜めながら頷いてくれた。

 

いやー、よかった。ソフィアちゃんときちんと仲良くなるきっかけを作ったカタリナに今回は感謝せねば。

恋愛する気はないとはいえ、ソフィアちゃんに嫌われると異常に胸が痛むんだよな……。かわいいもんな、うん。

そうやって一人で納得しているとカタリナとニコルが話してるのを見かけた。

 

「ご両親はあんなに素敵で、妹さんはあんなに可愛くてニコル様は本当に幸せ者ですわね!」

………マジか。

緑の手の時は本人の口から聞いてたけど、こいつほんとに何も考えてなくてもこういう事するのか……。

「ああ。俺は素晴らしい両親に恵まれ、優しく可愛い妹がいて、頼れる素敵な友がいて――――――とても、幸せなんです」

それを聞いたニコルは、俺も見たことないぐらい満面の笑顔でそう答えた。

‥‥…美!!!!!

やべ…そっちのケか女だったらハートを泥棒されそうな笑顔だった……。

あの野猿ですら、顔を赤くしている。おいおい攻略対象だぞ……。

カタリナがキースに呼ばれ馬車の方を駆けていくと、俺はニコルの隣に立ち、肩に手を置いた。

「ほら、いたろ?何も言わなくてもちゃんとわかってくれる奴。笑顔の成果だ」

「………ああ」

「あいつ、実はけっこう凄いんだ。……じゃあな」

俺はニコルに手を振って、カタリナとキースの元へ駆けていく。

「おーい、せっかくだし俺も近くまで乗っけてくれ~~」

「あわわ、キースまでニコル様の魔性に……えー、まったくしょうがないわね~」

「姉さん!カールさんを甘やかさない方がいいよ!」

「はいはい甘えんぼのキースちゃん」

「こんな時だけキースって呼ぶのやめてください!」

 

そんなこんなで、俺とカタリナの周りにまたゲームキャラが増えた。

 

その後、馬車の中で俺は寝てしまったらしい。

(カー兄とニコルが何故か仲良しになってるし、キースはニコルに魅了されちゃうしどうなっちゃうのよこれから……)

(またたぶらかしてるよ姉さん………ライバルが無限に増えていく……)

「かー………ぐー…………」

 




ニコルが訪れた町はクラエス家管轄の城下町ではなく大都です。(カールは販売でわざわざ歩いてきた)


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王子と5番勝負です。

「決闘5番勝負~~~!」

パブパフ、とおもちゃのラッパを隣でキー坊が鳴らす。

俺はエアマイクで叫ぶ。

「さぁー始まりましたカタリナ・クラエス嬢VSアラン・スティアート様の第一勝負、木登り!」

「負けないわよアラン様!」

「それはこちらのセリフだ!」

えー、なんでこんな面白いことになったかと言いますとね。

 

それはある日の昼下がり。

「メアリをみだりに誘惑するのはやめてもらおうか!」

めちゃくちゃ面白いジョークを言われた。

「一体何で」「あはっひゃひゃひゃ、お腹痛い痛いwwwwwゆーわくwwww!それはありえませんよアラン・スティアート様wwwwww!」

駄目だ耐えらんねえ!言い方!!この猿が魔性のオンナみたいな!ねーよ!!!

「おいなんだこの笑い転げている奴は!こいつか!?実はこいつが誘惑してたのか!?」

「ちょっとカー兄!流石に失礼よ!」

「はぁ、はぁ……‥すいません、傑作ギャグを言われたもので……」

しまった、いくらなんでも第四王子に失礼過ぎたか…。

そう、彼の名前はアラン・スティアート。ジオジオの弟の第四王子だ。

先日カタリナの友人にして俺の弟子となったメアちゃんことメアリ・ハントとめでたく婚約したのだが…

「誘っても一緒に居ても毎日毎日毎日毎日カタリナ様カタリナ様、とお前の話ばかり、たまに違う事を話したと思ったら関節技の解説を始めだす!お前の悪い影響を受けたとしか考えられん!」

「はー、家でもちゃんと復習してるんだねえ」

「さすがメアリね」

「無視するな!とにかく俺は迷惑しているんだ!」

「はぁ!そんなの貴方の話がつまらないからじゃないの!?女の子は素敵な人なら着いてくるのよ!あなたの人間性は私に負けたのよ!」

「おい、ちょっと言い過ぎ…」

「なんだと!!!よ、よくもここまでコケに……その暴言、俺への挑戦状と受け取った!カタリナ・クラエス!決闘だ―――――ッ!」

アラン様は使用人から手袋を受け取りカタリナに投げつけて来た。律義。

以上、回想でした。

 

結果、人間は猿に勝てません。…木登りでは。

「く、くそっもう一度だ!」

「なんどでもかかってきてくださって結構です!フーウハハハ!」

ひたすら木から落ち続ける第4王子の姿か…?これが…?

木から落とされ、体を(木屑で)刻まれ、(カタリナに負けるという現実に)潰され…負けを認めぬ醜さ。

……ノーコメント。

しかし2時間近このザマはあんまりにもあまりだったので助け舟を出すことにした。キー坊もいつまで奥方様に対して誤魔化せるかわからんし。

「アラン様、ここは公平に5番勝負と致しませんか?残りの勝負の内容は私が決めさせていただきます。場を整え、正々堂々と戦うのが王族として相応しいと思われます、まだ第一勝負です、引き際も見極めていくのも勝負師の戦術ですよ」

「な、なるほど。誰だか知らんがお前いい事を言うな。なら今日の所はこれで引かせてもらう!」

「え!?ちょっとカー兄!?何アラン様に有利な事言ってるの!」

カタリナが木から飛び降りて問い詰めて来た。おいスカート。

「いや、無難に負けて王子の機嫌取った方が良いだろ。これは破滅フラグに関係なさそうだし」

「えーっ!ここまで来たら勝ちたいわよ!」

「…しょうがないなー、まあ公平に勝負の内容決めるから頑張れ、うん」

適当に励まし、今日は解散した。

 

という訳で翌日午後。第二勝負の日である。

「と言う訳で第2勝負は『勉学』です。二人にはこの問題集の約半分を3時間かけてやってもらいます。解いた問題の数で勝敗が決まります」

「ええええええ!?」

「よし!」

「はい、手が鳴ったらゲームスタートです。はい、よーいSTART」

合図と共に、2人がページをめくりペンを走らせた。

まあ勝敗は言うまでもないだろう。人間は…猿には勉学なら勝てる。

「第二勝負、アラン・スティアート様の勝利!」

「ったぁ――――!」

「うあ――――数学とか全然わかんなーい!」

カタリナ、それは俺の学校の宿題なんだから算数だぞ、もっと勉強しろ。

2人は勝負出来てハッピー、俺も宿題が済んでハッピー。

 

第3勝負の日。

この日はメアちゃんも修行と農園チェックのため来ていた。アラン様は来てから気づいた。聞かされてなかったんだ……。

「第3勝負はメアちゃん提案による口説き文句対決です!審査員カモーン!」

「メアリ・ハントです、二人とも大切なお方ですが贔屓はせず冷静に公正な判断を約束しますわ」

「……キース・クラエスです、やれるだけやってみます」

「そしてこの俺カール・フェボストリアです。じゃあはい、レディファーストでカタリナからどうぞ、メアちゃん、キー坊、俺の順ね」

「ええっ急ね!?えー、えーとえーと」

 

「…貴方と一緒に老いていきたいの、私は死にません、貴方が好きだから‥‥」

…キ、キメラみたいなセリフだ……聞きおぼえがある……。またセリフパクりやがって…。

 

で次はアラン様。

「…わ、私と、結婚…けっ、こ、……してください!」

………照れる純情な少年はかわいいなあ。変な意味じゃなくてね?

 

結果。

メアちゃん『カタリナ様』

キー坊『姉さん』

俺『アラン様』

 

「はい、第3勝負はカタリナ様の勝ちでーす」

「なんかテンション低くない?」

「じゃあ終わったしメアちゃん、今日は寝技の訓練でもする?」

「はい、お願いします!」

「寝技!?!?貴様ッ!メアリとそんないかがわしい真似を!」

「「プロレスはいかがわしく(ねえ)(ありません)!!!」」

「ヒッ」

 

そして第四種目の日がやってきた。今の所は2勝1敗でカタリナが有利である。

「第四種目…それはもちろん!プロレスしかねえ!」

ひゃっほうプロレスが見られるぞ!

大はしゃぎで飛び跳ねる俺は、記憶を取り戻してから初めて心から童心に帰っていた。




ん、アランとニコルの順番が逆?この物語の主人公はカールなので……


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王子は誰でもない一人の王子です。

庭の一角に建てられた即席プロレスリングに私とアランは何故か立っている。なんで、ほんとなんで。

キースはお母様と全力で交渉中である。プロレスリングが見つかれば全員不味いので。

「というかいつの間にか作ったの…」

「いつ作ったかって?そりゃ二人が勝負やってる間にこの家の物置の材料でトムさんと一緒に」

「トムじいさん何してるの!?」

最近筋肉が付いたと思ったら!

「カタリナ様、辛くなったらすぐ私にタッチしてくださいね!アラン様にカール様直伝のバックドロップを炸裂させますわ!」

待って、なんでメアリまでノリノリなの、アランってあなたの婚約者なのよ?

「アラン様、しないとは思いますがジオジオともタッチは可能ですよ?」

「誰がするか!これは俺の勝負だ!というかジオジオってなんだ!」

「渾名ですよ。まあ頑張ってくださいアラン、僕の婚約者に酷い怪我は負わせないようにしてくださいね」

「やかましい!というかなんでお前が居るんだ!また邪魔を、俺だって……俺だって……」

「婚約者の家に遊びに来るのは普通だと思いますが…聞いてませんね」

「はいプロレスファイト、レディーゴー!」

「「いきなり!?」」

なんか始まってしまった!

よ、よくわからないけどとりあえず技をかけないと!

私は怪我しないように大げさにパンチを出した。

アランはそれを見事によけ……ようとしたが顎にかすりふらついた。

「出た―ッ!ザ・グレート・カブキ直伝のアッパーだ!でもそれじゃあボクシングだぜ☆」

「やかましい!」

「カタリナ様、ベビーフェイスとして誇り高きプロレスをお見せください!」

「うあああああメアリがすっかりプロレスオタクに―ッ!」

「く、ぐ、よくも!」

アラン様が一気に私の腕をつかみ、引き寄せて投げようとする!

「おりゃっ!」

だけど私も踏ん張る!

密着状態のまま、互いに動けなくなる。

うっ…やはり少しはカー兄みたいに筋肉も鍛えるべきだったかしら…!

「な、あ、あ、うあ…」

ん?

アラン様の力が緩んできた。チャンスだ!

「う、うおーっ!飛び掛かりー!」

私は体重をかけてアラン様を押し倒した!

そのまま私はアラン様に馬乗りになった状態になった!

「な!」

「あ!」

こ、ここからどうすれば……

「ど、どけーっ!お前はそれでも淑女か―ッ!」

「アランすぐにタッチを!!僕が下敷きに変わります!!!」

「させません!!!カタリナ様すぐおどきになって私とタッチを!!」

「あっ、ちょっと二人ともリング乱入はやめて!」

そのまま後は乱戦となった。

ジオルド様とメアリは勝手に試合を始めちゃったしカー兄は見入ってるし……ん?

「大変!アラン様がいないわ!」

「え?気付かなかった…‥」

カー兄は心から驚いた表情でそう言った。酷い。

 

カー兄と二人でアラン様を探し、なんとか見つけた。

それは、最初の勝負をした木の下だった。

アラン様は体育すわりで泣きべそをかく幼さが前面に出た姿だった。

…なんて声をかければよいのか。

「すみません、そんなにプロレスが気に食わなかったなんて…」

「カー兄の馬鹿は黙ってて」

カー兄を下げて、私はアラン様の隣に座り込む。

「…なんだ、逃げ出した俺をあざ笑いに来たのか」

「そんなことありませんよ、プロレス馬鹿の兄がご迷惑をおかけしました」

「……奴とは苗字が違うが、腹違いなのか?キースとも義理だと聞いたが」

「え?まー、親は違うのでそんな所です」

「……その方がマシだったかもな」

アランはそれだけ言って再び黙り込んでしまう。

ああ、そうか。そういえばゲームではそういう設定だった。

アランとジオルドは年が近い事もあって常に比べられてきた。

体が弱く、色々と出遅れていたアランはいつもジオルドに差をつけられ続け、何をやっても敵わない。

自分がどんなに必死に頑張っても、ジオルドは涼しい顔でその上をいかれる。

…私と二人の兄は色々と違うからあんまり比べられたことはないけれど、アランの悲しみはほんの少し分かる気がする。

「アラン様にはアラン様のとりえってものがあると思いますけど‥…」

「ふん、そんな言葉一つで励ましになるか」

「アラン様はどうしてそんなに自信がないんですか?」

「はっ。…‥‥生まれてからずっとジオルドと比べられて、何をやってもあいつに勝てない。腹の中でジオルドにいいとこを全部、持っていかれた残りカスだと言われ続けて、どうやって自信など持てというんだ。そしてお前にもこのザマだ」

そんなに酷いことを言う人がいるの!?

「誰ですか!そんなむごいこと言う人!私怒りますよ!」

「は、ちょっと待て…なんでお前が怒る」

「怒っちゃいけないんですか!」

「だ、だが‥‥」

「アラン様とは勝負を重ね、お茶も何度もしたのだからもう友達です!友達を悪く言われたら私は怒ります!」

アランはジオルドじゃなくてアランなんだ!そんな事言われる筋合いは全然ない!

「ほらほら言われてんぞ、女の子にここまで言われて黙って拗ねてる場合か?」

「…お前」

「おっとすいません、素の口調が」

「いや、それでいい。お前の敬語は胡散臭い」

「酷い」

カー兄もアランの隣に寝転がり、語り掛ける。

「というかそんなに言われっぱなしで黙ってるのがいけない。ガツーン!とやり返しちまえよ。お前はジオジオじゃなくてアランなんだから。ジオジオに勝つ必要はないし比べられる義務もないんだ。お前がそうやってグズグズしてるとジオルドだって心配すんだろ?後、婚約者のメアちゃんだってさ」

「二人とも、別に俺の心配なんて……」

「じゃあアレは何だ?」

カー兄は遠くの畑の方を指さした。その先に見えたものは。

「アラン、アラン、どこですかー?」

「アラン様―!放置してすみません、どこにいますか―!」

それは、ジオルドもメアリもアランを探している姿だった。

 

「ほら、ね?」

「…………」

「そうですよアラン様、アラン様の周りには私たちがいます。だから泣かないでください」

そう言うと、アランは目を袖でぐしぐしと拭き立ち上がった。

「……泣いてない。だって俺は…‥第4王子『アラン・スティアート』だからな」

その目は、もう泣いていない。強い目だった。

とはいえ、アランのコンプレックス自体が解消されたわけじゃなそうだし……なんかもう一押し励まし…。

「そうだ!アラン様、ジオルド様の苦手な物を私知ってますよ!」

「何?」

「えっマジか!?あの完璧小僧ジオジオに!?」

カー兄の方が食いついた。まあ、いいけど…。

「いいですか?…カー兄、ジオルド様を呼んできて?」

「応、おーいジオジオ、見つかったぞ!」

「本当ですか、それは良かった!」

ジオルドが駆け寄ってきたので私は茂みに隠れる。

 

これは数週間前の話である。

その日はカー兄以外の全員が来ていて、畑で使用人たちにおすそわけの野菜を収穫していた。

手伝いを申し出てくれたジオルド、メアリ、キースとで野菜を見て回っているとそれは現れた。

私の足元を通り過ぎようとしたそれを、メアリの方に行ったらびっくりするかなと思って捕まえた。

すると、それを見て近くにいたジオルドが声を出して飛びのいたのだ。

普段、冷静沈着な彼があんなに狼狽えた様子は始めてみた。

そして気づいた。もしかして、ジオルドはこれが苦手なのではないかと。

「良かった、心配したん…」

「そりゃあ!」

私はジオルドの足元に『それ』を放り投げた!

「うわっぁ!」

ジオルドが驚きで声を上げ、尻もちをついた。

その顔はただ驚いただけというにはだいぶ狼狽えており、いつもの余裕な感じも見られない…。

ビンゴ!!!これは…使える!

「ね、見た見た!ジオルド様は蛇が苦手なのよ!」

私が投げつけたのは蛇のおもちゃ(自作)だ。

「確かに……なら…お流れになったプロレスの代わりの第4勝負はどっちがジオジオを驚かせられるかの勝負になるな…」

「お、おい……もう勝負は…」

 

「カ・タ・リ・ナ?」

 

「ヒッ!?ジオルド様!?」

振り返るとそこにはそれは美しい笑みを浮かべたジオルドが立っていた。

その手には私の放り投げた蛇のおもちゃがしっかりと握られている。

顔は笑っているのに目がまったく笑っていない。

「お…怒って、ます?」

「ははは、婚約者の可愛いいたずらです。多少驚きましたよ」

「多少…?」

「尻もち着いたよな…」

後ろで二人がひそひそ話しているが、私は目の前のジオルドが怖くて聞こえない。

……これは、怖すぎる。

もしかして、私このまま『蛇のおもちゃ王子様に投げつけた罪』で国外追放されるのかもしれない。下手すれば…死刑。

「そう言えばキースとクラエス夫人に今日は挨拶していませんでしたね。アランとの木登り、プロレス勝負のことや、カタリナが蛇のおもちゃを投げて遊んでいる話などをクラエス夫人に報告、いえお話しなくては」

「きゃあああ!やめてくださああああああああああい!」

腹黒王子~~~!

私はジオルド様の後を必死で追いかけたが無情にも全部報告され3時間は絞られることになった。

 

「ひーひー、まったく……元気出たろ?あれ見たら」

「‥‥‥‥‥‥」

「ジオジオなんかと比べっから落ち込むんだよ、下を見ろ下を。あのアホ令嬢とかを見てると「俺はまだマシだな…」って自己肯定感が増すから」

「……ははっ!あっはっは!それはそうかもな!」

「ところでさ、アラ助でいい?渾名」

「…長くなってないか?」

 

[カールside]

 

それから、アラ助は勝負にこだわるのをやめたようで勝負はお流れになった。少し残念。

でもプロレスの事もチクられた時はマジで言いくるめるのに疲れた。おのれジオジオ…俺にまで…。

だがまあ、プロレスがお釈迦になった事に個人的にモヤっとしたので第4勝負は奥方様に見つかっても怒られないような新しい競技で行ったのだが‥‥…。

 

アラ助、ピアノめっちゃ上手かった。カタリナの演奏はただのお遊戯会だった。いや前世はリコーダーも吹けなかったので進歩しているのだが。

もうこれは5番目の勝負はしなくてもアラ助の勝ちだろと言う事で、俺の中で5番勝負はアラ助の勝ちになった。

 

皆でほめたたえてアンコールを頼んだら、朗らかな笑顔を見せてくれた。

そして、カタリナの家に遊びに来るたびにピアノを弾いてくれるようになったという。まあ結構、頻繁にくるので一緒にお茶をしたりもする。

今度、低学年の奴らの為に演奏に来てもらおうかな……学校のレクリエーションはネタがすぐ尽きるからな…。

あ、申し遅れましたが私町の学校では行事全般の企画・運営をやってます。前世でもそうだったし……。




5.6話は時系列は4話のニコルsaidとカールsaidの間です。
ニコルと会った時にジオルドが蛇に驚いていた感じ。

この小説ではアランと仲良くなってからひと月ぐらいでカタリナはソフィア攻略してます。兄パフすごい。


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起業を考えてみました。

オリジナル回。学園編もいいけど子供時代編はもうちょっとだけ続くんじゃ。


「俺起業しようと思うんだよね」

「……今なんて?」

「いや、だから…起業。会社を作りたいんだ」

今日も今日とてクラエス邸で破滅フラグ回避会議。キー坊もいるが細かいことは気にしない。

「そんなに花火屋さんの経営が困ってたの!?お母様に援助頼んでくる!」

家へと走り出したカタリナの袖を俺は掴んだ。

「違うわ!お前の為を思ってるんだよ!」

「どういうこと?」

「いいか、お前が国外追放されたとする、そしてお前は農業で暮らしていこうと思ってるだろ?」

「カールさん、それは姉さんの妄言で…」

「キー坊、人生は何があるかわからんのだぞ。でだ、お前馬鹿で犯罪者なんだから民家の人に雇ってもらえるか怪しいだろ」

「まだ犯罪者じゃないわよ!」

「で、どんな会社を起業するんですか?」

キー坊が困った顔で聞いてきたので俺は両手を顔の前に置いて静かに答えた。

 

「J〇バンクを作ろうと思う」

「‥‥なにそれ?」

「なんですかそれ」

「カタリナはわかれや‥‥農業の組合の事だよ、要は元締めだ」

「でも、それはその土地の領主の仕事じゃ?」

「領主は忙しい貴族なんだからそういう仕事を省けるなら委託してくれる可能性がある。そこでだ、農業組合を作って商社制に変える事で各農園に対する保険も自社で保証、俺が会社のトップならお前をコネで雇って働かせることが出来る……これが人生経験から考えた俺の作戦だ!」

俺は自分の計画の秀逸さに思わずガッツポーズをしてしまった。

2人ともよく分かってなさそうな顔だが、理解したその時が楽しみだぜ……!

俺は手に持っていたトマトを丸かじりして我ながら悪い顔をした。

「あ、それミミズついた不良品……」

「ん?なんひゃいっちゃ?」

「…なんでもない」

 

「という訳でこの国で起業ってどうすればいいのか教えてほしい」

「何言ってるんですか?」

翌日、クラエス邸に遊びに来たジオジオに質問してみる事にした。

「いや、なんでジオルド様に聞くのよ」

「いや‥‥働いたことはあるけど起業したことはないから……」

「た、たよりなーい……」

うるさい、働いた経験もない小娘が。まず分からない仕事について質問することは何よりも大事なんだぞ。

「企業と国家は金利関係の職種系以外だと基本的に民間、もしくは各地の領主にお任せしてるので僕が知ってることはたいしてないですよ?」

「あっやっぱりー?」

「うーん、となるとやっぱりもっと直接働いてる人に聞いた方が良さそうね」

「いや、それより領主の人たちにアポ取る方がいいんじゃないか?」

「アホってカー兄何言ってるのよ!?」

「アポイント、事前連絡って意味だよだよこの猿!」

「あ、あの……」

俺たちがギャーギャー騒ぎ出してしまい、ジオジオが困った顔をする。しまった、一瞬忘れてた。とりあえずお礼

「というか何故カタリナも一緒にいるんですか、そこのところ詳しく説明を」

「ありがと、それじゃ他の所に聞いてみるよ!行くぞ!」

「よく分からないけど分かったわ!」

「えっ、あっ、待ってください!」

俺たちは部屋から出て、使用人室に行って手紙を書くことにした。

 

数日後、クラエス邸と社会的な関りがあり農業管理も行っている貴族へ出した手紙の返事が返ってきたが、業務内容を教えてくれたぐらいでそこまで大きな情報はなかった。

なおカタリナは人様の家に何聞いてるんだとミリディアナ様に説教されている。すまん、後でなんか奢ってやる。

業務内容は3か月ごとの売り上げ報告、それによる税金額の調整ぐらいらしい。やはりこの世界にまだまだ保険というシステムは根付いていないようで、そこをつつけばチャンスはあるかもしれない。勿論苦労もあるだろうが長い目で見ればプラスだろう………と思う。多分。そのはず。

これで企業の業務内容の方針は決まった。だが、その為の売名も必要だ。

俺はカタリナと庭の畑の野菜を見ながら考え込んでいるとカタリナが言う。

「ねえ、この野菜が美味いってことをアピールすれば会社設立前の良い宣伝になるんじゃない?ほら、副業でうちの野菜も販売するって感じで!」

「別に今すぐ起業するんじゃないんだぞ?ま、じゃあとりあえず…商売を実績を出してみてから考えような」

「商売?」

「そ、商売といってもシンプルなのなら子供でもできるでしょ?」

 

「安いよ安いよー!トマト、ネギ、大根、何でもありますよー!」

「安心安全でーす!」

「あああ……お母様にバレたらどうしよう‥‥」

「だからこうやって被り物被ってるんじゃないかキー坊、ほら一袋売れたからレジ頼むよ」

という事で、商売してみる事にした。

収穫した野菜を街の露店通りで販売。シンプルだが立派な商売だ。露店と言っても他よりちゃちいゴザ敷いて看板作っただけのフリマみたいな店だが。

野菜は単品売りとセット売りの2種類。

初めて1時間が経過し、ぼちぼち小袋から金貨があふれ出すようになってきた。やはり近くの八百屋の相場を見て少し値段下げたのが良かったな!

カタリナとキースは身バレ防止のため、去年の町の祭りで使った着ぐるみを着てもらっている。

後アンさんも置いて来た、貴族とバレたらあかんからな!

金貨を見ながらほくそ笑んでいると、大きな人影で視界が影に覆われた。お客さんだ!

「はーい、いらっしゃ……」

「おいガキンチョども…ここらで誰に断って商売してんだ?」

「へいへい兄貴ィ、こいつら結構銭持ってますぜえ?」

…こまった、ちょっとかてない。

プロレスでも子供は怖いお兄さんには勝てない。

 

シャバ代という事で売り上げを怖いお兄さん達に全額払い、もうしないという約束と俺の顔見せ土下座決行で開放してもらい今俺たちは帰路についている。

「ど、どこの世界にもピンハネ屋はいるんだな……」

「怖かった…お母様と同じぐらい怖かった……」

「それ本人の前で言ったら絶対駄目だよ…………」

あそこの路地、商売に場所代とか必要だったのかよ…子供なんだから見逃してくれても……。

着ぐるみのままとぼとぼ前を歩く二人の姿を見ているとますます気分が落ち込んでくる。

くっポジティブに考えよう、二人がクラエス家の人だとバレたらもっと取られる所だったんだ‥‥俺一人の土下座で済んで良かった……。

夕日の中をとぼとぼと歩いていた俺たちをアンさんが探しに来た時、何かを察したアンさんは何も言わなかった。ありがとうございます……。

 

今回の結論、まず土地代を確保してから起業しよう。

「という訳で、国外追放されたらクラエス邸の金庫からいくらかかすめ取っておこうな」

「で、出来るかしら……蛇の模型をジオルド様のポケットに仕込むテクニックを生かせれば……」

「物騒な相談やめてよ!」



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短編詰め合わせしてみました。

「サッカーやろうぜ!」

「は?」

暑い夏の日、俺の円○○君並みに爽やかなお誘いに対しての農業中の妹(前世)の返事がこれだ。

わざわざ屋敷まで呼びに来たのになんだよもう。ほっかむり土ついてんぞ。

「なんだよ、ガキの頃よくやったろ、木の間をゴールにしてやる奴だよ、プロレスじゃないんだからいいだろ」

「それは分かるわよ。…でもこの国でサッカー知ってる人なんて私達しかいないじゃない。サッカーは11人でやるスポーツなのよ」

「おまえの友達に教えればいいじゃねーか、俺の町の方のダチはもういつもの森に集まってるからお前入れてこれで6人、後ジオジオ、キー助、アラ坊、メアちゃん、ニコルとソフィア呼べば12人だし6vs6ぐらいは出来るぜ!」

「いやいや、皆貴族なのよ!?そんな全員都合よく来るわけ……」

 

「やあ、今日はお誘いありがとう。救護係のメイドも呼んできたから怪我しても大丈夫だよ」

「姉さん、怪我だけはしないでね…」

「フン、まあ暇潰しに来てやったぞ」

「….…こんなに大勢で遊ぶのは初めてだ」

「私の緑の手でどんなボールでも止めて見せますわカタリナ様!(パァン!)」

「う、運動はあまり得意ではありませんが頑張ります!」

「……うそー」

ほら全員来た。お前の名前出せばすぐ食いつくんだから、我が妹ながらすげえぜ。

なんでこんな気のいい奴らが将来破滅に導く事になんのがほんとわかんねえな〜〜〜。

「よーし、サッカーのルールは今教えた通りだ、お前ら、貴族相手だからってビビんなよ!?」

「「「「応ッ!!!」」」」

うんうん、流石だ。もうすっかり貴族との遊びに慣れてる。

「カー兄の友達、遊ぶときだけ貴族云々頭から飛ぶわよね」

「ボールを持てば皆友達だからな、翼君も言ってる」

「翼君は「ボールは友達」って言ったのよ」

お前キャ〇翼も履修済みかよ。

 

という会話を挟みつつキックオフ。

ちなみにチーム分けはくじで決めた。いつもの6人が皆カタリナと同じチームになりたがるので。こう。

 

俺チーム

俺、トム(町の友達1)、ライプ(町の友達2)アラ坊、ジオジオ、ソフィアちゃん[キーパー]、

 

カタリナチーム

カタリナ、キー助、ニコル、メアちゃん[キーパー]、トゥーチャ(町の友達3、女子)、バールクス(町の友達4)

 

まずは俺がガンガン攻め込むぜ!とキックオフと同時にボールを持ってドリブルで切り込む!

「イェーイ!先取点は貰った!」

「甘いですよ!」

「なっ!」

瞬間!キー助がスライディングで俺からボールを奪い去りすぐさまドリブルの態勢になる!こいつ本当に初心者か!?

DFのトムがあっと言う間に抜かれ、ゴール前がキーパーのソフィアちゃんだけに…!

「ハアッ!」

その時、FWだったジオジオがゴール前まで戻ってキー助を阻む!

「ゴールなど、断じてさせませんよ….…どちらの意味でも!」

「な、何を!」

「隙あり!」

ジオジオが隙をついて右足でボールをキー助の股から前に蹴り、そのまま素早い走りで上がっていく。

「ジオジオ、パスだ!センタリングあげてやるから!」

「君の助けなどいりません!」

「えー!?」

宣言通り、ジオジオは一人でトゥーチャやバールクスも抜き去りそのままシュートを放とうとする。

「カタリナのゴールは….…僕が決める!てやーっ!」

ジオジオが黄金の右足が、ゴール右隅にボールを導く!

だがしかし!

「せいやっ!」

キーパーはそれを読んでいて見事キャッチ!

「貴方のコースは勉強済みですわ!カタリナ様!ニコル様!」

「しまった!」

メアちゃんは大きくボールを投げ、FWのカタリナ、ニコルにボールが渡る!

「ニコル様、ソフィアちゃんが怪我しない程度に点を決めましょう!」

「ああ、カタリナ頼んだぞ(キラキラ汗の爽やか笑顔)」

「あっ…」

カタリナが必殺ニコルスマイルにやられ一瞬ふらつく。今だ!

「でやーっ!」

俺は反則にならない程度の肩押しと共にカタリナからボールを奪取しようとする!

「アラ坊!ニコルをマークしとけ!」

「もうしている!」 

アラ坊はぴっちりとニコルをマークしており、うかつに俺たちのボールの奪い合いに参加できない。

ジオジオもキー助に貼り付かれており、仮に俺がボールを持ってもまた攻め込むのは一人で、という事になる。

「ボールは渡さないわよ、カー兄!」

「それはどうかな?」

「な、何!」

「…幼稚園の頃、木の上からおしっこして同じクラスの子に当てて泣かれた」

「えっ何それ私の事!?」

カタリナが動揺した隙にボールを奪い、一気に前へと上がる!

「あーっ!ズルっ!」

「知能プレイだ!そりゃー!」

俺もなるべく上に向かってシュートを撃つ!メアリちゃんは背は高くないから飛べない筈だ!

「グリーンハンド!」

と、思ったがメアちゃんはその辺で拾った太い木の棒でボールを弾いた!

「なっ、キー坊を使うとかありか!?」

「知能プレイですわ!」

メアリちゃんに論破された。

「まず僕じゃないんだけど!?」

「細かいことを気にするとゴーレムに笑われますわよ!」

「いやゴーレムもう操れるようになったからね!?」

「そう言う事を言いたいんじゃないだろ」

こんな事話してたキー坊、アー助、メアちゃんの誰も、それは予想出来なかった。

「お、おりゃー!」

ソフィアちゃんがキーパーから上がってきて、ガラ空きのゴールにボールを蹴り込んで入れたのを。

「「「あっ!」」」

「ソフィア!?いつの間に!」

「えへへ、初得点です!」

「作戦勝ち!」

俺とソフィアちゃんはそのままハイタッチを交わした。

 

その後も試合は白熱を極め、気づけば夕方になっていた。

貴族達も今日は暇とは言え、夜になる前に早く家に帰らねばなるまい。

最終スコアは4-4の引き分けだった。

「あー疲れた…腰痛…誰だサッカーやろうぜとか言ったの……」

「いやカー兄でしょ」

「カール様ですよね」

「カール様、おかしなことをおっしゃるのですね?」

おっと泥だらけの女性陣から手厳しい。おじさん精神年齢56+1年ちょいなので……。

「まあ、意外と楽しかったですね、キース君がストーカーしてきた事以外は」

「マークしてただけですけど???ゲームと現実を一緒にしないで下さい第三王子」

また二人はなんかレスバしてる。飽きないな……

「皆様、軽食を用意いたしましたのでここに置いておきます」

アンさんが持ち運び用テーブルにお菓子やサンドイッチを置いて冷たい麦茶と温かい紅茶を両方用意していく。

これはスーパーメイド。

俺たちは早速席に着き、皆で笑いあった。

 

「じゃあ俺銭湯寄って帰るから、送りはいいよ、またな」

「銭湯?そんなのこのせ…街にあったの?」

「あるわ、この辺は風呂ない民家も多いんだから」

そう言って歩き出した途端、メアちゃんが俺の袖をつかんできた。

 

「カタリナ様、行きましょう」

「え?」

「行きましょう」

「メアリ?」

「行 き ま し ょ う」

 

で、みんなで銭湯に行くことになった。

だがどう考えても貴族たちがいきなり町の銭湯に大量に押し寄せるのはダメだろというアラ助のド正論と共に、この世界にもあるじゃんけんで二人ずつ時間を空けてこっそり入店することになったのだが…。

「結局お前とかよ……」

「しょうがないじゃない、私達二人とも勝っちゃったんだから」

「メアちゃんが辛そうにしてたから今度一緒にお風呂入ってみたら?」

「貴族同士ってなかなかそうもいかないのよね……」

いや、だってなんか怖かったんだもん…覗きませんよね?とか言われたけどやったら極刑だよ……。

「…まあ、少し懐かしいな。ほら、家族で銭湯ガキの頃よく行ったろ?」

「あー、ジェットバスで泳いでたら叱られたのよね」

「サウナでととのう、というのやってみたくてのぼせた事もあったな〜」この世界にはジェットバスもサウナもないので出来ないが仕方あるまい。

「なんか懐かしくなってきたわね、上がったら牛乳飲みましょうか!」

「みんなの分もな」

と思い出話に花を咲かせる。結局こいつとはこんな話ばかりしてしまう。過去には戻れないのにな。

 

その後、俺は風呂を満喫し牛乳瓶を人数分持って待合室待っていたが王子達は何やら俺を抜きで4人で話し込んでいるのか中々上がってこない。

すると、アラ助だけが先に上がって来た。

「お疲れ様、他の3人は?」

「…あいつの事で盛り上がってな」

「またあ?他の話題はないの?最近聞いた曲とか美味い店の話とか…」

こういう時、自分で言いながら娯楽が少なすぎるこの世界に少し絶望する。CDは勿論、レコードもないのかよ………って思ったもんなあ。

あるとしたらスポーツ観戦ぐらいだしなあ……

…スポーツ観戦?

 

後日。ジオジオとこんな話をした。

「サッカー協会とかこの国に作って大ブーム起こせたりしない王子様?」

「国だからってお金は無限に湧かないんですよ」

い、言ってみただけだし……。

 

そんな微笑ましい出来事から2、3か月後。

俺はクラエス家代表として王家直々の他国との交流会に参加することになった。

いや、どういう事でしょうか。

 

「キー坊が風邪を引いた?」

「そうなの、それで代わりに出れる人を探してるんだけれど…」

数日前、もはや自分の家のごとくのんびりと宿題をクラエス邸でやっていたらカタリナがそんな相談をしてきた。

なんでも、我がソルシエ王国と隣国のシャルマ王国との国際会議が近々両国の狭間に建っている共和ソルマ堂にて行われるらしく、第三王子ジオジオの婚約者であるカタリナも呼ばれたそうな。で、勿論一人だと心配なのでキース同伴の予定だったらしいのだが………。季節の変わり目に風邪を貰ったらしい。会議の日に回復が間に合っても病み上がりを国際会議に連れて行くわけにもいかない。

「いやお前が1人で出れよ」

お前ピンピンしてんじゃねーか。バカは風邪引かんもんな。

「何言ってるの!病気で辛い時に姉が看病してあげなくてグレたらチャラ男、国外追放待った無しよ!お母様も賛成してくれたわ!」

「ミリディアナ様………」

賛成しちゃったの……どれだけ一人で行かせたくなかったんだよ…。

「それじゃあ無理じゃん、ジオジオに断りの連絡を……」

「カールさん、私から頼みがあるのです」

「え?」

カタリナの隣に険しい顔のミリディアナ様が立っていた。

そして。

この世界に生まれ直してからて初めて、大の大人が自分に向かって頭を下げていた。

 

年上の貴族に頭を下げられてしまったら、もはや平民の少年に断るすべは残されていなかった。

とりあえず隣国の人たちにはキー坊と名乗り、カタリナが風邪で来れなかった、で押し通すつもりらしい。

「いや、別に婚約者の出席は義務ではないので君がわざわざ来なくても良かったんですが……」

で、いざ会場に向かう馬車でジオジオに言われてちょっと後悔した。

アラ助の奴はゲラゲラ笑っていたが宰相なのでついてきたニコルはそっと俺の肩に手を置いて慰めてくれた。やさしい、ありがとう。

後メアちゃんはカタリナが来ないことに露骨にテンションを落としてため息を吐いていた。女の子一人は大変だもんな。

そして会場に到着しなんとかつつがなく挨拶回りを追える。

だが、ここからが鬼門だったのを俺は知らなかった。

「後は子供たち同士でごゆっくりと」と言われて数人の使用人たちを残し、中部屋には俺たち少年少女だけが残されてしまい、空気が完全に固まってしまっていた。

いや、正確にはジオジオとかは普通に話せている。アラ助も意外とコミュ力は高いし、聞くところによると前は引っ込み思案だったらしいメアちゃんも隣国の王子の婚約者達とスムーズなガールズトークをこなしている。

が、俺とニコルはその場でどうしようか頭を悩ませていた、と思う。

ど、どうしよう。アテにしてたうちの第一王子は大人と一緒に行ってしまったし、第二王子は留守番ときた。

いくら会社員時代接待を数多くこなした俺でも、ここまでの大物は中々ねえよ!

俺はニコルに無言のヘルプを送るべく、隣に座る彼の様子を伺ったが。

ニコルは無表情で座っていた。

そうだったこいつ無口だったぁ~~~!

というか微笑むだけでなんか相手の空気がほがらかになってるし!ずるいぞ親友!

つまり、この場で浮いているのは……俺だけですか。

くそっ、ええいめげるな。俺はこの国の三人のお偉いさん型とマブな間柄になった男だぞ!

ナメられたら終わりだ!気合い入れていけ!!!

「あ、あの!」

俺は意を決して口を開いた。

「サッカーやりませんか?」

 

サッカーは世界万国共通語だった。

ソルマ堂の外の庭で、ボールが縦横無尽に飛び交う。

「ヘイ、パスパス!ボールをこっちにって意味です!」

「わかった!ハッ!」

「よしきたシューッ!と見せかけてアラ助!」

アラ助がその黄金の右足で、シュートを放った!

「とりゃーっ!」

しかし、相手の第二王子に阻まれた!

「きゃーっ!がんばって!」

「素敵です!!!」

「アラン様おしかったですわー」

女子たちは今日は応援。というかついていけるうちの女子たちのバイタリティが強いのだ。

こうして、サッカーで俺たちは分かりあえた。

「いや、何言いだしてるんですかほんと、幸い相手の第一王子が食いついてくれたから良かったものの」

「いや、お前もノリノリでシュート3回決めて完勝したじゃねーか」

「まったくだ、しかもその後俺にソルマ堂のピアノで一曲引いてくれとか言い出しやがって」

「でも大好評だったじゃない」

「むう……」

「でもカール様、私を誘って説明したプロレスには誰も食いつきませんでしたね?」

「にやにやしながら言わないでよ~~~」

「………だが、今日はカールのおかげで楽しかった。ありがとう」

「……そう言ってくださって光栄です」

帰りの馬車の中で、俺は気を使われて励まされてしまった。

 

数年後、シャルマ王国はサッカー発祥の地として全世界にその名をとどろかせるのだがそれは俺たちと全く関係ない話なので割愛する。




随分アニメから引き離されてしまったので投稿ペース上げられるよう頑張ります。
次回、7年後編に突入です。

(2023/1/24)地の文追加。


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妹の誕生日です。

歳をとると、時が過ぎるのが早くなるという。

元51歳から若返っても、それは変わらないのかもしれない。

だって、カタリナがあっという間に15歳になったのだから。

 

今日は我が町の領主の一人娘、カタリナ・クラエス殿の誕生日である。

今夜お城では煌びやかなパーティが開かれるらしいが俺はそれどころではなかった。

買い物帰りに、給料袋を落としたのだ。

「あわわ……この通りはもう4往復はしたのに……食費とか倶楽部費用とか色々どうしよ………」

既に街頭に照らされ人も少なくなりつつある道路を俺は地面に這いつくばって目を見開きくまなこになって探していた。

殆ど金貨なんだから夜道でも光る筈、光るはずなんだ――――――ッ!!!

そう思わなければやってられない!

道路に落ちている可能性が限りなく低くなったので道端の排水溝やドブさらい捜索のフェーズに移行したが、見つかる気配は皆無。

あ゛あ゛あ゛あ゛銀行も無いとかざけんなこの世界!!!俺が作ってやろうか!?!?仕組みとかなんも知らんけど!!!

そうして一人パニくっている最中のこと。

後頭部に何か投げつけられた感触がした。

「ん?……ってこれ給料袋!」

誰か拾って!?と興奮して振り向くと、そこにはもう誰もいなかった。

……いや、いる!人ごみに紛れているが、若干速足のあの黒い背広の人だ!

俺はすぐさま走り出した、お礼の一つも言わないのは筋が違う!

「うおおおおお待ってええええええええええええええええええ!」

「なっ!?」

「逃がさねえええええええええええええええええええええええ!」

俺は黒服の人に飛び掛かって足にしがみついた。

「逃げないで!伝えたいことがあるんです!ええ、ええと、逃げたらジャーマンスープレックスします!じゃない脅すな俺!」

「一人で勝手に騒ぐなら話してくれ!」

 

周囲の目が異様になってきたので、俺たちは通りを離れて他の道の隅で会話する事にした。

「あの、これありがとうございました。それだけ伝えたくて」

「お、おう………よく分かったな、俺だって」

「なんか速足で早く離れようとしてるみたいだったので。シャイな方なんですね。人を助けてクールに去っていくの俺も見習いたいです」

「…………もうそういうことにしておく。要件はそれだけか?」

「はい、俺も用事あるので。あ、最後に名前だけ聞いてもいいですか?」

俺がそう聞くと、黒い背広の人はしばし考えるような顔をしてこう答えた。

「ルーファ……いや、ソラ。ソラだ。それでいい。もう会うこともないからな」

「ソラさんですか、いい名前ですね!またどこかで会えるといいですね!俺はカール・フェボストリアです!それでは!」

俺はソラさんに一礼すると、掌の光を頼りにクラエス邸に向けて走り出した。

 

「…いい、名前か」

 

クラエス邸に到着したが、すでにパーティは始まっていたようで屋敷は喧騒に包まれていた。

「げー、もう始まってる……入りずらい」

なにせこちらはまともなドレスコードの服など一着も持っていない。

お茶会などに何回か混ぜて貰ったことはあるが、その時も毎回クラエス邸のキー坊の服を借りていた。後は執事と誤魔化した事もあるが執事服も今は手元にない。

「正面からだと注目を集めるな…よし、ベランダから入ろう」

俺は裏庭に回って、大広間にくっついてあるベランダから入る事に決めた。

目的のベランダのすぐそばの木に足をかけ、するすると登っていく。

ふふ、あいつほどではないが俺だって木登りは得意なのだ。まあ、この歳になってやるとは思わなかったが!

「しかし殿方ばかりずるいですわ。私も男性ならカタリナ様と踊れましたのに」

「なら一緒に踊る?」

あ、カタリナとメアちゃんの声。よし、飛び移って驚かせて…とうっ!

俺は木の枝からベランダの手すりに飛び移ろうとした。その時。

「あっ、なら私もカタリナ様と!」

ドレス姿のソフィアちゃんの姿も拝見した。

 

その美しい姿に、見惚れてしまった。

ガッ。

「あっ」

手すりへの着地に失敗し、身体がベランダの外へ落ちていく。

「ぬおっ!」

だが落ちまいと、俺は片方の足をベランダの手すりに引っ掛けた!よし、後は引き上げてくれ

 

後頭部に激痛が走った。

そう、勢いをつけて手すりにぶら下がったら反動で頭は……

女性陣の悲鳴を聞きながら俺は落下した。

 

「何してるの本当に、私なら足なんか踏み外さないわよ」

「…そこかよ…」

地面に寝転がった俺を降りてきたカタリナが呆れて返す。

「カール様、大丈夫ですか?」

「ああうん、大丈夫。見惚れちゃって踏み外しちゃったんだ」

「へえ。それはカタリナ様にではないですよね?」

「痛い痛い痛い脇腹つつくのやめて。ソフィアちゃんだから。あ、メアちゃんも似合ってるよ」

「取ってつけたようなお世辞はいりませんわ」

厳しい。成長してメアちゃんはすっかり強者の雰囲気になってきた。というかジオジオに似てきた気がする。

「まあ無事ならいいわ。ねえ、メアリ。ここ庭だけど誰にも見られないと思うしここで踊らない?」

「え、お前ダンスなんか踊れんのか!?うちの地元は21世紀にもなってドラ〇もん音頭と〇バQ音頭のローテ盆踊りしかなかったんだぞ……」

「いつの話してるのよ、お母様と先生に死ぬほどしごかれたからダンスはバッチシよ!」

カタリナが腕をまくり力こぶを見せつけるポーズをする。腕の筋肉とダンスはあんまり関係ないと思うが。

「何の話か分かりませんが、はい喜んで!」

「次は私もいいですか、カタリナ様!」

そのまま女子勢は俺を放置して踊りを始めようとしていた。

まあ俺は踊れないしいいけど……。

頭を押さえながら立ち上がり、その場を離れようとしたら。

「カール様」

「?」

振り向いたら、ソフィアちゃんが手を差し出していた。

「え?どういう?」

「私の番が回ってくるまで、踊りませんか?」

ニッコリ笑って、ソフィアちゃんはそう言った。

……浮気ではない。これを断るのは男として違う気がする。

「…よろしくお願いします」

俺はソフィアちゃんの手をそっと取った。

 

で、全然踊れなかった。足とか何回も踏んでしまった。

あまりにも下手なダンスを視界に入れて不機嫌ななったメアちゃんにパーティーが終わるまでガチガチの指導もされた。

弟子に超えられた師匠ってこんな気持ちになるのかな……。

 

そんなパーティがつつがなく終わり、皆が帰っていく。

俺も寮に帰ろうと思ったのだがミリディアナ様から今日はもう遅いから泊まって行きなさいと言われてしまった。

で、風呂を借りた後に。

「おい、ちょっといいか?」

俺はカタリナの部屋のドアを話しながら開ける。

「ん、何ー?」

カタリナはベットに寝そべりながら本を読んで食べカスを口につけていた。

…何も変わらんな、こいつ!

「ほれ、誕プレ」

俺はラッピングされた小箱をカタリナに投げ渡した。

「おお、ありがとう!開けていい!」

そう聴きながら既に開封していたカタリナは、箱を開ける。

「…これ、ブレスレット?」

「ミサンガだよ、細い金属で出来てる奴だけど」

「ミ…サン…?」

「知らんのか。切れたら願いが叶う奴だよ。それが切れたら破滅フラグも回避できるって願いこめといたぞ」

「なるほど、わかったわ!切ればいいのね!」

カタリナは全力でミサンガがひっぱり始めた!

「こ、このバカッ!バカリナ!それは自然に切れないと意味ないんだ一回返せ!!」

俺はカタリナからミサンガを奪え返す為にベットに飛び乗る!

「そんなに待てないわ!後一年しかないのに切れなかったら不味いじゃないの!」

「おまじないに文句言うな!」

ぎゃあぎゃあベットの上で取っ組み合っていると、ドアの方から声が聞こえてきた気がしたがそれどころではない!このアホ!バカ!

「何を騒いで……わあああああああああ何してるんだ二人ともーッ!」

キー坊の絶叫が屋敷に響いた。

 




カール君は育ちのせいでバルコニーをベランダと思っています。(どうでもよい情報)



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妹が魔法学園に入学、入部しました。

私、カタリナ・クラエスは本日めでたくソルシエ国立魔法学園に入学した。

…めでたくない、なーんにもめでたくない!

 

「はい、もう何回目か数えていませんがこれよりカタリナ・クラエス脳内会議を開催いたします」

いつものように、色々なカタリナが集い現状確認と対策を考える会議が始まった。

「はい、ジオルドは傷が治ったと言ってるのに治ってないの一点張りで婚約を解消してくれません。やはり防波堤として活用されているのでしょう、カー兄にジオルドに気になる女性がいるかしょっちゅう聞いてるのに全く成果がないですし」

「キースはチャラ男とは程遠い優し~い子に育ったわね!カー兄に振り回されてるせいで女の子と絡む暇がなかったのも大きいのかしら!この前の冬のバイクもどき大爆破事件は凄まじかったし!」

「ア、アランとはうまくやれてますよね……去年の夏の演奏会でカー兄の思い付きでボーカルをやった時は緊張したけれど思いのほか上手く歌えたし……追放されたら歌手もいいかしら」

「ニコル様とは正直接点がないわねー。ソフィアと話してる時は基本的にカー兄とずっと話してるしー。たまに話しても覚えてないし―――」

4種類のカタリナがそれぞれ攻略対象との今までの交流を再確認する。兄がすごい思い出に混入しているが妹は特に気にしない。

「ゲームのスタート時点とは随分関係が変わりましたわね。メアリもソフィアもゲーム通りに美しく育ちましたがゲームとは違って今は親友ですし」

「だけれどまだ油断はできないわ。歴史を、運命を変えるのはとても困難な事だもの!カー兄もシュタ〇のトゥルーエンドにたどり着くまでに203時間かかったらしいのよ!些細な事が変わったと思ってもいんがりつ?とやらで修正されちゃうの!気を引き締めていきましょう!」

「「「「「おー!」」」」」

5人のカタリナが声を合わせて叫んだ。

 

私は自らの不幸をちょっとだけ嘆きながら馬車の外を見ると、もう魔法学園の校舎が見える所まで来ていた。

それを見て、私は顔を数回叩き気合を入れなおす。向かいの席のキースはギョッとした。

来るなら来なさいっての、破滅フラグ!返り討ちにしてやるわ!

 

で、寮に荷物を置いてアンに留守番を頼んで入学式。

眠くなりそうな格式ばった話を前に欠伸をしそうになったが、両隣のジオルドとメアリが「寝てもいいですが欠伸はダメですよ」的な事を言って口を押えてくれた。二人とも親切ね……ん?何故か二人がにらめっこを始めた。さては二人とも話に飽きてたのかしら。

そうこうしてる内に、現生徒会長のシリウス・デュークさんのお話が終わって、そろそろこの退屈な式も終わりかな~と思っていた。

甘かった。

 

「では、次は倶楽部紹介に移ります。まずは…農協倶楽部からお願いします」

「はい?」

会長の言葉を聞いて、一瞬私は幻聴を聞いたかと思った。

その直後、壇上にあまりにも見慣れた姿が現れ、プロジェクター?的なモノででっかく彼が持っていたフリップが映し出された。

 

『農 協 倶 楽 部 の ス テ キ な 活 動 報 告 ☆』

はい?

 

「農協倶楽部、部長カール・フェボストリアです!魔法や学問だけではなく土を耕し、汗を流す楽しさを君を感じよう!」

「「「農協倶楽部!?」」」

私とジオルドとメアリの叫びがハモった。

 

それからの入学式はよく覚えていない。

だけれど、じっとしていられなくて私は壇上で言っていた農協倶楽部の活動場所とやらに走っていく。ジオルドもついてきてくれたが、メアリは荷物が多く一度寮に戻ってしまった。

第一校舎の倉庫の裏。そこに着いた私を待ち受けていたのは………目を疑うような光景だった。

きらめきを放つ手入れの行き届いた土、区画整理や間引きの跡が完璧な耕し跡。使い込まれた鍬の宝石のような光沢。

 

「す、素敵……!私の庭の畑より豪華で手間がかかってるかもだわ……」

感動に打ち震えていると、私に気が付いたカー兄が駆け寄ってきた。

「おっ来た来た、お前もどーせやるんだろ?お前の分の畑も用意しといたぞ」

「ほんと!?これで耕す手間が省けたわ!」

「いや、待ってください。まず農協倶楽部とは何なんですか?」

ハッ!そうだ、それを聞きに来たんだった。

「?ジオジオお前入学式寝てたのか?名前の通り農業、家庭菜園などをやる倶楽部だけど……」

「だから何故そんな倶楽部がこの魔法学園で成り立っているんですか!?」

ジオルドが汗をかきながら質問していく。

「良いだろうが、別に倶楽部活動は魔法関係なくったって」

「いやだからって……」

ジオルドが困惑する中、私はもう一つの疑問を思い出した。

「あっそう!もう一つ聞きたいことがあったの!」

「ん?肥料とかは2週間後に撒くけど」

「そうじゃなくて!なんでカー兄が魔法学園に入ってるの!?」

「……は?」

カー兄は「こいつ何言ってんだ」という目で私を見て来た。な、何よ。

「カタリナ、知らなかったのですか?」

「へ?」

さっぱり分からない私にジオルドはこう言った。

「カールは光の魔法の使い手ですが……」

「えっ」

思わず声が出る。

「お前……今まで知らんかったのか……」

カー兄が本気で驚愕していた。

「待って、カー兄が魔法使った所なんか見た事ないわよ!」

「ちょくちょくあるわ。暗い道の帰り道とか、お前と初めて会った時も使ってたぞ」

「嘘ー…」

私は17年と6年近く一緒に居た兄の真実に愕然とした。

 

[カールsaid]

そう、妹は気が付いていなかったみたいだが俺の魔力は世にも珍しい光の魔力である。

だが、これがまあ役に立たない。出来る事といえばランタン程度の光を出す事だけ。夜道でしか使い道がない。男の子なのでもっとカッコいい魔法が良かった。火やら風やら。

光の魔力と対話とかもうよく分からないし、隠そうとも思ったがカタリナのことを考えて結局王族経由でバラして魔法学園に入学した。

15歳の誕生日に両親に言ったら、頭が愉快なのか街中に自慢して回って街のみんなが俺の為にパーティしてくれた。俺は泣いて、この世界に来てから初めて酒をバカみたいに飲んだ。結果、翌日めちゃくちゃ頭痛したしクラスメイトの女子は顔を赤くして目をそらした。何故。

「ま、まあカー兄も学園に居るしこんな素晴らしい倶楽部もあるし先行きは最高ね!おにーちゃん好きよ!」

「気色悪い」

俺は妹の媚を切って捨てた。

「酷くない!?」

「また貴方は何を言って……まあ、事情は分かりました。カタリナが入りたいと言うなら僕も……」

「え?ジオジオも入ってくれんの!?いやー、今部員俺含めて4人しかいないから二人が入ってくれたら畑が余らなくて済むし予算も今年は多くもらえるぞ!!」

「「「ウォ―――――ッ!!!これでカカシ畑の数だけ作れるぞ!!!」

「もうカラスにトマトを取られずに済むんだ~~~~!」

「農協倶楽部の2年目は明るいぞ――――ッ!」

俺たちはカタリナも交え手を合わせて円陣を組み皆でガッツポーズをした!

農協倶楽部、バンザーーーーイ!

「いや、やっぱり辞めようかな……」

ジオジオが何か遠くで言った気がしたがみんなの声で聞こえなかった。

 

それを遠くから見つめる一人の金髪の少女が居たことを、俺はまだ知らない。

 

2週間後、みんなでカカシを作って肥料をまいていたら今日はカタリナの付き添いにキースが来た。

「ところでよく同級生で3人も集まりましたね。農協倶楽部の部員さん」

「みんな生徒会から追い出されちゃったからな―――。お互いのことは嫌いじゃないんだし、農業を精を出してもらえば癒されるかと思って」

「カールさんには感謝しかないですよ!さすがニコル様の親友」

「私、家に帰ったら家を出て農家に嫁に行くつもりなんです」

「俺は農協組合を経営学を学んでいるので実現したいんですよ!」

すっかり毒された3人を見てキースは苦笑した。

(ああ…だから3人の畑のカカシがニコル様に似ているのか……)




元生徒会メンバーの居場所はここだよ……!

(2023/1/24)嘘だろ、中盤のモノローグが思いっきり抜けてる……!修正しました!


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候補を見つけました。

カタリナ達が魔法学園に入学してから、はや一月。

初の学力テストが終わり、ジオジオは結局生徒会メンバーに入ってしまったのでうちの部には入部してくれなかった。がっくしである。

代わりにキー坊が入ったとは言え新入部員2人はキツい。

という訳でカタリナと二人で勧誘を試みているのだが……

「すいませーん!うちの農作物を一度味見していきませんかー!」

「土の魔力を高めるのにオススメですよー!たぶんー!」

びっくりするぐらい誰も寄ってこなかった。

うちの学校の倶楽部は貴族が嗜む趣味のものが殆どを占めていて、茶道的な奴に料理、ダンス、創作、演劇等と積極的に体を動かさないものばかりだしそもそも倶楽部に入らない生徒もかなり多い。みんな貴族社会に行くし魔法研究とかしたい人は魔法省に就職するし。

メアちゃん達に頼むかも考えたのだが「こういう時にあんまり友達に頼らない方が良いよ、探してから考えよう」とキー坊が提案したのでこうして呼び込みしてるが効果無し。

勧誘の看板を草むらに投げ、そのまま俺もカタリナも草むらに倒れこんだ。

「まーさかここまで食いつかないとは……」

「みんなそんなに農業が嫌いなのかしら………」

くっ、やってると意外と楽しいのに……生前も今世も別に妹に再会するまで農業に興味なんかなかったのだ。それが、段々こいつの畑を手直ししたり自分の分の畑スペースを作ったりしてく内に…………!

「もー、お前のせいだからな……」

「何がよ、ん?」

俺が雑な文句を言っているとカタリナが何かを見つけた声を出した。

その視線の先には。

校舎の二階から、俺たちを見下ろしている人影があった。

あった、というのはカタリナと目が合ったのに気が付いた途端逃げてしまったからだ。

「あっ!や、やっぱり私の悪役顔が怖くて逃げたのかしら」

カタリナが妙に低い自己評価で落ちこんでいる横で、俺はあの顔の少女を思い出していた。

「あの子、確か名前は……シエナ・ネルソンさんだったかな」

「え?新入生の名前覚えてるの?」

「まあ、全員じゃないけどな」

俺は立ち上がり、カタリナに問いかける。

「ちょっと調べてみようぜ」

 

生徒会室は通常、生徒会メンバーしか入室を許されていない。

けれど俺とカタリナは生徒会メンバーとの仲が影響してかガンガン出入りしてもお咎め無しである。コネって本当に便利だ。

俺は部屋の本棚から今年の入学者名簿を引っ張り出した。

「シリウス、ちょっと一年の生徒名簿見てもいい?」

「ああ、かまわないけど……相変わらず忙しそうだね、カール」

「お前ほどじゃねえよ」

その山積みになった4月分の書類を一日でさばくお前より忙しい奴、政治家くらいだぞ。

「カー兄、会長とまで仲良かったの?」

「おう、ニコルのツテで生徒会室にはしょっちゅう来ててな、シリウスとはすっかりダチよ」

去年入学してから他の友達もいるけれど、主につるんでるのはニコルやシリウス、それから農協倶楽部の前生徒会メンバーだ。

特にシリウスとはニコルと三人でよく遊んだ。仕事も学問もいつも一緒で、学園祭なんかは俺のアイディアのせいで仕事が大幅に増えて迷惑かけたなと思っている。いや、テスト一週間前に泣きついた時も結構迷惑だっただろうし、夏休みに……やめよ、気分悪くなる。

生徒名簿をパラパラとめくっていると、さっきの子の顔を発見した。

まだ写真技術はこの国に存在しないので絵なのだが彼女の特徴をとらえていたのですぐにわかった。

絵の下にしっかり『シエナ・ネルソン』という表記もある。

「ほら合ってた、確か同じクラスだよなお前と」

「記憶力いいわねー。でもこの子がどうかしたの?」

「まだわかんねえのかよ、この子勧誘するの」

「え!?」

「この子、前もうちの畑見てた事あってさ。興味あるんじゃないかと思うんだよ」

ふふ、俺の目は誤魔化されないぞ、ハマらせてやる農業に………。

そうニヤリと微笑んでいると、カシャンという食器の音が響いた。

「カタリナ様、カール様。紅茶をどうぞ」

「あ、ありがとう。キャンベルさん」

「ありがとうございます、キャンベルさん」

新しく生徒会に入ったマリア・キャンベルさんが紅茶とお菓子を持ってきてくれたので頂く。どうせシリウスのだろうし。

紅茶はうん、シリウスの味だ。で、お菓子……あ、そこの学校の裏の売店のだ。

「おいし~~~!ねえ、キャンベルさんはお菓子作ってきたりしないの?」

は?突然何言いだすのこいつ?

「あの…何故私がお菓子を作っている事を知っているのですか?」

「あ……えっと……」

「えーと、俺が食堂に行った時偶然見かけたのを喋っちゃったんだ、ごめんなさい」

「え、そんなの聞い」

カタリナの肩を抱き寄せ俺は耳打ちした。

「いいから俺に話合わせろ、急に何言いだしてんだお前は。理由も言いどよむものなのが何なんだ」

「ご、ごめん……メイド長の手作りお菓子が懐かしくなって………」

「あー……まあわからんでもないけど………」

実際あの人のお菓子は美味しい。前世はお菓子を手作りするタイプの人は周囲に居なかったので比較対象がないが全然お金取ってもいいぐらいだ。

「あのね、私高級なお菓子も好きだけど手作りのお菓子もとても好きなの!うちのメイド長さんがね、手作りのお菓子よく作ってくれて!あの味がね、すごいの!」

「落ち着けお前は食い物なら何でも好きだろ。でも、折角だし俺たちも食べてみたいな、キャンベルさんのお菓子」

俺がそう言うとキャンベルさんは、少し顔を下に伏せた後こう言ってくれた。

「それでしたら、今度生徒会の皆さんの分も作ってきますね」

「お、ありがとう」

「ありがとう!!!!!」

カタリナは感激でキャンベルさんの手を掴んでブンブン振り回した。

食い物に関してはやべーなこいつ………。

 

午後の授業が始まるので、生徒会室を出てカタリナと二人で歩く。

「マリアちゃんほんっといい子よね~。生徒会に入ってなきゃ絶対倶楽部に誘ってたわ。さすが主人公」

「主人公って大げさな。じゃ、もう昼休み終わるし俺は2年の教室戻るわ」

「うん、また放課後ね―!」

カタリナと別れ、2年の教室は別の校舎なので渡り廊下を歩いていると前方からあの彼女が歩いてきていた。

シエナ・ネルソン。

彼女は一人で歩いていた。友達とか……余計なお世話だな。

「こんにちは、シエナ・ネルソン様」

俺が立ち止まってお辞儀をすると、シエナさんは首で一回会釈すると無言で通り過ぎていった。

いや、正確には小声で。

「………贔屓されてる癖に」

それだけ言って彼女の姿は校舎内に消えた。

「………………何が?」

俺には彼女の言ってる意味がいまいちよく分からなかった。

贔屓されてる筈なら、妹が破滅の運命とか背負うはずないんだけどな。

 

このころの俺は、今思うと倶楽部の事に躍起になり過ぎて天狗になっていたんだと思う。

まさか、ああなるなんて………。

 

 




こいつ、さてはゲーム主人公の事忘れてるな………?


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マフィンが美味しい。

「カタリナ、頼んでおいたネルソンさんのクラスの様子の確認はどうだった?」

今日も今日とて倶楽部中、俺は生前のジャイアント〇場をイメージした新作カカシをせっせと作りながら頼みごとの進捗を聞いた。

「あ、えー」

沿う返事した奴の顔は、とてもまだ土いじりを始めたばかりとは思えないほどに汗をかき始めていた。

「おい忘れたな」

「いひゃいいひゃいつねらないで!あっ流れるようなバックドロップの姿勢に入るのはやめて!ここ畑!畑!」

「ここはまだ種植えしてないし、カタリナ様が硬い地面に落ちて怪我しないようにと思いまして」

「ヒィーッ!」

カタリナがだいぶ甲高い悲鳴を上げると、ドタドタと走ってくる音が聞こえた。

「何しているんですのカール様ッ!」

「ゴェーッ!」

横から飛び蹴りを食らった。

「カタリナ様だいじょカタリナ様ァァァァァァァァ!」

「大丈夫よ、ぺっぺっ口に土が……」

「それは大変ですわ!わたくしが吸い出して」

「やめんかぺっぺっ」

結局農協倶楽部に入ってくれたメアちゃんが、俺たち二人を土に沈めたので俺もなんだが怒るのが馬鹿らしくなった。

 

結局シャワーを浴び、着替え直した俺たちは引き続きそれぞれの畑の作業をしながら雑談していた。

「しかしカール様、これ以上人をわざわざ誘う必要はないのではなくて?カタリナ様、わたくし、キース様と一年生は3人も入っていますのよ?」

「だって知り合いばっかというのもアレだよねってキー坊が言ったんだし………今日は呼び出されたから遅れるらしいけど」

「呼び出された!?誰に!?」

カタリナが大声を上げて鍬を手から落とした。

「さあ………まあ仕事か、そうでなきゃ……」

「告白ですわ」

「は?」

メアちゃんが真剣なトーンでそう申した。

「放課後、わざわざキース様一人を呼び出して用事…………こんなの告白しかありませんわよ」

「何だとぉ!?」

「なぁ!?」

えってっえっ、ああああのキー坊が、告白され、る?あのシスコンが?優秀で可愛い俺の弟が?

心臓の鼓動がとんでもない速さになっていく。

これは…娘が男を連れてきたような‥あの時の、速さ!

「こうしちゃいられねえ!!!メアちゃん!!!みんな!!!倶楽部任せた!!!」

「行くわよカー兄!」

「ちょ、お二人とも!?」

俺とカタリナは、その場から一斉にキー坊の元へと駆け出した!

 

「……ハッ、ハァ……どこにいるか場所わかんねえし………」

10分ぐらい走ってから気がついてしまった。

この学園は全校生徒523名の割にはかなり広い。まあ国の王子が歴代OBなので国家予算並みの金がかかっているから当然だが。

いつの間にかはぐれた妹の野猿と違い俺は体力が人並みなので、疲れて中庭の壁にもたれかかる。

倶楽部に戻るか…?いやでも…。

「カール、こんな所で何をしているんだ?」

悩んでいると声をかけられた。ニコルだ。

「いや、キー坊探してるんだけど…。あ、そうだ」

「何だ?」

「ニコルは告白された時、どんな気持ちだった?」

こいつはモテる。アホみたいにモテる。なので参考に聞いておこう。俺は自分から告白したからそういう経験ないんだよな………。

「…そうだな。まず、こんな俺を好きだと言ってくれた事は嬉しかった。光栄に思う。そして……その願いを断らなければならない事に辛さを覚える。……その人と、叶わない恋と諦める事も出来ないんだ。それに……いくら感謝してるとは言え、そっくりだからといえ、何度かもう一人のかけがえのない相手に気の迷いを起こしかけた事もある。こんな節操のない男が付き合うなど片腹痛いさ………」

「お、おう……大変だな。困ったらいつでも相談してよ?」

俺はニコルの肩を掴んでそっと微笑んだ。

「……!その、優しさが俺を狂わせるッッ………!!!」

「あっちょ!」

ニコルは走っていってしまった。

「なんだよも~~、皆思春期だな………」

おじさんくさい独り言を漏らしてしまったその時。

「マリアちゃん、大丈夫!?」

カタリナのデカい声が中庭全体に響いた。

 

「キャンベルさん、どうかしたの?」

「あ………」

声の方向に駆け付けてみると。

カタリナがマフィンを貪り食っていた。地面に落っこちたのを。

両手で爆速で消えるマフィンを次から次へと掴んで口に入れている。

「えーと、その……」

キャンベルさんは、どう反応したらいいか分からない。といった様子で。

ふむ。まあ無理もない。ここは一つ、兄として責任を取らせてもらおう。

「こら」

俺はカタリナの脳天をグーで殴った。

「いったぁ!?ってカー兄?なんでここに?」

「それはこっちのセリフだ!なーんでキー坊探してたのにお前は拾い食いしてるんだ!!!猿でもしねえよ!!!」

「あ、あの、クラエス様は……」

「ん?」

カタリナをキン肉バスターの体勢にした時にキャンベルさんがそう言ってきた。

「え、状況がよく分かんないけど……こいつが悪いわけじゃないのね?」

「は、はい」

「そうよ!私は美味しそうな匂いがして来てみたらキャンベルさんがお菓子を落っとこして落ち込んでたから拾って食べただけよ!ものすごく美味しかったわありがとう!!!」

まあそういうことなら。と俺はカタリナを地面に下した。

そして、まだ地面に残っていたマフィンを代わりに拾う。

「もしかしてこれ、この前約束したお菓子?」

キャンベルさんに聞くと、彼女は恥ずかしそうに顔を俯きながら小さく、コクンと頷いた。

そして俺はしゃがみこんで頭を押さえていたカタリナに話しかけた。

「すまん、悪かった。お前約束守ってたんだな。約束だけはお前守るもんな」

「だけはって何よ…もー、残り食べていい?」

「だめ」

「え?」

俺はカタリナの左手からまだ口をつけてないマフィンを取り上げた。

そして、大きく口の中に放り込んだ。

「おひぇもたふぇるからちゃ……うま」

「ほ、本当ですか」

「おひぇじはいうわないひょ」

おいおいジョーナさんを上回ってるんじゃないかこれ?

思わず一つを2分もかからず食べてしまい、もう一つぐらい落ちてないかと探した。

すると、少し離れた所にもう一つマフィンが落ちているのを見つけた。

しかし、それは。

 

土足で踏み付けられて、無残な姿になったマフィンの残骸だった。

「…………」

思わずカタリナの方を見るとキャンベルさんと話し込んでいる。気付いていないのか、まあ気付いてたら食べ物粗末にするなって怒ってるか……。

俺はその残骸の前にしゃがみこんでその靴跡を観察する。

(この靴跡、ヒールが低い……。上流貴族の方々は学園でも基本高いヒールだ。あの野猿とその友達を除けば。……おっ、おまけに、長めの金髪ときたか)

………なんだが、この靴の人に心当たりがあるなあ。

まあ、とりあえず勿体ない。

 

俺はそのままぐちゃぐちゃのマフィンの残骸を無言で口に入れた。

土の味がほんのりしたけど美味い事に変わりはなかった。

 

「カール様!?あ、あの、さすがに土が混ざった物は食べてもらわなくても………」

「ん?まだあったのマフィン?まあ土ぐらい大丈夫よマリアちゃん、カー兄は庭のトカゲを捕まえて焼いておやつって言って食べてたこともある舌馬鹿だから」

「え、私の名前……」

「あ、ああごめんなさい!つい!」

「い、いえ………むしろ、ちゃん付けではなく呼び捨てで結構です……」

「そ、そう?よかった!」

 

ん、石入ってた。ぺっ。

 

[キースside]

 

僕は、今クラスメイトの女の子に呼び出されていた。

勿論級友の顔は覚えている。話した回数はそれほど多くないけれど真面目で友達も家柄も悪くなく、一般的な観点から見ても美少女と表してもいい少女だった。

「それで話って何だい?」

あえて聞く。酷いな、僕。分かっているのに。

「あの……私と……」

「ごめん、それは無理な相談なんだ………」

僕は深々と頭を下げた。

「どうして?私、貴方の理想の女の子に少しでも近づけるように頑張るわ……だから……」

「そういう問題じゃないんだ………すまない」

「やっぱり!キース様がド腐れシスコンだって言うのは本当だったんですか!?」

「ブホゥ!?」

「夜な夜なカタリナお姉様の生足を眺めてムラムラしてたり、カタリナ様が履いていた靴を匂い嗅いだり懐で毎晩温めたり、姉弟物の官能小説の登場人物のページを全部自分たちの名前に書き換えたりしているんですか!?」

「そんな倒錯的な性癖はなぁぁぁぁぁぁぁぁい!!!!!」

実は最初に言われた事は何度かあったけど二番目三番目は歪んだ性癖だよ!

「倒錯的とは何ですか!私はお気に入りのロマンス俺様小説の登場人物の名前をキース様と私の名前に書き換えてますが!?」

「えっこわい………」

 




ちなみにカールがニコルと仲良くなったのはガンガンGAチャンネルのせいです。
(内田君と松岡君のコンビ好き)

ちなみに
・農協倶楽部副部長-CV.島﨑信長
・農協倶楽部元生徒会書記―CV.茅野愛衣
・農協倶楽部元生徒会会計―CV.大西沙織
でイメージしてください。声優オタクか。


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尊敬しています。

ズガァァァァァァァァァァァァン!!!!!

オーブンが弾ける音が聞こえた。

おそるおそるオーブンの蓋を開けると、そこにあったのは……。かつてチョコレートケーキを目指していたナニかだった。ぐちゃぐちゃに型崩れし、焦げた匂いは食欲をそぐ。

とても食いたくない。本当に食いたくない。

「ごめんなさい……キャンベルさん…」

「そ、そんなかしこまらなくてもいいですよ。それにマリアでいいです」

「はい……マリア様……」

「様はいりませんよ!?」

 

「うう…不味い、まずいよお……」

エプロンを酷く汚し失敗作を泣きながら頬張るカタリナを見て、俺も泣きたくなった。

 

キャンベルさん、じゃない。マリアちゃんが気にしてないのに今度こそお菓子を作って食べさせます!と言ってきたのでだったら俺たちも作るのを手伝うよ!と言ったのだが……。

結果は食堂のキッチンスペースを半分近くとんでもない惨状に染め上げてしまった。

炭を錬成、オーブンの爆発&火柱、砂糖と塩の間違い、その他料理のカテゴリでのありとあらゆる失敗を重ねて俺とカタリナの心は俺折れかかっていた。まあ、失敗の8割は俺なんですけど……。

前世の記憶の片隅で母さんが倒れた時、旦那である俺が会社を早退して家事をやった時の記憶が蘇ってくる。

ああ、そうだ…あの日うちは……。

俺が儚き黒歴史を思い出して暗く肩を落としていると、マリアちゃんが声をかけて来た。

「あ、あのもうすぐ一限目ですし片付けして行きましょう!」

「そ、そうね!」

「………うん」

 

3人で廊下を歩いて教室に向かうも、俺の気分は晴れないままだ。それはカタリナも同じなようだ。

「うう……やっぱり家で料理の練習もしておくべきだったかしら………」

「俺もなんでも食えたことが仇となるなんて………」

「だからそんなに落ち込むことないですよ。私も最初は下手で練習してやっとここまで上手くなったんです。二人ならすぐ上手くなりますよ!」

「「マリアちゃん……」」

凄い優しい。名前の通り聖母かよ、ほんとありがとう。俺こんなに優しい女の子前世でも今世でも初めて会ったかもしれない。連れは厳しいときは厳しかった。

 

授業についても、俺は今日全く聞いていなかった。

図書室で借りて来たお菓子作りの本とにらめっこ

改めて実感したが、俺は手先が不器用なのである。

前世から折り紙の鶴なんて折れた事なかったしあやとりは手がグルグル巻きになる上チューインガムも膨らませられない、図工の成績は目も当てられなかった。

「ねえ、ちょっと」

カタリナが作っている蛇のおもちゃも作れなかったし、今作ってるジャイアント〇場カカシも全然似てない。魔力がしょぼいのもこういう不器用さが関係してるのだろうか。

「先生が来るからその本閉まって」

畑や財政管理は得意なのに、なんでこうなるんだろ………。

「なんでこうなるんだろ……」

「フェボストリア、先生もお前がなんで授業を聞かないのか知りたいな」

「あ」

もう遅かった。

 

「ちゃんと授業は聞かないとダメですよ?」

「…ソダネ」

クラスメイトで隣の席のデジデリア・トランプにたしらめられながら2階の廊下を歩く。

よく授業中にノートとか見せてくれるありがたい友達なのだが怒られた今日は言えないな………。

叱られるのが気まずくて二階から見える下の中庭を見ながら歩く。

するとそこには。

「あ」

マリアちゃんが居た。

一人で昼でも食べているのだろうか。朝お菓子作りと一緒に作っていたお弁当を。

 

と思ったら囲まれていた。

おお、意外と人気者なのかな。いい子だもんな。

「貴方、調子に乗ってるんじゃないわよ!」

「光の魔力を持っているからって特別扱いされて、それで仕方なく相手をさせられている生徒会の方々も本当にお気の毒だわ!」

あっ違う。これマズい奴。

「ここからじゃ見にくいな…あっ」

丁度横に木があるじゃん。

俺は2階の廊下から身を乗り出す。

「えっ何する気「しっ!」」

俺はデリアの口を人差し指で塞いだ。気づかれたらダメなの!

「ふ、ふぁい」

「よっ」

そして俺は手すりから木に飛び移った。

そして葉の影に隠れてマリアちゃんの姿が見えるように潜む。

「そうよ!どうせ、学力のテストだって魔力が特別だから贔屓されたに決まっているわ!」

むっ、そんな事はないぞ!それが通るなら俺だって!

 

そういう罵倒を聞いていたら、一人の令嬢が手を掲げた。すると掌から火の魔法が発動してマリアちゃんに近づいていく。

…え!?そんなエゲつない虐めある!?

止めないと!

「ちょっと、それはやり過ぎ……」

「いでよ、土ボコ!」

!?カタリナの声!?

その時、カタリナの土ボコによって火を出した令嬢さんのバランスが崩れ、木の方、こっちに倒れてきた!

瞬間、ドスンという音と共に俺は木の枝から足を踏み外した。

あ、やべ。落ち。

 

ボッ。

 

え。

 

「貴方達いったい何をして「あっ、熱あっつア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛――――――――!?ヴェ———!!」

髪があああああああああああああ!?火柱ァァァァァァァァァ!?!?

「きゃああああああ!?」

「カール様!?」

「カー兄!?」

「何故木から落ちて来たの!?」

「ワーッ木に火が燃え移ってる!」

木はいいよ俺の髪――――――――――ッ!

俺は中庭に通した畑に繋がる水路の川に一目散に飛び込んだ!

顔全体を水の中に沈め、ブンブンと首を振る。

「カール様!」

「カー兄!」

2人が来る、ああああああああ!!!

「ね、ねえ大丈夫!?禿げてない!?おれはげてない!?もう嫌だ禿げるのはいやだあああああああああああ!!!」

「お、落ち着いてくださいカール様!」

4、40代後半からの忍び寄る毛根老化の波が帰ってくる……!息子に笑われるのはもうやだ………。

「し、深呼吸よ深呼吸!すーはーすーはー」

「………お前がやってどうする」

………落ち着いたわ。

ど、どうやらさっきの魔法の火が俺と木に燃え移ったらしいな。髪燃えるの本当に怖い………。

俺が落ち着いたのを見ると、カタリナはゆっくりとその場でへたり込んでいた令嬢たちの方を見つめる。

「貴方達」

「ひっ、ひ……」

「………マリアちゃんだけでなくてカー兄にも、私の大切な人に何をしてるのよ!!!!!こんな事してたら……破滅するわよ!!!!!」

カタリナが、今までにないぐらい鋭い眼光で令嬢たちを睨みつけていた。

………前世から考えても、こいつがこんなに怒った所を見るのは初めてかもしれない。

令嬢さんたちはその恐怖にバタバタとバラけて逃げ出した。

……あっ。

その中にはシエナ・ネルソンさんもいた。

行かないと。会って、話をしないと!

そう思って立ち上がったら。

隣でマリアちゃんの頬から涙が流れてきた。

「お、おい!マリアちゃんまで泣かせてどーする!」

「え!?あ、あああごめんなさい!!!」

「い、いえ違うんです……この涙は……」

え、えっと女の子が泣いた時はどうすれば…ってあああ行っちゃう!

 

「カタリナ、マリアちゃんの事任せた!」

「ええ!?」

俺は急いでネルソンさんの後を追いかけた!

 

廊下は走るなと言われているが、女の子の為だ許してください!

俺はネルソンさんの後を追いかけ、徐々に距離を縮め。

「待った!」

追いついた俺はとっさにネルソンさんの右手首を掴んでいた。

 

「…………」

ネルソンさんは振り向いたものの、複雑な表情で固まっている。

「…………………あー、そのー」

言うべき言葉を必死に脳内でまとめ上げる。いけ、これを逃したらもうチャンスはないぞ!

「あの、この前のマフィンも…君だよね」

「…だったら何だって言うんですか」

「………話がしたいんだ」

俺は、ネルソンさんの瞳を見てはっきりとそう答えた。

軽く息を吸い、言葉を紡ぎ出す。

「さっき言ってたことについて。マリア・キャンベルさんは偶然光の魔力を持って生まれただけの平民で生徒会まで入るのはおかしい、テストもズルしたんだろ、みたいな事言ってたよね」

「ええ、そうですよ。なんですか?同じ平民、光の魔力同士で馴れ合い庇い合いですか?」

うーんキツい。若い女の子ほんっとわからない。おじさんだもの。

でも、これだけは分かる。

「ほんと?」

「…え」

「ほんとにそう思ってる?そうは見えないよ」

 

「ネルソンさんがイラついてるのは、マリアちゃんじゃなくて自分自身に見えたから」

 

俺がそう言うとネルソンさんは、顔をゆがめて下に俯く。

「………何、分かった気になってるんですか」

「………………………」

「貴方だって平民の癖に光の魔力で学園に入れて、生徒会でもないのに出入りして、贔屓の塊みたいな人に私の気持ちなんて分かるはずがないでしょう!!!努力しても、努力しても何にも実らない私の気持ちなんて!」

ネルソンさんは、いつしか目に涙をためながら叫んでいた。

 

「…そうかもね。マリアちゃんはともかく、俺は贔屓あるかも。でもさ、分からなくてもずっと見てたら分かる事もあるんだよ」

俺は確信に近い推測を告げた。

「魔力を高める勉強、ずっとしてるんでしょ?」

「!」

ネルソンさんが目を見開いて思わず手元の本を握りしめた。

その本の題名は【魔力濁流術】。

「ずっと見てたから。廊下で見た時も、図書館で勉強してた時もずっとそういう感じの魔力関係の本持ってたよね」

「……見て、たんですか……」

「ストーカーとかじゃないからね!見かけた時だけね!」

俺は言い訳をしながら、右手を見つめる。

そして、その手をネルソンさんの前にかざした。

「ハッ!」

俺は、光の魔力を発動させた。

 

‥‥特に何も起こらない。ただ手が蛍の光みたいにぼんやり光るだけ!

光魔法は本来もっとさまざなな応用ができるらしいのだが、俺はこれしか出来ない。

手を引っ込めながら、俺は噛み締めるように言葉を紡いだ。

「俺はほら、ね?こんなショボい事しか出来ないのに魔法学園に入っちゃったからさ、毎日勉強はつらいしついていけないし………でもさ、ネルソンさんは一人で努力してるのを見て凄いと思った」

これは本当だ。最初はスカウトの為に気にし始めたが、彼女の努力は数回見ただけでも分かった。

手にはペンだこやインクの後がわずかに残っているし、目の下にはメイクでも隠し切れないクマがある。多分、睡眠時間を削って勉強しているのだろう。

「それと同時に、同じように生徒会の仕事もしながら毎日勉強を欠かさなかったマリアちゃんの事も同じくらいすごいと思った」

マリアちゃんはカタリナに勉強を教えてる時もものすごい量のノートを使っていたし、生徒会の仕事もミスがないか何度も確認しているし何よりこんなに忙しいのに俺たちにお礼したいと言ってくれたその心が眩しかった。

俺みたいに、毎回毎回勉強にヒーヒー苦労してる奴とは違う。継続は力になるのだ。

「俺は俺が好きな人がね、俺のことを助けてくれたからここまでやってこれた。そんな奴でもなんとかやってこれてるんだからさ。ネルソンさんならもっとやれると思うんだよ!」

「……やれるって何、ですか………」

「何でもだよ!君の努力は報われるよ。じゃないとおかしいもん。それでも駄目なら俺がいる!」

「カール……様が?」

「だってこんなどーしようもない先輩だってこの学園で生きているんだからもっと胸張って生きようよ!上を見るのに疲れたら偶には下もいいもんさ!俺を見て自分は全然いけるって思うのさ!ね?」

「………私………」

「えっとね、とにかく」

 

「俺、ネルソンさんの事好きだから、元気出してほしい。後……マリアちゃんに、ちゃんと謝ってほしい」

「!」

ネルソンさんが顔を上げた。

その顔には、涙があった。

えっ、あれ、泣かせちゃった!?どうしよう!

「あの……」

「ん?」

「……手……」

「!ああごめ」

「いえ」

 

「もう少しだけ……握らせてください」

ネルソンさんは、そっと俺の掌を両手で握りしめていた。

……わかんない、この後どーすればいいの………。

 

「…また口説いてるよー、もー。もー。やっぱ告らないとわっかんないかなあ…」

 

翌日。

「キースごめんね~」とか言っているアホを連れて図書館に俺たちは赴いた。

「「「「ごめんなさい」」」」

「……いいですよ、もうこういう事をしないでいただければ」

令嬢さんたちがマリアちゃんに謝罪するためだ。

なんで図書館かと言うとここならそれほど目立たないというマリアちゃんの配慮と、図書館はマリアちゃんにとってもネルソンさんにとっても毎日通っていた重要な場所だからだ。

「キャンベルさん。私、貴方に嫉妬してたの」

他の令嬢がそそくさと出ていく中、最後にネルソンさんが前に出てぽつり、ぽつりと話す。

「この学校は実力主義なのにね。別に生徒会に入りたかったわけでもないのに。私、そんな事分かっているのに貴方を恨みかけてた自分に一番腹が立ってたの」

そうして、後ろ手に隠していた物をマリアちゃんの前に出した。

「これで、あの時の事も許してくれませんか?」

それは、マフィンだった。

勿論市販品だったけれど、マリアちゃんにならきっとそんな事は関係ない。

「………はいっ、ありがたく頂戴します、ネルソン様!」

マリアちゃんはにっこり笑ってそのマフィンを受け取った。

「私も、図書館でネルソン様が勉強しているの知ってました。凄いな、見習わないとなあって」

「……それは私のセリフよ、貴方って人は」

ネルソンさんの声色は、前と違ってとっても優しい音だった。

「クラエス様にも、その……」

「いいわよいいわよ反省してくれたなら。ね、私の事はカタリナでいいからシエナって呼んでいいかしら?」

いや距離感。

「よかった。まあカタリナは馬鹿だけど仲良くしてくれたらありがたいな」

「は、はい……」

ネルソンさんはしぼんだ声でそう返事してくれた。

 

「なんだかわかりませんが、皆さんが仲良くなったようで何よりです」

「おっシリウス。図書館に用か?」

そこに生徒会長、シリウスが通りがかる。

「ええ、少し図書係の人と一緒に点検を」

「よーし、全部片付いたことだし俺も手伝うよ」

そう言って俺が席を立とうとしたら、デリアが腕をつかんできた。

「何全部終わったみたいな感じ出してるんです?カール君は先週の定期筆記試験追試じゃないですか。2年生160名中155位。うち五人は欠席。文学以外全部赤点」

「…えへ」

「えへじゃないです」

 

そう、倶楽部の事、ネルソンさんやマリアちゃんの事にやっきになり過ぎていた俺は酷い成績を収めてしまったのだ。こんなことになるなんて…。

そして図書館で皆による指導の一週間の地獄を過ごしギリギリ夏休みの補習は免れたのだった。

 




アニメ、思ってた以上にアニオリが多くてプロットを練り直しています。

シエナ・ネルソンさんが活躍するスピンオフ作品【乙女ゲームの破滅フラグしかない悪役令嬢に転生してしまった…破滅寸前編】は1巻が好評発売中!

デジデリア・トランプさん?こんな女の子原作に居ないよ!オリキャラだよ!
カール君が変な事を2年生内でやるとストッパーが居ないから生えてきたんだ……。


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昔の物を発見しました。

しんしんと、街中に雪が降り積っていく。

この世界にも、冬はあるようだ。しかも結構つもるタイプの。

 

自分の狭っ苦しい離れの部屋で高そうな紙にインクを走らせながら俺は今年一年、いや、死んだ妹との再会、王子をはじめとする貴族階級の新しい友達、後商売計画などを思い返していた。

一応しがない平民の俺が貴族社会に止むを得ず片足突っ込む事になったり、あまつさえ財政管理とか手伝ってみたり、国外に初めて出てみたりなんて前世や記憶を取り戻す前の自分では到底想定していなかっただろう。

ん、国の外の話って何か?それはまあ後でいいでしょ。

 

「……手紙なんて何十年ぶりだろ」

うちの実家が冬季はストーブの火薬販売で忙しいのと、貴族達も年末決済だの春に備えての住民管理だのと忙しいらしく毎年冬頃は会う回数を減らす事にした。なのでカタリナとの定期報告は手紙でする事になったのだ。

しかし、手紙の書き方というのはどうも分からない。メールとかLI○E世代なので数えるほどしか書いた事がないのだ。

とは言え、書くしかないので書く。それしかないなら何がなんでもやるのだ。

…他の皆の分も書くか。せっかくだし。

えーと、キー坊とジオジオ、アラ助…メアちゃんはどうしようか、でも弟子だし……。まあ書こう。

ニコルとソフィアちゃんは…昨日も遊びに行ったばかりだしいいか…。

俺はペンを走らせた。

カタリナ宛の手紙だけは日本語だ。結局体に染み付いているのか、まだ日本語の方が書きやすいんだよな…。

 

[カタリナ。冬だからってあったかい部屋にダラダラ篭ってないで畑の冬期管理も忘れるなよ。後ピアノは悪くないがバイオリンはアレは何だ。弦楽器はお前に向いてないから今後触れない事を勧める。それとさんにうちの火薬を大量に買い取ってくれた事をお礼しておいてくれ。後今度隣国に行く事になったら土産は食べ物で良いな?後まだ植えてない作物の苗が種があったらチェックしておく。それと本もチェックするし、最近のオススメは「花園のオラリオ」だ。主人公は馬鹿なんだが、その正直さで凝り固まった奴らを続々味方につけていく話でな…おっと続きは読んで確かめろ。

最後に。

 

死ぬんじゃねえぞ。絶対許さないから。カールより]

 

俺はその手紙を、そっと郵便社のポストに入れた。

 

その後も、俺は手紙を何通も書いた。

[カタリナへ。お前何俺に話通さずうちに高級鍋送りつけてるんだよ!!!うちの花火馬鹿の親父が食卓テーブルで食べるの面倒くさがって竈で煮て溶かしちまったじゃねえか!!!…誕生日のサプライズはありがたいけどほんと、これっきりにしてくれ…。

後お前前お菓子食べてる時ほっぺたちょっと気にしてたけどまさか虫歯じゃねーだろうな、歯医者さんこの世界にないんだぞ、歯磨け!]

 

他の皆にも。

[ジオジオ。お前の所の馬、乗ろうとしたら蹴り飛ばされそうになったんだけど今度乗れるようにしつけてくれない?]

[アラ助。今度顔隠して謎のさすらいの音楽家ごっこやらない?(〜〜以下略)]

[メアちゃんへ。まあ特に言う事ないけど毎日の筋トレは欠かさない方が良いよ。腕の二等筋のキレがね(〜〜〜以下略)]

とまあ、とりとめのない内容を書いた。

ちなみにニコルとソフィアちゃんにはあんまり書いてない。何故ならこの2人とは冬の間も大して変わらないペースで会っているから。

 

そしてある日の手紙のやり取りの事。

[カタリナへ、ソフィアちゃんから聞いたんだけどお前まだ『プリンセスアウェイクニング!』6巻返してないんだって?(〜〜以下略)]

[カー兄へ。ど、どうしよう………読みながら寝落ちしたら涎でページがベトベトになって拭こうとしたら破けちゃった…]

 

「いや新しいの買って返しなよ。俺にこんな手紙出す前にさあ」

「なんで来たの!?」

「こんな事伝えるだけに紙がもったいない。俺も一緒に謝りに行ってやるから」

俺は門の前で白い息を吐きながら、冬の割にガウンも羽織っていないカタリナにそう伝えた。

「そ、そうね…キースには内緒ね?またお母様に寝ながら本を読むなんて!って怒られちゃう…」

「後ろにいるけど」

「…全く姉さんは。ほら、風邪引くよ?」

「ヒィーッキース!お母様にチクるのだけはやめてええ!」

「しないから!」

 

という訳で早速馬車を出してもらって、雪道の中本屋で新品の本を買ってからアスカルト家に謝罪に向かった。本代はお小遣いから、お詫びの菓子折は今日のおやつでカタリナは目頭に涙を浮かべ悔しそうにそれを包装していた。あんまりにも哀れに見えたので硬貨を一枚だけ上げた。

ドラをノックするとモコモコの部屋着ドレスに身を包んだソフィアちゃんが出迎えてくれた。

「皆さん!遊びに来てくれたんですね!どうぞこちらへ!」

「い、いや違うの、その…本、ごめんなさい汚しちゃいました!!!」

カタリナは雪の地面に土下座を敢行した。

「わあああ馬鹿!新品が濡れるだろ!」

俺はカタリナの手から慌てて新品の本と菓子折を取り上げて、ソフィアちゃんに手渡した。

「カタリナ様!」

そしてソフィアちゃんは片手に本と菓子折を抱えてカタリナを無理矢理立たせた。たくましくなったなあ。

「ごめんねごめんね!借りてた本、涎でベトベトにしてしかもちょっと破けちゃって…」

「……いいえ」

なおも謝り続けるカタリナから、ソフィアちゃんはまだカタリナが抱えていた汚れた方の本を取って笑いかけた。

「いいんです、それならむしろ捗るというかラッキーというか永久保存になったと言うか!寧ろ新しい本も手に入ってハッピーです!」

「そ、そう?ならよかったわ。ソフィアは本当に優しいわね!」

「本当だよ」

「姉さんはもう少し頭使って生きようよ」

「2人揃って酷い!」

 

「…〜〜〜あったな〜、そんな事」

俺は古ぼけた箱の前に座り込んで1人で思い出し笑いしている。

久々に部屋の掃除をしていたら手紙を見つけ、なんとなく感情に浸っていたのだ。

「…っといけね、掃除続き続き」

俺は立ち上がって床の物を拾い始めた。

ある程度拾った所で、床にある物が落ちているのを見つけた。

箱からこぼれ落ちたのだろうか?

「………これ」

俺はそれを拾い上げて、また懐かしい記憶が蘇ってきた。

まあ、それはまたのちに語るとして。

「…行くか?」

 

[ソフィアside]

私は休日、カタリナ様と一緒かお兄様といつも一緒だ。

けれどお兄様は家の仕事、カタリナ様はメアリ様、ジオルド様達と一緒にパーティーに行ってしまったので今日は1人だ。

魅力的なカタリナ様と違って私には他の友達がさっぱりいない。やはりこの髪と瞳の色のせいだろうか、いや、それを言い訳にして踏み込む付き合いをしてこなかった自分自身の責任なんだろう。農業倶楽部に入らなかったのも勇気がなかったからだ。

今日も、カタリナ様の他の友達のパーティーだったから、私は何を話していいのか分からなくて結局欠席を選んだのだ。

寮に居ても退屈で、私は一人で外に出た。外と言っても学園の敷地内だけれど。

生茂る木々からも私は一人で歩く。

気がつけば自然と視線は下を向いていた。

 

本がないと不安で、誰かがいないと怯えて。

ずっと、ずっと昔から私は、一人だとこうなんだ。

 

ーーーそう言えば、うすぼんやりとした記憶だけど。

こんな時、とても嬉しい事があったような…。

 

気が付けば私は森の奥の、東塔の図書室まで無意識に足が向いていた。

普段は本校舎の図書館を皆使うのでこっちに来る事はあまりない。貸し出しもこちらはしてないので基本無人だ。

私はふらりと入って、本棚を見つめる。

ああ、この紙とインク、そして少しのホコリ臭さ。少しだけ気分が落ち着いた。

本を数冊選び、席について本を開く。

静寂だけが、私を取り巻いていた。

 

ある本を終盤まで読み進めたところで、ふと手が止まる。

主人公たちのカップルがようやく結ばれた横で、その二人の兄弟と友人である二人も良い仲になっているシーンだった。

……こうなったなら、みんな幸せなのに。

カタリナ様はお兄様と。メアリ様はアラン様と、そして私は―――――――――。

 

「ソフィアちゃん!」

私を、呼ぶ声が聞こえた。

この、声。

「いやー、寮に居ないからやっぱり図書室だと思った。こっちとは最初思わなくてあっちの図書館も行っちゃったけど」

「…カール様!今日は学園にいたのですか」

「いや、家に帰ってた。パーティーは猫被らないといけないしね…」

カール様は困ったように笑った。

カール様は平民階級の方なので、滅多にパーティーには出ないし出たとしても執事を装ったり常に敬語で話すので私は少々困惑するのだ。

カール様やカタリナ様には、壁なんて無しで話しかけて貰いたい。

「家から来たと言うことは…私に何か用なのですか?」

「ああ、これ」

カール様はポケットからある物を取り出した。

「!」

それは、指輪だった。

勿論高級品ではなく街のアクセサリーショップで売ってるような物だ。

紅い宝石が中心に刻まれており、リングの色も真っ白だった。

「昔あげようと思って買ったんだよね。それが渡し忘れててさ…今更だけど、貰ってくれない?」

カール様はそう言って、私にこの指輪を指し出してきた。

 

【………ありがとう。喜んで!】

 

「………ありがとうございます!喜んでお受け取りいたします」

私は、そっとその指輪を受け取った。

「いや、そんな真剣に受け取るもんじゃないよ?子供向けだし安物だし古いし」

「いいんです、気持ちが一番嬉しいんですから」

「そっか、あ、俺も本読もーっと」

そう言ってカール様は私の隣に座り、机の上においてあった本をとってニコニコ顔で読み始めた。

私も、そっと指輪をはめて隣で本の続きを読み始めた。

 

そして私。

あの時、一体誰を考えたのだろうか。

 




言う必要はないかもしれませんが新しい本買った時にアクセサリーショップでこっそり買ったのが指輪です。カール君は「いつも暇な時本読ませてもらってるしな」以外の意図は特にありませんでした。親戚のオジサンが可愛い幼児にプレゼント買ってあげるのは当然だよなぁ!?
まあ何年も忘れてて16歳の女の子に同じムーブするのは最悪おじさん仕草ですが……。

後オッさんってやたら多趣味な人多いイメージあるからカール君は本読むのも外で騒ぐのも祭りごとも好きです。


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農家は勉強の日々です。

新学期が始まって2か月ほどたち、農協倶楽部も次のステップに進んだ。

種植えの次と言えば~~~、ひたすら水やり!肥料撒き!生えたら一部を間引き!…地味だな!

まあ地味な事を積み重ねていくのが農業だ。やってこう。

それに、新入部員も入ったんだ。

「入部してくれてありがとうございますね、ネルソンさん」

「いえ、特にお礼を言われることはありません」

俺は隣で肥料袋を運んでいたシエナ・ネルソンさんに改めてお礼を言った。

そう、あの後彼女が頼みまでもなく入部してくれたのだ。正直勧誘の事途中から忘れてたけどまあ結果オーライ!

「いや、本当に助かったんですよ。何かお礼したいぐらい」

「………なら、その、いいでしょうか」

「うん、何でも言ってください!」

「………シエナでいいです、さっきからの敬語もなしで」

「え、でも」

俺が問いかけると、ネルソンさんは黙り込んでしまった。

「わ、わかったシエナちゃん」

「……呼び捨てでいいです、カタリナ様のように」

えええ!?れ、令嬢的に大丈夫なのかなそれ………。

「ちょ、ちょっとそれは……」

「うおーい芋焼けたわよ!」

「おっ芋今行く!」

「あっ………」

おいもの元に俺は走った。

 

「焼き芋うめえ~~~バターあったらもっとよかった~~~」

「ばたー?」

「牛乳をなんやかんやしたやつ~~~」

「それぇねぇ、わひゃるわ」

「両手で芋掴んで食うな」

「カタリナ様、私のも少しどうぞ!」

「しかし去年お世話になった農家から芋が届くなんてな」

副部長がまだそれなりに余っていた後ろの芋たちを見て感想を漏らす。

「ああ、これは今年はもっと気合い入れていかねばならないな」

「?何の話?」

「んだよ、お前忘れてたの?」

俺はとぼけたカタリナに指を突き付けてもう一度教えた。

「次の連休は年恒例の農協倶楽部、1泊2日の合宿だ!荷物明日までにまとめとけよ!」

「えええ!?なにそれぇ!!」

「プリント渡しただろ、うちの卒業生が居る農家区域を見学させてもらうって」

「き、聞いてなかった………」

「お前その人の話を聞かないくせ直した方が良いぞ」

「毎年恒例って2回目だけどね」

冷静なコメントはスルーして、俺は再びカタリナに向き合いこういった。

「ちょっとじっとしてろ」

「ん?」

「ほい」

俺はポケットに入れていた安物のメガネをそっとカタリナにかけた。

「!?」

隣のキー坊とメアちゃんが凄い驚いた。いやそんなに?

「え?なんでメガネ?」

「変装だよ変装。一応公爵令嬢だろ?それに、それかけてると目つきの鋭さが誤魔化されるぞ」

「おお、なるほど」

「……姉さん、その………メガネ似合うね」

「カタリナ様がいつもの数倍知的かつビューティーに見えますわ!」

「え!そう!ならかけてこ~っと!」

カタリナはくるくるとその場で回りながらテンションを上げていた。

いや、転ぶ……あっホントに転んだ。メガネ……。

 

【キースside】

 

「いやー、いい天気!今日は絶好の畑日和ね!皆、頑張りましょう!」

「集合時間ギリギリに到着した馬鹿が言うセリフじゃないの、そういうのは部長の俺でしょ」

大型馬車に乗って、僕たち農協倶楽部は一泊二日の農業体験学習に出発した。

最初は何なんだろうこの部活……と本気で思っていたが、まあ自分の畑を持って適切な管理するのは意外と楽しい。将来領主として父さんの後を継ぐときに役に立つかもしれない。今日の経験も自分なりに生かしたい。

「そうですね、カタリナ」

この目の前の姉さんの隣に座るお馴染みのたんこぶさえいなければ。

「なんでいるんですか、ジオルド様」

「そうですわ!これは農協倶楽部の合宿ですのよ!貴方は生徒会所属でしょう!」

「ハハハ、婚約者が泊りがけなら僕もついていくのが道理でしょう。部長もいいと言ってくれましたしね……」

僕とメアリはカードゲームに夢中になっている部長に厳しい視線を向けた。

が、分かっているのだ。無駄な行為だと。

カタリナの行動を予測するのだけでも難しいのに、更に訳の分からないカールさんの行動を恨むのは無駄だと。ありのままを受け入れるしかないのだと。こきゅう、たのしい。

「おっ、もうすぐたぞ………」

副部長さんが窓の外を見て、嬉しそうな声でそう言う。

その視線の先には、大きく広大な畑がどこまでも広がっていた。

「よーし、がんばるわよ!」

 

農業体験はつつがなく、しかし楽しく行われた。

みな真剣に、あの授業中はしょっちゅう寝ていて注意しても「勉強は破滅フラグには関係ないし…」と意味が分からない言い訳をする姉さんも大真面目にメモを取って頭をひねっていた。

ここに貴族も平民もなかった。みな平等に農業に対して真剣だった。

「なるほど、つまりここの管理者とコネ作っておけばいいと……」

「後そこは土地がいいですが持ち主の評判が良くないんですね、買い叩きましょう」

「ジオジオ、王家御用達の商人と対談今年中に出来る?」

「交渉してみますね」

………なんか約二人は農家の人とめちゃめちゃ金の話をしているが。

「あ、そうそう。今年はこんな珍種が育ったんですよ」

「へえ、どんな……いやデカッ!このパンプキン中に人入れるだろ!」

「これは出荷に手間がかかりそうですね……」

「うおおお………やっぱ珍種は見るとワクワクが止まらんな……!!!」

……まあ、農業の話もしてるしほっとこ。

「カタリナ様、この花はめしべ同士でもめしべがおしべに代わって種を作れるのです!私もこのような花になれたら………!」

「へー、メアリはこの花が好きなのね」

「………伝わらないんですね、これで……」

「………ええ、伝わらないのです…………」

「えっ何?何二人で通じ合ってるの?」

あっちもまあいいだろう。

 

今日一日の作業が終わって、皆で街の方の宿屋に移動する事になった。

馬車はもう引き払ってしまったのでくたくたの中、夕日の道を皆で歩きだ。

「あ~疲れたわ~お菓子食べた~い」

「ま、これから行くとこならワンチャンあるかもな」

「え?お菓子屋さんで奢ってくれるの?」

「違う違う」

 

「さぷらーいず、訪問だよ」

 

また何か……変な事言い出し始めたんだけど……。この自称兄の事、やっぱり何もわからない………。

 

「へっくしゅ!」




俺もカール君のことよくわからなくなってきたな……頭が悪いってことは分かるんだけど…………。


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遊びに来ました。

さて、さぷらーいず訪問とは。

「マリアちゃんの家の場所は事前に調べて来た!この地図の通りに行くよ!」

「ナイスよカー兄!」

カタリナがサムズアップをしてきたので俺もサムズアップを返した。

「ちょっと!こんな大人数で連絡もなしに押しかけたら不味いでしょ!」

慌ててキー坊が止めようとするが無駄だ。

「いやいや、ちょっと時間空いたから顔見に行くだけだし。大人数って言っても7人ぐらいでしょ」

「7人?おや、二人足りないようですが………」

「バカ、王族までアポ無しで居たら何か検査に来たのかと思われるでしょ、ジオジオはもう宿に行ってていいよ」

「え」

「メアちゃんも先に行ってて、王族関係者でしょ」

「なっ、カタリナ様やカール様もそうでは?」

「いや俺平民。あとさ」

俺は後ろのカタリナを指さした。

めちゃめちゃ瞳をキラキラさせて、鼻歌交じりにスキップしている。

「アレを見て「行くな」って言える?」

「「…………」」

2人とも無言になった。

思ったけどこの二人、妙にあいつに過保護な所似てるなぁ。キー坊といい、あんまり甘やかすと駄目だと思うんだけど。

「それならキース様も私達と一緒ですわね?」

「ええ、そうですね僕たちと一緒に……」

「な!巻き込む気ですか!」

「いや、キー坊は来てもらうけど」

2人の渋い顔と同時にキー坊が笑顔になった。

 

「カールさん、荷物持つよ!」

「おっ、ありがとう!」

2人と別れ、露骨に機嫌が良くなったキー坊に荷物を少し渡して俺たちは歩いている。

「ちょっと、なんでキースはついてくるのよ、マリアちゃんと急接近したらどうするの?」

「ははは、まさかぁ。お前が何やらかすか分かんないからキー坊は必要でしょ。尻ぬぐいはやだし」

カタリナが頬を全力で引っ張ってきたのでマスキュラーボムで逆さにしてやった。キー坊が叫んだ。いや、これ危ない技だから地面に下ろしてはいないよちゃんと?

 

【副部長side】

 

僕は農協倶楽部副部長の他国からの留学生です。

今日は農協倶楽部の合宿で、そのついでに最近仲良くなったマリア・キャンベルさんの実家に顔を出すとカール部長が言う。

…怪しい、めちゃくちゃ怪しい。

そっちが本命だったんじゃないか?カール部長は…彼女の事が好きなのか?話している所を見たことはある、確かに美少女と言って差し支えないだろう。同じ平民の身分、かつ光の魔力同士気が合うのかもしれない。しかし、そんな。そんな…彼に…彼女が……信じたくない。

と言う訳で宿のチェックは王族の二人に任せて僕もキャンベルさんの所に向かう。

「マリアちゃんの家の場所は事前に調べて来た!この地図の通りに行くよ!」

………!?

そ、そんな!!もうこんなの実家に「娘さんを僕に下さい!」しに行くようなもの!!!ゆ、許されない許されないよそんなこと!!!!!

僕の方がずっと前から部長の側に居たのに。

あの、ニコル様を巡って生徒会の空気が最悪になったあの時、部外者なのに生徒会室でふんぞり返っていた彼が空気を変えてくれた。そして生徒会を辞める事になった僕ら3人に新しい道を用意してくれた。

勿論ニコル様を嫌いになったわけではない。けど、今の僕の太陽は……。

「オゴッ…!」

彼に彼女が出来るかもしれない。その事実だけで胸が張り裂けそうになった。

「大丈夫ですか!?副部長!!」

フラついた僕を、カタリナ・クラエス

「あ、ありがとうクラエス様…支えて貰わなくても大丈夫ですから」

触れられた瞬間からキース様の目線が凄いので。ついでに頭痛もすごい。帰りたい。

 

1時間後。

「…迷った」

「地図読むの苦手なら最初からそう言ってよ!」

キース様が豪快にツッコミを入れた。

「いやあ、やっぱり他人に調べごと頼むのは駄目だね…」

「多分そう言う事じゃないから」

仕方なく地図を取り上げ僕が見る。

…このままたどり着かなければ。

「ねえ、どっち?」

そうふと思うと、カール部長が顔を近づけて僕の瞳を覗き込んできた。

「……逆方向でした」

「マジで!?」

嘘はつけない、だってあんな真っ直ぐ見られたらさあ……。

 

そうしてキャンベルさんの家に向かう途中に、声をかけられた。

「あのー、もしかしてキャンベルちゃんのとこに行くの?」

「やだー、っまじ?」

「ねね、マリアちゃんの【かくしごと】知らない?」

「ドロドロ修羅場を聞きたいの!お年頃だから!お年頃だから!」

めちゃくちゃハイテンションで下世話な話を聞き出そうとする女子二人組だった。

ど、どうしよう……知らないし………。

「マリアさんの事は知りませんが……貴族様のとっておきのドロドロ話なら提供できますよ」

キース様がニッコリとほほ笑んだ。

 

女子二人組はキース様がスラスラと語るドロッドロの5角関係に大満足したようで手を振って帰っていった。どうやらゴシップならなんでも良かったみたいだ。現金だな。

「ありがとうございます、でも、今の話って本当の……」

「ふふ、内緒」

キース様は人差し指で口を押えながらそっとそう告げた。

うわっ~~~~、えっち…………。

じゃない、これじゃまるで美形なら誰彼構わないみたいじゃないか……………。

 

「……まさかこんな所であの本達が役に立つとは」

 

―――――—【回想・12歳頃】———————

 

「高飛車な旦那から友達の奥様をNTRる…………いい、いい、胸がときめきますわ……!」

「ほほー、痴情のもつれからの連続殺人事件………」

「あれ、カー兄もメアリも新しい本読んでるわね」

「おー、最近ロマンスも冒険物も飽きて来たし新しいジャンルを開拓しようと思ってな。ここのバイト代で買ってきた。ソフィアちゃんも女子同士とか男子同士のアレコレの本を読みたいって言ってたからそっちは貸した」

「え、うちにバイトに来てたの?」

「いやー、なんか毎回毎回悪いから色々手伝ってたら高額のお小遣い程度はくれるようになって………」

「なにそれずるい!私は貰ってないわよ!」

「お前はお嬢様なんだから頼めば当主様が買ってくれるだろ、ほら、一冊貸すから黙って読んどけ」

「皆さん、何を?」

「おっ、キー坊も読むか?」

 

「キースもそういうの読むのね、私はなんかよくわからなかったわ」

「「「いいん(だよ)(です)、カタリナ(様)(姉さん)はわからなくて」

「?」

------【回想・終わり]-------

 

「「やっほー」」

「み、皆さん!?」

「来ちゃった♡」

「たまたま近くで農業学習やっててね、ついでに」

マリアちゃんはそれはそれは驚いて、でも少し嬉しそうにそう言った。

結局生徒会メンバーなので倶楽部にこそ勧誘しなかったけれど、色々あった仲だしカタリナとも仲良くやってもらいたい。真面目そうだから野猿のストッパーになってくれそうな気もするし!

と、ニコニコ笑っているといつの間にか居間に通されていた。…アレ、別に上がり込むつもりはなかったんだけど

「皆さん狭い家ですがゆっくりごくつろぎ下さい!」

「いや、わざわざお茶までもらわなくても……」

「いいえ、折角来てもらったのに粗茶も出さないのは失礼ですから!」

マリアちゃんはそのままお茶を汲みに台所に行ってしまった。

「ちょっと部長、予定と違うけどこれどうするの」

「ははは、……ごめんなさい奥様、大勢で押しかけてしまって」

俺は苦笑いを返しながら、横で呆然と立ち尽くしているマリアちゃんのお母様に頭を下げて謝罪した。

「いえ……あの子の、友達がこんなに沢山来るなんて……初めての事で……」

たどたどしくマリアちゃんのお母様はそう言う。

……そうか。

なんだか色々あったんだなあ。俺も前世の記憶が蘇るとかあったもんな。

「…あの畑は、今は使っていないのですか?」

すると、部員の一人の元生徒会書記のクローディア・アウリーチがそんな質問をマリアちゃんのお母様にした。

「ええ、昔主人が使っていたんですが…今は…」

「そうだわ!」

カタリナが突然ガタッと音を立てて席を立った。

「ねえ、お茶のお礼にあの畑皆で耕さない?」

 

「……お前にしてはナイスアイデア」




ダラダラと書いてたらアニメ終わっちゃったよ〜〜〜!


って2期!?!????
ソラくんがアニメで!?!?頑張るぞ〜〜〜〜〜〜!!!


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幸せを守ります。

俺は戦っていた。

「ふぅぅぅぅぅ‥‥‥ハーッ!!!」

声を張り上げて、拳を握りしめる。

こいつには関節技も寝技も通用しない。ただ、己の破壊力を信じるのみ。

足に全身全霊の力を込めて、飛び上がる。

「ホワチャ―――――――――――!!!!」

真上めがけて、俺は拳を振り下ろした。

 

発端はマリアちゃん家の畑をカタリナが整備してあげよう!という思い付きだった。父親が失踪してからなんとなく触る気にならなかったらしい。

………妻も息子も娘も置いて行ってしまった身として胸が痛くなった俺は、その思い付きに賛同した。

そこで、またまたサプライズとして。

「なあ、貰った種植えてみない?」

昼の畑で貰ったクソデカカボチャの種を植えてみたのだが………。

「うーん、日差し悪いな」

「部長、光魔法で畑を照らしてみたらいいんじゃない?」

「おっ、ナイスアイデーア」

部員の元書記、ラナのアイデアで俺がしょっぼい光魔法で畑全体を照らしたら……。

 

メキメキと大きく育ち、巨大なカボチャが実った。

「う、嘘でしょ!水ちょっとあげただけでもう実が実って……」

「ワレハ、シンジダイニウマレオチタカボーチャ………ニンゲン、ハイジョシワレワレガテンカヲトル」

「うわーっ喋り始めた――――ッ!」

「グワォ―――――――――——————ッ!」

「襲い掛かってきた――――――っ!」

「ッ!」

部員たちに飛び掛かってきたカボチャを俺は取り押さえた。

「ゴラァ、部員に牙向くならまずは俺を倒してからにしろや……!かかってこいやぁぁぁぁぁぁぁ!!!」

俺はすぐ近くの鍬を拾い上げて、カボチャに向かって振り下ろした!

そして、壮絶な戦いが火蓋が切られた。

 

鍬は強靭なカボチャの皮によりすぐ折れた。人体に特化したプロレス技は全て役に立たない。そもそもなんでカボチャが自我を持ち始めたんだとかいう些細な疑問もあるが、今は気にしてる暇はない。

「ハッ!」

俺は回し蹴りをカボチャの右下めがけて振りぬく。さっきからこの箇所を集中的に狙っている、チリツモのダメージで穴をあける………!

「ソノテハヨメタ!」

「!」

カボチャはバックステップで俺の足を避けると、すぐに足めがけて噛みつこうとしてきた。

俺はすぐに足を膝蹴りの体勢に変え、カボチャの『芽』に膝を食らわせた。

「グッ!」

カボチャは一瞬たじろいだものの、今度は自分の『茎』をムチのようにしならせ飛ばしてきた。

「がぁぁ!」

しなる茎は想像以上に痛く、俺の顔も苦痛に歪む。

「カールさん!」

ここに来てからやっぱり、和解したとは言えいきなり家まで押しかけてしまう事に抵抗があったのか喋らなくて悪いことしたな、謝らなきゃ……と思っていたシエナちゃんが俺の名前を叫ぶ。

「大丈夫!いいからみんなは家に入ってて!」

「カー兄!無茶しないでよ!」

「分かってる、よ!」

「ナ!?」

俺は茎の一本を掴み、カボチャをその場から動けなくする。

「ふふ、俺の友達には炎魔法が使える奴が居るんだ……お前が逃げられないようにこうして抑え込んでおけば、お前なんて灰だぜ………」

「オ、オマエモヤケルノニ、コワクナイノカ!」

「真剣勝負にそんなもの関係ないわ―――――っ!!!」

俺は茎を握りしめたまま、カボチャに向かって走り出す。

「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!」

「ウオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!」

互いを思い切り突き飛ばし、互いがゴロゴロと土煙を上げて転がる。

「や、やるじゃねえか………」

「オマエ、モナ………」

なんか今体当たりされた肋骨が痛いけど長男だから我慢出来る。次男だったら無理だった。

勝てるのか、コイツに。

ふと気持ちがネガティブになったその時。

 

マリアちゃんと、マリアちゃんのお母様が仲良くお菓子作りをしているのが見えた。

 

………この幸せを、壊させてたまるかああああああああああああああああああ!!!!!!!

「ラァ゛ッ!」

「ガッ!」

俺は拳を全力でカボチャにぶつけた。

痛い、だが。

負けると言う出来事になる痛さより、ずっとマシだ。

「コ、コブシ二スゴイチカラガ……!ナンナンダオマエ!!」

「カール・フェボストリアだよ!!!!!」

更に殴る。

殴る。

 

「…………」

「…………!ネルソンさん………」

「お菓子を作ってくださるのだから、お茶ぐらい淹れます。それと………」

 

「おごがましいのですが、マリアさんと呼ばせていただいてもよろしいでしょうか……」

 

殴る。

殴る。

 

「ん~マリアのクッキーはやっぱり最高~~~!」

「カタリナさん、がっついたら喉に詰まるよ?」

「シエナさんの入れたお茶、とても美味しいです!」

「…ありがとう、ございます……」

「……部長、大丈夫かな……」

「大丈夫よ、カー兄が大丈夫っていう時は本当に大丈夫だから!」

「まあ、確かにそういう人だよね……」

「そうね、カール君だもの」

「あの、せっかくですし……皆様の知っているカール様を教えていただけませんか?」

殴る。

叩く。

叩く。

叩く。

 

いつしか拳は開いていて、無意識のうちにプロレスでよくあるビンタのようにカボチャの頬を叩いていた。

そうだった。プロレスは勝つか負けるかで全てが決まる世界じゃない。相手をリスペクトし、互いを引き立てあう素晴らしい総合格闘技だった………!忘れかけていた、この世界に来てから!

 

やがて、カボチャはぐらりと倒れた。

俺も、倒れた。

「お前、とのプロレス、楽しかった、ぜ……」

「プロレス、ノイミワカラナイガワレモダ………」

 

いつしか、俺とカボチャの間に奇妙な友情すら感じていた。

 

その後、マリアちゃんのクッキーを食べながら手当してもらったのでそろそろおいとますることにした。

「マリアちゃん、カボチャンの事よろしくねぇ………!」

カボチャはカボチャンという名前になった。名付け親はカタリナだ。

「サラバ、サラバワガトモ……!」

「は、はい!」

「カボチャン、ご飯はお水だけでいいの?」

「カマワナイゾ、オクサマ」

そして学園にこんなの連れていけないのでマリアちゃん家で飼う事になった。マリアちゃんのお母様もこれで寂しくないだろう。

「それじゃあ、皆さんまた学校で……」

「あっ、そうだわ!」

俺もお別れの挨拶をしようとしたら、カタリナが突然思い付きでこんなことを言ってのけた。

「マリア、今日は貴方も一緒に泊まらない?」

「え、ええええっ!!!」

マリアちゃんは大声を出して驚いた。俺もびっくりして声が出なかった。

ちょ、お前それはいくらなんでも………。と、止めようとしたその時。

「マリア」

マリアのお母さんがマリアちゃんの肩に手を添えた。

「今日は行ってきなさい」

「……うん!」

 

【ラナside】

どうもこんにちは。わたくし農協倶楽部2年の元生徒会書記ラナ・リードイッヒと申します。

今日は倶楽部の合宿に来ていたのですが色々とありまして。

「マリアちゃんも泊まる事になったから」

「「どうしてそうなるのですか」」

おっと冷静な指摘が。

「まあいいじゃないの!みんな一緒の方が楽しいわ」

「そうそう、部屋は……どうしようか?」

「ではカタリナと僕は別の宿に……」

「さ せ ま せ ん わ よ?」

メアリ様がジオルド様を笑顔のままドスを効かせて止める。うーむ、カタリナちゃんは大人気だね。さすが学園でも華の聖女と言われ始めた侯爵令嬢。

そして、その子を妹分だと言っているこちらの包帯だらけの人が、私の大切な人。カール・フェボストリアである。

「部屋は何部屋とってます?」

「?確か、二人部屋で男子で3部屋、女子も3部屋だったと……」

「じゃあ一人入れるじゃありませんか。はい、解決ですし早くチェックインしましょう」

それだけ言ってわたくしは宿に入っていく。

 

………ふふ。

若い男女が大勢でお泊り。更に多角関係。

………滾るッッッ!!!滾りますわッッッ!!!

ああ、多角関係に関係ないモブとして全力でこのかけがえのない関係性をしゃぶりつくしますわッ!!!!!

カール君だけでも相当ヤバヤバでしたのにカタリナちゃんも来たらもう、もう!!!!!

幸せ過ぎて笑いが止まりませんわ―――――――ッ!!!!!!!!絶対にこの幸福を守りますとも、ええ、ええ!!

 

「ん、ラナ様。どうしました?」

「なんでもありませんわ」

わたくしはにこやかに笑みを返しました。

 

その後、沢山の素晴らしい出来事がありましたがこの思い出はプライスレスなので皆様にはお教えしません。

ちなみにカタリナ様は帰宅時に実家に寄ってこっぴどく怒られたそうですわ。わたくしたちも他人事ではありませんわね………。

ちなみに皆さまはカール×副部長ですか?カルシエですか?カルデジでしょうか、それともジオカタ?キーカタ?マリカタ?

 




カール君、新しいペットを手に入れるの巻。
あ、普通にカボチャンは野菜じゃなくて野菜に擬態する魔獣の一種です。種を植えて魔力を送ると発芽して人間を襲います。
なんでそんな種が農家に紛れてたんでしょうね。不思議~~~。

ラナ様の急な第3の壁崩壊はお気になさらず。


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借金をこさえました。

俺の魔法学園2年目の一学期は、それはもう光の速さで過ぎ去っていった。

畑耕したり、

後輩を仲直りさせたり、

畑耕したり。

プロレスを一人寂しく脳内シュミレーションしたり、

畑耕したり。

休みの日は実家に戻って火薬製造でダイナマイトもどきを作ってみたり、

畑耕したり。

カボチャンとじゃれたり、

畑耕したり。

 

畑耕したり………。

 

畑、耕したりぃ……………。

 

「畑耕すしかしてねえ!!!!!」

夏休み初日の朝、俺は学園の畑に鍬を土に突き立て絶叫した。

「ど、どうしたの」

「どうもこうもねえよ!俺は農業は好きだが農民になる気はないの!来年はもう就職なんだから今年の夏は遊ぶんだよ―――――――ッ!!!!!」

「あんた去年も同じ事言ってなかった?」

「大事なことは何度も口に出すもんさ」

実家にいても暇だから、と学園の寮にまだいるデジデリアが呆れてそう言う。

ちなみに学園の畑の整備は夏休みは農協倶楽部の当番制になった。俺から順番の。

の、筈だが。

「それは一理ありますね、大事だと思ったなら何度でも行動をすべきだと私も思います」

何故かシエナもいる。いや何故。君の当番は明後日の筈。

「ところで2人はめちゃくちゃのんびりしてますが、手伝う、とかそういうのはないわけ?」

「私はさっきまで倉庫の方の掃除してましたよ、今は休憩です、ジュースはデジデリアさんから貰いました」

「あっそうなの、ごめんね。じゃあデジなんとかさんはマジでただの冷やかし?目の前でジュース飲むとかそういういじめ?」

「別にあんたの分もあるわよ、ほら」

そう言ってジュースを渡してきたので黙って受け取る。

「ん、ども。………お酒じゃないよね」

「当たり前でしょ」

いやね、畑なんか耕してるとね、やっぱ米のこと思い出すしお米のお水のことも思いだすんですよ。この国、というかこの世界に米なんかあるかわからんし。ああ~また飲んでみたい、だが品種改良とかでお米を生み出す学力は自慢じゃないが全くない。切ない。初めての居酒屋で飲んだ味が今でも思い出せる………。

「あの、カール様」

酒に思いをはせていると、シエナが話しかけてきた。

「畑作業が終わったら、私と付き合ってもらえませんか?」

「いいよー」

「!?!?!?!?」

デジタリアが口に入れたジュースを俺の作業服にぶちまけた。

 

その後、着替えて俺たちは街に繰り出した。

なんでもすっかり仲良くなったカタリナに何かプレゼントを挙げたいらしい。記念日でもなんでもない日にあげるからこそ印象に残るんです、という事だ。

あー分かる。俺もなんでもない日に疲れて帰ってきたときの子供の愛情の言葉が下手な誕生日より印象深い………。

という事で、露店を見ながら俺は横の浸りに話しかける。

「そういやこの3人で出かけるのは初めてだね」

「そ、そうね。というか、あんたと休日出かけるのも初めてかも………」

「えーほんと?」

「私はありますけどね」

「……倶楽部の話でしょう」

デジタリアもついてきたがカタリナの奴、こいつとも仲良かったんだな。流石というか。

でも、あいつが喜ぶものって食い物、農作業道具、小説の3択しかないよなあ。宝石とかアクセはよく分からないし。

そうして歩いていると、視線の先に見慣れたシルエット二つを見つけた。

…あれは。

「ちょっと見てくる」

「「え」」

俺はシルエットに向かって一目散に走りだした。

「おーい、ニコル、ソフィアちゃん。何してるん?」

巨大な馬車から荷物にチェックを付けている、シルエットの正体のニコルの肩を叩きながら俺は話しかけた。

「おはようカール。実はこれから魔法省と合同で行う美術館の海外展覧会での、今後の展示予定の作品を本館に運ぶと同時に点検を行うんだ」

「へー、宰相ってそんなこともやるのか?」

「魔法省は国と密接に繋がる機関だ。国の催事事と公共機関のイベントが被らないようにしないといけないからな、それに展示物には他国からの借り物もある。万が一傷がついたら洒落にならない」

「私もそれを聞いてお手伝いする事にしたのです、もう16歳ですし引きこもってばかりではいけませんから」

腕まくりしたソフィアが力こぶを見せるポーズをして誇らしげな表情を浮かべた。かわいい。

この二人は本当に美術館の一番の展示品が、命を持ってもっと輝きだしたみたいだ………あ、声に出てた」

俺が思わず感想を口に出すと、二人は急に下を向いていた。

「え、どした」

「………待ってくれ。ちょっと、不意打ちはいけない。いけないことだ」

「…………落ち着くのです、落ち着くのです。ニコカタ、ニコカー、エロ王子…………」

二人がブツブツ打つめいていると、後ろから二人が追い付いてきた。

「わっ、ニコル様!」

「ソフィアさんも。どうかしたのですの?」

驚く二人に、俺は二人が立ち直るまでに事の顛末を説明した。

 

「カタリナといい、俺の友はどうしてこんなにも………」

「お兄様。そこでガッといく強さを見せるんです。大丈夫、両手に花、いいと思います。たまに私と変わってくだされば」

「…………お前の言う事はたまによくわからない。でも、いいのか」

「?なんですか?」

「カールは、女生徒二人と歩いていた。俺は、お前を任せられる相手はカールしかいないと思っているんだが」

「……………私は、そんな贅沢は言いませんよ。それにカール様にもかなり大きな規模のファンクラブが有る事、お兄様だってご存知でしょう?本人は存じ上げないようですが」

「ああ。なんだか…………言いたくないんだ。隠している」

「…………私もです」

なんだか二人がこそこそ話し始めたので、俺はもう大丈夫かなと話しかけた。

「手伝うぜ、荷物運びくらいなら俺でも出来るでしょ?」

「あ、ああ。ありがとう……」

よし、許可はもらった……あ。

「ごめん、すぐ終わらせるから2人は買い物に行っていいよ「「手伝いますが?」」

即答した。

確かにそうだ、ここでニコル達をほおっておく二人じゃないよな。

「「………………」」

「え、ニコルもソフィアちゃんも何?」

「いや、野暮だ」

「……はぁ」

いや、だから何さ。

「もー、野暮って……」

俺が愚痴りながら石造を持ち上げたその時。

 

鼻の下についてた土が、鼻の穴に入った。

 

「ぶえっくしょい!!!!!」

その瞬間、崩れる音が周囲に響いた。

 

「あ」

地面に転がった石造の腕を見て、その場の全員が乾いた笑みを浮かべた。

俺の顔は多分それに加えて真っ青だったが。

 

後日。

俺はめったに着ず寮部屋の奥にしまいこんであった礼服を着て、とある場所を訪れていた。

魔法省。

魔法学園の隣地に存在する、この国の巨大な研究機関かつ国家公務員のようなモノだ。

柄にもなくビビる俺の手を、隣でニコルが握りしめながら相手を待つ。

やがて、ガチャリとドアが開く音がして、入ってきた。

 

………前髪を片側だけ伸ばしてむちむちの胸板を見せびらかす顔の良い変態が。

いや待て!!!変態呼ばわりは謝罪相手に対して失礼でしょうが!!!!人には事情があんだよ!!!!!!!

 

「やあ、私は魔法省職員ニックス・コーニッシュだ。ニコルの友達で美術品をうっかり壊した男というのは君かな?」

「はい、この度は誠に申し訳ございませんでした……………」

素早く頭を下げる。これが会社員時代に培った俺の現代知識(チート)の一つだ!

「はは、綺麗なお辞儀だね。まあかっこいい私に畏怖してしまうのは当然だが」

「いえそれは全然」

あ。ばっばっ馬鹿!本音が!

「ははは、君はまだ青臭いな。そのうち私のセンスが分かるようになる」

前世と合わせて60数年生きたが顔以外のセンスはなさそうに見える。

どう反応していいか分からない俺を見て、ニコルはすかさず話すのが苦手なのに口を開いてくれた。

「あの、彼は俺にとって必要で大切な人なんです。だから……」

「わかってるわかってる。次期宰相様の親友を無下に扱いなどしないよ。聞けば、君は第三、第四王子やその婚約者の令嬢達とも身分さを抜きにした友情を築き上げてるそうじゃないか。そんな君を断罪したら彼らに殺されてしまうよ」

ニコニコ笑いながらそんな事をコーニッシュさんは言う。よ、良かった。何かこのまま許されそうな気が…。

「ま、あの像約50億はするんだけどね」

「ア゛ッ゛!」

俺は魂の悲鳴を上げた。臓器、臓器を売られてしまう………。

「そこで、だ。借金を背負った君にリーズナブルに罪を償わせるいい方法があるんだけど」

指を立てながら、楽しそうにコーニッシュさんは一つ提案をした。

 

「魔法省で俺がバイト!?」

「ああ、夏休みから1週間事務や雑用等をな。光の魔力保持者かつ、うちに借りを作った君が引き受けない道理はないだろう?研究対象のサンプルとして協力してくれるなら許してくれるよう他国の担当に掛け合っておくさ」

「うっ………」

「それにだ。君のことを昨日調べたんだが実家に帰ってみるといい。早急にうちで働くべきだと思わされるからな」

「……はい?確かに2年生になってから忙しくて帰ってないですが………」

「いいから、ほら。その実家に行くよ」

「えっ、ついてくるんすか」

俺の疑問は無視され、外の馬車に向かってコーニッシュさんは歩き出していた。

 

数時間かけて到着したその時。

実家がもぬけの殻になっていた。

家具も人の痕跡もまるでない。

「なんじゃこりゃぁ!」

「まるっきり夜逃げ当然だね、これ置き手紙」

が差し出してきた手紙を俺は無言で受け取り開いた。

『やっほー。突然で申し訳ないんだけど私たち二人で異国で花火鍋屋開店することにしました!開店費用のために実家はあんたの部屋がある離れ以外売ったからよろしく!あと銀行から借金したけどそのうち返すから名義借りた!ついたら学園あてにまた手紙出すわね!』

「ギャオゥス!!!!!!!!!!!!!!」

俺は手紙を床に叩きつけた。

貴族と友達付き合いしても突然魔法学園に入っても一切何も言わないスチャラカな両親だとは思っていたが……!!!

「と言う訳で、夏休み中の生活費も稼がないといけなくなったね?」

「………ハイ」

 

こうして、俺は前世より社会的地位が上の国家公務員のような場所でバイトすることになった。

 

【ニコルSaid】

 

「ニコル君。君にだけ言うとあの像はレプリカだから魔法省の一週間分の給料ぐらいで割と簡単に作り直せるんだよね。他国も本物を持ち出すのは許可が下りなかったみたいでさ」

「え」

俺は、しおしおの顔したカールと別れた直後にそんなことを聞かされた。

「では、何故………」

「うちの上司がね、彼のこと面白がったから、かな?」

 




あの、サボってたんじゃないんです。リアルが忙しかったり原作小説を全巻購入してプロット調整したりしてたんです。
では夏休み、原作より1年半も早くあの場所もあのキャラも登場です。

(2023/1/24)一部追記。


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七不思議を探しに来ました。

ちゃうねん。

ちゃうねん。

……今月は後2本は行けるよう頑張ります……


「カール・フェボストリアです………よろしくお願いします…………」

翌朝、俺は魔法省本部に再び出向き職員の皆様に挨拶をした。

眠いうえに罪悪感で胸がひしひしと痛いが、大切な展示品を壊した責任は取らなくてはならない。

一通り職員の皆様とあいさつを済ませ、昨日の応接間へと向かう。

ノックして返事を待つ。

「いいよ~」

もうお相手のコーニッシュさんは着席していた。俺もおそるおそる向かいのソファーに腰掛ける。

「…それで、私は何をすればよろしいのでしょうか」

「そこまでかしこまらずともいいから。君はすぐそこの魔法学園の生徒でしょ?なら、学園の生徒にしか出来ない調査をしてもらいたいと思ってるんだよね」

コーニッシュさんはウィンクしながらそう言った。

「夜7時、君たちに任務を命じる」

「君【たち】?」

俺は首をかしげて応答した。

 

「と言う訳で、学園の七不思議を調査することになった~~~!いぇーい、いえい、……帰りたい」

夏休み早々に学園の敷地内で、俺はテンション低めに宣言した。

「自分で呼びつけておいてなんですかその態度は」

珍しく涼しげでラフな格好のジオルドが文句を物申す。なんせ今日の気温は……この世界に温度計はあるのだろうか、いや、ある。そういうことにしておこう、31度。深夜なのにだ。

「夜更かしはお肌の天敵ですわ。くだらない理由っぽいのでカタリナ様と一緒に帰っていいですか?」

メアリはいかにもやる気がなさげである。

 

「…昨日の朝の二人は、呼んでないのか?」

「いや、誘おうとは思ったんだけどあの二人もそろそろ実家に顔出さないと不味いだろうし。この事は黙って夕方馬車を見送ったけど」

「…………褒めていいのか、悪いのか…………」

ニコルが顔を覆ってなんと。

とりあえず来てくれたアランが質問をする。

「確か町の会館の広報雑誌の取材だったんだよな」

(…という事にしてある。魔法省からの任務なんて言ったら大事になるし。「秘密裏にやれ」っていう命令だもんな)

魔法省には王族も密接に関係していて二人、いや下手すりゃ全員将来的にも縁がある。なので急に魔法省からの依頼と伝えたら余計な心配をかけさせるとニコルやソフィアちゃんと相談したのだ。

で、あれよあれよという間にいつものメンバーガそろった。暇か、暇なのかとちょっと思ったけど来てくれたのはとてもありがたい。だって……その……。

なんて思っていたら、休みの時と同じくラフな格好のマリアちゃんが言ってはいけないことを言ってしまった。

「しかしこうも暗いと……幽霊とか出そうで少し怖いですね」

「「「「「「「あっ」」」」」」」

「え?」

 

「いやあああああああなんでいう゛の゛がんばっでわずれ゛よう゛どじでだの゛に゛ぃぃぃぃぃぃぃぃ!」

俺は発狂した。

 

【カールsaidに限界が来たので〇〇〇said】

 

「もうむり゛!ぼくここにいう!みんなでいってきて!」

「カール。これはカールの仕事だ。我儘を言うな」

「だっで!」

ニコルに押さえつけられながらカールは地面をごろごろして駄々をこねる。これが精神年齢60歳越えの筈の男か。情けない。涙が出る。

「だっでごの゛ぜがい゛ま゛ぼーどがあ゛る゛じゃん゛!幽霊とか吸血鬼とかいるがもだじい!」

そう。この男、かつて妻とのお化け屋敷デートで失神し、息子が幼稚園児の時に割と気合入ったお化けの仮装をしたときに至っては失禁したほどホラー系が苦手なのである!

「吸血鬼?それはどんな本の登場人物ですか!?」

ソフィアがテンションを上げてカールに詰め寄る。

カールはそのソフィアに縋るように服の袖を掴んで抱き寄せた。

「あんし、ん、する……」

「あ、あの、え、そ、その………ち、近いで、す……」

ソフィアの訴えはまるで効かない。壊れた機械のようにカールはガタガタと震えるだけだ。

「呼んだ本人がこれとは。まあ予想はしてましたが」

「昔から夜遊びとかはするくせに、怖い雰囲気とか恐怖系の物語とかは全部苦手ですわよね、カール様」

「皆さん知ってたんですか………

「まあ、ニコルがそこまで言うなら信じますが……」

 

「あびゃびゃぶあんじゃまいか‐――――――!?!?」

 

ぞろぞろと皆で長い列を作って暗い夜道を歩いていく。ジオルドやアランが炎の魔法で道を照らしてくれなければとても歩けたものじゃない。いつもなら照らす係は光魔法の使い方を盛大に間違えているカールなのだがまともに魔法が使える精神状態ではなかった。だろうね。

「コワイ、ココ二イル、ワタシ、ダークネス」

「駄目ですね、完全に目から光が失われています」

「ほ~らカール様、光ですよ~」

マリアがそっと魔法で光を指先に浮かべる。カールはそれを見て、少しだけ笑顔を浮かべた。

「介護人みたいになってるな」

「ド~ナ~ドナ、売られて、ドナドナ~」

「不吉な歌歌わないでよ………」

「冬のスローカーブは~あなたが残したラブレターの後~~」

「不吉じゃない歌ならいいとは言ってないぞ」

「あ、懐かし~その歌、冬休みよく聴いたな~~~」

「?姉さん、僕は聞き覚えないんだけど……」

「!あ、いやいや気のせいね!うん!キースなんか話をして!」

「ええ!?」

突然話を振られたキースは困惑しながら長考に入る。

「ええ、えーと、あの~~…‥……」

「そういえばキース様、先日クラスメイトの女の子にまた告白されていましたよね!わたくし拝見いたしましたわ!」

「なっ!」

おっ、メアリがここぞとばかりにバラしてきた。

「キース、キース!どうしてそんな大事なことをお姉ちゃんに言わないのよ!」

「そうやって絡んでくるからだよ!断ったよ!」

「………それは、おれも、ききたい」

あ、ちょっと正気が戻ってきた。

「いや、あのね……断った、だけだよ。……多分。きっと、違うはずだし………」

「?どういうことですか、キース様?まさか、断ったはずなのにその方のことが頭から離れずこれは恋だと……」

「いや、気になるのはそうなんだけど……というか、さっきから……いや、下手すると数週間前からずっと学園内を歩いていると、何か変な視線を感じて…」

「アブアラブラブラブラブrバウrbsd、おあppj@い@ぽsa@m」

「壊れた!」

「呪いの人形みたいな声出してますわ!」

「何てこと言うのキース!」

「ご、ごめん!」

 

それからもカールは暴れた。

「キー坊キー坊土でおっぱらって!!!おっぱらって!!!」

「ただの葉っぱだよ!落ち着いて!背中で揺れないで!あっ唾とんだ!やめ、やめろ―ッ!」

「ウギャーッ

そんな壊れたカールを介護しながら歩いていたら、いつの間にか森を抜け図書館にたどり着いていた。

ニコルが借りてきた鍵で南京錠を外し、ギギギ、と古めかしい音を立てながらドアを開く。

「お、おお―――!こんなに大きいのね!本だらけ!」

「あたり、前だろ……こっちは何時も行ってる本校舎の方の図書室と違って歴史や魔法の資料本が中心だから……お前の好きな小説は、ないぞ………」

おお、こいつ妹を罵る時は語彙力が戻ってる。なんてシスコンだ。

と、思っていたらメアリがカタリナの腕を掴んで引き寄せていた。

「カタリナ様、ちょっとわたくしここは不気味で怖いです……捕まっててもいいですか?」

「「なっ!」」

「勿論いいわよ!私が守ってあげる!」

「カタリナ様!好き!」

更にメアリが抱き着く。

「私も好きよー、メアリ!」

うーんこの子、老婆心が働くなあ。

「で、ここに何の七不思議がありますの?」

「………本」

「本?」

「ああ、『人を飲み込む呪い』の、本だ」

 

カールとニコルがコーニッシュさんから聞いた話はこうだ。

『あの図書館には【魔導書】がある』

『魔導書って、あの……』

『そ。君たちも授業で習った

『あの……』

『ん?』

『魔導書の調査が終わったら……給料の代わりにその魔導書を頂いてもよろしいでしょうか?』

『カール……』

(魔導書は使い方を熟知すれば魔力関係なく効果を発動できる優れものだ。

カタリナの運命に対する保険はいくらあってもよい。光魔法は役に立たない俺だが魔導書の魔法なら使える可能性がある)

なんてこと考えてるんだろうね。

君のとりえとか武器はそんなことじゃないのに。

『ま、内容次第かな。しかしそうなると君の雇用期間は伸びるんだけどね?』

『構いませんよ、どうせ光の魔法なんて手に入れた時からここを無視できないとは思ってたんで』

『ほう、なら将来の進路は魔法省で決まりかい?』

『いえ、JA起業です』

『えっ』

まだ言ってたのか…………。

 

「その本がこの図書館に眠っているという噂が後を絶たなくてな。万が一本当に呪いでもあった場合に炎の魔法で燃やして処理しようかと思ったんだ」

「成程、炎魔法の使い手は俺とジオルドぐらいだしな」

ニコルの大変分かりやすい説明にアランは感服した。

「成程、では二手に分かれましょう。カタリナは勿論僕と。キースはマリア、ソフィアやニコルとカールの介護を。メアリはアランに守ってもらったらどうです?」

「あらあらあらバランスが極端じゃありませんこと????むしろあのザマのカール様をジオルド様が守った方がよろしいのではなくて???」

あーまたこんな時まで喧嘩。この二人、カタリナに対しての圧が滅茶苦茶めんどくさいよ………。

 

議論(くじ引き)の結果、カタリナ&マリア&キース、メアリ&ジオルド&ニコル、アラン&ソフィア&カールとなった。

「ががががっがんばばばばろろろろ」

「小刻みに震えるなよ背負いずらいだろ……」

そしてアランは、碌に歩けないカールをおんぶして運んでいた。

「それにしても本棚はとても高いですわ……台車や梯子を使わないと上の棚が確認できません」

「確かにな。こりゃ俺でも届かん」

「う、うえは……俺、が見るから……」

「お、おう。頼んだ」

そして捜索は始まった。

ひたすら魔力を感じる本を一冊一冊捜索する。地道過ぎる作業だがそれしか方法はない。

ここら辺はまだ何もなかったので飛ばさせていただく。

 

で、そんな捜索から一時間ほど経った時。

 

「あら、これは……」

ソフィアが、本棚の一番下にあった妙に分厚く引き込まれる雰囲気の本を手に取った。

「ん……」

そして。

カールは、その本が放つ『真っ黒な』【魔力】に光の魔法の影響で即気が付いた。

「あっ……!」

「危ない!」

カールがアランの背中から離れ、無我夢中でとっさにソフィアを突き飛ばす。

瞬間。

本が煌めき、辺り一面が光に包まれる。

「どうし…うわっ!」

反対側を見ていたアランも叫ぶ。

 

その光が空気に溶けたころ。

その場には、呆然と立ち尽くすアラン、へたり込むソフィアと一冊の本。

そして、意識を失って倒れているカールだけが残されていた。

 

……不安だなあ。わたし、この人となんで結婚したのか分かんなくなってきた………。





【冬のスローカーブ】は「タッ〇」の「背番号の〇いエース」が元ネタ。


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欲望と願いを見せられて

2期までには追いつくから……追いついて見せるから………(震え声)


「おお、おはよう。お前はいつになったら、布団を剥がされないでも起きられるようになるんだ」

「はーい」

「〇〇、朝ご飯は?」

「いらなーい!これあるから!」

「え、あんたそれおばあちゃんのキュウリ……待って!待ちなさい!」

「いってきまーす!」

 

おい、なんだこれ。

 

目の前の景色が理解できない。いや、どんな場所かは今でもはっきりと言える。

俺の家だ。

日本の、あの世界の、俺の家。

二度と、見ることはないと思っていた場所。

なのになぜだ。

体も声も俺なのに、全く自分な気がしない。まるで、ゲームをプレイしているよう……。

 

「全くあいつは高校生になっても頭は小学生のまんまだな。心配になる」

「あんたもそれほど大人じゃないでしょ、社会人一年目になってもまだうちにいて」

「ここの方が実家から近いんですぅ――――」

 

あー、わかった、わかった。走馬灯ってやつか?また死んだか?

死ぬほど懐かしい景色なんだが。

何年ぶりだよこの家。……俺が死んだ時、両親まだまだ元気してたんだよなぁー、先に逝くのが2回目だし、ショックでぽっくり逝ってないかな………。

 

「ただいまー!」

「はいはい、お前宛になんか届いてたぞ」

「あ!Amaz〇nで注文した限定版の6巻!」

「……いやー、お前Ama〇onとか使える脳みそしてたんだな……」

「〇〇兄は私の事どう思ってんの!?」

あーこんなんあった…ような…。

 

「ついに卒業かぁ……お前を社会に出すの家族として心配だよ」

「だから卒業式に来て言う事それ~?」

「営業のついでに寄っただけだ、あっちゃんは?」

「今は家族と写真撮ってるよ、それと、卒業旅行に行こうって誘われた!」

「良かったな。なら俺からも卒業祝いだ、いい店教えてやるからついてこい」

「あっ、回らない寿司!くるくるしないザーギンの寿司屋さん行きたい!」

「またこの子は変なアニメ見て!やっぱファミレスな!」

 

え?

 

あいつが……高校卒業?いやいや、いやいや。

 

「ええええええええええええ!?!?!?!?!?〇〇兄とあっちゃん、ええええ!?」

「ええ…やっぱマジで気付いてなかったか……気づいててほしかったよ………」

「まあ、〇〇だししょうがないよ、で、結婚式のスピーチ頼みたいんだけどいい?」

「結婚式まで決まってるのぉ!?」

待てや。

存在しない記憶をサラッと流すな。

その後も、その後も、俺の人生がエンドロールのように俺の目の前で淡々と流されていく。

 

【あいつ】を挟んで。

 

そうか。

これは、あの時。もしも、もしも助かっていたら(・・・・・・・・・・)

 

………悪趣味すぎる。ふざけやがって。

 

やがて、この遠い夢は。

 

俺の死を避けて、未知の場所へとたどり着いた。

 

「深夜に生まれたって本当か!」

すっかり神が白くなり、頭頂部が微妙に怪しくなった俺が病室の鏡に映る。

そして、【俺】の瞳には。

「お父さん、初孫ですよ」

「速く抱いてみなよ親父、俺らはもう思いっきり抱きしめたからさ」

「べろべろば~、おばあちゃんですよ~」

「いや、おまえはおばあちゃんじゃなくて叔母さんだろ…」

 

俺は、孫を抱けて。

あいつも元気で。

ゆっくりと、普通に年を取っていけて。

 

これが普通で。多分。

 

俺の願いで。

 

おぼろげな授業できたことがある。太古の狡猾な魔導書は対象者の欲望を彼らは吸って力を高めると。

なら、これはそういうことに違いない。

 

でも、でも。

 

もう違うんだよ。

もう終わってるんだよ。俺は。

 

コンテニューはないんだよ、ゲームではないんだから。

 

だから。

 

こんな幸せ(紛い物)もの、いらない。

 

今、欲しいのは……。

 

あの場所だ。

 

電話もインターネットもゲームもアニメも漫画もねえ。絵物語は児童向けだけ。

通行手段は船と馬車と歩きだけ。せめて路面電車ぐらいつけろ。

身分制度は激しいし、それらを覆すほど魔力の有無で社会的立場が決まる。

中世ヨーロッパの上澄みに魔法の概念を混ぜたような世界は、暮らすのがそんなに楽じゃない。

 

世界とは全く関係ないけどこの前両親が突然海外に夜逃げのスピード感で飛び立った………。

 

あいつらがいる場所なんだ!

 

「ぬああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!」

俺は叫んだ。腹の底から叫んで。

途端に景色が歪んで、崩れ始めていく。

「おい、本」

多分、転生してから…一番腹が立っている。

俺の人生を、前世を。

侮辱するな。

「出せ」

 

【ニコルside】

「カールが本に閉じ込められただって!?」

「ああ、俺も確かに見た、吸い込まれる姿を……!」

アランの返答に俺は左拳を握る。

本の外では、あまりにも突拍子のない怪奇現象に皆動揺していた。

人間が本の中に消える。七不思議としてはとびっきりのネタだが、張本人が巻き込まれるのは何も笑えない。

ジオルドが本をソフィアから受け取り、それをじっくりと吟味する。

「どうやらこれは超強力な魔導書の一種のようですね。授業で使う者の意思に関係なく強制的に作用する魔導書もかつては存在したとは聞いてましたが……」

「そんな解説はいいです!カール様が、わたくしをかばって……!うう………!」

「ソフィアさんは悪くありませんわ…」

メアリが背中をさすって慰めているが、俺は妹になんて声をかければ良いのかわからなかった。

「……そういえば、姉さんは?ここに、いないけど……」

と、同時にキースが全身が凍り付くような一言を放った。

「「「「「「カタリナッ((様))!」」」」」」

全員が慌てて駆け出した。

そんな、嘘だ、カールだけでなくカタリナも失ってしまったら、俺は、俺は……。

俺は本棚の壁を抜け、開けた読書広場に出た。

「!」

すると、そこにいたのは。

「か―――――――………」

よだれを垂らして本を開きながら寝ているカタリナの姿だった。

 

【カールside】

 

いやまあ~~~、死ぬ気で虚空を睨みつけただけで出れたら苦労しないんだよね!転生に特典?ねーよ!

魔導書の方もやり口を変えてきたようで、幻覚で無人のブックオ〇を出したりよう〇べ入った通信制限ないスマホを渡されたりしてる。いや他になんかないのか。もうちょっと、非現実的なこと。いや転生したのにこれらが目の前にあるのは非現実的だけれども!

「どうしたもんかな……満足したら出れたりする?いや、死体になってそうな気もする…」

とりあえず床?に寝そべって考える。とてもこちら側の声が本の外に聞こえているとは思えない……。え、これ積んでない???いやいやいやいや、困る。だってあいつどうするよ、一人じゃ無理だろあの馬鹿……。

……でも、あいつだって成長してるんだ。寝坊すけだったあいつが畑の為に早起きできるようになってたり、みんなと仲良くなっても油断してなかったり……。

あー……もういなくても、大丈夫、なのかな………………。

 

「何言ってるのこのジジイ!!!」

「あたぁ!」

 

後頭部を思いっきり殴られた!

い、痛てえ………!いた……。

 

「居た方がいいに決まってるだろ馬鹿か俺は!!!!!」

 

何を言ってたんだ俺は。さっきまで帰る気満々だったのに…!

これも魔導書の力かよ!早く本から出ないと思考を乗っ取られる!

「どうしたら、どうしたら……本、本……!」

本がなくなれば出れるのに!なくなれば……。

「……あ」

本をなくす方法、一つ思いついた。

 

ていうか今俺を殴ったの誰?

 

 





……うわあああああああああ!!!!!Vtuberにハマって半年以上サボってたらもう2期始まってるじゃねえか!!!!
本当にすみません!書き溜め次第更新しますので読んでくださる方は少々お待ちを!
第一部ラストまでのプロットは決まっています!


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チート能力を手に入れてしまった…?

「ハハハハハハ!!!もっと燃えろ!!!!!塵も残すな!!!!!」

「あー!鼻水かむのに最適な紙屑だなぁ!!!!ガハハ!!!」

「あーっ水浸しですねえ!!!もう読めないねえ!!!!!!!」

九十九神、という概念が日本にはある。

長年使われてきたものには魂が宿り、やがて神へと至るという話だ。

まあ実際、そういうことはきちんとあるとは確認されてないわけだが。

しかもここは日本じゃないし宗教はキリスト教のパロディじみた物しかない。スパゲティモンスター教でもないかと思ったが無駄な試みだった。

だが、この考えに今は縋るしかない。

この魔導書は人の欲望、願いを正確に映し出すという単純な命令では到底できない高度な魔法を発動している。本の製作者はとうに亡くなっているか、そうでなくてもこの本にずっと直接魔法をかけ続けているわけではないと思う。そんな事をやり続けられる魔力量を持つものは永久機関と変わりないからだ。

なら、この本に仕込まれた魔法自体に何らかの思考ルーチン、疑似頭脳的な物が備わっているのではないか?そうでなければ、あれほど適格に対象者の欲望を出現させられない。

勿論これは机上の空論だし、前提が一つでも間違っていれば無意味なアウトの博打だ。

本の思考に『自分を攻撃し続ける不快な存在』を取り込ませて、自分から俺を追い出すように仕向ける……!成功しても魔法で俺を消滅させようなんてルートだったら待ってるのは死一択!!!

頼む!目論見よ、当たってくれ!!!!!

 

体感数時間後。

「ハァ……ハァ……駄目だ……やっぱり的外れだったかぁ………?」

手ごたえ、永遠の0。てんでない。

時間にして何分経ったかは分からないが、精神力はガリガリに削られていた。

「あーもう、こんな時魔法でなんとかなったらなぁ…」

俺はぼんやり両手を光らせた。こんな明かり一つしか出せないのだから、この状況はどうにも………。

「ん?」

ぐにゃあ。

えっ。

なんか、空間が…歪む、みたいな音が………。あ、歪んでる!なんか景色が崩れていってる!えっ、いや、えっ、マジ?

俺が訳も分からずキョロキョロしていると、後ろから当然肩を叩かれた。

「ウヒィッ!?」

「振り向くな!」

「はい!」

あっ、思わず元気よく返事を。これでなんか振り向けない雰囲気に…………。

「全く馬鹿だね、光魔法は闇魔法完全特攻よ。最初っから光魔法発動してればすぐ出れたのに…いや、その小さな魔力じゃ無理か。外でも光魔法が使われたんだね」

「…………そうなんだ」

いや、闇魔法?何それ、知らん、怖…………。でもこんな魔導書だし、それぐらいぶっそうな魔法でもおかしくはないか。

「ま、無理もないね、学校で光魔法はともかく闇魔法なんて学ばないし。違法だから。しかもこの本、光魔法の使い手でも魔法を自発的に発動しないとうっかり取り込まれるタイプの複合魔法だ。普通なら光魔法はそもそも闇魔法を完全に防御するからね。」

「いや、あの、説明は分かったけど、その」

 

「君は―――――」

 

振り向いたところには誰もいなかった。

 

瞬間。視界が黒く染めあがり眠るように意識が途絶えていく。

 

「私を二人とも置いて行ったんだから、ちゃんと幸せになったね。こんな本の中じゃなくて、皆と一緒に」

 

何を言ってるのか聞き取れなかったが。とてもやさしい声だった。

 

 

【マリアside】

「カタリナ様!起きてくださいカタリナ様!」

「むにゃ、マリア~」

「えっ……!」

「‥‥もっと食べられるわ~」

「…ふふっ、カタリナ様らしい寝言」

「そこ!二人の世界に入らないで!今一人危険な状況なんだよ!?」

「は!」

い、いけない。カタリナ様の寝顔が美しすぎて現実逃避をしてしまった。

今、カール様がジオルド様の手にある謎の本の中に閉じ込められ皆動揺しているのだ。

「とりあえずカタリナにはまだ寝ていてもらいましょう。むやみに動揺させたくありません」

「そうだね、姉さんは素晴らしい人だけどこういう時には役に立たないから」

カタリナ様の安らかな美しい顔、音カール様の対処に議論を交わす皆さまを見て、私は恐怖が徐々に消えていたのだ。一人だけだったら恐怖でその場から動けないまま泣き叫んでしまいそうだったから。

それでもソフィア様は責任を感じてニコル様のそばでうずくまっているし、ニコル様は放心状態。メアリ様も険しい顔でぽつりとこう言った。

「…とにかく魔法省に連絡して救助に来てもらいましょう」

「だったら俺が行くぜ!この中なら俺とジオルドが一番足が速い!ジオルド達は何か方法がないか考えていてくれ!」

そう叫んでアラン様は図書館を飛び出していった。

「考えていてくれ……そういわれましても、僕らにどうにかできるような事件ではないですよ、本に人が取り込まれるなんて……はぁ……」

ジオルド様が本を掲げて、焦燥のため息をつく。

その時、私の瞳が本をはっきりと捉え。ゾクッ、と嫌な感覚が全身を走った。まるで本能が拒否する原始的な嫌悪感。例えるなら、暗い【闇】のような―――。

「あ、あの…」

おそるおそる手を挙げて、私はこう発言した。

「この魔導書から何かとても嫌な感じがします。例えるなら……闇のような」

「闇……まさか、闇魔法か!?」

ジオルド様が声をあげて、私含めた皆様が驚きで少しひるみました。

「…なんですの、その闇魔法って」

「……禁忌とされている特別な属性の魔法さ。今の我が国では禁術とされていて王族以外には存在すら秘匿させられているんだ。…強く危険な魔法だらけだけど、光の魔法は唯一闇魔法に有効とされているんだ。マリアさんが感知できたのはそれが理由かもしれない」

「でも、カールだって光魔法使いのはずだぞ…!」

「カールの魔力はカタリナと同レベルしかない。おそらく意識的に発動してる状態じゃない限りは一般人と耐性が変わらなかったのだろう……」

「…なら、この本に光魔法をかければ術が解ける可能性があるということでしょうか!?」

「…やってみる価値はあるね、頼んでもかまわないかい?」

「勿論です!頼まれなくたって絶対に助けて見せます!」

 

私は机に置かれた本に向かって魔力を浴びせるイメージをし、光魔法を発動させる。

「…んん!!」

抵抗されているような感覚がある。気を抜いたら吹き飛ばされそう。

「……くっ……!」

「んにゃ……。……ふわ……よく寝、ってマリア、どうしたの?」

「カタリナ様!?」

隣の席でカタリナ様が起きて私に声をかけてきた。それで私が動揺し、魔力の流れが乱れた。

「きゃあ!」

瞬間、私の体は後ろに吹き飛ばされた。

「!マリア!」

 

と、思ったのだ。

でも。

 

私の体は、カタリナ様に抱き留められていた。背中と足を両手で支えられた、絵本で読んだことのあるお姫様抱っこのような形で。

「大丈夫!?マリア!」

「は、は、はい!だ、だだだじょうぶ、です!」

「え、でも顔真っ赤じゃない!」

「だ、大丈夫ですよお!」

私は体制を立て直し、再び

一瞬、視界に入ったメアリ様が死んだ目でこちらを見つめているような気もしたが、あのメアリ様に限ってそんなことはないだろう。

 

「ズルイズルイズルイズルイズルイズルイズルイズルイズルイズルイズルイズルイズルイズルイズルイズルイズルイズルイズルイズルイズルイズルイズルイズルイズルイズルイズルイズルイズルイズルイズルイズルイズルイ」

「メアリ、さすがに今は抑えて」

「気持ちはわかりますが、僕らの友の命がかかってるんです」

 

私は再び光魔法を本に向かって放った。

「んんん……!」

「え?なにこれ?よ、よくわからないけどマリア、頑張って!」

「はい!」

私は元気よく返事を返し、最大の力を振り絞った!

 

そして、本が。

 

爆発した。

 

といっても小さな爆発であって本を置いていたテーブルが崩れ、私たちも少し黒焦げになる程度だった。

「…ペッペッ!煙!?なにこれ!出れたんじゃないの!?」

煙の中心から、聞き覚えのある声がする。

「「カール(様)!!」」

「へ、どわっ!」

アスカルト兄妹の二人がカール様に真っ先に抱き着きにいった。

「…良かった………!」

私も体の力ががくり、と抜け目から涙が落ちた。

「ゲホッ、ゲホッ、なんで爆発!?なんなの―――!?」

「…キース様が風魔法でニコル様達や私を守ってくれなかったら、今頃服も焦げてましたわね」

「……僕は焦げたんだけど、どうしてかな?キース?」

「やだなあジオルド様、姉さんやマリアさんたちも守ろうとしたから風が届かなかっただけですよ。さすがに二人には届きませんでしたし」

 

【カールside】

と、まあ寮の自室で報告書に昨夜のことを大体書き終えた。

あの後アランが魔法省の人を呼んで、学園の生徒に事がばれないように手配してくれ、俺は魔法の後遺症がないか身体検査され、何故か俺を見る目が実験動物なのか性的対象なのかどっちかわからない目をした人とかもいたがどうにか終わり、寝て起きてこうして作業してるわけだ。

(…さすがに本に魅せられた内容はそのまま、ってわけにはいかないけど)

そこらへんは適当にでっちあげた。どうせ確認するすべはないのだ。

「欲望を見せる本」と話した時の皆の顔はどうにも複雑だったけでも。まあ人間、こっそりかなえたい願いの一つや二つあるのだろう。

「…マリアちゃんには個別でお礼しに行こう」

いや、本当に助かった。妻一筋の俺じゃなかったら確実に惚れていた。

というか皆もそんなそぶりがないのがおかしいまである。周りの女子が美麗だから目が肥えてんのか?

あんな綺麗な女の子他にいない。きっと欲望も綺麗な気すらする。

あ、そう。欲望の魔導書の事。

俺は机の引き出しを眺め、ぼそりとこう漏らす。

「…まだ手元にあるんだよなあ……」

実は図書館から出る時、皆本は爆発で燃えてしまったと思い込んでたし俺もそうだった。

だが、俺は見逃さなかった。

……焦げた本が、床をはいずって本棚に戻ろうとしていることに。

こいつ、人にこんな迷惑かけといて逃げようとしてやがる……。

怒るどころか呆れた俺は、もうほっとこうとしたのだが……。

(……これ、使えるのでは?破滅回避に)

人を本に閉じ込めて幻覚を見せるとか強すぎる。例えば、カタリナが何かの間違いで殺されそうになったらこれを使えばいいのだ。光魔法の使い手じゃなければ克服はできない。チートじゃんこんなん。

(まあ、使わないに越したことはない危険な物だけど……念には念を、っと)

 

というわけで魔法省にバレて押収されないように一旦拾った後着替えて身体検査のため魔法省に行く際に自室に隠しておいたのだ。勿論逃げないように鍵付きの引き出しに。

「ま、これも何かの縁だ。よろしくな…………お前覚悟しとけよマジで」

調教して、俺の言う事を聞くようにしてやる!吸い込まれそうになったらまた光魔法を発動すればいい。

俺ははさみとライターをもって脅すような独り言をつぶやいた。

すると、引き出しがガタガタと震える。

……やっぱ幻覚とはいえ、何回も燃やされたり鼻水かまれたの効いてたんだな。




カール

・こうげき
・ひかりまほう
・のうぎょう
・にげる


・まどうしょ

がくわわった!


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番外編 婿に来て欲しかった……。

私の名はミリディアス・クラエス。

貴族、クラエス家の嫁にして最近胃痛に悩まされる者だ。

「奥様、大丈夫ですか?心ここに在らず、と言った感じですが」

「え、ええ。大丈夫よ」

カール君に声をかけられ、私は意識を現実に戻した。書類の山、社交会のスケジュール管理と夏も仕事は山積みである。

夏休み、彼にはうちによく来てもらっている。名目上は一応執事見習い、という形をとっているが実際は家に一時帰宅してからもっぱら宿題をサボりまくるカタリナの監視役である。まあ、アンにも夏休暇を与えなければいけないと思っていたし丁度良かったのだ。まあアンは毎年「行くところがありませんし給料はいりませんのでここで働かせてください」と言い始めてしまうので困ってるのだが……。

 

私は、なんとかカール君をカタリナの婿にしたいと考えている。

まずうちの馬鹿娘にはまず女王、いや王族という立場すらも危ういだろう。何をしでかすかわかったものではない。しかし婚約を解消できたとしてこのまま行き遅れにさせてしまうのも酷いとは思う。

となると、カタリナの奇行をしっかり叱ってくごく稀に一緒に乗ってあげ機嫌を取り、我が家の仕事を熟知していており、家の者全員と顔見知りな彼以外の適任が居るだろうか、いやいない。絶対いない。

身分の差は彼が光の魔力の持ち主という事で拍が付くし、なんなら一度キースのように婿養子にしても良い。

キースとカール、この二本柱が我がクラエス家に揃えば何も怖くない。安心して老後を過ごせる。というか息子に欲しい。本気で。

一度彼に話を持ち掛けてみたのだが「冗談はやめてくださいよ、カタリナ様と私ではとても釣り合いません」と流されてしまった。しかも冷や汗をかいて。

キースにも相談したのだが「僕一人で十分です!!!」と反論されてしまった。

しかし、私は二人をお似合いだと思うのだが……。

やはりカールも、あんなお転婆能天気な農業娘はゴメンだというのだろうか………。

「あ、そろそろカタリナ様のお勉強時間なので僕、行きますね」

と、また物思いに耽っていたらカール君はそれだけ言い残すと部屋から退出した。

 

これはちょっとした、そう、ちょっとした興味本位だ。

という訳で私はカール君の後ろをコソコソと付けている。

ちょっと、彼とカタリナの仲を確認したいのだ。彼も男。見てくれだけは良い愛娘に対して何か邪な感情が走る事もあるかもしれない。そうなれば既成事実!イケる!

「入るぞ」

彼はカタリナの部屋の前で立ち止まりノックすると、そのまま部屋に入る。

やっぱり私達の前以外だと敬語ではないのね!うんうん、いいわ!

と、私の次の目に飛び込んできたのは。

「がー、がー、すかー……」

腹丸出し、尻をかきながら寝ぼけてベットから落ちてもまだ寝てる貴族の愛娘の姿であった。ちなみに今はもう11時だ。

あ、あの馬鹿リナ!!!ふざけてるの!!!

と、私が怒りでハラハラし出すとカール君は寝てるカタリナの足首を掴んだ。

そして。

「ジャイアントスイング」

「……うわああああああ!!!」

勢い良くそのままカタリナをぶん回し始めた。

い、いいわ!その子にはそれぐらい荒くてもいいと思うの!パパが見たら卒倒しそうだけれど!

回転パワーで起きたカタリナをベットに放り投げ、床に散らばった本を拾っていくカール君にカタリナは反論する。

「だから!毎朝あの起こし方はどうなのよ!アンはもっと優しいわ!」

「一度くらい自力で起きてから言え。アンさんはお前に甘い」

カール君は拾った本を全て本棚に戻すと「早く着替えろ」といいこちらへ歩いてきた。

あ、マズイ!着替えなら外に出て行くのは当たり前だ。

慌てて逃げようとしたが、急いでいたのでガッ!とドレスの裾を踏んでしまった。

これは。

ころ---。

 

「フッ!」

転ばなかった。

カール君が飛びついて私を支えてくれたのだ。

「大丈夫でしたか?」

カール君は優しく私に語りかけながらゆっくりと腰を下ろさせる。

「あ、ありがとう」

何で良い子……。息子にしたい、いやもう息子では………!?

「母さん!何かあったの!」

近くを歩いていたキースも私の元に駆けつける。ああなんて可愛く優しいのか、うちの息子達は……!

「カールさん、姉さん、どういう事…」

「大丈夫!お母様!」

と、カタリナも部屋から飛び出してきた。

私を心配して。

 

着替え中の下着姿で。

 

「わああああああああああ!!!!!」

姉の痴態を見たキースは悲鳴を上げて一目散に逃げ出してしまった。

ああ可哀想にキース!姉の見たくもない姿を!!

「貴方は何考えてるのーっ!」

「お前、お前さあ……」

「へ?何?」

カタリナは怒られた理由が分からないのかきょとんとしていたので私はさらにそこからありったけの声量で叫んだ。

「服を着なさい野生児じゃないのよ貴方はーーーッ!!!」

怒鳴られたカタリナは逃げるように部屋に引っ込んだ。この廊下に2人だけ残され、嫌な静寂が場を包む。

「……奥様、肩を貸します」

カール君はため息をつくと私の肩をそっと支えながら部屋まで付き添ってくれた。

つ、疲れる。我が娘は本当に………!

カール君、手綱を引いて下さい。頼むから……!




1年以上ぶりの更新お待たせしました、番外編ですが……。
モチベが保つうちは完結に向けて走っていきたいです、映画もありますしね……!

奥様は頑張って育てているんです………!

後魔法省でもちゃんとバイトしてるので、被らない日以外はこの業務は掛け持ちですねカール君。それに農業も……?化物がよ………!


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