空と地の境目 (Maisie)
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序章 はじまり

初めに言っておきます。
私の言語力はとても残念です。

よろしくね。


844年、壁外にて——

 

「総員、進め!」

 

風が吹く平原に、馬に乗った大勢の人間がいる。腰に機械を付けており、深緑のマントの背中には青と白の重ね翼が描かれている。壁内に住む人類の希望——調査兵団である。

 

「奇行種を確認!」

 

「攻撃班、戦闘用意!囮班は離脱して敵の注意を引け!」

 

兵団の団長であるキース・シャーディスの合図で、隊列を組んだ兵士たちが馬で走り出す。

そんな兵士の一人、ラファエル・シュナイダーは、隣を駆ける自分の上官を見た。

 

「エルヴィン分隊長、壁外調査はこのやり方で合っているんでしょうか?」

 

「なぜそんなことを聞く?」

 

「これだけ人間が集まって移動すれば巨人が集まってくるのは当たり前でしょう。分散して索敵をすれば、被害が拡大する前に防げるのに」

 

「…あまり喋ると舌を噛むぞ。我々は囮なんだ、気を抜くな」

 

「はい」

 

パシュッ、ザクッ、と聞きなれた音がして巨人が倒れる音が聞こえた。

エルヴィンは班員に合図をして馬を止める。他の班を待ちながら、改めてラファエルに向き直った。

 

「どうすればいいと思う?」

 

「…?何がですか」

 

「壁外調査の改善策だ。現在は長方形のように隊列を組んでいるだろう、どうすれば死亡率は減ると思う?」

 

「兵士を小分けにして役割を分担したらどうでしょう。索敵、伝達、攻撃、援護、とか」

 

「なるほど、興味深いな。帰還したら詳しく聞きたい」

 

「実を言うと、エルヴィン分隊長がそう言うだろうと思っておおまかには考えてあるんです。今は俺の部屋の引き出しに眠ってますよ」

 

「はは、優秀な部下を持つと頼もしいな」

 

ラファエルは誇らしげな笑顔を見せると、心臓を捧げる敬礼をとった。

 

「何年あなたの部下やってると思ってるんですか。俺の心臓は人類に、というよりは分隊長に奉げてるようなもんですから」

 

「それはありがたい。だが君には奥さんと娘がいるんだろう?そう簡単に死なれては困るぞ」

 

「分隊長にそう言ってもらえるなんて光栄ですね。まあ、娘と言っても俺と血は繋がってませんが」

 

「そうなのか…。すまない、失礼なことを言ったかな」

 

「大丈夫です。娘本人は知らないですし、何よりそんなこと気にならないくらい可愛いんで」

 

部下のほころんだ顔を見てエルヴィンは思わず苦笑した。娘が可愛いのだとにやけるその姿は完全なる親バカである。娘の嫁入りの際は男親の方が泣くとよく言うが、確実にラファエルもその類に入るだろう。

 

遠くから団長を含めた班が来るのを確認し、エルヴィンは班員に出発の合図をした。段々と一段の影が大きく見えてくる。残り400mほどの時、ラファエルは眉をひそめた。

キース団長が何かを叫んでいる、ような気がする。

 

「・・・れ!・・・!」

 

 

「ラファエル、団長が何と言ってるか聞こえるか?」

 

「さあ…。遠すぎます、流石に」

 

団長の顔がラファエル達にも見える距離になる。

——後ろの兵士が戦闘態勢に入っている。

その事実にエルヴィンが気付くのと、キース団長の言葉が聞こえるのは同時だった。

 

「止まれ!奇行種が来ているぞ!」

 

右手前方に会った森が終わり、視界が開け——エルヴィンの目の前に巨人が現れた。思い切り口を開けている。

 

「…っ!」

 

唐突すぎて反応が遅れる。エルヴィンが息をのんだとき、

 

「エルヴィン分隊長!」

 

巨人とエルヴィンの間に()()()()()()()()

それが他ならぬ自分の部下であると気付いたのは、その奇行種が攻撃班の精鋭によって殺された後だった。

幸いなことにラファエルはまだ生きているものの、受けた傷が致命傷であり、もう助からないことは明らかだった。下腹部が食い破られ、内臓こそ出ていないものの赤黒い液体にまみれている。

 

「ラファエル!」

「エル、ヴィン…分、隊長…」

 

薄っすらと目を開けたラファエルは、自分が慕う上官の姿を見ると困ったように微かに笑った。

 

「心臓を…捧げるって、言ったのに…すみません」

「何を言ってるんだ。今から壁内に帰るんだぞ。家族も待ってるんだろう?」

「俺は、ここまで…です。分隊長の、怪我は…?」

「俺は無傷だ」

「よかった…。俺の考えた、改善案、託します」

 

——あなたを守れて死ねたなら本望です。先にあの世で待ってますから。

 

そう言って腕の中で事切れた部下を見て、エルヴィン・スミスは誓った。

 

自分の夢だけでなく、この男の為にも闘うことを。

 

 

 

 

 




《現在公開可能な情報》

◦主人公はラファエル・シュナイダーではない。

◦主人公はエレン、ミカサ、アルミンの幼馴染である。

◦作者の言語力はとてつもなく絶望的である。


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第1話 嵐の前の静けさ

原作の本編に入れませんでした。
本当にすみません。こんな作者ですがこれからも読んでやってください。


平和と自由を別にすることはできない。なぜなら、自由でなければ誰も平和でありえないからだ。

 

 

 

 

845年秋、シガンシナ区。

 

「・・・い、おい、メリナ!」

 

「!!」

 

耳元で叫ばれ、メリナと呼ばれた少女は弾かれたように顔を上げた。丁寧に結われた亜麻色のおさげが肩のところで揺れる。

 

「お前、俺の話聞いてたか?」

 

「…聞いてなかった」

 

「ったく、ぼーっとしてると置いてくぞ」

 

「ごめん、エレン」

 

エレンは別にいい、と素っ気なく答え、黙って歩く。少しして、エレンとミカサが話し始めた声を聞きながら、メリナは今しがた行ってきた自分の母親の墓を思い浮かべた。

 

 

「おばさん、ただいま」

 

「あら、おかえり。ミカサとエレンはどこだい?」

 

「もうすぐ来るよ」

 

私が言い終わらないうちに二人が入ってきた。後ろにはおじさんがいるから、私が入ったすぐ後に帰ってきたんだろう。

 

「おかえり、二人とも。あなたも今日は早かったのね」

 

「思ったよりも診察が早く済んだんだ」

 

「そう。エレン、ちゃんと手を洗いなさい。今から夕飯なんだから」

 

「はいはい」

 

「…エレン、『はい』は一回」

 

「わかってる。ミカサは細かいんだよ」

 

もはや日常と化したエレンとミカサのやり取りは何回聞いても面白い。今私が笑ってるのをエレンが見たら絶対怒るけど。

 

「メリナ、お前、笑ってんなよな!」

 

やっぱり。

 

「ごめんごめん、つい」

 

「つい、じゃねーよ」

 

文句を言いつつも手伝いをきちんとするのが彼の偉いところ、だと勝手に思っている。言ったら調子に乗るだろうから言わないけど。

五人で夕食を食べるのは毎日ではない。大体はおじさんが上の町に診療に行ったりしていて遅くなるからだ。

 

「そういえば、エレンたちはアリアの墓参りに行ってきたんだろう?今朝メリナから聞いたんだが」

 

「そうだよ」

 

おじさんがいきなり話題を変えたからびっくりした。

まあ、今までの話題が大切なものだったかと言われると別にそういうわけじゃない。果物を種ごと食べるとお腹からその木が生えるのかっていうものすごくくだらない内容だし(なんでその話題になったのかは覚えてないけれど)。

エレンの返事におじさんは頷く。

 

「メリナ」

 

「何?」

 

「アリアが亡くなる直前の記憶がないと言っていたね。もし思い出したら、私かカルラに言うんだよ」

 

「…うん」

 

記憶がないなんて嘘だ。ただ単に言われた言葉が衝撃的で考えたくなかっただけ。

でも真実は言っておくべきだし、今日寝る前に話してみよう。たぶんエレンとミカサは聞かない方がいい。

 

♦︎

 

エレンとミカサが寝た後、私は食卓の椅子に座った。おじさんとおばさんは私の向かいに座っている。

 

「メリナ、どういうことだ?」

 

「実は、母さんが亡くなる前の記憶があるの。最期の一言がどうしても思い出せないんだけど、それ以外はちゃんと覚えてる」

 

「そうだったの。…あなた、話す時が来たんじゃない?」

 

おばさんはそう言っておじさんの顔を見た後、私に微笑んだ。おじさんは一度頷くと、こちらを向く。そのどこか真剣な表情に、私は思わず居住まいを正した。

 

「君はアリアからどのくらい聞いているんだ?」

 

「父さん…ラファエル・シュナイダーは私の実の父親ではないって。知ってたの?」

 

「アリアがラファエルと出会ったとき、アリアは既にあなたを授かっていたの。アリアはお腹の子の父については話そうとしなかったし、私たちも聞かなかったわ。ラファエルはアリアのことを本当に愛していたから、『俺とその子の血が繋がっていても関係ない、結婚してくれ』って言ってね、結婚したのよ」

 

初めて聞く両親のなれそめの話。そんなの聞いたこともなかったから驚きすぎて声が出ない。

でも、父さんと血が繋がっていないのを知っても、不思議と気にならなかった。それはきっと、父さんが私のことを本当に愛してくれていたからだろう。

 

「メリナがアリアから聞いた内容を思い出してから伝えようと、カルラと決めていたんだ。隠すようなことをしてすまなかったね」

 

「いいの。父さんと実の親子じゃなくても、私、そんなこと気にならないくらい大切にしてもらったから」

 

「…そうか。残念だが、メリナの本当の父親については私たちも知らないんだ」

 

「大丈夫、気にしてないもの」

 

これは私の本音だ。全然気にならないと言えば嘘になるけど、私にとっての父さんはラファエル・シュナイダーだけだと思っている。これからもそう。血の繋がりなんか気にならないくらいの絆があるから。

そんな私の言葉におじさんは微笑み、おばさんは頭を撫でてくれた。

 

「なら良いんだ。明日もエレンやミカサと薪を集めに行くんだろう?もう寝なさい」

 

「そうね、森まで行くってエレンが張り切ってたもの」

 

「わかった。おじさん、おばさん、おやすみなさい」

 

そう言って部屋から出る前に振り返って二人に手を振る。おじさんもおばさんも手を振り返してくれ、私は“家族”という存在の温かさと、両親を亡くした私の面倒を見てくれる彼らの有難さを噛みしめた。

“有難さを噛みしめる”って言葉、この間読んだ本に初めて出てきた表現だけど、きっとこの使い方であってるだろう。

私はミカサが寝ているベッドの横にある自分の寝床に潜り込み、やがていつの間にか眠りについた。

 

♦︎

 

そうして人々は眠りに落ちていく。

明日、どんな惨劇が待ち受けているのかも知らずに。

嵐の前の静けさとはよく言ったものである。幸せの後には、必ず不幸が訪れるものなのだ。

 




おわかり頂いていると思いますが、シガンシナ区に超大型巨人が来る前日です。

また、感想などいただけると作者の励みになりますので、書いてもらえたら嬉しいです。
それではまた次回!


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第2話 憧れと現実

投稿後に第1話を読み返してみたら、予想以上に短かったですね。自分でも驚きました。
というわけで、今回から文字数を増やしました。

UA204件、お気に入り3件とのことで、本当にありがとうございます!



 

「エレン、起きて」

 

「んー…」

 

先ほどからミカサが眠ってしまったエレンを起こそうとしているが、当のエレンは一向に起きる気配がない。私がもう一度薪を集めてこれるくらいには深く眠っているらしい。

 

「メリナ、エレンが起きない」

 

「昨日寝るのが遅かったんじゃない?薪で頭叩いたら起きるかな」

 

「……」

 

「ミカサ、冗談だって。そんな顔しないで」

 

「ならいいけど」

 

私が左肩、ミカサが右肩を持って、二人でエレンの身体をめちゃくちゃに揺さぶる。うわあ、気持ち悪くなりそう。

やがて、呻き声をあげながらエレンは目を覚ました。

 

「・・・あれ?」

 

「エレン、もう帰らないと日が暮れる」

 

「そうだよ。おばさんに叱られちゃうよ」

 

エレンは寝ぼけまなこで私たちを見つめた後、ミカサの髪に目を留めてぽつんと呟いた。

 

「ミカサ…お前…髪が伸びてないか…?」

 

「…?」

 

ミカサはきょとんとした後、「何の話?」と言いたげな表情で私を見た。もちろん私にも分からない。

 

「エレン、ミカサはずっと髪を伸ばしてるでしょ?寝ぼけてるの?」

 

「いや、そういうわけじゃなくて…って、お前、何で三つ編みしてんだ?」

 

「…は?」

 

「もっと短いだろ?」

 

いやいや、訳が分からない。髪が長いか短いかだけならともかく、髪型まで間違えるのはどういうことだろうか。

真面目に答えるのが馬鹿らしくなり、エレンに背を向けて自分の薪を背負った。

 

「…そんなに寝ぼけるまで熟睡してたの?」

 

「いや、なんかすっげー長い夢を見てた気がするんだけど…。なんだっけな、思い出せねぇな…」

 

「…ねえエレン、どうして泣いてるの?」

 

後ろの会話に、私は思わずエレンの顔を見た。確かにくっきりと、涙の跡が頬についている。まだ乾いていない。

 

「エレン、…なんか悩みがあるなら聞くよ?」

 

「そんなんねえよ!『かわいそうに』みたいな目で見るのやめろよな!」

 

「あはは、冗談冗談」

 

エレンはじっとりと私を見た後、「行くぞ」と言って歩き始めた。

 

 

「壁こそが神の御業なのだ!」とか叫んでいる、皆にことごとく無視されている神父的な人を同じように無視して、私はエレンとミカサと並んで歩く。

壁が神の御業だなんて妄言、私は一ミリも信じてない。そもそも神様なんているのだろうか、と聞くたびに思ってしまう。

神様がいるなら、壁を作る前に巨人をこの世から消してくれればいいのに。そうすれば誰も死ぬことなく自由が手に入る。

 

まあ、それはともかくとして。私は左隣を歩くエレンを見た。

さっき泣いていたことについて、「おじさんに診てもらった方がいい」というミカサの発言を秒速で否定したエレンに笑ってしまい、また文句を言われてしまった。笑えるんだから仕方ないじゃない、と心の中でぼやく。

 

「何泣いてんだエレン?」

 

「ハンネスさん!」

 

私が挙げた声に、エレンに声をかけた赤ら顔の駐屯兵━━ハンネスさんはこちらを見た。

 

「よう、メリナ。見るたびにアリアさんそっくりになってくなあ。あともう5年もすりゃあミカサもメリナも、誰にも負けねえ美人になるな」

 

「冗談言ってる場合かよ!また酒飲んでるじゃねえか!」

 

私の方にかがんで話しかけてきたハンネスさん。分かってはいたけど、息が酒くさい。エレンにもそれが分かったらしく、眉を寄せて抗議している。

 

「一日中ここにいるわけだから、やがて腹が減り喉も渇く。飲み物の中にたまたま酒が混じっていたことは些細な問題にすぎねえ」

 

「そんなんでいざって時に戦えんのかよ!」

 

始まった、いつものエレンタイムだ。ミカサを見るも、肩をすくめただけだった。止められないから放っておこうというわけだ。

ハンネスさんは飲み仲間…じゃなかった、仕事仲間の駐屯兵の人達と顔を見合わせる。

 

「…いざって時ってなんだ?」

 

つくづく思うけど、ハンネスさんはエレンのことをわかっていない。

今の発言は火に油を注ぐだけだと気付いてほしい。

 

ヤツら(巨人)が壁を壊して街に入ってきた時に決まってんだろ!!」

 

「元気がいいな、エレン!」

 

ハンネスさんの同僚が笑いながら叫ぶ。あの人の名前は知らない。あと、ちょっとお腹が出てるから食事に気を付けた方がいいと思う。

 

「ヤツらが壁を壊すことがあったら、そりゃあしっかりやるさ。しかしな、そんなことは100年間で一度もないんだぜ」

 

「でも、そういうときが一番危ないって、父さんも言ってたし、メリナのとこのおばさんも言ってた!」

 

エレンは言いざま私を振り返る。

 

「そうだろ、メリナ?」

 

「うん、言ってた」

 

「ほら!」

 

鼻息荒くまくしたてるエレン。ハンネスさんはその勢いに圧倒されつつも、まあな、と頷いた。

 

「だがな、エレン。壁の補強作業の時に巨人を見かけることがあるが、ヤツらに50mの壁をどうこうできるとは思えねえんだ」

 

巨人と戦うつもりなど毛頭ない様子のハンネスさんに、エレンは憤りを露わにして叫んだ。

 

「なんだよそれ…!もう『駐屯兵団』なんかじゃなくて『壁工事団』に改名しちまえよ!」

 

「はははっ!それも悪くねえな!だがな、エレン。ミカサとメリナもだが…兵士が活躍するのは最悪の事態だ…。俺達が『タダ飯食らい』って馬鹿にされてる時の方が皆は平和に暮らせてるんだぜ?」

 

ハンネスさんのその言葉を聞いて、私は父さんが生前に言っていたことを思い出した。

父さんは『大切にするものが違うだけで、どちらの兵団も立派な兵士達がいる』と言っていた。

ハンネスさんの同僚の一人が、私達の方を見ながら言った。

 

「ハンネスの言うとおりだ。壁の外に出ようっていう『調査兵団』の連中の気が知れねえ…。勝手に戦争ごっこに興じてろってな!!」

 

「…!」

 

私は思わず息をのんだ。エレンとミカサはその発言が聞き捨てならなかったのだろう、彼らを睨みつけている。

そしてそれは私も同じ。ハンネスさんは父さんの職業を知っているから少し慌てた様子だった。

 

「駐屯兵団がどんな人間の所属する所かよくわかった。『人の親の生き方を馬鹿にする』最低最悪のタダ飯食らいってことね!」

 

私はそう吐き捨てると走り出した。ハンネスさんの声が聞こえたけど、私は走り続ける。

完全に言い逃げになってしまったが、私は自分の親を悪く言われて黙っていられるほどお人好しでもなければ善人でもないのだ、仕方ないだろう。

どうせ相手は名前も知らない人だし。

 

「メリナ!」

「待てって!」

 

エレンとミカサの声が聞こえたので振り返った。私の方へ一目散に走ってくるエレンと、その後ろを同じく走ってくるミカサが見えた。

 

「お前、足速いんだよ…」

 

「…ごめん」

 

「いいって。親の悪口なんて最低だよな」

 

「うん、まあね」

 

へらりと笑って見せると、エレンとミカサは顔を見合わせた。

 

「大丈夫か?」「大丈夫?」

 

二人に頷いたとき、街中に鐘の音が鳴り響いた。調査兵団が帰還したのだろう。

英雄(ヒーロー)”の凱旋である。

 

 

「見に行こうぜ!」と言うが早いか、エレンはあっという間に人混みの方へ向かっていく。

ミカサはエレンを追いかけようとして、私を振り返った。さっきの駐屯兵のこともあるし、私の父さんがどう死んだかを知っているから気にかけているんだと思う。

それとこれとは話が別だ。私はミカサに笑いかけた。

 

「私達も行こう、ミカサ」

 

「うん」

 

エレンは人混みの後ろで、積み上げられた空箱の上から調査兵団の列を見ているらしかった。ミカサはそちらに向かって走っていく。私はどうしても確かめたいことがあったから一番前まで進んだ。

 

「ひどい…」

 

思わず独り言が口から洩れる。それぐらい、帰還した調査兵の様子はひどかった。

瀕死で担架に乗せられたまま運ばれている者、包帯から血が滲み、仲間の肩を借りながら歩いている者、片腕が無い者もいる。

私は馬に乗っている兵士達に目を凝らしていく。━━いた。良かった、生きている。

 

エルヴィン・スミスさん。調査兵団の分隊長で、父さんの上司だった人だ。父さんが死んだという知らせを持ってきたのもあの人だった。

子どもの私にも敬礼を取ってくれたのが印象に残っていて、ああ、この人のために死ねたなら父さんは後悔していないんだろうな、となんとなく思った。

 

「モーゼス…?モーゼス⁈」

 

女の人が名前を呼びながら兵団の前に出てくる。

ああ、きっとこの人も私と同じだ。

案の定彼女の息子さんは亡くなっていて、しかも遺体は腕しか取り返せなかったとのことだった。

 

「でも、息子は…役に立ったのですよね…!息子の死は、人類の反撃の糧になったんですよね⁈」

 

涙にまみれたその悲痛な声を聞きたくなくて、私は顔を背ける。その時、エルヴィンさんが目の前にいることに気づいた。

目の前で団長と兵士の遺族との会話を静かに眺めている。その瞳に人間らしい感情は一切浮かんでいなかった。彼が前方に向け続ける視線に引き摺られるようにして、もう一度女の人を見る。

 

「今回の調査で我々は、今回も、何の成果も!得られませんでした!!」

 

団長が涙をこぼしながら叫ぶと、その女性は道の真ん中で腕を抱きしめながら泣き崩れる。

不謹慎だけど、こういう時、父さんの遺体に欠損が無くて良かったと思う。

 

「…ひでえもんだな、壁の中にいれば安全に暮らせるってのに…」

 

「兵士なんて税の無駄遣いだな」

 

私の左隣にいたおじさん二人が調査兵団の文句を言っている。それに気付いたとき、私は自分の耳を疑った。

その人達を振り返ろうとして誰かに当たったのか、道に飛び出すような形で転んでしまった。背中の薪が音を立てる。

 

「君は…」

 

「?」

 

頭上から声が聞こえる。私のことだと気付いて顔を上げると、エルヴィンさんが私を見ていた。

突然のことで声が出ず、ただただ馬上からこちらを見下ろしている青い瞳を眺めることしかできない。

 

「メリナ!」

 

エレンが私の名を呼びながら走ってくる。ミカサが転んだままの態勢だった私を起こしてくれた。

 

「帰ろうぜ。母さんに怒られる」

 

「わかった」

 

私はそう返事をすると、エルヴィンさんに一度だけお辞儀をしてエレンの後を追いかけた。

そうしてエレンとミカサ(家族)と一緒に帰路についたのだった。

 




《現在公開可能な情報》

◦メリナ・シュナイダーについて

髪は亜麻色で、三つ編みにしている。
844年に調査兵だった父が、その翌春に母が亡くなり、隣家のイェーガー家に食事などを頼っている。
首に母の形見である銀色のロケットペンダントを下げており、中には家族3人の肖像画が入っている。



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第3話 新天地

「3人とも…生き延びるのよ!」

 

どれだけ手を伸ばそうと、自分のことを娘のように慈しんでくれた人には届かない。

ハンネスに手を引かれて走りながらも振り返った少女が目にしたのは、

 

「やめろぉーーーーっ!!!」

 

絶望だった。

 

 

「貴様は何者だ!」

 

「トロスト区出身!ジャン・キルシュタインです!」

 

「何しにここに来た⁈」

 

「……憲兵団に入って、内地で暮らすためです」

 

今行われているのは、訓練兵団のいわゆる“通過儀礼”である。ただ、巨人を見たことすらない人間が思い切り罵倒されたところで、巨人の恐怖を経験した者との差は埋まらないだろうというのが私の正直な感想だ。

 

「そうか、貴様は内地に行きたいのか?」

 

「はい!」

 

ゴツッ、と鈍い音が響き、たった今教官に怒鳴られていた人が呻きながらその場に蹲っている。

なんで嘘でもいいからもっとマシな返答をしないんだろう。ああなるのは目に見えている。

ただ、教官からの通過儀礼を受けずに済む人も少なからずいる。私もその一人だ。ミカサやエレンもそうであるところを見ると、やはり巨人の恐怖を目の前で感じた人間はその必要がないと判断されているのだろう。

明確に区別できるわけではないだろうから八割がた教官の主観だと思うけど。

 

「貴様は何者だ!何しにここに来た⁈」

 

「ウォール・ローゼ南区、ジナエ町出身!マルコ・ボットです!憲兵団に入り、王にこの身を捧げるために来ました!」

 

優等生だなーとか思いながらやり取りを聞き流しつつ、自分の隣にいる女の子を見た。

かなり小柄な体格で金髪碧眼。教官が彼女に通過儀礼(という名の恫喝)を行わなかったところを見ると、それなりの覚悟が出来ていると判断されたのだろう。

 

「おい、貴様……何をやっている…?」

 

今までとは違う教官の声に顔を上げると、教官の視線の先で芋をかじっている少女の姿が見えた。どうやら彼女は自分のことだと気付いていないらしく、周りの人の方が焦るという奇妙な状態になっている。

更にその少女が芋をかじった所で教官が声を荒げた。

 

「貴様だ、貴様に言っているんだ‼何者なんだ貴様は⁈」

 

「ウォール・ローゼ南区、ダウパー村出身!サシャ・ブラウスです!」

 

「サシャ・ブラウス…貴様が右手に持っているものは何だ?」

 

教官の鬼のような形相にも怯むことなく、サシャと名乗ったその少女は芋を握りしめたまま堂々と答えた。

 

「蒸かした芋です!調理場に頃合いのものがあったので、つい…」

 

正直に答えるなんて変わった子だなあ、と思ったけど、変わってなきゃ教官がいる場で芋を食べたりしないことに思い至って吹きそうになった。

私が笑いを堪える気配を感じ取ったのか、さっき観察していた隣の子が目線だけ動かしてこちらを見る。

教官が背を向けているのをいいことに口の前に人差し指を立ててみせると、その子は少しだけ口角を上げて笑った。

 

 

入団式も終わって夕方になっても、サシャはまだ走らされていた。かわいそうな気もするけど、あれは教官の前で芋を食べた彼女が悪い。

夕食まで少し時間があったので、一人でテーブルについていたミカサの隣に座る。

 

「ミーカーサー」

 

「メリナ。どうかした?」

 

「エレンが巨人のことについて聞かれてたから巻き添え食う前にこっちに来た。エレンが熱くなると面倒だし」

 

「…そう。アルミンもそこにいるの?」

 

「うん」

 

「なら大丈夫。エレンが熱くなりすぎてもアルミンが止めてくれる」

 

「そうだね」

 

その後の夕食はミカサとアルミンと共に食べた。エレンは他の訓練生からの質問攻めに遭っていて、とてもじゃないけど一緒に食事が出来そうになかったから今日は別々だ。

その質問攻めは今も続いていて、皆ほとんど食事を終えたにも関わらずエレンはまだ食べている。

 

「皆、すごいね…」

 

私が思わず呟くと、向かいに座っているアルミンは苦笑した。

 

「巨人を実際に見たことないから仕方ないよ。噂は尾ひれがついて広まるものだから、本当はどうなのかって知りたがる人もいるし」

 

「そんなもんかー」

 

人が集まりすぎて姿の見えなくなったエレンがいる方へと顔を向けると、未だ巨人のことを聞いているらしい声が聞こえた。

 

「じゃ、じゃあ、普通の巨人は?」

 

誰かが言ったその言葉に、2年前の悪夢のような光景が蘇った。身体から血の気が引いていくのが自分でもわかる。

 

「メリナ、大丈夫?」

 

「顔色が悪い。辛いのなら医務室に━━」

 

アルミンとミカサの言葉に首を横に振ることで否定する。体調不良じゃないから医務室に行っても無駄だ。気心の知れた人と一緒にいる方がよっぽど効果がある。

 

「大丈夫だから心配しないで。それより、エレンが熱くなり出してるけど」

 

私が指し示した方では、エレンと、憲兵団に行きたいと言っていたジャン・キルシュタインという人が剣呑な雰囲気になりつつあった。

 

「お前は確か……憲兵団に入って楽したいんだったっけ?」

 

「俺は正直者でね……心底怯えながらも勇敢気取ってやがる奴より、よっぽど爽やかだと思うがな」

 

「…そりゃ俺のことか」

 

喧嘩になるのかな、と思って見ているも、そんな不安もなさそうだった。もしそうなら隣のミカサが何かしらの反応を示しているはずだ。

 

「なあ、悪かったよ。あんたの考えを否定したいわけじゃないんだ。これで手打ちにしよう」

 

「ああ、俺も悪かったよ」

 

エレンが食堂から出て行くのを見てミカサが立ち上がる。私も入浴の準備のために宿舎に戻ろうと立ち上がった時、一人の女の子がこちらに近づいてきた。

今日、通過儀礼を受けていた訓練生の一人だ。確か名前は…ミーナ・カロライナ、だったと思う。

 

「あなたもシガンシナ区出身なんだよね?」

 

「…うん、そうだよ」

 

「あ、いきなり話しかけてごめん。私、ミーナっていうの。宿舎に戻りながら話さない?」

 

「私はメリナ。いいよ、戻ろうか」

 

食堂から出る。まだ日は暮れ切っておらず、あちこちに松明が置かれていることもあって辺りは明るい。

 

「さっきエレンから話を聞いてたんだけど、アルミンとメリナってエレンと幼馴染なんだね」

 

「ミカサもだよ。ここへは4人で入ったの」

 

「ミカサ…ああ、長い黒髪の子?」

 

「そう。幼い時からずっと一緒」

 

「兵団に入ること、親に反対されなかった?」

 

「…親、いないから。4人で一緒に入ろうって決めたの」

 

「そっか。ごめん、思い出させちゃって」

 

なんだか随分ぐいぐいくる子だと思ったけど、そうでもないらしい。今も申し訳なさそうな顔をして隣を歩くミーナに、雰囲気を変えようと声をかけた。

 

「気にしないで。ミーナのベッドはどこ?」

 

「一番上の隅。あそこだよ」

 

「あ、私のベッドの隣だ。寝る前話せるね」

 

「本当だ!」

 

ミーナは私の言葉に目を輝かせる。

 

「メリナ、お風呂行こう」

 

ミカサが声をかけてくる。早すぎるんじゃないかと思ったが、早めに行かないと混んでしまうと言うので行くことにした。

 

「ミーナはどうする?」

 

「私はアニと行くからいいや」

 

「アニ?」

 

「私の隣のベッドの子。じゃあまた後でね」

 

「うん」

 

宿舎から出て浴場に向かう。その道中、ミカサは不思議そうに私を見ていた。

 

「私の顔に何かついてる?」

 

「…特に何も」

 

「じゃあどうしたの、さっきから凄い見てるけど」

 

「もう友達が出来たのかと思って」

 

なるほど、そういうことか。

まあ、シガンシナ区にいた時はエレンやミカサ、アルミンと一緒にいることがほとんどで、しかも近所にいた他の子どもと言えば喧嘩を吹っかけてくる悪ガキだけだった。

そう考えると他の人と親しげに話すのは珍しいかもしれない。

私だってエレンやミカサが他の訓練生と仲良く話していたら驚くと思う。ミカサは感情を表に出すタイプじゃないし、エレンは気を許した相手じゃないと不愛想だから取っ付きにくいと思われがちだからだ。

アルミンは人当たりがいいから色々な人と仲良くなれても不思議じゃないけど。

 

「ミーナはいい子だよ。寝るところが私達の隣なんだって」

 

「そうなんだ。…そういえばさっき、アニという人を見かけた」

 

浴場に足を踏み入れながらミカサが言った。やはり少し早いのか、誰か人がいる気配はない。

訓練兵団は大変だけれど、毎日の衣食住に困らないのが良い所だと思う。

 

「アニって、ミーナがさっき言ってた人?」

 

「そう。でも、直接話した訳じゃないからどんな人かはわからない」

 

「へえ。見た目は?」

 

「金髪をお団子にしていた。下を向いて本を読んでいたから顔はよく見えなかった」

 

「ふーん。本を持ってきてるなんてすごいね」

 

出来るだけ手早く髪と身体を洗い終えると、再び宿舎へと戻った。

やはりというかミカサが言ったとおり、私達が浴場から出る頃には人が増え始めた。こういう風に先を見通す能力が優れているのは羨ましい限りだ。

自分のベッドでミーナとアニが戻ってくるのを待つ。浴場から人が戻り始めているので彼女達ももうすぐだろう。

 

「ミカサ、ベッドどっち側がいい?」

 

「どっちでもいい。メリナが好きな方を選んで」

 

「じゃあ私が壁側ね」

 

「わかった」

 

ミカサと位置を交代すると、隣にミーナ達が戻ってきた。

 

「ミーナ、おかえり」

 

「ただいま。あ、この子がアニだよ」

 

「…あ」

 

アニと呼ばれたその子が顔を上げたとき、私は思わず声をあげてしまった。

昼間の入団式の時、私の隣にいた子だったからだ。アニもそのことに気づいたらしく、目を瞬かせている。

 

「知り合い?」

 

ミカサは私とアニの顔を交互に見ながら尋ねてくる。

 

「昼間、入団式で隣だったの」

 

「そう。あの芋女…サシャを見て笑いそうになってた」

 

「そこまで言わなくていいから!」

 

思わず声をあげた私を見てアニは愉快そうに、だけど静かに笑う。アニの目線が私の首元に来た時、不意に彼女は眉をひそめた。

 

「あれ、アンタ、首にかけてたやつは?」

 

「え?」

 

「首に何かかけてなかった?昼間、鎖だけ見えたんだけど」

 

首を触る。アニの言うとおり、母さんの形見であるロケットペンダントがない。

 

「さっき浴場に行った時だと思う。風呂に入る前に外してたから」

 

ミカサの言葉に頷く。確かに外したのを覚えている。身体を洗う時に首から下げていると邪魔だと思ったから。

 

「行ってきなよ。大事な物なんでしょ?」

 

「うん、ありがとう。ちょっと行ってくる」

 

アニにお礼を言って、私は小走りで浴場に向かった。

 

 

浴場の扉を開けると、勢いよく開けすぎてしまったせいか中にいた人が驚いた様に振り返った。

頬に散ったそばかすが特徴的だ。今は女性用の浴場にいるから女だと分かったけど、昼間に食堂とかで見たら絶対に男と間違える自信がある。

 

「お前も風呂に遅れた組か?」

 

初対面の人間にいきなり話しかけられて驚いたが、無視するのもどうかと思ったので正直に答える。

 

「違う。忘れ物したから取りに来ただけ。そっちは?」

 

「風呂に来る前に芋女を運んでて手間取っちまったんだ。今はクリスタを待ってるのさ。…忘れ物って言ったか?」

 

怪訝そうな顔で見つめてくる相手に私は頷いた。

 

「ロケットペンダントって言って、メダルみたいになってるところが開くの。中に家族の肖像画が入ってて…」

 

「これか?」

 

相手が手に持っているのはまさしく私が探していたものだった。

 

「そう、それ。母さんの形見だから探してたの」

 

「へえ、親の形見か。ほらよ」

 

手渡され、その場で首にかけてシャツの下に仕舞う。お礼を言うために顔を上げたものの、相手の名前を知らない。

 

「見つけてくれてありがとう、えーと…」

 

「ユミルだ。大したことないから気にすんなよ。お前は何て言うんだ?」

 

「私はメリナ。メリナ・シュナイダー」

 

「メリナ、ね…。これからもよろしく頼むぜ、明日の適性訓練でお前が開拓地行きにならなければの話だけどな」

 

男らしい口調に加えて毒舌でもあるらしい。私はユミルに向かってニヤリと笑ってみせた。

 

「ご心配なく。絶対残ってやるから」

 

ユミルはふん、と鼻を鳴らした後、早く出て行けと言わんばかりに手をヒラヒラと振る。

これ以上この場に留まる理由も無いので、私は素直に宿舎へと戻った。

 

 

「…まあ、見つかったなら良かったんじゃない」

 

アニの言葉にそうだね、と返す。

宿舎へ戻ってきたが、就寝時間まで少し時間があるのでミカサ、ミーナ、アニと話しているのだ。

 

「明日の適性訓練って何やるのかな?」

 

ミーナはやや不安げに尋ねてきた。ユミルとの会話の一部始終を話した時に出た、“適性訓練”という言葉が気になっているのだろう。

 

「腰と足裏のベルトを使ってバランス能力を見る。立体機動の基礎になるから、不適合なら開拓地に送られる」

 

「バランスなら何とかなるかな…。でもミカサ、それ誰から聞いたの?」

 

「夕食の後、エレンがアルミンと話していたのを聞いた。それだけ」

 

私はミカサがミーナと普通に話せていることに関して少し驚いていた。

さっき私に友達が出来たのかとか聞いてきた割に、ミカサ自身も友達を増やしつつあるらしい。まあ友達が増えても、エレンに固執するところは変わらなさそうだけど。

その後、明日から本格的に始まる訓練について4人で話していたが、就寝時間になったので私はミカサの隣のベッドに潜り込んだ。

さっきまでの喧騒が嘘のように静まり返った暗闇の中、私はいつの間にか眠りについた。

 

 

 

 



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第4話 適材適所

場面変わりすぎて読みにくいかもしれないです。

一人称型めっちゃ難しいです。気を抜いたら性別変わりそうで怖い。


 

「まずは貴様らの適性を見る!これができない奴は囮にも使えん!開拓地に移ってもらう!」

 

訓練生の前で適性訓練の説明をしているのは、昨日の入団式の時と同じキース教官だ。

 

「腰の両側にロープを繋いでぶら下がるだけだ。全身のベルトを使ってバランスを取れ!」

 

教官が更に説明を続けている。この訓練は立体機動の基礎となるものだから、出来なければ適性がないと見なして容赦なく開拓地送りにするとのことだった。

この言葉で危機感を強めた人が多いようでどことなく場の空気が変わる。

 

「では始めろ!」

 

教官の合図が飛ぶ。順調に進み、自分の番を終えた者からホッとした顔で戻る。張りつめていた空気もすっかり元に戻った。

私も自分の腰にロープを繋ぐ。

 

「…上出来だ。素質があるようだな」

 

教官の指示で地面に降り、ロープを外しているとそんなことを言われた。

 

「ありがとうございます、先生!」

 

「…教官と呼べ、シュナイダー」

 

咄嗟にお礼を口にしたが、気が緩んでいたらしい。流石にこれくらいで怒られはしなかったけど、気を付けないといつかやらかしてしまいそうだ。

 

「何をやっているエレン・イェーガー!上体を起こせ!」

 

他の訓練生達がいる方へ戻ろうとした時、怒鳴り声が響いて反射的に顔を向けた。

エレンが上下逆さで宙吊りになっている。空中で逆立ちがしたいのなら申し分ないくらい完璧だが、この訓練はそのようなものではない。

そんな彼を見た訓練生達の反応は様々だった。憐みの眼差しを向ける者もいれば、笑っている者もいる。昨日エレンと剣呑な雰囲気を漂わせていたジャンは後者だった。

その後も何度か試みていたが結局一度も成功せず、教官は明日もう一度やって出来なければ開拓地行きだとエレンに告げ、今日の訓練は終了した。

 

 

その日の夕方、エレンに頼まれてミカサやアルミンと共に自主練習に付き合うことにした。

 

「あれエレン、ベルトはどうしたの?」

 

「あー、さっき宿舎に置いてきたかもしんねえ」

 

アルミンの指摘通り、エレンはベルトを着けていなかった。宿舎は当然ながら男子用なので、アルミンが取ってくることになり、少しでも多く練習したいエレンには私のベルトを貸すことにした。

 

「上手くやろうとか考えずに、前後のバランスに気を付ければいい。腰巻きと足裏のベルトにゆっくり体重を乗せる」

 

ミカサに続けて私も口を開いた。

 

「焦らずに落ち着くことも大事だよ」

 

エレンの表情にはまだ不安が残っていたが、練習あるのみだ。私はゆっくりとレバーを回していく。

 

「…!できた!」

 

多少の揺れこそあるものの、エレンはしっかりバランスを取っている。昼間の失敗が嘘だったんじゃないかと思えるほどだ。

 

「エレン、出来たんだ!」

 

ベルトを手に戻ってきたアルミンが、目を輝かせる。地面に降りたエレンは私のベルトを外し、自分のものと取り換えた。

 

「一応もう一回やっとくか。メリナ、上げてくれ」

 

「了解、っと」

 

さっきと変わらない速さでエレンの足が地面から離れる。綺麗にバランスを保つ、ように見えた。

 

「っうわぁ⁈」

 

エレンはものすごい勢いでひっくり返り、思い切り頭を打ち付けてしまった。私は慌てて元の位置までエレンを下げる。ミカサとアルミンが急いでその身体を抱え起こした。

 

「僕とミカサでエレンを医務室まで運ぶから、メリナはこの器具を片付けたらこっちに来てくれ」

 

「わかった!」

 

 

「エレン、手が止まってるよ」

 

私の声に、エレンはハッとしたように顔を上げた。頭の包帯が痛々しい。

あの後エレンの手当てを済ませ、着替えてから夕食にやってきたのだ。怪我から練習の失敗を察したのか、食堂のあちこちからエレンを笑う声が聞こえてくる。

 

「もう兵士なんて目指すべきじゃない」

 

「でもエレンは一度成功してる」

 

エレンより先に私が反論すると思っていなかったのか、3人は驚いた様に私を見た。

 

「…その後の練習では失敗した。明日できるとは限らない。それに、命を投げ打つことだけが戦うことじゃない」

 

「お前なあ…!俺はあの日、あの光景を見ちまったんだぞ!そんな理屈で納得できると思うのか?」

 

「でも、その覚悟のほどは関係ない」

 

「はぁ?なんでだよ」

 

「兵士になれるかどうかを判断するのはエレンじゃないから」

 

エレンは言葉に詰まる。私は思い切り立ち上がった。椅子が大きな音を立てる。

 

「それはミカサでもない。そうでしょ?」

 

「おい、いきなりどうしたんだよ?」

 

エレンの言葉を無視して、私は食器を片付けてから食堂を後にした。

明日再び行われるエレンの適性訓練を注意してみることにしよう。一番前で見ていたら今抱えている疑問の答えが得られるはずだ。

 

 

「エレン・イェーガー、覚悟はいいか」

 

「はい!」

 

目の前で腰にロープを付けたエレンが元気よく返事をする。私は腰に付けられているベルトに目を凝らした。

 

「始めろ!」

 

キース教官の合図でエレンの足が地面から離れ、身体がゆっくりと持ち上がる。しっかりと上体を保ったままだったが、やがて金属の軋むような音と共にひっくり返った。

その様子を見て、昨日感じていた疑念は確信に変わった。失敗の原因はエレンではない。

 

「先生!」

 

「何度言えば分かる、シュナイダー。教官と呼べ」

 

他の訓練兵達からどっと笑いが起きる。

やっば、気を付けようと思ってたのにやらかした。

でも言っちゃったものは仕方ない。私は気を取り直して先程よりも大きな声で言った。

 

「エレン・イェーガーのベルトには不備があります!」

 

私の発言に、周囲から笑いの波がゆっくりと引いていった。エレンに至ってはひっくり返ったまま私の顔を凝視している。

 

「…なぜそう考えたか説明しろ」

 

教官は私の目を見ながら尋ねてくる。その表情に二つ目の疑念も確信に変わった。

 

「ベルトから、通常ではしないような不自然な音がしました。それに適性が無かったとしても、失敗した時に頭を打つようなことは有り得ません。以上の事実と、自主練習の際に本人以外のベルトで成功したことを踏まえて判断しました」

 

「……ワグナー!イェーガーとベルトの交換をしろ!」

 

適性訓練の補助をしていたトーマス・ワグナーという男子訓練兵がエレンとベルトを交換する。キース教官は見事に成功したエレンを見上げた。

 

「問題ない…修練に励め!」

 

その言葉に、訓練兵達からどよめきが上がる。故障していたベルトで成功させたエレンのことを見直したのだろう。

私は、アルミンと…誰だろう、名前は知らないけど2人の男子訓練兵と共にいるミカサに声をかけた。

 

「ミカサ、昨日はごめん。言い過ぎちゃって」

 

「気にしてないから大丈夫。アルミンがものすごく心配してたけど」

 

「そりゃ心配するよ!ミカサもメリナも言い争いとかするタイプじゃないし…。エレンだってはっきりとは言わないけど結構心配してたんだよ」

 

「ごめん、これからは気を付けるね。…そっちの人達は知り合い?」

 

私が訪ねると、アルミンは頷いて紹介してくれた。

 

「宿舎で寝るときの場所が近いんだ。背が高い方がベルトルト・フーバー、もう一人がライナー・ブラウンだよ。二人とも、彼女は僕の幼馴染のメリナだ」

 

「ライナーとベルトルトか。よろしくね」

 

「ああ、よろしく頼む」

 

「こちらこそ」

 

言葉の癖が似ているから、二人は同郷なのだろう。アニとも話し方が似ている気がするけど、出身が近いんだろうか。

 

「二人はアニと同じ出身なの?」

 

「どうして?」

 

目を丸くしてベルトルトが尋ねてくる。

 

「なんか言葉の雰囲気っていうか、纏ってる空気が似てる気がしたんだけど。違った?」

 

「いや、同じ出身だ。ウォール・マリア南東にある山奥の村でな…。ここに来てから言われたことなかったから驚いたぜ。なあ、ベルトルト」

 

「うん。エレンのベルトのこともそうだけど、メリナはすごいね」

 

ベルトルトの言葉にそんなことない、と首を横に振りつつ、私は遠くで別の教官と話しているキース教官をちらりと見た。

 

 

それから約半年後、立体起動装置の訓練が始まるのと同時期に乗馬訓練が始まった。

調査兵団に入りたいのなら馬を扱えなければ話にならないし、憲兵団や駐屯兵団を選んだとしても緊急時には馬での移動が必要となる。いずれにしても、馬に乗れない奴は話にならないってことだ。

 

「そういえばアンタ、変わった目の色だよね」

 

隣で馬の世話をしていたアニに言われた。今日は乗馬訓練がないけど、昼食後、アニに誘われて厩舎に来たのだ。

変わった目の色か…。私の瞳は上部が青、下部が緑で、虹彩の中心につれて色が淡くなって混じり合っている。確かにあまり見ない色だとは思うけど。

 

「そうかな?」

 

「うん。虹彩が二色の瞳って見たこと無いよ」

 

「でも私の母さんも同じ色だったし、遺伝じゃない?」

 

鐘が鳴り、午後の訓練が間もなく始まることを告げる。厩舎から戻る途中、アニは私の顔を少し見ると口を開いた。

 

「シュナイダーって、もしかしてお母さんの姓?」

 

「そう。父さんが婿入りしたんだって。珍しいよね」

 

「まあ、そういう夫婦もいるんじゃない」

 

出会ったばかりに比べると、だいぶアニの態度も柔らかくなったと思う。宿舎に戻って立体機動を付けると、アニはミーナと、私はミカサとそれぞれ合流して訓練場に向かった。

 

「今日はミカサと違う班だよね?」

 

「そう。メリナ、怪我しないように気を付けて」

 

「大丈夫だよ。じゃあ後でね」

 

今から行うのは協力討伐訓練だ。4~5人で一つの班になって決められたコースを進みながら巨人の模型の項部分を削いでいくもので、討伐数と全体に掛けた時間が評価に直結する。

私が今回同じ班になったのはジャン、ライナー、コニー、サシャの4人だった。

 

「あっ、メリナも一緒なんですね!」

 

「そうみたい。よろしくね、サシャ」

 

サシャと言葉を交わしていると、エレンの適性訓練以来よく話すようになったライナーが近づいてきた。

 

「メリナ、お前は立体機動が得意らしいからな。頼りにしてるぞ」

 

「私よりもライナーの方がかなり上だと思うけど」

 

「おい、目標物を倒すだけじゃなくて今回は罠もつけられてるってこと忘れんなよ」

 

口を挟んできたのはジャンだった。

何かとエレンとぶつかることが多いこの人は、憲兵団狙いを公言しているだけあってかなり優秀らしい。マルコ曰く、現状を正しく認識する力があるのだとか。

 

「罠ですか…。どんなのがあるんですかね?」

 

「そりゃ色んな種類のがあるだろ。お前を捕まえる為に食い物がぶら下がってるかもな」

 

サシャとコニーが繰り広げる軽口の応酬を眺めていると、キース教官の合図が出た。

 

「次の班!位置につけ!」

 

立体機動装置の具合を確かめると、私は他の班員と共に出発地点に並んだ。

目の前に広がるのは森。この木々の幹にアンカーを刺して進んでいくのだ。

さっきジャンが言っていたけど、標的の他に、罠にも注意を払わなければならない。立体機動はかなりスピードが出るので下手をすれば大怪我をする羽目になる。そんなのは御免だ。

アルミンによれば、罠を仕掛けるのは巨人から避ける能力を高めることを目的としているらしい。

 

「行け!」

 

教官が声と共に腕を振り下ろす。私達5人はそれを合図に、一斉にアンカーを射出して出発した。

 

 




メリナが特定の人としか話していないような気がしたので、協力討伐訓練ではあえてミカサ達と別の班にしました。
ちなみにメリナがアニと仲いいのは、ミカサと長く一緒にいるので感情表現を積極的にしない人に慣れているからです。ミカサとアニって雰囲気が似てる気がして…。

これからも読んでもらえたら嬉しいです。


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第5話 境界線

思ってたより話が進みませんでした。


 

「へっ、こんなの楽勝だぜ!」

 

「お前、少しは俺らのことも考えて進め!」

 

出発早々、コニーが班員の先頭に立つ。ジャンが周囲に気を配りながらもコニーに向かって叫んだ。

一人が先走ると残りの班員が追い付くので精一杯になり、後続の班員の事故が起きやすくなる。それを懸念しているのだろう。まして今回は罠があると聞いているのだから尚更だ。

比較的この班は立体機動が得意な面々で構成されているから、そんなことは無いと思うけど。

 

「ったく、馬鹿なのか?アイツは…」

 

「この班は立体機動が苦手なやつがいるわけじゃないし、大丈夫だろう」

 

ライナーは流石と言うべきか、余裕をもって飛んでいる。ジャンも、さっきは後続のことを考えろとか言っていた割に苦労している様子はない。

 

「右手前方に3体、左手に2体だ。コニー、サシャ、左をやれ!残りは俺らだ!」

 

「任せろ!」

 

「分かりました!」

 

コニーとサシャが左手の森に消える。私はライナーとジャンに続いて右に進路を切り替えた。

適度に離れた場所の木にアンカーを打ち込んでからガスをふかす。ワイヤーが伸び切ったところでもう一度ガスを噴射し、2本のアンカーを回収しながらその反動で巨人模型の項部分を削ぎ落とす。地面に降りる前にガスとアンカーを同時に射出すると、そのまま木の上に戻った。

 

「メリナ、お前早くねえか?」

 

「そう?」

 

ジャンの言葉に思わず首を傾げた。ライナーも何故か驚いたような表情だった。

 

「あんなに滑らかな動きが出来るとはな。驚いたぜ」

 

「普通だと思うけど。ミカサの方が何倍も上手いし」

 

「比較対象がえげつねえな、お前は」

 

ミカサのことを言ってみたらジャンに呆れ顔をされてしまった。なんでだろう。

ライナーに聞こうとした時、サシャとコニーが合流してきたので後にしようと思い直す。二人のテンションの高さから見ると順調だったようだ。

 

「よしサシャ、次の目標まで勝負だ!遅かった方が夕飯のパンを譲るとかどうだ?」

 

「いいですねそれ!負けませんよー!」

 

コニーが吹っ掛けた勝負にサシャは乗り気なようで、二人は私を含めた残りの三人を置いてどんどん先に行ってしまう。何だか嫌な予感がする。

 

「私達もスピード上げよう!」

 

私の提案にジャンとライナーは頷いた。周囲を気にしつつ最短距離の軌道を進む。やっとコニーとサシャとの距離が縮まってきた時、並んで立つ二本の木の間に何かがキラリと光った。

 

「おい、罠だぞ!」

 

隣で同じく罠の存在に気づいたライナーが前方を飛ぶ二人に怒鳴ったが、そんな急に軌道を変更することは不可能だ。

案の定、木の間に張られていた細い糸はコニーとサシャの身体に当たる。罠が起動し、両脇から太い木の棒が倒れてきた。死にはしないだろうが、直撃したら大怪我は免れない。

その時、目の前の光景に違和感を覚えた。目に映る全ての動きがスローモーションに見えたのだ。木の棒が倒れてくる様子も、サシャとコニーがそれを振り仰ぐ様子も、全て。

私は咄嗟に立体機動を操作した。ブレードを鞘にしまう。アンカーを射出せずにガスを思いっきりふかし、両脇にコニーとサシャをそれぞれ抱えて近くの木の上に降り立った。

 

「た、助かったぜメリナ…」

 

「ありがとうございました…」

 

サシャとコニーの言葉に一度だけ頷く。近くにやってきたジャンはまじまじと私の顔を見つめた。

 

「どうしたの?」

 

「お前、ミカサと同じくらいすげえよ」

 

「は?」

 

思わず変な声が出た。今ミカサは関係ない気がするんだけど。

 

「あの状況で二人の人間を助けるなんて、俺には無理だぜ」

 

「…普通だよ」

 

「それよりも、だ」

 

ライナーが口を挟んできた。何事かと顔を上げると、その視線はサシャとコニーに注がれている。

 

「コニー、サシャ。先行することが危険な理由はわかったか」

 

ガタイのいいライナーが注意をする様は、まるで面倒見の良い兄貴だ。コニーもサシャも、ライナーの言うことに素直に頷いている。

 

「行くぞ」

 

説教を終えたらしいライナーがこちらを振り返る。ここから最終地点までは全体の残り三分の一ほどの距離だ。

私達は再び立体機動での移動を開始した。

 

 

「そうだメリナ、言い忘れてたけどよ、さっきは助かったぜ」

 

夕食の時、食堂内でミカサの隣に向かおうと歩いていると、後ろから声をかけられた。声の主は今日の訓練で同じ班だったジャンである。

 

「さっき?」

 

「コニーとサシャを助けただろ。お前がいなきゃ正直間に合わなかっただろうからな」

 

「ああ、あれ。咄嗟に体が動いただけだから気にしないで」

 

私の言葉に何かを言おうとしたジャンの顔が私の背後を見て歪む。彼がこれほどまでに嫌悪を示す相手はただ一人だ。

 

「いつまで喋ってんだよ。飯が冷めちまうだろうが」

 

「エレン。ごめん、もう行くから」

 

エレンは私の話している相手がジャンだと気付いたようで、ものすごく嫌そうな顔をした。そんなにジャンが嫌いなら私の所に来る前に気付けよ。

 

「行くぞ、メリナ。ミカサとアルミンが待ってる」

 

「おい待てよ、死に急ぎ野郎」

 

ジャンが棘のある口調でエレンを呼び止める。“死に急ぎ野郎”と言われたことが気に食わないらしく、エレンは眉間に皺を寄せて振り返った。元々はっきりした顔立ちの為か、かなり険しい表情になっている。

エレンが何か言い返す前に、私はその背中を押した。この二人は相性が最悪なのだ。混ぜるな危険。

 

「はいはい、喧嘩はしないでくださいねー」

 

首だけで振り返る。ジャンに口の形だけでごめんね、と謝罪の意を伝えると、これ以上面倒なことにならないようにエレンを連れてミカサとアルミンがいるところに向かった。

 

「なんなんだよ、ジャンの野郎」

 

「いつまでも引き摺ってないで早く食べなよ」

 

文句を言い続けるエレンに釘を刺すと、エレンは素直に食事を再開した。アルミンがくすくす笑いながら私とエレンの顔を見比べる。

 

「メリナって年々エレンに対して毒舌になってるよね」

 

「そうか?」

 

「エレンが気にしてないうちは大丈夫だよ」

 

きょとんとしたエレンを眺めながら言うと、アルミンはまた愉快そうに笑った。するとその表情が、良いことを思いついた、と言いたげなものになる。

 

「ねえ、今度の休暇、三人とも空けといてよ」

 

「…急にどうしたの」

 

静かに夕食を食べていたミカサが顔を上げ、私達三人の気持ちを代弁してくれた。

 

「最近訓練でも別々になることが多かっただろ?久しぶりに四人でのんびり過ごしたいなあって思ってさ」

 

「私はいいけど。今度の休暇って明後日でしょ?」

 

「うん。外出許可は明日でも間に合うから大丈夫だよ」

 

アルミンは私の質問を汲み取って答える。エレンは口の中のパンを飲み込むと顔を上げた。

 

「じゃあ明後日出かけようぜ。四人でどっか行くのすげえ久しぶりだよな」

 

「最後に四人で出かけたのはシガンシナ区の川の近く。もう二年以上前」

 

淡々としているように見えるがミカサも嬉しそうだ。エレンは言うまでもなく、目を輝かせている。

もちろん私だって四人で出かけられるのは凄く嬉しい。

 

「でもどこに行くの?」

 

私の問いにアルミンは少し考えているようだった。

 

「漠然と街に行くことは決めてあるんだ。ただ、何があるのかは僕もよく知らなくて…」

 

「だったら、適当に街を見て回るとかでもいいんじゃね?」

 

エレンのその発言により、『とりあえず街を回り、面白そうな所があれば見てみる』ことになった。

明後日の休暇に思いを馳せながら、私は夕食を食べる手を進めた。

 

 

そして、街に出かける日がやってきた。

ミカサが街に行く、しかもエレンが一緒にいるということをどこからか聞きつけたジャンは、今までより一層敵意を込めた目でエレンを見るようになった。ミカサとエレンが二人で出かけるわけじゃないからいいと思うんだけど。そんな感じのことをアルミンに言ってみたが、そう簡単なものじゃないんだよ、と苦笑されてしまった。

 

「メリナ、準備はできた?」

 

「んー、髪が上手く結えない」

 

「…貸して。三つ編みでいい?」

 

「うん」

 

ミカサに髪を結ってもらい、私達は敷地の入り口で待っているエレンとアルミンの所へ向かった。

 

「遅かったな」

 

「メリナの髪を結うのに手間取っていた。それだけ」

 

「ふーん。じゃあ行こうぜ」

 

敷地を抜け、街への道を歩く。エレンの隣を歩いていたアルミンが振り返った。

 

「訓練兵団にいるから、私服見るの久しぶりだね」

 

「そうだね。ミカサのマフラーは相変わらずだけど」

 

今日のミカサが着ている服は白いシャツにピンクのロングスカートで、首元には赤いマフラーが巻かれている。幼い頃にエレンがあげたものだ。

私のマフラー発言に反応したエレンもこちらを振り向く。ミカサの首を見ると呆れ顔になった。

 

「お前、それしてて暑くねえのかよ?」

 

「この季節だったら別に暑くない。それにこれは大切な物だから」

 

マフラーを撫でるミカサから視線を移すとエレンと目が合った。長い付き合いだから、何を思っているかは何となくわかる。私は敢えて何も言わずに肩をすくめてみせた。

 

 

「思ったより、人いるんだな」

 

街に着いてエレンが発した第一声だ。その言葉の通り、街は想像以上に賑わっている。今日は訓練兵団も休暇の為か、見かけたことのある訓練兵の姿もある。

 

「どこの店に入る?露店もいくつかあるみたいだね」

 

「私、本屋見てみたい」

 

目に留まった書店を見ながら私が言うと、アルミンは笑って頷いた。

 

アルミンは熱心に何か難しそうな本を読みふけっていて、ミカサはその隣で二言三言言葉を交わしている。エレンはその近くにいるようだ。

私は面白い物語が読みたくて、店の入り口付近にあるコーナーを眺めていた。

天井近くまである本棚の上の方にあった、『鳥になった女』という変わったタイトルの本を手に取ろうと手を伸ばす。

 

「これかい、お嬢ちゃん」

 

背伸びをする私の横からぬっと手が伸びてきて、私が今まさに取らんとしていた本を掴んだ。目の前に差し出された本に驚きながらも顔を上げる。

 

「ありがとうございます」

 

予想より遥かに大柄なその男性にお礼を言う。

しかし、その人は私の顔を凝視したまま動かない。それどころか私の手首を掴んでいる。

 

「……」

 

「あの、手、放してください」

 

話しかけてみるが返事は無い。鍔有り帽子(ハット)で目元が隠れているせいか表情が見にくくて怖い。せめてなんか言ってほしい。

 

「アリア…」

 

「え?」

 

「お前、アリアか?」

 

「…は?」

 

全くもって支離滅裂だ。そもそも何で私の母さんの名前を知ってるの?

 

「…メリナです、けど。アリアは母さんの名前です」

 

男はそうか、と頷いた。何かを言おうと口を開いたようだったが、よく聞き慣れた声によって遮られた。

 

「おっさん、何してんの?」

 

男はエレンの存在に気付くと私の手をぱっと放した。エレンは男を睨みつけている。どっちが悪いのかわからないぐらい険悪な表情だ。

 

「ああ、この子が知り合いに似てたからな」

 

「へえ。知り合いだか何だか知らねえけど、人違いだと思いますよ。メリナは俺の妹なんで」

 

「妹?」

 

「そうです。じゃあ、これで」

 

エレンに手を引かれて店の奥、ミカサとアルミンがいたところに戻った。

二人は、エレンの表情の険しさに、何があったのかと気にしているようだ。口には出さないけどその気持ちがひしひしと伝わってくる。

 

「…昼飯食おうぜ。俺、腹減った」

 

そんな怖い顔で腹減ったとか絶対嘘だ。

でも、誰もそれに触れることは無く、私達は本屋を出ることになった。ちょうどお昼時になったというのもあるだろう。

私がさっき見ていたコーナーの近くを通ったけど、もうあの男はいなかった。

 

 




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第6話 絆

時間がかかりました。申し訳ないです。


 

「おばさんのことを知ってた?あのおっさんが?」

 

昼食を取ろうと入った店で、先ほどの男との一連のやり取りを改めて説明した。母さんのことを知っていた、と言うとエレンは眉をひそめた。

それもそうだ。母さんと交流があったのはエレンの両親、アルミンの祖父、ハンネスさんくらいのもの。さっきの男のような知り合いはいないからだ。

 

「それよりメリナ、そのクソ野郎に何かされなかった?もしそうなら然るべき報いを…」

 

「何もされてないから大丈夫!」

 

物騒なことを言い出したミカサの言葉を遮る。エレンだけならまだしも、ミカサは時々私にまで過保護になる。

まあ家族同然に大切にされてるからこそだし、気持ちは分かる。エレン程ではないだけマシだと思うことにした。

 

「お待たせしました」

 

店員が料理を運んでくる。私はこのタイミングで話題を変えることにした。

 

「さっきアクセサリーが売ってる露店見つけたんだけど、この後寄ってもいい?」

 

「もちろん」

 

アルミンは賛成してくれた。他二人も異論はないらしい。

露店の前を通った時、少しだけ視界に入った中に買いたいものがあった。

 

 

「あれ、アンタそんなの付けてたっけ」

 

「へ?…ああ、こないだの休暇で買ったの。エレンとミカサとアルミンも持ってるよ」

 

色違いだけど、と付け加えた私にふーん、と頷いたのはアニだ。

 

何の話をしているかと言うと、一昨日の休暇、昼食の後に寄った露店で買ったリングタイプのペンダントのことだ。

首にかける紐は簡単に留め外しが出来るようになっており、指輪としても使えるらしい。リングの部分には色付きのガラスが散りばめられているが主張の激しいものではなく、控えめなデザインだ。

ちなみに色は、エレンが緑、ミカサが赤、アルミンが黄色、私が青。

 

そう説明すると、アニは呆れたような顔で私を見た。

 

「仲いいよね、ほんと」

 

「まあ、幼馴染だし。それより早く始めよ、教官に見つかったら半殺しじゃ済まない」

 

「確かに。…じゃあ行くよ」

 

今は対人格闘訓練の時間だ。

随分前に教官の目を盗んでサボっているアニを見つけ、それ以来こうしてずっと教えてもらっている。

 

この訓練が始まったばかりの頃、ライナーと組んで痛い目に遭った。そもそも体格が違いすぎるから勝つつもりでいること自体が無謀なのだろうが、体格差があろうと相手に勝利する為の対人格闘術だ。

実際、アニは私よりだいぶ小柄(怒るから口に出しては言わない)だけど、私に勝ってるわけだし。

私も初めこそアニにやられっぱなしだったものの、最近では身体が慣れてきたのか、躱すだけでなく攻撃を仕掛けることも出来るようになった。

 

「とった!」

 

「やるじゃん。上達したね、メリナも」

 

「まあね、アニのおかげだよ。…今ならライナーに勝てると思う?」

 

「アイツは重量があるから厄介だよ。でも…」

 

「バランス崩せばこっちのもの?」

 

「そういうこと」

 

言葉を引き取って続けると、アニはにやりと笑って頷いた。

彼女の視線の先ではライナーとエレンが訓練をしている。あの二人は対人格闘術の訓練でよくペアを組んでいるのだ。

 

「行ってくれば?アンタがライナーと組むなら、その間はエレンと組んで待ってるから」

 

「わかった」

 

ライナーの近くまで歩いて行くと、二人は振り返った。

 

「ライナー、私とやらない?リベンジマッチやりたいんだけど」

 

「俺は構わないが…。ハンデはどうする?」

 

「要らない」

 

ハンデの拒否を告げると、ライナーは戸惑ったような表情を見せた。

前回はハンデ有りでも負けてるし、体格差も考慮すれば当然の反応だ。ちなみに前回は“足を使った攻撃をしない”というハンデがライナーに課されていた。

 

「…わかった、じゃあお互い手加減無しだな。エレン、悪いが少し待っててくれ」

 

「おう」

 

ライナーと向かい合って立つ。ならず者の役はライナーが務めることになった。

ライナーを抑えることが出来れば私の勝ちになる。

 

「行くぞ」

 

木製のナイフを手に持ったライナーが言う。私は黙ったまま指を自分側にちょいちょい、と曲げてみせた。

かかってこい、という合図だ。それを見たライナーが私の方に向かって走り出した。

 

ああ、まただ。

 

最近訓練の最中、周囲の動きがスローモーションになることがよくある。

ミカサに聞いたら『動体視力が上がってるのかも』と言われたが、真偽のほどは定かではない。

今もそうだった。身を屈めて走っていたライナーの体が僅かに浮くのを認識する。

教官から教わった型の通りに左手の拳を私に当てようとしている。

 

『フェイントには気を付けて』

 

教えてもらっている時、何度もアニに言われた言葉が脳裏に浮かぶ。

ライナーはこれでフェイントをかけ、右手に持った木製ナイフを私の身体に当てようとしているのだろう。

 

『隙を見逃さない』

 

少し上体が浮いたことで胴に隙ができた。私はそこを狙って足を蹴り上げる。

 

『バランスを崩す』

 

私の攻撃を避けようとライナーは仰け反った。防御が疎かになった足元、脛を思い切り蹴飛ばす。

痛みに悶える相手の懐に素早く飛び込み、背負い投げをかける。大きな音を立てて地面に転がったライナーは何が起きたか理解できていないようだ。

 

「すげえな、今何したんだ?」

 

「…アニに教わったことを実際にやっただけなんだけど…。こんな上手くいくと思わなかった」

 

「びっくりしたぜ。お前、前回はハンデ有りでも負けてたのに…」

 

エレンは私が勝ったことが意外だったのだろう、目を丸くして尋ねてきた。

その隣でライナーがやっと体を起こす。それを見てエレンは愉快そうに笑った。

 

「見事にやられたな、ライナー」

 

「完全に油断してた。反撃するどころじゃなかったぞ」

 

あまり納得がいっていない様子だ。私は後方にいるアニを指し示した。

 

「師匠の指導の賜物、ってところかな」

 

「アニか…。最近はサボっているところを見ないと思っていたが、メリナに教えていたとはな」

 

「すごい強いよ。ライナーも一緒にどう?」

 

「い、いや、俺は遠慮しておく」

 

「あら、そう」

 

ライナーとの会話を切り上げてアニの所へ戻る。

アニは、少し口角を上げる彼女特有の笑みを浮かべている。

 

「どうしたの?嬉しそうだけど」

 

「教えたことがちゃんと出来てたからね。まさかアイツがあんなにあっさり負けるなんて思ってもみなかったし」

 

アニは、対人格闘をサボっているところをライナーに注意されたことがあり、それをあまり快く思っていないらしい。彼女曰く『鬱陶しい』そうだ。

まあ分からなくもないけど。

 

「そういえば」

 

「何?」

 

アニは怪訝そうな表情で私を見た。

 

「アンタ、何でそんなに対人格闘に力入れてるの?碌な点数にならないことは分かってるんでしょ。馬鹿正直にやってるとも思えないし」

 

「そりゃ、点数にならないことは分かってるよ。ジャンが言ってたのを聞いたしね」

 

目を細めたアニに、これは正直に言うまで聞いてくるパターンだと観念する。

 

「…敵は本当に巨人だけなのか、今の人類にはそれすらも定かじゃない。仮に人と戦うことになったら?もしそうなって、手元に武器が全くなかったら?……対人の攻撃能力を培っておいて損はない」

 

アニは驚いた様に目を見開いたまま私の言葉を聞いていた。

まあ巨人が人類の敵だ、って声高に言われている中でこんな意見を持つ人はそうそういない。

私の場合、シガンシナ区から避難する時に持ってきた父さんの日記に書かれていた言葉の受け売りだ。でも実際、私はこの意見には納得してる。

ので、私の考えってことは嘘じゃない。

 

「変わってるね」

 

「…誰が?」

 

「アンタ以外に誰がいるの、今の流れで」

 

アニは珍しく声をあげて笑った。

 

 

その日の夕食の時、私は対人格闘術の訓練でライナーに勝てたことをミカサとアルミンに伝えた。

前回の散々な負け方を知られているから、成長具合を言っておこうと思ったのだ。

 

「へえ、じゃあメリナはアニに教えてもらって対人格闘術が上達したんだ?」

 

「うん。アニの教え方って分かりやすいんだよ」

 

「でもアニって怖くねえか?あんまり表情とか変わんねえし」

 

エレンが声をひそめながら尋ねてくる。アニに聞こえないようにしているのだろう。

アニは少し離れたテーブルで、ミーナと一緒に夕食をとっている。

 

「別に普通だよ。ミカサと似てるかな」

 

「私に?」

 

ミカサは不思議そうな顔になるが、これは本当だ。感情表現が豊かでないという点では特に。

 

「アニはメリナかミーナといることが多いよね。居心地が良いんじゃないかな」

 

「そうかなあ」

 

アルミンの言葉に思わず首を傾げる。

長い間過ごしてきて、訓練で一緒になったりして言葉を交わす機会が多いだけだと思う。要はアニも私も、お互いの態度に慣れただけだ。

そんなことを考えていると、エレンが私の方に顔を向けてきた。

 

「メリナは?」

 

「何が?」

 

「お前も調査兵団志望なんだろ?その理由だよ」

 

いつの間にか話題は変わっていたらしい。

確かに私は調査兵団に入りたい。訓練兵団に入団する前日だって、四人で調査兵団に入ることを約束したのだ。

 

「……」

 

答えようと口を開くが、咄嗟に言葉が出てこない。

 

何故調査兵団に入りたいと思ったのか。

 

エレンの質問はごくシンプルで、私が今ここにいる理由、つまり自分の原点を答えれば良いのだ。

 

「…父さんの影響かな」

 

「やっぱそうか。お前の親父さん、すごかったもんな」

 

エレンは納得したように言う。それに頷きながら、私は別のことを考えていた。

 

父さんは私が9歳の時に死んだ。そして、私が調査兵になりたい、という自分の思いを自覚したのが9歳の時だ。

それが引っかかった。

調査兵団に入りたいと思ったのが()()()父さんの影響であれば、父さんが生きている間、すなわちもっと幼少期から憧れていても不思議はない。

でも、私は父さんが生きている間に調査兵団に入りたいと感じたことは無かった。仲間を喪って悲しむ父さんの姿を目にしてきたからだろう。

だったらなぜ、父さんが死んでから急に『調査兵団に入りたい』などと思うようになったのだろうか。

 

いつの間にかエレン達三人の話題は他愛無いものに移っている。私はその会話を聞き流しながら、会話によって中断されていた夕食を再開した。

エレンによって私の中から掘り出された疑問に、私は胸に靄がかかったような感覚を味わった。

 

 

その夜、私は唐突に目が覚めた。

時刻は恐らく真夜中を疾うに過ぎた頃だろう。隣のミカサを起こしてしまわないよう、静かに上半身だけを起こす。

 

「…?」

 

違和感に気付き、隣のベッドに目を凝らす。暗闇に慣れてきた目には、アニのベッドが空であることが分かった。

夜中に目が覚めることは今までも何度かあったが、誰かが寝床を空にしていることは初めてだ。厠にでも行っているのだろうか。

私は物音を立てないようにしてベッドに据え付けられた梯子を下りた。抜き足差し足で宿舎の入り口まで辿り着くと、少しだけ開いている扉から外へと滑り出た。

 

 

「こんな所にいたの?」

 

少し後ろから声をかけると、アニはびくっと体を跳ねさせて振り返った。警戒していた表情が、私だと分かったからかいつもの顔に戻る。

 

「…何しに来たわけ」

 

「夜中にベッドを抜け出した不良友人の行方を探しに」

 

「ふはっ、アンタやっぱり変わってるよ」

 

「そんなことないって」

 

ここは宿舎とその隣にある厠の間だ。もちろん屋外で、夜中の今は結構冷える。

自らこんなところにいるアニの方がよっぽど変わってる気がする。壁にもたれて立つアニに倣って私も同じ姿勢を取った。

 

「アニは憲兵団志望だっけ」

 

「そうだよ」

 

「…なんで憲兵団に入ろうと思ったの?」

 

「………お父さんのため…かな」

 

アニから彼女の家族について聞くのは初めてだった。

 

「お父さんの?」

 

「父親って言っても血は繋がってないけどね。赤ん坊だった私を拾って育ててくれたんだ。格闘術も幼い頃に教わった」

 

「だからあんなに強かったんだね」

 

アニは私の言葉に頷くと、決意に満ちた瞳になった。

 

「あの人は、私のことを本当の娘みたいに思ってくれてた。ずっと気づかなかったけどね。……でも、ここに来る前、『帰ってきてくれ』と懇願された。だから私は、何としてでも父の元へ帰る」

 

彼女の瞳からは悲壮なまでに固い決意が感じ取れ、私は黙った。何だか、何を言っても意味をなさない気がしたのだ。

アニは沈黙を破るように、「メリナはどうなの?」と聞いてきた。

 

「…私、調査兵団に入りたいの。幼い頃からそう思ってた」

 

「調査兵団?」

 

「うん、私の父さんがそこの兵士だったの。血は繋がってないんだけどね」

 

ラファエル・シュナイダーは実の父親ではないことを、私はエレンにもミカサにもアルミンにも言っていない。

アニは驚いた様に私の顔を見た。きっと同じことを考えているのだろう。

私達は、境遇が似ている。

 

「今日エレンに聞かれたんだよね。『なんで調査兵団に入りたいんだ』って」

 

「うん」

 

「でも私、分からなかったの。父さんの影響を受けたのは間違いないの。ただ、最大の理由は別にある気がして」

 

これ以上言うことが無くて口を噤むと、アニは体ごと私の方を向いた。

 

「入ってから思い出しても遅くは無いんじゃない?入団に理由が必要って訳じゃないんだし」

 

「でも、皆何かしらちゃんとした理由を持ってるのに…」

 

「エレンの『巨人を駆逐する』ってのは、“ちゃんとした理由”に入る気はしないけどね」

 

アニの大真面目な返答に、私は小さく吹き出してしまった。

確かに理由を入団前に見つける義務は無いし、アニの言うとおり、入ったら思い出すかもしれない。そう考えると少し気が楽になった。

 

「ありがとう、アニ」

 

「別に大したことじゃないから。…そろそろ宿舎に戻る?明日寝坊したら最悪だよ」

 

「確かに。うっかり教官に見つかりでもしたら悲劇だね」

 

宿舎の入り口まで戻った時、中に入る前にアニは私を振り返った。

 

「アンタは成績優秀だし、憲兵団も狙えると思うけど」

 

「あはは、ありがと」

 

早く入ろう、と促すと、アニは宿舎の扉をそっと開けて静かに入っていった。

 

アニが何を言いたいか分からない訳がない。多分、私がアニの立場でも同じことを考えるだろう。

でも、私には変えられない意志があり、アニにも曲げられない思いがある。恐らく、それは何が起ころうと揺るがないものだ。

 

私は一度だけ溜め息をついて頭を振ると、宿舎の中に体を滑り込ませ、音を立てないように扉を閉めた。

 

 

 




前話(第5話)が4600字くらいだったのに、今回は5684字になりました。
なんということでしょう。

文字数が多すぎる、または少なすぎるなどの意見(改善要望)があれば、次話からの参考にしますので、感想欄にてお願いします。


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