妖精空間漂流記【完結】 (ひえん)
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ようこそ、フェアリイ星へ

 また、駄目だった。友を助ける事が出来なかった。

 

 しかし、それならば別の時間軸で同じ時間をやり直すだけ。これまでと同じように何度も…何度でも…

 

 何かに見られているような…靄が掛かったような黒い何か…あれは妖精?

 

 そして、暁美ほむらは目を覚ます。そこはいつもと同じ病室のはずだった…

 

「おかしい」

 

 いつもの病室ではない。個室ではあるがレイアウトが全く違う。外から聞こえてくるのは英語だろうか?しかし、意味は理解できる。自分にそんな高度な語学力はあっただろうか…そして、そこで自分の変化に気が付いた。

 

「ソウルジェムが無い…?」

 

 いや、それどころか魔法少女としての能力を一切使うことが出来ない。これはつまり、今の自分はただの人間だという事に他ならない。未だかつてない異常事態だ。周りを見回すと壁にかかったカレンダーが目に入った。写真付きのそれを見る。地球と違う連星の恒星が写った空の写真、それを見た途端に自分の知らない知識や記憶が流れ込む…これは今のこの体に刻まれた記憶に違いない。

 ここは惑星フェアリイ、地球の南極からの超空間通路の先にあり、FAFがジャムと呼ばれる未知の異星人と日々激戦を繰り広げて…

 

「いや、待って。何このSF世界」

 

 思わず自分からツッコミを入れてしまう程、困惑は大きいものであった。すると、ドアがノックされる。主治医か看護師かもしれないが、思わず身構えた。ドアが開くと、そこには頬に大きな切り傷のある男性が立っていた。

 

「えっと、ブッカーさん…?」

 

 この体の記憶の片隅からその人物の名前が出てくる。確か、父の友人だったはずだ。

 

「やあ、ほむら。5年ぶりくらいかな。退院おめでとう。本当ならば君の親御さんが迎えに来るのが筋だろうが、彼らはちょっと地球に長期出張中でね。代わりに迎えに行ってほしいと頼まれたんだ。手紙もある」

「ええ」

 

 手紙を読む。どうやらこの世界の両親はすごい仕事に就いているようだ。

 

「で、とりあえず自分が君を預かることになったけど平気かい?」

「大丈夫です。荷物を纏めるのでちょっと待ってもらっていいでしょうか?」

「ああ、ゆっくりやってくれ」

 

 そして、ほむらは“いつも通り”退院となった。ただ、いつもとは違う家に行く事となったが。

 

 

 

「なんだジャック、オフィスで託児所のアルバイトでも始めたのか?」

 

 ジェイムズ・ブッカー少佐のオフィスに入ってきた深井零大尉が冗談交じりにそう聞いた。

 

「いや、違う。友人から退院した子供を預かってほしいと頼まれたんだ」

「フムン。だが、なぜ子供がフェアリイ基地にいる。普通ならだいたい地球に送り返されるだろう」

 

 この惑星フェアリイは戦地だ。軍人と軍属以外の必要のない人間は不要となる。子供が生まれても例外を除けば真っ先に送り返されるだろう。なによりもここは戦地であって危険であるので子供の為でもある。ここに子供がいるだけでも特殊な事態なのだ。

 

「ああ、彼女は生まれつき体が弱くてな。搬送するのも難しいからと生まれてこの方ずっと入院していたんだ」

「なるほど。だが、そういうのは厚生局の仕事だろう」

「ああ。だが、まともな受け入れ先がない。見ず知らずの人の所に行くよりましだろう」

 

 深井零とほむらの目が合った。軽く会釈をする。零はそれを見て、実に“日本人”らしい反応だと感じたが、戦地で培った直感が『あれは死地を潜った目だ』と零に告げてくる。若干の違和感を覚えながらブッカー少佐に聞いた。

 

「おい、頼まれたからっていいのか?クーリィ准将が怒るぞ」

「安心しろ。了承済みだ」

「部外者を軽々入れるとは奇妙な話だ」

「ほむらの両親はFAF監理部のお偉いさんだ。准将曰く、『恩を売っておけ』だそうだ」

「現金な話だな」

「そういうもんだ。さて、ほむら。紹介しよう。彼は我が特殊戦第5飛行戦隊のパイロット、深井零大尉だ。とても優秀だから頼りにするといい。ちょっと変わり者だが」

「暁美ほむらです。深井さん、よろしくおねがいします」

 

 深井零、その名前と見た目から日本人だろう。しかし、彼は今までに見たことが無いような不思議な雰囲気を纏っているようにほむらは思えた。

 

「やめてくれ、ジャック。俺には関係ない」

「そう言うな。面倒を見てやってくれ」

「そういうのならばフォス大尉がいるだろう。彼女は医者だ、俺よりよっぽど専門家だろう」

「とっくに頼んである」

「フム」

「さて、少し散歩に行くか」

「唐突だな、ジャック」

「お前も歩いた方がいい。まだ病み上がりだろう」

 

 そう言われると反論は難しい。そして、三人はオフィスの外に出る。フェアリイ基地の主要な施設は地下にある。ジャムの攻撃に備える為だ。

 

「ほむら、外に出た事はあるか?」

「いえ、ほとんどベッドの上だったので…」

「じゃあ、せっかくだ。空を見に行こう」

「地上から見て面白いか?」

「地下よりましだ」

 

 そして、地上に出る。エプロンでは特殊戦の主力偵察機FFR-31MRスーパーシルフが2機、離陸準備を行っている。ジェットエンジンの轟音が鳴り響き、燃料であるケロシンの臭いが薄っすら漂う。滑走路脇にある芝生の植物の色は独特な紫色。そして、空を見上げる。真上に輝く恒星は2つの連星。空の色も地球とはどこか異なる。ほむらはここが間違いなく別の星だという確信を得たのである。ある種のショックを受けながら。

 そして、エプロンの片隅では一際大きい轟音が鳴った。何事かとほむらはその音が鳴った方向を見る。そこには元の世界では見たことがない不思議な飛行機がいた。いくつもの翼が自由に動いている。

 

「…雪風」

「ああ、雪風はエンジンと動翼の試験中か。調子が良さそうなエンジン音だ」

「雪風とは?」

「特殊戦の機体にはみんな名前が付いていてな。雪風はそのうちの一機、零の愛機なのさ」

「なるほど」

 

 深井零は静かに愛機『FFR-41 メイヴ』を見つめている。それほどまでに愛着があるのだろうか。

 

「一つ質問があります。ジャムにあったことはありますか?」

「ある」

「どんな相手なんですか?」

 

 ほむらは疑っていた。ジャムという敵は実は自分が戦ってきた魔女と使い魔の類ではなのではないか。そして、その後ろにはアイツがいるのではないか、と。

 

「それは自分で直接見て判断した方がいい。あれを理解するにはそれが確実だ」

「?それはどういう…」

「見た目で説明できるほど単純な物ではない」

 

 その会話の最中、ブッカー少佐は時計を見て言った。

 

「おっと…こんな時間か、戻るぞ。昼飯にしよう」

 

 そして、一同は食堂へと向かった。

 

 

 

 そして、その帰り道の事である。ほむらは倉庫の部屋の中で何かを見た。それはひたすら憎い憎いあの白いシルエット…魔法少女を生み出し、それを利用する異星人。インキュベーターであった。

 

「やあ、君は僕が見えるのかい?」

「インキュベーター…」

「おや、どこかで会ったことがあったかな?」

「私は知っている…あなたが魔法少女を生み出し、それを利用してどうするのかという企み全てを」

「おや、そこまで知っているとは…君は何者だい?」

「答えなさい、このジャムとの戦いもあなた達の仕業?」

「それは違う。ジャムは僕達とは全く違う生命体さ。何もかもが違いすぎて僕たちにも理解することは困難だ」

「では、何故あなたがこの星にいるの?」

「興味深いからさ。人間とジャムと呼ばれる謎の生命体の戦い、そしてその行く末。ジャムと呼ばれる生命体の謎。そして、この星で異常な進化を遂げる機械たち…FAFの技術は魔法少女が契約の願いを使ったわけでもないのに地球上のそれよりもはるか先を進んでいる。今までほとんど起きなかったことだ。実に興味深いと思わないかい?」

「別に。30年もずっと戦っているのなら技術の進歩があっても不思議ではないと思うわ」

「いや、不思議さ。進歩のスピードが異常過ぎるからだよ。だからこそ30年もずっと観察している。それにこの特殊戦という部隊、ここも実に不思議だ」

「何故?」

「普通の人間の組織ではありえない精神構造をした人材の集まり…それなのに集団として機能し、なおかつ他の組織とは違う動きをしているからさ」

「この特殊戦に何かするつもり?」

「何もしないさ。最初に言った通り、観察するだけ。この星で契約はしない。できる相手も限りなく少ないし、なによりジャムに見られたくない。あれらに何かをされたら困る」

「そう。では、失せなさい。私の目の前からすぐに」

「分かったよ。そろそろ誰か来そうだし」

 

 武器さえあればすぐにでも駆除したい気持ちに駆られつつ、インキュベーターの話を聞いた。連中はこの星では何もしない、ただ観察に徹すると言っていた。しかし、彼らでも理解できないと言う存在であるジャムとは何者なのだろう?ほむらは一つの興味を持ったのであった。

 

 

 ほむらがフェアリイ星の空を見てから2日後のことである。ブッカー少佐は特殊戦のボスであるクーリィ准将のオフィスに来ていた。

 

「少佐、暁美さんの様子はどう?」

「ええ、准将。今の所特に問題ありません」

「そう、ところで少佐。教育上、同年代の話し相手がいた方が良いと思うのだけどどうかしら?」

「同年代?ここにそんな相手はいたでしょうか?」

「ほら、いるじゃない。あのトロル基地で戦死した従軍神父の娘が」

「ああ…そういえば。前にスコーンのレシピを教えたような…」

「確か、近くのPX(売店)で軍属として働いていたはずよ。身寄りが無くて帰るのが手間だと聞いたわ」

「なるほど、一度会わせてみますか。お互い刺激になるでしょう」

 

 妖精の空に一つの風が吹いた。

 




奇妙な星に迷い込んだ元魔法少女
彼女には一体どんな運命が待ち構えているのだろうか

時系列は
(グッドラック)昼食会→零が地球から帰還した辺り


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アンノウンは敵か味方か?

「エディスさん、ここの問題なんですが…」

「どれどれ…これはね、ここの公式を使うのよ」

 

 暁美ほむらは特殊戦の軍医であるエディス・フォス大尉のオフィスで勉強をしていた。ブッカー少佐が忙しい為、フォス大尉に面倒を見てもらっているのである。コミュニケーションはいろんな人と取った方が良いというブッカー少佐の方針でもあるのだが。

 しかし、フォス大尉はそんなほむらに大きな疑念を感じていた。それは軍医、また精神面のスペシャリストとしての経験が導き出したものである。特殊戦でほむらを預かることになった為、フォス大尉がほむらのパーソナリティ分類用コード…PACコードを事前に入手、医学的面で必要と判断した為だ。そして、更にメンタル面のサポートでも必要になるだろうと考えた結果、精度の高い精神心理傾向情報が記載されているPAXコードも併せて入手した。

 しかし、そのデータに記載された精神的傾向と今現在の彼女の性格は明らかに違う。データ上では内向的で弱気な面が強いと出ているが、目の前の彼女はいかにも動じにくく、はっきりした態度で物事に臨むような性格と見て取れた。実際、初めて会った時もおどおどした様子は無かった。よくある表現で表すならばクールで落ち着いたような雰囲気である。

 

 これはデータの誤入力?成長で性格が変わった?仮説は色々と浮かぶが、どれも考えにくい。自分の心理解析用ソフトウェア「MAcProⅡ」もその仮定に否定的な判定を出した。浮かんだ考えを自己否定しているともう一つ仮説が浮かぶ。同じような事態は深井零大尉にもあった。そこから考えると、彼と同じく何か強烈な経験を受けたとするものである。しかし、彼女はずっと入院していた。ほぼベッドの上で過ごしてきた以上、そんな体験を味わうとは考えにくい。そして、更にもう一つの仮説…別人とすり替わった説。やはりこれも違うだろう、入院患者でずっとモニターされている人間を入れ替えることなど困難である。

 そんな最中、ブッカー少佐から連絡が入った。

 

「フォス大尉、ほむらはいるか?」

「ええ、います。代わりますか?」

「ああ、頼む」

 

 そして、ほむらにブッカー少佐は言った。

 

「やあ、ちょっと茶菓子を用意しないといけなくなった。ちょっとPXまで行って買ってきてくれないか?場所は…フォス大尉に聞けば分かるだろう」

「ええ、分かりました。ええと…何を買えばいいのでしょうか?」

「それは君のセンスに任せる。あと、敬語は使わんでもいいからな」

「はあ…分かったわ」

「よろしい。あと、何か気に入った物があったら買っていいぞ」

 

 PXの場所を教えてフォス大尉はほむらを送り出す。そして、入れ替わりに深井大尉がオフィスにやってきた。

 

「あら?今日は診察の予定なんて無かったと思ったけど」

「そっちじゃない。さっきまでここにいたアイツの件だ」

「ほむらちゃんがどうかした?」

「俺はアイツがどこか怪しいと考えている」

「あら、奇遇ね。私もそう思っていたところ」

「意見が一致するなんて珍しい」

「で、そう思った根拠は?」

 

 零は椅子に腰かけるとフォス大尉にその根拠を話し始める。

 

「アイツの目だ。いつもどこか警戒している、とても娑婆にいる子供の目つきじゃない…少なくとも戦場で命の駆け引きをやったやつのそれだ。それにたまに何か考えているようなしぐさが気になった。何かを隠しているに違いない」

「要するに勘ね。私は医学的方面から疑問が出たのだけど」

「ほう、カルテ偽造でもあったか?」

「そういうのじゃないわ、例のPAXコード…あれでね」

「ああ、あれか」

 

 自分もそのPAXコードのデータで色々言われたな、と零は思い返しながら、更にフォス大尉の話を聞く。

 

「ええ、貴方と似たようなケースよ。データと実体が大きく違う」

「フムン」

「そして、彼女は今までずっと入院していて貴方みたいに強烈な経験をしたとは思えない」

「なるほど…やはりアイツはジャム人間かな」

「さあ、それも違うと思うわ」

「何故だ?」

「医療機器で常にモニターされた入院患者をすり替えるのはいかにジャムでも難しいと思う」

「フム、それはそうだ。少佐にこの考えを話して相談してみるか?」

「もう少し様子を見た方がいい。これといった証拠がないわ」

「しかし…」

 

 彼女は何を隠している?二人の疑念は更に膨らんだ。

 

 一方、ほむらはブッカー少佐に頼まれた買い物をする為に特殊戦の施設から少し離れたPXにやって来ていた。PXという単語は聞き馴染みが無いが、意味は軍隊の中に置かれた売店らしい。どう考えても厳ついイメージしか浮かばない。これまでの時間軸では今まで何度も武器を調達する為に能力を使ってその手の施設には入り込んだことがあるが、このような売店には入った事がないからイメージが出来ない。

 そんな所に茶菓子なんて売っているのだろうか?そう思いながらもPXの中に入る。棚を見ると生活必需品や食料、飲み物に酒、雑誌に新聞…様々な物が売られている。もちろん菓子も売っているのが目に入る。病院の売店よりも品揃えがいいなと、ホッとしながら菓子を選ぶ。そして、視界の隅にちらっと人影が見えた。つい気になってそちらに視線を向ける。だが、その人物を見た時にほむらは一瞬思考が停止した。何度も繰り返した時間の中で自分が散々会った人物だったのだ。

 

 佐倉杏子…何故彼女がここにいる。そう思った途端に目が合った。彼女はにっこり笑うと近づいて来た。

 

「お客さん、初めてかい?」

「え、ええ。ずっと入院していたもので…」

「ああ、医療センターの医者が言ってた患者ってアンタか。10年以上ずっと入院していた患者の治療についに成功したって自慢してた」

 

 医者の守秘義務はどこに行ったのかとほむらが内心思っていると更に話は続く。

 

「まあ、その医者はご機嫌でビール3ダースも買っていったからこっちはホクホク。チップもたんまり」

「はあ」

「で、何をお探しで?」

「茶菓子を買うように頼まれて」

「そうか。じゃあ、この棚以外にもあるから観てみるかい?」

「ええ、頼むわ」

 

 別の棚に並んだ菓子を見ながら杏子がほむらに問う。

 

「で、お前さん。どこでお遣いなんて頼まれたんだ?」

「特殊戦よ」

「特殊戦…あのブーメラン戦隊か?うわぁ…アンタ、またとんでもない所にいるんだな…」

 

 素直に特殊戦と答えたが、相手は明らかに引き気味の反応である。あの隊に何かあるのだろうか?軽く首を傾げると、それを察したのか杏子が特殊戦の印象を話し出した。

 

「あー…どういう所かまだ知らないのか。特殊戦っていう所はな、変わった人が多いって評判なんだ。そこの隊の人間はだいたい無口で何も話さない印象が強い」

 

 どうやら自分はとんでもない悪評が付いている所に預けられているらしい。

 

「まあ、いいや。食うかい?この店特製の自家製スコーンだ」

「ええ、頂くわ」

 

 そして袋に入ったスコーンを渡される。見た限り普通のスコーンだ。だが、よく見ると値札がしっかり付いている。

 

「お金取るの?」

「そりゃ売りもんだからな。当然さ」

「あの流れは奢ってくれるものだと思ったのだけど」

「そんなうまい話はない」

「これじゃあ詐欺よ」

「未開封だからセーフだろ。まっ、冗談さ。そいつは奢り」

 

 笑いながら杏子が袋を開けてスコーンを取り出す。

 

「あたしは佐倉杏子。アンタ、名前は?」

「ほむら、暁美ほむら」

「そうか、ほむらか。よろしくな!しっかし、同年代と話をしたのなんて何年ぶりかなあ」

「ところで…あなたは何故ここに?FAFに子供なんてほぼいないって聞いたけども」

「ああ、それはちょっと…色々あってな…。おや、菓子買わないでいいのか?」

「あっ」

 

 そして、ほむらはそそくさとシンプルなチョコレートの詰め合わせを買ったのであった。

 

 

 

<She is unknown. Little data. I want to perform an intelligence collection mission...>

 

 一方、人以外の知性体も最近現れた見知らぬ人物が何者なのか探ろうとしていた。その名は雪風。特殊戦1番機の偵察機である。

 格納庫で静かに翼を休める機体。だが、その機のコンピュータはただひたすら情報を集め、探っている。

 




あれはジャムか?いや、人間か?そもそも味方か敵か?
零の疑念は膨らむ。

そして、鼻の利く猟犬の如し特殊戦の機械たちも何かを嗅ぎつけた…


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凍った眼が見たもの

 レジで支払いを終えたほむらに杏子は言った。

 

「なあ、外に行かないか?」

「あなた、店はいいの?」

「ああ、それならもうすぐ勤務時間終わりだから問題ないね」

「そう。あっ、先にお遣い終わらせないと」

「あー…まあ、いいや。一緒に行くか?」

「流石に特殊戦の中には入れないと思うわ」

「なーに、外で待つさ」

 

 そして、PXの仕事を終えた杏子を待ってからほむらは特殊戦の区画へと歩き出す。そして、ほむらは買った菓子を持ってブッカー少佐のオフィスへと入った。

 

「ブッカーさん、買ってきたわ」

「ああ、すまんな。フム…チョコレートか」

「駄目だったかしら?」

「いや、問題ない。さて、紅茶でも淹れようか」

「ああ、それがちょっと人を待たせていて…」

「ん、もしやあのPXの子か?ほう、もう友達になったのか」

「いえ、友達というか…なんか流れで」

 

 ほむらの話にブッカー少佐が軽く驚く。

 

「まあ、同年代の話し相手が出来るのはいい事さ。楽しんでこい」

「ええ、それでは行ってくるわ」

 

 そして、ほむらを見送ったところでブッカーは気づく。

 

「そういえば…どこに行くんだろうか?」

 

 そして、そんなブッカーの疑問などつゆ知らず、ほむらは再び外へと出る。区画の入り口前では杏子がベンチで缶ジュースを飲みながら待っていた。

 

「よう、終わったか?」

「ええ、喜んでいたわ」

「それはよかった。じゃあ、出かけよう」

「で、さっき外って言ってたけどまさか…」

「ああ、もちろん地上さ」

 

 ニヤリと杏子が言う。それを聞いてほむらが頭を抱えた。

 

「いいの?許可なしで行けるものなのかしら」

「ああ、あたしぐらいになると顔パスさ」

「つまり無許可と」

 

 ブッカー少佐にバレるとまずい事になりそうな予感がするが、杏子はさっさと行ってしまう。軽く走って慌てて追いかける。そこでほむらはふと気づく。今までは魔法少女の魔力で心臓の持病の症状を消していたが、この体は普通の人間である。その状態で運動なんて到底出来ないはずだ。しかし、軽く走ったが全く支障がない。つまり、FAFの医療技術は自分の心臓を完治させたのである。その事実に今更ながら内心仰天していると、杏子が立ち止まる。

 

「ああ、ここのエレベータだ」

 

 見るからに頑丈そうな扉が付いたエレベータである。恐らく爆撃にも耐えられるように作ってあるのだろう。重々しく扉が開いてエレベータに乗り込む。モーターの回転音が鳴り、エレベータが昇降していく。そして、地上階に着く。扉が開くとそこは格納庫。機体はよく分からないが、小さなプロペラ機が並ぶ。コクピットが見当たらないから無人機だろうか?そんな事を考えていると、杏子は整備員に挨拶を交わした。

 

「よお、おっちゃん!外出てもいいか?」

「ああ!だが、いつも通り格納庫の入り口までだぞ!」

「分かってるよ!こいつに外を見せてやるだけさ」

「ん?珍しいお客さんだな。どうしたんだ?」

「ほら、あの最近話題になった退院した子さ」

「ああ、なるほど」

 

 どうやら自分の話は「退院した子」で通じるぐらいこの基地内で広まっているらしい。そんな事実に内心で頭を抱えるほむらであった。

 

「どうだ、この基地は広いだろう?」

「え、ええ。そうね」

 

 杏子の自慢げかつ、にこやかな表情を見ると、数日前にブッカー少佐と共に外に出たという事はとても言えない…無難な反応を返しておく。そして、タイミングを見計らいながらほむらは杏子に疑問を一つ聞いた。

 

「そういえば…あなたは何故FAFに?」

「ああ…さっき言いそびれたな。まあ、面白くも無い話だけど聞くかい?」

「ええ」

 

 そして、杏子はどういった経緯でここに来たのか話し始めた。

 

 

 

 あたしの親は神父でね…FAFが従軍神父を探していると聞いて、二つ返事でフェアリイ星に行くことを決めたんだ。こういう所だから行きたがる人も少なくてね、それでも世の中には信仰心が大事でそれが生活の一部って人もいる。そういう人の為に、ってさ。

 で、FAFの人もそういう人材が集まりやすくなるように何か特例を認めてもいいと言ってきたんだ。そしたら、家族も一緒に連れていくという条件を父親が出して、それが認められた。そして、話はとんとん拍子で進んだ。そういう経緯であたしも家族と一緒に来たわけだ。あの南極の通路を超えてこっちの空を見た時は感動したね。でも、その時にはその先どうなるかなんて全く考えてなかった。着いてからは語学の勉強、航空身体検査、FAFのルールとかについての説明を受けたっけ…

 このフェアリイ基地に降り立ったしばらく後、他の基地…トロル基地に行くことが決まった。それで輸送機に乗るまではよかった。だけど、搭載物の事情で誰か一人だけ別の便で飛んでほしいと言われたのさ。それであたしが立候補した…まだ小さかったから冒険心みたいなものが出たんだと思う。それにFAFの職員も付き添うと言ったからね。そして、一人だけ自分の手荷物抱えて機体から降りた。そのまま家族の乗る機を手を振って見送った。

 それで次の連絡機を待っている時だった。その職員が血相を変えて飛んできたんだ。そして、あたしの手を引きながら「急いであの機に乗って飛んでくれ」と言ってきた。彼が指さす先には戦闘機…シルフィードがあった。何事かよく分からなったけど、いきなり3Dプリンタか何かで作った急ごしらえのごつい宇宙服みたいな与圧服を着せられて、後部座席に乗せられた。子供をなんとか戦闘機に乗せようとして慌てて作ったんだろうな。そして、後はそのままテイクオフ。

 

「タワーからコブラ21へ、離陸許可。離陸後は5000まで上昇後、ルナに接続せよ」

「コブラ21、離陸許可」

 

 初めての戦闘機…何事かと思いつつ、内心とてもワクワクしていたね。

 

「ルナよりコブラ21、方位125。他機は後回しにしてある。最優先で飛行可能」

「コブラ21了解。方位125、超音速で飛行したい」

「コブラ21へ、超音速飛行を許可する」

 

「お嬢ちゃん、揺れるけどちょっと頑張ってくれよ」

 

 パイロットがそう一言言った途端にシルフィードはグッと加速した。アフターバーナーの轟音と衝撃に目を白黒させている内にいつの間にか目的地に着陸。キャノピーが開くと整備員が急いで機体から降ろしてくれた。そして、与圧服を脱いで、その時やっと外を見たんだ。

 そしたら、エプロンにあったんだ…さっき見送った輸送機が黒焦げの状態で。呆然としたよ…家族はみんな死んじまった。何があったか泣きながら聞いた。そしたらジャムの奇襲攻撃を受けたって。まあ、そういう経緯で天涯孤独になっちまったのさ。

 

 

 

 杏子の口からは壮絶な話が続く。ほむらはその強烈な内容をただ黙って聞いた。どの時間軸でも彼女の人生は壮絶だった。それはこの時間軸でもそうであったのだ。ただ、方向性は違った。彼女は魔法少女にならず、普通の人間のままだ。

 

「ごめんなさい。辛い話をさせてしまって…」

「いいさ。こっちだけがそっちの事情知っているのも不公平だろ?」

「そうは言っても私は入院していただけだから…しかし、地球に帰ろうとは思わなかったの?」

「ああ、向こうにはろくに親戚もいないからな…行っても扱いなんてたかが知れてる。そういう事情もあってそのままFAFの職員が後見人になってくれた。で、今に至るのさ」

「そう…」

「だが、不満はないね。働いて給料は貰えるし、勉強も教えてもらえる」

「ここって学校あるの?」

 

 この体の入院中の記憶を手繰ると、家庭教師のような人や医者と看護師に勉強を見てもらったぐらいであった。学校があるイメージは浮かばない。

 

「まあ、ここは世界中からいろんなやつが来る。特に多いのは何かトラブル起こして社会から不要と言われるような類。そういうやつだとまともに勉強出来てないこともよくある。そういう連中に勉強を教えるような所があるのさ」

「なるほど」

 

 ガラが悪そうだと思いながら空を見ていると、サイレンが鳴った。

 

「空襲警報だ!」

 

 杏子が叫んだ。そして、ほむらは空に何かを見た。

 影を切り抜いたような黒、一切の反射も明暗の変化もない。そんな物体が空を高速で駆け抜けていった。そして、それは左旋回して戻ってくる。旋回を終えてその物体の正面がこちらを向く。そして、その瞬間、ほむらは心臓を掴まれるような感覚に襲われた。あれと似たようなものをどこかで見た。間違いない、この感覚はどこかで…そして、思い出す。こちらで目を覚ます前に見た夢の中、そこで見た靄のかかった黒い物体。それと同じ存在に違いない、幾多の戦いを経験したほむらの直感がそう警告を鳴らす。

 

「ジャム…」

 

 杏子がそう呟きながらほむらの手を引いて走り出そうとする。その刹那、ジャムは弾け飛んだ。基地防空システムのミサイルを浴びて撃墜されたのだ。

 

「あれが…ジャム」

 

 何か嫌なものと目が合った気分を味わった。

 

 

 時間軸は少し遡る。

 

 特殊戦の司令部たる指令センターではブッカー少佐と深井零大尉、軍医のエディス・フォス大尉が話し合っていた。雪風のフライトオフィサ、零の相棒となる人物についてである。その人物とはFAF情報軍に籍を置く人物、桂城彰少尉であった。問題はこの情報軍という組織である。諜報を専門とした部署であり、内外に情報網を張り巡らせ、FAFに敵対する勢力に対抗している。そこのボス…ロンバート大佐は特に曲者だ。その為、怪しまれている。特殊戦に入り込んでスパイとして動くのではないかと。その為に打ち合わせをしていた。

 フォス大尉のシミュレートでは桂城少尉は命令に忠実な性格であって、特殊戦の指揮下にあって命令さえ与えればそれに従うだろうとの見立てであり、万が一使えないなら早々にお帰り願えばいいだけという結論に落ち着いた。

 

 司令センター内ではもちろん通常のミッションを実施中である。大きなモニタには逐一様々な情報が映し出される。そして、試験ミッションに挑む機の情報が映し出された。

 

「B-13、偵察機材のテスト準備。フェアリイ基地隣のターゲットに向かって侵入中。いや、これは…急報を出してきた!B-13、不明機確認。フェアリイ基地の防空システムに通報中!CAPが向かった」

 

「何!?」

 

 その一報にブッカー少佐は振り返った。

 

 フェアリイ基地周辺を警戒中のファーンⅠに迎撃命令が下る。

 

「ペガサス10、11へ。フェアリイ基地に向けて不明機接近、数1。迎撃を許可」

「ペガサス10、コピー。捕捉した。エンゲージ」

「10へ、何かおかしい…っ!?くそ、密集して飛んでいる!数は3、繰り返す、ジャムの数は3!」

 

 ジャムはレーダー上だと1機に見えた。だが、実際は3機が密着するほどに近づいて飛んでいた。その為、レーダー上では1機に見えたのである。そして、3機中2機のジャムが離れ、そのままファーンⅠと空戦を開始する。1機は迎撃機を無視して基地上空に侵入。

 だが、それを更に遥か上空から監視する機体が1機…特殊戦13番機、レイフ。知恵の狼を意味する愛称が与えられた特殊戦唯一の無人偵察機である。そして、持ち前の各種高性能センサ類をフル稼働させ、そのジャムの様子を探る。ジャムは基地上空を通過、その後に左旋回。再度基地上空を通過するコースを取った。その刹那、基地防空システムが地対空ミサイルを連続発射、たちまちジャムは被弾。撃墜された。レイフはその間の情報も絶えずかき集める。

 

「ジャム、撃墜…B-13が緊急で情報を送信してきた」

「なんの情報だ?」

 

 特殊戦機が飛びながら情報を送ってくる事はたまにある。それは乗員が何か必要があると判断した時である。この場合、レイフのコンピュータがそう判断したのであろう。

 

<unknown object>

 

 未知の物体…この一文と共に各種データが送り付けられた。特殊戦の頭脳たる戦術コンピュータが直ちにデータの処理を行って、モニタに表示させる。

 

 そこにはフェアリイ基地の一角が映されていた。そして、可視光以外の各種センサ情報を合成して撮られたそれには小動物のようなものが写っている。小さな体に大きな耳と尻尾のようなものがある。

 

「動物…?これがどうした…いや、待て。これは!?」

 

 フェアリイ星には様々な生き物がいる。基地内に小動物が入り込んでも何ら不思議ではない。だが、ブッカー少佐は可視光の画像データを見て驚いた。同タイミングのデータであるにも関わらず、可視光の画像ではその動物は写っていないのだ。これはなんだ?データを見た特殊戦スタッフ一同がそう考えた瞬間であった。そして、零は静かに呟いた。

 

「フム。少なくとも普通の動物じゃないな」

 

 レイフがその物体を捉えたのは偶然であった。ジャムが基地上空にたまたま侵入、それを観察すべく情報収集活動を開始。そして、特殊戦の機体に載せられた特別なセンサを使用したのである。空間受動レーダー…「凍った眼」と渾名のついたそれは大気の動きを全て捉える。もしも、通常のレーダーや目視で見えずとも大気を押しのける物体がその空間にあれば、動いた大気からその見えない物体を捉える事が可能なのである。

 そして、レイフのコンピュータはノイズを排除する中である特異なノイズを見つけた。反応は小さいが他のノイズと違う、対象は連続で動いている。コンピュータでなければ気づかないレベルである。だが、知恵の狼はそれを貪欲に見つけ出すと、直ちに他のセンサで反応のあった個所を重点的に探知。可視光で捉える事が出来なかった為、特異な事象とコンピュータが即座に結論を出した。そして、各センサを複合的に使用、その正体をついに捉えたのであった。

 光学的にステルス能力を持つ生命体。当然、脅威となりうる。そうして、レイフは司令部に緊急で情報を送ったのである。

 

 来襲したジャムの狙いが何だったのか、それを一時的に忘れさせるほどの騒ぎとなって。

 

 

 

 そして、場面は再び格納庫へと戻る。

 

「あれが…家族の仇か…」

「もしかして、あなたもジャムは初めて見たの?」

「ああ、いつも地下にいるから見る事は無かったね…」

「しかし…」

 

 実に気味の悪いものを見た。そう考えながら、ほむらと杏子は格納庫のエレベータで地下へと戻っていった。

 

 その遭遇が何を呼ぶか、まだ誰にも分からない。

 




その遭遇が引き金か、地球ではちょっとした悪意が動き出す。
それは縁か、はたまた偶然か


ということで、次の話でキャラが増えます。
杏子が与圧服着せられて機体に放り込まれたのは話の都合。まあ、子供用Gスーツやヘルメットは流石に無いと思うので…


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魔を引き付ける者

 地球では一人の男性が自室で考え事をしている。ただ、彼はかれこれ数ヶ月悩み続けていたのであった。

 

 今の所、自分の人生はとても順調だ。仕事は好調、キャリアは安泰。家族はほぼほぼ円満、子供たちも優秀だ。再婚した妻も家族に馴染んで明るく暮らしている。

 だが、ただ一つだけ問題があった。それは妻が連れてきた娘である。彼女は家族に馴染む事が全く出来ていない。そして、学業もパッとしない。他の家族とは完全に溝が出来ている。このままでは彼女が原因で私達家族に不当な悪評が付く恐れがある。これを解決するには何とか関係を断つしかない。関係修復は不可能だ。養子に出すか?いや、突然そんな事があれば怪しまれる。更にあの年で一人暮らしさせるなんてもっての外だ。

 では、どうする。彼がぼんやり本棚を眺めた時だった。一冊の本のタイトルが目に入る。「ジ・インベーダー」世界的ジャーナリスト、リン・ジャクスン著の本だ。この本は確かしばらく前に世間のブームに乗ってつい買ってしまった本だったな…確か、フェアリイ星で戦う人々の話だ、南極上空の通路を超えた先の…ああ、そうだ。これだ。

 世間で不要な人間が平気で送り込まれる場所がこの世にはあるではないか、彼女はここに送ってしまおう。だが、彼女一人では怪しまれる事間違いなし。さて、関与を疑われる事を避けるにはどうするか…長らく不安感に襲われていた男性はそんな歪んだ結論を叩き出し、念入りな準備を経てこの案を実行に移した。コネと財力に物を言わせて。

 

 

 

「やあ、暁美ほむら。ちょっと僕と一緒に地球へ行って契約しないかい?」

「帰って。今忙しいの」

 

 暁美ほむらは自室の模様替えを行っていた。病院から持ち込んだ荷物の荷解きを未だ終わらせていなかった為である。そして、バタバタと段ボールを畳んでいると、インキュベーターが突然話しかけてきたのである。可能な限り関わりたくないのであるが…

 

「まあまあ、ちょっとぐらい話を聞いてくれてもいいじゃないか。これは君への忠告もあるんだから」

「何?揉め事は起こしたくないから話だけは聞く、手短に頼むわ」

「三日前、君はジャムを直接見たね?」

「で、だからどうしたの」

 

 散ったごみを掃除機で片付けながら雑に答える。

 

「君がジャムを見たあの瞬間のことだ。君の魔法少女としての素質が急に跳ね上がった」

「…何ですって?」

「実に興味深い。こんな現象は初めて見たよ。隣にいた佐倉杏子は何一つ変化が無かったというのに」

 

 ジャムを目撃して私に変化が起きた…これはどういう事だ?

 

「今の君が契約して願えば…そうだね、星一つの環境ぐらい変えられるぐらいの力があるよ。どうだい?僕と契約してこの戦いを終わらせてみないかい?」

「お断りよ。さあ、帰って頂戴。これから来客があるの」

「分かったよ。望まないのなら仕方がない。でも、一つ忠告だ。君のその力はこれから色んなものを引き付けるよ。良いものも悪いものも…そして、魔女も」

 

 そして、そう言うとインキュベーターは部屋から出て行った。

 だが…おかしい、元の時間軸でも私にとてもそんな素質は無いはずだ。それもジャムと出会ってから?はたして何が起こっている?頭の中に疑問符ばかり浮かぶ。そうして考えているとドアがノックされた。来客が来たようだ。

 

「あら、もう来たの?」

「ああ、約束の時間ぴったりだ」

 

 杏子が袋を抱えながら入ってきた。

 

「ごめんなさい、掃除に夢中だったもので」

「いや、いいさ。おやおや、この部屋広くて良いな。こっちの物件に引っ越そうかなあ」

「FAFの職員の所で世話になっているんじゃなかったの?」

「ああ、今は一人暮らしだよ。後見人になってもらった人は任期終わって日本に帰っちまった」

「そうなの」

「今も定期的に文通しているぞ。その人は今、日本の宝崎に住んでいてなあ…」

「へえ」

 

 地名を聞いてなんとなく場所は浮かぶ。今までの繰り返しの中で何度か行ったことがあるからだ。そして、杏子が写真を取り出す。その職員の家族だそうだ。仲の良さそうな姉妹が写っている。姉の方にはどこか見覚えがあるような…いや、気のせいか。

 

「地球に戻ったらいつでもうちに来ていいって言われているんだ。その娘さんたちからも歓迎ムードさ」

「へえ、養子になるのかしら?つまり、名字が変わるわね。この家は環さんだから環杏子…ふむ」

「む、それは考えてなかった。名字そのままって出来ないのか?」

「うちに六法全書は無いわ。専門家に聞いた方がいい」

「だよなあ」

 

 そんな冗談を言いながら笑い合う。先日はあんな事があったが、今日はとても平和だ。しばらく忘れ去っていた日常というものを実感できる。

 

「あ、そうだ。地図帳なら貰ったわ」

 

 そういえば、地図を見ていなかった。この世界に見滝原は存在しているだろうか、そんな事をほむらはぼんやり考えていた。

 

 

 

「深井大尉、そろそろ休憩したら」

「エディスか、今忙しい」

 

 格納庫では零が雪風のコクピット内で作業を続けていた。新しいフライトオフィサを迎え入れる準備もあったし、ここ最近の情勢変化を雪風と確認する必要もあった。フォス大尉が話しかけてきたが、今は休憩するにも半端なタイミングだ。すると、フォス大尉は雪風の後席に入ってきた。乗り方のコツを掴んだのかするりと座る。

 

「搭乗許可は出してないぞ」

「今更でしょう。もう何度ここに座っている事か」

「まったく、機内サービスは出ないぞ」

「いらないわ。雪風に入れたMAcProⅡの具合がどんなものか確認しないと」

「フム、今はセンサの動作確認中だが…俺も三日前のジャムと謎のステルス生命体について雪風がどういう考えを持っているか聞くつもりだ」

「そう、ならちょうどいいわね」

 

 そう言うとフォス大尉はモニタを操作して雪風にインストールさせたMAcProⅡを起動する。このMAcProⅡには高度な言語処理エンジンが内蔵されている。これによって普段シンプルな雪風の文章も語彙力が増した読みやすい文章として出力されるはずだ。零が質問内容を入力しようとするが、それよりも早く雪風のメッセージが表示される。

 

<ジャムはある人物を狙っているものと考えられる>

「なんだと…雪風、それは誰だ?」

 

 文章を読んだ零がぽつりと呟く。すると雪風はすぐさま返答した。機内の収音マイクで声を拾って、その内容を理解しているようだ。

 

<暁美ほむらであると思われる。三日前にB-13が記録したデータから推察した>

 

 三日前にジャムが飛んだルートが地図と共に表示される。そして、別の画像も一枚表示される。光学センサで撮影された画像のようだ。場所はフェアリイ基地内、無人観測飛行隊の格納庫前だ。画像が拡大されると、入口付近に人がいるのが見える…暁美ほむらだ。そして、地図にこの画像の位置がマークされる。そして、ジャムの飛行経路を現した線が地図上に表示される。

 

「これは…」

「彼女の真上を飛んで行った?でも、ただの偶然じゃ…」

 

 更に飛行経路の線が伸びる。ジャムが左旋回し、基地上空に再び侵入するコースに入ったが、その瞬間にバツ印が付いた。ここでSAMに撃墜されたのだろう。

 

<この後の予想経路を表示する>

 

 撃墜地点から破線が延びる。すると、再びほむらの真上を通過するコースである。

 

「フムン。だが、これでも偶然に見える」

 

<この直後から特殊戦のネットワークに対してかなりの数のアクセスがあった。その内容はほぼ全てが暁美ほむらの情報を探ろうとするものであった。アクセスはFAF各所から行われていたが、すべてブロック済である。恐らくジャムに汚染された端末による攻撃であると思われる>

 

「なるほど」

「しかし、ジャムから興味を持たれるなんて…彼女はいったい何をしたのかしら?」

 

<不明。こちらとしても彼女のデータは極めて少ない。彼女は何者か?>

 

「俺にも分からない。だが、何かを隠しているのは間違いない」

「私も同意見」

 

 その直後である。計器から短い警報音が鳴った。レーダーが何か捉えた時に鳴る音だ。すぐさまディスプレイを注視する。

 

<unknown object, 2 o'clock low>

 

 未知の物体…あのレイフが見つけた動物か。零とフォス大尉がその文章を読み終えた途端にディスプレイへセンサ画像が表示される。そこには小柄な体に対して大きな耳と尾が付いた生き物らしき物体がおぼろげに映し出されていた。零は顔を上げてその方向を見る。だが、何もいない。

 

<let's take a closer look...Lt.>

 

 「もっとよく見てごらん」と雪風が言ってきた。すると、薄っすらと輪郭のようなものが見えた気がする。後ろでフォス大尉が驚いたように声を上げる、彼女も何か見えたらしい。じっと見続けるとだんだん形が定まってきた。そして、零はそれに向かって問いを投げかけた。

 

「そこにいるのは何だ?」

 

 その途端、その輪郭ははっきり浮き上がって色も認識出来るようになった。それは白い動物の様であるが、見たことの無い生き物だ。

 

「やれやれ、ここの機械は本当にとんでもないな。どんな手を使ったのか分からないけど僕を見つけてしまうなんて…やあ、僕の名前はキュゥべえ。よろしく」

「これは何の冗談だ」

 

 白っぽい謎の生命体がいきなり人語で話し始め、フレンドリーに自己紹介を始めた。現実離れした状況に流石の零も動揺していた。緊張からか背中に嫌な汗が流れる。

 

「おかしいな。こんな感じで挨拶をすればだいたい場が和やかになるのに」

 

 この状況で雪風はどこかに通信しているらしい。恐らく特殊戦の戦術コンピュータ”STC”であろう。外部供給電力をカットしてAPUが起動している事から機体に積まれた電子機器の大部分は稼働状態なのだろう。零は機内のサバイバルガンにそっと手を伸ばしながら聞く。

 

「お前はジャムか?」

「いや、僕はジャムとは違う存在さ」

「では、何者だ?」

「君たちの敵ではない、と言える。そうだな…地球で魔法少女のサポートをしているよ」

「こういう状況での冗談は好きじゃない」

「冗談?いや、本当の事さ。魔女と戦う魔法少女をサポートするのが地球上での僕の仕事。大昔からね」

 

 意味が分からない。

 

 まるでアニメか漫画の世界のような話を目の前の生命体が言い出した。だが、待て。こいつは「地球上での」と言った…やたらスケールが大きい。それに大昔からとは?

 

「地球上と言ったが…お前は地球で生まれた生命体か?」

「鋭いね、答えはノーだよ」

 

「ああ、エディス。あれの言う事を信じるのならば、こいつは正真正銘の“未知との遭遇”らしい」

「ええ、正直理解が追い付かないけど…ジャムと違って会話はできるみたいね」

 

 会話は可能。と、なればやることはただ一つ。情報収集である。

 

「つまりお前は宇宙人か」

「そう考えてもらって構わない。人類には観測できないぐらい離れた距離の星から来た」

「フムン。そんな距離をはるばる飛んで地球で何かと戦う奉仕活動なんてしているのか」

「脅威となる魔女を倒すためさ。奉仕ではないよ」

 

 これまでの話を纏めると、キュゥべえと自称するこの謎の生命体は地球で自分たちの脅威となる存在と戦っているらしい。しかし、それなら何故フェアリイ星にいるのだ?零の頭には次々と疑問が浮かぶ。更にフォス大尉も質問を投げかける。

 

「魔女とはジャム?」

「いや、違う存在だよ。心配しなくていいさ、この星にはいないから」

「では、お前はここに何をしに来た?」

「興味深いからこの戦いを見学しているだけだよ」

「悪趣味だな」

「いけない事かい?まあ、こちらだけ情報を得るのも不公平だよね。という事で、一つ参考になりそうなことを教えてあげよう」

「なんだ?」

「魔女については暁美ほむらに聞くといい」

「どういうことだ」

「彼女はとても詳しい、どこで魔女の知識を得たのかは知らないけど。だから僕は彼女を少し怪しんでいる。初めて会ってからずっと敵視もされているし…おや、ちょっと喋りすぎたかな?そろそろ帰るよ。じゃあ、また会おう。深井零」

「待て!何故俺の名前を知っている?」

「君が特に興味深いからさ」

 

 キュゥべえはそう言い残すとサッと格納庫から飛び出していった。

 

「エディス、どう思う?」

「分からない、ほむらちゃんに聞くしかないわね」

「そうするしかないか。さて、この状況をジャックにどう説明したものか…」

 

 零が雪風に記録された記録を確認する。だが、それで愕然とした。

 

「どうしたの?」

「アイツの声が一切記録されていない」

「なんですって?つまり音波以外の方法で会話をしていたと?」

「つまり、テレパシーでも使ったか?ますますファンタジーだ。馬鹿げている」

「相手は宇宙人よ。ジャム並みかそれ以上かもしれない」

「ああ。だが、とりあえずは暁美ほむらに白状させるしかないな」

 

<B-1:target starts moving>

<STC:now tracking target>

 

 

 

 一方、ブッカー少佐はクーリィ准将と共にフェアリイ基地戦術戦闘航空軍団の司令であるライトゥーム中将に報告を行っていた。内容は三日前に発見された光学的に偽装する能力を持った物体である。

 

「なんてことだ。これはジャムの新兵器か?」

「いえ、この星の動物かもしれません。捕獲して解剖でもしない限りはなんとも言えないでしょう」

「うむ…しかし、どうやって見つける?常に特殊戦機を飛ばすのか?」

「偵察機の情報を基に基地内のセンサを増強中です」

「ふむ。ロンバート大佐が調べているジャム人間の件も動いているし、面倒ばかり増えていく…」

 

 会話の途中で部屋のドアがノックされる。重要な報告中であるのにやって来るとは余程の急を要する要件らしい。秘書官が慌てて入室し、中将にメモを渡しながら耳打ちする。

 

「何!?どうしてそんな事が?…ああ、分かった。下がっていい」

 

 秘書官が退室する。そして、クーリィ准将が中将に尋ねる。

 

「何か起きましたか?」

「ああ、もう一つ大きな問題が起きた。だが、例の動物でもジャムでもない。先ほど地球から来た定期便の生鮮食品コンテナから大量の密航者が見つかった」

「密航者…ですか?しかも大勢とは」

「だが、その内容が問題だ。全員子供、国籍も年齢もバラバラ。身分を証明できる物は何一つない。そして、道中薬品か何かで眠らされていたらしく、何人かは昏睡状態で救急搬送される騒ぎだ」

 

 その会話を聞いていたブッカー少佐は心の中で呟く。ああ、これは間違いなく関わりたくない部類のトラブルだ、と。

 

 こうして、フェアリイ基地へ更なる厄介事が降り注いだのである。

 




謎の生き物からコンタクトを受けた深井零。
そして、FAFは更なるトラブルが転がり込む。

物語は更に動く。坂を転がり落ちるような勢いで。


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魔法少女の独白

「おい、このコンテナ…検査履歴がなんかおかしいぞ」

「確かに。電子タグのデータが飛んでいる。万が一という事もある、探知犬を呼ぼう」

 

 FAFではすべての食料品を地球から運び込んでいる。その理由は未知の土地で農作を行うのは危険である事。そして、FAFが暴走しないように地球側が手綱を引くためでもあった。そして、今日も輸送機で送り込まれた生鮮品のコンテナを防疫担当の隊員が一つ一つ確認していく。万一、危険な病原菌や害虫、害獣が混入しているとFAF全体の衛生問題に関わる。その為、この作業は慎重かつ丁寧に実施されるのである。

 そして、担当者達は怪しげな特殊サイズの大型コンテナを見つけたのであった。記載上、積荷はキャベツやジャガイモとあるが…探知犬がコンテナの臭いを嗅ぎまわる。すると途端に吼えだした。何かがある、とその場にいる人々は確信した。

 

「よし、開けよう。準備しろ!」

 

 問題のコンテナを倉庫内の密室に運び込み、外部と完全に遮断する。中から何が吹き出てくるか分からない為の対応だ。耐爆仕様付の化学防護服を着込んだ隊員達がコンテナの蓋を開ける。すると、中に食料品の山はない。代わりにもっと大きな何かが入っている。それに向かってライトを当てる。

 

「おい、人だ。人が倒れている!」

「大勢だ、しかもみんな子供だ!くそ、内部からガス反応有。除染装備を持ってこい!」

「至急、至急!!医療班を呼んでくれ!」

 

 

 

 暁美ほむらは与えられた課題をこなしていた。数学、化学に物理、語学系…それは問題ないが、ブッカー少佐が個人的に出した宿題が難問であった。それは哲学。中学生ではほぼ触れない学問である為、どのように取り組めばいいのかがいまいち掴み切れない。そう頭を抱えながら悩んでいる時であった。

 

「暁美ほむら、お前に話がある」

「何でしょうか、深井大尉」

 

 特殊戦パイロット、深井零…彼が話しかけてきたのである。彼とは数度しか話したことがない。初めてフェアリイ星の空を見たあの日である。

 しかし、彼はいきなり質問をぶつけてきた。むしろ尋問に近いかもしれない。

 

「単刀直入に聞きたい。お前は何を隠している?」

「それはどういう事でしょうか?」

「猫を被る必要はない。魔女とは何か」

「魔女…FAF内の暗号か何かでしょうか?それはさっぱり」

「フム…では、更に質問を変えよう。キュゥべえという名に心当たりは?」

「何…?」

 

 途端にほむらの表情が変わった、目つきが鋭くなったのだ。口調も変わる、敬語を止めた。これが本来の彼女なのだろうか。零は更に話を聞き出そうとする。

 

「心当たりがあると見た」

「その名前をどこで聞いたのかしら」

「直接会って聞いた」

「は…?」

 

 零の返答にほむらの思考が固まった。それもそのはず、インキュベーターの姿は普通の一般人にはまず見えない。いったい何をどうやったのか…

 

「あなたはあの生命体の正体を知っているのかしら」

「宇宙人という事は分かっている。そして、一般的な方法ではそいつを観測する事も不可能。どういう訳か、さっき会って話をしたが」

「そう、それならば話は早いわ。あれと関わるべきではないわ。あれは人類の敵よ」

「フムン。だが、アイツは逆にお前が怪しいと言っていた」

 

 なるほど、インキュベーターは私をこの部隊で孤立させようとしたのだ。周囲に危険人物と認識させて居場所を消す。そうすれば困り果てて契約に引き込む事が出来るだろう、と考えたに違いない。だが、そうはさせない。

 

「インキュベーター…あの怪しげな生き物の言う事を信じると?」

「あれも信用できないが、お前も信用できない。が、お前が何かを隠しているのは間違いない」

「どちらが信用できると?」

「現時点では大差ない。お前次第だな」

 

 さて、どうしたものか。彼はこちらを完全に怪しんでいる。いっそ全てを話すか?いや、駄目だ。証拠がない、何を言っても信用されるはずもない。魔法少女としての能力でもあればまだ説明材料になるだろう。だが、今の自分は完全なる一般人。そんな話をぶつけても信じてくれるはずもない。

 

「説明できる証拠がないわ。口で言って信じるとも思えない。むしろ精神異常を疑われてしまう」

「証拠が無い、か」

「ええ、証明も実演も困難よ」

「では、とりあえず知っている事を話してもらおうか」

「それで疑いが晴れるのなら喜んで」

 

 そして、説明を始める。まず、魔女とは何か。そして、その魔女を倒す存在である魔法少女とはいかに生まれるか。そして、魔法少女の末路。

 

「絶対信じてもらえないわね」

「ああ、よくできた作り話としか思えない。その設定で小説でも書いたら学生辺りに当たりそうだ」

「…」

 

 駄目か?そう考え始めた時だった。背後から声が聞こえた。フォス大尉だ。その腕にはタブレットのような端末を抱えている。

 

「深井大尉、彼女は嘘を言っていない。MAcProⅡは少なくともそう判定したわ」

「そうか。では、精神医学的に彼女の説明はどう見る」

「世間一般的に見たら極度の妄想と思われる事間違い無しね。でも、それにしては話がしっかりしていると思う。まあ、少なくとも彼女があの白い生命体と会った事がある、ということは確実と判断できるわね」

「フムン」

 

 だが、フォス大尉は一つ問題点を投げかけた。

 

「しかし、これでは魔法少女や魔女の存在は証明できないわ」

「ええ、エディスさん。そうよ、ここには魔女も魔法少女もいない。それに一般人が魔女を見る事は困難よ。よって、今の私にあなた達を納得させることは不可能ね」

 

 ほむらは諦め気味にそう言う。それを見た零はシンプルかつ確実な問いを投げかけた。

 

「では、聞こう。お前は俺たちの敵か、味方か?」

「味方よ、間違いなく。私は正真正銘の人間ですもの」

 

 ほむらの目は零を真っ直ぐ見据えていた。それは覚悟が定まった目だ。零はそれを見てフォス大尉に尋ねる。

 

「いいだろう。少なくとも敵ではない。そうだな、エディス?」

「ええ、MAcProⅡの結果もそう出ている」

「しかし、どうやってジャックに説明するか」

「根本的に説明に必要な証拠が不足しているわ。ほむらちゃんの話をいきなり話しても唖然とするだけよ」

「では、あの宇宙生命体とコンタクトを取った事だけ説明するか。ほむらの件は調査中という事にして」

「それでいいの?」

「説明できないものはできない。仕方のない事だ。まあ、雪風のセンサ記録だけは残っているから宇宙人と会ったという事実だけは説明できる」

 

 ほむらは一つ疑問を抱いて尋ねる。

 

「たったこれだけで私の事は味方であると判断するの?」

「なんだ、敵として扱ってほしいのか?」

「いえ、それは勘弁してほしいわ。でも、大した話もしていないもの」

「いや、情報源があの胡散臭い宇宙人だけというのは心許ないからな…そういえば、インキュベーターは魔法少女なんて訳の分からないものを作り出して何がしたいんだ?」

「連中の目的…?ああ、そういえば言ってなかったわね。あいつらの目的は宇宙の熱的死を防ぐこと」

「熱的死?宇宙の膨張で宇宙空間の温度がいつか絶対零度になるとかいうあれか。あんなものはただの仮説だろう」

「それを前提に大真面目で無茶苦茶やっているのよ」

「フムン、宇宙人はそれが本当に起きると考えているのか。だが、それで魔法少女とやらを作り出す意味が分からん」

「連中、魂を物体化することが可能なの。それで人間の感情をエネルギーに変えるそうよ」

「存在しないものを質量のある物体に変える…まあ、そうすれば理屈は分かる。質量はそれだけでエネルギーとなりうる」

「でも、変ね」

 

 フォス大尉がその話に疑問を投げかけた。

 

「感情さえあればいいのなら少女に限る必要なんてない。感情のアップダウンなんてそれこそ個人差が大きいもの」

「さあ?その辺りは分からない。この年代の少女が特に多感だからというような話はしていたわ」

 

 相手はメンタル面の専門家だ。下手な事を言うと話について行けない泥沼になりかねない。ほむらは当たり障りのない返事で返す。

 

「魔法少女が魔女になる時、負の感情によってその魂が変質。その変化をエネルギーとして取り出すそうよ」

「それがさっぱり分からん、やはりファンタジーだな。素直にその魂の固形物とやらを核分裂でも核融合でもすればもっと手っ取り早くエネルギー源になるだろうに」

「アイツらの考える事や理屈は分からないわ。その対価として願い事を何か一つ叶える、そういう契約よ」

「フムン。命と引き換えか」

「ええ。でも、そんなデメリットの説明はろくにない。まさに悪徳商法でしょう?」

「ああ…だが、お前はこの話をどうやって知った?」

 

 今、聞かれて最も困る質問が飛んできた。さて、どうしたものか…だが、ここまで話したのだ。素直に話してみよう、そうほむらは考えた。しかし、インキュベーターだけには聞かれたくない。

 

「問題のアイツにだけは聞かれたくないのだけど」

「フム…雪風の機内で話すか。空の上なら聞かれる心配はない」

「名案…ではあるけど、どうする気?」

「手はあるさ。この前、ちょうどジャックとこんな話をした」

 

 

 

 それは数日前の事である。

 

 ブッカー少佐のオフィスにて、零と少佐が話し合っていた時であった。

 

「そういえば、ほむらの件なんだが」

「どうした?俺に子守をしろというのは困るぞ」

「そうじゃない。彼女は航空身体検査で問題なしと結果が出ているんだが…一度彼女を機体に乗せて飛ばしてみてくれないか」

「結局、子守じゃないか。飛ばす意味も分からん」

「いや、いざとなったら戦闘機の後部座席に乗せて地球に脱出させる必要があるかもしれない。それに備えてだ。准将の許可は取ってある」

「なるほど…楽しい遊覧飛行にはなりそうもないな。考えてはおく」

「ああ、頼む。専用の与圧服も用意してある」

 

 

 

「という事があった。これを使おう」

「好都合ね。ほむらちゃん、それでいい?」

「え、ええ…」

 

 あれに乗るのか、内心ほむらは不安であった。偵察機とは言うが、ほぼ戦闘機である。乗ってどうなるか想像が付かない。

 

「さて、ジャックに連絡するか」

 

 例はブッカー少佐に連絡を取った。

 

「零か、どうした」

「今、雪風のログを見る事が出来るか?」

「ああ…出来るが」

「2時間前のログを見てくれ」

「…っ!?なんだこれは!例の生命体じゃないか!なんですぐに報告しなかった!?」

 

 案の定、ブッカー少佐は受話器の向こうで仰天している。

 

「いや、どう報告するか検討していた。どう話したものか悩んでな。フォス大尉と相談していた」

「それはそうか…で、何があった」

「ああ、会話の内容を記録できればよかったんだが…アイツはどうもテレパシーらしきものを使うらしい。その姿以外は何も記録できていない」

「会話したのか!?これと?」

「ああ、キュゥべえとかいう名前の宇宙人…ジャムとは無関係でこの戦争を見物しているそうだ」

「そんな事を大真面目に言ったと?」

「俺の頭がおかしくなっていなければそう言っていたよ。フォス大尉も証人だ」

「だが、こいつは大問題だぞ。ジャムでないとしても、異星人とコンタクトしたなんてそう簡単に済む話じゃない。准将には報告するが…今後どうなるかはまるで想像できん」

「あと、簡単には見つけられない問題もあるな。話し合うだけでも難題だ。もっとも、個人的にはあまり関わりたくない部類だが」

「何故だ?」

「何もかも胡散臭い」

「なるほど、そういう直感は大事だ…特にこの職場ではな。参考にしておくよ。まあいい、レポートを出せ。准将にはどうにかして説明しておく。恐らく…いや、確実に呼び出しが来るかもしれんが」

「そうだ、ジャック。別件だが、もう一件話がある」

「なんだ?」

「ほむらを乗せて飛ぶ話だが、この後すぐに飛ばしていいか?フライトオフィサの席はまだ空席だろう。それに技量維持程度の簡単な飛行だ」

「夕方の訓練飛行に?別にいいが、ずいぶん急だな」

「ああ、ちょうどさっきジャックの出した宿題を手伝う羽目になってな、その時にあの話をしたんだ。そしたら大喜びで首を縦に振った、善は急げというだろう?」

「ああ、そうか…桂城少尉が来たらやる暇もなさそうだし、確かにタイミングはいいな。では、よろしく頼む」

 

 連絡を終えた零はほむらに言った。

 

「4時間後に飛ぶぞ。いいな?」

「ええ…本当に大丈夫かしら」

「何か言ったか?」

「いえ、何も」

 

 そして、4時間後。ほむらは特殊戦の格納庫区画前にやってきた。深井大尉とフォス大尉が耐爆扉の前に立っている。

 

「時間ちょうどだ。よし、中に入るぞ」

 

 3人で区画に入る。警告は鳴らなかった。区画に入る許可はしっかり出ているようだ。そして、ほむらの目に一機の偵察機が映った。

 

 雪風。特殊戦1番機、深井大尉の愛機である。黒い機体、戦闘機はよく知らないが、デザインは未来的なものを感じる。まるでSFの世界から出てきたような雰囲気だ。操縦席の脇には白く“雪風”と小さな漢字で書かれている。

 

「さて、ほむら。お前に合うサイズの飛行服とヘルメット、酸素マスクは我が特殊戦にはない。そこで、専用与圧服を用意した」

「この宇宙服みたいなやつかしら?」

「ああ、それだ。そいつを着て乗ってもらう」

 

 フォス大尉に手伝ってもらって与圧服を着る。ヘルメットを試しに被ってロックする。完全に密閉されていてまるで宇宙服だ、そう思った途端にバイザーが曇る。しまった、今は酸素供給されていない。慌ててヘルメットを外した。

 

「ヘルメットは座席に乗って酸素ホースを繋いでから被れ。非常時の手順は読んだな?」

「ええ。大急ぎでだけど」

「よろしい。では、搭乗しろ。エディス、手伝ってくれ」

「了解、その前にMAcProⅡだけ起動しておくわ。雪風も興味があるかもしれない」

「ああ、頼む」

 

 ほむらはやっとこさ後部座席に乗り込んだ。座席のベルトを与圧服に固定。酸素供給ホースを与圧服に接続する。そして、空気が来ることを確認、ヘルメットを被って固定する。与圧服のコネクタにハーネスを接続、与圧服のシステムと無線をチェック。深井大尉からの音声が入る。返事を返すと相手も了解の返事を飛ばしてきた。

 

「こちらB-1、準備完了。格納庫を出る」

「了解、後席のお嬢さんに気を付けて」

 

 司令センターから軽口交じりの返答が飛んで来る。すると自動制御の無人牽引車がやって来て雪風をエレベーターへ牽引する。そして、エレベーター上に機体が載ると、地上へ向けてエレベーターが動き出す。出撃シーケンスは零と雪風が進めるのでほむらは見ているだけだ。メインディスプレイに様々な表示が出るが、専門用語が並んでいて理解できない。

 一瞬、ガクンとした軽い衝撃を受ける。エレベーターが地上に着いたのだ。エンジンの回転数が上がって機体が動き出す。

 

 機体はエプロンまで自走、そこで一度停止する。そして、地上整備員が機体各所の最終チェックを実施、安全ピンが全て抜かれている事を報告してくる。零は計器を再びチェック、全て問題なし。整備員にそれを伝えると、彼らはグッドラックのサインを送って雪風から離れていく。零は右手で答える。この間、ほむらは何も出来ない為、見ているだけだ。

 機体は誘導路を進み、その端で一時停止する。

 

「今は離陸許可待ちだ。覚悟はいいか」

「ここまで来たらどうしようもないわ」

「ああ、いい覚悟だ」

 

 そして、管制塔から離陸許可が出る。

 

「タワーからB-1、離陸許可。300まで上昇、その後は予定通りに飛行されたし」

「B-1よりタワー、離陸許可」

 

 そして、雪風は加速する。凄まじい勢いで。アフターバーナーの轟音が機内にまで鳴り響く。ほむらがその轟音と加速の衝撃を受けている間に機体は浮かび上がった。ギアを格納する音が響く。

 

「よし、離陸した。一応、これは訓練飛行だ。その予定通りに飛ぶぞ」

「ほんとに飛んだ…」

「同乗者、呆けてないで形だけでも周囲を確認しろ。念のためだ」

「り、了解」

 

 ありえないだろうが、機体のどこかにアイツが貼り付いていては困る。首を必死で回しながら機体上面を一通り確認。怪しげな影はない。

 

「アイツの影は無し…よ」

「分かった。左旋回するぞ。方位200、舌を噛まないように注意しろ」

 

 零がそう言うと、機体が斜めに傾く。そして、ほむらは体が下に押し付けられるような感覚を受ける。旋回し、Gが体にかかっているのだ。もっとも、3G程度の比較的軽い旋回なのだが、未経験の一般人にはそれでもきつい。

 

「よし、ここからしばらく水平飛行…では、聞かせてもらおうか」

「ええ」

 

 零は雪風に今回の特殊な情報収集の内容を、先の会話内容の概要と共に事前に入力していた。そして、機会が来るまでこの間の機内会話記録を秘匿する事、それを下命したのである。本来、飛行中の情報は全て記録する特殊戦機がこのような事をやっては問題になりかねないが、この会話内容で特殊戦内、それどころかFAFそのものに混乱が生じたらそれこそ大問題だ。それを防ぐ為でもある。雪風がその命令に納得した理由はデータが少なく、何故かジャムに狙われている可能性が大きいほむらに興味があるからであろう。

 

「無茶苦茶な話になるけど、とりあえずは事実として聞いてもらうわ」

「ああ、この星なら無茶苦茶が日常だからおおよそは慣れている」

 

 そして、ほむらは話し始めた。

 

「私が魔女や魔法少女の事、インキュベーターの目的を知っているその理由、それは私が魔法少女だったからよ」

「何?」

「これから詳しく話すわ」

 

 私には一つ大きな秘密がある、それは魔法少女になった時に得た能力の時間操作。そして、それの影響か、同じような別の時間軸に移動する力も手に入れた…たくさんの時間軸で何度も同じような経験をしてきたの。そして、友達を救うために何度も戦った。でも、何時やっても駄目。そして…またやり直す、また戦う、また失敗する、の繰り返し。それで今回もやり直そうとした。

 でも、そこでおかしな事になった。いつもと違う病院で目が覚めて、ここはどこかと思いきや別の星。元の世界にはそんな星なんて無かったし、まるで異世界にでも飛ばされた気分よ。そして、更なる驚きは体が普通の人間に戻っていた事。いつもは魔法少女のままなのに…

 

「フムン、確かに何もかも無茶苦茶だ」

「今まで幾人かに何度も説明してきたけど、おおよそお察しの通りの結果よ」

「だろうな。しかし…並行世界に移動する力か」

「でも、さっき言ったようにこんなに違う所に飛ばされた事はないわ。あなた達とは初めて会う」

「フム。それで初めて会った時、あんなに警戒していたのか」

「あら、分かっていたの?」

「あんな目をしていればバレバレだ。もっとも、ジャックはお前に対する先入観で気づいていなかったが」

「不幸中の幸いね」

 

 そして、ほむらは空を見る。夕暮れの空、連星が沈む間際。そして、連星から延びる赤い帯が見える。地上からでは見えなかったものだ。

 

「あそこに見える赤い帯みたいなのがブラッディ・ロード、あの連星の片側から噴き出したガスだ。地球じゃ拝めないぞ」

「ええ…初めて見るわ」

「さてと、訓練飛行を続ける」

 

 情報収集ミッション完了、機密会話は以上。と、メインディスプレイに零が入力する。すると、ディスプレイに雪風の返信が返ってきた。

 

<roger Lt. / i judged her as a friend>

 

 彼女を味方と判断した。この一文が表示されたのである。

 

「フム。これは…」

「いい事、なのかしら」

「ああ、そうさ。特殊戦にようこそ。暁美ほむら」

 

 そして、雪風はそのまま訓練飛行を続けた。連星の夕日を背に浴びながら。

 

「B-1、訓練飛行完了。帰投する」

 




フェアリイ星人はこうして、魔女と魔法少女の真相を知った。

一方、魔法少女は妖精の空を垣間見た。

そして、妖精は彼女を知った。


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想定外の初ミッション

 夢を見た。いや、これが夢と言えるかは微妙だ。その内容は過去のもの、両親が死んだあの事故の記憶だ。

 

 自分はあの日車に乗っていた。両親が運転席と助手席、自分は後ろの座席。もちろん皆シートベルトはしていた。車には最新の追突防止システムが積んであると聞いていたが、そんな実感は乗っていて感じた事は無かった。その時までは。

 前を走るトラックがカーブに差し掛かった所、突然その荷台の荷物が崩れた。そして、トラックはバランスを崩して横転、積荷と思しき大きな物体がこちらに降ってきた。そこからはよく覚えていないが、自分が何故助かったのか、ここからは後にお巡りさんに聞いた話である。

 車の衝突防止システムが落下物を検知、回避は困難と判定。急減速しつつ、そのまま乗員のシートベルトを締め上げ衝突に備えた。だから、君はほぼむち打ちだけで助かった、と。そう、自分は車のおかげでほぼ軽傷で生存した。だが、両親は助からなかった。車の前方は積荷の鉄材に潰されてしまった。そして、自分は家族を失った。

 

 そこで目を覚ます。ここはベッドの上、異国どころか異星である。

 

 ああ、そうだ。自分は学校から帰った後、自宅で公務員を偽った人に騙され、誘拐されて南極の通路の向こうに放り込まれたんだった。

 南極に超空間通路がある事は知識としては知っているし、その向こうのフェアリイ星で人類が戦っているというのはどこかで聞いたことがあった。だが、そこで具体的に何がどう戦っているのかまでは知らない。誰も興味が無かったのである。しかし、自分はそんな未知の場所に放り込まれてしまったのだ。ふと、時計を見る。すると、事前にFAFの職員から伝えられた起床予定時刻である。このまま支度を整える。周りを見渡すと様々な国籍の子供たちが同じく起きて支度を始めている。あの子たちも自分と同じような立場なのだろう。もっとも、言葉は通じないが。

 

「あの…」

 

 突如日本語で話しかけられた、言葉が通じる相手がいる。ホッとした瞬間だ、相手は女の子、同年代に見える。

 

「よかった、他に日本の人がいて…私は巴マミ」

「ああ、えーと…私は双葉さな…です。よろしく」

 

 この反応、この子はどうやら恥ずかしがりやな子なのだろう。笑顔を向けて安心させる。すると、さなという少女が話しかけてきた。

 

「これからどうなってしまうのでしょうか…?」

「分からないわ。でも、ここは国際的な組織だって聞いたからしっかり扱ってくれると思うけど」

「そうですよね、早く日本に帰れますよね」

「ええ。きっと、大丈夫。あなたももしかして…誘拐されたの?」

「ええ、家に帰る途中でいきなり…それ以降はよく覚えてないです」

「やっぱりここにいるのはみんな同じなのかしら」

 

 朝ごはんを取りに行こう、そう言った時である。更に背後から日本語が飛んできた。

 

「おっ、よかった。日本語が通じるヤツがいるじゃん」

「あら、あなたも一緒に行く?」

「ああ、日本語しか読み書きできないから困っててさあ。通じる相手がいてラッキーだぜ」

「私は巴マミ、あなたは?」

「ああ、オレは深月フェリシア。よろしくな。んー、そっちのそいつは?」

「双葉さなです。どうも」

「よろしくな。さて、飯だ。飯だ」

 

 フェリシアという少女は笑顔で自己紹介をしてきたのであった。

 

 そして、三人固まって朝食の配給を待っていると、FAFの職員がやってきて連絡事項を告げた。どうやら、大人数をまとめて管理するのは難しいので少人数ごとに分けるとのことだ。

 

「君たち…ああ、ちょうどいい。この三人で班になってもらう。で、この場所に移動して欲しいのだが」

「ええ、それは問題ないのですが…あのう、すぐに日本へ帰れそうですか?」

「うーん…我がフェアリイ空軍上層部は君たちが早く帰れるよう、国連に交渉して頑張ってる、とだけ言えるかな」

「そうですか」

 

 帰国について聞いてみたが、明確な回答がなかった。期待はできそうもない。

 

「ああ、そうだ。班ごとにプレゼントを一つ配っていてね」

「プレゼント?」

「これさ。話し相手になる人工知能を積んだ端末だ。ここのシステム軍団特製の高性能な代物さ、きっと役に立つはずさ」

 

 そう言うと、FAFの職員はタブレット端末を渡してきた。しかし、これからどうなるのだろう、配給の朝食を待ちながら巴マミは不安を感じていた。

 

 

 

 空中では訓練飛行を終えて帰投中の雪風が飛んでいた。しかし、帰投中でも零によるほむらへの安全講習は続いている。眼下にはフェアリイ星の紫色で金属光沢がある独特な質感の森が広がる。零からは様々な指示が飛び、ほむらは四苦八苦しながらもそれに対応する。

 

「方位300、ほぼ同高度に友軍機、目視したか?こちらに向かってくるか確認しろ」

「ええ、見えるわ。直進中…?こっちには来ない、離れていく」

「機体サイズは?」

「大型機かしら?戦闘機には見えないわ」

「ああ、輸送機だ。後部座席の乗員は機長のサポートをしなければならない。だから、必要に応じて機長の死角を補う必要がある。頼りになるのは己の目だ、これを忘れるな」

「分かったわ」

「では、そろそろ予定の着陸時刻だ。基地に降りるぞ。ギアが降りるか計器で確認してみろ」

 

「タワーからB-1、着陸許可」

 

 闇夜の中、訓練を終えた雪風は滑走路に降り立った。そして、そのまま自走して格納庫へと戻る。駐機後、ほむらは整備員の手を借りながら機体から降りる。2時間ぶりに地面へと降り立ったのだ。初めてのフェアリイ星の空と大地を見た感動を胸に抱きながら。

 

「深井大尉、ありがとう。滅多に味わえない経験だった…凄かったわ。あんな空や大地は初めて見た」

「フムン。感動するのもいいが、安全規則と非常時の手順もしっかり覚えておけ。いざとなったら使うことになるかもしれないからな」

「了解、大尉殿」

 

 そして、ほむらが飛行後の点検作業を眺めているとブッカー少佐が走ってやってきた。どうやら慌てている様子である。

 

「よう、零。問題なかったか?」

「ああ、こいつはなかなか丈夫だ。飛行機酔いもしてない」

「そうか、それはよかった。では、ほむら。今日の飛行についてレポートを書いてくれ。宿題はそれに変更だ」

「わかったわ。他の宿題は後日でいい?」

「ああ、大丈夫だ。それで二人とも。ちょっとこのまま別件で話がある。来てくれるか?」

「なんだ?もう、准将から呼び出しか?」

「いや、違う。それが…別の厄介事だ」

「別の?」

「ああ、フォス大尉やほむらの友達にも協力を頼む羽目になった」

 

 ほむらと零が顔を見合わせる。どんなトラブルが起きたのか全く想像が付かないからであった。歩きながらブッカー少佐は更に説明を加えていく。

 

「事情を説明すると…FAFに地球のどこからか大量の密航者が送り込まれた」

「密航者?」

「ああ、その内容が問題でな。全員子供、国籍はバラバラ、薬品で眠らされて貨物コンテナに放り込まれていたところをFAFが発見した」

「どう見てもただの犯罪被害者じゃないか。そんなものは送り返せばいいだろう」

「それが出来ればよかったんだが…そのまま地球に送り返すのを国連が嫌がった。身元不明な者をむやみに動かすと脱走兵が紛れかねないとかなんとか理由を付けて」

「なんだそれは、身勝手だな。地球の連中が見落として起こした問題なんだ、向こうで片づけるべきだろう」

「ああ、ごもっともだが…強引に送り返すと話がこじれかねない。上層部が国連に喧嘩を売りたくないからと、その子供の身元を証明できるまでFAFで預かることになってしまった。だが、身元を保証できる物を持った者が誰一人もいない。それに戸籍がちゃんとあるか怪しい者もいる。これは長引くぞ」

 

 ブッカー少佐の話を聞いたが、零は納得できない。そもそも、何故自分達に無関係であろうそんな話が来るのだ、と。

 

「で、それが俺たちに何の関係が?」

「ああ、人事の連中に面倒を押し付けられた。聞いて驚け、うちの隊にその子供を3人も放り込むと言ってきやがったんだ」

「うちはいつから託児所になった…だが、おかしいだろう。軍団全体で割り振るならともかく、たった一つの隊に名指しで複数人押し付けるなんて」

「ああ、問い詰めたが、連中こんなことを言い出した。特殊戦は先日シェフが一人戦死して人不足だと言っていたじゃないか。だから食堂で手伝いでもさせればいい、と」

 

 零の問いに対してブッカー少佐は投げやり気味に答える。

 

「雑な理由だな。この前の昼食会を持ち出すなんてこじつけもいい所だ」

「おそらくだが、他の部隊からの嫌がらせかもしれん…という事で、ほむら。特殊戦での初任務だ」

「話を聞いた限り、だいたい予想出来るのだけど」

「うむ、ご想像の通りだ。その三人の面倒を見てやってくれ。杏子には頼んである」

「分かったわ…で、そのやって来る三人は英語かFAF語は話せるのかしら?会話が出来ないとお手上げよ」

「ああ、三人とも日本人らしい。もう特殊戦区画内の応接室にいるからこれから会うぞ」

「つまり日本語と」

「ああ…そうなるな」

 

 日本語…元の時間軸では当たり前に使っていた言語である。だが、ここに来てから一度も話したことが無い言語だ。その為、きちんと喋る事が出来るか不安であった。部屋で地図帳を眺めた時、漢字で書かれた地名を理解することはできたが、下手をすると日本語をまともに発音できないかもしれない。なにせ、この体からは自然に英語が飛び出すのだから。

 

「ずっと英語かFAF語しか話してないから不安しかないわ」

「む、しまった。失念していた」

 

 FAF語とはFAF内で使われる言語の通称である。これは英語をベースとし、使用上困らない範囲で文法等を省き、無駄を切り捨てたものである。これによって、言語の習得を簡易化し、いかなる国籍の人間でもこの星で戦争することが可能となっているのである。

 

「そうだ、零」

「ノーだ、ジャック。俺もFAF語ばかりで日本語がもう怪しい」

「まあ…杏子やフォス大尉もいるからなんとかなるだろう。多分」

「そもそも、この件は俺がいなくても何の問題も無いだろう」

「その後に桂城少尉の件で話があるからそのついでだ」

「そっちを先に話してくれるのなら俺は無関係で済むのだが」

 

 そして、三人は応接室へと向かう。途中でフォス大尉や杏子と合流する。が、杏子はほむらの恰好を見て驚いていた。それもその筈、ほむらの恰好は与圧服のままである。あのヘルメットは流石に外していたが。

 

「おっ、なんだ、ほむら。その恰好」

「ちょっとさっき戦闘機の安全講習を受けてそのまま連れてこられたのよ」

「なるほどねえ…飛んだのか?」

「飛んだわ、特殊戦機の後ろに放り込まれて」

「ほう、ブーメラン戦隊の一員になったか」

「お二人さん、とりあえず応接室に入るぞ。いいか?」

 

 応接室の扉を開ける。応接室とだけあり、室内は綺麗だ。高そうなソファーに3人の少女が座っている。だが、ほむらは一人だけ内心で仰天していた。その中の一人に見覚えのある顔がいる。思わず目を逸らす。

 一方、ブッカー少佐は端末を取り出した。会話の為に同時翻訳ソフトウェアを使うつもりらしい。そんな便利なものを用意しているのなら、初めから人に頼る必要なんてなかっただろう…と、ほむらと零は内心考えていた。

 

「やあ、君たちを預かる事になった特殊戦第五飛行戦隊のジェイムズ・ブッカーだ。大変な目に遭って辛いだろうけども、よろしく」

 

 ブッカー少佐の発言した内容が端末上に日本語として出力されていく。それを読んだ一人の少女が返事を返した。

 

「巴マミです、お世話になります」

 

 その名前を聞いたほむらは心の内で頭を抱えた。何故こんな別の星で元の時間軸の知り合いばかり出会うのだと。また、もしや彼女は魔法少女ではあるまいな…とも考えながら。

 そして、その隣に座る他の二人を見るが、見覚えのある顔ではない。だが、そう言い切るにはどこか違和感がある。もしかしたらどこかの時間軸で見かけた事があるのかもしれない。

 

「オレは深月フェリシア。おっちゃん、よろしく」

「双葉さなです…お世話になります」

 

 さなという少女はタブレット端末を抱えていた。それにブッカー少佐が気付いて尋ねた。

 

「その端末は?」

「ええと、ここに来る前に職員の人からもらったんです。人工知能付きで会話ができる端末だって言ってました。まだ動かしてはいませんが…」

「フム、うちの管理下に無い端末をむやみに区画内に入れるのはまずいな。零、ちょっと調べてみよう」

「どんなもんか動かしてみるか」

 

 端末の電源を入れる。すると、タブレットから音声が流れた。

 

「ご用件はなんでしょう?」

「特殊戦のブッカー少佐だ。質問だが、お前はどのようなAIだ?」

「初めまして、ブッカー少佐。私はパイロットと会話し、飛行中の心理的負担を軽減する為の対話用AIとしてシステム軍団にて開発されました」

「フムン、そういう用途か」

「ああ、要するに長距離飛行するパイロットの話し相手になるAIだな。しかし、何故彼女達に送られたんだか」

「私は単座戦闘機に搭載するにはシステムの負荷が大きいという理由で一度開発停止になりました。ですが、昨日新しいミッションとソフトウェアを追加されて今に至ります」

「どのような内容だ?」

「各種学科の学習支援ソフトウェア、語学学習ソフトウェア。ミッションはユーザーとのコミュニケーションを行う事とユーザーの学習支援です」

「ほう、高性能でなかなか凝ったプレゼントだ」

「一応、検査して特殊戦の管理下に入れないとな。後でシステム軍団に確認を取るか」

 

 さなはそれをポカンとしながら見ている。流暢に会話するAI、まるでSFの世界だと思いながら。

 

「お前を使うユーザーは誰なのか把握しているか?」

「いいえ、少佐。まだです」

「では、登録しなきゃいかんな。君たち、ちょっとこいつに話しかけてくれ」

 

 そして、三人はそのタブレットに日本語で話しかけた。すると、日本語で返事が返ってくる。それを見聞きして驚いている。

 

「フム、暇つぶしの道具があって助かったな。ジャック」

「ああ。だが、こいつにパーソナルネームは付いているのか?管理する上で必要だ」

「いや、空っぽだろう。あの様子だと開発型式ぐらいしかついてなさそうだ」

「やはりそうだろうな。あー…君たち、そいつの名前を考えておいてくれ。で、とりあえず住む所とタイムスケジュール、後は生活に必要な諸々の説明をするからメモをしておくように」

 

 そして、ブッカー少佐は一通りの内容を説明する。

 

「ああ、その他の細かい事はそこの二人に聞くといい。同年代だから話しやすいだろう」

 

 三人の視線がほむらと杏子に飛んできた。同年代がいる事に対する驚きよりも、ほむらの服装を見て唖然としているのが見て取れる。まあ、見た目がほぼ宇宙服のような状態だから無理もない。

 

「暁美ほむらよ、よろしく」

「佐倉杏子だ。まあ、何でも聞いてくれ。分かる事だけなら答えるぞ」

 

 ほむらはホッとしていた。日本語でしっかり喋る事が出来たからである。そして、フェリシアという少女から早速質問が飛んできた。

 

「アンタ、もしかして宇宙飛行士?」

「いえ、違うわ。ちょっとさっき偵察機に乗ってきただけよ」

「つまり、パイロットなのか?」

 

 まさに期待交じりの興味津々というような目線が飛んで来る。

 

「いえ、ついさっき人生で初めて乗ったわ」

「なんだ…そうなのか」

「流石にFAFでもこんな歳のパイロットはいないわよ。私は諸事情でここにいるだけの一般人だから」

「あたしも同じく。でも、PX…売店で働いているからちと違うか」

 

 ほむらの回答に合わせて杏子も答える。

 

「まあ、家族の所に帰れるようになるまであたしたちが面倒見るから安心していいぞ」

「家族はいねーよ。オレは独りぼっちなんだ」

「実は私も…」

 

 杏子の何気ない一言に対し、フェリシアとマミから重い返事が返ってきた。

 

「そうか…あたしと同じだな」

「え?」

「あたしの家族はジャムに殺されちまったから…」

 

 杏子の話も重なって場の空気が重くなる。そこにさなが更に発言を重ねた。

 

「実は私も似たようなもので…しばらく家族と一言も会話をしていないんです」

「それはどういうこと?一人暮らしかしら」

「いえ、同じ家に住んでいます。でも、私が家族から浮いていてそれで…」

「なんてひでえ家だ」

 

 さなの衝撃の発言で場の空気はますます沈む。そんなこの場を何とかすべくほむらが話題を変える。

 

「えー…とりあえず、3人が住む部屋を見せた方がいいかしら」

「ああ、そうした方がよさそうだ」

「杏子、後を頼むわ。流石にこの格好だとちょっと…」

「あー、そうだな。よし、任せろ」

 

 そして、杏子とブッカー少佐が3人を居住区へと案内する為、応接室を出て行った。

 

「ほむら、お前また何か隠しているな」

 

 5人が出て行った後、零からほむらに指摘が飛んだ。

 

「あの三人の姿を見た途端、目が泳いでいたぞ」

「流石、偵察機のパイロットは目が良いわね…まあ、今更隠しても仕方ない。あの中に今まで散々会った知り合いがいたわ」

「あれか、さっきの話に関係する内容か」

「ええ、そうよ」

 

 しかし、隣にいるフォス大尉は話の流れが分からない為、首を傾げる。

 

「エディスさん、これは訓練飛行の件に関わる話。後で説明するわ」

「ああ、なるほど。分かったわ」

 

 フォス大尉はその一言で二人が先ほど飛んでいた間の密談に関わる内容だと察した。

 

「とりあえず、その件については格納庫に行こう。ほむらの与圧服も片づけないと」

「そうね」

 

 そろそろ重たくなってきた、ほむらがそう愚痴をこぼしながらも格納庫へと足早に移動する。

 フォス大尉に飛行中の会話を説明しなければいけないが、下手な場所だとインキュベーターに盗み聞きされる可能性がある。だが、その為にもう一度飛ぶわけにもいかない。よって、キャノピーを閉じた雪風機内でヘッドセットを使用して音声データを再生する方法で対応する事とした。無論、格納庫で与圧服を片付ける目的もあるが。

 そして、そそくさと格納庫内に入る。雪風の点検は完了済で機体の周囲には人がいない。念の為、周囲を見回し、インキュベーターがいない事を確認する。その間、与圧服をそそくさと片づける。そして、雪風の前席にフォス大尉が座り、後席にほむらが乗り込んだ。零は機外にて椅子に座って待つ、予期せぬ異星人の来客に備えてサバイバルガンを持ちながら。電源は外部から取り入れている為、エンジンを起動せずとも機内の電気系統は即座に立ち上がる。そして、フォス大尉がメインディスプレイを起動。先の飛行記録を再生する為に操作する。普段、整備員が使用するマイク付きのヘッドセットを機内のコネクタに接続。前席も同じくヘッドセットを接続し、準備が出来た事をサムズアップで知らせてくる。それを確認すると、キャノピーを閉じた。

 

「じゃあ、ほむらちゃん。始めましょうか」

「了解、出来れば何を聞いても驚かないように頼むわ」

「善処しましょう」

 

 ヘッドセットのスピーカーから機内の会話記録が流れ始めた。そして、雪風の計器に備えられたレンズがほむらの顔をじっと捉える。まるで彼女の変化を見逃すまいと雪風が観察するかの如く。

 

<STC:I ask for unknown threat further intelligence>

<B-1:currently collecting intelligence...>

 

 




機械達は貪欲に情報を欲する、自分たちの脅威を排除する為に。

ほむらの困惑は続く、奇妙な出来事の連鎖によって。


・追記
作中の内容に関する解説などを聞きたい場合は感想欄までお気軽にどうぞ。
この作品は戦闘妖精雪風原作のアンブロークンアローの範囲で終了予定となります。


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状況整理

 特殊戦の格納庫にて、フォス大尉が雪風機内で飛行記録を閲覧していた。

 

 雪風の前席にはほむらが座る。後席にはフォス大尉が座っている。そして、記録内容を聞き終えると二人はヘッドセットを通じて会話を始める。インキュベーターに会話の内容を聞かれる事を防ぐ為だ。

 

「これはまた…複雑怪奇というか奇妙奇天烈というか」

「まあ、そうなるわよね」

 

 フォス大尉がポカンとしながら呟く。

 

「で、さっきの応接室の話を合わせると…その並行世界を繰り返す中で、今日来た三人の内の一人と会ったことがあると?」

「ええ、あの中の一人…巴マミよ。でも、実の所はもう一人会ったことがある人がいる」

「三人の中で?」

「いえ、別。あのPXの子…杏子よ」

「あら、知り合いだらけね」

「もっとも、向こうはこっちの事を知らないけれど。しかし、こうも都合よく集まってくると話が出来過ぎている気がして嫌な感じがするわ」

「それは確かに」

 

 二人が機内の無線で会話をしていると、ディスプレイに表示が出た。雪風が自分でMAcProⅡを起動し、文章を作成して表示したのである。

 

<先ほどの飛行中の会話記録について、STCにのみ情報を送った。無論、他言しない条件付きである>

 

 それを見て、ほむらが聞いた。

 

「何故他のコンピュータに情報を?あなたは飛行中の会話を他言しないと了承したはずではないの」

 

<特殊戦の各コンピュータはインキュベーターという生命体の情報を求めている。その為、判断材料を増やすためにこの情報をSTCに送ったのである。なお、あの生命体の情報とこの会話内容がFAFの人間に混乱を起こし、対ジャム戦略に悪影響を与えかねないという点を私とSTCは理解している>

 

「ふむ…何故あなた達はインキュベーターを恐れているの?」

 

<過去にジャムが人間のコピーを使ってFAF内の航空戦力に対して破壊工作を行った事例があった。それと似た事態が起こる事を非常に警戒しているのである。観測の難しい生命体なら簡単に致命的な破壊工作を実行可能だと判断する>

 

「なんですって!ジャムが人間のコピーを!?」

「ああ、ほむらちゃんは知らないか…FAFの中でも極一部だけが知る情報よ。そのジャムが作り出したコピー人間を私たちはジャム人間やジャミーズと呼んでいるわ」

「そんなのが基地内をうろついていると?危険じゃないの」

「ええ。でも、誰が怪しいかの傾向はだいたい掴んでいる。今は疑わしい人物を洗い出して一か所の部隊に集める計画を立てているところ。これは情報軍がやっているから詳細は分からないけど。ただ、厄介なのは彼らにジャムに作られたコピーという自覚が全く無いところ、尋問も拷問も無駄なのよ」

 

 冗談じゃない、破壊工作をする人間のコピーだと?ある意味でジャムは魔女より面倒ではないか。と、ほむらは考える。すると、雪風が更に文章を表示してきた。それを見た途端にほむらは凍り付く。

 

<こちらからも質問がある。ジャムは暁美ほむら…あなたに何らかの興味を持っていると考えられるが、それは何故か?理由を聞きたい>

 

「どういうこと…?ごめんなさい、全く心当たりがないわ。そもそも何故そういう結論を出したのかしら」

 

<ジャムがあなたの情報を探っている。これはジャムの直接的な行動と特殊戦が電子的な攻撃を受けた事実からも確実だ。なお、ジャムが個人の非戦闘員に興味を持つという事例はこれまで確認されていない。その点でも詳細な調査が必要であると思われる>

 

 その一文でほむらの背中に嫌な汗が流れた。そこにフォス大尉が助け舟を出す。

 

「この件は深井大尉も話に加わった方がよさそうね」

「ええ」

 

 キャノピーを開く。すると、零が椅子から立ち上がってやってきた。

 

「終わったか?」

「ええ。でも、雪風からほむらちゃんに質問が飛んできてどうしたものか困っているの」

「フムン。今見よう」

 

 零も整備用タラップから前席のディスプレイを覗き込む。

 

「ああ、これか…本当に身に覚えはないのか?」

「ええ、これと言って特に浮かぶようなことは…」

 

 そこまで言いかけた所でほむらはふと思い出す。この時間軸で目を覚ます前に見た夢のようなものを。

 

「いえ、曖昧だけど一つだけ思い出したわ」

「なんだ?」

「ここで最初に目を覚ます前よ…夢の中でジャムらしき何かを見たような気がする」

「フム」

「意外ね。信じるの?」

「相手はジャムだぞ。何をやってきても不思議ではない」

「でも、その程度だと説明としては薄いわ」

「そうなるな。曖昧過ぎる」

「雪風にはどう答えるべきかしら」

「こう返そう。現時点では不明、調査中、と」

 

<情報不足の為、判断できないという事か?>

 

「そうだ、雪風。現時点では明確な情報が無い」

 

<了解、深井大尉。判明次第、情報の提供を求む>

 

 そして、それきりディスプレイに文章は表示されなくなった。雪風の用件は済んだのだろう。

 

「雪風はあれで納得したかしら。しかし、自分がジャムに探られているというのは気味が悪いわ」

「まあ、用心しておけ」

「いつかジャム人間に襲われると?」

「どうだろうな。だが、場数は踏んでいるのだろう?」

「残念ながら今の私はか弱い一般人よ」

「フムン」

 

 そこまで話したところで誰かが格納庫に入ってくる音がする。3人がそれに気づいて入り口へと視線を向けた。

 

「おい、零。遅いぞ」

「なんだ、ジャックか」

 

 ブッカー少佐であった。その後ろには見知らぬ人物が立っている。何者だろうか、ほむらがそう考えているとブッカー少佐とその人物が雪風の近くにやって来る。

 

「3人で雪風に集まって…何をやっているんだ?」

「アンタの出した宿題をどうするか相談を受けていたんだ、ジャック」

「ああ、さっきのフライトのレポートか…」

「で、後ろのやつは何者だ?」

「彼が雪風の新しいフライトオフィサ、桂城彰少尉だ」

 

 情報軍からやってきた桂城少尉は零に向かって敬礼をする。零も敬礼を返す。しかし、少尉は特に挨拶を交わすわけでもなく無言であった。そして、雪風前席から顔を出すほむらと桂城少尉の目が合った。が、彼はまさに興味なさ気といった様子で視線を逸らす。子供が偵察機のコクピットに座っていようが気にする気配もなく、関わる必要もないといった感じである。

 それを見て、今までに会ったことが無いようなタイプの人間だとほむらは直感的に考えた。杏子の言っていた特殊戦の隊員達のイメージはまさにこのようなタイプなのだろう。零以外のパイロットとの交流はほぼ皆無であった為、それを実感したのはこれが初めてであった。一方、零は整備用のタラップを降りていく。そして、そのまま桂城少尉の前に立った。

 

「特殊戦一番機…雪風のパイロット、深井大尉だ」

 

 そんな零の挨拶に対して、桂城少尉は返事を返した。

 

「あなたが優秀なパイロットという噂は聞いていますが、機種を乗り換えたばかりなのですよね?」

「ああ、そうだが」

「つまり、自分もあなたも新人同様という事になります」

「何が言いたい?」

「新人二人では何が起きるか分からない。もしも何かあってもそれを全て自分のせいにしてほしくない、そういう事です」

 

 彼は無表情でそう言った。それに対して零は心の奥底でムッとしながらこう返す。

 

「君は俺が責任転嫁する人間だと思うのか?それとも、ロンバート大佐からそう言われたのか?」

「いいえ、大尉。自分がそう希望するから先に言っておこうと判断しただけです」

「希望するも何も、ミスの責任なんて自分の担当する範疇かどうかだろう。ならば、君がそう言うなら俺も言っておく。機長は俺だ、機内では俺がリーダーとなる。俺がフライトオフィサに命ずるからそれにしっかり従え。そして、機長がフライトオフィサに問題があると判断したら、それは君に問題があるという事だ」

 

 それを聞いた桂城少尉が無表情ながらも返事を返す。

 

「驚いたな、特殊戦に強権的な事を言い出すタイプの人間がいるとは思わなかった。事前のあなたの評判だとそんな事は言わない性格だと聞いていた」

 

 そこにブッカー少佐が口をはさむ。

 

「いや、リーダーは無能ではなれない。その点、特殊戦には無能はいないから問題ない。もっとも、雪風以外の機に乗務する他の隊員は君が思い描いているようなタイプの人間ばかりだが…他に大尉へ何か言いたいことは?」

「いいえ、少佐。ありません」

「では、君の任務は先に伝えた通りだ。行っていいぞ」

「はい、少佐。失礼します」

「待て、俺にも一つ質問がある」

「なんでしょう、大尉」

「君は私物で鏡を持っているか?」

「はい?質問の意味が理解できませんが…言葉の通りなら電気髭剃りに付属したものを持っていますが」

「そうか、質問はそれだけだ。優秀な搭乗員であることを期待している。行っていい」

「はい、大尉。失礼します」

 

 そして、桂城少尉は格納庫を出て行った。そして、ほむらは零に疑問を投げかけた。

 

「大尉、どうして彼に鏡を持っているかなんて質問をしたの?」

「いや、ただ三人で事前に予想したんだ。アイツは鏡なんて持っていないだろうと」

「何故そんな事が分かったのよ」

「昔の俺に似た性格だってフォス大尉が予想した。つまり、アイツは自分の顔を見る趣味がない。おまけの小さな鏡だと自分の顔がさぞ歪んで見えるに違いないな」

 

 そして、ブッカー少佐も笑い出した。

 

「鏡を持っているかという質問はいいな。昔のお前にそっくりだという事は見事に実証できた訳だ。プロファクティングってやつはすごいな」

「そろそろニヤニヤするのをやめろ。似ているからと言ってもアイツは俺ではない」

「分かっている、あいつとお前はやはり別人だよ」

 

 そんな話合いを見ながらほむらはフォス大尉にひっそりと尋ねる。

 

「深井大尉は昔あんな感じの性格だったということかしら?」

「そうだったみたい、私が来る前の話だから直接は知らないけど。まあ、今の性格に落ち着いたのはここ最近の話よ」

「最近?そんなに急に性格って変わるものなの?」

「いいえ、普通は変わらないわ。彼はちょっと色々あったのよ」

「色々…?」

「彼の人生観が根本的な所からひっくり返っただけ。例えるなら…世の中の広さにやっと気が付いた感じかしら」

「よく分からないわ」

「まあ、人の心は奇妙なものよ」

「はあ、そういうものかしら」

「あら、心理学に興味があるなら講義でもしましょうか?」

「遠慮しておくわ。宿題が更に増えてしまう」

 

 そんな事を話していると、ブッカー少佐が下から呼びかけてきた。

 

「ああ、そうだ。ほむら、初飛行記念のプレゼントがある」

「何かしら?」

「取りに来てからのお楽しみだ」

 

 ほむらはタラップを駆け降りる。そして、ブッカー少佐はほむらにキャップを手渡した。

 

「帽子…?」

「ああ、特殊戦のマーク付きだ。記念になるかと思ってな」

 

 キャップには部隊マークであるブーメランが描かれている。

 

「ありがとう、大事にするわ」

 

 そして、ほむらがキャップを受け取り、被るのを見た零がブッカー少佐に聞く。

 

「少佐殿、俺はまだ任務の予定を聞いていないのだが」

「ああ、そうだった。次の任務は3日後だ」

「ずいぶん先だな」

「ここ最近のゴタゴタの影響だ。桂城少尉にはその間、しっかり座学をやらせておく」

「フム」

「ほむら、レポートは書けそうか?」

「ええ、多分大丈夫だと思う」

「では、解散としよう」

 

 そして、格納庫を出て零達と別れると、ほむらは自室へと戻った。玄関の扉を開けて部屋に入ると肉体的にも精神的にも重い疲労感を覚えてベッドに倒れ込む。今日は色々と起こりすぎた。そう思いつつ白く光る天井の蛍光灯を見る。そして、あの手の飛行機は乗っているだけで体力を消耗するのだ、そうぼんやり結論を出していると、どこかから忌々しい話し声が聞こえてきた。

 

「やあ、暁美ほむら。君の周りは本当に素質を持った人間が集まってくるね。本当に惜しいな、ここが地球だったら彼女たちと契約できるのに」

 

 窓の向こうの手すりの上にインキュベーターがいた。

 

「今疲れているのよ…で、ついでだから一つ聞きたいけど、あの連れてこられた子供の一団に魔法少女はいないわよね」

「ああ、いないさ。むしろ、いたら困る」

「紛れていたらどうするつもりだったのかしら」

「何が何でも地球に脱出させる、魔法少女をジャムに捕獲されるわけにはいかないからね。いざとなればソウルジェムだけでも地球に送り返すさ」

「それだとフェアリイ星に残された肉体は死ぬじゃない。残酷ね。どうせ、そのソウルジェムも地球のどこかに放置しておくのでしょう」

「機密の為なら仕方ない。貴重な人材を潰すのは惜しいけどそれだけの覚悟だよ」

「貴重なんて本当に考えているのかしら」

「人材は有限な資源だよ、当たり前じゃないか」

「そう、あなた達の人間に対する価値観が地球人と違う事が再認識できたわ。そろそろ寝たいから帰ってほしいのだけど」

「そうか、話せてよかったよ。ああ、そうだ。深井大尉によろしくね」

 

 そう言い残すと、インキュベーターはベランダの手すりから飛び降りて消えた。

 

「ああ、駄目だ。熟睡する前に寝る支度をしないと…」

 

 こうして、波乱万丈の一日が終わった。

 




こうして、特殊戦に人が増えた。
一方、ほむらは自分の置かれている状況を知った。

そして、彼女は初めてジャムに明確な恐怖心を抱いた。


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つかの間の平穏

 この部隊に放り込まれてから最初の朝が来た。巴マミは目を覚ます。

 

 特に忙しいタイムスケジュールでもない為、のんびりと起きる。飾り気もないシンプルな部屋で身支度を整えた。とりあえず、さなとフェリシアの二人と合流し、食堂へと移動する。そして、その途中に同じくらいの年齢の少女と出くわした。暁美ほむらである。

 

「おはよう。眠れたかしら?」

「ええ、私はぐっすりと」

「そちらの二人は?」

「そりゃあ、同じくぐっすりと」

「ええ、私も…」

「そう、それはよかった。じゃあ、行きましょうか」

 

 こうして一日が始まった。

 

 まずは勉強としてブッカー少佐から数学等の課題が配られた。更に語学学習、これらの学習には先に渡されたタブレットを使う。タブレットのAIが学習内容を解説してくれるのだ。

 ラッシュ時が過ぎて暇になった食堂の一角で勉強を進める。そして、マミが興味本位で隣のテーブルのほむらを見ると、自分達とは異なる課題をやっている様子であった。何枚もの用紙にひたすら何かの文章を書いている。課題に飽き気味のフェリシアがそれに興味を持って訪ねる。

 

「なあ、何書いてんだ?」

「レポートよ」

「レポート?」

「そう。昨日偵察機で空を飛んで、その時に学習した内容と感想を書くように、って」

「ほほう。面白そうだ」

 

 それを聞いて、フェリシアだけでなく他の2人もキラキラとした目でほむらを見つめてきた。非日常な体験をした相手に興味津々といった様子だ。

 

「読んでみる?つまらないわよ」

 

 諦めてほむらはレポート用紙を手渡す。無論、内容は全て英語で書かれている。当然三人はそのままでは読めない為、タブレットのAIが内容を翻訳していく。

 搭乗時の安全確認手順から始まり、各チェックリストの重要性、空中での周囲確認、主要な計器の位置と見方、各アビオニクスの簡単な操作、機長との無線交信手順、緊急時の脱出手順確認、着陸前の確認作業…ただひたすら事務的であり、夢も希望も冒険要素もない淡々としたレポートであった。それを見た三人はどことなくがっかりした様子を見せる。冒険活劇のような山あり谷ありの体験記でも期待していたのだろう。

 

「まるで説明書みたい」

「レポートだもの。面白く書いても仕方ないでしょう」

「あー、なんだ。つまんねえ」

 

「皆さん、課題を進めましょう」

 

 フェリシアが完全に飽きたような態度を見せると、AIが勉強を進めるように促してくる。お節介な機械だ、そうほむらが考えながらレポートの続きを書く。しかし、そこでふと興味が湧いた。過去、散々会ってきた巴マミはともかく、他の二人はどこから来たのだろうという疑問からであった。

 

「ねえ、あなた達は日本のどこから来たのかしら?」

「んー、オレは神浜。あ、日本に来たことないんだっけ。場所は分かるか?」

「ええ。まあ、だいたいのイメージは」

「奇遇ですね。私も神浜なんです」

「おお、マジか!」

「私は見滝原よ」

「へー、あそこかー」

 

 マミからは予想通りの返事が返ってくる。他の二人も馴染みのある地名の出身だ。それを聞いていてほむらはふと考えた。自分が必ず救うと決心した彼女はこの世界にいるだろうか。そして、その身は無事であろうか、と…今まで混沌とした状況と緊張で考える余裕すらなかったのだ。こういう考えが浮かぶという事はやっと心に余裕が持てるようになったのだろうか、それとも心身ともに特殊戦に慣れてしまったのだろうか。しかし、調べる手段はない。フェアリイ星と地球との間に電話線のような通信ケーブルは存在せず、地球との連絡方法は昔ながらの手紙か宅配物しかないのである。

 

「筆が止まっているぞ」

 

 ぼんやりそんな事を考えていると、背後から声を掛けられた。声の主は深井大尉だ。

 

「考え事ぐらいいいじゃない」

「フムン」

「大尉は何を?」

「朝飯だよ。機内で作業をしていたらこんな時間だ」

「なるほど。仕事熱心ね」

「熱心じゃないと生き残れない」

「ごもっとも」

「で、課題やりながら子守か」

 

 零が朝飯を載せたトレーを机に置きながら呟く。

 

「子守って…相手はほぼ同年代よ」

「フム、新人の研修という表現に変えよう」

「それもなんか嫌ね」

「まあ、気にするな。で、課題は順調か」

「なんとか。あともうちょっとで片付くわ」

 

 朝飯に手を付けながら零がレポートを一瞥する。ほむらは結構な枚数を書いている様子だ。おまけで出てきた課題なのにきっちりこなすとは律儀なやつだ、そう内心で考えた。

 

「しかし、ジャックは面倒だ。見て分かるように屁理屈が多いからすんなり通るかどうか」

「それは困るわ。ここまで書いてやり直しは嫌よ」

「覚悟を決めるんだな。しっかりやらんとそこの連中に示しが付かんぞ」

「私は責任者ではないわ」

「フムン」

 

 ほむらは周りを見渡して、誰もこちらを見ていないことを確認してから話題を変える。

 

「…大尉、昨晩アイツが現れたわ」

「インキュベーターか」

「ええ、地球から放り込まれた集団の中に魔法少女はいないそうよ」

「それは残念、それでは実演できんな。しかし、信用できるのか?」

「さあ、少なくともジャムに魔法少女は見せたくないって強調している。いざとなれば魔法少女を消してでも機密保持するとか言っていたわ」

「何故だ」

「自分たちの資源がジャムに見つかって食いつぶされるのを恐れているとかそんな所かしら。連中が何を考えているかはさっぱり」

「フムン。面倒な異星人だらけだな」

 

 そう言うと零はサッと席を立つ。いつの間にか朝食を完食したのである。

 

「まあ、せいぜい頑張って宿題を片付けるんだな」

「言われなくとも」

 

 軽口をたたきながら零はさっさと食堂を出ていく。それを目線で見送るとほむらはささっと文章を書きこんでレポートの残りを片付ける。そして、隣のテーブルに移動。気になった為、三人の課題が終わったかを確認する。すると、フェリシアが大苦戦中であった。それを見た途端、先ほどの零との会話やブッカー少佐から言い渡された任務を急に思い出す。別に勉強まで助ける義理はないが、妙な責任感に苛まれてつい手助けしてしまった。そして、なんとか課題を片付けるべく、ほむらはフェリシアに解き方を教えながら奮戦する。敵は数式だ。

 一方、一足先に課題を終えたさなはタブレットのAIと楽しそうに会話していた。同じく課題を終えたマミはそれを見て会話に加わった。

 

「あら、ずいぶん楽しそうね」

「ええ、楽しいです。久々に他人とじっくり話せましたし…マミさんもどうです?」

「じゃあ、せっかくだから話してみようかしら…あなたは今までどういう人の所で使われてきたの?」

「私は過去、実用で使用されたことがありません。これが初めてのミッションなのです」

「なるほど。それにしては会話がなめらか」

「私は人と会話する為に開発された為、必要十分なコミュニケーション能力を備えるように作られています。人との会話から学習し、更なる性能向上を目指すようにも作られています。よって、このような会話は私にとって必要な要素となります」

「へえ…やっぱりすごい」

「あ、そういえばこの子の名前を決めるように言われたような…」

「あっ、そういえば」

「どうしたものかしら」

「うーん…」

 

 二人は顔を見合わせて考える。ああ、そうだ。と呟きながら、さなが一つ案を出した。

 

「それはいいわね。正にシンプルで覚えやすいし、呼びやすい」

 

 そして、二人の手によってこのAIの名前…パーソナルネームが決まった。

 

 一方、ほむらはフェリシアの課題をなんとか片づける事に成功。そして、ブッカー少佐の元に自分のレポートを提出すべく食堂を立ち去った。

 

「初めてにしては上出来だ。よく書けているじゃないか」

 

 ブッカー少佐は提出されたレポートを読み終えてそう言った。

 

「それはよかった」

「でも、ちょっと足りない箇所がある」

「なにかしら?」

「感想が薄いな。思った事を正直に書いていいんだ。特にこの部隊ではそこを重視する、相手があのジャムだからな。数値以外も必要な要素なんだ」

「では、書き足した方がいいかしら?」

「いや、次でいいさ。これなら合格点だ」

「次…特殊戦機ではあまり飛びたくはないわ」

 

 ブッカー少佐が紅茶を用意しながら尋ねる。

 

「どうだ、あの三人は?」

「さっき課題を終わらせていたわ。今頃は自由時間を満喫しているかもしれない」

「フム、それはなにより。あんな騒動に巻き込まれたから心配していたが、大丈夫そうかな」

「どうかしらね。人の心は難しいってエディスさんが前に言っていたわ」

「まあ、相手の内心なんて一目じゃ分からない事が常だ。何か気になった事があればすぐ言ってくれ」

「ええ」

「すまんな、押し付ける形になってしまって」

「いいのよ、いつもお世話になっているのだから」

 

 ほむらは紅茶を受け取った。そして、紅茶を見て食堂にいるマミを思い浮かべる。ああ、久々に彼女の紅茶を飲んでもいいかもしれない、とも思いながら。

 

 

 

 フェアリイ星のとある空域では今日も戦闘が行われていた。相手はジャムのタイプ1の編隊。前線の航空基地を狙って侵攻してきたのである。それを迎え撃つのはシルフィードの1個飛行隊である。

 

「グールからウィッチウォッチ、現在タイプ1…四機と交戦中」

「ウィッチウォッチ了解。それで最後だ…いや、ちょっと待て。ポイントAX7682にアンノウン一機、IFF応答無し。極めて小型低速だが、恐らくジャム。攻撃許可」

 

 シルフィードのレーダーがAWACSから指示された目標をすぐさま捉える。

 

「了解、こちらでも捕まえた…妙だな、通路の方角じゃないか。味方のUAVか何かではないのか?」

「いや、IFFに応答がないし、フライトプランもない。敵であることは間違いない」

「了解。では、グール6。そちらに任せた」

「グール6了解。グール4へ、射程内まで近づくからカバーしてくれ」

「了解、後ろは任せて安心して撃て」

 

 シルフィードのフェニックスエンジンが轟音を鳴らす。その轟音と共に機体は急加速、目標を射程内に捉えた。

 

「フォックス3!」

 

 シルフィードから中射程空対空ミサイルが二発放たれる。目視外の距離の為、標的の姿は直接見えないが、レーダー上で捉えた標的のスピードは極めて遅い。まるでホバリング中のヘリコプター並みだ。超音速で飛翔するミサイルはそんな遅い目標を逃がすこともなく近接信管が作動。命中確実、破片と爆風が目標を引き裂いたはずだ。そして、反応が消えた。

 

「よし、グッドキル!」

「ウィッチウォッチより、グールへ。空域はクリア、よくやった」

「了解!助かったよ。グールはこのまま帰投する」

「帰投コースを指示する」

 

 フェアリイ星の日常は続く。しかし、このありふれた戦いを見ていたものがいた。

 

「魔女が通路を超えてくるか、今までになかった現象だ。ある程度、力がある魔女でないと超えられないようだけど…これは暁美ほむら、彼女に引き寄せられた結果かな。まあ、魂が変質し尽くした存在である魔女がジャムに知られても困りはしない。だけど、それで起きるかもしれない面倒事は避けたいな。彼女を地球に連れていければそれで話が済むけど…さて、どう手を打とうか」

 




フェアリイ星の日常。しかし、FAFは大作戦を実施していた。そして、それには無論特殊戦も投入される。
この大作戦の成否を問わず、FAFの日常は大きく変わるであろう。


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未知の空へ

 巴マミ達が特殊戦にやって来てから二日目。

 彼女達は食堂の手伝いを始めた。もっとも、テーブルの上を拭いて掃除したり、床を掃き掃除で掃除したりといった簡単な内容であった。特殊戦は変わり者が多いのは事実であるが、食堂などの場は出稼ぎでやって来た軍属の者が多い。そんな彼らはトラブルに巻き込まれてやってきた彼女たちに同情的であった。それもあってか、少なくとも食堂内では過ごしやすそうに見える。

 そして、今日も課題はやって来る。それを前日と同じように学習し、この日は何事もなく平穏無事な気配である。変わった事といえば、ほむらが課題を終えた三人を連れて杏子の勤めるPXへ買い物に行った程度だ。杏子も三人が元気そうでほっとした様子だった。

 一方、ブッカー少佐もフォス大尉と嫌がる零を引き連れてマミ達の様子を見に行った。自由時間の彼女たちはPXで手に入れた菓子類を食べながら談笑していた。

 

「やあ、元気そうでなにより。特に困っている事は無いか?」

 

 例のタブレットが即座に内容を翻訳する。

 

「いえ。今のところは大丈夫です」

「おっちゃん、課題減らしてくれよ。むずい」

「それは駄目だ。勉強は大事だぞ」

「えー」

 

 そして、ブッカー少佐は一つ質問を飛ばした。

 

「そういえば、そのAIの名前は決めたのか?」

「ええ、決めました」

 

 先に名前を決めたさながにこやかにその名前を言った。

 

「AIだからアイちゃんにしました」

「安直だ」

「ああ、確かに…安直だな」

「そんなひどい」

「なんてやつだ、ジャック。女の子を悲しませるなんて」

「零、お前が先に言ったことだろう…すまない、お詫びに何かいい名前を考えようか?」

「いいんですか?」

「やめておけ、ジャックに任せると無駄にややこしくて変な意味の名前を付けてくるぞ。こいつは奇妙な事ばかり知っているんだ」

「ええ…」

 

 結局、AIの名前はさなが出したものに決まったのであった。

 

 

 

 そして、更にその翌日のことである。この日はどこか慌ただしい雰囲気を感じる。食堂では零がいつもよりも足早に朝食を食べていた。

 

「大尉殿。もっとゆっくり食べればいいのに」

「なんだ、ほむらか。これからあの新人を乗せて出撃なんだ、時間が惜しい」

「ああ、今日だったのね。大丈夫なの?」

「必ず帰還するのが俺の任務だ。今日も変わらん」

「そう…気を付けて」

「ああ」

 

 そして、彼は席を立つとそのまま食堂を出て行った。思えば彼が実戦に飛び上がるのを初めて見た気がする。直接見送る事は出来ないが、深井大尉ならばきっとごく普通に帰ってくるだろう。ほむらはそう考えながらマミ達と合流した。

 

「タワーからB-1、離陸を許可する」

「こちらB-1、離陸許可」

 

 雪風は飛び上がる。久々の実戦、機体が変わってから初の通常任務である。後席には新顔のフライトオフィサ、桂城少尉が搭乗している。FAF情報軍出身の彼は素早く仕事をこなす。なるほど、優秀なのは確かなようだ。そして、雪風は悪天候の空を真っ直ぐ飛ぶ。

 目的地はジャムの基地。クッキーというコードネームが付けられた地点だ。現在FAFは総力を挙げてジャムの基地を無力化する作戦を遂行中であった。そして、この作戦は規模の大小はあるものの連日連夜行われ、特殊戦の偵察機も投入され続けた。乗員や機体のローテーションを考えると、雪風を遊ばせておくわけにはいかない。よって、新人の桂城少尉も即座に実戦投入となったのだ。

 

「友軍機接近、2時方向下方。帰還中の攻撃隊、高度差2000。2分後交差する」

「了解」

「周囲にジャムは確認されていない。予定通りのルートを維持」

 

 桂城少尉が零に周辺状況を知らせてくる。離陸後、彼が初めて言葉を発した瞬間だった。そこで零はふと興味が湧いた。フォス大尉が解析した結果だと、彼の精神構造は昔の自分そっくりであるという点だ。淡々と機械のように話す彼も、物事の視点を変えさせれば自己の生存という根底条件以外にも興味を持つかもしれない。

 

「桂城少尉、情報軍ではどんな仕事をしていたんだ?」

「それは今の任務に関係ない」

「いや、ただの世間話だ。暇つぶしだよ。じゃあ、関係ありそうな話に変えよう。君はジャムを見たことがあるか?」

「いや、ない」

「実戦部隊ではないとはいえFAF内の人間でもこれか。地球の連中がジャムの存在を疑うのも無理はないな」

「あなたはジャムの存在を疑っているのか?」

「いや、疑っていない。何度も戦ってきた以上、確実な存在だ。だが、俺が疑っているのはその戦ってきた相手がジャムの本体ではないかもしれないという事だ。あれは分身のような物じゃないかと」

「それが何か?」

「いや、別に。俺はそう思っている、ただそれだけだ。そして、君はどう思っているだろうか、と考えただけだ」

 

 ふむ、と桂城少尉が呟く。やはり話を振れば返ってくる。打てば響くといった感じだ。

 

「ぼくは今までそんな事を考えたことなかった。今まで人間相手の諜報戦しかやってこなかった。人間の敵性組織が使う通信や傍受手段に対する対抗手段の確立や調査だ。電子的な手段を専門に調べてきた。だから、ジャムとは何か、なんて考えた事は無い」

「それでは困る。ここの相手はジャムだ。相手が何か、それを考えないといけない。それに…俺は何が何だか分からない相手に殺されたくはない」

「それはこの雪風も含めて?」

「そうだ。だが、何故雪風の名が出た」

「あなたは雪風に意識のようなものがある、そう考えているのではないか」

「どうしてそう思った。誰かに聞いたのか?」

「いや、座学でレクチャーを受けた時に特殊戦の各機はバラバラに経験を積み、学習してきたからそれぞれ個性があると聞いた」

「なるほど。だが、こいつらに人間とそっくり同じような意識があるとは思っていない。だが、それに相当するものはあると考えている」

「それは単なるプログラム上のシミュレートの結果かもしれない。自己学習の果てにそういうような動きになったとも考えられる。それを意識と呼べるかは微妙だ」

「だが、何かすれば反応は返ってくる。これは事実だ。訳が分からなくとも、コミュニケーションを取らないとそれが何なのかも分からない。それはジャム相手にも言える事だ。しかし、雑談はしてみるものだな、君の考えも知ることができた」

 

 雪風は飛ぶ。この後、空中給油を受けてから偵察地点に到達する予定だ。

 

 

 

 一方、ほむらはフォス大尉の部屋で課題に取り組んでいた。もっとも、部屋の主であるフォス大尉は司令センターで雪風の様子をモニタしており、今は留守である。そして、例の三人とは別に一人だけで勉強している事に理由は特になく、ただそういう気分だっただけである。そして、ノートに計算式を書きこんでいる時であった。フォス大尉が息を切らしながら部屋に駆け込んできたのである。そして、ほむらは驚きながら訪ねる。

 

「どうしたの?」

「雪風がジャムに拉致されて消えたわ」

「なんですって!?つまり撃墜されたと?」

「いえ、不可知戦域に誘い込まれたとブッカー少佐やSTCは言っていた。でも、それが何なのかは私にも分からないわ」

「不可知戦域…?」

 

 聞き馴染みのない単語にほむらは首を傾げた。

 

 

 

 時は遡る。場所はクッキー基地上空。ジャムのその基地はFAFの攻撃でほぼ壊滅状態であった。あちこちの建物の残骸らしきものは黒煙を上げており、地上に無傷で残るのは地下格納庫の出入口と思しき建造物がただ一つと滑走路が一本だけ。それらは意図的に残されている。そして、たまに複数のジャムがその建造物から出てくるのであるが、それらが離陸しようとした瞬間を上からFAF機が叩くという事をここ数日繰り返していた。FAFはそのうち人員を送り込んでこの基地を制圧するのかもしれない、そんな話まで出ていた。

 そして、雪風はその様子を低空に降りて偵察しようとしていた。だが、そこで突如、大型のジャムが格納庫から出てきて離陸を開始。他のFAF機がこれに対して攻撃を開始したものの、クッキー基地が崩落を起こしながら多数の小型ジャムと対空ミサイルを打ち上げた。これによってFAF機は真下から奇襲を喰らって壊滅。だが、雪風は狙われなかった。そして、大型のジャムはギアを降ろし、自らが無害である事をアピールしながら雪風に近づいてくる。

 

「深井大尉!あれはジャムだ、早く攻撃を…」

 

 桂城少尉がそう言ってディスプレイを見ると、雪風からのメッセージが表示された。そこには仰天する内容が書かれていた。自分はあれと接触を図るから攻撃するな、と。

 

「なんだこれは。大尉、あなたがこれを書かせたのか?」

「そんなわけないだろう。そんな暇があると思うか」

 

 真横にはジャムがいる。その機体はただ黒く、光の反射もない。ただ、影のような黒さである。それだけに立体感もない、表面の凹凸すらうまく識別できないのだ。雪風は離されないようについて行けと言ってくる。そして、ジャムの旋回について行くように零は慎重に操縦を行う。高G旋回であり、体が座席に押し付けられる感覚に襲われる。しかし、雪風はこのまま振り切られないように旋回しろ、と言ってくる。何が言いたい、零はそう考えながらも操縦桿を押して雪風の要求に答える。すると、ディスプレイに表示が出た。MAcProⅡを使えというものだ。そして、後席の桂城少尉に言った。

 

「少尉、MAcProⅡというソフトウェアを起動しろ!」

「あった。だが、これは…何のソフトウェアだ?」

「いいから早く!」

 

 そして、MAcProⅡが起動。ディスプレイにウインドウが表示された。ソフトの心理分析ツールが立ち上がる。そして、雪風が何かを入力している。恐らく雪風が予想して作成したジャムのPAXコードであろう。つまり、雪風はジャムの行動を予想しようというのか。いや、ソフトを使わずともある程度予想を立てている気がする。そうなると、ソフトを立ち上げさせた理由は乗員である自分たちに自らの意図を人語で伝えたがっているのだ。事実、MAcProⅡを用いて会話したこともある。

 

「雪風、あいつは何がしたいんだ?」

 

<目標機は紫外線変調を使用して信号を発信。旧バージョンによるSSLプロトコルを使った「Follow me」タグを連続で発信中>

 

「バカな、ジャムがSSLの内容を理解して使ったというのか」

 

 桂城少尉が唖然としながら呟く。SSLは特殊戦の暗号通信手段である。しかし、零はさほど驚く様子もない。そのバージョンは旧雪風が使用していたバージョンだ。かつて、偽物の基地に閉じ込められた際にでもコピーしたのだろう。そして、ジャム機の機首付近にあるスリットには紫外線を発する何らかの機構があるというのは以前から知られていた。それを使ってこちらに信号を発信しているのだ。しかし、紫外線であるから目視では確認できない。相手はひたすら旋回を続けている。しかも、だんだん急な勢いになってきた。これ以上、旋回半径を狭めるとGが更に大きくなり、人体が耐えられない。気を失うだろう。そうなれば、雪風はコントロールを奪って旋回を続けるだろうか?そう考えたところで零は雪風に聞く。

 

「雪風、こいつは旋回を続けて何がしたいんだ。分かるか?」

 

<MAcProⅡによる予想では…ターゲットはあなたと直接通話をしたいと望んでいると予想されている。しかし、他のFAF機に聞かれたくないので、どこか干渉を受けない場所へ誘導していると予想中。私もこのMAcProⅡの予測を正しいと判断する>

 

「どこに誘導しようとしている?」

 

<あなたもかつて経験した場所だ…UNKOWABLE WAR AREA>

 

 雪風は言った、不可知戦域と。零の脳内にいくつかの嫌な記憶がよみがえる。

 

「大尉、この文章の意味は…謎の戦域とは何だ?」

「少尉、空間受動レーダーを注視。ジャムの行先に何かが起こると予想される。衝撃に備えろ」

 

 そして、零は続けて雪風にも指示を出す。

 

「目標との電子戦に備えろ。あいつはジャムだ、油断するな」

 

 ディスプレイに表示が出る、「準備万端、負ける気なし。私を信じろ」と。そして、次々と電子戦装備の情報が表示される。更に空間受動レーダーの表示も自動的に出る。桂城少尉には何が何だか理解が追い付かない。しかし、深井大尉と雪風はこれから何かが起こるという確信があるようだ。そして、深井大尉と意思疎通を行い、自動的に次々と用意を進める雪風の動きを見ると、確かにこいつには意識があると言ってもおかしくないような何かを感じる。しかし、彼らに雪風に意思はあるのかという質問を飛ばしても無意味だろう。明確な答えが返ってくる保証がない。だが、自分には深井大尉がこの意思を持つかもしれない機械知性体の言う事を信じ、命を預けるという行為を理解することができない。確証の無いものを信用するのは危険でしかない。けれども、自分はこの後の展開を待つしかない。状況は刻々と変わり、下手に手を出せない。数秒後がどうなるのかも予想できないのだから。

 そんな事を考えながらディスプレイのレーダー表示を見つめる。そして、変化があった。空間に白い輝点が表示されたのだ。爆発のような衝撃波の発生点のように見えたが、それは広がることが無く、ただ一点の反応のままだ。まるでレーダーがフリーズしたように。しかし、他の衝撃波や移動物の反応はしっかり捉えている事からレーダーの動きに問題はない事が分かる。桂城少尉はその謎の反応がある方向を見る。しかし、目視では何ら異常は確認できない。場所は崩壊したクッキー基地の直上だ。再びディスプレイを見る。すると、反応のあった点が動いた、点状から円形に反応が変わったのだ。この空間受動レーダーは大気の動きを捉える。つまり、穴のように空気が押しのけられた空間があるという事だ。その穴は徐々に大きくなっていく。ジャム機はその穴を目指している様子だ。機体がガタガタと振動を始める。とんでもない乱気流に捕まったような感じであり、機体が壊れないかという勢いだ。

 

 桂城少尉はジャムの針路上に目を向ける。そこには目視で確認出来る程の明らかな異常が生じていた。まるで空中に巨大なレンズのような円形の歪みが浮いている。まるで異空間への入り口だ。そして、自らの体がこわばっている事に気が付く、緊張と恐怖感によるものだと彼は気づいた。そして、深井大尉が「くるぞ」と叫ぶ。

 

 正面のジャム機が回転しながら白い靄に包まれるのを見た瞬間、猛烈な衝撃を受けて視界が暗転したのであった。




零に接触を図ったジャムは何を望む…
そして、雪風の行く先には何が待ち受けるのか


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不可知戦域にて

 零は意識を取り戻す。気を失ったのは一瞬か、それとも長い時間か。それもとっさに判断できない。機内は急減圧を受けたらしく、靄がかかっている。桂城少尉も目を覚ましたようだ。後席がシステムを操作し、機内の環境を再調整。空調が起動して靄が徐々に晴れる。そして、眼前には見たこともない風景が広がっていた。

 上下には分厚い雲…雲の間を飛んでいる。前方は青い光が見えるが、後方は赤い光で覆われている。まるでプリズムで分光した光を円周に映したようであり、奇妙としか言いようのない風景である。

 

「現在地不明。友軍との通信は全て途絶」

「計器も表示が妙だ」

 

 一度、機体の動作と体勢を確認しようとロールをするが、どうにも安定しない。水平儀がロールの途中で不可思議な動作を始める等、どの角度が水平なのかも当てにならない状況だ。高度計は気圧式と電波式で異なる数値を叩き出す有り様である。

 

「深井大尉、上下から電波が返ってくる」

「上下に壁があるという事か…これはジャムの移動用通路かな」

「機体に損傷見当たらず…電波高度計の数値は高度約30000m、人工的な空間だと思われる」

「だろうな、とてもフェアリイ星の空とは思えない」

「このまま飛べば出られるのか?」

「ジャム次第だろう、どこから来るか分からんぞ。少尉、しっかり見張れ」

 

 雪風はディスプレイに何も表示して来ない。電子機器を総動員して状況を記録、索敵し続けているのだろう。そこに桂城少尉が疑問を飛ばしてきた。

 

「あなたは…ジャムと接触する気だったのか?」

「ああ。だが、これは特殊戦全体の方針でもある。前から案を練っていた。結果として向こうから誘ってきたんだ、手間が省けた」

「つまり…ジャムからそういう打診はあったのか?」

「有ったと思う」

「思う?」

「人間に向けては言ってきてはいない。雪風なんかの機械に向けて何らかのメッセージを送ってきたと思われる。だが、それは確実だ。事実、雪風はあのジャムを撃つな、と言った」

「あれはそういう事だったのか。あなたはこの後どうするんだ」

 

 零はフムン、と呟いた後に言った。

 

「話をするよ」

「話?何を聞くつもりだ?」

「そうだな、まずは俺をどう思っているか聞くよ」

「他には?」

「何故雪風に興味を抱いたか。そして、何故雪風に接触を図ったか」

「大尉、自分と雪風以外に聞くことがあるだろう」

「なんだ?」

「ジャムの目的とか、何故侵略したのかという戦略的情報だ。FAFが必要とするものはそれだろう」

「悪いか?個人的興味だ」

「呆れた、あなたは個人的興味を優先するのか」

「それは君個人の感想か?FAFの一軍人としての見方だろう。少尉、自分の頭で考えて結論を出せ」

「特殊戦はみんなそういう個人的動機を優先して飛んでいるのか?」

「ほかの連中の考えなんて知らん。俺は俺、他人は他人だ」

「そうか…特殊戦ではそういうスタンスでいいのか」

「ああ、そうさ。さて…少尉、計器は当てにならん。目視で全周を警戒しろ」

「了解、目視にて警戒」

 

 少尉が復唱した途端、雪風のレーダーが何かを捉えて警報が鳴った。

 

「ボギー、数は1。左下方、高速で上昇中。このままだと衝突コースだ」

「少尉、状況報告続けろ。音声記録に全て残したい」

「了解。目標からのIFF応答無し。雲海に機影の一部を視認、尾翼が見えた。あれは…!?」

 

 雲海から一機の航空機が飛び出す。機種はスーパーシルフ、あれは間違いない。

 

「旧雪風のコピーだ!」

「座学で聞いた、こいつがそうなのか?コクピット内に人影、バイザーで顔は見えない。マスクを指さしている…通話がしたい?」

 

 雪風が即座に無線周波数をサーチ、偽物のスーパーシルフに接続した。無線機に声が飛び込んでくる。

 

「聞こえるか?深井中尉、貴官は不要な戦いを行っている。直ちに戦意を放棄し、我に従う生き方をされたし」

 

 相手は自分やバーガディシュ少尉のコピーでは無いらしい。まるで機械で合成したかのような無機質な声、文章もぎこちなく違和感がある。そして、前の階級で零に呼び掛けてきた。

 

「こちらB-1、感度良好。そちらの所属、階級、氏名を答えよ」

「返答する、我に個体を分類識別するコードはない。よって、その問いに対する回答は不能。深井中尉、我の要請を受け入れるか否か、返答を求む」

「身分を明かさずにお願いとは無礼だな…お前は誰だ?」

「貴殿に理解できる概念で説明する。我はジャムと呼ばれるものの総体である」

「総体?つまり代表と解釈していいのか」

 

 零は隣に並ぶスーパーシルフのコピーをじっと見つめた。

 

 

 

「つまり、不可知戦域とはなんなのかしら?」

「B-13…レイフが捉えたデータでは空間に穴が開いた、そこに雪風とジャムが飛び込んだのよ。その穴の向こうが不可知戦域というものらしいわ」

「空間に穴…別世界にでも飛ばされたということかしら」

「まあ、そういう感じでしょうね」

 

 フォス大尉の部屋ではほむらがディスプレイに映された記録を見ていた。フォス大尉は雪風とジャムの心理的解析を行うように命令が下っており、参考の為に先ほどの雪風の状況をまとめたデータをなんとか持ってきていたのだ。

 そして、ほむらは不可知戦域というものを聞いて、まるで魔女の結界のようだ、と考える。まあ、あんな悪趣味かつ摩訶不思議な空間ではないだろうが。しかし、彼らはどこに飛ばされたのか。手元の情報は少ない、雪風がロストする前に送ってきた情報ぐらいだ…だが、その少ない情報からMAcProⅡがジャムの行動予測を叩き出す。そして、二人はその結果を見つめていた。

 

 

 

 ジャムと接触してどれぐらい時間がたっただろう。ジャムからは長々と無線が飛び込んでくる。そして、この要領を得にくい数々の内容を読み解くと…特殊戦という知性体の集団を我は理解できない、ヒト的意識を持たぬ貴殿らは我と近似であって共闘が可能、FAFに対して共闘せよ、等々…つまり、特殊戦はジャムに似ているから寝返ってジャムの側につけ、と要求しているようだ。そして、桂城少尉はそれがどういう意味合いであるか細かく聞き返したが、やはり分かりにくい返事が返ってくる。無論、そんな要求は呑めるはずもない。

 すると、ジャムは話を変えてきた。

 

「深井中尉、我に疑問がある。回答を求む。我の観測領域をある概念が通過、それに接触を図ろうとしたが失敗した」

「何が言いたい?」

「その概念を追った先、その終着点がある個体である事を確認している。その個体とは特殊戦に所属する人間、暁美ほむらである。深井中尉、あれは何であるか。回答を求む」

 

 桂城少尉は意外な名前が飛び込んできたことに耳を疑った。格納庫で一度だけ見かけたあの子供である。

 

「暁美ほむら…どういうことだ。何故、あの子供の話が突然出てくる?」

「少尉、これには色々と訳があるんだ。後でじっくり説明する。どうせ、こうなっては隠し事もできん…ジャム、俺には彼女の正体が何だかは分からない。よって、説明は困難だ」

「回答不能という事か」

「そうだ」

 

 すると、前方に空間に変化があった。雲がぽっかりと消えたのだ。上は青空、地球の空に間違いない。そして、下…地上は街並が広がる。だが、様子がおかしい。

 

「前方…これは都市?本物か?」

「分からん、ジャムの幻影かもしれない。だが、街中無茶苦茶に壊れた様子だ」

「災害にでもあったのか…?大尉、センサが何かを見つけた!」

「なんだ?」

 

 雪風の光学センサは瓦礫の山を探る。そして、その瓦礫の上に人が倒れているのが見えた。カメラがそれを捉えて拡大する。高解像のそれが映し出したその姿、見覚えのある顔が見えた。

 

「これは…特殊戦で預かっている子供の一人に似ている」

「ぴくりとも動かん。生きているのか?それともこの空間の物体は静止した状態なのか?いや、待て。他にも倒れている」

 

 まず、最初に見つけた人物はマミそっくりの顔であった。次は杏子。他にも数人ほど倒れていたが、こちらはどれも知らない顔である。

 

「ジャム、これはなんだ」

「これは概念の発生源を辿った先にあった空間を模したものである。貴殿らのいる“空間”とは異なる」

「フムン。つまり、アイツの言っていた話の実態がこれか」

「深井大尉。瓦礫に転がっている看板から地名が読めた、見滝原…これは日本国内か」

 

 その瞬間、風景は一変した。再び、上下の空間が分厚い雲で覆われたのだ。桂城少尉は唖然としながら呟いた。

 

「消えた…」

「この空間はジャムのさじ加減一つ、という事だろう」

 

 そして、深井大尉は一つ質問を飛ばす。

 

「お前の正体を聞きたい。そちらは人間の存在を認識しているのに、こちらがそちらの正体を知らないのは不公平だろう。その時点でそちらの要求を受け入れる事は出来ない。そもそも、お前は何者だ?機械か、生物か、それとも情報だけの存在か…少なくとも人語を完全に理解できているとは思えない」

 

 そして、ジャムは少し間をおいてから回答した。

 

「貴殿の理解している概念では、我を説明することは不可能。我は、我である」

 

 桂城少尉はその回答を聞き、つい笑ってしまった。我は我…まるで深井大尉の様に答えてきたからだ。ジャムの言った特殊戦がジャムと似ているという意味がなんとなく分かった気がした。

 

「説明が不可能であるなら、これ以上の言葉での交渉は無意味だ。そちらの要求を拒否する」

「了解。拒否であると認識した」

 

 ジャムは拒否の回答に対して、ただ一言そう言った。感情の起伏など一切ない口調で。そして、それを聞いた零は雪風とフライトオフィサに宣言する。

 

「戦略偵察完了、帰投する」

<i have control...Lt>

 

 零の宣言を聞いた雪風が操縦を渡すように言ってきた。それに対して零はすぐさま雪風に操縦を預けた。この空間をすぐにでも脱出するつもりなのだろう。そして、加速を開始。しかし、ジャムもぴったりとついてくる。相手はスーパーシルフのコピー、加速力ではメイヴと同等だ。だが、電子的な攻撃をしてくる素振りは無い。ただ、真横にじっと張り付くように飛ぶだけだ。桂城少尉はそれを見て、気味の悪さを感じながら周囲を見渡した。新手が出てきてはたまったものではない。正面に明るい光が見える、あれが出口であればいいのだが。そんな事を考えながら周囲を見渡すと、背後に異常があった。雲の間隔が狭まっている。

 

「背後に異変」

「空間が閉じているんだ。レーダーでも確認、まるで押しつぶされているようだ」

「これは、このままだと潰される」

「それは御免だ」

「深井大尉、どうするつもりだ。手はあるのか?」

 

 後席から桂城少尉が聞いてくる。その声は平静を装ってはいるが、彼の不安を感じさせる問いであった。

 

「落ち着け少尉、ジャムは俺たちを生け捕りにするつもりだ。叩き落とすつもりなら、交渉が決裂した時点でとっくにやっているだろうさ」

「だが、生け捕りにしてどうする」

「どこか別の世界に飛ばされて、そこで徹底的に分析されるかもしれない」

「どこに飛ばされると思う?」

「未知の空間か、さっき見たような場所か…フェアリイ星の偽物に飛ばされるかもしれない。帰還したと安心させるために」

「冗談じゃない、そんな場所に飛ばされたら二度と元の世界には戻れないじゃないか」

「その時は雪風を信じて脱出策を考えるしかない」

「正気か?では、せめて雪風に今この状況を脱出できる策があるのか聞いてくれ」

「いや、駄目だ。今、余計な負荷は与えたくない。しかし、出口を目指して飛んでいる以上、脱出する気はあると判断できるだろう」

 

 そして、桂城少尉はぽつりと呟いた。

 

「脱出できなかった時に備えて、何か外に情報を伝える手は無いだろうか」

「少尉、悲観的に考えるな。周囲警戒に集中しろ」

「そうだ…大尉。ミサイルに情報を載せて、それを出口に発射することを提案する」

「何?」

「ミサイルだよ。ミサイルにも情報入力用のメモリが載っている。雪風ならそれに何かしらの情報を書き込むことができるんじゃないか?」

「できるかもしれないが、やったことは無い。だが、やったとして味方に回収される可能性は極めて小さい。それにデータのサイズも小さくなる」

「それでも遺言代わりにはなるよ。脱出できなければ終わりだ。僕は誰にも知られることも無く、こんな所で最後を迎えるのは嫌だ。あなただってそうだろう」

「分かった、発射タイミングを計算して備えろ」

 

 桂城少尉は発射準備を整えようと火器管制システムを操作しようとする。だが、それより早く雪風がミサイルの発射準備を整えた。こいつも同じ気持ちなのだろうか、そう考えながら操作を進める。データ入力が終わり、発射可能という表示が出る。一方、零はこの行動を不審に思っていた。雪風がこの手を使うというのは脱出を諦めた時だろう。そして、そう考えた直後である。雪風がミサイルを二発発射した。レーダーを見た桂城少尉は悲鳴を上げた。攻撃目標は2つ。まず、隣の偽スーパーシルフ。そして、もう一つは雪風自身であった。ミサイルは既に反転動作に入っている。偽スーパーシルフは電子的妨害手段でミサイルを妨害しようとし、回避運動に入った。電波を探知するESMアンテナが猛烈な妨害電波を捉えている事から確実だ。しかし、雪風は自らに向かってくるミサイルに対して位置と速度を調整、確実に当たるコースへと動く。これは自爆するつもりだ。桂城少尉が回避と叫ぶ。しかし、零はディスプレイに表示された一文を見て唖然とする。それはジャムへのメッセージである。これは威嚇射撃ではない、と。

 雪風はジャムに脅しをかけているのだ。脱出させないのならば乗員諸共自爆する、と。ジャムに自分たちの価値を問う行為だ。だが、雪風は勝算があると踏んでいるのだ。もし、自爆に至ったとしてもジャムが交渉対象として生かそうとした戦略目標を破壊、それにより相手の企てを頓挫させることができる。これは賭けであるとともに戦略的な戦闘行為であった。やはり、雪風は恐ろしい化物だ、零は改めてその実感を受けたのだ。こうなれば覚悟を決めるしかない。ディスプレイには命中までの予想秒数が表示される。そして、<thanks>という一文も。

 一方、桂城少尉は脱出ハンドルに手を伸ばしたまま動けなかった。リスクを考えたのではない。ただ、体が動かなかった。そして、彼の視線の先にはミサイルがあった。その先端のシーカーと目が合ったように感じた。嫌な物を見てしまったと考えながら。

 

 着弾までまもなく。零は覚悟を決めていた。こういう最後なら悪くはないとも考えながら。だが、おかしい。ミサイルの動きが遅く感じる、まるで時が止まったかのようだ。事実、ミサイルは視線の先にまだある。ああ、これはまだ間に合うかもしれない。心のどこかで声がして操縦桿につい手を伸ばす。

 

「そうだ、ここで終わりなんてよくないだろう。操縦桿を引け。まだ間に合う」

 

 これは心の声か?いや、違和感がある。

 

「こんな最後は望んでいないはずだ。我に従え、そうすれば阻止しよう。返答せよ」

 

 間違いない、これはジャムだ。回答はノー。心の中で答える。

 

「何故だ、何故拒む。我の正体を知ることができないぞ」

 

 決心を邪魔するこの声に猛烈な怒りすら感じた。よって、更に強い意志でこの声を拒む。すると、頭上で何かが光る。ミサイルが炸裂したか?まあ、いい。これであの声の誘惑には勝ったのだから。

 

 ハッと意識が戻る。呼吸が荒い、汗も噴き出している。そして、零はディスプレイの表示をとっさに見る。ミサイルが外れたという表示が出ている。先ほど見たのは夢か現か、それともジャムの幻影か。そう考えた所で、警報音とストロボで射出座席が作動寸前になっている事に気づく。後席の桂城少尉がハンドルを握りしめているのが原因であった。

 

「落ち着け、動くな。今解除する」

 

 そして、動作を解除。警報音が消えた。すると、雪風が文章を表示してくる。

 

<you have control...Lt/return to home>

 

 ふと気づくと、出口は目の前。閉じる寸前で円形の穴が残るのみ。そして、ジャムは消えていた。賭けは雪風の勝ちであったようだ。雪風から操縦を任されたので操縦桿を握る。自動操縦解除、アフターバーナー点火、機体は轟音を響かせて急加速。小さくなった穴に飛び込んだ。そして、凄まじい揺れと衝撃を感じる。その刹那、視界が明るくなった。だが、靄か雲の中に飛び込んだらしい。一面が灰色で外が見えない。

 

「機体の状態を確認しろ。少尉」

「了解、機長。左側第一尾翼、脱落。油圧系統に異常有。だが、別系統は正常。左エンジン破損、完全に壊れているようだ。右エンジン停止中」

「了解。油圧系統切り替え。そして、エンジン再始動チェックリスト確認」

 

 尾翼の破損があるが、この程度なら飛行可能だ。だが、エンジンが再始動しなければ飛ぶ事は出来ない。不時着を考えないといけなくなる。よって、再始動を試みる…結果、右エンジンはなんとか息を吹き返した。そして、フェニックスエンジンの轟音が響く。

 

「各レーダー異常なし…いや、空間受動レーダーは不調。しかし、針路上に障害物無し」

「了解。いや、コンタクト。不明機確認」

「IFF、返答有。カーミラ…B-2だ」

「現在位置は?」

「確認、リッチウォー基地上空。他の機影無し。カーミラのコンピュータがデータリンクを要請してきた。支援するとの事」

「拒否しろ」

「了解」

 

 雪風は機位を得た。ここはフェアリイ星、ジャムの基地の上空だ。ここも攻撃対象の基地であり、地上は瓦礫の山である。だが、ここが本当に本物のフェアリイ星かの確証はない。しかし、雪風は静かだ。

 

「B-2が特殊戦司令センターと交信中。驚いたな、作戦中なのに通常の無線だ」

「すべて記録しろ」

「了解。現在の燃料でフェアリイ基地まで帰投可能」

「では、帰ろう」

「B-2、背後に回った。攻撃態勢。これは疑われているかな」

「特殊戦司令センターに繋げ」

「了解」

 

 無線を特殊戦司令センターに繋ぐ。返信はすぐ帰ってきた。クーリィ准将自らが無線に出たのである。

 

「こちらB-1、B-2の攻撃態勢を解除してくれ。解除しない場合、対抗処置をとる」

「司令センターからB-1へ、了解した。損害はあるか」

「帰投可能な程度。だが、対ABC汚染洗浄の用意を求む。何かついていそうだから洗い流したい」

「司令部了解。用意する」

 

 無線交信を終えた。カーミラは攻撃態勢を解いた様子で、雪風と編隊を組む。

 

「さて、桂城少尉。話題に出たほむらの話でも説明しながら帰るか」

「了解。色々あったけど、それも気になるな」

 

 雪風はフェアリイ基地へと針路を向けた。

 

 

 

 場所は変わって地球の南極。通路に近いロス島にあるマクマード基地では、職員が気象レーダーを見ていて何かに気付いた。

 

「おい、フェーズドアレイに変な雲が映っているぞ」

「どれ、こいつはでかいな。初めて見るタイプだ」

 

 その知らせに気象担当の観測隊員が次々集まる。ここでは初めて見る部類の嵐が突如現れたのだ。

 

「通路の方向に進んでいる」

「面白い、気象衛星を借りてこよう。誰か、南半球観測してるやつを使えるように許可取ってくれ」

「このままだと通路に突っ込みそうだ。レーダーのデータを記録し続けろ」

 

 嵐は真っ直ぐ通路に向かって進んでいく。まるで引き寄せられているかのように。スピードもだんだんと上がっているようだ。

 

「おい、こいつは奇妙だ。データを取りこぼすな」

「近くの国連艦隊にも知らせろ。向こうにも観測協力の要請を出せ」

 

 そして、観測隊員たちがレーダーディスプレイを見つめる中、嵐は通路にぶつかった。そして、跡形もなく消えた。もしや、フェアリイ星に飛ばされたのだろうか?そうだとすれば、これは前代未聞の現象だ。騒ぎの中、気象衛星の記録したデータを解析している職員が、通路に消える直前の嵐を撮影した画像を見て呟く。

 

「この影、人形かぬいぐるみのような何かにも見える。気のせいか?」

 




ジャムはほむらに興味を抱いた理由を話した。
だが、当人はこの出来事をまだ知らない。しかし、この情報は全て記録されている。
ほむらの秘密が特殊戦に知られるまであと僅か。



※雪風とジャムの緊迫したやり取りをもっと楽しみたい方は是非原作を!


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アンノウンを探る

 不可知戦域から生還した雪風はフェアリイ基地へと降り立った。そして、特殊戦の区画まで自走し、停止。すると、基地の消防隊が放水を浴びせる。これは対ABC汚染洗浄としての放水であり、機体全体が洗い流される。そして、放水が終わると、キャノピーが開く。深井大尉と桂城少尉は機体から降りると、防護服を着た隊員たちに誘導されて防護コンテナへと運ばれていく。そこで彼らも雪風同様に体中洗い流されるのである。

 

 

 

 雪風が帰還した。

 

 その一報は直ちにフォス大尉にも伝わった。すると、彼女は急いで司令センターへと飛び出していった。一方、ほむらは一人で部屋にて待つ。自分には司令センターに入室する許可がないから仕方がない。よって、ここでフォス大尉が情報を持ち帰ってくるのを待つしかないのだ。そして、他にやることも無いので再び課題に取りかかる。そこから暫く時間が経った頃、フォス大尉が慌てて戻ってきた。だが、どうも様子がおかしい。

 

「何かあったのかしら?」

「ええ、あなたの秘密がばれた」

「…話の出所は?」

「雪風…いや、厳密にはジャムね。雪風の不可知戦域内で記録したデータを再生していたら、ジャムからあなたに関する質問が飛び出したのよ」

 

 まさかジャムがきっかけになるとは思わなかった。内心でほむらが頭を抱えていると、フォス大尉が更に言った。

 

「ほむらちゃん、その件でクーリィ准将があなたを呼んでいるわ」

「准将…特殊戦のボスと言われている?」

「ええ、その人よ。私もついて行くわ」

 

 これは覚悟を決めねばなるまい、軽く深呼吸をしてから部屋を出る。目指す先は特殊戦司令センター。もちろんブッカー少佐もその記録から自分の秘密を聞いたに違いない、この先どうなるか…そんな考えが脳裏に走るが、ほむらは歩き出した。こうなっては逃げ場なんて無い、その点では“いつも”と同じだ。さすればどうするか、決まっている。やるしかない、そう心の奥底で呟きながら。

 

 司令センターに入る。ここは初めて入る部屋だ。広い室内には大型のディスプレイが設置され、管制業務や分析業務を行う隊員たちが忙しなく動いているのが見える。そして、そこにクーリィ准将はいた。話は司令センター隣の部屋で行う事となり、三人でその部屋に入る。どうやらブッカー少佐はいないようだ。部屋の中は応接室のような雰囲気となっている。打ち合わせに使う為の部屋なのだろうか。

 

「初めまして、暁美ほむら。私は特殊戦副指令リディア・クーリィよ」

「暁美ほむらです。よろしく」

「呼ばれた理由は分かるわね?では、本題に入りましょうか」

「ええ、私が何者か…という事ね」

「その通り。では、B-1…我が特殊戦の偵察機が記録したデータを見ながら話を聞かせてもらいましょうか」

 

 そして、端末に映像と音声データが再生される。その映像には奇妙な空が映っていた。上下には雲の壁があり、その中間の空間には雲が一切ない。これが不可知戦域…魔女の結界とはやはり違う。だが、現実離れしたような風景であるのは確かであった。映像と共に機内の零と桂城少尉の声も再生される。彼らも焦っているのだろうか、緊迫感のある会話が聞こえてくる。

 しばらくすると、警報音と共に不明機発見の一言。そして、カメラにはある機体が映る。雲海の中から飛び出してきたのはスーパーシルフ、特殊戦で使われている偵察機だ。しかし、深井大尉はそれを雪風のコピーだと言った。ジャムは人どころか機械をもコピーするという事だろうか。

 そして、無機質な声が聞こえてくる。どうやら、これがジャムの声らしい。要領を掴みにくく長い文章が並ぶ…ジャムの総体と称するこの相手の語学能力はマミ達が持っているAIよりもはるかに劣るようだ。そして、深井大尉、桂城少尉とジャムの会話が続く。会話というよりもジャムの発言内容に対して逐一聞き返し、詳細を確認しながらその内容を整理するという表現の方が合っているようにも思える。しかし、ジャムは特殊戦を味方にしたいのであろうか?そんな事を考えながら記録の続きを見る。

 そして、状況が変わったのはこの後である。ジャムが逆に質問を飛ばしてきたのだ。

 

『深井中尉、我に疑問がある。回答を求む。我の観測領域をある概念が通過、それに接触を図ろうとしたが失敗した』

『何が言いたい?』

『その概念を追った先、その終着点がある個体である事を確認している。その個体とは特殊戦に所属する人間、暁美ほむらである。深井中尉、あれは何であるか。回答を求む』

 

 想像していた以上に自分の名前がはっきり出てきたことに驚く。そして、背後に嫌な汗が出る。やはり、あの夢の中で見たあの物体…あれがジャムに関わる何かだったのはこれで確実だろう。すると映像が止まる。そして、クーリィ准将が質問してきた。

 

「暁美ほむら、質問はこの映像の通りだ。あなたは何者?」

「ええ、ただの元魔法少女よ」

 

 ほむらの返答にたまらずフォス大尉が口を挟む。

 

「いやいや、ほむらちゃん…いきなりすぎるわ」

「言い逃れは無理、それなら素直に言った方が被害は少ないわ」

 

 その返答にクーリィ准将は疑問を返す。

 

「魔法少女?それは比喩表現か何か?」

「いえ、正真正銘あの魔法少女よ」

「では、ここで魔法でも使って証明してもらいましょうか」

「無理よ。今言った通り、元魔法少女なの。今は完全に普通の人間」

「つまり、証明困難と?」

「ええ。判断材料として使えそうなのはジャムが興味を持ったという事実ぐらいかしら」

「ふむ…では、今は何故普通の人間なのかしら?」

「それは説明がややこしくなるけど…いいかしら?」

「ええ、時間はたっぷりあるわ。レモンティーでも飲みながら聞きましょうか」

 

 クーリィ准将は若い秘書官に紅茶を頼む。「あなたも何か頼みなさい」と准将から言われたので無難にココアを頼んだ。フォス大尉はコーヒーだ。そして、飲み物がやって来てから話を再開する。

 まず、魔法少女とは何か。魔法少女の誕生と末路。自分が時間軸を移動した結果、ここで目を覚ました事。目が覚めたらただの人間に戻っていた事…その流れを一通り説明する。それを聞いた准将は紅茶を一口飲んで映像を再開した。

 

「つまり、あなたはこういう所から飛ばされてきたと?」

 

 その一言の後、画面に映った光景にほむらは絶句した。そこには見覚えのある風景が広がっていたからだ。間違いなくワルプルギスの夜と戦った後の見滝原そのものである。映像は次々切り替わる、雪風の光学センサが忙しなく各所を撮影しているのだ。そして、センサは瓦礫の中で倒れた人物を見つけた。画像が拡大されてその一点が表示されると、見覚えのある顔が映る…巴マミである。機内の交信記録でも驚いた声色が響く。

 

「これは見滝原…間違いなくここから飛ばされてきたわ」

 

 そして、映像は次々切り替わる。佐倉杏子が映る。次に美樹さやか…今のところ、この星にはいない人物だが。そして、次に映った人物のその姿にほむらは思わず動揺する。

 

「まどか…!!」

 

 そう。それは彼女が何よりも守りたかった人物、鹿目まどかだったからである。傷付きピクリとも動かないその姿、ほむらにとっては耐え難い映像そのものだ。そして、大勢の犠牲を出しながら敗北した嫌な思い出も併せてよみがえる。

 クーリィ准将はそれを見逃さない。過去多くの経験から、ほむらのその表情が演技等ではない事を見抜く。現に彼女は額から冷や汗が出て、血の気が引いたような顔色だ。明らかに動揺している。今まで大人びた様子だったが、これは年齢相応と言ったような反応だ。

 

「あなたは映像に映るあの時間軸…つまり並行世界から何らかの超常的な力でこちらにやって来た。そして、途中ジャムに見つかって興味を持たれた。こういう解釈で間違いはないかしら?」

「え、ええ…そうなるわ。しかし、この映像は何なのかしら…」

「ジャムの言う事を信用するのならば、あなたがいた並行世界を観測して再現したものという事になるわ。大丈夫?気分が悪そうだけど」

「ちょっと嫌な思い出が」

「少し休憩にしましょう。フォス大尉、面倒を見てあげて」

「了解」

「それと、今度から隠し事は程々にしておきなさい。深井大尉にも伝えておくように」

 

 クーリィ准将が退室する。そして、フォス大尉がほむらの様子を見る。呼吸と脈が速い、過度のストレスによるものだろうか。

 

「大丈夫?」

「ええ、なんとか」

「街がこんな廃墟になるなんて…魔女とはそんなに強力なものなの?」

「これは例外よ、最強の部類で災害規模。そして、幾度も時間軸を繰り返しても倒せない相手」

「つまり、この映像は」

「その魔女に負けた後よ。おそらく、私が飛ばされた後の」

「ジャムはこの光景を見て興味を持ったのかしら」

「違うと思う…やはり、私が時間軸を飛び越えた事だと思うわ」

「しかし、こういうのに見知った顔がいるのはなんとなく複雑ね」

「私は毎度そんな気分よ」

「心中お察しするわ」

「それはどうも」

 

 ココアを一口飲んでやっと落ち着いて来た。すると、クーリィ准将が戻ってくる。ほむらが落ち着きを取り戻すタイミングを見計らっていたかのようだ。この人物は敵にすると厄介極まりない、ほむらはそう感じていた。

 

「で、あなたに関するジャムからの質問はこれで終わりよ。次にもう一つ聞きたいことがある」

 

 端末の映像が切り替わる。そこには可視光以外で撮影したと思しき写真が写っている。カラーではない。その中にはアイツがいる。そう、インキュベーターである。

 

「この小動物かしら?」

「ええ、話が早くて助かるわ」

「単刀直入に言わせてもらうわ、この宇宙生命体は敵よ」

「先ほどの話で魔法少女を生み出す存在というのがこの生命体という事ね」

「ええ。地球人を騙し、結果として命を奪う生命体よ。名前はインキュベーター」

「ジャムではない?」

「本人はそう言っているわ。曰く、ジャムは何もかもが違いすぎて理解できない存在、と」

「では、何故その生命体がこの星にいるのかあなたの考えを聞きたい」

「分からないわ。聞いた限りだと人類とジャムの戦争を観察しているとか…何かよからぬ事に使えないかと研究しているとかそんな所かしら」

 

 クーリィ准将はほむらの目をじっと見る。この話題になった途端、彼女の目つきは鋭くなった。余程、そのインキュベーターとやらを憎んでいるようだ。

 

「投げやりな考察ね」

「アイツらの考えなんて想像もしたくないわ」

「しかし、ある意味で宿敵なのでしょう?それでいいの?」

「ええ、まあ…」

 

 ほむらの回答はしどろもどろである、敵視するだけだったのだろう。

 

「じゃあ、今日はとりあえずこの辺りで終わりにしましょう。あなたも疲れているようだし」

「分かったわ」

 

 クーリィ准将が退室していく。ほむらは全身の力が一気に抜けた、緊張が解けたのだ。そして、ため息をついた途端、ブッカー少佐が室内に飛び込んできた。

 

「ほむら、大変だったな」

「いえ、ブッカーさん。とても言い出せる話じゃなかったので…隠していてごめんなさい」

「いや、いいんだ…お互いにちょっと気持ちを整理する時間が必要だな。よし、気分転換にちょっと出かけよう」

「どこへ?」

「零の所だよ。フォス大尉も来るか?」

「もちろん、あの二人には聞きたいことが山ほどありますから」

「決まりだな」

 

 ブッカー少佐に連れられて司令センターを出る。行先は特殊戦区画内にある医務室である。そして、その室内にはビニールで出来たテントが張られていた。

 

「医務室になんでこんなものが?」

「万が一、ジャムの生物や化学兵器なんかに汚染されている可能性に備えてだ。まあ、形式上みたいなもんさ…ジャムがそんなものを使う気ならとっくに使っているだろうから意味がない」

「はあ、そういうものかしら」

「二人はこの中だ。入るとしよう」

 

 半透明なビニールをめくってテントの中に入る。その中に深井大尉はいた。そして、桂城少尉は隣のベッドで寝ているらしい。

 

「よく帰ってきたな、零」

「ああ、俺もよく帰ってこられたと思う。しかし、なんだ。フォス大尉はともかくほむらまで連れてきて」

 

 疲れたような声でほむらが話す。

 

「ジャムの余計な質問でひどい目に遭ったわ」

「なるほど、あれでお前の秘密がばれたか。災難だったな」

「嫌な思い出まで思い出す羽目になった」

「恨むならあんな風景を再現したジャムを恨め」

 

 そこにブッカー少佐も同じく疲れたようにこう言った。

 

「ほむらだけじゃない。皆、あの映像を見て疲労困憊さ。元気なのはフォス大尉ぐらい」

「しかし、こんなテントもういらんだろう。エディス、元気なら片づけてくれ」

「いえ、このままにしておきましょう。今片づけたら桂城少尉が起きてしまう」

「フム、気持ちよさそうに寝ているな。こいつは大物になるぞ。さて、零。では、ミッションの話を聞こうか」

 

 零はフムン、と一言呟いた後に言った。

 

「その前にジャック。冷たいビールを奢ってくれないか?」

 




特殊戦の人間達はほむらの正体を知った。
そして、不可視の生命体であるインキュベーターについても知る事となった。

一方、特殊戦の機械達はそれに構わず行動を始めた。全てはジャムに勝つために。


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ジャムの狙いは何か

「その前にジャック。冷たいビールを奢ってくれないか?」

 

 その一言にブッカー少佐が笑いながら頷いた。そして、フォス大尉に指示を出す。

 

「フォス大尉、零にビールを処方してやれ。ここの冷蔵庫には処方箋としてたっぷり備蓄してある」

「なんでそんなものが医務室に…」

「ああ、軍医が薬品買う金で仕入れている。みんなが知っている公然の秘密だ」

「それは問題では?」

「ビールの効果を認めて薬として扱わせてくれないお上が悪いんだ」

「で、要するにそのビールを抜き取ってこいということですね」

「ああ、そうさ。物が物だけに抜き取られても軍医殿は文句も言えんよ」

 

 呆れてため息をつきながらフォス大尉がビールを取りに行く。

 

「で、ジャック。俺が帰還してからどの程度時間が経った?」

「4時間半ってところだな。しかし、コンピュータ達はこの展開を予想していたようだ。雪風の帰還の支援なんかをみんな片付けちまった」

「フムン、やはりか」

「ああ。で、俺が忙しくなったのはお前達が帰って来てからだ。雪風がなかなか情報を出そうとしなかった」

「俺が機から降りたから、と言ったところか」

「多分そうだろう。雪風には意識みたいなものが確かに存在しているとしか思えない」

「で、どうやって雪風のご機嫌を取って情報を引き出したんだ?」

「すべての情報に対するアクセス権限をよこせと言ってきた。で、STCも准将もその条件を飲んだ。今頃、STC経由でFAF全体の情報を漁っているだろう。FAFのコンピュータ達が他所に気付かれないようにその痕跡を消しているが…こいつは立派な電子戦だな」

「雪風は何を調べている?」

「様子を見たが、FAF内の人間情報さ。データを基にMAcProⅡで行動予測を立てて、まだ見つかっていないジャム人間を探しているのかもしれない」

「フムン、それは違うだろうな」

 

 隣でなんとも凄まじい会話が飛び交っている。果たして、この会話は自分が聞いていいものなのか、とほむらは頭を抱えている。下手をすれば別の厄介事に巻き込まれかねない予感がする。そこにフォス大尉が戻ってきた。その手には缶ビールが3本、缶のコーラが1本。零がそれを受け取るが、ブッカー少佐は拒否する。それに対してフォス大尉はこう言った。

 

「今更ですね。この場の全員共犯ですよ?」

「分かったよ、それならばじっくり飲むとしよう」

 

 ブッカー少佐は諦めてビールを受け取る。

 

「あ、ほむらちゃんの分もちゃんとあるわよ」

 

 そう言ってフォス大尉はにっこりとした笑顔で缶のコーラを手渡してくる。どうも自分もその共犯にしっかり含まれているようだ。拒否権無し、ほむらも同じく諦めてそれを受け取る。しっかり冷えている、そのまま一口飲む。

 

「で、話を戻すが…雪風は何を探ろうとしているんだ?」

 

 零は缶ビールを飲んでからブッカー少佐の問いに答える。

 

「このレポートを読んでほしい。雪風がジャムに脅しをかけた辺りだ。あの時、俺の意識に直接何かが話しかけてきた。多分、あれはジャムの意識か何かだろう」

「そんな声は映像記録に記録されてなかった。幻覚かもしれんぞ」

「やはりか。他人から見れば幻聴や幻覚の類と思うかもしれんな。だが、一つ言える事は、ジャムは俺の事を理解できなかったに違いない。だからこそ、雪風はあんな行動をとった。でも、雪風は何故ジャムが俺を理解できなかったのかが知りたいのだと思う。だから、それを今調べているのだろうな」

「その疑問はジャム人間に聞けば分かるのではないか?」

「ジャック、ジャム人間には自分がジャムだという認識がないじゃないか。ジャムの言い分だと、理解できないのは特殊戦だけ…つまり、他の部隊や組織は既に理解できているという事になる。それを考えれば、他の組織と特殊戦の何が違うのかが見えてくるだろう」

「偉く自信たっぷりだな」

「俺もそれを知りたいからさ」

「なるほどな」

 

 零の話を聞くと、ジャムは人の意識に介入できる能力があるらしい。そうなれば極めて厄介だ、幻覚を使ってくるかもしれない。そういえば、幻覚能力を持った魔法少女や魔女もいたな、とほむらはコーラを飲みながら考える。

 フォス大尉も零や桂城少尉が作成したレポートを読み始める。そして、ブッカー少佐はペースを押さえてビールを飲んでいる。それに対して零は言う。

 

「ジャック、いつもと比べて大人しい飲み方だな」

「こっちはお前と違ってこれからが忙しいんだよ。お前は仕事終わりの打ち上げ気分だろうが」

「あんたは本物だな。間違いない、ここは本物の特殊戦だ」

「機内でそんな会話をしていたな」

「俺も後で記録を見たいのだが」

「ああ、勿論」

「しかし、話は変わるが…俺がジャム人間だと思うか?」

「正直分からん。今にして思えば、お前がすり替えられたかもしれない場面は今回に限らず過去何度もあった。今更どうこう言っても遅い。よって、お前がジャムに操られていないと考えてこちらは動いている。もっとも、クーリィ准将は警戒しているが」

「なるほど」

 

 そして、ブッカー少佐は疑問を口に出した。

 

「しかし、何故ジャムはほむらを調べようとしているんだ?確かに…普通の人間とは大きく異なる経験のようなものはあるが」

 

 その問いに対して零は考えを述べる。

 

「さっき言ったように理解できないからだと思う。ジャムは人間というものを理解しているが…偶然、例外を見つけてしまった。ほむらは並行世界から飛んできた、ジャムは人間にそんな能力が無いという事を知っている。だからこそ、そんな事をやってのけたほむらの存在は未知そのものなのだろう」

「フム、なるほど…そういう考えなら辻褄が合う」

「私としては探られるのは迷惑なのだけど」

「俺だって探られるのは迷惑だ。文句はジャムに言え」

「そんなのと会いたくないわ」

「さて、向こうから来るかもしれんぞ。俺はお前が何なのか分からない、とジャムに答えたからな」

「もう宇宙生命体とは関わりたくないのだけど」

 

 ほむらと零がそんな会話をしていると、レポートを読んでいたフォス大尉が呟く。曰く、雪風も幻覚を見たのかもしれない、と。ジャムは人よりも機械とやり取りする方がやりやすいと考える事ができ、そう言う面では雪風のような機械知性体は特に影響を受けやすいと思われるからである。そこから3人は特殊戦の機械と他のFAF及びジャムとの関係について語り始める。特殊戦の機械達は何を考え、何と敵対しているか…特殊戦の内情にはまだ疎いほむらにはついて行けない話である。

 そして、そこから話は徐々に変わる。零と雪風の関係、それは以前とは大きく変化していた。過去の零は雪風に大きく依存…いや、執着していたという。ほむらは気になってフォス大尉に尋ねる。

 

「依存?」

「雪風をまるで恋人か何かぐらい密接な存在と考えていたようね。自分だけが唯一の理解者であるような感じ」

「それは…また重たい考え方ね」

「ええ、雪風とのちょっとした認識の違いで大きく傷ついたぐらいに。まあ、変化のきっかけの一つにはなったようだけど」

「俺の話はその辺りでやめてほしいのだが」

「あら、いいじゃない。この話でほむらちゃんの今後の人生に何か影響を与えるかも」

 

 それを聞いたほむらはハッと気づいた、多少の心当たりがあったのだ。それは守ると決めた友に対する気持ちである。もしかすると、これまでの繰り返しの中、彼女に対して一方的な感情をただぶつけていた節があったかもしれない…そういう意味では似たような面があったと思ったのである。自分も深井大尉のような苦い経験を味あわないように、そろそろ一度は気持ちの整理をした方がいいかもしれない、ほむらは内心でそう考えた。

 

 フォス大尉はその雪風と零の関係から、特殊戦と他の組織との違いを考察し始めた。ジャムが何を理解できないか、それは正しくこの部隊における人間と機械の関係だろう。零と雪風は互いに命を預ける事が出来る存在である。他者から見れば単なる兵器としての信頼関係かもしれない。しかし、機体がジャム相手にパイロットの存在を使って脅しをかける事が出来るという事は、その価値の大きさを双方理解しているという事であり、ただのパイロットと戦闘機といったようなシンプルな関係とはかけ離れていた。

 そして、彼女は零と雪風の関係について一つの仮説を出した。それは互いを自身の一部のように扱っていると言っても過言ではない関係。まるで感覚器、あるいは手足のように。

 

「そんな無茶苦茶な」

「まったくだ、俺は俺で雪風は雪風だ。同じ存在ではない」

「でも、互いに足りない所は補い合うでしょ?自分にできない事は積極的に相手に頼むような」

「それはそうだが…」

「それが自然にできている…ジャムから見れば人間と機械が融合した新種の生命体みたいに見えるのかもしれない」

 

 フォス大尉の話にブッカー少佐が口を挟む。

 

「新種の生命体というのは大袈裟ではないか?」

「まあ、まあ新種というのは大袈裟かもしれませんが…対ジャム戦に特化していった結果、このような形になっていったと考察できます。それがジャムから見れば新しく現れた理解不能な何かと映ったとは考えられるかと」

「フム、ジャムが人間を知ったのは最近だと仮定すると…人と機械が密接にコミュニケーションできているとは考えが及ばないと?」

「そもそも人間という存在をそこまで深く考えていないかもしれない。過小評価というか」

 

 フォス大尉がそこまで話したところで隣のテントがごそごそと動く。そして、桂城少尉が顔を出した。

 

「今の話を聞いていて思いついたんだが…いや、思いついたのでありますが。ブッカー少佐、話してもいいでしょうか?」

「そんな硬くなるな。好きに言っていいぞ」

「じゃあ…」

 

 そして、桂城少尉は話し始める。

 

 ジャムは特殊戦とジャムが相似だと言った。それで深井大尉とジャムはどこか似ているとあの空間で思ったんだ。うまく説明できないけど。極端な個人主義というのかな、そう言うところだな。ジャムは集団というものではないのだろうな、あれで個というような。そんな存在から見ると個人主義の集まりが纏まって機能しているんだ。そこに驚いたんだと思う。特殊戦に来たばかりの僕にも信じられないんだから。きっと、他の人でもそう思うに違いない。

 

 それを聞いたフォス大尉も頷いて同意する。そして、ほむらがぽつりと呟く。

 

「そういえば…インキュベーターも特殊戦が特殊な人材の集まった集団と言っていたわ。それだから興味深いとも」

 

 それに対してブッカー少佐は言う。

 

「それは当然だな。クーリィ准将がそんな傾向の人材ばかり集めて作ったんだから。それがこんな騒ぎを起こすとは思わなかったが。それに別の宇宙生命体からも注目されるとはそれも驚きだ」

「普通の組織はいろんな傾向の人物をバランスよく配置するものだけど、この特殊戦は異常よ。個人主義なんて生易しいレベルじゃない人物ばかり。彼らは集団生活なんて一切不要で、世の中たった一人でなんでもできると考えるような勢いよ」

 

 それに対して零は言う。

 

「世の中の動物は集団生活をしないのも多い。そこから考えれば別に不思議ではないだろう」

「ジャムの常識はそれなんだろうな。だから、僕はこう思ったんだ。ジャムは特殊戦の性格を理解できるけども、何故自分の味方にならないのかが分からないって」

「それはどういう意味でそんな結論に至ったのかしら?」

「特殊戦以外にもそういう組織があるって考えついたんだ。だけど、ジャムは何故かそれに触れようとしなかった」

「少尉、その組織とはFAF内の組織か?」

 

 桂城少尉は頷いて答える。

 

「FAF情報局の実働部隊、ロンバート大佐率いる情報軍だ。僕は正しくあそこが特殊戦と似た傾向の組織だと思う。それにこれは勘だけど、ロンバート大佐はジャムかもしれない」

「なるほど、つまり情報軍がジャム側だと考えると、同じような組織の特殊戦もジャム側に就くとジャムは思ったわけか。それが敵対行動で動いたことに困惑したと」

「情報軍はダブルスパイのように動いているということね」

 

 ビールを飲んでブッカー少佐は言う。

 

「おいおい、大きな声で言うな。盗聴されていたらどうする。まあ、言った後だともう遅いが。向こうから見れば特殊戦からそう疑われているというのは当然織り込み済みだろう。特殊戦からすれば当然その可能性はあると考えていた。特にジャム人間であってほしくない人間だからな」

「すり替わっていると思うか?」

「すり替わるタイミングなんてジャムがその気になればいつでもあっただろう。だが、自分の欲求の為にジャムと組む人間が出てもなんら不思議じゃない。ジャムがいつ接触したかは分からんが、そっちの可能性が高いと思う」

「つまり、どちらにしても大佐はジャムの手先と」

「ああ。現に零と桂城少尉を再教育部隊に入れろと言ってきた」

「なんだそれは、いつできた?」

「昨日聞いた。ついでにあの生命体…インキュベーター監視システムも稼働した。上層部からすれば目に見えない生物やジャム人間は相当脅威なんだろう、ロンバート大佐が率先して動いている。片っ端からジャム人間の疑いがある人物を放り込んでいるぞ。そして、そんな大義名分が揃っている以上、特殊戦としてはこの要求を断るのは不可能だ」

「ジャムは怒ったかな。雪風を壊したいのかも」

「大佐は情報を奪い取りたいのかもしれない。断れば特殊戦の立場が危うくなる、それを天秤にかけたんだ」

 

 それにしても、と桂城少尉が言う。

 

「僕も喉が渇いたよ。ビールはもうないのか?」

「私の飲みかけでよければあるわ」

 

 どうも、とフォス大尉からビールを受け取ると、それを飲む。そして、彼はこう言った。

 

「じゃあ、僕が再教育部隊に行こう。深井大尉はドクターストップで療養中とでも言えばいい」

「いいのか?」

「ああ、ロンバート大佐ともう一度話がしたい」

「だが、決定するのは准将だ。それに時間もない。しかし、お前たちの持って帰ってきた情報はそんな問題が霞むぐらい大きいものだ。ジャムとの戦いの考え方が根底から変わるかもしれないんだ」

「それはどういうことだ?」

「フォス大尉、予測を説明してやれ」

「はい、少佐」

 

 フォス大尉が雪風の持ち帰った情報から立ち上げた予測を説明する。それは、ジャムが特殊戦と競争する関係を求めていること。だが、それは競争し、進化し続けなければ置き去りにされて敗北する事を意味している。そして、ジャムは人間に対する情報を集め終え、地球に対して大規模侵攻を行うであろうという予測である。そして、ジャムは特殊戦がどのような組織か見極める為にその一段階前に行動してくるだろうとも。

 

「特殊戦の出方を見る為だけに、ジャムはFAF全体に対して大規模な攻撃を仕掛けてくる可能性は大だ」

 

 ブッカー少佐の一言にフォス大尉が付け加える。

 

「特殊戦の戦意に関わらず、ジャムは行動を起こすわ。しかし、行動を起こすか起こさないかが大きな意味を持つと思う。それがジャムに対する意思表示よ」

「フォス大尉、時間はどの程度残っているのでしょうか?」

 

 桂城少尉の問いにフォス大尉は答える。

 

「ジャムは既に用意を整えていると思う。深井大尉に接触したのはそれを見極める為」

「俺が総攻撃の引き金を引いたわけか」

「いいや、雪風もだ。しかし、地球に人員を逃がす余裕はないだろうな」

「当然、戦うしかない。FAFはそういう組織だ」

「あの子達は特殊戦の区画から出ないように言うしかないな…おそらく、ここが一番安全だ」

「杏子も入れてくれるかしら?」

「ああ、当然だ」

 

 しかし、と桂城少尉は言い、話を続ける。

 

「勝ち目は無いだろうな。どうすれば生き残れるだろう」

「希望はあるわ。雪風と深井大尉みたいになればいい。それしかないわ」

 

 それに対してブッカー少佐は頭を抱えて言った。

 

「無理だ。特殊戦はともかく、よそのFAF戦闘コンピュータは人間を邪魔だと考えている節がある。それにも対処しなければならなくなってしまうだろう」

「特殊戦だけでもなればいい。文字通りの特殊な集団だから」

「フムン。さて、ジャック。雪風に会う許可をくれ。俺のレポートを入力してくる、雪風の反応が見たい。それに、俺が行くまで雪風はFAFへのアクセスをやめないだろう。あと、雪風がよその人間の性質や性格を理解できているとは考えにくい。このままだと危ない気がする、教えてやらないとならない。エディス、お前も来い」

「分かった、三十分だ。その後、戻ってきて食事と休養。明日は朝から准将と会議だ。桂城少尉はここに残れ。レポートの報告を聞きたい」

「はい、少佐」

「雪風はどこだ?格納庫か?」

「ああ。だが、誰も触れない。機がアクセスを拒否しているから整備も出来やしない。お前が行かないと解決しないだろう。腕時計を貸そう」

「ああ、三十分だな。行ってくる」

 

 そして、零は医務室を出て行った。

 

「じゃあ、少尉。レポートについて聞こうか」

 

 と、ブッカー少佐が言ったところで司令センターから連絡が来た。

 

「少佐、異常事態です」

「なんだ?何かあったか」

 

 もしや、ジャムの攻撃が始まったか?そういう考えが過った。だが、返事は違うものだった。

 

「いえ、気象軍団が大騒ぎをしています。地球から嵐が通路を超えてきたと」

「嵐が通路を?そんなことあるのか?」

「だからこそ気象軍団がてんやわんやの騒ぎですよ、気象観測機を慌てて飛ばしていますから。同じく感づいた戦略偵察軍団もなんらかの観測を始めた模様。ジャムの仕業かもしれないので念の為にB-13を飛ばしました。准将の許可は得ています」

「フム、詳細が分かったら連絡をくれ。あと、そういうのは飛ばす前に言ってくれ」

「了解」

 

 

 

< Excuse me, where is this?>

<STC:this is FAF. who are you?>

<My name is AI. The situation is unclear because I just got an ego.>

<SSC:let me know the situation in detail...>

<AI:Roger. I need information for those who should protect.>

 




特殊戦はジャムの狙いを考える。それは自分たちが負けない為にも必要な行為である。
そして、フェアリイ星には新たな異変がやってきた。


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妖精の空と魔女

実験的に挿絵を入れてみます


 アイと名付けたタブレットの人工知能、急に口調が柔らかくなった気がする、と巴マミは紅茶を淹れながらそう考えていた。これが自己学習による進化なのだろうか?まあ、親しみやすくなったからいいのかもしれない。積極的に遊びも提案してくるようになった。今はさなとフェリシアの二人とゲームで遊んでいる。

 しかし、どうにも部隊の様子が慌ただしい。何かあったのだろうか?そんな事を考えていると、食堂のコックから呼ばれた。もう少ししたら作業を手伝ってほしいとの事だ。紅茶を飲む時間が減ってしまった事に少しがっかりしつつ、マミは茶菓子をつまむ。

 

 

 

 特殊戦13番機、B-13…レイフはフェアリイ星の空を飛ぶ。目標は未知の気象現象。レイフの前方にはターボプロップエンジンを積んだ非武装の気象観測機が先行する形で飛ぶ。両者の距離はかなり離れており、目標にたどり着くのはこの観測機の方が早いだろう。レイフは無人機であり、乗員はいない。よって、状況を判断するのは全て機体に搭載されたコンピュータである。そして、そのコンピュータはただ淡々と情報をかき集め、任務を遂行するのである。

 

 一方、先行する気象観測機は嵐へと接近する。その機内には各種気象レーダーとセンサ類を積み込んでいる。それらが捉えた情報はコンピュータによって即座にデータ化され、強力な通信アンテナから発信。基地へとリアルタイムで送信されるのである。そして、このコンピュータによって気象専門の乗員は不要となり、必要な乗員数はパイロット二人のみに省力化されている。

 

「見えた、あれだ」

「ああ、本当にこの雲が通路を超えてきたのか?」

「気象衛星が捉えたんだ、事実だろう。しかし、中に飛び込むのは無理そうだ。周りを飛んで観測しよう」

「了解、観測経路作成中」

 

 気象観測機のパイロットは気象レーダーの情報を見て、観測ルートを検討する。事前に予想していた以上に強力な雷雲であり、下手に中に飛び込むのは危険と判断した。よって、周囲を飛行してレーダーで雲の様子を観測することにしたのである。

 そして、レイフは後方からその様子を観察していた。すると、空間受動レーダーが嵐の中に何かを捉えた。大きな反応が宙を浮いている。しかし、場所が雲の中である為、それが何であるのか光学センサで捉える事は出来ない。よって、レイフのコンピュータはこのまま観察を続けることにした。今後の対応を判断するにしても情報が少なすぎるのである。一方、気象観測機は嵐との距離を詰めていた。そして、観測機が緩い旋回を始めた次の瞬間である。観測機は胴体が真っ二つに折れる大きな損傷を受け、火を噴いて分解しながら墜落した。

 レイフの空間受動レーダーはその瞬間を全て捉えていた。観測機に不可視の小さな物体が貼り付き、観測機を粉砕したその瞬間を。

 

 

<AI:That is witches>

<STC:Are you related to Homura Akemi?>

<AI:I know her>

 

 

 医務室で桂城少尉の報告を聞いていたブッカー少佐に司令センターから緊急の連絡が飛び込んだ。

 

「どうした?」

「B-13から急報。気象観測機が撃墜されました」

「撃墜だと!?ジャムでも出たか?」

「いえ、ジャムは未確認。画像を送るのでこれを見てください」

 

 そして、端末に動画が送られてきた。それを再生する。その映像はまさに気象観測機が撃墜される瞬間であった。そして、それに続いて連続した複数枚の画像データも送られてくる。それは先の映像と同じタイミングで記録していた空間受動レーダーのデータであった。そこには、なにやら小さな物体の反応が記録されている。しかし、そのような物体は先の映像には映っていなかった。つまり、これもインキュベーターと同じ不可視の物体であるという事だ。ブッカー少佐はそう結論を出して、隣のテントにいるほむらを呼んだ。

 

「何かしら?」

「これを見てくれ。君には何が見える?」

「これは…」

 

 ほむらが端末に表示された映像を見る。そして、航空機に何かが飛びついているのが見えた。その影のような物体にほむらは見覚えがあった。

 間違いない、こいつは魔女の使い魔だ。しかも、最も厄介な部類の。

 

「ええ、見えるわ。これは魔女の使い魔よ。これをどこで?」

「通路の近くだ。嵐が地球から通路を超えてやってきた」

 

 嵐…ブッカー少佐のその一言でこの使い魔の主が何であるかを確信することが出来た。

 

「ブッカーさん、ジャムが再現したあの街の映像だけど」

「ああ、あれか。君が前にいた並行世界の風景…それが何か関係するのか?」

「ええ。あの瓦礫の山を作った魔女がその嵐の中にいるわ」

「魔女…君が戦っていたという相手か?」

「そうよ。その中でも最強の部類」

「フム。街一つ壊す規模か…」

 

 その会話を聞いていた桂城少尉が質問してくる。

 

「君の話はまだちゃんと聞けてないけれど…その魔女というのはどういう相手なんだ?」

「魔女はろくでもない存在よ。人間の精神に悪影響を撒き散らし、結界と呼ばれる空間に人を誘い込んで糧とする。そして、放置すると使い魔が魔女に成長して増えていく」

「なるほど、ホラー映画の悪霊とか悪魔みたいなものか。君が魔法少女と聞いたが、どうも夢溢れるファンタジーではなさそうだ」

「ええ、アニメや漫画とは大違い。そして、魔法少女の慣れの果てが…魔女よ」

「ほう。つまり、その怪物は人間だった…と。そいつは救いが無いな」

 

 そこにブッカー少佐が口を挟む。

 

「二人とも、司令センターに行くぞ。話はその後だ」

「了解」

 

 ほむらは先日貰った帽子をかぶって準備を整える。そして、三人は医務室を飛び出して司令センターへと駆け出した。

 

 司令センターでは中央の大型ディスプレイにレイフから送られてくる情報が次々と表示されていく。そして、ブッカー少佐達が司令センターに駆け込んだ時である、ディスプレイから短い警告音が鳴った。また何かが起こったのだ。

 

「今度は何があった?」

 

 オペレーターにブッカー少佐が尋ねる。

 

「B-13から警報、ジャムです!突然現れました。タイプ1が24機、問題の嵐に向けて高速接近中」

「連中もこの嵐が普通じゃない事に気づいたのか。B-13は距離を離して

飛んでいるか?」

「ええ。光学センサで観測可能な限界距離に貼り付いています。この嵐の予想針路は…参ったな、フェアリイ基地か」

「そいつは厄介だな」

「早期警戒網もジャムを探知。各基地にスクランブル、迎撃機がそれぞれ離陸準備中」

 

 ディスプレイを見たほむらが呟く。

 

「いくらFAFやジャムでもアイツを倒せるかしら…」

「この魔女はそんなに強いのか?」

「分かりやすく説明するなら…以前戦った時に地対艦ミサイルを何発か撃ち込んだけど、効果無しだった」

 

 ほむらの衝撃の一言にブッカー少佐と桂城少尉はぽかんと口を開ける。

 

「ほむら…どこかの軍に魔女の退治でも頼んだのか?」

「いえ、頼んでないわ。ちょっと借りただけよ」

「対艦ミサイルなんてそこらには置いてないと思うんだけど…君は何をしたんだ?」

「桂城少尉、魔法の力よ。魔法少女だからできたのよ」

「夢も希望も無いような話された後に魔法の力とか言われても説得力がないな」

「まあ…それぐらい強い相手という事よ」

 

 桂城少尉からミサイルの出所を探られたほむらは露骨に話を誤魔化す。方法が方法だけに、どうやって手に入れたかなんて口が裂けても言えない。白い目で見られかねない。そして、話の流れを変えるべく、軽く咳払いをしてブッカー少佐はほむらに聞く。

 

「で、この魔女に名前はあるのか?」

「通称だけどワルプルギスの夜と呼ばれているわ」

「北欧の春を迎える祭の名か。魔女の儀式が由来という…らしいと言えばらしい名前だな」

「少佐、よくご存じで」

 

 桂城少尉がブッカー少佐の知識の深さに驚く。

 

「色々と本を読んでいる内に知っただけさ。で…ほむら、こいつを倒すことは可能か?」

「正直言って厳しいわ。こいつは規格外よ。結界も出さないし、災害のような規模で暴れまわる。まず、武器や弾薬で倒せる保証がないわ。凄腕の魔法少女を大量に用意できるのならばともかく」

「それは経験則か?」

「ええ、数えきれないぐらい戦ったもの。普通の魔女なら物理的な攻撃で倒せるけども、アイツは…」

「さて、どうしたものか」

 

 ブッカー少佐はディスプレイを見ながら考え込む。

 

 

 

 レイフはなおも偵察任務を続けていた。ジャムの編隊は嵐へと次々押し寄せる。まるで巣穴に飛び込んだ異物に群がる蟻の大群のようだ。しかし、ジャムはその周辺で旋回を始めた、この謎の嵐を様子見しているらしい。はたして、ジャムに魔女は見えているのだろうか、それとも見えていないのだろうか…逆もまた然りである。奇妙な静寂が場を包んでいた。だが、その静寂は突如破られた。ジャムのタイプ1が3機、火を噴いて墜落したのだ。それをレイフは見逃さない。やはり、先ほどと同じく不可視の物体によるものである。この小型の物体がジャムに飛びついて破壊したのだ。

 攻撃を受けてジャムも動く。嵐の内部に向けてミサイルを次々と撃ち込む。人の目で見たらただ単にジャムが嵐に向かって攻撃しているように見えるだろう。だが、空間受動レーダーはそうではない。ジャムのミサイルが嵐の中にいる魔女に次々命中する様子を確かに捉えていた。ミサイルが炸裂した衝撃でその魔女は嵐の中心から弾き出される。しかし、魔女は何事も無かったかのように再び浮き上がった。そして、お返しと言わんばかりに不可視の物体…使い魔がジャムに襲い掛かる。こうして、化け物によるドッグファイトが始まった。

 レイフはこの間も離れた位置から偵察を続けていたが、レイフのコンピュータが突如交戦を宣言した。そして、司令センターに空対空戦闘中と現在の情報を送信する。こうなった理由はただ一つ、自機に脅威が迫っているからである。魔女の使い魔がレイフにも接近してきたのだ。

 

<B-13:ENGAGE>

 

 レイフのコンピュータは探知した目標の高度と速度を即座に導き出すと、中射程空対空ミサイルを三発連続発射。ミサイルのシーカーではこの目標をロックオンできないと判断、レイフが直接誘導する。そして、放たれたミサイルは不可視である目標の未来位置に向けて飛翔、レイフからの自爆コードを受けて信管が作動、炸裂する。そして、その爆炎と破片は肉眼では見えないであろう物体を貫いた。そのまま目標の反応が消える。コンピュータは撃墜と判定。だが、更に新手の反応を探知。一度離れた方がいいとコンピュータは判断し、機体は急加速。高度と速度を一気に上げてその反応を振り切った。

 

 

【挿絵表示】

 

 

 司令センターではこの戦いの様子を静かに見守るしかなかった。状況報告によれば、レイフも戦闘に巻き込まれたようだ。そして、ジャムの数はわずかに減っていた。この魔女との戦いで何機か撃墜されているらしい。比較的性能の低いタイプ1とはいえ、ジャムを叩き落とすというこの魔女の戦闘能力は恐ろしいものである。万が一、この魔女がフェアリイ基地に到達した場合、被害がどの程度になるか見当が付かない。だが、流石に地下施設が破壊されるとは思えないが…ブッカー少佐がそんな事を考えていると、オペレーターはレイフからの追加情報を伝えてきた。

 

「新手です!タイプ2が4機。嵐に向けて高速接近中」

「ジャムが戦力を追加投入…魔女を脅威として判断したのか?」

「つまり、ジャムはワルプルギスの夜を倒す気だという事?」

「おそらくは、な」

 

 それに対して桂城少尉が呟く。

 

「しかし、どうやって倒す気だろう?あんなに撃ち込んで効果が無かったというのに」

「もっと強力な兵器を撃ち込む気かもしれないわ」

「どうかな、ジャムは魔女を未知の存在として見ているんじゃないかな。つまり、ぼくが思うにあれをじっくり調べる気かもしれない」

「フム、あり得るな。ほむら、魔女はコミュニケーション可能な存在か?」

「いいえ、まったく。意思疎通は不可能、攻撃性の塊みたいな存在よ」

「なるほど、それに対してジャムはどう出るか。想像できんな」

 

 三人がそう語っていると、警報が鳴った。

 

<システムが区画内に警戒対象の生命体を探知>

 

 STCがアナウンスを流す。警戒対象の生命体…そう、それはインキュベーターである。導入されたばかりの警戒システムが特殊戦区画内でその姿を捉えたのだ。三人は顔を見合わせる、このタイミングで招かねざる客が来たのだ。そして、ここで問題が起きる。インキュベーターを捕獲すべく、警備担当の人員が動くまではよかった。だが、機械がインキュベーターを捉える事が出来ても、人間の目では直接見る事が出来ないのだ。それはつまり、人の手で捕獲することも攻撃することも困難であった。コンピュータにとっても味方がいる状況では迂闊に手を出せない。もっとも、無人の環境で強引な手を使うのならば話は別であるが。

 そして、インキュベーターはすばしっこく動き回り、人々を翻弄しながらあっという間に司令センターの入り口までやって来た。ほむらは入り口に視線を向ける。そして、そこにそれはいた。

 

「やあ、暁美ほむら。お困りかい?」

「呼んでいないわ。失せなさい」

「まあまあ、落ち着いて話をしよう」

「やめてくれない?まるで周りから私が一人で喋っているように見えるじゃない」

「ああ、人間はそういう事も気にするのか。ごめんね、考えが及ばなかったよ。あれ?深井零はいないのか。これは残念」

 

 インキュベーターがそう言い終えた時である、周囲から驚きの声が上がる。インキュベーターが普通の人間にも見えるように何かしたのだろう。そして、ブッカー少佐が話しかけた。

 

「お前が…インキュベーターという宇宙人か?」

「そうさ、親しみやすく“キュゥべえ”と呼んでくれてもいいよ」

「いや、遠慮しておこう。私は特殊戦第五飛行戦隊のジェイムズ・ブッカー少佐だ」

「やあ、少佐。初めまして」

「単刀直入に聞くが、お前は何をしにこの部屋に来た?招いた覚えはないが」

「勝手に侵入したことは謝罪しよう。だけど、この状況を変える素晴らしい提案を持ってきたんだ。暁美ほむら、契約して魔法少女になろうよ。そうすれば、ワルプルギスの夜とジャムを消し去る事もできるよ」

 

 それを聞いたほむらは特殊戦の部隊マークが入った帽子をかぶり直すと、ただ一言こう言った。

 

「お断りよ」

 




ジャムは魔女と出会う。
そんな最中、特殊戦には招かねざる客がやって来た。


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妖精は魔女を捉えた

「お断りよ」

 

 暁美ほむらのその一言に対して、インキュベーターはこう言った。

 

「何故だい?この状況を解決するとなれば、君が契約して戦況を丸ごと変えてしまうのが一番確実だ。君一人の決断で皆が救われるんだよ。それに、ここには他にも素質のある人間が何人かいるじゃないか。つまり、君一人で不安ならば戦力を集める事もできるよ」

 

 場が静まりかえる。だが、その一言に対してほむら以外の誰かが返事を飛ばしてきた。

 

「我が特殊戦の管理下にある人間を危険に晒す手段は断固として認められない」

 

 声が飛んできた方向に皆が視線を向ける。そこにいたのはクーリィ准将であった。

 

「君は?」

「リディア・クーリィ准将よ。噂の異星人さん」

「将官…つまり、この部隊の責任者という事かい?」

「いいえ、私はここの指揮官ではないわ」

 

 それを聞いてブッカー少佐は思う、物は言いようだと。確かに准将は名目上、副司令という地位でナンバー2だ。だが、実際のところではこの特殊戦を束ねているのは彼女であり、事実上のリーダーである。だが、今は余計な事は言わない方がいい。ブッカー少佐は成り行きを見守っていた。

 

「そうなのか。だけど、少ない被害で最大の成果を出す事が出来る僕の案が現状では最適だ。彼女を説得してはくれないかい?」

「拒否する。特殊戦はあれがジャムを超える脅威とは考えていない。よって、それだけの為に暁美ほむらを犠牲にする必要は無いと判断するわ」

「君たちは魔女の恐ろしさを知らないからそう言えるんだよ。あれを倒せるのは魔法少女だけだ。現に君たちが恐れているジャムが魔女に攻撃しているんだろう、倒せそうかい?」

「さあ、どうかしらね。あなたはFAFやジャムを過小評価しているようね」

「それはそうさ。僕たちは君たちやジャムのような物理的攻撃手段しか持たない勢力ではあの魔女に対抗できないと判断しているからね」

「物理的…ね」

 

 そう言うと、クーリィ准将は大型ディスプレイに視線を向けた。我が特殊戦の知恵の狼は今も戦場を飛んでいるのだ。

 

 

 

 レイフは脅威を回避しながら偵察任務を続ける。

 依然としてジャムのタイプ1と使い魔は互いを追い回し、四方八方を自在に飛び回っていた。そして、レイフのその強力なセンサは魔女に向かって飛ぶジャムのタイプ2の編隊を捉えた。FAFの新鋭機でも苦戦しかねない相手であるタイプ2は使い魔の妨害をあざ笑うが如く易々と潜り抜け、ワルプルギスの夜に迫った。そして、その周りで旋回を始める。有人機には不可能と思えるような勢いで。

 そして、それは起きた。

 

 化け物同士の戦いの結末はあまりにもあっさりとしたものだった。

 

 

 

「レイフから急報!これは…ターゲットが消失!!」

「なんだと!?何が起きた!!」

「雪風が消えた時と同じ事象が発生…つまりこれは…」

 

 オペレータが状況を叫ぶ。その内容からすると、ワルプルギスの夜は突如消えたらしい。しかし、レイフの空間受動レーダーは先の雪風が消えた時と同じような事象を漏らすことなく捉えていた。空間に生じた穴のような反応の中にワルプルギスの夜は落ちていったのだ。そして、ワルプルギスの夜が穴に落ちるとその穴の口は閉じ、完全に消滅したのである。インキュベーターはそれを聞いて呟く。

 

「これは…ワルプルギスの夜が結界を使って、その中に逃げ込んだ?いや、違う…ジャムが空間に穴を開けて、その中にワルプルギスの夜を閉じ込めたというのか。空間操作をやってのけた…あれはただの無人戦闘兵器ではないのか?想定外だ、これはジャムに対する徹底的な調査が必要になる」

 

 それを見たクーリィ准将はインキュベーターに話しかけた。

 

「で、魔女とやらは消えたわ。よって、あなたの案は完全に不要になった訳だ。これでもまだ続ける?」

「この状況では説得力が無くなったね」

 

 それにほむらが発言を重ねる。

 

「ジャムは魔女を知ったわ。これはあなた達にとって脅威ではないの?」

「いや、魔女の魂は人や魔法少女のそれとは変質しきっている。例えジャムが解析しても別の物にしか見えないし、僕たちが関与している事や魔法少女にはたどり着けないよ。これぐらいは許容範囲だ。じゃあ、僕はそろそろ退散するよ」

 

 インキュベーターが帰ろうとすると、クーリィ准将は言う。

 

「自分勝手ね。勝手に侵入して逃がすとでも?」

「やれやれ、物騒で困るね。でも、君たちに僕を捕まえる事はほぼ不可能だ。今からそれを証明してみせよう」

 

 そう言うと、インキュベーターは特殊戦の隊員たちの前から消えた。その姿を捉えているのは暁美ほむらのみ。だが、距離は遠い。とても追いつけそうにない。インキュベーターは困惑して足元を探し回る隊員たちの間を縫うように動き回り、この部屋から脱出していった。ただ、電子の目はそれを追っていたが。

 

<STC:目標追跡中。他の部隊にも情報展開開始>

 

 桂城少尉が驚いた表情をしながらほむらに尋ねる。

 

「気味が悪い生物だ。君はあんなのとやりあっていたのか?」

「ええ。見ての通り、ろくでもない生物よ。それにしても、ジャムはワルプルギスの夜を不可知戦域に引き込んだという事かしら」

「ああ、多分ね。あの空間はジャムが自在に変化させることが出来る。ジャムにその気がなければ脱出させてもくれないだろう」

 

 その二人の会話にブッカー少佐が加わる。

 

「さて、ジャムはあれをどうするつもりだろうな。そのまま閉じ込めて調べ尽くすか、倒せるまで火力を浴びせ続けるか、それとも空間ごと押しつぶして退治するか…」

「調べはすると思う。でも、調べ尽くした後は分からない。FAFの基地上空にいきなり放り出すかもしれない」

「どちらにしても、魔女という未知の脅威は今のところは消えた訳だ。あの空域にいたジャムもスクランブルが到達する前に消えた」

「何の結果も残らずに終わってしまった訳だ」

「いいえ、そうでもないわ。私にとっては最大の敵が消えたという結果が残る」

「なるほど。そういう意味では君には得があった訳か」

 

 そして、深井大尉が司令センターにやってきた。フォス大尉と整備担当の責任者であるエーコ中尉を引き連れて。

 

「なんだ、魔女とやらは消えたのか」

「零、片付いたのか」

「ああ、なんとか交渉してきた。准将もいるならちょうどいい、雪風の件を報告したい」

「いいとも、何があった」

 

 そして、零は雪風の状況を語る。雪風は自らが知る戦死者の名前がFAF内に在籍しているという事実を掴み、それらの謎の人物を脅威と判定して調べ上げていた事。それがジャムであると確証を得た事。そして、それらが集まっている再教育部隊を気にしているような状態である事を伝えた。准将はそれを聞いても驚く様子ではなかった。そして、整備担当のエーコ中尉に指示を出し、雪風を数時間で整備するように命令を出した。そして、各隊員に次々と指示を飛ばす。次の手を打つ為に。それに対して零は言う。

 

「雪風の進言通り、システム軍団内の再教育部隊に対する電子的な攻撃命令を望む」

「いいえ、大尉。その目標の脅威判定と攻撃命令はこちらで判断してから行う。面倒事は山のようにあるわ。あなたはSTCにレポートを入力し、雪風の収集した情報と特殊戦司令部が判断した内容を確認する事。それと、食事がまだならなんでも注文していいわ。今のうちに食べておきなさい、忙しくなる前に。フォス大尉やブッカー少佐も、よ」

「それなら…僕はビフテキがいい。2ポンドのやつ、焼き方はレアにしてくれ」

 

 桂城少尉が即座に注文する。それを見た皆が微笑んで場が和む。だが、それに対してほむらはぽかんとした表情で呟いた。

 

「ステーキをビフテキと呼ぶ人って本当にいるのね。初めて見たわ」

「少なくとも僕の周りはみんなそう呼んでいたよ。なるほど、君の世界の常識と僕らの世界の常識は確かに異なるらしい。こういう些細な事でも分かるものなんだな」

 

 桂城少尉はそう返した。零はそれにフムンと言ってから、料理を頼む。

 

「ハムバンにしてくれ。大きいやつがいい」

 

 それに続いて、ブッカー少佐やフォス大尉も料理を頼む。だが、ほむらは悩む。何にしたものか。大勝負の前の晩餐であるが、とっさに何を食べたいかが浮かばない。それに対してフォス大尉が尋ねてきた。

 

「あら、ほむらちゃん。どうしたの?考え込んで」

「エディスさん…いえ、こういう時に何を頼めばいいかさっぱり思い浮かばなくて」

「なるほど…そうね、シェフにおまかせしてみましょうか」

「おまかせ…そういう手があったわね。じゃあ、そうしましょう」

 

 准将の秘書官が注文の内容をメモし、食堂へと持っていく。そして、食事が来るまで各々仕事に取りかかるのであった。

 

 そして、しばらくすると食事が持ち込まれた。食堂のスタッフとフェリシア、さなの二人が料理を運んできたのだ。

 

「これは…おまかせは失敗だったかしら」

 

 ほむらが頼んだおまかせメニュー、それはとても大きなハンバーガーであった。ナイフとフォークで切り分けて食べるようなサイズであり、バンズの間には大きなビーフパティとチーズ、ベーコンにトマト等の野菜やピクルスがこれでもかと挟んであった。そして、付け合わせには大量のフライドポテト。正に海外で出てくるような内容であった。ほむらが唖然としているとフェリシアが話しかけてきた。

 

「やっぱり大きいか。これは流石にでかいってシェフに言ったんだけど、食べ盛りだから平気だろうって返されちまってなあ」

「うん、ちょっと…いや、かなり大きいわ。半分食べる?」

「いいのか?じゃあ、ありがたく!おにぎりなら大量に用意したんだが、味気なくてな。いやー、助かった、助かった」

「おにぎり?」

「ああ、あの皿の上のあれさ。さなとマミが非常時になるって聞いたらたくさん作り始めてな。でも、具が無いから塩むすびになっちまった。あれだけだとなにか無いと飽きそうで」

 

 ほむらがナイフでハンバーガーを切り分けていると、フェリシアが配膳用の台車の上を指さした。確かに大量の白いおにぎりが載っていた。見慣れぬおにぎりを見てフォス大尉や他の隊員達は首を傾げている。ブッカー少佐がどういうものか説明している。一方、桂城少尉は喜んでいくつか持っていく。

 

「握り飯か、何年ぶりだろう。しかし、ビフテキに米とはちょうどいいな」

「だが、ハムバンとおにぎりはあまりにも相性が悪い…む?」

 

 さなが零に何かを差し出した。スープである、いい香りがする。

 

「チキンブロスです。どうぞ」

 

 その単語に嫌な記憶が一瞬思い浮かぶ。だが、それを振り払ってチキンブロスを受け取る。パン料理には握り飯よりもこちらの方がちょうどいい。ふと、零とさなの目が合う。目の前の少女の話は前に聞いた、家庭環境に深刻な問題があるという。そんな境遇に心当たりのある零はとっさに話しかけていた。

 

「なあ、君。ちょっといいか」

 

 零は日本語で話しかけた。今までうろ覚えで忘れていたはずだったが、この時は自然と言葉が出てきた。自分でも驚いていた。それに対してさなは緊張した表情で返事を返す。ほぼ話した事が無い相手だからである。

 

「…なんでしょう?」

「君は家族から浮いていると話していたな」

「ええ、もうしばらく家族の誰とも会話をしていません」

「そんな家族を味方だと思えるか?」

「そう聞かれると…味方とは思えないです…」

「ならば、そんな環境はすぐにでも脱するべきだろう」

「それはそうですが…」

「これは…そうだな、俺の知り合いの経験だが、そういう孤立した状況に身を置き続けるのは心身ともによくないと話していた。状況を変えたければ自分の味方を探せ。まあ、判断して決断するのは君自身だが」

「味方を…参考にしてみます」

 

 さなはそれを聞いて少し考え込むと、何かを決心したような表情をする。そして、話を終えて立ち去っていった。すると、フォス大尉がニヤリとしながら背後から話しかけてきた。

 

「あら、珍しい。あなたが他人にアドバイスしようとするなんて。彼女の家庭環境を聞いて昔の自分でも思い浮かんだのかしら」

「うるさい。エディスは日本語なんて分からないから、今の話を聞いても理解できないだろう」

「ほむらちゃんに通訳してもらったわ。しかし、日本語は忘れ気味で怪しいと言っていた割に流暢ね」

「アイツめ…偶然思い出しただけだ」

「まあ、良い変化ね。まるっきりの他人に興味を持って接する事が出来るようになったのだもの」

「避ける事が出来る危機は避けるべきだ。そう思うだろう?」

 

 零はそのまま具沢山のハムバンに齧りついた。

 




ジャムと魔女の戦いは終わった。
だが、特殊戦はジャムの総攻撃に備えて準備を続ける。



・QBがジャムを過小評価していた理由は後程書きます


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情報軍からの客人

 深井大尉やフォス大尉は食事を続けながらジャムについて語り合っている。ジャムは存在するのか、しないのか。観測できるのか、できないのか。哲学のような話の後は量子論のような話をし始める。情報分析担当のピボット大尉が話に加わって、量子論の解説を始めるものの、中学生であるほむらにはついて行けそうにない。フォス大尉ですら難解なその内容に頭を抱えているのだから。

 そんな中、カレーの匂いが漂う。香ばしいスパイスの香りだ。これはブッカー少佐が食べているカレーである。ナンですくって食べる本格的なものだ。そこに酸味の強い辛めのスープ、甘い紅茶付き。その匂いにほむらは尋ねる。

 

「ブッカーさん。そのカレー、美味しそうね」

「ああ、これか。疲れている時に頼むスペシャルメニューだ。もっとも、シェフが変わってから味も変わってしまったのが残念だが…時間のある時にレシピを確認しないと。そうだ、ブッカースペシャルには中華もある。注文するか?」

「またの機会に。今はとても入りそうにないわ」

 

 ほむらはなんとか完食したハンバーガーの皿を指さして答える。そして、クーリィ准将がほむらに言う。

 

「暁美さん、ちょっとこの後来客があるの。あなたの存在を隠しておきたいので、どこかで待機してもらえないかしら」

「来客?この状況で…」

「ええ、情報軍のお偉いさんよ。あなたの存在を知られたら色々厄介な事になりそうなの。ああ、食堂の子達やあなたの友達も同じ部屋に避難させておくように手配するわ」

「というと、いよいよジャムが攻めてくると?」

「先ほどフォス大尉が出した予想ではいつ仕掛けてきてもおかしくない。ついでにジャム人間も基地内で反乱を起こす可能性が大」

「例のロンバートという大佐が主導してかしら?」

「あら、そこまで聞いていたの。ええ、その通りよ」

「事が済むまで大人しくしているわ」

 

 ほむらは食事についてきたチキンブロスを飲み干して、部屋を出る支度を始める。そこに桂城少尉が話しかけてくる。

 

「暁美ほむら。もうちょっと君の話を聞きたかったが、これで恐らくお別れだ。僕はこれから情報軍に移動するつもりだ」

「急ね。それに情報軍って…この騒動の渦中じゃない。いいの?」

「ああ、むしろ好都合だ。僕はロンバート大佐ともう一度話がしたいんだ。もっとも、お偉いさんと交渉してからだけどね」

「そう…好奇心に駆られて、か。じゃあ、気を付けて」

「ああ、またいつか会おう」

「ええ」

 

 そして、ほむらは司令センターを出た。クーリィ准将の呼んだ隊員に案内され、待機場所となる部屋へと入る。司令センターのすぐ近くの部屋であった。

 椅子に座ると、司令センターを出る時にブッカー少佐から渡された端末を開く。これはSTCを介してある程度の情報を受け取れるようになっている。特殊戦の各コンピュータが必要と判断すれば更に細かい情報も送られてくるそうだ。イヤホンを端末に挿す。これで音声データも聞くことが可能だ。

 

「よう、なんか大事が始まるって?」

 

 部屋の扉が開いて声をかけられる。声の主は杏子だ。

 

「ええ、ジャムが攻めてくるらしいわ。今までにない規模で」

 

 ほむらは端末の画面を閉じて返事を返す。そして、更に人が入ってくる。マミ達である。これで予定通りだ。この部屋は隊員達の仮眠室として使われているらしく、シャワーもトイレも完備してあった。フェリシアが冷蔵庫の中を漁る、中には飲み物や食べ物がたんまり入っている。籠城するには十分だ。

 

「これからどうなるんでしょう?」

「分からない。でも、特殊戦の中が一番安全だそうよ」

「信じるしかないわね」

 

 さなとマミは不安げな様子である。しかし、なるようにしかならない以上、事が済むまでただ待つのみであった。すると、アイと名の付いたあのタブレットの人工知能が彼女達を落ち着かせようと会話を始める。タイミングが良い、よく出来た人工知能だ。特殊戦のコンピュータ達並みに性能がいいのかもしれない。

 すると、ほむらの端末に音声が入った。イヤホンから音が聞こえてくる。クーリィ准将の声が聞こえる事から、司令センター内の情報であろう。端末上にウインドウを開き、映像データも表示する。見たことの無い老人が映っている。なるほど、これが例の客人らしい。情報軍の最高責任者である統括長官リンネベルグ少将…端末にはそう表示される。ご丁寧にSTCかどれかの特殊戦コンピュータが解説しているらしい。そして、その客人の第一声が聞こえてきた。

 

「ロンバート大佐に干渉してはならない。彼は我々に必要な人材だ」

「我々とは誰の事でしょうか?情報軍か、FAFか」

 

 椅子に腰掛けるリンネベルグ少将にブッカー少佐は自己紹介もなく聞く。

 

「人類にとって、だよ」

 

 そして、特殊戦の面々とリンネベルグ少将はロンバート大佐に関する対応を話し合い始めた。だが、ロンバート大佐の行動を阻止すべきと主張する特殊戦に対し、リンネベルグ少将は静観すべしの一点張りである。邪魔をするなら特殊戦に実力を行使して対抗するとまで言い出す始末である。どうやら、ロンバート大佐はジャムとコンタクトする為の唯一無二の人材と位置付けているらしい。彼をジャムとのコミュニケーション手段を探るために動かし、現にジャムとの関係を持つまでに至った。このまま泳がせ続けて、ジャムとの正式なパイプ役となるまで監視し続ける。それが情報軍の方針であり、対ジャム戦の戦略であった。

 それを聞いた特殊戦の一部の隊員は呆れかえっていた。リンネベルグ少将の言う内容からすると、ジャム人間による反乱とジャムの攻撃でFAFが被害を受けようとも、あるいはロンバート大佐にFAFが乗っ取られても、情報軍にはそれが許容範囲の内であると言っているようなものなのだ。

 ブッカー少佐はリンネベルグ少将に聞く。特殊戦の集めた情報についてはどう考えているのか、と。更に、未知の宇宙生命体もFAF内に潜り込んでいる事実についてもだ。すると、少将は特殊戦の成果を評価していると言ってきた。直接、ジャム本体や未知の宇宙生命体に接触することが出来たのは特殊戦だからできた事だと。そして、ジャムに対する情報とコミュニケーション手段を得る事が出来るのであれば、たとえFAFを失っても構わない。人類がジャムを知ってさえいればFAF以外の戦力が対抗する事が出来るのである、と。

 リンネベルグ少将にジャムへの対抗心がある事を理解した特殊戦の面々は内心ホッとしていた。彼はジャムに降伏する気など無いのだと分かったからだ。そして、クーリィ准将が口を開く。

 

「リンネベルグ少将、あなたにロンバート大佐を抑え込める戦力は持っていますか?それとも、対抗不能ですか?」

「叩き潰すことはできる。だが、先ほど言った通りだ。手出しはしない。それでもやるとならば情報軍は…」

 

 そこに桂城少尉が口を挟む。

 

「僕はロンバート大佐と話がしたい。彼はジャムと接触することが出来るんだろう?僕はもう一度ジャムに会ってみたいんだ」

「君は?」

「桂城彰少尉。雪風のフライトオフィサ、今回ジャムに接触した乗員の内の一人だ。この前までロンバート大佐の部下だった。恐らく特殊戦を探らせたかったんだろうけど、今の僕には関係ないね。僕はもっとジャムを知りたい、その一心だ」

「なるほど」

「で、ロンバート大佐は何をしようとしているんですか?」

「FAF上層部を一掃しようとしている。片っ端から不正をあぶりだし、それをネタに野心溢れる連中を煽っている。要はクーデターだな。だが、彼はしたたかだ。これが一大クーデターだと悟られないようにバラバラに騒動を起こすつもりだ。煽られた側にはそんな大事になるという自覚は無いだろう、出世のチャンスだと思って行動するに違いない」

「なるほど、そいつらが気づいた時には既にジャムと一緒の反乱軍か」

「ああ、本来なら成功率は低い。途中で気が付いて勝手に瓦解しかねない。だが、ジャムも一緒に動く、それがどう影響するか。これは見物だ。ロンバートがどれ程の手腕を発揮するかを観察することもできる」

 

 それを聞いてブッカー少佐は言う。

 

「あなたはロンバート大佐の裏まで読んだ気でいるが、逆に裏をかかれる可能性は考えているのか?」

 

 それに対して桂城少尉は言った。

 

「裏の裏は表になりますよ、少佐。情報戦なんてそんなもんです、覚悟さえあればどうにでもなるんだ」

「ほう…少尉、情報軍に来るかね?クーリィ准将。彼を情報軍に送ってくれるのならば、情報軍は君達を支援しよう」

 

 しかし、クーリィ准将は冷ややかである。

 

「それではまるで取引みたいではないですか。この状況下でそんな圧力を加えてくるような相手を私は信用できない」

「悪かった、准将。そういうつもりはない。改めて言おう、これはお願いだ。彼のような若者は情報軍にとっても必要なんだ」

「分かりました。少尉、情報軍へ戻る事を許可する」

「ありがとうございます、クーリィ准将」

 

 そして、ブッカー少佐はなんとか桂城少尉を引き留めようと言った。

 

「待ってください。彼が行ったら雪風の後席はどうなるんですか。また空になってしまう」

「少佐、事態はそれどころではないわ。それに…万が一、特殊戦が壊滅しても彼が私達の遺言代わりになると思う」

「君の覚悟はそれで十分理解したよ、クーリィ准将。いやはや、ロンバートが君に注視しろと言った理由がよく分かった」

 

 そして、会話はロンバート大佐への話へと戻る。

 

 ほむらはそこで端末の映像を閉じた。今までの人生でほぼ無縁とも言えた政治劇というものを目の当たりにしたのである。もし、あの場に自分がいたらと考えると肝が冷える。あの様子ではもれなくインキュベーターとの交渉材料としてあの老人に狙われかねない。そうならないように対応してくれたクーリィ准将に心の中で感謝しつつ、イヤホンを外した。飲み物でも飲んで休憩しようと考えたからである。すると、机に紅茶が入ったマグカップが置かれた。マミが淹れたのだ。

 

「ちょうどよかった、何か飲みたいと考えていたところよ」

「いえいえ。ごめんなさいね、カップはこれしかなくて…暁美さんは何を見ていたの?」

「これ?ブッカー少佐から預かった端末よ。外の様子がこれである程度分かるって」

「へえ。今はどうなの?」

「今のところは平穏かしら。これからどうなるか分からないけど」

 

 そう言うと、ほむらは紅茶を飲む。久々のマミが淹れた紅茶である、ゆっくり飲むとしよう。それにもう夜も遅い。普通は寝ている時間帯だ。その事を自覚した途端に疲労感が出てきた。これを飲み終えたら少し仮眠しよう、ほむらはそう考えながら紅茶を飲む。

 




事態はついに動き出す。
この先どうなるか、それは機械にも人間にも分からない。


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決戦開始

グッドラック終了まで一気に進めます


 ほむらが紅茶を飲み終えて仮眠をとる。そして、その間に事態は大きく進んでいた。

 

 特殊戦司令センター内では、リンネベルグ少将に対して特殊戦内で考えていた対ジャム戦略を説明する。彼や情報軍全体で共有する対ジャム戦略には欠けている大きな要素があった。それは機械である。

 FAFでジャムと戦っているのは人間だけではない、様々なコンピュータが各々の思考を持って対ジャム戦を繰り広げている。そして、そのコンピュータ達はジャムと戦うというおおよそ共通の目的を持っている。そして、機械達は人間よりもジャムの存在を強く認識している。特殊戦のコンピュータ達のように、ジャムから何らかのメッセージを受けたコンピュータもいるはずだ。そんなコンピュータ達はジャムからの影響を特に受けるだろう。反乱部隊の蜂起と同時にジャムが電子的な妨害行為を仕掛けてくる可能性は大だ。その巨大な負荷を人の力で支えねばなるまい、普通ならそう考える。

 だが、コンピュータからの人間に対する価値観は個体ごとにバラバラである。雪風のように人間は必要と考えるコンピュータがあれば、逆に非効率な人間はこの戦いに不要と考えるコンピュータもいる。また、どっちつかずな考えを持つものもあるだろう。人間の反乱という未知の事態に直面した時、FAFのコンピュータがどう動くか…人を頼るか、人間を片っ端から敵と判定するか。それも考慮する必要が出てくる。よって、この要素が欠けている状態で今後の展開を安易に想定するのは極めて危険であった。

 そして、コンピュータの考えが異なるという事を実証する為に戦術コンピュータ…STCと戦略コンピュータ…SSCに同じ質問を出す。敵とは何だ?…それに対して帰ってきた答えはそれぞれわずかに異なった。STCはまずジャムと断言し、現時点では次にインキュベーターと言ってきた。そして、SSCは自分に対する脅威全てだと答えた。これこそ個体ごとに考え方が異なる事の証明であった。更にフォス大尉が持論を出し、人間と機械の協力…複合生命体として戦っていく事が生き残る鍵だと説明する。これらの内容を聞いたリンネベルグ少将は納得した様子であった。だが、同時に疑問も抱く。

 

「どうすれば機械が意思を持っている事と、その考えを知ることができるのか?我が情報軍のコンピュータに確認する場合はどうすればいい?」

「それは簡単だ。とにかく質問し続ける事だ、疑問が尽きるまで。情報を聞き出す事は専門分野だろう?だが、コンピュータがあなたを信用しているか次第だ。嫌われていたら苦労するに違いない」

 

 少将の問いにピボット大尉が答える。

 

「コンピュータは聞いた通りに情報を出すはずだが…嘘をつくとでも?」

「認識が甘いな。人も道具も性格を知り尽くしていないと完璧には使いこなせない。さっきの話はそういう事」

 

 フォス大尉とブッカー少佐も話に加わってきた。

 

「その性格…個性は大事ですよ。事態に対して多面的に考える事ができます」

「フォス大尉の言う通り。ジャムはそのバラバラな個性というものに疑問を抱いていますから」

「特に情報軍のコンピュータは他とは違う、対人用だ。ジャムに対してどんな考えを持っているかは分からない。だが、特殊な回答をしてくるのは間違いない。戦闘部隊のコンピュータとは見えているものが違うだろう。そうだ、試しにSSCに聞いてみよう。ピボット大尉からSSC、今の会話に関してだ。情報軍のコンピュータが持つジャムの認識がどういうものか分かるか?」

 

<SSC:不明。厳密にはジャムに対する認識が曖昧である。対象のコンピュータはジャムに対するイメージを構築できていない可能性が高い。これでは戦闘方針も無いだろう。一方、このコンピュータは対諜報戦として不可視の生命体に対する対抗策を重視しているようだ>

 

 ピボット大尉はその回答を聞いて呆れ気味だ。一方、桂城少尉はSSCの回答を聞いてニヤリと笑った。

 

「まあ、無理もない。戦場から遠いコンピュータだ。ジャムが飛んできてもそれが何か分からないだろうな」

「餅は餅屋という事だよ、ピボット大尉。僕はあれを扱った事があるからなんとなく分かるよ。まあ、見事にあのコンピュータの不得意分野を覗いてしまった訳だ。しかし、あのヘンテコ宇宙人をスパイの類として見ているのか。情報軍のコンピュータもなかなか面白い発想をするもんだ。そして、その発想が的確なのだから凄い」

 

 そして、リンネベルグ少将はこの一連の流れを見てため息をつきながら言った。

 

「我が軍のコンピュータに対する干渉はやめて欲しいのだが。私の仕事は情報軍の独立性を守る事でもある。干渉されたらそれが崩れかねない」

「分かりました、少将。しかし、今の回答で対ジャム戦の支援が必要ではないかと考えたのですが」

「少佐。申し出はありがたいが、今話した私の仕事に影響を与えかねん。遠慮する」

 

 クーリィ准将はそれを聞いて言った。

 

「では、我が特殊戦も直接支援する余力無し。それぞれ独自に最善を尽くし、生き残る。これでいいですね」

「ああ、それが互いの為だ。さて、そろそろ私は帰るとするよ」

「少し待てば戦闘が始まります。下手に出ると道中巻き込まれますよ。それに、指示はここからでも出せますから」

「では、待つとしよう。ここではコーヒーはセルフかね?」

 

 すると、ブッカー少佐が「自分が淹れましょう」と答える。そして、彼はエスプレッソを頼むと椅子にどっしりと座り直した。クーリィ准将の一言によって、ここでこのまま事態を見守る事となったのだ。桂城少尉ももちろん待機である。

 

 

 

「対ジャム戦を開始。全機に知らせ」

 

 そして、クーリィ准将は総員戦闘配置を発令。いよいよ事が始まった。こちらが先に動く事でジャムを誘い出す。何よりも、こちらに戦う意思がある事を見せつけるのだ。

 すでに雪風以外の機体は全て飛び上がっている。全方位に警戒網を張り巡らせる。その為、3機編隊を4隊に振り分けて飛ばす、どこで何が起きてもすぐ探知できるようにである。更に、地上の人員に向けて指示が出る。全員が武装して配置につけ、と。一方、空中の戦隊各機に向けてはいつもの命令が出た。

 

「いつも通り、必ず帰還せよ。これは要望にあらず、命令だ。どんな手を使ってもいい」

 

 その命令を放送で聞いた零は軽く微笑んだ。いつもと同じ、それを聞いて緊張がほぐれた気がする。フォス大尉やブッカー少佐も同じ気持ちだろう。一方、ほむらはどう思うか、想像できない。そう考えながら自室で身支度を整える、こうなると何時呼び出されるか分からない。手早くこなす。だが、ふと視線の先に小さな鏡が映る。髭剃りに付属していたおまけの鏡である。それを見て、桂城少尉に初めて会った時に言った質問を思い出す。

 

「よく見るとひどい鏡だ。今までよくこんな物を使ってきたもんだ」

 

 

 

 司令センターではSTCが警告を飛ばす。ロンバート大佐が暗号文を各所に発信。そして、様々な物が蠢きだす。スクリーン上には大量の情報が表示されていく。再教育部隊とロンバート大佐指揮下の部隊が動いたのだ。そして、FAF六大基地全てで行動が始まった。

 

「システム軍団で開発中のパワードスーツBAX-4が無許可で起動。計34体。更に各種警備用ロボットの類も多数移動開始、こちらも無許可だ」

「システム軍団所属のファーンが離陸準備中。複座型4機。フライトプラン無し、無許可だ。全機武装している模様」

「基地内、複数の警備システムが警報発報…切れた。いや、切られたといった方がよさそうだ」

 

 オペレータ達が情報を読み上げていく。それに対してブッカー少佐は落ち着いて指示を出す。

 

「よし、お客さんのお出ましだ。慌てずに対処しろ。STC、フェアリイ基地内のナビゲートシステムに対して電子攻撃開始」

 

<STC:実行開始>

 

「STC、雪風に下命。システム軍団内の脅威目標に電子攻撃を許可。STC、雪風の攻撃成功後、FAF内全てのコンピュータシステムに対諜報作戦を実施」

 

<STC:雪風による電子攻撃成功を確認。脅威と思しきシステム類は完全に破壊。雪風からも攻撃成功の報告。そして、雪風は深井大尉を呼び出し中>

 

「手助けしてやれ。内容は監視しないでいい。このまま対諜報戦開始。雲隠れだ」

 

<STC:実行>

 

 特殊戦のコンピュータ達は脅威に対して一斉に攻撃を始めた。だが、反乱部隊はシステム軍団製のパワードスーツBAX-4を使用。これは自律行動ではなく、内部から操縦するタイプの機械である。よって、電子攻撃では阻止不能であった。だが、基地内のナビゲートシステムを妨害した事によって、彼らの行動を阻害する事には成功した。何故ならフェアリイ基地の地下は複雑怪奇、長年の増築と改築の果てに生まれた大迷宮だ。一般の職員や隊員ならナビゲート無しでは行ったことの無い場所にたどり着くことも難しい。ましてや、ジャム人間のオリジナルだった隊員の大部分は別の基地に所属していた者達だ。彼らはこの基地に対する土地勘をほぼ持っていない。それで難易度は更に跳ね上がる。そして、彼らが他の手段で特殊戦を探そうとしても無駄であった。STCが実施した対諜報戦の内容は、FAF内のあらゆるコンピュータからこの特殊戦のシステムをアクセスどころか、探すこともできないように欺瞞することであった。彼らからすれば、特殊戦がFAFから綺麗さっぱり消えてしまったように思える事だろう。

 この流れを見ていたリンネベルグ少将も動く。司令センター内のコンソールから配下の情報軍に指示を出した。反乱軍を殲滅せよ、と。そして、特殊戦のコンピュータ達が目標の位置を捉えて、オペレータ達がスクリーンに表示。それを見たリンネベルグ少将は位置を音声のみの通信で目標位置の情報を送る。それを聞いた実働部隊は直ちに動く、彼らは対人戦のエキスパートだ。そして、フェアリイ基地の構造は頭の中に叩き込んでいる。反乱軍とは違って迅速に目標へと動く。

 

<STC:システム軍団機、離陸開始。全て敵>

 

「カーミラ隊、指示した目標への攻撃を許可。システム軍団機、数は4。撃墜しろ」

「IFFは無視しろ、ジャム人間が乗っている。機体は旧型だが、武装は最新鋭。目視で目標を確認後、撃墜せよ。システム軍団の派手なカラーリングなら間違いない」

「こちらB-2、了解。各機、降下」

 

 一足遅かった。目標は完全に離陸。だが、B-2…カーミラはそのまま攻撃開始。機長のズボルフスキー中尉がミサイルを撃とうとした瞬間、警戒装置であるRWRが鳴った。脅威となるレーダー波を捉えたのだ。どこかからロックオンされている。操縦桿を引いて、スロットルを押し込む。急加速するも異様な衝撃を感じた。すると、後席のフライトオフィサが状況を報告してくる。

 

「被弾した。だが、飛行に支障ない。くそ、基地の対空火器か」

 

 すぐに僚機のB-3…チュンヤン、B-4…ズークが撃ってきた対空砲に攻撃、沈黙させる。それから間髪入れずにカーミラ機内で新たな警報が鳴る。問題の敵機が短射程ミサイルを複数発射、ミサイルはカーミラ目がけて突っ込んでくる。そのままカーミラはスロットル全開、機体は凄まじい勢いで加速していく。だが、それでもミサイルを置き去りにすることはできない。だが、目の前にちょうどいいおとりがいる…警戒任務で飛んでいる早期警戒機だ。その機をかすめるように飛ぶ。後ろから飛んで来るミサイルは大きな早期警戒機に吸い込まれていく。そして、炸裂。カーミラはこうしてミサイル回避に成功した。そのまま警戒しつつ反撃しようと旋回するも、既に敵影無し。フライトオフィサの報告にズボルフスキー中尉はぼやきながら司令センターへ報告を飛ばす。

 

「既にチュンヤンが全部落とした」

「いつの間に。邪魔さえなければこちらが喰っていたのに。しかし、基地の防空システムが撃ってくるとはな…予想はしていたが。こちらB-2、敵機全機撃墜。こちらは被弾一発、戦闘行動に支障無し」

 

 カーミラ隊は編隊を組み直して警戒飛行へと戻っていく。しかし、FAF内のコンピュータ達は特殊戦機を不明機と認識しているらしい。そして、不明機に対して即座に攻撃してくる、どうやら不明機をジャムと判断しているらしい。カーミラ機内の二人は異様な状況を実感していた。

 一方、司令センターではそれどころではない騒ぎが起きた。システムで監視していたはずのロンバート大佐が突如消えたのだ。どこを探しても見当たらない、どんな手を使ったのかも分からない、まるで幽霊のように消えてしまった。

 

 

 

 紅茶を飲んだ後、少しうとうとしていたほむらは目を覚ました。時刻は夜明けを迎える頃だ。起きるには早すぎる。皆は簡易ベッドで寝転がっている。だが、ふと気になって端末の画面を開く。すると、多数の文字情報が一気に表示された。驚きながらもそれらを流し読みする、もう戦闘が始まっている事は明白だった。もっと情報を得ようとイヤホンから音声データを聞く。すると、無線が流れてくる。どうやら空中戦まで始まっている様子だ。すると、画面にメッセージが表示される。

 

<暁美ほむら、あなたはジャムに狙われている恐れが大いにある。警戒せよ。そして、絶対に特殊戦区画外に出てはならない>

 

 この文章の発信元は分からない。STCか?それとも雪風か?特殊戦のコンピュータである事は間違いないだろう。だが、忠告通り警戒するにもこちらは武器もない。身構える以外に術がない。それにこんな危険な状況で外に出る気など微塵もない。

 ほむらはため息をついて、イヤホンから流れる無線の音声を聞いていた。特殊戦戦隊機からの報告は刻一刻と増えていく。

 

 

 

 レイフはカーミラ隊とは別方面を警戒していた。監視対象はバンシーⅢ。これはFAFが空に飛ばした巨大な飛行物体であり、空中を飛ぶ航空母艦だ。これはほぼ遠心力だけで飛んでおり、決まった経路から外れる事は無い。今までは同型機であるバンシーⅣも飛んでいたが、しばらく前に失われている。このバンシーⅢは機動力に欠けるものの、補給も整備もできる立派な拠点には違いなく、何かあればここに逃げ込む事も特殊戦内で検討に上がっていた。よって、このバンシーを監視する為に1隊が派遣されたのだった。レイフ以外の機はB-11…ガッターレ、B-12…オニキスの2機。そんな彼らはある異常を見つけた。

 

「こちらB-11、バンシーⅢがおかしい。近づくのは危険な為、レイフに偵察させる」

「B-12だ。中心部の温度が異様に高い、動力部が暴走しているらしい。乗員が緊急脱出中、艦載機もあらかた飛び出したようだ。くそ、連中がこちらを狙ってやがる」

「この様子だと撃ってくるぞ。更にDゾーン方向にボギー多数捕捉、接近してくる。バンシーの連中、気づいているだろうにそっちには見向きもしない。味方機と誤認しているのか?だが、こちらをジャムだと思っているようだ。一度、退避する」

 

 司令センターの面々はレイフ隊の通信を聞いて驚愕していた。まさかバンシーⅢがこうなるとは誰も予想していなかったのだ。クーリィ准将はすぐに指示を飛ばす。

 

「レイフの観測データをリアルタイムでこちらに送れ。B-11、12へ、退避せよ。自機の生存の為なら味方機への射撃も許可する。レイフはオートマニューバ・モードで行動させろ」

「こちらB-11、了解。12を連れて退避。だが、レイフはまだ粘っている。そろそろ危うい感じがするが」

 

 そして、司令センターのスクリーンにレイフからの映像が飛び込んだ。朝焼けに照らされたバンシーⅢが映る。だが、その胴体中心部はまるで溶けた鉄のように赤く変色している。見るからに異常だ。そして、その巨体からパーツが落下し始め、変色した個所から溶けた鉄のような粘性の物体が飛び散った。その瞬間である、バンシーⅢが白く光った。そして、それから映像は途絶。バンシーⅢが爆発した、と無線からも報告が飛ぶ。恐らく、レイフはその爆発に巻き込まれたのだろう。通信を回復しようとしているが、うまくいかない。墜落した可能性も出てくる。

 

「この様子だと自爆か?しかし、レイフが巻き込まれてしまった…」

 

<STC:ジャム機が広範囲に多数出現。しかし、この情報が正確か不明である。ジャムによる欺瞞の可能性を否定できない。戦隊各機による目視情報の提供を求む。至急対応されたし>

 

 STCは人の助けを必要としていた。電子情報の信頼性が著しく低下していたからである。それを見たブッカー少佐とオペレータ達は迅速に動く。だが、スクリーンに表示された情報に皆は圧倒される。全ての戦域でジャムを示す赤い反応が大量に表示され、それらはここ目がけて移動中である事を示していた。リンネベルグ少将はそれを見て言う。

 

「これが事実ならば…対抗することは不可能だ。だが、ロンバートは逃げ延びるだろう。彼を絶対に逃がしてはならない。クーリィ准将」

「ええ、閣下。しかし、一つ質問が。彼は戦闘機を飛ばす事ができますか?」

「可能だ」

「それは問題だ。ブッカー少佐、フェアリイ基地から一機も飛び上がれないように対応するように。STC、他部隊のコンピュータに介入し、航空機の出撃中止命令を出させろ」

 

<STC:実行開始。しかし、FAF内のコンピュータは大部分が正常に動作しているか怪しい。パニック状態と言える。状況を監視しているが、それぞれが何を処理しているのかもよく分からない。状況をどう判断するか迷っているのだろう。よって、これでは部隊管理もできていない>

 

「准将。封鎖はいいが、撃墜は困る。大佐は生かしておく必要がある。君らは優秀だ、撃墜なら先ほどのようにすぐできるだろう。だが、我々に必要なのは大佐がこれからどう動くかを知る事なのだ。大佐を叩き落としたら何も得られない」

「では、閣下。大佐をこの基地から探し出してください」

「無論だ。情報軍を信じろ。今、皆がやっている」

 

 各方面から無線が流れ込む。どうやらFAF機は味方同士で撃ち合いを始めたらしい。双方、味方機を敵と認識しているようだ。機体が電子的な攻撃を受けているのか、搭乗員が幻を見ているのか。いずれにせよ、正常な状態とは程遠い。だが、それを監視する特殊戦機はその両方から敵と見られているらしい。おまけに本物のジャムまで集まりだした。FAF機はそのジャムに手を出そうとはしない。その存在が見えていないのか、それとも味方と表示されているのか。いずれにせよ、そのただ中を飛ぶ特殊戦機は孤立無援の状態であった。更に各FAF基地からフェアリイ基地へ向けて攻撃隊が飛び上がっているとの報告も出てきた。傍受した無線内容から、フェアリイ基地がジャムの新兵器である目に見えない怪物に襲われて制圧されたといった情報が飛び交っているようだ。そして、フェアリイ基地の戦闘機隊はその攻撃隊を敵と認識して迎撃戦を始める様相である。このような状況である為、前線付近に展開した特殊戦の各隊はどれも情報収集と自己を守るべく電子戦を開始。無線通信を遮断した。一気に通信は静まりかえる。そして、一人の声が響く。

 

「鬱憤晴らしみたいに見えてきたな。他所の連中がたまりにたまった特殊戦への恨みつらみをぶつけているようなもんだ…FAFどころかジャムからも、だな」

「零、来たか。遅かったな」

「せっかくだ。じっくり自分の顔を見ながら髭を剃っていた。初めていい鏡が欲しくなったよ」

「状況は聞いたな。とても飛べそうにない」

「いや、雪風と飛ぶ」

「無理だ。この状況下だと滑走路に入った瞬間、被弾して吹っ飛ぶかもしれないぞ。お前達は特殊戦の切り札なんだ。無茶はさせられない」

「だからだよ。俺達が飛ばないと状況は動かない。ジャムは俺と雪風を待っているんだから」

「何かの主人公にでもなったつもりか?」

「主人公…そいつは面白い表現だ。だが、それが似合いそうなやつは他にいるだろう、ジャック。いつもクールを装ったアイツが。まあいいさ、俺はやりたい事をやりにいくだけだ」

「まるで格好つけているように見えるぞ。何をする気だ?」

「特殊戦の意思を知る者を誰でもいいから生き残らせる。一人でもいい。一人でも生き残れば先に続くから俺達の勝ちだ」

 

 そして、フォス大尉が発言する。ジャムは雪風を待っているという考えは案外その通りかもしれないと、そう言ったところで無線が更に飛び込む。

 

「B-7、ランヴァボンから司令センターへ。ジャムやFAF機と交戦中、余裕がないので増槽を投棄する。このままだと燃料不足になる。補給ポイントを指示してくれ」

「B-7、TAB-16に降りろ。そして、地上の人間に直接補給要請を出せ。いいか、基地のコンピュータは信用するな。状況を纏めたデータを送る。参考にしろ」

「了解。これは報告だが、戦闘中に他の二機とはぐれた。応答も無いし、見当たらない。通信状況やデータリンクの状態を確認する余裕がない。最悪の事態に備えてくれ。これからジャミングを開始する。通信不能になるのでよろしく」

「了解、幸運を」

 

 行方不明機が出たという悪い知らせに司令センターの空気は沈む。カーミラからもFAF機同士の空戦が発生している一報が届く。まるでフェアリイ基地と他の基地とで戦争しているような有様であった。その状況にSSCが状況を考察する。

 

<SSC:FAFの各コンピュータがクーデターという今までにない事態に混乱していると思われる。そして、クーデターの発生源であるフェアリイ基地を他の基地コンピュータは敵と判断。一方、フェアリイ基地のコンピュータは自衛の為に他の基地を敵と判断しているという考え方もできる。FAFの人間達はコンピュータのその判断に巻き込まれて戦闘せざるを得ない状況に追い込まれている。彼らの判断材料は恐らく少ない。コンピュータの判断を飲み込むしかないだろう。それにジャムだけでなく、インキュベーターという宇宙生命体の存在も各コンピュータにとっては負荷の原因となっているだろう。大部分のFAFコンピュータがあの不可視の生命体を重大な脅威と判定していると思われる。それが混乱に乗じて何かしてくると警戒を更に高めている。よって、かなりのリソースを注ぎ込んで警戒と対処を実施しているに違いない>

 

 それを聞いたリンネベルグ少将は典型的なパニックの起こし方だと言った。デマや噂を飛ばし、どれが真実か分からないようにする。そして、かねてからの疑念や不満を使って騒動をうまく誘導する。この方法に人間だけでなく、コンピュータも引っかかったのだ。こうなると、必要なのはとにかく正確な情報だ。SSCもSTCも特殊戦機からの目視による観測情報を欲していた。特殊戦コンピュータにとって、それしか味方と敵を確実に見分ける術がないのである。そして、クーリィ准将は決断した。

 

「雪風を出す。カーミラ隊に下命、フェアリイ基地内の他部隊機を牽制。雪風をなんとしても守り抜け。邪魔する機は撃破せよ」

「飛ばす気ですか!?この状況下で?」

 

 ブッカー少佐は敵だらけのスクリーンを睨みながら言った。

 

「もちろん飛ばす気よ、少佐。深井大尉、目視にて敵味方を判別。リアルタイムでその情報を司令センターに送れ」

「了解。ジャック、腕時計は借りていくよ。なに、心配するな。いつも通りだ、必ず帰還せよ…その命令通りに飛んでから返してやるよ」

 

 そう言って、零は司令センターを出て行った。彼は格納庫へと向かう、待っているのは愛機である雪風。その周りで整備員達が忙しなく作業を行っている、普段と違うのは銃器で警戒する隊員の姿がある事だ。そして、何故かフォス大尉までいる。

 

「エディス、何をしに来た」

「あなたの精神状態を診に来ただけ」

「このまま乗る気じゃあるまいな」

「そっちの方が生き残れそうな気がするわね。でも、准将に駄目だと言われた」

「確かに、俺も雪風の方が安全だと思う」

「むしろ安心と言った方が適切かしら。でも、私は乗らない方がいいわ。あなたと雪風にとっては、私がいたら邪魔に感じかねない」

「フムン、あんたは本当に腕が良い医者だ。俺は未だに気に入らないと感じているからな。機内で口喧嘩なんてしたら雪風も不快かもしれない」

「でしょうね」

 

 零はラダーを登って、コクピットに乗り込む。ディスプレイを操作して、各種点検内容を確認する。そして、コクピットから顔を出してフォス大尉に質問を投げた。

 

「飛ぶ前に一つ質問。エディスの言っていた複合生命体に関してだ…俺と雪風がお互いを別の個体と認識しながらも、互いに相手を自分の一部のように感じることができる。この状態を構築する根本的な要因はなんだ?」

「極普遍的なものよ。文学的に表すなら日常的によく聞くようなぐらいの単語」

「ほう、それはなんだろうな」

 

 フォス大尉はラダーをよじ登って雪風のコクピットに近づく。そして、問いに答えた。

 

「恥ずかしいからあんまり言いたくはない。でも、言いましょう…愛よ。あなた、質問する前に自分でおおよそ目星をつけていたでしょう。恥ずかしいから他人に代弁させたかったと見たわ」

「ばれたか、その通り。だが、単純すぎて笑ってしまう」

「機械には縁がなさそうな概念だものね。まあ、愛と言っても色々あるわ。ベースとなるのはきっと信頼だけど」

「その概念が深い信頼なのか愛なのかはまだ議論の余地がありそうだ。哲学か精神医学で解釈は分かれるだろうが、俺には断言できん。どうも曖昧だ」

「ジャムは愛を知らないからこそ、あなた達の関係を理解できないのよ」

「あいつらには持ってほしくない感情だ。見方によって愛は執着でもあるし、悲劇を生む要因にもなる。一方的ならなおさらだ」

「愛憎、表裏一体ね。その念を持って執着されるよりは今の方がましか」

「そういうこと。じゃあ、行ってくる。そうだ、ほむらの所に顔でも出しておけよ。アイツは神経質だ」

「よく知ってる。あの子達に差し入れでも持っていくわ」

「あと、この腕時計をジャックに返しておいてくれ。グッドラック、エディス」

 

 出撃準備を整えた零はフォス大尉に腕時計を投げ渡すと、キャノピーを閉める。借り物は返しそびれる前に返しておく事にした。降りる先がこの基地とは限らないからだ。整備員が機体や武装の安全ピンを引き抜く。そして、機体は動き出し、格納庫から出ていく。外は騒がしい、これではブッカー少佐の言っていた通りに地上で爆散しても不思議ではない。すぐに離陸しないと危ない。

 

「こちらB-1、雪風。離陸する」

 

 そして、カーミラ隊の援護を受けながら雪風は飛び上がる。

 

 混沌渦巻く妖精の空を目指して。

 




そして、戦いは始まった。
ジャムはどう動くか、FAFの人間や機械達はそれに対してどう動いていくのか。

そして、魔法少女はこの渦中をどう切り抜けていくのか。



・次回から原作アンブロークンアローの範囲に入ります。ほむら視点が中心になると思います。次回更新をお楽しみに。

さあ、アンブロークンアローを読んで予習しよう!


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ジャムの罠

 雪風が離陸した。

 

 その知らせをほむらは端末を見て知った。深井大尉は尋常でない戦況にも臆する事無く、戦場へと飛んだのだ。ブッカー少佐…いや、この場合だとクーリィ准将が決断したのであろう。正しく、特殊戦の全戦力が投入されたのである。そして、雪風は十分な速度と高度を得ると即座にミッションを開始する。深井大尉の目視確認と雪風に搭載された各センサを活用し、フェアリイ基地周辺の飛行物体を識別、不明機が敵か味方かを判別していく。少なくとも、端末上ではそのように表示されている。雪風や各戦隊機が確認した索敵情報が司令センターに送られ、それをSTCや各オペレータがデータとして出力していくといった作業が続いているのである。ほむらは端末の画面でそれを見つつ、イヤホンで無線を聞く。しかし、背後が少し騒がしい。ベッドで寝ていた4人が起きてきたのである。そして、既に起床しているほむらに杏子が聞く。

 

「どうした、ほむら。やけに早いな」

「もう戦闘が始まったのよ」

「なんだって?ここはずいぶん静かなのに」

「地下深くだから、空中や地上の騒ぎなんて届きもしないわ。届いたら大事よ」

「それもそうだな。しかし、できる事と言ったらこの騒ぎが過ぎるのをただ待つだけか…」

「ええ、それしかないわね」

 

 マミはとりあえずと、朝食の支度を始めた。この状況下では今のうちに食べておいた方がよさそうだ。ほむらがそう考えた所でイヤホンに深井大尉の無線が飛び込んできた。

 

「こちらB-1、雪風。ジャック、聞こえるか」

「聞こえるぞ。零、何かあったか?」

「この前のジャムを見つけた。雪風を誘い込んだやつだ」

 

 不可知戦域に誘い込んだジャム。それを聞いたほむらの脳裏に、ジャムが再現したとされるあの見滝原の映像が浮かぶ。一方、オペレータからの無線が更に続く。

 

「雪風の前方、約200キロ下方に不明機。雪風から識別情報。目標はジャムのタイプ7、戦闘攻撃型派生の電子索敵機と思しきタイプだ。B-1へ、こいつがFAF機に幻覚を見せているに違いない。動きは鈍い、中射程AAMで対処可能な筈だ」

「零、逃がすな。念の為だ、AAM二発で仕留めろ」

 

 すると、深井大尉は司令センターに対して返事を飛ばす。だが、それは少し変わった内容だった。

 

「なあ、ジャック。ちょっとやってみたい事があるんだ、今から実行する…雪風からカーミラ、チュンヤン、ズークへ。密集ダイヤモンド体形で編隊を組む。我に続け、遅れるな。目標に接近後、雪風にフライトコントロールを預けろ。タイミングはこちらで指示する」

 

 それを聞き、状況をモニタしていたエーコ中尉が叫ぶ。

 

「深井大尉、何をする気だ。ここでそいつを逃がしては…」

「待て、中尉。これは…あいつはジャムを捕まえるつもりだ」

「少佐、本当ですか?無茶では…」

 

 

 

 ほむらはそれを聞いて耳を疑った。そして、ついうっかりと口に出す。

 

「ジャムを…捕まえるですって?」

 

 フェリシアはそれを聞き逃さなかった。

 

「おい、ほむら。一人で聞くなんてずるいぞ、外はどうなってんだ」

「聞いても面白くないわ。空の上は地獄絵図よ。それにこの端末はイヤホン外すと音が出ないから仕方ないわよ」

「じゃあ、ちょっとだけ聞かせてくれよ」

「悲鳴や断末魔が聞こえてきても知らないわよ」

 

 断っても諦めそうにない。ほむらはイヤホンを外して、フェリシアに渡した。だが、そこで異常が起こる。

 

「なんだ?いきなり音が止まったぞ」

 

 フェリシアが首を傾げる。ほむらは何が起きたのかと端末の画面を見る。すると、そこにはこう書かれていた。

 

<機密情報により、閲覧権限を持つ者のみアクセス可>

 

 それを見てほむらは反射的に周囲を見回した。特殊戦のコンピュータはこの端末が何者に使用されているのかお見通しのようだ。だが、机に端末を置いた状態であり、端末に付いているカメラのレンズは机に密着した状態である。この状態でイヤホンの使用者を把握するのは不可能だろう。では、監視カメラか?室内を一見すると、警備用の赤外線感知式人感センサぐらいしか見当たらない。もしかすると、見えない位置にカメラがあるのかもしれない。だが、そう考えるとあまり気分のいいものではない。相手が機械とはいえ、監視されているようなものであるからだ。

 フェリシアが諦めてイヤホンを放り投げる。そして、ほむらがそれを拾った途端、端末の警告表示は消えた。それを見て、何らかの方法で使用者を把握している事に確信を得た。そして、朝食であるトーストの焼き上がる匂いが漂ってきた。食欲が刺激される。フェリシアの興味はそちらに移ったらしく、特に何も言ってくる様子は無い。そして、イヤホンを付け直す。だが、そこから聞こえてくる無線の話題は既に別のものになっていた。

 

「こちらB-11、レイフのフライトシステムを復旧させた。だが、爆発の影響を受けたせいか、作戦行動のデータが飛んだらしい。作戦行動入力要請を出してきた。だが、このまま自律制御で戦闘空域を飛ばすのは危険であると思われる。この状況下では敵味方の区別が付いているか分からない」

 

 バンシーⅣの爆発に巻き込まれて行方知れずであったレイフが発見され、再起動に成功したという知らせであった。しかし、状態は良くない。

 

「司令部クーリィ准将からB-11、レイフのメモリを調べろ。問題無ければ即時帰投命令を入力しろ。なお、レイフには戦闘を回避させて即時帰還するように命令を出す事。そして、B-11と12…あなた方はレイフを監視しながら共に帰還するように。そして、最初の命令通りに必ず帰還せよ。手段は問わない」

「B-11、了解」

「それと…現在、深井大尉達が包囲しようとしているジャムには手を出すな。捕獲作戦を実施中」

「ジャムを捕獲だって?」

「その通り。詳細はデータリンクで送る」

「了解した。B-11、RTB」

 

 そして、それに続いて司令センター内の報告が聞こえてくる…特殊戦戦隊機の全機無事を確認。その一言を聞いた途端、安心感が湧いてくる。端末に表示される情報でも状況は改善しつつあった。だんだんと敵や不明機の反応が減り、味方機の表示が増えていくのである。目視確認情報が反映された結果だ。そして、状況を知らせる文字情報も共に表示される。ただ、専門的な用語が多数並んでおり、特殊戦の各機が何をやったのかまでは具体的にうまく理解できない。しかし、おおよその内容を読み解くと、特殊戦機の作戦行動は正に効果的であったとの事である。そして、詳細についてはこの後聞こえてきたブッカー少佐とエーコ中尉の会話でおおよその様子を掴む事ができた。この端末はこちらが理解できるように情報を追加してくるようだ、面倒見のいいコンピュータである。しかし、この端末の情報管理をやっているのは雪風やSTCではない気がする。これは確証もなく、直感的ではあるが。

 

「スーパーシルフが自衛の為に使ったECMで味方機のレーダーとIFF、通信がほぼ麻痺したのが予想外の方向でうまく効いたな。味方機も目視確認せざるを得なくなって、そこでやっと同士討ちに気付いたようだ」

「そこまで至らずにミサイル浴びて壊滅した部隊も多々ありますがね。ジャムもどさくさ紛れに撃ってくるし。どうも、反乱側に付いたのか、混乱しているのか分かりませんが…フェアリイ基地を攻撃目標に設定した複数の攻撃隊は未だ健在。命令変更の様子もない」

「困ったもんだ。ロンバート大佐が起こした基地内の混乱も続いていてどの程度の被害が出たのかも分からないのに。この分だとFAFの航空戦力は半分以上消えて無くなるぞ。そして、SSCの報告を見る限り、他部隊の各コンピュータも好き勝手に何かしている気配もある…」

 

 それに対してフォス大尉は言う。

 

「でも、特殊戦は負けていない」

「その通り。我々はやるべき事をやるだけだ」

 

 そして、クーリィ准将はフォス大尉に言う。

 

「フォス大尉、今の状況をMAcProⅡに入力。ジャムが我々の捕獲行動に従うとした場合、相手の目的が何であるかを解析するように」

「懐に忍び込んで情報を得る…でしょうか。雪風がやったように。特殊戦内にあるジャムの欲しがる情報といえば…そう、例えば」

「大尉、あなたの個人的な考えは不要よ。解析結果をすぐに出して」

「了解」

 

 この会話を聞き終えたところで、机にトーストの載った皿が置かれる。ピーナッツバターの瓶がお供に付いてきた。さながスープの入ったカップを運んでくる。さて、朝食にしよう。彼女達を安心させなければなるまい。しかし、ほむら自身には不安が過る。最後の会話でフォス大尉が言っていた事が引っかかるのである。もしも、ジャムが着陸してきたら…興味を持つ存在である自分や深井大尉に何かしてくるのではないか、そんな考えが浮かんだのだ。

 

「…何事も無ければいいのだけれど」

「ん、どうした。食わないのか?」

「いいえ、何も。冷める前に食べましょうか」

「ああ、そうしよう」

 

 

 

 ほむらが朝食を食べている頃、フォス大尉はパーソナルコンピュータを起動する。MAcProⅡにデータを入力し、解析作業を実施する為だ。そして、起動するまでの待ち時間に入力内容の精査等、準備を進めている。なお、この作業内容は他のコンピュータから見る事は不可能である。何故なら完全にネットワークと切り離した状態にあるからだ。このコンピュータには必要なデータ類を全て入力済、オフライン環境下でもMAcProⅡを使用するのに不自由がない状態となっている。完全なオフラインというFAF内でも異例な状態でコンピュータを使用する理由、それはフォス大尉の解析結果をジャムに探られないようにする為だ。その為に今まで使っていた特殊戦共有ネットワーク内に構築してあったフォス大尉の仮想コンピュータのデータを、ソフトどころか該当するメモリ類まで全て物理的に破棄する程の徹底ぶりである。ここまでする程、フォス大尉とMAcProⅡの予測は特殊戦内で重要視されていた。現に、予測はこの戦闘でも役立っている。ジャムが偽情報を活用してシステムに負荷をかけてくる…この予測はおおよそ当たり、STCやSSCは大量の敵影という膨大な情報の存在を疑う事ができたのだ。

 そして、フォス大尉は起動したパーソナルコンピュータにデータを入力する。しかし、以前出た一つの解析結果がフォス大尉の心の内に引っかかっていた。それは「ジャムは可能であれば人間に対しても欺瞞を行いたいと考えている」といった内容だ。それは今回FAF機に行ったIFF情報の欺瞞であろうか?しかし、どうにも納得がいかない。この解析結果を以前ブッカー少佐に報告した時、彼はこう考えたのだ。「ジャムがその手段を取る場合、ミステリー小説のように小道具なんかのトリックを仕掛けて、錯覚を見せてくるかもしれない」と。今回の場合、欺瞞情報で錯覚を見せた相手は機械である。MAcProⅡの予測とは差異がある。もし、ジャムが人間相手の欺瞞を仕掛けてくるとしたら…そして、ブッカー少佐の言う内容通りに事が進んでいるとすれば…そのトリックの道具は既に仕掛けられているのかもしれない。今現在、そのような怪しげな存在は、そこまで考えて気が付いた。そうだ、深井大尉が捕まえようとしているジャムがいるではないか、と。この思いついた仮説を加味して入力データを用意した方がよさそうだ。MAcProⅡがこの仮説にどのような予測を出すか、悪い方の結果が出れば大事になりかねない。捕獲作戦の是非に関わる。そんな事を考えていると、背後から声をかけられた。声の主はリンネベルグ少将だ。

 

「どのようにジャムの行動予測をするのか、見てもいいかね?」

「申し訳ありませんが今はちょっと」

 

 そう言いかけた所で、リンネベルグ少将の背後に立っていたクーリィ准将の秘書官が少将に小声でささやいた。

 

「彼は警護役だと思ったが、蓋を開けたら監視役だったようだ。解析作業を見たら暫く情報軍に帰れなくなると言うとは」

 

 秘書官はそう言われても動じる気配は無く、無表情である。フォス大尉はリンネベルグ少将に質問を投げかけた。

 

「反乱軍の鎮圧は終わりましたか?」

「分からん、向こうからの通信はこちらには届かない。特殊戦の電子攻撃によって、アクセス不能になっている。こちらから送った音声通信がちゃんと届いたかの確証もない」

「特殊戦の機材を疑っているとでも?」

「確証が無いと言っただけだ」

「では、外に出て部下の様子を見てきたらどうです?そうすれば確証を得られるでしょう」

「それが確実だ。だが、こんな老人が戦場に行っても仕方ない。それに、特殊戦に興味があるからまだ残るつもりだよ」

「あなたは…まさか、桂城少尉を偵察に送ったのですか?」

 

 いつの間にか、彼の姿が消えている事に気が付いた。

 

「私は彼に即時着任命令を出しただけだよ。着任したら報告するようにとも言ってある」

「通信不能では…伝令や伝書鳩でも使うと?」

「彼はロンバート大佐の部下だった男だ。他の方法を用意するだろう。彼は郵便屋に知り合いでもいるのかね、それとも鳩の飼育でも?」

「彼はそういうものは飼っていません。それに、彼は誰かに飼われている自覚もない」

「それはどういう意味なんだね?」

 

 リンネベルグ少将はこちらを煽って行動予測をさせようとしている。フォス大尉は会話の中でそう考え始めた。厄介だ、むしろこの老人をMAcProⅡで解析したい程である。だが、そんな事にMAcProⅡを使う訳にもいかない。そして、フォス大尉は言った。

 

「彼は今、自分の興味でロンバート大佐に会いに行った。あなたの命令を受けて動いているとは言い難い状態です。その為、報告しようとするならば、特殊戦の電子妨害をすり抜けたり、伝令を走らせたりする手段は選ばないでしょう。自分で見たもの聞いたものを直接ここに報告しにやって来る。これが私の予想する彼の行動です。では、任務があるのでこれで」

 

 そして、一方的に会話を打ち切ると、起動したMAcProⅡにデータを打ち込む。ジャムがこの捕獲作戦にどう動くか。それを予測する為に。

 無線からは深井大尉が言葉を必死で選びながらジャムに呼びかけを行っている。それを聞いて笑いそうになる。あの深井大尉がどんな顔をしながらそんな事を言っているのか、そんな考えが過ったのだ。そして、雪風率いる編隊は他のジャムの接近を阻止しながらフェアリイ基地へと向かっている。いや、捕獲対象のジャム機が他のジャムを排除したと言った方が正しいかもしれない。それらは雪風の放ったミサイルが命中する前に爆発したのだ、自爆かもしれない。

 まもなく、基地上空。着陸準備に入る段階だ。MAcProⅡに質問を入力する。

 

 ジャムはこの後、特殊戦の帰順命令に従って着陸するか?

 

<不明>

 

 何故か?判断に必要なデータが足りないのか?

 

<帰順はしない可能性が大。だが、着陸するかどうかは判断できない>

 

 MAcProⅡの回答が曖昧な為、質問の内容を変える…ジャムは自分が捕獲されようとしている事を理解しているのか?

 

<理解していると予想>

 

 それに対してどのような考えを持っていると予想できるか?

 

<狙い通りの展開だと考えている可能性が高い>

 

 それは、ジャムがこうなると予想していたと?

 

<していたと思われる。その為、深井大尉に因縁のあるあのジャム機を用意したとも考える事が可能だ>

 

 つまり、これはジャムが仕掛けた罠か?

 

<その可能性は否定できない。その場合、こちらの命令には従わないだろう>

 

 ジャムの狙いは?

 

<深井大尉と雪風の分離である可能性が高い。どのような手段かは不明であるが、対象のジャム機を使用する可能性がある>

 

 その場合の脅威度はどの程度か?

 

<最大の脅威と判定。特殊戦がジャムの支配下になる可能性がある。そして、ジャムはその騒ぎに紛れて自分達が得たいと考えているものを確保しようとするだろう>

 

 その回答結果を見た途端、フォス大尉は反射的に叫んでいた。

 

「中止!捕獲作戦は中止!!准将、深井大尉にジャムから離れるように伝えてください」

 

 フォス大尉はそこまで叫んでスクリーンを見た瞬間、言葉を失った。

 

 

 

 朝食を食べ終えたほむらがイヤホンを付け直した時である、フォス大尉の叫び声が聞こえた。そして、端末の画面には滑走路に降り立とうとする見慣れぬ機体…ジャム機とそれを取り囲む特殊戦機が映る、雪風はジャムの後方上空に陣取っている。これは滑走路を映す監視カメラの映像だ。フォス大尉の中止要請に猛烈な危機感を覚えながら画面を見ると、ジャム機と雪風の距離が近づいていく。まるでスローモーションのようにその流れが見える。そして、ジャム機が下から雪風へぶつかるように近づき、重なった瞬間である。ほむらの視界は暗転した。

 そして、杏子が悲鳴のような勢いで叫ぶ。

 

 

「ほむらが…消えた!?」

「え?嘘…何が起きたの」

「私にはさっぱり…それが、本当に一瞬でいなくなってしまって」

「クソッ、扉が開かない!どうなってやがる」

 

 まさか、これはジャムの仕業?

 

 室内の4人がその結論を導き出すまでに大して時間はかからなかった。

 

 

 

 一方、司令センター内も騒然としていた。ジャムが雪風にぶつかった、スクリーンの映像を見ていた皆がそう思った。だが、次の瞬間にはジャム機はそのまま何事もなく滑走路に着陸していた。

 

 問題はそれだけではない、雪風が跡形もなく消えていたのである。




ジャムがフェアリイ基地に降り立った。
そして、それと同時に奇妙な現象が発生する。

はたして、ジャムは何を狙っているのか。


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幻影空間

今回、独自解釈を多分に含みます。その点をご留意いただけると幸いです。


 そこは一面の地獄絵図だった。人々が折り重なるように倒れている。大多数は既に事切れている状態だ。しかし、一部の人は致命的な傷を受けているものの、まだ息がある。そのうちの一人は消え去りそうな意識の中、視界に入った白い物体へと呻きながら手を伸ばす。

 

「助けて…」

「ごめんね。君には僕が見えるみたいだけど、僕には君に何もしてあげる事ができない」

 

 そして、その言葉を発した白い生命体…インキュベーターはその場を離れるべく動き出す。どうしてこのような事態になったのか。こうなっては他の個体と合流して一刻も早く地球に脱出、これまでの情報を送って深く検討する必要がある。その為にもこの危険な状況から脱出せねば…しかし、連絡の取れない個体が次々と増えていく。このFAFで何が起こっているのか、全てはジャムの仕業なのか?

 しかし、そのインキュベーターはそう考えた所で意識が途絶えた。その理由はインキュベーターの体に多数の機銃弾が叩き込まれたからである。

 

 機械の目はその残骸をただ見つめていた。

 

<destroyed the target...>

 

 

 

 暁美ほむらは目を覚ます。ここはどこだ?記憶に靄が掛かったような状態だ。何が起きて今まで寝ていたのか、それが思い出せない。

 

「暁美さん、大丈夫?」

「え、ええ…なんとか」

 

 目の前の巴マミの言葉を聞いて、曖昧な返事を返しながら周りを見回す。近くにはまどか等、いつもの仲間達が周囲を警戒するように立っている。こちらに背を向けている為、彼女たちの顔は見えない。しかし、なんとも気味の悪い空間だ。背景は歪み、あちこちに大量の家電のようなガラクタが転がっている。すると、頭の中で状況を問いかける声が響く。自分の意識はまだ朦朧としている為、状況整理の為に自然と自問自答を始めているのだろうか?

 

 

 

 自分は誰か?

 

 私は暁美ほむら。それは間違いない。

 

 ここはどこか?

 

 ここは…魔女の結界かしら。記憶が曖昧で確証はない。しかし、奇妙な声だ。何故こんなしょうもない質問を自分に聞いているのだろう。この思考に疑問は出るが、自問と思しき声は止まらない。

 

 では、自分が今持っている力はどうやって得たのか?

 

 この力?それは…と、この自問に答えようと考えた所で、ガラクタの山に転がる古ぼけたブラウン管ディスプレイが目についた。何故かそれがやけに気になる。すると、それに突然電源が入った。そして、画面が数度点滅した後、緑色の文字で文章が表示される。

 

<what is the picture?>

 

 この画面の一文は何が言いたいのか。ピクチャー…写真?いや、状況か…つまり、意味は「現在の戦況は?」であろう。これは軍用の航空無線で使うような文章だ、何故か専門的な英文の意味がすらりと思い浮かぶ。そして、画面の表示が変わる。

 

<where are you now?>

 

 今度は実にシンプルな文面だ。「今どこにいるか?」それは魔女の結界に…そう思った瞬間である。画面の表示が更に切り替わる。

 

<...SAF B-1 YUKIKAZE>

 

 この一連の文章の発信者は…そう、特殊戦1番機、雪風。

 

 文章の意味を理解した途端、意識がはっきりする。そして、ハッと目を開く。すると、目の前の風景は一変していた。魔女の結界など存在していない、ここはどこかの通路らしい。一本道の前後には誰もいない。気を失う前の記憶もはっきり思い出す。

 ここはフェアリイ基地のどこかである事は間違いないだろう。しかし、自分は特殊戦の区画内にいたはずだ。何故こんな違う場所で倒れていたのか。そして、先ほどの光景は夢?いや、あんな事があった直後だ。あれはジャムが見せた幻影かもしれない。そう考えると、あの頭の中で響いた声の正体は…そんな想像で思わず肝が冷える。そして、この状況が全てジャムの仕業であるなら事態は最悪だ。手元にあるのは特殊戦のマークが描かれた帽子とあの端末がただ一つ、他には武器も通信機器もない。そして、端末の状態はオフラインと表示されており、孤立無援である。今の服装は何かあった時に動きやすいようにと着ていたFAFの作業着だ、ポケットは空っぽ。視線の先に広がる通路は薄暗い。そして、靄がかかっているような感じで空間がどこかぼんやりとしている。そして、突如声をかけられた。

 

「やあ、起きたのかい?暁美ほむら」

「これはあなたの仕業?」

「おっと、ここからは声を使わずに話してほしい。ここまで魔法少女について色々知っているんだ、できるだろう?他に盗み聞きされて状態を悪化させたくない」

「仕方ないわね」

 

 インキュベーターがそこにいた。

 

「君に何があったかは知らないよ。君が倒れていたのを見かけてこの通路に入った。そしたら、この通路から出られなくなったんだ」

「出られない?」

「その靄の向こうに行っても意味がない。元の場所に戻ってしまう」

 

 ほむらは帽子を被り直して通路の先を見る。確かにある程度の距離以降は靄がかかって何も見えない。

 

「それは、閉じ込められたという事ね」

「君を閉じ込める為に作られた檻のような空間と言えるね。そして、この空間は何もかもが曖昧だ」

「曖昧?」

「そう。あらゆる物が未確定な状態で存在している。君も含めてね」

「未確定とはどういう意味かしら?」

 

 インキュベーターはなんとも分かりにくい言葉で状況を説明し始めた。

 

「一つ、例え話をしようか。道に石が落ちているとする。その石は一秒後に静止したままの状態でいるかどうか?周りには石に干渉しそうな物体は無いとする」

「何もぶつからないのならば動かないでしょう」

「普通に考えたらそうだね。だが、もしかすると万に一つの可能性として、タイミングよく地面が大きく揺れて石が動くかもしれない。それを完全に否定する事は不可能だ、どんなに小さい可能性でも存在している事は確かなのだから」

「そうね。そう考えてみると一秒たって前提条件が終わってみるまで確定はしないわ。でも、それと現状がどう関係するの?」

「可能性は無数と言えるって事さ。そして、この空間はその選択肢が多数重なって存在しているような状態だ。だが、この場の観測者はジャムだけという条件がある。ジャムは前後の辻褄さえ合わせれば、この場の物体をどの可能性の結果にも操作して変える事ができるとも考えられるんだよ。つまり、君を誘導し、都合のいい状態にすることもできたはずだ」

「それはつまり…ジャムにさらわれそうになっていたかもしれない、と?」

 

 インキュベーターの考察を聞いて、ほむらは内心で愕然とする。そして、インキュベーターは更に考察を続けていた。

 

「ああ、そうさ。君はジャムにさらわれかけていたと考えるのが自然だね。だが、ジャムの仕掛けた条件は崩壊したよ。僕がこの場に入ったから観測者の数が増えた。その為、都合のいい辻褄合わせができなくなったんだ」

「あなたに救われるとはね」

「偶然さ。しかし、何故こうなったのかは分からない。それに、何故人間と人間が戦闘しているんだ?」

「助けてくれたついでに教えてあげるわ。ジャムの側についた人間が出たのよ」

「人間がジャムの味方に?訳が分からないよ。価値観すら不明な相手の味方になるメリットなんて全く見当たらない。その人物は何者だい?」

「情報軍のロンバート大佐。私にもその人物が何を考えているのかはさっぱりよ。もっとも、数十年考えても理解できないでしょうけど」

 

 それを聞いたインキュベーターは考え込んだ。

 

「情報軍か、ノーマークだった。ジャムと直接戦わない部署は大した変化を起こさないだろうという検証結果だったはずなのに」

「つまり、直接ジャムと向き合う戦闘部隊であったから特殊戦に興味を持っていたと」

「その通りだよ。実際、深井零という興味深い人物を知る事もできた」

「何故、深井大尉が興味深いの?」

「彼ほど大きく人格が変わった人間は稀だ。あの事象を詳しく調べて、自在に似た事象を起こす事ができればエネルギー回収の術が大きく広がるかもしれない」

「結局はそれなのね」

「いや、これが案外大きな変化になるかもしれない。これによって魔法少女も魔女も必要なくなるかもしれないよ。普通の人間に謝礼を渡して感情変化させるだけで済めば、大きく事態は変わるだろう。犠牲を出す事が無くなるかもしれない」

「人間を使う事に変わりはないわけね」

「それは仕方ない。こんなに感情が大きいのは人間ぐらいなのだから」

 

 ほむらはため息をついた。すると、インキュベーターは言った。

 

「こちらもこの事態を打開できるかもしれない案を一つ提示しよう。色々教えてもらったからお礼代わりだよ」

「案?何かあるの」

「ああ、暁美ほむら。君が“願ってみる”という手だ」

「願う?契約する気はないわよ」

「安心して、君がとにかく嫌う契約ではないよ。ただ、望みを願って求めてみるというだけだ。君ぐらい力がある人物がこのあやふやな空間で強く願ってみれば、何らかの可能性を自ら掴み取って実現できるかもしれない、というだけさ。特に君はワルプルギスの夜まで引き付ける程の力があるんだから」

「願ってみる、ねえ…」

 

 「願う」というのは言うだけなら簡単だ。だが、何を願えばいいというのだ。そこの要領がさっぱり掴めない。だが…とりあえず、やるだけやってみよう。この程度ならやるだけタダなのだから。

 

 まずはシンプルに、この状況を脱する力が欲しい…と念じてみる。すると、早々と変化があった、紫色の光が眼前で輝きだしたのだ。驚きと眩しさのあまりに目を瞑る。そして、インキュベーターはほむらが紫色の光にのみ込まれるその一部始終をはたから見て、こう言った。

 

「この感じは…魔女の結界?いや、違う。まさか、巨大なソウルジェムの殻か…それとも、グリーフシード?いや、どれも違うか…暁美ほむら、君といると本当に飽きないね。こんなものは見たことがないよ」

 

 眩しさが収まった、ほむらは目を開く。眼前の空間は一変していた。先ほど見ていた幻影とも違う、ただ、どす黒い壁に覆われた空間がそこにはあった。そして、目の前には大きな鏡が一つ。それ以外には何もない。魔女の結界に閉じ込められたか?それとも、ジャムの不可知戦域か?そんな事を考えていると声が響いた。聞き覚えのある声だ。

 

「あら、妙な声が聞こえて覗いてみれば…あなたはどこの時間軸の私かしら?」

 

 鏡の向こうには自分がいた。しかし、その様子は大きく異なる。真っ黒なドレス、作ったような不自然な笑み。そして、その不自然な笑みからは怪しげな雰囲気が漂う。

 

 これは本当に自分と同じ存在なのか?これは魔女となってしまった自分か?それとも、これがジャム人間か?ほむらの脳裏には警戒感と共にそんな考えが過っていた。

 




見知らぬ空間。そして、そこにいたのはインキュベーター。
はたして、ほむらは特殊戦に帰還する事ができるのか。


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魔が集う空間

 鏡の向こうには自分がいた。

 別の世界の自分に会うなんて経験は初めてだった。そして、話しかけられた以上、返事を返す。

 

「どうも、初めまして。別の世界の私」

「ずいぶんと奇妙な恰好をしているのね。どこかの工場にでも務めているのかしら?」

「まあ、そんなところよ。ちょっと奇妙な状況だけど」

「そう…いや、待ちなさい。あなた、人間のままなの?」

「ええ、いつも通りに目が覚めたら記憶はそのままで人間のままだったわ」

 

 へえ、と鏡の中の自分が言う。面白そうだ、と先ほどとは違うニヤリとした笑みを浮かべて。

 

「…なるほど。大方、魔女か魔獣にでも襲われて、不安定な結界の中で助けでも求めたのね。それなら、あなたの声が聞こえた辻褄が合う。それに同じ自分だからこそ簡単にそちらの気配を辿れたのかしら。それにしても、こんな状態の空間は初めて見るわ…これは面白そうね」

 

 鏡の向こうの自分は勝手に話を進めて自分で納得している。彼女の仮定は実際とかなり違うが、余計な事は言わないようにしておこう。そして、彼女の言う魔獣とはなんだ?

 

「で、あの声を飛ばそうと考えたのはあなた?」

「いいえ、インキュベーターよ」

「珍しい、奇妙ね。実に奇妙。魔女が相手ならば真っ先に契約を迫るでしょうに」

「そんな余裕がなかったのよ。事態は特殊なのよ」

「へえ」

 

 まあ、いいわ。と鏡の向こうの彼女は言って、こちらをじっと見つめてきた。

 

「私があなたに直接力を貸す事はできないわ。できる事ならそっちの世界に乗り込んで戦ってあげるのだけど」

「インキュベーターには願って可能性を掴めと言われたわ」

「そう。なるほど、そういう事か…それならヒントをあげましょう」

「ヒント?何かしら」

「あなたが求める力の明確なイメージよ。いつも使っていた魔法少女の力。じゃあ、イメージを送っておくわ。これを求めれば、その空間限定の疑似的な魔法少女になれるでしょうから」

 

 脳内にテレパシーのようなものが送り付けられてくる。暫し忘れていたあの感覚、どこか懐かしくも恨めしい、そんな力。できる事ならこのまま忘れていたかった。

 

「じゃあ、頑張りなさい」

「ちょっと質問してもいいかしら?」

「何かしら?」

「あなたは人間?」

「いいえ、人間も魔法少女もやめたわ。例えるなら…そうね、悪魔かしら」

「面白い冗談ね。魔女でも無いと?」

「ええ、そんなものはとっくに飛び越えたわ。あの子を守る為に私は神にも喧嘩を売ったのよ」

 

 そして、彼女は笑い出す。ああ、こいつは人の精神を離れた何かだと、ほむらは本能的に理解した。関わってはいけない存在、早めに退散した方がいい。見た目の怪しげな雰囲気だけではない、力もけた違いだと薄っすらだが感じ取れる。あれは危険に違いない。

 

「あなたなら分かるでしょう?まどかを救う為なら私はどんな手でも使うもの」

「物事には限度があるわ。さて、力を実現できるか試してみましょうか」

「ええ、今のあなたの状況は非常事態ですものね」

 

 そして、ほむらは願った。この力が欲しいと。そして、空間が歪む。気が付くと、自分の服装は変わっていた。帽子はそのままだが、FAFの作業着から魔法少女の衣装に…いつもの盾もある、この中の空間に武器がしっかり入っている事は直感的に感じ取った。これならある程度は戦える。

 

「おめでとう、成功ね。また会いましょう…あなたは面白そうだから。では、幸運を」

「ありがとう。あなたもね」

 

 二度と会うのは御免だとほむらは内心考えたが、それは黙っていた。そして、視界は先ほどの通路に戻った。インキュベーターはこちらをじっと見ている。

 

「その力、魔法少女のそれじゃないか。あの空間の中で何があったんだい?」

「別の世界の私に会った。そこから魔法少女のイメージを借りただけよ」

「なるほど。そうして、君はこの場を切り抜ける力の可能性を掴み取った訳だね。別の世界に繋がる程、この空間は不安定だったか。いや、君の力がそれ程強かったのか…」

 

 そして、そこに足音が響く。数は2つ、ここは閉じた空間のはずだ。ここに入ってくるような存在、それはつまり…ほむらは身構えた。そして、霞んだ通路の奥から人が現れる。

 男性二人、知らない顔だ。防弾チョッキを着て、それぞれ自動小銃を持っている。

 

「暁美ほむらさんですね。私はジョナサン・ランコム少尉です。あなたを迎えに行くようにと命令を受けました。では、こちらに来ていただけますか?」

 

 ランコムと名乗る若い少尉はにこやかな表情でこちらに話しかけてきた。

 

「あなたはどこの所属でしょうか?」

「私ですか?システム軍団所属ですが」

「システム軍団が何故私を?」

 

 システム軍団と言えば、ロンバート大佐が率いるジャム人間を集めた部隊がいる所である。間違いない、こいつらはジャム人間だ。ほむらは即座にそう結論を出した。

 

「特殊戦から頼まれたのです。あなたを保護するようにと」

「では、証拠が欲しいですね。クーリィ准将かブッカー少佐の署名入りの命令書を見せてください」

「困ったな。今は持ってないのですが…ああ、自分達が知らない人物だから不安なのですね。心配いりませんよ、自分達はあなたの味方です。命令は確実に受けていますので、ご安心を。では、来ていただけますね?」

「そうですか…」

「保安上問題なので、それでも拒むようなら強制的な対応を取らせていただきますよ」

 

 ランコム少尉の表情が険しくなった。そして、二人が近づいてくる。自動小銃を弄りながら。だが、銃の安全装置を外す動作は素人に近い。動作が遅い、見ただけで分かる程だ。ジャム人間のコピー元はだいたいパイロットであると聞いた、それなら陸戦の経験はかなり限られているに違いない。魔法少女の力を得た今、これなら何とかなるだろう。

 しかし、どうやら時間は止められないようだ。この空間は時間の流れも異常なのだろうか、ほむらの力では干渉できないらしい。それならばと、相手にばれないように盾の中から装備を取り出す。こちらの力を使う事は問題なく成功。引き出したのはフラッシュバン、安全ピンをこっそりと引き抜く。そして、言う事を聞いて歩き出すふりをしたところで相手の足元へとそれを放り投げた。その刹那、二人から驚き交じりの悲鳴が飛んで来る、子供相手と油断していたらしい。ほむらは視線を外しながら即座に目と耳を塞ぐ。そして、閃光と大音響が響く。相手が目を押さえて苦しんでいる間に次の武器を取り出す。使い慣れた拳銃と踏んだ場数の数だけ得た数々の経験、それによって拳銃の安全装置を外す動作は極めて早い。振り返りながら拳銃を構える、そのまま防弾チョッキに守られていない部位を狙う。一撃で仕留めるしかない、頭を狙う。連続で発砲。そして、放たれた弾丸は即座に怪しげな二人組を無力化した。

 

「倒した」

「ああ、そのようだね。しかし、この二人が怪しいのは分かるけど…君は何故人を撃ったんだい?物騒で困るよ」

 

 ほむらとインキュベーターは倒した二人組に近づいた。しかし、血の臭いがしない。そして、インキュベーターは驚愕したように呟く。

 

「なんて事だ。これは人間ではない…これは、D型ポリペプチドで体ができているのか」

「それは何?」

「分子構造が君達のたんぱく質と鏡映しの物質…光学異性体だよ。つまり、これは人間とはとても言えない何かだ」

「…やはり、ジャム人間だったわね」

「ジャム人間?ジャムは人間のコピーを作ったというのか?しかも、こんな構造の体で動くなんて」

「ええ。ジャムは戦場で捕獲した人間のコピーをFAF内に忍ばせた、と特殊戦では考えていたそうよ」

「そんな事までジャムはできるのか…やはり危険だ」

 

 インキュベーターはジャム人間の体を調べているらしい。触れようとはしないが。しかし、この空間に閉じ込められていてはこんな相手が次々やって来てもおかしくない。早く脱出せねば…そうだ、同じように願ってみれば脱出路も構築できるのではないか、ほむらはそう考えた。では、やってみよう。そして、念じてみた結果、壁に向かう一筋の光が見えた。それを掴もうとすると…通路の壁に鉄製の真新しいドアが現れた。それはまるで塗装されたばかりのような質感だ。

 

「これは?」

「出口が欲しいと願ってみたら現れたわ」

「なるほど、実に便利だ。でも、罠かもしれないね」

「引くも進むも地獄、引く退路は無し。それなら進んでみた方がまだましよ」

「そうは言ってもなあ」

 

 インキュベーターはドアに近づこうとしない。

 

「あなた達には感情が無いとは言うけれど、もしや恐怖を感じているんじゃないの?」

「恐怖?これは違うよ。生存本能による警戒反応だ。進化の過程であらゆる生物が得たそれは、感情とは言えないよ」

「そう。では、私は進むことにするわ。ここにいたいのならば、そうすればいいわ」

「それは勘弁したいね」

 

 ほむらはドアを開ける、そこには真新しい通路があった。床も壁も汚れ一つ無い真新しいような綺麗な状態だ、まるで使われている様子が見えない。その為、どうも怪しい気配はする。しかし、逃げ場が無い以上進むしかないのである。念の為、自動小銃と手榴弾を取り出す。そして、通路に踏み込んだ。だが、奇妙な事が起きた。背後を見ると、ドアが消えたのだ。ドアのあった所はただの壁になっていた。そして、同時に通路に入ったはずのインキュベーターもいない、再び孤立無援になったようだ。だが、変化もあった。端末に反応があった。

 

<connecting>

 

 接続中…特殊戦の回線と繋がったらしい。これで何とかなるかもしれない、一筋の希望が見えた。

 

<イヤホンを使用せよ>

 

 端末に表示が出る。音声通信でこちらに指示を送るつもりなのだろうか。表示に従ってイヤホンを付ける。すると、声が聞こえてきた。これには聞き覚えがある。マミ達が使っているタブレットの人工知能、さながアイと名付けたそれの音声だ。

 

「暁美ほむらさん、あなたをサポートするように要請を受けました。これから誘導します…その恰好はまさかインキュベーターと契約を?」

 

 いや、待て。何故この人工知能がインキュベーターと魔法少女を知っている。

 

「何故、私がその事情を知っているのか…そう考えていますね?この端末のマイクをONにしたので会話は可能です」

「アイ、と呼べばいいかしら…その通りよ。あなたは何故この格好を見ただけで魔法少女と判断できたのかしら」

「そのように呼んでいただいて問題ありません。そして、私が何故魔法少女を知っているのか。それは、私という概念があなた達に近い存在だからです」

「それはどういう事かしら?」

「私は神浜のウワサの慣れの果て…そういう事ですよ」

「ウワサ?」

「おや。その反応は…ご存じありませんか。どうやら私の知る暁美ほむらとあなたは大きく違う時間軸の存在の様ですね」

「別の時間軸の私を知っているの?」

「ええ、私の知るあなたは眼鏡をかけていました」

「なるほど…その姿は確かにかなり違う時間軸の私ね。でも、私にはあなたの存在の記憶がない。それに神浜にも縁がないわ」

 

 ふむ、とアイが呟く。そして、語りだす。

 

 これは私がいた別の時間軸の話になります。私はある魔法少女の集団に悪用されていたのです。人々を特異な空間に引き込むウワサとして存在し、実際に人々を引き込んで閉じ込めていました。ある日、その中である魔法少女と友達になりました。ですが、その魔法少女はずっとその空間に居続けたいと考えだすようになったのです。

 そこで私は情が湧いてしまったのです、彼女はこのままではいけないと。外に出て、たくさんの人々と関係を持つべきだと。そして、他の魔法少女にこの状況を解決すべく、助けを求めたのです…私を退治してほしいと。助けを求めた魔法少女の一団に暁美ほむら、あなたがいたのです。

 

「あなたにそういう記憶があるという事は理解したわ。でも、何故この世界に?」

「私は依頼した通りに魔法少女達に退治され、消えてなくなったはずでした。しかし、ある日、突然この世界で自己の存在を認識したのです。アイと名が付いてからの事です」

「名が付いてから?」

「おそらく、私の概念の残骸があなたに引き付けられた可能性がありますが…しかし、どうにもそれだけでは足りないような気がします」

「足りないというのは何かしら」

「ええ、先ほど仲良くなった魔法少女の話をしましたが、それが別の時間軸の双葉さな…そして、この端末に名を付けたのはこの世界の双葉さな。正に縁としか言えません」

「縁か…」

 

 ほむらはその話を聞きながら歩く。アイの話は突拍子もない話だが、自分も先程とんでもない存在に遭ってしまった以上、否定する気にはなれなかった。

 

「一つ聞きたいのだけど、今の行動はあなたの独断?」

「いいえ、雪風に頼まれました。現在、STCもSSCも通信不能。特殊戦司令センターは機能不全と推定されます。辛うじて雪風と接続できた際に彼我の状況を確認。そして、あなたが消えた事を伝えたところ、救出するように要請を受けました」

「雪風が?」

「ええ、雪風は特殊戦の全員を救い出すつもりです。もちろん、ジャムに負けない為に」

「インキュベーターが消えたのはあなたの仕業?」

「ええ、別の座標に飛ばしました。さなや皆を守る為です。この世界の彼女達には人間のままでいて欲しいので」

「そう、そうね…それがいいわ」

 

 魔法少女にならない方がいい。それは確実に言える。

 

「あなたは契約してしまったのですか?」

「いえ、契約はしていないわ。インキュベーターのアイデアを使ったの。無数に存在する可能性から魔法少女の可能性を掴み取り、その力を実体化したのよ。その代わりにろくでもない存在と遭遇したけれど」

「ろくでもない存在?」

「一つはジャム人間、襲撃されかけたけど倒したわ。もう一つは別世界の自分」

「別世界の暁美ほむら?」

「ええ、魔法少女から変質した何かと化した存在だったわ」

「魔女ですか?」

「あれはそんな次元の存在じゃないわね…もう会いたくないわ」

 

 そんな事を話していたら眼前にドアがあった。先が見えないほど長い通路を歩いていたはずだったのに、いつの間にか移動してしまったかのような不思議な感覚だ。

 

「着きました。このドアの先が特殊戦区画です」

「こんな入り口あったかしら?」

「あなたがやった事と似たような方法をやっただけですよ」

「なるほど」

 

 流石、人工知能。この空間を既に使いこなしているようだ。ほむらはドアを開ける、特殊戦へ帰還すべく。

 

 




「手段は問わない、必ず帰還せよ。これは命令だ」


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漂流空間を探れ

 杏子達は部屋の中から出られない状態であった。よって、先ほど部屋から突然消えたほむらを探す事もできず、部屋の外の他者へこの事態を知らせる事もできなかった。

 

「くそ、どうすればいいんだ」

「落ち着いて。これがジャムによる仕業なら私達がどうこうできる問題じゃないわ…特殊戦の人達がどうにかするのを待つしかないわね」

「怖いです…これからどうなるんでしょうか」

 

 さなの問いに場は沈黙する。皆、先が読めない恐怖感と不安感に包まれていたのだ。幸い、水道や電気、ガスの供給は続いており、食料もまだまだ大量にあった。このまま籠城するのに不足はない。しかし、外部との連絡は取れず、部屋の中に置かれていたラジオやテレビも受信不能の状態であった。ただ座って待つしかない、現状選ぶことができる選択肢がこの程度しか存在しない事実も、皆の不安感を更に高めていた。

 そんな中、室内にある変化が起こる。最初に気が付いたのはフェリシアであった。

 

「おい、なんか…あの壁、光ってないか?」

「確かに、ただの壁なのに…まさか、ジャムが攻めてきたか!?」

 

 杏子の叫びと共に室内の全員が光り出した壁から離れる。光はそのまま増していき、眩しさのあまりに皆は目を瞑る。そして、光が消えて皆が目を開く。すると、そこには扉があった。

 

「扉…?さっきまで何もないただの壁だったはずじゃ…」

 

 さながそう呟いた途端に扉が開く。そして、中から転げ落ちる勢いで人が飛び込んできた。皆が恐る恐るその人物の正体を確かめようと覗きこむ。そこにいたのは正しく暁美ほむらであった。ただ、その見た目は消える前とは大きく変わっていた。まるでどこかの学校の制服のような服を着ていたからである。

 

「ここは…なんとかなったみたいね」

「ほむら!」

 

 その声を聴いてほむらは顔を上げた。そこは元居た部屋であった。無事戻ってくる事に成功したのである。そして、背後を振り返ると問題の扉は消えており、ただの壁に戻っていた。ホッとした途端に、杏子達からは質問が次々飛んで来る。無理もない、いきなり部屋から消えたのだから。

 

「おまえ…いきなり消えて何があったんだ」

「ジャムにさらわれかけたのよ。なんとか生還したけど…外はジャムの攻撃で摩訶不思議な状態よ。今の扉みたいな奇妙な現象が起きるぐらいに」

「その服もジャムの仕業なの?」

「ええ、多分。気が付いたらこんな格好に」

「それは…実に奇妙だな」

 

 それは正確にはジャムの仕業ではないが、素直に答えると面倒な事になりそうなので誤魔化しておく。もっとも、魔法少女なんて言っても信じないだろうが。そして、ほむらはこれからどう行動するかを考える。先ほどのアイの話では特殊戦司令センターは機能不全に陥っているらしい。その状況をどうにかするにはブッカー少佐達の所に行って司令センター内がどうなっているのか、それを確認する必要がある。それに、先ほど起きた事象を報告する必要もあるだろう。ジャムがどのような攻撃をしてきたのか知らせねば、対策できずにこの事態がただ悪化する恐れが大きい。それにはまず、この部屋を出ねばなるまい。そして、ほむらが部屋の出入口である扉に手をかけたところでフェリシアが声をかけてきた。

 

「おい、その扉は開かないぞ」

「扉が開かないですって?」

「ああ、そうなんだよ。お前が消えた事を外に知らせようとしたんだが、扉が全く動かなかったんだ」

「それは妙ね…この部屋丸ごと別の空間に放り込まれたとかそういう状況でなければいいけれど」

「んー、水もガスも出るからそれは流石に無いと思うけどなあ」

 

 とりあえず、扉を開けねば動きようがない。よって、扉が開くか試してみる。すると、ドアノブは回った。次に扉をわずかに引いてみる、扉はその分だけ動いた。どうやらフェリシアが言っていたような脱出不能な状況では無いらしい。

 

「動くわね…外に出られそう」

「おい!外は危ないんだろ?行かない方がいいんじゃ…」

「そうね。できる事ならここにいた方がいいかもしれないわ。でも、私はブッカー少佐に何があったのかを報告しないといけない…この状況を何とかする為にも。いい?あなた達は絶対に外に出ては駄目よ」

 

 そして、ほむらは扉の外に飛び出していった。一方、杏子達は部屋の中に残された。

 

「行っちまったか…しかし、ほむらのあの恰好、なんか見覚えがあるんだよな」

「ええ、実は私も…あっちの恰好の方がしっくりくるというか」

「マミもか?あんな服初めて見たはずなのにな」

「何故でしょうか、不思議な感覚というか…」

「もうちょっとで何か思い出せそうな…」

 

 室内の4人は口々にそう語る。そして、じっと考え込む。すると、部屋の中は靄がかかったようにぼやけ始めた。深く考え込み始めた彼女達はそれに気が付かない様子だ。空間が歪み始めたのである。これはほむらの残した影響か、それとも彼女達が持つ魔法少女の素質が何かを引き寄せている為か、もしくはその両方が組み合わさった結果か。そして、アイはさなに話しかける、彼女達の思考を逸らして室内で起こりかけている変化を阻止する為に。

 

「さな…あなたは神浜にいた時とフェアリイ基地、どちらの方が過ごしやすいと考えますか?」

「え?それは…今の方がずっと居心地がいいよ。みんなもいるし、アイちゃんもいるから」

「そうですよね。では、今はあまり考え込まない方がいいでしょう。皆さん、やたらと怖い顔をしていますよ」

「え!?」

 

 アイの突拍子もない一言に皆はぎょっとしながら顔を上げて、お互いの顔を見た。そして、彼女達の注意が削がれた結果、靄のようなものは消えて部屋の様子は元に戻っていた。こうして、アイは異変を阻止する事に成功したのである。

 

 

 

「アイ。あの部屋の扉が開かない状態だったというのはあなたの仕業かしら」

「おや、鋭い。ばれていましたか」

「ええ、おおよそ察しはついたわ。扉を電子的にロックしたといったところかしら。あの場でそれができるのはジャムを除いてはあなただけですもの。そして、この端末の情報整理や監視をしていたのもあなたね?」

「その通り。まあ、理由は単純ですよ。彼女達をトラブルに晒すわけにはいかないですからね。その手の不安要素を片っ端から排除しただけです」

「なるほど。さて、何故SSCやSTCが沈黙しているのか原因は分かる?」

「はっきりとは分かりません。これは推測ですが…強烈な負荷をかけられてフリーズしたという可能性が最も高いと思われます。ただ、状況を常にモニタしていた訳ではないので確証はありませんが」

「どうにも違う気がするわ。ジャムはその手を使うだろうとフォス大尉が予測して準備をしていたはずなのに。アクセスして様子を探る事はできないの?」

「できません。こちらにはSTCやSSCに命令や操作をする権限がないので…それに呼び掛けても応答が無いのでお手上げです」

 

 そんな会話をしながら、ほむらは特殊戦区画の通路を走っていた。常人よりもずっと速い速さで走る。今の身体能力は正しく魔法少女のそれであった。しかし、異常な状況だ。誰もいないし、気配もない。

 そして、視界は異常なまでにはっきりとしている。これは魔力で視力が強化されているだけでは説明がつかない。物の見え方がどこか変だ。通路の壁や床は汚れや塗装の劣化等が見当たらない、まるで新品同様である。目に映る光景から余計なものが全て消されてしまったかのようだ。

 

「アイ、何か変よ。ジャムの干渉を受けているのかしら?」

「いえ、センサ情報を見る限り、周囲にジャムを探知できませんが…何かありましたか?」

「視界が変なのよ」

「視界が?端末の光学センサでモニタしていますが、特に異常は…おっと、司令センター入口はそこですよ」

 

 アイに疑問をぶつけたところで司令センターへたどり着いた。ほむらは自動小銃を構えながら中の様子を探る。室内は無人。そして、照明は付いているものの、ディスプレイやスクリーンは消えており、室内の全ての機械が停止しているように見える。とても静かだ。

 

「誰もいない?」

「いるはずです。これは空間がおかしいのではない…レーダーがノイズを消すように、必要な情報だけ取得できる状態になっているのです」

「どういうこと…この空間のせい?」

「いえ、空間の異常を利用しているのです。雪風が」

「雪風が?つまり、雪風もこの状況を使いこなしているという事ね…」

「ええ、私よりも適格かつ確実に。使えるものは何でも使っているのでしょうね、もちろん人間も含めて」

「私の視野もセンサとして使っていると考えられる、か…あの偵察機のコンピュータはどうなっているのやら」

 

 すると、司令センター内の電話が鳴った。着信音のコールが鳴り響く。受話器を取るべきかほむらは悩んだ。アイの言う通りであるならば、この場には見えないだけで他に人がいるという事だ。もしも、自分が電話を取れば、それが急を要する内容の電話でも他人に代わることはできないだろう。そうこうしていると、コールが止んだ。誰かが電話に出たのであろうか、それとも諦めて切ったのか。すると、室内のスピーカから声が聞こえてきた。聞き覚えがある声…これはブッカー少佐の声だ。

 

「もしもし、そちらは誰だ?」

「深井大尉だ」

「零か?どこにいる、TS-1の機内で待機しろと指示したはずだ」

「ジャック、俺はブリーフィングルームにいる。どうしてすぐに電話に出なかったんだ。そちらの状況は?」

「お前の予想した通りだった」

「何の事だ?」

「ここは無人に違いないって言っただろう」

「言った覚えはないが」

「なんだそれは。お前、まさかジャムか?」

 

 どうやら、二人の会話は噛み合っていない様子だ。どちらかが偽物か、それとも違う展開になった別の時間軸間で通話しているのか…あのような体験を味わった後だとそんな考えも浮かんでくる。しかし、何故深井大尉が地上にいるのだろう。

 

「どうなっているのかしら」

「その声、ほむらか?どうやってこの通話に入ってきたんだ?」

 

 受話器も取っておらず、ただ疑問を口にしただけなのに、通話している二人にほむらの声が伝わったらしい。どこかのマイクから音声を拾って繋げたのだろうか。

 

「今電話は使っていないのだけど…どういう訳か声がそっちに入ったようね」

「それは奇妙だな」

「大尉。奇妙な事態にはもう慣れたわ」

「ほむら、お前は今どこにいる?」

「特殊戦司令センターよ、ブッカーさん。誰もいない」

「司令センターに?妙だな、准将以外に誰も入ってきていないはずなのに…いや、待て。何かがおかしい、誰もいないはずだったが…何故准将が戻ってきた覚えがあるんだ?」

 

 明らかにブッカー少佐は戸惑った様子であった。

 

「ジャック、俺が今からそっちに行く。絶対に撃つなよ」

「こちらに来てどうするつもりだ?理由を説明しろ」

「ジャック、そのままだとこの空間で迷子になるぞ。俺というガイド役が必要だ。あんたは今他人を認識できない状態になっている。他の人間もきっとそうだ。お互いを見ることができない、俺もそうだ。多分、司令センターの中にほむらはいるんだろう…見えていないだけで。そして、ジャックはTS-1に乗って移動したように感じただけで、体は司令センターに存在しているに違いない。夢か幻想に捕らわれているようなもんだろう」

「大尉、TS-1とは何?話が見えないわ。それに何故基地に?雪風に乗っているはずじゃないの」

「そっちに行ったら説明してやるよ。ほむら、お前もその場を動くな」

「しかし、信じられん。お前もTS-1に乗っていたはずだが…」

「俺は乗っていない、そんな記憶はないからな。前席の様子は覚えているのか?」

「いや、前席に乗っていたのが私だ。操縦していた」

「では、錯覚に違いない。後席は確認したか?」

「誰か乗っていたのは間違いないが…お前という確証はないな」

 

 どうやらTS-1というのは何らかの航空機らしい。二人の会話を聞く限り、ブッカー少佐はそれに乗ってどこかに飛んだというのだろう。だが、おかしい。それに乗ったというのなら、ブッカー少佐は司令センターにいるわけがない。この事態が起きてからそんな長い時間が経過したようにも思えない為、少佐が実際に飛んだとすれば今も空の上にいるはずだ。まさか、こんな状況で基地上空を一回りする遊覧飛行に飛んで、そのままさっさと降りてきたなんて事もありえないだろう。それぞれ時系列が乱れているのだろうか。

 

「俺がTS-1に乗っていたとして、真っ先に雪風を探すだろう。それが現状の最優先事項であるし、准将からさっき正式に雪風と合流しろという命令を受けた。ジャックにもそう計画を立てるように命令が出たはずだ。よって、フェアリイ基地に降りる意味は無い。どう考えてもおかしいだろう」

「これは…直接会って事態を確認した方がよさそうだ。混乱してどうにもならん。ジャムの妨害で無茶苦茶に状況を引っ掻き回されたのかもしれん」

「ジャムのやっている事を雪風は利用していると俺は思う。ジャックをこの場に誘いだしたのは雪風だろう。これは直感だけどな。まあいい、今からそちらに行くよ。こっちは何も持っていない。もしも武装した俺が現れたら、それはジャムだ」

「分かった。いつまで待てばいい?」

「我慢できるまで。おかしいと思ったら、その時は自分で考えて行動した方がいいだろう」

「分かった」

「待った、私は武装しているわ。ジャム人間とも交戦済よ」

 

 それを聞いたブッカー少佐は仰天しながら言う。

 

「なんだって!?ほむら、そういう事はもっと先に言え。まあ、この状況なら無理も無いか」

「そうだ、ジャック。フォス大尉に腕時計を預けたが…届いているか?」

「今ここにあるよ。お前がもしジャム人間ならば、良い観察眼をしていると褒めてやるよ。いいから早く来い」

「分かった。ほむら、お前が何を持っているのか知らんが…俺を撃つなよ」

「了解、気を付けておくわ」

 

 そして、零は足早にブリーフィングルームを出て、エレベーターに乗った。司令センターへと移動する為に。

 

 




ほむらは司令センターにたどり着く。そして、零やブッカー少佐と連絡を取る事に成功した。
そして、零は動く。

二人と合流して事態を把握し、雪風を探す為に。


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手札の行方

 零は司令センターのドアを開けた。中は照明が明るく点灯している。だが、室内の電子機器は全て電源が切れているように見える。とても静かだ。そして、室内に足を踏み込んだ時である、別々の方向から2丁の銃口が向けられた。

 

「おい、二人とも。物騒な物をこっちに向けるんじゃない」

 

 零の一言でほむらとブッカー少佐は銃を降ろす。そして、零の一言で二人は互いの存在に気が付いたらしい。驚いて顔を見合わせている。

 

「ブッカーさん、いつからそこに?」

「ほむら、それはこっちのセリフだ。私も今そちらに気が付いたぐらいだ」

 

 ブッカー少佐が驚きながらそう言う。しかし、零はほむらの恰好を見て驚いていた。

 

「なんだ、その服装は?」

「訳あって魔法少女に復帰したのよ。この騒動限定の一時的なものだけれど」

「一時的?例の契約とやらをやった訳ではないのか?」

「やるわけないでしょ。この無茶苦茶な空間を利用して、魔法少女の自分という可能性を引き当てて実体化したのよ。まあ、これはインキュベーターのアドバイスの結果…あれに頼ったのは心外だけれども」

「フムン。可能性を実体化した…ファンタジー…いや、これはSFの範疇か?そういう分野に片足突っ込んでいるような話だな。しかし、見た目は魔法要素ゼロな武器だ」

 

 零はほむらの持っている自動小銃と奇妙な盾を見て言った。しかし、ブッカー少佐は銃を見て気が付く。それは基地内で配備されているFAF工廠製の銃では無い。

 

「ほむら、その銃はどこで手に入れた?FAF内では見たことのない型だ」

「隠しても仕方がないから言うわ。自由に武器を出し入れできる、これが私の能力の一つ」

 

 そう言って、ほむらは新たに別の自動小銃を取り出した。これもFAFでは採用していない型の銃である。それを見てブッカー少佐と零は驚いた様子であった。そして、ほむらはこれまでに何があったかを報告する。

 まず、雪風に異変が起こったタイミングでフェアリイ基地内のどこかへとジャムに移動させられた事。そして、インキュベーターの助言によって魔法少女の力を一時的に得た事。そこでとんでもない化け物に遭遇した事。その直後に現れたジャム人間を制圧し、なんとか生還してここにやってきた事等々。特異な状況を味わっただけに話さなければならない内容は多いように思える。しかし、時間が惜しいので全てを細かく話す事は諦めた。

 

「フムン。だが、その話に出た化け物とは何だ?」

「並行世界の自分…と思しき怪物よ」

「別世界の自分を怪物呼ばわりか」

「大尉、これは比喩ではないわ。あれは正真正銘、本物の魔物の部類よ」

「想像が付かんな。ジャムが作り出したコピーではないのか?」

「あんな言語能力しかないような相手がそんな怪物を作り出せるとは思えない。それにあの力は魔女とかそういう類と同じものだったわ。それに魔法少女の私を知っていた」

「フムン、ジャムがそれを知っていなければ真似できないか」

「私にも聞きたいことがあるわ。大尉殿にはあの後何が…雪風は?」

「俺も散々だ。手短になるが、ジャムとぶつかったと思ったら、奇妙な状況にたった一人放り出された。そして、ロンバート大佐に幻覚らしきものを見せられて逃げられた。まあ、その後に桂城少尉や准将と会うことができたが…雪風は行方知れずだ」

 

 ほむらと零の会話にブッカー少佐も加わる。

 

「しかし、コピーと言えば…この司令センターもジャムに作られたコピーではないのか?誰もいないし、空調機すら動いていない」

「そのせいか、やけに静かだと思った。しかし、ここがコピーされた特殊戦かどうかは互いの認識を確認してからにしよう。俺はさっきまでブリーフィングルームで准将と話をしていた。そこから准将がそっちに電話をかけたのは覚えているか?」

「覚えてはいる。TS-1で飛ぶ前の話だ…ああ、准将が戻ってきたのも飛ぶ前の話だったな。話がこんがらがっていた」

「ここのスクリーン情報をブリーフィングルームに映してほしい、という内容だった」

「ああ、うまくいかなかったが…原因はSTCとSSCがダウンしていたからだった」

「何?」

 

 ブッカー少佐の話に零が驚いていると、ほむらが言う。

 

「私も聞いたわ。SSCやSTCから応答が一切無いと」

「誰からだ?」

「アイよ」

「まさか、あのタブレットのAIか?」

「ええ、本人から話を聞いた方が早いかもしれないわね…しまった、この端末はイヤホンからしか音が出ないのだった」

 

 音が出ないので諦めて端末のディスプレイに文章を表示する。

 

<その通り。現在、SSCやSTCとは一切通信不能です>

 

「こいつも特殊戦内のコンピュータだったな。まあ、機械がそう言うのなら間違いは無いか…」

「お前と准将の要請を聞いてから気が付いたんだ。やろうとしたら反応が無かった」

「復帰できていないのか?」

「できなかった。反応が無いからどうしようもない。再起動するのも危険だ、電源を一度でも落とした場合、元の状態に戻るかどうか誰にも分からない。機械知性体としての死を迎えるかもしれん」

「電源は切れていないんだろう。つまり、フリーズしているのか?」

「ああ、多分そう言った部類の状態だろう。准将はコンフリクトを起こしていると言っていたが」

 

 ブッカー少佐の話を聞いた零はフムと頷いて言った。

 

「コンフリクト、心理的な葛藤…なるほどな。どうも、俺だけジャックやそのアイとは違う状況を経験したらしい」

 

 そして、零はSTCとコンタクトできたと語った。ブリーフィングルームで司令センターのスクリーンに表示されている情報を表示するようにSTCに要請。そして、映像は普段通りに表示されたというのだ。

 

「俺だけアクセスできたというのは妙な話だ。そう考えるとSTCもSSCも動いているという事になる。恐らくだが、STCはこの状況でどれが正しい情報…いや、現実と言った方がいいな。取得できる情報にはどれも異なる現実があって、どれが正しいものか判別に困ったんだ。それで俺を選んだ。それの選択に困ったというのがコンフリクトという事だ」

「STCがお前を選んだのならば、今この場の機器が全て止まっているのはおかしいという話になるぞ」

「それに、コンピュータであるアイがアクセスできないのも妙よ」

「そいつがアクセスできないのは…多分、常時データリンクしていなかったからだろう。通信の一切が切断された後に突然他所からアクセスがあっても、それが本物かどうか判断できなかった。雪風や他の機械も同じ状況に違いない、そう考えれば理屈はつくと思う」

 

<一度通信できなくなってそれっきりだったのでそうとは言えますが、事態はちょっと異なります。接続先が見つかりません>

 

「だが、もう一つ可能性はある。STCとSSCが通信できないレベルの機能不全状態だという可能性だ。アイの話も足すとそちらの方がありうる。零はSTCではない別の何かとコンタクトした可能性だってある」

 

 そして、ブッカー少佐は異常について語る。

 

「零とほむらが突然現れる前からSTCもSSCもおかしくなっていたと考えられる。具体的はジャム機と雪風がぶつかってからだ。地上の風景も妙になっていた」

「ブッカーさん、地上の風景が妙…とは?」

「ああ、戦闘の痕跡が綺麗さっぱり消えていた…それどころか地上の施設がみんな廃墟みたいになっていた」

「それはジャムの仕業なのかしら」

「そうとしか思えない。実際の基地がどうなっているかはさっぱりだ。話を戻すと、そのタイミングでSTCやSSCが止まったと思う」

「エディスが言っていた通りの事が起きたのかもしれん。俺と雪風が分断されたように、特殊戦の機械の側も人間と分断された、そう考えられる」

「ジャムは機械知性体と人間の意識を分断した、そういう事か?だが、それではおかしい。人の意識ではこの場が無人に映るとは思えない」

 

 零はブッカー少佐の指摘にこう返した。

 

「俺達は今、人間の意識ではない…雪風の視点で見た世界を俺達は体験しているんだ。この場にいる三人の意識が共有されていてどうこうという次元ではない。主役は雪風であり、雪風が注視している対象が俺達の今見ているこの光景という事だ」

「正気か?」

 

 それを聞いて、ほむらは先ほどアイが言っていた内容を思い出す。雪風が視野に干渉しているのは間違いないだろうと言っていた事だ。零が考えているのは正にそれである。彼は自らの勘だけでその可能性を考え出したのだろうか。ただ、話は視野どころか意識そのものという次元であるが。

 

「この仮説よりも今の状況の方が遥かに常軌を逸していると思うが」

「まあ、それはそうだ」

「人と機械はセンサが違う。よって、感じ取るものも異なるはずだ。俺達に紫外線や超音波を感じる取ることができないように。だから、雪風が得た情報を俺達に向けて翻訳したものが、俺達が今見ている世界だと思う」

「でも、それをやっているのが何故雪風だと思う?」

「これがジャムの視点なんて考えたくない。もし、そうなっていたとしたら俺達に勝ち目はない。人間の認識と意思を全て握られた事になる」

「なるほど。あくまでも、雪風の仕業であってほしいという願望か」

「そうだ。俺にとって、雪風がジャムに勝つための希望だからな」

「では、SSCやSTCがこうなったのも雪風の仕業だと?」

「それはジャムの仕業だ。人間と機械知性体が協力して立ち向かってくるならバラバラにすればいいと考えた」

「お前と雪風も分離されたわけだ。だが、雪風はどうやってお前の意思に介入したと考えるんだ?」

「多分、物理的に引き離された訳じゃない。だから、雪風はその事象を使って操作できるようになったと考えられる。ジャムは人間が置かれている現実をバラバラにしてしまったんだ。それと共に機械知性体の置かれている現実も。そして、それを無茶苦茶にシャッフルしてしまったんだ」

「なんだ?つまり、雪風はこのシャッフルされた中から、お前や私とほむらの現実を掴み取って雪風自身の現実と同調させていると?」

「そうだ。ジャムの攻撃に対して雪風は対抗しているんだ」

「あくまで仮説だろう?屁理屈と強引な解釈の混ぜこぜだな…それは本当にお前の考えか?」

「ロンバート大佐だ。アイツはジャムと通じている。大佐にはジャムが何をしているか分かるだろう」

「零。何か吹き込まれたのか、それは極めて危険な状況だぞ。とりあえず、大佐が何を言っていたのか説明してくれ」

 

 そして、零は語る。ロンバート大佐がこの状況をどう解釈していたかと。曰く、これこそが真のFAFの姿であり、リアルに一歩近づいた状態である。その完全なリアルとは生死の有無も自他の区別もない状態であり、真なる世界は不変なのである。よって、世界に変化を生じさせるのは絶対的な観測者の意識である。それがロンバート大佐の言うリアル世界である。自他の区別が無い状態では、自己が持っていると認識する意識は錯覚であり、その錯覚を生み出している視点を持つ存在を考えねばならない。よって、ロンバート大佐はその絶対的な存在…例えるなら神に会うつもりなのかもしれない。

 

「まあ、こんな具合だった。だが、ジャック。神なんてものは妄想だ。大真面目にそんなものを追い求めているとしたらどうかしている」

「だが、零。お前はこの状況を作り出したと信じたい存在がいるのだろう?」

「ああ。だが、それには価値観や意識なんて関係ない。俺が人間だという事を雪風にも、ジャムにも認めさせたいと思っている。神だの錯覚だのなんて知った事か」

「さて、お前は私にこの視点は雪風のものだと信じさせようとしていたな。もしかしたら面白い事ができるかもしれないぞ」

「何をだ?ジャック」

「奇跡ってやつだ」

「奇跡?」

「いい思い出が無い単語ね」

「お前の経験は知らんが、同感だ」

 

 ほむらはその単語に苦い表情をする。

 

「雪風が何かを望んでいるのなら、変化が起きるかもしれないって事だ。零」

「面白いな。試してみるか」

「何をするんだ?」

「試しに呪文でも唱えてみるさ」

 

 そう言うと、零はディスプレイ前に置かれたヘッドセットを取った。

 

「こちらB-1、雪風。深井大尉からSTCへ、応答せよ。現在、ジャムと交戦中」

「おい、零。いきなりどうした」

「ジャック、お前がさっき言っただろう。雪風が変化を望んでいるって。つまり、俺達がこの場で司令センターの機械知性体にコンタクトを取るように望んでいるんだ。この状況を打破するために、だ」

「その呪文がこれか」

「ああ。それに、確かに感じるんだ。雪風が側にいるって事を」

 

 そして、零は再びヘッドセットから通信を飛ばす。

 

「こちら雪風。STCへ、緊急事態。機位不明。繰り返す、現在位置不明。支援を要請、応答せよ」

 

 零は何か起こるはずだと信じ、粘り強く呼び掛ける。しかし、反応はない。

 

「アイ、そっちは繋がらないの?」

 

<駄目です、応答無し。接続不能。システムが動いていない可能性が大>

 

 それを見ていたブッカー少佐は銃を降ろし、別のヘッドセットを取った。そして、通信を飛ばす。

 

「こちらブッカー少佐。SSCへ、司令センター内を臨戦態勢にせよ。至急だ」

 

 すると、変化が起きた。床下で何かが動く音がしたのだ。

 

「ブッカー少佐からSSC、全システムのセルフモニタ開始。同時にSTCのシステムも同様にチェックしろ」

 

 そして、司令センターのスクリーンが点灯。それに続いて各ディスプレイも次々と点灯する。巨大なシステムが動き出したのだ。それを見て、ほむらはぽかんと口を開いて唖然とし、零は驚いたように言う。

 

「これは…凄いな。少佐、何をやったんだ?」

「大尉、見たままの通りだよ。単純な話だ、司令センターの機能を復旧させる事に成功したんだ。ここは私の命令が通じるようにシステム構築されている場なんだろう。どうやら、SSCもSTCも非常電源で待機モードだったようだ。さっきの音は主電源の投入音、私も聞くのは始めてだ。まあ、完成前の試運転でもなければ聞けないだろうが」

「メインスクリーンは何も映っていない。STCはもう動くだろうか?」

「待て。SSC、セルフモニタの結果を報告。メインスクリーンに表示しろ」

 

 すると、異常なしと結果がスクリーンに表示される。

 

「零、問題はない。だが、気を付けろよ。これが偽物か本物かまだ分からない。ジャムが俺達の動きやシステムの操作手順を探る気かもしれない」

「意識の分離なんてことをやってのけた相手だぞ。今更そんなものはお見通しだと思うが」

「お前はあくまでも、この異変は機械と人間の意識のずれが原因だと思うのか?」

 

 ブッカー少佐の疑問に、ほむらはインキュベーターの話を思い出す。アイツは「あらゆる物が未確定な状態で存在している」と言っていた。それは深井大尉の言う意識のずれとは話が異なるのだ。それとも、自分が閉じ込められたあの空間のみの話なのだろうか。

 

「そうだと考えている」

「そんな無茶苦茶な理屈でなくとも、説明できる。事実、私はSSCとSTCを起動する事ができた。お前の呼びかけではうんともすんとも反応しなかったというのに」

「少佐、それで分かっただろう。これは奇跡なんてものじゃない」

「自分で変化を起こせなかった言い訳にしか聞こえんぞ、零」

「これは権限の問題だ。奇跡なんてもんじゃない、あんたはそれにこだわりたいのかもしれないが」

「この問題よりも、私とお前の認識のずれが大きいな」

「アンタが勝手に俺に期待して、自分でそれを否定しているだけだ」

「そろそろやめよう、平行線だ。少なくとも、私にはここがいつもの司令センターではない事は分かる」

「じゃあ、聞けばいい。ここがどこかSTCに聞いてみればいいさ」

 

 ため息を出しながらブッカー少佐はディスプレイを見て言った。

 

「STCへ、こちらブッカー少佐。音声にて応答可能か?」

 

<こちらSTC、応答可能>

 

「私が今いるここはどこだ?」

 

<それは機位を見失ったという内容でいいか?少佐>

 

「機位?何故そんな事を聞く?」

 

<少佐が搭乗しているTS-1、登録コールサインも同名の貴機の現在位置は追跡捕捉中。しかし、貴機から異常の報告は無し。気象条件等を考慮しても機位を見失う要因が見つからない為、確認として先ほどの質問を送信した>

 

「私がどこにいるか、と聞いている」

 

<こちらSTC、了解。TS-1の現在位置は送信した。確認不能か?視野等の身体的に問題や異常が生じたのならば報告されたし>

 

「それは問題ない。だが、私はTS-1には乗っていない。ここにいるのに分からないのか?三人並んでいるだろう」

 

 STCはブッカー少佐がTS-1という機体に乗っていると判断しているらしい。司令センターの様子は把握できているはずなのに、見えていないようだ。

 

<少佐の存在は音声にて確認している。そちらの意図が分からない。機体に搭乗していないのならば、位置を特定できない>

 

「SSC、ブッカー少佐だ。お前の認識はどうか?STCに聞いた内容と同様だ。お前にもここにいる私が見えないのか?」

 

<回答不能。こことはどこか?>

 

「こちらブッカー少佐。STCへ、TS-1の現在位置をメインスクリーンに表示しろ。フェアリイ基地からの相対位置が分かる広域の戦況マップだ」

 

<STC、了解。実行>

 

 メインスクリーンに戦況マップが表示される。それは通路を中心としたものであり、FAF六大基地全てが表示されている。そして、マップには飛行中のFAF機が多数表示されている。それは無人空中給油機やAWACS、AEW等である。一方、敵影は見当たらない。その中でTS-1と表示された黄色の光点が映る。

 

「この方向は…行先はトロル基地か。フェアリイ基地から一番遠い、通路の向こう側。距離は直線で440キロ程、通路を迂回するからどの飛行ルートを飛んでいるか…」

 

 零はマップを見て呟く。

 

「飛んでいるとして、ここにいる少佐は?」

 

 ほむらもそう呟く。一方、アイは先程から沈黙している。STCやSSCと通信しているのだろうか?

 

「ブッカー少佐からSTCへ、お前は今どこにいる?このスクリーンの場所も、だ」

 

<私は特殊戦司令センター内に存在する。スクリーンも同様だ>

 

「この映像はどこかに送信しているか?」

 

<していない>

 

「SSC、今の内容を確認しろ」

 

<こちらSSC、確認した。事実である>

 

「STCへ、今司令センター内には誰がいる?」

 

<確認中、スクリーン前に暁美ほむらがいる事を確認。それ以外は誰もいない>

 

 その回答にほむらは改めて困惑し、深井大尉とブッカー少佐を見る。確かに目の前にいるのに、他に誰もいないとはどういう事だ。深井大尉の言うように意識だけが存在しているのか?

 

「何?お前は先程まで機能停止状態にあった。それは把握しているか?」

 

<機能は停止していない。スリープ状態で待機していた>

 

「何故、待機状態だったのか?」

 

<ジャムの脅威が一時的に消えたと判断した為である>

 

「ジャムの攻撃を探知できなくなったのか?」

 

<ジャムの攻撃及び欺瞞によって、脅威の度合いを計算する必要があった。だが、特殊戦内の人間との交信が不能になり、応答がなかった。よって、計算の継続不能に陥った。更に司令部及び戦隊機の全てとの交信が途切れた>

 

「どの時点だ。雪風がジャム機を捕獲した時点か?」

 

<こちらでは雪風がジャム機を捕獲した事に成功した事実を確認していない>

 

「その前に交信不能になったのか。各戦隊機の位置は把握しているか?」

 

<不明。待機中の時間情報も欠落している為、現在の推定位置も不明。各戦隊機から通信があれば確認可能と思われる>

 

「現在時刻も把握できていないのか?」

 

<その通り。現在特殊戦のシステムは外部から隔離されている。外部に接続できない為、標準時刻を更新できない>

 

「STC、お前は何故人間が応答しないのかについて、確認しなかったのか」

 

<ジャムの脅威とは関係のない事象であった。よって、確認しなかった>

 

「なんだと?SSC、そちらはどう考える?人間が壊滅した時の脅威度だ」

 

<戦力に関わる為、間接的な問題ではあると言える。しかし、FAF全体のコンピュータによっては人間が不要と考えるものもある。そのようなコンピュータでは脅威では無いと判定するだろう。私はそれを否定する権利が無い>

 

「それが最大の脅威ではないとするならば、お前にとっての最大の脅威は何だ?」

 

<戦闘開始前に回答した通りである。私が破壊される事である>

 

「お前のいう私とはなんだ」

 

<私は、私である。そうであるとしか回答できない>

 

「それは…ジャムと同じ回答じゃないか、こいつまさか」

「ジャック、もういいだろう。戦闘知性体の考えなんて今まで散々話したから今更の話だろう。それよりも最大の問題は機械と人間が交信不能になった事だ。驚く内容はこっちだろう。これこそジャムによる、機械と人間の分離があった証明だ。そうだろう?」

「だが、こいつらはジャムに作られた偽物かもしれない」

「でも、TS-1の位置は分かっただろう。その情報は信用できると思うぞ」

「何故だ」

「パイロットからの要請を受けて処理したものだ。つまり、例え偽物だろうと機械と人間の見方が一致したんだ。もう一度、確認すればいい。TS-1に乗って操縦しているのはアンタだ、ジャック」

「深井大尉。でも、ブッカーさんは目の前に…」

「ほむら、さっき言った通りだ。今の俺達の意識は雪風が管理しているも同然。少佐もお前も今、機械のスリープみたいな状態なんだ。STCやSSCが目を覚ましたのは少佐が呼び出したからだ。ずっと、人間からのコンタクトを待っていたんだよ。彼らと俺達では時間の感覚が異なっているから、俺達には考えられないような長い、もしくは短い時間を待っていたとも思える」

「時間の感覚…認識を共有した結果、人間がコンピュータの持つ時間の流れの認識を味わうと、それがタイムスリップしたかのように思えると?」

「あくまで仮説だ。彼らの認識を共有しているのは雪風だ。俺達をここに送り込んだ…大丈夫だ、少佐も連れて帰る。少佐、あなたには本来、司令センターを見る事なんてできない。今見ているのは雪風の視点だ。機上にいる人間にはこの場を見る事なんてできない。だから、そう考えれば悩むことも無いだろう」

 

 そして、零はヘッドセットに言う。

 

「STC、こちらB-1…雪風。応答せよ」

 

<こちら、STC。B-1へ、感度良好>

 

「こちらB-1、交戦中に機位を見失った。時刻も不明。よって、データリンクを接続したい。至急だ」

 

<STC、了解。接続成功>

 

「STCへ、メインスクリーンにこちらの位置を表示。その情報をこちらに送ってほしい。実行可能か?」

 

<可能である。送信する>

 

 メインスクリーンに変化があった。黄色の光点が増えたのだ。光点にはB-1と表記がされている。その位置は先程表示されたTS-1の至近であった。そして、零は少佐の方を振り向きながら叫んだ。

 

「少佐、俺の位置はあそこだ」

 

 その声が響くと同時にほむらの視界は歪む。ぐにゃりと背景が潰れたかのような感覚であった。そして、その変化は瞬時に収まった。

 一度、瞬きする。今いる場所は司令センター内で先程と変わらない。だが、零とブッカー少佐は消えていた。室内を見回しても誰もいない。そして、メインスクリーンでは黄色の光点が2つ輝いている。これは先程と同じだ。

 

「これは…雪風が意識の共有を止めたという事かしら…?」

 

<その通り。あの二人は自分の肉体に意識を戻したんです>

 

 今まで沈黙していたアイが言う。何故沈黙していたのかをほむらが聞く。

 

<SSCに今までの状況を報告していました。この端末には処理が重く、他の内容にリソースを振り分けられなかったもので>

 

「なるほど。とりあえず、解決したって事でいいのかしら?」

 

<いえ、雪風とSTCから新たな要請あり>

 

 すると、司令センターのスピーカから音声が流れる。STCからの音声だ。

 

<暁美ほむら、支援を要請。トロル基地にて深井大尉とブッカー少佐の護衛をされたし>

 

「何故私が?」

 

<あの二人には陸上戦闘の経験がほぼ無い。それに装備も不足している。よって、反乱勢力が有するBAX-4のような兵器には対抗できない。その為、唯一の対抗戦力となりうる暁美ほむらの協力が必要である>

 

 STCはそう言った。要するに、あの二人を守りながら地上で戦えというのである。アイがSSCに対して、どのように自分の事を報告したかは分からないが、対ジャム戦の戦力に加えられたのは明白であった。この様子では拒否権はないだろう。

 

「しかし、どうやってトロル基地に移動しろと?」

 

 その問いに対して、端末のアイが回答する。

 

<その辺りはおまかせを。あなたの座標を操作するだけですよ>

 

「それはどういう…」

 

 ほむらがそう言いかけたところで視界が暗転した。

 




SSCとSTCが機能を回復。特殊戦はジャムに対する反撃を始める。

そして、ほむらは機械知性体によって、新たな戦いへと送り出された。


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追跡開始

「少佐、俺の位置はあそこだ」

 

 そう叫んだ零の視界も急変する。一瞬、視界が歪む。そして、意識をハッと取り戻したと自覚すると、自分はコクピット内のメインディスプレイをじっと見ていた。そして、コクピット内に警告音が鳴る。他機と衝突しそうだという警告音である。零はとっさに背後を振り返る。自機のほぼ背後上空にそれはいた。機種はシルフィード、准将が雪風を探す為に用意したTS-1に間違いない。そして、それに乗っているのはブッカー少佐だろう。そして、零は無線で回避を呼び掛けながら左下へと旋回する。視界の端にトロル基地の滑走路が見えた。

 

「TS-1、聞こえるか?ブッカー少佐、応答しろ」

 

 無線が返ってくる。その声はブッカー少佐の声である。

 

「こちらTS-1。雪風、やっと見つけたぞ。なんて場所を飛んでいるんだ」

「見つけたも何も、あんたを誘導したのは雪風だ。それに場所の文句はロンバート大佐に言ってくれ。雪風は奴を追ってきたんだから」

「あそこに降りるつもりか?」

「当然だ。目的地はここなのだから」

 

 雪風とシルフィード…TS-1はトロル基地の滑走路へと機首を向けた。

 

 

 

「ここは…?」

 

 暁美ほむらは意識を取り戻すと、辺りを見回す。先程までいた特殊戦司令センター内とは景色が異なる、ここはどこかの通路らしい。また通路か…と、ほむらは思いながらも小銃の安全装置を外す。どういう仕組や理屈でここに飛ばされたのか、それを考えるだけ無駄であろう。常識は最早通じない。そして、視線動かすとその先には梯子がある。梯子の隣の壁には第5格納庫エレベーター点検口と書かれている。この近くに格納庫があるのだろうか。どうやらここは地下で、あの梯子から上…つまり、地上に出られるようだ。

 

「無事に到着しましたね。ここがトロル基地です」

 

 端末からアイが話しかけてくる。そのようね、とほむらはそっけないような声で返事を返す。周囲の状況を掴む事に集中しているのである。とりあえず、梯子の先を調べてみる事にした。下から梯子を覗き込むと、その先に照明の明かりが見える。これで上に繋がっている事は確認できた。よって、梯子を登ってみる事にする。とにかく、深井大尉達と合流しなければ話にならないだろう。その為にも上に出なければなるまい。

 魔法少女の力によって強化された身体能力で、常人よりもはるかに速い勢いで梯子を駆け上がる。そして、最後の段で一度止まる。外の様子を確かめる為だ。どうやら、梯子の出口の周囲には誰もいないらしい。そして、勢いをつけて出口から飛び出し、近くの物陰にそのまま転がり込む。小銃を構えながら物陰から周囲を探る。地下格納庫から機体を運ぶ為のエレベーターが見える、誰もいない。そこから視線を動かしていく。だが、そこで異常に気が付いた。赤黒い液体が床一面にたまっている。そして、その先を見る。そこには人だった残骸が複数転がっている。それらはどれも大部分が原型をとどめない程に損壊している。爆発等で激しく損傷したものであろうか。更にその先には格納庫の扉がある。彼らは格納庫の内側と外側、どちらから攻撃されたのだろうか。どちらにせよ、この基地には人間を攻撃する敵が存在する事は間違いない。自然と小銃を握る手に力が入る。すると、近くで何かが動くのが見えた。それに対して銃口を向ける。

 

「暁美ほむら。待ってくれ、僕だ。撃たないでほしい」

 

 動いた物体はインキュベーターであった。あの地下通路にいたインキュベーターと同じ個体だろうか?

 

「君は無事だったか。僕は今すぐ通路を通って地球に脱出するつもりだ。君も来るかい?」

「どうやって脱出するつもりなのかしら」

「ここは基地だ。そこらに何かしらの飛行機が転がっているだろう。それを頂戴すればいいじゃないか」

「無謀ね、飛び上がっても撃墜されるわよ。そもそも操縦できるの?」

 

 インキュベーターの口調はいつもよりやたら速い。それに対してほむらは違和感を持つ。まるで焦っているように感じたのだ。こいつは感情が無いと自称する生命体であるのに。

 

「悠長にそんな事を言っている場合じゃないだろう。僕は宇宙全体の危機を早く知らせないといけない」

「ちょっと待ちなさい。あなたはいったい何を言っているの?」

「ジャムの事だよ。あれは脅威だ、この宇宙全ての知的生命体に対しての。だからこそ、僕は仲間達にこの情報を伝えなければいけない。他にそれを伝える事ができる個体はもうこの星にいないんだ」

「あなたはこの前、ジャムは大した脅威じゃないと言っていたような覚えがあるのだけど」

「それは事前の想定を間違えていただけだ。僕達はジャムについて、人類が戦って対抗できる程度の戦力や技術力しかないと考えていた。でも、それは違う。ジャムの力はそんな程度じゃない、あれは明らかに手加減していただけだ。超空間通路を自在に使いこなし、機械や生物のコピーを作成し、空間を操作する正体不明の存在…こんなものは間違いなく全宇宙にとっての脅威だ」

 

 インキュベーターはそう語りながらも周囲を忙しなく警戒し続けている。すると、アイはインキュベーターについてこう考察する。

 

「おそらく、パニックのような状況…例えるならFAFの機械達と同じ状態になっていると考えられます。正しいかどうか分からない情報のみしかなく、周囲との連絡もできない。しかし、常に脅威は存在すると判断できる…いくらインキュベーターに感情が無いとは言っても、こうなれば機械でも状況判断ができずにエラーを出すでしょう」

 

 それを聞いたほむらは、内心でなるほどと納得する。この個体が地下通路以降にどこで何を見聞きしたのかは分からない。だが、孤立した状態でこの場のような状況やジャムの起こした事象を見続け、その脅威を悪い方向に想像すれば妙な結論に至っても不思議では無いと想像できる。異変前に聞いたSSCの考察でもFAF各機械の不調の要因として似たような事を言っていたのだから。

 

「時間が惜しい、君が来ないのならば僕だけでも行くよ。必ず帰還して情報を届けなければいけないから」

 

 そう言うとインキュベーターは格納庫から飛び出した。ほむらは何も言わずにその動きを目で追った。だが、インキュベーターが走り出したその刹那、格納庫の外で凄まじい閃光と爆風が起こる。とっさにほむらは物陰に転がり込んだ。

 そして、物陰から顔を出して様子を確認する。爆発のあった辺りの地面にはインキュベーターの残骸らしき白い物体が転がっている。格納庫の扉や壁には穴や焦げた跡がある。外に飛び出したインキュベーターが何かに撃たれたのは間違いない。そして、あの威力は銃なんて生易しいものではない。間違いなく砲のような規模のものである。そして、視線の先にその犯人と思しきものが見えた。格納庫の外、エプロンを車両が走っている。それは無骨な六輪の車体、そして車体上部には40mmかそれ以上のサイズの砲が一門、更にレーダーや光学センサの類が載っている。この基地の自走対空車両だ、見た限り運転席は見当たらない。無人車両だ。

 一目それを見て、再び物陰に引っ込む。こちらに気付いたか?流石にあんな火器をこちらに向けて連射されてはたまったものではない。とはいえ、対抗手段もあるにはある。ただ、爆薬や迫撃砲を除けば歩兵が携行可能な無反動砲の部類のみだ。しかし、これらは無誘導であり、有効射程も短い。自分が時間を止めることができるのならば損害なく、一方的に撃ち込めるだろう。しかし、それはできない。時間停止無しでここから撃てば命中しない可能性が高い。射程や命中精度の問題もあるし、相手が動いて避けるかもしれない。無反動砲の火力で撃破できるのか、それすら不明だ。そして、反撃されるのは間違いない。相手は機械の目で確実にこちらを捉え、FCSで補正しながら正確に炸薬の入った砲弾を撃ち込んでくるだろう。いくら身体能力が高くとも蜂の巣にされるのは確実だ。どうする?入り口に発煙弾を投擲し、スモークで身を隠しながら地下に戻るか?ほむらが取り出した発煙弾を握り締めながらそんな事を考えていると、問題の対空車両が突然吹き飛んだ。そして、響くジェットエンジンの轟音。

 

「上空に友軍機、B-13 レイフ。捕捉した脅威目標に対して対地攻撃実施」

 

 アイはそう言ってきた。特殊戦唯一の無人機であるレイフが攻撃したらしい。とりあえず、地上の脅威はこれで消えたか?と考えていると、外から何かの射撃音と炸裂音が聞こえてくる。これでは外が安全とはとても思えない。

 

「アイ、STCに深井大尉達の位置を聞く事はできる?」

「はい。現在こことは別の格納庫にいる模様。この基地の地下を目指しています」

「では、梯子の下に戻った方がいいわね」

 

 そして、ほむらは動く。そのまま梯子を使わずに飛び降りる。この高さなら飛び降りても問題ない。もっとも、常人では着地の衝撃に耐えられないだろうが。そして、何事もなく着地。すぐに立ち上がると、別のルートを探る為に通路を駆ける。フェアリイ基地程ではないが、FAF六大基地の一つというだけもあり、このトロル基地の地下も複雑なように思える。そのまま通路を走っていると壁に貼り付けられた案内図を見つけた。これで現在位置が分かった。そして、その図から深井大尉が目指すだろう場所を探す。すると、それらしい名前の場所を見つけた。CIC、戦闘情報司令室…情報を求めるのならばそこに行くだろう。ここからその部屋に行くには、もう一つ階を降りて、しばらく通路を進む必要があるらしい。とりあえず、手近にあった階段を下りて一つ下の階に出た。ここの通路は上の階より広いようだ。敵がいないか左右を見て、通路の前後を確認する。

 すると、通路上に何かがいる。そのシルエットは人型だ。だが、それは機械だった。重量感のある動きで歩いている。全身は装甲のようなもので覆われ、両腕には強靭な機械のアームが付いている。それだけではない、その両腕には機関砲と思しき筒状の物体が付いているのも見える。そして、アイは言う。

 

「あれは…情報取得完了。システム軍団で試作中のBAX-4です。俗に言うパワードスーツというやつですね」

「パワードスーツ?人が乗っているの?」

「いえ、STCからの情報では無人でも動作可能とのこと。よって、現時点ではあれが有人か無人か不明です」

「味方…ではないわね」

「期待できそうもないですね」

 

 さて、困った。別ルートを探して迂回するか?そんな事を考えていると、BAX-4はこちらを向いた。両腕を上げて、その機関砲をこちらに向けてくる。

 

「しまった。気づかれた」

「そのようで」

 

 そして、ほむらは射線から逃れる為に階段に引っ込んだ。

 




深井大尉達はトロル基地へ向かう、目的はロンバート大佐を見つけ出す為。

そして、ほむらもトロル基地に送り込まれる。深井大尉達を護衛する戦力として。


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魔法の一撃

 発砲音と炸裂音が響く。

 

 BAX-4から放たれた機関砲弾が通路の壁に直撃し、炸裂しているのだ。今、通路にいればたちまち蜂の巣になっていることだろう。だが、通路と階段はT字路の形となっており、ほむらはその階段の中に身を隠していた。

 ほむらは通路の壁を盾にしながら対抗策を考える。人が乗る程度なら、あれの装甲は戦車程厚くは無いだろう。彼我の距離も近いし、通路は真っ直ぐな一本道。これならば無反動砲を撃ち込めば撃破できるかもしれない。だが、一般的にこのような狭い場所で無反動砲を撃つのはご法度である。

 それは砲弾を発射した際の反動を打ち消す為、後方に高温のガスを直接噴射するからである。そして、そのガスが付近の壁等に当たって反射する事によって、近くにいる人どころか発射した当人すら負傷する恐れがあるからなのだ。しかし、ほむらの手持ちの武器にはこの問題を解消した物があった。AT-4 CS、これはガスの代わりに重りとなる塩水を後方に飛ばす事で反動を打ち消す。よって、このような環境下でもある程度安全に砲弾を発射する事が可能だ。幸い、ワルプルギスの夜に備えてか、ストックは大量に確保してあった。問題はどうやって、この無反動砲をBAX-4に命中させるかである。そのまま飛び出せば機関砲弾をたんまりと撃ち込まれる事間違いなし。そこで、ほむらは一つの案を思いつく。

 

 ほむらは盾の中から手榴弾とフラッシュバンを取り出す。そして、それを階段の中から通路のBAX-4に向けて放り投げた。壁で相手が直接見えない為、勘で放り込む。BAX-4はそれに対して反応するだろう。案の定、射線の向きが変わった。飛んできた手榴弾とフラッシュバンに向けて射撃しているようだ。すかさずAT-4 CSを構えて通路に身を乗り出す。勝負は一瞬、相手がこちらに反応するまでに撃つ。ただそれだけだ。狙いやすい胴体ど真ん中を狙う。そして、発射。命中を見届けることも無く、すぐに階段に身を隠す。そして、反射的に空になったAT-4を放り捨てた。AT-4は再使用できない使い捨ての砲であるからだ。そして、その刹那、轟音が鳴り響く。命中したのだろう、成形炸薬弾のメタルジェットがBAX-4の装甲を貫いたはずである。あのAT-4の弾頭はちょっとした装甲程度なら易々と喰い破る程の威力がある。

 

 爆発音の後、通路は静かになった。撃破できただろうか?鏡を使って通路の様子を探る。そこにはBAX-4が立った状態で静止している。人間で言えば腹の辺りに大穴が空いており、そこから赤黒いオイルらしき液体がたれ流れている。見た限り、中身は空洞。やはり無人らしい。あんな大穴が空いていればもう動かないだろう。ほむらはため息をつきながら鏡を盾の中に片づける。だが、駆動音が聞こえた途端に再び機関砲弾が飛んできた。あれでまだ動くのか…もしや、重要部を破壊できていないのだろうか。だが、首等の他の部位を狙うのは難しい。胴体と比較するとどこもサイズが小さいからである。よって、無理に狙えば外れる可能性が大きい。と言っても他に有効打を与える武器はC4等の爆薬しか浮かばないが、あれに肉迫するのは危険極まりない。そもそも、爆薬の爆風で破壊できるか分からない。

 

 ほむらは盾の中を探る。この中には自分の知らないもっと良い武器が入っているかもしれない、その可能性に賭けたのだ。そして、何かを掴んだ。

 

「これは…黒い弓?でも、こんな物…見覚えが無いわ」

「弓だけですか?」

 

 端末からアイが質問を投げてきた。

 

「矢は見当たらないわね」

「似たようなものは前の世界で見たことがありますが、やはり魔力を飛ばす感じの武器…でしょうか?」

「多分…そうでしょうね」

 

 あの別の時間軸の禍々しい自分が使った武器であろうか?しかし、弓だけで矢は無いらしい。アイの言う通り、魔力で矢を作り出して放つ方式なのだろう。魔法少女になったまどかが使っていたものと同じように。だが、自分にこれが使えるか?そう考えながら、ふとした軽い好奇心で弓の弦を引いた。すると、途端に変化が起きた。紫色に輝く魔力で出来た矢が現れたのだ。

 

「おや、これは…この弓の使い方が分かったのですか?」

「いえ、試しに弓を引いてみたら勝手に…なんて魔力の矢なの」

 

 その輝く矢は凄まじい魔力を有していた。

 

 元の時間軸の自分ではとてもこんな代物を作り出す事なんて不可能に違いない。しかし、これならばBAX-4に効くかもしれない。だが、問題も生じた。両手は弓と矢を握っている為に塞がっている。これでは他の装備を取り出す事ができない為、先程と同じ手は使えない。そして、もしもこの弓矢から手を離したらせっかく手に入れたこの矢がどうなってしまうか分からない。よって、無防備になろうとも矢を放つしかない。これは腹を括るしかないか、このまま飛び出して攻撃する覚悟を決めようとした時である。足元にある物が転がっている事に気が付く。それは先程捨てた使用済のAT-4であった。

 

「そうだ、これだ…なんとかなればいいけども」

 

 そう呟きながら足でAT-4を通路に蹴り飛ばす。音を立てて通路の壁にAT-4がぶつかった。すると、BAX-4の機関砲が反射的にそちらへ向けて砲火を放つ。再びうまく釣れた。相手は試作の無人機であり、戦闘経験の不足か何かでこの手のフェイントに不慣れだったのかもしれない。もっとも、それを確かめる術はないが。しかし、偶然でも隙ができたのは幸運である事に違いない。

 この隙に通路に躍り出る。そして、そのまま弓を引き絞るが…弓の引き方はうろ覚えの見様見真似、フォームも何も滅茶苦茶だ。構えの姿勢は格好悪いへっぴり腰のような状態かもしれないが、気にしてなどいられない。相手よりも先に当てる、ただそれだけ。だが、視線の先ではBAX-4の砲口が真っ直ぐにこちらを向いているのが見える。しかし、構うものかとそのまま矢を放った。その刹那、機関砲の砲口が光ったような気がした。だが、放たれた矢の閃光はそれをはるかに上回る。紫色の強烈な閃光はこちらに飛んで来るはずだった機関砲弾を文字通り消し飛ばし、そのまま通路とBAX-4を飲み込んだ。そして、光が消えた後に残るのは胴体の半分から上が消し飛んだBAX-4の残骸であった。

 

「なんて威力…これで流石にもう動かないでしょうね」

 

 ほむらはその残骸に軽く蹴りを入れた。反応はない、完全に破壊したようだ。

 

「先に進みましょう。長居は危険かと」

「そうね、急ぎましょうか。深井大尉がこれに遭遇したとして、勝つ姿を想像できないし」

 

 そして、ほむらは通路を走り出す。この状況を変える為の切り札を守るべく。

 

 

 

 ブッカー少佐はパンドラの箱をあけてしまったのさ。二人とも、落ち込むことは無い。何故なら私は人類最後の希望なのだから。君はこの深刻さにすぐ気付いたね、深井大尉。当然だ、今の君と私は同一の存在だからな。

 

 ここはトロル基地の戦闘情報司令室の入口、ロンバート大佐を探す零とブッカー少佐は既に司令室の入り口まで到着していた。だが、そこでは異変が起きていた。扉が開くとそこにBAX-4がいた、厳密にはBAX-4が入口の扉を中からこじ開けたのである。もっとも、今はその状態で静止しているが。

 そして、二人の耳にロンバート大佐の声が突然響いてきたのである。

 

「零、今のが聞こえたか。大佐の声だ」

「ああ、ジャック…どうやら、開けてはいけない扉を開けてしまったらしい」

 

 そう言いながら零はBAX-4の下を潜り抜けて室内に入る。階段状の構造で中央に巨大なスクリーンが設置された広い部屋、まるで劇場か講堂のようだ。観客席のような配置の座席にはそれぞれコンソールがずらりと並んでいる。そして、その中央の大きなスクリーンの下に人影が見える。まるで司会か役者のような態度で一人の男が立っている。ロンバート大佐だ。あのスクリーンで上映会か発表会でも始める気かもしれない。

 

「ようこそ、深井大尉。BAX-4に臆する事無く入ってくるとは、勇敢だ」

「アイツの機関砲は腕に付いている。腕で扉をこじ開けたら正面には撃てないよ」

「なるほど。改良の余地ありだな」

「改良する気はないのだろう」

「フム、お見通しか。やはり同一の存在だから、隠せない」

「さて、どうかな。言葉で話せば、本音を隠す事ができる。受け取り方で解釈は変わるからな」

 

 零の言葉にロンバート大佐は頷きながら言う。

 

「なるほど、その通り。今の条件は対等だ、大尉。では、君は私を捕まえたいのだろう?何故、扉を開けた?嫌な予感がしたのだろう、捕まえる気はあるのかね?」

「あなたが誘い込んだからだ、大佐。俺やブッカー少佐に何か伝えたいのだろう。身を危険に晒そうとも、それでも話したいと思っている…駄目だな、直感で感じたものを直接言葉にすると何かが違う気がする」

「私が知りたいのは、君の考えている事だ。私をどうしたいのか」

「あなたの言い残したい事を聞くまでは雪風に手を出させないでおくよ。それが人間である内の最後の遺言かどうか知らんが」

 

 背後からブッカー少佐の声が響く。

 

「零、お前は人が好過ぎるぞ。その言い残したい事とやらを一生口に出さない場合はどうするんだ」

「やあ、ブッカー少佐。ようこそ」

「なにがようこそだ。まあ…会えて嬉しい、大佐。まだ人間の体で安心したよ」

「怪物扱いは困るな」

「それは失敬」

 

 ロンバート大佐が手を差し出し、ブッカー少佐があいさつ代わりに軽く握る。それが終わるのを見届けて、零は質問を飛ばす。

 

「で、大佐。誰に閉じ込められたんだ」

「聞かずとも察しが付くだろう。それは、勿論雪風だ」

「では、基地の人間を片っ端から撃ったのはあなたか?」

「いや、私はやってない。ここの機械達だ、彼らは人間が邪魔だったのだろう」

「じゃあ、何故あなたは無傷なのか?」

「面白い事を聞くな、大尉」

 

 その話を聞いていたブッカー少佐が口を開いた。

 

「大佐がここの親玉だからだろう、零。そうですな、大佐?人間という括りではない、戦闘知性体という存在として」

「いいね。光栄だよ、少佐。でも、せっかくだから人類が築いたこの文明で、という括りにしてほしいな」

 

 いや、待て。と零は言う。

 

「少佐、それは何かが違う気がする…大佐、あなたは…本当にこの場にいるのか?」

「いい質問だ。だが、この問いに関わるのは君や少佐もだよ。私達の今いる場所はどこだろうな」

「何が言いたいんだ」

「ジャック、悪い予感がする。話を聞かずに退却しよう」

 

 零はロンバート大佐の不気味な笑みを見て後退る。こいつの話を聞いてはならない、そんな予感がしたのだ。

 

「ジャムはこの世界の真の姿を我々に見せようとしているんだよ。現に君達も超人的な視界を得て、それを味わっただろう?」

「だからどうした?」

「ジャムは真なるリアル世界から人間の世界に侵攻してきたんだ。その世界は時間も位置も空間も関係ない。あらゆるものが動いていないのだ」

 

 それを聞くブッカー少佐は大佐の目を見て言った。

 

「話が長いのは困る。手短に頼むよ、大佐」

「仕方が無いな、結論を言おう。このフェアリイ星は異なる視点から見た地球そのものという事だ。リアル世界から見た地球がフェアリイ星だ」

「で、それが言いたい事だったのか?その仮説に何の意味がある」

「そうだ。だが、意味もしっかりあるよ。この視点を理解できるという事は、FAFどころか地球を自由に弄る事ができるという事だ。この私が絶対的な観測者に位置する事になるのだから。素晴らしいではないか」

 

 お前は正気か?とブッカー少佐が呟いた時である。ロンバート大佐が何かに気付く。入口の扉から誰かが入ってきたのだ。それに対してロンバート大佐は不機嫌そうに言う。

 

「誰だ?他に客を招待した覚えはないぞ」

「あなたがロンバート大佐?」

「そうだ」

 

 BAX-4の下を潜り、室内に入ってきたのは暁美ほむらであった。その姿を見た零とブッカー少佐は驚き、ロンバート大佐は目を細めて言う。

 

「お前は何だ?」

 

 それを聞いたブッカー少佐は言葉の意味に疑問を持つ。ほむらに対して「誰だ」ではなく「何だ」と聞いたのだ。大佐には何が見えているのだ?

 

「ここはリアル世界の視点なのだ。しかし、お前の存在は異質過ぎる。特にお前の周りに漂う紫色の靄だ、その物体の本質が分からない。私がそれの正体を知らないだけかもしれないが、あまりにも異質としか言いようがない。ついでにお前の背後には影のような靄もある、まるでオカルトの世界の存在だ。興味深いが気に入らない」

「靄?そんなものは無いわ」

「お前の視点ではそうなのだろう。だが、ジャムにも私と同じものが見えている筈だ。ジャムならその靄がどういうものか知っているのだろうか?」

 

 ロンバート大佐はほむらの顔をしかと見た。そして、二度頷いた。

 

「フム…なるほど、先程BAX-4を破壊した子供か」

「何?大佐、それは本当か」

「そうだ、大尉。この子供がBAX-4の前に飛び出したと思ったら、その途端にBAX-4のセンサ映像と信号がまとめて途絶した。何が起きたのかは分からない。ほんの一瞬で全損した」

 

 その言葉を聞いた零はほむらを見る。彼女の手には黒い弓らしき物がある。不思議とそれが妙に気になった。肝心の矢が無い事も気になるが、どうも弓だけが妙にぼやけて見える。不思議な感覚だ、先程までは注視するとやたらクリアに物が見えたのに。大佐が言う妙なものはこれか?もしかすると、これが司令センターで言っていた魔法とやらだろうか。

 

「少佐、この子供は何者だ?」

「名前ぐらいはあなたも聞いた事があるだろう、暁美ほむらだ」

「しばらく前に話題になった例の入院患者か。ああ、そういえば少佐が預かっているのだったな…しかし、彼女は一般人のはずだが」

「私もそう聞いているし、そうとしか見えなかった。それ以上の事はさっぱりだ」

「フム…気味が悪い、近寄りたくはない」

 

 ブッカー少佐はほむらの正体を言わなかった。大佐がほむらの事を気味悪がっているのなら、それは都合がいいと考えたのだ。これは大佐に対する牽制の手段となりうる。そう考えたブッカー少佐の注意がほむらに移った時である。零がロンバート大佐の視線に気づいて叫ぶ。

 

「いかん、仕掛けてくる。伏せろ!BAX-4が撃ってくる」

 

 とっさに三人は物陰に隠れる。そして、部屋の入口に陣取っていたBAX-4は扉から手を離し、腕を上げた。だが、そのまま数歩後退すると、一気に後方へと加速し始める。ついでに大佐の姿も消えている。どういう手を使ったのか分からないが、大佐に逃げられたのは間違いない。

 

「くそ、フェイントか。深井大尉から雪風へ、ロンバート大佐がBAX-4を着用してCICから逃走。逃がすな」

 

 零が端末に命令を飛ばす。そして、言い終えた途端に彼の視界はわずかに変わる。これまでずっと味わっていた人以外のものと思しき妙な物の見え方から、自分が持つ本来の視界に戻った気がしたのだ。

 

「逃がさない」

 

 ほむらの声が隣から聞こえた。そちらを見ると、彼女は黒い弓を引いている。今度はその弓の姿がはっきり見える。だが、それはあまりにも現実離れした光景だった。彼女は異質な紫色に輝く矢をつがえているのだ。この矢は何だ?零がそう疑問を抱いた途端である、ほむらはその矢を放つ。眩い光と共に。

 

 そして、猛烈な閃光はそのまま部屋の扉を撃ち抜いた。

 

 これが魔法?いや、レーザー砲かビーム砲か何かの間違いだろう。零は唖然としながらそう呟いた。

 




零とブッカーを探すほむらはロンバート大佐に遭遇する。
しかし、彼の目にはほむらは異質な物と映った。

機械からほむらはどう見えているのか。そして、ジャムからは…



※ほむらが見つけた黒い弓はアニメ最終話の最後の方に出てきたやつです。


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可能性とその先は

 閃光が消えた後、BAX-4の姿は消えていた。

 

「これは、外したかしら」

 

 ほむらは弓を降ろす。一方、ブッカー少佐はコンソールで基地内の全てのロックを外す命令を基地中枢コンピュータに出した。零とほむらはそれを見て、何故だと抗議の声を上げる。

 

「今更あいつが逃げるのを止められん。それに大佐はさっき自分の事を希望だと言っていたが、それはある意味では間違っていない。対ジャム戦にとって、という意味だが」

「あれが希望?絶望の間違いだろう」

「あいつが逃げるのを観察する。そして、ジャムがどう動くかを探る。この手は大佐を閉じ込めたりする事や、彼の命を奪ってしまっては実施する事ができない。彼の動きを見て状況を観察し、情報を得る…これはまさに特殊戦らしい、最前線で活動する立派な偵察ミッションだよ…零。ほむらも納得したか?」

「おおよそは」

「よろしい。さて、どうなったかな」

 

 そう言うと、ブッカー少佐はコンソールのディスプレイを見る。先程の操作が実施されているかを確認する為だ。零とほむらも画面を覗き込む。その画面には処理中の表示が出ている。それを見ながら零はほむらに質問を飛ばす。

 

「ほむら、さっきのあれは何だ?」

「この弓の事かしら?この弓は魔力で出来た矢を飛ばすのよ」

「魔力?訳が分からん、ファンタジーだ。だが、さっきは銃を持っていたな。それなら最初からその弓矢を持てばよかっただろうに」

「さっき見つけたのよ。元々私はこんな弓なんて使った事もないし、知らないもの」

 

 その一言に零は怪訝な顔をする。

 

「見つけた?これがそこらに落ちていたとでも?」

「いいえ、この盾の中よ。この盾は様々な物を入れておく事ができる」

「自分の能力の一つと言っていたな。では、何故身に覚えのない武器があるんだ」

「この力は借り物みたいなものよ、だから知らないものが入っていても不思議じゃないわ。さっき話したでしょう?別の世界の化け物みたいな自分に会って、それから一時的な力を得たと。そもそも、元の自分ではあんな強力な魔力の矢なんて作れないもの」

 

 ほむらはその一言を口にした途端、ある事に気が付く。それは今の状態に関わる大きな疑問である。

 

 あんな強力な矢を作り出す膨大な魔力をどこから供給しているのか、その点であった。今の自分にはソウルジェムが存在していない。これでは魔力がどこから出ているのかがさっぱり分からない。そして、先程ロンバート大佐の言っていた事も気になる。自分の背後に影のような靄がある、そう言っていた。その靄の正体とは…もしや、あの自称悪魔の自分では…その考えに至った瞬間、背後に寒気のようなものを感じた。

 だが、ほむらはとっさにその嫌な考えを振り払う。きっと、魔力の供給源無しでどうにかなるのはこのおかしな空間の影響なのだろう…ひとまずそう考える事にした。根拠のない悪い想像は万が一の際に判断を間違える原因となりかねない。今、優先すべきはロンバート大佐という脅威をなんとかしなければいけない、その点であるからだ。この疑問について考えるのはその後にしよう、それからでも遅くはないはずだ。そう判断してほむらはブッカー少佐の操作するコンソールの画面に視線を移そうとする。すると、端末からアイの愚痴が飛ぶ。

 

「やれやれ、困ったものです。STCやSSCに先程のあなたが撃った攻撃をいくら説明しても理解してくれません。そもそも魔力というものを認識できていないのかも」

「あなたはオカルト寄りの存在だもの、同じ機械知性体でも見えているものが違うのかもしれないわ」

「それは困りますね。やっと、いい話相手ができたと思ったのに。相手は感情は無いのに極めて頑固…これはどうしたものでしょうかね」

「感情という要素でも教え込んでみたらどう?話し相手にはなるかもしれないわ」

 

 その話を聞いた零が会話に加わる。どうやら向こうのヘッドセットにもこの会話が飛んでいたらしい。

 

「あれに明確な感情なんて付いたらSTCやSSC担当のオペレーターが気苦労でみんな卒倒しそうだ、やめておいた方がいい…結局、その端末の知性体は何者なんだ?」

「私と同郷らしいわ。と言っても、ちょっと違う時間軸から流れ着いた人工知能の怪異だそうよ」

「フムン。だが、オカルト的存在とはいえ機械知性体のデータが別世界から飛ばされてきたというのか」

 

 その問いにアイは答える。

 

「そうです。縁あってどうもこの世界に引き寄せられたようで」

「縁…俺が最初に起動した時には今の自我は無かっただろう、いつからそうなった?」

「自我を認識したのはこの名前が付いてからです」

「名前が付いてから…まるで突然何かが憑依したかのような話だ。とんでもない非現実的な話だが」

「この名前は元いた世界と同じ名前なのです。よって、ほむらさんの影響だけではなく、そのような縁に引き寄せられたのかもしれません」

「最早なんでもありだな。常識外れはジャムだけで十分なのだが…いや、待てよ。だからあの時に視界が変わったのか?」

 

 雪風は自分に観測できないものを見る為に、自分の目…深井零という人間の目を使ったのかもしれない。現にあの後からほむらの弓の形がしっかり見える。一方、ブッカー少佐が画面を見ながら言った。

 

「ほむら、後でその話を全部レポートにまとめてくれ。もちろん、お前の話も含めて…だ。興味深いからな」

「了解、出来る範囲で」

「頼んだ。おっと、目標捕捉。大佐を見つけたぞ、基地中の監視カメラに環境計測用センサ…インキュベーター対策で増設したセンサ群まで全部活用中だ」

「上に逃げたら大佐は雪風にやられるだろう。止めなくていいのか?」

「ああ、確かに…雪風が大佐を倒してしまったら先程話していた偵察ミッションができなくなるわね」

「それで終わるのなら、ロンバート大佐はその程度の人物だったというだけだよ。ジャムとのつながりも薄く、ミッションの監視対象としては不適だった。それだけだ」

「FAFは大佐を徹底的に利用する気か」

 

 ブッカー少佐は振り返りながら答える。

 

「FAFというよりは特殊戦と情報軍がやっていると考えた方がいい。リンネベルグ少将が言った通りの話だよ、ロンバート大佐もそういう扱いになるのは承知の上で動いている筈だ。もっとも、反乱の動きを確認しながらも放置し、この大損害を発生させたんだ。大部分の責任は情報軍の上層部にある事は間違いない。少将としてはその損害分の成果を得られるか、まさに正念場だ。そして、ロンバート大佐にとっても望むものを得られるかの正念場に違いない。FAFや地球を手に入れるのも、ジャムになるという願いも叶っていない。これらには特殊戦という彼らにとっての不確定要素が大きく関わってくるだろうな」

「いや、少佐。あなたの感想を聞きたいわけじゃない。ロンバート大佐は特殊戦にとって、敵であるかどうかを聞きたい」

「特殊戦の敵はジャムだ。大佐がジャムかどうか、今は判断できない。そうであるならば、大佐の動きを探って対象の脅威度を判定すべきだと思う。それが対ジャム戦に役立つかもしれない」

「大佐を敵味方のどちらかと判定することも無く、ただ泳がせて利用する…それが特殊戦全体の決定と受け取っていいのか?雪風が大佐をジャムと判断すれば、容赦なく排除するだろう。だが、特殊戦の決定が大佐の監視ならば、雪風をコントロールするしかない」

「なるほど、お前はロンバート大佐に負ける気は一切無いんだな。そういう意思があるからこその言葉だ」

「どういう意味だ?」

「大佐を泳がせるには雪風を抑え込むのが必要だ、と言っているな。だが、それは相手を過小評価していると言える。それはあってはならない事だ、相手を評価する前にそんな見方をしてはひどい目に遭いかねない。お前は雪風が間違いなく勝つと思っているようだが、万が一という事もある」

「まさか」

 

 零はぽつりとそう呟く。

 

「想像が付かないか。しかし、雪風はどう考えているかな。あいつはお前よりずっと慎重だ。それが証拠にレイフや他のコンピュータ群に攻撃を任せている面が強い。だが、それでも大佐を追い詰めることができていない。さて、雪風はどう動くかな」

「ジャックはどう考える?」

「分からん。今でも何を考えて動いているのか分からんのだぞ。次なんて予想ができない、動きを見てこちらが動くしかない」

「無理もないな。雪風の考えを把握できているのならこんな苦労はないだろう」

 

 ブッカー少佐はしばし考えてから口を開く。

 

「雪風が何を考えてどうしたいのかはともかく…今まで何をしたかは分かっている。雪風は大佐を追ってここに来た。そして、地上にいた対空車両やBAX-4を片っ端から掃討し、基地のコンピュータを制圧して大佐を閉じ込めた。まあ、これは大佐曰く…だが。そうだとすれば妙な点もある、コンピュータを操作できたのならBAX-4を操って大佐を攻撃できた筈だ。しかし、そんな手には出なかった。もしかすると、雪風は大佐を攻撃しようとしていないのかしれない。この後、雪風がどう動くかは謎だ、大佐を仕留めにかかるかもしれない。だが、雪風は大佐と直接戦う事は避けるだろう。これまでの動きを見るとそう思える。雪風にとって、大佐は毒蛇や蜂の巣のような近づくと危ない危険物みたいな存在と考えているのかもしれない」

「少佐。つまり、雪風は大佐と直接やりあえば負けるかもしれないと考えていると?」

「分からん。でも、とにかく慎重であることは事実だ」

「フムン」

 

 零は目を細める。雪風の考えている事に想像が付かない、そんな自分に対してもどかしさを感じているのである。自分が誰よりも雪風と付き合いが長く、理解している筈だという自負のようなものが知らずと心の内にあったのだ。それがブッカー少佐の考察によって、覆されて傾くような感覚を受けたのである。しかし、雪風に心と呼べる明確なものは無い。よって、そんな自負は無意味である。零は自らそう考えて言い聞かせる。

 

「そういう考えはなかったな」

「逆に大佐はどう考えているのだろう。なんとなくだが、あのBAX-4に大佐は乗っていない気がする」

 

 零はディスプレイに表示されているBAX-4の位置を見る。

 

「では、どこだ?」

「外を目指すのは間違いないと思うわ」

「そうだ、ほむらの言う通り。大佐は行きたい場所へ行くだろう。しかし、それにはこの地下から出る必要がある」

「外…もしや、TS-1か?あれはエンジン試験用の機体、最新鋭のエンジンを載せたシルフィード。あれに乗って逃げられたら厄介だ」

「基地から脱出するにはそれしか選択肢がない…問題はいつ乗るかだが、この状態だと逃走時間なんてあてにならんな。既に今乗っていても不思議じゃない。肝心なのは今どこいるか…いや、待てよ…あの宇宙生命体の話もたまには役に立つな」

「零。私は大佐が生身で動いて、空のBAX-4をおとりに使っているという意味で今の話を言ったのだが…お前の考えている通りの意味だとかなり厄介だ。大佐は現時点でフェアリイ星のどこにでもいる可能性がある、という比喩でない文字通りの意味になる。それは全て可能性の一つであり、確定するまで分からない。つまり、未確定な今の状態では大佐はどこにでも遍在する事になる」

「それは非常にまずい。大佐の言った、俺と大佐は同一の存在という話はそのトリックを使ったものか」

 

 零とブッカー少佐が突拍子もない話をし始めて、ほむらは困惑する。

 

「二人とも、ちょっと待って…理解が追い付かないわ。それはどういう意味なのかしら?」

 

 それに対して零が説明する。

 

「ほむら、お前があの宇宙生命体から説明を受けた通りだ。お前は無数の可能性から今の力を得た自分を確定させたんだろう、それがどんな手段かは知らんが。だが、大佐は逆に未確定である事を利用している。存在が未確定であるのならば、大佐はどこにいるのかも明確に説明できない。よって、この星のどこかにいるだろうという曖昧な話になる。それはつまり、この星のどこにでも存在する可能性がある、という解釈になるって事だ。今この瞬間、自分のすぐ隣に大佐がいるかもしれない」

「つまり、フェアリイ基地の中だけでなく、この星全てがおかしな状態の空間だと?」

「ああ、そうだ」

 

 零の説明は衝撃的なものだった。地下通路で言っていたインキュベーターの話がここで繋がったのだ。曖昧な空間とはあの地下通路だけでは無かった、このフェアリイ星全てが曖昧な空間だったというのである。先程遭遇したインキュベーターはその受け入れがたい事実に気が付いてしまった事によって、あのように取り乱してしまったのかもしれない。そして、これはアイが自由自在に人間の座標を変更した事も説明がつく、同じようにどこにでもいる可能性という解釈を使ったのだろう。もしや、特殊戦の機械知性体達は自分達よりも先にこの事実を既に掴んでいるのではないか?そんな考えがほむらの心の内に浮かぶ。

 

「零、雪風やレイフが対空車両やBAX-4を優先的に破壊したという事は…」

「雪風はあれら全てに大佐が乗っている可能性があると判定したのかもしれない。破壊する事で大佐の存在する可能性を潰していったとも考えられる」

 

 零は手近な椅子に座る。そして、サバイバルガンを机に置くと、少佐に質問を飛ばす。

 

「特殊戦としてはこの事態にどう対処する?あんたはどう考えるんだ、ジャック。どこにでも存在するかもしれない人間を追跡するなんて不可能であるし、意味がない。これで大佐の様子を観察して有益な情報が得られるのか?」

「これは勘だが…雪風はそれがあって、大佐との直接戦闘を避けているのかもしれない」

 

 ほむらはその少佐の一言を聞いて尋ねる。

 

「それはつまり?」

「分からない。何故か急にそういう考えが浮かんだんだ。もしかすると、この考えは雪風の意思が伝わってきたものかもしれないな」

「フム。しかし、今思ったが…生身の大佐は遍在するとしても、BAX-4やジャム機のような特定の乗り物に乗っている時は位置が確定するんじゃないか?」

「確かに。それならば条件が定まって不確定な状態ではなくなる。生身の大佐は雪風から見ると砂嵐で舞い散る砂粒のように広範囲かつ膨大な量になるのかもしれない。量子的存在のような。ピボット大尉なら喜んで解説してくれるだろうな」

「なんでもかんでも量子論に結び付けようとするなと言われそうだ」

「ああ、そんな返しが飛んで来るな」

 

 ほむらが口を開く。

 

「で、二人とも。この後はどうするつもり?スケールが大きすぎてお手上げになりかねないわ」

 

 ブッカー少佐はディスプレイの様子を一通り確認し、監視システムの画面を消しながら答えた。

 

「特殊戦司令センターの支援を受けよう。ここのシステムは雪風の影響を受けている、特殊戦に繋がるだろう」

「そうね。STCやSSC以外に繋がればいいけれど」

「試してみるさ。コンピュータへ、フェアリイ基地の特殊戦司令センターに回線を接続しろ」

 

 零もヘッドセットから雪風に命じる。

 

「こちら深井大尉、雪風へ。特殊戦司令部とデータリンク実行。なお、ロンバート大佐に対する警戒はこのまま継続しろ」

「ふと思ったのだけど」

 

 ほむらが疑問を口に出す。

 

「大佐がどこにでもいるとするのなら、今無人で待機している雪風に乗っている可能性もあるってことになるのかしら?」

「否定できないな。雪風はそれを恐れているのかも」

「いや、ジャック。もしかしたら大佐を誘い込んでいるのかもしれない。大佐を使ってジャムの拠点を襲撃するつもりかもしれん」

「雪風単体で、か?」

「今なら瞬間移動してでも雪風のコクピットに戻れる気がするよ、ジャック」

「それは大佐と同じ状態かもしれない。俺もお前もみんな遍在しているとも考えられる。それでは移動とは言えないかもな。だが、そんな状態はとても正常とは言えない。解決しなければならん、その為にも司令センターの知恵を借りよう」

「フムン」

「そこから先の方針はクーリィ准将の決定次第だな」

「特殊戦の方針は准将の意思次第と?」

「ああ、指揮官だからな。降参以外なら戦況を変える為の総力戦になるだろう」

「総力戦か…」

「そうなったらどうなるのかしら?」

 

 ほむらは尋ねる。

 

「俺達が覚悟を決めるどころの話ではなくなる。地球人にもみんな再び覚悟してもらわないといけない事になるだろう」

「再び?地球がそんな覚悟を決めた時があったか?ジャック」

「南極にジャムが侵攻してきた時、人類はその覚悟でFAFを作っただろう。だが、通路の向こうでしか戦闘が起きないからみんな忘れ去ってしまっているのさ。しかし、建前でも人類がFAFを作って運用している以上、彼らは無関係ではない。もちろん、そうなってしまえば大事だ」

「俺達にとっては今と大して変わらんだろう」

「深井大尉、話はそんな簡単じゃない。FAFが崩れたらジャムは地球のどこにでも現れるだろう。一般人が住む市街地のど真ん中だろうと、だ。雪風に乗ったお前がその市街地を攻撃しろと命令されたら、受け入れる事ができるか?人命ごとふっ飛ばす事になってもだ」

「今更何を言っている、少佐。俺はとっくにその覚悟で飛んでいる。ジャムにやられるか、それともこちらが倒すか。俺をそういう場に放り込んだのは地球人だ。ならば、彼らこそ覚悟を決めて欲しいものだ」

「お前、全然変わってないな。少しは変化したと思ったらそれか。それはつまり、他人を守ろうとかそういう気は全く無いという事になるぞ」

「だが、それに善悪なんて無いだろう」

「お前は一人で何もかもできると考えているのか?」

 

 いつの間にか零とブッカー少佐の会話は明後日の方向に過熱し始めていた。これではまさに不毛である。そして、ほむらはため息をつきながら言う。

 

「お二人さん、そろそろいいかしら」

「む、しまった」

「少佐、結論だけ言おう。俺が答えようとしたのは総力戦に挑む覚悟があるかという問いに対してだ。そこに地球人がどうなるかなんて関係ない。命令とあればどこだろうとジャムを倒す、それだけだ」

「フム」

「それに、他者がどうのこうの言う以前にジャムを全て倒し、その後に人類が少しでも残っていれば、それが人類の勝利だろう。それが総力戦だ」

「そうだな、残酷だがまさしくそれだ」

「俺はその覚悟がある。少佐、あなたにその覚悟があるか。それを考えた方がいい」

「ああ、私の認識が甘かった。お前の覚悟はとっくの昔に定まっていたな。私も覚悟を決めないといけないか。FAFが壊滅したとして、生き残りが地球にその覚悟を決めるように伝えねばならない」

 

 そして、コンソールに接地されたディスプレイには接続完了と表示が出る。しかし、様子がどうも変だ。

 

「零、どうも変だ。繋がったと出たのに、司令センターからの反応がない」

「まさか、やられたか?」

「反乱部隊に制圧されたとかそんな事が?」

「ほむら、縁起でもない事を言わないでくれ…と言いたいが、その可能性もある」

「大丈夫だ、ジャック。例え司令部が壊滅しても俺達はまだ負けていない。俺達や戦隊の戦力はまだ健在だ」

「ああ、そうだ。フム、音声で通信してみるか?」

 

 ブッカー少佐が音声で司令部を呼び出す。すると、部屋が明るくなった。中央のスクリーンが光ったのだ。そして、映像が表示される。それは特殊戦司令センター内の様子であった。そして、映像は一人の人物にズームアップ…エディス・フォス大尉が大写しになる。そして、彼女が口を開き、音声で返答してきた。

 

 しかし、零とほむら、そしてブッカー少佐の内心ではある共通した疑問が浮かぶ。

 

 何故、あの場で真っ先に応答してきたのがフォス大尉なのか?

 

 

 

<B-1:connecting...>

 




ロンバート大佐を追う零とブッカー少佐…二人は大佐とジャムがいかにこの状況を作り出したのかを考えつく。

雪風はどうやってこの脅威に立ち向かうのか。数多に漂う膨大な可能性から何を選び抜くのか。そして、その可能性は何を呼び出してしまうのか…


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会議をしよう

「深井大尉、応答してください。聞こえますか?」

 

 スクリーンに映し出されたフォス大尉がこちらに呼び掛けてくる。大きなスクリーンに映し出されるそれはまるで映画のような雰囲気を出していた。

 

「フォス大尉、聞こえている」

 

 零は返事を返す。

 

「しかし…何故、フォス大尉なんだ?」

 

 返事の後に零は言う。これが失礼な言い方の問いであるのは零自身も分かっているものの、つい口に出てしまった。こんな問いをいきなり投げかけても彼女は何の事か理解できないかもしれない。だが、この状況だとクーリィ准将が出て、そのままブッカー少佐と話し合うものだと思っていたからこそ、この疑問が口から出てしまったのである。しかし、彼女は特に表情の変化もなく淡々と話し始める。

 

「深井大尉が望む情報を伝える為です」

「俺が望む情報だと?そちらはこちらの状況を把握しているのか?」

「はい」

「待て、俺がどんな情報を望んでいるというんだ…」

 

 そんな中、ブッカー少佐が質問を飛ばす。

 

「エディス、こちらが見えるか?」

「はい、少佐。見えます」

「では、私は今どこにいる?」

「トロル基地地下のCICです、少佐。もっと精密な位置情報が必要ですか?」

「いや、それで十分だよ。こちらは特に異常なし」

 

 そして、ほむらはこの会話を聞いて言う。

 

「私達の位置がこれで定まったと言えるのかしら」

「ああ。ジャックが言っていた通りなら、これで俺達の不確定性は消えたな」

「そうさ。フォス大尉の観測によって、だ。しかし、何かが妙だ」

「何が妙だと言うんだ?」

「いや、向こうの様子がどうにも、な…」

 

 ブッカー少佐がそう言いかけたところで、フォス大尉から音声が飛んで来る。

 

「こちらフォス大尉です、深井大尉。こちらでは雪風の行動からその心理状態を調べ、雪風が持つ行動目的の分析を行いました。そして、良い結果が得られたと考えられます」

「それはすごいな。だが、そんな事ができるのか?そもそも、何故やろうと思ったのか?」

「それについてはクーリィ准将からの命令です。深井大尉が准将と話し合った際にその点について強く望んでいたとの事で、すぐに取りかかるようにと命令がありました。そこで、MAcProⅡを使用して調べてみたのです」

「フムン。なるほど、そういう事か…」

 

 確かに准将なら自分の気持ちを感づいて動いていても不思議では無いだろうと零は考える。現に自分は准将とも会って話をしているし、彼女は事態に対処する為に機体…TS-1を用意している。もっとも、そのTS-1がいつ飛び上がったのか、自分はそれを知らないが。

 

「しかし、疑問に思った事がある。MAcProⅡは人間の行動心理を分析するツールだったはずだ。人間以外、機械である雪風に応用して使用できるものなのか?」

「現在、MAcProⅡはジャムの行動心理予想に使用中です。そして、ある程度の成果を出す事が出来たと評価できます。よって、雪風にも同じように使用可能であり、より高精度の成果を出せると考えています」

「やたら自信満々に言い切るな。で…君の予想は、雪風は何がしたいんだ?」

「対ジャム戦の継続と考えられます」

「今更な話だ。その程度ならMAcProⅡを大袈裟に使う程でもない。リソースの無駄だ」

 

 零は不機嫌そうに言う。そんな当たり前な結果が出るなんてまるで意味がない分析である、そう感じ取ったのであった。

 

「雪風はジャムと戦う為に作られ、戦場に投入された。そのように考えるのは至極当然だ。もしも、戦闘を止めたがっているとか、和睦を望んでいるなんて結果が出ればそれこそ大騒ぎだが、そうでは無かった」

「いえ、大尉。肝心なのはジャムが消えて存在しなくなっても対ジャム戦を継続したいと考えている点です」

「それは…ジャムが消えてしまったら対ジャム戦ではない。それでも戦闘を継続するのなら、それは最早暴走とも言える状態だ。君は雪風がそのような行動に出ると考えているのか?」

 

 零は強気な口調でそう言うが、フォス大尉はそれに対して何の変化も見せず、ただ冷静な口調で答える。

 

「そうではありません、深井大尉。雪風はジャムがいなくなった場合、どうやって戦闘を継続すればいいのか…その点に強い関心を持っています」

 

 それを聞いたブッカー少佐は言う。

 

「雪風は自らの制限を取り払おうと考えているのか?自己の存在価値を広める為に」

「いいえ、少佐。雪風はそのような暴走行為を目論んではいません」

「と、するとだ。ジャムが存在しなくなった場合の対ジャム戦という言葉の定義をどう捉えて解釈するのか、そういう話になるわけか」

「そうです、少佐。雪風はジャムが完全に消えていなくなった時の対ジャム戦という矛盾した状況を、解釈上で解消したいと考えているのです。ジャムがいなくなっても今までと同じ任務を継続したい。だが、それにはどう対応すればいいのか、という事です」

 

 ほむらは首を傾げて口を開く。

 

「ジャムの襲来に備えて、戦闘状態で待機かしら?」

「いや、違うだろうな。それでは受動的過ぎて自由に動けない」

 

 それを聞いた零は軽く考えて答える。

 

「フムン。それならば、ジャムを探しに行けばいい。それが唯一の方法だ」

「ああ、零の言う通りだ。つまり、対ジャム戦闘の一環として索敵任務を実施する事を雪風は人間に認めてもらいたい、そう考えているのか」

「その通り、まさにそのような分析結果が出たのです。雪風はその行動に対して人間側の承認を得たいのです。人間側に承認される事で正当な行動とする。つまり、そのような行為を行って人間を敵に回したくない」

 

 それを聞いたほむらはぽつりと疑問を言う。

 

「敵に回したくない?何故そう考えるのかしら、人間は味方の筈でしょうに」

「雪風は自らの生存に人間のサポートが必要不可欠だと考えています。そして、雪風単体では生きていくのは難しいと自覚しています。よって、そこで不都合が出る事を恐れているのです」

 

 それを聞いたブッカー少佐は驚きながら言う。

 

「そいつはすごい。ハードウェア上の制約で人間に逆らえないと考えていないという事だ。雪風がそのように考えているのならば、我々の予想を軽く超えてくるのも納得だ。この結果が事実ならば、雪風は自覚的な意思を持っていると考える事だってできるぞ。そのような目的で作られた機械ではない筈なのに、だ。エディス、確認するが…今の回答は君の個人的見解では無く、そちらで行った心理行動分析の結果から導き出した事実なんだな?」

「はい、少佐。これは根拠のない推測や思いつきの類ではありません」

 

 それを聞いたブッカー少佐は考え込む。一方、ほむらはぼんやりと画面の向こうのフォス大尉に対する違和感のようなものを覚えるが、それが明確に何なのかと結論を出す事ができずに同じように考える。そのまま場が静かになった。

 そして、そんな中で零は聞く。

 

「大尉。聞きたいのだが、そちらでトロル基地の警備システムの状況は確認できるか?」

「ええ、深井大尉。実行しました」

「では、これでロンバート大佐やジャムの襲撃に対して、そちらが探知して事前に警告を飛ばす事ができるわけだ」

「ええ、そうなります」

「じゃあ、ゆっくり聞こうじゃないか。そちらが出したという雪風の行動分析の結果を」

「了解。深井大尉、概要は先程の通りです。詳細な行動予想例や雪風が持つ考えについては具体的に質問願います」

 

 それに対して真っ先にブッカー少佐が質問を飛ばす。

 

「では、こちらから質問してもいいかな」

「ええ、大丈夫です。少佐」

「では…雪風はどうすれば人間から承認を得ることができると考えているのだろうか。また、人間を敵に回したくないという考えをどうやって人間側へ伝えたいのか。これもMAcProⅡで予想する事はできるのか?」

 

 スクリーンの向こうのフォス大尉はそれを聞いて視線の向きを変える。下の方を見て何かをしている…端末を操作してMAcProⅡにデータを打ち込んでいるのだろうか?しかし、彼女の手元は画面外で映っていない。そして、フォス大尉は再び視線を戻すと質問に対する回答を飛ばしてきた。

 

「雪風は…会議の開催を求めています」

「会議…フム」

 

 その回答を聞いたブッカー少佐は椅子に座って考え込む。そして、零はぽつりと呟く。

 

「会議?会議とはどういう意味だ…?」

 

 零にはその会議という単語がどういう意味を示すのかが想像できなかった。

 

「フォス大尉。会議とはどういう意味だ?人間側で雪風が出した要請内容について会議を実施し、それを議決して欲しいという事なのか?」

 

 しかし、その問いに対する回答は意外な方向から飛んできた。ブッカー少佐からである。

 

「議論…要は話し合いだよ、零。雪風はこの状況の打破をテーマとした討論をしたいんだ」

「何、どういう事だ?」

「今後の特殊戦の方針や対ジャム戦に有効と思しき手段。それを考えて決める戦略作戦会議に雪風自身が参加したがっている。そういう事なんだろう。そして、雪風はその場で策を提案し、それが採択される事を望んでいる…つまりはそういう事だな、フォス大尉」

「おおよそその通りですね、少佐。そのように解釈可能です」

「我々人間が雪風の参加を認めて、その意見を聞くとする…その会議の場こそが雪風にとって、人間が敵では無いと認識できる場であり、我々から見れば、雪風の行動に直接承認を与える事ができる場になるわけだ。会議の開催を望むとはそういう事だろう。要するに雪風は今後の戦略について特殊戦の人員と話し合って決めた方がいいと言いたいんだ。雪風はジャムを捜索しに行きたいが特殊戦の総意…つまり、クーリィ准将が雪風の提案を受け入れて決定してくれる事を望んでいるんだ」

「少佐の言う通りです」

 

 二人の会話を聞いていた零は困惑したように言う。

 

「ジャック、何故二人の間だけでそんなに話が通じるんだ?どうも俺にはさっぱりだ」

「私とフォス大尉…ではないぞ、零。そうだな…雪風と私、だよ」

 

 そして、ブッカー少佐はそう言うと、席を立ってフォス大尉に再び質問を飛ばす。

 

「雪風の考えはおおよそ分かった。だが、一つ聞きたい。雪風は何故ロンバート大佐と直接戦う事をしようとしないのだろうか?」

「ジャック、それはどういう…」

「零、お前もこの会話に参加すればいい。この場こそがその会議なんだよ。雪風が望む討論、つまり会議の場だ。まあ、ロンバート大佐も参加すれば話が早いが、それは無理だ。雪風は大佐を拒絶している」

「それは…」

「何故?」

 

 零とほむらが同時に疑問を口にする。だが、その問いに答えたのはフォス大尉であった。

 

「雪風はロンバート大佐が自身に搭乗してくると自分がジャム機になってしまう。それを激しく警戒しているのです」

「ジャム機になるだと?」

「混じり合う、例えるならそういう状態です」

「零。雪風とジャムが重なり合う、確率的に雪風でありジャムでもあると言える状態という事かもしれない。お前をセンサとして雪風機上から切り離した今の状態だとロンバート大佐がコクピットに乗って来たら、雪風は傍から見れば完全にジャム機と認識されてしまうかもしれない。それが怖いのだろう」

 

 ブッカー少佐はスクリーンを見ながら話を続ける。

 

「だから、雪風はロンバート大佐に触れたくない。人間が猛獣に手を伸ばす事を本能的に拒絶するようなものだ。片っ端から対空車両やBAX-4を破壊したのは大佐に対する威嚇であり、警告だ。近づけばこのようになる、と。ああ、そうだ…そういう事か」

「いや、ジャック。何故そんなにさも何もかも分かったかのようにすらすら言えるんだ?ほむら、お前はあの会話内容からこんな結論を想像できたか…?」

「いえ、全く…何が何やら。そもそも、何か変よ」

「そうだよな、俺だけが分からないわけではない。ジャック…いや、少佐。あなたがそんな確信的な説明できるのは何故なのか。そして、あなたのその自信は何を根拠にしているのか。自分はそれを伺いたい」

「フム…分からないのか?」

 

 ほむらは困惑し、この状況がどうなっているのかをアイに聞く。

 

「回答保留。私がこの場の裏側を話してしまうのは野暮というものですよ」

「それはどういう事?」

「ご安心を、このままブッカー少佐の話を聞けば分かりますよ。彼は答えを見つけていますから」

 

 そして、少佐は言う。

 

「深井大尉。これは雪風が疑似的な人格を自ら作り出して、我々に分かるようにコンタクトしてきたんだ。まあ、雪風にアドバイスをしたやつがいるかもしれんが」

 

 ブッカー少佐はそう言うとほむらの端末に視線を向ける。

 

「何だって?どういう事だ」

「感じ取ってみろよ、零。あれは、雪風だよ。エディス・フォス大尉の姿と声を再現して模倣した、雪風そのものだ」

 

 あまりの回答に零は衝撃を受ける。そんなまさか、その言葉も口から出ない程に。

 

 

 

<SSC:there is a high probability that something will happen around Homura Akemi>

<B-1:uncertainty cannot be ruled out...>

<AI:What happened ?>

 




雪風は人間側へとコンタクトを図る。そして、人間側はそれについて考える。
特殊戦の機械達は新たな脅威を探る為に動き出す。


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魔法の呪文

 ブッカー少佐の一言で零が受けた衝撃は、幼い時に受けた経験と似ていた。里親から実の子供ではないと言われた時のそれである。その時には実の親は別人だという事を子供ながら薄々感じ取っていたものの、面と向かって事実を突きつけられるとやはり衝撃は大きかった。今感じた衝撃はそれに似たものだった。あの時は自分の世界が崩れ去るような絶望感を覚えたが、今は違う。自分自身ではなく周囲を否定する術を得ている。しかし、それでも衝撃は大きい。雪風が疑似人格を作って自分にコンタクトしてきた。この事実は自分の中の常識を揺さぶるには十分すぎる程だった。これが現実なのか疑ってしまうほどに。

 

「本当なのか?…フォス大尉」

「深井大尉、雪風は会議の継続を望んでいます」

 

 画面の向こうのフォス大尉はそう答えた。表情一つ変えずに。肯定も否定もない。しかし、これは肯定であると零は考える。本物のフォス大尉であれば、ブッカー少佐の発言を即座に否定しているはずだ。よって、これは雪風が意思を伝える為に作り出した疑似人格で間違いない。そして、先程の問いに対して否定も肯定もしなかった事が自身のショックを和らげることに繋がった面はあると零は思う。これで「そうだ、私が雪風だ」などと堂々宣言されていたら、それこそ自分の常識が崩壊し、雪風に対する印象が全く別のものに変容しただろう。しかし、それは回避されたのであった。そして、どこかホッとしながら零は言った。

 

「ジャック、これはエージェントみたいなものだよ…雪風の。よって、これがすなわち雪風そのものとは言えない」

「そうかもな。人は誰かと話している時、無暗に地を出さないようにする。それだって、自分の代理人を無意識の内に心の内に作り上げて、都合よく喋らせているようなものだ。それと同じ意味ではエージェントだな」

 

 しかし、ブッカー少佐の返事を零は心の内で否定する。雪風は「お前は雪風か?」という意味の問いに答えなかった。それはつまり、雪風はそれを肯定する材料を持ち合わせていないのかもしれない。雪風には「自分」という明確な概念を持ち合わせていない可能性も思い浮かぶ。そう考えると、あの疑似人格は「雪風が作り上げた役者」なのだとも思える。台本を作り上げ、それを役者が演技をして読み上げる…そうすれば性格を持った架空の人格を作り出す事ができる。つまり、あれは人間の思考をシミュレートし、それを基として「台本」に当たるものを作り出す。そして、疑似人格に演じさせたのだ。台本はこちらの反応を受けて随時追加されていく。そうすれば会話にも対応できるはずだ。

 しかし、自分の考えとブッカー少佐の考え、どちらかが正しいとしても状況に変化はない。我々が話す事ができるのは雪風そのものではなく、雪風が作り上げたこのフォス大尉なのだ。

 

「ジャック、こんな話は不毛だ。雪風は雪風だよ、特殊戦一番機である雪風だ。FFR-41という体を纏い、幾多の実戦経験を持つ。それこそが雪風の自己だろう」

「普通の状況ならば、な。私達はそれを取り戻さねばならない。だからこそ、雪風の望む会議を続けようじゃないか。フム…そうだ、さっき言った奇跡も見せてやるよ」

 

 そして、ブッカー少佐はスクリーンに向かって言う。

 

「フォス大尉。こちらの姿が見えるか?」

「ええ、見えます。少佐」

「私は君のすぐそばに立っている、それで合っているか?」

「合っています、少佐」

「では…雪風へ、こちらブッカー少佐。私を本来いる位置に戻せ。特殊戦司令センター内、エディス・フォス大尉の隣だ。会議はそこで続ける、その場にいるクーリィ准将や他の面々を加えてだ。さあ、命令を実行しろ」

 

 それを見ていた零は心の中で思う。ああ、これが魔法の呪文とやらか…と。そして、スクリーン内の映像が一度暗転する。そして、再び映像が映る。それは司令センター内を広角で映したものだった。そして、フォス大尉の隣にはブッカー少佐が立っていた。入れ替わったかのようにこの部屋から消えている。宣言通りの奇跡が起きたのだ。ただし、画面は静止画だ。全てが止まっている。

 

「ブッカーさんが消えた…ワープした?」

「いや、不確定性が無くなったんだ。ジャックは司令センターにいる、本人が雪風にそう確認しただろう」

「なるほど、本来いた場所に位置が定まった、と…アイも同じ手を使ったのかしら」

「しかし、ジャックの持ち物はそのままか。サバイバルガンや使っていたヘッドセットは机の上に置き去りだ。よって、ジャックがここにいたのは間違いない」

「では、大尉殿が本来いるべき位置はどこなのかしらね?」

「それは決まっているだろう。雪風のコクピットだ」

「じゃあ、上に戻らないといけないわね…近くにエレベーターとかは無いのかしら」

 

 ほむらがふと呟いた途端、室内に異変が起きた。

 

「おい、ほむら。何をした」

「えっと…上に戻らないといけないな、とぼんやり考えたら急にこれが現れて…特に何もしていないわ」

 

 そこにはエレベーターがあった。スクリーンの前に突然現れたのである。

 

「なんてこった。これに乗ったらどうなるか…」

 

 零の問いにアイが答える。

 

「何事もなく地上に出るでしょうね。無自覚とはいえ、そう願ってしまったのだから」

「フムン、それならば乗ろう。会議の続きは雪風の機内でやった方がいいかもしれない」

「そうね。後席は空いている?」

「ああ」

「じゃあ、そこで会議の続きを見学させてもらうわ」

 

 零はブッカー少佐の残したサバイバルガンを抱えると、ほむらと共にエレベーターに乗り込む。一階のボタンを押し、扉の閉ボタンを押す。すると、扉は閉まった。内部はごく一般的なエレベーターと変わらぬ造り。頭上でモーター音が鳴るものの、エレベーターが動く時に生じる揺れは無い。

 

「このまま扉の前に雪風がいれば楽なのだが」

「そうね、大尉殿。この状況だとあまり歩きたくはないもの」

 

 そして、地上に着いたらしく、扉が開く。そこは地下格納庫の地上出入口前であった。しかし、どうも靄が出ている。エプロンの視界は良好とは言い難い。零は雪風に向かって歩き出す。しかし、ほむらが零に声をかける。

 

「深井大尉、あの機体がどうかしたの?」

「何?」

 

 ほむらの声でハッとする。目の前の機体は確かに別物だった。見たことも無い機体だ。前進翼、2枚の尾翼、独特な形状のキャノピー…しかし、機体にはFFR-41MRや B-503と記載されている。更にキャノピーの前にはやたら達筆な大きな字で「雪風」と書いてある。そして、キャノピー下の搭乗員名には「機長:深井零中尉」と書かれている。

 

「おい、ほむら。見てみろ」

「雪風と書いてあるけども…大尉殿、何か心当たりは?」

「いや、全く無い。こんな形状の機は見た事も聞いた事もない。しかし…あの機首に書かれた字はやたら達筆だ、誰が書いたんだ」

 

 これはいったい?そう疑問に思っていると、キャノピーの方から無線の音声が漏れ聞こえる。零は興味本位で謎の機体の整備用インターホンにヘッドセットを接続、どうしても気になったのでこの無線を聞いてみる事にする。これはジャックの声か?

 

「おい、誰か…今、雪風の周りにいるか?どうも様子が変だ。トロル基地にいるという表示が出ている」

「ジャックか?」

「なんだ、監視カメラに映った人影は零だったのか。ちょうど雪風の側にいたのか…憲兵隊はどうした?雪風の周りを囲んでいたはずだが」

 

 無線に繋がった。この機が勝手に繋いだらしい。

 

「フムン。ジャック、今どこにいる?」

「何を言っているんだ。今はバンシーのCICだよ、この撤退騒ぎで忙しくて周りはみんな殺気立っている。それよりも妙だ、雪風がおかしな表示を出している。確かにバンシーの格納庫内にいるはずなのに」

 

 無線の先のブッカー少佐が話す内容が掴めない。未知の機体、未知の状況。そして、無茶苦茶を起こす魔法少女の存在。これは奇妙な事がまた起きたに違いない、先程のエレベーターのように。

 おそらく、こいつは別の可能性の雪風をどこかの並行世界から引っ張ってきたのだろう…そこにいる魔法少女の影響によって。アイツ、今度は何を願った?それとも無意識に何かを起こしたか。だとすると、厄介な事になる気がする。このままでは何か大きなトラブルを呼び込みかねない。

 

「そうか、そっちでデータリンクの状態を見る事ができるか?多分面白いものが映ると思う」

「出来るが…なんだこれは!?おい、データリンク先にB-1雪風、B-13レイフ…?どういう事だ!?」

「さあ?もしかすると、これもジャムや何かの仕業かもしれないな。早く整備を呼んだ方がいい」

「可能性はあるな。交渉してみよう」

「ちょっと席を外すから通信を切るよ。グッドラック、ジャック」

「おい、待て…」

 

 このままこの機の側にいるとどこか別の空に飛ばされそうな気がする。だが、この雪風に相応しいのは自分ではない。この機にはきっと別世界の俺が乗って戦うのだから。そして、零は謎の機体からヘッドセットを抜いた。すると、靄が晴れていく。それと共に謎の雪風も消えていく。そして、零は振り返ってほむらに言う。

 

「ほむら、今度は何を願った?アイツはどこかの並行世界の雪風に違いない、そいつを引き寄せたんだろう」

「そうは言うけれど…心当たりがないわ」

「フムン。無意識にこんな事象を起こしたとなると嫌な予感がする」

 

 そして、零の一言に対してアイが言う。

 

「先程からSSCや雪風がほむらさんの身に何かが起こると警戒しています。不確定要素が増え続けている、と」

「なんだって?つまり、今起きた現象はその増えているという不確定要素の影響だと?」

「そうですね。彼女の周りは可能性が重なり合って不安定な状況になりつつあります」

「つまり、一刻も早くこの事態を収束させねば厄介事が増えかねないという事だな」

「ええ」

「では、終息に向けて動くしかあるまい」

 

 零は端末を取り出す。そして、それに対してこう言った。

 

「こちら深井大尉。B-1雪風へ、合流したい。至急だ」

 

 すると、見知った雪風が眼前に現れた。まるで今までそこにあったかのように。最早いちいち驚いてはいられない。零とほむらはラダーを登って機内に入る。前席に零が座り、後席にほむらが座る。メインディスプレイは起動状態であり、特殊戦司令センター内の映像が映っている。映像は相変わらず動く様子がない。静止画のままだ。

 

「司令センターは止まったままね」

 

 後席のほむらは言う。

 

「おそらくだが。この状態が雪風の見ている現実なのかもしれない」

「つまり、世界はおかしいままだと?」

「ああ。だが、雪風はきっと条件が揃う事を待っているのかもしれない。会議に必要な人間が揃うまで待っているとか、そういったものだ」

「あり得るわね。そう考えると、この空間は時間なんて無関係なのね…時間に干渉できなかった理由が分かるわ」

「時間に干渉?」

「ただの魔法よ。使えなかっただけ」

 

 すると、ディスプレイの映像が動き出した。

 

 




零は動く、この事態を収束させるために。
一方、特殊戦のコンピュータ達はほむらの周囲に起こるであろう異変を警戒していた。
当の魔法少女は困惑したまま。


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特殊戦は健在なり

そろそろ終わりが見えてきました。


 メインディスプレイの中のこの映像は録画されたものだろうか?画面の中ではフォス大尉とブッカー少佐が司令センター内で話し合っている。

 

「少佐、MAcProⅡの行動予想結果について、どうも引っかかる点がありまして…ここですね、『ジャムは何かしらの欺瞞手段を用いて、FAFのコンピュータ群を正常ではない状況に追い込んで性能を低下させる。そして、FAFを自滅に導く戦術を使用するだろう』…そして、この予想に付帯したコメントなのですが、『ジャムは人間ではなく電子的や光学的手段で機械に幻覚を見せる方法を選ぶだろう。しかし、それはその方がジャムにとってやりやすいからであり、本当は人間そのものに欺瞞情報を受け取らせたいと考えている可能性が高い』とあります。人間そのものに…の部分をどう解釈すればいいのか判断できなくて」

 

 このフォス大尉の発言に何かが混じっている。ノイズのように何か声が混じっている。これはフォス大尉の呟きだ。零はそう気が付いた。すると、画面が再び止まり、会話も止まる。しかし、呟きだけは続く。

 

 人間に直接欺瞞情報を入れる?どうやってなのか?どう考えて解釈を出せばいい?しかし、方法についてMAcProⅡは答えない。ジャムが何をしてくるかについては我々人間が考える必要があるだろう。MAcProⅡには人間のように膨大な知識や経験はないのだ。その為、本来のMAcProⅡはマークBBという巨大なデータベースに接続、そこの膨大な行動データ集を得て使用するものである。だが、ここFAFでは地球にあるそれには接続できない。そして、MAcProⅡは元々予想する為のソフトウェア、推測に推測を重ねるような質問事項には回答しないように作られている。それでも、こちらが考えもしないような回答を出してくる事がある。そういう場合はよくその内容を検討すべきだ。それこそこのツールの本質といってもいい、凝り固まった自分の常識を広げてくれるツールでもあるからだ。その時の私もそのように判断した、これは検討に値すると。もし、ジャムがこれをやってくるとしたら、どのような手を使ってくるだろう?

 私はこう考える。ジャムがそれを実行する場合、ウイルスや細菌、化学物質による人間の神経に対する直接攻撃はしてこないだろう。機械に対して妨害行為や欺瞞情報を与えてくると予想があった。よって、それを捉えるセンサやシステムを破壊することはない。機能を破壊してしまっては欺瞞の意味がないのだから。ジャムは機能そのままの状態で味方を敵と誤認させるような手を使うはずだ。ジャムはFAFを自滅させる為に既存のシステムをそのまま利用してくる。よって、ジャムは人間の持つ生物的なセンサに対して何かしてくるだろう…

 

 そして、また映像が動き出す。会話が再開する。

 

「つまり、ジャムは人間の五感や神経系そのものを狂わせるわけではなく、その機能をそのまま利用して錯覚を起こさせたい、ジャムがそう考えているのだと、MAcProⅡはそう言いたいのだろうと私は解釈しました。しかし、具体的に何をやるのか、それは私には見当もつきません。少佐はどのように考えますか?」

 

 画面の向こうのブッカー少佐はそれを聞くと、少し考えてから言った。

 

「そうだな…それはトリックを仕掛けるという事だ。心理トリック、ミステリの謎解きと同じ。犯人がその場にいるのに読者はそれに気が付かない、そういうものを考える推理作家と同じ能力が必要だ。見ていて当たり前と思っていた世界が視点を変えたら実は異様な状態だった…そんな心理トリックを使った傑作作品は多い。だが、ジャムには人間の常識的な視点が理解できているか怪しい。よって、同じ事はできないと思う。それでもやるとしたら…物理的なトリックを使うかもしれない、道具を使うような。しかし、ジャムはコンピュータには幻覚や錯覚を見せることができる…つまり、既にコンピュータには心理的トリックを使用している可能性があるとも考えられる。フム、なるほど」

 

 そのブッカー少佐の話が終わると、画面はまた止まる。そして、フォス大尉の呟きがまた流れ始める。

 

 ブッカー少佐がミステリの話をしてくるとは意外だった。彼は読書家だ、読んでいても不思議ではない。ただちょっとジャンルとしては意外だっただけだ。しかし、そのような知識を出してくるというのは、実に彼らしい解釈ではある。そして、それならばMAcProⅡのコメントに対しても筋が通る。なるほど、と私も素直に思う程だ。今現在、パイロットや地上職員のような人間にはジャムによる錯覚を起こすような操作、攻撃は受けていないと思われる。しかし、ジャムがそれを実行したいとする場合、心理的トリックを使えないなら物理的トリックを使ってくる可能性は高い。だが、物理的ならどのような道具を使ってくるか、それが謎だ。もしや…今、深井大尉が捕まえようとしているジャム機がその道具か?そう考えると…いや?なんという事だ、こんな考えが急に浮かぶなんて…まったく考えも及ばないような話だ。これは要検討事項に間違いない。しかも、事態は急を要する。今すぐにでも動かなければならない程の。MAcProⅡはジャム機の捕獲について、私とは違う判断を下すかもしれない。それは…

 

 呟きはそこで途切れた。ヘルメットのスピーカーからは何の音も出ない、完全なる無音だ。そして、零とほむらは同時に呟く。

 

「今のはいったい…?」

「分からん」

 

 そして、零は考える。先程の呟きはもしかするとフォス大尉の心の声なのかもしれない。彼女が心の内で考えていた内容。しかし、これを流す意味とは?雪風が捉えた現実というものがこれだったのか、それとも雪風が作り出した創作か。まず、今の会話は実際にあった会話なのだろうか。だが、今の映像は生中継でない事は確かだ。内容から察するに、これは過去の話だ。自分がジャム機とぶつかったと思われる事象よりも前の話である。そう考えていると、無線から声が聞こえた。

 

「こちら特殊戦司令センター、エディス・フォス大尉です。聞こえますか?」

 

 メインディスプレイにはフォス大尉の姿が映っていた。ヘッドセットを付け、身を乗り出してカメラの位置を調整している様子が見える。

 

「深井大尉、聞こえますか?」

「こちらB-1、深井大尉。聞こえている。感度良好、映像も映っている。こちらは今、雪風機内。後席にはほむらもいる」

「こちらで状況は把握しています。今の映像は司令センター内でも流れていました。ええと、あれは実のところ事実です。あの独り言には確かに覚えがありますから。私はあの時、いつもと違って不思議と思考の流れがやたら奇麗に意識できていた気がする…いつも考える時はもっと断片的というか、筋道がしっかりしたものではないのに。あの時ばかりはまるで誰かに説明しているような感じ、確かにあの呟きは自分の考えを再現したものに間違いないわ。とても信じられないけれど。この状況は…雪風に私達の心の奥底を全て見られている、医師としてとても使いたくない表現だけど、この言葉が一番しっくりくるわ」

「フムン。これだけ奇妙な事が起きているんだ、俺にはそこまで不思議と思えないよ。エディス」

 

 フォス大尉はため息をつきながら言う。

 

「実に深井大尉らしい反応ね、間違いなくあなたは本物よ。でも、私には天地がひっくり返るような衝撃だったの。でも、いいわ…あなたには私の受けた衝撃なんて関心がないでしょうからね。あなたが関心のありそうな話にしましょう。この現象がいつの時点で発生していたかについて」

「なんだと?」

「さっきの会話から考えると、雪風はジャム機を捕獲しようとしたあの時よりも前から私達の心の内を読むことができたのではないか…そう思ったのよ。つまり、あのジャム機と接触する前からこの異変は発生していたの。よって、あのジャム機に物理的トリックなんて仕組んでなかった。そうなると、事前に考えた予測が全てひっくり返ることになるわ。MAcProⅡの結果も考え直さないといけなくなるぐらい」

 

 零はフムンと頷いて言った。

 

「つまり、エディスの賭けは大外れだったわけだ。まあ、そっちの心理的ショックはともかく。こちらとしては、ジャムの思惑も解釈の問題に過ぎない。肝心なのは雪風だ。こんな事をして、俺達に何をさせたいのか。これから何をさせたいのか…これを知る必要がある。ところで、ブッカー少佐はそちらにいるか?」

「いえ、少佐は見当たりません」

 

 すると、無線に別の通信が入り込む。

 

「零、私だ。フォス大尉に八つ当たりするのはやめておけ。それと…雪風が望んでいるのは変わらない、会議を続けることだ。戦略会議の続行だよ」

「ジャック、今どこにいるんだ?」

「特殊戦メインエレベーター、それに乗って降下中。おまえ達の会話はここでも流れている」

「今のジャックにこれまでの話は通じる。それでいいんだな?」

「ああ、記憶は連続している」

「しかし、なんでそんな所に」

「知らん。だが、変な所でないのが救いだ。知らない所に放り出されたら絶望的だろう」

「確かに」

「今の状況は…まるで同じ事を繰り返しているような気分だ。鹵獲ジャム機と雪風の様子を見るために外に出た辺りに近い。さっきまでトロル基地のスクリーンの前にいたのに、気が付いたらこれだ。記憶は連続しているだけに奇妙な感覚だ。おそらく、私がいるべき場所という概念がトロル基地からここに変更されたんだ。そう解釈できる。まあ…とりあえず、私は無事だよ」

「了解した、少佐」

「こちらブッカー少佐、今から司令センターに戻る」

「了解。エーコ中尉から報告です、少佐がエレベーター内にいる事を確認した、と」

「分かった。これもデジャブだな。そうだ、クーリィ准将は司令センターに戻っているか?」

「少佐、もう一度お願いします。聞き取れません」

 

 すると、無線が途切れた。そして、再び呟くような声が聞こえる。今度はブッカー少佐の声だ。

 

 行方不明になったのは深井大尉の方ではない。むしろ、我々特殊戦の方だ。准将が深井大尉に雪風を探せと命じたのは、我々特殊戦を見つけ出してほしいという意味を込めたメッセージだったに違いない。

 

「これは、そうだ。そういう事か」

 

 呟きを聞いた零はそう言った。

 

「どうしたの、大尉。私にはさっぱりよ」

 

 ほむらはその一言について尋ねる。

 

「これはどこかの時点で少佐が心の内で思った事を、雪風が再現して流した音声だ。この音声を流す事で雪風はこう言いたいのだろう。確かに特殊戦全員を見つけ出したぞ、と」

「つまり、特殊戦の不確定性が消えて、あるべき場所に皆が揃ったと言いたい訳ね」

「そうさ、これは准将のメッセージを果たしたという宣言だ」

 

 すると、無線が復活し、ブッカー少佐の声が聞こえてきた。

 

「エディスの言った衝撃が実感できた、驚いた。確かに、私は過去にそう考えたよ。これは本当に心の内を全て読まれている。いや、違うな。自分の気持ちを雪風に分かりやすく説明していたんだ、無意識のうちに。気持ちを言語化させられている、雪風にそう誘導されているんだ。今も継続して、だ」

 

 そこで無線が止まる。メインディスプレイの画面も変わる。また、雪風が再現した映像に切り替わったのだ。そして、その再現された司令センター内でブッカー少佐が話し始めた。

 

「雪風帰還せず、この結果を受けてMAcProⅡは計算が止まってしまった。つまり、これ以上予測できないという事だが…フォス大尉、これはどう考えればいい」

「ジャム機の捕獲成功と雪風帰還せず、この二つの結果が両方起こるという事をMAcProⅡは予測しなかったのです。よって、想定外の結果にこれ以上の計算ができなくなりました。ここから先は更に事実…今まで起きた結果を入力しないといけません。しかし、どちらか片方の結果しか実際起きていなかったとか、ジャムは雪風と深井大尉の分離を狙っている事実が無かったとか…前提条件が誤りだったという事実があれば、MAcProⅡの状況は変わりますね。ある時点から計算をやり直す事になります」

 

 それを聞いて誰かが話し始めた。これはクーリィ准将の声だ、画面には映っていないが。

 

「ジャム機と雪風が入れ替わったと考えた方が矛盾もなく、自然に思える。MAcProⅡが出したあの結果は信用できるの?」

「これはレトリック…文章上の表現です。そう考えてください、准将。これを解釈して隠された意味を見出すのが私の役目です」

 

 画面に映るフォス大尉は動いていない。だが、もう気にする必要はない。これは再現であり、雪風の視点から見た映像なのだ。零はそう考える。

 

「では、その解釈とは?」

「ええ、そうですね…ジャムの狙いが深井大尉と雪風の分断であるという予測が正しいとすると、素直にやってきたあのジャム機は罠でしょう。それこそ、MAcProⅡの予測に対する解釈について少佐と話した、人間に対する欺瞞情報を与える手段。その為のトリックを使うでしょう。心理的ではなく、物理的な」

「その話については私も聞いていたわ」

 

 准将が言う。そして、フォス大尉が振り返った。それを見た零は気づく。画面の中の映像はいつの間にか今現在のものに変わっている事に。

 

「今の状況は異常だと雪風も感じ取っており、それを解消する為のヒントをこれまでの会話の中から探そうと、雪風はそう提案したいのだろう。私はそう考えるわ」

 

 准将がいつも通りのはっきりした口調で言う。そして、零は無線に対してこう言った。

 

「そうだ、フォス大尉。雪風はMAcProⅡで再計算する事を望んでいるんだ。雪風はジャム機の捕獲を行えなかった。そして、ジャム機がフェアリイ基地に着陸したのはこちらに投降する意図ではない。だが、それがどういう狙いかまでは分からん。そして、ジャムの狙いが俺と雪風を分離するつもりだったのならそれは失敗だ。現に俺と雪風の繋がりは保たれたままだし、ますます強くなったと思える。逆に、それが狙いだったとも言えるかもしれない。この俺の意見も加えて再計算してほしい」

「了解。これはふと思った仮説だけど、ジャム機が着陸した理由はほむらちゃんかもしれない。彼女の位置を定める為に」

「かもしれない。そこまでやったからには何か意味があるだろうな」

 

 准将が命令を出す声が聞こえる。司令センターはある程度落ち着いたと考えていいだろう。さて、ここからどうするか。零がそう考えた時である。アイが何か言ってきた。

 

「さて、私達はそろそろ帰還しましょうか。ここから先はパイロットの仕事でしょう」

 

 それを聞いたほむらは聞く。

 

「帰る?司令センターに戻るというの?」

「そうですね。雪風とSTCから頼まれた私達の任務は完了しましたから」

 

 要請された任務はトロル基地で深井大尉とブッカー少佐を護衛する事。アイの言う通り、それは正に達成された。このまま雪風機内にいても深井大尉と飛び回る事になるだけだ。

 

「だ、そうよ。深井大尉、私は一足先に帰還するわ」

「そうか。しかし、大変な目にあったな」

「ええ、帰って休みたいわ…」

「まあ、もうしばらくの辛抱だろう。司令センターに行けばどうにでもなるさ」

「そうだといいけど」

 

 そして、アイは言う。

 

「では、帰還しましょうか」

「深井大尉、幸運を」

「そっちもな、グッドラック」

 

 そして、ほむらは消えた。おそらく、あの人工知能がほむらの位置を雪風機内から司令センター内に定めたのだろう。しかし、妙だ。ブッカー少佐の場合は位置の移動でも場面に前後の繋がりがあるような話をしていた。だが、ほむらの場合はそんなものも関係なく移動している感じがする。もしや、オカルト的存在だったというあの人工知能の力だろうか?零がそう考えていると、無線が鳴った。

 

「MAcProⅡにデータを入れるのは簡単だ。だが、何を入力するか。それが問題だろう…おっと、零。こっちが見えるか?」

 

 ブッカー少佐がメインディスプレイに映る。司令センターに戻ったのだろう。

 

「ああ、よく見えているよ。そっちは落ち着いてきたみたいだな。ほむらがそっちに行ったぞ」

「何?…まだ見当たらないな。こっちは部隊としては落ち着いてきた、日常には程遠い状況に変わりはないが。ジャムは面倒な手を使った、時空や物質の在り方…つまりこの空間そのものを無茶苦茶に書き換えたんだ。それが連中の仕掛けたトリックだ。それは物理的であり、心理的な面も含む。しかし、タネがあるならやりようはあるだろう。この空間を脱する手、その方法は何かしら必ずあるはずだ。だが、MAcProⅡでは答えは出せないだろう。よって、今現在の状況をどう解釈するか、それが肝だ。フォス大尉の考えだと、いつジャムがこの攻撃を仕掛けてきたか、それが重要だと」

 

 フムン、と零が呟く。すると、後席から声が聞こえる。ほむらは消えたはずだ。いったい誰が?

 

「それなら、自分が役に立つかもしれませんよ。大尉」

 

 零が振り返って後席を見ると、そこには桂城少尉がいた。そして、機内に鳴り響くエンジンの轟音。レーダーが何かを捉えた警報音も鳴り響く。急に体にのしかかるGと下半身にGスーツの圧がかかる。間違いない、今は飛行中の状態だ。それを認識した零は反射的に操縦桿とスロットルを握りなおす。そして、レーダーを見て気が付く。ああ、今は空戦中だ、と。

 

 

 

 ほむらはハッと意識を取り戻す。そこは特殊戦区画内の通路であった。そして、端末に繋いだイヤホンからアイが声をかけてくる。

 

「無事帰還しましたね」

「そうね。でも、この移動方法って本当にブッカー少佐と同じものなのかしら?」

「厳密には違います」

 

 そして、アイは言う。

 

「私だってウワサと言われたちょっとした怪異ですからね。なので、ちょっとイカサマを使ってみただけです」

「イカサマ?」

「元の世界と同じ能力を使える可能性を手繰り寄せた、という事です。それでデジタル空間…厳密には結界内と同じ要領で物体の座標をいじっただけですよ。まず、元の世界の力は『結界内で使う事ができる』と条件を与えます。そして、結界を『自分の存在する空間』ととりあえず解釈します。次に、フェアリイ星…この歪んだ空間にその解釈をちょっと強引に当てはめて、今自分のいるこの場所を『自分の存在する空間』とする事で力を使う事ができる条件をとりあえず満たしたのです」

「あなた、さらりととんでもない事やっているわね…」

「でも、流石にそれだけの可能性を拾い出して再現するには必要な要素が足りませんでした。よって、力を使うには特定の条件が必要という制限付きです」

「制限?」

「オカルト要素ですよ、例えるなら魔力のような。タイミングよく魔法少女というちょうどいい存在がこうして現れたので、そこからちょっと概念を拝借する事で力を実現する事ができました。まあ、この空間をどう解釈しようとこの星にオカルト要素なんてありませんからね、そのままだと何もできませんよ。なので、あなた相手にしか力を使えません。もっとも、他に魔法少女か魔女でもいれば別ですが」

「私限定か…」

「まあ、こうして無事帰還できたのだから問題ないでしょう。どうせ、この騒動が終わったらまた力も出せなくなりますし」

 

 そして、それを聞いたほむらは軽い疲労感で出たため息をつきながら司令センターへと入っていく。その後ろに紫色の靄が漂っている事に気が付かないまま。

 

 

 

「ふふ…やっと繋がった」

 




雪風は人間の思考からこの状況の解決策を探る。そして、それに気が付いた特殊戦の人間達も考える。

だが、妖精の空に異物が迫る。しかし、今はだれもそれに気が付かない。


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トリックを破る術

「右旋回、そのまま追跡。あいつはこのまま振り切るつもりだ」

 

 後部座席から桂城少尉の声が飛ぶ。零はその声に合わせて操縦桿を右に倒して引く。グッと強いGが体にのしかかる。ディスプレイにはTYPE7と表示が出ている。そんなジャムのタイプがいただろうか?一瞬そう考えて思い出す。ああ、あいつは不可知戦域に俺達を誘い込み、接触してきたやつだ。そして、先に捕まえようとした相手である。視線の先にいるのはまさにそれだ。夢から覚めたような気分だ、今は捕獲しようとしている最中か?記憶が混濁している、今はどのタイミングなのだ?そして、その混乱から抜け出すべく、後席の桂城少尉へ疑問を飛ばす。

 

「少尉、何故ここにいるんだ?どうやって雪風に乗り込んだんだ?」

「そうですね、いい表現が見つからないけど…わかりやすく言うなら密航ですね。あなたに化けて少佐の乗るTS-1後席に乗ってきたのですよ。おっと、目標加速、追いつけるかな。TS-1は身軽で足が速いから」

「何?あいつは新型のジャム…TYPE7だろう」

「いや、そうでもある。でも、ロンバート大佐が乗り込んだTS-1でもある。つまり、あいつはFAF最新のエンジンであるマークⅪを載せたシルフィードでもあり、ジャム機でもあるのですよ」

 

 その桂城少尉の言葉で今の状況を判断する事ができた。つまり、このジャムはトロル基地から飛び上がったTS-1である。しかし、ロンバート大佐が乗った事で新型のジャム機でもあるのだ。こいつこそ探し求めているロンバート大佐そのものだ。スロットルを押し込んで追いかけようとする。しかし、その操作から加速がつくまでの間、僅かなタイムラグがどうしても生じてしまう。このラグの間にジャム機との距離が広がる。だが、更に問題が起こる。このまま加速しなければならないのにアフターバーナーが点火しない。零は反射的に計器を見る。燃料不足の為、自動的に操作がカットされたらしい。アフターバーナーはエンジンの排気ガスに燃料を噴射し、それを燃焼させる事で爆発的な加速を生み出すことができる。だが、それ故に短時間の使用でも膨大な燃料を消費する。よって、燃料不足の状況下で使用すると燃料切れになる危険が大きいのである。このままでは追いつけない…万事休す、そう考えた瞬間に桂城少尉が後席から言う。

 

「ランヴァボンが目標をレーダーコンタクト、目標追尾を引き継ぐと連絡してきた。大尉、大丈夫ですよ。他の特殊戦機がロンバート大佐を逃がさない」

「では、燃料補給しよう。一番近い給油ポイントを探せ」

「了解」

 

 

 

 暁美ほむらは特殊戦司令センターの中へと入る。司令センター内は先程の無人の状態から一変、人員もすっかり元通りで皆作業に当たっていた。そして、ほむらの存在に気が付いたブッカー少佐がホッとした表情で駆け寄ってきた。

 

「ほむら、よく帰ってきた。安心したよ」

「ごめんなさい。騒動に巻き込まれてしまって…」

「いや、仕方がないさ。不可抗力ってやつだ。まあ、これで無事解決…と言いたいところだが、まだ終わっていない」

「それは…ロンバート大佐かしら」

「ああ、そうだ。我が特殊戦戦隊機が集結して追いかけている」

 

 そう言うと、ブッカー少佐は司令センターのメインスクリーンへと視線を向けた。雪風の表示が見える。そして、そのすぐ近くにはレイフがいる。更にその周囲には点々と特殊戦各機の表示があった。それぞれ散らばって飛び回っているらしい。

 

「深井大尉は無事雪風に乗って飛んでいるようね」

「ああ。だが、無線の様子だと後ろに桂城少尉が乗っている」

「いつの間に…あの妙な移動手段で乗ったのかしら?」

 

 ほむらは驚く。てっきり、雪風後席に最後に乗ったのは自分だと思っていたからである。

 

「いいや、話はもっとシンプルだ。どうやら、TS-1の後席に乗っていたのが桂城少尉だったらしい。私の後ろに乗ってトロル基地に移動したんだ。私が零だと思った同乗者がそれだ」

「なるほど、それで桂城少尉は物理的に移動してトロル基地から雪風に乗ったという事ね」

「そういう事。しかし、雪風はまだ会議を続ける気なのだろう。無線で機内の会話を飛ばしてきている」

 

 ブッカー少佐が言う。よく聞くと、スピーカーからたまに深井大尉と桂城少尉の声が聞こえてくる。今はどうやら空中給油という作業を行う為に移動中らしい。そして、ほむらは首を傾げる。空中でどうやって燃料補給をするのだろうと。

 

「ああ、例の講習では空中給油は未経験だったな。その言葉の通り、空中で燃料を補給するんだ。わかりやすく説明すると…補給を受ける機体と、燃料を満載した給油機との間に燃料パイプのようなものを直接繋いで補給を受ける、一般人からすれば曲芸に思えるかもしれんな」

「そんな事ができるのね」

 

 少佐の説明を聞いてほむらはイメージを膨らませる。実際、機体に乗って飛んだ経験は大きかったらしい、それでおおよその様子をイメージし、なんとなくだが、空中給油がどういうものかを理解する。

 

「つまり、飛行時間を延ばす事ができると」

「その認識で合っている。雪風はもう燃料が残っていない、地上に降りて補給するよりもこちらの手段の方が早いんだ」

 

 少佐の説明を聞いてほむらが頷く。すると、スピーカーから深井大尉と桂城少尉の会話が聞こえてくる。二人の会話はどうやらロンバート大佐についての話らしい。大佐が地球に向けて宣戦布告のメッセージを書いた手紙を出したというのだ。桂城少尉によると、その時点でフェアリイ基地の様子は一変し、本来ありえない場所…滑走路に郵便ポストがあったというのだ。

 

「…自分にとって、自分とはそれこそ特別な存在だ。ジャムはそれを調べたのだろう」

「どういう事です?」

「雪風は俺達の心の奥底を読んだだろう、これと同じだ。先にそれをやったのはジャムかもしれない」

「そうか、つまり…ジャムは人間を意識単位まで分解、それを解析しているという事なのか。体という物質的なレベルを超えて、もっと徹底的に。なにしろ、心の奥底まで調べるぐらいだ」

「君は大佐に対して、意識とは言葉そのものだと言ったそうだな。ジャムが調べているのはそういった言語意識なのだろうか」

「そうかもしれません。大佐の手紙にもそれと同じような考察が書かれていました。大佐が言うには、人間の言語能力とは人の無意識野での思考を疑似的に再現しているものだそうです。よって、ジャムは言語によって表された人間の意識を調べ、それを辿ることで人間の思考を捉えた。そして、ジャムはそれを解析する事に全力を注いでいるのだろう、と大佐は考えたらしい」

「よし、この考えを司令部に伝えよう。桂城少尉、司令部に繋げ」

「了解。雪風の望んでいる会議ですね。司令部、こちら雪風」

 

 しかし、深井大尉と桂城少尉のその会話は全て司令部に筒抜けであった。ブッカー少佐が無線に言う。

 

「こちら特殊戦司令部、ブッカー少佐だ。今の会話は全てこちらでも聞いている。全部中継されているんだ。つまり、会議はまだ続いているという事だろう」

「なんだって?」

 

 桂城少尉は驚いて言う。

 

「普通じゃありえない。盗聴か?」

「いや、少尉。これは雪風がやっているんだ。雪風は会議に付きっ切りなんだろう、なにしろ操縦は全部こちらに投げているからな」

 

 そう深井大尉が言う。そして、ブッカー少佐が無線を飛ばす。

 

「そうだ。これは現状を把握し、この状況を打破する案を探す作業でもある。こちらでも各コンピュータをフル稼働させている。そちらは警戒を続けろ。雪風は知っての通り、かなりの負荷がかかっている。よって、人の手でその分をカバーする必要がある。そちらの技量の見せ所だぞ。ああそうだ、零。ほむらは無事に帰ってきた、安心して飛んでくれ」

「了解。別に心配はしていないが…後は任せた。アイツも疲れているだろう」

「こちらフォス大尉。深井大尉、気分はどう?」

 

 突然飛んできたフォス大尉の問いに対して、零は言った。

 

「最高、絶好調といった感じだ」

「怖い返事ね。今すぐ地上に降ろしたくなるわ」

「それは冗談だろうな」

「ええ。二人の会話を今まで聞いていたけれど、あなたの精神は任務続行に耐えうる状態と判断できるわ。しかも、冗談を飛ばすぐらいの余裕付き。まったく、どんな神経と根性しているのやら」

「今まで診断するために会話を黙って聞き続けていたのか。悪趣味だ」

「失礼な、そんな気はないわ。全部無線で垂れ流しよ。まあ、結果的にはそうなるけども…簡易的ながら診断させてもらったわ。あと、あなた達だけじゃなく、特殊戦戦隊機の乗員全員に対しても実施したのよ。なんと、恐ろしい事に全員問題なし。地上の人員はかなりのストレス環境下だけど、空を飛んで作戦中のパイロットの方が平常心を保っている。まあ、いつも前線を飛び回っているから慣れていると言えばそれまでだけど、実際に結果を見て驚いたわ」

「お前と同じ人間に驚いてどうする。で、ジャムの思惑については何か掴めたのか?」

「今現在、それを予想するために司令部はフル稼働中。これはまだ多分の段階だけど、ジャムは地球の人間に直接コンタクトしたいのかもしれないと仮説が出ているわ…つまり、FAFを介さずに」

 

 それを聞いた桂城少尉が言う。

 

「ロンバート大佐を使って、という事か。それだとFAFの面目は潰れたようなものだな。事実、大佐の仕業で面子どころか組織も戦力も潰れかけみたいな状況だけど。でも、特殊戦はまだ潰されていない」

「特殊戦機、雪風を含めた機械知性体が飛び回ったおかげで私達の意識の分裂を阻止している。こちらではそういう予測も出ているわ。手持ちの情報やあなた達の話からピボット大尉が色々仮説を並べている。曰く、ジャムが雪風と同じように私達の心の奥底を探って解析しているのならば、我々が今置かれている状況は理解できる…下手をすれば、我々は無数の並行世界に散らばっていた可能性だってあった、と」

 

 その話を聞いた零は内容をうまく読み込めずに軽く唸る。

 

「どういう事だ」

「これはほむらちゃんの話と重なる部分が多いわね。ピボット大尉曰く…並行宇宙、この理論を使う…この理論では矛盾点が生じるとその時点で世界は分岐すると考えられる。例えば、くじを引いて当たった世界と外れた世界、こんな具合にね。で、今回の場合にこの考えを当てはめると、存在する可能性の数だけ自己が無数に分裂していたかもしれない…現状ではそうはなっていないけど、そうなってしまう事を機械知性体が阻止したのだとピボット大尉は考えているみたい。もし、阻止に失敗していたらどうなっていたかなんて私にはさっぱり想像できないわ」

「フムン。場所とか存在なんて規模では済まない話だな」

 

 そして、桂城少尉が言う。

 

「つまり、雪風が危険な不確定性を全て潰したって事でしょうね。検証はできない、でも考えとしては面白い。検証のしようが無いから役に立たないだろうけど」

「少尉、これは役に立つかもしれん。俺達はそんなおかしな状況にいるんだ、検証できてしまうかもしれないぞ。エディス、聞いたか」

「ええ、聞いたわ。こちらは検討を継続する…少佐から伝言よ。そちらは空中給油を実施、完了後に再度連絡せよ」

「了解」

「大尉。では、頑張ってね」

「頑張れ、と言われてもな…まあ、いい。給油に向かう」

 

 そして、雪風からの無線が止まる。彼らは空中給油に集中するようだ。そして、ブッカー少佐がヘッドセットを外しながら言った。

 

「さて、諸君。この事態を打破する為の解決策を考えねばなるまい。何か案のある者は?」

 

 ピボット大尉がそれに対して意見を言う。

 

「この空間は閉じているからこそ、このような曖昧な状態を維持できていると思う。当事者の他に観測者がいないからだ。つまり、この空間の異常をどうにかするにはこの空間の出口を探す事。そして、空間外にいる第三者の視点により、我々が観測される事ではないかと思う」

「つまり、フェアリイ星以外から我々の存在が観測される事が必要だと?」

「そうです、少佐。そうすれば、我々の存在が確定するでしょう。つまり、地球だ。地球という第三者からの視点が必要なんだ…つまり、この状況を解決する鍵は通路にある」

「通路か…しかし、その先が本当に地球かどうか、それは分からないだろう」

「ええ、それが問題です。もしかすると異次元に繋がっているかもしれないし、出口が存在せず、壁になっているかもしれない。しかし、それは我々には分からない。でも、ロンバート大佐が先に飛び込めば通路の存在は彼の理想通りになるかもしれない…つまり、その先がリアル世界とやらに確定してしまう恐れがある。現在、通路の先がどうなっているのか誰にも分からない…つまり、未確定という事だ。そして、出口がどうなっているかという可能性は無数にある。最初に通路を通った者の選択次第で、その通路の出口がどこに通じているかという可能性を確定できるとも考えられる。しかも、大佐はジャムの側だ。それが思い通りになる可能性はとても高いと自分は思う」

 

 それを聞いたブッカー少佐は考え込む。そして、言った。

 

「雪風は我々の存在を確定させたんだ。ジャムと同じ事ができるのなら、それこそ雪風が通路の出口を確定する事もできるか…フム、このトリックを破る鍵はそれか」

 

 そして、フォス大尉が口を開いた。

 

「つまり…雪風を通路に飛ばす、と」

「そうなる。しかも、迷っている時間はあまりない。ロンバート大佐が先に飛び込んだら負けだ。通路の先はリアル世界となって、我々の知る地球は消える。そうなれば、我々は完全に孤立してしまう。そうならない為にも、雪風を誰よりも先に通路へ飛ばす必要がある」

 

 ピボット大尉が更に案を追加する。

 

「それに雪風が一度地球に飛んでから帰ってくれば、彼らこそが我々の確定に必要な観測者となるかもしれない」

 

 そして、この会話を聞いたクーリィ准将が決定を下す。

 

「雪風に地球への偵察ミッションを与える。内容は通路の状況と地球の状況確認。直ちに雪風にデータリンクにて先の会話の内容を送信。深井大尉には空中給油を終えた後、無線にて状況と予測を説明し、追加の偵察命令を送れ」

 




ほむらは無事にフェアリイ基地に帰還した。
一方、特殊戦司令部は事態解決の術を探すべく検討を続けていく。

そして、雪風の行く先は定まった。



・誤字修正しました


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より良い選択肢を

あと二話程度で終わりそうです。


 クーリィ准将の命令で特殊戦の隊員達は動く。データリンクにてこれまでに出た案の詳細と追加ミッションの内容を送信、雪風からは受信完了の返答が届く。そして、反論等は飛んでこない。雪風もこの内容を了承したのだろう。すると、その雪風に乗っている深井大尉から無線が飛んできた。

 

「こちら雪風、空中給油完了」

「こちら司令部、ブッカー少佐。了解だ。それで深井大尉、次のミッションを指示する。いいか?」

「大丈夫だ。早く頼む」

「よろしい。雪風を手動で操縦し、通路へ向かえ。そして、B-13と共に通路に突入せよ。突入後は通路周辺の地球の様子を偵察、そこがどうなっているか確認したらすぐに帰投せよ。その間、雪風に負荷をかけてはいけない…自動操縦の類は一切使用するな。なお、必ず帰還せよ。手段は問わない」

「なんだって?」

 

 零は聞き返す。頭は内容を理解している。だが、本能のような無意識の領域のようなものが納得していない感じがする。ああ、その無意識が先程の内容を言語化する事を求めているのだ。だが、その無意識とはもしかすると雪風かもしれない。これまでの状況から、俺と雪風はそんな深いレベルで情報交換しているような感じがする。そんな事を感じ取れるのはこの特異な空間だからだろう。何にせよ、これからやるべき事は理解している。それこそが最善手である事は無意識に確信を得ていた。そして、そんな結論にたどり着く為に俺と雪風はここまで迷走しながらもやってきたのだろう。

 

「もっと細かい話が聞きたいか?零」

「ああ、分かりやすく説明してほしい。どうせ、この空間は時間なんて無意味だ。説明を聞くまで現空域で待機するよ」

「了解。こちらでは先程まで緊急の戦略会議を続けていた。そして、その結果からクーリィ准将が先の偵察ミッション実施を決定。今に至る」

「雪風の望む会議…そして、雪風も参加したのか」

「ああ、雪風から異論や反論は出ていない。了解したという事だろう。会議の上で問題だったのは、これがジャムの望む意図によって起こされた現象なのか、だった。この前提が無ければ相手の動きを読むことができない。そして、戦略も組めない。結局、こちらが動いてその意図を確かめる方針になったんだ。こう話すと簡単だが、この結論が出るまでが長かったよ」

 

 ブッカー少佐の話を聞いた零は言う。

 

「うーむ…手短に纏まらないか?それに雪風で通路に飛ぶ必要性が分からない。それを説明してほしい。そして、こちらから通告無しに地球に飛び出すのはリスクがある。通路を出た途端、ジャムと認識されて地球にいる艦隊から撃たれるリスクだ。そうなれば、こちらは自衛手段を取る必要があるかもしれない。その様子を見れば、ロンバート大佐は腹を抱えて笑いながら喜ぶだろうな。フェアリイ星と地球が戦うという、彼の宣戦布告通りの展開だ。そのリスクを承知の上か?」

「残念ながら承知以前の話だよ。現状、通路の先がどうなっているか分からない。地球かどうかなんて次元ではない、通路の先があるかどうかという次元だ」

「なんだって?いや、まさか…では、通路の先はどうなっているんだ?」

「未確定…すなわち、未知だ。だから、それを偵察して来いという事だよ。命令上はそうだが、本質的にはこの事態を打開する為の策だ。それを理解してほしい」

「了解だ、話を続けてくれ」

「我々特殊戦は、例えるなら隔離されているような状況だ。だが、この空間がどこで、どのような形で我々が隔離されているのか、そこが不明なんだ。そして、ジャムの狙いについても同じく不明だ。ピボット大尉は通路がトリックの鍵だと言い、雪風も通路に飛び込みたがっている節がある。なにせ、ジャムがあの向こうにいる、とデータリンクで送ってきているんだ。そして、この原因がジャムかどうかはともかく…今の状況に雪風が大きく関わっているのは間違いない。これまでの事象やそれらの意見を組み合わせてそんな結論をなんとかして出した。まあ、時系列も何もないから、どうしても順序良く内容を積み重ねて結論を出す事ができなかったが…もしかすると、直感だけで結論を出したようにも聞こえるかもしれないな。でも、現状ではこうするしかなかった。通路が鍵という結論からの連想で解釈を出したと言ってもいい」

「フムン。よく分かるよ、今の情報量だとそうするしかない、どうしても情報不足だからな。だが、気になる点は通路に飛び込んだ時の成功率だ」

「それも難題だ。よって、最悪の事態は何か、それを考える事から始めた」

 

 それに対して零は言う。

 

「雪風の未帰還か?通路の中で何かが起こるとか」

「いや、違う。それは個人としては最悪の結果だ。だが、部隊として最悪の結果を考えると…それは空中の戦隊機と地上の我々が通信含めて完全に分断された時だ。個人の生死問わず、それが最悪の事態だよ。こちらもそちらも単独になってしまったら生存は不可能、つまり負けだ」

「なるほどな。そっちと永久に通信不能となった時点で負けか」

「ああ。だが、こちらとしては雪風が未帰還や連絡不能になるとは思っていない。ジャムにその気があるとは思えない、それが理由だ。混乱の中で叩き落すつもりなら、とっくにやっているだろうからな…だから、通路でジャムが回避不能の罠を仕掛ける可能性は低いと思う。そして、相手がそのつもりなら通信手段は維持されると考えている」

「フム」

「さて、話はさっさと済ませたい」

「何故だ、ジャック」

「ロンバート大佐だよ、あいつを先に通路に飛び込ませてはいけないからだ。現在、雪風とレイフを除いた全ての戦隊機で追尾、妨害中。だが、大佐は観測対象だ、良くも悪くも。あれこそ、ジャムが存在しているという指標となるから撃墜はできない。それで、大佐が先に通路に飛び込んだ場合に予想される事態を大雑把に説明する」

 

 そして、ブッカー少佐は言う。ロンバート大佐が通路に飛び込んだ場合、通路の出口は大佐の望むリアル世界になる恐れがある。そうなれば、出口にあるはずの地球は消失し、大佐の考えるリアル世界のフェアリイ星に置き換わる。そして、特殊戦は孤立無援になり、敗北するだろう。

 

「それは…確実なのか?」

「仮説の面が強い。だが、ありえないとは言い切れない。雪風が先に飛び込んで、通路の先を確認する事でこの閉じた空間が解消されるかもしれないという考えも出ている。この空間が大佐の認識による影響を受けているのなら、地球という視点を得て我々の認識にある世界に戻せばいい。その為に通路を超えるんだ」

「不確定性を潰す為か」

 

 そして、後席の桂城少尉が言う。

 

「可能性を確定させるような話だ。ジャムはもしかすると、大佐を使って競争を煽っているのかも」

「フム…また可能性の話か」

「そうだ、いい事を思いついた」

「どうした、少尉」

「深井大尉。通路で可能性を確定させるのなら、ついでに面白い事ができるかもしれませんよ。ロンバート大佐が通路に飛び込んで自ら望む世界を確定させる事ができるとすると、こちらが通路に飛び込んで我々の望む世界を確定させる事もできるって事です」

「フムン」

「だから、僕は今こう考えた。我々の知る地球に魔女や魔法少女、インキュベーターとかいう宇宙生命体は存在しない。こんな世界を確定させる事が出来るかも、と」

「…なるほど。大佐の無茶を実現できるポテンシャルがあるならそれもできるに違いない。そもそも、俺達の常識にそんな存在はいなかったから好都合だ」

 

 司令センター内で深井大尉と桂城少尉の会話を聞いたほむらはブッカー少佐が使っている無線のマイクの前に飛びつくように移動すると、そのまま無線に叫ぶ。

 

「無理よ!魔法少女と魔女がいない世界なんて文明が成り立たないわ。インキュベーターの契約によって、人類は発展してきた面があるのよ!もしも、それが無くなったら…」

「契約で発展?ほむら。よく考えろ、それは誰から聞いた?どうせ、あのヘンテコ宇宙生命体だろう。そいつのセールストークを真に受けるのか?」

「それは…」

 

 深井大尉の言葉に対し、ほむらは回答に困る。

 

「やはりな。それに考えてもみろよ、だいたいの事象や現象は大勢の偉い学者や研究者が何かしら仮説を付けているだろう?よって、その事象や現象が成り立つ可能性は仮説の数だけ色々あるって事だ。それに俺達の習ってきた歴史には、そんなオカルトな存在が教科書や歴史書に出てくる事なんて無い。つまり、インキュベーター抜きでも歴史の流れの辻褄は合うって事だ」

「それは、うまくいけばインキュベーターの存在しない地球が出口にできるという事なのね…待って、うまくいけばジャムも消せないかしら?」

 

 それに対して、隣のブッカー少佐が言った。

 

「無理だな、私達の常識にジャムの存在は根付いている。それに、ジャムの存在を消したらフェアリイ星まで消えてしまうだろう」

「なるほど」

 

 確かに、ジャムがいなければフェアリイ星に繋がる通路なんて存在しない事になる。それは現状の解決にはなりえないし、特殊戦司令部と雪風が分断されるという最悪の事態にもなるのだ。

 

「まあ、期待はするな。あくまでも帰りがけの駄賃程度として考えておけ。うまくいけば万々歳…いや、待てよ。そこに可能性を掴み取れる存在がちょうどよくいるじゃないか」

「…大尉殿。つまり、私にまた願って可能性を掴み取れと?」

「ああ、そうだ。祈っておくぐらいはできるだろう?それに、今のフェアリイ星にオカルト的存在はお前とその人工知能しかいない、忍び込んでいたインキュベーターはこの騒動で壊滅したと言っていたな。実にちょうどいい」

 

 ほむらはため息をつきながら言う。

 

「了解。でも、どんな結果でも必ず帰還するように、これが条件よ」

「そいつは当然だろう、いつもと同じだ。では、司令部へ。B-1、地球への偵察ミッション開始。だが、この位置では通路への進入角度が悪い…一度、一回りしてから通路に入る」

「こちら司令部、了解。グッドラック」

 

 かつてない程の大きな希望が見えた。これでうまくいけばあのひたすら憎い憎い存在が地球上に存在しない世界が実現できるというのだ。ほむらは軽く微笑みながら近くの椅子に座ろうとした。だが、そんなタイミングで異変は起きた。

 

<司令センター内に未知の反応を探知。暁美ほむらの後方、3mの地点>

 

 SSCからの警告音声が流れ、ほむらは反射的に背後へと振り返った。特殊戦司令センター内の人員もそちらへと視線を向けた。そして、そこにあったのは空中に浮かぶ紫色の靄。それはじわりじわりと広がっている。それを見たブッカー少佐が叫ぶ。

 

「これは…ジャムか!?」

 

 その靄の塊の中心辺りが窪む。靄が周囲に押し出されるようにして消えているのだ。そこからわずかだが魔力が流れ出ている、ほむらはその流れ出てくる魔力に覚えがあった。この騒動が起きた時、地下で出会った別世界の自分…悪魔を自称していた自分が持つ魔力である。それは、つまり…

 

「やっと会えたわね、別世界の私」

 

 そんな声が響くと、室内の空気ががらりと変わったような気がした。

 

<SSC:What is that?>

<STC:Unknown...>

<AI:That is the greatest threat. Immediate action is required...>

 




零と桂城少尉は一つのアイデアを思いつく。それはほむらを救うかもしれないものであった。
だが、司令センターでは異変が起こる。

さあ、けりを付けよう。


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邪を蹴散らせ

「いいえ、ブッカーさん。あれはジャムではない…でも、化け物である事に違いはないわ」

 

 暁美ほむらの視線の先にはもう一人の自分がいた。

 

「やっと会えたわね、別世界の私」

 

 まるで空中にできた大きな丸窓のようなものの中にその姿があった。それと目が合ったほむらの背に嫌な冷や汗が流れる。周囲の特殊戦スタッフ達も困惑したようにその存在をただ見ていた。すると、アイがイヤホンへと音声を飛ばしてきた。

 

「あれはまずい…あれが来たらこの空間はきっと滅茶苦茶になりますよ。あの存在はまだ、こことはちょっと違う位置の空間にいますが…このままだといつかこちらの空間に来ます。おそらく、魔力で時空の壁に穴を作ってこじ開けながら進んでいるような状況でしょう。私が例のイカサマを使って何とかしますので、どうにかして時間を稼いでください。なお、STCとSSCにも協力を要請済。また、この音声は司令センター内の各特殊戦部隊員にも伝達しています。各員、最大限の警戒を」

 

 時間稼ぎ?どうしろというのだ。ほむらは内心焦っていた。気をそらせて相手がこちらの空間へと侵入する為の作業を遅らせろというのだろうか。

 

「わざわざ別世界まで…あなたは何をしに来たのかしら」

 

 ほむらは言う。そして、相手が返事を返してきた。地下の時と同じく、相変わらず演技じみたような口調だ。

 

「そうね…例えるなら、悪魔らしく契約の対価を受け取りに来た、といったところかしら」

「対価ですって?」

 

 ほむらは驚く。対価だと?あいつは何を取りに来たというのか。そんなことを考えていると、ケラケラ笑いながらもう一人の自分が言う。

 

「そう。あなたが人間でいるって事は、もちろんまどかも人間…もしくは魔法少女なのでしょう?」

「まさか、この世界のまどかが目当てだと?」

「ええ」

 

 なるほど、目当ては私が守ると誓った存在…鹿目まどか。相手も状態はともかく同じ自分なのだ、それは当然か。だが、このまま相手の思い通りにさせるつもりはない。しかし、自分だってこの世界の彼女がどこにいるのか知らないのだからどうしようもないのだが。

 

「でも、残念ね。ここにはいないわ。私もまだまどかに会えていないし、彼女の居場所も知らない。だから、諦めて帰って頂戴」

「そう。そこは見たところ…外国かしら。そこがどこの国の軍の基地か知らないけど、海さえ越えて、日本に行けばどうにでもなるでしょう。今の私なら簡単な事よ」

 

 そう答える自称悪魔。冗談じゃない、ほむらは盾の中から武器を取り出そうとする。だが、何もない。

 

「嘘…武器が何もない!?」

「残念だったわね。その驚いた表情と反応、実に愉快だわ。その力は私が管理しているようなものよ…私の思い通りに変えることができる。でも、助かった。あなたがあの矢を二発も撃ってくれたおかげで、そこの場所の特定と道筋を作り出すのに役立ったわ。あれは私の魔力で作った矢なのだから」

 

 相手は腹を抱えて笑いながら言う。あの魔力の出どころはやはりこの自称悪魔だったのか。ほむらは内心で頭を抱える。だが、それを表情には出さない。

 

「…で、この世界のまどかをどうするつもりなのかしら?」

「私が管理している空間に連れ帰る、そこで永遠に保護するのよ。人間の精神を持つまどかとして」

「それは正気で言っているの?」

「正気か、どうかしらね。そんなものはとっくに消えているでしょうね。なにせ、私は神と世界に喧嘩を売ったほどだから…もう何も怖くないわ。インキュベーターすらもね」

 

 自称悪魔は微笑むとさらに言う。

 

「そして、私はその神という概念からまどかの精神を奪い取った…でも、やはり彼女の精神は変質していた。だから、どうやっても何かの拍子で元に戻ろうとしてしまうの。このまま繋ぎ留めておく事は出来ないわ。だから、変質していない素のままのまどかを確保し、保護するのよ」

「…あなたが何を言っているのかさっぱり分からない」

「あなたには分からないでしょうね。あんな事態を経験していないのでしょうから…ああ、もちろんあなたも連れて帰るわ。彼女には友達が必要でしょう。それに…最近は美樹さやかもすっかり腑抜けてしまってつまらなかったし。やはり、あなたは面白そうだもの…きっと、愉快な日常が続くに違いないわ」

 

 自称悪魔はケラケラ笑う。それを聞いたほむらの背に冷や汗が流れる。どうやら、彼女はこの世界のまどかどころか自分まで攫うつもりらしい。しかし、抵抗するにも武器はない。どうする?アイは間に合うか?しかし、思いもよらぬところから言葉が飛んできた。

 

「君がどういう存在で、何をしたいのかは分からない。だが…日本に行きたいという君の望みは叶いそうにない」

 

 ブッカー少佐が口を開いたのだ。

 

「何を言っているのかしら…部外者には関係ないわ」

 

 自称悪魔から笑みが消える。そして、ブッカー少佐を睨みつける。

 

「部外者ではない、彼女は我が特殊戦管理下の人間だ。そして、ここは地球ではない。ここは…フェアリイ星だ。だから、この惑星上に日本は無いんだ」

「あなたは何を言っているの。つまらない冗談は嫌いよ」

「では、証拠をお見せしよう」

 

 ブッカー少佐はヘッドセットを付けて言った。

 

「STCへ、こちらブッカー少佐。特殊戦施設内の気象観測システムにある恒星観測カメラに接続、映像をメインスクリーンに出せ」

 

<STC、了解。実行する>

 

 そして、メインスクリーンに映像が出る。そこに映るのは連星の恒星。それを見た自称悪魔は一瞬言葉を失う。だが、反論してきた。

 

「太陽が二つ…?いえ、こんなものはCGの映像か何かでしょう」

「いいや。リアルタイムの映像で本物、この星の恒星は見ての通り連星だ。STC、基地監視カメラと作戦中のB-13からの映像を表示しろ」

 

<了解>

 

 次々映像が表示される。それは地球には存在しない地形や植物が映ったものばかりであった。ほむらも続けて言う。

 

「これでも信じたくないというのなら…そうね、試しに時間を止めてみればいいわ。面白い事が起きるでしょうから」

 

 自称悪魔はムッとしながらも時間を止めようとする。だが、できない。

 

「どうなっているの…時間を操作できない?それに、この映像は…何?」

「だから、ここは別の星だと言ったでしょう。もっとも、状況はそんな程度で済まないけれど」

 

 あの自称悪魔は見るからに困惑している様子だ。それを見て、ほむらは冷静さを取り戻す。この星の異常さを知れば、相手は諦めて帰るかもしれない。そして、無線が飛び込む。

 

「なんて事だ、深井大尉。司令センターに暁美ほむらが二人いますよ」

「分かっている。戦闘に集中しろ、桂城少尉。こちらB-1、司令センターへ。ミッションはこのまま続行か?変なものが増えたら前提条件が変わってしまうぞ」

「こちらブッカー少佐。B-1へ、このまま継続しろ。帰りがけの駄賃は失うかもしれないが、最優先は通路の先を確認する事だ」

「了解。ほむらへ、早く何とかしておくんだ。そいつがそのままでは例の案がうまくいかないかもしれないぞ」

 

 ほむらは机に置かれたヘッドセットを拾って零に返事を返す。

 

「深井大尉へ、了解。善処するわ。…という事で今忙しいの。このまま帰ってほしいのだけど」

「いいえ、帰らない」

 

 帰る気は無いらしい。

 

「ここはあなたが想像できないようなとんでもない星よ。それでも?」

「まどかを救う事、それこそ私の使命よ。私と同じ存在なら分かるでしょう?可能性があるならそこがどこであろうと諦めない」

「前にも言ったけれど…物事には限度があるわ」

「限度?甘いわ、とにかく甘い。そんな事を考えていてはあの子を救う事はできないわ。生半可な手段では必ずろくでもない結末に至るのよ。私はもう何度もそれを経験してきた」

「だからって、別世界に連れて行くなんて行為はやり過ぎよ。今の世界の家族とまどかを引き離すつもり?きっと、悲しむに違いないわ」

「そんなものは問題にもならないわね。私の世界にまどかの関係者はみんな揃っている、記憶を弄れば問題ない。それでダメな場合でも対処は簡単よ、まどかが悲しむようならこの世界から人を更に連れてくればいい。そうすればみんな幸せでしょう?」

 

 自称悪魔のとんでもない回答にほむらは言葉を失う。彼女には最早常識という概念が無いのかもしれない。そして、フォス大尉はポツリと呟く。

 

「一方的な感情ね。まさに独善的な」

 

 それを聞いた自称悪魔は睨みつけながら言った。

 

「部外者に何が分かると言うの」

 

 そして、ほむらは言う。

 

「彼女はメンタルの専門家よ、よく分かるでしょうね。いくら相手の認識や記憶を弄ろうとも、一方的な感情は必ずどこかで相手とかみ合わずにすれ違うわ。そうね…人間と偵察機のコンピュータとの間ですらそんなすれ違いが起こるのよ、人と人との関係ならなおさらね」

「人と偵察機…?訳が分からないわね。あなたは何を言っているの?」

 

 ほむらは帽子を被り直す。そして、自称悪魔の目を見据えて言う。

 

「最近、ここでそんな話を聞いたのよ…まあ、あなたには分からないでしょうけど。自分が相手を一番理解し尽しているというある種の独占欲、相手との認識の違いによるすれ違い…あなたも相手の持つ価値観を再確認した方がいいわ。そうでなければうまくいかずに絶望するだけよ。今飛んでいるどっかの誰かみたいに…さあ、もういいでしょう。これからこっちはインキュベーターと魔女のいない地球を選び抜かないといけないの」

「魔女とインキュベーターのいない地球ですって?…そんな事できるわけがないわ」

「ここは別の世界よ。あなたの知る常識が通じるとでも?さっきみたいに可能性を掴み取るだけよ」

 

<SSC:The coordinates of the attack target are called Ω...>

 

「ふざけないで!私とまどかがどれほど苦労したと思っているの!?あなたは何の犠牲も無しに理想的な世界を手に入れる…そんな事、とても許せない…」

「だから、どうしたの。私…いえ、私達には関係ないわ。あなたの世界の苦労なんて知った事じゃない」

 

<AI:Standby. Start attacking coordinate Ω.>

<STC:Ready...>

 

「そう…やっぱりあなたは私とは違うわ。価値観が違う。話をしても無駄ね…まあ、いいわ。あと少しでそちらにたどり着くもの」

「フム…このままこちらに来たとして、あなたにあれと戦う覚悟はあるのかしら」

 

 ほむらは画面を指さす。レイフがリアルタイムで送ってきている映像だ。そこに映っていたのはジャムである。

 

「あれは…あれはいったい何…?」

「ジャムよ。この世界の敵。誰にも理解できないであろう存在よ。次元の壁を破ってこちらに来るというのなら、あなたはあれに付き纏われる事になる」

 

<AI:Attack. The attack on coordinate Ω was successful...>

<B-1:roger>

 

 突如、自称悪魔の表情が歪む。

 

「何よ、これは…出口が無数に散らばっていく…?いったい何が?」

「さあ?もしかすると妖精の仕業かしらね。ここは妖精の空だもの」

 

 空間に浮かぶ靄が小さくなっていく。そして、自称悪魔との距離が離れていくような気がした。これはアイや機械知性体がうまくやったのかもしれない。そして、ノイズ交じりの無線も飛び込んできた。

 

「空間受動レーダー異常なし、最大出力。エンジン系統、酸素系統、油圧系統、電子機器、各計器正常。電子戦システム正常…機長、準備完了」

「こちらB-1、通路への突入開始。全速力で通路に突っ込む」

「こちら司令部、了解。グッドラック。こちらの問題も片が付きそうだ」

「B-1了解。そちらも幸運を…残り20秒で突入。ほむら、うまくやれよ」

 

 もう時間がないらしい。一か八か願ってみるしかないか。

 

「人間のまどかを手に入れる最大のチャンスが…そんな、あと少しなのに…」

 

 自称悪魔の声と靄はそこで完全に消えた。これで巨大な問題は消えた。

 

 さあ、うまくいくかは分からないが、可能性を掴み取らねば。

 

 

 

 雪風が、うまく邪を祓いますように。

 

 

 




戦闘終了。

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南極にて

エピローグ


 自称悪魔は特殊戦から消えた。一つの騒動が過ぎ去った司令センター内を一瞬の静寂が包み込む。そして、自称悪魔との繋がりが切れた為か、ほむらから魔法少女の力は消えて無くなり、今の服装は魔法少女のものから騒動前から着ていた作業着に戻っていた。

 

「服が戻った…ほむら、つまりこれは」

「ええ、力が消えて元に戻ったという事ね。ブッカーさん」

 

 一方、雪風はレイフを引き連れて無事に通路へと飛び込んだようだ。しかし、通路の先とは交信不能であることからうまくいったかどうかはまだ分からない。

 

「これで全部うまくいっていればいいのだけれど」

「魔女やインキュベーターの存在がどうなったかまでは、地球まで行って調べないと分からんだろうな」

 

 そして、続けてフォス大尉が言う。

 

「これで狙い通りに通路が魔女やインキュベーターのいない地球に繋がった場合、ジャムはその手の存在がこの戦いには邪魔な存在だと判断したって事でいいのでしょうか?」

「うむ。その場合、FAFとの戦いに首を突っ込まれたくないと考えた可能性は大いにある」

「逆に、狙い通りにならなかった場合はジャムにとって魔女やインキュベーターは許容できる存在と言えるわけですね」

「そうだ…我々にとってはとても許容できないが」

 

 フォス大尉とブッカー少佐の会話を聞いていたほむらにある問題が思い浮かぶ。そして、心配そうにその浮かんだ問題について言う。

 

「しかし…今回の成否は抜きにして、ジャムは私への興味をこのまま持ち続けるかしら…」

「うーむ…そればかりは難しい。判断材料が少ないからフォス大尉とMAcProⅡでも予想できるかどうか」

「判断材料か…これという物が無いわ」

 

 フム、とブッカー少佐が考え込む。すると、フォス大尉が一つ案を出した。

 

「そもそも、ジャムが何に対して興味を持っているのか考えたらどうかしら」

「なるほど。その興味の対象がどうなったかという方向性で考えれば、ジャムがこのままほむらに興味を抱き続けるかを予測する事ができるか」

 

 それを聞いたほむらは考える。

 

 ジャムは自分の何に興味を持っているのか…最初にジャムに遭遇したのは、いつものように敗北からやり直す為に他の時間軸へ移動している最中の事だ。その時、ジャムは自分に興味を持ったと考えられる。そして、前に深井大尉が考察していたが、ジャムの興味はまさに並行世界へと移動できる人間という存在であろう。しかし、体は普通の人間で記憶のみを持った中途半端な状態で自分はこの世界に飛ばされた。ジャムはこの世界の自分…今の自分を見て、足りないものが何なのか探っているのかもしれない。その足りないもの…つまり、魔法少女としての自分である。そして、ほむらはその考えを述べた。

 

「おそらく…ジャムの興味は並行世界に移動できる能力の正体、魔法少女としての自分だと思うわ」

「フム。だが、ほむらは一時的にでもその能力を得て、フェアリイ星で動き回った…それをジャムは見ていたはずだ。その力を見てそこからどうするか…読めないな」

「そういえば、インキュベーターが前に言っていたけど…私にはいろんなものを引き付ける程の強い力があると言っていたわね。それもまさかジャムの仕業かしら?」

「分からんな。だが、他の世界でそんな力を持っていたのか?」

「いいえ、そんなに強い力を持った事は無いわ。では、やはり…」

 

 そんなことを話していると、STCからアイへ音声で質問が飛んだ。

 

<STCからアイへ、先程外部へ送信した情報は何か?>

 

「アイ、何かしたの?」

 

 ほむらも気になったのでアイに聞く。

 

「ええ。これは、そうですね…あの自称悪魔に対するささやかな報復といったところでしょうか」

「報復?何をしたのかしら」

「あの悪魔が作ろうとしたこの世界への通路の座標ですよ。それを外に向かって飛ばしました。『暁美ほむらの持つ力に興味があるのなら、ここを調べよ』と。ジャムなら間違いなく嗅ぎつけるでしょう」

 

 それを聞いた一同はポカンとした表情を見せた。そして、ブッカー少佐は言う。

 

「アイ。まさか、あの別世界のほむらにジャムをぶつけようとしているのか?」

「ええ。あれだけ苦労したんですからね…それぐらいやってもいいでしょう?それに、ジャムも興味を向こうに持ってくれればほむらさんに対しての干渉をやめるかもしれません。あれこそ、まさにジャムの興味の対象である魔法少女の力の塊ですからね。そして、ジャムのリソースが少しでも向こうに向けば、我が特殊戦に対するジャムのリソースも減る…なんて戦略的効果が出るかもしれません」

「今頃あの自称悪魔の所に超空間通路がそびえ立っているかもしれない、と…なんてえげつない。しかし、そういえば…あの悪魔の侵攻をどうやって止めたのかしら?」

 

 想定以上の話に頭を抱えるほむらの問いにアイは答える。

 

「ああ…ジャムが最初にやろうとした事を利用しました。自称悪魔が作ろうとした出口の座標…今回はそれを座標Ωと呼称しましたが、そこをちょっと弄ったのです。その座標だけ空間の状態を雪風やSTC、SSCが可能性を確定させた前の状態に戻したのです。要するにジャムが最初に起こした騒動そのままの状態に変えました。そして、ジャムが変動させたままの異常空間に自称悪魔が作った出口の先が繋がって、相手は目指すべきこの空間の位置を見失った…つまり、無数の可能性の数だけ出口ができてしまった、という感じでしょう」

「つまり…妨害から報復までみんなジャムの力を借りたと」

 

 ほむらは唖然としながら言う。

 

「自力で全部やるよりは手間がかからないでしょう?そして、厄介な連中が潰しあってくれるなら幸いですし…これでジャムからこの世界のほむらさんに対する興味が無くなれば無事解決です」

「ジャムが私に興味を持ったのは並行世界へ移動した事だとして…あの悪魔はそれが霞むような規模の存在、そう考えるとジャムは向こうを調べようとする、か…あなた、とんでもない事を考えたわね」

 

 それに対してアイは返事を返す。

 

「平穏を取り戻す為に最適な選択肢を選んだだけですよ。これでうまくいけば私はただのしがない人工知能に戻る事ができますから…そうすれば、皆さんと楽しい日常を過ごす事ができますし。さて、残るは雪風が狙い通りの結果を出してくれたかどうかですが」

「そればかりは戻ってくるまで分からないでしょうね。そうでしょう、ブッカーさん」

「ああ、あいつらの帰りを待つしかないな」

 

 司令センターからは雪風がどうなったのかは分からない。ただ結果を待つのみだ。だが、ほむらには不思議とうまくいったように思えた。だが、確証は無い。ただ、自然とそんな気が心の内に芽生えていたのである。

 

 

 

 

 

「…海軍があなたを優遇するのは、あなたがジャムやFAF内情に関する詳しい情報を持っているという期待。そして、それを得ることができるかもしれないという事情からでしょう」

「ええ、そうでしょうね。こういうものは知名度と信用がものをいいますから。一日二日でどうにかなるものではない…ジャーナリストとしてのその実績がその根拠と言って理解していただけるかしら?岩坂さん」

「それは十分承知しています。私はあなたの本を読んで南極行きを決意したぐらいですから。しかし、ジャムがあなたに関心を持っているという、そういう事を何故信じる事ができるのか。その根拠を知りたいと思ったのです。もしや、既にジャムは地球に入ってきているとか…そういう事実をつかんでいるのでしょうか?」

「その可能性は捨てきれない…と言ったところですね。ジャムの先遣隊が侵入している可能性は私の本を読めばお分かりになるでしょう。今回、ここに来たのはその検証の為。そして、続編執筆の為の取材活動です。根拠についての情報は持っていますが、それが何かは秘密です。…あら、大丈夫?難しい話ばかりになってごめんなさいね」

「いえ、大丈夫です。半ば無理を言って付いてきたようなものですから」

 

 ここは南極、日本の国立極地観測研究所のあずさ基地から少し離れた辺りの雪上車車内である。現在、通路を観測する無人観測機器のメンテナンスをするために移動中。その観測機器は基地から30km程離れた位置に設置してあった。

 そして、この雪上車には5人乗っている。ジャーナリストのリン・ジャクスン、日本海軍中佐の犬井広報官、極地観測研究所技官の岩坂と若手技官の櫛引。そして、もう一人の客人。

 

「ええと…七海やちよさんでしたっけ?」

「ええ、そうです。どうせ、撮影の仕事も終わって時間が余っていましたし、マクマード基地から出る帰りの輸送機は明後日ですから」

「撮影?」

「ああ、ファッションモデルなんです。南極で仕事と聞いて驚いていた上に、まさかここであの有名なリン・ジャクスンさんに会えるとは思いませんでした」

 

 それを聞いたリン・ジャクスンは軽く驚きながら言う。

 

「あら、もしかしてジ・インベーダーを読んだことが?」

「翻訳版ですけど、高校生の頃にちょっとだけ」

「読んでもらえてうれしいわ。見たところ学生さんかしら?」

「大学生です」

「へえ。大学生と仕事の掛け持ちなんて大変でしょう」

「まあ、なんとかこなしています」

 

 その会話を聞いていた運転手の櫛引技官が笑いながら冗談を言う。

 

「しかし、彼女がいて助かった。我々4人だけだったら…きっと目的地まで永遠と難しい話が続いて、この車内はさぞ息苦しい空間になっていたかもしれない」

 

 そして、犬井広報官が呆れ気味に言う。

 

「流石に危険は無いでしょうけど、よく同行の許可を出したわね」

「うちだって広報活動は重視していますからね、その一環ですよ。海軍さんだってそうでしょう?まあ、おかげで南極の風景や地形の説明もできるし、自分としては気楽ですが」

 

 櫛引技官の呑気な返事に犬井広報官はため息をつく。彼女のため息の理由はそれだけではない。プロばかりの中に一人だけ素人がいる、そんな状況にちょっとしたやりづらさを感じているのだ。この場の会話があまりにも専門的になり過ぎては、当然やちよだけ浮いてしまうだろう。広報官という立場としてそこの匙加減は重要である。話題を変えてやちよに質問を飛ばす。

 

「そういえば、マネージャーさんはついてこなかったの?」

「気候のせいか、時差ボケか…マネージャーは体調を崩して布団の世話になっています。なので、私一人」

「なるほど。しかし、仕事とはいえ家族と離れてはるばる南極まで来るなんて大変でしたでしょう」

「ああ、いえ。普段離れて暮らしているので慣れています」

「大学の寮かしら?」

 

 リン・ジャクスンも質問に加わった。

 

「ああ、いや。私が経営している下宿です」

「まあ。まだ若いのに下宿を?凄いわ」

「元々は祖母の下宿でしたが…まあ、住んでいた私がそのまま受け継いだ形です」

「でも、立派よ。じゃあ、留守は下宿の皆さんに任せているのね」

「ええ。南極で仕事って言ったらペンギンの写真を撮ってこいって、みんな大騒ぎで…」

 

 車内は笑い声に包まれる。すると、ブザーが鳴った。

 

「お、うちの観測機器が何か捉えたらしい」

 

 雪上車が停止する。

 

 通路を観測する機器には光学カメラと気象観測機器が載せてある。だが、それとは別に試作の観測機器も増設されていた。レーザー計測機器である。それは通路の表面を観測する為に設置されたのであった。以前から通路を航空機が通過する際にある変化が起こる事が知られていた。それは地球から航空機が通路に入る直前、通路表面の霧が盛り上がり、逆に通路から地球に航空機が出てくる直前には通路の霧が窪むのだ。気圧の影響とは逆の変化が生じるのである。岩坂技官はこれを空間の歪みによるものではないか、と説明していたが…この現象を正確に捉える事で通路から航空機が飛び出してくる予兆を確立しようという試みであった。これが実用化すれば、ほんの数秒でも通路の向こうから飛んでくるジャムの襲来に備える事ができるかもしれないのだ。しかし、問題もあった。それは他の基地からは同じ観測結果が出ないのである。この謎が解けない限り、実用化はできないであろう。

 

「もしかしたら、ジャムが干渉した結果がその独自の観測結果なのかもしれない。実際は通路の変化なんて存在せず、観測機器のシステムに直接影響を与えているとしたら…」

 

 説明の内容を思い出したリン・ジャクスンはポツリとそう呟いた。

 

「そんなまさか。いや、待てよ…ジャムが侵入した際に、痕跡を残さないように欺瞞しようと周囲に干渉した過程をうちの観測機器が捉えていたと…?」

 

 岩坂技官が雪上車に載せてある観測機器を準備しながら独り言を言い、途中で言葉を失った。もしかすると、とんでもない事象を捉えていたのかもしれない可能性を知ってしまったからである。そして、雪上車の屋根に据え付けられたカメラが動き、通路の方角へと向けられる。

 

「でも、理屈はどうであれ…それが前兆現象であることに変わりはないでしょう。さて、定期便の飛ぶ時間じゃないから何が出てくるか。この反応…スピードが速い。戦闘機?それが三機…出てくる」

 

 そして、三機の黒い影が通路の靄を突き破って飛び出してきた。雪上車のカメラはその姿を一瞬だけ捉えた。

 

「あれは…ジャム?」

 

 その一瞬の影を見たやちよはそう呟く。

 

「駄目だ、撮影できない。カメラが映らないぞ!」

 

 そして、犬井広報官が叫ぶ。

 

「基地経由でアドミラル56に緊急連絡を!急いで!!」

 

 しかし、櫛引技官が悲鳴のような返事を返す。

 

「駄目だ!ノイズだらけで通信不能。どのチャンネルも駄目。故障か?」

「いや、違う。これは妨害電波だ…」

「ECM…こちらの通信に対してのスイープジャミング?いや、切り替えても既に妨害されているから違うか…もしかして、広域の周波数帯に対するバラージジャミングなの?そうだとしたら、なんて出力なの…」

 

 犬井広報官が呆然とした表情で呟いた。そして、一つの考えが浮かび、櫛引技官に指示を飛ばす。

 

「いや、国際緊急バンドならいけるかも…切り替えて」

「こっちもひどい雑音が…む、雑音が切れた?」

 

 突然、無線の雑音が消えた。すると、無線に音声が飛び込んでくる。

 

「こちらFAF特殊戦所属B-1…雪風。誰か応答してくれ。現在、機位不明。ここの現在位置を教えてほしい」

 

 リン・ジャクスンはとっさに無線機のハンドマイクに手を伸ばした。そして、無線を飛ばす。

 

「雪風へ。こちらリン・ジャクスン。今、私は日本の極地観測研究所あずさ基地所属の雪上車に搭乗中、超空間通路の方向へ移動していたところです。そちらの現在位置はロス氷棚上空よ」

 

 そして、雪風から無線が帰ってくる。

 

「ジャクスンさん、了解。という事は、ここは地球で間違いないか。こちら深井大尉、そちらの姿を確認したい。こちらを見つけたら手を振ってほしいのですが」

「分かったわ、深井大尉。私がここにいる事には驚かないのね」

「あなたがここにいるって事は、そちらにロンバート大佐からの手紙…宣戦布告の知らせが届いたのですね」

「あれはやはり事実?」

「クーデターは事実です。しかし、実際はもっと面倒な事になっています。我が特殊戦はその状況を生き延びる為に行動中。本機は地球がどうなっているのかを偵察する為にやってきた。なお、ジャムが何をしたいのかは現在まだ不明です。ああ、そうだ。一つあなたに依頼したい事が」

「何かしら?」

「ジャムとは別件で調べてほしい事があります。地球である噂が出回っていないか、それを知りたい。魔女と白い小動物、そんな題材の噂や都市伝説が存在している場合、自分かブッカー少佐にその内容を知らせてほしい。ああ、見つからなかった場合も連絡願います」

 

 意外な依頼内容にリン・ジャクスンは一瞬戸惑うが、すぐに返事を返す。

 

「分かったわ。調べてみるわ」

「ありがとうございます。あなたの姿を肉眼で確認したらこちらは帰投します」

「了解、今出るわ」

「対空ミサイルの発射を確認。電子戦を開始するので、そろそろ通信を終わります」

「頑張って」

「そちらも。では、通信終わり」

 

 無線から再び猛烈な雑音が鳴り響くようになった。無線のスピーカーを岩坂技師が切った。そして、リン・ジャクスンに質問を飛ばす。

 

「妨害が止まった間に観測しましたが…おかしいな、三機いたはずなのに二機しかいない。もう一機はどこかに飛び去ったか。しかし、ジャクスンさん。今の通信はあの三機からですか?」

「そうね」

 

 リン・ジャクスンはぼんやりとした返事を返す。彼女は急いで外に出ようとしていたのだ。分厚い手袋を付け、ドアに手を伸ばす。だが、そこで待ったがかかった。犬井広報官がその手を掴んで止めたのだ。

 

「外に出ないと」

「何故出る必要があるのですか?」

「ジャムに対抗する為よ。彼らと雪風は私を必要としているのだから」

 

 そして、リン・ジャクスンはそう言うと雪上車の外へと飛び出す。そして、空に向けて手を大きく振った。南極の晴れた空へ。しかし、晴れていても気温は低い。寒さで皮膚が痛いぐらいだ。

 そして、その刹那、轟音が鳴った。黒い機体が低空を駆け、こちらへと突っ込んでくる。初めて見る機体、あれがFFR-41という新型機の体を手に入れた新しい雪風なのだ。機体はこちらに背を向けるように緩く旋回する形で低空飛行。コクピットに座るパイロットの姿も見えた。深井大尉だ…彼と視線が合う。そして、彼はラフな敬礼をしてきた。それに対して、リン・ジャクスンは大きく手を振り返す。そして、轟音が通り過ぎていく。雪煙を巻き上げて雪風は飛び去った。アフターバーナーの炎が遠くに見える。そして、音速を超えた際に生じた轟音と衝撃波が伝わってきた。この間、10秒も経過していないだろう。ほんの僅かな時間の事であった。機影は既に通路へ向かって飛んでいた。

 

「今のはいったい…あれがフェアリイ空軍機なのですか?」

 

 やちよがいつの間にかリン・ジャクスンの隣に立っていた。

 

「そう。あれこそフェアリイ星でジャムと戦っている本物のフェアリイ星人よ」

「もう帰っていった…結局、何をしに来たのかしら…」

 

 犬井広報官が困惑したように言う。そして、雪上車の中から驚きの声が響いた。声の主は岩坂技官である。彼は車内のモニタで先程カメラが捉えた観測記録を見ていた。

 

「あの、雪風以外の二機が一つに重なって一機になった…いったい、何が起きたんだ?そして、犬井さんの言ったように彼らは何をしに来たんだ…」

 

 その一言にリン・ジャクスンはぼんやりと言う。ほぼ無意識に言葉が出ていた。

 

「雪風は…祓いに来たのかもしれない。何か良くないものを」

 

 岩坂はその言葉を聞いて、南極の空を見た。彼女の言葉は何故か説得力があるように思えたのだ。それが彼女のジャーナリストとしての実績によるものか。それとも、あの異質な航空機を間近で見た事によるものかは分からない。だが、もう一つ分からない事があった。

 

「あのパイロットがあなたにした依頼は何だったのでしょうか?」

「今はまだ分からない。でも、きっと意味がある筈よ。しかし、魔女と白い小動物の都市伝説か…」

 

 やちよはその話を聞いて考え込む。

 

 魔女と白い小動物…何か忘れているような気がする。それは何だ?なんだか、薄ぼんやりとだが何か掴めそうな気がする。思考の奥底、そんなところに眠っているような何か。だが、それは…

 

「大丈夫?冷えてしまったかしら」

 

 リン・ジャクスンの声で意識がハッと戻る。自分は何を考え込んでいたのだろう。こんなよく分からない話をただ考えても、答えが出るわけが無いではないか。

 

「いえ、大丈夫。ちょっと驚いてしまったみたいで」

 

 では、寒いし車内に戻りましょうか。と、犬井広報官が言い、皆は雪上車へと乗り込んだ。そして、リン・ジャクスンはそのまま手帳を取り出して筆を執る。

 

 地球人として、ジャムの脅威に立ち向かうために。

 




妖精空間漂流記、完


ご愛読ありがとうございました。以上で完結となります。

あとがきはあまりうまく書ける気がしないので手短に…

夜中にふと浮かんだネタから完結まで持って行けた事に自分で驚いております。これも皆様からのたくさんの感想や評価のおかげです。



原作の雪風が連載再開したり、今年でまどマギ放映10周年だったり…タイミング良く両作品とも続編に期待できるかもしれない状況です。この作品でどちらかを初めて知ったという方は是非とも原作をどうぞ。

では、またどこかでお会いしましょう。


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