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プロローグ
Act0:竜の子は何時も傍に
地球―――年齢凡そ46億歳のこの星は大きさ直径12,742 km、太陽からの距離が149,600,000 kmと言う絶妙な条件により、太陽系で唯一生命の繁栄が許された奇跡の惑星である。
その長い歴史の中で、多くの生物が誕生しては絶滅して消えて行った。無論、生き残った者達も少なからずいるが、そのままの姿で変わらず存在する事を許されたのは鮫や鰐の様な極一部の者達のみ。殆どの者は変わり続ける環境に適応し、子孫を遺す過程で姿形を変える進化を続けながら、現代までその生命のバトンを脈々と受け継いで来た。
今、この地球で繁栄を極めた種は言うまでも無くサル目ヒト科のホモ・サピエンス―――即ち人類だが、忘れてはならない。この地球には遥か2億年以上昔より既にこの地上に現れ、今も尚人類の隣で存在し続ける“もう1つの支配者”がいる事を。
そう―――恐竜である。こんな事を言ったら一般人達は信じない処か、「何を馬鹿な事を!」と鼻で笑うかも知れない。確かに地上のどの原生動物よりも遥かに大きな巨体で地上をのし歩いた彼等は、6500万年もの大昔に隕石の衝突の影響で絶滅した。そして今や、化石としてしかその存在の残り香を感じる事は出来ない。それは否定し様の無い事実だ。
だが、もう恐竜が過去に終わった存在だと思うならそれは大きな間違いである。近年の研究によって現代に生きる鳥達は、あのティラノサウルスと同じ“獣脚類”と呼ばれる二足歩行の肉食恐竜の一角である事が分かって来たのである。そう、カラスも恐竜ならニワトリも恐竜、スズメもフクロウもダチョウも皆恐竜であり、“現代の獣脚類”なのだ。
鳥とヒト―――進化の系統の掛け離れた両種族だが、実は両者は驚く程似ている所がある。寧ろ、同じ事をやっているなら鳥の方が人間より大先輩だろう。
先ず二本の足で立って歩く生活スタイルを成立させたのは、人類の前に鳥類及びその先祖の恐竜だ。然もそのキャリアだって地球に人類が誕生して数百万年しか経っていないのに対し、鳥及びその祖先の獣脚類は1億年以上も繁栄して、ヒトよりも断然長く二本足で生きて来た。そう、二本足で歩くのは人間を人間足らしめるアイデンティティなどでは断じてないのである。
次に目の良さだって鳥はヒトよりハッキリ物が良く見える上、赤と青と緑の三色の光でしか物の色を捉えられないヒトの目と違って更に紫外線まで見える。故に、よりフルカラーの世界が鳥には見える訳である。夜目が利かない?残念ながらそれはニワトリに限った話で、其処から鳥全体に広まった間違った偏見。他の鳥は程度の差こそあれ、暗くても夜目が利くのだ。今後はそんな間違った常識など捨てる事を強く推奨する。
他に道具を作るのも鳴き声=言葉による意思の疎通も、歌やダンスも全て鳥の方がヒトより早く始めている。
まぁ鳥に色々先んじられてはいる物の、ヒトはヒトで鳥の持ち得なかった文明を築き、コミュニケーション手段も鳥より進化させ、鳥以上に繁栄しているのは事実。それだけはヒトの名誉の為に付け加えておこう。
何れにせよ、我々は幸福である。知らず知らずとは言え、地上を支配していた大いなる竜の子達と同じ時を生きているのだから―――。
さて、前置きは長くなったが、改めて物語の幕を開けるとしよう。
この物語は鳥に魅入られ、其処に恐竜の面影を見る1人の青年と、化石となって忘れられた竜の遺伝子をその身に宿す、大いなる竜の子達との時空を超えた一大叙事詩である!!
「後一週間で俺も東京行きかぁ~…」
或る朝、何時もの様に起きて服を着替えながら、1人の青年がカレンダーに目を遣る。暦の上ではもう3月も下旬に差し掛かり、一週間後には4月にならんとしていた。
「レキ、さっさと朝ご飯食べちゃいなさいよ!カズチはもう食べ終わったんだから!」
「分かってるよ、お袋!今行く!」
2階に在る自室の外からそうせかす母親の言葉を受け、青年は早速台所へと向かって行く。
テーブルの上に出された米や目玉焼きを箸で突いて口へ運びつつ、青年は部屋に飾られた恐竜の化石の模型を眺めている。
ティラノサウルスの全身骨格の模型を眺める青年の目は、まるで新しい玩具でも与えられたか、プロのスターアスリートの活躍を目の当たりにした少年の様に輝いていた。
「あんたも漸く、お父さんと同じ道を歩む時が来たのね―――」
「あぁ、ガキの頃からそう決めたたしな」
「でも意外ね。まさか鳥の研究者になりたいって言い出すなんて。てっきりあの人と同じ古生物学者になると思ってたから」
「鳥は現代に生き残った恐竜其の物なんだ。それを知るって事は、逆説的に恐竜を知る事に繋がるだろ?それでなくても俺は鳥が好きだから良いんだよ」
食べ終わった食器を運びながら、青年は母親にそう返す。
少し遅れたが、青年についてこの場を借りて説明させて貰おう。
青年の名は
家族構成は父、母、弟で、その内父が恐竜を研究する古生物学者。そしてそんな父の姿を見て自分も恐竜を研究する学者になろうと考えたのだが、彼はどう言う訳か鳥類学者になる道を選んでいる。無論、レキもまた恐竜が好きでその魅力に取り憑かれた人間の1人である事は言うまでも無い。
当然ながら進学先もそうした生物関係の学部、学科の有る東京の大学で、来年の4月に上京が決定していると言う訳だ。因みに一人暮らしの為のアパートは既に決めてあり、荷物一式も搬入済みなので、後は来週其処へ移り住むだけである。
「じゃ、俺出掛けて来る!」
「また恐博?」
「あぁ、上京する前にもう1度だけ見ておきたいからさ!」
「もしかして、
母の言葉に無言で頷くと、レキは早速自転車に乗って街へと繰り出す。目指すは『恐竜王国』と呼ばれる福井県の目玉にして
1984年に福井市に建てられ、その後2000年に勝山市に移管されたこの施設には同年にフクイラプトルを始め、数種類の地元で発掘された新種の恐竜の化石が展示されている。
恐竜好きのレキにとっては聖地と言っても過言では無い場所で、年間フリーパスも持っている程の常連だったが、彼にとってはそれ以上の場所となっていたのである。
「そうよね。あの子にとって、あの化石は夢への一里塚みたいな物だからね……」
一方、博物館へ向かうレキを想いながら、レキの母は居間に足を運ぶと、壁に掛けられた額縁に目を向けていた。額縁に入っていたのは写真や絵画等ではなく、新聞記事の一面だった。
それは2年前に地元の福井新聞の一面トップを飾った記事で、『高校生が新種の化石を発見!!』と書かれた大々的な見出しと共に、人間と同等のサイズの原始的な獣脚類の亡骸が塗り込められた岩盤と共に居並ぶ、当時まだ高校2年生だったレキの写真が掲載されていた。
原始的な獣脚類と言ったら全ての恐竜の共通の祖先とされるエオドロマエウスが有名だが、それでも人間より小さい。それなのに、この化石はそんなエオドロマエウスの特徴を残しつつも人間と等身大の大きさをしており、然も保存状態が極めて良好な状態で発見されたのだ。
時代的には地層から判断して非鳥類型恐竜が絶滅した白亜紀後期の化石らしいが、そんな時代にこんな原始的な獣脚類が日本に存在していたとなれば、それはこれまでの恐竜研究を覆し得る大発見であろう。当然、レキはこの化石の発見によって一躍時の人となった。
レキが発見した化石はその後、地元の福井恐竜博物館に寄贈されて重要な研究資料となったが、同時にそれが恐竜好きな彼にとって大いなる原点となったのは言うまでも無い。この一件で博物館の館長とも顔馴染みとなり、父が恐竜研究の第一人者である事もあって良くして貰っている。
「あの子ももう大学生で、もう直ぐ大人の仲間入り…時が経つのも早い物ね………」
嬉しさと寂しさの入り混じった遠い眼差しで空を眺めると、レキの母はテレビの電源を押した。すると、何時も見ているニュース番組で信じられない報道がなされていた。
「え………!?」
その頃、福井恐竜博物館に辿り着いたレキの目に飛び込んで来たのは、多くの野次馬の集まりだった。どう言う訳か周辺には警察やマスコミまで屯している。
「何だ、あの人だかりは?」
自転車を近くの駐輪場に停めると、レキは早速近くにいた博物館の職員に話し掛ける。
「あの、一体何が有ったんですか?」
すると職員は答える。
「おぉ、竹内靂君じゃないか!遅ればせながら大学合格おめでとう」
「そんな事は今は良いですよ!それより、この人だかりどうしたんですか?何で警察まで―――」
博物館の職員とレキは親しげに言葉を交わしているが、彼は先述通り新種の化石の発見者と言う事で地元でもちょっとした有名人なのだ。加えて博物館の常連である為、館長以外の職員達とも顔馴染みで親しい間柄の者も少なくない。
知り合いのよしみで事情を訊く心算のレキだったが、職員が彼の名前を口にした次の瞬間、突然周囲の視線が自身に殺到した事に気付く。
「おいおい、本人来ちゃったよ……」
「もしかして何にも知らないで来た訳?」
「どっちにしたって可哀想だよな……」
不意に大勢の衆目に晒されたのを受け、レキはまるで何か自分が後ろめたい事でもしたかの様な気分に襲われた。
(何だよ、この気不味い空気?まるで俺が何か犯罪でもやらかしたみてぇじゃねぇか―――――)
自分が何やらのっぴきならない状況に立たされた事を直ぐ様理解するレキの前に、博物館の館長が歩み出て言う。
「レキ君か。何時も博物館に遊びに来てくれて有難う。それと2年前に新種の恐竜を見つけてくれた事にも感謝しているよ」
「そ、そうですか……」
「だがねレキ君、大変言い辛いのだが君に悪いニュースが有るんだ」
「悪いニュース?」
「あぁ。良いかい?落ち着いて聞くんだ」
そう言うと館長は、申し訳無さそうな顔でレキに告げた。
「君が2年前に発見した例の化石なのだが――――――」
館長が次の瞬間に放った言葉は、レキの思考を停止させる処か、胸に穴が開く程の喪失感を齎す事となる。
「今朝、何者かに盗まれてしまったんだよ」
キャラクターファイル1
年齢:18歳(後に19歳)
誕生日:8月12日
身長:176cm
血液型:A型
種族:人間
趣味:バードウォッチング
好きな物:恐竜(特に獣脚類)
本作の主人公。将来は鳥類学者になりたいと考えている。
正義感が強く、知的好奇心の強い性格で、目の前の事に夢中になると後先考えずに突っ走ってしまう癖の持ち主。
小さい頃から恐竜が好きで、福井恐竜博物館の常連になる程。鳥類学者を志したのも、「鳥が現代に生きる恐竜其の物である」と父から教えられたのが切っ掛けで、大好きな恐竜を知る為に鳥の視点からアプローチしようと言う変化球の考えからであった。
父が古生物学者で何時も海外を飛び回って留守と言う事もあり、福井では母親と弟の3人暮らし。その事もあってか、家事全般は無難にこなせる上に料理のスキルは抜群に高く、取り分けエスニック系の腕は折り紙付き。学者志望だけあって頭の回転も相応に速い上に身体能力も高く、取り分け腕力と嗅覚に関しては常人離れしている。
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Act1:黒の一団を追跡せよ
時系列は今から2年前――――当時高校2年生だったレキが化石を発見した時に遡る。
『御覧下さい!頭部から尻尾まで、完全な保存状態で発見されたこの恐竜の化石!発見したのは何と、地元の高校に通う高校2年生・竹内歴さんです!!』
新種の恐竜の化石と共に、福井恐竜博物館の前で館の職員やマスコミ達に囲まれながら、レキはその取材に応じていた。
その時レキは記者から、その化石の発見の経緯について尋ねられてこう答えた。
“まるで天から降って来た神の声に導かれ。無我夢中になって掘り起こした”、と。
化石を見つけたその日、レキは自身の趣味であるバードウォッチングの為、山へハイキングに出掛けていた。
山を飛んでいる鳥を双眼鏡で観察していると、不意に何処からか声が聞こえたと言う。曰く――――
『私の声が聞こえし者よ、どうか私を掘り起こして下さい』
――――と。
最初は単なる空耳だとばかり思っていたが、少しずつその声は頭の中にダイレクト且つ鮮明に響く様になり次の瞬間、山の近くに在る切り立った崖の映像がフラッシュバックしたと言う。
その後の事は詳しく覚えていなかったが、気が付けばレキは弾かれる様に駆け出して一目散に現場へ急行しており、謎の声が脳内に大きく響く岩壁をスコップで掘り始めた。因みにスコップはハイキング用に常備していた装備の1つである。
凡そ1時間程かけて掘り続けた後、今までに感じた事の無い手応えをスコップから感じ、其処から
この事が後日、市や県から大きく評価され、レキは一躍時の人となった。取材を受けた時、マスコミはレキの父が著名な恐竜学者たる
『竹内さんはあの竹内博士のお子さんだそうですが、やっぱり将来はお父さんと同じ恐竜学者になりたいですか?』
その問いに対してレキは自分がなりたいのは鳥類学者だと答えている。理由を尋ねられた時、レキはこう返した。
「確かに僕は恐竜が好きで、小さい頃は確かに恐竜学者になりたいって思ってました。でも8歳の時、父が庭に飛んで来た鳥を見て僕に言ったんです。『レキ、知ってるかい?恐竜は本当は絶滅してないんだ。鳥になって生きてるんだよ』って。『鳥は恐竜其の物。カラスも恐竜なら、スズメも恐竜なんだよ』って……。恐竜はもう大昔に絶滅してもうこの地球にはいないって思ってた僕にとって、それは大きな衝撃でした。同時に僕達は恐竜と一緒に暮らしてるって分かって、嬉しくなりました!だから僕は鳥類学者になって、現代に生きる恐竜である鳥達の事を知りたい!そしてそれは、逆説的に大昔に絶滅した恐竜達を知る事に繋がるって思うから!」
幼い頃に父から教えられた真実――――恐竜が本当は絶滅しておらず、鳥となって生きていると言う事。自分達は鳥と言う、現代の獣脚類達と同じ時を生きていると事実。それはレキの人生に多大な影響を及ぼし、鳥類と言う現代の恐竜の視点から太古の恐竜を知ろうと言う発想を齎した。それこそが、鳥類学者になりたいと言うレキの原点であった。
この化石の発掘自体は、鳥類学者の夢には直接の繋がりは無い。だが、将来的には鳥から恐竜の研究に携わりたいと思っている彼にとって、それは大いなるスタートでありゴールと言っても過言では無い、大事な心の原点となっていたのである。
東京へこれから上京する前に、今一度その化石を見ておきたいと言うレキの気持ちは、至極真っ当な物だったのだが………。
「………只今」
その日の夕方、レキは失意の内に自宅に帰って来ていた。
「お帰りなさいレキ……」
「兄さん、残念だったね……」
出迎えた母と、弟の
力無くベッドの上に倒れるレキの目には、疲労と喪失感が漂っていた。
警察や博物館の職員達から事情説明を受けた上で、自身の化石が展示場から忽然と消えて無くなったのを目の当たりにし、込み上げて来たのは大切な原点を失った喪失感と悲しみと犯人への怒りと言う三位一体の負の感情だった。直後にマスコミからも、自身の発見した化石が盗難に遭った事への心境を訊かれ、気分は完全にゲンナリ。夢への第一歩を盛大に踏み外し、あまつさえ足を捻挫した気分であった。
尚、警察が調査した所によると、犯行現場には鳥の羽根と思しき物が数種類、然も複数散らばっていたと言う。然もこれは侵入経路と思しき博物館の裏口からも複数見つかったそうである。カラスの羽根やキジ目の鳥類と思しき物の様だが、鑑識に掛けても何の変哲も無い鳥の羽根で、犯人に繋がる有効な証拠にはなり得ないと言うのが警察の判断だった。
ただ、監視カメラに映った映像では、犯行が有ったとされる早朝5時頃、何処からか全身黒ずくめの怪しい人影が3~4人現れた次の瞬間、監視カメラの映像が途絶えたと言う。
「誰だよ、俺の化石盗んだ糞野郎共は……!?捕まったら思いっ切りブン殴ってやるかんな………!!」
警察も化石の捜索と一緒に犯人の逮捕に全力を尽くすと言ってくれたが、やっぱり自分が捕まえられるなら捕まえたいとレキは思っていた。
だが、その一方で疑念も残る。化石と言っても、あれだけ大きな岩塊を普通の人間が数人掛かりで、況してや誰にも気付かれずに運び出せるとは思えない。
然も警察の話によると、化石の盗難が明らかになったのは博物館の職員が出勤して来た時であり、それまでの時間帯にそれらしい物を抱えて歩く不審人物の目撃情報は街の何処からも寄せられていない。
これだけでも十分不可解なのに、犯人が脱出したと思われる正面の扉にも、何か強い力で無理矢理破壊された形跡が有ったと言う。手口からしてとても人間業とは思えず、それこそ恐竜の様な大型の生き物の突進でもない限り有り得ない壊れ方だった。
(けど一体何モンだよ、化石盗んだ連中は……?つーかそもそも、化石なんか盗んで何しようってんだ?)
普通に考えれば、盗んだ化石を闇のルートで何処かに転売するのが目的だろう。だが、あんな物を欲しがる様な買い手が本当に居るのだろうか?余程の好事家でもない限り有り得ないのだが………。
幾等考えてもまるで分からない。と言うかそもそも自分の原点を失ったショックの方が大き過ぎて、これ以上何も考えたくない。思考を完全に手放したレキは暫く不貞寝した後、何時もの様に夕飯に舌鼓を打ち、恐竜関係の本を渉猟した後で風呂に入って床に就いた。
TVのニュースでも例の窃盗事件が取り沙汰されたが、結局犯人に繋がる確証は何も見つからなかった様である。
だが数日後、こんな信じ難い出来事が有った余韻も醒めぬまま、再び不可解な事件が地元を襲った。
「おいおい、嘘だろ……!?」
レキがTVを点けた時、ニュースで報道されたのはまるで鳥と爬虫類の中間の様な奇妙な怪生物が、勝山市を中心に福井の各地で相次いで発見されたと言うニュースだった。
その外見は、6500万年の大昔に絶滅した羽毛恐竜―――即ち獣脚類其の物と言っても過言では無い。然もこの謎の生物の発見と共に、地元では電線に停まったり家の庭に飛んで来る鳥の姿が見えなくなったと言うのだ。
「何なのよこれ?気持ち悪いわね……」
「これってもしかして、恐竜…って、兄さん?」
TVの報道に思い思いの感想を述べる母と弟を他所に、レキは一目散に家を飛び出して行く。何故飛び出したのかと聞かれれば、「無意識」と答える以外無いだろう。
恐竜が鳥の先祖と言うのは始祖鳥の発見に端を発した学説の1つで、当時は誰も信じる者は無かった。だが、1996年に発見された化石に羽毛の痕跡が発見されたのを受け、それまで二足歩行の爬虫類の類だと思われていた恐竜のイメージは覆され、その後の研究によって漸く鳥は恐竜の子孫、其処から発展して鳥は恐竜其の物と言う認識へと至った。
理由は分からないが、それを証明する生物が現れたとなれば、未来の研究者として見過ごす訳には行かない。この目で確かめねば!理屈ではなく本能でそう悟ったレキは気が付いたら自転車を走らせ、勝山橋の近くまで来ていた。すると視界に飛び込んで来たのは、『我こそは生きた恐竜の発見者となってやろう!』と息巻く勝山市民達が河原の周辺で怪生物を捕まえようと草の根を掻き分けて探し回る光景だった。
「何やってんだよ?どうせ普段は恐竜なんてそんな興味無い癖に……」
地元住民だからって、普段は恐竜に対しては興味のキョの字も無かった癖に、都合の良い時だけ湧き立つ。数を頼って自分では何も考えない、思考停止の馬鹿揃い。そんな大衆の愚かさには呆れて声も出ない。
「まっ、ニュースに踊らされてこんなとこ来てる俺も大概だろうけど……って、ん?」
そんな彼等の姿を半眼で眺めるレキだったが、次の瞬間何かが自分の直ぐ傍を物凄い速さで通り過ぎて行くのに気付く。それは全身を黒ずくめのコートで覆い、顔を白いペストマスクで隠した怪しい集団だった。
「今の何だよ……ってこの羽根……まさか!?」
窃盗団と思しき黒の一団が通り過ぎた後には、カラスやニワトリ、キジやタカと思しき鳥の羽根が残っていた。それは犯行の有った博物館に落ちていたのと同じ羽根。然も周りには鳥らしい影は何処にも無い。これはもう先程の集団が化石を盗んだ窃盗団であると見て間違い無い。
羽根を拾ってその匂いを嗅ぐと、レキは再び自転車を走らせて先程の黒い集団を追跡する。何を隠そう、レキは人並み外れた嗅覚の持ち主であり、その匂いを元に犬宜しく探し物を見つけた事が過去に何度も有るのだ。
怪しい集団は既に遠ざかって見えなくなっていたが、道路に複数落ちていた羽根とその匂いを頼りに全速力で自転車を走らせて追跡すると、そのまま街の近くの森へと入って行く。その森の景色に、レキは
「あれ?この森の景色って……」
実は前日の夜、レキは或る奇妙な夢を見ていた。何処とも知れない森の中を歩いていると、不意に声がするのだ。
『私を掘り起こせし者よ、私は此処にいます――――』
2年前に自分が化石を発掘した際に聞いたのと同じ声。その後も自身が発掘した化石見たさに博物館へ足を運んだ時、何度か耳にした声だったがその時のレキは空耳だと思って流してしまっていた。
話を戻そう。夢の中でその声のした方へ向かって行くと奇妙な洞窟に辿り着き、中に入ると自分が発掘した化石が安置されているのだが、その時点で夢は覚めてしまい気付いたら朝になっていた訳である。
そして今のレキが歩いているこの森の景色は、丁度その夢の中で歩いていた森の中と景観が一致するのだ。
「まさか、本当に夢の通りの景色だってのか?って事はもしかしてこの先に……」
昨夜の夢は本当に予知夢だったのだろうか?それを確かめる意味でもレキが前に進んで行くと、やがて断崖に大きく口を開けた洞窟の入り口へと辿り着いたではないか。となるとやはり化石もこの奥に……?
「洞窟マジで有ったよ…。つーかこの山にこんな洞窟有ったっけか……?」
取り敢えず夢の通り事が運んだのは良いが、その一方で何か危険が待ち構えていると言う予感が一緒にレキの脳裏を過る。それでも上京する前に自分の大切な原点を取り戻したいと言う、自らの強い想いで湧き上がる恐れを押し殺すと、レキは自転車を降りて洞窟へと飛び込んで行く。だが、この時レキは気付かなかった。近くの森の木の上から自身を見つめる怪しい影の存在を………。
一方、それに気付かぬままレキはスマホの明かりを頼りに奥へ進んで行くと、盗まれた化石は果たして其処に安置されていた。
「有った!やっぱ此処に有ったのか!!」
見事に盗まれた化石を発見したが、これだけ大きな物は自分1人では持ち出せない。それに、何時犯人達が此処に戻って来るか分からないのだ。どちらにせよ、此処は一旦戻って警察に通報するのが1番だろう。
「良し、俺1人じゃ運び出せないから取り敢えず警察呼ぶか」
意を決したレキが引き返そうとした……その時だった!
「ぐあッ!?」
突然レキの後頭部に衝撃が走る。何者かが背後から彼を殴ったのは火を見るよりも明らかだ。遠のいて行く意識の中でレキの目が最後に捉えた物は、スマホの光に照らされた、例の黒い集団の1人の姿であった―――――。
次回で第一章は終了です。
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Act2:未知との遭遇、そして新世界へ
「うっ……」
レキが目を覚ました時、其処は洞窟では無く何処とも知れぬ暗い部屋の中だった。どうやら石造りの建物の中らしい。壁には窓も付いており、其処から空が広がっている為、地下でない事だけは確かである。
「此処は何処だ?俺は一体…って、動けない!?」
それと同時にレキは自身が椅子に拘束衣を着せられた上で、厳重に縛り付けられている事に気付く。
「ど、どう言う事だよこれ!?何でこんな…まさかあの時……!!」
化石を盗んだ窃盗団と思しき集団を追い、夢のお告げに有った森の奥の岩壁に掘られた謎の洞窟で盗まれた化石を見つけた時、不意に何者かに殴られて意識が途切れた事をレキは思い出す。
あの後、自分は犯人達に誘拐されて今此処に拘束されている――――それ以外、今の状況の説明が付かない。覚悟は決めた心算であの洞窟に入ったのは確かだが、それにしても盗まれた化石を取り返す心算が逆に誘拐されるとは何たる不覚であろう。“ミイラ取りがミイラになる”とはまさしくこの事である。
「糞ッ、冗談じゃねぇぞ!早く此処から抜け出さねぇと……!!」
戒めから逃れるべく必死になって身を捩じらせるも、当然ながら拘束衣は全く外れる様子が無い。
すると突然レキの耳に飛び込んで来たのは、大地を揺るがす程の大きな物音だった。まるで巨大な生き物が大地を踏みしめ歩く様な音が、断続的に耳へと響く。それと同時に、聞いた事も無い様な重低音が外から木霊する。まさか、外に何か得体の知れない生き物でもいると言うのだろうか?それ以前に此処は地元なのか?
「何だよこの音……?一体、何がどうなってんだ?」
外で一体何が起きているのか、全く訳の分からない状況の中、今度は不意にドアが開いて複数名の何者かが部屋に入って来た。それは化石を盗んだ窃盗団と思しき、ペストマスクの黒い集団だった。その数は総数5名。他に仲間がいる可能性は否定出来ないが、少数精鋭としては十分な数である。
「なッ、お前等は!?」
化石を盗んだ犯人達が思いがけず目の前に現れ、レキは一瞬呆気に取られるが、直ぐに気を取り直して怒りと共に言葉を迸らせる。
「てめぇ等……俺の化石を盗んで何処へやりやがった!?つーか何で盗んだんだよ!?答えろ!!」
犯人の5人組は数分間黙っていたが、直ぐに
「――――“俺の化石”だと?お前は何を言っている?別にお前の所有物と言う訳じゃ無いだろう?」
「はぁっ!?」
全く悪びれる事無くそう返す
「ふッざッけんなアァァ~~~~ッ!!!分かってんだよ!!お前等が博物館から俺が発掘した化石盗み出した犯人だって事は!!!つーか質問を質問で返してんじゃねぇ!!!訊いた事にはちゃんと答えやがれ、この泥棒野郎共!!!」
だが、そんな事は今のレキにとってはどうだって良い事で、ヒートアップした怒りに任せて尚もがなり立てる。
一方、レキのリアクションを受けた当の5人組は顔を見合わせると、直ぐに「やれやれ」と言わんばかりに首を振って溜息すら吐く者もいた。
「泥棒なんて随分人聞きの悪い事言う奴だな。オイラ達は自分達の神様を取り返しただけだよ!」
すると今度はセンターの人物の直ぐ右隣の人物が口を開く。変声期を迎えた少年と思しき中性的な声質だった。
「人聞きの悪いって事実だろ!!つーかあの化石が神様ってどーゆー事だよ!?意味分かんねーよ!!」
すると今度は
「落ち着きなよ。そんなにいきり立ってたら会話なんて成立しないだろ?先ずは落ち着いて深呼吸しなよ」
左隣の人物も、声を聞く限りはどうやら男性らしい。口調からして割とフランクな性格が感じ取れた。
「お、おう、そうだな………」
言われるままにレキが深呼吸をする中、左隣の人物は更に隣の左端に立つ人物に話し掛ける。
「コル、何でこんな奴連れて来たんだよ?って言うか、ホモ・サピエンスってこんな気性の荒い生き物なのかよ?」
「私も初めて知ったわよ。けど、まさかアウロラ様の保管場所に来るとは思わなかったわね…」
どうやら左端の人物は“コル”と言う名前らしい。ペストマスクと黒いローブで素顔は分からないが、声から判断して年頃の少女の様だ。
レキが心を落ち着けている間、ペストマスクの5人組はヒソヒソと言葉を交わし合う。
「どっちにしても僕達が
真っ先に口を開いたのは残る1番右端の人物だった。のんびりした口調だが、声は若い男性のそれである。これに対し、“コル”と呼ばれた人物は言う。
「これは……そうよ!あの世界の
「全く…お前の好奇心の旺盛ぶりには呆れるよ。任務そっちのけで向こうの世界をフラ付き回る始末だからな……」
「そうだぞ!
「おい!」
コルの弁解に、先程まで
直ちに5人の視線がレキに集中するが、レキは動じる事無く言う。
「さっきは悪かったな。感情的になったりしてよ……。つーかお前、“コル”っつったか?もしかして、お前が俺を殴って此処へ連れて来たのか?」
するとコルは暫く黙っていたが、直ぐに素っ気無い調子で対応する。
「そうだけど、それがどうかした訳?って言うか、あんたが化石って呼んでるのってアウロラ様の事よね?“キョーリューハクブツカン”なんて言う大きい建物の中に保管されてたみたいだけど、別にあんたの持ち物って訳じゃ無いんでしょ?」
「あぁ、そうだ」
「じゃ何で“俺の化石”なんて、まるで自分の物みたいに主張するの?そもそもそれ以前に、あの洞窟に迷い込んだのって偶然じゃなくって、最初から分かってて入って来た訳?」
コルの問い掛けに対し、レキは先程とは打って変わって冷静に答える。
「事情は分からねぇが、お前等はあの化石をご神体呼ばわりしてるみたいだな。余っ程大事なモンに見える。けどな、あの化石は俺にとっても大事な物なんだよ!こんな事言ってもお前等には分かんねーだろうが、あれは2年前に俺が地元の山で発掘した化石で、俺の中じゃ鳥類の視点から恐竜を知りたいっつー俺の夢の原点になる大事なモンなんだよ!それを奪われた日にゃ思い入れの有る手前、警察じゃなくたって取り返そうって思うだろうが!だからお前等を追って来たんだよ!!」
本当は夢のお告げの事も有るのだが、得体の知れない相手に自分の情報を与え過ぎるのは得策ではないので、この場は伏せておく事にした。
レキの力強い回答に対し、5人組は数秒間沈黙するも、直ぐにコルが前に出て尋ねる。
「“私達を追って来た”ですって?じゃあ、アウロラ様を保管してた洞窟に来たのはやっぱり―――」
「そうだよ。お前等が横切った後に残った羽根の匂いを頼りに追っ掛けて来たんだよ!」
「オイラ達の羽根の匂いで追っ掛けて来るなんて、マジかよ?嗅覚ティラノ並みに鋭いじゃん!」
まさか匂いから自分達が尾行されていたとは……レキの嗅覚の強さに、一同は唖然となる。若干ハッタリも入っているが、思ったより効果が有った様だ。因みにティラノサウルスも嗅覚が異様に発達していた事が研究で分かっており、これによって夜中でも獲物を探す事が出来たそうだが、レキの鼻がそれ程の物と言うのは些か誇張が過ぎよう。
ともあれ、言葉を失う5人に対してレキは言葉を続ける。此処まで来ると、完全に自分が捕らわれの身である事を何時しか当人は忘れてしまっていた。
「それでなくてもだ!あの化石は、今までの恐竜研究の大きな前進に繋がる大発見かも知れないんだよ!そんな大事な物を盗むなんざ、俺に言わせりゃ冒涜も良いとこだ!!分かったらさっさと返せ!!」
するとリーダー格の女性が前に出て来て言う。
「我々の神を見つけてくれた事には感謝する。然しだ。たかが猿の直系のホモ・サピエンスが、自分達と関係の無い種の歴史を調べて何になる?」
「何ッ?って言うか猿!?」
リーダー格の女性から恐竜研究を根底から否定する様な言葉を投げ掛けられ、レキはカチンと来た。だが、そんな彼の心境など御構い無しに、今度はフランクな口調が特徴の人物が続け様に言葉を発する。
「君が見つけたのはただの化石じゃない。俺達の偉大なる祖先にして、母の竜其の物なんだよ。そしてその御身と力は、我等
(は?オルニス族?こいつ何言ってんだ?)
先程から黒ずくめのペストマスク達が発する言葉に、レキは違和感を感じ取っていた。
自分が見つけた化石を“アウロラ様”と呼んで神聖視している点も然る事ながら、自らを差して「ホモ・サピエンス」と回りくどい呼び方をしている点。そして何より先程出た、“オルニス族”なる聞き慣れない単語――――。
話を聞いている限り、まるで「自分達が人間ではない」と遠回しに言っている様な物言いだった。
意を決してレキは5人組に尋ねる。
「さっきから訳分かんねー事言っちゃいるが、お前等一体何なんだ!?オルニス族って何だよ!?まるで自分が人間じゃないみたいな言い方してるじゃねーか!」
レキがそう指摘すると、リーダー格の女性は「フゥ…」と溜息を吐いて言う。
「先程からお前が口にしている、“人間”なる単語の定義がお前の種族であるホモ・サピエンスを差すのなら、我々は確かに“人間”では無いな――――」
そう言うなり5人は、不意に身に纏っていた黒いローブを脱ぎ捨て、顔に着けていたペストマスクを外す。
露になった5人の姿に、レキはこれまでの人生で味わった事の無い未曽有のレヴェルの驚愕を禁じ得なかった。
「あ…あぁっ………マジ…かよ………お前等、その姿は…………鳥人間!!?」
レキの視界に飛び込んで来た5人の頭部は何と人間ではなく、ニワトリやカラスと言った鳥類のそれ!然も両腕にも羽根と思しき物まで付いており、尻からも同じ様に尾羽が出ている。そう、5人の正体は創作物に度々登場する鳥人其の物だったのだ!!
先程
余りに現実離れした目の前の光景に絶句するレキに対し、コルが近くに歩み出る。
「ひっ…!く、来るな…!!」
人智を超えた化け物の前に怯えるレキだったが、拘束衣を着せられて椅子に繋ぎ留められてはどうにもならない。先程までなりふり構わず啖呵を切っていたが、それは相手が同じ人間である手前、気迫で迫れば何とかなると言う思い込みからだった。だが、目の前の相手は明らかに人間ではない化け物其の物。人間など比べ物にならない身体能力を持っているのは容易に想像出来る。此処に来てレキは自分が捕らわれの身である事を思い出し、一切の身動きが取れぬまま一方的に惨殺される恐怖に直面する事となってしまった。
このまま何も出来ずに殺される……そう思ったレキに出来る事は、もう目を瞑って覚悟を決める事だけである。
「動かないで……」
だが、次の瞬間コルが取った行動は、右手の爪でレキを縛る拘束衣を切り裂き、彼を戒めから解き放つと言う意外な物であった。
「あ、有り難うよ……」
拘束衣から解放され、自由の身になると同時に立ち上がると、レキは一先ずコルに礼を言う。すると相手は答える。
「お礼を言う位ならもう1つ、最後の質問に答えて頂戴。これが1番大事だから」
「あ、あぁ……一体何だよ?」
最後の質問?何が知りたいと言うのだろう?そう思いながらレキが質問を許可する旨の返事を発した時だった。
「ギュイィィィィィィィィィッッ!!!」
不意に外から甲高い生き物の鳴き声が天井の方から響き渡る。
「!?」
先程の巨獣の足音と鳴き声らしき音に続き、再び響き渡る聞き慣れない物音。身体も自由の身となったし、本当に冗談抜きで自分は何処に監禁されているのか、いよいよ知らねばならない時が来た様だ。
「悪い!質問答えんのは後にするわ!さっきから此処が何処か気になってたんだよ!」
「あっ、コラ!待ちなさい!」
弾かれた様にレキが外へ飛び出すと、其処には信じ難い光景が目の前に広がっていた。
「え………?な、何だよ…此処?」
視界に飛び込んで来た光景は、最早見慣れた福井県勝山市の原風景などでは無く、まるで三畳紀ともジュラ紀とも付かぬ原生林が周囲に広がる景色だった。足元には所々に初めて見る花が咲き乱れ、同じ様に見た事も無い果実を付ける樹木が随所に生えている。
遮二無二駆け出して更に開けた場所に出ると、空にはプテラノドンやケツァルコアトルスの様な
「えっ……えぇぇ―――――ッ!?おいおい、嘘だろ!?絶滅した筈の恐竜まで居るのかよ!?」
信じられないが、此処は漫画やラノベ、そしてそれ等を原作としたアニメで嫌と言う程見て来た異世界なのではないか?それとも大昔の地球へタイムスリップしたのだろうか?レキの脳裏をその可能性が過る。
どちらせよ、自分の知ってる世界とは全く別の世界に迷い込んだと言う事に関しては疑いの余地が無い。
すると突然、何者かに腕を掴まれる感触をレキは覚えた。
「なッ、何だよ?」
振り返ると相手はコルだ。表情は余り変わっていない物の、質問に答えるのを反故にして勝手に飛び出したからか、腕を強く握られる感触と併せて怒っているのは火を見るより明らかだ。然も彼女の後ろには残る4人の鳥人達も随伴している。
「馬鹿!話聞かないで勝手に飛び出してんじゃないわよ!!
「うっ、御免!!マジ超御免!!」
コルの一喝に思わず委縮するレキ。また何気無く飛び出した“魔獣”と言うワードは気掛かりだが、あんな巨大な生き物が闊歩する様な場所は土地勘が無い事もあって1人で歩くのは確かに危険である。
(つーか何だ、こいつから感じるこの違和感……?)
委縮する一方でコルから妙な違和感を覚えるレキだったが、そんな事は今はどうだって良い。
化石の事も無論大事だが、今はこの5人に取り入る以外に無事に家に帰る道は無いのだ。不本意ではある物の、先ずは目の前の鳥人達に身の安全を保障して貰おう。そう考えたレキはコルに懇願の言葉を投げ掛ける。
「もうさっきから何が何だか訳分かんないけど、此処がとんでもないとこだってのは良~~~~く分かったよ!俺だってまだ死にたくないし、叶えたい夢だって有るんだ!さっきも言ったと思うけど、今までの態度は謝るし、化石の事も後回しで良いからさ、取り敢えず俺を無事に帰してくれ!頼む!この通りだ!!」
そう言って土下座までするレキの姿に、コル達は唖然となるばかりだった。最初は自分達を果敢にも追い、捕まっても臆さずに化石泥棒と罵っていた癖に、自分が危ない場所に立たされたと分かるや否や、これまでの全てが嘘と言わんばかりの掌の返しぶり。事情と状況の変化に対応したと言えば聞こえは良いが、それにしても釈然としない。ホモ・サピエンスとはこんな虫の良い、手前勝手な生き物なのだろうか?
だが、今此処でそれを詰っても仕方が無い。取り敢えず身の安全を確約して体良く送り返そう。そう考え、コルは口を開く。
「…取り敢えず、あんたの事は
「あ…あぁ、分かったよ!」
レキとしても、どうにか無事にこの場は切り抜けられそうだと分かり、思わず安堵の息を漏らす。ネオプテリクスと言うと、文脈からして彼等の街と思われるが此処は日本じゃないと言うのか?
だが、それを尋ねる前に先ずやるべき事が有る。取り敢えずお互いに名前を知る事、つまり自己紹介だ。
「そう言えば未だ名乗ってなかったな。俺の名は竹内歴!レキで良いぜ。お前は確かコルで、他の4人の名前は?」
話が決まった途端、自分の名を明かすレキの姿を見て、コル達は少しだけ認識を改めた。事情が変われば掌を返す虫の良い言動は兎も角、こうして自分から名を名乗る姿勢は殊勝で評価に値する。
その姿に敬意を表さなければ、自分達はホモ・サピエンス以下の精神性の持ち主と言う事になる。そう考えたコル以外の4人は、改めて名を名乗る事にした。
「私の名は『アドリア』だ」
先ずリーダー格のタカの鳥人がアドリアと名乗り、次はニワトリ。
「オイラの名前は『レグラン』!宜しく」
そしてキジと続いてドードー鳥だ。
「『フェサ』だ。宜しく」
「『ラクク』だよ~。宜しくレキ」
一先ず相手が何者なのかは一通りこれで分かった。
「アドリア、レグラン、フェサ、ラクク、そしてコル……か。良し、覚えた!」
最後に知るべき事はただ1つ。本題とも言うべき最優先事項のそれはズバリ、此処が何処かと言う事である。
「俺からの質問は次で最後だ。此処は何処なんだ?見た所日本じゃなさそうだが……」
その質問に答えたのはコルだった。
「日本?違うわよ。此処はそもそもあんたの居た世界じゃないわ」
コルの言葉を受け、疑念は漸く確信に変わった。やはり此処は異世界と言う事なのか?
「何!?日本処か、地球ですらないってのかよ!?って事は此処はやっぱ異世界って事か!?」
するとコルの答えはこうだった。
「そう、此処はあんたの住んでる地球とは違う世界。この世界の名は『惑星アウロラ』よ!」
「わ、惑星アウロラ!?」
自分が発掘した化石の事をコル達は“アウロラ様”と呼んでいたが、この世界の名前も同じ『アウロラ』と言うのか?
そもそもレキが発掘した化石の正体は何なのか?何故彼等はそれを盗み出したのか?
未だに分からない事だらけだが、この未知に満ち溢れた異世界にて、レキの鳥と竜を巡る物語が今、幕を開けようとしていた―――――。
これにて
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新天地アウロラ編
Act3:ようこそ恐竜の世界へ
コルから今自分がいる場所が地球の福井では無く、『惑星アウロラ』なる違う星=異世界と知らされ、レキは驚きと共に戸惑いを隠し切れなかった。
「惑星アウロラ…まさか漫画やラノベみてぇな異世界が実在してて、俺が其処に来る事になっちまうとはな――――」
「何よあんた、意外とすんなり受け入れてるじゃない?もっと取り乱して、みっともなく泣きベソ掻くって思ってたけど」
「馬鹿にすんな。俺だって漫画やアニメでそう言うの知ってんだよ。そりゃ最初は驚きはしたが、お陰でこんな状況でも多少は平常心でいられてる。それに、お前等だって一応俺の身の安全は保障してくれるんだろ?なら何とかなるって思えるよ」
「あっ、そう……」
鳥類学者を志望する手前、鳥類やその祖先たる恐竜に関する造詣の深いレキだが、サブカル知識も多少は嗜んでいた。だからこんな鳥人だの異世界だのと言った非日常といざ直面しても、最初は驚きこそすれこうやって取り乱さずにいられる。そんなレキの理屈には、コルは呆れるばかりだった。
すると先程から黙っていたアドリアが前に出て言う。
「コル、お前は未だこいつから訊くべき事が有るんじゃないのか?」
「あぁ、そうだったわね。じゃああんた…“レキ”っつったわね?改めてあんたに大事な質問をするわ」
「お、おう………で、何だよ?」
アドリアから忘れていた質問を指摘され、コルは改めてレキに尋ねる。
「レキ――――あんたはアウロラ様を発掘したって言うけど、それはどう言う経緯だったの?聞かせて頂戴」
まさかその質問をして来るか――――レキはそう思った。けど、その質問に何の意味が有るのかまでは流石に分からなかった。だが、訊かれた以上は答えねばなるまい。
深く深呼吸をすると、レキは口を開いて言った。
「声が聴こえたんだよ」
「声?」
「あぁ、或る日山へバードウォッチングの為にハイキングに来てたら、突然脳内に女の声が響いたんだよ。『私の声が聴こえし者よ、どうか私を掘り起こして下さい』ってな」
その言葉を受け、5人は驚愕した。それと同時に5人の視線がレキに殺到する。
「頭に声が響いたですって!?その話、もっと詳しく聞かせて!!」
「なっ、何だよいきなりそんな血相変えて…!?」
鬼気迫る表情でそうせがむコル。他のアドリア達も無言だったが、同じ様に真剣な眼差しをレキに向けて来る。彼等にどう言った事情が有るかは分からないが、並々ならぬ事情なのは確かな様だ。此処は大人しく続きを話した方が良さそうだ。
「分かった、分かったから落ち着けって!そんで、最初は空耳だって思って無視してたんだ。けど、段々声がデカくなって、然も近くの断崖絶壁がフラッシュバックして、そんで気が付いたら其処に行って持ってたスコップで掘ってたら、お前等が“アウロラ様”って呼んでる化石が出て来たんだよ。まぁ、その後どう言う訳か声はパッタリ止んだけどな………取り敢えず話は以上だ」
レキが話を終えた時、5人は言葉も無く絶句するばかりだった。その様子を受け、良い機会なので更に驚かせようと思ったレキは、先程伏せていた情報を暴露する事にした。
「あぁ、ついでに言っとくとな、俺がお前等を追って化石のある場所に辿り着いたのは匂いを追って来たからってのも勿論有るが、予知夢ってのも理由の1つだ。」
「よ、予知夢?」
思いがけない
「そ!予知夢!昨日の夜に夢ん中でお前等が化石隠した場所が出て来てな、更に俺が化石を発掘した時に聞こえた声が告げたんだよ。『私は此処にいます』ってな!」
レキの取って置きの情報開示の前に、5人は再び言葉を失った。まさか目の前のホモ・サピエンスは、本当に自分達の神に選ばれた存在だと言うのか!?
話を聞いた5人は直ぐ様寄り集まると、そのままヒソヒソと何やらグループディスカッションを始めた。最初に発言したのはアドリアだ。
「どう思う、今のあいつの話……?」
するとレグランとフェサが口を言う。
「正直オイラも信じられないよ…あいつがアウロラ様の声を聴いたなんて……」
「けどあのホモ・サピエンスが眠ってるアウロラ様を掘り起こして、それを『自分の原点だ』なんて主張してる所からも強ち間違いじゃなさそうだよ?」
未だにレキの言葉に懐疑的な2名だが、其処へラククとコルが参加する。
「って言うか大昔の聖典で、『大いなる禍の再来に備え、救世の英雄を探し連れ帰る』ってアウロラ様はご先祖様達に告げてたよね?仮に彼の言う事が本当なら、あのレキって言うホモ・サピエンスが英雄って事になるけど……」
「英雄?あいつが?そりゃさっきの話聞く限りじゃ、確かにアウロラ様が夢って形でテレパシーを送って私達の居るとこに来る様仕向けたっぽいけど、流石にそう決め付けるのは早計でしょ!第一アウロラ様がその英雄ってのを連れ帰る前に、私達がアウロラ様を連れ帰ってる訳だし、あいつはそれに付いて来たおまけよ!」
コルの言葉を受け、アドリアは言う。
「どちらにせよ、このままネオプテリクスにあいつを届けるのが先決だろう。其処で
アドリアの言葉を受け、4人は満場一致で頷く。そして改めてレキの方を向く……が!
「待たせたわね……って、いない!?」
何と先程までレキが立っていた場所には誰もいなかった。何時の間にか何処かへ行ってしまったとしか考えられない。
「あ・い・つゥゥ~~~~ッ……あんだけ勝手に動くなっつったのにまた………!!」
「むっ、おい見ろ!奴はあそこにいるぞ!!」
一度ならず二度も勝手な行動に走るレキにコルが憤慨していると、直ぐにアドリアが少し離れた場所にレキを見つけ指差す。何とレキは事もあろうに草食恐竜の密集地帯に居るではないか。
幸い近くには大型の肉食恐竜の様な外敵らしき物の姿は見えない。大急ぎでアドリア、コル、フェサの3人は両腕の羽根を広げて翼を展開すると、そのままジャンプして空へと飛翔。レグランはラククをおぶさって大地を駆け出す。
一方その頃、レキはと言うと………。
「うわあぁぁ~~~~近くで見るとやっぱスッゲエェェェェッ!!CGみたいな作り物じゃない、本物の生きた恐竜だぁぁ~~~ッ!!!」
幼い子供の様に目をキラキラと輝かせながら、レキは目の前で動き、鳴き、草を食む恐竜達の息遣いを感じていた。今レキが置かれているこのシチュエーションは、恐竜好きならレキでなくても誰だって最高に贅沢で幸せな瞬間であろう。
化石を取り戻す為にコル達を追って来て、その結果こんな訳の分からない世界に来てしまった訳だが、生きた恐竜の楽園に足を踏み入れたとなれば何もかもチャラにしても良いと、レキは本気で思ってしまっていた。
だが、その夢心地の幸福は次の瞬間ブチ破られる事となる。
「………ェェェエエエエキイイィィィ―――――――――ッッッ!!!」
不意に耳元に聞こえて来る声。然も声は真上から近付き響く感じだった。
何事かと思って空を見上げると、其処には空を飛んで自分に近付いて来るコル達の姿が有った。
「おおっ!!やっぱあいつ等飛べ……」
「何やってんのよこの馬鹿アァァァ―――――――――――――――――ッッッ!!!!!」
空を飛んで自身に近付いて来るコル達の姿を見て、鳥らしく飛べる事に感心するレキだったが、そんな事御構い無しとばかりにコルは勢い良くドロップキックを叩き込もうとする。
「うおおあっ!?」
その気迫に気圧され、レキは咄嗟に身を屈める。寸での処でしゃがんだお陰で直撃は免れたが、コルのキックが大地に直撃した瞬間に轟音と衝撃波が起こり、レキは思わず吹っ飛ばされてしまった。突然の出来事を受け、当然ながら周囲の草食恐竜達は慌てて逃げ出していた。
「痛て……何なんだよ一体……って、えぇッ!?」
衝撃で吹っ飛んだ挙句、地面を転がったレキが立ち上がってコルの落下したポイントを見ると、地面は少なからずひしゃげてちょっとしたクレーターが出来ていた。その中心に佇むコルは、改めてレキを睨み付けると同時に、大地を蹴って猛スピードで距離を詰める。
「ひぃっ!?まっ、待ってくれ!頼むから殺さな……」
「言った傍からまた勝手に動いてどーゆー心算よこの糞猿!!!あんたのその馬鹿さ加減は死ななきゃ治んない訳!?良い加減にしないとあんたマジで命無いわよ!?もう2度と帰れないわよ!?分かってんの!!?」
「御免なさい……本ッ当にスンマセンでした………」
2度目の叱責を受け、レキは一段と委縮してそう返すだけだった。気付けば他の4人も集まって来ていた。
「俺、本当に恐竜が好きなんだよ……もう大昔に絶滅したティラノサウルスとかトリケラトプスとかブラキオサウルスとか、そう言うのもう俺の世界じゃ6500万年の大昔に絶滅していなくなっちまったけどさ、そう言うのが生きてて目の前で動いてたら、そりゃ近くで確かめたくなるのが人情ってモンだろ?」
するとアドリアが溜息混じりに言う。
「何が人情だ?要は単なる愚かで哀しい性ではないか!」
そう吐き捨てるアドリアに続いて、レグランも呆れながら続く。
「お前、結構好奇心強いんだね。コルと良い勝負だよ…」
「なッ!?こっ、こいつと一緒にしないでよ!!」
コルが顔を赤くして否定の言葉を投げ掛ける中、レキは空を見上げながらフッと笑って言う。その視線の向こうには、群れを成して飛ぶ翼竜の姿が有った。
「けど嬉しいよ。最初お前等にこっち連れて来られた時はどうなるか心配だったけどさ、こんな生きた非鳥類型の恐竜達を見れただけでも俺は幸せだよ。化石取られたのは勿論許せないし、出来たら返して欲しいけど、こんな素敵なモン見せて貰った事には感謝しないとな!」
レキからそう言われ、5人は複雑な気持ちになった。礼を言われるのは素直に喜ぶべき所だが、先程からの言動の数々を思うと何とも言えない。ホモ・サピエンスとは、こんな理解に苦しむ生き物だと言うのだろうか?
「全く……お前って本当に訳分かんない奴だよ。けど、悪い奴って訳じゃ無さそうだね!」
レグランがそう言うと、何処からかやって来たコンプソグナトゥスがレキの足元に纏わり付く。
「あっ、何だよこいつ!可愛いな!」
コンプソグナトゥスと無邪気に触れ合うレキの様子を見て、目の前にいる人間が取り敢えずは悪意の存在ではない事を5人は確信する。
改めてコルがレキの前に近付いて言う。
「レキ、あんたが掘り起こしたって言うアウロラ様は、私達が『イアペトス』に頼んでネオプテロスに運んで貰ったわ。今頃はもう着いてると思う」
「イアペトス?お前等の仲間か?」
聞き慣れない名前に首を傾げるレキに対し、コルは答える。
「この辺を守るブラキオサウルスよ。私達とは顔馴染みでも有るの」
「マジかよ。じゃあ最初にあの小屋で聞いた足音と鳴き声って……」
「そ!イアペトスの物よ」
成る程、あれはブラキオサウルスの物だったのか……。そう聞いてレキは納得しかけたが、その一方で
だが、それを問い質すより先にコルは言う。
「取り敢えずあんたが竜の事を好きで堪らないのは良く分かったわよ。さっきので満足したでしょ?分かったら今度こそ私達と来て貰うわ。ネオプテリクスの行政庁で、私達の長であるホルス様と面会させてあげる。お互い言いたい事は有るだろうけど、話の決着は其処で付けましょう」
「あぁ……分かった」
どうにかお互いに気持ちや考えの折り合いを付ける事が出来、アドリア達は一安心と言わんばかりに安堵の息を吐く。
「なぁコル、悪いがもう1つだけ質問良いか?」
「何よ?」
次の瞬間にレキが発した質問は、短い間でもこの世界を観察していた彼ならではの物だった。
「この世界には、俺みたいなサル目ヒト科の人類は居ないのか?それ以前に、ネズミや猿や犬や猫みたいな哺乳類は存在しないのかよ?」
このレキの質問に、アドリア達はまたも彼への感心を覚えた。好奇心のままに目を輝かせ、眼前の恐竜に夢中になってるだけだと思ったら、意外とこのホモ・サピエンスは目先以上の物が見えている様だ。中々に視野が広い。
その視野の広さに免じて答えてやろう――――そう考えたコルは、先の問いへの回答を発する。
「残念だけど、
「成る程、俺達哺乳類は単弓類っつって、お前の今言った竜弓類と並ぶカテゴリーの末裔なんだが、こっちじゃ単弓類は
地球において生物が海から生まれたのは周知の事実だが、最初にカンブリア紀の生物爆発を経て様々な種が誕生。その生存競争の中で脊椎動物は魚類から進化を遂げ、水陸両用の両生類を生み出した。やがて其処から水辺を離れても生きて子孫を遺せる様になるべく、彼等は
其処から恐竜、延いては鳥類の遠い礎となる『
だが、この世界では哀しいかなそんな単弓類の系譜は、哺乳類の原点となる『キノドン類』に進化の駒を進める前に途絶えてしまったらしい。
とは言え、生物の歴史は繰り返し言うが進化と絶滅のそれであり、取り分け絶滅と言うのは環境の激変や同じ事をするライバルの種の台頭と言った様々な条件が重なり合って起こる物。こればかりはどんな生物でも抗う事が出来ない。進化して生き残るか絶滅して消えるかは、その時々の環境下でそれぞれの種がどんな選択をするかに掛かっているが、何が正解なのかなんて誰にも分からない。文字通り
そして残念な事に、この世界では哺乳類の歴史は成立し得なかった。となると哺乳類の祖先は、キノドン類に行き着く過程で単弓類から盤竜類、或いは獣弓類の時代に差し掛かる辺りで、
考えれば考える程分からないが、取り敢えず先程のコルの話を聞いたレキが覚えたのは、一抹の切なさであった。
「けどそっかぁ…この世界には哺乳類が存在しねぇんだな。俺と同じ人類は疎か、ネズミ1匹存在しねぇなんて、何か寂しいぜ………」
そんなレキの様子を見て、コル以外のオルニス族3人は呆れるしか無かった。
「おいレキ、お前何言ってんだよ?」
「この期に及んでノスタルジーだなんて、危機感ゼロだねぇ~…」
するとコルは不意にレキに対し、思いも寄らぬ問いを投げ掛けた。
「あんた、要は
レキは言う。
「いや、まぁ……お前等鳥人の中に人間が俺1人ってのがアウェー感半端無ぇって気持ちは否定しねぇけどさ…」
その言葉を聞くや否や、コルは徐にスマホに似た奇妙なデヴァイスを取り出した。
「そう、分かった。時間は未だ有るし、あんたには特別に面白い物見せてあげるわ」
「おい、何だよそれ?スマホなんか出して何する気だよ?」
突然スマホらしき物を懐から出して起動させるコルの行動に、レキは困惑を隠し切れなかったが、他のアドリア達は別に動じた様子も無く、見慣れた当たり前の物を見る様な面持ちで成り行きを見守っていた。
他の4人が見守る中、コルがデヴァイスを起動させた次の瞬間、何と突然彼女の足元に巨大な魔法陣らしき光の模様が出現した!
「何だ!?魔法陣!?」
驚きを隠し切れないレキの目の前で、魔法陣の中心に立つコルの周囲からDNAを思わせる光の二重螺旋が天へと伸びる。螺旋がコルを取り巻いたかと思いきや、眩い光がその場を包み込んだではないか!
思わず目を塞ぐレキだったが、光が収まった目の前を見ると、その場にコルの姿は無く、1人の人間の少女だった。少女はコルと同じ服装をしていた。
「えっ!?お、お前、まさか――――――――!?」
本日何度目か分からぬ驚愕に打ち震えるレキの目の前で、コルと同じ服装をした少女は口を開いて言う。
「そう。あんたの思ってる通り、私はコルよ!」
はい、と言う訳で今エピソードの最後にコルは何と魔法らしき力で人間の女の子になりました!この力がどう言った物かは次回明かされます。ネタバレしますがタイトル回収です。
それでは次回お会いしましょう!
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Act4:目覚めし竜の遺伝子
その後、レキを連れたオルニス族の一行は一路、自分達の国の首都・ネオプテリクスを目指して歩いていた。
「なぁ、ネオプテリクスには後どれ位で着くんだよ?」
アドリアは答える。
「お前のペースに合わせて歩いていたら、後30分は掛かるだろうな。飛べば10分足らずで着くだろうが」
「そうかい。そりゃ悪い事訊いたな……」
どうやらまだまだ時間が掛かるらしい。取り敢えずそれ位距離が有ると言う事だけは分かったが、それ以上にレキは人間の姿になったコルが気になるのか、時々視線を向ける。
「何よ、さっきから私の事チラ見して?私がホモ・サピエンスになったのがそんなに可笑しい?」
「いや、別にそう言う訳じゃないんだが、まさかこの世界にそんな魔法なんて力が有るなんて思わなかったからさ……」
此処で話は十数分前に遡る。突然スマホ型のデヴァイスを取り出して操作したコルは足元に魔法陣を展開させ、その影響により自らをレキと同じホモ・サピエンス、即ち人間の姿になったのである。
突然カラスの鳥人から人間の少女の姿になったコルの姿に、レキは唖然となるばかりであった。
「嘘だろ……カラスが人間になるなんて有り得ねぇよ………!」
すると人間態になったコルがレキに言う。
「驚いた?これは『D-Drive』って言って、自分のDNAを操作する事で別な生物へと変身する魔法式を展開する
「でぃ、でぃーどらいぶ?つーか魔法!?この世界には恐竜だけじゃなく、魔法なんてモンまで存在すんのかよ!?」
異世界に連れて来られ、絶滅した非鳥類型恐竜の生きた姿をその目で見る――――これだけでも驚天動地の極みだと言うのに、更に魔法らしき物まで見せ付けられるとは………。
「そうね。存在するって言ったらするわ。機会が有ったらもっとちゃんとしたの見せてあげるわよ。だけど、取り敢えずあんたに寄り添う意味で同じくホモ・サピエンスになってあげたんだから良いでしょ?さっ、分かったらさっさとネオプテリクスに行くわよ?」
「お、おう……」
兎にも角にも一生分驚かされた感じだが、まぁ異世界なんだから何でも有りだろう――――その時は自分にそう言い聞かせつつ、改めてアドリア達と共に目的の街へと向かう事となった訳である。
とは言え、やはりレキは気になって仕方が無かったのだ。この世界に生きる恐竜についてもそうだが、魔法と呼ばれる力についても、それ以前に彼等がどうやって自身の世界に来たのかも―――――。
そして現在、ネオプテリクスへと向かう道中でレキは改めてコルにD-Driveなる力について尋ねた。
「さっきお前、遺伝子操る魔導技術がどーたらこーたら言ってたが、お前等のこの世界には哺乳類も俺みたいな人類もいないんだろ?なのに良くそれでそんな人間の姿になれたな?」
コルは答える。
「それはサンプルになる遺伝子を向こうで収集したからよ」
「は?遺伝子を収集した?」
それはつまり、
「コルの趣味はね、生き物の遺伝子集めなんだよ。そしてそうやって集めた遺伝子のデータをさっきの魔導具に読み込ませる事で、D-Drive出来る生物のレパートリーを増やしてるんだ」
「カラスが物集めるのが趣味なのはこっちの世界でも一緒なのは分かったが、それにしても変身の為の遺伝子集めなんざ予想の斜め上行き過ぎだろ……」
ラククの説明の前に、レキは呆れるばかりであった。だが言われて見れば最初に出会った時、コルは“あの世界の生命体の遺伝子集めの一環”だのと宣っていた。あれは要するにこの
カラスが収集癖の有る鳥である事は人間界でも有名な話だが、それにしても光り物やゴミでは無く生き物の遺伝子集めとは妙な方向に偏差値が高い。
だが、それにしても変身の為に使うのがスマホと言うのは魔法足り得る説得力が不十分で、どちらかと言えば科学と呼ぶべき技術では無いのだろうか?一瞬そう思ったが、其処はクラーク三原則に在る『十分に発達した科学技術は、魔法と見分けがつかない』と言う第三法則の下、敢えて追求しない事にした。
「……取り敢えずお前が人間の遺伝子を俺の世界で手に入れたから、そのお陰で今の姿になれたのは分かった。けど、人間の遺伝子なんてどっから手に入れたんだよ?」
至極真っ当な質問をレキが放つと、コルは間髪入れずにレキを指差した。
「え?何?まさか……俺!?」
信じられないが、コルが人間に変身出来る様になったのはレキのお陰だと言うのだろうか?
「てっ、てめぇ何時の間に俺から遺伝子の採取を……ってまさかあの時かよ!?」
「ピンポーン♪あんたを気絶させた時、あんたの髪の毛の細胞から採取させて貰ったの!」
得意気になってコルは続ける。
「それで、ホモ・サピエンスって言う動物のDNAを読み込んだ後にデヴァイスで瞬時に解析してライブラリに登録、後は私達それぞれに合う様にパーソナライズすれば誰でもあんたと同じホモ・サピエンスになれる訳♪」
何と言う事だろう。コルが人間の女の子に変身出来る様になった切っ掛けが、まさか自分自身に在ったとは……。これまでは元より、この先の人生の中で後にも先にもこれ以上無い程に自身が複雑な気持ちになっている事を、レキはこの時実感していた。
「勝手に俺の身体に何してくれてんだこの糞ガラス!?」と罵倒してやりたい所だが、別に自身が何も不利益を被った訳では無いのでグッと堪えて深呼吸する。
「魔法なんて言われたって俺の世界には存在しねぇから良く分からねぇが、お前等の文明がそれなりに発達してるって事だけは認めてやるよ。つーかスマホで変身なんざ大した魔法だな!」
半ば皮肉を込めてそう言い捨てるレキだが、対するコルは真顔で意味深な回答をする。
「残念だけど、D-Driveの真骨頂は其処じゃないわよ。これはあくまでも
「本物だと?お前等、スマホ使わねぇで変身出来る魔法とやらでも持ってんのか?」
懐疑的な眼差しでレキがそうコルに尋ねた時、不意に先程まで歩いていた5人の足がピタリと止まる。
「おい、どうしたんだよお前等?急に止まったりして…」
「レキ、お前は先に行け―――!!」
レキの問い掛けに対して険しい面持ちでアドリアがそう返すと、突然背後から聞き慣れない鳴き声が響き渡る。
「ギャオオォォ―――――――――――――――――――――――ンンンン!!!!!」
何事かと思って振り返ると、一行の背後から巨大な影が遠くから迫って来るのが見える。それは何と、RPGで良く目にする
「ななな、何じゃありゃあ!?ドラゴン!?」
鳥人、恐竜、魔法と来て今度はドラゴン――――この1時間余りで異世界の洗礼を散々受けた手前、今更驚きはしなかったがまさか此処に来てRPGのモンスターの花形をお目に掛ける事になろうとは………。
「あれも一応翼竜類や鳥盤類、そして私達竜盤類と一緒に爬虫類から派生した種よ。
「幻獣!?ってか超竜類!!?」
聞いた事も無い生物の分類を聞かされて目が点になるレキだが、あんな化け物に襲われたら一溜りも無い。
「レキ!アドリアの言う通り君は先に行くんだ!」
「あいつはオイラ達が倒すから、この道を真っ直ぐ行きなよ!直ぐに追い付くからさ!!」
「け、けどよ……」
フェサとレグランから催促されるも、5人の事が心配なレキは二の足を踏んで自分が逃げ出すのを躊躇っていた。
「良いからさっさと来なさい!」
其処へ何時の間にか元のカラスの鳥人に戻ったコルが腕を掴み、そのままレキを遠くまで連れて行く。
「おっ、おいコル!?」
やがて直ぐ目と鼻の先までドラゴンが迫って来た時、アドリアとレグラン、フェサとラククは臨戦態勢に入っていた。
「大丈夫かよあいつ等……?」
ネオプテリクスに着くまで身の安全を保障してはくれるそうだが、いざ危険に遭遇するとなるとやはり心配になって来る。ましてやあんな巨大なドラゴンが相手では猶更だ。
激しい殺気を纏いながら追い付いて来たドラゴンは、アドリア達4人を前に咆哮を上げると、口から青い光線を吐いて攻撃して来る。
咄嗟に避ける4人だが光線の威力は凄まじく、着弾した箇所から大爆発が起こった。
「何て破壊力なんだよ、あの光線……!!」
その光景を前に、レキは改めて戦慄と恐怖を覚えた。最初にコル達鳥人と言う人ならざる存在を目の当たりにした際、同様の恐怖が無かったと言えば嘘になるが、それでも言葉が通じる分未だ平和裏に事が運んで命までは取られない確証が有った。
だが、目の前で今4人が戦っているのはまさにそう言う話し合いも何も通用せず、出会ったら最後、話し合いの余地も無く一方的に自身に死を齎す存在。言うなれば自然災害や猛獣の延長とでも言うべき、絶対的恐怖のそれだ。
光線が避けられるや否や、ドラゴンは再び咆哮を上げながら今度は巨大な爪の付いた腕を乱暴に振り回す。これも4人は咄嗟に避けるが、逃げ回ってばかりでは撃退する事は出来ない。あんな化け物を一体、どうやって退けると言うのか?
「―――――
「えっ?」
状況的にどう考えてもピンチでしかないと言うのに、それをチャンスと好意的に捉えるコルの発言にレキは困惑する。
「良い機会ってお前、どう言う事だよ?」
心配そうに尋ねるレキに対し、コルはフッと笑って答える。
「レキ、あんたに見せてあげられるからよ――――D-Driveの本領をね!」
そう言うと同時に、突然コルの肉体から紫色のオーラが発せられた。コルだけではなく、先程からドラゴンを相手取っているアドリア、フェサ、ラクク、そしてレグランの4人もそれぞれ黄色、緑、青、赤のオーラを放つ。
するとどうだろう。5人の身体は個体差はある物の、見る見る内に大きく膨張。鋭い爪と牙、太い尻尾を生やし、或る者は羽毛が抜ける代わりに全身が分厚い鱗に覆われて行くではないか!
やがてオーラを発し終えた時、5人はさながら
「おっ、おぉぉぉっ………!!」
余りに信じ難い光景だが、目に映る5人の様子をレキは恐ろしいと思う一方で凄まじいワクワク感を覚えていた。全身60兆個の細胞が一斉に粟立つ気分だ。
「さぁ、行くわよッ!!」
「皆、反撃開始だ!!」
「OK!」
「任せろ!!」
「一瞬で片付けてやる!!」
先陣を切って突っ込んで行くアドリアが鋭い爪でドラゴンの腹部を思いっ切り切り裂いたかと思えば、背後に回り込んでいたレグランが鋭い牙と顎で分厚い装甲に覆われた右肩を噛み千切る。フェサも一緒に左側面から首に噛み付いて離さない。
「ギャアアァァァァァ―――――――――――――――――――ッッッ!!!!」
だが、ダメージを受けつつもドラゴンは倒れる気配を見せず、尚も雄叫びを上げながら身体を激しく揺らしてレグランとフェサを振り払う。すると其処へ間髪入れずにラククがジャンプしながら顔面に尻尾攻撃を叩き付ける。そして怯んだ所へ今度はコルが猛スピードで背後から弾丸の如き飛び蹴りを喰らわせた為、ドラゴンはそのまま前のめりにノックダウン!
一方、この様子を眺めていたレキは、先程からの5人の戦いぶりに感心していた。
「良し、レグラン!思いっ切り噛み砕いちゃって!」
そんな中でコルがそう叫んだ次の瞬間、レグランの身体に再び大きな変化が起こった。
「分かった。ハアァァァ―――――――――――ッ!!!」
一段と強いオーラに包まれたレグランは、次の瞬間身体が更に膨張。何と
蛇足だが、来ていた服は量子となって消滅していた。
「ティッ、ティラノサウルスだ!凄ぇ!!本物の生きたティラノサウルスだ!!」
それは恐竜好きにとって永遠のスーパースターと言うべき最強の獣脚類。体長約11~13m、頭蓋骨だけでも約1.5mと小学校高学年並みに大きく、体重も凡そ約6~9t。最大30cmにもなる鋭い牙を口に生やし、その顎の力は最大8t!地球46億年の歴史において、これ程の咬合力を有した生物はこのティラノサウルスを除いて後にも先にも存在しない。
そんなティラノサウルスの登場を前に、レキは人生でもう2度と無いであろう最大級の興奮と感動を覚えていた。同時に先程から抱いていたドラゴンへの恐怖も、完全に脳内から消滅していたのである。
子供の様に目を輝かせるレキの目の前で、巨大なティラノサウルスへと化したレグランは素早くドラゴンの背後に回り込むと、首筋目掛けて勢い良く噛み付く。そしてその強靭な顎に全体重を掛けると、一気にドラゴンの頸椎を破壊、断末魔と共に絶命へと追い遣った。
「ターゲットの絶命を確認。掃討…完了!」
アドリアが号令を出すと、5人は元の鳥人の姿に戻った。因みにレグランも完全な恐竜の姿から元の姿に戻る際、衣服が元通りになっている。これも魔法とやらのお陰なのだろうか?
だが、今のレキにとってそんな事はどうでも良かった。
「お前等、凄過ぎ!恐竜になるなんざ大した力持ってるじゃねーか!」
目を輝かせながらレキは5人に労いの言葉を投げ掛ける。これに対してコルは言う。
「今のがD-Driveの真骨頂よ。」
「何?あれが真骨頂だと?」
首を傾げるレキに対して5人は説明する。最初に口を開いたのはアドリアとフェサだ。
「如何にも。この技術は元来、我々オルニス族が
「竜の力を呼び覚ました時、俺達はそれぞれの遺伝子に強く残る竜因子を活性化させてご先祖様―――つまり
2人の説明を受け、更にラククとレグランが補足する。
「最初はコルが使ってたみたいな
「それで、任意に竜化出来る様になって肉体を鍛錬すれば、さっきオイラがやって見せた様に完全竜化も可能になるって訳さ!」
5人の説明を受け、レキは漸く納得した。
「あー成る程な。って事はあれか?お前等全員、その気になればさっきのレグランみたく恐竜人間から完全な恐竜の姿になる事も出来るって訳か?そんだけの鍛錬をお前等は積んで来たって事か?」
満場一致で5人が頷くのを見て、レキは完全に得心が行く。本当にこの5人はただの化石泥棒と言う訳ではなさそうだ。そもそもネオプテリクスのホルスなる人物の意を受け、“アウロラ様”を奪還しにレキの世界へ潜入して来る位なのだから、相応の実力を持ったエージェントなのは間違い無い。それこそこちらの世界で言うSASやスペツナズの様な特殊部隊並みの精鋭なのだろう。博物館で入り口が破壊された形跡も、恐らくはD-Driveで竜化して破壊して出来た物に違いない。差し詰めレグランが壊したのではなかろうか?
何にせよ、先程の彼等の竜化に関しても、繰り返し言うが鳥は現代の獣脚類。即ち鳥もまた恐竜其の物なのだ。となれば非鳥類型恐竜で直接の繋がりは無くても、同じ獣脚類に変化する異能を彼等が持っていても何も可笑しくはないだろう。魔法らしき物が存在する世界である点も、その説得力を強めている。
取り分け、レグランのティラノサウルスやコルのトロオドンと言う竜化にはレキも納得していた。前者はニワトリが
「分かったよ。っつっても未だ色々と分かんねぇ事が多過ぎるが、この続きはお前等の街で聞かせて貰うぜ」
「じゃあもう一気に行っちゃう?私達もえっちらおっちら歩くの面倒臭いし」
そう言ってコルは再びD-Driveを発動し、2mもの大きさのトロオドンへと完全竜化したではないか。
「ホラ、乗りなさいよ!」
「えっ?って、うおあっ!?」
「振り落とされない様に気を付けなさい」
そしてそのままレキを背中に乗せると、一呼吸してから一気に走り出す。
「おぉっ!速ぇ!この方が断然早いじゃねぇか!」
「周り見て見なさいよ」
「?」
コルに促されてレキが周囲を見渡すと、アドリアとフェサが空を飛んで飛翔。レグランとラククも再度竜化しながら大地を疾駆する。
「全く、最初からこうやって行けば良かったんじゃないのか?」
空を飛びながらアドリアが話し掛けて来ると、コルが返す。
「やろうと思ってたけど、其処へあのドラゴンが襲って来たんでしょ?まっ、こいつに私達の力を披露出来て結果オーライだから良いじゃん?」
「何だよ。あのドラゴンが出なくてもどの道披露してたのか…けど確かにさっきのシチュのお陰でより強く印象に残ったのは間違い無いな」
コルの回答に対してそう零すレキの視界には、同じ様に群れで走るオルニトミムスや悠然と歩くステゴサウルスにイグアノドン等、多くの恐竜達が飛び込んで来た。やっぱりこの世界は面白そうだなと、来たばかりでありながらレキはそう考える様になっていた。
何と無く空を見上げると、其処には翼竜達に交じってコル達と同じ様な鳥人達が空を飛んでいるのが見受けられた。するとコルが言う。
「ほらレキ、もう直ぐ其処にネオプテリクスが見えて来たわよ!」
「へぇ、あの街が―――――」
コルに促されてレキが前を向くと、遠くにニューヨークか東京都心の様なメガロポリスを思わせる巨大な街が見える。どうやらあれがネオプテリクスらしい。
向こうで上手い事話を付ければ、きっと化石と共に元の世界に返して貰える。そんな期待を抱きながらも、レキは真剣な眼差しでこれから自身が向かう街をコルの背中から遠く眺めていた。
だが、レキはまだ知らない。2つの世界を股に掛け、運命の歯車がこれから大きく回ろうとしている事を―――――。
と言う訳でD-Driveタイトル回収となりました。最初のDにはそのまま「Dinosaur(恐竜)」と言う意味が有りますが、Dの単語の解釈によっては違う意味にもなって来るでしょう。ともあれ、次からはいよいよ物語が動き出します!
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Act5:鳥人宰相
完全なトロオドンへとD-Driveしたコルに乗せられたレキは、そのまま物の10分で彼等の活動拠点となる首都・ネオプテリクスへと到着した。
「さぁレキ、着いたわよ」
「此処が、ネオプテリクス……」
街の入り口に立ったレキは、その見事な景観にただ気圧されるばかりであった。
一応“魔法”なる物が存在すると言うからファンタジーテイスト全開な中世ヨーロッパの街並みが並ぶかと思いきや、実際は現代の摩天楼を思わせる高い塔が随所に聳え立っており、一見するとまるで東京都庁かニューヨークを思わせるメトロポリスの様相を呈していたからだ。これ程高度な文明を鳥達が築いたと思うと驚嘆の一語に尽きる。
実際に街を歩いてその様子を眺めてみれば、遠くに見えるビルを始めとした建物の壁や天井などは緑や花に覆われおり、森らしき物もあちこちに散見され、更には路上の隅に完備された水路にもアンモナイトを始めとした魚類や甲殻類と言った生き物が泳いでいる。地球人類の文明以上に自然と共生出来ているその光景には、レキも感心しか抱き様が無かった。
然も良く見ると道路には宙に浮いて動く車らしき物が往来し、コルが持ってるのに良く似た形状のスマホ、更には携帯ゲーム機らしき物を持ったオルニス族が随所に見られた。それでいてビル群の合間にはヨーロッパテイストの家々もそこかしこに軒を連ねており、上手い具合に下町情緒を醸し出している。
「凄ぇな、まさか鳥のお前等がこれ程の文明を築いてたとはよ……」
「驚いた?文明が自分達ホモ・サピエンスだけの専売特許じゃないって知らされて」
「あぁ、十分驚いてるよ。てかさっきから色々驚かされっ放しだよ」
元の鳥人に戻ったコルから話し掛けられても、今のレキにはそう返すしか出来なかった。
文明とは、平たく言えば
一方、鳥を含む生き物達はその日生きる分の糧を、願わくば最短で得、それが出来たのなら後は敵に見つからない場所でくつろげればそれで満足なのだ。生命誕生以来、動物とは元来そうやって生きて来た存在である。故にレキの地球においては如何に知能が高かろうと、人間以外の動物が文明を築くなど有り得ない。
そんな動物の中に在って鳥の彼等……否、その祖先の恐竜達から高度な知能を持った者達が現れ、こんな見事な文明を築いたとあってはホモ・サピエンスも形無しであろう。
レキが頭の中でそう思考を巡らせていると、コルが街の名前について説明する。
「ネオプテリクスって言葉にはね、“新しい翼”って意味が有るの。今から100年前に築かれた、割と歴史の浅い街よ?」
「何?これが歴史の浅い街だってのかよ?」
だとしたらこの世界には他にももっと歴史の深く、それこそステレオタイプなファンタジーテイストの街が点在するのだろうか?だとしたらぜひ見てみたい物である。
だが、今のレキにはそんな事は瑣末な事だった。自分の目の前をコル達と似た様な鳥人間が街や空を闊歩し、地上でも獣脚類や竜脚類、それに角竜の様な鳥盤類と言った数多の竜達が彼等と共に行き交う。
まさしく
「俺、お前等の住んでるこの街見てたら興味出て来ちまったよ。なぁ、少し位寄り道したって良いだろ?」
「ホルス様との面会が終わったらな」
レキの提案をアドリアはあっさりと取り下げ、その上でスマホらしき物を片手にこう続けた。
「レキ、お前の事は今しがたホルス様に報告及び連絡した。間も無くこちらに迎えが来るぞ」
「迎え?」
レキが首を傾げていると、突然目の前に翼竜と戦闘機を合体した様な乗り物が3機、宙を飛んでこちらにやって来る。そして一行の姿を捉えるや否や、ゆっくりと翼を畳んで着地した。
2人乗りの操縦席らしき物が存在するが、誰も乗って操縦していない所を見るとどうやら自動で動く無人機の様だ。“迎え”と言う事は、これが恐らくこの世界のタクシーかハイヤーなのだろう。
「何だよこれ?恰好良いじゃねぇか」
率直な感想をレキが漏らしていると、レグランとラクク、アドリアとフェサと言う具合にニコイチで1機ずつ搭乗する。
「ホラ、あんたも乗るの!」
「おいっ、ちょっ……!?」
目の前の乗り物に見とれていたレキも、直ぐ様コルから問答無用で手を引かれてその内の1機に無理矢理乗せられた。全員が乗ると同時に、タクシー(仮称)はそのまま再度翼を広げてゆっくりと宙に浮く。
そして最後尾のバーニアを噴射させて勢い良くネオプテリクスの市街地を中空飛行で飛翔した。
「うおぉっ、速ぇっ!!つーか俺、飛んでるぅぅ~~~ッ!!」
「落ち着きなさいよ馬鹿!まぁ、初めて見る物だろうから気持ちは分かるけど―――」
レキ自身、子供の頃に家族旅行で飛行機に乗った事は何度か在る。それ故、空を飛ぶ乗り物自体は初めてではない。だが、こんなジャンボジェットと比べてもコンパクトなサイズで、然も高速で飛ぶ乗り物は生まれて初めてだ。
人間界において、高速で空を飛ぶ飛翔感は航空自衛隊のエリートや空軍の様な、ジェット戦闘機を駆る者にしか許されない特権なのだろうが、それを民間人の自分が味わえている。此処へ来るまでにもトキメキは何度も感じたが、この体験もレキにとってはその1つとなった。コルに制されても、レキは目を輝かせながらキャノピーの外を流れる景色を眺めていた。
「こんな乗り物まで有るなんて、お前等の世界って本当に凄いな…って、ん?何だ、白い宮殿みてぇな建物が見えて来たぞ?」
外の景色をレキが楽しんでいると、遠くに大きくて立派な白い建物が見えて来た。外見的にはオーストリアに在るシェーンブルン宮殿に近いが、まるでイギリスのビッグベンを思わせる尖塔が建物の左右に聳えている。因みに塔の時計に当たる部分には大きく紋章が描かれていた。
「あれがホルス様のおられる聖殿『カステルムアルバ』。この『ウラノドラケ』は其処を目指してるの」
「へぇ……“白い城”ってネーミングそのまんまだな。つーかこのタクシー、ウラノドラケっつーのか。意味は差し詰めギリシャ語で「天空竜」かい?」
「ご名答。パンサラサ語で『ウラノ』は天空、『ドラケ』は竜を意味するわ。」
成る程、「ドラケ」は「竜」を意味する「ドラコ(draco)」の変形か。パキケファロサウルスの「ケファロ(cephalo)」がホマロケファレだと「ケファレ」になるのと同じ法則の様だ。因みに「ケファロ」の意味は「頭」である。
自身の中でそう納得していると、不意にコルがレキに尋ねる。
「けどあんた、良くカステルムアルバとウラノドラケの意味が分かったわね。まさかパンゲア語とパンサラサ語を両方知ってるとは思わなかったけど、語学には詳しい方なの?」
「いや、まぁ、俺の世界じゃ恐竜みたいな古生物のネーミングにはギリシャ語やラテン語っつー言葉が使われてるからさ。独学で勉強した事有るから多少は分かるんだわ」
「ふーん、パンゲア語やパンサラサ語って、あんたの世界じゃそう言うんだ…って、もう着いたみたいね」
レキの博識さにコルが感心していると、3機のウラノドラケは宮殿の敷地にゆっくり不時着。すると宮殿を守る衛士と思しき鳥人達が飛んで来て一行を出迎えた。
アドリア達5人がウラノドラケから降りて来ると、衛士達の中から代表格と思しき1人が前に出て来て言う。
「皆様、お務めご苦労様でした。アウロラ様奪還の任務、達成おめでとうございます。流石はネオパンゲアの誇る鳥竜天翼部隊『CWS』の方々です!」
彼の言葉を皮切りに、他の者達は拍手喝采でアドリア達の労を労う。祝福の心算なのか楽器まで演奏して歌う者までいた。
するとアドリア達と一緒に既にウラノドラケから降りていたレキが戸惑いながら5人に問う。
「おい、“ネオパンゲア”って何だよ?ついでに“CWS”ってのも何の略なんだ?」
するとコルが説明する。
「そう言やあんたには未だちゃんと話してなかったけど、私達の住んでるこの国の名前は『ネオパンゲア』って言うの」
「ネ、ネオパンゲアだって?」
パンゲアと言えば、レキ達の住む地球において大昔に存在した超大陸の名前である。後に現代のユーラシア、南北アメリカ、アフリカ、インド、オーストラリアとなるパーツ全てが1つに寄り集まった巨大な大陸で、ペルム紀から三畳紀に掛けて存在していた。因みに「パン(pan)」は「全て」、「ゲア(gaea)」はガイアで即ち「大地」を意味しており、此処から「全ての大地」と言う意味合い。
だが、何故に頭に「新しい」を意味する「ネオ(neo)」が付くのだろう?ネオプテリクスの街と併せて考えれば、「プテリクス」や「パンゲア」と言った旧地名も存在する筈だが…。
「因みにこの国が位置する大陸も同じく『ネオパンゲア大陸』で、さっき話したパンゲア語もこの国の古い言語の1つよ」
「国名と大陸名一緒って、まるで俺の世界のオーストラリアみてぇだな…じゃあこのネオプテリクスってのはその首都って訳か……」
地名への疑問は気になるが、取り敢えず初めて国の名前を大陸込みで知ったレキに対し、フェサとレグランが説明を引き継いで言う。
「それで、この国には平和維持の為の『ネオパンゲア国防軍』って言うのがあるんだけど、僕達はネオパンゲア中から選ばれたあらゆる分野のエキスパート達を訓練して、その中から選ばれたメンバーのみ在籍を許された特殊部隊『CWS』のメンバーなんだ」
「ついでにお前、何の略か訊いてたよね?正式名称は『Celestial Wing Servis』だよ」
「マジか……分かった。そんだけ知りゃ今は十分だわ。有り難うよ」
案の定、アドリア達5人はネオプテリクス、延いてはネオパンゲア国が有する特殊部隊の一員であった様だ。薄々そんな気がしてたから然程驚きはしなかったが、実際にそうと分かってレキも漸く納得出来た。この世界の事は未だ良く知らない物の、自身が発掘した化石を恐博から盗み出す手腕や、道中で遭遇したドラゴンを恐竜化した上での見事な連携で倒す戦闘力の高さを鑑みれば、彼等が国の切り札的存在である特殊部隊と言うなら合点が行く。と言うか、化石を盗み出して正面の扉をブチ破ったのも、今思えばティラノサウルスに完全竜化したレグランだったのだろう。あらゆる点が1つの線で繋がり、レキは漸く得心が行った。
彼が2人に礼を言った直後、不意に衛士の1人が早速レキを差して言う。
「それでアドリア様、この者ですか?アウロラ様奪還の際に身柄を確保したと言う、異世界の知的生命体ホモ・サピエンスと言うのは」
見ず知らずの衛士からの指摘を受け、とうとう話が本題に入った事をレキは感じていた。気付けばアドリア達は元より、兵隊達も心なしか険しい表情でレキを睨み付けている。
(そうだ…そうだよな。こいつ等からすりゃ俺は成り行きで此処に連れて来られた、言わば“招かれざる客”。そして俺は俺の発掘した化石を返して貰いに来たんだ。何でこいつ等が俺の化石を“アウロラ様”なんてまるで神様か何かみたいに呼んでんのか知らねぇが、俺の夢への原点はキッチリ返して貰わねぇと……!!)
改めて自身の置かれている状況と、此処に来た目的を再確認すると、レキも毅然とした表情で彼等と対峙する。
そんな彼の様子を一瞥すると、アドリアは一息吐いてから話を切り出した。
「あぁ、その通りだ。こいつはアウロラ様を返せと言ってしつこく追って来たから仕方無く連れて来た。処遇も含めてホルス様とこれからじっくり話し合いたい」
「そう言う訳だ。分かったらお前等の中で1番偉いっつーそのホルス様とやらに会わせて貰お……ッ!!?」
アドリアに便乗して啖呵を切らんとしたレキだったが、次の瞬間オルニス族の衛兵達に剣や槍と言った武器の先端を突き付けられた為に怯んでしまう。
「口を慎め無礼者が!此処は我等の生きる世界と国。異なる世界から来た余所者のお前に権利など何も無い!今お前は生殺与奪を我等に握られている事を忘れるな!!」
「その気になれば我々は、何時でも貴様の命を一方的に奪う事が出来る。生きてホルス様にお目通りしたくば、言動は重々に自重しろ!!」
「それともホモ・サピエンスとは礼節も弁えられん程野蛮で、精神性も民度も低い低劣な種族なのか!?」
「くぅッ……!!」
衛兵達は武器を手にレキを包囲すると、そう口々に罵りながら威圧的に相手を脅し制す。表情を殆ど変えずに叫んでいる為、感情とのギャップが不気味さを引き立てている。対するレキもその勢いに気圧され、死の恐怖すら明確に感じていた。表情にこそ余り出さずに済んでいる物の、恐怖の証拠としてレキの顔から脂汗が少なからず滲み出ている。その一方で衛兵達に対して妙な違和感を感じていたが………。
自分を此処に無事に連れて来たアドリア達が特殊部隊の一員なのは分かったが、目の前にいるこの兵士達も曲がりなりにもこの宮殿を守る存在。一般人で何の武器も戦闘技術も持たない、只の人間の自分が敵う道理など有る訳が無いのだ。分かってはいたが、今の自分は敵軍に囚われた捕虜も同然。少しでも相手の不興を買えば、最悪ホルスとやらに会う前に殺される。生まれて初めて味わう捕虜の立場に強い緊張を覚えつつ、事の成り行きを見守る――――今のレキにはそれしか出来なかった。
「何だ?アドリア達が凱旋したかと思えば、随分と物騒な空気が流れているな」
周囲を鳥達に囲まれた完全アウェーな状況下の中、突如離れた場所から声が響く。何事かと思って声のした方を向くと、其処にはハクトウワシのオルニス族が佇んでいた。金の肩章の付いた黒い軍服に身を包んでおり下半身は白のスラックスと、一目見ただけでこの国の要人である事が分かる出で立ちをしている。
ハクトウワシの鳥人が登場した瞬間、アドリア達を含むこの場の全員が驚くと同時にその場に跪き、相手へ向けて頭を垂れる。そして一斉に視線の先にいる相手の名を叫んだ。
『ホ……ホルス様!!』
(ホルス…!?あのワシが!?)
どうやら目の前のハクトウワシこそ彼等の指導者にしてこのネオパンゲアの国家元首であるホルスらしい。まさか国のトップがこのタイミングで現れるとは想定外だ。
するとホルスは周囲を見渡した後、その場で唯一平伏していないレキに視線を向ける。
「ッ!?」
視線を向けられただけなのに、レキの身体はまるで石化したかの様に動かない。それ処か、心臓を鷲掴みにされる様な重圧すら覚えた。ヤバい……!!目の前にいる相手は決して只者では無い!!今しがた出会ったばかりで話してもいないのに、話す前からその事が一発で分かってしまう。王者のみが放つ絶対的なオーラに、レキは気圧されるばかりだった。
そんなレキの心中など知る由も無く、ホルスは口を開いて言う。
「それで、君かね?アドリア達がアウロラ様と共に連れて来たと言うホモ・サピエンスは…」
厳かな雰囲気こそ醸し出していたが、ホルスはまるで凪の様に穏やかな口調でレキに尋ねる。
「え?あっ、はい。そうですけど…」
だが、レキはなけなしの動物としての本能によって感じていた。これが“嵐の前の静けさ”と言う物であり、少しでも相手の不興を買う様な事が有れば真っ先に自分が八つ裂きにされる――――そんな恐怖が彼の脳裏を過っていたのである。
極度の緊張と恐怖の中、拙く肯定の言葉を返すレキに対し、ホルスは言う。
「アドリアからのメールの報告では、何でも向こうの世界で眠っていたアウロラ様を採掘したと書かれていたが本当かね?」
「はっ、はい!そうです!」
相手の問いに対し、間髪入れずにレキがそう返すと、当然の如くアドリア達5人を除くオルニス族の兵隊達は驚愕する。まさか目の前の異世界人が自分達の神を掘り起こしたなど、とても信じられた物ではない。嘘だと言われたらそれこそ納得と言う物だ。
「あのホモ・サピエンスがアウロラ様を掘り起こした?」
「だからわざわざこんな所へアドリア様達は連れて来たのか?」
「嘘だろう?そんな出鱈目が有るか!」
「大方コル様が研究資料として持ち帰ったのが、偶然嘘吐きの個体だっただけじゃないのか?」
「だったらさっさと実験材料にでもして処分すれば良いんだよ!」
口々に有る事無い事噂をする衛士達のどよめきがその場を支配するが、直ぐにホルスが声を上げて制する。
「皆鎮まれ!」
ツルならぬワシの一声であっさりその場を沈黙させるホルスの姿を見て、レキは感心せざるを得なかった。どうやら目の前の相手は本物の国家元首であり、相応の統制力を持っている様だ。
「君、名前は確か……」
「レキです。竹内靂。“竹内”が苗字で“靂”が名前です。」
「君の世界に於けるホモ・サピエンスとは、自身の名に更に苗字なる物を付けるのか。我々の世界には無い発想だな…」
そう言いながらまるで値踏みする様にレキの事を眺めると、ホルスは大きく頷いて言う。
「フム、良いだろう。報告によればアウロラ様を奪還したアドリア達を追い、こんな世界にまでわざわざ来た位だ。その勇気と胆力、行動力に免じて話を聞いてやろうじゃないか」
ネオパンゲアの国家元首の放った言葉に、一同は驚きを隠せなかったが直ぐに納得した上で頷いた。レキも一瞬驚きはしたが、漸く本題に入れるとして取り敢えず一安心だ。
直ぐ様レキはアドリア達からカステルムアルバの執政室の隣に在る特別応接室に通され、改めて遂に面談する事と相成った。
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Act6:鳥の王といざ面談
それではどうぞ!
ホルスの応接室に通され、面談する前の事だ。コルはレキに対し、これからホルスと話すに当たっての注意事項を伝えていた。
「レキ、分かってるとは思うけどもう1度言うわよ?私達はこの国の元首であるホルス様の命を受けてアウロラ様の奪還に来たの。そんな国レヴェルで大事な物を簡単に返して貰えるとは思わないでね。後、100%無事に帰れる保障だって無い事は覚悟しておく事!良いわね?」
「……まぁ、肝には銘じとくよ」
コルの言葉を受け、レキは自身の顔に緊張が走り、背筋すら無意識に伸ばしているのを感じていた。これから自分はネオパンゲアのトップと話す事になるのだ。例えるならそれは、自分の世界でも内閣総理大臣と話す様な物。そんな機会なんて普通に生きていたら先ず有り得ないだけに、ますます迂闊な言動は出来ない。
況してや此処は日本とは法律も文化も全く違う国。何かしくじれば、処刑か牢屋行きにされても何等不思議では無いのだ。此処からが本番である事を再認識しつつ、レキは応接室のドアノブに手を掛ける。
斯くして応接室の敷居を跨いだたレキは、机越しにホルスと対峙。無論コル達5人は元より、衛兵やそれ以外の官吏のオルニス族達が複数名、衆人環視としてその場に居合わせていた。
先程からずっと感じてはいるし分かってもいたが、周囲を鳥に囲まれて完全にアウェーと言うこの状況は、国のトップであるホルスと対面している現状に輪を掛けてレキに強烈な緊張感を齎している。本人もそれを自覚してか、顔に脂汗が少なからず滲む。
するとホルスが口を開いて言う。
「どうした?周囲を大勢のオルニス族に囲まれた中で、ホモ・サピエンスが自分1人だけと言う状況は緊張して話しにくいかね?」
「なッ!?」
その言葉にレキは驚きを隠し切れない。見抜かれている―――。目の前の鳥の王とも言うべきこの国のトップの目は決して節穴ではない。相手を見透かす様な眼差しも然る事ながら、相応に長く生きて経験豊富な年長者のみが放てる貫禄や威風。目の前の相手には決して嘘や誤魔化しは通用しない。
「……図星か」
するとホルスは徐に懐からコルの持っているのに似たスマホ型のデヴァイスを取り出すと、足元に魔法陣を展開。コルが披露して見せたTechnical-D-Driveの力によって何と人間の姿へと変貌したではないか!
その姿は40代半ばから50の坂に手が届くか届かないかと言う年頃の男性だったが、先程から感じていた雰囲気通り、威厳や貫禄のある顔立ちで酸いも甘いも知り尽くした印象すら漂わせている。
「なッ……何の真似だよ、ですか!?」
思わずタメ語になってしまったのを訂正しながら尋ねるレキに対し、人間態となったホルスは悠然と答える。
「何、周りがオルニス族に囲まれた中では君も緊張して話し辛かろうと思ってな。だからこうやって私自ら君に姿だけでも歩み寄ろうと思ったまでだ」
その回答だけでレキはホルスがどう言う人物か一気に分かってしまった。あぁ、この男は
こんな奴が国のトップに立つ為政者なら、そりゃコル達は元より此処にいる全員お国の為に命を投げ出す覚悟なんだろう。少なくとも器と言う点に関しては、悔しいが自分など到底勝てず足元にも及ばない。いや、自分の世界でも此処まで立派な為政者は先ず居ないだろう。それこそ、日本の政治家連中にも爪の垢を煎じて飲ませてやりたいと本気で思う位だ。
ホルスが人間態になったのを見ると、コルも彼に続いて再び人間の少女の姿へと変身して見せる。
「コ…コル!?何でお前まで!?」
「フン、あんたがガチガチに緊張して話し辛そうだったから、ホルス様と同じ様に寄り添ってあげようって思っただけよ」
「それってつまり、俺の為にまたその姿になってくれたのか?」
「まぁ…否定はしないわよ……」
何処かモジモジしながらそう返すコルに対し、ホルスは笑って話し掛ける。
「ハハッ、何だ?どうやらコルは君の事を気に入った様だね!」
「なッ!?別に私はそんなんじゃありませんッ!!」
そんなホルスのボケにコルが突っ込みを入れる遣り取りに、周囲は失笑に包まれた。だがレキにとってそれは、僅かでも緊張の枷から解き放たれる福音であった。物事のリズムとは、言うなれば
そう思いつつ、レキは改めてホルスと向き合い言う。
「じゃあホルス様、改めて言います。こいつ等が盗んだ化石を俺の世界の博物館に返して下さい!あれが貴方達にとってどんだけ大事か知りませんが、俺にとっても人類にとっても恐竜を知る大事な手掛かりであり貴重な歴史的遺産なんですからお願いします!」
勢い良く頭を下げて懇願するレキの言葉を、ホルスは無表情のまま黙って聞いていたが直ぐに口を開いてこう返した。
「――――アドリアからの報告によると、君は今から2年前にアウロラ様を発見した際、その御声を聞いたそうだね?」
コル達5人を含む一部の者を除き、ホルスの言葉を聞いたその場のオルニス族達は早速唖然となった。表情こそ殆ど変わらないが、明らかに驚いたリアクションを取っている。
「う…嘘だろ?」
「アウロラ様のお声をお聞きした……?オルニス族でもないホモ・サピエンスが………?」
別世界の人類が自分達が主と崇める存在の声を聞き、更には土の中から掘り起こしたと言う話は、その場にいたオルニス族達にとって余りに衝撃的であった。
「アドリアがもう俺の事は報告したっ言ってましたが、本当だったんですね……」
流石に下の兵士達にはこの時点まで話していなかった様だが、他の文官や大臣の様な重役の者達は事前にホルスから聞かされていたのか、コル達と同様に驚いた様子は見せていない。大事な情報は上層部が優先的に共有し、下の者程には知らされない――――組織が基本的にそう言うピラミッド構造である点は何処の世界も同じな様だ。
「だが、残念ながらまだ君の話を完全に信じる事は出来ない」
「はぁっ!?何でですか!?」
「理由は簡単だ。君の
その言葉を聞き、レキは内心「そう来るか」と思った。それはそうだ。どんなにそれらしい事を言っても、彼等から見れば自分は所詮、いきなり降って湧いて出た見ず知らずの余所者。然も異世界の別種族とあっては心証だってそれ程良くはあるまい。そんな相手から何か言われた所で「はい、そうですか」なんて信じるなんて土台無理な話だ。
自分だって例えばいきなり目の前に宇宙人が現れたとして、そいつが何者かも分からないのに言ってる事なんて信じられる訳が無い。寧ろ、敵対種族かも知れない相手となれば不快や恐怖感すら覚えて問答無用で排除しようとすらするだろう。なのに彼等はそんな宇宙人も同然の圧倒的異分子である自分の話を突っ撥ねる処か、キチンと聞いて対話すらしようとしている。
この時点でオルニス族が人間と比べ、遥かに良識的神経の持ち主である事が分かる。
「ホルス様。こちらをどうぞ」
すると突然ホルスの傍にモア型の背の高いオルニス族が歩み出て、何やらSDカードらしき物が乗った
「少しジッとし給え」
そしてレキの額にカードを当てると、突然SDカードに描かれた白い魔法陣のラインが緑色に発光する。その状態が30秒続いた後、ホルスは額からSDカードを外してコルを呼び付ける。
「コル、これを君の
「はッ、直ちに」
コルが受け取ったSDカードをスマホ型の
「えっ!?これって、2年前の俺!?」
「そうだ。先程君の額に当てたカードは君の
ホルスの言葉に、レキは改めてこの世界の技術力の高さに敬服した。スマホみたいな機械が出た時点でお察しなのだろうが、まさか此処まで高度な文明だったとは………。正直、この世界の鳥達を未だ頭の何処かで舐めていた自分を恥ずかしく思うと同時に、人類の立つ瀬の無さに軽い自己嫌悪をレキは覚えた。
化石を掘り起こし、後日その事でマスコミから取材を受ける場面まで映し出された後で映像が途絶えると、その場にいたオルニス族達はコル達も含めて一斉にレキの方を向いた。表情こそ余り分からなかったが、全員驚いているだろう事は何となく分かった。
「此処に来る前に先に聞いてたけど、本当だったのね……」
最初に口を開いたのはコルだった。
「まさか本当にアウロラ様の化石を掘り起こしてたなんて驚きだよ、レキ」
「然もご丁寧にアウロラ様の御声を耳にしていたなんてな……」
「あの御声、大昔のサウルス族の
「何にしても、これでレキが英雄と言う線は強まったな」
真実を目の当たりにし、口々にそう感想を発するCWSのメンバー達。他の兵士や文官達は目の前の事実が信じられないのか、未だにフリーズしたまま固まって言葉も出なかった。
「……まさか君が本当にアウロラ様の御声を聞いて彼女を掘り起こしていたとはな。」
レキの言葉の裏を取る事が出来、得心の行ったホルスは静かに、それでいて真っ直ぐ鋭くレキの顔を見据えて言う。それと同時に彼の脳内には
『アウロラの神は我々の住まう世界と似て非なる世界より、竜の魂を持つ英雄を連れて戻って来る。英雄の資格持つ者、神と魂を共鳴し、その御心を知るだろう』
まさか、目の前のこの人間こそがその伝承に該当する人物だと言うのか……?
沈黙を守るホルスに対し、気を取り直したレキは更にこう付け加える。
「それだけじゃありませんよ。こっちに来る前の今朝、俺はアドリア達に盗まれた化石が何処にあるか夢で見ました。然も発掘した時と同じ声で、『私は此処にいます』って訴えて来たんですよ!」
レキがそう告げると、先に話を聞いていたコル達5人以外その場にいた全員が驚愕した。まさか、アウロラ様がテレパシーでこのホモ・サピエンスを呼んだと言うのか?だが、先程の映像を見る限り嘘とは思えない。本当にこのホモ・サピエンスこそ、我等の神が選んだ英雄なのか……?
そんな風に考えるホルス達の心境など知る由も無いレキは、改めて自身の人間界への送還と化石の返還を要求する。
「納得してくれましたか?これで分かったでしょう?あの化石が俺にとっても俺の世界の恐竜研究でもどんだけ大事か!お願いですからどうか返して下さい!そんで、俺を元の世界に帰して下さい!」
握り拳をわなわなと震わせながら、レキは自分の想いを強くホルスへとぶつけに掛かった。
「あの化石は俺の地元の福井恐竜博物館に有るべき大事な物なんです!!俺の世界の恐竜の歴史を知る、大事な手掛かりだって、博物館の人や学者の人達も皆喜んでました……勿論、俺だってその手助けが出来て嬉しかったのに………!!それを奪われたら取り返そうって思うのが人情でしょう!?」
(いや、それあんた位なモンでしょ―――?)」
依然沈黙を守るホルスに対し、赤裸々な自身の想いを打ち明けるレキ。その様子に内心呆れながら、コルは脳内でレキに突っ込みを入れていた。
するとホルスはCWSの5人に目配せをすると、徐に沈黙を破って一呼吸を置き、こう言い放つ。
「気持ちと事情は分かったが、残念ながらアウロラ様の返還は出来ない」
「そんな………!!」
聞きたくなかった返事を受け、レキの表情は失望に歪む。そう返される事は先のコルの言葉から予想してなくも無かったが、いざ告げられるとやはりショックだ。此処まで強く訴えたと言うのに、何が間違っていたのだろう?そんな風に考える彼の様子など、それこそ御構い無しと言わんばかりにホルスは続ける。
「君が見つけた化石は我々オルニス族、延いてはその祖先のサウルス族全ての
「マ、マジかよ!?だいぶ前から俺の世界調査して、その上で化石捜してたなんて………!」
更にホルスの口から続けて繰り出された事実に、レキは唖然となるばかりであった。まさかアドリア達この国の特殊部隊が前々からこの世界に来てあれこれ調査し、その上であの化石を捜していたなんて……。
だが、最初に会った時からこうして言葉が通じて会話が成立している点を踏まえると、少なくとも日本語の様な言語位は調べて話せる様になっていても何も不思議では無い。
だが、今はそんな事はどうだって良い。それ以上に先程のホルスの言葉から、レキには気になる事が更に数点出て来たのだから。
「…つーか、始祖ってさっき言いましたけど、そもそもアウロラ様ってのはどう言った存在なんですか!?来るべき運命の時とか見つけなきゃならない物って何なんですか!?其処から先ず分かんねーですよ!!」
「残念ながら、今は話せない。この件については我々だけの最重要機密だ。アウロラ様を掘り起こしてくれた事には感謝するが、余所者で何の地位も持たない君にこれ以上話す事は出来ない!」
化石も返して貰えない上に大事な事まで教えて貰えないとは何と言う歯痒さだろう。余所者だから仕方無いのだろうが、隔靴掻痒とはまさしくこの事だ。そうした遣り取りの後、ホルスは告げる。
「―――何も知らずに迷い込んだ身ならば多くを知り過ぎた手前、記憶を消して送還するか市民権を与えて永住を促しただろう。だが、君がアウロラ様に選ばれし者と言うならば話は別だ。アドリア達の護衛と監視を付けた上で君を元の世界に送り返そう。話はこれで終わりだ」
「はぁ!?何の事情も教えてくんない癖に監視だけ付けて帰すなんて意味分かんねーよ!!って言うかあの化石は俺が掘り起こしたんだから俺にだって知る権利位……」
「
「うッ………!?」
鬼気迫る表情のホルスの気迫と鋭い眼差しに気圧され、レキは一気に委縮してしまう。竜頭蛇尾とはまさしくこの事か。
「連れて行け!」
「「「「「了解しました!」」」」」
「あっ、ちょっ、待てよお前等!!離せって、未だ話は……!!」
ホルスに命じられるまま、アドリア達は暴れるレキを抑え付けたまま強引に退出。応接室の扉が大きく音を立てて閉まると、近くにいたモア型のオルニス族の大臣がホルスに尋ねる。
「ホルス様、宜しかったのですか?あの様な異世界の者を、記憶も消さずに送り返しても……」
「アドリア達が調べた情報では、あの者の世界においては同じホモ・サピエンス以外に文明を築き、言葉を操る知的種族は存在しないと言う。帰した所で誰も信じる者はいまい」
確かに、我々の地球に戻ってこの出来事を話した所で、皆夢物語だと思って信じる者はいないだろう。恐竜がいて鳥人間がいて魔法やドラゴンまで居るファンタジーの世界なんて、漫画やアニメの見過ぎかゲームのし過ぎで現実感を失くした馬鹿と思われるのが関の山。そう見通した上で下した強制送還だった。
無論、理由はそれだけでは無いのだが……。
「竹内靂……か。あのホモ・サピエンスが真にアウロラ様に選ばれし者ならば、恐らく竜聖剣の在り処も―――――」
そう呟くと、早速ホルスはスマホと思しき者を取り出し、アドリア達のアドレスに向けて次の指令文を送信する。
一方、何処とも知れぬ場所に運ばれていたアウロラの化石は、祭壇の上で静かに、それでいて煌々と神秘的な光を放っていた――――。
後2話で新天地アウロラ編は終わりかな?
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Act7:元の世界へ帰る前に
「糞っ垂れ!あのワシ親父、化石返してくれねぇってだけでも胸糞だが、それならそれで事情位教えてくれたって良いだろ!余所モンだからって舐めやがって!!」
アドリア達によって無理矢理カステルムアルバの門前まで連れ出され、レキは悪態を吐いていた。自分の世界から奪った化石を返さないばかりか、その理由だって別世界から来た別種族の余所者だからと言う理由で何も教えてくれない。「仕方無い」と言えばそれまでかも知れないが、それにしても事情を聞いた途端に「それは出来ない」と突っ撥ねる処か無理矢理追い出されるなんて、向こうにその気は無いにしてもされる側としては悪意を感じざるを得ない。
「……まぁあいつ等の監視付きとは言え、キチンと送り帰してくれるのは良いけどさぁ、何か釈然としねぇよなぁ…。化石返して貰えなきゃ意味無ぇってのに、俺は一体何の為に此処へ来たんだかな…?」
だが何時までも怒ってていても仕方が無い。正義感に駆られて1人突っ走ってコル達に拉致された挙句、こんな知らない異世界に連れて来られはした物の、向こうは身の安全を保障して無事に帰してくれると言うのだ。
本来なら
レキが門から離れた場所でボヤく中、少し離れた場所ではコル達がスマホらしき端末からホルスからの指令文を確認していた。文面を一通り確認した5人が「良し!」と一斉に頷く中、レキが5人に話し掛ける。
「お~い、さっきから5人揃ってスマホみてーなの見てるけど、何か有ったのか?」
「
「あっそ…ならさっさと俺の事、元の世界に帰してくれよ」
「言われなくてもその心算!」
すると直ぐに3機のウラノドラケが飛んで来て近くに着陸した為、6人はまた2人ずつに分かれてそれぞれ搭乗。ネオプテリクスの発着場へと向かう。
窓の外を流れる景色を眺めながら、レキはコルに問う。
「なぁ、幾つか訊いて良いか?」
「良いけど答えられる質問にしてね」
「先ず基本的な質問だが、お前等はどうやって俺の世界に来た?そして何時から俺の世界を調べてた?」
成る程、最初の質問としては妥当だ―――――そう感じたコルはこう答えた。
「私達はあんたを監禁してたあの森の小屋の近くにある
やっぱりそう言う事か――――。初歩的な疑問が解消されて納得していると、更にコルは説明を続ける。
「あんたの世界にアドリア達が派遣されたのは今から1年半前よ。丁度あんたが2年前にアウロラ様を見つけた直後、私達の世界の次元レーダーにアウロラ様の力の反応が一瞬だけど出たの。それから半年の準備を経て、漸く派遣されたって訳。アウロラ様の捜索と、その為に必要な地理や原住民の生態を調べる現地調査の為にね。因みに私が捜索と調査に加わったのは半年前から。何度も往復して世界中周る羽目になったけど、結構楽しかったわよ♪」
次元レーダー?良く分からないが、そんなオーヴァーテクノロジーがこの世界には存在するのか……。まぁ何にせよ、コル達がこの世界に来た時期とその切っ掛けが分かっただけでも良しとしよう。
「成る程な。じゃあ次の質問だ。お前等の王様、余所モンには市民権与えて永住か、記憶消して帰すかのどっちかを取るっつってたが、この世界には過去にそう言う事例が有ったのかよ?」
まさかその質問をするのか―――レキの鋭さに免じてコルは答える。
「……そうね。次元門を開けた時に生じる時空の歪を潜って、その世界の余所者が極稀にだけど迷い込む事が有るわ」
「極稀っつーが、頻度としちゃどれ位なんだ?年に数回も無ぇのか?」
「そう何度も無いわね。最短で10年、最長で100年に1回有るか無いかの頻度だけど、そう言う奴への
やはりそう言う事か……。稀にとは言え、過去に何度も別世界の異邦人が迷い込んだ事例が有って、対応マニュアルと言う知識の集積が出来ていた。だからこそあの城のオルニス族達は人間の自分を見ても警戒こそすれ、其処まで取り乱さずに対処出来たのか?
と言うか、1500年前からオルニス族は人間界に度々訪れていたのか?人間態になる技術が確立してない中で来たのだとしたら、きっと半人半鳥の化け物と思われたのではないだろうか?日本でなら恐らく天狗、欧州とかでは天使や悪魔、ハルピュイアやモスマンの類と見間違われたに違いない。
何にせよ、先程の質問で腑に落ちない点がまた生じたレキは再度コルに尋ねる。
「対応マニュアルが有るっつったがよ、本当にそれだけで何とかなんのかよ?情報で知ってるのと実際に体験するのとじゃ違うぜ?最低でも異世界に慣れて、出来れば相手と話した経験は要るだろ?」
するとコルはこんな補足説明を加えた。
「確かにね。今回の私達みたく、こっち側から扉潜って他所の世界に行ったオルニス族も過去何人もいるし、其処の住民と話した事の有る奴も中にはいるわ。ホモ・サピエンスと話した事が有る奴も過去には居たかもね。因みにさっきも言った通り、CWSは1年半前からあんたの世界にアウロラ様捜索の任務で来てたけど、ホモ・サピエンスと話したのは私もアドリア達もあんたが初めてよ。ついでに異世界に行く事自体も、この任務が初めてだった。けど、結構私はホモ・サピエンスに興味が有ってずっと観察してたから、話すのに抵抗は感じなかったわ。寧ろ内心ワクワクしてた!」
成る程、姿形の全く違う異世界人の自分と最初に会ったにも拘わらず、5人が妙に落ち着いて対応出来ていたのも、そうやって1年前から自分の世界に来て異世界慣れしていたからだったのか。
それに加え、恐らくはレキが拘束された身だった点と、自身の実力に自信が有ったから怖くなかった点も有るのだろう。コルの場合、更に好奇心が強かったと言うのも理由としては大きいが……。
「人間と話した事が有る奴が過去にね……そもそもこの世界に存在しない人類の俺を普通に受け入れてたんだ。過去に人間と会ったオルニス族は間違い無く居るよな。お前等の王様や役人共が冷静だったのも、異世界経験者だったからか?」
「大臣達は兎も角、ホルス様は私達が生まれる前に何度か異世界人と会ってお話した事が有ったみたい。若い頃に次元門を潜られて何度か異世界に行かれたから…」
やはりホルスは異世界経験者だった様だ。然も自分で積極的に次元門を潜って出掛けるなんて、若い頃は随分とアクティヴな男だった事が伺える。そうした豊富な鳥人経験が今の彼を形作っているのは揺るぎの無い事実だろう。
対する兵士達があんな体たらくだったのは、此処が自分のホームである点と、知識で知ってても実際に触れ合った経験に乏しかったが故の余裕の無さからか?まぁ、自分もサブカルで鳥人間の事は知っていたが、いざアドリア達がその本物と知った時には恐怖に駆られていたから気持ちは分からなくも無い。
幾等物を知っていても、やはり実体験によって味わう肉体的感覚やこみ上げる感情が無いと真の知識とは言い難い。真の知識とは、過半数が体験による感情なのだとつくづく思う。
「そりゃ経験豊富で良いな。俺を見てピリピリしてた兵士達とは雲泥の差だぜ!だから別世界から来た俺みたいな奴でも至って冷静に話せて、市民権を与えて住人として迎え入れる位の懐の深さを見せられたって訳かい。他の選択肢だって、最悪「口封じに殺す」とか「一生軟禁」ってのも有ったろうに、記憶消して送り帰す程度に留めるなんざ、寛大っつーかお人好しっつーか分かんねーな…」
過去の経験からと言うのも有るが、それを抜きにしても器の大きさでは自分如きが勝てる相手ではない――――ホルスはそう言う人物なのだと言う事をレキが改めて再認識する中、コルは笑って言う。
「どの道あんたは運が良かったわね。それだけは否定し様の無い事実じゃん?知らなかったとは言え、泣く子も黙るCWSの私達を追って来て、捕まっても恐れずに啖呵切って、外飛び出してドラゴンに襲われたのに無事に済んで、挙句記憶も消されず住民にもならずに帰れるんだもの。一生分の運使い切る勢いだわ♪」
「止めてくれよ…最初の2点は何も知らねぇ若気の至りって奴だよ。つーか今思えば黒歴史だわ。マジで恥っず……!」
「今はそうだろうけど分かんないわよ?これからの流れ次第じゃ、あんたのその行動は間違い無くデカい第1歩になるかも知れないんだから……」
「おい、それ一体どう言う事だよ?」
「内緒」
「何だよ、此処でもまた言えねぇってか。ふざけやがって……」
何処までもこの世界では余所者で部外者で、それでなくても何の地位も無い存在――――それが今の自身の立場だから何も教えて貰えない。レキは悔しそうに歯噛みするばかりだった――――――。
だが考えてみればそもそもコル達CWSだってホルス直属の特殊部隊のメンバーであり、この国でも相応に地位が高いのは間違い無く、本来なら自分なんかが対等な口を利ける相手ではない。なのにこうやって気安く話せて、向こうもそれを容認しているだけでも十分だろう。レキはそう自分に言い聞かせ、無理矢理自身を納得させようとしていた。
一方、コルは後部座席からレキをジッと見つめながら、ホルスから下された指令を思い返していた。
『タケウチレキの送還の為に次元門を開けばメンテナンスの為、一ヶ月のスパンが生じるが、同時にこれを彼の者への猶予期間とする。期間が明け次第、再びタケウチレキの世界へと赴き、その身辺を調査せよ。彼の者が真にアウロラ様に選ばれし者ならば、きっと竜聖剣はその近くに有る筈。何も無ければそのまま縁切りと言う事で捨て置き、改めて各自で捜索せよ。もしタケウチレキが真にアウロラ様に選ばれし英雄ならば、追って新たな措置を検討する』
(1ヶ月間泳がせてからこいつの周りを調べろ、か……)
正直、コルは未だレキがアウロラなる存在に選ばれた存在であると信じられなかった。仮にもし彼が本当にアウロラ神に選ばれし者だとして、自分達の捜している竜聖剣が見つかったらどうするだろう?少なくとも自分達に例の剣が扱える保障は無い訳だが、もしレキに扱えたとしたら自分達の傘下に引き入れるのだろうか?だがそうなれば、彼の元の世界での日常が狂ってしまうのは火を見るより明らかだ。幾等自分達の世界の為とは言え、本来無関係のレキをこれ以上巻き込みたくない。出来ればレキが無関係で、竜聖剣ももっと別の場所に在って欲しい………。自身の脳内に、そんな
(って、何考えてんのよ私は?何の関係も無い世界の奴の事なんか知った事っちゃないのに………)
そうこうしている内にウラノドラケが発着場に着いた為、一同は降りてネオプテリクスの街の入口へと向かう。
「レキ、改めて言う必要は無いが、これから我々はお前を最初の小屋の近くに有る次元門へと連れて行き、そのまま送り帰す。」
「道中での心配はしなくて良いよ?ドラゴンだろうがバジリスクだろうがオイラ達が返り討ちにしてやるから、安心して守られてなよ!」
「ハハッ、そりゃ頼もしい限りで……」
アドリアとレグランの言葉に苦笑いしながらレキがそう返すと、不意に一行の近くをキーウィ型のオルニス族と思しき女性が通り過ぎる様子が彼の視界に入る。何と相手は両手から等身大の竜巻を起こしながら、近くのゴミを集めて掃除していたのだ。
まさか、これも魔法と言う物なのか?自分の中に再び好奇心が湧き上がって来るのをレキは感じていた。
「おぉ~~~ッ!凄ぇ!!何だあれ!?もしかして魔法か!?風の魔法なんて初めて見たぜ!!」
「レキ、物凄く興奮してるね……」
「あんな物、別に珍しくも何とも無いだろうに……」
ラククとフェサが呆れてそう呟くと、熱に浮かされた様子でレキが話し掛けて来る。
「なぁなぁなぁ!!折角だから帰る前にもうちょい魔法の事教えてくれよ!!恐竜やドラゴンもそうだけど、コルのやったD-Driveっての見た時からずっと気になってたんだ!!少し位、良いだろ!?」
「甘えるな!!そんな物をお前が知って何になる!?どの道お前はこれから元の世界に戻って、我々ともそれっきり縁切りになる可能性だって有るんだ!知る必要の無い事など知ろうとするな!黙ってさっさとゲートの在る場所へ行くぞ!!」
「あっ!?おい、コラ離せよ!離せったらァッ!!」
アドリアがそう一喝すると同時にレキの腕を強引に掴み、彼を街の外へと引きずって行く。だが、その時だった。
「待ってよ、アドリア!」
「コル………?」
意外にもアドリアを止めたのはコルだった。
「何故止める?こいつを送り帰すのは任務の一環だぞ?」
「それはそうだけど、こいつにもこいつの都合ってモンが有るんじゃないの?レキは只、
「成る程、それは一理有るな…」
「もしレキが英雄なら、竜聖剣見つけられるかもだしね」
コルからの提案に、その場の一同は納得していた。曲がりなりにもアウロラ神の声を聞き、掘り起こした英雄候補である以上、レキに未だ利用価値が有るのは事実である。もしそうだとして、この先罷り間違って必要な存在になって行くとしたら、今ぞんざいに扱うのは如何な物だろうか?機嫌を損ねて不和を生じさせては、今後色々と支障が出るのは明白。社会に於いて組織やチームは仲良しグループでは断じてないが、それでも険悪を絵に描いた最悪の繋がりよりは良好な間柄の方が良いに決まっている。別にレキは
だが、当のコルの思惑はまるで違っていた。この時コルは、何故こんなレキを体良く利用する意図の発言をしたのか、自分でも理解出来なかったのである。本心では、レキが
自身の中の思考を理解出来ないコルだったが、別種族への好奇心と言う形で無理矢理納得させて目の前の相手に対処する事にするのだった。
「コル、お前……ってえぇっ!?俺、英雄なの!?」
「そのリアクション、今更遅くないか?」
自分が“アウロラ神から選ばれた英雄”とコルから聞かされ、レキは驚愕した。彼等の事情は良く知らないが、「自分がこの世界にとっての英雄なのかも知れない」と聞かされて驚くなと言う方が無理だろう。
呆れるフェサが突っ込む中、驚きの余り声を上げるレキの額をコルが軽くチョップで小突く。
「ていっ!」
「
軽く叩かれただけだが、それでも地味に痛い。額を抑えて思わず痛がるレキに対してコルが言う。
「落ち着きなさいよこのアホ猿!未だ街の近くなのにんなデカい声出して、誰かに聞かれたらどーすんの!?」
「そうだな。悪ぃ………」
「ハァ、兎に角先ずはネオプテリクスから少し離れた森に有る私の魔導研究所に行くわ。其処で魔法の事やこの世界の事も話してあげる。英雄云々については
「お、おう。有難うよ……」
するとコルは身体から紫のオーラを放ち、自らの身体をトロオドンへと完全竜化。最初にネオプテロスに来た時と同じ様に、レキを背中に乗せて自身の
大地を駆けて5分後、一行は街の近くに有る森へと到着した。森の奥へと続く一本道の先には、洋館風の建物が建っているが遠目で見ると何やら機械的な設備の様な物も随所に見える。あれがコルの魔導研究所=彼女の家なのだろうか?
「本当にあっさり着いたな……ってかコル、あれがお前の家なのか?」
「そうよ。私の自宅兼仕事場の魔導研究所。CWSの任務が無い時は基本私はあそこに居るわ」
「基本ウチに居るって、お前意外とインドア派?」
「んな訳無いじゃん。実験の為にあちこち出掛けたりするわよ」
「あっそ……」
まぁ別に何だって良いが、取り敢えずコルの家の中で漸く魔法の事とかが聞ける――――その方がレキにとって大事な事だ。一行が森の中を進む中、周囲を注意深く観察していてレキは気付いた。
自分達の世界では見た事も無い様々な植物もそうだが、竜盤類はコンプソグナトゥスやオヴィラプトル、鳥盤類はウネスコケラトプスやグリフォケラトプスと言った然程大きくない種類の恐竜がうろついている事に。
「何よレキ?森に生えてる植物やうろついてる恐竜がそんな珍しい訳?」
「まぁ、そうだな。否定はしねぇよ」
既に元のカラス型鳥人に戻っているコルの問いにレキにそう返すと、不意に近くの茂みで突然発光する何かをレキは見つける。
「ん?何だ?光ってる!?」
「ちょっとレキ!」
「勝手にうろつくな!」
コルとアドリアの制止を聞かず、何事かと思って茂みに隠れた光源を確かめると、中には何とトリケラトプスと同じ角竜の一種であるバガケラトプスが
「こいつは…バガケラトプス?小型の角竜の………?てか何で光ってんだ…?」
初めて見る小型角竜をまじまじと見つめるレキ。すると青い光に包まれたバガケラトプスはそのまま走り出したかと思いきや、
「ななな……何だよあれ?この世界じゃ鳥人間だけじゃなくて恐竜まであんな力使うのかよ………!?」
「どうやらあのスモールホーン、D結晶による魔法適性で光の魔力を持ってるみたいね……」
D結晶?魔法適性?一体何を言っているのだろう?この世界から来た時からそうだったが、レキの脳内ではこの世界への疑問という疑問が飽和状態に達して今にも決壊寸前であった。
因みにバガケラトプス(Bagaceratops)とは「小さな角の有る顔」と言う意味合いで、バガ(Baga)はモンゴル語で「小さい」、セラトプス(ceratops)はギリシャ語で「角の有る顔」をそれぞれ意味する。英訳だと丁度「スモール・ホーンフェイス(Small horn face)」となる為、先程のコルの呼び方もこれに倣っている様だ。
「おい、どう言う事だよ………?D結晶とか魔法適正とかいよいよ訳分かんねーよ!つーかバガケラトプスが光になって飛んでっちまったぞ?最初のドラゴンと言い、この世界の恐竜って一体どうなってんだ……?」
確かに我々の地球にはドラゴンなんて実在しないし、絶滅動物も込みで地球上のどの生き物もあんな魔法みたいな力を使ったりはしない。地球の生き物の常識を超えた超生物振りにレキが呆気に取られていると、コルが溜め息を吐いて言う。
「だから、さっきのも込みでこれからあんたに説明してあげるっつってんでしょ?ホラ、さっさと行くわよ!」
そうしてレキの腕を掴で立たせると、コルは改めて自らの自宅兼仕事場へと向かう。
扉に手を掛けて大きく開くなり、コルが最初に行ったのは当然と言うべきか、開口一番に帰宅の挨拶の言葉を発する事であった………。
「只今!直ぐまた出掛けるけど取り敢えず戻ったわ!」
「おぉ!コル様お帰りなさいませ!」
「今回の任務はどうでした?」
「何か新しい発見はございませんでしたか!?」
コルが帰宅を告げると、中に居たオルニス族達が歓迎の言葉と共に集まって来る。レキが周囲を見渡すと、洋風の建物の外観とは裏腹に、内装は随分と現代的な研究施設の様相を呈していた。
果たしてこれからどんな話が聞けるのだろう?期待と不安に胸を躍らせながら、一先ずは成り行きに身を任せる事にしよう。そうレキは考えていた。
次回で本章は終了します。
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Act8:魔導と恐竜が織り成す幻想(前編)
それでは先ず、前編からどうぞ!
コルの魔導研究所に入るなり、其処で働くオルニス族達が主人の帰りを出迎えるべく一斉に殺到する研究員のオルニス族達。その1人1人をレキが眺めると、内訳としてはオウム型が多く、フクロウ型も少数ながら存在していた。
(まぁ、カラスのコルは鉄板として、オウムのオルニス族は妥当だな。どれもトップクラスに頭の良い鳥だしよ…)
昔からペットでお馴染みのインコやオウム、ヨウムと言った鳥は地球でも
(只、フクロウは微妙だよなぁ…。“知恵の象徴”なんて人間から言われてる割には余り賢くねーし……)
対してフクロウは昔からギリシャ神話のアテナの使いとされ、「森の賢者」と呼ばれる等、賢い鳥の印象を人間は持っているが、思考能力自体は其処まで高くなく、寧ろ鳥の中では平均的。只、左右非対称に付いた耳やパラボラアンテナの様な頭部、目の機構のお陰で聴覚や視覚はズバ抜けているのは事実。オルニス族ならば狩りは元より、研究でもその自らの能力をフル活用出来れば実験で僅かなエラーも見落とさず、改良や改善に貢献する卓越したエンジニアに化けるであろう。
総括すれば、オウムとフクロウはどちらも研究及び開発に於いて最も有能な人材ならぬ鳥人材足り得るだろうと言うのがレキの考えであった。
すると研究員のオルニス族達が改めてこちらの方を向き直り、ヨウム型の研究員が代表して口を開く。
「それで、他のCWSの皆さんも御揃いの様ですが今日は一体何の御用………って、えぇっ!?」
平常運転で社交辞令と思しき言葉を発するヨウムの研究員だったが、レキの姿を見て思わず驚きの声を張り上げる。
「だ、誰!?」
「まさか、オルニス族やサウルス族じゃない別世界の知的生命体!?」
(やれやれ、こいつ等もかよ………)
無論、彼を含めて他の研究員達も一斉に同様の反応を見せた。至極当然と言えばその通りのリアクションだが、最初に城で衛兵達に似たリアクションをされた手前、似た様な反応にレキは不快感を覚える。
だが、こんな事で一々腹を立てても仕方が無い。彼等の立場なら、自身も間違い無く同じリアクションを取っていただろうし、そもそも今の自分はこの世界の住人にとっては生まれも姿形も全く違う、異世界の別の種族。徹底的に異分子扱いされても仕方が無いのだ。幸いにも言葉が通じる点と、国の要人達から迫害される事無くまともに扱って貰えている点だけでも良しとせねばならない。
そう自分に言い聞かせて気持ちを落ち着けていると、興味本位にヨウムの研究員が近づいて来る。
「へぇ、これは珍しいね。まさか次元門から異世界のお客さんが来るなんてさ!」
頭を上下に振りながら、ヨウムの研究員はレキの事を頭の上から足元まで余す事無く視線を送る。頭だけで無く、体もブンブンと振っているが、これは楽しい時や興奮している時に出るヨウムのボディーランゲージだ。コル同様、レキに興味津々なのだろう。
取り敢えず話し掛けてみよう。そう思ってレキは言葉を発する。
「……お前、俺が怖くねぇのか?知らねぇ異世界から来た異種族の俺は、お前等からすりゃおっかねぇ化け物なんだろ?」
「まさか!コル様や他のCWSの皆さんなんてご機嫌に最強な方達も近くに居るんだから、別に大丈夫でしょ?」
「そりゃ確かにこんな奴等を敵に回したら俺も命が幾つ有っても足んねーわな……つーか、流石は天下のCWSってか?」
改めてアドリア達がこの国で最強の一軍である事が、このヨウムの言葉からも理解出来る。同時にコルもこの研究所の職員のリーダー格らしいが、人間態を見る限り16歳位の少女だった。こんな人間年齢に換算しても自分より年下の小娘が此処の元締めとは、余程天才的な頭脳と魔法関係の技術力の持ち主なのだろう。改めてコルの凄さが伝わる瞬間が其処に有った。
それと同時に目の前のヨウムの事もレキは内心「可愛い」と思った。レキの半分程度しか無い低身長に加え、円らな目と少年らしき声と言う特徴が好感度に繋がっていたのである。
何にせよ、取り敢えずは自己紹介をしよう。
「名前、未だ名乗ってなかったな。俺の名前は竹内靂!レキで良いぜ」
レキが名乗ったのを受け、ヨウムの研究員も自己紹介を始めた。
「僕の名前は『ニッキ』。宜しくねレキ!」
ニッキと名乗ったヨウム型のオルニス族に続き、残るオウムやインコ、フクロウ型と言った総勢9名の研究員が順繰りに名乗り始めた。
フクロウ型はメンフクロウの『レスポナ』、ウサギフクロウの『クラマット』、モリフクロウの『ウラル』、ベンガルワシミミズクの『ユゴ』の4名、残るオウム型はミヤマオウムの『カレリア』、コンゴウインコの『アスディア』、キバタンの『カガレ』、オカメインコの『ルチアーノ』、ルリメタイハクオウムの『ハク』の5名がその内訳である。
カラス型がコルだけなのは意外だが、どの道種族レヴェルからして既に頭脳明晰そうな面子が揃っている為に良しとしよう。そんな風にレキが思っていると、徐にコルはレキの傍に来て告げる。
「早速だけど、こいつの事について皆に説明するわ。と言っても、国の最高機密だから今は誰にも話さない事!分かったわね?」
「「「「「「「「「「はい!」」」」」」」」」」
研究員達がコルの指示を了承する返事を返すと、早速彼女は今日出会ったレキの事について説明した。彼が別世界の知的生命体であるホモ・サピエンスである事、アウロラの化石を発掘した人物であり、その声を聞いてテレパシーでも啓示を受けた男である事、そしてこの世界にやって来た経緯。全てを有りのまま、脚色無しでコルは全員に伝えたのである。
話が終わった後、一同は当然の如く驚き、その感情の余り言葉も出なかった。何を隠そう、彼等もまた“アウロラ神が異世界より英雄を連れて戻って来る”と言う伝説を知っていたのである。となれば、それに該当すると思しき異世界の住人がやって来たとなれば至極当然の反応だった。
「う、嘘でしょう?」
「まさか……そいつがアウロラ様の御声を聞いた英雄かも知れないだなんて………」
「って言うか本物のホモ・サピエンスをこの目で見る日が来るとは……」
「過去の記録でホモ・サピエンスの事は知っていたが、我々の英雄になるであろう個体を連れて来るとは流石コル様とCWS………」
レキは未だ伝説の事も何も知らされていないが、嘗てアウロラ神の声を聞いた点と此処に来る前にコルがサラッと口にした“英雄”と言う
(何だ?コル達だけじゃなく、こいつ等まで俺の事を英雄かも知れない人物呼ばわりすんのか……?勘弁してくれよ。俺は今年大学生になる学者志望の一般人だぜ?事情は分からんが、たかが化石1つ掘り起こした位でお前等の英雄なんてのに祭り上げられたって迷惑なだけなんだよ……)
そもそも“アウロラ様”だの“英雄”だの、一体何の事なのだろう?これまでの話からも彼等があの化石を御神体として大層有難がっているのは間違い無いが、百歩譲ってあの化石がこの世界にとって御大層な物だったとして、
自分は化石を返して欲しくて此処に来ただけなのに、何やら雲行きが微妙に怪しくなって来ている様で、レキは一抹の不安を覚える。
だが、今そんな事を考えていても仕方が無い。不安を少しでも解消する為にも、これから魔法の事も含めてこの世界の事を教えて貰うべく此処に居るのだから。
「と、取り敢えずこの世界の魔法の事について教えてくれよ。此処に来る前にもD-Driveなんてのも2回も見た訳だし……」
「そうね。じゃあ早速説明するから取り敢えず多目的室に行きましょう。付いて来て」
コルに促され、レキはアドリア達の衆人環視の下に2階に有る多目的室へと通された。中は結構広く、50人くらいは収容出来るだけの面積が有り室内には12台の机、壁にはホワイトボード、壁際にはTVと思しき機材が存在している。それ以前に此処へ来る前から、研究所内には精巧な恐竜や鳥人型のロボットが動く様子がレキの目には入っていたが、魔法と言う存在から察するにあれはゴーレムの類なのだろう。更に部屋毎に新たな
さて、ホワイトボードの真ん前の机にレキが座ると、コルはその前に立ち、教鞭を執る姿勢に入る。因みにアドリア達はレキの座る机の周りを取り巻いていた。
するとコルは何処からか指示棒を取り出すと、それを右手に持って勢い良くレキに突き出し、こう告げる。
「それじゃあレキ、ご要望通りあんたには魔法やこの世界について、今開示出来るだけの事は一通り教えてあげるわ。先ずは魔法について説明するわね」
そう言うと同時に、コルは早速左手に光の玉を生成して見せた。早くも本格的な魔法らしき力を目の当たりにし、レキは「おぉ~っ!」と歓声を挙げる。
「私達オルニス族やサウルス族は勿論の事、惑星アウロラにおける恐竜や鳥類、爬虫類、両生類、魚類と言った様々な生物は“魔力”と呼ばれるエネルギーが多かれ少なかれ秘めているわ。それを自身のイメージ通りに操り、行使する技術こそが“魔法”。其処から更により機能的に運用するそれが“魔導”なの。」
「なら早速質問するが、お前が此処に来る前に言ってた魔法適性ってのは何なんだよ?」
いきなりその質問をするか?本当はもう少し順を追って説明したかったのだが、全くレキの着眼点は良くも悪くも飛躍している……。気を取り直してコルは答えた。
「魔法適性って言うのはね、その名の通り
「じゃあアドリア達は?」
するとアドリア達も同じ様に身体からオーラを放ち、手から何かしらの力を具現化させつつ答えた。
「私の適性は“風”だ」
そう言ってアドリアは手の上で頭程のサイズは有ろうかという旋風を起こして見せる。
「俺は“金”だよ」
続いてフェサは光る宝石を両手で生成して見せた。そしてレキに放って見せると、それは何とも見事なルビーやサファイアであった。
「因みに僕は“火”や“水”や“雷”、“土”、“光”、“風”、“氷”、“金”、何でもござれさ!」
ラククは何と火の玉や水の玉、雷の球や冷気と様々な属性のエネルギー体を次々と繰り出して見せた。その様子にレキは大いに感心し、同時に理解した。先程外で見掛けたバガケラトプスも魔力を持っていて、コルと同じ光属性の魔力だったからあんな風に光になって超スピードで走る事が出来たのだと―――――。
だがその直後、レグランだけ様子が可笑しい事にレキは気付く。何も出す素振りを見せていないのだ。
「あれ?レグランだけ何もしてねぇが、まさかこいつ……」
「そうさ。恥ずかしながらオイラは
(は?魔力が無い?じゃ俺等を襲ったあのドラゴンをティラノサウルスに完全竜化して噛み砕いたのは魔法じゃねぇのかよ……?)
そう思った次の瞬間、コルが口を開いて言う。
「レグランは確かに魔法適性上、残念ながら魔力を持ってないけど、その代わり卓越した身体能力と格闘能力が物凄い有るからそれで補ってるの。だからCWSに入れたのよ」
成る程、
だが、今自分が気になるのは其処では無いのでレキはまた質問する。
「それはそれで凄ぇのは分かるが、じゃあこいつが魔導具無しでティラノサウルスになったD-Driveは何なんだよ?あれは魔法じゃねぇのか?」
此処でその質問か?全く…こいつの世界にも学校が有って、教師と呼ばれる職業の者が居るのは事前調査で知っていたが、このホモ・サピエンスは中々に教師泣かせの生徒だったのでは無かろうか?溜め息を吐きつつコルは答える。
「D-Driveは確かに魔導の技術だけど、それはあくまで私達の中に有る竜の遺伝子を呼び起こして、より強靭な膂力と生命力を持ったサウルス族に先祖返りし、更に其処から完全竜化出来る様にする為の切っ掛けに過ぎないの。最初言ったでしょ?竜化は本来
「あ、あぁ。一応分かった……」
D-DriveのDが「恐竜(Dinosaur)」を表すだろう事は感じていたが、話を聞く限り強ち間違いでは無いらしい。
「因みに言っておくと、私は
(成る程、そう言う事か……と言う事は!?)
コルからの一連の説明を受け、レキは漸く得心が行った様だった。
「そうか……だったらコル、1つ実験させてくれよ」
「は?実験?何の?」
レキの口から出た実験と言う言葉の前に、コルは首を傾げた。因みに同じリアクションはアドリアやニッキ達も取っている。このホモ・サピエンスは一体何を考えているのだろう?
一同が頭に疑問符を浮かべる中、レキは次の瞬間、とんでもない言葉を口にした。
「コル、
レキのこの言葉に、室内の全オルニス族は一斉に凍り付いた。
「な…何ですって!?」
「お、お前……正気か!?」
「同じオルニス族やサウルス族は兎も角、ホモ・サピエンスにD-Driveなんて聞いた事無いよ!?」
人間にD-Driveと言う前代未聞の実験を提案されて唖然となる一同だが、レキは至って大真面目な表情で言う。
「別に魔力も何も持たないレグランだって、その力でティラノサウルスになれる様になったんだろ?だったら同じ様に
するとコルは気を取り直して言った。
「あ、あんた馬鹿じゃないの!?そんな事してあんたの身にもしもの事が有ったらどうすんのよ!?D-Driveによる竜化は相当身体に負担が掛かるのよ!?あんたみたいな只のホモ・サピエンスじゃ命落とすかも知れないのに馬鹿な事を…」
「そんなんやって見なきゃ分かんねーだろ?それに俺、身体はそれなりに鍛えてるから決して柔じゃない心算だぜ?」
全くぶれる事無くそう言い切るレキの様子に、コルを始めとしたその場のオルニス族達は完全に呆れ果ててしまった。特にアドリア達としては、これから元の世界に帰して竜聖剣を見つける為に利用すると言う当初の目標が狂いそうで不安しか無い。だが、本人がこうも強く言っているのだから応じない訳には行かない。
「…全く、ホモ・サピエンスってのは種族レヴェルでこんな馬鹿揃いなのかしら?レスポナ、記録ノート付けといてね?」
「えっ?あっ、はい!」
本日もう何度目とも知れぬ溜め息と共に、意を決したコルはメンフクロウのレスポナに記録役を命じると、再びスマホ型の
「どうなっても知らないからね?」
瞬く間にレキの足元に魔法陣が形成されたかと思うと、やがてレキは其処からせり上がる光の柱に全身を包まれたでは無いか!
それと同時に、全身から力が漲る感覚が湧き上がって来るのをレキは感じていた。やがて光の柱がフェードアウトしたかと思うと、レキの身体は何も変化が無かった。
「ありゃ?」
「…何も起こらないわね。オルニス族以外の種族には効果が無いのかしら?」
レキとコルが首を傾げた次の瞬間、不意にレキの身体を強烈な違和感が襲う。
「おっ、な、何だ!?この感覚…うおアァァ~~~~~ッ!!」
何と、レキの身体が見る見る縮んだかと思うと、そのまま全身に白い羽毛が生え始め、頭に鶏冠が生え始めると共に、尻の辺りからも長い尾羽で覆われ始めたでは無いか!
「な、何だとォッ!?」
「えぇっ、これって!?」
「嘘だろ!?」
「信じられない!こんな事って……!!」
アドリア達もこの様子に驚きを隠せない。更に入り口前に控えていたニッキ達は更に目を大きく見開いて事の成り行きを観察、記録していた。
(え……何?)
それと同時にレキの直ぐ傍にいたコルは薄っすらと感じ取っていた。D-Driveによって姿が変わって行くレキの身体から、
(近くにいても注意しなきゃ分からない位小さいけど、こいつの身体から発せられてるこれって―――――
レキの世界に魔法が存在しない事は、彼が発見した化石を捜索する過程で調査していた為にコル達は知っていた。そんな世界の住人であるレキが魔力を持っているなんて有り得ない!だが、D-Driveを掛けると同時に薄っすらとだが彼には魔力が発現している。これは一体どう言う事なのだろう?
頭の中に湧き上がる疑問にコルが戸惑う中、やがてその場に散らばったレキの衣服の中からモゾモゾと抜け出て来たのは、何と1羽の
「アァ―――――ッ!!何だこりゃ!?だいぶ身体縮んじまったが、一体俺はどうなってるんだ!?」
「…レキ、鏡見なよ?」
一先ず人語は話せる様だが、当のレキは自分の身体に起きた異変を確かめられない。そんな彼の為に、フェサは金属を司る自身の魔法によって鏡を生成。それでレキの姿を映し出す。数秒間の沈黙を置いた後、レキは漸く自身の身に起きた変化を理解した。
「え…えぇ――――――ッ!?俺、等身大のクジャクになっちまったのぉ~~~~ッ!!?」
まさか自分がクジャクになるとは夢にも思わなかった……。興味本位で自らの身体を実験台にした事を後悔したレキだったが、直ぐにコルが助け舟を出す。
「落ち着きなさいよ馬鹿猿!慌てないで先ずは人に戻った自分の姿をイメージするの。最初は難しいだろうけど、こう言う力のコントロールはイマジネーションが肝心よ」
「お、おう…ならやってみるわ」
落ち着いて元の人間の姿をイメージするレキ。最初は何の変化も無かったが、それから5分経った頃に身体が少しずつ変化して行くのを感じる。背が伸び、翼は人間と同じ両腕になる等、見る見る内に外見は人に近付いて行く。
そうして体の変化が止まった頃、改めて鏡を見ると、何とレキの姿は
「こ、これは……クジャクの鳥人になってやがる!」
まさか別世界のホモ・サピエンスが自分と同じオルニス族の姿に変貌するとは……その場にいる全員が驚きを隠せない。D-Driveとは、他の種族も鳥や竜に変える力が有るのだろうか?現段階ではレキしかデータが無い為に検証は出来ないが、これはこれで極めて貴重な研究データが採取出来たとコル達研究者達は思っていた。
だが、当のレキは鳥人間になった事で大きな問題を抱えてしまっていた。
「なぁ…尾羽や腕の羽が邪魔で服が着れないんだが……どうすりゃ良いんだ?」
地味だが切実な問題を提起され、その場の一同は思わずズッコケた。全く、先程から調子を狂わされっ放しで頭が痛くなって来る。ホモ・サピエンスとは此処まで理解に苦しむ生き物なのか?その場にいる全オルニス族は呆れて言葉を失っていた。
「…取り敢えず後数分は我慢しなさい。そうすりゃ魔導術式の効力は消えるから……」
レキにそう言い放つ一方で、コルはレスポナ達に命じて研究記録を纏める。それと同時に彼女は、或る気になる点を感じていた。
(でも変ね。確かにあの姿は白いクジャク型のオルニス族に酷似してるけど、あの体色は白いって言うより
改めてクジャク型鳥人になったレキの身体を見ても、そのカラーリングはアルビノとは言い難く、寧ろ画像編集ソフトで彩度を0にして灰色に変え、その上で明度を上げて白に近付けた感じである。
だが、それ以上にコルが気になっていたのはやはり鳥に変化してからレキの中から発せられた、極めて微細な魔力の波動であった。
(あいつの世界に魔力が存在しない事は向こう言った時に調査して分かってたけど、最初から魔力を持ったホモ・サピエンスなんて向こうに居るの?別世界の生き物でも、D結晶やE鉱石のエネルギーを長時間受けて適性が有れば宿るかもだけど…。って言うかD-Driveして初めて魔力が出て来るなんてあいつ、可笑しいわ。まるで
レキはアウロラ神の声を聞いて彼女を掘り起こし、然も映像と言う形で自身の居所をテレパシーで告げられて此処に居る。これだけでも彼がアウロラ神に選ばれし者なのは間違い無いが、それ以上の物をアウロラ神はレキに齎した気がしてならない。D-Driveによって遺伝子に秘められた因子を活性化する事で初めて感知出来るなんて、極微細とは言えどんな魔力だ?仮にレキに魔力が宿っていたとして、その総蓄積量はどれ位なのだろう?仮に彼が英雄とされる程の逸材だとしたら、自分達以上の物を持っている可能性は十分有り得る。これから自在に鳥化出来る様になればもっと引き出せるのだろうか?
余りに情報が少な過ぎる為、考えても分からないが、取り敢えず今はレキにこの世界の事を知って貰うだけに留めよう。コルはそう自分に言い聞かせてこれ以上の考察は止めにした。
それから10分後、漸くレキは元の人間の姿に戻れた為、大慌てで服を着る。自身の全裸の姿を見られて恥ずかしい想いで一杯だった為、思わず声を大にして叫ぶ。
「恥ずかしいからお前等出てってくれ!!」
だが、対するアドリア達は「何故?」と首を傾げるだけ。レキの言葉の真意が全く理解出来ていない様子だった。
「人間ってのは裸見られりゃ恥ずかしいモンなんだよ!!」
赤面しながらそう怒鳴るが、鳥人達は依然としてノーリアクションだ。表情に変化が無いので何を考えているか分かりかねるが、状況からして呆れ立ち尽くすだけであろう事は容易に想像出来た。
「心配しなくても私達、他の生き物の裸になんか興味無いわよ。てかそんなどーでも良い事気にするなんてホモ・サピエンスって馬鹿なの?」
「~~~~~~~もう良いよ!!着終わったから!!」
当たり前の話だが、コル達はオルニス族で人間では無い。人間でないなら当然物の価値観や考えだって
後編へ続きます。
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Act9:魔導と恐竜が織り成す幻想(後編)
服を着終わると、レキは顔を赤らめつつも改めてコルに質問を促した。
「んじゃあコル、続きと言っちゃ何だが今度はお前の話で何度か出て来た“D結晶”ってのが何か教えてくれよ?確かあのドラゴンもそれで生まれたみてーな事も言ってたし、気になってたんだ」
だがその前にコルはレキに問う。
「良いけどあんた、身体平気な訳?初めてのD-Driveで相当疲れてんじゃないの?」
するとレキは直ぐにこう返した。
「ん?いや、最初は確かに怠さを感じたが直ぐに無くなっちまったよ?
レキのこの返事に、その場にいたオルニス族達は再び言葉を失った。そして―――――。
「何!?」
「おい、ちょっと待てよ!」
「全然疲れてないってどう言う事だよ!?」
「幾等何でもそれは無いって!嘘吐くんじゃないよ!」
直ぐにアドリア達4人がレキの前に殺到し、一斉に先程のレキの言葉を疑い詰め寄る。気付けば他のニッキ達研究員も駆け寄って来ており、直ぐ傍でジッとレキを見つめている。表情こそ余り変わっておらず違和感しか感じないが、取り敢えず自分が驚きと好奇の眼差しを向けられている事だけは理解出来た。
全員を代表してコルが言う。
「全然疲れてないって……そんなん有り得ないでしょ!?“D-Driveによる竜化は肉体に相当の負荷を掛ける”って最初に言ったけど、別な生き物の身体に変化する時だってそれは一緒なの!程度にも因るけど、全身そっくり変わると元に戻った時にメッチャ疲れるのよ!?」
「けどお前やホルスだってその力で人間になった時に余り疲れてなかったじゃねーか!特にお前に至っちゃトロオドンになっても平気そうにしてただろ!?」
「あれは私達がCWSとして並みのオルニス族じゃ投げ出す程の、それこそ
鬼気迫るコルの勢いに圧されるレキだが、何とか言葉を振り絞って答える。
「え、いや……精々腕立て腹筋100回ずつにウォーキング位だが………」
「全ッ然、話にならん!我々はお前も見た様なドラゴンを始めとした
だが、その答弁はアドリアによってバッサリ切り捨てられてしまった。とは言え、それで黙っているレキでも無く、負けじと反論する。
「いや、知らねーよ!!実際マジで疲れてねーんだから!!つーか最後の方、微妙に僻んでねーか!?」
アドリア達オルニス族が納得出来ないのも、無理からぬ話であった。
通常、D-Driveは変身者に相応の肉体的負荷が掛かる物だ。日頃の鍛錬による基礎体力の多寡にもよるが、アドリア達も最初に竜化した後、津波の如く押し寄せる疲労の為に足元も覚束ない状態になっていたのだ。ホモ・サピエンスが自分達より身体能力的に劣る種族である事はレキの世界に赴いた際の調査で知っていたが、そんな人間のレキが変身解除後にピンピンしていられる筈が無い。
なのに竹内靂と言う目の前のホモ・サピエンスは疲れた素振りをまるで見せておらず、この時点で絶対に只者ではない事が分かる。然れど、厳しい鍛錬でD-Driveを物にしたアドリア達からすれば、やはり一般人のレキがD-Driveしても平気でいられる様が受け入れ難い現実だったのもまた事実であった。
念の為にコルはレスポナやニッキ達に命じ、専用の機器でレキの心拍数や血圧等の変化を計測させたが、何れも
「信じられないけど、本当にこいつは疲れてないみたいね……」
「こんな事が本当に有るのか………?」
「有り得ないんだけど………?」
もしかしてレキは、本当にアウロラ神に選ばれた英雄なのだろうか?少なくともそれに相応しい何かが内に眠っているのは間違い無い様だが―――――?
「なぁ、良いからさっさとD結晶について教えてくれよ!お前等の方から教えてくれるっつったのにそっちで話の腰折ってちゃ世話無ぇだろ!」
良い加減、話の本題に入りたいレキがウンザリした調子でそう言うと、対するコルは「まぁ良いわ…」と気を取り直してD結晶なる物質の説明に入る。
「先ずはこれを見て頂戴」
そう言うと、コルはスマホ型
「これがD結晶なのか?」
「そう。私達惑星アウロラに生きるあらゆる生命に魔力を齎し、肉体すら作り変えて超進化を促すエネルギー結晶体。それがD結晶よ」
「あらゆる生命っつっても、全部が全部その恩恵に与れてる訳じゃねぇんだろ、レグランみたく……。つーか超進化っつったが、この世界の恐竜や翼竜、延いてはお前等の進化にはこのD結晶ってのが関わってんのか?」
するとコルはコクリと頷き、更に説明を続ける。
「あんたの言う通り、この星の生き物の進化や魔法の力にはD結晶が関わってるのは確かよ。最近の研究によると、その起源はこの星が未だ水しか無かった今から凡そ
(は?32億6000万年前……?)
コルの言葉に違和感を覚えるレキだったが、取り敢えず黙って聞く事にする。
「この時代、私達の星に途轍も無い位に超巨大な隕石が落下したの。その衝撃で大地は揺れ、海は燃え上がり、地殻すら大きく変える程の勢いだった。そしてその隕石に多く含まれていた物質こそ、D結晶と呼ばれる未知のエネルギー結晶体で、その影響によってこの星の環境は大きく激変したの」
その説明を聞いた時、レキの頭の中では地球史に於ける隕石衝突事件の1つがピンと頭に浮かんでいた。
地球に衝突した隕石と言えば、6500万年前に恐竜絶滅の決め手となったそれが有名だが、実は32億6000万年前にもレキの地球には同じ様に超巨大な隕石が降った事が有るのだ。
衝突地点は現在の南アフリカに有るバーベルトン緑色岩帯より、何千kmと離れた場所に位置する海盆。隕石の直径は37km以上とされ、それこそエベレストより遥かに巨大で、現在のロードアイランド州と同じ位。これは恐竜絶滅の際に衝突した物の約4倍に相当するとんでもないサイズである。加えて落下のスピードも時速7万2000㎞とされ、衝突時には直径約478㎞もの超巨大なクレーターが形成されたと言う。
当然ながら衝突の威力と影響は我々の想像を遥かに超えて凄まじく、極めて膨大な量のエネルギーを放出。その影響で海底を変形させて海も沸騰し、高さ数千mもの大津波が海洋全体に広がった。そして30分以上に亘って地球全体にマグニチュード10.8もの極大地震を発生させ、おまけに火山の噴火を助長。これによって大規模な気候変動が齎されたのは言うまでも無い。
落下した当時の地球は辺り一面海しか無く、大陸の存在しない水の世界だったとされているが、この隕石の衝突によって当時の地球のプレートの構造は恒久的に変化。結果として現在、我々の知るプレートの原型が出来上がったとされる。もっと有り体に言ってしまえば、この隕石の衝突によって
そんな初期の地球の環境を大きく変える程の隕石と同じサイズの物が、全く同時期にこの惑星アウロラなる星に降った?この偶然の一致は何なのだろう?
「此処までで何か分からない事は有る?」
丁度コルも自分の話に付いて来れているかを確認する為に質問を促している。違和感の原因を確かめる為、レキは別な視点から裏を取るべくこんな質問をした。
「そうだな……ならまた話の腰を折る様で悪いが、1つ訊かせてくれ。」
「何よ?」
「この惑星アウロラって星はどうやって生まれて、其処から
レキの質問の意図が良く分からないのか、コル達は思わず首を傾げた。何故目の前のホモ・サピエンスはそんなどうでも良い事を訊くのだろう?だが質問を促したのはこちらなのだし、取り敢えず訊かれた事には答えよう。そう思ったコルはご丁寧にこう説明する。
「私達が生まれる少し前に科学者が研究した結果だけど、無数の微惑星が衝突して原型が作られたの。当時の地表はマグマの海で覆われてたわ。因みに重い金属類は底に沈んで地核とマントルを形成し、微惑星内の水蒸気や二酸化炭素みたいな軽い物質は重力の影響で原子の大気を形成。やがて地表が冷えて固まると、今度は大気中の水蒸気が冷やされて雨が降る様になり、その雨によって
「いや、別に何でもないよ……取り敢えず成り立ちは分かったぜ。有難うよ。じゃあ改めて話を続けてくれ」
先程のコルの言葉により、レキはほぼ確証を得た。未だ決定的な証拠が無いから仮説の域を出ないが、この星の正体が何と無く掴めて来たのである。
(何てこった……!まさかとは思ったが、俺の世界の
だが、今その話をしても仕方が無い。自分はこの星における魔法の存在について教えて貰っているのだ。それと関係の無い話を今これ以上この場でした所で、収拾が付かなくなるだけ無意味である。
頭の中で出来上がっていた仮説を封印するレキの心中など露知らず、コルは改めて本題の説明を続ける。
「さっきD結晶が進化を促したって言ってたけど、この星にその隕石がぶつかっていきなり直ぐに影響は及ぼしていないわ。D結晶は惑星アウロラへの衝突と共に星中に散らばり、それからこの星のエネルギーを糧にゆっくりと、それでいて無限に増殖して行き、この星を少しずつ作り変えて行った。舞台が整ったのは生物が陸に上がった頃で、此処から漸くD結晶は生物に影響を齎し始めたの。様々な特殊能力の発現や肉体の強化及び巨大化、知能の発達と、挙げてったらキリが無い位にね。そう言う進化と変異の下に生存競争が繰り広げられて激化する中、約2億6000万年前に漸く誕生したのが爬虫類から進化して生まれた沢山の恐竜と、私達のご先祖様に当たるサウルス族だったの。そしてサウルス族が進化を遂げて今の私達オルニス族が誕生し、今の繁栄に至ったって訳!」
「ふ~ん……大体分かったが、それでも1つ釈然としねぇな」
「何が?」
「そのD結晶によってこの星の生き物がさっき言ったみたいな魔法や超能力や強靭な肉体みたく、物凄ぇ力を得て進化を齎した。そしてその上でお前等が今存在してるってのは伝わったが、じゃあ哺乳類は何で存在してねぇんだよ?」
最初に会った時も同じ質問をされたが、良い機会なので具体を交えて説明しよう。そう思ってコルは答える。
「…詳しい原因は分かってないけど、これまで発見された中じゃ1番古い哺乳類って言われるアデロバシレウスやその祖先と思しき単弓類のディメノコドンの化石を調べても、
「って事は何か?この星じゃ哺乳類の進化の系列に位置する生き物はレグランみたく魔力を殆ど持たねぇ。言うなりゃD結晶に選ばれなかった存在で?軒並みD結晶に選ばれた他の恐竜や爬虫類、下手すりゃそれ以外の虫や魚からも駆逐されて滅亡しちまったってのかよ?」
「残念だけど、そう言わざるを得ないわね。勿論同じ恐竜や爬虫類を始めとした他の生き物や、オルニス族やサウルス族も魔力を持つ者と持たざる者に分かれるけど、それでも持たざる者は極一部だし、昔の生き物の化石を見ても程度の差こそあれ、D結晶で哺乳類以上に強く進化してたし変異もしてた。特に爬虫類やそれに連なる進化の系譜の恐竜や翼竜、鳥類の化石からは高純度の魔力エネルギーが測定されてるわ。これ等の種の方が、D結晶との適合率も断トツで高いって事でしょうね」
「マジかよ……」
「まぁ、他に巨大隕石や火山噴火みたいな大量絶滅のイベントも原因の1つだけど……」
その言葉を聞いてレキはショックだったが、同時に漸く理解した。D結晶なるエネルギー物質に選ばれなかった時点で、この星じゃ哺乳類は魔力は元より、進化や変異と言った恩恵に満足に与れない、謂わば
内心、「不公平過ぎるだろ!!」と思わず叫びそうになったが、今此処でそんな悔やみ事を言っても始まらない。大量絶滅による種の間引きなど、数十億年にも及ぶ生命の歴史の中では珍しくも何とも無いし、そもそも自分の世界とは関係無い異世界の歴史だ。どちらにしてもそれに腹を立てる事自体、お門違いと言う物だろう………。
「気を取り直して話を続けるわ。この星のあちこちで32億年の時を掛けてあちこちで増殖していたD結晶だけど、それも長い年月の中で変性する物も出て来たの。火や水、風、土、金、氷と、この星の自然のエネルギーが多く集まるパワースポットでその力を吸収して誕生した『
そう言ってコルは再び
「さっきD結晶のエネルギーを浴びた生物は魔力を得ると共に進化したって言ってたけど、更にこのE鉱石の有る環境で石の放つ特殊なエネルギーに適合した生物達は自身の魔力をそれぞれの属性に特化させ、「魔法」と呼ばれる能力を獲得。より効率良く魔力の運用が出来る様になったの。だけど、E鉱石の適合率が1番高かったのは長い生物の歴史の中でもオルニス族とサウルス族だけ。取り分けオルニス族の魔法運用能力はこの星のあらゆる生物の中で番この世界でトップクラスなの。そしてこの力を背景に私達は今日の高度な魔導文明を築き上げたって訳。最後になるけど、最初にレキが見たドラゴンは
話の流れから判断してE鉱石の「E」は「エレメント(Element)」の事を差すらしい。と言うか、この星にはそんなファンタジーの定番みたいなモンスターまで居るのか……。哺乳類だけ絶滅の名の下にハブられているのは気に入らないが、それを除けば随分と何でも有りな世界だとレキは思った。
D結晶にE鉱石と、それに選ばれし者の魔法適性―――――取り敢えず魔法については生物の進化の歴史込みで教わって得心が行った。完全にでは無いが納得も出来た。
「D結晶による超進化ねぇ……」
ネオプテリクスへ向かう前、レキは道中でステゴサウルスやイグアノドン、更に遡ってブラキオサウルスやトリケラトプス、パキケファロサウルスを見掛けていたのを思い出していた。あの時は好奇心から目を輝かせて感動し、夢中になっていた為に特に何も考えていなかったが、今にして思うとあれは不自然な光景である。
何故なら
それがあぁして一緒に生きていると言う事は、やはりD結晶の影響なのだろうか?尤も、其処はサウルス族が家畜や農耕の様な何らかの目的の為に保護したお陰で絶滅を免れた可能性も有るだろう。また、胡桃サイズの脳しか持たず、第2の脳を持っていたとされるステゴサウルスも、D結晶のお陰で2つの脳の双方共によりハイスペックなそれになっていただろうし、寒さや暑さにも強く、硬い草も噛み切れる様になって食べる物に困らなくなった可能性も有る。
ならばと意を決したレキは、こんな質問をコルにぶつけてみた。
「ならコル、これが取り敢えず最後の質問だ。D結晶やE鉱石は生物だけじゃなく、
するとコルは表情こそ余り変えなかったが、フッと笑って言う。
「良い質問ね!その通りよ。DでもEでもこうしたエネルギー結晶は植物にも大きく影響を及ぼしたの。種類はバラバラでも、どんな草食恐竜達でも好む味で栄養価も繁殖能力も高く、年中通して餌不足に悩む事は少なくなったわね。噛む力の弱い恐竜も、D結晶のお陰で顎の力が強化されたお陰でそうした植物を何とか食べられる様になったから、食関連での絶滅のリスクは大きく減ったでしょう。勿論、私達が食べるフルーツ類にもその影響は良い意味で及んでるわ」
コルからの回答を経て、レキはまた1つこの世界について理解が深まった。本来生息時期が異なる恐竜が生きて来れた理由の1つに、D結晶やE鉱石による
すると突然誰かの腹の虫が鳴く音が多目的室に木霊する。音源に目を向けると、どうやら助手のニッキからだった。
「コル様ぁ~、もうそろそろお昼ですよ~?ご飯にしましょうよォ~……」
「そうね。時間も時間だし、それじゃあ食事にしましょうか」
「やったぁ~ッ!」
そう言って一同は食堂へと足を運ぶ。其処ではマガモを始めとしたカモ科の鳥型のオルニス族達が割烹着とコックコートを足して2で割った様なローブを纏い、その日の食事の用意をしていた。
「おぉ、コル様お帰りなさいませ!CWSの皆さんもようこそお越しなさ……って、えぇっ!?」
「もしかしてあれって、昔話で聞いたホモ・サピエンス!?」
当然のリアクションを此処でもされるが、レキは冷めた目で溜め息を吐くだけだった。コルが説明する。
「こいつはね、私達が任務で行ってた世界から迷い込んで来たから保護して送り返すとこなの。その前に食事位恵んでやっても良いかなって話になって連れて来た訳!」
「成る程、そう言う事でしたか……」
(つーか良くそう言う適当な事が口からスルスルと出て来るモンだよな………)
神の声を聴いてその化石を掘り起こした事とかは伏せつつ、レキの事を舌先三寸で都合良く説明する舌と頭の回転に当人は呆れと感心を抱くばかりだった。
「おっほォ~~~~ッ♪美味そう!!」
それから数分後、程無くして料理が到着。食卓に出されたのはキャベツやパセリに似た野菜サラダに始まり、ヴェロキラプトルに見られる羽毛恐竜の手羽先や唐揚げ、パンノニアサウルスのカルパッチョや、D結晶の力で美味しく甘く熟した果実のフルーツジュースと、どれをとっても一目でかなり美味と分かる物ばかりだった。
況してや帰る前に食事の施しまでして貰え、然もこれから本物の恐竜や絶滅した爬虫類等の料理を食べられるとなれば、レキとしても願ったり叶ったりだ。
するとコルは徐にまたスマホ型
「何でわざわざ人間の姿になるんだよ?」
「ホモ・サピエンスの食事の仕方って言うのを体験してみたくなっただけよ」
「あっそ……」
「それじゃあ皆、私達の糧になった者達に感謝と哀悼を捧げて頂きましょうか!」
コルがそう音頭を取ると、一同は無言で数秒間頭を下げる。数秒間の黙祷だった。レキも“郷に入っては郷に従え”の言葉通りそれに倣う。
そして全員が頭を上げてスプーンやフォークを手に取ると、早速食事を取って口に運ぶ。レキもスプーン片手に思わずがっ付き、さも美味そうに頬張っては咀嚼して飲み込んで行く。
「何と言う食いっぷり……」
「って言うかあれ、口の中で歯を上下に動かしてるよね?噛み砕いてるの?」
「いや、あれは噛み砕くって言うより磨り潰してるんじゃないか?」
「ホモ・サピエンスって、食べ物は歯で噛み砕いて、磨り潰した後で飲み込むの?僕達とは違うんだね…」
オルニス族=鳥人間であるアドリア達は嘴故に歯を持たず、ついばんだ食べ物を一旦素嚢に飲み込んだ後で前胃に送り、更に其処から砂嚢なる器官で予め飲み込んだ砂礫や小石によって磨り潰す。因みにこれはワニの様な爬虫類にも当て嵌まる。
食べ物を口内に入れると同時に噛み砕き、咀嚼する――――食事の際にそんな
「う~~~ん、美味し~~い!ホモ・サピエンスってこうやって物を食べてるのね!この食べ方、気分が凄く良い!」
一方、咀嚼する度に口中に広がる食材のエキスに、人間態となったコルはご満悦だった。人間は普段、こんなに美味しく物を食べている―――――そう思うと何とも羨ましい限りだ。
顔一杯に笑顔を作り、口角を釣り上げて幸せそうに物を食べるコルの様子を見て、レキは漸くオルニス族達からずっと感じていた違和感の正体に気付いた。
(そうか、
鳥の祖先である獣脚類の内、肉食の恐竜はティラノサウルスを見れば分かる様に歯が有り、更に強く噛む力の為に重量の有る顎と太い咀嚼筋を持っていた。だが、進化の過程で鳥達は徹底的に身体を軽量化させた。頭部も例外では無く、全ての歯や顎の骨は勿論、周辺の筋肉も口の開閉や嘴を左右に動かすのに最低限必要な分を除いて悉く捨ててしまったのである。
人間を始めとした哺乳類達は喜怒哀楽を始めとした様々な表情を作り出せるが、そもそも表情とは噛む為の筋肉を含め、それに連動した顔中の筋肉を使って作る物。言うなれば
だが、その代わり鳥達は歌やダンスと言ったそれ以外の
(つーか、物噛んで食う位恐竜の姿になりゃ出来る事だろうに、今までそれやった事無かったのか?)
「あんた何見てんのよ?」
「……別に、何でも無ぇよ。只良く食うなぁって思っただけだ」
「は?何それ?」
半眼で睨み付けるコルに対してそう素っ気無く返すと、レキは食事を再開した。気を取り直して再び口中に料理を頬張るコルの様子を横目に見つつ、レキは思った。
(カラスとしてのこいつも良いが、人間になったこいつも良いな。あんな表情豊かで幸せそうに飯を食う姿、こっちまでほっこりするぜ。泣いたり笑ったり怒ったりを顔一杯で表現する―――――人間だったら誰だって当たり前に出来る事だが、それって実は凄ぇ事であり幸せな事なんだな。表情筋を捨てた鳥達に囲まれて良く分かるよ。つーかこいつ等もやっぱ歌なりダンスなり得意なのかね?)
さて、食事も終わって研究員達に別れを告げると、改めてレキはアドリア達に守られながら最初の森へとやって来た。
再び目にする鬱蒼とした木々と丈の長い草の道を掻き分けると、間も無く自分が監禁されていた石造りの小屋が視界に入って来た。
「あそこって俺が監禁されてた小屋じゃねぇか……」
「黙って歩け。次元門はもう少し先だぞ」
「お、おう………」
アドリアから注意されつつも、レキはアドリア達に案内されて更に森の奥へと進んで行く。5分位歩くと、果たして其処にはインドのムンバイに有るインド門を思わせる巨大な門が聳えており、入り口には分厚い扉が備え付けられていた。
「こ、これが次元門なのか……?」
「そうだよ。オイラ達はこの扉を潜ってレキの世界に来たんだ」
「開ける準備をするからちょっと待っててよ?」
レグランがレキの問いに答える横でラククが前に出ると、門に備え付けられたダイヤルらしき物を操作してスイッチを押す。すると突然扉は眩い光を放ち、ゆっくりと開き始めたでは無いか!
「さぁレキ、この扉を潜れば君はもう元の世界に帰れる!分かったらもう行くんだ!」
「あ、あぁ……」
フェサに促されるまま、ゆっくりと開いていく扉へと歩みを進めるレキ。だが……その時だった。
『私の声を聴きし者よ……
突然脳内に響いた聞き覚えのある例の声に、思わず歴は足を止める。
「どうしたのレキ?急に足なんか止めて……」
コルの問いにレキは答える。
「さっき、化石掘り起こした時に響いた声が聞こえた……。『レックスカリバーを手に』って……俺の手元に既に有るってハッキリとな!」
その言葉に5人は再び驚愕する。まさか、アウロラ神がこの土壇場でレキに語り掛けたと言うのか?
「ア、アウロラ様がレキに話し掛けた!?」
「然もレキの手元にレックスカリバーだって!?」
「何だよ、そのレックスカリバーってのは?」
初めて聞く“レックスカリバー”なる単語についてレキが5人に問うと、代表してアドリアは言う。
「済まん。悪いが今のお前に教える事は出来ない。私達の歴史に関する超重要事案だからな……」
「ハァ……そうかい。なら無理して今は聞かねぇよ」
溜め息交じりにそう返すと、レキは気を取り直して開かれた門の先に広がる光の中に進んで行く。
(まぁ…大体見当は付くけどな)
恐らくは面会の時にホルスが言っていた、“アウロラ様”以外でアドリア達が探していたもう1つの捜し物なのだろう。然し、既に自分が見つけていると先程謎の声は告げたが、それらしい物は何か有ったか?
思索を巡らせながらレキがゲートへ歩き出すと、不意に先程から小刻みに身を震わせていたコルが叫んだ。
「レキ!!」
思わず振り向こうとするレキに対し、コルは続ける。
「振り向かないで黙って聞きなさい!!」
無言で頷くレキに対し、コルは告げる。
「良いレキ、今次元門が閉じたら一ヶ月間はメンテナンスの為に開かなくなるわ。当然その間は私達もあんたの世界には行けない!だからこそ、私はあんたにお願いが有るの!!」
「何だよ、そのお願いってのはさ?」
何と無く見当は付いているが、一応尋ねる。するとコルは待ってましたと言わんばかりにこう叫ぶ。
「レキ……本当にあんたがアウロラ様に選ばれた英雄なら、『竜聖剣レックスカリバー』を
するとレキは一瞬当惑したが、漸く得心が行ったのか、直ぐにフッと笑って手を振って門の向こうへと進んで行く。やがて扉が閉まると、門は色の抜けた灰色に変色。扉に描かれた幾何学模様を時折光がなぞる様に駆け抜ける様が、辛うじて門が稼働している事を示していた。どうやらメンテナンス状態に入ると扉はこうなるらしい。
「………行っちゃったね」
「あぁ……そうだな」
レグランとアドリアがそう呟くと、コルは名残惜しそうに門を見つめていた。
「どうしたのコル?ホモ・サピエンスなんて興味深い研究対象が帰って残念?」
「そんなんじゃないわよ馬鹿……」
ラククからからかいの言葉を投げ掛けられても、コルはそう素っ気無く返すだけだった。今の彼女は心の中で後悔していたのだ。あれだけレキがアウロラ神に選ばれし英雄であって欲しくないと……このまま縁切りになって欲しいと思っていたのに、寄りにも寄って自分達が任務で捜していた物の捜索をレキに頼んでしまった。本当はこれ以上自分達の事に巻き込みたくなかったのに、このまま関係が続いて欲しいと願っている自分を抑えられなかった……。
だが、その二律背反の矛盾に懊悩する暇すら運命は与えてくれなかった。自分達のスマホにホルスから新たな指令が送られて来たのだ。
『このミッションはタケウチレキを無事送還した事を前提として伝える物とする。ネオプテリクス北東のスムール山脈にてパルナシウスが発生!現地には既にチェンとカサリアが討伐向かっている!アドリア、フェサ、レグラン、ラクク、コルの5名は直ちに加勢してこれを殲滅せよ!!』
どうやら急遽入った魔獣と思しき脅威の排除らしい。パルナシウスとは
「ホルス様から新しい任務か……」
「やれやれ、こんな時に……」
フェサとレグランがそうボヤく中、アドリアが4人に向かって言う。
「レキに関する報告は後回しだ!全員、直ちにスムール山脈に出動するぞ!!」
「「「了解!」」」
だが、コルだけは呆然と立ち尽くすばかりで返事が無い。若干気を立てながらアドリアが腕を掴んで言う。
「コル!チンタラしてないでお前も行くぞ!!」
「えっ、あっ、うん!!」
瞬時に気持ちを切り替えると、コルも直ぐに任務へと飛び立つのであった―――――。
一方その頃、次元門を潜ったレキは再び地元の森の中にいた。振り向いてアドリア達が化石を安置していた洞窟を確認すると、入り口は土塊ですっかり埋められている。恐らく惑星アウロラに戻る直前、ラククが土の魔法で証拠隠滅の為に塞いだのだろう。
「やっと戻ってこれたか。それにしても未だ昼間かよ。向こうでの時間、凄ぇ長く感じたってのに………」
気が付けば、もう太陽は正午を過ぎていた。スマホで確認すると日付も今日のまま。なのにレキの中では色々な事が有り過ぎて、最低でも半日=12時間近く過ごした感覚だったのだ。裏を返せば、それだけ惑星アウロラでの時間はレキにとって濃厚な時間だったのだろう。
別れ際にコルが叫んだ言葉がレキの脳内に蘇って来る。
『レキ……本当にあんたがアウロラ様に選ばれた英雄なら、『竜聖剣レックスカリバー』を
一ヶ月後にアドリア達がまた来る為、それまでにレックスカリバーなんて物を捜しておく様に言われた手前、当のレキはそれらしい物の心当たりを必死に思い出そうとしていた。2年前の記憶を振り絞ると、確か例の化石と共に変な銅剣みたいな物が出て来た気がするが……。
「“竜聖剣レックスカリバー”ねぇ……もしかして“あれ”の事か?こないだ荷物に入れて東京に送った―――――」
だが、そんな事を今は考えても仕方が無い為、取り敢えず一旦帰宅する事にした。
数日後に控えた上京。そして其処から踏み出す、鳥類学者への大いなる第一歩の為に―――――――。
今エピソードで本章は終了。次回から新章に突入します!
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竜の試練編
Act10:回り始めた運命の歯車
それではどうぞ!
それは、レキが元の世界へ帰った後の事だった。
突如現れたパルナシウスなる等身大の蝶の怪物をコル達は殲滅していた。先に戦っていたヒクイドリ型のオルニス族のカサリア、そしてピトフーイ型のチェンの2名と合流し、合計7名で任務に当たったのである。
相手は全部で5体いたが、何れも黒と紫を基調とした毒々しいカラーリングをしており、羽ばたく事で猛毒の瘴気を撒き散らす危険な蝶だったが、ディノニクス型の
残る2体も、チェンが自身の魔力を宿した羽根を投げて爆発させて1体撃破。残る1体も、コルが両手に集めた光のエネルギーを極太のレーザー砲として発射する事で消し飛ばし、掃討は完了。因みに残るレグラン、フェサの2名は周囲の生物達を安全な場所へと避難誘導させ、ラククはパルナシウスの瘴気が周囲に蔓延しない様に周囲を結界で囲んでいた。
尚、倒されたパルナシウス達の残骸は次の瞬間、黒い塵となって消滅した。
「PM14時21分、パルナシウス5体の完全消滅を確認。任務…完了!」
アドリアの任務達成宣言と共に、その場にいたCWSの面々はホッと胸を撫で下ろす。彼等はホルスからの命と在らば、こうした命懸けの戦いにも飛び込んで行く。まさしくネオパンゲアの平和と安全の要なのだ。
その後、一行はネオプテリクスへ帰還。カステルムアルバにてホルスに任務を終えた事を報告する。
「報告は以上ですホルス様。それと、タケウチレキなるホモ・サピエンスも無事に元の世界へ送還致しました」
「うむ、ご苦労であった。今日はもう解散して良い。手当は明日、支給しよう」
「はい、有難うございます…」
そんな遣り取りをアドリアがホルスと交わす中、コルは踵を返して応接室から出て行こうとする。
「何処行く心算だい、コル?」
コルの様子が目に入ったチェンがそう尋ねると、当人は振り向く事無く答える。
「話はもう終わりでしょ?私はさっさと帰って調べなきゃならない事が有るの」
「もしかして、君達がアウロラ様と一緒に連れて来たって言うホモ・サピエンスの事?」
「私達はその時居なかったけど、確かアウロラ様を掘り起こしてくれたって話よね?」
チェンとカサリアがそう言うと、コルは無言でそのまま退出。そのまま両腕の翼を展開し、自宅でもある魔導研究所へと飛び去って行った。
「あ~あ、行っちゃったよあいつ…」
「そりゃアウロラ様のお声をテレパシーで聴いてあの方を掘り起こした相手だから、コルが興味持つのも当然じゃない?」
「テクニカルD-Drive用にホモ・サピエンスのDNAを回収したのも彼からだし、猶更だろうね」
レキがホルスと面会した居た時、チェンとカサリアは別任務でその場に居なかったが、彼がアドリア達に連れられて魔導研究所に行っている時に国の情報機関から伝えられていた為に知っていた。尚、ネオパンゲアに於いてCWSは特殊部隊と情報機関の2つの顔を持つが、情報機関自体は何もCWSだけでなく他にも存在している。
2人の言葉をフェサが補足すると、チェンは頭の後ろで手を組んで言う。
「大昔の伝説じゃ、確かアウロラ様は向こうの世界から英雄連れて帰って来るって言ってたけど、あんな世界の猿が本当に役に立つのかなぁ?僕も向こうの世界には任務で行ったけど、弱くて狡くて文明しか能が無い上に、同族同士で争ってばっかのサイテーな生き物じゃん!そんなつまんない糞猿が英雄で、その力がこれから必要?全く勘弁して欲しいよ…」
(相変わらず毒舌だなこいつ……)
顔も見てなければ話した事も無い異世界人を辛辣にディスる彼女に対し、レグランは内心そう不快の念を抱いていた。
チェンはピトフーイ型のオルニス族で、ピトフーイとはニュージーランドに棲息する6種類のモリモズである。これ等の鳥の最大の特徴は何と
「初めてコルからD-Driveされて元に戻った時、全然疲れてなかったって言っても、お前は同じ事が言ってられるのかい?」
レグランの言葉を聞いた時、チェンとカサリア、そしてホルスも驚愕に目を見開いた。彼等も過去にD-Driveでサウルス族、そして其処から完全竜化した経験が幾度も有るから知っているが、初めての変化は細胞レヴェルで多大なエネルギーを消費する為、元に戻ると肉体に多大な負荷と疲労感が襲って来る。無論、CWSに属するだけの強靭な精神と肉体を以てすれば負荷は多少軽減出来るが、それでも皆最初は立っているのもままならない位キツかったのだ。
だが、レキは元に戻っても最初に少し怠さを感じた物の、それも直ぐに無くなって至って元気だった。少なくとも、疲れて立って歩けずにその場に倒れる様子は全く見せなかった為、コルのみならずアドリア達も一目置いていたのである。
「嘘……だろ?」
「ホモ・サピエンスがD-Driveしたってだけでも驚きなのに、其処から元に戻っても全然疲れてないなんて信じられない………」
「然もそいつ、只の市井の一般人みたいだったよ?そんな奴がオイラ達みたいに特別身体を強く鍛えられてるとは思えない。こっちに連れて来た時、コルがあいつの体温や筋肉の付き具合、健康状態とかをスキャンしたから分かるよ」
アドリア達がレキを気絶させて元の世界に帰還した際、実はコルはスマホ型
レグランの言葉にチェンとカサリアが唖然とする中、唯一冷静だったホルスが尋ねる。
「…どう言う事か、詳しく説明して貰おうか?」
「はい、実はですね―――――」
ホルスから説明を求められ、リーダー格のアドリアは伝える。カステルムアルバを出た後の、レキの行動の全てを―――――。
一方、魔導研究所に戻ったコルは、自分の研究室でレキにD-Driveを施した際に記録された彼のDNAのデータを解析していた。今日初めてD-Driveしたにも拘わらず、全く疲れていなかったレキの肉体の秘密を探る為だった。
レキをこちらに連れて来た際、コルは
より詳細なデータを採取するにはオルニス族の竜化の様に、その個体の遺伝子に本来眠る進化の記憶を呼び起こし、最も色濃く残る種の因子を活性化させる為の、謂わば“真なるD-Drive”を施す事である。そうする事によってその個体の遺伝子情報は
今回、魔導研究所で彼の要望通り
(あの時、要望通りあいつにD-Driveを施したのは正解だったわね。施した後の事を思えば、採取出来たのは僥倖としか言い様が無い………!)
真剣な表情でモニターと睨めっこをするコル。すると不意に研究室をノックする音が響いた為、何事かと思ってドアを開けると、其処にはレスポナとニッキが立っていた。
「レスポナ…それにニッキまでどうしたのよ?私に何か用な訳?」
「コル様、コーヒーをお持ちしました」
そう言うとレスポナは、コーヒー入りのカップとガムシロップの乗ったトレイを差し出す。どうやら研究室に入った自分を労いたかっただけらしい。
「有り難う。でも今は飲みたい気分じゃないの。もっと気になる事が有るから」
「それって、あのタケウチレキって言うホモ・サピエンスの事ですか?」
ニッキがそう尋ねると、コルは無言で頷く。周囲を見渡せば、それぞれの部屋から大小様々な機械音が響くのが分かる。研究員や技術者達が日々、新たな技術とそれに基づく道具の発明に精を出しているのだ。
「皆も頑張ってるわね。私も、私のなすべき事をやらないと…!」
そう言って部屋に戻ろうとした時の事だ。突然訪問者を告げるチャイムが研究所中に鳴り響く。何事かと思ってモニターを見ると、其処にはホルスがアドリア達を取り巻きに扉の前に立っているでは無いか。
『コル、取込み中済まないが失礼するよ』
「えっ!?ホルス様!?」
「そんな…どうしてあの方が!?」
突如国のトップが来訪すると言う予想外の事態に戸惑う研究員達だったが、コルだけは至って冷静だった。背後に控えるアドリア達を見て、彼女達がレキを研究所に入れて色々話した事をホルスに伝えたのではと推察していた。
「…分かりました。少々お待ち下さい」
モニター越しにそう返事をすると、コルは扉を開けてホルス達を玄関に通した。
「さてコル、何故私が此処に来たのか分かるかね?」
突然のホルスの質問に、コルは数秒間黙っていたが直ぐに答えた。
「あいつを…タケウチレキを送還の道すがら、此処に招き入れて色々話したからですか?」
「察しが良いな。その通りだよ」
ホルスがそう言うと、コルは思わず「やっぱり…」と呟いてアドリア達の方を見遣る。
「全く…さっさと送り帰せば良い物を、余計な真似をしてくれたねこのカラスは!」
「話聞いていなかったのかよお前?コルがレキに話したのはあくまでこの世界の歴史と魔法についてだけで、オイラ達の機密については何も話してないっての!」
「大事なのは其処じゃないだろレグラン。レキのD-Driveについてだ」
コルに対して毒づくチェンと弁護するレグラン。そして呆れながらそれに突っ込むフェサを横目に、ホルスがコルの前に歩み寄って言う。
「コル、別に私は君の行動を責めに来た訳じゃ無い。寧ろ良くやったと思っているよ。只送還するのではなく、これから英雄として私達の力になってくれるであろう彼の想いを汲んで、色々と教えてあげたのだろう?何も知らないが故に彼が感じていた不便さを、少しでも取り去ろうとした。そう言う訳だね?」
「はい……この世界の成り立ちや魔導について説明しただけで、私達の機密については特に喋ってないです。と言うかそもそも私は自分が間違った事をしたとは思ってません」
「君は優しい子だね。答えられる範囲で彼にこの世界の事を伝え、同じホモ・サピエンスに姿を変えて歩み寄ろうとするその度量……。彼と我々オルニス族とを繋ぐ1番の架け橋になれるのは間違い無く君だ。これはとても重要な事だよ」
「そう言って頂けると恐縮です……」
(ちぇっ、好奇心に任せて勝手に動いただけで気に入られちゃってさ!)
確固たる信念を以て答えるコルと、それを肯定するホルス。両者の遣り取りをチェンが面白く無さそうに眺めていると、ホルスは改めて本題に入る。
「アドリア達の話では、ホモ・サピエンスであるタケウチレキにD-Driveを施したそうじゃないか。それでクジャクらしき姿に変化した後、元に戻っても一切の肉体的負荷も無く動き回った……。そんな彼の身体の秘密を、そのDNAを調べる事でこれから解明しようとしたんだね?」
「はい……そうです!」
真っ直ぐ相手を射貫く様なホルスの視線を向けられても、コルはまるで動じも臆しもせずにそう返すと、更に補足の言葉を続けた。
「レキにD-Driveを施した時に採取された、あいつの遺伝子のデータを今、私の部屋で解析している所です。もう少ししたら結果が出るでしょう」
「そうか……」
「アウロラ様のお声を聴いて土の中から掘り起こし、テレパシーで居所を伝えられたとあいつは言ってました。それでも最初は未だあいつが英雄足り得る確実な証拠が無い為に疑ってましたが、今回のこの件でほぼ確信しました。レキには、間違い無くアウロラ様に選ばれるだけの何かが有ると………」
コルがそう言い終えた時、突然自室から解析終了を告げる音が響き渡る。
「――――来た!」
するとコルは、大急ぎでレキの遺伝子の解析結果を確認すべく自らの研究室へ急行する。他の研究員は勿論、アドリア達CWSやホルスもそれに続く。
「え―――――――何……これ?」
その解析結果を目の当たりにした時、コルは驚愕の余り言葉を失っていた。彼女だけではなく、他の研究員も同様に固まっていた。彼等の様子を見る限り、どうやらレキのDNAの塩基配列にはそれだけとんでもない物が組み込まれているらしい。
「な、なぁコル……これってレキのDNAだよね?」
「僕達、遺伝子の事余り詳しくないけど、これの何処がどう凄いの?」
遺伝子への知識に明るくないレグランやラクク、それにフェサやチェンやカサリア達が首を傾げると、コルはいきり立ってこう叫ぶ。
「詳しい事は後であんた達にも分かる様に説明してあげる!!それより今は急を要するわ!!」
そうしてコルは、直ぐ様他の研究員達に命令を下した。
「ニッキ!ウラル!カガレ!ハク!急いで例の物の開発を進めなさい!!次元門のメンテが終わるまでなんて待ってられない!事態は一刻を争うわ!!」
「「「「りょっ、了解!!」」」」
大慌てで研究室へと向かうニッキ達を見て、ホルスは言う。
「どうやら、彼の遺伝子にはとんでもない物がプログラムされている様だね…」
「とんでもないなんてモンじゃありません!!認めたくないですけど……悔しいですけど………あいつは本当に英雄の素質を持ってます!!早くあいつと竜聖剣を見つけてこっちの世界へ回収しないと!!!」
わなわなと震える拳を握り締め、鬼気迫る調子でホルスにそう告げると、コルは残りの研究員達にも命令を下し、レキと竜聖剣の捜索と回収に向けた準備に取り掛かる。
その後、開発の合間にコルがレキの遺伝子の秘密を仲間達とホルスに伝えた事で、他の面子も事の重大さを漸く理解。ホルスも方針を大きく転換し、コルと魔導研究所に急遽多大な援助を行うと決めた。
斯くしてホルスのバックアップの下、魔導研究所での新技術及び新装備の研究、開発に更なる人員と予算が注ぎ込まれ、CWSの全メンバーにも召集が掛かる等、ネオプテリクス処かネオパンゲア全土でレキを巡る大きな動きが生じて行くのだった―――――。
さて、惑星アウロラでそんな動きが有るとは露知らず、元の世界に戻って来たレキは数日後、遂に新幹線で東京へと上京。大学へ通う為の住居であるアパートで、独り暮らしをスタートさせていた。
暦の上ではもう4月の初頭となっており、満開を過ぎた桜がその花弁を散らし始める時期である。
「遂に始まるんだな。俺の未来が此処から――――!!」
初々しいスーツに身を包み、大学での入学式を終えたレキ。新生活の幕開けと自身の夢の始まりに心を躍らせながら、東京に於ける拠点のアパートに帰宅すると、取り敢えずベッドの上に腰を下ろす。
そうしてベッドに備え付けられていた本棚から恐竜図鑑を取り出すと、何とは無しにそのページを捲っては、嘗てこの地球に君臨していた陸の王者達に想いを馳せていた。
「もうこの地球上にこいつ等はいない。けど――――」
窓を開けて近くの木々に目を遣ると、レキの視界には空を飛び交い、電線に停まる鳥達の姿が飛び込んで来る。彼等はご丁寧に美しい囀りまで聴かせてくれた。
「恐竜は滅んじゃいない。鳥になって生きてるんだ……俺はこれから鳥と言う、現代の恐竜を研究する学者になるんだ!」
6500万年前に滅んだ、ティラノサウルス達と同じ獣脚類に連なる現代の恐竜達―――――そんな鳥は陸のみならず、今や空や海にその版図を広げ、地球全土に自分達の命の根を降ろしている。
鳥の種類は知られているだけでも1万425種類とされ、これは既知の脊椎動物の中では
陸海空を制覇し、大地に生きる全脊椎動物の中で最も多くの種を生み出した鳥類型恐竜達は、我々人類の傍らで強く生きている。ならばそんな彼等を知る事で、嘗て地上で栄えた非鳥類型恐竜への理解を深めると共に、現代の獣脚類達と共に生きる未来を模索して行こう。
それこそがレキの夢なのだ。
「然っかし、あの世界での出来事は今にして思うと信じられねぇよなぁ~。夢だったんじゃねぇかって疑っちまうよ………」
上京する数日前、自分が発掘した化石を盗んだ犯人達を追って行ったら彼等は何と鳥人間で、然も哺乳類が絶滅して鳥や恐竜や爬虫類が支配する別世界。然もファンタジーの幻獣や魔法のおまけ付き。
当然ながら盗んだ化石は返して貰えず、寧ろ自分達の神様なんぞと訳の分からない妄言を垂れられる始末。然も事情を話しても教えて貰えない処か、無理矢理こちらの世界に帰されると言うオチ。その癖、最後に自分が“英雄かも知れない”なんて言われてもう意味不明過ぎる。英雄だと言うならもっと丁重に扱えと言う物だ。
今にして思えばとんだ胸糞体験だったが、生きた恐竜を間近で見れた上にその料理に有り付けただけでも良しとしよう。帰ったその日の夕方、久し振りに父親も戻って来て慰められると共に励まされもした訳だし……。
「つーかあのカラス…確かコルっつったな。一ヶ月後にまた来るからレックスカリバーなんての捜しとけっつってたが…」
次元門を潜ってこちらの世界に帰る直前、レキはカラス型の鳥人の少女・コルから『竜聖剣レックスカリバー』なる物を自分達より先に見つける様頼まれていた。それと同時に帰る間際、2年前に化石を掘り起こした時に聞こえたのと同じ声が、その剣を求めているのも聞いた。
「剣ねぇ……そう言やあの化石を掘り出した時、一緒に出て来た
レキが化石を掘り起こした場面について述べた時の事を覚えておいでだろうか?あの時はレキが掘り出した化石が、如何に彼にとって重要な物かを伝える為に敢えて端折ったが、同時にレキはもう1つの歴史的遺産を発見していた。
そう――――“柄に恐竜の頭部らしき飾りが付いた奇妙な銅剣”こそがそれである。化石と一緒にレキが掘り出したその銅剣は形状もかなり独特の物で、刀身にも奇妙な紋様が刻まれており、サイズも片手剣と遜色が無かった。
只、この銅剣らしき物には奇妙な点が幾つか有る。先ず剣の形状自体が我々の良く知るそれと大きく異なり、
話は脱線するが、レキが発掘した化石もこの2年間、研究者達が熱心に調べたにも拘らず
何れにせよ、発掘した当初は化石共々レキは然るべき研究機関に寄贈しようと考えていたのだが、どの資料館の大人達もまるで相手にしてくれなかった。誰も彼も「工場で塗装されなかった子供の玩具」とか、「何かの劇の小道具」と一蹴してまるで信じようとせず、引き取りもしなかった。そもそもその剣が土中から出て来たのを知る者自体、掘り起こしたレキ本人だけだったし、歴史的遺産の割には時の浸食で劣化した形跡が全く無い新品其の物の見た目だった為、結局寄贈が出来たのは化石だけで剣は手元に残る羽目となってしまったのであった。
さて、此処から話を戻し、改めて現在その剣をレキがどうしたかお話ししよう。
結局どの研究機関からも寄贈を拒まれた剣を、レキは仕方無く家の自室に飾ってインテリア代わりにしたのである。無論、実家の母や弟や時々帰って来る父もその剣は見たが、只の部屋の飾り程度にしか思わなかった。弟からは中二病を疑われる始末で、何とも恥ずかしい想いもした。
だが、この剣を見ていると……そして手に取ると、何故か不思議と勇気と元気が湧いて来る。何かに取り組む時には本気の闘志が漲って来る。名も無きオーパーツの剣だったが、何時しかレキにとってそれは心の支えと言うべき一種のお守りとなっていたのは言うまでも無い。更に言うとその剣には2点面白い所が有り、先ず太陽の光に当てると黒い宝玉の部分がその間だけ
こんな素敵なお守りをセンター試験や大学での2次試験の時に持って行けなかったのは残念だったが、その代わり手にしっかり握り締めて強く合格を祈願したのは今年最初の良い思い出だ。何れの試験も非常に手応えが有り、結果見事に合格を勝ち取って現在に至る。
そして今――――――
「確か、引っ越しの時の荷物で未だ片付いてないのが………有った!」
段ボールの中を漁っていると、果たして出て来たのはまさしく“柄に恐竜の頭部らしき飾りが付いた灰白色の剣”!自分の夢の実現を見守るお守り足れと思い、レキがアウロラに行く前日に段ボールの中に他の荷物と共に入れ、この新居に送っていたのだった。
改めて手に取って見ると、その剣は実に物々しい意匠となっていた。
こんな形の剣が古代の日本で作られていたとはとても思えない。況してや恐竜の化石が発見される様な古い地層にずっと埋まっていたなんて、常識的に考えてもいよいよ有り得ないだろう。あの鳥達が御神体扱いしていたあの化石の傍に有ったと言う事は、やはりこの剣も彼等の捜し物なのか?だとしたら何故、
改めて分からない事だらけだが、そんな事は今のレキにはどうだって良かった。
「仮にこれがあいつ等の捜しモンだとして、一ヶ月後に渡したらもうそれで縁切りになるんだろうな………」
これから自分はこの新天地である東京で鳥類学者への道を歩むのだ。あんな訳の分からない異世界の連中と関わっている暇など自分には無い。
聞けばあの鳥達は自分が発掘した化石の他に、竜聖剣レックスカリバーなる剣を見つけて自分達の世界に持ち帰ろうとしていた。“神に選ばれし英雄”云々の話など知らないし知った事では無いが、この剣がレックスカリバーならばアドリア達に渡せばそれで万事解決。その時点でもう関係も縁も切れる。“英雄”なんて訳の分からない存在なんて、その後ゆっくり探して欲しい。自分は夢の道へと続く大学生活を謳歌するだけだ。
そんな風に想いを巡らすレキだったが、同時に一抹の不安すら覚えていた。己が発掘した化石を奪われただけでも、喪失感と言う名の精神的ダメージをレキは少なからず受けた。ショックであの時は何もする気力が起きなくなったが、もしこのお守りの剣まで取られたらどうなるだろう?受験やそれ以前の高校イベントでも、何かに臨む前にレキはこの剣から勇気と元気を与えられ、本気でぶつかる事が出来た。理由は分からないが、この剣は何か神懸かり的なパワーの有る開運グッズなのだ。
「こんな大事なお守りの剣、もしアドリア達に渡したら化石盗まれた時以上にショックで、勉強も身が入らなくなっちまうのかな?う~~ん、けどそれって、俺が今までこの剣に頼って来たって事になっちまうよな……。鳥類学者への道はそんな他力本願じゃなくて、自分の力で切り開かなければ意味無ぇってのに………あぁ~~~~もうどうすりゃ良いんだよ!?」
取り留めも無い考えに悩まされるレキだったが、幾等悩んでも答えは出ない。気晴らしに外の風に当たろうと、窓の方へと近付く。既に桜は散り始めており、太陽も西に沈み掛けて美しい夕陽を描いている。
夕陽の光を浴び、剣に埋め込まれた宝玉はオレンジ色に変色していた。
「福井でもそうだったが、東京から見る夕陽ってのも美しいモンだな。場所が変わっても、自然の美しさってのは変わらねぇ……きっと恐竜の時代の夕焼けも、こんなだったんだろうな――――――」
彫刻家で詩人の高村光太郎は、自著である『智恵子抄』にて「東京に空は無い」と述べていたが、あれは嘘だとレキは思っていた。都会からもこんなに美しい夕陽が見れるのだから……。
そして散る桜も東京、福井を問わず儚くて美しい。毎年見ているが、何時も心を洗われる。自分が生まれる遥か以前から、変わらずに繰り返されて来た自然の美しさとその営みを見て、自分の悩みが如何にちっぽけかをレキは実感した。
「まっ、一ヶ月経ってから考えても遅くねぇよな。取り敢えず飯の準備でもすっか!」
未だ答えは出ていないが、一先ず夕飯の為にレキは買い出しに出掛ける。そんな彼の様子を、部屋に残された剣だけがジッと見守っているのだった――――。
次回、鳥人達が再び人間界に出現!同時にレキの運命も大きく変わって行く事となる―――――。
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Act11:鳥人再び
「この様に、ディッキンソニアやヴィッタツシヴァ―ミスには鋭い牙も獲物を捕らえる触手も、素早く移動したり獲物を追う脚も鰭も無かった。こうした生物が生きていたカンブリア以前の時代は平和だった訳だ。だがカンブリア期初頭、生物は進化の過程で“眼”を獲得した。それは彼等の軍拡競争を促し、海には様々な種類の生物が――――――――」
入学式から一週間、レキは大学の講義に参加し、教授の言葉を一言一句漏らさぬ様に真剣にノートを取っていた。彼の通う『東京博物大学』は地質学や海洋学、古今東西の生物学や自然科学と言った
教科書に書いてある事を詰め込むだけで無く、実際に考え、時に自ら自然界に出てその営みに触れる事によって調査し、研究する。鳥類を始めとした未来の生物の研究者を輩出する場として、レキの通う大学は実に理想的な環境だった。高校3年の大学受験以上に、此処での4年間は真に己がなりたい自分の為に一生の中で最も勉学に励むべき超大事な時間。他の大学生が勉強もそこそこに遊び呆ける馬鹿と化す中、彼はそんな危機感と使命感を胸に日々を過ごしていた。
だが、惑星アウロラに迷い込んだのを機に回り始めた運命の歯車は、既に自身の人生を大きく変える程の影響をこれから及ぼして行く事を、当のレキは未だ知らなかった――――。
「今日の進化学どうだったよ!?」
「あぁ、為になったよ。鳥には関係無いけど、何処でそう言うのが繋がって来るか分かんないからさ」
「竹内は真面目だねぇ~…」
昼休み、カフェテラスでレキは友人と昼食を摂っていた。友人の名は
「つーかお前、あの有名な竹内快教授の息子だってのに、何で恐竜じゃなくて鳥の研究がしたいんだ?そりゃ最近の研究じゃ鳥は恐竜其の物だって言われてるけど、随分回り諄くね?」
「そう言や、小林には未だ話してなかったな…」
小さい頃、レキが親から貰ったプレゼントは恐竜図鑑だった。父親から買い与えられたその図鑑を、レキは何時も読み返しては恐竜の生きた、遠い三畳紀から白亜紀に掛けての時代に想いを馳せていた。自分が生まれるより遥かずっと昔、それこそ自分の祖父の祖父の更に祖父…いや、人類がこの世に生まれるより圧倒的に遠い過去の時代にこの地球上を闊歩していた恐竜達。
3本の立派な角を持ったトリケラトプスや、長い首と尻尾を持ったアパトサウルス。そして強靭な2本の脚で大地を駆け、巨大な顎で全てを喰らった王者・ティラノサウルス。勿論それ以外にも空を飛ぶプテラノドンや、海を支配していたプレシオサウルスもモササウルスと言った爬虫類達も、レキの心を大きく掴んだ。こんな巨大でパワフルな生き物達がいたと知った時、レキの心は大きく震えた物だ。有り体に言えば感動である。
無論、図鑑を見るだけではなく、休日に父に博物館へ連れてって貰い、恐竜達の化石を見た事も何度も有った。屍となって気の遠くなる様な時間が経っても尚、その圧倒的な存在感を放つ恐竜達。図鑑で見るのとはまた違うインパクトを以て、レキの心は大きくときめいた。だが、それでももう恐竜がこの世に居ないのだと言う残念な気持ちは心の何処かに残っていたのである。
そんな気持ちを抱えたまま、やがて時が流れて8歳になった時、研究が進んで鳥が現代の恐竜であると言う考えた研究者の間で定説となった中、父はレキにとってはまさしく福音となる言葉を告げたのだ。
『レキ、知ってるかい?恐竜は本当は絶滅してないんだ。鳥になって生きてるんだよ。そう、鳥は恐竜其の物!カラスも恐竜なら、スズメも恐竜なんだよ。皆が食べてる目玉焼きは恐竜の卵の目玉焼きだし、手羽先やチキンナゲットだって恐竜の肉!養鶏場なんてジュラシックパークだ!凄いだろう?父さんもお前も、恐竜に囲まれて生きてるんだ!』
もう遠い昔に絶滅してるから、生きた彼等に会う事は出来ない。そう思っていたレキにとって、父の言葉は希望となった。鳥が現代に生きる恐竜だと言うのなら、自分はその鳥について知りたい!自分は将来、現代の恐竜を研究する学者になるんだ!その想いから、レキは鳥類学者の道を志し、鳥の事やそれに繋がる恐竜の事。更に其処から地球の歴史と知的好奇心の幅を広げ、色んな事を本やネットのWiki等で調べては貪欲に知識を吸収して現在に至ったのである。
「へぇ~そんな事がねぇ…つーか話聞いてる限り、恐竜と友達になりたくって色々学んでる様なモンだな」
「まっ、否定はしねぇよ」
「けどこの前のニュースは驚いたよなぁ!まさか恐竜王国・福井で
「あ、あぁ…そう、だな……」
目を輝かせながら新たな話題を振る小林に対し、レキは表情を引き攣らせたまま、歯切れ悪く回答するしか出来なかった。
自分の化石がアドリア達に盗まれた数日後、自分の地元である勝山市周辺で鳥達が消えて代わりに羽毛の生えた恐竜と思しき怪生物が次々と見つかった事件。あれは地元の新聞を大々的に賑わせ、ニュースでも何度も取り沙汰された。自分の化石が盗まれた事に対する世間の関心を淡く霞ませるには充分なインパクトだったが、当のレキとしては非常に複雑な気持ちであった。
これで恐竜研究が大きく進む――――そう考えれば素直に喜ばしいが、自身の中ではどうも釈然としない。だが、当の小林はそんなレキの胸中など御構い無しに嬉々としてその出来事について語る。
「知ってるか!?その恐竜、ウチの大学の研究室にも何匹か研究資料として近い内に送られて来るみたいなんだぜ!?恐竜研究者の卵としちゃ是非とも見に行かねぇと…お前もそう思うだろ!?」
「お、おう…つーか話聞いてて思ったんだが、お前こそ何で恐竜の研究者になんかなりたいって思ったんだよ?」
気不味い空気を変える為、レキは何とか話題を変えようとする。気付けば心臓は早鐘を打ち、顔からも冷や汗が滲んでいた。
「そりゃあ……って、行っけね!次の講義に間に合わなくなる!んじゃな竹内!」
レキの問いに答えようとする小林だったが、時計を見てそう言うなりその場から走り去って行く。小林が去る様子を手を振って見送るレキだったが、胸中には何とも名状し難い後ろ向きな感情が渦を巻いているのを感じていた………。
「今なら原因は何と無く分かるぜ、小林。その恐竜っぽいのが発見されたのって、間違い無く
向こうの世界でD-Driveと言う、鳥から恐竜になる力を目の当たりにしたレキには、羽毛恐竜と思しき生き物が現れた原因がコル達に有ると見抜いていた。だが、そんな事を本人に言える筈も無いし、言った所で信じて貰えまい。
浮かない気持ちを少しでも紛らわすべく、レキは図書館へと足を運んだ。次の時限、特に履修する科目も無かったからだった。その分、レキは熱心に古今東西の学者達の文献を読み漁って行く。
「ほほ~、この学者の考え方っつーか人生観は面白ぇな………」
レキにとって、図書館での渉猟は鳥類を始め、それに繋がる様々な生物に関する視点や論点を知り、見識を広げる為の行為である。同時にそれは、レキにとって自身の視野を広げるだけでなく、多面的に物の考え方を磨く修養となっていた。物事を多面的に見られる様になる事は、社会で生きて行くに当たってあらゆる場面で欠かせない。まさに人生の必須スキルである。その修得の為に若い内から様々な事を学び、経験する―――――それこそが彼のモットーなのだ。
読み終えた文献を棚に仕舞うと、レキは早速次の文献を手に取ってその中に目を通そうとする。文献の著者は何と自分の父!息子としても読み甲斐の有る内容なのは間違い無さそうだ。
「親父…学者の卵として読ませて貰うぜ。恐竜学者としてのあんたの論をな………!」
そう呟きながら本の表紙を開けようとした時だった。突然鞄に仕舞っていたスマホが激しく振動し始めたのだ。レキが慌てて取り出し画面を見ると、着信は実家の母からだった。
(お袋?何か有ったのか……?)
地元に居る母からの突然の連絡に戸惑いつつ、レキは図書館を出る。そして「応答」をタップすると、受話器越しの母に声を届けた。
「もしもしお袋?何か有ったのかよ?」
レキがそう言うと、困惑した様子の母の声が彼の耳に響く。
『レキ?大変なの!
「は?俺の知り合い?」
突如母から告げられた“自分の知り合い”と言う不審な言葉に、レキは怪訝な表情を作った。地元の知り合いと言われれば、近所に住む高校の同級生や先輩に後輩、行き付けの店の主人や恐竜博物館の館長及びスタッフ達――――。色々と心当たりが有って特定出来ないが、1つだけ気になる点が有る。それは相手が大勢で来たと言う事だ。
複数人で来る程の相手とは誰だろう?一週間以上前の、化石盗難事件を受けた警察かマスコミの事情聴取か?否、化石が盗まれたあの日、自分はその双方から聞くべき話は聞き、言うべき事も全て言ったのだ。その後も化石泥棒の捜査が難航して大した進展も無い中、改めてまた自分の話を聞きに来るとは思えないし、仮にそうだとしても惑星アウロラから来たオルニス族に盗まれたなんて真実を話した所で、到底信じては貰えまい。既に卒業した高校の同級生と言う線も流石に無いし、皆目見当が付かない。
レキが超速で思考を巡らせていると、母が更なる言葉をレキに伝える。
『そうなのよ~!
『御免なさい、少し替わってくれませんか?』
(ん!?この声、まさか…!?)
電話越しに母の声とは別に、自分に会いたがっていると思しき人物の声が飛び込んで来る。忘れもしないその声に、レキは一瞬ながら戦慄を覚えた。
『レキ!あんた今何処に居んのよ!?折角私達が一ヶ月の予定、前倒ししてあんたの事捜しに来たのに!!』
(やっぱりあいつだ……コルだ!!)
母と交代した電話の声の主は、自分の発掘した化石を盗んだ窃盗団の1人で、カラス型の鳥人の少女であるコル本人だった。向こうの世界から戻る時、一ヶ月後にまた来るから、それまでに竜聖剣レックスカリバーを見つける様に自身に頼み込んでいたのは今でもハッキリ覚えている。“大勢”と言う母の言葉から、アドリア達も一緒に来ていると見て間違い無い。姿に関する言及がコルの“黒い髪の女子高生位の女の子”以外、特に無いが、アドリア達もTechnical-D-Driveで人間態になっていると言うのか?
何にせよ、未だあれから
「い、いや知らねーよ!!つーか一ヶ月したらまた来るっつってたのに全然話違ぇじゃねーか!!てめぇから約束したのにてめぇで破ってふざけんなよ!!」
『…そうね。帰る時、あんたには一ヶ月後に来るって約束したものね。それをこっちから破ったんだからそう思うのも当然よね……』
一ヶ月後にまた来ると言う約束を反故にした事をレキに詰られると、意外にも相手は申し訳無さそうにそう答える。
「何だよ?やけに素直だな…?」
『でも!そうしてまでやらなきゃならない大事な使命が私達には有るの。それだけは分かって頂戴』
「もう良いよそれは……んで?用件はレックス何とかを出せって話か?」
『ッ!!もう見つかったの!?』
早速レキの方から本題に入った事を受け、電話越しに人間態になったコルは目を見開いてそう尋ねる。竹内家の玄関では、同じくTechnical-D-Driveで人間態になったアドリア達CWSのメンバーが固唾を飲んで成り行きを見守っていた。
深呼吸しつつ、レキは努めて冷静に言う。
「お前等の捜し物かどうかは知らんが、2年前に掘り起こした化石の近くから変な剣みたいなのが出て来てな。博物館じゃ引き取って貰えねぇから持ち帰ったよ。今じゃ俺のお守り代わりだ」
『本当に!?良かった……!!』
未だ実物を見た訳では無いが、竜聖剣レックスカリバーと思しき物が見つかったのが嬉しかったのか、コルはそう安堵の声を漏らしていた。ホッと一安心だったのはアドリア達も同様であった。
『…それで、今あんたは東京のどの辺に居るの?』
「え?まさかお前等、今からこっち来んのかよ?」
『当然でしょ!?こっちは大事な任務で来てんだから!!勿論、
「何!?俺まで!?お前等の世界に!?」
『そうよ!レックスカリバーだけじゃなくてあんただって必要なんだからね!』
「嘘…だろ………?」
何と、必要なのはレックスカリバーなる剣だけでなく自分まで含まれているらしい。それはつまり、剣だけ渡せばそれで彼等と縁切りと言う訳では無いと言う事であり、突き詰めれば
余り信じたくは無いが、仮にもし自分が英雄だったとしたら、オルニス族達は一体自分に何をやらせると言うのだろう?レックスカリバーを手に戦えと言うのだろうか?然し何とだ?
そう考えると胸騒ぎが止まらなくなるが、かと言って自分がコル達から逃れられるとはとても思えない。一ヶ月間の時間をどうやって短縮してこの世界に来たかは知らないが、それを可能にした上で自分の実家まで調べ上げる様な連中だ。この東京での所在だって、その気になれば彼等は直ぐに特定するだろう。それ以前に彼等は例の化石を捜す目的で、だいぶ前からこの世界を調査していた。1年前かそれ以上昔からかは定かでは無いが、当然ながら言語や文化や地理等、この世界の基本情報は既に一通り頭に入っている可能性は極めて高い。自分の事など、それこそ地の果てまで追って来るのではないか?
色々と考えれば考える程、空恐ろしい気持ちでレキは一杯になる。然し、何も言わなければもっと大変な事になるのは想像に難くない。場合によっては、コル達が自分の家族にまで危害を及ぼす可能性も充分有り得る。異世界に迷い込んだ自分を其処の王様と面会させてくれた上、無事に送り帰してくれた辺り、コル達は人間以上に良識の有る者達に違いない。だが、それと同時に泣く子も黙るネオパンゲアの特殊部隊でもあるのだ。必要と在らば、非情な措置も辞すまい。
『残念だけど本当よ。私だって信じたくなかったわ……』
「そうかい……」
『言っとくけど、嘘吐いたって無駄だからね?あんたが何処に居たって、私達は必ずあんたを見つけるわ。逃げられるなんて思わないで頂戴』
分かってはいたが、自分は逃げられない運命に在るらしい。鳥類学者としての未来処か、己の人生が危うくなりそうな予感すらする。然し、それでも自分の家族の身の安全だけは守らねねば!
そう観念したレキは、溜め息とも深呼吸とも付かぬ大きな一呼吸を吐いた後、こう切り出した。
「分かった…分かったよ。教えりゃ良いんだろ教えりゃ!良いか?1度しか言わねぇから良く聞けよ?」
半ば自棄になりながらレキは今、自分が東京に在る東京博物大学なる大学に通っている事を告げ、其処へ通う為の現住所を懇切丁寧に告げた。コルもコルで、電話越しの声に強く耳を傾けると、彼の言葉を一言一句漏らず記憶に刻み付ける。
「……こんだけ言えばお前等ならもう来れるだろ?」
『分かった。有り難う……ん?ちょっと待って!』
礼を言った直後、コルのスマホからと思しき着信音が電話越しに聞こえた。ホルスからの連絡だろうか?
数秒置いてからコルがレキに告げる。
『御免、急な任務が入って直ぐには行けないわ。けど数日したら来るから覚悟しといてね?』
そう言い終わると同時に、電話を切られた。
(何だよ…直ぐに来る訳じゃねーのかよ。ッたく……)
スマホを仕舞いつつ、レキは思った。任務とは一体何の事なのだろう?まぁ、向こうも国の特殊部隊である訳だから、ホルスの指令を受けて何かしらの重要な仕事をこなしているのは間違い無い。
直後にまたスマホが鳴ったので電話に出ると、相手は母親から。先程現れた“知り合い”との関係性を尋ねられた為に答えに窮したが、仲の良かった地元の高校の同級生と後輩と言う事で何とか誤魔化した。子供の学校での対人関係など、親は基本的にノータッチ。其処に誤魔化しの余地が有ったのが幸いである。
それから図書館で次の講義までの時間を潰した後、レキはその日の最後の履修科目を小林と共に受講。講義が終わると、2人で他愛も無い会話を交わしながら家路に就く。最寄りの駅で彼と別れたレキは、そのまま電車で自宅アパートへと帰還するのだった。無論、その胸中にはあの鳥と恐竜の異世界へこれから行く事と、その使者が何時来るのかと言う不安が渦を巻いていたのは言うまでも無い。
次回、遂にレキの前にCWSの全メンバーがその現す!?
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Act12:迎えに来た使者達
コルからの連絡を受けてから早3日、レキは何時来るとも知れない惑星アウロラからの使者の来訪を心配しつつも、何時も通りの大学生活を謳歌していた。
或る日の昼休み、何気無く図書館に足を運んでは面白い本は無いかと物色していると、偶然近くを歩いていた誰かと衝突した。
「キャッ!」
「あっ、すいませ……って、矢島さん!?」
「た、竹内君!?」
相手は小林同様、同じ学科の女子大生である
「珍しいね。矢島さんが
「あら?私だって本位読むわよ。今は新生代にハマってるわ♪」
「そ、そうなんだ……」
6500万年前の恐竜絶滅後、この地球に鳥と共に台頭した哺乳類達の時代を新生代と言う。哺乳類の繁栄こそ、その延長線上に位置する人類の歴史への大いなる一里塚となったのは言うまでも無い。
レキも恐竜程では無いにしろ、ディアトリマ等の鳥の進化と多様性と言う意味では興味のそそられる時代だったので最近勉強中である。
「竹内君って、鳥が好きなんだよね。恐竜の時代からもう居たみたいだけど、始祖鳥がそうなのかな?」
「違う違う。始祖鳥は確かに鳥っぽいけど鳥の先祖じゃないよ。まぁ、それでも恐竜が鳥へ進化する過程で生まれたプロトタイプって意味じゃ研究価値はデカいかな?」
大学の外のテラスで、何気無しに同級生の女子と言葉を交わすレキ。小林以外にも、こうやって鳥や古生物の事を語り合える仲間がいるのはレキにとって幸せな事であった。
然し、彼は気付かなかった。そんな自身の様子を、離れた場所から伺っている者達の存在を―――――。
「レキ――――こんな所にいたのね」
「あいつ、こっちの世界じゃ学生やってたのか」
「どうする、アドリア?」
「このまま拉致するのは簡単だが、それでは警察や周囲のホモ・サピエンスが動き回って余計な詮索を招く事になりかねん。あいつの住居は割れている。最寄りの駅で待ち受け、帰宅して来た所を狙って確保だ」
「うん、それが1番だね。良し、早速待ち伏せよう!マルク達にも伝えなきゃね!」
5名の何者かがそんな話し合いをしている事など知る由も無いレキはその日の講義を終えると、何時も通り帰宅の途に就く。行き付けの駅から電車に乗り、駅を6つ程過ぎた辺りで降りると、見慣れた商店街が広がっていた。
「何だよコルの奴、少ししたら来るっつってたのに全然何の音沙汰も無ぇじゃん……」
そうボヤきながら、商店街から離れた住宅街に在る自宅アパートまで帰ろうとした時だった。
「
果たして――――それは姿を現した。レキの眼前に立っていたのは、黒いセミロングの髪に紫の瞳をした知的感漂う端正な顔立ちをし、紫色のノースリーブのブラウスとミニスカート、茶色いショートブーツに身を包んだ女子高生位の少女だった。レキにとって決して忘れも見間違えもしないその声と姿の持ち主は、向こうの世界で人間の姿に変身して見せたカラス型の鳥人の少女――――――――コル本人であった。
「コル?お前―――――」
「私だけじゃないわ」
コルがそう言うと、彼女の周りには更に4人組の人間の男女が姿を現した。何れも初めて見る顔だが、Technical-D-Driveで人間態に変化したオルニス族であり、コルの仲間である事は直ぐに分かった。
青い軍服の様なコートに身を包み、凛々しい顔立ちに抜群のスタイルをした長身で金髪の女性。
童顔で少年のあどけなさが残る赤い髪の活発そうな少年と、青い髪にローブを纏った大人しい印象の少年。
そして緑色の髪に赤い瞳が特徴の、和服っぽい姿の青年。
これ等の人物がそれぞれ誰であるか、何と無くではある物の、第一印象からレキは分かってしまった。
「なぁ、お前以外のこの4人って、もしかしてアドリア達か?」
「あぁ、その通りだ」
レキがコルに尋ねると、真っ先に答えたのは金髪の女性=アドリアであった。凛とした雰囲気と声は人間態になっても変わらないが、印象としては軍人と言うよりは女騎士の方がしっくり来る感じにレキは思えた。「くっ、殺せ」と言うセリフとシチュエーションが似合いそうである。と言っても本人は頼まれたって絶対に言わないだろうが……。
「オイラ達も初めてホモ・サピエンスにD-Driveしてみたけど、どうかな?似合う?」
「しょ、正直僕は恥ずかしいけど、何処も変じゃないよね?」
「安心しろ。パッと見、何処も変なとこは無ぇよレグラン、ラクク!寧ろ人間としちゃその姿は好感すら持てるぜ」
「本当かい!そりゃ良かった!」
ニワトリとドードー鳥の姿の時から感情が豊かだった物の、表情の変化が少なくて取っ付きにくくかったレグランとラククだが、人間態になって感情表現が豊かになった分、自分と年恰好が近い事も有って両者に対するレキの親近感は鰻登りだ。違和感無く人間社会に溶け込めていると分かって嬉しそうにする2人の様子を、レキは微笑ましく見つめていた。
「フェサも結構似合ってるぜその人間の姿。寧ろそっちの方がイケメンじゃねーか?」
「それはホモ・サピエンスの感覚で言えばの話だろ?まぁ、外見=第一印象って等式が成り立つなら、こっちの世界でも何とか通用しそうで何よりだよ。そう言われて確信した!」
一週間と数日間振りに出会った5羽と1人はそう言葉を交わし、互いに久闊を叙す。たった1度の出会いでも、過ごした時間が1日限りでも、その間にレキとコル達との間には深い絆が育まれていた。その要因の1つとして大きいのは、レキがコル達の世界の事について
確かに、全く知らない世界に投げ出された中、自分と意思疎通の出来る相手が居るのは当人にとっては最大の救いであり、窮地を脱するまで盲目的に媚びようとするのは弱者の性だ。レキにもその側面は有る。だが、何も考えずに相手が黒を白と言ったら白と答える様な、思考放棄の自立していない輩に、他人が魅力を感じる道理など有ろう筈が無い。少なくとも、レキから1番質問を投げ掛けられて受け答えしたコルはそんな彼の魅力を誰よりも分かっていた。自分達から見たら例え非力でも、レキは己のスタンスや考えをしっかり持って、自立して生きる強さを秘めた人間であるとコルは理解したからである。
無論、質問されて嫌な顔をする相手も中にはいるだろうが、そんな相手に好かれる必要など無い。質問されただけで己の全てを否定されたと思ってしまう様な輩は、己に自信の無い奴に他ならないからである。そんな相手とは付き合わなくて良い。先も言った通り、己のスタンスや考えをしっかりと持ち、それを分かってくれる者からのみ熱狂的に好かれれば良いのだ。
幸運にも、レキにとってコルはそんな相手足り得た。そしてそんなレキの様子を近くで見ていたアドリア達も、コル程では無いにしてもレキの事を『面白い奴』と認識し、深く心に刻んだ。そしてアドリア達もCWSに連なる猛者である以上、独立独歩=自立した者としての強さを持っている。共に自立し、互いの強さを無意識の内に認め合った者同士だったからこそ、たった1日だけの付き合いでも此処まで彼等は深く繋がれたのである。
総括しよう。相手の分からない事を臆さず媚びず質問する事―――――これが出来る者は魅力ある人間足り得る。何故ならその人物は
「再会の挨拶は此処まで。取り敢えずあんたの住んでる所に行きましょう。近くの公園に、他のCWSのメンバーも待機してる様に言ってるから」
「何!?他に未だ居るのか!?お前等みたいな特殊部隊所属の奴等が……」
「直ぐに会わせてあげるから楽しみに……って訳には行かないか。
(ムカつく奴ってどんなだよ…?つーかこいつ等も色々有りそうだな)
職場にムカつく相手が居てギスギスの対人関係とは………鳥人間の社会も、悪い意味で人間のそれと変わらないだろう事をレキはこの時感じていた。
そうして自宅アパートが見えて来ると、近所の公園に5人組の男女が屯している様子が視界に飛び込んで来た。あれがコルの言ってた残りのメンバーなのだろうか?
不意に公園に居た5人の視線がこちらを向いたかと思うと、彼等は一瞬でレキ達の前に姿を現した。
「うおっ!?何だ!?」
突然の出来事にレキは驚くばかりだったが、そんな彼を横目にアドリアが5人組に話し掛ける。
「例のホモ・サピエンスを連れて来たぞ」
「ほう、こいつがタケウチレキか……」
真っ先に反応したのは黒いコートに身を包んだ二十代半ば位の青年だった。サングラスを掛けてはいるが、其処から覗く目は獲物を狙う猛禽の如き鋭さだった。
(怖ぇーよ…つーかこいつ、何型のオルニス族だ?)
黒いコートの男の事をレキがそう思っていると、次に話し掛けて来たのは青と黒のスリットドレスを思わせる服に身を包んだ二十歳前後の女性だ。手を後ろ手に組み、品定めする様にまじまじとレキを見ている。スリットから覗かせる脚はセクシーながらも筋肉が良く引き締まっており、男としては劣情を誘われずにはいられない。
「本当にこのホモ・サピエンスが私達の救世主になってくれるのかしら?とてもそうは思えないけど…」
そんな女性に同調するかの様に、ジャージにスパッツと言うスポーティーな出で立ちながら、目元に隈の出来た不健康そうな小柄の少女が言う。
「全くだね。こんな弱そうな猿が僕等の英雄だってんなら、国防軍の下っ端の
「あぁ……!?」
その言葉にレキはカチンと来た。何だこの糞餓鬼?口が悪いと言うか、とんだ毒舌だ。コルの方を向くと「やれやれ」と溜め息を吐いている。彼女の言っていた“ムカつく奴”が誰か分かり、面白くはないがレキも一先ず納得した。
(そもそも俺はお前等の言う英雄だの救世主だの、んな肩書自体別に何の興味も無ぇんだよ!なのに勝手に祭り上られてこっちが迷惑だ!!つーかその英雄様の姿見て疑った挙句、ディスるなんざどーゆー了見だよ!?まーお前等としても未だ信じられねぇって気持ちが有んだろうが、だからって心外も良いとこだぜ!ふざけやがって……!!)
スリットドレスの女性と小柄な少女の態度に不快感を募らせていると、口を開いたのはシルクハットにタキシードを着たマジシャン風の青年だった。
「疑う気持ちは分かるが二鳥共!先ずは彼の自宅に有るであろう竜聖剣を確認しようじゃないか!このホモ・サピエンスが真に我等の英雄足り得るかッ!?それはその後確認してからでも遅くはないだろう!?」
芝居がかった調子でその場を仕切る青年の言葉を前に、その場に居る者達は沈黙せざるを得なかった。公園の近くを歩く通行人が奇異の目を向けながら過ぎ去って行くのに気付き、レキは1人気恥ずかしくなっていた。
「えぇ、まぁ、そうね…」
「てか此処に居る奴誰も客じゃないのに相変わらず痛いね」
何は兎も角、この場に居る全員がレキの自宅アパートに行く事で満場一致。
すると最後まで黙っていた1人である、ノースリーブの白拍子に黒くて短い袴の少女が不意にテンションを上げて叫んだ。
「良~~~ッし!そうと分かれば早速行っくよぉぉ~~~~~~ッ!!!」
「そっちじゃないでしょ馬鹿!」
咄嗟に明後日の方向に走って行こうとする少女だったが、スリットドレスの女性が咄嗟に追って首根っこを掴んで制止する。どうやらとんだ粗忽者らしいが、この2人はニコイチなのだろうかとレキは思った。
やれやれとアドリア達が溜め息を吐くと、新参者の毒舌娘と黒服男とマジシャンの3名も同様のリアクションを取る。
「何つーか、取り敢えずお前の仲間が一緒にいて飽きねぇ連中だって事だけは良っく分かったよ……」
「は?それ皮肉で言ってんの?」
「別に?言葉通りの意味だがな?」
コルとそう言葉を交わすと、レキは人間に擬態した10羽の鳥達と共に自宅アパート2階の部屋に向かうのだった。
「此処がレキが今暮らしてるとこか……」
「フクイに有るお前の家にはこの前行ったが、あそこと比べると狭いな」
「まっ、下等な猿の檻にしちゃ充分でしょ?」
フェサ、アドリア、チェンが口々にレキの住む部屋の感想を言うと、住人であるレキはこう返す。
「るっせぇな。文句有んなら出てけよ!つーか本題に入る前にてめぇ等全員、正体見せやがれ。特に公園で待ち伏せしてた5人組!」
「チッ、仕方無ぇな…。だがお前とはこれから長い付き合いになるかも知れんからな!」
レキからそう仕切られてムッとなるも、黒いコートの男達以下5名は溜め息交じりでTechnical-D-Driveを解除した。無論、アドリア達もこれに続く。
「……へぇ、それがお前等の真の姿って訳かい?」
そう言い放つレキの目に映るのは、コンドルとダチョウとヒクイドリ、そしてケツァールとピトフーイの姿の鳥人間達だった。
先ず自己紹介したのは黒いコートに身を包んだ、コンドルのオルニス族だ。
「俺の名はマルク。CWSじゃ隠密担当だ」
成る程、鳥の種類からして納得だ。然も中々に貫禄が有る―――その外見からレキはそう思った。続いて自己紹介するのは巫女服のダチョウとチャイナドレスなヒクイドリ。
「私はストラ!走るのが得意だよ!」
「同じくカサリア。格闘やらせりゃちょっとしたモンよ!」
ヒクイドリは予想外だったが、ダチョウの方はレキとしては納得だった。
(勝手に明後日の方向に走って行く辺り、走鳥類のオルニス族じゃねーかとは思ったが、やっぱアホの子はダチョウか。
最後はマジシャン姿のケツァールとスポーティー姿のピトフーイが名乗りを上げる。
「私の名はファロマ!CWS一のマジシャンさ!」
「僕の名前はチェンだよ?猿でも覚えられる名前なんだから、忘れたら青酸カリ1リットル飲んで死んでよね?」
(ケツァールは兎も角、この糞餓鬼が
初対面でいきなり毒を吐くムカつき加減からそんな予感はしてたが、相手が毒を持った鳥のオルニス族なら他の追随を許さぬ程の圧倒的納得感だ。新参者5名の中で文句無しに強い印象をチェンはレキに残していた。
チェンの言葉にカチンと来る気持ちを抑えながら、努めて平静を装いながらレキは残るCWSのメンバーを見渡して言う。
「マルク、ストラ、カサリア、ファロマ……そして
「何?君、僕にだけ喧嘩売ってる?」
「さぁな?つーか先に仕掛けて来たのはお前って風に俺には見えるが?」
チェンとの間に険悪な空気が流れ始めるが、それを直ぐに断ち切ったのはコルだ。
「いがみ合ってる場合じゃないでしょ、あんた達!それでレキ、レックスカリバーは何処?」
コルの言葉を受け、その場の全員の視線がレキに殺到する。鳥故に表情の変化はほぼ見られない物の、最重要任務と有ってか、皆の眼差しが真剣其の物である事は良く分かる。相手への印象の良し悪しは有っても、本題に入ればそれは二の次のビジネスライク。決して公私混同しない辺りはプロフェッショナルだと、この時レキは思っていた。
「……何処ってお前等、見て分かんねーのか?窓際のベッドと机の傍に置いてあるだろ」
そう言うなり、レキは机の隣に配置されたベッドの傍に立て掛けていた剣を手に取って言う。柄頭の部分にティラノサウルスの頭蓋骨の意匠が見受けられ、刀身と鍔の部分に黒い宝玉が埋め込まれた奇妙な剣。白く色が抜け落ちた様なその剣は、6500万年以上前の地層から自身の発掘した化石と共に出土したにも拘わらず、時の浸食を受けて経年劣化した形跡が全く見られない。寧ろ新品其の物の様だ。
レキが手にした剣を前に、鳥人10名は言葉を失い、まるで石化した様にその場に呆然と立ち尽くすだけであった。
「お前等が“アウロラ様”とか呼んでる化石と一緒に出て来たんだが、これじゃなかったらもう俺は知らんぞ?」
するとコルが恐る恐るスマホ型
「ま…間違い無いわね。見た目だけなら、確かにレックスカリバーと瓜二つだわ……」
「だが問題はそれが本物かどうかだ。貸せ」
「あっ、おい…」
そう言ってマルクがレキから剣を取り上げたその時だった。
「うおッ……!!?」
剣を手にした次の瞬間、突如マルクの両腕は
「ハァ…ハァ……な、何だ?急に剣が重くなっただと………!?」
「剣が重くなった?何言ってんのさ?こんな猿に持てて僕等に持てない訳無いでしょ?」
「嘘だと思うならお前等も試してみろ!何故か知らんが持ち上げられねぇんだよ!!」
「本当にそうなの……?」
信じられないと言った感じの面持ちでマルク以外の9名が床に落ちたレックスカリバーと思しき剣を持ち上げようとする。だが、どう言う訳か剣は恐ろしく重く、アドリアもレグランもコルも誰も持ち上げる事が不可能であった。
「ど…どうなってるの?重過ぎて持ち上がらないよ……?」
「何故だ?レキが普通に持てた物が、何故私達に持てない……?」
「つーかこの剣、そんなに重いのかよ?」
レグランとアドリアが信じられない気持ちでそう呟くと、レキが首を傾げながら床に落ちた剣を拾い上げる。
「「「「「「「「「「!!?」」」」」」」」」」
余りにあっさりと、何の感慨もカタルシスも無く剣を拾うレキの姿に、アドリア達は驚きを隠せなかった。
1番驚いていたのが新参者のマルク達なのは言うまでも無い。
「バ、馬鹿なッ…!?俺達でも持ち上がらなかった物を……!?」
「何でこんな猿が簡単に持ち上げられるんだよ…!?」
「まさか、その剣は本物のレックスカリバーでこのホモ・サピエンスは……」
「私達の英雄……って事!?」
「もしそうならアンビリーバブル&エクセレント…!捜し物が全部同時に見つかった事になる!」
信じられない様子でマルク達がそう口々に感想を述べる中、コルは冷静にレキの持つ剣を観察していた。
(仮にあれが本物のレックスカリバーだったとして、レキに持てて私達に持てないって事は、あの剣は
「ッたくお前等、特殊部隊の精鋭10人掛かりで剣1本持てねぇとか情けねーぞ!」
「五月蠅い、糞猿!自分が持ててるからって調子に乗るな、戦闘力ゼロの一般人の癖に!」
レキが剣を振り回しながらチェン達をからかっているのを見つめるコル。すると、偶然窓の外から差し込む陽の光がレキの持つ剣に当たり、
(えっ!?陽の光に当たった途端宝石が光った…!?まさか………まさかあれは!?)
それと同時にコルは確信した。全ての点が、1本の線で繋がるのを強く実感した。レキの中に秘められた英雄の条件――――それをコルは漸く理解したのである。
(そうか……そう言う事だったのね!!やっと全部分かった!!何で初めてD-Driveやったのに全然疲れなかったのかも………!!!)
意を決したコルは、無言でレキの前に歩み出る。
「な、何だよコル?」
鳥の姿なので表情は分からないが、その様子が極めて真剣である事は何と無く分かった。戸惑いながらもレキが尋ねると、コルは答えた。
「レキ、漸く私は確信したわ。それが本物のレックスカリバーだって事を……」
コルの言葉を受け、レキは勿論だがアドリア達も目を大きく見開く。
「何だと!?」
「では、やはりその剣は本物の竜聖剣だったのか!?」
「けど、レキしか持てないってどう言う事なんだよ!?」
「やっぱりそいつはアウロラ様に選ばれた本物の英雄で、英雄にしか持てない剣って事なのかよ!?」
レキ、アドリア、レグラン、チェンが口々にそう言う中、コルは大きく深呼吸をして気持ちを落ち着かせる。
「本当は惑星アウロラに連れて行ってからにする心算だったけど、特別に今此処であんたに教えてあげる。あんたのこれからに大きく関わる真実をね!」
「お、俺のこれからに関わる真実だと……!?」
コルの言葉に、レキは動揺を隠し切れなかった。“自分自身のこれから”とは、言い換えれば己の今後の人生を大きく揺るがしかねない程の超重大な案件と言う事である。それは一歩間違えば、鳥類学者としての未来を永遠に絶たれるどころか、この世から去らねばならない事態に発展しかねないと言う事でもある訳だ。
これが同じ人間同士なら、出鱈目なスピリチュアルや占いの類と思い、信じる事無く聞き流して終わっただろうが、相手が知らない異世界から来た人ならざる存在となると、妙に説得力が有った。現に彼等は数日以内に現れると言って実際に現れた訳だし、それ以前にどうやってか知らないが一ヶ月処か一週間も時間を縮めてこの世界に来て見せたのだ。決して口だけで中身が伴わないなんて事は有り得ないだろう。
言い知れない未来への圧倒的不安と恐怖がこみ上げ、心臓が早鐘を打ち始めるのをレキは感じていた。
そんなレキの様子を他所に、コルはアドリア達の方を向いて言う。
「じゃあ皆、もうこいつに全部言うけど良いわよね?」
「―――――好きにしろ。お前が全ての責任を持つならな」
溜め息と同時にそう了承するアドリアの言葉を受け、コルは頷きつつもレキの方を向いて言う。
「レキ、この前は余所者だから教えられなかったけど、あんたがアウロラ様、
一方、斯様な遣り取りをレキが異世界から来た鳥人10名と行っていた時だった。
レキの住んでいる都内からそう遠くない場所の上空から、地上を見降ろす存在が有った。
「あらあら、漸く封印から目覚めて地上に出てみれば、また見た事無い世界が広がってるわね」
先端が三又に分かれた帽子を被った、ピエロを思わせる風貌の妖しい女性が地上を睥睨してそう呟く。その背中には蝶の羽根と思しき物が生えている。
「まっ、別にどーだって良っか。あの蜥蜴達の世界と一緒にこれから全~~~~~部壊してやるんだから――――――」
一見すると艶めかしい四肢に豊満な乳房、程良く括れた腰と丁度良いサイズの臀部と言う若い美女だが、その眼差しは全てをゴミと断じて見下しており、口元にも酷薄な笑みが浮かんでいた………。
そして次の瞬間、謎の女性は手から奇妙な黒い繭の様な物を3つ生成し、そのまま地上へと落とすのであった―――――。
次回、真実の一部をネタバレ&久し振りのバトルがあります。
次の次で新章に突入し、キャラクターファイルも其処から更新します。
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Act13:再び恐竜の世界へ
「は、始まりの竜?それで、お前等のご先祖様で本物の神様だって?あの化石が………?」
コルの口から告げられた言葉に、レキは目が点になるばかりだった。最初に会った時から彼等が自分の発掘した化石を神呼ばわりして神聖視していたのは分かるが、未だ会った事の無いサウルス族やオルニス族の先祖と言う初めて聞く事実には言葉も無かった。
「ま、まぁ確かにあの化石の竜は肉食恐竜の祖先だっつーエオドロマエウスにそっくりだったがよ、だからってお前等の祖先ってのは飛躍し過ぎ……」
「嘘じゃないわ。本当の事よ!アウロラ様がこの世界に来た際、地球は竜が滅ぶ前後の時代だったの!其処からあの化石の姿で長い間眠り続け、テレパシーを送ってたの!遠い未来、英雄の素質を持った知的生命体が自分の前に現れる様にってね!!」
「なッ!?顔近ぇよ!!」
至って真剣な眼差し説明しながら顔を近付けるコルに、レキは思わず後ずさりする。
「取り敢えず竜が滅ぶ前後って事は、恐竜が絶滅した
「ゴチャゴチャ質問して面倒臭い奴だねこいつ……」
「そうか?分からない事をそのままにして思考放棄する馬鹿よりかはマシだと思うが?」
レキとコルの遣り取りにチェンとマルクが思い思いの感想を漏らす中、コルは目に強い使命感を漲らせながらレキの最初の質問に答える。
「良いわ。教えてあげる。スーリャ様はね、今から
「ろ、6500万年前の英雄だと!?」
自分の世界で6500万年前は丁度恐竜が絶滅した時代だが、同じ時代の惑星アウロラにはそんな英雄が実在したと言うのか?だが、ならば何故そんな存在がいたと言うのだ?恐竜が絶滅する様な事が無かった代わりに、
それと同時にこの恐竜絶滅の年代である“6500万年前”と言う
するとコルは徐にスマホ型の
「証拠ならちゃんと有るわ。先ずはこれを見て」
「何だこりゃ?お前等の世界の文献か?」
すると其処には鎧を纏ったティラノサウルスの恐竜人が大きく描かれ、他の恐竜人達と共に
更にコルが画像をスライドさせ、その英雄の亡骸から自分が見つけたのとそっくりな剣が作られる様子が描かれた絵と、その剣を太陽に翳す
何れの絵にも、主要人物の傍らには
「この絵を見れば分かるけど、レックスカリバーはスーリャ様の遺骨から作られた剣だったの。そして最後のこの絵に書かれた一文にはこう書かれてるわ。『アウロラの神は我々の住まう世界と似て非なる世界より、竜の魂を持つ英雄を連れて戻って来る。英雄の資格持つ者、神と魂を共鳴し、その御心を知るだろう』ってね。私達の世界じゃ誰もが1度は聞いた事が有る位有名な話よ?」
「そ、その連れ帰るべき“竜の魂を持つ英雄”とやらが俺だってのか?大昔の神話か伝承にしちゃ出来過ぎてんな……」
6500万年前の大昔からそんな話が現代に語り継がれている事に、レキは言葉も無かった。思う事が有るとしたら、精々途方も無くスケールのデカい超々古代の神話と言う位が関の山だ。
出来過ぎなまでに良く出来た
「神話じゃないわ。歴史的事実よ。アウロラ様は6500万年前、遠い未来のあんたの世界に
「6500万年前からの未来予知って、また途方も無ぇ予想だな………。余りに信じられねぇ話だが、本物の神様って言われりゃ納得するしか無ぇのかな?さっきの“神と魂を共鳴し、その御心を知る”って下り、化石から聞こえたテレパシーとシンクロしてるしよ……」
改めて例の化石について思い返すと、レキは度々あの化石を近くで見る度に空耳ながら女性の声が聞こえるのを感じていた。自分が化石を掘り起こした時に聞いたのと同じ声を―――――。
「つーか、それ以上に俺が本当に英雄だってんなら、お前等でも持てなかったこの剣持ち上げた以外に何か確かな証拠が有んだろう?でなきゃ俺も納得出来ねぇよ!」
「証拠なら見せてあげるわ。先ずはこれから見て」
そう言うとコルは、自身の
「このDNAのデータは3日前にあんたの家に行った時、あんたのお母さんの髪から採取した物なの。他にも此処に来る前に何体か他のホモ・サピエンスのも調べたけど、一般的なDNAのデータは皆殆ど同じだった。違うのは極一部だけの雀の涙位ね」
「まぁ……人間のDNAってのは99.9%同じで、個体ごとの違いは僅か0.1%程度だからな…ってかお前、何時の間にお袋の髪拾ってやがったんだ?ついでに他の人間のまで調べてたのかよ……」
「レキ、前にも行ったと思うけど、こいつはDNA集めが趣味なんだよ」
「あー、そう言やそんな事言ってたな……」
母親のDNAを採取していた事に呆れるも、レグランから補足されてレキは納得していた。あの時は別段何とも思わなかったが、改めてそう言う趣味を持っていると知ってレキは言葉も無い。カラスが蒐集癖の有る鳥である事は有名だが、DNAを集めるのは如何な物だろう?人間の感覚で言えば光り物の方が未だマシと言いたいが、コルにはコルの価値観が有る手前、こちらからどうこう言う資格は無いので黙っているしか出来ない。
「じゃあレキ、普通のホモ・サピエンスの遺伝子がどう言うのか分かった所で、次はあんたのを見せてあげる」
するとコルは次の瞬間、本題とばかりにレキのDNAのデータを見せた。二重螺旋の立体映像を観察すると、塩基配列の中に明らかに普通の人間と違う部分が随所に見受けられた。全体的には他の人間と同じだったが、それでも立体映像を見る限りでは0.1%処か5%も目に見えて違っている。
「何だこりゃ?俺のDNA、可笑しいだろ?どうなってんだ?」
「その変わってる部分に備わった遺伝子の情報を解析したら、あんたの中に元々存在する
「と、鳥の因子!?俺の中に!?」
人間は母親の胎内で受精すると、子宮の中で古生代から中生代、新生代と言う進化の記憶を辿って人間の胎児の形になると言う。つまり、人間の遺伝子には
レキはその中で、鳥に関する進化の記憶が因子として発現していた様だった。
「た、確かに俺等人類は母親の子宮の中で進化の歴史をトレースしてこの形になるがよ、まさか俺の中に鳥の因子が有ったとは驚きだぜ!」
将来鳥類学者を目指す自分としては少しだけ嬉しくなるレキだったが、此処でレキはとても重要な事実に気付く。
「あれ?って事は何か?お前は今さっき俺の中に鳥の因子が有るっつったが、それってつまり俺の中には
鳥類のDNAを解析した結果、実は鳥類は恐竜からの進化の過程で、新たな遺伝子を獲得していない事が研究で明らかとなっている。それはつまり、
こうした遺伝子的観点からしても、やはり鳥は恐竜其の物。進化の過程で新たな遺伝子を獲得していたのなら子孫と言う形容で良かったかも知れないが、遺伝子的に新しい物が無いならやはり恐竜其の物と言った方が正しいだろう。
横道に反れたが、レキの中に鳥の因子があると言う事は畢竟、彼の中に恐竜の因子が存在していると言う事になる。
「まぁ、そうなるわね。後この前D-Driveした時に鳥の姿になったのも、あんたの遺伝子に備わっていた鳥の因子が活性化して起こった変化なのは間違い無いわ。極めれば鳥から竜になる事も夢じゃないかもね」
「マジかよ、そりゃ堪んねぇな!けど……それにしたってこの塩基配列の形は変だろ。どう見たって地球上の生物のDNAの形じゃねぇよ」
コルの回答に対し、レキは胸のときめきを感じると共に至極真っ当な見識を述べる。すると、コルは次の瞬間極めて核心的な言葉を口にした。
「当然よ。何故ならこの塩基配列は惑星アウロラに棲息する、
その言葉に、レキの表情は凍り付いた。周りのアドリア達も無言のままその様子を見守っていた。
「嘘……だろ………?俺が…お前等の世界の石でそんなバケモンに………?」
そう言葉を取り戻すレキに対し、コルは極めて真剣な眼差しで告げる。
「残念ながら事実よ」
するとレキは信じられないとばかりにこう反論した。
「ふざけんじゃねぇよ!一体俺が何時D結晶でそんなバケモンになったってんだよ!?確か哺乳類はD結晶に選ばれねぇ筈だろ!?それとも何か!?哺乳類でも遺伝子に鳥の因子が有りゃ選ばれるってのか!?だったら俺じゃなくたって別に良いし、それ以前に俺はお前等の世界に行った時だってそんなD結晶やE鉱石になんか触れちゃいねぇ!なのに俺がお前等の世界のバケモンになるなんざ可笑しいじゃねぇか!?仮に百歩譲って触れたとして、俺が何時何処でんな石に触れたってんだよ!?」
感情に任せてそう一気に捲くし立てるレキに対し、コルは無言でレキの手に握られたレックスカリバーの宝石を指差した。宝石は窓から差す陽の光を受け、朝日色の輝きを放っていた。
その宝石を目の当たりにした時、何と他のCWSの面子は口を開けて唖然となったではないか。中には神や王の様な、己の生殺与奪を握る存在の前に引き立てられたかの様に、恐怖に身震いする者まで出る始末である。
「おい、その剣の宝石はまさか……!?」
「伝説でしか聞いた事無ぇが、まさか実在したってのか……!?」
「レキはそんなとんでもない物に選ばれたホモ・サピエンスだったのかよ……!!」
「こんな猿が…!?有り得ないでしょ!?」
恐ろしい物を見る様な驚愕と畏怖の声音でアドリアやマルク、レグランやチェンはなけなしの言葉を振り絞る。レックスカリバーの宝石は、どうやら極めて稀少で伝説とされる程のD結晶或いはE鉱石らしい………。
「は……?マジかよ………まさかこの剣のこの宝石って………D結晶だったのか?じ、じゃあ俺は2年前からこの石で…………」
そう言えばこの剣を手に入れてから、ずっとレキは疲れと言う物を感じた事が無かった。本来D-Driveは慣れない使用者に物凄い負荷と疲労を齎すと聞いていたが、初めて鳥になった時に全く疲れなかったのは、レキ自身がこのD結晶で人ならざる者になった為なのか?いや、それだったら元々D結晶に適合した存在であるコル達だって疲れない筈で、自分が特別疲れなかった説明にはならない。と言う事は、このD結晶は
彼等の神であるアウロラの声を聴き、この剣やそれについた宝石に選ばれてDNA、延いては遺伝子的に人ならざる者に変貌した―――――こうした諸々の点から考えると、認めたくはないがやはり自分は彼等にとっての英雄足り得る存在と言う事になる。少なくとも、既に自分が並の人間では無くなっている事だけは否定し様の無い事実だ。
落ち着いて深呼吸すると、レキは改めてコルと向き合う。そして先程彼女が事実として告げた情報の数々をより詳しく知るべく、更なる質問を投げ掛けようとする。
「取り敢えずコル、このD結晶は何なんだ?アドリア達も凄ぇ驚いてるが、そんなにヤバいモンなのか?」
「ヤバいなんて次元じゃない。とんでもない代物よ。先ず第一に、そもそもこれはD結晶じゃないわ。極めて稀少なE鉱石なの。これの魔法適性を得た者は、
「じゃ一体こいつは何のE鉱石なんだ?俺と同じくこの石に選ばれた奴ってのは?ついでにお前、“私達の世界を救う英雄”っつってたが、それも一体どう言う事なんだよ?」
石に選ばれた相手は大体見当が付くが、それ以上にレキが疑問を抱いたのは、先程コルが口にした“世界を救う”と言う言葉だ。彼女達の世界は何か危機に瀕していると言うのか?
「……そうね。先ずこのE鉱石についてだけど―――――」
コルが説明しようとしたその時だった。突如アパートの外からけたたましいまでのサイレンの音が鳴り響く。サイレンの音と共に、人々の騒ぐ声まで聞こえて来た。
「むっ、何だ?外が騒がしいぞ?」
アドリア達が何事かと思ってレキのアパートの窓を開けた次の瞬間、彼女達は鋭い眼差しで窓の外に広がる光景を睨み付けた。
「一体どうしたんだよお前等?窓の外に一体何が―――――って何じゃありゃ……!?」
一緒にレキが窓の外を覗くと、余りに信じられない物がレキの視界に飛び込んで来た。
何と、自分のアパートから遠く離れた場所で人間より巨大な黒いアゲハチョウが3匹、市街地を飛び回りながら街を破壊しているでは無いか。羽を強く羽ばたると、3匹はそれぞれ猛毒の瘴気や極寒の冷気、流星群の如き灼熱の火球を街へと撒き散らして行く。
街は当然ながら恐怖に駆られて逃げ回る人々でパニックに陥り、既に死傷者まで出ている。まさに地獄絵図と呼んでも過言では無い惨状がレキの視界に広がっていた。アパートの近くにも、避難して来たと見られる人々が息せき切って走る姿が少なからず見受けられ、事件の生々しさを如実に物語っている。
「何だよあれ?黒くてデカい蝶みてぇだけど……」
至極真っ当な疑問を浮かべるレキの横で、他のオルニス族達は驚きつつも鋭い眼光で眼前の蝶を睨み付けていた。
「パルナシウス…!?まさかこの世界に………!?」
「嘘でしょ?私達の世界だけじゃなく、こっちにまで出て来るなんて……!!」
フェサとカサリアがそう呟くと、事情を知らないレキが尋ねる。
「お前等、あのバケモンについて知ってんのか?」
するとレグランが険しい声音で応える。
「知ってるも何も、あいつ等はパルナシウスっつって、オイラの世界に大昔からちょくちょく出て来る悪魔だよ!」
「パルナシウス!?悪魔!?」
レグランの説明を受け、レキは先程コルが見せた画像を即座に思い出す。彼女が見せた大昔の英雄スーリャの絵は、彼等が空から来る黒い蝶の大群と戦っている構図だったが、遠くで暴れている黒い蝶達はまさしく絵のそれと酷似していたのだ。
「そうよ……あんたをこっちの世界に送り帰した後、私達はあいつ等と戦ってたの。ついでに3日前に急用が出来てあんたのとこに直ぐ来れなかったのも、私達の世界であいつ等が発生してその殲滅任務に当たってたからよ!」
「成る程、そう言う事だったのか……」
3日前にこっちに来て電話した時、急に用事が出来て来れなくなったのはレキも知っていたが、まさかあの化け物がコル達の世界に現れていたからと言うのなら納得だった。
だが、それと同時に何やら名状し難い恐怖が自身の中に込み上げて来るのをレキは感じていた。
(けど、こいつ等の世界のバケモンが何で俺の世界に……?つーか英雄がどーたらこーたら言ってたがこいつ等、俺にこれからあんなのと戦えってのかよ………!?)
自分が神に選ばれ、コル達の世界を救う英雄と言うなら、必然的にレキはあんな化け物とこれから戦う事になり、レックスカリバーもその為の武器。状況証拠だが、流れ的にそうした運命がこれから自分を待ち構えている可能性は極めて高い。
すると次の瞬間、アドリアが窓に足を掛けて飛び出す姿勢に入る。気付けば他のCWSのメンバーもその後ろで順番待ちをしている。
「えっ、アドリア?お前、何を…」
「レキ、お前は此処に居ろ。奴等は私達が何とかする!」
周りのオルニス族を見ても、彼等があの化け物達とこれから戦おうとしているのは明らかだった。
「待てよ!だったら俺も…」
「てめぇは来るんじゃねぇよ!戦う力も無ぇ足手纏いが!」
「うっ……!!」
強い語気でマルクが発した言葉の前に、レキは押し黙る事しか出来なかった。残念だが、今のレキは戦う力も技術も持たない只の一般人なのだ。戦場に出しゃばった所で何も出来ない処か、彼等の足手纏いにしかならない。
「神様に選ばれた英雄って言っても、今の君はヒヨコ処か生まれる前の胚も同然なんだから大人しくしてなよ雑魚」
「くっ、五月蠅ぇよ。悪かったな……!」
チェンからも同じ事を言われ、レキは悔しさで一段と顔を歪ませる。こんなムカつく相手にまで、守られる者としての弱さを指摘されるのは甚だ不本意で屈辱で業腹だが、今のレキには何も言い返せない。言われたくないムカつく相手に指摘される程の弱さに、レキは強く歯噛みするばかりだった。
そんなレキを励ますかの様にレグランとラククが言う。
「心配しなくても、オイラ達は何度もあいつ等と戦って来たんだ。サクッと倒して直ぐ戻って来るよ!」
「君の所にあいつ等を来させないから、安心して待ってて」
ラククがそう言い終わると同時に、アドリア達は窓から一斉に飛び出し、パルナシウスの元へ向かって行く。レキは窓からそんなCWS10名の後姿を遠くから見守っていた―――――。
(糞ッ…何だよこの想いは?俺はそもそも一般人で、英雄ってのにも何の興味も無ぇけど、だからって何も出来ねぇで守って貰ってるだけ、見てるだけなんて、そんなの………!)
一方、3匹のパルナシウスは尚も街で破壊の限りを尽くしていた。駆け付けた警察は返り討ちに遭って全滅し、破壊されたパトカーの無残な姿が其処には有った。そしてその様子を、上空からピエロ姿の妖しい女性がほくそ笑みながら傍観する。
「ウフフフフッ!ワタシのメラノククリから生まれたパルナシウス達、良い感じに壊しまくってるわねぇ♪」
どうやら、この蝶達は先程この女性が落とした黒い繭から誕生した物らしい。因みにメラノ(Melano)はギリシャ語で「黒」、ククリ(kukuri)は「繭」を意味する。
この女が何者で、一体何を目的にこんな破壊活動を行っているかは定かでは無いが、明らかに人間では無い存在で、世界に対する明確な悪意からの破壊なのは確かだった。
すると其処へ風の刃や雷、火炎弾や水球、レーザー光線や冷凍波と言った攻撃が飛んで来て彼等に直撃する。
思わぬダメージに負傷し、よろめくパルナシウスの視界に入って来たのは、この世界に本来いない筈の鳥人達が飛んで来る姿だった。
「あれれ?あれあれぇ?見た事無い変な奴等が飛んで来ちゃったわねぇ…」
女性が目を丸くしてアドリア達を見遣る中、CWSはパルナシウスの掃討に乗り出す。
「行くわよ、ストラ!」
「任っかせてカサリア!クエェェ―――――――ッ!!!」
先陣を切ってカサリアとストラがジャンプキックで炎を撒き散らすパルナシウスを蹴飛ばすと、氷のパルナシウスをフェサとマルクとアドリアが、毒のパルナシウスをチェンとコルとラククが相手取る。そしてファロマは、離れた場所から魔力を込めた羽根を飛ばして援護射撃に徹していた。
「先ずはその邪魔な翅からだな……ギュオアァァァァァッ!!!」
そう言うとマルクは勢い良く飛翔し、上空からマッハを超えるスピードで腕の翼を叩き付ける。元々マルクは炎の魔法適性を持っていた為、この時既に彼の腕は炎の翼となっていたが、空気との摩擦熱によって炎は更に激しく燃え上がり、上空から落下する際のスピードの加重で威力を増強。速くて重い灼熱の力により、氷のパルナシウスの片翅を跡形も無く焼失させた。
「次はこっちの番だな!フェサ、仕上げは任せたぞ!」
「了解だ、アドリア!」
氷を撒き散らすパルナシウスが片翅を失い、然も火達磨となって墜落しかけた所へ、アドリアは翼の羽ばたきで勢い良く大竜巻を発生させて相手をその中へ閉じ込めた。そして竜巻の中でミキサーの様に揺さ振られるパルナシウス目掛け、フェサは力強く大地を蹴って勢い良く飛翔。自身の魔力でメタル化させたその鋭い嘴で身体を貫くと、氷のパルナシウスは黒い粒子となって消滅した。
続く炎のパルナシウスだが、カサリアとストラが蹴飛ばして地面へ叩き付けられて尚、態勢を整えて再び飛翔しようとしていた。
「飛ばせるかよ!コケケケケケケケケケケケケェェェ――――――――――――ッ!!!」
だが、其処へ追い討ちとばかりに走って来たレグランが怒涛のラッシュを浴びせて追い討ちを掛ける。その重い一撃一撃は、パルナシウスは身体の各部位を容赦無く破壊して行く。
「コケェェェ―――――――――ッッ!!止めだァッ!!!」
やがて思いっ切り空高くジャンプすると、レグランは心臓部の有る尾部目掛けて渾身の錐揉みキックを叩き込む。それと同時に、炎を撒き散らすパルナシウスも完全に消滅し、残りは毒のパルナシウスのみとなった。
(凄ぇ……3匹いた蝶の内、もう2匹も恐竜の姿にならねぇで倒しちまいやがった………)
この戦いの様子を遠くのアパートから眺めていたレキは、改めてCWSの実力の高さに感服するばかりであった。
だが観戦している間、レキは気付かなかった。彼の手元のレックスカリバーが淡い光を放っていた事を―――――。
「さぁ、後はこいつだけね!」
残る1体である毒を撒き散らすパルナシウスと対峙するコル達は、毒の瘴気を撒き散らす相手の羽ばたきを飛翔して空へ逃れる事で回避。飛べないラククは結界を張って身を護る。
「これでも喰らえッ!」
チェンが空から自身の羽根を投げ付けると、羽根はパルナシウスの身体に刺さって爆発。負けじとパルナシウスは口吻を鋭く伸ばして串刺しにしようとするが、素早くコルとチェンは左右へ逃げて回避。其処へ間髪入れずにファロマが雷と炎と氷の羽根を投げ付け、更に追い討ちを掛ける。
「次は私の番よ!!カアァァァァ―――――――――ッッッ!!!」
そう叫ぶなり、コルは物凄いスピードで縦横無尽に飛び回りながらパルナシウスを手に装備したレーザークローで切り刻み、渾身のキックで頭部を蹴り上げる。足には鳥のそれに合わせた形状のアーマーブーツを履いている為、手の爪と同様にパルナシウスの毒を受けない。
そしてその衝撃によってパルナシウスが上空にかち上げられるのを確認すると、ラククは勢い良くジャンプ。直前に特殊合金のアーマーで覆った自身の嘴を弾丸の様に突き出し、そのまま相手のドタマを粉砕。遂に最後の1体も消滅した。
「あ~あッ!折角のパルナシウスが全滅させられちゃった……!」
自身の生み出したパルナシウス達が全滅させられる一部始終を見届けたピエロ姿の妖女は、さも不機嫌そうに遠くからアドリア達を睥睨していた。
「てかあいつ等、確か大昔にもワタシ達の事邪魔してた蜥蜴達の仲間だったっけ…時空を超えてこんなとこにまで居るなんて思わなかったけど……ま、良っか今度潰せば!それに、向こうじゃ
嘗て自分達を退けたのと同じ連中に時空を超えて邪魔をされる……そんな因縁を感じながら、女は黒い蝶の群れとなって退散する。アドリア達が彼女の存在に気付かなかったのが、当人にとって幸いであった事は言うまでも無い。
「フゥ……これにて殲滅、完了!」
アドリアがパルナシウスの殲滅を宣言した時だった。
「皆、もう終わったのか?」
そう言ってレキがレックスカリバーを片手に駆け付けて来る。
「流石は最強の部隊ってとこだな。この前ドラゴン倒した時、アドリア達は恐竜の姿になってたが、それにならねぇで全滅させちまうなんてよ。今回もてっきり竜化すると思ったのに大したモンだ……」
自分が初めて惑星アウロラに連れて来られた時、襲って来たドラゴンをアドリア達5名は恐竜人の姿になって見事に仕留めた。だが、今回のパルナシウス達に限って言えば、彼等は誰1人として竜化する事無く3体とも倒している。改めて彼等の実力の高さを実感させられる瞬間が其処に有った。
「そりゃこんだけCWSのメンバーが揃ってれば楽勝だよ。ご先祖様の力なんて必要無いって!」
「まっ、さっさと片付けたくて竜化する時も有るけどね」
「そうかい。にしても酷ぇな、こりゃ……」
ストラとカサリアからの返答に対してそう適当に相槌を打つと、レキは改めて街の周囲を見渡した。全焼して無くなっていた家も有れば、凍ったり腐食して崩れかけている所も有る等、惨憺たる爪痕が残っていた。アドリアの起こした強風のお陰で火が消し止められ、火災の被害が拡大せずに済んだのは不幸中の幸いと言えよう。
今回の事でまた彼等の事情について分からない事が増えたレキは、改めてCWSに質問を投げ掛けんとする。
「お前等、元の世界じゃ何時もあんなのと戦ってんのか?それこそ大昔から……」
「悪いが質問は後だ。今は速やかにこの場を去らねばならない。
だが、その言葉はアドリアによって遮られてしまう。遥か遠くを見る彼女の猛禽類特有の目は、今まさにこちらに駆け付けんとしている自衛隊のヘリや戦車隊の姿を彼方に捉えていたのだ。20分もすれば此処に到着するだろう。
「この国の軍隊って、自衛隊か?まぁ、警察でも手に負えない事態ともなりゃ当然か…」
「だったらもう直ぐ惑星アウロラに行きましょう!レキもレックスカリバーも揃ったんだし丁度良いわ」
するとコルが不意に手を上げて提案する。確かに、この場に留まっていても国に捕まって色々と面倒な事になるだけだ。幸いにもレキと竜聖剣を確保出来た訳だし、今直ぐにでも元の世界へ帰還する方が妥当だろう。
至って理に適ったコルの意見に、全員が満場一致で頷いた。
「お前等の世界に行くって、どうやってだよ?聞いた話じゃ次元門はメンテ中で未だ使えねぇって話だが、
「良く分かったわね。だけど此処じゃ誰に見られるか分かんないから、取り敢えず近くの建物に入ってから見せてあげる」
レキの問いに対してそう答えると、コルは一行を先導して近くのラーメン店に入る。幸い、店員も客もパルナシウスの襲来に慌てて逃げ出した為、店内はもぬけの殻だった。
最後に入店するレキが周囲に誰もいない事を確認して戸を締めると、早速コルは店の中央に立ち、奇妙な卵型の物体を取り出す。一見するとそれは、
「惑星アウロラへはこれで行くの」
「何じゃそりゃ?メカニカルな外見しちゃいるが卵か?」
「只の卵じゃないよ」
コルが取り出した機械仕掛けの物体を見て卵と思ったレキに対し、レグランは否定の言葉を投げ掛ける。だが、何も知らないレキからすれば他に形容し様が無く、ますます頭に疑問符が浮かぶばかりだった。
「只の卵じゃないって……じゃ一体何なんだよ?」
「良いから黙って見てなよ」
そうフェサから促され、レキがコルの手に乗った卵らしき物体に目を遣ると次の瞬間、卵は鳥の姿に変形。その手を離れて激しく翼を羽ばたかせた。
「おぉっ!鳥になった!」
思わぬ展開にレキが感嘆の声を上げる中、機械仕掛けの鳥は尚も翼をハチドリの如く高速で羽ばたかせる。羽ばたく度に周囲に神々しい光の粒子の様な物が発生し、やがて周囲の時空が歪んだかと思うと、目の前にワープホールらしきものが発生したでは無いか!
「凄ぇ…漫画とかで見た異世界へのゲート其の物だ……。まさかコル、お前等わざわざこれ作って2週間の時間を一気に縮めてこっちに来たのかよ?」
レキが尋ねると、コルはコクリと頷いて答える。
「そう。これは『クロノルニス』って言う携帯型の
「クロノルニス……“時の鳥”って意味か。そのまんまのネーミングだが、確かに良く出来てんな。まさか研究所の連中と一緒に作ったのか?」
「えぇ、本当は次元門のメンテが終わる2週間後にこっちに来る心算だったけど、あんたのDNAに有る英雄の素質を知ったら、レックスカリバーと一緒に1日も早くこっちに連れて来なきゃって思って、ニッキ達と一緒に急ピッチで完成させたの。さっきも言った通り試作品で改良の余地は未だ有るけど、3日前と今日でこうやって無事行き来出来て良かったわよ。試験運用だったけど、データもバッチリ取れたし♪」
コルの言葉にレキが「へぇ~…」と感心していると、ワープホールに歩を進めながらアドリアが言う。
「話の続きは向こうに着いてからにしろ。時間が無い。行くぞ…」
彼女から促されるまま、他のCWSのメンバーが異世界への入り口を潜って行く中、レキもコルに手を繋がれたままゲートの向こうへと入って行く。
全員が潜り終えると同時にワープホールは消滅。それと同時に店の外ではパルナシウスの出現を受け、出撃した自衛隊の戦車が走る音とヘリのローター音が響き渡った。
尚、店内にはアドリア達の羽根が残されており、後に避難先より戻って来たラーメン屋の店主からも当然ながら怪しまれた。だが、直ぐに店主は可笑しなゴミだと思ってそれ以上の疑問を持たずに捨ててしまった為、結果としてオルニス族の存在は思考放棄の一般人の愚かさによって知られずに済むのだった―――――。
キャラクターファイル2
コル
年齢:16歳
誕生日:9月6日
身長:163cm
血液型:E型
種族:オルニス族(カラス型)
趣味:研究、遺伝子集め
好きな物:宝石
惑星アウロラの首府・ネオプテリクスが誇る特殊部隊・CWSの一員であるカラスの少女。メンバーの中では年少の部類だが身体能力は高く、それ以上に頭の回転が非常に速くて手先も器用。
遺伝子集めが趣味で、様々な生物のDNAを採取してはD-Drive技術の研究に役立てている。D結晶及びE鉱石の魔法適性は光で、光の弾やレーザー光線の他、自らを光の粒子に変えて光速で移動したりと、多彩勝つ強力な術の数々を行使出来る。
家は魔導研究所をやっており、普段は複数名の研究員達と共に寝食を共にしながら、惑星アウロラにおける民の生活から防衛の為の戦いまで、幅広い分野で魔科学の技術を開発している。
レキと出会ってから、最初は彼の事を興味深い相手と思っていたが、種族の垣根を超えて少しずつ彼に惹かれて行く様になる。
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