青い薔薇に棘があろうと握った手だけは離さない (ピポヒナ)
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1歩目 いつもの三人

 初めましての方ははじめまして。
 前の作品を見たことがあると言う『超』が100個ついても足りないぐらい激レアな方にはこんにちは。
 どうもヒポヒナです。
 まずは、皆さんこの作品を気になって開いてくれてありがとうございます。

『注意』
 ・この作品では、オリジナルキャラクターが数名登場します。(タグの通り、主人公がオリキャラです)
 元のバンドリのストーリーを壊したく無いと言う方、オリキャラが嫌いな方は読むことをお勧めしません。
 ・投稿した後に誤字脱字、キャラの口調を修正することが多々あります。大きく内容を変更することはないので、そこまで気にしないでください。
 ・私が書く話は1話につき1万文字を超える事もよくあるので、時間に余裕を持って一気に読む、又は、隙間時間に刻みながら読むことをお勧めします。

 注意は以上です。

それでは、本編どうぞ。




『すげぇ……』

 

 ステージを照らす眩しいスポットライト。

 数えきれない程いる観客達の熱気。

 会場中のあらゆる物が生み出す独特の緊張感。

 

 何もかもが初めてに思え、圧倒された。

 

『和也、もしかして緊張してる?』

 

『べ、別に緊張してねぇよ!』

 

『えー! カズ兄緊張してるの?!』

 

『だから、してないって言ってるだろ!!』

 

『緊張するのも分かりますが、ここは舞台袖です。それにそもそも私達ならともかくあなたが緊張する必要は無いのでは?』

 

 そう、俺―― 稲城和也(いなぎかずや)が立っているのはステージではなく、その横にある舞台袖。

 

 さっき俺を圧倒していた熱気やら、雰囲気やらはお溢れに過ぎず、それらを直接受けるあのステージの上からはいったいどんな景色が見えるのだろうか。

 凄く気になるのだが、その景色を俺は見ることはできない。

 俺にはあのステージに立つ権利がないのだから。

 

『和也さんの気持ち……分かります…。私も……少し…緊張していますから……』

 

『え…、俺ってそんなに緊張してるように見えてるの?まじで?』

 

『自分の膝を見てみなよ、ひーざ⭐︎』

 

『膝?』

 

 会場に呑まれ圧倒されていたものの緊張はしていない! ……筈なのだが、そこまで言われると流石に自分自身を疑ってしまうものだ。

 だから言われた通り、自分の膝を見てみた。すると、信じられないぐらい膝は震えているではないか!

 

『な、なんだよこれ! くそっ、止まらねぇ!』

 

『和也、本当に気付いてなかったの?!』

 

『はははー! カズ兄面白ーい!』

 

『そ、そこまで…緊張してるとは……思いませんでした…』

 

『あなた達、少し声が大き過ぎよ。他の出演者の迷惑にならないように注意しなさい』

 

『あはは〜、ごめんね〜。でも、和也の反応が面白くってさ〜』

 

『え? 俺が悪いの?』

 

 んな理不尽な、と注意してきた人に視線を向けると、睨まれたので何も言わずにサッと目を逸らす。

 あの睨みを前にしても平然といられるような強い勇気を、俺は持ち合わせていない。あー怖い怖い。と、軽く思っていたらまた睨まれた。やっぱり怖い。

 

『もうそろそろ私達の出番よ。準備して』

 

『オッケー』

『はい!!』

『はい…!』

『えぇ』

 

 たった一言で、五人の少女たちを取り巻く雰囲気がガラリと変わった。

 何故か分からないが、皆が作り出すこの雰囲気が大好きだ。

 

『おう! ……と言ってみたは良いものの、俺は別にステージに立たないから準備することも無いんだよなぁ』

 

『そうかしら? 和也にはやるべきことがあるでしょ? それに、私の目には準備万端な和也の姿が映っているのだけれど』

 

『ん?それはどういう…』

 

 その指摘が何を意味しているのか分からず、何気なく下を見てみると、なんとさっきまで震えていた膝が止まっていた。

 そして、顔を上げるとそれぞれの準備を終えた皆がこちらをジッと見ている。

 ああ、そういうことか。ほんと、相変わらず分かりにくい言い方しやがって――、

 

『よし、皆――!!』

 

 あれ、俺は今、途中からなんて言ったんだ?

 

『――』

 

『――!』

 

『――――』

 

『――…』

 

『――♪』

 

 おいおいおいおい、皆の声も何故か聞こえなくなってるじゃねぇか。

 ん…? そもそも、皆って誰のことだ…?

 

 あぁ、頭がこんがらがってきた。

 もう訳が分からない。

 

 だけどなんでだろう――、

 

『ぶちかまして来いよ』

 

 ステージに向かう五人の背中は、何よりも鮮烈に輝いて見えた。

 

 

 ――――――――

 

 

『ジリリリリリリリリリリリ!!』

 

「ファッ!!」

 

 突如鳴った暴力的な響音に頭の中を掻き乱され、稲城和也――俺は無理矢理覚醒させられた。

 

「ん…え、あれって夢?! 今時そんな漫画やアニメみたいなことあるのかよ」

 

 ゲンナリとしてそう言いながら、未だに鳴り続けている目覚まし時計のスイッチを切った。

 寝起きは良い方だ。起きた直後に二桁の掛け算程度なら暗算で解けるぐらいには頭も体もすぐに動くようになる。

 まぁ、寝起きがいいからといって、自然と目が覚めるというわけではないのだが。

 

「それにしてもほんっとこの目覚ましの音凄いな…」

 

 俺が時間通りに功労者である目覚まし時計を手に取って、その性能を褒め称える。

 何が凄いって、この目覚ましに変えてから寝坊した試しが無い。

 毎朝頭が痛くなるような音に起こされるのは正直嫌だが、遅刻が無くなるのであればそれぐらいは我慢しよう。

 だとしても――、

 

「今日の夢はもっと見ていたかったな」

 

 内容は九割九分九里忘れてしまったが、良い夢だったという感覚は何となく覚えている。

 気分がいつも以上に良いのもその夢のおかげなのだろう。

 良い夢を邪魔された。この点だけで見れば絶対起こすマン――目覚まし時計は悪い働きをしたと言えよう。

 

「いや、待てよ…機械だからマンじゃおかしいな。マシーン…ガジェット…他には……ってやばっ!」

 

 ふと気がつくと、起きてから5分経っていた。

 これはまずい。時間が許すギリギリまで寝ておきたいタイプなので、目覚ましのアラームが鳴る頃にはダラダラするような余裕は残されていない。

 急いで昨日用意していた制服に袖を通し、階段を駆け下りる。

 

「早く朝ご飯食べねぇと!」

 

「おはよう和也。もうちょっと余裕を持って起きようと思わないの?」

 

「おはよう、それが出来るんだったらしてるっていつも言ってるだろ?」

 

 走り気味に食卓に向かうと、朝食を作り終えた母さんが少し呆れた顔で出迎えてくれた。

 ほぼ毎朝こんな感じだから母さんの言ってることも頷ける。が、布団の誘惑から抜け出せないのが人類の性であるためやはり無理だ。

 

「お弁当ここに置いとくね。それじゃあ、仕事行ってきます」

 

「ん、行ってらっしゃい。早く俺も食べて出ないと走る羽目になるな…いただきます」

 

 体は動くが、朝から長距離走ができるとは言っていない。まぁ、できないこともないのだが、嫌だからやりたくない。疲れるからと言うより、気分が乗らないのだ。だから、走るのは最終手段。

 と、朝食のトーストを食べ終わったので、流しで皿を洗ってから洗面台へと走り、

 

「よし」

 

 顔を洗い、歯を磨き、寝癖を直すついでにドライヤーで軽く髪型を整えて準備完了。

 リュックを背負い玄関へ――、

 

「て、危ねぇ危ねぇ」

 

 お弁当を入れるのを忘れていた。

 前に忘れたことがあったが、その日は食堂でお金を使わないといけないわ、帰ってから母さんに怒られるわで散々だった。

 苦い記憶と共にお弁当の存在を思い出した過去の自分に心の中で親指を立てながら、お弁当をリュックに入れる。念のために確認もする。

 しっかりとお弁当は入っていたので、今度こそ正真正銘の準備完了。

 

「行ってきます」

 

 返事は返ってこない。というより、いつも最後に家を出るのが俺だから、返事が返ってきたらそれはそれで事件になるので当たり前の事である。

 それでも毎日欠かさずに言っているのは、ただの癖でもあるが。

 

「和也じゃん、おはよう♪」

 

「ん? あぁ、リサと友希那か。おはよう」

 

「おはよう」

 

 弾むような声で挨拶をしてくれたのは、隣に住んでいる今井さんの娘、今井リサ。

 その後にテンション低めに挨拶を返してくれたのは、今井家の隣に住んでいる湊さんの娘、湊友希那。

 

 どちらも昔から家族ぐるみで仲良くしてくれている幼馴染だ。

 

「和也も一緒に登校しない? 途中まで道同じでしょ?」

 

「ああ、良いぞ」

 

 別に断る理由も無いし、その提案を受け入れると、リサは上機嫌に笑みを浮かべた。

 ほんとリサはよく笑っている。こっちとしても気分の良い限りだ。

 

「友希那も良いよね?」

 

「どちらでも構わないわ」

 

「うん! じゃあ行こっか♪」

 

 そう言って、リサが先陣を切って歩き始めた。

 それにしても、リサの明るさと比べて友希那の方はほんと暗い。いや、暗いと言うより落ち着いていると言った方が当てはまる。大人びていると言う訳だ。

 

「そういえば今日は二人とも家を出るの遅いけど、どうした?」

 

 いつも俺が家を出る頃には既に登校している二人をこの時間に見るのは珍しい。

 ふと疑問に思ったので聞いてみる。

 すると、リサは「あっはは」と笑い、意地悪そうに隣を見て、

 

「それは友希那がねぇ〜」

 

「リサ」

 

「別にいいじゃん、和也だよ?それに、隠す程のことでも無いしさ」

 

「だとしても…」

 

 なんだか友希那が嫌がっているように見えるのは、言いにくい事だからだろうか。

 ならば、気を利かせるのが男って訳で、

 

「言いたく無いのなら無理してまで教えてくれなくても別に良いぞ。隠すって程だから、友希那が寝坊した〜ぐらいの事じゃない気がするし。……え、何、二人とも急にこっちを見ながら固まってどうした?」

 

 友希那の方を見ると、立ち止まったまま下を向いていた。

 そのため、顔はよく見えないのだが、長い髪の間から見える耳が真っ赤になっており――、

 

「あ」

 

 急いでリサの方を見ると「あちゃ〜」と頬をポリポリかいており、目を逸らされた。

 

 まじか。図星かよ。

 

「えっと…寝坊は仕方ないと思うぞ?お、俺も今日寝坊しかけたしさ!な!?ははっ、お揃いだな友希那!だから気にするなって!…あ、いい目覚まし時計があるから良かったら教えてやろうか?すっげぇうるさいけど効果は抜群だからさ!」

 

 原因の核心を突いてしまったまでに、気を利かすのを失敗した後の対応は、我ながらなかなかの取り乱し様である。

 効果は抜群だってなんだよ、ポ○モンかよ。

 すると、友希那はまだ頬が僅かに赤いままの顔を上げ、

 

「…別に気にしてないわ。……そうよ、今朝は寝坊したのよ。…リサ、元々一緒に行く約束なんてしていないのだから、私を待たずに先に行ってても良かったのよ?」

 

「もー、そんな事しないってー。友希那と一緒に登校したいから毎日待っている訳だし?だから、アタシは私のやりたい事のために待っていたの⭐︎それに今日はたまたまこうやって三人で話す機会が出来たから結構嬉しかったりするんだー」

 

「そう」

 

「…うん!」

 

 リサのおかげでマシにはなったものの、少し空気が重くなった気がするのは気のせいでは無い。

 ここはその原因である俺が、次の話題を提供した方がいいのだろう。

 ――何か良い話題は…気になったことでも良いから何か話題を早く出さないと……あっ、そういえば

 

「俺はともかく友希那が寝坊なんて珍しいな。昨日の夜何やってたんだ?……あ」

 

 言い終わってから気がついたが、普通に考えてこれは無い。さっきの爆弾――話題から派生している為、友希那が参加し辛い。

 何故この話題を出した?パッと出てきた疑問がこれだったからだ。アホだろう、いやアホだ。もう少し考えてから口に出せ。

 5秒前の自分をぶん殴ってやりたいところだ。

 

「そういえばさ、昨日のにゃんにゃん庭園見た?」

 

 過去の自分を非難をしているうちに、すかさずリサが話題を変更した。

 そのチョイスも少しどうかと思うが、誰かさんの話題よりは断然良い、流石リサだ。

 一瞬俺への視線をキツくなった気がするが、全面的に俺が悪いのでしっかり受けよう。

 痛い。ごめんなさい、反省しております。

 

「俺も見たぞ、あのしましまの猫可愛かったよなぁ。何ていう種類だっけ?」

 

「普通にアメリカンショートヘアじゃない?」

 

「あー、…確かそうだっけ?」

 

「うん、多分そうだよ。で、友希那はどこが良かったと思う?」

 

「――音楽」

 

「「音楽……?」」

 

 はて、あの番組に音楽のコーナーなんてあっただろうか。

 チラッとリサを見たが、リサも心当たりが無いらしく、肩を窄め、顔を小さく横に振っている。

 

「そんなシーンあったか?終始可愛い猫のコーナーだった気がするんだが」

 

「にゃー………猫の番組の事では無いわ。今日の準備のためにも、昨日は夜遅くまで音楽を聴いていたのよ。」

 

「今日の準備って…何かあんの?」

 

 友希那が言いかけた昔と変わらない猫の呼び方。

 幼馴染しかいないのだから別に隠さなくても良いぞ、と掘り返すのは絶対に駄目だという事は、流石に学習した。同じ失敗はしない。

 

「友希那……今日もライブハウスに行くの?」

 

「ライブハウス……?」

 

「ええ」

 

「ここ最近ずっと行ってない?無理してるじゃ…」

 

「リサには関係無いことよ」

 

「アタシはただ…友希那を心配して……」

 

 友希那の音楽に対する執着心は俺も知っている。そして、そうなった原因も。

 だけど、俺が知っているのはほんの浅瀬程度だろう。

 きっとリサの方が俺より深く知っている。だから、色々と思うことがあるということは分かっている。

 

「だけどな……」

 

「だからリサには関係無いことって言っ」

 

「はい、この話終わり!!」

 

「「??!」」

 

 言い終わると同時に一発。

 突然目の前に移動し、手を叩いた和也にリサと友希那は目を丸くして驚く。

 良いリアクションだな、と少し感心しながら驚いている二人の目を見る。そして、二人と目が合ったところで頭を下げ、

 

「変な話題を振った俺が悪かった!マジでごめん、この通り!でも、朝から暗い話は無しだ。せっかくの新しい一日の始まりが暗くなる。それにな……」

 

「う、うん…」

 

「俺がこの空気に耐えられない!それが一番の理由だ!!だから他の楽しい話題を話そうぜ!」

 

 決して二人の会話に置いていかれそうになったからでは無い。

 重い空気は多分生まれた瞬間から嫌いだからだ。

 

「笑顔でいると心も体も軽くなる。そしてなによりもその場の空気が明るくなる!笑顔でいるとそうそう悪い事に繋がりやしない。だから二人とも笑ってみろよ。特に友希那、最近お前が笑っているところを見た覚えがない」

 

 もはや『笑う門には福来る』が座右の銘と言っても過言ではないぐらい俺はよく笑っている。と、前に学校で友達から言われた。

 そこまで言われるほど俺がよく笑ってるかどうかについては、これから慎重に審議を重ねていきたいところなのだが…確かに明るい雰囲気が何よりも好きだ。そっちの方が楽しいに決まっているのだから。

 

「――プッ、はははは!あ〜もう、ほんっと和也って昔から和也だよね」

 

 そう言いながらリサはお腹を抱えて笑い、その隣で友希那はまだ固まっている。

 何が面白かったのかは分からないが、さっきの空気よりは明るくなったので良しとしよう。

 

「そりゃ俺は昔から俺だからな、当たり前だ」

 

「そういうところも変わってないなぁ〜」

 

 「あー、笑った笑った」とリサは大きく深呼吸を数回し、自身を落ち着かせ、

 

「でも、確かに朝から暗い空気は嫌だよね。それに、アタシも最近友希那の笑っているとこ見てないなぁ。友希那の笑顔可愛いし久しぶりに見てみたいかも」

 

「だろ?ってことで友希那、笑おうぜ」

 

「大きなお世話よ」

 

「これぐらいの世話焼かせてよ〜」

 

 ここからはまた空気が重くなることも無く、他愛も無い会話が続いた。

 何故か懐かしく思い、少し感傷に浸りながら、それでいて二人にはバレないように会話をしていると、あっという間に別れ道に着いた。

 楽しい時間は早く過ぎるところだけが欠点だと昔から思っている。

 

「んじゃ、ここでさよならだな。友希那、授業中に寝るんじゃないぞ」

 

「っ!?…寝ないわよ……」

 

「おーい、ちゃんと目を合わせろー」

 

 もっと話を続けたいが、その為には二人についていく必要がある。しかし、これ以上ついていく事は今の俺には出来ない。

 ついて行くには、まず二人が通う高校――『羽女』こと『羽丘女子学園』に転校し…そういえば羽女は女子校だから、転校する前に性別を変え――、

 

「辞めよう。寒気がする」

 

「いきなりどうしたの?和也?」

 

「いや、何でもない」

 

 生憎そんな趣味は持っていない為、自分が女性になった姿などあまり想像したくない。

 封印しておくことにする。

 

「??まぁいっか、じゃあね和也!また三人で登校しようね⭐︎」

 

「おう、じゃあな二人とも」

 

 「バイバーイ」と手を振るリサと、その隣で両手で鞄を持ちながらジッと見てくる友希那。

 昔からの付き合いという事もあり、やはりこの二人といると楽しい。

 会話が終わってしまった喪失感が少し漂うが、それは次にまた三人で話す機会が来るまでの楽しみに変換しておこう。きっとすぐにその機会は訪れる。

 

「――って、時間やばくね?」

 

 普通に歩いていればギリギリ間に合う!筈だったのだが、時計を見ると長い針が5を指していた。

 登校時間は30分まで。そして、ここから学校までは歩いて約8分――普通に行くと遅刻である。

 

「はぁ…これは最終手段を使うしかないか…」

 

 全身を、特に足を中心に軽くほぐし、前を見据える。

 幸いなことに人も車も自転車も、交通量は少ない。

 ――これなら大丈夫だ

 

「…スゥーー………ッッ!!」

 

 大きく深呼吸をして呼吸を整えると、全力で大地を蹴った。

 全ては反省文を書かなくて済むように。

 

「うひゃぁ…和也めっちゃ走ってるじゃん」

 

「そうね」

 

「あ!アタシ達もちょっと急がないとまずいかも!」

 

「リサ、行きましょう」

 

 

 ――――――――――――――

 ―――――――――

 ――――

 ――

 

 

「あれから時は流れ、現時刻は12時45分。昼休みの真っ最中である」

 

「いきなりナレーション口調でどうした和也?気持ち悪いぞ」

 

 いくら友達だからといっても言って良いことと悪いことがある。

 そして、『気持ち悪い』は悪い方に分類される為、大抵の場合は言ってはならない。とはいってみたものの、同じことを目の前で友達に言われると咄嗟に同じ事を言いかねないので、「うるせぇ」とだけ返しておく。

 

「そういや和也、あの試合見たか?」

 

「ん?何の試合?」

 

「昨日の夜にあったグリロナが後半だけでハットトリック決めてユーバが勝った試合。あの年齢になってもバリバリ点を取れるグリロナってやっぱり最高だよな!それに――」

 

 さっき友達に向かって気持ち悪いと言い、今はサッカーの好きな選手のずっと語っているのはクラスメイトの杉並達哉(すぎなみたつや)

 リサと友希那には及ばないが、そこそこ長い付き合いの友人である。

 親友……とも呼べなくも無いが、少なくとも数秒前に達哉は俺の逆鱗に触れた。それも特に大きいやつ。

 

「お前が言ったその試合…昨日前半で寝落ちしたから帰って後半を見ようとしてたんだよ!…よくも結果をバラしたな……!!」

 

 しかも、ビッグクラブ同士の好カード!

 楽しみにしていた事の結末をバラすなど、到底許される行為ではない。と言うことで、親友では無い。

 

「え……マジか、それはすまんかった。謝罪としちゃなんだが、このハンバーグを…いや、それじゃ足りないな…和也が欲しいやつを好きなだけとって良いぞ」

 

「お、おう…そうか…、次から気をつけてくれれば良いだけだし、そこまで気にしてないぞ」

 

 いつもなら突っ掛かってくるのに、と予想の斜め上を行った謝罪に少し驚きながら申し訳程度にハンバーグを1つ貰う。

 自分がした行為を振り返った結果、悪いと感じたからだろうが、イマイチ達哉の物差しが分からない。

 そして実際、達哉の性格を掴めない時が時々ある。

 

「達哉ってほんと変だよな」

 

「いやいや、和也には負けるって」

 

「なるほど、戦争を望むのか」

 

 ほとんど毎日昼休みは達哉と戦争という名の雑談をしている気がする。

 これの怖いところは、気がつくとサッカーの話にすり替わっているということだ。

 さっき熱く語っていたように達哉は大のサッカー好き。そして、俺も達哉ほどではないがサッカーは好きだ。

 だから、サッカーの話になるのは普通に感じるかもしれないが、前にM1グランプリの話から始まった筈の会話が、昼休みが終わる頃にはW杯の話になっていた時は流石に戦慄した。

 

「確かにグリロナの決定力は凄い。だけど、それは周りの選手の動きもあるからで」

 

「でたでた、だから1からチャンスを作る事もできるメッチの方が上だって言うんだろ?確かにメッチの上手さは俺も認めてるけど、メッチは」

 

『キーンコーンカーンコーン――』

 

「「あ」」

 

「…また明日だな」

 

「…そうだな」

 

 チャイムが鳴り響き、昼休みは終わりを告げた。

 そして、今日もサッカーの話は完結しないまま午後の授業が始まる。

 

 いつもと変わらない日々。そんな毎日が退屈だとは思わない。

 満足しているとは言えないものの、そこそこ楽しんでいる。

 でも、ただ一つ求めるものがあるとするならば――、

 

「何か夢中になれるもの…ねぇかな?」

 

 

 ――――――――――――――

 ―――――――――

 ――――

 ――

 

 

「――で連絡は以上だ」

 

「起立、礼」

 

『さよならー』

 

 HRが終わり、挨拶をすると、各々が一斉に動き出す。

 一箇所に固まって雑談するテニス部員。

 ゲームのガチャを引いて盛り上がるバレー部員。

 部活へと急いで向かうバスケ部員。

 そして、特に急ぐ様子もなく俺の席へと来たサッカー部員。

 

「なんで部活行かないで俺のところに来るんだ?サボりは感心しないぞ。もしかしてお前、俺のこと好きかよ」

 

「部活の開始は40分後で、早く行きすぎてもやる事が無いから来てるだけであってサボってはいない。あと、そんなわけあるかよ、気持ち悪いこと言うな。そう言うお前の方が、気があるんじゃないのか?」

 

 本日二度目の友達に対しての『気持ち悪い』発言。ただ今回も立場が逆なら、俺も同じことを言ってると思うのでスルー。

 

「はっ、馬鹿言え。好かれるなら女性からだけで良いに決まってるだろ。モロッコにでも行って取るもんとってから出直し……いや、達哉の時点で無理だ。ごめん」

 

「なんで俺がフラれたみたいになってんだよ!そんなのこっちから願い下げだ!」

 

 どういう訳か今日だけで、自分含めた男二人の女装姿を想像する羽目になるとは…なんて日だ!とあの坊主頭の芸人よろしく叫びたい気分だ。

 しかし、今それをやると変人確定なので、衝動をグッと抑え付け、とりあえず「そりゃどーも」と軽く受け流しながら、教科書やファイルをリュックへと詰めていく。

 すると、それを見ていた達哉がふと思い出したように、

 

「なぁ和也。お前、何かの部活に入る気はないのか?運動神経良いんだし、多分すぐに追いつけるだろ」

 

「入るつもりはねーよ。まぁ、特に理由はないけど」

 

「せっかく中学までサッカーやってたんだし、今もプロの試合とか見てるんだからさ、今からでもサッカー部に入ったらどうだ?」

 

「んー……」

 

 そう言われたら確かにそうだな、と納得するところもあり少し考える。

 それこそ部活に入る事で夢中になれるものが見つかるかもしれない。

 サッカーを辞めた理由もよくあるもので、トラウマ持ちだとか、大きな怪我が原因だとかの様な大層な過去は持っていない訳で、別にサッカー部だけとは言わず、他の部活にも入りたくないという強い信念は無い。のだが、何故がいつも気分が乗らない。

 

「……ごめん、スタメン直々のお誘いはありがたいけど、やっぱ辞めとくわ。…今更入ってもベンチ温めるだけで終わりそうだし」

 

「……そっか。でも、お前ならいつでも歓迎するから、気が向いたら言ってくれよ!」

 

「まぁ、その時が来たら素直に歓迎されるとするわ」

 

「おう。んじゃ、そろそろ部活行ってくる」

 

「頑張って来いよ」

 

 「うーい」と気怠げな返事を最後に達哉は更衣室へと去っていった。

 そして、ここに取り残された帰宅部が一人。

 

「よし、帰るか」

 

 帰りを急ぐ理由は無い。かといって、これ以上学校に居続ける理由も無い。

 ならば帰るのが普通だろう。少なくとも和也はそうする。

 

「さいならー」

 

「はい、さよならー」

 

 重たくなったリュックを背負い、黒板の掃除をしていた担任に挨拶をして、和也は学校を後にした。

 

 

 校門を出てすぐ近くの横断歩道。

 運悪く目の前で信号が赤に変わった。

 

「ん?あれって…」

 

 信号待ちをしていると、向かいの歩道を見覚えのありすぎる二人が並んで歩いていた。

 そして、その片方が俺に気付き、右手を顔の高さまで上げて横に振りながら、

 

「おーい、和也ー!」

 

 リサは先に進もうとする友希那の手を掴み、その場に留まった。

 待ってくれた幼馴染のためにも、信号が青に変わると俺は早歩きで横断歩道を渡り切る。

 

「よう、リサ、友希那。この道で会うって事は二人でどこか行くのか?」

 

「うーん、半分正解で半分不正解かなぁ?」

 

「というと?」

 

「アタシはアクセサリーショップで、友希那はCiRCLEっていうライブハウスに向かってるんだ。それで、近くまで道が同じだから一緒に行ってるって感じ」

 

「あー、なるほどな」

 

「リサが勝手についてきただけじゃない」

 

「もー、そんな冷たいこと言わずにさー?」

 

 そういえば三人で登校している時に、友希那が今日ライブハウスに行くと言っていたのを覚えている。確か――、

 

「今日の準備……」

 

「和也、何か言った?」

 

「ん、あぁ、朝のこと思い出しててさ…なぁ、友希那」

 

「…なに?」

 

「もしかして、そのライブハウスでステージに立つのか?」

 

「…えぇ、そうよ」

 

 いつもと変わらない口調で友希那は言った。

 緊張している様子も、誇らしげにしている様子も無く、いつも通りの湊友希那だ。

 

「……ちなみに…何回目?」

 

「数えてないわ」

 

 「いつの間にそんなに?!」と驚いたが、リサは既に知っていたのか表情を変えない。

 ――なんだよ…俺、友希那の事全然知ってねぇじゃん

 

「…なぁ、リサ」

 

「なに?和也?」

 

「そのアクセサリーショップって今日じゃないと駄目か?」

 

「いや…別にそういう訳じゃ無いけど」

 

「なら一緒に友希那のステージを見に行かないか?…無理なら俺一人でも行くつもりだけど」

 

 いくら幼馴染が出るとはいえ、未だに行ったことの無いライブハウスという場所に入るには勇気がいる。ハッキリ言うと襲ってきそうで怖い。

 それでも一人でも行くと言ったのは、二人に置いていかれているような気がして、いてもたってもいられなかったからだ。

 

「アタシは良いけど…」

 

「けど?」

 

「友希那が良いって言ってくれるかなって」

 

「友希那、二人で聴きに言ってもいいか?!」

 

「どちらでも構わないわ。好きにして」

 

「よし!好きにさせてもらうぞ!」

 

 別に友希那の全てが知りたいという訳では無い。

 ただ、一人の幼馴染が自分の知らない場所で、自分の想像を遥かに超える程夢中になっている音楽というものをどうしても聴きたいと思った。

 

「それじゃあ早く行こうぜ!」

 

「そんなに急がなくてもライブハウスは逃げたりしないってばー」

 

「…」

 

 期待、不安、焦り、その他色々な感情を胸に和也はCiRCLEへと向かうのであった。

 

 




 
 最後まで読んでいただきありがとうございました。

 リサ姉と友希那さんという至高の幼馴染に、失礼ながらももう1人主人公である稲城和也というオリキャラを入れさしていただきました。
 リサゆきは、私がバンドリ内で一番好きなカプでありながら、好きなキャラの1位と2位(ほぼ差はない)です。
 Roselia箱推しなので、紗夜さん、あこちゃん、りんりんももちろん大大大好きです。
 そんな大好きなRoseliaを主体とした作品を書くのはワクワクと共に、不安と緊張も襲ってきます。だけど、途中で辞めずにしっかりと最後まで書きたいなと思っています。
 
 高評価、お気に入り登録、応援コメはモチベ上昇に繋がります。遠慮せずどしどししてください。

 次回は、あの、風紀を乱す側に立っていることが多い気がするあの風紀委員や、闇より舞い降りし漆黒のドーン!バーン!な堕天使や、その堕天使を支える可愛くて美しい次期生徒会長が出てきます!

 それでは皆さん、ばいちっ!


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2歩目 孤高の歌姫

 こんにちは、ヒポヒナです!
 たった1話でUA700以上いくなんて…感謝しかありません!!

 しかし、今回は色々と謝らないといけないことがあります……
 まず、1話の誤字脱字が多かったこと、
 そして、リサの一人称の「アタシ」を「私」としていたこと、
 最後にこれが一番やばくて、大事なところで間違えて書いたところがあったので、上記の全てを書き直しました。内容は変わってません。

 これからも少しの誤字脱字は、投稿した後に無言で書き直すと思います。
 流石にこれを無言で変えるのは駄目だと判断した場合は、次の話の前書きで報告します。すみませんでした。以上です。

 それでは、本編どうぞ




「――それにしても、リサがついてきてくれてホントよかった…。一人で行く事になってたら心臓が飛び出るところだったぞ」

 

「いくらなんでもそれは大袈裟だって」

 

 和也が幸せを噛み締めるように言った言葉に、リサは苦笑しながら反応する。

 三人でCiRCLEに向かい始めてから何分経っただろうか、10分、いや5分?少なくともそこまで長い時間は経っていないのだけは分かる。

 

「いやいや、実際、断られたら…って思って、誘う時結構緊張したんだからな?」

 

「別にそこまで緊張しなくても良かったと思うんだけどなぁ」

 

「緊張するっての。俺はそのCiRCLEってとこ行ったことないんだし、それに……」

 

「それに……?」

 

「俺達が向かっているCiRCLEってライブハウス、本当に大丈夫なのか?」

 

「ん?それってどういう意味?」

 

「俺の中でのライブハウスってあんまり良い印象が無いんだよなぁ……。ほら、なんか危なさそうじゃん?」

 

 言ってしまえば、怖いのである。

 バンドマンのほとんどは、モテたいと言う欲望を叶える為に演奏しており、観客の多くも、異性との出会いを求めてライブハウスに来ている。それと、場内は暗くて何処もタバコ臭い。

 これが俺の中にあるライブハウスのイメージ。だが、もちろんこれらのイメージは俺の偏見MAXであると認めているし、バンドマン達が全員そうでは無いということは分かっている。

 それでも、いつもより心配してしまうのは幼馴染が関わっているからだろう。

 

「大丈夫大丈夫、少なくともアタシがこの前行った時は特に何にも無かった訳だし?そんなに怖がらなくてもいいって♪」

 

「怖がってなんかねーよ!ちょっと不安に思ってただけだっての!てか、前に行ってたんなら俺も誘えよ」

 

「ははっ、ごめんごめん」

 

 リサの事だから、俺を誘わなかったのも悪気があっての事では無いだろう。だから、深くは気にしない。

 しかし、あの有名人気お菓子ト○ポに引けを取らないぐらい最後まで笑いがたっぷりと残っていた『ごめん』は、からかう気しか受け取れなかったので、やり直しを要求したいところだ。

 まぁ、リサが大丈夫と言ったのだから、CiRCLEは本当に大丈夫な所なのだろう。

 友希那も初めて行った時は、似たような不安を持っていたのだろうか――、

 

「って、友希那がいねぇ?!」

 

「え?!あ!あそこ!凄い前に行ってるじゃん!」

 

「そういや、さっきから全然会話に入ってこなかったな…」

 

 リサの隣にいた筈の友希那が、いつの間にか20メートルぐらい前を歩いていた。

 俺は無言でそんな事をするように友希那を育てた覚えはない!という超が着くほどの鉄板ボケを思いついたのだが、俺よりも圧倒的に友希那の面倒を見てきた幼馴染が隣に走っているので、そっと胸の奥に閉まっておくことにする。

 

「やっと追いついたー…」

 

「おいおい、幼馴染置いていくなんて酷いぞ友希那」

 

「あはは、それ友希那と二人の時に同じことアタシも言った…」

 

「二人が遅いからよ」

 

「お、言ったな友希那、それじゃあCiRCLEまで競走するか?アァ??」

 

 もちろん道は知らない。けど、それはそれで一興。

 ドラマで見たヤクザを参考に、巻き舌で言ってみたが友希那は「しないわ」とだけ答えると、また一人先に歩こうとする。

 しかし、それを俺とリサが許す筈もなく――、

 

「…リサ、和也……。狭くて歩きにくいのだけど…」

 

「はっ、自業自得だ」

 

「あはは〜、ゴメンねー友希那」

 

「……間に合うかしら…」

 

 間に挟まれてため息混じりに言った友希那を、俺とリサは目を合わせてクスリと笑う。そして、それと同時に安堵した。

 最近の友希那は何処か焦っていて、周りに人が近寄り難いぐらいトゲトゲしている。だから、強く突き放されないか少し不安だった。

 ――まぁ、例えそうされたとしても、俺とリサは友希那を離したりはしないけどな。

 

 そうこう思っていると、リサと友希那が急に立ち止まり、

 

「やっと着いたー!」

 

「…少し疲れたわ」

 

「……え?」

 

「どうしたの和也?」

 

「本当にここなのか?」

 

「うん、そうだよー♪」

 

「また、からかおうとしてるんじゃ?」

 

「??してないよ?」

 

 不思議そうに俺を見るリサ。

 リサの隣で髪を後ろに払う友希那。

 その彼女達が立っている場所は、綺麗なカフェテラスの前。

 どう見てもライブハウスでは無い。

 

「……俺の目には、オシャレなカフェの入り口に二人が並んでる景色しか見えないんだけど…え、何?ここで一旦休憩?それとも俺の目がおかしいのか?!」

 

「どっちも違うって、横にある建物がCiRCLEで、和也が言ったのは、CiRCLEに付いてある、カフェ兼レストラン兼休憩所って感じの場所」

 

「へ、へぇ…盛り沢山だな……」

 

 建物の入り口を見るとデカデカと『LIVE HOUSE CiRCLE』と書かれていた。

 ライブハウスの――CiRCLEの外観を分からないなりにも何となくは想像していた。が、こんなにオシャレだとは少しも思って無かった。

 もはや、合致している所を見つける方が難しい。それぐらい違う。――友希那と競争してたら、俺一人だけ途方に暮れるところだった。危ない危ない。

 

「友希那、入り時間早かったんでしょ?時間、大丈夫?」

 

「…二人のせいでギリギリになってしまったわ」

 

「そうなのか?言ってくれれば急いだのに。もっと幼馴染での報連相大事にしようぜ?」

 

「……一人で集中したいから、もうついてこないで」

 

「ああ、分かった分かった。頑張れよー友希那ー」

 

「友希那、頑張ってね」

 

 俺とリサは、軽く手を振って友希那を送り出すが、友希那は振り返ることなく出演者控え室の方へ入っていった。

 いつ見ても味気ない。

 

「ちょっとぐらい返してくれても良いのにな」

 

「まぁまぁ、もう慣れたことだしさ」

 

「そうだけどよ」

 

 どちらかと言うと、返って来ないと分かっててやった。

 それでも、少しは期待してしまうのは仕方がないことだと思う。いつか笑顔で返してくれたらなー、と。

 

「で、友希那の出番っていつからか分かるか?」

 

「うーんとねー、確かここの掲示板に順番が……友希那友希那……あ、あった。もうちょっと後みたいだよ。どうする?カフェで時間潰す?」

 

「そうだな……」

 

 リサが指を指していたタイムスケジュールに載っているバンドを一つ一つ見ていく。

 もちろん、俺でも知っているようなメジャーなバンドが来ているはずもなく、友希那以外の知り合いが出ている訳でも無い。――俺が知らないだけで、実は誰か出ているかもしれないが。

 

「絶対成功させようね!」

 

「「うん!!」」

 

「紗夜もそんな怖い顔しないでさ…ほら、力抜いてよ」

 

「……」

 

 ボンヤリと考えていると、後ろからそんな声が聞こえてきた。

 ふと振り返ると、通り過ぎていった人達の中に二人、楽器を持っているのが見えた。

 

「あの人達も出るのか?」

 

「多分そうなんじゃない?ギターとベース持ってるし」

 

「全員女子…しかも俺達と同い年ぐらいか?」

 

「なになに、もしかして可愛い子でもいた?」

 

「そこまでちゃんと見てねぇよ。…ただ、本当にここってガールズバンドに力入れてるんだなぁって」

 

「あー、なるほどね〜」

 

 リサが言った事を疑っていた訳では無いのだが、これも俺の想像していたものと違う。

 ここに来てから驚いてばかりだ。

 見る物全てが想像を上回っており、心が弾んでゆくのを感じる。まだライブハウスに入っただけでだというのに。

 

「――リサ」

 

「ん?」

 

「行こうか」

 

「うん!アタシ、何飲もうかな〜?」

 

「カフェじゃなくて、ライブの方」

 

「あ、そっち?オッケー、それじゃあ行こっか♪」

 

 入場料を払い、リサに導かれるまま階段を一段、また一段と下る。そうする毎に、ロビーにいた時から聞こえていた音がだんだんと確かな物へと変わっていき、更に胸を弾ませて行くのを感じる。

 

 そして遂に――、

 

「すっげぇ……」

 

 ステージを照らすスポットライト。

 前へ腕をを振る観客達の熱気。

 一瞬にして全身を包み込んだバンドの演奏。

 

 何もかもが初めてで、圧倒された。

 

「やっぱり、いつ来ても凄い盛り上がってるなー。って和也、固まっちゃってるじゃん?!」

 

「――あ、ごめんごめん。こんなに凄えとは思って無くて、ちょっと圧倒されてた」

 

「まぁ、初めてはそうなっちゃうよね。ドリンクカウンターの近くが空いてるから、そっちで聴こっか」

 

「ああ」

 

 ドリンクカウンターへと移動してから少しすると、バンドの演奏が終わった。

 俺は出迎えてくれた感謝の意を込めて、盛大な拍手を送る。

『ありがとうございました!!』

 

『最高!!』『次も来るよー!!」『バイバイ!!』

 

 バンドが去った後も、観客達は声援を送り続けていた。

 そして、辺りが明るくなり、見えたその表情はどれも笑顔で、自然と和也も口角が上がる。

 その様子を見ていたリサが肩を叩き、

 

「ほんのちょっとしか聴けてないけど、初めてのライブの感想は?」

 

「すげー良かった」

 

「だと思った。和也の顔にそう書いてるもん」

 

「やっぱり?」

 

「うん、凄い笑ってるよ♪」

 

「なんか照れるな」

 

「えー、良いじゃん良いじゃん♪」

 

 「良い笑顔だよ⭐︎」とウィンクをしたリサから、バッと顔を背ける。

 何故か、凄く恥ずかしかった。

 ――リサって昔からほんっとにこういうところが

 

「…すみません、オレンジジュースください」

 

「あ、話逸らした」

 

「リサは要らないのか?」

 

「要る!アタシもオレンジジュースで」

 

「オレンジジュース二つですね、かしこまりました。――はいどうぞ」

 

 渡されたコップいっぱいまで氷と共に入ったオレンジジュースを受け取り、上がった顔の熱を冷ますようにすぐに半分飲む。

 そのおかげかどうかは分からないが、落ち着いたのでリサの方へと向き直し、

 

「そういや、次のバンドがステージに出てきてるのに何で始めないんだ?」

 

「楽器って演奏する前に色々と準備する必要があってね、それをやってるんだー。ほら、チューニングとか知ってるでしょ?」

 

「あのギターの上のとこをぐるぐる回すやつか」

 

「そうそう」

 

「友希那の家でセッションごっこした時に友希那の父さんがしてたのを覚えてる」

 

「凄く前の話持ってくるじゃん」

 

 「懐かしいなぁ」と、リサは一瞬遠くを見て呟く。

 その一瞬見せた悲しい表情には、言葉にできないほどのリサの想いが滲んでいるように感じた。

 だからか、自然と和也はリサの笑顔を求めるかのように――、

 

「でも、見様見真似でやってみたらすっげー怒られたからあんまり良い思い出じゃないんだよなー」

 

「友希那のお父さんがそんなに怒る筈ないじゃん、絶対盛って話してるでしょ?」

 

「さ、さぁー?何の事かな?」

 

「ははっ、バレバレだよ〜」

 

「くっそ、バレてしまっては仕方がない…俺の負けだ……煮るなり焼くなり」

 

「しないしない」

 

 コップを持ってない手で軽く手を横に振りながら少し笑ったリサを見て、バレないようにホッと一息つく。

 ――やっぱり、こうじゃないとな

 

「あ!もうちょっとで始まるみたいだよ」

 

「おっ、やっとか!なんでもいいから知ってる曲やってくれねぇかな?」

 

「どうだろうねー?和也ってあんまり音楽聴かないし厳しそうじゃない?」

 

「そう言われると…でも、俺は奇跡に賭ける!!」

 

 

 ――――――――――――――

 ―――――――――

 ――――

 ――

 

 

『ありがとうございました!』

 

 演奏が終わり、それに続いて観客達も次々に感想を投げかける。

 そして、あれから四つのバンドのライブを経験した和也は――、

 

「最高ーーーッ!!めっちゃカッコよかったぞーーーー!!!!」

 

「あっはは……、今日初めて来たのに、完全に馴染んでるじゃん」

 

「だって、あんなにカッコいいロック聴かされたらそりゃテンション上がるだろ?!」

 

「確かにそうだけさ」

 

「だろ?!」

 

「…うん。次、友希那だけど体力大丈夫?」

 

「こんなの全然余裕だ!」

 

 少し引き気味なリサが、全く気にならないほど和也は完全にその場の雰囲気に溶け込み、昂った感情を爆発させる。

 思いきり腕を振り過ぎた反動から、次の日ペンを握るたびに筋肉痛に苦しめられるのは、また別の話である。

 

「そういえば、今までのバンドが演奏した中に知ってる曲あった?」

 

「無かった」

 

 「でも楽しかった」と、満面の笑みを浮かべる。

 それを見てリサは「それは良かった」と笑顔で返してくれた。

 なんだこの素晴らしく優しい幼馴染は?!皆に自慢したい!

 

「あ、気になるバンドはあった」

 

「どれどれ?」

 

「あのパフォーマンスが一番凄かったバンド。あのギターの人、めっちゃ上手いと思った」

 

「あっ!あのバンドか!確かにギター上手かったよね〜」

 

 元ベーシストから肯定を貰えたので、どうやら俺の感覚は間違っていなかったようだ。

 素人目から見ても、他のギターよりも頭一つ飛び抜けていたと分かる程、その人のギターの技術が凄かっただけなのだが…まぁ、それは一旦置いて、優越感に浸って気持ち良くなろう。

 

「こっちだよ、りんりん。って、どうしよー!思っていたより人がいる!!」

 

「ん?」

 

「この声って…あこ?!」

 

「えっ?!リサ姉??!なんでここに?」

 

「リサの知り合い?この制服って…羽女の中等部のだよな?」

 

「うん、同じダンス部でね〜、凄く元気な子だよ♪」

 

 すると突然、紫色の髪の少女は、右手で左目を隠し、左手を右肘に添えてポーズを取った。まぁ、その……カッコイイと思う。

 

「ふっふっふ…我が名はあこ。魔界から生まれし漆黒の……えっと…凄い堕天使!」

 

「え…えっと……リサ、仲良いんだろ?翻訳お願い」

 

「翻訳?!それはアタシでも流石に無理だなぁ…とりあえず!この子はあこって名前で」

 

「はい!リサ姉の後輩の宇田川あこです!」

 

「お、おう。俺は稲城和也、リサとは幼馴染だ」

 

 いきなりで呆気に取られたが、ちゃんと自己紹介されれば、こちらもちゃんと自己紹介で返す。多分これが礼儀だ。

 ところで――、

 

「えっと、宇田川…さんに一つ聞きたいことがあるんだけど」

 

「??なんですか?あと、あこで良いです」

 

「それじゃあ、あこちゃん。聞きたいことって言うのは」

 

「はい」

 

「……向こうで今にも倒れそうになってる黒髪の女の子って、あこちゃんの友達だよな……?」

 

「あーーー!!!!りんりんごめん!!今、あこが助けるからねーーーっ!!!」

 

 紫色の髪の少女――あこは、『りんりん』と呼ぶ女の子の方へ一目散に駆けて行く。

 人波の中であたふたしてる姿が、少し可愛らしいと思った。

 

「確かに凄い元気な子だな…」

 

「あっはは〜……、でしょ?」

 

「…とりあえずお茶でも用意しとくか」

 

「そうしよっか」

 

 数十秒後、「やっと見つけた〜」とあこが帰ってきた。左手には、さっき言っていた黒髪の女の子が繋がれている。のだが――、

 

「あこおかえり〜。ってその子大丈夫?!」

 

 あこの手に繋がれている黒髪の女の子の顔は、見たこともないほど真っ青になっており、焦点が合っていないのか目を回し続けている。

 

「助けてリサ姉ー!和也さーん!」

 

「流石にこれはやべい!おい、大丈夫か?はい、お茶だ。飲めるか?」

 

「…ヒッ……!」

 

「…………ひっ?」

 

「ちょっと和也!怖がらせてどうするの?!」

 

「いや、俺は普通にお茶を渡そうとしただけで」

 

「いいからお茶貸して!あと、タオルでもハンカチでもなんでもいいから壁際に敷いといて!」

 

「わ、分かった……」

 

 リサはお茶の入ったコップを手に取ると、黒髪の女の子に歩み寄り、

 

「大丈夫?向こうで一回座ろっか。ちょっと汚いかもだけど、タオル敷いてるからマシだと思う…ゆっくりでいいからね、歩ける?」

 

「……は、はい…なんとか……」

 

「よし。はい、お茶だよ。冷たいけど、飲んだら少しは落ち着くから」

 

「…ありがとう……ございます……」

 

「他に何か欲しいものある?どうしても我慢できなかったらエチケット袋とか持ってくるけど」

 

「…い、いえ……少しづつですが…落ち着いてきました…大丈夫…です……」

 

「そっか、でも、無理しちゃダメだからもう少し座っとこっか。壁際だからそこまで邪魔にならないだろうし」

 

「……はい…」

 

 なんというか、もう『流石』の一言に尽きる。もう一度言おう、流石リサだ。

 全てに至るまで気が行き届いており、優しく介抱するその姿はまさに慈愛の女神。

 それに引き換え俺は、リサの手際の良さのあまり、心配そうに見ていたあこの隣で「おぉ……」としか言えなかった。思い返せば、不甲斐無いばかり。穴があったら入りたいとはこのこと。

 

「――あ、あの……!」

 

「ん?どうしたの?また気分悪くなった?」

 

「い、いえ……そうじゃなくて…」

 

「??」

 

「先程は……ありがとう…ございます……」

 

「ああ、どういたしまして♪」

 

「…それと……あの――」

 

「うん、分かった。和也ー、ちょっとこっちにきてー」

 

「え、俺?」

 

 リサに呼ばれ、今度は怖がらせないようにゆっくりと近づく。あこもついてきた。

 そして、二人の元へ着くとしゃがみ込み、

 

「で、何だ?」

 

「この子がお礼を言いたいんだって」

 

「お礼されるようなことなんてしてないぞ?」

 

「…い…いえ…!…私を助けようとしてくださり…ありがとうございました……」

 

「いやいや、色々やったのは全部リサだし、俺は別に何にも…て、違うな……ゴホン、どういたしまして、君が無事で俺も安心した」

 

 何もしてない上に、更に怖がらせただけという、まったくもって感謝されることはしていない。のだが、わざわざお礼をしたいと言ってくれた相手に対し、それを笑顔で受け取らないのはかえって失礼だと思った。

 

「でも、怖がらせて悪かったな。もっとリサ……横にいる子みたいに優しく声をかけるべきだった」

 

「…あの時は……私が凄く混乱していただけなので…気にしてませんし……貴方が謝るようなことは…何もありません……」

 

「そうか。正直、そう言ってくれると凄い助かる。ありがとう」

 

「…こちらこそ…ありがとうございます……」

 

 ということで、ゲリラ豪雨のように突然訪れた事件?は一件落着。

 何はともあれ、本当に何事も無く、無事に済んで良かった良かった。

 そう思っていると、黒髪の女の子と少し話をして、安心した表情を浮かべたあこが俺とリサの方へと振り向き、頭を下げ、

 

「リサ姉、カズ兄、りんりんを助けてくれてありがとうございました!」

 

「これぐらい当たり前だよ♪でも、次からは気をつけてね」

 

「そうだぞ、近くにリサがいるとは限らないしな」

 

 「はい、気を付けます!!」と、あこは元気いっぱいな声で返事をする。

 うん、あこも元の調子に戻って何よりだ。

 

「ってか、あこちゃんさっきは普通に俺のこと『和也さん』って呼んでたのに何で『カズ兄』に変わってるんだ?」

 

「別に良いじゃん♪アタシは似合ってると思うよ、カ・ズ・に・い⭐︎」

 

「からかうなリサ姉」

 

「うーんと、それはねー。カズ兄はリサ姉の幼馴染で、りんりんを助けてくれたとっっても優しい人だから!!」

 

「――ッ!」

 

 そう言いながら浮かべたあこの満面の笑みは、和也の脳を一瞬停止させた。

 それは、和也が知ることの無かった感覚。

 ――妹がいたらこんな感じなのだろうか…?いや、例え実際に妹がいたとしても、きっとこうはならない…っ!あこちゃん、おそろしい子!

 

「もしかして…カズ兄って呼び方嫌でした?」

 

「和也ー、黙ってないでなんか言ってあげなよ」

 

「――全然嫌じゃ無いからな!カズ兄って呼んでくれても構わない!!いや、どんどん呼んでくれ!!」

 

「良かったー!!」

 

 俺の心情を察したのか、横目に見えたリサは笑っている。

 あ、あの目は後で絶対に弄られるやつだ。何か対策を考えとかないと。

 

「そう言えばなんですけど、リサ姉とカズ兄は何でライブハウスに来てるんですか?あと、よく来てるんですか?!」

 

「アタシは何回か色んなライブハウス行ったことあるんだけど、和也は今日で初めてだよ。それで今日は、もう一人の幼馴染が出るからそれを見に二人で来たって感じ♪」

 

「まぁ、そういう訳だ」

 

「てことはつまり、いつもリサ姉が話してる二人の幼馴染の和也さんじゃない方の人が出るっていうことですよね?なんて言うバンドですか?」

 

「バンドじゃなくて、次が出番の『友希那』って人だよ」

 

「えええーーーー!!!!」

 

「わっビックリした」

 

 突然目を見開き、驚きの声を上げたあこに、三人は肩を弾ませる。

 そして、あこはリサへと詰め寄り、

 

「リサ姉本当に?!本当に友希那の幼馴染なの?!」

 

「う、うん」

 

「こんな偶然滅多にないよ!!りんりん!あこがさっきカフェで言ってた友希那だよ!!」

 

「…良かったね……あこちゃん」

 

「まあまあ、嬉しいのは分かるけど流石にちょっと落ち着こうぜ、周りの迷惑にもなるしよ」

 

「あっ、ごめんなさい…」

 

 「つい嬉しくて…」と、明らかに落ち込むあこを見ると罪悪感に襲われる。

 でも、仕方が無かったんだ、流石に周りの人に迷惑をかけることは良くない。これもあこちゃんが大人へと成長するための一歩として――、

 

『友希那だ!』

 

『本当だ!!』『待ってました!!』

 

『友希那ーーー!!』『ついに来た!!!!』

 

「え、友希那?」

 

 ステージ前方から上がった一つの声は、瞬く間に広がってゆき、たちまち室内を満たした。

 今までのバンドとは比べものにならない熱気、鳴り止まない歓声。

 それらを正面から受けるステージに堂々と立つ幼馴染の姿は、こことは違った世界に居るかのように思えた。

 

「友希那だ!りんりん!あれが友希那だよ!って大丈夫?!」

 

「…わ…私……家に…帰……」

 

「りんりんしっかりして〜〜!!友希那の歌を聴くまで死んじゃ駄目だよぉ〜〜っ!」

 

「わー、大丈夫?あこ、この子は私に任せて良いから、友希那の歌聴いてあげて」

 

「で、でも〜」

 

「見た感じだと、この子、ちょっと驚いちゃったぐらいでさっきよりはマシだから大丈夫だって。それに友希那の歌聴きたかったんでしょ?」

 

「う、うん…」

 

「なら、何も気にせずにちゃんと聴いてあげて欲しいな。アタシの分もさ?」

 

「――うん、分かった!カズ兄行こ!!」

 

「へっ?!」

 

 突然手を握られ、前へ前へと引っ張られる。が、流石にあの人混みの中に入るのは、あこが危険なので寸での所で引き止めた。

 

「ちょっ、ストップあこちゃん!これ以上は危ないって!」

 

「でも、ちゃんと聴こうとしたら前に行かないと」

 

「その考えがまず間違ってる!あんな人混みの中だと聴ける歌も聴けなくなるぞ!」

 

 指を指しながら必死に訴えると、あこは「あっ、ほんとだ」と俺が言ったことを理解し、前に進むのを辞める。

 どうやら、立ち止まったこの位置が、奇跡的に『人が密集し過ぎていない』『できるだけ前の方』と求める条件を満たしていたので、ここで友希那の歌を待つことにした。

 

「にしても、友希那の人気すげぇな。昔から歌がめちゃくちゃ上手いとは思っていたけどここまでとは……」

 

 久しぶりに聴ける思い出の歌声。 

 そして、これほどの人数の心に響いた歌声――、

 

「友希那って、とにかく超ーーカッコよくて、あこ大好きなんだ!それにね、歌う前のオーラなんかも、とにかくカッコイイ!!ほら!」

 

 ふと気がつくと、さっきまで滝のように轟いていた歓声は消えていた。

 しかし、ステージの中心に立つ幼馴染――友希那を見た途端、これまでで一番強い緊迫感が駆け抜け、和也の胸を締め付ける。

 

「友希那はね、バンドを組まないでずっと一人で歌ってるから、『孤高の歌姫』って呼ばれてるんだ!カッコイイでしょ?」

 

「………孤高の歌姫…」

 

「!?始まるよ……!」

 

 友希那はマイクを前に、ゆっくりと息を吸う。そして、閉じていた瞼をそっと開け――、

 

「――ッ!?!」

 

 その歌声が耳に入った瞬間、和也は言葉を失い、息を飲んだ。

 しかし、そんな和也には目もくれず、友希那はステージで一人、言の葉を紡ぎ続ける。

 

 懐かしさよりも、孤高の歌姫が放つ圧倒的なその歌声に強く惹かれた。

 




 最後まで読んでいただきありがとうございました。

 今回も安定の1万字越えです……(投稿時、12111文字)
 しかもその割には話があまり進んでないというね。しかも、リサ姉の過去を勝手に作るという……まぁ、これから先も多分あるかもしれませんけども。それが嫌な方は、読むことをお勧めしません。

 最後に、新星4の透子の特訓前イラストに写ってるリサ姉めっちゃ可愛いですよね。というより、あの三人の女子が凄い女子してますね。最高です。

 それでは皆さん、ばいちっ!
 
 


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3歩目 満月に誓って

 こんにちは、ヒポヒナです。
 UA1400を超え、とてもうれしいです!
 高評価、お気に入り登録、応援コメはいつでも待っていますので、ドシドシ送ってくださいお願いします。

 それでは、本編どうぞ!





 

 ――初めてだった。

 

 

 初めての感情だった。

 初めての衝動だった。

 初めての感覚だった。

 

 これが何なのか分からない。だけど、求めていたことは分かる。

 

 ガラス細工のように繊細なその歌声を、

 気高く力強いその歌声を、

 

 全身が――全神経までもが、その歌声の一音すらも聴き逃したくないと願い、求め続けていた。

 

 そのような感情を、衝動を、感覚を、いったい何といったら表せるのだろうか、

 

 圧巻、壮絶、凄絶、驚異、豪快……

 

 違う、どれも違う。

 そんなものでは無い。

 そんな言葉では決して届かない。

 それ程までにその歌声は心に響いたのだから。

 

 

 何も表せない想いの中、ただ一つだけ言葉にできるものがあるとするならば――、

 

 

 

 その歌声もまた、何かを求めているようだった。

 

 

 △▼△▼△▼△

 

 

「疲れたー。…和也はどう?ってあれだけはしゃいでたんだから聞くまでも無いか」

 

「そうだな、疲れてないって言ったら嘘になるとだけ言っておく」

 

「それって普通に疲れたって言ってるのと変わらないじゃん」

 

 ライブハウス『CiRECLE』のロビー。

 ライブ終了後、もう一人の幼馴染――友希那を待ちながら、俺とリサは二人で話していた。

 全身――特に右腕からくる疲労感は尋常では無く、いつも何気なく持っている携帯ですら今はズッシリとした重量を感じる。あぁ、これはやばい。

 

「帰りに銭湯に寄りたい気分だ」

 

「あー、分かる。泡風呂に入ってゆっくり体を癒したいよね〜」

 

「すっげぇ分かる、共感しか無い。…でも、着替えもタオルも持ってきてないから無理なんだよなー…」

 

「あはは…そうなんだよねー」

 

「こんなに疲れたのとか、中学のサッカー以来だぞ…」

 

 帰宅部になってからも、太らないようにとランニングや筋トレをちょくちょくやっているので運動不足では無いと思うのだが……明日が怖いなこれ。

 

「ライブって応援してる方もこんなに疲れるんだな」

 

「演奏する方はする方で、別の疲れがあるんだと思うよー」

 

「そういうものなのか?…後で友希那に聞いてみるか」

 

「そういえば、友希那の歌どうだった?」

 

「……」

 

「??…和也?」

 

 ふと思い出したかのように少しこちらを見上げながら言ったリサの言葉に、何故か答えられなかった。

 いや、何となくその理由は分かる。

 それはさっきからずっと頭の中を駆け巡っている孤高の歌姫――友希那が歌っている姿。

 これがどうしても忘れられない。別に忘れようとしているわけでは無いのだが、今までに経験をしたことが無いぐらい、その姿が頭から離れない。――何なんだよ…これ……

 

「おーい、和也ー」

 

「――すまん、ちょっとボーッとしてた」

 

「…そんなに疲れてるんだったら、ちょっと寝てても良いよ?友希那が来たら起こしてあげるし」

 

「その提案は素直に有難いけど、遠慮しとく。生憎枕が無いと眠れない(たち)なんでね」

 

「そっか、なら膝枕でもしてあげようか?」

 

「?!??……お前なぁ冗談でもそれは辞めろよ」

 

 溜息混じりの俺の反応に、「ごめんごめん」と笑うリサを見て俺はまた溜息。

 まぁ、かれこれ十年以上の付き合いのリサが、どういう気持ちでこれを言ったのかを見抜くことなど朝飯前ならぬ夕飯前なのでどうって事ない。何なら慣れている。

 だから、今のような何とも魅了的でいて、男冥利に尽きる誘惑だろうと、幼馴染相手なら俺は決して間違いを起こさないと宣言できる。…多分。

 

「和也なら冗談って分かってくれるでしょ?」

 

「その通りだけどよ、その手のからかい方は辞めて欲しいかな」

 

 分かっていても――慣れていても、こう、心にドキッと来るものはあるからやめて欲しい……

 確かに冗談だと分かっていたら、ドキッと来るものを軽減はできる。が、例えば世界チャンピオンのボクサーに殴られると分かっていたとしても、殴られたらめちゃくちゃ痛いのには変わらない。痛いものは痛い。ドキッとするものはドキッとする。それと一緒だ。

 

「分かった。それじゃあ、なるべくやらないように気をつけるね」

 

「…なるべくって……ちょっとはやるのかよ」

 

「そりゃあ、和也の反応面白いからね♪」

 

「そですか…あー!もういいよ、じゃあそれでいい!」

 

「ちょっ、ごめんって〜」

 

 「自暴自棄にならないでよ」とリサは俺に言うが、自暴自棄にもなるだろ。

 リサはもっと自分の魅力に気がついて――いや、知っててやってるっぽいから、とりあえず幼馴染との接し方をもう少し見直して欲しい。仲の良いことは俺にとっても嬉しいことだけど、こればかりは話は別!

 

 それにしても、俺はいくつになってもリサに遊ばれてる気がするのは気のせいではないだろう。

 男性は女性に勝てない、という世界の理が真実かどうかは知らないが、少なくとも俺はリサに勝てる気がしない。今までも、そしてこれから先の未来も……流石リサだ。

 

「あら?二人共待っていたのね」

 

 リサにいつも通り弄ばれていると、聞き慣れた声と共に、腰まで伸びた綺麗な銀髪の少女の姿が視界に入った。

 そう、ずっと頭から離れない孤高の歌姫――、

 

「あ、おつかれ〜友希那♪」

 

「先に帰っていても良かったのよ?」

 

「だから、そんなことしないって何回も言って…って和也?」

 

「友希那!お前ほんっと凄かったぞ!!ただただ上手かったってだけじゃなくて…こう、ああ!くそ!上手く言葉に出来ねぇ!!とりあえず、あんな感覚初めてだった!!最高だった!!」

 

「……そ、そう…ありがとう」

 

「か、和也…?」

 

 はて、俺が友希那を褒めることの何処がおかしいのだろうか、二人とも鳩が豆鉄砲を喰らったような顔をして俺を見ている。てか、今日の二人のリアクションはいつもより調子が良いな。

 

 すると、隣から「コホン」と明らかに故意的な咳払いの音が聞こえたので振り向く。リサは後ろに、友希那は前にいるので、幼馴染のものではない筈…って、この人誰。

 

「…あなた達の関係がどのようなものかは知りませんが、ここは私のようなあなたたちにとっての他人も利用します。なので、そういったことはあまり外ではしない方が良いかと」

 

「そういったことって……っ!悪い友希那!」

 

 知らない人が言っている意味が分からないまま視線を前に戻すと、友希那の両肩を掴んでいる自分の両手が見え、慌てて謝りながら手を離す。いつの間に掴んでいたのか、全く記憶に無い。 

 

「いきなり立ち上がって友希那の方まで歩いて行ったと思ったら、そのまま肩を掴んで凄い褒め始めるもんだからビックリしちゃったよ」

 

「すげぇ説明口調…でも、今の俺からしたらありがたい、ナイスだリサ!…で、え、マジで俺そんなことしてたのか?」

 

「うん、友希那を揺らしながら、凄かったぞー!って大声で言ってたよ。本当に覚えてないの?」

 

 さっきの俺のマネをしているのか、リサは両手を前に伸ばしては曲げ、伸ばしては曲げを繰り返す。

 全く覚えてないので首を縦に振ると、後ろから「少し痛かったわ」と聞こえたので、バッと振り向くと、俺が掴んでシワになった袖を直している友希那がいた。

 友希那は、焦っている俺を察したように普段と変わらない様子で、

 

「私は別に気にしてないわ」

 

「…友希那がそう言ってくれるなら良いんだけど……その、悪かったな」

 

 罪悪感が凄い。

 それは、もし、あのまま止められていなかったら、勢いのあまり、抱き締めていただろうと思うからだ。やましい気持ちは無かった上、未遂で済んだのだが、俺の中では明らかなるギルティ、執行猶予は付かない。

 だけど、許して貰えたのにこれ以上謝るってのも、返って友希那の迷惑になるので、今後の戒めとして胸の中に閉まっておくことにする。反省反省。

 

「ずっと気になってたんだけど、隣にいるその人って、誰?友希那の知り合い?」

 

「それは俺も気になってた」

 

 友希那の隣に立つ、キリッとした目が印象的な(すい)色の髪の少女。

 そして、さっき過ちを起こしそうになった俺を止めてくれた命の恩人とも呼べる人だ。

 ――それにしても、何処かで見た気がするんだよなぁ

 

「彼女は紗夜、私とバンドを組むことになったの。ちなみに紗夜、この二人は私の幼馴染よ」

 

「そうでしたか、自己紹介が遅くなってしまい、すみません。湊さんが言ったように私の名前は氷川紗夜と――」

 

「あー!!!」

 

「「「?!」」」

 

 とりあえず、驚かせてしまった三人に「すまんすまん」と軽く謝ってから、リサの方へと向く。

 大声を出して話を遮ってしまったのは、故意的な行動ではなく、無意識的な行動――氷川さんをどこで見たかを思い出したからで――、

 

「リサ、氷川さんってあれだ!俺が気になったって言ってたあのバンドのギターの人だ!」

 

「和也が言ってたバンド…あー!」

 

 どうやらリサも気づいたらしく、「あの人か」と両手でポンッと鳴らす。

 そう、今日のライブに出ていたバンド!しかも友希那の次に印象に残っているギタリスト!

 

「氷川さんのバンド、めっちゃパフォーマンスが派手でかっこよかったです!あと、氷川さんのギター、今日出ているギタリストの中で一番上手いと感じました!」

 

「……はぁ…」

 

 溜息?!っと、普通に口にしてしまいそうになったのをグッと堪え、どうして溜息をつかれたのか探ろうと表情を伺ってみる。が、初対面の相手の心理を探れるような技術は無い為、収穫はほぼゼロ。

 唯一分かったものも、綺麗な顔立ちをしているという、今の状況では役に立ちそうにないことだけだ。

 

 てか、初めて話す人に溜息をつかれるのがこんなにも怖いことだったとは…学べてよかったと前向きに捕えないとやっていけない。

 

「あの…俺、何か気に触ることを言ってしまいました…?」

 

「いえ、完全にこちらの問題です。貴方は何も関係ありません。私情を挟んでしまい、不快な気持ちにさせてしまったのなら謝ります。すみませんでした」

 

「いえいえ、こちらこそ俺が原因じゃなくて良かったです。……あ、二曲目のギターソロかっこよかったです。次のライブ楽しみにしてます」

 

「そうですか、ありがとうございます。しかし、私はあのバンドを脱退したので、あの曲を弾くのは今日で最後かと」

 

「脱退って…それはどうして…」

 

「その理由を貴方に教える義務は私にはありません。プライベートな話にもなるので」

 

「ご…ごめんなさい」

 

 口から出た声は、自分でも驚くほど小さく、覇気が無かった。氷川さんのオーラに、完全に気圧されているのが分かる。

 まるで今の友希那のように、何もかもが硬い。けど、友希那とはこれまでの積み重ねがあるわけであって、お互いがどういう性格なのかが分かっている為、そこまで気にならない。

 しかし、氷川さんとの間にはもちろんそんなものは無い。だからか、会話のリズムを掴み難い気がする。

 

「――紗夜、もうスタジオの予約入れていい?少しの時間も無駄にしたくないのだけれど」

 

「ええ、構いません。それに、私もその考えは同じです」

 

「なら、二人が予約してる間に、アタシ達は先に外に出て待ってるからねー」

 

「分かったわ」

 

「ほらほら、和也も元気出して。さっきのは和也も悪く無かったと思うしさ」

 

「前向きに頑張ります…」

 

 リサの気遣いが心に染みる……。いつかお礼しよう必ず。

 

 それにしても、少しまずいことになった。 

 友希那のバンド仲間になった氷川さんとは、仲良くして行きたかったのだが、今の俺の心はどうも前向きになりそうにない。

 だって、氷川さんの声が明らかに刺々しいから、怯えるのは仕方がないだろう…俺が地雷を踏み抜いてしまったからだろうけど!……とりあえず、今後のことは外で考えるとするか。

 

「って、あれ、あこちゃん達じゃね?二人共先に帰ったはずなのに」

 

「ほんとだ、おーい、あこー」

 

 リサが呼んですぐにあこは反応すると、黒髪の女の子を連れ、二つに括った髪を揺らしながら俺達の側まで走ってきた。あぁ、あこちゃんの元気が眩しい。

 

「…あこちゃんありがとう……元気貰えたよ」

 

「えっと、どういたしまして…?…ねぇリサ姉、どうしてあこはカズ兄にお礼されたの?」

 

「さっき色々あってねー、あんまり深く聞かないであげて」

 

 頭の上に『?』を付けながらも、頷くあこちゃんを見ていると更に癒された気がする。いや、心が軽くなって自然と笑顔を浮かべれたので完全に癒された。

 

「あこちゃんと……って、そういえば、名前聞いてなかったな。――俺は稲城和也、こっちは今井リサ。君の名前は?」

 

「…白金燐子……です…」

 

「白金さんか、よろしく」

 

「よろしくね☆」

 

 そう言いながら笑いかける俺と顔の横で手を振るリサに、白金さんは「よ…よろしく……お願いします…」とお辞儀をする。少し声を震わせながらも、丁寧に返してくれたその姿からは、白金さんの人柄の良さを少しだけ感じた。

 この先、あこちゃんを通じないと関わることはないと思うが、新しい出会いが多かった今日にこうして知り合えたのも何かの縁だろう。

 

 ――って、デカッッ?!何がとは言わないけどデカッ!

 ライブの時は、白金さんの介抱でそれどころじゃなくて気が付かなかったけど、こうして落ち着いた状態で見るとかなり――、

 

「って、ちげーだろッッ!!!!」

 

「ちょっ??!?和也?!いきなり自分を殴ってどうしたの?!」

 

「…いや、ただ己の中にいた悪魔を追い出しただけだ」

 

「えー!カズ兄の中に悪魔が住んでいたの?!カッコイイ!!」

 

 なんかすげぇ食いついてきた?!…そういやあこちゃんはそういうの好きだったな、忘れてた。

 とりあえず、「住んでないぞ」と誤解を解いておく。そんな悲しそうな顔をしても住んでないものは住んでない、期待させたみたいでごめんあこちゃん。

 って、白金さんのあの目は間違いなく、目の前の人間に引いてる人がする目だ。そりゃ、俺だって今日会ったばっかの人がいきなり自分の顔を殴り出したら同じ目をするとも!変人認定しますとも! だから普通の反応だってことは分かるけどっ……まぁ、幼馴染の前で変態となるよりはいいか…。

 

「…それで、あこちゃんと白金さんはここで何してたんだ?先に帰ってた筈だよな?」

 

「そうなんだけど、ここで待っていたら、CiRCLEから出てくる友希那に会えるかもって思ったからりんりんと待ってたんだ」

 

「出待ちって、あこちゃん結構ガチだな」

 

「へー、友希那をね〜。本当にあこって友希那のこと好きなんだね♪」

 

「うん!」

 

 出待ちをされる人間など、スポーツ選手や芸能人といった有名人しか聞いた事がない。

 改めて友希那の凄さを実感する。そのうち出待ちをする人数が増えていき、三人で一緒に並んで帰れなくなって――、と想像すると、ステージに立つ友希那を見た時に感じた自分とは別の世界にいるような感覚が、現実になってしまうのではないかと不安になる自分がいる。

 

「待たせたわね」

 

「お、噂をしてれば。思ってたより遅かったね〜」

 

 振り返ると、CiRCLEから並んで出てくる友希那と氷川さんがいた。

 先程の想像のせいか、いつもと変わらない髪を後ろに払う仕草が、妙に様になっているように見え、少し寂しく思えてしまう。

 ――これは…俺が変なのか……

 

「そうかしら?特別遅くなるようなことはなかったのだけど。…その子達は?」

 

「ダンス部の後輩のあこ、こっちは、あこの友達の燐子。友希那を待ってたんだって☆」

 

「私を?」

 

「は、はいっ!あこ、友希那……さんの大ファンですっ!!歌声が大好きで!いつも超超超カッコイイって思ってます!それをどうしても伝えたくて!!」

 

「そう。それで、あなたは?」

 

「わっ…私も……その……」

 

「聞こえないわ。もっとはっきり言って」

 

 隣で黙って見ていたが、友希那の言い方の冷たさもあって、友希那が白金さんを脅しているように見える。

 友希那からしたらそんなつもりは微塵もないのかもしれないが、白金さんが怯えていて可哀想だし、何よりも友希那が起こした不始末の責任は、幼馴染である俺の責任でもある!と、勝手に奮起し、空気を少しでも軽くしようという願いを込めて明るい声で、

 

「まーまー、落ち着けって友希那」

 

「落ち着いてるわよ」

 

「なら、そのままで結構。まあそれでな、この子はあまり人と話すのが得意じゃないんだ。だからもうちょっと言い方を優しめに、さっきの友希那、怖かったぞ」

 

「そんなつもりはなかったのだけれど」

 

「だとしてもだ。相手が怖いって感じたら、その時点で友希那は怖かった」

 

「あ…あの……!さっきは…私がちゃんと話せていなかったのが悪かっただけです………怖がっていません…」

 

「白金さん…」

 

「…あ、あと……凄かった…です……」

 

ライブハウス内で、何もできなかった俺にもお礼をするぐらいなのだから、とても優しく、真面目な人だとは思っていたが、こういった勇気があるようには見えなかったので、ここで入ってきたのは少し意外で驚いた。白金さんは強い人だ。

 

「――良いファンを持ったな友希那、大切にしろよ。…ってことで、ファンサービスしろとはまでは言わないけど、褒めてくれた二人のファンに言うことぐらいあるだろ?」

 

「…そうね。あこさんと燐子さんといったかしら?」

 

「はいっ!!」

 

「…はい……!」

 

「ありがとう、嬉しかったわ」

 

 友希那の言葉を聞いたあこは、目を輝かせ、はち切れんばかりの笑顔で白金さんに抱きつく。友希那は、氷川さんに呼ばれ二人で話し始めた。今後の活動について話すことが沢山あるのだろう。

 その二組の光景を見て「良かったなぁ」と微笑みながら近くのベンチに座ると、肩を軽く叩かれ、

 

「さっきの和也、珍しくカッコイイって思ったよ♪」

 

「そりゃどうも、でも、『珍しく』は余計だっての」

 

「なら、これから頑張っていつもカッコイイって思えるようになってよ」

 

「そんなの出来たら苦労しねぇよ……まあ、頑張ってみるけど」

 

 すると、リサは「ははっ」と笑い、俺から視線を外して空に浮かぶ綺麗な満月を見上げる。

 その横顔はどこか寂しいようで――、

 

「アタシ…友希那とバンド組んでくれる人が出てきてくれて嬉しい。…なのにどうしてかな……ほんの少し胸の奥が痛むんだ……って、いきなり変なこと言い出してごめんね!ア、アタシも疲れちゃったのかなぁ………なんちゃって…」

 

「…多分俺も似たような感じだ。ステージに立つ友希那を見た時からずっと…友希那がどこか遠くに行ってしまうんじゃないかって思って、すげぇ怖い…。だけどさリサ、あこちゃん達を見てみろよ」

 

「あこ達…、ッ!」

 

「な、すげーいい笑顔で笑ってるだろ?今日初めて会ったばっかで、俺は二人のことあんまり知らないけど、あんな笑顔そうそうと出るものじゃないと思う。それを友希那の歌は出させたんだ、それだけあの二人の心に響いたんだ…あと、俺の心にも。――だから俺は最後まで友希那を応援しようと思う、いや、最後まで応援し続けるって決めた」

 

 友希那が巨大な壁にぶち当たった時は必ず手を差し伸べ、乗り越えられるまで共に悩み、葛藤し、全力で向き合い続ける。そして、いつか友希那の夢が叶った時は、お互い最高の笑顔で笑い合う。

 そう決めた。

 この先どんなことがあろうと、この決意は絶対に変わらない、変わらせない。

 

「……アタシも和也と一緒に、友希那を応援しようと思う…」

 

「それがリサの本心からの決意ならそれでも良い。…でもな、少なくとも決意する時は、今のリサみたいに辛そうな表情はしない」

 

「ッ?!」

 

「――リサが本当にやりたいことって何なんだ?」

 

「アタシが……本当に…やりたいこと…」

 

「ああ」

 

 昔から俺よりも友希那を心配していた――友希那が異常なまでに音楽に執着する理由を深く知っているリサだからこそ、俺の決意に流されず、ちゃんとリサ自身の心の声を聴いて欲しい。そして、決意したのなら最後まで折れずに走り抜けて欲しい。

 例え、進む道に幸せよりも辛いことが多くても。

 

「……和也は…アタシのことも応援してくれる?」

 

「もちろんだ、俺はリサのことも全力で応援する」

 

「そっか、ありがとう。…うん、アタシが本当にやりたいこと、決まった」

 

「ああ、頑張れよ」

 

「和也もね」

 

 そう言ったリサの表情からは、さっきまであった迷いが消えおり、今までで一番輝いて見えた。

 もう大丈夫だ、俺とリサの心は決まった。これからは、その決意を貫くためにお互い一生懸命頑張って――、

 

「え~~っ!?!!」

 

「「?!」」

 

 突然耳を襲ったあこちゃんの大声に、俺とリサは肩を弾ませて驚く。

 時刻は21時時を回っているため、今の大声は近所迷惑になりかねないので、もう少し音量を下げてほしいところだ。

 ――てか、あの小さい体でどうやってあんな大声出してんだ?!

 

「い、今の話って…本当ですか?友希那さん、バンド組むためにメンバーを探しているって」

 

「ええ、そうよ」

 

「……!!お願い!あこも入れて…っ!!!」

 

「…あこ……ちゃん………?」

 

「あこ、世界で二番目に上手いドラマーですっ!!一番はおねーちゃんなんですけど!だから……もし、もし……一緒に組めたら……」

 

 今までの話で分かってはいたが、やはりまだ友希那のバンドメンバーは揃っていないようだ。

 友希那が大好きなあこちゃんが、それを聞いたら黙っているはずもなく、今も頭を下げて頼み込んでいる。それに、あの目は本気だ、頑張れあこちゃん!

 

「…ん?リサ……?」

 

 隣でリサが急に立ち上がった。

 横顔から見えたその瞳には一点の曇りもなく、まっすぐに友希那を見据えている。

 

 ――そうか、リサが本当にやりたいことっていうのは

 

「よし…リサ、行ってこい!」

 

「うん!」

 

 背中を押すと、リサは堂々とした足取りで歩きだした。

 きっと俺の助けなんて、今のリサには要らない。それでも背中を押したのは、覚悟を決めたリサの顔を見て、友希那と同じぐらい応援したいと思ったからだ。

 

「ちょっとあなた。私達は本気でバンドを……」

 

「遊びはよそでやって。私は二番であることを自慢するような人とは組まない。…行くわよ、紗夜」

 

「――ちょっと待って友希那!!」

 

「?!…リサ?」

 

 振り返った友希那は目を見開いていた。

 先に行こうとした友希那を止めるためだけじゃない。その声にはいつもと違う想いが込められ――、

 

「アタシも友希那と一緒にバンドしたい!ベースを辞めてからブランクがあって、技術が足りないことは分かってる。それに、並大抵な努力じゃ友希那に追いつけないことだって……でも!アタシは本気だよ。どんなに辛いことがあってもこの想いを変えるつもりはないし、ここで断られたって諦めるつもりもない。――アタシは友希那とバンドがしたい!!」

 

「リサ……」

 

「あなたが遊びじゃないことは伝わりました。しかし、自身でも言っていたように技術が足りないのは、私達が目指すバンドにおいて致命的です。ですので、諦めてください」

 

 リサの想いは、俺にも友希那にも十分届いた。だけど、あともう一押し足りない。氷川さんが硬すぎる。

 リサの想い――決意が足りなかったからではない。そんなことを言う奴がいたら俺が引っ叩いてやる!リサは全てを出し切った!

 

「ッ!?…でもアタシは諦めないよ!」

 

「あこだって諦めない!!」

 

「ですから……無理だと言って」

 

「はーい盛り上がってきたとこ申し訳ないが、ここで一旦ストーップ!」

 

「和也?!」 「カズ兄っ?!」

 

 四人の間を一刀両断して現れたのは、『和也』、『カズ兄』こと、そう――俺だ。

 もちろんただただ入り込んだだけではない。俺が割って入った理由はただ一つ!

 

 ――足りなかった一押しを押すためだ。

 

「いきなり何なんですかあなたは?!これは私達の問題であって、あなたは関係のない部外者です、はっきり言って邪魔です!」

 

「そう熱くなるなよ氷川さん。その状態だと冷静な判断ができなくなって、後で枕を濡らすことになるぜ」

 

「余計なお世話です!私は冷静に考えた結果、この二人を落とすことに決めたんです」

 

「そうか、なら早計にもほどがある」

 

「なんですって?!」

 

「氷川さんが判断を下したのは早かったっと言った。もう一回思い出してみろよ、この二人を落とした理由を」

 

「落とした理由?それは――」

 

 そう、リサを落とした理由は、技術不足。

 あこちゃんを落とした理由は、本気度が伝わらない。

 氷川さんが下した判断は一見、妥当な判断に思える。しかしだ!そもそもこの場で判断をするのが間違っている。

 

「まずはリサの技術不足。確かにリサ自身が認めてるけど、まだそれが本当かは分からない。リサが言う下手が、氷川さんが言う上手いかもしれない。つまり、人が心に持つ物差しの目盛りは各々で違うってことだ」

 

「確かにそうですが、やはり自分の判断が間違っているとは思えません。それに、私は今まで色々な曲を聴いてきたので、判断基準が大きく異なることはないかと」

 

「それなら氷川さんは、リサが弾くベースを聴いたことがあるのか?」

 

「そ、それは…ありません……」

 

「氷川さんが言うように技術が大事ってのはよく分かる。真剣にやるにせよ、楽しくやるにせよ、ある程度の技術があるのが大前提で、それが無かったらどちらをやるにせよ成り立たないからな。友希那と氷川さんは多分『ド』が十個ぐらいつく真剣なバンドを目指してるんだと思うから、演奏者の技術に拘るのは大いに結構!だがな、まだ一度も聴いてない実力も分からない演奏者を落とすのは、言ってる事と矛盾になるぞ」

 

 さっきから全く入ってこないのに違和感を感じ、友希那の方をチラッと見てみると、腕を組んだ姿勢で真剣に俺を見ていた。

 友希那、お前はいつも冷静だな。と、思いながら視線を戻すと氷川さんが「ぐ……っ!」と歯を強く食いしばっていたので、ここで更にたたみかけるとする。

 

「次はあこちゃんだ!あこちゃんを落とした理由は……」

 

「…先程も言った通り、私達のバンドは遊びではありません。例えこの子に十分な演奏技術があったとしても、生半可な覚悟では足手纏いになります」

 

「あのな、あこちゃんの目をちゃんと見てみろよ。…軽い気持ちに見えるか?」

 

 そう言いながら俺は、あこちゃんを指差す。いきなり指を指されたことに一瞬驚いていたが、「軽い気持ちなんかじゃないですっ!!」とすぐにさっきと同じ本気の目に戻った。

 それを見た氷川さんも、自身の過ちに気付いたのか、少し関心したような様子で、

 

「…見えませんね」

 

「だろ?作りたいバンドが、女子高生限定なら話は別だが…」

 

「そんなことありません!!」

 

「と、すまん、今のは言い過ぎた。とりあえず、あこちゃんの本気は氷川さんに伝わった。これで違わないよな?」

 

「はい…私の思い違いでした。あなたが言った通り、私は冷静に判断できていませんでした」

 

「それじゃあ……」

 

 ようやく、二人の想いが伝わったので、やっと次に進める。といっても、実は今からが一番大事――本題だ。

 ん?さっきのが本題じゃなかったのかだって?んなわけないだろ。あれは俺がいなくても、二人は乗り越えれた。俺は所謂『触媒』の役割として勝手に名乗り出て、二人の想いが伝わるのを早くしたまでだ。その証拠に、俺の口車と屁理屈でどうにかなった。二人の想いが本物だったからだ。普段だと絶対にこうはならない、十中八九俺は氷川さんにボコボコにされるだろう。

 と、振り返るのはここまでにして本題へと移るとしよう。その本題とは――、

 

「オーディションしようぜ!!!!」

 

「ま、待ってください、私は二人のことを認めましたけど、まだ湊さんは何も…」

 

「いいわ。…だけど、気持ちがどれだけあっても、実力が無ければそれまで。オーディションで落とすだけよ」

 

「友希那ならそう言ってくれると信じてたぜ」

 

 そう、どれだけ想いが強くても、実力が無ければ意味がない、とまでは言いたくないのだが、悲しいことにそれが現実。

 リサのブランクによる技術の低下がどれほどか分からない上に、あこちゃんなんてそもそも楽器を演奏できることをさっき知ったばかりだ。そんな不確定要素が並んでる状況で俺ができることとは、ハードルを下げること、ではない。

 そもそもそんなことできないが、仮にもしできたとして、何かいいことがあるのだろうか?

 確かにリサとあこちゃんは合格しやすくなるが、二人がオーディション――試練を乗り越えたとは言いにくくなるし、友希那と氷川さんからしてみればそれは『妥協した』ということになる。そんなことは四人全員が決して許さないだろうし、それは全力で応援すると決めた俺の決意を曲げることとなる。だから絶対にしない。

 

 ここで俺が本当にやるべきことは、オーディションをするまでの時間を少しでも長く作ること。

 オーディションは一回勝負。そして、その一回に実力の全てを出さなければならない。ならば俺は、二人がその一回を万全な状態で迎えるために、さっき上げた不確定要素をできるだけ取り除ける時間を作るというわけだ。

 

「オーディションは一曲を四人で合わせるセッション。そして、一回勝負。これに異議は無いな?」

 

「ええ」

 

「なぜあなたが仕切ってるんですか」

 

「まあまあ、そこは気にすんな。途中で気に食わないことがあったら、その都度言ってくれればいい」

 

「…はぁ……わかりました」

 

 意外とすんなり引いていった氷川さんに驚きつつ、俺は次の条件――課題曲へと移る。

 こればっかしは友希那依存になるが、演奏するのは一曲に変わりはないので心配することはないだろう。

 

「じゃあ、次は課題曲。俺的には友希那が今日歌った一曲目の…」

 

「十曲よ」

 

「…え…?」

 

「私が歌っている曲の中から十曲、この後に情報を送るわ。その十曲全てをオーディションまでに演奏できるようになっておくのが条件よ。オーディション本番でどの曲を演奏するかは、直前まで明かさないことにするわ」

 

「…なあ、リサ。これってやばいよな?」

 

 リサは苦笑いをした。

 

 誰だよ心配しなくていいって言ったやつ、バカかよ?!ああ、俺だよ!バカだよ!!何綺麗にフラグ回収してんだよ!!

 ――落ち着け…まだ取り戻せる…よし

 

「…ちなみに一曲弾けるようになるまでどのくらいかかるんだ?」

 

「えっと~、だいたい一日ぐらい?」

 

「よし、なら二週間後!っと言いたいところだが、十二日後でどうだ?」

 

 昔漫画で読んだことのある交渉術。先に通らないであろう要求をして、そのあとに本命の要求をすることによって、相手の脳内で『前の要求よりも軽いからいいか』となるよう誘導し、本命を通りやすくする!

 しかし、まさか本当に使う日が来るとは思わなかった。しかも、相手は幼馴染。

 

「一週間後よ」

 

「うそだろおおおおお?!」

 

「!?湊さん、それはあまりにも厳し過ぎるのでは?」

 

「私が求めている最低がこれよ。ついてこれないと言うのなら別に構わない。それは紗夜、あなたも同じよ」

 

「…分かりました。ならばその挑戦受けて立ちます!オーディション当日までに必ず十曲全て完璧に弾けるようになっておきます」

 

「そう。…期待してるわ」

 

 なんか向こうで盛り上がっているが、俺はそれどころじゃない。

 最悪だ。。恐らく最悪の条件だ。何か穴は、改善策は、起死回生の一手は無いのか?!何もできなかった、他に取り返す手段は――、

 

「厳しいけど、絶対にアタシは合格する!」

 

「あこだって絶対に合格するからっ!!!」

 

「――!?」

 

 は、

 何勝手に絶望してんだよ俺。リサとあこちゃんがこんなにもやる気なのに、応援する側の俺がしょげててどうする。下を向くな。顔を上げろ。笑え。

 できることが少ないのはもともとだ、変に焦る必要はない。目の前の問題だけに集中しろ。俺なら、

 

「できる……」

 

 よし、これでとりあえず今は大丈夫だ。

 一週間後のオーディションに向けて、俺ができることを少しづつでいいからやっていき、二人の背中を押そう。

 

「オーディションの情報は後で連絡します。それでは、これ以上ここにいると門限を過ぎてしまうので、私は先に帰らせていただきます。さようなら」

 

「りんりんどうしよ~~!この時間だとおねーちゃんに怒られちゃうよ~~!!」

 

「家まで送るから……一緒に謝ろ?」

 

「りんり~んっ!ありがと~~!!」

 

「ヤバッ?!もうこんな時間じゃん!?和也、友希那。アタシたちも早く帰ろ」

 

「ええ、そうね」

 

「ああ、それじゃあ皆、またな」

 

 

 オーディションまであと七日。

 誓った決意を胸に、満月が浮かぶ空の下、俺たちは三人並んで帰った。

 

 

 




 最後まで読んでいただき、ありがとうございました。
 おそらくこの話から、バンドリ本編にはない道に進むことになります。とはいっても、どういう話になるのかは、私も分かってなかったり…完全に書いてるその時のテンションと思いつきでこの作品は作られているので。今回も書き始めるときになんとなく思い描いてたストーリーとは結構違ったりしますし。

 しつこいかもしれませんが、高評価、お気に入り登録、コメントを募集?しています!
 特にコメントは一回ももらったことがないので、そこのあなた!記念すべき一人目になってみませんか?(え?なりたくない?そんなー)

 と、これぐらいにして、それではみなさんまた次回で、ばいちっ!



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4歩目 特訓

 こんにちは、ピポヒナです。
 昨日気が付いたんですけど、私の名前って「ピポヒナ」なんですね。今まで「ヒポヒナ」だと思ってました。名前の由来は無く、拘りとか無かったので…はい、すみません。

 と、そんな私の馬鹿さを披露したところで、UA2100達成、そして、一人の方が高評価をつけてくれました!!本当にありがとうございます!これからも頑張っていきます!!

 アプリの次のイベントは千聖さんですね~。好きなキャラなので結構わくわくです♪

 それでは、本編どうぞ!!





「リサ、あこちゃん。…昨日は申し訳ございませんでした!!!」

 

 練習スタジオに入ってから数十秒。

 まだ楽器をケースから出せていないこの状況で、二人の少女に向かって頭を下げている者が一人。

 

 

 ――オーディションに向けての特訓は、稲城和也の土下座で幕を開けた。

 

 

「……うし、時間とらせて悪かったな。それじゃあ気にせずに特訓を始めてくれ」

 

「いやいや、ちょっと待ってよ和也。…え~と、今の何?」

 

「何って…土下座」

 

「それは分かってるんだけどその……」

 

「カズ兄は何であこ達に謝ったの?」

 

「そうそれが言いたかった」

 

 俺が土下座した理由もとい、謝罪した理由はもちろん昨日のことに関してだ。

 昨夜、俺がしでかしたこととは、調子に乗ってしまったこと。二人を助けるつもりではあったものの、結果的に友希那が出した条件はやばいぐらい厳しい。それが俺のせいなのではないのかと罪悪感を覚え、昨日からずっと胸の中に渦巻いていた。

 

 友希那のことだから、俺ごときがあの時に関わってようが関わってまいが、おそらく同じ条件を出していたかもしれない。だとしても、ほんの1%、0.1%でも可能性があるなら謝っておきたかった。

 ああそうだ、傲慢だ。単なる自己満足だ。

 しかし、このことを謝れないでいると、永遠に全力で応援することができないと思った。それだけは、絶対に嫌だった。だから、二人に迷惑をかけてしまうと分かっていながらも、こうして謝った。

 

「話してもいいけど、たぶん長くなるぞ?それに謝ったのも、男のプライドって感じで、リサとあこちゃんからしたら意味不明だと思うし」

 

「…分かった。じゃあ、聞かないでおくね」

 

「ああ、助かる」

 

「スタジオの予約してくれた恩もあるからね~☆」

 

 こういうところで深く聞いてこないのが、気を利かせるということなのだろうか。

 昨日の登校中に、友希那に気を利かせようとして失敗した経験がある俺は、もちろんこのリサの対応を参考に頑張ってゆく所存にございます。流石リサだ、略してさすリサ!

 と、くだらないことを考えていると、「それにしても」とリサがスタジオ内を見渡しながら、

 

「和也ほんとによくこことれたよね~、やるじゃん♪」

 

「どういたしまして、二人の役に立てたなら疲労困憊で睡魔が怒涛に押し寄せる中、朦朧とした意識で一生懸命抗いながら電話した昨夜の俺も浮かばれる。あと、なんならもっと褒めてくれてもいいんだぞ」

 

「カズ兄ありがとーーっ!!!」

 

「ごちそうさまです!」

 

 俺の自己満謝罪も終わり、いよいよ特訓スタートだ。

 

 ちなみに、一週間という短い期間のうちに十曲を演奏できるようになるだけでも難しいというのに、その一曲一曲も高レベルに仕上げないといけないという、音楽ほぼ素人の俺から見ても分かるぐらい難易度鬼である友希那からの試練を乗り越えるために、俺にはまず何ができるかと考えた結果がこれ。

 最初から複数人で練習するのが本人たちにとって良いものなのか分からなかったので、そこは予約する前にリサにメッセージアプリで確認を取ったところ、自分だけじゃ気付けないところに気付ける上に、お互いの刺激にもなる。とのことだったので、リサとあこちゃんにはこうして、奇跡的に予約が取れたCiRCLEの練習スタジオに来てもらったというわけだ。

 

「じゃあ、さっそく始めよっか。あこはどの曲からやりたい?」

 

「この曲からやりたいっ!!あこの大好きな曲なんだ~」

 

「おっけー。それじゃあ、やろっか♪」

 

「さて…二人の腕前はいかほどのものか…と」

 

 ライブは昨日聴いたばっかしだ、今でも鮮明に…とまではいかないが思い出せる。それを基準に、二人の実力を俺なりに計ってみる。

 さあ、あこちゃんがドラムスティックを「ワン!ツー!ワンツースリーフォー!!」と鳴らし、演奏が――、

 

「――おぉ…!」

 

 先に結論から言うと、二人の実力は分からなかった。まあ、そりゃそうだって感じだが、気付いたことはある。

 

 リサのベースは、周りをそっと優しく包み込み、しっかりとした安心感を与える。そんな風に感じた。

 次にあこちゃんのドラムは、聴いてるだけで自然と踊り出しそうになったし、あの小さい体からは想像もできないぐらい音は力強く、存在感がある。

 

 どちらも見当はずれな感想なのかも知れないが、こう間近で聞いてみるとそれぞれの音に色があって面白いな、と素人なりに思っていたわけである。

 

「思ってたより弾けてるじゃんアタシ♪和也どうだった?」

 

「技術的なことは何にも分からなかったけど、そうだな…なんというかこう、らしいなって感じた」

 

「つまり…どういうことカズ兄?」

 

「リサのベースは優しい!あこちゃんのドラムは元気!…だから、どっちもリサとあこちゃんらしいなって思った」

 

 「何か照れるな~」と頬をかくリサと、「えへへ~」と喜ぶあこちゃん。その二人を見て俺も自然と笑みが零れる。皆真剣なのに何故か少しも硬くない。良い空気だ。

 

「よし、じゃあ気になったとことか難しかったところの練習しよっか」

 

「古の実力を超えた時、妾はまた新なる姿へと進化を遂げる!!」

 

「ああ、楽しみにしてるぞ!頑張れよ二人とも!」

 

 

 

 △▼△▼△▼△

 

 

 

 昨夜、全力で応援すると誓っていた俺ですが、今やれることはというと、ほぼほぼ無いわけであってね。もちろんちゃんと二人の音を聴いてるよ?でも、上手い下手は分からないし、教えることもできない。

 だって、俺ってば音楽素人だぜ?楽器経験だって、昔幼馴染三人と友希那父でやったセッションごっこで、俺の担当だったカスタネットと、小、中学校で皆必ずやるリコーダーぐらいだぜ?こんなの聞いた人にとっちゃ『それは楽器経験とは言えません!ふざけてるのですか?!』って怒られるレベルだからな。ちなみに今のイメージは、もちろん氷川さんだ。友情出演ありがとう!

 ……と、まあ、そんなこんなで、俺ができることといったら、二人が頑張って練習している間に飲み物とタオルを用意するのと、

 

「かっけぇ……」

 

 って、呟くぐらいしかない。あ、「うめぇ……」、「すげぇ……」もあったな。う~ん、この小並感。

 リサが持つ赤くてカッコイイベースを見ていると、これならもっと昔から音楽を学んでいたらなぁ、と度々思う。

 音楽に触れる機会が無かったわけではない。仲の良い幼馴染二人が音楽をやっているとなると、そりゃ機会は待ってなくても来る。

 リサは、ベースを一回辞めはしたものの、たしか中学一年生まではやっていたわけだし、友希那はというと説明不要だろってレベルで歌が上手いし、昨日みたいに一人で近くのライブハウスのステージに立っている。そしてその上、父親は有名なレコード会社からCDを出していて、日本各地でライブできるぐらいには有名だったプロのミュージシャンで――、

 

「え、俺なんで音楽やってねーんだ?自分自身に引くわぁ」

 

 思い返してみると、音楽に触れる機会どうこうの話ではなく、そこらの高校生と比べ物にならないぐらい音楽に囲まれていた。

 そんな状況下で16年間生きていて、ここまで音楽に対して無知な自分は、もはや心を持っていないのでは、と疑ってしまう領域である。いったい、今まで何を聞いてきたのだろうか。

 などと、呆れていると、リサがベースを下ろして台へと置いたので、俺は買ってきた水とタオルを掴む。久々にきた出番だ。

 

「少し休憩ー」

 

「お疲れ様。はい、リサ、水とタオルだ」

 

「お、気が利くね~。ありがと♪」

 

 リサは、タオルで汗を少し拭くと首にかけ、水をペットボトルの半分まで一気に飲み干し、「疲れた~」と手首をほぐす。

 その横顔を何となく見ていると、リサが拭き切れていなかった汗が火照った頬を伝い、綺麗な首筋をまるで舐めるかのようにゆっくりと――、

 

「…………リサ、もっとちゃんと汗拭いた方がいいぞ」

 

「え?うん、分かった。…って、何でむこう向いてるの?」

 

「…どこ向こうが、俺の自由だろ?」

 

「確かにそうだけど」

 

「カズ兄凄く顔赤いよ大丈夫??!」

 

「!?」

 

 言いにくい理由で赤くなった顔を見せまいと背けたというのに、その方向にはあこちゃんがいた。

 あこちゃんのことを忘れていた。しかも、あこちゃんはあこちゃんで、汗で服が張り付いていて下着がうっすらと――、

 

「バッッ!!!」

 

 完全に挟まれた。つまり、一言で言うと、詰んだ。

 さあ、この場をどうやって乗り越える稲城和也?!必死に頭を回せ!諦めるな!さもなくばここが墓場になるぞ!流石に死んでからは静かな場所で眠りたいだろ?!

 ああもちろんだ俺。ここは大人の対応で乗り切ろう。忘れるな、冷静に言えよ、俺は少しも焦っていないと感じさせるために。大丈夫、俺ならできる。

 

「こっ、この部屋……あ、あつっ、、暑くね…?」

 

「…カズ兄?」

 

「和也…?」

 

 二人の視線が固まっているのを感じとり、俺も上げた口角をピクピクと痙攣させる。

 ――終わった。二人共俺のことを、うわぁ…いきなり何か変なこと言ってきたよ何こいつ…、って目で見つめている。これは完全にもう。。

 ごめんなリサ。どうやら俺はここまでのようだ。俺がいなくなってもきっとリサは大丈夫だから俺の分までも友希那を近くで支えてやってくれ。俺は遠くで二人のことをずっと変わらず応援してるからな。

 それとあこちゃん。あこちゃんは俺なんかみたいな薄汚れた人間にならないで、ずっと純粋のままでいてくれ――。

 

「やっぱり暑いよね!あこも叩いてる時、ずっと思ってたんだーっ!!」

 

「……え?」

 

「そうだよね~、アタシも思ってたんだー。もうちょっと室温下げれないかな?」

 

「……お?」

 

「どうしたの?カズ兄?」

 

「和也?」

 

 え?俺、生きてる…?幼馴染と妹的存在との関係は切れてない?

 なんでだ?あぁ、そうか。この目の前にいる女神と天使に救われたのか。

 

「な、なんでもない」

 

「そう?なら良いんだけど…それにしても暑いなー」

 

「煉獄に封印されし灼熱の炎が……ドーン!バーン!」

 

「あはは、あこ、何それ?」

 

 やはり、やはりだ!二人共気付いてない!!

 ありがとうリサ。リサのおかげで俺はいなくならずに済んだ。これからも全力で応援するからな。

 ありがとうあこちゃん。あこちゃんからしたら嬉しくないかも知れないが、あこちゃんは堕ちることのない正真正銘の天使だ。

 よし、ならば俺も立ち上がろう。この二人の為に――、

 

「そうだよな!暑いよな!動いてない俺でもこんなに暑いんだからそりゃ二人はもっと暑いよな!!ちょっと、カウンターまで行って、涼しくしてもらえるように頼んでくるわ!あと、そのついでにお金も払っとくから、何の心配もせずに練習続けておいてくれ!!」

 

「う、うん…ありがと。…後でちゃんとその分のお金渡すから金額教えてね?」

 

「いやいや、そんなのいいって!頑張る二人を見てたら払いたいって思ったんだ!…そう、あれだ!リサとあこちゃんの上手い演奏をこんなに近くで、しかも、独り占めさせてもらえてるっていうことへのお礼でもある!」

 

「お世辞だって分かってても、そこまで熱く言われたら嬉しいし、駄目って言いにくいなぁ……それじゃあ、今回だけ和也に甘えちゃおうかな?」

 

「カズ兄本当にいいの?」

 

「いいってことよ。それじゃあ、行ってくる!頑張ってるって分かってるけど、二人とも頑張れよー」

 

 そう言うと俺は練習スタジオから出て、カウンターへと走った。

 奢る理由はさっき言った通りだ。決してやましいことを感じたことへの罪滅ぼしなんかではない。決してだ。いいか?そう、決してそんな理由ではない。

 

 あと、練習が終わった帰り道にアイスも買った。

 

 

 

 ――――――――――――――

 ―――――――――

 ――――

 ――

 

 

「起立、礼」

 

『さよならー』

 

「さいならーっと、結構長引いたな……」

 

 学校行事のお知らせに、班決め。そしてまさかの席替えによって、HRが終わるのがいつもより40分も遅くなったことにより、顧問や先輩に怒られまいと、運動部員が我先にと教室を出ていき、俺の周りは一瞬にして誰もいなくなった。

 

「俺も早く行かないと」

 

「なあ、和也」

 

「げっ……達哉」

 

「げってなんだよ、げって」

 

 訂正、一人を除いて。

 

 今日は、4日ぶりに取れたスタジオで特訓がある。

 俺は前と変わらず、アドバイスとかできるわけではないが、それでも何か出来ることがあるかもしれないから早く行きたいってわけだ。

 そんな感じで急いでる俺からしたら、このタイミングで達哉に捕まるほどだるいことはない。運悪いな今日の俺。

 

「悪いけど急いでるから、昼休みにしてたサイドバック論争の続きはできないぞ。……ってか、部活は?」

 

「将来性も込めてバンビザカに期待ってことで珍しく意見が合ったから逆サイドの話の続きは明日ってなってたじゃねーか。あと、今日の部活はオフだ。だからサボったやつを冷たく見るような目を向けるな」

 

「残念ながらこれはお前を心底めんどくさいって思ってる目だ。…で、何のようだ?早くしてくれ」

 

「酷くなってんじゃねーか。…まあ、それはどうでもいい。最近和也急いで帰ってるなーって思ってな、何か始めたのか?」

 

 いつも急いでる理由は、スタジオの予約をするため。

 ここら一帯のライブハウスを探し、スタジオが空いてないか電話して聞く。そして空いていたら予約を入れる。

 急いで帰ったところで、前のように普通に帰るのとそう変わらない。頑張って5分縮まるぐらいだ。しかし、もし他の人が俺よりも一秒早く予約を入れてたら――、と思うと急がずにはいられない。善は急げって言うだろ。

 まぁ、想い届かず、今日と明日しか予約取れなかったのだがな。

 

「何で急いでる今なんだよ、昼休みに聞けよ…行っていいか?」

 

「いいけどその場合は、今日暇なこの俺がついていくことになるぞ?」

 

「達哉お前…相変わらずいい性格してるな」

 

「だからお前には負けるって」

 

「お願いだから、風邪ひいてくれ」

 

 攻撃意識をできるだけオブラートに包む必要はなかったが、心に浮かんだ言葉をそのままぶつけるのは何となく憚られたのでやめておいた。

 それにしても、どうしたものか――、

 

「本気でついてくるつもりか?」

 

「そうだけど…あ、あれだろ、和也お前いつの間に彼女作って――」

 

「ちげーよ!…ああもういい!俺の負けだ、折れてやる」

 

「彼女じゃないのかよ。寂しいやつだな」

 

 慣れはしたものの、相変わらず一言多い奴だ。

 だが、今日の俺は食いつかない。これ以上達哉に時間を取られると、本気で殴ってしまいそうだからである。

 まあ、それに、別にそこまで隠すことでも無いし。

 

「…幼馴染がバンドの特訓をするからそれに行くんだよ」

 

「お前がバンドね…って幼馴染いたんだな。初めて聞いた。」

 

「俺はやらないぞ。あれ?幼馴染のこと言ってなかったっけ?」

 

「少なくとも俺の記憶には無い」

 

「そうか、悪かったな。で、話したし、もう行っていいか?」

 

 達哉は「どうぞ」とドアの方へ手を向け、俺に帰るよう促す。

 何だか調子に乗っているように感じたその仕草に少しイラつきを覚えながらも俺は教室から出ようとした時、いきなり達哉がリュックを掴んで、

 

「和也、最後に一つだけいいか?」

 

「……なんだよ…」

 

「楽しいか?」

 

 達哉の目は、いつもと違って、真剣に感じた。

 いや、前に一度だけ同じ目を向けられたことがある。

 それは、俺がサッカーを続けないと言った時。確か、達哉は今と同じ目で俺の本心を見通すかの様に見ていた。

 あの時は少し怖いと感じた。しかし、今は不思議と――、

 

「ああ、最高だ!」

 

「…ならよかった!ほら早く行けよ」

 

「言われなくてもそうするっての、じゃあまた」

 

「おう」

 

 達哉の質問に答えた時、俺も達哉も自然と笑みを浮かべているように感じたのはきっと気のせいだろう。

 本当に達哉は変な奴だ。一言多いし、むかつくし。

 だが、一緒にいて嫌だとは思わない。

 

 今度ライブ行くときに誘ってやるとするか。

 

 

 △▼△▼△▼△

 

 

 

「はぁ…はぁ…やっっとついた」

 

 学校から走り続けて数十分。ようやく今日使うライブハウスに着いた。

 俺が帰るのが遅くなったのと、このライブハウスは俺の高校より羽女の方が近いので、リサとあこちゃんがもうすでにスタジオに入ってるはずだ。俺が練習するわけではないので、俺が初めにいなくても何も問題は無い。

 お、受付に案内されたスタジオに近づくにつれ、ベースとドラムの音がしっかりと聞こえるようになってきた。聴いたことがない、知らない曲だ。

 だけど、友希那が歌ってた曲にどこか似てるなー、と思っていると扉の前まで来たので、迷惑にならないようにその曲が終わるのを待ってから、

 

「悪い遅くなった」

 

「お、和也来てくれたんだ~」

 

「久しぶりカズ兄!」

 

 こうも笑顔で出迎えてくれると、嬉しいものだ。

 この二人に邪魔者扱いされたら俺は生きていけない気がする。うん、その瞬間灰になる。

 

「ああ、久しぶりだな、あこちゃん。外でちょっとだけ聴いてたんだけどさ、二人共凄く上達してるって思ったぞ」

 

「ありがとね~☆でも、まだ足りないと思うからもっと練習しないと」

 

「……リサの顔ってそんなんだっけ?」

 

「??!…何それ悪口?」

 

「いやいや違う違う!何というかその……雰囲気が違うというかだな……」

 

「あ~、ちょっと今日はメイク濃くしてるからじゃない?和也って今までそんなの気にしなかったからびっくりしたじゃん」

 

「悪い、そういうの気付くの苦手でな……って、時間取ってしまって悪い、二人共特訓の続きをしてくれ。頑張れよ」

 

 頑張ってる相手に頑張れよって言うのは、何だか違和感を覚えるのだが、二人がこうして「うん!」と明るい声で返事をしてから、真剣な表情で楽器と向き合うのを見ると、そんなものは考える価値すらない些細な問題だと思えてくる。あと、他に応援の言葉を知らない。

 

「やっぱり二人共良い感じだな」

 

 俺は演奏する二人を見て、完全に安心していた。

 

 ――あの時までは。

 

 俺が来てから、約20分後。

 その前兆は起きていた。

 

「う~ん…なんでここ上手くいかないんだろう…?」

 

「一回休憩したらどうだ?案外それで解決するかもしれないぞ」

 

「いや、遠慮しとく…もうちょっとで何か掴めそうな感じがするし」

 

「そうか、ならいいんだけど」

 

 俺はこの時のリサを見て、いつもより苦戦してるな、としか思ってなかった。

 あの友希那が選んだ曲ということは、難しいところも当然ある。だから、リサは苦戦している、そう思っていた。

 

 そして、その10分後。

 リサのミスが目立つようになった。素人の俺にも分かるレベルのミス。そして、それはリサが以前は何の引っ掛かりもなく弾けていたフレーズだった。

 いや、そんなことよりも――、

 

「なんで…前は普通に弾けてたじゃん!なのになんで?!」

 

 リサは髪を掻きむしり、「もう一回ッッ」と歯を強く食いしばりながら、がむしゃらにベースを弾き続ける。

 その音には、前のような優しさは残っておらず、聴いているだけで心が暗く、重くなってゆく。

 

 ――俺の嫌いな空気だ。

 

「リサ姉…」

 

「リサ、休憩しよう。水でも飲んで一回落ち着いたらどうだ」

 

「辞めて止めないで!もう時間がないの和也も知ってるでしょ?!」

 

「ああ、知ってる。だけどなリサ…その……今のリサは見ているだけで辛くなる」

 

 こんなリサの姿初めて見た。

 面倒見がよく、初対面の人にも優しくて、お化けが苦手で、温情に溢れ案外涙もろい。そして、俺をよくからかってきて、過保護なくらい友希那のことを大事にしている。いつも見守ってくれてるような温かい瞳を俺と友希那に向けてくれるよく笑う少女、それが俺が知ってるリサだった。

 

 いつも心に温かさをくれるリサだからこそ、今の荒れ果てた姿は何よりも耐え難く、辛かった。

 

「だとしても休憩はできない!このままじゃ友希那と……――あれ…?」

 

「!!?ッリサッッ!!」

 

 まるで支えを無くしたかのように、リサは突然倒れた。

 不幸中の幸いか、目の前で倒れたため、俺の手が間に合って頭を打つことは防げたが、リサはぐったりとして、目を瞑ったままだ。

 

「リ…リサ姉……」

 

「…リサッ!おい!しっかりしろ!」

 

「どどど…どうしよう、リサ姉が…リサ姉がっ…」

 

 まずい、完全に俺もあこちゃんも動揺してパニックを起こしている。

 ひとまず、リサをソファーに寝かせたがここからどうすればいい?あこちゃんは泣きだしてしまって動けそうにもないし、かといって、俺がリサから離れるのもできない。

 

「白金さんの時はどうしてた…?…くそ!あの時何とかしたのはリサだ」

 

 思い返せば、いつもリサが何とかしてくれていた。俺はそれに気づいてるようで、本当は気付けてなかった。今まで、心の片隅で最後はリサなら何とかしてくれると思っていたのかもしれない。

 これは、そんな風に甘え続けていた代償なのか、リサの助けが無くなった今、俺はどうすればいいのか考えているようで、何も考えれていない。こんなにも慌てて、何もできていない。

 

「ごめん…リサ…」

 

「…か…ずや……」

 

 無力さを実感し、呆れ、打ちのめされていたその時、制服が引っ張られる感覚とともに、小さな声が耳に届いた。

 目を開けると、俺にしがみつく少女――リサが俺を支えとして体を起こそうとしていた。

 

「リサ…!」

 

「ごめん和也…ちょっと眩暈でバランス崩しただけだからもう大丈夫…」

 

「大丈夫って…そんなわけないだろ……ッ!」

 

「ほんとに大丈夫だって…だから、和也お願い。ベース持ってきて…」

 

 震える手。真っ青な顔色。弱々しい声――。

 そうか、初めにリサの顔を見た時に抱いた違和感の正体はこれだったのか。リサは、おそらく最初から無理をしていた。そして、リサ自身も自分が無理をしていることを分かっていた。

 だからリサは、顔色が悪いのを隠すために、今日は化粧を濃くしていたのだ。俺にそこまで無理していることがバレれば、練習を止められるから。

 

 だとしても、俺が気付けなかった理由――言い訳にはならない。

 そんな言い訳が通るような薄い繋がりには絶対になりたくない。絶対になりたくないから、俺は今まで気づかなかった分も――、

 

「早く練習の続きをしないと…さっきのところ弾けるようにならないと…」

 

「リサ」

 

「どうしよう和也……アタシどうしたら」

 

「リサ!!」

 

「?!」

 

 俺の声に驚いたリサはとっさに俺から手を放し、支えを無くした体は再び崩れそうになる。が、そうなることは分かっていたので、両肩を掴んでそっとリサを寝かせると、本気なのを伝えるために少し低い声で、

 

「いい加減にしろよ、これ以上無理をしたら怒るからな」

 

「で…でも……このままだと…間に合わない…間に合わなかったら、ゆ、友希那……アタシ…アタシっ…!」

 

「あと一日ある、だから大丈夫だ、安心しろ。さっきリサが上手くいかなかった理由は疲れが出たからだ。休めばきっと、いや、絶対に上手く弾けるって」

 

「…アタシはそうは思わない…」

 

「いいや、思う!リサが思ってない分も俺が思ってるからな!リサは確実に上手くなってる。そうに違いない!」

 

「和也……」

 

 音楽素人の俺でも、これだけは自信を持って言えた。

 それはもちろん、リサが倒れるまで自らを追い込んでいたのもあるが、それよりもさっき俺を掴む手を見てそう思った。

 リサの手の爪は荒れていて、酷くボロボロだった。ネイル好きで手入れを欠かさないはずのリサが、爪をここまでボロボロにするということは、使える可能な限りの時間を全て練習に費やしていたからで、何よりも上手くなりたいと願い、それを少しでも叶えるために努力し続けた結果だろう。それこそ、寝る間も惜しんでまで。

 

 俺が今日来た時だって無理をしていたはずなのに、弾いてた曲は四日前に聴いた時より確実に良くなっていて、引き込まれた。だから、リサは見違えるほど上手くなっているに違いない。

 

「それにな、リサ。仮に今ここで無理をして弾き続けたとしても、ちっとも上手くいかないだろうし、体調が悪化するだけで良いことないぞ。それに、また倒れて入院することになっても、友希那はきっとオーディションの日にちを変えてくれないと思うぞ。最高のコンディションで本番に臨めるように調整するのも実力の一つだからな」

 

「…うん……」

 

「人間は全力で走り続けることはできない。だから、何回でも立ち止まっていいんだ。最終的にそれが、ずっと走り続けれることに繋がると思うからさ。…つまり、あれだ。合格して友希那と一緒にバンドをするためにも、今はゆっくり休め」

 

「……所々無理矢理じゃん」

 

「俺だって気にしてんだから言うなよ…だけど、これが俺がリサに伝えたかったことだ。……悪いかよ…」

 

 無理矢理どころか自分ですら意味の分からないところもあり、段々と恥ずかしく思えてきたので頭の後ろを掻いていると、「あはは」と微かだったが確かなリサの笑い声が聞こえ、

 

「分かった…休むよ」

 

「そうか、今日はよく休め」

 

「和也…ありがとうね」

 

「これぐらい幼馴染として当然だ」

 

「そっか、ありがと」

 

 その言葉を最後に、リサは目を閉じた。

 隣のスタジオの音が心配だったのだが、どうやら過ぎた心配だったらしく、リサはすぐに眠りに入った。それぐらい疲れていた中で頑張ってたんだ、オーディションも絶対上手くいく。

 

 すると、リサの頬に煌めく物が一粒。

 俺は起こさないようにそっと拭き取り、スヤスヤと気持ちよさそうに寝息を立てている横顔に「頑張ったな」と微笑み掛けた。

 

「にしても、やっぱりリサは元が良いからもっと化粧は薄くした方が」

 

「か、カズ兄~~~っ」

 

「あ、あこ…ちゃん」

 

 振り向くと、大粒の涙を流すあこちゃんがいた。

 その姿を見て、途中でほったらかしにしてしまった上に、最後は完全に忘れていたことを思い出し、焦りが積もってゆくのを感じながら、またやったのか俺は、と心の中で俺をひたすらにお仕置きをする。

 あこちゃんを一度ならず二度までも忘れるとは、どうやら俺には救いようが無いらしい。

 

「リサ姉はっ、リサ姉は大丈夫なのーーっ?!」

 

「あ、ああ……うん、リサは疲れすぎて寝ているだけだ。安心していいぞ。あこちゃんは無理してないか?」

 

「あこは大丈夫っ、それよりもリサ姉が無事で良かったーーっっ!」

 

 「うぇ~ん!」と泣きじゃるあこちゃんの零れる涙を拭ったり、頭を撫でたり、持っていたお菓子をあげたりして何とかして落ち着かそうとするが、一向にその気配はしない。ってか、中学三年生のあこちゃん相手に、そんなあやし方しかできない自分もどうなのかと思う。

 

「とりあえず…今日はあこちゃんも休もっか」

 

「わっ、分かったー…っ!」

 

 ――お願いです白金さん。泣きじゃくるあこちゃんと今にも泣き出してしまいそうな俺を助けに来てください。できれば今すぐに。

 

 

 ――――――――――――――

 ―――――――――

 ――――

 ――

 

 

「最後の練習終わっちゃたね~。あー、ヤバいかも、凄く緊張してきた」

 

「あ、あこも…」

 

「この一週間全力で特訓してきたんだから二人共大丈夫だって!!あとは、当たって貫けだ!」

 

「当たって砕けろじゃなくて?」

 

「砕けたら駄目だろ」

 

 「あ、そっか」と苦笑するリサと、カッコイイ言葉を並べようとして途中で諦めるあこちゃんを横目に俺は「だろ?」と笑いかける。

 今日はオーディション前日。

 オーディション前最後の特訓を終え、俺とリサとあこちゃんの三人は帰路に立っていた。

 

「そういえばさ、何で和也って練習のことを特訓って呼んでるの?」

 

「あこも少し気になってたーっ!」

 

「ここでそれを聞いてくるとは流石だな二人共」

 

 何か深い意味があるような口振りで返してしまったが、もちろんこれといった理由は無いため、内心では凄く焦っている俺である。

 と、ここでそれっぽい理由が下りてきたので、「決まってんだろ?」とカッコつけてから、

 

「練習よりも特訓の方が特別感あって早く上達できそうだからな!あと、響きがカッコイイ」

 

「ほんとだー!特訓特訓~っ!!!」

 

「ちょっとアタシには分からないかなぁ」

 

 そんな風にくだらない話をして笑い合いながら、一週間の特訓は幕を閉じた。

 

 さあ、待ってろよ友希那、氷川さん。

 努力し続けて成長したリサとあこちゃんの音に驚く二人の顔を見るのが楽しみだ。

 

 

 

 




 最後まで読んでいただきありがとうございました!

 ストーリー進むのが遅い私にしては珍しく一話だけで一週間もの時が流れました。そのおかげ?か、なんと文字数は、11111文字!ゾロ目です!

 次の話は、ついにやってくるオーディション!!
 どのようになるかは、私もまだ知らない(決めてない)
 一週間以内に完成できればなぁ、と思っています。

 お気に入り登録、高評価、感想は、モチベに繋がります、遠慮せずにじゃんじゃんくださいお願いします(懇願)
 それでは皆さん、また次回にお会いしましょう。ばいちっ!!



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5歩目 三人の挑戦者

 こんにちは、ピポヒナです。
 お気に入り20人突破しましたー!!ありがとうございます!!!
 目標はお気に入り100人なので、1/5達成ですね、まだまだ頑張りますよー!

 Roseliaの映画化決まりましたね!!『約束』『Song I am』たぶん2章編成ですよね?!最高です!!ノーブルローズ大好きです!!!!泣きます!!

 それでは本編どうぞー





「――どうしてあなたが来ているのですか…?」

 

 腕を組みながら俺の前に立つ翠色の髪の少女――氷川さんは、明らかに嫌そうな表情でそう言った。

 

「やっぱりそうなるよなー。まあ、実際、俺も今日来ていいのか迷ったわけだし」

 

「今日はバンドのオーディションです。オーディションを受けないあなたが来るのはどう考えてもおかしいでしょ」

 

「まあまあ、そんなこと言われたってもう来ちゃったわけだしさ…いいじゃん、な?」

 

「駄目です」

 

「そこをなんとか!」

 

「駄目です!!」

 

 フンッ、とでも言いそうに氷川さんは俺から顔を逸らすが、俺がその程度で諦めるはずもなく「お願いします!」と顔の前で手を合わせて一生懸命に頼み続ける。

 

 俺が今頼んでいるのは、オーディションの見学をさせてもらうこと。

 氷川さんが言うように、確かに俺はオーディションを受けないが、あれだけ頑張り続けた二人を近くで見ていたのだから、そりゃ本番だって見たくもなるだろう。

 

「頼む!」

 

「何度言ってきても私の意見は変わりません!…そもそも、あなた自身も今日来るのに疑問を抱いていたというのなら、どうして来たのですか?」

 

「それはだな…」

 

 

 ――時は、数十分遡る。

 

「んー…そもそも俺って今日行っていいのか…?」

 

「あれ?和也、何してるの?」

 

「…あ、リサか。ちょっと悩んでて…って、あこちゃんもいたんだな」

 

 俺が通っている高校の校門前。どうしようかと悩んでた俺を見つけたリサが声をかけてきた。

 「カズ兄ーっ!」と今日も元気なあこちゃんに手を振り返していると、リサが俺の顔を少し覗き込んで、

 

「それで、悩みごとって?…もしかして、この後のオーディションのこと?」

 

「ああ、ズバリ言うとそうだ。…ほら、俺ってオーディション受けないからただの見学者じゃん?要らない存在じゃん?」

 

「そこまでじゃないと思うけど…いなくても別に問題は無いって意味では確かにそうかもねぇ…」

 

「だろ?だから、俺が行っても、スタジオに入れてもらえないんじゃないかって思ってな。友希那と氷川さんが許してくれるかどうか…」

 

「――私は構わないわ」

 

 リサとあこちゃんの後ろから出てきたのは、綺麗な銀髪を風になびかせる友希那だった。

 リサがあこちゃんと一緒に向かうというのに、友希那がいないのはおかしいと思ってはいたものの、まさか後ろに隠れていたとは。

 

「友希那…お前、いつからいたんだよ」

 

「初めからいたわよ」

 

「ならもっと前に出て来いよ!」

 

「まあまあ、とりあえず友希那が来ていいって言ってくれてるわけだしさ、このまま一緒に行こうよ☆」

 

 

※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ 

 

 

「ってなことがあってな」

 

「つまり…湊さんは許していると?」

 

「つまりそういうことになるな」

 

「…」

 

 今まで動く気配のなかった氷川さんが、考える仕草をした。

 これが何を意味するか分かるだろうか?そう、氷川さんの心が動きかけているということ!

 例えるなら、重いものは一度動き始めるとその先は容易に動かせるようになるのと同じ。

 つまり俺の勝ちが近づいてきているということだ。

 

「ってなわけで、な?友希那は許してくれているわけだし何の問題もないだろ?だから俺は見学させてもら」

 

「あなたが言っていることが嘘の可能性もあります。それに、仮に本当だったとしても、まだ私はあなたを見学させる必要性は無いと考えているので、このことについては湊さんと話し合いたいと思います」

 

「…まじか……」

 

 どうやら、さっきのは俺の思い違いだったらしく、氷川さんの心はアロン〇ルフアか何かで固められているのか、と疑ってしまうほどには硬く動かなかった。ってか、いくら何でも硬すぎるだろ。

 

「…はは…今日も今日とて氷川さんは相変わらず守備かてぇなぁ……」

 

「不快に感じたので、今のような言い方はやめてください」

 

「はーい。…ッじゃなくて、分かりました!!」

 

 睨んできた。今確実に睨んできた!氷川さんの無言の圧力を前に、俺の神経が逆らってはいけないと警報を鳴らした!!

 それと同時に、氷川さんと初めて話した時に感じたことは間違いでは無かったということが証明され、俺の中にあった一つの疑惑が確信へと変わる。

 

 ――俺、氷川さんのこと苦手だ。

 

「和也、まだ頼んでたの?」

 

「カズ兄、何か分からないけど大丈夫?」

 

「…リサ…あこちゃん…二人はやっぱり優しいな…」

 

 カウンターで受付をしていた女神と天使――リサとあこちゃんが戻ってきた。

 このことは俺にとって、凄く喜ばしいことだ。もちろん、二人の優しさが傷ついた俺の心を癒すからでもあるが、今はそれよりも、受付が終わったという事実がでかい。受付にはリサとあこちゃんとあともう一人が向かっていたからだ。

 まだ分からないって?つまりだな――、

 

「まだやっていたの?」

 

「やっと来てくれたか友希那!!!」

 

「稲城さんがオーディションを見学することを、あなたが許可したと聞きましたがそれは本当ですか?」

 

「ええ」

 

「頼む友希那!俺が見学できるよう氷川さんを説得してくれ!」

 

「静かにしてください」

 

「…はい……」

 

 落ち込む俺をあこちゃんが「大丈夫?」と心配そうに見つめてくる。それによって救われたのでお礼を言うと、「どういたしまして!」と笑ってくれた。やはり、あこちゃんは天使のようだ。

 またも天使のおかげで立ち直れたので二人の会話に耳を傾けると、氷川さんが言っていたように俺をどうするかを話し合っていた。

 

「彼にはオーディションが終わったらすぐに出て行ってもらうつもりよ」

 

「それなら見学自体させなくてもいいのでは…?私には稲城さんが見学をする必要性が一つも分かりません…何か理由があるのですか?」

 

「あの夜にその場にいた。それが彼の見学を許した理由よ。紗夜、あなたのギターは、オーディエンスが一人いるだけでパフォーマンスが落ちてしまうような弱い音なの?」

 

「違います!」

 

「そう、なら断る理由も無いわね」

 

 「…分かりました…っ!」と歯を食いしばる氷川さんの顔は、明らかに認めていない人の表情だ。

 それでも、言葉だけでも認めたのは、氷川さんの性格が関わっているのだろう。おそらく、氷川さんは負けず嫌いで、友希那の挑発するような言葉に食いついてしまったのだろう。と、予測を立ててみたのは、氷川さんを知って苦手な気持ちを少しでも軽減させるためだ。

 前にも言ったが、友希那のバンドメンバーになるのならできるだけ仲良くなっていきたい。リサとあこちゃんが合格すればなおさらの話だしな。

 

「まあ、それぐらいで直るなら元々苦手にはならないか」

 

「和也ー、来ないのー?」

 

「もちろん行きます!行かせてもらいます!!」

 

 リサに笑われながらスタジオに入ると、氷川さんと目が合った。また睨まれるのは勘弁なので、すぐさま目を逸らし、どこか逃げ場はないのかと首を振ると近くに友希那を見つけ、ちょうど話したいこともあったので隣にへと近づく。

 すると、近づく俺に気付いた友希那は、「何?」と小さかったが俺に確かに聞こえる声で呟いた。

 

「オーディションっていつからやるんだ?」

 

「それぞれの準備が終わったらすぐに始めるつもりよ」

 

「なるほどね…それで、次が本当に聞きたかったことなんだけどさ。――友希那は、二人が合格すると思うか?」

 

 俺の質問に対し、友希那はそっと目を閉じる。そして、沈黙。

 5秒にも満たない沈黙の後、友希那は力強く、それでいて、いつもと変わらない落ち着いた口調で、

 

「それは二人の実力次第、実際に演奏するまで私には分からないわ。ただ、私は幼馴染だからと言って合格の基準を下げることはない。それだけは確かよ」

 

 そう言い終わると瞼を上げ、俺の目をジッと見つめてくる。そこに立つのはもう、俺がよく知っている幼馴染ではない。

 俺の隣に立っているのは、音楽に全てを捧げた孤高の歌姫――湊友希那。

 

「そっか…ありがとよ。ここでお前に贔屓なんてされたら頑張ってきた二人が可哀想だからな、その言葉が聞けて良かったぜ」

 

「そう」

 

「それと…!」

 

 俺は友希那の前へと移動し、向かい合う形になる。そして、今までのお返しと言わんばかりに友希那の目を真っ直ぐに見つめながら、鋭く伸ばした人差し指を目の前に突きつけた。

 その姿はまさに、強者へ果たし状を突きつける挑戦者が如く!

 

「このオーディションでリサとあこちゃんの二人は、必ず合格してお前のバンドに入る!!!」

 

「――――」

 

「余裕な面して構えてたら足元掬ってやるからな。二人の演奏にビビッて途中で歌うの忘れるなよ?」

 

 ――湊友希那への宣戦布告。

 応援すると誓ったが、それはあの日のライブの借りを返してからだ。

 

「――楽しみにしてるわ」

 

 そう言い、立ち去る時に友希那が見せた瞳は鋭く、逞しい。

 ――正面から受けて立つ。

 そんな覚悟が籠っているように感じた。

 

「…はっ、やっぱ強ぇな孤高の歌姫」

 

「ちょっと和也!なんで友希那にあんな挑発するようなこと言ったの?!」

 

「そうですよ!あれじゃあ、まるであこたちが…」

 

「お、リサ、あこちゃん。準備はもういいのか?」

 

「え、うん、バッチリだよ☆」

 

 「って、そうじゃなくて!」と、突っかかってくるリサを軽くいなす。

 リサがこんな風に言ってくるのも当たり前だ。リサ、あるいはあこちゃんが友希那にさっきの俺みたく言うのは、うわぁスゲー熱いな、となるだけでまだ普通なのだが、今回言ったのはそのどちらでもないこの俺だ。そりゃ、どう考えてもおかしいから、文句の一つも言いたくなるだろう。

 

「だけどな、二人共よく聞け」

 

「「??」」

 

「二人の頑張りとその成長は、ずっと見てきた俺が保証してやる。だからもっと自信を持てよ、二人の音は確実に良くなってるんだからな!」

 

 リサは、倒れても尚弾き続けようという強い意志の下頑張り続けた。

 あこちゃんは、特訓終わりにはいつも両手が酷使し続けた反動によって震えていた。

 

 二人は間違いなくこの一週間で限界を何度も超えた。それでもまだ自信が持てないと言うなら、俺が背中を押して、気付かせてやる。

 

「「――――」」

 

「あの…二人共?」

 

 俺がやらなきゃ誰がやる!と、俺はそんな勢いで言ったものの、こうも反応が返ってこないと「おーい」と手を振りたくなるものだ。

 黙りこくる二人の顔を不安気に見ていると、あこちゃんがいきなり目を輝かせて、

 

「カズ兄超カッコイイ~~っ!!あこ、カズ兄が言ってくれたようにもっと自信持つ!」

 

 少し驚いたもののすぐに「その意気だ!!」と、また鼓舞する。すると、それを見ていたリサが少し笑った。

 

「上手いこと丸め込まれた気はしなくはないけど…。うん、和也にそう言われちゃったら嫌でも自信湧いちゃうじゃん」

 

「いいじゃねぇか。オーディションの前だ、自信過剰なぐらいが丁度いい!」

 

「ははっ、和也らしい♪」

 

「そりゃ、俺だからな!」

 

 自信だけではどうにもならないことは沢山ある。今の俺がいきなりオーディションを受けたところで合格はあり得ない訳だしな。

 しかし、そもそも自信が無ければ何もできない。例え、成功させる実力を持っていたとしても、自信が無ければその実力が十分発揮されることは無い。この二人が不合格になった時、原因がこれだと今までの努力が無駄になる。

 それだけは何としてでも避けたかったから、とりあえず一安心。

 

「よし、それじゃあ自信も持ったことだし最後に…ん!」

 

「?…ああ、なるほどね♪」

 

「あこもあこも~」

 

「もちろんだ!」

 

 俺が出した拳に二人の拳がぶつかる。

 そして、それぞれの目に映るお互いの顔を見て、ニッと笑い合い――、

 

「ありったけをぶちかまして来いよ!!」

 

「闇に封じられし我が力、今こそ解き放つ時!!」

 

「えっ?!お、おーーー!!」

 

 予定に無かった円陣の結果は見ての通り。見事なまでに掛け声はバラバラで、少しも締まりが無い、そんな何とも言えない感じになった。

 それでも、不思議と気にはならなかった。気になったことと言えば、おそらく氷川さんのものであろう後ろからの視線ぐらいだろうか。

 

「…もういいかしら?」

 

「ああ、バッチリだ!…って待たせてたなら悪かったな」

 

「いいえ、丁度準備が終わったところよ」

 

「そうか、なら今から」

 

「ええ、オーディションで演奏する曲を発表するわ」

 

 友希那は氷川さんを呼び、全員揃ったのを確認すると前に立った。

 前に立つ友希那の姿を見ると、もうすぐ始まるオーディションへの緊張が走り、息を呑む。

 

「演奏してもらう曲は、この曲よ」

 

「その曲ですか、分かりました」

 

「ふー…よしっ!アタシならできる!」

 

「やったー!あこの大好きな曲だーっ!!」

 

 それぞれ思い思いの反応を取る中、ただ一人俺は、言葉を失くしていた。

 決しておかしいところは無く、この曲が選ばれる可能性は十分にあった。

 しかし、この曲は――、

 

「あの日と同じじゃねぇか…」

 

 一週間前のライブハウスと同じ。

 知らなかった幼馴染の一面を知った曲。

 一瞬にして俺の心を虜にした曲。

 

 ――今までに無かった感覚をくれた出会いの曲。

 

「確かにうってつけってわけだな…この曲はよ」

 

 友希那がどういう理由でこの曲を選んだのかは分からない。いや、俺がこうして思っている理由とは全く違うのだろう。

 しかし、今は何故かこの曲が選ばれたのは必然としか思えなかった。

 

「それじゃあ、始めるわよ」

 

「はい!カズ兄、あこのカッコイイドラム見ててね!」

 

「ああ、ちゃんと見るしちゃんと聴くっての。もちろんリサのベースもな」

 

「うん、ありがとね」

 

 そう言うと、リサとあこちゃんはそれぞれの配置につき、一つ息を大きく吐く。それを見て、俺も一息。そして、四人の中心に立つ友希那を見る。堂々と立つその姿は、一週間前のステージで歌う姿を彷彿とさせた。

 友希那は全員を見て「いくわよ」と意思を伝えると、マイクが音を拾うほど大きく、息を吸い、そして――、

 

「――やっぱり…すげぇ……」

 

 この曲はボーカルのソロから始まる。

 二人の演奏を聴くと言った手前、それまでは呑まれてはいけない、と何とか堪えてはいるものの、真っ直ぐで透き通った友希那の歌声が作り出す世界に、全身が着々と呑まれていくのを感じる。

 

 ――歌声が消えた。

 その瞬間、楽器隊が一斉に音を奏で合う。

 それはまるで、作り出した世界を広げるかのように。奏でられる音は世界に色彩を与えてゆく。彩られていく世界に俺は為す術も無く圧倒される。

 

 そして、歌声、ベース、ギター、ドラム――全てが重なり合った時、俺は完全にその世界に呑み込まれた。

 

 

 

 

「――――」

 

 沈黙。

 演奏が終わると、スタジオから音は無くなった。

 誰も何も言わない。いや、何も言えないの方が正しい。

 この場にいる誰もが目を見開き、唖然としていた。

 

「……」

 

 数秒後。誰も動けない中、初めに動いたのは友希那だった。

 友希那はリサ、氷川さん、あこちゃんの順にゆっくりと顔を向け、目を合わせてゆく。すると、それをきっかけに、まるで解き放たれたかのように全員が少しずつ動き始め――、

 

「……あ…あの…」

 

 沈黙を破ったのは、恐る恐る発されたような小さな声だった。

 しかし、全員の耳にその声は届き、声を発した少女――あこちゃんの方へと向く。

 

「い、今の演奏……あことリサ姉はどうでしたか…?」

 

「よ…かった。ええ、よかったわ。紗夜はどう?」

 

「私も同じです…ですが…今のは…」

 

「えっと…つまりあこたちは…」

 

「合格よ。リサ、あこ、これから同じバンドメンバーとしてお互い高め合っていきましょ」

 

 友希那は少し微笑みながら、優しい声でそう言った。その直後、あこちゃんの顔が一瞬にして明るくなり――、

 

「ぃやったぁーーーーーーーっ!!!!リサ姉!合格!合格だよ!!!」

 

「――ッ!!」

 

 まるで感情を爆発させたかのような喜びの声が、スタジオを満たす。それはいつも元気な声よりも明るく、大きい。おかげで未だに呑まれていた意識が戻った。

 

「カズ兄!!あこ達、合格したよ!!」

 

 少しすると、リサの手を引いたあこちゃんが駆け寄って来た。

 二人を笑顔で迎える俺もあこちゃんと同じく胸は喜びの感情に満ちている。そして、それを隠すつもりもないので、あこちゃんに負けないぐらいの声で、

 

「ああ!おめでとうあこちゃん!!おめでとうリサ!!」

 

「ありがとう!!あこたちが合格できたのはカズ兄の応援があったからだよ!ね、リサ姉?」

 

「う…うん…っ!」

 

 応援した相手から感謝される。応援する側の俺にとってこれ以上の労いは無いのかもしれない。

 涙が奥から込み上がってくるのを感じるが、流石にそれは見せられないと必死に押さえ付ける。

 

「二人共そんな嬉しいこと言ってくれちゃってよ…俺泣いちゃうぞ!…って、リ、リサ…?」

 

 込み上がる涙を誤魔化すように、腕で目を擦る動作をしながら冗談めいた感じで言った。

 しかし、ここで予想外の景色が視界に入り、俺は困惑してしまう。それはリサの瞳から大粒の涙が――、

 

「…っ…ごめん…見ないでっ……!」

 

「あ、ああ」

 

 顔を赤くし涙を拭うリサを見ないように俺はすぐさま後ろを向き、頭を抱えた。

 涙にはめっぽう弱い。泣いてるところを見ると頭が真っ白になり、何をしたらいいのか分からなくなる。

 

「……悪かった」

 

 これが俺がかけれる唯一の言葉だった。

 他に思い浮かぶのはどれも感謝の言葉。今のリサにかけてしまっては、涙を止めるどころか加速させてしまいそうで言えなかった。

 とりあえず落ち着くまで待とうとしていると、後ろから服を引っ張られたので、近くにいるもう一人の少女だと思い、

 

「ん…?あこちゃん、ごめんだけど今はちょっとそっち向けな」

 

「和也…」

 

「リサ?!」

 

 まさかのリサの声に思わず驚いてしまった。

 咄嗟にあこちゃんを探して、周りを見ると、いつの間にかあこちゃんは友希那の方に行っていた。全く、このタイミングで行くかよ。

 

「えっと…なに?」

 

「…こっち向いて」

 

「…いいのか?」

 

 返事はない。しかし、その代わりかのように再び服を引っ張られた。

 俺は深呼吸を一回して、振り返る。そして、視界に映ったリサが何かを言おうと口を開いた時――、

 

「――リサ、本当によく頑張ったな。ありがとう」

 

 気付いた時には言葉が出ていた。

 ――言わないつもりだったのに。

 そう後悔した。しかし、再び涙を流すリサを見た瞬間、そんなものは消え、別の感情が湧いてきた。だから、彼女の零れ落ちる涙をそっと拭き取ると、少し微笑みながら潤んだ瞳を見つめ、

 

「リサには笑顔が一番似合う。俺はリサの笑顔が見たい。…だからもう泣かないでくれ」

 

 収まってきていた涙を再び加速させたのは俺の言葉だ。だから、泣かないでくれと言うのはおかしいのかも知れない。しかしリサには笑っていて欲しい。

 そうだ、これはただの俺の願い――我儘だ。

 

 すると突然、リサが手を伸ばしてきたかと思うとそのまま掴まれ、回転させられた俺は訳も分からないまま再び後ろを向く。

 

「泣き止むから…!…だから、今は振り向かないで…っ…!」

 

「あ…ああ」

 

 強く放たれた嗚咽が混じったリサの言葉を拒むことはできるはずもない。鼻をすする音が後ろから聞こえる中、振り向かずに黙って過ごした。

 

「ありがと…もういいよ」

 

「分かった……その、悪かったな」

 

「ううん、和也は何にも悪くない」

 

「そっか……」

 

 ふと、張りの無い声が零れた。

 すると、一発。

 目の前のリサが手を叩き、

 

「アタシはもう泣き止んだんだし、この話はおしまい!ほら、和也もそんな顔しないで笑って笑って♪笑顔の方が好きなんでしょ?」

 

 腫れた目、残った涙痕、ほんのりと紅い頬――。

 一目でも分かるほど、リサの顔には泣いた跡はまだ残っている。しかし、リサの声は弾んでいるようで明るかった。

 

「ああ、笑顔が一番好きだ!リサも似合ってるぞ」

 

 ――いつもの温かい笑顔だ。

 我儘を聞いてくれたリサの要望に俺も応え、笑顔を浮かべる。それに対し、リサは「知ってる」と再び笑いかける。

 

「さっきの和也の真似をしたんだけどさ、どうだった?」

 

「どうだったって言われても俺自身のことはよく分からな」

 

「ですよね!!あこもそう感じました!!!!」

 

 突然会話を遮ったあこちゃんの声に、俺とリサは肩を弾ませる。

 何事?!と思っていると、どうやらリサも俺と同じで気になったようだったので、友希那達の会話に加わろうと提案すると案の定乗ってきた。だから、俺とリサは何か考えている様子の友希那達の方へと近づき、

 

「あこ、さっきの声凄かったけど何かあったの?」

 

「リサ姉!リサ姉もさっきの演奏の時、こうバーン!ってならなかった?」

 

「ば、バーン…?」

 

「宇田川さんが言いたかったのは、先程の演奏中に何か不思議なことが起こらなかった?だと思います。…私もなんと表現すればいいのかわかりませんが…こう…自然と体が動いて、いつもより上手く演奏ができてるような…」

 

「!アタシもなった!!ってことは友希那も?」

 

「ええ。…恐らくこれは、その場所、曲、楽器、機材、メンバー。技術やコンディションではない、そのときの、その瞬間にしか揃いえない条件下でだけ奏でられる音――」

 

「バンドの…醍醐味とでもいうのかしら…?雑誌のインタビューなどでみかけたこと見かけたことがあるけれど…まさか…」

 

「あの~」

 

 「ちょっといいか?」と右手を顔の高さまで上げると、一斉に視線が集まって、少しビクついてしまう。それを誤魔化すように咳ばらいをすると、氷川さんの視線が強くなった気がしたので逆効果だった。

 と、氷川さんも俺のこと嫌ってるっぽいなぁ、とかそんなことは置いといて。「それってさ」と前置きを置いてから、続きを言う。

 

「演奏してる皆の心が合わさったってことじゃないのか?」

 

 三位一体ならぬ四位一体!

 言った瞬間に四人は、有り得ない!って表情をしたのを見れば一目瞭然なのだか、その前からこれを初めてのセッションで起こすのは有り得ないことだと言うことは、音楽知識からっきしの俺でも分かっていた。

 しかしだ。

 有り得る、有り得ないも何も、実際に起こったのだからこう言うしかないのではないか。

 

「これは聴いてた側の感想だ。皆の演奏が作り出す世界に始まってすぐに呑み込まれた。あの演奏は俺が今まで聴いてきた中で、一番心に来るものがあったと思うぞ」

 

 最後に「どんな歌よりもな」と友希那の方を見ると目が合った。

 しかし、友希那は俺が視線を送った意味を悟れなかったのかキョトンとしてから、

 

「そう。和也がどんな音楽を聴いてきたかは知らないけど、そこまでの演奏を四人でできたのは良かったわ」

 

「はい。彼の感想を置いといたとしても、このジャンルにおいて重要なキーボードがいないこの状況で、あれだけの演奏をできたのは大きいことです」

 

「スタートダッシュ大成功☆って感じかな?」

 

「やたーーっ!カズ兄の一番だ~!」

 

「おう、一番だぞ!…って」

 

 友希那と氷川さんのセリフに少し引っ掛かった。特に氷川さん。

 サラッと俺の感想を置いとかれたのもあるが、今はそれよりも気になったところがあるのでスルー。

 

「氷川さん、今言ったこともう一回言ってくれ!」

 

「?…はぁ。このジャンルにおいて重要なキーボードがいないこの状況で、あれだけの演奏ができたのは大きいことです」

 

「――!つまりあれだよな?!その重要なキーボードが加われば、さっきのを超えるってことだよな?!」

 

「……そうですね。実力のあるキーボードが加われば、その可能性は十分にあるかと」

 

 やはりだ。俺が感じた引っ掛かりは間違いでは無かった。

 初めてのセッション、そして、メンバーが揃っていない不完全な状態であれだけの演奏。つまり、この先キーボードが加わり、練習を重ねて息を合わせてゆけばさっきの演奏を凌駕することはほぼ確定。

 

「伸びしろありすぎるだろっ……!」

 

 確信した。俺が次にやるべきこと――、

 

「俺もキーボードのメンバーを探す」

 

 友希那とリサの夢を叶えるにはバンドの完成は不可欠な要素だ。それなら、二人を応援する俺は少しでも完成が早くなるように尽力するしかないだろう。そう思い、提案した。

 しかし、それを聞いた氷川さんの反応は、良くなかったどころの話では無く、それはもう最悪だった。誰よりも早くに「やめてください」と俺を鋭く見ると、

 

「メンバーを探すのは完全にバンドの問題です!それに、今回のオーディションもですが、私はバンドメンバーでないあなたがこうして深く関わってくることを良く思ってません!私達が目指しているのは頂点。決して生半可な気持ちでは無いんですよ?!」

 

「このバンドが本気なのはとっくに一週間前から分かってる!さっきの演奏近くで聴いて、全員が俺が今までにしたことのないくらい努力してきたことが伝わった!だから、何か力になりたいと思ったんだよ!!」

 

「そうですか、しかし、あなたの助けなんて最初から頼んでません!」

 

「――!!だとしても!」

 

「ちょっと二人とも落ち着いて!!喧嘩は駄目だって!」

 

 リサが間に入り、俺と氷川さんを離す。そしてリサが「らしくないよ」とこっちを見てきて、ふと我に返った。

 それでも、一言書いただけで本気で言っていると伝わってくる氷川さんの声に激化された応援したい――力になりたいという強い想いは変わらない。

 

「…ごめんリサ、ついカッとなった。だけど断られても俺は」

 

「和也の想いは分かってる。…紗夜、和也はふざけることも多いけど、こういう時は真剣にやるし、ちゃんと信頼できる人だから。メンバーを探してもらうぐらい良いじゃん、協力してもらおうよ」

 

「そうですよ紗夜さん!カズ兄はいっぱいあことリサ姉の応援をしてくれましたし、それに、メンバーを探す人数は多い方が良いと思います!」

 

「…それなら一つ聞きますが、あなたにはキーボードを弾ける知人、もしくは何か当てはあるんですか?」

 

「そ…れは……」

 

 向けられる視線は変わらなかったが、さっきとは違って少し落ち着いた声で言われた質問に、俺は答えられなかった。

 すると、氷川さんは「そうだと思いました」と溜息をつき、

 

「あなたがどれだけ本気なのかは知りませんが、私達の力になれる手段を持っているとは思いません」

 

 心を深く抉る痛撃。

 それでも俺は、力になってくれようとしたリサとあこちゃんの為にも、そして、俺自身の決意の為にも痛む胸を無視して必死に食い下がろうと――、

 

「でも、それでも、俺でもメンバーを見つけれる方法はあるはずだ…!」

 

「遊びのバンドなら見つかると思います。しかし、このバンドに見合う人を見つけるのは無理でしょう」

 

「そうとは限らないだろ…色々なライブハウスに行って、それで、良いと思った人を見つけて声をかければ…」

 

「さっきも言いましたが、あなたはこのバンドのメンバーではないんですよ?少なくとも私は、今のあなたからバンドへの勧誘を受けても相手にはしません。時間の無駄に終わりそうなので」

 

「――ッ!?」

 

 何も言い返せない。氷川さんが言ってることは全て事実だ。

 技術の良し悪しがあまり分からない俺が連れてきた人など何の保証も無い。それに、例え技術とやる気を持っている人がいたとしても、何も無い俺の勧誘なんて受けるはずがない。

 ――駄目だ。俺には何もできない。

 

「オーディションが終わってから話し過ぎました。時間がもったいないです。稲城さん、練習を始めるので出て行ってください」

 

「ちょっと紗夜!その言い方は無いんじゃない?!友希那も何か言ってあげてよ!」

 

「いや、いいんだリサ。元々そういう約束だったんだ気にしないでくれ」

 

 壁際に置いていた鞄を持ち、扉へと向かう。

 扉の前まで行き、振り返るとそこはオーディションが始まる前とは全く違う様に見え――、

 

「空気悪くしちゃってすまない。氷川さん、これは俺の責任だから攻めるなら俺だけにしてくれ」

 

「ええ、そのつもりです」

 

「そういうことだリサ、あこちゃん。俺のことを心配してくれるのはありがたいけど、これは調子に乗りすぎた俺が悪い!まぁ、気にするなとは言わないけど、演奏には集中しろ。じゃないと俺が悲しむし、後味悪くなる。だから俺のために、頼む」

 

「…分かった」「…うん」

 

 この二人ならきっと俺の頼みを聞いてくれる。

 その想いだけは届いたようで、俺はリサとあこちゃんに「ありがとう」と笑いかける。

 そして、これ以上時間を取らせるのも悪いので扉を開け、大丈夫だと伝えるために明るい声と笑顔を無理矢理作って、

 

「皆練習頑張れよ!!」

 

 そう言いながらゆっくりとスタジオから逃げ出し、できるだけ音が鳴らないように扉を閉める。

 その瞬間、全身の力がどっと抜けた。

 

「…は…はは…」

 

 乾いたような笑い声。

 誰もいない通路ですら響かないこんな声は、決して中には届かない。

 体重を預けている防音扉は、頼もしさとともに冷たさを絶えず与えてくる。

 

「……ああ…まいったな……こりゃ…」

 

 重い。

 一人歩く帰り道は、いつもより暗く、長く感じた。

 

 

 

 ――――――――――――――

 ―――――――――

 ――――

 ――

 

 

 一人、外を歩いていると、ズボンのポケットから振動と聞き慣れた音が鳴った。俺はそれに反応するとすぐさまポケットに突っ込むと、音の原因である携帯を取り出し、足を止める。

 パスワードを打ち、開かれたホーム画面から緑色のアイコンをタップして、一番上に来たトーク欄を開く。何百、何千までに届くかもしれないほどやったこの動作はもはや体に馴染み、目を瞑ってでもできるかもしれない。

 

「お、昨日のバンド練も良かったみたいだな」

 

 リサから届いたメッセージに目を通すと、自然と口角が上がった。

 どうやら相変わらずバンドの調子はいいようだ。

 それがどうも嬉しく思えて、一人で鼻歌を歌ってみたり。

 

「って…もう一週間以上経つのか」

 

 口ずさんだ曲があの曲であるとふと気づき、時の流れの速さを実感する。

 オーディション――リサとあこちゃんが合格して晴れて友希那のバンドに入ることになったあの日から、今日で十日ぐらい経ったのだろうか。

 

「……あの曲また聴きたいな」

 

 二度も初めてをくれた出会いの曲。

 孤高の歌姫――友希那がステージで歌ったその曲はまだ覚えている。しかし、オーディションで四人に奏でられたその曲は違ったように思えた。

 ――見えた世界が違った。

 とでも言えばいいのだろうか。ああ、分からない。もう一度聴きたい。

 

「ああ、そうそう。こんなリズムだったな……」

 

 ふと聞こえてきたメロディを目を瞑りながら聴き入る。

 すると、瞼の裏にはオーディションでの演奏が鮮明に映し出され――、

 

「あれ…この音って」

 

 今も耳に届き続けている音は、ピアノの音だった。

 ベースでも、ドラムでも、ギターでも、ましてや誰かの歌声でも無い、滑らかで綺麗なピアノの音だった。

 それはおかしい。

 あの曲は友希那が作った曲だ。どれだけ孤高の歌姫が凄くてもまだCDとして売られてない。つまり、楽譜も公表されて無いはずだ。もちろん今までにあの曲のピアノバージョンなんて聞いたことがない。

 

 いや、そんなことはどうだって良い。

 俺が一番驚いていることは他の要因だ。

 

「似ている……!?」

 

 オーディションの演奏に似ていた。細かく言うと少し違うのだが、あの時の演奏を彷彿とさせた。あの時いなかったキーボード、ましてや、ピアノでだ。

 同じ曲でも、演奏者が違えば別の物に聴こえるはず――、

 

「だぁー!意味がわからねぇ!とりあえず行動だ!!」

 

 分からないなら答えを見ればいい!

 答えを見れるならの話ではあるものの、今回は幸運にも答えは近くにある。

 俺は聴こえてくるピアノの音を頼りに周りを探した。

 そして、すぐに見つかり、とある家の前で立ち止まって確信を得る。

 この家からピアノの音は聴こえていると。

 

「――まじかよ」

 

 その家の表札には、知っている名字――『白金』の文字が記されていた。

 

 

 

 

 

 




 最後まで読んでいただきありがとうございます。
 少し今回はいつもより長いです。千文字ぐらい。
 あと、一応言っておきますけど、私は紗夜さん大好きです。三番目に好きです。嫌いではありません。大好きです。大好きです。

 お気に入り、コメント、高評価待ってます!どしどし送ってくれたら嬉しいです!
 それではまた次回にお会いしましょー!皆さんばいちっ!


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6歩目 最後のピース

 こんにちは、ピポヒナです。
 お気に入り登録が25人を超えました!ありがとう!!
 そしてドリフェス完全勝利しましたV
 
 今回はちょっと急いでて最後のみなおしができていないので誤字脱字があると思います。できるだけ早めに修正していくので、それまではフィーリングでお願いします。

 本編どうぞ!

 追記、五月一日、0時40分に一部分変更しました。あと、誤字脱字も修正しました。




 

 

 

 ――まさかの衝撃が襲った後も、流れるピアノの音に聴き入っていた。

 

「うめぇ…」

 

 オーディションでの演奏と似ているのもあるが、壁越しだがこうして近くで聴いてみると他にも感じるものがあった。

 遠くからでもこの曲の世界を感じれたほどの表現力。そしてそれを可能とする高い技術力。

 技術どうこうが分からない俺でも分かる。きっと氷川さんが聴いても認めるレベル。それこそ友希那達のバンドに加わっても遜色無い。

 いや、これは間違いなく――、

 

「見つけたぜ、キーボードのメンバーをよ!」

 

 確信した。この人が最後のメンバー。

 ああ、この音が聞こえてきたのはきっと神様が俺の背中を押してくれたんだ。そうに決まっている。

 

「って…、そんなわけないだろ俺。調子乗るのは大概にしろってんだ」

 

 特に最近は調子に乗りすぎていると自覚しているし、調子に乗った結果オーディションの時に痛い目も見た。――まあ、今でも諦めては無いが。

 とりあえず熱くなりすぎると、周りが見えなくなるし冷静な判断もできなくなる。深呼吸だ。心を落ち着かせろ。

 

「そもそも『白金』っていっても、他に…あ、いつの間にか終わってるし…」

 

 ふと気が付くと、ピアノの音色は聴こえてこなくなっていた。もう少しちゃんと聴きたかったが、色々考え事をしてしまった俺が悪いので文句は過去の俺にどうぞ。ばかやろー。

 よし、話を戻そう。俺が今までに会ってきた中で『白金』という名字を持った人物は一人の少女――白金燐子しかいない。それに、ライブハウスで見た時の白金さんの制服はここら辺でも見たことがある。だから、白金さんがここら辺に住んでいても何の不思議でもない。が、俺が知らないだけで他にも『白金』の名字を持った人がいる可能性もある。

 要約すると、分からないということ。

 

「…聞くしかないか」

 

 いくら一人で悩んでいたも、そもそも俺は正解を知らないから正解に辿り着くことは無い。ならば、知ってる人に聞けばいい。俺の携帯にはオーディションの一週間前から、白金さんのことをよく知る少女の連絡先が入っていることだしな。

 俺は携帯を取り出すとすぐさまアプリを起動し、その少女を探す。あった。カッコイイアイコン。そして、ふと時間を見て焦りながら電話をかけた。

 すると数秒後、右耳から聞こえてくる着信音が途切れ――、

 

『もしもしカズ兄?どうしたの?』

 

「どうしても聞きたいことが二つあってな。…少しで良いから時間取れるか?」

 

『スタジオ入るまでなら大丈夫!』

 

「ああ、ありがとう。俺も極力すぐに終わらせるから」

 

 白金さんのことをよく知る少女――あこちゃんは『分かった!』と前と変わらない元気な声で返事をする。その後ろからはリサや氷川さんの声が微かに聞こえ、電話をかけたのがバンド練習が始まるギリギリ直前だったということを改めて実感した。

 

「まず、キーボードってピアノできる人なら弾けるよな?」

 

「うん!この前友希那さんが、探しているキーボードのメンバーはピアノが弾ける人でもいいって言ってたから大丈夫だと思う!!」

 

「そうか、よかった!」

 

 ピアノとキーボードは鍵盤を押して弾くという根本的な部分は変わらないが、大きさだったり音だったりと、二つの楽器の間には異なる点がいくつかある。そのためサッカーとフットサルのようにそれぞれ異なった技術が求められるのではないか、そしてその違いが致命的なものではないのか。そういった不安が何気に渦巻いていた。

 とりあえずこれであのピアノの音を奏でていた人が、俺が知っている白金さんじゃなくても大丈夫という保険ができた。だが、俺としては白金さんだった方が何よりも嬉しい。

 

「…って、贅沢は言ってられないか」

 

『今のを聞いてくるってことは…もしかしてカズ兄!キーボードのメンバー見つけてくれたの?!』

 

「もしそうだったら俺自身も嬉しいけどなー、残念ながらあこちゃんの期待にはまだ応えられない」

 

『えーー……ん?今カズ兄『まだ』って言ったよね?』

 

「ああ、候補になりそうな人を見つけた」

 

 『ホント!!』と喜ぶあこちゃんの声を電話越しに聞いていると、何だか騙してるみたいで申し訳なさを感じる。

 まだ候補になると決まっていないし、その相手の情報を正確に掴めていないからな。――そのために今こうして電話をしているのだが。

 

「それで、その候補になりそうな人ってのが白金さんの可能性があるんだけど…白金さんってピアノやってたりする?」

 

『え?!りんりんが?!』

 

「そう、りんりんが」

 

 そこまで白金さんと仲良くなってはいないが、ちょっとした俺の遊び心ということで。ね?

 反射的にふざけてしまった俺とは裏腹に、あこちゃんは『うーん』と真剣に記憶を蘇らせ、

 

『あこ、りんりんがピアノやってるって聞いたことないかも』

 

「そっか…」

 

『でも、あこが知ってないだけかもしれないから明日りんりんに聞いてみるね!』

 

「ああ、頼む」

 

『――――、はーい!リサ姉が呼んでるから切るね‼バイバイ、カズ兄!!」

 

「ありがとうな、あこちゃん。バンド練習頑張れよ!」

 

 あこちゃんの元気な返事を最後に通話が切れ、俺は携帯の電源を切ってポケットに入れた。そして、右手を顎に当てて思考をめぐらす。

 

「…どうすっかな」

 

 あこちゃんが白金さんのことをよく知ってるとはいえ、全て知っているわけではない。付き合いがそこそこ長い達哉だって俺に幼馴染がいるってことを知らなかったぐらいだしな。

 しかし、見当が外れたとでもいうべきか、あこちゃんが知らないのは結構意外だった。

 

「結局どっちの可能性も消えないままだしな」

 

 あこちゃんが言った通り、あこちゃんが知らないだけかもしれないし、単に白金さんはピアノをやっていないだけかもしれない。白金さんのピアノを弾いている姿を容易に想像できるのだが、これは期待が膨張している証拠だろう。

 今の俺が取れる行動といったら、数歩歩くだけで手が届く場所にあるインターホンを押して直接確かめるか、あこちゃんの連絡を待つかの二つ。

 

「……今日は諦めて帰るとするか」

 

 そこまでの勇気は生憎持ち合わせていない。

 

 

 ――――――――――――――

 ―――――――――

 ――――

 ――

 

 

 高校二年生、帰宅部所属、趣味と言ってもいいのか分からないが最近幼馴染のバンドが気になり出している。そんなちょっと探せば見つかりそうな普通の男子高校生である俺にはお気に入りの漫画がある。

 つまり何が言いたいかっていうと、俺は一人でショッピングモールにある本屋にその漫画の最新巻を買いに来ている。

 

「お、あった、これこれ」

 

 目当てのサッカー漫画を見つけ、手に取る。しかし、まだレジには向かわない。

 本屋に行くと、面白そうな作品が無いか無性に探したくなるのが俺なのです。運命の出会いってやつを求めてな。

 

「…そういやあこちゃんの連絡っていつ来るんだろう?」

 

 丁度目についたドラムを叩いているキャラが表紙となっている漫画を手に取り、ふと思い出す。

 電話をしたのは昨日。確かあこちゃんは『明日聞く』と言っていた。昨日の明日ということはつまり今日である。ならば早ければ今夜までに連絡が来るかもしれない。

 

「探してた漫画あったよー!!」

 

 そんなことを考えているからか、近くであこちゃんの声がした気がした。決してあり得ない話ではないが、きっと俺の聞き間違いだろうと思い、持っている漫画を戻してまた散策しようとしたその時――、

 

「あれ…?あ!やっぱりカズ兄だ!」

 

「ん?やっぱりあこちゃんだったのか。…あ」

 

 今日も元気いっぱいそうなあこちゃんの隣にいる黒髪の少女――白金さんを見て、俺は目を見開く。

 いくら何でもこれはタイミングが良すぎる。さっきと意味が違ってくるが、これはまさしく運命の出会いってやつではないだろうか。

 

「久しぶりだな白金さん。あのライブの日以来…って、覚えてないか」

 

「あ、あの…覚えています…い、稲城さん…ですよね……?お…お久しぶり…です…」

 

「ああ、稲城さんで合ってる。久しぶりだな」

 

 俺がそう言うと、白金さんは小さくお辞儀をする。

 ライブから二週間以上経っているというのに、全く会っていない俺のことを覚えていてくれて嬉しく思っていると、どうやらあこちゃんが特訓期間中に俺の話もしていたらしいので納得。

 

「そういえば、あこちゃん。昨日の俺が言ってたこと聞いてくれた?」

 

「あ!ごめんカズ兄忘れてた…」

 

「まあ大丈夫だ、あこちゃん。こうして白金さんに会えてるわけなんだし」

 

「…わたしに…?」

 

 「ああ」と俺は少し困惑している白金さんの方を見る。

 本人がいるなら手っ取り早い。直接聞けばいい話だからな。だがその前に、と俺は「一つ提案なんだが」と人差し指を一本立てて二人の注意を集め、

 

「このまま立ち話をするのも魅力的だけど、フードコートに行って落ち着いて話さないか?もちろん、二人に予定が無かったらだけど」

 

「賛成!りんりんもいいよね?!」

 

「う、うん…」

 

 ということで、三人でレジに並び、各々お会計を済ませると、フードコートへと向かった。

 俺が提案した理由は、白金さんの返答によって話す時間が長引くかもしれないからだ。それに、あれ以上本屋で話をするのは他の客の迷惑にもなるわけで、少し気が引ける。

 

「んじゃ、座ったことだしさっそく本題へと行ってもいいか?」

 

「…あの…」

 

「どうした白金さん?もしかして、それ嫌いだった?」

 

 フードコートに着き、あこちゃんと白金さんに空いている席を探してもらっている間に、俺は某ジャンクフード店で三人分の飲み物を買ってきた。白金さんの好みが分からなかったので無難にお茶を選んだのだが…こうなるなら先に聞いておけばよかった。

 

「いえ…そういうわけでは…その、ご馳走になっても良かったのかと…」

 

「そんなことか、気にするなっての。これは俺の提案に乗ってくれたお礼兼迷惑料の先払いってやつだ。今から白金さんに沢山迷惑かけるかもしれないからな」

 

 そう、あのピアノを弾いていたのが白金さんじゃなかったら迷惑をかける。そして、白金さんであったとしても、俺が熱くなることで迷惑をかける。つまり、迷惑をかけるのは確定事項。ならば、先に手を打っておくが吉。

 と、その結果早くも迷惑をかけたらしく、白金さんは「…は…はい」と若干引いているように感じたので、これはいかんと思い――、

 

「さっきのはほんの冗談だ。何も頼まないで座ってるのは、店側に申し訳ないだろ?二人の分はついでだから遠慮すんな」

 

「そ…それなら……ありがとうございます」

 

「カズ兄ありがとーっ!!」

 

 向かいに座る二人の感謝を俺は「どういたしまして」と受け止める。さあ、これでようやく聞ける。

 俺はオレンジジュースを一口飲み込み、白金さんの方を見て、本題に移った。

 

「それで聞きたかったことなんだけど…白金さんってピアノ弾いてたりする?」

 

「――!?……はい…小さい頃から習っていて…」

 

「ッ!!」

 

「ええっ!?りんりんピアノ弾けたんだ!何年も付き合ってるのに、全然知らなかったなぁ」

 

「あこちゃん…ごめんなさい……伝える機会が無くて…」

 

「あっ、違うの。悲しいとかそんなんじゃなくてびっくりしただけだよ?」

 

 そう言って白金さんに笑いかけるあこちゃん。

 その時、俺はというと、右手を強く握りしめ――ガッツポーズをしていた。

 あのピアノの音を奏でていた『白金』は、俺の知っている白金さんだった。世間は広いようで狭いとはよく言えたものだ。こんなのガッツポーズせずにいられるか。

 

「あの……どうして稲城さんは…わたしが…ピアノを弾いてることを……知っていたのですか?」

 

「それあこも気になってた!」

 

「ああ、それは」

 

 当然の疑問だな、と熱くなっている心で納得する。

 白金さんからすれば話していない情報が、あこちゃんからすれば何年も前から付き合いのある自分ですら知らない情報だからな。逆の立場なら俺だって同じことを聞く。

 

「昨日ピアノの音が聞こえてきて、辿って行って着いた家の表札に『白金』って書いてあったからもしかしてと思ってな。だから、知っていたというよりはたまたま可能性にぶつかったって方が正しいと思う」

 

 自分で言っておいてなんだが、これはストーカーとかの類に入るのでは、と少し不安に思えてきた。それはまずい。誤解される前に何とかしようとした時――、

 

「…わ……わたしの…ピアノ……き、聴かれてたんですね……」

 

「…そういうことになるな」

 

「は、恥ずかしいっ……!」

 

 白金さんは白くほっそりとした綺麗な手で顔を覆うが、紅色に染まった頬や耳は隠しきれていない。するとあこちゃんが俺を羨ましそうな目で見てきて、

 

「え~~っ!カズ兄、りんりんのピアノ聴いたんだ良いな~~!どんなのだった?!」

 

「そうだな…すげー綺麗で、耳に入ってきた瞬間に衝撃が走った」

 

 昨日のことを思い出しながら言った俺の感想にあこちゃんは「さっすがりんりん!」と満面の笑みを浮かべる。

 と、どうやら俺の感想が追撃となってしまったのか、白金さんは更に赤くなり頭から煙が出ているように見えた。――パンク寸前である。

 

「でも、あこもりんりんのピアノ聴きたかったな~」

 

「それならいい案があるぞ」

 

「えっ?!なになに?!」

 

 身を乗り出して如何にも興味津々なあこちゃんにいたずら心をくすぐられ、俺は「それはだな…」とニタリと笑い、焦らそうとする。が、あこちゃんのキラキラした瞳に耐えられずすぐに、

 

「一緒にバンドをすればいい!!」

 

「そっか!!!!」

 

「――――!」

 

 俺とあこちゃんの声に白金さんは顔を隠しながらビクッとする。そして、指を少し動かして作った隙間からそっと覗き込もうとするが、次の瞬間にはあこちゃんに迫られ――、

 

「りんりん!バンドしよっ!!」

 

「あ…あこちゃん……」

 

「スタジオであこ達と一緒に!キーボード弾きに来てっ!!」

 

「――――――」

 

 驚いてはいるものの、あこちゃんのおかげか、白金さんは案外まんざらでもないように見えた。

 これは好機だ、と勝手に判断した俺は、あこちゃんのサポートに回り、誤解が生まれないように足りない情報を付け加えることにする。

 

「友希那のバンドは今キーボードのメンバーを探していてよ、それがピアノの経験者でもいいらしいんだ」

 

「…そ……そうなんですね…」

 

「そこでだ、白金さんにはそのバンドでキーボードを弾いて欲しい。いい演奏ができるって俺は確信している」

 

「りんりーん、一緒にバンドしようよ~!あこ、どーしてもりんりんと一緒にバンドがしたい!ぜっっったいに楽しいからお願いっ!!」

 

「あこちゃん……」

 

 白金さんは思い詰めるように下を向く。そして数秒後、まだほんのりと赤みが残っている顔を上げ、一つ息を小さく吸ってから、

 

「…わ、わたしも……あこちゃん達と…一緒に……演奏してみたい…!」

 

「りんりんっ…!」

 

 あこちゃんは白金さんに抱き着き、そして俺はまたガッツポーズをする。

 ――完璧だ!

 迷っているなら何とか説得しようと思ってはいたが、白金さん本人の意思でやりたいと言ったのならそれが一番だ。

 

「あこちゃん、友希那達にキーボードのメンバーを見つけたって連絡してやれ」

 

「うん!」

 

「ってなると、オーディションだな。まあ、大丈夫だ。ハッキリ言ってレベルは高いけど、俺が聴いた感じだと白金さんはいつも通り弾いてくれれば合格できる!」

 

「……そう…ですかね…?」

 

「ああ、だからもっと自信持てよ白金さん!」

 

「そうだよりんりん!」

 

 白金さんは合格する。これは自信を持って言えた。そうとしか思えなかった。

 友希那、リサ、あこちゃん、氷川さん。 

 この四人の音に白金さんの音が加われば変わる。更に良くなる。――まさに化学反応の如し!

 

「白金さんが加わるの楽しみだな」

 

「りんりんが入ってくれれば、あのライブにも間に合うどころか絶対に上手くいくよ!!」

 

「――ライブだって…?!」

 

 サラッとあこちゃんが言った未知の情報を俺は聞き逃さなかった。そしてその瞬間、初めてCiRCLEに行った時の出来事がフラッシュバックし、俺は重大なことを忘れていたことに気が付く。

 悪気は無いだろうけど初ライブが決まっっていたことを教えてくれなかったリサと友希那には後で文句を言うとして、今はそれよりも――。

 

「……ライブ……人………いっぱい…こ……怖い……」

 

「り、りんりん?!」

 

「かんっぜんに忘れてた……」

 

 案の定、一気に顔が真っ青になった白金さんを見て、俺は頭を抱える。そう、俺が忘れていた重大なこととは、白金さんは人が多いところは苦手だということ。白金さんをバンドに誘うことに必死になりすぎて抜けていた。

 

「って、反省は後だ!」

 

「りんりんしっかりして~っ!」

 

 ――数分後。

 不器用ながらもあこちゃんと協力して奮闘したおかげか、白金さんの顔色は少しずつ良くなっていった。ひとまず安心し、ストローを口にくわえ、氷が解けて味が薄くなったジュースを飲み込んで一言。

 

「……どうする」

 

「ご……ごめんなさい…」

 

 一気に空気が重くなった。しかし、こればかりは避けられない。

 黙りこくって動かない状況で、とりあえず情報を整理しようと、

 

「あこちゃん、その出るって決まったライブのこと詳しく教えて」

 

「え~っと、まず会場はCiRCLEで、メジャーのスカウトも来るって噂のイベント。あと、確か紗夜さんが、この地区のバンドにとってのとーりゅーもん?って言ってた」

 

「登竜門か…なるほど…」

 

 思っていたよりも大きいイベントだ。メジャーデビューもあるかもしれないとなると、そのバンドの演奏を聴こうとして多くの人が集まるのだろう。

 このことを察してか、白金さんの顔の血の気も少しずつ引いているような気がする。

 

「白金さんの問題ってオーディションの合否に直結するぐらい重大な問題だよな……」

 

「………ごめんなさい……」

 

「いや、俺も言い方が悪かった。別に白金さんを責めたいとかじゃない………でも、覚悟を決めるなら早いに越したことはないと思う…」

 

「……分かって…います……」

 

 しかし、このままだと白金さんは合格できない。

 多くのバンドはライブを目標に練習する。だから、バンドとライブは切っても切れない関係。そしてそれは、友希那達のような真剣なバンドにとっては尚更だ。友希那が目指している場所は、遥か遠くの舞台。そこでは何千人、場所によっては万を超えるほどの観客達に埋め尽くされるのだから、ついてこれないメンバーは初めから取らないだろう。

 

 ――こればかりはどうすることもできないのか。

 そう思いかけた時、聞こえてきた少しの暗さも感じないあこちゃんの声に、俺は顔を上げる。

 

「――――大丈夫。うん、大丈夫!だってりんりんはあこの戦友で大大大親友なんだもんっ!」

 

「――!!」

 

「もし、りんりんが駄目ーってなった時は、あこが助ける!それにいつも言ってるじゃん、あことりんりんが揃えば最強だーって!!だから、絶対大丈夫って信じてるっ!」

 

「あこちゃん…っ!」

 

 目を見開く白金さんの手を取り、あこちゃんはいつものように笑う。少し目を合わせた後、白金さんは握られている手に力を込め、グッと目を強く瞑り――、

 

「わ、わたしも…あこちゃんのことっ……信じてる……!!」

 

「りんりんの大きな声…初めて……」

 

「…だ…だから…わたしも…っ……が、頑張る…っ!!」

 

「りんりん!!!!」

 

 震えながらも芯が通った覚悟の声に、改めて白金さんの強さを感じた。

 そして、少し嫉妬した。――親友に力を分けて貰っているように見え、二人の硬く結ばれた絆が羨ましいと。

 

「りんりんと一緒にバンドできるって想像しただけで、ドキドキが止まらないよ!!」

 

「そうだね…あこちゃん…」

 

 とびっきりの笑顔で抱き着くあこちゃんとそれを優しく微笑みながら受け止める白金さんの二人を、俺はただただ黙って見守るしかできない。それもそうだろ?二人の間には入る隙も無いし、例えあったとしても俺には入れない。

 

 すると、聞き慣れない通知音が鳴り――、

 

「あ、あこの携帯だ……――っ?!りんりん!カズ兄!見てっ!!」

 

「急にどうしたんだあこちゃ…ああ、なるほどな」

 

「!!」

 

 携帯を取り出し、届いたメールを読むやいなや差し出してきた画面を見て、あこちゃんが慌てた理由を理解する。

 画面に写ったメールの差出人は何を隠そうバンドのリーダーである湊友希那その人――オーディションの告知だ。

 

「白金さん、俺も応援してるからな。頑張れよ!」

 

「あこだって!!」

 

「ってことは演奏も応援もどっちもするのか…ははっ、あこちゃんらしいな!」

 

「闇の力を纏った妾に不可能無し!!」

 

「…あ……あ、ありがとう…ございます……」

 

 P.S. この後白金さんと連絡先を交換したので、家に帰ってから改めて『よろしくな』と送ったら、怒涛の速さで長文の返事が返ってきて驚きのあまり携帯落とした。

 

 

 ――――――――――――――

 ―――――――――

 ――――

 ――

 

 

「――どうしてまたあなたが来ているのですか?」

 

「デジャブッ!!」

 

 そう叫んだ俺を、腕を組んで俺の前に立つ氷川さんは「何を変なことを」と睨みつける。しかし、そうなると分かってやったからなのか、あるいは耐性が付いたのか、俺の心にダメージは無い。

 

 今日は白金さんのオーディション当日。ともなると、もちろん俺も来るに決まってる。

 

「この前、メンバーじゃないあなたには深く関わらないでと言ったはずでは?」

 

「ああ、確かに氷川さんは俺にそう言ったし、確かに俺は氷川さんにそう言われた」

 

「ならどうして?覚えてるのなら普通来ないと思いますが」

 

 俺だってそう思う。あれだけ心を傷つけられちゃ、誰だってへこたれる。人によってはトラウマになりかねん。

 だが!

 あの日から俺がただただ怯えていたと思ってるのなら大間違い!男子、三日会わざれば刮目して見よ!と、そんな意気で一本立てた指を「チッチッチッ」と振って見せ、

 

「俺のしぶとさを甘く見て貰っちゃぁ困るな氷川さん。こちとらそれなりの覚悟決めてんだぜ?」

 

「ふざけないで!いくら幼馴染が二人いるからと言ってここまでするのはおかしいでしょ?!」

 

「もちろんリサと友希那もだけど、今回はあこちゃんと白金さんも関係してる。――だけどな、俺が前回も今回も来た一番の理由は……俺がそうしたいと思ったからだ!!」

 

 漫画なら俺の後ろに大きく『ドンッ!!』と出るのではないだろうか。それぐらい気持ち良く言い切った!

 そのおかげなのか、氷川さんは少し口を開き呆気に取られている。レアなものを見れた気がした。

 

「だから俺を諦めさそうとするなら、氷川さんの方もかなりの根性が」

 

「もういいです……あなたの相手を真剣にするのは間違っていると気が付きました」

 

 「それに疲れます」とため息をつく姿に、拍子抜けする。氷川さんならもっと狂犬のように噛みついてくると思っていた。だからその対抗策を色々と考えて来ていたのだが、どうやら土下座の出番は無いようだ。

 

「こんなにすぐに折れるなんて、氷川さんらしくねぇぞ?!こっちとしちゃありがたいけど!」

 

「…今回オーディションを受ける彼女…白金さんはピアノの有名なコンクールでの受賞歴を持つほどの実力者です。そんな白金さんを見つけたのはあなただと宇田川さんに聞きました。なので、今回ばかりはあなたが関係していると認めざるを得ません…」

 

「はー、なるほどな」

 

 実力がある白金さんは、このバンドからしたら喉から手が出るほど求めていた存在で、ようするにそれを見つけた俺にご褒美として見学を許したってことか。通りですぐに折れた訳だ。

 

「って、ひたすらに怖ぇな」

 

「何か言いました?」

 

「いや、何も。白金さんがそんな凄い賞取ってるぐらい凄い人って知らなかったなーって」

 

「…あなた……どうやって彼女を見つけたんですか?」

 

「そりゃ企業秘密ってやつだ。流石に教えれねぇな。ま、仲良くなりたいと思ってる氷川さんに特別ヒントを出すとしたら、己の直感かな?」

 

「はぁ……、あなたに聞いた私が馬鹿でした」

 

「そんなこと言うなよ」

 

 俺も空しくなる。仲良くなりたいのも、直感も強ち間違いでは無いというのに――。

 お互いに大きくため息をつき、それをお互いが気付いてお互いムッとする。そんな風に合わせたくない息が合い、頭を抱えていると――、

 

「同じポーズして…二人共いつの間にそんなに仲良くなってたの?」

 

「私と稲城さんが仲良く?…今井さん冗談でもやめてください」

 

「そこまで言わなくてもいいだろ氷川さんよ。…でもリサ、これのどこが仲良く見えるんだ?」

 

「え、え~っと、なんかごめんね?…じゃなくて!もう時間だから二人共スタジオ入れるよ♪」

 

「「あ」」

 

 声が合い、氷川さんは俺を一回見てから、リサに「ありがとうございます」と軽く会釈をしてCiRCLEにへと入っていった。その後ろ姿を何となく眺めていると、リサが左肩をつついて、

 

「やっぱり仲良くなったんじゃ…」

 

「――ハッ!」

 

「ちょ、ごめんって和也~」

 

 口元を手で隠し笑ってきたリサを鼻で笑い返して、早歩きでCiRCLEへと入る。そしたら氷川さんがスタジオに入っていくのが見えたので、そこに入ろうとすると後ろから「待ってー」と靴を鳴らして追いかけてくるのが聞こえ、仕方が無しに振り向き、足を止めた。

 

「何も無言で行くことないじゃん!まあ、さっきのはアタシもちょっとからかいすぎたって思ってるけど」

 

「自覚してるなら文句言うなっての」

 

「でも、和也だってよくしてるじゃん」

 

 ――確かに。

 あまりにも納得してしまい何も言い返せなくなった俺は、とりあえずリサに笑いかけ、窓が星形の黒い防音扉を開けてリサに先に入るよう促す。文句ありげに向けられる視線など俺は全く持って感じてない。だからこれは無視ではない。

 

「まいっか。アタシ、ベースの準備やってくるね」

 

「行ってら。自分のオーディションじゃないからって気を抜くなよ」

 

「言われなくともそのつもり♪和也は燐子ちゃんの方に行ってあげて。さっきちょっと話したけど凄く緊張してたから…」

 

「ああ、分かってる」

 

「頼もし~☆それじゃ、お願いね」

 

 リサに続いてスタジオに入り、すぐに見つけた二人――あこちゃんと白金さんの方へと向かう。近づく俺に気付いたあこちゃんは焦った声で俺を呼び、白金さんはリサが言っていた通り、凄く緊張していた。

 

「白金さん」

 

「!?は…は、はいっ……!」

 

「カズ兄助けて~!ずっとりんりんを落ち着かせようとしているけど、ぜんっぜん変わらなくて…」

 

「あ…あこちゃん……ご、ごめんね…」

 

「一つだ。その緊張が和らぐかどうかは俺には分からないけど、一つだけ俺から言いたいことがある」

 

 「な、な…なんです…か……」とロボットのように硬い表情と動きで白金さんはこちらを向く。それを確認すると、俺は不安そうに見つめるあこちゃんに笑いかけてから、白金さんの目を見て、

 

「今も、そして演奏中も、白金さんの隣にはあこちゃんがいる。それだけは忘れるな」

 

「――――!」

 

 俺には白金さんの緊張を抑えることはできない。――なら、あこちゃんが緊張を和らげればいい。

 他力本願上等。あこちゃんと白金さん、この二人が揃えば最強なのだから。

 

「――そうだよ!りんりんには戦友のあこがついてる!」

 

「あこちゃん……!フフ…そうだね……」

 

「んじゃ、氷川さんに怒られる前に二人共早く準備を終わらせねぇとな」

 

「…はい……ありがとう…ございます」

 

「なーに、当たり前のことをちょっとカッコつけて言っただけだ。まぁ、頑張れよ。白金さん」

 

 最後に必要ないかもしれないが応援の言葉を残し、二人の邪魔にならないように俺はオーディションを聴く場所へと移動し、オーディションが始まるのをじっと待つ。

 

 

 そして数分後。友希那が振り返ってそれぞれのメンバーと目を合わせると、一拍おいてから美しい旋律が流れ――。

 

 遂に揃った演奏が創り出した世界に、俺は呑みこまれた。

 

 

 

 




 最後まで読んでくださりありがとうございます。
 自分でもちょっと今回は焦りすぎたなと思っています。反省。


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 それでは皆さん、また次回、ばいちっ!


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7歩目 オーディション後に

 
 こんにちは。一か月ぶりのピポヒナです。
 全く更新できずに申し訳ございませんでした。
 ほんとにお待たせしました。

 それでは、遅くなった原因(言い訳)は後でするとして、本編どうぞ!





「――――友希那」

 

 場所は、ライブハウスCiRCLEのとある練習スタジオ。

 そこでたった今演奏が終わった。

 

「こんなの……おかしいわ…」

 

 マイクスタンドを前に、少女が呟く。

 五人の中心、そして前に立つ少女――友希那は、起こった奇跡に動揺を隠せなかった。

 そして、確信する。

 驚き、困惑、喜び。それらが混在した感情を一回の瞬きで整え、友希那は腰まで伸ばした銀髪を揺らして振り返り、手を伸ばした。

 

「あなたの音が欲しい」

 

 琥珀の瞳と紫瞳と、互いの視線が交差する。

 

「ぜひこのバンドに入って」

 

「――――」

 

 加入への誘い。この場合においてはオーディションの合格を意味する。

 そうと分かっていても口から出てくるのは、返事とは到底呼べることのできない単音ばかり。

 もちろん嬉しいと思っている。達成感も湧いている。

 このオーディションを合格するために、好きだったゲームをする時間を削り、自由にできる時間のほとんどを練習に費やしたのだから。

 しかし。

 

「どうなの?」

 

 目を合わせ、手を伸ばし、あまりにも真っ直ぐに言われた要求に戸惑いを覚え、上手く言葉に出来なかった。

 人から見られるのはあまり好きではない。

 視線を向けられるといつも頭の中が真っ白になってどうすればいいのか分からなくなり、恐怖を感じることもある。

 そのはずなのに、不思議と。

 そのうち顔に大きな穴が開いてしまうのではないかと思えてくるほど強く熱いこの視線を、怖いとは思わなかった。

 それどころか、この視線が離れたらと思うと――。

 

「お…お願いします…!!」

 

 ――それだけは絶対に嫌だ。

 心の叫びを勇気に変え――燐子は伸ばされた手を取る。

 決意を宿した確かな声を、友希那は唇を緩めて受け止めた。

 

 

※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ 

 

 

 

「りんりーんっ!!!」

 

「きゃっ…?!あ、あこちゃん…!!」

 

 ぎゅ~~っ!!と。

 白金さんの下へ駆け寄ったあこちゃんが勢いそのままに飛び込み、力いっぱい抱きしめた。

 飛び込む勢いによろめき、抱きしめる力に驚きはしたものの、しっかりと受け止めた白金さんは優しい笑みを浮かべることであこちゃんに応える。

 二人との付き合いは短いものの、何度か見たことあるこの光景。

 しかし、今までとは少し違う様にも感じ、新鮮に映った。

 そして、そこから始まったのは、あこちゃんの白金さんへの褒め、褒め、褒め。

 キラキラと輝かせた洋紅の瞳を白金さんに向けながら「やったねりんりん!」「さっすがりんりん!」と弾むように言うあこちゃんの笑顔は、いつもの三割増しで眩しい。

 褒め殺しという言葉はこの時の為にあるのでは?と思えてしまうほど、怒涛の勢いで褒め言葉を連射するその様子はまさにマシンガン。

 俺はあこちゃんの勢いが収まるのを待ってから、白金さんの合格を祝福することにした。

 

「白金さん、合格おめでとう」

 

「ありがとうございます……オーディションが始まる前に…あこちゃんが…隣にいてくれることを……思い出させてくれた…稲城さんのおかげです…」

 

「そんな大それたことなんて俺はしてないけどな…完全にあこちゃん頼りだったし」

 

「い、いえ…、そんなことは…!」

 

「ん?あ、卑屈そうに聞こえたか?でもまあ、、俺は何もしていないことは本当だからさ、俺に感謝する分もあこちゃんに送ってやってくれ」

 

 オーディション前に俺が白金さんに送った言葉は至極普通のことだった上、内容は完全にあこちゃん頼りという正真正銘の他力本願。

 俺は何もしていないようなものだろう。

 そうするのが最善策であったのだから、俺に向けられる感謝の分もあこちゃんに向けるべきなのでは?というのが俺の主張。あこちゃんの手柄を奪うような真似は出来ない。

 遠慮しているとかそんなのではなく、白金さんに力を与えたのはあこちゃんなのだと俺は本気で思っているのだ。

 しかし。

 

「もー!あれはカズ兄のおかげだよ?」

 

「と、とても…感謝しています…!」

 

 目の前の二人はそうとは思っていないらしく、すぐに否定された。

 可愛らしいほっぺたをプクーッっと膨らますあこちゃん。

 色白な頬を、その綺麗さを保ったまま少し染める白金さん。

 

「わ…分かったよ」

 

 二人から送られる視線に負けるような形で、俺は渋々自分の手柄を認めた。

 が、それではどうもモヤモヤが残って俺はスッキリとしないので、

 

「それなら一つだけ俺のお願いを聞いてくれ!」

 

 白金さんに向かって高らかにそう提案する。

 

「えっと……わたしにできること…だったら……」

 

「ああ、お願いしたいことは多分白金さんの負担にならないぐらいのスゲー簡単なことだ」

 

「そ…そんなことでいいんですか?」

 

「もちろんだとも。確かに簡単なことだけど、俺にとっては結構影響あることだからな」

 

 お願いしようと思っていることは、リサと友希那と仲良くして欲しいということ。

 別に、二人が白金さんと仲良くなることを心配しているのではない。リサはコミュ力お化けだから言わずもがなだし、友希那の方は少し時間がかかるかもしれないがきっと大丈夫だろう。

 つまり、俺は三人が仲良くなるという点において心配は一切していない。

 心配していないからこそ、白金さんにお願いするのだ。

 そうすることによって、俺のモヤモヤは解消されやすくなり、白金さんに迷惑も掛からないからな。

 簡単なお願いを聞いてもらうことで、俺への感謝を消費してしまおうという魂胆である。

 

 

「稲城さんに………大きな影響………?」

 

「そうだ。白金さんにやってもえるかどうかで、俺が気持ちよくなれるかどうかが変わってくる」

 

「――――!あ…あの………わた、わたしがすることで……き………気持ち…良くなる………というのは…どど、どういうこと……ですか……?」

 

 そう聞いてきた白金さんの顔は赤く、声も全身の動きもどこか恥ずかしがっているように見えた。

 白金さんが人と話すのはあまり得意ではないということは知っているが、俺と話すことはそこそこ慣れてきていると思っていたのだが………というか、ついさっきまでは普通だった気が。

 

「い……稲城さん」

 

「あ、ごめん。ちょっと考え事をしてた」

 

「そ、そ……そうですか…」

 

 やはりだ。

 やはり白金さんの様子はどこかおかしい。

 どうしてモゾモゾしているかを今すぐ聞きたいところだ。

 しかし、白金さんの質問の方が先で今も待たせているので、とりあえず答えることにしよう。

 えーっと、モヤモヤが残らなくなるってことだから――――。

 

「白金さんにやってもらえたら、俺の中に溜まるはずだったものが出て行って、スッキリするってことだ。よし、それじゃあ、俺もちょっと聞きたいことが………って白金さん?」

 

 質問に答え、気になっていたことを聞こうとした時、

 

「そ、それってやっぱり……」

 

 かぁ~~~~~っ!!と。

 白金さんの顔は、さっきとは比べ物にならないほど真っ赤になっていた。

 明らかに異常な白金さんの変化を目の当たりにした俺は、持っていた疑問をすぐに放り捨て、彼女のことを心配する。

 

「白金さん大じょ――――」

 

「――――ヒッ!」

 

 しかし。

 それは心配した彼女自身の悲鳴によって遮られ、拒絶された。

 

「りんりん!すっごい顔赤いけど、どうしたの?!」

 

「あ、あこちゃん……!」

 

「わわっ!?」  

 

 あこちゃんが驚きの声を上げる。

 それもそうだ。

 心配して近寄ったら、白金さんらしくない俊敏な動きをして、急に両耳を塞いできたのだから。

 

「り、りんりん?!」

 

「ごっ、ごめんねあこちゃん。でも…あこちゃんだけは………わたしが必ず………」

 

「あの……白金さん………?」

 

「守ってあげるから……っ!!」

 

「何にも聞こえないんだけどー!りんりーん?!」

 

「あこちゃんだけは……」

 

「ねぇりんりーん?」

 

 訳が分からず、取り残された俺は立ち尽くす。

 何故かあこちゃんの耳を塞ぎながら目を瞑って必死な様子な白金さんと、無音の世界に放り込まれ困惑しているあこちゃんを見て、俺にはどうすればいいのか分からない。

 ただ、白金さんに拒絶された時に受けた精神的な痛みを感じながら、衝撃を吐露することしか出来なかった。

 

「まさか……白金さんにリサと友希那と仲良くするように頼もうとしただけでこんなことになるとはな………」

 

「――――え?」

 

 すると、ピタっ、と。

 白金さんの動きが止まった。

 手足や震えはおろか、瞬きや呼吸すらも。

 それには、彼女の時間が止まったようにも思えた。

 

「あ……ああ……」

 

 次に、白金さんが動いた時。

 彼女の口から洩れたのは、声になっていない悲鳴のようなもの。

 赤かった顔を今度は真っ青にし、フラフラな足取りで俺に背を向け、

 

「わ……わたし………とっ……とても失礼な……勘違いを………」

 

 鈴のようなその声音を震わせて、そう言った。

 

「勘違い?」

 

 未だに状況が掴めない俺は、白金さんが言った言葉を復唱する。

 視線の先にある小さな背中から聞こえてくるのは「あわわわわ」という混乱の声。

 白金さんの言う『勘違い』が、今の状況を理解するためのヒントのように思え、俺は数分前の記憶を蘇らせていく。

 

「俺って何か勘違いされるようなこと言ってたっけ…?――――あ」

 

 そして。

 

「ち、ち、違うんだ白金さん!気持ち良くなるとかスッキリするっていうのは決して、そういう意味じゃ無くて!」

 

 誤解を解こうと必死に。

 白金さんの背中に向かって、今更過ぎる解説をする。

 ようやく自らが犯した罪に気が付いたのだ。

 

「わわわ、分かってますっ……!」

 

「ほんっと悪かった!あんな言い方されたらそりゃ誰だってそう解釈するよなっ!」

 

「いっ、いえ、わたしがちゃんと聞いていれば……早とちりしていなければ………ご……ごめんなさい…!」

 

「いやいや、白金さんが謝ることじゃ無いって!白金さんはどう考えても被害者なんだし!」

 

「稲城さんが…わたしに………エ………なことをお願いすることなんて……あり得ないのに…………」

 

「りんりんー!カズ兄ー!どうなってるのー?!」

 

「「――――!あこちゃん!」」

 

 互いに揃って、てんやわんやな状態。

 そんな暴走していた俺と白金さんを止めたのはあこちゃんの声。

 耳を塞がれてることにより、いつもより少し大きいその声にギョッとし、同時にあこちゃんの方を見た。

 すると、あこちゃんは「あー!やっと気づいてくれたー!りんりん早く離してよー」と見上げながら言ったので、白金さんはハッとし手を離す。

 

「ふぅ、やっと聞こえるようになったー。りんりんはどうしてあこの耳を塞いだの?」

 

「……色々バタバタしちゃって………」

 

「色々って?」

 

「え…えっと……ちょっと難しくて説明できないかな?…ごめんねあこちゃん」

 

「白金さん、それは流石にあこちゃんでも」

 

「いいよりんりん!」

 

「あ、いいんだ」

 

 ちょっと楽しかったもん!と、あこちゃんはケロっと笑い、それに俺もクスっとする。

 さっきまであった焦りは、いつの間にかどこかへ飛んでいって、もう俺の中には残っていなかった。

 

「白金さん」

 

「は…はい」

 

 だから、パチンッ!と。

 手を叩いて音を鳴らした。

 その音にビクッとした白金さんの正面に立ち、手を合わせたまま。

 

「さっきのことはなかったことにしてお互い忘れよう」

 

「そ、そうですね……」

 

 全てなかったことにした。

 俺の失言も、白金さんの勘違いも、取り乱すお互いの姿も。

 それがこれからの俺と白金さんの為になることを願って。

 ゴホン、とわざとらしく咳をする。

 

「それじゃあ、リサと友希那と仲良くしてやってくれ」

 

「ふふっ」

 

「今の笑うとこあったか?」

 

「いえ……稲城さんは…随分とお二人のことを…大切に想っているんだなって思って……」

 

「ああ、そういうことか。あの二人とは幼馴染だからな、付き合いが長い分、どうも心配になるんだよ」

 

「…わたしには…そんな幼馴染はいないので……少し羨ましいです……」

 

「そうか?俺からしたら白金さんとあこちゃんの中の良さも十分に羨ましいと思うけどな」

 

「ふふっ……ありがとうございます…。これも……あこちゃんのおかげです…」

 

「あこちゃんのおかげ?」

 

「はい……。あこちゃんが…わたしを見つけてくれました」

 

 白金さんは笑い、あこちゃんをそっと撫でる。

 あこちゃんも「りんり~ん♪」と笑顔で白金さんにじゃれている。可愛らしい。

 本当に二人の関係は羨ましい。

 もちろん俺もリサと友希那とじゃれ合いたいという意味ではなく、固い絆で結ばれているという関係が羨ましいのだ。

 そう強く思ったのは、白金さんをオーディションに誘った時のこと。

 なかなか最後の一歩を踏み出せなかった白金さんの背中を押したのは、彼女の親友であり、戦友でもあるあこちゃんだった。手を取り、笑うあこちゃんに勇気を貰うその光景から感じられた二人の間にある信頼には、嫉妬までしたものだ。

 

「はぁ…俺もリサと友希那とそれぐらい仲良くなれたらな……」

 

「…?カズ兄って、リサ姉と仲良いんじゃないの?友希那さんとは……ちょっと微妙だけど」

 

「やっぱり?…あこちゃんにもそう見えるよなー……俺もリサとは仲良くしてるとは思うけど、友希那は尖り出してからあんまり相手にされなくてな……ほんっと悲しいぜ」

 

 と、そんな感じに幼馴染二人との仲をあこちゃんと白金さんの固い絆と比べて勝手に落ち込んだところで、

 

「白金さん。聞きたいことがあるので少しいいかしら?」

 

「は、はいっ…」

 

 さっきまでいなかった声が入ってきた。

 どうやらさっきの演奏中に気になったところがあるらしい。

 ここまでか、と残念に思いながら、俺は幼馴染二人を見る。

 時間を管理できていなかった。

 

「稲城さん、もうそろそろ帰る準備を」

 

「……へいへい、分かってるって。今日は元々そのつもりだった」

 

 両手を上げ、降参のポーズをとって抵抗の意思がないことを示す。

 できるのであれば、練習中もこのスタジオにいたいのだが、それはオーディションを見学する際に出された元々の条件なので出来ない。

 今この場で氷川さんに交渉するという手段もあるにはあるが、特に策は無いので無意味に終わるだろう。

 それに、前回は調子に乗って最後に空気を悪くしてしまったのに、今回こうしてオーディションの見学を許してもらっている以上、ありがたすぎてそんなこと言い出せない。

 と、帰る準備をしようとしたその時だった。

 

「――――あっ、和也ちょっと待って!」

 

 俺を引き止める幼馴染の声がしたのは。

 

「ねぇ、紗夜。アタシも和也に感想とか聞きたいからさ、帰ってもらうのもうちょっと待ってもらってもいい?」

 

 リサは向かってくるやいなや、氷川さんに俺をもう少しここにいさせてもいいかと交渉する。

 俺からしても、リサと友希那に話したいことがあったので願っても無い展開だ。

 しかし、氷川さんの防御はそうやすやすと崩れるはずも無く――――。

 

「……あまり長くならないようでしたら、別に構いません」

 

「やった♪」

 

「すげえ」

 

 まさかの交渉成立に、思わず感嘆の声を漏らす。

 流石はリサ。これがリサのコミュ力。

 戦果を持って帰ってくるリサを見て、やはり叶わないなと改めて実感した。

 

「それじゃあ、和也の感じたこと教えて♪」

 

「ああ、ちょっと待ってろ」

 

 時間をとれたと言っても、それはほんの少しだけ。サッカーで言うところのアディショナルタイムぐらいの感覚だろう。

 だから、俺は必死に脳を働かせ、急いで感想を纏めていく。

 横目に見える氷川さん達はもうすでに話し合いを始めていて、それが俺の焦燥感を掻き立てた。

 ――リサとあこちゃんのオーディションよりも凄かった。何が凄かった?分からない。でも、キーボードが加わったことで明らかに変わった気がする。伝わってくる曲の世界観が前回よりも鮮明になっていて、それで他にも、感じたことがあった、それは確か、

 

「歌ってる時の友希那楽しそうだった」

 

 ――――ポツリ、と。

 無意識に呟いていた。

 

「へ?」

 

 呟かれた言葉に、リサは目を丸くする。

 

「和也今、友希那が楽しそうって…」

 

「あっ、ごめん何でもない!それ感想じゃないから忘れてくれ!」

 

 自らが何を言ったのかに気付き、それをかき消そうとする。

 リサに言った通り、感想ではないからだ。

 あれは、感想と言うにはほど遠いであろう、ちょっとした引っ掛かりのようなもの。

 伝えたところで、さっきのリサのように困らせるだけだと分かっていたから、言うつもりじゃなかった。

 

「いやだ。忘れない」

 

「――――!」

 

「ねぇ、和也。どうして友希那が楽しそうって思ったの?」

 

 まるで何か確かめているかのように。

 その大きな黒緑の瞳で、俺を射止める。

 表情は真剣で、さっきまでのリサとは全然違う。

 

「っ……」

 

 息を呑む。

 本当に伝えるべきか。

 昔を思い出したと。

 ステージの上ではなく、公園の木の下で。

 スポットライトの光ではなく、太陽の光に照らされ。

 本物ではない、おもちゃのマイクをその手に持ち。

 楽しそうに歌う少女の姿を。

 初めて友希那の歌声を聴いた時の記憶を。

 本当に伝えてもいいものなのか。

 伝えたところで分かってくれないのではないか。

 いや、おそらく分かってくれない。

 分かってくれないと思ったから、元々は伝えずにいようとしていたのだから。

 だけど、あんな目で見られると。

 

「……昔の友希那と重なった気がしたんだ」

 

 リサなら分かってくれるかもしれない。

 あの時から友希那の隣にいたリサなら、分かってくれるかもしれない。

 そう期待してしまう。

 そんな淡い希望を信じ、打ち明けた。

 ――かけがえのない存在の一人である今井リサに。

 

「――――はははっ」

 

 返ってきたのは、明るい笑い声だった。

 

「幼馴染って凄いね♪和也がそんな風に感じてたなんてアタシ驚いた!」

 

 返ってきたのは、温かい笑顔だった。

 

「アタシもね、友希那が昔みたいに歌ってるなって思ったんだ!」

 

 そして。

 返ってきたのは、望んでいた答えだった。 

 

「ありがとう……リサ」

 

 感謝をしていた。

 分かってくれたことに。

 望んでいた答えを言ってくれたことに。

 幼馴染であることに。

 傍にいてくれることに。

 

「もう、どうしたの急にそんなしんみりした顔でありがとうなんて言って……って、和也泣いてるの?」

 

「え?あれ?……ほんとだ」

 

 気が付けば、涙を流していた。

 拭っても、拭っても、また、雫が零れる。

 

「ははっ……気持ちわりーな俺………何で泣いてんだろ」

 

 視界がぼやけ、リサの顔が滲む。

 ほんとにどうして泣いているのか分からない。

 確かに嬉しかった。

 胸がいっぱいになった。

 しかし、それでも涙が出るほどではないはずで。

 

「――っ!和也、どうして泣いているの?」

 

 友希那だ。

 いつも落ち着いているその声を、珍しく慌てさせている。

 友希那は優しいから、泣いてるやつがいたらそりゃそうなるよな。

 二人共俺のことを心配してくれている。

 ああ、悪いな。困らせてるだろうな。かっこ悪いな。

 

「……っ…はぁ………」

 

 強く拭い、息を吐き、心を落ち着かせ、無理矢理にでも涙をせき止める。

 

「和也大丈夫?」

 

「………」

 

 そうして、晴れた視界にまず入ってきたのは、リサと友希那。

 そのどちらも心配そうな表情で俺を見ていて、

 

「……悪かったな二人共。もう大丈夫だ」

 

 この時、何となくだが、涙が出た理由が分かった気がした。

 

「なあ、友希那」

 

 友希那を呼ぶ。

 

「…何かしら?」

 

 目の前にいてくれている彼女は、その表情に安堵を滲ませて、いつもと変わらない声音でそう言った。

 リサの方を見る。

 目が合った。

 それだけで、俺が今から友希那に何を聞こうとしているのかが伝わった気がした。

 

「さっき歌ってる時、どうだった?……楽しかったか?」

 

「楽しかった………?それは、どういうことかしら?」

 

「そのままの意味だ。別に深い意味はない。友希那は、さっきの演奏で感じたことをそのまま言ってくれれば良いから」

 

「…そう」

 

 友希那は視線を逸らし、考え込む。

 再び口を開くまでの数秒間を、リサと待っていた。 

 そして。

 

「燐子が加わったことで演奏は以前よりも良くなった。でも、これぐらいじゃ目指しているレベルには遠く及ばない。まだまだ改善するべき部分は沢山ある。………それと、楽しかったかどうかについてはそうね……分からないわ」

 

「そうか。ありがとう」

 

 感想を受け取った。

 

「良いバンドメンバーが揃って良かったな」

 

 一番言いたかったことを渡した。

 

「…ええ」

 

「めでたいことなんだから少しぐらい笑えよ」

 

「今の和也には言われたくないわ」

 

「ふっ、確かにさっきまで泣いてた奴には言われたくないな。こりゃあ、一本取られた」

 

「……もう大丈夫そうね」

 

「お陰様でな」

 

「そう…リサ、練習を再開するわ」

 

 そう言い、友希那はリサに視線を送る。

 そして、リサが「了解☆」と明るく返すと、その華奢な体の向きを変え、スタスタと歩いて行った。

 

「それじゃあ和也、ライブ絶対に見に来てね♪」

 

「もちろん、絶対に行く。今日の感想の代わりとしちゃなんだけど、ライブの感想はちゃんと言うからな」

 

「分かった。和也の感想楽しみにしてるね♪」

 

 もう時間だ。

 最後にリサと言葉を交わす。

 歩いて行く幼馴染の背中を見届けながら。

 

「友希那、楽しかったってこと否定しなかったな」

 

「うん!そうだね」

 

 俺とリサは、互いに破顔した。

 友希那の分も笑うかのように。

 

 

 

 それからややあって、練習スタジオを出た俺は、CiRCLEの出口にへと進む。

 縁が赤いガラス張りの自動ドアの周りに貼ってあるのは、イベントの告知だの、バイトの募集だの、音楽会社の広告だの、etc…、といった内容とサイズが違うポスターの数々。

 それらを何となく見ながら、自動ドアが開くのを待ち、そして十分に開いた後、一歩、二歩、三歩と歩いて外の空気に触れる。

 ビューっ、と。

 吹いて来た風が、体に纏わりついていた室内独特のムワっとした空気を一気に払い飛ばした。

 時刻は、13時を過ぎた頃。

 目の前にあるカフェテリアのレジの前には、同年代、または少し上に見える人達が列を作り、何を食べようかと悩んでいる。

 絶賛お昼のピークを迎えているカフェの光景を見ながら、胸いっぱいに鼻から息を吸い込んだ。

 

「……いい香りだな」

 

 珈琲特有の苦い香りと共に、温かくも冷たくもない絶妙な温度の空気が入ってくるのは、五月故か。

 そんなどうでもいいことを考えてしまうのは、気分がとてもいいからなのだろう。

 涙を流しはしたものの、前回のオーディションの帰りとは違って心は明るく、それに伴い足取りも軽やかだ。

 

「いやぁ~~~、二人のバンドが上手くいきそうで良かった!!」

 

 両腕を上に上げて体を伸ばしながら、今日感じた総括を口にする。

 おそらく今言ったことが気分が良い最大の理由なのだろう。

 リサは同じバンドのベーシストとして友希那の隣にいられるから、リサのやりたかったことは叶う。友希那のやりたいことはまだ俺には分からないが、そのやりたいこと――夢にはバンドが必ず関わっているのだろうから、上手くいっているに越したことないはず。

 嬉しい。

 二人のことが、自分のこと以上に嬉しい。

 これからももっと二人の力にならなければ。

 

「でも…どうするかだよな………」

 

 歩く速度を落とし、顎に手を添えて考え込む。

 考えるのは、今後の俺の行動について。

 オーディションは終わった。白金さんを最後に、これ以上はもうメンバーを加えないだろう。そうなってくると、ライブ以外ではもう練習しかしない訳であって、技術的なことはチンプンカンプンな俺は、今後めったなことが無い限りは練習を見学することを許されないだろう。

 つまり、いざという時にリサと友希那の力になれない可能性が高くなり、もちろんそれは俺としてはいただけない。

 まぁ、そのいざという時が来ないのが一番ベストな事ではある。

 しかし、万が一に何かが起こり、リサと友希那が困るようなことがあれば真っ先に助けになってやりたい。それだけは絶対譲れない。だから、出来るだけあのバンドとは関われるようになっておきたいのである。

 何か。何か良い案はないだろうか――。

 

「くっそー!何も浮かばねー!」

 

 嘆きは空へと飛び、周囲からは白い目を向けられる。

 何か良い案はないだろうかと考え始めてから約10分。

 依然として成果は無い。

 実は俺には溢れかえるほどの音楽の才能が眠っていました!とかいうアニメや漫画のような展開があれば全て解決して上手くいくのだが、16年間生きていると、そんな凄い潜在能力が自分に眠っていない事ぐらいは分かる。

 

「まぁ…10分やそこら考えたぐらいで良い案が思い浮かんで来るなら、そもそも問題にはなってねぇっつーの」

 

 そんな当たり前のことをぼやき、テンションが下がっていることを自覚する。

 良い案が見つかるのが早ければ早いほど良いのには変わらないのだが、だからといって考えたところですぐに見つかるとは思えない。

 そうだ。これは簡単なことではないのだ。

 急ぎ過ぎも良くない、時間をかけよう。

 ふとした事がきっかけで、何か良い案が思い浮かぶかもしれないし。

 

「あ、高校だ」

 

 顔を上げると、いつの間にか隣には俺が通っている高校があった。

 CiRCLEからの帰り道なのだから別に変なことではないのだが、あーもうここまで来ていたのか、といった感じになる。

 数メートル先にある校門からは、各々のクラブのTシャツを着た生徒がわらわらと出てきており、丁度今ぐらいの時間が午前と午後のクラブの入れ替えなのだという事を教えてくれた。

 帰宅部の俺からしてみれば、特に需要のない情報なのだが。

 

「あ、達哉」

 

「お、よう和也」

 

「よう。部活お疲れさん」

 

 出てくる生徒の中に、友人を見つけ挨拶を交わす。

 臙脂色(えんじいろ)の襟があるシャツに、黒色の半ズボン。

 汗で前髪は額に張り付いている。

 鼻をつく汗の臭いは、それだけ達哉が部活を頑張った証だ。

 

「今からどこか行くのか?」

 

「いや、さっきまでライブハウスに行ってて、今帰ってるとこ。ほら、幼馴染がバンドしてるってこの前に言ってただろ?それのことだ」

 

「あー、たしかそんな事言ってたな」

 

「今日やっとメンバーが揃って結成したところでな。あっ、そうだ達哉」

 

「?」

 

 とある記憶を思い出した俺は、右ポケットに手を突っ込み、スマホを取り出す。

 そして、慣れた手つきでカレンダーを開いて、達哉に画面を見せた。

 

「確かサッカー部ってこの日オフだったよな?」

 

「ああ、その日はオフだぞ。放課後どこか遊びに行くか?」

 

 予想通りの返答に、ニッと笑みを浮かべる。

 

「ライブ行こうぜ!」

 

 

 

 ――――――――――――――

 ―――――――――

 ―――――

 ――

 

 

 ――ジリリリリッ!!!!と。

 目覚まし時計から甲高い音が、日の光で明るくなった部屋に鳴り響く。

 それによって夢が遠のいて行き、和也は覚醒した。

 

「あいっかわらずうるせーなーこの時計。まあ、そのおかげで助かってるのは事実だけど」

 

 そう言いながら目覚ましを止め、身体中に纏わりついている気怠さと二度寝したいという欲を振り払い、むくりと体を起こす。

 そこからはいつも通り。

 制服の袖に手を通し、学校に行く準備をする。

 今できる準備が全て終われば、後はこの部屋から出て行くだけだ。

 

「あ、そういや」

 

 扉に手をかけたところで静止し、ゆっくりと振り返る。

 そして。

 

「今日、リサと友希那のバンドが初めてライブをするんだ。しかも、その出るイベントが結構大きいイベントでさ、初ライブなのにスゲーよな」

 

 棚の上に置いてある昔撮った家族写真に向かって、誇らしげに言うのであった。

 

 

 




 最後まで読んでいただきありがとうございました。
 
 今回、一か月以上投稿できなかった理由(言い訳)は、私がスランプに陥ったからです。一日中パソコンに向かっても一文字も進まないとかはざらにあって、しかもようやくできても内容が気に食わず、4~7回ほど全て書き直したりしました………。
 しかし、そうしてようやく完成した今回の話は、私にとって凄く貴重な体験となったことはもちろん、この作品上少し大事な回だったり?します。
 手間暇かけた分、今までの中で一番気に入っている回となりましたが、今後はなるべくこんなに期間が明かないように、一話を数回に分けようと思います。(今回のように全く書けない場合のみ)
 ですので、今後もよろしくお願いします。

 お気に入り登録、感想、高評価はいつでもお待ちしてます。ください。
 それでは皆さんまた次回に、ばいちっ!


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8歩目 Present for

 ……こんにちは……ピポヒナです…。
 また約一か月ぶりの投稿となりました…。すみません…。
 あこちゃんの誕生日には間に合うと思っていたのですが……間に合わず、残念。

 そんなこんなで、反省は後でするとして、本編どうぞー





 『ライブハウスCiRCLE』。

 イベントの会場であり、幼馴染二人が一緒に演奏するの初舞台ともなるあるその場所の入り口の前で、足を止めた。

 相対するのは、店の前でよく見かけるような黒色ボード。

 そんな何の変哲もないようなボードが、何故か気になって仕方が無かった。

 

「達哉、ちょっと待ってくれ」

 

「ん?…ボードがどうかしたのか?」

 

「いや…なんか気になってな」

 

 先に行こうとした友人を呼び止めると、少し前かがみになってボードに目を走らせる。

 色とりどりに書き並べられているのは、今日出演するバンドの名前だろう。しっかりと数えては無いが、見たところ10バンド以上ある。

 そんな数あるバンドの中から一つ。

 青いペンで書かれたバンド名。

 

 ――――【Roselia】。

 

 まるで視線が吸い込まれているように。

 そのバンド名だけをジッと見つめる。

 今初めて見た――知らないバンド名。

 そのはずなのに、一目見た時から不思議と心が騒ぎ続けている。

 確信に近いものを持って直感が告げているのだ。

 だから。

 

「【Roselia】か、友希那の奴良いバンド名を考えたな」

 

 沢山悩み込む幼馴染の姿を頭に思い浮かべて、その成果を称えたのだった。  

 

 

 

 △▼△▼△▼△

 

 

「スタジオに行く前に、これ渡しに行ってもいいか?」

 

「ああ、構わないぞ」

 

 CiRCLEに入ってすぐ。

 右手に持った紙袋を見せながら達哉に聞いてみると、快く承諾してくれた。

 

「和也の幼馴染がどんな奴か気になるからな」

 

 まぁ、達哉が承諾してくれた主な理由はこれなのが少し気に触るけど。

 

「おいおい…、友達の幼馴染にそんなに期待するか普通?」

 

「そりゃあ、そこそこ付き合いがあるのに最近まで隠されてたともなると、何か面白い奴なのかな?って期待してしまうものだろ?」

 

「いや、共感を求められてもな……」

 

 達哉の言い分は、所謂タイムカプセルと同じだろう。いや、どちらかというと、長く寝かせて熟成させた物を心待ちにしているようなものか。

 その感覚は、俺もなんとなく分かる。共感できる。

 しかし、それでも首を縦に振らなかったのは、眠らせていた時間分だけ、幼馴染に対する達哉の期待感という名のハードルが高くなっていたのが気になりまくったからで、

 

「幼馴染のことを話してなかったのは話す機会が無かっただけであって、別に隠してないからな。それにもし達哉に聞かれたり、幼馴染の話題になってたら普通に話してたと思う。だから、その謎の期待は辞めてくれ」

 

 今現在、俺は出演バンドの控室に向かいつつ、変に上がってしまったハードルを下げようとしているのだ。

 

「和也にそう言われても信憑性がなぁ…。実際、事実さえなければそんなのどうとだって言えるだろ?」

 

「あのな…そもそも俺が幼馴染を隠すことに何のメリットがあるんだよ……」

 

「それは、知られたら不味いことがあるからなんじゃないのか?例えば、凄く変わった性格の持ち主とかで」

 

「もしそうなら、達哉をここに誘ってねーよ!それに、俺の幼馴染は変な性格じゃ無いからな。どこにでもいるような…っていうのは違うけど、少なくともお前が思ってるような性格じゃ無い!」

 

「おいおい、何でそんなに熱くなってるんだよ?」

 

「達哉が幼馴染を馬鹿にしたからだ」

 

「だとしてもそこまでなるか?あ、もしかして和也の幼馴染って男じゃなくて女子?」

 

「そうだけど、それがどうかしたか?」

 

「あ~なるほどな~。余計に会うのが楽しみになった!」

 

「いや…何でそうなるんだよ…」

 

 達哉が浮かべた不敵な笑みに不安を覚え、俺は『超』が付くほどのドデカい溜息を吐く。

 ハードルを下げようとした筈なのに、色々あった結果逆に達哉の興味を煽ってしまうという最悪な結末になってしまった。

 ほんと、思った通りにいかないものだな。

 

「――――」

 

「ん?」

 

 と、その時。

 一人の少女とすれ違った。  

 

「今のって…」

 

 もしやと思い、立ち止まっては振り返る。

 鮮やかな茶髪にウェーブのかかったハーフアップ。太ももまであるベージュ色の肩出しセーター。斜めに巻いた黒色のベルト。ニーハイの黒いロングブーツ。そして、首には黒、耳にはピンクを主としたウサギのアクセサリー。

 ――やっぱりそうだ。間違いない。

 そう思うやいなや。

 俺は来た道を少し戻って、その少女の肩をトントンと優しく叩いた。

 

「ちょっとそこのお嬢さん」

 

「っ!?は、はいっ」

 

 すると、少女は一瞬ビクッと驚いてから、俺が叩いた方に振り返り、

 

「えっ、か、かじゅや!?にゃんでここに?!」

 

「ようリサ!随分と可愛い話し方だな」

 

 ふにゃり、と。

 柔らかいその頬を、俺が予め立てていた人差し指に突かれるのであった。

 

「――――っ!」

 

 そのことに気づくとすぐさま、リサはバッと身を翻し、肩に触れていた俺の手を離す。

 

「おいおい、俺にからかわれるのがそんなに嫌だったのか?」

 

 顔を赤く染め、突かれた方の頬を手で抑え、下を向いて視線を合わせてくれない。

 そんないつもと違う反応をしたリサに、どうしたと尋ねる。

 それに対して、ごにょごにょ、と。

 リサは不鮮明でいて小さな声で何か言った。

 

「そうじゃなくて……和也が…………嫌ってわけじゃ……いきなりだったから………心の準備が………」

 

「えっと…なんて?」  

 

 あまりにも聞き取れなかったので、その内容を聞いてみる。

 が、

 

「何でもない!!」

 

「いや…さっき俺がどうとか――――」

 

「――――本当に何でもないから!!」

 

 リサは目をギュッと瞑りながら、何でもないの一点張り。

 俺の言葉を塗り潰してまで強く主張する。

 

「そ、そうか」

 

 それに堪らず俺は、これ以上追求するのを諦めた。

 これと似たようなことが前にもあった気がする。――――ああ、この前のオーディションで白金さんに感謝された時か。あの時もあこちゃんと白金さんに迫られて渋々折れたんだっけ?

 もしかして俺ってば、押しに弱いのでは。まぁ、リサと友希那に弱いのは元々だけど。

 そんな風に最近の経験を元にして自分を解析していたら、

 

「おいおい和也~」

 

「…あ、忘れてた」

 

 放ったらかしに、(もとい)、待ってもらっていた達哉が、ねっとりとしたウザイ言い方で突っかかってきた。

 

「友達がいるのに堂々とナンパとは、和也も随分と大胆になったな」

 

「ちげーよ。幼馴染がいたから声をかけただけだ」

 

「へー、ということは、この子が………あー、やっぱりそう言うことだったのか」

 

「えっと~………和也、この人は?」

 

 自分を見て何故か納得した達哉に、リサは苦笑いを浮かべる。

 

「一応友達なんだけど………悪い、連れてくる奴を間違えたみたいだ」

 

「その言い方は無いだろ?達哉と和也、二人揃って『THE・タッチ』ってクラスの皆から呼ばれてるぐらい、普段の俺達は仲が良いのによ」

 

「そんな呼ばれ方されたことねーよ!仲いいのは認めるけど!」

 

「途中でデレるなよ」

 

「うるせぇ!」

 

 本当にめんどくさい奴が入ってきた。まだリサに渡したい物を渡せていないというのに。しかも、それなのに何となくだが今日の達哉からはいつも以上にめんどくさいものを感じるのがこれまた恐ろしい。

 この予感が外れて、何も起こらないことをただ願うだけなのだが――。

 しかし、そんな俺の祈りを畔笑うように。

 達哉はニンヤリと笑みを浮かべて言ったのであった。

 

「それで、二人は付き合ってるのか?いや、付き合ってるんだろ?そうだろ?」

 

「っ!!?!!??!」

 

「………」

 

 予感というものはなんとも奇妙なものだ。良いことだとあまり当たらないのに、嫌なことは大抵当たる。今のこれがその典型的な例と言えるだろう。――ああ、めんどくせぇ。

 突然の達哉の狂言に、リサは固まり、俺は頭を抱える。

 だが、それでも達哉は止まらない。

 

「和也がこの子の事を話さなかったのは、変な虫から彼女を隠すためだったんだな!俺にだけ教えたのは、信用してくれたからか?」

 

「……」

 

「無視は冷たいなー。和也のこういう噂全然無かったから、これでも心配してたんだぞ?いや~、でも、正直安心した!いつの間にこんなに可愛い子を落としてたんだよ!案外抜け目のない奴だな!」

 

 こいつー、と達哉は俺を肘でつつく。

 なんかハイテンションですっげー嬉しそうだ。もしかして、本当に他意なく、達哉なりに祝福してくれてるのでは。

 そう思うと、不思議と気分は悪くならない。めんどくさいこと自体は変わらないが、達哉は俺のことを心配してくれていたということなのだから。

 しかし、その祝福を受け取ることはできない。例えそれが100%善意であったとしても。

 

「あのな…達哉」

 

「お?何だ?」

 

「俺とリサは付き合ってない」

 

 変な装飾は付けずにシンプルに。

 俺は達哉に真実を伝えた。

 まあ、達哉は「恥ずかしがんなって」と笑っているので、全く信じてくれていないのだが、それはまだ想定内だ。

 勢いづいた達哉をこれぐらいで止められるとは元々思っていないので、俺は第二手目へと移ろうする。

 だけど、それよりも早くに。

 

「そ、そうだよ!アタシと和也はそういう関係じゃないから!ただの仲の良い幼馴染だから!!」

 

 リサが伸ばした両手をブンブンと交差させながら、俺が言ったことに便乗する形で否定した。

 耳まで赤くなっているのは、おそらく勘違いされるのが嫌で必死だからだろう。俺としては、付き合っているぐらい仲良く見えたということに関していうと嬉しいのだが、リサにこれ以上迷惑をかける訳にはいかない。

 俺は「そうだぞ」と頷いてから、リサの便乗に更に便乗して続いた。

 

「リサは恋人とかじゃなくて、仲が良い幼馴染で………って、何でリサは落ち込んでんだ?」

 

「…ううん………何でもない…気にしないで……」

 

「?そっか。まあそれでだ。俺だけじゃなくてリサも同じこと言ってるんだから信じろよ。言っとくけど、さっき達哉が言ったことの全部が間違っているからな」

 

 項垂れるリサを不思議に思いつつ、ビシッと達哉が間違っていることを指摘し、一刀両断する。

 達哉にはこれぐらいド直球で言わなければもっとめんどくさくなるからだ。

 と。

 いきなり達哉が笑い出した。

 

「ハハ、ハハハハハハッ!!」

 

「お、おい、急に笑い出すなよ」

 

 引き気味にそう言うと、達哉は笑いを堪えながら言った。

 

「俺が想像していたよりずっと面白いことになってたんだから仕方ないだろ?」

 

「…つまり?」

 

「俺も流石にこれ以上は言えないな。こればっかしは和也自身が気付いてやれ」

 

 ポン、と。

 達哉は、俺の肩に手を置く。

 そして、衝撃の告白をした。

 

「にしても、和也がリサちゃんに話しかけてるところを見た時から付き合ってないことは分かってたけど、まさかそっちだったのか」

 

「はぁぁ??!それって最初からじゃねぇか!それじゃあ付き合ってるか聞いたのはなんでなんだよ?!」

 

 意味がわからねー!と詰め寄り、問いただす。

 

「あれはちょっとした仕返しだ。和也、俺をライブに誘ってからも、幼馴染の事話さなかっただろ?それに対してのな」

 

「うっ…確かに…」

 

 悪気が無さそうに達哉が言った答えに、言い返せなくて絶句する。

 言われてみれば、俺は達哉をライブに誘ってからも、幼馴染のことを少しも話してなかった。

 それこそ幼馴染の性別すら。

 

「ってことは…友希那のことも知らないんじゃ……」

 

「ゆきなって?」

 

「やっぱりか…」

 

 案の定。

 俺は達哉に友希那のこと、というか、幼馴染が二人いることすら言ってなかった。

 今日のライブは、二人のために来ているみたいなものなのに。

 流石にここまでくると話す機会が無かったという理由は言い訳にしかならず、もはや通用しないだろう。

 申し訳ないと思いつつ、俺は友希那のことを恐る恐る簡潔に紹介した。

 

「リサと同じバンドのボーカルで、俺のもう一人の幼馴染なんだけど……」

 

「まだ幼馴染いたのかよ?!」

 

「…実はいました」

 

 俺が肯定すると、達哉は頭を軽く掻いてヤケクソ気味に言った。

 

「あーもう、そのことについては俺も和也に言ってない事があるからチャラにしてやる。けど、後で聞くから覚悟しとけよ」

 

「お、おう」

 

「それなら次は…」

 

 達哉はリサの方を見た。

 突然視線を向けられ、リサは一歩後ずさる。

 その光景を見て、俺は何かあればすぐにでも止めようと覚悟する。

 しかし、そんな事は起きる事はなく、

 

「いや~、巻き込んじゃってごめんねリサちゃん。正直鬱陶しかっただろ?」

 

 陽気で軽い感じで、達哉はリサに話しかけたのだった。

 

「あっははは…少し」

 

 振られた質問に対して、リサは遠慮気味に笑う。

 すると、達哉がリサにとある案を持ちかけた。

 

「邪魔しちゃった罪滅ぼしとは言わないけど、リサちゃんにとって耳よりの情報を教えるからさ、ちょっと耳を貸しくれない?」

 

「?別に良いけど」

 

 なんだろう?と不思議に思いつつ、リサは耳を傾ける。

 

「それじゃあ、失礼して」

 

 達哉は口元を手で隠しながら、リサに耳打ちした。

 まるで何を言ったのか俺に一切分からせないようにしているかのように。

 

「――――――――」

 

「――――?!!?」

 

 耳打ちが終わった直後。

 言われたことが相当驚く内容だったのか。

 リサはギョッとした表情を浮かべて達哉を凝視する。

 その視線に少し笑い、達哉は俺の方を見て言った。

 

「ちょっと便所行ってくるから、和也はリサちゃんに渡すもの渡しておいてくれ。ロビーで待ってるから」

 

「おう…分かった」

 

「それじゃあ、頑張れよリサちゃん」

 

 最後にリサを鼓舞すると、達哉は去っていった。

 

「……何がしたかったんだ?」

 

 まるで台風のように荒らすだけ荒らして去って行った友人に対して、感想を溢す。

 テンションが高いということは分かっていたが、今日の達哉の言動がわざとらしく、怪しいようにも感じた。

 結局のところ達哉は何がしたかったのだろうか。

 達哉は何を企んでいたのだろうか。

 それらを導き出すための手掛かりになると思い、達哉が去っていった後も目をぱちくりとさせるリサの顔を覗き込んで尋ねてみた。

 

「リサ、達哉に何を言われたんだ?」

 

 すると、リサは「えっと~………」と悩んで、頬をポリポリと掻いてから、  

 

「そんなことよりさ、何か渡すものがあるんじゃないの?ほ、ほら達哉君が最後にそんな感じのこと言ってたじゃん?アタシももうそろそろ戻らなきゃいけないから、そっちの方を優先しようよ。うんそうしよ!」

 

 視線と共に話を逸らした。

 

「もしかして、言いにくいことなのか?」

 

「……ちょっっとだけ言いにくい…かな?」

 

「ちょっっとだけねぇ…」

 

 よほどのことなのか、それとも他に理由があるのか。

 リサはぎこちない笑みを浮かべる。

 ――なら、仕方が無いか。

 俺は、右手に持っているお菓子の入った紙袋をリサに差し出した。

 

「はいこれ、どーぞ」

 

「えっ?どーぞって?」

 

 渡された紙袋に、リサはポカンとする。

 

「差し入れだよ。時間が無いから渡すものを渡してほしいってリサが言ったんだろ?それとも達哉に何を言われたかもっと言及した方が良かったか?」 

 

「いやいや全然っ!こっちの方が良いです!」

 

 ちょっと意地悪に説明すると、リサは慌てて俺から差し入れを受け取った。

 ほんと可愛い幼馴染だ。達哉が言ったことは全部違うと否定したが、リサが可愛いという点だけはあっていたようだ。

 

「あっ、友希那は十中八九喜ぶと思うから、そこは期待してくれてもいいからな」

 

「うわー。今、和也凄く悪い顔してるけど、何を選んだの?」

 

「それを言ったら面白くないだろ?だから秘密だ。まあ、リサなら多分すぐに分かると思うけど」

 

「うーん…なんだろ…友希那が喜ぶものでしょ……あっ!もしかして」

 

「はいそこまで!答え合わせは開けるまでのお楽しみだ」

 

「はーい、分かりましたー和也せーんせ♪」

 

「良い返事だリサ君」

 

 悪乗りに悪乗りを重ね、いつものようにお互いふざけ合う。

 

「って、ふざけてる場合じゃないんだった」

 

 と、そこで思い出した。

 時間の残りが少ないことのに自分にはまだ渡すものが残っていることを。しかも、結構大事な物。

 俺は鞄の中を探る。

 突然ゴソゴソと鞄を探り始めた俺を見たリサは、浮かび上がった疑問を投げかけた。

 

「どうしたの和也?何か忘れものでもした?」

 

「そうじゃなくて……お、あった。リサ、手を出してくれ」

 

「こう?」

 

 俺が言ったように、リサはそっと手を差し出す。

 

「――――」

 

「……和也?その…そんなにマジマジと見られると照れるんだけど」

 

「あ、悪い悪い。これ、初ライブのお祝いだ」

 

 そう言い、俺はベースを持ったウサギのキーホルダーをリサの掌の上に置いた。

 

「わぁ、可愛い…!」

 

「そうだろ?それを見つけた時、リサにピッタリだと思ったんだよな」

 

 ウサギとベース。 

 リサの好きな物が組み合わさった――俺からしてみれば、リサを表したようなそのキーホルダーは、絶対にリサに合うだろうと思っていた。そして、リサは今嬉しそうにはにかみながらキーホルダーを見つめている。

 喜んでくれて良かった。

 これがリサにプレゼントを渡した感想であり、顔が綻んだ理由である。

 俺は、リサに秘密を教えた。

 

「ちなみに、今回はリサだけの特別だぞ」

 

「えっ?それじゃあ、友希那の分は……」

 

「用意してない」

 

「!?どうして?!」

 

 初ライブのプレゼントが自分の分だけだと知ったリサは、驚きながらも理由を尋ねてくる。

 今まで俺がリサか友希那に何か上げる時は、二人一緒に渡していた。それは、かけがえのない存在であるリサと友希那に上下を付けるよなことをしたくなく、平等にしようと思っていたからであり、この考えは今も変わらない。

 しかし。

 それでも今回はどうしても――、

 

「新しい一歩を踏み出すリサに何か送ってあげたかったんだ」

 

「――――」

 

「リサはライブ自体が初めてだろ?それに、友希那のライブを見に行ったあの日からずっと頑張り続けてるリサを見ていたら、これぐらいの特別扱いはしてあげないと気が済まなくてさ」

 

 これは単なる自己満足なのかもしれない。いや、疑う余地なく自己満足なのだろう。

 だけど、後悔はしていない。

 それどころかリサにプレゼントを渡す時――差し出されたリサの手を見た時。

 

 ――間違ってなかった。

 

 そう心の底から思った。

 

「……」

 

「リサ?」

 

 リサは何も言わない。 

 

「あっ、友希那にはその分、差し入れに好きな物を選んだから!だから、別に友希那をハブったわけじゃないし、嫌ってるって訳でもないぞ!」

 

 口を閉ざすリサに焦りを覚えた俺は、パタパタと手を空中で迷子にさせながら、リサが黙ったであろう理由に補足を入れる。

 すると、そのおかげか。

 リサは閉ざしていた口を開いた。

 

「もう、せっかくちょっとジーンって来てたのに和也のせいで引っ込んじゃったじゃん。それにそんな心配しなくてもちゃんと分かってるって」

 

「そ、そうだよな。あはは」

 

 リサと友希那がそんなこと思うはずがないのに、つまらない心配をしていた自分に呆れ、嘲笑を送る。

 

「和也」

 

「ん?」

 

 呼ばれて顔を上げると、リサは胸の前でキーホルダーをギュッと握っていた。

 

「――――ありがと。すっごく大事にするから!」

 

 そして、ニッ、と。

 リサは微笑みを滲ませた。

 その笑顔が、いつもと違うように見え、強く脳裏に焼き付いた。

 

「そうか。そんなに気に入って貰えたのなら俺も渡した甲斐がありまくるってもんだ!」

 

 照れを隠すように。

 俺は両手を腰に当てて、エッヘンと得意気に胸を張る。

 そこから名残惜しくはあるものの、別れを切り出した。

 

「それじゃ、渡す物も渡したし、達哉をこれ以上待たせる訳にもいかないから俺はもう行くわ。友希那に【Roselia】ってバンド名、すっげーバンドに合ってて良いと思うって伝えといてくれ」

 

「分かった。ちゃんと伝えておくね☆」

 

「あ、それと」

 

 最後に、と。

 少しだけ前置きをしてから、俺はリサの背中を押した。

 

「緊張するとは思うけど、リサなら絶対に大丈夫だから自信持てよ!――――ライブ、楽しんでこい!」

 

 願いでもあるその言葉達を伝え、俺はリサに手を振った。

 心がいっぱいの幸福感に満たされているのを感じながら。

 まいった。まだライブ前だというのにこれは困る。

 しかし。

 

「何ニヤニヤしてるんだよ和也」

 

 自然と破顔していく表情を止めることは出来ず、ロビーで待っていた友人にそのことを指摘されるのであった。

 

 

 

 

  

 

 




 最後まで読んでいただきありがとうございました。
 
 はい、今回はいつもより文字数少なめです。この作品では初めての8000文字でした。
 これには、8話でやる元々の予定を半分に切ったことや、とある人から長いと言われたことなど色々な理由があるのですが、そんな事は置いておいて。
 やはり、最初の頃のように早く書くことが出来なくなりました。完全にスランプです。書きたいシーンはあるんですけどね…まだまだ先です。それにまだRoseliaの初ライブ演奏してないとか何事って感じですね、早く展開進めろって言いたいですよね、私も凄く共感します…。
 8話を書き始めた時はライブ終わりまで書こうとしていたんですけど、次回になりそうです。

 と、まあ、こんなに展開も更新も遅い作品を読んでくれて本当にありがとうございます。
 
 それでは皆さん、また次回にお会いしましょう!なるべく早く上げれるように頑張ります!ばいちっ!


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9歩目 芽生え

 
 こんにちは、ピポヒナです。
 前回の投稿からまたしても約一か月経過………このストーリーの進行速度なのにすみません、本当に。
 
 あ、ドリフェスのあこちゃんめっちゃ可愛くないですか?というか、Roseliaの皆が可愛すぎる……これは絶対当てねば。

 そんなこんなで、本編どうぞ!




「緊張するとは思うけど、リサなら絶対に大丈夫だから自信持てよ!――――ライブ、楽しんでこい!」

 

 和也は言った。

 空色のその瞳を細めて、両頬にえくぼを作りながら。

 力強く。それでいて優しく。

 まるでリサの心に抱えていた不安を見通したかのように。

 

「……ありがと。和也」

 

 離れていく背中を見つめて、リサは届かないと分かっていながらも感謝を贈る。

 和也がこんな風に応援してくれているのはいつからだっただろうか。

 ふとそんなことが思い浮かび、記憶を遡ってみるがその答えは出てこない。

 リサは、苦々しく笑う。

 覚えていないぐらい昔からずっと、自分は彼に自信と勇気をもらっていたのかと。

 そして、今もこうして――。

 

「――――」

 

 ぎゅっ、と。

 リサは、和也から貰ったキーホルダーを持つ手に力が加える。

 たったそれだけで心が軽くなった気がした。

 背中を押してもらえた気がした。

 ――――大丈夫。

 和也が言ってくれた言葉を思い出した。

 不思議だ。

 メンバーの中で一番下手なのは変わらないはずなのに、本当に大丈夫だと思えてくる。

 

「あっはは……アタシって結構単純だなぁ」

 

 だけど、今はそれでいい。

 おかげでこうしてしっかりとライブに向き合うことができそうなのだから。

 友希那の隣にいられるのだから。

 彼がくれたこの可愛らしいキーホルダーを愛しく思っても。

 高鳴る鼓動に素直になっても――。

 

「って……和也にバレてない…よね?」

 

 不安が無くなったはずのリサの心は、数分前の取り乱す自分の姿を思い出したことによって再び掻き乱される。

 今日のリサは運が悪かった。

 何せ、和也に会う日に彼女がいつも家でやっている心の準備がライブへの緊張と不安が原因で十分に出来ていない今日に限って、和也がいつもやらないようなことをやってきたからだ。出合い頭にほっぺたを突っつかれたのは、準備しきれていないリサの心を乱して、いつも以上に反応を表に出させるのに十分過ぎる衝撃だった。

 それに加え、和也が連れてきた友人が最後に言った、

 

『リサちゃんと話している時の和也は、俺が知ってる中でも上位に入るぐらい楽しそうだったぞ』

 

 この言葉には驚かされた。

 もちろん、会ったばかりの人に想い人を見抜かれたことにも驚いたのだが、あれは準備不足故にあからさまな反応をしてしまった自身が原因なのでまだいい。いや、会ったばかりの人にもバレてしまうぐらいの反応をしていたがために、当の本人に気付かれてしまったのではとドキドキしているのだから、全然良くないのだが。

 それでも、そのことがチャラになってしまうぐらい、達哉に耳打ちされたこの情報は、彼がリサに言った通り良い情報だった。

 和也が――自分と話す和也がそんなに楽しそうに話していたことを知れたこと自体が、リサにとっては嬉しくてたまらない情報だった。

 

(和也にとってのアタシってどういう存在なんだろ……?)

 

 リサは、ほんのり頬を紅く染める。

 

「リサ、何をしているの?」

 

「ゆ、友希那!?何でここに?!」

 

 と、突然友希那が現れた。

 頬を染めていたこともあり、リサは大いに慌てる。

 そんなリサに、友希那は冷たく言った。

 

「リサがいつまでも帰ってこないから呼びに来たのよ。リサが出て行く時にも言ったけれど、気持ちの整理はここに来る前に済ませておいてもらわないと困るわ」

 

「っ!」

 

 そして、友希那の言葉がリサの浮ついていた心を引き締めた。

 ――――パシッ!と。

 リサは自分の両頬を叩く。

 そうしてやってきたひりひりとした痛みが、心を切り替えてくれているのを感じた。

 

「――友希那、ちょっと遅くなったけどちゃんと気持ちの整理がついたから、アタシはもう大丈夫!」

 

「次からはもっと早くに頼むわよ。それじゃあ、戻りましょう」

 

「うん!」

 

 友希那とリサ。

 二人は歩き出す。

 それぞれの胸に込めた夢に向かって。

 その一歩となる【Roselia】初のライブに向けて。

 

「そう言えばさっき和也に会ったんだけど、【Roselia】ってバンド名がアタシ達に合ってるって凄い褒めてたよ!遅くまで悩んでた甲斐があったじゃん☆」

 

「そう」

 

「え?それだけ…?やったーとかは?」

 

「それだけよ。他に何かいるかしら?」

 

「…あー…ドンマイ和也」

 

 

 

 

※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ 

 

 

 

 一つ、また一つと演奏が終わる。

 すると、一つ、また一つと声が上がり、やがてそれは重なり合って大きな歓声となっていった。

 

「凄い盛り上がりだな」

 

「そうだな。俺が前に来た時よりもすげぇ」

 

「アマチュアだって聞いてたから、軽音部ぐらいだろうなって舐めてたけど…今のバンドもその前のバンドも普通に上手くないか?」

 

「そりゃあこの地区の登竜門って呼ばれてるイベントだからな。プロのスカウトも来るとか来ないとか言われてるぐらいだし、全体的にレベルは高いと思うぞ」

 

「通りでこんなに人が多いわけか」

 

 耳打つ歓声に、今尚圧倒されている達哉は周囲を見渡す。

 観客の人数は前回和也が行ったライブの倍ほどだろうか。そして、観客の数が増えれば増えるほど、それに比例して歓声、熱気も凄まじくなってゆく。

 和也は生唾を飲み込んだ。

 予想を更に上回る熱気に圧倒されかけたからでもあるが、それよりも――。

 

「凄い雰囲気だけど、和也の幼馴染のバンド大丈夫なのか?初ライブなんだろ?」

 

「っ!だ、大丈夫に決まってるだろっ!?」

 

「………」

 

「……ああ、そうだよ。リサ達が心配で仕方がねぇ…」

 

「まあ、和也が心配に思うのも無理ないだろうな。今までに出演したバンドが揃ってこうも実力があれば、後に続くバンドにも同じかそれ以上のレベルの演奏が求められるのが必然だろうし。リサちゃんには悪いけど、正直言って俺は結成したばかりのバンドが初ライブでこの観客達からの期待を応えることはそう簡単なことじゃ無いと思うぞ。最悪の場合ここにいる観客全員が敵になることもあるんじゃ…」

 

 今にも不安に押し潰されそうな和也を畳みかけるように。

 達哉は核心を次々と突き、抉ってゆく。

 

「んなこと俺だって分かってんだよ!なんだよお前さっきから、リサ達に何か恨みでもあるのかよ!?」

 

 和也は叫んでいた。

 違う。達哉は恨みがあるのではなく、ただただ一般的な意見を言っているだけだ。決しておかしなものではない。

 そうと分かっていても、和也には激情を止める術を持ち合わせていなかった。

 あってほしくないことを言っていった達哉に対して――全く同じことを懸念していた自分自身に対して、何か言い返してやらないと気が済まなかった。

 

「お前が言ったようなことには絶対にならない!リサと友希那は他のどのバンドよりも圧倒的な演奏して、ここにいる全員の度肝を抜くに決まってる!」

 

「――それなら、そんな顔すんなよ」

 

 ペシッ、と。

 達哉は沸騰している和也の頭にチョップを入れた。

 馬鹿野郎とでも言いたげに。

 

「えっ?え、は??」

 

「そう思ってるのなら、そこまで心配する必要は無いんじゃないのか?」

 

 チョップされた頭を押さえながら困惑する和也に、達哉はため息を吐く。

 

「和也は実際にリサちゃん達の演奏を聴いたことがあるんだろ?それなら、リサちゃん達のレベルを知った上で、さっきお前は啖呵を切ったんじゃないのかよ?」

 

「いや…ついカッとなって言っただけであって、そこまで考えてなかったんだけど………」

 

「無意識ってことは、それが和也の本心ってことじゃないのか?」

 

「そういうことなのか………?」

 

「そういうもんだ」

 

「……」

 

 達哉が言い切り、和也は悩み込む。

 確かに達哉の言っていることは一理ある。感情が高ぶった時ほど嘘偽りのない本心を吐き出してしまうものだ。

 しかし、それでもやはり駄目だ。胸のざわめきが止まらない。

 リサと友希那がこれまで頑張ってきたことは分かっている。分かっているからこそ、二人には辛い思いをしてほしくない。二人の悲しい表情は見たくないし、そんなこと絶対にさせたくない。その想いがどうしても先走ってしまって――。

 

「何だ?そんなにリサちゃん達のことを信用できないのか?」

 

「――――!!」

 

 達哉が不思議そうな表情を浮かべながら言った言葉に、和也は愕然とした。

 

「リサちゃん達からしたら演奏を聴かせたことのある和也だけが味方なんだからさ、もっと堂々としろよ。じゃないとバンドが…特にリサちゃんが悲しむぞ」

 

 何気なく言われたその言葉が、気付かせてくれた。

 和也は苦笑する。

 なんて初歩的なことを忘れていたんだと。

 リサにあれだけ激励を言っておきながら、自分は何をしているのかと。

 そして、ここにいる観客達の中で一番二人のことを分かっている自分が信じずに、一体誰が信じると言うのだと。

 

「馬鹿だなぁ俺って」

 

「ああ、和也は馬鹿で鈍感で察しが悪くてうるさいぞ。今更気づいたか」

 

「そこまでは言ってねーよ!…まあ、でも、その……ありがとな」

 

「おう!」

 

 信じよう。

 リサと友希那を。演奏を聴いた時に感じたあの感覚を。

 二人が幸せに笑うことを願って。

 

「てか、なんでリサが特に悲しむんだ?」

 

「そこは自分で気付いてやれや」

 

「リサと友希那の変化ならすぐに気付ける自信あるぞ?」

 

「…リサちゃん苦労してるんだろうなぁ」

 

「??」

 

 

 

「へっくしゅんっ!」

 

「リサ姉大丈夫?」

 

「大丈夫大丈夫、誰かアタシの話でもしてるのかな?」

 

 リサとあこがそんなことを話していると、コンコンコン、と。

 扉が優しく三回叩かれる。

 次いで、ガチャリ、と。

 視線が集まった扉が音を立てて開いた。

 

「【Roselia】、準備お願いしまーす」

 

「分かりました」

 

 友希那はクッキーを割れないように慎重に鞄に入れてから立ち上がる。

 

「……和也、アタシ頑張ってくるから。行ってくるね」

 

 リサは、ベースを持ったウサギのキーホルダーに一時の別れを告げた。

 離したくない。ライブ中もずっと肌身離さずに持っておきたい。もしも駄目だと思った時に力を貰いたい。

 だけど、それは出来ない。甘えすぎるのは良くない。

 だから、リサは優しく微笑み掛け、キーホルダーをそっと鞄にしまったのだった。

 

「友希那ちゃん、イベントの穴埋めてくれてありがとね。本当に感謝してるよ」

 

「いえ、まりなさんにはいつもお世話になっていますし、私達も丁度ライブに出たいと思っていたので、こちらこそ声をかけて頂きありがとうございます」

 

「いいのいいの!困った時はお互い様だからね!それで最後に確認なんだけど――――」

 

 友希那の感謝を受け取めると『ライブハウスCiRCLE』のスタッフである月島まりなは、リハーサルで確認したことをもう一度一から確認し合いながら【Roselia】を舞台袖へと案内していく。

 そして、最終確認が終わり舞台裏までつくと、まりなは手を振って、

 

「ふふふ、それじゃあ【Roselia】の初ライブ皆楽しんで来てね!頑張って!」

 

 可愛い可愛いバンドの後輩たちを鼓舞し、「はい!もちろんですまりなさん!!」とあこの返事を聞き届けると笑みを浮かべた。

 

「…」

 

 友希那は、ただ一点を――何度も一人で立ったことのあるステージを見つめる。

 その先から聞こえてくるのは、様々な会話が入り混じりざわざわとした観客達の声。

 見慣れた光景、何度も体験した状況だ。緊張などは無い。まだスタートラインについただけなのだから。感じるものを強いてあげるとするならば、それはやらなければならないという使命感だろう。

 

「紗夜、リサ、あこ、燐子――――良いかしら?」

 

 振り返り、友希那は後ろにいる四人に視線を送る。

 鋭く真っ直ぐなその瞳を向ける。

 すると、それに応えるように。

 そして――、

 

「はい。もちろんです」

 

 追い抜かされないように。

 

「うん、大丈夫!」

 

 親友の隣に居続けるために。

 

「【Roselia】の初陣!いざ参らん!!」

 

 自分(五人)だけのカッコイイを目指すために。

 

「わ…わたしも……頑張りますっ……!」

 

 自分を変えるために。

 

「――――いくわよ」

 

 いつかあの舞台に立つために。

 【Roselia】はステージへと立った。

 

『――――――――』

 

 沸き立つ歓声。

 驚くのも束の間、初めて経験する圧がリサとあこと燐子を抑え込み、体を硬直させる。

 しかし。

 

「「「っ!」」」

 

 誰一人として止まらなかった。足を止めなかった。逃げ出さなかった。

 自らが持つ楽器と共にしっかりと観客達と向き合っていた。

 

「おい和也、次のバンドが出てきたぞ!」

 

「っ!?友希那達だ!!くっそ全然見えねぇ!」

 

 達哉が指差す方、ステージを見るや否や、和也は身を前に乗り出して幼馴染の二人を視界に捉えようとする。

 しかし、比較的空いてるとされるドリンクカウンターの近くに位置取ったが故にステージまでの距離は遠く、多くの観客達の頭と腕が和也の視線を尽く遮った。

 さっきは物凄く心配していたが、二人のことは信用している。それこそ、心の底から誰よりも。

 だけどやはり気になる。これはもはや体に染み込んだ癖と言ってもいいだろう。

 どうしても、リサと友希那がステージの上でどんな表情をしているのかが気になって――、

 

「――――!!はははっ……二人共やっぱりスゲーな」

 

 流石だ、と和也は笑う。

 つい先程まで背伸びをしたりして必死だった様子とは打って変わって、何かを悟ったかのように静かに笑うその姿はさぞ異様に映ることだろう。後ろにいる達哉が若干引いているのはその影響だ。

 だが、和也にとって今は誰にどう思われようと関係なかった。

 ほんの一瞬ではあったものの、リサと友希那の表情が見れたのだ。それだけで、二人が大丈夫なことを感じ取った。

 それがとても嬉しかった。

 

「な、なあ和也」

 

「ん?どうかしたのか?」

 

「…えっと……そのだな……」

 

「??」

 

「……リサちゃんじゃない方の幼馴染の名前って……確か友希那って言ってたよな?」

 

「そうだけど、どうした?」

 

 歯切れの悪い達哉の質問に、和也は首を傾げる。

 すると、達哉は何とも微妙な表情を浮かべて、

 

「友希那って人に対する声援だけ………多くね?」

 

 友希那の名前を叫ぶ人が明らかに多いことを指摘した。

 上がっている歓声に少し意識を傾ければ、ああ確かに。八割、いや、九割以上の歓声が友希那個人に対するものだということが分かる。しかもその上、心なしか他のバンドが出てきた時よりも大きい。

 だからこそ達哉は、初ライブじゃなかったのかよ!?と疑問に思ったのだろう。

 和也は、その疑問についてて心当たりがあったので、それを教えた。

 

「友希那はバンド組む前にソロで活動していて、そこそこ有名だったらしいからな。それの影響だろ」

 

「らしい?」

 

「俺もついこないだ知ったばっかだから、そのことについてはあんまり詳しくは知らねぇんだよなぁ。まあでも…」

 

 和也はおもむろにステージの方を向き、凛とした姿で立つ友希那を見据える。

 

「聴けば絶対に分かる」

 

 直後、キーーンッ!!と。

 スピーカーから甲高い音が鳴り響いた。

 まるで観客の意識を一点に集中させるように。

 そして。

 全ての視線がステージ上に集まり、歓声がピタリと止んだ後、その空間を作りだした本人である友希那は、マイクに右手を乗せ、言った。

 

「――――【Roselia】です」

 

 装飾無く、端的に。

 多くを語らないのは、聴けば嫌でも印象に残るという自分の音楽に対する自信の表れだ。

 

「では、一曲目――――」

 

 友希那は一曲目の曲名を告げる。

 その後、瞼をそっと下ろすと、

 

「ッ!!」

 

 場内に痺れるようなギター音が響き渡る。

 

 【Roselia】初となるライブの演奏は、膨大な練習量が可能とした正確無比な紗夜のギターによって始まった。

 

 挨拶替わりと言わんばかりの紗夜のギターに続くのは、ドラムとベース。

 あこのパワフルなドラムをリサのベースが牽引し楽曲の土台となるリズムを刻んでゆくことで、一気に楽曲の世界を作り上げる。

 そして。

 そこですかさず加わったのはキーボード。燐子が丁寧に引いていくメロディーラインによって、更に纏まりが増していく様は、まさに道しるべのよう。

 それだけじゃない。

 長年ピアノを弾き続けたことにより培われた高い技術と表現力が、先行した三人が作りだした世界に鮮やかな色彩を与えた。

 

『――――』

 

 観客達は揃って感心する。

 あの友希那がいるのだから少し興味を持っていたものの、まさか周りもこれほどレベルが高いとは思っていなかった。出来立てのバンドとは思えないほどのそのレベルの高さは、今日出演したバンドの中でも確実に上位に入ることが容易に分かる。

 次の瞬間。

 そんな風に余裕を持って評価していた者たちのほとんどが、呆気に取られていた。

 

 歌姫(友希那)が放ったその圧倒的な歌声に。

 熱を灯されたことで完成したその世界に。

 

「俺の幼馴染は二人共スゲーんだぜ!」

 

 そうなることを唯一予感していた和也は、誇らしげにそう言って破顔した。

 

 

 

「――ラスト、聴いてください。『BLACK SHOUT』」

 

『――――――――』

 

 友希那の声に応えたのは、割れんばかりの大歓声。

 盛り上がりは最高潮。所々から、終わりが近づいていることを嘆く声すら上がっている。

 それほどまでに観客たちはそのレベルの高さに、広げられてゆく世界に、【Roselia】に心を奪われていた。

 そして。

 それほどの演奏をしている彼女たちもまた――、

 

(皆超ーー盛り上がってる!!ほら!もっと見て!!【Roselia】って超ーっカッコイイでしょっ!?)

 

(怖かったはずなのに……すごい楽しい…!……こんな自分がいたなんて…知らなかった………)

 

(弾けてる!弾けてるよ和也!友希那!!アタシ、一人の時よりずっと上手く弾けてる!!やっぱりこのバンドには何かがあるんだ!)

 

(今井さんのベース、また上手くなっている。いいえ、今井さんだけじゃない、宇田川さんと白金さんまで……。そして何よりも、この前よりもっと『音』引き寄せられる…!)

 

(明らかに今まで経験してきたライブとは違う。――――行けるかもしれない!このバンドなら!!)

 

 在り方を、一面を、成長を、力を、可能性を。

 確かな手応えと共に、各々が新しい何かを感じ取っていた。

 

「ハァ…ハァ……」

 

 耳が痛くなるほどの歓声が飛び交う中。

 リサは頬に汗を流し、乱れた呼吸を整える。

 

「終わった…できた………」

 

 左隣にいる友希那を横目に見ながら、そう呟いていた。

 友希那の隣にいるため、全力で挑んだライブが終わった。いや、気が付けば終わっていたと言った方が正しいかもしれない。それぐらい集中していた。夢中だった。自分自身でもこれ以上の演奏は今は出来ないということが何となく分かるぐらい全力を出し切った。

 その出来具合は、友希那にわざわざ聞かなくてもこの声援で分かる。

 ああ、上手く弾けたんだと。

 

「やったよ………和也」

 

 当てられるスポットライトに目を細め、リサは勇気をくれた幼馴染に向けて笑みを零した。

 

 

 




 最後まで読んでいただきありがとうございました。
 やっと初ライブが終わりましたよ。私自身音楽やってない上に、バンドのライブは数回しか行ったことないから表現できてるかどうか自信ない………。音楽無知に等しいので、詳しい人あんまりキツく突っ込んで来ないでくれると嬉しいです|ω・` )チラット
 てか、当初の目論見では、初ライブは二話ぐらい前から始まってたはずなのに…いや…予定通りいかないのは今に始まったことではないので良いのですが。
 このままのペースだと書きたいところ、まあ、所謂バンドリ本編から大きく外れるターニングポイントとなる場面まで、あと何話かかるんだろう?個人的には15話ぐらいまでにはその始まりぐらいまでに行きたいです。そんな目標を立てながら、頑張っていきます。目指せ、月二回投稿!

 近々、本編とは大きく関係しないような箸休めとなる話も投稿するつもりなので、そちらもどうぞ読んでください。多分、一週間以内に出来上がると思うのでなにとぞ。

 それでは皆さん、また次回の投稿でお会いしましょう。ばいちっ!


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一息目 和也の差し入れ

 こんにちは、ピポヒナです。
 この話は、【Roselia】初ライブ前の控室の話であり、ちょっとした短編と思ってくれれば幸いです。

 それでは、軽い感じでどうぞ!




 

 ガチャリ、と。

 控室の扉が開かれる。

 入ってきたのは、友希那とリサであり、リサの右腕には和也からの差し入れが入った紙袋がかけられてある。

 なかなか戻ってこなかったリサを友希那が呼び戻しに行って、今二人揃って帰ってきたところだ。

 

「たっだいま~♪」

 

「外の空気に当たるのはもういいんですか?」

 

 隣に座ったリサに視線だけを向けて、紗夜は尋ねる。

 外の空気に当たってくる。

 それが控室を出て行く時にリサが言った理由だったのだが、外に向かっている途中の廊下で和也と思わぬ遭遇をすることになったため、結局の所一歩も外に出ていない。

 しかし、リサはその事をあえて言わずに明るい声で伝えた。

 自分の中にはもうライブに対する緊張や不安は無いと。

 

「大丈夫だって紗夜!ほらこの通り!」

 

「そうですか」

 

「紗夜が心配してくれるなんて珍しいじゃん」

 

「今井さんが緊張で普段のように演奏ができなかったら、バンド全体に迷惑がかかってしまいます。それだけは避けたいので一応声をかけただけよ」

 

「そっか。気を遣わせちゃったみたいでごめんね」

 

「別に構いません」

 

 そう言い、紗夜は視線を戻してリサが来る前までしていた集中の続きに入る。

 今回のライブはこのメンバーで【Roselia】として活動していくかどうかを決める最終試験の様なものだ。だから、もしリサが緊張に負けて本番で本来の実力を出すことができなければ、リサは【Roselia】から抜けることになり、【Roselia】はまた新しいベーシストを探すことになる。

 しかし、紗夜にとっては、そうなることは別に困ることではない。

 そうなったとしたら、それが最善であるのだと思っているからだ。

 ベースを弾くのが誰であろうが、バンドの演奏が良くなるのであればそっちの方を迷わずに選ぶ。

 本気のバンドに馴れ合いは要らない。

 冷たいようにも思えるその合理的な考え方は、今まで彼女が時間を費やして経験した失敗から培われたもの。

 同じような失敗を積み重ねるわけにはいかない。

 これ以上時間を無駄にしないためにも。

 ようやく見つけた湊友希那という自分の考えに近い者と共に頂点を目指すためにも。

 そして、あの天才がまた自分を――――。

 

「…ッ」

 

 紗夜は、奥歯を噛み締める。

 しかし、そのことに気付いた者は誰もいなかった。

 

「リサ姉リサ姉!それって何?」

 

 あこは、リサが出て行く時には持っていなかった紙袋について指摘する。

 

「これね、なんと和也からの差し入れなんだ!」

 

「えー!?じゃあ、カズ兄に会ったの?!」

 

「うん、さっきそこで偶然♪」

 

 和也と会った大まかな方向を指差し、リサは声を弾ませながらあこに教える。

 すると、あこは「ホント!?」とテーブルに身を乗り出して食い気味に尋ね、リサが頷くとすぐさま隣に座っている燐子の手を掴み、

 

「それならりんりん!!一緒にカズ兄に会いに行こうよ!」

 

「う、うん……いいよ…」

 

 屈託のない笑顔を向けながら誘った。

 燐子は二つ返事で承諾する。

 普段からあこの誘いは基本的に断らない彼女だが、そもそもあれ程純粋な笑顔を向けられて断れる者はそうそうといないだろう。少なくとも、リサや和也は断れない。

 

「やった〜!!それじゃあ行こう!」

 

「ちょ、ちょっと待って二人とも!」

 

「「?」」

 

 立ち上がったあこと燐子をリサが引き止める。

 そして、どうしたの?と視線を向ける二人に対し、申し訳なさそうに言った。

 

「アタシが和也と別れてからちょっと時間経っちゃってるから、和也は多分もう下に行ってていないと思うなぁ…」

 

「えーっ?!カズ兄もう行っちゃったの!!?!」

 

「ちょっと言いづらくて…ごめんね」

 

 リサは手を合わして、先に言わなかったことを謝罪する。

 

「…そうなんですね…。残念だね…あこちゃん…」

 

「むー……」

 

 ガクリ…、と。

 わくわくが大きかった分、落差が激しくあこは肩を落として落ち込む。

 次いで、バタン、と。

 椅子に座り直してから、体をテーブルに突っ伏した。

 

「……あこもカズ兄に会いたかったのにー…リサ姉だけカズ兄と会えて良いなぁー……」

 

「そんなに羨ましがること?」

 

「羨ましいよぉ…だってカズ兄だよ?」

 

 会いたかったなー、とあこは残念そうに漏らす。

 あこは、和也のことが好きだ。

 もちろんあこが和也に抱いている好きという感情は、異性に対する好意では無い。友達としての好きであり、リサに向けているような感情と似ているものであり、決して恋愛に発展しないような感情だ。

 つまり、あこが和也に会いたかったと言ったのは、好ましく思っている人が近くにいるとなると会いたいと思う彼女の性格故で、あこがそういう人間であることをリサは部活を通して知っている。

 知っている。知っているのだ。

 しかし。

 リサはあこに対して、モヤっとした感情をどうしても抱いてしまう。

 あこの発言には、自分が思ってるような意味は込められていないことは分かっているはずなのに。

 どうしても――。

 

「ん、リサ姉」

 

 すると、急に。

 突っ伏していたあこが顔だけを上げ、向かいに座るリサを見上げながら疑問を投げかけた。

 

「リサ姉はカズ兄に会えて嬉しくなかったの?」

 

 その疑問がリサの核心を突くものであるとは知らずに。

 

「――――っ!」

 

 思いがけない疑問に、リサは声を詰まらせた。

 そして、それと同時に左手を後ろにサッと隠す。

 あこに尋ねられてリサの脳裏に真っ先に浮かんだのは、ベースを持ったウサギのキーホルダー。――そう、ついさっき和也から『特別』に渡してもらったプレゼントである。

 だからこそ、あこの純粋な疑問はタイムリー過ぎてリサに深々と刺さった。

 だからこそ、キーホルダーを持っている左手を、あこからは見えない自分の後ろへと咄嗟に隠した。

 それほどまでに、リサにとってあこの純粋な疑問はクリティカルだったのだ。

 

「どうなのリサ姉?」

 

「…う……」

 

 洋紅の瞳がリサを逃がさない。

 リサは悟る。

 こうなってしまっては、話題を変えたところですぐに気づかれることを。あこの疑問に答えない限り逃れる術は無いことを。

 リサは考えた。

 どう答えれば切り抜けられるのかを。どうやってあこを誤魔化すかを。

 そして、リサは答えた。

 

「…う……嬉しかった…」

 

 言うつもりは毛頭にも無かったはずの、本当の感情を。

 

「でしょ!?」

 

「……うん」

 

 右斜め下に顔を向けながら、リサは頷く。

 顔全体が熱い。これは間違いなく赤くなっているだろう。やってしまった……。これではいくらあこでも気付きかねない。

 リサは、自分の犯した失態を心の中で嘆きに嘆く。

 しかし。

 リサが誤魔化さずに、嘘をつかずに本当のことを言ったからだろうか。

 あこはリサの本心に気付いた様子もなく、先程まで項垂れていたとは思えない元気さで提案した。

 まぁ、このやりとりを隣で聞いていた燐子が、リサの反応に少し頬を赤らめていたのだが――それはまた別の話。

 

「それじゃあ、リサ姉!早く開けようよ!」

 

「っ!うん!開けるね!!」

 

 あこからの話題替え。

 これはリサにとって願っても無いチャンスであり、もちろんリサは飛びつくように賛成する。

 

「りんりん、カズ兄が選んだ差し入れのお菓子が何なのか当てようよ!」

 

「良いよ…あこちゃん。…わたしは…クッキーだと思うな……」

 

「はいはい!!あこもクッキーだと思う!!」

 

「ふふっ…当たると良いね…」

 

 あことその隣に座る燐子とのやり取りを聞きながら、リサはラッピングを次々と外していく。

 その裏ではそっと胸を撫で下ろしていた。

 バレてない、良かった…と。

 そして。

 

(今のであこにバレないなら、きっと和也にもバレてないはず!)

 

 もう一つの不安も軽減された。

 今思ってみれば、これまでアタックしても全然気づいてくれなかった彼があれぐらいで気付くわけが無い。なんて言ったって、和也は鈍感なのだから。……あれ?それならやっぱり気付いてもらった方がよかったんじゃ………。

 そんなことを考えていると、ふと和也の言っていたことを思い出し、リサはそれを伝えようと友希那に声をかけた。

 

「あ、友希那」

 

「何?」

 

「この差し入れなんだけど――――」

 

「――――興味無いわ」

 

「まだ何も言ってないじゃん」

 

 話を最後まで聞き届けようとしない友希那の冷たい態度に、リサは「もう」とほっぺたを少し膨らました。

 しかし、それ以上は何も言わない。

 ――ああ、ライブに向けて集中したいのか。

 いつも言葉が足りない幼馴染の意志を汲み取ったからだ。

 

「あこ、燐子。開けるよ?」

 

 気を取り直して、リサは後一工程で中身が分かる状態の差し入れに手をかける。

 

「は、はい…」

 

「リサ姉はなんだと思う?」

 

「アタシ?う~んそうだなぁ。アタシもあこと燐子と同じでクッキーだと思うな♪」

 

「わーい!全員一緒だ!」

 

「あはは。それじゃあ、答え合わせと行きますか!」

 

 差し入れを当てるだけで盛り上がっていることに苦笑しつつ、リサは勢いよく箱を開けた。

 

 ――結論から言えば、三人の予想は当たっていた。

 和也の差し入れの正体は、あこと燐子とリサが予想していた通りクッキーだった。

 が。

 予想が当たったことに喜ぶ者はいない。もちろん真っ先に喜びそうなあこでさえも。

 和也が買ってきたクッキーは、この地区で美味しいと噂になっている店の限定品。そして、和也が選んだこのクッキーが限定品だと呼ばれる所以こそが、あこと燐子に鳩が豆鉄砲を食ったような表情をさせる程の強烈な衝撃を与えており――。

 あこと燐子は、箱に入ってあるクッキーを一枚手に取って、確かめるようによーく見てから、言った。

 

「猫だ!!」

 

「猫……だね…あこちゃん…」

 

「可愛い!!!」

 

「……本当だ。…可愛い……」

 

 座っている猫、伸びをしている猫、威嚇している猫、毛繕いをしている猫、etc…。

 そんな愛くるしいポージングをしている猫たちのクッキーに、二人は夢中になる。

 ちなみにリサはというと、友希那が絶対に喜ぶという和也のヒントから予想していた答えが、ドンピシャに予想が当たっていたことに対しての笑いをプルプルと震えながら堪えていた。

 

「やっぱり猫だったかぁ。そうだろうなとは思ってたけど、いざ来たら笑っちゃうな~」

 

「リサ姉、カズ兄が猫のクッキーを選ぶって知ってたの?」

 

「和也からちょっとしたヒント貰ってたからね☆」

 

「へー、それってどういうヒント?」

 

「それは、ゆ――――」

 

 友希那が絶対に喜ぶもの。

 リサがそう言おうとした時だった。

 

「――――あなたたち、いい加減にしなさい」

 

 決して声は荒げず冷ややかに。

 騒ぎ立てる三人に痺れを切らした紗夜が、鋭い視線を向ける。

 

「ご、ごめんね紗夜。でもほら、この和也の差し入れ可愛くない?」

 

「確かに可愛らしいですが、それほど騒ぐ必要は無いと思います。それにいくら心の準備ができたとはいえ気が緩み過ぎです」

 

「そこはちゃんと後で切り替えるつもりで…」

 

「今井さんはライブ自体が初めてでしたよね?そんなに余裕を持っていて大丈夫なんですか?少なくとも私は、あなたは湊さんを見習ってライブに向けて集中すべきだと思いますが」

 

「う……」

 

 紗夜の正論に、リサは何も言い返せずに思わず視線を逸らした。

 

「あれ?」

 

「今井さん、視線をこっちに向けてください。話している間は相手の目を見ることは基本ですよね?ハッキリ言って失礼ですよ」

 

「紗夜、あこ達の方見てみてよ」

 

「…話を逸らさないでください」

 

「そうじゃなくて、良いから良いから♪」

 

「?何があるって……――――なっ!?」

 

 絶句。

 リサに言われたように、あこの方――差し入れの方に視線を向けた紗夜は、その予想外の光景に目を見開いた。

 なぜなら、

 

「友希那さんはどれにします?」

 

「……どれにしようかしら?」

 

「み、湊さん?!」

 

「?」

 

「どうしてあなたが差し入れに手を出してるんですか!?」

 

 自分と同じように集中していたはずの友希那が、いつの間にかあこと燐子に混じって猫のクッキーを見つめていたからだ。

 

「…私がクッキーを食べることがそんなにおかしいかしら?」

 

「いえ…そういう訳ではなく……」

 

 いつもと変わらない様子に見える友希那に、紗夜は珍しく言葉を濁らせる。

 

「先程今井さんに興味が無いと言っていたので、てっきり湊さんは食べないのかと思ってたのですが……」

 

「私が興味が無いと言っていたのはお菓子の種類のことであって、差し入れ自体ではない。それに、わざわざ私達のために渡してくれた物を無下にすることは出来ないわ」

 

「……そうですね。何はともあれこの差し入れ自体は稲城さんがご厚意でくださった物ですし、湊さんの言う通りだと思います」

 

「でも、さっき紗夜が言っていたように少し騒ぎ過ぎよ」

 

 友希那は、リサとあこと燐子の三人を纏めて視界に捉える。

 そして、堂々とした態度で、言葉に強い意志を込めて言った。

 

「今日は【Roselia】の初めてのライブ。そして、あなた達が【Roselia】のメンバーに相応しいかどうかのテストのようなものでもある。分かってるとは思うけど、このライブで不甲斐ない演奏をして私が【Roselia】に不要だと判断すればすぐに抜けてもらうわ。その覚悟はある?」

 

 友希那の言葉を聞いて、紗夜は確信した。

 この人についていけば間違いないだろうと。

 リサとあこと燐子は、自分の至らなさを自覚し反省する。

 それほどまでに、友希那の言葉には力があった。

 そして、それぞれが気を引き締め直すきっかけとなったのだ。

 

「あともう少しで私達の出番よ。それまでの間にしっかり準備を済ませておいて」

 

 そう言い、友希那は猫のクッキーを五枚取る。

 クッキーを取っているだけなはずなのに、その姿からは頼もしさが感じられる。

 ここにいる誰もが、リーダーたる友希那の姿に感服していた。

 だが。

 

「友希那さん、クッキーは全部で十五枚なので一人三枚ずつですよ」

 

「そ、そう……」

 

「……友希那さん?」

 

「な……なに?」

 

「多く取った分のクッキー、返さないんですか?」

 

「も、もちろん返すわよ………………………………これ…いいえ、こっちの方が…」

 

「友希那さん…?」

 

「しょうがないなぁ。友希那、アタシお腹いっぱいだから、アタシの二枚貰ってくれる?」

 

「――――っ!リサがそう言うなら仕方が無いわね。あこ、そう言うことだから、この五枚のクッキーは貰っていくわ」

 

「…?分かりました」

 

 最後の最後で、猫愛好家(友希那)はボロを出したのだった。

 

 




 最後まで読んでいただきありがとうございました。
 
 前書きで書いたように、これは短編のような物です。今後も何回かこういった感じの話を入れようと思っているので、タイトルが「〇歩目」ではなく「〇息目」なら、あっ短編なんだなって感じで悟ってください。

 それでは皆さんまた次回の話でお会いしましょう。ばいちっ!


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10歩目 掲げた目標

 こんにちはーピポヒナです!
 当初の目標であったお気に入り100人の半分の50人まで行くことができました!こんな更新の遅い、読みにくい話をお気に入りにしてもらいありがとうございます。感謝しかありません。

 そしてなんとびっくり、前回の投稿から一週間以内に上げることができました!スランプ脱せたか?!あと、今回は久しぶりに長いです。13000文字以上あります。そこら辺はご了承を。

 あ、ドリフェスあこちゃんのために課金までして50連しましたが出ませんでした_(:3 」∠)_

 と、前書きの連絡は以上。それでは本編どうぞ!!




「それにしても、まさか本当に和也が言っていた通りになるとはな」

 

 ストローを口にくわえ、達哉が思い出すようにそう言った。

 

「俺の言ってた通りって?」

 

「観客全員の度肝を抜くってやつだよ」

 

「ああ、そのことか」

 

「正直、俺は絶対に無理だと思ってたし、何ならここに向かってる時から何でプロじゃない上に知らない奴の演奏を聴くために金を払わなきゃなんねぇんだよとも思ってたけど、案外良くてビックリしたぞ」

 

「…お前、よくそのモチベでついてきたな。ま、誘った側の俺からしたら?達哉が楽しんでくれたようで何よりだとでも言っておこうかな」

 

 『ライブハウスCiRCLE』前のカフェテラス。

 見上げれば綺麗な星々が輝きを返してくる。

 もう夜だ。店や家の明かりでマシなものの辺りはすでに暗い。

 ともなれば、必然的に危険も増すってこともあって、俺はこうして達哉と駄弁りながらリサと友希那が出てくるのを待っているというわけだ。

 

「確かプロのスカウトも来てるんだろ?ワンチャンあるんじゃないか?」

 

「だからこんなに遅いのか……って、おいおい怖いこと言うなよ」

 

「?怖いとこあったか?」

 

「………いや、忘れてくれ」

 

「??ああ」

 

 その後も駄弁りは続く。

 ライブへの感想。ライブハウスに初めて来て思ったこと。想像していたよりもおしゃれでビックリしていたことなど、お互いに音楽が分からないなりに色々と話していた。いつもサッカーの話ばかりしている割には頑張っていたのだ。

 すると、不意に達哉が「そういえば」とぼやいて、

 

「さっき入り口で見たんだけどよ、こういうライブハウスでも高校生のバイト募集してるんだな」

 

「――――!それ本当かっ!?」

 

 堪らずテーブルを叩いて勢いよく立ち上がってしまうほどの衝撃的な情報を零した。

 「うわっ!ビックリした!」と驚く達哉を無視して、俺は拳を握りしめる。

 そして、その握り拳を見つめ、口角を吊り上げた。

 

「よし!これなら!」

 

「……まさか」

 

「そのまさかだ」

 

「えっと…厳しいと思うけど頑張れ」

 

「もちろんだ」

 

 俺が何をしようとしているのかを察した達哉からの鼓舞に、俺は拳をドンッと胸に当て、威勢のいい返事をする。

 だがその反面、内心ではもの凄く焦っていた。今やろうと決めたことを実行することに対しての不安要素が沢山あるからだ。 

 

(……参ったな………)

 

 どうしたものか。今の自分で本当にできるのか。

 そんな風に考え込んでいると、ワーッ!と。

 CiRCLEの入り口辺りでたむろしていた人達が急に騒ぎ出した。

 

「なんだなんだ?」

 

「さぁ?でも多分、出待ちしていたバンドが来たんだろ」

 

「出待ちってプロだけじゃないのか…もしかしたら、リサちゃんのバンドが来たのかもしれないぞ」

 

「いやいや、あの人数は流石に違うだろ」

 

 ないない、と手を横に振り、人だかりから視線を外してゆっくりとジュースを飲む。

 

「そうか?俺はリサちゃんのバンドの可能性も十分あると思うんだけどなぁ」

 

「リサ達が印象に残るような演奏ができたことは俺も同意だけど、それでも新参者に変わりは無いからな。一回だけであれだけのファンを作るのはいくら何でも無理だろ」

 

 回数を重ねればあれぐらいはいくとは思うけど、と変な誤解されないように一応付け加えた。

 入り口前にいた人数は十人ほど。

 前回、ある程度知られている友希那を出待ちしているのでも、あこちゃんと白金さんの二人だったのだ。それなのに、初めてライブしたバンドがあんな数の出待ちを受けるはずがない。だから恐らく、長年やってて親しまれているようなバンドが来たのだろう。今日のバンドはどこもレベルが高かったし、それなら納得できる。

 そう思っていた。

 

「皆ありがとね~☆」

 

「――――!!」

 

 もはや耳に馴染んだその明るい声が耳に届くまでは。

 俺は反射的に視線を人だかりの方へと戻す。

 

「ほら、俺の言った通りだ」

 

 してやった顔を向けてくる達哉には少しも気に留めず、俺の意識は人だかりに手を振って笑みを浮かべる茶髪の幼馴染と、その隣で手を組んで堂々と歩く銀髪の幼馴染へと向いていた。

 ――ああ、そうだった。二人は凄いんだった。友希那は一人でも道を切り開けれる力が、リサには夢を叶えるために努力し続ける強さがある。その強さを知っていて、一番評価していたのは誰でもない俺自身だ。

 その筈なのに。

 まずい。まずい。まずい。まずい。まずい。まずい。まずい。まずい。まずい。

 今のままだと確実にまずい。早いうちに何か、何か手を打たなければ。

 このままじゃ駄目だ。

 このままじゃ、このままじゃ。

 

 手が届かなくなる。

 

「ん?っ!和也待っててくれたんだ!」

 

「あっ!ホントだカズ兄だ!!」

 

 俺を見つけて、笑顔で近づいてくるリサとあこちゃんに気が付くことができたのは、

 

「おいおい、和也お前モテモテじゃねぇか。一発ぐらい叩かせろ、よっと」

 

「――――った……それは叩く奴のセリフじゃねぇだろ!」

 

「すまんすまん、つい嫉妬で。ちゃんと手に怒っとくから。こらっ右手、駄目だぞ!」

 

「なに一人で芝居やってんだよ。てか、そもそも二人共そんなんじゃねーし」

 

 こうして達哉がふざけてくれたおかげだった。

 俺はすぐさま笑顔を張り付けて、リサとあこちゃんを迎える。

 

「ライブお疲れ二人共。スッゲーかっこよかったぞ!」

 

「だよねだよね!あこも今日のライブは超ーっカッコよくできたって思ってる!!」

 

「そうかそうか、それは良かったな。他のバンドも結構レべル高かったけど、リサ達も全然劣って……ってかむしろ、勝ってた部分の方が多かったんじゃないか?」

 

「おお、和也すっごい絶賛してくれるじゃん♪」

 

「俺が絶賛するのはいつものことだろ?」

 

「あっはは、確かに」

 

 このくだらない感情を少しも悟らせないように。

 リサ、そして少し離れたところからこちらを見ている友希那の様子をバレないように伺いながら、会話をしていた。

 上手く隠せてるだろうか。

 そんなことを思いながら、リサに続いて笑っていると、リサが「そうだ!」と声を弾ませて手をパチン!と叩き、

 

「アタシさ、今から【Roselia】で打ち上げ行こうって提案しようかな?って思ってるんだけど」

 

「リサ姉それ大賛成!!あこも【Roselia】で打ち上げ行きたい!!」

 

「そうでしょ?それでなんだけど、もしよかったら和也も来ない?」

 

 あこちゃんの加勢も加えて、俺を打ち上げに誘ってきた。

 俺は顎に手を当てて考え込む。

 

「どうしよっかなぁ……」

 

「カズ兄は行きたくないの?」

 

「いやいや行きたいよそりゃ。でもそういう訳じゃなくてな…」

 

 今まで達哉と駄弁りながらリサと友希那が出てくるのを待っていたのは、二人に危険がないように家まで送り届けるためであるので、ここで別れれば意味が無くなる。

 そういう理由もあるわけで、行きたいか行きたくないかを聞かれれば行きたいと答えるのだが、懸念している点が一つ。

 俺はリサに掌を向け、そのことについて尋ねてみた。

 

「友希那と氷川さんが許してくれるとは思わないんだけど……それについてリサはどういった策をお持ちで?」

 

「そ…それは…」

 

 あのとげとげしている二人への対抗策を聞かれ、リサは少し困った表情を浮かべる。

 

「アタシが何とかするから大丈夫だって!……多分」

 

「最後の最後にボロを出すあたり可愛いけど、ここは頑張って言い切ろうな」

 

「うう…」

 

 リサはシュン…と表情を雲らせた。

 リサなら打ち上げを反省会と称したりして二人を動かすこともできそうなのだが、そこに俺が加わるとなると一気に難易度が跳ね上がって厳しくなるだろう。

 だから、こうするのが最善手だと思い、俺はそれっぽい理由をでっちあげてやんわりと誘いを断ることにした。

 リサが気にしなくても済むように。

 

「俺はまた今度の機会で良いからしょげんなって。それに、今日は達哉と来てるから元々無理だったし…誘った相手を放ったらかしにしておくのは流石にこいつ相手でも気が引けるからな」

 

「ん?俺のことなら気にしなくてもいいぞ。この後予定あるし」

 

「おいコラ、俺の気遣い汲み取れや」

 

 ところが、断る口実に使った達哉がそれを台無しにする。

 そして、しまいには話を勝手に進行させていった。

 

「だからリサちゃんはとりあえず説得してきたらどうだ?」

 

「う、うん。ダメもとでも行ってくる。ありがとう達哉君。あこ、友希那達を説得しに行こ!」

 

「うん!あこもカズ兄が行けるように頑張る!」

 

 達哉に勧められ、リサとあこちゃんは友希那達の下に戻っていった。

 その光景を見ながら、俺はさっきの行動について達哉に突っかかる。

 

「何が狙いだ?」

 

「狙い?狙いなんて何も無いぞ?さっき言った通り、俺がこの後予定があるから丁度いいなって思っただけだ」

 

「にわかには信じられないな。そもそもこんな時間からある予定ってなんだよ」

 

 腕を組んで不信の眼差しを向けると、達哉は何かを隠しているかのように視線を逸らす。

 

「やっぱり、何かあんだな」

 

「………俺も和也に言ってないことがあるって言っただろ?」

 

「?ああ、言ってたな」

 

 確か俺がリサの他にもう一人幼馴染がいることを打ち明けた時に言ってたっけ?

 

「で、その秘密にしてることが関係していると?」

 

「…そうだ」

 

「……なら、しょうがねぇなぁ」

 

「気にならないのか?」

 

「そりゃ気になるけど、俺だけ教えてもらうのはずるいだろ?」

 

 不平等だしな、と俺はこれ以上追求するのをやめる。

 俺にはリサと友希那のことを隠すつもりは無かったとはいえ似たようなことをしていたわけだし、それに人には隠しておきたい秘密の一つや二つぐらいあるのが普通だろう。だから、いつか達哉の方から教えてもらうことを待つとしよう。

 そう一段落ついたところで、

 

「和也!」

 

 どうやらリサの方もタイミングよく終わったらしい。

 

「お、リサどうだった……って、その様子から察するに」

 

「うん!なんとかなった♪」

 

 そう言い、リサはにこやかに笑う。

 本当に何とかしてしまうとは流石リサと言うべきか、リサのコミュ力恐るべしである。

 すると、それを聞いた達哉が「良かったな和也」と言いながら立ち上がった。

 

「それじゃあ、俺は帰るよ」

 

「おう……その…なんか悪いな」

 

「俺とお前の仲だろ?これぐらい気にすることじゃ無いって」

 

「た、達哉君!……あの事は黙ってて!お願い!!」

 

「そんな無粋な真似はしないから安心しろリサちゃん」

 

 何か、リサと達哉の間で俺の知らないことが交わされている。

 

「あの事って?」

 

「ハァ…和也、お前はもう少し周りを見てやれ」

 

「??分かった?」

 

 意味は分からないが何か呆れたような視線で見られていた気がしたので、とりあえず頷いた。

 達哉はどういった意味を込めてこの助言を贈ったのだろうか。

 物事や人の変化には結構気付くと思うんだけどなぁ、と考えていると歩いていた達哉が突然振り返る。

 

「あ、和也」

 

「ん?なんだ?」

 

「俺がお前に言ってなかったことはな……これだ」

 

「なっ!?」

 

 俺は驚愕した。

 達哉は指を一本だけ立てていた。

 指一本だけを。

 小指だけを。

 ピン!、と。

 見せつけるように。

 

「この後電話する予定なんだよ」

 

「――――お、お前いつから彼女いたんだよ!!?!」

 

「去年の夏ぐらいから」

 

「一年ぐらい経ってんじゃねーか!?!」

 

「ハハハハ!」

 

「おいちょっと待て!」

 

 必死に呼び止めようとするが、達哉の歩みは愉快な笑い声と共に止まる気配はない。

 

「リサ、和也。いい加減に行くわよ」

 

「オッケー♪和也、行こ☆」

 

「くっそ………スッゲー気になる……」

 

 リサが俺の両肩を後ろから掴み、「ほらほら歩いて♪」と友希那達の下まで押していく。

 そうして、俺だけスッキリとしない気分のままファミレスへと向かったのだった。

 

 

 △▼△▼△▼△

 

 

 痛い。

 痛い。痛い。痛い。痛い。痛い。

 

 周囲からの視線が痛い。

 

「今更だけど………俺ってばめちゃくちゃ場違いじゃね?」

 

「本当に今更ですね」

 

「だから自分で言ったんだよ」

 

 隣に座る氷川さんからの手厳しい指摘に、ぐへぇと声を漏らす。

 ここは、全国のどこにでもあるようなごく普通のファミレス。周囲からはカチャカチャと食器の音が聞こえ、何気なくドリンクバーの方を見れば小さい子どもがどのジュースを飲もうか悩んでいる。

 そんな昔から何度も来ていて慣れ親しんでいるその場所で俺は今、めちゃくちゃ参っていた。

 というのも、

 

(男女比偏り過ぎだろ…!)

 

 男子である俺1人に対して、女子は5人。

 1:5である。

 いやまあ、打ち上げに参加させていただいている身である以上文句は何も無いよ?こうなることはどうしようも無いことだし、許可が下った時から分かっていた。それにリサと友希那とはもちろんのこと、他の三人……あ、氷川さんは微妙なラインだけど、それでも基本的に全員と普通に話せるので別に気まずくなるとかの心配は一切合切無い。

 それなら、別に気にすることなんてなくね?と思われるかもしれない。

 または、女子に囲まれるなんて羨ましいなこの野郎と思われるかも

 確かにそうだ。

 俺も男だから言いたいことは分かる。

 だけども。

 確かに男からしたら理想郷だけども。

 ――――キツイ。

 注文を聞きに来た男性スタッフ。そしてドリンクバーを利用する男性客。

 顔が整っている少女達に目を奪われてからそのテーブルに一緒に座っている俺を見た途端、決まって全員が憎しみや殺気といった憎悪の類である感情を込めた瞳を容赦なく向けてくる。

 それがキツイ。精神がガリガリ削られて辛い。

 できるのなら今だけ俺も女子になりたい。欲を言うなら、リサや友希那ぐらい可愛い女子に――。

 ――ピロンっ♪と。

 ポケットに入れていたスマホが音を鳴らし、メッセージが届いたことを伝える。

 

「ん?達哉からか」

 

 俺はスマホを取り出して、今届いたメッセージを開いた。

 

『ハーレム楽しんでるかー?( ̄▽ ̄)ニヤリッ』

 

 直後、カチッ、と。

 俺は黙ってスマホを電源から消した。

 何も見なかったかのように。

 あいつ…次会った時覚悟しとけよ。

 

「あははっ!お腹いたい!あこ、もっかい、もっかいリクエスト!」

 

「この……闇のドラムスティックから……何かが……アレして、我がドラムを叩きし時、魔界への扉が開かれる!出でよ!『BLACK SHOUT』!!どう?カズ兄?!」

 

「かっこよかったけど少し、ちょっと少し、ほんーーーの少しだけ修正くわえた方がかっこよくなるかもな」

 

「ホント!?りんりん!」

 

「うん……考えとくね……」

 

 あこちゃんからのお願いに、白金さんは笑みを滲ませながら承諾する。

 向かいに座る三人――リサとあこちゃんと白金さんは、今の会話や表情からしてみてもこの打ち上げを楽しんでいることが分かる。

 となると、やはりと言うべきか。

 気になるのは残りの、俺の横に並んで座っているこの二人。

 

「「……」」

 

「ほらほら♪友希那も紗夜も!初ライブの記念なんだからさー、二人もなんか話して話してー?」

 

「話すのなら音楽の話がしたいわ」

 

「同感ね」

 

 リサが気を利かせて会話にいれようとするものの、友希那と氷川さんはそれをバッサリと切り捨てる。

 ストイックなのは素直に凄いと思うが、二人の場合だと少し度が過ぎている気がする。せめて上手くいったライブ後の打ち上げぐらい気を緩めても良いと思うのだが。

 と、そこでお盆を持った『男性』スタッフが近づいてきて、

 

「おまたせいたしました。山盛りフライドポテトです」

 

「……あ、ありがとう…ございます」

 

 例に漏れず、俺にキツイ視線を向けてから、名前の通り山盛りになっているフライドポテトが入った皿をテーブルの真ん中に置いた。

 

「……ここっ、これを頼んだのは誰ですか?」

 

 置かれたポテトを見て少しソワソワしながら、氷川さんがキョロキョロと瞳を動かしながらそう尋ねてくる。

 

「ん?俺だけど?」

 

「…稲城さんでしたか。凄い量ですが…まさか一人で…?」

 

「なわけねーだろ、全員で分けるつもりだっつーの!大人数でファミレスときたら、初手にポテトを頼んで全員でつまみながら料理が来るのを待つまでが定跡だろ?つーわけで、皆遠慮せずに食べていいぞ。もちろん氷川さんも」

 

 Let's share potato♪とツッコミ待ちのボケを添えながら、氷川さんも食べるように勧める。

 これが些細なきっかけとなり、会話に入ってくれればという狙いもあったりしたのだが、

 

「いいえ、結構です」

 

 俺の狙いは上手くいかなさそうだ。

 

「私は得体の知れない添加物系のメニューやこういった何日使っているかも分からないギトギトの油で揚げられたものは受け付けませんので」

 

「ファミレスに恩人でも殺されたのかって疑いたくなるレベルの嫌い方だな…おい。ここのポテトって外はカリカリで、中はジャガイモがぎゅっと詰まってて俺のポテトランキングじゃ、一、二を争うぐらい上手いんだけどなぁ、もったいない」

 

「和也、そんなランキングなんていつの間に作ってたの?」

 

「そりゃ今作った。でも、リサも美味いって思うだろ?」

 

「うん、確かにここのポテトの美味しさってなんかやみつきになるよね☆」

 

 氷川さんのファミレスの料理ヘイトが半端じゃなかったのでそそくさと諦めて、リサとこの美味しいポテトについて語り合う。

 すると、隣から一本の手が伸びてきて、

 

「そ、そこまで言うのなら仕方が無いわね」

 

 す…少しだけ食べてみるわ、と氷川さんが恥ずかしそうにポテトを摘まんだ。

 必死に我慢していたが誘惑に負けて堪えられなくなったかのように。

 

「どうぞどうぞ。元からそのつもりだったし。で、どうだ?美味いだろ?」

 

「………普通ね」

 

「その感想は困るゥ!?」

 

「…でも、悪くはないわ」

 

 そう言い、氷川さんはもう一本ポテトに手を伸ばす。

 気に入ってくれたのだろうか。

 ケチャップを付け、マヨネーズを付け、しまいには何も付けずに、氷川さんはポテトを次々と口に運んでゆく。

 あれ?少しって言っていた割には、他の人が一本食べている間に二本ぐらい食べている気がするけどまさか――、

 

「いやいや、ないない。だってあの氷川さんだぜ?」

 

「何か?」

 

「悪い、何でもな…ってそうだ」

 

 独り言に反応してくれたついでに、俺は氷川さんに質問してみた。

 

「そういや氷川さんは何で俺がここに参加することを許可したんだ?」

 

「いきなりですね」

 

「そりゃあ気になるもんはいきなりでも何でも聞くのが俺だからな。リサが大立ち回りばりのことをしたんだろうなって予想はついてるけど、ほら……氷川さんって俺のことあんまり良く思ってないじゃん?」

 

「それ、自分で言っていて傷つかないの?」

 

「めちゃめちゃ傷ついてるし、絶賛後悔中だ。わざわざ言わせんな」

 

 でもそれがこの質問をした理由の大部分。

 氷川さんはオーディション時に俺が見学するのを毎回突っぱねてきた。その度に友希那が理由は分からないが許可を出してくれたおかげで俺は二回のオーディションのどちらとも見学できるようになったものの、間違いなく俺に対しての好感度がこの五人の中で氷川さんがダントツで低いことは嫌でも分かる。

 また友希那が許可を出してそれに折れてくれたのかもしれない、と今までの経験から何となく予想を立てていると、氷川さんが言った。

 

「…稲城さんはよく変化に気が付く」

 

 少しためらってから、ポツリと。

 

「だから、演奏をしていた私達が気が付いていないようなことを言ってくれるかもしれない」

 

「え?」

 

「湊さんが言ったんです」

 

「友希那が?」

 

 友希那の方を見ながらそう聞き返すと、氷川さんは「ええ」と頷き、続ける。

 

「最初に今井さんがそれと同じようなことを言ってきた時はあまり信じていなかったけど、湊さんもそう言うのなら、あなたは何か私達のためになることを言ってくれるかもしれない。そう思い、特別に許可を出しました」

 

「っ!」

 

「湊さんと今井さんにそこまで言わせておいて、気が付いたことは何もないなんてこと、まさかとは思うけど無いわよね?まあ、それでも私は構いませんが」

 

 期待してないので、と氷川さんは最後に付け足し、ポテトに手を伸ばした。

 俺はバッとリサの方を見る。

 

(こんなこと聞かれるなんて聞いてないぞ!?)

 

 そう心の中で訴えると、それが伝わったのか。

 リサは可愛らしく舌を少し出して片目だけを瞑り――そう、テヘペロである。

 

「それで、実際はどうなんですか?」

 

「あー!あれね!もちろんあるぜ!当たり前だろ?あは、はははっははは!」

 

「では、それを言ってみてください」

 

「はははっ………はい…」

 

 碧瞳が俺のから笑いを止めた。

 

 ――――試されている。

 

 そう感じ取ったのは、氷川さんが許可を出したと言ってからすぐのことだった。

 氷川さんは今、見定めようとしている。

 リサと友希那が本当のことを言っているかどうかを。

 俺が【Roselia】にとって有益な何かをもたらすのかどうかを。

 気が付くと、視線が集まっていた。

 さっきまでワイワイと元気にはしゃいでいたあこちゃんも、それを見て微笑んでいた白金さんも、ちょけた振舞いをしていたリサも、ずっと話に入ってこなかった友希那も、そして事の発端である氷川さんも。

 全員が黙ってただジッと俺が見つめ、言い出される何かを待っていた。

 俺は息を呑み込む。

 氷川さんに認めてもらえれるのか。音楽を分かっていない俺にそんなことが言えるのか。

 俺が気付いたことなんて、全員が気付けるような平凡なことではないのか。

 不安を上げればきりがない。

 できるのなら、今すぐにでも逃げ出したい。

 だが。

 それはできない。

 

「お…俺は、音楽を何もやったことがねぇから……技術どうこうは何も言えない……」

 

「そのことは初めから分かっています。それで?」

 

「それで……【Roselia】の…演奏を聴いて………俺が思ったことは…」

 

 逃げることができない。隠れることができない。やり過ごすことができない。誤魔化すことができない。

 まるで剣先でも向けられているかのようだ。

 俺の声は震え、いいや、声だけじゃない。震えているのは全身だ。

 変な汗が頬を撫でている。しわになりそうなほど強くズボンを握りしめている。この先を言った瞬間、終わってしまうのではないかと心の底から怯えている。

 そもそもリサと友希那が俺のことをそう評価していることなんて知らなかった。こんなに抜擢されるほどの能力だとは思っていなかった。

 それにここに来る前に、達哉に『もう少し周りを見ろ』と注意されたばっかりで――。

 

「――――」

 

 ああ、そうか。そういうことだったんだな。

 

「………【Roselia】の演奏を聴いて、思ったことは何ですか?いい加減言っ――――」

 

「――――【Roselia】の演奏は他のバンドよりも良かった!観客全員がスッゲー盛り上がっていたし、恐らく今回のイベントで一番輝いていたのは贔屓目なしに【Roselia】だったと思う!」

 

 リサと友希那は氷川さんを説得する時に、言ったんだ。

 こうなることが分かった上で。

 それはつまり、俺がリサと友希那を信用するように、二人も俺のことを信用してくれているということ。

 ならば。

 

「だけど!!」

 

「っ!?」

 

 言うしかない。

 言ってやるしかない。

 リサと友希那からの信用を裏切らないためにも。

 二人が信じてくれる自分を裏切らないためにも。

 俺は言った。

 言ってやった。

 

「【Roselia】には俺が聴いた他のどのバンドとは違う、劣っているものを感じた!それが何なのか説明しろって言われたら正直困るし上手く言葉に出来ないけど、それでもなんつーか無理矢理でも言うとしたら――全員が同じ方向を向いていない。統一感が無いって、俺はそう思った!」

 

「「「「「――――」」」」」

 

 口をポカンと開け、目を見開き、瞬きを忘れ――。

 俺がライブの演奏を聴いて感じたことを聞いたリサ達はそれぞれ違った反応を示し、一斉に考え出す。

 そして、最初に口を開いたのは、 

 

「それぐらいのことわざわざ言われなくても分かっています」

 

 氷川さんだった。

 

「他のバンドよりも【Roselia】が劣っていると感じた部分、稲城さんはそれを統一感と言ったわね?」

 

「あ……ああ。そう言った」

 

「それは恐らく、服装によるものじゃないかしら?ジャンルはバラバラな上に、曲に合っているとも言えない私達の服装が統一感を無くし、他のバンドよりも劣っているように見えた。だけど、今回のライブを通してこのメンバーで活動するかどうかを決めて、そこから衣装を作るというのが元々の手筈だったので、稲城さんが上げた統一感という課題は課題ですらないわ」

 

 そう言い、氷川さんは再び碧瞳を突きつけた。

 やはりこの程度のことしか気づいていないのかと。

 違うんだ。

 俺も即座に反発する。

 

「そうじゃない!確かにリサだけギャルっぽくて変に浮いたように映っていたのは事実だったけど!」

 

「えっっ?!」

 

「でも、俺が感じた統一感の無さはそう言うのが理由だとは思わない!衣装とかそういう外見が理由じゃなくて、もっとこう……技術云々以前の問題だったって俺は思う!」

 

「演奏に技術より大切なものなんて無いわ」

 

「技術も大切だ!だけど、だからそうじゃなくて…」

 

 伝わらない。言葉に出来ない。

 もどかしい。もどかしい気持ちでいっぱいだ。

 氷川さんが言うように技術は大切だ。だが、俺が感じたものは――他のバンドで感じて【Roselia】では感じれなかったものは、そういうのではないんだ。

 もっと初歩的な。バンドに限らず、スポーツや複数人でするものすべてに当て嵌まるような共通の課題。

 全員が同じ方向を向いていない。

 俺が言ったこれがまだ一番的を得ているとは思うが、それでもまだ足りない。それが何なのかが分からないから説明できない。

 いや、もしかしたら俺が言ったことは全くの的外れなことなのかもしれない。そう考える方が普通だ。そして、きっと実際にもそうなのだろう。

 結局のところ、俺は――。

 

「確かにそうかもしれないわね」

 

「っ!?湊さん?」

 

「…友希那」

 

 割って入ってきたのは、耳に馴染んだ落ち着いた声。

 友希那だ。そうかもしれないってどうゆうことだ。

 俺と氷川さんは反射的に話すのを止め、友希那の意見を待つ。

 すると、顎に当てていた手を下ろし瞼をそっと上げ、友希那は言った。

 

「あこ、燐子……リサ。私はあなたたちにこのバンドを組んだ具体的な目標を教えてなかった。恐らく、和也の言う統一感の無さは、メンバー全員が同じ一つの目標を共有していないことから生まれたもの。それで合っているしら?」

 

「――!あ、ああ。多分それで合ってる」

 

「【Roselia】としての目標を共有することでメンバー全員の足並みを揃える。それはこのまま活動していく上で、早いうちにやっておくべきことかも知れないわね」

 

 友希那がそう言うと、氷川さんは「そういうことでしたか」と納得した表情を浮かべる。

 それを見た途端、体中に入っていた力がドッと抜けていき、俺はテーブルに体を突っ伏した。

 

「だぁぁぁ……氷川さんスッゲー怖かったー」

 

「怖いとはなんですか、失礼です!」

 

「か、和也!アタシそんなに浮いてた?」

 

「あー…うん、でもちょっとだけな。遠くから見ても雰囲気だけでリサって分かるぐらいちょっとだけ」

 

「それって結構浮いてるじゃん。うひゃ~盲点だった…」

 

「つーか、氷川さんを説得する時にあんなこと言ってたんならあらかじめ俺にも伝えておいてくれよ。いきなり氷川さんにカミングアウトされてスッゲービビってたんだぞ?…でもまあ?その…リサと友希那がそういう風に俺を評価してくれていて?しかも、説得するためのカードとして使ってくれるぐらい信用してくれていたってことが伝わって死ぬほど嬉しいし?そこまで信用してくれていることが分かった以上、俺もその信頼に応えないとなーって思ったりしたわけで」

 

 と、直球なのか遠回しなのか曖昧な、照れ隠しにすらなっていない照れ隠しをして長々と話していたら、リサが微妙な表情をして、

 

「え?」

 

 一文字。

 たった一文字を零した。

 

「え?って…え??」

 

 その一文字で、俺は固まる。

 

「もしかして…」

 

「いやいやっ、も、もちろん紗夜に言ったことは本当だし、和也のことは信用してるよ!?でも、まさか本当に紗夜が聞くなんて思ってなかったし、和也がそれに答えたことも予想外だった…かなぁ~………」

 

 にゃははははー、とリサはわざとらしく笑い、それを見て聞いた俺は上がっていた口角を不細工にヒクつかせることしか出来なかった。

 つまり…あれだ。2人から感じた信頼は俺の勘違いであって、ただの自意識過剰なだけというわけで……。

 

「…穴があったら入りたい……」

 

「カズ兄大丈夫?」

 

「……だいじょばない…」

 

 顔を手で覆い隠し、悶絶して恥じる俺をあこちゃんが優しく心配してくれたので頑張ろうとは思ってみたが、思ったよりダメージが深かったようだ。ああ、なんともみっともない。

 そうこうしていたら、恥ずかしさで死にそうな俺をよそに氷川さんが話を戻していた。

 

「同じ目標を見ていない…いくらオーディションを受ける時に遊びではないと何度も言っていたとはいえ、このまま放っておくと問題になりかねませんね。湊さん、私はここで改めて明確な目標を示すべきだと思います。私もそのために湊さんとバンドを組みましたから」

 

「そうね。三人の意思確認も兼ねてそうすることにするわ」

 

 友希那がそう言うと、リサ、あこちゃん、白金さんが前かがみになって友希那がこれから言う目標をほんの少しですら聞き零さないようにする。

 俺も気になるので耳を立てる。

 そして。

 全員の意識が一人に集中している中。

 友希那は、【Roselia】が掲げる目標を告げた。

 

「『FUTURE WORLD FES.』の出場権を掴むために、次のコンテストで上位三位以内に入ること。…それが【Roselia】の目標よ。そのためにこのバンドには極限までレベルを上げてもらうわ。音楽以外のことをする時間は無いと思って貰って構わない、ついてこれなくなった人にはその時点で抜けてもらうわ」

 

 力の籠った友希那の熱弁。

 それを聞いた俺とあこちゃんと白金さんは、

 

「ふゅーちゃー………」

 

「………わーるど……」

 

「ふぇす……?」

 

「「「?????」」」

 

 揃って首を傾げたのだった。

 フューチャーワールドフェス。

 どこかで聞いたことがあるような、無いような。

 そんな気がするが、それを聞いたのがいつだったかまでは思い出せない。

 

「はぁ……稲城さんはともかく、まさか宇田川さんと白金さんまで知らないとは」

 

「まあまあ、あこも燐子も最近バンド始めたばっかだからこれぐらい良いじゃん?」

 

「紗夜さん、ふゅーちゃーわーるどふぇすって何なんですか?」

 

「仕方がありませんね。いい?『FUTURE WORLDO FES.』というのは――――」

 

 『FUTURE WORLDO FES.』。略称『FWF』。

 一言で言ってしまえば、ロックバンドにおける日本最高峰のフェスだ。

 日本最高峰のフェスに名前負けしないほどその規模は大きく、応募数は毎年3000組を優に越す。しかし、コンテスト本選に出場できるバンドの数は全て合わせても20組にも満たず、その数少ない枠を奪い合う予選はプロでも落ちることが当たり前と言われるほどレベルが高い。

 だが。

 ――他のどのバンドよりも審査員を、観客を、全てを自らが奏でたその音で魅了する。

 このコンテスト本選への挑戦権を掴み取るために求められるのは、たったそれだけのシンプルなことだ。そこにプロやアマ、メジャーやインディーズのような肩書はもはや存在しないと言ってもいい。

 だからこそ、全国のロックバンドが我らこそはと名乗りを上げ、熱戦が続く。

 だからこそ、全てのバンドに頂点に立つ可能性がある。

 

 それこそが友希那が――【Roselia】がいずれ立とうとしている舞台なのである。

 

「『FWF』……思い出した」

 

「カズ兄?」

 

「いや、何でもない…」

 

「……和也…」

 

「にしても、相手にはプロもいるのか……つまり、出来て数か月の高校生のチームが天皇杯に出てJ1、J2のチームをなぎ倒して上位に入るって感じだよな?…それって結構ヤバくね?」

 

「ごめん、その例え全然分かんない。でも、凄く難しいってことはあってると思う」

 

 説明を受けて友希那を見た俺の内心を悟ったかのようにリサは目を伏せ、俺は逸れそうになった話を戻す。

 その途中で【Roselia】の掲げる目標が途方もないほど遠い先にあることを実感し、恐れおののいてしまい思わず友希那に尋ねてしまった。

 

「……そんなことできるのか?」

 

「できるできないじゃない。絶対にやるのよ」

 

「――――!!」

 

 即答だった。

 愚問だった。

 友希那は初めから頂点に咲く未来しか見てないなかった。

 

「――――あなたたち、【Roselia】に全てを賭ける覚悟はある?」

 

 

 

 ――――――――――――――

 ―――――――――

 ――――

 ――

 

 初ライブが終わってから最初に迎えた休日。

 その日の朝に、俺は『ライブハウスCiRECLE』に訪れていた。

 

「ここに一人で来るのって何気に初めてだな…」

 

 友希那のライブ、特訓で2回、オーディションで2回、この前のライブ、そして今回で計7回目。

 初めて訪れた日からまだ二ヶ月も経っていないというのに、この回数。それなのに何も音楽をやっていない上に、ライブのために来たのは2回だけと言うもんだから聞いた人からしちゃかなりおかしいと思われるだろう。

 うん、俺も最初の頃はまさかこんなに来ることになるとは思ってなかった。

 

「ま、これの結果によっちゃもっと来ることになるから、今までの分は消費税みたいなもんか」

 

 そう言い終えると、一回深呼吸してから両頬をパシッ!と叩いて気合を入れる。

 達哉のおかげもあって、ようやく見つけた案だ。おそらくこれ以上良い案は見つからない。だから、失敗はできない。俺には失敗した場合の事を考えることすら許されないほど余裕がないし、それぐらい重要な局面――勝負所だ。

 やってやるしかない。

 俺は足を踏み出し、自動ドアを開いた。

 

「いらっしゃい!」

 

「おはようございます!アルバイトの面接に来ました!稲城和也です!!」

 

 

 

 

 

 

 




 最後まで読んで頂きありがとうございます!
 久しぶりに紗夜さんが喋りましたよ、ええ!久しぶりですよ!
 紗夜さんの口調ってなんか難しいんですよね…丁寧な喋り方をちょっとだけ崩した感じのあの話し方ほんと難しい。違和感あると思いますが、すみません、力不足です…。

 それでは皆さんまた次回!できれば早く上げたいなとは思っていますが、どうなるかは分かりません!!ばいちっ!


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11歩目 俺にとっての

 こんにちはー、ピポヒナですっ!
 いやぁ、一ヶ月ぶりですねぇ〜。え、一ヶ月ぶり?!自分で言っててびっくりしました、ほんと時間経つのが早い……悲しい……更新速度遅い……すみません……。次の話の構想は出来てるので、こんなに開かないと思います、多分、きっと。

 ま、それは毎度のことなので、とりあえず本編どうぞ!




 

「――よし、出来た……けど」

 

 一応念の為にとじっくりと目を通し、記入漏れまたは誤字脱字が無いかをチェックする。

 書き終わったら呼んでねと渡された面接シートを見直すのはこれでもう三度目。流石にこれだけ確認すれば大丈夫だとは思うのだが……まあ、念には念を重ねてもう一度見直しておこう。

 

「っ!」

 

 ……と。

 そこでフロントにいる女性スタッフと目があった。

 セミロングの黒髪。上は青と白のボーダーに黒のカーディガンを羽織り、下は紺のジーパン。年齢は…二十代前半だろうか。顔立ちは整っており、仕草から少しだけ幼さようなものを感じる気がする。

 

「書けたかな?」

 

「は、はいっ。書けましたっ……!」

 

 その女性スタッフに笑顔を浮かべながら尋ねてこられ、俺は反射的に頷いてしまう。……いや、すでに三度も見直しているのだから、書き終わっていることに間違いないのだが。

 ああ、スッゲー緊張してるなぁ俺。このままだと駄目だ。シャキッとしろ!

 そんなことを思っているのも束の間、女性スタッフがカウンターから出てきてこちらに向かってきたので、俺は立ち上がった。

 

「面接を担当する月島まりなです。よろしくお願いします」

 

「稲城和也です、本日はよろしくお願いいたします!」

 

「うんうん、元気があってよろしい!それじゃあ、面接始めよっか♪」

 

「はいっ!」

 

 俺は、この面接に向けてあらかじめいくつかの対策を練っていた。

 その一つがこのとにかく元気に!である。

 なんてったって、この職種は接客業。ともなれば、元気にハキハキと答えるのは必須。そして、その成果は早くも出た。褒められたのだから出だしは上々と思ってもいいのだろう。

 

(この調子で……)

 

 他の部分で補えることは補っていこう。

 じゃないと、音楽経験の無い俺は不利になる。

 そう心を燃やして、俺は次々と出される質問に答えていった。

 

「部活動はやっていないって書いてあるけど――――」

 

「中学の頃までサッカーをしていて――――」 

 

「なるほどねー。それなら――――」

 

「はい!大丈夫です!!――――」

 

「音楽経験は――――」

 

「…か、カスタネッ…いえっ!何も無いです――――」

 

 ちょっと危なっかしいところもあったが、面接が始まってから30分後。

 

「それじゃあ、これが最後の質問なんだけど」

 

 面接は終盤を迎えていた。

 握る拳に、より一層力が加わる。

 すると、そうして構える力を緩めるように。

 月島さんは笑みを浮かべた。

 

「次に来れるとしたらいつかな?明日でも大丈夫?」

 

「はい!明日も来れます!……って、えっと、面接って二日間に分けてやるものなんですか?」

 

「ふふふっ、違うよ。私、オーナーからバイト君の採用任されてるんだ♪だから、稲城君、君をうちで雇うことにしたから、色々契約するためにまた来て欲しいってこと」

 

「えっ……」

 

 今、なんて?

 思考が停止する。

 そして、

 

「よ、よっしゃっ!じゃなくてっ、ありがとうございます!」

 

「本当に元気いっぱいだね」

 

「あはははは……お恥ずかしいです」

 

 咄嗟にでたガッツポーズを引っ込めて、苦笑いを浮かべながら座り直す。

 それでも、心の中では喜びのあまり踊り回っていた。手応えはあったものの、やはりと言うべきか音楽経験がないというところで月島さんも微妙な表情を浮かべていた訳もあって、こうして当日採用を勝ち取れるとは全く思ってなかったから、尚余計に驚きと嬉しさに包まれていたのだ。

 そんな浮き足だった状態で、俺は明日の説明を受けていく。

 

「あ、稲城君。一つ、個人的な質問をしても良いかな?」

 

 すると、説明が終わった後に月島さんが訊ねてきた。

 

「?はい、もちろん良いですよ」

 

「これは面接じゃないし、どう答えても採用を取り消すことは絶対にしないから、もっと楽にしてもらっても大丈夫だよ」

 

 そう前置きをする月島さん。

 つまりは、建前とか無しに思ったことそのままを答えて欲しいと言うことだろうか。……え、反射的に頷いてしまったが、一体何を聞かれるんだ?

 月島さんは姿勢を少し前がかりにした。

 

「稲城君にとって、音楽はどういうものなのかな?」

 

「……自分にとっての音楽……ですか…………?」

 

「そうそう。気を遣わないでいいから、和也君なりの考えが聞きたいな」

 

「えっと……」

 

 そういえば、考えたこともなかった。

 

「もちろん、和也君が嫌なら答えなくても大丈夫だからね?無理強いするつもりは全然無いし」

 

「いっ、いえ、そういう訳ではなくて、自分にとって音楽がどういうものか考えたことが無かったので、ちょっと考え込んでいただけですっ!」

 

「それなら良かった。ゆっくり考えて良いからね」

 

 慌てた俺に月島さんは安堵した表情でそう言う。

 すぐに答えれそうにも無かったので、俺は返事を返して素直にその言葉に甘えることにした。

 

 ――――音楽、か。

 

 音楽自体は、小さい頃からリサと友希那と友希那の父さんの影響もあって近くにあった。何度も四人でセッションをして、遊びではあったが音楽に触れていた。俺の担当であるカスタネットをリズムに合わせて叩くと皆が笑顔になって、嬉しかったのを今でも覚えている。

 だけど、俺が夢中になったのは音楽ではなくサッカーだった。

 プロのサッカー選手であった父さんに憧れて俺はサッカーを始め、のめり込んだ。

 俺がセッションに参加しなくなったのは、それからだろう。俺は父さんのように上手くなりたくて、何よりもサッカーの練習を優先するようになっていた。いつの間にか開かれなくなっていたセッションのことなど、どうでもいいと思えるぐらいに没頭していた。

 その時から俺の中での音楽は、学校の授業や流行りの曲を聴く程度のものになった。

 だけど。

 

「大切な人を笑顔にすることが出来る魔法のようなもの、それが自分が思う音楽……でしょうか?」

 

「魔法、魔法かぁ。もしよかったら、もう少し詳しく聞いてもいいかな?」

 

「えっと、面接でも言ったように自分には音楽の経験はなくて、しかも音楽に興味を持つようになったのもつい二か月前のことなので、自分にとって音楽がどういうものなのかは正直まだ分かりません。だから、自分が音楽に触れるようになってからの事を思い出してみたんです。――そしたら一番初めに思い浮かんできたのは幼馴染がバンドで歌っている姿でした」

 

 銀髪を揺らし、透き通ったその歌声で言の葉を紡いでいく友希那。

 あの姿を見た瞬間から、俺の中での音楽という存在は変わった。

 

「その幼馴染は、昔はよく笑っていたんですけど、その……色々とあってあんまり笑わなくなったんですよ。だけど、バンドで歌っている時は楽しそうに――それこそ昔みたいに歌っていていました。とは言っても、ちょっとそう感じるってだけで、まだまだ笑顔には程遠いんですけどね。……それでも、自分にとっては凄く嬉しいことで、それを一緒に見ていたもう一人の幼馴染と良かったなってその時は笑い合ってました」

 

 あの姿を見た瞬間から、俺の中での音楽は新たな意味を持つようになった。

 あの時の光景に抱いた感情は、忘れることはないだろう。

 それぐらい、俺には特別な出来事だった。あの友希那の姿は、無くなってしまったのかと思っていたものが詰まっていて、胸がいっぱいになった。

 すると、フフッ、と。

 月島さんが優しく微笑を零した。

 

「和也君は、その幼馴染の事を凄く大切に想っているんだね」

 

「――はい、大好きです。その幼馴染は、昔俺を守ってくれて――って、すみませんっ!自分のことを聞かれていたのに、幼馴染の話ばっかりしていましたね」

 

「そんなの全然気にしなくてもいいのに。今話を聞いた限りだと、和也君が音楽に興味を持ったのもその幼馴染がきっかけなんでしょ?」

 

 違うの?と月島さんは訊ねてくる。

 

「そうですけど……何と言いますか、スタッフになる人はもっとこう、自分と音楽との間に直接的でいて特別な何かを持っていないと駄目じゃないのかと思いまして……」

 

 バツが悪そうに。

 俺は頭の後ろを掻いて、視線を下ろした。

 月島さんがこの質問をしたのは、恐らく俺が音楽に対してどんな特別な想いを持っているのかを聞きたかったからだろう。

 だが、俺が話したのは友希那のことであり、自分自身のことではない。いや、そもそも俺は元から月島さんの質問に答えることができなかったのかもしれない。

 なぜなら、俺がこの面接を受けたのはバンド中のリサと友希那のとの関りを絶やさない為であって、決して音楽が好きというような純粋な熱意からではないのだから。

 俺は、リサと友希那が音楽に向き合うことを応援するだけの、言わば第三者でしかないのだから。

 

 結局のところ、俺と音楽との間には何も無いということだ。

 

「――そんなの大丈夫だって。音楽を好きになるきっかけなんて人それぞれなんだしさ、私は和也君は十分音楽のこと大切にしているって思うよ」

 

「――えっ」

 

 顔を上げると、月島さんは優しく微笑んでいた。

 

「それでも和也君が満足できないって言うのなら、ここで働きながら満足できる答えを見つけて欲しいな。――うん。和也君なら音楽に真剣に向き合ってくれるって思ったから採用したんだもん。だから、そうしてくれたらおねぇさん凄く嬉しいな。もちろんそのために私も協力してあげるから、これからよろしくね和也君!」

 

 そう言って、月島さんは手を伸ばす。

 差し出されたその手は、まるで夜道を導く光のようで。

 

「――はい。よろしくお願いします、月島さん。その期待に応えられるよう、頑張っていきます!」

 

「フフッ、頑張ってね和也君。あ、そうそう、私のこと皆『まりなさん』って呼んでるから、和也君もそう呼んで切れても良いからね」

 

「ははっ、分かりました。それでは、まりなさん。これから沢山頼りにさせていただきますね」

 

「おねぇさんにドーンと任せなさい!」

 

 握手を交わし、これからの意気込みを語った。

 俺と音楽の間には何も無い。

 それはいずれ変わるかもしれない。

 月島さん。まだ数十分しか話していないけど、この人はとても良い人だ。この人の下で働いていれば、本当に見つかるかも知れないと、不思議とそう思えてしまってならない。

 こうして俺は晴れて『ライブハウスCiRCLE』のスタッフの一員となったのであった。

 めでたしめでたし。

 

「――――え」

 

「『え』?」

 

 ……と、最後の最後で。

 めでたい終わりには似合わないような。何でお前がここにいるんだとでも言いたそうな。

 そんな、湧き出た不快感をグーーッと凝縮に凝縮を重ねては更にそこから絞り出して、たった一文字に押し込んだかのような声が耳に飛び込んできた。

 まりなさんではない。もちろん俺でもない。

 なら誰だ?最近どこかで聞いたことある気がしなくも無いのだが……。

 俺は声が聞こえた方に顔を向ける。

 そして。

 視界に犯人を捕らえると、俺はニンマリと不敵な笑みを浮かべてやったのだった。

 

「よお、氷川さん。奇遇だな」

 

「………~~~っ…はぁぁ……本当に奇遇ですね…稲城さん」

 

 

 △▼△▼△▼△

 

 

 ――最悪ね。

 

 紗夜は現在進行形で置かれている自分の状況に、頭を抱えていた。

 今日は朝からCiRCLEで練習をしていた。この間のライブで【Roselia】の本格的な活動を始動することが決まったことによって出された課題を熟すためでもあるが、何よりは自分が苦手としていたフレーズを克服するため。そして、それは練習の甲斐あって、ひとまず目的としていたレベルまでクオリティを上げる事ができていた。

 予定していた通りに進んでいたのだ。

 予定していた通りに進んでいたはずだったのだ。

 だというのに。

 

「なぁ、氷川さん知ってるか?今日の最高気温って30℃超えるらしいぞ。六月中旬だってのにホント暑いよな」

 

「…」

 

「おいおい、いくら暑いからって無視は…いや、無視されてるのはさっきからずっとか。そろそろ相槌ぐらい打ってくれないと、俺の心を傷つけることになるぞ。自慢じゃないけど、俺ってこう見えて結構メンタル弱いんだから。それでも良いのか?」

 

「……」

 

「おーーい、氷川さーん。聞こえてるかー?」

 

「………」

 

 CiRCLEからずっと隣についてくるあまり会いたくない人(稲城さん)が何度もしつこく話しかけてくる。

 どうしてこうなったのだろうか。どこで間違えたのだろうか。

 考えても考えても思い当たる原因は見えてこない。

 ああ、無理をしてでも練習時間を延長するべきだった。

 そんな後悔の中、紗夜は悟っていた。

 こうなってしまってはもう逃げることは逆に困難だということを。

 無視し続ければ更にめんどくさくなることを。

 もう自分は捕まってしまったということを。

 

「……ずっと聞こえてるわよ」

 

「おっ、やっと反応してくれた」

 

 だから、紗夜はまだ比較的に楽な道を通る(和也の相手をする)ことにした。

 

「…どうしてずっとついてくるのかしら?」

 

「そりゃあ、俺もこの道が帰り道だからな。帰る方向が同じ友達がいたら一緒に帰ろうぜってなるのが普通だろ?」

 

「あなたとそこまで親しい仲になった覚えはないのだけど?」

 

「その辺はあれだ。これを経ることによって最終的には氷川さんとそういう関係になりたいなっていう俺の意思の表れみたいな?こうして一緒に帰ってるのも何かの縁だしさ、この機会に仲良くなろーっぜ!」

 

 言葉の最後と共に、和也は白い歯を見せながら親指をグッと立てる。

 相手のことなど考えていない子供みたいだ。それでいて本当に仲良くなろうとしているのが何となく伝わってくるから尚鬱陶しい。

 紗夜はため息を吐いた。

 何を言っているのだろうかとでも言うように。

 

「何が縁よ。そもそもあなたが勝手に付いて来ているだけで一緒に帰っている訳じゃないわ」

 

「まあまあ、そんな細かいことは気にすんなっての。てか、氷川さんいきなりグイグイ来るな。良いぜ!その勢いのまま雑談としゃれこもうぜ!!」

 

「嫌よ。私は稲城さんと友達になる気は無いわ」

 

 だから話しかけないで、と紗夜は冷たく言い放つ。

 前言撤回だ。やはり彼の相手はしない。

 仲良くなりたい?そう思うのは勝手だが、それに丁寧に付き合う必要も義理も何もない。

 それに。

 

 そもそも不快だった。

 一度も友好的な態度を取ったことが無いにも関わらず、それどころか決して良いとは言えない対応ばかりしていたのに、仲良くなろうと話しかけてくることが理解し難いものであり、不快だった。

 あえて離れていくようにしているのに、何度も声をかけてくるその姿勢が――と少しだけ重なっていて不快で仕方が無かった。

 

「――――っ」

 

 紗夜は和也が追いかけてこないように歩く速度を速める。

 もう絶対に振り返らないと、そう決心して。

 だが――、

 

「!?」

 

 そこで予想外のことが起こった。

 いや、正確に言うと、予想外の声が聞こえてきたの方が正しい。

 その声が耳に届いた瞬間、紗夜は反射的に振り返っていた。

 さっきまで考えていたことなど、決心していたことなど全て彼方へと放り捨てて、後ろから聞こえてきた弾んでいるような甲高い愛しい声の持ち主を視界に捉えようと体が動いていた。

 

「キャンキャン!」

 

「おーよしよし!可愛いなお前!」

 

「――――」

 

 紗夜は一点を凝視する。

 犬だ。犬がいる。

 小さくて可愛い子犬が、じゃれて楽しそうに遊んでいる。

 紗夜の胸が弾む。

 撫でたい。触りたい。たわむれたい。

 後ろから聞こえてきた犬の鳴き声を聞き逃さないで良かったと思っていた。

 

(……でも…どうしましょう…)

 

 しかし、紗夜は困ってもいた。

 さっき稲城さんにあれほどきつく言ってしまった手前、引き返して彼の下まで行くというのは気が引ける。それに、今戻れば間違いなく犬を撫でたいがために引き返したということが一瞬でバレてしまう。

 それは駄目だ。絶対にダメだ。

 彼にはどう思われても問題無いと思っていたが、犬が好きだということがバレるのはとても癪に障る。

 だけど、あの子犬に触れたい。ここで我慢すれば午後からの予定に何かしらの影響が出るのが何となく分かってしまう。

 ああ、私は一体どうすれば――。

 そんな風に紗夜がプライドと欲望のどちらを取るかを頭の中で葛藤していると、

 

「ん?氷川さん?」

 

 和也が立ち止まってこちらをジーっと見ている紗夜に気が付き、子犬を抱き上げて目の前まで来た。

 

「何かずっと見てたけど、氷川さんってもしかして犬好きだったり――」

 

「――そ、そんなわけないでしょ!?」

 

 紗夜は和也が疑問を言い終える前に否定する。

 

「な…何よその疑うような目は…確かに私は犬か猫かで聞かれれば犬と答えますが、特別犬が大好きって程では無いわ!」

 

「へー、氷川さんって犬派なんだ」

 

「っ!よくも口車に乗せてくれたわね!恥を知りなさい!」

 

「えぇっ!?いやいや、勝手に氷川さんが喋っただけじゃねーか!」

 

 言いがかりだ!と反論する和也に、問答無用!と詰め寄る紗夜。

 抱えられて目の前まで来た犬の可愛さがあまりにもどストライク過ぎて、紗夜は動揺を隠しきれずにいたのだ。

 そして、何やかんやあって数分後。

 

「…そうよ、私は犬派よ」

 

 紗夜は開き直っていた。

 

「卑怯にも口車に乗せられたとはいえ、言ってしまった事は引っ込める気は無いわ」

 

「いやだから乗せてないって」

 

「――何か文句ある?」

 

「いいえありません。あろうはずがございません」

 

「分かればいいのよ、分かれば。……それで…なんだけど…」

 

 チラチラ、と。

 紗夜は恥ずかしそうに顔を少し赤くしながら、何度も子犬に視線を送る。

 

「…その…私も……撫でてもいいかしら…?」

 

「――――」

 

「……何か言いなさいよ」

 

「あ、ああ、悪い悪い」

 

 熱を帯びた顔を冷ますように。

 紗夜に返事を急かされた和也は、そう言いながら首を横に振る。

 そして、視線をあえて紗夜の顔から外し、抱えていた子犬を撫で易いようにと差し出した。

 

「犬派だったら撫でたくなるよな。んじゃ、氷川さんも撫でてやってくれ」

 

「……っ…」

 

 紗夜は息を呑んだ。

 差し出された子犬の頭に向かってゆっくりと伸ばしている手は震えている。

 それぐらい、紗夜は子犬を撫でる(この)瞬間を楽しみにしていた。この場に和也がいなければ、間違いなく表情を崩していたぐらい心待ちにしていた。

 だが、しかし。

 そんな紗夜をあざ笑うかのように、幸せの時を迎えようとしている彼女にとって、最大級の悲劇が起こったのだった。 

 

「グルルル!」

 

「おっ、ちょっ!いきなり暴れ出してどうした?!」

 

 今までずっと大人しかった子犬が突然威嚇的な唸り声を上げ、和也の腕の中で必死に身をよじりだす。

 

「ちょっと稲城さん!しっかり抱えておきなさいよ!」

 

「ちゃんと抱えてるっての!てかなんでだ?さっきまであんなに大人しかったのに突然こんなに嫌がり始めて――」

 

「――私のせいだと言いたい訳!?それならそうとハッキリ言いなさいよ!」

 

「違う!…くないかも。実際に氷川さんが触ろうとした途端こうなったわけだし」

 

 俺がそう言うと、紗夜は眉間にしわを寄せた。

 お前が悪い。

 和也が出した結論に紗夜は納得できるはずがなかった。

 そんなはずはない。何かの間違いに決まっている。

 そう思って止まない紗夜は自分のせいではないことを証明して見せようともう一度手を伸ばし、和也が「どうどう」と撫でて落ち着かせている犬の頭に触れようとした。

 が、

 

「ワンワンッ!!ウーッ…!」

 

「なっ…!」

 

 それは返って、犬が暴れ出したのは紗夜のせいであることを決定付ける結果となった。

 吠えられ、終いには低く唸られたことで紗夜は自らが嫌われていることを悟り、「まさか……」と伸ばした手を震わせながら下ろす。

 これには流石に和也もいたたまれず、サッと目を逸らした。風前の塵のように、少しのきっかけで今にも飛んでいきそうなほど愕然としている紗夜を直視する事はできなかったのだ。

 意気消沈する紗夜。気不味くて苦笑いする和也。何食わぬ顔で頭を掻く子犬。

 2人と1匹の間に何とも言えない空気が流れる。

 そんな悪い空気の中、紗夜が重々しく顔を上げた。

 

「……その子、そろそろ飼い主に返さなくてもいいんですか?」

 

「……そのことなんだけどさ……」

 

 子犬がしている赤い生地に黒い模様がある首輪に指を差し、紗夜は飼い主に迷惑をかけないようにと促すと、和也は表情を曇らせる。

 

「この子の飼い主分からないんだよな」

 

「……それはどういうこと?」

 

「この子、多分俺たちの後を追ってたんだと思う。それがいつからかは全然分からねぇんだけど、俺がこの子に気付いた時に辺りを見渡しても飼い主らしい人は見つからなかったから、そこそこ前からだと思う」

 

「……つまり、捨て犬かも知れないと?」

 

「いや…首輪してるからそれはあんまり無いと思う。捨てるんだったら首輪外すだろ?」

 

「それもそうね。そうなってくると、考えられるのは……」

 

「脱走、とかそんな感じだろうな」

 

 和也がそう推測を立てると、紗夜もそれに頷いて同意する。

 同じ推測に辿り着いた二人は次に考え込んだ。

 そして、その数秒後に。

 

「飼い主を探しましょう」

 

「ああ、そうだな。俺も協力するよ」

 

 紗夜が子犬を心配そうに見つめて言ったことに、和也も共感して力を貸すことを宣言する。

 しかし、それを聞いた紗夜は表情を曇らせた。

 

「……私一人でも何とかなると思うので、稲城さんは先に帰ってもらっていてもいいんですよ?」

 

「そんな冷たいこと言うなっての。二人の方が何かと効率良いだろうし、それにこの子を拾ったのは俺だ。ここで知らん振りをして帰るっていうのは流石に無責任すぎて俺には出来ねぇよ」

 

 和也がそう言っても紗夜の表情は変わらず、一向に『お願いね』という言葉が出てこないことが何となく分かる。

 と、そこで和也がふと気が付いた。

 

「つーか、氷川さんってこの子に嫌われてるんだから、連れて行く時に俺の協力が不可欠じゃね?」

 

「っ…!」

 

 核心だった。痛恨だった。

 根本的な見落としを指摘された紗夜は、それを見落としていた自分自身と確定した望まない展開にため息を吐く。

 まったく、彼がいるといつもよりため息が増える。本当に思った通りに動いてくれない人だ。

 そううんざりしながら紗夜はもう一度ため息を吐いた。

 私情を押し殺すように。

 

「……分かりました。では稲城さん、その子を運ぶ為について来てください」

 

「おう!でも、運ぶ以外のことももちろんするからな」

 

「……それはもう勝手にして下さい。――それでは、さてどうしましょう」

 

 紗夜は腕を組んで、どうやって飼い主を探すのかを考え始める。

 

「私達についてきた、となると一度CiRCLEの辺りまで引き返して、その近辺に住んでいる人にこの子の飼い主について何か知らないか聞いてみることが無難だと思いますが……」

 

 そこまで言うと、若干変な間を持ってから紗夜は和也に視線を向けた。

 

「……稲城さん、あなたは他に何か案はありますか?」

 

「基本的にはそれに賛成。けど、俺の意見をそこに混ぜるとすれば、公園、かな?」

 

「公園?」

 

「ああ。その子がいつからついてきたってことを考えた時、CiRCLEからここに来るまでにあった公園が他と比べて可能性が高いって思った。こう、飼い主が何かに気を取られていた隙に俺達についてきたって感じでさ。氷川さんはどう思う?」

 

 和也に意見を求められ、紗夜は再び考え込む。

 公園。確かに考えられない話ではない。公園なら遮蔽物も多くて比較的見失い易いだろうし、散歩のついでに遊ばせる為にリードを外したという線も考えられるだろう。

 紗夜は組んでいた腕を解いた。

 

「そうかもしれないわね。なら、まずは公園に行ってみましょう」

 

「りょーかい!」

 

 

 

「どはぁ~……」

 

 力が抜けていくような声を上げながら、和也は公園のベンチへと座り込んだ。

 その様子を怪訝そうに見ていた紗夜もベンチの端に腰を下ろす。

 ぐったりとする和也をいつものように注意しないのは、紗夜自身も和也と同じ心境だからだ。

 

「……結局公園には飼い主、いなかったな」

 

「……そうね」

 

「すんなりと見つかるとは思ってなかったけど、あの推測、俺的には結構自信あったんだよなぁ」

 

 そう言って和也は力なく笑う。

 和也と紗夜、お互いの意見を重ね合って出した推測は、無残にも外れた。公園にいた人全員に訊ね回ってみたのだが、役に立つような手掛かりは一切得られず、ただただ時間と労力を浪費しただけに終わったのだ。

 しかし、だからと言ってこのまま諦めるわけにはいかない。

 和也は両頬をパチンッ!と叩いて自らを奮い立たせた。

 

「で、次はどうする?氷川さんが最初に言っていたようにCiRCLE近辺を当たってみるか?」

 

「他に何も案が無いのならそうしましょう。……だけど、これだけ飼い主の情報が無いとなると、上手くいくとはあまり思えないわ」

 

 そう、今の和也たちには情報が足りない。

 何か飼い主に関する情報が一つでもあれば、そこから色々と策を考えられるものの、そのきっかけとなる情報すらない今の状況で二人ができるのはせいぜい憶測から行動することのみ。だが、そうして行われた行動はつい先程空振りに終わった。

 そして、それによって経験した失敗が、二人が次の行動に移ろうとする際の足かせになっており、二人は動き出そうにも動き出せずにいた。

 重くなってゆく空気。

 それを察してか、子犬が心配そうに和也を見上げた。

 

「クゥーン……」

 

「そう心配すんなって!俺と氷川さんが絶対にお前を飼い主のもとに届けてやるからな!にしても、情報ねぇ……。なぁ、お前って飼い主から迷子になった時はこれを見せろって言われてるものとかあったりするか?」 

 

 強がりの笑みを浮かべ、近寄ってきた子犬を抱き上げてわしゃわしゃと撫でまわしながらふとそんなことを聞く和也に、紗夜は不審な目を向ける。

 

「人の子供ならまだしも、犬相手に何を聞いているわですか……?」

 

「いやぁ、何となく。灯台下暗しとか言うし、案外身近なところに手掛かりがあったりしねぇかなってな感じ」

 

 そんなことあるわけが無い。何を馬鹿なことを。

 呆れ果てた紗夜は、無意味なことをしようとする和也にため息を吐く。いや、少しも隠そうとしないその態度をされても尚和也は「それにしても変わった模様だな~」と呟きながら首輪をジーっと見つめるのだから、もはや呆れすらも通り越していた。

 

(やはり彼は役に立ちそうにないわね。こうなったら私一人で何とかしないと……)

 

「――――えっ!ちょ、ひ、氷川さん!」

 

「もう、今度は何っ!」

 

 突然和也が慌て始めたことによって、思考を邪魔された紗夜は不機嫌を露わにする。

 しかし、そんなこと少し気にしない勢いで。

 和也は臆することなく紗夜との距離を詰め、子犬の首輪の模様を指差した。

 

「この模様みたいなやつ、よく見たら住所だ」

 

「はい???」

 

 呆気に取られた表情で紗夜は、今まで出したことがない素っ頓狂な声を出した。

 

 

「二人共、本当にありがとうねぇ」

 

 そう言い、老婆は子犬を抱きしめて頭を下げる。

 和也と紗夜は、とある家に訪れていた。その家というのは、子犬の飼い主の家。

 和也と紗夜は、子犬の首輪に書いてあった、滲み過ぎて初めは模様に見えていた住所を頼りにこの場所に辿り着き、こうして無事に子犬を飼い主のもとへと返すことができたのである。

 

「一時はどうなることかと思ったけど、何とかなったな」

 

 ようやく出会えた飼い主にはしゃぐ子犬の姿に安堵しながら和也が笑いかけると、紗夜は頭に手を当てた。

 

「まさか首輪に住所が書かれていたなんて……私としたことが、盲点だったわ」

 

「まぁまぁ、氷川さんはこの子に懐かれなくて参ってたんだから仕方が無いって」

 

「参ってなんてないわ。そもそも、私が犬に懐かれない程度で取り乱す筈がないでしょ」

 

「いやでも、俺が抱えているこの子を撫でようとして唸られた時、この世の終わりみたいな顔してたぜ?」

 

「っ……た、確かにショックを受けなかったと言えば嘘になるかもしれませんが、それでも思考に支障をきたすほどではないわ!」

 

「うわぁ……なんか今、どっかの猫好きを思い出した」

 

 紗夜の反応がとある銀髪の幼馴染と重なり、和也は理解と疑義の念を込めた視線で紗夜を見る。

 その視線を不快に思ったのだろう。

 ムッとした紗夜がいつもよりやや低い声で「何ですか?」と言い、有無を言わさない迫力を放ち、その威圧に和也は冷や汗を垂らしながら思わず後ずさる。

 すると、それを聞いていた老婆が、子犬を撫でながら二人のやりとりに口を挟んだ。

 

「この子、抱っこされている時に他の人に撫でられるのを凄く嫌うんだよねぇ」

 

 人懐っこいのに変わってるよねぇ、と老婆は笑う。

 紗夜は言葉を失った。

 和也は「んな馬鹿な」と老婆が抱えている子犬に徐に手を伸ばし、唸られたことで言われたことが真実であることを証明した。

 紗夜の時間が止まる。

 そして、可能性を見出した少女は恐る恐る老婆に尋ねた。

 

「それはつまり……私はその子に嫌われているわけではない……ということでしょうか…………?」

 

「あぁ。この子がお嬢ちゃんのような別嬪さんで優しい子を嫌うはずがないさね。気になるなら試してみるかい?」

 

 そう言い、老婆は子犬を紗夜に預けようとする。

 

「え、いえっ、そのっ」

 

「そんなに緊張しなくても大丈夫だから。さぁ、手を出して」

 

 遠慮しようとする紗夜に、老婆は微笑みかけた。

 そうして、断りきれなかった紗夜は、言われた通り下ろしている手を子犬へと伸ばしていく。

 距離が縮まる毎に紗夜の心臓は鼓動を早める一方。

 期待と不安。嫌われていないかもしれないという期待と、また唸られるのではないかという不安が胸中を渦巻き、紗夜の呼吸は浅くなっていく。

 それでも。

 紗夜はギュッと目を瞑りながらも、思い切って子犬を受け取った――。

 

 手から感じる毛並み。そして暖かさ。

 触っている。抱っこしている。

 どんな表情をしているのだろうか。やはり嫌がっているのではないだろうか。

 紗夜はゆっくりと目蓋を上げ、

 

「――――」

 

 そして、破顔した。

 自分に抱かれている子犬の表情をはっきりと視認した瞬間に、抱えていた不安が全て消え去ったことで胸が軽くなり、自然と笑みが溢れた。

 

「ふふっ。やめなさい、くすぐったいじゃない」

 

 ペロペロと顔を舐められ、紗夜は笑声を零す。

 子犬も尻尾を弾ませて楽しそうに紗夜にじゃれ続ける。

 何とも微笑ましい光景だ。

 それを見ていた老婆も和也も、一人の少女と一匹の子犬が遊び終えるのを邪魔することなく見守っていた。

 

「――ふぅ……ありがとうございました」

 

「おや、もういいのかい?」

 

「はい。とても心が癒されて満足しました」

 

 そう言い、心が満たされた紗夜は子犬を老婆へとそっと返す。

 まだ遊び足りない子犬は、老婆の腕の中から手を伸ばし、紗夜を名残惜しそうに見つめていたが、そのことに気が付いた老婆の計らいもあって紗夜が「また遊んであげるからね」とはにかみながら言うと、元気な声で返事をして大人しくなった。

 その様子を見て、紗夜はまた笑みを零す。

 …と、突然。 

 

「ハッ――――」

 

 何かを思い出したか、紗夜は目を見開いて横を向いた。

 そうして、視界の正面に捉えたのは和也。

 

「――――ッ!!」

 

 紗夜は物凄い勢いでバッと手で顔を覆い隠す。

 緩み切った表情を見せないように。

 

「……えっと…………」

 

 隠しきれていない真っ赤な耳。抑え切れていないいつもと違う緩い雰囲気。

 というか、紗夜の様子そのものから、彼女が何かを恥ずかしがっていることは窺える。

 それ故に和也は悩んだ。

 何か、気を遣って言ってあげた方が良いのではないかと。そして、その場合は何を言ってあげればいいのだろうかと。

 そうして、悩み、悩み、悩んだ末に。

 和也は思わず見惚れてしまった紗夜の姿への感想を素直に伝えることにした。

 

「氷川さんって笑うと結構可愛いんだな」

 

 刹那、不細工な悲鳴と共に乾いた音が鳴り響いたのだった。

 

 

 △▼△▼△▼△

 

 

 いつの間にか南中を過ぎていた太陽の下、俺と氷川さんは本日二度目の帰路に立っていた。 

 それも、会話をしながら。俺がひたすらに話しかけるだけだった一回目とは違って、今回は俺が質問をすると、簡潔にだが氷川さんがそれに答えてくれるのだ。

 それは子犬の件を通して少し心を許してくれたからなのか、それとも右頬につけられた、まだジンジンと痛む季節外れの紅葉模様への罪悪感からなのか。まあ、どちらにせよこれはようやく巡ってきた氷川さんと仲良くなるチャンスだ。

 俺はこれを機に氷川さんとの共通の話題を探ろうと、部活とか趣味とか色々と尋ねていた。

 すると。

 突然氷川さんが歩みを止めた。

 

「――――稲城さん」

 

「ん?」

 

「どうしてあなたはそこまで私と仲良くなろうと思うのですか?」

 

 足を止めた俺を氷川さんはジッと見てくる。

 氷川さんから質問してくるなんて珍しい。今まではずっと俺発信だったのに。……これはもしや距離が縮まったからではないか!?

 

「そりゃあ、氷川さんみたいに美人な人とは仲良く……って、そういうふざけた答えは求めてないんだな。分かった分かった。だから、睨まないでくれる?」

 

 本当に氷川さんはすぐに俺を睨むんだから……結構怖いからやめて欲しいところ。

 まぁ、こうして氷川さんから質問してくれたんだし、答えるとするか。

 

「そうだな……まぁ、主な理由としては氷川さんが【Roselia】のメンバーだからかな?これからも俺は【Roselia】に何かと関わっていくつもりだし、そうなるとメンバーとは仲良くしておくが吉だろうし、毎回バチバチな雰囲気は流石にごめんだからな」

 

「……では、どうして必要以上に【Roselia】に関わろうとしてくるのですか?」

 

「それはリサと友希那がいるからだ。あの二人が夢に向かって頑張っているのなら、俺は何があってもその応援をする。昔からそう決めてるんだよ」

 

「…………そうですか」

 

 氷川さんは視線を外して、歩きを再開させる。

 そして、それ以降俺がどれだけ話しかけようが氷川さんは応じてくれなくなった。




 最後まで読んで頂きありがとうございました。
 
 皆のヒロインまりなさん遂に登場です!(ドーン!バーン!!)
 あ、このサークルは行方不明になったり、外から新聞がガラス突き破って投げ込まれたりはしませんので、ご安心ください。

 紗夜さんの犬好きを公式がもっと押しても良いと私は思うんですけど、皆さんはどうですか?狂犬時代ならまだしも、今のあの色々に影響されて丸くなった紗夜さんなら良いですよね?ね?
 あ、そういえば友希那さんとリサ姉のどっちとも出てこなかったのはこれが初めてですかね?今回は紗夜さんと絆を深め?ましたー。やったね和也!

 そんなこんなで、本当に毎回毎回更新遅いのに全く前に進まないこの作品を読んでくれてありがとうございます。おかげさまでUVが8000を超えました。本当にありがたい。読んでくれている人のためにも、途中で投げ出さないように頑張ります!

 それでは、皆さん。また次回にお会いしましょう!ばいちっ!
 


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12歩目 突然の来訪者

 こんにちはーピポヒナです!
 そこそこ早めに更新することが出来ましたー。まあ、これから現実の方で色々と忙しくなるのでまた更新が遅くなるとは思いますが…………。

 あ、この作品のあらすじを変えました。最初に予定していた話から随分と離れてきて、雰囲気とか全然あってなかったので、是非もナイヨネ!

 ま、そんなこんなで本編どうぞ!





「ありがとうございました-♪」

 

「ありがとうございました!」

 

 軽くお辞儀をしながらそう言って、黒いギターケースを背負ったお客さんが出て行くのを見届ける。 

 

「フフッ。和也君、もう結構慣れてきたみたいだね」

 

「そうですか?まあ、全部まりなさんが優しく教えてくれるおかげですよ」

 

「もう、嬉しいこと言ってくれるじゃない!」

 

 『ライブハウスCiRCLE』のスタッフになってから数日が経った。

 今のところの感想を言うとすれば、それは楽しいだ。もちろん初めは知らないことばかりで色々と覚えることが多かったりで心配もあったのだが、それでもまりなさんの丁寧なサポートもあって少しずつ一人でできることも増えてきていて達成感も感じている。

 これは、普通にとても良いバイト先を見つけたと言ってもいいだろう。当初の狙いには無かったことだけど、これはとても運がいい。

 あ、そうそう。実は俺がここのバイトに受かったこと、そもそも面接を受けていたこと自体は達哉以外の誰にも教えていなかったんだよな。

 だから、何も知らないリサ達がここで働いている俺を見た時は、スッゲー驚いてくれたぜ。友希那も珍しく目を丸くしていたから、新鮮で面白かった。まあ、氷川さんだけは相変わらず全然反応してくれなかったけど……別にウケを狙っていたわけじゃないから良いのだが、少しぐらい反応して欲しいものだ。

 

「そういえば和也君。面接の時に幼馴染がバンド活動をしているって言ってたけど、そのバンドってうちでライブしたことあるのかな?」

 

 客の勢いが収まり、仕事が一段落着いて落ち着いたところで、まりなさんが訊ねてきた。

 

「あー、ありますよ。というか、初ライブがCiRCLEでした」

 

「えっ!ホントっ!なんていうバンドなの?」

 

「【Roselia】ってバンドなんですけど、まりなさん知ってます?」

 

「へー【Roselia】なんだ!うん、よくうちで練習してくれてるし知ってるよ。ということは……和也君の幼馴染って友希那ちゃんで合ってる?」

 

「はい、それで合ってます。あと【Roselia】でベースをやってるリサって子も幼馴染ですね」

 

「そっか、友希那ちゃんとリサちゃんは幼馴染だって言ってたから、そりゃあ和也君ともそうだよね」

 

 なるほどね、と月島さんは自分で言ったことに納得する。

 友希那はバンドを組む前から一人でここのライブに出ていたらしいから、まりなさんが知っていても普通なのだが、まさかリサまで知っているとは。

 流石と言うべきか。

 

「それでそれで~?」

 

「?」

 

 俺が感心していると、まりなさんがニヤニヤと含みのある笑みを浮かべていた。

 

「和也君はどっちが好きなの?」

 

「――――なっっ!?」

 

「やっぱり、あの時の話的に友希那ちゃん?」

 

「ちっ、違います違いますっ!!!」

 

「それならリサちゃん?」

 

「リサも違いますっ!!!」

 

 二人共そんなんじゃありません!と俺は絶句しながらも必死に両手を横に振っては交差させて否定する。

 だけど、まりなさんはニヤニヤを止めることなく、

 

「でも、和也君の大切な人って幼馴染のことなんでしょ?」

 

「そうですし、リサも友希那も大切なのはあってますけど……」

 

「っていうことは二人共!?おねぇさん、流石に同時に二人って言うのは良くは思わないなぁ。でも、青春って感じでちょっとうらやましいかも」

 

 そう言って、まりなさんはどこか遠くを見つめる。

 まるで何かを思い出しているように。

 「だから違いますって……」と頭を抱えている俺の声なんて届いていないように。

 壁に立てかけていた筒状にくるめられているポスターを手に取って、悲しそうに呟いた。

 

「私にもそんな浮いた話無いかなぁ……」

 

 はぁ……、と。

 溜息を吐いたまりなさんの姿は哀愁が漂いすぎていて何というか……。

 

「えっと……まりなさんなら大丈夫ですって!きっとすぐに良い人が現れて――」

 

「――それなら和也君が私を貰ってくれる?」

 

「そ、それはちょっと…………」

 

「あははは……冗談冗談…………ささっ、仕事仕事~」

 

 全然気にしていないと強がろうとするまりなさん。

 だが、強がり切れておらず動きは重々しく、先程から手に持っているポスターを広げることすらできていない。

 ……これは見るに堪えないな。

 

「そのポスター張るの俺がやりますよ。ここでいいんですよね?」

 

「えっ、うん、ありがとう」

 

 申し訳なさそうにしているまりなさんからポスターを受け取り、作業を代行する。

 

「……ごめんね~、さっきから気を遣わせちゃったみたいで」

 

「謝るほどのことじゃないですよ。それにさっき断っておいてなんですが、俺はまりなさんのこと綺麗で素敵な人だなと思っていますし、すぐに良い人が現れるって言ったのは結構本心からの言葉ですから別に気を遣った訳では…………と、ポスターこれで大丈夫そうです?」

 

 ポスターを張り終わったので、これで合っているかと、曲がっていないかを聞こうとして、まりなさんの方へと向くと、

 

「――――」

 

「まりなさん?」

 

 まりなさんは固まっていた。

 少しだけ口を開いた状態で呆然としており、瞬きはせずにいつもよりもちょっと目を大きく開けながら。

 フリーズしていた。

 

「あの……どうかしました?」

 

「――あっ、ごめんごめん!あんなにハッキリと言われたことなかったからちょっとびっくりしちゃって……もう和也君!年上をからうのは駄目だからね!」

 

 慌てて、恥ずかしがって、怒って。

 硬直から復活したまりなさんは、表情を忙しそうに転々と変えながら俺に注意する。

 

「えっと……すみません。だけど、別にからかおうとしていたわけじゃ……」

 

「和也君!そういう口説き文句は友希那ちゃんかリサちゃんに言ってあげないと!!私なんかを褒めたところで何にも出ないんだから!」

 

「口説き文句って……そんなつもり無かったですし、それにリサと友希那はそうのじゃ…………って、あの……どうして今俺、まりなさんに撫でられているのか聞いてもいいですか?」

 

「……なんとなくかな?」

 

「なんとなく……ですか……」

 

 そうですか。何となくですか。

 それなら仕方がな……くはないよな!?やっぱりおかしくないか?!

 撫でられるのなんてスッゲー久しぶりだし、正直言って気分が悪くなるどころか嬉しくて心がポカポカしてきているけど、流石にこの歳で撫でられるのは恥ずかし過ぎて死にそう!

 誰かに見られる前に早く何とかしなければ。どうにかしてまりなさんの気を逸らす事さ無ければ。

 な、何かいいものは無いのだろうか。

 

「――あっ!ま、まりなさん!これって見た感じアイドルのポスターなんですけど、どうしてライブハウスに貼るんですか?場違い感があると思うんですけど」

 

「ん?」

 

 俺がそ張ったばかりのポスターを指差すと、まりなさんもそれに釣られてポスターを見る。

 狙い通りだ。

 

「あー、それはね、どうやらこの子たちが実際に曲を演奏するんだってー」

 

「それって、アイドルがバンドをするってことですか?」

 

「うん、そうゆうこと。まぁ、私もまだ噂で聞いたぐらいだから詳しくは知らないんだけどね。でも、こういうの今までになかったから、結構注目されているみたいだよ~」

 

「へー。確かに面白そうで話題性も十分にありそうですしね」

 

 まりなさんの気が逸れている間にサッと抜け出すことに成功した俺は、説明を聞いていたらちょっと興味が湧いてきたのでもう一度ポスターをよく見てみようと視線を移した。

 ピンク色で可愛らしくまん丸とした文字――【Pastel Palettes】。

 どうやら最近発表されたバンド?グループ?とりあえずアイドルらしい。

 アイドルに全く興味が無くてあの超有名な48人いるアイドルグループのセンターの子すら分からない俺からしてみても、アイドルが自ら楽器を演奏するということがどれだけ斬新なことかは何となく分かるし、注目されるのも頷ける。

 このセンターに写っているこのピンク髪の子がボーカルか?友希那のようなカッコイイ系ではなくてカワイイ系で、なんというかTheアイドルって感じだな。他の子たちはと……あー、うん。やはりと言うべきか、アイドルなだけあって全員顔が整っていて可愛い。

 

「ってあれ?この子の顔……」

 

「お疲れ―紗夜ちゃん♪」

 

「ん?あ、氷川さんお疲れ。今休憩入ったとこか?」

 

 と。

 スタジオのある方向からこちらに歩いてきた氷川さんに気が付いて、俺とまりなさんは声をかける。

 しかし。

 

「…………お疲れ様です……」

 

 氷川さんは返事をしたにはしたのだけど、それは俺達二人にではなくてまりなさんにだけで、俺は恐らく故意的に無視された。

 前に一緒に帰っていた時にもいきなり無視されたし、このあからさまな態度には流石に俺もカチンときた。

 

「おいおい氷川さん、流石にそれは酷くないか?」

 

「…………」

 

「……ったく、またかよ。ずっと怒ってるし……あーあ、このポスターにいる子は笑顔で良い子そうなのに氷川さんときたら」

 

 悪意を持ってそう言い、俺は張ったばかりのポスターにいた翠髪の少女――氷川さん似の少女を見る。

 ほんと、よく似ているな。氷川さんもこの子を見習ってもっと笑った方が――、

 

「って……氷川さんどうした?大丈夫か?」

 

 気が付くと、氷川さんの血の気が引いていた。

 

「紗夜ちゃん大丈夫?もしかして体調悪い?」

 

 血色を失い、足取りもおぼつかなくなった氷川さんを俺とまりなさんは心配して寄り添おうとする。

 しかし、氷川さんは壁に手を当ててバランスを取り直し、もう片方の手を俺とまりなさんに向けた。

 

「い……いえ。大丈夫……です……」

 

「でも、私心配だよ。家族の人に迎えに来てもらった方が…………」

 

「……大丈夫です……これぐらいすぐに治ります……。……では」

 

 そう言い、まりなさんを強引に振り切って、氷川さんは外へと出て行った。

 確か【Roselia】の練習時間はまだ一時間ほど残っていたはず。氷川さんの背中にはギターケースが背負われていたし、これは体調が悪くなったから途中で練習を抜けた、ということだろうか。

 

「……心配だな」

 

 何も起きなければよいのだが…………。

 そう思いながら、俺は氷川さんが見えなくなった後も少しの間入り口を眺めていた。

 そして。

 約一時間後に出てきたリサ達はどこか暗く、俺はそこで氷川さんの様子が練習の時からおかしかったことを聞くことになる。

 

 

 ――――――――――――――

 ―――――――――

 ――――

 ――

 

 

 孤高の歌姫の歌声が、スタジオ内を満たす。

 その歌声には、圧巻という言葉しか似合わない。もし、このスタジオ内に彼女の歌声を聴いていた者がいたとすれば、ほぼ間違いなく称賛の拍手を送っていることだろう。

 しかし、それほどの歌声を持っていても尚、歌姫は視線を下げて表情を暗くする一方。

 

 ――――だめ、こんなんじゃ全然かなわない。

 

 今のままでは満足できない。できるはずもない。

 もっと。

 もっと。

 もっとよ。

 もっと上手くならなければ、あの舞台には――あの背中には届かない。

 

「――っ。……こうやって……私は……音楽と……真剣に向き合えないから……っ!」

 

 そうやってまた、歌姫は独りで必死に手を伸ばすのだった。

 

 

 △▼△▼△▼△

 

 

「Cスタジオ、空きました」

 

 ロビーに着いた友希那は、カウンターにいるスタッフに向かって一言報告する。

 

「はい、ありがとうござ……って友希那か。お疲れさん!」

 

 相手が友希那だと分かった途端、笑みを向けてきたのは幼馴染である和也。

 彼がここのスタッフになったということを知った時は驚いたし、違和感しか持てなかったものの、こうして働いている姿を何度も見ていると流石に慣れてくるものだ。

 

「今日って確か【Roselia】で練習は無かったはずだよな?ってことは、自主練か?」

 

「ええ」

 

「それは感心感心。だけど、流石に最近頑張り過ぎじゃないのか?まあ、それだけ目指してるレベルが高いってのは分かるけど、根を詰め過ぎるのは良くないぞ」

 

「その言葉、和也だけには言われたくないわ。あなた、中学の頃はいつも夜遅くまで――」

 

「――はいはい、悪かった悪かった。俺が生意気だったし、あの時は助かりましたよ。……ったく、それを言われたら何も言い返せねぇんだよなぁ……」

 

 友希那の言葉を途中で遮り、和也は苦虫を嚙み潰したような表情で吐き捨てる。

 

「でも、どの道やりすぎは良くないぞ。ボーカルなんて喉が命なんだし、練習のやり過ぎで喉を傷めて本番に実力を発揮できないとかなったら元も子もないんだからさ」

 

「そんなバカなことはしないわよ。終わった後にケアもしているし、喉のコンディションに悪い影響は出ないようにちゃんと配慮しているわ」

 

「それなら俺から言うことは何もねーよ」

 

 和也は両手を上げて降参したことを示す。

 友希那が個人練習を自制することはありえないだろうということは、和也自身も元より分かっていた。だから、せめて酷使による喉の故障という最悪なルートだけは起きないようにしなければ、と注意喚起ができただけでも、和也にとってはとりあえずひとまず安心といったところである。

 ……と。

 そこで。

 

「――すみません。ちょっとよろしいでしょうか」

 

 和也と友希那の会話に割って入るように。 

 大人の女性が声をかけてきた。

 整えられたスーツを身に纏っており、髪型はポニーテールできちんとした印象で、一目見ただけでどこかの企業の者だということが窺える。

 バイト中である和也は、友希那との会話を中断してすぐさま接客へと移った。

 

「あ、はい。どうされましたか?」

 

 しかし。

 

「いえ、用があるのはあなたではありません」

 

「へ?」

 

「友希那さん、少しお時間を頂きたいんですが、よろしいでしょうか?」

 

 スーツ姿の女性は和也に客ではないことを完結に告げると、視線を友希那へと向ける。

 

「友希那、知り合い?」

 

「いえ……失礼ですが、どなたでしょうか?」

 

「私、こういうものです」

 

 スーツ姿の女性は懐から名刺入れを取り出し、そこから名刺を一枚友希那に渡した。

 和也も友希那に用があると言うこの女性が一体何者なのか気になるので、カウンターに身を乗り出して、後ろから頭を覗かせて名刺を見ようとする。

 すると、丁度その時に、

 

「和也くーん!もう時間ちょっと過ぎてるし、上がっていいよ~!私が引き継ぐから!」

 

「あ、ホントだ。いつの間にこんな時間に。はーい!分かりました!」

 

 上がるように促され、和也は名刺を見ることなく時計を確認してロビーに現れたまりなに返事を返す。

 そして、まりなに今の状況を簡単に説明してから、控室へ向かう前に友希那に言った。

 

「友希那、丁度俺も上がりだし一緒に帰ろうぜ。いいだろ?」

 

「……ええ」

 

「その間はなんなんだよ……。まあ、受け入れたんだから、その人との話が終わっても先に帰らずに待っててくれよ。俺もできるだけ早く準備をすますから」

 

「分かったわ」

 

 友希那の承諾を聞き届けると、和也は「んじゃ」と手を振り、まりなには「お疲れ様です」とお辞儀をして、奥へと消えっていった。

 

「それで、私への用とは何でしょうか?」

 

 和也がいなくなったところで、友希那は止まっていた話へと戻す。

 すると、スーツ姿の女性――音楽業界人は頷き「では、率直に伝えます」と前置きを置いてから、言った。

 熱い思いを瞳と言葉に込めて。

 

「――――友希那さん、うちの事務所に所属しませんか?」

 

 

 △▼△▼△▼△

 

 

「――――っ!」

 

「――うおっ!危ねっ!大丈夫か友希那?」

 

「え、ええ……。……ありがとう」

 

 そうお礼を言うと、友希那は俺に支えられた体を立て直す。

 躓いて転びそうになった友希那を支えたのは、これが初めてではない。この帰り道だけで、もう3回目だ。

 しかも、それだけではない。

 

「友希那?どこ行くつもりだ?」

 

「っ!?……少し、ボーっとしていたわ」

 

 このように、友希那は何度も通っている筈の帰り道を間違えてもいる。

 友希那が見た目に反して結構ポンコツなことは昔から知っているけど、確かここまでじゃなかったはず。というか、さっきから友希那は何かを考えているのか、ずっとボーっとしていて注意が散漫しているように見える。

 何かあったのだろうか。

 

「そういえば、こんな風に友希那と二人きりになるのって久しぶりだな。いつもならリサもいるし……こういう二人だけの状況って、皆の前じゃ言い難い悩みとかを相談するにはうってつけだとは思わないか友希那?」

 

「……?別に思わないけど……何が言いたいの?」

 

「いや、そのまんまの意味だ。最近友希那が悩んでることとか、今絶賛考え中なこととか無いのかなぁって思ったからで、特に深い意味は多分ない」

 

「…………そう」

 

 友希那は手短に返事をすると歩くスピードを少し早める。

 

「私が悩んでいることなんて何も無いわ。……それに、仮にもし悩み事があったとしても、和也に相談するようなことじゃない」

 

「ふーん、そっか。頼られていないってことはかなり残念なことだけど、友希那に悩み事が無いならそれでいい。――けど!」

 

 俺は走って友希那の前に立って向かい合い、無理やり友希那の足を止めさせた。

 

「それは悩みごとが無いってことが本当だったらの話だ!」

 

 悩んでいることは何もないだって?

 そんな分かり切った嘘、俺が見抜けない訳が無いだろう。

 

「さっきからずっと何を悩んでんだ?それは幼馴染に言えないぐらい深刻なことなのか?」

 

 俺は真相を聞き出そうと問いただす。

 しかし、その訊ねに対する答えはいくら待っても返ってこない。元より、友希那は悩みごとを打ち明ける気が無いのだろう。そして、そんなこと俺は最初から分かっている。

 友希那は、逃げるように視線を逸らした。

 

「……どいて」

 

「どかない。友希那が言ってくれるまで絶対に通さないからな」

 

「…………」

 

「話す気は無いってか……ま、スカウトされたみたいだし、そりゃ話しにくそうではあるけど」

 

「――――聞いていたの!?」

 

 友希那は表情を一転させて俺を見上げる。

 

「和也はあの時いなかった筈!どこから聞いていたの!?」

 

「つーことは、図星か」

 

「??図星?」

 

 理解できないとでも言いたげな視線を投げかけてくる友希那。

 俺はさっき言った言葉の意図を教えた。

 

「友希那、悪い。鎌をかけさせてもらった。俺は友希那とあのスーツの人との会話の内容なんて一ミリも知らねーよ」

 

「なっ……」

 

 友希那は絶句する。

 それもそうだ。俺に操られて隠していたことを吐かされたのだから。

 胸から湧いてくるのは、嫌悪することしか出来ない罪悪感。まるで内側から直接釘でも打たれているかのように、ズキリと顔を歪ませたくなるほどの痛みを与えてくる。

 

「ほんと悪かったな。軽い冗談以外ではもう二度と友希那を騙すなんて真似はもうごめんだな……」

 

 後悔に蝕まれながらそう心の底から思ってから、俺は友希那に言った。

 

「でも、こうでもしないと友希那は話してくれなかっただろ?」

 

「……そ、それは……そうだけど……でも、これは私の問題で和也には関係の無いことだから……」

 

「おいおい、何勝手に決めつけてんだよ。いいか?友希那がそうやって悩み込んでいる時点で俺からしたら十分関係ある話なんだよ!そこんとこ、しっかりと訂正しといてくれよ」

 

「…………どうしてそこまで……」

 

「どうしてって……んなもん、友希那が困っているからに決まってんだろ。俺は困っている友希那の力になりたいんだ」

 

「――――」

 

「友希那が俺には関係ないことだと思うならそれでいい。けど、関係無いからこそ俺がその悩みごとを相談する相手に一番適してると思う。お願いだ、俺にも友希那の悩みを一緒に抱えさせてくれ……!」

 

 両手を合わせ、俺は打ち明けてくれるように懇願する。

 しかし、友希那は何も言わない。

 何も言わずに、ただきまり悪そうに目を伏せている。

 夕暮れ刻。

 いつの間にか低くなっていた太陽が辺りを夕焼け色に染め上げ、友希那の横顔を照らしつける。

 細めた瞼。合わせようとしない琥珀の瞳。下がった眉。歪めている唇。汗で頬に張り付いた髪。

 見慣れていても、ふとした時に見惚れてしまう程綺麗で凛としているその顔は、今は感情が滲みだしてるのか複雑になっており、横日に照らされ細部まで鮮明に映るようになっても尚、隠されたその内心を読み取ることは俺には出来ない。

 隣を車が音をたてながら何度も通り過ぎて行った。

 俺と友希那は動かない。友希那は更に下を向き、俺はそれをただただ見つめてジッと待ち続ける。

 友希那が黙り込んでからどのぐらい経ったのだろう。

 五分か、十分か、はては一時間か、それともたった数十秒か。

 時間の感覚が狂ってしまうほどの異様な雰囲気に包まれる中。

 友希那は伏せていた瞳を上げた。

 ゆっくりとぎこちなさそうに。

 

「……………………分かったわ」

 

「――本当か!?言ったからな!やっぱり辞めたとか無しだぞ!?」

 

「そんなこと言わないわよ」

 

「だろうな。友希那はそういうこととか約束とかちゃんと守ってくれるし、心配していない。さっきのは軽はずみで言ったようなもんだ」

 

「――――」

 

「どうした友希那?」

 

 友希那はまた目を伏せており、それがどこか思いつめているように見えたので気になって訊ねてみる。

 だが、友希那はすぐさま顔を上げて首を横に振り、

 

「何でもないわ。……行きましょう」

 

 そう言って、俺の隣を通り過ぎた。

 俺の思い違いならそれでいいんだが……まあ、友希那の話を聞けばそれも分かるかもしれないし、しつこく聞かなくてもいいか。

 俺は振り返って歩き始め、先を行っていた友希那に追いつく。

 すると、俺が切り出さずとも友希那が話し始めた。

 

「和也がいない間に、あの女の人にスカウトされたの。うちの事務所に来ないかって」

 

「そこら辺は何となく想像つく。……まあ、この前のライブ皆凄かったもんな。だから、スカウトマンの目に留まったのも頷け――」

 

「――――違うの」

 

「…………え?」

 

「……違うの……違うのよ…………そうじゃないのよ………」

 

 友希那は、自らの腕を強く掴む。

 

「そうじゃないって……?」

 

 【Roselia】の初ライブとなったあのイベントには、プロのスカウトも来る。そして、そこで一番の演奏を見せつけ、盛り上げた【Roselia】が来ていたスカウトマンのお眼鏡にかなってスカウトされた。

 あのスーツ姿の女性を見て、そう思っていたから俺は友希那に鎌をかけることができ、それが上手くいってスカウトされたということを見破れた。

 それなのに友希那は否定した。どういうことだ。意味が分からない。矛盾している。

 

 ――――【Roselia】の演奏が認められたってことじゃないのか?

 

 友希那は、俺の疑問に答えるように言った。

 

「スカウトされたのは私だけ。……【Roselia】じゃないわ。……私のために実力のあるメンバーを用意したって……その事務所と契約すれば、コンテスト無しで『FUTURE WORLD FES.』のメインステージに立てるって…………そう言ったの……」

 

「――っ!それって……受けたのか……?」

 

「………………受けてはいないわ……」

 

 友希那は、首を横に振る。

 まだスカウトに合意していないことが分かった瞬間、俺は半開きになっていた口を閉め、安堵する。

 しかし、それはほんの一瞬だけで。 

 

「受けてはいない……か……」

 

 友希那が言った言葉を確かめるように復唱し、安堵するにはまだ早いことを悟った。

 受けていない。ではなく、受けて『は』いない。

 それはつまり断ってもいないということ。スカウトを受ける可能性もまだ十分に残っているということ。

 今度は俺が顔を伏せる。

 プロのスカウトマンの目に留まったということは、かなり凄いことだ。内容からして、かなり優遇されている方だと思うし、メジャーデビューが約束されたと言っても過言ではないのだろう。友希那の努力が報われたのだ。

 だから、俺は頑張ってきた友希那を褒めてやって、自らの実力で掴み取ることが出来たそのチャンスを逃すなと背中を押してやった方が友希那のためになるのかもしれない。

 

 ――――駄目だ。それは出来ない。

 

 【Roselia】には、リサがいる。

 友希那の隣に立ち続けたいと願い、努力してきたリサがいる。

 友希那がスカウトを受ければ、間違いなくリサは悲しむだろう。それでは、リサが報われない。そんなこと、いくら何でも酷過ぎる。

 ……だけど。

 今、友希那に訪れているチャンスは、普通のチャンスとはレベルが全く違う。

 夢が叶うことが約束されているのだ。断れば二度とこないかも知れないし、見過ごすにはあまりにも惜し過ぎる。

 俺だって友希那が遠くに行ってしまうような気がして、スカウトを受けてほしくないという思いはある。しかし、友希那を引き止めるということは、それと同時に友希那の可能性を、未来を、夢を閉ざすことと同じことなのかもしれない。

 そんなこと駄目に決まっている。私情だけでそんなこと、友希那の足を引っ張るようなことはしたくない。

 

「……初めてのライブでどれだけ良い演奏ができたとしても、【Roselia】が『FUTURE WORLD FES』に出られる保証なんてどこにもないからな……。可能性はあるだろうけど、そこに辿り着くまでに厳しい道を進むことになるかもしれないし……何年経っても無理な可能性だってありえる。だから……そのスカウトは受けた方いい。そっちの方が間違いなく賢い選択なんだと…………思う……。――だけど、賢い選択なんだろうけどっ……そんなこと友希那だって分かってるんだよな……分かってる上で悩んでるんだよな…………」

 

 ごめん、と自らの無力さを痛感する。

 板挟み状態だ。このままではどちらに転んでも、片方が夢を諦めることになる。

 リサと友希那。二人が揃って笑い合えるようになるためには、どうしたらいいのだろうか。

 …………分からない。今の友希那の助けになりそうな言葉が見つからない。ったく、相談相手になるって言ったのにこれじゃあ全然力になってやれてないじゃねぇかよ。

 

「……友希那」

 

 友希那を呼び、足を止める。

 すると、友希那も立ち止まり、ゆっくりとした動作で体の半分をこちらに向けて、少しだけ振り返る。

 

「これだけは忘れないでくれ」

 

 力になれない。

 このままじゃ、友希那が笑わなくなったあの時と何も変わらない。

 それは嫌だ。絶対に嫌だ。

 だから。

 だからせめて。

 俺は伝えた。

 想いをぶつけるように。

 

「――俺は友希那の味方だ。友希那がどんな選択をしても、全力で背中を押してやる。絶対に見放したりしない!だから、友希那は自分の本心に従って欲しい。じゃないと、将来必ず後悔することになると思う。……そんな友希那、俺は絶対に見たくない!」

 

「――――」

 

「――友希那はどうしたいんだ?」

 

「……私は…………」

 

 友希那は呼吸を忘れ、苦しそうに顔を歪める。

 

「……分からない……分からないわ……。お父さんの夢だったフェスに、バンドで出られるのに…………なのに……どうして…………なんで…………っ!」

 

 そして。

 今にも泣き出しそうな声で、

 

「――――和也」

 

 力なく、俺を見上げた。

 交り合う視線。

 しかし、いつものような気迫は感じられない。

 

「この話、リサにも話すつもりはあるのか?」

 

 琥珀の瞳が僅かに揺らぐ。

 

「【Roselia】全員に言わなくても、せめてリサにだけは話してやってくれないか?友希那も分かってるとは思うけど、リサは俺なんかよりずっと昔からお前のこと気にかけてる、つまり俺と同じで友希那の味方だ。リサなら絶対に一緒に真剣になって考えてくれる筈だ」

 

「……リサに…………」

 

「ところで、期限はいつまでって言われてんだ?」

 

「……確か、いつまでも待ってくれるって言っていたわ」

 

「いつまでもって……ほんと優遇されてんだな……。でも、リサにはできるだけ早めに話してやれよ?言い出し辛いだろうから俺から話してやっても良いけど、それは友希那が嫌だろうし、それにリサには友希那から言ってやった方が良いと思う。まあ、どうしても無理な場合は俺に頼んでくれ。俺はそれまでリサには言わないからな」

 

 もちろん他の人にも、と付け加える。

 正直、迷いどころではあるのだが、ここは友希那を信じよう。

 友希那なら自分から動いてくれるはずだ。そう信じている。

 俺は暗い雰囲気を一掃するように友希那に笑いかけた。

 

「時間もあるみたいだし、焦らずにゆっくり考えていこうぜ。考えて考えて考えて、考え抜いた末に選んだ選択なら、きっと後悔なんてしなくて済む筈だしな!」

 

「………………そうね」

 

 大丈夫。

 友希那ならきっと大丈夫だ。

 

「よし!そうと決まれば!」

 

「あれ?友希那と和也じゃん。おかえり~!」

 

「ん?おうリサ。ただいま。……って、もう家かよ」

 

 リサに声をかけられ、周囲に意識を向けるとそこは自分の家のすぐ近くだった。

 こんなところで立ち止まって話していたのか。つか、いつの間にか夜になってるし……全然気が付かなかった。

 

「二人で何の話してたの?アタシも混ぜて~☆」

 

「軽い世間話だよ。俺のバイトと友希那の練習が終わったのが重なったから、最近の【Roselia】の調子とか色々聞いてた。リサは今日何してたんだ?」

 

 さっきの話がバレないように誤魔化して話題を逸らすと、リサはよくぞ聞いてくれましたとばかりにご機嫌な声音で答えた。

 

「アタシは【Roselia】が雑誌に載った記念に、あこと燐子とお茶会してたよ♪楽しかったから友希那も来ればよかったのに」

 

「あー、そういえばうちにもその雑誌が置かれてたし、確かにそれはお祝いもしたくなるな。友希那は何で行かなかったんだ?」

 

「リサには言ったでしょ、そんな暇ないって」

 

「ほんと友希那は練習熱心なことで。CiRCLEでも言ったけど、少しは息抜きを……って、リサ?」

 

 リサが友希那のことをジーっと窺っている。

 まさかとは思うが、もうバレた?

 そう思いドキドキしながら、俺は恐る恐る探ってみた。

 

「ど、どうした?友希那の顔に何かついてでもしたか?」

 

「……ううん、そうじゃなくて。友希那、いつもとなんか様子違うくない?」

 

「「――――!」」

 

「何かあったの?」

 

 リサが不思議そうに友希那を見つめ、友希那はサッと顔を背ける。

 スカウトされたことをリサに言うチャンスなのかも知れないが、さっきあったばかりでまだ流石に友希那も言い難いようだ。

 友希那と同じでリサを騙すのも気分が乗らないけど、仕方が無い。

 

「友希那、何かあったのなら話して欲しいな」

 

「なんでもないわよ」

 

「む~、和也も友希那について何か思うとこない?」

 

「別に俺はいつもとあんまり変わらないと思うけどな。あ、あれじゃないか?友希那は今日普段よりちょっと長めの自主練してたから、それで疲れてるとか?」

 

「んー、和也がそう言うならそうかも。…………うん、多分アタシの気のせいだ」

 

 そう結論付けると、リサは「気にしないで~」と陽気に言って仕切り直す。

 

「そういえばさ友希那、【Roselia】の衣装作ってもいい?」

 

「……当てはあるの?」

 

「うん!燐子が服を作れるらしくってさ~。自分の服もだけど、あこのあの黒い服も燐子が自分で作ったんだって♪」

 

「えっ!?じゃあ、あれって手作りだったのか??!全然分からなかった、白金さんの裁縫技術スゲーな」

 

「でしょ!腕は確かだから、どうかな友希那?」

 

「そう……。好きに、したらいいわ……」

 

「へへ☆ありがとー!皆にメールしよーっと♪」

 

 話題が完全に変わり、リサが友希那の様子をぶり返すことも無くこのまま話は進んでゆく。

 きっと、これでいいはずだ。

 大丈夫。きっと大丈夫。

 友希那だって分かってくれたはずだから。

 なのになぜだろう。

 大丈夫だと思っている筈なのに、どこか胸に不安が残る。

 

 ――杞憂であれば良いのだが。

 

 

 △▼△▼△▼△

 

 

「……っ。……おーい、友希那ぁ~……。…………って、反応するわけないかぁ……」

 

 消えていく声。

 リサは窓から正面に見える友希那の部屋を見つめては、完全に仕切られている紫のカーテンが開かなことを悟り、肩を落とす。

 

(中学ぐらいまではこうやってベランダ越しに良く話してたんだけどな…………最近は……)

 

 倒れ込むように。

 リサはベットに身を預け、その衝撃でベットに置いていたぬいぐるみが弾んでバランスを崩した。

 

「……和也も何か隠してるみたいだったし……友希那、本当は何か悩んでるんじゃないの…………?」

 

 幼馴染であり、親友である友希那を心配したその声は、友希那どころか誰にも届くことはない。

 転倒したぬいぐるみを抱え、リサは天井を眺めた。

 

 

 

「――!」

 

 着信音が部屋に響き渡る。

 画面には見慣れない電話番号。

 しかし、それでもかけてきた相手が誰であるのか、友希那には電話に出る前から検討がついていた。

 

「……はい、もしもし。…………ええ、そうですか」

 

 当たっていた予想。

 友希那は電話越しから話されるその内容を、ただ黙々と聞くのだった。

 

 




 最後まで読んでいただき、ありがとうございました。
 
 今更ですが、紗夜さんとかお茶会とかみたいに書いていない場面は、アプリの話と同じです。なので、最初の紗夜さんは楽器店でパスパレのポスターを見た後の紗夜さんですね。(今回の話はRoseliaのバンドストーリーで言う、11~12話ですね)

 前書きでも書いた通り、これから現実の方で忙しくあるのでもっと更新が遅くなるかもしれません。できるだけ時間を割くようにしますが、そこのところご了承してくださると幸いです。

 では、また次回にお会いしましょう。お気に入り登録をまだしていない人は、してくださるととても喜びます。それではばいちっ!


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13歩目 扉を開けた時には――

 
 こんにちは、ピポヒナです。
 思っていたより早くに更新することが出来ました。
 これを続けていくことが出来ればいいのですが……多分無理だと思います……すみません。
 
 バンドリでRoseliaの箱イベ来ましたね!
 この作品の終わり方はまだ大雑把にしか決めてないけど、個人的には結構考えさせられる内容で、とても面白かったです。
 あ、ガチャは35連してピックアップ一人も出ませんでした…………。もちろん星3のリサ姉もです…………。何故か、七夕の紗夜さんは来ましたけど。(嬉しい)

 とりあえず、誰得な近況報告はこのぐらいにして、本編どうぞ!!





 ガヤガヤ、と。

 道行く人々の会話や雑踏が、耳に勝手に入ってくる。

 駅前にある広場。

 休日の昼間ともあって、利用者は多く、特定の人物を見つけるのはいつもより少し困難だろう。

 そんな中、一際目立つ時計の真下でこれまた一際目立つように、ぴょんぴょん跳ねては手を振っている少女が一人。

 

「りんりーん!こっちこっち~っ!!」

 

「あっ……いた……あこちゃん」

 

「人多いねぇ。今度から待ち合わせ他の場所にしようかなぁ……」

 

「あっ……だ、大丈夫だよ……」

 

 燐子は、キーボードの入ったバッグをギュッと抱きしめる。

 

「そ……それより……衣装、あこちゃんのだけ、先に作ってみたから…………」

 

「えっほんとっ!!やったー!早くスタジオに行って皆に見てもらおうよっ!!」

 

「うん…………気に入って……貰えると…………いいな」

 

「りんりんのデザインなら間違いなしだよ!」

 

 あこと燐子は互いに笑みを浮かべる。

 今のままでは【Roselia】の曲のイメージに合っていないと、統一感が全くないと、指摘されてたライブの衣装問題。ライブ後の反省会だけでなく、リサを加えた三人で先日開かれた雑誌初掲載記念お茶会でも話題に上がったその問題が、今、燐子の手によって解決されようとしているのだ。

 あこは、燐子が持つ衣装の入った紙袋をチラリと見ては更に目を輝かせた。

 

「早く行こうりんりん!!あこ、楽しみ過ぎて超ーっワクワクしてる!」

 

「ふふ…………うん、行こっか」

 

「よーし、遂にバンド衣装だぁ!燃えてきたーっ!!…………って、ん?あれって……」

 

「…………友希那さん?」

 

 少し遠くに見えた友希那の姿。

 そして、その隣にいるのは――。

 

「…………スーツの……女性……?」

 

「誰なんだろう?」

 

 あこと燐子は、不思議そうに顔を見合わせる。

 

「――あっ!どこか行くよ!」

 

「まっ、待ってあこちゃん……!」

 

 そして。

 二人は、スーツ姿の女性と共にスタジオとは違う方向に歩いていく友希那の後を追うのだった。

 

「――あなたが一人のアーティストとして正しい選択をすることを願ってます」

 

「――――」

 

「りんりん…………今のって……どういうこと…………?」

 

「……わかん……ない…………」

 

 それが、思いもしなかった光景を目にすることになるとは知らずに。

 

 

 △▼△▼△▼△

 

 

 まりなさんに頼まれてた力仕事が終わり、俺は体を伸ばしながら階段を上る。

 そして、ロビーへと着いて顔を上げるとそこにはリサがいて、丁度目が合った。

 

「和也!あこと燐子と…………あと友希那見てないよね?」

 

 いつもより少し張りつめた声でそう言い、リサが駆け寄ってくる。

 

「ん?見てないけど……その三人がどうかしたのか?」

 

「もう練習始まる時間だっていうのに、三人ともまだ来てなくて…………」

 

「えっ、何か連絡は?」

 

「ううん……。アタシの方からもメッセージ送ったんだけど、それでも返信はまだきてないんだ…………」

 

 何かあったのかな……、とリサは表情を憂わしげにした。

 悪いことをしなさそうなあこちゃん。しっかりとしている白金さん。そして、友希那。

 確かにあの三人が連絡も寄こさずに遅刻するなんて考えにくい。もちろん今までに遅刻なんてしてなかっただろうし、どうしようもない交通機関の遅延、または寝坊のような自己の不注意が理由だとしても、分かった時点で少し遅れると真っ先に連絡を入れるはずだ。

 そう考えると、思い浮かんでくるのは、何かの事故に巻き込まれて連絡が出来ないという状況。

 しかし。

 

「心配に思うのは俺も分かるけど、恐らく最悪なことは起きてないだろうから大丈夫だって。連絡が来ないのも、携帯の充電が切れたとか、送ったと思ってたら電波が悪くて送れてないとか、案外そんなのかも知れないしさ」

 

「でも、三人同時にそうなるっておかしくない?」

 

「そうだけど……ま、ともかくまだ始まってからちょっとしか経ってないだし、あと十分ぐらい様子を見てから判断しても良いんじゃないか?」

 

 予定されてた【Roselia】のスタジオ利用時間が始まってから五分ほどしか経っていない。だから、心配するにはまだ早すぎる。

 そう俺の考えを伝えると、リサは不満がってか眉を顰める。

 すると。

 リサのスマホが音を立てて震えた。

 

「――友希那からだ!え~っと……少し遅れる、連絡するのが遅れてごめんだって。あっ!それにあこと燐子に送ったメッセージにも既読が付いてる!」

 

 良かったぁ、とリサはまだ来ていない三人の安否を確認できたことに安堵し、胸を撫で下ろす。

 俺も少しホッとした。

 

「とりあえず一安心ってとこだな。三人が来たら俺が案内するから、リサはスタジオに戻って氷川さんと先に練習しといたらどうだ?」

 

「うん、そうしよっかな?それじゃあ、和也任せたからね♪」

 

「おう!」

 

 任せろ!と俺は胸を叩くと、リサは身を翻し手を振ってスタジオに戻っていった。

 その後ろ姿を見ながら、俺は一息つく。

 音楽に対してはストイックなあの友希那が遅刻するとは思ってなかった。しかもそれが丁度あこちゃんと白金さんが遅刻するタイミングと重なるとは、奇跡のようなものではないだろうか。まあ、あこちゃんと白金さんの二人はセットみたいなところがあるから、こんな風に揃って遅刻するのは頷ける部分があるのだが。

 まあ、これは間違いなく氷川さんの雷が落ちるだろう。あー怖い怖い。あの剣先のように鋭い眼光を向けられるって想像しただけでも震え上がってくる。…………当分スタジオには近寄りたくねぇなぁ。

 

「和也君ちょっとこっち手伝ってくれるー?」

 

「はーい!今行きます!」

 

 まりなさんに呼ばれたので頭を切り替え、俺は仕事を再開する。

 そして、そこから十分程経った頃。

 自動ドアが人影に反応して開き、見慣れた少女が来店した。

 

「お、よう友希那!やっと来たか!……まったく、心配かけさせやがって」

 

「……和也」

 

「【Roselia】のスタジオはBスタジオだ。リサと氷川さんが二人で先に練習してると思うから早く行ってやれ」

 

「――?あこと燐子は?」

 

「友希那と同じで二人共遅刻。ほんと、五人中三人が遅刻するなんて、珍しいこともあるもんだな」

 

「……そう…………」

 

「?」

 

 友希那の反応が思っていたよりも薄い。

 俺の予想では、遅れている二人に対して、やる気はあるの?とか言いそうなのだが。

 まあ、友希那自身も遅刻した身ではあるから、あこちゃんと白金さんに強く言えないだけなのだろう。

 そんなことを陽気に考えていると、

 

「――和也」

 

 無意識的に零れたように。

 友希那が俺の名前を口にする。

 

「ん?呼んだか?」

 

「………………………………いいえ。何でも、ないわ」 

 

「??そうか。ま、何で遅れたかは知らねーけど、とりあえずちゃんと二人には謝るんだぞ。リサなんてスッゲー心配してたんだから」

 

「……分かってるわよ」

 

 しかし、話しかけてきた友希那は、特に変わったことは何も言わず、【Roselia】の使うスタジオの方へと歩いて行った。

 

「やっぱ、何かあったのかな?」

 

 段々と遠くなっていく小さくて華奢な友希那の後姿を見ながら、ふと呟く。

 最近友希那にあったこと。そう考えると真っ先に思い当たるものは、やはり前日にあったスカウトの件だろうか。

 だけど、あれは期限も無いからゆっくり決めようって話し合ったし、その時にリサにも相談するように結構言ったから、もうすでにリサにもスカウトのことが話されていて、どうすればいいか頭を悩ませている筈だ。それに、あの様子じゃ友希那も友希那なりにちゃんと考えているみたいだし、きっと大丈夫だろう。俺も何かいい案は無いか考えなければならないな。

 

「…………あれ?」

 

 突然、胸がざわつき始めた。

 俺は訳が分からずに自分の体を見下ろす。

 

「何でこんなに不安に思ってんだ、俺?」

 

 友希那のことは確かに心配しているのだが、多分大丈夫だと思ってるからここまでは不安にはならないはずだ。

 

「それじゃあ何で……って、分かる訳ねーよなぁ」

 

 そう結論付け、俺は理解するのをそそくさと諦めることにして仕事に戻った。

 そして。

 それからまた十五分ほどの時間が流れ。

 

「よう!あこちゃん、白金さん!やっぱり二人揃って来たんだな」

 

 約三十分の遅刻でようやく来たあこちゃんと白金さんに、手を振って声をかける。 

 

「カズ兄…………」

 

「稲城さん…………」

 

「どうした二人共、やけにテンション低くないか?いやまあ、氷川さんからの説教は結構キツそうで億劫になるのは同情しかねぇけどよ…………でも!何が理由だったにせよ遅刻したのは二人が悪いんだし、そこは割り切らないと駄目だぞ。これを教訓に、今後遅刻はしないように――」

 

「――ね……ねぇ、カズ兄……」

 

「ん?何だあこちゃん?」

 

「カズ兄は……………………ううん。やっぱり、何でもない」

 

 そう言い、あこちゃんはぎこちなく笑う。

 あこちゃんらしくない笑みに、俺が違和感を覚えたのは言うまでもないだろう。それに何か言いかけて止めるという行為が、さっきの友希那と同じだ。

 

「なぁ、ここに来るまでに何かあったのか?」

 

 疑問に思いそう訊ねてみると、あこちゃんと白金さんは慌てて視線を逸らした。

 

「――っ!?な、何でもないよっ!!ね、ねぇりんりん!」

 

「えっ……ええっと、その……う、うん…………なにも……ないです…………からっ……!」

 

 二人共、何か隠しているということがバレバレだ。

 元々正直そうな子たちだとは思っていたし、嘘をつかないタイプだとも思ってもいたけれど、まさかここまで下手とは。

 俺は人差し指をピンと立て、優し目に注意するように言った。

 

「何があったか無理矢理話させるつもりは元々ねーけどよ、キツいと思ったらいつでも俺を頼ってくれても良いからな?まぁ、実際に力になれるかどうかは分からねぇけど……出来るだけ尽力はするつもりだからさ」

 

 友希那の事も未解決な状態で新しく悩み事を抱えることにはなるが、これは仕方が無いだろう。二人が練習に遅れるほどの何かがあったのを知っておいて、何もせずに見過ごすことは俺の性に合わないのだから。

 すると、あこちゃんはまたぎこちなく笑った。

 笑顔の中に苦い色がある。いつも無垢な笑顔をまき散らすあこちゃんには絶対に似合いそうにない、そんな笑みだ。

 

「うん……ありがとねカズ兄」

 

「お、おう……。……ま!とりあえず今は遅れた分を取り返すためにも、練習頑張ってこいよ!」

 

 気を取り直し、俺は「Bスタジオだ」と案内をして二人を見送った。

 

「……やっぱりだ」

 

 胸がざわつく。

 スタジオに入り、二人の姿が見えなくなった後、胸のざわめきが大きくなった。

 

「大丈夫かな?」

 

 段々と、着実に大きくなっていく不安。

 しかし、だからといって何か対策を打てるわけでもなく、俺はもう一度【Roselia】がいるスタジオの方を見た。

 

 

 △▼△▼△▼△

 

 

 いつもより重い扉を開いて入ったスタジオで最初に感じたのは、ピリピリとした嫌な雰囲気。

 そして、先に中にいた三人にかけられた言葉で、友希那さんがまだ何も話していないことを悟った。

 どうしよう。

 隣にいる親友と頭を悩ませる。

 おかしく思ったのか、リサ姉があこ達に、その次に友希那さんに何があったのかを聞いてくる。

 けれど。

 友希那さんは話さない。話してくれない。

 今日、ホテルでスーツの女の人と話していた内容を少しも皆に話そうとしてくれない。

 

「ごめん、りんりん」 

 

 止めようとしてくれた親友(りんりん)には悪いけど、あこはもう止まれなかった。

 あの時見た、聞いた話がどういうことなのか気になるから。

 この五人だけの、自分だけのカッコイイのために頑張ってきたから。

 コンテストに出られないなんて絶対に嫌だから。

 

「友希那さん……今日会っていたスーツの女の人と話していたこと……皆に話してください」

 

 あこは、友希那さんに本当のことを話してくれるようにお願いした。

 だけど、友希那さんは驚くだけで、やっぱり話さない。

 湊さんにもプライベートはある。そう言ってきた紗夜さんに、あこは今日見たことを――友希那さんがスカウトを受けて断っていないことを話した。

 紗夜さんは友希那さんにそれが本当かどうか訊ねる。

 友希那さんは答えない。

 自分一人本番のステージに立てればそれでいいということか。紗夜さんは続けてそう訊ねる。

 友希那さんは目を伏せて答えない。

『私達なら、音楽の頂点を目指せる』

 あの時、友希那さんはあこ達にそう言ってくれた。

『【Roselia】のレベルは確実に上がった』

 あの時、友希那さんはあこ達の技術を褒めてくれた。

『――【Roselia】に全てをかける覚悟はある?』

 あの時、友希那さんはあこ達を【Roselia】のメンバーとして認めてくれた。

 それなのに――。

 

「『自分たちの音楽を』なんて、メンバーをたきつけて……っ。フェスに出られれば、何でも、誰でも良かった。――そういうことじゃないですか!!」

 

 紗夜さんは声を荒げる。

 それでも、友希那さんは口を塞いだまま。

 何も話してくれない。顔を上げてくれない。目を見てくれない。

 まるであこ達に言ってくれた言葉を忘れたかのように。

 友希那さんは否定してくれなかった。

 

 ――――違う。

 

 そう言わなかった。

 そう言ってくれなかった。

 そう言って欲しかった。

 

「なのに……友希那さん…………」

 

 友希那さんが言ったことはみんな、嘘だった。

 あこにはそれが耐えられなかった。

 

「――ッ!!」

 

「あこちゃん……っ」

 

 あこはスタジオを飛び出した。

 前は涙で良く見えない。

 拭っても拭ってもまた新しい涙が溢れてくる。

 それでもあこは走った。

 どうしたらいいか分からないから、ただただ走った。

 

「うっ!!」

 

「うぉっ!?…………お、おいっ、あこちゃん大丈夫か?――って、なんで泣いてるんだよ!?」

 

 ぶつかり、倒れ、見上げる。

 差し出された手は取らない。

 立ち上がることよりも今は――。

 

「カズ兄……友希那さんが、スカウトっ……。――【Roselia】がバラバラになっちゃうかもしんないよ……っ!」

 

 頼りにしてくれと言ってくれた彼に、助けを求めたかった。

 

 ――だけど。

 

「えっ……スカウトって……なんであこちゃんがそのことを…………」

 

 (カズ兄)の反応は、あこの期待を裏切った。

 

 

 ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※

 

 

 突然、まりなさんが言った。

 

「和也君、悩んでることあるでしょ」

 

 俺はやっていた作業を一旦止め、まりなさんの方に顔を向ける。

 

「…………はい?」

 

「だーかーらー、和也君今悩んでるよね?そんなとぼけた顔しても、私は騙されないからね!!」

 

「とぼけたって…………そんなことしてませんよ。そもそも悩んでることなんて特にありませんし」

 

「あっ、今嘘ついたでしょ?さっきから全然集中できていないし、なにかあったのなら聞くよ?もちろんバイトのこと以外でもいいからね」

 

「…………そう言ってくれるのはありがたいですけど、でも、本当に悩んでることは無いので大丈夫です」

 

 心配させてすみません、と俺は謝ってから作業を再開する。

 まりなさんはムスッとしながら少しの間ずっと俺を見ていた。

 分かってるんだぞ、と。

 そう言いたげに。

 しかし、まりなさんは「もう」とため息を吐いて、

 

「いつでも相談に乗るからね」

 

 そう言ってくれ、他には何も聞かないでいてくれた。

 

「…………ほんと、いい人だな」

 

 まりなさんに聞こえないように、そう呟く。

 まりなさんには、とても気にかけてもらっている。なんせ、俺がここに雇われてからまだ一月すら経っていないというのに、俺が悩んでいることを看破し、相談に乗るとまで言ってくれるのだから。

 ほんとうにありがたい。

 だけど、俺はまりなさんに相談することはない。

 せっかく気を遣って貰ってるのに申し訳ないとは思うが、誰にも話さないという友希那との約束を破るわけにはいかないからだ。

 せめて悩んでいることが他のものあれば、まりなさんに相談するのだが。

 

(……いや)

 

 ある。のかもしれない。

 悩んでいること。これは悩んでいることなのか?

 分からない。でも、友希那のこと以外で胸に引っかかっていることはある。

 立ち尽くし、俺は呆然と【Roselia】が使っているスタジオの方を眺める。

 ――と。

 その時だった。

 

「――ッ!!」

 

「へぇっ!?あこちゃん!?」

 

 バタンッ!と大きな音を立てて視線の先にあった扉が勢いよく開き、そこからあこちゃんが出てきたと思ったら、目を腕で拭いながら猛スピードで俺の方へと走ってくる。

 

「ちょちょちょちょっ!ストップストップ!!」

 

 必死にそう叫ぶが、その効果は無く、向かってくるあこちゃんのスピードは緩まらない。

 そして、次の瞬間には。

 

「――うっ!!」

 

「うぉっ!?」

 

 ぶつかっていた。

 その衝撃でお互いに揃って転倒する。

 俺はすぐさま立ち上がると、未だに倒れているあこちゃんに手を差し出した。

 

「…………お、おいっ、あこちゃん大丈夫か!?――って、なんで泣いてるんだよ!?」

 

 潤んでいる洋紅の瞳。頬にある水筋。くしゃくしゃにした顔。濡れている袖。

 俺を見上げるあこちゃんは、大粒の涙に溢れ返っていた。

 その表情を見た時、一瞬息が詰まる。

 俺は前にもあこちゃんが泣いているところを見たことがある。しかし、今回はそれとはまったく違う。

 以前は、リサが無理をし過ぎて倒れたからあこちゃんは心配になって泣いていた。だけど、今回は――分からない。

 泣いている理由は分からないけど、とにかく何かただならぬことがあったということは分かる。

 

「一体、何が…………」

 

 意識がスタジオの方へと向く。

 しかし。

 スタジオへと向いていた意識は全て、あこちゃんが言った予想外の言葉によって錯乱することになった。

 

「カズ兄……友希那さんが、スカウトっ……。――【Roselia】がバラバラになっちゃうかもしんないよ……っ!」

 

「えっ……スカウトって……なんであこちゃんがそのことを…………」

 

 視界がブレる。

 

「――あこちゃん…………っ!」

 

 またスタジオの扉が開いた。

 白金さんだ。

 しかし、いつものおっとりとした様子は一切なく、切羽詰まった表情でこちらに駆けてくる。

 視界の隅で、あこちゃんが一人で立ち上がっているのが見えた。

 

「白金さん……何があった……っ!?」

 

「…………稲城さん、ごめんなさいっ……!――あこちゃん!ま、待って…………っ!!」

 

 白金さんは俺の横を抜け、走り去ったあこちゃんを追いかけていった。

 何があったのか、何が起こったのか、何も分からないまま俺は取り残される。

 意味が、分からない。

 心臓が早鐘となって胸を突く。

 

「和也君、あこちゃんと燐子ちゃんが走って出て行ったけど…………ってっ!和也君大丈夫!?」

 

「――っ!まりなさん!俺、休憩入ってもいいですか!?」

 

「えっ!?う、うんっ!ピークも過ぎたし良いよ!あ、あと、なんだかヤバそうだから、時間は気にしないで良いからね!」

 

「ありがとうございますっ!!」

 

 説明無しに理解してくれたまりなさんに感謝を送りながら、俺はスタジオへと急いだ。

 急いで行かなければ。

 心がそう叫んで、体を突き動かしていた。

 

「――友希那ッ!何があった!!?」

 

 扉を一気に押し開ける。

 焼けるような焦燥感を声に出し、スタジオに入った俺を迎えたのは。

 聞いたことも無い氷川さんの怒号だった。

 

「答えないことが、最大の答えだわ!!」

 

「じゃあ……これから先、アタシ達、どうするつもり……?」

 

「あなたと湊さんは『幼馴染』。――何も変わらないでしょうね」

 

「っ、そうゆうことじゃ、なくて…………っ!」

 

「私はまた時間を無駄にしたことで、少し苛立っているのっ……!申し訳ないけれど、これで失礼するわ」

 

「紗夜……っ、待っ……」

 

 リサは手を伸ばすが、氷川さんは止まらない。

 こちらへ向かってくる氷川さんと目が合う。

 

「ひ……氷川さん……何があったんだ……」

 

「いたんですね。稲城さん」

 

 氷川さんは俺を視界に入れると冷たくそう言い、隣を通り過ぎる。

 そして、後ろから扉を開く音が聞こえ、せせら笑うように、言った。

 

「――ああ、そういえば稲城さん。あなた、【Roselia】は全員が同じ方向を向いていない。ライブ終わりに確か、そう言っていたわね?」

 

「……あ、ああ……。未だにどうしてそう思ったかは分からねぇけど……そう言った」

 

「あれ、当たってましたよ。バンドのリーダーである湊さんが他のメンバーのことをどうでも、誰でもいいと考えている時点で、私達が同じ方向を向いているはずがないですからね」

 

「は――?」

 

 言っている意味が分からず、唖然とする。

 すると、氷川さんは奥に残る友希那を見て、鼻で笑った。

 

「――ハッ。自分のことばかりで周りにいる他の人のことは何も考えない。あなたたち、お似合いの幼馴染ね」

 

「――!氷川っ!!!!」

 

 瞬間。

 煮えたぎるような熱い感情が体を包み込み、振り返る。

 

「テメェ今友希那のことを!!!」

 

「和也っ!!」

 

「っ!離せリサ!!」

 

 友希那を侮辱しやがったやつに掴みかかろうとするも、それはリサが腕にしがみついてきたことで、寸でのところで防がれた。

 動くに動けなくなった俺は、それでも睨み、怒鳴りつける。

 

「さっきの言葉取り消せ!!」

 

「【Roselia】が無くなれば私と仲良くする必要が無くなって、あなたも嬉しいでしょうね」

 

「おい待て氷川!!おいっ!!!」

 

 だが。

 それらは全て閉められた扉の荒々しい音によって阻まれた。

 

「クソッ!!!」

 

 行き場を失くした激しい怒りを溢れさせ、乱暴に吐き出す。

 強く床を叩いた右足から来ているであろう痛みも、今は全く感じない。

 

「あいつ、許さねぇ…………っ!!」

 

 毅然とした態度。見下すような視線。馬鹿にするような鼻笑い。

 出て行ったあいつが最後に見せた全てが燃料となり、怒りは更に増していく。

 許せなかった。友希那を侮辱したことが、馬鹿にしたことが、見下したことが、鼻で笑ったことが、失望した目を向けたことが、嘲笑うように言った言葉が、許せなかった。

 俺に対しての悪口や嫌味ならどれだけ言っても構わない。だが、友希那を、リサを、二人に対して言うことだけは絶対に許さない。

 脳が熱を帯び、俺は完全に憤怒によって支配されていた。

 

「……和也」

 

「っ!なんだよリサ……っ!何で止めたんだよ!あいつが友希那に何て言ったのか、分からなかったのかっ!?」

 

 振り返り、リサにどうして止めたのか問い詰める。

 守る必要なんてないはずなのに、友希那を侮辱しやがったあいつを何でリサは守った?

 意味が分からない。

 俺は歯を食いしばり、拳を強く握り締める。

 

「友希那が侮辱されたんだぞ……!?それなのに、何で、何でリサはそんなに平然としてられんだよ!!友希那が侮辱されたのがどうでも良かったのか!?」

 

「――良くないっ!」

 

「!?」

 

「……良くないよ……良いわけが、無いよ……」

 

 怒りを抑え切れずにいる俺の手を優しくなだめるように。

 リサは両手で俺の拳を包み込む。

 そして、過度に潤った黒緑の瞳を揺らし、見上げた。

 

「紗夜が友希那に言ったことは分かってる……でも……アタシは紗夜を責めたくない……」

 

「何で……あいつは友希那のことを…………」

 

「そうだけど……今は怒ってる場合じゃないし、それに、アタシはまだ紗夜と……一緒に演奏したいから」

 

 ――コツン、と。

 包まれていた手が、祈るように下を向いたリサのおでこに当てられた。

 

「だから、お願い和也。落ち着いて、また【Roselia】の五人で演奏できるように、協力して……」

 

「――――」

 

 ギュッと目を瞑るリサ。

 俺はその姿を見て、呆然とする。

 俺が、リサを悲しい顔にさせてしまった。

 そのことがとても申し訳ない上に、不甲斐無くて、どうしようも無かった怒りが次第に沈んでいく。

 

「…………ごめん、冷静じゃなかった。怒鳴って悪かったな……。怖かったよな……。それでも、止めてくれてくれてありがとうな、リサ」

 

「和也……」

 

「もう大丈夫だ。――俺もできるだけ頑張ってみる」

 

 俺はうつむいているリサの頭にポンっと手を置いた。

 リサに怖い思いをさせてしまった償いのためにも。それでも頑張って怒りを鎮めてくれたリサのためにも。

 俺がこの状況をなんとかしなければならない。

 そう決意し、俺は友希那の前に立つ。

 まるで、この前みたいだ。

 目を合わせようとしない友希那は苦しそうな表情をしており、今にも何かに押し潰されそうに見えた。

 

「友希那、何があったんだ?……いや、違うな。あこちゃんが友希那がスカウトを受けたことを知ってたってことは、リサ以外の皆にも相談したってことだろ?それから何があった?どうしてあこちゃんと白金さんと…………氷川さんは出て行ったんだ?」

 

 あこちゃんは泣いていた。白金さんは見たことないぐらい焦っていた。氷川さんは今までにないくらい怒っていた。

 この三人の変わり様が明らかに異常だった。

 友希那がスカウトを受けることになれば、もちろん友希那は【Roselia】から抜けることになる。それは、友希那に集められた三人からしたら意味不明で不可解なことだろう。

 しかし、まだそうなるとは決まったわけではない上に、友希那からどうすればいいのかを相談されたとあれば、驚きはすれどあそこまではならないはずで――。

 

「――えっ……待って和也」

 

「リサ?」

 

 静止させてきたリサの声は、震えていた。

 

「何で……何で和也は友希那がスカウト受けてたこと知ってるの?しかも今の口振り……和也がそのことを知ったのって多分さっきとかじゃない、よね……?」

 

「そうだけど……今それについてはどうだっていいだろ?それに、リサも前もって友希那から相談されてんだし」 

 

 だから進めるぞ、と俺は話を戻そうとする。

 しかし、俺の予想に反して。

 リサは首を横に振った。

 

「ううん……アタシが知ったのはついさっき……。友希那からはまだスカウトのことについては何も聞いてない……」

 

「は――?」

 

 足場を失くし、そのまま落ちていくような感覚に陥る。

 友希那はリサにスカウトのことを話していなかった。

 そのことが、今まで前提としていたものを全て覆し、俺を混乱の渦へと誘い込んだ。

 

「いや待て待て待て。それはいくら何でもそれはおかしいだろ……!?リサが友希那に皆にも相談した方が良いって言ったんじゃないのかよっ……?だから、あこちゃんもスカウトのことを知っていたんじゃ……いや、そうじゃなくても、まだ友希那から聞いていないって……は??それじゃあ何でリサは、他の三人も友希那がスカウト受けたことを知ってんだよ……っ?!?」

 

「それは……」

 

「――あこが見ていたのよ。私が今日、スーツの女の人とホテルで話しているところを」

 

「……っスーツの女の人って……!?」

 

「あの時の人とは違うけれど、同じ事務所の人で……そうね、この前のスカウトの話をしたわ」

 

 隠すのを諦めたように。

 友希那は、何があったのかを淡々と話していった。

 返事は返していないこと。期限が一週間に変わったこと。遅刻したのはその話が理由だということ。そして、それを目撃していたあこちゃんが、皆の前で言ったこと。

 閉ざされていた友希那の口から並べられていく出来事を、俺とリサは黙って聞いていた。

 互いに顔を歪ませながら。

 

「くっそ……なんだよそれ……最悪じゃねぇかよ…………」

 

 友希那の話が終わった時、俺は下を向きながら前髪を鷲掴み、そう呟いていた。

 まだ気持ちの整理がついていない、まだリサにすら相談できていない心の状態で、スカウトの話がメンバーに知られてしまった。

 しかも、あこちゃん経由で。

 それが――当の本人である友希那以外の人から伝えられてしまったことが、何よりも最悪だった。

 

「友希那、今の話……全部本当なの……?」

 

「そうよ。……本当だったら、なに?」

 

「なにって……このままじゃ【Roselia】は…………本当にそれでいいの……っ?」

 

 信じられない。信じたくない。

 表情に恐怖を滲ませるリサ。

 

「良くないよね……?本当はメンバーに言いたいことがあるんじゃ――」

 

「――知らないっ!」

 

「「!?」」

 

 友希那が叫び、リサは目を見開き、俺は顔を上げる。

 すると、友希那は美しいその声を荒げ、更に訴えた。

 

「私はお父さんのためにフェスに出るの!!昔から何度もそう言ってきたでしょ?!」

 

「でもっ……だからって【Roselia】を……。――和也も知ってたんだったら何でもっと早くに止めてくれなかったの?!このままだとこうなることぐらい分かってたよね!?なのに何で……なんでアタシにも話してくれなかったの?」

 

「――!?……俺は…………」

 

「……何で……何でそこですぐに答えられないの……?さっき協力してくれるって言ったよね……?ねぇっ……和也……!」

 

「和也、あなたは私がどんな選択をしようと応援するって、あの時そう言ったでしょ!?まさか、あなたもリサと同じように私を止めたりしないわよね?」

 

「和也っ……そんなこと言ってたの…………。和也は【Roselia】が解散しちゃっても良いって、そう思ってるってこと!?」

 

「ち、ちがっ……お…………お、おれは…………」

 

 それ以上、声が続くことは無かった。

 口はからからに乾いていて、目に映るものは全て下手くそな絵のように厚みを失ってゆく。

 まるで世界から切り離されたようだ。

 

「和也!黙ってないで何か言ってよ!」

 

 向けられる二つの視線。そして、迫られる答え。

 俺は呼吸すらも忘れ、気がつけば震えていた。

 俺には、選べない。

 リサと友希那――昔、絶望の中にいた俺を救ってくれた二人が笑っていられるように。

 そう願ってきた俺には、どちらの手を取るかなんて選べない。

 リサを取れば友希那が。友希那を取ればリサが。片方の夢は叶えど、もう片方の夢が叶わない。こんな残酷な選択を決めることなんてできる訳が無い。

 答えのない選択。

 それが与える恐怖は計り知れず、俺はただただ怯え続ける。

 しかしそれでも、何か言わなければならない。何か答えなければならない。何か選択しなければならない。何か行動しなければならない。

 何か二人の為にしなければならない。

 そう思い、口を開いてせめて何か言おうとするが、

 

「………………ごめん…………」

 

「――――」

 

 やっとの思いで発せたのは、今にも消えそうなほど小さく、か細い声での懺悔だった。

 それを聞いたリサは言葉を失う。

 友希那は瞼を閉じて視線を外した。

 

「…………帰るわ」

 

「っ!友希那!待っ……帰ってどうするつもり……?」

 

「フェスに向けた準備をするだけよ」

 

「友……希那…………」

 

 遠くから扉の閉まる音が聞こえた。

 そして、スタジオに残った音は、自分のものではない嗚咽音。

 ただそれだけ。

 

「リサ……」

 

「っ…………ぅっ……」

 

 耳に入ってくる音が、胸を切り裂く。

 

「……その、俺が友希那を止めなかったのは、【Roselia】が解散しても良いからとかそんなんじゃなくて……ただ、スカウトを受けた方が友希那の夢が確実に叶うからで…………別に【Roselia】のことが嫌いって訳じゃないんだよ…………。何か問題になるかもしれないって思わなかったって言えば嘘になる。でも、まさかこんな……友希那じゃなくてあこちゃんから皆に話されるなんて思ってなかった。それにリサにも隠していたのも悪気があってのことじゃ無くて……。俺だってリサの為に友希那には【Roselia】に残ってほしいって思っているけど――」

 

 先程まで何も言えなかったことが嘘であるかのように。

 ほんと、呆れる程よく回る舌だ。

 目の前の震えている背中をさすることもせず、次々と言い訳を並べていく様はまさに滑稽だろう。

 こんなこと、何の意味もないっていうのに。

 だって――、

 

「――和也」

 

「!な、なんだ……リサ…………?」

 

「……一人にさせて…………」

 

 ――もう、終わってしまったのだから。

 

「…………分かった……ごめん」

 

 振り返ることなく、俺はスタジオを出て行った。

 扉までのたった数メートルは何故か遠く、足は鉛になったかのように重かった。

 

「……くっ!」

 

 視界に映るのは閉ざした扉。

 その中にいるのは、一人で泣いているリサ。

 もっと上手くやる方法は無かったのだろうか。

 歯を食いしばり、両手で顔を覆い、思い切り握りしめる。

 もう、どうすればいいのか分からなかった。

 

「……和也……君?」

 

「まりなさん…………すみません、すぐに休憩から戻ります」

 

 そう言い、俺は顔を振ってから、まりなさんの横を通り抜けようとする。

 すると、突然目の前に腕が伸びてきて、

 

「ねぇ、和也君。――悩んでいること、ないかな?」

 

「…………っ!――はい……まりなさん、俺……悩んでること、あります」

 

 通せんぼしてくれたまりなさんに、俺は抑えきれなくなった感情を吐き出した。

 

 

 




 最後までお読みいただきありがとうございました。
 今回は、バンドリの本編と同じセリフが多くなってしまったのが反省点…………。だけど、紗夜さんの「答えないことが、最大の答えだわ!」が個人的にはとても好きで絶対に入れたいなと思ってました。はい。今の紗夜さんも好きですけど、昔のとっげとげな紗夜さんも大好きです。(リサに言った「あなたと湊さんは幼馴染。何も変わらないでしょうね」も嫌味が効きすぎててとても好き)
 と、とりあえず書いたことに対して言いたかったのはこれぐらいだと思います。

 それでは、ぜひ良かったら、お気に入り登録、etc……、よろしくお願いします!
 では、皆さんまた次回にお会いしましょう!ばいちっ!
 皆さんがドリフェスで良い結果が出るのをお祈りしてます!(自分も)
 
 


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14歩目 似た者

 こんにちはー、ピポヒナです。
 お久しぶりですねー。また約一ヶ月ぶりですねー。
 はい、予想していたようにめっちゃ現実の方が忙しくなったことで、書く時間をろくに取れなくてこんなに遅くなりました。11月はまだまだ忙しいので、また更新遅くなるかもです。12月は多分落ち着きます。恐らく。

 と、近況報告はここらへんにしておいて、本編どうぞー!
 あ、今回いつもより長いです!



 ――自然と視線が落ちていた。

 

 力なく下がった視界に映るのは、少しばかりお菓子が盛られている皿が置いてある白い机と動く気力を失くした自身の体。

 耳に入ってくるのは、壁にかけられた丸い時計が時を刻む音。

 一つ。また一つ。

 ゆっくりと。しかし着実に。

 逃れられないとでも言うかのように、今この間も時間が経過していることを告げてくるその刻音は、容赦無く胸内を叩きつけ、痛めつける。

 

 体が熱い。

 体を蝕むその熱は、焦燥感によるものだろう。

 髪を乱暴に掻きむしり、落ちていく手で顔を覆う。

 

 ――どうすればいい?どうすればよかった?

 

 これで何度目かになるかも分からないその問の答えは、やはり今回も返ってこない。

 ただ、その代わりとでも言うかのように、脳を過るのは悔いても悔いきれないほどの後悔に満ちた記憶。

 

 あれからもう二時間経った。

 そう思った途端、全身の血の気が引いていき、やがて狂い出しそうなほど辛かった熱すらも感じ取れなくなっていった。

 

 このままじゃだめだ。今すぐ何かしなければ。

 しかし、そんな思いとは裏腹に体は言うことを聞かない。否、何をしたらいいのか分からないから、動けない。

 和也は悔恨に表情を歪ませ、何もできない現状と自分自身に唇を噛んだ。

 

「ごめんっ、ちょっと手間取っちゃって遅くなっちゃった!」

 

 扉が勢いよく開いたのと同時に、少し慌てた声が控室の空気を揺らした。

 和也はその声に反応し、扉を閉めて中に入ってきた女性をゆっくりと顔を上げることで視界に入れる。

 向けられた視線に気が付き、女性――まりなは少し微笑んでから和也の向かいの席に座った。

 

「もっと早くに来れる筈だったんだけど、最後の最後で思いの外お客様がきちゃって……あっ!今は私よりもしっかりしてる子が入ってるから、お店の心配はしなくてもいいからね!」

 

 まりながこう言ったのは、和也に遠慮させない為でもあるが、和也の相談にすぐに乗ってあげることができなかったことをまりな自身が悔やんでいるからでもある。

 もちろん、まりなは和也を見た瞬間に相談に乗ってあげようとはした。しかし、それは『ライブハウスCiRCLE』のスタッフの人数不足故に、入ったばかりの和也だけならともかく、この時間帯の店を任されているまりなも抜けてしまっては店の営業が回らないという判断から、渋々ではあるものの和也の事を後回しにしなければならないという仕方のない理由があるのだが。

 

「それで和也君。さっそくで悪いんだけど、何があったのか聞いてもいいかな?」

 

「……っ……ぁ…………」

 

「もちろん、和也君のペースで良いからね」

 

 声を詰まらせ、中々話出せない和也に、まりなは柔らかに笑いかけた。見ただけで心が少し落ち着くような、そんな安心できる笑みだ。

 そしてそれは、追い詰められた和也の心を僅かにだが確かに癒やし――。

 

 和也は、気が付けばまた落ちていた視線を重々しく上げた。

 

「友希那が……スカウトを受けていたんです。――――」

 

 目元を手で拭い、和也はまりなに言えずにいた事を全て打ち明けていく。

 友希那がスカウトを受けて迷っていたこと。自分がそれを聞いてリサにも相談するように勧めたこと。リサは相談されていなかったこと。スカウトのことがあこから伝わってしまったこと。あこが泣いていたこと。燐子の様子がおかしかったこと。紗夜が激怒していたこと。友希那が苦しそうな顔をしていたこと。リサを残してきてしまったこと。――このままでは【Roselia】が解散してしまうかもしれないこと。

 

 そして――、

 

「それが……そうなるのが……っ、凄く、嫌です………」

 

 胸を締め付ける黒い不安を外に出し、あったこと全てを伝えきった和也は、まりなの瞳を見た。

 助けを求めるように。

 

「――――俺は、どうしたらよかったんですか……?」

 

 晴天の空をそのまま閉じ込めたような瞳は曇り切り、いつものような陽気さは微塵も感じられない程弱り果てた和也の姿に、まりなは息を呑む。

 

「教えて……ください…………。こんなことにならないで済むにはどうすればよかったのか……俺は、これからどうすればいいのか、教えてください……」

 

 答えを求め、和也は頭を下げた。

 ふらつきを覚えながらも深く、深く。

 

「お願いします、お願いしますっ……!」

 

 和也はまりなのことを尊敬している。

 それは、バイトを始めてまだ二週間しか経っていないのにも関わらず感じ取れる、まりなの優しさや人柄の良さからくるものだ。

 心地良くも思える彼女の暖かさに、和也は同じ職場の上の立場だからではなく、一人の人間としてまりなのことを心の底から尊敬している。

 

 だからこの人なら。

 この人ならきっと。

 まりなさんならきっと、この正解のない選択の答えを教えてくれる。

 そう期待し、願い――、

 

 縋り付く思いで和也はまりなに懇願した。

 

 

 △▼△▼△▼△

 

 

 下げられた頭に、困惑した。

 

 「お願いします」と何度も頼み込んでくるその姿は、見ているだけでも心が痛んできて、今すぐにでも止めてあげたくなる。

 ただ――。

 

(まいったなぁ…………)

 

 私もバンドをやっていた。解散しちゃったけれど、メンバー全員でプロを目指していた。だから、【Roselia】のことで何かあったなら、その経験を活かして解決に導けるかもしれない。

 そう思っていた。そんな風に考えていた。

 けれど、いざ彼の話を聞いてみれば、私の考えが浅はかだったと思うことしか出来なかった。

 

 一目見ただけでボロボロだと分かってしまうほど弱り果てた彼が、声を震わせながら伝えてくれた話は私が思っていたよりも複雑だった。

 私の経験が本当に役に立つのか不安になるぐらいには。

 

 それでも、彼の手を――彼の助けを受け止めたのは後悔していない。

 悔やんでいるのは、もっと早く聞いてあげれなかったことだけだ。

 頼ってねと言って、こうして私に頼ってきてくれた以上、その期待には応えたくなっちゃうし、今の和也君を放っておくことなんてできない。

 

「まりなって本当にお人好しなんだから」

 昔、同じバンドのメンバーがため息交じりにそう言ってきたのを覚えている。

 きっと、今の状況を、今の私を見ても同じことを言いそう。

 それで、次には目を細めて、

「それがまりなの良いところなんだけどね」

 そう笑ってくれるのだろうな。

 簡単に想像できるし、皆同じような反応しそうだ。……結構恥ずかしいな。

 まあそれでも、和也君を元の元気な姿に戻したいと思ったのは本心だし、私ができることはなるべくやってあげたい。

 

 なんてったって、私は彼の先輩で、彼は私の可愛い後輩なんだから!

 

「和也君。――君はどうして【Roselia】を応援してるのかな?」

 

 

 △▼△▼△▼△

 

 

「…………っしゃーしたー」

 

 羽丘にあるとあるコンビニ。

 出て行った客を力が抜けてしまいそうなけだるい声で送り出したショートボブの少女は、少し下げていた頭をゆっくりと上げた。

 その少女の名は、青葉モカ。今年の春に晴れて羽丘女子学園高等部に進学した高校一年生であり、今彼女の隣にいるリサとの関係性で言えば、高校とバイトの両方においての先輩と後輩である。

 

 ちなみに、そんな頼れる先輩はというと――、

 

「…………」

 

「……リサさん?」

 

「…………」

 

「お~~い、リサさーん」

 

 しかしそれでも、リサからの応答はゼロ。

 ずっとこれだ。今日来た時からずっと上の空状態で、まるで意識がここではないどこかにでもあるみたいだ。

 

 と、そこでモカは痺れを切らし、動いた。

 

「……むむむー、リサさ~~~ん!」

 

「――っ、えっ、モカ、呼んだ?!」

 

「呼んだもなにも、さっきからずっと何回も呼んでましたよ~」

 

 モカが少し声を張りながら顔の前で手を振ることで、ようやく反応を示したリサは、モカの様子を見て「ごめん、気づかなかった」と眉を下げて苦笑しながら、手を合わせて謝罪する。

 すると、それに対してまた、ムッと。

 モカはリサの様子の異変に首を傾げた。

 

「リサさん、もしかして何かありました?」

 

「――。あー……何でそう思ったの?」

 

 ハッとしながら誤魔化すようにリサが訊ね返すと、モカは腕を組んで目を瞑り、「ん~~」と唸りながら、今度は首だけでなく上半身を傾け、

 

「さっきあたしが言った挨拶が、結構適当だったのに注意しなかったからですかね~?」

 

「ちょっと、それじゃあ注意されるって分かってるのに今まで適当に挨拶してたって訳?」

 

「まぁまぁ、今はそんなことどうでも良いじゃないですか~。さっきのはともかく、リサさん、なんだかボーっとしてて、いつもとどこか様子がおかしいですからねぇ。それだけの変化、このモカちゃんが見逃すわけが無いじゃないですか~」

 

 それにモカちゃん、実はこう見えて国語の点数は結構高いんですよ~。

 最後にドヤ顔でそう付け加えて締めくくったモカに、リサはやれやれといった表情を浮かべる。

 そして、それと同時に少し感謝した。

 

 リサと同じでバンドをやっているモカ。モカの場合はバンドメンバー全員が幼馴染ではあるものの、幼馴染と共にバンドをやっていると言う点において似た境遇である彼女のまったりとしたマイペースさに当てられたことで、CiRCLEで一人になった時からずっと入っていた力が少しだけだが抜けた気がした。

 

 ――ピロリッ、と。

 不意にリサの携帯が鳴り、リサはその原因を知るために携帯を取り出す。

 友希那からだ。

 メッセージアプリのアイコンの右上の数字が一つ増えていたのを確認し、その差出人が幼馴染であることを知ったリサは条件反射で送られたメッセージを開く。

 

「うそ……」

 

 来週の練習予定、取り消す。他のメンバーにも伝えたから。

 画面に映し出される、必要最低限の情報量で簡潔に述べられたその文に、リサは口を手で覆い隠し、絶句する。

 

 来週以降はスタジオの予約を取っていない。元々、次の練習に行った時に予約しようとしていた。

 しかし、その練習が無くなった。

 それはつまり、【Roselia】の練習予定が全て無くなったという事と同義。

 

「……友希那……本当に…………」

 

 本当にこのまま【Roselia】は解散してしまうのだろうか。

 それで良いのか。それで友希那は本当に良いのか。

 聞きたいこと、確かめたいことは山の様にある。しかし、この場に彼女がいる筈がなく、やるせない気持ちと共にリサは立ち尽くす。

 

 その時、頭を過ったのは、もう一人の幼馴染。

 一歩踏み出せない時は背中を押してくれ、困った時に頼れば二つ返事で手を差し伸べてくれる。

 そんな彼に助けを求めたいという思いは、次の瞬間には消えていた。

 あんな別れ方をしておいて、頼れるわけがない。それに、今はあまり彼に会いたくない。

 

「湊さんって、リサさんの幼馴染なんでしたっけ?」

 

「えっ、あーうん!家が隣でさ……って、モカ〜?人の携帯勝手に見ちゃダーメ」

 

「さーせーん」

 

 画面を覗き込むように顔を寄せていたモカに気付いてそっと画面を隠したリサは、モカの柔らかいほっぺたを人差し指で押し離した。

 別に見られて困る様なものは何も映してなかったのだが、見ても良い気分になる様なものでは決してないので出来れば見せたくない。

 

「そういえばモカは蘭と幼馴染なんだっけ?」

 

 これ以上聞かれないようにリサが話題の標的を自分からモカに移すと、モカは動きを止め、目線を少し下げた。

 

「まぁー、一応……そうですね」

 

「一応?」

 

 返ってきたのは、ぎこちない微笑と歯切れの悪い回答。

 予想外の反応を示したモカに、リサは続けて訊ねる。

 

「モカも……【Aftergrow】も何かあったの?」

 

「……いや~、何も無かったって言ったら嘘になりますけど、リサさんに話す程の事じゃありませんよー」

 

「遠慮しなくていいのっ!ほら、何があったかアタシに話してみて」

 

「えぇ~……」

 

 持ち前の面倒見の良さ故か、相談に乗ろうとするリサ。

 「リサさんの方こそ……」とモカは逃れようとするも、「アタシの事はいいの!」とリサはモカを決して逃がそうとしない。

 それからややあって。

 リサの優しさと言う名のごり押しに負けた形で、モカが先に折れた。

 

「ついこの間に、うちのつぐが倒れちゃいましてね……」

 

「えっ!?倒れたって……それでつぐみは大丈夫だったの?」

 

「はい、確か2日間ぐらい休めば良くなるって病院の先生が言ってたんで大丈夫だと思います。いやはや、これには流石のモカちゃんも焦りましたよー。つぐが帰ってきたら、またツグり過ぎないように言っておかないとダメですねぇ~」

 

「その『ツグり過ぎる』っていうのがどういう意味かは分からないけど、大丈夫なら良かった♪ ――それで、まだ他に何かあるんでしょ?」

 

「――。……いやぁ、リサさんには敵いませんねぇ」

 

 リサの指摘に、モカは驚いてから苦笑する。

 そして、

 

「蘭と……蘭パパがちょっと上手くいってないみたいで――――」

 

 ポツリ、と。

 寂しげに上げた口角をゆっくりと下げ、呟くように話し始めた。

 

 【Afterglow】のボーカルである蘭と彼女の父親との間起こった亀裂。

 そして。

 蘭にはバンドを辞めて欲しくない。だけど、家業ともしっかりと向き合って欲しい。けれども、それは自分の考えだから……。

 モカが口にしたその思いを聞いた時、リサは自然と自分の姿とモカの姿を重ね合わせていた。

 

 自分と同じ過ちを犯そうとしている目の前の少女に向けて、リサは寄り添うように頷き、言った。

 

「今モカが言ったこと全部、そのまま蘭に伝えたらいいんじゃないかってアタシは思う」

 

「ぜんぶ……」

 

「うん。モカは優しいんだよ。だから、自分の考えが蘭を邪魔しちゃうんじゃないかって思って、言えずにいるんじゃない?」

 

「…………」

 

「アタシもさ、友希那が一人で抱え込もうとしちゃうタイプだから結構心配になっちゃうんだよね。友希那が幸せになれるならって、もしかしたら間違っている方向に進んでるかもしれないって思いながら、それを勘違いだって自分に言い聞かせて……一番近くでずっと見守ってきた」

 

 リサは、自分の胸にそっと手を当てる。

 

「でも、それは間違ってた。隣で見守ってるだけじゃ駄目。ちゃんと話して自分の考えも知ってもらって、その上で一緒に悩みを抱える。蘭のことを大切に思っているなら、蘭が間違った方向に行かないように導くのも友達……ううん、親友の役目なんだと思う」

 

「隣にいるだけじゃ……ダメ……」

 

「って言っても、アタシは今言ったことが出来なかったんだけどね。……アタシがこのことにもっと早くに気付けてたら、もしかしたら友希那と和也ともバラバラにならずに済んだかも知れないなぁ……」

 

「……?」

 

 友希那のスカウトの話がこれほど大きな問題にならなかった世界。

 そんなあったかもしれない今を想像し、リサは呟く。

 が。

 頭を振ってすぐに切り替え、「ともかく!」とピンと立てた人差し指をモカに向けた。

 

「アタシと同じ失敗をしないためにも、モカはもう一回蘭と話した方が良いと思う。アタシとモカってちょっと似てるとこあるし」

 

「あたしとリサさんがですか……?」

 

「うん、そんな気がする」

 

 そう言ったリサに対して、モカはポカンとする。

 「ほえー?」と声を漏らし、口を少し開きながらポカーーン、と。

 そしたら、次にはクスッと笑い、

 

「そうですかー?まあ、モカちゃんの方がリサさんより可愛いですけどね~」

 

「ぷっ、あはははははっ!モカってホント変わってるよね」

 

「えへへー、そんなに褒められると照れちゃいますなー」

 

「いやいやっ、褒めてない褒めてない。やっぱりアタシとは似てないかも」

 

「モカちゃんは唯一無二の存在なんで仕方が無いですよ~」

 

 誇らしげな顔をするモカ。

 いつものようなモカ独特の返しに、リサは吹き出し、自然と口元を綻ばせる。

 まるでいつもの調子に戻ったみたいだった。

 モカならきっと大丈夫。リサがそう思えたのは至極当然なことだったのだろう。

 

 ――と。

 不意にモカが言った。

 黒緑の瞳を見つめて真っ直ぐに。

 

「あたしも頑張ってみるので、リサさんも頑張ってくださいね」

 

「――。うん、もちろんっ!」

 

 モカだけじゃなくて、アタシも頑張ろう。

 友希那の為にも、アタシ自身の為にも。

 

 リサとモカは互いに破顔し、健闘を祈り合った。

 

 

 △▼△▼△▼△

 

 

 大切な幼馴染へのこの想いが報われるように。

 互いを鼓舞し合い、背中を叩き合う二人の少女。

 もちろん、実際に二人がお互いの背中を叩き合ったわけではないのだが、それでも背中を叩き合うそれと同等以上の勇気を二人の少女は互いに受け取っていた。

 

 刺激になったのだ。

 所属しているバンドは、自身を取り巻く環境は、対面している問題は違えども、大切な幼馴染のことを想い、考え、苦悩していた二人だったからこそ自分が取るべき行動に気付くことができ、顔を上げて前を向くことが出来た。

 だから、今は後悔はしない。

 もっと早くに気付けていれば。なんて悔いている暇があれば、ようやく見つけることが出来た自分が取るべき行動を取る。そうしなければ、また見失ってしまう。そうだということが、何となく分かる。

 だから、今はこう考えるとしよう。

 

 追いつけた、と。

 

 確かに、一歩どころか何歩も出遅れたかもしれない。確かに、あの時このことが分かっていれば、もっといい選択が取れていたのかもしれない。

 しかし、それはもう変えられない過去の話であり、今はこうして遅れていた分を取り戻し、追いつくことが出来たのだ。

 今、分かった。今、理解した。――今、覚悟を決めた。

 それだけで十分だ。もう迷わない。

 友希那と、和也ともう一度話し合う。

 そう、心に決めたのだ。

 

 まぁ、どれだけ活き込んだところで、バイトが終わるまで動けないのには変わりはないのだが。

 

「はぁ。まっ、やる気が空回りしないようにしておくってことで、今は我慢、かな……?」

 

「どうしたんですかーリサさん?いきなり溜息なんて吐いて。今逃がした幸せ、もったいないので全部モカちゃんが貰っときますね~」

 

「ダーメッ!モカには幸せになってほしいけど、アタシもアタシで幸せになりたいからモカにあげる分は無いからね?」

 

「ありゃりゃ」

 

 リサは見せつけるように大きく息を吸いこみ、その隣ではモカが大きく肩を落として残念がる。

 そして、それを見てリサが「もう、またそうやって大袈裟にするんだから」と笑い、「えへへー、バレちゃいました~?」とモカがケロっとした表情で笑うまでがセット。

 コンビニ内に客が少なく、かといって他にする仕事がない時によく繰り広げられている光景だ。

 

 そんないつも通りのことをやっていると、モカが「そういえば~」と人差し指を顎に当て、首を傾げた。

 思い出したように。

 

「さっきリサさんが言ってた『かずや』って人、誰なんですか~?」

 

「あれ?和也のこと、モカに話してなかったっけ?アタシの幼馴染なんだけど」

 

「――。リサさんの幼馴染……湊さん以外の……。むむむ~~」

 

 目を細め、眉を潜ませ、こめかみに指を当てて、モカは必死に思い出そうとする。

 と言うのも、初めて聞いたはずの『かずや』という名前を聞いた時――いや、その人が彼女の幼馴染だということを聞いた時に、胸に何か引っかかる感じがしたからだ。

 何か思い当たるものがある。名前はともかく、その存在を前に聞いた。気がする。

 そんな漠然とした感覚の正体を突き止めるべく、モカは唸り続け、

 

「――あ、もしかしてその人、ベースを持ってるウサギのキーホルダ―を貰ったって前にリサさんが言ってた人ですか?」

 

「そうそう!【Roselia】で初ライブした時に貰ったんだ♪」

 

 スキップでもしているかのように声を弾ませるリサを見て、モカは探していた記憶を完全に思い出した。

 なんというか、あれはとても衝撃的で、印象に残っていたから。

 

 前回か、前々回のバイトの日だったか。ともかく、リサと同じ時間帯にバイトが入っていたその日。

 更衣室で着替えている時に、彼女の鞄の中にあった何ともおかしな組み合わせのキーホルダーがたまたま視界に入り、訊ねたのだった。

 それに対するリサの答えは確か、幼馴染から貰ったもの。そして、その幼馴染というのは、いつも話している湊友希那ではないと言う。

 初めて聞いたもう一人の幼馴染の存在に、その時のモカも興味を示したのは言うまでも無いだろう。

 しかし、その時のモカはそれ以上訊ねることが出来なかった。

 それは、早くタイムカードを押せと言ってきた店長の横やりが入ったからではなく、視界に映る光景に呆気に取られたからだ。

 

 モカに訊ねられ、キーホルダーを掌の上に乗せて説明するリサ。

 その様子が、表情が、雰囲気が、今まで彼女から感じたことのないぐらい華やかで、儚げで――、

 

「あ~そういうことですかー」

 

「え……なにモカ、なんか怖いんだけど」

 

 ゾクリ、と。

 何かを感じ取ったリサは、その原因であろうモカの方を向きながら、自らの肩を抱く。

 

「いえいえ~なんでもないですよ~。あ、和也さんがどんな人かだけ聞いてもいいですかー?」

 

「良いけど……何で?」

 

「モカちゃんのこのピュアピュアな興味心を扇いじゃいましたからねー」

 

「――?」

 

 モカの興味をそそるような話をしただろうか。

 そう疑問に思いつつ、リサはモカからの質問に答えた。

 一応、ボロを出さないように気を付けながら。

 

「そうだなー、和也はサッカーが好きだよ。今は辞めちゃったけど、中学までチームに入ってたし」

 

「ほうほう、サッカー少年なんですね~」

 

「うん。アタシが最後に見に行った時の試合は確か、全国大会出場の一個前だったっけ?とにかく、結構凄いところまで行ってたはず」

 

「ほうほう。他には何かないですか~」

 

「他に?えっと……努力家で、あと、結構泣き虫、かな?あ、基本的に和也は陽気だから、もしかしたらモカと気が合うかも」

 

「フムフム。ここで更にもう一声~」

 

「えぇ……」

 

 まだ続くの……?とリサはおかわり要求に堪らず困惑の声を漏らした。

 

 モカが和也のことを知りたがっている。

 それは何を狙ってか、何を意図してか。それとも、いつものようなただの気まぐれか。

 

 そこまで考えたところで、リサは諦めた。

 今ものほほんとした表情を浮かべている彼女の思考を読み取ろうなんて、雲を掴もうとするようなもの。――つまるところ、意味が無い。

 

 故に、リサは和也のことについて、次に何を話そうか考える。

 腕を組み、唸っては上を見上げ――彼と出会い、過ごしてきた約10年間を振り返る。

 かつての思い出を。かつての記憶を。かつての感動を。かつての辛さを。かつての嬉しさを。かつての悲しみを。かつての衝動を。

 そして――、

 

「和也は――アタシに勇気をくれるんだ」

 

「勇気……?」

 

 モカが聞き返した言葉を胸に染み込ませるように。

 リサは深く頷く。

 

「アタシが一歩前に踏み出せない時、何かに押しつぶされそうな時……アタシが何かに挑戦しようって決めた時、いつも和也は『頑張れ』って、『応援してるぞ』って、心の底から言ってくれるんだ。アタシはその和也の言葉に、いつも勇気をもらってる。ちょっと甘えすぎかなって思ったりもするけど、それでも和也の応援は、アタシに力を与えてくれるんだ」

 

「――――」

 

 こんなにも求めてしまうのは――こんなにも心が温かくなってしまうのは――こんなにも心が動いてしまうのは、その言葉が他の誰でもない和也からのものだからだろう。

 彼はいつだって、私達(アタシと友希那)のことを、まるで自分のことのように真剣に考えてくれるのだから――。

 

「――そっか、和也もアタシと同じだったんだ……」

 

 考え、考え、考え。

 少しも妥協せず、私達のことを考えてくれたからこそ、和也はあの時何も言えなかったのだろう。

 それなのにアタシ(リサ)は、葛藤する和也を怒鳴ってしまった。

 和也がどうして――何を思って黙り込んでしまったのかを何も考えないで、勝手に失望してしまった。

 

 あぁ、和也に謝りたい――、

 

 ――いや、違う。それでは今までと何も変わらない。

 

(バイトが終わったらすぐに謝りに行く……!!)

 

 そして、そこから友希那も加えて、三人でもう一度話し合おう。

 そう、決めた。心に決めたのだ。

 

「って、ごめんモカ!えーっと、和也でしょ?和也は困ってる人を見つけたら絶対に無視しなくて」

 

「あー、もういいです」

 

「あと、サッカーしてる時とか凄くカッコよ――えっ……?もういいの?」

 

「はい、もうお腹いっぱいなんで」

 

 ポンポンッ、と。

 モカは自らの細いお腹を叩くことで、これ以上和也の情報は要らないことをリサに示した。

 まるで興味を失くしたかのようなその急な態度の変化は、あけすけな笑顔を浮かべながら幼馴染の少年のことを語っていたリサを停止させ、口を半開き状態にさせるには十分過ぎる緩急だった。

 

 すると、ふと時計を見たモカが今度は「あっ」と声を漏らし、

 

「もうこんな時間なんで補充やってきてもらってもいいですかーリサさん?」

 

 店の裏の方を指差し、モカが仕事をお願いすると、リサはハッとして、呆気に取られていた意識を急いで取り戻す。

 

「えー、モカが先に気が付いたんだし、モカがやりなよー」

 

「ひーちゃんにカロリーが送れなくなって、ひーちゃんのダイエットが成功しちゃったらどうしてくれるんですかー。そういう訳で、モカちゃんのお腹をいっぱいにした責任を取ってきてくださーい」

 

「なんかすごい理不尽なこと言われた気がするんだけど!?」

 

「気のせいですよ〜」

 

 暴論を展開されたことにリサが意義を唱えるも、それにはまともに取り合わない。

 「気のせいですよ」の一点張りでモカはゴリ押し通すつもりなのだから。

 そして、そこからややあって。

 モカの強情に恐れいったリサは「しょうがないなぁ」と呟きながら、商品の補充をするために店の裏へと入っていった。

 

「ふぅ……これからのことを考えると、何だか疲れてお腹が空いてきちゃいますなー」

 

 一人レジに取り残された――意図的にリサを遠ざけたモカは、腰に手を当て、息を深く吐き出した。

 しかし、その吐いた息はため息などではない。自らの気を引き締めるための、些細なきっかけ作りとなる意思表示だ。

 疲れたこと自体は本当のことであり、もう一人もお客さん来ないで欲しいですなーと思っていることも本当ではあるのだが。

 

「――と、たしかここだったはず」

 

「……さんしゃいーん」

 

 モカの思いを知ってか知らずか。

 高校生と思える男子が一人、急いでいる様子で店に入ってきた。

 めんどくさいなぁ、という気持ちを表情に滲ませ、モカは入店した客の風貌をチラリと見る。

 

 自分よりも年上、少なくとも高校生なのは間違いないだろう。白いTシャツに青いジャケットを羽織っており、下は黒のチノパン、とよくあるような恰好。髪は黒髪で、強風にでも吹かれたのかのように少し乱雑で所々毛が跳ねている。走ってきたのだろうか、しかし、息は全くと言っていいほど切れてはいない。

 

 何かスポーツをやってそうだなぁ、とモカがなんとなしに思っていると、少年はモカの存在に気付き、こちらに歩み寄ってきた。

 

「すみません、ちょっと聞きたいことがあるんですけど」

 

「はいはーい、なんですかー?」

 

 キョロキョロ、と。

 最近どこかで見たことがあるような無いような気がしなくもない少年は、何かを探しているように空色の瞳を動かして、レジの周囲や奥の様子を窺う。

 そして――、

 

「この店にリサ――今井リサって子が働いてるはずなんですけど、今どこにいるか分かります?」

 

「リサさん……ですか?いますけど……」

 

 思っても無かった先輩の名前の登場に不意を突かれたモカが目を丸くしながら答えると、少年は食い気味に前のめりになって、

 

「それなら呼んできてもらってもいいですか?!あっ、別にクレームとかじゃないですっ!俺、リサの幼馴染の稲城和也って言って――――」

 

「っ!」

 

「リサにちょっと用があって来ました!勤務中で迷惑かけると思いますけど、できるだけ早く終わらせますからお願いします!」

 

 言いながら、少年はパチンッ!と勢いよく手を合わせた。

 

 稲城和也。――聞いたことがあるどころではなく、ついさっき話題になっていた少年だ。

 リサから聞いていたのは『かずや』という名前だけだったが、この少年で間違い無いだろう。

 リサさんの様子からして、何かあったのかも。

 モカは持っている情報からそう推理する。

 

 しかし、そこで彼女が取った行動は、店の裏にいるリサを呼んでくることでも、黒髪の少年のお願いに答えることでもなく――、

 

「じーーっ」

 

「…………えっと……店員さん……?」

 

 気になっていた少年――和也を前にしてモカが取った行動は、観察だった。

 上から下へ。下から上へ。

 目の前にいる少年の外見を、じっっくりと、ゆっっくりと視線を巡らせる。

 そして、観察対象がじっと見てくるモカの様子に引き始めた頃に、ようやく満足したのか、モカは「ふむふむ」と口ずさみ、

 

「クラスにいたら3〜5番目ぐらいのカッコ良さですなぁ」

 

「クラスにいたら1、2を争うぐらいの美少女に、いきなり反応に困る評価されたっ!?」

 

「えへへへへ~、モカちゃんが超絶美少女なのは事実ですけど、直接言われると流石に照れちゃいますなぁ」

 

 そう言いながら、モカは頭の後ろを撫でて誇らし気に表情を緩める。

 すると、和也が切り替えるように首を横に振り、「そうじゃなくて!」とカウンターに両手を突いて、

 

「悪いけど、今はふざけるよりもリサだリサ!!大事な話があるんだよ!!」

 

「分かってますって~。なんで、少々お待ちくださーい」

 

 更に前のめりになる和也に対して、どうどう、と。

 モカが落ち着かせるように両手を前後させた。――その時だった。

 

「なになに、モカ何の騒ぎ?もしかしてトラブルでも起きた?――えっ……?」

 

 鼓膜を揺らしたのは、耳に馴染んだ明るい声。

 ほぼ毎日聞いているその声が驚きへと変わった時には、もうすでに和也は振り返っていた。

 

「リサ――」

 

「和也――」

 

 黒緑と空色と。

 それぞれの双眸から放たれる視線が、互いの瞳を穿ち、絡み合う。

 

「――――」

「――――」

 

 同時に息を呑み、呼吸も忘れて正面に立つ存在を凝視したのは、思わぬ出来事だったからか。――否、少女は少年に一秒でも早く会おうと思っており、少年は少女に会うためにここへと走ってきた。

 

 だから、二人が次にすることは決まっており――、

 

「和也、さっきはほんとゴメン!!」

「リサ、さっきはすまなかった!!」

 

 故に、二人同時に頭を下げて謝罪したのも必然だったと言えるだろう。

 頭を下げた相手から自分が言った言葉と同じものが聞こえてき、和也とリサは「えっ?」と困惑しながら頭を上げる。それも、これまた二人共同じタイミングで。

 

 そして、同時に顔を上げた二人がそこから始めたのは――、

 

「いやいやっ、なんでリサが謝ってるんだよ?あれは何も選択出来なかった俺が全部悪くって、リサが謝ることなんて何も無かっただろ?」

 

「ううん、和也が全部悪くて、アタシに悪いところが一つもないなんてこと絶対にない。それに、あの時和也が黙ったのは、どうしたらアタシも友希那も傷つかなくて済むのかを真剣に考えてくれてたからなんでしょ?」

 

「――。そう、だけど……でも、元はと言えば、俺が友希那がスカウトを受けたことをリサにも隠したからこうなった訳で……」

 

「それなら、その異変に勘づいてたのに、こうなるまでずっと気のせいだって気付かない振りをしていたアタシの方だって十分悪いよ」

 

 悪いのは和也だけじゃない。こうなったのには自分にも責任がある。 

 そう訴えるリサと、その訴えをなかなか認めようとしない和也。幼馴染の事を大切に思っており、今回の出来事で考えを改めた二人だからこそ――胸に宿したその決意は固く、譲り難い。

 それは、互いに謝ることを目的としていた筈なのに、このままヒートアップする二人を誰も止めなければあわや一触即発寸前になる程に。――そう、誰も止めなければ、だ。

 

「まぁまぁ、二人とも落ち着きましょーよー」

 

「モカ……?」

「店員さん……?」

 

「そんなに自分を悪者扱いしたところでですし~、ここはこのモカちゃんの可愛さに免じて、お互い様ってことで終わらせませんか~?」

 

 ずっと傍らで話を聞いていた少女――モカは、目をパチクリとさせる和也とリサをよそに、「そうしましょー」と話を勝手に完結させて、二人の間で何事もなかったかのようにのほほんと笑った。

 その様子はなんとも緩やかで、割って入ってきたモカを唖然としながら見つめていた二人は先程までの勢いを失い、訴え合うことを忘れている。

 モカ節を初めて味うこととなった和也はというと、その衝撃に完全に言葉を失っている様子。

 

 そして、衝撃による沈黙の末。

 やがて和也が「ははっ」と吹き出したことが決定打となり――、

 

「確かに店員さんの言う通りだな。ごめんリサ、変な意地張っちまった」

 

「あっはは……アタシの方こそごめんね?何が何でも和也に謝ろうって気持ちが前に出すぎちゃったみたい」

 

「それはリサの優しいところだから仕方がねーって、気にすんな。それに――――」

 

 和也は改めて笑みを浮かべる。

 

「今はこうやって、リサといつもみたいに話せていることがスッゲー嬉しい」

 

「――――」

 

「まあ、別に喧嘩したって訳じゃねーけどよ、リサに謝って仲直りできたことがホント良かったって、心の底からそう思ってる」

 

「――。うん、アタシも」

 

 空色の瞳と黒緑の瞳。それぞれの瞳には、心を通わせ合った少女の、少年の破顔する表情が映し出されていた。

 

 まだ、解決できるかどうかは分からない。恐らく、結末がどうであれ以前と全く同じには戻ることは無いだろう。

 それでも、二人の表情から笑みは消えない。

 それはまるで、和也とリサ、そのどちらもが元に戻るのことを望んでいないかのようで――。

 

「あ、そうそう。仲直りしたことだし、今夜リサの部屋に行ってもいいか?やりたいことがあるんだ」

 

「――うぇッッ!?!?」

 

「おお~、アツアツですなぁ~」

 

 

 △▼△▼△▼△

 

 

 街灯が、跳躍する影を映し出す。

 

 本来転落防止のために取り付けられている柵を足場とすることで、空中に身を放りだしたその影は、今度は人工的な光と頭上に浮かぶ綺麗な月の輝きを頼りに着地点を見定め――、

 

 直後。

 ドンッ!!と強い音と衝撃が発生した。

 

「――わっ!?あっぶねー、つか足の裏いってぇ……。ったく、何でここの間だけ微妙に距離あるんだよ」

 

 文句を垂らしながら、影が着地した体勢から立ち上がる。

 そして、視線を前に向けると、茶髪の少女が呆れたような表情で影の到着を迎えた。

 

「もう……わざわざそんな危険犯さなくても、玄関まで来てくれたら普通に中に入れたのに」

 

「それだと、男子を夜に部屋に連れ込んだってことで、親御さんに変な心配かけさせちゃうだろ?お互い高校生なんだし、健全で節度のある付き合いをだな」

 

「でも、着地した時の衝撃で和也が入ってきたこと多分バレてると思うよ」

 

「あっ――――」

 

 やらかした、と影――和也が思った頃にはもう手遅れ。

 下の階から「今の音なにー?久しぶりに友希那ちゃんかカズ君でも来たのー?」と大声で訊ねてくる声が聞こえてき、隣に立つ茶髪の少女――リサは少しも隠す様子もなく「うん!和也が来た!」と答えると、すぐさま「それなら大丈夫ね」とどうしてそう思ったのか分からない反応が返ってきた。

 全く心配されていないということは、それほど信頼されているということの裏返しである為、気が悪くなることは無いのだが、少しぐらいは危機感持ってほしいところだ。逆にこっちが怖くなるし。

 

「まあ、変なことするつもりは元から無いけどよ……」

 

「……和也になら、す、少しぐらい触られてもアタシは全然良いけど?」

 

「例えリサが良くても俺の心の方が良くないからやめてくれ。つーか、顔赤くするぐらい無理してまで悪乗りする必要はねぇぞ」

 

「…………別に無理してた訳じゃ……」

 

「まーたそうやってからかおうとしてくる。悪いけど、今はそれに付き合ってる場合じゃねーし、流させてもらうぞ」

 

 そう言い、和也がリサからのからかいだと思った言葉をあしらったところで、二人は元居た部屋から移動し、リサの部屋へと入った。

 

 仕切りを跨いだ途端、リサといる時に何度も嗅いだことのある花の良い香りが優しく鼻を撫でる。そして、綺麗に整えられた部屋の内装は、ホワイト、あるいはブラウンを基調とする家具の多い中、ベッドやカーペット、カーテンといった大きな家具はピンクとレッドを主とした色合いをしており、何とも彼女らしくて可愛らしい印象を与えてくる。

 和也はリサの部屋を一目見渡すと、思わず声を漏らした。

 

「おぉ……すげぇ」

 

「そんなにマジマジと見られると、何だか恥ずかしくなってくるんだけど……」

 

「ん、ああ、悪い悪い。俺がリサの部屋に入るのって結構久しぶりな気がしてな。内装とか記憶と全然違うし」

 

「そりゃあ和也が最後に入ってから、もう何年も経ってるんだから当たり前じゃん。――って、和也?アタシの部屋に来た目的忘れてない?」

 

「まさか。ちゃんと覚えてるよ」

 

 他にやることあるでしょ、とリサが指摘すると、和也は内装に向けていた視線を戻し、忘れてる訳がないと頷いた。

 そして、閉まっている赤いカーテンに手をかけ――、

 

「――さぁ、皆が笑えるようにまずは三人で本音のぶつけ合いといこうじゃねーか!」

 

 ガラス越しに見える紫色のカーテンの奥にいるであろう『孤高の歌姫』を見据え、望んだ未来を掴み取る為にそう宣言した。

 

 




 最後まで読んで頂きありがとうございました。
 
 モカちゃんの扱いに凄く頭を悩まされた回となりました。モカちゃんのあの独特な感じを出すのが難しい上に、話が脱線してしまいそうでほんと困りましたよ……。
 私的には、ここら辺の話は早く終わらせたいのですが……なかなか思うようにいきません。この回を書き始めた頃の予定では、もっと進んでる筈だったんですよ……なんか同じような事毎回言ってるような気がする。
 まぁ、とりあえずこれからも自分のペースで思うように書いていきますので、お付き合いして頂けると幸いです。とても喜びます。

 あ、そうそう。今回は、ナレーション?のところに空行入れるようにしたのですが少しは読み易くなりましたか?よければコメント下さい。
 
 それでは皆さん、また次回にお会いしましょう!ばいちっ!


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15歩目(1) 自分の気持ち

 皆さんこんにちは、ピポヒナです。
 前回でも予告していた通り、更新がとてもとても遅くなってしまいました。
 リアルがめっちゃ忙しい!って程でもないんですけど、今回はどちらかと言うとスランプ気味と言いますか、何故か進まない感じで……。

 とそんなことは置いといて、バンドリの近況報告をしましょうか。
 日菜ちゃんと紗夜さんのロリイベ可愛かったですね!自分は紗夜さん当てました!以上!!

 それでは、本編どうぞ!
 あ、言い忘れていましたが、今回は二つに分けたので短めです。



 

 

 ――天井を見上げていた。

 

 あらゆる部位は脱力し切り、仰向けに寝転がっているその体は完全にベットに任せる。

 天井の丁度中心にある、白い円型のシーリングライトが眩しい。

 瞼を閉じれば、その光が網膜に焼き付いたかのように暗闇の中で漂っている。

 

(こんなことを……している場合じゃ…………)

 

 そっと瞼を上げ、頭のすぐ右にある己の携帯を見れば、未読のメッセージがあることが画面に映し出されている。

 メッセージが届いたのは、1時間程前のこと。そして、その送付元は――。

 

「――――」

 

 思考を途中でかき消し、銀髪の少女――友希那は再び瞼を下ろした。

 

 ――トクン、トクン、と。

 止まることなく、一定のリズムで刻まれ続ける心臓の音。

 胸の上で重ねる両手から伝わってくるその鼓動を全身で感じ取りながら、ゆっくりと深呼吸を繰り返し、心を落ち着かそうとする。

 しかし、

 

(――どうして)

 

 どうして、目を逸らした。どうして、メッセージを開こうとしない。どうして、返事を返そうとしない。どうして、動こうとしない。どうして、胸が苦しくなる。どうして、迷っている。

 どうして、どうして、どうして、どうして、どうして――、

 

「スカウトを受ければ、夢だったフェスのステージに立てるのに……どうして…………」

 

 自身の不可解な行動に、『どうして』が積もりに積もってゆく。

 

 夢は、とうの昔に決めたはずだ。いいや、かつてあのステージで歌った父の姿を見た時から、自分のやるべきことは決まっている。

 自分もあのステージに立つ、と。

 あのステージに立ち、自分の歌声で、音楽で全てを魅了し、そして――。

 

 落ち着きかけていた友希那の鼓動が、また乱れ始めた。

 その時だった。

 

「――っ!?」

 

 突如、携帯が音を立てて震え出し、着信音が流れる。

 咄嗟に身を強張らせた友希那は、画面に映し出される幼馴染の名前を見て、息を吐いた。

 

『やっほーゆっきな~♪いきなりごめんね~。驚かせるつもりは全然なかったんだけど、ちょっとタイミングが悪かったみたい』

 

 電話越しで聞こえて来るのは、画面に書いてある通り幼馴染の声。昔から毎日のように耳にし、もはや当たり前になっていた明るい声だ。

 

「……リサ、何の用?」

 

 友希那は、リサとは対照的に声を暗くして、電話をかけてきた理由を訊ねる。

 

『いや~、ちょっと友希那と話したいことがあってさ。窓、開けてくれない?」

 

「忙しいから無理。それじゃあ、切るわね」

 

『ちょ――――」

 

 制止を求めようとしたリサの声は、友希那が電話を切ったことで強制的に途切れた。

 電源ボタンを軽く押し、画面が真っ黒になった携帯を腕ごとボスンとベットに落とす。

 背中側にある窓の向こう。リサの部屋の方から「あー!もう切られたっ!」と嘆く声が聞こえた気がした。

 

 流石に早く切り過ぎたか。あれじゃあ、すぐにまたかけ直してくるだろう。

 しかし自分がすることは変わらない。またかかってきても、先程のようにまた門前払いをするだけだ。

 今はリサに限らず、誰の声もできるだけ聞きたくないのだから。

 

「――――」

 

 右手に握る携帯が着信音を鳴らしながら震え出した。

 予想が的中し、友希那は画面を見ずにため息を吐く。

 

 電話に出ない、という選択肢はあるにはある。が、それをしたところで、きっとリサは自分が出るまで何度でも電話をかけてくるだろう。

 それなら、この電話に出て、もう一度きっぱりと断って諦めさせた方が手っ取り早いはず。

  

 友希那は、感覚だけで親指をフリックして電話を開き、携帯を耳に当てた。

 抑えきれなかった息を吐いて。

 

「はぁ……リサ、さっきも言ったけど私は――――」

 

『――おいおい、電話始まってからの第一声がため息ってのは流石に酷くねーか?』

 

「っ?!」

 

 携帯から発せられたのは、先程とは全く違う男性の声。そして、その声の持ち主を友希那は10年程前から知っている。

 

「和也……どうしてあなたが電話に……?」

 

『どうしてもなにも、俺が友希那に電話したんだから俺が出るのは当たり前だろ?』

 

「えっ……?」

 

 友希那は咄嗟に携帯を耳から離し、画面を見る。

 すると、確認した画面に映し出されていた電話相手の名前は、和也が言っていたように彼のものだった。

 どうやら、リサからまた電話がかかってくると思いすぎるがあまり、電話に出る前に相手を勝手に決めつけていたようだ。

 

 まあ、だとしてもだ。

 リサからの電話を切ってからすぐのこのタイミングで、電話をかけてくることはつまり――、 

 

「……リサと一緒にいるのね」

 

『正解。さっきのリサとの電話も隣で聞いてた。にしても、友希那お前電話切るの早すぎだろ。切られた後、リサがスッゲー顔で切られたーって嘆いてて大変だったんだぞ?』

 

『そんな顔してないから!』

 

 和也の茶化しを否定するリサの声が飛び込んでくる。

 何度も隣で聞いたようなちょっとした2人の掛け合い。本当に一緒にいるらしい。

 

 リサと和也が一緒にいるということは、電話をかけてきた理由も同じだろう。そして、二人がしようとしていることは恐らく、予感しているものとそう変わらないはず。

 

 胸がズキリと痛む。

 嫌だ。怖い。話したく、ない。

 

「…………リサとの電話を聞いていたなら、和也も知っているでしょ?」

 

『忙しいから無理、ってか?』

 

「そうよ、私は今、忙しいの……!」

 

 視線を落とし、バツが悪い表情で友希那はそう言い切る。

 少しでも早く、二人が諦めてくれるように。

 

 しかし、和也は諦めるどころか、まるで子供の我儘を聞いた親のようなやれやれといった声で、

 

『あのなぁ、何もせずにベットで寝転がってる状態は、世間一般じゃ忙しいじゃなくて暇って言うんだよ』

 

「――っ!?」

 

 自分の状況を言い当てた和也の言葉に、友希那は飛び起きる。

 

『やっと起きたか。何で知ってるんだって感じだな。ま、ちょっと窓の方向いてみろよ』

 

「窓……?――あ」

 

 振り向いた瞬間。

 友希那は、自らの失態を悟った。

 というのも、和也に言われた通り窓の方を向いてみると、視界に入ってきたのは――、

 

『友希那~☆』

 

『気付くのおせーぞ』

 

 閉まり切っていない紫色のカーテン。そして、振り向いた自分に向かって窓越しで手を振るリサと和也。

 

 ああ、そういえばリサの電話の第一声も、まるで友希那()の様子を見ているような感じだった気がする。きっと初めから嘘はバレていたのだろう。

 

 友希那は電話を切って右腕を下ろし、これ以上抵抗することをやめた。

 

 

 △▼△▼△▼△

 

 

「――ふぅ……。今日のピークもよく乗り切ったぞ!私!!」

 

 己の奮闘を讃え、そう声を大にして上げたのは、『ライブハウスCiRCLE』のスタッフ――月島まりな。

 仕事量が少なくなったこの束の間の休息に、長時間労働によって硬くなった体を、まりなはここぞとばかりに伸ばしてはほぐす。

 そうやって、節々からバキバキ、パキパキと骨の鳴る感覚に気持ち良く思っていると、

 

「あれ?あれからもうこんなにも時間経ってたんだ。和也君、大丈夫かなぁ?」

 

 体を伸ばす為に上を向いたことで視界に入ってきた時計が指示していた時刻に、驚きを交わらせてふとそんな事を口にする。

 

 あれから――立ち直った和也が部屋から飛び出して行ってから、時間は思っていたよりも経過していた。

 そうなってくると、何かしらの進展があってもおかしくは無い筈。いや、すぐに行動に移す和也のことだ。ほぼ間違いなくもうすでに何か行動を起こし、そして、状況は何かしらの進展を迎えているだろう。

 和也の相談を受けたこともあって、そのことが凄く気になる。

 

 相談の終盤に聞いた話の通りであるならば、今すぐにやりにいくと言っていたことは確か――、

 

「リサちゃんに謝りに行く、だったっけ?それならもうとっくの前に仲直りし終えてる筈だよね?」

 

 話を聞いた限りだと、そもそも二人は喧嘩していたという訳ではない。それならば、和也とリサはすぐに仲直りするだろう。

 二人共素直で優しい良い子達だ。すぐに許し合うだろうから、何も心配はいらない。

 

「それなら、心配した方が良いのはその次かな?」

 

 リサとの仲直りをし終えたその次――恐らく和也のもう一人の幼馴染である友希那との話し合い。心配すべきなのは間違いなくこっちだろう。

 

 和也からの話によると、今回の騒動が起こった原因である友希那へのスカウトは、かなりの好条件だ。メジャーデビューが約束されているということもそうなのだが、それよりもこのスカウトの条件を良いものにしているのは『FUTURE WORLD FES.』のメインステージで演奏できるということ。

 

 プロでさえ予選敗退が当たり前と言われる程に出場までの壁が高く、名実ともに日本国内屈指のコンテストである『FUTURE WORLD FES.』のメインステージ。選ばれしバンドだけが立つことが許されるあのステージからは一体何が見えるのだろうか。

 

 それは、本気でプロを目指している者なら誰しもが一度は抱く憧憬。

 もちろん、数年前までプロを目指してバンド活動をしていたまりなもその例に漏れず、友希那がスカウトされた際に提示されたその破格の条件を和也から聞いた時には、思わず体を前のめりにして3回も聞き返したほどだ。

 それぐらい魅力的。十二分に惹かれるし、とても羨ましいとも思う。

 バンド活動をやっていた身からして、そう思わずにはいられないからこそ――、

 

「友希那ちゃんもあの条件には魅力を感じてるだろうし……和也君はどうやって説得するつもりなんだろう?」

 

 まりなは、その難しさを知っている。

 1人のアーティストとしての正解を知っている。

 

 しかし、その一方で和也がどうすれば彼が望んでいる未来に行けるかは知っていない。

 

「――ダメダメ!これじゃあ和也君に失礼だよ!」

 

 首を横に振ってはペチペチと頬を叩き、まりなは不安を払い切る。

 

「和也君を助けるって決めたんだから!私ももっとシャキッとしないと!!」

 

 和也の望む正解は、まりなには分からない。それによって、正解を求めてきた彼の期待を裏切ってしまったのは数時間前の出来事。

 しかし、まりなは本気で和也を助けたいと思って、相談に乗った。だから、まりなが思う必要なことは全て伝えた。彼より少しばかり長い人生経験をフルに活かして、彼がまた笑えるようにと伝え切ったつもりだ。

 それに――、

 

「――それに、和也君は自分の気持ちに気付けたんだからきっと大丈夫!」

 

 だから、心配に思うことはあっても、彼からの良い知らせが来るのを信じて待とう。

 

 

 △▼△▼△▼△

 

 

 ふわり、と。

 先程とは違う、だけど心地良い花の香りが広がった。

 ふと視線を周囲に向ければ、そこには白や黒、淡い紫といった落ち着いた色合いの家具が置いてあり、この部屋の主人である彼女らしいなという印象を与えてくる。

 ――ここに入るのも久しぶりだな。

 

「よっこいしょっと」

 

「よっこいしょっとって……年寄りかよ」

 

「もー、ちょっとした癖みたいものなんだし、いちいち気にしなくていーのっ!それとも和也にはアタシがおばあさんに見えてるわけ?こんなにピチピチなのに」

 

「その若さアピールが余計に年寄りっぽいけど、ちゃんとギャルなJKとして俺の目には映ってるから安心しろ」

 

 自分の肌をパチパチと叩いて女子高校生だということをアピールしてくるリサを俺は軽くあしらうと、正面に座るもう1人の幼馴染――友希那へと気を向けた。

 すると、不満気に頬を膨らまして俺を見ていたリサも切り替えて友希那の方を向く。

 

 たったそれだけで空気はガラリと変わり、視界の端で友希那が身構えるように膝の上の拳に力を入れるのが見えた。

 そんなに身構えなくてもいいのに。なんて、この空気感を作り出した俺が言い出すのはきっとおかしいのだろう。

 

 だからその代わりに、いつもより少し長い瞬きをして、いつもより少し多く息を吐く。

 友希那に言いたいことは沢山ある。だけど初めにすることは、この部屋に入る前から決めている。

 

 俺は友希那に向かって頭を下げた。

 

「友希那、ゴメン。さっきは本当に悪かった」

 

「……っ」

 

「どうやったらリサと友希那の夢を両方叶えられるのか分からなくて、中途半端なことをした。……あの時、友希那の力になりたいって言ったのにな。俺、口先だけで全然覚悟できてなかった」

 

 なんの前置きも無しにそう謝ると、友希那の表情は険しくなった。

 まるで何かを堪えているように。

 そして、

 

「友希那、アタシもごめんね」

 

 俺に続いてリサが再び謝罪の言葉をかけると、友希那の腕が少し震えた気がした。

 

「アタシ、友希那が何かに悩んでるってこと……家の前で和也と友希那が話しているところにたまたま会ったあの夜から多分……ううん、アタシはあの時から気付いてた。……気付いてたのに、アタシは何も……っ、なんにもしなかった……っ!」

 

「……っ…………」

 

「今思えばその時だけじゃない。今までも、ずっと、アタシはなんっにもしてない……!【Roselia】のこともフェスのことも、お父さんのことだって、全部友希那1人に背負わせて……アタシは見守っているだけなのに、その事に気付こうともしてこなかった…………。あはは……アタシって友希那の親友失格だなぁ……」

 

 自分を蔑むようなリサの乾いた笑い声が、悲しく部屋に響く。

 その失笑は俺にとっても辛く、聞いていられないものだった。

 だから、俺は止めようとリサの方を向いた。

 

 しかし――、

 

「――でも!」

 

 しかし、リサの黒緑色の瞳は暗くなるどころか、力強く真っ直ぐに友希那を見ていて――、

 

「アタシは、そのことに気付けてないってことに気付けた今を大切にしようって思った!」

 

「――――」

 

「アタシはね、これからも友希那の隣で一緒に居たい。今までは全然ダメだったけど、だからって友希那の親友じゃなくなるなんて絶対に嫌なんだもん!」

 

 そう言うと、リサは下を向く友希那に笑いかけ、目を細める。

 心配する必要は無かった、と自然と思えるような温かい笑みを浮かべ、黙り込む友希那に優しく手を差し伸べた。

 

「だからさ、これからアタシは友希那が背負っていたものを一緒に――」

 

 が、

 

「――どうしてっ!!?」

 

「っ!?」

「!!?」

 

「どうしてリサも和也も私のことを責めないの……っ?!!スカウトを断らないで【Roselia】の皆を見捨てようとした、全部私のせいじゃない!!」

 

 差し出したリサの手は、友希那の叫び声と振り払われた手によって拒絶された。

 声を震わせながら自分自身を蔑み、嘆いた友希那の姿に、リサは瞠目し、友希那に払われた手を引っ込める。

 

 すると、友希那は顔を上げて見開いた瞳をこちらに向け、胸に手を当てながら悲痛な声で訴えた。

 怒鳴りつけるように。

 

「私の自分勝手でこうなったことぐらい分かってる!!なのに……っ、なのになんで優しくするの!?」

 

「「――――」」

 

「私は和也からの信頼をないがしろにした!私はリサに頼ろうとしなかった!だから悪いのは全部私じゃない……っ!!何も悪くない二人が謝る必要なんてどこにもない……っ!謝るべきなのは、私の方なのに……っ」

 

 感情を爆発させ息を切らして、その次に発せられたのは支えを無くしたような力の無い声。

 

「…………二人はいつもそうよ……。私が何をしても二人は笑って……いつも、そばにいて…………。私は……っ……二人がいると…………っ、ちゃんと音楽と向き合えない……。――もう、やめて…………」

  

 すすり泣く声が聞こえてきたのは、それからすぐのことだった。

 服にしわが出来てしまうほど強く自分の肩を抱きながら、友希那はうずくまる。

 

「友希那……」

 

 ごめん。

 そう続けたら、きっと友希那はまた怒るのだろう。

 同じことを思ったのか、リサも友希那の名前を零すだけでそれから先の気持ちを口にする気配は無い。

 

 小さく丸まった友希那の背中が、嗚咽と共に僅かに震えた。そしてその都度、肩を掴んでいる華奢な手に力が加わる。

 

 友希那はある日から弱さをあまり見せなくなった。

 音楽以外はほとんど何もできないポンコツなのに、それを全く感じさせないぐらい肝が据わっていて、いつも落ち着いていて、大人びていて、意思が強くて――。

 

 こうして弱々しい友希那の姿を目にするのは、スカウトを受けた夜を除けば、遠い昔のことだ。

 

 きっとそうしないといけない理由があるのだろう。昔の弱い友希那ではなく、強い友希那でいなければならないような出来事があったのだろう。

 

「――なぁ、どうして友希那は『FUTURE WORLD FES.』に出たいんだ?」

 

 膝を抱えて顔を下に向ける幼馴染に、そう訊いていた。

 ずっと前から気になっていた、とても根本的な疑問だ。

 

「少し考えてみたんだけど、俺って思いの外友希那のこと知らないんだよなぁ。友希那が1人でライブに出てたことを知ったのも、リサと行ったあの日だった訳だし。『孤高の歌姫』なんてカッコイイ二つ名みたいなものまで付けられてさ、観客全員が友希那の歌を求めるぐらいすげぇことになってたことなんて、それまでぜーんぜん知らなかった」

 

 さっぱりだ、と俺は手を広げて苦笑する。

 

 俺は『幼馴染』としての湊友希那を知っているけど、『歌姫』としての湊友希那を知らない。

 だから知ろうとしてきた。まぁ、それでも歌っている友希那の姿を見る度に、俺は友希那のことをまだまだ何も知っていないと痛感してばかりなのだが。

 

 リサからの視線を感じながら、俺は「そこで!」と人差し指1本を立てた。

 

「そんな謎だらけの友希那に今1番聞きたいことっていうのがさっきの質問っつー訳でだな。……『FURTHER WORLD FES.』って確かあれだろ?昔ユキおじさんが出て、それでえっとー……あんまりいい思い出が出来なかったっていうあの大会…………だよな、リサ?」

 

「う、うん。その大会であってる」

 

「ってことはやっぱり、その大会って普通だったら結構おっかなくかんじるんじゃないのか?まりなさんとかの反応を見るに、バンドやってる奴の夢の舞台ってことは察しはつくけどよ――」

 

 縮こまる幼馴染を見ながら、疑問に思ったことをそのまま口にする。

 

「友希那はユキおじさんを通じてあの大会の恐ろしさを誰よりも知っているはずだよな?」

 

 友希那の父親――ユキおじさんのバンドはかつて、ヒットチャート1位に何度も輝くほどの人気を誇っていた。その人気から『FURTHER WORLD FES.』に出場するのももはや自然な流れであり、ユキおじさんのバンドへの周囲からの期待は日を追うごとに膨れ上がっていた。

 

 そして迎えた大会当日。俺は選抜の選考会と丁度重なってしまって泣く泣く見に行くことを断念し、リサと友希那がユキおじさんが夢の舞台へ立つその瞬間を見届けることになったのだが――、

 

 ――後日、リサから聞いた結果は惨憺たるものだった。

 

 それからだろう。ユキおじさんのバンドの曲がヒットチャートから姿を消し、街中で耳にすることが無くなったのは。

 それまであった人気は嘘だったかのように無くなり、やがて向けられたのは嘲笑。

 時々家の前で会うユキおじさんの顔はやつれていく一方で――、

 

 ユキおじさんのバンドが解散したのは、それから間もなくしてのことだった。

 

「それなのに、どうしてわざわざ挑もうとするんだ?……ユキおじさんの仇を取るため、とかそんな感じか?」

 

「――っ」

 

 友希那の指が、ピクッと動く。

 

「教えてくれ友希那。――お前は何を思って、何のためにあの舞台に立ちたいと思ってるんだ?」

 

「……わた……しは…………」

 

 そう小さな声が聞こえ、それと同時にムクリと顔を少し上がった。

 充血した目と紅潮した頬。

 潤んだ琥珀の瞳が、ようやくこちらに視線を向ける。

 そして、震えた唇がゆっくりと開いて――、

 

「――私は……あの舞台に立って……お父さんに笑って欲しい」

 

 




 最後まで読んでいただきありがとうございました。

 今回は元々の文字数が16000を超えてしまったため、2話に分けることにしたんで、後書きはそっちの方に書きます!
 
 後編?は本日中にあげるんで、皆さん一旦バイちっ!


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15歩目(2) 自分の気持ち

 こんにちは、ピポヒナです!
 15話の後編です!多分少し読みにくいと個人的に思います。
 特に他に言うことはありません!

 では本編どうぞ!!




 1人のバンドマンがいた。

 

 彼は信頼に足る仲間と共に各地のライブハウスで好きな曲を歌う、典型的なバンドマンだった。

 しかし、彼は他のバンドマンとは違った。彼には才能があり、音楽へかける情熱は人一倍に熱かった。

 秀でた才能と妥協を許さない絶え間ない努力。この二つが組み合わさったことによって、彼の持つ歌唱力は他の追随を許さない程の圧倒的なものとなり、それはすぐに多くの者を魅了し虜にするほどとなった。もはやメジャーデビューが決まったことも必然的なものであると、周囲が思うぐらいに。

 

 それからも彼の音楽は、人々を魅了し続けた。

 メジャーデビューしたことによって彼の音楽は世に知れ渡り、今までとは比べものにならない程多くの人々の心に響いた。

 

 彼は、仲間と共に生み出し、紡いでは伝える。そんな自分の音楽が好きだった。

 そして、愛する娘からの憧れを受けながら歌うことが、なによりも誇らしかった。

 

 そんなある日、彼のもとにとある大会への出場権が届いた。

 その大会というのは『FURTHER WORLD FES.』。誰もが認める日本国内においての頂点。そして、彼がずっと抱いていた夢の舞台。

 

 彼は心の底から嬉しがった。もういい歳だということなんて少しも気にも止めないで、仲間や娘と共に満面の笑みを浮かべながらはしゃいだ。

 

 自分達の音楽をあの夢の舞台で届けることができる。

 そう思っていた。

 そう、思っていたのだ。

 

 しかし――、

 

 彼らの音楽が夢の舞台で届けられることはなかった。

 

「――私は……あの舞台に立って……お父さんに笑って欲しい」

 

 ようやく口にされたそれは、紛れもなく本心だった。

 ビジネスのためだけに歌うことを強要され、憧れだったはずの舞台で否定された1人のバンドマン――夢も、好きだった音楽も、愚かな欲望によって全て踏み躙られた父に向けての、長年背負い込んできた切実なる願いだった。

 

「そっか……父さんのため、か……。その気持ち、よく分かる。ほんと……痛いくらい」

 

 友希那の本心を聞き届けた和也は、思いつめて息を吐いた。

 音楽のことや、友希那の父親がバンドをやめることになった当時の細かい話は分からない。しかし、このことに関しては間違いなく自分が1番の理解者なのだろう、と。

 

「俺も……サッカーをしていた理由は父さんだったしな」

 

「――。和也……やっぱりお父さんのこと……」

 

「気にしてないって言ったら嘘になるな。けどまぁ、父さんのことはちゃんと折り合いつけたつもりだから、そんなに心配そうにしなくても大丈夫だ、リサ」

 

「……ん。それならいいんだけど……」

 

 リサが少し表情を暗くしながらそう言ったのを横目に見ると、様々な感情が湧いてくる。

 

 しかし、今は自分のことよりも友希那のことを優先するべきだ。

 そう分かっているから、和也は錯綜する感情の数々を払いきり、友希那との距離を詰める。

 近づいてきた和也に、友希那はピクッと体を反応させるが、それからは膝から瞳を覗かせながらジーッと見てくるだけで、特に動きはしない。

 

「なぁ、友希那」

 

 優しく語りかけるように名前を呼び、和也はスッと友希那の頭の方へと手を伸ばす。

 ――と、その直後。

 

「せいっ!」

 

「――はぅっ……!」

 

「エエッ!?ちょっ和也っ!??」

 

 和也のかけ声と共に額を指で弾く音がパチッと鳴り、リサと友希那は目を丸くする。

 が、そんなことはお構いなしに和也は物言いたげな表情で友希那へと詰め寄った。

 

「友希那、お前はバカか?――いいや、お前はバカだ!!昔っからホンットーにっ、大バカ者だ!!」

 

「えっ……えっ……ど、どういう……こと?」

 

 涙目でデコピンされたおでこを両手で抑えながら、和也の言っている意味が分からずに困惑する友希那。

 疑問しかないその視線を投げかけると、和也は「ったく」と言いながら、伸ばしていた腕を下ろし、

 

「友希那がフェスに出たい理由とか、音楽に打ち込むようになった理由はさっきの話で多分そこそこ分かった。けど――」

 

 ビシッ!と。

 和也は勢いよく友希那の目の前に指を突き立てる。

 

「――だからって、また1人で背負い込もうとしてるのが納得がいかねぇ!」

 

「だ……だからそれは和也とリサがいたら、音楽とちゃんと向き合えないからで……」

 

「だーかーらー!それが納得できねぇって言ってんだよ!なんでそう頭の固い考え方しかできねぇんだよ!?」

 

「ま、まぁまぁ和也。一旦落ち着こ?ね?」

 

「俺はずっと落ち着いてる。だけど、悪いけど、これだけは言ってやらなきゃ気が済まねぇんだ」

 

 そう言って和也はリサの手を振り切り、「こっち見ろ」と無理矢理視線を合わせる。

 そして、分からず屋の幼馴染に面と向かって言ってやった。

 

「バンドは皆でやるもんだろ!なのに、なに1人だけでやろうとしてんだよ?いい加減、少しぐらいは人に頼るってことを覚えろ!」

 

「――――」

 

「別に俺とリサに頼れって言ってるわけじゃねぇ。そりゃもちろん頼ってくれたらスッゲー嬉しいけど、今回俺は何もできなかったから頼りないかもしれないし、その時の状況ってもんもあるだろうから、そこは友希那の意志を尊重する。――だけど、お前には頼ってもいい味方がいるってことだけは忘れんなってことっ!」

 

 絶対にだ、と和也は付け加えて念を押した。

 小さな体には収まりきらない大きな夢を宿したその日から、ずっと独りで戦い続けてきた不器用な幼馴染に言い聞かせるように。

 もう何もかも1人で抱え込む悪い癖は直せ、と。

 

 すると、言い切った和也の右後ろから「ふふっ」と唇を綻ばせる声がした。

 

「そうだね、うん。和也の言う通りかも」

 

「リサ……」

 

「友希那にはもっと人に頼って欲しいって思ってるし、アタシも友希那の味方だよ」

 

 和也の言い方はちょっと悪いけど、とリサは苦笑しながら一つ前に出る。

 

「アタシは友希那と仲良くなってから今までよく一緒にいたから、友希那の悔しさも知ってるし、フェスに出たいって気持ちがどれだけ強いかも知ってるよ?」

 

 そう言ったリサの脳裏に蘇ったのは、友希那の父親が所属していたバンドが解散を発表してから数日経ったある日の出来事。当時中学生だったリサと友希那が下校途中にCDショップの前を通りかかった時のことだ。

 

 店頭には、解散発表を機に売り出された友希那の父親のバンド最後のアルバムが並べられ、その棚には人だかりができていた。しかし、商品棚を取り囲む人々は一向にアルバムを手に取ろうとしない。

 それどころか、アルバムに向けられる視線はどれも冷ややかなもので、失望したことを嘲笑うかのように吐き捨て、人々は去って行く。

 

 その光景を友希那は見てしまった。聞いてしまった。

 歯を食いしばり、震える拳を握り締め、自然と眉間にシワが寄っていた。

 

 だから、その姿を隣で見ていたリサは、何も知らない人達に好きだったものを馬鹿にされた友希那の悔しさを知っている。

 そして、その時の決意がどれほど強いものなのかも、リサは知っている。

 

「……なら……私の悔しさを知っているなら……」

 

「――でも、【Roselia】の5人で演奏してる時の友希那は、和也と友希那のお父さんと一緒にセッションしてた昔みたいに歌ってて、すごく嬉しかった」

 

「――っ!」

 

「アタシには、その時の友希那が幸せそうに見えてた。だから、もし迷ってるんだったら、【Roselia】を捨てないで欲しい」

 

 リサは分かっている。

 友希那が味わった悔しさを。

 必ずやり遂げると決めた決意を。

 そのためにはスカウトを受けることが最善の道だということを。

 

 リサは分かっている。

 【Roselia】を捨てないで欲しい。そう言ったのは紛れもなく――、

 

「アタシの……ただの気持ちだけどねっ」

 

 そして、この気持ちを伝えるために自分はここに来たということも分かっている。

 

 だから、リサは笑みを浮かべていた。

 これからも友希那と向き合い続けたい。その為に今分かる親友(自分)がするべきことは全てやったはずだ。他にできることは、また考えていこう。

 そう、心に決めて。

 

「………………気持ちだけじゃ、音楽はできないわ」

 

「ん。そうだね」

 

「――でも、気持ちがなかったら音楽はできない」

 

「和也……?」

 

「だってそうだろ?音楽に限らず、始めるきっかけの大半は気持ちだ。だから、自分の気持ちに嘘をついて進んでいけば、きっとそう遠くないうちに後悔することになる」

 

 そう言った和也に幼馴染2人の視線が集まる。

 すると、すぐに和也は「つっても」と苦笑した。

 

「色々と偉そうに言ったけど、ほとんど受け売りだから、俺自身もまだまだ全然できてないんだけどな」

 

 そして、そのことを教えてくれた先輩に心の底から感謝しながら、友希那の方を見る。

 

「でも、自分の気持ちに正直になることが1番大切だってのは俺も思う」

 

「自分の……気持ちに……」

 

「ああ。友希那は自分の気持ちが向いた方を選んでくれ。スカウトを受けるのか、【Roselia】を続けるのか」

 

「………………」

 

 深く深く、悩み込むように。

 いずれ選ばなければならない選択肢を上げられ、友希那は沈黙した。 

 

 考え込む友希那の姿を見て、和也は少し口角を上げると、「よしっ」と言って立ち上がり、

 

「帰るぞリサ。言いたかったことはもう全部言っただろ?」

 

「うん!全部言ったら、スッキリした☆」

 

「そうか」

 

 なら良かった、と安堵した表情の和也が座っているリサに手を差し出し、リサはその手に掴まって立ち上がる。

 

「それじゃ、邪魔したな友希那。一応手加減したけど、デコピンして悪かった」

 

「付き合ってくれてありがと!じゃっ、バイバイ♪」

 

 そう言うと、和也とリサは窓を開けてベランダへと出て行った。

 

 振り向くことなく、帰ろうとするリサと和也。

 友希那は2人の背中を黙って眺めていた。

 

 ガラス越しに視界に映るリサが「よいしょっ」と声を出しながら柵に足をかけ、危なげなく向かいのベランダへと移る。

 そして、リサに続こうと和也もまた柵に足をかけた時――、

 

「――待って」

 

 

 △▼△▼△▼△

 

 

「――待って」

 

 そう声が聞こえて振り返ると、抱えていた足を崩してこちらに手を伸ばす友希那の姿があった。

 

「ん?どうした友希那?」

 

「あっ……いえ……その……」

 

 自分が何をしたのか分かっていないように。

 不明瞭な声を出しながらサッと目を下に逸らし、友希那は伸ばしていた手をゆっくりと下ろす。

 そんな最近の彼女らしくないオドオドとした挙動に和也が不思議に思っていると、友希那はほんのり赤みがかった顔を上げ、たどたどしく言った。

 

「私とリサは言ったのに……まだ、和也は気持ちを言ってないわ」

 

 それは不公平よ、と友希那は和也だけ自分の願いを言っていないことに不満を表す。

 俺の気持ち?と和也は数秒間ポカンとしていたが、友希那が不満に感じた理由を理解した途端、フッと短い笑いを溢した。

 

「リサ、少し待っててくれ」

 

 向かいのベランダにいるリサに手短にそう言い、和也は友希那の部屋へと戻る。

 そして、右手をポケットに入れ、自分を呼び止めた幼馴染の前までゆっくりと歩きながら、

 

「スカウトの返答の期限はいつまでになったんだっけ?」

 

「……1週間後」

 

「で、それまでに答えは出せそうか?」

 

「…………」

 

「ま、即決できるんだったらこんなことにまで発展してない訳だし、そりゃ難しいに決まってるか」

 

 そう言い、しゃがみ込んだ和也はポケットに入れていた右手を出して、中から取り出したものを友希那へと見せつけた。

 

「なら、これで決めてみるのはどうだ?」

 

「それは……コイン?」

 

「そう。ご明察の通り、つーか見たまんま普通のコインだ」

 

 キーンッ!と。

 和也がコインを指で上に弾いたことで、甲高い音が鳴る。

 打ち上げられたコインはすぐに降下し始め、それを和也が危なげなく片手でキャッチすると、コインをもう一度見せつけてニヤリと口角を上げた。

 

「さ、表と裏。どっちが出たらスカウトを受けることにする?」

 

「???」

 

「色とかついてたら決めやすかったんだけどな。ま、どっちにしてもあんまり変わらねぇし、表がスカウトで裏が【Roselia】ってことにするか」

 

「――っ!あなたまさかっ!?」

 

 友希那はハッと息を呑み、傾げていた首を戻し、カッと見開いた目を和也へと向ける。

 

「まさかそのコインで決めるつもり?!」

 

 スカウトを受けて【Roselia】を辞める。あるいは、スカウトを断って【Roselia】を続ける。

 期限内に選ぶ自信のない友希那に代わり、和也はその選択を運で――コイントスで決めようとしていることに、ようやく気付いたのだ。

 

 友希那は、和也の提案を拒否するために首を横に振った。

 

「私は嫌よ、そんな決め方。それに……この提案は和也らしくないわ」

 

「……というと?」

 

「だって……自分の気持ちに正直になれって言ったのは和也じゃない。それなのに、あなたが私の気持ちを無視して、そんな適当な決め方を提案してくるとは思えないわ」

 

 言動が一致していないもの、と友希那は和也らしくないと感じた理由を説明した。

 

 スカウトを受けた帰り道に、後悔しないようにゆっくり考えようと言っていた。そして、ついさっき――リサを含めた3人で話していた時に、自分の気持ちに正直になれと言っていた。

 しかし、気持ちを反映せず、結果によっては後悔するかもしれないコイントスで決めるというバカげた提案をしてくるのは、矛盾している。

 

 ――と。

 そう指摘された和也は、静かに微笑んだ。

 友希那の指摘を肯定することも、否定することもしないで、

 

「――そう思ってくれてありがとう」

 

「あっ――」

 

 再びコインが弾かれ、不意打ち気味に打ち上げられたそれを追うように、友希那は上を見上げた。

 

 

 △▼△▼△▼△

 

 

 くるくる、と。

 光を反射しながら回り続けるのは1枚のコイン。

 

 くるくる、と。

 回り続けるコインを、一人の少女が見つめていた。

 

 くるくる、と。

 回り続けるコインには、少女の選択を変える力などない。

 

 くるくる、と。

 回り続けるコインには、初めから何の力も持っていない。

 

 くるくる、と。

 回り続けるコインを、それでも少女は見つめていた。

 

 くるくる、と。

 回り続けるコインがその動きを止めた時、どちらの面を上に向けているのか、それは誰にも分からない。

 

 くるくる、と。

 回り続けるコインを、少女は見つめていた。

 

 くるくる、と。

 回り続けるコインがその動きを止めた時、もし表を上に向けていたら。

 少女はスカウトを受け、夢を叶えるために【Roselia】から脱退することになる――かもしれない。

 

 くるくる、と。

 回り続けるコインを、少女は見つめていた。

 

 くるくる、と。

 回り続けるコインがその動きを止めた時、もし裏を上に向けていたら。

 少女はスカウトを断り、【Roselia】で夢を叶えるために歌い続けることになる――かもしれない。

 

 くるくる、と。

 回り続けるコインが上昇するのをやめ、重力に抗うことなく落ちてくる。

 

 くるくる、と。

 回り続けるコインを、少女は必死に見つめていた。

 

 くるくる、と。

 回り続けるコインは、やがて少女の目の前を通過する。

 

 くるくる、と。

 くるくる、くるくる、と。

 回り続けるコインが通過する時、少女は思った。

 

 

 もし、表が出てしまったら――。

 

 

 くるくる、と。

 回り続けるコインに――少女の手が触れた。

 

 

 △▼△▼△▼△

 

 

 目にも止まらない速さで回転しながら落ちてくる1枚のコイン。

 表が出たところで、裏が出たところで何の効力も発揮しないそのコインが友希那の目の前を通り過ぎようとしたその瞬間。

 

「――っ!」

 

 友希那の体は、動いていた。

 和也よりも早く掴み取ろうと、落ちてくるコインに狙いを定め、広げた両手をパチン!と鳴らして包み込んだ――つもりだった。

 

「あっ……!」

 

 掴み取ろうと出していた手の甲に、コインが直撃する。

 運動をあまりしてこなかった友希那の動体視力では、落ちてくるコインを正確に捉えることが出来なかったのだ。

 それでも、コインが手に当たった痛みに眉を歪ませながら、友希那はコインの行方を目で追った。

 

 コインは、文字通り友希那の手によって軌道を変えると、床にぶつかって乱回転し、その後はタイヤのようにコロコロと転がって行って――、

 

「あぁ……」

 

 机と本棚との間。たった数センチしかないその隙間に入り込んでいってしまった。

 これではコイントスの結果が分からない。

 ずっとコインの行方を追っていた友希那は、自然と声を漏らす。

 

 するとその直後。

 

「――どうして邪魔したんだ?」

 

「っ!!?」

 

 意識外から声をかけられ、友希那はビクッと体を硬直させた。

 

 心臓がうるさい。首の後ろに嫌な汗が流れるのを感じる。

 幼馴染である彼に何故こんなにも怯えているのか。それは、自分が1番分かっている。

 

  友希那は生唾を飲み込み、声のした方――和也の方を恐る恐る振り向く。

 あの時、落ちてくるコインを和也よりも先に取ろうと体を動かしたのは――、

 

「表、それか裏。どっちかが出たら嫌だって思ったからじゃないか?」

 

「――――」

 

 友希那は、何も言えなかった。

 和也が言った言葉が、雷に打たれたかのような強い衝撃を全身に駆け巡らせ、思うように口が動かなかった。

 

「もしそうだとしたら――」

 

 和也は友希那の頭に向かって、そっと手を伸ばす。

 

 近づいてくる手を見た瞬間、友希那はギュッと目を瞑り、体を強ばらせた。

 ほんの数分前にデコピンされたことが頭を過ぎったからでもあるが、強く瞼を閉じて、全身に力を入れて身構えることが今の友希那にできる唯一の抵抗だったからだ。

 しかし、友希那の抵抗とは裏腹に、伝わってきたのは優しい感覚で――、

 

「――その気持ちを大切にしてくれ」

 

「――!」

 

「それがきっと、本当の友希那の気持ちだって思うから」

 

 ポンっ、と。

 和也は友希那の頭に手を置いた。

 撫でられているようなその感覚に安心を感じつつ、友希那は下ろしていた瞼をゆっくりと上げる。

 

「……それを言うために、わざわざ嘘をついてまでコイントスを?」

 

「まー、そういうこと。まさか友希那が邪魔して結果が分からなくなるとは思ってなかったけどな」

 

「それじゃあやっぱり、初めからコイントスで決めるつもりは無かったのね」

 

「そりゃ当然。友希那が途中で疑ってきたように、俺はそもそもこんなふざけた決め方は好きじゃねぇよ。ただ、今回は友希那が自分の気持ちに気付くきっかけになったらなって思って、仕方なくやっただけだ」

 

「……和也って結構不器用なのね」

 

「友希那にだけは言われたくねーよ!!」

 

 普段はしない行動を取ったネタばらしの末、不器用筆頭(友希那)に不器用だと言われた和也は声を大にして言い返す。

 そして、そこから「ったく」と吐き捨てると、立ち上がるついでに友希那の頭を少し乱暴に撫でた。

 わざと髪を乱すように。

 

「きゃっ」

 

「俺は友希那に夢を叶えて欲しいって思ってるし、妥協なんかが原因で後悔するようなことは絶対にして欲しくないとも思ってる」

 

「え……?」

 

「あと、それと同じぐらい今は【Roselia】の演奏をもう1度――いや、これからもずっと【Roselia】の演奏を何度も聴きたい。って言っても、ただの我儘だけどな」

 

「――!」

 

 その言葉を聞いた瞬間。

 友希那は遠ざかっていく背中に向かって反射的に手を伸ばし、喉を震わせた。

 

「ま、待って……っ!!――うっ」

 

 しかし、伸ばした手は僅かに届かずに空を切り、それによって友希那は体勢を崩してしまう。

 

 ガラガラ、と。

 友希那の耳に窓が開け閉めされる音が届いた。

 友希那はその音に急かされるように、倒れたまま顔を上げる。

 しかし、視界に映ったのは俊敏な動きで一気に柵を飛び越える背中で、次の瞬間にはもうその姿は見えなくなった。

 

 

 △▼△▼△▼△

 

 

 ――もう手遅れだ。そもそもただの我儘だと和也が濁した言葉が、彼自身の本心であることに気が付くのが遅かった。

 そう思いながら、友希那は上げていた顔を下げた。

 

「――――」

 

 ムクリ、と。

 和也が去ってから数分後に、友希那は倒れていた体をようやく起こした。

 照れ隠しのために和也によって乱され、ボサボサになった髪の毛には気にも留めないで、口にかかった長髪だけを払うと、窓の外を――リサのベランダを見る。

 

 しかし、そこに2人の幼馴染はおらず、ガラス越しに見えるのはいつもと変わらない見慣れた景色だった。

 閉ざされた赤色のカーテンの内側からの光が窺えないことから、恐らくもう和也は自分の部屋へと戻り、リサも夕食を取っているところなのかもしれない。

 

 そんなことを考えてしまうのは、2人が伝えてきたそれぞれの気持ちがずっと頭の中でこだましているからだろう。

 

 友希那は息を吐いた。

 胸につっかえていた言葉を吐き出すように。

 

「気持ちだけでは……音楽は出来ない…………」

 

 リサと和也にそう言った。

 好きという気持ちだけで出来るほど、音楽の世界は甘くない。気持ちだけはどうしようもならない壁が、そのうちきっと立ちはだかる時が来る。

 その壁が何なのかはまだ知らない。が、かつての父がそうであったように、ビジネスという名の醜い欲によって他人に良いように使われ、気持ちを踏み躙られ、挙句の果てにはようやく立つことができた夢の舞台で全てを否定されるかもしれない。

 

 だから、気持ちだけでは音楽は出来ない、とそう言った。

 

 フェスで否定された父の代わりにフェスに出る。

 その『気持ちだけ』でここまで進んできたのは、他の誰でもない友希那(自分)自身だと言うのに――。

 

「……自分の気持ちに……正直に…………」

 

 幼馴染である彼がそうなってくれと言ってきたその願いを呟いたのは何故だろうか。

 ふと不思議に思いながら、友希那は倒れるようにベットに横たわる。

 そして、胸に手を当て、できるだけ小さくなるように体を丸めた。

 

 定まりそうで定まらない自分の気持ちに耳を向けるように。

 

 




 最後まで読んでいただきありがとうございました。

 この15話は元々1話にまとめるはずだったんですけど、前にも書いたように文字数が多くなりすぎてしまい、二つに分けることにしました。
 ですから、元々1話のつもりで書いたんで、こうして一日の間に2話を投稿することができたわけです。普通じゃ無理です。

 ここで少しだけ今回の話の補足を。
 和也がコインを持っていたのは、タイミングがあったら友希那が自分の気持ちに気付くきっかけを作ってやろうと企んでいたからです。ですから、リサがいる時にしなかったのは、単に要らないと思ってたからですね。
 あと、もし友希那が邪魔してこなかったとしても、和也は元々どっちの面が表か決めてなかったとかいう屁理屈を使う気満々だったので、どの道結果はウヤムヤになってました。

 さて、ここまで来たら一息つくまで後少し!個人的にはできるだけ早くここの話を終わらせたいのでラストスパート(全体で見るとまだまだ始まったばかりですが)頑張ります!

 では、皆さんまた次回にお会いしましょう!
 次回は多分1月中に出すと思います!というか出したいです!
 バイちっ!!
 


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16歩目 悩んで悩んで悩み抜いて、ようやく見つかって

 こんにちは、ピポヒナです。

 はい。すみませんでした。1月中に上げたかったです……。
 けど、言い訳ですが、その分詰まってるはずです。……多分。

 そういえばRoseliaの箱イベ来ましたね。
 冷静に状況を解説していって皆を恐怖へと陥れる友希那さんが個人的には良かったです。
 あと、星4リサの瞳にハイライトが無いのはなんか……良かったです。あこちゃんも可愛かった!

 では、これぐらいにして、本編どうぞ!



 
 
 


 

 

 西に傾いた陽の光が、見境なく当たるもの全てを橙色に染め上げる。

 コーヒーを片手に携帯を弄る大学生も、和気あいあいと笑い声が飛び交う女子高校生の集団も、そしてそれは神妙な面持ちで話す二人の少女すらも例外ではない。

 『ライブハウスCiRCLE』のカフェテラスにて。

 

「今日……ほんとは……練習の日だね……」

 

「ん……。りんりんからオフ会誘ってくれるの、初めてだよね?」

 

「うん……、家にいても……落ち着かなくて……」

 

「わかるっ。あこも、なんか、どうしたらいいかわかんなくて……だから、りんりんに会えて、ちょっとホッしてるんだ~」

 

 あこは不安が少し和らいだことで、強ばらせていた表情を緩める。

 その笑みは微かなものではあったものの、今日初めてあこが笑ったことに燐子は安堵し、「ありがと……」と言って、珍しく自分からあこを呼び出したもう一つの理由を伝えた。

 

「それに……衣装……完成したから」

 

「えっ! ほんとっ!? 見たい見たい!!」

 

「写真で……よければ……」

 

 これなんだけど……、と燐子は衣装が完成した時に保存していた写真をあこに見せた。

 すると、わぁっ!と。

 あこは目を輝かせて、驚きのままに大きく口を開け、

 

「凄いよりんりん!! めちゃくちゃカッコイイよ!! やっぱりりんりんは天才だよっ!」

 

「あ、ありがとう……」

 

 見せられた携帯の画面に映し出されたのは、胸元に大きなリボンがついた黒と紫を基調とした衣装(ドレス)

 手作りとは思えないその出来栄えの良さ、そしてカッコ良さに、あこは衣装の製作者である燐子を褒めまくる。

 しかし――、

 

「こんなにカッコイイ衣装、五人で着たらきっと……」

 

「――。……あこちゃん…………」

 

「きっと……」

 

 これを五人で着たらきっと、【Roselia】はもっともっとカッコ良くなる。

 以前までなら気にすることなく言えていたその言葉が言えなくて、あこは下を向いた。

 

 燐子が作ってきた衣装(ドレス)が例えどれだけバンドのイメージに合っていて凄かろうが、【Roselia】のメンバー全員で袖を通さなければ、何の意味も無い。

 

「……ねぇ、りんりん。あこ、みんなに余計なこと言っちゃったのかな? あこがあんなこと言わなかったら、きっとまだ【Roselia】は……」

 

「それは、ちがうよ」

 

 知りたいという気持ちを抑えられず、友希那がスカウトを断っていないことを暴露してしまったせいでこんなことになってしまったと、自分を責めて涙声になるあこに、燐子は首を横に振って、全てあこが原因ではないと否定する。

 

「……友希那さんが……本当に【Roselia】を辞めるなら……いつか……わかっていたことだと思う……」

 

「じゃあ……このまま【Roselia】はなくなっちゃうの……?」

 

「それは………………」

 

 言葉が続かなかった。

 これから【Roselia】がどうなるのか、それは燐子にも分からないのだから。

 だから、何も言うことができなくって、話が途切れてしまう。

 

 知れる術があるのなら、あこだって、燐子だって知りたい。

 【Roselia】が再び揃って、並んで演奏することはあるのか、ないのか――、

 

「――それは正直どうなるか分からない」

 

「「――!?」」

 

「けど、俺はこのまま終わらせるつもりは全くないぞ」

 

 あこのものでも、燐子のものでもないその声が聞こえ、二人が揃って声のする方へと振り向くと、

 

「カズ兄……っ!」

「稲城さん……!」

 

「よう、2人とも。久しぶりだな」

 

 数日振りに会った二人の少女に手を振る少年、和也がそこにいた。

 

 

 △▼△▼△▼△

 

 

「――まさか休憩中に二人に会えるなんてな。すっげービックリした。あ、ここ座ってもいいか?」

 

「ど……どうぞ……」

 

「あざす。……はぁ、やっと落ち着けた」

 

 燐子の許しを得て、二人が座るテーブルの余りの席に腰掛ける和也。アルバイトの制服である緑色のエプロンの上に白いパーカーを羽織り、数時間振りに吸うことができた外の空気を全身で堪能する。

 その一方で――、

 

((ど……どうしよう……))

 

 あこと燐子は困り果てて、同時にお互いの方を見やっていた。

 

 二人が和也と会ったのは、【Roselia】がバラバラになってしまったあの時以来。

 それまでならこの三人になっても気まずい思いには決してならなかったのだが、最後に会った状況も良くなかった上に、友希那のスカウトの事を知っていたという和也の立ち位置が気になってしまって、どんな感じで話せば良いのやら――。

 

「そういえばさっきちょっと話聞こえちゃったんだけど、あこちゃんと白金さんは【Roselia】がこのまま解散するのは嫌だって思ってることでいいんだな?」

 

「えっ?」

 

「ん? 違ったか?」

 

 和也が急にそう確認してきて、あこは一瞬頭をフリーズさせながらも「う、ううん」となんとか首を振る。

 

「あこ、また【Roselia】のみんなで集まって演奏したいっ」

 

「……あこちゃんならそう言ってくれるって信じてた」

 

 あこの答えを聞いた和也は、安堵しているようで、それでもって少ししんみりとしたように表情を緩めた。

 すると、一度瞬きをしてから燐子の方へと目を向け、

 

「で、白金さんは?」

 

「……わ、わたしは……」

 

 あことは違い、燐子は咄嗟に答えることができずに尻込んでしまう。

 だが、そこからは早く、まるで何かが喉に突っかかった感覚を払いきり、燐子はいつまでも待ってくれそうな優しい空色の瞳を見返した。

 

「――わたしも……わたしを変えてくれたこの人達と、もっと……もっと、もっと、音楽がしたい、です……っ!」 

 

「そっか。――うん、ありがとう」

 

 和也の口元に幸福感が滲む。

 あれほどのことがあったにも関わらず、そう思ってくれていることが嬉しかった。

 

「稲城さんは……どう思ってるんですか……?」

 

「やっぱり聞き返されるよな。そうだな……俺は――」

 

「――カズ兄は……カズ兄はあこ達の敵じゃないの……?」

 

 和也が答えようとした時、それよりも先に震える声が訊ねてきた。

 和也はその声の持ち主である少女、あこの怯える目を見やって、

 

「なんでそう思ったんだ?」

 

「……だって……カズ兄は友希那さんがスカウトを受けていたこと、知ってたから……」

 

 そう答え、あこはグスンと鼻を鳴らした。

 

 ハッキリとしない態度を取り続けていた友希那にカッとして、スタジオから飛び出したあの時。

 その直後にぶつかった和也にあこは助けを求めた。

 頼りにしてくれと言ってくれた彼なら力になってくれると信じて。

 

 しかし、現実はそうではなかった。

 

 友希那がスカウトを受けて断っていないことを和也は知っていたのだ。

 誰よりも早くに知っていたのにも関わらず、友希那がスカウトを断るように動いている様子は無く、それどころかスカウトのことをあこ達に隠すことに協力していた。

 

 それが裏切られたように思え、あこには悲しくて悲しくて仕方のないことだった。

 

「……ああ、そういうことか」

 

 あの時、手も取らずに走り去って行った理由がようやく分かった。

 和也は、また自分が知らないうちに期待を裏切っていたことを察し、不甲斐ない自分に対して拳をグッと握る。

 

「――あこちゃん」

 

 和也は、今にも泣き出しそうな少女の名前を呼んだ。

 その声にあこは反応して恐る恐る視線を上げると、映ったのは名前を呼んだ彼が首を横に振っているところだった。

 

「違う。俺はあこちゃんの敵なんかじゃない」

 

「えっ――」

 

「俺は友希那にスカウトを受けて欲しいなんてちっとも思ってない」

 

「そ……それじゃあ……カズ兄は、あこ達の味方……?」

 

 視線だけでなく顔もハッキリと上げ、最悪の想像を否定した和也に希望を見出すあこ。涙ぐみながらも光を蘇らせた洋紅の瞳は、まるで彼が自分と一緒に戦ってくれると言ってくれることを待っているかのようだ。

 しかし、そんなあこの期待通りにことが進むことはなく、和也は顎に手を当てながら「うーん……」と唸り、

 

「どうなんだろうな……味方……え? 味方であってるのか?」

 

「え……味方じゃないってことは……やっぱりカズ兄は敵なの?」

 

「いやいや、あこちゃん達の敵じゃないってことは言い切れる。だけど、味方っていうのはなんというか……ちょっと違う気がするんだよなぁ」

 

 依然として、和也はなんだか歯切れが悪い。

 それでも、彼はあこの敵ではないということだけはしっかりと否定する。

 そのことにとりあえず一安心したあこは、悩み込む彼と一緒に首を傾げた。

 

「ちょっと違うって、なにが違うの?」

 

「あこちゃん達の味方になるってことは、友希那の敵になるってことだろ? それだと違うんだよ。俺は友希那の敵になるつもりもねぇし」

 

「それじゃあ……カズ兄はどっちの敵でもないってことだから……なんだっけ? りんりん?」

 

「えっと……中立……かな……?」

 

「あっそうそう! それじゃあカズ兄はチューリツなの?」

 

「中立か……どうなんだろ? それも多分ちょっと違う気がする。なんというか、ほら、えっと……うまく説明できねぇけど、とりあえずしっくりこねぇ」

 

「――? 整理すると、カズ兄はあこと友希那さんのどっちともの敵でもなければ、おそらく味方でもなくて、だけどチューリツでもないってことだよね? ……えぇっと…………どういうこと?」

 

「さぁ……どういうことなんだろな……?」

 

 頭がこんがらがってはまたこんがらがり、訳が分からな過ぎて頭がパンクしそうになる和也とあこ。

 和也が言った通りにあこが頑張ってまとめてみたものの、あまり良い効果は得られなかった。

 

 和也自身、今回の自分が着くと決めた立ち位置が、このように超がつくほど中途半端であり、矛盾しているようにも思えるということを理解している。

 しかし、その立ち位置を適切に伝えられる言葉が見つからないのだ。

 

「ほんと、なんて言ったら伝わるんだろうな」

 

「――それなら……稲城さんの気持ちを…………教えてください……」

 

「へ……?」

 

「そう思った理由を……聞けば……きっと、わたしもあこちゃんにも…………伝わると……思います……」

 

「――――」

 

 どうでしょうか……?と窺ってくる燐子を尻目に、和也はハッとしていた。

 

「ああ、そうだよな」

 

 そんな適切な単語を探すよりも、その思考に行き着いた過程を、理由を話した方が、きっとより伝わるだろう。

 尊敬する先輩に自分の気持ちを伝えることも大切だと教えてもらった自分が、あれだけ友希那に自分の気持ちをと言っていた自分が、その提案を持ちかけられてしまうとは。

 

「本来、それって俺から切り出すべき話なはずだよな……」

 

「なにか……言いましたか……?」

 

「いや、ただの独り言。ちょっと考えてたんだけど、白金さんのさっきの提案でいくことにするよ。多分、そうやって気持ちを全部言った方が、今はプラスに進むと思う」

 

「そうですか。……では、わたしは……その、準備は……できているので……」

 

「あこも大丈夫。だからカズ兄、いつでもいいよ」

 

「そこまで身構えられるとなんか恥ずかしいな。――でも、すっげーありがたい」

 

 真剣に聞こうとしてくれているあこと燐子に、和也は素直に感謝を伝える。

 そして、真っ直ぐ向けられる洋紅と紫の双眸に一回ずつ改めて視線を交錯させ、言った。

 

「俺は、あの五人の演奏をまた聴きたいって思ってる。だけど、もし友希那がスカウトを受けることを選んだら、その時は頑張れって言ってやって、全力で背中を押してやりたいんだ。……それが、リサやあこちゃん、白金さん達からしたら、敵対するような行為になるとわかっていても」

 

 友希那がそう決めたのであれば。

 友希那の心が、それで悔いはないと思ったのであれば。

 

 ――その決断を尊重したい。

 

 もう一つの思いを諦めてしまうことになる可能性があろうとも。

 それも君の大切な気持ちなんだと、言ってくれた先輩の言葉が胸の奥にずっと在り続けている。

 

「――それは……どうしてですか?」

 

 見守るような紫瞳が。

 心に染み込んでゆく鈴のような声音が。

 和也の心に歩み寄ろうと、問いかける。

 

「……稲城さんは……どうしてそう思ったのですか?」

 

「友希那には、自分の気持ちに正直になって欲しいから。……その思いが、もう一つの思いと同じぐらい強くて、無視したくない。それに、友希那があんなにも悩んでるのに……ようやく見つけた気持ちを否定するようなことはしたくないんだよ」

 

「……友希那さんが……悩んでいる?」

 

「ああ。すっげー悩んでるよ、あいつは。あいつにとって『FUTURE WORLD FES.』で歌うことは何よりも優先すべきことなのに、それが確実に叶うチャンスが目の前にあるっていうのに。多分、スカウトを受けた時からずっと悩み続けてる」

 

「――。それじゃあ……友希那さんは……」

 

「友希那は【Roselia】のことを――皆のことをちゃんと想っている」

 

 燐子が目を見張らせた結論を、和也はすんなりと口にした。

【Roselia】を見捨てたと思っていた友希那が悩んでいるという事実が――希望が告げられ、あこと燐子は息を呑む。

 胸内、様々な感情が湧き出てきて落ち着かない。

 だというのに――、

 

「だから……もし友希那がスカウトを受けることを選んだとしても、わかってやってくれ。あいつは……友希那は、ちゃんとお前らのことが好きだ。――頼む」

 

 そう追い討ちをかけるように、和也は頭を下げた。

 

 和也があこと燐子に頼んだそれは、自分勝手な懇願だった。

 友希那が【Roselia】に残ることを願っている二人に対して、それが叶わなくても憎まないでくれという、なんともなんとも都合の良い懇願だった。それを言った和也自身でさえ、呆れてくるほどの。

 

 その懇願が、一つ前の話でいっぱいになっている今のあこと燐子には収まりきることはなく、現に今、頭を下げる和也を直視することはできずにあこはオドオドと目を泳がせ、その隣では燐子が静かに瞼を閉じていた。

 しかし、燐子が閉ざしていた瞼をゆっくりと開き、

 

「…………それが……稲城さんの気持ちなんですね」

 

「……ああ、そうだ」

 

「……わかりました」

 

 質問を和也が頭を下げたまま肯定すると、燐子は胸の前でギュッと自分の手を握った。

 意を決したように。

 

「――わたしも、できる限り頑張ってみます。だから……その代わりに、わたしから稲城さんにお願いです……。顔を……上げてください」

 

「――。……白金……さん……」

 

「あ、あと……もう1つお願いしてもいいですか……? 友希那さんが決断するまで……よかったらわたしとあこちゃんと一緒に……考えてください」

 

 下げていた頭を上げる和也。その表情は驚嘆一色で、顔を上げたのも、燐子がお願いしたからというより、そのお願いに対する不可解さが勝ったことが何よりの理由で――、

 

「本当に……いいのかよそれで……? 俺、友希那がスカウトを選んでも止めないんだぞ……? もっとちゃんと考えた方が良いんじゃないのか……?」

 

 頼みを受け入れられて喜ぶ立場であるはずの和也だが、素直に喜べるはずもなく、そう聞き返さずにはいられなかった。

 だが、動揺する和也とは相反し、燐子は少しも臆することなく答える。

 

「ちゃんと考えました。……ちゃんと考えて、そうするって決めたんです」

 

「――。で、でも……」

 

「それにきっと……友希那さんのことを……それだけ大切に思っている、稲城さんが一緒に考えて……それでもダメなら、きっとそれは……仕方のないことなんじゃないかな? って、思います」

 

「……俺が協力することが、最善だって言うのかよ」

 

「はい……。なので……もし、ここで稲城さんの協力が得られないなら……凄く、心細くなりますね」

 

「……その言い方は卑怯だぞ、白金さん」

 

「それで協力してくれるなら……卑怯でいいです……」

 

「――――」

 

 意思を曲げない燐子に、和也は表情を苦々しくした。

 

 彼女の意思は強く、きっとこれ以上言っても変えられない。

 決意を宿らしたその紫瞳は、和也にそう悟らすには十分で、だからこそ、そこまで言ってくれることへの嬉しさと申し訳なさと尊敬が渦巻く。

 

 そして、葛藤の末に、和也は「はぁ」と諦めるように大きく息を吐いた。

 

「……俺だけじゃ力不足だって思ってたから、正直、そう言ってくれるのはすっげーありがたい。けど、あこちゃんはどうなんだよ? 俺が一緒に考えてもいいのか?」

 

 和也が気にしたのは、まだ何も意見を言っていないあこのことだった。

 一言も発さずに、和也と燐子とのやり取りを傍で聞いていた彼女は、今もなお悩んでいるように見える。

 どうしたらいいのか、どうすることが一番いいのか、自分はどうしたいのか、和也のことも、彼が話した友希那の事情も、他にもまだまだ考えなければならないことが多くて多くて、頭にも段々と熱が籠っていって――、

 

「あーー!! もうわかんないっ!!」

 

「ひぇっ!?」

「っ!?」

 

「友希那さんが【Roselia】に残って、カズ兄がそれに協力してくれるならもうそれがいいっ!!!!」

 

 考えることが多すぎて、キャパオーバーしたあこは叫んだ。

 和也と燐子が目を大きく開き、カフェテリアにいた人々が一斉にこちらに疑問の視線を向け、電線に止まっていた雀たちが一羽残らず飛び去っていくぐらいの大声で。

 わからないなりに自分が一番望んでいることを、形にして伝えた。なんかもうそうしないといけないような気がして、ワーって言っちゃった。

 

「【Roselia】の演奏をまた聴きたいってことは、カズ兄も友希那さんには残って欲しいって思ってるってことでしょ? なら、りんりんがお願いしたみたいにカズ兄もあこ達と一緒に、どうしたら【Roselia】が復活できるか考えようよ!」

 

 ねっ!!と、あこは手を差し伸べた。

 最後まで協力できないかもしれない彼を誘うその手を取れば、きっと彼女は全幅の信頼を置いてくれるだろう。そう感じ取るのは、決して難しいことではない。

 それはもはや暴力のようだった。有無を言わせず、ただただ勢いだけで気持ちの全てを込め、どこまでも眩しい、暴力的に愛嬌に満ちた笑顔だった。

 

「そうですよ……! それに、友希那さんの心が【Roselia】に傾けば……それは友希那さんが自分の気持ちに正直になったって言えますし……みんな、幸せです……! だから、そうなるように一緒に頑張りましょう……っ!」

 

 稲城さん……!と、燐子は胸の前でグッと拳を握った。

 気持ちを受け止めてくれた彼女から送られたその激励には、どうしても応えてやりたいという気持ちが自然と湧いてくる。

 基本的に大人しい彼女が珍しく身を乗り出して、だけどもやっぱり少し恥ずかしいのか、唇を綻ばせながらもポッと花咲くように赤く染まった頬はその白い肌によく映える。

 

 あこと燐子。二人の少女の笑みは、和也を呆気に取らせるには十分過ぎるほどだった。

 見ているだけで心が満たされるように感じるその二人の微笑みを、和也は呆然とした状態のまま見つめ――、

 

「――二人とも、すっげーかわいい……」

 

「えっ?! か、かわっ!?」

 

「もうカズ兄? ちゃんとあこ達の話聞いてた?」 

 

「――っ!や、やべっ、声に……っ!? 悪い間違えた。……いや、別に間違ってはないか? じゃなくて! とりあえず今のはナシで!」

 

 和也が二人の微笑みに見惚れて思わず溢してしまった場違いの『かわいい』に、燐子は顔を真っ赤かにして目をぐるぐると回し、あこはぷくーっとほっぺたを膨らました。

 そんな二人の対照的な反応もまたかわいいなと思いつつも、流石に二回目は怒られるだろうからと今度は決して口には出さずに、和也は「ゴホン」と咳払いをする。

 

「えーっと、仕切り直してと。……本当に俺でいいのか? こんな俺なんかで」

 

「カズ兄がいいって何回も言ってるじゃん」

 

「は、はい……。稲城さんだからこそ……です……」

 

「……そっか」

 

 わかった、と和也は即答してくれた二人に苦笑する。

 

「……俺もそこまで言われたのに強く断る理由も無いし、俺からしてみても二人が協力してくれるとできることも増えるから、だから……って、何言ってんだ俺。そうじゃねぇだろ」

 

 なよなよしている自分に対して嫌気が差し、――パチンッ!と。

 和也は両頬を強く叩いて、活を入れる。

 弱々しかった自分を無理矢理追い出して、そうして空いたスペースには代わりに気合を入れて、「よしっ!」と前を向き、

 

「頑張るよ、俺も。だから、俺の方からも二人に協力を頼みたい。友希那がどっちにするか選択するまでにはなるけど――【Roselia】がまた揃うために一緒に考えよう」

 

「カズ兄!」

「稲城さん……!」

 

「だから、よろしく! あこちゃん、白金さん。俺も二人のことすっげー頼りにしてるから!」

 

 そう言い、和也は二ッと笑って見せた。

 友希那がスカウトを受けていたことを聞いてから、これほど自然に笑ったことはなかった気がする。

 それほどまでにあこと燐子が頼もしかった。そして、言葉にしたことで心が整理されたことが大きかった。

 

 ――それに、進みたいと思える道がようやく見つかった。

 

 

 △▼△▼△▼△

 

 

 そんなこんなでややあって。

 あこちゃんと白金さんと互いに協力を結ぶことになり、無事に二人とのわだかまりも無くなったことで、ようやく次のステップへと進むことができるようになった。

 

 その始まりの合図の代わりに、あこちゃんが「よーしっ!」と元気よく気合を入れて、

 

「【Roselia】が復活するために、これからどうしたらいいか三人で考えよう!」

 

「うん……、頑張ろうね……!」

 

「カズ兄も一緒に考えてくれるんだから、絶対にいい方法が思い浮かぶよね!」

 

「おう! 任せろ! ……って言いたいとこなんだけど、ちょっと聞いてもいい?」

 

「ん? どうしたの?」

 

「さっきからちょくちょく気になってたけど、なんでそんなに俺への信頼厚いんだ? なにか二人のこと助けてたっけ、俺って?」

 

 話の腰を折るようで申し訳ないが、二人から寄せられる俺への信頼が何を根拠にしているのかがとてもとても気になっていた。

 信頼されることは満更ではないのだが、それほど信頼されるようなことを二人にした覚えは無いし、何より後の反動が怖い。だから、ついでにここで聞いておきたいのだが――、

 

「うーん、なんでだろ? カズ兄だから、かな?」

 

「それ、あんまり理由になってねぇぞ、あこちゃん。……で、一応聞くけど白金さんは?」

 

「なん……でしょうか…………、言われてみると……あまり……パッと思いつきませんね……」

 

「信頼の根拠がないって……それってもしかして、それだけ俺がカリスマ性に満ち溢れてるってことか?」

 

「…………」

 

「否定してくれない優しさが逆に辛いっ!」

 

「あっ、いえっ、そのっ……!い、稲城さんが……優しい人だって……ことは……初めて会った時から……感じてました……!」

 

 求めていた答えを得られず自虐に走った俺に、最初は無言の笑みを浮かべていたが、次には手をパタパタと慌てさしてフォローを入れようとする白金さん。そんな彼女の心遣いが心に染みる。

 

 と、まあ、俺自らふざけてしまったものの、分からないのなら仕方がない。

 今すぐに知らなければならないものでもないし、また今度機会があればそのまた聞こう。――と、そう思っていたら。

 いきなりあこちゃんが「あっ」と何かに気が付いた様子で、

 

「リサ姉かも」

 

 そう言って、俺が「リサ? リサがどうしたんだよ?」と聞くと、俺が求めていた答えっぽいものを話し始めてくれた。

 

「練習の休憩中とかに、リサ姉がよくカズ兄のこと話してくれるんだ。小さい頃に友希那さんとも一緒にセッションごっこやってた話とかぁ、最近だとライブ前にカズ兄からキーホルダー貰った話とか!」

 

「へー。それでそれで?」

 

「それでね、その時にリサ姉がよく『カズ兄に応援されると元気になる』って言ってて、あこも前にカズ兄に応援してもらったことあるから超ーっわかるんだ!」

 

「うおっ、なんかすっげー照れるなその話!?」

 

 思わぬ情報が飛び出てきて、モロに面食らう。話すように仕向けたのは俺だけど。

 

 恥ずかしい思いをしたおかげか、とりあえずあこちゃんに関してはなんとなく分かった。

 リサが俺の良いところをあこちゃんに話してくれているから、その分普通よりかは評価が高いということだろう。あと、あこちゃんとリサがオーディションに受ける前に三人でした練習(特訓)の時に頑張った効果が残っている、と。

 

 にしても、リサが俺のことを話している、か。

 俺は二人の共通の知り合いだし、リサともあこちゃんとも仲良くしてる(と俺自身は思っている)訳だから、俺のことが話題に上がることは決しておかしくはないけど……すっげー気になる。

 

「あっ、キーホルダーのことで思い出した」

 

「え、まだあんの?」

 

「これはちょっとあこもよくわかんないんだけど。リサ姉、カズ兄からもらったウサギのキーホルダーをベースケースに着けてて、ベースを取り出す時にいつもこうやって、目を瞑ってギューッ!ってしてるんだ。それでその時のリサ姉がなんだかほわほわしてて……」

 

「ほわほわ?」

 

「――! あ、あこちゃん……その話は……た、多分、辞めた方が……」

 

「白金さん……?」

 

 あこちゃんの話の途中でいきなり焦りだした白金さん。

 どうしたのかと様子を窺ってみると、「え、えっと……その……」と顔を赤らめながら目を泳がせて、

 

「い、今井さんっ……今井さんが友希那さんのスカウトのこと……どう思ってるのか、知ってますか……?」

 

「それあこも知りたい! ……リサ姉もカズ兄みたいに、スカウトのこと先に知っていたのかも気になるし」

 

「ああ、そっか。二人からしたらまだそこも不透明だったな」

 

 せっかく二人に協力してもらうんだ。それならしっかり持っている情報を共有しておかなければ。

 白金さんに上手いこと話を逸らされた気がしなくもないが、今はリサのことを話してあげる方が明らかに優先すべきことだ。

 

「まず、リサに関しては心配しなくても大丈夫だ。リサは、友希那に【Roselia】に残って欲しいって思ってるから、完全にあこちゃんと白金さんと同じ。あと、リサがスカウトのことを知ったのは多分、あこちゃんが言った時だと思う」

 

「そうなんですね……。なんだか……ホッとしました……」

 

「あこもすっごいホッとしてる……。リサ姉に後でメッセージ送らないと」

 

「そうしてやってくれ。リサもリサで何かと動いてるみたいだし、きっと喜ぶ」

 

 リサの気持ちと知っている近況を少し伝えたら、二人はとても安堵していた。

 それもそうだ。同じメンバーの一人であるリサの心が【Roselia】から離れていないことを聞いて、安心しないわけが無いだろう。

 

 それに、【Roselia】が再び揃うには、友希那だけが残れば良いという訳ではない。

 メンバー全員がもう一度【Roselia】で演奏したいと思わなければならないというのが大前提としてある。

 

 あこちゃん、白金さん、氷川さん、リサ、そして友希那。

 

 この五人が揃ってこそ、ようやく【Roselia】になるのだから。

 

「となると、俺的にはすっげー氷川さんの状況が知りたいとこなんだけど……二人のところに何か連絡来てたりしてる?」

 

「ううん……。あこもりんりんも、あれから紗夜さんとは連絡取れてないんだ……」

 

「やっぱりそうか……。まぁ、ダメ元で聞いてみただけだからあんまり気にすんな」

 

 力になれなかったことを気にしてか、しょんぼりするあこちゃんに大丈夫だと伝える。 

 

 氷川さんの状況が分からない。

 これに関しては、彼女の性格からして大体予想できていた。 

 偏見ではあるけど、氷川さんは見切りが結構早そうだし、喧嘩別れという最悪な別れ方をした訳だし、そうなんだろうと。

 

「つーか……全部無事に終わったら氷川さんにも謝らねぇとな」

 

「氷川さんとなにか……あったんですか……?」

 

「……まぁ、ちょっと喧嘩をな」

 

「わたしとあこちゃんが……出て行った後に……そんなことが……」

 

「大丈夫。氷川さんからしてみれば友希那が取った行動は裏切ったみたいなもんだから怒るのも当然、って今は納得してる。けど、向こうはどう思ってるかわからねぇからなぁ……次会った時絶対気まずくなるだろうな……」

 

 想像しただけで、ため息が出てきそうだ。

 氷川さんは、友希那が最初に見つけたメンバーだ。志と技術が高い者同士、惹かれ合ったのだろう。

 だからこそ、友希那がスカウトを断らなかったという事実が、氷川さんに与えたダメージはかなり大きい。

 

 『裏切られた』という点に関しては、俺の目の前にいる二人も同じではあるのだが……、こうしてまた【Roselia】で! と考えてくれているわけで、本当に感謝しかない。全部無事に終わったら何かお礼をしよう。そうしよう。

 

 それはそうと、誰だって一番信じていた仲間が裏切ったら、取り乱してしまうものだろう。

 だから、あの時氷川さんが怒って、その怒りを俺にもぶつけてきたことは仕方のないことだと目を瞑ることにすると決めている。

 友希那を馬鹿にしたことは、謝ってこない限り許さないが。

 

「ともかく、友希那だけじゃなくて氷川さんに対しても何かしらの策を考えておいた方が良さそうだな。……恐らく、今、一番【Roselia】から心が離れているのは氷川さんだと思うし」

 

「う~ん……そうなってくると、どうしたらいいんだろうな……?」

 

「……どうしたら……いいんだろうね……?」 

 

 白いテーブルを囲みながら考えにふける三人。その真面目な雰囲気は、和気あいあいと会話を楽しむ周囲とは少し浮いていることだろう。

 

 正直、あまり上手く進んでいるとは言えない。

 情報共有も終えて、考えるべきことを整理したまでは良かったのだが、そこから先が難色を極めている。悪戦苦闘中だ。

 

 チラリと腕時計を見れば、いつの間にか休憩時間は残り十分を切っていた。もちろんアディショナルタイムがあるわけが無いし、戻るための準備があったりして逆に少し早めに戻らないといけないから、かなりまずい。

 けど、そんな思いとは裏腹に良さそうな案は何も思い浮かばず、焦燥感だけが着々と募っていく。

 

 ――どうすればいい?

 

 昨日リサに学校での友希那の様子を聞いてみたけれど、友希那は終礼が終わるとすぐに帰ってしまうらしく、なかなか捕まらなくてリサの方も結構苦戦しているようだし――、

 

「ああくそッ。焦って全然考えがまとまらねぇ。友希那と氷川さんになんて言葉をかけたら……いや、そもそも言葉だけじゃ難しいのか……?」

 

「言葉だけじゃ……! ――ねぇ、りんりん、カズ兄」

 

 呼ばれて思考を一旦止め、声のした方に顔を向ければ、何か思いついた様子のあこちゃん。俺と白金さんの意識が完全に自分へ向いたことを感じ取ると、「あのね。あこ、思ったんだけど」と切り出してからその続きを口にする。

 

「言葉だけじゃ伝えることが難しいんだったら――音で伝えてみる、っていうのはどうかな?」

 

「音で?」

 

「……伝える……?」

 

「うん!」

 

 そして、元気よく返事をしたあこちゃんは携帯を取り出して、「えっと、どこだったっけ?」と呟きながら数回スクロールし、その後すぐに「あ、あった!」と声を弾ませると、俺と白金さんに画面を見せてきて、

 

「――!」

「こ、これって――」

 

「りんりんが加わったから、新しく撮ってたんだ♪」

 

 そう、笑みを浮かべながら言うのであった。

 

 

 △▼△▼△▼△

 

 

 ――動画が届いた。

 

 五人の少女達が会話し、演奏し、高め合い、笑う――とあるバンドの、いつかも分からない日の練習風景を切り取っただけの何の変哲もない動画が、少女達の下に。

 

「あれ? あこから動画だ。……ふふっ、またこうやって皆と一緒に演奏するためにも、アタシももっと頑張らなきゃ!」

 

 その動画は、少女の覚悟をより一層強くさせるきっかけとなり。

 

「宇田川さんから動画メール……? ――!! ……私……いつから……こんな風に、笑って……。もし、このまま解散したら……私は……」

 

 その動画は、少女が自分の気持ちに気付くきっかけとなり。

 

「――。…………もしもし。……はい。……決めました。…………はい。お願いします」

 

 その動画は、少女が悩み続けていた選択を決断するきっかけとなった。

 

 それは、とあるバンドの練習風景を映した動画。

 それは、練習中の少女達の姿を映した動画。

 

 トラブルも、ハプニングも、笑いどころも、オチも、変わったことは何も起こらない、ただただ少女達の過ぎ去った日々をほんの少しばかり残しただけの――しかし、少女達にとっては特別な動画だった。

 

 そして、その動画が届いた日の夜。

 四人の少女達と一人の少年宛てに、一件のメッセージが届いたのだった。

 悩み続け、決断した少女によって。

 

 

 △▼△▼△▼△

 

 

「――あっ、和也」

 

「リサ。……と、あこちゃんと白金さん。もう来てたのか」

 

 星形のガラスが付いた黒い防音扉を開けると出迎えてくれたのは、三人の少女。三人ともどこか落ち着かない様子だというのが見て取れる。

 かくいう和也も同じだ。今朝起きた時からずっとそわそわしている。

 こうも落ち着かない理由は、決してアルバイト以外でこのスタジオに入るのが久しぶりだからではなく――、

 

「やっぱり友希那、和也のことも呼んでたんだ」

 

「ああ。どうするのか決めたから、俺にも聞いておいて欲しいんだとよ。ほんと友希那って、こういうとこ律儀だよな。メンバーだけで話し合ってもよかっただろうに」

 

「……それだけ稲城さんが……友希那さんの選択に……影響を与えたのだと……思います……」

 

「そうだよ! もし友希那さんがカズ兄のこと呼んでなかったら、あこが代わりに呼んでたと思う!」

 

「予想以上にフォローされて、始まる前から嬉しさと恥ずかしさでいっぱいになりそうなんだけど」

 

 友希那がバンドメンバーではない和也を呼んだ理由。

 それは、数日前に和也の下に届いたメッセージの中に記されていた。

 

 和也は、友希那がスカウトを受けていたことを直接話した唯一の人物、いわゆる当事者である。そして、当事者であると同時に、燐子が言ったように和也がかけた言葉の数々は多少なりとも友希那の思考に影響を与えていた。

 友希那が、己が下した決断を聞かせておかなければならないと思うほどには。

 

「それに、あこがあの動画を送った時も和也がいたってあこから聞いたよ? 呼んでくれたらアタシもすぐに行ったのに」

 

「そう言われても時間がなかったし、そもそも2人に会ったのも偶然だったからなぁ。ま、次からは呼ぶようにするよ」

 

「お願いね☆ それにしても、あの動画っていつの間に撮ってたの?全然気が付かなかったや」

 

「えへへ。いつもの【Roselia】を残したくって、こっそり撮ってたんだ♪」

 

「だからあんなに皆自然だったのか。なんつーか、俺的にはあの氷川さんが練習中はあんな表情してたことが意外で――と、噂をしてれば」

 

 ガチャリ、と扉が開かれる音がし、そこから入ってきたのは翠髪の少女。彼女が加わっただけで、空気が引き締まったのは気のせいではないだろう。

 

「や、やっほー、紗夜。……久しぶり」

 

「…………湊さんはまだ来てないようですね」

 

「う、うん。でも、まだ集合時間より全然早いし、そのうち来ると思うな」

 

「……そうですか」

 

 明るく接しようとしたリサをあまり相手にしないまま、紗夜はそそくさとイスに座った。

 そこで会話が止まった。誰も喋らなくなった。

 

 先に声をかけたリサも、いつもなら何かしらの話題を振ってそうなあこも、この話しかけづらさに押し黙ってしまう。燐子はこの空気感に堪えられずにオロオロとしている。

 

 しかし、その沈黙を破ったのは意外にも紗夜だった。

 

「――宇田川さん」

 

「はっ、はいっ!? なんですか紗夜さん!?」

 

 急に話しかけられたあこはビクッ!と肩を弾ませて、紗夜を見やる。

 紗夜は視線だけをあこの方へと向けたまま、

 

「宇田川さんが送ってきたあの動画、いつ撮っていたの?」

 

「え、ええっと、ライブよりも前だから……その……勝手に撮っちゃってごめんなさい!!」

 

 紗夜が投げかけたのはリサと同じ質問ではあったが、先程と同じように「えへへ」と笑えるはずもなく、あこは咄嗟に謝ってキュッと肩をすぼめる。

 紗夜は一瞬眉をひそませると、「そう」と簡潔に返して、また視線を戻そうと――、

 

「――つーことは、氷川さんもあの動画をちゃんと見たってことだな」

 

 しかし、紗夜の視線は、終わった会話に乱入してきた和也へと向けられた。

 不満しかない、物言いたげな眼光で。

 

「おっと。先に言っとくけど、どうして俺がここにいるのかって質問はするなよ? するとしても、まずは俺の質問に答えてからだ。――氷川さんはあの動画を見たんだな?」

 

「…………」

 

「沈黙ってことは、肯定してるって勝手に受け取るぞ」

 

 改めて訊ねるが、紗夜は口を開かない。

 ただその代わりに紗夜から和也へと送られるのは、剣のように鋭い視線。まるでこれが答えだと言わんばかりに和也を穿つ。

 

 その露骨な紗夜の態度を和也は「怖い怖い」と流しはしてはいるものの、それも胸奥に生まれた苛立ちを悟らせないためのカモフラージュ。

 現に、表には出さないようにと和也は心がけているので若干ではあるが、その唇は引きつっていた。

 

 和也と紗夜。元々あまりそりが合わない2人ではあったが、両者の間にあった溝は喧嘩したことで更に深くなっていた。

 紗夜があの時怒ったのは仕方のないことだと、和也は分かっている。だから、大切な幼馴染を馬鹿にされたことは心底腹立たしいが、それも割り切って水に流して接しようと思ってはいた。

 

 だが、こうして鋭利な視線をぶつけてくる紗夜を目の前にすると、次こそは喧嘩腰をやめると決意していても、どうしても苛立ちを覚えてしまう。敵意、抵抗感を拭え切れない。

 

 それは、和也だけに限った話ではないが。

 

「んじゃ、答えなかったからもう一回俺から質問。――氷川さんはあの動画を見て、どう思った?」

 

 和也は続けて紗夜に問いかけるが、もちろんそれに対する回答は返って来ない。

 ただそんなことはもとより分かっていた。この質問をしたのも、紗夜が答えてくれることを期待したからではなく、あの動画――【Roselia】の練習中に笑みを浮かべていた自身の姿を見たであろう彼女の心をほんの少しでも揺らすため。

 

 もちろん、もしここで紗夜が自身の気持ちを打ち明けてくれるのであればそれ以上はないのだが、今は一言も発しなくても何も問題ない。

 なぜなら――、

 

「友希那がどっちを選ぶにしても、このまま何も言わずに黙ってるなんてそんな馬鹿な真似、氷川さんがするわけねぇよな」

 

 それはもはや信頼していると言っても大差ないだろう。それ以外に無いと、強く確信している。

 だからこそ、和也は言ってやれる。

 

「言うなら思ってること全部言ってこい。お前のその溜めに溜め込んだ言いたいこと全部だ! ――俺も、リサも、あこちゃんも白金さんも、それにきっと友希那だってそれ以外は望んでねぇからよ」

 

「…………黙っていれば、よくもまぁ好き放題言ってくれるわね」

 

「そりゃこっちは全力だからな。導いてくれた先輩のためにも、後で後悔するわけにはいかねぇんだよ」

 

「本当に……この前と何も変わってない。稲城さん、あなた呆れるほど自分勝手ね」

 

「自分勝手ってその言葉、今回のことを通して俺自身が一番痛感してる。――けど、お生憎様と効かねぇな。自分勝手な俺のことを信頼してくれる女の子が三人もいるんだ。なら、カッコつけないわけにはいかねぇだろ?」

 

「よく回る舌ね」

 

「褒め言葉として受け取っとくよ」

 

 あんがとさん、と紗夜の嫌味に和也がそう強気に口角を上げて返してやった。

 その時だった。

 黒い防音扉が開かれ、最後の一人である銀髪の少女が入ってきたのは。

 

「――友希那」

 

「ようやくきたか、友希那」

 

「……湊さん」

「友希那さん……」

「……友希那さん…………」

 

「全員、揃っているわね」

 

 その姿を見た途端、グッと息を呑んだ紗夜とあこと燐子。視線を巡らせ、その三人の他に幼馴染二人がいることを確認した友希那は冷静にそう言い、ドアノブから手を放して歩いてくる。

 

 こうして、一つのスタジオに【Roselia】のメンバー全員が久々に集結したのだった。

 

 

 




 最後まで読んでいただき、ありがとうございます。
 
 ちょっと長かったと思います。ええ、だって前回長いからと分けた16000文字を分けずに出したので。
 長すぎるのは嫌なのでまた分けようかと思ったのですが、切りどころが見つからず……それならもういっそのこと、いっちゃった方が良いかな?って思った次第です。

 次回こそは2月中に上げられるように頑張ります。
 それじゃあ皆さん、ばいちっ!

 


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17歩目 また、この五人で

 こんにちは、ピポヒナです。
 なんと、お気に入り登録が100人を超えました!
 まだ物語的には、バンドリ本編とそこまでストーリーは変わらないのに100人を超えるとは……本当にありがとうございます!
 100人は初めの目標だったので、とても嬉しいです(^^)
 だからか、今回は自分的には比較的早い更新。頑張りました。


 それじゃあ前置きはこれぐらいで、本編どうぞ!
 少し時間が巻き戻ったところから始まります!





「お帰り、和也」

 

「悪い、リサ。待たせちまったな」

 

「ううん、全然大丈夫」

 

 向かいにあるベランダの柵を飛び越えてきた和也を、ずっと待っていたリサが迎い入れる。

「少し待っててくれ」と和也が言ってからそこそこ時間は経ってはいたのだが、そのことについてリサは特に気にしていない様子だ。

 あえて気になるものをあげるとすれば――、

 

「友希那になんて言ったの?」

 

「色々言ったよ。言いたかったことも……言うつもりじゃなかったことも、色々と」

 

「色々言った割には、友希那倒れてるけど……あれって大丈夫?」

 

「倒れてる?」

 

 少し心配そうにリサが指を指したのは、和也が立ち去る際に呼び止めようとしてバランスを崩した友希那。

 リサに指摘され、和也は少し驚きながら振り返って倒れている友希那を目にすると、もう一度リサの方に顔を向けて、

 

「倒れてることについては知らない。けど、多分大丈夫だと思う。流石に高二だし、あれが原因で泣いたりはしないだろ」

 

「あははは……それはアタシも分かってる。聞き方が紛らわしかったかもしれないけど、そうじゃなくてさ?」

 

「友希那が自分で答えを出せるかの心配だろ? 分かってる。でも、その心配も必要ねぇよ。今は色々と大きいことが重なった上に、俺が揺さぶっちまってああなってるけど、友希那には昔からしっかりとした芯があるから、ちゃんと答えを出してくれるはずだ」

 

「そっか。和也がそう言うなら、きっとそうなんだろうね」

 

 最後に友希那と会話した和也がそう答えたことに安心すると、リサは自室の窓を開けた。

 友希那の部屋に行く前に電気を消していたため、部屋の中は暗い。それでも外の明かりでおおよその家具などは視認できる。

 

 和也も中に入るのを待ってからカーテンを閉め、リサは扉のすぐ隣にある部屋の電気を付けようとする。

 そうして扉に近づくと、食欲を誘う香ばしい匂いが鼻を掠めた。

 どうやら今日の晩御飯はハンバーグらしい。

 くきゅう、と可愛らしくお腹が鳴ってしまったのは、空腹なのに想像してしまったからだろう。

 恥ずかしくて、それを誤魔化すために振り向いて和也の方を見るが、彼の様子からしてどうやらさっきのお腹の音は聞こえてなかったように思える。

 

「よかったぁ。ねぇ、和也。和也もまだ晩御飯食べてないでしょ? それなら家にきたついでにさ、久しぶりに食べて行かない? きっと、お母さんもお父さんも喜ぶと思うから!」

 

 どう?と指を立ててそう誘ったのは、思い付きからだった。

 お腹の音が聞こえたと思って慌てて振り向いた時に見た、いっぱいいっぱいになった表情を下に向ける彼の姿に、元気を出して欲しくて何か言わなきゃと思ったからだった。

 だから――、

 

「――ごめん、リサ。俺のせいで……俺のせいで友希那の隣にいたいってリサの夢が……叶わなくなるかもしれない……………ごめん……」

 

 だから、内容はともあれ、こうして和也が謝ってくることをリサは事前に察していた。

 いや、もしかすれば、和也が友希那の部屋から戻ってきた時にはすでに感じ取っていたのかもしれない。

 

「もう、和也のことだからきっと友希那にも『どっちを選んでも、俺はお前の背中を押してやる!』って言ったんじゃないの?」

 

「――。な……なんでそれを……」

 

 核心を言い当てられて動揺する和也。

 ハッと上げられた信じられないとでも言いたそうな和也の表情を見て、リサは「お? 図星か」と少し得意気。

 

 カーテンが開かれていたことで、リサの部屋のベランダからでも和也と友希那のやり取りを少し窺うことはできた。が、それも高がしれている程度のもので、2人の声までは聞き取れていない。

 それなのにも関わらず、リサが和也が取った行動を言い当てれたのは他でもなく――、

 

「なんでって、だって今まで和也がアタシにそう言ってくれてたもん。だから和也がそうやってカッコつけるのも知ってるし、今みたいに変なことを気にして落ち込んじゃうのも知ってる」

 

「――――」

 

「アタシはそんなところが和也の良いところだって思ってるから、これから先また何かあった時は、アタシや友希那、ううん、それ以外の子にでもいいから、そうやって応援してあげて欲しいな」

 

 そう言い、リサは微笑んだ。

 暗い部屋の中、カーテンの隙間から僅かに差す月光が、彼女の温かな笑みを淡く照らす。

「ほら」と優しい声音で耳を撫で、リサは崩れ落ちてしまいそうな和也の頭の後ろに手を回してグッと肩に抱き寄せて、

 

「元気が出るまでアタシがいくらでも慰めてあげるから。元気が出たら、また一緒に頑張ろ? ね?」

 

「…………ごめん……辛いのはリサも同じなのに……」

 

「もー、またそうやって心配する。今はアタシが和也を慰めてるんだから、和也はそんな心配なんかしないで、大人しくアタシに慰められなさいっ」

 

 あえてふざけたように言われたリサの優しさに、和也は「ごめん」としか返せなかった。

 泣きたい程辛いはずなのに、そのことを悟らせないように優しく慰めてくれるリサの行動は、ありがたいと同時に胸が裂けそうなぐらい申し訳なくて――、

 

「……ごめん…………ごめん……」

 

「…………」

 

「……っ……ごめん、本当にごめん……っ」

 

「……うん。……いいよ」

 

「あの時だって……っ、俺はリサに……っ……こうやってもらって……っ」

 

 情けなくて、情けなくて。

 いつも彼女の温もりに甘えてしまう自分が本当に情けなくて――、

 

「大丈夫……ずっと傍にいるから」

 

「――――」

 

 その言葉に、また救われて。

 それでもリサにはまだ何も返せていなくて――、

 

「ごめん……! ごめん……っ! 本当に、ごめん……っ!!」

 

「む、ちょっと謝り過ぎ。迷惑かけてるって思ってるんだったらさ、『ごめん』って謝るよりも『ありがとう』って言ってくれた方が嬉しいな」

 

 泣きじゃくっても嫌な顔一つせず、そう言ってくれる彼女の温かさを手放すことはできなくて――。

 

「………………ありがとう……ごめん」

 

「まぁ……今はそれでいっか」

 

 苦笑と嗚咽が、暗闇に溶けていく。

 

 まるで不安で涙が作られていたかのように、リサの服を濡らしていくほど心が軽くなっていく気がした。

 優しく背中をさすってくれるリサの掌から伝わる熱が、立ち直るための力に変換されていく気がした。

 

 リサに慰めてもらうのは、これが初めてではない。

 心が大きく乱れた時、リサはいつもその温かさで救ってくれる。

 リサの前では、弱い自分をさらけ出すことができた。

 

「……リサ……俺はきっと、最後は何もできない……ただ見ているだけになると思う……」

 

「分かってる。最後ぐらいはちゃんとアタシ達で解決しないとね」

 

「……頼んだ、リサ……」

 

「うん。任せて」

 

 そうやって今回もまた、和也はリサに力をもらって、立ち直らせてもらって、救ってもらって――、

 

 

 △▼△▼△▼△

 

 

 真っ直ぐこちらを見据え、歩いてくるのは十年以上の付き合いのある幼馴染。

 もはや見慣れた、と言っても良いほど、その姿は常日頃から、彼女が小さい頃から目にしてきた。

 だが、今日はいつもとは違っているように見える。

 

 違うと言っても、外見が変わったわけではない。

 腰まで伸びた、光の当たり具合によっては淡い紫色に見えるその銀髪も、まるで出来のいい人形のように整ったその顔立ちも、スラッとしていて清らかなその手足も、平均よりも小さく華奢なその体も、強い意志を宿したその琥珀の瞳も――いつも通りの佳麗さだ。

 

 それじゃあ何が違うのかと言えばそれは――、

 

「私の正直な気持ちを話す前に、まず謝らせて。……この前は、ごめんなさい。一バンドメンバーとして、不適切な態度だったわ」

 

「それは、どういう意味の謝罪ですか?」

 

「自分の気持ちを、自分で理解しきれていなかった。あなた達との関係を、ちゃんと認識できていなかった。そのことについての謝罪よ」

 

「つまり、今はもうそれらの答えを出したってことだな」

 

「ええ。――スカウトは断ったわ」

 

 友希那は端的に、まずは下した決断をハッキリと伝えた。

 彼女の決断を耳にし、スタジオ内にいた者全員が驚嘆の反応を露わにする。それは、その中で唯一バンドメンバーでない和也も例外ではない。

 

 リサ、紗夜、あこ、燐子、そして和也。【Roselia】のメンバーである彼女らと、当事者である彼がこの場に呼ばれたのは、友希那がようやく下せた決断を伝えるため。

 その目的は今こうして、決断した彼女自らが事実だけを口にしたことによって果たされたわけではあるのだが、それで終わるわけではない。

 というのも――、

 

「や、やった! それじゃあまた【Roselia】を……!」

 

「待ってください。私は納得できません」

 

 そう、決断を聞かされた者にも、それに対して言いたいことがある。

 誰よりも早くに反応を示したあこを、紗夜は喜ぶのはまだ早いと呼び止めると、友希那へと問い詰めた。

 

「湊さん。スカウトを断ったとしても、私達を『バンドメンバー』ではなく、『コンテスト要員』として集めた事実は変わりはないのよね?」

 

「紗夜! なにもそんな言い方!」

 

「――今井さんは黙ってて。私は、今井さんにではなく、湊さんに聞いているの」

 

 意図的に聞こえを悪くされた詰問にリサが物申すが、紗夜は一瞥もくれず硬い声だけで一刀両断。

 そんな彼女にリサもまた言い返そうとしたが、吐き出しそうになった感情をグッと喉元で押しとどめた。

 

 紗夜の剣幕に気圧されたからではない。もう黙らないと心に決めたのだから、それぐらいの恐怖では今のリサは止まらない。

 だが、今ここで守っても何も生まれないと、リサは向かいに立つ大切な幼馴染、友希那へと意識を向けた。

 ――この質問は、今回の騒動の原因である友希那が答えなければ意味が無い。

 

「どうなんですか、湊さん?」

 

「……否定はしないわ。私があなた達を見つけ、【Roselia】を立ち上げたのも、私がこれまで音楽をやってきたのも、他でも無く『FUTURE WORLD FES.』に出場するためだもの」

 

「――。……そうですか。否定、しないのですね」

 

「紗夜が言ったように、その事実は変わりないのだから……」

 

 言いながら、友希那は目を細めた。

 僅かに下を向いた琥珀の瞳に、紗夜は顔をしかめさせると大きく息を吐き出し、自分からして右側にいるリサ、あこ、燐子の方へと向いて、

 

「聞きました? 私達は友希那さんの夢を叶えるために都合よく集められたコンテスト要員であることを、湊さんは否定しなかった。……それがどういう意味か分かるわね?」

 

 冷静に。そして、冷酷に。

 紗夜は、自分自身と他のバンドメンバーに言い聞かせるように警告する。

 

 友希那は『FUTURE WORLD FES.』に出ることを夢見ている。

【Roselia】を結成したのもそれが理由だ。今年のフェスに向けたコンテストの応募条件――三人以上というハードルを満たしながら、出場権を掴み取る可能性をより上げるための最適解として最終的にはこの五人でバンドを組むことになった。

 

『FUTURE WORLD FES.』は疑いようもなく頂点。

 だから、バンドマンの一人として憧れを抱くのは当然のことであり、そこに出場することを目標に掲げるのは決しておかしくはない。

 だが、フェスに出ることが全てだと言うなら――、

 

「フェスに出て、それからどうするのか。失礼だけど、その先のビジョンを湊さんは持っていないということになる。――つまり、私達は使い捨て。フェスに出られたとしても、その後に待っているのは『用なし』として捨てられる未来だけだわ」

 

「――それは違うわ!!」

 

 刹那、紗夜が並べていた推測を否定したのは、友希那の大声。

 外にまで届くかと思うほど強く、そうではないと訴えかける。

 

「確かに初めはそうだった……! メンバーを探していた時は、フェスにさえ出ることができればと思っていた……っ! だけど今は……」

 

「だけど今は違うと。考えが変わったと、そう言うのですか?」

 

「ええ。……紗夜を見つけて……皆が集まって……いつの間にか、私……」

 

 気持ちの変化を吐露していく友希那。

 だが、肩を震わせる友希那の姿を見ても、紗夜は「そうですか……」と冷たく言い、

 

「ですが、湊さんの考えが変わったとしても、あなたが私を……私達を裏切ったことは変わらない。私があなたにどれほど失望したか、少しは分かるはずです。……それなのに、気持ちが変わったからその言葉を私達に信じろと? 私達を裏切ったあなたが?」

 

「……分かってる…………分かってるわ……」

 

「紗夜、流石にこれ以上は見過ごせない」

 

 必要以上に追い討ちをかける紗夜を看過できず、リサは言いながら友希那を守るように二人の間に立つ。

 

「友希那がスカウトをすぐに断らなくて、紗夜が傷ついたのは分かってる。でも、ここまで友希那を追い詰める必要は無いんじゃないの?」

 

「リサ……辞めて……」

 

「ううん、辞めない。もう、黙ってないって決めたから……! 今の紗夜は、いくらなんでも言い過ぎだよ!」

 

「……と、今井さんは言っていますが――さっきからずっと黙っているけれど、あなたは何も言ってこなくていいの?」

 

 リサが眉をひそませるのを見て、紗夜は飄々とした態度で視線を横にズラした。

 その視線の先にいるのは、友希那とリサの幼馴染である少年――和也。

 

 彼は友希那とリサに肩入れしている。それも、理由こそは分からないが、幼馴染だからといった理由では到底説明できないほどかなり強く。

 それが、紗夜が少ない関わり合いの中で和也に付けた総評であり、その総評は実際にかなり的を得ている部分が多い。

 多いのだが――、

 

「いや、今んとこ俺からは特に何にもねぇよ」

 

「……意外ですね。あなたなら間違いなく何か言ってくると思ってました」

 

「氷川さんに全部言えって言った手前、途中で止めたりなんてしねぇよ。……それにこの話し合いには、あんまり口出ししないって決めてんだ」

 

「へぇ……、少しは人のことを考えるようになったんですね」

 

 動かないと宣言した和也に、紗夜は軽く眉を上げた。

 

 和也は、サッとリサの方に視線を向ける。

 幼馴染三人で話し合った後、最後に自分は見ているだけだと伝えていた彼女ならきっと大丈夫だと信じて。

 リサのように友希那を庇いたいという気持ちはあるにはあるのだが。

 

「まぁ、飴と鞭で言うところの鞭の部分が出たとでも思っとけ。それも、百年に一回あるかないかのレベルの大鞭が」

 

「…………そういうことにしときましょう」

 

 リサとは違って全く友希那を庇う気配の無い和也に違和感を覚えながらも、邪魔が入らないのであればそれでいいと、紗夜は視線をリサへと戻す。

 再び向けられた敵対の瞳にリサが警戒して身構えると、紗夜はリサとの間にある2mほどの距離を一歩詰め寄って、

 

「今井さん。あなたがそうやって湊さんを守っているのは、あなたが湊さんを大切に思っているという『私情』が理由じゃないかしら?」

 

「確かに私情が無いって言ったら嘘になる。――けど、それだけじゃないっ!」

 

 グッと両手に力を入れ、リサは相対する紗夜に反発する。

 

「アタシはまたこのメンバーで、【Roselia】の皆と一緒に演奏したいからこうしてる……! 紗夜は何がそんなに許せないの? 友希那だってこんなに反省してるんだから、いい加減に許してあげてもいいんじゃない?」

 

「許す……? ――今ここで私が湊さんを許すことで、このバンドは良くなるのですか?」

 

「――!?」

 

「リーダーであるにも関わらず誰よりも早くにバンドを見捨てようとしたことを全て無かったことにして、何の責任も取らすこともなく活動を再開する。それが【Roselia】にとっての最善だと、今井さんはそう思っているということですね?」

 

「そ……それは…………」

 

「私はそうは思いません。過ちを犯した者は、それ相応の責任を取るべきです。それにもしここで妥協して湊さんを許してしまえば、例え【Roselia】の活動を再開したとしても、何か大きな壁にぶつかった時に私達はまた必ず妥協することになるでしょうね」

 

「――――」

 

 紗夜がもう一歩前進し、リサはその分後ずさった。

 何も反論できず、リサは顔をしかめてギリッと下唇を噛む。

 

 完全に言い負かされた。そして、紗夜が言ったことに納得してしまった。

 反省しているからと、ここで何もしないで友希那を許したところで、それは今回の問題が解決したとは言えない。

 それはただ、解散するのを少し先延ばしにしているだけだ。

 

「もちろん……そのことも分かってるわ」

 

 肩から感覚が伝わり、リサがそちらに振り向くと、友希那が手を置いていた。

 守るように前に立つ幼馴染をどかすように横に押され、それに対してリサも咄嗟に抵抗するが、友希那が無理矢理押し切って紗夜の前に立つ。

「友希那……」と心配したリサの呟きも、もはや彼女の耳には届いていない。

 

「あなた達を裏切るような行動をした責任はもちろん取る。その責任として、私は――【Roselia】から、抜けるべきだと思う。私とは違って、あなた達の信念は本物だから」

 

「――っ!?」

 

「なっ、なにもそこまでは――!?」

 

 責任を取るために、【Roselia】から抜ける。

 友希那の口から飛び出したその言葉に、紗夜は目を見開いて手を伸ばし、その他の四人も驚きを必死に拭って、友希那を止めようとする。

 だが、その直後。

 

「――でもっ!!! でも私はこの五人でまた音楽がしたい!! この五人じゃないとだめなの!!」

 

 驚きも、衝動も。

 その時湧いた全ての感情を、友希那の叫びが掻っ攫った。

 

 

 △▼△▼△▼△

 

 

「でも私はこの五人でまた音楽がしたい!! この五人じゃないとだめなの!!」

 

 友希那は叫んだ。

 ようやく見つけた自分の気持ちを伝えるために、強く、強く。

 

「私の行動があなた達を傷つけたことも、信頼を失ったことも分かってる! でも、私にはあなた達以外は考えられない……! だから……だからっ、これが身勝手な我儘でしかないと分かっているけれど、――また私をあなた達の演奏と一緒に歌わせて欲しい!!」

 

 友希那は懇願した。

 小さな子供が駄々をこねるように。

 ただ、前のようにこの五人でまた演奏がしたいと、そのことだけが叶えばいいと。

 

「あなた達を裏切ったことが変わらないことも分かってる……! だけど、その責任も、何もかも背負っていくから……償っていくから……紗夜、あこ、燐子、リサ……また私のことを信頼して欲しい……また、私の隣で演奏して欲しい……」

 

 プライドも捨て、友希那は頭を下げる。

 その姿を見て、紗夜もあこも燐子も動けなかった。

 だがそんな中、ただ一人だけ動いた者がいて――、

 

「――もう、友希那はまたそうやって一人で全部背負おうとするんだから」

 

「――!」

 

「友希那一人になんか背負わせない。アタシも一緒に背負うって決めたから」

 

 言いながら、隣へと並んだ幼馴染――リサは優しく友希那に微笑み掛ける。

 そして、その微笑みに友希那が息を呑むと、紗夜達の方へと向き直して、頭を下げた。

 

「アタシからもお願い。友希那を信じてあげて欲しい」

 

「――――」

 

「友希那が裏切ったことを許さなくていい。なかったことにしなくてもいい。――だけど、もう一回だけ信じてあげて。友希那は過去から逃げないでちゃんと向き合うことができるから」

 

「リサ…………」

 

 自分と同じように頭を下げたリサの姿に、友希那は知らぬ間に声を震わせた。

 

【Roselia】であり続けたいと言った時、リサなら敵対しないだろうと友希那は思っていた。

 なにせ、昔からずっと甘やかしてくる彼女のことだ。先程までのように向けられる非難から守ろうとしてくれることは容易に想像できたし、逆に敵対して非難を浴びせてくることは考えられなかった。

 だから、こうやって一緒に頭を下げてくれることは、どちらかと言えば想定内ではある。

 そのはずなのだが――、

 

「……っ……リサ…………っ」

 

 今までずっと傍にい続けてくれ――これからも傍にい続けてくれようとしてくれるリサの覚悟に、友希那は自分の口を手で塞いでいた。

 胸から込み上げてくる熱い感情を溢さないように、精一杯、必死に押しとどめる。

 まだ、涙を流すわけにはいかないのだから。

 

「――――」

 

 友希那は感情に押し出される形で息を吐きだす。

 そうして、ほんの少しではあるが周りの音が届くようになって、その時にようやく自分の隣に新たに二人並んでいることに気が付いた。

 

「――紗夜さん! あこからもお願いします! あこだって友希那さんがスカウトをすぐに断ってくれなかった時は凄くショックだったけど、でも、今はそれよりもまたこの五人でまた演奏したいって思ってる……! だから、紗夜さんがいないとだめなの!!」

 

「あこ……」

 

「――わたしからもお願いします……! 今回のことで氷川さんが……どれだけ傷ついたか分かるだなんて決して言えませんが……どうか……友希那さんにもう一度だけ……チャンスを上げてください……! わたしも、またこの五人で音楽がしたいです……っ!」

 

「燐子まで……どうして……」

 

 友希那をまた信頼するよう頼み込むあこと燐子。

 裏切られたことに失望し、紗夜のように何か言ってきてもおかしくないはずの二人が、他の誰でもなく自分のためにそう言ってくれたことに、友希那は困惑する。

 

「私は……私はあなた達を見捨てようとしたのに……」

 

「誰にだって間違えることはあります……。でも……友希那さんはその間違いから逃げず、背負ってでもわたし達が良いと……【Roselia】を続けたいと言ってくれました……」

 

「それに、あこもりんりんもまた友希那さんと一緒にステージに立ちたいって思ってましたから!」

 

「――。ありがとう……っ……二人とも……っ」

 

 友希那がそう言った時には、抑えていたはずの感情がすでに溢れ出ていた。

 温かい感情から作られた涙は口元に当てていた手を伝い、――ポタッ、――ポタッ、と落ちていく。

 

 止めようとしても、止まらない。友希那は息を止め、グッと堪えて、何度も何度も腕で目元を拭う。

 まだ泣くわけにはいかない。まだ、泣くわけには、まだ紗夜が、まだ残っているのだから、まだ――、

 

「まだ……っ……泣いている場合じゃ……っ!」

 

「……これじゃあまるで、私が悪者みたいね」

 

 嗚咽し、大きく弾ませる背中をリサにさすわれ、あこと燐子に心配そうに見守られる友希那。

 目の前で繰り広げられているその光景に、紗夜はため息混じりに苦々しく呟く。

 

 友希那がメンバーを裏切った事実は、どれだけ彼女が心変わりしようが変わることは無い。

 そう、紗夜は友希那に厳しく言い続けた。

 友希那がどれだけ傷つくのか分かってながらも言い続け、紗夜はその行為をしたことを間違っていただとは決して思っていない。涙を流す友希那や、彼女に寄り添う他のメンバーを見て罪悪感が生まれることは否定しないが、それでもあれは必要だったと言い張れる。

 

 なぜなら、一度【Roselia】を裏切った友希那に、その事実を誰かが突きつけなければならないから。

 そうしなければ、友希那の本当の気持ちが分からないから。

 

 そして、その変わりようのない事実を突きつけられたうえでもなお――、

 

「目を背けずに、抱えたまま引っ張っていく。そう覚悟できるのは、また私たちと音楽がしたいから」

 

 突きつけられたうえで、その事実と向き合い、そして乗り越えていく。

 そう言い張るのなら、そう貫き通すのなら、そう覚悟したのなら、そう覚悟してくれたのなら――紗夜も応えなければならない。

 

「あなた達、一つ大きな勘違いをしているわ」

 

 と、言いながら腕を組んだ紗夜に、友希那と彼女をなだめていた三人の視線が集まる。

 その他に、一歩離れた場所から向けられる全てわかっているであろう双眸は意識的に無視して、紗夜は「そもそもね」と切り出し、

 

「私は、【Roselia】を抜けるだなんて一言も言ってない。そして、これから先も言うつもりは無いわ」

 

「――――」

 

「それに……この話し合いを始める前からずっと、またこのメンバーで演奏したいと、そう思っていたわ」

 

 あなた達と同じね、と最後に付け加えて紗夜は微笑んだ。

 その微笑みを、紗夜が伝えた気持ちをすぐに理解することはできず、友希那もリサもあこも燐子も紗夜を瞳いっぱいに映しながら硬直する。先程までの友希那に対する紗夜の反抗的な姿勢からは想像もつかなくて、脳の処理が追い付いていない。

 それでも、脳の処理が追い付いていなくとも、紗夜が【Roselia】から離れないということさえ分かればそれで十分で、

 

「――紗夜さんッ!!」

 

「ふぐっ!?」

 

「よかった、紗夜さんが【Roselia】のこと嫌いになっちゃったんじゃないかって、あこ、ずっと思ってたからホントによかった……っ」

 

 衝動に身を任せ、紗夜に飛び込んだあこ。

 突然腹に衝撃が駆け抜け、らしくもない不格好な悲鳴を上げた紗夜は、数歩後ずさって何とか転ばずに堪えると視線を下げ、抱き着いている紫髪の少女を視界に入れる。

 

 押し付けるように顔をうずくめてきている。泣いてはいないようだが、よほど安堵しているのだろう。

「悪かったわね」となだめるように頭を撫でると、「紗夜さん……っ」とあこは抱きしめる力を更に強くする。正直に言って、凄く苦しい。

 

「だけど、それも私が宇田川さんに心配をかけたから。……我慢するしかなさそうね」

 

「紗夜……さっきの話、本当なの?」

 

「ええ、【Roselia】から抜けるつもりは無いという話なら本当ですよ」

 

「――――」

 

 言いながら紗夜は下げていた視線を元の高さに戻すと、まだ先程の涙の跡が残っている友希那が安堵するように表情を緩めているところだった。

【Roselia】のためとは言え、友希那をすぐに許そうとせずに彼女の覚悟を試した紗夜は、その表情を見て申し訳なさを覚える。

 しかし、紗夜はあえてもう一度厳しい言葉を友希那に言った。

 

「ですが、【Roselia】から抜けるつもりが無いのは現状の話です。これから先も言わないとさっきは言いましたが、お遊びのバンドをするのであれば抜けさせてもらいますよ」

 

【Roselia】がまだ存在していなかった頃、紗夜がメンバーを探していた友希那とバンドを組むと決めたのは、友希那の歌声が今まで自分が聞いてきたどの音楽よりも衝撃を受けたからでもあるが、それと並ぶぐらい友希那の志の高さと真剣さが伝わったからだ。

 だから紗夜としては、いくらこのメンバーと共に演奏するのが心地良いからとはいえ、馴れ合うだけのバンドをするつもりは起きない。

 それに、もし高みを目指すことを放棄した時、【Roselia】は以前のような演奏をすることができないだろうという確信じみたものが紗夜にはあり――、

 

「――もちろんよ! 私もそんなつもりは全くない。これからは今まで以上に厳しくして、【Roselia】の音楽を更なる高みへと引き上げる気でいるわ!」

 

 しかし、紗夜のその確信は友希那も感じていた。

 友希那の力強い宣言に紗夜は唇を綻ばせる。

 

「頼りにしていますよ、湊さん。また【Roselia】のリーダーとして、私達を引っ張っていってください」

 

「ええ、もうあなた達を裏切るようなことはしない。私も頼りにしているわ、紗夜」

 

 友希那と紗夜。初めに手を取り合った二人が笑みを交わし合う。

 その様子を見守っていたリサと燐子は、釣られるように笑みを浮かべて、

 

「ということは……」

 

「つまり……!」

 

「【Roselia】復活!!」

 

 と、燐子とリサに続いて最後にあこが満面の笑みで言ったのだった。

 その後すぐに、「解散していたわけではないからその表現は適してないわ」と紗夜と友希那の二人に指摘されてしまうのであるが。

 

 

 △▼△▼△▼△

 

 

「いや~、ホント良かったぁ。一時はどうなるかと思ったけど」

 

「あこ、燐子、ありがとう。あなた達のおかげで、さっきは勇気が貰えたわ」

 

 胸に残っている【Roselia】の再始動が決まったことへの安堵感をリサが代表して吐き出し、友希那はあこと燐子に感謝を告げた。

 一度は彼女達を裏切り、傷つけてしまったのにも関わらず、そんな最低な自分とまた音楽がしたいと言ってくれたことは、あの時の友希那の心に深く深く染み込んだ。

 染み込み過ぎてしまって、ちゃんと喋れない程涙を流してしまいはしたが――それでも感謝をしてもしきれない。

 もちろんもしあこも燐子もリサも、誰も味方にならない状況に陥っていたとしても、友希那は変わらず「またこのメンバーで音楽がしたい」と訴える覚悟はありはしたが。

 

「い、いえ……わたしもあこちゃんも……友希那さんがああ言ってくれて、嬉しかったです……」

 

「うん! それにそれにっ、友希那さんにとってフェスに出ることがすごーく特別なことなのに【Roselia】のことでずっと悩んでくれてるって聞いた時、あこ超ーっ嬉しかった! だから、絶対にまたこのメンバーで演奏できるように頑張ろうって決めてました!」

 

「ふふ……その話を聞いた時は……私も嬉しかったな……」

 

「――? あこ、燐子、その話は誰から聞いたのかしら? 私にとってフェスに出ることが特別だということを、あなた達には話していないはずなのだけれど……もしかして、リサ?」

 

 言いながら、友希那はリサに疑いの眼差しを向ける。

 しかし、リサは「え?」と素っ頓狂な声を上げてから、「ううん」と首を横に振って、

 

「アタシは話してないよ? 二人と連絡取り合ったのも、友希那が皆を呼び出すメッセージ送ったよりも後のことだったし」

 

「それじゃあ誰が……?」

 

 情報の出所が分からず、友希那は眉をひそめた。

 

 友希那にとって『FUTURE WORLD FES.』は特別だ。

 それは他のバンドマンがフェスに対して持っているような憧れや特別感とは全く異なった理由からくるものである。

 その変わった理由について、友希那はあこにも燐子にも話してはいない。そして、メンバーで唯一知っているリサも話していないと否定した。

 

 それなのに、あこは友希那にとってフェスが特別であることを知っていた。

 リサが嘘をついていると考えるのが妥当だろうが、友希那にはそうとは思えない。根拠はないが、長年リサと幼馴染をしてきたことからくる勘と言うやつだ。

 

 そして、その勘が間違っていないと仮定するならば、残される可能性はたった一つ。

 

「――和也から聞いたのね」

 

「そうです! カズ兄が色々と話してくれました!」

 

「色々と……!?」

 

 導き出した答えを、あこは元気よく肯定してくれたが、友希那には喜んでいる余裕はなかった。

 というのも――、

 

(和也は私がどうしてフェスに出たいかを――お父さんのことを知っている……!)

 

 友希那がそれまで誰にも言えなかった本心を口にした時、和也はそれを聞いていた。

 そんな彼があこと燐子に色々と話したらしく、二人が友希那にとってフェスが特別であるという情報を知っているとなると、確かめなければならないことがある。

 

「――――」

 

 友希那は顔を左に動かし、和也の方を見やる。

 和也は紗夜と二人で話していた。

 和也の耳が真っ赤で恥ずかしがっているように見えるのが不思議ではあるが、紗夜の唇が僅かに綻んでおり、どうやら会話は弾んでいるように思える。

 だが、今の友希那からしてみると、そんなものは止まる理由にはならない。

 

 友希那は二人の方へ歩き出し、「和也」と背中を向けている彼の名を呼んでから、

 

「――私とお父さんのこと、あこと燐子にどこまで話したの?」

 

 と、振り向いた彼に訊ねたのだった。

 

 




 最後まで読んでいただきありがとうございました。
 紗夜さんと和也が最後に何を話していたのか……それは次回の冒頭で。

 3月からまた忙しくなってしまうので、2月中にまた更新できるのよう頑張ります。
 それでは皆さん、また次回!ばいちっ!


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18歩目 あなたにとっての

 超お久しぶりです。ピポヒナです。生きてます。
 三月中に上げたかったのに上げることができず、その上過去一に沼った結果こんなに久しぶりの更新に……前回の話を上げた時点で、今回の冒頭は一応書けてはいたんですけどね……見事にバラしました。
 
 それまでの間のバンドリは凄かったですね、特に氷川家が。
 アプリ四周年記念のドリフェスに紗夜さんが来て、その直後に紗夜さんと日菜ちゃんの誕生日、日菜ちゃんバナーのイベント。
 ホント、運営さんやり手ですよね……おかげさまで今までで一番課金しました。

 なお、ドリフェスは120連で星四がゼロ人でした!あはははははは……紗夜さん欲しかったです……。

 ということで(?)今回は紗夜さんのお話です。
 前回の後書きに「紗夜さんと和也の会話は次回の冒頭で!」とか言ってましたが、あれは嘘です。全部紗夜さんです。
 
 それでは、流石に長々とし過ぎたので、本編どうぞ!





 ――友希那がスカウトを断り、メンバー全員の気持ちが一つとなったことで、『【Roselia】の復活』改め再始動が決まった。

 

「よかった……」

 

 つくづくそう思った。

 自然と綻んでいた唇にはどうやら感情を塞き止める効果は残っていなかったらしく、全身を満たしても足りないほどの量の安堵感が口から溢れ出る。

 そのことに気が付き、苦笑しながら息を吐いたのは少しでも衝動を抑えるため。

 別に聞かれてまずいことでは決してないので、抑えきれず呟いたところで何も問題は無いのだが、表に出し過ぎないようにしているのは単なるプライドのようなものだ。

 

 リサも友希那も、誰も悲しむことのない、目指していた最高の結末を迎えることができたのは本当に本当に、心底嬉しいのだが――、

 

「――湊さんと今井さんが悲しまずに済んでよかった、とでも言いたそうな顔をしているわね」

 

「いきなり出てきてサラッと人の心読むのやめてくれね? 抑えるのに必死だった俺が馬鹿みたいじゃねぇか」

 

「あら、それはごめんなさい。あまりにも安心しているオーラが外に出ていたので、そう指摘して欲しいのかと思いました」

 

「んなわけねぇだろ! つーか何の用だよっ! 話し合いが始まる前に煽ったことへの復讐か!?」

 

 バッ! と。

 和也は両手を前にして構え、姿勢を低くし臨戦態勢。

 隠していた心を看破されていたからでもあるが、やはりこの宿敵――紗夜が目の前に立つと反射的に身構えてしまう。もはや癖だ。

 へっぴり腰で全く様になってないファイティングポーズを取る和也に対して、紗夜の方は「何をふざけたポーズを……」と白けた目を向けながらも、それが彼だと気を取り直し、

 

「復讐だなんて、そんなことしません。私はただ、稲城さんに謝りに来ただけです」

 

「謝りに来たって?」

 

「ええ、宇田川さんからスカウトのことを聞いた時、関係無いあなたにも怒りをぶつけてしまいましたから。あの時は、すみませんでした」

 

 要件を伝え、紗夜は和也に頭を下げる。

 これまでの彼女の和也に対する態度からは思い難いような、ちゃんとした謝罪だ。 

 同じく話し合いが終われば紗夜に謝ろうとしていた和也は、そんな彼女の言動に衝撃を受け、「お、おう」と言葉を詰まらせながら耳の裏を掻いた。

 

「俺の方こそ悪かった。ついカッとなって本気で怒っちまって、氷川さんには怖い思いをさせたと思う」

 

 リサが止めてくれなければ、間違いなく紗夜に手を上げていただろう。

 激怒した本人だからこそわかる、ギリギリ起こらなくて済んだ過去に罪悪感を感じ、和也は顔をしかめる。

 だが、和也の反省を紗夜は「いえ……」と否定し、

 

「それは元々、湊さんを侮辱するようなことを言えば稲城さんが怒るとわかっていたからこそ言った私が原因です。……ですから、稲城さんが謝ることはありません」

 

「――。つまり、意図的だったってことか……?」

 

「はい……理由はありません」

 

 ただの八つ当たりです、と紗夜は最後に付け足すが、和也が呆気に取られているのは変わらない。

 自分があの時怒ったのは彼女の誘導によるものであり、しかもそのための手段として、大切な人を侮辱されたという衝撃の事実をカミングアウトされ、和也は息を詰める。

 

 衝撃的だった。

 このことに関しては紗夜が謝ってきたら許すと、そう決めていたことさえ虚ろになってしまうほどに。

 

「――――」

 

 紗夜をどうするのか、和也の中で葛藤が生まれる。

 友希那をわざと侮辱されたことを流せるほど、和也の器は大きくないのだ。胸がジリジリと苛立ってきているし、気分が良いとは言えない。

 それでも――、

 

「全て私の責任です。言い逃れるつもりはありません」

 

「…………全部氷川さんの責任な訳がねぇだろ」

 

 全て自分のせいだという紗夜の主張を、見過ごすことはできなかった。

 ひとまず「はぁ……」と大きく息を吐きだしては吸い、新しい空気を無理矢理にでも胸にいれる。

 

 全て彼女のせいにして、自分は何も悪くなかったと反省しない。

 動揺と憤りが頭の働きを阻害する中、唯一それだけは絶対に間違っているとわかっていたから。

 

「何でそんな考えになったかは知らねぇけど、今度こそ氷川さんの思惑通りにはさせねぇからな」

 

 意図的に怒らされたことへの仕返しという訳ではないが、やられっぱなしは性に合わない。それに、全ての責任を一人で背負おうとするなんて思考の持ち主は、どこかの不器用な幼馴染でもう十分だ。

 

「……どうしてですか? 私が八つ当たりで湊さんを侮辱するようなことを言わなければ、稲城さんが怒ることも無かった」

 

 と、反抗的な態度を取り続ける和也に嫌気がさしてか、紗夜は懐疑的な視線を向けてくる。

 確かに紗夜が言っていることはおおむね間違っていないのかもしれない。

 スタジオから泣きながら飛び出してきたあこと、その彼女を必死に負う燐子を見てかなり焦りを覚えてはいたが、紗夜が言ってこなければ和也が激怒することはなかった。だから、和也が激怒する原因となった紗夜の行為こそが責められるべきだと思うことはわかろうとすればわかる。

 わかりはするが、わかるからこそ――、

 

「氷川さん一人のせいにするわけにはいかねぇ。謝るべきなのは、氷川さんだけじゃなくて俺や友希那もだからな」

 

「……そうなる意味がわかりません」

 

「氷川さんが謝ってくるのは、俺が怒る原因になったからだろ? なら、氷川さんが八つ当たりする原因になった友希那だってそうだし、友希那が選択できずに悩んでいることを知っていながら何もできなかった俺だって責任を負うべきだ」

 

「原因が悪いと言うのなら、その原因を作った原因も悪いはずだと……そう言いたいのですか?」

 

「そういうこと。最初の選択を間違わなければ、そもそもこんなことにはならなかったんだよ」

 

 もし友希那がどちらを取るのか決断できるようなことを、相談された時に言えていたなら。

 もし友希那が悩んでいることを、リサに共有して一緒に悩むことができていたなら。

 

 思い返せば思い返す程、あの時こうしていたらと悔やむことばかり浮かんでくる。

 結果的に【Roselia】が解散せずに済みはしたものの、もっと良い道は必ずあったはずなのだ。そして、その道を進むことができなかったのは、誰か一人のせいではない。

 かといって、この話に参加していない友希那を巻き込んでしまったのは少々申し訳ないとは思うが。

 

「私を……私がしたことを責めようともしないのですね……」

 

「あ?」

 

「湊さんを侮辱する。その行為は稲城さんにとって相当許せないもののはずです。……何も思わないのですか?」

 

 ふと気が付くと、紗夜が表情を歪めていた。

 細められた目の奥から覗くその黄緑の瞳から読み取れるのは、彼女の心情が良い方に傾いていないという、誰が見てもわかるであろう最低限の情報のみ。

 もう少し読み取れればとは思うが、読み取れたところで言うことは恐らくあまり変わらないだろうし、それで紗夜の機嫌を取るようなことを言ったところで、その場しのぎにしかならないだろう。

 

「思ってるよそりゃ。何も思わずに流せるなんて器用なこと俺ができる訳がねぇ」

 

「なら……なぜそれを言ってこないのですか……? 思っていることは全て言えと、今日ここに来た私にそう言ったのは稲城さんですよね……?」

 

「確かにそう言ったけど……」

 

 それとこれとは少し違う。

 そう続けようとした和也だったが、言い出す直前でグッと踏みとどまった。

 いつもの紗夜ならまだしも、今の彼女は冷静さを欠いているように思え、きっと説明したところで分かってもらえない可能性が高い。

 ――それに、今言うべきなのはきっとそんなことではない気がする。

 

「俺は氷川さんに友希那を侮辱されて、スッゲー腹が立ったよ。後になって、氷川さんの立場になって考えてみて、どれだけ傷ついていたのか俺なりに分かって同情しても、それでも許し切ることはできなかった」

 

「それなら……尚更っ……!」

 

 痺れを切らしたかのように。

 紗夜は奥歯を噛み締めて、キッと視線を鋭くする。

 しかし、和也は少しも臆する様子もなく「でも」と続け、

 

「俺は氷川さんを責めようとは思わない。だって、氷川さんはスッゲー反省してるから本当のことを言ってくれたんだろ?」

 

「――。違う…………私は……」

 

 和也が言いながら見やった瞬間、紗夜は更に表情を歪ませた。

 信じられないといったようにブレる瞳を伏せ、か細い声で何度も呟く。

 

「私は……あなたを…………だけなのに……」

 

「――――」

 

 紗夜の様子の変化に、和也は舌を巻いた。

 全くの予想外と言ってもいい。いいや、予想外もいいところだ。

 紗夜の呟きは酷く小さい上に不鮮明で、途切れ途切れにしか聞き取れず、彼女がこうなった原因を探す当てに成り得ないだろう。

 

 ものすごく反省しているからこうなったのか、あるいは何か別の理由があるのか。

 このどちらか――恐らく後者の方ではあるとは思うが、そんな大雑把な絞り込みだけでは、紗夜が求めている言葉を和也が導き出すことはできない。

 

「まぁ、あれだ。せっかく【Roselia】が解散せずに済んで、また走りだそう! って感じでめでたい日でもあるんだしさ、いつまでもしょげてないで元気出そうぜ? な?」

 

「…………」

 

「……。…………。謝ってくれたし、さっきの話のことはもう気にしていない。俺はもう割り切った。割り切ることにした!」

 

 元々謝ってこれば許すと決めていたことだ。多少予想外のことが判明しはしたが、まだギリギリ許容できる範囲。本当にギリのギリのギリギリではあるが。

 

「だから氷川さんももうそんなに気にしなくって良いって」

 

 と、和也は言ってみるものの、紗夜に変化は無し。

 それには流石に和也も困り眉になる。

 

「……それでも氷川さんは気になるってんなら……そうだな、お詫びとしてギター弾いてくれよ。久しぶりに聴きたい」

 

「――――」

 

「あー……ダメだこりゃ」

 

 目を伏せた状態からうんともすんとも言ってくれない紗夜に、和也はお手上げ状態。

 一応復活してもらえるように頑張ってはみたものの手応えは一切なく、もはや為す術がない。

 これは間違いなく和也の手には余る。早めに友希那達に助けを求めた方が良さそうだ。

 

「――。氷川さん?」

 

 背中の方から引っ張られた感覚。

 他の四人に助けを求めるべく紗夜から背を向けた和也だったが、すぐに後ろから微弱な力を感じ取り、立ち止まっては振り返る。

 すると、案の定、裾を握っている紗夜の姿があって、先程まで伏せていた目を上げた彼女は言ったのだった。

 

「稲城さん……あなたにとってこのバンド――【Roselia】とは何ですか?」

 

 

 △▼△▼△▼△

 

 

「――へぇー、氷川さんって弓道やってんだ。なんかスッゲーしっくりくる」

 

「そうでしょうか……? そんなこと言われたのは、稲城さんが初めてですよ」

 

 夕暮れ刻。

 車道側を歩いている彼が感心そうなリアクションを取り、それに対して私は微妙な反応で返す。

 直前にあったことへの安堵感と幸福感で気分が良かったことを覚えている。だから、それまでなら流している筈の彼の質問に答え、こうして話し相手になっていたのでしょう。

 彼と一対一でこれほど会話をするのは、思えばこの時が初めてだった。

  

 これは確か、一ヶ月ほど前。

『ライブハウスCiRCLE』で自主練習をし終えて料金を支払おうと思ったら、なぜかまりなさんと話していた彼に捕まって帰路を共にする羽目になり、その帰路の途中で遭遇した子犬の飼い主を仕方なく彼と探すことになったという、イレギュラーが続いた日のこと。 

 

「どうして、あなたはそこまで私と仲良くなろうと思うのですか?」

 

 足を止め、私は彼にずっと抱いていた疑問を問いかけた。

 

 私には、それまで彼に一度も愛想よく振舞った覚えは無く、それどころか彼にはあえて突き放すような態度ばかりを取っていた。

 それは、彼との初対面での印象が恐らく互いに悪く、時折彼から感じる苦手オーラを不快に思っていたことが理由でもあるけれど、一番の理由としては彼と親しくなる必要性を感じなかったから。

 

 私にはギターしか残されていなかった。

 そんな中、ようやく見つけた最高のボーカル。彼女(湊さん)の歌声は、これまで聴いてきた音楽で最も美しく、志の高さも相まってこの人とバンドを組むしかないと思えた。

 そして、その後に集まった他のメンバーも決して悪くはなかった。彼女(湊さん)と比べてしまうと見劣ってしまうものの、各々にやる気と根性と技術が備わっており、伸びしろも感じた。

 この四人と組むことになったバンド――【Roselia】は、これまで私が組んできたどのバンドよりも期待を込めることができた。

 

 だから、技術も知識も経験も、音楽に関わる何もかもを持ち合わせていない彼が【Roselia】に関わってきて、邪魔になるようなことだけは何としても避けたかった。

 

 だから、私は彼と親しくなろうとせず、彼が【Roselia】に関わってこようとするその度に彼を拒み続けた。

 

 それなのに、彼が折れることは無かった。そしてあまつさえ、いつからか彼は私に対しても友好的になろうと接してきた。

 何故そんなにも諦めないのか。何故、私と仲良くなろうと思えるのか。

 それが、わからなかった。彼の考えがわからなかった。

 

 その全ての謎を込め、私は彼に問いかけた。

 きっとこの答えを聞けば、彼の行動の理由が少しでもわかるだろうと思って。

 

 しかし――、

 

「そうだな……まぁ、主な理由としては、氷川さんが【Roselia】のメンバーだからかな? これからも【Roselia】には何かと関わっていくつもりだし、そうなるとメンバーとは仲良くしておくが吉だろうし、毎回バチバチな雰囲気は流石にごめんだからな」

 

「……では、どうして必要以上に【Roselia】に関わろうとしてくるのですか?」

 

「それはリサと友希那がいるからだ。あの二人が夢に向かって頑張っているのなら、俺は何があってもその応援をする。そう昔から決めてるんだよ」

 

「…………そうですか」

 

 ――私は、彼に幻滅した。

 元々の狙いだった彼の行動理由については知ることができたけれども、それ以上に彼という人間を理解した気がした。

 

 彼の言動全ては、幼馴染のためでしかなかった。

【Roselia】に関わってくることも、私と仲良くなろうとしてくることも、【Roselia】結成のためにメンバー候補を探していたことも、彼にとっては手段でしかなかった。

 

 彼がどうして、それほどまでに幼馴染のために動くのかはわからない。

 何か事情があるのだとは思う。普通に考えればそう、それなりの理由が彼にもあるのだろうと。

 

 だけど、そんなこと知ったことではない。どうだっていい。

 

 不快だった。最悪な気分だった。

 稲城和也という男の存在を受け入れることは到底不可能だとさえ感じた。

 

 それなのに――、

 

「――和也を【Roselia】に関わらせないようにしたい?」

 

「はい。彼がいたところで私達に良い影響があるようには思えないですし、それどころか彼がいると今井さんや宇田川さん達の緊張感が緩んでしまいます。ハッキリ言って、彼という存在は【Roselia】にとって害でしかありません」

 

「……和也に何か酷いことでもされたの?」

 

「……いえ、そういう訳ではありません。私は、彼が【Roselia】にとって不必要だと感じたので、こうして湊さんに言っているだけです」

 

「そう。和也が紗夜の恨みを買うようなことをした訳ではないのね。良かったわ」

 

「それで……どうなんですか?」

 

「そうね。紗夜の言った通り、和也がいると緊張感が薄れているのは私も感じているわ。――だけど、私は紗夜のその意見には賛成できない」

 

「――っ!? どうしてですか湊さん?!」

 

「紗夜、落ち着いて」

 

「私は落ち着いています……! 湊さんの方こそ冷静に考えてみてくださいよ……っ! 音楽素人である彼が【Roselia】の音楽に何か良い影響を与えるとでも思っているのですか……っ?」

 

「その可能性は低いでしょうね。そもそも私は、和也に音楽のことを一切期待していないわ」

 

「それなら尚のこと、彼の介入を許す意味がわかりません……! 音楽のことで期待していないと言うのなら他に何を――まさかっ、この前のライブの後に稲城さんは変化によく気が付くと言っていましたが、それですか……?」

 

「確かにそれもあるけれど………言葉では説明しにくいわね。でも――きっとそう遠くないうちに紗夜にもわかる時が来るわ」

 

 

 それなのに――、

 

 

「――今井さん」 

 

「ひょわっ!? も、もう~驚かさないでよ紗夜~」

 

「別に驚かせるつもりは……また、そのキーホルダーを握り締めてるんですか?」

 

「え? ああっ、うん! アタシ流の上手く演奏するための秘訣みたいな感じかな?」

 

「何を言ってるんですか……上手くには、ひたすらに練習をするしかありません」

 

「あはは……相変わらず厳しい~。でも、ひたすらに練習するための力になってるんだから良いじゃん良いじゃん♪ あっ、もしかして紗夜もこれ気になった感じ? ウサギ好きなの?」

 

「別に好きでも嫌いでもないです。……それにしても、なんとも異質な組み合わせですね。ウサギとベースだなんて初めて見ましたよ」

 

「わかるわかるっ。ライブ前に和也から貰ったやつだから、アタシもビックリしちゃってさぁ~。ほーんとどこでこんなの見つけたんだろうね~? まぁ、アタシは可愛いから好きだけど☆」 

 

「…………」

 

「……紗夜?」

 

「いえ、もうそろそろスタジオに入れる時間なので行きましょう」

 

「あっ、ほんとだ。って、置いてかないでよ紗夜~! ちょっと待って~」

 

 

 それなのに――、

 

 

「――。いつの間にCiRCLE(ここ)へ……【Roselia】の練習はもうなくなったというのに、私はどうして……」

 

「あーー!! もうわかんないっ!!」

 

「っ!?」

 

「友希那さんが【Roselia】に残って、カズ兄がそれに協力してくれるならもうそれがいいっ!!!!」

 

「……今の声……宇田川さん? まさか宇田川さんもここへ……一緒にいるのは白金さんかしら? あともう一人いるようだけど……、――っ!? あれはっ……稲城さんね……」

 

「――だから、そうなるように一緒に頑張りましょう……っ!」

 

「あの白金さんがあんなにも熱くなるなんて……。……そんなに……彼のことが……っ」

 

 

 ――それなのに、彼は私以外のメンバーから受け入れられていた。

 今井さんも宇田川さんも白金さんも、それに湊さんまで彼に信頼を寄せていた。

  

 そうなってしまえば、もはや私では彼を止めることはできない。

 私一人がどれだけ拒み続けたところで、きっと彼は他のメンバーを盾にして【Roselia】に関わってくるでしょう。

 実際に今回のスカウト騒動でも、彼は宇田川さんと白金さんと協力して何かしらの行動を取っていたようだった。

 そんなの、もはや手に負えない。

 

「友希那がどっちを選ぶにしても、このまま何も言わずに黙っているなんてそんな馬鹿な真似、氷川さんがする訳ねぇよな?」

 

 ――うるさい。

 

「言うなら思っていること全部言ってこい。お前のその溜めに溜め込んだ言いたいこと全部だ! ――俺も、リサも、あこちゃんも白金さんも、それにきっと友希那だってそれ以外は望んでねぇからよ」

 

 うるさいうるさいうるさい――うるさい!

 知ったような口をしないで!

 ここへ来たことも、その言葉も、あなたの言動は全て幼馴染のためでしかないのに、私達を巻き込まないで!!

 もう二度と【Roselia】に関わってこないで!!

 

「――――」

 

 そう叫ぶことができたら、どれほど楽だったでしょう。

 そう叫ぶことで全てが解決するのなら、私はどれだけ苦しまずに済んだでしょう。

 

 いいえ、そんなこと考えたところで何の意味もない。

 やめよう。

 

 言ったところで彼が改心するとは思えない上に、彼ではなくメンバーにこの気持ちを伝えたとしても、きっと上手くいかない。かなり高い確率で、反発が起きてしまう。そもそも、湊さんにはすでに拒否されている。

 

 それに、もし仮に運よくメンバー全員を味方につけ、今後一切彼が【Roselia】に関わってこないようにできたとしても、それで失った時間は『FUTURE WORLD FES.』のコンテストへ出ようとしている【Roselia】にとってかなりの痛手になってしまう。 

 

 つまり、彼を追放できてもできなくても、【Roselia】は何らかの被害を受けてしまうことは確定事項。

 そして、私はそれほどのリスクを背負ってまで、彼を追い出すために動こうとは思わない。

 

 ――あの天才から逃げるためにギターを初めた自分に、ようやく見つけることができた自分の居場所を危険にさらす勇気なんてもの持っている訳が無い。

 

「――湊さんと今井さんが悲しまずに済んでよかった、とでも言いたそうな顔をしているわね」

 

「全て私の責任です。言い逃れるつもりはありません」

 

 だから、私は話し合いが終わった後、彼に全てを洗いざらい話してから謝罪した。

 今後彼が【Roselia】に関わって来た際に、彼との間に角が立たないようにするために。

 

 そう。

 私は、彼のことを諦めた。

 私情を抑えるだけで済むならと、彼を受け入れることにした。

 

 大丈夫。 

 受け入れると言っても、彼と仲良くなる必要は無い。極力彼と関わらないようにして、上手くやり過ごせばいいだけ。

 彼には何の期待もいていない。

 

 彼が幼馴染を思って行った行為が、回り回って【Roselia】全体にも利益をもたらしてくれる時が来ればそれでいい。

 それで【Roselia】(自分の居場所)に居続けることができるなら、またこの五人で演奏ができるなら、いい。

 

 それでいい。

 それで、いい。

 

 それで――、

 

「――きっとそう遠くないうちに紗夜にもわかる時が来るわ」

 

 それで――、

 

 それで――――、

 

 

 △▼△▼△▼

 

 

 ――それでいいはずだった。

 

「稲城さん……あなたにとってこのバンド――【Roselia】とは何ですか?」

 

 和也のことは手に負えないと、今後も【Roselia】にいるために私情を殺して和也のことを受け入れようと、そう決めていたはずなのに。

 

「…………いきなりだな、さっきまで我ここにあらずって感じだったのに。大丈夫なのか?」

 

「……大丈夫です。なので、早く答えてください」

 

「何か強引じゃねっ?」

 

 そうやって和也が答えるように急かしているのは、ハッキリとさせたいから。

 ボロボロ、ガラガラ、と紗夜の中にあった稲城和也という人物像が壊れていく中、彼がどう答えるのかわかっている――わかっていたはずだった質問をして、それに対する答えを聞くことで、彼のことも自分の決意ももう一度改めてハッキリとさせたかった。

 だから――、

 

「答えてください……!」

 

 十センチ程背の高い彼を少し見上げ、紗夜は答えるよう再び催促する。

 すると、和也は半身にしていた体を完全に紗夜の方へと向き直し、話し始めた。

 

「もし、友希那が【Roselia】じゃなくてスカウトを受けることを選んでいたとしたら、俺はそれを応援するって決めてた。氷川さんやあこちゃん達には悪いと思うけど、それでも俺はあいつが悩んで出した決断を尊重してやりたかったんだ。……そのはずだったのに、俺が今日までにしたことはそう思ってるやつがする行動じゃなかった」

 

「…………宇田川さんと白金さんと協力して、何かしていたことを言っているのですか?」

 

「――。何で氷川さんが知って……って、今そのことは何でも良いか。ああ、氷川さんが言ったそれもその一つだな。あこちゃんが撮ってた練習の動画を使って、友希那や氷川さんの心が【Roselia】から離れないようにしたかった」

 

 あこから送られてきた動画――【Roselia】の何気ない練習風景を映したそれは、紗夜と友希那の心情に大きな影響を与えた。

 その動画に写っている笑みを浮かべている自身の姿を見るまで、紗夜も友希那も【Roselia】の中にいる自分を知らなかったのだ。

 故に、和也の狙い通り紗夜と友希那の心は【Roselia】継続へと大きく動いたのではあるが――、

 

「どうしてそんなことを……?」

 

「どうしてって……また皆の演奏が聴きたかったから。……その気持ちも大きくって、あこちゃんと白金さんの優しさに甘えちまったし、今思えばさっきだってそうだ。友希那が責任を取るために【Roselia】を抜けるって言った時、俺はあいつを止めようとした。皆の演奏が聴けなくなるのが怖くなって……責任を取るために抜けるってのも友希那の決断だってのに」

 

「――――」

 

 情けねぇなぁ、と苦々しく笑った和也に、紗夜は唇を噛んだ。

 もういっそのこと、あこと燐子と協力して【Roselia】が再始動できるように何か動いていたことも、逆鱗に触れたにも関わらず紗夜を許したことも、全て幼馴染のためだと即答してくれれば、一周回って紗夜も楽に見切りをつけることができていたというのに、彼はそう答えてくれなかった。

 ――ああ、やはり彼のことは苦手だ。彼は、紗夜()に楽をさせてくれない。

 

「――――」

 

 いいや、違う。

 それは彼のことを苦手に思うために無理矢理作った理由でしかない。

 紗夜()はただ――、

 

「……稲城さん」

 

「ん? 今度はなんだ?」

 

「あなたは……変わったのですね。――【Roselia】の音楽を好きになった」

 

 ――和也が幼馴染のためではなく、【Roselia】のために動くようになった。

 そのことをただ単に認めたくなかっただけだ。

 和也は変わったのに比べて、紗夜は何も変わっていないことから目を背けたかっただけ。

 

「――。俺って、【Roselia】の音楽が好きだったのか?」

 

 ふと、そんな間抜けた声が前からして、紗夜は考え事を一旦停止し、そちらに気を向ける。

 すると、絵に描いたような間抜け面がそこにはあって、紗夜は眉をひそめた。

 

「どうして稲城さんが驚いているのですか? ……驚きたいのはこちらの方です」

 

「い、いやぁ、何つーか、今までの人生、音楽とは全くの無縁……ってのは流石に言い過ぎだけど、それに近い道を歩いて来たからさ? そうやって一つのバンドを好きになったことが自分でも意外で意外で信じられないと言うか……」

 

 そう言いながら、誤魔化すように頭の後ろを掻いて苦笑する和也。

 しかし、そのぎこちない笑みも「でも」と言うと同時に消え、澄み切った空をそのまま閉じ込めたような空色の瞳で紗夜を見返し、

 

「――【Roselia】を好きだってことは絶対に間違っていないと思う」

 

「――――」

 

「そっか、俺って【Roselia】が好きだったんだ。だから皆の演奏が聴きたくってあんなに必死になってた訳か」

 

 あー納得、と和也は今度こそ清々しく笑う。

 自分の感情を理解し、それを心の底から嬉しく思っているように笑う彼の姿が、紗夜には受け入れられないもので、言葉を失い――、

 

「って……スッゲー恥ずかしくなってきた。つーかなんっで氷川さん何も反応してくれねぇんだよ……っ!」

 

「………………稲城さんにも羞恥心があったんですね。歯が浮きそうな言葉を平然とよく言ってくるので、無いと思ってました」

 

「う、うっせぇ……っ! んな訳あるかよっ!」

 

 しかし、カァー、と赤くした顔を必死に手で隠して物言いしてくる和也に呆気に取られ、紗夜の口は思いの外すぐに開くことになった。

 なんだか毒気を抜かれた気分だ。

 

「私達の演奏が聴きたい、聴けなくなるのが怖い。あれだけあからさまなことを言っておいて何を今更恥ずかしがることがあるんですか?」

 

 冷静になればなるほど、馬鹿馬鹿しく思えてくる。だから、紗夜がため息交じりにそう言ったのはもはや必然のこと。

 

「まったく、本当にあなたのことがわかりません」

 

 いや、初めから何も知っていなかったと言った方が正しい。

 何も知っていないのに彼はこういう人間だと知った風になり、それ以上知ろうとしてこなかった。

 そうする価値も無いと勝手に決めつけ、呆れ、幻滅し、本当の意味で稲城和也という少年と向き合おうとしてこなかったのだ。

 

 しかし、今だって和也が【Roselia】に関わってくることを許すことに対して、紗夜は疑問を抱いている。

 そりゃそうだ。和也の気持ちが変わって【Roselia】のために行動するようになったとしても、彼が音楽の技術も知識も経験も、何も持ち合わせてないことは変わらない。それだけは変わることはないのだ。

 それでも――、

 

「近いうちに私にもわかる時が来る。……本当にそんな時が来るんですかね? 私には、どうして貴方が稲城さんのことをあんなにも買っているのか少しもわかりそうに無いですよ」

 

 それでも、友希那がそう信じているのなら。あこ、燐子、リサがそう信じているのなら。

 もう少し、彼と向き合ってみよう。彼が【Roselia】にとっての障害となるのかどうか判断するのは、それからでも遅くないはずだ。

 だから――彼を信じるメンバーを信じてみよう。

 

「今は少し気分が良いですし」

 

 そう、紗夜が僅かに綻ばせた唇から零した直後のことだった。

 

「――私とお父さんのこと、あこと燐子にどこまで話したの?」

 

 未だにごにょごにょと何か言っている和也の背後から、神妙な面持ちの友希那がそう尋ねてきたのは。

 

 

 




 最後まで読んでいただき、ありがとうございます。
 元々この話は冒頭にやるぐらいのボリュームで考えていたんですが、無理でした。終わりが前回とほぼ一緒ですね、はい。
 私の悪癖が出てしまいましたね。本当に前に進まない。
 投稿ペースを上げるしかないってのはわかってるんですが……頑張ります。書きたいところがまだまだ先に沢山あるのに、書けないなんて嫌ですし、この作品が完結するより先にバンドリが終わるのも嫌ですから!
 
 と、活きこんだところで、後書きはこれぐらいですかね。
 ちょっとした設定の小話を入れるなら、和也が「可愛い」とかを普通に言えるのは、リサにそうしろって言われてそうしているうちに耐性が付いていたからです。リサ姉ドンマイ。

 それでは、今回はこの辺で!
 また次回!頑張って書くので!!ばいちっ!

 


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19歩目 歌う理由

 はい、毎度の事ながらお久しぶりです。ピポヒナです。
 5月中に出したかったんですが、6月になってしまいました。
 Roseliaの映画もあって、モチベは高かったんですけどほんとビックリするぐらい沼ってしまって……でも、スランプを脱したのかここ3日間はめちゃくちゃ進みました。今回の話は3日間で7割書いたと言っても過言ではないぐらいに。

 追記、サブタイトル付けるの忘れてましたすみません。


 と、前書きはこれぐらいにして、本編どうぞー!
 あ、今回少し長いです。


「――私とお父さんのこと、あこと燐子にどこまで話したの?」

 

 そう馴染みのある声が聞こえて振り返ると、友希那がいた。

 なんのことを言っているのだろうか、と和也は考える。が、思い当たらない。

 

「いや……あの時のことか?」

 

 つい先日、あこと燐子と話す機会があった。

 元々【Roselia】の練習があった日に『ライブハウスCiRCLE』に来ていた二人をバイトの休憩中に和也が見つけ、紆余曲折しながらも最終的には三人で協力することになった。

 恐らく、友希那はその時のことを言っているのだろう。他にも二人と話したことはあるが、そのどれもが雑談ばかりで関係あるとは思えない。

 

「お父さん……ですか?」

 

「紗夜、楽しそうに話していたところ悪いけど、少し和也を借りるわ」

 

「は……はぁ。稲城さんと楽しく会話していた覚えはありませんが、大丈夫ですよ、好きなだけどうぞ。……湊さんも冗談を言うことがあるんですね」

 

「おいコラ氷川さん」

 

 と、何か言葉の暴力を喰らった気がしたので、和也は紗夜に噛みつく。が、確かに楽しいと思えるような会話をした覚えは和也にもない。

 だから、仕返しされる前にササっと身を引き、「ったく」と溜息を吐いてから友希那の話へと戻ることにした。

 

「それで、ユキおじさんのことだっけ?」

 

「ええ。どうなの?」

 

「どうなのって……話してねぇよ? ユキおじさんのことなんて何にも」

 

「えっ……そうなの?」

 

「――? そうだけど、つーか、そもそもいきなり何でそんなこと聞いてきたんだよ?」

 

「……あこから聞いたのよ。私にとってフェスが特別だということを、和也から聞いたって」

 

「あー、そういうこと」

 

 目を丸くして驚いた友希那を不思議に思っていた和也だったが、彼女が尋ねてきた理由を聞いたことで頭の中で色々と繋がり、ポンっと掌を拳で叩いた。

 

 やはり友希那が言っていたのは、先程も思い当たっていた時のことで合っていた。そして、友希那が尋ねてきた理由は、あれこれと勘繰った彼女の早とちりが原因だ。

 和也があこと燐子に『友希那にとってフェスが特別』だということを話したと聞いて、和也が深くまで――友希那の父親がフェスに出た時のことまで話したかもしれないと思って、不安になったのだろう。

 

「流石にそこまでは言わねぇよ。ちゃんと話す内容は選んでるつもりだ」

 

「そう……疑って悪かったわね」

 

「別に気にしてねぇ。ユキおじさんのことは……まぁ、この前話してもらって事情は前よりも知ってるし、友希那が不安になって俺を疑うのはおかしくないと思う」

 

「ともかく迷惑をかけたわね。……でも、そう……つまりあこ達はまだ知らないのね」

 

「――? ああ、話してねぇからそうだと思うけど……」

 

 確認するように呟くと、何かを悩み始めた友希那。

 安心させるつもりで話していた和也は、狙いとは違った反応を見せた彼女に首を傾げた。

 

 友希那にとって、父親の話はできればしたくない話のはずだ。

 友希那の父親の過去――特にバンドマンとして活動していた頃にフェスへ出た時の話は、決して明るい話ではないし、友希那のトラウマになっていても全く不思議でもないレベルの話なので、その考えはほぼ間違っていないだろう。

 

 それなのに、幼馴染以外の誰にもその話が知られていないことがわかった現状で、何をそんなにも悩むことがあるのだろうか――、

 

「ねぇねぇカズ兄」

 

 と、色々と慮っていると、くいくい、と。

 可愛らしい声が聞こえたと同時に、袖の辺りを二回ほど軽く引っ張られる。

 そうして和也が「ん?」とそちらに視線を向けると、こちらを見上げているあこと目が合った。

 

「スッゲー兄心がくすぶられるな、このアングル」

 

「――? もしかして、カズ兄また変なこと言ってる?」

 

「まさか。あこちゃんを褒めてただけだっての」

 

「そうなの?」

 

「そうだとも。それで、どうしたあこちゃん? 何か用があるから声かけてきたんじゃないのか?」

 

「あ、そうそう! えーっとね、さっきカズ兄と友希那さんが話していたのが聞こえたんだけど、カズ兄が言ってたユキおじさん? って、もしかして友希那さんのお父さん?!」

 

「――――」

 

「カズ兄?」

 

「あっ、いや、何でもない何でもないっ」

 

 誰にも知られていない。

 そう思っていた矢先の質問に和也は一瞬固まるが、違和感を与えないために無理矢理意識を連れ戻す。

 

「ちなみにだけど、どのあたりから聞いてた? 別にどこからでも良いんだけどさ、一応教えてくれねぇか?」

 

「――? カズ兄が、話す内容を選んでるって言ってたあたりかな? ……もしかしてあこ、聞いちゃいけないこと聞いちゃってる?」

 

「いや……別に」

  

 そういう訳じゃない、と和也はあこから視線を外して付け加えた。

 友希那のためとはいえ、こんな自分にも手を差し伸べてくれたあこに嘘をつくのはなかなかに堪えるものだ。

 

 今思い返してみれば、隠しているにしてはあまりにも配慮に欠けた会話だった。

 話しかけてきたのは友希那の方からではあったが、すぐに気が付いて別の場所で会話するようにしたり、せめてお互いにしか聞こえない声量で話すべきであった。

 そうしなかったから、こうしてあこに会話の内容を一部聞かれて、少し好ましくない方向へと話が進んでしまっている。

 

 とはいえ、あこは疑問に思っただけであってまだ何も知らない状態のため、今から誤魔化そうと思えばいくらでも上手く誤魔化す方法はあるとは思うが――誤魔化そうと思い切れるのであれば、そもそも最初からそうしている。

 そして、それができずに決めあぐねているから、和也はあこからの視線に参っているのだ。

 

「カズ兄……?」

 

 誤魔化すべきなのか、それとも、正直に話すべきなのか。話すとしたら、どこまで話すべきなのか。

 今になっても決められず、喉に何かが突っかかっているかのように、言葉が出てこない。

 一体、何て、言えば――、

 

「――私のお父さんのことよ」

 

「……は?」

 

 言えずにいた言葉を声にしたのは、和也ではなく友希那だった。

 和也は、丸くした目を友希那へと向ける。

 

「やっぱりそうなんですねっ! 友希那さんのお父さんってどんな人なんですか?」

 

「どこにでもいるような普通の父親よ。……ただ…………昔、バンドでメジャーデビューしていた、というところは少し変わっているかもしれないけれど」

 

「えぇっ、お父さんもバンドやってたんですか!? しかもメジャーデビューまでしてるって、どんなバンドですか?」

 

「…………詳しいことについては、後で皆に話すつもりよ」

 

「――? はーい」

 

 返事をすると、あこは「りんりーん! あのね!」と声を弾ませながら燐子の元へと戻っていく。

 その間もずっと、和也は友希那から視線を動かさなかった。

 先程目の前で行われた友希那とあこの会話の内容があまりにも衝撃的で、知られたくないはずの情報を話す友希那が信じられなかったのだ。

 

「友希那……お前、話すつもりなのか?」

 

「……ええ」

 

「どこまで?」

 

「全部よ」

 

「全部って……っ!?」

 

 驚きと困惑が錯綜し、語気が荒くなる。

 

「何で……」

 

「スカウトを断って【Roselia】でフェスを目指すと決めた時からずっと、お父さんのことはいつか話さなければいけないと思っていた。だから……これはそのための丁度いい機会なのよ」

 

「でも……だからって……、――無理、してるんじゃないか?」

 

「…………」

 

「ユキおじさんのことが、友希那にスッゲー影響を与えていることはこの前聞いたから知ってる。だから、皆にも知ってもらった方が【Roselia】の今後のためになるかもしれないこともわかってる。……けど、それでも別に無理して話さなくても……いいんじゃないのか?」

 

 友希那が父親のことを話さなくても、フェスを目指すこと自体はできる。だから、別に無理をして胸を痛める必要は無いのではないか。

 そう訴える和也だが、彼は決して友希那が父親のことを他のメンバーに話さないようにしたいのでは無い。というより、むしろその逆だ。

 

 和也にも、あこや燐子や紗夜に友希那がフェスを目指している理由を知って欲しいという気持ちはちゃんとある。

 一度は裏切ったも同然のことをした友希那を受け入れ、また一緒に音楽がしたいとまで言ってくれた彼女達に、また隠し事をするなんてことはしたくないのだ。

 

 それにも関わらず、まるで友希那が話すのを止めるような行為を和也がしているのは――、

 

「心配なんだよ……」

 

 ――誰だって、尊敬している人の散り際なんて話したくない。

 それなのに、全て話すと言った彼女の心が、苦しまないか心配だ。

【Roselia】のために繋がるかもしれないことも、自分がどう思っているのかも理解しているが、心配で心配でたまらない。

 

 かつて父親を否定したフェスの舞台を目指す程、父親のことを慕っている友希那だからこそ、和也は彼女のことを心配せずにはいられなかった。

 

 だが、友希那は言った。

 

「これは、メンバーを一度裏切ってしまったことに対してのケジメ。そして、その過ちを背負いながらまた【Roselia】のリーダーとしてメンバーを引っ張っていくための決意よ」

 

「――――」

 

「こんな私と、また音楽がしたいと皆は言ってくれた。私は、その気持ちに答えなければならない。――もう、これ以上皆の優しさに甘えるわけにはいかないのよ」

 

 和也は、息を吞む。

 

 熱だ。熱を感じたのだ。

 向けられる視線からも、聞き馴染んだ声からも、引き締められた表情からも、紡がれた言葉からも。

 その他も含め、友希那から感じられる全てに熱が籠っていた。

 彼女がどれだけの覚悟を持ち、自らが歌う理由を話すと決めたのか、見ただけで感じられるほどの熱が。

 

「お節介、だったな」

 

 圧倒され、和也は笑った。というより、全て話すと決めた友希那の覚悟を軽く見ていた自分に、嘲笑せずにはいられなかった。

 きっと、話すよりも話さない方が友希那の心は追い詰められるだろう。だから、和也が友希那のためにと思ってしていた心配は、却って彼女に後悔をさせようとしていたということになってしまう。

 

「いいえ。和也がそうやって心配してくれたことは、素直に感謝しているわ。話すことに対して、何も思っていないわけじゃないから」

 

「そうか……それなら良かった」

 

「……別に気を遣ったわけじゃないわよ」

 

 ジト目をしながら念を押してきた友希那に、和也は「わかってるって」と苦笑して返す。

 今のは、悪いことをしてしまったと思っていた和也がこれ以上自分を責めないようにするための、彼女なりの優しさなのだろう。

 最近は尖ってしまい、周りを寄せ付けない雰囲気を出していたが、こういうところの優しさは昔から変わっていなくて少しホッとした。

 

「にしても、友希那は本当に強いよな」

 

「私は強くなんてないわ。お父さんのことを話すのも、元々は怖くて何度も目を背けていたことだもの。私はただ、強くあろうとしているだけ」

 

「そーやって目を背けていたものと向き合えてる時点で十分強ぇっつーの。……俺は……話せねぇから、今の友希那がちょっと眩しい」

 

「私よりも和也の方がずっと強いわ」

 

「――。ははっ、まさか友希那にお世辞を言われる時が来るなんてな。悪い、こんな時にいらない気を遣わせちまった」

 

「…………」

 

「――? 何だよ、俺、何か変なことでも言ったか?」

 

「……いいえ」

 

 不自然な沈黙に違和感を覚えた和也は首を傾げるが、友希那は「なんでもないわ」と首を横に振る。

 それが何か言いたそうにも感じ、和也は尋ねようとするのだが、丁度その時にリサが神妙な面持ちでこちらへと近づいてくるのが視界の端に見えたので、質問するのは後回しにしてそっちの対応をすることにした。

 恐らく、自分と同じ心配事だろう。

 

「あこから友希那がお父さんのこと話したって聞いたけど、ホントなの?」

 

「やっぱ心配になるよな。ああ、ホント。しかも、全部話すつもりなんだとよ」

 

「えっ、全部って……大丈夫なの、友希那?」

 

「…………和也もリサも私のことを心配し過ぎなのよ」

 

 和也から聞いたことで心配が加速したリサに、「まったく」とため息を吐く友希那。その表情からは、二人揃って同じ心配をしてきた幼馴染に少々うんざりしているのがうかがえる。

 音楽以外のことは『超』が付くほどポンコツの彼女を昔から知っているリサと和也からしてみれば、心配するなと言う方が無理な話なのだが。

 ともあれ――、

 

「全部話すつもりよ。皆には知っていて欲しいの」

 

「――。そっか、うん、わかった。友希那が話すって決めたなら、アタシがこれ以上言うのは違うか」

 

「随分と早く引き下がるわね」

 

「まぁ、心配な気持ちはあるけどさ、きっと和也がアタシの分まで心配してくれたと思うし大丈夫」

 

 ねっ? と、アイコンタクトを飛ばしてきたリサに、和也は苦笑い。

 リサの分まで、と聞かれたら正直微妙なラインではあるが、現に心配はしまくっていた。

 それをこうしてリサに見透かされたのは、信頼されているから、と捉えることにしておこう。

 

 決して、行動がわかりやすいと思われているのではない。

 

「話が纏まるまで、待っていてもらって悪かったわね」

 

 リサと和也が引き下がったことで行く手を遮るものがいなくなり、そう言いながら友希那は改めて振り返る。

 そうして視線の先にいるのはもちろん、紗夜とあこと燐子。

 和也とリサが友希那を心配している様子を見て察してくれたのか、三人とも視線がぎこちない。

 

「いえ。……何か深い事情があるようでしたし、構いません」

 

「そう。それでだけど、あなた達に話したいことがあるの。私のお父さんの話なんだけど……」

 

「友希那さんにとって……大事な話……なんですよね……?」

 

「ええ。……これは、この話はきっと私がこの先歌っていく上では、切っても切り離せないような話よ。私が歌う理由、と言っても過言ではないかもしれないわ」

 

「友希那さんが歌う理由……っ」

 

 その言葉が持つ重みがどれだけのものなのか安易に想像できて、あこ達は息を呑む。

 そうして身構えたメンバー一人一人に、友希那はゆっくりと目配りしてから少し息を吐いて、

 

「少し、長い話になるわ。……昔、一人のバンドマンがいたの」

 

 と、言えなかった過去を打ち明け始めたのだった。

 

 

 △▼△▼△▼△ 

 

 

 ――信じられなかった。

 

 信じたくなかった。

 あんなにも、願っていた夢の舞台に立つことができたというのに。

 あんなにも、その舞台に立つために頑張っていたというのに。

 あんなにも、夢見ていたというのに。

 

 あんなにも、あんなにも――。

 

「なのに……、こんなの……あんまりよ……っ!」

 

 あの日、『FUTURE WORLD FES.』の舞台に立った父親は否定された。

 他でもない、夢見ていた舞台によって、彼が築いてきた音楽を。

 

 その場面を、その瞬間を、友希那は見ていた。見てしまった。

 ミュージシャンであった父親にとって、音楽を否定されるということは今までの全てを否定されたこととほぼ同義。

 道を見失い、嘆く父親の姿は、友希那の目には耐え難いものとして映った。

 当時まだ小学生だった友希那の心に、深々と爪痕を残すのには十分過ぎるほどの衝撃を与えた。

 

 そして、月日が流れ、高校生になった今もその爪痕は癒えることはなく――いや、それどころか友希那を駆り立てる衝動となっていた。

 

 父親の音楽から、いつからか聴こえるようになった彼のものではない何か。

 それがあの惨劇を引き起こした。だから、それが無ければあんなことにはならなかった。

 父が紡ぐ純粋な音楽をそのまま歌えていたのなら、きっと父は――世界一尊敬しているミュージシャンは、今も歌っているはずだった。

 

 それを証明すべく、友希那は音楽に打ち込んだ。

 娘である自分が父の代わりにフェスの舞台に立ち、誰も文句が付けようのない程圧倒的な音楽を聴かせば、その幻想は間違いなかったと言えると――そうすれば父は笑ってくれると、信じて。

 

「――――」

 

 友希那は歌った。

 国内最高峰――否、疑いようもなく頂点である『FUTURE WORLD FES.』に出場するための足掛かりを探すべく、何度も何度も歌った。

 その道中で、自分についていけなくなった幼馴染が隣からいなくなったが、それでも己を奮い立たせ、独りで歌った。

 

 こうして歌うことが本当にフェスへと繋がっているのか、不安になって立ち止まった時もあったが、自分と同じく一人で戦い続ける少年の姿に背中を押され、歌うのを辞めなかった。

 

 全ては、夢の舞台で否定された父親のために――孤高の歌姫は、悲壮な覚悟を胸に歌い続けることしかできなかった。

 

 しかし、迎えた高校二年の春――、

 

「――私が今まで聴いた度の音楽よりも……あなたの歌声は素晴らしかった」

 

 紗夜と出会った。

 

「――あこ、世界で二番目に上手いドラマーですっ!!」

 

 あこに根負けした。

 

「――アタシは友希那とバンドがしたい!!」

 

 リサが戻ってきた。

 

「――お……お願いします……!!」

 

 燐子を欲しいと思った。

 

「――【Roselia】に全てを賭ける覚悟はある?」

 

【Roselia】が結成した。

 

『FUTURE WORLD FES.』に出るための手段として結成した【Roselia】。――【Roselia】の結成は、それまでずっと独りで歌ってきた友希那を新たな世界へと誘った。

 

 フェスに近づいているという確かな感触。独りだった彼女を取り巻くようになった環境。

 そして、彼女達と音を合わせた時に感じたあの感覚。

 

 独りで歌っている限り決して感じられなかったであろう、この五人でしか作り出せないあの感覚は、例えようもないぐらい離し難く、いつしか友希那は――、

 

「――その気持ちを大切にしてくれ。それがきっと、友希那の本当の気持ちだって思うから」

 

 歌う理由が、もう一つ増えていた。

 

 

 △▼△▼△▼△ 

 

 

 ――歌姫の口から悲劇が語られ、それを聞いた者は皆唖然としていた。

 

「そのバンド……昔雑誌で読んだことがあるわ。確か、インディーズ時代のものが特に名盤だって……まさか、湊さんのお父さんが……そうだったの……」

 

 そう震えた声で言ったのは紗夜だ。

 売れる音楽を強要され、いつしか自分の音楽を失った一人のバンドマンに起きた悲劇。

 そして、その彼の娘が孤高の存在と呼ばれても尚歌い続けてきた理由に、表情を曇らせる。

 それは、隣にいるあこと燐子も同じだ。かけるべき言葉が見つからなかった。

 

 すると、友希那が息を吐きながら目を閉じ、開いて、

 

「聞いてくれてありがとう。あなた達には、知っておいて欲しかったの」

 

 話しかけるが、三人からの反応は乏しい。

 しかし、友希那は続ける。

 

「私は、この過去を……『私情』を捨てることができない。あなた達と出会って、バンドをして、新しく思ったことは沢山あったけれど、それでも手放すことができないの。……きっと、私が歌い続ける限り」

 

「――――」

 

「どう? 私が歌ってきた理由を聞いて……私が『私情』のために音楽を利用してきた人間だと知って、あなた達はまだ、私と音楽がしたいって言ってくれる?」

 

 その尋ねは、懇願しているようにも聞こえた。

 自分達の音楽を極めるとメンバーに偽り、私情に巻き込み、利用し、その上で一度は裏切った友希那からメンバーへ向けての、見放さないでくれという都合の良い懇願だ。

 だが、そんなの――、

 

「そんなの、当たり前です……! わたしは……友希那さんを見放したりはしません……!」

 

「そうですよ! 友希那さんとも、紗夜さんともりんりんとも、もっともっと音楽がしたいって、あこ何度だって言いますから!!」

 

 また私と音楽がしたいと言ってくれるのか、そう聞いた友希那に力強く返したのは燐子、そしてその次に続いたのはあこだ。

 二人共に手に力が入り、体を前のめりにしながら、とっくに決めた決意を叫ぶ。

 すると、「ええ」と便乗する声が加わってきて、

 

「今更、『私情』のために歌っているとわかったぐらいでは幻滅なんかしません。それよりも、私は湊さんがお父様のことを話してくれたことが、嬉しかった。私達のこと、大切なメンバーだと思ってくれているから、ああして話してくれたんでしょ?」

 

「ええ、今回色々と考えて、私にとってあなた達とする音楽が大切なものだということに気がついた。だけど……あなた達をこのまま私の私情に巻き込むのは……」

 

「良いんじゃないですか? こうなった以上、私情に巻き込むことになっても、あなたの歌う理由に私情が関わっていても」

 

「え……?」

 

 友希那は、驚きをそのまま表情に張り付け、紗夜を見る。

 それは紗夜の発言を意外に思ったからに他ならない。

 音楽に私情を持ち込まない。初めにそう言ったのは友希那ではあるが、そのことに対して紗夜も同意していたから。

 

「だから、どちらかと言えば紗夜には責められると思っていたけれど……」

 

「バンドに『私情』は持ち込まない方が良いという考えは今もありますよ。フェスに出ることができるレベルのバンドを作るためには、いちいち『私情』に振り回されている余裕はありませんから」

 

「だったら……」

 

「ですが、抱えているものはそれぞれにあっていいとも思います。私も……ギターを弾く理由の中に『私情』は含まれていないと言えば嘘になるから、ただ単に人のことを言えないだけでもありますが」

 

 と、紗夜はため息交じりに付け加える。

 そこから、「それはともかくとして」と仕切り直し、

 

「続ける動機はまだしも、始める動機なんて皆私的なものじゃないかしら? そして湊さんの場合、それがお父様がフェスに出た時のことで、その時に感じたものがどうしても手放せないから今もそうやって抱えているのでしょう」

 

「――。紗夜……」

 

「それなら、そのまま進み続けるしかない……そうじゃない?」

 

 優しい眼差しを向け、そう問いかけてくる紗夜。

「本当に、いいの?」と問い返せば、返ってくる答えは安易に想像でき、友希那は胸から込み上げてくる感情を必死に抑え込む。

 もう彼女たちの優しさに甘えてばかりではいられないと誓ったからには、友希那が今するべきなのは、優しさに感激することでは無く、その優しさに応えることなのだから。

 

「ええ。お父さんのためにも、【Roselia】のためにも、そしてあなた達のためにも、――私はこれからも歌い続けるわ」

 

 胸の前で拳を握り、全て背負い歌い続ける覚悟を宣言する。

 紗夜はフッと笑みを溢し、

 

「頼みますよ、リーダー。もっと上の景色を見に行きましょう」

 

「もちろんよ。私達なら、絶対にできるわ」

 

 力強く言い切ったそれは、決して自分たちの技術を過信しているからではない。

 必ずこの五人で頂点からの景色を見なければならないという使命。それを成し遂げることでしか恩を返せない友希那が己に向けて言った発破のようなものだ。

 

 後がない我が身を奮い立たせるという背水の陣にも似たその行為が、見ている者の胸にも熱を灯すほど覚悟に満ち溢れているのだから、紗夜達からすれば頼もしい限りではあるのだが。

 

「あこもおねーちゃんみたいになりたいって気持ちを大切にしながら、これからも【Roselia】もっともーっとカッコよくしていくために頑張ります!!」

 

「わ、わたしは……皆さんと共に演奏しながら……こんな自分を、変えていきたいです……」

 

「アタシは友希那と……って、言うまでもないか♪」

 

「そうやって自分の士気を高めるのは良いですが、あくまでも【Roselia】のことが最優先だということをお忘れないように頼みますよ」

 

「わかってるって♪ それにしても、『抱えるものはそれぞれにあっていい』、『手放せないならそのまま進むしかない』か……。紗夜、めっちゃ良いこと言うじゃん♪」

 

「……茶化さないでください、今井さん」

 

「えぇっ、ホントに思ってたのに!?」

 

 あこ、燐子の後に続いて高らかに宣言したリサが、きっかけを作った紗夜をそのまま褒めるがあえなく撃沈。 

 弄られたと思ったのか、はたまた思い返して恥ずかしくなったのか、紗夜は目を細め、その視線の先でリサが嘆く。

 リサはただただ感じたものをそのまま伝えただけであったのに。悲しきかな。

 

「そう言えば……カズ兄はどうなの?」

 

「えっ、俺?」

 

 と、突然あこが言いながら振り返り、不意打ちを突かれた和也は自分を指差す。

 

「……俺の話いるか? 俺、メンバーじゃないんだぞ?」

 

 メンバーではないから、和也は友希那が父親のことを話し始めてからずっとだんまりを決め込んでいた。

 もちろんこれは、メンバーではない自分が口を出してはいけない状況、という彼なりの判断に基づいた行動である。

 まだ友希那が話すと言っていなかった時は干渉しまくりではあったが、それは事情が事情だったのでご愛敬と言いたいところ。

 ともかく、今回のようなチームにとって重大な分岐点となる状況において、部外者である和也が口を挟んでしまうのは、【Roselia】にとっても和也にとっても悪い影響しか与えないのだ。

 

「今は話も丸く収まったし、俺が加わったところで問題無いとは思うけど」

 

 だとしても、メンバーではない自分がこの話の最後を担うのは違う気がする。

 遠慮とか、申し訳なさとか、場違い感が否めない。

 

 しかし、そうは思っていないのか、あこはムッとして、

 

「確かにカズ兄があこ達と演奏することはないけど、あことリサ姉が友希那さんのバンドに入りたいって言った時も、オーディションを受けた時も、りんりんがオーディション受けるってなった時も……、ともかく【Roselia】に何かあった時はいつもいたし、今回のことだってあこ達と一緒に【Roselia】のために考えてくれたんだし、カズ兄も【Roselia】の一員に違いないよ!」

 

「あこちゃん……!」

 

「いえ、違いありますけど」

 

「ちょっと邪魔しないでくれる氷川さん!?」

 

 感動を邪魔され、行き場を失った感情をとりあえず紗夜にぶつける和也。

 紗夜が言ったことは何も間違っていないのだから、それ以上は言わないが。

 

 何はともあれ、あこが言ってくれたことは普通に嬉しいし、そこまで言われたら応えたくなってしまうのが稲城和也という人間だ。

 

「言うけど、笑うなよ。……結構恥ずいんだから」

 

「笑わないよ! ね、りんりん?」

 

「う、うん……」

 

「どうであれ、言うなら早く言ってください。スタジオの時間はまだ余っているけど、久しぶりに五人で練習したいので」

 

「まぁまぁ、そう言わずにさ? 友希那も待ってるんだし、ちょっとぐらいいいじゃん?」

 

「別に……待っているわけではないわ」

 

 前置きに対して各々が見せた反応に、思うことはいくつかあったが、ここまで来たら気にしたら負けだ。

 そう言い聞かせ、和也は数回深呼吸する。

 息を吐き、吸い込み、そして覚悟が決まると同時に視線を上げて五人を見る。

 

 覚悟は決まった。覚悟が決まった以上、もはやどうなっても後悔はしない。

 例え――、

 

「俺は……【Roselia】の音楽が好きだから、これからも皆の力になれればって思ってる!!」

 

「「「「「…………へ、へぇ……」」」」」

 

 例え意気込んだ結果、微妙な空気が充満することになったとしても。

 

「いっそ笑えよっ!!」

 

 ――たぶん。

 

 

 △▼△▼△▼△

 

 

「――和也くん! 頑張って!」

 

「はい……よっと!」

 

 声援を受けながら、グッと力を込めて持ち上げたのは中身の入った段ボール。

 重くはないが決して軽くもない重量がズシリと腕にのしかかったのを感じ、安全を確かめてから和也は店の裏側へと運んでいく。

 

「ん、そういやあいつらって結局ライブ衣装どうすんだろ?」

 

 運んでいる途中、段ボールの中に入っている色鮮やかなライブ衣装を見て、ふと思う。

【Roselia】初のライブでは、全員が私服のまま演奏していた。それでも他のバンドを寄せ付けない圧倒的な演奏で観客を魅了していたのだが、それでもやはりバラバラな衣装だとせっかく演奏で作った雰囲気を壊しかねないということで、その後の反省会でも話が上がった。

 

 しかし、友希那がスカウトされたことでそこからずっとバタバタしていたこともあり、きっと完成するのはもう少し先なのだろう。

 

「いっそのこと、このライブ衣装を……って、【Roselia】の雰囲気に合わねぇな」

 

 名案、と一瞬思ったのだが、可愛いに極振りしたようなデザインだったのでなかったことにする。

 持って行っていれば、間違いなく紗夜に白けた視線を向けられていただろう。

 

 ちなみにだが、段ボールの中に入っているのはライブ衣装だけではなく、もう使わないであろうポスターやちょっとした機材などなど。

 倉庫の奥深くに眠っていたそれらをまりなが見つけ、この際だから整理しようと思い立ち、和也はそのお手伝いをしているわけである。

 初めは自然と顔が引きつってしまうほどの量があったのだが、それも今運んでいるこれで――、

 

「ラストっ! ……ふぅ、やっと片付いた」

 

 任されていた仕事がようやく完了し、額の汗を腕で拭った。

 目の前にある段ボールの山を見ていると、達成感が湧いてくるものだ。

 

「お疲れ様~。ほとんど和也君に任せちゃってごめんね?」

 

「いえいえ。こういうのは自分にどんどん任せてくださいよ」

 

「お、カッコイイ~! 危うく惚れちゃうところだったかも」

 

「なわけないでしょ」

 

「あっはは。でも、本当に助かったよ、ありがとうね」

 

 フロントに戻った和也を笑顔で出迎えてくれたのは、まりなだ。

 力仕事をこなした後輩に目一杯の称賛を与えると彼女はチラリと時計を見て、

 

「それじゃあ丁度いい時間だし、休憩入っちゃおっか」

 

「はーい。了解です」

 

「あ、そうそう。休憩入るついでにちょっと【Roselia】への伝言を頼まれてくれないかな?」

 

「【Roselia】に伝言?」

 

 控室に向かいかけていた足を止め、和也がオウム返しすると、まりなは「うん、私が言っても良いんだけど、忘れちゃいそうだから」と言って、顔の前で手を合わせた。

 

「頼まれてくれる?」

 

「ええ。全然良いですけど」

 

「良かった! それじゃあ、頼まれて欲しい伝言なんだけど――」

 

「――えっ、ホントですか!」

 

 伝言を聞き、表情をパッと明るくさせた和也にまりなは頷く。 

 

「ぜひ【Roselia】とやりたいんだって。丁度一波乱乗り越えて皆のモチベも高いだろうし、いいタイミングなんじゃないかな?」

 

「はい、皆も喜んで受けてくれると思います! では、早速伝えてきますね!!」

 

「あっ、ちょっと! ……って、行っちゃった」

 

 振り返ることなく、走り去っていく和也。その足取りは軽やかで、彼が直前に見せた笑顔とも相まって、早く伝えたいという気持ちがヒシヒシと伝わってくる。

 その姿にハラハラしつつもをホッとしている自分がいて、「若いっていいなぁ」とまりなは苦笑交じりに呟くと、伸ばした手をゆっくりと下ろした。

 

「相談してきた時はどうなることかと思ったけど――うん、和也君が無事に元気になって良かったよ」

 

 数日前に見た、すぐにでも潰れてしまいそうなほど追い詰められていた和也が、今ではああして元気な姿を見せてくれている。

 自分の言葉がそのためにどれだけ役に立ったのかはわからない。が、そんなことがどうでもいいと思えるほど嬉しくて、まりなは満足そうに顔をほころばせるのだった。

 

「だけど、店内を走るのはいけないなぁ」

 

 

 

「確かBスタジオだったはず……っと、着いた着いた」

 

 戻れば、まりなに注意されることが今しがた確定したことなど露知らず、和也は【Roselia】が入っているスタジオの前まで来ていた。

 演奏の途中で入ってしまってはせっかくの集中を邪魔してしまうので、決してそうはならないように演奏が途切れて一区切りついたタイミングで中に入る。

 

「つもりだったんだけど……」

 

 耳を澄ましてみるが、先程からずっと音が聞こえてこない。

 スタジオが防音設備されているからとはいえ、中の音を全てシャットアウトしているとは考えにくい。と言うよりそんなの無理だ。

 明かりはついているので中に友希那達はいるのだろうし、恐らく丁度タイミング良く休憩中なのだろう。

 

 とりあえずなんにせよ好都合には変わりないので、コンコンっとノックして、

 

「入るぞー!」

 

「ん? お、和也じゃん♪」

 

「わー、カズ兄だー! って、あれ? もう時間だっけ?」

 

 スタジオの中に入った和也に真っ先に気が付いたあことリサだ。

 和也を見たあこがそう言いながら時計に視線を移すと、それに釣られてリサも「あれ? もうそんなに経ってた?」と時間を気にする。

 

 今の彼女達と和也との立場は、店の利用者とスタッフ。

 和也がバイトの服装である緑色のエプロンを身に着けたままの状態だったことで、利用時間をいつの間にか過ぎていて注意しに来たと思ったのだろう。

 

 リサとあこが互いに顔を向かい合わせ、「あれぇ?」と首を傾げている光景に和也は苦笑しながら「違う違う」と手を横に振った。

 

「今の俺は休憩中。で、ちょっとまりなさんから【Roselia】に向けての伝言を――って、どうしたんだそれ?」

 

「あ、これ? やっぱり気になっちゃうよね~」

 

 まりなから伝言を預かっていることを伝えるのを途中でやめ、和也は眉を上げてリサが身に纏っている服を指差す。

 明らかに衝撃を受けている和也を見たリサは、フフっと笑みを浮かべながらスカートの裾を両手に摘んで広げて見せてきた。

 

 リサが――否、リサだけでなくあこも、そしてリサとあこだけでなく友希那と燐子と紗夜も、ともかく【Roselia】全員が身に纏っていたのは、黒と紫のドレスだ。

 スッキリとした上半身と、ウエストから裾にかけて徐々に広がっていくシルエットで、色は主に黒と紫。スカートの部分にはその二色に白を加えた生地が、フリル状に重なり合っている。

 胸に付いている大きいリボンは、友希那なら少し明るめの紫、リサなら赤、といったようにメンバー毎に色が異なっており、全体的暗めな配色の中で派手過ぎず、控えめ過ぎず、と丁度いい具合の存在感を放っていた。

 リボンの他にも細々としたデザインや配色はメンバー毎に僅かに違うのだが、和也から見て左側の頭につけている髪飾りだけは例外。全員が付けているその髪飾りは、大きな黒薔薇と少し小さな青薔薇の二輪の薔薇が斜めに並んでいるのが特徴的で、それが【Roselia】のバンド名の由来に『薔薇(Rose)』が関係していることを彷彿とさせ、彼女達【Roselia】にこれ以上ない程合っているデザインだと言えるだろう。

 

 ――と、そこまで思ってようやく和也はパチンッ! と指を弾いたのだった。

 

「――! まさかそれって【Roselia】のライブ衣装か!?」

 

「ピンポーン! せいかーい♪ これ、燐子が作ってくれたんだけど、ホントに凄いよねぇ」

 

「ああ。【Roselia】のイメージにも合ってると思うし、スッゲー良いと思う。白金さんって本当にすごいな」

 

「いっ、いえ……その……あっ……ありがとうございます……っ」

 

 そう言って、紅く染まった顔を伏せる燐子。褒められて恥ずかしく思ったのだろうか、その様子が可愛らしくて頬が緩む。

 

 以前にリサからあこの私服は燐子が作ったものだと聞いていて、腕があることはわかってはいたものの、それでも驚かずにはいられない程の出来具合だった。もはや、かなり良い値で店に並んでいても不思議ではないぐらいに。

 こんなに凄いのだから、燐子にはもっと自信を持って欲しいものだ。

 

「そういや、何で皆揃って衣装着てんだ? 確認ってだけなら、別に家とかですればいいと思うんだけど」

 

 衣装を着た五人の少女達を見渡し、和也はふと疑問に思う。

 待ちに待ったライブ衣装が完成したことで忘れていたが、今日はただの練習だ。

 サッカーならチームによっては普段の練習からユニフォームを着て行っているところもあるにはあるのでおかしくはないのだが、燐子が作ったこの衣装は着るのに少々時間が掛かりそうに和也には見え、それを全員が着るのは流石に練習時間を削ってしまうのではないだろうかと思える。

 そんな非効率的なことを友希那と紗夜が許すとは少し考えにくいのだが――、

 

「微調整のためですよ」

 

「微調整?」

 

 和也がオウム返しで聞き返すと、紗夜は「ええ」と頷いて、

 

「衣装を着た状態で何回か演奏してみて、演奏中に気になるところが無いか確かめているんです」

 

「あーなるほど。せっかくライブ衣装着て気を引き締めれても、いざ本番で衣装が邪魔になってパフォーマンスが落ちたら目も当てられねぇしな」

 

「そういうことです。とは言え、白金さんなら今回出た修正点を次回にも活かしてくれると思うので、これだけ入念にするのは今回だけだと思いますが」

 

「それもそうだな。あ、氷川さんもその衣装スッゲー似合ってるぞ」

 

「ついでに言った感が少し気になりますが……まぁ、ありがとうございます」

 

「――。お、おおう」

 

「…………何を驚いてるんですか? 私だって、褒められたらお礼の一つぐらい言うわ」

 

 言われた覚えがないんですけど。何だったら叩かれたことあるんですけど。

 と、反射的に言いそうになったが、ここは我慢して「わかってるって」と返しておく。

 今のお礼だって、素直とは遠くかけ離れた素っ気ないものであった。もう少しぐらい、あこや燐子のように可愛げが欲しいものだ。

 

 とはいえ、以前の彼女なら何も反応してくれないということも十分にありえただろう。

 単なる気まぐれに過ぎないかもしれないが、少し、ほんの少しだけ今までよりも紗夜が和也と向き合おうとしてくれているように感じた。

 

「ねぇねぇ。アタシにも何か言うことない?」

 

 チョンチョン、と。

 右肩を二度、三度つつかれる。

 そうしてそちらへと振り向くと、むくれながらジーッとこっちを見つめているリサと目が合った。

 訳が分からず「え?」と思わず和也が口にしたら、リサはぐるりと一回転して、

 

「どうかな?」

 

「どうかなって……えっと……いい感じに決まってると思うぞ」

 

「それでもいいんだけどさ……かわいい、かな?」

 

「――? ああ、心配しなくてもちゃんとかわいい。前から思ってたけど、リサはほんと何でも着こなせるよな」

 

「ふふっ、そっかそっか。アタシ、そんなにかわいいかぁ♪」

 

 そう言い、リサは軽やかにステップを踏みながらくるくると回る。

 見るからにリサは上機嫌だ。どのぐらいかと聞かれれば、初対面の人でも声だけ聞けば彼女が上機嫌だということがわかりそうなぐらい、超上機嫌だ。

 自分にファッションセンスがあるとは思ってない和也からしてみれば、自分に褒められてここまで喜ぶリサのことが不思議にしか思えないのだが。

 

「つーか、【Roselia】のイメージ的にかわいいよりもカッコイイの方が合ってるよな?」

 

「それならカズ兄! あこ、カッコイイかな!?」

 

「うん、かわいい!」

 

「あれぇっ?!」

 

 両手にドラムスティックを持ち、ビシッ! とポージングを取ったあこ。しかし、和也が親指を立てて即答したことで、「なんでぇ!?」とショックを受ける。

 あことしてはカッコイイと思って欲しかったのだろうが、カッコよく見せようとするその頑張りがすでに可愛いかったので仕方が無い。

 

「…………和也、あなた何をしに来たのよ」

 

 声を少し低くし、威圧するように言ってきたのは友希那だ。

 和也がリサ達と話している間にも、スタジオの利用時間の終わりが刻一刻と迫ってきていることもあってか、かなりおかんむりな様子。

「悪い悪い、別に邪魔しに来た訳じゃなくてな」と和也は悪意が無かったことを示しつつ謝ってから、

 

「まりなさんから伝言――いや、朗報を貰ってきたんだよ」

 

「朗報?」

 

 伝言――ではなく、朗報。

 あえてそう言い換え、思わせ振りな発言をした和也に友希那は眉を顰める。

 すると、和也は人差し指を友希那へと向け、ニッと口角を上げて言ったのだった。

 

「久しぶりにライブ、したくないか?」

 

 




 最後まで読んでいただきありがとうございました。
 とりあえず今回の話でスカウトの話はおしまいです!思ってたより長くなってしまった……。
 実はこのスカウトの話は無しにしようかと思ってたんですけど、これは今後のRoseliaのクッションにもなるので流石に入れました。
 
 ここから先はオリジナル展開が今までよりも出てくると思うので、自分的にもかなり楽しみだったりします。(本編のストーリーもある程度回収しますが)
 何はともあれ、執筆速度が上がると思います。……たぶん。頑張ります。

 それでは、後書きもこれぐらいにして、皆さんまた次回!
 ばいちっ!


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20歩目 適材適所

 お久しぶりです。ジェミニ杯を黒マックで逃げ切ってました、ピポヒナです。
 まさかの前回と同じ月に最新話を上げることができました。自分としてはかなり早い。スランプ脱出か?

 そんなところで、さっそく本編どうぞー!
 今回はRoseliaの出番が少ないですが……怒らないで(--;)


 


 ――周囲は、重い空気で包まれていた。

 

 黒と紫の衣装(ドレス)を身に纏う五人の少女達、【Roselia】は向かい合わせになったソファに浅く座っている。

 友希那がスカウトされていたことから始まった騒動を乗り越え、前回のライブから問題視されていた衣装問題が解決した。というのに、彼女達の表情からはそれらの成長を喜んでいる様子は窺えない。

 それどころか、全員が顔を顰めさせ、悔しさを滲ませていた。

 

「ごめん、みんな……。大事なところでとちっちゃって……」

 

 その中でも一際立って感情を露わにしているのは、リサ。

 震えた声で失敗を謝り、込み上がってくる悔しさにギリっと奥歯を噛み締めている。

 いつもは明るい笑顔を周囲に振りまいている彼女だが、今はその面影は少しも無い。

 

「お、落ち込まないで……ください……」

 

「そーだよ、リサ姉〜! あそこまではすっごくいい感じだったんだしー!」

 

「落ち込んだところで解決はしません。演奏でのミスは地道な練習で改善すべきです」

 

「ええ、紗夜の言う通りよ。終わったことを悔やんでも意味は無いわ」

 

「でも、せっかくグリグリとのライブだったのに……」

 

 あこと燐子が気を遣い、切り替えるように紗夜と友希那が言うが、リサの心境はそれらをすんなりと聞き入れられる状態では無かったらしく、元々伏せていた顔を更に伏せた。

 

 それだけ、彼女がこの日のために本気で練習を重ねてきたという証拠なのだろう。

 努力が報われなかった時の悔しさは、痛いほどわかる。

 だが、こちらとしてはリサには笑っていて欲しい。今の彼女は、見ているこっちまで辛くなるぐらい落ち込んでいる。

 今その思いを伝えるのは、彼女がしてきた努力や今感じている悔しさを軽視することと変わらないので伝えることはないのだが。

 その代わりに――、

 

「まだ次がある。今感じてる悔しさの分もまた頑張ればいい。リサなら絶対できるって」

 

 ポンっ、と。

 ソファの傍らで見ていた和也は、リサの伏せられた頭に後ろから手を優しく置く。

 そんな慰めの言葉ではリサがすぐに立ち直るとは思っていないが、今の彼女に言ってやれることはこのぐらいだろう。

 日本の頂点であるフェスに出るためには、これから何度も悔しさを乗り越えていかなければならないのだから、リサがもう一回り成長してくれることを信じる以外にない。

 

「そのためにもこうして反省会をしてるわけだけど。……で、リサがミスったって時、皆はそのカバーに入ったんだよな?」

 

「……ええ。できる限り早く立て直したつもりよ」

 

「なら良いじゃねぇか。個人のミスはチーム全体でカバーするって大事なそれが今の段階でちゃんとできてるなら上々だろ。それに、聞いてる側からしたらあんまり違和感感じなかったし、前のライブと同じぐらい良かったと思うぞ」

 

「――だからいけないのよ」

 

「へ?」

 

 大切なことができていたことを知れて安堵し、好感触だったことを伝えた和也。だが、僅かに気を緩めた彼を友希那は鋭い視線と声で穿った。

 

「和也でも感じることができたなら、コンテストの審査員は必ずそのズレを見逃さないわ。例えカバーができていたところで、それじゃあ意味が無いのよ」

 

「ま、まぁ……言われてみれば確かにそうだな。……うん」

 

「それに、前回のライブと同じということは、つまり前回から変わっていないことと同じ……いいえ、衣装が出来て、より【Roselia】の世界に引き込めるようになった分、マイナスね。コンテストまで時間が残されていない中、出遅れた私達には足踏みしてる余裕はないわ」

 

「そういう訳じゃ……いや、なんでもない」

 

 握られた拳にグッと力を入れ、悔しそうに言われたそのことが全員の共通認識だったのか、友希那が言った後に他のメンバーが頷いているのが見えた。

 その瞬間、ゾッとした和也の首筋に嫌な汗が流れ、発言を取り消す。

 

 認識と危機感の違い。

 今まで彼女達と同じだと思っていたそれらが違っていたことを深々と痛感した気がした。

 

 音楽経験は皆無、知識は人並、フェスのことは人から聞いた話とネットで見た文字でしか知らない。フェスが頂点だという認識はあれど、それがどれだけ高いものなのかは見当もつかない。

 

 それが、和也の現状だ。

 ライブハウスで働いていることもあって、以前よりは少しマシになったかもしれないが、それでもまだまだ全然足りない。

 今日までの間、度々【Roselia】の練習に顔を出して演奏を聴いていたことで、演奏にズレがあったことを僅かに気が付くことはできたものの、遥か高みを目指し続ける彼女達と同じ認識を共有するためには、彼女達と過ごす時間も、交わす言葉も、共に難題へ挑む回数も――何もかもが全く足りていないのだ。

 

 和也としては、今までできる限りのことをやってきているつもりではあるのだが。

 

「……悪いけど、席を外してくれないかしら?」

 

「――。――――。ああ、わかった。……俺がいたところで何も言える気がしねぇし、話の邪魔にしかならなそうだからな。そう言われても仕方がねぇ」

 

 重くため息を吐き、和也は友希那に従ってその場から離れる。

 悔しくはあるが、この行為を間違えているとは思わない。

  

 和也だけの力では、これが限界なのだから。

 

 

 △▼△▼△▼△ 

 

 

【Glitter*Green】――愛称『グリグリ』。

 

 そのバンドこそが、【Roselia】を今日のライブに誘ってくれたバンドである。

 まりな曰く、【Glitter*Green】はこの地域のアマチュアバンドの中では一つ頭が飛び抜けている存在らしく、実際に演奏を聴いてみた和也はその話が決して誇張された評価ではないことを実感した。

 圧倒的な人気で多くのファンから愛されており、演奏の技術は折り紙付き。【Roselia】とはまた違った種類の上手さがあって、その他全てにおいても今まで聴いてきたバンドの中で明らかにトップクラスだと和也でも感じた。

 

 まだ一度しかライブをしていない、言わば新参者である【Roselia】が、そんな格上の存在とも呼べる【Glitter*Green】にライブを持ち掛けられた。

 しかも、前回『CiRCLE』でやったようないくつものバンドが出演する形式ではなく、【Roselia】と【Glitter*Green】の二つのバンドで構成されるジョイントライブを、だ。

 

 まりなから話を聞いた時は、まだ【Glitter*Green】がそのようなバンドであることも知らなかったし、そもそもライブができるということが嬉し過ぎてそんなこと気にしている余裕はなかった。

 だが、今になって思ってみれば、調子に乗った新参バンドを叩き潰してわからせる、といった物騒な狙いがその誘いに込められていてもおかしくなかったのかもとか思ったり。

 

「出る杭は打たれるとも言うしな。……まぁ、実際は全くそんなんじゃなかったけど」

 

 実際の【Glitter*Green】の演奏は、聴いていると自然と心が弾み、彼女達の姿はとても煌びやかで、【Roselia】を潰す! とかそんな物騒なものとは程遠いものであった。

 まったく、何でそんな失礼な疑いをかけていたのだろうか。

 と、ひとまずそのことは置いておいて――、

 

「今日のライブ、あいつらのためになったかな?」

 

 壁にもたれ掛かりながら顎に手を当て、考え耽る。

 伝えるようにとまりなに頼まれる形ではあったものの、【Roselia】にこのライブの存在を知らせたのは和也だ。

 ともなれば、自分がしたことが彼女達のためになったのか気になるところ。

 

 観客側からライブを見ていた和也の感想としては、今回のライブは有意義なライブだったのではないかと思っている。

【Roselia】と【Glitter*Green】。曲のジャンルもバンドの雰囲気も異なっているが、演奏中のパフォーマンスや客の盛り上げ方、そしてMCに至るまで、全てにおいて【Glitter*Green】の方が上手く、学べるところが沢山あったと思うからだ。

 流石は先輩バンド、とでも言うべきか。

 

「【Roselia】も良かったんだけどなぁ……」

 

 演奏面に関しては、【Roselia】は【Glitter*Green】に負けていなかった。いや、純粋は演奏力だけを見ればこちらの方が勝っていただろう。

 しかし、そこにパフォーマンスや盛り上げ方など、そういった所々の要素が加わり、総合的に比べてしまうとその結果は変わってくる。

 

 技術だけが全てではない。

 サッカーにも言えるそれがバンドの世界でもあるという訳だ。

 

 と、色々と思ってはいるけれども、演奏していた張本人達からしたらそもそも和也が良かったと思っている今日の演奏はダメダメだったらしいが――、

 

「――ちょっとそこの坊主、さっきからブツブツうるさいよ」

 

「ひぇっ、俺っ!?」

 

「あんた以外に誰がいるってんだい、まったく。少しは周りを見てみな」

 

 突然知らない声に引っぱたかれ、自分を指差して驚く和也。すると、相手は呆れた様子ででそう言ってきたので、チラリと周りを見てみる。

 和也の他に今ロビーにいるのは、掃除をしている猫みたいな髪型の女の子とツインテールで巨乳の女の子、そして声をかけてきた老婆だけで、確かに『坊主』と呼ばれて当てはまるのは俺しかいない状況だった。

 

 ちなみに、【Roselia】の皆は少し前に控室へ戻っている。今頃は帰るための支度をしている頃だろう。

 

「って、確かあなたは……オーナーでしたっけ?」

 

 目の前の老婆には見覚えがあった。それもついさっき。

 白髪頭の一部に紫色のメッシュを入れていて、少しいかつめな印象を受けるこの老婆は、先程和也が【Roselia】の反省会から離れた後に入れ替わりで彼女達の元へと行って、何か話していた人だ。

 

「ああ、いかにも私はここのオーナーだよ。あんたは……さっき【Roselia】と一緒にいた子だね。私が行く少し前にどこか行ってたけど」

 

「っ……、はい。稲城和也って言います」

 

 棘のある言い方に、眉がピクリと動く。が、俺があの場から離れたことは紛れも無い事実なので甘んじて受け入れ、名乗る。

 というのも、ここ『ライブハウスSPACE』のオーナーであるこの人には、聞きたいことがあったからだ。

 

「オーナー、聞きたいことがあるんですけど良いですか?」

 

「なんだい?」

 

「今日の【Roselia】の演奏、オーナーから見てどうでした? 彼女達がフェスに出るためには、何が必要ですか?」

 

「それを聞いて、あんたはどうするつもり?」

 

「あいつらに、【Roselia】に伝えます。……さっきは何もできなかったから、今度こそ少しでも彼女達のためになることを何かしたいんです」

 

 音楽素人の耳ではわからなくても、長年に渡って数々のバンドの演奏を聴いてきたオーナーなら、きっと【Roselia】の足りていない部分を的確に見抜いてくれているだろう。

 それを聞き出し、友希那達に伝えることが、今の俺が【Roselia】の力になるためにできる最大の方法のはずだ。

 

 そう考え至り、率直に尋ねる和也。そんな彼に、オーナーは腕を前に組んで目を細め、

 

「それで【Roselia】のためになれたとしても、それはあんたの力であの子達のためになったとは言えないよ。……それでもいいのかい?」

 

「はい、わかってます。でも、音楽をしてこなかった俺が皆の助けになるためには、こうやって人の力を借りるしかないんです」

 

「あんた、自分がカッコ悪いこと言ってるって自覚はある? それこそ男なんだからプライドってもんがあるだろ?」

 

「俺のプライドを守っても、【Roselia】の演奏が良くなることに繋がらないでしょ? だったら、こんなしょーもないプライドなんかくれてやりますよ」

 

 躊躇いなくそう返し、「だからお願いします」と最後に頭を下げる。

 すると少し間が空いてから、バシッ! と。

 背中から衝撃が走り、そこそこ大きな音が鳴った。

 

「痛っ!?」

 

「そうかいそうかいっ、あんたはそんなにあの子達のためになりたいのかい! 他力本願なところはあれだけど、そうやって自分にできることを探してすぐに行動する姿勢は嫌いじゃないよ!」

 

「だ、だからって叩かないでくださいよ!」

 

 背中を叩かれた痛みに仰け反りながらそう言う和也。しかし、それでもオーナーは止まらず、カッカと笑い飛ばす。

 愉快そうに笑うその姿は、先程までの気難しそうだった印象とはかけ離れており、和也は「あ、この人も笑えたんだ」と不意に思う。

 

「ってあれ?」

 

 そんな失礼なことを思っていたら、背中を叩かれる感覚が突然来なくなった。そして、それと同時に愉快そうに響いてた笑い声も消えている。

 まさか声に出ていたのか、と恐る恐るゆっくりと視線を上げてオーナーの方を見てみると、オーナーは真剣な眼差しをこちらへと向けていて、

 

「悪いけど、私はあんたの期待には応えられないよ」

 

「え……?」

 

 そう告げられ、和也は目を丸くする。

 

「それは……【Roselia】の演奏に悪いところが無かった、っていう意味ですか?」

 

「違う、むしろその逆だよ。あの子達の演奏は荒削りで、まだまだ改善すべき箇所は山のようにある」

 

「――? だったら、それを教えてくださいよ。改善点を聞いているんですから」

 

 オーナーが首を横に振ったことで、和也の疑問は深まっていく一方。

 オーナーは【Roselia】の改善点を見つけている。なのに、改善点を教えてくれという和也の期待には応えられない。

 

 自分への嫌がらせか? という疑いが頭を過ぎったが、そんなしょうもないことをするような人には見えない。それに、今も向けられている眼差しは真剣そのもので、その可能性は低いだろうと判断付ける。

 だから、オーナーが応えられないと言ったのにも、何か理由があるのだとは思うのだが――、

 

「あんたはいつから【Roselia】の演奏を聴いてるんだい?」

 

「え? えっと……結成する前から、ですかね? 練習してるとこは最近ちょくちょく見るようになったぐらいですけど、メンバーのオーディションをする時はその場にいましたし」

 

 色々と慮っている最中に不意に聞かれ、少しキョトンとしてから和也は答える。

 それを聞いたオーナーは「へぇ」と感嘆を漏らすと、

 

「それなら、メンバー一人一人がどんな子なのかもある程度知っているね?」

 

「まぁ、ある程度でいいなら一応……多分、知ってるって言っていいと思いますけど……」

 

「【Roselia】の子達を信頼しているかい?」

 

「――。そりゃ信頼してますよ。皆良い子ですし、あれだけ音楽に真剣なとこ見せられたら尊敬もしますよ」

 

 【Roselia】の演奏を聴き始めた時期、メンバー一人一人への理解度、そして彼女達を信頼しているかどうか。

 自分は今、なんでこんなことを聞かれているのだろう。

 重ねられていく質問の意図を汲み取れず、不審に思いながらも和也は答える。

 

 しかしその不審感は、「じゃあ最後に聞くけど」と前置きされた次の質問によって、跡形も残らず振り払われることになるのだった。

 

「あんたが信頼してる【Roselia】の子達は、自分達の演奏に何が足りていないのかさえわからないと思うかい?」

 

「――!!」

 

 全てが繋がり、和也は絶句する。

 そして、「どうなんだい?」と詰められるが、唇に力を込めて固く結び、答える意志をみせようとしない。

 答えはわかっているのに、自分の中ではもう出ているというのに、それを答えてしまったら、認めたくないことを認めてしまう気がして、答えたくない。答えられなかった。

 

「酷な質問だったね。けど、あんたがその内ぶつかる壁だ。だから、あえて今言わせてもらうよ」

 

 しかし、そうやって和也が押し黙ることすら、オーナーにとっては想定の範囲内だったのだろう。

 何も答えようとしない和也を見据え、オーナーは冷酷にも告げた。

 

「――あんたは、音楽面であの子達の役には立てない」

 

「――――」

 

「例え今回、私に頼って上手くいったとしても、その次、そのまた次の時にあんたはまた誰かを頼ることになる。それが悪いことだとは言わないよ。人に頼るってことは、そのことを自分はできないってちゃんとわかっている証拠であり、それでも何とかやり切ってやろうって気持ちの表れでもあるからね。さっきも言ったけど、私は嫌いじゃない。……でも、それを続けるんだとしたら、別にそこがあんたである必要はないんじゃないのかい?」

 

「――――」

 

「別に自分を責める必要は無いよ。と言っても、今のあんたの様子を見るにそんなこと言っても無意味だろうけどね。いいかい? これは適材適所ってのと同じだ。音楽をしてこなかったというあんたが背伸びをしたところで、本気で上を目指す連中の力になれないってことぐらい考えなくてもわかるだろ?」

 

 ――。

 ――――。

 ――――――――――――わかってる。

 わかっている、わかっていたことだ。

 

 わかっていたから、和也が今までにその場面に直面した際には、自分では技術的なことはわからないから力になれないと言っていた。

 今回だってそうだ。自分一人だけじゃ駄目だと理解していたから、演奏の出来に落ち込んでいた【Roselia】を立ち直らせたオーナーの力を頼ることにした。

 音楽の経験も知識も才能も無い自分が、音楽に必死に打ち込む彼女達の力になるためには、そうやって他人の助けに頼る以外に方法はないのだから。

 

 そのことを、和也はちゃんと理解しているつもりだった。

 だがしかし、それは結局のところ『つもり』でしかなかった。

 

 だって、そうじゃ無ければこんなにも悔しいわけが無い。

 わかっていたことを言われただけなのに、本当のことを突きつけられただけなのに――こんなにも、それを認めたくない気持ちが強くなる訳がないじゃないか。

 

「――――」

 

 激動する感情。しかし、それと反比例しているように体は全く動かない。

 先走る感情に和也の体は置いてかれ、ただただ無駄な時が過ぎていく。

 どれだけ気持ちが強くても、これではまた何もできないまま終わってしまう。

 

「っ!?」

 

「いつまでボサッとしてるつもりだ? もうそろそろ【Roselia】の子達が戻ってくるよ、それでもいいのかい?」

 

 バシッと尻を叩かれたと同時にそう急かされ、和也は固く閉ざしていた口から息を漏らす。が、そこから言葉が続くことは無い。

 自力では立て直せそうにない和也を見て、オーナーは「はぁ、まったく手間のかかる子だね」とため息混じりにボヤいて、

 

「あんたは【Roselia】のことが好きかい?」

 

「……え?」

 

「良いから早く答えな、時間がないよっ!」

 

「あ……ああ、好きだ。好きだから、もっとあいつらの音楽を聴きたいと思ってて……力になりたいとも……」

 

「それなら、あんたは【Roselia】のファンなのかい?」

 

「……ファン……?」

 

 ファン。

 その響きが引っかかり、何度も繰り返し呟く。

 

 ファン、ファン、ファン。自分は【Roselia】の、ファン。

 やはりだ、引っかかる。

 

【Roselia】の音楽が好きだ。

 そのことは間違っていないのに。

 

【Roselia】の音楽をまた聴きたいと思っている。

 そのことも間違っていないのに。

 

「違う……俺はファンじゃない」

 

【Roselia】のファンなのかと聞かれ、それを肯定することは和也にはできないことだった。

 

「何が違うんだい? あんたは【Roselia】の音楽が好き。そして、あんたが言ってた力になりたいってのも、熱狂的なファンなら全員が持ってる気持ちさ。だから必死に応援している。届ける声援が、少しでも相手の力になると信じてね」

 

「そうだけど……違うんだよ……!」

 

 応援してくれる存在が、力になることは和也もわかっている。

 しかし、友希那と、リサと、あこと、燐子と、紗夜と、彼女達と自分との関係が、アーティストとファンになることが受け入れられない。

 その関係が他人同士のようにしか思えなくて――和也はギリッと奥歯を噛み締め、言った。

 

「俺は、【Roselia】のファンにはなりたくない……っ!!」

 

「ハッ。ファンにはなりたくない、ね。だったらどうするつもりだい? 今から必死に勉強して、【Roselia】のプロデューサーにでもなるかい?」

 

 駄々をこねる幼子のようなもの言いをする和也を鼻で笑い、どうするつもりだといけ好かない笑みを浮かべてくるオーナー。

 それはまるでこちらを見定めているかのようにも思えて、見られている側の気分は良くない。しかも、言っていることが全て否定できない事実ばかりなのだから、反論できない分尚更に。

 

「――――」

 

 長く息を吐く。

 どうしようもないことを並べられられ続けたことに、嫌になってため息を吐いた訳では無い。

 沸騰している頭を少しでも冷やし、自分にできることを考えるためだ。

 

「いえ……俺はプロデューサーにもなれません。あいつらみたいなセンス、俺にはありませんから」

 

「さっきまでの威勢はどうしたんだい? ……あんたなら何か言い返してくれると思ってたんだけどね」

 

「俺が音楽面で役に立てないって言ったのはオーナーの方でしょ? それが何も間違っていないから、できないことをできないと認めただけです」

 

「だったら、諦めるのかい?」

 

 消極的な和也の発言に肩透かしを食らったように、オーナーは軽く眉を上げた。そして、上げた眉をすぐにキュッと寄せて眉間に皺を作り、和也を睨みつける。

 しかし、そうして向けられる威圧的な視線に一歩も引くことなく、和也はお望み通り正面から言い返してやった。

 

「まさか、諦めるつもりなんてありません。適材適所と同じだとしたら、音楽に関係する以外のことで俺があいつらの力になれるものが何かあるはずです。――だったら、それを見つけ出してやりますよ」

 

「――。フッ、よく言えたじゃないか。確か、稲城といったね? 見直したよ」

 

 言いながら、オーナーは口角を吊り上げる。

 そして、和也の肩に手を置き、

 

「それならよーく考えるんだね、稲城。――自分が【Roselia】にとってどういう存在でありたいのかを」

 

 そう最後に言い残し、去って行くオーナー。

 顔中皺だらけにして最後に浮かべていた笑みはどこか嬉しげで、期待のようなものを感じられたことに、和也は戸惑いを覚えずにはいられなかった。

 

 

 △▼△▼△▼△ 

 

 

「――あ、もうこんな時間か」

 

 チャイムが鳴り響き、ふと時計を見てそう呟く。

 あと一時間ほどで完全下校の時刻。教室内には俺以外誰もいない。

 

 今日はバイトも他の予定もないため、別に急ぐ理由は無いのだがそろそろ帰るとしよう。

 そう思い、俺は机の上に広げていた問題集とノートを片付けていく。

 放課後の教室にわざわざ残って、こうして先程まで一人で勉強していたわけではあるが、あまり集中できていたとは言えないだろう。

 というのも――、

 

「【Roselia】にとって自分がどういう存在でありたいかよく考えろ、ね……」

 

 あの婆さん、オーナーが最後に笑みを浮かべて言い残していったその言葉が頭から離れず、問題が頭に入ってこなかった。

 

 もうすでに『ライブハウスSPACE』で【Roselia】がライブをした日から三日経っている。

 そして、その三日間の間ほぼずっと俺はそれについて考え続けていたのにも関わらず、その答えは未だに浮かんでこない。というより、浮かびそうにないと言った方が正しいだろう。

 まさに行き詰まり。どん詰まり状態だ。

 

 元からちょっとやそっと考えた程度で答えを導き出せるとは思って無かったが……まったく、最後にとんでもない難問を残していきやがったあの婆さんには、文句の一つや二つ言ってやりたい気分だ。

 

「とは言え、例えあの時に言われてなくても、近い内に同じことで悩むことになってたってのは俺も思うしな。スッゲー悩んでるけど、アドバイスを貰った分マシってポジティブに考える方が良いか」

 

 もしあの時、オーナーと話さなければ俺は今も音楽面で友希那達の力になれなかったことを引きずっていただろう。

 できもしないとわかっているはずのことに対して力不足を感じて焦り、他にできるはずのことにも目がいかなくなってしまっていたかもしれない。

 そうなってしまっては、【Roselia】にとっての俺はただの邪魔者だ。そんなの絶対に嫌だ。

 だから、そうなる前に防いでくれたオーナーには、もちろん感謝している。

 

 そういえば、これは時間が経ち頭が冷めたことによって思ったことなのだが、オーナーが挑発的な態度を取ってきたのは、もしかして俺が反感して啖呵を切るのを狙っていたからではないだろうか。

 もしそうだとすれば脱帽ものだ。

 簡単に乗せられた俺の単調さには呆れるしかないが。

 

「まぁなんにせよ、今は俺ができることを考えるしかないか。俺が【Roselia】のためにできること…………雑用とかはできるけど、それはなんか違う気がするし……あーっ! 俺にも音楽の才能とかあったら全部解決するってのにっっ!!」

 

 再度考えてみるがやはり良さそうなものが思い浮かばず、頭を抱えて天井を仰ぎながらたらればを叫ぶ。

【Roselia】にアドバイスできるぐらい凄い音楽の才能、知識、または実力。

 その中の一つでも持ち合わせていたなら、状況はもっと簡単になっていただろうに。

 

 まぁ、今そんなことを悔やんだところで状況は何も変わらないのはわかっている。

 だからこそ、音楽以外のところで俺が【Roselia】の力になれるものは無いかと探しているのだ。

 ただ、今叫ばずしていつ叫ぶと言うんだって話。

 

「どうしようもないってわかってても、諦めんのは悔しいんだよ」

 

 ったく……、と吐き捨てながら教室を出る。

 荷物も纏めたし、さっさと帰ろう。

 

「――――」

 

 しかし、廊下を進んですぐに俺は足を止めた。

 なぜなら――、

 

「――フリー! 上がれるよ!」

 

「ライン下げんな!」

 

「いけいけ! 健太そこ出ろよッ!!

 

「いや無理だろ!」

 

「ヘイヘイ! サイド空いてる!」

 

 開いた窓から聞こえてきた声は、慣れ親しんだものだった。

 声の主が、という意味ではない。骨にまで染み込んだと言っても過言でない程やってきた、口の悪い大声で飛び交っているその内容が、だ。

 

「――――」

 

 自然と視線が窓の外へと向いていた。

 俺がいる校舎から少し離れた、サッカー部が試合をしているグラウンドの方へと。

 

 自分の高校のサッカー部の練習を見るのはこれが初めてではない。今までに何回も見ているし、無理矢理連れてかれたという形ではあったけれど大会にだって見に行ったことがある。

 だから、別にこの光景は珍しいものではない。ごくありふれたものだ。

 

 それなのに今日は何故か気になって、目が離せなかった。

 そして――、

 

「…………右のウィング、結構下がってくる癖があるな。別に相手のプレスにはめられてる状況でも無かったし、達哉も高い位置取れてたから我慢するだけでもう少し楽に崩せるだろうな。あと他にも……まぁ、明日達哉に話したらいっか」

 

 試合終了のホイッスルが聞こえたのを合図に、そう予定を決めて踵を返す。

 時間も、帰ろうとしていたことも、三日間ずっと悩んでいたことも、【Roselia】のことも何もかも、サッカーのことを考えていた間だけ頭から離れていたことなど少しも気付かずに。

 

 




 最後まで読んでいただき、ありがとうございました。
 
 前書きにも書きましたが、今回はRoselia少なめです。はい、Roselia好きの皆さんすみません。次回はちゃんと皆出す予定ですので。
 
 オーナーの口調がわからず、多分違和感を与えてしまったかもしれません。「やりきったかい?」って言わせたかったんですけど、言う流れが思い浮かばず断念しました。

 そして久しぶりに(名前だけ)出てきた達哉くん。ほんと何ヶ月ぶりでしょうか。
 一応もう一度書いておきますが、彼は和也とそこそこ付き合いの長い友人です。付き合いの長さはリサと友希那の方が長いですが、深さでいうと達哉くんが圧勝だったりします。
 まぁ、彼の出番はもっともっと後なので、忘れてくれて大丈夫です。

 25日はRoseliaの映画の後編ですね!
 前編が全体的に急ぎ足だった分、ふかーくやって欲しいです(^^)
 とりあえず、放映日初日に見に行ってきます!

 それでは、また次回お会いしましょう!ばいちっ!
 


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21歩目 勉強会

 皆さんこんにちはこんばんは、お久しぶりです、ピポヒナです。
 前書きで語ることは、更新が遅くなったことへの謝罪以外ございません。
 申し訳ございませんでした……。

 というのをほぼ毎回しているので、今回の前書きは本当に短めに。
 それでは、本編どうぞ!(次は早めに出したい(n回目))




 それは、学校から帰ってきてすぐの出来事だった。

 

「――和也」

 

「ん? おぉ、友希那おかえり」

 

 あと数メートルで我が家に着くとところで前方から呼び止められ、意識をそちらへと向けると、昔から知っている綺麗な銀髪の少女、友希那がいた。

 彼女も和也と同じく学校から帰ってきたばかりなのだろう。通っている高校の制服を身に纏い、その手には学生鞄が握られている。

 

 このように、学校から帰ってくるタイミングが重なることは偶にあることで、特別珍しいことでは無い。

 しかし、今日の友希那はいつもと違っていた。

 

「和也っ、良かった……会えて良かったわ」

 

「お、おう。どうしたいきなり?」

 

 和也を見るなり走り寄ってきて、和也と会えた喜びを噛み締める友希那。そんな彼女の異様な言動に、和也は目を丸くしながらもとりあえず何があったのか尋ねる。が、友希那がそれに答えることはなく、それどころか逆に質問を返された。

 

「和也、あなたこの後何か予定はあるかしら?」

 

「え? ……別に何もねぇけど?」

 

「流石和也だわっ! ――それじゃあ、付いてきて」

 

「いやいや、話の展開が――って、ちょっっ……!!」

 

 待って、と言おうとした時にはもう遅い。

 キョトンとしていた隙に手を握ってきた友希那にグイっと引っ張られ、和也はそのまま連れていかれる。

 

「ゆ、友希那!?」

 

 乱暴だった。強引だった。

 手を引いてくる幼馴染の少女は、どれだけ和也が尋ねても振り返ることなく進み続ける。

 

 その勢いを止めることは、それほど難しいことではないだろう。

 和也が進行方向とは逆方向に力を入れ、抵抗するだけで、友希那の歩みはほぼ確実に止められるはずだ。 

 しかし、それを実行するよりも先に――、

 

「上がって。靴は適当に並べておいて」

 

 友希那の家へと上がった。

 訳が分からないままだが、一応言われた通り靴を脱いでは並べた和也は、とりあえず行儀として「お邪魔します」と挨拶をする。が、家の中からの反応は一切ない。

 和也の声が聞こえていないとかそんなものではなく、まるで――、

 

「親はどちらとも仕事でいないわ。今、この家にいるのは私と和也だけよ」

 

「えっと…………それってどうゆう……?」

 

「そのままの意味よ」

 

「へ、へぇ……」

 

 友希那の両親が留守で、今この家には友希那と和也の二人しかいない。

 その現状を告げられた和也は、少し表情を引きつらせる。

 しかし、そんな和也のことなどお構い無しに、友希那は反転し、

 

「私の部屋まで来て」

 

「…………へ?」

 

「いいから」 

 

 早く、と友希那は動こうとしない和也の手を掴み直し、再び引っ張っていく。

 そして、そのまま彼女の部屋に入ると、扉を閉め、

 

「強引に連れてきてごめんなさい。……でも、私には、こうするしかなかったの」

 

 こちらへと振り向いた友希那は、恥ずかしそうに目を逸らしながらそう言った。

 彼女の息遣いは少し荒く、きめ細やかな白肌の頬を僅かに紅潮しているのもあってなんだか色っぽい。――なんて、ここまでの話の流れで仕方が無い部分があるにせよ、過ってしまったその邪な想像に嫌気が差し、和也は自分の頭を叩いた。

 

「連れてこられたのはいきなりだったし驚いてる。けど、別に怒ってる訳じゃないから大丈夫。それよりもだ。俺を強引に連れてくるしかなかったって言ってたけど、それってどういうことだよ?」

 

 強引に連れてくるという、らしくない強硬策を取ったことに対して、友希那はこうするしかなかったと言った。

 それが何故なのか気になって、自分がここに連れてこられた理由を含めて、和也は尋ねる。

 その疑問に、友希那は「それは……」と少し溜めてから、

 

「どうしても、和也には私の傍にいてほしかったからよ」

 

「…………は?」

 

 和也は、目を見開いたままフリーズする。

 

「今の私には、和也が必要なの。……あなたがいないと、私はダメになってしまうわ」

 

「ちょ……」

 

「今までは一人ですることでなんとかなっていた。でも……今回はダメなの。一人でするのはもう、限界なの」

 

「ちょっ……ちょ、ちょっと待ってくれ……っ」

 

 投げかけられる甘い言葉たちに混乱し、後ずさる和也。

 しかし、眼前にある魅惑から逃げようとしても、すぐさま背中から壁にぶつかる衝撃が伝わってき、息が詰まる。

 逃げ場を失った和也を更に逃さないように、友希那は和也の手を両手で包み込んでギュッと強く握り、

 

「突然のことだから、和也にはとても迷惑をかけてしまうことになるわ。でも、私は本気なのよ。だから――拒まないで」

 

「――――」

 

 それは縋りつくようで、もう我慢できないとでも言うかのようで。

 琥珀の瞳を僅かに潤ませながら見上げてくる彼女を、和也は直視することができない。

 

 心臓が壊れてしまったのかと錯覚するほど高鳴っていた。ドクドクと加速していく鼓動が耳に響き、うるさい。

 なのにそんなことに構っていられる余裕すら残っておらず、全ての神経は目の前の幼馴染へと向いていた。

 

「――和也」

 

 聞き馴染んでいるはずのその声が、いつもとは全く別物のように聞こえ、体がビクッと反応した。

 手を伸ばさずとも触れれる距離、漂ってくる女性特有のかぐわしい匂いに和也の心は翻弄され、痺れ、掻き乱される。

 

 頭がクラクラする。

 体中から汗が噴き出す。

 息が、できない。

 

 次に言われるであろう友希那の言葉を前に、和也にできる最後の抵抗は情けなく目を瞑ることだけであった。

 そして――、

 

「――お願い、私に勉強を教えて」

 

「………………………………は?」

 

「三日後に期末テストがあるのよ。それで……いつもは一人でできているけれど、今回はフェスのことが気になって全然勉強できていなくて、今のままだと確実に赤点を取ってしまうわ。だから、和也に手伝ってほしくて……」

 

「…………はぁ……?」

 

 強く瞑っていた目を恐る恐る開けると、恥ずかしそうにしながらそう頼み込んでくる友希那の姿。

 そこでようやく彼女の言葉の意味を理解し、

 

「さ、最初からそう言えよぉぉぉぉ!!!」

 

 そんな和也の悲痛な訴えが伝わる訳もなく、友希那は首を傾げてポカンとするのであった。

 

 

 △▼△▼△▼△

 

 

 ――期末テストが迫ってきている。

 

 友希那やリサ、あこが通う羽丘女子学園。そして、紗夜と燐子が通う花咲川女子学園。その両校では、三日後から期末テストが始まるようだ。

 それにより、テスト五日前からテスト最終日までの間、【Roselia】はバンド練習を休止することになっているらしい。

 

 彼女達の目標である『FUTURE WORLD FES.』に出場するためのコンテスト。それが開催されるまであと一か月と少々しか残されていないのだが――この期間にバンド練習ができないのは、学生である以上は仕方のないことだ。

 

 というのも、学生の本分は勉強をすること。バンド活動は、その本分を問題なくこなせているという前提がある上で成り立っている。

 

 だから【Roselia】にできることは、早めのうちからコツコツと勉強をし始めることでテスト前に少し集まっても大丈夫なようにしながらも、本番のテストでは赤点をゼロで終え、練習時間を少しでも多く確保することぐらいだろうか。

 

「っていう話だったんだけど、一昨日に練習した終わりにあこがまだ勉強できてないってことがわかっちゃってね……。紗夜が怒ってあこに勉強の大切さについて三十分ぐらい説明し始めるし、唯一止められる友希那はビクビクしながら隠れてて動いてくれないしで、ホーント大変だったんだよ?」

 

「友希那……お前なぁ……」

 

「ちょ、ちょっとリサ! 言わないでよ!」

 

「自業自得。フェスが気になっちゃうのはわかるけど、勉強しなかった友希那が悪いんだから」

 

 醜態を暴露され、和也からの視線に居心地が悪そうにする友希那。そんな彼女からの非難を自業自得だと一蹴し、手厳しいことを言ったのは、もう一人の幼馴染であるリサだ。

 

 どうやらリサも友希那に勉強を教えてくれと頼まれていたらしく、つい先程やってきた。

 あと数分、来るのが早ければ、友希那の口下手さの餌食となっている所を見られていたかもしれないので、危なかった。

 もし見られていたらと思うと、怖すぎてゾクリと背筋が凍る。

 

「まさに危機一髪。リサがちょっと遅く来てくれてほんと良かったぜ……」

 

「ん? 何かあったの?」

 

「いや、理系にない科目教える時どうしようって思ってたから、文系のリサが来てくれて良かったなって話。ま、そんなことよりさっさと勉強始めようぜ。時間が勿体ねぇ」

 

「ええ。それじゃあちょっと待っていて。丁度いいサイズのテーブルが押し入れにあったはずだから」

 

 そう言って、友希那は部屋にある押し入れへと歩いていく。

 友希那だけでは心配なので和也も後からついて行くと、積み上げられたダンボールの山と壁との間に挟まっている黒い円形のテーブルが見えた。

 確かに三人で勉強するには丁度良いサイズかもしれない。

 

「――っ!」

 

 友希那はテーブルの縁を掴み、取り出そうと引っ張る。が、抜けない。

 何かに引っかかっているのか、それともただ単純に友希那の力が足りないだけなのか。どちらにせよ出鼻を挫かれた友希那は、困った様子で振り返って、

 

「…………和也、手伝って」

 

「はいよ。危ないかもしんねぇからちょっとどいてろ」

 

 求められた助けに呼応し、和也は友希那と場所を入れ替わる。

 友希那が引っ張ってもビクともしなかったテーブル。それをまずは手始めに軽く引っ張ってみると、抵抗感と同時に奥の方からコンと何かにぶつかっている音がした。

 どうやら、折りたたまれているテーブルの足が他の荷物に当たって、妨害されているようだ。

 

 しかし、手応えはそれほど強くはない。

 おそらく、もう少し強い力で引けば引っ張り出せるだろう。

 

「よっ、と! あ、やっぱり抜けた」

 

 案の定引っ張り出せた成果物を両手で持ち上げ、少し得意げに和也は振り返る。と、幼馴染が二人とも、まるでヤンチャな子どもを見るような目でこちらを見ていて、

 

「そんなに強引に引っ張らなくても、引っかかってる物をちょっとどかせば良かったんじゃない?」

 

「そうよ。もし雪崩が起きていたらどうするつもりだったの?」

 

「うおぉ……思ってた反応と全然違う。ちょっとぐらい褒めてくれてもいいんだぜ……?」

 

「思っていたよりもテーブルが少し小さいわね、大丈夫かしら?」

 

「大丈夫なんじゃない? ちょっと窮屈かもしれないけど」

 

「あれ? もしかしてスルーされた?」

 

「いつまでそこに立っているの、和也? 早く始めましょう」

 

「あ、はい」

 

 幼馴染二人からの非難、からのかまちょ行動を無視された和也は、一人寂しくため息を吐いて、押し入れを閉めた。

 

 

 △▼△▼△▼△

 

 

「それじゃあ、一週間よろしく頼むわ」

 

「え、勉強会って今日だけじゃねぇの?」

 

「――? 今日からテスト四日目まで毎日やるって、言ってなかったかしら?」

 

「初耳なんだけど!?」

 

 そんなバラバラな状態から始まった勉強会。

 主催者である友希那が赤点回避することが、この勉強会が行われる目的だ。

 その目的を達成するために、呼ばれたリサと和也がそれぞれの得意教科に分けて担当し、今日からテスト四日目までの一週間、友希那にみっちりと教え込むことになった。 

 

「友希那。数学を勉強する上で大切なのはなんだと思う?」

 

「…………公式を覚えることかしら?」

 

「ああ、公式は問題を解いていく上で欠かせないからな、それももちろん大切だ。だけど、その覚えた公式をどこで使うのか、それがわかってないと数学は解けないんだよ」

 

「……つまり?」

 

「まずは公式とか基本的な考え方を教える。それを全部覚えたらひたすらに問題を解きまくって、答えを導き出すまでの流れを身に着けるんだ」

 

 勉強会一日目、最初に手を付けたのは数学だ。

 副教科を含めた十一教科を月曜から金曜にかけての五日間の中に振り分けて行われる羽丘女子学園の期末テスト。数学はその最終日に行われるということもあり、他と比べてもかなり時間的猶予はある方ではあるのだが、つい先程の友希那の「数学は、何をしているのか一つもわからないわ」という発言によって一番ヤバそうだったので、毎日コツコツと進めることになった。

 

 数学を教える担当になったのは、和也だ。彼は幼馴染三人の中で唯一の理系であり、数学の成績は学年トップクラス。

 友希那とは通っている高校が異なるため、二人のテスト範囲には多少のズレがあるのだが、そんなこと些細な問題にすらならないと意気込んで、「任せろ!」と豪語した。

 共通科目である国数英(国語に含まれる現代文は、教科書が違い題材も異なるため、実質数学と英語の二教科)しか教えることができないので、ここで存在意義を示す他なかったからでもあるが。

 

「もう……無理。頭が、パンクしそうだわ」

 

「丁度切りが良いとこまで来たし、数学はこれぐらいにして少し長めに休憩するか」

 

「そう……しましょう」

 

 勉強を始めてから二時間程経過した頃か、休憩に入ると共にテーブルに突っ伏した友希那。短い休憩は所々に挟んではいたのだが、思っていたよりも彼女の消耗は激しい。

 これを踏まえ、明日以降はもう少しペースを落とした方が良さそうだ。

 

 ともかく、今は少しでも回復できるようにそっとしておいてやろう。

 この休憩が終われば、次はリサが講師の日本史が彼女には待ち受けているのだから。

 

「お疲れ様。はいこれ、友希那のお母さんが食べてって」

 

「ん、ありがと。って、ユキおばさんいつの間に帰って来てたんだ? 全然気が付かなかったんだけど」

 

「ついさっきだったっけ? あ、お茶ももらってるからね♪」

 

 はい、と渡されたお茶が注がれたコップをリサから受け取り、お礼を言ってから一口飲む。

 乾いていた喉が潤ったことで、ようやく一息つくことができた。そしてそれと同時に、気を緩めた瞬間どっと疲れが増した気がする。

 気が付いていなかっただけで、どうやら自分もかなり消耗していたようだ。

 

「友希那に教えたところ、まだ基本的なことばかりだったつーのにどんだけ貧弱なんだよ……ったく、先が思いやられるな……」

 

「それだけ友希那が理解できるような説明をする為に、和也も頑張ってたってことでしょ? 基礎のところで頑張った分、きっと次のところで楽になるって!」

 

「スッゲー前向きなこと言ってくれるな。リサのおかげで、やる気が出てきた気がする」

 

 そう言いながら右肩をグルグルと回した和也に、リサは「ふふっ」と笑い、

 

「褒められたら元気になるなんて、和也って単純だなぁ」

 

「うっせぇ、リサだってこの前俺に褒められて嬉しそうにしてただろうが」

 

「そりゃあ和也に褒められたのが凄く嬉しかったんだもん!」

 

「~~っ! あーくそっ、調子狂う」

 

「おっ、照れてる照れてる♪」

 

「て、照れてねぇから!!」

 

 と反射的に言い返すと、リサはまた笑みを浮かべた。

 上機嫌そうに笑うリサに完全に弄ばれたようで、和也は唇をへの字に曲げながらもんやりとした気持ちのまま頭を掻く。

 そして、まだ照れ臭さを残しながら、

 

「それで、リサはリサでわからない問題とかねぇのかよ? と言っても、数学と英語ぐらいしか教えられねぇけど」

 

「――。アタシのことも気にしてくれてたんだ」

 

「そりゃ気にするに決まってんだろ。二時間弱、友希那の相手をしていたとは言え、ずっとリサのこと放ったらかしにしていたんだし」

 

 当たり前だ、とばかりに和也が言うと、リサは少し目を丸くする。

 しかしリサは丸めた目を緩く細めると、さっきまで使っていたノートや問題集を手際よく整理し始め、

 

「気にしてくれてるのはありがたいけど、今日は大丈夫かな?」

 

「今日は……?」

 

「うん、今日は元々日本史と古典を勉強しようって決めてたからね」

 

 ほら、とリサがテーブルへと顎をしゃくらせ、和也もそちらを見やると、彼女の手元にあるのは言われた通り日本史と古典の問題集とノートのみ。

 しかし、和也は覚えていた。

 

「さっき英語勉強していて何度か詰まってただろ。それにリサが問題集とか後ろに隠してたの見てたぞ」

 

「キャー、和也のえっち」

 

「何でそうなるんだよ」

 

 意味がわかんねぇ、と溜息を吐いた和也だが、流石にこの流れでリサが自分の負担にならないようにしてくれていることはわかっている。

 和也が友希那に教えている間、リサはずっと一人で黙々と勉強していた。それは恐らくだが、邪魔しないようにしてくれていたのだろう。

 そういうことも相まって、リサの気遣いには頭が上がらない。

 けれども――、

 

「気を遣ってくれるのはありがたいけど、やり過ぎだ。ちょっとぐらい俺にも格好つけさせろ」

 

「えっ!? ちょっ、和也……!?」

 

「で、どこで詰まってたんだよ?」

 

 そう言い、リサとの距離を詰める和也。すぐ隣に移動してきた彼の言動と強情さに、リサは顔を赤らめて、隠していた英語の問題集を開き、

 

「そ、それじゃあ……ここお願い……します」

 

「ああ、了解。ここはな――」

 

 それから友希那が起きるまで、リサは和也の優しさに甘えることにしたのだった。

 一人で勉強していた時間を取り返すように。

 

 

 △▼△▼△▼△

 

 

 勉強会三日目。

 

 明日からとうとう期末テストが始まる。

 そういう訳で今日は数学はほどほどに切り上げ、テスト初日の科目である古典と地学の追い込みをしていた。

 

 教えているのは、友希那と同じ文系であるリサだ。

 しっかりと早いうちからテスト勉強を始めていただけあって、横耳に聞こえてくるリサの説明はしっかりと要点がまとめられていて、非常にわかりやすい。

 しかしそれでも古典特有の文法や言い回しに友希那は苦戦しているらしく、「どうしてそうなるのよ……」と頭を抱えていた。

 

「――ふっ」

 

 そんな平和な光景に、和也は笑いを溢した。

 すると、その笑い声が二人の耳にも届いていたようで、

 

「何を笑っているのよ。和也だって古典をやってみれば、この難しさがわかるわ」

 

「こーら、和也に八つ当たりしないの」

 

 苛立っているのか、ギリっと鋭い視線を飛ばしてくる友希那。その友希那の顔を問題集で隠し、和也へと向けられていた視線を遮断したリサは「もう」と呆れた様子だ。

 和也は「ごめんごめん」と言って、リサに友希那の前にある問題集を退かすようにアイコンタクトを飛ばすと、

 

「別に友希那を笑った訳じゃねぇんだ。なんつーか……こうして三人で勉強会をしてるのが、何かスッゲー不思議だなって思って」

 

 そう言った和也に、友希那は首を傾げる。

 

「――? 勉強会は一昨日からしているじゃない?」

 

「そうだけどさ。この三人で何かすること自体、スッゲー久しぶりだろ? 勉強会だって何気に今回が初めてな訳だし、最後に三人で何かしたのだって多分何年も前で……あっ、友希那がスカウトされた時に話し合ってたか」

 

「あの話し合いを勉強会と同じ扱いをするのはどうかと思うんだけど……。まぁでも、和也が言いたいこと、アタシも少しわかるかも? こうやって三人で勉強してるところ、一年前のアタシは想像してなかったと思うし」

 

「おっ、わかってくれるか! 流石リサだ!」

 

「もう和也ってば、流石リサは俺のことをわかってくれてるだなんて、褒め過ぎだって!」

 

「そこまでは言ってねぇけど!?」

 

 リサにちゃんと伝わっているのか心配になってきたが、ともあれ。

 十年以上幼馴染として付き合いのあるリサと友希那と和也ではあるが、この勉強会のようにその三人だけで何か同じことをするというのはあまりやってこなかった。

 

 三人の仲が悪かった訳ではない。というかそもそも、三人には今までに特に仲が悪かったという時期は存在しない。

 どの時期も、顔を合わせればお互いに挨拶はするし、時間があれば雑談ぐらいはしていた。

 

 リサが話に出した一年前――友希那が『孤高の歌姫』として一人でライブハウスを回り、FWFに出るためのバンドメンバーを探していた時期に限って言えば、友希那だけあまり友好的ではなかったが、それは父親がFWFに出てからずっとそうであり、リサと和也のことを嫌いになったという訳では恐らくない。

 

 思い返せば、この時期が一番三人の距離が遠くなっていた時期であったのだろう。

 しかしそれでも和也と二人にはそれぞれ交流があり、疎遠になっていたという程ではなかった。

 

「そんな大きな喧嘩もしたことがない俺達三人な訳だけど、その割には思い出が結構寂しいんだよなぁ」

 

 記憶を頑張って遡ってみても、三人が揃っている思い出は十年以上の付き合いがあるとは思えない程の量しかない。

 タイミングが重なって一緒に登校したことや、最後の試合を応援しに来てくれたことなど、一応あるにはあるのだが、この勉強会がここ数年の中での一番になってしまうほどの頻度の低さだ。

 どうしてこうなったのだろうか――、

 

「――それぞれが違う道を歩むのに精一杯だったからよ」

 

「……友希那?」

 

 先程は首を傾げていた友希那が、和也の疑問に答えるように語り出し、リサと和也は視線をそちらへと向ける。

 

「私は音楽を、和也はサッカーを、リサは……途中まで私と一緒にいたけれどついていけなくなって、最終的には全員が違う方向を向き、自分のことに必死だった。だから、三人で何かをすることが無かったのは、別に不思議なことでは無いと思うわ」

 

「…………確かにそうかもな」

 

 三人とも自分の道を歩くのに必死だった。

 それは、父親の無念を晴らすために音楽へと身を捧げた彼女の口から言われたからか、妙に説得力があり、納得した。

 誘いさえあれば思い出も増えていたかもしれないが、その誘い自体が無かった理由の一つであると思い、和也は頷く。

 すると、リサが「それならさ」と指を立てて、

 

「勉強会をしている今は、三人とも同じ方向を向いているっていうこと?」

 

「少し前と比べたら、そうなのでしょうね。そもそもリサは今、【Roselia】のメンバーとして私と同じ方向を向いている筈よ。……いえ、テストが終わってから二週間後にあるコンテストを勝ち抜くためにも、そうでないと困るわ」

 

「あはは……そう言うつもりで言ったんじゃないんだけどな。まぁでも、そんな心配はしなくても大丈夫だよ、友希那! ちゃんとアタシもフェスに出るために日々努力してますからっ!」

 

 と、手厳しい回答に苦笑いを見せていたリサだったが、最後には自信満々でそう言い、友希那は「そう」と僅かに唇の両端を上げた

 二人が所属しているガールズバンド、【Roselia】。『FUTURE WORLD FES.』に出場すべく友希那が作り上げたそのバンドは、結成してからまだ半年すら経っていないというのに、様々な変化をもたらしたと言えるだろう。

 

 その一つがこれだ。

 リサと友希那の関係が良くなった。

 

【Roselia】結成する以前は、リサから友希那への一方通行ばかりだったが、今では友希那もちゃんとリサのことを見るようになっている。

 同じバンドのメンバーとしても、友人としても。

 

 リサと友希那の関係が良くなったことは、二人と十年以上の付き合いである和也にとっても嬉しいことである。

 嬉しいこと、であるが――、

 

「おいおい。友希那のその言い方だと、まるで俺だけ違う方向を向いていても良いみたいじゃねぇかよ」

 

 仲間外れはスッゲー寂しいんだけど? と、和也は大袈裟に悲しむフリをする。

 もちろん冗談のつもりだ。友希那がそんな酷いことをするだなんて、和也はこれっぽっちも思っていない。

 リサも同じように思っているのか、「もう、また大袈裟に言って」と少し呆れ気味に笑っている。

 

 しかし、そんな二人の思いとはよそに、友希那は平然としたトーンのまま言ったのだった。

 

「そう受け取ってもらっても構わないわ」

 

「……えっ。ちょっ、友希那、どういうこと? 友希那は和也のこと、仲間外れにしても良いって思っているの……?」

 

「いいえ。誤解を招いてしまったようだけれど、そんな風には思っていないわ」

 

「そ、そっか」

 

「――ただ、私はこの三人が同じ方向を向いている状態が良い状態であるとは、一言も言っていない」

 

 驚きを隠せないリサの勘違いを正すと友希那は、そう言いながら琥珀の瞳を和也へと向ける。

 

「目指したいと思える目標があるのなら、その道を進むべきよ。私達や周りのことなんて気にしないで、なりふり構わず」

 

「…………そう言われても、その目指したいって目標が今のところお前らがフェスの舞台で演奏するところを見届けるってことなんだけど……それじゃ駄目なのか?」

 

「――。――――。それが、あなたの本心であるのなら、今は良いわ」

 

「お、おう……? 良いのか。じゃあ、そうする」

 

「…………そう」

 

 素っ気ない返事をした後、友希那は視線を問題集へと戻し、何事もなかったように勉強を再開する。

 逸らされたその瞳は、怒ったというよりは悲しげで、かつ、改めて覚悟を決めたように真っ直ぐで――その真相を聞けないまま、時間は過ぎていったのだった。

 

 

 △▼△▼△▼△

 

 

 そして、あっという間にテスト最終日。――その前日の夜を迎えた。

 

「よし。これだけできてたら赤点の心配はないだろ。二人共お疲れさん」

 

「お疲れ~。沢山教えてくれてありがとね、和也。絶対に良い点数取ってくるから!」

 

「ああ、楽しみにしてる。友希那も頑張っていい点取って来いよ」

 

「ええ。赤点は回避してみせるわ」

 

「それも良いけど、平均点ぐらいは取って来い!」

 

 最後の勉強会が終わり、明日のテストへ向けての意気込みを語ったリサと友希那。

 その二人にそれぞれ鼓舞を送った和也は、二人が勉強道具をしまうのを見ると、「よいしょっと」とテーブルを持ち上げた。

 今までは次の日も勉強会があるからとそのままにしていたこのテーブルを、勉強会最終日である今日は片付けなければならない。

 

「友希那、このテーブルって押し入れのとこに直せばいいか?」

 

「ええ。元々置いてあった場所に置いておいて」

 

「和也、直す時気を付けてね。取り出す時危なかったんだし」

 

「あぁ……そんなことあったな」

 

 リサの一言によって、このテーブルを押し入れから取り出す際のことを思い出す。

 中の方で突っかかているとかなんとかで、時間短縮のために強引に引っ張り出していたのだ。

 その時に衝撃で中の物が少し動いていた気がするが、それで中にある物たちがバランスを崩しており、開けた瞬間に雪崩が起きるだなんて、そんなベタな展開あるわけ――、

 

「――あったんだけど!?」

 

 中にあったものがこちらへと倒れてくるのを見た瞬間、叫びながら和也は飛び退く。

 すると直後に、色々なものが床と強くぶつかる音がして、

 

「和也っ、大丈夫!?」

 

「和也、怪我はしていないかしら?」

 

「お、おう……なんとか」

 

 無事だ、と心配して駆けつけてくれた幼馴染二人にそう伝えてから振り向く。と、和也が先程まで立っていた場所には、押し入れに入っていた多くの荷物が散乱していた。 

 

「あちゃ~、派手にやっちゃったねぇ」

  

「悪いけど、リサも片付けるの手伝ってくれる?」

 

「そりゃもちろん。ささっ、和也もいつまでも落ち込んでないで、一緒に片づけるよ!」

 

「あ、ああ。……悪かったな、友希那」

 

「別に気にしなくても大丈夫よ。壊れて困るような大切なものは元々入ってないはずだから」

 

「そういう意味じゃ……いや、何でもない。すぐに片付ける」

 

 申し訳なさでいっぱいの和也だったが、いつまでもしょげてはいけないと切り替える。

 そうしてそこからリサと友希那と協力して、散らかってしまった部屋内を片付け始めた。

 すると――、

 

「これは……?」

 

「どうした友希那? 虫でも出たか?」

 

「へぇっ!? 虫っ!!?」

 

「和也、リサが勘違いするから変なことは言わないで。虫じゃなくて、これが出てきただけよ」

 

「悪い悪い……って、それってカセットテープ?」

 

「ええ。……しかもこの字、恐らくお父さんの物だわ」

 

 片付け始めてから約二十分、あともう少しで片付けが終わるというタイミングで、友希那が一つのカセットテープを見つけた。

 それも、ただのカセットテープではない。

 カバーに書かれてある文字からするに、それは友希那の父親が昔使用したものである可能性が高い。

 ということは――、

 

「ユキおじさんの曲が入ってるかもしれないってことだよな?」

 

「――!」

 

 和也の一言に友希那はハッとし、持っているカセットテープを凝視する。

 夢の舞台で否定され、音楽を辞めた父親の音楽。それが、このカセットテープの中に眠っているかもしれない。

 メジャーデビューし発売されたシングルやアルバムに収録されていた曲たちは、今でも聴こうと思えばネットで聴くことはできるのだが、友希那の胸の鼓動は期待によって早くなっていく一方。

 なぜなら、もしかすれば――、

 

「どうする、友希那……聞く?」

 

「…………ええ。確かめる必要があるもの」

 

 葛藤の末にそう答えると、友希那はカセットテープをプレーヤーに差し、セットする。

 その手は少し震えていてぎこちなく、見ているこっちにも彼女の緊張感が伝わってくる。

 

「俺、ユキおじさんの曲聴くの多分初めてだ」

 

「アタシも何年振りだろ? まぁ、おじさんの曲が入ってるってまだきまったわけじゃないけどね」

 

「静かにして。……壊れていなければ、あと少しで流れるはずよ」

 

 友希那の声は、張りつめられていた。

 和也とリサは息を呑む。

 和也が息を呑んだのは、万が一壊れていて音楽が流れなかった最悪の場合のことを想像して、でもあるが。

 

「――あっ」

 

 突如静寂を切り裂くギターを主としたロック調の前奏。

 カセットテープに眠っていた中身が流れ出し、最悪を回避できた和也は一人安堵する。

 

 しかし、その安堵すらすぐに忘れてしまう程、流れてくるそのメロディーに、熱に、歌声に、聴き入った。

 

「――凄いわ」

 

 その曲の名は――『LOUDER』。

 今はもう記憶にしか残っていない、穢される前の父親の音楽だ。

 

 




 最後まで読んでいただきありがとうございます。
 
 さぁ、ということでようやく迎えたアプリの方(本編)との違いを生むターニングポイントその1、『一回目のFWF前にLOUDERと出会う』です!
 本編では一回目のFWFが終わったあとに見つけてた、はず。もし違うかったとしてもここまで来たら強行します(鋼の意思)
 これが今後の展開にどういう影響を与えるのか、楽しみにしておいてください。
 頑張って早く上げます。

 では、また次の話で!
 バイチっ!


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22歩目(1) 未熟でも

こんばんは、ピポヒナです。
お久しぶりです。大変お待たせいたしました。
一応毎日書いてるのですが、なかなか進まなかっただけです……ちゃんと終わらせる意思はありますので、何卒ご付き合いください<(_ _)>

色々と書きたいこともあるのですが、それは後書きに書きます。
それでは、数ヶ月ぶりの本編どうぞ。





 ――懐かしい、そう思った。

 

 初めて聴く曲だ。

 初めて聴くメロディだ。

 それでも、その歌声を、楽しそうな歌声を知っている。

 心が揺さぶられるこの感覚を覚えている。

 

 それは、今はもう記憶の中にしか残っていない、かつて焦がれ、憧れたあの音楽。

 それは、もう聴くことができないと思っていた、音楽への純粋な情熱が込められた本物の叫び。

 

 だからこそ。

 だからこそ――、

 

 

△▼△▼△▼△

 

 

 役目を終えたカセットテープがカチッと音を鳴らし、巻き戻されてゆく。

 その音だけが、部屋に静かに響く。

 

 古びたカセットテープから流れた、激しいシャウト。今はすでに引退した友希那の父親が残したと思われるその歌声は、聴いた者を唖然とさせるには十分過ぎた。

 

「ユキおじさんがスゲーってのは元々知ってたけど、まさかここまでスゲーとは……。正直、想像以上だ」

 

「うん……聴いただけで、こんなにも揺さぶられるなんて……」

 

「あれ? リサは小さい頃にユキおじさんの音楽結構聴いてたんじゃなかったっけ? やっぱ、どんな音楽なのか知っててもそんなに驚くものなのか?」

 

 友希那の父親の音楽を初めて聴いた和也と同じような反応を見せたリサ。そんな彼女に疑問を持ち、和也は尋ねる。

 すると、リサは困ったように「うーん」と唸って、

 

「そうなんだけどさ、久々だったからか、それともアタシがバンドのこと昔よりもわかるようになったからか……ともかくわからないけど、なんだか記憶にあるおじさんの音楽とは違うように聴こえた気がしたんだ」

 

「違うように聴こえた……?」

 

「うん。とは言っても、アタシの感覚的にそうって思っただけだけどね。まぁたぶんただのアタシの勘違いだと思うよ」

 

「……そうでもないわ」

 

 自信なさげに自分の感覚を否定するリサ。しかし、彼女のその発言に対し、この場にいたもう一人の幼馴染――友希那が首を横に振る。

 

「この曲は恐らく、お父さんのバンドがまだインディーズだった頃の曲よ。リサがよく聴いていた曲はメジャーデビューしてからの曲だったはずだから、色々と違いを感じたんじゃないかしら?」

 

「――。そっか、なるほど。メジャーデビューしてからの曲とインディーズ時代の曲は違うもんね」

 

「……ええ。この曲からは、あの時のお父さんの、音楽に対する純粋な情熱を感じた……。――『LOUDER』は、お父さんが本当にやりたかった音楽よ」

 

 友希那の父親は、メジャーデビューしてから売れる音楽を強制させられていた。

 より民衆が好むリズムに、より民衆が気に入るメロディラインに、よりお金の儲かる音楽に変えられていったメジャーデビューしてからの彼の音楽は、本当に彼がやりたかった音楽とは程遠い。

 事務所に所属せず、音源を売るとしても自生したものを手渡しで売っていたインディーズ時代の音楽こそが、友希那の父親がやりたかった音楽――誰にも縛られていない本来あるべき姿の音楽なのだ。

 三人を圧倒した、この『LOUDER』のように。

 

「って、普通にスルーしかけてたけど、『LOUDER』っていうのはもしかしてさっきの曲の名前か?」

 

「ええ、そうよ。カセットテープが入っていたカバーに書いてあったわ」

 

 そう言い、友希那は持っていたカバーを見せてくる。

 風化し、少し黄ばんだその側面には、確かに『LOUDER』の文字が書かれていた。

 薄くなっていて読みにくいが、歌詞の中にも『LOUDER』という単語自体あったことから、十中八九、これがこの曲の曲名であるだろう。

 

「『LOUDER』……当たり前かもしれないけど、この曲にピッタリだと思わない?」

 

「そうだな。ユキおじさんの歌声……特にサビのところの力強いシャウトにピッタリだ」

 

「だよねだよねっ! あ〜、勉強会ラストにホントいい物聴いちゃった♪」

 

 と、言いながらグーっと伸びをするリサ。満足そうに笑みを浮かべる彼女の姿に、和也も自然と唇を綻ばせる。

 

 ――『LOUDER』。

 友希那の父親が昔歌っていたそれは、今まで聴いてきたどの音楽よりも心揺さぶられ、衝撃を受けた。

 聴き終わってから時間はそこそこ経っているが、それでも未だに余韻に痺れている。

 

「確かにいい物を聴かせてもらったな」

 

 いつかできることなら、実際に生で聴いてみたいものだ。

 そんな状況、訪れることはないのだろうが。

 

 

 △▼△▼△▼△

 

 

「――それじゃ、お邪魔しました〜! 友希那、明日のテストお互いに頑張ろうね!」

 

「どんな問題が出ても焦らず冷静に。ちゃんと勉強してきたんだ、普通にやれれば上手くいくからな」

 

 そう言い残し、リサと共に幼馴染の家を出る。

 今日で、十日間続いた勉強会が終わった。色々と大変ではあったものの、なんやかんやで楽しかったし達成感があった。

 明日残っている最後のテスト科目は二人が苦手な数IIではあるが、今日までみっちりと勉強してきた二人ならきっと大丈夫だろう。

 

「――リサ、和也……待って」

 

「――? どうした、友希那?」

 

 帰ろうとした矢先、友希那に呼び止められ、振り返る。

 

「二人に、聞きたいことがあるの……」

 

「聞きたいこと?」

 

「……二人は……私に、『LOUDER』を――」

 

 言いづらそうにしながらも、少しづつ確実に言葉にしていく友希那。しかし突然彼女は目を見開き、言い切らずして口を瞑らせた。

 その理由は、次の瞬間リサと和也の後ろからかけられた声によってすぐにわかることになる。

 

「――っ!?」

 

「――おや? リサちゃんにカズくん。二人揃ってうちに来ているなんて珍しいね」

 

「あ、ユキおじさん。こんばんは」

「おじさん、こんばんは〜」

 

「こんばんは。久しぶりに三人で遊んでいたのかな?」

 

 と、話しかけてきたのは、黒を基調としたオシャレな服に身を包んだ伊達男――友希那の父親だ。ちょうど仕事から帰ってきたところなのだろうか。それにしても、もう四十代に入っている筈なのに昔と変わらずイケメンだ。

 そんな伊達男からの疑問に、和也は答える。

 

「勉強会をしてたんですよ。明日まで羽女が期末テストなんで、そのために」

 

「なるほど。そう言えば妻からもその話を聞いていたよ。テスト数日前から毎日、カズくんが友希那とリサちゃんに勉強を教えてくれているってね。こちらとしてはありがたいけど、カズくんの方のテストは大丈夫なのかい?」

 

「自分は元々勉強してたんで全然大丈夫ですよ、教えるのも結構勉強になりますし。それにこの二人に赤点取られる方が俺にとっては困るんで」

 

「なーんか仕方なそうに言ってるけど、可愛い女の子二人に付きっきりで教えられるなんて凄い恵まれてるんだからね? わかってる?」

 

「教えられてる側が得意気にそれ言うなよ」

 

「確かにそうだね。同じ男として羨ましい限りだよ、カズくん」

 

「なにユキおじさんまで悪ノリしてるんすか……まったく……。おたくの娘さんの学力が酷すぎて、それどころじゃありませんでしたよ。もう少し、普段から勉強する習慣を付けといてくれます?」

 

「ははっ、そこを指摘されるのは親として正直耳が痛い。でも、教えていて悪い気はしなかっただろう?」

 

「ま……まぁ、そうですけど……」

 

「それなら良かった」

 

 そう言って笑い、友希那の父親は背中をポンと叩いてきた。

 背中を叩かれた和也は、「まったくこの人は……」とため息を吐く。

 

 一見、クールな雰囲気を纏っている友希那の父親だが、和也と話す時はいつもこんな感じだ。娘の幼馴染、そして昔からのご近所付き合いがあるからか、いつも親しげに和也に接してくれる。

 それはまるでもう一人の父親になろうとしているかのように。

 

 親しげにしてくれるのは楽でありがたいと思う反面、少し気を遣わせてしまっているようにも感じるのだが――、

 

「おっと、すまない。まだ仕事が少し残っているんだった」

 

 すると、ポケットの中でスマホが鳴り、画面を見た友希那の父親は「うっかりしていた」と頭を掻く。

 

「それじゃあ、リサちゃん、カズくん。久しぶりに話せて良かったよ。これからも友希那と仲良くしてやってくれ」

 

「はーい!」

「もちろんです!」

 

「ふふっ。頼んだよ」

 

 そう言い残すと、友希那の父親は家の中へと入っていった。

 扉の前に立つ、複雑な表情をした娘に「すまない、邪魔をしてしまったかな?」と苦笑いを見せて。

 

「……しっかし、相変わらずイケメンだったな、ユキおじさん」

 

「ほーんと。アタシのお父さんにも見習ってほしいよ」

 

「リサおじさんはリサおじさんで良いとこあるから、そう言ってやるなって。――って、あっ!?」

 

「ビックリしたぁ……いきなり叫んだりしてどうしたの?」

 

「『LOUDER』のこと、何かしら聞いとけば良かったなって……」

 

「あぁ……確かに忘れてたね」

 

 友希那の父親がいなくなった後、彼が昔歌っていた曲の存在を思い出し、和也は「くっそぅ……」と頭に手を当てる。

 落ち込む和也をリサは「まあまあ」となだめ、

 

「また今度会った時に聞けば良いじゃん。別に全然会わないって訳でもないし、なんだったら友希那に聞いてもらうっていう手もあるんだし」

 

「それもそうだな。また今度にするよ」

 

「そう言えば、友希那もアタシ達に何か聞きたいことあったんじゃなかったっけ? ちょうどおじさんが帰ってきて、途中になっちゃってたやつ」

 

「ああ、そう言えばそうだったな。悪い、友希那。もう一回言ってくれないか?」

 

「…………いえ、やっぱりいいわ」

 

 中断していた話を再開すべく、和也は友希那にもう一度話すように言う。しかし、友希那は首を横に振り、それを拒否した。

 その理由は――、

 

「改めて考えてみると、二人に聞くほどのことではないと思ったの。だから大丈夫よ」

 

「それなら良いけど……また何かアタシ達に隠してる訳じゃないよね……?」

 

 もしかして……、と恐る恐る尋ねるリサ。

 一人で全て抱え込もうとする友希那の悪癖が頭を過ぎり、和也もリサと同様に身構える。同じような失態は、もう二度としたくはないのだ。

 しかし、そんな二人の心配をよそに、友希那は笑みを見せたのだった。

 

「ふふっ……二人とも本当に心配性ね。本当に大したことじゃないから大丈夫よ」

 

「なら尚更話してくれないか? このままうやむやの状態で帰っちまうと、こっちが気持ち悪い。それに、俺たちにとっては大したかもしれねぇだろ?」

 

「……それもそうね。それじゃあ……」

 

 と言ってから、友希那は少し間を置き、

 

「……『LOUDER』を【Roselia】のメンバーにも聴いてもらうべきかどうか、それを二人に聞きたかったのよ。ほら……お父さんの音楽を聴いてもらうのが、【Roselia】にとっての最善とは限らないでしょ?」

 

「そういうことだったのか……。リーダーとして色々と気を遣ってたんだな」

 

 友希那が聞こうとしていた内容を知り、和也は「なるほどな」と頷いた。

 フェスへの出場権を賭けたコンテストまであと二週間と少々しか残されていない今は、【Roselia】にとってとても重要な期間。そうなってくると当然、バンドのリーダーである友希那も選択を慎重にならざるを得ない。

 和也達に衝撃を与えた『LOUDER』ではあるが、その衝撃が他のメンバーに良い影響を与えるとは限らないのだ。

 

「とはいえ、さっき大したことないって言ってたから、どうするのかはもう友希那の中では決まってあるんだろ?」

 

「……ええ。悩んだけど、皆にも聴いてもらうことにしたわ。ほら……私の、原点でもあるから……。リサもそれで良いわよね?」

 

「友希那がそれで良いならアタシも賛成! もっといい演奏をするための良い刺激になりそうだしね⭐︎」

 

「それに、あこちゃんとか特に気に入りそうだしな」

 

「あっは、確かにそうかも」

 

「……それじゃあ、明日の練習で聞いてもらうことにするわ」

 

 二人とも引き止めて悪かったわね、と最後に付け加え、体の向きを変える友希那。

『LOUDER』を【Roselia】のメンバー全員に聴いてもらうことが決まったことで、急ぎで話さなければならないようなこともなくなり、確かにここで解散してもいいタイミングではある。が、和也としては一つだけ言い残していることがあった。

 スタスタと歩き、家の中へ戻ろうとする小さな背中に、和也は「友希那」と優しく声をかけ、

 

「悩んでるってこと、話してくれてありがとうな。友希那がちゃんと俺達のことを頼ろうとしてくれたってわかって嬉しかったし、正直ちょっと安心した」

 

「――。――――。……ええ。前にスカウトのことがあったから……流石にね」

 

「これからもまた頼ってくれよ。なんてったって、俺は友希那の味方だからな!」

 

「あっ、和也だけ抜け駆けしてズルい! アタシもだからねっ、友希那!」

 

「……わかってるわよ、ちゃんと」

 

「んじゃ、それだけだ。また明日な」

 

「バイバーイ、友希那〜♪」

 

「……ええ」

 

 そう言い合って最後に手を振り、三人はそれぞれの家へと帰ったのだった。

 

 △▼△▼△▼△

 

 

 ――リサと和也に手を振った後、友希那は家に入らず、しばらくの間外にいた。

 

 中に入り、自室に籠っても良かったのだが、鉛のように重く感じる全身がそれを拒んでいた。

 暑くも、寒くもない夜の中、友希那は項垂れる頭を両手で支え、己への嫌悪感を吐き出す。

 

「『LOUDER』を【Roselia】の皆に聴かせるべきかどうか……よくあんな嘘が咄嗟に出てきたわね……」

 

 友希那のことを信じ、友希那の味方だと言ってくれ、誰よりも友希那のことを考えてくれる幼馴染二人。

 その二人に、友希那はまた嘘をついた。

 

 友希那が二人に話した悩みも、一応ちゃんと悩んでいるものではあった。しかし、本当に二人に聞きたかったのはそのことではない。

 本当に、二人に聞きたかったのは――、

 

「私に……『LOUDER』を歌う資格はあるのか……それを、聞きたかったのに……お父さんを見た途端言えなくなった……っ……」

 

 笑えた。

 歌う資格が自身にあるのかどうか気にしているということはつまり、友希那は『LOUDER』を歌いたいと思っているということだ。

 今の自分はそれをやっていいはずがないとわかっているのに。

 自分の歌声はあの頃の父のように純粋ではなく、幼馴染からの信頼を無下にし、己の信念すら貫けない未熟者であるのに――。

 

「――どれだけ未熟で嫌になっても、夢を掴むためには進み続けるしかない。……本当に、簡単そうに言ってくれるわね。最近まで、私が歌っていることすら知らなかったくせに……それに、今のあなたはどうなのよ」

 

 ふと、昔言われた言葉を思い出す。そして、それを言った彼の無責任さにだんだんと腹が立ってき、愚痴を吐く。

 しかしそれでも、あの日のことを思い出すと思ってしまう。

 

「でも……あなたが私なら、きっと少しも悩まずに歌う決断をするのでしょうね……」

 

 彼は、友希那ができなかったことをやっていた。

 夢に全てを捧げ、ただひたすら真っ直ぐに向き合っていた。

 あれを、あの姿を純粋と呼ぶのだろう。

 復讐のために音楽に打ち込んできた友希那にはない、純粋な煌めきだ。

 ――ああ、あの頃の彼に戻ってほしい。

 

「いいえ……私が戻さないと。――そうするって、約束したから」

 

 それが例え向こうからの、一方的で勝手に結ばれた約束であったとしても。

 あの日、前を向かせてくれた彼への恩を、友希那は返さなければならないのだ。

 だから――、

 

「……少し、良い……?」

 

「……ああ、丁度残っていた仕事も終わったところだ。どうしたんだい、友希那?」

 

 重い体を無理矢理動かし、いつも見て通り過ぎるだけだった部屋の扉を叩く。

 そして、中から出てきた父親に向かって、友希那は言った。

 

「――話があるの……音楽のことで……!」

 




 最後まで読んでくださり、ありがとうございます。
 読んでいてわかったと思うのですが、くっそ待たせた割に今回は(今回も?)全く話進んでないです! しかも短い!
 この続きの展開自体は頭に既にあり、明日からまとまった休暇があるので、次の話は近日中に出せるかも……? いや、出します。
 次の話では一気にコンテストまで行ければなー、と思ってますがどうなることやら……。この作品オリジナルの友希那の過去については、もうそろそろ鮮明に書くつもりなので、しばしお待ちを。

 それでは、この辺で! ばいちっ!
 PS、友希那パパの本名公開はよ


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22歩目(2) 未熟でも

 こんにちは、ピポヒナです。
 すぐに出すって言ってたわりに時間がかかりました……2月終わるの早すぎません?
 明日からバンドリ5周年らしいですね! ログインで5000スター貰って、すり抜けリサ姉狙います(^^)

 それでは、本編どうぞ!




 ――父親の部屋を訪れたのは、随分と久しぶりのことだ。

 

 今まで、気になって扉を見つめては通り過ぎるの繰り返しだった。頼まれ事をされた際に扉を叩くことはあれど、中に入ったことはない。

 もし家の中で一番入ったことの無い部屋を選ぶとなれば、友希那は少しも迷わずこの部屋のことを選ぶだろう。

 

 もはや意図的に、父の部屋からは距離を置くようにしていた。

 それは、アーティストであった父にバンドマンの湊友希那として話しかける勇気が、友希那にはなかったからに他ならない。

 

「驚いたよ。友希那が自分から私の部屋に来るなんて。しかもその理由が、避けられていると思っていた音楽の話ときた。本当に……驚いたよ」

 

「……そうね。私も、まさかこんなに早くお父さんに音楽の話をすることになるなんて思っていなかったわ」

 

 そう言いながら、友希那はチラリと内装に目を配らせる。

 モノトーン調の家具が揃えられた、仕事部屋だ。必要な書類や本が並べられた本棚に垂直となるようにパソコンデスクが置かれ、やはり音楽に関するものは何も見当たらない。

 昔貼っていたバンドのポスターも、当たり前のように剥がされている。

 

「それで、要件はなんだい?」

 

 パソコンデスクを間に挟み、友希那と相対する形で父が尋ねてくる。

 その質問に対し友希那は、ポケットから取り出した物をデスクに置くことで答え、それを見た瞬間に父は目を見開いた。

 

「それは……!?」

 

「この中に入っている曲の名前は『LOUDER』。……お父さんがインディーズ時代に歌っていた曲の一つよね?」

 

「……まさかこれをまた目にすることがあるなんてね。……ははっ、今日は友希那に驚かされてばかりだ」

 

 見開いた目を細めて笑い、父はデスクに置かれたカセットテープを手に取る。

 

「引退した時に、こういった物は全て処分したと思ってたんだけどね……懐かしい。このカセットテープはどこにあったんだ?」

 

「私の部屋にある押し入れの中よ。なぜか紛れ込んでいて……それを今日偶然見つけたの」

 

「そうか……そんなところに……」

 

 過ぎ去ったあの頃を懐かしむように。

 父はカセットテープを見つめ、僅かに唇を綻ばせる。

 そして少ししてから、邪魔しないようにと黙っていた友希那に「すまない」と言って、

 

「どうしても思い出すことがあってね。感傷に浸ってしまったよ。……いやぁ、娘の前だと少し恥ずかしいな」

 

「……別に恥ずかしがることでしょ。少なくとも十年以上も前のことなんだから」

 

「そうだね、時の流れとは実に早いものだ。……ははっ、今の言い方だとなんだか老人臭くなるね。私はまだまだ若いと自分では思ってたんだが、現実はそうじゃなかったか」

 

 そう一人で笑う父は、実に父らしくなかった。

 娘の前で感傷に浸っていたことへの照れ隠しなのか、それとも捨てたと思っていた過去の産物を突然目の前に出されて動揺しているのか。

 少なくとも、友希那はこれ程無駄口を話す父を見たことがなかった。

 

 しかし、次の瞬間には父の目の色が一気に変わった。

 

「……それで? 私を懐かしませるためだけにここへ訪れたわけではないだろ?」

 

「ええ、もちろんよ」

 

 真剣な眼差しになった父の気迫を感じながら、友希那は首肯する。

『LOUDER』を見せたのは、次の話へと移るための準備。そしてその次の話こそが、友希那が父を訪ねた理由であり、話の本題なのである。

 友希那は軽く息を吸い、グッと拳に力を入れ、

 

「――私は『LOUDER』を歌いたいと思っている。あの時のお父さんがどういう気持ちを込めて歌っていたのか、お父さんが本当にやりたかった音楽であるこの曲を歌うことで、私も感じてみたいの……!」

 

「――。……なるほど。『LOUDER』を……私の音楽を歌いたい、か」

 

 娘が言葉にした想いに驚きを見せつつも、父は冷静に訊ねてくる。

 

「歌いたいと思ったのなら歌えばいい。わざわざそのことを宣言しに来ただけという様子には見えないが……いったい、何を躊躇っているんだ?」

 

「……この曲から感じた、音楽に対する純粋な情熱……それを私の歌声に乗せて歌える自信がなくて……」

 

「……それはどうして?」

 

「お父さんの歌声と違って、私の歌声は……純粋ではないから……」

 

 そう口にする友希那の声は、だんだん弱弱しくなってゆく。

 

 ――父の音楽を歌う資格。

 それが自分にあると、友希那は胸を張って言うことができない。

 なぜなら、この曲を歌っていた頃の父の歌声と今の自分の歌声を比べた時、圧倒的に自分の歌声には足りないものが多すぎるからだ。

 

 そしてその足りないものというのは、練習すれば埋められるというものではない。

 歌う者の思いや経験などが少しずつ積み重なることでできる『純粋な情熱』とでも表そうか。

 

 なんにせよ、友希那には手が届かない。

 

 音楽が好きだから歌っていた父とは違い、友希那は父の悲劇を嘆き、笑った者を見返すために歌ってきた。

 つまりその時点で、友希那は既に道を踏み外していた。

 ただ単純に技術が劣っているだけなら、友希那はもっと簡単に前を向けていただろう。

 

 それでも――、

 

「それでも歌いたいと思ってやまないから、こうして話しに来ているんだろ?」

 

「ええ……自分には不相応だとわかっていても、諦められなかったからここに来た。だけど……私には歌う勇気も無ければ、諦める勇気もない……。お父さんに……話を聞いてもらったのはきっと――」

 

 どちらも選べない自分の代わりに、選んで欲しかったから。

 歌う資格が自分に『ある』のか、『ない』のか。誰でもない父にハッキリと言ってもらって、早く楽になりたかったからかもしれない――。

 

 ――その弱音を、友希那は声にすることができなかった。

 

「それならその思いをのせて歌えばいい」

 

「ぇ――」

 

 父の言葉に、言葉を失ったからだ。

 

「今の自分では未熟だという悩みと、それでも歌いたいという気持ち。それが今のお前の、この曲……それから音楽に対する思いなんだろう。どんな思いを抱えたっていい。その思いをぶつけてみろ」

 

 熱くて真っ直ぐで、まるで『LOUDER』を聴いた時にも感じたような情熱を、その言葉からも感じられた気がした。

 

「――。お父さんは……それでもいいの……?」

 

 そしてその熱は、友希那が抑えていた感情を決壊させる。

 

「私はまだ、全くと言っていいほど未熟で……また、お父さんの音楽を……汚してっ……しまうかもしれないのに……っ、本当に……いいの……?」

 

「何を言っているんだい、友希那? 私は、お前のようなバンドマンに私の音楽を歌いたいと思ってもらえたことが何よりも幸せだよ」

 

「――――」

 

「それに、完成されていなきゃ演奏できない音楽なんて存在しないさ。ただ……それでもお前がそれほどまでに技術や精神的な未完成さを思い悩むのだとしたら――お前のその思いはとっても純粋で、素晴らしいものだと思うぞ」

 

 そう言い、父は友希那の頭をそっと撫でた。

 涙ぐむ少女を慰めるように、下を向く友希那に優しく微笑みかけて。

 

「――っ!」

 

 友希那はグッと歯を食いしばる。

 頭を撫でてくる父の笑みが、昔のことを思い出させたからだ。好きな音楽の傍で過ごした楽しかった日々を――。

 

 ――だからこそ、その懐かしさを目を擦ると共に拭い、友希那は憧れ()を見据える。

 

「私は……『LOUDER』を歌うわ。この曲を聴いて抱いた思い全てを、私の未熟な歌声にのせて。『FUTURE WORLD FES.』の舞台で必ず……!」

 

「――! そうか……やっぱり友希那もフェスを目指していたんだね。ははっ……まったく、血は争えないな。……どうしてか、理由を聞いてもいいかな?」

 

 友希那の宣言に面食らい、頭に手を当てて苦笑した父は、自分と同じ夢を掲げた娘にその理由を尋ねる。

 しかし友希那は「それは……」と思い悩んでから首を横に振り、

 

「ごめんなさい、今はまだお父さんには言えない。……でも、フェスの舞台に立ってからならきっと言えると思う。だから、私がフェスの舞台で『LOUDER』を歌う時――その時が来たら、私の歌を聴きに来てほしい」

 

「――。わかった。それじゃあ、私の音楽をあの舞台に連れて行ってくれる日が来るのを、楽しみにして待っているよ」

 

「ええ」

 

 必ず。

 必ず『FUTURE WORLD FES.』で『LOUDER』を歌う。

 そう、友希那は宣言し、心に決める。

 

 純粋ではない自分が、父の音楽を歌ってもいいのだろうか。その悩みは完全に消えたわけではない。今だって、自分が歌うことが父の音楽を汚してしまうことに繋がってしまうのではないかと不安でいっぱいだ。

 

 しかしそれでも、友希那は歌うと決めた。

 

 穢してしまうかもしれないという不安も、未熟な自身への嫌悪も、歌いたいという気持ちも、父の音楽に対する想いも――全てを歌声にのせて歌うことが、大好きだった父の音楽と向き合うための唯一の方法であるとわかったのだから。

 

 

 △▼△▼△▼△

 

 

「――友希那がそうするって決めたなら、アタシもそれに賛成。アタシも『LOUDER』にちょっと興味あったしね♪」

 

『ライブハウスCiRCLE』へと向かっている道中。昨日あったことをリサへと伝えると、リサは驚きつつも最後にはそう言って笑った。

 少しホッとした。自分は味方だと言ってくれる彼女のことだから、否定されるよりも肯定してくれる可能性の方が高いとは思っていたが、実際にそう言ってくれるとやはり安堵できる。

 

「――あ、リサちゃん、友希那ちゃん、いらっしゃい! 二人とも久しぶりだねっ」

 

「まりなさん、こんにちは〜。他のメンバーはもう来ちゃってます?」

 

「うん、さっきスタジオに案内したところだよ。【Roselia】は今日、Bスタジオね」

 

 と、CiRCLEに入るとまりなの明るい声。人の良い笑みを浮かべて案内してくれた彼女に会釈し、友希那はスタジオへと向かう。

 その途中で、

 

「……和也はまだ来てないのね」

 

 ふと、周囲を見渡し、ここで働く幼馴染の少年がいないことに気が付く。

「俺も明日からまたバイトかぁ」と昨日言っていた気がするので、今日はいるはずだ。今いないのは、ただ単に出勤時間を迎えていないだけで、時間が経てばそのうち現れるだろう。

 ――彼には一つ、言ってやりたいことがある。

 

「おっす、おはよ〜。アタシ達が最後か」

 

「あっ! リサ姉に友希那さん!」

 

 スタジオの中へ入ると、まりなが言っていた通り他の三人が既に居た。

 約一週間振りということもあってか、友希那とリサが荷物を置くと、あこがニッと笑みを浮かべながら近寄ってくる。

 

「ねぇねぇ聞いて聞いて! りんりんって勉強教えるのちょ〜〜うまくて、わかりやすいんだよ! あこ、りんりんのおかげで今回のテストが今までで一番できたかもしんない!!」

 

「おっ、それは良かったねぇ〜! アタシも次のテストの時は燐子先生に教えてもらっちゃおうかな〜?」

 

「あっ、いえっ、その……あこちゃんが頑張ってくれただけで……わたしはなんにも……」

 

「も〜、そんな謙虚なこと言っちゃダメだよ? ねぇ、あこ?」

 

「うん! りんりんは凄いんだからもっとこう、バーン! って感じで自信を持たなきゃ!」

 

「はぅぅ……」

 

 悪ノリしたリサとあこに集中砲火され、燐子は真っ赤になった顔を手で覆い隠す。

 とはいえ、一番の心配の種だったあこの成績が良さそうなのは朗報だ。リサとあこに加勢する訳では無いが、勉強を手伝った燐子はもう少し自信を持てばいいのに。

 

 そんなことを思っていると、紗夜が「はぁ」とため息を吐いて、

 

「そう言ってる今井さんはどうなんですか?」

 

「えっ、アタシ?」

 

 紗夜に突然名指しされたリサは、目を丸くしながら自分の顔へと指を差す。

 紗夜は腕を組み、「そうです」と言って、

 

「私が宇田川さんの次に心配していたのは今井さんです」

 

「うひゃぁ、見た目からの偏見が凄い気が……。まぁ、勉強が得意って訳じゃないから否定できないんだけど」

 

「それでどうなんですか? 国語系は得意だと言ってましたが、それ以外の教科の手応えは」

 

「うん、バッチリだよ⭐︎ テストに向けて、友希那と和也と一緒に毎日勉強会したからね」

 

 ねっ♪ と、こちらに向かってリサがウィンク。

 そしたら紗夜も「そうなんですか?」と窺ってきたので、友希那はコクリと首を縦に振る。

 すると紗夜は、安堵したかのような表情を浮かべ、

 

「それなら安心です。湊さんが今井さんに勉強を教えてくれたんですね」

 

「えっ」

 

「えっ」

 

 一瞬、時が止まったように感じた。

 

「――――」

 

「――――」

 

「……え? 何かおかしなことを言っていました?」

 

 お互いのことを見合うリサと友希那。

 自分の発言に反応してそうなった二人を疑問に思い、紗夜は間違ったことを言ったのではないかと尋ねてくる。

 

「え〜っと……もしかしたら紗夜、勘違いしてるかもだけど、友希那よりアタシの方が……」

 

 友希那の方が勉強ができると勘違いをしている紗夜に、リサが事実を教えようとする。――が、その途中で友希那が遮るように言った。

 

「リサに教えていたのは和也よ! 和也はああ見えて、結構勉強できるの。私たち三人の中では、彼が一番賢いわ」

 

「そうなんですか? 少し意外ですね」

 

「でも本当のことよ。私も和也には色々と教えてもらったわ」

 

「あの稲城さんが今井さんだけでなく、湊さんにまで……こう言うのは失礼ですが、勉強の出来不出来は見た目からだとわからないものですね」

 

「ブフッ」

 

「今井さん?」

 

「いやぁ、まぁ、その〜なんて言うかぁ? ほんと、紗夜の言う通りだなぁって思って、さ」

 

 と、笑いを必死に堪えながら言うリサ。そんな彼女のことを不思議そうに見ていた紗夜が視線で尋ねてくるが、友希那はサッと目を逸らし、知らんぷりをした。

 友希那にだって、良いイメージを持たれているのならそれを壊したくないという変な意地があるのだ。

 

「ところで……友希那さん、今日はわたしたちに話したいことがあると……言ってませんでした……?」

 

「ええ。コンテストに大きく関わる大事な話があるわ」

 

 と、そこで閑話休題。

 燐子の問いかけに友希那は頷き、さっそく本題へと入る。そしてそのために、鞄の中からカセットテープを取り出した。

 

「カセットテープ……? 随分と年季のあるように見えますが、それとコンテストにどういった関係が?」

 

「単刀直入に言うわ。――私は、この中に入っている曲をコンテストで歌いたいと思っている」

 

「なっ……!?」

「えっ……!」

「ええっ!?」

 

 友希那の発言に、リサ以外のメンバーがそれぞれ驚嘆の声を上げる。

 三人が驚くのも無理はないだろう。

 コンテストでやる楽曲は事前に全員で話し合って決めていたというのに、リーダーである友希那が突然その決定を覆そうとしているのだから。

 

 当然、事前に決めた楽曲を全員テスト期間中に自主練習しているため、もし新曲をやるとなれば、完全にとはいかないものの、その練習が無駄になってしまう。

 そのため――、

 

「正気ですか!? コンテストまであと二週間しか残ってないんですよ?」

 

 当然、このように反対の意見が出る。

 しかし、そうなることは友希那も想定済みだ。

 

「残りの時間で、新曲をコンテストで戦えるレベルまでに仕上げることがかなり難しいということはわかっているわ」

 

「それなら……なぜ……?」

 

「理由は後でちゃんと話す。だから――まずはこの曲を聴いて欲しい」

 

「――。……わかりました。湊さんがそこまで言うからには、ただの思いつきという訳ではなさそうですし」

 

 聴けば何かわかるのでしょう、と紗夜は友希那の言った通りに従うことを伝える。

 視線をあこと燐子へと移すと、お互いを見合ってから揃ってコクリと頷いたので、二人とも話の流れに異存はなさそうだ。

 

「それじゃあ、再生するわよ」

 

 スタジオにあった再生機器にカセットテープをセットし、そう一声かけてからボタンを押す。

 そうして流れて来るのは、カセットテープの中に眠っている曲――『LOUDER』。

 かつて『FUTURE WORLD FES.』を夢見た一人のアーティストが、愛してやまない音楽への情熱を叫んだ、今はもう歌い手のいない楽曲だ。

 

「――――」

 

 その音楽を聴けば聴くほど、友希那の心は熱くなる。

 これが父がやりたかった音楽なのだと。この音楽のために自分は歌ってきたのだと。そして、この情熱を今度は自分たちが紡ぐのだと。

 友希那の胸に火を灯し、小さなその身に使命を刻み込む。

 そして――、

 

「これが私がやりたいと思っている曲、『LOUDER』よ。どうだったかしら?」

 

 ――そして曲が終わり、カセットテープを取り出した友希那はメンバーに感想を尋ねた。

 初めて父の音楽を聴いた三人は呆然としていたものの、友希那が尋ねると紗夜がゆっくりと口を開き、

 

「――。……凄かったです。特にボーカルの歌声がまるで心を直接揺さぶってくるようで……これ程の衝撃を受けた音楽を聴いたのは、あの時以来……」

 

「――?」

 

「いえ、とにかく凄い曲でした」

 

 途中でチラリとこちらを見た紗夜。

 その視線に気がついた友希那は彼女のことを見返す。だが、すぐに紗夜にサッと視線を外され、訳が分からず首を傾げた。

 すると、「あの……」と燐子の声が聞こえ、

 

「男性の方の歌声でしたが……この曲はいったい……どなたの曲なんですか……?」

 

「……私の父よ。前にも少し話したと思うけど、私の父は昔バンドをやっていたの。それでこの『LOUDER』という曲は、父がまだインディーズ時代に歌っていた曲の一つよ」

 

「ええええええーーっ!? 友希那さんのお父さんが歌ってた曲なのーーっ?!?!」

 

 燐子からの質問に答えると、目を見開いたあこがそう驚愕する。

 質問者の数倍大きな反応を見せた彼女は、その次に体を前のめりにし、「ハイハーイ!」と手を高く上げて宣言した。

 

「あこ、友希那さんに大さんせーです! この曲をコンテストで演奏したいですっ!!!」

 

「あこちゃん……!?」

 

「だってだって、超超ちょーーーーっカッコよかったじゃん!? ねねっ、りんりんもそう思ったでしょ?!」

 

「えっ、う、うん……凄く、素敵な曲……だったね」

 

「だよねだよね!」

 

 親友である燐子から同意をされたあこは嬉しそうに声を弾ませる。そして、徐ろにスティックを取り出し、準備していたドラムの方へと駆け寄っていくと、

 

「さっきの曲の感じもいいけど、こうやってババーンッ! って叩くの! そしたらお客さんも絶対ぜ〜ったい、わーって盛り上がるよ!!」

 

 と言いながら、あこは思いついた工夫をドラムで打つ。

 楽しそうにするあこに燐子は「ふふふ……」と笑みを浮かべ、ドラムの横に準備していたキーボードの鍵盤に手を置いた。

 

「だったら……Bメロは……こんな感じとか……」

 

「あっ、それもいいね! じゃあ、あこはこうしてみよっかな?」

 

「あこちゃん……カッコイイ……」

 

「えへへへ、りんりんだって」

 

「二人とも完全に気に入ったみたいだね。和也の言ってた通りだ」

 

 あこが打つリズムを彩るように、燐子が旋律を奏でる。

 そんな二人の試行錯誤している姿は楽しそうで、その光景を見たリサが友希那に「良かったじゃん」と耳打ちしてきた。

 

「そうね。あの様子だと、二人とも新曲をすることに賛成してくれたと判断してもよさそうね」

 

 そう言うと、友希那は紗夜の方を見る。

 

「それで……あなたはどうなの?」

 

 紗夜は、難しい顔をしていた。整ったその顔立ちの眉間に皺を寄せ、考え込むように腕を組んでいる。

 しかし、友希那からの視線に気がつくと、少し下を向いている顔から覗かせるように碧瞳がこちらを向き、

 

「……今から新曲を始めることが、どれだけリスクの大きいことなのか、わかってるんですよね?」

 

「ええ」

 

「ただ演奏できるようになるだけでは駄目なんですよ、コンテストを勝ち抜けるレベルにまで仕上げなければなりません。……今日を含めて残り15日、可能だと思いますか……?」

 

「かなり難しいでしょうね。でも、可能性は十分にあると思う。……それに、幸いなことに私たちはテストが終わったことで、明日から学校が午前中のみになっているわ。だから……」

 

「だから普段より時間が取れて、十分な練習ができる。ですか?」

 

 と、言葉の続きを紗夜に先取りされ、友希那は「……ええ」とやや遅れて首肯した。

 

 今のやり取りからして、紗夜は恐らく否定的な考えのままなのだろう。

 彼女のことを悪く言うつもりは無い。彼女が否定的な考えを持っているのは、【Roselia】のことを大切に思ってくれている故だ。『LOUDER』を今から練習し始め、仕上がりが万が一間に合わなかった場合、【Roselia】は未成熟な演奏を本番で披露し、確実に敗れ去ることになってしまう。――その悲劇から【Roselia】を守ろうとしてくれているのだ。

 

 紗夜が【Roselia】のことを思ってくれていることが、友希那は嬉しい。

 だが、今の友希那としては、父との約束を守るためにもなんとかして『LOUDER』を歌いたいという気持ちの方が強いため、どちらかと言えば慎重な紗夜の考え方を歯痒く感じている。

 

 そして、それと同時に焦ってもいた。

 紗夜が安全な道を求めるのであれば、友希那の提案はかなり分が悪い。リスクまみれで、安全とは真逆の提案だ。

 一応、普段よりも練習時間が確保できるということは示したのだが、あんなもの気の安めにしかならないだろう。練習時間が多少増えたところで、コンテストまでに『LOUDER』を確実に仕上げられるという保証はどこにもないのだから。

 

「はぁ……」

 

 どうして今年のフェスは、コンテストから本戦までの期間が極端に短いのだろうか。例年であればコンテストが終わってから本戦のフェスまではもっと猶予があり、それならばコンテストが終わってから『LOUDER』に取り組んでも、全然間に合っていたというのに。

 時間に余裕があれば、紗夜も案外すんなりと賛成してくれるかもしれない――。

 

 ――と、不運に思った友希那がため息を吐いたのとほぼ同時だった。

 

「わかりました。この新曲をコンテストで演奏しましょう」

 

 紗夜が『LOUDER』をやることに賛成したのは。

 

 

 △▼△▼△▼△

 

 

「わかりました。この新曲をコンテストで演奏しましょう」

 

「えっ――」

 

「もちろん条件はあります。話しても大丈夫な部分だけで構わないので、湊さんがこの曲を選んだ理由をちゃんと教えてください。例えその理由が私情であっても、私が意見を変えることはありませんから」

 

「そ、それは元々話すつもりだったから別にいいけど……」

 

 考えが纏まらない頭で受け答えをしようとするも上手くいかず、結局そこから先の言葉に詰まる。

 突然紗夜が新曲をやることに賛成したことで、友希那の脳は困惑していた。

 一体どうして、紗夜は急に意見を変えたのだろうか――、

 

「そんなに私が賛成したことが不思議ですか? 私は一度もこの曲を演奏したくないとは言っていませんよ?」

 

「そ……そうだったかしら?」

 

「ええ。一言も言ってません」

 

 リスクが大きいとは言っていましたがね、と紗夜は付け加える。

 そうして思い返してみると、確かに紗夜は新曲をすることで起こり得る可能性を危険視はしていたものの、明確に否定はしていなかった――ような気がする。

 

 ということはつまり、紗夜は仕上げられるかどうか微妙な『タイミング』に不満を持っていただけで、『曲』そのものには好感を持っていたということだろうか。

 

「それなら……」

 

 それなら良かったと、そう思うべきだろう。

 紗夜が賛成してくれたことで、メンバー全員からの了承を得られた。これで異議を唱える者は誰もいない。

『LOUDER』をフェスで歌わなければならない友希那にとって、それは望んでいた展開だ。

 だから、今は細かいことは気にせずに、『LOUDER』を歌えるようになったことを喜んでいればそれで――、

 

「この曲は湊さんの歌声によく合うでしょうね」

 

「――ぇ」

 

 紗夜の声が耳に入り、思いがけず友希那は顔を上げた。

 碧瞳と視線がかち合い、紗夜がフッと微笑む。

 

「この曲を聴いた時に思ったんです。あなたが歌うこの曲を聴いてみたいと」

 

「――――」

 

「納得のいかない表情をされていたので、つい。それが私の賛成した理由なのですが、まだ足りませんかね?」

 

 そう尋ねてくる紗夜を、友希那は呆然と見つめた。

 数秒だったか、数分だったか。事実がどうであろうが、友希那の体感では決して短くない時間を。

 

 ――自分の歌声が父の音楽に合う。

 

 そんなこと、今まで歌ってきた中でほんの少しも思ったことがなかった。

『LOUDER』を初めて聴いた時はもちろん、父の音楽と向き合うと心に決めた今でさえ、曲への思い全てを込めて歌うことでようやく指先が届くような未熟な己の歌声では荷が重いと感じている。

 だから――、

 

「わた、しの……歌声、が……?」

 

「み、湊さん……!? 凄い表情ですよ!?」

 

 今はまだ素直に喜ぶことはできない。

 自分はまだ未熟だと思う感情がそれを許さないのだ。

 

 これはきっと、今後もずっと続くことになるのだろう。

『LOUDER』を歌って賞賛される度、まだまだ足りない、こんなものじゃないと貪欲に主張し続け、それに悩まされることになる。

 少なくとも、父との約束を果たすまでは――。

 

「みっともない姿を見せたわね……」

 

「……いえ」

 

「…………」

 

「…………はい、すみませんでした」

 

「……別に謝って欲しかった訳じゃないわ。紗夜は悪くなくて、これは完全に私の問題。色々と訳あって、ちょっと今は褒められても素直にそれを受け取れないの」

 

「訳あって、ですか……。その『訳』というのは、この後話すつもりですか?」

 

「ええ。この曲をやるのなら、私の思いを少しでもあなた達に知っておいてもらった方がいい気がするから」

 

 気まずい静寂を挟みながらも、会話の中で友希那は先程の賞賛を受け取れなかった理由についても後で話すことを伝える。

 

『どんな思いを抱えたっていい。その思いをぶつけてみろ』

 

 昨晩の父の言葉だ。

 この言葉のおかげで、友希那は父の音楽との向き合い方を見つけることができた。

 そして友希那はその言葉の通り、憧れも、旧懐も、悩みも、恐れも、好意も、全ての思いを歌声に込め、『LOUDER』にぶつけるつもりでいる。

 

 それならば、演奏を任せるメンバーたちにも友希那の思いを知ってもらっていた方が良いだろう。

【Roselia】全員で『LOUDER』を作り上げるのだから。

 

 決して、友希那一人で『LOUDER』を継ぐのではない。

 だからこそ――、

 

「紗夜。さっきの質問の答え、まだ返していなかったわね」

 

「さっきの質問……?」

 

「あなたは私の歌声が『LOUDER』に合うと思った。そして、私が歌う『LOUDER』を聴きたいと思っている。――それが賛成した理由で足りるかどうかという質問よ」

 

「あ……そう言えばそんなこと言ってましたね……」

 

 改めて言われると恥ずかしいわね、と紗夜は照れ臭そうに頬をかく。

 そして、少し頬を赤らめながらめながらも紗夜が「それで、どうなんですか?」と尋ね返すと、友希那はニッと挑発的に口角を上げた。

 

「ただ単に私が歌った『LOUDER』を聴くだけで本当にいいの?」

 

「……と、言いますと?」

 

「私達【Roselia】の目標は『FUTURE WORLD FES.』。そして、私はこの曲を私達の物にできれば、コンテストを勝ち抜く事ができると確信している。だから――」

 

 紗夜に手を差し伸べ、答えの続きを口にする。

 

「――頂点の舞台で私の『LOUDER』を聴かせてあげるわ」

 

「――。――――。ふっ、ふふ。ふふふっ……それは、随分と大口を叩きましたね」

 

「あら? 紗夜は【Roselia】がフェスに行くことを身の丈にあわないと思っているのかしら?」

 

「まさか」

 

 そんなはずありません、と言い切った紗夜は差し伸べられていた友希那の手を取る。

 その表情には、友希那と同じような笑みを浮かべながら、

 

「それでは、フェスの本戦でのあなたの『LOUDER』を楽しみにしておきます。――残り二週間で必ずこの曲を仕上げ、絶対にフェスの舞台に立ちましょう」

 

「ええ。私一人では不可能でも、あなた達とならできると信じているわ」

 

 そう言い合って、お互いに信頼を伝え合う友希那と紗夜。

 握手を交わし、揃って不敵な笑みを浮かべている二人のことを――、

 

「うわぁ……二人ともせっかく顔整ってるのに台無し……。というか、アタシたち蚊帳の外でショックなんだけど」

 

「ム〜、友希那さんも紗夜さんも酷いです! あこ達だって話に入れてください!」

 

「き、きっと……さっきまで演奏に夢中だったから、気を遣ってくれたたんですよ……たぶん」

 

 と、話の中に入れなかった他の三人が不満げに見ていたのだった。

 

 

 △▼△▼△▼△

 

 

 あれから、他のメンバーも集めて伝えるべきことを伝えた。

 

『LOUDER』をどうしてもフェスで歌いたい理由、そのためには今から取り組まないといけないこと、昨晩した父とのやり取りの要約、自身の歌声に抱いている未熟感――そして、父の音楽との向き合い方。

 少し長くなってしまったが、それでも全員親身になって聞いてくれた。本当に良い仲間に恵まれたと思う。

 

 恐らく今回話したことで、友希那が【Roselia】のメンバーに話していない音楽に関することはほぼ残っていないだろう。話すべきだと思ったことは全て伝えたつもりだ。

 あと、彼女たちに話していないことといえば――、

 

「よっ、友希那! おつかれさん」

 

「……和也」

 

 今は練習の合間の休憩中。飲み物を買おうとスタジオを出ると、カウンター前に幼馴染の少年がいた。

 店のアルバイト服である緑色のエプロンをつけたその少年――和也は、こちらに気付くとすぐにニッと笑みを浮かべて手を振ってくる。

 

「今日のテスト、手応え的にどうだったんだ? 問題は難しかったか? ちゃんと俺が教えた確認方法で見直ししたか?」

 

「……そんなに心配しなくても、おかげさまで過去最高の出来だったわよ。終わった後にリサと答え合わせをしたけれど、半分以上合っていたわ」

 

「おぉっ!? そりゃよかったよかった! 毎日勉強頑張った甲斐があったな!」

 

「ちょ、ちょっと、撫でるのはやめてっ」

 

 別に不快だった訳では無いが流石に恥ずかしいので、頭を撫でてきた和也の手を払う。すると、「あぁ、悪ぃ。嬉しくてつい」と和也はすぐに手を引き、その代わりに安堵感を表情に滲ませた。

 

 心の底から安心してそうに見える。

 友希那がテストの感触が良かったことを一番嬉しく思っているのは、友希那本人でも両親でもなく、もしかしたら彼なのかもしれない。

 

「それはそれでちょっと複雑な気分ね……喜ぶのやめてくれる?」

 

「いきなり辛辣っ!? つーかなんだよそのぶっ飛んだお願い!」

 

「自業自得よ」

 

「自業自得で感情の一つ奪われなくちゃならないとか怖すぎんだろ……」

 

 喜んだだけどぜ……? と大袈裟に項垂れる和也。

 彼のその反応は単なる悪ふざけであり、相手をするだけ時間の無駄だとわかっているので、友希那はあえて無視し、自販機に向かおうとする。

 ――が、和也の前を通過してすぐに立ち止まり、

 

「『LOUDER』、【Roselia】でカバーすることになったわ」

 

「えっ――」

 

 項垂れたままの頭に向かって友希那は今日あったことを報告し、和也は驚きで顔をバッと上げる。

 

「そう言えば昨日、皆にも聴かせてみるって言ってたけど……そうか、結局やることになったんだな。うん、スッゲー曲だし、良いと思うぞ! ライブで聴くのが今から楽しみだ!」

 

「私はお父さんの音楽を歌うわ。私の歌声はまだまだ未熟で、あの頃のお父さんのようには歌えないけれど、それでも歌ってみせる。それが私の父の音楽との向き合い方よ」

 

「お、おう……なんつーか、スッゲー気合い入ってるんだな」

 

 思わずビビっちまったよ、と和也は苦笑いを浮かべる。

 そんな腑抜けた彼に、友希那はキツく目くじらを立てて、

 

「――私はあなたとの約束を守るわ」

 

「……は、約束?」

 

「あなたが忘れていても、絶対に」

 

 そう言い残し、ライブハウスを出た。

 周りの目など気にせず、荒々しく足音を立て、歩いていく。

 そして――、

 

「……バカ」

 

 と、嘆くように呟きながら、自販機のボタンを強く押したのだった。

 

 




 最後まで読んでいただきありがとうございました。
 今回は久しぶりに話がちゃんと纏めれた気が、自分の中ではあります。(多分全然だけど)
 と、そんなこんなでようやく『LOUDER』解禁。
 以前の後書きにも書いたように、ここがアプリのストーリーとの大きな分岐点の1つであり、ここからが自分の書きたいストーリーとなります。
 ただ、次の話でコンテストが終えるぐらいには持っていきたいんですけど……話の流れがまだ固まってないですので、また時間かかりそうです。<(_ _)>

 では、改めて読んでいただきありがとうございました。
 また次回お会いしましょう、ばいちっ!

 バンドリ5周年おめでとう!


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