とある聖杯の強能力者 (小狗丸)
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序章
とある深夜の聖杯戦争


 本来ならば「それ」はこの世界に存在しないものであった。

 

 この世界に限りなく近く、また限りなく遠い世界。俗に言う並行世界にて行われた魔術儀式によって「それ」の存在(システム)生まれた(構築された)

 

 並行世界で行われたのは、過去の英雄や偉人を使い魔として現世に召喚し、使い魔とした英雄偉人を七人戦い合わすことにより、万能の願望機を創り出すという魔術儀式。

 

 そして「それ」とは、その魔術儀式によって召喚されて使い魔となった現代に復活した英雄偉人で「英霊」と呼ばれていた。

 

 この世界で初めて英霊の存在が確認されたのは今から二十年程昔。丁度その頃、魔術儀式によって英霊の存在を生み出した並行世界が「滅亡」したのが切っ掛けである。

 

 何故並行世界が滅亡したのか理由は分かっていない。

 

 人類同士の戦いで自滅したのか? それとも人類ではない何かに滅ぼされたのか?

 

 とにかくはっきりしているのは、並行世界の人類は滅亡して、彼らが築き上げてきた文明は全て例外無く崩壊したということ。

 

 それに対して並行世界は自らが存在した「証」を遺そうと、自らに刻まれた記憶を他の世界へと送った。その記憶こそが英霊。

 

 人類史の集大成ともいえる英霊を受け取った世界では、その英霊達の記憶と力を遺伝子情報の一部として取り込み、再現する素質を持った特別な少年少女が産まれるようになった。

 

 英霊の存在を知る者達は、並行世界の英霊の記憶と力を受け継いだ少年少女のことを、英霊の存在を生み出した魔術儀式の名にちなんで「聖杯」と呼んだ。

 

 そして人口のほとんどが学生という巨大都市、学園都市に一人、英霊の力と記憶を持つ聖杯の少年がいた。

 

 その聖杯の少年の名は猪坏(いつき)灯仙(とうせん)といい、彼は現在……。

 

「君さぁ……。本当にいい加減にしろよ……!」

 

「むが……! むぐぐ……!」

 

 

 額に青筋を浮かべながら満面の笑みを作り、純白の修道服を着たシスターの顔にアイアンクローを極めていた。

 

 

 今彼らがいるのは学園都市に数多く存在する学校の一つが保有している学生寮の一室。ただしそこは灯仙の自室ではなく、その隣である友人の部屋である。

 

 この部屋の主人である灯仙の友人は、とある事情により一人の居候を内緒で匿っているのだが、その居候はことあるごとに友人の頭部を噛みつくという獣みたいな行動をとっていた。そしてこの学生寮の壁は薄く、友人と居候の騒ぎを察知した灯仙は友人が噛みつかれる直前に瞬間移動(テレポート)でこの部屋に参上して、友人を噛みつこうとした居候……つまりこの純白の修道服を着たシスターにアイアンクローを極めたのだった。

 

「君は毎日毎日毎日毎日、上条君に食事をたかって暴飲暴食を繰り返しているのに家事すら手伝わず、その上少しでも気にくわないことがあると上条君に噛み付くなどの暴行を加えて……! 子供だから何でも許されるとか思っているんじゃないだろうね?」

 

「むが!? むー! むー!」

 

 話しているうちに灯仙のアイアンクローを極める手に更なる力が加えられ、それによって純白のシスターは手足を暴れさせながら悲鳴を上げるが、口を塞がれているため悲鳴は声にならなかった。その様子を見るに見かねて黒髪を整髪料で尖らせウニのような髪型にした青年、この部屋の主人であり純白のシスターに噛みつかれそうになっていた友人、上条当麻が恐る恐る灯仙に話しかける。

 

「あ、あのー、灯仙さん? インデックスも反省していると思いますし、もうそろそろ許してあげたら……」

 

「この子がこの程度で反省するはずがないだろう? いい機会だ。この子には親しい人間にも最低限の礼儀があることを教えて……」

 

 灯仙が上条の言葉を一言で切り捨て、インデックスと呼ばれた純白のシスターにアイアンクローを決めている手に更に力を込めようとしたその時、彼のポケットにある携帯からメール受け取りを知らせる着信音が聞こえてきた。そして灯仙は携帯を取り出して今来たメールの内容を確認するとため息を吐いた。

 

「……はぁ。臨時のアルバイトがはいった。僕はもう行くね」

 

 そう言った灯仙はインデックスを解放すると瞬間移動(テレポート)を使って上条とインデックスがいる部屋から煙のように消えた。

 

「……ぷはぁ! し、死ぬかと思ったんだよ。とうせんってば本当に乱暴なんだよ!」

 

「あー……。はは……」

 

 ようやく解放されたインデックスはまだ痛む顔を押さえながら涙目になって怒り、それに対して上条はなんと言ったらいいか分からず苦笑を浮かべることしかできなかった。

 

 

 

「ハァ……! ハァ……!」

 

 夜の学園都市を一人の女性が走っていた。その女性は学生服を着ており、この学園都市にあるどこかの学校の生徒であるだが、その目は焦点が合っておらず明かに正気とは思えなかった。

 

 そんな女学生が「車と同じスピード」で走る姿は、どこかの怪談のようで目撃者が一人もいないのが幸いと言えた。人間離れしたスピードで当てもなく学園都市を走っていた女学生は、やがて路地裏へと迷い込んで行き止まりに辿り着く。

 

「鬼ごっこはもう終わりにしないか?」

 

「……!?」

 

 行き止まりに辿り着いた女学生が背後から聞こえてきた声に振り返ると、そこには青と黄のジャージを着た浅黒い肌をした一人の少年、猪坏灯仙が立っていた。

 

「……! 憎い……! 憎い憎い……! 私を裏切ったこの世界が、神が憎い……!」

 

 女学生の口から漏れた呪詛の声を聞いて灯仙は呟く。

 

「過去の英霊の記憶に支配された聖杯か……。どうやら君に宿っている英霊はよっぽど世界を憎んでいたみたいだね?」

 

「っ!」

 

 女学生は灯仙の言葉に答えず、虚空から炎を纏った長剣を取り出すと、その切っ先を灯仙に向ける。

 

「剣……クラスはセイバーってところかな?」

 

「……!」

 

 冷静に観察をする灯仙に、女学生は音速に匹敵する速度で斬り掛かる。しかしそれでも灯仙は相変わらず冷静に女学生を観察していた。

 

(炎を纏った長剣の構築。音速に匹敵するスピード。レベルで言えば大能力者(レベル4)くらいか。まともに制御出来ていないのにこれだけの力を出せるってことはかなりの英霊が宿っているみたいだね。……でも)

 

「その程度じゃ僕には届かない」

 

 灯仙がそう呟くと彼の背後から女学生に向けて一条の閃光が走った。閃光は女学生の眼前の地面に命中すると爆発を起こし、女学生を吹き飛ばした。

 

「………!?」

 

 閃光による突然の爆発で吹き飛ばされた女学生が地面に倒れて気絶したのを確認すると、灯仙は携帯でとある番号にかけた。電話をかけると相手はずっと待機していたのかワンコールで繋がった。

 

「……猪坏です。連絡にあった聖杯の撃破に成功しました。位置データを送りますから回収の人員をお願いします」

 

『はい、分かりました。今回の聖杯戦争はこれで終了です。聖杯番号一一八号、お疲れ様でした』

 

 聖杯番号一一八号とは学園都市に登録された灯仙の聖杯としての登録番号である。灯仙は事務的な口調の報告を聞き終わると通話を切り、今自分が倒した女学生を回収に来る人達の連絡先に現在の位置データを送信すると小さく呟いた。

 

「今回の聖杯戦争、か……」

 

 聖杯戦争。

 

 本来は過去の英雄偉人を復活させて使い魔とした英霊達を戦い合わせ、万能の願望機を創り出す魔術儀式であった。

 

 しかし学園都市での聖杯戦争は、英霊の力を宿した能力者同士を戦い合わせ、その英霊の力を解析するための実験に過ぎない。

 

 現に今灯仙達がいる場所には彼ら以外誰もいないが、監視カメラや測定機械によって先程の戦闘が全て記録されていたのだった。

 

「聖杯戦争も随分とスケールダウンしたものだね……」

 

 灯仙はそう言うと自室に帰るべく瞬間移動(テレポート)を使い、その場から姿を消すのであった。

 

 

 

 猪坏(いつき)灯仙(とうせん)

 

 学園都市に多数在籍している聖杯の中でもトップクラスの英霊を宿してその力を再現できる聖杯であり、同時に英霊の力から自ら派生させた空間移動系能力に操る強能力(レベル3)の能力者。

 

 自らの内で異世界からの奇跡と科学の力を交差させるこの少年の存在が世界の運命(Fate)にどの様な影響を与えるのか、それはまだ誰にも分からない。




設定を思いついた勢いで書いてみました。
評判が良ければ続きを書くかもしれません。


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とある聖杯の共闘者

 聖杯戦争。

 

 それはこことは別の世界、並行世界にて行われた万能の願望機を創り出す為の魔術儀式。

 

 本来の聖杯戦争では使い魔として現代に甦った過去の英雄偉人「英霊」と、英霊を召喚した魔術師が共闘の契約を結び、他の英霊と魔術師の陣営と戦うという流れであった。

 

 その為、本来の聖杯戦争を模倣している学園都市での聖杯戦争でも、英霊の力と記憶を宿した能力者「聖杯」は学園都市側が選んだ能力者と共に行動するという形になっていた。

 

 

 

「……はぁ、今日は疲れたな」

 

 一年三百六十五日、毎日同じデザインと色のジャージを着て行動する聖杯の少年、猪坏灯仙は今日の学校の授業を終えて学生寮の自室に帰るなりそう呟く。

 

 ため息を吐く灯仙の脳裏には今日の放課後、世界中の様々な宗派の不幸やら災難を司る女神達に熱烈な求愛をされているとしか思えない不幸な高校生、上条当麻が引き起こしたとあるトラブルが思い浮かんでいた。灯仙が疲れているのはつい先程までそのトラブルに巻き込まれていたからで、この出来事を日記にまとめたら、それだけでちょっとした短編小説が書けそうな気がする。

 

 気を取り直した灯仙が、今日の夕飯でも作ろうと冷蔵庫の中身を確認しようとしたその時、ポケットから携帯がメールを受け取ったことを報せる着信音が鳴り響く。

 

「………今日は疲れているんだけどな」

 

 メールの内容を確認した灯仙はそう呟くと瞬間移動(テレポート)を使って部屋から姿を消した。

 

 受け取ったメールの内容は今晩行われる聖杯戦争の情報。そして聖杯戦争の打ち合わせをするので自分の所へ来るようにという、聖杯戦争におけるパートナーからの呼び出しであった。

 

 

 

 灯仙が呼び出された場所はとあるファミレス。灯仙がファミレスの中に入ると、すでに店内の席に座っていた彼のパートナーが手を上げて話しかける。

 

「ここだぁ」

 

 声をかけられた灯仙は、自分のパートナーとテーブルをはさんだ向かい側の席に座ると「彼」の顔を見る。

 

 灯仙の向かい側の席に座っているのは、白と黒のシャツを着た、髪も肌も白い少年。

 

 白い少年の名前は一方通行(アクセラレータ)

 

 学園都市に七人しかいない超能力者(レベル5)の第一位。学園都市に在籍している全ての能力者達の頂点に立ち、運動量、熱量、電磁波等を初めとするあらゆる力の向き(ベクトル)を操作する能力者。

 

 それが学園都市が選んだ聖杯一一八号、猪坏灯仙の聖杯戦争におけるパートナーであった。

 

「これが今回の対戦相手だ。目を通しておけ」

 

 一方通行はそう言うと一人の学生、今回の聖杯戦争で戦う聖杯のプロフィールが書かれた数枚の書類を灯仙の前に置く。書類を受け取った灯仙は、店員を呼んで料理の注文をしてから書類の内容に目を通す。

 

 書類に書かれていた聖杯は、灯仙よりも一学年上の男子生徒であった。

 

 元々は異能力(レベル2)の身体強化能力者という判定であったが、最近になって急に大能力者(レベル4)まで能力が上昇して、更には「何も無い場所から槍のような武器を取り出す」能力まで発現させたらしい。そしてこの聖杯は以前から素行に問題があったらしく、能力が上昇してからは「訓練」と称して無能力者(レベル0)から強能力(レベル3)に戦いを仕掛けて、すでに二十人以上の重傷者を出している。

 

「なぁ、笑えるだろ? 急に増した力にはしゃいでいるだけじゃなく、自分より格下にしか喧嘩を売れない悪党の風上にもおけねぇチキン野郎だぁ。コイツだったら気兼ねなく聖杯戦争ができる」

 

 書類に書かれていた聖杯の情報を読み終えた灯仙に、一方通行は心から楽しそうに話しかける。一方通行は最初、聖杯戦争にはあまり乗り気ではなかったのだが、今では灯仙以上に聖杯戦争を楽しんでいた。

 

 一方通行はこの世界にある全ての世界の力の向きを操作して、指一本触れるだけで相手を殺すことができる強力な能力者だ。しかし元々「別の世界の力」である英霊の力を使う聖杯に対しては完全に通用せず、これまでの聖杯戦争で一方通行が「ほんの少しだけ本気」を出しても一人の死者は出ていなかった。灯仙には一方通行が能力を使っても死者が出なかったことに心の奥底で「安堵」を覚え、それを感じ続けるために聖杯戦争に参加しているように見えた。

 

 しかし思った感想をそのまま伝えても、本人は絶対に認めようとしないだろう。だから灯仙は別の言葉で聖杯戦争を望んでいる一方通行を指摘する。

 

「戦闘狂」

 

「ああ? 何言ってやがる? 自分だけいい子ちゃんぶっているんじゃねぇぞ」

 

 灯仙の言葉に一方通行は彼の目を見て言う。

 

「俺もお前も。今より強くなる為に、上質なサンドバック欲しさで聖杯戦争に参加しているんだろうがよ?」

 

 一方通行の言葉に間違いはない。灯仙も一方通行も、今以上に能力を使いこなすための実戦訓練として聖杯戦争に参加していた。

 

 聖杯戦争に参加した聖杯とそのパートナーには聖杯毎に「実験に協力した報酬」として多くの金銭が学園都市から与えられているし、戦績が良くなればそれなりの権限も認められる。しかし灯仙も一方通行もそんなものには興味なかった。

 

 学園都市の頂点に立つ超能力に、学園都市でトップクラスの英霊の力。それらの上にはどんな世界が広がっているか見てみたい。

 

 それが灯仙と一方通行が共通する聖杯戦争に参加目的で、二人がパートナーとなった理由であった。

 

「俺達はもう充分すぎるくらい強い力を持っていながら、更にその『先』を欲張ってこんな馬鹿馬鹿しい戦いに自分から首を突っ込んだ間抜けな悪党なんだよ。それを忘れてんじゃねぇぞ」

 

「分かっている。忘れていないよ」

 

「……ならいい」

 

 一方通行の言葉に灯仙が返事をして、それに一方通行が頷いたところでファミレスの店員が二人の料理を運んできた。その後、二人は聖杯戦争の打ち合わせをしながら食事をとり、食事を終えるとすぐに会計を済ませてファミレスの外に出た。

 

「さて、それじゃあ聖杯戦争に征こうか? 『共闘者(マスター)』」

 

 ファミレスを出た灯仙が自分の隣に立つ一方通行に声をかける。

 

 マスター。

 

 それは本来の聖杯戦争では英霊を召喚した魔術師の呼び名で、この学園都市の聖杯戦争では英霊の力を宿した聖杯と共に行動する能力者のことを指す。

 

「ああ」

 

 灯仙にマスターと呼ばれた一方通行は、灯仙を彼の名前でも「聖杯一一八号」という登録番号でもない、彼に宿っている英霊の力が関係している異名で呼ぶ。

 

「行くぜ、『騎乗兵(ライダー)』」

 

 そして聖杯の少年と超能力者の少年は、聖杯戦争に参加するべく夜の闇へと向かって行った。



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とある聖杯の説明

 七月某日。

 

 人口の八割が学生である学園都市にある教育機関のほとんどは、この時期に一斉に夏休みに突入する。その為、道行く学生達はこれから夏休みをどう過ごそうかと考え表情を輝かせているのだが、そんな中で疲れ切った表情をした二人の青年の姿があった。

 

 片方は青と黄のジャージを着ている黒い髪と浅黒い肌の青年、猪坏灯仙。

 

 もう片方は白と黒のシャツを着ている白い髪と白い肌の青年、一方通行。

 

 どちらも学園都市でトップクラスの実力を誇る聖杯と超能力者なのだが、現在の彼らは精神的に疲れ切っており、足を引きずるように太陽が沈みかけた学園都市の街を歩いていた。

 

「……おい」

 

「……何?」

 

 一方通行が歩きながら灯仙の顔を見ずに話しかけると、灯仙も歩きながら一方通行の顔を見ずに聞き返す。

 

「昼間の聖杯戦争のことだがなぁ……」

 

 聖杯戦争。

 

 英霊の力と記憶を宿した能力者、聖杯同士を戦わせることで英霊の力を解析する学園都市が秘密裏に行なっている研究。灯仙と一方通行は今日の昼にその聖杯戦争を行なっており、それが二人がここまで疲れている原因であった。

 

「うん。今日の聖杯戦争が何?」

 

「あの時戦った聖杯……中身は何だ? どんな間抜けな英霊を入れたらあんな馬鹿でタチが悪い聖杯が出来上がるんだぁ?」

 

 灯仙に話しかける一方通行の声は心から呆れ切っていた。

 

 今日の昼に灯仙と一方通行が参加した聖杯戦争は、学園都市が準備を整えたものではなく、偶然発生したものであった。

 

 今回戦った聖杯は英霊の力も記憶も目覚めていない低能力者(レベル1)の女学生であったが、交際していた彼氏の浮気現場を目撃したことがきっかけで英霊の力と記憶に目覚め、そのまま暴走をしてしまった。そして偶然現場の近くに一緒にいた灯仙と一方通行の二人に、学園都市から暴走する聖杯の女学生を速かに鎮圧してほしいという依頼が来たのである。

 

 こうして灯仙と一方通行は聖杯の女学生と戦うことになったのだが、その聖杯の女学生は暴走しているのにも関わらず、あまりにも多彩な特殊能力を発現して、そのせいで中々決着がつかず二人はここまで疲労することになったのだ。英霊の力と記憶に目覚めて暴走した原因が原因だけに、散々苦労させられた一方通行が不機嫌になるのは仕方がないことだろう。

 

「ええっと……。あの女学生に宿っている英霊は魔女メディア。ギリシャ神話に登場するとある国の王女で、神々から魔術を習った凄い伝説があるけど、同時に悪質な結婚サギにあった伝説もあるみたいだね。自分を騙した男の為に自国の国宝を盗んだり、自分の弟を殺したり、猟奇殺人の実行犯になったりして、それで最後は異国の地で一人寂しく死んだらしいよ? ……信じていた男に裏切られたって点ではあの女学生と同じだね」

 

「けっ、くだらねぇ……。てか、魔術だぁ?」

 

 灯仙が学園都市から自分の携帯に送られてきた聖杯の女学生に宿っている英霊の情報を読み上げると、一方通行は吐き捨てるように言ってから怪訝な表情となる。それから二人は無言で歩いていたが、しばらくすると再び一方通行が灯仙に話しかける。

 

「おい。お前やあの女を始めとする聖杯が、並行世界から英霊の力と記憶を遺伝子情報に取り込んでいるのは納得できねぇが理解している。それで魔女の英霊がいる以上、並行世界に魔術なんてものがあるのも分かった。そこで聞くがこの世界にも魔術はあるのか?」

 

「あるよ」

 

 一方通行の質問に灯仙は即答する。

 

 聖杯にとって英雄の歴史を学ぶ事は、自身に宿る英霊の力を伸ばすのに有効な手段である。その為、英霊の力と記憶に目覚めた灯仙は自分の英霊の歴史だけでなく他の英霊の歴史も学び、その過程で本来学園都市では存在を隠されていた魔術の存在を知った。

 

「この世界にも魔術はあるよ。この世界の魔術師達は僕達能力者『才能がある者』と同じ存在になる為に、科学とは別の方法で異能を操る方法を作り出した。それが魔術」

 

「俺達と同じ存在にねぇ……? わざわざこんなクソったれな存在になりたがるなんて、ご苦労なことだぜ」

 

 灯仙の説明に一方通行は興味無さそうに言い、それを横目で見て灯仙は苦笑を浮かべる。

 

「興味無さそうだね? まあ、僕達能力者には魔術が使えないから別にいいんだけどね?」

 

「ああ? それってどういう意味だ?」

 

「今言ったように魔術とは能力者でない人間が異能を操る方法だ。それで能力者とそうでない人間は、なんて言うか身体の『回路』が違うみたいで、能力者が魔術を使おうとすると身体の回路が暴走して最悪死んでしまうらしい。だから一度でも能力開発を受けた人間は超能力者(レベル5)でも無能力者(レベル0)でも能力者であることには変わりないから魔術は使えないってこと」

 

 能力者が魔術を使えない理由を説明する灯仙だが、それを聞かされても一方通行はまだ納得できていない顔で質問をする。

 

「だったらあの聖杯の女は何だ? 聖杯ってのは確か『原石』と同じ天然の能力者のはずだが、あの聖杯の女に宿っているのが魔女の英霊なら俺達に使った能力は魔術になるんじゃねぇのか? 何で能力者が魔術を使っても回路が暴走しねぇ?」

 

 原石。

 

 それはこの世界に五十人程しかいない「天然の能力者」のことである。

 

 学園都市にいる能力者のほとんどは灯仙の隣にいる一方通行も含めて、投薬や生体暗示等で頭の中を作り変えて能力を発現できるようになったのに対し、原石は生まれながらに能力を発現できる下地を持って周囲の環境や自らの経験のみで能力を発現させた。

 

 そして原石と聖杯は似て非なる存在だ。生まれながらに能力を発現できる下地を持っているという点は同じだが、原石の能力を発現させたのは周囲の環境や自らの経験という「この世界にある要素」で、聖杯の能力を発現させたのは英霊の力と記憶という「別の世界から来た要素」という違いがある。それが原因なのか、聖杯は原石よりもはるかに多くの数が確認されているのだが、能力の開発が原石以上に困難であった。

 

 その為、英霊の力の解析と開発方法の模索を目的に、学園都市は聖杯戦争という実験を行なっているのだ。

 

「ああ、そのことか。これは僕も……というか学園都市もよく分かっていないみたいなんだけど、僕達聖杯は英霊の力と記憶を再現する能力者だ。だから魔術師の英霊の力を発動させても、それは『魔術を使用した』のではなくて『魔術が起こすのと同じ現象を発現させた』だけだから回路は暴走しないんだって」

 

「……そうかよ。つまりお前達聖杯ってのはつくづくとんでもねぇ存在ってことだな」

 

 本人もよく分かっていない様子の灯仙の説明に、一方通行は理解するのをやめてそう返した。しかしこれには灯仙も何も言い返すことができなかった。

 

「まあ、いい。そんなことより腹が減ったぁ。ファミレスに行くのも面倒だし、『アイツ』の家に行くぞぉ」

 

 一方通行はそう言うと、知り合いの家があるとある学生寮に向かって行き、その後を灯仙は内心で一方通行が口にした「アイツ」、ウニのような髪型をした友人に合掌をしながらついて行った。

 

 

 

 そしてこの行動が、この世界の運命(Fate)を加速させることになる。



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第一章
七月二十日(1)


『ぎゃあああーーーーー!?』

 

「っ!?」

 

 七月二十日。夏休み初日ということで、目覚ましを切り、冷房の効いた部屋で長めの睡眠をとろうと思っていた猪坏(いつき)灯仙(とうせん)は、突然聞こえてきた悲鳴によって強制的に起こされた。

 

「な、何だ今のは? ……上条君か?」

 

 灯仙は辺りを見回して、今聞こえてきた声が隣の部屋からだと気づくと、それだけで大体の事情を理解した。

 

 灯仙の隣の部屋には、彼と同じ学校のクラスメートで友人の上条当麻という男子高校生が住んでいる。彼は少し考え足らずで喧嘩っぱやいところを除けばとても気のいい人物なのだが、どういう訳か非常に運が悪いのだ。

 

 夏の暑い日に自動販売機で冷たいジュースでも買おうとしたらホットのコーヒーが出てくる、またはその逆なんて序の口。ただそこにいるだけで大なり小なり不運が上条の所だけにピンポイントでやって来て、その不運のレベルは前世で何かしらの罪を、それこそ神様の顔を全力の拳で殴るくらいの罪を犯したのではないか、と思いたくなるくらいであった。

 

 だから先程の悲鳴も、また上条の元に何らかの不幸が訪れた結果なのだと灯仙は結論付けると、ベッドの隣にあるデジタル式の時計に視線を向ける。時計は丁度今日の日付と同じ、七と二十の数字を映していた。

 

「七時二十分か……。もう一眠りしようかな。……ん?」

 

 灯仙がぼんやりと時計を見ながら呟いたその時、玄関のチャイムが聞こえてきた。こんな朝早くに一体誰だろうと思いながら彼が扉を開けると……。

 

 

 そこには、学生寮の通路で土下座をしている先程話題に出た男子高校生上条当麻と、その土下座をしている上条の背中を見つめている純白の修道服をきたシスターの姿があった。

 

 

「……」

 

 全く予想外の光景に灯仙は無言。

 

「……」

 

 土下座をしている上条も無言。

 

「……」

 

 上条の背中を見つめている純白のシスターも無言。

 

 実際の時間にしたらほんの数秒だが、灯仙達にはその沈黙の時間がひどく長く感じられた。そしてこの空気すらも死んでいるような場で、最初に行動を起こしたのは灯仙であった。

 

「……」

 

「っ! 待って、お待ちになって灯仙さん! 無言でドアを閉めようとしないで上条さん達を助けてください!」

 

 灯仙が何も見なかったことにして無言でドアを閉めようとすると、それを察知した上条がまるでバネ仕掛けの人形のように飛び上がり、手と足を今まさに閉ざされようとしていたドアの隙間に滑り込ませる。そしてそのまま涙目で懇願してくる上条を憐れに思った灯仙は一つため息を吐くと、彼と純白のシスターを自分の部屋へと招き入れるのであった。

 

 

 

 これは彼を初めとする何人もの人間と、そして世界の運命(Fate)が加速する直前の出来事である。



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