現実世界で遊戯王! (たけぽん)
しおりを挟む

1. 入学早々遊戯王

空は青く晴れ渡り、並木道には桜の花が綺麗に咲いている。道を行くほとんどの人間が、どこかせわしなく、そしてどこか浮かれた様子で歩いている。

春。始まりの季節。なんて言っても、16年も繰り返しているとそのありがたみも殆どない。ただ、俺も少しは期待している。それはこの春から高校生になるからだ。そのせいでいつもより15分も早く家を出てしまった。たった15分だろって?言っておくが、中学までの俺からしたらこれでも大躍進なんだぞ?

 

「そろそろですね」

「いやー春ですねー。空気が気持ちいです♪」

「のんきですね君は。マスターにとっては重要な日なのですよ?」

 

なんて会話が俺の左右でかわされてはいるが、俺は特にそれに答える訳でもなく歩き続ける。と言うよりは答えることに抵抗がある。なぜなら、傍から見ると俺は一人だからだ。だが、俺の左右には確かに意志を持った生命体が存在している。一応言っておくが俺がイタイ人だとかそういう話では無い。いや、その方が幾分マシだったのだが。

 

「むー。いいじゃないですか。みんなで外に出るのは久しぶりなんですから」

 

俺の右を歩く……というか浮いているのは白いローブに身をつつみ、白い髪をした少女。その顔はかなり整っており、スタイルもいい。多分俺と同年代の男子100人に聞いたら100人が美少女と答えるだろう。

 

「だからと言って、緊張感のかけらもない。少しは気を引き締めてください」

 

左にいるのは青いコートの様な服をまとい、頭には何とも形容しがたい形のかぶとを被る、金髪の青年。これも俺と同年代の女子にきいたら全員がイケメンだと答えるだろう。

さて、流石にこんだけ左右で騒がれると朝のさわやかなムードがぶち壊しだ。俺はいったん路地裏に入り大きくため息をつく。

 

「どうしましたか、マスター?」

「ほら,ソードマンががみがみうるさいからマスターもつかれてるんですよ」

「……お前たち、わざわざ出てこなくてもデッキは俺の鞄に入ってるから、引っこんでくれないか」

 

俺をマスターと呼ぶ二人、そして俺の言葉から分かるとおり、この二人は人間じゃない。では何か、ときかれれば『精霊』と言うのが正解だ。『遊戯王デュエルモンスターズ』というカードゲームの、カードの精霊なのだ。女の方はサイレントマジシャン、男の方はサイレントソードマン。どちらも俺のデッキに入っているモンスターだ。だが、精霊と言うのはどこにでもいる訳ではない。むしろ俺もこの二人以外に精霊を見たことはないのだ。そもそも、こいつらが俺の目の前にいるこの状況こそが異常なのだ。なぜならここはアニメでも漫画でもない、れっきとした現実世界なのだ。精霊どころか幽霊すら存在が不確定なこの世界にはデュエルディスクもソリッドヴィジョンも存在しない、それどころかカードゲームってのは陰キャの遊びという認識が一般的だ。

 

「しかしマスター、今日は大事な入学式、私たちも同席せねば……」

「いや、いいから。むしろお前らの席ねーから」

 

サイレントソードマン、俺はソードマンと呼んでいるこいつはかなり生真面目で、しっかりしているのだが俺に対してあまりに過保護すぎて正直うざい。

 

「大丈夫!席なら私が魔法で増やしちゃいますよ!」

「それやるとお前、レベル4に戻るんじゃないのか?」

「うぐっ」

 

サイレントマジシャンのことは基本的にサイマジと呼んでいる。こいつは天然と言うか能天気というか、いつも突拍子の無いことを言ってくる。正直めんどくさい。

 

「それよりマスターそろそろ行きましょう。予定より5分遅れています」

 

そしてこの二人がマスターと呼ぶこの俺、武藤ハルカはどこにでもいる普通の高校生……だったらいいのだが、精霊が見えてる時点で普通じゃないよな。あ、ちなみに名前から誤解されるけどれっきとした男です。

 

「お前らがデッキに戻るならここを動く」

「ぐ……流石マスター、巧みな会話運びです。恐れ入りました」

 

ソードマンは悔しそうな顔をしながら鞄の中のデッキケースへと姿を消す。

 

「ほら、お前も」

「はーい」

 

サイマジもしぶしぶと姿を消す。二人の気配が完全に消えたところで俺は路地から出て、再び学校へと向かった。

 

 

***

 

入学式はつつがなく行われ、新入生たちは配属されたクラスへの教室へと移動した。俺のクラスは1年A組。席は窓際とまではいかなかったが列の中では一番後ろだ。取りあえず携帯にイヤホンをさして耳に付ける……がとくに曲を聞くわけではない。ただこうしていれば話しかけられる確率が格段にさがる。別に進んでボッチになりたい訳でもないが、どうしても今すぐに友達が欲しいわけでもない。そういうわけで、イヤホンで耳をふさいだままそれとなく周囲の様子を伺う。見たところ男女比は男子の方が多い、あとは……知らん。そもそも誰とも話さずに得られる情報なんてこれが限界だ。もういいや、寝よう。周りで連絡先を交換したり、さっそく告白して撃沈したりするクラスメイトたちから意識を切り離し、俺は眠りに就いた。

 

「なあなあ」

 

5分もしないうちに俺の意識は現実へと引き戻された。それは前方から聞こえた声のせいだった。仕方なく起き上がりイヤホンを外し、そちらへと視線を移す。それは俺の前に座っていた金髪の男子の声だったようだ。おかしいな、さっき確認した時は俺の前の席は別の奴だったような気がするんだが。

 

「なに聞いてたんだ?」

 

金髪は屈託のない笑顔で俺に話しかけてくる。

 

「何も聞いてない」

「なんじゃそりゃ?じゃあなんでイヤホンなんか?」

「こうしてると教室で話しかけられる確率が減る……まあ乱数調整だな」

「らんすーちょーせー?なにそれ、英語?」

 

しまった。こんな事言っても陽キャには通用しないのか。何か別の事言わないと……。

 

「なあ、お前遊戯王ってやってた?」

 

だが金髪はすぐに話を繋いでくれた。めっちゃいい奴じゃんこいつ。

 

「遊戯王か。小学校の時くらいにかなり流行ってたよな」

 

当たり障りのない解答をする。実際ここ数年人と遊戯王をしたことはない。だから俺の返事に嘘偽りは一切ないのだ。

 

「だよなー。ブラックマジシャンとかさ、後なんだっけ、神のカード……だっけか。あの赤い竜なんていったけか」

「オシリスの天空竜だな」

「そうそれ!あれの赤いカードもってたんだよなあ」

「ゲームの付録の奴か」

「そうそう!お前詳しいのな」

「……まあな」

 

 

この金髪はどういう意図で俺に遊戯王の話をしてくるのだろうか。ひょっとしてこいつ、高校デビューってやつか?いや、それにしてはコミュ力が高い。一朝一夕でこうはならないだろう。

 

「それで、遊戯王がどうかしたのか?」

「なんかさ、この学校、遊戯王部ってのがあるんだと。初心者大歓迎って言ってたからい一緒に行く奴探してたんだよ。お前、どう?」

 

遊戯王部。そんなのが部活として成立するのか。どうやって実績残すんだ?ショップ大会を総なめにするとかだろうか。とはいっても、部活、ねえ……。

 

「すまん。俺は特にその部には興味がない」

 

すこし、具体的に言うと5秒くらい考えてから断ることにした。

 

「えーマジか~。まあ俺も単にちょっと懐かしくなったからってだけだししゃーないか。他のやつ当たってみるわ」

 

そう言って金髪は立ち上がる。

 

「あ、そうだ。俺、五和ダイゴ。お前は?」

「……俺は、武藤ハルカ」

「そっか。また暇な時話そうや。そんじゃな~」

 

そう言って金髪は入り口近くの自分の席へと戻って行った。

 

そこからは至って普通。担任が入ってきて寒いギャグを交えて自己紹介。そして生徒たちが出席番号順に自己紹介する。終わったらオリエンテーションをして帰りの挨拶。どこでもやるような普通のホームルームだった。

 

 

***

 

 

そして放課後。とはいっても入学式は午前登校なので、まだまだ日は高い。新入生たちは、各自家に真っすぐ帰宅するもの、できたばかりの友人と早速カラオケにいくもの、部活動を見に行くものに分かれ、さっさと教室を出て行った。

俺はと言うと、何をするわけでもなく、誰もいない教室で自分の席に座ったまま宙を眺めていた。

 

「暇そうですね、マスター」

 

いつの間にか鞄から出てきたサイマジが俺の隣から声をかけてくる。

 

「……出てきていいって言ってないぞ」

「だって、ずっと鞄の中にいても面白くないんですもん」

「ソードマンは?」

「瞑想してます」

「いつも通りだな」

「マスター、さっきの五和さんの誘い、どうして断ったんですか?」

「興味無かったんだよ」

「誰かと遊戯王ができるチャンスだったのに」

「いいんだよ、やらなくて」

「でも……」

 

そこから先の言葉を遮るように俺は鞄を持ち席を立つ。サイマジもそれをみて諦めたのか、大人しく後ろをついてきた。

 

「帰ったら何しますか?」

 

が、大人しかったのは教室を出るまでだった。沈黙の魔術師とは何だったのか。

 

「いつもどおり」

「竹田さんのところですね」

「そうだな」

 

そこからはサイマジの話を適当に聞きながら玄関を目指し、階段を下り、廊下を歩き、角でまがり、階段を下り、階段を上がり、廊下を歩き、階段を上がった。つまりどういうことかというと……。

 

「迷ったな」

「迷いましたね」

 

この学校、やたら敷地が広くて玄関までの道のりがさっぱりわからない。壁にかかっている案内板を見るとどうやら一番奥の部室棟まで来てしまったようだ。ともあれ、案内板のおかげでどうにか帰れそうだ。

 

「……ん?」

 

案内板から目を離し歩き始めた矢先、一枚のカードが落ちていることに気付いた。裏面からして遊戯王カードのようだ。拾ってみる。

 

「これは……虹クリボーか」

「あ、可愛い!」

 

サイマジがはしゃいでいるが、俺はふと気になったことがあった。

 

「虹クリボーって、シクレアあったっけ……」

 

俺が知っている虹クリボーは確かスーパーレアとノーマルだった気がするが、手元のカードはシークレットレアの加工がされていた。

 

「なあ、これ、偽造カードか?」

 

聞いてみたがサイマジは首を横に振る。

 

「いえ、これはれっきとした公式のカードです」

 

カードの精霊が言っているのだから疑う余地もない。ってことは、エラーカードか何かだろうか。

そう思っていると、近くの教室の扉が開いた。

 

「んーつかれた……」

 

中から出てきたのはこの学校の制服をきた女子。上履きの色からして1年生ではない。

 

「ん?」

 

その女子生徒は俺の存在に気付くと、首をかしげた。

 

「えっと……」

 

俺もどうしていいか分からずにいると、彼女は俺の手元に視線を向ける。

 

「君、ひょっとして入部希望者?」

「え?」

「いや、ほらそれ、遊戯王カードでしょ?」

 

彼女は俺の持っている虹クリボーを指差す。しかし入部希望者とは?

俺が疑問に思っていると、教室から愉快な話声が聞こえてきた。

 

「だーかーら、あの伏せはミラフォだっつってんだろ!」

「底知れぬ絶望の淵へ、沈めえ!」

「MATTE!これは事故だあ!」

 

そのどこかで聞いたセリフを聞きながらドアの上のプレートを見て状況を理解する。

 

「ああ、ここが……」

 

ここがさっき五和が言っていた『遊戯王部』だったのだ。

 

 

***

 

「ようこそ遊戯王部へ!」

「ウェーイ!」

 

強引に誘いこまれた部室の中で、唐突に歓迎会が始まった。

 

「ちょっとみんな落ち着いてよ」

 

バカみたいなテンションの歓迎に思わず苦笑いを隠せずにいると、さっきの彼女が周りを静め、口を開いた。

 

「こんにちは。わたしは真崎キョウコ。2年生で、この部の部長です」

「はあ……」

「そしてここは遊戯王部。みんなで楽しく遊戯王をする部なの」

 

周りを見渡すと、本棚には遊戯王の漫画や関連書籍が所狭しと並んでおり、他にも長机の上にはカートン買いしたであろう大量のボックスが置いてあった。これで遊戯王部じゃなかったらギャグだ。

 

「えっと、あなた1年生よね?名前は?」

「武藤ハルカです」

「武藤君ね。えっと、何のデッキを使ってるの?」

「え?」

 

唐突な質問に我ながら間抜けな声を出してしまった。

 

「真崎、こいつ初心者なんじゃないのか?」

 

真崎の隣に座っていた男子生徒が俺のほうを見ながら言う。

 

「島田君。あっていきなりこいつ呼ばわりは失礼よ」

「しゅ、シュイマシェーン」

 

真崎の威圧に島田と呼ばれた生徒は縮こまる。それを見た周りの男子も震えあがっている。

よく見ると、この空間で女子は真崎しかいない。オタサーの姫ってやつだろうか。

 

「えっと、それで武藤君は遊戯王やったことないの?」

「いや、そういうわけでは……というか俺は入部希望者じゃ……」

「あー復帰勢ね。じゃあルールとかは一通り分かるんだ」

 

肝心なところは聞かずに真崎は何かの用紙にメモしていく。

 

「うん。わかったわ。それじゃあこの用紙に名前を書いてくれれば入部成立よ」

 

そう言われて差し出された用紙は、当然入部届けだった。備考欄に『復帰勢』と書かれている。

 

「いや、だから俺は……」

「いーじゃないですかマスター。入っちゃいましょうよ♪」

 

教室内をふわふわと浮かびながら眺めるサイマジが能天気にそんなことを言ってくる。

 

「すみません。俺、遊戯王部には興味が……」

「なるほど!ただでは入らないってことね」

「へ?」

「だったら、デュエルよ!」

 

なにが、『だったら』なんだ?接続詞って知ってる?

 

「おお!あれは真崎部長の103の技の内の一つ、『答えはデュエルの中でしか見つからない』だ!」

 

え?なに?どういうことだ?

 

「武藤くん、君の顔には遊戯王がしたいって書いてるわ。でも今更復帰しても新しいカードには勝てないとか思ってるのよね?」

「え、べつにそんなことは……」

 

「それならデュエルしましょう。デュエルで私が勝ったら入部。それで決まりよ」

 

もう何を言ってもこの状況は変わらないような気がする。事実、島田を始めとした部員たちはせっせとテーブルを片付けているし、真崎も鞄からデッキケースとプレイマットを出している。

 

「ささ、マスター。デュエルですよ♪」

 

 

サイマジがにこにこしながらテーブルの方へと向かっていく。だが俺はできればやりたくない。さっさと竹田のところでも行っていつも通りの日常を送りたい。

 

「さ、武藤君。準備できたわよ」

「いや、ほら、俺デッキ持ってないんで……」

「大丈夫よ。初心者用におためしデッキもあるから」

「最近のカード知らないんで……」

「むー」

 

なんとか回避しようとする俺にいら立ったのかサイマジがこちらまで近づいてくる。そして俺の鞄を持ち上げ……逆さに振った。

 

「お、おい!」

 

一瞬の出来事だったので他の連中には何かのはずみで鞄が落ちたようにしか見えなかっただろう。ただ問題なのは、鞄から俺のデッキケースが落ち、中身が散らばったこと。それは当然、真崎にも見えているだろう。

 

「あれ、なんだ武藤君デッキ持ってるじゃない。じゃあそれでやりましょ」

 

詰んだ。ここで俺がカードを持っていることがばれた以上、もうこのノリを覆すことは不可能だ。俺はがっくりとかたを落とし、散らばったカードを拾い……テーブルについた。

それを見たサイマジは少し驚いた様子でこちらを見る。お前がやれって言ったんだろうが。

 

「よし、それじゃお互いのデッキをカット&……」

「真崎先輩」

「え?なにかしら?」

「先輩はデュエルで勝ったら俺に入部しろって言ってるんですよね?」

「え?それはまあ、そうだけど?」

「じゃあ、俺が勝ったら入部しなくていいんですよね?」

「え?」

 

俺の返事にギャラリーはざわめく。それもそうか、復帰勢ってことになってる俺が仮にも遊戯王部部長に勝つつもりって言うのはいくらなんでもおかしいわけだし。

 

 

「凄い自信ね……」

 

それにこたえるわけでもなく俺は真崎のデッキをカットして渡す。

 

「それじゃあカットも済んだし始めましょう」

「……はい」

 

 

「「デュエル」」

 

 

第一ターン

 

先攻 真崎キョウコ ライフ8000 手札5枚  デッキ40枚 エクストラデッキ15枚

後攻 武藤ハルカ ライフ8000 手札5枚  デッキ40枚 エクストラデッキ15枚

 

「私のターン!」

 

最新のマスタールールのため、当然先行はドローなし。真崎の様子を見ながら俺は自分の手札を見る。……まあ、大丈夫そうだな。

 

「私はマジシャンズロッドを召喚」

 

真崎の出したカードによって真崎のデッキタイプは少なくとも『ブラックマジシャン』であることは決定した。

 

「マジシャンズロッドの効果でデッキからテキストにブラックマジシャンと書かれたカードをサーチするわ。私は黒の魔導陣を手札に」

 

いいスタートだ。ブラックマジシャンデッキはあの魔導陣がキーカードになってくる。それをサーチするマジシャンズロッド。初動としては悪くない。

 

「そしてそのまま黒の魔導陣を発動。デッキトップを3枚めくり、永遠の魂を手札に加える」

 

永遠の魂、そして場には魔導陣。これはほぼ確実に次のターンでブラックマジシャンが来るな。

 

「カードを一枚伏せてターンエンドよ」

 

第2ターン

 

「俺のターン、ドロー」

 

 

さて、あの布陣。黒の魔導陣はブラックマジシャンが召喚されるとターン1でこちらのカードを除外してくる。さらに伏せられたであろう永遠の魂は毎ターン手札か墓地からブラックマジシャンを特殊召喚するカード。つまり、このターンほぼ確実に俺のカードは一枚除外される。正直真崎の初動は理想的すぎる。だからこそ……

 

「つまんねえな……」

「ん?何か言った?」

「いえ、なんでもありません」

 

思わず口に出た感想を誤魔化しつつ、俺はドローカードを確認する……って、は?

 

「クリクリ~」

 

なにか聞こえたような気がする。いや、聞こえたとしてもクリクリ~じゃ分かんねーよ。てかなんでこのカード俺のデッキに入ってんの?

俺が引いたカードはさっき廊下で拾った虹クリボーだった。だが、あのカードはポケットに入れたはず。そう思いポケットに手を入れると、虹クリボーのカードは影も形もなかった。

 

「え~と、マスター?実はその……」

 

隣にいたサイマジが俺の方を申し訳なさそうに見てくる。やっぱりお前の仕業か。そう言えば以前も入れた覚えのないカードが入ってたな。あれはたしか、モリンフェン……。

まあ、今回に限って言えば全く使えないカードじゃないだけマシか。

 

「……手札からマジシャンズロッドを召喚」

「マジシャンズロッド……私と同じブラックマジシャンデッキってことね」

「マジシャンズロッドの効果でデッキから魂のしもべをサーチします」

 

チェーンもないようなので俺はデッキを手に取り魂のしもべを手札に加える。

 

「え?魂のしもべ?」

 

効果処理が終わった後、真崎が間抜けな声を上げる。

 

「どうかしました?」

「いや、武藤君、復帰勢よね?」

「まあ、そうですね」

「ロッドはともかく魂のしもべって最近のパックのカードなんだけど……」

「カードは拾った」

「いや、5dsは見てたとしても……んん?」

 

尚も首をひねる真崎は無視して俺はプレイを続行する。

 

「手札のマジシャンズソウルズの効果発動。デッキからブラックマジシャンを墓地に送って、このカードを墓地に送る効果を選択します」

「ソウルズって……。もう意味不明なんだけど……」

「チェーンは?」

「……無いわ」

「それじゃあソウルズの効果でブラックマジシャンを墓地から特殊召喚します」

「それならここでトラップ発動!永遠の魂!」

「よっしゃ!これであの一年のブラマジは除外だぜ!」

 

大声を上げる島田だったが、真崎がそれをにらむと即消沈した。

 

「ゴホン。これで私は手札から……!」

「ライフを半分払って、手札から罠カード、レッドリブートを発動します」

「え?」

「相手が発動した罠カードを再セットし、相手はデッキからトラップを一枚伏せる。その代わり、このターン相手はトラップを発動できない」

 

ハルカLP8000→4000

 

「手札からトラップ!?」

「手札からトラップだって!?」

「手札からトラップなんて……すごい!」

 

周囲の部員たちがアニメのセリフを引用しているが、あんまりやるとだんだん寒い感じがするからやめていただきたい。

 

「先輩。トラップ、伏せますか?」

「くっ……デッキからマジシャンズナビゲートをセットするわ」

「やべえ!部長のマジシャンコンボが完全に封じられた!」

「でも、今セットしたマジシャンズナビゲートも強力なトラップだし、次のターンで……」

「ばかやろう!なにフラグ建ててんだ!」

 

この人たちはいつもこんなノリなのか?燃費の悪そうな部活だな。

 

「それじゃあ、ここで魂のしもべを発動します」

「デッキからテキストにブラックマジシャンかブラックマジシャンガールと記されたカードをデッキトップに置くカードね……」

「ここで置くとしたら、やっぱり黒・魔・導だよなあ?」

「そうだな、そうすればレッドリブートでセットされたカードともども部長の魔法罠を破壊できるし」

 

まあ、普通のブラマジデッキならそういう選択肢もあるが、俺のデッキにはそのカードは入っていない。

とはいえ、この雰囲気で俺の欲しいカードを選択すると一気にしらけそうな気もするんだが……。

一応、隣にたたずむサイマジの表情をうかがう。俺の次の行動を知っているこいつがどんな反応をするか、それを判断基準にしよう。

 

「さあ、マスター!やっちゃいましょう!」

 

……まあ、そうだよな。どんな形であれデュエルに手を抜くことは許されない。

 

「デッキから黒魔導の執行官をデッキトップに置きます」

「は?」

「え?」

「ひょ?」

 

その場にいた部員全員が拍子抜けしたように呟く。まあ、このカードが収録されたストラクチャーデッキもトーナメントパックもすでに遥か過去のものだし、当然と言えば当然だろう。

 

「ちょ、ちょっとテキストを確認してもいいかしら?」

「はい、どうぞ」

 

俺は真崎にカードを手渡す。それを受け取った真崎はじっとカードのテキストに目を通しだした。

 

「……なるほど。通常魔法を使うたびに1000ポイントのバーンダメージが入るのね。わかったわ。ありがとう」

 

手元に戻ってきたカードをデッキっトップにおいて、俺は次の行動に移る。

 

「魂のしもべのもう一つの効果。このカードを墓地から除外して、互いのフィールド、墓地のブラマジ、ブラマジガール、守護神菅モンスターの種類につき一枚ドローします」

 

フィールドには俺のブラマジが一体。墓地には該当するカードはないので俺はさっきデッキトップにおいた黒魔導の執行官をドローする。

 

「フィールドのブラックマジシャンをリリースして、黒魔導の執行官を特殊召喚します」

「ここから毎ターン、通常魔法を使うたびに1000ダメージ……痛いわね」

「手札から、トゥーンのもくじを発動します」

「え?トゥーン?」

「デッキからトゥーンと名の付くカードを手札に加えます。選ぶのは、トゥーンのもくじ」

「な、なるほどね。そのカードを連打してダメージを稼ぐって戦略なのね……。でも、そうはいかないわ!手札から幽鬼うさぎの効果発動!このカードを墓地に送って黒魔導の執行官を破壊するわ!これでダメージはこの一回きりよ!」

「おお!手札誘発!」

「レアコレで再録された優秀なカードだな!」

 

幽鬼うさぎか。まあ、確かに優秀なカードなんだが……。

 

「えっと、その幽鬼うさぎは発動できません」

「え?」

「幽鬼うさぎの発動条件は効果の発動ですが、黒魔導の執行官の効果は永続効果。つまり、発動する効果ではないんです」

「え、そ、そうなの?」

「そうです」

 

真崎はポケットからスマホを取り出し、操作しだす。おそらくwikiを確認しているのだろう。まあ、このカードはまだテキスト整備される前のカードだから、字面だけじゃ判断できないからな。

 

「……確かに、永続効果って書いてるわね……」

「それじゃあ、ゲームを再開します。俺がトゥーンのもくじを発動したので、黒魔導の執行官の効果で1000ポイントのダメージです」

 

真崎LP8000→7000

 

「今サーチしたトゥーンのもくじを発動し、最後のもくじを加えます。そして1000ダメージ」

 

真崎LP7000→6000

 

「最後のトゥーンのもくじを発動。でっきからトゥーンブラックマジシャンをサーチ。そして1000ダメージ」

真崎LP6000→5000

 

「闇の誘惑を発動。カードを2枚ドローして、トゥーンブラックマジシャンを除外」

 

真崎LP5000→4000

 

「グリモの魔導書を発動。デッキからセフェルの魔導書を手札に」

 

真崎LP4000→3000

 

「セフェルの魔導書を発動。手札のヒュグロの魔導書を見せて、墓地のグリモの効果をコピーし、ルドラの魔導書を手札に」

 

真崎LP3000→2000

 

「ルドラの魔導書を発動。手札のヒュグロの魔導書を墓地へ送って2枚ドロー」

 

真崎LP2000→1000

 

「ヒュグロの魔導書を発動。黒魔導の執行官の攻撃力を1000ポイントアップ」

 

真崎LP1000→0

 

「……負けたわ」

「ありがとうございました」

 

一応礼儀として挨拶をしておく。教室内で言葉発するものはもういなかった。完全な沈黙だ。まあ、後攻ワンキルなんてかまされたらこうなるよな。

 

「えっと、それじゃあ俺はこれで失礼しま……」

「すごい……」

「え?」

「すごいわ武藤君!こんな華麗なプレイ、初めてみたわ!どうしてもあなたが欲しくなった!」

 

真崎は俺の手を握りぶんぶんと振る。それを見た周りの生徒たちも駆け寄ってくる。

 

「すげーな武藤!」

「ホントに復帰勢かよ!」

「こりゃうちの部に革命が起きるぜ!」

 

そんな中、島田だけは面白くなさそうに椅子に座ったままだった。

 

「武藤君、どうかな、うちの部に入部してくれないかしら。あなたがいたらきっと楽しいわ」

「よかったですね!マスター」

 

サイマジも万歳して喜んでいる。

だが、俺はこのままこの部に入部するつもりは無いのだから、しっかり伝えておいた方がいいだろう。

 

「真崎先輩。俺はデュエルに勝ちました。それなら約束通り入部に関しては俺の意思で決めていいんですよね?」

「あ……」

「あ」

「あ」

「あ」

 

真崎を含め全員がやっと思い出してくれたようだ。

 

「そうだったわね……それじゃあやっぱり……」

「ええ、俺はこの部には入部しません」

 

俺がそう言った時、一番悲しそうな顔をしていたのは、サイレントマジシャンだった。

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

2. 新科学研究所

遊戯王部でのひと悶着のあと、俺は普通に帰路についていた。横にはサイマジがふわふわとついてくる。帰路といっても、遊戯王部での出来事は1時間にも満たなかったし、なにせ午前授業だ、まだ時計は2時まえを挿している。このまま家に帰っても相当な時間を持て余すことになる。なので俺は中学の時から通っている場所に寄り道することにしていた。通学路をはずれ、古い建物が並ぶまるでスラムとも言えるような場所の奥にその場所は位置している。ボロい2階建てのビル。1階は以前なにかの店がやっていたようだが今は店じまいしたようでガランとしている。そこはさっさと通り過ぎ、階段を上り2階へと向かう。

『新科学研究所』

そんな汚い字がぼろっちい表札に書いてある。いつも通り合鍵を使い、無言で中に入る。

部屋の中にはたくさんの文献や工具が散らばっており、気をつけてあるかないとそれらに足をとられてしまいそうなほどだ。そんな室内をなんとか歩き、ソファで熟睡している白衣の男に声をかける。

 

「竹田、俺だ」

「ん……ふああああ」

 

竹田は目をこすりながら上半身を起こす。

 

「おーうハル君か。今日入学式じゃなかったけ?」

「入学式で午後まで拘束されてたまるか。お前こそ、今年で3年だろ?単位とか大丈夫なのか?」

「へーきへーき。まだ4個しか落としてないからね。ふあああ……」

 

尚ものんきにあくびをするこの男は竹田シゲハル。このあたりでもトップクラスの偏差値の大学所属する今年で3年生の現役大学生だ。

 

「昨日も徹夜か?」

「ああ、もう少しでソリッドヴィジョンシステムタイプ7が完成しそうなんだよ」

 

竹田は入試でトップの成績で今の大学に合格し、特待生として周りから有り余るほど期待されていたのだが、なにをとち狂ったのかソリッドヴィジョン開発という前代未聞のプロジェクトを一人で立ち上げ、この研究室にこもり日夜研究に明け暮れているかなりの変人だ。俺とは以前ちょっとした事で知り合い、俺の持つ精霊のカードに大いに興味を示し、異世界研究とか言うソリッドヴィジョンより数段狂った研究に足を踏み入れたらへんでこの研究室の合い鍵をもらい今に至るわけだ。

 

「にしても汚い部屋だな」

「おかげさまでね」

「サイマジ、掃除してくれ」

 

隣にたたずむサイマジに頼んでみるも、彼女はじとーっとした目でこちらを見るだけだった。

 

「お、今日はサイマジちゃんもいるのか。それじゃあこいつの出番だな」

 

竹田はソファの前のガラクタだらけの机をひっかきまわすとバカでかいサングラスの様な機械をとりだした。

当たり前だが、サイマジの姿を目視できるのは俺しかいないわけで、竹田は見ることができない。だが、精霊の存在についてなぜかあっさり信用した竹田はサーモグラフィーやら何やらを組み合わせ、精霊を見ることができる機械という世紀の大発明をやってのけたのだ。ただ、残念なことに、竹田の人脈的な都合でこのサングラスの使用者が竹田しかおらず、精霊がいるのか、はたまた俺と竹田の頭が偶然同じベクトルで狂っているのか判断に困るところである。

 

「やっほーサイマジちゃん。元気?」

「あ、はい。元気ですよ~」

 

姿は見えても声は聞こえないため、サイマジは手を振って答える。

 

「さて、話しを戻そう。サイマジ、掃除してくれ」

「マスター、私をお掃除ロボットと勘違いしてませんか?」

「掃除してくれたら帰りにコンビニであんパンを買ってやろう」

「ホントですか!掃除します!」

 

これがたったの120円。みなさん如何でしょう、一家に一枚サイレントマジシャン。

 

「それじゃあ行きますよ~それえ!」

 

サイマジが杖をふると、落ちていた工具や辞典が宙に浮き、もとあった棚へとひとりでに収まっていく。物理法則をまったく無視したこの様子が確認できる以上、俺も竹田も精霊の存在を否定できないのだ。

 

「さて、ハル君コーヒーでも飲むかい?」

「そうだな、もらおうか」

 

竹田がコーヒーメーカーをセットしている間、ゆかに胡坐をかき、鞄からデッキをとり出す。

 

「あれ、ハル君がデッキを見てるなんてめずらしいね。いつもは滅多に鞄から出さないのにさ」

 

コーヒーの入ったカップを持ってきた竹田が物珍しそうに言う。俺は受け取ったコーヒーでのどを潤す。

 

「気になることがあってな」

「気になること?」

「このカードなんだが」

 

俺はさっき廊下で拾ったシクレアの虹クリボーを竹田に見せる。

 

「虹クリボーか。使いやすいカードだよね」

「……それだけか?」

「それだけって?」

「このカードの加工だよ。シクレアになってるだろ?」

「うん?僕には普通のスーレア加工に見えるけど……」

 

どういうことだ?俺にはシクレアに見えて竹田にはスーレアに見えている?そんなバカな。

 

「ハル君にはシクレアに見えるのかい?」

「ああ」

 

隣に座っているサイマジも頷く。どうやらこいつは俺と同じように見えているようだ。

 

「なるほど、これは非常に興味深い!」

 

竹田が急に高らかに声を上げる。

 

「なんだよ急に」

「僕には見えないものが精霊のサイマジちゃんとそのマスターであるハル君には見える!つまりこの虹クリボーは精霊とおおきな関係がある可能性を秘めているという仮説がたつ!」

 

そう言えば、さっき虹クリボーをドローした時なにか聞こえた気がするが、あれも精霊だったのだろうか。だが、360度見回しても虹クリボーの姿はカードのイラストの中にしかない。

 

「ハル君、しばらくこの虹クリボーのカード、あずかってもいいかい?ぜひとも研究したい!」

「それはいいけど」

 

どうせ拾ったカードだしな。

 

 

***

 

その後すぐに竹田は虹クリボーの研究に没頭してしまったため、やることがなくなった俺は街の中央にある広場でホットドックを食べていた。

 

「マスター、さっきの虹クリボー、竹田さんに預けて本当に良かったんですか?」

 

隣でコンビニのあんパンを食べるサイマジが尋ねてくる。

 

「いいも何も、竹田に調べてもらった方がお前たちの為にもなるだろ」

「それはそうですけど……」

「お前まさか、今のままでいいなんて思ってないだろうな?」

「そんなことは……ないです」

 

サイマジはしょぼんとうなだれる。流石にそれ以上追撃するわけにもいかないので俺は再びホットドックをかじる。

 

『ここで臨時ニュースです』

 

ひろばの真ん中に位置するモニターが急にニュース画面に切り替わった。とくにやることもないのでそれに視線を向けてみる。

 

 

『先ほど、○○駅周辺の飲食店で、原因不明の火災がありました。現在、消防が出動し、消火作業に当たっています。この火災で、死者は出ておりません。繰り返します……』

 

物騒なもんだな。そういえば ここ最近火災のニュースが多い気もする。放火魔でもいるのだろうか。さっさとつかまってくれるとありがたいんだが。

 

「物騒ですね」

 

そう呟いたのは俺でもなくサイマジでもなく、いつの間にか俺の横に座っていたソードマンだった。

 

「お前か。瞑想は終わったのか」

「はい、今日の分は」

「そうか」

 

そこで沈黙が訪れる。どうにも俺は会話するのがヘタだ。それは人間相手でも精霊相手でも変わらないようで、今まで人と会話して10分もった記憶がない。

 

「そういえば」

 

ソードマンが沈黙を破る。沈黙の剣士とは何だったのか。

 

「先ほどの遊戯王部の勧誘、本当に断って良かったのですか?」

 

その質問に、サイマジが不安そうにこちらを見ているのが分かる。質問を投げかけてきたソードマンも、表情が曇っていた。

 

「いいんだよ。俺はもう誰かと遊戯王を楽しむことはできないんだ」

「そう……ですか」

「それに、真崎のデュエルははっきり言って弱かった」

「ずばっといいますね……」

「本人に言ってないんだからいいだろ」

 

時計が4時を回ったのを見て俺はベンチから腰をあげる。そろそろ帰るか。

 

 

***

 

家、といってもそんな大層なものではなく、家賃が安いアパートの一室。俺は鍵を開けさっさと靴を脱ぎ、台所で手を洗う。そんな俺を迎える住人は残念ながらこの家にはいない。とある事情で今年から俺はここで一人暮らしを始めた。まあ、家族がいなくとも俺の周りには二人の同居人がいる訳だし、さわがしさに変わりは無い。

 

「さて、家についたし実体化してもいいですよね?マスター」

「好きにしろ」

「かしこま!」

 

 

そう言うとサイマジは目を閉じる。するとさっきまで半透明だったからだが変わって行く。これが、精霊の実体化。ソードマンもサイマジも最初はこれができず、現実世界のものはマスターである俺が触れたものしにか触れなかった。だが、ある時を境に自由に実体化ができるようになったのだ。

 

「それでは私も」

 

ソードマンも実体化する。彼は実体化するとすぐに食卓の椅子に引っかかっていたエプロンを腰に巻き、冷蔵庫を開ける。この家でのこいつの役割は料理当番なのだ。

 

「マスター、掃除機かけるんで床のものどけてください」

 

サイマジはそう言いながら掃除機のコンセントを挿す。こいつの役割は掃除当番。

そして俺はというと、特にやることがない。一応家賃の為にバイトをしているが、今日は休みなため本当にやることがない。そして、なぜ俺が料理と掃除を二人に任せているかというと、俺は料理も掃除も全くできないからだ。そういうこともあって、俺もこいつらを家に置かざるを得ないわけだ。

なので俺は床のものをかたづけ、食卓の椅子に座りながら週刊誌を読む。これがいつもの日常なのだ。まあ、今日は入学早々デュエルなんてイレギュラーもあったのだが。

 

「あ、マスター。申し訳ないのですがスーパーで卵を買ってきていただけないでしょうか」

 

冷蔵庫を見ていたソードマンが申し訳なさそうに頼んでくる。

 

「構わないが……卵このまえ買わなかったか?」

「いえ、その卵はこの前オムライスに全部使いました」

「はあ……飯作ってくれてるからあんまり偉そうには言えないけど、もうすこし計画的に使ってくれ」

「以後気をつけます」

「はいよ」

 

卵を買うには商店街まで行かなくてはいけない。俺は駐輪場でエコバックを自転車のかごに乗せ、サドルにまたがりゆっくりとこぎ始めた。

温かな春の風を感じながら川沿いをゆっくりと自転車をこぐ。この街に来て間もないが、この川沿いの景色は格別だ。、川の水はきれいできらきらと光っているし、なにせ人通りが少なく、落ち着いた雰囲気を感じられる。商店街まで行くには遠回りだが、俺はいつもここを通っている。そんな川沿いを通り過ぎ、今日登校した並木道を横切り、商店街へとやってきた。商店街の通りはせまいので、自転車からおり、押して歩く。スーパーまではまだ少し距離があるので、俺はイヤホンを耳につけ何を聞くでもなく歩き続ける。

精肉店を通り過ぎ、門で曲がろうとした時、体に強い衝撃を感じ、俺は自転車ごと倒れた。

い、いてえ……。なんだ?

 

「ご、ごめんなさい!」

 

見上げると、立っていたのはメガネをかけた小柄な男だった。申し訳なさそうに差し延ばされた手に遠慮なくつかまり、自転車を起こしながら立ち上がる。

 

「本当にごめんなさい、急いでたもので……」

「いや、俺も不注意だったし……」

 

ごく普通の言葉を返すと、メガネの男は急に俺の方をじろじろと見てきた。

 

「な、なんだ?」

「き、君武藤君だよね!?」

 

なぜこの男は俺の名前を知っているのだろう。俺は基本的に誰かと仲良くなって自己紹介をすることは無いし、この男は俺の知人ではない。ならば誰だ?

 

「あ、ぼ、僕は溝口!遊戯王部の部員で……」

 

そういえば、さっきの真崎とのデュエルを見ていた部員の中にこいつはいたような気がする。

「さっきの君のデュエル、本当にすごかったよ!部長を相手にワンターンキルだなんて!僕、感動した!」

 

早口になりながら喋り捲る溝口は意に介せず、俺は倒れた自転車を立て直す。

 

「え、ちょ、ちょっと武藤君!」

「ぶつかって悪かったな。それじゃあ」

「い、いや、せっかくだしもっとデュエルの話を……」

「おーい!溝口、てめえ!」

 

尚も食い下がってくる溝口を振り払おうとした矢先、遠くからものすごい形相でこちらへ走ってくるスキンヘッドの男が見えた。

 

「げ!や、やばい!武藤君、逃げよう!」

「は?おい、なんで俺が」

 

俺の疑問に答えずに、溝口は俺の腕を引っ張り走り出す。その勢いが強すぎて、俺の後方では俺の手元から離れた自転車が盛大にひっくり返る音がした。

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

3. 不良集団と遊戯王(前編)

溝口に引っ張られること10分。俺たちは河川敷の階段に腰掛けていた。流石に急な運動過ぎて、俺も溝口も呼吸を整えようと必死に空気を吸い込んでは吐いていた。

 

「はあ……はあ……。ご、ごめん武藤君……」

「ごめんじゃねえよ。なんでこうなった」

「そ、その……実はさっきの人は……」

「いや、興味ない。俺は自転車のところに戻る」

「え、ええ!?ま、待ってよお!話だけでも聞いてって!」

「断る」

「そ、そんなあ……」

 

がっくりとうなだれる溝口を放置して戻ろうとしたが、そこでふと思った。このままだとスーパーに行って卵を買って帰っても晩御飯の時間に間に合わない。そうなればソードマンもサイマジも文句を垂れるに違いない。

ならば、ここで溝口の与太話を3分くらい聞いておくことで、面倒な奴に絡まれたからという言い訳もたつではないか。

 

「……3分で終わるか?」

「さ、三分って!公式大会の一ターン程度しかないじゃないか!」

「一ターンあれば十分だろ」

「う、うう。わかったよ……」

 

俺はさっきよりもうなだれる溝口の横に腰を下ろし、彼が話すのを待つ。

 

「さっきのスキンヘッドは、うちの学校の不良グループの一人で、いつも僕をカツアゲするんだ。おかげで僕の財布はすっからかんで、Vジャンプを買うお金すら残らないんだ……」

 

Vジャンプは一冊500円くらいなので、わかりやすく例えるならファストフード店で少し高めの商品を頼むことすらできないくらい金がないということだ。

 

「でも、親にも先生にも相談できなくて……。そしたら今日の帰りにまたカツアゲされて、お金はないって言ったらあいつら僕のカバンを開けて、デッキケースを取り出したんだ。僕のデッキは、その、高レートのカードが多くて……」

「デッキをカツアゲされたってことか?」

「ううん……。実は、その、勢いで彼を蹴飛ばして、デッキとカバンを取り返して逃げ出したんだ……」

「それで、不良たちがお前を探し回ってるってわけか」

「うん……」

 

つまり、溝口がどう逃げ回ろうと、明日学校へ行けばそこで不良グループにフルボッコされることは間違いない。そうなると、デッキどころか身ぐるみはがされてもおかしくない。

 

「なるほどな、大体わかった」

「む、武藤君……!」

「じゃあ俺は不良が来る前に帰るわ」

「ええ!ちょっと待ってよ!そこは協力してくれるところじゃないの!?」

「お前さ、高校生にもなってカードゲームやってる陰キャの俺が不良に勝てるわけないだろ」

「す、すごい自虐だね……。じゃなくて!お願いだよ!助けて!」

「断る」

「む、武藤君!」

「ようやく見つけたぜ溝口!」

 

高らかに叫ぶのは、階段の上に立つ先ほどのスキンヘッドだった。見れば他にもその仲間らしき男たちが数人いる。

 

「ひっ!と、虎尾君……!」

「さっきはよくもやってくれたな!溝口の分際で俺に蹴り入れるなんてよ!」

 

ずかずかと階段を下りてくる虎尾とやらは相当お怒りの様子だ。これは例え溝口が土下座したとしても効果はないだろう。

 

「た、助けて武藤君!」

 

そう言って俺の後ろに隠れる溝口のせいで、不良たちの視線はすべて俺に向いてしまった。

 

「なんだお前?溝口の知り合いか?」

「いえ、違います」

「んなわけねえだろうが!今明らかにお前の名前よばれてただろ!舐めてんのか!」

「……」

「何黙ってんだこら!」

「……」

「へっ、しょうがねえ。溝口の前にお前をぶっ潰してやるぜ!」

 

俺は殴られることを覚悟して目をつむる。まったく、とんだ災難だ……。

 

「さあ、デュエルだ!」

「……は?」

 

虎尾の言葉の意味が分からず目を開けると、そこには赤いスリーブに入ったデッキをこちらに向ける不良少年の姿があった。

 

 

「何黙ってんだ!さっさっとデッキ出せこらあ!」

「いや、まってくれ。あんたら、俺や溝口をぶっ潰すとか言ってなかったか?」

「?言ったぜ?」

「で、なんでデュエル?」

「なんでって……男の勝負といえばデュエルだろうが!なあ!?」

 

周りの不良たちもそろって首を縦に振る。

 

「いや、そこは殴ったり蹴ったりするんじゃないのか?」

「な、なに言ってんだお前……。まさか、リアリストなのか!?」

 

なんだこれ。どういうことだ。

落ち着け。状況を整理しよう。逆上した不良に喧嘩を吹っ掛けられました。方法はデュエルです。

いや、どういうことだよ。この町はバトルシティかなんかなのか?

 

「いや、でもあんたら溝口からカツアゲしてたんだろ?それなら殴る蹴るしてたんじゃないのか?」

「はあ?それはこいつがデュエルに応じねーからだろうが!戦えないデュエリストにターンは回ってこないんだよ!」

「……確認なんだけど、今不良界隈で遊戯王流行ってるのか?」

「不良だと!?てめえ言葉には気を付けろ!俺たちはデュエルギャングなんだよ!」

「でゅえるぎゃんぐ?」

 

訳が分からないので俺は後ろの溝口に視線を向ける。

 

「え、えーと……最近流行ってるんだよ!アンティ勝負を吹っ掛けて従わなかったらぼこぼこにしてくる不良集団が!彼らは自分たちをデュエルギャングって言ってるんだ!」

「……それ、デュエルする意味あるのか?」

「……よくわからないんだけど彼らはデュエルで決着を付けようとするんだよ!」

「それは確かによくわからないな」

 

俺は不良たちの方に視線を戻す。うん、どう考えてもカードゲームより喧嘩のほうが得意そうな見た目だ。

 

「おら!さっさとしろ!それともデュエルはしねえのか!?」

 

もはや意味不明な状況だが、要するにデュエルで勝てば彼らは俺たちを見逃してくれるらしい。それはかなり平和的な解決手段だ。

ただ、今俺の手元にはデッキがない。だって、スーパーで卵買いに行く道中でデュエルするなんて思わないし。

 

「やれやれ、帰りが遅いと思えば……」

 

唐突に右から聞こえる声に俺は少し口角を上げる。

 

「マスター、寄り道とは感心しませんな」

「悪いな、卵までの道のりが険しくてよ」

「……やるのですか?」

「選択肢がそれ一つで埋まってるんだよ。ほら、さっさとデッキ出せソードマン」

「御意」

 

という一連の会話を俺とソードマンは脳内で行い、ソードマンの姿は消える。それと同時に、俺の上着の内ポケットが少し膨らむ。俺はそこに入っている物体、デッキケースを取り出す。

 

「わかった。そのデュエル受けてたとう」

「よし!おらてめえら!デュエルの準備をしろ!」

 

虎尾の言葉に、周囲の不良たちがカバンを開け、パイプのようなものを取り出し、それをもって俺たちの間で何か作業を始めた。

1分もしないうちに目の前に腰くらいの高さのテーブルが出来上がった。テーブルの上にはラミネートされたプレイマットが敷かれており、どうやらこれを使ってデュエルしろということらしい。

まあ、今日は風もないし、この集団とカードショップに行くというのも憚られる。それなら、ここでやるのが一番いいだろう。

 

「お互いのデッキを、カット&シャッフル!」

 

意気揚々とデッキをシャッフルする虎尾に戸惑いながらも、俺もデッキケースからデッキを取り出し、シャッフルしてからカットを要求する。

 

「お前、カードの扱い手馴れてんな。結構強いってことか?」

「シャッフルで強弱がわかるなら苦労しないな」

「けっ、生意気な……。よし、行くぜ!」

「「デュエル!」」

先攻 虎尾 ライフ8000 手札5枚  デッキ40枚 エクストラデッキ15枚

後攻 武藤ハルカ ライフ8000 手札5枚  デッキ40枚 エクストラデッキ15枚

 

第一ターン

 

「先攻は俺だ!俺は手札から召喚僧サモンプリーストを召喚!召喚成功時、こいつは守備表になる!そして手札から錬装融合を捨て、効果発動!デッキからBKスイッチヒッターを特殊召喚するぜ!」

 

BK(バーニングナックラー)か。あれは遊戯王ゼアルのアリトが使用したテーマ。かなり安価で組めることと、エクシーズして殴るというわかりやすいコンセプトから初心者に勧めやすいテーマだ。

 

「行くぜ!俺はサモンプリーストとスイッチヒッターでエクシーズ召喚!ランク4!ガガガガンマン!守備表示!」

 

ガガガガンマン。ライフ800以下のプレイヤーを撃ち殺す無慈悲なガンマンだ。エクシーズ全盛期は常にこいつの存在を警戒しなくてはいけなかったほどに強力なモンスターといえる。

 

「ガガガガンマンの効果!素材を一つ取り除き、相手に800ポイントのダメージを与える!」

 

ハルカLP8000→7200

 

「そして俺はおろかな埋葬を発動!デッキからBKグラスジョーを墓地へ!」

「……」

「グラスジョーの効果!墓地へ送られたとき、墓地のBKを手札に加える!俺はスイッチヒッターを手札に戻す!そして、墓地の錬装融合の効果!このカードをデッキに戻し、カードを一枚ドロー!一枚カードを伏せて、ターンエンドだ!」

 

虎尾 手札3枚 フィールド ガガガガンマン(守備表示) 伏せカード 1枚

 

第二ターン

 

「俺のターン。ドロー」

 

ドローしたカードを確認し、手札に加える。このデュエルで使うデッキは、さっき遊戯王部で使った黒魔導の執行官を主軸としたデッキとは全く別のデッキ。

基本的に、俺の作るデッキのタイプは2つ。一つはサイレントマジシャンなどの魔法使いを主軸にしたデッキ。そしてもう一つはサイレントソードマンなどの戦士族を主軸にしたデッキだ。といっても、内容は固定されておらず、俺が自宅でソードマンたちとその時の気分で作っていることが多い。

そして、今回俺が使うデッキは……。

 

「闇の誘惑を発動。2枚ドローし、手札から幻影騎士団ダスティローブを除外する」

「え?幻影騎士団?さっき部室で使ってたのとは別のデッキ!?」

 

後ろで観戦している溝口が驚きの声を上げる。

 

「幻影騎士団……奇しくもエクシーズテーマ対決ってわけだな!」

「そして俺は手札から沈黙の魔導剣士サイレントパラディンを召喚」

「は?サイパラだと?」

「おい、マジかよあいつ……サイパラなんて産廃カード入れてやがるぜ!」

「もしかして、初心者なんじゃねーか?」

 

周囲の不良たちから笑いが巻き起こる。

確かに、このサイレントパラディンはVジャンプの付録でありながらまるで詐欺のように弱い能力を持つモンスター。登場当初はネットでも酷評の嵐だった。俺自身、最近までこのカードの使い方なんて考えたこともなかった。

でも、1万種もある遊戯王カードの中には、このカードの真価を発揮できるカードがちゃんと存在する。せっかくだし、こいつらには後で盛大に掌返してもらおう。

 

「サイレントパラディンの効果でデッキからサイレンとソードマンLV3を手札に加える。そしてカードを2枚伏せてターンエンドだ」

 

ハルカ 手札4枚 フィールド 沈黙の魔導剣士サイレントパラディン(攻撃表示)

伏せカード 2枚

 

第3ターン

 

「俺のターン、ドロー!なんだよ攻めてこねえのか?」

「……」

「ったく、少しは会話のキャッチボールをしたらどうだこの野郎!」

「ドローフェイズに何かすることがあるのか?ないならゲームを進めてくれ」

「……ガガガガンマンの効果!800ポイントのダメージ!」

 

ハルカLP7200→6400

 

「さらに俺はスイッチヒッターを召喚!効果により墓地からグラスジョーを特殊召喚するぜ!」

「チェーンはない」

「なんだあ?その2枚の伏せカードは飾りか?……まあいい。俺はスイッチヒッターとグラスジョーでエクシーズ召喚!こい、BK拘束蛮兵リードブロー!」

 

リードブロー。BKの中でもかなり強力なモンスターだ。元の攻撃力は2200と低いが、自身のエクシーズ素材をBKの破壊の肩代わりにできる効果、そして素材が減るたびに攻撃力が800上がる2つの効果が単体で完結しているのだ。

 

「ガガガガンマンを攻撃表示にしてバトルフェイズ!まずはリードブローでサイレントパラディンを攻撃!」

「攻撃宣言時、永続トラップ明と宵の逆転を発動。手札から光属性戦士族のサイレントソードマンLV3を墓地に送り、闇属性・同レベル・戦士族モンスターである幻影騎士団サイレントブーツを手札に加える」

「そんなの無駄だぜ!リードブローの攻撃で大ダメージよ!」

「トラップ発動、ガードブロック。戦闘ダメージを0にして一枚ドローする」

「この……いちいち面倒な小技使いやがって!」

 

ダメージを与えられなかったことがよっぽど気に障ったのか、虎尾は露骨に舌打ちする。

 

「そして、今のバトルで破壊されたサイレントパラディンの効果。墓地からサイレントソードマンLV3を手札にもどす」

「なっ……つまりサイレントパラディンが疑似的な幻影騎士団サーチモンスターに変わったってことかよ!?」

「す、すごいよ武藤君!」

 

溝口が歓喜の声を上げるが、デュエルはまだ始まったばかり。俺のデッキにはまだ秘められている力がある。サイパラのコンボはその一角でしかない。

 

「くそ!ガガガガンマンでダイレクトアタック!」

「手札からガガガガードナーの効果発動。直接攻撃を受けた時、手札から特殊召喚できる」

「守備力2000……ガンマンじゃ倒せねーか。メイン2!俺はカードを一枚伏せてターンエンドだ!」

 

虎尾 手札2枚 フィールド リードブロー(攻撃表示) ガガガガンマン(攻撃表示)伏せカード 2枚

 

第4ターン

 

「ドロー。スタンバイ、メインフェイズ。明と宵の逆転の効果。サイレントソードマンLV3を墓地へ送り、デッキから幻影騎士団ラギットグローブを手札に。そしてそれを召喚」

「なにもないぜ!」

「ガガガガードナーとラギットグローブでリンク召喚。聖騎士の追想イゾルデ。召喚時、デッキから幻影騎士団フラジャイルアーマーを手札に。そしてもう一つの効果を発動。デッキから装備魔法カードを3枚墓地へ送り、レベル3の戦士族を特殊召喚する」

 

墓地へ送るのは、一角獣のホーン、月鏡の盾、剣の煌き。このデッキでの役割は、イゾルデのコストくらいしかないがどれも有用なカードだ。

 

「デッキから、幻影騎士団ダスティローブを特殊召喚」

「そら、そこだ!トラップ発動!激流葬!」

 

激流葬は、モンスターの召喚時、フィールドのモンスター全てを破壊する。一見自分のモンスターも破壊されるのがデメリットに思えるが、破壊をトリガーにするカードや、墓地で発動するカードと組み合わせればメリットにもなりうる。

BKではリードブローが破壊を防ぎ攻撃力を上げるので強力なシナジーを発揮する。

 

「ガンマンは破壊されるが、リードブローは素材を取り除き生存!さらに攻撃力800アップだぜ!」

「そして俺のイゾルデとダスティローブは破壊される」

「そのとおり!お前は召喚権も使ってる!ターンエンドしな!」

「墓地のラギットグローブの効果。デッキから幻影翼を墓地へ送る」

「……!そういや、幻影騎士団は墓地を多用するデッキだったな」

「そして幻影翼を除外し効果発動。墓地のダスティローブを蘇生。さらに場に幻影騎士団がいることで手札のサイレントブーツを特殊召喚」

「レベル3のモンスターが2体!来やがるか!?」

「俺はダスティローブとサイレントブーツでエクシーズ召喚。彼岸の旅人ダンテ」

「ブレイクソードじゃなくてダンテかよ……。プレミか?」

 

確かに、ブレイクソードをエクシーズ召喚し、その効果でリードブローのエクシーズ素材をはぎ取り、蘇生したモンスターでダークリベリオンエクシーズドラゴンをだせばリードブローは倒せる。

だが、問題はやつの伏せカード。さっき伏せた激流葬は俺が行動するたびめくって確認していたが、最初のターンに伏せたほうは全く確認していない。それはなぜか。考えられる理由としては俺が一度もバトルフェイズに入っていないことが上げられる。つまりは攻撃反応か戦闘時にモンスターの攻撃力を変化させるカードの可能性が高い。

ならばこのターンはダンテで墓地を増やした方がいいだろう。

 

「ダンテの効果。素材のサイレントブーツを使いデッキからカードを3枚墓地に」

 

墓地に送られたのは幻影騎士団クラックヘルム、明と宵の逆転、サイレントパラディン。あまりいい落ちではないが、まだこのターンにやることは残っている。

 

「手札から彼岸の悪鬼スカラマリオンを墓地へ送り、永遠の淑女ベアトリーチェをダンテの上に重ねてエクシーズ召喚。これでターンエンドだ。エンドフェイズ、スカラマリオンの効果でデッキから魔界発現世行きデスガイドを手札に」

 

 

ハルカ 手札5 フィールド 永遠の淑女ベアトリーチェ(守備表示) 明と宵の逆転

伏せカード なし

 

第5ターン

 

「ドロー!スタンバイ、メイン……」

「スタンバイフェイズ時、ベアトリーチェの効果。素材を取り除き、デッキから沈黙の剣を墓地に送る。さらに素材として墓地へ送られたダンテの効果。墓地の彼岸モンスターを手札に戻す。よってスカラマリオンを回収」

「おい、あいつ手札全然減らねーぞ!?やばいんじゃねーのか?」

「ばーか、アドバンテージだけ稼いでもデュエルは決まらねーよ!」

まあ、確かに。アドだけで勝てるならRRが環境とるだろうし。

 

「ベアトリーチェの守備は2800.確かに高い方だがリードブローは3000!簡単に粉砕できるぜ!」

「……」

「なんだよその顔は。そんなブラフに俺は引っかからねーぞ!バトル!リードブローでベアトリーチェを攻撃だ!」

 

言葉の通り、ベアトリーチェは破壊される。

 

「ベアトリーチェの効果。エクストラデッキから彼岸モンスターを……」

「そうはいくか!カウンター罠、エクシーズブロック発動!」

「……!」

 

エクシーズブロックだと?あれはエクシーズモンスターの素材を取り除くことで相手のモンスター効果の発動を無効にするカード。確かにリードブローと相性の良いカードではあるが、それならこれまでのターンで使える機会は何度もあったはず。

まさかこいつ、俺が伏せカードを警戒するところまで計算して振舞っていたというのか?

いや、仮に俺が前のターンにブレイクソードを出していてもエクシーズブロックは発動できたはず。こいつの真意はなんだ?

 

「いやー、激流葬の発動ばっか考えててこのカード忘れてたわ。あぶねーあぶねー」

「……おいおい」

 

どうやら、ただのあほだったらしい。いや、それでもこいつの行動は前のターンの俺の行動を大きく変えた。無自覚でやったとしてもこちらは警戒せざるを得ない。もはやこいつの挙動でカードを読むのは危険すぎる。

 

「じゃあ、エクシーズブロックの効果で、リードブローの素材を使いベアトリーチェの効果は無効!そして攻撃力800アップ!どうだ!これで俺のリードブローは攻撃力3800だぜ!」

 

3800。それはランク4のカードが放つ攻撃力としてはかなりのオーバースペックだ。こんなカードがパックではノーマルで店のストレージを漁ればわんさか出てくるんだから遊戯王というゲームは面白い。

 

「なんだ?ベアトリーチェの効果は無効だぜ?」

「わかってる。俺はこれ以上発動するカードはない」

「なら俺はカードを2枚伏せてターンエンドだぜ!」

「エンドフェイズ、明と宵の逆転の効果。手札のサイレントソードマンLV3を墓地へ送りデッキからラギットグローブを手札に加える」

 

虎尾 手札1枚 フィールド リードブロー(攻撃表示) 伏せカード 2枚

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

4. 不良集団と遊戯王(後編)

リードブローの効果に誤りがあったので訂正しました。素材2個取り除いても攻撃力は800しか上がりません!そりゃそうだ!


第6ターン

 

「俺のターン。ドロー」

 

これで俺の手札は7枚。そのうち相手にも公開されているのは、デスガイド、スカラマリオン、フラジャイルアーマー、ラギットグローブの4枚。後の2枚と今引いたカードは虎尾も確認のしようがない。

 

「墓地の沈黙の剣の効果発動。このカードを除外し、デッキからサイレントソードマンモンスターを手札に加える。俺は沈黙の剣士サイレントソードマンを手札に」

「お待たせしました。マスター」

 

手札に加えたカードから、ソードマンの声が脳内に届く。だが、基本的にソードマンやサイマジがデュエルの内容に口を出すことは無い。デュエルは1対1の真剣勝負。俺がそう決めているからだ。

 

「サイレントソードマンか。さっきからLV3がちらちら見えてたが、確かに戦士族テーマの幻影騎士団とは相性いい。なかなか考えられたデッキじゃねーの」

「……あんた、デュエル好きなんだな」

「はあ?なんだよ、急に心理フェイズか?」

「いや、率直な感想だ。最初のターンで俺がサイパラを出したとき、周囲のやつらはそれをあざ笑ったが、あんたは何も言わなかった。むしろ俺がサイパラをどう使うか、そんな好奇心を強く感じた。それに、あんたのプレイからはまるで無邪気な子供のようなものを感じたしな」

「てめえ、俺を馬鹿にしてんのか?」

「いいや。逆だよ。本来遊戯王ってゲームの前じゃみんな子供であるべきなんだ。デュエルが好きって気持ちを素直に抱けるのは子供にしかできないからな」

「……なるほどな。確かにそうかもしれねえ。なら、てめえもデュエルが好きなんだな」

「それは……どうだろうな」

「なんだよ?違うってのか?」

「……ゲームを再開しよう。俺のターンのメインフェイズだったな」

 

手札に加えたソードマンからいったん注意を外し、その隣のカードをプレイする。

 

「手札から、幻影騎士団ラギットグローブを召喚。そして墓地のダスティローブの効果。このカードを除外し、デッキからサイレントブーツを手札に加える」

「ならばトラップ発動!キャッチコピー!相手がデッキサーチをしたとき、俺もデッキからカードを手札に加える!俺が選ぶのは、鬼神の連撃!」

 

鬼神の連撃。あれは自分のエクシーズモンスター一体の素材をすべて取り除き、2回攻撃を可能にするカード。確かにこれもリードブローと相性のいいカードだ。だが、今フィールドにいるリードブローの素材はゼロ。ならば奴が次に打つ手は……。

俺の思った通りのことをしてくるとしたら、今の手札では防ぎようがない。

ならば……。

 

「闇の誘惑を発動。カードを2枚ドロー。……手札からフラジャイルアーマーを除外する」

「へへ、なんかいいカードは引けたか?」

「俺は手札からサイレントブーツを特殊召喚。そしてラギットグローブと共にエクシーズ召喚。幻影騎士団ブレイクソード」

「来やがったか……」

「ラギットグローブを素材にしたことでブレイクソードの攻撃力は1000ポイントアップする。そしてブレイクソードの効果。素材を一つ取り除き、俺の場の明と宵の逆転と、あんたのリードブローを破壊する」

 

これで向こうにモンスターはいない。あるのは伏せカードのみ。だが、次のターンのことを考えると少しでもダメージを与えておきたい。

 

「バトル。ブレイクソードでダイレクトアタック」

 

虎尾LP8000→5000

 

攻撃は通ったか。ということはあいつの伏せカードは召喚反応でも攻撃反応でもないということか?いや、さっきみたいに忘れてるだけの可能性もあるが……。

 

 

「メインフェイズ2。ブレイクソードをリリースし沈黙の剣士サイレントソードマンを特殊召喚。カードを3枚伏せてターンエンドだ」

「おおっと!エンドフェイズ、トラップカード、エクシーズリボーン発動!墓地のリードブローを特殊召喚し、このカードをエクシーズ素材にするぜ!」

 

伏せカードの正体はエクシーズリボーンだったか。これでまた破壊耐性のあるリードブローと戦うことになるわけだが……。

 

ハルカ 手札 4枚 フィールド 沈黙の剣士サイレントソードマン 伏せカード 3枚

 

第7ターン

 

「俺のターン!ドロー!」

「スタンバイフェイズ、サイレントソードマンの攻撃力が500ポイントアップする」

「たしかそいつは一ターンに一度、魔法カードの発動を無効にするんだったよな?」

「ああ」

「なるほどねえ。なら、こいつはどうだ!魔法カード!カップオブエース!」

「なんだと……」

 

カップオブエース。あれはコイントスをして表が出れば自分が、裏が出れば相手が2枚ドローするカードだ。要するに二分の一で強欲な壺を打てるわけだが、なぜBKにそのカードが?今までのターンでやつが使ったカードの中にもギャンブルカードやそれをサポートするカードは見えていないのだが。

 

「驚いているみたいだな。言っとくが、俺は運ならだれにも負けねえ!生まれてこの方じゃんけんで負けたことはねえし、アイスのあたりを連続で15回引き当てて店から出禁を言い渡されたほどだ!」

 

突然の豪運宣言。だが、確かにこの状況下でカップオブエースを引き当てたのはこいつの運に他ならない。

 

「さあ、サイレントソードマンの効果を使うか?」

 

かといってこいつの言った武勇伝を丸ごと信じるかと言われれば微妙なところだ。ブラフかもしれないし、本当かもしれない。今の駆け引きさえ確率は二分の一だ。

 

「さあ、どうすんだよ!」

「……その効果はスルーだ」

 

仮にカップオブエースが失敗すれば俺の手札は2枚増えるし、やつの手札にある鬼神の連撃を警戒したほうがいいだろう。

 

「なら、いくぜえ!運命の、コイントス!」

 

虎尾はポケットから100円玉を取り出し、数字の書かれている方を指で示す。そちらが表だと言いたいらしい。……本当は逆だけど、突っ込まないでおこう。

 

「おらああああ!」

 

虎尾の指からはじかれたコインは俺たちの目線くらいの高さまで舞い上がり、そのまま重力に従いテーブルに落ちる。結果は……。

 

「よっしゃああああ!表だあああ!」

「……!」

 

まさか、本当に二分の一を当てたというのか?にわかには信じがたいが、結果は覆らない。

 

「カップオブエースの効果で俺は2枚ドローするぜ!」

 

まずいな。これであいつの手札は3枚。しかも今引いた2枚のカードは正体不明。俺が前のターンに伏せたカードで対応できるのだろうか。

 

「いくぜ!俺はさらにハーピィの羽箒を発動!手前の魔法罠をすべて破壊だ!」

 

流石にそれを通すと俺の場には攻撃力1500のサイレントソードマンだけになってしまう。それはまずい。

 

「サイレントソードマンの効果。羽箒を無効にする」

 

とりあえず、コレで向こうの手札は2枚。流石にこのターンで死ぬことは無いだろう。

 

「かかったな!俺は手札からカップオブエース発動!」

「……えぇ」

 

俺はもう呆れるしかなかった。つまり虎尾はさっきのカップオブエースで2枚目のカップオブエースを引き当てたということらしい。はっきり言って意味不明だぜ。

 

「再び運命のコイントス!」

 

再びコインが宙に舞い、テーブルに落ちる。結果は……。

 

「おらあああ!表だ!」

「……まじかよ」

「それにより、2枚ドローするぜ!そして、三枚目のカップオブエース発動だあああ!」

 

なんなんだ一体。積み込みか?今回用いたテクニックはストリッパーか?

 

「おい、ソードマン」

 

不正ではないかを確かめるためにフィールドに出ているソードマンに話しかける。

 

「いえ、マスター。信じられないかもしれませんが、彼のデッキにも、コインにも不正はありません」

 

まじかよ。こいつもうBKよりラッキーストライプ使ったほうがいいんじゃないのか?

 

「三度目の!コイントス!……当然正位置!2枚ドロー!」

 

これで手札が4枚。それだけあればもはややりたい放題できるだろう。

 

「俺は手札から、スイッチヒッターを召喚!墓地からグラスジョーを蘇生するぜ!」

 

これで再びレベル4のBKが2体。

 

「この2体でエクシーズ召喚!こい!2体目のリードブロー!」

 

フィールドにリードブローが2体並ぶ。

 

「そして、鬼神の連撃発動!今召喚したリードブローの素材を二つ使い、二回攻撃の権利を与える!」

 

そして、素材が2つ無くなったことで攻撃力が3000まで上がるわけだ。

 

「そしてもう一枚、鬼神の連撃発動!」

「……」

「もう一体のリードブローの素材をすべて取り除き、二階攻撃可能に!そして攻撃力アップだ!」

 

これで場には攻撃力3000のリードブローが2体。更に両者とも2回攻撃が可能。

だが、俺の伏せカードを使えば……。

 

「行くぜ、バトルフェイズ!一体目のリードブローで攻撃だ!」

「トラップ発動!幻影霧剣!リードブローの攻撃と効果を封じる!」

「そいつは読んでたぜ!速攻魔法、コズミックサイクロン発動!ライフを1000払い、霧剣を除外する!」

「永続カードは効果解決時にフィールドに残っていなければ不発になる……」

「そのとおり!さらに墓地での効果も使えねえってわけよ!」

 

虎尾LP5000→4000

 

「バトル続行!サイレントソードマンを粉砕!」

 

ハルカLP6400→4900

 

「マスター!」

 

俺はソードマンの声に無言でうなずく。

 

「沈黙の剣士サイレントソードマンの効果!戦闘で破壊されたとき、デッキからサイレントソードマンLV7を特殊召喚する!守備表示!」

 

攻撃表示にしてオネストを警戒させる手もあったが、やつがそこまで考えてくるかわからないので守備表示を選択する。

 

「無駄無駄ぁ!もう一体のリードブローでサイレントソードマンを粉砕するぜ!」

「マスター、ご武運を!」

 

サイレントソードマンのカードは墓地へ置かれる。だが、やつのリードブローは2体とももう一度攻撃を行うことができる。2体分食らえば俺のライフはゼロだ。

 

「いくぜ!まずは一体目のリードブローでダイレクトアタック!」

「……!トラップ発動!パワーウォール!」

「な、パワーウォールだと!?」

「デッキからダメージ500につき一枚カードを墓地へ送り、戦闘ダメージをゼロにする!俺は6枚のカードを墓地へ!」

「……だが、まだもう一体リードブローが残ってるぜ!行けえええええ!」

「む、武藤君!」

 

この一撃を食らえば俺のライフは風前の灯。そして虎尾のデッキが普通のBKじゃないことが分かってる以上、次のターン以降なにかバーンカードが飛んでくるかもしれない。

そうだ、この何が起きるかわからない感じこそが、遊戯王だよな。アニメや漫画で俺たちが見た、限界ぎりぎりの攻防。

でも、俺は負けない。そのための布石は既に打ってある。

 

「墓地の、光の護封霊剣の効果!このカードを除外し、相手の直積攻撃を封じる!」

「な、なにいい!」

「そ、そうか!武藤君はさっきのパワーウォールであのカードを墓地へ送っていたんだ!」

「まあ、見えてたけどな」

「ああ、見えてたよな」

 

そこで俺と虎尾は顔を見合わせ、虎尾は大きな声で、俺は小さく笑った。

 

「あはははは!いやー、聞いたかよ今の溝口のセリフ!アニメかよ!って思わず笑っちまったぜ!」

「まったくだ。パワーウォールの処理の時に俺もあんたも護封霊剣が落ちたのを確認してたのにな」

「ちょ、ちょっと!ひどいよ2人とも!せっかく熱いデュエルになってきてたのにさ!虎尾くんだって『な、なにいい!』とかリアクションしてたくせに!」

「ノリだよノリ。その方が面白いじゃねーか!」

 

再びげらげら笑う虎尾だったが、数十秒くらいで笑いを止め、俺の方へ向き直る。

 

「そういやまだ聞いてなかったな。お前、名前は?」

「俺は、武藤ハルカ」

「そうか、俺は虎尾ギン。武藤、お前の言う通り、さっきの俺たちはまるでガキみてえだったな。たかがカードゲームに熱くなって、アニメみたいな演技までしてよ」

「そうだな」

「でも、遊戯王ってゲームの前じゃみんなガキ同然ってのも真理だよな。俺は今楽しいぜ。『あの人』とデュエルしてる時みてえにな!」

「そうか」

「けっ、相変わらず愛想のねーやつだな!まあ、それはいいか!俺はバトルフェイズを終了してターンエンドだぜ!」

 

虎尾 手札0 フィールド リードブロー(攻撃力3000) リードブロー(攻撃力3000) 伏せカード なし

 

第8ターン

 

「俺のターン、ドロー」

 

これで俺の手札は5枚。フィールドには伏せカードが一枚、モンスターは無し。対する虎尾は手札と伏せカードこそないが高攻撃力のリードブローが2体。ライフは互いに4000近く。つまりあの2体のリードブローを何とかしないとやつのライフは削れないわけだ。

 

「俺は手札から魔界発現世行きデスガイドを召喚。召喚成功時、デッキからレベル3の悪魔族モンスターを効果を無効にして特殊召喚する。彼岸の悪鬼グラバースニッチを特殊召喚」

「レベル3が2体か」

「俺はデスガイドとグラバースニッチでエクシーズ召喚。幻影騎士団ブレイクソード」

「だが、そこからダークリベリオンにつないでも俺のライフは残るぜ?」

「……俺は伏せカードを発動。異次元からの埋葬。除外されているモンスターの中からダスティローブ、ラギットグローブ、フラジャイルアーマーを墓地に戻す」

「何?それを使わなくても墓地にレベル3の幻影騎士団は2体いるんだぜ?」

 

疑問を募らせつつも、虎尾の目はキラキラと輝いている。心の底からデュエルを楽しんでいる目だ。俺も、『かつて』はこうだったのにな……。

 

「俺はブレイクソードの効果発動。素材を一つ取り除き、ブレイクソードと、リードブロー一体を破壊」

「ちっ……やるな」

「そしてブレイクソードが破壊された場合、効果発動。墓地から幻影騎士団2体を特殊召喚し、レベルを一つ上げる。俺が選択するのは、クラックヘルムとフラジャイルアーマー」

「な、なに?レベル4の幻影騎士団を蘇生するのか?」

「特殊召喚した2体はレベルが上がりレベル5となる。そして俺は、この二体でエクシーズ召喚。現れろ、RRエトランゼファルコン」

「レイドラプターズ……だと?」

「そして墓地の剣の煌きの効果。エトランゼファルコンをリリースし、このカードをデッキトップに置く」

 

その俺のプレイに溝口も、不良集団も、対戦相手の虎尾さえもがポカンとしている。確かに、盤面だけ見れば俺のフィールドは空っぽなわけだし、召喚権も使っている。今の挙動は理解不能なのが普通の反応だ。

 

「行くぞ。俺は手札からRUMソウルシェイブフォースを発動。ライフを半分払い、墓地のRRモンスターを蘇生し、ランクが2つ上のエクシーズモンスターにランクアップさせる」

 

ハルカLP4900→2450

 

 

「ランク7のRRを出す気か……?」

「いいや、このカードはランクアップする先のモンスターにRRの指定はない。つまりランク7なら何でも出せる。俺が出すのは……覇王烈竜オッドアイズレイジングドラゴン!」

「オッドアイズだと!?」

「オッドアイズレイジングドラゴンの効果。エクシーズモンスターを素材にしたこのモンスターのエクシーズ素材を取り除き、相手フィールドのカードをすべて破壊。一枚につき攻撃力が200ポイントアップする」

「俺の場にはリードブローが一体……。こいつが破壊されてレイジングドラゴンは攻撃力3200になるのか」

「そして、オッドアイズレイジングドラゴンは、一ターンに2回攻撃できる」

「……俺にはリバースカードも手札も、墓地から使えるカードもない……。終わりか」

「バトル。レイジングドラゴンで2回ダイレクトアタック」

 

虎尾LP4000→800→0

 

「負けたぜ……」

 

虎尾が膝を地面に着く。周りの不良たちもそれに戸惑っているが、俺は構わずにデッキを片付け、テーブルを離れる。

 

「俺の勝ちだ。これで俺は殴られずに済むんだよな?」

「ああ……。デュエルの結果だからな……」

「そうか」

 

俺はそれだけ言って河川敷から立ち去ろうと歩き始める。

 

「おい、武藤!」

 

だが、それを引き留める声は虎尾だった。

 

「一回勝ったくらいで調子乗んなよ!次はぜってー俺が勝つからな!覚えてやがれ!」

「……次があればな」

 

一度止めた足を再び動かし、俺は今度こそ河川敷を後にする。

 

「いいデュエルでしたね、マスター」

 

精霊状態で隣を歩くソードマンが語りかけてくる。

 

「まあ、な」

「カップオブエースを3回連続で当てる豪運。そしてデュエルを楽しむ姿勢。彼とはまたデュエルすることがあるかもしれませんね」

「そうかもな」

 

それにしても、今日だけで2回もデュエルをすることになるとは、これから先が思いやられるな……。

 

「……おい、ソードマン。今何時だ?」

「午後6時32分48秒です」

「卵、今から買って帰って飯作ったら何時になる?」

「あ」

「あ、じゃねーよ……」

「これは、しばらくうるさいでしょうね、彼女」

「やれやれ……」

 

***

 

――ハルカの家

 

「もー!マスター!ソードマン!晩御飯まだですかー!早く帰ってきてくださいよー!」

 

この後卵を買って帰ってきたハルカたちはサイマジに小一時間問いただされたらしい。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

5. 金髪リア充と遊戯王(前編)

俺が高校生になってから1か月が経過した。朝の教室ではクラスの連中がそこら中でグループを組み、担任が来るまでの時間を雑談に費やしている。

俺はというと、初日から変わらず自分の席で音のならないイヤホンを耳にさして机に突っ伏している。

つまりは、俺は友達作りに失敗したのだ。最初のうちは声をかけてくるやつもいたが、俺の会話が下手すぎて一週間もすれば彼らと話す機会もなくなっていた。

まあ、別に気にしてはいないが。

 

「よ、武藤!」

 

だが、一人だけ違うやつがいた。それは入学式の日に俺に声をかけてきた五和ダイゴだった。こいつだけは毎朝俺の席にやってきてはよくわからん世間話を一方的に始めるのだ。

 

「……なんだ五和」

「相変わらずテンション低いなあお前は」

「朝からハイテンションな方がおかしいんだよ」

「まあ、そう言うなって!」

「それで、何の用だ?」

 

俺はイヤホンを外して顔を上げる。話す気はさらさらないのだが、一応礼儀として話している五和が不快感を抱かないようにはしている。

 

「いやそれがさ、こないだ姉貴に言われて部屋片づけてたんだけどよ、そしたらなに見つかったと思う?」

「いかがわしいゲームか?」

「ちげえよ!俺を何だと思ってんだ!見つかったのはこれだよこれ!」

 

そういって五和が机の上に出したのは、紅茶の箱だった。

 

「流石に数年越しで見つけた紅茶は飲まない方がいいと思うぞ」

「飲むかそんなの!てか、これ中身は紅茶じゃねーんだよ!ほら!」

 

箱のふたを開けた五和が俺に見せたのは、クリボーのカードだった。

 

「……クリボー?」

「クリボーだけじゃねえんだよ、これ、俺が小学生くらいの時に集めてた遊戯王のカードがたくさん入ってたんだ!」

 

五和は意気揚々と箱からカードを取り出し、机の上に並べる。

 

「いやー、懐かしいなーこれ!ほら、マハーヴァイロとか、デーモンの斧とかさ!あーあとブラッドヴォルス!昔近所に住んでた友達とトレードしたんだよなあ!」

 

確かに、机の上に出されたカードは懐かしいものが多かった。イグザリオンユニバースやマジシャンオブブラックカオス。処刑人マキュラなんかもあった。

 

「それで?このカードを俺に見せてどうするんだ?」

「いや、あれだよ、ネットで見たんだけど、今って昔のカードが価値上がってんだろ?俺もそれに便乗して小遣い稼ぎしようかなーってさ!」

「なるほど」

「なあ、なんか値段つきそうなカードあるか?」

「なぜ俺に聞く」

「いや、前に遊戯王の話したら詳しそうだったからさ!」

「……」

 

仕方ない。このまま延々と話されてもいい迷惑だ。さっさと査定して、あとはカードショップにでも任せよう。

 

「そうだな……このウルトラレアのマキュラは値段つくと思うぞ」

「まじ!?いくらだ!?」

「まあ、500円くらいか」

「ずこーっ!ご、500円って!1時間アルバイトしたほうが高いじゃねーか!」

「これでもかなり譲歩した査定だ。キズや折れもあるからショップに持っていけば200円すればいい方だぞ」

「うう……俺の億万長者への道が……」

 

カードで億万長者って、もしこいつがDMの世界にいたら王の右手の栄光にすぐに食いつくだろうな……。

 

「うーん……それしか値段つかないなら保管しとくしかないな……」

「そうだな」

「そういえばさ、こないだ遊戯王部の見学に行ったんだけどよ」

「まだ続くのか……」

「部長の真崎先輩、めちゃくちゃ可愛いよな~!遊戯王もすげー強かったし、いいよな~!」

「……お前、真崎先輩とデュエルしたのか?」

「え?ああ、まあな。貸し出しデッキ借りてやったんだけど、もうボロ負けでさー。今ってブラックマジシャンすげー強いんだな!」

 

あの先輩、初心者相手にブラマジ使ったのか……。いや、真剣にやることは悪くはないけど。

 

「でさ、今度は武藤も一緒に行こうぜ!」

「行かない」

「えー、なんでだよ?デッキなくても貸してくれるし、部室も広いし、先輩可愛いし、最高だと思うぜ?」

 

そろそろ担任が来てくれると嬉しいんだが、残念ながらホームルームまであと10分もある。このまま五和と話していると全くリラックスできない。

なら……。

 

「五和、お前真崎先輩に負けたんだろ?仮にもう一度行ってデュエルしてまた負けたらカッコつかないぞ?」

「そ、それはそうかもしれねーけど……」

 

よし、これでこいつも諦めるだろう。

 

「だったら、特訓だ!」

「は?」

「特訓だよ特訓!遊戯王の腕上げて、そんでもってまた真崎先輩とデュエルする!そして勝つ!どうだ?完璧だろ?」

「いや、どこが?」

「よーし!そんじゃ放課後、駅前のカードショップに行くぞ!武藤、頼むぜ!」

「は?なんで俺まで……」

「はーい、席つけー」

 

俺が断りを入れようとした矢先、担任が教室に入ってきたため、俺の発言はタイミングを逃してしまった。

 

***

 

そして放課後、何とかうまく姿を消そうとした俺だったがチャイムと同時に五和につかまり、勢いに流されて駅前のカードショップに来てしまった。

 

「おっほー!まだ5時前なのに人がたくさんいるな!」

 

デュエルスペースやショーケースに密集する客たちを見て、五和は歓喜の声を上げている。

 

「よかったですね、マスター!お友達とカードショップに来れて!」

 

ふわふわと俺の目の前に出てくるサイマジは上機嫌だが、俺はそれに反応はしない。この場で急にしゃべりだしたらどこぞの宝玉獣使いと勘違いされそうだし、脳内で会話するのも面倒だし。

 

「あ、武藤!あそこ空いたぜ!座ろう!」

「お、おい!」

 

容赦なく俺の腕を引っ張る五和。仕方なく長机の隅っこの席に着席することになってしまった。

 

 

「それで?特訓ってなにすんだよ?」

「まずはデッキだ!俺のオリジナルデッキを作るんだよ!」

 

まあ、デッキがないと始まらないのは確かではある。

 

 

「で、デッキってどうやって作るんだ?」

「丸投げかよ……。取り合えず、予算はいくらだ?」

「え?2000円くらいで作れんじゃないの?」

 

2000円って……。確かに遊戯王やってない人ならそれで足りると考えてもおかしくないが、2000円だとストラク3個合体すらできない。単品で集めても2000円となると難しいところだ。

 

「予算はこれ以上増やせないって認識でいいんだな?」

「え?ああ、まあそうだな。今月カラオケとかボウリングめっちゃ行ったし」

「なら、まず主軸にするカードを決めよう。そこからそのカードをサポートできるカードを集める。できればショーケースの中のものよりストレージに落ちているものだけで組めるようなデッキだ」

「すとれーじってなんだ?」

「……要するにノーマルカードコーナーだ」

「なるほどな!ノーマルなら安価で組めるってことだな!」

 

そこから、五和のデッキの主軸になるカードについての話し合いが始まった。

 

「やっぱドラゴンだよドラゴン!攻撃力の高いドラゴンで勝つ!」

 

ドラゴン。様々なカードゲームがあるが、その中で一番人気なのはやはりドラゴンなわけで、遊戯王にも強いドラゴンはたくさんいる。ブルーアイズやレッドアイズ、カオスエンペラー……。

ただ、人気というだけあってドラゴンやそのパーツのカードはそこそこ値段がする。レアリティコレクションなんかで再録されているものもあるが、2000円で全部揃うかは怪しいところだ。

「ドラゴン……か」

「え?無理そう?」

「無理ってわけじゃないが、2000円だとそこそこのが作れるかどうかってとこだ」

「まじかよ……」

「だが、方法はある」

「え?」

「今の遊戯王にはエクストラデッキから出せる強いモンスターがたくさんいる。メインデッキはそれを出すための素材カードで固めて、切り札級のドラゴンをエクストラデッキから特殊召喚すればいい」

 

まあ、流石にヴァレソとかスカルデットは厳しいけど。

 

「なるほどな!今の遊戯王ってそんな構築もあるのか!」

「それじゃあ一端ショーケースを見てみるか。500円くらいのカードなら予算的にも間に合いそうだ」

「おうよ!」

 

そこからショーケースを眺めること10分。

 

「よし!こいつにするぜ!」

 

五和が選んだのはヴァレルロードドラゴン。ハノイの崇高なるモンスターであるこいつは強力な効果を持ったリンクモンスターだ。以前リボルバーストラクで再録されたのと、たまたま特価コーナーにあったため、380円で購入できた。

 

「後は、このカードと相性のいいカードをストレージから集めよう」

「えーと、このヴァレルロードは効果モンスター3体以上を素材に出せるのか」

「ああ、つまりたくさんモンスターを展開できるカードが相性がいいだろうな」

 

まあ、本当ならリボルバーストラクを3つ買えば相性のいいヴァレットデッキを組めるんだが。

 

「どんなのにすればいいんだ?」

「それは自分で考えろ。俺がカードを選んでも、それはお前のデッキじゃない」

「おお、なんか深いな今の言葉!」

「ほら、ストレージはあっちだ」

「よし!わかった!行ってくるぜ!」

 

 

意気揚々とストレージコーナーへ向かう五和を見送った後、俺は近くの空席に腰掛けて、小さく息を吐く。

 

「五和さん、どんなデッキを作るんでしょうね?」

 

その俺の上空でせわしなく飛び回るサイマジが今度は脳内に話しかけてくる。

 

『さあな。もしかしたらとんでもないジャンクデッキを作ってくるかもな』

『むー。それならマスターが教えてあげればいいじゃないですかー』

『いやだよめんどくさい。それに、さっきも言ったろ?俺が指示して作ったデッキは五和のデッキにはならないって。最初は手探りでも自分でカードを選ぶ方が後の成長につながるんだ』

『あれえ?マスター渋々って感じでここに来たのに結構親身になってあげてるんですね?』

『まあ、そうかもな』

『何か理由でもあるんですか』

『今朝教室であいつが部屋から引っ張り出したカードに値が付かないと知った時、あいつは保管しとくって言ったろ?」

『言ってましたね』

『遊戯王に何の興味もなければそのカードたちは古ぼけたブリキ人形同然。すなわち捨てるって選択肢になる。でもあいつはそうはしなかった。それはあいつの中にあのカードたちと一緒に遊んだ記憶が残っているからだ』

『なるほど……流石マスター!そんな何気ない一言からそこまで察するなんて!』

 

サイマジは大げさにうなずく。

 

「クリクリ~」

『?なんか言ったかサイマジ?』

『え?何も言ってないですよ?』

『いや、今確かに何か聞こえたぞ?』

『そりゃあ人たくさんいますし』

『……聞き間違いか』

 

それから20分くらいで五和は戻ってきた。

 

「武藤!カード買ってきたぜ!あと、スリーブってやつも買ってきた!この黒いやつが70枚入りで安かったぜ!」

 

そう言って五和が見せてくるのは、俺がよく使うものと同じスリーブだった。

 

「お疲れさん。てか、スリーブも予算内で買えたのか?」

「いや、それがさ、小銭入れに500円玉入っててさ、結局予算は2500円にしたんだ」

「なるほど。じゃあ買ってきたカードをスリーブにいれとけ」

「おうよ!」

 

五和はカードを包装から取り出し、70枚入りのスリーブを開封してカードを入れ始めた。その様子を見ながら、俺はふと昔のことを思い出していた。あの頃の俺も、今の五和のように小遣い貯めてカード屋に入り浸っていた。お年玉なんかもらった日には新弾を2箱も買って親に怒られた記憶がある。あの時の記憶は、今でもはっきりと覚えているのに……。

 

「よっし!買ったカードは全部入れたぜ!後は……」

 

五和はカバンを開けて、今朝の紅茶箱を取り出す。

 

「えーと……あ、あった!クリボー!」

「クリボーを入れるのか?」

「ああ、実はこのクリボーは昔初めてパックを買ったときに出たやつでさ、昔は弱っちいなって思ってたけど、アニメで活躍してたからデッキに入れてたんだ。まあ、お守りみたいなもんだな!」

「そうか。いいんじゃないか」

「後はこれをシャッフルして……と。よし、武藤!デュエルだ!」

「……え?」

「なんだよ、早くやろうぜ?」

「いや、俺そろそろ帰ろうと思ってたんだが」

「何言ってんだよ、特訓だって言ったろ?」

 

五和はぐいぐいと詰め寄ってくる。

 

「別に、俺じゃなくてもその辺のやつにフリー対戦を申し込めばいいだろ」

「いや、でも初対面で話しかけるのは……」

「学校で一緒の連中と知り合うときも初対面だったろうが」

「いや、でもなあ……」

 

はあ、全くこいつは陽キャなんだか陰キャなんだか……。

 

 

「なあ、頼むよ!」

「いや、でもほら、俺デッキが……」

「え?お前の目の前に置いてあるじゃん」

「は?」

 

テーブルに視線を戻すと、そこには確かに俺のデッキが置いてあった。思い当たる節は十二分にある。

 

『おい、サイマジ』

『デッキづくりに協力したのなら最後まで付き合ってあげましょうよ!』

 

全く。遊戯王部の時といい勝手に俺のカバンからものを出すのはやめていただきたい。

だが、五和もサイマジもデュエルをしろと俺に要求している。2対1、多数決は俺の負け。

 

「……わかったよ。一戦だけな」

「おお!さんきゅ!」

「ルール説明はいるか?」

「いや、それは遊戯王部で教えてもらったぜ!確か先攻ドローは無いんだよな?」

「ああ。それじゃあ始めるか」

 

俺は携帯をとりだして電卓アプリを起動して五和にも見えるように置く。

 

「へえ、そんなアプリあるんだ。俺もあとで入れとこ」

 

俺はシャッフルした自分のデッキを五和に渡しカットしてもらう。それと同時に五和のデッキをカットしようとしたが……。

 

「おい、やけに分厚いんだが」

「え?60枚以下ならいいんじゃないのか?」

「いや、まあルール的に問題はないが……」

 

こりゃもう少し教えたほうがよかったか?というか2500円でよく60枚も揃えたな……。

 

 

「よーし。カット終わったぜ!」

「よし、じゃあ行くぞ」

「「デュエル!」」

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

6. 金髪リア充と遊戯王(中編)

先攻 五和ダイゴ ライフ8000 手札5枚  デッキ60枚 エクストラデッキ 10枚

後攻 武藤ハルカ ライフ8000 手札5枚  デッキ40枚 エクストラデッキ15枚

 

第1ターン

 

「先攻はお前からでいいぞ」

「お、あざす!それじゃあ俺のターン!ドロー……はないと」

 

さて、五和はどんなデッキを組んだのやら……。

 

「お!いい手札だぜ!俺はマジックカード隣の芝刈りを発動!自分と相手のデッキの差分カードを墓地に送るぜ!」

「え?」

 

し、芝刈りだと?確かにそこまで高いカードではないが、問題は五和が芝刈りを買ったうえでデッキを60枚にしたところだ。つまり、こいつは芝刈りの使い方や強さをさっきの20分程度で理解したということになる。

 

「お、おい?俺なんか間違ったか?」

「いや、別に問題ないぞ。えっと、俺のデッキは初手5枚引いて35枚だ」

「俺は初手5枚引いて55枚だから20枚墓地へ送るぜ!」

 

五和はデッキの上から20枚数えてからそれを表替えして墓地に置く。

 

「えーっと、そんでまだモンスターを召喚してないから……モンスターをセットしてターンエンドだ!」

 

五和 手札 3枚 フィールド 裏側守備モンスター 伏せカード なし

 

第2ターン

 

「俺のターン。ドロー」

 

さて、五和のフィールドには裏守備モンスターが一体で伏せカードは無し。だが、隣の芝刈りで増えた20枚の墓地がある。五和が芝刈りを真に理解しているのなら、墓地で発動するカードがふんだんに入っているはずだ。

 

「五和、墓地を見せてもらっていいか?」

「え?ああいいよ。ほい」

 

渡された墓地のカードをなるべくすばやく確認する。

 

「……なるほど。そういうデッキか」

「え、もう俺の手ばれたの?」

「まあ、とりあえずゲームを続けよう。俺はスタンバイフェイズからメインフェイズに入る。手札から炎舞天キを発動。発動時の効果処理により、デッキから獣戦士族を手札に加える。俺が加えるのは十二獣モルモラットだ」

「十二獣ってことはあと十一種類もいるのか?」

「まあカードとして存在はしてるな」

 

一人獄中だけど。

 

「俺は今加えたモルモラットを召喚。効果発動。デッキから十二獣カードを墓地へ送る。十二獣サラブレードを墓地へ」

「ネズミとサラブレ―ド……馬か!」

「そして俺はモルモラット一体でエクシーズ召喚。十二獣ハマーコング」

「え?おい、ちょっと待て!エクシーズ召喚ってモンスター2体以上を重ねて出すんじゃないのか?」

「十二獣エクシーズモンスターは共通効果として同名以外の十二獣モンスターの上に重ねてエクシーズ召喚できる」

「なんで?」

「そういうカードだからだ」

「なんじゃそりゃ!」

 

まあ、俺も激しく同意するが、できる以上使うのがデュエリストだ。

 

「それじゃあハマーコングの上タイグリスを、その上にワイルドボウを、その上にライカを重ねる」

「お、おい!そのモンスター素材何枚あるんだよ!」

「現在4枚だ」

「すげーな……」

「それじゃあライカの効果。素材を一つ使い墓地の十二獣を特殊召喚。今墓地へ送ったタイグリスを蘇生。そしてライカの上にドランシアを重ねてエクシーズ召喚」

 

投獄されていた経験もある最強の十二獣も今じゃ制限カードだ。

 

「それじゃあここでマジックカード、エクシーズギフトを発動。場にエクシーズモンスターが2体以上いるとき、素材を2つ取り除いてカードを2枚ドローする」

「条件付きの強欲な壺ってことか」

「俺はドランシアとタイグリス、同じ種族のモンスター二体でリンク召喚。アカシックマジシャン」

 

リンク先のモンスターを手札に戻す効果は使えないが、このデッキでのアカシックの役割は魔法使いであることだ。

 

「俺はアカシックマジシャンをリリースし、沈黙の魔術師サイレントマジシャンを特殊召喚。こいつは魔法を一ターンに一度無効にする効果と、手札一枚に付き攻撃力が500ポイント上昇する効果がある」

「え、武藤の手札は5枚もあるぜ?」

「よって攻撃力は3500だ」

「3500!?俺のヴァレルロードよりも攻撃力が高いじゃねーか!」

 

まだヴァレルロードは出てないけどな。

 

「それじゃあバトルフェイズ。サイレントマジシャンでセットモンスターを攻撃」

「セットモンスターはクリッターだ!墓地へ送られたことでデッキからジェットシンクロンを手札に加えるぜ!」

 

そういえばジェットも最近再録されて値段下がったんだったな。

 

「俺はカードを一枚セットしてターンエンドだ」

 

 

ハルカ 手札 4枚 フィールド 沈黙の魔術師サイレントマジシャン(攻撃表示)

伏せカード 一枚 炎舞天キ

 

第3ターン

 

「俺のターン、ドロー!」

 

五和はドローしたカードと手札のカードを見比べて小さく唸る。

 

「えーっと、サイレントマジシャンは魔法を無効化するんだよな?」

「ああ」

「てことはむやみに魔法を打つと無駄になるのか……うーん」

「焦らなくても、ゆっくり考えろ」

「よし、これだ!俺はジェットシンクロンを召喚!そしてこいつを素材に転生炎獣アルミラージをリンク召喚!」

 

この店のストレージすげえな。優良カード多すぎるぞ。

 

「そして手札を一枚捨ててジェットシンクロンを墓地から特殊召喚!さらに墓地へ送ったドットスケーパーを特殊召喚!」

「これでレベル1が2体か」

「俺はこの二体でエクシーズ召喚!ゴーストリックデュラハン!」

 

デュラハン。ランク1ながら強力なカードだ。

 

「デュラハンはゴーストリックカードの数だけパワーアップ!攻撃力1200だ!そして効果発動!サイレントマジシャンの攻撃力を半分に!」

 

魔法カードを使わずにサイレントマジシャンの攻撃力を下げてきたか。これで攻撃力は1500、そして五和の墓地には……。

 

「バトル!デュラハンでサイレントマジシャンを攻撃!そして墓地からトラップカードスキルサクセサーを発動!攻撃力800ポイントアップだ!」

 

サイレントマジシャンは破壊されてしまう。

 

ハルカLP8000→7500

 

「サイレントマジシャンの効果。破壊されたとき、デッキからサイレントマジシャンLV8を特殊召喚する」

「ええ、せっかく倒したのに……って攻撃力3500!?つ、強いなそのカード……」

『えっへん!』

 

隣にいるサイマジが得意げに胸を張るが、五和には見えるはずもないので俺も特に何も言わずにプレイを続行する。

 

「それじゃあメインフェイズ2で、アルミラージ一体でリンク召喚!セキュアガードナー!」

 

セキュアガードナーがいると、一ターンに一度効果か戦闘によるダメージが0にされてしまう。低い攻撃力のモンスターたちの弱点を補う。とてもよく考えられたコンボだ。

これで復帰勢っていうんだから恐ろしい。遊戯王部でどんなスパルタ指導を受けたのやら。

 

「これでターンエンドだぜ!」

 

五和 手札 3枚  フィールド セキュアガードナー(エクストラモンスターゾーン)

ゴーストリックデュラハン(攻撃表示)

伏せカード なし

 

第4ターン

 

「ドロー」

 

さて、先手を取られてしまったが、俺の場にはサイレントマジシャンLV8がいる。

手札も5枚あるしまだまだこれからだ。

とはいえ、セキュアガードナーをどかさないとダメージは通らないし、デュラハンの効果は誘発即時効果。こちらが攻撃するタイミングで使ってくるはずだ。

ならば、俺の一手は……。

 

「貪欲な壺を発動。墓地のライカ、ハマーコング、ワイルドボウ、ドランシア、サイレントマジシャンをデッキに戻して2枚ドローする」

「めっちゃドローするなあ」

 

墓地から選んだカードをエクストラとメインデッキにそれぞれ戻してシャッフルし、五和にカットしてもらって2枚引く。

 

「トラップカード、エクシーズリボーン発動。墓地からタイグリスを蘇生して、このカードをエクシーズ素材にする」

「げ、さっき貪欲な壺で戻したカードがまた……」

「その通り。タイグリスにハマーコングを重ねて、その上にワイルドボウ、ライカ。ライカの上にドランシアを重ねてエクシーズ召喚」

 

さっきは表側のカードがなくて使えなかったが、今度はドランシアの効果を使える。

 

「ドランシアの効果。素材を取り除き、セキュアガードナーを破壊」

「ああ、せっかく出したのに」

「バトルフェイズ!サイレントマジシャンでデュラハンを攻撃!」

「なら、デュラハンの効果発動!サイレントマジシャンの攻撃力を半分に!」

「速攻魔法、禁じられた聖杯発動。デュラハンの効果を無効にし、攻撃力を400アップする」

「えーとそれじゃあデュラハンの攻撃力は……?」

「自身の上昇効果が消えて1000.そこに聖杯で400プラスして1400だ」

「って、どっちにしろ大ダメージじゃん!」

 

 

五和LP8000→5900

 

「メインフェイズ2。俺はカードを一枚伏せてターンエンドだ」

 

ハルカ 手札5枚 フィールド サイレントマジシャンLV8(攻撃表示)十二獣ドランシア(守備表示 素材4つ) 伏せカード1枚 炎舞天キ

 

第5ターン

 

「俺のターン!よし!いいカードを引いたぜ!マジックカード、終わりの始まり!」

 

終わりの始まりは、墓地に闇属性モンスターが7体以上存在する場合そのうち5体を除外してカードを3枚ドローするスーパードローカードだ。

 

「えーと、墓地からデュラハン、ダークアームドドラゴン、ダークネクロフィア、終末の騎士、金華猫を除外して3枚ドローだ!」

 

これで五和の手札は6枚。一体何を繰り出してくるか……。

 

「俺は手札から金華猫を召喚!その効果で墓地のレベル1モンスター、クリボールを特殊召喚!」

 

またランク1のエクシーズモンスターを出すつもりなのか、それとも……。

 

 

「そしてここで地獄の暴走召喚を発動!デッキ、手札、墓地からクリボールを増殖させる!」

 

なんか言い回しがどこぞの王様っぽいが、うまいコンボだ。こちらのフィールドのサイレントマジシャンとドランシアは特定条件下でしか場に出せないモンスターなので、暴走召喚で増やすことはできない。

 

「よっしゃ!これでモンスターが4体だぜ!ようやくヴァレルロードが……」

「ドランシアの効果。素材を一つ使い金華猫を破壊する」

「えええ!そいつ相手ターンでも使えんのかよ!」

 

そりゃあ当時環境を蹂躙した十二獣のトップレアカードだし、これくらいのカードパワーは普通……と思うのは俺が遊戯王に毒される証拠だな。

 

「うう……金華猫は墓地へ……くそう!武藤容赦ねえなあ!」

「ヴァレルロードになられるとドランシアじゃ対処できないからな」

「うわーマスターこわーい」

「……」

「ひっ!ご、ごめんなさい!許してください!」

 

サイマジをにらんで黙らせてから、俺は再びフィールドに目を向ける。

 

「じゃあしょうがねえ、俺は3体のクリボールでエクシーズ召喚!LLアセンブリーナイチンゲール!」

 

俺はそのモンスターの登場に少し口角が上がる。カードのチョイスが面白いなこいつ。

 

「アセンブリーナイチンゲールは素材一つに付き攻撃力が200アップし、素材の数だけ相手に直接攻撃ができる!いくぜ!三回連続攻撃!」

 

ハルカLP7500→6900→6300→5700

 

「カードを2枚伏せてターンエンドだ!」

 

五和 手札 2枚  フィールド LLアセンブリーナイチンゲール(攻撃表示 素材3つ)

伏せカード 2枚

 

第6ターン

 

「俺のターン。ドロー」

 

アセンブリーナイチンゲールを放置しておけば俺のライフは毎ターン確実に削られる。だがあの伏せカード……。正直、もう五和を素人扱いするのは危険だ。どうやらカードの経験は浅くてもこいつはもともと頭がいいらしい。

 

「手札から刻剣の魔術師を召喚」

「お!これがペンデュラムモンスターだな!」

 

まあ、このデッキだとあんまりペンデュラム召喚はしないんだが。

 

「刻剣の魔術師の効果。このモンスターとフィールドのモンスター一体を次の俺のスタンバイフェイズまで除外する。対象はアセンブリーナイチンゲール」

「やべ、除外されたらエクシーズ素材は墓地に行くんだよな?」

「ああ」

「じゃあここでアセンブリーナイチンゲールの効果!素材を一つ使いターン終了時まで俺が受けるダメージは0になる!」

 

当然そう来ることは分かっていた。だが、場に居座られて3ターンも効果を使われるのは面倒だ。

 

「それじゃあ俺はこれでターンエンドだ」

 

ハルカ 手札  5枚 フィールド サイレントマジシャンLV8 十二獣ドランシア

伏せカード 一枚 炎舞天キ 除外ゾーン 刻剣の魔術師 

 

第7ターン

 

「俺のターン!」

 

さあ、次はどうくるんだ五和。

 

「ターンエンドだ」

『えええ!次のターンマスターが攻撃したら大ダメージですよ!?』

 

サイマジは驚いているようだが、五和の墓地の内容を知っている俺は素直に喜ぶことはできなかった。フィールドにモンスターこそないが、大量の墓地と2枚の伏せカード。つまり五和は攻撃を誘っているのだ。

 

五和 手札 3枚 フィールド モンスターなし 伏せカード2枚

除外ゾーン LLアセンブリーナイチンゲール

 

第8ターン

 

「ドロー。」

 

さて、このまま五和の思惑通り攻撃するか否か。攻撃宣言すれば十中八九あのカードが発動する。そうなると状況はがらりと変わる。

 

「スタンバイフェイズ。刻剣の魔術師とアセンブリーナイチンゲールはフィールドに戻る」

 

だが、攻撃しなければ延々とターンが進むだけだ。それなら一枚でも多くカードを消費させるべきだろう。

 

「……バトルフェイズ!サイレントマジシャンでアセンブリーナイチンゲールを攻撃!」

「攻撃宣言時、墓地のクリボーンの効果!このカードを除外し、墓地からクリボーモンスターを任意の数だけ特殊召喚する!墓地からクリボール2体を攻撃表示で特殊召喚!」

 

これが五和が芝刈りで墓地を増やした一番の目的。墓地にクリボーモンスターをため込み、クリボーンで壁にする。芝刈りクリボーというデッキを短時間で作り上げたのだ。

 

「だが、サイレントマジシャンの攻撃は止まらない!」

「まだだ!トラップ発動!スウィッチヒーロー!」

「何……?」

「お互いのフィールドのモンスターが同じ数の時、そのコントロールをすべて入れ替える!」

「ならば、ドランシアの効果!フィールドの表側カードを一枚破壊する!対象は……」

 

どうする?とにかくモンスターの数が変わればスウィッチヒーローは不発。だがもしドランシアの効果で選んだ五和のモンスターを何らかの手段で守られれば、スウィッチヒーローは成功してしまう。その場合一番困るのはサイレントマジシャンが向こうのフィールドに移ること。攻撃力3500で魔法効果を一切受け付けないこいつと素材が残っているドランシアをセットで渡してしまえば大ピンチだ。だから、選ぶならドランシアかサイレントマジシャンのどちらかだ。

 

「……サイレントマジシャンを破壊する」

「ここで自分のエースを選ぶなんて、やっぱ武藤はすげーな!でも、俺の狙いはこっちだ!トラップ発動!ギブアンドテイク!」

「なっ!?」

「俺の墓地からモンスター一体を相手フィールドに守備表示で特殊召喚し、そのレベル分、クリボール一体のレベルをアップする!甦れ、速攻のかかし!」

 

ここでチェーンは組み終わり、逆順処理が行われる。まず、ギブアンドテイクで俺の場に速攻のかかしが特殊召喚され、クリボール一体のレベルが1上がる。そしてドランシアの効果でサイレントマジシャンが破壊され、最後にスウィッチヒーローの効果で俺の場のドランシア、刻剣の魔術師、速攻のかかしと五和の場のアセンブリーナイチンゲールと攻撃表示のクリボール2体のコントロールが入れ替わる。

 

「くそー、せっかく攻撃力の高いサイレントマジシャンを奪えると思ったのに!」

「自分のカードは自分で葬る」

「なんか聞いたことあるセリフだ!」

 

さて、冗談言ってる場合じゃないな。こちら側のクリボール2体とアセンブリーはすべて攻撃表示。しかもアセンブリー以外はこのターン守備表示にできない。つまり、攻撃力の低いモンスターをさらしたまま五和のターンを迎えなければならないのだ。

この状況をなんとかするには……。

 

「俺はアセンブリーを守備表示に。カードを一枚伏せてターンエンド」

 

ハルカ 手札5枚  フィールド アセンブリーナイチンゲール(守備表示)クリボール×2(攻撃表示)伏せカード 2枚 炎舞天キ

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

7. 金髪リア充と遊戯王(後編)

第9ターン

 

「俺のターン!ドロー!」

 

さて、五和のターンだ。モンスターは三体。そしてすべてが効果モンスターということは……。

 

 

「俺はドランシアの効果発動!素材を取り除き、アセンブリーナイチンゲールを破壊!」

 

アセンブリーが俺のフィールドから五和の墓地へと戻る。

 

「さあ行くぜ!俺は手札を一枚捨ててジェットシンクロンを蘇生!そしてドランシア、刻剣の魔術師、速攻のかかし、ジェットシンクロンの四体でリンク召喚!現れろ!ヴァレルロードドラゴン!」

 

豪華なのか何なのかよくわからない素材を使って、五和は切り札、ヴァレルロードドラゴンを場に出してきた。

 

「うおー、かっこいいぜ!」

「くっ……」

「よし、ここは一気に行くぜ!死者蘇生を発動!武藤の墓地からアカシックマジシャンを特殊召喚!」

 

死者蘇生も、今じゃストレージの肥やしなのか。

 

「バトルフェイズ!ヴァレルロードでクリボールに攻撃!そしてこの瞬間、ヴァレルロードの効果!今攻撃対象にしたクリボールの攻撃力を500下げる!そしてこの効果に対して、相手はカードを発動できない!」

 

これがヴァレルロードの効果の一つ。これを使えば相手モンスターの攻撃力を下げつつ、チェーンを封じることで攻撃反応のカードも防ぐことができるのだ。

 

「クリボールの攻撃力が0になったことで、武藤への戦闘ダメージも増加する!」

 

ハルカLP5700→2700

 

「さらにアカシックマジシャンでもう一体のクリボールを攻撃!」

「……」

『ま、マスター!』

「トラップ発動!マジカルシルクハット!」

「し、シルクハット!?」

「デッキから魔法、罠カードを2枚選択し、自分フィールドのモンスターと混ぜてフィールドに出す!俺は、サイレントバーニングと錬装融合をセット!」

 

これで確率は三分の一。ついでに言うと、俺の手札に次のターン召喚できるモンスターはない。ここでクリボールを当てられて、次のターンモンスターを引けなければ俺の敗北は濃厚だろう。

 

「うううん……どれだ……?ってスリーブで見分ければいいじゃねーか!えーっと……」

 

だが、俺のフィールドには黒い無地のスリーブに入ったカードが3枚。

 

「うわああ!なんで武藤と同じスリーブ買っちまったんだああああ!」

「安くて丈夫だからな、このスリーブ」

 

俺が大切に使っていることもあり、五和の新品のスリーブとでもちょっとやそっとじゃ区別がつかない状況になっている。

 

「く、くそお!一番右だ!」

 

俺は一番右のカードをめくる。

 

 

「このカードは、サイレントバーニング。外れだな」

「あ~外したぁー!」

「バトルフェイズ終了時、シルクハットでセットしたカードはすべて墓地へ行く」

「俺はこれでターン終了だぜ……」

 

五和 手札 2枚 フィールド ヴァレルロードドラゴン アカシックマジシャン

伏せカード なし

 

第10ターン

 

「俺のターン。ドロー」

 

ピンチは乗り切ったが、俺のドローカードもモンスターではない。

 

「墓地のサイレントバーニングを除外して効果発動。デッキから沈黙の魔術師サイレントマジシャンを手札に。そして墓地の錬装融合をデッキに戻し、カードを一枚ドロー」

 

まだ引けない。次の一手で状況を打破できるカードを引けなければ最悪負ける。

 

「トラップ発動!活路への希望!ライフを1000払い、相手とのライフの差2000ポイントに付きカードを一枚ドローする!」

 

ハルカLP2700→1700

 

「えーと、俺のライフは5900だから……差は4200!」

「よって、カードを2枚ドロー!」

 

ドローしたカードをゆっくりと視界に入れる。

 

「来たか」

「え?」

「俺は手札から、ブリリアントフュージョンを発動!デッキから素材モンスターを墓地へ送り、ジェムナイトモンスターを攻守を0にして融合召喚する!」

「ゆ、融合!しかもデッキから!?」

「俺はジェムナイトラズリーとギャラクシーサーペントを墓地へ送り、ジェムナイトセラフィを特殊召喚!」

「で、でも攻撃力も守備力も0なんだろ?」

「だが、効果は残っている。まずは今素材として墓地に送られたジェムナイトラズリーの効果!墓地から通常モンスター、ギャラクシーサーペントを手札に!そしてセラフィの効果で俺は通常召喚とは別にモンスターを召喚できる!ギャラクシーサーペントを召喚!」

 

これでピースはすべてそろった!

 

「俺は、サーペントとセラフィでリンク召喚!水晶機巧ハリファイバー!」

 

レアコレで安くなった超汎用カード。禁止にされる前に使っておこうと思って買ってみて正解だったな。

 

「ハリファイバーの効果で、デッキからレベル3以下のチューナーモンスター、ジェットシンクロンを特殊召喚!そしてジェットシンクロンでリンク召喚!サクリファイスアニマ!」

「お!サクリファイス!たしかペガサスの使ってたカードだ!」

「俺はアニマをリリースし、沈黙の魔術師サイレントマジシャンを特殊召喚!」

「武藤の手札は8枚……攻撃力5000!?」

「さらに、ハリファイバー一体でリンク召喚!リンクロス!」

「な、なんだ?リンク2のモンスターをリンク1に?」

「リンクロスの効果で、ハリファイバーのリンクマーカーの数分トークンを生み出す。ハリファイバーはリンク2、よって2体のトークンを特殊召喚!」

 

これで俺の場には、サイレントマジシャン、裏守備表示のクリボール、リンクロス、リンクトークンが2体。

 

「行くぞ五和。俺はセラフィの効果でサーペントを召喚したため、通常召喚権がまだ残っている。リンクロスとリンクトークン2体を生贄にささげ……」

「え、三体の生贄?」

「オシリスの天空竜を召喚する!」

「お、オシリスううう!?」

 

俺の場に現れた紙のカード……げふん。神のカード、オシリスの天空竜。DMで闇遊戯が従えていた三幻神の一体。流石に原作のようないかれた効果ではないが、それでも、この状況だけで言えば圧倒的な神だ。

 

「俺の手札が減ったことで、サイレントマジシャンの攻撃力は500ポイントダウンする。だが、オシリスの特殊効果!手札一枚に付き攻撃力が1000ポイントアップ!俺の手札は7枚!」

「じゃ、じゃあ攻撃力は……7000!?」

「俺のバトルフェイズ!サイレントマジシャンでアカシックマジシャンを攻撃!」

 

オシリスの召喚で攻撃力が下がったとはいえ、それでもサイレントマジシャンの攻撃力は4500。アカシックマジシャンとの差は歴然だ。

 

五和LP5900→3100

 

「この一撃で終わりだ!オシリスでヴァレルロードを攻撃!」

「ヴァレルロードの効果!オシリスの攻撃力を500下げる!……でもダメージは3500か……」

「くりくり~」

「え?」

「ん?」

『あら?』

 

俺たちは唐突に聞こえた声に反応する。

 

「なあ、今なんか言ったか?」

「いや、オシリスの攻撃宣言しかしてない」

『でもマスター、私にも聞こえました!』

 

俺たちは顔を見合わせるが、結局声の正体がわからないのでプレイを続行することにした。

 

「それじゃあ、オシリスの攻撃で俺の負け……!いや……」

「ん?」

「まさかな……俺は手札からクリボーの効果発動!」

「……!」

 

それはさっき、五和がお守り代わりにデッキに入れたクリボーのカード。たしかに、五和の使ったクリボーンの効果で蘇生できるモンスターではあったが、このタイミングで手札にそのカードがあったとは。

 

「クリボーの効果でオシリスとの戦闘ダメージをゼロに!」

「……。俺はカードを一枚伏せてターンエンドだ」

 

ハルカ 手札6枚 フィールド オシリスの天空竜 沈黙の魔術師サイレントマジシャン クリボール(裏守備表示)

伏せカード  なし 炎舞天キ

 

 

第11ターン

 

「なあ、武藤。確かオシリスには召喚したモンスターに2000ポイントのダメージを与える効果があったよな?」

「ああ。攻撃表示限定だが、2000以下のモンスターは場に出た瞬間破壊されるな」

「あちゃー、まじか。実はさ、俺のデッキ、もう攻撃力2000以上のモンスター居ねえんだよな」

 

終わりの始まりで除外したカードの中にあったダークアームドやダークネクロフィアも一枚ずつしか買えなかったということか。

 

「まあ、でもせっかくこんな熱いデュエルができたんだ。サレンダーなんかじゃ終わりたくねえ。だから、ドローするぜ!」

「五和……」

「……俺はターンエンドだ」

 

五和 手札 2枚 フィールド モンスターなし 伏せカード なし

 

第12ターン

 

「俺のターン。ドロー!バトルだ!サイレントマジシャンでダイレクトアタック!」

 

五和LP3100→0

 

「俺の負けだぜ……!」

 

 

***

 

「いやー、楽しかったなあ!」

 

午後8時。俺たちはカードショップを出た後、ファストフード店で休憩し、帰路についていた。

 

「まあ、楽しかったならよかったよ」

「テンションひっくいなあ。デュエルの時は結構熱くなってたのによ!」

「え?俺が?」

「ああそうよ。武藤も結構熱い奴なんだって知れてうれしいぜ!」

「よせよ、気持ち悪い」

「でも、結局負けちまったしなあ。やっぱり強い奴には勝てねえのかなあ」

「いや、お前十分強かったぞ」

「え?まじで?」

「ああ。20分、それもストレージのカードが大半を占めるデッキで、それを最大限に活かすプレイングをしていた。特に最後のクリボーの発動には驚かされた」

「あーあれなー。なんかわかんねえけど、クリボーが使ってほしそうな顔してたんだ!……なんつって、絵柄が急に変わったらホラーだっての!」

「いや、それはどうだろうな……」

 

もしかしたら、五和のクリボーにも……。

 

「っと。俺の家、こっちだから」

 

曲がり角で五和は右側を指さす。俺たちの家は左側なので、必然的にここで解散になる。

 

「ああ、それじゃあな」

「おう!武藤、いろいろありがとな!デュエル、楽しかったぜ!またなー!」

 

こちらへ大きく手を振ってから自宅へと走りだす五和を見送ってから、俺も曲がり角を左に曲がる。

 

『マスター、楽しかったですか?』

「……普通だよ」

『あの……もう気にしなくていいんじゃないですか?『あの時のこと』』

「……」

『いえ、すみません。今の言葉は忘れてください……』

 

そこから家に帰るまで、俺とサイマジが言葉を交わすことは無かった。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

8. 今度の日曜、暇?

出会いの季節、春。特に確固たるソースがあるわけではないが春という季節は4月に始まり、5月が終わるころには終わっているというのが共通認識なのではないだろうか。すなわち、今日から始まる6月には出会いもクソも何もないのだ。6月ともなればもうみんな新しい生活に順応し、春にできた仲間たちと過ごしていくのだろう。うちのクラスでも、当然のようにそれぞれのグループが朝っぱらから楽しく会話している。

俺を除いて。再三言っているが、俺は別に友達に飢えているわけでもないし、グループで集まるやつらを見下しているわけでもない。

だが、俺がクラスで孤立しているという状況は事実だ。

 

「よお、武藤!いつもに増して生気のねえ目だな!」

 

そんな俺に話しかけてくる人物は一人しかいないので、俺はけだるげにそれに応じる。

 

「五和。お前毎朝俺に話しかけてくるとか相当狂ってるぞ」

「なんだよー。クラスで孤立している友人を気に掛ける優しいクールメンに向かってよお」

「優しいのかクールなのかはっきりさせないとキャラがぶれて裸で走り出す羽目になるぞ」

「あー、GXのやつか!俺ちょうど昨日その話タツヤで借りてみてたわー」

 

などと言いながら五和は俺の前の席に腰掛ける。毎朝こいつに席を占領される前の席の人に同情しつつも、俺は耳からイヤホンを外す。

 

「それで、今日は何の用だ?」

「あーそうそう!今度の日曜日にみんなと新しくできたショッピングモールに行こうって話になってよ。一緒に行かねーか?」

「嫌だ。てかみんなって誰だよ。おれそんな名前のやつ知らないぞ。むしろクラスで名前知ってるのお前だけだし」

「相変わらず卑屈だなあお前は。4月からずっとクラスの集まりに誘って断り続けられる五和お兄さんの身にもなれっての」

「じゃあ、誘わなければいいだろ」

「いやあ、俺としてはクラスのやつらと一緒に出掛けて困り果てるお前をあざわら……助けてやろうと思ってな!」

 

こいつ今あざわらうって言おうとしなかったか?

 

「何万回誘われても俺はいかない」

「いや、そんなこと言わずに……」

「そういえば、あれから遊戯王部には行ったのか?」

 

面倒なので強引に話題を変える。

 

「行ってるよ!毎週水曜日は遊戯王部の日だよ!」

 

そういえば昔はアニメ水曜にやってたなあ。

 

「でもさ、真崎先輩に何度挑んでも勝てねーんだよ!」

「そうなのか?」

 

真崎とは一度しかデュエルしていないから一概には言えないが、俺の中では五和のほうが強いように感じる。

 

「デッキは何使ってるんだ?」

「そりゃあ、お前とやった時に作った芝刈りクリボーだよ!でもさあ、全然芝刈りが引けねーんだよ!」

「まあ、60枚中の2枚だからな」

「そうだよ、でもさあ、ドローカードを使って引きに行ったら芝刈りで落とせる枚数が減るだろ?どうすりゃいいかなー」

 

そこでホームルームの開始を告げるチャイムが鳴り、同時に担任が入ってくる。

 

「やべ、先生きた。じゃあ武藤、またな!」

 

五和は足早に自分の席に戻り、他の生徒たちもすぐに着席した。

 

「おーし、席ついたなー。そんじゃホームルームを始めるが、その前に今日は転校生を紹介するぞー」

「転校生?」

「えー、まだ6月なんですけどー」

「かっこいい男の子だったらいいなー」

 

唐突な転校生の話に教室はざわめくが、担任の咳払いで静まり返る。

 

「よーし、入れ―」

 

担任の言葉に応じて教室に入ってきたのは小柄な女子生徒。腰くらいまである黒髪。スカートの丈はひざ下まであり、見たかんじだけで言えば真面目な女子、という感じだろうか。

その女子が黒板の前にたつと、担任が黒板にチョークでその名前らしきものを書きだす。

 

「えーっと、遊城ユメコさんだ。はい、自己紹介よろしく」

「はい、先生。えー皆さんおはようございます。ご紹介に預かりました遊城ユメコです。一日でも早く皆さんと仲良くなるのが目標です!よろしくお願いしますね」

 

にこやかな表情でお辞儀する遊城に、クラスの男子たちが盛大に、そりゃあもううるさいくらいに盛大に拍手をする

 

「えーっと、席は……武藤の前が開いてるな」

「え?」

 

俺は自分の前の席を見つめる。全く意識していなかったが、そういえばここに五和以外の人物が座っていることは無かった気がする。

 

「ここ、元から空席だったのか……」

 

そうこうしているうちに遊城は俺の前の席に着席する。と、同時に彼女は俺の方へ振り替える。

 

「どうも、遊城です。よろしくね」

「……ああ、まあ」

 

たいして面白い言葉が見つからなかったので俺の返事も大したものにはならなかった。遊城もさして気にするわけでもなく、黒板の方に視線を戻した。

俺もそれと同時に深い眠りの世界に落ちていった。

 

***

 

気付けば俺は全く知らない場所に立っていた。周りは一面氷張りになっており、足元には俺の姿が鏡のように映っている。

 

「……なんだ?ここ」

 

状況は分からないが、取り合えず歩き出す。本当にどこまでも広がっているし、氷があるのに少しの寒さも感じない。流石にこのままここに居続けたらそのうち気が狂いそうだ。

 

「おーい、サイマジ、ソードマン、いるかー」

 

いつもならこちらから呼びかけることなどないのだが、なぜか俺は二人を呼んだ。

だが、俺の声は空間に木霊するだけで、サイマジもソードマンも姿どころか声さえ聞こえない。

 

「本当にどこなんだここは……」

 

ため息をつきながらも歩き続けると、前方に人影が見えた。

 

「人……?」

 

よくわからないが、誰かがいるならこの状況を脱する糸口になるかもしれない

俺は足早にその人影の方へと向かう。

近づいてみると、そこにいたのは白いローブの魔法使い。俺がよく見た人物だった。

 

「なんだ、いたのかサイマジ。ここはいったいどこなんだ?」

「……」

「またお前の魔法が失敗したのか?」

「……」

「てか、ソードマンは?」

「おい、黙ってないで答え……!」

 

俺がサイマジの肩をゆすろうと手を触れた瞬間、彼女の姿は、まるで氷のようにひびが入り、粉々に砕け散った。

 

「お、おい!どうなってるんだ!?」

 

戸惑う俺の後ろから、再び氷にひびが入る音がした。振り返ると今度は半径10メートルくらいのひびが地面にできており、それがものすごい勢いで砕け散る。

 

「な、なにが……!?」

 

そこに立っていたのは、青白い体に、白いマフラーのような装飾品を付けたモンスター。こいつは確か、E・HEROアブソルートゼロ。昔からヒーローデッキの中核を担う強力なモンスターだ。だが、なぜこいつがここに?

 

「ミツケタゾ……、サマヨエルタマシイ……」

 

そんな短い言葉を話したと思った矢先、アブソルートゼロが、こちらに右手をかざす。

それと同時に、足元に冷たい感触がした。

 

「……な、なんだこれは!」

 

それは俺の足元を包む氷だった。その面積は徐々に広がりだし、だんだんと俺の体全体を包み始める。

 

「や、やめろ!放せ!」

 

それに底知れぬ恐怖を感じた俺は必死にもがくが、だんだんとその力も弱まり、俺は完全に氷に包まれた。

 

 

***

 

「……!」

 

次に俺が目を覚ました時、聞こえてきたのは数学の授業だった。額に流れる汗をぬぐい、顔を上げると、いつもの教室の風景がそこにはあった。時計を見ると、まだ2時間目が始まったばかりだ。

 

「夢……?」

 

あれが、あのリアルな恐怖と闇が夢だったというのか?ならあの時、砕け散ったサイマジは……?

 

俺は慌ててカバンからデッキケースを取り出し、サイマジに語り掛ける。

 

『おい、サイマジ!いるか!』

「はーい!なんですかマスター!」

 

すぐに精霊状態のサイマジが姿を現す。それにほっと胸をなでおろし、デッキケースをカバンに戻す。

 

『何でもない。戻れ』

「えー、なんですか自分からよんどいて!」

 

ぶつくさ言いながらも、サイマジはデッキに戻っていく。

 

「なんだったんだ、今のは……?」

 

体を動かしたわけでもないのに襲ってくる猛烈な疲労感に、俺は再び机に突っ伏し眼を閉じるが、授業が終わるまで俺の意識が夢の世界に旅立つことは無かった。

 

***

 

「はい、今日の授業はここまで。日直」

「起立!礼!」

 

日直が号令をかけるのと同時にチャイムが鳴る。結局、数学の時間から一睡もできず俺は珍しく授業に耳を傾け、気づけば4時間目が終わり、たった今昼休みに突入した。

 

「おーい武藤!昼めし食おうぜ!」

 

そんなブレイクタイムに俺に話しかけてくる五和は、俺の表情を見て首を傾ける。

 

「どうした武藤?なんかやつれてね?」

「……別に。珍しく授業に参加したら疲れただけだ」

「そう?まあいいけどさ」

「ユメコちゃーん!お昼食べよ!」

 

俺の前の席の遊城の周りにはクラスの女子たちが群がっている。

 

「あ、ごめんなさい。お昼休みに行くところがあって」

「えー、残念」

「また今度誘ってくださいね」

 

遊城は女子たちに頭を下げてから席を立ち、足早に教室を出て行った。

 

「遊城、すげー人気だよな。転校初日だってのにさ」

 

俺の視線が遊城に向いていたのを見てか、五和が呟く。

 

「休み時間には男女ともに群がってたのに、男子を危険視した女子が男子を切り離すほどだからな」

「なんだよ。お前いっつも机に突っ伏してんのによく見てんな……。あ!まさか恋か!それでやつれてんの?」

「馬鹿馬鹿しい話すんな、馬鹿がうつる」

「馬鹿を風邪みたいにいうな!……って、誰が馬鹿だ!」

 

ギャーギャー騒ぐ五和は無視して俺は椅子から腰を上げ、ゆっくりと教室を出る。

が、教室のドアを開けた俺の目の前に立つ人物と目が合い、俺は即座にドアを閉める。

 

「おい、武藤!昼飯の話が……。どした?教室出るんじゃねーの?」

「それはどうかな」

「いや、答えになってねーだろ……」

 

すぐに俺の閉めたドアが勢いよく開く。

 

「ちょ、ちょっと武藤君!何で閉めるのよ!」

 

なぜ閉めたかと聞かれれば、その人物に関わりたくないからなのだが、その人物である真崎キョウコは仏頂面でおれを睨む。

 

「あー!真崎先輩!」

 

俺の代わりに五和が盛大に反応する。

 

「あら、五和君。こんにちは」

「どうしたんですか先輩?もしかして、俺をランチに誘いに……」

「いや、それはないわ」

「へぐう!」

 

大げさに胸を押さえて膝をつく五和。こいつはかなり真崎にご執心のようだ。

 

「武藤君、あなたに用があるのよ!」

「俺は先輩に用はないです」

「いいから、ちょっと来なさい!」

 

真崎は俺の手を引っ張り、教室から引っ張り出す。

 

「あ、武藤!てめー、ずるいぞ!」

 

後方で五和が文句を言っていたが、それに答える前にぐいぐいと引っ張られ、俺は階段の踊り場まで連れてこられた。

 

「さて、久しぶりね。武藤君」

 

真崎とあったのは入学式の日にデュエルをしたあの一度きりで、それ以降は廊下ですれ違ったことさえない。てっきり俺を遊戯王部に勧誘するのはあきらめたと思っていたのだが、もしかしてまたデュエルを申し込んでくるのだろうか。

 

「武藤君。あなた五和君とはかなり仲がいいのね」

「いえ、ぜんぜん」

「五和君が誘ったらカードショップにも行ってデッキ構築のアドバイスまでするのに私の誘いは断って、ワンキルかましてくのね?」

「何の話ですか?」

「あなたも知ってるだろうけど、五和君は毎週うちの部に来るからあなたの行動は筒抜けなのよ?」

「えっ」

 

五和のやつ、勝手にべらべら喋りやがって……。

 

「五和がなんて言ったか知りませんが、俺は遊戯王部に入る気はありませんよ?」

「別に、あなたが入りたくないのに無理に誘うつもりはないわ。それじゃあ楽しくないだろうし」

「じゃあ、何の用ですか?」

「日曜日。午前9時に駅前広場の時計の下」

「は?」

「日曜日。午前9時に駅前広場の時計の下」

「……早口言葉ですか?」

「違うわよ!次日曜日に付き合えって言ってるの!」

 

唐突な誘いに、俺は意味が分からず首をかしげる。

 

「だから、日曜日に付き合って……って何度も言わせないでよ!」

 

真崎は恥ずかしさを打ち消すように声を荒げる。

 

「いや、なんで俺が……」

「日曜日に新しくできたショッピングモールの中のカード屋がオープンするのよ」

 

ショッピングモール。確か五和がクラスの連中と行くと言っていたな。そこにカード屋が開くのは全く知らなかったが。

 

「それで?」

「そのカード屋に男女で行くと、プロモカードがもらえるのよ!」

「へえ」

「だから、プロモカードの為に……」

「嫌です」

「そ、即答!?」

「一緒に行く男が欲しいなら遊戯王部のやつ誘えばいいじゃないですか。俺である必要性を全く感じません」

「私だって部の男子を誘ったわよ!でも、なんかみんな遠慮しあって結局誰もOKしてくれなかったのよ!」

 

あー。まあ、遊戯王部の男子たちは女子と二人で出かけるのをすんなり了承できるようには見えないしな。

 

「じゃあ、五和でいいじゃないですか。あいつも日曜日にショッピングモール行くって言ってましたよ」

「……その、五和君はちょっと……」

 

どうやら五和の押しが強すぎて真崎は苦手意識を持ってしまったらしい。どんまい、五和。

 

「だから、お願い!」

「いや、ことわ「いいですよ!」」

 

俺の言葉にかぶせるように了承の言葉が発せられる。驚いてあたりを見渡すと、天井近くに浮かぶサイマジの姿があった。

 

『お、おいサイマジ!なに勝手に……』

『ふんだ。さっきの仕返しです!』

『お前なあ……』

「ありがとう武藤君!それじゃあさっき言った通り日曜の午前九時に駅前広場の時計の下ね!」

「い、いやちょっと!」

 

俺の言葉など聞かずに真崎は階段を駆け上がっていく。

 

 

「……まじかよ」

 

 

***

 

「あっはははは!ハル君が女の子とデートだって?これはノーベル賞ものの出来事だねえ!」

 

放課後、新科学研究所に訪れた俺の話を聞いて竹田は大笑いしながら机の上の将棋盤に駒を打つ。

 

「……言うんじゃなかった」

「いやあ、そんなに怒らないでよ!ふふふ……」

「……王手」

「え?うわ、詰んだ……」

「馬鹿みたいに笑ってるからだ」

 

俺は将棋盤の隣に置いてあるカップを手に取りアイスコーヒーでのどを潤す。

 

「そういえば、あの虹クリボーはどうなった?」

「ああ、そうだ。その話をまだしてなかったね」

 

竹田はまだ笑いをこらえながら駒を箱にしまい、ゆっくりと立ち上がり研究に使っているスペースへ向かう。

工具や機械が乗っかっている机をかき回した後、竹田はこちらへ戻ってくる。その手には俺が以前渡した虹クリボーのカードがあった。

 

「いろいろ調べてみたんだけど、まず、このカードの加工がハル君たちにシクレアに見えるって現象。たくさんの機材でこのカードを映してもやはり僕にはスーレアにしか見えない。同じような現象があるかネットや文献で探したけど、それもなかった」

「やっぱり俺の目がどうかしてんのか?」

「断定はできないけど、精霊であるサイマジちゃんも同じように見える以上、やっぱり普通の文献は意味をなさないんじゃないかな」

「そうか」

「ただ、これを見てほしいんだ」

 

竹田は再び机に向かい、そこから先ほど使っていた将棋盤ほどの大きさの機材を持ってくる。

 

「これは?」

「僕が作ってるソリッドヴィジョンシステム7.5だよ。この機械のディスプレイの四角い枠に遊戯王カードを設置すると、コピー機みたいにカードのイラストを読み取って横についているレンズからソリッドヴィジョンを投影できるようになってる」

「すごいな、もうそこまで進んだのか」

「いや、今まで一回もソリッドヴィジョンは投影できなかったんだ」

「おい……」

「でも、この虹クリボーをセットすると……」

 

竹田は機械に虹クリボーをセットする。すると機械が作動し、黒いディスプレイの下で光が点滅する。それは確かにコピー機のように虹クリボーのカードを読み取る。すると側面のレンズからまぶしいほどの光が放たれる。

 

「うわっ……」

 

あまりのまぶしさに俺は思わず目をつむる。

 

「くりくり~」

「……?」

 

ゆっくりと目を開けた俺の視界に移ったのは、元気よく飛び跳ねる虹クリボーの姿だった。

 

「なんだと……?」

「驚いたかい?これが我が新科学研究所の努力の結晶!ソリッドヴィジョンさ!」

 

その姿は、精霊状態のサイマジやソードマンとも違い、まるで実体を持っているかのような姿だ。まさにアニメや漫画のソリッドヴィジョンそのままと言えるだろう。

 

「まじかよ……」

「えっへん!……と言いたいんだけど、さっきも言った通りソリッドヴィジョンが投影されるのはこの虹クリボーだけなんだ。ほかにも5000種類くらい試したんだけどね」

「つまり、この虹クリボーが特別ってことか?」

「そうなるね。とはいっても、どう特別なのか、それがわからないんだ」

 

わからない。このカードはいったい何なんだ?精霊の宿るカードなのか?だが、この虹クリボーの精霊の姿は見えない。あるのはソリッドヴィジョンとして表れているものだけ。

 

「おっと、そろそろソリッドヴィジョンは消すね。この装置、馬鹿みたいに電力消費するから、5分も持たないんだ」

 

竹田がディスプレイからカードを外すと、ソリッドヴィジョンもすぐに消えた。

五分しか持たないのなら、たとえほかのカードが読み込めても実用可能になるのは遥か先だろうし、竹田の研究はまだまだ続くみたいだ。こいつ、大学の単位は大丈夫なのか?

 

「じゃあ、俺はそろそろ帰る」

 

虹クリボーのカードを受け取り、アイスコーヒーを一気に飲み干してから俺は床に置いてあるカバンを拾い上げ、玄関で靴を履く。

 

「あ、そうだハル君。もしデュエルすることがあったらその虹クリボー、使ってみてくれないかな?」

「え?」

「このカードが何か特別な力を持っているなら、デュエルをすれば発見できることがあるかもしれないだろ?」

「……なるほどな。まあ、機会があれば使ってみるよ」

「うん。それじゃあまたね。あ、日曜日のデートの結果報告もよろし……」

 

竹田の最後の言葉が終わる前に俺はドアを閉め、階段を降り始める。新科学研究所の建物から出た俺は、ふとデッキケースから虹クリボーを取り出す。あいつに日曜日のことを言ったのだけは本当に間違いだったが、この虹クリボーに関しては少なからず進展があった。竹田が実験に使った5000種類ものカードがソリッドヴィジョンにならず、この虹クリボーがソリッドヴィジョン化した理由。それは竹田の言う通り何か特別な力がこのカードに宿っているからだ。

 

「あの、マスター……」

 

隣に現れたサイマジが表情を曇らせながら話しかけてくる。

 

「この虹クリボー、もしかしてマスターの過去に関係が……」

「……そうかもしれないし、違うかもしれない。今の俺にはそれを確かめるすべもない。 なら、気にするだけ無駄だ」

「そう……ですか」

 

サイマジは残念そうに俯く。

それと同時に、俺は背後から何かさっきのようなものを感じた。

 

「……!」

「ど、どうしたんですかマスタ―?」

 

勢いよく振り向いたが、俺の後ろには新科学研究所の建物があるだけで、人はおろか、ネズミ一匹いなかった。

 

「……なんでもない。帰るぞ」

「は、はい」

 

――この時の殺気。気のせいだと思ったそれは、すでに俺たちの運命が大きく動き出していることを示唆するものだった。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

9. へえ~、デートかよ

もう9月ですが、作中ではまだ6月です。登場するカードの種類やリミットレギュレーションはそっちに合わせてますのでご了承ください。


そして日曜日。セットしたアラームを3回ほどスヌーズにしてから起きた俺は、いつもよりゆっくりと朝食をとり、身支度を済ませ、適当に必要そうなものを入れたカバンを肩にかけ家を出た。初夏というのにふさわしく、道を行く人々はだんだん軽装になっている。俺にとっても16度目の夏。だからと言って特に心が躍るわけではない。

 

「思ったより早くついたな……」

 

真崎に指定された時間より15分ほど早く、俺は駅前広場にたどり着いてしまった。休日というだけあって、広場にはたくさんの人がいる。中には俺のように誰かと待ち合わせをしているらしい若い男女がちらほらいる。朝からご苦労なことだ。

俺は約束通り、広場の中央の時計の下に立ち、教室にいるときのように音のないイヤホンを耳につける。

 

「あ、おーい、武藤君!」

 

が、右耳にイヤホンを付けたところで向こうから走ってくる真崎の姿が見えた。

俺は少しため息をつきながらもイヤホンを外し、ポケットにしまう。

 

「ごめん、まった?」

 

少しばかり息を切らす真崎は、そんな社交辞令を投げかけてくる。

 

「いえ、全然。てか、先輩早いですね。まだ15分も前なのに」

「そ、それは!誘っておいて遅刻なんてしたら悪いと思っただけよ!」

「そうですか。それじゃあさっさと行きましょう」

「ムードのかけらもないわね……」

「ムード?」

「なんでもないわよ!ほら、行きましょ!」

 

なぜか不機嫌になる真崎のすこし後ろをついていこうとすると、彼女は立ち止り、一層不機嫌な表情をする。

 

「どうかしましたか?」

「あのさ、武藤君って私のこと嫌いなの?」

「は?」

「入学式の日もそうだったけど、無愛想だし、今も隣じゃなくて斜め後ろ歩こうとしたし」

「無愛想なのはいつもだと思います」

「自分で言うんだ……」

 

まあ、それもそうだが、五和や竹田からもよく言われるし、客観的に見て俺は無愛想なのだろう。

 

「じゃあ、無愛想なのは置いといて、なんで隣歩かないの?」

「休日に俺と一緒に歩いてるところを見られたら先輩の評価が落ちるかと思って」

「……!そ、そんなの気にしなくていいのに。別に一緒にいるところを見られようが、私は全然気にしないわ」

「そうですか。じゃあ、隣歩きます」

 

正直、隣を歩く意味もメリットもゼロなのだが、これ以上めんどくさい話にせっかくの休日を割かれるのも嫌なので、俺はさっさと真崎の横に移動する。

 

「先に言っとくと、俺、先輩のことは嫌いじゃないですよ」

「え!?そ、それって……!?」

「興味がないだけです」

「ちょ!何よそれ!変な期待しちゃったじゃないの!」

「期待?」

「な、何でもないわよ!」

「そうですか。じゃあいいです」

「はあ、こんなんでで今日一日大丈夫かしら……」

 

真崎のつぶやきは特に意に介せず、俺は黙々と歩き続ける。このペースならショッピングモールまではあと5分もせずにつくだろう。

 

 

「そういえば、武藤君は新しい禁止制限見た?」

「ああ、リンクロスが死にましたね」

「やっぱりハリファイバーからの展開が強すぎたわよね、あれ」

「ハリが死ななかっただけありがたいんじゃないですか?」

 

そういえば、この前五和とデュエルしたときにやったリンクロスからのオシリス召喚ももうできないのか。あのコンボ、ブルーDとかも出せるからソードマンのデッキに入れようと思ってたのに、やっぱりデッキってのは思いついたらすぐ作るべきだな。

新しく公式が出した遊戯王ニューロンのアプリなら簡単に構築できるし、アイデアをストックしておく意味でもインストールしておくか。

 

「まあ、そうね。ハリファイバーが消えると解体しなきゃいけないデッキがたくさんあるし」

「そもそもハリファイバーのせいで禁止になったカードの方が多いんで個人的にはそっち返してほしいです」

 

ゴウフウとかスチームとかバルブとか。

 

「なるほど、そういう考え方もあるのね」

「良くも悪くもって感じですよあのカードは」

「なんだか、武藤君って遊戯王のことになると……」

「うわああああ!ど、どいてどいてー!」

「は?ぐわっ!」

 

真崎の言葉をさえぎって突っ込んできた人物が、いきなり俺の後ろから衝突してくる。俺はなんとか倒れないように足を踏ん張り姿勢を維持するが、衝突してきた後ろの人物が無残にも倒れる音がした。それと同時になにかが辺りに散らばる音も聞こえる。

 

「いててて……、ご、ごめんなさい!」

「いや、こっちこそ」

 

じわじわと痛む背中をさすりながら振り向くと、小学校低学年くらいの背丈の男子が尻もちをついていた。

 

「あはは……。って、あー!俺のカードが!」

 

少年はぶつかったときに散らばったであろうカードをあわてて拾い集める。ぶつかってきたのは向こうだが。よけられなかった俺にも責任はある。なので謝罪の意味も込めて足元のカードを拾い集める。

 

「あ、ありがとう!」

「こっちには12枚あった。枚数足りてるか?」

「えっと……いちにいさんしい……うん!足りてるよ!」

「そうか」

 

なんとなしに拾ったカードの一枚をめくってみる。

 

「破壊竜ガンドラか……」

「あれ、お兄ちゃん遊戯王知ってるの?」

「ああ、まあな」

「そうなんだ!俺も一カ月くらい前に始めてさ!頑張ってデッキ組んだんだ!そのガンドラのカード、すごくかっこいいでしょ!」

 

少年はにっこり笑う。

 

「ガンドラかー、それじゃあこれが君の切り札なの?」

 

隣から真崎も俺の手元のガンドラを覗きこむ。

 

「うん!でも、友達には一度も勝てなくて……」

 

すこし視線を落とす少年。確かに、無印ガンドラ単体だと今の遊戯王ではあまりアドバンテージを取ることはできない。効果発動にライフ半分を要求するし、破壊して除外というのも破壊耐性の多い現代遊戯王からすると向かい風だ。

 

「そうねえ、無印ガンドラって使いづらいし……」

「やっぱりそうなのかな……」

「いや、そんなことはない」

「え、武藤君?」

 

意外そうに俺を見る真崎を尻目に俺は鞄の中の調整用カードの箱からカードを一枚取り出して、拾ったカードとともに少年に渡す。

 

「お兄ちゃん、これは?」

「このカードをデッキに入れてみるといい。きっと君のガンドラを助けてくれる。ただ、使いどころが難しいから、よく考えて使うんだ」

「え、でも、あったばかりのお兄ちゃんからカードもらっても、俺、返すものないよ?」

「大丈夫だ。俺はそんなカード36枚もっているよ」

「36枚も!?すげー!」

 

あ、このネタ今の小学生には通じないんだ。ジェネレーションギャップってのを肌で感たぜ……。

 

「ありがとうお兄ちゃん!俺、このカード入れて友達とデュエルしてみるよ!」

「ああ。だが再三言うが使いどころが難しいから……」

「それじゃあね!ばいばい!」

 

俺の言葉を最後まで聞かずに少年は駆け出していく。

 

「……まあ、使ってみればわかるか」

「武藤君、何のカードを渡したの?」

「ちょっとしたエンターテイメントカードですよ」

「え?エンタメ?スマイルワールドでも渡したの?」

「ま、それはさておきさっさとモールに行きましょう。外暑いですし」

 

俺はさっさと歩きだす。今日はサイマジもソードマンも珍しく姿を見せないため、必要以上に疲れることもないので、俺もすこしばかり気を楽にできる。

……というか、あいつらと出会ってからいつも気を張りすぎていた気もしなくはないが。

 

 

***

 

「うげえ……」

 

ショッピングモールにたどり着いた俺は開口一番にうめき声を上げる。

それもそのはず、日曜の朝っぱらからモールには人、人、人。まあ、日曜だから人が多いのはわかるにしても、流石に開店直後の九時過ぎからすでにこの人口密度は意味不明だ。

唯一の救いは外の暑さに反比例するクーラーの風の涼しさだろうか。

 

「武藤君、大丈夫?」

 

しょっぱなからうめき声なんてあげた俺を心配してか、真崎が顔を覗きこんでくる。

 

「あー、はい。まあ、死にはしないです」

「なんで死と隣り合わせ前提なのよ……」

「先輩の言ってたカードショップって何時開店ですか?」

「えーと……10時からね」

「ええ……まだ50分近くあるじゃないですか。それなのになんで九時集合にしたんですか……」

「い、いいでしょ別に!善は急げよ!」

 

どういう善を急いでるのかは全くわからないが、早く来たということは逆説的に帰る時間を早くしても文句は言われないだろうし、それで手を打とう。

 

「先輩。まだ時間があるのなら俺、トイレ行ってきます」

「え?ああ、そう。じゃあ私そこのベンチで待ってるから」

「了解です」

 

真崎に軽く会釈して、俺は入り口近くの男子トイレに入る。

とはいえ、別に催してるわけじゃなく、単に顔を洗いたかっただけだ。あまりの暑さに汗噴き出して気持ち悪い。

洗面台の前に立ち、蛇口をひねるとひんやりとした水が流れ出す。ああ、まさに神の恵み。ライフが500ポイントくらい回復しそうだ。

すぐに水を手のひらにためてばしゃばしゃと顔を洗う。4回くらい繰り返してから、ポケットのハンカチを取り出し顔を拭く。

これで大分さっぱりした。真崎のところにもどろう。

 

「くりくり~」

 

と、思った矢先にそんな声が聞こえた気がした。周囲を見渡してみるが男子トイレには俺しかいない。聞き間違いだろうか。暑くて頭がうまく回ってないのかもしれないな。30秒くらい黙ってみたがそれ以降は何も聞こえなかったので、俺は今度こそ男子トイレを出る。

 

「なーなーねーちゃん。俺と遊ぼうよ~」

 

出て早々馬鹿みたいにでかい声が聞こえてくる。その声は、真崎の座るベンチの周辺から、というか真崎に話しかけているであろうドレッドヘアの男のものだった。

どうやらこれがナンパというやつらしい。初めてみた。

 

「おいねーちゃん、聞いてるのかい?」

「……」

 

その男をガン無視する真崎が偶然こちらの方へ視線を向ける。

 

「あ、武藤君。やけに早かったわね」

 

こちらの存在を認識されてしまった以上、もう一度トイレに戻るわけにもいかず、俺は仕方なく真崎の方へと歩み寄る。

 

「はい。まあ、顔洗ってきただけなんで」

「そう。あ、そうそう。開店まで時間あるしそこのスタバで休憩しない?付き合ってくれてるお礼に奢ってあげるわ」

「あー……じゃあ遠慮なく」

「おいまてやコラ!」

 

意図的にスル―していたのだがそれが余計に怒りを買ってしまったらしく、ドレッドヘアが会話に割ってはいる。

 

「おい、お前!このねーちゃんとはどういう関係だ!?

 

「えーと……まあ、今日は付き合わされてるだけです」

 

ありのままの事実を伝える。

 

「な、なに!付き合ってるだと!お前みたいなさえない奴がこのねーちゃんと!?」

「いや、俺もあんまり気のりはしてないんですけどね」

「気乗りしないのに付き合ってんのか!?何様だてめえ!」

「え?」

 

なんか会話がかみ合ってない気がするんだが。俺が困惑している間にドレッドヘアはどんどん鼻息を荒くする。

 

「おい、てめえ、悪いことは言わねえからこのねーちゃんは俺に渡しな?痛い思いはしたくねえだろ?」

 

どうやらここで真崎を引き渡さないと痛い目に合わされるらしい。それは嫌だ。嫌すぎる。だが、この男の発言には思うところがあった。

 

「なあ、あんたはなんで先輩にナンパなんか吹っ掛けたんだ?」

「ああ?そりゃこのねーちゃんが気に入ったからよ!それ以外に何がある?」

「気に入ったからとか、渡せとか、まるで人を物扱いしてるみたいだが、そんなんで仮に俺が引いたとして、二人で楽しく過ごせると本気で思ってるのか?」

「む、武藤君?別に私はこいつの発言なんて気にしてないし、さっさとスタバに……」

「言うじゃねえかてめえ。つまりお前はねーちゃんを渡す気はねえってことだな?」

「まあ、そうだな」

「なら、さっきの言葉通り痛い目見てもらおうじゃねえか!」

 

その言葉と同時に、男の瞳の奥がわずかに赤く光った気がした。そして、それを裏付けるように男から大きな圧が周囲にのしかかる感じがする。

 

「っ!これは……」

 

だが、その圧を感じているのは人があふれかえったこのモールの中で俺一人。ほかの客は何食わぬ顔でショッピングを続けている。

そして、この圧、というより力に俺は憶えがあった。それと同時に脳裏に浮かぶのは二度と思い出したくない記憶のかけら。

まさか……こいつは……。

 

 

「マスター!」

 

その力を察知したのか、サイマジとソードマンが姿を見せる。

 

『どういう状況ですかマスター!』

『見ての通りだソードマン。確証はないが、もしかしたらこいつは……』

『とにかく、こんなところで『アレ』を始めるわけにもいきませんし、何とかしましょう。行きますよソードマン!』

 

サイマジの提案にソードマンが頷く。

 

『『はあっ!』』

 

掛け声と同時に二人は両手をかざし、ドレッドヘアへ向ける。するとすぐに、奴のはなつ力を跳ね返すような波動が放たれる。

二つの力は大きく反発したが、やがて互いに打ち消しあうように消滅した。

 

「な、何だ?なんで『アレ』ができねえんだ!?」

 

ドレッドヘアは大きく動揺する。

 

「おい」

 

その矢先に俺は宣誓するように口を開く。

 

「デュエルしろよ」

「え?」

 

真崎が間の抜けた反応を示す。まあ、今の一連のやり取りは彼女には見えていないのだろうし、当然か。

 

「デュエルだと?何言ってんだお前?」

「あんた、遊戯王やってるだろ?先輩を俺からひきはがしたいのなら遊戯王で勝負だ」

 

正直、こいつが今すぐさっきの力を出せないことは知っているのだが、それが俺の危惧するものならさっさと解決するに越したことはない。

 

 

「お前、超能力者か?なんで俺がカード持ってるってわかった?」

「……感じたんだよ。デュエリスト特有の殺気ってやつをね!」

 

流石に言い訳としては苦しいか。だが、こちらのことを察知される前にデュエルに持ち込みたい。

 

「いいぜ。相手してやるよ。カードゲームで勝てばねーちゃんを好きにできるなんてローリスクハイリターンだぜ!」

「決まりだな」

「ちょ、ちょっと武藤君?私何も言ってないんだけど―」

「場所はどうする」

「そこのフードコートでいいだろ」

「なるほどな、朝飯前ってのはこのことか!」

 

くそ寒いギャグは無視して、俺はフードコートへの数メートルを進む。

 

『マスター。本当にやるのですか?確かに今すぐには危険はないですが、向こうの情報をもっと集めてからの方が……』

『何言ってるんですかソードマン!向こうが動けないうちにつぶしちゃった方が絶対いいですよ!』

『今回ばかりはサイマジの言うとおりだ。奴が俺たちと『同種』ならデュエルで勝てばおそらく……』

『……わかりました。従います』

 

二人との会話を終え、テーブルに着く。向こうもすぐに向かい側に座る。

俺は鞄からデッキケースと電卓を取り出し、デッキを取り出してシャッフルする。

 

「おい、なんかあそこで遊戯王やるらしいぜ!」

「ちょっと見てくかー」

 

すぐに俺たちの周囲にはモールのカード屋の開店を待っていたであろう人物たちが群がってくる。

 

「デュエルの前に、一応名乗っておこう。俺は武藤ハルカ」

「武藤ねえ……、俺は井上カズマだ」

 

名乗り終わったところで俺たちは互いのデッキをカットする。

 

「先行後攻はどうするよ?」

 

その言葉に、俺はデッキケースからサイコロを二つ取り出す。

 

「ダイスで勝負か。いいぜ」

 

俺の渡したダイスを受け取った井上はにやりと笑う。

 

「「運命のダイスロール!」」

 

ほぼ同じタイミングで投げられた二つのダイス。俺のは赤、井上のは青。木製のテーブルの上で甲高い音を上げながら転がるダイスが動きを止める。

 

「4」

「5だ!」

 

ダイスは井上の勝ち。これで先行後攻の選択権は奴にわたってしまった。

 

「それじゃあ……後攻をもらうぜ」

「何?」

 

先行絶対有利の遊戯王であえて後攻を取るだと?考えられる理由はいくつかあるが……。

慎重にゲームを進めた方がよさそうだな。

 

「どうかしたかよ?」

「……なんでもない。始めるぞ」

 

「「デュエル!」」

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

10. 運命の序曲(前編)

 

先行 ハルカ LP8000 デッキ35枚 手札5枚 エクストラデッキ15枚

後攻 井上  LP8000 デッキ35枚 手札5枚 エクストラデッキ15枚

 

ターン1

 

「俺の先行。スタンバイ、メインフェイズに入る」

 

フェイズ移行を宣言しながら自分の手札を確認する。

……悪くはない。だが、後攻をとった井上の真意がわからない以上、むやみにモンスターを展開するのも考えどころだ。

ここはできる限りの準備をして、相手の行動に対応していくことにしよう。

 

「俺は、俺の場にトークン2体を特殊召喚することで相手フィールドにトーチゴーレムを特殊召喚する」

「初手トーチとはずいぶんいい引きじゃねえか……」

「俺はトークン一体でリンク召喚。リンクリボー。さらにもう一体のトークンを使いリンクスパイダーをリンク召喚」

 

トーチゴーレムからの展開といえばこれが定石。ADS動画なんかでもよく見る光景だ。

 

「そしてリンクリボーとリンクスパイダーでリンク召喚。アカシックマジシャン。効果によりリンク先のモンスター、トーチゴーレムをバウンスする」

 

トーチゴーレムは俺のカードなので、当然俺の手札に戻る。そしてトーチの効果……厳密に言うと効果ではないんだが、それには一ターンに一度の制限がない。

 

「再びトークン2体を特殊召喚し、トーチゴーレムを特殊召喚。そしてトークン2体を素材にセキュリティドラゴンをリンク召喚。効果発動。相互リンク状態の時、相手のモンスターをバウンスする」

 

まあ、俺のモンスターなんだがな。

 

「そしてアカシックマジシャンの効果発動。カード名を一つ宣言し、相互リンクしているセキュリティドラゴンのリンクマーカーの数、すなわち2枚のカードをデッキトップから確認し、宣言したカードがあればそれを手札に加え、残りは墓地に送る。俺が宣言するのは、黒牙の魔術師」

 

デッキトップ2枚を確認する。めくれたカードは、ブラックマジシャンとナイトエンドソーサラー。黒牙の魔術師はなかった。

 

「2枚とも墓地に送る。そして、再びトーチゴーレムを特殊召喚。そして、トークン一体をリリースして、墓地のリンクリボーの効果発動。このモンスターを特殊召喚」

 

ここまで手札誘発は一切なし。とはいえ俺はトーチ一枚で動いているのだから、かの灰流うららも先ほどのアカシックに打てた程度だ。増殖するGならさっさと打っているだろうし、このターン行動を妨害される可能性は低そうだ。

 

「アカシックマジシャン、セキュリティドラゴン、リンクリボー、トーチトークンを素材にリンク召喚。鎖龍蛇スカルデット」

「すげー、あいつトーチ一枚でめっちゃ動くやん」

「いやでも誘発なかったから動けてるだけですしおすし」

 

周囲からそんな声が聞こえる。だが、対峙する井上は一切動揺を見せない。これだけ好き放題展開されているというのにノーリアクションだ。

 

「……スカルデットの効果。モンスター4体を素材にリンク召喚したとき、4枚ドローして、3枚デッキの下に戻す」

 

新たにドローしたカードを確認する。その中にはエフェクトヴェーラーが一枚含まれていた。先ほどまでの手札には誘発が一枚も入っていなかったのでこのカードを引けたのは大きい。

 

「この三枚をデッキボトムへ。そしてスカルデットの効果。手札からモンスター一体を特殊召喚する。俺は幻想の見習い魔導師を特殊召喚」

 

本来ならブラマジをサーチできるのだが、このデッキに入っているブラマジはさっき墓地に送られた一枚のみ。

 

「俺はカードを2枚伏せてターンエンド」

 

ハルカ 手札2枚 フィールド スカルデット(リンク先相手フィールドに守備表示のトーチゴーレム) 幻想の見習い魔導師 伏せカード2枚

 

ターン2

 

「それじゃ、俺のターンだ!ドロー!」

 

さて、このターンの行動で奴が後攻を取った理由がわかるといいんだが。前のターン、俺が打った布石は二つ。一つはスカルデットで手に入れたエフェクトヴェーラー。これで井上のモンスター効果を無効にできる。そしてもう一つは2枚の伏せカードのうちの一枚である超融合。このカードは手札一枚をコストにフィールドで融合できる。場にはさっきスカルデットの展開で相手フィールドに特殊召喚したトーチゴーレムと、俺の場の見習い魔導師。この2体の属性はどちらも闇。つまり超融合でスターヴヴェノム

フュージョンドラゴンを融合召喚できる。さらに言うと、井上が闇属性のモンスターを召喚すればそのモンスターも素材にできる。闇属性モンスターは強力なモンスターが多いので、採用率も高い。奴のデッキに入っている確率も決して低くはないだろう。

 

「俺はトーチゴーレムを攻撃表示に変更し、手札からSRベイゴマックスを通常召喚する」

 

ベイゴマックス。あのカードはフィールドが空なら特殊召喚できるモンスター。どうやらトーチゴーレムを出したことが思わぬラッキーを生んでくれたらしい。

 

「そしてベイゴマの効果!デッキからSRを手札に加えるぜ!」

 

もってくるのは十中八九特殊召喚条件を満たしたタケトンボーグだろうが、ここでヴェーラーを使うかはあやしいところだ。相手がすでにタケトンボーグを持っていたらうち損だし、今後出てくるモンスターへのマストカウンターを決めたい。

ここは温存しよう。

 

「タケトンボーグを手札に加え、そのまま特殊召喚!そして、2体のモンスターでエクシーズ召喚、彼岸の旅人ダンテ!」

 

ダンテか。あいつのモンスター効果は墓地肥やしと打点上昇。だが、墓地肥やしはコストだからヴェーラーでも無効化できない。攻撃表示で出したってことは当たり前だが攻撃する気満々ってわけだ。

 

「ダンテの効果!デッキからカードを3枚墓地へ送り、一枚につき攻撃力を500ポイントアップ!」

 

墓地へ送られたカードは、増援、光の護封霊剣、彼岸の悪鬼ファーファレル……。

ファーファレルか……。

 

「ファーファレルの効果!フィールドのモンスターを一枚除外する。……俺はトーチゴーレムを除外!」

「なんだと……」

 

スカルデットでも見習いでもなくトーチゴーレムを除外だと?

 

「さあ、チェーンはあるか?」

 

ここまで見えたカードから察するに奴のデッキはランク3特化のデッキ。流石にワンキルはないと思うが、ここで超融合を打つべきだろうか。向こうの手札は5枚。召喚権は使っている。だが、手札5枚あってほかに何もないことはないだろう。彼岸モンスターは魔法罠カードがなければ特殊召喚できる効果があるが、闇属性だから超融合で吸える。だが、レベル3モンスターで特殊召喚できるモンスターは山ほどいる。それなら今の段階で破壊されたときに相手のモンスターを一掃できるスターヴヴェノムを出しておいた方が盤面は固められるか?

 

「……チェーンはない」

 

ここでトーチが消えても枚数で俺が損をするわけじゃない。なら、超融合は取っておいていいだろう。

 

「なら、トーチは除外。そして俺は墓地の増援を除外し、マジックストライカーを特殊召喚!さらに緊急テレポートを発動!デッキから幽鬼うさぎを特殊召喚!」

 

これでレベル3のモンスターが2体……。

 

「2体のモンスターでエクシーズ召喚!現れろ!グレンザウルス!」

 

グレンザウルス?たしかあれはエクシーズが実装された当初スターターに収録されたカード。効果発動には戦闘を介する必要があったはず。なぜそのモンスターを採用しているんだ?

 

「さらに、ダンテとグレンザウルスでオーバーレイ。現れろ!FNO.0未来皇ホープ!」

「……!未来皇だと……!」

 

同ランクのエクシーズを素材に出てくる未来皇、だが問題なのはこいつではなく……。

 

「そして未来皇一体でエクシーズ召喚!FNO.0未来龍皇ホープ!」

 

未来龍皇ホープ……。あいつはこちらのモンスター効果を無効にし、そのコントロールを奪うカード。確かに同ランクのモンスターが並ぶデッキなら採用されてもおかしくない。さらに、特殊召喚されたのはさっき除外されたトーチがいたスカルデットのリンク先。

 

「……スカルデットの効果。リンク先に特殊召喚されたモンスターの攻守を300アップする」

「未来龍皇の効果!エクシーズ素材を一つ取り除き、スカルデットの効果発動を無効にしそのコントロールを得る!」

 

スカルデットの効果は強制発動。それを逆手に取られたか。だが、俺にはエフェクトヴェーラーがある。

 

「手札のエフェクトヴェーラーを墓地へ送り、未来龍皇の効果を無効にする……」

「だが、これでスカルデットの効果は有効となり、未来龍皇の攻撃力は永続的に300アップし3300!」

 

あまりおいしくないが、スカルデットをパクられると効果を使われてさらに展開される恐れがある。とはいえこれで攻撃力3300の効果無効&洗脳もちのモンスターを相手にすることになってしまった。結果論だが、スターヴを出しておいた方が良かったかもしれない。

 

「それじゃあバトルフェイズだ!未来龍皇でスカルデットを攻撃!」

「くっ……」

 

ハルカ LP8000→7500

 

「メイン2.俺はカードを2枚セットしターン終了。そしてトーチゴーレムは俺のフィールドに戻る」

 

井上LP8000 手札1枚 フィールド 未来龍皇ホープ(素材2つ) トーチゴーレム 伏せカード2枚

 

ターン3

 

「俺のターン。ドロー」

 

なんてこった。先攻一ターン目の俺の布石である超融合もエフェクトヴェーラーもほぼ意味をなさなかった。そしてこのドローを含めても俺の手札は2枚。場には伏せカードと見習い魔導師だけ。一応超融合でスターヴを出すことは可能だが、それをやっても未来龍皇は越えられない。

とにもかくにも、未来龍皇をどかさないことにはこのデュエルで勝つことはできない。

 

「俺はマジックカード、バウンドリンクを発動。墓地のスカルデットをエクストラデッキに戻し、そのリンクマーカーの数だけドローして、ドローした枚数分デッキの下に戻す」

「なんかあいつやたら手札交換するな」

「手札に上級モンスターしかいないんじゃねーの?」

 

そういうわけではないんだが、このデッキのコンセプト上、デッキにカードを戻すカードは必要不可欠だ。

 

「スカルデットのマーカーは4つ。俺は4枚ドローする……。そしてこの4枚をデッキの下へ送る」

「いいカードは引けたか?」

「見習い魔導師を守備表示に変更。さらにモンスターをセットしてターンエンドだ」

 

1ターン目とは打って変わって短い挙動。だが、現状打てる手はこれだけだ。

 

ハルカLP7500 手札0枚 フィールド 幻想の見習い魔導師(守備表示) 裏側表示モンスター 伏せカード 2枚

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

11. 運命の序曲(後編)

ターン4

 

「俺のターン、ドロー!」

 

さて、このターンの攻撃を2体の守備モンスターと伏せカードで凌がなければいけない。手札をゼロにしてしまったことで超融合はただのブラフにしかならないが、もう一枚の伏せカードは一応発動できる。

 

「俺はバトルフェイズに入るぜ!」

 

スタンバイフェイズもメインフェイズも行動なし。それでも未来龍皇のプレッシャーが場を制圧している。

 

「まずはトーチゴーレムで見習い魔導師を攻撃!」

 

それに対し打てる手はない。素直に破壊される。

 

「続けて未来龍皇でセットモンスターを攻撃!」

「セットモンスターは見習い魔術師。戦闘で破壊されたことでデッキからレベル2以下の魔法使い族モンスターをセットする」

「なら未来龍皇の効果!素材のダンテを取り除き、その発動を無効!」

 

見習い魔術詩は墓地にいるため、コントロール奪取はされない。

 

「トラップ発動。ブロークンブロッカー。攻撃力より守備力が高い守備モンスターが破壊された場合、デッキから同名モンスター2体を特殊召喚する。デッキより2体の見習い魔術師を特殊召喚」

「へえ、珍しいトラップを使うじゃねえか。だが、俺のバトルフェイズは終了してないぜ!まずは今墓地へ送られたダンテの効果!墓地のファーファレルを手札に回収!そしてトラップ発動、エクシーズリボーン!墓地のグレンザウルスを特殊召喚し、このカードをエクシーズ素材にする!」

 

バトル中のトラップによる特殊召喚。つまり連続攻撃が可能。そしてグレンザウルスの効果は……。

 

「グレンザウルスで見習い魔術師を攻撃!そして戦闘破壊したことで、素材を取り除き1000ポイントのダメージを与える!」

「ならそれにチェーンして見習い魔術師の効果発動。デッキから水晶の占い師をセット」

 

ハルカLP7500→6500

 

「俺はメインフェイズ2に移行!カードを一枚セットしターンエンドだ!」

 

井上LP8000 手札2枚 フィールド 未来龍皇ホープ(素材1つ) トーチゴーレム グレンザウルス(素材なし) 伏せカード2枚

 

ターン5

 

「俺のターン、ドロー」

『はわわわ!まずいですよソードマン、マスター押されっぱなしですよ!』

『確かに、相手のフィールドには攻撃力の高いモンスターが3体、さらに確定している妨害札が一回。さらに正体不明の伏せカードが2枚。マスターの不利は火を見るより明らか。ですがそれよりも……』

 

ソードマンはおそらく俺と同じことを思っているのだろう。確かに未来龍皇は強力なモンスターで、このデュエルでもその力を遺憾なく発揮している。だが、さっきの力の源はこいつではない。つまり、やつのデッキにはまだ切り札があるはずだ。

その正体を知るためにも、まずはこのフィールドを何とかしなければいけない。

 

「俺はセットモンスターを反転召喚。水晶の占い師。そのリバース効果は、デッキから2枚めくり、一枚を手札に、もう一枚をデッキの下へ送る」

「そんな雑魚に未来龍皇は使わないぜ。めくればいい」

 

俺は2枚をめくる。一枚は黒牙の魔術師、もう一枚は貪欲な壺。

 

「……」

 

手札が少ないこの状況で貪欲な壺はありがたいが、デッキコンセプトとしては黒牙の魔術師を加えられるチャンスを逃すのも痛い。それにこいつを使えば未来龍皇の攻撃力を半減させることもできる。

 

「……貪欲な壺を手札に。黒牙はデッキの下へ。そして貪欲な壺を発動。墓地のリンクリボー、リンクスパイダー、アカシックマジシャン、見習い魔術師2体をデッキに戻しカードを2枚ドロー」

 

これで手札は3枚。

 

 

「手札からルドラの魔導書を発動。水晶の占い師を墓地へ送り2枚ドロー」

 

これで4枚。

 

「俺はカードを3枚セットしてターンエンド」

 

ハルカLP6500 手札1枚 フィールド 見習い魔術師(守備表示) 伏せカード4枚

 

ターン6

 

「なんだよ、あんだけドローしといてモンスター引けなかったのかよ。ま、出しても未来龍皇の敵じゃないけどな!」

「無駄口をたたいてる暇があるならターンを進めろ」

「てめえ、デュエルが終わったらボコボコにしてやるからな……。俺のターン、ドロー!」

「……」

「容赦なくいくぜ、バトルフェイズだ!グレンザウルスで見習い魔術師を攻撃!」

「トラップ発動。トラップトリック。デッキから無限泡影を除外し、同名カードをセット。この効果でセットしたカードはこのターン発動できる。よって無限泡影を発動。これで未来龍皇の効果は無効」

『やった!これで見習い魔術師のリクルート効果は無効化されませんよ!』

『流石です。マスター』

 

はしゃぐサイマジ。にやりと笑うソードマン。

 

「見習い魔術師の効果。デッキから見習い魔術師をセット」

「この……なら、トーチゴーレムで見習い魔術師を攻撃!」

「再び効果。見習い魔術師をセット」

「未来龍皇で攻撃!」

「見習い魔笛使いをセット」

「ちまちま残しやがって……俺はターンエンドだ!」

 

井上LP8000 手札3枚 フィールド 未来龍皇ホープ(素材1つ) トーチゴーレム グレンザウルス(素材なし) 伏せカード2枚

 

ターン7

 

「ふう……」

 

なんとか凌いではいるが、このデュエル、俺は奴のライフをまだ1ポイントンも削れていない。そろそろ攻めに転じたいところだ。

 

「ドロー。スタンバイ、メインフェイズ。見習い魔笛使いを反転召喚し、効果発動。手札からモンスター一体を特殊召喚できる」

「チェーンはないぜ」

「俺はこの効果でマジシャンズヴァルキリアを守備表示で特殊召喚。さらに、デッキから幻想の見習い魔導師を墓地へ送りマジシャンズソウルズの効果発動。このモンスターを特殊召喚」

「またドローカードかよ……」

「俺はソウルズの効果発動。俺の場の2枚の伏せカードを墓地へ送りカードを2枚ドローする」

 

墓地へ送ったのは、マジシャンズプロテクションと超融合。超融合を手放すのは痛いが、もう一枚の伏せカードは残しておきたいカードなので仕方ない。

 

「墓地へ送られたマジシャンズプロテクションの効果。墓地からブラックマジシャンを特殊召喚」

 

これで俺の場にはモンスターが4体並んだ。

 

「へっ、いくら並べても未来龍皇の前じゃ……」

「いいや、すでに未来龍皇を突破するコンボは完成している」

「なに?」

「まじかよ、攻撃力3300でモンスター効果無効のモンスターを除去るってのか?」

「いや、流石に無理だお。仮に除去ってもトーチとグレンザウルスがいるお」

 

周囲もざわつきだす。まあ、見てなよ。俺のエンタメデュエルをさ。

 

「まずは、見習い魔笛使いとソウルズでリンク召喚!アカシックマジシャン!」

「……!しまった、未来龍皇の位置が!」

「そう。お前は2ターン目、スカルデットのリンク先であるエクストラモンスターゾーンの正面にホープを出した。そしてアカシックマジシャンはリンク召喚成功時、リンク先のモンスターをすべてバウンスする!」

「ち、ちくしょう……なーんちゃって!バカめ!モンスター効果による除去なんて通るわけねえだろ!未来龍皇の効果!アカシックマジシャンの効果を無効にし、コントロールを奪う!」

「だがこれで、そいつは素材を使い切った。もう俺のモンスター効果は無効化できない」

「何言ってんだ、お前の手札はたった2枚、場で攻撃できるのはブラックマジシャン一体!それで俺のモンスター4体を突破できるわけねえだろうが!」

「……それはどうかな」

「何!?」

「俺は手札から、ヘルモスの爪を発動!場のマジシャンズヴァルキリアを墓地へ送り、タイムマジックハンマーを特殊召喚する!」

 

エクストラデッキからフィールドに現れたのは一体の融合モンスター。攻撃力も守備力も貧弱だが、このカードの真の力はそんな数値なんて関係ない。

 

「タイムマジックハンマーの効果、このカードをブラックマジシャンに装備する!そしてこれを装備したモンスターが相手モンスターとバトルするとき、ダイスを振り、出た目と同じ数のターン分そのモンスターを除外する!」

「ま、まじかよ!」

「さらに手札から、拡散する波動を発動!ライフを1000払い、ブラックマジシャンの攻撃をフィールド全体に拡散させる!」

 

ハルカLP6500→5500

 

「ってことは、すべてのモンスターが……」

「そういうことだ!バトル!未来龍皇を攻撃!そしてダイスロール!」

 

さっき使った赤いダイスを振る。

 

「出目は……6!」

「ろ、6だと!?」

「よって未来龍皇は6ターン先へ吹き飛ぶ!続いてトーチゴーレムを攻撃!ダイスロール!」

 

再び転がるサイコロ。その出目は4。

 

「さらにアカシックマジシャンを攻撃!ダイスロール!3!」

「おいおい、なんかすげーぞあいつのデュエル!」

「すげーワクワクするぞ!」

 

周囲は盛り上がりまくっているが、俺にはそれに反応する余裕はない。

 

「ラスト!グレンザウルスを攻撃!ダイスロール!1!」

「お、俺のモンスターが……全滅」

「俺はこれでターンエンド」

 

ハルカLP5500 手札0枚 フィールド ブラックマジシャン(タイムマジックハンマー装備)  伏せカード1枚

 

ターン8

 

「俺のターン……。ドロー」

 

すっかり勢いのなくなった井上は力なくドローする。

 

「ふ、ふふ……」

「……?」

「ふふふははあはははは!なに勝った気でいやがる!モンスターは消し飛んだが、俺の優勢に変わりはないぜ!」

 

確かに、LPだけ見れば俺の方が低いが、フィールドアドバンテージで五分五分だ。それなのに優勢だと?どういう意味だ?

 

「まずはスタンバイフェイズ!1の目で除外されたグレンザウルスは俺のフィールドに戻る!そしてメインフェイズ、俺はこのマジックカードを発動するぜ!」

『!マスター、何か来ます!』

 

井上の出したカードに真っ先に反応したのはソードマンだった。それもそのはず。そのカードはこの状況下で最も効果的なカードだったから。

 

「RUMアストラルフォース!」

「アストラル……フォースだと……」

「このカードの効果により、フィールドで一番ランクの高いグレンザウルスを素材に、同属性、種族でランクが二つ高いエクシーズモンスターを重ねてエクシーズ召喚する!」

 

グレンザウルスのランクは3.属性は炎、種族は恐竜。つまり出てくるのは恐竜族炎属性ランク5のモンスター。該当するカードでこの状況を返せるカードと言えば……。

 

「ランクアップエクシーズチェンジ!現れろ!NO.61ヴォルカザウルス!」

 

そのモンスターの登場に、額から汗が零れ落ちるのを感じた。決して夏の暑さなどではなく、そのカードに秘められた力に対しての反応だった。なるほど、確かにこのカードを主軸にしているのなら後攻をとるのも理解できる。

 

『ま、マスター!このカード!』

『どうやらこのカードが力の源のようですね』

 

サイマジたちも驚きを隠せないようだ。俺たちがこの力を持つカードと対峙するのは一体いつぶりだろうか。そんな感傷に浸る間もなく、ヴォルカザウルスはエクストラモンスターゾーンに現れてしまう。

 

「いくぜいくぜ!ヴォルカザウルスの効果!エクシーズ素材をひとつ取り除き、相手モンスターを破壊!その攻撃力分のダメージを与える!対象はブラックマジシャン!」

「くっ……」

 

ハルカLp5500→3000

 

「これで終わりだと思うなよ?俺はヴォルカザウルスをカオスエクシーズチェンジ!現れろ、迅雷の騎士ガイアドラグーン!」

 

さらにガイドラ。これでヴォルカザウルスの直接攻撃不可のデメリットは帳消しになった。

 

「バトル!ガイドラでダイレクトアタック!」

 

ハルカLP3000→400

 

「これで俺はターンエンドだ!」

 

井上LP8000 手札3枚 フィールド 迅雷の騎士ガイアドラグーン(素材一つ) 伏せカード2枚

 

「教えといてやる。俺の伏せカードは、2枚ともエクシーズリボーンよ!つまりお前がガイドラを倒せばヴォルカザウルスが復活しバーンダメージをくらわすわけだ!」

 

そうでなくとも墓地にはグレンザウルスとダンテがいる。その2体を蘇生させるだけでも俺のライフを削りとるのはたやすいだろう。

 

「さらにさらにい!俺の墓地にはダンテで落とした光の護封霊剣もある!お前が奇跡でも起こして俺の布陣を突破しようが防御も万全だぜ!」

『ま、マスター……』

『……』

「これでねーちゃんは俺のものだ!ねーちゃんよお、別れの前にこいつに言っとくことはあるか?」

 

問いかけられた真崎は、特に焦るわけでもなく、こう言い放った。

 

 

「いうことなんて何もないわ」

「だとよ!残念だったな!ねーちゃんも弱っちいお前を見限ったらしいぜ1」

「勘違いしないでくれる?」

「はあ?」

「私は、武藤君が負けるはずないから言うことがないのよ。彼のことだからどうせえげつない方法で勝つのは容易に想像できるし」

「な、なに言ってんだ!この状況で、モンスターも手札もないこいつが勝てるわけねえだろ!」

「それはどうかしらね。さ、武藤君、あなたのターンよ!」

 

真崎のやつ、俺を評価してくれてるのか、それとも入学式の日のワンキルをまだ根に持ってるのかわからんな。だが、確かにこの状況下で俺が勝つ方法が一つだけ残っている。それにはあのカードを引くのが必要不可欠。果たして引けるか……?

 

 

『マスター……』

『……心配すんなサイマジ。仮に負けても俺たちが失うものは同じだ』

『そうですよサイレントマジシャン。我々は以前もこうしてマスターと一緒に戦ってきた。信じるのです。マスターを』

 

ターン9

 

「俺の……ターン」

 

不思議だ。先ほどまでうるさいくらいに騒いでいたギャラリーの声も、モールに流れるクラシックも、何も聞こえない。俺はただ、このカードを引くだけ。それ以外の情報は完全に意識の外だ。こんな感覚は久しぶりかもしれない。

 

「ドロー!」

 

引いたカードをゆっくりと確認する。

 

「来たか……」

「な、なにを引いた……?」

「俺は今引いたカードを召喚する!現れろ、黒牙の魔術師!」

「黒牙の魔術師を通常召喚だと?バカが、ペンデュラム効果を使っていればガイドラを弱体化させ、さらに墓地の魔法使いを蘇生できたものを!」

「トラップ発動!連鎖破壊!」

「連鎖破壊!?なんだそのカードは!」

「攻撃力2000以下のモンスターが召喚に成功した時、そのコントローラーのデッキから同名カードをすべて破壊する!」

「同名カード……ま、まさか!」

「俺はデッキから2枚の黒牙の魔術師を破壊する!」

 

これがこのデッキで俺が狙っていたコンボ。この効果の為に手札に複数来てしまった黒牙の魔術師をデッキに戻せるスカルデットやバウンドリンクを採用していたのだ。

 

「黒牙の魔術師のモンスター効果!破壊されたとき、墓地の闇属性魔法使い族を特殊召喚する!甦れ、ブラックマジシャン、ナイトエンドソーサラー!」

「その効果、破壊される場所に指定ないのかよ!」

「ナイトエンドソーサラーの効果!特殊召喚に成功した時、相手の墓地のカードを2枚除外する!護封霊剣とダンテを除外!」

「く、それにチェーンして護封霊剣を除外!このターンの直接攻撃を封じる!けっ、ビビらせやがって、所詮お前の場のモンスターじゃ俺のガイドラも次のターンのヴォルカザウルスも対処できまい!」

「俺はレベル4の黒牙の魔術師にレベル2のナイトエンドソーサラーをチューニング!シンクロ召喚、ドロドロゴン!」

「場にブラマジとドロドロゴン……ま、まさかだろ……」

「俺はドロドロゴンの効果発動!このモンスターとブラックマジシャンで融合召喚する!現れろ、超魔導竜騎士ドラグーン・オブ・レッドアイズ!」

 

出てきたのは登場してから環境に君臨し続ける超高額モンスター、通称ドラグーン。ヴェルデアナコンダで真紅眼融合をデッキから発動し融合召喚するのが一般的だが、流石にドラグーンとアナコンダをそろえる資産はなかったので、俺のデッキではこの出し方しかできない。

 

「おいおい、なにあのかっこいいドラグーン……」

「ヘイトがたまらないドラグーンとか初めて見たでござる」

「いや、まあそれはアナコンダのせいでもあるんじゃね?」

 

周囲はドラグーンの登場に盛り上がる。

 

 

「ドラグーンの効果!融合召喚の素材にした通常モンスター一体に付き一回、相手モンスターを破壊し、その攻撃力分のダメージを与える!素材にした通常モンスターは一体、よってガイアドラグーンを破壊!」

「ぐおあっ!」

 

井上LP8000→5400

 

「これでターンエンドだ」

 

ハルカLP400 手札0枚 フィールド 超魔導竜騎士ドラグーン・オブ・レッドアイズ

 

ターン10

 

「お、俺のターン!ドロー!」

「スタンバイフェイズに、タイムマジックハンマーで除外したアカシックマジシャンがフィールドに戻る」

「くっ……ドラグーンは効果の対象にならず効果破壊もできねえ……ヴォルカザウルスを蘇生させても……。ターンエンドだ……」

 

井上LP5400 手札4枚 フィールド アカシックマジシャン 伏せカード2枚(エクシーズリボーン)

 

ターン11

 

「俺のターン。ドロー。スタンバイフェイズ、トーチゴーレムがお前のフィールドに戻る。そしてメインフェイズ、ドラグーンの効果!トーチゴーレムを破壊!」

 

井上LP5400→2400

 

「そしてバトル!アカシックマジシャンに攻撃!」

 

井上Lp2400→1100

 

 

「ターンエンド」

 

ハルカLP400 手札1枚 フィールド ドラグーン

 

ターン12

 

「く、くそ……手札にドラグーンを処理できるカードがねえ……。しかもターン1でカード効果は無効にされちまう……。このドローで何とかしねえと……」

 

相当焦っているらしい井上はひとりでぶつぶつとしゃべった後、意を決したようにデッキへ手を伸ばす。

 

「お、俺のターン!ド」

「ちょっとあんたたち!」

 

急に割って入ってきたのは、フードコートの店員らしきおばちゃんだった。相当お怒りのご様子で、かなり険しい表情をしている。

 

「フード―コートはご飯を食べるところだよ!まったく開店早々ギャーギャー騒いで!他のお客さんの迷惑だよ!さっさと片付けな!」

 

おばちゃんがテーブルをたたくと同時に井上のデッキが崩れ落ちる。

 

 

「ああ!てめえ、なにすんだ!ババア!」

 

だが、井上の言葉など意に介せずにおばちゃんは持ち場へと戻って行ってしまった。

 

「あーあ、いいとこだったのに中断かよ」

「でも、正直いまのデュエルはドラグーン出したやつの勝ち確だったし、まあいんじゃね?」

「てか、そろそろショップ開くんじゃね?」

「おーそだそだ、早く行こうぜ!」

 

ギャラリーたちも俺たちのデュエルから興味を失ったらしく、あたりに散っていった。

 

「く、くそ……。何が勝ち確だ。まだ俺がドローしてなかっただろ……」

「どうする井上。もう一度デュエルするか?」

「う、うるせえ!調子に乗りやがって!もうてめえもそこの女もどうでもいい!とっとと消えちまえ!」

「……そうか。じゃあな」

 

俺は席を立つ。

 

『マスター、さっきのヴォルカザウルス、回収しなくていいんですか?』

『この状況でカードふんだくれると思うか?それに、中断こそしたがデュエルには勝ったんだ。以前と同じならもうあのカードには大した力は残ってない』

『確かに。マスターの言う通りです』

 

サイマジとソードマンも納得したようで、姿を消した。俺はというと、散っていったギャラリーのいた場所にぽつんと立つ真崎の方へとたどり着いたところだ。

 

「お待たせしてすいません。スタバ、行きますか」

「いや、もうショップ開店だから」

「なん……だと」

「それにしても、連鎖破壊なんてマイナーカード、よく使おうと思ったわね」

「前から何か使えそうなカードだとは思ってたんですよ」

「そう。それにしても不愛想で私に興味ないとか言ってた武藤君が私の為にナンパ男に勝負挑むなんて意外だったな~」

「別に。ただ、他人をもののように扱うあいつの言葉に少し腹が立っただけです」

「ふーん」

「じゃあ、ショップ行きますか。4時くらいには帰りたいですし」

「すでに帰宅前提!?しかもはやっ!」

 

これが今日の最初のデュエルだった。

 

 

そう、最初の。

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

12. ようこそカードショップアンドウへ

ショッピングモールの3階、エレベーターを降りたら右手に目的のカードショップの扉は位置していた。看板を見てみると『カードショップアンドウ』とポップな事態で書かれている。

 

「え、個人経営?」

 

アンドウという英単語を聞いたことは無いし、そんな専門用語も全く知らない。つまりはアンドウというのは店主の苗字であると予想できるわけだが、こんなでかいモールだからてっきり大手のショップの店舗だとばかり思っていた。

 

「さ、行きましょ武藤君」

「あ、はい」

 

真崎の後ろから店内に入る。開かれた扉からは亀のゲーム屋の扉のようにカランコロンと音が鳴る。店内にはすでに何人か先客がいるらしく、そこそこにぎわっているようだ。

 

「いらっしゃいませー……お、キョウコちゃん、待ってたよー」

 

出迎えてくれたのは眼鏡をかけた30代くらいの男性。黄色いエプロンには看板と同じロゴが入っており、安全ピンでとめられた名札には『店長』と書かれている。

 

「こんにちは、ユウタおじさん」

 

真崎が店長に軽くお辞儀する。よくわからんがこの二人は知り合いらしい。

 

「あ、武藤君。この人はこの店の店長の安藤ユウタさん。私の親戚のおじさんなの」

「おっ、君がキョウコちゃんの言ってた助っ人だね?僕は安藤。店長って呼んでくれると嬉しいな」

「はあ、どうも。……てか先輩、助っ人って何ですか?」

「え?いや、そ、それは~」

 

なぜか真崎は俺から目をそらし音のない口笛を吹く。

 

「あれ、キョウコちゃんから聞いてないの?」

「えっと、なんかプロモカードがもらえるからって誘われたんですけど」

「ええ?」

 

店長はやれやれと言わんばかりに肩をすくめる。

 

「キョウコちゃん、ダメじゃないか。そんな嘘で連れてきちゃ」

「だ、だって、普通に誘ったら武藤君ぜったい来ないし……」

「はあ……。えっと、武藤君だっけ。ごめんね、プロモカードはないんだよ」

「え、じゃあなんで?」

「実は、今日この後開店記念大会をやるんだけど、スタッフがぎっくり腰になっちゃって、うちはその人と僕しか店員がいないから、それで大会運営の助っ人を探してたんだよ」

 

なるほど、そりゃ俺なら断るだろうな。自分で言うことでもないが、俺は見ず知らずの人の為に無償で労働するほどできた人間じゃないし。

 

「おねがい、武藤君!この開店記念大会が成功すれば、おじさんの夢に一歩近づくの!」

「夢?」

「ちょっとキョウコちゃん?急に夢とか言われても彼だって困るだろ?」

「おじさんはこのカードショップアンドウをもっと大きくして、世界中の子供たちにカードゲームの楽しさを伝えるのが夢なの!その第一歩が今日なの!」

 

あまりに熱心に頼んでくる真崎に困り果て、店長の方に視線を向ける。

 

「い、いやあ、お恥ずかしい夢を聞かれちゃったねあ、あはは」

「別にいいんじゃないですか。立派な夢ですよ」

「え?」

「今、日本にはたくさんのカードゲームがありますけど、どのゲームも時代とともにパワーインフレが進んで軽い気持ちで始めることが困難にもなってますし、子供たちが始めてくれればそのコンテンツそのものの寿命も延びますし」

「む、武藤君……」

 

店長は何故か流れている涙をハンカチでぬぐう。

 

「き、君はなんていい人なんだ!そうだよね、やっぱり子供たちに楽しくカードしてほしいよね!同じ志をもった人がいて僕はうれしいよ!うう……」

「え、いや、俺は事実を言っただけで……」

「キョウコちゃんの目に狂いはなかった!僕からもお願いするよ、ぜひ今日の大会運営を手伝ってほしい!なんならそのままうちでバイトしてほしい!」

 

おいおいなんだこの流れは。この人さっきまでティラノ剣山ばりの常識人だと思ってたのに……。

 

「頼むよ武藤君!謝礼も払うからさあ!」

 

さっき、俺は自分のことを自分で卑下したが、いくら俺が冷徹だとしても、この状況で断るのは初心者に時と場合の違いを教えるくらいには困難だろう。

 

「わ、わかりました……」

 

結局、俺は首を縦に振ることしかできなかった。

 

それから5分後、俺は店長から予備のエプロンとスタッフと書かれた名札を渡され、それを身に着け、現在レジにて大会参加者の受付をしていた。

 

「えっと、この用紙に名前と年齢を記入してください。名前はハンドルネームでも構いません。……はい、ありがとうございます。受け付けました」

 

これで受付名簿には18人の名前が記入された。定員は30人なので、このペースだともうじき埋まるだろう。

 

『流石ですね。マスター。接客が様になってます』

『俺をなめるなよソードマン。こちとら毎週コンビニのバイトやってんだぞ』

『フフ……。それならここもバイト先に加えてみてはいかがですか?』

『前向きに検討しとくよ。……てか、サイマジは?』

『彼女ならあそこです』

 

ソードマンが指さしたのはショーケースのコーナー。なるほど確かにサイマジはそこにしゃがみ込みカードを眺めている。

 

『ほえー、円融魔術って今こんなに高いんですねー。あ、このマスカレーナちゃん可愛い~』

『はあ、あいつはいっつも能天気でいいよなあ』

『そこが彼女の長所であり短所なわけで。っと、次のお客様が来ましたよ』

 

「大会出たいです!」

「あ、はい。じゃあこの用紙に名前と年齢を記入してください」

「はい!……ってああー!今朝カード拾ってくれたお兄ちゃん!」

 

元気よく俺を指さすのは、今朝モールに来る途中に衝突した小学生だった。

 

「お兄ちゃんここの店員さんだったの?」

「まあ、今日だけ臨時でな」

「へえー、あ、そうだ!俺もさっきのフードコートでのデュエル見てたんだよね!すごかったよね、あのめっちゃ無効にしてくるエクシーズモンスターをものともせずにずばばーんとやっつけちゃうなんてさ!お兄ちゃん強いんだね!」

「良い子はフードコートでカードゲームするなよ。さっきみたいにおばちゃんに雷落とされるぞ」

「はは、そうかもね!……えっと、ここに名前っと……」

「天城ミズキっていうんだな」

「うん!お兄ちゃんは?」

「俺は、武藤ハルカだ」

「そっか、ハルカ兄ちゃんか!俺、今朝もらったカードデッキに組み込んだんだ!これで優勝間違いなしだぜ!」

「ま、頑張れよ」

「うん!そんじゃハルカ兄ちゃんも仕事頑張ってねー!」

 

ミズキは元気よくレジを後にする。

 

「武藤君、調子はどう?」

 

バックヤードから真崎と店長が段ボールをもって出てくる。

 

「いま、19人です」

「へえ、かなりいいペースで集まってるじゃない」

「分布的には小中学生が多い感じです。……その段ボールは?」

 

俺の問いに答えるように二人は段ボールを下ろし、ふたを開ける。

 

「これは、ノーマルカードコーナーに並べる予定のカードだよ。一枚10円、小中学生でも気軽に買えるでしょ?」

 

店長が胸をはる。確かに、大体のショップはノーマルカードでも30円とか50円くらいで売ってるし、この人の夢である子供たちにカードゲームを広めることの一歩としては十分だろう。

 

「武藤君。受け付けは僕とキョウコちゃんが代わるから、このノーマルカード、棚に入れてきてくれないかな」

「あ、はい。いいですよ」

 

正直営業スマイルも限界近かったし。

 

「ありがとう。結構量あるからゆっくりやってくれていいよ」

 

俺は床に置いてある段ボールのうち一つを持ち上げ、レジを出てショーケースコーナーと対極の位置にある棚の前で下ろす。きれいに磨かれた棚には誇り一つない。とりあえず段ボールのふたを開け、適当に数十枚手に取って棚に設置されている籠に並べていく。

その際、どんなカードが入ってるのか気になり少し見てみる。

 

「えーと、オノマト連携にデストルドー、ゲイルにラヴァゴ、こっちには禁テレ、おろ埋

……」

 

ノーマルとはいえ、結構実践レベルのカードが多い。それでいて禁止カードとかの類はちゃんと抜いてある。本当に初心者向けに用意されてるな。

そこから5分くらいカードを並べていると、ふいに肩をたたかれる。

 

「あのー、すみません」

「はい、なんですか?」

 

カードをいったん段ボールに戻しゆっくりと立ち上がる。俺の肩をたたいた主は、どこかで見たことある小柄な女の子だった。

 

「あ、やっぱり武藤君でしたか」

「あ、えーっと……転校生の……」

「遊城ユメコですよ」

「そう、遊城さん」

「思い出してくれてよかったです」

「それで、遊城さんはなんでカードショップなんかに?」

「その、私も遊戯王やるんです」

「へえ、意外だ」

「武藤君もここでバイトしてるってことはやるんですか?」

「いや、バイトじゃないけど……。まあ、一応やってるよ」

「そうなんですか。いつか対戦してみたいですね」

 

遊城はにっこりと笑う。

 

「別に俺とやらんくても、今日開店記念大会あるし、出てみれば?」

「あー、その……。今日デッキを持ってきてないんです」

「ああ、そっか」

「でも面白そうだし大会を見学してみます。それじゃあ武藤君もお仕事頑張ってくださいね」

 

そう言い残して遊城はショーケースコーナーの方へ消えていく。

俺はそれを見送ってから再び段ボールからカードを取り出し作業を再開した。

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

13. デュエルの極意

「皆さん、お待たせしました!これよりカードショップアンドウ開店記念遊戯王大会を開催します!」

 

デュエルスペースにて、マイクを持った店長の開会宣言に、たくさんの拍手が鳴り響く。結局定員30人の枠はすべて埋まり、枠から漏れたであろう人たちも見物人としてこの場にいる。

 

「えー、それではさっそくルールを説明いたします。キョウコちゃん、ホワイトボード~」

「はーい」

 

真崎が店長の後ろホワイトボードを裏面に回す。そこには箇条書きで大会のルールが書かれていた。

 

「まず、本大会の参加者は総勢30名。そして、その30人の中なら誰と何回デュエルしてもかまいません」

「ええ!?それじゃあどうやって優勝を決めるの?」

「いい質問です。ホワイトボードをご覧ください。ほら、マグネットのついた星形の折り紙があるでしょ?参加者は最初にこの折り紙、スターチップを2個持ってスタートしてもらいます。デュエルにはこのスターチップを任意の数賭けてください。勝った方は負けた方からスターチップを受け取り、制限時間1時間半の間に一番多く集めた人が優勝です!」

 

つまりは原作の王国編と同じルールだ。流石にフィールドパワーソースとかはないけど。

 

「じゃあ、スターチップがなくなったらもうデュエルできないの?」

「いいえ、スターチップがゼロになっちゃったひとはお近くのスタッフから2個、スターチップをもらうことができます。今日のスタッフは私と、ホワイトボードを回してくれた真崎さん、そして受付をしてくれた武藤さんの3人です。3人とも同じ色のエプロンをしてますので、気軽に声をかけてくださいね!」

 

このスターチップ補充制度は、店長も取り入れるか悩んだらしい。そして導入を決めてから3日間夜なべして段ボール3個分のスターチップを用意したと言っていた。

……流石にそんなにいらんと思うけど。

 

 

「そして、リミットレギュレーションは最新のものを適用。例えばリンクロスは禁止だったり、ドラグーンは制限だったり、確認したいときはリストをこのホワイトボードに貼っているので各自見てください。また、ルール等で分からないことがある場合も、スタッフに聞いてください。調整中でなければお答えします」

 

 

少しばかり冗談めいた言い回しに参加者から笑い声が聞こえる。

 

「それでは、始めたいと思います。……ゴホン。デュエル開始イイイイイ!」

 

いや、あんた絶対それがやりたかっただけだろ。

 

まあそれはさておき、参加者たちはスターチップを手に取りさっそく対戦を始めた。

俺はそれを確認すると、近くのパイプ椅子に腰を下ろす。

 

『賑やかでいいですね』

 

大会の様子を見ながらソードマンが呟く。

 

 

『ほんと、みんな楽しそうです』

 

サイマジも笑顔でうなずく。

 

『まあ、こういう型にはまらない大会は目新しいし、ルールを聞いたときに盛り上がるだろうなって思ったさ』

『そういえば話は変わりますが、春先に起きていた連続放火事件、今月上旬からまた起きているようです』

『あーそういえばバイト先の人がそんなこと言ってたわ』

『我々も気を付けましょう。あのアパートがなくなったら行くところがありませんからね』

『そうだな。まあ、さっさと犯人が捕まってくれればいいんだけどな』

『ちょっと二人ともー、今は大会の方を見ましょうよー、そんな話帰ってからでいいじゃないですかー』

 

口をとがらせるサイマジに、俺とソードマンは苦笑いして大会の方へ視線を戻す。

 

「よーし、俺のターン!」

「その効果にチェーンしてトラップ発動だ!」

「え、そのカードテキスト確認してもいい?」

「ウィンたん可愛いお。僕の嫁だお」

「インチキ効果も大概にしろ!」

「エフェクトヴェーラーってパンツ見えてますよね」

 

本当ににぎやかだ。なんか一部よくわからんこと言ってる連中もいるが。

俺も、あんなふうにデュエルできたらな……。

思い出すのは小学生の時、構築済みではなく初めて自分で組んだデッキを使って友達とデュエルしたこと。確か使っていたデッキはBFだったか。あのころはDDBの強さがわからなくてアーマードウイングばっかり出してた気がする。勝ったり負けたり、もしかしたら負けの方が多かったかもしれないけど、俺は確かにデュエルを楽しんでた。

 

 

 

――いや、本当にあれが俺だとしたら、だけどな。

 

 

***

 

大会が始まってから40分が経過したあたりで、スターチップを失った参加者がちらほらでてきた。俺はレジに置かれた段ボールから予備のスターチップを取り出し彼らに2個ずつ渡していた。

そんな参加者の中で、すでに8回もスターチップを手渡した人物がいる。

 

「あー!また負けたア!」

 

それは先ほど受付で話したミズキだった。様子を見ていたが、どうやら一度も勝っていないらしい。

 

「うう……ありがとうございました」

 

流石に負けまくったのがショックなのか涙目で対戦相手にあいさつし、俺の方へと歩いてきた。

 

「ほい、スターチップ2個な」

「いらない」

「……?」

 

差し出されたスターチップを受け取らないミズキ。

 

「もう、デュエルしたくない。だって、どうせ負けるもん」

「……」

「せっかく頑張って組んだデッキなのに!俺が下手くそなせいでこいつらに勝たせてあげられないんだ!そんなのもう、いやだよ……」

 

その声が聞こえたのか、近くにいた真崎が駆け寄ってくる。

 

「えっと、ミズキ君だっけ。一応貸し出しデッキも用意してあるし、それを使ってみれば……」

「嫌だよ!」

「でも、せっかく大会に参加してくれたんだし、私たちは君にデュエル、嫌いになってほしくないな」

「でも……、このデッキが……」

 

俯くミズキは大粒の涙をこぼしている。

 

「……店長。10分くらいスタッフやめていいですか?」

「え?」

 

突然の提案に店長は疑問を浮かべる。

 

「10分でいいんで」

「……!なるほど。そういうことか。オッケーだよ武藤君。運営は僕とキョウコちゃんで何とかする」

「ありがとうございます。……ミズキ、お前がスターチップを受け取らないなら、このチップは俺がもらう」

「え?」

「だが、残念なことに俺のデッキはバックヤードのカバンの中だ。取りに行くのも面倒だから、お前のデッキを貸してくれ」

「俺の……デッキを?」

「俺がこのデッキを勝たせてやる。それを見たいなら一緒に来い」

「ハルカ兄ちゃん……」

「どうする。貸してくれるのか?」

 

俺の問いに、ミズキは慌てて服の袖で涙をぬぐう。

 

「う、うん。お願いします!俺、しっかり見て勉強します!」

 

ミズキから差し出されたデッキを受け取り、俺はエプロンを外して椅子の背もたれにかける。

 

「行くぞ」

「うん!」

「まって、武藤君!」

「なんですか先輩」

「本気なの?そのデッキに文句をつけるわけじゃないけど、あなたそのデッキ初めて使うんでしょ?それで勝つって……本気?」

「本気です。このデッキで、勝ちます」

「……そう。まあ、あなたのことだから考えがあるのかもしれないし、これ以上は何も言わないわ」

 

真崎との会話を終え、俺はミズキと共にデュエルスペースに入り、相手を探す。

 

「あの、すいません。デュエルしてくれませんか」

「え?僕?」

 

俺が声をかけたのは白い帽子をかぶった中学生くらいの男子。彼はスタッフの俺が参加していることに困惑した表情を見せたが、まだ少し涙目のミズキを見て察してくれたらしく、頷いてくれた。

 

「ありがとう。それじゃあ始めようか」

「よろしくお願いします。スターチップは何個賭けですか?」

「2つで」

「わかりました」

 

中学生は遊戯王ニューロンのアプリを開き、コイントスの画面を見せてくる。

 

「表で」

「じゃあ僕は裏で」

 

画面をタップすると同時にコインが回転し、ゆっくりと止まる。出たのは裏。

 

「それじゃあ、僕の先攻です」

「了解」

 

そこから、カット&シャッフルを済ませ、すべての準備が整った。

 

「いきますよ」

「ああ」

 

「「デュエル!」」

 

先攻 中学生 LP8000 手札5枚 デッキ35枚 エクストラデッキ15枚

後攻 ハルカ LP8000 手札5枚 デッキ35枚 エクストラデッキ15枚

 

 

 

ターン1

 

「僕のターン!スタンバイ、メインフェイズ。手札からコールリゾネーターを発動。デッキからレッドリゾネーターを手札に加えます」

 

アークファイブでジャックが使ったレッドリゾネーター。効果も優秀で、しかもチューナー、ほんとアークファイブのジャックは優遇されてるよなあ。

 

「そして手札からレッドリゾネーターを召喚!効果発動、手札からレベル4以下のモンスターを特殊召喚する。そしてそれにチェーンして、緊急テレポートを発動!そして、さらにチェーン、サモンチェーンを発動!」

「わ、なんかいっぱい発動したよハルカ兄ちゃん!」

「サモンチェーンはチェーン3以降で発動できるカード。その効果はこのターンの通常召喚を3回にするんだ」

「そ、それじゃああと3回も召喚するの?」

「いや、すでに彼はレッドリゾネーターに一回召喚権をつかってるから、あと2回だ」

「その通り。それじゃチェーン2の緊急テレポートを解決。デッキから幽鬼うさぎを特殊召喚。そしてレッドリゾネーターの効果で手札からグリーンガジェットを特殊召喚」

 

なるほど、そういうデッキか。

 

「あれ、でもさ、あと2回召喚できるとしても、相手のお兄ちゃんの手札はあと一枚。先攻は攻撃できないのにそんなに手札を使ったらあとで困るんじゃないの?」

「いや、彼の出したグリーンガジェットがそれを補う」

「グリーンガジェットの効果でデッキからレッドガジェットを手札に加え、さらにレッドガジェットを召喚。その効果で今度はイエローガジェットを手札に加えます。そしてイエローを召喚。効果でグリーンを手札に」

「うそ、もうモンスターが五体も!?」

「僕はレベル4のグリーンガジェットにレベル2のレッドリゾネーターをチューニング。シンクロ召喚!スターダストチャージウォリアー!シンクロ召喚成功時、カードを一枚ドロー!」

 

これで彼の手札は3枚。どうやら手札消費を抑えながらシンクロするガジェットデッキらしい。

 

「そしてレッドガジェットと幽鬼うさぎでリンク召喚!水晶機巧ハリファイバー!効果によりデッキからジェットシンクロンを特殊召喚!そしてレベル6のスターダストチャージにレベル1のジェットシンクロンをチューニング!妖精龍エンシェント!」

 

禁止じゃない方の鰻か。フィールド魔法があると効果を発揮するモンスターだが、ガジェットに入るとしたら歯車街とかだろうか。

 

「ジェットシンクロンがシンクロ素材となったことで効果発動。デッキからジャンクシンクロンを手札に加えます。僕はこれでターンエンド!」

 

中学生 LP8000 手札4枚 フィールド ハリファイバー 妖精龍エンシェント イエローガジェット

 

ターン2

 

「俺のターン。ドロー」

 

さて、好き放題ぶん回されたことからわかる通り、手札誘発はこのデッキにはない。相手の中学生は、実質手札一枚消費でここまで展開したのだから大したもんだ。

 

「ハルカ兄ちゃん、なんかめちゃくちゃやられたけど大丈夫なの?」

「落ち着け。確かに手札もほぼ減らさず展開してきたが、彼のフィールドのモンスターはどれもこちらの動きを妨害するカードじゃないだろ?デュエルをするなら、自分だけでなく相手のフィールドも見ろ。効果が分からなければ相手に断って見せてもらえ」

「う、うん!なるほど!」

「それじゃあ、スタンバイからメインフェイズに入る」

「どうぞ」

「俺は手札からモンスターを一枚捨てて、ワンフォーワンを発動。デッキからレベル1のモンスター一体を特殊召喚する。この効果で手札からジェットシンクロンを捨てて黄泉ガエルを特殊召喚」

「なら、効果解決後、ハリファイバーの効果。このモンスターを除外し、エクストラデッキからフォーミュラシンクロンをシンクロ召喚扱いで特殊召喚。フォーミュラの効果でカードを一枚ドロー」

 

これで手札5枚。しかも、フォーミュラは相手ターンでシンクロ召喚できる効果がある。妖精龍エンシェントは闇属性ドラゴン族でレベル7。フォーミュラはレベル2のチューナー。来るのはあいつだろう。

 

「フォーミュラシンクロンの効果で、相手メインフェイズにシンクロ召喚する。妖精龍エンシェントにフォーミュラシンクロンをチューニング!シンクロ召喚!えん魔龍レッドデーモンアビス!」

 

レッドデーモンアビスはターン1でフィールドのカード一枚の効果を無効にするカード。これで1妨害か。ともあれ、動いていかないとデュエルには勝てない。

 

「俺は黄泉ガエルをリリースし邪帝ガイウスをアドバンス召喚。その効果により、レッドデーモンアビスを除外する」

「え、でもそれは無効にされるんじゃないの?」

「その通り、レッドデーモンアビスの効果で、ガイウスの効果を無効にします!」

「だが、その効果は一ターンに一回。バトルフェイズ。ガイウスでアビスを攻撃」

「そんな、アビスの攻撃力は3200でガイウスは2400だから勝てないよ!」

「ダメージステップに入ってもいいか?」

「……!はい、どうぞ……」

 

中学生は何をされるか大方予想がついたらしく、苦い表情をしている。

 

「速攻魔法、禁じられた聖槍。アビスの攻撃力を800下げて、他の魔法罠の効果を受けなくする。これでバトルする2体の攻撃力は互角。相打ちとなる」

「くっ、破壊されます」

「すげー!あの強いシンクロモンスターを倒した!」

「大体の場合、デュエルはモンスターだけでは勝てない。魔法だけでも、トラップだけでも勝てはしない。大事なのはその組み合わせだ」

 

まあ、世の中にはフルモン超重武者とか緑一色大逆転クイズとかあるんだが、それは今はいいだろう。

 

「俺はメインフェイズ2に入り、そのままターンエンドだ」

 

ハルカ LP8000 手札2枚 フィールド モンスターなし 伏せカードなし

 

ターン3

 

「僕のターンです。ドロー!」

 

これで彼の手札は6枚。先攻で消費したリソースが完全に回復している。

 

「まずは手札からジャンクシンクロンを召喚!」

 

さっきジェットシンクロンの効果で加えたモンスターだな。

 

「その効果で墓地からジェットシンクロンを特殊召喚!そしてレベル4のイエローガジェットにレベル1のジェットシンクロンをチューニング!シンクロ召喚!TGハイパーライブラリアン!」

 

でた、新マスタールールのせいで制限に逆戻りしたカード。こいつ当時はジャンプの付録だったんだよなあ。当然俺も3冊買いましたとも。

 

「さらに手札を一枚捨てることで、ジェットシンクロンを墓地から特殊召喚!レベル5のハイパーライブラリアンにレベル1のジェットシンクロンをチューニング!シンクロ召喚!BF星影のノートゥング!」

「うわ、連続でシンクロ召喚してきた!」

「ノートゥングの効果で相手プレイヤーに800ポイントのダメージを与える!」

 

ハルカLP8000→7200

 

「そして、場にシンクロモンスターがいることで手札からシンクローンリゾネーターを特殊召喚!僕はレベル6のノートゥングにレベル3のジャンクシンクロンとレベル1のシンクローンリゾネーターをダブルチューニング!シンクロ召喚、レッドデーモンズドラゴンタイラント!」

「ええ、レベル10で攻撃力3500!?」

 

やるじゃねえか、ジャッケロォ!

……ふざけてる場合じゃねえ。タイラントは自身以外のフィールドのカードを全滅させる効果と、バトルフェイズ中の魔法トラップの発動を無効にする効果がある。特に一つ目の効果は、俺が前のターン墓地に送っておいた黄泉ガエルの蘇生による防御を完全に無力化している。

 

「シンクロ素材に使われたシンクローンリゾネーターの効果で墓地のレッドリゾネーターを回収して、バトルフェイズ!タイラントでダイレクトアタック!」

 

ハルカLP7200→3700

 

「うわ!ライフがあ!」

「僕はこれでターンエンドです」

 

中学生Lp8000  手札4枚 フィールド レッドデーモンズドラゴンタイラント

 

ターン4 

 

「俺のターン、ドロー」

「まままずいよハルカ兄ちゃん!俺たちのフィールドはがら空きで、向こうは攻撃力3500だよ!あれと手札にあるガジェットモンスターで攻撃されたら負けちゃう!」

「落ち着け。デュエルにおいて冷静さを欠いたら負けだ。手札の数だけ可能性があるし、墓地に送られたカードだって決して無駄じゃないんだ」

「で、でも……」

「スタンバイフェイズ、墓地の黄泉ガエルの効果。このモンスターを特殊召喚する」

「通ります」

「そしてメインフェイズ開始時、強欲で金満な壺を発動」

「あ、それは前にリサイクルショップのガチャガチャで手に入れたカード!」

「エクストラデッキからカードをランダムに6枚除外して、2枚ドローする!」

 

 

俺はエクストラデッキを裏向きのまま並べ、中学生に6枚選ばせてそれを除外し、2枚ドローする。

 

「来たな……」

「あ、そのカードはハルカ兄ちゃんがくれたカード!でも、この状況で使っても……」

「俺はカードを3枚伏せターンエンド」

 

ハルカLP3700 手札1枚 フィールド 黄泉ガエル 伏せカード3枚

 

ターン5

 

「僕のターン、ドロー!レッドデーモンズドラゴンタイラントの効果発動!フィールドの自身以外のカードをすべて破壊する!」

「トラップ発動!ブレイクスルースキル!タイラントの効果は無効!」

「く、ならレッドリゾネーターを召喚!効果でグリーンガジェットを特殊召喚!グリーンの効果で、レッドを手札に!そしてレベル4のグリーンにレベル2のレッドリゾネーターをチューニング!シンクロ召喚!スターダストチャージウォリアー!効果で一枚ドロー!そして手札からシンクローンリゾネーターを特殊召喚!」

 

そう、タイラントの効果を無効にしたため、このターン彼はタイラント以外のモンスターでも攻撃できるのだ。そのための、追撃のシンクロモンスターが何かによってこのデュエルの勝敗が大きく変わる。

 

「レベル6のスターダストチャージウォリアーにレベル1のレッドリゾネーターをチューニング!シンクロ召喚!サイバースクァンタムドラゴン!」

 

クァンタムは相手モンスターを手札に戻し追加攻撃できるモンスター。黄泉ガエルをバウンスされさらに追加攻撃、そしてタイラントで攻撃されれば俺の負けとなる。

 

「バトルフェイズ!クァンタムで黄泉ガエルを攻撃!そして……」

「トラップ発動!ナイトメアデーモンズ!」

「な!?」

「そんな!ハルカ兄ちゃんがくれたカードだけど、今使ったら大変なことになっちゃうよ!」

「黄泉ガエルをリリースし、相手フィールドにナイトメアデーモントークン三体を特殊召喚する!」

「いいんですか?このトークン、確か攻撃力2000ですよね?」

「ああ、構わない。続けてくれ」

「なら、攻撃対象がいなくなったことで、攻撃を巻き戻し、クァンタムでダイレクトアタック!」

 

ハルカLP3700→1200

 

「そして、タイラントでダイレクトアタック!」

「トラップ発動!魔法の筒!相手モンスターの攻撃を無効にし、その分のダメージを与える!」

「うわっ!」

 

中学生LP8000→4500

 

「なら、ナイトメアデーモントークンでダイレクトアタック!」

「手札から、バトルフェーダーの効果発動!このモンスターを特殊召喚し、バトルフェイズを終了する!」

「何やってんだよハルカ兄ちゃん!それがあったならクァンタムの攻撃宣言時に使ってダメージを食らわずに済んだじゃないか!」

「……僕は1枚カードを伏せてターン終了です」

 

中学生 LP4500 手札1 フィールド レッドデーモンズドラゴンタイラント サイバースクァンタムドラゴン ナイトメアデーモントークン3体 伏せカード1枚

 

ターン6

 

「俺のターン。ミズキ、俺がフェーダーを温存した理由。それは……勝つためだ」

「勝つ……ため?」

「俺のターン……ドロー!スタンバフェイズ黄泉ガエルを特殊召喚!そしてメインフェイズ、手札から強欲で貪欲な壺を発動!」

「ここで強貪とは、運がいいですね」

「それは違う。このデッキにはもともとドローカードがふんだんに入っている。全てはデッキに一枚しかない切り札を引くためにな」

 

そうだ、俺は見ていた。ミズキのデュエルを。こいつは大好きなあのカードを引くためにドローするカードをたくさん使っていた。だからこそ、俺は使ったことのないこのデッキを信じることができた。ミズキが一枚一枚のカードに込めた思いを感じられたから。

 

「でも、強貪はデッキの上から10枚除外するカード。デッキに一枚しかない切り札が消えてしまうリスクがありますよ?」

「確かに、その切り札を引く目的なら、もっといろんなドロソがあるかもしれない。でも、ミズキはたとえ必要なカードを3枚揃えられなくても、自分がパックで引いたり、店のガチャで引いたりしたカード一枚一枚を大切にしている。こいつにあと足りなかったのは、デッキに応えようとする思いだったんだ!」

「ハルカ兄ちゃん……」

「強欲で貪欲な壺のコストで裏側で10枚除外し、2枚ドロー!」

 

こんなに熱い気持ちでデュエルしたのはいつ以来だろう。今年に入ってから真崎や五和、虎尾、井上達とデュエルしたが、俺の気持ちはどこか冷めていた。だが、ミズキのデッキが俺を初心に帰らせてくれたのかもしれないな。

 

「ハルカ兄ちゃん!」

「武藤君……」

『マスター!』

『来て!逆転の切り札!』

 

俺はゆっくりとドローしたカードを確認する。

 

「来たぜ……。俺はバトルフェーダーと黄泉ガエルをリリースし、破壊竜ガンドラを召喚!」

「ガンドラ……来てくれたんだ!」

「俺は手札を一枚捨て、ジェットシンクロンを特殊召喚!そしてガンドラの効果!ライフを半分払い自身以外の全てのカードを破壊し除外する!」

 

ハルカLP1200→600

 

「僕のモンスターと伏せカードが……」

「ガンドラはこの効果で破壊したカード一枚に付き攻撃力を300アップする。破壊したカードは7枚。よって2100ポイントアップ!さらに、ナイトメアデーモントークンが破壊されたとき、コントローラーは一体に付き800ポイントのダメージを受ける!」

「3体ってことは、2400!?」

 

 

中学生LP4500→2100

 

「バトルだ!破壊竜ガンドラでダイレクトアタック!」

 

中学生LP2100→0

 

***

 

「うわー、負けちゃった。でも、なんかアニメみたいですごく楽しいデュエルでした。ありがとうございます」

「こちらこそ。よくできたガジェットシンクロだった」

「あ、そうだスターチップ2個、どうぞ。あと……」

 

中学生はミズキの方を見る。

 

「君のデッキ、すっごく面白かったよ!今度会ったらデュエルしてくれる?」

 

その言葉にミズキは満面の笑みを浮かべる。

 

「うん!そのときは俺がこのデッキ使いこなして、絶対勝つから!」

「はは、負けないよ!それじゃあ、残りの試合もお互い頑張ろうね!」

 

中学生はデッキをケースにしまい、俺に軽く会釈してから席を立った。

 

「どうだ、ミズキ。デッキは力を示した。後はお前がそれに応えるだけだぞ?」

「うん、俺、強くなるよ!今日ハルカ兄ちゃんが教えてくれた冷静さ、状況の確認、そして勝つためのプレイング、全部できるようになって、いつか兄ちゃんに挑戦するよ!」

「ああ。待ってるぜ」

 

ミズキはそう言って、俺からスターチップを受け取ると次の相手を探しに行った。俺はそれを確認してからデュエルスペースを出て、椅子に引っ掛けたエプロンを再び身にまとう。

 

「いやー武藤君!いいデュエルだったよほんと!僕感動した!」

 

店長は俺を両肩に手を置き、号泣しながら首をブンブンとふる。

 

「ほんとにね、お疲れ様武藤君。ちょうど10分よ」

「ああ、どうも」

「戻った」

「はい?」

「やっぱり武藤君って遊戯王の話とかプレイしてる時と普段の変わりよう激しいわね」

「そうですか」

「なのにどうして遊戯王部の勧誘を断ったり、デュエルから遠ざかろうとするの?」

「……別に、いいじゃないですか。俺の自由でしょ」

「それは、まあ、そうだけど」

「……ちょっと、水飲んできます」

 

俺は真崎に背を向けその場を去る。

 

そうだった。真崎の言葉で思い出した。

俺はデュエルから身を引かなければいけない。

 

 

それが、俺の犯した罪への償いなのだから。

 

 

***

 

「あれが、武藤ハルカ……。彷徨える魂」

「おい、なんで俺は大会に出ちゃいけねーんだよ!あいつにさっきの借りを返す絶好の場だったのによ!」

「あわてないでカズマ。その時はもうじき来る。でも……」

 

 

 

「やはりこの世界のデュエルでは彼の真の力は引き出せそうにないわね」



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

14. The usual Yu-Gi-Oh

「いやー、今日は手伝ってくれてありがとうね、武藤君!」

 

 

開店記念大会は終わったものの、参加者やギャラリーたちはまだフリー対戦を行っている。そんな彼らのにぎやかな声が聞こえるなか、バックヤードで店長が深々とお辞儀をする。

 

「いえ、別に。大したことじゃないです」

「いやいや、今回の大会は武藤君の協力がなかったら成功しなかったと思うんだよね。それにあの小学生の子も、武藤君のおかげで楽しくデュエルしてたし。君がいなけりゃ彼は遊戯王をやめてたかもしれない」

「……俺はただきっかけを与えただけです」

「それがすごいことなんだよ。少なくともあの子は君によって救われた。それができたのは武藤君自身が遊戯王に対して熱い思いを持ってるからじゃないかな?」

「……」

 

熱い思い何てあるのだろうか。いや、仮にあったとしてもその気持ちは捨てなければならない。

そのはずなのに、俺は店長の言葉にどこか嬉しさを感じてしまった。

 

「……大会終わったし、俺はそろそろ帰ります」

 

だから、それをごまかすように帰り支度を始める。

 

「……うん。そうだね。改めて、今日はありがとう。また機会があったら来てね。あ、それと……」

 

エプロンのポケットをがさごそと漁った店長は、取り出した何かを俺に手渡してきた。

 

「これは?」

「今日の謝礼さ。特に高額なカードじゃないけど、今の君にとってとても大切な意味が込められてると思う」

「……どうも」

 

俺はそれを受け取り、鞄から取り出したデッキケースに入れる。

 

「それじゃあ、お疲れ様です」

「はーい、またね~」

 

ひらひらと手を振る店長に会釈して、俺はバックヤード入り口ののれんをくぐる。

 

「俺のターン!」

「よーし、こい!」

 

なんとなしに、デュエルスペースに目を向ける。あの端っこの席でミズキのデッキを使ってデュエルしていたことが、なんだかすごく昔のことのように感じだ。

 

「……帰るか」

 

だれに言うわけでもなく、俺は扉に手をかける。

 

「ちょっと、武藤君!」

 

そんな俺に後ろから声をかけてきたのは、真崎だった。

 

「なんですか?」

「なんですか、じゃないわよ!なんで帰ろうとしてるの!」

「なんでって……。先輩の要望通り大会のスタッフやったし、もう俺がここに来た目的は完了したじゃないですか」

「そ、それは……そうだけど……」

「けど、なんですか?」

「う、うるさいわね!あれよ、今日付き合ってくれたお礼に屋上のタピオカ屋でも奢ってあげようと思ったのよ!」

 

なぜか逆切れされたが、確かにのどは乾いている。今日持参したペットボトルの水はもうなくなってしまったし、ただで飲み物が手に入るなら儲けものだろう。

 

「……じゃあ、奢ってもらいます」

「よし。じゃあ、私お財布取ってくるから!絶対待ってなさいよ!」

 

真崎はそう言い残すと、小走りでバックヤードへ駆けて行った。

 

『マスター……』

 

真崎がバックヤードに消えたのと入れ替わりに、いつの間にかサイマジが隣にいた。ソードマンの姿がないが、まあ瞑想でもしてるんだろう。

 

『なんだよ』

『今日、楽しくなかったですか?』

『またその質問かよ』

 

以前五和とデュエルした時も、サイマジは同じように悲しそうな表情で俺に問いかけてきた。いつもうざったいほどに元気なこいつにそんな顔をされると、それがどれほどの思いを込めた問いなのか知りたくなくてもわかってしまう。

 

『だって、ミズキ君にデュエルの極意を教えてた時のマスターは、いつもとは違う顔をしてたから……』

『そんなことないだろ。俺はいつも無愛想だって五和が言ってたぞ』

『じゃあ、なんでミズキ君に『待ってる』なんて言ったんですか?』

 

その問いに、俺の言葉は詰まってしまう。

 

『マスターは、いつか強くなったミズキ君と楽しいデュエルをしたいって思ったんじゃないですか?彼に『あの時の自分』と同じものを感じたから』

「違う!」

 

思わず、脳内ではなく口に出して否定してしまった。だが、店内はもともとにぎやかだったため、それに反応する者はいなかった。

 

『……馬鹿な話はそれくらいにしろ』

『マスター……』

『うるせえよ……』

『私は、信じてます。いつかきっと、マスターがあの日の笑顔を取り戻してくれるって』

 

そう言い残して、サイマジは姿を消した。

 

「あれ、武藤じゃんか!」

 

サイマジがいなくなったと思ったら矢継ぎ早に俺に対し声をかけてくる人物がいた。その人物に視線を向けると同時に俺は軽くため息をつく。

 

「なんだ、お前か、五和」

 

Tシャツに半ズボンと、夏らしいラフな格好をした五和に俺は思ったままの言葉を告げる。

 

「なんだとはなんだ!たった一人の親友に向かって!」

「親友って?」

「ああ!」

 

こいつも順調に洗脳されてきたな……。

 

「てか、武藤ここで何してんの?」

「それはお前もだろ。今日はクラスの奴らと来てるんじゃなかったか?」

「ああ、うん。そうなんだけどよ、ここにカードショップあるの見つけたから、ちょっと別行動させてもらっててさ」

「それは、みんな今頃楽しくやってるだろうな」

「涼しい顔でよくそんなひどいことが言えるなおい!」

 

まったく、暑苦しい奴だ。

 

「まあ、このショップはシングルカードの値段も安めだし、店長もいい人だから、結構いいところだぞ」

「なんだよ、武藤はもう見て回ったのか?」

「まあ、少しな」

「あ、武藤君、お待たせー」

 

五和との会話を遮ったのはバックヤードから出てきた真崎だった。

 

「え、真崎先輩!?」

「げ、五和君!?」

 

今たしかに「げ」って言ってましたよ先輩。

 

「お、おい武藤!どういうことだよ!なんでお前が真崎先輩と!」

 

鼻息を荒くした五和が俺の肩をゆすってくる。

 

「お、おちつけ五和」

「落ち着いてられるか!ちくしょう、俺の誘いを断ったのはそういうことだったのか!」

「いや、約束したのはお前の誘いより後……」

「うるせー!この野郎、自分だけいい思いしやがって!」

 

駄目だ、もう何を言っても五和は聞く耳を持たないだろう。めんどくせえ……。

 

「ちょ、ちょっと五和君!なに暴れてるのよ!」

「先輩は黙っててください!これは男と男の戦いなんです!」

 

いつのまに戦いが始まったんだ。というか戦いにしてはワンサイドすぎるだろ……。

 

「そ、そうだ五和。真崎先輩が屋上でタピオカ奢ってくれるらしいし、お前も一緒にどうだ?」

「なんだと!武藤、てめえ!……ぜひご一緒させてください!」

 

何とか五和の手から逃れた俺はゆすられて痛みが残る肩を軽くさする。

 

「ちょ、ちょっと武藤君!何勝手に……」

「ささ、行きましょう真崎先輩!」

 

文句を言おうとした真崎の手を引いて五和はエレベーターの方へ上機嫌で向かっていく。

危なかった。クラスのリア充である五和を敵に回したら明日の朝、俺の席はなくなっていたかもしれない

  

 

***

 

「お待たせいたしました、ご注文のタピオカミルクティーでございます!」

 

屋上のタピオカ屋にはほとんど客がいなかった。いや、まあたしかにこんな暑い日にわざわざ陽のあたる屋上まで来てタピオカを飲む人もそうはいないだろう。

笑顔でタピオカを手渡してくる店員も、内心は不満でいっぱいかもしれないなと思いながら、俺はストローに口をつける。

 

「う、うめー!マジうまいっすね真崎先輩!」

 

そんな炎天下、五和はいつも通り、というかいつも以上にうるさく喋っている。それに対する真崎は苦笑いだ。

 

「そ、そうね。というか、全員分奢ってもらっちゃったけど、五和君お金大丈夫?」

「大丈夫です!真崎先輩のためなら全財産はたきます!」

「いや、それはいらないわ」

「なんて思慮深いんだ真崎先輩!」

 

テンションが右肩上がりの五和に、真崎は恨みがましそうにこちらへ視線を向けてくる。

こればかりは本当に申し訳ないが、今日は俺のために犠牲になってもらおう。

 

「そういえば武藤君、ユウタおじさんから謝礼もらえたの?」

「まあ、一応」

「何もらったの?」

「カードを一枚」

「え、なんのカード?ちょっと見せて――」

 

真崎の言葉を遮るように、突然けたたましい音が鳴り響く。それが非常ベルだと気づくのと、屋上の入り口が吹き飛び、そこから炎が広がるのはほぼ同時だった。

 

「な、なんだ!?」

 

五和や真崎だけでなく、屋上にいた全員が驚き、悲鳴を上げ、パニックに陥った。

 

「火事だ!」

 

近くいた男性が大きな声で叫ぶ。

火事だと?こんな火の気のない場所で?

ふと思いしたのはカードショップアンドウでソードマンが言っていた連続放火事件の再開。

 

とにかく、この状況はまずい。屋上に逃げ場はないのだから、火を放っておけば全員死ぬ。

 

「五和!そこの消火器!」

 

運よく、五和の立っていたすぐそばに消火器があった。

 

「お、おう!ちょっと待ってろ!」

 

五和はタピオカを投げ捨て、急いで消火器を持ち上げ、炎に向かって噴射する。

 

 

――が、炎は全く弱まらない。

 

「ど、どうなってんだ!?全然消えねえぞ!」

 

五和はなおも消火器を噴射するが、一向に炎が弱まる気配はない。

 

 

「その炎は消火器なんかじゃ消えねえよ!」

 

唐突に聞こえた声に皆が反応する。

その声の主は、あろうことか燃え盛る炎の中から現れた。

 

「……!お前は!」

「う、ウソでしょ!?」

 

俺と真崎は同時に声を出す。

なぜならその人物は、先ほどフードコートで俺とデュエルをした井上だったから。

 

「井上……」

「よう武藤、さっきぶりだなあ!」

 

炎の中から出てきたというのに、井上はけろっとした顔で俺に言葉を投げかけてくる。

 

「おい、お前!誰だかしらねーが、これはお前がやったのか!」

 

五和が怒鳴る。

 

「ああ、そうさ。これは俺の力だ!」

「まさか、あなたがあの連続放火犯!?」

「放火なんて安っぽい言葉で表さないでくれよねーちゃん。これは俺の、『こいつ』の力さあ!」

 

井上の声と同時に炎の中からなにかの姿が出てくる。

 

「はああああ!?なんだこいつはああああ!」

「う、うそでしょ!?」

 

そう、出てきたのは炎をまとった巨大な化け物。真っ赤な体をした恐竜のような姿は、俺も、真崎も、見たことがあった。

 

 

「No.61 ヴォルカザウルス……!」

「は?何言ってんだよ武藤?たしかナンバーズって遊戯王のカードだろ?」

 

違う。これは現実だ。

 

――くそ、あのカードの力はさっきのデュエルの時確かに消滅したはずなのに!

 

 

「驚いてるみてーだな諸君!そうさ!こいつは俺のエースカード、ヴォルカザウルスよ!だがこいつはただのカードじゃねえ!本物の力を持った生命体なんだぜ!」

「そんな馬鹿な!はっ、これはもしかして夢なのか?」

「いいや五和。これは現実だ」

「武藤君?なんでこの状況でそんなに落ち着いて……」

「そうだよなあ、武藤!お前はこの状況が現実だってすぐにわかったよなあ!いい子ちゃんぶってねえで……正体表しなあ!」

 

井上の怒号とともにヴォルカザウルスの口から炎のブレスが放たれる。それはまっすぐ俺に向かっている。

 

「おらおら!よけたら後ろの人間どもが吹き飛ぶぜえ!」

「っ……!」

「武藤君!逃げてええええ!」

 

真崎の声と同時に炎は俺に直撃した。

屋上にものすごい爆発音が鳴り響く。

 

「う、うそだろ……。む、むとおおおおおおおお!」

「い、いやああああああ!」

「心配すんなよ、武藤はこの程度じゃくたばらねえさ!なあ!?」

 

井上の煽りにこたえるように、周囲に立ち込める煙が吹き飛んでゆく。

 

「この下衆が!我らのマスターに何をする!」

「マスターには指一本触れさせませんよ!」

 

俺の目の前でソードマンは剣を持ち、サイマジは杖を振り、ヴォルカザウルスの攻撃を防御していた。二人ともいつもの精霊状態ではなく、我が家同様実体化して。

 

「井上……キサマ……!」

 

俺は井上を睨みつける。

 

「おお、こわいこわい。にしてもあいつの言うとおりだったな。今朝俺の力を防いだのもその精霊たちだったわけだ!」

「せ、精霊?どういう……ことなの?」

「お、おい武藤!こりゃ一体どういうことなんだ!」

 

真崎たちはこの状況に全く付いてこれず、俺に説明を求める。

だが、それに答えている時間など井上はくれないだろうし、あのヴォルカザウルスもまだ元気なようだ。

 

「井上、何が目的だ?」

「俺個人の目的は今朝の復讐よ!だが、『俺たち』の目的なら、おまえもわかってんじゃねえのか?」

「俺たちを追ってきたってわけか……」

「まあ、そういうことだ!」

「なら、お前がまた俺の相手をするってことか?」

 

 

「いいえ、あなたの相手は私」

 

その声は、井上のものではなかった。そして、その声と同時に燃え盛る炎も、屋上も、俺の後ろにいた真崎と五和以外の人たちもすべてが文字通り瞬間凍結した。

 

「なんだよ、邪魔すんなよ!」

「カズマ。あなたでは彼に勝てないわ」

「はあ!?なめてんのかてめえ!」

 

井上の言葉を意に介さず、その後ろから現れたのは白い仮面に、白いマントを身にまとった女だった。そいつはゆっくりと俺たちの方へ近づいてくる。

 

「お前は……誰だ?この人たちに何をした!?」

 

俺の問いに、女はゆっくりと口を開く。

 

「この氷は私の力によってこのモール全域に張り巡らされている。この中で動けるのは『魔術の札』の力をもつもののみ」

「なに……?」

 

俺は真崎たちの方を見る。真崎も五和も、ほかの人たちとは違い自由に動いている。

まさか……?いや、そんなはずはない。彼女たちはこの世界の人間なのだから。

 

とにかく、この女たちを何とかしないと……。

 

「そして、私は……。そうね、ミス・ドリームとでも呼んでもらおうかしら」

「ミス・ドリームだと?ふざけた名前だな」

「今、適当に考えたから。さて、くだらない話はここまで。わかってると思うけど、私を倒さないとこの氷にとらわれた者たちは解放されない。あの時みたいに逃げることはできということよ」

 

やるしかないのか……。

俺は再び真崎たちの方へ視線を向ける。

 

「な、何だよ武藤?」

「五和、真崎先輩。下がっててくれ。あいつらは俺が……俺たちが倒す」

「な、何言ってるのよ武藤君!あんなめちゃくちゃなことができる人たちにどうやって立ち向かうのよ!?」

 

「サイマジ、ソードマン。スフィアフィールドだ」

「良いのですか、マスター?」

「……やるしかないだろ。こうなったら」

「で、でもマスター!この世界でアレをやって体がもつかどうかわかりませんよ!?」

「ここでやらなければどの道奴らは俺たちを消すつもりだぞ?」

「そ、それは……」

 

サイマジは悩みながらも、意を決したようにソードマンとアイコンタクトを取る。

 

『『スフィアフィールド、展開!』』

 

その掛け声と同時に、俺たちとミス・ドリームを囲むように白いエネルギー波が広がっていく。

 

「な、なんだこれ!?」

「これって……ゼアルの……。そんなはずないわ。だってあれはアニメの話で……」

 

エネルギー波は真崎たちの目の前で止まり、そのまま球体となり上空へと浮かんでゆく。

 

「スフィアフィールドを展開したってことは、やるってことでいいのよね?」

「……ああ」

 

この力を使うのはかなり久しぶりだが、ちゃんと発動してくれるだろうか。

 

「いくぞ!」

 

「「デュエルディスク、セット!」」

 

その声と同時に何もない空間から白い羽のようなパーツが回転しながら出現し、俺の腕に装着され、展開される。

ミス・ドリームの方にも同じように青い氷のようなパーツが装着される。

 

「「Dスキャナー、展開!」」

 

今度は俺の左の目元に白いフェイスペイントのようなものが現れる。

 

「「デュエルターゲット、ロックオン!」」

 

これですべての準備が整った。俺はデュエルディスクにデッキをセットする。それと同時にオートシャッフル機能が作動し、デッキがシャッフルされる。同時にサイマジとソードマンもデッキの中へと消えていく。

 

「「デュエル!」」

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

15. 怒涛の連続召喚!出現する氷の英雄!

「一体どうなってんだ!なんか変な球体に武藤もあのサイレントマジシャンたちも、みんな包まれちまったぞ!」

「武藤君……」

「ちっ、俺の出番を奪いやがって……」

 

スフィアフィールドの下ではそんな会話がされていた。

 

 

先行 ハルカ LP8000 手札5枚 デッキ35枚 エクストラデッキ 15枚

後攻 ミス・ドリーム LP8000 手札5枚 デッキ35枚 エクストラデッキ15枚

 

ターン1

 

「俺の先行!」

 

いつものデュエルとは違い、フェイズ移行はデュエルディスクが行ってくれるので俺は何も言わずにメインフェイズに入る。

 

「手札から召喚僧サモンプリーストを召喚!」

 

デュエルディスクのモンスターゾーンにサモプリのカードを置くと、俺の目の前の空間が光りだし、何もない空間からカードのイラストと同じ姿をしたサモンプリーストが出現する。これは竹田の研究しているソリッドヴィジョンとは似て非なるもの、いうなれば実体化だ。

 

「サモンプリーストは召喚時、守備表示になる!そして手札のマジックカード、サイレントバーニングを捨てることで、デッキからレベル4のモンスターを特殊召喚する!」

 

遊戯王OCGの環境なら、灰流うららなどの手札誘発が飛んでくる可能性のあるタイミングだが、『このデュエル』にはそもそもそれらのカードは存在しない。

 

「現れろ!黒き森のウィッチ!」

 

ウィッチもサモプリ同様、実体化する。

 

「現れろ!沈黙を伝承するサーキット!アローヘッド確認!召喚条件は、闇属性モンスター2体!俺はサモンプリーストと黒き森のウィッチをリンクマーカーにセット!」

 

俺の言葉と同時に空中に矢印のついた四角い物体が出現し、サモプリとウィッチが黒い光となって右下と左下の矢印に吸収され、赤く点灯する。

 

「サーキットコンバイン!現れろ、リンク2!見習い魔嬢!」

 

デュエルディスクのエクストラデッキゾーンから排出された見習い魔嬢のカードをエクストラモンスターゾーンに置く。

 

「リンク素材となったウィッチの効果!デッキから守備力1500以下のモンスターカードを手札に加える!俺はDDクロウを手札に!」

 

宣言と同時にデッキの真ん中らへんからカードが排出され、DDクロウのカードは俺の手札に加わる。普段ならエフェクトヴェーラー辺りをサーチしたいところだが、それもかなわぬ願いだ。

 

「さらに墓地のサイレントバーニングを除外し、デッキから沈黙の魔術師サイレントマジシャンを手札に加える!」

 

再びデッキからカードが排出される。

 

「さらに、手札から神樹のパラディオンを見習い魔嬢のリンク先に特殊召喚!」

 

これで俺の場には魔法使い族と戦士族のモンスターが一体ずつ。

 

「……いくぞ!俺は見習い魔嬢をリリース!沈黙をつかさどる白き魔術師よ!わが声に応え、世界に優しき光を灯せ!特殊召喚、沈黙の魔術師サイレントマジシャン!」

 

見習い魔嬢が白い光となって消滅し、その場所に白い魔法陣が展開される。

そして魔法陣から先ほどデッキに入っていったサイレントマジシャンが現れる。精霊状態の時とも実体化している時とも違う、デュエルの中での彼女はいつもより数倍頼もしく見える。

 

「さらに、俺は神樹のパラディオンをリリース!沈黙をつかさどる煌々たる剣士よ!

戦いの狼煙とともに戦場を希望で満たせ!特殊召喚、沈黙の剣士サイレントソードマン!」

 

神樹のパラディオンの姿が消えた後、その場所に空中から一本の剣が舞い降りてくる。そして、まばゆい光とともに出現し、その剣を引き抜くのはサイレントソードマン。いつも横にいる彼が、今は俺の目の前で俺とともに戦ってくれるのが、とても安心する。

 

「サイレントマジシャンの攻撃力は、手札一枚につき500ポイント上昇する。俺の手札は2枚!」

 

サイレントマジシャン 攻撃力2000

 

「俺はこれで、ターンエンド!」

 

ハルカ LP8000 手札2枚 フィールド 沈黙の魔術師サイレントマジシャン 沈黙の剣士サイレントソードマン

 

 

ターン2

 

「私のターン。ドロー!」

「スタンバイフェイズ、サイレントソードマンの攻撃力は500ポイントアップする!」

 

サイレントソードマン 攻撃力1000→1500

 

さて、ミス・ドリームのターンだが、俺の場の2体のサイレントモンスターたちは一ターンに一度魔法を無効化する。そして手札には墓地利用を阻害するDDクロウ。フルモンなどではない限り初動に魔法カードを使うデッキは少なくないし、墓地を使うデッキも同様だ。

 

「1ターンで沈黙の魔術師と剣士を並べ、こちらの魔法、墓地の利用をけん制するとは、見事なタクティクスね。ほめてあげるわ」

「……」

「確かに、私のデッキは魔法カードを多用するデッキだからその2体の存在はかなり厄介なのよね」

「なぜ俺に手の内を明かす?」

 

なぜか自分のデッキの特性を惜しげもなく話す彼女に対し、当然の疑問をぶつける。

 

「それは……手の内を知られていようがあなたは私には勝てないからよ!」

「何……?」

「たとえ魔法の発動を禁じるサイレントコンビだろうと、その効果を発動できなければ意味はない。私は手札から魔法カード、冥王結界波を発動!」

 

ミス・ドリームがディスクに魔法カードを挿入するのと同時に、スフィアフィールドの内部が闇に包まれる。

 

「冥王結界波だと!」

「このカードはこのターンの相手へのダメージを0にする代わりに、相手モンスターの効果をターン終了時まで無効にする。そして、このカードの発動に対して相手はモンスターの効果を発動できない!」

 

闇の空間から突如青い波動が放たれ、それはサイマジとソードマンに直撃する。

 

「きゃあああ!」

「くっ、こ、これは……」

 

波動はそのまま縄のように変化し二人の体を縛り付ける。

 

「サイマジ!ソードマン!」

「そして私は手札からサイレントウォビーをあなたのフィールドに特殊召喚!」

「俺のフィールドにだと?」

「サイレントウォビーの効果であなたはカードを一枚ドローし、私は2000ポイントライフを回復する」

 

ミス・ドリーム LP8000→10000

 

冥王結界波の無効効果は発動時に存在するモンスターのみに有効なので、このサイレントウォビーの効果は問題なく通る。

 

「そして私は手札からヒーローアライブを発動!ライフを半分払い、デッキからE・HEROを特殊召喚する!」

 

奴のデッキはHEROデッキか。そして、さっきつかった周囲を凍結させる能力からして、エースモンスターはおそらく……。

 

「私はE・HEROエアーマンを特殊召喚!」

 

ミス・ドリームLP10000→5000

 

「エアーマンの効果発動!デッキからHEROを手札に加える。私はV・HEROヴァイオンを手札に、そして召喚!」

 

エアーマンにヴァイオン。強力なHEROが2体も……。

 

「ヴァイオンの効果でデッキからシャドーミストを墓地へ。そしてシャドーミストの効果によりデッキからE・HEROオーシャンを手札に」

「……」

「そしてシャドーミストを墓地から除外しヴァイオンのさらなる効果発動!デッキから融合を手札に!そして、現れなさい!正義を貫くサーキット!」

 

先ほど俺が出したものと同じ四角の輪が現れる。

 

「召喚条件は、戦士族モンスター2体!私はエアーマンとヴァイオンをリンクマーカーにセット!サーキットコンバイン!リンク召喚!聖騎士の追想イゾルデ!」

 

サーキットから二人の女性が現れる。片方は金髪、もう片方は銀髪。

 

「イゾルデのリンク召喚成功時の効果で、デッキからE・HEROフォレストマンを手札に!そして魔法カード、融合を発動!」

 

今度は空中に青とオレンジの混ざった色の渦が現れる。

 

「私が融合するのは手札のオーシャンとフォレストマン!深海を守護する英雄よ、森を駆ける英雄よ!いま正義の名のもとに大義をなせ!融合召喚!E・HEROジ・アース!」

「ジ・アースだと!?」

 

出現したのは白いボディの戦士。自身の効果も相まって戦闘では絶大なパワーを誇るモンスターだが、そもそもこのターン俺が受けるダメージは0。一体どうするつもりなのか。

 

「そしてイゾルデの効果!デッキから装備魔法カード、最強の盾、フェイバリットヒーロー、アサルトアーマー、ネオスフォースの4枚を墓地へ送り、デッキからエアーマンを特殊召喚!」

 

くっ……エアーマンの効果にはターン1の制約がない。

 

「エアーマンの効果でデッキからE・HEROリキッドマンを手札に!」

「サイレントマジシャンたちの効果が使えていれば……」

 

ヒーローアライブを通さざるを得なかったことがこの連続召喚を可能にしている上に、ジ・アースもイゾルデも俺のモンスターの攻撃力を上回っている。

 

「私は手札から、ミラクルフュージョンを発動!フィールドか墓地の融合素材モンスターを除外し、E・HEROを融合召喚する!」

 

 

再び青とオレンジの渦が現れる。

 

「だが、この瞬間!手札のDDクロウを墓地に捨て効果発動!相手の墓地のカードを一枚除外する!俺は……オーシャンを除外!」

「水属性を除外してきたということは、私の次の一手を読んでいたようね。……でも、甘いわ!私は速効魔法、手札断札を発動!互いの手札を2枚墓地に送り、同じ枚数ドローする!」

「なんだと!?」

「私は手札のリキッドマンともう一枚を墓地へ!さあ、あなたも墓地へ送りなさい!」

「くっ……」

 

俺はサイレントウォビーで引いたカードともう一枚の手札を墓地へ送った。

 

「そして、互いに2枚ドロー!」

「ミラクルフュージョンは効果解決時に素材となるモンスターを除外する……」

「そう、つまり今墓地へ送ったリキッドマンも素材にできるのよ!私は墓地のリキッドマンと場のエアーマンを除外し融合!水圧を操る英雄よ、風を導く英雄よ!いま正義の名のもとに大義をなせ!融合召喚!E・HEROアブソルートZERO!」

 

 

現れたのはミス・ドリームと同じ仮面とマントを身に付けた長身の戦士。E・HEROの中でも最強レベルの強さを持つモンスター。

だが、俺が感じたのはそんなカードとしての強さではなく、モンスターから放たれる圧倒的なプレッシャー。それは井上のヴォルカザウルスと同じ類のものだが、それよりもさらに上位の力。

そして俺は、同時に先週の授業中に見た夢を思い出す。

あの真っ白な空間で俺に対し鋭い殺意を向けていたのも、このアブソルートZEROだったが、これは偶然だろうか。

いや、俺の本能が、経験が、偶然などではありはしないと告げている。

 

「あら、アブソルートがそんなに怖い?」

「なに……?」

「見てみなさいよ、自分の手を」

 

俺は自分の手元を見る。手札を持つ左手は、確かに震えている。

俺はそれをごまかすように右手で抑える。

 

「……さっさとデュエルを進行しろ。それともターンエンドか?」

「打たれ弱い人に限って相手を煽るのよね。まあいいわ。続けましょう。融合素材として除外されたリキッドマンの効果!カードを2枚ドローし、1枚捨てる!」

 

これで向こうの手札は3枚。俺は2枚。だがそれ以上にフィールドのモンスターの攻撃力の差が大きすぎる。冥王結界波によりこのターンのダメージはないが、場にジ・アースとアブソルートZERO。不味い展開だ。

 

「いくわよ!バトルフェイズ!ジ・アースでサイレントマジシャンを攻撃!アースインパクト!」

 

その攻撃命令に従いサイマジに向かって突進してきたジ・アースの姿が一瞬で消える。

 

「上だ!サイマジ!」

 

一瞬の間でジ・アースはサイマジの上空に移動していた。

 

「う、うう……」

 

だが、結界波に抑えつけられているサイマジは身動きが取れない。

そのまま上空からたたきつけられたジ・アースの拳によってサイマジは光の粒子となって破壊される。

 

「サイマジ!ぐ、ぐああああああ!」

 

ジ・アースの攻撃の余波が俺の体に直撃する。とっさに防御体制こそとったが、ダメージは甚大だった。

 

 

「マスター!」

 

俺を心配し、結界波を振りほどこうとするソードマンだが今の彼のその力はない。

 

「そう、たとえダメージは0でもこのデュエルはプレイヤーの、文字通りライフを削る。はたして『その体』はどこまで耐えられるかしらね」

「ぐっ……。サイレントマジシャンの効果発動!デッキからサイレントマジシャンLV8を特殊召喚する!」

 

俺のデッキから光が放たれ、フィールドにサイマジが舞い戻る。

 

「さっきはよくもやってくれましたね!でも今の私の攻撃力は3500!あなたのモンスターじゃ――」

「それはどうかしら。まあ、あなたは後回しにして……イゾルデでサイレントウォビ―を攻撃!」

 

二人のイゾルデがにらみを利かせると、サイレントウォビーは逃げるようにフィールドから消滅する。

 

 

「そして、アブソルートZEROでサイレントソードマンを攻撃!」

 

不味い、この攻撃を通せば俺のモンスターは『メインフェイズ2で』全滅してしまう!

 

 

「いけ!フリージング・アット・モーメント!」

「俺は墓地の、タスケルトンの効果発動!このカードを除外し、攻撃を無効化する!」

 

アブソルートZEROが攻撃態勢に入る直前に黒い豚のモンスターが現れ、膨らみ始める。

 

「墓地から……なるほど、さっきの手札断札を逆手に取ってきたということね」

 

そして膨らんだタスケルトンの体が風船のように吹き飛び、中かららその骨が現れ、吹き飛んだ風船がアブソルートZEROの視界をさえぎり攻撃を中断させる。

 

「私はバトルフェイズを終了する」

「さて、メインフェイズ2だが、ジ・アースの効果を使うか?」

「どういうことですか、マスター?」

 

きょとんとした顔でこちらへ振り向くサイマジ。

 

「ジ・アースはE・HEROをリリースすることでその攻撃力を自分にプラスする効果がある。そしてアブソルートZEROはフィールドを離れた時相手のモンスターを全滅させる強制効果をもつ」

「???どういうことですか?もうバトル終わってますよ?」

「つまり、ジ・アースでアブソルートZEROをリリースすることで能動的にこっちのモンスターを全滅させられるってことだ」

「えええ!私、また破壊されるんですか!?」

「そうしたいのだけれど、あなたのフィールドには沈黙の剣士が残っているのよね」

 

ミス・ドリームは肩をすくめて見せる。

 

「そうだ。お前のねらいは2体のHEROの攻撃でサイレントコンビを破壊し、その効果で出てくるLV8とLV7をアブソルートZEROとジ・アースとのコンボで破壊し俺のフィールドを更地にすることだった。だが、タスケルトンの効果で沈黙の剣士はフィールドに残った。先ほどのコンボを発動すれば俺のフィールドにはサイレントソードマンLV7が残る」

「そしてLV7となった私はフィールドの魔法カードすべてを無効化する。魔法カードでモンスターを融合させるお前のデッキの動きは今度こそ停止するのだ」

 

だが、ミス・ドリームは一切の焦りを見せない。

 

「確かに、タスケルトンのせいで私の狙った戦術はとれなくなった。でも、それがなんだというの?ジ・アースの効果を使わずとも、アブソルートZEROは場を離れればあなたのモンスターを全滅させることに変わりないわ。つまり、あなたのプレイに制限が生まれていることは歴然とした事実」

「……そうだな」

「焦らなくても、あなたの敗北はすぐにやってくるわ。私はカードを2枚伏せてターンエンド」

 

ミス・ドリームの足元に裏側のカードが出現する。

 

 

ミス・ドリームLP5000 手札1枚 フィールド 聖騎士の追想イゾルデ  ジ・アース アブソルートZERO 伏せカード 2枚

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

16. 命を賭けた死闘

ターン3

 

「俺のターン、ドロー!」

 

さて、問題はあのアブソルートZEROだ。さっきのターンは向こうの手札断札で難を逃れたが、あいつをフィールドに維持されたままデュエルが進めばその効果の威力は計り知れない。

 

 

「スタンバイフェイズ、サイレントソードマンの攻撃力がアップ!」

 

サイレントソードマン 攻撃力1500

 

さて、問題なのは奴の伏せカード。HEROデッキで最も警戒すべきは超融合だが、仮に前のターンに持っていたなら俺のモンスターを全滅させることができていた。手札消費を嫌った可能性はあるが、仮にあれが超融合でないとしたら、なんだ?

……初めて戦う相手の伏せカードなんて分かるわけないか。

 

「バトル!俺はサイレントマジシャンLV8でジ・アースを攻撃!」

 

その攻撃宣言に対し奴がカードを発動する気配はない。

 

「サイレント・バーニング!」

 

サイマジの杖から放たれた波動が一瞬でジ・アースを焼き尽くす。

 

――はずだった。

 

「なに、ジ・アースが消えていない……?」

「私は手札断札で墓地へ送ったネクロガードナーを除外し攻撃を無効にしたわ」

「くっ……俺はカードを3枚伏せてターンエンド」

 

ハルカLP8000 手札0枚 フィールド サイレントマジシャンLV8 沈黙の剣士

伏せカード 3枚

 

 

ターン4 

 

「私のターン!ドロー!」

「サイレントソードマンの攻撃力がアップ!」

 

サイレントソードマン 攻撃力2000

 

 

「リバースカードオープン!ブレイクスルースキル!サイレントソードマンの効果は無効!」

「この……またかよ!」

 

サイレントソードマン 攻撃力1000

 

 

「そして手札から魔法発動!平行世界融合!」

「また融合カード……!」

「平行世界融合は除外されているモンスターを素材にE・HEROを融合召喚できる。私は除外されているリキッドマンとエアーマンで再び融合!」

 

HEROと、風属性モンスター……あいつか!

 

 

「融合召喚!E・HEROグレートトルネード!」

 

突如フィールドに暴風が巻き起こる。それはまるで小規模な嵐と表現するにふさわしいほどの風圧で、俺は自分のほほの皮が切れ、血がつたうのを感じた。

そして、フィールドには3体目の融合HEROが現れる。

 

「グレートトルネードの効果発動!相手フィールドのモンスターすべてのステータスを半減させる!」

 

トルネードが発した暴風が、今度はダイレクトにこちらへ向かってくる。

 

「くっ……リバースカード、オープン!」

 

俺の宣言と同時に暴風がこちらへ直撃する。

 

「どう?これでサイレントマジシャンもサイレントソードマンも私のHEROより遥かに攻撃力が落ちたわ!」

「それは……どうかな……」

 

ゆっくりと風がやみ、俺のフィールドが晴れていく。

そこにいたのは、サイレントソードマンのみ。そしてその攻撃力は2500となっている。

 

「なんですって!サイレントソードマンの攻撃力が!?それに、サイレントマジシャンはどこへ……」

「俺はトルネードの効果に対し2枚の伏せカードを発動した。その一枚は、亜空間物質転送装置!このカードの効果でサイレントマジシャンはエンドフェイズまで除外され、トルネードの効果を回避!」

「で、でも……、サイレントソードマンには直撃したはず……!」

「直撃したさ。効かなかったけどな」

「マスターは私に対し、速効魔法、沈黙の剣を発動していたのだ!」

「沈黙の剣はサイレントソードマンの攻守を1500アップし、このターンの間相手の効果を一切受けつけない無敵効果を付与する!」

「くっ……トルネードの効果は実質無効にされたってことね……」

 

流石にミス・ドリームも苛立ちを隠せなくなってきたらしい。

 

「なら、バトルフェイズ!アブソルートZEROでサイレントソードマンを攻撃!……わかってるわよね?2体の攻撃力は互角。そして相打ちになればどうなるか!」

 

相打ちになれば強制効果であるアブソルートZEROの効果がチェーン1、サイレントソードマンの効果がチェーン2となり、逆順処理でサイレントソードマンモンスターが特殊召喚、その後アブソルートZEROの効果で俺のモンスターが全滅する。そこに3体のモンスターの総攻撃を喰らえば、俺のライフは1100まで削られる。

 

「だが、トラップ発動!強制脱出装置!」

「そのカードは!?」

「フィールドのモンスター一体を手札に戻す!対象はアブソルートZERO!」

 

アブソルートZEROは場を離れると相手モンスターを全滅させるが、その効果が発動しない除去の手段がデッキバウンス。なぜ発動できないかは知らん。コナミに聞け。

 

「アブソルート!……なら、ジ・アースでサイレントソードマンを攻撃!」

「なに!?」

「行け!アースコンバーション!」

 

その命令に、ジ・アースの胸部のメタルパーツから青いビームが発射され、ソードマンに直撃するが、ソードマンと攻撃力は互角のためその半分が彼の振りおろした剣により反射される。

 

「ソードマン!ぐあああああああ!」

 

ジ・アースとソードマンが同士討ちする。プレイヤーへのライフダメージはないがその衝撃は再び俺の肉体にダメージを与えてくる。

 

「サイレントソードマンの効果で、デッキからLV7を特殊召喚!」

 

ソードマンが再びフィールドに舞い戻る。

 

「トルネードでサイレントソードマンLV7を攻撃!」

 

2体の攻撃力は同じ。トルネードが起こした竜巻をソードマンが剣で八つ裂きにし、2体の距離は数メートル。ソードマンはとどめのひと突きを、トルネードは風をまとった拳を、互いにぶつけ合い、それは両者の体を貫通する。

 

 

「ソードマン!」

 

俺の叫びもむなしく、ソードマンはトルネードとともに消滅した。

 

「ありがとうトルネード……いけ!イゾルデ!ダイレクトアタック!」

 

先ほどとは違い、金髪のイゾルデはスカートの裾から短剣を取りだし、俺に向かって投げる。

俺は回避しようとしたが、先ほどまでのデュエルのダメージのせいか体がうまく動かず、短剣は俺の腹部に刺さる。

 

「ぐはあっ……!」

 

ハルカLP8000→6400

 

腹部に走る燃えるような痛みはすぐに全身の力を奪ってゆく。あまりの痛さに腹部を抑えた手は俺の鮮血にそまっていた。

だが、短剣もイゾルデのもとから離れると長くはその姿を維持できないらしく、数秒で消える。

だが、一般的な男子高校生の肉体にとってそれは致死レベルの攻撃であり、俺は膝を折る。

 

「あら、大丈夫?勝敗がつくまでもつかしら?あなたの体は?」

「……ヒールアシスト」

 

俺の声と同時に腹部をピンクの光が包み込む。その光は短剣に負わされた傷口を徐々にふさいでゆく。

 

「へえ、その体でもまだそんなことができるのね」

「はあ……はあ……。デュエルを続けるぞ……」

「いいわ。私はこれで、ターンエンド」

「エンドフェイズ、亜空間物質転送装置で除外されたサイレントマジシャンが帰還する!」

 

フィールドにまばゆい光が放たれ、サイマジが戻ってきた。除外されていても、彼女にはこのターン何が起きたかすべて見えているせいか、心配そうに俺を見る。

 

「マスター……。大丈夫ですか……?」

「死ななきゃ安い……」

「いいえ、あなたは、あなたたちは死ぬのよ!このデュエルでね!トラップ発動!ミニチュアライズ!サイレントマジシャンの攻撃力を1000下げ、レベルを1下降させる!」

「うっ……!」

 

サイレントマジシャンの背丈が一回り小さくなる。

 

サイレントマジシャンLV8 攻撃力2500

 

ミス・ドリーム LP5000 手札1 フィールド 聖騎士の追想イゾルデ 永続罠 ミニチュアライズ

 

 

ターン5

 

「俺のターン!ドロー!」

 

俺の手札は1枚。向こうも1枚。けして多くはない。だが墓地のリソースがふんだんにあるため、トップでミラクルフュージョンを引かれてピンチに陥る確率も十二分にある。

そして俺のドローカードは……。

 

「……!このカードは……」

「どうしたの?上級モンスターでも引いてしまったのかしら?」

「……バトル!サイレントマジシャンでイゾルデを攻撃!サイレントバーニング!」

 

ミス・ドリームLP5000→4100

 

「くっ……!」

「俺はターンエンド」

 

ハルカLP6400 手札1枚 フィールド サイレントマジシャンLV8(ミニチュアライズにより弱体化)

 

ターン6 

 

「私のターン!」

 

ミス・ドリームの手札は1、ライフは4100。弱体化しているとはいえサイレントマジシャンの攻撃を2回喰らえば敗北するラインだ。

あの手札がモンスターでないのなら、このドローカード次第でデュエルの勝敗が決まる。

 

「くっ……私は……負けるわけにはいかない……武藤ハルカ……あなたを倒すためにすべてを投げうってここまで来たのだから!ドロー!」

 

ドローカードを確認した奴は……笑った。

 

「私は手札から、貪欲な壺を発動!墓地から、イゾルデ、エアーマン、ヴァイオン、ジ・アース、トルネードをデッキに戻し、2枚ドローする!」

 

ここで貪欲な壺とは……。

 

「私は手札から、エアーマンを召喚!その効果で、デッキからD・HEROディアボリックガイを手札に!」

「これで、場と手札に合計2体のモンスター……」

「魔法発動!融合!手札のディアボリックガイとエアーマンを融合!複数の体を持つ闇の英雄よ、風を導く英雄よ!いま正義の名のもとに大義をなせ!融合召喚!E・HEROエスクリダオ!」

 

現れたのはHEROとは言い難いまがまがしく黒いボディをした戦士だった。その鋭い眼光を俺に向け、戦闘態勢を取る。

 

「バトル!エスクリダオでサイレントマジシャンを攻撃!エスクリダオの攻撃力は墓地のE・HERO一体につき100アップする!」

 

墓地にはエアーマンがいるのでその攻撃力は2600。ここでサイレントマジシャンを破壊されると、今度は俺が窮地に立たされる。

 

「さあ、消えなさい!サイレントマジシャン!」

「そうはいかない!手札から虹クリボーの効果発動!」

「に、虹クリボーですって!?」

 

俺の宣言ともにフィールドに七色の光が輝きだす。

その中から現れたのは、丸っこい小さなモンスター。だが、その丸い体は、しっかりとエスクリダオの手刀をとらえている。

 

「攻撃してきたモンスターに虹クリボーを装備し、その攻撃を封じる!」

「くりくりー!」

 

虹クリボーの額から七色の光線が発射され、エスクリダオを押し戻す。

 

 

「やっとデュエルで会えたな。虹クリボー」

 

俺は自嘲気味に笑いながら虹クリボーに話しかける。

今年の4月、廊下に落ちていたこのカードを拾ってから今日にいたるまでデュエルで使用したことはなかったからな。

 

「くりくり~!くりくり~!」

 

虹クリボーは俺の言葉の意味がわかったのか、嬉しそうに飛び跳ねる。

 

 

「まさか……なぜあなたがアストのカードを!?」

「アストだと?」

「くっ……まあいいわ。どの道あなたのサイレントマジシャンでは私のエスクリダオは倒せない。次のターン、ほかの融合ヒーローを出して叩き潰してあげるわ!ターンエンド!」

 

ミス・ドリームLP4100 手札1枚 フィールド エスクリダオ(虹クリボー装備により攻撃不可)

 

ターン7

 

 

 

一応サイレントマジシャンを守り、エスクリダオも封じてはいるが、俺にも攻め手はない。そして向こうがトップで強いカードを引けばすぐに決壊する。

 

「俺はここで死ぬわけにはいかない……」

「ふざけないで!世界中どこを探したってあなたの死を悲しむものなんていないわ!」

 

その言葉に対してミス・ドリームは声を荒げる。それはデュエル開始時の冷静な彼女からは想像できないような怒りを示していた。

 

「……俺もちょい前まではそう思ってたさ。どこへ行こうと、俺の存在を受け入れてくれる場所なんてないって。だがな、俺を、武藤ハルカの死を悲しむ奴は存在してるんだ!」

 

俺はスフィアフィールドの下の真崎と五和へ視線を向ける。離れていて声は聞こえないが、あいつらは必死に何か叫んでいる。何を言ってるかは知らないが、二人が武藤ハルカという存在のために必死になってくれているのは事実だ。

 

「行くぞ、俺のターン!ドロー!……!?」

 

ドローしたカードを確認した俺は困惑する。それは俺がデッキに入れた覚えのないカード。だが、このカードを所持していたことははっきりと認識していた。なぜならそれはさっき店長が俺にくれた謝礼だったから。

そして新しく手に入れたカードを勝手にデッキに入れる奴なんて俺は一人しか知らない。

 

「サイマジ、またお前の仕業か」

「あー、ばれちゃいましたか。テヘペロ」

「なにがテヘペロだよまったく」

「でも、店長さんはそのカードをマスターに使ってほしくて渡してくれたんだと思います」

「まあ、この状況下ならまったく無意味ってわけでもない。……使ってみるか」

 

意を決して俺はドローしたカードをディスクに挿入する。

 

「行くぞ!永続魔法、熱き決闘者たちを発動!」

「熱き……決闘者たちですって!?」

「俺はこれで、ターンエンド!」

 

 

ハルカLP6400 手札0枚 フィールド サイレントマジシャンLV8(ミニチュアライズにより弱体化) 永続魔法 熱き決闘者たち

 

 

ターン8

 

「私のターン!ドロー!……なにが熱き決闘者たちよ!そんなカードがあったって、何の役にも立ちはしないわ!」

「……」

「私は手札から融合回収を発動!墓地の融合とエアーマンを手札に!そして墓地のディアボリックガイを除外し、同名モンスター一体を特殊召喚!現れなさい、正義を貫くサーキット!」

 

空中にサーキットが現れる。

 

「召喚条件は戦士族2体!ディアボリックガイとエスクリダオをリンクマーカーにセット!リンク召喚!聖騎士の追想イゾルデ!効果でデッキからオーシャンを手札に加え、さらにエアーマンを召喚!デッキからオネスティネオスを手札に!」

 

オネスティネオスはHEROの攻撃力を2500ポイントアップするカード。そして、手札には融合とオーシャン。

 

「私は融合を発動!手札のオーシャンと場のエアーマンを融合!深海を守護する英雄よ、風を導く英雄よ、いま正義の名のもとに大義をなせ!融合召喚!E・HEROアブソルートZERO!」

 

再びフィールドに現れたアブソルートZERO。その攻撃力は弱体化しているサイレントマジシャンLV8と互角。だが、オネスティネオスを使えばその攻撃力には大きな差が生まれる。

 

「バトルよ!アブソルートZEROでサイレントマジシャンを攻撃!手札からオネスティネオスを……!?」

 

ミス・ドリームは気づいたようだ。攻撃命令を下されたアブソルートZEROが動かないことに。

 

「ど、どうしたのアブソルート!?攻撃よ!」

「無駄だ!熱き決闘者たちの効果により、エクストラデッキから現れたモンスターはそのターン攻撃できない!」

「なんですって!?」

「お前がエースであるアブソルートで来るのは分かっていた。このカードはそのための布石だ!」

「く……私はターンエンド……」

 

ミス・ドリーム LP4100 手札2枚 フィールド イゾルデ アブソルートZERO

 

ターン9

 

「俺のターン!ドロー!」

「く、たとえ一ターン延命したところで、次のターンにはあなたのモンスターは確実に破壊されるわ!」

「……次のターンがあればな」

「え……?」

「バトルだ!俺はサイレントマジシャンで、聖騎士の追想イゾルデを攻撃!」

「大口たたいた割には、私のライフを900削るだけじゃない!」

「熱き決闘者たちの効果発動!サイレントマジシャンの攻撃を無効にし、トラップカード、ミニチュアライズを破壊!これでサイレントマジシャンの弱体化はなくなる!」

 

 

サイレントマジシャン 攻撃力3500

 

「それがなに?すでにサイレントマジシャンの攻撃は無効になったじゃない!」

「それはどうかな……。俺は速効魔法、ダブルアップチャンス発動!」

「ダブルアップチャンス!?そのカードは……!」

「モンスターの攻撃が無効になったとき、そのモンスターは攻撃力を2倍にして、もう一度攻撃できる!」

 

サイレントマジシャンの杖が、真っ赤に染まる。それは普段なら絶対に現れない、莫大な力が込められていることを示していた。

 

サイレントマジシャン 攻撃力7000

 

「攻撃力7000!?」

「いけ、サイレントマジシャン!イゾルデを攻撃!」

「行きますよ、マスター!」

「「サイレント・ダブルバーニング!」」

 

 

サイマジの杖から先ほどの数倍の大きさの波動が放たれ、それはまばゆい光を放ちながらミス・ドリームのフィールドへ向かっていく。

 

「きゃあああああああああ!」

 

 

ミス・ドリームLP4100→0

 

***

 

 

「くそ……私が、武藤ハルカに、あなたに敗北するなんて……そんなの許されるわけが……」

 

サイレントマジシャンの攻撃によってライフを失い、膝をついて荒い呼吸で悔しがるミス・ドリーム。その仮面の右側には大きなひびが入っていた。

 

「何とか……勝ったな」

 

だが、勝利した俺でさえもはやまともに立っていられるほどの力は残っていなかった。その事実が、このデュエルの恐ろしさを物語っている。

そして、俺が膝をついたとき、スフィアフィールドに異変が起きる。

 

「マスター!スフィアフィールドが崩壊します!急いでにげ――」

 

 

だが、言葉の途中でサイマジの姿は消える。どうやら俺の力が底を突くのと同時に彼女の実体化を保つエネルギーも消えてしまったようだ。

 

「く……やっぱりこの世界でスフィアフィールドを展開するのは相当な負荷みたいだな」

 

ものすごい音を当てながら、スフィアフィールドはばらばらと砕けていく。

そして、それが全損するのと同時に俺のデュエルディスクとDスキャナーも消滅し、俺とミス・ドリームはモールの屋上へと落下していく。

 

「お、おい!なんかあの球体が消えちまったぞ!」

「そんな、あんな高さから落下したら武藤君は……!」

 

薄れゆく意識の中、真崎と五和の叫び声が聞こえる。

 

 

――結局、これで死ぬのか……。

 

俺が全てをあきらめた時、急に落下速度が緩やかになった。

見ればミス・ドリームがこちらへ手をかざしている。どうやら彼女が何らかの力で互いの周囲に小さなエネルギーによるクッションを出現させたらしい。

それにより俺たちはゆっくりと屋上へと着地した。

 

「武藤君!」

「武藤!」

 

着地した俺に二人が駆けよってくる。

 

「大丈夫か、武藤!?」

「ああ……命だけは助かったらしい」

 

だがもう体に力が入らない。

それを察したのか、五和が俺に肩を貸してくれる。

 

「だから言っただろ!あいつは俺が倒すって!でかい口たたいといて結局負けてんじゃねえか!」

 

前方には満身創痍であろうミス・ドリームと、その胸倉をつかむ井上の姿が見える。そして、掴まれた彼女のデュエルディスクから小型のペンのようなものがこちらへ転がってくる。

 

「ごめんなさい……カズマ」

「ちっ!くそが!……取りえずここは退くしかねえな……」

「まて……、ミスドリーム!なぜ……俺を助けた?あのまま落下していれば俺は……」

 

俺の問いにミス・ドリームは井上の手をひきはがし、こちらを見る。

 

「勘違いしないで、あなたを消すのは私の力……デュエルでなければならない。落下して死なれても何の意味もないだけよ……」

 

そう言い残すと、ミス・ドリームはこちらに背を向ける。同時に井上が右手の指を鳴らすと、周囲にまぶしいほどの光が発生する。

 

次に目を開けた時、奴らの姿は屋上にはなく、モール一体に及んでいた氷はすべて粉々に砕け散った。

 

「うわあ!か、火事だ!炎がすぐそこに……あれ?」

「火が消えてる!それに、さっきの化け物は……?」

 

氷から開放された人たちは状況が飲み込めず困惑している。

 

「おい、武藤!あいつら何だったんだよ!」

 

五和の問いに応えることもなく、俺の意識はだんだんと闇に落ちていく。

 

「ちょっと、武藤君怪我してるじゃない!五和君、救急車呼んで!」

「は、はい!おい、武藤!死ぬな!おい!」

 

最後に聞こえたのは、五和が俺を呼ぶ声だけだった。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

17. 伝説って?

 

 

「はい、リンゴ切れたわよ武藤君」

 

皿に盛ったリンゴを真崎が俺に渡してくる。

ミス・ドリームとの戦いから一カ月がたった。あのデュエルで体に相当のダメージを負った俺は7月半ばのこの時期まで街の大きな病院に入院している。デュエル中は気にしていなかったが、肋骨が数本折れていたり、両腕が打撲していたり、他にも体の至るところがボロボロだった。

それでも、この一カ月で絶対安静は解かれ病院内では多少自由に動けるようになっていた。

 

 

「真崎先輩、別に毎日見舞に来なくても、俺は死にませんよ?」

 

つまようじを刺したリンゴを口にしながら、ベッドの横の椅子に座る真崎に話しかけるが、彼女の表情は曇ったままだ。

 

「それは……。ほ、ほら、万が一ってこともあるじゃない?」

「一カ月たってから万が一も何もないでしょ」

「そ、そうだけど……」

 

真崎の聞きたいことは分かっている。あの日、屋上で起きた井上やミス・ドリームとの戦いについて、彼女は知りたいのだ。誰だって、目の前であんなわけのわからないことが起きれば詳しく知りたいのは当然だろう。

だが、言ったところで彼女がさらに困惑するのは目に見えている。

 

「……そういえば、武藤君のご両親はお見舞いには来たの?この病室、見舞客が私と五和君しか来てないように思えるんだけど?」

「両親は、俺に関心がないので」

「そ、そうなの……。えっと……」

 

これ以上ここにいても俺が何かを話すことはない。それは真崎も分かっているはずなのに、彼女は尚も会話を続けようとする。

だが、当然話題はないので病室には沈黙が訪れる。

 

「……」

「……」

 

俺は無言でリンゴを食べ続ける。

最後の一個につまようじを刺した時、病室にノックの音が響いた。

 

「……どうぞ」

 

俺の声に、病室の扉がガラガラと開かれる。

 

「やあハル君、元気かい?」

「お前、入院患者にそんなこと聞いて元気ですって返ってくると思うか?」

 

入ってきたのは白衣をまとった長身の男。だがそれは医者ではなく竹田だった。

 

「やれやれ、入院しても、その頭の固さは治療不可能らしいねえ……ん?」

 

竹田の視線が、真崎に向く。

 

「あ、あの……、お医者様ですか?」

「……、ああ、君がこの前ハル君をデートに誘った女の子か!」

「で、デートじゃありません!というか、あなたは誰なんですか!」

「なんだよハル君も隅に置けないなあまったく!」

「話し聞いてますか!?」

「先輩、こいつの発言は大体適当なんで気にしないでください」

「ひどいなあ、まったく」

 

竹田はへらへらと笑っているが、真崎は今にも怒りを爆発させそうだ。

 

「先輩。ちょっと売店でお茶買ってきてもらってもいいですか?」

「え?あ、うん。わかったわ。ちょっと待っててね」

 

真崎はバッグから財布を取り出し、早歩きで病室を出ていく。

 

「……さて、邪魔もいなくなったね」

「初対面の相手を邪魔呼ばわりとか、お前本当にどんなハートしてんだよ」

 

俺は苦笑いするが、竹田はそれを意に介せず、いつも通りの表情で口を開く。

 

「大体の状況は先週くれた手紙で把握してるよ。大変な目にあったらしいね」

「大変ってか、危うく命を落とすところだったけどな」

「ついに『向こう』から、こちらへのアクセスが可能になったわけだ」

「……みたいだな」

「今のところ、HERO使いの女の子と放火魔以外は接触してきてないんだよね?」

「ああ。だが、アクセスが可能になっているのなら、他にもいるかもしれない」

 

竹田はふむふむと顎をなでる。

 

「それで、君はどうするんだい?奴らと戦うの?」

「……わからない。この前は真崎や他の人の命がかかってるから応戦したが、本来なら俺は消えるべき存在だ。奴らに抵抗する権利があるかすら怪しい」

「どっちつかずってわけだ」

「まあ、そうなるな」

「……退院はいつごろになりそうだい?」

「来週には一旦帰宅できる」

「それじゃあ、落ち着いたら新科学研究所に来て。手紙に同封されていた『アレ』の解析は終わってるから」

「……了解だ」

「今日はそれを伝えにきたんだ。それじゃあ僕は売店でバナナでも買って帰るよ」

 

ひらひらと手を振り、竹田は病室を去っていく。

俺は最後のリンゴを口に入れゆっくりと咀嚼する。

 

「マスター。逃げた方がいいんじゃないですか?」

 

無音の病室に唐突に聞こえたのはサイマジの声だった。先ほど真崎が座っていた席に腰かけ、俺に問いかける。

 

「逃げるって、どこへだよ?」

「それは、分かりませんけど、またいつデュエルを挑まれるか分からないじゃないですか!この前のデュエルで、今のマスターでは戦いに耐えきれないことは明らかですよ!」

「そんなに警戒しなくても、奴らもすぐには襲ってこないさ」

「え?」

「確かにあのデュエルで俺の体はボロボロだが、勝利したのは俺だ。こっちの実力を再認識した以上、向こうも策なしに俺の前には現れない」

 

それに、ミス・ドリームはデュエルで勝つことに意味があると言っていた。それはつまり万全じゃない状態の俺をリアルファイトで倒すことは本意じゃないということだ。

 

「ほら、真崎が戻ってくる前にそこどいとけ」

「……分かりました」

 

ふてくされながらサイマジは姿を消す。

 

「……」

 

サイマジに言った通り、今すぐにやつらが俺を狙ってくることは無い。だが、その状況がいつまでも続くわけじゃない。いずれは向こうも行動を再開し、またあのデュエルをしなければいけなくなるはずだ。

さっき竹田に話した通り、素より俺は奴らに歯向かう気は一切ない。しかし、真崎や五和たちのように無関係の人間の命を盾にされれば戦わざるを得ないし、俺という存在が死ぬということはそんなに簡単なことでもないのだ。

 

……少し、外の風にあたってくるか。

 

俺はベッドからゆっくりと降り、まだ少し痛む体をゆっくりと動かし病室を出て、他の病室の前を横切りフロアの真ん中のエレベーターに乗り込む。

エレベーターには俺以外の客はおらず、俺は一階のボタンを押して壁に寄り掛かる。エレベーターが下降するのと同時に俺はミス・ドリームとのデュエルを思い出す。

あのデュエル、決着した時のライフ差だけ見れば俺が優勢だったように見えるが、デュエルの中身としては俺はほぼ防戦一方だった。次々に繰り出される融合モンスターに対しモンスターを守ることで手いっぱいだったし、ラスト3ターンはドローしたカードがたまたまその場に適したものだっただけだ。

虹クリボーも、熱き決闘者たちもデッキに一枚しか投入されておらず、ダブルアップチャンスも、本来はタスケルトンなどとの兼ね合いを想定して入れてあったカードで、熱き決闘者たちとのコンボはそれこそただ運がよかっただけだ。

そして、やはり向こうと俺とでは実体化したモンスターの攻撃への耐性がまるで違う。

今の俺では耐え切れないといったサイマジの言葉は間違っていないのだ。

そして、気になることがもう一つ。なぜ、一度力を失った井上のヴォルカザウルスが復活していたのか。本来なら、一度力を失ったカードは二度と覚醒することは無い。つまり、向こうにはその不可能を可能にする技術があるということだ。

そんなことができる人物を俺は一人しか知らない。

だが、あの人はもう……。

 

『一階でございます』

 

俺が顔をしかめていると、エレベーターのアナウンスが到着を告げ、扉がゆっくりと開く。

そのまま一階のロビーを素通りし外へ出る。とはいえ、入院患者の俺が自由に行ける範囲は病院の敷地内のみ。だから俺は駐車場の近くの大きな木の下のベンチに腰掛ける。

今日はそこまで気温も高くなく、涼しい風も吹いている。俺はそれを全身で感じるように大きく息を吸って、吐く。それだけで、重苦しい気分が少し楽になる気がした。

小さく伸びをして、なんとなくポケットの中のカードを取り出す。

 

「熱き決闘者たち……か」

 

このカードがなければ俺はおそらく負けていた。つまり、真崎に誘われていなければ今頃は生きていたかも怪しいってことだ。

そして、店長はこのカードは今の俺にとって大切な意味があると言っていた。

俺はとてもじゃないが熱き決闘者なんて呼べるものじゃない。俺がデュエルに熱くなったことが全ての元凶だったのだから。

ミス・ドリームもおそらくは、それに巻き込まれた人物なのだろう。だから彼女は、俺に対し憎悪を向けていた。

……やはり俺は、自分の罪と向き合うべきなのだろう。

 

「熱き決闘者たち」

「……!」

 

唐突に背後から聞こえた声に驚いて肩を震わせる。ゆっくりと振り返ると、そこにいたのは俺と同じくらいの背丈で、黒い髪に赤いメッシュの入った青年だった。この情報だけだと不良にからまれたようにしか見えないが、青年の表情はとても穏和なもので、ただまっすぐ俺の手元のカードを覗きこんでいる。

 

「えっと……?」

「……、あ、ご、ごめんなさい!珍しいカードだったからつい気になって、やめてください、暴力反対!」

「いや、なにもしてねーよ。冤罪だろそれ」

 

あたふたとあわてふらめく彼がの姿がおかしくて、俺はすこし口角が上がってしまう。

 

「あ、あはは、だよねー」

「……君も遊戯王やるのか?」

 

その言葉があまりにも自然と口から出たことに、数秒たってからものすごい違和感を感じた。ついさっきまでデュエルに対してネガティブな思考を巡らせていたというのに、なぜ出会ったばかりの人物にこんなことを聞いたのだろう。

 

「うん。僕も遊戯王が大好きさ!いつかいろんな国を巡って出会った人たちと遊戯王を通じて友達になるのが夢なんだ」

「デュエルで友達、か……」

「そうそう。デュエルをすればみんな友達になれるって、それだけが僕に残されたものなんだ」

「残されたもの?」

 

なんだかその言い方が妙に気になってつい聞き返してしまったが、なんだか深刻そうな言い方だし、初対面でそこまで踏み込む権利もないのではないだろうか。

 

「……悪い、配慮が足りなかった。言いたくないなら言わなくていい」

「ううん、僕の方こそ初対面で気を使わせちゃって……。こんなこと言うとヘンかもしれないけど、なんだか君とは初めて会った気がしなくてさ」

「そうか……。俺は武藤ハルカ。君は?」

 

なんだろう。いつもなら見ず知らずの相手に快く名乗ったりしないというのに、彼の言うとおり、俺も彼に対して初対面以上のものを感じていた。

 

 

「僕は、真月タケル……だと思う」

「だと思うって、自分の名前じゃないか」

「あはは……、実は僕、記憶喪失なんだ」

「え?」

「隣、座っていいかい?」

 

その言葉はつまるところ、これから彼が言った記憶喪失についての話しをしたいということだろう。別に聞くこと自体は構わないが、だからと言って俺がそれをどうにかできるわけでもない。

それなのに、気づけば彼に隣を促していた。

 

「4ヶ月くらい前になるのかな、太平洋を航海していた豪華客船がシステムの不具合で沈没したんだ」

 

そのニュースは俺も新聞で読んだため知っている。かなりの大事故で乗組員ふくめ数百人の人が犠牲になった大事故だが、船が海底の回収不可能な領域まで沈んでしまったため調査は難航していると。捜査チームが集めた情報を加味したところ、システムの不具合以外に起こりうる原因がなく、消去法でシステムが原因だという結論にたどり着いた。

 

「僕はその事故に巻き込まれ、気づいた時には近くの島に流れ着いていた。要するに数少ない生存者の一人なんだ」

「……そうなのか」

 

確かに、その事故での生存者は10名ほど存在している。真月がその一人だというのなら、事故に巻き込まれ、それが原因で記憶喪失に陥ったということなのだろう。

 

「島民に発見された時の僕は全身ボロボロで、瀕死状態だった。けど、事故の調査の重要参考人として、国の特別措置でこの病院で治療を受けていたんだ」

「だが、お前は記憶喪失なんだろ?保険証か何か残ってたのか?」

 

その問いに真月は首を横に振る。

 

「僕の手元には身元を証明するものは何もなくて、僕を探す家族や知人もいなかった。ただ、一通の手紙だけが残っていて、その受取人の名前が今僕が名乗っている真月タケルなんだ」

「手紙になにか手掛かりはなかったのか?」

「ううん。手紙の中身は簡素なもので、あとはカードが一枚同封されていただけだった」

「カード?遊戯王のカードってことか?」

「うん」

 

真月はポケットからデッキケースを取り出し、一枚のカードをこちらに見せる。

 

「……ハネクリボーか」

 

遊戯王GXの主人公、遊城十代が使っていた羽の生えたクリボー。戦闘ダメージからプレイヤーを守る能力で十代のピンチを何度も救ってきたモンスターだ。

 

「その、こんなこと言っても頭がおかしいと思われるだけなんだろうけど、このカードには……」

『くりくりー』

 

真月が言いよどんでいると、彼の足元に茶色い毛玉のようなものが現れた。毛玉には小さな羽のようなものがついており、不安そうにこちらを見ている。

 

「……」

『くりい?』

「え?も、もしかして武藤君……」

「見えてる」

 

俺の言葉に、毛玉の正体であるハネクリボーと真月は目を丸くする。

 

「驚いた……、僕以外に精霊が見える人がいるなんて!い、いつから見えるようになったんだい?」

「まあ……、生まれつき、かな」

「そうなんだ!もしかして、君を好意的に感じるのは精霊が見える能力が僕らを引き寄せたからなのかもしれないね!」

 

真月は嬉しそうにしているが、むしろ驚いているのは俺の方だ。精霊を認知する能力を、まさか普通の人間が持っているなんて前代未聞だ。

詳しく事情を聞きたいが、記憶喪失の相手から有益な情報が手に入るわけもない。

だが、俺はもっとこいつのことが知りたい。

 

「なあ、真月。お前退院したら行くあてはあるのか?」

「ええっと……退院後に行くところがなければ政府の管理下の施設に世話になることになってるけど」

「なら、行くとこがあればいいんだな?」

「え?それってどういう……」

「いいところを知ってる。すこし散らかってるけど家賃の心配もない。まあ、狂った大学生との同居が嫌じゃなければだけどな」

 

苦笑する俺に対し真月はただ首をかしげるだけだった。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

18.ソリッドヴィジョンシステム

虹光の宣告者でサーチするカードを間違えていたので変更しました。
なぜカオスソルジャーがここに?逃げたのか、自力で脱出を!?


「……というわけだ。しばらくの間こいつをここに置いといてくれ」

 

あれから一週間がたち、一時帰宅した俺は真月をつれて新科学研究所に足を運んでいた。

 

「……」

 

俺の眼前では竹田が苦虫を噛むような顔で立ちつくしている。

 

「えっと、真月タケルです。しばらくの間お世話になります」

 

真月は深々と頭を下げ、手土産の引っ越し蕎麦が入った紙袋を渡す。

それを受け取った竹田は尚もこちらを睨んでいる。

 

「どうした竹田。蕎麦より冷麦の方が好みだったか?」

「いや、ちっがーう!」

 

急に叫んだ竹田が俺の首に手を回し、真月には聞こえないくらいの声で囁く。

 

「困るよハル君。うちのラボをホテル代わりになんて」

「もともと俺とお前しか使ってないんだし、一人くらい増えても変わらないだろ」

「変わるよ!そもそも真月くん、だっけ?彼がいたら精霊とか今後の動きとかのこと話せないじゃないか!」

「その点は問題ない。真月も精霊を見ることができる力を持っているんだ。確かにあまり深い内情は話せないが、あいつが協力してくれれば事は大きく進むはずだ」

「え、彼も精霊を……?ほほう、それは面白いねえ」

 

俺の言葉に、竹田の瞳の奥がきらりと光る。

すぐに俺から手を離し、真月の方へと駆け寄っていった。

 

「よろしくね、タケル君。今日から君も我が新科学研究所の一員だ!我らのプロジェクト完成への道をいっしょに走って行こうじゃないか!」

「は、はあ……よろしくお願いします」

「じゃあ、早速だけど、二人ともそこのソファに座ってて。見せたいものがあるんだ」

 

俺たちを促すと竹田は部屋の奥のテーブルをがさごそとあさり、すぐに戻ってきた。

その手には、白いプラスチック製の物体を持っており、それを俺たちの前のテーブルにゆっくりと置いた。

 

「これは……」

「アカデミーデュエルディスクか?」

 

目の前の物体はGXの放映時に発売された、デュエルアカデミアモデルのデュエルディスクだ。特典カードやスリーブなんかが同梱されていて、これの後に発売されたオシリスレッドモデルのプロモカードだったプリズマーはかなりの値段で取引されていた。

まあ、とはいってもこれはただのおもちゃだ。本当にソリッドヴィジョンを投影できるわけじゃない。

 

「なんだよ竹田、これの改造でもするのか?」

「いいやハル君。このディスクはもう完成しているよ」

「は?」

「ま、タケル君には何のことやらって感じだろうし、一から説明するよ」

 

竹田は少し咳払いしてから、ゆっくりと口を開く。

 

「まずは簡単に自己紹介から。僕の名前は竹田シゲハル。とある大学の3年生なんだけど、まあそれはこれからの話に関係ないから省くよ。今僕は遊戯王カードの疑似実体化装置、ソリッドヴィジョンシステムの制作を行っているんだ。そこにいるハル君の精霊であるサイマジちゃんやソードマン君に被験者になってもらってね」

「そ、ソリッドヴィジョン!?そんなのが現実で可能なんですか!?」

 

真月は目を輝かせる。デュエルが好きという彼の気持ちがひしひしと伝わってくる目だ。

 

「まあ、現段階ではプロジェクトの進行は芳しくないね。でも、それがもうすぐ大きな飛躍を遂げる可能性が浮上している」

「本当ですか、竹田さん!す、すごいや!」

「いやあ、タケル君はリアクションをしっかり取ってくれてやりやすいよ。ハル君なんて『そうか』とか『やれやれ』とかしかいってくれないんだよ?」

 

俺の真似ですと言わんばかりに竹田は声のトーンを下げる。

 

「竹田。くだらない話は後にしろ」

「ほらね?」

「……」

「おお、こわいこわい」

 

マリクかお前は。

 

「ま、話題を戻すとだね、僕の進めていたソリッドヴィジョン開発が、新たな段階に進んだってこと。で、ここからはタケル君には分からないような話も出てくるけど、それはあとでハル君に説明してもらってね」

「あ、はい。分かりました」

 

そこで一呼吸置いてから、竹田は再び口を開く。

 

「先日ハル君が戦ったHERO使いの女の子。彼女が去り際に落としていったボールペンのような形をした部品。あれの解析にずっとチャレンジしてたのがこの3週間だったわけだけど、調べていくうちにとんでもないことが分かった」

「とんでもないこと?」

「あの物体の中にはものすごい容量のエネルギー粒子が高密度に圧縮されていたんだ。簡単に説明するとアレ一本で宇宙船だって動かせるほどだ」

「う、宇宙船!?すごいですね、そんなエネルギーがこの世に実在しているなんて……」

 

話の全容は教えていないが、真月にもスケールのでかい話だということは分かってもらえてるようだ。

 

「いいや、これはそもそもこの世のエネルギーじゃないんだよ」

「え?」

「今現在科学的に解明されている事例を見ても、こんなエネルギーは地球上にも、果てはこの宇宙のどこを探しても存在しないんだ。仮にあったとしても、それをボールペンサイズまで圧縮するなんて何万年たっても人類には不可能なんだよ」

「そ、それじゃあ一体?」

「異世界だ」

 

俺の発言に、竹田はパチンと指を鳴らす。

 

「そうさ、この世界に存在しないエネルギーの存在を認めるのなら、この世界以外の世界の存在も認めることが必要なんだ」

 

まあ、そんなことは百も承知だ。この会話はミスドリームと俺の戦いのことを知らない真月へのチュートリアルでしかない。

 

「異世界……、それってまさか……」

「そう、少なくとも僕たちの世界よりも高度な文明をもった世界だよ」

「じゃあ、もしかしてそのエネルギーを使えば竹田さんが言ってたソリッドヴィジョンシステムも?」

「そう、完成するのさ。そして出来上がったのがこちらになります」

 

3分クッキングかよ。

心の中で突っ込みつつも、俺は再度テーブルの上のデュエルディスクを見る。

どこからどう見ても、当時の小学生が遊んでいたプラスチック製品だ。だが、竹田は完成したと言った。それはつまり、これを使えばソリッドヴィジョンの投影、もっと行けば精霊の実体化が可能ということだ。

 

「さすがだな竹田。こんなものをこのわずかな期間で作り上げるなんて」

「おどろくのは、まだ、はやい!」

 

今度はミザエルかよ。

 

「実はこのデュエルディスク、もう一つあるんだ!」

 

再び机をがさごそと漁る竹田。いや、最初から二つもってこいよと言いたいが、まあ言っても無駄だろうな。

 

「じゃーん。こっちはファイブディーズバージョンだよ」

「うわあ、かっこいいですね!」

 

真月は興味深々と言った様子だ。

 

「だが、あのエネルギーの入った入れ物は一つだったろ。どうやって二つに分けた?」

「それは、企業秘密かなあ」

「……」

「怖い顔しなくても、今度ゆっくり教えるよ」

 

竹田の視線が真月に向くのを見て察した。

おそらくはその企業秘密とやらをあまり知られたくないらしい。

 

「いいなあ、これでデュエルなんてできたら楽しいんだろうなあ……」

「いや、してもらうよ?」

「え?」

「今日はそのためにハル君を呼んだわけだしね。おめでとう、君たちは我が新科学研究所の発明したソリッドヴィジョンシステム初号機のテスターに選ばれました!」

「い、いいんですか!?僕がこれを使っても?」

「何を言ってるんだ、君もこのプロジェクトの一員なんだよ、タケル君」

「やった!ありがとうございます、竹田さん!」

「というわけで、お願いできるよね?ハル君」

「まあ、構わないが……。真月はデッキを持ってないぞ」

「え?そうなの?」

 

竹田が間の抜けた返事をする。

 

 

「は、はい。持ってるカードはこれだけなんです」

 

真月は俺があげたデッキケースからハネクリボーのカードを取り出し竹田に見せる。

 

「ハネクリボー……。じゃあ、これが君の精霊なのかい?」

「はい、そうです」

「ハネクリボー……。ハル君の虹クリボーといい、クリボーってのはもしかして……」

 

竹田はうんうんとうなっていたが、ふと何かを思い出したのか三度机を漁りだした。

 

「タケル君。これ使いなよ」

 

それはほこりをかぶった赤いデッキケースだった。

 

「これは?」

「僕のデッキさ。最近は使ってないからしばらく君に預けておくよ。君が使いこなせればハル君とも戦えるはずさ」

「わ、分かりました。大事に使わせてもらいます!」

 

真月は嬉しそうにケースからカードを取り出しデッキ内容を確認する。

その間に俺はひとつの疑問を竹田にぶつける。

 

「竹田。このデュエルディスクに使っているエネルギーがミス・ドリームのものだってことは、ソリッドヴィジョンどころか実体化して真月に大けがを負わせることにならないか?」

「ああ、それは心配ないよ。そのデュエルディスクにはセーフティー装置がつけてあるから、僕以外の人間にはそれを解除できない。つまり、これからやるデュエルは完全に安全さ」

「そうか、ならいいが」

「さ、それじゃあ外のバスケットコートに移動移動!」

 

ウッキウキでデュエルディスクを抱えスキップしながら出ていく竹田の後を追い、俺たちも新科学研究所の建物を後にした。

 

 

***

 

場所は新科学研究所の建物の裏手にあるバスケットボールのコートに移動した。古ぼけたゴールに、色の剥げかけたライン、そして周囲はところどころ破損したフェンスで囲まれている。これだけでもうこのコートが使われていないことが分かる。まあ、この辺りはスラム街同然だし、こんなところまでバスケをしに来るやつもいないだろう。

フェンスに引っかけてある時計を見ると11時56分。今日は火曜日だからまっとうな人間は学校だの会社だので絶賛活動中。ゆえにここに俺たち以外の人が立ち入る可能性はゼロだ。

 

「それじゃあ、二人とも準備してねー」

 

竹田はというと時計の下のベンチに腕組みをして座っている。

俺は二つあったデュエルディスクのうち、アカデミーモデルの方を左腕に装着する。

 

「すこし、重いな」

 

まあ、スフィアフィールド内で俺が使うデュエルディスクは機械的な部品は一切使用されていないから、このディスクに重量感を感じるのも仕方ないか。

俺はベルトに装備されている二つのデッキケースのうち、右側の方からデッキを取り出しコートの中央へと歩を進める。

反対側から、ファイブディーズモデルのディスクを装着した真月が歩いてくる。

さて、デュエルをする前にやることと言えば決まっている。

 

「はい、シャッフルお願い」

「ああ」

 

俺たちは互いのデッキを交換し、念入りにシャッフルする。

 

「ったく、竹田の奴あれだけ自慢しといてオートシャッフル機能をつけ忘れたなんてな」

「いやいやいや、ソリッドヴィジョンだけで十分でしょ」

 

真月がツッコミを入れてくる。

 

「まあ、それもそうだな」

「それはそうと、武藤君とのデュエル、凄くわくわくするよ」

「竹田のデッキは使いこなせそうか?」

「んー、まあ、デッキコンセプトは理解できたし、多分ね」

「そうか」

 

シャッフルを終え、デッキを再び交換し、デュエルディスクにセットする。

 

 

「楽しみだな、君の精霊を見るの」

「お互いベストを尽くそう。先行後攻はお前が決めていい」

「おっと、余裕だねえ」

「狂った大学生との同居を勧めた詫びってとこだ」

「はは、じゃあ遠慮なく先行をもらうよ」

「了解だ」

 

俺たちは握手をしてから互いに距離を取る。

竹田が渡したデッキの中身は俺でさえ知らないが、あいつの作ったデッキならば俺も全力で行くしかあるまい。

 

 

「準備出来たぞ、竹田」

「おっけー。じゃあ、いくよー!デュエル開始いいいいいい!」

「「デュエル!」」

 

***

 

先行 真月タケル LP8000 手札5枚 デッキ35枚 エクストラデッキ15枚

 

後攻 武藤ハルカ LP8000 手札5枚 デッキ35枚 エクストラデッキ15枚

 

 

ターン1

 

「僕のターン!」

 

さあ、竹田が渡したデッキの正体は……。

 

「僕は手札のジャンクコンバーターの効果発動!このカードと手札のチューナーモンスター、ジェットシンクロンを墓地へ送り、デッキからシンクロンモンスターを手札に加える!……手札に加えるのは、ジャンクシンクロン!」

 

なるほど、これであのデッキがシンクロモンスターを使うであろうことは知ることができた。となれば、次はおそらくモンスターを召喚するはず。早々にこのデュエルディスクの性能を確かめることができるな。

 

「そして手札から、ジャンクシンクロンを召喚!」

 

真月がディスクのモンスターゾーンにカードを置くと、彼の前方に以前俺とミス・ドリームが対戦した時のような光がともる。

そして、その光の中からオレンジ色の帽子をかぶった小柄なモンスターが出現する。

 

「お、おお!すごい、本当にジャンクシンクロンが出てきた!」

 

なるほど、確かにソリッドヴィジョンだ。まさかこの世界で本当にソリッドヴィジョンが出現しているなんて、ここにいる俺達でなければ知る由もないだろう。

 

「あ、ごめん、デュエル続けるね。ジャンクシンクロンの効果発動!墓地からレベル2以下のモンスターを効果を無効にして守備表示で特殊召喚する。よみがえれ、ジャンクコンバーター!」

 

ジャンクシンクロンが右に手をかざすとその場所に再び光がともり、ジャンクコンバーターが出現する。

 

「そして、レベル2のジャンクコンバーターにレベル3のジャンクシンクロンをチューニング!シンクロ召喚!ガーデンローズメイデン!」

 

真月の動作に合わせてジャンクシンクロンが三本の光の輪に変わりジャンクコンバーターを囲む。すぐにそれは一筋の光となり、白いドレスの女性が出現する。これはアニメファイブディーズでよく見たシンクロ召喚の演出そのものだ。

 

「ガーデンローズメイデンの効果!デッキからフィールド魔法、ブラックガーデンを手札に加える。それにチェーンしてシンクロ素材となったコンバーターの効果も発動!墓地からジャンクシンクロンを特殊召喚!」

 

これで真月の場にはレベル5のシンクロモンスターとレベル3のチューナーモンスターが並んだ。ここから出てくるのはさらにレベルの高いシンクロモンスターか、それとも……。

 

「僕は……、ってあれ?このディスク、エクストラモンスターゾーンが無いんだけど……」

 

確かに、GXの時代にもファイブディーズの時代にもエクストラモンスターゾーンなんて概念はなかったのだから、その時のアニメをモデルにしたこのディスクにはエクストラモンスターゾーンは無いように思える。

俺はそんな疑問を込めて竹田の方に視線を向ける。

 

「大丈夫だよタケル君!エクストラモンスターゾーンの解放を宣言するんだ!」

「え?あ、はい!エクストラモンスターゾーン、解放!」

 

その言葉と同時に真月のディスクの右から2番目のモンスターゾーンの上部から新たなモンスターゾーンが展開された。

 

「なるほど、竹田の奴考えたな……」

「召喚条件は、チューナーを含むモンスター2体!リンク召喚!現れろ、水晶機巧ハリファイバー!」

 

空中に現れたサーキットにモンスターがセットされ、リンク召喚が行われる。

 

「ハリファイバーの効果でデッキからブンボーグ001を特殊召喚。そして再びリンク召喚!現れろ、幻獣機アウローラドン!」

 

次にリンク召喚されたアウローラドンは航空機をモデルにしているだけあってなかなかのでかさだ。どうやらこのディスクで投影できるソリッドヴィジョンには大きさの制限は特に無いらしい。オーディンとか入れてたらとんでもないことになってたな。

 

「アウローラドンの効果で、三体の幻獣機トークンを特殊召喚!そして機械族モンスターが2体以上同時に特殊召喚されたことで、墓地のブンボーグ001を特殊召喚!」

 

これで一気にモンスターが5体。だがアウローラドンの効果でこれ以降リンク召喚はできない。

 

「アウローラドンの効果で、アウローラドン自身とトークン一体をリリースして、デッキから幻獣機オライオンを特殊召喚!そして、レベル3の幻獣機トークンにレベル2のオライオンをチューニング!シンクロ召喚、アクセルシンクロン!」

 

この展開、かなりやばいな。だが残念なことに、俺の手札にこの連続召喚を止めるカードはない。

 

 

「墓地に行ったオライオンの効果で、幻獣機トークンを特殊召喚!そしてアクセルシンクロンの効果。デッキからチェンジシンクロンを墓地へ送り、そのレベル分、アクセルシンクロンのレベルを下げる!」

 

チェンジシンクロンのレベルは1。よってレベル5のアクセルシンクロンのレベルは4になる。

 

「まだまだ行くよ!レベル3の幻獣機トークンに、レベル1のブンボーグ001をチューニング!シンクロ召喚、アームズエイド!」

 

今度はメカメカしい腕が出現。どうでもいいけど、こいつのカードイラスト、イカに見えるよな。

 

「そして、手札一枚をコストに墓地のジェットシンクロンを特殊召喚!そして最後のトークンにチューニング!シンクロ召喚、虹光の宣告者!」

 

これでレベル4のシンクロモンスターが3体。しかもそのうち一体、アクセルシンクロンはチューナーモンスター。これは、あのモンスターがくるに違いない。

 

「オーバートップクリアマインド!レベル4のシンクロモンスター、アームズエイドと虹光の宣告者に、シンクロチューナー、アクセルシンクロンをチューニング!」

 

先ほどまでと違い、アクセルシンクロンが金色の輪となって2体のモンスターを包み込む。

 

「リミットオーバーアクセルシンクロ!シューティングクェーサードラゴン!」

 

まばゆい光の中から現れた白いドラゴン。まさにシンクロモンスターの終着点ともいえるこのモンスターの攻撃力、守備力はともに4000。さらに強力な効果を3つも持っている。

 

「墓地に行った虹光の宣告者の効果で、デッキから儀式モンスター、古聖載サウラヴィスを手札に加える。これで僕はターンエンド!」

 

 

 

タケル LP8000 手札4枚 フィールド シューティングクェーサードラゴン《守備表示》 伏せカード なし

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

19. 沈黙の大剣

前回のデュエルで、虹光の宣告者でサーチしたカードをカオスソルジャーから古聖戴サウラヴィスに変更しています。
それを踏まえたうえで読んでいただけると幸いです。


 

ターン2

 

「俺のターン、ドロー」

 

引いたカードを確認し手札に加える。

それにしても、軽い気持ちで先攻なんて譲るんじゃなかったな。まさか実質手札消費一枚でクェーサーなんて出てくるとは。構築した竹田も大概だが、それを一瞬で使いこなす真月のデュエルタクティクス、侮れない。

それに、クェーサーのソリッドヴィジョンはかなりの迫力で、それが自分に危害を与えるものでないとわかっていても全身を貫くような威圧感を感じる。

さて、それはそうとクェーサーのいるフィールドをどう崩していくかが問題だ。あのモンスターには一ターンに一度こちらの発動したカードの効果を無効にし破壊する能力がある。

考えなしにカードをプレイすれば、あっという間に負けてしまう。

 

「……」

「む、武藤君?や、やりすぎちゃったかな……」

 

まあ、やりすぎではあるが、デュエルってのはそういうものだ。

無論俺もこのままサレンダーなんてつまらないことをするつもりはない。

相手が無効効果で圧をかけてくるならこちらはその強大な力にゆさぶりをかけるのみ。

 

「手札から、おろかな埋葬を発動。デッキからモンスターを墓地へ送る」

「おろ埋か……」

「さて、どうする?」

 

相手のデッキが全く分からない状況で、たった一枚の魔法カードを無効にするかどうかはかなり悩ましいはずだ。この発動からこちらのデッキが回り出す可能性もあるし、クェーサーの効果を打たせて本命を通すためのブラフである可能性も十分ある。

俺の手札はあと5枚。召喚権も使っていないこのタイミングでクェーサーを使うかどうか……。

 

「その効果は通るよ」

「ならば俺は、デッキから不死武士を墓地へ送る」

「不死武士……。なるほど、戦士族デッキか」

「俺はモンスターをセット。カードを3枚伏せてターンエンドだ」

 

ハルカLP8000 手札1枚 フィールド 裏守備モンスター 伏せカード 3枚

 

「くっ、判断を間違えちゃったかな……」

「結果論だろうな」

「それもそうだね」

 

ターン3

 

「僕のターン、ドロー!」

 

さて、これで向こうの手札は5枚。場にはクェーサーが健在だ。どう出てくる?

 

「伏せカードが3枚か、激流葬とかだったら嫌だな……」

 

どうやらモンスターを展開するかを悩んでいるようだ。真月は俺が伏せカードでクェーサーを処理するつもりだと読んでいるってことか。

 

「……僕は、手札のSR三つ目のダイスを捨てて、クイックシンクロンを特殊召喚!」

 

どうやら打つ手が決まったらしい。

 

「さらに手札から、レベルウォリアーを通常召喚。レベル3のレベルウォリアーにレベル5のクイックシンクロンをチューニング、シンクロ召喚!ジャンクデストロイヤー!」

「ジャンデス……」

「ジャンクデストロイヤーの効果、シンクロ素材とした非チューナーの数まで相手のカードを破壊する!」

 

さて、破壊されるのは伏せカードか、モンスターか……。

 

「僕は、真ん中の伏せカードを破壊!」

 

ジャンクデストロイヤーが地面に拳をたたきつけると、その風圧で俺の伏せカードが粉々に破壊される。

 

「破壊されたのは、トラップカード運命の発掘。その効果で墓地の運命の発掘の数だけドローできる。よって一枚をドロー」

「うわあ、外れだったか……。ならばクェーサーを攻撃表示にして、バトルフェイズ!クェーサーで裏守備モンスターを攻撃!」

 

俺のフィールドの裏守備モンスターが表側へと変わり、その正体が明らかになる。

 

「セットモンスターは異次元の女戦士。その効果でクェーサードラゴンを除外する」

「そうはいかないよ、クェーサードラゴンの効果発動!女戦士の効果は無効!」

 

女戦士は苦しそうな悲鳴を上げて破壊される。

 

「クェーサードラゴンは、シンクロ素材とした非チューナーの数だけ攻撃できる。よって武藤君にダイレクトアタック!」

「……発動するカードはない」

「天地創造撃・ザ・クリエーションバースト!」

 

クェーサーが放つ虹色のエネルギーはが俺に直撃する。

 

「ぐっ……!」

 

痛みこそないが、その迫力に思わずうめき声が出てしまう。

 

ハルカLP8000→4000

 

「トラップ発動、ダメージコンデンサー!手札一枚をコストに、受けたダメージ以下の攻撃力のモンスターを特殊召喚する!俺はD・HEROディスクガイを特殊召喚!」

 

 

出現するのはCDのような装飾品を身に付けた戦士。長らく禁止カードになっていたこいつも、エラッタによって今では使うことができる。

 

 

「でも、ダメージコンデンサーで出したディスクガイは攻撃表示だよ!僕はジャンクデストロイヤーで攻撃!」

 

ハルカ LP4000→1700

 

「よし。僕はカードを一枚伏せて、ターンエンド!」

 

タケル LP8000 手札1枚 フィールド シューティングクェーサードラゴン ジャンクデストロイヤー 伏せカード 1枚

 

ターン4

 

「俺のターン、ドロー」

 

これで手札は2枚。ライフ的にもフィールド的にも圧倒的に不利だが、何とかひっくり返すしかない。

 

「スタンバイフェイズ。墓地の不死武士の効果を発動。自分の墓地が戦士族モンスターのみの場合、墓地のこのモンスターを特殊召喚できる」

「チェーンはないよ」

 

俺のフィールドに、禿げた落ち武者が現れる。不死というだけあってその体はボロボロで、視線もあらぬ方向に向いている。

 

「メインフェイズ、リバースカードオープン!リビングデッドの呼び声。墓地からディスクガイを特殊召喚」

「ディスクガイを蘇生か……」

「この特殊召喚が通れば俺はカードを2枚引けるが……、クェーサーで無効にするか?」

「……いいや、通すよ」

 

真月がチェーンしなかったことで俺の場にディスクガイが蘇る。

 

「ディスクガイの効果で、2枚ドロー。……さらに死者蘇生で終末の騎士を特殊召喚する」

「ダメージコンデンサーのコストにしたカードだね」

「特殊召喚成功時、効果発動。デッキから闇属性のE・HEROシャドーミストを墓地へ送る」

 

この効果にもクェーサーが動くそぶりはない。

 

「シャドーミストの効果でデッキからD・HEROディアボリックガイを手札に加える。そして、不死武士とディスクガイを素材にリンク召喚!聖騎士の追想イゾルデ!」

 

この前はこいつにひどい目にあわされたが、味方ならきっちり役に立ってもらおう。

 

「イゾルデの効果発動、デッキから戦士族モンスターを手札に加える。俺が加えるのは……」

「そうはいかないよ、クェーサーの効果!イゾルデの効果を無効にし、破壊する!」

 

クェーサーが放つ鋭い光がイゾルデの体を貫通し、破壊する。

どうやらこちらが戦士族統一デッキだと分かっていた真月はイゾルデの効果発動のタイミングを狙っていたらしい。

 

「くっ、だがまだだ!手札抹殺を発動!互いに手札を全て捨て、捨てた枚数ドローする!」

 

ハルカが捨てたカード ディアボリックガイ 沈黙の剣 錬装融合 

タケルが捨てたカード サウラヴィス

 

「「カード、ドロー!」」

「そして俺は、墓地の錬装融合をデッキに戻しカードを一枚ドロー!」

 

これで手札は4枚。

 

「手札から、復讐の女剣士ローズを召喚!」

「チューナーモンスター……。場にはレベル4の終末の騎士がいるってことは」

「レベル4の終末の騎士に、レベル4のローズをチューニング!シンクロ召喚、ギガンテックファイター!」

「ギガンテックか……」

「ギガンテックの攻撃力は、互いの墓地の戦士族モンスターの数×100ポイントアップ。墓地の戦士族は11体!」

 

ギガンテックファイター 攻撃力 2800→3900

 

「それでもまだクェーサーには届いてないよ!」

「墓地の、沈黙の剣の効果発動。このカードを除外し、デッキから沈黙の剣士サイレントソードマンを手札に加える」

「……!さっき抹殺で墓地に送ったカードか……」

「墓地のディアボリックガイを除外し効果発動。デッキから同名モンスターを特殊召喚。そして、ディアボリックガイをリリース!現れろ、沈黙の剣士サイレントソードマン!」

 

以前と同じく、空中から剣が地面に突き刺さり、その手前に現れたソードマンが剣を引き抜く。

 

 

「お待たせしました、マスター。……かなりの劣勢ですね」

「まあな。その分お前にはしっかり働いてもらうぜ」

「御意」

「この感じ……、彼が君の精霊だね!武藤君!」

 

真月が目を輝かせる。

 

「お初にお目にかかります、タケル殿」

 

ソードマンが丁寧にお辞儀する。

 

「凄い、ちゃんと喋れるんだ……!」

「……デュエルを続けるぞ」

「あ、うん。ごめんごめん!えっと、サイレントソードマンは魔法無効効果と、ターン毎のパワーアップ、そして破壊されたときに別のサイレントソードマンになる効果があったよね」

「ああ、その通りだ」

「でも、現段階ではその攻撃力は1000ポイント。それじゃあクェーサーは……」

「バトル!ギガンテックファイターでジャンクデストロイヤーを攻撃!」

 

その宣言と同時に、ギガンテックファイターとジャンクデストロイヤーの両者は大きくジャンプし、互いの拳を何度もぶつけ合う。

だが、攻撃力で劣っているデストロイヤーは次第に勢いがなくなり、小さなスキができる。

その瞬間にギガンテックのボディブローが炸裂し、デストロイヤーは破壊される。

 

「ぐああ!」

 

タケルLP8000→6700

 

「まだだ、サイレントソードマンでシューティングクェーサードラゴンに攻撃!」

「そんな馬鹿な!クェーサーの方が攻撃力は遥かに上だよ!?」

「それはどうかな……。速攻魔法発動!九十九スラッシュ!」

「そのカードは……!」

「自分のモンスターが相手モンスターより攻撃力が低いとき、その攻撃力は互いのライフポイントの差分アップする!」

 

俺と真月のライフの差は5000。その数値が加算され、サイレントソードマンの攻撃力は6000にまで跳ね上がった。

 

「攻撃力、6000だって!?」

「行け!沈黙の剣!」

「はああああ!」

 

大きな掛け声とともにソードマンが跳躍し、クェーサーに向かって剣を振り上げる。

その刀身はカード効果で上がった攻撃力に比例するかのように巨大化し、真っ赤に燃え上がる。

 

「くらえ!我が剣の力!」

 

振り降ろされた剣はクェーサーを真っ二つに両断し、クェーサーは爆発四散する。

 

「クェーサー!ぐっ……!」

 

タケルLP6700→4700

 

「まさか真正面から突破してくるなんて……。でもこの瞬間、クェーサーの最後の効果を発動!エクストラデッキからシューティングスタードラゴンを特殊召喚!」

 

クェーサーが残した星屑が一か所に集まり、それは新たなドラゴンへと姿を変えた。

 

「やっぱり入ってんのかよ……。俺はターンエンドだ!」

 

ハルカLP1700 手札2枚 フィールド サイレントソードマン ギガンテックファイター  伏せカード なし

 

 

 

ターン5  

 

「僕のターン、ドロー!……すごいね武藤君。君のデュエルは、僕の想像の全て上を行く」

「お前こそ凄いよ。初めて使うデッキをそこまで使いこなす適応力、そして状況をすぐに飲み込める理解力。もしお前の記憶が戻ったらどれだけのデュエリストになるのか、興味深い」

「このデュエル負けないよ、武藤君……いや、ハルカ!」

「来い、タケル!スタンバイフェイズに、ソードマンの攻撃力は500ポイントアップ!」

 

サイレントソードマン 攻撃力1000→1500

 

「僕はシューティングスタードラゴンの効果発動!デッキからカードを5枚めくり、その中のチューナーの数だけ攻撃できる!」

 

タケルはカードをめくり、こちらへ開示する。めくれたカードは調律、スチームシンクロン、くず鉄のかかし、ジャンクシンクロン、ニトロシンクロン。

 

「チューナーは3枚、よって3回の攻撃が可能!いくよ、まずはサイレントソードマンを攻撃!」

 

シューティングスターの攻撃力は3300、対するソードマンは1500。このままでは俺は1800のダメージを受け敗北する。

 

「ダメージ計算時、手札のD・HEROダイナマイトガイを捨て、効果発動!この戦闘によるダメージは0になり、互いに1000ポイントのダメージを受ける!」

 

ハルカLP1700→700

 

タケルLP4700→3700

 

「ぐっ……!でもサイレントソードマンは破壊!」

「マスター!」

 

散り際のソードマンの視線に、俺は頷く。

 

「サイレントソードマの効果で、レベル7を特殊召喚!守備表示!」

 

再びソードマンがフィールドに戻る。

 

「2回目のバトル!サイレントソードマンレベル7を攻撃!」

「ご武運を……!」

「ああ、任せろ」

 

ソードマンは今度こそ消え去ってしまう。だが、これでギガンテックファイターの攻撃力は4300になった。

 

「三回目のバトル!ギガンテックファイターを攻撃!」

「攻撃力はこちらの方が上だが……」

「当然、自爆特攻なんかじゃないよ!リバースカードオープン!ブレイクスルースキル!対象はギガンテックファイターだ!」

 

そのカードをここまで温存しているとは……。

 

「ギガンテックファイターの効果は無効となり、その攻撃力は元の2800に戻る!くらえ!スターダストミラージュ!」

 

突っ込んできたシューティングスターに体を貫かれ、ギガンテックファイターは破壊される。

 

「っ……!」

 

ハルカLP700→200

 

「ギガンテックファイターの効果!戦闘で破壊され墓地へ送られたとき、墓地の戦士族モンスターを復活させる!よってギガンテックファイター生還!」

「僕はカードを一枚伏せてターンエンド!」

 

タケルLP3700 手札1枚 フィールド シューティングスタードラゴン 伏せカード 1枚

 

ターン6

 

「俺のターン、ドロー!」

 

さて、状況を整理しよう。俺の手札は今引いた一枚のみ。場には攻撃力4300のギガンテックファイター。こいつの攻撃を通せればシューティングスターは倒せる。だが、シューティングスターには自身を除外して攻撃を無効にする効果がある。蘇生制限を満たしていないから除外から帰還はできないが、それでも攻撃が通らないのは明白だ。

そしてあの伏せカードも気になる。もしあれがシューティングスターを守るカードなら、次のターン墓地のブレイクスルースキルと合わせて俺のライフを削り切ることも可能だ。

ならば、このターンは守備に回るのが無難だろう。

 

「メインフェイズ、ギガンテックファイターを守備表示にし、カードを一枚セット。ターンエンドだ」

実に短い挙動だが、これしかできることは無い

 

ハルカ LP500 手札 1枚 フィールド ギガンテックファイター《守備表示》  伏せカード 1枚

 

ターン7

 

「僕のターン、ドロー!」

 

タケルのターンだが、俺の場のギガンテックファイターは壁モンスターとしては不死身に近い。連続攻撃効果を持つシューティングスターでも突破は難しいだろう。

 

「リバースカード発動!異次元グランド!」

「な、なに!?」

「異次元グランドは、発動ターンに墓地に行くすべてのモンスターをゲームから除外する!」

 

ギガンテックファイターの蘇生効果は戦闘で墓地へ行かないと発動できない。つまり、今攻撃されれば俺の場はがら空きになる。

 

「シューティングスターの効果!デッキから5枚めくる!」

 

今からめくるカードの中にチューナーが2枚以上あれば、このデュエルは俺の負けとなる。

だが、俺の伏せカードは今発動できるものではないので、黙って見ていることしかできない。

 

「はあっ!」

 

めくられたカードは、くず鉄のシグナル、集いし願い、緊急同調、調律、ジャンクシンクロン。チューナーは1枚。

 

「……。シューティングスターでギガンテックファイターを攻撃!スターダストミラージュ!」

 

再びの突進にギガンテックは体を貫かれ、今度は異次元へと消えてしまう。

だが、チューナーが一枚しかめくれなかったため、シューティングスターは一回しか攻撃ができない。つまりこのターンこれ以上のバトルはない。

 

「まさか、ここで運命にそっぽ向かれちゃうとはね」

「まあ、それもデュエルの醍醐味だろ」

「はは、そうかもね。僕はカードを一枚伏せてターンエンド!」

 

タケルLP3700 手札1枚 フィールド シューティングスタードラゴン  伏せカード 1枚

 

ターン8

 

「俺のターン!……ドロー!スタンバイフェイズに不死武士が復活!」

「さあ、この状況をどうするんだい、ハルカ!」

 

「デッキの一番上のカードを墓地へ送り、アームズホール発動。デッキから装備魔法カードを一枚手札に加える。俺は巨大化を手札に」

「なるほど、装備カードで攻撃力を上げるつもりか……。なら、リバースカードオープン!キャッチコピー!君のサーチに連動して、僕もデッキからカードを手札に加える。そのカードは、カオスソルジャー開闢の使者!」

 

開闢の使者……。これはターンを返したら確実に負けるな。

 

「俺は墓地の魔法カード、シャッフルリボーンを除外して効果発動!不死武士をデッキに戻してカードを一枚ドローする!」

「なるほど、アームズホールのコストで墓地に行ったのか……。でも、この状況で壁モンスターを手放して、一か八かのドローに賭けるつもりかい?」

「賭けなんかじゃない。俺は俺のデッキを信じている!」

 

デッキの一番上のカードに触れた瞬間、周りの音が俺の意識から遮断される。この感覚、この沈黙こそが俺とデッキとの絆の証だ。

 

「……ドロー!」

「一体何を……」

「相手フィールドにのみモンスターが存在する場合、TGストライカーは特殊召喚できる!そしてストライカーをリリースし、沈黙の剣士サイレントソードマンを特殊召喚!」

 

三度、俺のフィールドに出現するソードマン。こちらへ視線を向ける彼とアイコンタクトを交わし、俺は次の行動に移る。

 

「俺は装備魔法、巨大化を発動!装備モンスターの攻撃力を2倍にする!」

「サイレントソードマンの攻撃力をアップするつもりか……?」

「俺はこのカードを、シューティングスタードラゴンに装備!」

「な、なんだって!?」

 

シューティングスタードラゴン 攻撃力3300→6600

 

「いったいどういうつもりなんだ……?」

「そして俺は、サイレントソードマンでシューティングスターを攻撃!」

「攻撃力1000で、6600のシューティングスターを!?」

「……」

「……君のことだ、なにかあるんだろうね。ならば、墓地の三つ目のダイスの効果発動!自身を除外し、サイレントソードマンの攻撃を無効にする!」

 

それはクイックシンクロンのコストで墓地に送っていたカード。効果の発動と同時にソードマンの攻撃も止まる。

 

「これで、君の攻撃は無効。ハルカ、おそらく君の狙いは心理戦で僕の判断を誤らせシューティングスター自身の効果で攻撃を止めさせることで、僕の戦力を削ぐことだった」

「……」

「その伏せカードもおそらくはそのためのブラフ。でも惜しかったね、僕の墓地に三つ目のダイスがあることを見落としていたのは」

「……それはどうかな」

「え?」

「トラップ発動!反発力!モンスターの攻撃が無効になった時、そのモンスターと攻撃対象モンスターの攻撃力の差分のダメージを相手に与える!」

「そ、そんな!2体の攻撃力の差は……5600!」

「行け!サイレントソードマン!流星を切りさけ!」

 

ソードマンがシューティングスタードラゴンめがけて走り出す。その刀身は再び巨大化し、熱を帯び真っ赤にそまる。

 

 

「沈黙の大剣!」

 

振り下ろされた剣がシューティングスタードラゴンを切り裂き、大きな爆発が起きる。その爆風でバスケコート内は煙に包まれる。

煙が晴れた時、俺の視界に移ったのは地面に膝をつくタケルの姿だった。

 

タケルLP3700→0

 

デュエルディスクをたたみ、俺はタケルのもとへと歩み寄り手を差し伸べる。

タケルはその手をつかみ、ゆっくりと立ち上がった。

 

「……楽しいデュエルだったよ、ハルカ」

「ああ、俺もだ」

 

時計を見ると時刻は13時を示している。デュエルに要した時間は約1時間。それでも、このたった一時間は俺の心を躍らせた。それはきっと、真月タケルというデュエリストが本当にデュエルを愛し、そして強いからなんだろう。

 

「二人ともお疲れ様!いやあ、凄いデュエルだったね!」

 

気づけばベンチで観戦していた竹田もすぐそこにいた。

 

「いいデータはとれたか?」

「もちろん。ソリッドヴィジョンもしっかり投影されたし、実験は大成功さ!」

 

竹田はもうウッキウキらしいので、俺はタケルの方へ再び視線を向ける。

 

「1ターン目にクェーサーが出てきたときには正直ビビった」

「僕もあそこまで完璧に回せるとは思ってなかったよ。でも、それ以上に驚いたこともあったよ」

「驚いたこと?」

「僕が竹田さんから借りたデッキは本当に完璧にできていて、クェーサーみたいな強力な切り札がたくさん入ってた。それに対しハルカのデッキは一枚一枚のカードのパワーはそれほど高くないのに、それらが絶好のタイミングで君のもとに舞い込んでくる。それが君とデッキとの絆なんだろうね」

「かもな」

「また、君とデュエルしたいな」

「今日は流石に疲れたが、いつでも受けて立つ」

 

俺は再びタケルに手を差し伸べる。タケルはにっこりと笑った後、その手を握り返す。

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

20. 矛盾

新科学研究所でのデュエルからさらに1週間が経過し、俺は正式に退院することができた。

タケルと竹田の同居も問題なく出来ているようだし、ミス・ドリームや井上からのアクションも特にないので、俺はしばらくぶりに学校へ行くことにした。

 

「あー、今日から怪我で欠席していた武藤が出席する。授業や学校生活で困っている様子だったらみんなでサポートしてやるようにな」

 

朝のホームルームでの担任の話に教室内からまばらな返事が聞こえる。まあ、俺は別に目立つ存在じゃないからその反応はごく普通だろう。

俺はクラスメイト達に軽く会釈してから自分の席に着く。

 

「お久しぶりです、武藤君。怪我の方は大丈夫ですか?」

 

前の席に座る遊城が笑顔で声をかけてくれる。

 

「ああ、もう大丈夫だ」

「あの、これ」

 

遊城は一冊のノートを差し出してくる。

 

「これは?」

「武藤君がいない間の授業の要点がまとめてあります。もし分からないところがあればいつでも聞いてくださいね」

「あ、ああ。悪いな」

「いえ、いいんですよ。……その代わりと言ってはなんですけど」

「……?」

「今日、お昼一緒に食べませんか?」

「は?」

「場所は屋上でいいですか?」

「えーと……」

 

俺と一緒に昼食をとることにどういうメリットがあるのか知らないが、わざわざこんなノートまで作ってくれたんだし、それくらいのことなら応じてもいいか。

 

「わかった。じゃあ、昼休みな」

「はい。楽しみにしています」

 

そうこうしているうちにホームルームは終わり、一時間目の授業が始まった。

俺はというと、開始早々机に突っ伏し夢の世界へと旅立つことにした。

 

 

 

 

「それじゃあ、今日の授業はここまで。日直」

「起立!礼!」

 

気づけば4時間目の授業が終わり、昼休みの開始を告げるチャイムが鳴る。生徒たちは弁当を広げ机をくっつけて食事を始めたり、購買部へとダッシュしたり、先ほどの俺のように机に突っ伏したりと、各々の昼休みを過ごし始める。

 

「おーい、武藤!」

 

そんな中、懐かしい声が俺を呼ぶ。

 

「……五和か。どうかしたか?」

「んだよ、相変わらずノリ悪いなあ」

「……」

「ま、とりあえず退院おめでとさん。本当はさ、聞きたいことが山積みなんだけど、それはお前が話したくなったらでいいよ」

 

聞きたいこととはおそらく先日のモールでの一件だろう。てっきり五和は真相を知るまでしつこく食い下がってくると思っていたが、それとは間逆の言葉に少しばかり驚いてしまった。

 

「てか、そんなことよりさ、聞いてくれよ親友よ!」

「誰が親友だ。人を見下すのもいい加減にしろ」

「俺の親友ってポジションを悪口みたいに言うな!」

 

いつもの五和だ。どうやらあの一件については本当に俺が話すまで聞かないらしい。

 

「で、どうかしたのか?」

「ふっふっふ、お前が休んでいる間に、俺は手に入れたのさ……」

「レアカードかなんかか?」

「……お前って遊戯王以外やることねーのか?」

「じゃあ、なんだよ?」

「そ・れ・は!、真崎先輩の連絡先だよ!毎日遊戯王部に通った甲斐ありました~!」

「へー」

「リアクションうっす!?」

 

前に聞いたときは毎週水曜に遊戯王部に行ってるって言ってたのに、今じゃ毎日か。そりゃ真崎も根負けするってもんだ。

 

「まあ、よかったな」

 

とでも言えばいいんだろうか。あまりこういう時に気の利いたことを言える性質でもないんだが。

 

「おうよ!そんでな、今日は遊戯王部の部室で一緒に昼飯食う約束してんだ!」

「へえ、二人で?」

「……いや、遊戯王部のみんなで」

「……」

「あ、お前今俺のこと馬鹿にしただろ!見とけよ、すぐに二人で屋上で昼飯食うくらいの仲になって見せるからな!」

「そうか。まあ、がんばれ」

「あ、そうだ。今日はお前も部室で飯食わねえか?」

「いや、昼はいくところがある」

「あ、そう?じゃあしょうがねえな。……っと、もう行かねえと!待っててください、真崎先輩!」

 

腕時計を確認し、五和は足早に教室を出ていく。途中で一回転んでいたが、あいつは一回転んだくらいじゃへこたれないだろう。物理的にも、人間関係的にも。

 

「まったく、騒がしい奴だ」

 

そう呟いてから、カバンの中の弁当を取り出し俺も教室を出る。

廊下はたくさんの生徒でにぎわっており、まさに平和そのものだ。別にそれに感化されるわけでもないが、小さく背伸びをして屋上へ続く非常階段を昇る。

 

「にしても遊城のやつ、俺と昼飯なんて食ってどうするつもりなんだ?」

『そんなの決まってるじゃないですか!』

 

俺のつぶやきに対し、サイマジが急に現れ鼻息を荒くしている。

 

「急に出てくるな」

『それはそれとして、ですよ!』

「なんだよ?」

『恋ですよ、恋!』

「川とか池にいる淡水魚か?」

『違います!LOVE!ラヴですよ!』

 

こいつは本当に沈黙の魔術師なんて二つ名を持ったモンスターなのか?騒がしさなら五和といい勝負だ。

 

『遊城さんはきっと、マスターに恋してるんですよ!』

「……何言ってんのお前?」

『だってだって、転校してきた日もマスターに優しい笑みで挨拶してたし、今日も授業のことまとめたノート作ってくれるし!普通好きな相手じゃないとそこまでしませんって!』

「馬鹿馬鹿しい」

『むー。あ、ほらそれに、前にカードショップアンドウでも、わざわざマスターの肩をたたいてまで話しかけてきたじゃないですか!』

 

そういえば、そんなこともあったな。あの時の話だと、確か遊城も遊戯王をやっているとのことだったし、もしかしたら俺にカードのことでも聞きたいのではないのだろうか。

 

 

『違います!絶対に恋です!』

「読心術を使うな。大体その根拠は何だよ?」

『乙女の勘です!』

「……聞くんじゃなかった」

『さてさて、もう屋上は目の前ですよ!頑張って、マスター!私は遠くで見てますから!』

「好きにしてろ」

 

サイマジの姿が消えるのを確認してから、屋上へのドアのノブをひねる。

 

「……おお」

 

思えば入学してから今日まで屋上に足を運ぶことは無かったが、ここはかなりいい場所だ。

面積も広いし、日当たりもいい。ベンチも4か所に設置されているし自販機まである。今度授業サボるときはここで寝るのも悪くないな。

 

「あ、武藤君!こっちでーす!」

 

奥のベンチに座っている遊城が手を振っている。周囲には他に生徒はいないらしく、どうやら俺が来るまで一人でいたらしい。

 

「悪いな、待たせたみたいで」

「いえいえ、大丈夫ですよ。私の方こそ、急にお誘いしてしまって……」

 

社交辞令を交わしながら、俺は遊城の隣に座り、弁当箱のふたを開ける。

今日の弁当は、白飯の上に鮭の切り身。おかずはポテトサラダにミニトマト。少ないように思えるかもしれないが、俺はもともと小食なのでこれくらいの量で十分だ。

 

「へえ、おいしそうなお弁当ですね。お母様の手作りですか?」

「いや、違うけど」

「じゃあ、ご自分で?」

「まあ、そんな感じ」

 

実際のところ毎日弁当を作っているのはソードマンなのだが、カードの精霊に作ってもらってますなんて言ったところで狂った人間扱いされることは間違いないので、適当に濁す。

 

「武藤君って、お料理できるんですね。家庭的な男子って素敵だと思います」

 

良かったなソードマン。素敵だってよ。

 

「遊城の弁当は?」

「あ、私ですか?もちろん私の手作りです」

 

遊城の弁当は、サンドイッチと鶏のから揚げ、そしてミニトマトだ。

 

「朝から揚げ物なんてしてるのか?」

「私、朝起きるのが早いので」

「ふーん」

「じゃあ、食べましょうか」

 

遊城は手を合わせ、にこりと笑う。なので俺も手を合わせる。

 

「「いただきます」」

 

そこから5分くらいは、俺たちの間に会話はなかった。ただ箸と口を動かすだけの単純作業。それゆえに、結局遊城が何のために俺を昼飯に誘ったのかはまだわからないままだ。

 

「そういえば」

 

そう思っていると、遊城の方から話しかけてきた。

 

「武藤君、遊戯王部には入らないんですか?」

「……ずいぶん唐突だな」

「あれ、でも遊戯王やってるんですよね?この間もカードショップでお仕事していたし」

「まあ、やってるかやってないかの2択で言えば、やってる部類だ」

「ですよね。五和君に聞いたら、武藤君は鬼つよだって言ってましたし」

 

五和のやつ、いい加減俺の行動をペラペラと喋るのはやめてほしいんだが。

 

「そんな武藤君が遊戯王部に入ってないって聞いて、意外だったんです」

「それを聞きたくて、俺を昼飯に誘ったのか?」

「だって、遊戯王の部活なんてどこの学校にもあるわけじゃないですよ?遊戯王が好きで、この学校に入学できたのなら、入らない理由はないと思うんです」

 

思った以上にぐいぐい来るな……。

 

「別に、部活に入らない理由なんてごまんとあるだろ」

「じゃあ、武藤君はデュエルが嫌いなんですか?」

「……」

 

嫌いかと聞かれた場合、俺はなんと答えればいいのだろう。

客観的に考えれば『あんなこと』をした俺がデュエルを好きでいていいはずがない。だからこそ、俺は長い間他人とデュエルはしなかった。

だが、この学校に入学してから俺は一体何回デュエルをしたのだろうか。最初の内は、周囲に半強制的にさせられていた感があったが、あのショッピングモールの事件の日にミズキにデュエルのことを教えたり、先日タケルとソリッドヴィジョンを用いてデュエルしたとき、俺は心のどこかで楽しいと思っていたのではないか。

 

――俺は一体なにをしているんだろうか。

 

「でも、デュエルが嫌いなのに五和さん達とデュエルしたり、カードショップでアルバイトするなんて、矛盾してますよね?」

「黙れ!お前に何が……!」

 

つい、声を荒げてしまった。遊城の言葉は正論だ。俺のやってることは矛盾している。あれだけデュエルを遠ざけようとしていたのに、いつの間にか自分の方から近づいてしまっている。これを矛盾と言わずに何というのか。

 

「武藤君?」

「……すまない。急に怒ったりして」

 

食べかけの弁当にふたをしてベンチから腰を上げる。

 

「わざわざ誘ってくれたところ悪いが、なんだか食欲がなくなった。先に教室に戻る」

「そうやって、また逃げるんですね」

「何……?」

 

遊城の言葉が引っ掛かり、彼女の方へ視線を戻す。だが、彼女はまるで先ほどの言葉などなかったかのように食事を続けている。

 

「遊城、お前は一体……」

「む、武藤く~ん!」

 

俺の言葉を遮るように、屋上の入り口が勢いよく開かれ眼鏡をかけた男子生徒が飛び込んでくる。

 

「お前は……、確か、溝口」

 

春先に遊戯王部で真崎とデュエルしたときにいた部員の一人で、商店街で不良に追い回されていたところを俺とぶつかり、その後河川敷でこいつの為にデュエルをしたことがあった。

だがそれ以降こいつと関わることは無かったので、記憶の隅に消えていたが、こんなところまで一体何の用なのか?

 

「た、大変だよ武藤君!ゆ、遊戯王部に、殴り込みが!」

「な、殴り込み?」

「ほら、前にデュエルした虎尾君!彼の仲間たちが部室に入ってきて……。真崎部長と五和君が!」

 

どうやら、穏やかな話ではないようだ。虎尾の仲間、たしかデュエルギャングと名乗る不良集団だったか。そいつらが遊戯王部に殴り込みとは、部員のレアカードでも奪いに来たのか?

 

「……それで?」

「助けてよ武藤君!あの時みたいにさあ!」

「断る」

「え、ええ!?」

「この前は成り行き上致し方なかったが、今回は俺には何の関係もない。お前たちの部の問題はお前たちで何とかしろ」

 

俺は溝口の前を素通りし、非常階段を降りようとする。

 

「で、でも、相手は武藤君を出せって言ってるんだよ!」

「何?俺を?」

「う、うん。武藤ハルカを出さないと、部を潰すって……。だから君を呼びに来たんだよ!」

 

まさか、虎尾があの時の復讐に?いや、少なくともあの時デュエルした虎尾はデュエルに対しては真っすぐな奴だった。そんな奴が部外者まで巻き込んで復讐するとは思えない。

ならば、俺に用があるのはその仲間の方か。

 

『マスター、行きましょうよ!』

 

いつの間にか現れたサイマジが俺の肩に手を置く。

 

『マスターがデュエル好きとか嫌いとか、そんなことは今は置いといて、友達のピンチですよ!助けてあげないと!』

『だが……』

『友達を助けるのにいちいち理由なんていりませんって!』

「くっ……わかった。溝口、案内しろ」

「あ、ありがとう武藤君!行こう!」

 

先に非常階段を駆け下りる溝口の後ろに俺も続く。

この先一体どうなるのかは分からないが、まずは部室へ急ぐことにした。

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

21. 衝撃の決着

部室棟の奥にある遊戯王部のドアを勢いよく開けると、部室内は荒れに荒れていた。

本棚の書籍は床に散らばり、ページが破られているものもあった。カートン買いしたボックスの詰まった段ボールも、もはや原型をとどめておらず、中のカードが散乱していた。

そして、部室の真ん中のテーブルを見ると、真崎と誰かわからないもう一人、髪を紫に染めた男子生徒がデュエルをしていた。

 

「行け、潜航母艦エアロシャーク!ダイレクトアタックだ!」

「そ、そんな!」

 

真崎LP700→0

 

丁度決着がついたらしく、敗北した真崎が膝を折る。

 

「けっ、遊戯王部部長つってもこの程度か……。余興にもならなかったぜ!」

「て、てめえ!よくも真崎先輩を!今度こそ俺が!」

 

紫に五和が詰め寄る。

 

「ああ?てめえはさっき負けただろうが!引っ込んでろクズ!」

「ぐはあっ!」

 

腹に思いきり蹴りを食らった五和が、こちらへ転がってくる。

 

「お、おい、五和!大丈夫か?」

 

思わず駆け寄り、五和の上半身を起こす。

 

 

「ぐあ……。む、武藤!?馬鹿野郎、なんで来たんだ!?」

「なんでって……。それよりこれはどういうことなんだ?」

 

あたりを見渡せば、五和以外にも何人もの部員が倒れている。どうやら全員デュエルに負け、暴行を受けたらしい。

 

「お前が武藤か?」

 

紫が俺に視線を向けている。

 

「そうだ。俺が武藤ハルカだ。お前は?」

「てめえ!ゼロさんに向かってなんて口の利き方だ!」

 

近くにいた紫の仲間らしき男子が怒鳴ってくる。

 

「黙ってろ。俺は今武藤と喋ってんだ」

「ひっ!す、すみません!」

 

男子はその言葉に委縮し黙り込む。

 

「俺は神代レイ。デュエルギャングのリーダーだ」

「デュエルギャングの……リーダーだと?」

「そうだ。絶対零度のデュエリスト、人は俺を『ゼロ』と呼ぶ」

「ゼロ……」

 

絶対零度にゼロなんて単語を聞かされると嫌が応でもミス・ドリームのことを思い出してしまうが、こいつは男だ。ミス・ドリームとは関係ないはず。

なのに、俺は奴の放つプレッシャーに押しつぶされそうになっている。

 

「まったく。お前がさっさと来てくれればそこのクズどもも痛い目見なくて済んだのにな」

「全員、お前がやったのか?」

「ああ、ワンターンでな」

 

これだけの部員、しかも真崎や五和までもをすべてワンキルしたっていうのか……。

 

「俺を探していたようだが、いったい何の用だ?」

「お前に聞きたいのは、これだ」

 

ゼロは制服のポケットから一枚の写真を取り出す。

 

「……こ、これは!」

 

そこに移っていたのは、シューティングクェーサードラゴンと、それに切りかかるサイレントソードマンの姿。それは紛れもなく、先日俺とタケルがデュエルしたときの光景だった。

 

「こいつは俺の手下が先日古ぼけたバスケットコートで撮ったものだ。クェーサーの方は知らねえが、サイレントソードマンを使ってたのはお前だろ?」

 

迂闊だった。まさかあそこにやってくる人物がいるなんて。確かに不良集団の一員が毎日おとなしく学校で授業受けてるわけもない。

 

「……」

「ちっ、だんまりかよ。まあいい。じゃあ、こういうのはどうだ?俺とお前でデュエルして、俺が勝ったらこの写真に写っているモンスターについて知ってることを全部吐いてもらう」

「そんなデュエル、受けると思うか?」

「いいのか?お前がデュエルを受けないなら、ここにいる全員のデッキを破り捨てるぜ?」

「みんなのデッキを人質にするってことか……」

「そういうことだ」

「わかった。そのデュエル受けよう」

 

俺は意を決してテーブルに着く。

 

「や、やめて武藤君!こんなデュエル受けちゃだめよ!」

 

悲壮な顔で真崎が俺を止めようとする。

 

「先輩……」

「さっきあいつも言ってたでしょ?私たち全員ワンターンキルで負けたのよ……。あいつの強さは異常だわ、いくらあなたでも勝つなんて無理よ!」

「いいのかよ部長さん、武藤がデュエルを受けなきゃあんたの大事なデッキも、いやこの部活さえもなくなっちまうんだぜ?」

「そ、それは……」

 

真崎の言葉を遮るように、俺はデッキケースからデッキを取り出しテーブルに置く。

 

「ほう、やる気十分だな」

「黙れ……」

「おお、こわいねえ」

「黙れって言ってるだろ!さっさとデッキを出せ!ぶっ潰してやる!」

「へっ、いいだろう!ギンを倒したお前の実力、見せてもらうぜ!」

 

ゼロの方もすでに準備万端らしく、こちらに自分のデッキを渡してくる。

 

「「お互いのデッキを、カット&シャッフル!」」

「先行後攻はお前に決めさせてやるよ」

「なら、俺は後攻を選ぶ」

 

こいつのデッキ内容はほぼ不明だが、先ほどの真崎とのデュエルの決着がモンスターによる攻撃だったことからして、後攻を取らせなければワンターンキルはないはずだ。

その分俺は圧倒的ビハインドを背負う可能性もあるが……。

 

「行くぜ……」

「来い!」

「「デュエル!」」

 

先行 神代レイ《ゼロ》 LP8000 手札5枚 デッキ35枚 エクストラデッキ15枚

 

後攻 武藤ハルカ LP8000 手札5枚 デッキ35枚 エクストラデッキ15枚

 

***

 

ターン1

 

「俺の先行だ!メインフェイズ、俺は手札から鰤っ子姫を召喚!」

 

鰤っ子姫……。魚族デッキなのか?だとすればこいつの効果を通すことは、『あのモンスター』を呼ばれることに直結してしまう。

 

「鰤っ子姫の効果!こいつを除外して、デッキから魚族モンスターを特殊召喚する!」

「させるか!手札から灰流うららの効果発動!鰤っ子姫の効果は無効だ!」

「フン、流石に対抗手段は持っていたようだな。だが、甘いぜ!俺は手札からPSYフレームギアγの効果発動!自分フィールドにモンスターがいない時、このカードとデッキのPSYフレームドライバーを特殊召喚して、相手のモンスター効果を無効にする!」

「くっ……」

 

せっかくのうららの効果を無効にされた揚句、奴の場にモンスターが2体増えてしまった。

 

「そして、うららの効果が無効になったことで、鰤っ子姫の効果は有効!現れろ、カッターシャーク!」

 

やはりそいつが出てくるか……。

 

「俺はレベル6のPSYドライバーにレベル2のギアγをチューニング!シンクロ召喚!レベル8、魔救の奇跡ドラガイト!」

 

いきなり強力なシンクロモンスターの出現。さらに、カッターシャークにも効果がある。

 

「カッターシャークの効果発動!フィールドのカッターシャークを対象に、それと同じレベルの魚族モンスターをデッキから特殊召喚する!現れろ、セイバーシャーク!」

「レベル4のモンスターが2体……」

「俺はレベル4のカッターシャークとセイバーシャークでオーバーレイ!エクシーズ召喚、バハムートシャーク!」

 

バハムートシャーク……。エクシーズ素材に水属性の縛りこそあるが、その効果は凶悪そのもの。先行を渡したのは大きな間違いだったかもしれない。

 

「バハムートシャークの効果発動!エクシーズ素材を一つ使い、エクストラデッキからランク3以下の水属性エクシーズモンスターを特殊召喚できる!現れろ、餅カエル!」

「でた!ゼロさんのエクシーズコンボだ!」

 

取り巻きがあほなことを言っているが、ドラガイトにバハシャ餅とは、相手のデッキは最高のスタートを切っているようだ。

 

「俺はカードを1枚伏せてターンエンドだ!」

 

ゼロ LP8000 手札2枚 フィールド 魔救の奇跡ドラガイト バハムートシャーク 餅カエル 伏せカード1枚

 

ターン2 

 

「俺のターン、ドロー!」

 

ドローカードを確認し、手札に加える。

相手のフィールドにいるモンスターの中で、こちらの行動に制限をかけてくるのはドラガイトと餅カエル。前者は俺の魔法罠を無効にし、後者は魔法罠モンスターの効果を無効にし、そのカードを自分フィールドにセットすることができる。つまり、俺の発動するカードは種類にもよるが、2回無効にされてしまう。

 

「俺は手札から、黒き森のウィッチを召喚!」

「な、魔法使い族!?この前虎尾とやった時は幻影騎士団を使ってたはずだぜ!?」

 

俺の一手を見て、以前のデュエルを見ていたであろう取り巻きが驚いている。

 

「へえ、お前、マルチデッカーかよ。おもしれえ、煮えたぎってきたぜ」

「その余裕をすぐにぶっ潰してやる。俺は黒き森のウィッチ一体でリンク召喚!聖魔の乙女アルテミス!」

「なるほど、モンスターの数こそ変わっていないが、これでウィッチの効果が発動できるわけだ」

「黒き森のウィッチの効果発動。デッキから守備力1500以下のモンスターを手札に加える」

「チェーンはねえよ」

「なら、デッキから沈黙の魔術師サイレントマジシャンを手札に加える」

『マスター!あんなやつさっさとやっつけちゃいましょう!』

 

奴らの暴挙に、サイマジもかなり腹を立てている様子だ。

 

「分かってる。俺は、アルテミスをリリースし、沈黙の魔術師サイレントマジシャンを特殊召喚する!」

「なるほど、ウィッチの効果でサーチしたモンスターはそのターン効果を発動できないが、そいつの特殊召喚は発動する効果じゃない。問題なく出せるってわけだ」

「サイレントマジシャンの攻撃力は、俺の手札一枚につき500ポイントアップする。俺の手札は4枚!」

 

サイレントマジシャン 攻撃力1000→3000

 

「攻撃力3000、ドラガイトと並んだか……」

「バトル!サイレントマジシャンでドラガイトを攻撃!」

「相打ち狙いか?」

「攻撃宣言時、速効魔法サイレントバーニング発動!互いのプレイヤーは、手札が6枚になるようにドローする!そして、このカードの発動は無効化されない!」

「ちっ、ドラガイトでも餅カエルでも無効にできないってわけか……。だが、俺の手札は2枚でお前は3枚。ドローできる枚数は俺の方が多いぜ!」

「さらに速効魔法発動。手札を一枚捨てて、ツインツイスター。お前の伏せカードを破壊する」

「なら、ドラガイトの効果でその発動は無効!俺の伏せカードは破壊されない!」

「だが、今のツインツイスターで俺の手札は1枚になった」

 

サイレントバーニングの発動条件は相手より自分の手札が多いことだが、それはあくまで発動するための条件でしかない。効果処理時の手札の枚数は無関係だ。

 

 

「サイレントバーニングの効果により、俺は新たに5枚のカードをドロー!」

「フン、俺は4枚ドローだ!」

「俺の手札が6枚になったことで、サイレントマジシャンの攻撃力はさらにアップ!」

 

サイレントマジシャン 攻撃力3000→4000

 

「いけ!ドラガイトを爆殺!」

 

ゼロ LP8000→7000

 

「メインフェイズ2。俺はカードを3枚伏せてターンエンドだ」

 

ハルカ LP8000 手札3枚 フィールド 沈黙の魔術師サイレントマジシャン 伏せカード 3枚

 

ターン3

 

「俺のターン、ドロー!ドラガイトを倒したくらいで調子に乗るなよ?俺にはまだ餅カエルと素材を持ったバハムートシャークがいるんだぜ!」

 

確かに、ライフこそ削りはしたが、向こうの強力な陣形はまだ崩せていない。

 

「俺はバハムートシャークの効果発動!素材を取り除き、エクストラデッキから潜航母艦エアロシャークを特殊召喚!さらに、こいつをフルアーマードエクシーズチェンジ!FAブラックレイランサー!」

 

これで奴の場にはエクシーズモンスターが3体。

 

「手札から2体目のカッターシャークを召喚!効果により自身を対象とし、ランタンシャークを特殊召喚!この2体でエクシーズ召喚!ヴァリアントシャークランサー!」

 

ヴァリアントシャークランサーはランク5、本来はレベル5のモンスターを素材に要求しているが、カッターシャークとランタンシャークはどちらも水属性エクシーズモンスターの素材になるときレベルを3、または5として扱える。

 

 

「魔法カード、エクシーズギフトを発動!ヴァリアントシャークランサーとブラックレイランサーの素材を一つずつ取り除き、カードを2枚ドローする!」

「サイレントマジシャンの効果発動!魔法カードの効果を無効にする!」

「だから甘いって言ってんだよ!速効魔法、禁じられた聖杯!サイレントマジシャンの効果を無効化し、攻撃力を400ポイントアップさせる!」

「何……!」

 

サイレントマジシャン 攻撃力2500→1400

 

「よってエクシーズギフトは有効!俺はカードを2枚ドローする!」

 

くっ、サイレントバーニングも込みでかなりのドローをさせてしまっている。ドラガイトを倒すためとはいえかなり無茶だったか。

 

「ヴァリアントシャークランサーの効果!素材を取り除き、サイレントマジシャンを破壊!」

 

シャークランサーには、他の水属性エクシーズモンスターが破壊された時、魔法カードをデッキトップに置く厄介な効果がある。なら、今ここでつぶすしかない。

 

「させるか!リバースマジック発動!わが身を盾に!1500ライフを払い、サイレントマジシャンの破壊を無効にし、ヴァリアントシャークランサーを破壊する!」

 

ハルカLP8000→6500

 

 

「かわしたか。ならバトルだ!餅カエルでサイレントマジシャンを攻撃!」

「トラップ発動!聖なるバリアミラーフォース!相手の攻撃表示モンスターをすべて破壊する!」

 

ゼロの場には攻撃表示モンスターしかいない。これが通ればモンスターは全滅する。

 

「餅カエルの効果発動!自身をリリースし、ミラーフォースを無効にするぜ!」

「それは読めている!リバースマジック、墓穴の指名者!墓地の餅カエルをゲームから除外し、同名カードの効果を無効にする!」

 

餅カエルは制限カード。ここで消せばそう簡単には復活できないはずだ。

 

「ちっ、破壊されるぜ」

「やった!武藤君の起死回生の一手が決まったわ!」

 

真崎が歓喜の声を上げる。

が、一方ゼロは全く動じていない。

 

「その程度で俺が止まると思ったか!トラップ発動!エクシーズリボーン!墓地のバハムートシャークを復活させ、このカードをその素材にする!」

「バハムートシャークは効果を使ったターンバトルができないが……」

「そうだ、復活したバハムートシャークはその制約から外れている!サイレントマジシャンを攻撃!」

 

ハルカLP6500→4300

 

「くっ、だがサイレントマジシャンの効果で、レベル8を特殊召喚!」

「メインフェイズ2!バハムートシャークの効果発動!エクストラデッキからNO.71

リバリアンシャークを特殊召喚!カードを1枚伏せてターンエンドだ!」

 

ゼロLP7000 手札5枚 フィールド バハムートシャーク NO.71リバリアンシャーク《守備表示》 伏せカード 1枚

 

 

ターン4

 

「俺のターン、ドロー!」

 

ドローしたカードはエフェクトヴェーラー。こいつは手札にキープしておこう。

これで俺の手札は4枚。場には攻撃力3500のサイレントマジシャンレベル8。

ライフこそ負けているが、まだ勝機はあるはずだ。

 

「俺は手札から、Emダメージジャグラーを召喚!さらに、フィールドにモンスターが2体以上存在することで、Emハットトリッカーは特殊召喚できる!」

「こ、これで武藤の場にも、レベル4のモンスターが2体……頼む、武藤!ゼロを倒してくれ!」

 

五和が体の痛みに耐えながら声を絞り出す。

 

「黙ってな!クズが!」

「キサマ……、人をクズ呼ばわりするのはやめろ!」

「ああ?本当のことだろ?そいつも、他の部員たちも、この俺にたった1ターンで負けた!クズなんだよ!弱いくせに部活なんて立ち上げて、くだらない友情ごっこまでしてよ!

弱いデュエリストなんて、必要ねえんだよ!」

 

――『弱きデュエリストなど、必要ない!』

 

頭の中に、その言葉が、忌わしい記憶が蘇る。思い出すだけで吐き気を催すほどの記憶が。

 

――『矛盾してますよ』

 

そして、先ほど屋上で遊城が言った言葉も同時にリフレインされる。

 

「……れ」

「ああん?」

「黙れ!黙れ黙れ黙れ!」

「おいおい、とうとうおかしくなっちまったのかよ?」

「黙れって言ってんだろ!俺はダメージジャグラーとハットトリッカーでオーバーレイ!エクシーズ召喚!Emトラピーズマジシャン!」

 

もう御託はいい、とにかくこいつをつぶすのが先決だ!

 

「トラピーズマジシャンの効果発動!素材を取り除き、サイレントマジシャンに2回攻撃の権利を与える!さらに装備魔法、サイコブレイド!2000ライフを払って、サイレントマジシャンに装備!払ったライフ分攻撃力を上昇させる!」

 

ハルカLP4300→2300

サイレントマジシャン 攻撃力3500→5500

 

「バトルだ!トラピーズマジシャンでリバリアンシャークを攻撃!」

『ま、マスター!駄目です、その攻撃は!』

「やれ、トラピーズマジシャン!」

「……リバリアンシャークの効果でデッキトップにランクアップマジックを置く」

「無駄だ!サイレントマジシャンで、バハムートシャークを攻撃!」

 

ゼロLP7000→4100

 

「これで終わりだ!サイレントマジシャンでダイレクトアタック!」

「終わってんのはお前の方だ!トラップ発動!ドレインシールド!」

「な!?」

「攻撃を無効にし、その数値分ライフを回復する!」

 

ゼロLP4100→9600

 

「ライフポイント、9600……。バトルフェイズは終了だ」

「おっと、忘れてもらっちゃ困るぜ?トラピーズマジシャンの効果を受けたモンスターは、バトルフェイズ終了時に破壊される!」

「くっ……ターンエンドだ」

 

ハルカLP2300 手札1枚 フィールド Emトラピーズマジシャン 伏せカード なし

 

何やってんだ俺は……。怒りに身を任せて攻撃し、挙句の果てにエースモンスターを無駄死にさせるなんて……。

だ、だが、まだトラピーズマジシャンがいる。こいつがいる限り、俺はその攻撃力以下のダメージを受けない。

次のターンを耐えて……。

 

「次のターンを耐えれたら、な」

「……!」

「はあ、くだらねえ、実にくだらねえデュエルだ。武藤、お前がここに来る間に俺が倒した奴らは確かに弱かった。だが、友情ごっこだとしてもこいつらなりの正義と、仲間意識で俺に挑んできた。それに引き換えお前はどうだ?頭に血が上って、勢いのままデュエルを始め、プレイングミスをし、そして今俺にターンを回してきた」

「何が言いたい……?」

「はっきり言ってやるぜ、この中で一番弱いクズデュエリストは武藤、お前だってな!」

「な、なんだと……?」

 

何とか返事こそしているが、俺の意識は朦朧としていた。手札のカードさえテキストが読めるか怪しいほどに。

 

ターン5

 

「もう終わりにするぜ。俺のターン!」

 

と、とにかく、守りきらないと……。

 

「俺が引いたカードは、RUM七皇の剣!そしてメインフェイズに入り発動!エクストラデッキから、NO.101S・H・Ark Knightを特殊召喚し、カオス化させる!」

 

何か、何か手は………。

 

「現れろ!CNO.101S・H・Dark Knight!」

「……くっ」

「ダークナイトの効果で、トラピーズマジシャンをこのモンスターのエクシーズ素材とする!」

「チェーンは、無い……」

『ま、マスター!て、手札手札!』

「……!し、しまった!」

 

前のターンにドローしていたエフェクトヴェーラー。これを使うにはこのタイミングしかなかったというのに。意識がおぼつかないせいですっかり頭から抜けてしまっていた。

 

「行け!ダークナイト!ダイレクトアタック!」

 

この攻撃を防ぐ術は……ない。

 

 

ハルカLP2300→0

 

「そ、そんな……武藤が……」

「武藤君が……負けた」

 

そんな声が聞こえた気がしたが、俺はそれに対し何かを言えるわけでも、何かを出来るわけでもなく、その場に倒れこんだ。

 

「やりましたね、ゼロさん!」

「馬鹿馬鹿しい。こんな奴に勝ったって虚しいだけだ」

「そ、そっすか。……そういえばあの写真のこと聞くんじゃ?」

「気を失ってる奴にどうやって聞くんだよ。面倒だがクェーサー使ってた奴を探しだしてそっちに聞くしかないだろ」

「い、いいんすかそれで?」

「ああ、もうこんな奴にも、この部にも興味はねえ。お前ら、行くぞ」

「「「「へい!」」」」

 

俺の近くを、どたどたと去っていく足音がする。

 

「……同族嫌悪ってやつなのかもな」

 

意識を失う瞬間、俺が最後に認識できたのはゼロのそんなつぶやきだった。

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む




評価する
※目安 0:10の真逆 5:普通 10:(このサイトで)これ以上素晴らしい作品とは出会えない。
※評価値0,10についてはそれぞれ11個以上は投票できません。
評価する前に
評価する際のガイドライン
に違反していないか確認して下さい。