ニワカは相手にならんよ(ガチ) (こーたろ)
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序章
第0局 誓い


ニワカ先輩の能力ってめちゃくちゃ強くないですか?


 

 

 

 

 

――――――――「ツモったああ!これでオーシャンズの夢は断たれました!今シーズンも優勝はアベニューズです!」

 

 

 大歓声は、どこか遠く。

 

 広々とした部屋の中央には、やたらと綺麗な麻雀卓が一つ鎮座している。

 

 4人で行う競技のプレイヤーとして座っていた1人の男は、ゲーム終了を意味するブザーが鳴ったあと、力なく背もたれに寄りかかった。

 

 

 (まただ。どうして大事なところで牌が応えてくれない。こんなにも人事は尽くしているのに……!)

 

 人事を尽くせば勝てるゲームでないことなど、とうの昔に知っている。そう頭で理解できていても、納得できない自分がいた。

 ぐっ、と握りこんだ拳は雀卓の上で微かに震えていて。

 

 最年少雀士として、麻雀のプロリーグに鳴り物入りして早3年、今年も優勝という栄冠をつかむことができなかった。

 

 

 

――――――――「いやあ最年少雀士倉橋も最後まで食らいつきましたが及ばず、アベニューズの三連覇となりました」

 

 

 

 アナウンス会場と音声がつながり、聞こえてきているはずの声がとても遠く感じる。

 自らの視線の先には卓と牌しかない。無情にも開かれた対面の手は完璧な手順で組まれていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その日の帰路、倉橋は虚ろな目でスマートフォンを眺めていた。

 

 

 

「倉橋は牌効率ばっか追ってるうちは勝てない」「ネット雀士なんてこんなもんだろ」「華がないんだよなあ。いまいち応援できないっていうか」「見ていて面白くない麻雀。勝たなくてホッとしたよ」

 

 

 (言いたい放題だな……。)

 

 

 元々は最年少ということもあって応援の声も多かったが、表情の少ない麻雀に次第にファンは減っていた。

 プロの世界で「魅せる」麻雀を打つ手練れの猛者たちを相手にしたとき、どうしても彼の打ち筋は魅力に欠けていたのかもしれない。

 実際のところそんなこともなかったのだが、彼に浴びせられる非難の数々は彼の精神を徐々に蝕んでいた。

 

 

(今年もまたダメだった。俺はプロとして麻雀を打つ資格がないのかもしれない。ネットの世界で平面的な麻雀が似合っていたのかもな……。)

 

 そんな状態であったからだろうか。

 

 彼はスマートフォン以外の視覚に意識が行っていなかった。

 

 

 

――スピードを出しすぎたトラックがガードレールを突き破って歩道に向かってきたときには時すでに遅かった。

 

 

 

「え……?」

 

 (俺はこんな夢半ばな状態で死ぬのか。せめて今日優勝していれば、こんな事故に巻き込まれることもなかったのかな……。)

 

 走馬灯のように流れていく記憶の中も、ほとんどが麻雀のことだった。

 

(あぁ……どうか来世は、牌に愛される雀士になれますように……。)

 

(――その願い、聞き届けよう)

 

 薄れゆく意識の中で、そんな声が聞こえた気がした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……ッ!?」

 

 目を覚ます。

 慌てて辺りを見渡すも、視界に入ってくるのは見知らぬ路地。

 どうやら自分はここで一人仰向けで倒れていたらしいと判断するまで数十秒を要した。

 

 

 

(おかしい。俺はトラックに轢かれて……死んだと思ったんだが……。)

 

 手にしていたカバンも、マフラーも無かった。

 スマートフォンすら見つからない始末だったが、ポケットに何か固い感触。

 

 取り出してみると、いつもお守り代わりに対局にも持ち込んでいた麻雀牌だけが残っていた。

 

(皮肉なもんだな……こいつとは切っても切り離せないってか……それよりも)

 

 それはさておき、まずは状況を確認しなければいけない。

 何せ自分は死んだと思っていたのだから。

 病院のベッドに横たわっているならまだしも、寒空の路地で倒れているなど洒落にならない。

 

 そう思って重い腰を上げようとしたそんな時。

 

 

「ったく……どうなってい……」

 

 つぶやきかけたとき、異変に気付いた。異常に声が高い。それに立ったというのに明らかに視点が低い。

 はた、と隣のビルの窓に映っていた自分の姿を見やる。

 

 映っているのは、小柄な少女。

 

 そう。少女だ。

 

 

 

 「はああああああああ?!?!」

 

 

 空にこだまするソプラノボイス。

 最年少プロ雀士倉橋は、女子小学生としてあらたな生を受けた。

 

 

 これは前世で夢半ばにして心を折られた青年が、新たな世界で頂点に挑もうとするお話。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 月日は流れて。

 

 

「リー即ヅモタンピン三色裏、4000、8000」

 

「だあああああああ!そんな運ゲーしてんじゃねえ!」

 

「へへへ毎度アリー、これで総まくりやな!」

 

 とある中学校の一室。「麻雀部」とかわいらしい字で書かれた張り紙を外に貼り付けただけの教室で、今日も麻雀が行われていた。

 

 

「セーラあのね?倍満ツモる確率って知ってる?一局あたり約0.9%だよ?」

 

「また始まったよ多恵の確率の話ー。いややわ~」

 

 セーラ、と呼ばれた短髪で男勝りな女子中学生、江口セーラは煩わしそうに頭をガシガシとやっている。

 

 

「まさにごっつあん。ごっつあん二着でごわす」

 

「口調ぶっ壊れてるし、キャラもぶっ壊れてるから洋榎やめて?」

 

 気だるそうにしながらもちゃっかり二着を確保して満足気に右手を左右に振るたれ目が特徴的な少女は名を愛宕洋榎といった。

 

 

「おかしい……明らかにおかしい……おr……私の知ってる麻雀ジャナイ」

 

 多恵と呼ばれた、銀髪を短くまとめているこの少女は倉橋多恵。かつて最年少雀士として世間を騒がせた張本人である。

 今は女子中学生であるが。

 

 名前は前世の名前を少しもじっただけだ。

 多恵はこうは言っているものの、もういつものことなので、そこまでショックは受けていない。

 

 

(なんだかんだこの状況にも慣れてきちまったなあ……)

 

 ぐーっと伸びをして、もう男だった頃の感覚なんか忘れてしまった己の姿を見る。

 

 多恵がこの世界に来てから、わかったことがいくつかある。

 まず、この世界は前の世界とは違う世界だということ。しかし、かなり酷似していることもあり、これは判断に時間がかかった。

 

 ではなにをもって彼女は違う世界か判断したのか。

 

 

(麻雀人口が多すぎる。ついでに前世で有名だった人たちの名前はないし、プロ雀士も知らない人ばっかりだ)

 

 前世で彼が愛した麻雀はここにはなく、頭を使うスポーツのような感覚でこの世界では受け入れられている。

 タバコと酒とギャンブルといったイメージは、この世界ではほとんど無い。

 

 甲子園と並行してインターハイが地上波で放送されるところからみても、その人気度はうかがえる。

 

 

(皮肉にも前世でみんなが目指していた理想郷ってわけだ……)

 

 しかしある意味この世界は多恵にとって好都合だった。

 

 

(俺がこの世界に生まれた理由……そんなもんはわからないけど、せっかくこれだけ麻雀が普及している世界に来れたんだ。この世界で、前世に取れなかった頂点を目指してやる)

 

 結局、前世で多恵はプロリーグでのリーグ優勝を果たすことはできなかった。思い出されるのは、最強と呼ばれる雀士達の、高い、高い壁。

 

 謎だらけな環境で信じられるのは自身が貫いてきた麻雀への誠意だけ。

 この世界で頂点に立てれば、未練がなくなる。そんな感覚が今の多恵を動かしていた。

 

 

「いや、凹んでるとこ悪いんだけどさ、親被ってラスったの私なんだけど……」

 

 苦い顔つきで、突っ伏した多恵の顔を覗き込んできたのは緑色の髪をサイドテールにまとめた女の子。

 小走やえというこの少女も、ここの麻雀部の一員だ。

 

 

「屈辱的すぎるわ……この私が3連続ラスだなんて……!多恵!あんたのせいよ!」

 

「ええ?!私今日全3着なんだけど?!」

 

 半分涙目になりながらやえは何故か多恵に八つ当たりしていた。

 

 

「これで最終収支も洋榎とウチのプラスやな!多恵帰りにガリガリ君奢りい!」

 

 

 セーラが上機嫌で荷物をまとめはじめる。

 

 

「なんか私が奢る回数増えたなぁ……」

 

 

 はあ、とため息をつく多恵。前世では最強雀士の一角であっただけに、女子中学生に敗北を喫するのは精神的につらい。

 麻雀は運の要素が強いゲームとはいえ、最初はほとんどが多恵の一人勝ちであったのに、彼女たちの成長は著しく、最近は負け越すことも増えてきた。

 

 それはこの少女たちが世代では無類の才覚を秘めていたからというのも大きな理由だったのだが。

 

 それでも一定の勝率はキープしているあたり、多恵も前世とは違う感覚を得ている。

 

 中学校の大会ではこの4人でほとんどのタイトルを総なめにし、教室の後方には数々のトロフィーが並んでいる。

 

 

 実はこの世界は前世とは違い、女性のほうが麻雀が強い。

 前世で多恵は強い女流雀士も数々見てきたが、どうしてもトップに立つのは男性のほうが圧倒的に多かった。

 男女差の少ない競技ではあったが、そもそも人口の割合としても男性のほうが多かったことが男性有利の大きな原因なのではあるが。

 

 しかし多恵がこの世界に来てテレビで活躍するプロ雀士のほとんどが女性。

 他のメンバーに聞いても女性のほうが強い人が多いとのこと。

 

 

(それならこの女で生まれたというのもむしろ好都合か……)

 

 

 最初は戸惑った多恵であったが今はもう違和感なく生活できている。

 一人称や口癖は麻雀中たまに素に戻っているが、日常はもうほとんどが女子中学生のそれだ。

 

 

「お疲れさんさんさんころり~」

 

 夕日が差し込む窓際で自動卓の1つに腰掛ける洋榎。手には雑巾が握られている。

 

 ふと、セーラが思いついたように全員の方へ振り返った。

 

「そーいや皆は進路どないするんやっけ?」

 

 進路。麻雀を愛する者にとって、高校選びは重要だ。

 甲子園と同レベルで扱われるのが麻雀のインターハイなのだから、高校選びが慎重になるのも当たり前の話だろう。

 

 

「別々の高校行って全国で会おうってそういう話だったわね」

 

 ひょんなことから小学校で出会ったこの四人は、同じ中学に入ろう!と意気投合したまではよかったが、中学校に入ってみるとあまりにも周りとのレベル差がついており、彼女たちと対等に打てる雀士は関西にはいなくなっていた。

 

 なので4人は別々の高校に入ることで、全国の舞台で本気の勝負をする。そう誓いを立てたのだ。

 

 

「ウチは千里山!そっちにも知り合いおるからなー洋榎には負けへんで?」

 

「ボコボコのボコのボコにしたるわ。ウチは姫松から特待きとるし、姫松いくで」

 

「ボコが1個多いんじゃボケえ」

 

 洋榎が手際良く洗牌をしながら、そういえば、とこちらを振り返った。

 

「多恵はどないするん?まだ聞いてへんよな?」

 

「あー、一応三箇牧にでも行こうかなとは思ってるよ」

 

 三箇牧高校。関西の全国常連校であり、毎年強いエースを育ててくることで有名な高校であった。

 多恵はインターハイで目立つことでプロになれると聞き、進学に対しては割とやる気である。

 

 

(まあ、どうせ前世の記憶がある俺からすれば高校受験なんてフリーパスみたいなもんだしな……)

 

 

「三箇牧かあ、多恵が三箇牧に行くとか、めちゃ強くなりそうやな……」

 

「まあせいぜい頑張りなさいよ。私は奈良の晩成高校行くからとりあえずインターハイは出場できそうね」

 

 やえも奈良の強豪、晩成高校から特待が決まっている。

 

 

「団体戦はともかく、個人戦なら全員が全国に行けるチャンスがあるっちゅうことや。必ず皆で全国で会おな!」

 

 おー、と4人の声が教室にこだまする。

 

 彼女たちの物語はここから始まるのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――これはネット雀士からトッププロへとのぼりつめた雀士と、全国を誓い合った4人の少女の軌跡――

 

 

 

 

 



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第1局 約束破り

そして迎えた春。

 

 

 

 

ここ姫松高校では早くも麻雀部の部室に大勢の新入生たちが集まっていた。

関西の名門、姫松高校。毎年団体戦では中堅にエースをおく伝統があり、確かな実績と監督の手腕もあって、強豪としての位置付けを確固たるものにしている高校である。

 

 

「ほっち、ほっち、ほっちっち~」

 

歌とも言い難い歌を口ずさみながら廊下を歩く生徒。

強豪姫松に特待生として迎え入れられたのがこの愛宕洋榎その人であった。

 

全国中学生麻雀大会、略して全中では区間での最多得点の新記録や、地区大会から通算で120局連続無放銃という恐ろしい記録を打ち立てている。

 

なお、このことについてチームメイトの多恵からは「打つべき牌は打ちなよ!!こんな北なんか放銃率2%以下だよ?!しっかり和了って、しっかり放銃!この格言を知らんのかい!!」とおしかりを受けている。

 

なんじゃそら、と。多恵の前世にあったとあるプロチームの格言など洋榎が知る由もなく。

 

 

「見てみて、あれが全中記録保持者の愛宕洋榎よ……」

 

「ほんまや、きっともうレギュラー確定やろし、ウチらついてないなあ……」

 

ヒソヒソと洋榎が通った後ろからは同級生である生徒達から噂話されまくっていた。

確かに、団体戦のメンバー入りを目指す彼女たちからしたら、同期でこんな大物が入ってきてしまったことは、枠が1つ自動的になくなったも同然。ツいてないと思ってしまうのも仕方がない。

 

ヒソヒソと自分の噂をされていることはわかっている。が、そんなことを気にする洋榎でもなかった。

 

 

「ヒトの噂も365日!」

 

「75日なのよ~」

 

1年間噂されてもいいのかと突っ込みたくなる洋榎の発言に対して、隣を歩いていたおさげを左右につけた金髪の少女が突っ込む。

この少女の名前は真瀬由子。新入生の対局を見ていた洋榎がその実力を認め、対局後に声をかけた少女だった。

 

その由子とともに、今洋榎は1人の1年生を探しに来ていた。

 

 

「とりあえずウチ以外にもう一人、実力見るための対局で上級生相手にマルエーしたっちゅうヤツがおるらしいやん。知らん?」

 

「たしか2組だったのよ~。4局全部勝っちゃったらしいのよ~。1人秋の大会でレギュラーだった人もいたのに、よ~」

 

マルエーとは、麻雀において自分以外の3人を原点以下に抑えてのトップであり、ありていに言えば、全員を沈めての1人浮きである。

なかなか実力差があったとしてもやれることではなく、逆に実力が無かったらこれを実現するのは至難の業だ。そしてその相手が強豪校姫松高校の上級生ともなればなおさら。

 

 

「ほお~、なかなか骨がありそうやないけ。セーラ達ボコボコにせなあかんし、ウチの他にも強いメンツがいるのはええことやな」

 

洋榎が思い返すのは、中学校での誓い。

4人全員で全国で会おうという約束。もちろん洋榎は個人戦で全国には出るつもりであったが、それ以上に、インターハイの花形、団体戦でも全員と会いたい。

その想いが強くあった。

 

それだけに、強いチームメイト候補がいるなら大歓迎。

この時までは、そう思っていた。

 

 

「ここなのよ~」

 

「よっしゃここが2組やな??」

 

教室の前についた2人。時間帯は放課後なので、帰っている人もしばしば見受けられたが、それでも教室にはかなりの人数が残っている。この人数から件の1年生を見つけなければならない。

 

 

「そいで?その1年生名前はなんていうんや?」

 

「ええ~っと確か、倉橋多恵ちゃん……のはずやったかな?」

 

倉橋多恵……倉橋多恵ねえ……

 

 

「は?」

 

自分でもあまりに素っ頓狂な声を出したと洋榎は思った。

いや、まだわからない。そんなメジャーな苗字でも名前でもないが、ほんの少ないパーセンテージでまだヤツではない可能性が残っている。

 

 

「ああ、倉橋さんなら、あの教室の角で本を読んでるあの子ですよ」

 

由子が2組の女子生徒に倉橋多恵という女子生徒の所在を聞いていた。

確かに教室の一番奥、賢明に顔を隠しながら本を読むフリをしている女生徒がいた。

 

ズカズカズカと洋榎がその生徒に向かって歩く。

 

 

「……?」

 

サッと効果音が聞こえてきそうだった。顔を覗き込んだ洋榎に対して『麻雀講座!これで君も超デジタル麻雀!』という本を盾にして顔を必死に隠している。

 

 

「……子のリーチに対して、鳴いた良形満貫テンパイ、14巡目残りスジ4本の片スジ4,6押した時の局収支」

 

「な、なんの話なのよ~」

 

無表情の洋榎が突然わけのわからないことを言いだしたので、隣にいた由子が呆けている。

 

洋榎は自分でこの質問の答えをわかっているわけではない。

と、いうより今の条件もかなり適当だ。

 

問題はそこではないのだ。今の質問を、何も見ずに答えられる麻雀打ちなど、プロでも一握りだろう。

 

ましてや、この間まで中学生であった高校1年生の年代で、この質問に答えられる打ち手など、ほぼいない。

 

が、洋榎のよく知る親友であるならば、答えてしまってもおかしくない。

 

 

「900点」

 

間髪入れずに、少女から答えが返ってきた。

返ってきて、しまった。

 

 

「ほう?」

 

洋榎の表情に、青筋が浮かぶ。

多恵は自分の失態にようやく気付いた。

 

 

「ハッ!しまった!」

 

「なーーーーーーーにしとるんじゃわれえええええええええええええええ!!!!!」

 

「ぎにゃああああああ!!!」

 

どっせーーい!!という掛け声とともに少女の机はちゃぶ台返しならぬ教室机返しされた。「昭和の日本なのよ~」などという的外れな由子の声はどこか遠く、ものすごい剣幕で洋榎は多恵の胸倉を掴んだ。

 

 

「なんで多恵が姫松におるねん!!!誓いを忘れたんかジブンは!!!!」

 

「ち、違うんだ洋榎!これには深い……そう、4巡目字牌単騎リーチ2段目まであがれなかったらだいたい王牌説よりも深いワケがあるんよ……!」

 

「山の深さちゃうわ!そんな言い訳なんか聞きたないわ!!他の2人に会わせる面があらへんやろがい!!」

 

由子はやっと気付いた。この銀髪の少女、どこかで見たことがあると思っていたが、全中で洋榎と共に大暴れしたメンバーの1人、倉橋多恵である。

 

先ほどまで名前が同じだけの別人と思ってしまうあたり、由子もたいがいなのであるが。

 

確信できたのはさきほどの質問。

このようなデジタル知識はさることながら、それを組み込んだ柔軟な手組みは、コアなファンにも有名だ。自身が知識の豊かさから、デジタル打ちを自称しているが、傍からみたらとてもデジタルとは言い難いのも確かだが。

 

しかし、彼女はたしかネットの記事では三箇牧に進学が決まっているという旨の記事を見たことがある。

ではなぜその彼女が姫松にいるのか……。

 

 

そこからは多恵が語った。

 

簡単に言うと、多恵は高校受験をなめていた。

自身は前世でそこそこ頭の良い高校、更には有名大学の出であり、勉強については人よりもできる自信があった。

しかし、大学に入ったあとは麻雀に没頭。

幼い頃から大好きだった麻雀のプロになろうと思ったのはこの時。

そんなこんなでひたすら家でネット麻雀しかしなくなった多恵の頭の中には、デジタル思考こそ残っていても、学生時代の知識など微塵も残ってなどいなかった。

 

特待で入ればよかったものを、謎の強がりとプライドが邪魔をして、三箇牧の監督には

 

 

「大丈夫です。自分は勉強で入るんで、他の子に特待の枠をあげてください(キリッ)」

 

などとのたまい、そしてしっかりと落ちた。

あげく三箇牧1校しか受けてなかった多恵はこのままでは入る高校が無くなるという絶望的な状況に。

 

あわや中卒の肩書きまで見えた所で、姫松の監督である善野監督から直々に電話があり、今からでも入れるようにしてあげるという好条件で姫松への入学が決まった。という形であった。

 

 

 

全てを聞いた洋榎は呆れを通り越したような顔で天を見上げていた。

 

 

「わかったけどなあ……なんでそれをウチらに言わんねん。メールでもなんでも連絡してくれればよかったやないかい。第一、他の2人になんて言い訳するつもりやねん」

 

「あんな約束した手前……言いだしにくくて……」

 

はあ……と深いため息をつく洋榎。

 

 

「まあでも、心強い仲間が増えたのよ~、私は真瀬由子。よろしくなのよ~」

 

「由子か、よろしくね、私は倉橋多恵。洋榎の親友です」

 

「親友との約束たがえるなや」

 

まあええわ、と言いつつ洋榎が行儀悪く座っていた椅子を立つ。

 

 

「こうなった以上は絶対にウチらが全国優勝せなあかん。そのためにも、もう1人おるらしいねん。1年生でなかなか打てるんが。そいつんとこ行くつもりやけど多恵も来るやろ?」

 

「え~、でも私と洋榎がそろって行ったらなんか感じ悪くない……?」

 

とぼやきつつも洋榎についていった結果、同学年で、後にインターハイを共に戦うことになる末原恭子から「強いやつだけでつるもうとするの嫌いやわ」と言われ、多恵がメンタルに大ダメージを受けることになるのだが、それはまた別のお話。

 

 

 

 



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第2局 合同合宿

作者は咲シリーズで『怜―Toki‐』のみ未読です。
なのでセーラの過去に原作との違いが生まれるかもしれません。


パシッ、パシッと心地よく牌の音が卓に響く。

季節は夏。

晴れて高校に入学して別々の道を歩みだした4人が、休日ということもあり、久しぶりに卓を囲んでいた。

 

 

(やっぱこのメンツで打つと落ち着くなあ……楽しいんだよなきっと)

 

勝つことを命題にされ、厳しい麻雀をずっと前世で打ってきた多恵は、どこか麻雀を楽しむということを本人の意識の外で忘れつつあった。

負けると叩かれ、1打1打に全く気の抜けない麻雀。

トッププロである、ということが知らぬ間に多恵の麻雀を縛り付けていた。

 

しかし、こっちに来てからというもの、強いメンツではあるものの、対局中にも拘わらずなんやなんやと騒ぐようなこの面々に、少なからず多恵は感化されていた。

 

 

(それに、なんつーかこう、異性って感じしないんだよなあこの子らは)

 

洋榎の親しみやすい性格、セーラの男勝りでおおらかな性格、それにやえの負けず嫌いさ。3人は最初の頃はよく負けて、そしてよく成長した。何度でも多恵に食らいついてきた。

 

ひたむきに麻雀に向き合って、よく勉強し、必ず再戦を挑んでくる。

そんな感情を思い出させてくれたのは間違いなくこのメンツだし、感謝もしていた。

 

 

「なんか感傷に浸ってるとこ悪いんだけどさ……」

 

多恵のそういった感情が顔に出ていたのか、ピキピキと額に青筋を浮かべながらやえが口を開く。

 

 

「なーーーーーーんであんたたち同じ制服着てんのよ!!!!しかも!!姫松の!」

 

「あーあ、知らん知らん、ウチは知らんでえ~」

 

ひゅー、と、やえの剣幕を見て、足を組んで下手な口笛を吹き始める洋榎。

 

 

「ちょ、ちょっと待ってやえ、メールで説明した通りで」

 

「そんなこと聞いてないわよ!!」

 

「め、めう……」

 

怒り心頭といった感じで怒るやえをどうどうとセーラがいさめる。

 

 

「ちょっとセーラ!あんたは怒ってないわけ?!」

 

「ま、まー理由は大方多恵からのメールで確認してるんやし、仕方ないんちゃう?」

 

手牌の右端2枚を伏せてパチパチと鳴らしながらセーラは苦笑い。

 

 

「ズルい!ズルいわよ!しかもなんで洋榎のいる姫松なのよ……それならウチに来てくれたって良かったじゃない……」

 

「姫松の善野監督がわざわざ電話くれてそれで……ご、ごめんよやえ……」

 

やえが最後の方何を言ってたかまでは聞き取れなかったが怒ってることは間違いないのでうろたえ続ける多恵。

 

 

(完全に高校受験ナメすぎた俺の責任だしなあ……)

 

もちろん前世で彼女などいなかった多恵はこういう時どうしていいのか全く分かっていなかった。女流雀士との交流の機会もあったので、コミュニケーション能力のほうはなんら問題が無いのだが、こういう場面にはもちろん慣れていない。

 

 

「それにな、俺はむしろ喜んでるくらいなんやで」

 

助け舟を出したのは意外にもセーラだった。セーラはふふん、と得意げに一つ間を置く。

 

 

「かなり強いメンツが集まったんや。それもここのメンツとなんら遜色ないくらいの……や」

 

「ほお?」

 

この発言にニヤリと笑って返して見せたのは洋榎だった。

 

 

「ウチらにもなあ、イキのいい1年がおる。それにウチと多恵もおる。……姫松は間違いなく世代最強になるで」

 

「な、なによ、じゃあ私だって負けないわよ!多恵なんかいらないんだから!」

 

「め、めう……」

 

全く関係のないところでいらないと断言されて割と普通に凹む多恵。

多恵は基本的に麻雀以外の部分でのメンタルは豆腐であった。

 

 

「それなら今度行われる関西地区の1年生合同合宿。そこで勝負や」

 

来週から3泊4日で、関西地区の高校1年生たちが集まっての合同合宿が開催される。これは関西の麻雀連盟の催しで、全国で関西の高校が活躍できるように、関西雀士育成の一環で行われる毎年恒例行事だ。

 

 

「そうだね、大会には直接関係ないけどここで他の強い1年生も見ておきたいし」

 

「いいわよ、受けて立とうじゃない」

 

それにね、と付け加えてやえが席を立つ。

 

「どんだけ強いか知らないけどね、私達4人と同じレベルだなんて笑わせるんじゃないわ!いい、よく聞きなさい……ニワカは……ニワカは相手にならないのよ!!!」

 

「あ、やえそれロン、5200(ゴンニー)

 

「……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――合同合宿初日

 

 

 

「えー、諸君らには期待している。特に今年は優秀な選手が多い。切磋琢磨して、関西の麻雀をさらに良いものとしてくれたまえ」

 

 

パチパチパチパチと、拍手が巻き起こる。

そんな中、ふわー、と眠そうにあくびをしているのは洋榎である。

 

 

「今の誰や多恵」

 

「そんな大きなあくびしちゃダメだよ洋榎……名前は私も忘れたけど」

 

「そんな気張ってたらおかんになるで」

 

「そんなんでおかんになれたら怖いわ……」

 

 

関西のお偉いさんらしいが、洋榎も多恵も、名前すらろくに聞いていなかった。

今日から4日間にわたる合同合宿が行われる。

洋榎も多恵も1年生としては異例の、この時期で既に一軍に合流を果たしているので、本来ならこの合宿に出る義務はないのだが、そこは善野監督から

 

「色んな子と出会うことは大事なことよ」

 

と言われ合宿に参加する運びとなった。

 

 

「んで、ルールどないやっけ」

 

「最初の2日間はランダムのリーグ戦なのよ~」

 

「最後の2日間で成績上から6人ずつのグループに分かれて対局……か」

 

多恵はもちろん前世では学生の時にこんなおおがかりな合宿など見たことがない。

それどころか、高校で麻雀部がある高校など数えるほどしかなかったのだ。

 

 

(高校生の雀士の育成のために大人がここまでするって恐ろしい世界だよ……。お?)

 

後ろにいる恭子が膝に手をついて辛そうにしているのに気付いた多恵。

 

 

「末原さん体調悪そうだけど大丈夫?」

 

「恭子でええってゆーたやろ。多恵って呼ばせてもろとるしな」

 

「お、おお、じゃあ恭子、すごいクマだけど……」

 

はぁ……と深くため息をつきながらジト目でこちらを見る恭子。

恭子と出会ってまだ3か月そこらだが、多恵の中では恭子はこのジト目の表情が良く似合ってるなと感じていた。口には出さないが。

 

 

「多恵と洋榎の麻雀談義に夜な夜な付き合わされたからや」

 

「あれ、でもあれ23時くらいには終わったよね……?」

 

「意味わからんこと多すぎて検証してたんや。あんなのわけわからな過ぎて検証して自分で納得しーひんとやってられん」

 

その言葉に、多恵は思わず笑みをこぼす。

まだ出会って日にちはたっていないが、恭子の麻雀へのひたむきさは、とても好感がもてた。

いつだってそういう人たちと、研鑽を重ねてきたのだから。

 

 

「……恭子は勉強熱心なんだね」

 

(いたなあ。前世にもたくさん。麻雀に命かけて、絶対に勉強を怠らない人が)

 

多恵の前世でも、多くの麻雀を愛する人たちが、研究会などを作って、日々麻雀の研究を進めていた。そうして研究をするたびに新しい戦術が発見されたりする。今日の麻雀戦術の基盤を支えているのはそうした日進月歩の成果なのだ。

だから多恵は恭子のこの姿勢は素晴らしいと思うし、自分も見習わなきゃな、と身の引き締まる思いだった。

 

「とにかくあんま無理しないで今日は早めに寝なね」

 

「そーさせてもらうわ……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

麻雀をしていると時間はあっという間に過ぎる。

合同合宿も、早くも3日目を迎えていた。

 

 

「え~では上位6人の方はこちらの会場です。集まり次第対局を開始してください。1局終わるごとに着順と点数を入力しておいてください」

 

2日間の対局が終わり、今日からは成績順に分かれての対局が始まる。

運の良いことに多恵は総合成績3位で1番上のグループになった。

そしてこのグループには見知った顔が多い。まあ成績表を見た段階でわかっていたことではあるのだが。

 

 

「よう、洋榎。今日はボコボコにしたるから覚悟しや。それとこの前の駄菓子分30円返せ」

 

「お前まだその話するんか?ケチくさいのは嫌われるで?」

 

総合成績2位の江口セーラと、4位の愛宕洋榎。

 

そんなやり取りの中で、うなだれる生徒が1人。

 

 

「なんでや、なんでこんなバケモンだらけの卓になってしもたんや……」

 

「恭子が強いからじゃない?」

 

「賞賛は素直に受け取るけどな?これやったら大会でこの成績出したかったわ」

 

「あるよねー6翻ピッタリの時は裏ドラ1枚乗るのに3翻の時は絶対に裏ドラ乗らない説だね」

 

「なんやそのたとえ……」

 

末原恭子も6位で上位卓に食い込んでいた。本人は嫌がっているが、多恵からすれば、他の強者たちとチームメイトの恭子が研鑽してくれるなら喜ばしいことだった。

 

「ちょっと多恵!今回のリーグ戦成績見たでしょ!私の勝ちだからね!」

 

「決勝卓はこれからだよ、やえ。そーいえばやえの言っていたチームメイトは今回は調子悪かったのかな?晩成からはやえ1人みたいだけど……」

 

「う……そうよ!たまたま調子が悪かっただけよ!私1人で全員倒せば問題ないでしょ!」

 

フン!といった様子ですたすたと戻ってしまうやえ。今回の2日間のリーグ戦で彼女は堂々の1位に輝いている。

多恵は、彼女の実力なら全員倒すというその言葉も成し遂げてしまいそうだな、と思いながらその後ろ姿を眺めていた。

 

 

「あれが全中団体戦MVPの小走やえ……」

 

「そーだよ。取材とかくると調子乗るけど、火力も高いし雀力は折り紙付きだね」

 

やえはとにかく和了率が高く、団体戦ではチーム内でセーラをしのいで最高得点を獲得し団体戦のMVPに輝いている。

 

 

「……まあ、あーいうバケモンにどこまで凡人のウチがやれるんか。いい力試しや」

 

「あー確かに1回打ってみるといいかもね……基本的に私とか洋榎はやえとあまり打ちたくないから」

 

げっそりといった表情の多恵。

そんな様子を、恭子は意外に思った。

 

 

「多恵はともかく、洋榎まであまり打ちたくないだなんて珍しいやんな」

 

「やえの話かあ~あいつめんどいねん」

 

洋榎がこちらに戻ってきて会話に参加する。

やえの実力はもちろん認めている洋榎だが、実際相手にするのは嫌らしい。

 

 

「まあとりあえず行ってきなよ!」

 

「せやせや!やえのやつ弱なってるかもしれんしな!」

 

「ちょっと洋榎!!さっきっから聞こえてんのよ!!」

 

腑に落ちない部分を感じつつもやえのいる卓に向かう恭子を見送って、多恵と洋榎も後を追う。そこではセーラと、セーラのいる千里山女子の制服をきた女子生徒が待っていた。

 

 

「洋榎。多恵。紹介するで、清水谷竜華や」

 

「みなさんのことはセーラから聞いてます。今日はよろしゅう」

 

「倉橋多恵です。よろしくね」

 

高校生とは思えない発育の良さだな。と邪な気持ち無しで多恵は思った。

 

こちらに来てからというもの、女子との関わりが多くあったので、いちいち距離が近いとか、着替えを見てしまったとかでドキドキするような感情はもう多恵の中で消失していた。せいぜいが罪悪感を少し覚える程度だ。

 

幸い、何故か多恵の周りにはぺったんこな子が多い。なにが、とは言わないが。

 

 

「愛宕洋榎や、よろしゅうな~」

 

洋榎がさっきまで食べていた焼き鳥の串を片手に振りながら挨拶をする。

どこから出したのだろうか。

 

 

「それじゃあ前哨戦や。竜華ならお前らともやりあえるってとこ、見したるわ」

 

「そら、楽しみやな。お手並み拝見といこか」

 

「お、お手柔らかにお願いします」

 

場決めをした後、4人が席に着く。

 

 

 

「それでは対局を開始してください」

 

 

練習試合が始まった。

 

 

 

 



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第3局 小走やえ

合同合宿3日目、2日間の成績上位6人が集まって交代しながら対局を行う。最初の抜け番は洋榎と多恵になった。

 

(せっかく後ろ見できるんだったらやえと清水谷さんの間で見ようかな)

 

この合宿ではお互いの研鑽が目的とされているので後ろ見も基本的には許されている。もちろん、対局中無駄に話しかけることはマナー違反だし、その程度のことはここにいる6人は皆わきまえている。対局終了後に感想戦をするための後ろ見といってもいいだろう。

 

対局が始まった。

 

 

 

東1局 親 恭子 ドラ{6}

配牌

{二二五七①②④④2678南西}

 

(悪ない。しかけたら2900になりそうやけど、面前でもいけそうや)

 

恭子は一呼吸おいてからオタ風の南から切り出した。細かいことではあるが、こうした風牌の切り順も丁寧でなければ上のレベルでは戦っていけない。

 

 

 

七巡目 恭子

手牌

{二二二四五②④④23678} ツモ{三}

 

(張った。高め7700(チッチー)スタート。ここはリーチや)

 

「リーチ」

 

手牌から切った{②}を横に曲げ、リーチ宣言をしたその時、対面のやえから声がかかる。

 

「ロン」

 

ビクっとリーチ棒を取り出そうと点箱に手をかけていた恭子の手が止まる。

 

 

やえ 手牌

{①③④⑤⑥⑦⑧⑨456北北}

 

「5200ね」

 

「……はい」

 

ふうと一息ついたのち、恭子は点箱から5200点を取り出してやえにわたす。

 

 

(小走……警戒はしてたつもりなんやけど7巡目でも既に張ってたんか。どうりで手牌の進みがよかったわけや)

 

 

ガラガラガラガラという牌の混ざる音を聞きながら後ろ見していた多恵は、やえの理牌をながめていた。

 

(やえはあの頃から比べて強くなったな……本当に)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――4年前のこと。

 

 

「どうして……、どうして私はあいつらに勝てないのよっ!!」

 

ガシャンと大きな音を立ててやえが卓の上の牌を掴む。

もう日が沈みかけの夕方、教室には多恵とやえだけが残っていた。

今日のやえの成績は散々。久しぶりにトータル-200を超えてしまった。

 

そうでなくとも、最近のやえの成績は下がり気味、と、いうよりは他の2人の成長が著しく、なかなかそのスピードに追い付けていないのが現状だった。

 

 

「やえ、そんなに焦ることはないんじゃない?やれることを少しずつ……「嫌!」」

 

「嫌なのよ!3人に置いてけぼりにされるのは……もうたくさんなの……」

 

切羽詰まってしまって今にも泣きそうな瞳が多恵を見つめている。

 

小走やえという少女はこのメンバーの中で一番最後にメンバーに加わった。たまたま多恵が参加したとある雀荘の大会で一緒になったことが発端で、その大会で多恵にボコボコにされたやえは、ことあるごとに再戦を挑んできた。

 

そうしているうちに、わざわざ戦う場所をセッティングするのも面倒だろうと思い、同年代で既に仲良くなっていた2人を多恵が紹介したのだ。

 

 

「どうして……?私がリーチしてもすぐに追いつかれる。3家リーチになることだって珍しくない。私のリーチはどうしてこんなにもろいのよ……!」

 

やえの目からは、我慢できず涙が溢れていた。

確かに、やえはリーチに対して追いかけられることが異常に多い。

 

多恵はそっとやえの下家に座ると牌を1枚掴み、やえの前に横向きにして置いてみせた。

 

 

「リーチってさ、強いよね。そう宣言しただけで周りは委縮する。オリなくちゃいけなかったり、安牌に困ったりしてさ」

 

「普通は、そうね」

 

目をこすりながらやえは多恵の話をそっと聞いていた。

最近のやえはリーチを打つとすぐ誰かに追い付かれてはリーチ負けをする。

 

そんなことよくあるだろうと思われるかもしれないが、親ですらそれをされてはたまったものではない。

 

そんな状態であるからこそ、やえは自分のリーチに自信を無くしていた。

 

 

「私の昔の知り合いにさ、すごーく強いリーチを打つ人がいたんだ。その人がリーチって言うだけで、皆ビビっちゃうような。でもそれってさ、損得両方あると思うんだよね」

 

「どういうこと……?」

 

やえは多恵の意図をつかみかねている。

皆がビビってしまうほどのリーチ、やえからするととても魅力的に見えた。

 

しかし、多恵が伝えたかったのはそうではない。

 

 

「絶対に和了りたいリーチだったり、普通なら和了りを拾えそうなリーチでも、その人のリーチだからって皆オリちゃうんだよ。こういうの、人読みって言うんだけど」

 

多恵の所属していたプロリーグでは様々なトッププロが集まっていた。仕掛けの上手い人、押しの強い人、華がある人。多恵はそのどれもが魅力的だと感じていたし、憧れていた。自分にない強さを持つ人たちだったから。

 

「やえのその特徴は弱さじゃない。次からはさ、プラスに考えてみようよ。必ず自分と同じ土俵に立ってくれるなら、絶対に勝ってやる、仕留めてやるっていう強い意志を持ってみたらどうかな」

 

「強い……意志」

 

やえは自らの手を見つめると握ったり開いたりを繰り返した。

 

「そうそう、それにさ、やえはどーんと押せるなら押してみろ!って構えてるほうが、きっと似合ってるよ。七対子リーチ同順に親から追っかけ入って詰む説をひっくり返せるのはきっとやえだけだよ!」

 

「あんたのその例えが微妙に理解できるようになってきたのがまた腹立たしいわね……」

 

 

多恵はこっちに来てから様々なこの世界のプロ対局を見てきて、この世界に漠然と存在する「能力」というものに気付いていた。

 

普通の麻雀では到底起こりえない奇跡を、必然にしてしまう力。最初この「能力」に気付いたときはこんなものに勝てるのだろうかと悩んだものだが、今では吹っ切れて、それも込みでの対策や、打ち方を模索している。

 

そういった日々の中で、この小走やえという少女にも「能力」が目覚めかけているのに気付いていた。

だからといって、「能力」を育てる方法など多恵は知りはしない。せいぜいがこちらのプロの特集記事などを読んで「能力」のきっかけなどを知るくらいだ。

 

なのでこの助言も、果たして正しいのかはわからない。

 

……けれど、前世で自分が憧れた、華のある雀士に、やえならなれると、多恵は半ば確信していた。

だからこそ折れずに戦ってほしかった。

 

 

「でも、そうね、そうよね、しょげてる暇なんてないわ!私に勝てるものなら勝ってみろってもんよ!そうと決まれば特訓ね!」

 

もう弱気なやえはいない。

今のやえはすぐにでも麻雀を打ちたいという顔をしていた。

 

 

「え、でも2人帰っちゃったよ?」

 

「いいのよ!十七歩は2人でもできるわ!」

 

2人の特訓は警備員が入ってきて帰るように指示されるまで続いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

局は進んで東3局

 

親 やえ ドラ{⑥}

 

 

8巡目 やえ 手牌

{③④⑤⑥⑦111四五赤五七八} ツモ{九}

 

 

「リーチよ」

 

(きた、小走やえの先制リーチ……!)

 

 

同順 恭子 手牌

{②②③⑥⑥789二三四六八} ツモ{④}

 

 

恭子は先ほどの自身のリーチ宣言牌を捉えられたシーンを思い出していた。

 

(小走やえの特徴は圧倒的に他者のリーチ宣言牌を捉えることが多いということ。更に自身に聴牌が入ることで他者の手が進みやすくなってるなんていうふざけたデータも出とる。

普段なら点差的に見ても、{③}がウチの目から3枚見えてるワンチャンスであることも考慮したうえで{②}勝負してもよさそうな場面やけど……)

 

少し逡巡したのち、恭子は現物の{八}を河に放った。

 

 

(ここは回る。勝負するには不確定な情報が多すぎる)

 

 

 

 

12巡目 竜華 手牌

{④赤⑤⑥⑧34赤55二三四七七} ツモ{4}

 

 

(張り返した……メンタンピン赤赤ドラでツモハネ……けどこの{⑧}は小走さんに通るんやろか?)

 

本来ならまだ残りスジも多く、この{⑧}くらいなら問答無用で切り飛ばすのが正解だ。

しかしそういう計算がこの場で1番早い人間は後ろで見ながら自分だったらどうするかを考え、別の解答をはじき出す。

 

 

(この{⑧}……やえの当たり牌か。洋榎あたりならまだこの巡目からでも回りそうだ。そして俺も……やえとの付き合いの長さからきっとそうするだろう)

 

これが小走やえとの初対局である竜華であったが、もちろん全中の映像でおおよそ小走やえの得意なプレイスタイルを理解していた。

それでも。

 

(でも、これぐらい切らなきゃ勝負にならへん……!)

 

「リーチ……!」

 

「ロン」

 

通ってくれという竜華の願いは届かず、無情にもやえの手牌が開かれる。

 

「裏1で……親満。12000」

 

「通らないんよなあ~」

 

パタンと手を閉じながら恭子は{②}が当たり牌であったことを整理して考える。

 

宣言牌が必ず刺さるわけではないが、真っすぐにリーチにぶつかりに行けばまず勝てない。全中の時やその他の大会でも、小走と当たる選手は、少しやり方を変えてみたり、わざと悪い待ちでリーチをかけてみたりと色々な対策を立てていた。

しかし、悪い待ちで戦いに行っても、やえのリーチの聴牌形は良形であることが非常に多く、負けてしまう。回ってみようとしている間にツモられる。

 

とにかくリーチを打たれては手が付けられない。そういう選手なのだ。

 

 

(なるほどな。これが全中団体戦MVP、リーチを統べる王者、小走やえ……!)

 

 

「さあ、1本場よ」

 

 

 

 

 

 

 

 




リーチしてオリてくれないのは悲しいけど、仕留めれば問題ないよね!


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第4局 凡人

怜さん竜華さんはもちろん覚醒前です。


 

南2局 親 竜華 

 

恭子 17800

竜華 11000

やえ 40200

セーラ 31000

 

(2人にやられっぱなしや。このままじゃ終われん。……凡人が挑戦をやめたら勝てるわけないねん)

 

対局はほぼセーラとやえの叩きあいの様相を呈していた。

 

普通の麻雀であればどんなに技量が拮抗していても1人の独壇場になることもあるし、そこは運のゲーム。

しかしこちらの世界では少し違う。力が結果に直結することが多い。それは能力に由来する部分が大きく、この世界でのプロはアマチュアとの対局で負けることはほとんど無い。

 

 

(もう親番すら残ってへん。トップの小走との差は22400。一着順上げるにしても江口までは13200……。満貫2回は欲しい)

 

 

 

恭子 配牌 ドラ{④}

{②②④④⑥246二赤五八九南}

 

 

(この手牌はモノにせな……)

 

もう親番が残ってない恭子からすればこの手牌は仕上げたい。

しかし同じく後がない竜華もそうそうオリはないと想定されるので、愚形でのリーチは打ちづらい。

 

 

(恭子はこの手……どう見てるかな)

 

この3か月、多恵は恭子の麻雀を数多く見てきた。その中で恭子が得意とする雀風を模索しているのも。

6巡目。上家のセーラが切った{六}にほんの一瞬手が止まる。

 

 

恭子 手牌

{②②④④⑥456四赤五八八九}

 

 

「チー」

 

恭子は鳴きを選択した。

 

(この両面からチーか。思い切ったね)

 

この鳴きの精度の判断は難しい。平面だけを切り取るのであれば点差も考えると愚形2つが残るこの場面はややスルー有利に見える。しかしこの場面はそれだけでは語れない。親の竜華が1副露、今{六}を切ってきたセーラの河はもう既に濃い。もう聴牌が入っていてもおかしくなさそうだ。それに比べて自分の手牌はまだこの鳴きが入って1向聴。和了りを見るなら愚形残りとはいえ仕掛けるのがプラスに見えてくる。

 

 

(このあたりの鳴き判断、嗅覚は一級品だね)

 

多恵が前世で麻雀を打っていた時も鳴き判断は非常に苦労した要素の1つだった。結果が伴わなければもちろん叩かれるし、いちいちそんなことは気にしていられなかったが、鳴きの良し悪しは対局後に毎回精査しなければならない。

 

 

次順、セーラが持ってきた{赤⑤}をそのままツモ切って横に曲げる。

 

「リーチィ」

 

「チーや」

 

手元で右端に寄せておいた{④⑥}を倒して{②}を切る。

聴牌だ。

 

そして次順。

 

「ツモ、3000、6000や」

 

 

恭子 手牌

{②④456八八} {横赤⑤④⑥ 横六赤五四} ツモ{③}

 

 

「へえ、やるやんか」

 

セーラは恭子の和了り形と捨て牌を確認してから、自分の手牌を閉じた。

 

 

セーラ 手牌

{12399①②一二三七八九}

 

 

 

「さすがだね、恭子」

 

「いや、正直ウチもどっちが良かったんかはわからん。学校戻ったら多恵と今のシーン確認したいから牌譜起こしといてくれるか?」

 

「そう言うと思ったから、言われなくてもやってるよ」

 

多恵としても、恭子と共に勉強する時間は、貴重な時間だ。

経験は大事だが、その経験を、本当に良かったのかどうか確認することが、上達のコツ。

 

 

(きっと恭子の強さはここにあるんだな)

 

こんなやりとりを見ていて目に見えて怒っている方が1人。

 

 

「なによ……そんなもんでいい気になるんじゃないわよ!」

 

 

 

 

南三局も恭子が早仕掛けでセーラから3900を出あがり、やえの親番を蹴ることに成功する。オーラスを迎えて、点差は

 

恭子 33700

竜華 5000

やえ 37200

セーラ 24100

 

 

(よし、これでトップの小走には3500差。出あがりなら3900(ザンク)、ツモなら8本16本か……)

 

とはいえ七対子ツモはあまり考慮したくないので、基本は3900ベースで考えることになるだろうと思いながら。

しかし9巡目、思いもよらずやえから声がかかる。

 

 

「リーチ」

 

(リーチやと?)

 

基本この状況でトップ目がリーチを打つメリットはあまりない。親から直撃でも食らおうもんなら一気に三着目まで落ちるリスクがある。

役がないとしてもツモ狙いのみで大人しめに局を進めるのがセオリーではある。

 

かといってリーチを打つという選択肢がないわけではない。他家の手に制限がかけられるし、恭子からすれば12000以上を打ってしまうと着順が落ちる。そしてなによりも。

 

 

(この状況での小走のリーチなんか、相当待ちがええに決まっとる……!)

 

 

やえ 手牌 ドラ{八}

{⑦⑧⑨55四五六七八東東東}

 

 

(勝てるもんなら勝ってみなさい。確実に仕留めてあげる)

 

 

もちろんそのことはわかっている恭子は攻めあぐねていた。

聴牌が入ってもその時出ていく牌があまりにも厳しい。

 

 

(くっ……直撃チャンスやのにこんなにも攻めにくいんか……!)

 

その時だった。

 

「ほな、行かしてもらおか」

 

「セーラあんた……!」

 

「リーチ」

 

強く切り出したセーラの宣言牌{赤五}に、やえから声がかかることはなかった。

 

 

「当たれへんやろ、この牌は」

 

「この……!」

 

ゆうゆうとリーチ棒を投げるセーラに対してやえが歯噛みする。

 

 

(あー、これはセーラまたやったな……)

 

同じことを思っているのか、ちょうど向かい側あたりにいる洋榎がニヤニヤしている。

恭子は横移動決着の可能性が出てきたのでオリ気味に打ちまわし。

 

その二巡後のことだった。

 

 

「ツモ」

 

この勝負を制したのは、セーラだった。

 

セーラ 手牌

{③③③⑥⑦⑧六六九九西西西} ツモ{六}

 

「4000オール……これで、総まくりやな」

 

 

最終結果

 

恭子 29700

竜華 1000

やえ 33200

セーラ 36100

 

 

「ああー!もう!あんたそんなことばっかりしてたらいつかめちゃくちゃなヘクり方するわよ!!!」

 

「なんやケチくさい。ウチは2000オール2回和了るより、4000オール一発型なんや」

 

 

 

そんなやりとりを聞きながら、恭子は力が抜けたようにふう、と一息つくと、自動卓の点数表示を眺めていた。

 

 

「これからもっとバケモンたちと戦わなあかんのに、ウチは平気なんやろか」

 

「なーにいってんの、私は恭子もたいがいバケモンだと思うよ」

 

後ろで見ていた多恵は恭子にそう声をかける。

 

 

「いやいやいや、多恵には言われたないわ!」

 

心外だとばかりにものすごい勢いで否定してくる恭子。

 

「いや、本当に。いつか恭子は私と洋榎を救ってくれる。それぐらいどんどん強くなる気がするんだよね」

 

これは多恵の本心だった。今は自分のことを凡人と卑下する恭子だが、持っている素質はここにいるメンバーになんら遜色ない、むしろいつ抜かれてもおかしくないとさえ多恵は感じていた。

研究熱心な姿勢と、その鳴きのセンス、嗅覚。前世のトッププロたちの美しい打ちまわしを見ているかのような錯覚にとらわれるのも、1度や2度のことではなかった。

 

「なんやそれ、むずがゆいわ!やめややめ!次行くで次!」

 

そんな様子を見ながらジト目でやえがこちらを見ていることに多恵と恭子はついぞ気付くことはなかった。

 

 

 

 

 




恭子って自分のこと凡人って言うけど全然凡人じゃないよね。


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第5局 最後の夏へ

サクサク進んで原作に追い付きたい!
点数変動のミスとかあればご指摘いただけると幸いです。


 

合宿の最終結果。最終日の今日は午前中までに全対局を終了し、すでにその結果が出ていた。前日までの成績を含め、上位6人卓はセーラがトップ、やえはかなり巻き返したものの、2着で全対局を終了した。

 

「トップ取りの麻雀はやっぱこの2人が強いねえ」

 

「最終収支だと勝てたりもするんやけどな」

 

多恵と洋榎はスコアシートを眺めている。幼少期からの仲である4人だと、やはり火力の高いセーラとやえがトップの偉い、ウマオカありのルールで強かった。逆に多恵と洋榎は着順操作に長けており、とくに洋榎などは他家を使った動きなどもできるので団体戦でその真価を発揮する。

 

「ま、今回はセーラに勝ちを譲ってあげるわ。ただ、大会じゃこうはいかないからね!」

 

「なんやー、さっきまでめちゃくちゃ悔しそうやったやん」

 

「く、悔しくないわよ!」

 

あいも変わらず騒がしいやりとりを眺めていた多恵はその奥で1人思案にふける恭子の姿を見つめていた。

 

(恭子にとってはいい刺激になってくれたかもな。同世代の強い雀士たちとこれだけ善戦できたのは自信にしてほしい)

 

そんな考えを知ってか知らずか洋榎にポンと肩を叩かれる。

 

 

「前から思っとったんやけど……多恵っておかんなんか?」

 

「子供いないのにおかんとはこれ一体……」

 

そんな中、清水谷竜華も、今回の合宿で良い刺激をもらえた1人であった。今回の成績こそ奮わなかったものの、随所にその才能の片鱗を見せていた。

 

「りゅーか、なかなかええモン持っとると思わん?」

 

「清水谷さんか、そうだね。あの途中で見せた集中力をもっと持続させることができたら……まあ私たちにとっては厄介になるかもね」

 

北大阪と南大阪なので、インターハイの出場権を争うことはないが、千里山とはこれからいくらでも戦う機会はあるだろう。もし次戦う時にあれほどの集中力を持続させる打ち手になっていたら……そしてあと1、2人、千里山に強い選手が入ってきてしまったら、姫松としては脅威となることは間違いない。

 

 

「ま、もちろん1、2年でもバンバン試合出るつもりやけど、勝負はウチらが3年になった時やな。多恵の恐ろしいほどの強さは身に染みて知っとる。でもな、最後のインターハイは必ずウチが千里山を優勝に導くんや」

 

「それはこっちも譲れないな。まあ少なくともここから3年は私達の時代にしてみせよう」

 

「なーに勝手に話進めてんのよ!インターハイ優勝はこの小走やえ率いる晩成なんだから!!!!」

 

 

こうして1年時の合同合宿は終了した。

そして舞台は2年後へと移る。

 

それぞれの目標を胸に、少女たちは歩き始めた。

彼女たちは経験をつみ、努力し、研鑽し、お互いに高めあった。

時にとんでもない強者が同学年にいることを知っても、4人のその心は、想いは折れることはなかった。

 

少女達の想いは、最後のインターハイにぶつかりあう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――季節は過ぎ……

 

3年の春、姫松高校は春季大会も難なく突破し、夏のシード権を得ていた。多恵たちに残された最後のインターハイ、最後の夏に向けてそれぞれが準備の時期。

ここ、姫松高校麻雀部では、部員たちが集まる場所の他に、Aチームが集まってミーティングを行うミーティングルームがあり、最近のもっぱらのたまり場となっていた。

 

恭子がパソコンで部員の牌譜をまとめている中、洋榎が勢いよく部屋に入ってくる。

 

 

「どっせーーーーーーい!」

 

「なんですか、主将。あまりうるさくせんといてくれます?」

 

「びっくりなのよ~」

 

 

昨年の秋、代替わりで姫松高校麻雀部の主将に就任した愛宕洋榎。主将を誰に任せるかとなったとき、多恵と洋榎と恭子に票が割れたのだが、恭子と多恵が洋榎を推薦したため、洋榎が主将に就任している。そんな我らが主将は今日も今日とてうるさかった。

 

 

「これ見てみいや!この雑誌!!」

 

そう言ってバン!と机にたたきつけた雑誌。『ウィークリー麻雀トゥデイ』と週刊なのか日刊なのかよくわからない名前の雑誌の表紙には白糸台高校の宮永照が笑顔で写っている。

 

 

(宮永……照。俺の、越えなければいけない壁……)

 

多恵にとって、宮永照は因縁の相手になっていた。

 

宮永照とは、昨年の個人戦優勝者であり、今年の団体戦も白糸台高校が優勝候補筆頭とというのが世間の認識。

 

昨年の個人決勝卓は白糸台の宮永照、臨海女子の辻垣内智葉、姫松の倉橋多恵、晩成の小走やえと、異例の2年生のみの決勝卓だった。ちなみに多恵は宮永照と辻垣内智葉に敗れ、個人3位で昨年を終えた。

 

こっちの世界で同世代で今まで勝てていないのはこの2人だけ。

 

 

(この2人を倒せなきゃ、俺はこっちに来た意味がない。必ず、この世界で頂点に立ってみせる)

 

それだけに10年に一度の代と呼ばれるほど今年のインターハイの注目度は異常に高く、メディアも大盛り上がりである。

 

 

「それで、この雑誌がどうしたの?」

 

「姫松の特集ページや、これ、読んでみい!」

 

そういわれて2、3ページ後ろに丁度我らが姫松高校の特集ページが掲載されていた。

写真には洋榎を中心として姫松の春大会のメンバーが写っている。

それを読めと言われたのでしぶしぶ多恵が拾って読みあげる。

 

 

「えーなになに、姫松高校の団体戦の予想オーダーはこれだ。昨年惜しくも白糸台高校に敗れ、2年連続の準優勝となった関西の雄、姫松高校。今年も白糸台に続いて優勝候補に挙げられる。悲願の優勝へのカギは、エース倉橋多恵がどこまでチャンピオン宮永照を抑えられるかにかかっている……」

 

「そこや!そこ!!!」

 

ビシッと人差し指をこちらに向ける洋榎。

 

「絹~、姫松高校の伝統はエースをどこに置くんやったかなあ??」

 

絹、と呼ばれた眼鏡の少女、愛宕絹恵は洋榎の妹だ。昨年姫松高校に入学した絹恵は、メキメキと実力を伸ばし、今ではレギュラー争いの1人となっている。

 

ちなみに多恵は小さい頃からよく洋榎の家に麻雀を打ちにいっていたので、絹恵とも仲が良かった。

 

 

「中堅……やんな?」

 

「じゃあウチらの今の中堅は誰や?」

 

「……お姉ちゃんやな」

 

何かを察したように絹恵は呆れたように返事を返す。

 

 

「せや!せやろ!つまり、姫松のエースはウチやろがあ!!」

 

ぐわーーーーーと雑誌をぐしゃぐしゃにし始める洋榎。

それに見かねて多恵がソファ越しに声をかける。

 

 

「私も姫松のエースは洋榎だと思ってるよ!!」

 

「まあ、冗談なんやけどな」

 

「さいですか……」

 

二重人格なんかこいつは。と思わせる身替わりの速さである。

実際洋榎はエースが誰かということにそれほど頓着していない。それだけ、洋榎は多恵を認めているし、多恵もまた洋榎を認めていた。ただ単純に、ライバルとなる高校に対して、先鋒に多恵を持ってくるのが1番勝率が高いと踏んでいるのが、姫松の善野監督だった。

 

「善野監督はウチらが全国優勝できると信じとる。今年こそ、今年こそ必ず善野監督に優勝を持って帰るんや」

 

「うん……そうだね」

 

(俺を拾ってくれた善野監督に、しっかりと恩返ししなきゃだしな)

 

姫松高校の善野監督は多恵達が2年の春、持病が悪化し、倒れた。

命に別状はなかったものの、そのまま指揮をとるのは困難と判断され、赤阪監督代行が今の実質の指揮権を握っている。

 

特に恭子と多恵は善野監督に受けた恩が大きく、善野監督に優勝を届けようと、優勝への想いは大きかった。

 

 

「絶対に今年優勝や。白糸台も、千里山も、全部倒して全国優勝へ。行くぞ姫松ファイ、オーーー!!!」

 

「そんな掛け声初めて聞いたわ」

 

洋榎の気合の掛け声に反応できたのは、辛うじて由子が「おーなのよ~」と発した程度だった。

 

 

 

 

 

 

運命の夏は近い。

 

 

 

 

 

 



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第6局 上重漫発見

みんな大好き漫ちゃん登場回です。

(※原作では上重漫は2年生ですが、この作品では1年生設定になっています。ご了承ください……)





春の大会が一段落し、姫松高校麻雀部では、新入生の実力を見定める新人戦が行われていた。新入生を一ヵ所に集め、OB会の方にも対局に参加してもらいながら、監督とレギュラー陣で戦力になりそうな1年生をピックアップしていく。

 

 

「多恵。そっちはどうやった」

 

「うーん、今のところまだ目ぼしい子は見つかってないかなあ」

 

多恵と恭子は赤阪監督代行に頼まれて、対局している所を周りながら気になった選手を報告する役目を担っていた。こういうのは直感が大事だと思った多恵は最初洋榎に頼もうかと思ったのだが、「いや、めんどいやん」と一蹴されてしまった。

 

 

(それでいいんか我らが主将は……ん?)

 

洋榎の飽き性な部分は昔から変わらないので、もう諦めもついている多恵。

そしてそんな中、一人の選手の後ろを通った多恵はその異質な手牌に思わず立ち止まる。

 

 

(名前は…上重……すず、でいいのかな?ここの卓はOBの方が2人入ってくれてる卓か……)

 

漫はラス目、トップには3万点ほどの差をつけられ、後のない南場の親番を迎えていた。

 

 

10巡目 漫 手牌 ドラ{⑨}

{⑦⑦⑧⑧⑨⑨899七九九九} ツモ{八}

 

 

(とんでもねえ手牌だ。ダマ24000(ニーヨンマルゼット)なんかくらったら泡吹いちゃうよ……)

 

 

「リーチ」

 

(おろ)

 

宣言牌として切った牌は{9}だった。それはそうだろう。三色と純全帯を確約させるにはこちらの待ちを選んだほうがよさそうに見える。

 

そのことよりも、多恵からするとこのペン{7}をリーチすることが意外だった。点差はあるとはいえ、このダマ親倍は確実に仕留めたいところ。宣言牌が{9}だと関連牌になってそうな{78}あたりは出にくくなる。ラス目の親に進んで突っ込んでくるような人間もこの卓にはいないだろう。

 

 

そして次順、持ってきたのは{9}だった。裏目。痛恨である。しかし漫はなにごともなかったかのようにそのまま切る。

 

 

(あるよね~……ペン待ちかシャボか悩んでリーチ打つと必ず逆持ってくる説……)

 

麻雀は選択の連続。こっちが良い、と思ってもなかなかそのようにいってくれないのが麻雀というゲームだ。

 

しかし、漫はそうは思っていなかった。

 

 

「ツモ、8000オール……です」

 

すぐに見事{7}を引き和了り、総まくりの親倍ツモを決めていた。

 

 

(へえ……)

 

別になんてことのない、運よくペン{7}待ちにとっても、{六九9}待ちにとっていても和了れていたという事実がそこに残っているように見える。

 

しかし多恵はこの時のこの上重漫という1年生が平然とリーチ後の{9}に頓着していなかったことが気になった。

デジタルに徹する打ち手であっても、待ち取りをミスすることはある。麻雀とはそういうゲームだから。

しかしそれだけで片付けられるほど人間の脳というものは上手くできていない。

 

こっちにしておけば……というたらればの感情が、少しは表に出てしまう。それが大きな舞台であれば尚更。

 

あまりそういうことを気にしない打ち手なんだなあ、と思えばそれまでだが、どうやらこの1年生にはそれ以外の理由がありそうな、そんな気がしていた。

 

 

「恭子、あそこの上重漫って子の今日の戦績見てもいい?」

 

「あのおさげの子か?もうしょっぱなから負けまくって同級生にイジられてたで」

 

「へえ……」

 

恭子から戦績のデータを預かると、それを眺める。確かに序盤3半荘はほとんどトビラスのような形。特に打牌に問題があるわけではなさそうだが、ただただついていなかった。そして先ほどの半荘で初トップ……。

 

 

「恭子」

 

「なんや、ニヤニヤして」

 

「もしかしたらこの子、私達に足りなかったもう一押しをしてくれる子になってくれるかもよ」

 

ええー……と、恭子はとても信じられないといった様子でいつものジト目を多恵に向けていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

コンコン、と部屋をノックする音が響く。

その日の下校時刻、直々に多恵は件の1年生をミーティングルームに呼んでいた。

 

「し、新入部員の上重漫です!」

 

「ええよ~入り~」

 

扉を開けて入ってきたのは、ガチガチに緊張した黒髪おさげが特徴の女子生徒、上重漫である。

 

「失礼します!」

 

「そんな固くならなくていいよ、由子、紅茶まだあったよね?」

 

「たくさんなのよ~」

 

多恵はそう言って漫をソファに促し、由子に紅茶を頼んだ。

座っても落ち着かない様子の漫はいきなり知らない土地に捨てられた子犬のよう。

 

 

「ごめんね、急に呼び出して。ちょっと今日の対局見てて、とても興味が出たから教えてほしいことがあるんだけど……いいかな?」

 

「は、はい!私がお答えできることであれば!」

 

(退部だけは……退部だけは勘弁してください……!)

 

漫からするとこの呼び出しは何を言われるのか分かったものではない。お前は下手すぎるから退部しろとでも言われるかと思っていた。

 

漫は自分の麻雀に、自信を持てていない。名門姫松に来たからには、頑張ろうと思ってもちろん来ているのだが、初日から感じるあまりのレベルの高さに、正直心が折れかけていた。

 

漫が改めて部屋を見渡すと、どうやら監督は不在で、愛宕洋榎主将含む3年生のレギュラーしか部屋にはいなかった。

とても退部勧告をされる雰囲気ではない。

 

 

「今日の4戦目、ラス目の親番で8000オールをツモった時、覚えてる?」

 

「あ、はい。もうラス続きでどうにかしなきゃって思って親番に臨みました」

 

漫からすると意外にも、呼び出しの理由は今日の対局内容だった。

 

 

「リーチした直後、待ちに取らなかった{9}を持ってきたとき、あんまり気にしてなかったみたいだけど、そんなことない?」

 

多恵はこの時の漫の心情を知りたかった。聞いてみたところ、基本的にはよく顔に出るタイプの打ち手の漫。多恵はあの後の対局も見ていたが、親倍をツモ和了った時とは雰囲気が異なっていた。

 

 

「あ、あの時は調子いいなって思いました……」

 

「へえ、一見裏目を引いたように見えるけど、上重さんはそうは思わなかったんだね?」

 

「あ、あの、変かもですけど、ウチ、調子がええ時は上の方の数字が良く来てくれるんです……だから、{9}持ってきて、裏目やったけど調子ええ感じやーって思ってました」

 

少し恥ずかしいのかうつむき気味に漫はそう答えた。

 

当たり前だが、こんな話、普通は笑い飛ばされて終わりだ。どっかの誰かさんなら「そんなオカルトありえません」の一言で片づけられてしまうだろう。

しかし、能力という存在に少しずつ気付いている多恵は予想以上の返答に思わず口角を上げる。

 

 

(やっぱりな。あの特有の雰囲気はスポーツ選手のゾーンに近い。最高の状態に近づくとこの子は真価を発揮するんだろう。問題は、どうやってゾーンに持っていくか……)

 

「上重さん、ちょっと急かもしれないんだけど、私の特訓、これから先受けてみない?」

 

「え、えええええええ?!そ、そんなんお、恐れ多いというか、申し訳ないというか……!」

 

突然昨年の全国個人戦3位の打ち手から個別特訓してみないかと誘われたら1年生ならだれでも困惑するだろう。嬉しいことはうれしいのだが、自分がそんなことをしてもらえる価値があるとは漫はまだ思えていなかった。

 

 

「う、ウチ成績もからっきしだし、ご期待に添えるかどうか……」

 

「私が、やらせてほしいの。上重さんの才能をもっと伸ばしてみたい」

 

「ッ……!せやったら、よ、よろしくお願いします!!」

 

「よし、決まり。じゃあ明日からよろしくね~!」

 

大変機嫌よく、その場を去った多恵。

 

 

(やったぜこれは良い子を見つけたかもしれない……!どうやってこの能力を活かすか……俺自身精一杯努力しなきゃ上重さんに失礼だからな……!)

 

その多恵が出ていった直後。

顔を赤らめながら今起きたことが現実なのか確かめるためにとりあえずほっぺたをつねってみる漫。

 

あんな直球にお願いされたら断ることなんてできるはずもない。

そんな漫の横に麻雀部の主将、愛宕洋榎が腰かけてきた。

 

 

「面白いやっちゃろ。多恵は」

 

ガハハーと、とてもわざとらしく笑う洋榎。

漫も姫松のネットの記事等を読んで、この2人が旧知の仲であることは知っていた。

 

 

「どうして倉橋先輩は、ウチなんかにチャンスをくれたんですかね……?」

 

「あいつの考えることはウチにもよーわからん。わからんけどな、あいつめちゃくちゃ麻雀好きやねん。せやから、漫ちゃんの麻雀見てて、面白そうって思ったんちゃう?」

 

「お、おもろいって、大事なんですかね?」

 

「さあ……ウチはようわからんけどな、見てる人をワクワクさせる麻雀を打つヤツが好きやー、とはよく言うとったで」

 

「ワクワクさせる……麻雀」

 

自分の手を見ながら漫は自分にそんな力があるのだろうかと、まだ半信半疑だった。今まで自分の麻雀をそのように言ってくれる人はいなかったし、多恵が自分のどんなところを評価してくれたのか、まだ理解ができていなかった。

 

 

「主将って、倉橋先輩と幼馴染なんですよね?初めて会った時からあんな人だったんですか?」

 

「いやあ、初めて会った時は、こいつ麻雀やってておもろいんかなあって思ったで。表情も薄くてなあ」

 

 

漫は今の多恵しか見たことがなかったので、意外に思った。他の部員と麻雀を打ってるときはとても楽しそうだし、麻雀談義をしているときなど特に目が輝いている。

 

 

「少し昔話になってまうけどな」

 

そう前置きして洋恵が語ってくれたのは、洋榎と多恵が出会った時の話だった。

洋榎が多恵に初めて会ったのは小学4年の頃。しかし普通に出会ったわけではない。それはもう衝撃的な出会いだった。

 

 

 

 



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第7局 倉橋多恵

ようやく多恵の対局です。




――7年前。洋榎が小学4年生の春。

 

 

「ほな、いってくるでー」

 

洋榎はいつものように雀荘にでかける。小学4年生がいつものように雀荘にでかける日常がここにはあった。妹の絹は前はたまについてくることもあったのだが、最近はサッカーにお熱で、洋榎からしても外で運動することはいいことだし、特に引き止めたりはしなかった。

 

 

「ちょっと洋榎、ええか?」

 

でかけようとドアを開けかけたタイミングで後ろから声がかかる。

 

 

「なんや、おかん」

 

愛宕雅枝。洋榎と絹恵の母親であり、プロ雀士である。雅枝はこのあたりの雀荘経営者とも仲が良く、クラブチーム等にも出入りをしていた。

 

 

「雀荘経営してるここらの友人たちから最近変な話聞いててなあ、あんたと同い年くらいの女の子がこのへんの雀荘で高レートの卓で暴れまわってるらしいんよ」

 

「なんやそれ、道場破りの真似事かいな」

 

「ようわからへんけどな、事情があるんかどうか……もし会うことがあったら教えてや」

 

小学生が高レートのフリーなど、普通は打てるはずもない。そもそもそんな状況にはまずならない。小学生の子供を高レートフリーに行かせる親がいないのだ。まず、もし負けるようなことがあればそんな大金を小学生は払えない。それなのに打たせてもらえている、打ち続けていられるというのはなにか理由がある。

 

「よほど強いんか……それともただのボンボンか……」

 

「同年代で強い子がおるのはええことやし、強い打ち手やとええな」

 

考えるように首をかしげる娘を見つめて、そう伝える雅枝。

 

「会うかわからへんけど、いってくるわ」

 

そう言い残すと、洋榎はドアをあけて飛び出していく。

洋榎の表情はいつもより心なしか明るく見えた。

 

 

 

 

 

 

 

「おばはーん来たでえ~」

 

洋榎がよく訪れる雀荘は商店街のビルの3階に位置していた。昨今増えてきたいわゆるチェーンのお店ではなく、元プロで洋榎の母親の知り合いであるマスターが経営する自営業のお店。

 

 

「おー洋榎。よく来た。飲み物は?」

 

「コーラがええわー、ってなんやあのギャラリーは」

 

いつものように飲み物を頼んだ後、洋榎は雀荘がいつもの雰囲気ではないことに気付く。普段なら2,3卓立っているはずのフリーは1卓しかたっておらず、その周りにはギャラリーができている。

 

 

「来てるねん、今日はウチに、さすらいの小学生はんが」

 

「ほんまか!」

 

少し期待してたとはいえ、まさか話を聞いて初日にヒットするとは思っていなかった洋榎は、予想外の事態に興奮を隠せない。

 

既に周りにできていたギャラリーを押しのけて、その卓を見れるような位置を陣取る。

そもそもフリーは後ろ見自体が御法度なのだが、この日はこの小学生に挑みたいという大人と、小学生本人からの了承もあり、後ろ見が許されていた。

 

 

(状況は……南2、点数状況は……あの銀髪の小学生がトップか)

 

銀髪をミディアムショートボブにまとめて、両側の耳の前で揺れる髪が特徴的な小学生。倉橋多恵だった。

淡々と打牌をしているように見えて、その手さばきはよどみない。ある程度打てるかどうかは、こういった手さばきでも垣間見ることができる。

 

しかしどこか感情なく打牌をするその姿は、心から麻雀を楽しむ洋榎からすると、とても奇妙に映っていた。

 

 

(対局者は……おかんの友達の元プロの人に、常連の眼鏡のおっさんと、クラブチームのコーチをやってるサラリーマンか。随分と強いメンバーが集まってるみたいやけど、マスター、さてはこいつにこのメンツぶつけるの元々決めていたんやな)

 

「おー洋榎ちゃん来たんか!」という常連さんたちの歓迎ムードをよそに、洋榎は一目散にその小学生と元プロの女性の間に陣取る。

 

点数状況を確認すると、

 

元プロ 26000

多恵 34200

眼鏡 22200

リーマン 17600

 

となっていた。

 

 

(さて、お手並み拝見といこか)

 

南2局 親 多恵 ドラ{7}

多恵 手牌

 

{12446689三五八東中西}

 

(索子多めの手牌やな、一色手を見て、{八}から切り出すか……)

 

多恵は理牌を終えて一息つくと、{西}から切り出した。

 

(まあちょっとの差やけどトップ目やし、無理に染めにいかんでもええか)

 

しかしそんな洋榎の思いとは裏腹に、順調に多恵のツモが伸びていく。

 

 

 

8巡目 多恵 手牌

{123444566789東} ツモ{9}

 

(聴牌……やな。待ちは……)

 

と考える暇もなく多恵が{東}を切り出した。

 

(おいおいええんか?待ち確認もろくにせんで切っても)

 

小学生がこのスピードで清一色の待ちをすぐに把握できるはずがないと洋榎は思っている。

だからこそ洋榎は、この時は焦っているのかもな程度に思っていた。誰だって清一色を張ったら緊張する。プロですら打牌選択を間違えることがあるのだ。

 

しかし次順、そんな心配は杞憂だったことに気付かされる。

 

多恵 手牌

{1234445667899} ツモ{1}

 

(これは、九連の一向聴か……?っておい!)

 

洋榎がそう考えたのも束の間、多恵は持ってきた{1}をノータイムでツモ切りした。普通なら待ちの変化などの可能性もあるので少しは考えたいところ。さらに言えば役満、九連宝燈の一向聴なのだから、迷うべき要素はいくらでもある。

 

(せやけどよう見るとこの手、もし九連が聴牌したとしても、その時にはもうツモかロン和了りが先に成立しとる。ちゅうことは、もう道中の和了りを見逃す気がないんやったら、目指す価値が無いんか)

 

対面のサラリーマンが長考に入っている間、洋榎はそこでようやく多恵の狙いに気付いた。

 

 

(もしこれを本当にわかってて打牌しているんだとしたら、とんでもないやつやな)

 

そして次順に洋榎のその直感は、確信へと変わる。

 

 

 

多恵 手牌

{1234445667899} ツモ{6}

 

(なんやなんや、ありえへんくらい手牌が伸びる。これは何を切れば……)

 

そう考えるのも束の間、間髪入れずに多恵が手牌の{9}を横に曲げた。

 

 

「リーチ」

 

(おおおお何待ちや……{36}……{47}…{5}もか)

 

余談だが、もし洋榎が中学生、高校生ぐらいであれば、このくらいの芸当は洋榎にもできたであろう。しかしこの時はまだ小学生。自分にできていないことが目の前の少女にできていると思うと、洋榎はとても悔しかった。

 

そんなことを思っていると、次巡に更に恐ろしいことが起こる。

 

 

「ツモ。12000オールの1枚オールです」

 

静かにツモられた牌は{4}。1枚しかない最高目を引き和了ったのだ。

 

 

「かあ~!参った参った!」

 

「とんでもないやこりゃあ」

 

全く捨て牌が清一色に見えない中での多恵の和了りに、対局者が愕然としている。索子を切るときの迷いのなさが、多恵の手役の清一色の可能性を薄れさせていた。

と、いうよりも捨て牌から清一色とはまず読めない。

あまりにも異質なこの手牌に、上家に座る元プロの女性が多恵に話しかけた。

 

 

「これでこの局3回目の一発ツモ…あなたなにか、()()()()わね」

 

3回目やと?という洋榎の疑問をよそに、あまり関心がなさそうに多恵が応えた。

 

 

「いや、でも一発ツモは全部多面待ちですし、たまたまかと……」

 

「たまたまなわけないでしょ!たまに出てくるのよね、こういうとんでもない子が。かなわないわ」

 

洋榎は驚きのあまり声が出なかった。洋榎はこの元プロの女性に勝ったことはないし、他の常連の2人にも勝てたり負けたりが続いている。その3人をもってしても、かなわないと言わしめるこの目の前の少女はいったい何者なのか。

 

自分の常識が覆されていくのを洋榎は感じていた。

 

 

点差は大きく離れたが、局が再開し、一本場を迎える。

 

 

8巡目 親 多恵 ドラ {⑥}

手牌

{②②③④⑤⑥⑧赤5678七八} ツモ{九}

 

(聴牌。もうだいぶ点差も離れたし、この愚形役なしドラ2はリーチやな)

 

混乱する頭を必死に冷静に保ち、そう思った洋榎だったが、多恵の選択は{8}を切ってのリーチせずだった。

一見リーチしてもよさそうな状況だったが、洋榎は冷静に場を観察する。

 

 

(トリダマ……筒子がいい形やし、好形変化をねらっとんのか)

 

あり得る選択だろう。

洋榎は自分であったらどうするかを、常に考え続けていた。

 

しかし同巡、元プロの女性が牌を横に曲げる。

 

 

「リーチしよか」

 

ちょうど元プロと多恵の間にいた洋榎はそっと元プロの手牌を確認する。

 

 

元プロ 手牌

{①①③③⑥⑥3399東東西}

 

(来た……七対子字牌単騎……!)

 

洋榎はこの元プロの現役時代の対局も見たことがあり、そのスタイルを知っていた。七対子を得意役とし、その上字牌単騎で待つと高確率でツモり、そのうえ待ち牌が裏ドラになる。そういう確率を度外視した力を持っている人だった。

 

(これはさすがにこいつも引くやろ)

 

トップ目ということもあり、いくら点差があるとはいえ2着目からの直撃は避けたいこの場面はオリるだろうと洋榎は考えていた。

しかし、同巡に多恵が持ってきた牌を見て、洋榎は自身に雷が落ちたかのような感覚に陥った。

 

 

多恵 手牌

{②②③④⑤⑥⑧赤567七八九} ツモ{②}

 

 

 

(……こりゃあとんでもないバケモンやな)

 

そう言いながら、洋榎は自然と自分の口角が上がっていることに気付いた。

引くだろうと思いながらも、どこか裏切ってくれるように期待していたのかもしれない。

 

 

「リーチ」

 

よどみなく手牌から通っていない{⑧}を切ると、当然のことのように牌を曲げた。

そして、予定調和のように、次のツモ牌、{④}を静かに手牌の横に開く。それは同時に終局を意味していた。

 

 

「ツモ……6000オールの2枚オールです」

 

「はーい2卓ラストでーす!ご優勝は3連勝で多恵ちゃん!誰も勝てませーん!」

 

とんでもないことがおきたとばかりにマスターが対局結果を雀荘全体に発表すると、おおー!!とギャラリー、他の卓問わず歓声があがる。

 

 

 

洋榎はこの日出会ったのだ。自分の運命を大きく変え、そしてこの先かけがえのない友となる雀士と。

 

 

 

 

 




倉橋多恵

能力
・多面待ちになりやすく、3面張以上のリーチは確実に高目を一発でツモ和了る。

(5段階評価)
能力 5
精神力 5
自摸 4
配牌 4
運  4

合計 22 (MAX25)

(能力値は咲-Saki-全国編 Vita版の能力値基準です)


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第8局 育成選手 上重漫

「で、この形は何を切ればいいとおもいますか?」

 

「ええ~と……{4}??」

 

「ちがあああああう!!飛び対子の基本は中から切る!{6}が正解!」

 

上重漫の特訓が行われているのは、放課後。部活も終わり、各自自主練習か、帰宅を選べるこの時間に、多恵は漫を部の対局室に呼んで特訓を行っていた。

もう特訓開始から2週間が経過している。

 

漫は順調に成長していた。元々あった才能に、基本的な知識をしっかりと叩き込むことで、素の雀力も伸びてきていた。あまりちゃんとした指導を受けてこなかったようで、意外と見逃しがちな基礎知識が足りていない部分が多かったのだ。

 

そして何よりも自分の状態を上げる練習。漫が最高の状態に入れば、多恵ですら相手にするのは厄介だ。その状態にどうすれば早く持っていけて、そして維持できるのか。その練習を主軸にして特訓は行われていた。

 

今日もある程度の基礎知識問題と状態を上げる特訓を終えて、頭と身体がオーバーフローして口から魂が出てしまっている漫のために紅茶を淹れる。

 

多恵に淹れてもらった紅茶を飲みながら、漫はふと、疑問に思ったことを聞いてみることにした。

 

 

「倉橋先輩の対局、ウ…私何回も見たことあるんですけど、倉橋先輩て、全然デジタルやないですよね?やのに、デジタルの本ばっかり読んでいるのは何か理由があるんですか?」

 

多恵がいつも愛読してる麻雀本はほとんどがデジタルのものだった。しかし、彼女の麻雀はデジタルに徹していない部分も多い。

多恵はうーん、と少し考えてから

 

「数字はね、知っておくに越したことはないんよ。この世界ではそこまで役に立つものじゃないけどね……」

 

(デジタルなんて通用するレベルじゃない相手がたくさんいるからなあ。確率を超えた和了りなんか、こっちに来てから嫌っていうほど見てきたし、俺もたまーにできるし)

 

世界?と疑問符を浮かべながら漫が紅茶の入ったカップを横の机に置く。

 

ちなみにあまりにも関西弁に囲まれて多恵もたまにエセ関西弁が出るようになってしまっていた。閑話休題。

 

「私はね、昔はメンタルがすごい弱かったの。なんでこんなに振り込むんだろうって」

 

「ええ……対局中ロボットみたいやないですか倉橋先輩……」

 

今でこそ対局中にほとんど表情を動かすことはない多恵。しかし前世では心が折れそうになることはたくさんあった。

 

「じゃあどうやって気持ちをキープしてるかっていうとね。例えばほら、これ見てみて」

 

そう言って多恵は漫の目の前の卓で牌を並べる

 

{西18⑨①②}

{白七⑤横六}

 

「この河のリーチにじゃあ、この危険牌の{2}を切らなきゃいけない。これ何%くらい当たると思う?」

 

「ええ……どやろ、当たる牌なんていっぱいありますし、7%くらいちゃいますか?」

 

「正解はね、10%なんだ。つまりこの{2}って10回に1回はロンって言われるんだよね。この数字、漫ちゃんはどう思う?」

 

スジが9本通っているときの無スジ28の放銃率はだいたい10%。捨て牌の状況によってはもう少し値にズレが出るとはいえ、だいたいこの程度だ。

 

「へえ……意外と当たってまうんやなあ……って」

 

「そう、私もそう思った。あ、これ意外と当たるんだなって。そしたらね、意外と気持ちの切り替えってやりやすくなるもんよ」

 

「そんなもんですかね?」

 

「人によるけどね。少なくとも私はそう思うようにしてる」

 

なるほどなあ……と改めて河を見る漫。

 

 

「そういう精神的な話、もう1つしておこうか」

 

そう言うが早いか、多恵は今度は手牌を並べていく。

そして対局者の河も作り始めた。

 

「この手牌でリーチを打ちます。さて、山に残り何枚だと思う?」

 

手牌

{①②③33345678五五}

 

多恵が好きそうな手牌だな、となんとなく漫はそんなことを思った。

この手の待ちは{369五}の4種10牌の変則四面張。河には{9}が1枚だけ転がってるだけで、他に情報は特になかった。

 

「ええ……難しいですね……この巡目なら4枚は残っててほしいなあと思いますかね」

 

「なんで?!」

 

漫の解答に驚愕の表情を見せる多恵。

どうしてそんなひどいことを言うの?!と言いたげな多恵の愕然とした顔に、何故驚かれたのかわからないといった様子の漫は自分の答えが浅はかで怒らせてしまったのかと動揺する。

 

 

「い、いや、相手の手牌読みが難しくて……見た目では9枚残ってますけど……」

 

「そう!9枚!」

 

途端に嬉しそうにニコニコと答えた多恵と漫の間に、微妙な間が生まれる。

 

 

「……いやいやいやいや?!そんな相手の手牌に使われてることだって」

 

「そんなのない!残りは全部山!だから残り9枚!」

 

漫はこの先輩頭がおかしくなってしまったのかと一瞬思った。

どんなに良い待ちであっても、全て相手の手牌に使われて山にはない……そんなことだって麻雀においてはよくあることだ。

それを都合よく残りは全部山だなんてそんなこと……とそこまで考えを巡らせて、この話の冒頭で、多恵が「精神(メンタル)の話」といっていたのを思い出した。

 

 

「これはね、昔の知り合いですごーくすごーく強い人が教えてくれた考え方なんだけど、勝負手のリーチの時はそれくらいの気持ちでいていいんだって」

 

「なるほど……」

 

どうしても自分の手が良ければ良いほど、リーチに行くのに尻込みをしてしまう時はある。場況が悪い、ドラ表示牌だから……色々な理由をつけてリーチに踏み切れない。そういった感覚は漫にも覚えがあった。

 

 

「ま、その人は鳴いて混一(ホンイツ)やってりゃ大体勝てるとも言ってたけどね」

 

「ホンマに強いんですかその人?!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

夏を控えた姫松高校麻雀部は忙しい。

 

部内ではインターハイのメンバー入りをかけて日々部員たちの努力が続いている。最後のメンバー争いでなんとしてもメンバーに入りたい者。特待で入ったからには活躍したい者。思惑は人それぞれだが、強豪校に来て試合に出たいという願望は誰もが持つだろう。

 

そして、その部内の成績表をみて頭を悩ませる人物が1人。

末原恭子である。

 

「恭子どーしたの、そんな8種8牌で仕方なく手なりに打とうと思ったら国士の有効牌ばっか引いてきたみたいな顔して」

 

「多恵のそのたとえホンマに微妙よな……」

 

多恵の麻雀あるあるシリーズに対して恭子がジト目で返すのはもう恒例行事になっている。

いつも通りのちょっと丈の長いパンツ姿で、恭子はクルクルと手元でペンを回していた。

 

 

「そもそも多恵のせいでもあんねんで。……漫ちゃんが順調に成績を伸ばしとる。ここに関しては多恵の見立ては正しかったってウチも思っとる。せやけどもし仮にこのままレギュラーに食い込むとしたら、……春のメンバーから誰かが外れる」

 

「……」

 

当たり前のことだった。部活動の世界は、残酷で、団体戦のオーダーに入れるのは5人。もちろん控えとして行動をともにするメンバーはいるが、よほどのことがない限りは5人で団体戦を戦い抜く。

赤阪監督代行も、漫を入れることには概ね賛成している。組織として、1年生がレギュラーに入ることは、来年からも見据えればとても良い傾向だ。

 

今年の春の大会のメンバーは

 

先鋒 倉橋多恵

次鋒 真瀬由子

中堅 愛宕洋榎

副将 愛宕絹恵

大将 末原恭子

 

となっていた。成績を見ても洋榎と多恵のダブルエースはもちろん外せないし、由子も実はマイナスになったことがほとんどない。恭子も他校の大将を相手に柔軟な対応ができ、条件戦に強い。

と、なると候補は実は1人しかいない。

 

 

「絹ちゃんも決して成績が悪いわけやない。それに、絹にとっては、憧れの姉と一緒に出れる、最後のインターハイや」

 

「そう……だね」

 

多恵もよく愛宕家にはお世話になっており、絹恵とも長い仲だ。一緒にサッカーもしたし、麻雀もよく打った。そして人一倍、お姉ちゃんに認められたいという想いが強いことも知っている。

よく、絹は「多恵姉や末原先輩のように、お姉ちゃんから認められるようになりたいんです」と言っていた。

 

 

「今のところ、部内での成績は上位4人がうちら3年。5位から8位の間のメンバーで来週対局をしてもらおうと思っとる」

 

「そうだね。もうそこまで来たら各々の実力に任せるしかない。私も私情抜きで観戦することにするよ」

 

 

 

夏のメンバー発表はもう来週に迫っていた。

 

 

 

 



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インターハイ団体戦編
第9局 夏が始まる


遅ればせながら最新20巻読みました。
いや、先鋒戦熱すぎですね!
我らが小走やえにも1コマだけ出番があったとかなかったとか……。




メンバー発表を終えた、姫松高校麻雀部の部室。

メンバーに入れて喜ぶ者、入れずに悲嘆にくれる者……

現実は過酷で、どんな競技においても、努力してもその努力の量に結果が比例するとは限らない。

 

 

「あ、あの……絹恵先輩……」

 

「なんや、そんな辛気臭い顔して」

 

日も暮れて、もう人も少なくなった部室で、鞄を持って出ていこうとする絹恵に、漫はたまらず声をかけた。

最終選考の結果、姫松高校の団体戦のオーダーは次のように決まった。

 

先鋒 倉橋多恵

次鋒 上重漫

中堅 愛宕洋榎

副将 真瀬由子

大将 末原恭子

 

部内でも話題になっていた団体戦最後の1枠を勝ち取ったのは、漫だった。

最終選考のレギュラー陣も交えた対局で、漫は驚くべき数字を残した。たった1局ではあるが、洋榎と多恵を抑えての1着。それの意味するところは大きい。他校の強者たちにも通用する力を証明したのだ。そしてその卓には、絹恵も入っていた。

 

「漫ちゃんホンマ強かったわ。ウチには来年もあるんやし、心強い1年生がいてくれてうれしいで」

 

「で、でも……!」

 

心からそう思っているように、絹恵は笑顔で漫にそう答えた。

しかし、もちろん漫も絹恵がどれだけの想いでこれまでの大会に挑み、そして今回の最終選考に挑んでいたかを知っている。それだけに、絹恵ともっとちゃんと話がしたい。

漫はそう思って口を開こうとする。

 

その時だった。

 

 

「漫ちゃーん帰んでー」

 

「わ!ちょっと!多恵先輩?!待って……ってか力強ないですか?!」

 

そんなタイミングで部室の外にいた多恵がひょいと漫の襟を持ち上げて、文字通り漫を持って帰っていった。

 

漫を見込んで実力をつけさせたのが多恵だということは絹恵ももちろん知っている。最初は複雑な心境にもなったが、それでも実力でレギュラーを勝ち取ろうという想いはあったし、姉である洋榎からも、「絹ならいけるやろ」と言われていた。

 

しかし、蓋を開けてみれば惨敗。姉と出られる最後のインターハイのレギュラーを、勝ち取ることはできなかった。

 

 

「絹」

 

「お姉……ちゃん?」

 

もう誰もいないと思っていた部室の奥から姉である洋榎が出てくる。洋榎はマメで、もう3年である洋榎はしなくても良い洗牌をして、最後まで部室に残っていることがあった。本人は「やりたいからやってるだけや」と言ってはいるが。

 

洋榎は多恵が出ていった部室の外を見やってから、絹恵の方に向き直った。

 

 

「多恵はな、本気で優勝狙ってるんや。去年のインターハイでチャンピオンに負けて、ウチらが準優勝止まりだったこと、自分のせいにしとる。誰も多恵のせいやなんて思っとるやつおらんのにな」

 

「多恵姉でも、弱気になること、あるんだね」

 

「あいつホンマはただの麻雀バカやからな!」

 

いつも通りにガハハのハ!と笑って、

そして一呼吸してから。

 

 

「……だから多恵も必死なんや。別に絹をレギュラーから外したかったわけやない」

 

「ッ……!」

 

心のどこかで思ってしまっていた。私が弱いから外そうとしたんじゃないかって。長い付き合いになり、そんなことする人なはずがないって知ってるはずなのに。自分の弱さを隠したいがために、どこか言い訳でそんなことを考えている自分がいた。絹恵はそんな自分が、どうしようもないほど嫌いだった。

 

 

「う……ウチ……ウチ……!お姉ちゃんとの最後のインターハイ、一緒に出たかった……!」

 

想いが溢れて、目からは大粒の涙がこぼれていた。

 

「お姉ちゃんと交代で卓に向かう瞬間が本当に好きで……誇らしくて…っ!みんなでつなぐ団体戦にホンマに出たかった……ッ!」

 

「せやな。ウチも、絹と一緒に、団体戦やりたかったわ」

 

洋榎はあやすように妹をそっと抱きしめると、トントンと背中を叩いた。

 

試合に出たいと思う気持ちは誰にでもある。しかし、こと絹恵にとってこの姉と出れる最後のインターハイには特別な意味合いがあった。初めて姉と同じ団体戦のメンバーに入れた時、それはもう嬉しかった。そして同時に、このメンバーで全国優勝を果たしたいという想いも強くなり、「姉と共に全国優勝」が狙える最後のチャンスが、この夏のインターハイだった。

 

 

そして、その部室のドアをまたいで、うずくまって膝を抱える生徒が一人。

 

「……」

 

「1年生の漫ちゃんには酷なことかもしれないけど、試合に出るからにはこの絹ちゃんの想いも、そしてメンバーを外れた3年生の想いも、私たちが背負っていかなきゃいけない」

 

多恵の言葉を聞いてさらにぎゅう、と制服のスカートを強く握りしめる漫。

 

「はい……必ず……!」

 

涙を浮かべる漫の顔には、確かな覚悟が宿っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

第71回夏の全国高等学校麻雀選手権大会。

 

 

真夏の東京で、その抽選会が間もなく開始されようとしていた。

 

 

「抽選って響きがどことなく風船よな」

 

ここ、東京のとある施設で子供たちに風船を配るイベントを見ながら洋榎がそう言った。

 

「いや、 せん だけやん」

 

「はー……麻雀は上手くてもツッコミはノミレベルやな多恵……」

 

「め、めう……」

 

姫松高校は危なげなく予選を突破し、ここ、東京で開催されるインターハイへ駒を進めていた。春季大会での成績も考慮され、姫松は第2シードが確定している。しかし敵はシード校だけではない。無名校がとんでもない強さを発揮してくることだってある。そういった事態に備えて、姫松の面々は全員で抽選会の会場に来ていた。

 

 

 

 

会場内の控室に着くと、恭子がとりあえず全国の高校をまとめたデータを話す。

 

 

「シード以外の強豪校だと要注意なんは、福岡の新道寺、鹿児島の永水女子、奈良の晩成、あとは去年あれだけ暴れまわった長野の龍門渕が出てきてないんは不気味ですね」

 

「あのチビっ子か。あれはヤバかったな。去年は臨海のトコで助かったわ」

 

洋榎にそこまで言わせるのが、龍門渕高校。長野の高校で、去年は3校まとめてトバすなど、散々暴れまわったのだが、今年は出てきていない。去年のメンバーが丸々残っていたはずの龍門渕を抑えて、今年出てきた清澄がどこまで強いのか未知数だ。

 

 

「とにかくウチのブロックにどの高校が来ても対応できるように、抽選会が終わり次第データ班には動いてもらうことにしとる」

 

「よっしゃどこが来てもボコボコにしたるで~かかってこいやあ~!」

 

やる気満々といった様子で椅子の上に立ちあがる洋榎。

今日の抽選会の様子を、姫松高校の面々は控室のモニターから見ることになっている。シード権を持っている高校は直接会場に行く必要がないからだ。

 

「それでは、これより第71回全国高等学校麻雀選手権大会抽選会を行います。予備番号順にお呼びしますので、呼ばれた高校の主将は前に出てきてくじを引いてください」

 

ざわざわとまだ落ち着かない会場内で、1校ずつ順番に呼ばれていく。

そうしている内に、初めて見知った顔が出てきたのは、もう半分以上が埋まった後のことだった。

 

「奈良県、晩成高校」

 

特徴的な緑髪のサイドテールを揺らしながら、去年の個人戦決勝卓にいた一人、小走やえが中央に歩いてくる。もちろん会場内の高校も晩成は警戒しているようで、固唾をのんで見守っていた。

 

「晩成高校、30番!晩成高校30番!」

 

やえが高々と数字の書かれた板を掲げるのと同時に、おおおおお~~!!という大きなどよめきが会場内に巻き起こる。逆のブロックで安心したもの、1回戦から当たってしまって悲しむもの。感情は様々だろう。

 

 

「早くてもやえに当たるのは準決勝卓だね」

 

やえの晩成が入ったブロックは第3シードの臨海女子のいるブロック。

 

 

「とりあえず、ウチらが初戦で当たりそうなんは……目立つところだと福岡の新道寺女子か」

 

「そうなりますね。とりあえず由子とウチは、なにかしらの対策を練る必要がありそうやな」

 

「大変なのよ~」

 

福岡の新道寺女子。九州の強豪校だ。今年からオーダーを組み替えて、副将にエースの白水哩を持ってきている。

 

「とりあえず~落ち着いてまずは他の初戦を見よか~せっかくうちは一回戦免除なんやし~」

 

ほっぺに手を当てながらそう皆に伝えるのは赤阪監督代行だ。確かに1年生の漫などは浮ついているのが目に見えてわかる。一回落ち着かせてあげることは大事だろう。

 

抽選会を終え、昼ごはんを控室で食べていると、洋榎と多恵の携帯が同時に鳴った。

 

 

「お、どうやらお呼び出しやな」

 

「そうだね。皆、ちょっと外すけどすぐ戻るね」

 

そう言って多恵と洋榎が控室の外へ出る。

どこに行ったのかわからない漫は、扉がしまってから行先に心当たりのありそうな恭子に行先を聞いてみた。

 

「あれ、多恵先輩と主将はどこへ行ったんですか??」

 

「ああ、あの4人で集まるんやろ、……関西の4強とか呼ばれてるあの4人や」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

まだマスコミも少し残る抽選会場の出口付近で、腕を組んで待っている人物がいる。不遜なあの態度は晩成の小走やえだなと思われる程度には、やえの実力は世間に浸透していた。

 

 

「待ってたわよ。多恵、洋榎」

 

「まだマスコミ残ってる所にするあたり、やえは目立ちたがりやな~」

 

暑さにやられて両手を前に出しながらだるそうに洋榎が手を振る。

 

 

「私達が会うんだから、それくらいは当然でしょ」

 

傲慢ともとれるその態度に、短髪の勝気な少女が割って入る。

 

 

「その自信はいったいどこから来てるんだ?やえよお」

 

「セーラ!随分遅かったじゃない」

 

「おー。あ、洋榎いいところに。早く30円返せ」

 

「パチンコ玉10個くらいでええか?」

 

「こんの……!」

 

遅れてセーラも合流する。笑ってはいるがいつもセーラは洋榎のペースに調子を狂わされ気味だ。

 

これで4人が全国の舞台で相まみえることとなった。

 

 

「いい、先に言わせてもらうわ。今年こそは晩成が全国優勝……個人戦も私が優勝する」

 

「ほお~随分と自信満々やないか。まさかそれだけ言いにここまで呼び出したんちゃうやろな?」

 

挑発気味にセーラがそう口にする。

学ランを羽織ってポケットに手を突っ込むセーラの姿は、場所が違えば不良と間違えられれもおかしくなさそうだ。

 

 

「今年はね……やっと良い感じの後輩が入ってきたの。今年は団体戦も勝って見せるわ」

 

「こっちも新しく1年生入って強くなってるよ、去年までとはまた一味違う」

 

多恵が自信ありげにこれを受ける。多恵自身も漫にはかなり期待している部分が大きい。

 

「まーそういうのは試合の時に語ろうや。言っとくけどな、この場にいる全員に負ける気はあらへん。全員ぶっ倒すために千里山に来たんや。俺が伝えるのはこれだけや。決勝で待ってるで」

 

 

そう言い残すとセーラはひらひらと手を振りながら帰っていく。もう言いたいことは言ったといわんばかりだ。

 

 

「ウチらも帰んで、多恵」

 

「うん」

 

そう言ってその場を去ろうとした。が、

 

 

「多恵!」

 

呼ばれて多恵が後ろを振り返ると、やえが真っすぐにこちらを見ている。

 

「今年こそは……今年こそはあんたと団体戦で戦うんだから……!首を洗って待ってなさいよ!」

 

「……もちろん、楽しみにしてる」

 

フン!と振り返って走っていくやえ。その姿を見送って、多恵はうれしさと、悲しさが同居したような変な気分になった。

 

 

(今年こそは……良い仲間に恵まれてほしいな。やえ。)

 

やえはその性格上あまり人と仲良くなることがなかった。もともと多恵とも奇妙な縁でつながっただけだ。そのやえが高校で苦しんでいるのは、多恵はよく知っている。

 

 

多恵はそんな去年のことを思い出していた。

 

 

 

 

 



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第10局 小走やえの葛藤

1年ほど前のお話。

 

丁度インターハイも終わり、どの高校でも代替わりのシーズン。

そんな中にあって今日は小走やえの家に多恵が呼び出されていた。

 

不機嫌そうにサイドテールをくるくると回すやえ。

 

(なんか怒ってるなあ~……)

 

そんな様子を見ながら、なんとなく今日呼び出された理由に思い当たる部分がある多恵。

と、言うのも小走やえは1年時から団体戦の花形であるエース区間、先鋒を任され、常にチームの柱として戦ってきた。

しかしそれは同時に、小走やえ以上とは言わないまでも、同等レベルの打ち手がいないということも意味している。

全国大会での晩成の成績は良いとは言えなかった。

やえが先鋒戦で稼いでも、力あるチームにそれ以降の戦いで追い付かれ、追い抜かれる。晩成はそんな負け方が続いていた。

 

「個人戦決勝、悔しかったわね」

 

「そうだね……私とやえで1,2フィニッシュだーとか思ってたのに、あの2人めちゃくちゃ強かったね。三倍満(トリプル)2回和了って勝てないんだからめちゃくちゃだよ」

 

「国際大会への枠もあの2人に持っていかれちゃったし、気に食わないわ!」

 

今年の個人戦決勝卓は、宮永照と辻垣内智葉に負け、多恵が3着、やえが4着という結果に終わっていた。この結果を受け、チャンピオンと2位の智葉は国際大会にも出場する運びとなっている。

 

「でもね、私は個人戦は楽しかったからいいのよ。もっと気に食わないのは……団体戦」

 

そういってベッドの上で膝を抱えるやえ。

 

(まあ……そうだよね)

 

団体戦で戦おうと意気込んでいた今年も、やえ率いる晩成高校は初戦で姿を消した。

このままでは来年も、決勝はおろか、姫松とも、千里山とも当たることがなく3年間が終わってしまう。

もちろん個人戦も大事だがやはり大きな注目を浴びるのは団体戦だった。

 

「やえからみてさ、成長が期待できる後輩とか、同い年はいないの?ほら、字牌多めの配牌5向聴気付いたら面混(メンホン)張ってる説みたいに」

 

「頼りがいがある子はいるのよ。けど、少なくともあなたたちと戦って勝てるとは思えない……」

 

やえレベルの付き合いになると多恵の麻雀あるあるは無視される。

 

やえがこのような弱気な発言をするのは、実は多恵の前だけだった。どこにいても、自信満々、不遜な態度が似合うやえだったが、その心は本当の所は強くない。むしろ強くないからこそ虚勢を張っているともいえる。

 

やえにとって初めて麻雀を通じて友達になった多恵はそれだけ特別だった。

少しの沈黙がその場を包む。

 

「そうだ」

 

そんな雰囲気を少しでも払拭できればと思って多恵がもってきた鞄を漁りだす。

 

「気晴らしにさ、久しぶりにアレ、やろうか」

 

とりあえずやえをまず元気付けてあげようと持ってきたミニマム牌を取り出す。全部持ってくるのはさすがに重かったので、索子だけ。

清一色麻雀だ。

 

「へえ、私に挑もうなんて、いい度胸ね」

 

「そんなこと言って、コレで私に勝ったことまだないでしょうに、今日も理牌無しだからね」

 

笑いながら牌を並べだす2人。

いつだって2人は麻雀を通して仲良くなってきた。

清一色麻雀は、文字通り筒子か萬子、索子のどれかだけを使って麻雀をする。もちろん手牌は一色に染まるので、待ちが複雑になることもあるのだが、この2人はそれを理牌無しで行う。

 

やえが牌理や牌効率に精通することができたのは、こういった日々の多恵との遊びからなのだが、本人はそれを認めたがらない。

 

「私、強い高校に行けば、あんたみたいな友達ができると思ってた」

 

「うん……」

 

カチャカチャと牌を混ぜながらやえがポソっとそんなことを口にする。

 

「でも、私についてきてくれる人もいたけど、離れていく人もいたの。最初は戸惑ったわ」

 

やえのやり方は多恵からすると想像でしかないのだが、その性格上、自分の強さで全員を引っ張っていこうとしたのだろう。それは決して悪いことではないが、言葉が足りない部分があるとどうしても離れていく人もいるだろう。

 

「私だけが強くても、団体戦は勝てないし。どうしたらいいのかわからなくて……」

 

(例えば私と洋榎に恭子がいたように、力だけじゃなくて誰かをまとめてくれるような人がチームを強くする。やえにはそんな存在がきっといないんだろう)

 

前世でもそうだった。プロリーグに所属していた多恵は、チームとして対局をすることも多かった。そしてそこには、勝てば喜びを分かち合い、負ければみんなで悔しがり、励ましあう。そんな仲間が多恵にもいた。

 

「私の立場からあんまり偉そうなことは言えないけどさ」

 

多恵はかける言葉に迷っていた。今も昔も仲間に恵まれていると思う自分が、仲間がいつかできるよなんて無責任なことは言いたくない。

だから。

 

「やえは今のスタイルでいいんじゃないかな。それで、もっともっと強くなろうとする姿を皆に見せ続ければ」

 

「え、でも」

 

「今までだってそうだったかもしれないけど、やえの必死に努力する姿と、自分1人で相手校全てをねじ伏せようとする姿は、きっと皆見てる。それを見てなにも思わない後輩たちなんていないはずだよ」

 

一番の教育は、自分の背中を見せること。どんな競技でもそれは言えることだ。

それにさ、と付け加えて清一色麻雀の準備を整えた多恵が言う。

 

「やえが1人で、対戦校1人を集中砲火して、トバしちゃえばいいじゃん!そうすれば無条件通過だよ!」

 

「……多恵あんた簡単に言うわね……」

 

多恵の言う通り、先鋒戦で誰かをトバせば、対局は終了する。しかし、団体戦の持ち点は10万点。普段の4倍だ。それを削りきるというのは、大会史上誰もなしえていない偉業だ。

 

「それができるくらいには、私はやえを見込んでるけど?」

 

「……言ってくれるじゃない!わかったわ、うじうじ悩んでも仕方ない!私がトバせなきゃ勝てないくらいの気持ちでいってやるわよ!!」

 

ダンと立ち上がってやえが力強く宣言する。

さっきまでの弱気な面は影を潜め、今ではすっかりいつものやえだ。

 

(こんな風に調子を取り戻してくれる誰かが、チームにいればいいんだけど……そうもいかなさそうだな)

 

誰だって弱気になるときはある。麻雀は運の絡むゲームで、それだけに精神(メンタル)の競技とも揶揄されるほどだ。

だからこそ、精神的支えになってくれる何かがあれば……と思った時に、多恵はゴソゴソとまた鞄を漁る。

 

「これ、持ってなよ。ちっちゃくて、持ち歩きやすいでしょ」

 

「なにこれ、{8}??」

 

多恵が取り出したのは、さらに小さな麻雀牌、{8}だった。

 

「やえって平仮名だけどさ、漢字だと「八」が「重」なるっぽいじゃん?だからおまじない。たくさんの「八」が重なりますようにって」

 

「あんた本当にデジタルの本を愛読する人間なの……?そもそもなんで索子なのよ。まあいいわ、もらっておく」

 

呆れたようにやえはそれを受け取ると、ポケットに乱雑に突っ込んだ。

恥ずかしさを隠しているのが、長い付き合いの多恵からすると丸わかりなのだが。

 

「よーしじゃあ気を取り直して清一色麻雀やろう」

 

「そうね!えーと、あーテンパってるわ。はいリーチ」

 

改めて手牌のバラバラに見える索子を頭の中で整理したのち、手牌から{9}を曲げるやえ。

しかし。

 

「ローン!!!」

 

多恵 手牌

 

{1112334455678} 待ち{235689}

 

「……私もやるって言った手前あれだけどさ……このゲームあなたに勝てる人類いるわけ?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

インターハイ開催3日目。

 

「さて、じゃあ今日からこっち側のブロックなわけやし、見にいこか」

 

ホテルで朝食をとりながら、恭子がメンバー全員いるのを見渡して声をかける。

 

「お姉ちゃん、今日はやえちゃんさんの初戦やんな?」

 

「せやな。あいつのことやし、そんな心配はしとらんけど」

 

朝食に焼き鳥を食べて串を爪楊枝代わりにしている洋榎。

絹恵も、控えメンバーとして一緒に行動している。メンバーに万が一体調不良や、事故があったときのために、控えメンバーの帯同は許可されている。

絹恵がやえのことを「やえちゃんさん」と呼ぶのは、よく遊びに来ていたやえに対して「やえちゃん」と昔は呼んでいたが、敬称をつけたほうがいいだろうとなり、この形に収まっている。

どうしてそうなった。

 

今日から第2シードである姫松高校側のブロックの1回戦が始まる。

それはつまり、奈良の晩成高校の初戦の日でもあった。

晩成は……というよりは「小走やえ」は今大会の注目選手であるため、今日の観戦シートは満席だ。出場校には控室が与えられているのでそこから見ることができるが、運悪く席が確保できなかった人などは、外の大きなモニターで立ち見をしている始末だ。

 

「さあ、まもなく去年の個人戦ベスト4の1人、小走やえを擁する晩成高校の初戦です!他3校は先鋒戦でどれだけ食らいつき、そして次鋒戦以降でどれだけ点数を奪い返せるかがポイントとなってくるでしょう!」

 

実況席も、注目は先鋒戦だとアナウンスしているようだ。

 

(さあ、やえ、見せてくれ)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

一方そのころ晩成高校控室。

 

「じゃあ行ってくるわね」

 

「やえさん!」

 

控室を後にしようとしたとき、声をかけてきたのは、化粧っ気が強く、今時の女子高生ぽい1年生。この生徒は、やえが今1番期待しているチームメイトの、新子憧だった。

 

「必ず今年は決勝!行きましょうね!」

 

憧はやえの境遇を知っている。旧知のメンバーと戦うために麻雀を打っていることも。

去年のインターハイ個人戦でのやえの戦いぶりを見て、友人の勧誘を断ってまで憧は晩成へと進学した。

入学後、メキメキとその才覚を発揮し、見事強豪晩成で1年生にしてレギュラーの座をつかんだ憧は、この3ヶ月間、やえを慕って、やえに教えを請い、そしてやえの話をよく聞きたがった。

 

(多恵が言ってた、背中を見せ続けるってことはこのことなのかもね。多恵、私の仲間は面混(メンホン)とまでは言わないけど、必死に仕掛けて、混一(ホンイツ)くらいにはなったわよ)

 

そんな的外れなことを、少し思う。

 

「心配しなさんな……どれだけ対策しようとニワカはニワカ」

 

後ろを振り返って、憧を筆頭にこの1年で成長してくれた自分のチームメイトを見渡すやえ。

今年こそは、私が皆を導く。その想いが今のやえの原動力だ。

 

「ニワカは……相手にならんよ」

 

不敵に笑うその瞳には稲妻のような光が走っていた。

 

 

 

 

 




作者の至らぬ点が多く、原作との矛盾をいくつか報告いただいています。
気を付けて書き進めているのですが、どうしてもそういうことがあった場合は報告いただけると嬉しいです。

評価、感想は作者の活力になってます!本当にありがとうございます。



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第11局 ニワカは相手にならんよ

インターハイ1回戦。東1局が始まった。

 

「ロン!2000点です!」

 

「はい」

 

その幕開けは静かに。

この先鋒戦、やえ以外の高校は実は利害が一致している。どこも警戒すべきは小走やえであることがわかっていて、晩成に対してはその後のオーダーなら巻き返せるかもしれないと思っている。

であればやることは一つ。

 

(((先鋒戦は最少失点で切り抜ける)))

 

やえはそんな東1局の様子をみて、パタンと手牌を閉じる。

ある程度警戒されていることはわかっていたので様子を見たが、案の定、他の3校は力を合わせて、乗り切るつもりらしい。

 

ふう、と一息つくやえ。

 

(こざかしい……)

 

 

 

続く東2局も早い展開になっていた。

親ではないやえの下家が早くも2副露。しかも対面からのポン2つなので、やえは手番を飛ばされる形になっている。

全員が鳴きを意識して、早い展開に持ち込もうとしていることが、外からみてもわかる光景だった。

 

 

 

 

 

 

「めちゃくちゃ警戒されとるなあやえは」

 

「まあ、他の3校からしてみれば、この先鋒戦はなるべく早く終わらせて、次鋒戦以降に望みをつなげたいだろうしね」

 

姫松高校の控室、いつも通りに椅子を逆側から座って対局を眺めているのは、やえを古くから知る2人だった。

そしてよく知る仲だからこそ、

 

「まあ、それだけの小細工でやえが止まるとは思えへんけどな」

 

「同感だね」

 

そううまい事流されてやるほど、甘い打ち手ではないのもわかっていた。

 

 

 

 

 

9巡目、やえの上家に座る東愛知代表の津貝高校の選手が対面の2副露を眺める。

 

(2副露してポン出しが{③}か……もう差し込みに行ったほうがよさそうだ)

 

小走の速度も気になるが、2度ツモ番を飛ばされているので、2副露の対面の方が速そうに見えた。手牌から面子になっている{④}を取り出して河に放つ。

 

「ロン!」

 

案の定対面から声がかかって安心しかけたのも束の間

 

「ロン、頭ハネ」

 

やえの手牌が開かれる。インターハイのルールにダブロンはない。やえの頭ハネでの和了りとなる。

 

やえ 手牌 ドラ{⑦}

 

{②③④⑤⑥赤567三四赤五七七}

 

「8000」

 

(なんで2回ツモ飛ばされてそんな良形3面張聴牌入ってるんだ……!)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「小走、去年より手強くなってるな」

 

「サトハ、あの子知ってるデスか?」

 

臨海女子高校控室。今年の第3シードである臨海女子は、もし晩成が勝ち進めば次に当たる高校。先鋒には、去年個人準優勝の辻垣内智葉がいる。次鋒以降は留学生がメンバーを務め、全くもって隙がない。流石優勝候補の一角に数えられている高校といったところだろうか。

その臨海の副将メガンと、智葉が晩成の1回戦を見守っていた。

 

「小走は去年の個人戦決勝卓の一人だ。凶暴な獣のような、とてつもない暴れ方だったが……今はそれに、冷静さがついてきているように見えるな」

 

智葉は自身の対局時はつける眼鏡を外して、対局を見守る。画面の中の小走やえは東3局は3000、6000をツモり、リードを稼いだ。

 

「小走……その刃、去年までは狂戦士(バーサーカー)(たぐい)だったが、今年はどうやら違うようだな」

 

「サトハ……私達がやるのは麻雀ですヨネ……?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

東4局。やえの、終わらない親番が始まった。

 

対局者の誰もが流したいと思いながらも、リーチをかけられると踏み込めない。

 

「ツモ。4000オール」

 

{1234赤5689二三四南南} ツモ{7}

 

「ツモ。6100オール」

 

{①②③222444西西東東} ツモ{東}

 

「ツモ。8000は8200オール」

 

{②③④23344赤5三四赤五五} ツモ{二}

 

 

その結果が何を生むのか。

まるでチャンピオンの対局だった。

誰も止めることができず、圧倒的な速度と打点でゴリ押される。

 

「止まらないーーー!!誰も小走やえのリーチを止めることができません!東場でもう他校との点差はおよそ10万点をこえました!!全く他校をよせつけることなく、蹂躙しています!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「わかってへんなあ~。やえに愚形リーチ打たせる余裕持たせたらこうなるに決まってるやろ」

 

「セーラ、恐ろしいお友達がおるんやな……」

 

千里山高校控室。第4シードで今日試合がない千里山も、この対局を見ていた。セーラの隣に座るのは、どこか儚げな印象を持たせる、園城寺怜という少女だ。そしてこの少女が、千里山のエース、先鋒に座る選手でもある。

 

「小走さんは私も何回か対局したことあるんやけどー……もうあんまり相手にしたくはないなあ~」

 

苦笑いでそう話すのは大将を務める清水谷龍華だ。

 

「だいたいなあ、日和りすぎやねん。やえに狙い打ちされるのを恐れて、全員が手え縮こまっとる。それじゃあ和了れるもんも和了れんで」

 

セーラが他校の打ちまわしにイライラするなか、ようやくやえの親番が横移動で終わる。

 

「あ、やっと親番おとせたんやな」

 

直接対局になるかもしれない怜は、静かに対局を見守っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

起家マークがやっとのことで「南」に変わった。

もう晩成とそれ以外の点差は実に10万点ついてしまっている。

 

(晩成の小走はリーチに振り込まなければ流局も多いって言ったの誰だよ……!めちゃくちゃにツモられるじゃないか……!)

 

データ通りに行けば、小走やえのリーチは全員が回る選択肢をとることが多く、その性質上、流局も多い選手だった。なので、ある程度のリーチは流局するかに思われたのだが……。

 

「リーチ」

 

南場に入ってもやえの攻勢は変わらなかった。

親番が落ちてもリーチと打って出てくる。その姿は、まだ点数が足りない、と言わんばかりだ。

もう流局を期待することなど到底できようもない。

 

しかし、この局はやえの上家の津貝高校が同巡で追い付くことに成功する。

 

西家 手牌 ドラ{九}

 

{②④④567四五六七八西西} ツモ{西}

 

(よしっ!小走は同巡聴牌なら通ることも多い上に小走の初打が{③}、リーチだ!)

 

「通らばおっかけリーチ!」

 

勢いよく切り出された{②}。

しかし。

 

「通すわけないでしょ。ロン。12000」

 

やえ 手牌

 

{③④赤⑤⑥⑦456一二三九九} 

 

(その形で相手から当たり牌をつり出すために初打に3面張固定の{③}を打つのか……!)

 

「決まったあああ!!!これでもう晩成の点数は20万点近く!この半荘も既に6回目の和了!卓上の王者とは誰が呼んだか!小走やえの猛攻にみるみるうちに他校の点数が減っていきます!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ありゃありゃ、こりゃもうこの後追い付けるかも怪しい点差になってきたね、テルー」

 

「小走さんは……本当に強い人だから」

 

去年の優勝校、白糸台高校もこの対局を見守っていた。大将の大星淡と、チャンピオン宮永照。

決勝に上がってこなければ関係のない逆ブロックの試合だったが、今日行われる試合は全部逆ブロックで、なぜか照が他のチームの対局を見ようとしないこともあり、白糸台の控室では、晩成の試合がずっと映っていた。

 

「照がそこまで言うとは……もし小走が幼馴染の倉橋、愛宕洋榎と同じ姫松や、江口セーラと同じ千里山に行っていたらと思うと……ゾッとするな」

 

真剣な表情でそう語るのは、白糸台の次鋒を務める、弘世菫だ。

 

「去年の個人戦決勝、意図せずタッグ打ちのような形になったから、勝てた。ただ、なりふり構わず、小走さんが突っ込んできていたら、どうなってたかはわからない」

 

謙遜しているわけでもなさそうな照の言葉に、その場にいた一同が息をのむ。

もちろん、諸刃の剣であることは間違いない。個人戦決勝卓では、その刃を上手く御すことで、倉橋多恵が智葉と照から出和了りを絡めとっていった。しかし、その手綱を放れて、小走やえが暴れまわっていたら……大きく負けていたか、勝ちに届いていたか、その結果は誰にも分らない。

 

「ま、当たらないかもしれない相手のこと考えても仕方ないっしょー、南場の親番だよ。この勢い、誰か止められるのかな?」

 

淡の言葉に、全員の視線がモニターへと戻る。そこには、凶暴な獣のような眼光を光らせた小走やえが映っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「恐ろしい、恐ろしい親番がやってきました!他校にとってこれほど恐ろしい親番はないでしょう。小走やえ、この時点で23万点というこの得点は既に大会記録です!それほどの点数を持った状況で、南場の親番を迎えます……!」

 

麻雀というゲームは4人で行われる。

よって、通常和了できる確率は4分の1……25%だ。しかし、この世界で、圧倒的力量差があるとき、その常識は覆る。

 

(こんなこと言いたくないけど、この手が仕上がったら、多恵にもお礼を言わなきゃね)

 

配牌を受け取って、そんなことを考えるやえ。やえはこの対局の中で、段々と自分の感覚が研ぎ澄まされていくのを感じていた。打点も、上がってきている。

 

膝の上に手をやって、ポケットの感触を確かめれば、そこには小さな四角いお守り、ミニマム麻雀牌が入っていた。

 

(まだ終わってない、この局で……仕留める)

 

一方他校にとってみれば、地獄のような時間が続いていた。

この親番をしのぎ切ることができるのか?後半戦は?

 

しまいには、誰か和了ってくれ……と、他人任せになってしまう。

 

しかし、そんな思いをよそに、小走やえからの親リーチはなかなか飛んで来ず、オーラスは不気味な雰囲気で進行していた。

 

 

14巡目西家 手牌 ドラ{⑤}

 

{③④⑤⑤赤⑤2四赤五五六七八八} ツモ{六}

 

(タンヤオドラ5の聴牌……けど、小走の捨て牌……)

 

やえ 捨て牌

{①八一五白⑧}

{9⑥④七西西}

{①⑦}

 

(不気味すぎる……この{2}は通るのか……?)

 

2枚並んでいる{西}は手出しだったので対子落とし確定。以降はツモ切りが続いている。しかし点差はもう絶望的。

1校しか次へ行けない1回戦のルールだと、次鋒戦以降のためにも、少しでも点差を詰めておきたいと思う心がまだあるのは、普通なら良い事であった。

 

しかし、一つ運が悪かったことがあるとすれば…この卓の王者は()()ではなかったことか。

 

 

(行くしかない……!)

 

バシッと切られた{2}を見て、やえは静かに目を閉じ、そして小さくつぶやいた。

 

「多恵のおかげで、{8}が良く重なったなんて言ったら、笑われるかしらね」

 

そして自身の手を開く。同時に開かれた瞳には、稲妻のような閃光が走っていた。

 

 

 

 

 

 

 

「ロン。48000」

 

やえ 手牌

{2233444888発発発} ロン{2}

 

 

 

 

 

 

 

 

「りゅ、緑一色だあああああああ!!!!!それも面前自摸れば四暗刻もつくダブル役満!今大会初役満は、晩成の絶対王者、小走やえの手から飛び出しました!最下位の津貝高校から一閃!27万点という恐ろしい持ち点を抱えて、次鋒戦に回すどころか、後半戦にすら入らせずに1回戦突破だあ!!!!」

 

 

 

ガシャンと、そのまま卓に突っ伏してしまった津貝高校の先鋒と、その場に座ったまま顔面蒼白にしているほかの2人を見て、静かにその場を立つ小走やえ。

その姿はまさに絶対王者と呼ばれるにふさわしい。

 

そして去り際、小さく、目を細めて小走やえは言い放つ。

 

 

 

 

 

 

「ニワカは相手にならんよ」

 

 

 

 

 



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第12局 姫松初陣

嵐のような晩成の1回戦が終わり、やえは、控室へと戻ろうと帰路を歩いていた。そこに、目の前から走ってくる後輩の姿が映る。

 

「やえさーん!」

 

「アコ……べつに控室戻るんだし待っててくれてもよかったのに」

 

「あんなすごい試合見ていてもたってもいられなくて!マジですごかったですよ!緑一色聴牌したときなんて控室大盛り上がりだったんですから!!」

 

興奮冷めやらぬといった様子で、アコが矢継ぎ早にまくしたてる。

普段はここまでテンションを上げることは少ない憧だったが、大会記録を打ち立てて、そればかりか1人で相手校を蹴散らしてしまったのだから、この興奮も仕方がないだろう。

 

「運がよかったわ。本来ならアコの中堅戦くらいまでは全国の雰囲気経験させてあげたかったけど、まあ、それはこれから、ね」

 

「はあ~!マジかっこよすぎですよ……」

 

新子憧は小走やえの麻雀をみて晩成を志した。その張本人がこれだけ全国の舞台で暴れまわっている。アコは改めてやえさんはすごい人だなと実感していた。

そしてそんなやり取りをしていると、後ろから人影が近づいてきた。

 

「良い後輩ができたんだね、やえ」

 

「……多恵……」

 

「え、嘘、倉橋多恵……?」

 

ササっと隠れる必要もないのになぜかやえの後ろに隠れてしまったアコ。姫松高校の制服に、膝くらいまであるスカート、特徴的な短めの銀髪をなびかせるのは、雑誌などでよく見かける、倉橋多恵その人だった。アコももちろん、やえと多恵が旧知の仲であることは知っていたが、生で見るのは初めてだった。

 

「一回戦突破おめでとう。面前緑一色なんて驚いたよ。絶対ポンするって決めた牌絶対河に出てこない説が、よもやいい方向に転がるとはね……」

 

決め顔で顎に手をやる多恵を見て、アコはこの人何言っているんだろうと思った。

 

「一応、いまのところはあんたにお礼言っておくわ。でもね、準決勝であったら敵同士よ、首を洗って待ってなさい」

 

「……お礼言われるようなことあったっけ?」

 

はて?と首をかしげる多恵に対して、やえは若干恥ずかしそうに俯きながら何かをごにょごにょと呟いた。

 

「……あなたにもらった{8}のおかげで……なんか{8}がしっかり重なってくれた気がして……」

 

「いや、ありえないっしょ」

 

「あんたぶっ殺すわよ!?」

 

ハハっと笑い飛ばした多恵に対して、やえは拳を握りしめてくってかかろうとするが、後輩のアコが諫める。

 

「でも、持っててくれたんだ、お守り」

 

「フン!もう次からは持って行かないわ!あんたに呪いかけられてるかもしれないしね!」

 

そういうと、「アコ行くわよ」と後輩を連れて控室へと戻っていくやえ。

その後ろ姿を見えなくなるまで、多恵は眺めていた。

 

(いい仲間を得たんだね。やえのその強さが、次の試合でも折れませんように……)

 

多恵は知っていた。晩成が次に当たる2回戦が、過酷なものになるだろうということを。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

姫松高校控室。

初戦である2回戦を前にして、姫松の面々は緊張した面持ちで控室に集まっていた。

 

「以上が、2回戦の対戦相手のデータまとめや。一応、区間ごとに相手の資料まとめておいたから、しっかりと各自目を通しておいて」

 

いつも通りの恰好に、教鞭のような棒を用いて説明してくれたのは末原恭子。

我らが姫松高校が2回戦で当たる相手は、北九州の強豪、新道寺女子、岩手の宮守女子、そして南北海道の有珠山高校だ。

 

「宮守女子のところは沖縄の真嘉比がくると思ってたけど、宮守強かったね」

 

「完全に銘苅を完封してた。確実にあれは何かしてると思うわ。だから副将の由子は新道寺の白水に気をつけつつ、もし白水の動きが何らかの理由で遅い場合は……一気に前に出てええで」

 

「了解なのよ~やっつけるのよ~」

 

両手をワンツーと突き出す由子もやる気満々だ。

その様子を見て、もう一度全体を見渡して、恭子が話す。

 

「明日の先鋒戦、おそらく多恵は3校から徹底マークを受けるはずや。ウチも多恵がそれで完全に抑え込まれることはほぼ無いとは思ってるけどな、麻雀は何があるんかわからん。先鋒戦でリードを奪えなかったとしても、うろたえない。いつも通りに打てば、ウチらは負けん」

 

「多恵がこけて、つられてスズもこけたとしても絶対的エース洋榎ちゃんがボッコボコにしたるわ、安心してええで」

 

「なんでウチもこける前提なんですか!多恵先輩がコケても、ウチも頑張りますよ!」

 

「皆どうして私をコケさせようとするの……?」

 

後ろに手を組みながら洋榎がニヤリと笑い、漫が反論する。漫は最初の何日かは緊張して浮足立っていたが、メンバーと話したり、応援にきた同級生たちも合流して、気持ち的にも余裕ができたようだ。

 

「主将や皆にはそんなに心配してません。そんなことより、自分が心配ですわ。大将戦はおそらく未知数な相手との勝負になるでしょうし……」

 

珍しく恭子が弱気な発言をして、全員の視線が恭子に集まる。

 

「でも、凡人の自分がどこまでやれるんか、楽しみではあります」

 

その言葉に全員の表情が和らぐ。

 

(ほんと、頼もしい仲間たちに恵まれたもんだ)

 

姫松高校の夏のインターハイ初陣は、もうすぐそこまで迫っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

インターハイ6日目。

昨日からシード校が登場し、2回戦がスタート。第1シードの白糸台と、第4シードの千里山はそれぞれ順当に駒を進め、5日目の試合結果は、大方の予想通りとなっていた。

今日は第2シードの姫松と、第3シードの臨海女子が初戦を迎えることとなる。

 

 

「インターハイも6日目!ついにシード校全てが出揃うこととなります。野依プロ、今日の見どころはどういったところでしょう」

 

「……ぜんぶ!」

 

「またですか……」

 

黒髪ロングで怒っている表情がデフォルトのプロ雀士、野依理沙プロ。どうしてこの人を解説にしたのかとネットでは話題だが、村吉アナウンサーとの相性は良く、評判も実は悪くない。

 

「まずは出場校を紹介します。南北海道代表、有珠山高校!1回戦では副将戦と大将戦で点数を稼ぎ、2回戦へと駒を進めました!」

 

画面には、有珠山高校の面々が映っていた。副将の生徒だけ制服がフリッフリでかわいらしいので、カメラに長く捉えられている。

 

「続きまして、北九州の強豪、新道寺女子高校!同じくダブルエースを副将と大将に置く高校です。鶴姫コンボは相手校にとって脅威となるでしょう」

 

続いて、新道寺女子。副将の白水哩と、大将鶴田姫子の強力なコンボが有名なチームで、毎年、インターハイでもベスト8にはよく入ってくる強豪校だ。

 

「岩手からは、宮守女子高校!1回戦では沖縄の強豪真嘉比を抑えて、2回戦進出です!強豪校を相手に、ダークホースとして立ち塞がるか!」

 

宮守女子は次鋒のエイスリンが得点源で、副将の臼沢塞が抑え込んで、大将の姉帯豊音でシャットアウトというパターンで勝ち上がってきた高校だ。

 

「そしてそして、優勝候補の一角、姫松高校です!守りの化身、愛宕洋榎を姫松伝統のエース区間、中堅に置き、先鋒には昨年の個人戦3位の、倉橋多恵が座る盤石の布陣!今年こそは王者白糸台を倒しての悲願の初優勝を狙います!」

 

実は洋榎はこの守りの化身という2つ名を気に入っているが、多恵はいつも「いや、攻撃もするやん」と面白くないことを言っていた。

 

自信満々といった表情で先頭を歩くエース愛宕洋榎に、カメラが集まる。その姿を見て、多恵は前世のことを少し思い出していた。

 

(前世でもあんな風にめちゃくちゃ強いチームメイトがいて、ほんと苦しいときは頼ってばっかりだった。リーダー、最後まで頼りっぱなしで結果残せなくてごめんなさい。けどこっちでは、リーダーみたいに、みんなに頼られる雀士になってみせますよ……。なーんて、リーダーのことだから、今でも俺のことなんか気にせず点棒かき集めてんだろうなあ……)

 

多恵の元いたチームのリーダーは強い人だった。自分を曲げず、信じた道を歩く。この世界と違い、運の要素が本当に強いゲームで、自分の信じた道と心中することがどれだけ難しいことなのか、多恵はよくわかっていた。

 

だからこそ、多恵も自分を曲げない。曲げるわけには、いかない。

 

(ここから始まるんだ。必ずこのインターハイで、宮永照を……白糸台を倒す……!)

 

 

 

仲間は心強く、背負う想いもある。ライバルはたくさん。支えてくれる人もいる。

 

さあ、始めよう。ここから頂点への長い旅路が始まるのだから。

 

 

 

 

 




いつの間にやらお気に入りが500件を超えていました!
本当に本当にありがとうございます。



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第13局 持ち時間

一瞬でしたが日間ランキング16位まで上がっていたようです……!
読者のみなさんのおかげです。
今後ともよろしくお願いします!




2回戦の先鋒戦。

多恵はどの高校よりも早く、卓についていた。

 

インターハイの卓に着くと、いつも多恵は前世のリーグ戦を思い出していた。孤立した自動卓。たくさんの放送用のカメラ。

 

(多分この雰囲気には、1番慣れている)

 

目を閉じて集中を高めていると、続々と他の席に他校の選手が姿を現す。

 

「倉橋さん、とても準備が早いようで、すばらです」

 

新道寺女子高校のすばらちゃん……こと花田煌は、すばらという口癖が特徴的な2年生。強豪ゆえに何度か会ったことはあるが、あまり話したことはない。しかし強豪校の先鋒戦に指名される選手だ。油断はできないだろう。

 

「花田さん、今日はよろしくね」

 

場決めが終わり、各々の席に着く。

 

 

「インターハイ6日目!先鋒戦対局開始です!」

 

 

「「「「よろしくお願いします」」」」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

東1局 親 小瀬川 ドラ{②}

 

 

(いやはや、あまり北家は好きではないのですが……仕方ありませんね)

 

花田煌は自分の手牌を確認して、両面ターツはあるものの、四向聴なのを確認する。そして少し字牌の重なりを期待しながら浮いている一九牌の処理から入った。

 

(私は捨てゴマ。ここでの役割は、倉橋さんのいる姫松とあまり点差をつけられずに次につなぐこと……もちろん上回ることができたらすばらなのでしょうけど……)

 

対面に座る倉橋を少し見やりながら、そんなことを考える。

倉橋多恵は去年の化け物揃いの個人戦決勝卓の1人だ。楽観視はできない。

 

 

しかし意外にも4巡目、西家に座る有珠山高校の先鋒、本内成香の表情が明るくなった。

 

「リーチします!」

 

先制は有珠山だ。

 

本内 捨て牌

 

{西⑤八横2}

 

(4巡目ですか……ここは素直に現物としましょうか)

 

煌は手牌に安全牌として抱えていた{西}を切る。

そして親の宮守女子、小瀬川白望の手番。ツモってきた牌を見て、ため息をつきながら少しだけ考えている。

 

「はあ……ダル……」

 

(ええ~……まだ始まったばかりなのですが……)

 

煌のそんな心の叫びは悲しいかな誰にも届きはしない。

 

「……どうすか」

 

そうして小瀬川が切り出した牌は{5}だった。

 

(片スジとはいえ、どまんなか!す、すばらです……)

 

「チー」

 

手牌の{46}を倒して打{2}とするのは、多恵。

有珠山の本内が、持ってきた牌を、悲しそうにツモ切る。この選手は表情が豊かなので、聴牌速度が比較的読みやすい。

 

(そうして流れてきたこの{⑥}もしかして当たり牌であったりするのでしょうか)

 

そう煌が考えていた矢先、対面の多恵がツモってきた牌を置き、手牌を開く。

 

「ツモ。500、1000」

 

多恵 手牌 

{③④④④四赤五六六七八} {横546}

 

(ん~……一発消しに協力してくれたのかと思ったけど……シンプルに自分で和了りにいったのか)

 

小瀬川からすると、本内が一発でツモりそうだったので、多恵に一発を消してほしいというアピールだったが、多恵からしてみれば「急所で聴牌で出ていく牌は安牌」という鳴かない理由がなかったので鳴いただけだった。

 

(やっぱり3面張ですか……)

 

本内は空振りしてしまった自分の手牌を悲しそうにパタンと閉じた。

 

本内 手牌

 

{②②②⑦⑧55789南南南}

 

 

東2局 親 多恵 ドラ{南}

 

 

(さーて、まず一発目の山場ですね……)

 

(倉橋さんの親……怖いです)

 

普段とは打って変わって、どこか神聖な雰囲気すら漂わせる多恵の親番がやってきた。本人は前世の時もそうだったが、対局中の姿はまるで感情が通っていないかのような表情で打牌をする。どんなことがあっても、対局が終わるまでは感情が表に出ないのが、多恵の特徴だった。

元々は河と自分の手牌を冷静に見極める故に表情が薄くなっていたが、この世界に来て、その集中力は普通の人間を超越した感覚を得ていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

新道寺女子高校控室。

 

「部長。姫松の倉橋って何が強いとですかね?」

 

新道寺の大将、鶴田姫子は、敬愛する先輩である副将の白水哩にそう尋ねた。

 

「リーチ成功率」

 

真剣な面持ちで白水はそう答えた。

 

「多面待ちになっとっけん、まあツモる。何度も対局したことのあっけど、あいつはとんでもなく打牌ミスが少ないけん、聴牌速度も常人より遥かに早か。気付いたら……追い付かれとる。そしてヤツにリーチを打たれたら……まあ勝てん」

 

その言葉に、確かにと思う。倉橋のリーチ成功率は、異常な数値を叩き出している。通常の麻雀なら、リーチ成功率は大体50%強。2回に1回は和了れるかな、といったところだ。しかし、多恵の数値は、実に80%。流局がほとんどなく、負けているのはリーチ勝負の一部。しかしそれも自身の待ちが強いのでほとんど負けがない。

 

この数値は、1巡先が見えているのではないかといわれている千里山の園城寺すらも上回り、文句なしの全国1位。倉橋多恵の異常さは、実はここにある。

 

 

そしてだからこそ多恵はリーチを打たせてくれない晩成の王者とか、和了り牌を吸収しまくる守りの化身とは相性が悪かった。

 

「花田大丈夫ですかね……?」

 

心配そうにモニターの中に映る、同級生の先鋒を見やる鶴田だった。

 

 

 

 

 

 

 

「ロン。3900」

 

多恵 手牌 ドラ{南} 裏ドラ{①}

 

{①②③3444567八八八} ロン{3}

 

「はい……」

 

(やはりこうなってしまいますか……良形4面張)

 

リーチに成功した煌だったが、1巡後に親の多恵から打たれたリーチに捕まってしまった。

 

(今は打点が低くて助かりましたが……倉橋さんはその性質上、打点も平気で上がってきますし……)

 

 

 

東2局1本場 10巡目

 

ビクッと{②}を切った本内の手が止まる。

瞬間、本内は4本の剣が多恵から自身に向かって飛んでくるような幻覚を……見た気がした。

 

「ロン。12300」

 

 

多恵 手牌 ドラ{六}

 

{③④赤⑤⑤⑥⑥⑥西西西} {横白白白}

 

「えーダル……」

 

(混一……やはりそう来ましたか)

 

倉橋多恵の高打点は染め手が多い。しかしこれがまた止めるのが難しく、ほとんど多面待ちで聴牌してくるので、染め手と分かった瞬間、ほとんどその色の牌が切りにくくなってしまう。

 

 

東2局2本場7巡目 ドラ{③}

 

(このままではまずいですね……早くこの親番を落とさないと……)

 

煌がそんなことを考えつつ、いつもの笑顔にわずかながら汗をかいていたそんな時、下家の小瀬川の手が止まる。

 

小瀬川 手牌 

 

{③④⑤⑦⑧3455五七八九} ツモ{六}

 

「……ちょいタンマ」

 

(出ましたね……)

 

小瀬川白望という選手の特徴は、迷うと点数が高くなる。地方対局でも1回戦でも、この「ちょいタンマ」の後に高い手を和了っていた。

 

(怖いです……)

 

本内もそれは知っていて、警戒心をあらわにする。

そんななか多恵はロボットのように固まったまま、打牌を待っていた。

しかし、意外と今回の長考は長く、小瀬川は右手を額にやって下を向きながら考えて、20秒くらいが経過していた。

そしてようやく。

 

「迷ったけど……これで」

 

と{九}を打った。

 

しかし、今度は多恵がすぐツモりにいかない。

一瞬の沈黙と静寂が場を包み、どうしたのかといった表情で3人が多恵を見つめている。

 

「長考はなるべく15秒以内でお願いします!」

 

「え……ダル……」

 

突然怒られた小瀬川は意外な指摘に困惑していた。

ネット麻雀出身の多恵は、実は長考にうるさかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

宮守女子高校 控室

 

 

「シロ怒られてる!」

 

宮守女子高校の控室。大将の姉帯豊音は、長身にハットを被る、特徴的なシルエットだった。対局を見ながら、宮守の熊倉監督はモニターに映る多恵を見ていた。

 

「倉橋多恵……多面待ちを活かして和了りをとる……だけど、恐ろしいのはもっとその奥深くにあるのかもね……」

 

その深刻そうな発言を聞いて、心配そうに画面を眺めるのが、副将の臼沢塞だけというのも宮守らしいといえばらしい風景だった。

 

 

 

 

 

「ツモ。3200、6200」

 

小瀬川 手牌

 

{③④⑤⑦⑧34赤555五六七} ツモ{⑥}

 

結局東2局2本場は小瀬川が制した。

 

(迷ったのは{九}でしたね……牌効率に従うのでしたら間違いなく落とさなさそうなところ……)

 

流局を挟んで東4局1本場。煌の親番がやってきた。

 

(今の所良いとこなし……すばらな親番にしたいですね)

 

そんな願いを込めながらサイコロを回す煌。

 

花田煌 配牌 ドラ{6}

 

{①①②5689一三五東東西}

 

(手が重いですね……ダブ東があるのが救いでしょうか)

 

親番なこともあってシンプルに{西}から切り出していく煌。

しかしそんなときに限ってダブ東がなかなか姿を見せてくれず、9巡目、下家の小瀬川が「ちょいタンマ」からリーチがかかる。

 

(あらら……またですか。ダブ東が鳴けないならこの手もダメですかね……)

 

しかしそんな思いとは裏腹に、対面の多恵からペロっと{東}が出てきた

 

「……ポン!」

 

出てくるとは思っていなかった煌は慌てて発声すると、安牌の{②}を切る。まだ一向聴だ。

 

「ポン!」

 

するとすぐにまた多恵から{①}が出てきて、それをポンして聴牌をとる煌。

危険牌を切ってきた煌の河をちらりと見やり、そして持ってきた牌をみて、小瀬川が小さく「ダル……」と呟いたのを、聞こえたのは煌だけだった。

 

「……ロン、5800は6100です」

 

煌 手牌

{56788五五} {①横①① 東横東東} ロン{8}

 

(アシスト……。トップ目の倉橋さんからすると早く局を流したいでしょうに、それほど小瀬川さんの手が良かったのでしょうか)

 

 

 

 

 

 

 

 

姫松高校 控室

 

「多恵ええ感じやん」

 

またまたいつもの椅子逆座りスタイルで、洋榎がそう口にする。

 

「そうですね。多恵には今日で手の内をすべて見せる必要はないと伝えましたが……問題なさそうですね」

 

「また宮守の子が和了りそうだったけど~多恵ちゃんの速度読みとピントは絶妙やねえ~」

 

赤阪監督代行も満足そうだ。

 

多恵はこっちに来て、洋榎から他家を使っての動きをさんざん勉強した。もともと速度読みは得意だった多恵は飲み込みも早く、すぐに実践で使えるようになった。

モニターの前では漫と由子が「多恵先輩頑張れー!」「がんばるのよ~!」と必死で応援している。近すぎて後ろにいるメンバーは見にくくて仕方がない。

 

「さあ多恵、まだまだ足りひんやろ。もっと稼いでくれてええんやで」

 

そんな期待も込めた恭子のまなざしが、モニターの中の多恵を捉えていた。

 

 

 

 



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第14局 姫松の騎士

晩成高校控室。

 

今日が2回戦の晩成だったが、卓のトラブルで開始が遅れていたので、やえは自身の集中力を高めるため、控室のソファに座って目を閉じていた。

そんな自分たちのエースである、やえの真剣な雰囲気に、晩成でおそらく声をかけられるのは1人だけ。

 

「やえさん、倉橋さんの試合始まってますけど……見なくていいんですか?」

 

やえはスッと目を開く。

 

「いいのよ、あいつはどうせ勝つわ。なんなら出し惜しみして全力でやってるのかも怪しいものよ。結果だけ後で見るわ」

 

興味がないとも、信頼してるともとれる発言に、声をかけた新子憧は、きっと後者なのだろうと感じた。そして伸びをしてリラックスし始めたやえに対して、もう1つ質問をぶつけてみる。

 

「やえさんは、どうして晩成に来たんですか?あんなに強い友達が3人もいて、皆同じ高校に行けば、そうそう負けなかったですよね?」

 

聞こうと思って聞いていなかった話題。他の3人の話はよく聞くものの、肝心の進学先のことは聞いたことがなかった。

 

「それじゃね、意味がないのよ。中学で同じチームだった私達は痛感したの。私たちは集まっちゃいけない。強すぎるから」

 

傲慢ともとれる発言だが、その言葉に異議を唱えるものなど、4人のメンバーを知らないか、麻雀を知らないかだ。

突然高校に入って強者が増え、とんでもない化け物が関東に2人も出てきたが、中学時代は無敗だったこの4人。メディアにも注目されている。

 

「だから私達は別の学校に行こうって話になったの。お遊びじゃない、全員で削りあう、もう一回が無い真剣勝負を、他の3人としたかったから。ま、1人バカがミスったせいで姫松に2人いるケド」

 

いつのまにか、アコ以外のメンバーもやえの言葉に聞き入っていた。

そんな状況を知ってか知らずか、今度はやえがアコに話しかける。

 

「あんたこそ、なんで晩成きたのよ。幼馴染から誘いもあったんでしょ?」

 

やえはアコと話す機会が多かったので、アコの大方の事情を知っていた。幼馴染に、高校で麻雀部を作ろうと誘われていたことも。

 

「私は……強い高校で麻雀が打ちたかったんです」

 

「へえ、でもそれなら、関西にはそれこそ千里山も姫松も選択肢にはあったんでしょ?」

 

この世界で、麻雀の強い高校に行くために越境することは珍しくない。むしろ関東から関西の高校に来る生徒もいるし、逆も然りだ。

奈良くらいにいれば、関西の高校は大体どこへでも行く選択肢がある。

 

「私は……去年のインターハイをずっと見てました。そこで私は、やえさんの絶対にあきらめない強い麻雀を見て、やえさんと同じ高校で麻雀がしたいって、そう思ったんです」

 

アコの表情は真剣そのもの。なかなかやえにこういったことを直接言える機会はないので、その場にいる会話を聞いていた後輩たちも我先にと賛同する。

 

「わ、私も!1年生から活躍してる小走先輩に憧れて入りました!」

 

「ウチもです!去年の個人戦、見てました!」

 

「ウチも!」

 

ソファ越しに振り返ってみると、モニターを見ていると思っていた後輩たちが皆こちらを見ている。

それを見て、一瞬驚いたような顔をして、フンとやえは前を向いてしまった。

 

「……本当におバカばっかりね。この高校は。そんな下らない理由で晩成に来たなんて知らなかったわよ」

 

後ろにいる後輩たちから表情は見えないが。

 

「でも……いいわよ。私についてきたこと、必ず良かったって思わせてあげる」

 

頬がうっすらと紅に染まっている所を、隣にいたアコは笑顔で眺めていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「先鋒戦後半戦はついに南入です!」

 

姫松のブロック。先鋒戦は後半戦南場に突入していた。

現在の点数状況は

 

小瀬川 102200

多恵  125000

本内  82200

花田  90600

 

配牌を確認しながら煌は改めて点数状況を確認する。

 

(これ以上は、離されたくはありませんね……)

 

後半戦も終始主導権は多恵にあった。東3局、東4局と軽く和了られ、そこまで点差は開かないものの、あっという間に局を流されてしまった。

故に、これ以上の失点は避けたい。

しかしそんな煌の思惑とは裏腹に、多恵の麻雀は高い方向へ加速していく。

 

 

 

南1局 11巡目

 

本内が{8}を切った瞬間。またゾクッと悪寒が本内の体を襲う。

 

多恵から放たれた4本の(ツルギ)が本内の足元と体の周辺を貫いた。

 

 

 

 

「ロン。6400」

 

多恵 手牌 ドラ{6}

 

{④赤⑤⑥5678999発発発}

 

(それをリーチしないんですか……?!)

 

(気配がなさ過ぎて有珠山の本内さんが捕まってしまいますね……)

 

 

 

 

多恵の親番がやってきた。他校からすると、ここは早めに和了りをとって終わらせたい。他の3人の誰かが和了りをとればいい。簡単な話に見えて、じつに険しい道のりだった。

 

南2局4巡目

 

もう親番がない小瀬川は、点差をこれ以上離されないためにも早々に仕掛けを入れていた。

 

「……チー」

 

小瀬川 手牌 ドラ{四}

 

{①②③④⑤⑥四四78} {横⑦⑧⑨}

 

この手牌からドラポンに備えていた{8}を切り出して……眠そうな小瀬川の表情が、わずかに歪む。

 

今度は3本の(ツルギ)が小瀬川の頭をかすめていった。

 

 

 

「ロン。7700は8000」

 

多恵 手牌

{東東東①②③三四赤五6667}

 

(どっちに聴牌とってても捕まるのかあ……)

 

(最終手出しは{⑤}……やはりまたリャンカンの方から埋まってそうですね……)

 

(良形3面張以上はリーチしてくることが多いと聞いていたのですけど……怖いです)

 

多恵が先ほどからリーチを打っていないのには理由があった。今まで多恵は自身の身に着けた知識から、デジタルにリーチ効率でリーチ判断をしていた。しかしそれでは他校にある程度リーチの範囲(レンジ)が知れてしまう。対策をされてしまう強豪校の先鋒としてはある程度打ち方に幅を持たせてほしいというのが、我らが恭子の指示だった。

 

もちろん、デジタルに基づいたリーチ判断が多恵には一番合っている。だが、リーチしてなくても高い手がダマで入っているかも、というブレが、相手校の判断を鈍らせる。

これは先を見据えた作戦であり……今年は必ず優勝を。姫松の、そんな意志の表れでもあった。

 

そしてそれは、リーチをかけてはいけないという指示ではない。ここぞという時にはしっかり

 

「リーチ」

 

リーチがかかる。

 

誰にも、その道を阻むことができない。

たとえ邪魔しようと目の前に立ってみても、複数の剣で貫かれるのは目に見えている。

 

(まずいです……倉橋さんのリーチ……)

 

(鳴いてズラすことも、できなさそうですね……)

 

(ダル……)

 

そしてなにもしなければ、確実にツモ和了る。

 

「ツモ。6200オール」

 

多恵 手牌 ドラ{⑥}

 

{⑥⑦⑦⑧⑨⑨⑨二三四赤567} ツモ{⑧}

 

3本の(ツルギ)が多恵の周りで光り輝いている。その姿は他の3人からは、数々の(ツルギ)を従え、鎧に身を固めた騎士のようにも見えた。

 

 

「決いまったああ!!5連続和了!!!先鋒戦も大詰め!この連続和了は他校にとっては痛すぎる!この大ピンチを他3校はどのようにしのぐのか!!!これ以上の点差は今後の展開を決定付けてしまうぞ?!」

 

(皆さんが信じて先鋒にオーダーしてもらったのに、この結果では顔向けできませんね……)

 

無感情にサイコロを回しはじめる多恵を見て、煌が冷や汗をかく。もう点差は5万点以上がついてしまった。いくら団体戦とはいえ、トバないことが自慢の煌がこれ以上の点差をつけられるわけにはいかなかった。

 

(こうなったら……かけるしかないですね……)

 

そんな覚悟を決めたのも束の間、煌には鞘走る音が聞こえた。

対面が鍛え上げられた刃を自分たちに向けていることに気付く。

 

「リーチ」

 

多恵 手牌 ドラ{9}

 

{①②③12378999東東}

 

 

 

「倉橋多恵のリーチが入ったあ!!これが決まれば決定的だぞ?!」

 

(来ましたね……)

 

怯えた様子の本内は、多恵の現物である{②}を切り出す。ここで煌は1つのリスクを背負って前に出ることにした。

 

「それチー!」

 

{①③}を手牌から晒して通っていない{⑧}を切って、煌はチラリと下家の小瀬川を見やる。

 

小瀬川はツモってきた牌を見て、煌の河を見た。

そして何かを察したように、小さく呟いた。

 

「はぁ……なんで私が……」

 

そう呟きながら切ったのは生牌の{西}だった。

 

「それポン!」

 

また煌が危険牌を通す。放銃のリスクは覚悟の上だった。

今にも飛んできそうな刃を、ボロボロになりながら必死にかわす。

 

そしてそれを見て小瀬川が{⑨}を切ると、

 

「それもポンです!」

 

あっという間に煌の3副露ができあがった。

 

(あの、これ巻き添えでしょうか……)

 

本内の寂しい心の叫びは誰にも届かない。

手牌が4枚になった煌の捨て牌を眺めて、ため息をつきながら小瀬川が切る牌を選ぶ。

 

「じゃあこの辺で……どうすか」

 

「ロン!1000点の2本場は1600点です!」

 

{66二四} {⑨⑨横⑨ 西西横西 横②①③}

 

「気付いていただけたようですばらです!麻雀は4人でやる競技ですので!」

 

ワアアア!と歓声が聞こえる。

連続和了を止めた煌の和了りに、会場も随分ともりあがっているようだ。

 

しかし多恵の表情は少しも変わらない。

 

「花田さん。3本場なので1900です」

 

「あ、ほんとですね……、すみません……」

 

多恵にツッコまれて恰好がつかなかった煌だが、功績は大きい。

一度も多恵にツモらせることなく、リーチ成功率80%超の多恵のリーチをかいくぐった。これによって多恵の親番はようやく終わる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「もう少しこの親番で暴れるかと思ったんやけど、止められたか。新道寺の花田、鳴きのセンスがええな。そんでその狙いを読み切ってアシストした宮守の小瀬川も上手い」

 

姫松の控室では、恭子を中心に、冷静に場の分析が行われていた。どこになるかは分からないが、次に進む気がある以上、どこかの高校とはもう一度やることになるのだ。そのための分析は怠らない。

 

「流石多恵やな。ブレなく強い。このくらいの相手ならまあマルエーするやろな」

 

多恵を信頼している洋榎はこの対局内容にご満悦だ。

 

「十分すぎる点差なのよ~」

 

「多恵先輩かっこええ……」

 

かなりのリードを稼いでくれたモニターの中にいる多恵を、次鋒の漫は目をキラキラさせながら見ていた。

そんな様子を見て、もう一度恭子が全員の気を引き締めにかかる。

 

「多恵はようやってくれてる。けど、団体戦は最後まで何が起こるんかわからん。それはもちろん、ウチも肝に銘じるつもりや。なんとしても善野監督に優勝旗を持ち帰る。みんな、点差が離れようと全力で頼むで」

 

 

そう。2回戦はまだ始まったばかりだ。

 

 

 




咲シリーズではお馴染みの、いやお前らやってるの麻雀だよね?っていう描写を文章で表すのは難しいですね……。



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第15局 片岡優希の苦難

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本当にありがとうございます……!




清澄高校の控室では、緊張した空気がその場を支配していた。

2回戦は事情があって開始が遅れているが、そろそろ開始になるはずだ。

 

「じゃあ優希、最後に確認するけど、今日の相手はかなり厳しい相手よ。東場でかなりのリードを稼げなかったら……狙われるのは自分だと思ったほうがいいわ」

 

「わかってるじぇ」

 

清澄高校の一回戦の結果は、中堅までで点棒を荒稼ぎし、中堅の竹井久の怒涛の連荘でトバして通過という華々しいものだった。しかし、問題は2回戦。優勝を見据える部長の久は、ここからの試合は1戦たりとも油断はできないし、一瞬の隙が命取りになると感じていた。

そしてこれは最初の山場。先鋒の片岡優希が当たるのは、去年の個人戦決勝卓の2人、臨海女子の辻垣内智葉、晩成の小走やえ、そして強豪永水女子のエース、神代小蒔。

この絶望的な状況は、メディアでは「死の先鋒戦」等と騒がれていた。

 

「それでも、自分を曲げちゃだめよ。東場では自信をもって戦ってちょうだい。さすがのあのメンバーでも、最初の優希の速さにはついてこれないはずよ」

 

部長の言葉を聞きながら、ギリギリまで、同じく先鋒戦を戦っている自身の先輩、新道寺女子の花田煌の対局を優希は眺めていた。

煌も同じく、倉橋多恵という怪物を相手に、苦戦を強いられている。

それでも、煌の目にはいつまでも闘志が残っていた。

 

 

『ツモ。3900オールです』

 

『新道寺の花田煌!最後に意地を見せます!削られた点棒を少し回収しました!これは次鋒戦につながる和了となるでしょう!』

 

 

 

「優希!花田先輩が和了りましたよ!」

 

「流石だじぇ。花田先輩の勇気、確かに受け取ったじぇ!」

 

優希が立ち上がる。

その眼には怯えはない。長野で敗れた他校の分も背負って立つ優希には、1年生とはとても思えない頼もしさがあった。

 

「清澄高校、片岡優希さん、そろそろ準備お願いします」

 

係りの者が清澄の控室に来る。準備が整ったようだ。

 

「行ってくるじぇ!」

 

そう元気よく出ていく優希を、メンバーが口々に応援の言葉をかける。

そんな中にあって、まだ久は心配そうな表情をしていた。

 

「ゆーきも強くなったけえ、信じてみてええじゃろ」

 

次鋒で唯一の2年生、染谷まこが久の様子を見てそう声をかける。

 

「そうね……組み合わせ上仕方がないとはいえ、2回戦からこんなキツイ相手とやらせることになるなんて思わなくてね」

 

久は優希を決勝に向けてその能力をチューニングしていた。だからこそ、この2回戦は死闘となるであろうし、苦戦は免れない。5万点以上の差は覚悟していた。

 

(優希どうか、あなたのまっすぐな麻雀を打ち抜いて……)

 

死の先鋒戦が、始まろうとしていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(さて……なんとか少し取り戻しましたが、もう少し点数が欲しいですね……)

 

先鋒戦後半オーラス、新道寺の花田煌は3900オールをツモってなんとか点数を回復していた。しかし依然点差は開いたまま。どうにかしてもう少し稼いで次につなげたいと考えていた。

 

 

南4局 1本場 13巡目 親 花田 ドラ{①}

 

{②③③234赤五六六七七東東} ツモ{八}

 

(あら、巡目も巡目ですし、そろそろ鳴きも考えていたのですけれど、これはこれですばらですね)

 

「リーチします」

 

親の煌のリーチを受けて、対面の多恵は持ってきた牌を見て小さく呟く。

 

「20%……15.7%……」

 

そしてすぐに現物切り。

わずかにこぼれたその数字を、リーチ者の煌の耳は捉えていた。

 

(放銃率の計算ですね……相変わらずなんて恐ろしい頭してるんでしょう……敵ながらすばらです)

 

多恵のデジタル脳は他校にも有名で、特に押し引きに関する計算の速さは、プロでも対抗できる雀士は少ないのではないかといわれているほどだった。

オリながら手詰まり放銃もほとんどない上に、押してくるときはとことん押してくる。

 

勘違いされがちだが、実は麻雀において、「ベタオリ」というのは、±0の選択ではない。局収支としては(マイナス)の選択だ。麻雀の結果は横移動だけでなくツモが存在するのだから当たり前だが、意外とこの事実を知らない人は多い。

 

この事実をわかっているかどうかで、押し引きの基準は変わる。知ってから押しが強くなったという人も少なくないのではなかろうか。

 

今回多恵はそれら全てを考慮し、自身がトップ目であるということも踏まえて、オリを選択した。そしてその理由の1つには、上家の小瀬川がリーチの1発目に安牌ではない牌を切っていることもあった。

 

(小瀬川さん、押してきてますね……)

 

 

そして15巡目。

 

小瀬川が持ってきた牌を見て、気持ち顔を上げる。

 

「深いところにいたなあ……ツモ。3100、6100」

 

小瀬川 手牌

 

{①①②②③③23789西西} ツモ{1}

 

「す、すばら……」

 

 

『先鋒戦大決着ゥー!!!先鋒戦を制したのはやはり姫松高校の倉橋多恵!!2位の高校に5万点以上の差をつけて、その圧倒的な実力を見せつけました!!』

 

「「「「ありがとうございました」」」」

 

 

先鋒戦終了時 点数

 

小瀬川 94500

多恵  150900

本内  54700

花田  99900

 

 

(原点……にはギリギリ届きませんでしたか……)

 

はあ~!と大きな伸びをしている多恵を見て、対局中とは大違いですね、などと思う。

 

「あんた……強いね……」

 

背もたれによっかかりすぎて、もうそろそろ椅子から転げ落ちるんじゃないかというほど脱力している小瀬川。

 

「小瀬川さんも強かったよ、感覚で麻雀を打つって言うほど簡単なことじゃないからね」

 

お世辞でいってるわけでもなさそうな多恵の真剣な言葉に、しかし小瀬川からの反応はない。体力を使い切ったようだ。

 

 

「シロ!コウタイ!」

 

しばらくして、そんな小瀬川の頭をポンと叩いたのは、宮守の次鋒、エイスリンだった。

 

2人のやり取りを眺めてから、煌と多恵の2人は、同時に卓を後にする。ちなみに有珠山の本内は対局が終わるやいなや、すぐに控室へ逃げ帰ってしまっていた。

 

帰りの廊下で。

 

「倉橋さん、とてもすばらな対局内容でしたね」

 

「いや、花田さんこそ、他の対局者を使った和了、流石だったよ。それにね、花田さんからは、絶対に次が逆転してくれるっていうチームメイトへの信頼を感じたかな」

 

多恵の本心だった。インターハイや前世のリーグ戦。数えきれない想いを背負った雀士は強い。こっちでも、前世でも同じだった。

そして多恵は前世では、決死の想いで人生を麻雀にかけている人たちに、1歩及ばなかった。

その時味わった劣等感は、今もぬぐい切れていない。

 

しかし実は、多恵はもうこっちでたくさんの想いを背負っていた。

 

迎えに来た漫の姿を見て、「それじゃ」と多恵は漫の方へ向かっていく。

多恵の後ろ姿を見て、煌はフフフと少し笑った。

 

(倉橋さん。あなたこそ、十分チームメイトを信頼しているように見えましたよ……その心意気、すばらです。しかし次は負けませんよ)

 

 

 

 

 

 

突っ込んできた漫を抱きとめてはまずいと反射的にハイタッチで多恵が迎え入れる。

 

「多恵先輩!流石です!5万点以上も差をつけるなんて!」

 

キラキラとした目を向けてくる漫。

 

「終盤親落ちてからは少し控えめになっちゃったけど、かなりプラスにできてよかったよ。だから漫ちゃん、今日は頼むね?」

 

「はい!任せてください!」

 

そう意気込む漫の様子は頼もしい。

 

姫松はこのオーダーになってから何度も練習試合をしている。

その練習試合の中で、漫が爆発できる条件を恭子と一緒に多恵は研究した。

その結果、多恵がしっかりと稼いで帰ってきたときのほうが、漫が爆発することが多いことがわかっていた。もちろん、対戦相手の強さにも影響は受けるのだが。

 

メンタルに起因する漫の能力は調整が難しい。ちょっとでも漫が戦いやすいように、多恵はなるべく点数を稼いで帰ってこようといつも思うようになっていた。

 

「宮守のエイスリンちゃん、気を付けてね」

 

「がんばります……デコに油性は勘弁なんで……」

 

流石の漫も、初戦には緊張しているようだ。次鋒戦には、地方予選でとんでもない和了率を叩き出した宮守のエイスリンがいる。漫も油断はできない。

団体戦のメンバーに入ってから、漫は成績が悪いと恭子から油性ペンで額に落書きをされるという割とひどい愛の嫌がらせを受けている。

 

「期待して待っててええですからね!」

 

そう言って駆けていく漫。

最後まで見送って、多恵は改めて姫松の控室に向かう。

 

 

 

 

その途中、向こう側から歩いてくる人物に、多恵は見覚えがあった。

多恵は、自身が今いる場所が、ちょうど同じく2回戦の別会場の近くであることに気付く。

 

極限まで集中力を高めて、右目には光が宿っている。

コツ、コツ、と歩みを進めてくるのは、晩成の王者、小走やえだった。

 

(気合入りまくりだね)

 

交わす言葉はない。多恵は目を閉じて歩き出し、やえも多恵の存在など気にも留めずすれ違い、その場を去る。

並々ならぬ覚悟が感じられるその後ろ姿は、さながら戦場へ赴く戦士だった。

 

 

 

 



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第16局 バケモノども

姫松のいるブロックの先鋒戦が終わったタイミングで、もう1つのブロックの先鋒戦が始まろうとしていた。

機材の調整で開始が少し遅れていたのが、余計見る者の期待感を上げていた。

 

 

『死の先鋒戦が始まろうとしています……!最初に入場してきましたのは、去年の個人戦準優勝!優勝候補の一角、臨海女子の先鋒を務めます辻垣内智葉!去年までは全員が留学生という編成だった臨海女子ですが、今年は唯一の日本人、辻垣内が先鋒です!』

 

眼鏡をかけて長髪ロングを後ろでしばってまとめた智葉が、卓につく。その様子はいつもと何も変わらない、淡々とした所作に見えた。

 

『続きまして鹿児島の永水女子のエース、神代小蒔!全国ランキング6位の高校のエースを務める実力は、1回戦でも証明しています!』

 

巫女服に身を包み、おだやかな表情で卓に座るのは、鹿児島、霧島のお姫様だ。

 

『そしてこの2回戦のダークホースとなるか、清澄高校、片岡優希!東場での爆発力で、他校を引き離しにかかります!』

 

1回戦とは打って変わって、マントに身を包んだその姿は、小さいながらも、ヒーローを志す少女にも見えた。その瞳に揺らぎはない。1年生だからという言い訳もしない。ただ目の前の強敵たちしか、彼女の瞳には映っていないようだった。

 

『そしてそして1回戦では圧倒的な力を見せつけました、関西は奈良の晩成高校の王者、小走やえ!!その好戦的な雀風は、今日は誰をねじ伏せるのか?!」

 

王者がやってくる。右手はポケットのお守りを握りしめ、覚悟を決めるように入る前に一礼すると、顔を上げたその表情は真剣そのもの。覚悟の宿った晩成の王者は今日も暴れるつもりだ。

 

 

全員が卓についた。2回戦の中で最も注目度の高いカードが始まる。

 

放送用の荘厳な局の開始音が流れた。

 

「「「「よろしくお願いします」」」」

 

 

『大変お待たせしました!2回戦先鋒戦、スタートです!』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

東1局 親 片岡 ドラ{三}

 

(さて、やはり起家は清澄の1年か)

 

自動卓から山が上がり、清澄の優希が回したサイコロの出目に応じて、各自配牌を取る。今回は7……対面の智葉の山だ。

 

東家 片岡優希

南家 小走やえ

西家 辻垣内智葉

北家 神代小蒔

 

すぐに場は動く。

 

「リーチだじぇ!」

 

(3巡目……)

 

やはり先制したのは親の片岡優希。{2六横八}と切ってリーチに打って出た。東場での速さは、常人を遥かに凌駕する。

その捨て牌を見て、少し考えた後、下家の智葉を見て、静かにやえは{六}切りとした。

 

「チー」

 

その捨て牌に反応したのは智葉。即座にまずは起こりうる最悪の偶発役、一発を消した。神代も、それを見て現物を合わせる。

 

優希はやえと智葉の狙いが一発消しであることは気付いていた。

 

(3年共が……小細工すんなだじぇ)

 

「ツモッ!4000オール」

 

優希 手牌 ドラ{4}

 

{②③④234567三四四四} ツモ{三}

 

(ズラしてもツモり上げるか)

 

倒された手牌を見て、智葉が口角を上げる。これは思ったよりは楽しめそうだ、と。

対するやえはつまらなさそうに手牌を閉じた。

 

「よぅし」

 

点棒の受け渡しが終わった後、小さく呟かれた優希の言葉に、卓の全員が優希に注目する。

 

「ここからは、私の連荘で終わらせる」

 

その宣言は、一見、ただの強がり、ほら吹き、三味線のようにも感じられる。しかもここは全国大会、去年のインターハイをわかせた3年生が2人もいる卓だ。

紡がれる言葉を3人は黙って聞いている。

 

「この試合に……東2局は来ないじぇ!」

 

優希なりの意思表示でもあった。それぐらいの心構えでなければやられる。そんな感覚があったからこそ、自身を奮い立たせるために優希は強気にこの場で宣言して見せた。

東1局の連荘のみで終わらせるということができたなら、それはもう、確かに10年に1度クラスの怪物だろう。

 

そんな言葉に、対局者から目立った反応はない。特に気にしていないという様子だ。

 

1回戦で先鋒戦のみで試合を終わらせた、1人を除いて。

 

「……誰を相手にそんな口きいたのか、理解させてあげるから、早くサイコロ回しなさいよ」

 

 

ドスの効いた聞くものを震えさせるような声を発したのは、下家に座る、小走やえだ。その表情には、はっきりと威圧が見て取れる、一瞬あまりの迫力に「ひぐっ」と小声で震えてしまったが、すぐに自身を奮い立たせる。

 

「それもそうだじぇ」

 

カラカラカラカラとさいころが回りだす。2局目にして、場の雰囲気はピリピリとした緊張感に包まれていた。

 

 

 

東1局 1本場 ドラ{②}

優希 配牌

 

{②②③③④④456778五西}

 

(絶好の一向聴だじぇ、この局ももらった……!)

 

くっつきの一向聴にもとれて、ドラの{②}が一盃口で完成しているという好配牌。東発の優希の勢いはまるで止まっていない。

勢いよく{西}を切り出すその姿は、まだ自身に流れがあることを疑っていない。

 

 

しかし、下家のやえの一打目を見て、余裕から一転、優希の瞳は驚愕に見開かれる。

その牌は、()()()()()()()

 

「リーチ」

 

ビシビシと空間が歪んでいるのがわかる。自身の勝利が揺らがなかったはずの局を、無理やり捻じ曲げられているような、そんな感覚。そんな、ダブルリーチ。

 

(東場の私に、もうついてきたのか……?!)

 

多恵なら「自分が配牌良い時だいたい相手も配牌良い説だね~」とか笑って言いそうだが、そんな次元の話ではない。

 

(なるほど、もう()()のか、その娘を)

 

智葉は何かを察したようにすぐにやえの切った牌を合わせる。小蒔も当たり障りのない字牌から打ち出した。

 

優希 手牌

 

{②②③③④④456778五} ツモ{四}

 

(聴牌……)

 

 

前巡、おおよそ自分が描いていた絶好の入り目だというのに、気分は上がらない。優希からしてみれば、この聴牌こそが、仕組まれた罠に見えてきていた。

しばらく俯いて考えた後、そっと優希が切った牌は、{7}だった。

 

(……へえ)

 

やえ 手牌

 

{南南南①①⑦⑧⑨79一二三}

 

優希が聴牌をとって、{8}を切っていたら、やえへの跳満の放銃で、この局は終了していた。そうしなかったのは意地か。覚悟か。

 

やえの特性を部長の久から聞いていて、おおよそこの{8}は狙いを定められていると気付けたからの、回避。

そして。

 

「ツモ。4100オールっ……!」

 

優希 手牌

{②②③③④④45678四四} ツモ{9}

 

当たり牌を使って、満貫に仕上げた。

優希の目は、まだ闘志にあふれている。

 

 

 

東1局2本場

 

「ツモッ……2000は2200オール……!」

 

優希 手牌 ドラ{白}

{①②③④⑤白白 横⑨⑦⑧横312} ツモ{⑥}

 

『3連続和了あああー!!清澄の片岡優希!強豪校3校を相手に大立ち回りを演じています!!』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ゆーき!」

 

同級生の和了りに、同じく1年生の宮永咲と原村和が歓喜の声を上げる。

清澄高校の控室はにわかに盛り上がっていた。

大苦戦が予想された先鋒戦、そのスタートでもし、優希が点数を稼ぐことができなかったら、かなり絶望的な状況になることは容易に想像がついた。しかし頼もしい1年生は、上級生を相手にここまでは善戦している。

 

「優希、何点あっても足りないわよ……どこまでも突っ走って」

 

 

 

 

 

 

 

 

東1局 3本場 ドラ{一}

 

「3本場……!」

 

また1本、優希の手牌の右端に置かれる積み棒が増えた。何が何でも手放す気はないと、強い意志が優希の心を支えている。

 

ことは8巡目に起こった。

そうそうにダブ東を鳴くことに成功した優希。

そして小蒔から出てきた{三}を鳴こうとする。

 

「チ「カン」ッ……!」

 

しかしそれはかなわない。対面の智葉の大明槓によって阻まれる。これによって4枚使われてしまった{三}はもうこの局来ることはない。

 

({三}はもうない……)

 

ドラ絡みの急所が鳴けなかった優希はツモって来た牌を見て、一瞬、もう頼れない{二}に手をかけそうになる……が、対面の智葉の手を見る。

 

智葉 手牌

{一一二二九九九 横⑧⑧⑧ 三三三横三}

 

({一}と{二}、余るんだろ?切ればお前の親は終わる)

 

智葉の鋭い眼光が、優希を貫く。

ふう、と一息つくと、優希は手牌の中から、{六}を切り出した。

 

(へえ……)

 

 

 

 

 

 

「「テンパイ」」 

 

結局この局は流局、最後までペン{三}聴牌を外さなかった優希が首の皮一枚親番をつなぐことに成功した。

 

 

東1局 4本場

 

カラカラと回るサイコロを眺めながら、智葉は対面の優希の顔を見やった。

 

(ただの与太と決めつけて、私も小走も、少しこの1年を甘くみていたようだ。……侮ることはもうやめる。全力で……潰す)

 

確かにやえもあのダブルリーチの局、もし侮る気持ちがなかったら、リーチを打たず、確実に宣言牌を打ち取っていただろう。しかし優希の気概が、少し上回った。今の局も智葉は優希が{二}を打つだろうと思ってシャンポン待ちに構えたせいで、最後の流局という形まで粘られてしまった。

 

改めてこの1年生を評価し、心の中で賞賛したうえで、もう一度潰す。

 

 

5巡目。

 

「リーチィ」

 

バシッと強く捨て牌を横に曲げたのは、下家の小走やえ。

その凶暴な瞳は確実に優希を捉えている。

 

同巡 優希 手牌 ドラ{西}

 

{①②③④赤⑤⑥⑦⑦⑧三四東東} ツモ{赤五}

 

(聴牌……けどまた、晩成の王者がリーチをかけてきてる……この{⑦}は十中八九狙われている牌だじぇ……けど、{⑧}も切れるのか……?)

 

やえ 手牌

 

{⑧⑨⑨⑨1114赤56南南南}

 

優希から見るとやえの手牌はゴゴゴゴゴゴゴという効果音が聞こえてきそうなほど、恐ろしい威圧感を放っていた。

しばらく優希の手は自身の手牌を右往左往することになる。聴牌をとるには{⑦}か{⑧}を切らなければならない。しかし、どちらもやえには厳しい。

どの牌なら切れるか。現物はある。しかし現物を打てば自身の手は崩壊。それだけはできない。で、あれば何を打てば聴牌の引き戻しがしやすいか。先ほどのように、当たり牌を使いつつ聴牌、和了に向かえる選択肢を考えていた。

 

(……これだじぇ!)

 

優希は考えた末に自身に対子の{東}を切り出した。

ダブ東を失うのは痛いが、これならかわしつつ、{⑦}あたりが重なれば最高だし、なるほど確かに聴牌までは持っていけそうだ。

 

しかし優希はやえに気を取られ、失念していた。

 

恐ろしい女侍が、静かに間合いを伺っていたことを。

 

 

 

「ロン」

 

瞬間、優希の髪を寸分違わず繰り出された刃が切り裂く。

 

 

 

智葉 手牌

 

{667788五五六六西西東}

 

「6400の4本場は7600」

 

 

 

振り込んでしまったという衝撃よりも先に、優希は智葉のちっとも七対子には見えない河に目をやった。智葉が1巡前に切っているのは{七}だった。

 

(二盃口の目を消してまで私の対子落としを狙ったのか……!)

 

智葉の和了形を見て、それすらも気に食わなさそうにやえは手牌を閉じる。智葉は静かに点棒を受け取って点箱に入れた。

 

 

優希は今日相手にする雀士がどれだけの化け物なのか、身をもって知ることとなるのかもしれない。

 

そんな不安が、優希を弱気にさせようとする。

 

弱い心を振り切って、優希はまだ前を向いた。

 

 

(……バケモノどもめ……!)

 

片岡優希の戦いは、始まったばかりだ。

 

 

 




優希には頑張ってもらいます。
作者的には、清澄の中で優希はめちゃくちゃ好きなキャラです。



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第17局 王者の貫禄

東2局。

 

優希が手放したくなかった東発の親番は落ちてしまった。しかし、優希の特性は東場である以上はまだ生きている。

 

(親が落ちてもまだ東場は東場……まだいけるじぇ……!)

 

その意志を表しているかのように、優希の配牌はまだ衰えてはいなかった。

 

4巡目 優希 手牌 ドラ{9}

 

{123456889三四八八} ツモ{五}

 

この手形から、優希は迷いなく{8}を選ぶ。一気通貫とドラがつくので、待ちは悪いが打点は十分だ。ここはまだダマで5200(ゴンニー)を拾いにいく場面じゃない。そう思った優希は捨て牌を横に曲げる。

 

「リー「ロン」」

 

しかしその宣言牌は、()によって砕かれる。

 

やえ 手牌

 

{⑦⑧⑨23479七八九南南} ロン{8}

 

「7700」

 

「ぐっ……」

 

ガッと頭を上から押さえつけられるかのような感覚。そんな圧力を感じながら優希は押さえつけてくる相手を見る。抑えつけてきた相手、小走やえは右目を光らせて、腕組みをしてこちらを見ていた。

 

相手を勝負の土台にまできっちり上げて、そして潰す。小走やえという雀士の、いや、王者の打ち筋だった。

 

 

(東場の私が、もう追い越されてるのか……?!)

 

 

 

その瞬間だった。場の空気が明らかに変わったのは。

 

跳ねるように、智葉と、やえが北家を見る。優希もただ事ではなさそうな雰囲気に、息をのんだ。

 

「へえ、やっとお目覚めってわけね」

 

声をかけられた相手、小蒔は何も言葉を発さない。しかし先ほどまでとは明らかに違う眼をしていた。

 

東2局 1本場

 

(巫女さんが怖い感じに……要警戒だじょ……)

 

篠笛の荘厳な音が響き渡る。

なにか人を超越したナニカがこの場に降りてきているような、感覚。

 

全員がこの局は明らかに様子のおかしい小蒔に集中していた。

それでもなお、6巡目にして、その手は開かれる。

 

「ツモ」

 

小蒔 手牌 ドラ {6}

 

{②②②③③赤⑤⑥⑥⑦⑦⑧⑧⑨} ツモ{④}

 

「4100、8100」

 

(清一色?!)

 

(これが、霧島の巫女の力か)

 

 

『強烈な清一色が決まったあああ!!一気にこれで永水女子が原点以上に回復します!』

 

 

ぎゅと、優希が自身の手を膝の上において、制服のスカートを掴む。

 

(まだ東3局……東場のはずなのに……東場で私が、引く?)

 

優希の心に、わずかな迷いが生じていた。圧倒的な強者たちを目の前にして、揺らぐ心。まだ自分が戦える舞台であるはずなのに、好き勝手に和了られている。それは優希にとって、普通ならありえないことだった。

 

(……ここで引いたとして、南場はもっとひどくなる。なら、まだ攻めるのはやめないじぇ……!)

 

目に力が宿る。

友達のため、自分のため、まだ、諦めない。

 

 

東3局 親 智葉

 

「ツモだじぇ!」

 

優希 手牌

 

{赤⑤⑥⑦56778赤五六七北北} ツモ{9}

 

「3000、6000!」

 

 

 

東4局 親 小蒔

 

「ツモ。2000、4000!」

 

優希 手牌

 

{233445白白発発} {横南南南} ツモ{白}

 

(この1年……私の宣言牌の縛りを逃れるために、1度聴牌外してるわね……)

 

やえが心底煩わしそうに優希を睨めつける。

やえの能力から逃れるために、優希は聴牌即リーチとはいかず、いったん崩してから和了りにむかっていた。もちろん、この策を授けたのは部長の久なのだが。

 

 

『清澄高校の片岡優希!この強敵を前にして、この1年生はまったく物怖じしません!和了りを重ねて、トップを維持します!』

 

 

「南入、だな」

 

智葉が確認するようにそう言った。

 

「言われなくても、重々承知だじょ」

 

パチンと、起家マークを「東」から「南」へとひっくり返す優希。

この動作は、優希が十全に戦える戦場ではなくなってしまったことを表していた。

 

(東場女の暴れを小走と巫女がそこそこ抑えてくれた。この点差なら問題ない)

 

(ここからは守って守って守り抜く。カッチンコッチンだじょ……!)

 

それぞれの思惑を胸に、南場が始まる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

永水女子高校控室。

 

「おかしいのですよ?姫様には割と高位の神様をおろしましたよね?」

 

日焼けした体に、はだけまくりの巫女服を着た幼い女の子は、永水女子の副将、薄墨初美だ。

先鋒の神代小蒔には、本当は少しずつ強い神様をおろすことで、決勝にむけてローテーションさせるつもりだったのだが、2回戦の相手が強力だということがわかって、現状できる中では強い神様をおろした。それでいてなお、なかなか点数を稼ぐという状況には至っていない。

 

「それだけあそこにいる子たちが、強いということなのでしょうね……」

 

「……」

 

大将の石戸霞が心配そうに手を頬にあて、同じく中堅の滝見春も黒糖をかじりながら心配そうに画面を見つめている。

 

「もし小蒔ちゃんがそこまで稼げなかったとしても、どうにかしましょう。それぐらいなら、私達六女仙にできるはずです」

 

「それでも、姫様には頑張ってほしいですね……」

 

霞の言葉にみながうなずいてから、次鋒の狩宿巴は小蒔を案じていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

南1局 親 優希

 

優希はここからの自分の立ち回りは重々承知していた。ここから先は防御優先。仮にトップから落ちたとしても、それは東場で稼げなかった自分が悪い。放銃は避けるように徹底して守り抜くつもりだった。

しかし、先ほどからずっと、様子のおかしい北家の小蒔の河が、また不気味なものになっていた。

 

(またまた巫女さんが怖いかんじに……)

 

「リーチ」

 

意識が本当にこちらにあるのかも怪しい表情で、小蒔がリーチを宣言する。

智葉とやえに特に動きはない、そして動きが無ければ当然

 

「ツモ」

 

ツモ和了る。

 

小蒔 手牌

{①②③④④④⑥⑦⑦⑦⑨⑨⑨} ツモ{⑧}

 

「4000、8000」

 

(また清一色だじょ?!)

 

(めんどうね……)

 

『決まったあ!!永水女子の神代小蒔!この半荘2度目の面前清一色ツモです!』

 

点棒の受け渡しが行われ、南2局。

やえの親番を迎える。

 

ふう、やえは一息ついて、対面に座る神代小蒔をにらみつける。

 

(私の親番でも同じようにやれると思わないでよ……)

 

 

 

南2局 親 やえ ドラ{④}

 

8巡目 小蒔 手牌

{②③③④④⑥⑥⑦⑦⑧⑧⑨東} ツモ{②}

 

(どうやらまた霧島の巫女の手にとんでもないのが入ってるな……しかし)

 

智葉は一瞬、これ以上暴れさせるわけにはいかないか、と自ら行動しようとして、やめた。理由は明白で、この場にいる王は、簡単にそんな和了を許すわけがないからだ。

小蒔は流れるように、立直を宣言する。

 

「リーチ」

 

「ロン」

 

刹那、小蒔も上から抑えつけられるような感覚に表情を歪めた。

その宣言牌は、通らない。

この場を統べるのは私だといわんばかりに、王の手によって、神までもが地に叩き落される。

 

 

やえ 手牌

 

{123456789東東発発} ロン{東}

 

18000(インパチ)

 

『トップの神代小蒔から一閃!!王者小走やえが、神を引きずりおろします!!」

 

「……道を示すのはね、神じゃない。王1人よ」

 

やえの言葉に、しかし小蒔から反応はない。

先ほどまでと同じように、虚ろな表情が続いているだけだ。

 

 

南2局 1本場

 

小蒔は変わらない。同じように手組みをする。

それはそうだ。自身に下りてきている神がそうするのだから。

今までもこう打って勝ってきたし、こんなイレギュラーは記憶にない。

たまたまさっきは刺さってしまっただけかもしれない。

 

だから、止められない。

小蒔のリーチがかかる。王の手によって導かれたように。

 

「リーチ」

 

「ロン」

 

その牌を王者の鉄槌が狙いすませて砕きにかかる。

 

やえ 手牌 ドラ{⑦}

{⑦⑦⑧⑧⑨⑨1112378} ロン{9}

 

(またおやっぱねだじょ……!)

 

(去年に比べて1撃1撃が重いな。小走)

 

「18300」

 

連続のインパチであっという間にやえがトップに躍り出た。

 

 

 

南2局 2本場

 

「リーチ」

 

今度はやえが打って出た。それはそうだ。飛び込んできてくれるのであれば、リーチを打たない理由はない。意識が介在しているのかどうかは知らないが、やえにとってこれ以上のカモはない。

 

(全て吐き出せ。楽にしてあげるわ)

 

凶暴なやえの瞳が、わずかに揺らぎだした小蒔の目を捉える。今の打ち方におびえているような手の震え方。

 

しかし、小蒔がやえのリーチ後に牌をツモってくることはなかった。

 

王者の覇道に待ったをかけるのは、鋭い剣閃。

 

「ツモ。1200、2200」

 

手牌を開き、軽く上家のやえを見る。

 

(そのくらいにしてもらおうか。小走)

 

(辻垣内……!)

 

視線の交錯は一瞬。

臨海にしても、これ以上晩成に暴れられるのは看過できない。次鋒以降のメンツに任せてもいいが……智葉にはこの暴君を止められる自信もあった。

 

 

死の先鋒戦はまだ前半戦だ。

 



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番外編1 クラリンの麻雀講座

本編いいところなのにごめんなさい。
難産中なので、番外編を挟みます。
多恵の麻雀講座編です。




「はい、どうも皆さんこんにちは、1日1回、ドラ確認せず1打目にドラ切る、クラリンです。今日も麻雀講座、やっていこうと思いますー」

 

これはまだ多恵が中学生の頃。

身寄りもない多恵は、愛宕一家の協力もあって、なんとか生活することができているような状態だった。

しかし、いつまでも頼っているわけにもいかず、麻雀で生計をたてようにも、高レートのフリーは、女子中学生など入れてくれない所の方が多かった。

むしろ入れてくれるところが少しあるだけ、この世界の異常さが見て取れる。

 

今の生活に限界を感じた多恵は、なんとかして収入を確保する方法を考えたが、自分の特技といえば前世から磨いてきた麻雀知識くらいだ。

 

と、そこまで考えて、この世界では麻雀がかなり普及していることもあって、麻雀講座を動画で配信すればいいんじゃないだろうかと考えついた。

前世でもそういった動画を上げているプロはいたし、こっちでは最近、小さい子に頭の勉強という名目で麻雀を勉強させる家庭も増えている。

家庭麻雀が当たり前の世界なのだ。

 

そうしてできたのが、多恵の麻雀チャンネル、「クラリン麻雀講座」だった。

ちなみに名前は洋榎がつけた。

 

多恵は持ち前の知識量と、その知識量にそぐわない幼い少女の声が話題となり、配信を始めてから数週間のうちに、登録者数も大量に増え、有名麻雀Yo〇T〇berの仲間入りを果たしていた。

 

「えー今日は、中級者向けのお話をしていこーと思いまーす」

 

コメント欄は今日も賑わっている。

 

「クラリン今日もかわいい声」

 

「麻雀初心者でもクラリン中級者のワイ、参戦」

 

「クラリンのおてて……」

 

今日はライブ配信なので、コメントがリアルタイムで表示されている。

多恵は録画した動画を配信するのも好きだったが、ダイレクトで皆に考えてもらえるライブ配信の方が好きだった。

一部ヤバイ発言をしているのは無視だ。

 

「今日は放銃率のお話です。放銃率が何かわからないよーって人は放銃率のお話をした時の動画を貼っとくのでそっち見てみてくださいねー」

 

ちなみに多恵の顔は映っていない。映っているのは自動卓と、多恵の手元だけだ。ネットの画面でもいいのだが、多恵は自動卓を使って解説をしている。

 

「じゃあまずはこの河を見てみましょー!」

 

動画配信中は何故かハイテンションになる多恵。

せかせかと慣れた手つきで牌を集めていく。

多恵は自動卓の方が麻雀歴はもちろん長いが、小さい頃はずっと手積み麻雀をやっていたので、こうした牌の扱いも早く、手際が良かった。

 

{南西白⑤81

七横③}

 

「はい、このリーチに対して{⑨}と{9}はどっちが確率的に危ないでしょう。捨て牌は全部手出しってことにします」

 

一斉にコメント欄は解答で溢れる。

 

「⑨だろ、JK」

 

「8切れてるの早いし、9の方が安全そう」

 

「クラリンのおてて……」

 

「⑤より8の方が後だし、9のが危なくね?」

 

このように一斉に考えてくれる時間が、多恵は割と好きだった。

誰しもが最初はそんなに知識はない。

自分自身も、本を読んで、実践して、その繰り返しで知識を体に覚え込ませていた。

 

「じゃあ正解発表~正解は{⑨}でした~」

 

このロジックは、割と有名な牌理の問題だ。

手出しで{⑤}を割と早い段階で切るのは、手牌に{⑤⑦⑧}と持っていて、{⑤}を切り出すシーンが多い。

手役が絡むともちろん例外も生まれるが、読みの王道だ。

 

「この{⑤}が赤の場合は、立直宣言牌まで引っ張られることが多いよ。チップがある雀荘のフリーとかで打つ人は、尚更だね!」

 

ご祝儀をもらえる赤達は、使って和了るだけで、チップがもらえる。

なので、赤を使いたいという気持ちは、普通の麻雀に比べて、若干上がるのだ。

その分、最後まで{⑥}を引く可能性を追って、引っ張られることが多くなる。

 

「クラリンぐらいの少女が何故フリーを知っているのか」

 

「クラリン三尋木プロ説」

 

「←いや三尋木プロこんな話し方しないだろ」

 

「リーマンのワイ、クラリンに勝てる気せず」

 

「おてて……」

 

これくらいの簡単な話なら、どこでも教えてくれるのだが、多恵の麻雀講座はそこをもう少し掘り下げて教えてくれる。

 

「具体的に数値化しようか。リーチ者のスジを数えよう。スジがわからない人は、以前の動画で紹介してるので、それを確認してねー」

 

まだ始めたばっかりの小さい子にはここから先の話は難しいが、多恵のチャンネルの視聴者の年代が幅広い理由は実はここにあった。初心者向けの分かりやすい話から、中級、上級者向けの歯ごたえのある話。どちらの層にも受ける動画を作り、そしてその配信をしているのが女の子だというのだから猶更人気が高まった。

ネットでは「クラリン実は20代女流プロ雀士説」とかまことしやかに流れている。

 

 

そんな話をしているとき、ちらっと気になるコメントが、多恵の目に映った。

 

 

「こんだけデジタル勉強しても、才能には勝てない」

 

そんなコメントを目にして、一瞬、多恵は話している途中にも拘わらず止まってしまった。

この手のコメントは実はよく目にする。こっちの世界では、それこそデジタルなんかあてにならないほど、とんでもない才能をもった雀士たちがうじゃうじゃいる。きっとそういう人種に打ちのめされ、麻雀を嫌いになった人も、少なくないのだろう。

前世との大きな違いだ。

 

30分ほどして、今日の内容がほとんど終わったところで、多恵は先ほどのコメントを拾うことにする。

 

「えー、ひと段落したんで、ちょこっと気になったコメントがあったから、拾うね。皆もプロの対局とか見てて、もうこれデジタルとか関係ないじゃんって思ったこと、何度かあるんじゃないかな」

 

その多恵の言葉に、数々の共感のコメントが寄せられる。

 

「まあ、偶然の域は越えてるわな」

 

「あんなんできたら俺でも勝てるわ」

 

「正直ずるくね?」

 

反応は様々で、もっともだなと思うこともある。そして自分自身、こっちにきてから自分の麻雀が偶然の域を超えていると感じることもあった。

 

「それでも、無理を承知で、私はデジタルを勉強してほしいと思う。才能は、努力して手に入れることは難しいかもしれないけど、基礎を勉強することは、誰にでもできる。基礎を勉強して勉強して身に着けて、その養った感覚で、とんでもない才能を持っている人たちをバシバシ倒しちゃうような人がいるのを、私は少なくとも1人知ってる」

 

多恵の親友。愛宕洋榎という少女は、麻雀において、当たり牌が手に取るように見えているんではないかと思うこともあるが、それは彼女が努力してきた故の結晶。何年にもわたる努力によって培われた感覚。

あれを才能だなんて決めつけることはできない。才能と決めつけて突き放すことは、誰よりも近くで見てきた多恵が許さない。

 

「だから私は、麻雀で頂点を取るために、才能だけじゃ麻雀は強くなれないってことを、証明したい」

 

まだ子供だけどね、と多恵は笑ってごまかす。

手元しか見えていない動画では、小さい手で麻雀牌を器用にくるくると回す様子しか映っていなかったが。

それでも多恵の麻雀に対する熱量は、視聴者に伝わったようだ。

 

「クラリン……泣」

 

「クラリンはプロになりそう」

 

「クラリンは既にプロ。はっきりわかんだね」

 

「こういう人にプロになってほしいよね」

 

多恵はこっちの世界で能力だけがすべてじゃないことを証明したかった。

もし仮に才能だけで勝ててしまう競技になってしまったら、これから先、この世界の麻雀は人気を失っていくだろう。

 

(前世の皆が死ぬほど頑張って繋げてきた今日までの麻雀戦術の軌跡を、終わらせたくない。もしかしたら、俺がつなぐために、こっちに来たのかもしれない)

 

きっと自分がいなくなった後も、前世では新しい麻雀の技術が日進月歩を続けているはず。

そう思うからこそ、多恵もこっちで戦術の先駆者になろうと思っていた。

 

「じゃあ今日の内容終わります!明日は初級者編をやるつもりなので、よろしくねー!」

 

「お疲れ様」

 

「明日も楽しみ」

 

「おてて……」

 

 

そうしてカメラの録画を切ると、多恵は目の前の麻雀牌を眺めた。

 

前世で応援される雀士になれなかった多恵は、奇しくも今、たくさんの人に応援してもらえている。

 

「がんばらなきゃな……!」

 

よし、と気合を入れると、多恵は自身の研鑽のために牌譜を卓に起こし始めた。

「クラリン麻雀講座」が、日本中で1番人気の麻雀チャンネルになるのは、まだ先のお話である。

 

 




クラリンとはやりんのコラボの日も遠くない……のか?
いつも誤字報告してくださる方もありがとうございます。



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第18局 王者VS侍

優希がガチモードの時に語尾のキャラ付け忘れてるの、結構好きです。




死の先鋒戦。その前半戦が終わった。

前半戦を終えての各校の点数は

 

清澄 112800

晩成 119300

臨海 99300

永水 68600

 

となっていた。オーラスに智葉が跳満をツモって後半への布石を打って、前半戦は終了した。

 

 

 

 

「ゆーき!」

 

前半戦が終わり、一度控室に戻ってきた優希。

プラスで前半戦を終えたというのに、その表情はあまり浮かない。

 

「優希、よく踏ん張ってくれたわ。後半も大丈夫そう?」

 

「頑張るじぇ。ケド、臨海も晩成も、まだ本気じゃないように見えたじょ」

 

久の質問に対して、幾分不安そうに、優希はそう答えた。卓上で優希が感じていたプレッシャーは、並ではない。ただでさえ神をおろした小蒔と、小走やえのプレッシャーに耐えながら、対面からもいつ刃が向けられるかわからないのだ。この感覚は、外から見ている人にはわからない、とてつもない圧力となって、優希に襲い掛かっていた。

 

「優希!タコス用意したぞ!」

 

「でかした京太郎!!」

 

そんな中でも、タコスへの反応は早い。

唯一の男子部員須賀京太郎が用意した特製タコスを奪い取るなり食べ始める。

そんな優希を見て、チームメイトも少し安心したようだ。

 

「優希ちゃん、頑張ってね」

 

「任せるじょ!!」

 

チームメイトの宮永咲からの応援の言葉に勢いよく返事をするその姿は、さっきまでの不安な表情はない。すぐにこうして気持ちを切り替えられるのも、優希の強さなのだろう。

元気になってタコスを頬張る優希を見て、部長の久は優希に最後の確認をした。

 

「点数を見ればわかると思うけど、あなたの卓にいるのは小走やえ。あの事には、常に注意を払っておいてね」

 

タコスを食べ終わった優希は久のその言葉に、真剣な表情で頷いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

全員が、同じ卓に戻ってくる。

開始予定時間はもうすぐだ。

 

「タコス(ちから)フルチャージだじょ!!」

 

優希が元気よく椅子を回転させた。

その表情は、もうやる気満々といった感じである。

 

「なるほど、お前のその力の源は、タコスというわけだな」

 

智葉が真面目に、優希の言葉を捉えて納得している。

智葉はオカルトな部分に寛容だった。

 

「いや、あんたなんで納得してんのよ……」

 

「なに、そういうのも悪くないだろう。小走、お前だって大事そうにポケットになにか握りしめているじゃないか。そういう心の支えはアリだろう」

 

「こ、これはそういうんじゃないわよ!!タコスと一緒にしないでほしいわ!」

 

急に顔色を変えたやえが、プイと明後日の方向を向く。

 

優希が「タ、タコスを馬鹿にされた……?!」と驚愕しているのはそれはそれ。

終始笑顔で小蒔もそんな様子を眺めている。

 

 

 

 

しかし、穏やかな空気はここまで。

互いが互いを削りあう、後半戦が始まろうとしていた。

 

『先鋒戦後半戦スタートです!前半戦はまさかまさかの清澄高校の1年生、片岡優希が善戦!プラスで後半戦を迎えます!対して厳しくなっているのは永水女子のエース、神代小蒔!ここから点数を戻せるでしょうか!そしてそして小走やえと辻垣内智葉がこのまま黙っているはずもありません!』

 

 

 

 

東1局 親 優希 ドラ{④}

 

(清澄の東場女改めタコス女……やはりまた起家か)

 

配牌を受け取って、智葉は思考を走らせる。

その表情に、先ほどまでの空気はない。

 

2巡目

 

「リーチだじょ!!!」

 

(流石に早すぎるわね……)

 

優希が捨て牌を横に曲げた。今度は2巡目だ。

このままでは一発でツモられると感じたのか、また智葉とやえが最低限の一発消しをする。

しかし、今吹いているのは東の風。そして東家に座るは東風の風神、片岡優希だ。その程度のずらしでは、もちろん止まらない。

 

「ツモだじぇ!2600オールッ!」

 

優希 手牌 

 

{③④⑤⑥⑦789一二三四四} ツモ{②}

 

ふっ、と智葉が挑戦的な笑みを浮かべる。

 

(なかなか止まない風だな……)

 

『清澄の片岡優希!今回も東場で暴れるのかあ!?』

 

 

 

1本場も、優希が主導権を握る。

 

「リーチだじぇ!」

 

2巡目。全く衰えを知らない優希のもとに吹き荒れる風が、同卓者を巻き込む。

 

「ツモ!」

 

優希 手牌 ドラ{⑥}

{②③④⑦⑧123567西西} ツモ{⑨}

 

「1300は1400オールだじぇ!」

 

点棒の受け渡しが行われ、優希はまだまだといった顔。

 

 

 

その表情を一瞥すると、やえは、ふう、とまた深い呼吸をした。

 

東1局 2本場 ドラ{7}

 

優希 配牌

{①②③④赤⑤5678三四五北北}

 

(来たっ!ダブルリーチ!)

 

もはやその勢いは誰にも止められないのか。

文字通り東1局で終わらせんといった勢いの配牌は、今回も優希の手元に舞い降りた。

このダブルリーチをツモれば、跳満スタート。

6200オールは大きなアドバンテージとなる。

勢いよく優希は手牌の{8}を横に曲げた。

 

「ダブルリーチだじょ!」

 

配牌で聴牌し、1打目に立直を打つと役が付く。

 

同じように。

 

 

 

 

「ロン」

 

 

 

 

「じょ?!」

 

他者の1打目で和了っても、役が付く。

 

暴風は無理やり止められた。

王者の手によって、また無理やり叩き落される。

 

清澄の控室で見ている久は「うそでしょ……」と呟いていた。

いくら宣言牌を捉える王者とはいえ、ダブルリーチを砕かれるとは思っていなかった。

 

「人和は確か倍満よね。16600」

 

やえ 手牌

{①②③④⑤⑥67三三五五五} ロン{8}

 

『れ、人和だああ!!!今大会初の人和が飛び出しました!!晩成の王者小走やえ!片岡優希の連荘の流れを叩き切りました!!』

 

(やっと、()()()()わ)

 

流石の優希もダブルリーチは何度も打ってきたとはいえ、人和をされたのは人生で初めてのことだった。

 

(この女……!東場の私の速さに合わせられるのか?!)

 

動揺もあったが、まだ東場が終わったわけではない。

優希の好配牌は変わらない。

 

東2局 親 やえ ドラ{二}

 

5巡目 優希 手牌

{②③④⑤⑥⑦⑧一二三三四四} ツモ{②}

 

(よし、聴牌しなおしたじょ……)

 

5巡目だが、優希の捨て牌には{⑥}がある。

優希はやえに狙われているであろう宣言牌だった{三}を手牌に収め、

違う形での聴牌にこぎつけた。高くもなった。

{一}を曲げる。

 

「リー「ロン」っ?!」

 

やえ 手牌

{③③④④⑤赤⑤一一赤五六七東東} ロン{一}

 

「7700」

 

かわしきったと思った牌が捉えられた。

捨て牌を見ると、2巡前のやえの手出しは{二}。

 

(追いかけてきたのか……?!)

 

(逃がすわけないでしょ)

 

優希がかわしに来ていることをわかって、更にその先で待つことに成功したやえ。

こうなると手が付けられない。

 

「リーチ」

 

1本場はやえから曲げに来た。

優希も同巡聴牌するが、出ていく牌が厳しく、回らざるを得ない。

他2人も2巡回らされる。そして2巡あれば、

 

「ツモ。6100オール」

 

やえ 手牌 ドラ{八}

{①②③34567五六七八八} ツモ{8}

 

小走やえはツモってくる。

 

『決まったああ!!晩成高校小走やえ!人和から圧巻の3連続和了です!!』

 

くっと歯噛みする対面の優希を見て、智葉は東場は優希がやりあってくれると思っていたが、そこまで頼ってもいられないと感じていた。

 

(これ以上小走とも離されるのはあまりいただけないな)

 

 

東2局2本場。

 

これは流しに行ったほうがいいと判断した智葉が動く。

 

「ポン」

 

「ポン」

 

5巡目 智葉 手牌 ドラ{④}

{②③④⑤⑥⑥西西} {白横白白} {⑨横⑨⑨}

 

対面から2鳴きすることで、やえの手番を飛ばしつつ、{⑥}を切れば3面張の混一の聴牌。

流石は昨年の個人戦準優勝者。

 

やえの下家ということを十分に活かして、やえの親番を刈りに行った。

抜き身の刀が王の首を狙って鞘から抜かれる。

智葉が1歩踏み込み、王者の背後に美しい刀身が迫る。

 

 

「ロン」

 

瞬間、智葉の目が一瞬細まる。

去年と違ったのは、やえの支配力だった。

自らに向けられた抜き身の刀を振り返りざまにむんずと素手で掴み取る。

手を血だらけにしながら王者は暗殺の刀を砕いた。

 

やえ 手牌 

{⑤⑦33567四五五六六七} ロン{⑥}

 

「7700は8300……邪魔をするな、辻垣内…ッ!」

 

もはや狂気に見えた。右目を光らせ、手を血みどろにしながら自らを抑え込みにきた王者の姿に、智葉は思わず自身の考えを改める。

 

「……なるほど、去年の間合いで踏み込めば、()られるのはむしろこちらというわけか……」

 

凶暴な視線を向けてくるやえに対して、眼鏡をかけなおして智葉は思考を巡らせる。

 

(冷静さがついたかと思ったがむしろ逆、狂気にも満ちた圧倒的力。しかしその脆さ、どこかで出し抜けるか……?)

 

『辻垣内智葉からも一閃!止まりません小走やえ!!』

 

 

 

東2局 3本場 ドラ{一}

 

やえの連荘が続いているとはいえ、場はまだ東場。

 

「チーだじぇ!」

 

2巡目にして、また東の風が吹き荒れる。

 

(鬱陶しい風ね……!)

 

流石のやえも、毎回3巡程度で手ができるわけではない。力の性質上、相手によって手牌の相対的速度も上がるが、だからといって毎回先手を取れるわけでもない。

だからこそ心を折りたかったのだが、この東場娘はそうはいかないらしい。

いっそのことノーテンリーチでも打ってやろうかと放送対局ではありえない発想もしたが、流石にちょんぼ扱いにされてしまうのでできるはずもなく。

 

「ツモだじぇ!300、500の3本場だじぇ!」

 

優希の必死の仕掛けが、実を結ぶ。

 

優希 手牌

{④⑤⑥⑦⑧三三456} {横①②③} ツモ{⑨}

 

(その形から両面チー。一見ありえない悪手に見えるからこそ、かいくぐったか)

 

『小走やえの連荘を止めたのは清澄の片岡優希!!まだまだ諦めてはいません!』

 

(まだ東場……やれるじょ……!)

 

優希が一向に衰えない闘志を燃やす。

 

 

と、点棒をいつまでもくれない小蒔に、優希が違和感を覚える。

 

「あ、あの、巫女さん、600点欲しいじょ」

 

「……あ、ああすみません!寝てました!」

 

あたふたと点棒を払い出す小蒔を見て、寝てた?という疑問符を浮かべるのは優希。

 

対照的に、ニヤと凶暴な笑みをやえが見せたことを、智葉は見逃さなかった。

 




咲シリーズで人和は見たことが無かったので、倍満ルールを適用させていただきました。



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第19局 信頼の差

後半戦 東3局 9巡目 親 智葉 

 

「ツモ。6000オール」

 

智葉 手牌 ドラ{4}

{一一四四赤五五九九西西東東白} ツモ{白}

 

(辻垣内……!)

 

圧倒的な速さで、それも、待ちの選択が単騎待ちという変えやすい形にとってやえの支配をかいくぐってツモ和了ってみせた。

和了っても表情を変えない智葉。まだ点数はプラスには至っていない。

 

(小走との間合いを誤ったせいで点差が縮まらないな……それにしても気になるのは巫女)

 

スッと目線を軽く下家に座る小蒔に移す。

 

(前半戦までの感じが霧消した……?永水の巫女から感じるプレッシャーが明らかに減ったぞ)

 

智葉は他者との間合いを測る。その独特な感覚の上で、相手の雰囲気というものに敏感だった。

故に、対局中に寝てた……という小蒔の発言は普通何言ってんだこの人という反応になるが、智葉は目敏く小蒔の変化を察知していた。

 

 

7巡目、まだ勢いのありそうな優希の河が濃い。しかし王者やえへの放銃を恐れて、いまいち一番和了り牌の多い待ちにとれていないような、そんな印象だった。

優希が恐る恐ると切った牌は{②}。しかしやえから声はかからない。

 

(張ったか。私もここの親番でもう少し点数は稼いでおきたいが……)

 

単純に考えて、今ので聴牌したとするのなら、周辺牌は危ない。当たらないことももちろんあるが、入り目になっているか、関連牌なのはまず間違いないだろう。

そう思い、智葉は優希の現物を打つ。

しかし、その次の小蒔が打ち出したのは{③}だった。

 

「ロ、ロン!5200だじぇ!」

 

優希 手牌 ドラ{二}

{②③③③④567二三四赤五五} ロン{③}

 

余りこのまま和了れると思っていなかったのか、思わず優希から少し遅れてのロン発声。放銃してしまった小蒔は、あわわわわと何やら慌てていた。

 

(とりついていた神の類が離れたか……?)

 

思わぬ形で親番を流された智葉。しかしその表情に焦りはない。

それならそれで、やりようはあるといった感じだ。

 

東4局 親 小蒔

 

「リーチだじぇ!」

 

7巡目、もうこれ以上東場は続かない。とするとここで最後のとどめと1つ和了っておきたいのは優希だ。

少し速度は落ちてきたが、それでも十分脅威だ。今回も、やえからの支配を逃れている。

 

1巡回って、小蒔が少し時間をとる。前巡も、優希のスジではあるものの、現物ではない牌を切っていた。

 

(あ、これまずいじょ……)

 

実は優希はやえからの支配から逃れていたわけではない。

単純に、()()が変わったというだけだった。

 

「リーチ」

 

親の小蒔からリーチがかかる。

その宣言牌を見て、やえが少し口角を上げた。

 

「ロン」

 

やえ 手牌 ドラ{①}

{①②③④⑤⑥⑦⑧⑨5赤568} ロン{7}

 

「8000」

 

右目を光らせたやえが、小蒔から点棒を受け取る。

神を打ち滅ぼした王の手が、巫女から全てを奪い取ろうとしていた。

 

南場に入った。

各校の点数状況はこうなっている。

 

清澄 105700

晩成 173400

臨海 98300

永水 22600

 

(まずい、小走の狙いは……!)

 

永水の点数は、先鋒戦だけで75000点近くを失っていた。

心無し小蒔の表情も青ざめている。

小走やえは前年のインターハイ団体戦も先鋒で出場していたが、どれだけやえが点数を稼いでも、次鋒以降で強豪にまくられ、1回戦で姿を消していた。

 

(ここでトバす。次鋒以降なんかに、つながせない)

 

鋭い眼光が、小蒔を貫く。

 

 

南1局 親 優希

 

(ここからは、守る。なんとかプラスで、染谷先輩につなぐじぇ……!)

 

ここまででも十分優希は善戦していた。

しかし、この点棒を終局まで持ちこたえるには、あまりにも残り4局が長い。

去年の個人戦決勝卓の2人が、本気で和了りにくる親が残っている。

 

7巡目。危険牌を早々に処理した優希は、まだ誰もなにも動いていないことを見て、生牌の字牌の処理にかかる。

しかしそれを簡単に処理させてくれるほど、甘い卓ではなかった。

 

「ロン」

 

優希の耳もとを、剣先がかすめる。

 

智葉 手牌 ドラ{南}

{②③③④④⑤⑦⑧⑨南南西西} ロン{西}

 

「12000」

 

(かけらも染め手っぽい捨て牌なんかしてないじょ……!)

 

通常、7巡目にこんな手に当たってしまうのは事故だ。こんなのに気を使って麻雀なんぞやろうものなら麻雀にならない。笑って切り飛ばす程度の牌。

それが事故ではない、必然の和了りへと変える。ここにいる辻垣内智葉とはそういう打ち手だ。

 

南2局 親 やえ ドラ{8}

 

サイコロを回し始めたやえに、全員の視線が集まる。

 

(問題はこの小走の親……この親で小走は確実に巫女を殺しにくる)

 

(ぶちょーが言ってた……小走やえは、標的を見つけたら必ずその高校をトバしにかかるって……さっきの和了りも、たぶん永水を狙ったんだじょ)

 

(これ以上は……これ以上はやらせません……!)

 

8巡目。不気味なほど静かに局は進行していた。

 

(晩成の王者から中張牌が溢れてきてるじょ……そろそろ危ないかも……)

 

かといって、ベタオリする牌がない。仕方なく、優希はまんべんなく切れていてスジの牌である{③}を切った。

その後やえが持ってきた牌をツモ切りする。

それを確認して、小蒔が同じく{③}を切った。

小蒔も狙われている自覚はある。ここはなるべく当たらない牌を選びたい。

で、あれば当然前巡通って、手出しが入らなかった牌を切るのは当然といえた。

 

「ロン」

 

ビクッと小蒔の体が跳ねる。

対面のやえの目が稲光をまとう。

小蒔は上から抑えつけられて地面に叩きつけられるような感覚を味わう。

 

(や、山越し……?!)

 

(さっき通った牌だじょ?!)

 

やえ 手牌 

{①②⑨⑨⑨45688東東東} ロン{③}

 

「9600」

 

(まずいな。本格的に1撃の射程圏内だ)

 

とてつもないプレッシャーが、場を支配していた。

もはややえの眼には対面に座る小蒔しか見えていない。

 

(孤独な王よ。あまり躍起になりすぎると、足をすくわれるぞ……)

 

そんな様子を、智葉は静かに眺めていた。

 

 

 

 

 

南2局 1本場 ドラ{7}

 

やえの攻勢は変わらない。確実に仕留めようと、王の鉄槌が構えられる。

少し汗が目立ち始めたやえの表情。

 

(もう少し……もう少しで……多恵と戦える……)

 

やえは、ぎゅっと右のスカートのポケットに入っているお守りを握りしめた。

ようやく、ようやくだ。

 

今まで一度も、団体戦では相まみえることのできなかった親友と、ようやく対局できるかもしれない所まできた。

 

9巡目 やえ 手牌

{③④赤⑤二赤五六七4567東東} ツモ{東}

 

({二}を切れば{47}待ちの聴牌。けど、前巡神代の捨て牌は{四}……)

 

逡巡すると、やえは{4}を切り出した。

狙いは神代小蒔ただ一点。

やえはそのとてつもない感性で、カンチャン落としを読み切って、小蒔の{二}を狙いに行った。

 

 

「ロン」

 

 

その王者の鉄槌は振り下ろされる前に、横なぎに振るわれた刀によって止められる。

 

智葉 手牌

{3赤5666789南南南西西} ロン{4}

 

「12300……小走。あまりよそ見をすると足をすくわれるぞ」

 

「クッ……辻垣内ッ……!」

 

智葉の捨て牌は完全にやえの{4}を狙いに来ていた。

 

捨て牌を見ればもっといい待ちにとれていただろうに、そうしなかった。

小走やえの狙いは神代小蒔。そしてその神代小蒔を狙い撃ちするためには、先ほどの山越しのような無理が生じる。

その隙を、智葉は見逃さなかった。

 

 

 

南3局 親 智葉

 

 

(まあいいわ。私から辻垣内への横移動なら問題ない)

 

息を整えると、もう一度状況を整理するやえ。

永水の点数が増えていないならやることは変わらなかった。

親番は落ちてしまったが、2局あれば問題ない。幸い今局の配牌も落ちてはいない。

 

(大丈夫。あと2局……2局で削り切れば……!届かなかった準決勝に手が届く……!)

 

そう1打目を切り出すやえの姿は、いつものような余裕な表情ではなく、焦りを含んだものになっていた。

 

 

 

 

11巡目 やえ 手牌 ドラ{6}

{⑤⑥⑦5566778赤五六西} ツモ{七}

 

(聴牌……{西}を切れば{58}待ちだけど、対子落とし最中の神代の{西}を狙いに行く。また辻垣内の河が変だけど、これで決める。二の矢はいらない。この手で、差し切る)

 

 

右目を極限まで光らせ、苦悶の表情を浮かべながら、{8}を切り出す。もうその姿は、王というよりは、野望のためにどこまでも突き進む暴君だ。

目的以外今のやえには何も見えていない。

 

永水を刺し殺すために整えられたその手は。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ロン」

 

極限まで鍛え上げられた刀によって切り落とされる。

 

 

 

長い黒髪をなびかせ、すれ違いざまに抜刀された刀は、確かにやえの体を貫いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

智葉 手牌 

{122234赤5677899} ロン{8}

 

 

 

 

 

 

 

「36000」

 

 

 

 

 

 

 

 

やえを強烈な眩暈が襲う。

 

頭の中を様々な思惑がめぐる。

3人との誓い。後輩から託された想い。多恵からの……お守りの{8}。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

死の先鋒戦は終局した。

 

 

清澄 81700

晩成 140000

臨海 158600

永水 19700

 

 

席に残るのは、黙ってうつむき、ぎゅう、と力強くスカート掴むやえと。

立ち上がり、控室に戻ろうとする智葉だけだった。

去り際、ポツリと智葉がやえに声をかける。

 

「信頼」

 

「……」

 

その単語を黙ってやえは聞いている。

 

「小走、お前が後ろのチームメイトを信頼し、目的を見失っていなかったなら、今日はやられていただろう。今日ここで表れたのは、私と、お前のチームメイトへの信頼の差だ」

 

わかっていた。170000点を超えたところで、あとはチームメイトに託して、しっかりと打ちまわしていれば、こんなことにはならなかった。

 

と、いうよりも、結果だけ見ればなにも悲観することはない。40000点を稼いで次につなげるのだ。相当良い結果といえるだろう。

 

 

だからこそ、今()()している自分がどうしようもなく、嫌だった。

 

 

「今度相まみえる時は信頼できる仲間を得たお前と戦いたいものだな」

 

そう言って智葉は去っていく。

 

智葉の姿が見えなくなり、卓に残されたのはやえ一人。

 

誰もいなくなった卓上に、先ほどまでの熱気はない。

 

ポツ、ポツと、晩成高校の制服のスカートに、雨が降る。

やえの目には涙が溢れていた。

 

やえが無言で握りしめるスカートのポケットの中には、

 

南3局で手放し、放銃した牌と同じ、{8}が握られていた。

 

 

 



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第20局 守りの化身

Dブロック2回戦は、次鋒戦が終了していた。

姫松高校の控室に、次鋒の上重漫はなかなか姿を見せない。

それもそのはず、漫は姫松の控室の前でこそこそと中の様子を伺っていたからだ。

 

「なにコソコソしとんねん」

 

「うわっうわあ!」

 

迎えに行ったはずが入れ違いになってしまった恭子が後ろから漫に声をかける。

漫は驚いた後、居心地悪そうに、目の前で手をもじもじしていた。

 

「先輩たちに合わせる顔がなくって……」

 

漫は次鋒戦で点数をプラスにすることができなかった。

次鋒戦を終えて、今の各校の点数は

 

宮守 110000

姫松 135900

有珠山 62000

新道寺 92100

 

となった。

宮守のエイスリンが全体の和了の50%を占め、点数を稼いだ形。

漫は満足のいく和了りをとれないまま、終局を迎えてしまった。

不甲斐ない結果を出してしまった自分を恥じて、控室に戻りにくかったのだ。

 

そんな様子を見て、はあ、と恭子がため息。

 

「あのなあ、そんなことでウチのメンツが怒ると思うんか?漫ちゃん1人で姫松高校として戦ってるんやない。カバーするためにウチらがおるねん」

 

「末原先輩……」

 

「まずはそのみっともない顔どうにかして、控室戻ればええ」

 

もとより、漫の能力の扱いが難しい事はわかっていた。

その上でオーダーしているのだから、これくらいは想定範囲内。

 

というのもあるが、恭子は漫にチームメイトである先輩たちに距離を置いてほしくなかったのが大きい。

 

 

 

「ほんっとにすんませんでしたあ!」

 

改めて、控室に戻った漫が全員に向けて謝罪をする。

 

「ええよええよ、そういうもんやしー」

 

「気にせんでええよ~」

 

「相手も強かったね、初戦だし、仕方ないよ!」

 

メンバーから口々に励ましの言葉がおくられる。

誰もこの場に責めるような発言をする人はいない。

 

ただまあ、今後のために、例のヤツやっとくか。と、恭子が自分の学生鞄を漁りだした。

 

「あっれ~油性持ってくんの忘れてたわー。しゃあないなー水性にしとこかー」

 

例のヤツ。それは漫が結果を出せないと、額にペンで落書きをされるという罰ゲーム。責めはしないが、次は必ず勝つという気概を持ってほしい、とは恭子の弁だが、やることのえげつなさに、それを聞いた洋榎と多恵は若干引いていた。

 

「ホンマですか?!」

 

水性であればすぐ落とせる。

思いもよらない不幸中の幸いに、少し声の調子が上がる漫。

 

「あら~末原ちゃん油性ペンがいんの~?」

 

「え」

 

しかしその希望も赤阪監督の呑気な1言で砕かれる。

 

「私油性持ってたよ~な気がする~」

 

 

 

 

 

 

 

うっうっ、と控室の隅で漫が泣いている。

それを励ましに漫の方へ向かったのは多恵だ。

 

「漫。恭子は私達の中でも漫ちゃんへの期待が大きい人だから、期待の裏返しだと思って……」

 

「多恵先輩ぃ……」

 

恭子は漫ちゃんへ期待していた。多恵が漫という人材を発見したとはいえ、漫ちゃん育成計画には恭子も深く携わっている。

漫が活躍できるように、いろいろな条件を多恵と共に模索した恭子は、漫のために費やした時間ももちろん多い。

 

「余計なこと言わんでええねん多恵」

 

そこに件の恭子がやってきた。

近づいてきた恭子は油性ペンを凶器のようにペン回ししている。

 

「ちょっとなあ、もっとやる気になるように、罰ゲーム増やそうかあ」

 

その表情は、悪魔のそれだ。

対局中にこの表情をすれば恭子の和了率は5%くらい上がるかもしれない。知らんけど。

 

「ええ?!もう十分辛いですよお?!」

 

「恭子、これ以上は、いいんじゃないかなあ?」

 

苦笑いをしながら、多恵が恭子を止めに間に入る。

しかしその悪魔の表情は、何故か多恵に向いていた。

 

「何、勘違いしとるん多恵」

 

「ぴょ?」

 

嫌な予感が、多恵の体を駆け巡る。

恭子は見たことのない笑顔で。

 

「これからは、漫ちゃんがトップと2万点差がついたら、多恵のデコにも油性や」

 

「ぴょおおおおおおお?!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

しくしく、と多恵が隅っこで泣いている。

 

「多恵先輩!多恵先輩いいい!ウチのせいで……」

 

「だははははあっはははあ!!!」

 

洋榎が爆笑している。

膝を叩きながら多恵の額に書かれた「子」という文字を見て大爆笑だ。

 

「ひ、ひどい状況なのよ~」

 

「ま、多恵は先鋒でこの後出番もないし、ちょうどええやろ」

 

恭子がそう言いながら赤阪監督にペンを返す。

 

漫は自らのせいで多恵をも犠牲にしてしまったことに、絶望していた。

恭子の狙いは意外とばっちりで、これからはこの人の額に落書きなんかさせてはいけないと、1人責任感を増す漫がいた。

 

「まあ、任せときー、ばっちりやってきたるわ」

 

ひとしきり大爆笑した洋榎が、多恵の身を案ずる漫ちゃんに肩組みした。

 

「洋榎先輩……。よろしくお願いします!」

 

「洋榎、宮守の中堅、頭に入れといてな」

 

「おおー任しときー」

 

ひらひらと手を振って控室を後にする洋榎。

その姿に緊張は微塵も感じ取れなかった。

 

「洋榎の強さは、誰が相手でも客観的に実力差を測れるところだよね」

 

悲しみから解放された多恵が、洋榎を見送ってそう口にする。

洋榎は自分の実力を過信していない。かといって過小評価もしない。

そうして客観的に実力差を推し量り、立ち回りを決める。

敵を知り、己を知れば100戦して危うからずとはよく言ったものだ。

 

「そやな……ふふっ」

 

恭子が多恵の言葉を聞いて、振り向いて笑った。

 

「多恵……フフッ……その顔で何ゆーてもかっこつかんで……」

 

「これ書いたの恭子だよね???????」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

伝統的に、強豪姫松のエース区間は中堅だ。

去年多恵が個人戦決勝まで行ったことを鑑みて、中堅には多恵が座るべきでは?というネットの記事もいくつか見受けられた。

しかし姫松善野監督も、赤坂監督代行も、中堅には愛宕洋榎を指名した。

そしてそのことに異を唱えるものは、部内で1人たりともいなかった。

 

エースの役割とは高校によって変わる。

姫松の伝統的なエースの資格は、精神的支柱。

絶対にこの人は負けないという信頼。

そういう意味で、愛宕洋榎の雀風は、確実に姫松のエースに相応しいといえよう。

 

 

「ほんじゃあいっちょ、景気づけ、いっとこかあ~」

 

洋榎の手が大きく振りかぶられる。

 

「出鼻くじきリーチイ!先んずれば人を制す、や」

 

(バカみたい!)

 

(このアホそうな人が強豪姫松のエースってマジ?)

 

(なんもかんも政治が悪い……)

 

中堅戦が始まった。

 

メンバーは起家に宮守の鹿倉胡桃、南家に有珠山の岩館揺杏、西家に愛宕洋榎、そして北家に新道寺の江崎仁美だ。

東1局5巡目に洋榎からリーチがかかる。

 

「来るで~一発くるで~」

 

初戦ということもあって洋榎の機嫌はいい。

麻雀を楽しむことが、洋榎の強さを形作っている。

 

「って、なんで{⑥}やねん!」

 

1人ツッコミである。フリーでこんな人と同卓しようものならつい「ラストで」って言いたくなってしまう人も多いだろう。

 

数巡して、洋榎が持ってきた牌を開く。

 

「ツモ。まずは2000.4000や!」

 

 

洋榎 手牌 ドラ{②} 裏ドラ{七}

 

{①②③⑦⑦⑦45699七八} ツモ{九}

 

 

 

 

 

東2局 親 揺杏 ドラ{三}

 

(姫松を削りたいけどー贅沢も言ってられないし、まずは点数稼ぐことだな)

 

有珠山は点数状況的にも厳しい展開が続いていた。なんとか次鋒の桧森誓子がプラスで終えたとはいえ、先鋒戦で受けた傷は癒えていない。

揺杏の当面の目標は、点数を回復することだった。

 

10巡目 揺杏 手牌 

 

{⑦⑧12334赤5二三三西西} ツモ{西}

 

(よっしゃ!ドラ使い切れる方~)

 

「リーチ」

 

親の揺杏がリーチをかける。

南家の洋榎が一発目に持ってきた牌は{⑨}。

 

洋榎 手牌

{⑤赤⑤123456789六七} ツモ{⑨}

 

揺杏の河と全体的な河を見る。

 

揺杏 河

{北南白九八九}

{六⑤⑦横二}

 

そのまま{⑨}を手中に収めつつ、現物の{六}を切り出した。

絶好の聴牌だし、聴牌維持でツモ切りする人も多そうな手牌だが、洋榎はもうこの{⑨}

が十中八九当たりだと思っている。

 

「かあ~一発キャッチやわあ~ついてへんな~」

 

「うるさいそこ!」

 

ついに宮守の胡桃からお叱りを受ける洋榎。

 

次巡、洋榎は通っていない{七}を切り出した。

そして北家の江崎から出てきた親の現物{⑦}。

 

「ロン」

 

その牌に反応して、洋榎の手牌が倒される。

 

「親の現物やとしても、他家の聴牌気配は感じれんかったか?」

 

洋榎 手牌

{⑤赤⑤⑧⑨123456789} ロン{⑦}

 

「そういうのいいから点数申告!」

 

「あ、5200です……」

 

「なんもかんも政治が悪い……」

 

とんでもない煽りスキルに、胡桃からの喝が飛ぶ。

 

洋榎がいることによって騒がしくなる中堅戦は、まだ東2局だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「洋榎、完全に{⑨}読み切ったね」

 

「まあ、今回は素直に一発目に現物打って、次でもう一度テンパったから1牌勝負……って人もいたやろけどな」

 

姫松高校控室では、冷静に場の分析が行われていた。

先鋒戦と同じように、モニターの一番近いところでは漫と由子と絹恵が全力で応援、

後ろで恭子と多恵が椅子に座りながら観戦している。

 

「でも、きっと洋榎ならその勝負の1牌が{⑨}だったら打たないんだろうね。私は打つけど」

 

当たる確率が高いとはいっても、{⑨}が当たる確率はせいぜい10%程度。

それを切って聴牌なら、デジタル的には押し有利だ。

満貫聴牌時に持ってきた{⑨}はツモ切る人が多いだろう。と、いうより本当はそれが正解だ。

 

しかし、そこを切らないところに、「守りの化身」たる愛宕洋榎の真骨頂がある。

研ぎ澄まされた感覚と、経験に裏打ちされた河読みは、的確に相手の当たり牌を推し量る。

そしてなによりも、

 

「洋榎はその感覚と心中できる強さがある」

 

去年から地方大会も含め一度もマイナスで終えたことがない、「負けないエース」愛宕洋榎の強さだ。

洋榎を仲間として、幼馴染として信頼しきっている多恵の表情を見て、恭子もうなずく。

 

「自信があるし、結果もそれを裏付けてるんやな……フフッ」

 

「恭子、そろそろキレるよ??クラリンキレちゃうよ??」

 

姫松の控室も、同じく騒がしかった。

 

 



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第21局 牌理

評価者数も100件を超えました。
評価してくださった方々、本当にありがとうございます。



中堅戦は後半戦、終盤に入っていた。

 

(結局、姫松の愛宕にやられっぱなし……)

 

(一番削られてるのは新道寺だけど、納得いかない!)

 

(なんもかんも政治が悪い……)

 

結局、洋榎が上手いように局回しするせいで、さほど点数は離されていないが、大きな和了りをどの校もできずに終盤を迎えてしまった。

 

(ふふーん、調子いい!)

 

愛宕洋榎の強さは、どんな相手であってもブレない所にある。自身の根幹はゆるぎないし、その雀風も、相手を選ばない。

だからこそどんな場面でも実力が発揮できるし、負けない。

もちろん火力負けしてトップを逃すことはあるが、マイナスで終えることはほとんどない。

 

 

南1局 親 胡桃 

 

7巡目にして、南家の揺杏の手が止まる。

 

「リーチさせてもらいまーす」

 

「まだやるんか、有珠山の」

 

「あいにくそれしか能がないもんで」

 

少しニヤけながらも、その眼の闘志は消えていない。

この半荘、もちろん洋榎以外はあまり稼げていないが、実のところ一番善戦しているのは有珠山の揺杏だった。

何度も洋榎にリーチをかわされているが、それでも負けずとリーチを打ってくる。

その姿勢は洋榎も買っていた。

 

 

洋榎 手牌 ドラ{2}

{⑥⑦23344赤5三四四八八} ツモ{八}

 

 

 

 

「よしっ!洋榎先輩タンヤオドラ赤で追い付いた!」

 

姫松の控室では漫がモニターを食い入るように見つめている。

リーチを受けて同巡で聴牌。相手がどこぞの王者でなければ喜ぶべき状況だ。

 

しかし、追い付いた洋榎は珍しく少し時間を使って考えて、立直の現物の{⑦}を切り出した。

 

「ええ?!せっかくの聴牌どうして崩すんですかあ?!{三}が危ないと思ったんやろか……」

 

漫の疑問は当然で、この場面で曲げれば満貫の聴牌は当然押し有利だ。

しかし洋榎はそうしなかった。

 

「洋榎はこの{⑤⑧}待ちの聴牌に勝ち目が無いと見たんやろな。有珠山の河にある手出し{⑦}のタイミングが、{⑧}の対子か暗刻固定やと読み切ってる。{⑤}は赤以外は全て河にお目見え、{⑧}も固めて持たれてそうとなれば、勝ち目は薄い」

 

恭子が腕を組みながら洋榎の思考を分析する。

まあそれでも普通は切るけどな、とは言っているが。

 

「恭子の言う通り、洋榎はこの局はあまりこちらに流れがないと思ってるのかもね、そういう時は案外あっさり現物を切る。ただし聴牌しなおせば……」

 

多恵もそう評しているうちに、次巡、洋榎は{三}を持ってきて無スジの{⑥}を切った。

 

「なんで{⑥}は通ってへんのに切れるんですかあ?!」

 

「相変わらず変なのよ~」

 

 

 

 

 

 

 

 

洋榎がしているのは、透視でもなんでもない。

河の手出しツモ切りの情報で、相手の「ブロック」構成を読み切っているのだ。

麻雀は基本七対子を除けば、4メンツ1雀頭の5ブロックを作るゲーム。

そのためにいらない牌を切り、必要な牌だけ残す。

対局の中で、洋榎は相手の牌理のクセをすぐに見抜き、大体リーチ者に残っているブロックが、索子なのか筒子なのか萬子なのか。上の方なのか下の方なのか。

そこまでを突き止めることができる。

あとはそのあたりをつけた周辺の、通っていないスジ4本くらいを打たないだけだ。

愚形でも、このロジックで突き止めることができてしまうのが、洋榎の異常さを物語っている。

 

今回の場合洋榎は、リーチ者揺杏の待ちは、{二五}か{三六}のどちらかだと決め打っている。

 

「ツモ!1000、2000」

 

揺杏 手牌

{③④赤⑤⑧⑧⑧789四五西西} ツモ{六}

 

そこまでわかっていても、もちろんツモられることだってある。

 

「ま、そこやろなー」

 

そう言いながら洋榎は手牌を閉じる。

当たり牌を感覚で突き止めるからこそ、こういったセリフが出てくる。

それは、牌を切ろうとしたら「当たる」とわかる力などではなく、純粋に研鑽を重ね、たどり着いた境地であった。

 

南2局 親 揺杏 ドラ{中}

 

「リーチ!」

 

「ポン」

 

「親なんで追いかけさせてもらいます~リーチ!」

 

今度は洋榎が2家リーチに囲まれた。

リーチに対して役牌ドラの{中}を鳴いて危険牌を通してきた宮守の胡桃も聴牌濃厚と考えると、3家聴牌だ。

 

 

(はてさて……)

 

洋榎はツモって来た牌を手牌の上にカチっと重ねて少考に入る。

 

洋榎 手牌

{②②②③④⑤⑥6789五六} ツモ{9}

 

({③⑥⑨}のスジは対面の宮守の最終が{⑤}で大本命やし切れんな。かといってこの{369}のスジもリーチの親の岩館が本命。

萬子は江崎の残りブロック考えても中央のダブル無スジ2つは押せんな。となると、や)

 

洋榎は少し考えてから{②}を切り出した。暗刻落としである。

 

『姫松の守りの化身が選んだのは{②}!ここでも放銃を回避しました!恐るべき手牌読みです!』

 

愛宕洋榎の選択にビューイング会場もわいている。

 

 

洋榎はその後{①}をもってきてもう一度{②}を切った。

 

そして次巡。

 

「ツモ。400、700(ヨンナナ)にリー棒2本頂き!」

 

洋榎 手牌

{①②③④⑤⑥67899五六} ツモ{七}

 

 

(全員聴牌をかいくぐったのか……!むかつく!)

 

胡桃 手牌

{①①①④赤⑤⑦⑧⑨西西} {横中中中}

 

(守りの化身……恐れ入る)

 

江崎 手牌

{⑥⑦⑧赤556677四四四赤五}

 

(手出しの{②}ってことは暗刻から{②}を打ったのか……この人マジでヤバイ人だ)

 

揺杏 手牌

{1234445678南南南}

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「洋榎のヤツ……またとんでもない躱し方しやがって……」

 

「セーラのお友達は、強い人ばっかりやなあ」

 

千里山女子控室でも、準決勝の様子をモニターでチェックしていた。

洋榎が3家聴牌をかいくぐって和了りをものにしたことに、千里山の控室でも賞賛の言葉が相次ぐ。

 

「流石船Qの従姉妹やなあ!」

 

「比べんといてほしいわ……」

 

千里山女子の副将、船久保浩子は、愛宕洋榎姉妹と従姉妹の関係だ。

そもそも千里山女子の監督を務めるのが愛宕姉妹の母親である愛宕雅枝であることから、なにかとこの関西2校はメディアからライバルとはやし立てられることも多かった。

 

「そんなひょろい打ちまわししかせーへんからウチに得点で勝てないんや。決勝で会ったらぎったんぎったんにしてやるで!あと30円ええ加減返せ!」

 

聞こえるはずもないモニターの向こうの洋榎への怒り。

決勝まで来ると疑ってないあたり、信頼も見え隠れするのだが。

何故か対局中なのに洋榎がこっちを見て盛大にため息をついている気がしてセーラの怒りは募るばかりだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ツモ!1600、3200!」

 

「ツモ、2000、3900」

 

胡桃と揺杏のツモで、終局を迎えた。

 

『中堅戦終了です!!やはり区間トップは愛宕洋榎!!この2回戦でも充分に存在感を発揮しました!

逆につらい展開となったのは新道寺!かなり点数を削られてしまいました!しかし、新道寺は副将にエースが控えているので、まだまだこれからと言っていいでしょう!』

 

「「「「ありがとうございました」」」」

 

中堅戦が終了した。

各校の点数は以下のようになっている。

 

宮守 100200

有珠山 70400

姫松 158200

新道寺 71200

 

新道寺がかなり削られ、姫松が点数を伸ばした。

 

「なんもかんも政治が悪い……」

 

「おつかれさんさんさんころり~」

 

ズゴー、と不機嫌そうにジュースを飲みながら帰る江崎とは対照的に、

意気揚々と洋榎はその場を後にする。

珍しく休憩で控室に戻らず、卓にずっと座っていて宮守の胡桃に気持ち悪がられた洋榎だが、終局後は意外とすんなりその場を後にした。

 

その様子は、必ずまた明日ここに麻雀を打ちに来ると確信している。

 

 

 

 

 

控室にダッシュで戻ってきた洋榎。

ドアを開けると、ドン!とピースで中に入ってきた。

 

「どやった?!」

 

「さすが部長です。なにも言うことありませんね」

 

「お帰り~流石洋榎だよ~」

 

姫松メンバーは後半はもう安心しきって対局を見てられるほど、

愛宕洋榎の麻雀は盤石の一言だった。

 

「せやろ~流石やろ~」

 

褒められて洋榎も上機嫌。

今回は失点をしてしまった漫も、洋榎に礼を伝えている。

その様子をひとしきり眺めたあと、恭子は副将である由子に向き直る。

 

「さて、じゃあ由子。頼むで」

 

「新道寺ね~なるべく恭子ちゃんが楽できるように止めてくるのよ~」

 

洋榎も多恵も点数を稼いでくれたが、どれだけ点差があっても、この団体戦はどう転ぶかわからない。

慢心は死に直結する。恭子に油断はなかった。

 

なにしろ、この後の副将戦で待っているのは福岡北九州の強豪新道寺女子で3年連続エースを務める雀士ーー

 

 

 

 

 

 

 

「じゃあ姫子、行ってくる」

 

「部長お願いします……!」

 

「点差の開いとっけん、縛りのきつくなっかもしれんばってん……やれるな」

 

 

白水哩だ。

 



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第22局 塞ぐ

宮守高校控室。

 

「はー。あまりの煽りにいちいち注意するのが大変だったよ……」

 

中堅戦を終えて、あまり良い内容ではなかったものの、大きな失点をすることなく次につなげた鹿倉胡桃は、先鋒の小瀬川の膝の上にちょこんと乗っかって、充電充電、と中堅戦に費やしたパワーを回復していた。

 

「姫松の人、ちょーウケるね!サイン書いてくださいって頼んでおけばよかったよー!」

 

その2人を大きく見下ろして、大きめのハットをかぶったこの長身の生徒は、宮守の大将、姉帯豊音だ。宮守のメンバーと一緒になるまで、あまり周りとの交流ができなかった豊音は、このインターハイで強い人と出会うと、サインをもらいにいこうとする。

 

「塞、わかってると思うけど、新道寺のエースに、有珠山の副将。気を付けるんだよ」

 

宮守の監督、熊倉トシは部長であり、副将を務める臼沢塞に注意喚起していた。

新道寺の白水哩。大将の鶴田姫子との強力なコンボが有名で、他校にとっては大きな脅威となっている。

有珠山の副将、真屋由暉子も、半荘のどこかで、左手を使うことで、高い打点の手を和了ってくることが、地区大会と、全国1回戦でわかっている。

塞はそんな強敵だらけの対戦校の牌譜とギリギリまでにらめっこしていた。

 

「塞……頑張って……」

 

「なに、シロが応援してくれるなんて珍しいじゃん!」

 

予想外の激励に、片目にモノクルをかけた少女が牌譜を閉じ、ゆっくりとソファを立つ。

 

「まあ、ラクショーってことで!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『Dブロックはついに副将戦に入ります!ここまでは終始姫松のペースですが、ここから他3校がどのような策を練ってくるか!』

 

全員が卓についた。

副将戦が始まる。

 

「「「「よろしくおねがいします」」」」

 

東家 真瀬由子 158200

南家 白水哩   70400

西家 臼沢塞  100200

北家 真屋由暉子 71200

 

東1局 親 由子 ドラ{③}

 

哩 配牌

{南二③④3白八赤⑤5三1九}

 

(悪ない。普段なら様子見すっ、ばってんもう点差の開いとる)

 

配牌を一瞥した哩が、その場でパタンと手牌を閉じる。

相手にリザベーションをかけるタイミングをバレないように、基本的にこの動作を哩は毎局最初にやっていた。

 

(来るか……!まだ通用するかわからないけど、幸い今回は親が姫松。ツモってくれる分には構わないし、ここはスルー)

 

その様子を見て、下家に座る塞がモノクルをかけなおす。

目先、点差は離れているが、姫松を削ってくれるならそれはそれで構わないというのが塞のスタンスだ。

 

(リザベーション……!3翻(スリー)……!)

 

 

 

 

 

 

控室にいる姫子がビクビクッと体を跳ねさせる。

 

(部長……いきなりですか……!)

 

 

 

 

 

 

6巡目、由子から出てきた{九}に、哩から声がかかる。

 

「ロン、3900」

 

哩 手牌

{③④赤⑤345一二三七八九九} ロン{九}

 

パキッと、哩を縛っていた鎖が解かれていく音がする。

 

(リザベーション……クリア……!)

 

リーチで一番打点が上がることから、リーチ効率が1番良いとされている30符3翻をダマにしてまで確実に和了りにいった哩。

それを見て、由子はリザベーションをかけていたことを確信した。

 

「はいなのよ~」

 

(早いのよ~。親で6巡目だしまだ降りるような手牌でもなかったけど……次からは気をつけないとなのよ~)

 

(6巡目でその両面をダマ……トヨネには跳満は覚悟してもらわないとな)

 

 

東2局 親 哩

 

「ツモ!1300、2600なのよ~」

 

今度は由子が軽く和了りをものにした。

こちらもピンフ形をダマにして、哩に対しての危険牌を持ってきたらやめる構えであった由子の勝ちだ。

その和了り形を見て、塞も顎に手をやって考える。

 

 

(姫松は先鋒と中堅、大将が強いから目立たないけど、この副将の真瀬さんもかなりの打ち手だ。2年からレギュラーで、公式対局でマイナスになっている記録がほとんどない)

 

ありがとうなのよ~と朗らかに点数をもらう由子を見る。

 

(逆に目立った力がない相手のほうが、私的にはやりにくいんだよな~)

 

塞の言う通り、由子は影で姫松を支えてきた縁の下の力持ち的存在だ。洋榎と1,2を争うマイナス率の低さは、常勝軍団姫松の根幹を支えている。

派手に点数を持ち帰ることはないが、メンバーも由子にそれを求めているわけではない。

多恵で稼いで、その稼ぎ加減によって、洋榎が臨機応変に立ち回り、由子がその点差をリレー、恭子でシャットアウト。去年からの姫松の黄金パターンだ。

 

 

東3局 親 塞 ドラ{南}

 

哩の配牌に、光が差す。

 

哩 配牌

 

{南①8③二南南⑤白⑦四⑧⑨}

 

(来たっ!)

 

面前混一まで見える、ドラ3確定手。

跳満はもちろん、面前で進められれば倍満まで見える手だ。

もちろん打点が欲しい哩はリザベーションをかけようとする。

哩がリザベーションをかけて和了れば、それは最早ただの和了りではない。

新道寺全体にとって、3倍の点数なのだ。

故に他校にとっては、絶対に和了らせたくない所。

 

瞬間、親の塞の顔が軽く警戒の色を示す。

 

 

 

 

 

 

 

 

「配牌で混一ドラ3が色濃く見える!すばらな配牌です!」

 

新道寺の控室も色めき立っていた。

 

「来るばい……!」

 

新道寺のメンバーはリザベーションの仕組みをもちろん理解している。

哩が配牌をもらって、和了れそうなら自身に縛りをかける。

見事その縛りを解けば、姫子にその倍の翻数で和了れる手が来るという仕組み。

 

そして縛りをかけるときは、必ず姫子の体に電撃のようなサインが入る。

姫子は正確ではないにせよ、それによって何翻縛りかもわかるようになってきているのだ。

 

しかし今回、姫子の表情はいつもの縛りをかけられた様子ではなく、むしろ逆。

表情が青ざめている。

 

「あれ……?」

 

「姫子、どうしましたか?」

 

震えた様子で、姫子が言葉を発する。

新道寺にとって一番恐れていた事態。

 

「部長が、部長が感じられん……!」

 

その言葉に、一斉に新道寺のメンバーは顔を見合わせた。

 

「まさか……!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

珍しく哩が配牌を1度ではなく2度手前に倒したことに、同卓者は全員気付いていた。

 

この局の親は塞、そのモノクルの奥に光る鋭い眼光は、しっかりと白水哩を捉えていた。

腕を組んだ塞から、哩の上空に固い岩が降ってきて、大将の姫子との感覚を無理やり遮断されたかのような、感覚。

 

(リザベーションば、かけられん……こがんこと、今まで1度もなか……!宮守……!)

 

上手く、白水の手牌進行を止められたように見える塞だが、塞も全身を襲うとてつもない脱力感に、恐ろしさを感じていた。

 

(うっそでしょ……たかだか1回でトヨネを相手にした時よりキツいなんて……!コンボの後ろの方はキツイだろうけど、前の白水なら割と簡単に止められると思ったのに……!)

 

やっとのことで、ツモって切る動作を行う塞。

塞の能力は個人に干渉する妨害系能力。対象に指定した相手の手を止める……そんな普通ではありえないことを可能とするのが、塞の力だ。

しかしそれにはリスクを伴う。自身の体力を使って相手の和了を止めに行くため、相手の力如何によっては、自身がボロボロになってしまう。

 

(この様子じゃあ何度もは止められない。ベストなタイミングを見極めないと……!)

 

全身を襲う倦怠感をなんとか振り払って、塞はモノクルをかけなおす。

 

 

 

7巡目 哩 手牌

{南南南①③④⑤⑦⑧⑨白白中} ツモ{②}

 

(リザベーションば、止められた。ばってん、こん手をみすみす逃すことなか……!)

 

姫子とのリンクは切られたものの、それでもこんな良い手を逃す理由にはならない。

姫子が大将戦で少しでも楽になるように、ダマでも高目倍満の手を聴牌した哩は、手から{中}を切り出した。

 

しかし。

 

「ロン、1300よ~」

 

由子 手牌

{123345六七八中中発発} ロン{中}

 

由子が、それを許さない。

 

(姫松……!最初から余る字牌ば狙われとったか……!)

 

(さすが常勝軍団姫松の副将……ぬかりないね)

 

塞も自身では和了りの形に持っていけそうもなかったので、思わぬ僥倖に口角が上がる。

いまのところ、新道寺以外の3校は利害が一致していて、全員が白水哩を止めに来る。

 

 

(なるほど……3年最後のインターハイ、今までで1番厄介な相手と当たっとる)

 

哩は点棒を払うと、じっと自身の点箱を見つめる。

今までインターハイで、もちろん強敵と当たることもあり、思うような結果が出ないことだってあった。

しかし、リザベーションを止められ、なおかつ和了りまで阻止されることなど、今まで一度もなかった。

 

(必ず姫子に繋ぐ……ッ!姫子との絆……そう簡単には断ち切らせん……!)

 

哩の目に、炎が芽生え始めていた。

 

 




哩も塞も由子も好きなので、副将戦ちゃんと書いてしまってます。
この作品のメインキャラ達が出ていないのに長引かせちゃっていいんだろうか……。



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第23局 真瀬由子

原作で過去回想が入るときは背面が黒になります。
あれ、わかりやすくていいですよね。
この作品も過去回想はたびたび出てくるので、そんなイメージをもっていただければ幸いです。




『常勝軍団姫松の影の仕事人、真瀬由子!!!白水哩の勝負手を役牌を絞って蹴りました!!白水選手の運が悪かったのは、上家に座るのが真瀬選手だったことでしょうか!』

 

 

「よしっ!由子!」

 

白水哩の勝負手を1300で蹴ることに成功したモニターの中の由子を見て、多恵もガッツポーズだ。

恭子もよしよし、と頷いている。

 

「どうやら白水の様子がおかしかったし、宮守は完全に白水をマークしにいっとるようやな。1回戦で沖縄の銘苅を完封したのは伊達じゃなさそうや」

 

「真瀬先輩!流石です!!」

 

最前列で応援する漫も喜んでいる。

そんな様子を見ながら、洋榎は由子の捨て牌を見つめる。

 

「白水の捨て牌に字牌が高い。そう思って役牌を重ねて待ちにしたんか。由子、流石のセンスやな」

 

由子の河には対子の手出しがある。白水が染め手に向かっているのを見て、役牌を絞って、結果的に自らの待ちにまで持って行った。点数を持ったトップ目としては完璧な打ち回しだ。

 

「由子は昔から本当にいい仕事するんだよねえ~」

 

多恵が思い出すのは、部活の後、今の3年生のメンバーで居残り麻雀をしていた時のことだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ぎゃ~~また負けなのよ~」

 

由子の目がぐるぐるになっている。

洋榎、多恵、恭子というメンバーに囲まれて、由子はマイナスの日々が続いていた。

相手が悪い……といえばそれまでだが、部内のランキングはともかく、このメンバーと卓を囲むとどうもプラスに持っていくことができなかった。

 

「由子は考えすぎやと思うけどなあ……他のメンツで囲むより、圧倒的におもろいし、心配あらへんやろ」

 

「ウチもスランプはあったし、無理にこのバケモン2人に追い付こうとせんほうがええと思うで、由子」

 

由子がこのメンツを相手にしてなかなか勝てないことに不安を感じているのは他のメンバーも知っていた。このメンバーに勝てなければ、他校の猛者たちを相手にした時に、やられるがままになるのではないかと。

 

洋榎と恭子の意見ももちろん合っていて、このままでも由子はもちろん強い。要所要所で和了りをしっかりとものにすることで、大負けをしない、良い雀風が身についていた。

 

う~ん、と由子は考えていたが、もう下校時刻も近い。

洋榎が帰り支度を整える。

 

「おつかれさんさんさんころり~」

 

「洋榎、ウチも帰るわ。由子、多恵、ほなまた明日な。あんま考えすぎんで、由子は強いんやから」

 

恭子がそう言って教室を出ていく。

恭子と洋榎は由子を認めていた。だからこそ、励ましの言葉は心の底から思っていることなのだろう。

 

「そうは言っても……なのよ~」

 

由子の表情は珍しく優れない。

いつも笑顔でのほほんとしているのが由子だ。

 

(由子は確かに今のままでも強いけど……何か力になれるかな?)

 

少し思案した後、そうだ、と思いついたように多恵はもう一度由子が座る麻雀卓に腰掛ける。

 

「由子、清一色麻雀は2人でけっこうやったから、ちょっと由子に合う勉強しようか」

 

そういうと多恵は由子の前にある牌をカチャカチャと手際よく集める。

やえとやっていた清一色麻雀は、この姫松に入ってからも色んなメンバーでやっている。多面形の待ちを覚えるにはもってこいのゲームなのだ。

 

由子は驚いた表情でその様子を見つめている。

由子の前に、3枚ずつ1セットの牌が、3セット用意された。

 

「この河3種類見て、由子はどれが一番早そうで、どれが一番遅そうだと思う?捨て牌は全部手出しっていう条件、{西}はオタ風ね」

 

A{4五⑥} B{西中2} C{中西四}

 

並べられた牌をみて、BとCはそんなに変わらなさそう。

Aだけ重そうという感覚くらいが由子の感想だ。

 

「3枚じゃ難しいのよ~」

 

う~んと由子がうなっている。

もちろん、3枚では正確な読みができるわけではない。

それでも、相手の手牌の傾向を掴むことはできる。

 

多恵が得意としているデジタルの中には、こういった相手の捨て牌から相手の手牌の進行速度を読む方法がある。

 

相手の待ちを読む精度は、洋榎には遠く及ばないのだが。

 

 

「それじゃあ解説していこうか。正解はC→B→A。Cが1番早く、Aが1番遅い」

 

BとCの違いについては、単純な字牌の切り順から生まれるロジックだ。

役牌を先に切り、オタ風を後から切っているということは、自分が役牌を重ねるよりも、相手に重ねられたほうが嫌だ、という意思の表れだ。つまり、役牌がいらない、タンピン系の手であり、後に出てきた{四}はかなり真ん中に近い牌。

手牌進行はかなり早そうだ。

 

Aは典型的な重い手牌の時になりやすい捨て牌だ。国士無双を狙いつつ、対子が増えれば七対子。もしこの捨て牌で早い段階でリーチがかかろうものなら、まず七対子を疑うべきだろう。

 

これらの解説を聞いて、由子がなるほどなのよ~と難しい顔をしている。

 

「もちろん由子もなんとなくこうだろうな~っていうのは感覚としてあると思うんだ。それを明確に読みとして働かせることで、由子の麻雀はもっと強くなるんじゃないかな?」

 

由子は今まで、この3人を相手にするとき、全員の和了りを止めようとしている節があった。しかし麻雀は誰か1人が和了れば、その局は終了するゲーム。なにも全員を止める必要はない。

それを多恵は由子に伝えたかった。

 

「確かに、そうなのよ~。ありがとう多恵、明日からやってみるのよ~!」

 

自分らしい戦い方を見つけた由子の表情は、また朗らかないつもの調子に戻っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

南2局 親 哩

 

 

「ロン、2000よ~」

 

(また……!)

 

(姫松の真瀬さん。徹底してますね……)

 

早い巡目でまた白水の親番を落とすことに成功した由子。

全ての牌を真ん中に落とす作業をしながら、ぎゅ、と拳を握って由子は目の前の強敵たちを見据える。

 

(みんなの教えが、生きてるのよ~)

 

多恵から戦術を、洋榎から当たり牌察知を、恭子から鳴きの技術を。

 

全員から教わった力が、確実に今の自分の力になっている。

どんな相手でも、仲間に比べれば強くない。

 

そう思えるだけの経験が、由子を支えていた。

 

 

南3局 親 塞 

 

(正直、白水がこれ以上和了れないのなら、2着のウチが姫松と共同で局流しってのも悪くないんだけど……白水も真屋もこのままで終わるはずないし、私としても点数は欲しい)

 

そう思いながら塞は理牌をする。

注目するのは上家に座る白水哩だ。

先ほどは由子の協力もあってうまく止めることができた。

そしてそこからは配牌が思うような形ではないのか、リザベーションをかける様子は見られない。

 

しかしこの雀士は北部九州最強の高校で3年間エースを務め続けている猛者。

3年間というのが何を示すのかといえば、もちろん姫子がいない時だってエースを張ってきたということだ。

素の雀力は推してしるべしだろう。

 

(来るか……?絶対的エース白水哩……!)

 

 

 

哩 配牌 ドラ{9}

 

{95①東赤5一9東西⑦⑦七5}

 

(ドラ3……悪なか。手は重いばってん、……やるしかなか!)

 

哩が手を閉じる。

先ほどは止められた。しかし1回や2回でくじけるほど、哩はヤワな雀士ではなかった。

 

(リザベーション……!4翻(フォー)

 

瞬間、塞のモノクルが光る。

 

(また私の親で……!させるか!塞ぐ……!)

 

また哩の上空に大きな岩が降り注ぐ。姫子とのリンクを遮断されるような、それ。

わずらわしそうに振り払おうとする哩だが、いつもは確かに感じられた感覚が、切られてしまう。

 

(姫子……!どこにおると……!?)

 

その心の叫びは通常なら届かない。

しかし。

 

(部長……!!)

 

 

遠くから、姫子の声が聞こえた気がした。

いつもそばで聞いていた声。

2人の深く結ばれた絆は、不可能を可能にする。

 

 

哩の目に確かな炎が宿る。

 

(せからしか!!姫子とん絆。誰にも邪魔はさせん!!!)

 

哩が上空に向けて(キー)を投げつける。

金色に輝く和了りへの鍵は、ギリギリギリと岩を打ち砕かんと突き進む。

 

 

 

 

 

「まずい」

 

熊倉監督がそう小さく呟いたのを、胡桃が辛うじて聞き届けた。

 

 

 

 

(くっ……?!)

 

ピシ、とモノクルにヒビが入ったのを見て、とっさに塞がモノクルを外す。

上家に座る哩から放たれるプレッシャーは、先ほどまでの比ではなかった。

 

(嘘……?!まだ2回目なんだけど?!銘苅の時だってこんなことはなかったのに……化け物め…!)

 

既に塞の体力はかなり削られている。荒い息をどうにか整えながら、それでも塞はやれることを模索する。

リザベーションの効果自体は止められなくても、和了りそのものを止めれば問題ない。

震える手を抑えつけて、必死に打牌をする。

 

しかし白水哩という雀士は、そう甘くはない。

 

 

南3局 10巡目

 

「ツモ!!3000、6000!!」

 

哩 手牌 

{赤55599⑦⑦}  {一横一一} {横東東東} ツモ{9}

 

(跳満?!くっそ……トヨネ、3倍満がくるかも……ごめん……)

 

もうすでに塞の体力は限界だ。

わずかに視界がぼやけてきている。

 

哩の目には炎が浮き出ている。

 

(リザベーション、クリア!!姫子への(キー)は誰にも邪魔はさせん!!)

 

 

 

 

 

わあっ!と新道寺の控室が盛り上がる。

苦しい展開の中で、リザベーションが決まったことに、メンバーも大歓喜だ。

 

 

「部長……!南3局、倍満キー……!」

 

姫子のもとに、この半荘2本目の光り輝く(キー)が届けられた。

 

 

 

 




哩さん強すぎるのにあまり強い相手と当たったことなかったので、当てたらどうなるのかなと想像が膨らみます。



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第24局 意地

前半戦が終わった。

 

東場でかわし手が多く決まった影響もあって、点数状況にさほど大きな差はでなかったが、やはり南3局に白水哩が跳満を和了ったことは、他校にも大きなダメージを与えていた。あの様子で、リザベーションがかかってなかったと考えるのは軽率。

 

大将戦前半戦で、倍満、3倍満クラスは覚悟しなければいけなくなった。

これがリザベーションの怖いところである。

 

「きっつ……これ後半戦大丈夫かあ……?私……」

 

あまりの脱力感と倦怠感に、宮守の副将、臼沢塞は壁によっかかりながら休むことしかできなかった。本来なら控室に戻って休みたいのだが、生憎その元気もない。対局室を出た廊下で座り込むのがやっとだった。

 

(少し休もう……)

 

 

 

 

 

 

「……塞……塞」

 

誰かが呼ぶ声がする。

どうやら座り込んだまま少し眠っていてしまったらしい。

目を開けると、チームメイトの小瀬川が塞をのぞきこんでいた。

 

「……シロ?」

 

「肩か手……貸そうか?」

 

控室に戻ってこない塞を心配して、小瀬川は対局室まで様子を見に来ていた。

ちょうどお手洗いにも行きたかったし、と自分をごまかしつつ、対局室に来てみれば、塞が座り込んでいるのを見つけたという次第だ。

 

「いいよ……シロに介護されたらおしまいだわ」

 

パンパンとスカートについた埃を払いながら塞はゆっくりとその場で立ち上がる。

 

塞と小瀬川と胡桃は、宮守の中でも古い仲だ。もともと3人しかいなかった麻雀部。そこに留学生のエイスリンと、豊音が加わって悲願の団体戦に出ることができるようになったのは、3人にとって願ってもないことだった。

 

3人麻雀しかできなかった時期も長かった。それでも3人は麻雀部をやめようとは決して思わなかった。それはもちろん、3人が麻雀を好きだったのもあるし、なにより3人でいる時間が好きだったから。

 

「でも、シロが控室抜け出してまで来てくれるなんてね」

 

ニヤリと笑みを浮かべて、いつもダルそうな表情しかしない小瀬川をしたから覗き込む。

 

「……お小水のついでに……」

 

「心配して来てくれたんじゃないんだ?!」

 

もちろん、照れ隠しであることは薄々塞も気付いている。これだけ深い仲なのだ。それくらいはわかる。

 

「……頑張って」

 

だからこそ、このダルいダルいといつも面倒くさがりな友人が、応援してくれることがどれだけ珍しく、そして心の底から思っているのかが伝わる。

昔から不思議と小瀬川に心から応援されるというのは、どうしてか心が奮い立たされる。

 

「まあ、任せてよ!」

 

精神的なものだけではなんとかならないことはわかっている。

それでも、なんとか後半戦も頑張れそうだと思えたのは、きっと友人のおかげだろう。

 

 

 

 

 

 

 

『Dブロック2回戦はこれから後半戦に入ります!』

 

 

東1局 親 真屋

 

席順が変わって、起家は真屋になった。

南家に白水、西家に由子、北家に塞。

 

後半戦も、基本的に新道寺以外の3校のマークは、白水哩に向いていた。

当たり前の話だが、リザベーションをクリアされると、まず、コンボは止められないものとして考える。となれば、失点は通常の3倍以上だ。

何発も大きい打点をクリアされると、その時点で勝負がつきかねない。

 

(こん局の配牌は、よくなか。姫子のことば考ゆっぎ、無理して失敗はよくなかね)

 

対して哩も毎局リザベーションがかけられるわけではない。

リザベーションをかけて和了れなかった局は、姫子に入る配牌はひどいもの。良くても4向聴だ。

 

後輩のことを思うからこそ、無駄な失敗は許されない。

 

姫松以外の3校が、どうしても打点を作るために、腰が重くなる。

 

そうなれば、1人だけ、軽く和了ることができる人間がどうしても有利な展開になりやすい。

 

「ツモ。800、1600なのよ~」

 

由子 手牌 ドラ{5}

{②②④④6677二二三三西} ツモ{西}

 

(タンヤオの目をつぶしてまで和了りやすい字牌で待つのか……この常勝軍団の牙城、突き崩せるのか……?)

 

全く七対子ぽさが無い河でしっかりと七対子をリーチもかけずダマで和了りきった由子。

後半戦も、そのスタイルは健在だ。

 

東2局は白水とリーチをかけた真屋の2人聴牌で流局、1本場になった。

 

 

 

東2局1本場 親 哩 ドラ{3}

 

哩 配牌

{東③赤⑤3七6西東5⑥二四9}

 

(ダブ東対子……良くはなか。ばってん、やるしかなか!リザベーション……3翻(スリー)!!)

 

この配牌なら4翻を狙ってもよさそうだが、最悪ドラの{3}が出ていくリスクも考えれば、ここは3翻にしておくのが無難な選択。

手牌を倒した哩を見て、対面に座る塞が逡巡する。

 

(大将戦で存在するかどうかわからない1本場か……仮に東2局の親が鶴田だったとしても、そこはトヨネに任せよう)

 

体力のことも考えて、ここは一旦スルー。

塞の能力も無尽蔵ではない。使いどころは常に考慮する必要がある。

 

 

 

8巡目

 

「ツモ!2100オール!」

 

哩 手牌

{赤⑤⑥567七七} {横三二四} {東横東東}

 

(くっそ……リザベーションの時のこの人の速さはいったいなんなんだ)

 

手牌も悪くなく、流しに行こうと鳴かれにくい初打に{東}を打ったのが災いしてしまった。

自身が和了りに行くなら仕方のないことなのだが、ここは哩の意地が上回る。

 

 

(ここまで、完全にやられっぱなし……どこかで良い配牌がくれば狙っていたのですが……待っているだけではダメのようですね)

 

わずかに卓の下の左手をさするのは、北家の真屋由暉子だ。

彼女は一日に一度だけ、左手を使うことで自らのツモの力を上げることができる。

制限回数つきな上に、必ず和了れる保証があるわけでもないこの能力は、同じく使いどころの難しい能力だ。

それに、と真屋は昨日の会話を思い出す。

 

 

 

 

 

 

 

「ユキ、2回戦は宮守女子の臼沢さんに気を付けて」

 

インターハイ初戦を終えて、旅館のお風呂で疲れをとったあとのミーティング中。

大将の爽から出てきた言葉は、真屋からすると意外な言葉だった。

 

「新道寺のエースではなく……ですか?」

 

Dブロック副将戦の目玉は、誰がどうみても新道寺のエース、白水哩に集まる。

だからこそ白水の和了りを止めるために、自分がなにかしら策をうたねばと思っていたところに爽からのこのアドバイス。

 

「もちろん白水さんも警戒は必要だけど、宮守の臼沢さん、どうやら相手の力を止める能力があるらしい。もしかしたら、ユキの力も」

 

「止める……?」

 

爽からのアドバイスは、にわかには信じがたいことだった。

鳴いてツモをずらすわけでもなく、ただただ止める。

そんなことが可能なのか。

 

「もちろん確定ではないんだけど~気を付けるに越したことはない。基本的には臼沢さんも白水さんを止めにかかるだろうけどね」

 

リザベーションを止めてくれるのであれば、大将である爽としてもありがたいことだ。

ユキにはその間を縫って上手く和了ってほしい……という願い。

 

「わかりました。精一杯、気を付けてみます……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(とは言ったものの……)

 

爽のアドバイスを思い出し、もう一度自身の点棒を確認する真屋。

後ろには爽がいる。楽観はできないが、最低限つなぐことさえできればなんとかしてくれるかもしれない。

そんな信頼が、有珠山の大将を務める爽にはあった。

 

しかし、爽に頼りきりにならないためにも、少しでも点棒は増やしておきたい。

真屋はどうにかしてこの力を使うタイミングをうかがっていた。

 

 

東2局 2本場 ドラ{2}

 

8巡目 真屋 手牌

{③③④赤⑤⑤244667七九} ツモ{2}

 

(ドラが重なって、七対子1向聴……!やるならここしかない……!)

 

本来ならもっと早い段階で使いたかったが、仮に止められた時も考えると、ある程度まとまった形にしてから使いたいと真屋は思っていた。

今がその時。

 

真屋の左手が光り輝く。

 

「左手を、使ってもいいでしょうか」

 

通常、麻雀において左手を使うのは余り褒められた行為ではない。

左手を使うのは理牌の時だけで、基本の打牌は右手でするのがマナーだ。

しかし、1局きりであれば、止めるのはそれこそマナーにうるさい鹿倉胡桃か倉橋多恵くらいのものだろう。

 

真屋の言葉に、塞の表情が曇る。

有珠山との点差はそこそこある。この能力はまだつかみどころがなく、回数制限が何回なのかもよくわかっていない。

更にまだ白水がリザベーションをしてくることを考えると、体力的にキツい。

 

(ここも1度、様子を見る。地区大会では満貫もあったし、ツモなら削られるのは新道寺だ)

 

既に白水の対策で体力をかなり削られている塞。

まだ丸々1半荘残っていると考えると、ここで消耗はしたくない。

 

「……止める理由もなか」

 

もちろん哩も真屋の力はある程度把握している。

自身の親番でやられるのは余り歓迎できないが、哩には止める方法もない。

 

紋章が刻まれた左手で、真屋が牌をツモってくる。

 

「リーチします」

 

「……チー」

 

宣言牌として切られた{④}を見て、下家に座る哩が鳴きを入れた。

しかし、その鳴きは一発という役を消す効力のみに留まる。

 

 

 

「ツモ!!4200、8200です!」

 

真屋 手牌 ドラ{2} 裏ドラ{九}

{③③赤⑤⑤224466七七九} ツモ{九}

 

(裏ドラばっちりなのよ~)

 

(やっぱ、ツモられよるか)

 

(倍満……ツモならギリギリ許容範囲か……)

 

 

 

 

 

 

東3局は塞がそうそうに和了りをものにし、東4局。

 

東4局 親 塞 ドラ{1}

 

哩 配牌

{⑨西1七653四②98二7}

 

配牌から一気通貫ドラ1くらいは見えそうな手牌。

迷いなく哩は手牌を閉じる。

 

(リザベーション……!)

 

鎖の絡まる音。自らの体に縛りをかける哩。

その動きを感じ取って、対面で理牌していた塞はとっさにモノクルをかけなおす。

 

(まったまた私の親番でぇ~~!!させるか!今度こそ塞ぐ!!)

 

モノクルが光る。

能力を塞ぐ大岩は、またしても哩の上に降り注いだ。

わずかに表情を歪める哩。

 

(しゃーしか!必ず突き破る……!そいで、姫子につなぐッ……!)

 

先ほどと同じように、哩は大岩めがけて、姫子の声がする方向に鍵を投げつけようとする。

 

(そうはさせるか……!!)

 

今度は塞が抑えつける番だった。

モノクルをかけ、荘厳な衣装を身にまとった塞は、鍵を投げようとした哩の腕を無理やり抑えつける。※イメージの話です

 

(いい加減にしんしゃい!この鍵ば姫子につなぐ……!こっちには負けられん理由があっとよ……!)

 

(負けられない理由なんて、仲間のためで十分でしょうが!!)

 

意地と意地のぶつかり合い。

両者1歩も譲らないこの局の軍配は、

 

「ロン!3900……!」

 

5巡目 塞 手牌

{34赤57778} {横九九九} {白横白白} ロン{8}

 

(リザベーションばかけられんかったばってん、逆に良かった思うしかなかか……)

 

塞に上がった。

息も絶え絶え。もう目視では手牌が何の牌かもわからなくなってきた塞は、盲牌でなんの牌かを確認するほどになってきていた。

 

(キツさ限界……だけどまだ最低でも5局残ってる……やらなきゃ……!)

 

仲間のため、自分のため。

 

塞と哩の闘志は少しも消えてはいない。

 

 








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第25局 受け継ぐ

―――インターハイの3か月前

 

ここ、晩成高校では新入生たちの実力を測る筆記試験と、上級生との対局が1週間かけて行われていた。

新入生たちはここでなんとか上位に食い込み、インターハイ予選のメンバーに選ばれようと、各々がアピールの機会をうかがっている。

 

怒涛の一週間が終わり、新入生の中からAチーム……つまりは1軍帯同メンバーに選ばれた生徒の名前が部室に貼りだされていた。

 

その掲示の前に立っている1年生が2人。

 

「アコ、やったね!最初から1軍なんてすごいじゃん!」

 

「初瀬……」

 

新子憧と岡橋初瀬。中学の時から同じチームで麻雀を打っていた彼女たちは、高校でも同じ麻雀部で活動する仲間となった。

憧は晴れてAチーム帯同。初瀬はBチームスタートにはなったが、Aチームの補欠メンバーになっている。

そもそも1年の春からAチームに帯同というのは、年によってはいないことだってあるのだ。

 

もっとも、一昨年は入学初日から即レギュラー入りした化け物がいたが。

 

とにかく、それだけの偉業を達成したというのに、華やぐ笑顔の女子高生であるはずの憧の表情は明るくない。

喜んではいるが、まだ何か足りない、そんな表情。

 

「初瀬、去年一緒にインターハイ見たよね」

 

「見たね。小走先輩、本当にすごかった」

 

思い出すのは去年の夏。

まだ中学生だった憧達は、自分たちの夏は早々に終わり、インターハイを家で観戦していた。

毎年奈良からインターハイに出場するのは晩成高校。

自分達の県だからということもあって、2人は晩成の試合を見ていた。

 

その時出会った。

2年生ながらにして、晩成のエースで先鋒を務める小走やえに。

 

もちろん晩成にスーパールーキーが入ってきたと話題になっていたので、1年生の頃から存在を知ってはいた。

しかし対局を目にするのは初めてで。

2人は、やえの他を寄せ付けない、孤高の雀風にたちまち引き込まれた。

 

その年の団体戦、2年生エースの小走やえを先鋒においた晩成は、先鋒戦で大暴れ。

他校のエースを軒並み6万点以下に抑えつけて断トツのトップを先鋒戦で確保し、

 

そして1回戦で姿を消した。

 

 

「あの時のやえ先輩の表情、今でも脳に焼き付いてる。私思っちゃったんだよね、ああ、この人にこんな顔させちゃダメだ、って」

 

ごまかして笑って話しているが、初瀬にはわかる。この表情は本気だ。

 

初瀬もよく覚えていた。涙にくれる3年生。その中でやえ1人が、感情を無くしてしまったかのように映っていたこと。

奈良の麻雀好きの間で、やえがかわいそうだ、と言われていたことも。

晩成に行く。2人が決意するのに、そう時間はかからなかった。

 

「私達がインターハイでやえ先輩の力になれるとしたら……今年しかない。私には、今年しかないんだよ」

 

普段あまり恥ずかしがって本気にならない憧が、ここまで必死になっているのを、友人である初瀬は初めて見た。

同時に、自分もやらなくちゃいけないと、触発される。

 

「そうね、すぐに私もそっちに行くわ」

 

奇しくも多恵からの助言をやえが受けた時。

 

その芽はもう息吹いていたのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

南1局 親 真屋 ドラ{⑧}

 

副将戦は後半南場に入った。

未だ持ち点は姫松リード。区間でいえば哩が若干リードだが、決定打にはなっていない。

 

(最後の親番……できればマイナスを減らしたいですが……)

 

そう思いながら1打目を切る真屋。

真屋は1年生。この場にいるのは全員3年生ということもあり、これでも十分健闘している部類に入るだろう。

 

それでも悔しいものは悔しかった。

もう少しマイナスを減らしたいという願望も、上家と下家を見る限り、そういうわけにはいかなさそうだ。

 

2人の間で何が起こっているのかまではわからないが、互いにけん制しあっているのはわかる。

 

それに、上家の塞はもう体力が限界まできている。

さっきから、何度か手牌やら山やらを壊しそうで見てられないほどになってしまっていた。

 

(もう……キツさ限界……私の親以外は……塞ぐの、やめるか……?)

 

何度もリザベーションを止めた塞の体力は尽き、もう対面の哩の顔さえしっかりと認識できない。

そんな状態になっても、思い浮かぶのはチームメイトの顔だった。

 

(トヨネに……無理させらんないなあ……)

 

まだ、終われない。倒れていいのは、局が終わった後だ。

そう言い聞かせ、なんども意識が飛びそうになる自分の体に鞭をいれる。

 

 

(全部止められるようなことにはならんばってん、宮守の……すごか精神力や)

 

南家に座る哩も、塞の精神力の高さに驚かされていた。

 

(ばってん、遠慮はせん。リザベーション……!)

 

相手に敬意を示すからこそ、手は抜かない。手を抜けるような相手は、この場に1人たりともいない。

少なくとも哩はそう思っていた。

だからこそ、手牌さえよければ攻める。まだこちらは準決勝進出ラインに届いていないのだ。

 

満身創痍の塞は、哩の聴牌気配に気づけない。

8巡目、塞からゆっくりと河に切られた{⑦}が、哩に刺さる。

 

「…ロン、3900」

 

(リザベーション……クリア……!)

 

振り込みに理解するまで、少し時間がかかった塞。

点棒を払う姿も、もう限界なのは目に見えている。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「サエ……!」

 

悲壮な顔でモニターを見つめるのは、宮守の留学生、エイスリンだった。

実況からも、塞を心配する声が流れている。

 

「あの子に厳しそうなら外しなって言ったけど……どうやら外す気はないようだねえ……」

 

熊倉監督も、厳しそうな表情だ。

本来は持っていくこと自体を止めたかったのだが、塞が大丈夫だからと言ってかけていってしまった。

 

「……」

 

あまり人との付き合いをしてこなかった豊音も、必死に打つ塞を見て思うところがあるようだ。

黙って帽子を目深に被ってモニターを見つめている。

 

 

「ダルいけど……すぐお迎え……いかなきゃだね」

 

その様子を見て、背もたれによっかかっていた小瀬川が、まだ卓は南2局であるというのに席を立った。

モニターの向こうで必死に闘牌をする塞を見つめる。

 

「塞……そんな無理しないで。ダルいから……」

 

言葉とは裏腹に、小瀬川のいつもの無表情はなりをひそめていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

オーラス。前局が流局なので流れ1本場。

 

親の塞はここをしのげばプラスで大将戦につなぐことができるところまできている。

 

(この親さえしのげば……プラスでトヨネにつなげる……)

 

現在の点数状況は

 

有珠山 53200

新道寺 86000

姫松 154000

宮守 106800

 

副将戦の下馬評では新道寺が有利で、姫松が2着で盤石につなげてくる、というものだった。

そう考えれば塞がこのまま終局までこぎつければ、大健闘だろう。

 

哩 配牌 ドラ{④}

{⑧三⑨南⑥④南白④8⑦①白}

 

(役牌の2つにドラ2つ……宮守……臼沢。あんたは強か。敬意ば表して、最後まで全力でいくっ!リザベーション……!6翻(シックス)!)

 

この副将戦で一番大きなリザベーション。

これが決まると、後半戦オーラスに1本場さえ来れば、3倍満が確約されることになる。

この大きなリザベーションをかけたことに、親の塞が気付く。

 

(ははは……最後まで私の親で来るか……みんな、ごめん、もう1回だけ……無理させてもらうよ……!塞ぐ……!!)

 

モノクルが完全に割れた。

お互いの意地とプライドがぶつかる。

 

(止めさせん!こん手牌は必ずモノにすっ……!)

 

(もう十分稼いだでしょ北部九州最強さんさあ……!もういい加減休んでよ……!)

 

 

 

6巡目 塞 手牌

{①②③123一一二九東東東} ツモ{三}

 

(これで終わらせる。ツモって6000オール……)

 

その時、手牌から打とうとした{一}が塞の目の前にあった山とぶつかり、山の牌が1枚崩れてしまった。

 

「……ごめんなさい」

 

「1枚なら大丈夫ですよ」

 

下家に座っていた真屋が心配そうにしながら山の牌を直す。

局は続行だ。

 

『大会規定で、2枚以上見えない限りはチョンボ扱いにはなりませんが、宮守の臼沢選手、かなりつらそうです。大丈夫でしょうか……?しかし、なにはともあれダマでも親の満貫聴牌!最後に1撃決められるでしょうか!?』

 

観戦席からも塞を応援する声が大きくなってきた。

どんな競技でも、必死に頑張る姿は観客を感化させる。

 

7巡目 哩 手牌

{①④④⑥⑦⑧⑨}  {南南横南} {白白横白} ツモ{④}

 

(姫松が2つ鳴かしてくれるんは意外やった。良形3面形で押し切っよ……!)

 

『おおっと!新道寺の白水哩選手が追い付きました!良形3面張跳満聴牌!最後も白水選手が決めるのでしょうか!』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「私がいけなかったねえ……采配ミスだよ」

 

熊倉トシが静かに語る。

 

「あの子に、私は注意するのは新道寺の白水と、有珠山の真屋だって伝えてしまった。……けど、本当に警戒しなきゃいけないのは」

 

そこまで言って熊倉監督はモニターを見つめる。

 

()()だったか」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ツモ」

 

由子 手牌

{⑥⑦566778五六六六七} ツモ{赤⑤}

 

「3000、6000よ~!」

 

 

 

 

 

『終局~~!!オーラスは常勝軍団姫松の真瀬由子選手が決めました!!この人がマイナスで終わるはずがない!それを失念していました!

副将戦は新道寺と姫松が点数を伸ばし、宮守は点数を維持!有珠山はだいぶ点数を減らしてしまいましたが、大将には頼れるエースが控えています!』

 

 

 

 

(終わった……のか)

 

最終局、自分で和了る気だった塞はやや拍子抜けながらも、終局したことに安堵していた。

緊張の糸が途切れ、ギリギリだった精神も、体も、もう無理しなくていい。

力が、抜けた。

 

「……宮守……?」

 

対面でその様子を見ていた哩が、その異変に気付く。

しかし、少し遅かった。

 

 

 

 

―――気を失った塞が椅子から転げ落ちた。

 

 

 

 

「た、たたたた大変なのよ~!」

 

すぐさま由子が塞の隣に座り込み、意識を確認する。

 

「真屋!救護ば呼んでくれ!」

 

「は、はい!!」

 

哩がすかさず真屋に救護班を呼ばせると、自身も塞の容体を確認する。

幸い、意識はあるようだ。

 

大きな音を立てて、対局室の扉が開く。

 

「サエ!!!!!」

 

対局室に飛び込んできたのは、宮守のメンバーたち。

小瀬川1人で迎えに行く予定だったのだが、オーラスの様子を見ていて、いてもたってもいられなくなったメンバーが全員出てきていた。

 

「……エイちゃん……?ごめんね、点棒、増やせなかったや……」

 

目に涙を浮かべてブンブンと首を横に振るエイスリン。

真屋が呼んできた救護班のタンカに乗せようと、胡桃と小瀬川が塞を持ち上げる。

 

「ははは……本当にシロに介護される日がくるなんてね……」

 

「いいから塞は黙ってて!」

 

「塞、ダルいから、話さなくていい」

 

胡桃の目にも涙が浮かんでいる。

小瀬川も表情こそ少ないが、心配しているのは痛いほど伝わってくる。

 

医務室に運ばれる塞。

その途中、傍らに立っていた、今にも泣きだしそうな豊音の顔を見つめる。

 

「……トヨネも、ごめん……もう少し……トヨネに楽させてあげたかった……あとは、よろしくね……?」

 

言葉が出ない。

なんて声をかけていいのかわからず、とにかくトヨネは首を縦に振り続けた。

それを笑って見届けると、今度こそ塞は医務室に運ばれていく。

 

 

 

突然のハプニングに20分ほど時間は遅れたが、それでも、大将戦はやってくる。

 

 

「とりあえず、塞は今はもう大丈夫そう。トヨネは、大将戦いって!」

 

医務室から控室に戻ってきた胡桃がトヨネにそう伝える。

今でも小瀬川が塞の隣にいてくれているらしい。

 

 

なら自分のなすべきことは。

 

 

 

 

 

「このお祭り……絶対に……絶対に終わらせないよ……!!」

 

姉帯豊音の目に、心に、確かに炎が宿った。

 

塞に、チームに、勝利を届けよう。

 



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第26局 恩返し

 

姫松のいるDブロックが大将戦を迎えるもっと前。

Cブロックの先鋒戦が終わった頃。

 

「みんなもちろんわかってると思うけど」

 

晩成高校控室の空気はおおよそ普段とは比べ物にならないほど緊張した空気になっていた。

先鋒戦。我らが絶対王者、小走やえは、後半戦南3局で臨海女子の辻垣内智葉への親3倍満の放銃で、2着で終局を迎えた。

親の3倍満という大災害を受けてなお、40000点のプラスを持ち帰っていることがまず驚異的なのであるが、この結果を本人がどう思っているのかなど、対局室に1人座ったまま動けなくなっているやえを見れば一目瞭然だろう。

 

そんなモニターを見ていた晩成のメンバー。

1番前にいた2年生の大将、巽由華が口を開く。

 

「……私たちは今までやえ先輩におんぶにだっこだった。メディアからも散々叩かれた。やえ先輩に、自分が1人をトバさないと勝てないと思わせてしまった。……本当に情けない」

 

その言葉は、全員に向けているようで、そして1年間、その批判を浴び続けた自分にも向けている。

この場に3年生はいない。晩成のレギュラーに入っているメンバーはやえ以外全てが2年生以下だ。

 

「初瀬。あなたなんで晩成に入ってきたの?」

 

静まり返った控室の中で、由華に問われたのは1年生ながらにしてレギュラーを勝ち取った1人、岡橋初瀬だ。

 

「……やえ先輩の姿に憧れたからです」

 

初瀬の言葉に、その場にいた全員が、頷く。動機は違えども、やえに憧れたのが、晩成に入る前か入る後かの差でしかない。

 

「でしょうね。私も、入学してすぐ、とんでもない人が1個上にいることを知った。2年はみんなそうだと思う。不器用で、勘違いされやすいやえ先輩は、最初は怖いと思ってた。でも全然違った」

 

紡がれる由華の言葉に、異を唱える者などこの場にはいない。

全員が静かに耳を傾けている。

 

「優しくて、照れ屋で、そして誰よりも居残って努力を惜しまない姿を、忘れたとは言わせない」

 

1年生ながらにしてエース、先鋒という誰もが夢想するポジションを確立させてなお、小走やえは驕らなかった。誰よりも最後まで練習し、洗牌も後輩任せにしなかった。

 

「……今日の先鋒戦、厳しい戦いになることは予想できてたよね」

 

相手は去年の個人戦準優勝者。

やえ本人は必ずトップを持ち帰ると豪語していたものの、簡単なことではないというのは全員がわかっていた。

だからこそ、由華は他のメンバーにだけ、もしやえがプラスで終われなくても動じるなと既に伝えてあった。

 

「……初めて、やえ先輩がトップで私達につなぐことができなかった。それでも、4万点もプラスに浮いている。相手が強い?全国5位以内の高校2校と、去年のMVPを倒してきた大将がいる高校??……それがなんだ!私たちができることはなんだ!」

 

「やえ先輩からの点数を!!守りきって準決勝に進むことです!!!」

 

叫びにも似た声を発した憧の目にはもう涙が出てきている。

 

憧れの先輩が初めて目の前で敗れ去った。

これで団体戦敗退するようなことがあれば、私達の存在意義はなんだ?

どんな弱小校であろうが、やえ1人で、全国2回戦までは来れるということではないか。

そんなの許さない。許せない。

私達が晩成である理由を、ここで示せ。

 

ヒートアップしてしまった自分を抑え、チームメイトも抑えるため、由華が一呼吸置く。

 

「……全員わかっているようだな。選手、控え、関係ない。全員で、この2回戦、必ずもぎ取る。ここからは私達ができる初めての……恩返しの時間だ」

 

その場にいる全員の目の色が変わる。

誰1人として勝利をあきらめているものなどいない。

下馬評ではやえが先鋒戦でどこかの高校を刺しきれなかったら、晩成が勝つ可能性は限りなく低いと言われていた。

晩成のメンバー全員の瞳に炎が宿る。

 

下馬評通りになるかは、まだわからない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

Dブロック、大将戦開始前。

 

「ただいまなのよ~」

 

「さすが由子!!!私の見込んだ由子~~!!!」

 

多恵は大喜びだった。苦戦が予想された副将戦でのプラス。

帰ってきた由子をこれでもかと撫でつける。

わわわ、なのよ~、と由子も嬉しそうだ。

 

オーラスのツモもそうだが、多恵が1番嬉しかったのは白水哩の勝負手を役牌のみの1300でかわしたこと。

あれこそ由子に目指してほしい麻雀の姿を体現したかのような和了りだった。

他家の動向を目敏く感じ、下家の白水に筒子が高いと見るやいなや、役牌を絞る。最終的には待ちにまで持って行った。

 

「流石由子や」

 

「由子先輩~!」

 

洋榎と漫も笑顔で由子を迎え入れる。

何度この盤石の打ち回しに助けられてきたことか。

心強い味方の帰還に、全員が破顔する。

 

そんな喜びもそこそこに、由子から恭子へ、新道寺の鶴姫コンボの情報が伝えられる。

副将戦が終わったということは、大将戦が始まるということ。

 

どの場面は怪しい、ここはかけていない可能性もある……など。

短い交代の時間を縫って、最大限の情報のやり取りを行う。

 

「ほないってくるわ」

 

恭子はギリギリまで由子と一緒に、新道寺の白水が和了った局を見ていたが、それを終えて、控室を出ていこうとする。

 

「恭子。相手は新道寺の他も未知数な部分も多いよ。無理せず立ち回ってみて」

 

「せやな。バケモンみたいなやつらに凡人のウチが正面から叩きあうのはごめんやし、そーさせてもらうわ」

 

そう言って出ていった恭子を眺めて、漫が少し不安そうな表情をする。

 

「末原先輩、珍しく弱気でしたね……」

 

「相手も手強そうやし、恭子が弱気になってんのは確かやけどな」

 

今日の相手は未知数な部分が多い。1回戦でかなりの点差をまくりきった、有珠山の絶対的エース獅子原爽。

コロコロと変わる雀風で、手数の多い宮守の大将、姉帯豊音。

そしてリザベーションで鍵を得た鶴田姫子。

 

大将戦はどう転ぶかわからない故に、何点あっても正直安全圏とは言えないだろう。

それでも。

 

「ウチは負けるつもりで卓についたことなんて過去1度もあらへん。でも恭子は雑魚相手でも負ける可能性を常に考えてる」

 

「だからこそ強い!……でしょ?」

 

最後まで言い切る前に多恵に言われてしまい、ニヤリと笑みを返す洋榎。

恭子の強さは何度も多恵には言っていることだった。

そして多恵も、その強さを認めている。

2人の言葉を聞いて、漫も少し安心できたようだ。

 

「その強さ、全国に見せつけてきて。恭子」

 

ちょうどモニターには、続々と大将戦のメンバーが集まってきていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『Dブロックは大将戦に入ります!!ここまでは常勝軍団姫松がその実力を十分に発揮し、先鋒戦で稼いだリードをがっちりキープ!プラスの点数状況で、愛宕洋榎、真瀬由子、末原恭子の並びで点数がマイナスになったことは過去1度もありません!他3校はその牙城を崩せるのか!泣いても笑っても、この2半荘が終わった時の2着までが準決勝進出となります!』

 

 

「「「「よろしくおねがいします」」」」

 

 

東家 新道寺 鶴田姫子  83000

南家 姫松  末原恭子 166000

西家 有珠山 獅子原爽  50200

北家 宮守  姉帯豊音 100800

 

 

 

(さて、1番嫌やったんやけど……新道寺が東家)

 

開局前、恭子は白水哩が和了った手と、配牌、その時の宮守の臼沢塞の表情までチェックしていた。

 

(東1局は十中八九かけとるやろ。和了った手は3翻。ということは、や)

 

跳満が、来る。

 

6巡目。

 

「リーチ」

 

親の姫子からのリーチ。

 

(ま、そうだよねー。ここは好きにしてくれ)

 

西家に座る爽ももちろん白水が和了った局はチェックしている。

だからこそ、ここは新道寺が和了るのは織り込み済み。

 

 

 

「ツモ!!6000オール……!」

 

姫子 手牌 ドラ{8}

{二三三四四赤五七八南南南白白} ツモ{九}

 

 

 

『決まったああ!!!挨拶代わりの親跳ツモ!!一撃で準決勝進出ラインの宮守を捉えました!』

 

(部長。東1局跳満(キー)……ありがとうございます)

 

姫子が使った鍵が、泡のように消えていく。

それを見送って、改めて姫子はこの場のメンツを見た。

ここからは自力で守っていかなければならない場面。

 

相手は、なにやら怪しげな雰囲気を放つ対面の有珠山と上家の宮守。

そして下家には常勝軍団屈指のスピードと、頭脳を持つ強敵。

 

(全員が強敵や。部長ん稼いだ点数……必ず持ち帰る……!)

 

姫子の道のりは、まだまだ長い。

 

 







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第27局 異常な卓

Cブロック2回戦は次鋒戦が行われていた。

 

晩成高校の控室では、モニターの前で一人じっと座り、太ももの上に肘を乗せて、両手で顎を支えるやえの姿があった。

 

死の先鋒戦を終えて、臨海に18600点差をつけられての2着で終わったやえ。

控室に帰ってきてそうそうにメンバーに頭を下げたが、後輩たちは笑顔で迎え入れてくれた。

そんな後輩たちを見て、対局中に、後輩たちを信じられなかった自分を憎んだ。

自分を慕い、自分についてきてくれた仲間たちを、去年までの影響でどうしても信じることができなかった。そんな己の罪を償うために、どんなことがあっても、このモニターの前から目を背けない。

そんな覚悟がやえの背中からは感じ取れた。

 

『次鋒戦、大決着です!!臨海が点数を伸ばし、永水も若干点数を伸ばすことに成功しました!!晩成と清澄が若干点数を減らしましたが、まだわかりません!!』

 

次鋒戦が終わった。

晩成の点数は132400。点数は若干減らしたものの、下との点差はまだ50000点以上あった。

とりあえず点差をキープしたことに、ほっと安堵する晩成メンバー。

 

やえも一息つく。

去年はもうこの段階で2万点以上詰められていたのだから。

 

「やえ先輩。私、いってきますね」

 

隣で座っていた後輩の一人、新子憧がその席を立つ。

中堅戦は彼女の出番だ。

 

「憧……私のせいでこんな場面になっちゃったけど、対局中は、チームのためとか、いったん忘れて、己の麻雀を貫きなさい」

 

後輩たちを信じることができず、トップで渡すことができなかったやえができる、精一杯の助言。

しかし、その言葉に一呼吸おくと、憧は意外な言葉を発した。

 

「ちょっとそれは、できるかわかんないです」

 

「……?」

 

憧が苦笑いを浮かべながら返した答えは、否定だった。

めったにやえからの言葉に否定などしないだけに、やえは疑問符を浮かべる。

 

「……このインターハイだけは、やえ先輩のために打ちます。私も、そこにいる初瀬も。なんだったら由華先輩だって、そういう気持ちで臨んでます。やえ先輩最後のインターハイを、こんな形で終わらせていいはずがない」

 

予想外の言葉に、目を丸くするやえ。逆側の隣に座っていた初瀬を見ると、同じく頷いている。気持ちは同じなようだ。

 

「必ず、やえ先輩の育てた後輩として、恥ずかしくない麻雀、打ってきますね!」

 

輝く笑顔で憧はそう告げると、足早に控室を出ていった。

それを見送り、控室の全員を見渡して。

 

そしてやえは理解した。

全員の瞳が、誰一人として、準決勝進出をあきらめていないことを。

 

「……ほんっと……バカよ……あなたたち……一人よがりで麻雀打ってたような先輩よ……?!そんな先輩のためにって……正気じゃないわ……」

 

一通りメンバーの顔を眺めると、またモニターの前に座ったやえ。

 

「……本当にバカなのは……私か……お前たちを…信じられなかったんだから……」

 

消え入るような声を、隣にいた初瀬だけは聞き取ることができた。

何も悔いはない。この先輩のために、私達は麻雀を打つ。

 

(やえ先輩のために必ず私達は準決勝に進まなきゃいけない。アコ……頼むよ)

 

Cブロックは中堅戦を迎えようとしていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

Dブロック大将戦。

こちらは予想よりも早いペースで局が進んでいた。

 

「ロン、2300」

 

東1局1本場 親 姫子 ドラ{2}

 

5巡目 恭子 手牌

{③④赤⑤45688六七} {三三横三} ロン{八}

 

(もうできてるかあ~)

 

1本場を軽く流し、親が恭子に流れる。

 

(親番か。いつもより嬉しいもんやないな)

 

サイコロを回しながらそんなことを考える恭子。

点数を稼ぎたい時はすぐにでもリーチを打ちたい親番だが、今はそういうわけでもない。

今重視すべきは局回し。

誰かがリーチを打ったらオリるつもりでいた。

 

7巡目。

「リーチ!」

 

姫子 手牌 ドラ {7}

{2333567赤五五五六七八} 

 

(オリだけでは勝てん。幸い姫松に先制できればオリば選ぶ。二人との勝負……!)

 

姫子からのリーチがかかる。

確かに親跳を和了ったとはいえ、まだまだ安全圏ではない。

リーチをかけて和了りにいくのは悪くない判断だろう。

 

 

 

ここに、異常者がいなければ、の話だが。

 

「ん~おっかけるけど~」

 

その言葉は呪詛だ。同卓していた恭子でさえ、少し背筋が寒くなる。

 

「通らば~リ~チ」

 

全員がしっかりと確認していた。今のリーチは()()()()であったと。

豊音の表情は真剣そのもの。

1回戦の映像とのギャップに、各選手が面食らう。

 

(ツモ切りリーチ……?)

 

不信感を抱きながらも、姫子が持ってきた牌は{七}。

自らの和了り牌ではない。

だから、切るしかない。

 

 

 

「ロン。リーチ一発ドラ1で……5200」

 

豊音 手牌 裏ドラ{九}

{②②②⑦⑧⑨123二二八九} ロン{七}

 

「……はい」

 

(3面張でペンちゃんに負けっか……)

 

良形三面張でペンチャンに負ける。麻雀ではよくあることだ。

しかし、これが偶然とは、この世界では限らない。

 

(へえ……なんかやってるね)

 

有珠山の大将、爽はそれを一度見て確信する。

どんな内容までかはわからないが、確実に偶然では済まされない何か。

でなければ、あんなゴミ手での追っかけリーチなど、するはずがない。

 

 

東3局 親 爽 ドラ{三}

 

(さあて、親番だ。悪いけど、一番狙いやすいところから、点棒むしらせてもらうよ……白いの!)

 

瞬間、宮守の豊音の表情が曇った。

 

(もう少し先負で押したかったけど~有珠山がなにかしそうだね?)

 

基本的に有珠山が暴れるのであれば、ある程度は許容できる点差がある。

まずは様子見。今日の豊音はいつになく冷静だった。

 

10巡目。爽からリーチが入る。

 

「リーチ!」

 

(白いので手牌は完璧、捨て牌も悪くない。さあ、行こうか……寿命(パコロ)のカムイ……!)

 

姫子 手牌

{⑥⑦⑧567三三六七} {横222}  ツモ{1}

 

({1}は{2}の壁ばい。獅子原の河は……)

 

爽 河

{南西九⑧①白}

{二発9横3}

 

(索子の高かばってん、これくらいはいかるっ)

 

姫子はツモ切った。{1}を。

普通なら切るだろう。相手が親だろうと、この場面では一発も込みしても押し有利だ。

 

……()()なら。

 

 

 

「ロン」

 

爽 手牌

{2355666777789} ロン{1}

 

「リーチ一発清一色で……24000」

 

(その河で清一色やと……?!)

 

『きまったあああ!!!有珠山の大将獅子原爽!!新道寺の鶴田姫子から親倍直撃!!吸い込まれるかのように{1}が鶴田姫子の元に来てしまいました!!』

 

 

姫子の表情が白くなる。

自分が打っていた麻雀観を覆されるかのような、恐ろしい感覚。

姫子は悔しそうな表情で、点箱を開けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「今のはあまりにもあまりですよ……」

 

同級生である姫子を心配するのは、新道寺の花田煌だ。

部長の白水哩も、真剣な表情でその対局を見守っている。

今の一撃で、有珠山はもうすぐそこまで来てしまった。

 

「姫子……」

 

次の鍵があるのは南3局。

このメンバー相手に恐ろしく、恐ろしく遠い。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

東3局1本場 親 爽 ドラ{9}

 

(白いのは継続中。寿命(パコロ)は1回きりだけど、上手く使えたし、ここからあと2回は和了れる……!)

 

3巡目 爽 手牌

{12333赤5566789東} ツモ{9}

 

(よしよし、いい感じでタケノコにょきにょきしてるね)

 

3巡目にして、手牌が索子に染まる。

これが決まれば、親倍、三倍満まで見えてくるような手だ。

誰もが色めき立つような手牌。

 

爽は満足気に{東}を切り出す。

 

 

「ロン」

 

「……へ?」

 

恭子 手牌

{⑤⑥⑦⑦⑧⑨三三東東} {横五六七}

 

「1000点は1300」

 

この卓には局回しの達人が一人入っていた。

 

(おいおいその手で鳴いたのか……!片和了りじゃないか!それも思いっきり索子を嫌って……流石に対応早すぎないかい?)

 

爽が苦笑いをしながら点棒を払う。

爽の予定ではあと2局は和了れる気だっただけに、拍子抜け。

 

それは決して相手を舐めているとかそういう話ではなく、全国の猛者たちを相手にしても、県予選決勝で当たったとんでもない化け物にも、この力は通用していたのだ。

そう思っても爽は攻められない。

 

(これが常勝軍団姫松の最後の砦、スピードスター末原さん……ねえ)

 

 

 

 

東4局 5巡目 親 豊音

 

この局も制したのは恭子。

 

「ロン、3900」

 

「わあ」

 

(逃げ切るために最速のギア入れてるね~。もしこのままウチが2位のままなら嬉しいし、ここは無理しないで末原さんに任せようかな?)

 

「南入やな」

 

今度は豊音からの出和了り。

この圧倒的速度に対して、3人は恭子に対して1副露で警戒をしなければいけなくなった。

そういう(クサビ)を恭子は打ち込んだ。

 

とはいえ、豊音にしてみれば、このまま姫松と宮守が抜けるなら悪くない。

準決勝までに対策を立て直して姫松とぶつかれる。

 

ただし、もし、新道寺や有珠山に追い付かれるなら、いくつか隠しておきたかった能力も使わざるを得ないだろう。

 

いつになく冷静に場の状況を判断する豊音。

 

(絶対に……終わらせないよ~……!)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……シロ……?」

 

医務室。

副将戦で倒れて意識を失っていた塞が、ようやく目を覚ます。

 

「塞……起きた?」

 

隣にいつもの見知った顔、小瀬川がいることを確認して、一旦安心する塞。しかし、一瞬で、ハッと目を開けると、上半身を起こした。

 

「……大将戦は??」

 

「今やってるから……心配しないで」

 

医務室にもモニターがついている。

対局の映像は、今南1局であることを示していた。

 

「うう……トヨネ、大丈夫かなあ、相手強いって熊倉先生言ってたし」

 

自分たちのチームの大将であるトヨネを心配する塞。

今日の相手は、一筋縄では行かないであろうことは、予想ができていた。

 

「……わかんないけど」

 

小瀬川もモニターの方を向いている。

こちらから表情を伺うことはできない。

対局を見て、どんなことを思っているのか。

しかし、長い付き合いの塞は、その声音が、少しだけ上向きなことに気付いていた。

 

「……今まで見たこともないくらい、真剣な表情だよ、トヨネ」

 

見た目に反して、精神年齢がそこまで高くない豊音は、麻雀を打つ時も、喜怒哀楽の激しい打ち手だった。一緒に打つとよく笑い、仲間が負けると涙する。

そんな豊音が、みんな好きだった。

 

その豊音が、今までにないくらい、真剣な表情で卓に向かい合っている。

 

「じゃあ……大丈夫か」

 

塞の表情は明るい。

 

想いは託された。

豊音は人生で初めて、仲間のために麻雀を打っている。

 

 



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第28局 カムイ

Dブロック大将戦は南場に入った。

 

南1局 親 姫子 ドラ{⑨}

 

ここまでの展開はおおよそ恭子の想定通りではあった。

宮守と有珠山に基本注意を払いつつ、リザベーションの局は無理をしないでリーチを打たない。

 

リザベーションはほとんどの記録がツモで和了っているが、出和了りもできないわけではないだろう。

 

とすると、リザベーションとリーチ合戦になるのはあまり歓迎できない。

 

 

(そうやとしても、今のウチの実力が、この2人の絆にどれほど通用するんか1回くらいは試してみたいもんやな)

 

 

恭子のスタイルは確立された。迷っていた時期もあったが、それを脱した恭子は、以前よりも強い打ち手になっていた。

洋榎も多恵も、由子も「大将 末原恭子」に異を唱えたことなどない。

それほど適任だと思っている。

 

対してつらい立場になったのは新道寺の姫子だ。

有珠山からの重い一撃を食らったことで、2着争いはもうわからなくなった。

 

他の2校が、まずは2着を狙ってきていることは姫子もわかっている。

 

(そいでも、こん配牌……部長ん鍵はなか。ばってん、この親でなるたけ稼ぐッ……!)

 

姫子の打牌が強くなる。

姫子も哩からもらった鍵に頼ってばかりではいられない。

今までも県予選やインターハイで、自身の実力で何度も和了ってきた。

その自信が唯一2年の姫子の気持ちを奮い立たせている。

 

11巡目 姫子 手牌

{①②③④④⑤⑥⑦⑧2345} ツモ{⑨}

 

(来たッ……!)

 

絶好の入り目。一気通貫とドラが確定するこの上ないツモだ。

一瞬、姫子は考える、ダマにとるか、リーチを打つか。

河を見ても、{25}の場況は悪くない。程よく索子の下は切れている。

姫子がわざわざこの索子の連続形を残していたのは、索子勝負になれば勝算があったからだ。

 

では、立直を打つか…?

チラ、と姫子が視線をやる先は、目深に帽子をかぶった宮守の大将、姉帯豊音だ。

 

脳裏によぎるのは、先ほどの一発放銃。

 

単なる偶然だと片付けることもできるだろう。

たまたま一発で当たり牌を掴んだだけ。

 

先ほどの放銃を引きずって、この手をリーチしないほうが問題。

姫子はそう結論付けた。

 

 

(こんなところで、負けられっか!)

 

「リーチ!」

 

この判断は悪くない。親であればいち早くリーチをかけたいと思うのは普通だろう。

待ちも決して悪くない。

 

1副露していた恭子は、現物切り、爽も現物を合わせる。

 

(まだ後半戦も残ってるし、カムイを使うタイミングはここじゃない。それに……)

 

爽はなんとなく気付いていた。

この局も、下家が早そうだ、と。

 

豊音がツモ牌に手を伸ばす。

 

その途中。

 

 

 

 

「ん~追っかけようかなあ~」

 

 

 

ゾクッと姫子の背筋に冷や汗。

それはそうだ、まだ豊音は持ってきた牌を見ていないのに追っかけようとしている。

それはつまり。

 

もう、()()()()()()()()ということに他ならない。

 

「通らば~り~ち?」

 

まったく手牌に入れるそぶりすらなく、持ってきた牌は横を向いた。

 

まるで姫子がリーチを打つのを最初から待っていたかのように。

 

震える手を必死に抑えて姫子は山に手を伸ばす。

そんなことがあっていいはずがない。

 

負けてたまるかと。

願いをこめた右手で持ってきた牌は、{⑨}。

 

 

ドラだ。

 

姫子の目から光が抜ける。

感覚的に理解してしまった。

 

これは、当たる、と。

 

こぼれ落ちるように河に放たれた{⑨}に、声がかからないわけもない。

 

 

 

「ロン」

 

外見にそぐわない、甲高い声が対局室に響く。

 

 

 

豊音 手牌 

{⑤⑥⑦⑨⑨123456南南}

 

「12000」

 

 

 

『決まったああ!!宮守女子、姉帯豊音!!この局2回目の新道寺からの一発直撃です!』

 

 

 

(狙った相手から追っかけリーチで直撃を取れる……そんな能力があるんか?この宮守の大将は。こんなん食らったら、そら魂ぬけるわ)

 

震えて点数を払う姫子を見ながら、恭子は豊音の能力を推察する。

2回のリーチ一発。それに2度の追っかけツモ切りリーチ。

冷静になればなるほど、なにかやってると考えるのが、この世界の道理だろう。

 

(まあ、おそらくだけど宮守の姉帯さん。これ()()じゃなさそうだね?)

 

ニヤリと豊音を見るのは、西家に座る爽。

自身が複数のカムイを従えるだけに、他者の気配にも敏感だ。

 

 

南2局 親 恭子 ドラ{西}

 

一気に新道寺が最下位まで叩き落された。

2位上がりを目指す3校の戦いは熾烈を極める。

 

新道寺も一時的に下回ってしまったものの、まだ南3局に倍満(キー)が残っている。

 

(とはいえ、ちょっと宮守と離れてるねえ……姫松の末原さんが早くなさそうな捨て牌だし、ここらで無理させてもらおうかな)

 

4巡目に入って、恭子の捨て牌から、早そうな雰囲気を感じなかった爽は、恭子が親を手放そうとしているとあたりをつけた。

 

爽は複数の能力を持つ打ち手だ。

幼い頃からの友達だったカムイは、爽に麻雀で力を与える。

北海道から連れてきたカムイは1回戦では1体しか使わずに済んだので、今日使った2体の合計3体が今は使えない。

 

(本当は準決勝まで残しておきたかったけど、流石全国、みんな手強いね。この親番、末原さんは局回しのために和了にこだわらないだろうし、他の2人を削る……まずは、ホヤウ……!)

 

瞬間、爽の背中から、羽のようなものが生えた。

真っ黒く、異質な羽。

その羽ばたきを3人が感じた時、異変は既に起きていた。

 

(…?!先負が……消えちゃってる?!)

 

豊音はなんとなく、今追っかけリーチを打っても勝てないかもしれない、と漠然とした不安を抱えた。

 

前半戦は「先負」で戦おうと思っていただけに、豊音の表情から焦りが出始める。

 

豊音は塞に何度か能力を封じてもらったこともあっただけに、この感覚が、塞のものとは根本的に違うことに気付いていた。

 

だからこそ、不安。確信には至らない。

 

 

 

(また……また部長ば感じられん……有珠山といい宮守といい……!しゃーしい……!)

 

姫子もまた、爽のホヤウの干渉を受けていた。

この局はリザベーションがかかっていないのでまだ良いが、次の局はリザベーションがかかっている。

 

次の局までに哩とのリンクを復活させなければ、リザベーションも危うい。

 

 

 

(姉帯と鶴田の表情に変化があった……獅子原……またなにかする気だな)

 

爽が使ったホヤウは、他者から能力の干渉を受けなくする守りのカムイ。

 

これでまず豊音からリーチ後に追いかけ直撃の心配がなくなったので、安心してリーチを打てる。

 

(悪いね、ここは確実に決めに行く!アッコロ……!!)

 

爽が2体目のカムイを使う。

豊音も能力をかき消されているため、爽の河からの情報を冷静に分析できなくなっていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「これは……また予想外の敵がいたもんだねえ……」

 

宮守のメンバーは心配そうに豊音の様子を見ている。

モニター内では不気味な手牌の爽からリーチがかかった。

大将戦も、恐れるのはリザベーションと、末原恭子の超早和了りだけだと思っていたが、ここでも思わぬ伏兵。

 

 

「トヨネ……!!」

 

危ない、とエイスリンが警鐘を鳴らす。

狙われたかのように余る萬子。

奇しくもそれを切れば聴牌がとれる形。

 

「今の豊音は、能力をつぶされている。先負は無効。それどころか……」

 

モニター観戦しているとよくあることだが、それを切ったらだめだと見ている側はわかっていても、打っている本人はわからない。

だから観客は一打一打に熱狂し、落胆する。

 

これはその典型例。

宮守を応援する地元の人々、控室の胡桃とエイスリン。

そして、医務室の塞と白望。

全員が祈るように見つめる。

 

その牌を、打ってはならないと。

 

しかし無情にも、豊音はその牌に手をかける。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「追っかけるよ……通らば~リーチ!」

 

河に放たれるは{二}。

本来なら通って、爽から出てきた牌で和了れる。

 

豊音の不安は、確信がなかっただけに追っかけリーチへと踏み切らせてしまった。

 

 

「……通らないな!」

 

ニヤリと笑みを浮かべたのは爽。

ここの勝負は、ホヤウで守りを固めた爽の勝利だった。

 

爽 手牌

{三三四四赤五六六七七八八西西} ロン{二}

 

驚愕に染まる豊音の表情をよそに、爽が裏ドラをめくる。

 

出てきたのは……{七}。

 

「リーチ面混ピンフイーペーコードラ……5」

 

爽が使ったのはアッコロ。

その恐ろしい能力は、王牌までも、赤く染めた。

 

 

「24000!」

 

 

 

『3倍満だあ!!!有珠山高校獅子原爽!2着の宮守からの直撃3倍満で一気に準決勝進出ラインの2着に届きました!!』

 

余りの一撃の重さに、一瞬視界がブレる豊音。

 

(……痛い……けど、みんなのため、まだ……まだ戦える……!)

 

医務室の塞もついに2着から陥落した豊音を見て心配そうな表情だ。

 

しかし、ここで折れてはいられない。

次に迎えるは南3局。

 

 

姫子が天空に向けて、輝く鍵を放つ。

 

 

倍満が、来る。

 



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第29局 目の灯火

南3局 親 爽 ドラ{③}

 

Dブロック大将戦は前半戦の南3局。

副将戦前半戦の南3局での白水哩の和了りは、もちろん他3人の頭にも入っていた。

 

(副将戦で白水が和了ったんは跳満。もし6翻縛りをかけていたんやとしたら、来るのは3倍満や。やけど、あの手牌、仕掛けから見て、ウチと多恵の見解は一致しとる。おそらくは4翻縛り)

 

白水哩は南3局で、高目をツモ和了り、跳満としていた。

つまり、安目だと6翻に届かなかったということ。そして、安目でもよしとする前提の仕掛け。

 

過去の牌譜から見ても、6翻しばりとは考えにくかった。

 

5翻縛りは意味がないので、おそらくは4翻縛りではないか。

実際に対局していた由子とも話をして、多恵と恭子はそう結論付けた。

 

(だからなんや、って話ではあるんやけど、倍満ならギリギリ2着目には届かん。それをこの2人が良しとするかどうかや……)

 

気になるのは他家の動向。

今の時点での点数はこうなっていた。

 

東家 鶴田姫子  59800

南家 末原恭子 167500

西家 獅子原爽  88600

北家 姉帯豊音  84100

 

点数状況を踏まえて、恭子はチラリと、下家に座る爽を眺めた。

この有珠山の大将と、宮守の大将はなにをしてくるかわからない。

圧倒的リードがあるとはいえ、一分の隙も見せるつもりはなかった。

 

警戒を怠らず、恭子は2打目を切り出す。

 

その牌に、爽から声がかかる。

 

「ポン」

 

(親なんだよなあ……)

 

当然のボヤキだろう。ここでもし姫子に3倍満をツモられようものなら、自身は12000の出費だ。

やれることだけやって、回避を試みるのは、普通だろう。

 

そして何より、爽には心強い味方がいた。

 

(幸い、ホヤウは残ってる。アッコロも残っているから裏ドラの心配はないし、流石に時間かかるだろ)

 

ホヤウは他者からの干渉を無くす全体効果系の能力だ。

これでリザベーションを打ち消してくれれば、爽にとっては一番嬉しいし、打ち消せはしなくても、時間がかかってくれればそれで構わない。

 

この卓には速度に関しては高校1を争う逸材がいるんだし。

 

そんな願望を込めながら自身も和了に向かうために鳴きを入れた。

 

しかし。

 

 

「リーチ」

 

3巡目、爽の思惑とは裏腹に、あっという間に姫子からリーチが飛んできた。

 

(びよーーーん)

 

爽の顔が上に伸びる。

モニターをちゃんと見れば爽の顔がアホの子になっているのを視聴者からでも確認できた。

 

これでは、リザベーションが消えているとは、とても思えない。

それに、姫子の目には、確かな意志が宿っている。

 

 

(その程度で、部長との絆、消えるなんてあるわけなか!そがんことしようたって、無駄や!)

 

 

恭子も、はあ、とため息をついて現物を切り出す。

一応動けるような形にはしていたが、2向聴からではとてもじゃないが向かえない。

 

爽も諦めたように現物を切り出す。

 

もとより、この失点は頭に入れて対局に臨んでいた。

止められればうれしいが、止められないのであれば、次に向かうだけ。

 

それでも、悔しいものは悔しかった。

自身の力を完全に無効化されて、リーチを打たれているのだから。

 

豊音も現物を合わせた。

 

姫子の手が、山に伸びる。

 

対面に座る強い意志を持った姫子の目を見て、爽はふう、と下を向く。

 

 

(強いねい。これだけ叩いても、折れない瞳をしてる。なんていったっけ、そうだ)

 

 

 

 

 

 

 

汝の(たから)のある所には、汝の心もあるべし。

 

身の灯火は目なり。

 

この故に汝の目正しくば、全身あかるからんことを。

 

 

 

 

 

 

 

「ツモ!!!4000、8000!!!」

 

姫子 手牌 

{①②③④⑤⑥⑦⑧赤55678} ツモ{⑨}

 

 

(またちょっと意味違うってユキに怒られそうだ)

 

 

 

『決まったあああ!!!新道寺女子!最下位に沈んでいましたが、この1撃で、2着までは射程圏内に入りました!!

2着から4着までが5000点以内で争うデットヒート!準決勝進出を掴むのはどの高校か!!』

 

 

 

南4局 親 豊音 ドラ{7}

 

姫松以外の高校が団子状態。

豊音としては、ここの親番で、後半戦を少しでもリードして迎えたいところ。

 

(先負がつかえない……ここは後半のためにも、他の力は隠して和了りをとりにいくよ~)

 

複数の能力がある豊音だが、もしここで1つ使ってしまうと、休憩中に対策を取る時間を与えてしまうこととなる。

点数はもちろん欲しいが、それはなるべく避けたかった。

 

幸い、配牌も悪くない。普通に打って普通に和了りにいく第一打を打つ。

 

逆に、前半戦だいぶ削られたが、今の倍満で点数を取り戻した姫子。

しかしこれでは、鍵以外の場面では和了れていないこととなる。

 

周りの3年生がいくら強敵とはいえ、それは姫子としても許せないことだった。

 

 

(鍵のなくても、このオーラスで確実に和了ッ!2着で後半戦迎えっ……!)

 

姫子も途中の放銃で一度は厳しい展開になったが、今姫子を支えているのは仲間の、先輩の存在。

 

1人ではないことが人並み以上に感じられる姫子だからこそ、まだ、その目の灯火は消えてはいない。

 

 

(さーて、アッコロとホヤウがいるうちに、最後に1発かましてやりますか)

 

それでも現状、有利なのは爽だろう。

全体効果系のホヤウで豊音を無力化し、アッコロで自身への強化も入っている。

 

現に、先ほども倍満はツモられたが、やはり姫子は手牌に萬子を抱えきることはできていなかった。

 

最初からアッコロを使ったことで、今回の手牌も、早い。

 

 

4巡目 豊音 手牌

{③④赤⑤赤⑤⑥78}  {横123} {発発横発}

 

姫子 手牌

{⑤⑥⑦⑧234赤55677七}

 

 爽 手牌 

{一二三四赤五七七八東東北北白}

 

思うように萬子がくっつかない姫子は索子を伸ばしにかかる。

 

豊音もあと一歩でなかなか手が入らない。

 

爽は大物手の2向聴だ。

他家が萬子を使えないことを考えると、かなり有利な状況。

 

タン、タン、タン、と卓に牌が切られる音だけが淡々と響く。

それだけで不思議と卓の緊張感が、見ている側にも伝わってくる。

 

 

6巡目、場は一斉に動く。

 

豊音 手牌

{③④赤⑤赤⑤⑥78}  {横123} {発発横発} ツモ{9}

 

(時間かかったけど、親満聴牌だよ~)

 

豊音が聴牌打牌で切り出したのは{⑥}。

{③⑥}が河に見えているし、赤は使いたい。

当然の判断だろう。

 

そこに食いついたのは、姫子だ。

 

「チー!」

 

姫子 手牌

{⑤⑥2344赤5677} {横⑥⑦⑧}

 

(面前で手ば組みたか。ばってん宮守はほぼ聴牌ばい。仕方なかね)

 

食い伸ばし。筒子の好形を活かして、喰いタンの満貫聴牌を入れる姫子。

2副露の親から{⑥}が出てきた。このあたりの速度読みは流石強豪校の大将。ばっちりだ。

 

そして姫子から出ていく牌は、{七}。

 

「ポーン」

 

これに爽が食いつく。

 

爽 手牌

{一二三四赤五東東北北北} {七横七七}

 

(これで間に合った。あとは不要な萬子を掴んで、誰かが放銃してくれるのを待つだけだね)

 

爽以外の3人はアッコロの影響で萬子が上手くつながらず、河には萬子が目立っている。

他家も聴牌となれば、不要な萬子は切るしかない。

半ばこの局の勝利を確信した爽。

 

一瞬の内に聴牌が入る。

3人とも、思うことは1つ。

 

(((めくり合い……!)))

 

後半戦の対局を左右する、大事な一局。

この手を和了った者が、準決勝進出に一歩近づくと言っても過言ではない。

 

それは何故か。

 

この局は点数以上におおきな意味合いを持っているからだ。

 

姫子は鍵以外での和了りという自信を。

豊音は能力を隠しきってのリードを。

爽は、おそらく帰ってしまう前最後のホヤウとアッコロを。

 

 

分かっているからこそ、見ている側も手に汗握るめくりあい。

 

聴牌者が多いほど、決着はすぐに着く。

 

手牌が、開かれた。

 

 

 

 

 

 

 

 

「ツモ」

 

 

 

 

恭子 手牌

{①①②②③③⑦⑧⑨1145} ツモ{3}

 

 

 

「7本……13本」

 

 

 

(((姫松……!)))

 

 

 

『最後を締めたのは姫松のスピードスター末原恭子!!4人聴牌をあっさり制しました!!勝負は後半戦に移ります!!』

 

 

対局終了を知らせるブザーが鳴り響く。

前半戦終了だ。

 

 

結局、3校の団子状態は変わらず、姫松が圧倒的リードを保っている。

最後の和了りを決めた恭子が席を立つ。

 

「……凡人やからって、蚊帳の外に置かんといてや」

 

「よく言うよ……スピードスター末原さん。……じゃあ、後半戦で」

 

恭子と爽が控室に戻る。

はあ~、と伸びをしてから豊音も足早に戻っていった。

医務室の塞の様子を見に行くのだろう。

 

1人残された姫子も、点数を確認してから、控室に戻る。

 

 

(こん点数……部長に申し訳なかね……後半戦、必ず取り戻す……!)

 

 

残された卓の牌を無造作に掴み、握りしめる。

 

姫子の目の灯火は、まだまだ消えそうにない。

 

 



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第30局 鳴きの魔法

どうやら昨日また日間20位以内あたりまで入っていたようです。
いつも読んで、応援してくださる皆さまのおかげです。
ありがとうございます。



大将戦は後半戦に入る。

 

前半戦を終えての点数は

 

新道寺  75100

姫松  166200

有珠山  79900

宮守   78800

 

姫松を除く団子状態。

まだ確定ではないが、実況解説席も、暗に残り1席をかけた戦いだと言い始めている。

 

『ついに、泣いても笑ってもこの半荘が最後!準決勝進出をかけた戦いは、大将後半戦に入ります!前半戦は、有珠山高校がエース獅子原爽選手の活躍で点数を伸ばし、姫松以外の3校がほぼ並びです!

常勝軍団姫松の殿を務めます末原恭子選手は、きっちり前半戦オーラスで、半荘の収支をプラスにする貫禄の和了り!隙を見せません!さあ、準決勝に進出するのはどこの高校になるのでしょうか?!』

 

 

 

「よろしくお願いいたします」

 

「よろしくお願いします」

 

「よろしくね」

 

「よろしく~」

 

運命の後半戦の席順は、恭子が起家、姫子、爽、豊音の席順となった。

恭子がサイコロを回し、自動卓から山が上がってくる。

 

 

 

東1局 親 恭子 ドラ{7}

 

恭子 配牌

{①②⑦11699一七東南西白}

 

(……5向聴やな)

 

 

『起家は末原恭子選手でスタートです。しかし配牌が悪いですね。この局はおやすみで安牌を確保しにいく展開になりそうです』

 

 

東発の親になった恭子。その配牌は解説も言っているように、悪い。

 

南1局にはおそらくリザベーションがくるであろうことがわかっているので、恭子の親番は実質この1回だ。

 

とするとここでできる限り和了りたかったが、この配牌。

 

トップ目であることも考えれば、無難に{七}あたりから打って、安牌となる字牌たちを確保したいところ。

 

しかし、恭子はこの時、別の世界が視えていた。

 

1巡目、南家の姫子から放たれたのは{1}。

 

 

 

「ポン」

 

その声は、確かに恭子から発された。

実況席と、観客から困惑の声が上がる。

 

しかし対局者はそうではない。

ただでさえあれだけの速度を前半に見せつけられたのだ。

1副露とはいえ、開局直後にして場に緊張が走る。

 

次順、爽が河に放った{9}にも声がかかる。

 

「それもポンや」

 

トップ目親の2副露。

 

そして不気味な河。

対戦校3校が見つめる恭子の手牌は、深い闇の中のようだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「お、恭子、もうそれやるの」

 

姫松高校控室。多恵は恭子の仕掛けを見て驚いていた。

 

先ほど、休憩中に1度戻ってきた恭子の表情は、晴れなかった。

 

なんでも、有珠山と宮守の矛先が自分に向いていたら、この半荘はどうなるかわからなかったとのこと。

多恵からすれば、それでもプラスで終えれたのではないかと思うが、本人は納得いっていないらしい。

 

 

「いやいや、それでこそ恭子や。稼いだろって思ってるんやろ」

 

好戦的な笑みを浮かべるのは、洋榎だ。

 

恭子は、後半戦も守りには入らないと宣言した。

 

相当危なくならない限りは、攻める。

オーラスに役満条件も作らせないつもりだ、と。

 

その言葉を体現するようにトンパツの親、恭子は配牌5向聴から鳴いた。

 

普通なら悪手ともとれる鳴き。

しかしこれは恭子たちが2年生になる頃、多恵が助言した戦法だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あかん。勝たれへん」

 

恭子は頭を抱えていた。

 

2年になる少し前のこと。

1年の秋から頭角を現した恭子は、近畿大会でメンバー入りを果たし、春季大会もレギュラー入り確実と言われるまで成績を伸ばしていた。

 

1年夏からメンバーに入っているのが2人もいるようなとんでもない学年に入ってしまったものの、恭子の才能は、しっかりと花開いていた。

 

しかし、春の大会が始まる前、恭子の成績が少しずつ下降気味になった。

 

「恭子ちゃんは洋榎ちゃんと多恵ちゃんを意識しすぎなのよ~。個性が違うんやから、意識しても仕方がないと思うのよー」

 

「せやろか……」

 

由子の助言は、的を得ていた。

恭子は、確実にチームに貢献できていたが、もっと貢献する同級生2人の影響で、どうしてももっと上をと、雀風にブレが出てきていた。

 

確固たる信念を持つ打ち手には牌が応える……。

逆に言えば芯のない、ブレる麻雀には牌もついてこない。

ゆるやかにスランプに陥った恭子は、春季大会もさしたる活躍はできなかった。

 

 

そして、春季大会中。善野監督が倒れた。

 

 

恭子が敬愛してやまない善野監督の突然の離脱に、恭子は精神に大きなダメージを負う。

 

 

 

ある日の放課後。

洋榎を見習って、洗牌を自分から志願して行っていた多恵は、奥のパソコンルームで牌譜とにらめっこする恭子を見つけた。

 

暗い部屋でパソコンと対峙する恭子に、後ろから声をかける。

 

「きょーこ、あんまり根詰めすぎると、体に毒やで?」

 

「……多恵か」

 

周りが皆関西出身なもので、多恵もエセ関西弁がたまに出る。

 

「今のままじゃあかんねん。善野監督に報いるためにも、2年のインターハイは結果残さな……」

 

そう話す恭子の目には、くっきりとクマができていた。

 

ここ最近の恭子は部内の格下相手にも負ける対局が増えていた。

麻雀なのだから格下にも負けることはあれど、その頻度が増えれば増えるほど、レギュラーからは当然遠ざかる。

 

多恵もどうにかして恭子を救いたい……そう思い、いくつも恭子に助言はしてきた。

しかし、未だに結果には結びついていない。

 

「……言い訳やないんやけど、最近、明らかに配牌の平均向聴数が落ちとる。平均からこんなに下回ることなんてあるんか」

 

「……配牌悪い時国士に向かって1巡目に持ってない字牌ポンされて萎えるあるあるだね」

 

空気を変えようとした多恵の麻雀あるあるに、恭子はジト目を返すだけだ。

 

ははは……と多恵は乾いた笑いを漏らす。

 

最近、恭子はどこにぶつけていいのかもわからない、漠然とした怒りを感じていた。

 

配牌を呪うのは弱者の発想。

とはいえ、ここまで配牌が悪いと恨み言の1つでも言いたくなる気持ちは麻雀打ちなら誰もがわかる感覚だろう。

 

そもそも恭子の雀風は、鳴きを駆使して先手をとる、速度の麻雀だ。

なにも役が見えない配牌では、自然と戦うのは難しくなる。

 

その様子を見て、多恵は恭子の見ていたパソコンの牌譜を眺める。

 

そしてしばらくすると、多恵はなにかを見つけたようにマウスを操作して、いくつかの対局をピックアップした。

 

 

「恭子。これを見て。この2つの配牌、確かに悪い。……けど、私の知り合いに、こんなゴミ配牌でも、魔法がかかったように和了りにつなげちゃう人を私は知ってるんだ」

 

「……なんやそれ」

 

恭子は半信半疑といった顔。

 

多恵が思い出しているのは前世の麻雀界。

多様な雀士がいた中で、一際騒がれていたトッププロの中に、鳴きを武器にして数々の場面を打開した雀士がいた。

 

 

「鳴きは、早く和了るための手段だけじゃないんだよ。例えばこの配牌、見てみて」

 

多恵が指をさすのは、ピックアップした中でも悪い配牌。ボロボロの5向聴。字牌対子も無ければ、萬子に2対子あるだけだ。

 

「この局面、対面から出た{二}、恭子はスルーしてるね」

 

「当たり前や、こんなの鳴いたら防御力は下がるわ和了りも遠いわ、手牌の可能性まで消してまう。バカ(ホン)や」

 

バカ(ホン)とは、負けが込んだ雀士が、投げやりになって染め手に走る行為のことを指す。

フリー雀荘で負けが込んでいる人によくみられる現象だ。

 

「確かに、そう見えるかもしれないね。けど、これをポンするっていう選択肢を、恭子には持ってほしい」

 

恭子はいまだに納得がいっておらず、ええ……といった表情だ。

 

「ようは、相手を牽制するってこと。恭子の雀風は速攻型。部内の人間はもちろん、これから先恭子が研究されてきたら、どこの高校もそう思う。だからこそ、この{二}をしかけて、例えば、その後下家から出てきた{九}をチーして、打{白}とする」

 

カチ、カチ、とマウスを操作する多恵。

恭子はその様子を食い入るように見つめていた。

 

「2副露した後で手出しの{東}。さあ、これ恭子対局者側だったら、この手牌どう評価する?」

 

「……少なくとも。染め手の聴牌か1向聴やな」

 

実際は、手牌の中はまだバラバラ。とても聴牌には程遠い。

しかし、対局者を錯覚させることはできる。

上家などは、もう萬子は切りにくい。

 

「……せやけど、これで勝負手入ってる人間からリーチ打たれたらどないすんねん?」

 

恭子の疑問ももっともだ。鳴く、という行為は手牌を短くするということ。

 

面前進行よりも選べる打牌の種類が減る分、防御力は激減する。

 

もちろん多恵もそのことは分かっていた。

 

だからこそ、前世のトッププロが使っていた方法を伝授する。

これは自分でも上手く使いこなせなかった技。

 

「安牌を手の中に集めながら、進行するんだよ。これは高等技術。どこが1番早いかを見極め、そこの安牌と、共通現物を確保しながらの進行……下手な人がやれば自爆する。現に私も怖くてなかなかできない」

 

でも、とつけて、多恵はパソコンに向けていた目を、恭子に向ける。

その目は真剣そのものだった。

 

「恭子なら、できると思う。誰よりも鳴きという技術に傾倒し、研究を続ける恭子なら」

 

思わず恭子も一瞬息をのむ。

 

(もともと多恵はお人よしやとは思ってたけど、筋金入りやな……)

 

目を閉じる。言われたことは簡単なことではない。

鳴くということは手牌の方針をある程度決めることになる。

 

鳴きを駆使するということは、自分の感覚と心中できなければ、なし得ない。

 

 

「わかった。やってみるわ」

 

 

結果的に、恭子はスランプを脱した。

それは多恵のおかげではないだろうし、多恵自身もそんな風には思っていない。

 

恭子は自分自身の力で、善野監督から受け継いだ超早和了りを、昇華させ、赤坂監督に買ってもらったのだから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

東1局は15巡目。

 

爽は怒っていた。

 

 

(スピードスター末原さんがすぐにツモ和了るかとおもったら、全然和了らないじゃん!!!!)

 

この局は早々にあきらめ、次の局からカムイを使うか判断しようと思っていたのだから当然だ。

 

恭子は早々と3副露し、手牌は4枚。

聴牌濃厚だと思った3者は、現物と、索子以外を次々打ち出す。

 

しかし、待てど暮らせど恭子から和了りの声は聞かれない。

それどころか11巡目には手出しで{③}が出てきた。

 

(染まってないの~?)

 

索子と字牌を絞っていた上家の豊音も流石に不審がっている。

 

姫子も不要な索子をなんとかくっつけて形にしてはいたが、あいにく、もう巡目が深すぎる。

 

 

(どがんなっとっと?!形式聴牌ばとるしかなか……!)

 

16巡目、恭子から手出しで{3}が出た。

下家の姫子がそれに食いつく。

 

「チー!」

 

切り出したのは安牌の{⑨}。

形式聴牌だ。

 

 

(毎回早和了りができるわけやない。そん時のために多恵から1つの引き出しをもらったんや。これは前半戦の幻影をつかった目くらまし)

 

恭子がこの技術を使えるのは自身の雀風も深くかかわってくる。

超早和了りの印象が強い恭子だからこそ、こういった変化球に、周りは対応ができない。

オリを選ぶ。

 

 

そして、17巡目。

 

「ツモや!6000オール!」

 

恭子 手牌

{6677} {西西横西} {9横99} {横111} ツモ{6}

 

歓声があがった。 

誰もが配牌を見てあきらめた手牌を、親跳に仕上げてしまったことに、観客も熱狂する。

 

『私たちは何を見せられたのでしょうか……スピードスター末原恭子!あの配牌を跳満に仕上げられる雀士が、この世界で一体何人いるでしょうか!』

 

恭子の人気は高い。

現実離れした奇跡を生む打ち手より、自分でもここまでは努力でたどりつけるんじゃないかと人々に思わせる打ち方が、全国でも人気だった。

 

 

爽がその和了形を見て冷や汗をかく。

 

(完全にやられた。最終手出しの{3}も和了形にまったく関係がないってことは、正真正銘さっき聴牌したんだ。早いと錯覚させて、その実、手牌はボロボロだったってことか)

 

完全に出し抜かれた格好となった3校。今までの牌譜にも恭子がこのような打ち方をするという記録はない。

また1つ、恭子の仕掛けの可能性として考慮に入れなければならなくなった。

 

 

 

 

(さあ、普通の麻雀しようや……バケモンども!)

 

どこまでも凡人を極めし凡人が、化け物たちの前に立ちふさがる。

 

 



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第31局 六曜

「ツモ。6000オール……!」

 

 

姫子 手牌 ドラ{⑤}

{③④赤⑤678二三四四四六七} ツモ{八}

 

(やっぱ止められんか)

 

『決まったあ!新道寺の鶴田姫子!東場の親で大きな大きな跳満ツモです!』

 

場は東2局に移っていた。

 

1本場に鍵がある時の姫子は強い。

恭子とのスピード勝負に物怖じせず挑んで、鍵を使える場面までなんとか持ち込んだ。

 

後半戦東2局1本場。副将戦で新道寺の白水哩が3翻を和了った局だ。であれば当然、リザベーションがかかっている可能性は高い。

 

3人は、姫子よりも背丈の高い大きな鍵を堂々と右手に振るう姫子の姿を幻視する。

 

 

(あはは、いいよ、それはもう織り込み済み)

 

猟奇的な笑みを浮かべるのは爽だ。

 

周りの3人が自分の跳満にカケラも動揺していないことを確認して、姫子もその表情を引き締める。

 

 

 

東2局2本場 親 姫子

 

(さあて、前半戦でけっこう使っちゃったけど、運よく休憩中に戻ってきた。いこうか、赤いの!)

 

爽の横から、もくもくと赤い雲が顔を出す。

爽から2着目の姫子までは2万点弱になった。

本来であればここからまくるのはなかなか骨が折れる作業。

しかし、爽のカムイはそれをいとも簡単にする。

 

 

 

7巡目。

 

爽以外の全員が、卓に起きている異常事態に気が付いた。

 

(なんやこれ、全員の河に字牌があらへん。ぎょうさん打てばこのくらいのことはあるかもやけど……ここはバケモンたちの見本市。警戒するにこしたことはあらへん……!)

 

7巡目が終わって、1人たりとも字牌を切っていない。

字牌暗刻を全員が持っていたり、染め手気配だったり国士にむかっていたりと誰も字牌を切らない局はたまに、ある。

しかし、全員が老頭牌は切っている。

とても国士の河ではない。

 

 

(獅子原さん、なにかやってるねー?)

 

この局の異常さは、豊音も感じていた。

 

豊音と姫子に1つの疑念がわく。

どんな能力かはわからない。が、もし自分の所にのみ字牌を集める能力なのだとしたら。

 

 

(役満……?!そんなん、親でやられたらたまったもんやなか!)

 

字一色。そうでなくとも、大三元や小四喜の可能性もありうる。

ここで役満をツモられると姫子が親ということもあり、1撃で48000点の差がつく。

そうなってしまえば、一気に準決勝進出の可能性は遠のく。

 

姫子に残された鍵はあと1本。

自力で生き残るしかない。

 

姫子はグッと唇を噛み締めた。

 

 

爽 手牌 ドラ{①}

{234東東東西白白白中中発} ツモ{西}

 

(ありゃー、そっちか。まあツモ倍だし、ここはこれで許そう。次の局、確実にキメに行く)

 

豊音と姫子が危惧したこととは少し違い、爽が使っているカムイは、自分の所に字牌を集めるカムイではない。

相手の手牌に字牌がいかなくなるように、カムイで操作しているだけだ。

もちろん、相対的に自分の手牌に字牌がくることが多くなるが、鳴きもできないので、必ずしも和了れる保証はない。

 

爽は大三元をあきらめて、{発}を切り出した。

 

 

(獅子原が字牌を余らせよった)

 

この局初めて河に字牌が出た。

卓内に緊張感が走る。

 

それを見て豊音が真剣な表情で手牌から捨てる牌を選ぶ。

 

「チーや!」

 

動いたのは恭子。自分のところに字牌がこないことで、通常よりも中張牌が来やすく、喰いタンへ移行しやすい。

手牌は悪かったものの、なんとか追い付くことに成功した。

 

恭子 手牌

{赤⑤⑥⑦6667六七八}  {横四三二}

 

(追い付いたで……!ここは和了らせん!)

 

(追い付かれたか。寿命(パコロ)がいないのが痛いな……でも、ここはゆずらないよ!)

 

視線の交錯は一瞬。

字牌が余ったということは役満までありうる。

ダントツトップの恭子といえども、役満は放置できない。

 

同巡。姫子が一瞬、逡巡してから{4}を打った。

しかし、その牌に声はかからない。

 

 

(当たらんか……!)

 

差し込み。

この場で役満ツモで48000の差がつくくらいなら、トップ目の恭子に放銃してしまおうという作戦。

姫子の意図も、恭子と爽は気付いていた。

 

 

 

(先にウチがツモるか、鶴田がウチに差し込む。獅子原には和了らせん!)

 

(差し込みか。これはいよいよ余裕はなさそうだね。ここで決める……!)

 

 

 

4校の勝ち上がりを大きく左右するこの局の軍配は、

 

 

 

 

「ツモ!」

 

 

爽 手牌 

{234東東東西西白白白中中} ツモ{西}

 

爽に上がった。

 

「4200、8200!!」

 

 

 

 

(倍満……!)

 

『有珠山高校のエース獅子原爽選手!!後半に入ってもその勢いは全く落ちません!!』

 

歓声が上がる。

 

丁度今はDブロックしか大将戦は行われていないので、注目度もCブロックより高くなっていた。

観客の熱狂が会場を揺らす。

 

 

 

モニターには現在の得点状況が順位ごとに映し出されていた。

 

南大阪  姫松    170000

南北海道 有珠山    82100

福岡   新道寺女子  76900

岩手   宮守女子   71000

 

 

 

 

 

 

「ウチが……最下位」

 

医務室でモニターを眺めるのは、白望と塞の2人だ。

もう塞は身体に問題はないが、控室に戻るまでの間に何かあったら嫌だということで医務室での観戦を続けている。

 

「有珠山の子……相当ダルそうだね……」

 

この友人は強さをダルさでしか測れないのかと思う塞だったが、今に始まったことではないので口は挟まない。

そんなことよりも、ついに宮守が最下位にまで落ちてしまった。2着までの点差は、11100。

僅差とはいえ、このまま有珠山に大物手を和了られ続けたら、勝負が決まりかねない。

 

「トヨネ……!」

 

塞にできるのは、祈ることだけだった。

目を閉じ、胸の前で手を固く握って願う。

 

いつになく真剣な表情の豊音が、モニター内で奮闘していた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

東3局 親 爽 ドラ{8}

 

(このままじゃ……みんなのお祭りが終わっちゃうよー)

 

理牌をしながら、豊音は自身の点棒を確認する。

今の有珠山の倍満ツモで最下位。

しかも今回の手牌の中にも、字牌はない。

 

配牌に字牌がないことなどザラにある……が、今回はむしろあってほしかった。

恐らく、恭子と姫子の手牌にも字牌はないだろう。

豊音はそう考えて、親の爽の手牌をにらみつける。

 

 

爽 配牌

{②④⑥35東東東白白発発中中}

 

(よっし、今度こそ大三元でキメる)

 

爽が{5}から切り出した。

あからさまな危険信号。爽の能力の特徴を考えれば、今回も手牌には字牌が集まっていると思ったほうがいい。切り出しも真ん中の牌。

 

ツモの前に、豊音は息を吐くと、覚悟を……決めた。

 

 

(……あまり使いたくなかったけどー……私を連れ出してくれた熊倉先生のため。みんなのため。やるしか……ないよねー……!!)

 

豊音の表情が、凶暴なものに変わる。

どす黒いオーラが、豊音にまとわりついているのを、恭子と姫子ですら感じていた。

 

(なんや?!急に姉帯の雰囲気が変わった……?!)

 

爽も、先ほどまでの余裕な表情が消える。

 

(ありゃりゃ、起こしちゃいけない人を起こしちゃったかな……?)

 

 

 

 

 

 

東3局 11巡目。

 

(あっれえ~、全然有効牌こないんだけど?!)

 

爽の額に、冷や汗が流れる。

爽の手牌は、

 

爽 手牌

{④⑥⑧35東東東白白発発中中}

 

8巡目に持ってきた{⑧}を{②}と入れ替えただけ。

配牌から、ほとんど何も変わっていない。

爽はそのカムイの特性上、相手から字牌のポンはできない。というか、相手から字牌が出てくることがない。

 

 

(山に圧縮効いてるはずだから、何枚かは字牌持ってきていいはずなんだけど……それよりも、宮守以外がほぼツモ切り……姉帯さん、なにかやったね……!)

 

爽の言葉通り、姫子と恭子も、ひたすらにツモ切りの時間が続いていた。

そして何より不気味なのは、

 

豊音の河が1打目から手出しで{②③④}と並んでいることだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……一面子元禄」

 

「……?」

 

熊倉の言葉に、胡桃がはてなマークを浮かべる。

 

この局、豊音はでき面子の{③}から打牌をしていった。

手牌にあった唯一のでき面子を崩す。

通常なら考えられない行為。

 

「……六曜の中でも最も危険な曜日。それを扱うには当然リスクが伴うのよねえ」

 

六曜。豊音の能力は暦の六曜に依存している。

先にリーチを打たせることで必ず負けさせる先負のように。

 

それらの中で最もリスクが高く、その代わり牌への干渉が一番大きいモノ。

エイスリンも意味はまるで分かっていないようだが、静かにその言葉を聞いている。

そう。豊音が使った六曜は。

 

 

「……仏滅。仏だけではない、万物が滅ぶ日。その代償は、1からやり直すこと」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ツモだよ~、1300、2600」

 

14巡目 豊音 手牌

{⑥⑦23488一二三三四五} ツモ{⑤}

 

 

『姉帯豊音選手!後半戦最初の和了りです!これでまた2着争いはわからなくなりました!!』

 

 

豊音の和了形を見て、爽の顔が引き攣る。

 

(全体効果系??もし仮に全員に有効牌を渡さない能力だとしたら……ヤバすぎない??)

 

恭子も一瞬の内に、その力のおおよそを推測していた。

 

(いや、絶対やない。現にウチの所には何度か有効牌が来てるし……それに、あの最初の1面子。もしあれが代償なんだとしたら、配牌に1面子が無ければできん)

 

恭子が冷静に場の分析をした。次の局は待ってはくれないのだ。

何より次の局は、豊音の親だ。

 

悠長にショックを受けている場合ではないのは、恭子が一番知っている。

 

(全てを滅ぼすこの全体効果は、リスクが大きいし、他の力が使えなくなるけど……今はこれしかないよねー)

 

サイコロを回す豊音。

 

その様子を見ながらも、姫子も難色は示していなかった。

 

(むしろ、好都合。有珠山の大物手が決まりにくうなった。遅い決着は、歓迎や!)

 

哩からの鍵に絶対の自信がある姫子からすれば、自身にはあと8000点が確約されている。

であれば、それ以上離される可能性のある有珠山の大物手は絶対に許されない所だった。

 

(ホヤウを早めに切ったのは失敗だったか……?もうそろそろ、赤いのも霧散する。そしたらいよいよ、自力でやるしかないか)

 

 

点差が縮まって、大物手も出づらくなった。

豊音がいくらか有利ではあるが、ここからは、地力の勝負。

 

 

 

 

(みんなのお祭りは、私が絶対に終わらせない……!!)

 

(部長とんインターハイ、こんなところで終わっていいはずがなか!)

 

(まだ2回戦……けど出し惜しみはしてられない。悪いけど、全力で行くよ!)

 

 

 

3校の意地がぶつかる。

2回戦決着の時は、着実に近づいている。

 




豊音の仏滅の能力は改変してあります。


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第32局 友達

「多恵~。今なにが起こってるんか、わかるか?」

 

姫松高校控室。

モニターで必死に打牌を続ける恭子を見ながら、洋榎が多恵に解説を求めた。

 

現在大将戦は後半戦南2局。

南1局は大方の予想通り新道寺の満貫ツモで再び2着目に立った。

しかし、その新道寺の満貫ツモですら13巡目……かなりの時間を要した。

原因を作っているのは間違いなく宮守女子の大将。姉帯豊音。

 

そこまではわかっても直接働いている力がわからない以上、多恵も洋榎の問いに対して、「いや……」と答えることしかできなかった。

視線は常にモニターに向かっている。

 

(全体効果系のデバフ……?でも他にまったく有効牌が行ってないわけじゃなさそうだ。新道寺のコンボすらも遅らせるなんて……とんでもない力だぞこれは)

 

多恵も洋榎も、姫松が準決勝進出を逃すということは全く考えてない。点差もそうだが、ここから恭子が4、5万点近く失点するとは思えない。

しかし、準決勝に進むのは2校だ。つまり、この中の1校は準決勝でもう一度相手にする。

となれば、対戦校のチェックも欠かせない。世間から「常勝軍団」と揶揄される姫松だったが、メンバーの誰にも驕りは存在しない。

それは、誰よりも麻雀というゲームの恐ろしさを知っているから。

最後の最後まで、何が起こるかわからないのが麻雀だから。

 

それはしっかりとモニター内の戦いを見つめている由子と漫にも同じことが言える。

 

 

もし、仮に宮守女子が上がってきたら、恭子はもう一度この豊音と対戦することになるのだ。

当然、こちらからも分析はしておいてあげたい。

 

「恭子ちゃんの手に有効牌が全然来ないのよ~」

 

「末原先輩……!」

 

2人も心配そうだ。

赤阪監督も珍しくほっぺたに手をやりながら無言で見つめている。

 

「でも、大丈夫。恭子の麻雀は、幅が広いから」

 

(だよな、恭子)

 

多恵が恭子と過ごしてきた3年弱で、彼女に対する信頼は絶大なものとなっていた。

だからこそ、信じる。

2度やったら負けない。研究熱心な恭子が自分たち以上に今頭を回転させていることを、多恵は確実に感じていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

南2局 親 姫子

 

微差の2着目にたったものの、まるで安心ができない点差。

ここで1人誰か抜け出せば、この後の2局は有利に戦えることが確定している。

 

(なんとか2着目ば確保できた。ばってん、油断できる点差じゃなか。守っよ!必ず!)

 

不用意な放銃はできない。ここからは本当に繊細な麻雀が要求される。

 

一方で、爽も苦しんでいた。

 

(フリが戻ってきたのはいいけど、姉帯さんのせいで使えるタイミングが来ない……!残り3局の中で、使える所がきたら確実に仕留める……!)

 

爽の力も使いどころが非常に難しい。中でも条件が厳しいフリカムイとなると、勝負所を見極める必要があった。

更に未だに豊音の仏滅は継続中。有効牌が思うように来てくれない。

 

スピードに重きを置く恭子を封じられれば、当然有利なのは豊音だ。

 

「ツモだよ~500、1000!」

 

豊音 手牌 ドラ{3}

{①②③35888二二七八九} ツモ{4}

 

かといって、豊音も楽ではない。まず最初に1面子を崩すことができて、更にはこの力は赤等に頼ることができない。

打点の種が足りなくなるこの力は、使いどころをかなり選ぶ。

が、今この瞬間は間違いなく豊音にとってプラスに働いていた。

 

南3局 親 爽

 

豊音の河に、また1面子が並んだ。

黒いオーラが、また卓内を包み込む。

 

(くっそ!!親番でもやらせてくれないのか……!形聴(ケイテン)でもいい!必ず1本場につなぐ……!)

 

爽が苦しんでいるが、豊音も苦戦していた。3着目にはなったが、オーラス親ということも考えれば、ここで3着目と4000点以上離れた2着目に出たい。

 

しかし自分の手も1面子を犠牲にしているので決して早くはならず、赤が無いので打点も作りにくい。

流局を考えればリーチも打ちにくい。

それでも。

 

 

この局も豊音が深い16巡目に制した。

 

「ツモだよ……!1000、2000!」

 

豊音 手牌 ドラ{7}

{②③④⑥⑥45668七七七} ツモ{7}

 

『宮守女子、姉帯豊音!!粘ります!!形式聴牌を入れていた親の有珠山を振り切って2連続和了!!2着目との点差はわずかに1400!!オーラスを迎えます!!状況を確認しましょう。現状2着目は新道寺女子、無論なんでも和了れば2着で準決勝進出です!3着目は宮守女子!親の最低点数である1500点の出和了りでもまくることができるので、こちらも和了り条件!少しだけ苦しくなったのは有珠山でしょうか?!2着目の新道寺との点差は7600点差!満貫の出和了か、6400のツモ和了りでまくりになります!』

 

会場のボルテージは最高潮。

麻雀というゲームの性質上、オーラスにはもうほとんど着順が決まっているようなことも珍しくない。

それもこのような団体戦、10万点持ちとなればなおさらだ。

しかし今回、3校に準決勝進出の目が現実的な点差で残っている。

少し離れている有珠山の爽だって、この大将戦を見ていた人たちならたやすく超えてしまいそうという感覚があるだろう。

 

豊音がサイコロを振る前。

高校のインターハイでは珍しい、条件の確認が行われていた。

もちろん会場のアナウンスは選手たちに聞こえていないので、各々が条件を確認する必要がある。

 

「OK、ありがとう。じゃあやろうか、こんなに楽しい麻雀は、久しぶりだ」

 

もう和了り条件の豊音と姫子は手早く。爽もそこまで時間をとらずにメモを書き終え、親の豊音に声をかけた。

その表情はとても楽しそうで、無邪気だった。

 

(ここさえ……ここさえ乗り切れば部長と準決勝や……!)

 

姫子の表情も硬い。いくら強豪校の大将を任されてきたとはいえ、ここまでの接戦は記憶にない。

鍵もない。横移動で2位抜け……は、ほぼありえない。希望的観測でしかない。

とすれば、自分で、やるしかない。

 

(みんなとのお祭り……!まだ終わらせないよー……!)

 

運命のサイコロが回る。親の豊音が和了り条件で、和了りやめアリのルールなので、泣いても笑っても、これが最後。

 

南4局(オーラス)が始まった。

 

 

南4局 親 豊音 ドラ{2}

豊音 配牌

{①⑥⑦⑧12358三五七九発}

 

(きたよー……!!)

 

配牌2面子。これ以上ない展開だ。これでどこか1面子を崩し、全体に仏滅をかけつつ、速度もある程度ある。ドラはいらない。

そう割り切れれば、豊音にとってかなりいい配牌だった。

迷いなく、{1}から切り出す。

 

豊音にとって、計算外だったのは、ここからだった。

 

 

 

 

 

「……チー」

 

(……?!)

 

跳ねるように豊音が下家を見る。

冷酷ともとれる眼差しで、恭子が手牌の2枚を晒す。

豊音の目が驚愕に見開かれる。

 

まずい、と熊倉が言ったのを、何人が聞き取れただろうか。

無情にも、豊音によって河に放たれた{3}は下家の恭子の手によって奪われる。

 

(仮に1面子崩すことが条件なんやとしたら、これで有効牌はくるはずや。悪いな姉帯。恨みはないんやけど……上がってくるにしたらサンプルが少なすぎるし、ここで敗退するなら、それはそれでウチは構わないんや)

 

残酷。ともとれるだろう。

しかしこれは先ほどからできるなら試してみたいと思っていた恭子の1つの条件だ。

もし仮に、3打目までに1面子を河で作れなかったら?

その答えは、もう豊音の顔を見ればわかったようなものではあったが。

 

これに助けられたのは姫子と、爽だ。

 

(末原さんには感謝だね……そんでもってこの配牌……!)

 

爽 配牌

{①③赤⑤⑨247三東南北北西} ツモ{⑧}

 

満貫条件としては、あまりよくはない配牌、しかし爽にとっては、これ以上ない配牌だった。

 

(来い……!フリ……!私に力を貸してくれ!!)

 

瞬間、鷹のような生き物が爽の後ろに現れる。

 

(フリが、自風以外の風牌を呼び込む……!)

 

爽がオーラスに何かをしかけてきたことは、姫子も豊音も理解した。

しかし、それ以上に豊音が精神に受けたダメージは大きい。

 

震える手で持ってきた牌を自分の手牌の上に乗せる。

 

豊音 手牌

{①⑥⑦⑧2358三五七九発} ツモ{六}

 

まだ、戦える形ではある。しかし、本当に戦えるだろうか?

 

最後の最後で、仏滅すら止められた。

他の六曜は、仏滅のせいで今は使えない。

 

なにもできない、凡人な私に、ここに座る価値はあるのか?

 

頭の中を、ぐるぐると思考がめまぐるしく回る。

心なしか、息も上がってきた。

 

(みんな……ごめんね……強くない私なんて……ッ!)

 

フッ、と豊音が顔を上げる。

強くない私。そこまで言って、自分が宮守に来てまだ1週間の頃を思い出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「今回は、普通に打ってみようか」

 

熊倉先生に突然言われたのは、能力を使わない麻雀。

いつもは皆と打つ時も能力を使い、かなりの勝率を上げている。

しかし今日は能力を使わずに打てとの指示。

 

結果は、ラスだった。

 

「トヨネラスなんて珍しいね~!」

 

「たまたまでしょ……ダルい……」

 

塞も白望も、さして気にしている様子は無い。

しかし豊音からしてみれば、これは由々しき事態だった。

 

「うぐっ……ぐすっ……」

 

「トヨネ?!なんで泣いてるのー??」

 

一緒に打っていた胡桃がすぐ席を立つと、豊音の元までやってきて覗き込む。

 

「だって……みんなが仲間に入れてくれたのは……私が強いからで……強くない私なんて……みんなと一緒にいる資格ないかなー……って」

 

豊音には、根本的に人との交流が足りていなかった。

昔から気味悪がられ、忌み嫌われ、友達と呼べる存在なんていなかったから。

今回だって、得意な麻雀が強いから仲間に入れてくれたけど、もし力を使えない私だったら、仲良くしてくれるはずがないと。

 

そう、思い込んでしまっていた。

それは豊音が悪いわけではない。彼女の環境が、今までの生活が、どうしても思考を暗い方暗い方へと持って行ってしまう。

 

そんなとき、豊音のぐしゃぐしゃな視界の前に現れたのは、1枚のホワイトボード。

そこには、豊音を中心に、宮守のメンバー皆が集まって仲良くしている絵が描かれていた。

 

ホワイトボードを差し出されたほうを見上げると、エイスリンが、笑顔でこちらを向いている。

 

「トヨネは考えすぎ!シロもエイちゃんも私も、トヨネの友達!そんなことで、見捨てたりしない」

 

「私はっ?!」

 

塞の訴えは、残念ながら胡桃には届かない。

それでも気を取り直して、塞もトヨネの前に立った。

 

「だいじょーぶ、これからは、ここにいる皆が、トヨネの友達で、仲間。麻雀が強いとか弱いとか……今までろくに4人打ちもできなかった私達からすれば、どーでもいいよ!」

 

潤んだ視界は、元に戻ることはない。

しかし今は、悲しみの涙ではない。

輝く笑顔で塞から言われた言葉は、トヨネの冷え切った心に、温かさをくれた。

 

自分を必要としてくれる人がいる。

それがこんなにも嬉しいことだなんて、トヨネは知らなかったのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(そうだ……私が強いとか、弱いとか、そういうんじゃ、ないよねー……!)

 

豊音の顔に、意志が戻ってくる。

打牌する豊音の手に、もう震えはない。

彼女の手は『友達』によって繋がれている。

 

もう諦めたりしない。六曜は使えない、仏滅も効いていない。

それが……それが、どうした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

7巡目

 

爽 手牌

{③④赤⑤24東東南南西} {横北北北} ツモ{東}

 

(よしっ!フリのおかげで、順調に風牌が集まってる…!これなら満貫条件クリアできる)

 

爽の手牌は、このまま聴牌をとれば条件に足りない。

しかし、字牌多めの手牌なので、筒子に寄せればすぐに条件をクリアする。

 

{4}を切っていった。

 

「チー!」

 

それに反応したのは、豊音。

さっきまでよりも大きな声で発されたチーは、豊音の意志を表している。

 

8巡目。

姫子 手牌

{①②③赤⑤⑦78一一二九九九} ツモ{⑥}

 

(聴牌……!ばってん、役のなか……!幸いリーチしても宮守より400点上回っとる!)

 

「リーチや!」

 

こちらも負けていない。

姫子にも負けられない理由がある。

 

最高の先輩と最後に一緒に戦えるインターハイなのだ。

こんなところで終わっていい道理など、ありはしない。

 

形は苦しかったが、追い付いた。

絶対にオリない2人がいる以上、出和了りだって十分に期待できる。ここはリーチだ。

 

 

豊音 手牌

{⑥⑦⑧56三四五六七} {横423} ツモ{6}

 

(追い付いた……!ダブル無スジだけど、行くよー……!)

 

豊音にもここで引く選択肢はない。当然和了りに向かう。

{5}を勢いよく切り出した。

 

そして次巡。

 

爽 手牌

{③④赤⑤2東東東南南西} {横北北北} ツモ{西}

 

(来た……!絶好!フリのおかげで、勝算はかなりある!ドラ??知らないね!振り込んで、消し炭になれ!!)

 

爽は人生で一番強く{2}を切った。当てれるものなら、当たってみろ。

 

強打はマナー違反。しかし、観客にも、控室にも、咎める者などいない。

それほどにまで、この卓の熱気は最高潮に達していた。

 

爽は体の中に湧き上がる熱いなにかを感じていた。

インターハイに来られなければ、絶対に味わえなかったなにか。

 

チームメイトには感謝している。無理言って団体戦出場に、付き合ってくれた皆に。

今こんなに血湧き肉躍る戦いができているのだから。

 

役者は揃った。3人聴牌。

 

 

(((めくり合い……!)))

 

 

 

姫子がツモ山に手を伸ばす。

 

 

 

 

 

 

「姫子ッ!!!」

 

「姫子!!!ここで決めれば、最高にすばらですよ!!」

 

 

 

 

爽がツモ山に手を伸ばす。

 

 

 

 

 

「ぶちかませええーー!爽ああ!!!」

 

「爽先輩!!!」

 

 

 

 

豊音がツモ山に手を伸ばす。

 

 

 

 

 

 

「トヨネ……!」

 

「トヨネ……お願い……!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ツモ……!」

 

 

 

後に今大会のベスト対局の1つともいわれる2回戦大将戦が、終局した。

 



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第33局 反省

全員の呼吸が荒い。

姫松はオリ気味。

であればこの局を制した者が準決勝への権利を得られる。

 

全員聴牌は覚悟の上。

永遠にも感じられるその時を、観客も、控室も固唾を飲んで見守っていた。

 

そして、必ず、終わりは来る。

 

 

 

「ツモ……!」

 

開かれたのは。

 

 

 

 

 

 

豊音 手牌

{⑥⑦⑧66三四五六七}  {横423}  ツモ{二}

 

 

 

 

 

 

 

 

 

豊音の手牌だった。

 

 

 

 

最終結果

 

姫松 163200

宮守  83200

新道寺 80600

有珠山 73000

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『こんなに長く感じた1局があったでしょうか!!!大接戦を制したのは、宮守女子、姉帯豊音!!これを受けて、2回戦Dブロックからの勝ち上がりは、姫松高校と、宮守女子高校に決定です!!!』

 

 

 

 

 

 

対局終了を意味するブザーが鳴り響く。

恭子は、一息つくと、自身の手牌を閉じた。

どこが勝ってもおかしくなかった。ただ、豊音に関しては、オーラス1打目をチーした時に、諦めたような気配を感じていた。

ふっきれたのか、それとも。

 

(支える何かがあったのかもしれんな)

 

喜ぶ、というより安堵の表情を浮かべる豊音を見て、恭子はそんなことを思った。

麻雀は1人でやる競技。だからこそ、ここぞという時の仲間の存在の大きさは、測り知れない。

強敵が残ったな、と恭子は思った。

 

 

「いやあ~っ!……楽しかったな」

 

大きく伸びをして、天井を見上げる爽。

彼女もまた、悔しさよりも、明るいいい表情をしていた。

もとより出れるはずのなかったインターハイ。

この舞台でここまで楽しい対局ができたことは、爽にとっては願ってもいないことだった。

 

吹っ切れていそうな爽に、恭子が声をかける。

 

「獅子原、バケモンすぎや。最後だってバカでかい手張ってたんちゃうんか」

 

「和了れてもいない手を対局者に見せるのはマナー違反だよん。いや~強かったよ、末原さん」

 

(ま、それでも欲はでちゃうけどねぃ。ここまできたら準決勝、行ってみたかったなあ)

 

彼女の大将戦トータルスコアは、+22800。

文句なく大将戦区間トップの成績だ。

大会運営も、このメンバーでこの成績は爽を放ってはおかないだろう。

 

「……ッ!」

 

一向に上を向かないのは、姫子だ。

彼女の制服のスカートに、大粒の涙が落ちる。

 

終わってしまった。哩と戦える最後のインターハイが。

北九州の強豪として、全国2位の姫松と当たったとはいえ、2回戦で姿を消すなどあってはならないことだった。

 

 

(……)

 

恭子はその場を静かに去る。

今の姫子に声をかけるなど、その言葉がなんであったにしろ侮辱になりかねない。

励ましも、賞賛も、無意味だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ただいま戻りました」

 

扉を開けた先では、姫松のメンバーが恭子の帰りを待っていた。

 

「おかえり~」

 

「お帰り~!お疲れ様!」

 

「おかえりなのよ~」

 

モニターではDブロック2回戦のハイライト映像が流れている。

これだけ接戦の試合だったのだ。ハイライトも長くなるだろう。

 

「予想以上に強かったわ。普通の麻雀させてーな……」

 

ソファに腰を下ろす恭子。

あれだけの猛者たちを相手にしていたのだ。疲労困憊なのも仕方がない。

 

「恭子は一番疲労があるだろうからゆっくり休んで。対戦校の研究はこっちでやってるから」

 

多恵がソファに座った恭子に対して後ろからのぞきこむように声をかける。

表情には明らかに疲れが見える。どれだけ疲れていても準決勝の日程は待ってくれないのだ。

 

 

「いや、大丈夫や。みんなが点数稼いでくれたおかげで余裕持って打てたわ」

 

恭子の本心だった。もし仮に点差が無い、または1万点以内だった場合、標的にされていたのは自分だっただろう。

もし仮にそうなっていたら、自分はあの面子を相手に勝ち切ることができただろうか。

こんなのは想像でしかないし答えはでない。

それでも恭子は苦戦は免れなかったであろうことは容易に想像ができてしまった。

 

「それなんやけど~」

 

先鋒戦から大将戦までの牌譜を見ていた赤阪監督がこちらの会話を聞いてフラッと選手たちのほうへ来る。

赤阪監督は基本3年生たちを信頼していて、あまり打ち方について口を出してこない。

それよりも次の対戦相手を見てそれにあった練習相手をチューンしてくれることが、選手たちにとってはとてもありがたかった。

 

「大将を末原ちゃんに任せたときに~点数マイナスになったら罰ゲーム~とか言うてなかった~?」

 

思い出すのは初めて恭子が大将に任命されたときのこと。

点数計算と条件戦の強さに秀でた恭子が大将に任命されるのは割と予定調和だったが、恭子自身が自信をもっていなかったために、自らつけた枷。

みんなが作ってくれた点数を減らしたら、罰ゲームを受ける……と。

 

「確かに、恭子の大将戦区間スコアはー2800やな」

 

恭子が公式戦で点数を減らして帰ってくるのはいつぶりだろう。

多恵もそういえばといった様子で考える。

それだけ、今回の相手は強敵揃いだったということに他ならない。

 

 

「そ、それは去年の話やないですか!2年生で大将任された時に決めたきまりであって今は……」

 

確かに、今大会が始まる時にはメンバーも誰1人覚えていなかった。

もう十分自覚を持って戦えているし、そんな枷を負う必要はないと。

 

そもそも麻雀でマイナスになったら罰ゲームという条件は厳しすぎる。

 

しかし、そこを忘れないのが赤阪郁乃。

そしてもう1人、目を輝かせている人物がいた。

 

「え!!末原先輩もデコに油性ですか?!」

 

「油性なのよ~」

 

何故か由子もノリノリだ。

恭子は思った。漫ちゃんはともかく、私なにか恨み買うようなことしたっけ、と。

疑心暗鬼になる恭子に、後ろから怪しい影も近づいてくる。

 

「因果応報……!」

 

「多恵?!顔怖っ?!」

 

多恵も恨みを忘れていなかった。

 

しかしそれらの怨念は、赤坂監督によって止められる。

 

「油性もええけど~末原ちゃんにはとっておきがあるんよ~」

 

赤阪監督の言葉に、動きを止める一同。

多恵ももうキャップを外して準備万端だった油性ペンをひっこめる。

 

恭子はものすごく嫌な予感がしていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「じゃじゃーん!!」

 

可愛い恭子がいた。

いつものできる女っぽいパンツ姿ではなく、可愛らしいスカート。

髪には大きめのリボンがついている。

 

「お~」

 

「末原先輩!!めちゃくちゃ可愛いですよ!」

 

洋榎と由子は感嘆の声を上げ、漫もおおはしゃぎだ。滅多に恭子のこんな姿は見れない。同級生に見せなきゃ!とケータイを構えた漫はひっぱたかれていた。

その速度は、まさにスピードスター。

 

罰ゲーム?と思われるかもしれないが、当の本人はめちゃくちゃ嫌がっていた。

 

「……死にたい」

 

静かに右下を向く恭子。表情は明らかに死んでいる。

人生1番の屈辱だ。

追い打ちをかけるように赤阪監督から驚きの一言が飛び出す。

 

「これで~次の準決勝は出てもらおうかな~」

 

「え、ちょ、は?!話違いますよ?!」

 

今この瞬間ですら地獄なのに、この格好でテレビ対局に出るということは、恭子にとっては生き地獄同然だ。

 

断固お断りといった感じの恭子に、後ろからポンポンと肩を叩くのが1人。

 

後ろを振り向くと、まじめな顔で多恵が立っていた。突然サムズアップすると、一言。

 

「……世界一可愛い」

 

「~~~~~~!!!!////」

 

耐え切れないといった様子で思い切りリボンを外し、机にたたきつける恭子。

 

「何ゆーとんねん恥ずかしい!!ウチに可愛さとか、いらんのや!!」

 

「えーめちゃくちゃ可愛いのにー……」

 

多恵は割と本心だった。

男の感覚などほぼ消え去っているにも関わらず、一瞬目を奪われるほど。

 

いつも着飾らない恭子のギャップも相まって、とても可憐な印象を抱かせる。

 

多恵のデジタル脳は冷静に分析していた。

 

「でもデコに油性よりええやないですか!末原先輩がそのカッコで出てくれるなら、ウチ頑張りますよ!」

 

屈託のない笑顔でそう言われては、恭子も力が抜ける。

諦めたように壁に手をついて一言。

 

「……準決勝だけやからな……」

 

わーいとメンバー全員で喜んでいた。

 

 

 

 

 

 

 

モニター内でもハイライトが終わり、赤阪監督と、エースということで洋榎がインタビューに駆り出された。

控室には残りのメンバーでモニターを眺めている。

 

Dブロックは終わったが、Cブロックは自動卓の故障などトラブルも相次ぎ、まだ中堅戦が始まったところだ。

次の対戦相手をマークするという意味でも、研究は欠かせない。

先ほどまでの雰囲気はなくなり、一転、真剣な表情でモニターを眺めるメンバー。

 

「まだギリギリ、晩成がもちこたえとるな。けど、もし例年通りの力しかないようやと……食われるやろな」

 

恭子の意見はもっともだった。

先鋒戦の様子は見れなかったが、どうやらやえが稼いだ点数は4万点ほど。

臨海女子もかなり離れていることもあって、他校の矛先は明らかに2位の晩成に向かっている。

 

「晩成のオーダー、ここから1年生2人なのよ~」

 

大会パンフレットを見ながら、由子が少し驚いたようにメンバー表を見つめる。

麻雀はあまり学年が関係ない競技なので珍しいことではないが、3年が先鋒の小走やえだけというのは珍しかった。

 

「1年生……って、あれ、やっぱり憧か……!」

 

1人だけの下級生ということもあって、お茶を淹れに行っていた漫が戻ってくる。

モニターで戦う晩成の生徒を見て、漫が目を見開いた。

 

「漫、知ってるの?」

 

「合同合宿でちょっと……」

 

関西の高校は、1年生同士の交流もかねて合同合宿が行われる。

漫は実はその時に憧と対局経験があった。

 

「新子は、強いです。タイプとしては、末原先輩と同じ鳴き重視なんですけど、本質はちょっと違うっていうか……」

 

恭子がその言葉を受けて、晩成の1年生を見つめる。

正直恭子は晩成が2回戦を勝ち上がるのは厳しいだろうと考えていた。

やはり総合力で臨海と永水に劣る、と。

 

しかしもし仮に晩成が上がってくるとしたら、2回戦のような展開は望めない。

2回戦で大量リードを稼いだ多恵だが、もし晩成と当たるならやり合う相手は、言わずと知れた晩成の王者だ。

苦戦を強いられるだろう。

 

当の多恵は、真剣な表情で。

けど、どこかに期待しているような眼差し。

 

「……やえ、やえがやってきたことがどのような変化を後輩にもたらしたのか。見させてもらうよ」

 

 

どんな相手でも死力は尽くす。

 

けど、団体戦の先鋒戦で、親友のやえと戦える日が来るのなら。

 

多恵にとって、そんなに嬉しいことはなかった。

 

 






恭子のスーパー凡人スタイル、世界一可愛いですよね(?)




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第34局 1年生

 

――――――時は遡り、7月の頭。

 

 

関西麻雀連盟主催の、1年生合同合宿の季節がやってきた。

基本インターハイが決まっているメンバーは合同合宿には参加しないのが恒例なのだが、今年はたまたま日程的に3日目からは参加できそうだったので、恭子や多恵の推薦もあって漫は関西合同合宿に参加することになっていた。

 

この時期にチームを一時的に離れるのは痛いが、それ以上の経験ができるかもしれない、と洋榎に言われたことも大きかった。

 

確かに同学年と交流ができるまたとないチャンスであるし、漫もお言葉に甘えて参加することになったのだ。

 

3日目ということもあって、もうグループ分けが済んでいる。漫は特例、姫松のレギュラーなので、1番上のグループに入れてもらっていた。

しかし、ここで問題が生じた。同じく1年生に、団体戦のメンバーに入っている子がいるらしい。

直接対決になるかはわからないが、もし全国で当たる可能性があるのならこのインターハイ直前での対局は好ましくない。

 

ということで、グループは別々にし、夕方以降の自由時間で、牌譜検討はしてもよいというきまりになった。

 

 

 

 

 

 

 

漫にとって、初日の対局が終わった。

 

 

「ボロボロやんウチ……」

 

漫は泣いていた。満を持して姫松のレギュラーということで参加した漫だったが、結果は散々。

何故か他校の生徒に励まされる始末。

 

(末原先輩と多恵先輩にせっかく送り出してもらったのに、成果なしでしたー、はしゃれにならんで……)

 

日程は明日の最終日を残すのみ。

漫としては1つでも多くの経験を収穫してインターハイに活かしたかった。

 

そんな時。

 

 

「おーい、姫松の、上重さんだよね?」

 

そんな悲嘆にくれる漫の後ろから、呼び止める声。

姫松の同級生と牌譜検討をしようと部屋に戻る途中だったので、今は漫は一人だ。

後ろを振り向くと、旅館の寝間着である浴衣姿がよく似合う、茶髪をロングに流した女子と、同じく茶髪で、少しでこを出すように前髪を左に流したセミロングの女子。

もちろん漫に見覚えはない。

 

「えーと、どちら様やっけ?」

 

「ごめんごめん、私、晩成の新子憧。そんでこっちが……」

 

「岡橋初瀬よ」

 

晩成、と聞いて漫の表情が変わる。

今年も奈良の代表校は晩成。奈良は正直晩成の1強といって差し支えないだろう。

そしてその晩成に、今年1年生レギュラーが2人いる、というのも聞いていた。

 

 

「私達、対局はできないから、牌譜検討だけでも一緒にどうかなーと思って」

 

この提案に、漫は一瞬迷う。

もちろん、この2人の情報を得ることができるのはプラスだ。

しかし同時に少なからず自分の情報も相手に与えることとなる。

それを天秤にかけて、漫は1つの結論に至った。

 

 

(ウチ今日ボロボロやし、1個もええとこなかったわ)

 

与える情報なんてなくね?と。

漫は自分自身で、ゾーンのようなモードに切り替わったことを自覚できる。

今入ろう!といって入れるものではないので使い勝手は悪いが、そこは先輩たちも一緒に親身になって検討してくれている。

とにかく今はこちらが渡す情報よりも、相手からもらえる情報の方が大きいかもしれない。

そう思って漫はこの提案を受け入れることにした。

 

 

「ええよ。じゃあ、ミーティングルーム1でええかな?」

 

「やった!おっけー!」

 

漫は一旦自室に戻って同級生たちに晩成の子たちと牌譜検討をする旨を伝えて、ミーティングルームに向かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

合同合宿は、日中は基本対局ばかりだが、夕方からは自由時間になる。

その時間に、自主練するもよし、他校の生徒を誘って対局するもよし、女子会に興じるもよし。

 

交流が主な目的なので、そのあたりはかなり緩かった。

これを機会に他校の生徒と仲良くなる生徒も少なくない。

 

 

そんな中で、ミーティングルームでは早速牌譜検討が行われていた。

 

 

「岡橋さん、これツモ切りしたんだ……強気だね」

 

「初瀬でいいわよ。どれどれ……あーこれは確かに良くなかったかな?」

 

初瀬が2家リーチを受けた場面。鳴いての満貫聴牌をとっていた初瀬は、一発目に両者に無スジの牌を切っている。

漫は多恵にこの数か月間叩き込まれた知識をフル稼働させていた。

 

「局収支的にはどうやろな……通ってるスジもかなり多いし、この{4}はかなり放銃率高いんちゃうかな?2人に通ってないってこと考えたら20%くらいにはなりそうや」

 

「へえー姫松って結構理論立てて考える感じなんだ?」

 

憧が2人の会話に入ってくる。

もちろん、晩成も最低限の知識はつける。しかしそれよりも実践で培われる経験の方を重視する風潮があり、あまり深くまでは勉強しない。

 

「というか、ウチは多恵先輩……倉橋先輩に教わってるから、ってのもあるかもしれんわ」

 

「え、マジ?確かにやえ先輩が言ってたわー多恵は局収支とかにうるさいって」

 

憧が笑ってそう答える。

 

倉橋多恵も小走やえも、関西で麻雀をやる者にとって知らないものはいない。

むしろ全国的に見ても知らない人はいないといっても過言ではないだろう。

それだけ去年のインターハイ個人戦が与えた印象は大きかった。

 

 

(この子……小走やえに直接教えてもらってるんか……?)

 

漫のイメージからすると、小走やえは孤高の存在。クールなタイプで、後輩の指導はしなさそうなタイプだと思っていた。

 

多恵からたまに小走やえの話を聞くが、それもだいたいが「やえが冷たい」とか「やえに怒られた」とか「やえに呼び出された」とか。

もしかしてこの先輩弱みを握られているのでは?と思った始末だ。

 

とりあえず先ほどの話は若干オリ有利ということで話は終わり、今度は憧の対局で漫が不思議に思った局面を指さす。

 

 

「新子さん、これなんやけど」

 

「憧でいいよ!私も漫って呼ばせてもらっていい?」

 

漫は圧倒的「陽」のオーラを感じていた。こいつ、コミュ強だと。

なんか負けた気分になる漫だが、コミュ力と雀力は比例しない。

そう言い聞かせて牌譜を改めて指さした。

 

 

東3局2本場 3巡目 憧 手牌 ドラ{⑧}

{①②④1368二八東東南北}

 

供託2本があるこのシーン。

憧は南家、{東}は場風牌に当たる。

 

「憧……はこの{東}を1枚目から鳴いとるけど、ウチやったら鳴かんと思う。形も悪いし、様子見しそうやな……」

 

漫の意見はもっともだ。鳴くということは手牌を短くすること。すなわち防御力の低下を招く。

ここは面前で打って、相手にリーチを打たれた時は{東}を対子落とししていくことも考えられる場面だ。

 

しかし、憧から出てきたのは意外な発想。

 

 

「え、これ2枚目鳴くの?」

 

1枚目を鳴くことを何も不思議に思っていない顔に、逆に漫がたじろく。

初瀬は「いつものか……」と言っているが、漫には理解できない。

面食らってしまった漫だが、一応食らいつく。

 

 

「ほ、ほら、この後対面から11巡目にリーチがかかる。対して憧はこの聴牌でリーチの一発目に無スジ押しとるけど、これ怖くないんか?」

 

 

憧 手牌

{11678七八} {横③②④} {東横東東} ツモ{三}

 

このシーン。

憧は聴牌を入れてはいるが、1000点の聴牌。

比較的安全そうな{1}で回るとか、安牌の{七}を切ってオリ気味に打つ、など、打ち手によって様々な選択があるだろう。

しかしこれを憧はツモ切りで押し、とした。

 

「え、でもでも、供託2本落ちてて、リーチかかったから3000点落っこちてて、私の手が1000点だから、これ4600点の手だよ?だいたい押しでよさそうじゃない?」

 

「そうは言うけどやなあ……」

 

言っていることは理解できる。

しかしそれを実行できるかどうかは別だ。

誰だってリーチの一発目に無スジを切るのは怖い。

頭でこれが押し有利だとわかっていても、当たる確率が0なわけではない。

当然ロンと言われることだってあるだろう。その時に一発という役がついてしまったら。

この赤4枚のルールではだいたい満貫以上は覚悟しなくてはならない。

 

 

「憧はこういう奴なんだよね。高校入ってから考えかた固くなったっていうか……」

 

「初瀬、こういう奴って失礼じゃない?」

 

2人のやりとりを聞きながら、漫は漠然とした危機感を感じていた。

今日の対局結果だけ見ても、この2人は自分とは違い、成績トップクラス。

そして今話しただけでも、確固たる意志のある麻雀を感じる。

 

 

(今仮に公式戦でこの2人と当たったとして、ウチは勝てるんやろか)

 

同世代にはそう簡単に負けない。

漫は今までそう思っていたが、どうやらそう甘くはないようだ。

 

牌譜検討は夜が更けて引率の教員に注意されるまで続いた。

 

 

 

 

合宿が終わり、帰りのバス。

窓際に座った漫の表情は暗い。

漫はその翌日も寝不足もあって良い成績を残すことができず、悲嘆に暮れていたのだ。

 

そんな時、外から声。

 

 

「漫~!」

 

「……憧、初瀬」

 

窓を開けると、下には昨日牌譜検討を共にした、晩成の生徒が2人。

 

今日も違うグループでの対局だったが、結局この2人は成績トップクラス。

初日から参加はしていないので参考記録になっていたが、それでも1年生の間で存在感は確かに示した。

 

 

「漫、私達マジで頑張るからさ、会おうよ、全国で!」

 

その言葉に目を丸くする漫。

姫松の同級生たちも、その言葉を聞いてざわついている。

 

姫松は、常勝軍団と言われるだけあって、毎年インターハイ団体戦は準決勝までは常連だ。

それに加え、今年の3年生は黄金世代とも呼ばれ、団体戦の優勝が期待されているほど。

 

対して、晩成は全国こそ常連だが、ここ数年、団体戦では2回戦にすらまともに出れていない。

3年生に小走やえという圧倒的エースが1人いるものの、総合力不足とされ、メディアからも団体戦での活躍は見込めない、そう書かれていた。

 

そのことを、この2人も知らないわけではないだろう。

それでも言い切った。全国で会おう、と。

 

関西地区の個人戦枠は激烈を極め、とても1年生が入れる余地はない。

それはわかっている、だとすれば、会うのは団体戦で、だ。

 

知れず、漫の口角が上がる。

この子たちの目は本気だ。

自分のように、先輩たちが強いから優勝を狙える、ではない。

本気で自分たちで歴史を変えようとしているのだ。

そのことが分かった瞬間に、自然と漫の体は震えていた。

 

 

「……せやな。ウチも、絶対負けへんからな!」

 

バスのエンジンがかかる。

出発時刻だ。

 

窓を閉め、手を振って2人に別れを告げる。

次会う時は、きっと全国の舞台で。

そんな予感を、漫は感じていた。

 

先ほどまでの暗い表情は、今の漫にはない。

 

せっかく恭子と多恵が推薦してくれたのに何も得られなかった、そう思っていた。

 

しかし、実はそんなことはなかったのだ。

確実にこれから3年間相手することになる、同世代のライバル。

その実力と意気込みを目の当たりにして、漫は少しだけ緩んでいた気持ちに喝を入れた。

 

 

(レギュラーに入れただけで、なにを浮かれとったんやウチは。公式戦で相手にするのは、全員格上。先輩たちの想いも背負って戦うんや。いくら時間あったって足りひん!)

 

 

 

これが漫にとって、これから長い間ライバルとなる、2人との出会いだった。

 

 




構想段階で、この話をやりたかったので、漫ちゃんを2年生に修正することができませんでした。
ご容赦ください。



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第35局 油断

新子憧は、面前派ではない。

 

中堅後半戦南1局。

 

Cブロック中堅戦は、後半戦に入っていた。

ネット記事では、ここでもう晩成が永水に捉えられるという予想が立てられていた場面である。

 

しかし。

 

 

「チー」

 

 

4巡目 憧 手牌 ドラ{2}

{②④⑨24一三五白発} {横768}

 

 

『うわあ、ここから鳴くんですね、この鳴き、どう評価しますか?三尋木プロ』

 

『わっかんねー。んまあ、本人的には「鳴かないよりは鳴いたほうがマシ」くらいの感覚だろうねい。本命は喰いタンだけど、役牌重なってもよし』

 

Cブロックの実況解説は、インターハイの実況の中でも人気が高い三尋木咏プロと、針生アナウンサーのコンビだ。

基本的にわかんねーか知らんしか言わないのでテキトーと思われがちだが、必要なところはしっかりと解説してくれる。

 

 

憧も恭子と同様に、鳴き仕掛けを得意とする雀風。

速攻を得意とするところは変わらないが、恭子と違うのは、副露率だ。

手が悪い時は鳴かない。たまにブラフの無理仕掛けもするが、それはかなり珍しい部類に入る。

守備力を考慮して、鳴かない選択を取ることも少なくない。

 

しかし憧は副露率が異常に高い。

速度至上主義はもちろんだが、高校に入って、やえからの教えを受け、そのスタイルは「どこかで一役を作る」ことに特化し出した。

 

鳴くことによってリスクは上がるはずなのだが、放銃率は以前とさほど変わらない。

 

 

『新子選手は鳴きの多い選手ですが、放銃率は低いんですよね』

 

『そうだねい。鳴き仕掛けが多い選手は基本放銃率も上がる。和了率も上がるけどねい。じゃあ、このコがなんで放銃率が上がらないかっていうと、当たり牌読みと速度読みに優れてるってコト』

 

 

へぇ、とどこかで解説を聞いていた守りの化身が挑戦的な笑みを浮かべている。

 

 

この仕掛けの多い憧が南家に座り、東家には永水の滝見春。西家に清澄の竹井久、北家に臨海の雀明華。

 

誰が厳しい状況になるかは、自明だった。

 

 

 

点数状況

 

永水  23300

晩成 140400

清澄  78200

臨海 158100

 

 

 

(うーん、困ったわね……)

 

久はここまで点数を減らしてはいないものの、増やすことにも成功していない。

2着の晩成との差は62200。久としては、この中堅戦でかなり差をつめるつもりだったのだが、この晩成の1年生にここまでは上手くかわされてしまっている。

永水もスタイル外の高打点狙いはなかなかうまくいかず、和了りに結びついていないようだ。

 

 

(と、いうよりこの世界ランカーを相手に晩成の1年生。まったく物怖じしてない。和が言ってたように、芯の強い子なんだわ)

 

久のチームメイトである原村和と、この晩成の1年生、新子憧は幼馴染らしい。

小さい頃だったので当時の麻雀のスタイルは参考にならないと言われ、特に情報はなかったが、自分の芯を強くもっている子だと。それだけ伝えられた。

 

 

 

 

「リーチ」

 

11巡目 雀明華 手牌

{①②③④⑤⑥東東南南北北北}

 

 

リーチがかかった。この対局何度目かもわからない、リーチ。

明華も少し違和感を覚え始めている。

 

 

(サトハからは晩成はあまり気にせず防御に徹しろと言われましたが……この学生、なかなかしぶといですね……)

 

臨海のチーム方針としても、ここであまり手の内を晒す必要はないということで、防御の指示が下っていた。

準決勝進出は当たり前だから、この先の戦いに備えろ、と。

 

だからこそ、ここまでこうして若干点数を減らしてでも我慢していたのだが、明華は世界ランカー。プライドに少しヒビが入っていた。

 

 

同巡 憧 手牌

{②③④22五六} {横645} {横768} ツモ{⑨}

 

 

明華の宣言牌は{⑧}。染め手っぽい河にも見えるので、当然周辺牌の{⑨}は切りにくい。

憧は少し考えてから、それでも{⑨}を切った。

 

明華の表情がまた、少し歪む。

 

 

『新子選手、ここは攻めていきました。かなり怖いところではないですか?』

 

『ヒュー!強気だねい。ま、タンヤオだし、{⑨}なんて回ったところで使えない牌だし?切ってもおかしくはないよねい。知らんけど』

 

 

その解説が終わるが早いか、リーチをかけていた明華から{四}が出る。

当たり牌だ。

 

 

「ロン、3900」

 

明華の手が止まる。

 

結局、この局もリーチをかけていた明華から直撃し、1位の臨海との差を詰めた。

 

 

(少し……指示とは異なりますが、攻めさせてもらいますか)

 

点棒をもらい、点箱に収める憧。

その作業の途中、明華がすう、と息を吸い込むのを憧は見た。

 

 

 

「ララララララ~ラララララ~ラーラーラララララララララ~♪」

 

 

突然の、歌。

 

 

(えええええ?!……びっくりしたあ……確か言ってたっけ、この世界ランカ―。普段は歌いながら対局してるって……)

 

突然の歌声にびっくりの憧。

久はそこまで驚いていなかったが、春などは目を丸くして大事な黒糖の袋が地面に落っこちている。

 

次の山が上がってくる頃に、歌声が止んだ。

 

 

(ちょっとしか歌えませんが、これで私も牌もノッてこれたでしょうか。わかりませんが……日本の学生を削る分には、十分なはず)

 

 

第一打を切り出した明華を見て、警戒心をあらわにする2人とは対局的に、久は悪い笑みを浮かべた。

 

(世界ランカーさんは晩成の子に気をとられてるわね。その足、すくってあげる)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あの、臨海の外人さんは、強いんですか?」

 

姫松の控室。

同級生が出ているということもあって、真剣な表情でモニターを眺めている漫が聞く。

 

もう監督も洋榎も帰ってきて、姫松は全員そろってCブロックの対局を見ていた。

 

 

「まあ、つまらんけど強いで」

 

つまらん……?と洋榎の言葉に疑問符を浮かべる漫だが、補足するように多恵が説明する。

 

 

「臨海の子たちはね、お互いが仲間であると同時に、お互いが敵なんだよ。だから、全力を出さない。手の内を見せない。それでもある程度勝てちゃうんだけどね」

 

臨海女子の留学生たちは、インターハイ団体戦では仲間だが、逆に言えば、インターハイ団体戦ぐらいでしか仲間ではないのだ。

世界ジュニアなど……基本は敵同士。だからこそ全力を出そうとしない。

それでも毎年決勝まで勝てていることが強さを表してはいるのだが。

 

洋榎からすると、そこが「つまらない」のだろう。

 

 

「せやけど、今回はどうやろな。ひいき目抜きに見ても、実力温存して勝てるような相手とは思えんで」

 

恭子がそうつぶやいたのと同時。

 

 

『臨海の雀明華から一閃!字牌単騎で12000を奪い取りました竹井久!』

 

 

久が、明華から12000の直撃を奪い取った。

他家のリーチを利用して、壁として持っていた風牌を引きずり出したのだ。

 

「お、やるやんけー。あの清澄の、相当できるんちゃうか?ウチと同じくらいできそうや」

 

洋榎のこのような発言には、驕りも、見下しもない。ただただ、純粋な評価。

これが自分の実力も、相手の実力も客観的に見ることのできる愛宕洋榎の強さの理由の一端。

 

一方、久が自分から悪い待ちを選んでリーチをかけているのを見た時、多恵は正気を疑っていたが。

 

 

「役牌シャンポンなら一発ツモだったあるあるを逆手にとる打ち手がいようとは……!」

 

「そういうんとはちゃうと思うのよ~」

 

中堅戦も佳境。

 

多恵はネットの巻き戻し視聴を使ってCブロック先鋒戦もあらかた確認した。

 

最後の最後で、辻垣内智葉に3倍満に放銃したところも。

準決勝でやえと対局することは、半分諦めていた。

しかし、ここまで晩成は予想外の善戦を見せている。これなら。

 

 

「やえの後輩達が切り開いてくれるとしたら、めちゃくちゃ燃える展開だよね」

 

 

自然と晩成を応援している自分に、多恵はやえと戦えるのを楽しみにしていることを自覚していた。

 

 

 

 

 

 

 

 

南3局 親 久

 

 

後半戦に入って、まともに和了れていない明華。

攻勢に転じた所をむしろ逆に3着目の清澄に狙われた。

 

 

(どうやら……甘く見ていたのは私の方みたいですね)

 

 

失った点数が増えてしまった。

これは控室に帰ってもおしかりは免れないだろう。

少しでも取り返すため、明華は攻めに転じる。

 

 

 

 

7巡目 明華 手牌 ドラ{⑧}

{④赤⑤⑥⑦⑧南南南東東} {発横発発} ツモ{3}

 

 

ダブ南暗刻の跳満確定手。

明華は対面に座る憧の河を眺めた。

1つ鳴きを入れて、前巡に{赤5}をツモ切り。

タンヤオ仕掛けであることは明白で、役牌はだいたい見えている。

 

ならば、とためらいなく明華は{3}を切る。

 

が、今回も、憧が1枚上手を行った。

 

 

「ロン」

 

「……ッ?!」

 

 

 

憧 手牌

{②③④⑧⑧45赤五五五} {横六七八}

 

 

「8000」

 

 

『ここで2位の晩成が、1位の臨海から満貫直撃!なんとなんと大方の予想を裏切り、晩成がトップに立ちました!』

 

『今のは赤ウーをツモ切った晩成の作戦勝ちだねい。後の打点アップを見れば残したいけど、ここでの手出しの{5}は目立ちすぎるからねい』

 

 

(この1年生……本物だわ!)

 

久も和了形を見て驚愕する。

自分の悪待ちとは違う。精密に計算された、出和了り率を高めるための罠。

それが3着目の自分にではなく、トップ目の臨海に向いていること。

 

 

(……どうやら私達、勘違いしてたみたいね)

 

 

驚きと同時に、久は1つの結論にたどり着いた。

 

おそらくこの試合、見ている側も、対戦相手である久たちも、全員が勘違いしていたということ。

 

臨海も、清澄も、永水だって勝手に思い込んでいた。

 

 

 

晩成は、必死に()()を守りにくる、と。

 

 

 

 

 

 

(小走やえ率いる私達晩成が準決勝進出のため2位を死守する?笑わせないでよね)

 

 

憧の目に、炎が宿る。

いつからそうだったのか、はたまた最初からだったか。

 

 

(私達は()()()()()を勝ち取りに行く!守らない。最後まで私達の麻雀を貫く……!)

 

 

小走やえが撒いた種は、確かに息吹いた。

 

そして今、大輪の花を咲かせようとしている。

 

 



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番外編2 クラリンVSのどっち

原村和はネット雀士である。

 

デジタルこそ至高であるという思想の持ち主である彼女だが、その思想を、実績で裏付けている。

日本最大のネット麻雀サーバーである「雀鵬」において、彼女のアカウントである「のどっち」は伝説と言われるほどの成績を残していた。

 

そんな彼女にとって、最近の日課になりつつあること。

 

 

(今日も全連対……悪くないですね……あら)

 

対局終了画面。

今日も和の成績は上々。しっかりと連対をキープしている。

 

時刻は丁度19時。

画面横に通知用のポップアップが表示された。

 

 

(ちょうどいいタイミングですし、今日のクラリン先生の動画を見ることにしましょう)

 

クラリン。

麻雀講座系Youtuberの先駆けとして一躍有名になった人物で、公開はしていないが、年齢もおそらく和とそう変わりない。

にも関わらず、和も知らない戦略やデジタル知識を披露してくれる。

和にとっては先生と言うべき存在であり、尊敬の対象となっていた。

 

 

(今日は上級者向け講座ですか、たのしみですね)

 

クラリンは初心者から上級者まで、幅広い講座を行うことから、どの層にも人気だ。

 

和も最初は子供だましの簡単なものだろうとたかをくくっていたのだが、試しに見てみた上級者向けの動画を見て、その認識を改める。

自身はしがない一介の麻雀好きだ、と称しているが、ネットではもっぱら女流プロ説やら、闇の代打ち説などがまことしやかに語られている。

 

 

(これほどの知識の持ち主ならば、トッププロでもおかしくないとは思いますが……)

 

和からすれば、こんな知識量の人間が、同世代にいるとは考えにくい。自然とプロではないかという説を信じ始めていた。

 

そんなこんなで動画視聴を始めた和だったが、ここで思いもよらないことが起こる。

それは、今日のクラリンの動画タイトル。

 

『ネット麻雀で、鍛えられる物、鍛えられない物』

 

和は思わず目を丸くした。

 

ネット麻雀は、和にとって主戦場だ。

親が転勤族の和は、地域で決まったメンバーと麻雀をする、ということがとても難しかった。

そこでたどり着いたのが、ネット麻雀。

このネット麻雀は自分にとって原点であり、これからもきっと続けていくもの。

 

基本クラリンの動画は、自前の自動卓を使って、手元だけが写される動画が多い。

しかし今回の動画は、和もよく知る、「雀鵬」の画面での動画となっていた。

 

 

(クラリン先生が、「雀鵬」のアカウントを持っている……)

 

動画を見ながら、和は心拍数が上がるのを感じる。

自分自身が、尊敬するほどの知識を持った打ち手が、ネット麻雀、それも自身と同じサーバーのアカウントを持っている。

動画内で、まだアカウントを作って2か月と言っていたが、常人なら2ヶ月でたどりつけようもないレート帯まで、クラリンのアカウントはレーティングが上がっていた。

 

動画を見ながら、マウスを操作する和。

今までの対戦履歴に、もちろんクラリンなどという名前はない。

たまにクラリンを名乗るユーザーもいたが、やはり偽アカウントだった。

 

 

(クラリンさんと……戦ってみたい)

 

和はいつになく熱くなっているのを感じていた。

クラリンと、麻雀を打ってみたい。

その心は、もうどうしようもないほど大きくなっていく。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「はーい!じゃあ今回の動画はここまでです!今回もご視聴ありがとうございました!」

 

いつもとは一味違った動画配信が終わる。

 

 

「おつー」

 

「今日も勉強になった」

 

「おてては……おててどこ……」

 

もともと多恵は前世からネット麻雀の住民。

プロにとりたててもらったのも、最大のネット麻雀サーバーで、トップに立ったからという理由だった。

 

こっちの世界にきて、多恵はネット麻雀をやってはいたのだが「雀鵬」はやっていなかった。

恭子に、「雀鵬」の方がわかりやすくていい。と勧められて最近になってアカウントを作ったのだ。

 

 

ふう、と一息ついていると、動画のコメント欄が、なにやら伸びている。

なんだろうと思って、多恵は画面をスクロールしてみた。

 

 

コメント

 

のどっち:クラリンさん、いつも動画楽しく見させてもらってます。もしよかったら、「雀鵬」で対局しませんか?

 

 

「……はえ?」

 

この手のコメントは、たまにくる。

実際に会って対局してみたいだの、ネット麻雀でいいから対局してくださいだの。

 

そのたびに丁重にお断りしていたのだが、今回はどうやら様子がおかしい。

 

コメント返信欄を見てみる。

 

 

「え、これ本物?」

 

「本物だ!これ実現したら大変なことになるぞ!」

 

「のどっちって運営のAIじゃないの?」

 

「さすがのクラリンものどっちには勝てないんじゃないか?」

 

 

どうやらこの「のどっち」有名人らしい。

そういえば聞いたことがあった。いわく、この世界のネット麻雀には、運営の用意した最強のAIがいるとか。

それがのどっちだと知った多恵。

 

(普通はネット麻雀で25連勝とかありえないっしょ。レーティング高い卓で……)

 

しかし実在する人間となれば話は別だ。

多恵にだって、ネット麻雀には一家言ある。

 

 

(やってやろうじゃないの!)

 

かくして、のどっちVSクラリンの幕が開いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「どうもみなさんこんばんは、クラリンです。今日はね、知ってる方も多いと思いますが、あの、生ける伝説、のどっちさんと対戦できるということで、対局の模様を生配信していきますよ!」

 

1週間後の夜。その対局の日は訪れた。

多恵としてもこのような形での配信は初めてだが、不安よりも興奮が勝る。

伝説とも呼ばれるネット雀士と戦えるのだ。

こんなに嬉しいことはない。

 

 

「楽しみ」

 

「のどっちVSクラリン……これ地上波でもいいのでは?」

 

「流石のクラリンも厳しいかもな」

 

コメント欄も盛り上がっている。

現在時刻は20時。

動画視聴人数は開始直後の今ですら3万人を超えている。

この調子ならどんどん増えそうだ。

 

 

「さ!早速参りましょう。私達以外の2人もね、見ての通り私よりもレート高い人達なんで、胸を借りるつもりでやっていきますよ!」

 

対局が始まった。

慣れないスタイルだったが、多恵に緊張は無い。

配牌の向聴数、自風牌、しっかり確認している。

 

 

「んじゃー1打目は浮いてる{9}から……」

 

多恵は南家。のどっちは対面の北家になった。

 

 

「クラリン9sドラ!ドラだから!」

 

「この子ドラ確認だけはマジで学習しないな??」

 

「生配信対局で初打にドラを切ろうとする女」

 

ドラ確認はしっかりと怠った。

 

 

(あっぶねえ!!マジで切っちゃうところだったよ?!)

 

「雀鵬」は親切で、ドラは薄く色が変わっているのだが、それでも気付かないあたり重症である。

 

 

「冗談ですよ、冗談。{1}からいきますかー」

 

気を取り直して、対局に集中だ。

 

 

「絶対に切ろうとしてたよこの子」

 

「クラリンがクラリンしてて安心した」

 

「おてて見えない……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

対局は終始のどっちがリードする展開。

東4局で親満をツモられたのが響いている。

 

迎えた多恵の親番。

現在ののどっちとの点差は10000点ほどの2着目。まだまだ勝機はある。

 

 

南2局 8巡目 多恵 手牌 ドラ{7}

{③④赤⑤5688五六六七八西}

 

この手牌で、上家から{4}が切られる。

 

 

「うーん、まだスルー有利ですかね……鳴いて2900(ニッキュー)聴牌とるのはまだ早いです」

 

 

 

「両面両面だしね」

 

「ここで鳴くのは早漏が過ぎる」

 

「ドラならまだしも、ねえ」

 

メンタンピン赤が色濃く見える手。

親であることも考慮してここはどっしり構えたい所。

 

しかしなかなか有効牌が来ず、じれた展開に。

 

 

「良形の両面両面って聴牌まで平均5巡弱かかるって言いますしね、多少はね」

 

そんなことを言っていた矢先、対面ののどっちからリーチが入った。

 

 

「リーチ!」

 

機械的音声がリーチを告げる。

宣言牌はドラの{7}。

河も平均的に切られていて、実に読みにくい。

 

下家がドラの{7}を合わせた。

 

 

「それはチーです。今すぐにでもチーです。はい聴牌」

 

音速でチーする多恵。

ここで追い付けるなら勝算は十分ある。

 

そして1巡後。

 

 

多恵 手牌 

{③④赤⑤88五六六七八} {横765} ツモ{③}

 

 

 

初めて無スジをつかまされた多恵。

 

「えー……スジ何本通ってるんだ……?6……7?こんなん押し有利ですよ、押し有利!ホイッ!」

 

多恵が{③}を切る。

 

そしてわずかに生じる、ラグ。

 

ネット麻雀を打ったことがある人はわかるかもしれないが、この切ってから次の人がツモるまでのラグが、とても怖い。

 

 

「いやいや、でも押し有利だから……押し有利だからあ!?」

 

多恵の叫びにも似た懇願が響き渡る。

押し有利と言ったって当たることがないわけではないのだ。

 

 

「クラリン必死wwww」

 

「クラリンも俺らと同じ人間なんだな、って」

 

「のどっち配信見ながら打ってるんじゃないの」

 

 

コメント欄も盛り上がっている。

とりあえずこの{③}は通った。どうやら下家が鳴くか迷っていただけらしい。

 

しかしすぐ次巡。

 

 

「ツモ!」

 

のどっち 手牌

{12345678⑦⑦一二三} ツモ{9}

 

 

 

「びよーーーーーん!!」

 

跳満ツモである。

 

 

「強すぎ」

 

「やはりAIだったか……」

 

「しっかり高目ツモて……」

 

 

 

 

オーラス。

 

南3局は多恵が満貫を出和了り、勝負はオーラスへ突入した。

多恵とのどっちの点差は16000点。満貫直撃は同点。逆転には跳ツモが必要だ。

じっくりと手を育てにかかる。

 

 

11巡目 多恵 手牌 ドラ{2}

{⑦⑧⑨245789七八九南} ツモ{6}

 

 

「いやあ~!そっちか……!うーん、現代麻雀的にはドラ単騎でいいっしょ!字牌単騎もありだけど、のどっちから出るとは限らんしな……」

 

もう巡目も深い。3巡目に{1}を多恵が切っていて、ドラではあるが{2}の場況は悪くない。

リーチを受けて、既に聴牌を入れていたであろうのどっちの手が止まる。

 

 

「AIが悩んでる」

 

「のどっちが悩むとか見たことあるか?」

 

「鬼の捨て牌スピードののどっちが……」

 

 

選ばれたのは、通っていない{3}。

勝負しに来ている。

 

({3}はかなりキツイとこ。聴牌は確実。周りの捨て牌と合わせて、{2}がノーチャンスになった)

 

次巡も、のどっちの手が止まる。

ドラの{2}は1枚切れ。

のどっちの手牌からツモ切られたのは、{2}だった。

 

 

「出たあ~!裏1!裏1!」

 

トップからの直撃、これで裏ドラが1枚でも乗れば多恵の勝利だ。

 

 

「マジか!裏乗れば逆転!」

 

「頼むう~」

 

「クラリン裏ドラ乗ってるの見たことないけどね」

 

 

運命の裏ドラは、{西}。

乗らなかった。

 

 

「びよーーーん!」

 

同点トップ。このネット麻雀に上家取りのようなシステムはなく、1位の順位点を分けあう形となる。

ようは引き分けだ。

 

 

「いやー面白かった」

 

「手に汗握る展開、ありがとう」

 

「誰だ裏ドラ乗らないフラグ建てた奴」

 

 

 

 

最後に軽くチャットであいさつをして、対局、配信は終了。

多恵にとっても、楽しいひと時だった。

 

(勝ちたかったなあ……にしても最後、のどっちなら出和了りは期待できないだろうから、ツモ狙いに行ったのに。意外だったな)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

同刻。

 

対局が終わってから少し経った後も、和は、自身の最終局面を眺めていた。

2着のクラリンとの点差は16000点。跳満ツモならまくられるが、かなり厳しい条件。ほぼほぼ、トップだろう。

 

 

最後の手番、和の手牌は

 

{③③③④⑤⑥⑦二三四} {55横5}

 

良形5面張。

確実に勝てる。そう思った。

そこでのクラリンのリーチ。

掴まされたドラ。

 

{3}が全て見えてのノーチャンスということも差し引いても、普段ならオリていただろう。別に無理をする場面ではない。

しかし、和は切った。珍しく長い時間を使って。

 

 

(クラリン先生に多面張で勝ちたかった……という気持ちがありましたか)

 

和にとって、クラリンは多面張の先生だ。

動画内で、清一色待ち答えクイズなどを瞬時に解く姿を見て、私もこうなりたいと思ったことは1度や2度ではない。

故に、最後の場面で、少しムキになってしまった。

 

そしてなぜか、多面張なら、勝てる。少しだけそう思ってしまった。

愛用のエトペンのぬいぐるみを抱きしめ、和は自嘲気味に笑う。

 

 

(……そんなオカルト、ありえませんよね)

 

 

 

和がクラリンを多恵だと気付く未来は、そう遠くなかった。



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第36局 強気

Cブロックは副将戦へと移る。

現在のスコアは大方の予想を裏切り、中堅戦で晩成がトップを奪い返した。

 

晩成の控室も盛り上がっている。

そんな中で、1人小走やえは、固く拳を握りしめていた。

 

 

(私は、こんなにも強い子たちを信じてあげられなかったのか……!)

 

後悔の念がこみあげる。

あの時、自分だけの独りよがりな麻雀をやめていたら。

もっと楽な状態で後輩に繋ぐことができたのではないか。

 

去年までのトラウマがあったとはいえ、今年の後輩達の強さはやえも感じてはいた。

だからこそ、後輩に託すという選択肢がとれなかった自分が恥ずかしい。

 

 

「やえ先輩、そんな辛そうな顔しないでください」

 

隣にいた初瀬が、そんなやえの気持ちを知ってか、声をかける。

 

「そうですよ!初瀬の言う通りです。憧がトップ奪い返したんですから今は素直に喜びましょ?」

 

2年生の巽由華もソファに座るやえの肩にポンと両手を乗せた。

 

 

「初瀬……由華……」

 

「みんなも私も、去年までのこと、知ってます。やえ先輩は、あんな強い人たちの中で4万点稼いできたんだから十分ですよ」

 

親指を立てて、笑顔を見せる初瀬。

結果として、まだ下との点差も離れている。

あと4半荘。4半荘を終えれば、やえにとって初めての準決勝だ。

 

 

「それに、次があるんだから、次に向けて切り替えましょ!」

 

初瀬が立ち上がる。

その言葉は、心の底から出ていて。

 

準決勝進出を少しも疑っていないことが、わかる。

 

頼もしい後輩になってくれたものだと思いながら、副将戦に向かう初瀬を見送る。

 

 

「初瀬。あんたの相手はかなりの強者よ。気を付けなさい」

 

「はいっ!インターミドル王者と、臨海の決闘者さんと、裏鬼門の巫女ですね。頑張ります!」

 

出ていく扉の前、後ろを振り返って敬礼する初瀬。

副将戦は、中堅戦以上に厳しい戦いになる。

 

出ていった扉をみて、それでもやはり心配になってしまうやえ。

 

(いや、もうやめよう。今は信じる。それが先鋒の役目ってものよね)

 

 

先輩の夢は、後輩達に託された。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ナーイス憧!」

 

「初瀬!」

 

副将戦に向かう道の途中。

ちょうど帰ってきた憧と会った初瀬。

 

憧の成績はかなり良かった。

世界ランカーの風神を相手にしてこの成績は1年生としては破格。

憧の中堅戦のスコアは+20900。

この結果はメディアも無視はできないだろう。

 

 

「初瀬、まだ全然安心できる点差じゃないからね」

 

「わかってる。やばい連中が相手ってのもね」

 

真剣な表情の2人。

まだ大将戦が終わるまでは何が起こるかわからない。

麻雀とはそういうものだ。

 

それでも、守ることはしない。

憧はそれを示してくれた。

ならば自分にできることは。

 

 

「うしろにいるの由華先輩だし、まあ気楽にいくよ」

 

「おっけ!初瀬の強気でいっちゃってー?」

 

親指を立てて初瀬を送り出す。

 

私達の旅路は、まだ道半ばなのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『Cブロック副将戦開始です!三尋木プロ、この対局のみどころはどこでしょう』

 

『わっかんねー。けど、前評判通りなら、晩成はかなりキツいはずだよねい。相手は強豪校のエースクラスと、インターミドルチャンピオンなんだからさ』

 

『ということは、晩成がここでかわされることもある……と?』

 

『いやーさっきの中堅戦見たっしょ?もうそういう次元じゃねーと思うよ?晩成が評判通りやられちまうのか、ひっくり返すか。ま、知らんけど』

 

 

 

 

 

東家に初瀬、南家に和、西家に初美、北家にメガンという並びで対局が始まる。

 

東パツ、まずはセオリー通りに攻めてきた和が満貫のツモ和了り。

 

清澄はまだ準決勝進出ラインまで遠い。

もちろん攻めてくるだろう。

 

東2は初美が3900を和了り、迎えた東3局。

 

 

「リーチ」

 

この局も和が早い。

その頬はわずかに上気していて、熱を帯びている。

 

 

(憧が言ってた。のどっちモードってやつか)

 

ツモ切りの動作も非常に早く、打牌選択によどみがない。

流石というべきか、この状況でもやれる最大の手筋をたどってくる。

 

そんな中でも余裕の表情を浮かべるのは、メガンだ。

 

 

(明華が油断シテ点数は削られましタガ……ワタシはそう甘くはありまセンヨ……)

 

「チー」

 

初美から出てきた牌を鳴いて、聴牌をとるメガン。

 

 

(さて……決闘(デュエル)……!)

 

メガンの能力は、自身が聴牌したときのみ、相手の聴牌を察知できるというもの。

そこから1対1の状況を作れば、メガンは相手から直取りをとりやすくなる。

 

今回のターゲットは和。

 

リーチを先にかけている和は、これをよけられない。

西部劇に登場するガンマンのような恰好をしたメガンから放たれた弾丸が、天使のどっちの横腹を貫く。

 

 

「ロン!8000点デス!」

 

 

 

メガン 手牌 ドラ{七}

{④赤⑤⑥67888七七} {横324}  ロン{5}

 

 

 

「はい」

 

和の表情に変化はない。

追いかけて、潰された。それだけとしか思っていないだろう。

 

そして、メガンの親がやってくる。

メガンの親ということは同時に、薄墨初美が北家だ。

 

 

(さテ……このミコさんは北家の時に注意なんでシタネ……)

 

流石のメガンも、ここは最善の注意を払う。

親を手放すのは痛いが、ここは席順上仕方がない。

東と北を鳴かれない間だけ攻めようと思っていた。

 

 

「ポンですよ~!」

 

和が東を切る。

すかさずそれに食いついた初美。

 

 

(まあ1枚目はいいか……もう北は切れない。北が来たら店じまいだね)

 

手なりに進めている初瀬。

初美の小四喜を警戒して、こちらも字牌は切りにくい状況。

 

しかし、次巡、卓に衝撃が走る。

 

 

「それもポンですよ~!」

 

「?!」

 

初瀬は危うく変な声が出そうだった。

和が北を切り、初美が鳴いた。

メガンも、初瀬も表情が明らかに変わる。

 

(え、この子わかってないの?!それとももう相当な手を聴牌してる……?)

 

これが仕方なく切っているのならまだいい。

 

しかし理解しないで本当に切っているのだとしたら、これから先の戦い方は初美が北家の時だけ変わってくる。

 

荘厳な音楽が鳴り響く。

和楽器特有の静謐とした音楽が、その場を支配する。

永水以外にとって、嫌な風が吹いてきた。

 

 

 

(困りましタネ……)

 

いい迷惑なのは親のメガンだ。

流局ならまだしも、ここで小四喜など和了られたら親の自分は16000点の失点。

とうてい看過できるものではない。

 

 

「チー」

 

ちょうど初美から鳴ける牌が出てきたので、聴牌かどうかだけ確認する。

メガンは自身が聴牌さえすれば、他家の聴牌を確認できる。

これでまだ初美が聴牌していなければ、その間だけは自身も和了りに向かうことができる。親が続くので初美が北家なのは変わらないが、次も東と北が鳴けるとは限らない。

 

しかし、そうして目にした光景は。

 

 

「……っク?!」

 

 

幼女がランチャーを構えていた。

自分の身の丈より明らかに大きい砲身を持つソレは、容姿と余りにもかけ離れている。

 

これはもう決闘などと言ってる場合ではない。明らかに聴牌している。

こんなのとやりあったら、風穴が空く程度では済まされない。

 

 

(おとなしくオリまショウ……ツモられたら運が悪かったと思うしかありまセン)

 

予想以上に初美の聴牌が早かった。

初美が聴牌するまでは流しにいこうと思っていたメガンだが、これを見て聴牌を崩し、オリる。

 

初瀬もベタオリ、和も2副露を見て、その上家ということもあってか抑え気味だ。

このまま何事もなく流局。

初瀬とメガンはそれを祈るばかりだったが。

 

 

 

 

 

「ツモ、8000、16000ですよ~!」

 

 

 

 

初美 手牌 ドラ{3}

{23南南南西西} {横北北北} {横東東東} ツモ{1}

 

 

 

 

 

『永水女子薄墨初美選手!この大会2度目の役満小四喜のツモ和了り!!一気に他校との点差を縮めました!!』

 

『これは強烈だねい!』

 

 

役満成就。

 

初美の強烈な1撃が決まった。

 

 

(小四喜。部長が気を付けてと言っていましたが……なかなかの偶然ですね……)

 

 

点数状況が一気に詰まる。

 

 

点数状況

 

晩成  137400

清澄   84200

永水   55200

臨海  123200

 

 

 

南1局 親 初瀬

 

(これは南場の親が心配ですガ……とりあえず点数は稼いでおきたいでスネ)

 

南1局も先制は和。

点数がまだ足りない和は、攻撃の手を緩めない。

リーチと打ってでてきた。

 

メガン 手牌 ドラ{⑥}

{②③④⑥⑦⑧赤5578二二三} ツモ{5}

 

メガンはとりあえず聴牌をとる打{三}とする。

メガンの目に映ったのは原村和1人。どうやらメガン含めて2人聴牌のようだ。

能力の特性上、メガンは一度ダマにとって、誰が聴牌かを確認するケースが多い。

 

 

(デハ……行かせてもらいまスカ)

 

次巡、メガンは持ってきた牌をそのまま横に曲げた。

 

 

「リーチデス!」

 

決闘(デュエル)!)

 

一歩、また一歩。メガンと和の距離が離れていく。

さながら果たし合い。

メガンが求めていたのは、こういうスリルのある勝負。

 

どちらに軍配が上がるか……。

 

そう思っていた矢先。

 

 

(ン?)

 

親の初瀬が、メガンにも和にも通ってない{4}を素知らぬ顔でツモ切ってきた。

 

 

 

初瀬 手牌

{③③④④⑤赤⑤⑦⑧234三四}

 

 

『晩成の岡橋初瀬、2家リーチ入っているのにも関わらず、安牌かのように{4}切りましたね……』

 

『ひえ~晩成の子たちおっかなー!普通なら共通現物切ってオリちゃいそうだけど……勝負手と見たら全部行く……決めてるのかもね、知らんけど』

 

 

メガンはその能力の特性上、まだ初瀬が聴牌でないことを知っている。

それでいてこの打牌。

聴牌ならまだしも、1向聴で、2人に通っていない真ん中付近の牌を切ってきたのだ。

 

決闘中にも関わらず、メガンは冷や汗が流れるのを感じる。

 

 

次巡。

 

 

「リーチ」

 

バシッと初瀬から切られたのは{⑧}。これもどちらにも切れていない牌だ。

鋭い瞳が、メガンを捉える。

 

 

(割り込みとは随分マナーがなっていませンネ……!って、なんデスかソレ……!)

 

決闘中に颯爽と馬にのって無理やり割り込んできた初瀬。

和も珍しく少しだけ眉根を寄せる。

 

持っているのは明らかに決闘用のピストルではない。

 

サブマシンガン。近距離で殴り合う、銃撃戦の近距離武器。

 

 

「ロン!」

 

ダダダダダダ、と西部劇には似つかないとんでもない量の弾丸が、メガンを打ち抜いた。

 

 

 

 

「18000!」

 

 

初瀬 手牌

{③③④④⑤赤⑤⑦⑦234三四} ロン{二}

 

 

 

 

(この……!いい度胸デス。去年の憂さ晴らしにハラムラを叩くつもりでしタガ……まとめて叩きのめしてあげまショウ)

 

圧倒的に興味がなかった初瀬に、メガンの目が初めて行った瞬間だった。

 



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第37局 岡橋初瀬

長くなりすぎた……2話に分ければよかったかもです……。

気付けば10万UAを突破しました。
読んでくださる皆様のおかげです。
いつもありがとうございます!




姫松高校控室。

 

時刻は17時を回ったところ。

Cブロックは開始が遅くなったこともあり、これは夜まで対局が長引きそうだ。

 

 

「この副将戦、どこが有利やと思う?」

 

恭子の問いに対して、多恵はしばらく考えこんだ。

 

Cブロック副将戦は南3局を迎えている。

今の所は晩成がリード。

その後を臨海、清澄、永水と追いかける形になっていた。

これが通常の麻雀なら、残り局数も見て晩成の準決勝進出は固い。

 

が、残念ながらこれは通常の麻雀ではない。

明らかに異質な永水と、臨海がいる以上、まだこの副将戦の行方も、わからない。

 

 

「清澄の子があのまま打つのであれば、俄然永水が有利だろうね。それこそ由子が相手した宮守の臼沢さんとかがいないと止められないよ、あれは」

 

「確かに、あの子すごかったのよ~体調大丈夫か心配なのよ~」

 

宮守女子、準決勝でも相手することになる高校の副将、臼沢塞は2回戦でもその実力を示して見せた。

何と言っても北九州最強のエース白水哩の打点をあそこまで抑えたのだ。功績は測り知れない。

 

そして、問題の清澄の副将。見ている限り、打牌はこの大会で誰よりも理論的で、デジタルだ。

 

 

(あの打ち筋……どこかで見たことある気がするんだよなあ……)

 

なんとなく既視感のある打牌に、多恵は自身の記憶を掘り起こす。

インターミドルチャンピオンであるのは知っているし、その牌譜を見ていたかもしれないとは思うのだが、何かがひっかかる。

 

 

「ウチは晩成の副将、好きやけどな。あの臨海の副将と、派手にやり合ってる。なかなか肝の座ったいい麻雀や。それこそセーラに近いかもしれんな」

 

「初瀬は見た目によらず気が強いんですよ……」

 

洋榎がいつもの椅子逆座りスタイルでモニターを眺めて晩成の副将、岡橋初瀬をそう評した。

実際に卓を囲んだことのある漫もそれに賛同する。

 

確かに、目立つのは永水と臨海になりそうと思っていただけに、晩成の副将の子があれだけやれるのは計算外だった。

 

 

「……やえの背中を見て育った子たちが、こんなに厄介そうだと思うことになるとはね……」

 

先の中堅戦でも晩成の中堅、新子憧については脱帽だった。

恭子とも似通った速攻型。恐ろしいのは鳴くことに恐れがないこと。

守備面に全面的な信頼があるからこそ、仕掛けられる。

 

小走やえのワンマンチーム、そう呼ばれていたかつての晩成はもうそこにはない。

去年も1年生の子が1人頑張っていたのを鮮明に覚えていたが、今年はその子が大将を務めている。

 

 

「……去年、必死にもがきながらも己の無力さを噛み締めたであろうあの子が、どこまで強くなっているのか……楽しみだな」

 

多恵は大会メンバー表のパンフレットを眺めていた。

多恵がみつめるのは晩成のメンバー表、その大将。黒髪をショートにそろえた髪型。表情は少し固い。去年のあどけなさはもう見られない。

 

2年生、巽由華。

 

多恵は確かな期待とともに、パンフレットを閉じた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ロン!8000点デス!」

 

 

メガン 手牌

{一一一三四六七八九九} {横南南南} ロン{二}

 

 

 

「はい」

 

 

(またこの2人でやりあってますかー?)

 

 

副将戦前半も、これでオーラスだ。

ここ何局かは完全にメガンと初瀬の叩きあい。

メガンの決闘麻雀を前に、一歩も引かない構えの初瀬。

トップ目であることも考えたら引き気味になってしまいそうなものだが、まったく引く様子が見られない。

 

 

(また薄墨初美が北家……)

 

そしてまたその時がきた。

メガンがオーラスの親番、ということは同時に、薄墨初美が北家ということ。

初瀬は、下家に座る和の表情を見る。

 

 

(もしこのインターミドルチャンピオンが本当に理解していないのだとしたら、この局踏み込むのは危険。とはいえ、2枚鳴かれるまでは攻めでいこう)

 

 

少し緊張した手つきで配牌を受け取る初瀬。

いくら感情の昂ぶりで抑え込んでいるとはいえ、初瀬にとって、これが初の大舞台。

緊張しないわけがない。

それも相手は条件付きではあるもののほぼほぼ役満という特大爆弾を抱えてくる相手。

少しでも読み違えれば、死ぬのはこちらだ。

 

 

(私にも憧みたいな手牌読みができればなあ……)

 

ないものねだりであるということは重々承知だ。

自分のスタイルはそこではないので、踏ん切りをつけるしかないが、この時ばかりはそう思わずにはいられない。

 

 

6巡目。

 

「リーチ」

 

ヒュッと風でも吹くかのようなスピードで、和からリーチがかかる。

 

 

(リーチ……!ってことは本当にわかってないな……?!)

 

本来、この状況でリーチをするのは得策ではない。

東と北を持ってきたときに切らなければならないからだ。

本来なら何を言っているんだと言われるべきことだが、ここは異常な卓。

普通では考慮しなくていいことに考慮しなければならない。

 

リーチは諸刃の剣。1翻上がる代わりに、持ってきた牌は自らの和了り牌でなければ全て切らなければならない。

 

すると、どうなるか。

 

 

「ポン!」

 

「それもポンですよ~!」

 

 

瞬く間に東と北が鳴かれた。

また嫌な風が流れ始める。

 

(まさに、ふざけんじゃねェ!デス!)

 

親のメガンはまたも困り果てた表情。

これ以上の失点はごめんこうむりたいのだが、決闘なぞ挑んで負ければ被害は測り知れない。

 

 

メガンの表情を見て、こちらも相当まいってそうだな、と思いながら初瀬も焦りを感じていた。

 

 

(これでまた永水にツモられて、後半戦もまた和了られでもしたらまくられかねない……!ほんと、憧どうにかしてよコイツ!)

 

初瀬もキレ気味だった。

自身で飛び込んでくれるなら構わないが、ツモられて削られる身にもなってほしい。

 

 

(まあ、だけどもちろんリーチ打ってる清澄の方が死に近いわけで)

 

初瀬の言うことはもちろんだ。

初瀬やメガンは今通った牌や、共通現物を切っていればとりあえずはしのげる。

なんなら最悪は和の方にだけ通っていない牌を切るのも仕方がないだろう。

 

だが、和に打牌の選択権はない。

初美に通っていなかろうが、通っていようが、意志とは関係なく切らざるを得ない。

 

 

(だーかーら、やられちゃえ!インターミドルチャンピオン……!)

 

 

緊張の時間が続く。

初美も危険牌を切るようになった。

おそらく、聴牌だろう。

 

 

『永水の薄墨初美!また役満聴牌です!!しかも待ちの{二五}はまだ山に1……2……3枚、3枚残っています!』

 

『原村和の待ちも3枚。めくりあいだねい』

 

 

観客も大盛り上がりだ。

そして残り3枚ずつある待ちなら、決着がつく。

 

 

 

 

 

「ロン」

 

 

 

 

和 手牌 ドラ{発}

{①②③⑤⑥⑦⑧⑨赤55七八九} ロン{④}

 

 

「8000」

 

 

 

和が和了りをものにした。

 

 

『前半戦、終了です!!圧倒的に稼いだのは永水の薄墨初美!オーラスにも役満聴牌と、後半戦にもかなり期待ができそうです!』

 

 

(ふう……危なかった……)

 

颯爽と去っていく和に対して、初瀬は拳を震わせる。

 

 

(あんたが空気読めばもう少し楽だったでしょうに……!)

 

くっきりと怒りマークが見える。

役満ツモを食らいながらも、初瀬の成績は良い。

とにかく一旦控室に戻って作戦の練り直しを図ろうと、初瀬も席を立った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

宮守女子控室。

 

2回戦突破のお祝いムードもほどほどに、宮守も姫松と同様、次に当たるであろうCブロックの対局を見ていた。

 

 

「うげえ……お願いだから清澄、永水で上がってこないでね……」

 

「晩成の子目に見えてキレてたね!ウケるね!」

 

副将戦が終わって、医務室から戻ってきた塞がげんなりとした様子だ。

塞のいう通り、もしその2校が上がってこようものなら塞の負担はひどいものになる。

それだけはごめんだった。

 

 

「でも~臨海の人が上がってきても、晩成の人が上がってきても、相手は手強そうだね~」

 

控室に備え付けの麻雀卓で熊倉監督と共に六曜の復活のため麻雀を打っている豊音が、こちらの会話に加わる。

前評判では、晩成は先鋒だけやたら強くて、それ以降はあまり気にしなくていいといった内容だった。

だからこそ宮守としては晩成が上がってきてくれてもよかったのだが。

 

もうそうは言っていられない。この結果を見て、誰が晩成を侮れようか。

 

エイスリンがまたホワイトボードになにやら書き始める。

笑顔でパッと胡桃たちに見せた絵は、王様のもとに4人の人物が膝をついている絵。

 

 

「うんうん、そうだね、王者のもとに強い家臣が加わったね」

 

「無理……晩成きちゃったら……姫松と晩成……ダルすぎて……死ぬ……」

 

「あはは、シロは確かに大変かもねえ……」

 

流石の塞も苦笑いだ。

関西の雄、姫松の騎士と晩成の王者を2人相手にするというのは、流石の白望でも厳しいだろう。

 

 

「とにかく、今は姫松を打倒しうるだけの力を得なければいけないねえ……やれることは少ないけど、最大限の努力をしようかね」

 

熊倉監督も、ひとまず2回戦を突破できたことに安心していた。

しかしこうなれば次も突破して岩手勢初の決勝進出まで行きたいと思うのも指導者の性だ。

やれることは全てしてあげたい。

 

 

「後半戦、始まったよ!」

 

「うう……なんか晩成の1年生にすごく同情するからとりあえず晩成の子を応援しようかな……」

 

そう言って胃を抑える塞をまだ調子悪いのかなと勘違いする胡桃であった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

後半戦が始まった。

 

 

現在の点数状況は

 

晩成 141400

臨海 120200

清澄  92200

永水  47200

 

 

一見、永水が厳しいように見えるが、一撃必殺の刃がある。

まだ十分に可能性は残っているだろう。

 

席順は東家に初美、南家に和、西家に初瀬、北家にメガンとなった。

 

 

(この席順は悪くない……のかなあ?)

 

初瀬はこの休憩時間、控室に戻って仲間と相談をした。

やえからは、役満にだけは喧嘩を売らず、それ以外の局は前半戦同様攻めていい、とのこと。

やることは前半戦とさして変わりない。

 

 

東1局は流局という静かなスタート。

そして場は東2局に移る。

 

初美の北家だ。

 

 

「ポンですよ~!」

 

まずは3巡目に和が東を切る。

それを鳴いた初美。

わかっていたことだが、平然と東と北を切ることがわかっているから、他の2人は当然切りにくい。

 

 

しかし、今回はメガンが動く。

 

 

 

「チー」

 

8巡目 メガン 手牌 ドラ{六}

{赤⑤⑥⑦33456六七}  {横二三四}

 

 

 

(さテ……聴牌ですガ……だれも追い付いてはいませんね)

 

メガンは誰も追い付いていないことを確認し、打牌をした。

永水さえ追い付いてこなければあのトンデモランチャーがぶっ放されることはない。

とりあえずは聴牌を継続できるのだ。

 

しかしその同巡、メガンの視界に、1人のガンマンが映る。

 

 

(晩成!やはりアナタがきましタカ……さあまた楽しい撃ち合いを……ン?)

 

確かに聴牌したはず、だったのだが、打牌をした瞬間に、初瀬のハットとカウボーイ衣装は取れ、聴牌は感じ取れなくなった。

 

 

初瀬 手牌

{①②③⑤一二三四四六七八北} 

 

 

この手から、初瀬は打{⑦}。

 

 

(こんな愚形聴牌で{北}切ってリーチはさすがにできない。個人戦なら行ってたかもだけど……これは皆の、晩成の点数なんだ)

 

北はほぼほぼ初美に鳴かれるだろう。

下手をすれば鳴いて役満聴牌かもしれない。

そんなところに愚形リーチで突っ込めば、即地獄行きなんてこともありうる。

 

 

(どうやら浮き牌が{北}だったみたいデスネ……オヤ……?)

 

初瀬が手を崩したその次巡、今度は和が銃を持って現れた。

聴牌を崩さず、リーチもしてこない。

親の和がリーチをしてこないということは、待ちが悪いか、打点が11600(ピンピンロク)以上か。

 

 

(まあどちらでも構いまセン。さあ、決闘デス……!)

 

 

一歩、また一歩と離れていく。

 

そして、銃声。

 

 

「ロン!3900デス!」

 

 

「はい」

 

 

決闘になってしまえば、有利なのは基本メガンだ。

この能力は1対1の撃ち合いにとても強い。

相手の打点が高かろうが、的確に射抜いてくる。

 

 

(とりあえずは永水が和了らずに助かった。さあ、気合入れてくよ……!)

 

初瀬も気合を入れなおす。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

役満が和了れずに少しむくれていた初美だったが、そこは流石強豪校の点取り屋。

すぐに気持ちを切り替えると、東3局は和から5200を直取ることに成功する。

 

 

東4局 親 メガン ドラ{白}

 

初瀬 配牌

{③⑧⑨1268二八九西白白} ツモ{南}

 

 

初瀬は配牌をもらって少しだけ顎に手をやって考えていた。

 

 

『岡橋初瀬選手の配牌です。役牌ドラの{白}が対子なのは嬉しいですが、形が悪いですね……』

 

『あちゃー、こりゃ他がひどすぎるね。これじゃあ鳴かないって人すらいるんじゃないかねえ。知らんけど』

 

 

役牌ドラは麻雀において非常に扱いが難しいものだ。

2枚ならまだしも1枚だけだと切り時が非常に重要になってくる。

 

 

3巡目 和 手牌

{②③③④赤⑤⑥334赤5六七白} ツモ{②}

 

 

『対して原村和選手は伸びますね。これもうドラ切るんじゃないですか?』

 

『デジタルな彼女のことだからもっと早く切るのかと思ったけどねい。流石に切り時かな?』

 

 

和は表情を変えず、解説が終わるよりも早く{白}を切った。

 

 

「ポン」

 

これに初瀬が食らいつく。

 

 

『流石に鳴きましたね。しかしここからが遠い岡橋選手。和了までむかえるでしょうか?』

 

 

 

局は進み、10巡目。もうドラポンの初瀬は3副露。他家からすれば、聴牌は濃厚と考えるのが妥当だ。

その初瀬に対して、和も危険牌を切っている。もう聴牌でもおかしくはなさそうだ。

 

 

(出遅れてしまいましタガ……)

 

「ポン」

 

初瀬から出た{発}を鳴いて、これでメガンも聴牌だ。

初瀬には通っている{1}を切って、聴牌を取る。

 

 

(さてさてようやく2人に追い付い……エ……?)

 

 

メガンは目を丸くした。

聴牌を取ると、既に聴牌の者に気づけるメガン。

そしてこの状況で、西洋風の恰好をして待っていたのは、和1人だった。

 

 

(晩成……!3副露してまだ聴牌ではないトハ……!やってくれますネ……!)

 

 

初瀬 手牌

{②③③西}  {⑨横⑨⑨} {横七八九} {横白白白}

 

 

この3副露バラバラ手牌は、Dブロックで恭子がやってきたものとは根本的に異なる。

恭子は計画的に脅して和了りを絡めとりにいったのに対して、初瀬のこれは、超攻撃型。

遮二無二和了ってやろうという仕掛けだ。

 

メガンからしてみればやりにくいことこの上ない。

今和に決闘を挑むのは簡単だが、また先ほどのように初瀬が乱入してくるのが目に見えている。

 

 

(1年生どもガ……!小癪な、デス!)

 

次巡、手替わりを待っていた和からリーチが飛んでくる。

 

「リーチ」

 

和から切られたのは{③}。

ここで対局者も、観客も予想だにしていなかった事態。

 

 

「ポン!」

 

初瀬が、4度目の鳴きをした。

 

 

『お、岡橋選手、裸単騎を決行しましたよ?!』

 

『うひゃー!晩成の1年生は破天荒だねい!久々に見たなー裸単騎!気持ちが良いねい!』

 

 

力強く{西}を切っていった初瀬の姿に、モニター前の観客も大盛り上がりだ。

 

先に聴牌をとっていたメガンは当然初瀬の聴牌に気づく。気付くというよりはもうメガンでなくとも誰の目にも聴牌は明らかだ。

手牌が1枚しかないのだから。

 

 

(ふざけやがって……デス……!)

 

和とメガンが拳銃を構えている間に割り込んできた初瀬の手には、ナイフが握られている。大き目の盾と、ナイフだ。

 

肉弾戦上等。

初瀬の選択肢としては{③}をスルーして安牌に使うこともできたのだが、初瀬はあえて攻めに行った。

 

 

(これがやえ先輩の麻雀を見て憧れ、努力した末にたどり着いた私の麻雀……!泥臭くていい。上手いと言われなくていい。ただこの一時の和了りを逃さないために!!)

 

 

 

 

 

 

初瀬が高校に入ってすぐ。

 

憧と初瀬で、先に才能が開花したのは憧だった。

天性の鳴きのセンスと、手牌読みで、メキメキと頭角を現した憧。

それに対して、初瀬は自分のスタイルをなかなか見出すことができなかった。

憧の真似をしようとしても、放銃してしまう。

そんなスランプの時期に、後ろ見していたやえが初瀬に声をかけてくれた。

 

 

「へえ。あなたの攻め、見ていて気持ちがいいわ」

 

最初、初瀬は耳を疑った。

自身が憧れていた人物が、自分の攻めを褒めてくれた。

だから初瀬は聞いた。勝てなくて、打ち方を迷っている、と。

 

こんな機会もう2度とないかもしれない。

アドバイスなんていつもらえるかわからない。だから対局中にも関わらず、初瀬は必死になってやえに助言を求めた。

どうすれば上手くなれますか、と。

 

返ってきたやえの言葉は、単純なものだった。

 

 

「上手い必要ってあるの?あなたのスタイルは、攻めでしょ?愚直に攻め続けなさい。泥臭いって言われたって良い。たまには放銃したっていいわよ。私だって放銃するわ。けどね、放銃はしてもいいけど、あなたのその打ち方なら、和了りを逃してはダメ。貪欲に、和了りを勝ち取りにいきなさい」

 

衝撃を受けた。

捉え方によっては守備を放棄する一方的な考え方。

それでも、この時の初瀬にとっては天啓だったのだ。

 

それ以降、初瀬もぐんぐんと成績を伸ばす。

放銃率は低くない。よく当たる。

それ以上に、絶対に和了りを逃さない打ち方。

 

奇しくも初瀬の気性に一番合うプレイスタイルだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ツモ!!2000、4000!!」

 

 

 

初瀬 手牌

{②}  {横③③③} {⑨横⑨⑨} {横七八九} {横白白白} ツモ{②}

 

 

『ご、強引に和了りを引き寄せました!岡橋初瀬!!』

 

歓声が会場にまで響き渡る。

 

 

変化を恐れ、上手くなろうとしていた彼女はもういない。

 

 

(これが私の闘牌……!やえ先輩が稼いだ点数は、私が増やす……!)

 

目に宿る炎が、紅く燃えている。

 

 

 

 



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第38局 暗闇

臨海はまだ原作で決勝が残っているので、ここから知らん能力がたくさん出てきたらどうしようと怯える日々です。





動悸が早い。

呼吸もままならないほど、息苦しい。

 

震える手を必死に抑えながら、巽由華は点数状況を確認する。

先鋒戦が終わった時は20万点以上あった点数は、もう8万点無い。

もう2着目との点差は1万点以上を超えた。

 

 

(私が……私があきらめたら……やえ先輩は……!)

 

膝が震えている。

1年生ながらにして副将を任された由華は、これ以上ないピンチを迎えていた。

 

相手は強豪校の3年生。削られていく点数。

明らかに、狙われている、という自覚。

 

 

「……はあ……はあ……」

 

切り番だ、1家からはリーチ、親の上家は2副露。聴牌は濃厚。

 

回らない頭を必死に回転させる。

これ以上の失点は命取り。

 

上家は染め手っぽいが、幸い、リーチ者が切った{②}に反応はなく、上家はツモ切りだ。

 

助かった。安牌が尽きかけていたが、これで1巡はしのげる。

震える手でなんとかツモり、{②}を切る。

 

 

「ロン」

 

 

上家 手牌 ドラ{⑨}

{③④赤⑤⑥⑦⑨⑨} {横②①③} {横⑧⑥⑦}

 

 

 

「24000」

 

 

 

鈍痛が走る。

山越し。最初(ハナ)から他家など眼中にないのだ。

徹底した晩成潰し。

 

対局中だというのに、涙が出てきた。

 

悲しさ、いや、悔しさか。

 

無情にも自動卓は動き続ける。

無情にも、次の配牌は上がってくる。

 

待ってなど、くれない。

 

 

 

巽由華は3万点を失い、晩成はラスに転落した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

試合後、涙が止まらなかった。

1年生で、やえ先輩の助けになれると思っていた自分が恥ずかしい。

1人、会場のトイレで、ただただ泣いていた。

自分の無力さ故に。晩成は敗れた。

 

号泣する由華。

トイレに入ろうとした学生も、あまりのことに他のトイレを探しに行く始末。

 

もう何分経っただろうか。

何分あったとしても、己の罪は償いきれはしないだろうが。

 

 

(なんて弱いんだ私は……!やえ先輩を助ける?なにもできちゃいないじゃないか!ただ、足を引っ張っただけだ……!)

 

頭を冷やすために冷水を頭にかぶったため、髪はびしょ濡れだ。

もう自分の涙なのか、水なのかも判別はつかない。

 

そんな時。

 

 

「……?」

 

後ろから、ハンカチを頭に乗せられた。

大好きな、そして誰よりも強い、先輩に。

 

 

「みっともないわよ。……あんたは悪くない。悪いのは、私」

 

「……っちが!」

 

由華の言葉は、最後まで言い終わる前にやえに抱きしめられたことによって止められる。

 

 

「……あんたはよく頑張った。あんなバケモノばっかの卓に、1年生のあんたを送り込まなきゃいけない私達が弱いの」

 

「私は……やえ先輩の……力になりたくて……!」

 

頭を拭いてやりながら、やえと由華は廊下に出る。

 

文脈もなにもない。

今はただ、己の無力さ故に、敬愛する先輩にこんな顔をさせてしまっている自分が、ただただ恥ずかしい。

 

やえ先輩が悪い?そんなことあり得るはずがない。

この人はいつだって1人で戦って、そして勝っている。

 

 

「……また来年、来ればいいわよ。その時は、……力を貸して」

 

 

その言葉に、由華は自分の耳を疑った。

今日の試合、やえ以外は全員マイナス。それも大幅な、だ。

やえ1人で突き抜けたこともあるが、それ以降のメンバーは集中砲火。

先鋒戦で1位だった晩成は、いつの間にかラスにまで落ちていた。

 

そして由華もその例にもれず、大きな失点をしてしまっている。

それなのに、この先輩は今何と言った?

「また力を貸してくれ」と、そう言ったのだ。

 

こんなにも力になれず、ただただお荷物になった由華にとって、この言葉は信じられなかった。

 

だからこそ。

 

 

(悔しい……!!!なんで私はこんなに弱いんだ……!強くならなきゃいけない。この先輩を、こんな顔にさせてはいけない。私は、この人の力になりたい……!)

 

やえを抱きしめる手に力がこもる。

 

晩成のメンバーが、近くに何人も集まっていた。

奇しくもその状況は、もしかしたらあったかもしれない未来の姿に、とても良く似ていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『副将後半戦は南2局に入ります!晩成の岡橋初瀬!他校のエース級の選手を相手にして、ここまで全く引く素振りが見られません!』

 

『いやー、いい選手だねい。トップってのはどうしても守りに入りたくなるもんだけどー、全然守る気がないねい』

 

 

 

目を開ける。

 

去年の、悲劇。

由華は団体戦1回戦で敗れ去った去年のことを思い出していた。

 

今年は違う。

1回戦はやえが全てをなぎ倒した。

先鋒戦で1校をトバすという、偉業。

 

やっぱりこの人はすごいという感動と共に、私達を頼ってほしいという少しの寂しさも感じていた。

しかし去年までの体たらくで、そんなことを言う資格はない。結果で、示すしかない。

 

 

2回戦では強豪臨海のエース、辻垣内によって、やえは止められた。

2着で先鋒戦を終えたのだ。

 

 

このまま、なにもせず敗退するわけにはいかない。

2回戦に来たとはいえ、ここで負ければ、結局去年の二の舞。なにも変わっていない。

 

またとない、チャンス。

 

次鋒以降も、頑張ってくれている。

それぞれが抱える想いと共に、それこそ初瀬など、今の所去年の自分なんかよりよっぽど良く戦えている。

 

 

(……私が、王者の(ツルギ)になる)

 

ここまでくれば、初瀬がここからトぶことはほぼありえないだろう。

何着で終えるかはわからないが、自分に出番があることは確か。

 

 

見せつけよう。去年から血のにじむような努力をしてきた、その結果を。

見せつけよう。晩成には王者の(ツルギ)がいることを。

 

 

 

大将戦。相手は強豪校の化け物揃い。

だからこそ、お披露目の舞台には丁度いい。

 

 

 

 

 

(やっと……やっと去年の借りを返せる)

 

 

 

 

 

 

 

 

同刻、控室でチームメイトの奮闘を応援していた、宮永咲と、ネリーヴィルサラーゼに悪寒が走る。

 

「……!な、なに……この感じ……怖い……」

 

「……!清澄か……?いや、永水か……?」

 

 

 

 

 

 

 

発生源はわからない。

誰も晩成の大将などとは思わないだろう。

 

 

(全員ブチのめす……!誰が相手だろうと、私()の勝利は揺るがない……!)

 

 

由華の目には稲光が走っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

後半戦南2局がやってきた。

 

 

(さーてきたよ。最後の巫女幼女の北家……)

 

現在の点数状況は、

 

晩成  144200

臨海  125300

清澄   81100

永水   50400

 

こうなっている。

幸い、ゲーム展開的にはもう1度くらい永水に役満をツモられたところで大局は動かない。

しかし、まだここは副将戦。

大将戦が残っている以上、何が起こるかわからない。

 

 

(やえ先輩が言ってた秘策……試してみるのもありかもしれない)

 

インターバルで、初瀬はやえからちょっとした秘策を受け取っていた。

それはまだ初瀬がやったことのない類のものだったが、幸い、今は点差も少しある、やってみる価値はあるだろう。

 

 

南2局 親 和 ドラ{③}

 

「ポンですよ~!」

 

さっそく初美が鳴く、東からだ。

これで初瀬とメガンの手には制限がかかる。

 

 

(デスが……今回は割と良い感じですヨ……?)

 

5巡目 メガン 手牌 

{③③③赤⑤⑥赤59三四五五七七} ツモ{6}

 

タンヤオドラ5の一向聴。

この12000を決められれば、一気にトップの晩成まで手が届く。

 

とはいえ、警戒も怠らない。

メガンは、次巡、初瀬から出てきた{7}を鳴いた。

 

 

『面前で行けばかなり高くなりそうな手でしたが、鳴きましたね』

 

『まあーこれは普通に打ってても鳴く人も多そうだけどね。彼女の場合は聴牌することが大事なんじゃねーの?知らんけど』

 

 

(さテ……お!)

 

この聴牌で、メガンは誰が聴牌なのかを確認する。

おあつらえむきに、初瀬のみが聴牌だった。

 

 

(さっきの打{7}で聴牌でしたカ……それでは遠慮なく……決闘(デュエル)!)

 

この時、メガンは失念していたわけではない。

が、東場でもそうだったように、初美は2つ鳴かなければ基本は怖くない。

そう思っていたからこその、決闘。

 

一歩また一歩と初瀬とメガンの距離が離れる。

その直後。

 

 

 

 

 

 

「ポンですよ~!」

 

 

 

 

メガンに戦慄が走る。

 

初瀬の姿がブレたかと思うと、その姿を飛び越えて、ランチャー幼女が上から飛び出してきた。

 

 

(……!晩成……!!)

 

 

初瀬 手牌

{⑦⑧⑨345567三四白北} 

 

 

もとより初瀬は、この手で和了るつもりはない。

最後の最後で、やえから預かった秘策を試す材料が整った。

 

メガンが仕掛けてきたタイミングで、北を手放す。

リスクの高い賭けだ。

 

 

(グッ……!)

 

メガンがつかまされたのは{九}。

かといってメガンには安牌がない。

完全に初瀬との決闘態勢だっただけに、手形はもはや勝負形だ。

 

この{九}はタンヤオのメガンにはもう使えない牌。

オリるか、押すか。

 

 

(こんなんで当たってたまるか……デス!)

 

切り出した。{九}を。

 

まだ初瀬を侮る心が、メガンには残っていたのかもしれない。

故に、出る。

本来は河に出ないはずの牌が、導かれたように。

 

 

 

「ロンですよ~!」

 

 

初美 手牌

{七八南南南西西}  {北横北北} {東東横東} ロン{九}

 

 

「32000ですよ~!」

 

 

 

特大のランチャーが、火を噴いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(もう、許しまセン)

 

次局、メガンは一度自身の頬を叩くと、気持ちを切り替えた。

あろうことか、10万点を下回ってしまった。

これも全て、自分が相手を侮った結果。

 

 

(ネリー、すみませんね、やらせてもらいマス)

 

 

メガンが、手牌を伏せる。

そして、下を向いて目を閉じた。

 

メガンのその動作に、初瀬と初美は訝しむ。

それはそうだろう。手牌を伏せて打牌、なおかつ目を瞑るなど、普通はありえない。

他家の手が見えないのだから。

 

 

 

 

 

「やめろ……メグ……!」

 

控室のネリーがメガンに警告を発する。

しかし、当のメガンには聞こえてなどいない。

 

 

(やめま……っセン!!)

 

 

 

 

 

「ツモ!4000、8000!」

 

メガン 手牌 ドラ{⑨}

{赤⑤赤⑤⑥⑦⑧667788六七} {八}

 

 

 

 

(ぐっ、倍満!?)

 

初瀬が驚くのも束の間。

 

 

 

メガンの猛攻は止まらない。

最悪なことに、ここからはメガンの親だ。

 

 

「ロン!12000!!」

 

メガン 手牌 ドラ{一}

{78一二三四五六七八九西西}  ロン{9}

 

 

(5巡目……!早すぎる……!)

 

(なんかまずいですよ~?!)

 

さすがの初美も涙目だ。

役満を和了れたのはいいものの、このままではその分取られてしまう。

 

インターハイのルールは、オーラス、親は連荘しなくてもいい、和了りやめのあるルールだ。

しかし、メガンは止まらない。親をやめるはずが、ない。

 

 

 

 

 

「ツモ!6100オール!!」

 

メガン 手牌 ドラ{3}

{⑨⑨⑨11179東東東西西} ツモ{8}

 

 

 

(この……!!)

 

 

『臨海女子高校、メガン選手!高打点3連続和了であっという間にトップを取り返しました!!』

 

『これはちょっと止めらんないねえ……』

 

 

 

 

 

 

「ロン……!3900は4500……!」

 

なんとか早めに聴牌できた初瀬が、ダマで和了りきることで、終局。

 

 

(こいつ……ヤバすぎる……!私が、リーチを打つのをためらわされた……!)

 

思わず初瀬が歯噛みする。

初瀬も奮闘したが、結局3着目との点差は縮まってしまった。

 

 

 

『副将戦、終局です!!トップを奪い返しました、臨海女子高校!!』

 

 

最終結果

 

臨海  129000

晩成  128100

永水   71800

清澄   71100

 

 

「「「「ありがとうございました」」」」

 

 

和が、すたすたと対局場を後にする。

初美もそこそこご機嫌で帰っていった。

区間トップは初美。これだけの点数を稼いだのだ。それはそうだろう。

 

 

「楽しかったデスヨ?晩成のヒト」

 

残ったのは、メガンと初瀬。

 

初瀬はどこが悪かったのかを反省する。

メガンに役満を直撃させ、晩成以外をほぼ並びにすることで、大将戦を楽にする。

そのつもりだった。

 

しかし、結果はメガンの闘志に火をつけ、怒涛の3連続和了。

止められなかった。

 

トップを、まくられてしまった。

 

 

「次は……負けない」

 

「楽しみデス」

 

初瀬とメガンも会場を後にする。

 

 

 

対局室を出た廊下。

 

 

「……くそっ……!」

 

初瀬の目には、悔し涙がこぼれていた。

 



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第39局 王者の剣

「どう由子、戦えそう?」

 

「あのちっちゃい子が上がってきたら大変そうやけどー、それでも宮守の子が止めてくれるかもなのよ~」

 

 

どこかでモノクルをかけた少女がくしゃみをした。

 

 

姫松高校控室。

 

もう時刻は夜の18時だ。Cブロックは大将戦へと突入する。

副将戦が終わって、点数状況は意外と平らになっている。

2度の役満を和了った永水が点数を回復し、一度は落ちた臨海が最後の怒涛の和了りで晩成を引きずり落とした。

 

 

「どこが上がってきても、おかしないな」

 

神妙な顔つきで、洋榎がそう口にする。

一時は晩成と臨海がかなり有利な点数状況を作ったが、もうその差は5万点。

何があるかわからない麻雀であるからこそ、この点数は2半荘であれば安全圏ではない。

 

恭子も静かにモニターを見つめている。

どう転がっても、次の準決勝は楽な戦いにはなりそうにない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

トボトボと廊下を歩く影が1つ。

 

 

「初瀬」

 

「……由華先輩……」

 

晩成高校控室の前、扉を開けて出てきた由華と、帰ってきた初瀬がちょうど鉢合わせた。

 

 

「……すみませんでした……!」

 

バッと頭を下げる初瀬。

 

戦い方は悪くなかったが、結果として初瀬は点数を大幅に失うこととなってしまった。

役満が2回出た荒場で、倍満親かぶりもしているのだから不幸なことは不幸なのだが、それでも言い訳はできない。

 

 

「いや、むしろあのメンツ相手によう戦ったよ。去年の私だったら6万点くらい無くなってたなあ」

 

初瀬は頭を下げたまま動かない。

涙は拭いた。泣いている場合ではない。気持ちを切り替えてしっかりとした表情で控室に戻るつもりだった。

 

しかし、一目見ただけで、由華は初瀬の目元が赤くなっているのがわかってしまった。

 

 

「まぁ、とりあえず反省すべきところは反省して」

 

これは先輩としてのアドバイス。

初瀬の頭をわしゃわしゃと撫でる。

 

 

()に向けて、調整しとくんだぞ」

 

「……!はいっ……!」

 

ひらひらと手を振って歩いていく由華。

 

その後ろ姿を、初瀬は何度も見てきた。

初瀬も、憧もたくさん努力した。

しかし、努力という観点で、この人には数段劣るだろうという自覚もある。

 

毎日学校側に無理を言って夜遅くまでひたすら対局を重ね、朝早く学校に来て牌譜を眺める姿をいつも見てきた。

 

どうしたら強くなれるか。

由華はいつだって強さに貪欲で、そしてその末に自ら大将を勝ち取った。

 

 

(去年の無念……晴らしてきてください……!)

 

初瀬からすれば紛れもなく、頼れる先輩の1人なのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『時刻は18時を回りましたが、この後も全国高等学校麻雀選手権大会、通称インターハイ中継を続けます。さて、Cブロックはいよいよ大将戦、三尋木プロ、みどころはどのあたりでしょう?』

 

『それこそわっかんねー。ただまあ、永水と清澄は必死に攻めてくるだろうし、臨海も超火力と来た。晩成はどれだけ耐えられるかねい?』

 

 

4人の選手が卓に座る。

東家に永水女子の石戸霞、南家に晩成の巽由華、西家に清澄の宮永咲、北家に臨海のネリーヴィルサラーゼという並び。

 

 

「「「「よろしくお願いします」」」」

 

 

『Cブロック大将戦、スタートです!』

 

 

 

東1局 親 霞 ドラ{8}

 

 

(さて……点差は5万点と少し……初美ちゃんがだいぶ稼いでくれたけど、まだ足りないわね)

 

トンパツの親は霞。2着目の晩成との点差はおよそ5万点と少し。

残り局数を考えれば、1回でも多く親番で和了りたいところ。

しかしそれにしても、霞の能力も勝手がわるい。

使いどころは考えるべきだろう。

 

 

8巡目 霞 手牌

{①②③④⑥⑦4赤5678二二} ツモ{9}

 

 

(あまりリーチをかけるのは好きではないのだけれど……仕方ないわね)

 

「リーチしようかしら」

 

親の霞のリーチが入る。

晩成も臨海も、親に立ち向かうメリットは少ない。オリを選択する。

しかしここに1人、立ち向かう必要のある選手がいる。

 

 

 

「カン」

 

(親のリーチ相手に暗槓……?)

 

由華が訝しむのも当然だった。カンは諸刃の剣。

自身の打点アップにはつながるが、同時にドラを増やす。

このリーチがかかっている局面であれば、親の霞に対して2つもドラを増やすことになるのだ。

当然しない選択肢を取ることのほうが多い。

 

狙いがドラでないのなら、何が狙いか。

 

カンはもう1枚の牌を、山から補充することができる。

所謂、嶺上牌だ。

 

そしてこの、嶺上牌で和了ると、役がつく。

 

 

その役の名は。

 

 

 

 

 

「ツモ。嶺上開花」

 

 

咲 手牌

{④赤⑤⑥23八八九九九}  {裏西西裏} ツモ{1}

 

 

「2000、4000」

 

 

 

 

『り、嶺上開花が決まりました!清澄の宮永咲!』

 

『珍しい役が出たねい。今年のインターハイだと初かな?』

 

咲の目に、稲光が走る。

 

(点差はある。けど、お姉ちゃんと戦うまで、誰にも負けられないんだ……!)

 

 

 

 

 

 

東2局 親 由華

 

咲の猛攻は止まらない。

 

 

「カン」

 

(またか……!)

 

由華の視線が鋭くなる。

冷静に見定めようとする、目。

 

咲の手が嶺上牌に伸びる。

 

 

 

 

「ツモ。嶺上開花」

 

咲 手牌 ドラ{④}

{①①①④⑤赤56788} {裏一一裏} ツモ{⑥}

 

「2000、4000」

 

 

 

 

(こいつ……!)

 

『2、2局連続の嶺上開花です!!清澄高校宮永咲選手!Dブロック大将戦、とんでもないことが起こっています!』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「宮永咲は地区予選でも嶺上開花をかなりの回数和了っとる。それこそ現実離れした確率で、や」

 

姫松高校控室。恭子はいきなりの2連続嶺上開花というとんでもない事態に対しても冷静に分析を行っていた。

 

「嶺上で確実にツモれるんやったらカンそのものを封じなあかんってことか?」

 

「いえ、宮永は確実に嶺上でツモるわけやありません。嶺上を、有効牌を引き入れるために使うこともあります」

 

「器用なのよ~」

 

自在なカンの使い手。それが宮永咲。

多恵も恐ろしいものを見たという具合に画面を眺めている。

 

 

「晩成……逃げ切れるのか……?」

 

見つめる先には親被りで点差が縮まった晩成の大将が映っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(よし……これで親。まだまだ足りないよ……!)

 

点数を稼いだ咲だが、まだ2着目には遠く届いていない。

この親でなんとか点数を稼ぐ必要がある。

 

 

東3局 親 咲 ドラ{⑧}

 

7巡目 咲 手牌

{④④④⑦⑨⑨⑨⑨345五六} ツモ{⑤}

 

(よし、ここだ)

 

咲は幼少の頃からなんとなく、嶺上牌がなにであるかと、カン材がどこにあるのかがわかる能力を持っていた。今回の場合は、手牌の中にカン材がある。

 

そしてもう一つのカン材は。

 

 

「カン!」

 

(また……)

 

霞も黙ってそれを見つめる。

まだ対処しきれていない。

 

 

 

咲 手牌

{④④④⑤⑦345五六} {裏⑨⑨裏} ツモ{④}

 

 

 

「もいっこ、カン!」

 

(連槓……?)

 

由華もまだ咲の能力の全容を掴み切れていなかった。

 

 

 

咲 手牌

{⑤⑦345五六} ツモ{赤⑤}

 

(あった……。これで)

 

「リーチ!」

 

2連続のカンから、咲は牌を横に曲げた。

ドラも増やしての、親のリーチ。

強烈な手牌。振り込んだら満貫以上は覚悟するべきだろう。

 

 

(今度は嶺上開花ではなく、リーチ……)

 

霞も突然のことに冷静に対処している。

どんなパターンがあるのか。それを理解しなければ死地に飛び込むのはこちらの方だ。

 

 

「……ポン」

 

由華が動く。

このままされるがままなのも癪だ。といったような不機嫌な表情で、鳴きを1つ入れた。

 

 

(大丈夫。リーチをかけている私の方が有利。それにまだ晩成の人は聴牌じゃなさそう……先にツモるよ……!)

 

咲もこの大舞台で冷静だった。

鳴きを入れた晩成の捨て牌はまだ色濃くない。

そう判断できている。

 

しかし、この場面で警戒すべきは晩成ではなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「もう、終わってるよ?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ゾクりと咲の全身を悪寒が駆け抜ける。

声の主の方を見れば、下家のネリーヴィルサラーゼ。

 

 

「カン」

 

 

(……?!)

 

自分が得意とするカン。次の嶺上牌も咲はわかっている。

まさか、と咲の背中に冷や汗が流れる。

 

 

 

 

「ツモ。嶺上開花」

 

 

ネリー 手牌

{⑧4赤56789南南南} {裏11裏} ツモ{⑧}

 

 

「3000、6000!」

 

 

 

ネリーの目にも稲光が走っている。

間違いなく、意図された嶺上開花。でなければ、混一にしない意味がない。

 

 

(狙ってやった嶺上開花……!けど、マホちゃんのおかげで、まだ戦える……!)

 

少し涙ぐんだ目をする咲だが、まだ闘志は消えていない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ここまでリンシャンリンシャンリンシャンだじぇ。花咲きすぎだじょ」

 

清澄の1年生トリオが1人、片岡優希はソファに寝っ転がりながらそう言った。

大将戦が始まって、ここまでの和了りが全て嶺上開花。

異質極まりない。

 

まさにこの大将戦が普通ではないことを示している。

 

 

「咲さん、大丈夫でしょうか」

 

「大丈夫。こういう時のために、特訓してもらったんだもの」

 

和も心配そう。

しかし部長の久は咲を信じている。

自分の領域を脅かす者に慣れさせたのはこういう時のためだ。

 

 

「さあ咲。あなたの力を全国に見せつ……?!」

 

久は言葉を最後まで言い切ることができなかった。

 

それは何故か。

 

咲の表情が目に見えて変わったからだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(1年どもが。随分楽しそうじゃないか)

 

咲とネリーを半眼で睨み据えるのは、晩成の巽由華だ。

確かにここまではこの2人に好きなようにやられている。

 

 

 

東4局 親 ネリー

 

 

由華 配牌

{②⑨15589一南南発発西} ツモ{西}

 

 

『晩成の巽由華、役牌2つ対子ですね。自然と混一になりそうな手です』

 

『いやーどうだろうねい?あまり手牌短くしたくないんじゃないのー?』

 

 

2巡目、親のネリーから{南}が切られる。

しかし由華はこれをスルーした。

次巡。

 

 

由華 手牌

{②15589一南南発発西西} ツモ{南}

 

 

稲妻が走る。

 

南が暗刻になった由華。

{一}を切り出す。

 

 

『これでだいぶよくなりましたね、巽選手の手牌』

 

『これで次の役牌たちは間違いなく鳴くだろうねい』

 

 

次巡、霞から{発}が出る。

しかし、これにも声がかからない。

 

 

 

『あ、あれ、巽選手スルーを選びましたよ……?』

 

『えー…オホン、すみません、わたくし、嘘をつきました』

 

 

咏のキャラが変わっている。

 

それも仕方がないこと。普通はこの{発}は鳴きの一手だろう。一気に混一にも向かえる上に、字牌暗刻があるので防御力も悪くない。

しかしこれを由華はスルーとした。何故か。

 

 

 

(私は王者の剣。王者とは常に、人上に立つ存在。他人からの施しなど、求めない。自分で掴み取る)

 

 

 

 

その瞬間。

黒いオーラが、卓上を駆け抜けた。

 

 

「ひゃ……!」

 

声が出そうになり、思わず手で口を抑える咲。

 

 

(……?!……これ……!晩成の人?!)

 

 

ネリーも思わず目を細める。

 

(この感覚……まさか晩成だったか)

 

 

 

 

次巡、由華の持ってきた牌が稲妻のようなエフェクトをもって手牌に重なる。

 

 

 

 

 

由華 手牌

{②15589南南南発発西西} ツモ{発}

 

 

 

『巽選手、2連続で地力で重ねました!!』

 

『すっげーツモ!なんだこれわっかんねー!』

 

 

解説の咏も興奮気味。

会場も盛大に盛り上がる。

 

 

由華はそっと目を閉じた。

 

あの日誓った。愛する先輩に。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『そうよ、あなたは常に高みを目指しなさい。鳴くより面前の方が高いんだから』

 

『……はい。私は誰にも頼らない。自分自身の力で、やえ先輩の剣になってみせます』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ツモ」

 

 

 

由華 手牌

{55789南南南発発発西西} ツモ{西}

 

 

 

 

 

「4000、8000!!」

 

 

 

 

 

(私はもう、迷わない。王者の覇道を邪魔する者は、全員たたっ切る……!!)

 

 

 

 

横薙ぎに振るわれた王者の大剣が、卓上を切り裂いた。

 




巽由華ちゃんの能力はなんだろうな~わっかんね~(棒)



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第40局 忠誠

「力を貸してくれる?」

 

あの時、自分の憧れであり愛する先輩はそう言った。

 

 

しかし由華は、それが半分本心ではないことも理解していた。

 

それはそうだろう。

誰よりもこの1年この先輩を見てきて、己の力だけで私達を全国に連れて行こうとしていることは痛いほどわかってしまう。

 

少し寂しい気もしたが、それを口にすることはない。去年ボロボロに敗れ去った由華がそんなことを口にする資格はない。

では今、何ができるのか。

 

それを考えた時に由華がたどり着いた答えは、ひたすらに自己の研鑽をすることだった。

 

 

(いつかやえ先輩でも苦しい相手が現れた時に、私が道を切り開く)

 

本心から出た言葉ではないとしても、あのとき由華は救われた。

絶対に強くなろうと心に決めた。

 

幸い、今年は優秀な後輩が2人も入ってくれた。同級生も皆心を一つにし、全員が努力している。

 

 

今年のインターハイを迎えた時、ワンマンチーム晩成は既に終わっていたのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

大将前半戦 南1局

 

点数状況

 

晩成  135100

臨海  129000

清澄   77100

永水   58800

 

 

 

 

南1局 親 霞

 

 

(困ったわね……)

 

この大将戦、唯一の3年生、石戸霞は苦しい局面に立たされていた。

本人も自称するように、基本的に霞は守りの麻雀が得意。地区予選も1回戦も、チームメイトが稼いだ点棒を守ることで事足りていた。

しかし、この2回戦はそうもいかないらしい。

文字通り死の先鋒戦に巻き込まれた我らの姫は、一瞬トバされかけるところまで追い詰められた。

その後のメンバーも奮闘し、初美の活躍で7万点にまで乗せたが、大将戦東場が終わってみて、1度も振り込んでいないのに13000点もう失点してしまっている。

 

 

(仕方ないわね……苦手分野、いかせてもらおうかしら)

 

その瞬間。

 

荘厳な空気が、卓を包み込む。

 

 

降りてきたのだ。一番恐ろしいと言われる、神が。

 

 

(……?!なんだ、永水……!)

 

卓上にいる3人が一斉に親の霞を見つめる。

何か仕掛けてくる。本能的にそれを感じ取ったのかもしれない。

 

それでも、止められはしない。

 

 

 

 

 

「ツモ」

 

 

 

霞 手牌

{②②③③④④⑧⑧⑧東東東南} ツモ{南}

 

 

「6000オール、お願いしますね?」

 

親の跳満が決まった。

 

 

『最下位に沈んでいた永水!親の跳満ツモで一気に点差が縮まります!』

 

 

あまりにも早い面前混一ツモに、3人も驚きを隠せない。

 

 

(鹿児島のお姉さん、急に雰囲気が別人だよ……) 

 

(いやいやいや、これおかしいだろ……!)

 

由華は気付いた。

いや、由華でなくとも気付くであろう。

霞の河。

 

 

霞 河

{西北発⑨白⑨}

{①⑥}

 

 

霞は筒子の面前混一で和了っている。

ということは、()()()()()()()()()()()()()()()ということに他ならない。

そんなこと、普通に麻雀を打っていたらまず、ありえない。

 

 

南1局1本場 親 霞 ドラ{⑦}

 

由華 配牌

{①③⑤⑦⑨二二四七八西西白}

 

 

(おいおいおい……まさか今度は索子ってんじゃないだろうな永水……)

 

由華の手牌には、一枚も索子がない。いわゆる、絶一門だ。

 

ネリーも自身の手牌を見つめる。

 

 

ネリー 配牌

{④④⑥⑧⑨一一四五八九東中}

 

 

 

(……なにをした永水)

 

由華は霞の河を眺めた。もちろん筒子と萬子は出てこない。

そして、8巡目、その疑いは、確信に変わる。

 

 

 

「ツモ」

 

 

霞 手牌

{2224466677899} ツモ{8}

 

 

 

「面前清一色ツモ一盃口で、8000オールに1本場お願いしますね?」

 

 

(全部索子……!!!)

 

『永水女子石戸霞選手!!親跳ツモの後は親倍ツモで一気に原点まで点数を回復しました!!2着目の臨海とももう13800点差!目と鼻の先です!!』

 

 

 

由華の表情が苦痛に歪む。

覚悟してはいたことだが、こうも人外ばかりの卓だとは思いもよらなかった。

 

 

 

点数状況

 

晩成 121000

臨海 114900

永水 101100

清澄  63000

 

 

南1局 2本場 親 霞 ドラ{⑥}

 

(これ以上好き勝手させられるか……!)

 

由華の配牌は今度は萬子がない。

今まで通りに考えるなら、永水の所に萬子が集まっていると考えて間違いないだろう。

 

5巡目 由華 手牌

{①②③④⑤⑥⑦3456北北} ツモ{7}

 

 

(よし。張った。萬子が永水の所に集まるのだとしたら、この3面張は普段よりもツモりやすい)

 

由華の言う通り、この3面張は萬子がこないと仮定するならツモりやすい。

リーチをかけるのは妥当な判断だった。

 

 

「リーチ」

 

しかし、その牌は、下家によって奪われる。

 

 

「カン」

 

発声は、宮永咲。

 

 

(大明槓……!)

 

嶺上牌に手を伸ばす咲の手に光が宿る。

 

 

 

 

 

「ツモ。嶺上開花。12000は12600です」

 

 

 

咲 手牌

{③③③赤⑤⑥⑦⑧南南南} {横①①①①} ツモ{⑧}

 

 

目には稲妻が走っている。

嶺上牌を自在に扱う、清澄の嶺上使い。

 

(三暗刻消してまで大明槓……ね)

 

 

 

『せ、責任払いです!トップの晩成から一閃!リーチにカンをしかけて嶺上牌でツモりました宮永咲!インターハイのルールでは大明槓で嶺上開花した場合は大明槓させた人の1人払いのルールなので、この場合は晩成の1人払いになります!』

 

『珍しいルールだよねい。正直これだけはなんで責任払い採用してんのかわっかんねーわ』

 

 

通常では考えられない鳴き。

そもそもこの待ちでリーチをかけていないことが不可解で仕方ないのだが、それに加えてわざわざ三暗刻を消す大明槓と来た。

普通の人が見たら嶺上開花に憧れすぎた故の素人の愚行にしか見えないだろう。

 

しかし、咲は違う。

確実に和了れる方法をとっている。

 

 

(清澄のこの子……私の支配が及ばない王牌をわざと使っているのかしら……)

 

霞も連荘が止められてしまった。

原点まで戻したのだからかなりの加点になったが、あと少し準決勝進出ラインまでは届いていない。

 

 

南2局 親 由華

 

 

咲は霞の支配の及ばない王牌で自在に牌を操る。

この場で一番霞に対して有利な力だった。

 

 

「嶺上開花。2000、4000」

 

咲 手牌

{三四五五七八九} {一一一横一}※加槓 {中横中中} ツモ{二}

 

 

 

『またまた嶺上開花!!なんとこの親被りで晩成陥落……!!トップは再び臨海に移ります!晩成は3着目の永水とも8000点差!もうわかりません!』

 

『だいぶ平らになっちまったねえ……選手たちは気が気じゃないだろーねえ』

 

ラスからトップまでが圧縮された。

これではどの高校が準決勝進出を決めるか、全く分からない。

 

 

(まあ、前半戦は好きにやってくれて構わない。どうせ今は無理に和了りにいく所でもない。後半戦でその顔、絶望させてあげるよ)

 

ネリーがつまらなさそうに点棒を渡す。

トップに立ったネリーだが、点差はむしろ詰まっている。状況が好転したとはとても言えない状況だ。

 

 

一方、トップを譲る形になった晩成。

由華は目を閉じて一度呼吸を整える。

 

相手は強い。わかりきっていたことだが、去年よりももっと強い。

 

しかし私はなんのために努力を重ねてきた?

間違いなく、今この時のため。

 

 

(……すみませんやえ先輩。控室に帰る前に、必ずトップを取り返します)

 

闘志は失っていない。

イレギュラーが多く、対応に時間はかかったが、もう大丈夫。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「由華先輩、大丈夫ですかね……?!」

 

祈るように両手を合わせるのはやえの隣に座る憧だ。

ソファで無言でモニターを見つめるやえを、がっちり憧と初瀬で隣をキープしている。

 

 

「由華先輩ごめんなさい……私がもう少し上手くやれていれば……!」

 

初瀬もスカートを握りしめて悔やんでいる。

やえにも良い打牌だったと言われたものの、結果が伴わなければ意味がないと思っている本人はやはり気にしているようだ。

 

そんな後輩2人と、固唾を飲んで見守っているメンバー全員の視線がモニターに集まっている。

 

やえがゆっくりと口を開いた。

誰に声をかけるわけでもない。強いて言えば、画面の向こうの由華に。

 

 

「……相手は強い。けどね、私が保証する。その中の誰よりもあんたはこの1年間努力した。わけわかんない力で対応は遅れたかもしれないけど」

 

かつてボロボロに敗れ去った後輩は、1年でこんなにも頼もしくなった。

部内で見て強くなったとわかっていたのに、信じ切ることができなかった自分が恥ずかしい。

 

 

だからせめて今は激励を。

 

 

「もういけるだろ?由華」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

南3局 親 咲 ドラ{9}

 

 

(予想以上に人外ばっかり。臨海だってまだこんだけ余裕そうな表情してるってことはなんか隠してる。まだ手を下す必要はないと思ってんのか。甘く見られたもんだ)

 

 

由華が配牌を受け取る。

状況は非常に良くない。

3着目との点差だって満貫1回でひっくり返る点差だ。もう死はすぐそこまで来ている。

 

 

由華 配牌

{①①②⑨⑨235799東南} ツモ{白}

 

 

ドラは2枚あるが、重い形。チャンタが見えると言えば聞こえはいいが、チャンタとは基本的に最終形が愚形になる役だ。当然和了率は下がる。

由華はとりあえず白をツモ切りとした。

 

 

「ポン」

 

動いたのは霞。

手牌が1種類で固定されている霞が鳴いた。時間的猶予はほぼないだろう。

 

次巡、有効牌を1つ取り入れて、字牌を処理した後、咲から{⑨}が出る。

 

 

『流石に{⑨}からはしかけられませんか、晩成の巽選手』

 

『どうだろうねい?それこそさっきまでの晩成の中堅の子と副将の子は2人とも仕掛けるんじゃない?理由はそれぞれ違いそうだけどねえ。でも、この大将のコは、鳴く必要、無いんじゃない?』

 

『……?それはどういう……』

 

 

打点のために鳴く初瀬と、速さのために鳴く憧。

たしかにこの2人ならこの{⑨}は鳴いていってもおかしくはない。

最後に咏が残した言葉に、針生アナが疑問符を浮かべる。

鳴く必要がない……?どういう状況で鳴く必要がないという状況になるのだろうか。

 

その真相は、次巡明らかになる。

 

 

 

由華 手牌

{①①②⑨⑨1235799南} ツモ{⑨}

 

 

『うわあ……』

 

『なあ?言ったろ?知らんけど』

 

ケラケラと咏が笑う。

もしかしなくても、まさかこの晩成の大将は。

 

 

次巡、ドラの{9}が咲から放たれる。

ドラであっても、由華から発声はない。

 

 

 

由華 手牌

{①①②⑨⑨⑨1235799} ツモ{9}

 

当然のことのように、由華はこの聴牌を取らない。

平然と{5}を切る。

ドラ3とはいえ、このような不格好な手、我らが王者に捧げるには、似合わない。

 

 

さらに次巡、ネリーから{①}が出る。

これも当然鳴かない。

 

 

 

由華 手牌

{①①②⑨⑨⑨1237999} ツモ{①}

 

 

「リーチィ……!」

 

異様な河。カンを操る咲と、確実に一色手を和了ってくる霞にまったく物怖じしていない。

覇道を邪魔するものは、全て蹴散らす。

鋭く横に向けられた{7}は、確かな意志が宿っている。

 

 

『願うものは自身の力でつかみ取る。いいねえ、まさに王者に仕える忠臣っぽいねえ』

 

咏が扇子で自身の口元を抑える。

予想以上の実力者の出現に、咏も思わず口角が上がってしまうのを隠した。

 

孤独な王者小走やえのもとに集まった忠臣。

今年の晩成は一味も二味も違う。

 

 

 

ツモる由華の手はさながら剣閃。

卓に牌がたたきつけられた。

 

 

 

「ツモ!!」

 

 

由華 手牌

{①①①②⑨⑨⑨123999} ツモ{③}

 

 

「4000、8000!!!」

 

 

 

 

(和了りも、勝利も、今度こそ必ずつかみ取る……!全ては、やえ先輩のために!)

 

2度目の倍満が対戦校を蹴散らした。

 








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第41局 混沌

先日上げました活動報告に、たくさんの温かいコメント、本当にありがとうございます。

みなさんがあまりにも優しい言葉をかけてくれたので、今日だけは頑張ってみました。


「うう……トイレどこだっけ……」

 

 

宮永咲は迷っていた。

大将戦前半戦を終え、休憩時間。泣いても笑ってもあと半荘1回で準決勝進出チームが決まるという状況。

選手たちは極度の緊張状態だ。控室にいるメンバーだって気が気ではない。夏の大一番が終わるのか、まだ続くのか。

チームの命運は大将に託されているのだから。

 

そんな極度の緊張感の中で、仕方ないと言えば仕方ないのだが、宮永咲はいつものように尿意を催した。

しかしこの少女はとんでもない方向音痴。手をつないでいなければそれこそどこにいくか分かったものではない、清澄高校としては一つの悩みの種だった。

 

そしてその捜索をお願いされるのもまた清澄の1年生なわけで。

 

 

「咲さん」

 

「和ちゃん!」

 

チームメイトである原村和が迎えに来てくれていた。

安堵の表情を浮かべる咲に、和はひとつため息をつく。

 

 

「もっとシャキっとしてください。後半戦、大丈夫なんですか?」

 

和の心配ももっともだ。

清澄高校は現状ラス目。

 

控室のメンバーも心配している。

清澄高校の目標は全国制覇。咲には咲の目標、姉である照に麻雀で話をするという目標があるし、和だって負けられない。麻雀をまだ手放すわけにはいかないのだ。

そのために必要な点数は現状およそ2万点。かなりの荒場になっている大将戦だから簡単と思われがちだが、2万点差をひっくり返すのは大変な作業だ。

しかし、それを成し遂げなければ、次には進めない。

 

 

「……2回戦は、もっと簡単に勝てると思ってたんだ」

 

その言葉に、和は少し表情を歪める。

簡単な試合なんてインターハイにはない。和だっていつも全力を出して戦っている。だというのに相手を軽んじるようなこの発言は和には少し不快だった。

 

 

「でも、やっぱり、みんなすごい。インターハイって私が思ってたよりもずっとずっと強い人がたくさんいるんだって思った」

 

咲の正直な気持ち。

咲は久から、可能であれば点数調整をして勝ってみなさいと言われていた。その突拍子もない提案を、しかし咲も無理だとは思っていなかった。

 

それが今ではどうだ。

点数調整どころかまずは準決勝進出ラインに点数を持っていくことだって難しくなってきている。

 

 

「……じゃあ、諦めるんですか?」

 

「そんなことないよ!」

 

半眼で咲を軽く睨みつけた和に対し、咲は首を横に振る。

 

相手は手強い、しかし彼女は別に何も

 

 

 

 

「だからこそ……全力で、倒しに行ってくる」

 

 

 

 

勝てないとは言っていない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『さあ、運命の大将後半戦が始まります。この半荘1回で、準決勝に進出する2校が決まります』

 

『いやあ……正直2回戦のレベルじゃねーべ?もうこの4校全部準決勝進出でいーんじゃねーの?知らんけど』

 

 

無理な相談。そうはわかっていても、咏の言葉に異を唱えるものはいない。

それだけこのCブロックは白熱していて、どの高校も、次も見たいと思わせてくれるようなメンバーだ。

だからこそ、応援にも熱が入る。

 

 

『さあ、全員が卓につきました。Cブロック2回戦大将後半戦、スタートです!!』

 

 

東家にネリー、南家に由華、西家に咲、北家に霞。

たったあと1半荘で、4校の命運が決まる。

 

 

「「「「よろしくおねがいします」」」」

 

 

東1局 親 ネリー ドラ{②}

 

 

(トップは奪い返したけど、まるで安全圏とは思えない。特にこのメンツ相手なら……)

 

霞が切った牌を見て、由華が牌をツモる。一瞬たりとも油断はできない。

それだけ1度の打牌ミスが命取りになる。

ここまで満貫未満が一度も出ていない卓なのだ。もう到底普通の麻雀ではない。

 

 

由華 手牌

{②④④⑤12236799東} ツモ{北}

 

手牌を眺めてから、持ってきた北と東を入れ替えて河に放った。

 

 

(まさかとは思っていたけど……永水、その支配はまだ継続なのか)

 

対面に座るおっぱいお化けを見据える。

その手牌の中は見えないが、間違いなく一色でできているだろう。

 

 

霞 手牌

{一一二三三五七九東南南西白} ツモ{九}

 

 

(休憩中に祓ってもらうのはさすがに無理だし……なによりこの状態を維持しないとこの子たちに勝てる気がしないわ……こんなに長い間降ろしたことは無いけれど、やってみましょう。せっかくの、皆で出れた大会ですもの)

 

霞の能力は、次鋒の巴か中堅の春に祓ってもらわない限りは解除ができない。

なのでこの後半戦まるまるをこのまま戦い抜くことになる。しかし前半戦で使っていなかったら、とうてい1半荘ではひっくり返せない点差になっていたであろうから仕方がないのだが。

 

 

 

7巡目 霞 手牌

{一一二三三九九東東南南西白} ツモ{二}

 

(あら……できれば順子手で行きたかったのだけれど……七対子なら仕方がないわね)

 

 

面前混一七対子(メンホンチートイ)。打点も十分な役だが、実はこの役、赤が絡まない限りは出和了りだと満貫にしかならない。

この手を満貫にしてしまうのはもったいなく感じるのは、霞だけに限った話ではないだろう。

 

みたところこの西は生牌。白は一枚切れ。固めて持たれている可能性も考慮して、霞は手から西を打ってリーチに出た。

今は何より、打点が欲しい。

 

しかしこの時ばかりは、その判断が裏目に出た。

 

 

「リー「カン」」

 

その牌が曲げられるより早く。

上家の咲から声がかけられた。

 

 

「もいっこ、カン」

 

霞の額に汗が流れる。本能的に感じていた。彼女が鹿児島神鏡に住む巫女だから猶更感じ取ることができた。

 

この流れはまずい、と

 

 

「ツモ。嶺上開花」

 

 

 

 

咲 手牌

{②②赤⑤赤⑤⑤⑦⑧} {裏中中裏} {西西西横西}

 

 

「16000」

 

 

『ば、倍満……!この大将戦、何度目の倍満でしょうか……!超高火力!清澄高校、この一撃で、ほぼ原点まで回復しました!!』

 

 

咲の目に力強い稲妻が走る。

今日一番と言ってもいいほど、強く輝いたそれ。

 

1撃で永水をまくり、2着の臨海までも5000点差まで詰め寄る。

 

 

 

 

東2局 親 由華 ドラ{三}

 

 

(私はお姉ちゃんと戦うんだ。それまで、誰にも負けられない)

 

咲の目にはもう相手に対する油断もない。県予選決勝で、あまりにも強大な敵と当たってしまったせいか、咲の気持ちは少し緩んでいた。

部長の久もそれを見越して練習試合を行ったのだが、それだけでは足りていなかった。

そしてこの2回戦で強敵と当たる。

 

前半戦を終え、全国クラスを肌で感じて初めて、咲は今自分がインターハイの大将戦に座っているということを自覚した。

もう1度も隙は見せない。

確実にトップを取りに行く。

 

 

「カン」

 

咲の声が卓に小さく響く。対戦相手の3人からすれば、もうそれは死刑宣告に近い。

 

 

(5巡目……!いくらなんでも早すぎるだろ宮永……!)

 

由華の表情が硬くなる。

自分のあと2回の親番をそうやすやすと流されたくはない。そう思って早めに勝負に出ようと思っていたのだが、鳴かない由華にとって加速は非常に難しい。

無情にも、咲の手牌が倒される。

 

 

「ツモ。嶺上開花」

 

咲 手牌

{22一二三四赤五六七九} {裏西西裏} ツモ{八}

 

 

「3000、6000です」

 

 

『2、2局連続の嶺上開花!!圧倒的です宮永咲!!これで臨海をまくり2位に上昇!1位の晩成ともたったの800点差です!!後半戦に入って勢いが増したように見えます宮永選手!』

 

『あちゃー、こりゃ相当だねえ。これ、誰か止められんの?』

 

 

咲の怒涛の和了に会場から歓声が上がる。

清澄が2位に立った。準決勝進出ラインが入れ替わる。

 

 

(宮永……あまり調子にのるようなら……潰すぞ)

 

凶悪な表情を浮かべるネリーに対しても、咲の表情は変わらない。

普段の咲なら怖気づいていたかもしれない。

 

しかし今は動じない。

 

今の咲の表情は、まさしく魔王のそれだ。

 

 

 

東3局 親 咲 ドラ{2}

 

 

「ポン」

 

手牌を晒したのは咲。下家の霞からの鳴きだ。

 

 

(まずいわね……今一瞬、カンでなくてよかったと思ってしまった……)

 

恐怖。トンパツの咲の大明槓からの嶺上開花は、霞に恐怖を植え付けるのには十分すぎた。

さっきまではわずかに見えていたはずの準決勝が、今はとても遠く感じる。

 

なによりも、霞がネガティブな感情を抱いてしまっていることに問題があった。

能力が飛び交うこの卓では、気持ちがものをいう。

 

 

由華 手牌

{2356678二三四六八西} ツモ{八}

 

 

(一向聴……だがこれで間に合うのか?この状態の(コイツ)に)

 

由華も今の咲の異常さに気づいている。

もちろん前半戦もだいぶおかしな麻雀を打っていたが、今はもっとひどい。

魔物かなにかと麻雀を打っているような、そんな感覚が由華を支配していた。

 

そんなことを由華が思っていた刹那。

 

 

「カン」

 

 

3人が驚愕する。別にカンそのものに驚愕しているわけではない。

 

 

(こいつ……!!!)

 

(この子……とんでもない化け物ね……)

 

カンぐらいなら今まででも何回もされた。嶺上開花だってされているのだ。カンと言われても「またか」というリアクションが適している。

ではなぜ、3人が驚愕しているのか。

 

 

 

 

 

咲はまだ、次のツモ牌に()()()()()()()()

 

 

 

 

盲牌もろくにせず、咲はその牌をポンしていた牌の上に乗せる。

そしてその腕は、よどみなく王牌へと向かう。

 

魔王の右手が、振り下ろされる。

 

 

 

 

「ツモ。嶺上開花」

 

 

咲 手牌

{22赤56一二三七七七} {九九横九横九}※加槓 ツモ{7}

 

 

「4000オール」

 

 

『き、きまったー!!清澄高校、本日初めてトップに立ちました……!!とんでもないことが起こっています!!』

 

 

 

 

点数状況

 

清澄  123600

晩成  108400

臨海   97900

永水   70100

 

 

 

 

 

 

 

「いよっし!!!」

 

ガッツポーズするのは清澄の主将、久だ。

ついに清澄が3連続和了で首位に立ったのだ。控室も盛り上がっている。

 

 

「咲ちゃん大暴れだじぇ!!」

 

「咲さん……!!」

 

和も笑顔でその様子を見つめている。

休憩時に会いに行ったときは不安だった。

どこかふわふわしている咲がそのまま対局に移りそうな気がして。

 

しかし今は問題ない。間違いなく全力で挑んでいる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

東3局1本場 親 咲 ドラ{8}

 

 

首位を奪われた晩成。由華は咲の怒涛の和了りに面食らっていた。

 

 

(ここまでの仕上がりか宮永咲……!まだ南場があるとはいえ、この流れは早々に断ち切るしかない……!)

 

睨みつけるは下家に座る咲。前半戦の暴れっぷりを見て、後半戦も必ずマークしようとは思っていたが、ここまでとは思わなかった。

そしてそう思っているのは由華だけではない。

 

 

(あーもう決めたわ。本当はこれは見せないつもりだったけど……全力で潰す)

 

ネリーの体からも、おぞましいほどのオーラが出ていた。

ビリビリとあふれ出す光はネリーの瞳から出ている。

 

 

力と力の奔流。

すさまじいほどの闘気が、その場を満たす。

 

その結果。

 

 

4巡目 由華 手牌

{①②②⑥一二三四六七南南南} ツモ{2}

 

 

(索子……だと?)

 

持ってきた牌に驚愕する由華。

跳ねるように対面の霞を見つめる。

 

 

霞 手牌

{⑨234566779三北発}

 

(まずいわね……もう持たないかもしれないわ……)

 

霞の支配の決壊。

あまりの力の奔流にあてられた霞の支配が、すこしずつ薄れてきてしまった。

霞が苦悶の表情を浮かべる。

 

 

 

9巡目。

 

 

「カン」

 

霞の支配からも逃れ、咲の顔はもう到底いつもの表情ではなかった。

 

全力で他を圧倒しようという魔王の表情。

 

咲は、この東3局で決着をつけようと思っていた。

 

 

「もいっこ、カン」

 

「もいっこ、カン」

 

 

咲 手牌

{①⑧⑧⑧} {裏西西裏} {裏④④裏} {東東東横東}

 

 

『り、嶺上開花ではありませんでしたが、さ、三槓子……!三槓子です!かなり珍しい役が飛び出しました……!』

 

『まあー本人は三槓子で終わらせる気はなさそうだけどねえ?』

 

咏の読みは当たっていた。

咲は、この手を三槓子で終わらせる気はない。

 

 

(この局で決める。お姉ちゃんと戦うんだ。そのために、全員ここで倒す)

 

 

咲の狙いはこの先。三槓子のその向こう。

役満という境地。

 

 

しかし、そう簡単にはいかない。ここは魔境なのだ。

 

仕掛けるのはネリーヴィルサラーゼ。

 

 

(永水が限界でちょうどよかった。これなら、使える……!)

 

ネリーが狂気的な笑みを浮かべる。

その一瞬、咲が表情を強張らせた。

 

 

(……ッ!)

 

一瞬だけ、一瞬だけ歪んだ。

咲にはカン材がどこにあるかわかる。

咲の感覚では、次のツモ牌は{⑧}だった。そして嶺上牌で、ツモる。

 

決まれば全員が絶望するほどの点数差になるはずだった。

 

 

 

しかし、咲は今、{⑧}が次のツモ牌か()()()()()

 

 

 

 

(見えなくなった……?!……でも私は信じる……次のツモ牌は絶対に{⑧}なんだ……!!)

 

長年培ったこの感覚。

咲はこの感覚を外したことなど1度もない。

これを否定されたら、自身の麻雀は全否定を受けたも同然だ。

 

 

(早く次の山をツモりなよ宮永咲。お前の麻雀観、根底からぶっ壊してやる)

 

 

ネリーが牌を切る。余裕の表情だ。

 

もしここで、咲が{⑧}を引いたなら、まず間違いなく清澄の勝ち上がりは決定しうる。

 

運命のツモ牌に咲が手を……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「お楽しみのトコ悪いんだけどさあ……」

 

 

 

 

 

 

 

伸ばすことは無かった。

 

 

 

ネリーの次の手番は由華。

由華が持ってきた牌を、強烈な勢いで()()にたたきつけた。

 

 

一瞬の静寂。

3人が意味を理解する前に、由華がゆっくりと、()()の牌を片手で持ち上げる。

 

 

 

 

{裏南南南}

 

 

 

 

 

「コイツで流局だなあ?1年坊ども」

 

 

 

 

 

 

運命の大将戦の行方は、まだわからない。

 

 




・四槓流局

複数の人間がカンを合計で4回すると、その局は流局になる、というルール。
すなわち四槓子という役満は、1人で4回カンをしないと成立しない。

1人が四槓子聴牌になった場合、ルールにもよるが、対局者がカンできなくなる。


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番外編3 クラリンと清澄高校

息抜きの番外編のつもりが……長くなってしまった……。




これは、まだインターハイが始まる前。

 

県予選を控えた清澄高校での出来事である。

 

 

「う……うっ……」

 

「咲……?」

 

麻雀部部室にて。

県予選を間近に控えた清澄高校のメンバーは、打倒龍門渕を達成すべく、部長の久から与えられた個人の特訓を開始していた。

 

ネット麻雀を極めすぎた和は打牌を繰り返すことで、ネット麻雀の感覚をリアルに落とし込む練習。

咲は自分の感覚に頼りすぎてしまうきらいがあるので、逆にネット麻雀を重点的にやることで、感覚に頼らない理詰めの麻雀を。

 

何が得られるかはわからないが、今は全国に行くために必死で努力を重ねていた。

 

和がよくプレイしているサーバーでネット麻雀を打ち始めた咲だったが、ここでいきなり壁にぶつかることとなる。

 

 

「ダメだよ……ぜんぜん見えないよっ……」

 

「ど、どうしたよ……」

 

部室の自動卓で本を読んでいた須賀京太郎が、幼馴染である咲の声を聞いて様子を見に来る。

 

まだこの特訓をはじめて2時間程度。

音を上げるにはまだ早い時間帯だ。

 

京太郎がパソコンの画面をのぞき込むと、そこには咲の対局データが。

 

 

みやながさき

ー60

-48

-43

 

 

まずネット麻雀をリアルネームで登録するなと言いたくなる京太郎だったが、結果もひどい。

ここ1週間ほどで、咲の神がかった麻雀を見てきたからこそ、この結果は京太郎からすると意外だった。

 

 

「いつも牌がもっと見えてるのに……これって……これって麻雀なの……?」

 

「おまえ……何言ってんだ……?」

 

京太郎でなくとも、ほとんどの人間はこう思うだろう。京太郎は一般人の感想を代弁したに過ぎない。

 

しかし咲からすればこの画面の先の麻雀の()()()()()はひどく異質に映っていた。

 

慣れ親しんだ麻雀であれば、咲はどこかに自分のカン材があるかがわかり、嶺上牌もすぐにわかる。

しかし、このいわば無機質な麻雀は、咲の麻雀というものに対する認識を根底から覆すものであったのだ。

 

ひどく混乱する咲。

しかし彼女はここで諦められない。

こんなことで諦めるくらいなら、最初から姉に会いに行こうなどとは思わない。

 

 

「でも……今のままの私じゃ……全国には行けないんだよ」

 

咲は涙を拭いた。

 

やれることは全てやるしかない。

ただでさえ決意してから県予選まで日がない上に、咲にはしばらく牌を触っていなかったブランクもある。

課題は山積みだ。

 

そしてその決意表明を聞いていたのは、京太郎だけではなかった。

 

 

「……」

 

京太郎の対面。

自動卓に座っていた和は、ひたすらツモ切りの動作を繰り返していた。

これが久から和に与えられた課題。

ネットでの感覚をリアルに落とし込むために、余計な情報を取り払うための特訓。

 

咲と京太郎の会話が耳に入ってしまっている時点で、雑念が振り払えてはいないのだが、彼女もまだ特訓をはじめて2時間足らず。

すぐに成功するのは難しいだろう。

 

 

「宮永さん。あなたに見せたいものがあります」

 

「……原村さん……?」

 

もう一度パソコンと向き合いに行った咲の隣にきたのは、先ほどまで自動卓でツモ切りを繰り返していた和だった。

和はおもむろに咲の目の前にあったパソコンを操作し出す。まだネット対局を始める前だったので、ためらいなくブラウザを立ち上げる和。

 

 

(あ、いい香り……)

 

急に和がパソコンを操作し出したのでびっくりした咲だったが、頭の中はいつも通り百合畑だった。

 

 

「これを見てください」

 

和が開いたのは動画サイト。

あまりパソコンを使わないうえにスマートフォンでもろくに動画を見ない咲は、目新しいものを見るような顔つきで、その画面をながめた。

 

 

「くらりん麻雀講座……?」

 

画面には動画のタイトルと、サムネイルが並んでいた。

もっとも、咲はこの画面をサムネイルと呼ぶことすら知らなかったが。

 

そんな咲の様子は置いておいて、和が説明する。

 

 

「この人は、私のデジタルの先生にあたります。彼女の動画で学んだ内容や、再確認できた知識ははかり知れません。幸い、この方は初心者用や、中級者向けの動画も配信されてます。私は見たことはありませんが、デジタルに関心のない宮永さんも、これは見ておいて損はないと思いますよ」

 

「原村さんの……先生……」

 

咲は和の言葉を聞き終わると、改めて画面を見る。

全中王者である和が師と仰ぐのだ。相当なものだろう。

 

 

「確かに、クラちゃんの動画を見るのも、いい特訓になるかもしれないわね」

 

「部長まで……」

 

外の長椅子で牌譜を眺めていた久が部室に戻ってきてパソコンをのぞき込む。

久もこの動画は知っていた。と、いうより、現代で麻雀を打つ人間からすると、この動画を知らない人の方が少ないと言ったほうが適切かもしれない。

 

 

「部長。クラちゃんとはなんですか。この方はクラリン先生です」

 

「え、いいじゃないなんか可愛くて。声も可愛いし」

 

和は納得いかないといった顔で久を睨みつけている。

和にとってクラリンはデジタルの先生。

気安くあだ名などつけていいような存在ではないのだ。

 

 

「とにかく、この動画を見て、基礎を勉強してください。その後、ネット麻雀で実践する。この方も言っていることですが、ただ打つよりも、勉強して、それを実践に落とし込まないことには意味がありません」

 

「わ、わかったよ……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

しばらくして。

 

和も何回打牌を繰り返したかわからない。

流石に手のしびれもひどくなってきた頃合いだ。

 

最後の方は持ってきて切るまでがスムーズになり、思考がクリアになってきた気がする。

 

和は、久のアドバイスが適格であるかもしれないと素直に認めていた。

 

 

(宮永さんは、どうでしょうか)

 

咲の方をみるとイヤホンをつけて動画を視聴している。

どうやら言われた通りに動画を見て、ネットで打つの繰り返しをちゃんと行っているようだった。

 

咲の後ろに立つと、和はパソコンをのぞき込む。

 

画面を確認した和は、1つため息をつくと、イヤホンジャックをパソコンから抜いた。

 

途端にパソコンから流れ出す音声。

聞こえてきたのは和にとっては聞きなれた、クラリンの声だ。

 

 

『ここまでで、だいたい頻出の役は覚えられたかな?役はたくさんあって最初は覚えられないかもしれないけど、実はたくさん出る役っていうのは限られてるんだ。なのでこのあたりの良く出る役を覚えて、まずはたくさん対局してみよう!』

 

 

「なんで初心者用の動画を見ているんですか宮永さん!」

 

「うわああ!原村さん?!」

 

和が咲の耳についていたイヤホンを無理やり外す。

咲が見ていたのはクラリンの動画の中でも1番難易度の低い初心者講座。

いくらデジタルによった知識がないとしても、ルールを覚える段階の講座など咲には必要ないはず。

 

 

「いや、この人の説明本当にわかりやすいなあ~って……」

 

「それはそうですが……!!」

 

呆れたように頭を抱える和。

こんな調子では県予選までに咲が実用的な知識を覚えることができない。

パソコンをパッといじると、和は中級者編の再生リストを画面に表示した。

 

 

「この中の動画を見てください。きっと宮永さんにとって初めて知る知識もあるはずです」

 

「ご、ごめんね、迷惑かけて……」

 

機械慣れしていない咲はこの手の操作に疎い。

こんなことで自宅での時間を使って動画を見ることはできるのか不安になってきた和は1つの提案をした。

 

 

「帰る前にいくつか動画のリンクを宮永さんに送っておきます。それをタップしたらすぐ見れるようにしておくので、ちゃんと見てくださいね」

 

「あ、ありがとう!」

 

思いがけないきっかけで和の連絡先を得ることに成功した咲は、自分の機械音痴さとクラリンの存在に感謝したのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

時は少し流れて、清澄高校麻雀部合宿初日。

 

 

「疲れたじぇーー!!!」

 

バタンと勢いよく布団に飛び込むのは優希だ。

今日だけで何局麻雀を打っただろうか。

強くなるためとはいえ、過酷な訓練は、体の小さな優希にとってはとても辛かった。

 

景観もとても良い温泉でリフレッシュし、やっとこさ寝室に戻ってきた清澄1年生トリオ。

 

 

「とってもいい宿だね!」

 

「宮永さんは体力あるんですね。優希ほどではないですが、私も少し疲れました」

 

布団が敷いてある和室の最奥。

庭にほど近いスペースには、2つの椅子が置いてあった。和はその1つに腰をかける。

 

もう外はだいぶ暗くなっている。

これから小休憩をはさんで最後に2半荘を打って、今日の日程は終了のはずだ。

 

 

「おーい、1年生諸君!息抜きにこの辺散歩しにいかないかねー!」

 

ふすまを開けて入ってきたのは、部長の久だった。

さすが最年長ということもあって、まだまだ元気そうな久。

 

 

「このあたりは街灯が点いとるけえ、道も安全じゃ」

 

「えー疲れたじょー……」

 

本来なら、いの一番に外に飛び出していく優希だったが、今日ばっかりはコンディションが悪い。

頭を使うのが苦手な優希にとって、理詰めの麻雀を1日やったのは、体力的にかなりの負荷がかかっていた。

 

 

「私は……原村さんが行くなら……」

 

チラリと和の様子を伺うのは咲だ。

優希も和もいかないというのであれば、自分もここに残りたい。

と、いうよりは和と一緒にいたいというのが本音か。

 

そして注目を浴びる和。

和は時計を確認すると、すっ、と自身のポケットからスマートフォンを取り出した。

 

 

「すみません。今日は20時からクラリン先生の生配信対局があるので」

 

「あら……」

 

生配信対局。

最近リアルが忙しいとのことであまり動画投稿をしていないクラリンが、せめてもの償いとして最近おこなっている動画投稿。

それが生配信対局だ。

 

文字通り実際にネット麻雀を打っている所を実況するだけなので、動画編集がいらない分、アップする労力は少ない。

クラリン信者の和としては、最近動画が上がらないだけに、この生配信は逃せないのだ。

 

 

「優希も疲れてるみたいだし、じゃあみんなでクラちゃんの生配信見ましょうか。勉強会よ」

 

「そ、そんなみなさんを付き合わせるわけには……」

 

「お、うちも丁度クラリンちゅうもんの麻雀見たかったけえ、ちょうどええ」

 

久はこれも悪くないと思っていた。

基本は打たないと強くはなれない麻雀だが、ただ打てば強くなるものでもない。

 

ただでさえ清澄には残された時間が少ない。効率的に雀力のアップを狙うのであれば、こういった勉強法をとるのもやぶさかではなかった。

 

 

 

 

 

 

 

『はいどうもみなさんこんばんは、クラリンです。最近動画投稿できずにすみません。リアルの大会に出場するのでその訓練をしてまして……』

 

時刻は丁度20時。

クラリンの動画が始まった。

 

 

:こんばんわー楽しみにしてた

 

:この時期っていうと女流名人戦か?

 

:いや朝日杯っていう線もあるぞ

 

:おまいらクラリンは学生だゾ

 

 

コメント欄は今日も賑わっている。

和は基本個人で見る時はコメントはオフにして見ているのだが、今日は皆で見ているので特にオフにはしていない。

 

 

『はい、今日は東風戦ですね~。東風戦でもバチバチ勝っていこうと思います。さ、対局開始ですね。対戦者さんよろしくお願いします』

 

対局が始まった。今日は東風戦らしく、クラリンは北家の席順になっていた。

 

 

「このクラリンさんは何者なんだじょ?」

 

「本人曰く、しがない麻雀好きと言っていましたが……実力はトッププロにも匹敵すると、私は思っています」

 

古くからの和の友達である優希は、もちろん和がクラリンの動画をいつも見ているのを知っていた。

最初はほとんど他人に興味を持たない和が興味を持ったことに驚いたものだ。

 

 

「でもネットではおそらく学生っていわれてるわよ?……どうする?インターハイ予選に出てきたりしたら」

 

久の言葉に、和はしばらく顎に手をやって考える。

和自身はこんな知識を持った人間が、自分と同世代であるとはとても思えないので学生説はあまり信じてはいないが、もし対局の機会があるとしたら。

 

今のままでクラリンに収支で勝てるとはあまり思えない。しかし偶然の勝利に意味はない。

和は特にそう思うタイプの打ち手だ。

 

 

「……勝てるかはわかりませんが。戦ってみたいですね。勝って、お礼を言ってみたいです」

 

和はそう答えた。

 

 

 

 

 

対局は東3局、東風戦なので、ラス前。

 

クラリンはしっかりオリ判断をしながら、原点を維持している。

 

オリに転じる時の説明や、オリ方も非常にきれいで、流石の久も賞賛の声しか出ていなかった。

まこも優希も咲も、ただただ感心して、動画を眺めている。

 

 

そんな時、画面の先のクラリンに、好配牌が舞い降りた。

 

 

多恵 配牌 ドラ{⑤}

{②79一三四四四五五七八東}

 

 

『おっ!勝負手になりそうな配牌きましたね!萬子が伸びて混一、清一色まで見たい手牌!頑張りまっしょう!』

 

クラリンの期待通り、手牌は萬子に伸びてくる。

無駄ヅモもあるにはあったが、9巡目にして、清一色ができあがった。

 

 

多恵 手牌

{一三四四四赤五五六六七八八東} ツモ{四}

 

 

『おお~っと想定外の聴牌!待ちが{二}だけなんで、ここはダマっておきましょ。ツモれば倍満だしね!』

 

 

:待ち把握早すぎ

 

:いや、これは誰でもわかんだろ

 

:おてては……

 

 

多恵が、清一色赤の聴牌を入れた。

コメントにもあるように、これは牌姿が歯抜けになっていることもあり、待ち把握は割と難しくない。

しかし次の言葉で、コメント欄は驚愕に染まる。

 

 

『ほい、東切って~。{八}ポンだけしよーかなあ。あ、{八}ポンできれば{二三五六八}待ちの五面張でタンヤオもついてお得ですよん』

 

 

:wwwwww

 

:バケモンかこいつは

 

:清一色の待ちと聴牌形への理解でクラリンより優れてるやつなんかこの世にいるの?

 

 

 

「こ、こりゃ驚いた……」

 

思わず驚愕の声を発したのは、染め手を得意とするまこだ。

自身もよく染め手をするので、待ち把握には長けているほうだと思っていたが、何を仕掛けて何待ちになるかまでをここまで瞬時に行う打ち手を、まこは見たことがなかった。

まこの家が経営する雀荘でも、ここまでの人はきっといないだろう。

 

 

「クラリン先生より清一色が上手な人は日本にはいませんよ」

 

得意気なのは和だ。

自らが(勝手にだが)師と仰ぐ人物が皆に認めてもらえるのは嬉しい。

 

そして更にクラリンの手牌が進む。

 

 

 

10巡目 多恵 手牌

{一三四四四四赤五五六六七八八} ツモ{九}

 

『かあー!渋いところ持ってくるなあ!待ちがよくならなかったですがイッツーついたんで倍満確定!あ、ちなみに{一}を切っても聴牌とれますけど、待ちが{七}だけになるんでここは{八}切りが強いですね』

 

 

またまたほぼノータイムで{八}を切るクラリン。

 

 

「ノ、ノータイムだじょ……本当に{二}しか待ちがないのかあ?!」

 

優希がモニターにグッと近寄り、待ちを確認し始めた。

疑うのも無理はない。清一色で新しい牌を持ってきて待ちが変わらないなどあまりないことだからだ。

 

更に多恵の手牌が進む。

 

 

 

11巡目 多恵 手牌 

{一三四四四四赤五五六六七八九} ツモ{五}

 

『おお~っと待望のツモ!これで{一}を切ればイッツーは消えますが{二四五六七}待ち!!ま、{四}無いんですけどね~。これはさすがに待ちが偉いので{一}切ります。手替わりほぼないんでリーチ打ってトリプル狙いに行きますか』

 

 

 

:ヤバすぎ

 

:誰かトッププロ呼んできて

 

:すこやんとか呼べば解説してくれるかな

 

 

「とんでもないわね……」

 

「私もこれぐらいになってみたい……」

 

必死で紙に牌姿を書き起こしていた久だったが、クラリンのあまりの打牌スピードに、ついていけていない。

 

 

「これ、もしかしたらお姉ちゃんより……」

 

咲もあまりのことに驚いている。

咲の知る人物の中で、一番麻雀が強いのは姉である照だ。

しかし照であったとしても、ここまでの速度と正確さで待ちを把握できたかどうか……。

 

見たことがないのでわからないが、そんな考えが、咲の頭をよぎった。

 

 

そしてその後すぐ。

 

 

『ローン!!裏は乗りませんでしたが倍満!勝ったなコレ。お風呂いってきます』

 

 

:誰があの河で面前清一色張ってると思うんだよwwww

 

:切ってるのもほぼノータイムだし、こんなん清一色考慮しないわ

 

:クラリンそれ負けフラグ……

 

:お風呂?!(ガタッ

 

 

結局、東家が放銃。

クラリンがトップに立った。

 

2着目との点差は17000点、オーラスの親番を迎えるクラリン。

 

 

『オーラストップ目で迎えた場合、点差が4000点差以上あると終局時トップ率が格段に上がるって話は前上級編でお話ししたと思います。まあ親なんで少しボーダー上がるんですけど、今17000点差あるんで、まあ、だいたいトップでしょ、こんなもん』

 

オーラスの打牌を始めるクラリン。

その言葉に、優希が疑問符を浮かべる。

 

 

「なんで4000点差あるとトップ率が高まるんだじょ?」

 

「ノーテン罰符でひっくり返らないからです。オーラスのトップ目はオリを選択する場面が多くなるので、当然と言えば当然ですね」

 

統計データを見れば一目瞭然なのだが、オーラストップ目で迎えた時、トップ者だけがノーテンで他3人が聴牌だったとしても詰まる点差は4000点。

ここが1つのラインと言えるのだ。

 

ちなみに得意気に話している和だが、クラリンの動画で得た知識である。

 

まあラインなだけでもちろんまくられることはあるのだが、条件が難しくなることは間違いない。

 

 

「リーチ!」

 

機械的な音声が、2着目がリーチを打ってきたことを示す。

 

 

『ええ……3着争いをしてる2人が刺さる横移動もあるので、ここはオリ有利ですかね~流石に。2着目も本当にワンチャンスのハネツモにかけた感じかな?』

 

クラリンの言う通り、今回のドラは{⑨}。それも早々に2枚切られているし、2着目の河は順子手には見えない。

高い手は作りにくい状況だ。

 

 

「私もここはオリを選択しますね」

 

「わ、私もここはオリます」

 

各々が見解を述べる清澄の面々。こうした仲間との議論も、成長につながることは間違いないだろう。

 

 

そして2巡後。

 

 

「ツモ!!」

 

 

2着目 手牌

{①①③③4499南南西西白} ツモ{白}

 

 

 

『は?!チートイ?しかもこれドラなし……ってことはツモってウラウラ条件ですね。はあーないないそんなの。ありえないから。そんな都合よく裏ドラ乗ったら麻雀簡単よ』

 

2着目の役はリーチツモ七対子の25符4翻。このままでは1600、3200だ。

しかし七対子という役の性質上、もし仮に裏ドラが乗ると、2枚乗ることになる。そうなれば一気に跳満、逆転だ。

 

裏ドラがめくられる。

 

 

 

 

裏ドラ{南}

 

 

 

 

『バイーーーーーーーーーン!!!』

 

 

:wwwwwwwww

 

:マジで草

 

:これだからクラリンのファンはやめらんねえよ……!

 

:速報 麻雀は簡単だった

 

 

終局だ。見事にクラリンは負けフラグを回収してしまった。

 

今日の配信はこれで終わりだろう。

 

 

しかし、終わりの言葉を待つまでもなく、和がパソコンの電源を急に落とした。

 

 

「……原村さん……?」

 

「のどか……?」

 

わなわなと肩を震わす和。

どうやら今の対局に思うところがあったらしい。

 

なにやら小声でつぶやいている。

 

 

「ハネツモ条件で七対子ウラウラなんて……!なんたる偶然……!そんな偶発役で先生を……!」

 

「のどちゃん!?落ち着くんだじぇ!」

 

怒りに震えていた。

 

麻雀観戦とは不思議なもので、応援している人がひどい負け方をすると、自身が負けたかのような悔しさ、怒りに襲われる。

普段自分が打っているときはほとんど感情を表に出さない和だが、ことクラリンの対局に限っては思わず感情が昂ってしまうことが多々あった。

 

そして何より今日の負け方は今まででもトップクラスにひどい。

まあ負けたと言っても2着なのだが、トップが偉いルールであることは、ネット麻雀を愛する和はよく知っていた。

 

だからこそ、やるせない。

 

 

パッとふせていた顔を上げ、悔しさのあまり少し潤んだ目をこすって和は一言。

 

 

 

 

「七対子でリーチかければ毎回裏が乗るだなんて……!そんなオカルト、ありえません!!!!」

 

 

 

 

 

その後和を落ち着かせるために30分近くかかったとかかかってないとか。

 

 



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第42局 奏者の足音

毎日のように通っていた雀荘に行けなくなるというのは辛いものです。
もう少しの辛抱ですね。

雀荘に行かないからこの話を書けているというのもまた事実なのですが。





もう夜の20時を回ったというのに、インターハイ中継の視聴率は一向に落ちる気配がない。

 

 

特設会場。そのメイン対局場。

階段を昇った先に、まぶしいほどのスポットライトが当たっている。

静謐な空間に、牌を叩く乾いた音だけが響く。

 

若き雀士なら誰もが憧れるこの会場で、今日もインターハイが行われていた。

 

 

今日の対局はDブロックが先に終わり、今はCブロック。その大将戦。

 

 

『大将後半戦は東4局2本場です。四開槓は親も流れるルール。それにしても四開槓とはまた珍しい流局でしたね……』

 

『清澄は勝負手だっただけに痛いかもだねえ?親も落とされたし?逆に晩成は勢いに乗れたんかな?知らんけど』

 

実況解説の2人も、長丁場になった今日の対局を最後まで熱を持って届けてくれている。

そのおかげもあって、観客の熱は、会場もテレビの前も、なんら変わりない。

 

 

東4局 2本場 親 霞 ドラ{5}

 

各自配牌を受け取り、ネリーが理牌をしながら今の局について考える。

本来なら清澄の1年生の心をへし折るはずだった計画は、晩成の由華によって阻止された。

 

 

(清澄を折りたかったが……まあいい。念には念を入れて波の調整をしておいてよかった。この程度の点差なら、問題ない)

 

1つの狙いを由華によってずらされ、不本意だったネリーだが、大したダメージではない。

もともと予定にはない行動だったのだ。プラン通りに戻すだけ。

 

そう結論付け、今度は霞の方を見れば、霞は肩で息をし始め、もう疲労が目に見えている。

ネリーが渡された配牌を見ても、もう三種全てが手牌にきてしまっていた。

先ほどまででは考えられない変化。

 

他の2人もきっとそうだろう。

 

とはいえ、ネリーはむしろもっと早く霞の支配が途切れると思っていただけに、何度もひやひやさせられた。

それはそうだ。なにせいつ清一色が飛んでくるかわからないのだから。

 

 

(永水はまだしも、まさか晩成がここまでやるとはな)

 

そして最後にチラりと下家に座る由華を見やる。

 

臨海の想定では、2回戦はなにも弊害なく突破できる予定だった。

臨海が狙うのはもちろん全国優勝。今年の春と去年のインハイで負けている姫松と白糸台には因縁がある。

姫松と当たる準決勝までは新加入のネリーの力は温存しておくはずだったのだが、そうもいかなくなってしまった。

 

 

(まあ、それも同じこと。知ろうが知るまいが、結果は同じ。私にはお金が必要なんだ)

 

絶対的自信が、決意が、ネリーを支えている。

 

 

 

7巡目 由華 手牌

{赤⑤⑥⑦235788二三五六} ツモ{七}

 

 

良いツモだ。効率で打つなら{5}だが、{5}はドラな上に三色の鍵でもある。

由華は逡巡した末に、リャンカン両面の一向聴にとる打{2}とした。

 

そして次巡、上家のネリーから{6}が出る。三色が確定する、絶対に欲しいところだ。

しかし、当然のように由華はスルーする。

 

そして牌をツモる。

 

 

8巡目 由華 手牌

{赤⑤⑥⑦35788二三五六七} ツモ{6}

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「前からずっと思ってたんですけど、由華先輩のあれ、ズルすぎませんか?」

 

口をとがらせるのはソファに座ってモニターを眺める憧だ。

 

晩成高校の控室。先ほどの清澄の怒涛のカンと嶺上開花にはヒヤリとさせられたが、由華の決死の流局で控室も落ち着きを取り戻していた。

そして今局。今もそうだが、由華は鳴ける牌をスルーすると高確率でその牌を持ってこれる。

 

あんなの普通なら鉄も通り越してタングステンチーだわ、とイマドキの女子高生っぽい(?)言い回しで憧が悔しそうに拳を握りしめて語る。

 

 

「私はあれは鳴かないかもですね……{一}の方だと3900(ザンク)になっちゃうのが少しもったいない気がします」

 

「えー初瀬らしくない」

 

そんなやりとりを、やえは2人の間で黙って聞いている。

 

この1年で、由華はとてつもないほど成長した。

 

 

「……由華の場合はね、鳴くっていう選択肢がないのよ。それが1年かけて、由華が出した答え。絶対に鳴かないで手を仕上げるっていう意志ができたから、牌が応えてくれる」

 

やえの話し方は、2人に言っていて、それでいて自分にも言い聞かせているかのような言い方だった。

 

そして今度は、自身の手のひらを見つめ、小声で呟く。

 

 

「確固たる信念を持つ打ち手には、大事なところで牌が応える」

 

去年のインターハイ、個人戦決勝の後、辻垣内智葉がそう言っていたのが、やえの脳裏に焼き付いていた。

今私に確固たる信念はあるか?

 

 

晩成には今まで、強い打ち手はいても、信念を持つ打ち手がいなかった。

しかし、今。

 

 

「……?」

 

「なんですか?やえ先輩」

 

両隣を見れば、頼もしい仲間がいる。

控室にいる他のメンバーだって、自分が思っていたより、ずっと頼もしくなった。

 

去年や一昨年とは違う。

 

 

(再確認した。私は、()()()と、全国優勝するんだ)

 

 

だからこそ。

 

 

「勝ちなさい、由華。最高の勝利を私に届けて」

 

言葉とは裏腹に、やえの両手は祈るように握られたままだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ロン。12600」

 

 

由華 手牌 ドラ{5}

{赤⑤⑥⑦56788二三五六七} ロン{四}

 

 

由華のダマハネが、ネリーに突き刺さった。

 

静謐を突き破り、会場を歓声が包み込む。

 

 

『晩成高校巽由華選手!この手を面前で跳満にまで仕上げました!!これで上下がちょうど2分化された形!晩成と清澄がかなり有利になったんじゃないですか?』

 

『……いやーわっかんねーよ?この卓、あたしにゃとてもこのまま終わるとは思えないケド』

 

『……ついに後半戦は南場へと突入します……!』

 

 

 

 

点数状況

 

清澄  123600

晩成  121000

臨海   85300

永水   70100

 

 

 

 

 

南1局 親 ネリー

 

 

あとがないネリーの親番。

逆に言えば2着目である由華はなんとしても流したいところ。

 

 

由華 配牌 ドラ{⑧}

{②③⑥⑦⑨二三五八南南白白} ツモ{⑧}

 

 

(ダブ南対子……悪くない。ここでもう一つ和了って、清澄をまくる。そして臨海を脱落させる)

 

由華はその特性上、対子の多い手でも向聴数を確実に上げていくことができる。

故に、役牌の対子は高打点になりやすい。

出れば、の話ではあるのだが。

 

 

そんな中、妙にふわふわと浮ついた気分になってしまったのは、咲だ。

先ほどの局、一瞬カン材の位置がわからなくなった。

 

今は見えているが、それでも得体のしれない恐怖を植え付けられたことは事実。

 

一局置いてになるが、もう一度呼吸を整える咲。

 

 

(……カンができなくても戦えるようにしてもらった。だから、大丈夫。私は戦える)

 

先ほどまでの覇気は無くなったが、それでも咲の目は力強い。

久の、長野の皆の特訓が、今の咲を形作っている。

 

 

 

 

9巡目 由華 手牌

{②③⑥⑦⑧二三三南南南白白} ツモ{白}

 

(張った……)

 

前巡に咲から{白}が切られたことによって、由華の手に{白}が舞い降りる。

聴牌だ。

 

ダマでも満貫あるこの手を見て、一瞬、由華は曲げるかどうか悩み、目を閉じた。

 

 

(こんなんダマにしたら初瀬に笑われるわね)

 

導き出した答えは、強気の一手。

 

 

「リーチ!」

 

強く打ち出す由華。

この手で、トップを奪い返す。憧と初瀬の闘牌で気付かされたのだ。

私達はトップを取りに行くんだ、と。

 

 

「カン」

 

しかし、そう上手くは行かせてくれないのが麻雀。

特にこの卓は。

 

閃光が走る。

清澄の嶺上使いは自由に卓上を駆け巡る。

 

 

(あれだけやってもまだ折れないか。なるほど確かにその姿は)

 

 

 

 

嶺の上に凛と咲く、花のよう―――

 

 

 

 

 

「ツモ。嶺上開花」

 

 

咲 手牌

{②③④⑥⑦⑦⑧⑨東東} {裏西西裏} ツモ{⑤}

 

 

「3000、6000です」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

点数状況

 

清澄 135600

晩成 118000

臨海  79300

永水  67100

 

 

 

 

 

 

 

 

 

鮮やかな跳満が決まり、Cブロック大将後半戦は南2局に入った。

そんな状況を冷静に観察して、心にひっかかりを感じている人物が1人。

 

 

「……不気味」

 

難しい顔をしながらそうつぶやいたのは、姫松高校の先鋒、倉橋多恵。

ただただモニターの先に見入ってしまっていた漫は、多恵のそのつぶやきによって現実に引き戻される。

 

 

「多恵先輩、不気味ってどういうことですか?」

 

「いや……」

 

形容しにくい。多恵はぬぐい切れない違和感を感じていた。

今の局、確かに和了ったのは清澄の1年生。晩成の大将も、ここまでとてつもない引きと和了りで安定とは呼べないながらも、頼もしい闘牌をしている。

とても隙は見当たらない。

 

 

だからこそ。

 

 

 

ネリーヴィルサラーゼがあっさりと親番を引き渡したことが猛烈な違和感を感じさせる。

 

 

たまたまかもしれない。

配牌もそこまで良くはなく、和了りに向かっていたが、和了られてしまった。

牌姿だけを見ていれば、それだけの話。

 

しかし今までの対局を見てきた多恵の脳が、それを否定する。

警鐘を鳴らしている。

 

黙りこくってしまった多恵の頭を、洋榎が後ろからコツンと叩く。

 

 

「臨海やろ。多恵」

 

うん、と頷く多恵。

この言いもしれぬ気持ちの悪い感覚を、洋榎がフォローしてくれた。

いつだってこの親友は多恵の気持ちを察してくれる。

 

ちなみに恭子は気分が悪くなってきたとかで今はお手洗いにいるのだが。

 

 

「確かに絶対に手放せない親番だったのに、あっさりだったのよ~」

 

「言われてみれば、そうかもしれへんですね……」

 

準決勝進出ラインである晩成と臨海の点差はこれで38700点。

親番が残っていたとしても厳しい展開なはずなのに、今のネリーの様子はどうだ。まるで動じていない。

不敵な笑みを残すばかり。

 

 

「絶対になにか仕掛けてくる……間違いないわな」

 

洋榎もモニターを見ながら神妙な顔つきだ。

 

 

(願わくば、ただの気のせいでありますように……)

 

 

 

多恵がそう願い、目を閉じて祈ったその瞬間。

 

 

奏者の足音が、聞こえた気がした。

 

 

 

 

―――惨禍の幕が開く。

 

 



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第43局 烈火

臨海女子高校控室。

 

大将後半戦南2局を迎えて臨海女子が準決勝に進出するのに必要な点数は、4万点弱。2着目の晩成から直撃を取りに行ったとしても、かなり厳しい点差だ。そして何より、先ほどの局で、親が落ちた。この半荘で臨海の親はもう存在しない。

 

 

だというのに、臨海のメンバーはそこまで慌てている様子もない。

ただただネリーの姿を見守っている。

 

 

「だいぶ遅かったデスネ」

 

「まぁ、本来ならこの力も使うことなく2回戦は終えるはずだったんだ。むしろ調整をしていなかったらどうしようかと思ったよ」

 

メガンの問いに答えたのは、臨海女子高校の監督を務めるアレクサンドラだった。

個性が溢れすぎるこの高校の監督を務めるのは大変ではあったが、それだけ選手たち個の力は圧倒的。

特に指示を出さなくても2回戦程度なら圧勝できると思っていた。

 

準決勝から上に向けて準備をさせるのが上策。そう思っていたのだ。

 

しかし、蓋を開けてみれば思わぬ伏兵。

大勢を決するのに大将戦までもつれこんでしまっている。

 

それでも、臨海のメンバーはここで敗退することになるとは露ほども思っていない。それだけ大将に信頼がある……と言えば聞こえはいいが、実はそうではなく、全員がその強さを知っているから、ただ勝つだろうと思っている。

 

 

しかし、そんな中でただ真剣にモニターを眺める人物が1人。

辻垣内智葉だ。

 

 

(確かにおそらくはウチがトップ通過までネリーは持っていくつもりだろう。アレを止められるとはとても思えない。……が、晩成と清澄が気になるな。彼女らにネリーを打倒しうる何かがあるか……)

 

そこまで考えて、フッ、と智葉は思考を止めた。

そんなことがあったら困るのは自分を含めた臨海のメンバー。智葉だって個人戦があるとはいえ、団体戦もこんなところで終わっていいとはとても思っていない。

 

 

(やれるものならやってみろ。……小走。お前の撒いた種がどれほどの花を咲かせたのか。見せてもらおう)

 

しかしどこまでやれるのかを期待しているのも事実。

楽しむような表情でモニターを見つめる智葉。

 

2回戦の決着はもうすぐそこだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

南2局 親 由華

 

 

終局まで、最短で後3局というところまできた。

由華の位置は2着目。トップ目の清澄と17000点差ほどで、3着目の臨海とはだいたい4万点差。

そして今臨海の親番が落ちた。ネリーの立場はかなり厳しくなったと言っても過言ではないだろう。

 

 

(そのはずなのに……何故お前はそんなに余裕そうな表情なんだネリーヴィルサラーゼ……!)

 

上家に座るネリーを見やる由華。先ほどの清澄の跳満親被りで、状況は更に悪くなったはず。

それなのに1つも動じていない。

 

 

 

そのネリーは自分の配牌を受け取り、ようやく来た己の出番を確信していた。

睨んできた由華を睨み返し、第一打を打つ。

 

 

(別に、ここまでだって手は抜いていない。強いて言うなら、このための準備をしただけ。……運が悪い時は地を這い、耐える。その代わり、自分の波は感じられる)

 

 

ネリーの手牌に次々と有効牌が舞い込む。

無駄ヅモが無い。

 

 

 

宣告(カウントダウン)が始まった。

 

 

 

 

 

 

 

 

――――今こそ、飛翔のとき

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(エルティ)

 

肩がビクりと震えた。

 

 

 

ネリー 手牌 ドラ{六}

{2344赤556678889}  ロン{7}

 

 

「16000」

 

 

ポトリと牌をこぼしたのは

 

 

由華だった。

 

 

 

 

 

 

『ネリーヴィルサラーゼ!!!この場面で高目なら3倍満というダマ倍満を晩成から直撃!!!1撃で差が縮まりました!もうその差は6700点しかありません!!』

 

 

 

もちろん、この程度で終わるネリーの波ではない。

 

 

 

(オリ)

 

対局者からすれば死刑宣告。

わずか6巡目にして、その言葉は告げられた。

 

 

ネリー 手牌 ドラ{二}

{二二二五赤五五六六九九} {発横発発}  ツモ{九}

 

 

「6000、12000!!」

 

 

 

 

『決まったあああ!!2連続高打点和了!!!ネリーヴィルサラーゼ、この2局で実に4万点を稼ぎました!!トップ目の清澄も目と鼻の先です!圧倒的な火力で他校を圧倒して、オーラスを迎えます!!』

 

『これは……晩成の条件が厳しくなっちまったねえ。2着の臨海と23300点差。ツモだと3倍満条件。直撃なら12000だねえ』

 

『これは準決勝進出は清澄と臨海でほぼ決まりでしょうか……?』

 

『こらこら、アナウンサーがそんなこと言うんじゃないよ。晩成は今言った条件が残っているし、幸い永水は親だ。連荘で希望が残るし、役満ツモで2着だよ……ただ、この局もあっという間に決着がつきそうだ。もうトイレはいけないと思ったほうがいいぜい』

 

 

夢のないようなことを言ってしまった針生アナを責めることはできないだろう。

確かに親がラス目の永水ということもあり、連荘には期待ができる。

 

しかし、永水は既に息切れ状態。更にネリーの怒涛の和了は終わる兆しが見えない。

この局も、数巡で決着がついてもおかしくはないのだ。

 

 

 

南4局(オーラス) 親 霞 ドラ{七}

 

点数状況

 

清澄  123600

臨海  119300

晩成   96000

永水   61100

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

泣いても笑っても、この局で終わり。

 

 

(負ける……?私が、晩成が……敗退……?)

 

由華の手が小さく震えている。晩成の死はもう目の前まで迫っている。

点数を示すデジタル数字は、無情にも晩成が原点である10万点を切ったことを示していた。

震える手で由華は点数表示についているボタン、「順位」というボタンを押す。

 

このボタンを押すと現時点で自分は何位なのか。そして上と下との点差を確認することができる。

晩成は3位。2位の臨海までは23300点差。そしてオーラス。絶望的状況。

 

 

「……ぅ……ぁ……」

 

息が苦しくなってきた。由華は椅子から落ちそうになるのを、必死で手で抑える。

 

なにがいけなかった?南2局の放銃?しかしあれはまだ5巡目。絞るような巡目ではなかった。

 

南3局も止められなかった。異常な空気を感じ取っていたし発のポンも不気味だった。

 

……わかっていても、止められなかった。

 

 

臨海のネリーを見る。もうこちらなど目に入っていない。同じく震えている清澄の咲を見て、不気味な笑みを浮かべているだけだ。

 

最初から、トップしか見えていないのだ。ネリーヴィルサラーゼには。

 

 

(嫌だ。負けたくない。終われるはずがない)

 

荒い息遣いを抑え、制服の心臓のあたりを右手でぎゅうと強く握りしめる。

 

走馬灯のように、由華の頭に、晩成のメンバーが映った。

 

 

 

 

『由華は周りが見えなくなりすぎ!やえ先輩のために、全国制覇するんでしょ!』

 

―――あの同級生は、いつでも私を気遣ってくれた。夢を追わせてくれた。

 

 

『由華先輩!今年は必ず全国制覇しましょー!』

 

―――やえ先輩を想う気持ちは、誰よりも強い1年生が入った。

 

 

『やえ先輩を去年のようにさせたくないって気持ちは、私だって負けません』

 

―――生意気な後輩だと思っていたけれど、夢も、憧れも同じで、今では頼りになる後輩に育った。

 

 

 

 

 

 

―――そして。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『力を……貸してくれる?』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああっ!!!!」

 

 

絶叫。

苦痛な表情を浮かべ、頭を抱えていた由華が突然の叫びを上げる。

慟哭にも似た、声。

 

 

(嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だいやだ)

 

 

負けるわけにはいかない。

去年と同じ結末は迎えない。

去年のあの時誓った。私はやえ先輩の力になる、と。

ここで負けたら、何も変わらない。ただ無力で、弱かった自分でしかない。

 

今年はラストチャンスだ。自分が愛する先輩のために。

絶対に負けてはいけないんだ。

 

由華の目に宿っていた炎が、全身に回る。

 

 

 

 

咲も、霞もあまりのことに呆然としている。

ネリーでさえ、表情を歪めた。

 

 

(醜いな。癇癪を起したか)

 

 

 

 

運命の配牌は、もう上がっている。

 

 

 

 

ネリー 配牌

{赤⑤⑤⑥⑦567二二赤五六九南} ツモ{七}

 

 

ネリーのトップ通過条件は出和了り5200。この配牌は、あまりにオーバーキルだ。

ものの数順で、3倍満クラスができてしまうだろう。

ネリーもこの程度で済ますつもりはない。確実に心を折り、準決勝に出てくる咲も潰しておこうという算段だ。

 

 

(悲鳴を上げたところで、なにも変わらない。すぐ楽にしてやろう)

 

 

無駄ヅモはない。間違いなく5巡以内でツモ和了る。

 

 

 

 

 

『……赤壁の戦い、って知ってる?』

 

『え……?あの中国の、ですか?』

 

 

実況も、由華の叫び声を聞いてから少し間が空いてしまった。

そんなところに、目を細め、口に扇子をあてた咏から突拍子もない話。

 

 

『そうそう。敵軍100万を相手にして5万の軍勢で勝ったって有名な話なんだけどさ……実の所敵軍100万ってのは見間違えで、30万くらいだったってのが通説なんだよねえ』

 

『は、はあ……』

 

意味の分からないことを言いだした咏に対して、針生アナも困り顔だ。

よくコンビを組む咏のことを、針生アナもだいたい理解し出している。だからこそ、そのまま話の続きを聞くことにした。

 

 

『30万ってさ、自分以外の高校の点数全部足したら30万なわけじゃん?……、ま、去年晩成の点数を5万にまで減らしちゃったのはこの大将のコなわけだけどー』

 

ケラケラと皮肉を交えながら、咏の話が続く。

針生アナは、まだ咏の言いたいことがつかみ切れていない。ということはテレビで聞いている観客もそうだろう。

 

 

『……赤壁の戦いの勝因って、機を待って、待って、これでもかと待って。相手を逃げられない船の上……水上に引きずりだして、鎖で繋ぎとめて、火計で燃やし尽くしたからなんだよねえ』

 

『……それがどういう……?』

 

満足気に話を終えた咏。すべてを聞き終わっても全く意味がつかめなかった針生アナは、たまらず真意を聞きに行った。

その瞬間。

 

 

「リーチ」

 

 

ネリー 手牌

{赤⑤⑤⑥⑥⑦567二二赤五六七}

 

ネリーのリーチが入る。ダマでも倍満あるこの手をリーチしたのは、ツモって3倍満にするため。

準決勝で相手取ることになる清澄の咲の心を確実に折るため。

 

と、いうよりも、確実にツモれるという自信があったからに他ならないのだが。

 

 

 

「……ッ?!」

 

しかし突然空気が、流れが変わる。

 

卓に風が吹き始めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『まさか逃げられないように繋ぎ止めるって……』

 

驚愕したように針生アナが両手を口にあてる。

咏はここまで読み切っていたのか、と。

 

咏は由華の様子をよく観察していた。

そして配牌も見ていた。

 

だから見抜いたのだ。

 

牌に愛されし者が、産声を上げる瞬間を。

咏が閉じた扇子でモニターの先の卓を指す。

 

 

 

 

 

 

 

 

『見てな。……燃えるよ』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

煉獄の炎が卓を包み込む。

リーチをかけた瞬間のこと。

確実に勝てる流れだった卓の流れが変化したことにネリーは気付いた。

 

 

(晩成……!!!)

 

誰によって変えられたのかは、もうわかっている。

 

由華の方を見れば、先ほどまでの震えはもう無く、燃えるような炎が、由華の目と、その後ろを照らしていた。

 

 

(ふざけるな……!次の牌は{⑦}なんだ……!)

 

 

ネリーが同じく燃えるような瞳でツモ牌に手を伸ばす。

{⑦}ならネリーのトップ通過。ネリーは先ほどまでこの牌をツモれることを確信していた。

そして今も、それは変わっていない。負ける道理がない。

 

 

絶対に疑っていない表情で、ネリーはそのツモ牌を手に持つ。

 

持ってきた牌は。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

{東}だった。

 

 

 

 

生気を失ったネリーの瞳。

力なく河にポトリと落ちる。

 

 

 

 

 

 

 

 

「ロン」

 

 

 

 

全校が、観客が、解説席が。

驚愕に染まる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

由華 手牌

{四四四八八八九九九東南南南}   ロン{東}

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「32000……!」

 

 

 

    

 

 

 

 

 

東南の神風が吹いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

最終結果

 

晩成 128000

清澄 123600

臨海  87300

永水  61100 

 

 




巽由華

能力
・向聴数が上がるかつ、鳴ける牌をスルーすると山に残っている場合はツモれる。


《烈火状態》

発生条件・???

概要・ツモ、運ともに大幅に上昇し、打点も上昇。
  ・???

(5段階評価)※通常時
能力 4
精神力 3
ツモ 4
配牌 3
運 4

合計 18 (MAX25)




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第44局 準決勝へ

冷めやらない熱気。

 

大歓声が会場を包み込んでいる。

もう夜も遅いというのに、インターハイ6日目の今日、途中で帰ろうとする観客はほとんど見受けられなかった。

それだけCブロック2回戦は濃く、そして劇的な幕切れを迎えた。

 

 

「はぁ……はぁ……」

 

由華は壁に手をつきながら廊下を歩いていた。

滴り落ちる汗を気にも留めず、ひたすら仲間たちが待つ控室へと向かう。

 

思い出すのは、対局中の最後の場面。

 

 

(最後……私にも何が起こったかわからなかった……)

 

オーラスでのこと。由華は絶望的な状況を前にして、自身に何が起こったのか理解できていなかった。

 

由華は何度も手を握りしめる。

 

瞬く間の逆転手。

気が付いたときにはもう、決着がついていた。

頭が熱くなり、思考がクリアになったところから、導かれるように手牌が伸びていった。

 

 

(……なんでもいい……勝てたなら……それで……)

 

悲願を達成したのだ。今は素直に喜ぼう。

 

もう少しでみんなが待つ控室に着く。

 

しかしもう由華の体力は限界。

もうすぐそこだというのに、とてつもなく遠く感じる。

 

 

(まあいいか……誰か拾ってくれるだろ……)

 

膝が笑ってしまい、立てなくなってきた。

仕方がないので、一旦廊下に座り込もうとした時。

 

由華にかけられる声。

 

 

 

 

「シャキっとしなさい。名誉の凱旋なんだから」

 

 

 

由華が視界に捉えたのは、特徴的なサイドテール。

顔を上げた先に見えたのは、苦しい対局中、一番見たいと思った笑顔。

 

見間違うはずもない。小走やえだ。

 

 

「……うぅ……やえ先輩……!」

 

やえだと気付いた瞬間。由華の視界が一層歪む。

去年とは違う。流しているのは悔し涙ではない。この人のために、自分は1年間麻雀を打ったのだ。

 

足の辛さも忘れて、すぐに起き上がった由華はやえに抱き着いた。

 

少し驚いたやえだったが、すぐに優しい表情でポンポンと由華の背中を叩く。

 

後輩達の闘牌を目の前にして、やえ自身も心から由華に感謝していた。

 

 

「ほんと……たのもしくなってくれたわ……ありがとうね」

 

「……ッ!」

 

溢れる想いが涙となって由華の視界を歪ませる。

勝ててよかった、という想いが今になって押し寄せる。由華は今初めて勝利を感じていたのかもしれない。

 

この時間のために、由華は死力を尽くしたのだ。

 

 

「由華先輩!!」

 

「本当にかっこよかったです!!」

 

控室の方から続々と晩成のメンバーが由華のもとに集まってくる。

一気に由華を取り囲む人数が大所帯になった。

 

先輩だけでなく、後輩まで来てしまったので、由華は慌てて涙を拭き、震えて立てなくなりそうになっていた足に鞭を入れる。

 

すぐに表情を取り繕い、1、2年生のまとめ役のような存在の由華に戻らなければ。

晩成の行軍は、まだ道半ばなのだ。

 

 

「……ま、まだ準決勝が決まっただけなんだから!そんな大盛り上がりしない!」

 

由華の言葉に、思わず笑みがこぼれる晩成の面々。

それはそうだ。

取り繕ってはいても、言葉とは裏腹に、由華の表情はとっても明るかったのだから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

憧と初瀬が、由華の両肩を支えて控室の方へ戻っていく。

やえはそれを見送りながら、頼もしい仲間ができたことを再確認していた。

 

これでやっと、戦える。

そんな時、ふと後ろから声をかけられる。

 

 

「良い後輩ができたじゃん、やえ」

 

聞き間違うはずもない。何度も聞いた声。親友の声だ。

 

 

「……多恵……!洋榎も……!」

 

後ろを振り向くと、姫松の制服に身を包んだ、多恵と洋榎が立っていた。

 

 

「やるやないか。ホンマにおもろそうな麻雀打つやつばっかりや」

 

「見てるこっちもハラハラしたけどね」

 

やえは姫松のダブルエースの襲来にざわつき始めた後輩達を急いで控室に戻し、2人と相対した。

 

 

「フフン、言ったでしょ。今年の晩成は1味も2味も違うって。あんたたちと違って、私は絶対に勝つと確信してたわ。ニワカは相手にならんのよ」

 

不遜な態度。やえの代名詞ともいえる決め台詞も決まって、やえさんは今日も絶好調。

 

 

「でもやえ、目元赤いけど……」

 

「こ、これは違うわよ!ちょっとアイシャドウ変な感じになっちゃったから洗顔してこすっただけですー!!」

 

でもなかった。

慌てて目元を制服の袖でこするやえ。

 

 

「まあ、これでめでたくウチらとやり合えるわけやな」

 

ニヤリと口元を歪めたのは洋榎。

洋榎もやえの団体戦にかける想いは理解している。去年久しぶりに4人で打った時も、必ず来年は団体戦で姫松と戦うと意気込んでいたのを良く知っている。

 

それがついに実現したのだ。それも、今まで得たくても得られなかった強力な仲間を得て。

そんなやえの心中は、推して知るべしだろう。

 

やえもその言葉を受けて鋭い視線を2人に向けた。

もう次はこの2人と戦うのだ。待ち焦がれた、親友たちとの決戦。

 

 

「あんたたちなんか余裕で倒してあげるわ。明後日……首を洗って待ってなさい!」

 

堂々と言い放つと、やえはくるりと踵を返す。

その立ち居振る舞いたるや、まさに王者の貫禄だ。知らんけど。

 

 

「やえ!」

 

帰ろうとしたやえを呼び止めるのは、やはり多恵。

 

やえが振り返ると、多恵はそれはもう満面の笑顔で。

 

 

 

 

「さいっっっこーに楽しい麻雀!しようね!!!」

 

 

 

 

ブルりと、やえの身体を何かが駆け巡る。

万感の思いが、やえから溢れ出す。

 

 

 

「……ッ!あったりまえでしょーが!」

 

 

思わず出そうになった涙をごまかすために、やえは前を向いて歩きだす。

もう次に顔を合わせる時は敵同士。

 

やえも多恵も、思うことは同じだ。

 

 

 

 

((最高の舞台で、最高の麻雀をしよう))

 

 

 

明後日。準決勝2試合目の先鋒戦で、2人は相まみえることとなる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「さて……」

 

やえを見送った後、洋榎と多恵は自分たちの控室に戻って対戦相手のまとめと分析をすることになっている。

しかし、それまでにやらなければいけないことが一つ。

 

 

「恭子ぉ~!!ええ加減出てこんかい!!!」

 

「うぅ……もう少し待ってくれませんか主将……」

 

「ここには多恵しかおらんから洋榎でええわ!」

 

「じゃあちょっと待て洋榎……ウチの胃はもう限界や……」

 

ドンドンと足で扉を蹴飛ばす洋榎。

それを見て多恵は、はあ……、とため息をつきながら頭を押さえている。

 

 

ここは会場内の女子トイレ。

個室の一室に、恭子が入ってから早1時間が経過していた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「なんですかアイツら!インターハイはバケモン発掘大会と違いますよ!」

 

恭子はおかんむりである。

Cブロック大将戦の最中、あまりの能力の暴力たる麻雀に、恭子は喜怒哀楽がおかしくなってきているのかもしれない。「普通の麻雀させてーな……」という恭子のか細い声は隣にいた多恵にしか届かなかった。

 

 

「恭子ちゃんやっと戻ってきたのよ~」

 

控室にやっと戻ってきた恭子。

両脇を多恵と洋榎にがっちりと固められ、連行されるような形で控室にたどりついた。

 

 

「恭子が弱気になるんもわかるけどな……」

 

恭子の片腕をポイッと投げ捨てて、ソファにどかっと腰を下ろす。

 

洋榎の言う通り、恭子が弱気になるのも無理はない。今日の相手だってかなり異質な相手だったのにも関わらず、恭子はなんとかそれをかいくぐった。

 

しかし次……準決勝に出てくる高校の大将もおかしいだけでは済みそうにない。

 

それでも前を向くしかない。いつだって恭子は強豪校の大将と戦ってきたのだ。今回の相手も一筋縄ではいかなさそうだが、そんなことは今に始まった話ではない。

 

恭子は席につくと、ペットボトルのお茶を一気に飲み干し、決心したように牌譜を眺め始める。

 

 

「もうええです。どうせウチは凡人や。頭回すことでしか対抗できへん。丸1日使って対策考えたりますよ」

 

「おお!その意気だよ恭子!それでこそ私の見込んだ恭子!略して私の恭子!」

 

「ヤバイ意味になるから略さんでくれる?!」

 

早速対戦校の研究に入る恭子。

多恵もそれに加わって真剣な表情だ。やっているのは恭子の対戦相手の研究だが、多恵もそれに助力を惜しまない。

 

 

「恭子の復活に時間かかったけど、ま、これが恭子の強さやな」

 

洋榎の言葉に漫も頷く。

 

スパルタ指導を受けてきた漫だからこそ、恭子の自身へのストイックさも知っている。他人に厳しく、自分にも厳しい。

そういう先輩なのだ。

 

次の相手も強敵であることは間違いない。だが恭子の強さは持ち前の思考力と引き出しの多さ。

やれることはすべてやる。

自分は凡人だと思っているからこそ、強さにひたむきなのかもしれない。

 

 

「漫ちゃんも、由子も、ウチもやけど。次はかなりキツイ戦いになるで。2回戦は多恵が1人浮き状態にしてくれとったから楽やったけど、次はそうは行かんぞ。気張りや」

 

「お~なのよー!」

 

「次は必ず……!」

 

 

活躍していた晩成の初瀬と憧に、いい意味で漫も刺激をもらえたようだ。

 

そんなやる気の高まる中、赤坂監督から更に大きな情報が飛び出す。

 

 

「それと~明後日の準決勝、善野さんが見に来るって~」

 

 

全員の目の色が変わる。

善野監督に受けた恩は、皆多い。

 

おおらかな人で、選手からの人望も厚い善野監督。多恵も、路頭に迷っていたところを拾ってもらった恩がある。

 

隣にいた恭子の横顔を見やる。

 

 

「……恭子」

 

「ああ、絶対に負けられへん……!」

 

ペンを持つ手に力が入る。

 

運命の準決勝は、明後日だ。

 

 




いくつか番外編を挟んで、準決勝です。


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咲日和 晩成の巻①

咲日和は番外編になります。

晩成の丸瀬紀子は本編では3年生ですが、この作品では2年生にしています。





丸瀬紀子は苦労人だ。

 

晩成高校は夏のインターハイ出場を決め、インターハイに向けての準備を進めている。

今日も麻雀部の部活動が始まるのだが、その部活動前、授業を終え、部室に来た2年生の丸瀬紀子。

 

 

しかしやはりというべきか、部室内から聞こえてくる声で、紀子はため息をつく。とりあえず部室の前の扉で中の様子を伺うことにした。

 

 

「これ、やえ先輩が載ってる夏のインターハイ特集の雑誌」

 

「それがなによ。そんなの私だって持ってるわよ」

 

「ちっちっち。初瀬わかってないなあ……これは!特別版インタビュー記事とやえ先輩直筆のサイン入りという世界に1つしかない雑誌なのよ!!」

 

 

またか。

 

紀子は頭を抱えた。この後輩たち、こと麻雀においてはメキメキと成長し、頼もしい限りなのだが、なにかとやえのことでマウントを取りたがるきらいがある。

やえを慕う気持ちは紀子も賛同するところではあるのだが、彼女らの議論は白熱し、たまによくわからない方向へと向かう上に、狂気を感じることすらある。

 

 

「そんなのしなくたって普通にやえ先輩にサインもらえばいいじゃない」

 

「あ、初瀬それ言ったらダメだよ~市販のものを勝ち取ってこそ価値が出るんじゃない!」

 

今日も今日とてこのありさまだ。もう同級生たちは慣れたのか、「はいはい、君らがナンバーワンナンバーワン」と軽くあしらっている。

 

しかし初瀬と憧はお互い譲れないらしい。他でやってくれ、と紀子は思っていた。

 

 

「私はね、このまえやえ先輩と一緒にパンケーキを食べにいったの。ついでにタピオカも飲んだの。これって完全にデートよね~」

 

「その程度で誇ってもらっちゃ困るわね。この前帰りに映画一緒に観に行ったしその後夕飯も一緒に食べにいったんだから」

 

フフン、と胸を張る初瀬。

お互い一歩も譲らない。その競争心は麻雀で発揮してくれと思う紀子。

 

ふと、紀子は1つの事実に気付いた。やえが憧と初瀬の趣味にちゃんと合わせてあげていることに。

 

やえの優しさに涙する紀子。毎日のように後輩に誘われては断っているが、時々付き合ってあげている所に優しさを感じる。

 

その後もなんやかんやとどちらがよりやえと親密かを競う2人。

入部当初、憧はまだしも初瀬がこんなことで熱くなるとは思っていなかった紀子。

 

 

(入部当初のちょっと棘のある初瀬はどこにいったのよ……)

 

最初はたびたび強気に出て由華に怒られていることもあったほどなのだ。それが今ではこんなである。いい事なのかもしれないが。

 

紀子の心中は複雑であった。

 

 

「ほらほら、あんたたちもう練習行くよ」

 

そんなときである。紀子のもとに救世主が現れた。我らが1、2年のまとめ役、由華である。

 

 

(由華……!あなたは来てくれると信じてた……!)

 

頼れる同級生の到来に感謝する紀子。いつこの不毛なやり取りを止めに入るか躊躇していた紀子としては、非常に助かる援軍。

 

この2人、質が悪いのが、この議論の最中に仲裁に入ると、どっちがやえ先輩と仲が良いかの判断をこちらにゆだねてくることがしばしばあるのだ。

どちらをとっても角が立つ。そんな状況はごめんなので、いつも紀子は落ち着くまで待ってから声をかけるようにしていた。

 

 

「やえ先輩がカッコいいのはわかるけど……やえ先輩のためにも、しっかり練習して、力になる努力するのよ」

 

「「……はーい」」

 

流石はまとめ役を務める人物といったところか。言い争いをすぐに終わらせると、自身も練習に向けて準備を始めようとしていた。

 

しかし、ここで紀子は異変に気付く。

 

 

(ん……?由華なんで今財布なんか出してるの……?)

 

由華は鞄の中から財布を取り出していた。別に今お金が必要な状況ではない。2人を自動販売機にでもパシらせるのかと紀子は思っていたが、由華の狙いはそんなことではなかった。

 

 

「ちなみにだけど……」

 

「……?」

 

誇ったように、由華が財布から取り出したものを2人に見せる。小さな四角い紙のようなモノ。

 

そのブツを見た途端に、2人の表情が変わる。

 

 

「こ、これは……!!!」

 

「そ、そんな……!やえ先輩と由華先輩のツーショットプリクラ……だと……!!」

 

プリクラ……イマドキ学生女子に大人気の写真撮影機。流行のピークは過ぎたと言っても、未だその人気は絶えない。プリクラ撮影機という狭い空間でキャッキャしながら写真を撮るという行為は、まさに仲が良くてはできない所業。

それもあのクールな小走やえをあの場所に連れていくなど、どれだけ難しいことなのかは2人もよくわかっている。

 

だからこそ、悔しい。

 

 

「これでわかったでしょ?あなたたちは所詮どんぐりの背比べ……やえ先輩の一番の仲良しはこの私!巽由華なのよ!!」

 

「く……!私となんか恥ずかしいからって言って自撮りすら撮ってくれなかったのに……!!」

 

 

由華の高笑いが部室に響き渡る。

紀子は気付いた。そーいやこいつもやえ先輩狂信者だった、と。

 

ミイラ取りがミイラになってしまった。

 

 

「私もこっそり写真撮ろうとして怒られたのに……ツーショットだなんて……!」

 

憧と初瀬が力なくその場に膝をつく。

信じられない物をみたというショックで、その表情は悲壮に染まっていた。

 

 

「はっはっは!!あんたたちとは年季が違うのよ!!ニワカは相手にならんよ!!」

 

 

(ダメだこれ助けてくれ)

 

紀子はもう諦めた。自分だけ練習に向かうことにしよう。

 

そう思った時。

 

プルプルと震え出した憧に気づく。

膝と両手をつき、震え出した憧は小さな声でなにかを呟きだす。

 

 

「……たもん」

 

「え?」

 

小さくて、聞き取れない。隣で一緒に絶望していた初瀬すら聞き取れない音量で小さく呟かれた。

 

憧は意を決したように顔を上げてこの場において最大の爆弾を投下する。

 

 

「お泊りしたんだから!!!!!」

 

「な……!?」

 

 

その時由華に、電流走る。

 

あってはならないこと。由華もよくやえ先輩の家に呼ばれて麻雀の研究等は行っていたが、まさか泊まったことなどない。

しかし今この目の前の1年生は言ってのけたのだ。「お泊り」という禁断にして最大の仲良し行為をした、と。

 

隣にいた初瀬ですら初耳だったようで、驚愕はさらにすさまじいものとなっている。

あまりの情報量に、流石の初瀬の脳も追い付いていないようだ。

 

由華は自身の意識が遠のいていくのを感じていた。

未だ自分が成し得ていない偉業を、目の前の1年生が達成したという事実。ショックは計り知れない。

 

ガクッと膝をつく由華。

 

 

「……憧。認めよう。あんたは私の最大にして最高のライバルだと。……そのうえで、恥を忍んで聞かせてもらいたい」

 

「……聞き入れましょう。私達はいわば同志。同じ先輩を愛する仲間なのですから」

 

 

紀子は再び思った。ナンダコレ、と。

 

憧は慈愛の笑みを浮かべている。

 

それに対し、精神がボロボロになった由華は、最後に冥土の土産に持っていくかのような口ぶりで、地べたをはいずりながら憧に最後にして最大の問いを放つ。

 

 

 

 

 

 

「……やえ先輩のパジャマ……どんな柄だった?」

 

 

 

 

 

 

禁断の疑問を由華が言い終わるより若干早く。

 

スパーン、という乾いたいい音が部室に響き渡る。

叩かれた由華は力なくその場に倒れ伏した。

 

 

突然のことに、恐る恐る顔を上げる憧と初瀬。

 

由華をこんなひっぱたける存在など、部内に1人しかいない。

 

 

 

「……いいから早く練習行くぞバカ共」

 

 

そこには小走やえが、片手にスリッパを持ちながら額に青筋を浮かべて立っていた。

 

 

 

 

 

 

 



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咲日和 千里山の巻①

泉ちゃんはまだ入学していないので、今回はお休みです。




「なあ、竜華はどっち派や?」

 

 

突然の問い。

 

今日は病室で寝込んでいる怜のために、病院にお見舞いにきた千里山のメンバー。

 

ノックして部屋に入ると、寝ながらスマートフォンを片手に持ち、耳にはそのスマートフォンから伸びたイヤホンを装着した怜の姿が。

 

メンバーの訪問に気づいた怜はイヤホンを外し、開口一番竜華に冒頭の問いを投げかけたのだった。

 

 

「どっち派て…………そやな……猫派かな!」

 

「いやいや……やっぱり面前派やろ!!」

 

「そんなベタな質問してへんよ……」

 

はあ……と失望のため息をつかれ、軽くショックを受ける竜華とセーラ。そもそもこんな質問で内容を当てろというほうが酷な話なのではあるが。

 

お見舞いに持ってきたりんごと飲み物の類を机の上に置き、ベッドの隣に用意されている丸椅子に腰かける千里山の面々。

一番怜の顔の近くに座った竜華に、怜はスマートフォンの画面を見せる。

 

 

「これやこれ」

 

「おお!はやりんやん!」

 

はやりん。「牌のおねえさん」として注目を集める瑞原はやりプロ(28)の愛称である。

怜が見せてきたのはその「牌のお姉さん」こと、はやりの大手動画サイトの動画。タイトルには『みんなで楽しく麻雀!』と書かれている。

サムネイルに映る彼女は、とても28歳とは思えないほどロリロリなコスチュームに身を包んでいた。

 

 

「はやりん最近よう教育テレビで見るなあ?」

 

「いやでも流石にこの格好キツすぎませんか……?」

 

セーラがそういえば、という風にスマートフォンをいじり、フナQこと千里山女子2年生、船久保浩子がその年齢の割にキツすぎる格好と言動に言及する。

確かに語尾に「はやっ?!」とかつけてるあたり、あまりにもあざとすぎるのだが、子供たちには大の人気で、麻雀普及に一役買っていることも事実。

 

しかし、これでは本題の怜の冒頭の質問につながらない。

 

 

「そんで?はやりん派に対抗するもう1つの派閥はなんなん?」

 

「それはもちろん……こっちやろ」

 

怜は器用にスマートフォンを操作し、自身のアカウントで登録しているチャンネルを1つ示す。

 

 

「クラリン!ウチ知ってるでこの子!」

 

「ああ、クラリンですか」

 

「っふ……!」

 

『クラリン麻雀教室』。「牌のおねえさん」ほどではないにしろ、最近麻雀好きにはもっぱらの噂を呼ぶ、動画チャンネルだ。

はやりんが教育チャンネルなどで名を馳せている中、麻雀を動画サイトでわかりやすく解説、という新しいジャンルを切り開いたクラリンは、いわば麻雀動画主の先駆けと言える。

はやりんもその流れに乗って最近動画を出し始めたが、まだクラリンほどの本数を出すには至っていない。

 

ここにいるメンバーは全員クラリンの存在を知っていた。セーラだけが何故か噴き出して下を向いてしまったが。

 

そんなセーラをよそに、怜が話を進める。

 

 

「最近よう2つのチャンネル見るんやけどな?どっちも面白いんよ。せやから、皆はどっち派なんかなーって思ってな?」

 

「そういうことですか。それやったらウチはクラリンですかね。クラリンはウチが見てもホンマに勉強になること多いんですよ」

 

怜の質問に対して、お見舞いのりんごを剥き始めた浩子が答える。

この2つのチャンネルを比較する上で1番の違いは、「難易度」だろう。

 

はやりんのチャンネルは麻雀を好きになってもらう「とっかかり」を作ることに特化している。流石「牌のおねえさん」を長年(?)やっているだけあって、そのスタイルで右に出るものはおそらくいないだろう。親しみやすいキャラクターも相まって、はやりんを見て麻雀に興味を持った、という小学生も少なくない。

 

ではクラリンのほうはどうか。こちらも最初は初心者向けの麻雀解説が多かった。それだけでもかなり注目を集めたは集めたのだが、もっと驚くべきはその後。

「上級者向け」と題してクラリンが始めた動画投稿は、まさに玄人達を唸らせるものであった。たまにプロの実際の対局の場面を検討し、いかにこの打牌が優れているかなどの解説もしてくれる。

外見は明らかになっていないが、動画配信を始めた当時、明らかに幼い女の子の声であったこともあり、知識量とのギャップに多くのファンを獲得したクラリン。

 

言わずもがな、麻雀チャンネルにおいて『クラリン麻雀教室』よりもチャンネル登録者数が多いチャンネルは存在しない。

それだけ圧倒的な視聴者を集めているのだった。

 

 

その観点を比較すると、もう十分麻雀研究を進めている浩子からすれば、クラリンの方に軍配が上がるのは自然な流れと言えた。

 

 

「ふなQやったら、せやろなあ……竜華はどうや?」

 

「ええ?せやなあ……ウチははやりんの方が好きかもしれん」

 

「そら意外やな」

 

「もちろんクラリンの動画も見とるし、すごいなーって思うで?せやけど、はやりんが笑顔で麻雀の布教活動?してるん見るほうがええかなあ……」

 

竜華の答えも一理あるだろう。なにも勉強することだけが麻雀の楽しさではない。

楽しむ麻雀を知ってもらうとっかかりを作ってくれるのは、ありがたいことと言えた。

 

 

「竜華らしくてええな。ウチもそう思うわ」

 

にっこりと怜が笑う。

 

それに対して竜華が満足気に笑顔を返し、そしてまた1つ疑問を投げかけた。

 

 

「せやけど、クラリンっていったい何者なんやろな?ネットで調べても女流プロ説とか、学生説とか、色々出てきてまうんよな」

 

「まああれだけの知識ですし、プロと思うほうが自然やと思いますけどね?デジタル思考が強い女流プロとかが候補に挙がってますよ」

 

言いながら、剥き終わったりんごを浩子が配る。

 

それにしても、と怜が続ける。

 

 

「どっかで聞いたことあるような気するんよなあ……クラリンの声……」

 

「そら……そらそやろな……ふふっ……」

 

ずっと笑いをこらえていたセーラがやっと口を開いた。

その言葉に、全員がセーラの方を注視する。

 

先ほどまでは触れなかったが、笑いをこらえ続けるセーラを、怜は流石に不審がっていた。

 

それに加え、クラリンの正体を知っているかのような口ぶりをされては、流石に聞かないわけにはいかない。

 

 

「なんや、セーラ。クラリンが誰か知っとるんか??」

 

「……オレやなくても、ここにいるみんな知っとる奴やで」

 

ニヤニヤと人の悪い笑みを浮かべるセーラから出た発言に、全員が色めき立つ。

あのクラリンの正体を知っているというのだ。気にならないわけがない。

 

 

「それホンマですか??そんなん公表したらとてつもないニュースになりますよ?」

 

「ええー!セーラ教えてや!」

 

それも知っている人と言われれば尚更だ。怜は冷静になって全員が知っている人物を洗い出す。

 

怜が1つの答えをはじき出した。

 

 

「まさか……監督か……!」

 

 

「いや、それはないです」

 

 

浩子が即答する。

 

千里山の監督は洋榎の母、愛宕雅枝だ。雅枝があの歳でクラリンのようなネット用語を並べていると思うと……。考えただけで雅枝が叔母にあたる浩子は寒気がした。

 

 

「じゃあ教えたる。けど、考えてみ?あのクラリンの清一色とかの異常な待ち把握の速さ……仮に高校生で1人だけできるとしたら誰やと思う?」

 

クラリンが恐ろしいほどの知識を持っているのは誰もが知っている。その中でも群を抜いて優れているのは、清一色への造詣の深さ。すぐに形を理解し、待ちを確認し、鳴くところを確定させる。

その姿を何度も見てきたし、そこだけを切り取った動画が最近は出回って、初心者から上級者まで度肝を抜かれている。

 

それができる高校生……ともなれば自然と答えは限られる。

 

 

「……まさか」

 

「ええ……高校生であんなんできるのなんかウチ的には臨海の辻垣内さんか姫松の……倉橋さんくらいしか……え、えええ?!」

 

怜は気付いた。竜華も怜の反応で気付いたようだ。

 

この声。どこかで聞いたことがあると思ったら、何度か対戦もしたことがある姫松の先鋒。

 

そして多恵とセーラが幼馴染であるというのも、理解を早める一助となっていた。

 

 

「そのまさかや。クラリンは倉橋多恵……。まあアイツも身内には大して隠してへんし、ええんちゃう?なんならネットで少しずつバレとるしな」

 

「た、たしかに……放銃率の計算とか、鳴き判断、リーチ効率……その全てをとっても高校トップクラスとの呼び声高い倉橋多恵なら……納得できます」

 

浩子も冷静に考えてみれば、むしろ何故その選択肢がなかったのか不思議になるほどクラリンと多恵の共通点は多かった。

浩子は親戚の家に突然現れた多恵と、何度も対局している。

 

それなりに話した仲で、多恵の実力も嫌というほどわかっているのに、浩子はクラリンと多恵を結びつけたことはなかった。

 

一同が騒然とする中、そうか……と、何か納得するように頷いた浩子。

 

しかし、すぐにその表情は悪い笑みへと変わる。

眼鏡がキラリと光った。

 

 

「せやったら話は早いですね。多恵さんはウチにとっても身内やけど、今回ばかりは負けられへんわけですし、……じっくり動画見て研究させてもらいましょか……」

 

「お、おう……確かに、せやな……」

 

(あ、なんか多恵すまん)

 

 

ドヤ顔で暴露したはいいものの、ちょっと友達を売ってしまったような気分になってバツの悪いセーラであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「くしゅん!」

 

 

「どないした、多恵風邪か?」

 

隣で本を読んでいた恭子が多恵を心配してポケットティッシュを差し出す。

 

それを受け取り、鼻をかみおわった多恵は何故か胸を張った。

 

 

「……誰かが私を……噂してる!」

 

「とんだ自意識過剰やな」

 

恭子はやっぱりげんなりした。



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咲日和 いつメンの巻①

 

 

 

「今日はこれで勝負よ!!!」

 

ぴょこんと飛び出した特徴的なサイドテール。

大きな音を立てて教室の扉を開けたのは、小走やえその人である。

 

 

「なんや、藪から蛇に」

 

「それはつついたら出てくるやつだ洋榎……」

 

中等部麻雀教室。

珍しく来るのが遅いやえを待ちながら、めくりに興じていた洋榎と多恵とセーラ。

やっと来たかと思えば、やえは片手になにか袋を抱えていた。

 

 

「あんたたちと麻雀でいくら戦ってもなかなか勝敗がつかないから、新しいゲームを提案するわ!」

 

基本的にこのメンバーで麻雀以外のことをやることは少ない。

そういう意味では面白い提案なのだが、その前の前提条件に異議がある者が1人。

 

 

「いや、最近オレ一番勝ってるんやけど」

 

「うるさいわね」

 

「ええ……」

 

どこかの国の総統もびっくりの独裁ぷり。セーラの言葉にまるで聞く耳を持っていない。

 

ゴソゴソと袋の中からやえが取り出したもの。

 

 

「これよ!」

 

「おお~Wi〇やんけ~」

 

コンシューマーゲーム機。数多のカセットが出ているこのゲーム機は、今や国内で一番売れているハードといっても過言ではないだろう。

ちなみにだが麻雀のゲームができるカセットも多数ある。

 

 

「麻雀では実力が拮抗していることはよくわかったわ」

 

「え、でもトータルでもやえの成績悪「多恵?」なんでもないですハイ」

 

まさに王者の貫禄。誰にも話を邪魔させないその風格は、王者という言葉に相応しい。

洋榎などはもう何も言わず諦めたように天を眺めている。

 

 

「麻雀で決着がつかないなら、ゲームで決着つければいいじゃない……!!!」

 

「なるほど……。……なるほど?」

 

多恵は首をかしげた。

 

超理論である。

実際の所の真意はと言うと、やえが最近の負け続きムードを払拭するために気晴らしをしようという提案なのだが。

 

 

「ええ~ゲームそんなに得意じゃないんよなあ~」

 

「なに?逃げるのセーラ?」

 

ガシガシと頭をかくセーラに対して、やえが挑発的な笑みを浮かべる。

 

 

「ほお……そこまでいうならやってやろーやないの!」

 

「そうこなくちゃ。まずはこの格闘ゲームで対戦よ!!!」

 

ワイワイと盛り上がり、やえがカセットを袋の中から取り出す。

多恵もその中に入っていったが、未だ麻雀卓についている洋榎が一言。

 

 

「いや、でもここテレビないやん」

 

「……」

 

「……私の家いこっか」

 

決戦会場は、多恵の家となった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

かくして、決戦の火蓋は切って落とされた。

 

 

 

 

 

「ウホー!!ウホウホウホ!!!」

 

「キィーーーー!!!ちょっと洋榎!!!その脳筋ゴリラ使い続けるのやめなさい!!腹立つわね!!」

 

格闘ゲームは洋榎の脳筋ゴリラが無双し。

 

 

 

 

 

 

「なんかぶっとびカード使ったらゴール着いたわ!ラッキー!」

 

「そんなんダブリー、一発ツモよりありえないわよなにしてくれてんの?!」

 

すごろくゲームではセーラが豪運を発揮し。

 

 

 

 

 

 

 

 

「ちょっと多恵あんたどこにいんのよ!姿見せなさいよ卑怯者!!」

 

「ヒャッハー!芋スナ最高!!!」

 

「やえ0キル8デスだけど大丈夫?」

 

FPSではやえが多恵に狩られ続けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

「はぁ……!はぁ……!」

 

時刻は夕方過ぎ。やえが持ってきたほとんどのゲームをやりつくした後には、やえはもうボロボロだった。

3人は思い思いに楽しんでいるが、やえはちっとも楽しくない。

なにせ勝てないのだから。

 

 

「なんで私は事前にゲームやってきたのに初見のはずのあんたらに勝てないのよ……!」

 

なんとしても勝ちたかったやえは実はこれらのゲームを一度プレイしていた。

 

 

「はー終わった終わった。たまにはええなーこういうのも」

 

「多恵~タイ焼きもうないんか~」

 

洋榎は満足そうに寝転がり、セーラも多恵の家にあったお菓子を貪り食ってまだ冷蔵庫の中を漁ろうとしていた。

 

コントローラーを手放し、やえが立ち上がる。

 

 

「ちょっと!こんなんで終わったと思わないでよ……!……明日はここで勝負よ!!」

 

「……フィールドワン……?」

 

やえが取り出したのはアミューズメント施設のチケット。

特にスポーツがたくさんできることで有名な施設だ。

 

 

「ゲームなんていうインドア遊びしてても仕方がないわ。運動よ運動!!運動神経ならあんたらにだって負けてないわ……!」

 

やえは体力にもそこそこ自信があった。学校が同じなわけではないので他の3人がどうかは知らないが、学校でも女子の中でやえはかなり運動ができる方。

そこにかければ勝機があると踏んだのだ。

 

 

「ほう……運動で勝負を挑んでくるなんて怖いもの知らずやなあ……やえ?」

 

「ぐっ……なによ!やってみなきゃわからないでしょ!」

 

確かに学校が一緒ではないのでわからないとは言ったが、セーラや洋榎などはいかにも運動ができそうである。

なにより足が速いのは、昔帰り道にかけっこした段階で確認済みだ。

 

しかしやえは引きさがるわけにはいかない。一番勝算のあったゲームで負けたのだ。今更背に腹はかえられない。

 

 

「いい?これで最後!このスポーツ大会を制した者が、私たちの中のナンバーワンだからね!」

 

やえは高らかに宣言する。それが自身の首を絞めているとも知らずに。

 

 

 

 

 

「どうでもいいけど誰も片付け手伝ってくれないの……?」

 

多恵の呟きは悲しいかな誰の耳にも届いていなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

翌日。

空は一面の青。気温もちょうどよく、まさに運動日和だ。

 

 

「さあ、やるわよ!今日で引導を渡してやるわ!」

 

昨日の敗戦はもう無かったことになっているかのような表情で、3人を指さすやえ。

 

運動しやすい軽装に身を包んだ4人が再び集まる。

 

 

 

 

 

 

今度は外での戦いが幕を開けた。

 

 

 

 

 

 

 

「左手は……添えるだけ……」

 

「あんた女子でしょ?!両手で撃ちなさいよ!!!」

 

バスケは文字通りセーラにボコボコにされ。

 

 

 

 

 

 

「……秘打!白鳥の湖……!」

 

「なんでそんなスイングでボールが打てるのよ!!」

 

バッティング対決は、到底理解不能な打ち方で軽やかに打ち返す洋榎に軍配が上がり。

 

 

 

 

「ディバイン……アロー!!」

 

「あんたのシュートどーなってんのよお?!」

 

サッカーは多恵のシュートによってゴールがひん曲がっていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

一通りの競技を終え、休憩室に来たメンバー。

 

 

「思い出した……私、サッカー選手になりたかったんだよね」

 

「ぜえ……ぜえ……何言ってんのあんた……」

 

キラキラとした目で語る多恵に、やえが息を切らしながらツッコミを入れる。

 

 

「運動で勝負を挑んだのは間違いやったなあ?やえ?」

 

やえが多恵から差し出されたスポーツドリンクを飲みつつベンチに腰掛けていると、ニヤニヤとセーラが話しかけてきた。

 

セーラはともかく、洋榎と多恵もこんなに運動神経がいいとは思わなかったやえ。

 

 

(どんだけハイスペックなのよこいつら……!)

 

 

 

「いやーええ汗かいたわあー。ビール持ってこんかーい!」

 

「私達未成年だから……」

 

洋榎もまだまだ元気。元気がありあまりすぎたのか、何故か多恵を肩車している。

 

そんな様子を見て、やえはまた一つため息をついた。

 

 

 

 

 

 

 

楽しい時間というのはあっという間で、気付けば夕方。

 

 

 

 

 

「おつかれさんさんさんころり~」

 

「いやーおもろかったなあ~!」

 

「たまにはこういうのもいいかもね」

 

夕暮れに見送られながら、4人の少女が帰路につく。

 

 

 

その中で、1番後ろを歩いていた少女が立ち止まった。

 

 

「……やえ?」

 

「……する」

 

やえの様子がおかしいことに気付いた多恵が後ろを振り返る。

続いて洋榎とセーラも振り返った。

 

 

「なんかゆーたかあー?やえー?」

 

俯きながらやえが言った言葉を聞き取れず、セーラと洋榎もやえの近くまで戻ってくる。

 

そうして揃った3人を前にして、やえは勢いよく顔を上げた。

 

 

 

 

「やっぱり!!!!麻雀やるって言ったの!!!!」

 

 

 

 

その言葉に、3人も顔を見合わせる。

 

1度2度まばたきをし……そして3人は同時に笑った。

 

セーラがやえと肩を組む。

 

 

「やっぱ麻雀やなー!1日1回も牌持たないなんて考えられんわ!」

 

「それは流石に病気だよセーラ……まだ教室あいてるかな?」

 

「とかいって多恵さっき皆を待ってる時ネット麻やってたやろ」

 

「ギクゥ……ネット麻は……その……呼吸だから?」

 

「生きることに必要なレベル?!」

 

 

ワイワイと少女たちはいつもの麻雀教室へと戻っていく。

 

 

かけがえのない仲間と出会えたのも、今の自分があるのも、そしてきっとこれからの自分を作っていくのも麻雀で。

 

やっぱり彼女たちにとって麻雀はそれだけ特別なもの。

 

 

 

 

笑顔で少女たちは歩んでいく。

 

その先は、果てしなく。途中で道は分かれるかもしれない。

 

それでも、目指すところは必ず同じだと信じて。

 

 

 




次回から本編です。お待たせしました。


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第45局 そして再び2人は出会う

どうやらまた日間ランキング15位くらいまで上がっていたようです。
いつも読んでくださり、ありがとうございます。

これからも引き続き応援よろしくお願いします。




 

『大会8日目を迎えました!ついに準決勝も第2試合!決勝の椅子は残り2つ……今日の戦いで2位までに入った高校が決勝戦へと進むことになります!』

 

 

インターハイ8日目。

降り注ぐ太陽の日差しがまぶしい。まさに真夏の気候。

雀士たちの熱い夏は、佳境を迎えている。

 

 

ついに準決勝第2試合の日がやってきた。

 

 

『昨日の準決勝第1試合で、白糸台高校と千里山高校が決勝へと駒を進めました。こちらは順当といったところですかね?』

 

『まー先鋒戦であれだけ点差開いちゃうと、後はキツいよねえ。中堅戦辺りから千里山が徐々に3着を離して、大将戦が始まる頃には3着とかなりの差だったからねえ』

 

準決勝第1試合は、白糸台の完勝。先鋒戦でつけたリードを、最後まで危なげなくリレー。千里山は中堅戦まで団子状態が続いた3校の中で、セーラの活躍で3着を突き放し、決勝進出を決めた。

 

 

今日の実況解説も、針生アナと三尋木プロの2人組。昨日の第一試合でもラジオの解説を務めていただけに、ここ数日この2人はずっと解説しっ放しだ。

 

 

『決勝で白糸台、千里山と戦うことになるのはどの高校か。三尋木プロ、今日の見どころはどこになるでしょう』

 

『わっかんねー!接戦になるんじゃねーかとも思うし、案外差が開くかも……ただまあ……』

 

今日も和服姿に扇子を持つ三尋木プロ。その扇子をパタリと閉めて、口に当てる。

 

 

『……先鋒戦は、目が離せない展開になることは、間違いないだろうねえ?』

 

『やはり注目は先鋒戦に集まりますね……!』

 

 

どんなメディアも、準決勝1番の見どころは、口をそろえて第2試合先鋒戦だと報じている。

 

それもそのはず。今日の準決勝先鋒で当たるのは。

 

 

『去年の個人戦決勝も記憶に残ってる人はたくさんいるのではないでしょうか。インターハイチャンピオンをあと一歩まで追い詰めた、言わずと知れた王者(キング)騎士(ナイト)……!』

 

『幼馴染というのもドラマチックだし、メディアは好きだよねえ……!今日朝から来たほとんどの人はこの戦い楽しみにしてるんじゃないの?知らんけど!』

 

 

晩成の王者と、姫松の騎士。去年の個人戦で宮永照をあと少しのところまで追い詰めたコンビが今日、激突する。

 

 

『まだ朝の早い時間帯だというのに、会場が超満員なのはそういった意味合いも強いかもしれませんね……!改めて、今日の出場校を紹介します!』

 

会場は超満員。団体戦は開始が早いというのにも関わらず、立ち見のチケットも完売だ。

 

そんな注目を集める今日の好カードは、出場校の紹介へと移る。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『1校目!晩成の孤独な王者が、ついに強力な仲間を得て、団体戦準決勝に初出場です!!』

 

 

 

「……いくわよ、あんたたち」

 

「「「「おおっ!!」」」」

 

 

小走やえを先頭に、王者晩成が歩みを進める。

去年までのような、やえだけに頼るチームではない。

 

凛々しく歩くその姿は、チーム全体を、王者と呼ぶに相応しい。

 

 

『晩成が勝ち上がったCブロックの2回戦は、まさに大波乱!シードの臨海女子と、春の大会でベスト4まで上がった永水女子を押しのけ、晩成高校がトップ通過!……もう去年までの孤独な王者はいません。中堅戦では1年生の新子憧が区間トップをとるなど、若い力も躍動しています!……後輩達にも支えられた晩成王国が、悲願の決勝進出を狙います……!』

 

『あれだけ個人戦で活躍していたのに団体戦ではいつも初戦で姿を消し、日の目を浴びることのなかった王者小走やえ。……その王者がこの舞台にどれだけの強い想いを持って臨んでいるか……言うまでもないだろうねえ』

 

 

大歓声が晩成を後押しする。Cブロック2回戦を見て、もう晩成をワンマンチームと揶揄する者はいなくなった。

狙うは全国制覇。主将であり柱であるやえを中心に、王者晩成が準決勝に挑む。

 

 

 

 

 

 

『2校目は、同じくCブロックの激戦を勝ち抜きました、清澄高校!!前評判は低めでしたが、インターミドルチャンピオンの原村和を副将に据え、バランスの取れた得点力でここまで進んできました!2回戦を見ても、その実力はまだ底が知れません!』

 

『副将のコが注目されがちだけど、それ以外のメンバーも粒揃いなんだよねえ……案外勢いに乗らせたら一番怖いチームかもねい」

 

 

 

「原村和だ!」

 

「インターミドルチャンピオン!なにか一言!」

 

 

久を先頭に会場へと向かう清澄メンバーに、記者が集まる。

2回戦開始時には、副将以外は評価が低く、準決勝進出は難しいだろうと言われていたとは思えないほどの人気ぶり。

 

 

主将の久は、夢にまで見たインターハイの舞台を実感していた。

 

 

「ついにここまで来たのね……」

 

「まだ途中……じゃろ」

 

まこの言葉に、久がうなずく。

あの日見た全国優勝の夢に、あと少しで手が届きそうなところまで来た。

ここで止まるわけにはいかない。

 

 

『大将戦では恐ろしいほどの和了りを重ねた、大将宮永咲にも注目したいですね!』

 

『先鋒のコも格上と思われる2人を相手に真っ向勝負してたからね……今日も相手は格上ぽいけど、さあ、暴れてくれるかな?』

 

 

 

 

 

 

 

 

『3校目!Dブロックは、2回戦としては異例の視聴率を誇りました!その死闘の中で、準決勝進出を見事勝ち取った、宮守女子高校!』

 

 

白望を先頭に、宮守女子が姿を現した。

2回戦では対局後に疲労で倒れてしまった塞も、元気にその姿を見せている。

 

 

「ダル……」

 

「先頭なんだから!シャキッとして!」

 

小声でダルそうにつぶやく白望を、塞が後ろから急かす。

 

 

『宮守女子が準決勝まで残ると予想してた人は、かなり少ないんじゃないかねい?でも、間違いなくマグレなんかじゃないよ』

 

『今大会1番のダークホースは、いったいどこまで行くのか!期待がかかります!』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『そして最後の4校目……!今年こそは全国制覇へ。常勝軍団が、最高のメンバーを揃えて、準決勝の舞台へやってきました。言わずと知れた関西の雄、姫松高校!』

 

 

会場の熱気が高まる。大本命の登場だ。

 

 

「風格あるな……」

 

「今年こそは優勝してくれ……!」

 

会場も姫松の登場ににわかにざわつき始める。

 

洋榎を先頭に、多恵、由子、漫と続き、1番後ろから冷静に殿を務めるのが、恭子だ。

 

 

「いやー今年は一段と盛り上がっとるな」

 

「レベル高いよね。今年は……」

 

準決勝自体は慣れている洋榎と多恵。しかし今年の空気は、例年と違う。2人はそう感じていた。

 

 

 

 

『昨年も白糸台高校の前に涙を飲んだ姫松高校。今年こそ優勝旗を関西へ。今日は善野前監督も応援に駆けつけています!史上最高の常勝軍団が、悲願の全国制覇に向けて、まずは決勝進出を狙います!』

 

『3年生が4人。姫松としては今年が1番の全国制覇のチャンスだと思ってるだろうねい。地元の期待も大きそうだ。……今日の4校の中では1番評価の高い姫松だけど、勝てる保証なんてない。インターハイってのはそういうもんだからねい』

 

『4校の紹介が終わりました!CMの後は、オーダー発表の後、先鋒戦開始です!』

 

 

準決勝第2試合。開始―――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

初めて会った時は、なんてつまらなそうに麻雀を打つんだろうと思った。

 

 

「あんた見ない顔ね。悪いけど、ここらの中じゃ、私が一番強いの。ニワカは相手になんないわよ」

 

「……はぁ」

 

 

 

 

 

 

 

伸びかけていた私の鼻は、この日真っ二つに折られた。

 

 

「なん………で……ッ……!」

 

「じゃあ、これで」

 

「ッ……!ちょっと待ちなさい!もう一回!もう一回よ!」

 

 

思えば私の運命は、ここから変わっていったのかもしれない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「偶然ね。こんなところで会うなんて……さあ、勝負よ!」

 

「えぇ……」

 

負けた。何度も。完膚なきまでに。

偶然では片づけられない、実力の差。

 

 

「もう1度……!もう1半荘よ!」

 

「いやもう帰る時間だし……」

 

それでも私は挑むことはやめなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……ぐ、偶然ね!私のこと、忘れたとは言わせないわ!」

 

「いや、忘れてはいないけど……」

 

雀荘という雀荘を周り、片っ端からしらみつぶしに探した。

探しては、麻雀を打った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ハァ……ハァ……!ぐ、ぐうぜんね……!こんなところにいたのね……!」

 

「いやもう夕方だけど……」

 

倒したかった。どうやっても越えられない壁。同級生の、ライバル。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「また負けた……なんで勝てないのよ……!」

 

もっと強くなりたかった。だから、彼女のあの提案には驚いた。

 

 

「……もしよかったら、私の行ってる麻雀教室、来る?」

 

「え……?」

 

わざわざ私探すのも大変だろうし、と言ってはにかんだ彼女の姿は、今も脳裏に焼き付いている。

 

 

 

これが、私と。

 

多恵の出会いだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

目を開ける。

 

 

スポットライトに照らされた、最高の舞台で私は友を待っている。

 

階段から昇ってくるのは、幼い頃からいつも一緒にいた親友の顔。

 

銀髪をなびかせて、彼女は私の前に立つ。

 

 

 

「……偶然ね。こんなところで会うなんて。いえ……必然かしら」

 

環境は変わった。高校も違う進路を選んだ。

 

それでも、麻雀を一緒に打てば、いつもあの頃に戻れるような気がして。

 

 

「……いっつも私のこと探して大体遅くに来てたけどさ」

 

最愛の友の口ぶりは、少しだけ嫌味っぽく。

 

 

「それにしたって、3年は待たせすぎじゃない?」

 

「……ちょっとだけ道に迷ったのよ」

 

長い道のりだった。たどり着けないかと思った。

でも今、私はここにいる。

 

そんな私の表情を見て、彼女が言う。

 

 

「ふうん……じゃあ、連れてきてもらったんだ」

 

「……ええ。それはそれは力強く」

 

 

感情が昂る。抑えられない。いつも夢に見ていた。彼女と、団体戦の先鋒戦で戦う日を。

お互いの高校(チーム)を背負った、精神とプライドとぶつかり合いを。

 

 

「この日のために、あんたの対策は死ぬほどしてきたのよ。悪いけど……今日だけは勝たせてもらうわ」

 

「ふうん……そんな程度で私を倒せると思ってるんだ?……確かに晩成は強くなった。今年は一味違うのかもしれない。でも相手は姫松(わたしたち)だよ。悪いけど……」

 

 

 

多恵はあの時と同じ、無邪気な笑顔で言ってのけた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ニワカは相手にならんよ?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――あぁ、きっと私はこの日のために3年間晩成で麻雀を打ったんだ。

 

 

 

「……ッ!!上等……!!!」

 

 

 

 

また今日も2人で遊ぼう。

 

いつもとは少し違う、もう一度のない、最高の舞台で。

 

 



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第46局 東風の神

初めて会った時は、なんて騒がしい女の子なんだろうと思った。

 

 

「ちょっと待ちなさい!もう一回!もう一回よ!」

 

 

 

 

 

何度も何度も。負ける度に悔しそうに歯噛みして、それでも彼女は、自分の居場所をしらみつぶしに探して、ひたすらに挑戦を繰り返した。

 

 

「ぐ、偶然ね。こんなところにいたのね……」

 

何度負けても挑んでくるその姿勢。

負けても、運が悪いとか、相手がズルいとか、そんな弱音は一度も吐かずに彼女は向かってきた。

 

そんな彼女と卓を囲む内に、「麻雀しかない」と、無感情に麻雀と向き合っていた自分の心が、少しずつ溶けていくような気がして。

 

 

「……もしよかったら、私の行ってる麻雀教室、来る?」

 

気が付けば誘っていた。

 

最初は麻雀が好きな子なんだな、としか思っていなかった。

 

けど、その認識はどこかずれていたのを、後に多恵は知った。

 

 

この子は、

 

小走やえという女の子は、ただひたすらに負けず嫌いだったんだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

準決勝からの特設ステージ。

大きな部屋の真ん中。少し高く作られた場所に純白の自動卓がポツンと1つ置かれている。

 

 

(すぐに対戦するだろうと思っていた高校団体戦でのやえとの試合。まさか3年で初めて対戦するなんてね。……そしておそらく、この大会が最後)

 

やえの瞳を真っすぐに捉える。

 

ここで対局できるのは素直に嬉しい。だが、2人とも、高校(チーム)を背負っている。

勝ちを譲る気は、無い。そしてそれでこそ、楽しめる。

 

 

 

 

 

 

 

「はあ……ダル……」

 

そんな中を、ゆっくりと階段を上がってきたのは、宮守女子の小瀬川白望。

2回戦で既に多恵の実力を実感していて、なおかつやえの対戦している所も見ていた白望としては、思わず口癖の「ダル」がでてしまうのも仕方がないだろう。

 

 

「小瀬川さん。今日もよろしくね」

 

「あんたには……よろしくされたくないかな……」

 

「そ、そんな……」

 

多恵の挨拶を華麗にスルーし、さっと卓に着く白望。

多恵が固まっているのを見て、やえがクスクスと笑っていた。

 

 

 

 

「3年生方、よろしくだじぇ」

 

「あら、2回戦とはビジュアルが違うじゃない」

 

最後に姿を現したのは、清澄高校の1年生、片岡優希だ。

唯一の1年生だが、他3人も、もちろん優希のことを侮ってなどいない。

むしろ、最初は1番の警戒対象だろう。

 

優希は今日は髪型を低めのツインテールにして、背中にはマントがたなびいている。

その髪型はどこか、新道寺の先鋒と似ていて、多恵は小さく笑みを浮かべた。

 

 

「強敵との戦い方を、先輩から学んだんだじぇ。そして今日はタコス運も悪くない」

 

「タコス運……?」

 

どや顔で卓につく優希。タコスに運が絡むとは初めて聞いたやえは、困惑の表情だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「始めようか」

 

多恵の一言で、全員が場決めの牌を引く。

この場決めは親決めではなく、単純に席を決めるために、風牌を引く。

だから「東」を引いたからといって起家になる、というわけではない。

 

やえが前に出て、最初の1枚を引きに行く。

 

 

「言っとくけど。私ここで東引いて負けたことないから」

 

その言葉に一瞬、緊張が走る。

この場には東風の神、片岡優希がいるのにも関わらず、自ら東を引くと言ったやえ。

優希は場決めでも東を引く確率がかなり高い。

 

それはやえも知っているはずだ。

 

確率は4分の1。単純な話なら、だが。

 

 

 

そうしてやえは引いた牌を、自らの顔の前に掲げる。

 

 

その牌は、「東」だった。

 

 

少し優希の顔が引き攣る。

しかし多恵は動じない。

 

 

「じゃあ今日で、そのジンクスは終わりだね」

 

「……やれるものならやってみなさい、多恵」

 

それぞれの席につく。

部屋の中心である自動卓の箇所以外のライトが全て消えた。

 

スポットライトが少しまぶしい。

 

 

「「「「よろしくお願いします」」」」

 

先鋒戦が始まった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『さあ、皆さんお待ちかねの先鋒戦がついに始まりました!この対局、やはり想定されるのは、晩成の小走やえ選手と、姫松の倉橋多恵選手の叩きあいでしょうか?』

 

『いやあ……そうとも限らねえんじゃねえの?ホラ、また清澄の1年生が起家だよ。配牌見てみな』

 

 

準決勝第二試合、先鋒戦が始まった。

場所はやえが東の席を勝ち取ったものの、親決めのサイコロ2度振りで、やはり起家は優希になる。

 

 

(この清澄の1年生。東場の得点力が異常だ。やえもだけど、まずはこの子を要注意だな)

 

多恵も2回戦の映像は見ている。東場ではやえと対等にやりあっていたのだから警戒は必須だろう。

 

 

 

東1局 親 優希

 

優希 配牌 ドラ{3}

{12345678三三四赤五五} ツモ{六}

 

 

「リーチだじぇ!」

 

 

開幕一閃。

まずは挨拶代わりとばかりに優希から放たれた{五}は、迷わず横を向いた。

 

 

(強烈……!)

 

(こいつ……また東場で暴れる気か)

 

(ダルいのが多いなあ……)

 

はぁ、と深いため息をつくのは、南家の小瀬川。

2回戦でもやったなあこれ、と思いながら切るのは、危なそうな{六}。入り目だ。

 

いきなりの危険牌に、優希の表情も若干曇る。

 

 

「チー」

 

西家の多恵が鳴く。

親のダブリー相手に手牌を短くするのは愚行だし、この場合はデジタルに打つなら絶対に鳴かないほうがいい。

一発消しは、安全牌の余裕があるときに行うもの。しかし多恵はここは鳴きとした。

 

デジタルではない。この世界に来て培った感覚が、多恵の中で警鐘を鳴らしている。

 

 

「……あんたがダブリー相手に一発消しするの、初めて見たわ」

 

片目を開いて、やえが西家の多恵を見る。長年一緒に打ってきた仲。何度もセーラのダブリーに落ち着いて対処する多恵を見てきた。だからこそ、意外に思う。

 

 

(それだけこの清澄の東場タコス娘が危険……ってことね)

 

やえは{六}を合わせる。

現物だ。

 

次巡。

 

 

「ツモ!まずは6000オールだじぇ!!」

 

優希 手牌

{12345678三三四赤五六} ツモ{6}

 

 

 

『清澄高校片岡優希!まずは先制パンチの6000オールです!!2回戦もそうでしたが、東場の彼女はイキイキとしていますね』

 

『東場での個人戦最高得点保持者……東風の神、片岡優希。さあ、その力がどこまで全国トップクラスの王者と騎士に通用するのか……』

 

とても面白いものを見るように、咏が扇子を口に当てた。

 

 

 

東1局1本場 1巡目 ドラ{4}

 

多恵 手牌

{③④⑤⑦2345七七七東北} ツモ{6}

 

(……)

 

 

好配牌。優希が今回はダブリーではなかった。

多恵は東場に神速を見せる優希を見やる。

 

多恵は試合前に、優希のデータを眺めていた恭子が助言してきたことを思い出していた。

 

 

『清澄の片岡ですが……この娘。ダブリーができる時に、形の変化を待つということを一度もしていません。ダブリーを打ってこなかったら、聴牌はしていないと見て大丈夫そうです』

 

 

(恭子のデータを信じるなら、片岡さんはまだテンパってはない)

 

だとすれば、この手牌なら十分対抗できる。

思考は一瞬。

多恵は手牌から{東}を切り出した。

 

 

「ポンだじぇ!」

 

その{東}に飛びついたのは、優希。

 

 

(字牌の切り順。セオリーならダブ東切りだけど、もしかしたら、今の状況なら北からの方がよかったのか……?)

 

基本的に、自身が面前で早そうな手なら、役牌を自身で重ねるメリットが少ないので、先に切ってしまった方が良い。

逆に、手牌が重そうなら、自身で重ねるメリットも大きい上に、相手に手牌を進めさせないために持つほうが良い。

 

たかが1巡の差とあなどるなかれ。麻雀という競技は、1牌の後先が、命運を分ける。

 

 

次巡、多恵が持ってきた牌は、{2}だった。

多恵は{北}を打つ。

 

 

「ツモだじぇ!2000は2100オール!」

 

優希 手牌

{⑦⑧⑨34二三四八八} {東横東東} ツモ{5}

 

 

『2連続和了!!強者を相手にしても、全く怖気づいていません片岡優希!』

 

『良い和了りだったねい。さて、鳴きが入っていない本来のツモを知っている姫松の騎士が何を思うか。今後の展開に影響するかもだよ?知らんけど!』

 

 

多恵の手元に来た{2}は、本来は優希のツモ。

多恵が東を切っていなかったら、{2}は優希の手牌に入って聴牌。

 

 

(字牌の切り順は間違ってなかった。そしてきっと、どちらにせよ止められてない)

 

積み棒を取り出す優希を見ながら、東場での強さに改めて驚く多恵。わかってはいたが、もう一度、気を引き締めなおした。

 

優希の深紅のマントがたなびく。

 

 

「ここに山を築く」

 

2本目の積み棒を自身の右側に置きながら、優希が口を開いた。

 

その目は、微塵もハッタリをかましているようには見えない。

紡がれる言葉に、やえはまたか、と優希をにらみつける。

 

それでも優希はひるまない。

 

 

「今度こそ、誰にも賽は振らせない……!!!」

 

 

東風の神が、王者と騎士に牙を剥く。

 

多恵とやえが静かに目を合わせる。

どうやら簡単に、2人で楽しませてはくれなさそうだ。

 

 

 



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第47局 マヨヒガ

高校として初のインターハイ準決勝の舞台に来た宮守女子。

 

 

しかし、2回戦を終えて、監督の熊倉トシは、無策では次の準決勝では勝てないことを確信していた。

この子たちが弱いとは思わないが、相手が悪すぎる。下手をすれば中堅あたりまでで勝負が決まりかねない。

 

なので2回戦が終わってから準決勝までの1日を使って、熊倉監督が選んだ選択は、対戦相手の研究よりも、チームのレベルアップだった。

 

中でも、おそらく1番過酷な戦いになるであろう、先鋒戦。

超高校級の2人に加えて、おそらく今大会の1年生の中では1、2を争う素材を持つルーキーが相手だ。

 

シロの強化は、必須事項だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「シロ……!」

 

宮守女子高校控室。

先鋒戦は今まさに優希が2100オールを和了ってリードを伸ばした所。

エイスリンが心配そうに画面を眺めている。

 

ここまでは完全に優希のペースだ。白望は一度ツモずらしのアシストをしたのみ。表情はいつもと変わらないが、流石の白望もどこか緊張しているように見える。

 

宮守女子からすれば、十分インターハイ自体が緊張する舞台なのだが、準決勝までくると会場が変わり、雰囲気がもう1段階変わる。

放送するテレビ局は増え、記者の数も増える。

 

そんな中で自分の最大のパフォーマンスをしなければならないのだから、緊張するなという方が難しいだろう。

 

白望と昔からの仲である塞と胡桃が、ソファに座ってモニターを見つめる。

 

見守りながら、ハラハラとする塞とは対照的に、胡桃はいつもの表情で、白望の様子を見ていた。

 

 

「大丈夫。シロ珍しく、気合入ってたから」

 

「え、そんな風には見えなかったけど……」

 

白望は基本無表情だ。麻雀はしっかりと打つのだが、ことあるごとにダルいと言い、無気力。

 

 

そんな白望が今日は気合が入っていると、胡桃は言う。

別段なにも変わらないと思っていた故に、どこにそんな根拠があるのかと疑う塞。

 

 

「昨日、麻雀打ち終わった後、言ってたの!」

 

昨日も体調に影響が出ない程度に、調整のための麻雀を打った宮守メンバー。

 

その最後の卓。いつものように椅子に座ったまま背もたれにへばりついて動かなくなった白望を胡桃が動かそうとしたとき。

 

胡桃も、先鋒戦が厳しくなることはわかっていたために、胡桃が白望に聞いたのだ。「頑張れそう?」と。

 

 

返ってきた言葉はいつも通りの「ダルい」だったけれど。

少し違ったのは、その後。

 

 

 

『ダルい……けど……どこまで今の私がやれるのか』

 

 

――――少しだけ、楽しみだわ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ツモ……!500は700オールだじぇ……!」

 

 

先鋒戦は東1局2本場。

この局も、早めにしかけを入れた優希が制した。

 

白望はまた少し顔をしかめる。

 

(やっぱメンドいな、この子)

 

打点は低くなってきているが、俄然早い。

 

打点を消してでも速度に比重を置いている理由はなんとなく白望も感づいていた。

 

 

優希がまた積み棒を増やすことに成功。

だが全く油断はできない。

 

今しがた伏せられた、強烈な気配を放つ多恵とやえの手牌に優希が視線をやった。

 

(こいつら……東場の私についてきてる……これ以上速度を落とすと……()られる……)

 

 

 

 

多恵 手牌

{⑧⑧22234567二三四}

 

やえ 手牌

{④赤⑤⑥三四四五五45677}

 

 

 

 

 

東1局3本場 親 優希

 

 

4巡目 優希 手牌 ドラ{⑥}

{⑥⑦⑧⑨23456赤五七九九} ツモ{八}

 

(嬉しくないほうだじぇ……けど、準決勝からは速度優先って部長からの言いつけがあるじょ。ここは手堅く……!)

 

優希が選んだのは{赤五}だった。もちろん赤を使い切るために{九}あたりを切るのも悪くはないのだが、どうしてもロスが存在する。

更に、部長の久から、速度優先と言われていることもある。ここは受け入れ枚数を最大にとる{赤五}切りとした。

 

その牌に、少し止まったのは白望。

 

 

「……ちょいタンマ……お願いします……」

 

いつものちょいタンマに、お願いしますがついたのはだいたい2回戦の多恵のせいなのであるが。

 

 

(今日は早いね、ちょいタンマが)

 

2回戦でも、白望はこの小考を頻繁に使っていた。

 

小考するということは、あまり良いことではない。今回のように、鳴くか鳴かないかの小考も、相手に鳴ける牌があることを教えてしまうからだ。

 

鳴くか鳴かないかは事前に考えておくべきだし、手牌についても、なるべくなら早めに切ったほうが、余計な情報は与えないで済む。

といっても、今回の場合は赤が出てきたケースで、赤なら鳴くという選択肢も出てくるので先に決めておけというのも、なかなか酷な話なのではあるが。

 

 

「迷ったけど、チーで」

 

そういって白望がさらしたのは、{六七}。

 

 

白望 手牌 

{⑥⑦一一二三五九白白} {横赤五六七} 

 

 

『できメンツから鳴きましたね……これはどう見ますか?三尋木プロ』

 

『いやあー普通なら間違いなく悪手だけど、そういった定石の物差しじゃあ、測れないよね。特にこの卓は』

 

完成している面子から、鳴きを入れる。特殊な状況下や、役が絡むとありえなくはないのだが、この場面は可能性のあった一気通貫などの役も殺すことになるため、褒められた打牌とは言えないだろう。

 

しかし、そうして白望が切った牌に、波紋のような気配が出る。

 

その気配に気付いたやえが、小さく嘆息する。

 

 

(……マヨヒガ……ね)

 

小瀬川白望の特性。2回戦のビデオを見て、やえは白望に対しての対策も考えてきてはいた。しかし、想定よりも、ゾーンに入るのが早い。

 

(どいつもこいつも……簡単には、多恵との一騎打ちにはならなさそうね)

 

 

 

 

優希 手牌

{⑥⑦⑧⑨234赤56七八九九} ツモ{1}

 

(聴牌……一瞬迷ったけど)

 

手牌から、優希は{⑨}を取り出す。

 

 

「リーチ……!」

 

(ここはダマじゃ済まさない)

 

優希が牌を曲げる。

 

少し悩んだが、ここはリーチ効率がもっとも高い翻数。もちろん他家は気になる。それでもここはリーチが吉と優希は考えた。

 

リーチを受けて、白望が山牌に手を伸ばす。

 

伸ばした手から、小さな波紋が広がる。

 

 

白望 手牌

{⑥⑦一一二三五九白白} {横赤五六七} ツモ{九}

 

「……」

 

白望がまた小考に入る。

親のリーチを受けたのだから、ここは素直に{五}を切るのが、白を鳴いて聴牌も取れるので、正着に見える。

 

 

「変だけど……これで」

 

白望が選んだのは、親のスジである、{⑦}だった。

 

 

「チー」

 

これに間髪入れずに鳴きを入れたのは、下家の多恵だ。

先ほどは一発を消すために鳴いたが、今回はそうではない。

 

 

多恵 手牌

{③④赤⑤赤⑤⑤二二二三四} {横⑦⑥⑧}

 

 

(これで、追い付いた)

 

強い牌を切ってきたことで、優希も追い付かれたことを確信する。

さらに、優希の上家であるやえも、一発目に手から危険牌の{⑧}を切ってきた。

 

やえ 手牌

{⑨⑨⑨789五五東東東発発} 

 

(宣言牌には間に合わなかったけど……私と多恵がそのリーチ、タダでは帰さないわよ)

 

威圧的な視線を、優希に向けるやえ。

リーチを打った優希は、もうそのリーチ棒を戻すことができない。

 

 

(こいつら……攻めてきてる……!1度鳴けないだけで、こうも苦しくなるのか……!)

 

優希が持ってきた牌をツモ切る。

幸い、ロンの声はかからなかった。

 

 

そして白望がまた、持ってきた牌を見て左手を顔の付近に当てた。

白望は悩むとき必ずこの仕草をする。

 

 

「……じゃあ……これで」

 

白望が切ったのは、ドラの{⑥}。

また、白望の捨て牌から、波紋が出る。

その波紋は、しだいに、大きく、やわらかくなっていく。

 

 

 

 

 

『宮守女子高校、小瀬川選手。リーチの親にも通ってないですし、他2人も攻めてきていることを考えれば、このドラは無謀すぎませんか?』

 

『まー正直常人には信じられん打牌だねい。けど、この卓を制するには、そういった「理」じゃダメなのかもねい』

 

ケラケラと笑い飛ばすのは咏。

3人聴牌のまま、数巡が過ぎる。今回は多恵の待ちは4面張だが、枚数の少ない4面待ちなので、即決着というわけにはいかない。

 

卓全体が、深い霧の中に覆われる。

 

 

 

『迷い家、って知ってる?』

 

『……なんかの伝説でしたっけ』

 

また始まった、と言わんばかりに、針生アナが少し頭を抱える。

咏の語りは唐突に訪れて、いつも何を言っているかわからないので、対処が大変だった。

咏もそれをわかっていてやっているのが質が悪い。

 

 

『そうそう。森の奥深くにあるとされている幻の屋敷。金品を1つ自由に持ち出していいって言うもんだから、たくさんの人がその屋敷を目指して森を歩いたらしいんだよねい』

 

『はあ……』

 

やはりわけがわからない。

しかし、例によって例のごとく、的外れな話をしているわけではないという信頼があるので、針生アナは咏に先を促した。

 

 

『ケド、迷い家を目指した者たちは、誰1人としてその屋敷にはたどり着けなかった。たどりつけたのは、迷って、迷って、たくさん迷ってしまった旅人ただ1人』

 

『迷う……ですか』

 

咏がうなずく。

迷うことで、誰もたどり着けない境地にたどり着く。

 

 

 

 

『黒き門の中、庭一面に紅白の花咲き乱れる』

 

遠野物語。その屋敷に辿りつき、成功した者の名は。

 

 

 

 

 

「ツモ」

 

 

12巡目 白望 手牌

{一二三四五九九白白白} {横赤五六七} ツモ{六}

 

 

「……2300、4300」

 

 

 

 

 

 

『彼女もまた、常識の外にいる打ち手ってことだねい』

 

会場から歓声が上がる。

ここまでの対局内容は、予想を大きく裏切るものだったが故に、観客の盛り上がりも加速した。

 

 

 

 

『長い連荘を止めたのは、宮守女子、小瀬川白望選手!ここまで、去年の個人戦決勝卓にいた2人が和了れていません!』

 

『王者の宣言牌殺しもかわして、全員の当たり牌止めて和了りきった……今日のこのコ、かなり調子良さそうじゃねーの?知らんけど』

 

 

 

 

 

 

東2局 親 白望

 

 

(ぐっ……実力で親を流された……!でもまだ東場は東場。戦える……!)

 

手放したくなかった親番を落とされた優希。

しかしまだその手牌は落ちていない。

 

 

3巡目 手牌 ドラ{八}

{①②③④赤⑤⑥⑦⑧三四四西西} ツモ{⑨}

 

 

(来たっ!ダマで満貫確定。ここは確実に和了りに行く……!)

 

3巡目でダマ満貫聴牌。

部長にも速度が重要と言われている以上、ここはダマで確実に和了りに行く。

 

優希に少しだけ焦りがあったのかもしれない。

 

手牌からそっと{四}を切る。

 

しかし。

 

 

「ロン」

 

優希は頭を無理やり卓に叩き伏せられるかのような感覚に襲われる。

牌を曲げようが曲げなかろうが、王者には関係がなかった。

 

 

やえ 手牌

{234678三三四五五八八} ロン{四}

 

 

「8000」

 

 

卓の絶対的王者が、自由な麻雀は打たせてくれない。

 

 

(……忘れてたわけではないけど……まだ3巡目だじょ……!)

 

 

2回戦での苦い記憶が甦る。

東場であっても、簡単には和了らせてくれない。分かっていたことだが、改めて実感する。

 

 

 

東3局 親 多恵

 

「ポンだじぇ!!」

 

それでも優希は折れない。折れるわけにはいかない。

 

この局も優希が動き出した。

2巡目で仕掛けを入れる。

 

 

2巡目 優希 手牌 ドラ{9}

{⑥⑦⑧⑨345678} {白白横白}

 

速度優先。まさにそれを体現するかのような手牌。

打点はかなり厳しいが、やえよりも早く聴牌し、聴牌打牌が複数選択できるようにすることで、今回はやえの宣言牌縛りから逃れることに成功した。

 

しかし今度は、別方向からの刺客。

 

 

「リーチ」

 

(今度はこっちか……!)

 

静かに、流れるような動作で牌を横に曲げたのは、優希から見て対面に座る、多恵だった。

 

やえは静かに現物を合わせる。

 

優希のツモ番。

 

 

優希 手牌 ドラ{9}

{⑥⑦⑧⑨345678} {白白横白} ツモ{9}

 

(うっ……どれだ……?どれなら通る……?)

 

 

優希はこのツモで、聴牌を継続する打牌が、5種類あることになった。

{⑥⑨369}のいずれかで、打牌として、{⑥6}はあり得ない。ダブル無スジだ。

実質優希の打牌の選択肢は{⑨39}のいずれか。

 

待ちとして優秀な3面張を選ぶなら打{⑨}。

 

 

(こんなところで、弱気にはなれないじぇ……!)

 

優希が選んだのは、{⑨}だった。

多くの人がその選択をするだろう。

 

しかしこの場では、この場だけの正解は「オリ」だった。

 

 

 

 

「ロン」

 

 

瞬間。()()の輝く剣が、優希の身体を貫いた。

 

 

多恵 手牌 ドラ{9} 裏ドラ{⑧}

{⑦⑧⑨⑨⑨33345678}  ロン{⑨}

 

 

「7700」

 

 

(何を切っても当たるのか……!!!)

 

 

正確に放たれた剣が、優希の四肢を貫いた。

聴牌を継続するために切れる候補があると優希は思ったが、実はそんなものは存在していなかった。

どれを切っても、正確無比な剣によって切り裂かれる。

 

一歩前に出れば、確実に切られるような感覚は、優希が2回戦で戦った侍と、少し似ていた。

 

 

 

点棒のやりとりが終わり、優希は深く息をつく。

今でこんな状態なのだ。

 

東場が終われば、もっと厳しくなることは間違いない。

 

なら、なおのこと、ここで折れるわけにはいかない。いかに相手が強大だろうとも。

 

優希には、ここにいる3人の3年生が、とても大きな壁となってのしかかってくるような重圧を感じていた。

 

 

 

(バケモノどもめ……!)

 

負けられない。優希はもう一度、気合を入れなおした。

 

 



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第48局 確信

インターハイ準決勝第二試合先鋒戦。

まだこの先鋒戦には東の風が吹き荒れていた。

 

 

東3局 1本場 親 多恵

 

 

「ツモ!!」

 

 

気合の入った、甲高い声が響く。

 

 

優希 手牌 ドラ{⑧}

{②③④⑧⑧⑧4445688} ツモ{7}

 

 

「メンタンツモドラ3……!3100、6100だじぇ!!」

 

まだ東3局。東の風が吹いている内は、優希の力は激しさを失わない。

この局も、何度も聴牌を外し、やえの支配を振り切って和了りをモノにした。

優希は点棒を点箱に収めると、対面に座る、多恵の様子をチラリと伺う。

 

 

(2回戦であのトンデモ眼鏡侍と打ったのが、活きてる……。この姫松のロボット騎士も強いけど、あの侍ほどじゃないじょ……!)

 

ロボット騎士とは、多恵のことである。対局中の映像を優希が見ていて、あまりにも無感情に麻雀を打つので、そう名をつけた。

 

この和了りでまた、優希だけが原点以上の点数を持っていることとなる。

 

 

 

 

 

 

 

 

点数状況

 

清澄  117700

宮守   98000

姫松   90500

晩成   93800

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『東4局に入りますが、未だ片岡選手の勢いが止まりません!誰がこの展開を予想できたでしょう!』

 

『いやー意外と2回戦を見てた人達からしたら、そんなに意外でもねえんじゃねえの?ま、このまま南場も同じようにいくとは思えないけどねい』

 

 

晩成と姫松の殴り合いになるだろうと想定されていた先鋒戦。

しかしここまでは宮守と清澄を、晩成と姫松が追う展開が続いている。思わぬ展開に、にわかにざわつき始める観客たち。

まさかこのままいくのか、と誰かが言えば、いやいや、このまま終わるはずがない、と誰かが言う。

 

予想を言い合う観客の言葉と気持ちが伝播し、会場全体が異常な雰囲気に包まれる。

 

その結果、先鋒戦の注目度はとどまることなく上がっていく。

 

 

 

 

 

東4局 親 やえ

 

 

サイコロを回すボタンを押しながら、やえは静かに下家に座る優希を見やった。

県予選の映像を見ていると楽し気に打つ姿が印象的だと思っていたが、今はその元気さはなりを潜め、かなり真剣な表情をしている。

 

その様子を確認して、やえはため息をついた。

 

 

(ウチの1年があれだけ打てるんだし、1年を侮ることはしてない。それにしても東場での速さと打点は、かなりのものね……1年後2年後が思いやられるわ)

 

少しだけ、後輩達の心配をするやえ。

言ってしまえば、とんでもないルーキーの登場なのだ。この先相手をすることになるであろう後輩たちのことを思うと、少し心が痛む。

それでも負けるとは思っていない辺り、やえの後輩への信頼も大きくなったのだが。

 

しかし、心配は心配である。だからこそ今やえができることは。

 

 

(その芽を摘んでおかないとね)

 

凶暴な瞳が優希を貫く。東場だからといって好きにさせる気は毛頭ない。

 

 

 

5巡目 優希 手牌 ドラ{二}

{赤⑤⑥⑦2477二三四七七八} ツモ{六}

 

 

(タンヤオ赤ドラの聴牌……だケド……この{七}は切れるのか……?)

 

5巡目での聴牌。ダマに取るかリーチを打つかは置いておくとしても、この聴牌は普段なら喜ぶべきところだ。

しかしこれを手放しに喜べないのが、この卓。

 

優希は恐る恐る上家に座るやえの手牌に視線をやった。

 

 

 

 

 

同巡 やえ 手牌

{⑨⑨⑨55一二三四赤五六八九} 

 

 

 

 

 

(切りなさいよ。余るんでしょ?{七}。叩き落してあげる)

 

 

やえの手牌を見て、優希は手にとりかけた{七}を自分の手牌の中に戻した。

 

 

({七}は切れない……)

 

優希が選んだ打牌は{4}。しぶしぶといった表情で打ったそれを、やえが不満げに見つめている。

 

そんな仕草と表情を訝し気に見るのは、優希の下家に座る白望だ。

重い手を持ち上げて、山に手を伸ばす。

 

 

同巡 白望 手牌

{②③④赤⑤⑥⑦⑧266三四五} ツモ{6}

 

聴牌だ。本来ならAコースが一気通貫が狙える{①⑨}のツモ。Bコースが{2}へのくっつきで両面にとれる{3}と、今持ってきた{②⑤⑧}の待ちに取れる{6}ツモ、といったところか。

 

タンヤオもついて3面待ち聴牌。普通ならリーチと行きたいところ。

しかし白望は、またも左手を頭に当てた。

 

 

「……ちょいタンマ…………あ、本当にちょいです……本当に」

 

 

白望は顔を伏せながらも、ちょいタンマと言った瞬間に下家から冷たい視線が送られてくるのを瞬時に察知したので、謝りを普段より2倍マシで伝えておいた。

 

ふう、と息をつき、状況を整理する。

 

 

(昨日の特訓が……効いてる)

 

白望の頭は、普段よりもずっとクリアに働いていた。それを誰よりも感じているのが、白望本人。

最高の状態で、最高の舞台を迎えられていると、自分でも思う。

 

 

(……前まで、こんなこと思うようになるな