ニワカは相手にならんよ(ガチ) (こーたろ)
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序章
第0局 誓い


ニワカ先輩の能力ってめちゃくちゃ強くないですか?


 

 

 

 

 

――――――――「ツモったああ!これでオーシャンズの夢は断たれました!今シーズンも優勝はアベニューズです!」

 

 

 大歓声は、どこか遠く。

 

 広々とした部屋の中央には、やたらと綺麗な麻雀卓が一つ鎮座している。

 

 4人で行う競技のプレイヤーとして座っていた1人の男は、ゲーム終了を意味するブザーが鳴ったあと、力なく背もたれに寄りかかった。

 

 

 (まただ。どうして大事なところで牌が応えてくれない。こんなにも人事は尽くしているのに……!)

 

 人事を尽くせば勝てるゲームでないことなど、とうの昔に知っている。そう頭で理解できていても、納得できない自分がいた。

 ぐっ、と握りこんだ拳は雀卓の上で微かに震えていて。

 

 最年少雀士として、麻雀のプロリーグに鳴り物入りして早3年、今年も優勝という栄冠をつかむことができなかった。

 

 

 

――――――――「いやあ最年少雀士倉橋も最後まで食らいつきましたが及ばず、アベニューズの三連覇となりました」

 

 

 

 アナウンス会場と音声がつながり、聞こえてきているはずの声がとても遠く感じる。

 自らの視線の先には卓と牌しかない。無情にも開かれた対面の手は完璧な手順で組まれていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その日の帰路、倉橋は虚ろな目でスマートフォンを眺めていた。

 

 

 

「倉橋は牌効率ばっか追ってるうちは勝てない」「ネット雀士なんてこんなもんだろ」「華がないんだよなあ。いまいち応援できないっていうか」「見ていて面白くない麻雀。勝たなくてホッとしたよ」

 

 

 (言いたい放題だな……。)

 

 

 元々は最年少ということもあって応援の声も多かったが、表情の少ない麻雀に次第にファンは減っていた。

 プロの世界で「魅せる」麻雀を打つ手練れの猛者たちを相手にしたとき、どうしても彼の打ち筋は魅力に欠けていたのかもしれない。

 実際のところそんなこともなかったのだが、彼に浴びせられる非難の数々は彼の精神を徐々に蝕んでいた。

 

 

(今年もまたダメだった。俺はプロとして麻雀を打つ資格がないのかもしれない。ネットの世界で平面的な麻雀が似合っていたのかもな……。)

 

 そんな状態であったからだろうか。

 

 彼はスマートフォン以外の視覚に意識が行っていなかった。

 

 

 

――スピードを出しすぎたトラックがガードレールを突き破って歩道に向かってきたときには時すでに遅かった。

 

 

 

「え……?」

 

 (俺はこんな夢半ばな状態で死ぬのか。せめて今日優勝していれば、こんな事故に巻き込まれることもなかったのかな……。)

 

 走馬灯のように流れていく記憶の中も、ほとんどが麻雀のことだった。

 

(あぁ……どうか来世は、牌に愛される雀士になれますように……。)

 

(――その願い、聞き届けよう)

 

 薄れゆく意識の中で、そんな声が聞こえた気がした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……ッ!?」

 

 目を覚ます。

 慌てて辺りを見渡すも、視界に入ってくるのは見知らぬ路地。

 どうやら自分はここで一人仰向けで倒れていたらしいと判断するまで数十秒を要した。

 

 

 

(おかしい。俺はトラックに轢かれて……死んだと思ったんだが……。)

 

 手にしていたカバンも、マフラーも無かった。

 スマートフォンすら見つからない始末だったが、ポケットに何か固い感触。

 

 取り出してみると、いつもお守り代わりに対局にも持ち込んでいた麻雀牌だけが残っていた。

 

(皮肉なもんだな……こいつとは切っても切り離せないってか……それよりも)

 

 それはさておき、まずは状況を確認しなければいけない。

 何せ自分は死んだと思っていたのだから。

 病院のベッドに横たわっているならまだしも、寒空の路地で倒れているなど洒落にならない。

 

 そう思って重い腰を上げようとしたそんな時。

 

 

「ったく……どうなってい……」

 

 つぶやきかけたとき、異変に気付いた。異常に声が高い。それに立ったというのに明らかに視点が低い。

 はた、と隣のビルの窓に映っていた自分の姿を見やる。

 

 映っているのは、小柄な少女。

 

 そう。少女だ。

 

 

 

 「はああああああああ?!?!」

 

 

 空にこだまするソプラノボイス。

 最年少プロ雀士倉橋は、女子小学生としてあらたな生を受けた。

 

 

 これは前世で夢半ばにして心を折られた青年が、新たな世界で頂点に挑もうとするお話。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 月日は流れて。

 

 

「リー即ヅモタンピン三色裏、4000、8000」

 

「だあああああああ!そんな運ゲーしてんじゃねえ!」

 

「へへへ毎度アリー、これで総まくりやな!」

 

 とある中学校の一室。「麻雀部」とかわいらしい字で書かれた張り紙を外に貼り付けただけの教室で、今日も麻雀が行われていた。

 

 

「セーラあのね?倍満ツモる確率って知ってる?一局あたり約0.9%だよ?」

 

「また始まったよ多恵の確率の話ー。いややわ~」

 

 セーラ、と呼ばれた短髪で男勝りな女子中学生、江口セーラは煩わしそうに頭をガシガシとやっている。

 

 

「まさにごっつあん。ごっつあん二着でごわす」

 

「口調ぶっ壊れてるし、キャラもぶっ壊れてるから洋榎やめて?」

 

 気だるそうにしながらもちゃっかり二着を確保して満足気に右手を左右に振るたれ目が特徴的な少女は名を愛宕洋榎といった。

 

 

「おかしい……明らかにおかしい……おr……私の知ってる麻雀ジャナイ」

 

 多恵と呼ばれた、銀髪を短くまとめているこの少女は倉橋多恵。かつて最年少雀士として世間を騒がせた張本人である。

 今は女子中学生であるが。

 

 名前は前世の名前を少しもじっただけだ。

 多恵はこうは言っているものの、もういつものことなので、そこまでショックは受けていない。

 

 

(なんだかんだこの状況にも慣れてきちまったなあ……)

 

 ぐーっと伸びをして、もう男だった頃の感覚なんか忘れてしまった己の姿を見る。

 

 多恵がこの世界に来てから、わかったことがいくつかある。

 まず、この世界は前の世界とは違う世界だということ。しかし、かなり酷似していることもあり、これは判断に時間がかかった。

 

 ではなにをもって彼女は違う世界か判断したのか。

 

 

(麻雀人口が多すぎる。ついでに前世で有名だった人たちの名前はないし、プロ雀士も知らない人ばっかりだ)

 

 前世で彼が愛した麻雀はここにはなく、頭を使うスポーツのような感覚でこの世界では受け入れられている。

 タバコと酒とギャンブルといったイメージは、この世界ではほとんど無い。

 

 甲子園と並行してインターハイが地上波で放送されるところからみても、その人気度はうかがえる。

 

 

(皮肉にも前世でみんなが目指していた理想郷ってわけだ……)

 

 しかしある意味この世界は多恵にとって好都合だった。

 

 

(俺がこの世界に生まれた理由……そんなもんはわからないけど、せっかくこれだけ麻雀が普及している世界に来れたんだ。この世界で、前世に取れなかった頂点を目指してやる)

 

 結局、前世で多恵はプロリーグでのリーグ優勝を果たすことはできなかった。思い出されるのは、最強と呼ばれる雀士達の、高い、高い壁。

 

 謎だらけな環境で信じられるのは自身が貫いてきた麻雀への誠意だけ。

 この世界で頂点に立てれば、未練がなくなる。そんな感覚が今の多恵を動かしていた。

 

 

「いや、凹んでるとこ悪いんだけどさ、親被ってラスったの私なんだけど……」

 

 苦い顔つきで、突っ伏した多恵の顔を覗き込んできたのは緑色の髪をサイドテールにまとめた女の子。

 小走やえというこの少女も、ここの麻雀部の一員だ。

 

 

「屈辱的すぎるわ……この私が3連続ラスだなんて……!多恵!あんたのせいよ!」

 

「ええ?!私今日全3着なんだけど?!」

 

 半分涙目になりながらやえは何故か多恵に八つ当たりしていた。

 

 

「これで最終収支も洋榎とウチのプラスやな!多恵帰りにガリガリ君奢りい!」

 

 

 セーラが上機嫌で荷物をまとめはじめる。

 

 

「なんか私が奢る回数増えたなぁ……」

 

 

 はあ、とため息をつく多恵。前世では最強雀士の一角であっただけに、女子中学生に敗北を喫するのは精神的につらい。

 麻雀は運の要素が強いゲームとはいえ、最初はほとんどが多恵の一人勝ちであったのに、彼女たちの成長は著しく、最近は負け越すことも増えてきた。

 

 それはこの少女たちが世代では無類の才覚を秘めていたからというのも大きな理由だったのだが。

 

 それでも一定の勝率はキープしているあたり、多恵も前世とは違う感覚を得ている。

 

 中学校の大会ではこの4人でほとんどのタイトルを総なめにし、教室の後方には数々のトロフィーが並んでいる。

 

 

 実はこの世界は前世とは違い、女性のほうが麻雀が強い。

 前世で多恵は強い女流雀士も数々見てきたが、どうしてもトップに立つのは男性のほうが圧倒的に多かった。

 男女差の少ない競技ではあったが、そもそも人口の割合としても男性のほうが多かったことが男性有利の大きな原因なのではあるが。

 

 しかし多恵がこの世界に来てテレビで活躍するプロ雀士のほとんどが女性。

 他のメンバーに聞いても女性のほうが強い人が多いとのこと。

 

 

(それならこの女で生まれたというのもむしろ好都合か……)

 

 

 最初は戸惑った多恵であったが今はもう違和感なく生活できている。

 一人称や口癖は麻雀中たまに素に戻っているが、日常はもうほとんどが女子中学生のそれだ。

 

 

「お疲れさんさんさんころり~」

 

 夕日が差し込む窓際で自動卓の1つに腰掛ける洋榎。手には雑巾が握られている。

 

 ふと、セーラが思いついたように全員の方へ振り返った。

 

「そーいや皆は進路どないするんやっけ?」

 

 進路。麻雀を愛する者にとって、高校選びは重要だ。

 甲子園と同レベルで扱われるのが麻雀のインターハイなのだから、高校選びが慎重になるのも当たり前の話だろう。

 

 

「別々の高校行って全国で会おうってそういう話だったわね」

 

 ひょんなことから小学校で出会ったこの四人は、同じ中学に入ろう!と意気投合したまではよかったが、中学校に入ってみるとあまりにも周りとのレベル差がついており、彼女たちと対等に打てる雀士は関西にはいなくなっていた。

 

 なので4人は別々の高校に入ることで、全国の舞台で本気の勝負をする。そう誓いを立てたのだ。

 

 

「ウチは千里山!そっちにも知り合いおるからなー洋榎には負けへんで?」

 

「ボコボコのボコのボコにしたるわ。ウチは姫松から特待きとるし、姫松いくで」

 

「ボコが1個多いんじゃボケえ」

 

 洋榎が手際良く洗牌をしながら、そういえば、とこちらを振り返った。

 

「多恵はどないするん?まだ聞いてへんよな?」

 

「あー、一応三箇牧にでも行こうかなとは思ってるよ」

 

 三箇牧高校。関西の全国常連校であり、毎年強いエースを育ててくることで有名な高校であった。

 多恵はインターハイで目立つことでプロになれると聞き、進学に対しては割とやる気である。

 

 

(まあ、どうせ前世の記憶がある俺からすれば高校受験なんてフリーパスみたいなもんだしな……)

 

 

「三箇牧かあ、多恵が三箇牧に行くとか、めちゃ強くなりそうやな……」

 

「まあせいぜい頑張りなさいよ。私は奈良の晩成高校行くからとりあえずインターハイは出場できそうね」

 

 やえも奈良の強豪、晩成高校から特待が決まっている。

 

 

「団体戦はともかく、個人戦なら全員が全国に行けるチャンスがあるっちゅうことや。必ず皆で全国で会おな!」

 

 おー、と4人の声が教室にこだまする。

 

 彼女たちの物語はここから始まるのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――これはネット雀士からトッププロへとのぼりつめた雀士と、全国を誓い合った4人の少女の軌跡――

 

 

 

 

 



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第1局 約束破り

そして迎えた春。

 

 

 

 

ここ姫松高校では早くも麻雀部の部室に大勢の新入生たちが集まっていた。

関西の名門、姫松高校。毎年団体戦では中堅にエースをおく伝統があり、確かな実績と監督の手腕もあって、強豪としての位置付けを確固たるものにしている高校である。

 

 

「ほっち、ほっち、ほっちっち~」

 

歌とも言い難い歌を口ずさみながら廊下を歩く生徒。

強豪姫松に特待生として迎え入れられたのがこの愛宕洋榎その人であった。

 

全国中学生麻雀大会、略して全中では区間での最多得点の新記録や、地区大会から通算で120局連続無放銃という恐ろしい記録を打ち立てている。

 

なお、このことについてチームメイトの多恵からは「打つべき牌は打ちなよ!!こんな北なんか放銃率2%以下だよ?!しっかり和了って、しっかり放銃!この格言を知らんのかい!!」とおしかりを受けている。

 

なんじゃそら、と。多恵の前世にあったとあるプロチームの格言など洋榎が知る由もなく。

 

 

「見てみて、あれが全中記録保持者の愛宕洋榎よ……」

 

「ほんまや、きっともうレギュラー確定やろし、ウチらついてないなあ……」

 

ヒソヒソと洋榎が通った後ろからは同級生である生徒達から噂話されまくっていた。

確かに、団体戦のメンバー入りを目指す彼女たちからしたら、同期でこんな大物が入ってきてしまったことは、枠が1つ自動的になくなったも同然。ツいてないと思ってしまうのも仕方がない。

 

ヒソヒソと自分の噂をされていることはわかっている。が、そんなことを気にする洋榎でもなかった。

 

 

「ヒトの噂も365日!」

 

「75日なのよ~」

 

1年間噂されてもいいのかと突っ込みたくなる洋榎の発言に対して、隣を歩いていたおさげを左右につけた金髪の少女が突っ込む。

この少女の名前は真瀬由子。新入生の対局を見ていた洋榎がその実力を認め、対局後に声をかけた少女だった。

 

その由子とともに、今洋榎は1人の1年生を探しに来ていた。

 

 

「とりあえずウチ以外にもう一人、実力見るための対局で上級生相手にマルエーしたっちゅうヤツがおるらしいやん。知らん?」

 

「たしか2組だったのよ~。4局全部勝っちゃったらしいのよ~。1人秋の大会でレギュラーだった人もいたのに、よ~」

 

マルエーとは、麻雀において自分以外の3人を原点以下に抑えてのトップであり、ありていに言えば、全員を沈めての1人浮きである。

なかなか実力差があったとしてもやれることではなく、逆に実力が無かったらこれを実現するのは至難の業だ。そしてその相手が強豪校姫松高校の上級生ともなればなおさら。

 

 

「ほお~、なかなか骨がありそうやないけ。セーラ達ボコボコにせなあかんし、ウチの他にも強いメンツがいるのはええことやな」

 

洋榎が思い返すのは、中学校での誓い。

4人全員で全国で会おうという約束。もちろん洋榎は個人戦で全国には出るつもりであったが、それ以上に、インターハイの花形、団体戦でも全員と会いたい。

その想いが強くあった。

 

それだけに、強いチームメイト候補がいるなら大歓迎。

この時までは、そう思っていた。

 

 

「ここなのよ~」

 

「よっしゃここが2組やな??」

 

教室の前についた2人。時間帯は放課後なので、帰っている人もしばしば見受けられたが、それでも教室にはかなりの人数が残っている。この人数から件の1年生を見つけなければならない。

 

 

「そいで?その1年生名前はなんていうんや?」

 

「ええ~っと確か、倉橋多恵ちゃん……のはずやったかな?」

 

倉橋多恵……倉橋多恵ねえ……

 

 

「は?」

 

自分でもあまりに素っ頓狂な声を出したと洋榎は思った。

いや、まだわからない。そんなメジャーな苗字でも名前でもないが、ほんの少ないパーセンテージでまだヤツではない可能性が残っている。

 

 

「ああ、倉橋さんなら、あの教室の角で本を読んでるあの子ですよ」

 

由子が2組の女子生徒に倉橋多恵という女子生徒の所在を聞いていた。

確かに教室の一番奥、賢明に顔を隠しながら本を読むフリをしている女生徒がいた。

 

ズカズカズカと洋榎がその生徒に向かって歩く。

 

 

「……?」

 

サッと効果音が聞こえてきそうだった。顔を覗き込んだ洋榎に対して『麻雀講座!これで君も超デジタル麻雀!』という本を盾にして顔を必死に隠している。

 

 

「……子のリーチに対して、鳴いた良形満貫テンパイ、14巡目残りスジ4本の片スジ4,6押した時の局収支」

 

「な、なんの話なのよ~」

 

無表情の洋榎が突然わけのわからないことを言いだしたので、隣にいた由子が呆けている。

 

洋榎は自分でこの質問の答えをわかっているわけではない。

と、いうより今の条件もかなり適当だ。

 

問題はそこではないのだ。今の質問を、何も見ずに答えられる麻雀打ちなど、プロでも一握りだろう。

 

ましてや、この間まで中学生であった高校1年生の年代で、この質問に答えられる打ち手など、ほぼいない。

 

が、洋榎のよく知る親友であるならば、答えてしまってもおかしくない。

 

 

「900点」

 

間髪入れずに、少女から答えが返ってきた。

返ってきて、しまった。

 

 

「ほう?」

 

洋榎の表情に、青筋が浮かぶ。

多恵は自分の失態にようやく気付いた。

 

 

「ハッ!しまった!」

 

「なーーーーーーーにしとるんじゃわれえええええええええええええええ!!!!!」

 

「ぎにゃああああああ!!!」

 

どっせーーい!!という掛け声とともに少女の机はちゃぶ台返しならぬ教室机返しされた。「昭和の日本なのよ~」などという的外れな由子の声はどこか遠く、ものすごい剣幕で洋榎は多恵の胸倉を掴んだ。

 

 

「なんで多恵が姫松におるねん!!!誓いを忘れたんかジブンは!!!!」

 

「ち、違うんだ洋榎!これには深い……そう、4巡目字牌単騎リーチ2段目まであがれなかったらだいたい王牌説よりも深いワケがあるんよ……!」

 

「山の深さちゃうわ!そんな言い訳なんか聞きたないわ!!他の2人に会わせる面があらへんやろがい!!」

 

由子はやっと気付いた。この銀髪の少女、どこかで見たことがあると思っていたが、全中で洋榎と共に大暴れしたメンバーの1人、倉橋多恵である。

 

先ほどまで名前が同じだけの別人と思ってしまうあたり、由子もたいがいなのであるが。

 

確信できたのはさきほどの質問。

このようなデジタル知識はさることながら、それを組み込んだ柔軟な手組みは、コアなファンにも有名だ。自身が知識の豊かさから、デジタル打ちを自称しているが、傍からみたらとてもデジタルとは言い難いのも確かだが。

 

しかし、彼女はたしかネットの記事では三箇牧に進学が決まっているという旨の記事を見たことがある。

ではなぜその彼女が姫松にいるのか……。

 

 

そこからは多恵が語った。

 

簡単に言うと、多恵は高校受験をなめていた。

自身は前世でそこそこ頭の良い高校、更には有名大学の出であり、勉強については人よりもできる自信があった。

しかし、大学に入ったあとは麻雀に没頭。

幼い頃から大好きだった麻雀のプロになろうと思ったのはこの時。

そんなこんなでひたすら家でネット麻雀しかしなくなった多恵の頭の中には、デジタル思考こそ残っていても、学生時代の知識など微塵も残ってなどいなかった。

 

特待で入ればよかったものを、謎の強がりとプライドが邪魔をして、三箇牧の監督には

 

 

「大丈夫です。自分は勉強で入るんで、他の子に特待の枠をあげてください(キリッ)」

 

などとのたまい、そしてしっかりと落ちた。

あげく三箇牧1校しか受けてなかった多恵はこのままでは入る高校が無くなるという絶望的な状況に。

 

あわや中卒の肩書きまで見えた所で、姫松の監督である善野監督から直々に電話があり、今からでも入れるようにしてあげるという好条件で姫松への入学が決まった。という形であった。

 

 

 

全てを聞いた洋榎は呆れを通り越したような顔で天を見上げていた。

 

 

「わかったけどなあ……なんでそれをウチらに言わんねん。メールでもなんでも連絡してくれればよかったやないかい。第一、他の2人になんて言い訳するつもりやねん」

 

「あんな約束した手前……言いだしにくくて……」

 

はあ……と深いため息をつく洋榎。

 

 

「まあでも、心強い仲間が増えたのよ~、私は真瀬由子。よろしくなのよ~」

 

「由子か、よろしくね、私は倉橋多恵。洋榎の親友です」

 

「親友との約束たがえるなや」

 

まあええわ、と言いつつ洋榎が行儀悪く座っていた椅子を立つ。

 

 

「こうなった以上は絶対にウチらが全国優勝せなあかん。そのためにも、もう1人おるらしいねん。1年生でなかなか打てるんが。そいつんとこ行くつもりやけど多恵も来るやろ?」

 

「え~、でも私と洋榎がそろって行ったらなんか感じ悪くない……?」

 

とぼやきつつも洋榎についていった結果、同学年で、後にインターハイを共に戦うことになる末原恭子から「強いやつだけでつるもうとするの嫌いやわ」と言われ、多恵がメンタルに大ダメージを受けることになるのだが、それはまた別のお話。

 

 

 

 



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第2局 合同合宿

作者は咲シリーズで『怜―Toki‐』のみ未読です。
なのでセーラの過去に原作との違いが生まれるかもしれません。


パシッ、パシッと心地よく牌の音が卓に響く。

季節は夏。

晴れて高校に入学して別々の道を歩みだした4人が、休日ということもあり、久しぶりに卓を囲んでいた。

 

 

(やっぱこのメンツで打つと落ち着くなあ……楽しいんだよなきっと)

 

勝つことを命題にされ、厳しい麻雀をずっと前世で打ってきた多恵は、どこか麻雀を楽しむということを本人の意識の外で忘れつつあった。

負けると叩かれ、1打1打に全く気の抜けない麻雀。

トッププロである、ということが知らぬ間に多恵の麻雀を縛り付けていた。

 

しかし、こっちに来てからというもの、強いメンツではあるものの、対局中にも拘わらずなんやなんやと騒ぐようなこの面々に、少なからず多恵は感化されていた。

 

 

(それに、なんつーかこう、異性って感じしないんだよなあこの子らは)

 

洋榎の親しみやすい性格、セーラの男勝りでおおらかな性格、それにやえの負けず嫌いさ。3人は最初の頃はよく負けて、そしてよく成長した。何度でも多恵に食らいついてきた。

 

ひたむきに麻雀に向き合って、よく勉強し、必ず再戦を挑んでくる。

そんな感情を思い出させてくれたのは間違いなくこのメンツだし、感謝もしていた。

 

 

「なんか感傷に浸ってるとこ悪いんだけどさ……」

 

多恵のそういった感情が顔に出ていたのか、ピキピキと額に青筋を浮かべながらやえが口を開く。

 

 

「なーーーーーーんであんたたち同じ制服着てんのよ!!!!しかも!!姫松の!」

 

「あーあ、知らん知らん、ウチは知らんでえ~」

 

ひゅー、と、やえの剣幕を見て、足を組んで下手な口笛を吹き始める洋榎。

 

 

「ちょ、ちょっと待ってやえ、メールで説明した通りで」

 

「そんなこと聞いてないわよ!!」

 

「め、めう……」

 

怒り心頭といった感じで怒るやえをどうどうとセーラがいさめる。

 

 

「ちょっとセーラ!あんたは怒ってないわけ?!」

 

「ま、まー理由は大方多恵からのメールで確認してるんやし、仕方ないんちゃう?」

 

手牌の右端2枚を伏せてパチパチと鳴らしながらセーラは苦笑い。

 

 

「ズルい!ズルいわよ!しかもなんで洋榎のいる姫松なのよ……それならウチに来てくれたって良かったじゃない……」

 

「姫松の善野監督がわざわざ電話くれてそれで……ご、ごめんよやえ……」

 

やえが最後の方何を言ってたかまでは聞き取れなかったが怒ってることは間違いないのでうろたえ続ける多恵。

 

 

(完全に高校受験ナメすぎた俺の責任だしなあ……)

 

もちろん前世で彼女などいなかった多恵はこういう時どうしていいのか全く分かっていなかった。女流雀士との交流の機会もあったので、コミュニケーション能力のほうはなんら問題が無いのだが、こういう場面にはもちろん慣れていない。

 

 

「それにな、俺はむしろ喜んでるくらいなんやで」

 

助け舟を出したのは意外にもセーラだった。セーラはふふん、と得意げに一つ間を置く。

 

 

「かなり強いメンツが集まったんや。それもここのメンツとなんら遜色ないくらいの……や」

 

「ほお?」

 

この発言にニヤリと笑って返して見せたのは洋榎だった。

 

 

「ウチらにもなあ、イキのいい1年がおる。それにウチと多恵もおる。……姫松は間違いなく世代最強になるで」

 

「な、なによ、じゃあ私だって負けないわよ!多恵なんかいらないんだから!」

 

「め、めう……」

 

全く関係のないところでいらないと断言されて割と普通に凹む多恵。

多恵は基本的に麻雀以外の部分でのメンタルは豆腐であった。

 

 

「それなら今度行われる関西地区の1年生合同合宿。そこで勝負や」

 

来週から3泊4日で、関西地区の高校1年生たちが集まっての合同合宿が開催される。これは関西の麻雀連盟の催しで、全国で関西の高校が活躍できるように、関西雀士育成の一環で行われる毎年恒例行事だ。

 

 

「そうだね、大会には直接関係ないけどここで他の強い1年生も見ておきたいし」

 

「いいわよ、受けて立とうじゃない」

 

それにね、と付け加えてやえが席を立つ。

 

「どんだけ強いか知らないけどね、私達4人と同じレベルだなんて笑わせるんじゃないわ!いい、よく聞きなさい……ニワカは……ニワカは相手にならないのよ!!!」

 

「あ、やえそれロン、5200(ゴンニー)

 

「……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――合同合宿初日

 

 

 

「えー、諸君らには期待している。特に今年は優秀な選手が多い。切磋琢磨して、関西の麻雀をさらに良いものとしてくれたまえ」

 

 

パチパチパチパチと、拍手が巻き起こる。

そんな中、ふわー、と眠そうにあくびをしているのは洋榎である。

 

 

「今の誰や多恵」

 

「そんな大きなあくびしちゃダメだよ洋榎……名前は私も忘れたけど」

 

「そんな気張ってたらおかんになるで」

 

「そんなんでおかんになれたら怖いわ……」

 

 

関西のお偉いさんらしいが、洋榎も多恵も、名前すらろくに聞いていなかった。

今日から4日間にわたる合同合宿が行われる。

洋榎も多恵も1年生としては異例の、この時期で既に一軍に合流を果たしているので、本来ならこの合宿に出る義務はないのだが、そこは善野監督から

 

「色んな子と出会うことは大事なことよ」

 

と言われ合宿に参加する運びとなった。

 

 

「んで、ルールどないやっけ」

 

「最初の2日間はランダムのリーグ戦なのよ~」

 

「最後の2日間で成績上から6人ずつのグループに分かれて対局……か」

 

多恵はもちろん前世では学生の時にこんなおおがかりな合宿など見たことがない。

それどころか、高校で麻雀部がある高校など数えるほどしかなかったのだ。

 

 

(高校生の雀士の育成のために大人がここまでするって恐ろしい世界だよ……。お?)

 

後ろにいる恭子が膝に手をついて辛そうにしているのに気付いた多恵。

 

 

「末原さん体調悪そうだけど大丈夫?」

 

「恭子でええってゆーたやろ。多恵って呼ばせてもろとるしな」

 

「お、おお、じゃあ恭子、すごいクマだけど……」

 

はぁ……と深くため息をつきながらジト目でこちらを見る恭子。

恭子と出会ってまだ3か月そこらだが、多恵の中では恭子はこのジト目の表情が良く似合ってるなと感じていた。口には出さないが。

 

 

「多恵と洋榎の麻雀談義に夜な夜な付き合わされたからや」

 

「あれ、でもあれ23時くらいには終わったよね……?」

 

「意味わからんこと多すぎて検証してたんや。あんなのわけわからな過ぎて検証して自分で納得しーひんとやってられん」

 

その言葉に、多恵は思わず笑みをこぼす。

まだ出会って日にちはたっていないが、恭子の麻雀へのひたむきさは、とても好感がもてた。

いつだってそういう人たちと、研鑽を重ねてきたのだから。

 

 

「……恭子は勉強熱心なんだね」

 

(いたなあ。前世にもたくさん。麻雀に命かけて、絶対に勉強を怠らない人が)

 

多恵の前世でも、多くの麻雀を愛する人たちが、研究会などを作って、日々麻雀の研究を進めていた。そうして研究をするたびに新しい戦術が発見されたりする。今日の麻雀戦術の基盤を支えているのはそうした日進月歩の成果なのだ。

だから多恵は恭子のこの姿勢は素晴らしいと思うし、自分も見習わなきゃな、と身の引き締まる思いだった。

 

「とにかくあんま無理しないで今日は早めに寝なね」

 

「そーさせてもらうわ……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

麻雀をしていると時間はあっという間に過ぎる。

合同合宿も、早くも3日目を迎えていた。

 

 

「え~では上位6人の方はこちらの会場です。集まり次第対局を開始してください。1局終わるごとに着順と点数を入力しておいてください」

 

2日間の対局が終わり、今日からは成績順に分かれての対局が始まる。

運の良いことに多恵は総合成績3位で1番上のグループになった。

そしてこのグループには見知った顔が多い。まあ成績表を見た段階でわかっていたことではあるのだが。

 

 

「よう、洋榎。今日はボコボコにしたるから覚悟しや。それとこの前の駄菓子分30円返せ」

 

「お前まだその話するんか?ケチくさいのは嫌われるで?」

 

総合成績2位の江口セーラと、4位の愛宕洋榎。

 

そんなやり取りの中で、うなだれる生徒が1人。

 

 

「なんでや、なんでこんなバケモンだらけの卓になってしもたんや……」

 

「恭子が強いからじゃない?」

 

「賞賛は素直に受け取るけどな?これやったら大会でこの成績出したかったわ」

 

「あるよねー6翻ピッタリの時は裏ドラ1枚乗るのに3翻の時は絶対に裏ドラ乗らない説だね」

 

「なんやそのたとえ……」

 

末原恭子も6位で上位卓に食い込んでいた。本人は嫌がっているが、多恵からすれば、他の強者たちとチームメイトの恭子が研鑽してくれるなら喜ばしいことだった。

 

「ちょっと多恵!今回のリーグ戦成績見たでしょ!私の勝ちだからね!」

 

「決勝卓はこれからだよ、やえ。そーいえばやえの言っていたチームメイトは今回は調子悪かったのかな?晩成からはやえ1人みたいだけど……」

 

「う……そうよ!たまたま調子が悪かっただけよ!私1人で全員倒せば問題ないでしょ!」

 

フン!といった様子ですたすたと戻ってしまうやえ。今回の2日間のリーグ戦で彼女は堂々の1位に輝いている。

多恵は、彼女の実力なら全員倒すというその言葉も成し遂げてしまいそうだな、と思いながらその後ろ姿を眺めていた。

 

 

「あれが全中団体戦MVPの小走やえ……」

 

「そーだよ。取材とかくると調子乗るけど、火力も高いし雀力は折り紙付きだね」

 

やえはとにかく和了率が高く、団体戦ではチーム内でセーラをしのいで最高得点を獲得し団体戦のMVPに輝いている。

 

 

「……まあ、あーいうバケモンにどこまで凡人のウチがやれるんか。いい力試しや」

 

「あー確かに1回打ってみるといいかもね……基本的に私とか洋榎はやえとあまり打ちたくないから」

 

げっそりといった表情の多恵。

そんな様子を、恭子は意外に思った。

 

 

「多恵はともかく、洋榎まであまり打ちたくないだなんて珍しいやんな」

 

「やえの話かあ~あいつめんどいねん」

 

洋榎がこちらに戻ってきて会話に参加する。

やえの実力はもちろん認めている洋榎だが、実際相手にするのは嫌らしい。

 

 

「まあとりあえず行ってきなよ!」

 

「せやせや!やえのやつ弱なってるかもしれんしな!」

 

「ちょっと洋榎!!さっきっから聞こえてんのよ!!」

 

腑に落ちない部分を感じつつもやえのいる卓に向かう恭子を見送って、多恵と洋榎も後を追う。そこではセーラと、セーラのいる千里山女子の制服をきた女子生徒が待っていた。

 

 

「洋榎。多恵。紹介するで、清水谷竜華や」

 

「みなさんのことはセーラから聞いてます。今日はよろしゅう」

 

「倉橋多恵です。よろしくね」

 

高校生とは思えない発育の良さだな。と邪な気持ち無しで多恵は思った。

 

こちらに来てからというもの、女子との関わりが多くあったので、いちいち距離が近いとか、着替えを見てしまったとかでドキドキするような感情はもう多恵の中で消失していた。せいぜいが罪悪感を少し覚える程度だ。

 

幸い、何故か多恵の周りにはぺったんこな子が多い。なにが、とは言わないが。

 

 

「愛宕洋榎や、よろしゅうな~」

 

洋榎がさっきまで食べていた焼き鳥の串を片手に振りながら挨拶をする。

どこから出したのだろうか。

 

 

「それじゃあ前哨戦や。竜華ならお前らともやりあえるってとこ、見したるわ」

 

「そら、楽しみやな。お手並み拝見といこか」

 

「お、お手柔らかにお願いします」

 

場決めをした後、4人が席に着く。

 

 

 

「それでは対局を開始してください」

 

 

練習試合が始まった。

 

 

 

 



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第3局 小走やえ

合同合宿3日目、2日間の成績上位6人が集まって交代しながら対局を行う。最初の抜け番は洋榎と多恵になった。

 

(せっかく後ろ見できるんだったらやえと清水谷さんの間で見ようかな)

 

この合宿ではお互いの研鑽が目的とされているので後ろ見も基本的には許されている。もちろん、対局中無駄に話しかけることはマナー違反だし、その程度のことはここにいる6人は皆わきまえている。対局終了後に感想戦をするための後ろ見といってもいいだろう。

 

対局が始まった。

 

 

 

東1局 親 恭子 ドラ{6}

配牌

{二二五七①②④④2678南西}

 

(悪ない。しかけたら2900になりそうやけど、面前でもいけそうや)

 

恭子は一呼吸おいてからオタ風の南から切り出した。細かいことではあるが、こうした風牌の切り順も丁寧でなければ上のレベルでは戦っていけない。

 

 

 

七巡目 恭子

手牌

{二二二四五②④④23678} ツモ{三}

 

(張った。高め7700(チッチー)スタート。ここはリーチや)

 

「リーチ」

 

手牌から切った{②}を横に曲げ、リーチ宣言をしたその時、対面のやえから声がかかる。

 

「ロン」

 

ビクっとリーチ棒を取り出そうと点箱に手をかけていた恭子の手が止まる。

 

 

やえ 手牌

{①③④⑤⑥⑦⑧⑨456北北}

 

「5200ね」

 

「……はい」

 

ふうと一息ついたのち、恭子は点箱から5200点を取り出してやえにわたす。

 

 

(小走……警戒はしてたつもりなんやけど7巡目でも既に張ってたんか。どうりで手牌の進みがよかったわけや)

 

 

ガラガラガラガラという牌の混ざる音を聞きながら後ろ見していた多恵は、やえの理牌をながめていた。

 

(やえはあの頃から比べて強くなったな……本当に)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――4年前のこと。

 

 

「どうして……、どうして私はあいつらに勝てないのよっ!!」

 

ガシャンと大きな音を立ててやえが卓の上の牌を掴む。

もう日が沈みかけの夕方、教室には多恵とやえだけが残っていた。

今日のやえの成績は散々。久しぶりにトータル-200を超えてしまった。

 

そうでなくとも、最近のやえの成績は下がり気味、と、いうよりは他の2人の成長が著しく、なかなかそのスピードに追い付けていないのが現状だった。

 

 

「やえ、そんなに焦ることはないんじゃない?やれることを少しずつ……「嫌!」」

 

「嫌なのよ!3人に置いてけぼりにされるのは……もうたくさんなの……」

 

切羽詰まってしまって今にも泣きそうな瞳が多恵を見つめている。

 

小走やえという少女はこのメンバーの中で一番最後にメンバーに加わった。たまたま多恵が参加したとある雀荘の大会で一緒になったことが発端で、その大会で多恵にボコボコにされたやえは、ことあるごとに再戦を挑んできた。

 

そうしているうちに、わざわざ戦う場所をセッティングするのも面倒だろうと思い、同年代で既に仲良くなっていた2人を多恵が紹介したのだ。

 

 

「どうして……?私がリーチしてもすぐに追いつかれる。3家リーチになることだって珍しくない。私のリーチはどうしてこんなにもろいのよ……!」

 

やえの目からは、我慢できず涙が溢れていた。

確かに、やえはリーチに対して追いかけられることが異常に多い。

 

多恵はそっとやえの下家に座ると牌を1枚掴み、やえの前に横向きにして置いてみせた。

 

 

「リーチってさ、強いよね。そう宣言しただけで周りは委縮する。オリなくちゃいけなかったり、安牌に困ったりしてさ」

 

「普通は、そうね」

 

目をこすりながらやえは多恵の話をそっと聞いていた。

最近のやえはリーチを打つとすぐ誰かに追い付かれてはリーチ負けをする。

 

そんなことよくあるだろうと思われるかもしれないが、親ですらそれをされてはたまったものではない。

 

そんな状態であるからこそ、やえは自分のリーチに自信を無くしていた。

 

 

「私の昔の知り合いにさ、すごーく強いリーチを打つ人がいたんだ。その人がリーチって言うだけで、皆ビビっちゃうような。でもそれってさ、損得両方あると思うんだよね」

 

「どういうこと……?」

 

やえは多恵の意図をつかみかねている。

皆がビビってしまうほどのリーチ、やえからするととても魅力的に見えた。

 

しかし、多恵が伝えたかったのはそうではない。

 

 

「絶対に和了りたいリーチだったり、普通なら和了りを拾えそうなリーチでも、その人のリーチだからって皆オリちゃうんだよ。こういうの、人読みって言うんだけど」

 

多恵の所属していたプロリーグでは様々なトッププロが集まっていた。仕掛けの上手い人、押しの強い人、華がある人。多恵はそのどれもが魅力的だと感じていたし、憧れていた。自分にない強さを持つ人たちだったから。

 

「やえのその特徴は弱さじゃない。次からはさ、プラスに考えてみようよ。必ず自分と同じ土俵に立ってくれるなら、絶対に勝ってやる、仕留めてやるっていう強い意志を持ってみたらどうかな」

 

「強い……意志」

 

やえは自らの手を見つめると握ったり開いたりを繰り返した。

 

「そうそう、それにさ、やえはどーんと押せるなら押してみろ!って構えてるほうが、きっと似合ってるよ。七対子リーチ同順に親から追っかけ入って詰む説をひっくり返せるのはきっとやえだけだよ!」

 

「あんたのその例えが微妙に理解できるようになってきたのがまた腹立たしいわね……」

 

 

多恵はこっちに来てから様々なこの世界のプロ対局を見てきて、この世界に漠然と存在する「能力」というものに気付いていた。

 

普通の麻雀では到底起こりえない奇跡を、必然にしてしまう力。最初この「能力」に気付いたときはこんなものに勝てるのだろうかと悩んだものだが、今では吹っ切れて、それも込みでの対策や、打ち方を模索している。

 

そういった日々の中で、この小走やえという少女にも「能力」が目覚めかけているのに気付いていた。

だからといって、「能力」を育てる方法など多恵は知りはしない。せいぜいがこちらのプロの特集記事などを読んで「能力」のきっかけなどを知るくらいだ。

 

なのでこの助言も、果たして正しいのかはわからない。

 

……けれど、前世で自分が憧れた、華のある雀士に、やえならなれると、多恵は半ば確信していた。

だからこそ折れずに戦ってほしかった。

 

 

「でも、そうね、そうよね、しょげてる暇なんてないわ!私に勝てるものなら勝ってみろってもんよ!そうと決まれば特訓ね!」

 

もう弱気なやえはいない。

今のやえはすぐにでも麻雀を打ちたいという顔をしていた。

 

 

「え、でも2人帰っちゃったよ?」

 

「いいのよ!十七歩は2人でもできるわ!」

 

2人の特訓は警備員が入ってきて帰るように指示されるまで続いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

局は進んで東3局

 

親 やえ ドラ{⑥}

 

 

8巡目 やえ 手牌

{③④⑤⑥⑦111四五赤五七八} ツモ{九}

 

 

「リーチよ」

 

(きた、小走やえの先制リーチ……!)

 

 

同順 恭子 手牌

{②②③⑥⑥789二三四六八} ツモ{④}

 

 

恭子は先ほどの自身のリーチ宣言牌を捉えられたシーンを思い出していた。

 

(小走やえの特徴は圧倒的に他者のリーチ宣言牌を捉えることが多いということ。更に自身に聴牌が入ることで他者の手が進みやすくなってるなんていうふざけたデータも出とる。

普段なら点差的に見ても、{③}がウチの目から3枚見えてるワンチャンスであることも考慮したうえで{②}勝負してもよさそうな場面やけど……)

 

少し逡巡したのち、恭子は現物の{八}を河に放った。

 

 

(ここは回る。勝負するには不確定な情報が多すぎる)

 

 

 

 

12巡目 竜華 手牌

{④赤⑤⑥⑧34赤55二三四七七} ツモ{4}

 

 

(張り返した……メンタンピン赤赤ドラでツモハネ……けどこの{⑧}は小走さんに通るんやろか?)

 

本来ならまだ残りスジも多く、この{⑧}くらいなら問答無用で切り飛ばすのが正解だ。

しかしそういう計算がこの場で1番早い人間は後ろで見ながら自分だったらどうするかを考え、別の解答をはじき出す。

 

 

(この{⑧}……やえの当たり牌か。洋榎あたりならまだこの巡目からでも回りそうだ。そして俺も……やえとの付き合いの長さからきっとそうするだろう)

 

これが小走やえとの初対局である竜華であったが、もちろん全中の映像でおおよそ小走やえの得意なプレイスタイルを理解していた。

それでも。

 

(でも、これぐらい切らなきゃ勝負にならへん……!)

 

「リーチ……!」

 

「ロン」

 

通ってくれという竜華の願いは届かず、無情にもやえの手牌が開かれる。

 

「裏1で……親満。12000」

 

「通らないんよなあ~」

 

パタンと手を閉じながら恭子は{②}が当たり牌であったことを整理して考える。

 

宣言牌が必ず刺さるわけではないが、真っすぐにリーチにぶつかりに行けばまず勝てない。全中の時やその他の大会でも、小走と当たる選手は、少しやり方を変えてみたり、わざと悪い待ちでリーチをかけてみたりと色々な対策を立てていた。

しかし、悪い待ちで戦いに行っても、やえのリーチの聴牌形は良形であることが非常に多く、負けてしまう。回ってみようとしている間にツモられる。

 

とにかくリーチを打たれては手が付けられない。そういう選手なのだ。

 

 

(なるほどな。これが全中団体戦MVP、リーチを統べる王者、小走やえ……!)

 

 

「さあ、1本場よ」

 

 

 

 

 

 

 

 




リーチしてオリてくれないのは悲しいけど、仕留めれば問題ないよね!


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第4局 凡人

怜さん竜華さんはもちろん覚醒前です。


 

南2局 親 竜華 

 

恭子 17800

竜華 11000

やえ 40200

セーラ 31000

 

(2人にやられっぱなしや。このままじゃ終われん。……凡人が挑戦をやめたら勝てるわけないねん)

 

対局はほぼセーラとやえの叩きあいの様相を呈していた。

 

普通の麻雀であればどんなに技量が拮抗していても1人の独壇場になることもあるし、そこは運のゲーム。

しかしこちらの世界では少し違う。力が結果に直結することが多い。それは能力に由来する部分が大きく、この世界でのプロはアマチュアとの対局で負けることはほとんど無い。

 

 

(もう親番すら残ってへん。トップの小走との差は22400。一着順上げるにしても江口までは13200……。満貫2回は欲しい)

 

 

 

恭子 配牌 ドラ{④}

{②②④④⑥246二赤五八九南}

 

 

(この手牌はモノにせな……)

 

もう親番が残ってない恭子からすればこの手牌は仕上げたい。

しかし同じく後がない竜華もそうそうオリはないと想定されるので、愚形でのリーチは打ちづらい。

 

 

(恭子はこの手……どう見てるかな)

 

この3か月、多恵は恭子の麻雀を数多く見てきた。その中で恭子が得意とする雀風を模索しているのも。

6巡目。上家のセーラが切った{六}にほんの一瞬手が止まる。

 

 

恭子 手牌

{②②④④⑥456四赤五八八九}

 

 

「チー」

 

恭子は鳴きを選択した。

 

(この両面からチーか。思い切ったね)

 

この鳴きの精度の判断は難しい。平面だけを切り取るのであれば点差も考えると愚形2つが残るこの場面はややスルー有利に見える。しかしこの場面はそれだけでは語れない。親の竜華が1副露、今{六}を切ってきたセーラの河はもう既に濃い。もう聴牌が入っていてもおかしくなさそうだ。それに比べて自分の手牌はまだこの鳴きが入って1向聴。和了りを見るなら愚形残りとはいえ仕掛けるのがプラスに見えてくる。

 

 

(このあたりの鳴き判断、嗅覚は一級品だね)

 

多恵が前世で麻雀を打っていた時も鳴き判断は非常に苦労した要素の1つだった。結果が伴わなければもちろん叩かれるし、いちいちそんなことは気にしていられなかったが、鳴きの良し悪しは対局後に毎回精査しなければならない。

 

 

次順、セーラが持ってきた{赤⑤}をそのままツモ切って横に曲げる。

 

「リーチィ」

 

「チーや」

 

手元で右端に寄せておいた{④⑥}を倒して{②}を切る。

聴牌だ。

 

そして次順。

 

「ツモ、3000、6000や」

 

 

恭子 手牌

{②④456八八} {横赤⑤④⑥ 横六赤五四} ツモ{③}

 

 

「へえ、やるやんか」

 

セーラは恭子の和了り形と捨て牌を確認してから、自分の手牌を閉じた。

 

 

セーラ 手牌

{12399①②一二三七八九}

 

 

 

「さすがだね、恭子」

 

「いや、正直ウチもどっちが良かったんかはわからん。学校戻ったら多恵と今のシーン確認したいから牌譜起こしといてくれるか?」

 

「そう言うと思ったから、言われなくてもやってるよ」

 

多恵としても、恭子と共に勉強する時間は、貴重な時間だ。

経験は大事だが、その経験を、本当に良かったのかどうか確認することが、上達のコツ。

 

 

(きっと恭子の強さはここにあるんだな)

 

こんなやりとりを見ていて目に見えて怒っている方が1人。

 

 

「なによ……そんなもんでいい気になるんじゃないわよ!」

 

 

 

 

南三局も恭子が早仕掛けでセーラから3900を出あがり、やえの親番を蹴ることに成功する。オーラスを迎えて、点差は

 

恭子 33700

竜華 5000

やえ 37200

セーラ 24100

 

 

(よし、これでトップの小走には3500差。出あがりなら3900(ザンク)、ツモなら8本16本か……)

 

とはいえ七対子ツモはあまり考慮したくないので、基本は3900ベースで考えることになるだろうと思いながら。

しかし9巡目、思いもよらずやえから声がかかる。

 

 

「リーチ」

 

(リーチやと?)

 

基本この状況でトップ目がリーチを打つメリットはあまりない。親から直撃でも食らおうもんなら一気に三着目まで落ちるリスクがある。

役がないとしてもツモ狙いのみで大人しめに局を進めるのがセオリーではある。

 

かといってリーチを打つという選択肢がないわけではない。他家の手に制限がかけられるし、恭子からすれば12000以上を打ってしまうと着順が落ちる。そしてなによりも。

 

 

(この状況での小走のリーチなんか、相当待ちがええに決まっとる……!)

 

 

やえ 手牌 ドラ{八}

{⑦⑧⑨55四五六七八東東東}

 

 

(勝てるもんなら勝ってみなさい。確実に仕留めてあげる)

 

 

もちろんそのことはわかっている恭子は攻めあぐねていた。

聴牌が入ってもその時出ていく牌があまりにも厳しい。

 

 

(くっ……直撃チャンスやのにこんなにも攻めにくいんか……!)

 

その時だった。

 

「ほな、行かしてもらおか」

 

「セーラあんた……!」

 

「リーチ」

 

強く切り出したセーラの宣言牌{赤五}に、やえから声がかかることはなかった。

 

 

「当たれへんやろ、この牌は」

 

「この……!」

 

ゆうゆうとリーチ棒を投げるセーラに対してやえが歯噛みする。

 

 

(あー、これはセーラまたやったな……)

 

同じことを思っているのか、ちょうど向かい側あたりにいる洋榎がニヤニヤしている。

恭子は横移動決着の可能性が出てきたのでオリ気味に打ちまわし。

 

その二巡後のことだった。

 

 

「ツモ」

 

この勝負を制したのは、セーラだった。

 

セーラ 手牌

{③③③⑥⑦⑧六六九九西西西} ツモ{六}

 

「4000オール……これで、総まくりやな」

 

 

最終結果

 

恭子 29700

竜華 1000

やえ 33200

セーラ 36100

 

 

「ああー!もう!あんたそんなことばっかりしてたらいつかめちゃくちゃなヘクり方するわよ!!!」

 

「なんやケチくさい。ウチは2000オール2回和了るより、4000オール一発型なんや」

 

 

 

そんなやりとりを聞きながら、恭子は力が抜けたようにふう、と一息つくと、自動卓の点数表示を眺めていた。

 

 

「これからもっとバケモンたちと戦わなあかんのに、ウチは平気なんやろか」

 

「なーにいってんの、私は恭子もたいがいバケモンだと思うよ」

 

後ろで見ていた多恵は恭子にそう声をかける。

 

 

「いやいやいや、多恵には言われたないわ!」

 

心外だとばかりにものすごい勢いで否定してくる恭子。

 

「いや、本当に。いつか恭子は私と洋榎を救ってくれる。それぐらいどんどん強くなる気がするんだよね」

 

これは多恵の本心だった。今は自分のことを凡人と卑下する恭子だが、持っている素質はここにいるメンバーになんら遜色ない、むしろいつ抜かれてもおかしくないとさえ多恵は感じていた。

研究熱心な姿勢と、その鳴きのセンス、嗅覚。前世のトッププロたちの美しい打ちまわしを見ているかのような錯覚にとらわれるのも、1度や2度のことではなかった。

 

「なんやそれ、むずがゆいわ!やめややめ!次行くで次!」

 

そんな様子を見ながらジト目でやえがこちらを見ていることに多恵と恭子はついぞ気付くことはなかった。

 

 

 

 

 




恭子って自分のこと凡人って言うけど全然凡人じゃないよね。


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第5局 最後の夏へ

サクサク進んで原作に追い付きたい!
点数変動のミスとかあればご指摘いただけると幸いです。


 

合宿の最終結果。最終日の今日は午前中までに全対局を終了し、すでにその結果が出ていた。前日までの成績を含め、上位6人卓はセーラがトップ、やえはかなり巻き返したものの、2着で全対局を終了した。

 

「トップ取りの麻雀はやっぱこの2人が強いねえ」

 

「最終収支だと勝てたりもするんやけどな」

 

多恵と洋榎はスコアシートを眺めている。幼少期からの仲である4人だと、やはり火力の高いセーラとやえがトップの偉い、ウマオカありのルールで強かった。逆に多恵と洋榎は着順操作に長けており、とくに洋榎などは他家を使った動きなどもできるので団体戦でその真価を発揮する。

 

「ま、今回はセーラに勝ちを譲ってあげるわ。ただ、大会じゃこうはいかないからね!」

 

「なんやー、さっきまでめちゃくちゃ悔しそうやったやん」

 

「く、悔しくないわよ!」

 

あいも変わらず騒がしいやりとりを眺めていた多恵はその奥で1人思案にふける恭子の姿を見つめていた。

 

(恭子にとってはいい刺激になってくれたかもな。同世代の強い雀士たちとこれだけ善戦できたのは自信にしてほしい)

 

そんな考えを知ってか知らずか洋榎にポンと肩を叩かれる。

 

 

「前から思っとったんやけど……多恵っておかんなんか?」

 

「子供いないのにおかんとはこれ一体……」

 

そんな中、清水谷竜華も、今回の合宿で良い刺激をもらえた1人であった。今回の成績こそ奮わなかったものの、随所にその才能の片鱗を見せていた。

 

「りゅーか、なかなかええモン持っとると思わん?」

 

「清水谷さんか、そうだね。あの途中で見せた集中力をもっと持続させることができたら……まあ私たちにとっては厄介になるかもね」

 

北大阪と南大阪なので、インターハイの出場権を争うことはないが、千里山とはこれからいくらでも戦う機会はあるだろう。もし次戦う時にあれほどの集中力を持続させる打ち手になっていたら……そしてあと1、2人、千里山に強い選手が入ってきてしまったら、姫松としては脅威となることは間違いない。

 

 

「ま、もちろん1、2年でもバンバン試合出るつもりやけど、勝負はウチらが3年になった時やな。多恵の恐ろしいほどの強さは身に染みて知っとる。でもな、最後のインターハイは必ずウチが千里山を優勝に導くんや」

 

「それはこっちも譲れないな。まあ少なくともここから3年は私達の時代にしてみせよう」

 

「なーに勝手に話進めてんのよ!インターハイ優勝はこの小走やえ率いる晩成なんだから!!!!」

 

 

こうして1年時の合同合宿は終了した。

そして舞台は2年後へと移る。

 

それぞれの目標を胸に、少女たちは歩き始めた。

彼女たちは経験をつみ、努力し、研鑽し、お互いに高めあった。

時にとんでもない強者が同学年にいることを知っても、4人のその心は、想いは折れることはなかった。

 

少女達の想いは、最後のインターハイにぶつかりあう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――季節は過ぎ……

 

3年の春、姫松高校は春季大会も難なく突破し、夏のシード権を得ていた。多恵たちに残された最後のインターハイ、最後の夏に向けてそれぞれが準備の時期。

ここ、姫松高校麻雀部では、部員たちが集まる場所の他に、Aチームが集まってミーティングを行うミーティングルームがあり、最近のもっぱらのたまり場となっていた。

 

恭子がパソコンで部員の牌譜をまとめている中、洋榎が勢いよく部屋に入ってくる。

 

 

「どっせーーーーーーい!」

 

「なんですか、主将。あまりうるさくせんといてくれます?」

 

「びっくりなのよ~」

 

 

昨年の秋、代替わりで姫松高校麻雀部の主将に就任した愛宕洋榎。主将を誰に任せるかとなったとき、多恵と洋榎と恭子に票が割れたのだが、恭子と多恵が洋榎を推薦したため、洋榎が主将に就任している。そんな我らが主将は今日も今日とてうるさかった。

 

 

「これ見てみいや!この雑誌!!」

 

そう言ってバン!と机にたたきつけた雑誌。『ウィークリー麻雀トゥデイ』と週刊なのか日刊なのかよくわからない名前の雑誌の表紙には白糸台高校の宮永照が笑顔で写っている。

 

 

(宮永……照。俺の、越えなければいけない壁……)

 

多恵にとって、宮永照は因縁の相手になっていた。

 

宮永照とは、昨年の個人戦優勝者であり、今年の団体戦も白糸台高校が優勝候補筆頭とというのが世間の認識。

 

昨年の個人決勝卓は白糸台の宮永照、臨海女子の辻垣内智葉、姫松の倉橋多恵、晩成の小走やえと、異例の2年生のみの決勝卓だった。ちなみに多恵は宮永照と辻垣内智葉に敗れ、個人3位で昨年を終えた。

 

こっちの世界で同世代で今まで勝てていないのはこの2人だけ。

 

 

(この2人を倒せなきゃ、俺はこっちに来た意味がない。必ず、この世界で頂点に立ってみせる)

 

それだけに10年に一度の代と呼ばれるほど今年のインターハイの注目度は異常に高く、メディアも大盛り上がりである。

 

 

「それで、この雑誌がどうしたの?」

 

「姫松の特集ページや、これ、読んでみい!」

 

そういわれて2、3ページ後ろに丁度我らが姫松高校の特集ページが掲載されていた。

写真には洋榎を中心として姫松の春大会のメンバーが写っている。

それを読めと言われたのでしぶしぶ多恵が拾って読みあげる。

 

 

「えーなになに、姫松高校の団体戦の予想オーダーはこれだ。昨年惜しくも白糸台高校に敗れ、2年連続の準優勝となった関西の雄、姫松高校。今年も白糸台に続いて優勝候補に挙げられる。悲願の優勝へのカギは、エース倉橋多恵がどこまでチャンピオン宮永照を抑えられるかにかかっている……」

 

「そこや!そこ!!!」

 

ビシッと人差し指をこちらに向ける洋榎。

 

「絹~、姫松高校の伝統はエースをどこに置くんやったかなあ??」

 

絹、と呼ばれた眼鏡の少女、愛宕絹恵は洋榎の妹だ。昨年姫松高校に入学した絹恵は、メキメキと実力を伸ばし、今ではレギュラー争いの1人となっている。

 

ちなみに多恵は小さい頃からよく洋榎の家に麻雀を打ちにいっていたので、絹恵とも仲が良かった。

 

 

「中堅……やんな?」

 

「じゃあウチらの今の中堅は誰や?」

 

「……お姉ちゃんやな」

 

何かを察したように絹恵は呆れたように返事を返す。

 

 

「せや!せやろ!つまり、姫松のエースはウチやろがあ!!」

 

ぐわーーーーーと雑誌をぐしゃぐしゃにし始める洋榎。

それに見かねて多恵がソファ越しに声をかける。

 

 

「私も姫松のエースは洋榎だと思ってるよ!!」

 

「まあ、冗談なんやけどな」

 

「さいですか……」

 

二重人格なんかこいつは。と思わせる身替わりの速さである。

実際洋榎はエースが誰かということにそれほど頓着していない。それだけ、洋榎は多恵を認めているし、多恵もまた洋榎を認めていた。ただ単純に、ライバルとなる高校に対して、先鋒に多恵を持ってくるのが1番勝率が高いと踏んでいるのが、姫松の善野監督だった。

 

「善野監督はウチらが全国優勝できると信じとる。今年こそ、今年こそ必ず善野監督に優勝を持って帰るんや」

 

「うん……そうだね」

 

(俺を拾ってくれた善野監督に、しっかりと恩返ししなきゃだしな)

 

姫松高校の善野監督は多恵達が2年の春、持病が悪化し、倒れた。

命に別状はなかったものの、そのまま指揮をとるのは困難と判断され、赤阪監督代行が今の実質の指揮権を握っている。

 

特に恭子と多恵は善野監督に受けた恩が大きく、善野監督に優勝を届けようと、優勝への想いは大きかった。

 

 

「絶対に今年優勝や。白糸台も、千里山も、全部倒して全国優勝へ。行くぞ姫松ファイ、オーーー!!!」

 

「そんな掛け声初めて聞いたわ」

 

洋榎の気合の掛け声に反応できたのは、辛うじて由子が「おーなのよ~」と発した程度だった。

 

 

 

 

 

 

運命の夏は近い。

 

 

 

 

 

 



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第6局 上重漫発見

みんな大好き漫ちゃん登場回です。

(※原作では上重漫は2年生ですが、この作品では1年生設定になっています。ご了承ください……)





春の大会が一段落し、姫松高校麻雀部では、新入生の実力を見定める新人戦が行われていた。新入生を一ヵ所に集め、OB会の方にも対局に参加してもらいながら、監督とレギュラー陣で戦力になりそうな1年生をピックアップしていく。

 

 

「多恵。そっちはどうやった」

 

「うーん、今のところまだ目ぼしい子は見つかってないかなあ」

 

多恵と恭子は赤阪監督代行に頼まれて、対局している所を周りながら気になった選手を報告する役目を担っていた。こういうのは直感が大事だと思った多恵は最初洋榎に頼もうかと思ったのだが、「いや、めんどいやん」と一蹴されてしまった。

 

 

(それでいいんか我らが主将は……ん?)

 

洋榎の飽き性な部分は昔から変わらないので、もう諦めもついている多恵。

そしてそんな中、一人の選手の後ろを通った多恵はその異質な手牌に思わず立ち止まる。

 

 

(名前は…上重……すず、でいいのかな?ここの卓はOBの方が2人入ってくれてる卓か……)

 

漫はラス目、トップには3万点ほどの差をつけられ、後のない南場の親番を迎えていた。

 

 

10巡目 漫 手牌 ドラ{⑨}

{⑦⑦⑧⑧⑨⑨899七九九九} ツモ{八}

 

 

(とんでもねえ手牌だ。ダマ24000(ニーヨンマルゼット)なんかくらったら泡吹いちゃうよ……)

 

 

「リーチ」

 

(おろ)

 

宣言牌として切った牌は{9}だった。それはそうだろう。三色と純全帯を確約させるにはこちらの待ちを選んだほうがよさそうに見える。

 

そのことよりも、多恵からするとこのペン{7}をリーチすることが意外だった。点差はあるとはいえ、このダマ親倍は確実に仕留めたいところ。宣言牌が{9}だと関連牌になってそうな{78}あたりは出にくくなる。ラス目の親に進んで突っ込んでくるような人間もこの卓にはいないだろう。

 

 

そして次順、持ってきたのは{9}だった。裏目。痛恨である。しかし漫はなにごともなかったかのようにそのまま切る。

 

 

(あるよね~……ペン待ちかシャボか悩んでリーチ打つと必ず逆持ってくる説……)

 

麻雀は選択の連続。こっちが良い、と思ってもなかなかそのようにいってくれないのが麻雀というゲームだ。

 

しかし、漫はそうは思っていなかった。

 

 

「ツモ、8000オール……です」

 

すぐに見事{7}を引き和了り、総まくりの親倍ツモを決めていた。

 

 

(へえ……)

 

別になんてことのない、運よくペン{7}待ちにとっても、{六九9}待ちにとっていても和了れていたという事実がそこに残っているように見える。

 

しかし多恵はこの時のこの上重漫という1年生が平然とリーチ後の{9}に頓着していなかったことが気になった。

デジタルに徹する打ち手であっても、待ち取りをミスすることはある。麻雀とはそういうゲームだから。

しかしそれだけで片付けられるほど人間の脳というものは上手くできていない。

 

こっちにしておけば……というたらればの感情が、少しは表に出てしまう。それが大きな舞台であれば尚更。

 

あまりそういうことを気にしない打ち手なんだなあ、と思えばそれまでだが、どうやらこの1年生にはそれ以外の理由がありそうな、そんな気がしていた。

 

 

「恭子、あそこの上重漫って子の今日の戦績見てもいい?」

 

「あのおさげの子か?もうしょっぱなから負けまくって同級生にイジられてたで」

 

「へえ……」

 

恭子から戦績のデータを預かると、それを眺める。確かに序盤3半荘はほとんどトビラスのような形。特に打牌に問題があるわけではなさそうだが、ただただついていなかった。そして先ほどの半荘で初トップ……。

 

 

「恭子」

 

「なんや、ニヤニヤして」

 

「もしかしたらこの子、私達に足りなかったもう一押しをしてくれる子になってくれるかもよ」

 

ええー……と、恭子はとても信じられないといった様子でいつものジト目を多恵に向けていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

コンコン、と部屋をノックする音が響く。

その日の下校時刻、直々に多恵は件の1年生をミーティングルームに呼んでいた。

 

「し、新入部員の上重漫です!」

 

「ええよ~入り~」

 

扉を開けて入ってきたのは、ガチガチに緊張した黒髪おさげが特徴の女子生徒、上重漫である。

 

「失礼します!」

 

「そんな固くならなくていいよ、由子、紅茶まだあったよね?」

 

「たくさんなのよ~」

 

多恵はそう言って漫をソファに促し、由子に紅茶を頼んだ。

座っても落ち着かない様子の漫はいきなり知らない土地に捨てられた子犬のよう。

 

 

「ごめんね、急に呼び出して。ちょっと今日の対局見てて、とても興味が出たから教えてほしいことがあるんだけど……いいかな?」

 

「は、はい!私がお答えできることであれば!」

 

(退部だけは……退部だけは勘弁してください……!)

 

漫からするとこの呼び出しは何を言われるのか分かったものではない。お前は下手すぎるから退部しろとでも言われるかと思っていた。

 

漫は自分の麻雀に、自信を持てていない。名門姫松に来たからには、頑張ろうと思ってもちろん来ているのだが、初日から感じるあまりのレベルの高さに、正直心が折れかけていた。

 

漫が改めて部屋を見渡すと、どうやら監督は不在で、愛宕洋榎主将含む3年生のレギュラーしか部屋にはいなかった。

とても退部勧告をされる雰囲気ではない。

 

 

「今日の4戦目、ラス目の親番で8000オールをツモった時、覚えてる?」

 

「あ、はい。もうラス続きでどうにかしなきゃって思って親番に臨みました」

 

漫からすると意外にも、呼び出しの理由は今日の対局内容だった。

 

 

「リーチした直後、待ちに取らなかった{9}を持ってきたとき、あんまり気にしてなかったみたいだけど、そんなことない?」

 

多恵はこの時の漫の心情を知りたかった。聞いてみたところ、基本的にはよく顔に出るタイプの打ち手の漫。多恵はあの後の対局も見ていたが、親倍をツモ和了った時とは雰囲気が異なっていた。

 

 

「あ、あの時は調子いいなって思いました……」

 

「へえ、一見裏目を引いたように見えるけど、上重さんはそうは思わなかったんだね?」

 

「あ、あの、変かもですけど、ウチ、調子がええ時は上の方の数字が良く来てくれるんです……だから、{9}持ってきて、裏目やったけど調子ええ感じやーって思ってました」

 

少し恥ずかしいのかうつむき気味に漫はそう答えた。

 

当たり前だが、こんな話、普通は笑い飛ばされて終わりだ。どっかの誰かさんなら「そんなオカルトありえません」の一言で片づけられてしまうだろう。

しかし、能力という存在に少しずつ気付いている多恵は予想以上の返答に思わず口角を上げる。

 

 

(やっぱりな。あの特有の雰囲気はスポーツ選手のゾーンに近い。最高の状態に近づくとこの子は真価を発揮するんだろう。問題は、どうやってゾーンに持っていくか……)

 

「上重さん、ちょっと急かもしれないんだけど、私の特訓、これから先受けてみない?」

 

「え、えええええええ?!そ、そんなんお、恐れ多いというか、申し訳ないというか……!」

 

突然昨年の全国個人戦3位の打ち手から個別特訓してみないかと誘われたら1年生ならだれでも困惑するだろう。嬉しいことはうれしいのだが、自分がそんなことをしてもらえる価値があるとは漫はまだ思えていなかった。

 

 

「う、ウチ成績もからっきしだし、ご期待に添えるかどうか……」

 

「私が、やらせてほしいの。上重さんの才能をもっと伸ばしてみたい」

 

「ッ……!せやったら、よ、よろしくお願いします!!」

 

「よし、決まり。じゃあ明日からよろしくね~!」

 

大変機嫌よく、その場を去った多恵。

 

 

(やったぜこれは良い子を見つけたかもしれない……!どうやってこの能力を活かすか……俺自身精一杯努力しなきゃ上重さんに失礼だからな……!)

 

その多恵が出ていった直後。

顔を赤らめながら今起きたことが現実なのか確かめるためにとりあえずほっぺたをつねってみる漫。

 

あんな直球にお願いされたら断ることなんてできるはずもない。

そんな漫の横に麻雀部の主将、愛宕洋榎が腰かけてきた。

 

 

「面白いやっちゃろ。多恵は」

 

ガハハーと、とてもわざとらしく笑う洋榎。

漫も姫松のネットの記事等を読んで、この2人が旧知の仲であることは知っていた。

 

 

「どうして倉橋先輩は、ウチなんかにチャンスをくれたんですかね……?」

 

「あいつの考えることはウチにもよーわからん。わからんけどな、あいつめちゃくちゃ麻雀好きやねん。せやから、漫ちゃんの麻雀見てて、面白そうって思ったんちゃう?」

 

「お、おもろいって、大事なんですかね?」

 

「さあ……ウチはようわからんけどな、見てる人をワクワクさせる麻雀を打つヤツが好きやー、とはよく言うとったで」

 

「ワクワクさせる……麻雀」

 

自分の手を見ながら漫は自分にそんな力があるのだろうかと、まだ半信半疑だった。今まで自分の麻雀をそのように言ってくれる人はいなかったし、多恵が自分のどんなところを評価してくれたのか、まだ理解ができていなかった。

 

 

「主将って、倉橋先輩と幼馴染なんですよね?初めて会った時からあんな人だったんですか?」

 

「いやあ、初めて会った時は、こいつ麻雀やってておもろいんかなあって思ったで。表情も薄くてなあ」

 

 

漫は今の多恵しか見たことがなかったので、意外に思った。他の部員と麻雀を打ってるときはとても楽しそうだし、麻雀談義をしているときなど特に目が輝いている。

 

 

「少し昔話になってまうけどな」

 

そう前置きして洋恵が語ってくれたのは、洋榎と多恵が出会った時の話だった。

洋榎が多恵に初めて会ったのは小学4年の頃。しかし普通に出会ったわけではない。それはもう衝撃的な出会いだった。

 

 

 

 



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第7局 倉橋多恵

ようやく多恵の対局です。




――7年前。洋榎が小学4年生の春。

 

 

「ほな、いってくるでー」

 

洋榎はいつものように雀荘にでかける。小学4年生がいつものように雀荘にでかける日常がここにはあった。妹の絹は前はたまについてくることもあったのだが、最近はサッカーにお熱で、洋榎からしても外で運動することはいいことだし、特に引き止めたりはしなかった。

 

 

「ちょっと洋榎、ええか?」

 

でかけようとドアを開けかけたタイミングで後ろから声がかかる。

 

 

「なんや、おかん」

 

愛宕雅枝。洋榎と絹恵の母親であり、プロ雀士である。雅枝はこのあたりの雀荘経営者とも仲が良く、クラブチーム等にも出入りをしていた。

 

 

「雀荘経営してるここらの友人たちから最近変な話聞いててなあ、あんたと同い年くらいの女の子がこのへんの雀荘で高レートの卓で暴れまわってるらしいんよ」

 

「なんやそれ、道場破りの真似事かいな」

 

「ようわからへんけどな、事情があるんかどうか……もし会うことがあったら教えてや」

 

小学生が高レートのフリーなど、普通は打てるはずもない。そもそもそんな状況にはまずならない。小学生の子供を高レートフリーに行かせる親がいないのだ。まず、もし負けるようなことがあればそんな大金を小学生は払えない。それなのに打たせてもらえている、打ち続けていられるというのはなにか理由がある。

 

「よほど強いんか……それともただのボンボンか……」

 

「同年代で強い子がおるのはええことやし、強い打ち手やとええな」

 

考えるように首をかしげる娘を見つめて、そう伝える雅枝。

 

「会うかわからへんけど、いってくるわ」

 

そう言い残すと、洋榎はドアをあけて飛び出していく。

洋榎の表情はいつもより心なしか明るく見えた。

 

 

 

 

 

 

 

「おばはーん来たでえ~」

 

洋榎がよく訪れる雀荘は商店街のビルの3階に位置していた。昨今増えてきたいわゆるチェーンのお店ではなく、元プロで洋榎の母親の知り合いであるマスターが経営する自営業のお店。

 

 

「おー洋榎。よく来た。飲み物は?」

 

「コーラがええわー、ってなんやあのギャラリーは」

 

いつものように飲み物を頼んだ後、洋榎は雀荘がいつもの雰囲気ではないことに気付く。普段なら2,3卓立っているはずのフリーは1卓しかたっておらず、その周りにはギャラリーができている。

 

 

「来てるねん、今日はウチに、さすらいの小学生はんが」

 

「ほんまか!」

 

少し期待してたとはいえ、まさか話を聞いて初日にヒットするとは思っていなかった洋榎は、予想外の事態に興奮を隠せない。

 

既に周りにできていたギャラリーを押しのけて、その卓を見れるような位置を陣取る。

そもそもフリーは後ろ見自体が御法度なのだが、この日はこの小学生に挑みたいという大人と、小学生本人からの了承もあり、後ろ見が許されていた。

 

 

(状況は……南2、点数状況は……あの銀髪の小学生がトップか)

 

銀髪をミディアムショートボブにまとめて、両側の耳の前で揺れる髪が特徴的な小学生。倉橋多恵だった。

淡々と打牌をしているように見えて、その手さばきはよどみない。ある程度打てるかどうかは、こういった手さばきでも垣間見ることができる。

 

しかしどこか感情なく打牌をするその姿は、心から麻雀を楽しむ洋榎からすると、とても奇妙に映っていた。

 

 

(対局者は……おかんの友達の元プロの人に、常連の眼鏡のおっさんと、クラブチームのコーチをやってるサラリーマンか。随分と強いメンバーが集まってるみたいやけど、マスター、さてはこいつにこのメンツぶつけるの元々決めていたんやな)

 

「おー洋榎ちゃん来たんか!」という常連さんたちの歓迎ムードをよそに、洋榎は一目散にその小学生と元プロの女性の間に陣取る。

 

点数状況を確認すると、

 

元プロ 26000

多恵 34200

眼鏡 22200

リーマン 17600

 

となっていた。

 

 

(さて、お手並み拝見といこか)

 

南2局 親 多恵 ドラ{7}

多恵 手牌

 

{12446689三五八東中西}

 

(索子多めの手牌やな、一色手を見て、{八}から切り出すか……)

 

多恵は理牌を終えて一息つくと、{西}から切り出した。

 

(まあちょっとの差やけどトップ目やし、無理に染めにいかんでもええか)

 

しかしそんな洋榎の思いとは裏腹に、順調に多恵のツモが伸びていく。

 

 

 

8巡目 多恵 手牌

{123444566789東} ツモ{9}

 

(聴牌……やな。待ちは……)

 

と考える暇もなく多恵が{東}を切り出した。

 

(おいおいええんか?待ち確認もろくにせんで切っても)

 

小学生がこのスピードで清一色の待ちをすぐに把握できるはずがないと洋榎は思っている。

だからこそ洋榎は、この時は焦っているのかもな程度に思っていた。誰だって清一色を張ったら緊張する。プロですら打牌選択を間違えることがあるのだ。

 

しかし次順、そんな心配は杞憂だったことに気付かされる。

 

多恵 手牌

{1234445667899} ツモ{1}

 

(これは、九連の一向聴か……?っておい!)

 

洋榎がそう考えたのも束の間、多恵は持ってきた{1}をノータイムでツモ切りした。普通なら待ちの変化などの可能性もあるので少しは考えたいところ。さらに言えば役満、九連宝燈の一向聴なのだから、迷うべき要素はいくらでもある。

 

(せやけどよう見るとこの手、もし九連が聴牌したとしても、その時にはもうツモかロン和了りが先に成立しとる。ちゅうことは、もう道中の和了りを見逃す気がないんやったら、目指す価値が無いんか)

 

対面のサラリーマンが長考に入っている間、洋榎はそこでようやく多恵の狙いに気付いた。

 

 

(もしこれを本当にわかってて打牌しているんだとしたら、とんでもないやつやな)

 

そして次順に洋榎のその直感は、確信へと変わる。

 

 

 

多恵 手牌

{1234445667899} ツモ{6}

 

(なんやなんや、ありえへんくらい手牌が伸びる。これは何を切れば……)

 

そう考えるのも束の間、間髪入れずに多恵が手牌の{9}を横に曲げた。

 

 

「リーチ」

 

(おおおお何待ちや……{36}……{47}…{5}もか)

 

余談だが、もし洋榎が中学生、高校生ぐらいであれば、このくらいの芸当は洋榎にもできたであろう。しかしこの時はまだ小学生。自分にできていないことが目の前の少女にできていると思うと、洋榎はとても悔しかった。

 

そんなことを思っていると、次巡に更に恐ろしいことが起こる。

 

 

「ツモ。12000オールの1枚オールです」

 

静かにツモられた牌は{4}。1枚しかない最高目を引き和了ったのだ。

 

 

「かあ~!参った参った!」

 

「とんでもないやこりゃあ」

 

全く捨て牌が清一色に見えない中での多恵の和了りに、対局者が愕然としている。索子を切るときの迷いのなさが、多恵の手役の清一色の可能性を薄れさせていた。

と、いうよりも捨て牌から清一色とはまず読めない。

あまりにも異質なこの手牌に、上家に座る元プロの女性が多恵に話しかけた。

 

 

「これでこの局3回目の一発ツモ…あなたなにか、()()()()わね」

 

3回目やと?という洋榎の疑問をよそに、あまり関心がなさそうに多恵が応えた。

 

 

「いや、でも一発ツモは全部多面待ちですし、たまたまかと……」

 

「たまたまなわけないでしょ!たまに出てくるのよね、こういうとんでもない子が。かなわないわ」

 

洋榎は驚きのあまり声が出なかった。洋榎はこの元プロの女性に勝ったことはないし、他の常連の2人にも勝てたり負けたりが続いている。その3人をもってしても、かなわないと言わしめるこの目の前の少女はいったい何者なのか。

 

自分の常識が覆されていくのを洋榎は感じていた。

 

 

点差は大きく離れたが、局が再開し、一本場を迎える。

 

 

8巡目 親 多恵 ドラ {⑥}

手牌

{②②③④⑤⑥⑧赤5678七八} ツモ{九}

 

(聴牌。もうだいぶ点差も離れたし、この愚形役なしドラ2はリーチやな)

 

混乱する頭を必死に冷静に保ち、そう思った洋榎だったが、多恵の選択は{8}を切ってのリーチせずだった。

一見リーチしてもよさそうな状況だったが、洋榎は冷静に場を観察する。

 

 

(トリダマ……筒子がいい形やし、好形変化をねらっとんのか)

 

あり得る選択だろう。

洋榎は自分であったらどうするかを、常に考え続けていた。

 

しかし同巡、元プロの女性が牌を横に曲げる。

 

 

「リーチしよか」

 

ちょうど元プロと多恵の間にいた洋榎はそっと元プロの手牌を確認する。

 

 

元プロ 手牌

{①①③③⑥⑥3399東東西}

 

(来た……七対子字牌単騎……!)

 

洋榎はこの元プロの現役時代の対局も見たことがあり、そのスタイルを知っていた。七対子を得意役とし、その上字牌単騎で待つと高確率でツモり、そのうえ待ち牌が裏ドラになる。そういう確率を度外視した力を持っている人だった。

 

(これはさすがにこいつも引くやろ)

 

トップ目ということもあり、いくら点差があるとはいえ2着目からの直撃は避けたいこの場面はオリるだろうと洋榎は考えていた。

しかし、同巡に多恵が持ってきた牌を見て、洋榎は自身に雷が落ちたかのような感覚に陥った。

 

 

多恵 手牌

{②②③④⑤⑥⑧赤567七八九} ツモ{②}

 

 

 

(……こりゃあとんでもないバケモンやな)

 

そう言いながら、洋榎は自然と自分の口角が上がっていることに気付いた。

引くだろうと思いながらも、どこか裏切ってくれるように期待していたのかもしれない。

 

 

「リーチ」

 

よどみなく手牌から通っていない{⑧}を切ると、当然のことのように牌を曲げた。

そして、予定調和のように、次のツモ牌、{④}を静かに手牌の横に開く。それは同時に終局を意味していた。

 

 

「ツモ……6000オールの2枚オールです」

 

「はーい2卓ラストでーす!ご優勝は3連勝で多恵ちゃん!誰も勝てませーん!」

 

とんでもないことがおきたとばかりにマスターが対局結果を雀荘全体に発表すると、おおー!!とギャラリー、他の卓問わず歓声があがる。

 

 

 

洋榎はこの日出会ったのだ。自分の運命を大きく変え、そしてこの先かけがえのない友となる雀士と。

 

 

 

 

 




倉橋多恵

能力
・多面待ちになりやすく、3面張以上のリーチは確実に高目を一発でツモ和了る。

(5段階評価)
能力 5
精神力 5
自摸 4
配牌 4
運  4

合計 22 (MAX25)

(能力値は咲-Saki-全国編 Vita版の能力値基準です)


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第8局 育成選手 上重漫

「で、この形は何を切ればいいとおもいますか?」

 

「ええ~と……{4}??」

 

「ちがあああああう!!飛び対子の基本は中から切る!{6}が正解!」

 

上重漫の特訓が行われているのは、放課後。部活も終わり、各自自主練習か、帰宅を選べるこの時間に、多恵は漫を部の対局室に呼んで特訓を行っていた。

もう特訓開始から2週間が経過している。

 

漫は順調に成長していた。元々あった才能に、基本的な知識をしっかりと叩き込むことで、素の雀力も伸びてきていた。あまりちゃんとした指導を受けてこなかったようで、意外と見逃しがちな基礎知識が足りていない部分が多かったのだ。

 

そして何よりも自分の状態を上げる練習。漫が最高の状態に入れば、多恵ですら相手にするのは厄介だ。その状態にどうすれば早く持っていけて、そして維持できるのか。その練習を主軸にして特訓は行われていた。

 

今日もある程度の基礎知識問題と状態を上げる特訓を終えて、頭と身体がオーバーフローして口から魂が出てしまっている漫のために紅茶を淹れる。

 

多恵に淹れてもらった紅茶を飲みながら、漫はふと、疑問に思ったことを聞いてみることにした。

 

 

「倉橋先輩の対局、ウ…私何回も見たことあるんですけど、倉橋先輩て、全然デジタルやないですよね?やのに、デジタルの本ばっかり読んでいるのは何か理由があるんですか?」

 

多恵がいつも愛読してる麻雀本はほとんどがデジタルのものだった。しかし、彼女の麻雀はデジタルに徹していない部分も多い。

多恵はうーん、と少し考えてから

 

「数字はね、知っておくに越したことはないんよ。この世界ではそこまで役に立つものじゃないけどね……」

 

(デジタルなんて通用するレベルじゃない相手がたくさんいるからなあ。確率を超えた和了りなんか、こっちに来てから嫌っていうほど見てきたし、俺もたまーにできるし)

 

世界?と疑問符を浮かべながら漫が紅茶の入ったカップを横の机に置く。

 

ちなみにあまりにも関西弁に囲まれて多恵もたまにエセ関西弁が出るようになってしまっていた。閑話休題。

 

「私はね、昔はメンタルがすごい弱かったの。なんでこんなに振り込むんだろうって」

 

「ええ……対局中ロボットみたいやないですか倉橋先輩……」

 

今でこそ対局中にほとんど表情を動かすことはない多恵。しかし前世では心が折れそうになることはたくさんあった。

 

「じゃあどうやって気持ちをキープしてるかっていうとね。例えばほら、これ見てみて」

 

そう言って多恵は漫の目の前の卓で牌を並べる

 

{西18⑨①②}

{白七⑤横六}

 

「この河のリーチにじゃあ、この危険牌の{2}を切らなきゃいけない。これ何%くらい当たると思う?」

 

「ええ……どやろ、当たる牌なんていっぱいありますし、7%くらいちゃいますか?」

 

「正解はね、10%なんだ。つまりこの{2}って10回に1回はロンって言われるんだよね。この数字、漫ちゃんはどう思う?」

 

スジが9本通っているときの無スジ28の放銃率はだいたい10%。捨て牌の状況によってはもう少し値にズレが出るとはいえ、だいたいこの程度だ。

 

「へえ……意外と当たってまうんやなあ……って」

 

「そう、私もそう思った。あ、これ意外と当たるんだなって。そしたらね、意外と気持ちの切り替えってやりやすくなるもんよ」

 

「そんなもんですかね?」

 

「人によるけどね。少なくとも私はそう思うようにしてる」

 

なるほどなあ……と改めて河を見る漫。

 

 

「そういう精神的な話、もう1つしておこうか」

 

そう言うが早いか、多恵は今度は手牌を並べていく。

そして対局者の河も作り始めた。

 

「この手牌でリーチを打ちます。さて、山に残り何枚だと思う?」

 

手牌

{①②③33345678五五}

 

多恵が好きそうな手牌だな、となんとなく漫はそんなことを思った。

この手の待ちは{369五}の4種10牌の変則四面張。河には{9}が1枚だけ転がってるだけで、他に情報は特になかった。

 

「ええ……難しいですね……この巡目なら4枚は残っててほしいなあと思いますかね」

 

「なんで?!」

 

漫の解答に驚愕の表情を見せる多恵。

どうしてそんなひどいことを言うの?!と言いたげな多恵の愕然とした顔に、何故驚かれたのかわからないといった様子の漫は自分の答えが浅はかで怒らせてしまったのかと動揺する。

 

 

「い、いや、相手の手牌読みが難しくて……見た目では9枚残ってますけど……」

 

「そう!9枚!」

 

途端に嬉しそうにニコニコと答えた多恵と漫の間に、微妙な間が生まれる。

 

 

「……いやいやいやいや?!そんな相手の手牌に使われてることだって」

 

「そんなのない!残りは全部山!だから残り9枚!」

 

漫はこの先輩頭がおかしくなってしまったのかと一瞬思った。

どんなに良い待ちであっても、全て相手の手牌に使われて山にはない……そんなことだって麻雀においてはよくあることだ。

それを都合よく残りは全部山だなんてそんなこと……とそこまで考えを巡らせて、この話の冒頭で、多恵が「精神(メンタル)の話」といっていたのを思い出した。

 

 

「これはね、昔の知り合いですごーくすごーく強い人が教えてくれた考え方なんだけど、勝負手のリーチの時はそれくらいの気持ちでいていいんだって」

 

「なるほど……」

 

どうしても自分の手が良ければ良いほど、リーチに行くのに尻込みをしてしまう時はある。場況が悪い、ドラ表示牌だから……色々な理由をつけてリーチに踏み切れない。そういった感覚は漫にも覚えがあった。

 

 

「ま、その人は鳴いて混一(ホンイツ)やってりゃ大体勝てるとも言ってたけどね」

 

「ホンマに強いんですかその人?!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

夏を控えた姫松高校麻雀部は忙しい。

 

部内ではインターハイのメンバー入りをかけて日々部員たちの努力が続いている。最後のメンバー争いでなんとしてもメンバーに入りたい者。特待で入ったからには活躍したい者。思惑は人それぞれだが、強豪校に来て試合に出たいという願望は誰もが持つだろう。

 

そして、その部内の成績表をみて頭を悩ませる人物が1人。

末原恭子である。

 

「恭子どーしたの、そんな8種8牌で仕方なく手なりに打とうと思ったら国士の有効牌ばっか引いてきたみたいな顔して」

 

「多恵のそのたとえホンマに微妙よな……」

 

多恵の麻雀あるあるシリーズに対して恭子がジト目で返すのはもう恒例行事になっている。

いつも通りのちょっと丈の長いパンツ姿で、恭子はクルクルと手元でペンを回していた。

 

 

「そもそも多恵のせいでもあんねんで。……漫ちゃんが順調に成績を伸ばしとる。ここに関しては多恵の見立ては正しかったってウチも思っとる。せやけどもし仮にこのままレギュラーに食い込むとしたら、……春のメンバーから誰かが外れる」

 

「……」

 

当たり前のことだった。部活動の世界は、残酷で、団体戦のオーダーに入れるのは5人。もちろん控えとして行動をともにするメンバーはいるが、よほどのことがない限りは5人で団体戦を戦い抜く。

赤阪監督代行も、漫を入れることには概ね賛成している。組織として、1年生がレギュラーに入ることは、来年からも見据えればとても良い傾向だ。

 

今年の春の大会のメンバーは

 

先鋒 倉橋多恵

次鋒 真瀬由子

中堅 愛宕洋榎

副将 愛宕絹恵

大将 末原恭子

 

となっていた。成績を見ても洋榎と多恵のダブルエースはもちろん外せないし、由子も実はマイナスになったことがほとんどない。恭子も他校の大将を相手に柔軟な対応ができ、条件戦に強い。

と、なると候補は実は1人しかいない。

 

 

「絹ちゃんも決して成績が悪いわけやない。それに、絹にとっては、憧れの姉と一緒に出れる、最後のインターハイや」

 

「そう……だね」

 

多恵もよく愛宕家にはお世話になっており、絹恵とも長い仲だ。一緒にサッカーもしたし、麻雀もよく打った。そして人一倍、お姉ちゃんに認められたいという想いが強いことも知っている。

よく、絹は「多恵姉や末原先輩のように、お姉ちゃんから認められるようになりたいんです」と言っていた。

 

 

「今のところ、部内での成績は上位4人がうちら3年。5位から8位の間のメンバーで来週対局をしてもらおうと思っとる」

 

「そうだね。もうそこまで来たら各々の実力に任せるしかない。私も私情抜きで観戦することにするよ」

 

 

 

夏のメンバー発表はもう来週に迫っていた。

 

 

 

 



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インターハイ団体戦編
第9局 夏が始まる


遅ればせながら最新20巻読みました。
いや、先鋒戦熱すぎですね!
我らが小走やえにも1コマだけ出番があったとかなかったとか……。




メンバー発表を終えた、姫松高校麻雀部の部室。

メンバーに入れて喜ぶ者、入れずに悲嘆にくれる者……

現実は過酷で、どんな競技においても、努力してもその努力の量に結果が比例するとは限らない。

 

 

「あ、あの……絹恵先輩……」

 

「なんや、そんな辛気臭い顔して」

 

日も暮れて、もう人も少なくなった部室で、鞄を持って出ていこうとする絹恵に、漫はたまらず声をかけた。

最終選考の結果、姫松高校の団体戦のオーダーは次のように決まった。

 

先鋒 倉橋多恵

次鋒 上重漫

中堅 愛宕洋榎

副将 真瀬由子

大将 末原恭子

 

部内でも話題になっていた団体戦最後の1枠を勝ち取ったのは、漫だった。

最終選考のレギュラー陣も交えた対局で、漫は驚くべき数字を残した。たった1局ではあるが、洋榎と多恵を抑えての1着。それの意味するところは大きい。他校の強者たちにも通用する力を証明したのだ。そしてその卓には、絹恵も入っていた。

 

「漫ちゃんホンマ強かったわ。ウチには来年もあるんやし、心強い1年生がいてくれてうれしいで」

 

「で、でも……!」

 

心からそう思っているように、絹恵は笑顔で漫にそう答えた。

しかし、もちろん漫も絹恵がどれだけの想いでこれまでの大会に挑み、そして今回の最終選考に挑んでいたかを知っている。それだけに、絹恵ともっとちゃんと話がしたい。

漫はそう思って口を開こうとする。

 

その時だった。

 

 

「漫ちゃーん帰んでー」

 

「わ!ちょっと!多恵先輩?!待って……ってか力強ないですか?!」

 

そんなタイミングで部室の外にいた多恵がひょいと漫の襟を持ち上げて、文字通り漫を持って帰っていった。

 

漫を見込んで実力をつけさせたのが多恵だということは絹恵ももちろん知っている。最初は複雑な心境にもなったが、それでも実力でレギュラーを勝ち取ろうという想いはあったし、姉である洋榎からも、「絹ならいけるやろ」と言われていた。

 

しかし、蓋を開けてみれば惨敗。姉と出られる最後のインターハイのレギュラーを、勝ち取ることはできなかった。

 

 

「絹」

 

「お姉……ちゃん?」

 

もう誰もいないと思っていた部室の奥から姉である洋榎が出てくる。洋榎はマメで、もう3年である洋榎はしなくても良い洗牌をして、最後まで部室に残っていることがあった。本人は「やりたいからやってるだけや」と言ってはいるが。

 

洋榎は多恵が出ていった部室の外を見やってから、絹恵の方に向き直った。

 

 

「多恵はな、本気で優勝狙ってるんや。去年のインターハイでチャンピオンに負けて、ウチらが準優勝止まりだったこと、自分のせいにしとる。誰も多恵のせいやなんて思っとるやつおらんのにな」

 

「多恵姉でも、弱気になること、あるんだね」

 

「あいつホンマはただの麻雀バカやからな!」

 

いつも通りにガハハのハ!と笑って、

そして一呼吸してから。

 

 

「……だから多恵も必死なんや。別に絹をレギュラーから外したかったわけやない」

 

「ッ……!」

 

心のどこかで思ってしまっていた。私が弱いから外そうとしたんじゃないかって。長い付き合いになり、そんなことする人なはずがないって知ってるはずなのに。自分の弱さを隠したいがために、どこか言い訳でそんなことを考えている自分がいた。絹恵はそんな自分が、どうしようもないほど嫌いだった。

 

 

「う……ウチ……ウチ……!お姉ちゃんとの最後のインターハイ、一緒に出たかった……!」

 

想いが溢れて、目からは大粒の涙がこぼれていた。

 

「お姉ちゃんと交代で卓に向かう瞬間が本当に好きで……誇らしくて…っ!みんなでつなぐ団体戦にホンマに出たかった……ッ!」

 

「せやな。ウチも、絹と一緒に、団体戦やりたかったわ」

 

洋榎はあやすように妹をそっと抱きしめると、トントンと背中を叩いた。

 

試合に出たいと思う気持ちは誰にでもある。しかし、こと絹恵にとってこの姉と出れる最後のインターハイには特別な意味合いがあった。初めて姉と同じ団体戦のメンバーに入れた時、それはもう嬉しかった。そして同時に、このメンバーで全国優勝を果たしたいという想いも強くなり、「姉と共に全国優勝」が狙える最後のチャンスが、この夏のインターハイだった。

 

 

そして、その部室のドアをまたいで、うずくまって膝を抱える生徒が一人。

 

「……」

 

「1年生の漫ちゃんには酷なことかもしれないけど、試合に出るからにはこの絹ちゃんの想いも、そしてメンバーを外れた3年生の想いも、私たちが背負っていかなきゃいけない」

 

多恵の言葉を聞いてさらにぎゅう、と制服のスカートを強く握りしめる漫。

 

「はい……必ず……!」

 

涙を浮かべる漫の顔には、確かな覚悟が宿っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

第71回夏の全国高等学校麻雀選手権大会。

 

 

真夏の東京で、その抽選会が間もなく開始されようとしていた。

 

 

「抽選って響きがどことなく風船よな」

 

ここ、東京のとある施設で子供たちに風船を配るイベントを見ながら洋榎がそう言った。

 

「いや、 せん だけやん」

 

「はー……麻雀は上手くてもツッコミはノミレベルやな多恵……」

 

「め、めう……」

 

姫松高校は危なげなく予選を突破し、ここ、東京で開催されるインターハイへ駒を進めていた。春季大会での成績も考慮され、姫松は第2シードが確定している。しかし敵はシード校だけではない。無名校がとんでもない強さを発揮してくることだってある。そういった事態に備えて、姫松の面々は全員で抽選会の会場に来ていた。

 

 

 

 

会場内の控室に着くと、恭子がとりあえず全国の高校をまとめたデータを話す。

 

 

「シード以外の強豪校だと要注意なんは、福岡の新道寺、鹿児島の永水女子、奈良の晩成、あとは去年あれだけ暴れまわった長野の龍門渕が出てきてないんは不気味ですね」

 

「あのチビっ子か。あれはヤバかったな。去年は臨海のトコで助かったわ」

 

洋榎にそこまで言わせるのが、龍門渕高校。長野の高校で、去年は3校まとめてトバすなど、散々暴れまわったのだが、今年は出てきていない。去年のメンバーが丸々残っていたはずの龍門渕を抑えて、今年出てきた清澄がどこまで強いのか未知数だ。

 

 

「とにかくウチのブロックにどの高校が来ても対応できるように、抽選会が終わり次第データ班には動いてもらうことにしとる」

 

「よっしゃどこが来てもボコボコにしたるで~かかってこいやあ~!」

 

やる気満々といった様子で椅子の上に立ちあがる洋榎。

今日の抽選会の様子を、姫松高校の面々は控室のモニターから見ることになっている。シード権を持っている高校は直接会場に行く必要がないからだ。

 

「それでは、これより第71回全国高等学校麻雀選手権大会抽選会を行います。予備番号順にお呼びしますので、呼ばれた高校の主将は前に出てきてくじを引いてください」

 

ざわざわとまだ落ち着かない会場内で、1校ずつ順番に呼ばれていく。

そうしている内に、初めて見知った顔が出てきたのは、もう半分以上が埋まった後のことだった。

 

「奈良県、晩成高校」

 

特徴的な緑髪のサイドテールを揺らしながら、去年の個人戦決勝卓にいた一人、小走やえが中央に歩いてくる。もちろん会場内の高校も晩成は警戒しているようで、固唾をのんで見守っていた。

 

「晩成高校、30番!晩成高校30番!」

 

やえが高々と数字の書かれた板を掲げるのと同時に、おおおおお~~!!という大きなどよめきが会場内に巻き起こる。逆のブロックで安心したもの、1回戦から当たってしまって悲しむもの。感情は様々だろう。

 

 

「早くてもやえに当たるのは準決勝卓だね」

 

やえの晩成が入ったブロックは第3シードの臨海女子のいるブロック。

 

 

「とりあえず、ウチらが初戦で当たりそうなんは……目立つところだと福岡の新道寺女子か」

 

「そうなりますね。とりあえず由子とウチは、なにかしらの対策を練る必要がありそうやな」

 

「大変なのよ~」

 

福岡の新道寺女子。九州の強豪校だ。今年からオーダーを組み替えて、副将にエースの白水哩を持ってきている。

 

「とりあえず~落ち着いてまずは他の初戦を見よか~せっかくうちは一回戦免除なんやし~」

 

ほっぺに手を当てながらそう皆に伝えるのは赤阪監督代行だ。確かに1年生の漫などは浮ついているのが目に見えてわかる。一回落ち着かせてあげることは大事だろう。

 

抽選会を終え、昼ごはんを控室で食べていると、洋榎と多恵の携帯が同時に鳴った。

 

 

「お、どうやらお呼び出しやな」

 

「そうだね。皆、ちょっと外すけどすぐ戻るね」

 

そう言って多恵と洋榎が控室の外へ出る。

どこに行ったのかわからない漫は、扉がしまってから行先に心当たりのありそうな恭子に行先を聞いてみた。

 

「あれ、多恵先輩と主将はどこへ行ったんですか??」

 

「ああ、あの4人で集まるんやろ、……関西の4強とか呼ばれてるあの4人や」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

まだマスコミも少し残る抽選会場の出口付近で、腕を組んで待っている人物がいる。不遜なあの態度は晩成の小走やえだなと思われる程度には、やえの実力は世間に浸透していた。

 

 

「待ってたわよ。多恵、洋榎」

 

「まだマスコミ残ってる所にするあたり、やえは目立ちたがりやな~」

 

暑さにやられて両手を前に出しながらだるそうに洋榎が手を振る。

 

 

「私達が会うんだから、それくらいは当然でしょ」

 

傲慢ともとれるその態度に、短髪の勝気な少女が割って入る。

 

 

「その自信はいったいどこから来てるんだ?やえよお」

 

「セーラ!随分遅かったじゃない」

 

「おー。あ、洋榎いいところに。早く30円返せ」

 

「パチンコ玉10個くらいでええか?」

 

「こんの……!」

 

遅れてセーラも合流する。笑ってはいるがいつもセーラは洋榎のペースに調子を狂わされ気味だ。

 

これで4人が全国の舞台で相まみえることとなった。

 

 

「いい、先に言わせてもらうわ。今年こそは晩成が全国優勝……個人戦も私が優勝する」

 

「ほお~随分と自信満々やないか。まさかそれだけ言いにここまで呼び出したんちゃうやろな?」

 

挑発気味にセーラがそう口にする。

学ランを羽織ってポケットに手を突っ込むセーラの姿は、場所が違えば不良と間違えられてもおかしくなさそうだ。

 

 

「今年はね……やっと良い感じの後輩が入ってきたの。今年は団体戦も勝って見せるわ」

 

「こっちも新しく1年生入って強くなってるよ、去年までとはまた一味違う」

 

多恵が自信ありげにこれを受ける。多恵自身も漫にはかなり期待している部分が大きい。

 

「まーそういうのは試合の時に語ろうや。言っとくけどな、この場にいる全員に負ける気はあらへん。全員ぶっ倒すために千里山に来たんや。俺が伝えるのはこれだけや。決勝で待ってるで」

 

 

そう言い残すとセーラはひらひらと手を振りながら帰っていく。もう言いたいことは言ったといわんばかりだ。

 

 

「ウチらも帰んで、多恵」

 

「うん」

 

そう言ってその場を去ろうとした。が、

 

 

「多恵!」

 

呼ばれて多恵が後ろを振り返ると、やえが真っすぐにこちらを見ている。

 

「今年こそは……今年こそはあんたと団体戦で戦うんだから……!首を洗って待ってなさいよ!」

 

「……もちろん、楽しみにしてる」

 

フン!と振り返って走っていくやえ。その姿を見送って、多恵はうれしさと、悲しさが同居したような変な気分になった。

 

 

(今年こそは……良い仲間に恵まれてほしいな。やえ。)

 

やえはその性格上あまり人と仲良くなることがなかった。もともと多恵とも奇妙な縁でつながっただけだ。そのやえが高校で苦しんでいるのは、多恵はよく知っている。

 

 

多恵はそんな去年のことを思い出していた。

 

 

 

 

 



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第10局 小走やえの葛藤

1年ほど前のお話。

 

丁度インターハイも終わり、どの高校でも代替わりのシーズン。

そんな中にあって今日は小走やえの家に多恵が呼び出されていた。

 

不機嫌そうにサイドテールをくるくると回すやえ。

 

(なんか怒ってるなあ~……)

 

そんな様子を見ながら、なんとなく今日呼び出された理由に思い当たる部分がある多恵。

と、言うのも小走やえは1年時から団体戦の花形であるエース区間、先鋒を任され、常にチームの柱として戦ってきた。

しかしそれは同時に、小走やえ以上とは言わないまでも、同等レベルの打ち手がいないということも意味している。

全国大会での晩成の成績は良いとは言えなかった。

やえが先鋒戦で稼いでも、力あるチームにそれ以降の戦いで追い付かれ、追い抜かれる。晩成はそんな負け方が続いていた。

 

「個人戦決勝、悔しかったわね」

 

「そうだね……私とやえで1,2フィニッシュだーとか思ってたのに、あの2人めちゃくちゃ強かったね。三倍満(トリプル)2回和了って勝てないんだからめちゃくちゃだよ」

 

「国際大会への枠もあの2人に持っていかれちゃったし、気に食わないわ!」

 

今年の個人戦決勝卓は、宮永照と辻垣内智葉に負け、多恵が3着、やえが4着という結果に終わっていた。この結果を受け、チャンピオンと2位の智葉は国際大会にも出場する運びとなっている。

 

「でもね、私は個人戦は楽しかったからいいのよ。もっと気に食わないのは……団体戦」

 

そういってベッドの上で膝を抱えるやえ。

 

(まあ……そうだよね)

 

団体戦で戦おうと意気込んでいた今年も、やえ率いる晩成高校は初戦で姿を消した。

このままでは来年も、決勝はおろか、姫松とも、千里山とも当たることがなく3年間が終わってしまう。

もちろん個人戦も大事だがやはり大きな注目を浴びるのは団体戦だった。

 

「やえからみてさ、成長が期待できる後輩とか、同い年はいないの?ほら、字牌多めの配牌5向聴気付いたら面混(メンホン)張ってる説みたいに」

 

「頼りがいがある子はいるのよ。けど、少なくともあなたたちと戦って勝てるとは思えない……」

 

やえレベルの付き合いになると多恵の麻雀あるあるは無視される。

 

やえがこのような弱気な発言をするのは、実は多恵の前だけだった。どこにいても、自信満々、不遜な態度が似合うやえだったが、その心は本当の所は強くない。むしろ強くないからこそ虚勢を張っているともいえる。

 

やえにとって初めて麻雀を通じて友達になった多恵はそれだけ特別だった。

少しの沈黙がその場を包む。

 

「そうだ」

 

そんな雰囲気を少しでも払拭できればと思って多恵がもってきた鞄を漁りだす。

 

「気晴らしにさ、久しぶりにアレ、やろうか」

 

とりあえずやえをまず元気付けてあげようと持ってきたミニマム牌を取り出す。全部持ってくるのはさすがに重かったので、索子だけ。

清一色麻雀だ。

 

「へえ、私に挑もうなんて、いい度胸ね」

 

「そんなこと言って、コレで私に勝ったことまだないでしょうに、今日も理牌無しだからね」

 

笑いながら牌を並べだす2人。

いつだって2人は麻雀を通して仲良くなってきた。

清一色麻雀は、文字通り筒子か萬子、索子のどれかだけを使って麻雀をする。もちろん手牌は一色に染まるので、待ちが複雑になることもあるのだが、この2人はそれを理牌無しで行う。

 

やえが牌理や牌効率に精通することができたのは、こういった日々の多恵との遊びからなのだが、本人はそれを認めたがらない。

 

「私、強い高校に行けば、あんたみたいな友達ができると思ってた」

 

「うん……」

 

カチャカチャと牌を混ぜながらやえがポソっとそんなことを口にする。

 

「でも、私についてきてくれる人もいたけど、離れていく人もいたの。最初は戸惑ったわ」

 

やえのやり方は多恵からすると想像でしかないのだが、その性格上、自分の強さで全員を引っ張っていこうとしたのだろう。それは決して悪いことではないが、言葉が足りない部分があるとどうしても離れていく人もいるだろう。

 

「私だけが強くても、団体戦は勝てないし。どうしたらいいのかわからなくて……」

 

(例えば私と洋榎に恭子がいたように、力だけじゃなくて誰かをまとめてくれるような人がチームを強くする。やえにはそんな存在がきっといないんだろう)

 

前世でもそうだった。プロリーグに所属していた多恵は、チームとして対局をすることも多かった。そしてそこには、勝てば喜びを分かち合い、負ければみんなで悔しがり、励ましあう。そんな仲間が多恵にもいた。

 

「私の立場からあんまり偉そうなことは言えないけどさ」

 

多恵はかける言葉に迷っていた。今も昔も仲間に恵まれていると思う自分が、仲間がいつかできるよなんて無責任なことは言いたくない。

だから。

 

「やえは今のスタイルでいいんじゃないかな。それで、もっともっと強くなろうとする姿を皆に見せ続ければ」

 

「え、でも」

 

「今までだってそうだったかもしれないけど、やえの必死に努力する姿と、自分1人で相手校全てをねじ伏せようとする姿は、きっと皆見てる。それを見てなにも思わない後輩たちなんていないはずだよ」

 

一番の教育は、自分の背中を見せること。どんな競技でもそれは言えることだ。

それにさ、と付け加えて清一色麻雀の準備を整えた多恵が言う。

 

「やえが1人で、対戦校1人を集中砲火して、トバしちゃえばいいじゃん!そうすれば無条件通過だよ!」

 

「……多恵あんた簡単に言うわね……」

 

多恵の言う通り、先鋒戦で誰かをトバせば、対局は終了する。しかし、団体戦の持ち点は10万点。普段の4倍だ。それを削りきるというのは、大会史上誰もなしえていない偉業だ。

 

「それができるくらいには、私はやえを見込んでるけど?」

 

「……言ってくれるじゃない!わかったわ、うじうじ悩んでも仕方ない!私がトバせなきゃ勝てないくらいの気持ちでいってやるわよ!!」

 

ダンと立ち上がってやえが力強く宣言する。

さっきまでの弱気な面は影を潜め、今ではすっかりいつものやえだ。

 

(こんな風に調子を取り戻してくれる誰かが、チームにいればいいんだけど……そうもいかなさそうだな)

 

誰だって弱気になるときはある。麻雀は運の絡むゲームで、それだけに精神(メンタル)の競技とも揶揄されるほどだ。

だからこそ、精神的支えになってくれる何かがあれば……と思った時に、多恵はゴソゴソとまた鞄を漁る。

 

「これ、持ってなよ。ちっちゃくて、持ち歩きやすいでしょ」

 

「なにこれ、{8}??」

 

多恵が取り出したのは、さらに小さな麻雀牌、{8}だった。

 

「やえって平仮名だけどさ、漢字だと「八」が「重」なるっぽいじゃん?だからおまじない。たくさんの「八」が重なりますようにって」

 

「あんた本当にデジタルの本を愛読する人間なの……?そもそもなんで索子なのよ。まあいいわ、もらっておく」

 

呆れたようにやえはそれを受け取ると、ポケットに乱雑に突っ込んだ。

恥ずかしさを隠しているのが、長い付き合いの多恵からすると丸わかりなのだが。

 

「よーしじゃあ気を取り直して清一色麻雀やろう」

 

「そうね!えーと、あーテンパってるわ。はいリーチ」

 

改めて手牌のバラバラに見える索子を頭の中で整理したのち、手牌から{9}を曲げるやえ。

しかし。

 

「ローン!!!」

 

多恵 手牌

 

{1112334455678} 待ち{235689}

 

「……私もやるって言った手前あれだけどさ……このゲームあなたに勝てる人類いるわけ?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

インターハイ開催3日目。

 

「さて、じゃあ今日からこっち側のブロックなわけやし、見にいこか」

 

ホテルで朝食をとりながら、恭子がメンバー全員いるのを見渡して声をかける。

 

「お姉ちゃん、今日はやえちゃんさんの初戦やんな?」

 

「せやな。あいつのことやし、そんな心配はしとらんけど」

 

朝食に焼き鳥を食べて串を爪楊枝代わりにしている洋榎。

絹恵も、控えメンバーとして一緒に行動している。メンバーに万が一体調不良や、事故があったときのために、控えメンバーの帯同は許可されている。

絹恵がやえのことを「やえちゃんさん」と呼ぶのは、よく遊びに来ていたやえに対して「やえちゃん」と昔は呼んでいたが、敬称をつけたほうがいいだろうとなり、この形に収まっている。

どうしてそうなった。

 

今日から第2シードである姫松高校側のブロックの1回戦が始まる。

それはつまり、奈良の晩成高校の初戦の日でもあった。

晩成は……というよりは「小走やえ」は今大会の注目選手であるため、今日の観戦シートは満席だ。出場校には控室が与えられているのでそこから見ることができるが、運悪く席が確保できなかった人などは、外の大きなモニターで立ち見をしている始末だ。

 

「さあ、まもなく去年の個人戦ベスト4の1人、小走やえを擁する晩成高校の初戦です!他3校は先鋒戦でどれだけ食らいつき、そして次鋒戦以降でどれだけ点数を奪い返せるかがポイントとなってくるでしょう!」

 

実況席も、注目は先鋒戦だとアナウンスしているようだ。

 

(さあ、やえ、見せてくれ)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

一方そのころ晩成高校控室。

 

「じゃあ行ってくるわね」

 

「やえさん!」

 

控室を後にしようとしたとき、声をかけてきたのは、化粧っ気が強く、今時の女子高生ぽい1年生。この生徒は、やえが今1番期待しているチームメイトの、新子憧だった。

 

「必ず今年は決勝!行きましょうね!」

 

憧はやえの境遇を知っている。旧知のメンバーと戦うために麻雀を打っていることも。

去年のインターハイ個人戦でのやえの戦いぶりを見て、友人の勧誘を断ってまで憧は晩成へと進学した。

入学後、メキメキとその才覚を発揮し、見事強豪晩成で1年生にしてレギュラーの座をつかんだ憧は、この3ヶ月間、やえを慕って、やえに教えを請い、そしてやえの話をよく聞きたがった。

 

(多恵が言ってた、背中を見せ続けるってことはこのことなのかもね。多恵、私の仲間は面混(メンホン)とまでは言わないけど、必死に仕掛けて、混一(ホンイツ)くらいにはなったわよ)

 

そんな的外れなことを、少し思う。

 

「心配しなさんな……どれだけ対策しようとニワカはニワカ」

 

後ろを振り返って、憧を筆頭にこの1年で成長してくれた自分のチームメイトを見渡すやえ。

今年こそは、私が皆を導く。その想いが今のやえの原動力だ。

 

「ニワカは……相手にならんよ」

 

不敵に笑うその瞳には稲妻のような光が走っていた。

 

 

 

 

 




作者の至らぬ点が多く、原作との矛盾をいくつか報告いただいています。
気を付けて書き進めているのですが、どうしてもそういうことがあった場合は報告いただけると嬉しいです。

評価、感想は作者の活力になってます!本当にありがとうございます。



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第11局 ニワカは相手にならんよ

インターハイ1回戦。東1局が始まった。

 

「ロン!2000点です!」

 

「はい」

 

その幕開けは静かに。

この先鋒戦、やえ以外の高校は実は利害が一致している。どこも警戒すべきは小走やえであることがわかっていて、晩成に対してはその後のオーダーなら巻き返せるかもしれないと思っている。

であればやることは一つ。

 

(((先鋒戦は最少失点で切り抜ける)))

 

やえはそんな東1局の様子をみて、パタンと手牌を閉じる。

ある程度警戒されていることはわかっていたので様子を見たが、案の定、他の3校は力を合わせて、乗り切るつもりらしい。

 

ふう、と一息つくやえ。

 

(こざかしい……)

 

 

 

続く東2局も早い展開になっていた。

親ではないやえの下家が早くも2副露。しかも対面からのポン2つなので、やえは手番を飛ばされる形になっている。

全員が鳴きを意識して、早い展開に持ち込もうとしていることが、外からみてもわかる光景だった。

 

 

 

 

 

 

「めちゃくちゃ警戒されとるなあやえは」

 

「まあ、他の3校からしてみれば、この先鋒戦はなるべく早く終わらせて、次鋒戦以降に望みをつなげたいだろうしね」

 

姫松高校の控室、いつも通りに椅子を逆側から座って対局を眺めているのは、やえを古くから知る2人だった。

そしてよく知る仲だからこそ、

 

「まあ、それだけの小細工でやえが止まるとは思えへんけどな」

 

「同感だね」

 

そううまい事流されてやるほど、甘い打ち手ではないのもわかっていた。

 

 

 

 

 

9巡目、やえの上家に座る東愛知代表の津貝高校の選手が対面の2副露を眺める。

 

(2副露してポン出しが{③}か……もう差し込みに行ったほうがよさそうだ)

 

小走の速度も気になるが、2度ツモ番を飛ばされているので、2副露の対面の方が速そうに見えた。手牌から面子になっている{④}を取り出して河に放つ。

 

「ロン!」

 

案の定対面から声がかかって安心しかけたのも束の間

 

「ロン、頭ハネ」

 

やえの手牌が開かれる。インターハイのルールにダブロンはない。やえの頭ハネでの和了りとなる。

 

やえ 手牌 ドラ{⑦}

 

{②③④⑤⑥赤567三四赤五七七}

 

「8000」

 

(なんで2回ツモ飛ばされてそんな良形3面張聴牌入ってるんだ……!)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「小走、去年より手強くなってるな」

 

「サトハ、あの子知ってるデスか?」

 

臨海女子高校控室。今年の第3シードである臨海女子は、もし晩成が勝ち進めば次に当たる高校。先鋒には、去年個人準優勝の辻垣内智葉がいる。次鋒以降は留学生がメンバーを務め、全くもって隙がない。流石優勝候補の一角に数えられている高校といったところだろうか。

その臨海の副将メガンと、智葉が晩成の1回戦を見守っていた。

 

「小走は去年の個人戦決勝卓の一人だ。凶暴な獣のような、とてつもない暴れ方だったが……今はそれに、冷静さがついてきているように見えるな」

 

智葉は自身の対局時はつける眼鏡を外して、対局を見守る。画面の中の小走やえは東3局は3000、6000をツモり、リードを稼いだ。

 

「小走……その刃、去年までは狂戦士(バーサーカー)(たぐい)だったが、今年はどうやら違うようだな」

 

「サトハ……私達がやるのは麻雀ですヨネ……?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

東4局。やえの、終わらない親番が始まった。

 

対局者の誰もが流したいと思いながらも、リーチをかけられると踏み込めない。

 

「ツモ。4000オール」

 

{1234赤5689二三四南南} ツモ{7}

 

「ツモ。6100オール」

 

{①②③222444西西東東} ツモ{東}

 

「ツモ。8000は8200オール」

 

{②③④23344赤5三四赤五五} ツモ{二}

 

 

その結果が何を生むのか。

まるでチャンピオンの対局だった。

誰も止めることができず、圧倒的な速度と打点でゴリ押される。

 

「止まらないーーー!!誰も小走やえのリーチを止めることができません!東場でもう他校との点差はおよそ10万点をこえました!!全く他校をよせつけることなく、蹂躙しています!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「わかってへんなあ~。やえに愚形リーチ打たせる余裕持たせたらこうなるに決まってるやろ」

 

「セーラ、恐ろしいお友達がおるんやな……」

 

千里山高校控室。第4シードで今日試合がない千里山も、この対局を見ていた。セーラの隣に座るのは、どこか儚げな印象を持たせる、園城寺怜という少女だ。そしてこの少女が、千里山のエース、先鋒に座る選手でもある。

 

「小走さんは私も何回か対局したことあるんやけどー……もうあんまり相手にしたくはないなあ~」

 

苦笑いでそう話すのは大将を務める清水谷龍華だ。

 

「だいたいなあ、日和りすぎやねん。やえに狙い打ちされるのを恐れて、全員が手え縮こまっとる。それじゃあ和了れるもんも和了れんで」

 

セーラが他校の打ちまわしにイライラするなか、ようやくやえの親番が横移動で終わる。

 

「あ、やっと親番おとせたんやな」

 

直接対局になるかもしれない怜は、静かに対局を見守っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

起家マークがやっとのことで「南」に変わった。

もう晩成とそれ以外の点差は実に10万点ついてしまっている。

 

(晩成の小走はリーチに振り込まなければ流局も多いって言ったの誰だよ……!めちゃくちゃにツモられるじゃないか……!)

 

データ通りに行けば、小走やえのリーチは全員が回る選択肢をとることが多く、その性質上、流局も多い選手だった。なので、ある程度のリーチは流局するかに思われたのだが……。

 

「リーチ」

 

南場に入ってもやえの攻勢は変わらなかった。

親番が落ちてもリーチと打って出てくる。その姿は、まだ点数が足りない、と言わんばかりだ。

もう流局を期待することなど到底できようもない。

 

しかし、この局はやえの上家の津貝高校が同巡で追い付くことに成功する。

 

西家 手牌 ドラ{九}

 

{②④④567四五六七八西西} ツモ{西}

 

(よしっ!小走は同巡聴牌なら通ることも多い上に小走の初打が{③}、リーチだ!)

 

「通らばおっかけリーチ!」

 

勢いよく切り出された{②}。

しかし。

 

「通すわけないでしょ。ロン。12000」

 

やえ 手牌

 

{③④赤⑤⑥⑦456一二三九九} 

 

(その形で相手から当たり牌をつり出すために初打に3面張固定の{③}を打つのか……!)

 

「決まったあああ!!!これでもう晩成の点数は20万点近く!この半荘も既に6回目の和了!卓上の王者とは誰が呼んだか!小走やえの猛攻にみるみるうちに他校の点数が減っていきます!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ありゃありゃ、こりゃもうこの後追い付けるかも怪しい点差になってきたね、テルー」

 

「小走さんは……本当に強い人だから」

 

去年の優勝校、白糸台高校もこの対局を見守っていた。大将の大星淡と、チャンピオン宮永照。

決勝に上がってこなければ関係のない逆ブロックの試合だったが、今日行われる試合は全部逆ブロックで、なぜか照が他のチームの対局を見ようとしないこともあり、白糸台の控室では、晩成の試合がずっと映っていた。

 

「照がそこまで言うとは……もし小走が幼馴染の倉橋、愛宕洋榎と同じ姫松や、江口セーラと同じ千里山に行っていたらと思うと……ゾッとするな」

 

真剣な表情でそう語るのは、白糸台の次鋒を務める、弘世菫だ。

 

「去年の個人戦決勝、意図せずタッグ打ちのような形になったから、勝てた。ただ、なりふり構わず、小走さんが突っ込んできていたら、どうなってたかはわからない」

 

謙遜しているわけでもなさそうな照の言葉に、その場にいた一同が息をのむ。

もちろん、諸刃の剣であることは間違いない。個人戦決勝卓では、その刃を上手く御すことで、倉橋多恵が智葉と照から出和了りを絡めとっていった。しかし、その手綱を放れて、小走やえが暴れまわっていたら……大きく負けていたか、勝ちに届いていたか、その結果は誰にも分らない。

 

「ま、当たらないかもしれない相手のこと考えても仕方ないっしょー、南場の親番だよ。この勢い、誰か止められるのかな?」

 

淡の言葉に、全員の視線がモニターへと戻る。そこには、凶暴な獣のような眼光を光らせた小走やえが映っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「恐ろしい、恐ろしい親番がやってきました!他校にとってこれほど恐ろしい親番はないでしょう。小走やえ、この時点で23万点というこの得点は既に大会記録です!それほどの点数を持った状況で、南場の親番を迎えます……!」

 

麻雀というゲームは4人で行われる。

よって、通常和了できる確率は4分の1……25%だ。しかし、この世界で、圧倒的力量差があるとき、その常識は覆る。

 

(こんなこと言いたくないけど、この手が仕上がったら、多恵にもお礼を言わなきゃね)

 

配牌を受け取って、そんなことを考えるやえ。やえはこの対局の中で、段々と自分の感覚が研ぎ澄まされていくのを感じていた。打点も、上がってきている。

 

膝の上に手をやって、ポケットの感触を確かめれば、そこには小さな四角いお守り、ミニマム麻雀牌が入っていた。

 

(まだ終わってない、この局で……仕留める)

 

一方他校にとってみれば、地獄のような時間が続いていた。

この親番をしのぎ切ることができるのか?後半戦は?

 

しまいには、誰か和了ってくれ……と、他人任せになってしまう。

 

しかし、そんな思いをよそに、小走やえからの親リーチはなかなか飛んで来ず、オーラスは不気味な雰囲気で進行していた。

 

 

14巡目西家 手牌 ドラ{⑤}

 

{③④⑤⑤赤⑤2四赤五五六七八八} ツモ{六}

 

(タンヤオドラ5の聴牌……けど、小走の捨て牌……)

 

やえ 捨て牌

{①八一五白⑧}

{9⑥④七西西}

{①⑦}

 

(不気味すぎる……この{2}は通るのか……?)

 

2枚並んでいる{西}は手出しだったので対子落とし確定。以降はツモ切りが続いている。しかし点差はもう絶望的。

1校しか次へ行けない1回戦のルールだと、次鋒戦以降のためにも、少しでも点差を詰めておきたいと思う心がまだあるのは、普通なら良い事であった。

 

しかし、一つ運が悪かったことがあるとすれば…この卓の王者は()()ではなかったことか。

 

 

(行くしかない……!)

 

バシッと切られた{2}を見て、やえは静かに目を閉じ、そして小さくつぶやいた。

 

「多恵のおかげで、{8}が良く重なったなんて言ったら、笑われるかしらね」

 

そして自身の手を開く。同時に開かれた瞳には、稲妻のような閃光が走っていた。

 

 

 

 

 

 

 

「ロン。48000」

 

やえ 手牌

{2233444888発発発} ロン{2}

 

 

 

 

 

 

 

 

「りゅ、緑一色だあああああああ!!!!!それも面前自摸れば四暗刻もつくダブル役満!今大会初役満は、晩成の絶対王者、小走やえの手から飛び出しました!最下位の津貝高校から一閃!27万点という恐ろしい持ち点を抱えて、次鋒戦に回すどころか、後半戦にすら入らせずに1回戦突破だあ!!!!」

 

 

 

ガシャンと、そのまま卓に突っ伏してしまった津貝高校の先鋒と、その場に座ったまま顔面蒼白にしているほかの2人を見て、静かにその場を立つ小走やえ。

その姿はまさに絶対王者と呼ばれるにふさわしい。

 

そして去り際、小さく、目を細めて小走やえは言い放つ。

 

 

 

 

 

 

「ニワカは相手にならんよ」

 

 

 

 

 



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第12局 姫松初陣

嵐のような晩成の1回戦が終わり、やえは、控室へと戻ろうと帰路を歩いていた。そこに、目の前から走ってくる後輩の姿が映る。

 

「やえさーん!」

 

「アコ……べつに控室戻るんだし待っててくれてもよかったのに」

 

「あんなすごい試合見ていてもたってもいられなくて!マジですごかったですよ!緑一色聴牌したときなんて控室大盛り上がりだったんですから!!」

 

興奮冷めやらぬといった様子で、アコが矢継ぎ早にまくしたてる。

普段はここまでテンションを上げることは少ない憧だったが、大会記録を打ち立てて、そればかりか1人で相手校を蹴散らしてしまったのだから、この興奮も仕方がないだろう。

 

「運がよかったわ。本来ならアコの中堅戦くらいまでは全国の雰囲気経験させてあげたかったけど、まあ、それはこれから、ね」

 

「はあ~!マジかっこよすぎですよ……」

 

新子憧は小走やえの麻雀をみて晩成を志した。その張本人がこれだけ全国の舞台で暴れまわっている。アコは改めてやえさんはすごい人だなと実感していた。

そしてそんなやり取りをしていると、後ろから人影が近づいてきた。

 

「良い後輩ができたんだね、やえ」

 

「……多恵……」

 

「え、嘘、倉橋多恵……?」

 

ササっと隠れる必要もないのになぜかやえの後ろに隠れてしまったアコ。姫松高校の制服に、膝くらいまであるスカート、特徴的な短めの銀髪をなびかせるのは、雑誌などでよく見かける、倉橋多恵その人だった。アコももちろん、やえと多恵が旧知の仲であることは知っていたが、生で見るのは初めてだった。

 

「一回戦突破おめでとう。面前緑一色なんて驚いたよ。絶対ポンするって決めた牌絶対河に出てこない説が、よもやいい方向に転がるとはね……」

 

決め顔で顎に手をやる多恵を見て、アコはこの人何言っているんだろうと思った。

 

「一応、いまのところはあんたにお礼言っておくわ。でもね、準決勝であったら敵同士よ、首を洗って待ってなさい」

 

「……お礼言われるようなことあったっけ?」

 

はて?と首をかしげる多恵に対して、やえは若干恥ずかしそうに俯きながら何かをごにょごにょと呟いた。

 

「……あなたにもらった{8}のおかげで……なんか{8}がしっかり重なってくれた気がして……」

 

「いや、ありえないっしょ」

 

「あんたぶっ殺すわよ!?」

 

ハハっと笑い飛ばした多恵に対して、やえは拳を握りしめてくってかかろうとするが、後輩のアコが諫める。

 

「でも、持っててくれたんだ、お守り」

 

「フン!もう次からは持って行かないわ!あんたに呪いかけられてるかもしれないしね!」

 

そういうと、「アコ行くわよ」と後輩を連れて控室へと戻っていくやえ。

その後ろ姿を見えなくなるまで、多恵は眺めていた。

 

(いい仲間を得たんだね。やえのその強さが、次の試合でも折れませんように……)

 

多恵は知っていた。晩成が次に当たる2回戦が、過酷なものになるだろうということを。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

姫松高校控室。

初戦である2回戦を前にして、姫松の面々は緊張した面持ちで控室に集まっていた。

 

「以上が、2回戦の対戦相手のデータまとめや。一応、区間ごとに相手の資料まとめておいたから、しっかりと各自目を通しておいて」

 

いつも通りの恰好に、教鞭のような棒を用いて説明してくれたのは末原恭子。

我らが姫松高校が2回戦で当たる相手は、北九州の強豪、新道寺女子、岩手の宮守女子、そして南北海道の有珠山高校だ。

 

「宮守女子のところは沖縄の真嘉比がくると思ってたけど、宮守強かったね」

 

「完全に銘苅を完封してた。確実にあれは何かしてると思うわ。だから副将の由子は新道寺の白水に気をつけつつ、もし白水の動きが何らかの理由で遅い場合は……一気に前に出てええで」

 

「了解なのよ~やっつけるのよ~」

 

両手をワンツーと突き出す由子もやる気満々だ。

その様子を見て、もう一度全体を見渡して、恭子が話す。

 

「明日の先鋒戦、おそらく多恵は3校から徹底マークを受けるはずや。ウチも多恵がそれで完全に抑え込まれることはほぼ無いとは思ってるけどな、麻雀は何があるんかわからん。先鋒戦でリードを奪えなかったとしても、うろたえない。いつも通りに打てば、ウチらは負けん」

 

「多恵がこけて、つられてスズもこけたとしても絶対的エース洋榎ちゃんがボッコボコにしたるわ、安心してええで」

 

「なんでウチもこける前提なんですか!多恵先輩がコケても、ウチも頑張りますよ!」

 

「皆どうして私をコケさせようとするの……?」

 

後ろに手を組みながら洋榎がニヤリと笑い、漫が反論する。漫は最初の何日かは緊張して浮足立っていたが、メンバーと話したり、応援にきた同級生たちも合流して、気持ち的にも余裕ができたようだ。

 

「主将や皆にはそんなに心配してません。そんなことより、自分が心配ですわ。大将戦はおそらく未知数な相手との勝負になるでしょうし……」

 

珍しく恭子が弱気な発言をして、全員の視線が恭子に集まる。

 

「でも、凡人の自分がどこまでやれるんか、楽しみではあります」

 

その言葉に全員の表情が和らぐ。

 

(ほんと、頼もしい仲間たちに恵まれたもんだ)

 

姫松高校の夏のインターハイ初陣は、もうすぐそこまで迫っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

インターハイ6日目。

昨日からシード校が登場し、2回戦がスタート。第1シードの白糸台と、第4シードの千里山はそれぞれ順当に駒を進め、5日目の試合結果は、大方の予想通りとなっていた。

今日は第2シードの姫松と、第3シードの臨海女子が初戦を迎えることとなる。

 

 

「インターハイも6日目!ついにシード校全てが出揃うこととなります。野依プロ、今日の見どころはどういったところでしょう」

 

「……ぜんぶ!」

 

「またですか……」

 

黒髪ロングで怒っている表情がデフォルトのプロ雀士、野依理沙プロ。どうしてこの人を解説にしたのかとネットでは話題だが、村吉アナウンサーとの相性は良く、評判も実は悪くない。

 

「まずは出場校を紹介します。南北海道代表、有珠山高校!1回戦では副将戦と大将戦で点数を稼ぎ、2回戦へと駒を進めました!」

 

画面には、有珠山高校の面々が映っていた。副将の生徒だけ制服がフリッフリでかわいらしいので、カメラに長く捉えられている。

 

「続きまして、北九州の強豪、新道寺女子高校!同じくダブルエースを副将と大将に置く高校です。鶴姫コンボは相手校にとって脅威となるでしょう」

 

続いて、新道寺女子。副将の白水哩と、大将鶴田姫子の強力なコンボが有名なチームで、毎年、インターハイでもベスト8にはよく入ってくる強豪校だ。

 

「岩手からは、宮守女子高校!1回戦では沖縄の強豪真嘉比を抑えて、2回戦進出です!強豪校を相手に、ダークホースとして立ち塞がるか!」

 

宮守女子は次鋒のエイスリンが得点源で、副将の臼沢塞が抑え込んで、大将の姉帯豊音でシャットアウトというパターンで勝ち上がってきた高校だ。

 

「そしてそして、優勝候補の一角、姫松高校です!守りの化身、愛宕洋榎を姫松伝統のエース区間、中堅に置き、先鋒には昨年の個人戦3位の、倉橋多恵が座る盤石の布陣!今年こそは王者白糸台を倒しての悲願の初優勝を狙います!」

 

実は洋榎はこの守りの化身という2つ名を気に入っているが、多恵はいつも「いや、攻撃もするやん」と面白くないことを言っていた。

 

自信満々といった表情で先頭を歩くエース愛宕洋榎に、カメラが集まる。その姿を見て、多恵は前世のことを少し思い出していた。

 

(前世でもあんな風にめちゃくちゃ強いチームメイトがいて、ほんと苦しいときは頼ってばっかりだった。リーダー、最後まで頼りっぱなしで結果残せなくてごめんなさい。けどこっちでは、リーダーみたいに、みんなに頼られる雀士になってみせますよ……。なーんて、リーダーのことだから、今でも俺のことなんか気にせず点棒かき集めてんだろうなあ……)

 

多恵の元いたチームのリーダーは強い人だった。自分を曲げず、信じた道を歩く。この世界と違い、運の要素が本当に強いゲームで、自分の信じた道と心中することがどれだけ難しいことなのか、多恵はよくわかっていた。

 

だからこそ、多恵も自分を曲げない。曲げるわけには、いかない。

 

(ここから始まるんだ。必ずこのインターハイで、宮永照を……白糸台を倒す……!)

 

 

 

仲間は心強く、背負う想いもある。ライバルはたくさん。支えてくれる人もいる。

 

さあ、始めよう。ここから頂点への長い旅路が始まるのだから。

 

 

 

 

 




いつの間にやらお気に入りが500件を超えていました!
本当に本当にありがとうございます。



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第13局 持ち時間

一瞬でしたが日間ランキング16位まで上がっていたようです……!
読者のみなさんのおかげです。
今後ともよろしくお願いします!




2回戦の先鋒戦。

多恵はどの高校よりも早く、卓についていた。

 

インターハイの卓に着くと、いつも多恵は前世のリーグ戦を思い出していた。孤立した自動卓。たくさんの放送用のカメラ。

 

(多分この雰囲気には、1番慣れている)

 

目を閉じて集中を高めていると、続々と他の席に他校の選手が姿を現す。

 

「倉橋さん、とても準備が早いようで、すばらです」

 

新道寺女子高校のすばらちゃん……こと花田煌は、すばらという口癖が特徴的な2年生。強豪ゆえに何度か会ったことはあるが、あまり話したことはない。しかし強豪校の先鋒戦に指名される選手だ。油断はできないだろう。

 

「花田さん、今日はよろしくね」

 

場決めが終わり、各々の席に着く。

 

 

「インターハイ6日目!先鋒戦対局開始です!」

 

 

「「「「よろしくお願いします」」」」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

東1局 親 小瀬川 ドラ{②}

 

 

(いやはや、あまり北家は好きではないのですが……仕方ありませんね)

 

花田煌は自分の手牌を確認して、両面ターツはあるものの、四向聴なのを確認する。そして少し字牌の重なりを期待しながら浮いている一九牌の処理から入った。

 

(私は捨てゴマ。ここでの役割は、倉橋さんのいる姫松とあまり点差をつけられずに次につなぐこと……もちろん上回ることができたらすばらなのでしょうけど……)

 

対面に座る倉橋を少し見やりながら、そんなことを考える。

倉橋多恵は去年の化け物揃いの個人戦決勝卓の1人だ。楽観視はできない。

 

 

しかし意外にも4巡目、西家に座る有珠山高校の先鋒、本内成香の表情が明るくなった。

 

「リーチします!」

 

先制は有珠山だ。

 

本内 捨て牌

 

{西⑤八横2}

 

(4巡目ですか……ここは素直に現物としましょうか)

 

煌は手牌に安全牌として抱えていた{西}を切る。

そして親の宮守女子、小瀬川白望の手番。ツモってきた牌を見て、ため息をつきながら少しだけ考えている。

 

「はあ……ダル……」

 

(ええ~……まだ始まったばかりなのですが……)

 

煌のそんな心の叫びは悲しいかな誰にも届きはしない。

 

「……どうすか」

 

そうして小瀬川が切り出した牌は{5}だった。

 

(片スジとはいえ、どまんなか!す、すばらです……)

 

「チー」

 

手牌の{46}を倒して打{2}とするのは、多恵。

有珠山の本内が、持ってきた牌を、悲しそうにツモ切る。この選手は表情が豊かなので、聴牌速度が比較的読みやすい。

 

(そうして流れてきたこの{⑥}もしかして当たり牌であったりするのでしょうか)

 

そう煌が考えていた矢先、対面の多恵がツモってきた牌を置き、手牌を開く。

 

「ツモ。500、1000」

 

多恵 手牌 

{③④④④四赤五六六七八} {横546}

 

(ん~……一発消しに協力してくれたのかと思ったけど……シンプルに自分で和了りにいったのか)

 

小瀬川からすると、本内が一発でツモりそうだったので、多恵に一発を消してほしいというアピールだったが、多恵からしてみれば「急所で聴牌で出ていく牌は安牌」という鳴かない理由がなかったので鳴いただけだった。

 

(やっぱり3面張ですか……)

 

本内は空振りしてしまった自分の手牌を悲しそうにパタンと閉じた。

 

本内 手牌

 

{②②②⑦⑧55789南南南}

 

 

東2局 親 多恵 ドラ{南}

 

 

(さーて、まず一発目の山場ですね……)

 

(倉橋さんの親……怖いです)

 

普段とは打って変わって、どこか神聖な雰囲気すら漂わせる多恵の親番がやってきた。本人は前世の時もそうだったが、対局中の姿はまるで感情が通っていないかのような表情で打牌をする。どんなことがあっても、対局が終わるまでは感情が表に出ないのが、多恵の特徴だった。

元々は河と自分の手牌を冷静に見極める故に表情が薄くなっていたが、この世界に来て、その集中力は普通の人間を超越した感覚を得ていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

新道寺女子高校控室。

 

「部長。姫松の倉橋って何が強いとですかね?」

 

新道寺の大将、鶴田姫子は、敬愛する先輩である副将の白水哩にそう尋ねた。

 

「リーチ成功率」

 

真剣な面持ちで白水はそう答えた。

 

「多面待ちになっとっけん、まあツモる。何度も対局したことのあっけど、あいつはとんでもなく打牌ミスが少ないけん、聴牌速度も常人より遥かに早か。気付いたら……追い付かれとる。そしてヤツにリーチを打たれたら……まあ勝てん」

 

その言葉に、確かにと思う。倉橋のリーチ成功率は、異常な数値を叩き出している。通常の麻雀なら、リーチ成功率は大体50%強。2回に1回は和了れるかな、といったところだ。しかし、多恵の数値は、実に80%。流局がほとんどなく、負けているのはリーチ勝負の一部。しかしそれも自身の待ちが強いのでほとんど負けがない。

 

この数値は、1巡先が見えているのではないかといわれている千里山の園城寺すらも上回り、文句なしの全国1位。倉橋多恵の異常さは、実はここにある。

 

 

そしてだからこそ多恵はリーチを打たせてくれない晩成の王者とか、和了り牌を吸収しまくる守りの化身とは相性が悪かった。

 

「花田大丈夫ですかね……?」

 

心配そうにモニターの中に映る、同級生の先鋒を見やる鶴田だった。

 

 

 

 

 

 

 

「ロン。3900」

 

多恵 手牌 ドラ{南} 裏ドラ{①}

 

{①②③3444567八八八} ロン{3}

 

「はい……」

 

(やはりこうなってしまいますか……良形4面張)

 

リーチに成功した煌だったが、1巡後に親の多恵から打たれたリーチに捕まってしまった。

 

(今は打点が低くて助かりましたが……倉橋さんはその性質上、打点も平気で上がってきますし……)

 

 

 

東2局1本場 10巡目

 

ビクッと{②}を切った本内の手が止まる。

瞬間、本内は4本の剣が多恵から自身に向かって飛んでくるような幻覚を……見た気がした。

 

「ロン。12300」

 

 

多恵 手牌 ドラ{六}

 

{③④赤⑤⑤⑥⑥⑥西西西} {横白白白}

 

「えーダル……」

 

(混一……やはりそう来ましたか)

 

倉橋多恵の高打点は染め手が多い。しかしこれがまた止めるのが難しく、ほとんど多面待ちで聴牌してくるので、染め手と分かった瞬間、ほとんどその色の牌が切りにくくなってしまう。

 

 

東2局2本場7巡目 ドラ{③}

 

(このままではまずいですね……早くこの親番を落とさないと……)

 

煌がそんなことを考えつつ、いつもの笑顔にわずかながら汗をかいていたそんな時、下家の小瀬川の手が止まる。

 

小瀬川 手牌 

 

{③④⑤⑦⑧3455五七八九} ツモ{六}

 

「……ちょいタンマ」

 

(出ましたね……)

 

小瀬川白望という選手の特徴は、迷うと点数が高くなる。地方対局でも1回戦でも、この「ちょいタンマ」の後に高い手を和了っていた。

 

(怖いです……)

 

本内もそれは知っていて、警戒心をあらわにする。

そんななか多恵はロボットのように固まったまま、打牌を待っていた。

しかし、意外と今回の長考は長く、小瀬川は右手を額にやって下を向きながら考えて、20秒くらいが経過していた。

そしてようやく。

 

「迷ったけど……これで」

 

と{九}を打った。

 

しかし、今度は多恵がすぐツモりにいかない。

一瞬の沈黙と静寂が場を包み、どうしたのかといった表情で3人が多恵を見つめている。

 

「長考はなるべく15秒以内でお願いします!」

 

「え……ダル……」

 

突然怒られた小瀬川は意外な指摘に困惑していた。

ネット麻雀出身の多恵は、実は長考にうるさかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

宮守女子高校 控室

 

 

「シロ怒られてる!」

 

宮守女子高校の控室。大将の姉帯豊音は、長身にハットを被る、特徴的なシルエットだった。対局を見ながら、宮守の熊倉監督はモニターに映る多恵を見ていた。

 

「倉橋多恵……多面待ちを活かして和了りをとる……だけど、恐ろしいのはもっとその奥深くにあるのかもね……」

 

その深刻そうな発言を聞いて、心配そうに画面を眺めるのが、副将の臼沢塞だけというのも宮守らしいといえばらしい風景だった。

 

 

 

 

 

「ツモ。3200、6200」

 

小瀬川 手牌

 

{③④⑤⑦⑧34赤555五六七} ツモ{⑥}

 

結局東2局2本場は小瀬川が制した。

 

(迷ったのは{九}でしたね……牌効率に従うのでしたら間違いなく落とさなさそうなところ……)

 

流局を挟んで東4局1本場。煌の親番がやってきた。

 

(今の所良いとこなし……すばらな親番にしたいですね)

 

そんな願いを込めながらサイコロを回す煌。

 

花田煌 配牌 ドラ{6}

 

{①①②5689一三五東東西}

 

(手が重いですね……ダブ東があるのが救いでしょうか)

 

親番なこともあってシンプルに{西}から切り出していく煌。

しかしそんなときに限ってダブ東がなかなか姿を見せてくれず、9巡目、下家の小瀬川が「ちょいタンマ」からリーチがかかる。

 

(あらら……またですか。ダブ東が鳴けないならこの手もダメですかね……)

 

しかしそんな思いとは裏腹に、対面の多恵からペロっと{東}が出てきた

 

「……ポン!」

 

出てくるとは思っていなかった煌は慌てて発声すると、安牌の{②}を切る。まだ一向聴だ。

 

「ポン!」

 

するとすぐにまた多恵から{①}が出てきて、それをポンして聴牌をとる煌。

危険牌を切ってきた煌の河をちらりと見やり、そして持ってきた牌をみて、小瀬川が小さく「ダル……」と呟いたのを、聞こえたのは煌だけだった。

 

「……ロン、5800は6100です」

 

煌 手牌

{56788五五} {①横①① 東横東東} ロン{8}

 

(アシスト……。トップ目の倉橋さんからすると早く局を流したいでしょうに、それほど小瀬川さんの手が良かったのでしょうか)

 

 

 

 

 

 

 

 

姫松高校 控室

 

「多恵ええ感じやん」

 

またまたいつもの椅子逆座りスタイルで、洋榎がそう口にする。

 

「そうですね。多恵には今日で手の内をすべて見せる必要はないと伝えましたが……問題なさそうですね」

 

「また宮守の子が和了りそうだったけど~多恵ちゃんの速度読みとピントは絶妙やねえ~」

 

赤阪監督代行も満足そうだ。

 

多恵はこっちに来て、洋榎から他家を使っての動きをさんざん勉強した。もともと速度読みは得意だった多恵は飲み込みも早く、すぐに実践で使えるようになった。

モニターの前では漫と由子が「多恵先輩頑張れー!」「がんばるのよ~!」と必死で応援している。近すぎて後ろにいるメンバーは見にくくて仕方がない。

 

「さあ多恵、まだまだ足りひんやろ。もっと稼いでくれてええんやで」

 

そんな期待も込めた恭子のまなざしが、モニターの中の多恵を捉えていた。

 

 

 

 



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第14局 姫松の騎士

晩成高校控室。

 

今日が2回戦の晩成だったが、卓のトラブルで開始が遅れていたので、やえは自身の集中力を高めるため、控室のソファに座って目を閉じていた。

そんな自分たちのエースである、やえの真剣な雰囲気に、晩成でおそらく声をかけられるのは1人だけ。

 

「やえさん、倉橋さんの試合始まってますけど……見なくていいんですか?」

 

やえはスッと目を開く。

 

「いいのよ、あいつはどうせ勝つわ。なんなら出し惜しみして全力でやってるのかも怪しいものよ。結果だけ後で見るわ」

 

興味がないとも、信頼してるともとれる発言に、声をかけた新子憧は、きっと後者なのだろうと感じた。そして伸びをしてリラックスし始めたやえに対して、もう1つ質問をぶつけてみる。

 

「やえさんは、どうして晩成に来たんですか?あんなに強い友達が3人もいて、皆同じ高校に行けば、そうそう負けなかったですよね?」

 

聞こうと思って聞いていなかった話題。他の3人の話はよく聞くものの、肝心の進学先のことは聞いたことがなかった。

 

「それじゃね、意味がないのよ。中学で同じチームだった私達は痛感したの。私たちは集まっちゃいけない。強すぎるから」

 

傲慢ともとれる発言だが、その言葉に異議を唱えるものなど、4人のメンバーを知らないか、麻雀を知らないかだ。

突然高校に入って強者が増え、とんでもない化け物が関東に2人も出てきたが、中学時代は無敗だったこの4人。メディアにも注目されている。

 

「だから私達は別の学校に行こうって話になったの。お遊びじゃない、全員で削りあう、もう一回が無い真剣勝負を、他の3人としたかったから。ま、1人バカがミスったせいで姫松に2人いるケド」

 

いつのまにか、アコ以外のメンバーもやえの言葉に聞き入っていた。

そんな状況を知ってか知らずか、今度はやえがアコに話しかける。

 

「あんたこそ、なんで晩成きたのよ。幼馴染から誘いもあったんでしょ?」

 

やえはアコと話す機会が多かったので、アコの大方の事情を知っていた。幼馴染に、高校で麻雀部を作ろうと誘われていたことも。

 

「私は……強い高校で麻雀が打ちたかったんです」

 

「へえ、でもそれなら、関西にはそれこそ千里山も姫松も選択肢にはあったんでしょ?」

 

この世界で、麻雀の強い高校に行くために越境することは珍しくない。むしろ関東から関西の高校に来る生徒もいるし、逆も然りだ。

奈良くらいにいれば、関西の高校は大体どこへでも行く選択肢がある。

 

「私は……去年のインターハイをずっと見てました。そこで私は、やえさんの絶対にあきらめない強い麻雀を見て、やえさんと同じ高校で麻雀がしたいって、そう思ったんです」

 

アコの表情は真剣そのもの。なかなかやえにこういったことを直接言える機会はないので、その場にいる会話を聞いていた後輩たちも我先にと賛同する。

 

「わ、私も!1年生から活躍してる小走先輩に憧れて入りました!」

 

「ウチもです!去年の個人戦、見てました!」

 

「ウチも!」

 

ソファ越しに振り返ってみると、モニターを見ていると思っていた後輩たちが皆こちらを見ている。

それを見て、一瞬驚いたような顔をして、フンとやえは前を向いてしまった。

 

「……本当におバカばっかりね。この高校は。そんな下らない理由で晩成に来たなんて知らなかったわよ」

 

後ろにいる後輩たちから表情は見えないが。

 

「でも……いいわよ。私についてきたこと、必ず良かったって思わせてあげる」

 

頬がうっすらと紅に染まっている所を、隣にいたアコは笑顔で眺めていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「先鋒戦後半戦はついに南入です!」

 

姫松のブロック。先鋒戦は後半戦南場に突入していた。

現在の点数状況は

 

小瀬川 102200

多恵  125000

本内  82200

花田  90600

 

配牌を確認しながら煌は改めて点数状況を確認する。

 

(これ以上は、離されたくはありませんね……)

 

後半戦も終始主導権は多恵にあった。東3局、東4局と軽く和了られ、そこまで点差は開かないものの、あっという間に局を流されてしまった。

故に、これ以上の失点は避けたい。

しかしそんな煌の思惑とは裏腹に、多恵の麻雀は高い方向へ加速していく。

 

 

 

南1局 11巡目

 

本内が{8}を切った瞬間。またゾクッと悪寒が本内の体を襲う。

 

多恵から放たれた4本の(ツルギ)が本内の足元と体の周辺を貫いた。

 

 

 

 

「ロン。6400」

 

多恵 手牌 ドラ{6}

 

{④赤⑤⑥5678999発発発}

 

(それをリーチしないんですか……?!)

 

(気配がなさ過ぎて有珠山の本内さんが捕まってしまいますね……)

 

 

 

 

多恵の親番がやってきた。他校からすると、ここは早めに和了りをとって終わらせたい。他の3人の誰かが和了りをとればいい。簡単な話に見えて、じつに険しい道のりだった。

 

南2局4巡目

 

もう親番がない小瀬川は、点差をこれ以上離されないためにも早々に仕掛けを入れていた。

 

「……チー」

 

小瀬川 手牌 ドラ{四}

 

{①②③④⑤⑥四四78} {横⑦⑧⑨}

 

この手牌からドラポンに備えていた{8}を切り出して……眠そうな小瀬川の表情が、わずかに歪む。

 

今度は3本の(ツルギ)が小瀬川の頭をかすめていった。

 

 

 

「ロン。7700は8000」

 

多恵 手牌

{東東東①②③三四赤五6667}

 

(どっちに聴牌とってても捕まるのかあ……)

 

(最終手出しは{⑤}……やはりまたリャンカンの方から埋まってそうですね……)

 

(良形3面張以上はリーチしてくることが多いと聞いていたのですけど……怖いです)

 

多恵が先ほどからリーチを打っていないのには理由があった。今まで多恵は自身の身に着けた知識から、デジタルにリーチ効率でリーチ判断をしていた。しかしそれでは他校にある程度リーチの範囲(レンジ)が知れてしまう。対策をされてしまう強豪校の先鋒としてはある程度打ち方に幅を持たせてほしいというのが、我らが恭子の指示だった。

 

もちろん、デジタルに基づいたリーチ判断が多恵には一番合っている。だが、リーチしてなくても高い手がダマで入っているかも、というブレが、相手校の判断を鈍らせる。

これは先を見据えた作戦であり……今年は必ず優勝を。姫松の、そんな意志の表れでもあった。

 

そしてそれは、リーチをかけてはいけないという指示ではない。ここぞという時にはしっかり

 

「リーチ」

 

リーチがかかる。

 

誰にも、その道を阻むことができない。

たとえ邪魔しようと目の前に立ってみても、複数の剣で貫かれるのは目に見えている。

 

(まずいです……倉橋さんのリーチ……)

 

(鳴いてズラすことも、できなさそうですね……)

 

(ダル……)

 

そしてなにもしなければ、確実にツモ和了る。

 

「ツモ。6200オール」

 

多恵 手牌 ドラ{⑥}

 

{⑥⑦⑦⑧⑨⑨⑨二三四赤567} ツモ{⑧}

 

3本の(ツルギ)が多恵の周りで光り輝いている。その姿は他の3人からは、数々の(ツルギ)を従え、鎧に身を固めた騎士のようにも見えた。

 

 

「決いまったああ!!5連続和了!!!先鋒戦も大詰め!この連続和了は他校にとっては痛すぎる!この大ピンチを他3校はどのようにしのぐのか!!!これ以上の点差は今後の展開を決定付けてしまうぞ?!」

 

(皆さんが信じて先鋒にオーダーしてもらったのに、この結果では顔向けできませんね……)

 

無感情にサイコロを回しはじめる多恵を見て、煌が冷や汗をかく。もう点差は5万点以上がついてしまった。いくら団体戦とはいえ、トバないことが自慢の煌がこれ以上の点差をつけられるわけにはいかなかった。

 

(こうなったら……かけるしかないですね……)

 

そんな覚悟を決めたのも束の間、煌には鞘走る音が聞こえた。

対面が鍛え上げられた刃を自分たちに向けていることに気付く。

 

「リーチ」

 

多恵 手牌 ドラ{9}

 

{①②③12378999東東}

 

 

 

「倉橋多恵のリーチが入ったあ!!これが決まれば決定的だぞ?!」

 

(来ましたね……)

 

怯えた様子の本内は、多恵の現物である{②}を切り出す。ここで煌は1つのリスクを背負って前に出ることにした。

 

「それチー!」

 

{①③}を手牌から晒して通っていない{⑧}を切って、煌はチラリと下家の小瀬川を見やる。

 

小瀬川はツモってきた牌を見て、煌の河を見た。

そして何かを察したように、小さく呟いた。

 

「はぁ……なんで私が……」

 

そう呟きながら切ったのは生牌の{西}だった。

 

「それポン!」

 

また煌が危険牌を通す。放銃のリスクは覚悟の上だった。

今にも飛んできそうな刃を、ボロボロになりながら必死にかわす。

 

そしてそれを見て小瀬川が{⑨}を切ると、

 

「それもポンです!」

 

あっという間に煌の3副露ができあがった。

 

(あの、これ巻き添えでしょうか……)

 

本内の寂しい心の叫びは誰にも届かない。

手牌が4枚になった煌の捨て牌を眺めて、ため息をつきながら小瀬川が切る牌を選ぶ。

 

「じゃあこの辺で……どうすか」

 

「ロン!1000点の2本場は1600点です!」

 

{66二四} {⑨⑨横⑨ 西西横西 横②①③}

 

「気付いていただけたようですばらです!麻雀は4人でやる競技ですので!」

 

ワアアア!と歓声が聞こえる。

連続和了を止めた煌の和了りに、会場も随分ともりあがっているようだ。

 

しかし多恵の表情は少しも変わらない。

 

「花田さん。3本場なので1900です」

 

「あ、ほんとですね……、すみません……」

 

多恵にツッコまれて恰好がつかなかった煌だが、功績は大きい。

一度も多恵にツモらせることなく、リーチ成功率80%超の多恵のリーチをかいくぐった。これによって多恵の親番はようやく終わる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「もう少しこの親番で暴れるかと思ったんやけど、止められたか。新道寺の花田、鳴きのセンスがええな。そんでその狙いを読み切ってアシストした宮守の小瀬川も上手い」

 

姫松の控室では、恭子を中心に、冷静に場の分析が行われていた。どこになるかは分からないが、次に進む気がある以上、どこかの高校とはもう一度やることになるのだ。そのための分析は怠らない。

 

「流石多恵やな。ブレなく強い。このくらいの相手ならまあマルエーするやろな」

 

多恵を信頼している洋榎はこの対局内容にご満悦だ。

 

「十分すぎる点差なのよ~」

 

「多恵先輩かっこええ……」

 

かなりのリードを稼いでくれたモニターの中にいる多恵を、次鋒の漫は目をキラキラさせながら見ていた。

そんな様子を見て、もう一度恭子が全員の気を引き締めにかかる。

 

「多恵はようやってくれてる。けど、団体戦は最後まで何が起こるんかわからん。それはもちろん、ウチも肝に銘じるつもりや。なんとしても善野監督に優勝旗を持ち帰る。みんな、点差が離れようと全力で頼むで」

 

 

そう。2回戦はまだ始まったばかりだ。

 

 

 




咲シリーズではお馴染みの、いやお前らやってるの麻雀だよね?っていう描写を文章で表すのは難しいですね……。



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第15局 片岡優希の苦難

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本当にありがとうございます……!




清澄高校の控室では、緊張した空気がその場を支配していた。

2回戦は事情があって開始が遅れているが、そろそろ開始になるはずだ。

 

「じゃあ優希、最後に確認するけど、今日の相手はかなり厳しい相手よ。東場でかなりのリードを稼げなかったら……狙われるのは自分だと思ったほうがいいわ」

 

「わかってるじぇ」

 

清澄高校の一回戦の結果は、中堅までで点棒を荒稼ぎし、中堅の竹井久の怒涛の連荘でトバして通過という華々しいものだった。しかし、問題は2回戦。優勝を見据える部長の久は、ここからの試合は1戦たりとも油断はできないし、一瞬の隙が命取りになると感じていた。

そしてこれは最初の山場。先鋒の片岡優希が当たるのは、去年の個人戦決勝卓の2人、臨海女子の辻垣内智葉、晩成の小走やえ、そして強豪永水女子のエース、神代小蒔。

この絶望的な状況は、メディアでは「死の先鋒戦」等と騒がれていた。

 

「それでも、自分を曲げちゃだめよ。東場では自信をもって戦ってちょうだい。さすがのあのメンバーでも、最初の優希の速さにはついてこれないはずよ」

 

部長の言葉を聞きながら、ギリギリまで、同じく先鋒戦を戦っている自身の先輩、新道寺女子の花田煌の対局を優希は眺めていた。

煌も同じく、倉橋多恵という怪物を相手に、苦戦を強いられている。

それでも、煌の目にはいつまでも闘志が残っていた。

 

 

『ツモ。3900オールです』

 

『新道寺の花田煌!最後に意地を見せます!削られた点棒を少し回収しました!これは次鋒戦につながる和了となるでしょう!』

 

 

 

「優希!花田先輩が和了りましたよ!」

 

「流石だじぇ。花田先輩の勇気、確かに受け取ったじぇ!」

 

優希が立ち上がる。

その眼には怯えはない。長野で敗れた他校の分も背負って立つ優希には、1年生とはとても思えない頼もしさがあった。

 

「清澄高校、片岡優希さん、そろそろ準備お願いします」

 

係りの者が清澄の控室に来る。準備が整ったようだ。

 

「行ってくるじぇ!」

 

そう元気よく出ていく優希を、メンバーが口々に応援の言葉をかける。

そんな中にあって、まだ久は心配そうな表情をしていた。

 

「ゆーきも強くなったけえ、信じてみてええじゃろ」

 

次鋒で唯一の2年生、染谷まこが久の様子を見てそう声をかける。

 

「そうね……組み合わせ上仕方がないとはいえ、2回戦からこんなキツイ相手とやらせることになるなんて思わなくてね」

 

久は優希を決勝に向けてその能力をチューニングしていた。だからこそ、この2回戦は死闘となるであろうし、苦戦は免れない。5万点以上の差は覚悟していた。

 

(優希どうか、あなたのまっすぐな麻雀を打ち抜いて……)

 

死の先鋒戦が、始まろうとしていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(さて……なんとか少し取り戻しましたが、もう少し点数が欲しいですね……)

 

先鋒戦後半オーラス、新道寺の花田煌は3900オールをツモってなんとか点数を回復していた。しかし依然点差は開いたまま。どうにかしてもう少し稼いで次につなげたいと考えていた。

 

 

南4局 1本場 13巡目 親 花田 ドラ{①}

 

{②③③234赤五六六七七東東} ツモ{八}

 

(あら、巡目も巡目ですし、そろそろ鳴きも考えていたのですけれど、これはこれですばらですね)

 

「リーチします」

 

親の煌のリーチを受けて、対面の多恵は持ってきた牌を見て小さく呟く。

 

「20%……15.7%……」

 

そしてすぐに現物切り。

わずかにこぼれたその数字を、リーチ者の煌の耳は捉えていた。

 

(放銃率の計算ですね……相変わらずなんて恐ろしい頭してるんでしょう……敵ながらすばらです)

 

多恵のデジタル脳は他校にも有名で、特に押し引きに関する計算の速さは、プロでも対抗できる雀士は少ないのではないかといわれているほどだった。

オリながら手詰まり放銃もほとんどない上に、押してくるときはとことん押してくる。

 

勘違いされがちだが、実は麻雀において、「ベタオリ」というのは、±0の選択ではない。局収支としては(マイナス)の選択だ。麻雀の結果は横移動だけでなくツモが存在するのだから当たり前だが、意外とこの事実を知らない人は多い。

 

この事実をわかっているかどうかで、押し引きの基準は変わる。知ってから押しが強くなったという人も少なくないのではなかろうか。

 

今回多恵はそれら全てを考慮し、自身がトップ目であるということも踏まえて、オリを選択した。そしてその理由の1つには、上家の小瀬川がリーチの1発目に安牌ではない牌を切っていることもあった。

 

(小瀬川さん、押してきてますね……)

 

 

そして15巡目。

 

小瀬川が持ってきた牌を見て、気持ち顔を上げる。

 

「深いところにいたなあ……ツモ。3100、6100」

 

小瀬川 手牌

 

{①①②②③③23789西西} ツモ{1}

 

「す、すばら……」

 

 

『先鋒戦大決着ゥー!!!先鋒戦を制したのはやはり姫松高校の倉橋多恵!!2位の高校に5万点以上の差をつけて、その圧倒的な実力を見せつけました!!』

 

「「「「ありがとうございました」」」」

 

 

先鋒戦終了時 点数

 

小瀬川 94500

多恵  150900

本内  54700

花田  99900

 

 

(原点……にはギリギリ届きませんでしたか……)

 

はあ~!と大きな伸びをしている多恵を見て、対局中とは大違いですね、などと思う。

 

「あんた……強いね……」

 

背もたれによっかかりすぎて、もうそろそろ椅子から転げ落ちるんじゃないかというほど脱力している小瀬川。

 

「小瀬川さんも強かったよ、感覚で麻雀を打つって言うほど簡単なことじゃないからね」

 

お世辞でいってるわけでもなさそうな多恵の真剣な言葉に、しかし小瀬川からの反応はない。体力を使い切ったようだ。

 

 

「シロ!コウタイ!」

 

しばらくして、そんな小瀬川の頭をポンと叩いたのは、宮守の次鋒、エイスリンだった。

 

2人のやり取りを眺めてから、煌と多恵の2人は、同時に卓を後にする。ちなみに有珠山の本内は対局が終わるやいなや、すぐに控室へ逃げ帰ってしまっていた。

 

帰りの廊下で。

 

「倉橋さん、とてもすばらな対局内容でしたね」

 

「いや、花田さんこそ、他の対局者を使った和了、流石だったよ。それにね、花田さんからは、絶対に次が逆転してくれるっていうチームメイトへの信頼を感じたかな」

 

多恵の本心だった。インターハイや前世のリーグ戦。数えきれない想いを背負った雀士は強い。こっちでも、前世でも同じだった。

そして多恵は前世では、決死の想いで人生を麻雀にかけている人たちに、1歩及ばなかった。

その時味わった劣等感は、今もぬぐい切れていない。

 

しかし実は、多恵はもうこっちでたくさんの想いを背負っていた。

 

迎えに来た漫の姿を見て、「それじゃ」と多恵は漫の方へ向かっていく。

多恵の後ろ姿を見て、煌はフフフと少し笑った。

 

(倉橋さん。あなたこそ、十分チームメイトを信頼しているように見えましたよ……その心意気、すばらです。しかし次は負けませんよ)

 

 

 

 

 

 

突っ込んできた漫を抱きとめてはまずいと反射的にハイタッチで多恵が迎え入れる。

 

「多恵先輩!流石です!5万点以上も差をつけるなんて!」

 

キラキラとした目を向けてくる漫。

 

「終盤親落ちてからは少し控えめになっちゃったけど、かなりプラスにできてよかったよ。だから漫ちゃん、今日は頼むね?」

 

「はい!任せてください!」

 

そう意気込む漫の様子は頼もしい。

 

姫松はこのオーダーになってから何度も練習試合をしている。

その練習試合の中で、漫が爆発できる条件を恭子と一緒に多恵は研究した。

その結果、多恵がしっかりと稼いで帰ってきたときのほうが、漫が爆発することが多いことがわかっていた。もちろん、対戦相手の強さにも影響は受けるのだが。

 

メンタルに起因する漫の能力は調整が難しい。ちょっとでも漫が戦いやすいように、多恵はなるべく点数を稼いで帰ってこようといつも思うようになっていた。

 

「宮守のエイスリンちゃん、気を付けてね」

 

「がんばります……デコに油性は勘弁なんで……」

 

流石の漫も、初戦には緊張しているようだ。次鋒戦には、地方予選でとんでもない和了率を叩き出した宮守のエイスリンがいる。漫も油断はできない。

団体戦のメンバーに入ってから、漫は成績が悪いと恭子から油性ペンで額に落書きをされるという割とひどい愛の嫌がらせを受けている。

 

「期待して待っててええですからね!」

 

そう言って駆けていく漫。

最後まで見送って、多恵は改めて姫松の控室に向かう。

 

 

 

 

その途中、向こう側から歩いてくる人物に、多恵は見覚えがあった。

多恵は、自身が今いる場所が、ちょうど同じく2回戦の別会場の近くであることに気付く。

 

極限まで集中力を高めて、右目には光が宿っている。

コツ、コツ、と歩みを進めてくるのは、晩成の王者、小走やえだった。

 

(気合入りまくりだね)

 

交わす言葉はない。多恵は目を閉じて歩き出し、やえも多恵の存在など気にも留めずすれ違い、その場を去る。

並々ならぬ覚悟が感じられるその後ろ姿は、さながら戦場へ赴く戦士だった。

 

 

 

 



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第16局 バケモノども

姫松のいるブロックの先鋒戦が終わったタイミングで、もう1つのブロックの先鋒戦が始まろうとしていた。

機材の調整で開始が少し遅れていたのが、余計見る者の期待感を上げていた。

 

 

『死の先鋒戦が始まろうとしています……!最初に入場してきましたのは、去年の個人戦準優勝!優勝候補の一角、臨海女子の先鋒を務めます辻垣内智葉!去年までは全員が留学生という編成だった臨海女子ですが、今年は唯一の日本人、辻垣内が先鋒です!』

 

眼鏡をかけて長髪ロングを後ろでしばってまとめた智葉が、卓につく。その様子はいつもと何も変わらない、淡々とした所作に見えた。

 

『続きまして鹿児島の永水女子のエース、神代小蒔!全国ランキング6位の高校のエースを務める実力は、1回戦でも証明しています!』

 

巫女服に身を包み、おだやかな表情で卓に座るのは、鹿児島、霧島のお姫様だ。

 

『そしてこの2回戦のダークホースとなるか、清澄高校、片岡優希!東場での爆発力で、他校を引き離しにかかります!』

 

1回戦とは打って変わって、マントに身を包んだその姿は、小さいながらも、ヒーローを志す少女にも見えた。その瞳に揺らぎはない。1年生だからという言い訳もしない。ただ目の前の強敵たちしか、彼女の瞳には映っていないようだった。

 

『そしてそして1回戦では圧倒的な力を見せつけました、関西は奈良の晩成高校の王者、小走やえ!!その好戦的な雀風は、今日は誰をねじ伏せるのか?!」

 

王者がやってくる。右手はポケットのお守りを握りしめ、覚悟を決めるように入る前に一礼すると、顔を上げたその表情は真剣そのもの。覚悟の宿った晩成の王者は今日も暴れるつもりだ。

 

 

全員が卓についた。2回戦の中で最も注目度の高いカードが始まる。

 

放送用の荘厳な局の開始音が流れた。

 

「「「「よろしくお願いします」」」」

 

 

『大変お待たせしました!2回戦先鋒戦、スタートです!』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

東1局 親 片岡 ドラ{三}

 

(さて、やはり起家は清澄の1年か)

 

自動卓から山が上がり、清澄の優希が回したサイコロの出目に応じて、各自配牌を取る。今回は7……対面の智葉の山だ。

 

東家 片岡優希

南家 小走やえ

西家 辻垣内智葉

北家 神代小蒔

 

すぐに場は動く。

 

「リーチだじぇ!」

 

(3巡目……)

 

やはり先制したのは親の片岡優希。{2六横八}と切ってリーチに打って出た。東場での速さは、常人を遥かに凌駕する。

その捨て牌を見て、少し考えた後、下家の智葉を見て、静かにやえは{六}切りとした。

 

「チー」

 

その捨て牌に反応したのは智葉。即座にまずは起こりうる最悪の偶発役、一発を消した。神代も、それを見て現物を合わせる。

 

優希はやえと智葉の狙いが一発消しであることは気付いていた。

 

(3年共が……小細工すんなだじぇ)

 

「ツモッ!4000オール」

 

優希 手牌 ドラ{4}

 

{②③④234567三四四四} ツモ{三}

 

(ズラしてもツモり上げるか)

 

倒された手牌を見て、智葉が口角を上げる。これは思ったよりは楽しめそうだ、と。

対するやえはつまらなさそうに手牌を閉じた。

 

「よぅし」

 

点棒の受け渡しが終わった後、小さく呟かれた優希の言葉に、卓の全員が優希に注目する。

 

「ここからは、私の連荘で終わらせる」

 

その宣言は、一見、ただの強がり、ほら吹き、三味線のようにも感じられる。しかもここは全国大会、去年のインターハイをわかせた3年生が2人もいる卓だ。

紡がれる言葉を3人は黙って聞いている。

 

「この試合に……東2局は来ないじぇ!」

 

優希なりの意思表示でもあった。それぐらいの心構えでなければやられる。そんな感覚があったからこそ、自身を奮い立たせるために優希は強気にこの場で宣言して見せた。

東1局の連荘のみで終わらせるということができたなら、それはもう、確かに10年に1度クラスの怪物だろう。

 

そんな言葉に、対局者から目立った反応はない。特に気にしていないという様子だ。

 

1回戦で先鋒戦のみで試合を終わらせた、1人を除いて。

 

「……誰を相手にそんな口きいたのか、理解させてあげるから、早くサイコロ回しなさいよ」

 

 

ドスの効いた聞くものを震えさせるような声を発したのは、下家に座る、小走やえだ。その表情には、はっきりと威圧が見て取れる、一瞬あまりの迫力に「ひぐっ」と小声で震えてしまったが、すぐに自身を奮い立たせる。

 

「それもそうだじぇ」

 

カラカラカラカラとさいころが回りだす。2局目にして、場の雰囲気はピリピリとした緊張感に包まれていた。

 

 

 

東1局 1本場 ドラ{②}

優希 配牌

 

{②②③③④④456778五西}

 

(絶好の一向聴だじぇ、この局ももらった……!)

 

くっつきの一向聴にもとれて、ドラの{②}が一盃口で完成しているという好配牌。東発の優希の勢いはまるで止まっていない。

勢いよく{西}を切り出すその姿は、まだ自身に流れがあることを疑っていない。

 

 

しかし、下家のやえの一打目を見て、余裕から一転、優希の瞳は驚愕に見開かれる。

その牌は、()()()()()()()

 

「リーチ」

 

ビシビシと空間が歪んでいるのがわかる。自身の勝利が揺らがなかったはずの局を、無理やり捻じ曲げられているような、そんな感覚。そんな、ダブルリーチ。

 

(東場の私に、もうついてきたのか……?!)

 

多恵なら「自分が配牌良い時だいたい相手も配牌良い説だね~」とか笑って言いそうだが、そんな次元の話ではない。

 

(なるほど、もう()()のか、その娘を)

 

智葉は何かを察したようにすぐにやえの切った牌を合わせる。小蒔も当たり障りのない字牌から打ち出した。

 

優希 手牌

 

{②②③③④④456778五} ツモ{四}

 

(聴牌……)

 

 

前巡、おおよそ自分が描いていた絶好の入り目だというのに、気分は上がらない。優希からしてみれば、この聴牌こそが、仕組まれた罠に見えてきていた。

しばらく俯いて考えた後、そっと優希が切った牌は、{7}だった。

 

(……へえ)

 

やえ 手牌

 

{南南南①①⑦⑧⑨79一二三}

 

優希が聴牌をとって、{8}を切っていたら、やえへの跳満の放銃で、この局は終了していた。そうしなかったのは意地か。覚悟か。

 

やえの特性を部長の久から聞いていて、おおよそこの{8}は狙いを定められていると気付けたからの、回避。

そして。

 

「ツモ。4100オールっ……!」

 

優希 手牌

{②②③③④④45678四四} ツモ{9}

 

当たり牌を使って、満貫に仕上げた。

優希の目は、まだ闘志にあふれている。

 

 

 

東1局2本場

 

「ツモッ……2000は2200オール……!」

 

優希 手牌 ドラ{白}

{①②③④⑤白白 横⑨⑦⑧横312} ツモ{⑥}

 

『3連続和了あああー!!清澄の片岡優希!強豪校3校を相手に大立ち回りを演じています!!』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ゆーき!」

 

同級生の和了りに、同じく1年生の宮永咲と原村和が歓喜の声を上げる。

清澄高校の控室はにわかに盛り上がっていた。

大苦戦が予想された先鋒戦、そのスタートでもし、優希が点数を稼ぐことができなかったら、かなり絶望的な状況になることは容易に想像がついた。しかし頼もしい1年生は、上級生を相手にここまでは善戦している。

 

「優希、何点あっても足りないわよ……どこまでも突っ走って」

 

 

 

 

 

 

 

 

東1局 3本場 ドラ{一}

 

「3本場……!」

 

また1本、優希の手牌の右端に置かれる積み棒が増えた。何が何でも手放す気はないと、強い意志が優希の心を支えている。

 

ことは8巡目に起こった。

そうそうにダブ東を鳴くことに成功した優希。

そして小蒔から出てきた{三}を鳴こうとする。

 

「チ「カン」ッ……!」

 

しかしそれはかなわない。対面の智葉の大明槓によって阻まれる。これによって4枚使われてしまった{三}はもうこの局来ることはない。

 

({三}はもうない……)

 

ドラ絡みの急所が鳴けなかった優希はツモって来た牌を見て、一瞬、もう頼れない{二}に手をかけそうになる……が、対面の智葉の手を見る。

 

智葉 手牌

{一一二二九九九 横⑧⑧⑧ 三三三横三}

 

({一}と{二}、余るんだろ?切ればお前の親は終わる)

 

智葉の鋭い眼光が、優希を貫く。

ふう、と一息つくと、優希は手牌の中から、{六}を切り出した。

 

(へえ……)

 

 

 

 

 

 

「「テンパイ」」 

 

結局この局は流局、最後までペン{三}聴牌を外さなかった優希が首の皮一枚親番をつなぐことに成功した。

 

 

東1局 4本場

 

カラカラと回るサイコロを眺めながら、智葉は対面の優希の顔を見やった。

 

(ただの与太と決めつけて、私も小走も、少しこの1年を甘くみていたようだ。……侮ることはもうやめる。全力で……潰す)

 

確かにやえもあのダブルリーチの局、もし侮る気持ちがなかったら、リーチを打たず、確実に宣言牌を打ち取っていただろう。しかし優希の気概が、少し上回った。今の局も智葉は優希が{二}を打つだろうと思ってシャンポン待ちに構えたせいで、最後の流局という形まで粘られてしまった。

 

改めてこの1年生を評価し、心の中で賞賛したうえで、もう一度潰す。

 

 

5巡目。

 

「リーチィ」

 

バシッと強く捨て牌を横に曲げたのは、下家の小走やえ。

その凶暴な瞳は確実に優希を捉えている。

 

同巡 優希 手牌 ドラ{西}

 

{①②③④赤⑤⑥⑦⑦⑧三四東東} ツモ{赤五}

 

(聴牌……けどまた、晩成の王者がリーチをかけてきてる……この{⑦}は十中八九狙われている牌だじぇ……けど、{⑧}も切れるのか……?)

 

やえ 手牌

 

{⑧⑨⑨⑨1114赤56南南南}

 

優希から見るとやえの手牌はゴゴゴゴゴゴゴという効果音が聞こえてきそうなほど、恐ろしい威圧感を放っていた。

しばらく優希の手は自身の手牌を右往左往することになる。聴牌をとるには{⑦}か{⑧}を切らなければならない。しかし、どちらもやえには厳しい。

どの牌なら切れるか。現物はある。しかし現物を打てば自身の手は崩壊。それだけはできない。で、あれば何を打てば聴牌の引き戻しがしやすいか。先ほどのように、当たり牌を使いつつ聴牌、和了に向かえる選択肢を考えていた。

 

(……これだじぇ!)

 

優希は考えた末に自身に対子の{東}を切り出した。

ダブ東を失うのは痛いが、これならかわしつつ、{⑦}あたりが重なれば最高だし、なるほど確かに聴牌までは持っていけそうだ。

 

しかし優希はやえに気を取られ、失念していた。

 

恐ろしい女侍が、静かに間合いを伺っていたことを。

 

 

 

「ロン」

 

瞬間、優希の髪を寸分違わず繰り出された刃が切り裂く。

 

 

 

智葉 手牌

 

{667788五五六六西西東}

 

「6400の4本場は7600」

 

 

 

振り込んでしまったという衝撃よりも先に、優希は智葉のちっとも七対子には見えない河に目をやった。智葉が1巡前に切っているのは{七}だった。

 

(二盃口の目を消してまで私の対子落としを狙ったのか……!)

 

智葉の和了形を見て、それすらも気に食わなさそうにやえは手牌を閉じる。智葉は静かに点棒を受け取って点箱に入れた。

 

 

優希は今日相手にする雀士がどれだけの化け物なのか、身をもって知ることとなるのかもしれない。

 

そんな不安が、優希を弱気にさせようとする。

 

弱い心を振り切って、優希はまだ前を向いた。

 

 

(……バケモノどもめ……!)

 

片岡優希の戦いは、始まったばかりだ。

 

 

 




優希には頑張ってもらいます。
作者的には、清澄の中で優希はめちゃくちゃ好きなキャラです。



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第17局 王者の貫禄

東2局。

 

優希が手放したくなかった東発の親番は落ちてしまった。しかし、優希の特性は東場である以上はまだ生きている。

 

(親が落ちてもまだ東場は東場……まだいけるじぇ……!)

 

その意志を表しているかのように、優希の配牌はまだ衰えてはいなかった。

 

4巡目 優希 手牌 ドラ{9}

 

{123456889三四八八} ツモ{五}

 

この手形から、優希は迷いなく{8}を選ぶ。一気通貫とドラがつくので、待ちは悪いが打点は十分だ。ここはまだダマで5200(ゴンニー)を拾いにいく場面じゃない。そう思った優希は捨て牌を横に曲げる。

 

「リー「ロン」」

 

しかしその宣言牌は、()によって砕かれる。

 

やえ 手牌

 

{⑦⑧⑨23479七八九南南} ロン{8}

 

「7700」

 

「ぐっ……」

 

ガッと頭を上から押さえつけられるかのような感覚。そんな圧力を感じながら優希は押さえつけてくる相手を見る。抑えつけてきた相手、小走やえは右目を光らせて、腕組みをしてこちらを見ていた。

 

相手を勝負の土台にまできっちり上げて、そして潰す。小走やえという雀士の、いや、王者の打ち筋だった。

 

 

(東場の私が、もう追い越されてるのか……?!)

 

 

 

その瞬間だった。場の空気が明らかに変わったのは。

 

跳ねるように、智葉と、やえが北家を見る。優希もただ事ではなさそうな雰囲気に、息をのんだ。

 

「へえ、やっとお目覚めってわけね」

 

声をかけられた相手、小蒔は何も言葉を発さない。しかし先ほどまでとは明らかに違う眼をしていた。

 

東2局 1本場

 

(巫女さんが怖い感じに……要警戒だじょ……)

 

篠笛の荘厳な音が響き渡る。

なにか人を超越したナニカがこの場に降りてきているような、感覚。

 

全員がこの局は明らかに様子のおかしい小蒔に集中していた。

それでもなお、6巡目にして、その手は開かれる。

 

「ツモ」

 

小蒔 手牌 ドラ {6}

 

{②②②③③赤⑤⑥⑥⑦⑦⑧⑧⑨} ツモ{④}

 

「4100、8100」

 

(清一色?!)

 

(これが、霧島の巫女の力か)

 

 

『強烈な清一色が決まったあああ!!一気にこれで永水女子が原点以上に回復します!』

 

 

ぎゅと、優希が自身の手を膝の上において、制服のスカートを掴む。

 

(まだ東3局……東場のはずなのに……東場で私が、引く?)

 

優希の心に、わずかな迷いが生じていた。圧倒的な強者たちを目の前にして、揺らぐ心。まだ自分が戦える舞台であるはずなのに、好き勝手に和了られている。それは優希にとって、普通ならありえないことだった。

 

(……ここで引いたとして、南場はもっとひどくなる。なら、まだ攻めるのはやめないじぇ……!)

 

目に力が宿る。

友達のため、自分のため、まだ、諦めない。

 

 

東3局 親 智葉

 

「ツモだじぇ!」

 

優希 手牌

 

{赤⑤⑥⑦56778赤五六七北北} ツモ{9}

 

「3000、6000!」

 

 

 

東4局 親 小蒔

 

「ツモ。2000、4000!」

 

優希 手牌

 

{233445白白発発} {横南南南} ツモ{白}

 

(この1年……私の宣言牌の縛りを逃れるために、1度聴牌外してるわね……)

 

やえが心底煩わしそうに優希を睨めつける。

やえの能力から逃れるために、優希は聴牌即リーチとはいかず、いったん崩してから和了りにむかっていた。もちろん、この策を授けたのは部長の久なのだが。

 

 

『清澄高校の片岡優希!この強敵を前にして、この1年生はまったく物怖じしません!和了りを重ねて、トップを維持します!』

 

 

「南入、だな」

 

智葉が確認するようにそう言った。

 

「言われなくても、重々承知だじょ」

 

パチンと、起家マークを「東」から「南」へとひっくり返す優希。

この動作は、優希が十全に戦える戦場ではなくなってしまったことを表していた。

 

(東場女の暴れを小走と巫女がそこそこ抑えてくれた。この点差なら問題ない)

 

(ここからは守って守って守り抜く。カッチンコッチンだじょ……!)

 

それぞれの思惑を胸に、南場が始まる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

永水女子高校控室。

 

「おかしいのですよ?姫様には割と高位の神様をおろしましたよね?」

 

日焼けした体に、はだけまくりの巫女服を着た幼い女の子は、永水女子の副将、薄墨初美だ。

先鋒の神代小蒔には、本当は少しずつ強い神様をおろすことで、決勝にむけてローテーションさせるつもりだったのだが、2回戦の相手が強力だということがわかって、現状できる中では強い神様をおろした。それでいてなお、なかなか点数を稼ぐという状況には至っていない。

 

「それだけあそこにいる子たちが、強いということなのでしょうね……」

 

「……」

 

大将の石戸霞が心配そうに手を頬にあて、同じく中堅の滝見春も黒糖をかじりながら心配そうに画面を見つめている。

 

「もし小蒔ちゃんがそこまで稼げなかったとしても、どうにかしましょう。それぐらいなら、私達六女仙にできるはずです」

 

「それでも、姫様には頑張ってほしいですね……」

 

霞の言葉にみながうなずいてから、次鋒の狩宿巴は小蒔を案じていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

南1局 親 優希

 

優希はここからの自分の立ち回りは重々承知していた。ここから先は防御優先。仮にトップから落ちたとしても、それは東場で稼げなかった自分が悪い。放銃は避けるように徹底して守り抜くつもりだった。

しかし、先ほどからずっと、様子のおかしい北家の小蒔の河が、また不気味なものになっていた。

 

(またまた巫女さんが怖いかんじに……)

 

「リーチ」

 

意識が本当にこちらにあるのかも怪しい表情で、小蒔がリーチを宣言する。

智葉とやえに特に動きはない、そして動きが無ければ当然

 

「ツモ」

 

ツモ和了る。

 

小蒔 手牌

{①②③④④④⑥⑦⑦⑦⑨⑨⑨} ツモ{⑧}

 

「4000、8000」

 

(また清一色だじょ?!)

 

(めんどうね……)

 

『決まったあ!!永水女子の神代小蒔!この半荘2度目の面前清一色ツモです!』

 

点棒の受け渡しが行われ、南2局。

やえの親番を迎える。

 

ふう、やえは一息ついて、対面に座る神代小蒔をにらみつける。

 

(私の親番でも同じようにやれると思わないでよ……)

 

 

 

南2局 親 やえ ドラ{④}

 

8巡目 小蒔 手牌

{②③③④④⑥⑥⑦⑦⑧⑧⑨東} ツモ{②}

 

(どうやらまた霧島の巫女の手にとんでもないのが入ってるな……しかし)

 

智葉は一瞬、これ以上暴れさせるわけにはいかないか、と自ら行動しようとして、やめた。理由は明白で、この場にいる王は、簡単にそんな和了を許すわけがないからだ。

小蒔は流れるように、立直を宣言する。

 

「リーチ」

 

「ロン」

 

刹那、小蒔も上から抑えつけられるような感覚に表情を歪めた。

その宣言牌は、通らない。

この場を統べるのは私だといわんばかりに、王の手によって、神までもが地に叩き落される。

 

 

やえ 手牌

 

{123456789東東発発} ロン{東}

 

18000(インパチ)

 

『トップの神代小蒔から一閃!!王者小走やえが、神を引きずりおろします!!」

 

「……道を示すのはね、神じゃない。王1人よ」

 

やえの言葉に、しかし小蒔から反応はない。

先ほどまでと同じように、虚ろな表情が続いているだけだ。

 

 

南2局 1本場

 

小蒔は変わらない。同じように手組みをする。

それはそうだ。自身に下りてきている神がそうするのだから。

今までもこう打って勝ってきたし、こんなイレギュラーは記憶にない。

たまたまさっきは刺さってしまっただけかもしれない。

 

だから、止められない。

小蒔のリーチがかかる。王の手によって導かれたように。

 

「リーチ」

 

「ロン」

 

その牌を王者の鉄槌が狙いすませて砕きにかかる。

 

やえ 手牌 ドラ{⑦}

{⑦⑦⑧⑧⑨⑨1112378} ロン{9}

 

(またおやっぱねだじょ……!)

 

(去年に比べて1撃1撃が重いな。小走)

 

「18300」

 

連続のインパチであっという間にやえがトップに躍り出た。

 

 

 

南2局 2本場

 

「リーチ」

 

今度はやえが打って出た。それはそうだ。飛び込んできてくれるのであれば、リーチを打たない理由はない。意識が介在しているのかどうかは知らないが、やえにとってこれ以上のカモはない。

 

(全て吐き出せ。楽にしてあげるわ)

 

凶暴なやえの瞳が、わずかに揺らぎだした小蒔の目を捉える。今の打ち方におびえているような手の震え方。

 

しかし、小蒔がやえのリーチ後に牌をツモってくることはなかった。

 

王者の覇道に待ったをかけるのは、鋭い剣閃。

 

「ツモ。1200、2200」

 

手牌を開き、軽く上家のやえを見る。

 

(そのくらいにしてもらおうか。小走)

 

(辻垣内……!)

 

視線の交錯は一瞬。

臨海にしても、これ以上晩成に暴れられるのは看過できない。次鋒以降のメンツに任せてもいいが……智葉にはこの暴君を止められる自信もあった。

 

 

死の先鋒戦はまだ前半戦だ。

 



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番外編1 クラリンの麻雀講座

本編いいところなのにごめんなさい。
難産中なので、番外編を挟みます。
多恵の麻雀講座編です。




「はい、どうも皆さんこんにちは、1日1回、ドラ確認せず1打目にドラ切る、クラリンです。今日も麻雀講座、やっていこうと思いますー」

 

これはまだ多恵が中学生の頃。

身寄りもない多恵は、愛宕一家の協力もあって、なんとか生活することができているような状態だった。

しかし、いつまでも頼っているわけにもいかず、麻雀で生計をたてようにも、高レートのフリーは、女子中学生など入れてくれない所の方が多かった。

むしろ入れてくれるところが少しあるだけ、この世界の異常さが見て取れる。

 

今の生活に限界を感じた多恵は、なんとかして収入を確保する方法を考えたが、自分の特技といえば前世から磨いてきた麻雀知識くらいだ。

 

と、そこまで考えて、この世界では麻雀がかなり普及していることもあって、麻雀講座を動画で配信すればいいんじゃないだろうかと考えついた。

前世でもそういった動画を上げているプロはいたし、こっちでは最近、小さい子に頭の勉強という名目で麻雀を勉強させる家庭も増えている。

家庭麻雀が当たり前の世界なのだ。

 

そうしてできたのが、多恵の麻雀チャンネル、「クラリン麻雀講座」だった。

ちなみに名前は洋榎がつけた。

 

多恵は持ち前の知識量と、その知識量にそぐわない幼い少女の声が話題となり、配信を始めてから数週間のうちに、登録者数も大量に増え、有名麻雀Yo〇T〇berの仲間入りを果たしていた。

 

「えー今日は、中級者向けのお話をしていこーと思いまーす」

 

コメント欄は今日も賑わっている。

 

「クラリン今日もかわいい声」

 

「麻雀初心者でもクラリン中級者のワイ、参戦」

 

「クラリンのおてて……」

 

今日はライブ配信なので、コメントがリアルタイムで表示されている。

多恵は録画した動画を配信するのも好きだったが、ダイレクトで皆に考えてもらえるライブ配信の方が好きだった。

一部ヤバイ発言をしているのは無視だ。

 

「今日は放銃率のお話です。放銃率が何かわからないよーって人は放銃率のお話をした時の動画を貼っとくのでそっち見てみてくださいねー」

 

ちなみに多恵の顔は映っていない。映っているのは自動卓と、多恵の手元だけだ。ネットの画面でもいいのだが、多恵は自動卓を使って解説をしている。

 

「じゃあまずはこの河を見てみましょー!」

 

動画配信中は何故かハイテンションになる多恵。

せかせかと慣れた手つきで牌を集めていく。

多恵は自動卓の方が麻雀歴はもちろん長いが、小さい頃はずっと手積み麻雀をやっていたので、こうした牌の扱いも早く、手際が良かった。

 

{南西白⑤81}

{七横③}

 

「はい、このリーチに対して{⑨}と{9}はどっちが確率的に危ないでしょう。捨て牌は全部手出しってことにします」

 

一斉にコメント欄は解答で溢れる。

 

「⑨だろ、JK」

 

「8切れてるの早いし、9の方が安全そう」

 

「クラリンのおてて……」

 

「⑤より8の方が後だし、9のが危なくね?」

 

このように一斉に考えてくれる時間が、多恵は割と好きだった。

誰しもが最初はそんなに知識はない。

自分自身も、本を読んで、実践して、その繰り返しで知識を体に覚え込ませていた。

 

「じゃあ正解発表~正解は{⑨}でした~」

 

このロジックは、割と有名な牌理の問題だ。

手出しで{⑤}を割と早い段階で切るのは、手牌に{⑤⑦⑧}と持っていて、{⑤}を切り出すシーンが多い。

手役が絡むともちろん例外も生まれるが、読みの王道だ。

 

「この{⑤}が赤の場合は、立直宣言牌まで引っ張られることが多いよ。チップがある雀荘のフリーとかで打つ人は、尚更だね!」

 

ご祝儀をもらえる赤達は、使って和了るだけで、チップがもらえる。

なので、赤を使いたいという気持ちは、普通の麻雀に比べて、若干上がるのだ。

その分、最後まで{⑥}を引く可能性を追って、引っ張られることが多くなる。

 

「クラリンぐらいの少女が何故フリーを知っているのか」

 

「クラリン三尋木プロ説」

 

「←いや三尋木プロこんな話し方しないだろ」

 

「リーマンのワイ、クラリンに勝てる気せず」

 

「おてて……」

 

これくらいの簡単な話なら、どこでも教えてくれるのだが、多恵の麻雀講座はそこをもう少し掘り下げて教えてくれる。

 

「具体的に数値化しようか。リーチ者のスジを数えよう。スジがわからない人は、以前の動画で紹介してるので、それを確認してねー」

 

まだ始めたばっかりの小さい子にはここから先の話は難しいが、多恵のチャンネルの視聴者の年代が幅広い理由は実はここにあった。初心者向けの分かりやすい話から、中級、上級者向けの歯ごたえのある話。どちらの層にも受ける動画を作り、そしてその配信をしているのが女の子だというのだから猶更人気が高まった。

ネットでは「クラリン実は20代女流プロ雀士説」とかまことしやかに流れている。

 

 

そんな話をしているとき、ちらっと気になるコメントが、多恵の目に映った。

 

 

「こんだけデジタル勉強しても、才能には勝てない」

 

そんなコメントを目にして、一瞬、多恵は話している途中にも拘わらず止まってしまった。

この手のコメントは実はよく目にする。こっちの世界では、それこそデジタルなんかあてにならないほど、とんでもない才能をもった雀士たちがうじゃうじゃいる。きっとそういう人種に打ちのめされ、麻雀を嫌いになった人も、少なくないのだろう。

前世との大きな違いだ。

 

30分ほどして、今日の内容がほとんど終わったところで、多恵は先ほどのコメントを拾うことにする。

 

「えー、ひと段落したんで、ちょこっと気になったコメントがあったから、拾うね。皆もプロの対局とか見てて、もうこれデジタルとか関係ないじゃんって思ったこと、何度かあるんじゃないかな」

 

その多恵の言葉に、数々の共感のコメントが寄せられる。

 

「まあ、偶然の域は越えてるわな」

 

「あんなんできたら俺でも勝てるわ」

 

「正直ずるくね?」

 

反応は様々で、もっともだなと思うこともある。そして自分自身、こっちにきてから自分の麻雀が偶然の域を超えていると感じることもあった。

 

「それでも、無理を承知で、私はデジタルを勉強してほしいと思う。才能は、努力して手に入れることは難しいかもしれないけど、基礎を勉強することは、誰にでもできる。基礎を勉強して勉強して身に着けて、その養った感覚で、とんでもない才能を持っている人たちをバシバシ倒しちゃうような人がいるのを、私は少なくとも1人知ってる」

 

多恵の親友。愛宕洋榎という少女は、麻雀において、当たり牌が手に取るように見えているんではないかと思うこともあるが、それは彼女が努力してきた故の結晶。何年にもわたる努力によって培われた感覚。

あれを才能だなんて決めつけることはできない。才能と決めつけて突き放すことは、誰よりも近くで見てきた多恵が許さない。

 

「だから私は、麻雀で頂点を取るために、才能だけじゃ麻雀は強くなれないってことを、証明したい」

 

まだ子供だけどね、と多恵は笑ってごまかす。

手元しか見えていない動画では、小さい手で麻雀牌を器用にくるくると回す様子しか映っていなかったが。

それでも多恵の麻雀に対する熱量は、視聴者に伝わったようだ。

 

「クラリン……泣」

 

「クラリンはプロになりそう」

 

「クラリンは既にプロ。はっきりわかんだね」

 

「こういう人にプロになってほしいよね」

 

多恵はこっちの世界で能力だけがすべてじゃないことを証明したかった。

もし仮に才能だけで勝ててしまう競技になってしまったら、これから先、この世界の麻雀は人気を失っていくだろう。

 

(前世の皆が死ぬほど頑張って繋げてきた今日までの麻雀戦術の軌跡を、終わらせたくない。もしかしたら、俺がつなぐために、こっちに来たのかもしれない)

 

きっと自分がいなくなった後も、前世では新しい麻雀の技術が日進月歩を続けているはず。

そう思うからこそ、多恵もこっちで戦術の先駆者になろうと思っていた。

 

「じゃあ今日の内容終わります!明日は初級者編をやるつもりなので、よろしくねー!」

 

「お疲れ様」

 

「明日も楽しみ」

 

「おてて……」

 

 

そうしてカメラの録画を切ると、多恵は目の前の麻雀牌を眺めた。

 

前世で応援される雀士になれなかった多恵は、奇しくも今、たくさんの人に応援してもらえている。

 

「がんばらなきゃな……!」

 

よし、と気合を入れると、多恵は自身の研鑽のために牌譜を卓に起こし始めた。

「クラリン麻雀講座」が、日本中で1番人気の麻雀チャンネルになるのは、まだ先のお話である。

 

 




クラリンとはやりんのコラボの日も遠くない……のか?
いつも誤字報告してくださる方もありがとうございます。



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第18局 王者VS侍

優希がガチモードの時に語尾のキャラ付け忘れてるの、結構好きです。




死の先鋒戦。その前半戦が終わった。

前半戦を終えての各校の点数は

 

清澄 112800

晩成 119300

臨海 99300

永水 68600

 

となっていた。オーラスに智葉が跳満をツモって後半への布石を打って、前半戦は終了した。

 

 

 

 

「ゆーき!」

 

前半戦が終わり、一度控室に戻ってきた優希。

プラスで前半戦を終えたというのに、その表情はあまり浮かない。

 

「優希、よく踏ん張ってくれたわ。後半も大丈夫そう?」

 

「頑張るじぇ。ケド、臨海も晩成も、まだ本気じゃないように見えたじょ」

 

久の質問に対して、幾分不安そうに、優希はそう答えた。卓上で優希が感じていたプレッシャーは、並ではない。ただでさえ神をおろした小蒔と、小走やえのプレッシャーに耐えながら、対面からもいつ刃が向けられるかわからないのだ。この感覚は、外から見ている人にはわからない、とてつもない圧力となって、優希に襲い掛かっていた。

 

「優希!タコス用意したぞ!」

 

「でかした京太郎!!」

 

そんな中でも、タコスへの反応は早い。

唯一の男子部員須賀京太郎が用意した特製タコスを奪い取るなり食べ始める。

そんな優希を見て、チームメイトも少し安心したようだ。

 

「優希ちゃん、頑張ってね」

 

「任せるじょ!!」

 

チームメイトの宮永咲からの応援の言葉に勢いよく返事をするその姿は、さっきまでの不安な表情はない。すぐにこうして気持ちを切り替えられるのも、優希の強さなのだろう。

元気になってタコスを頬張る優希を見て、部長の久は優希に最後の確認をした。

 

「点数を見ればわかると思うけど、あなたの卓にいるのは小走やえ。あの事には、常に注意を払っておいてね」

 

タコスを食べ終わった優希は久のその言葉に、真剣な表情で頷いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

全員が、同じ卓に戻ってくる。

開始予定時間はもうすぐだ。

 

「タコス(ちから)フルチャージだじょ!!」

 

優希が元気よく椅子を回転させた。

その表情は、もうやる気満々といった感じである。

 

「なるほど、お前のその力の源は、タコスというわけだな」

 

智葉が真面目に、優希の言葉を捉えて納得している。

智葉はオカルトな部分に寛容だった。

 

「いや、あんたなんで納得してんのよ……」

 

「なに、そういうのも悪くないだろう。小走、お前だって大事そうにポケットになにか握りしめているじゃないか。そういう心の支えはアリだろう」

 

「こ、これはそういうんじゃないわよ!!タコスと一緒にしないでほしいわ!」

 

急に顔色を変えたやえが、プイと明後日の方向を向く。

 

優希が「タ、タコスを馬鹿にされた……?!」と驚愕しているのはそれはそれ。

終始笑顔で小蒔もそんな様子を眺めている。

 

 

 

 

しかし、穏やかな空気はここまで。

互いが互いを削りあう、後半戦が始まろうとしていた。

 

『先鋒戦後半戦スタートです!前半戦はまさかまさかの清澄高校の1年生、片岡優希が善戦!プラスで後半戦を迎えます!対して厳しくなっているのは永水女子のエース、神代小蒔!ここから点数を戻せるでしょうか!そしてそして小走やえと辻垣内智葉がこのまま黙っているはずもありません!』

 

 

 

 

東1局 親 優希 ドラ{④}

 

(清澄の東場女改めタコス女……やはりまた起家か)

 

配牌を受け取って、智葉は思考を走らせる。

その表情に、先ほどまでの空気はない。

 

2巡目

 

「リーチだじょ!!!」

 

(流石に早すぎるわね……)

 

優希が捨て牌を横に曲げた。今度は2巡目だ。

このままでは一発でツモられると感じたのか、また智葉とやえが最低限の一発消しをする。

しかし、今吹いているのは東の風。そして東家に座るは東風の風神、片岡優希だ。その程度のずらしでは、もちろん止まらない。

 

「ツモだじぇ!2600オールッ!」

 

優希 手牌 

 

{③④⑤⑥⑦789一二三四四} ツモ{②}

 

ふっ、と智葉が挑戦的な笑みを浮かべる。

 

(なかなか止まない風だな……)

 

『清澄の片岡優希!今回も東場で暴れるのかあ!?』

 

 

 

1本場も、優希が主導権を握る。

 

「リーチだじぇ!」

 

2巡目。全く衰えを知らない優希のもとに吹き荒れる風が、同卓者を巻き込む。

 

「ツモ!」

 

優希 手牌 ドラ{⑥}

{②③④⑦⑧123567西西} ツモ{⑨}

 

「1300は1400オールだじぇ!」

 

点棒の受け渡しが行われ、優希はまだまだといった顔。

 

 

 

その表情を一瞥すると、やえは、ふう、とまた深い呼吸をした。

 

東1局 2本場 ドラ{7}

 

優希 配牌

{①②③④赤⑤5678三四五北北}

 

(来たっ!ダブルリーチ!)

 

もはやその勢いは誰にも止められないのか。

文字通り東1局で終わらせんといった勢いの配牌は、今回も優希の手元に舞い降りた。

このダブルリーチをツモれば、跳満スタート。

6200オールは大きなアドバンテージとなる。

勢いよく優希は手牌の{8}を横に曲げた。

 

「ダブルリーチだじょ!」

 

配牌で聴牌し、1打目に立直を打つと役が付く。

 

同じように。

 

 

 

 

「ロン」

 

 

 

 

「じょ?!」

 

他者の1打目で和了っても、役が付く。

 

暴風は無理やり止められた。

王者の手によって、また無理やり叩き落される。

 

清澄の控室で見ている久は「うそでしょ……」と呟いていた。

いくら宣言牌を捉える王者とはいえ、ダブルリーチを砕かれるとは思っていなかった。

 

「人和は確か倍満よね。16600」

 

やえ 手牌

{①②③④⑤⑥67三三五五五} ロン{8}

 

『れ、人和だああ!!!今大会初の人和が飛び出しました!!晩成の王者小走やえ!片岡優希の連荘の流れを叩き切りました!!』

 

(やっと、()()()()わ)

 

流石の優希もダブルリーチは何度も打ってきたとはいえ、人和をされたのは人生で初めてのことだった。

 

(この女……!東場の私の速さに合わせられるのか?!)

 

動揺もあったが、まだ東場が終わったわけではない。

優希の好配牌は変わらない。

 

東2局 親 やえ ドラ{二}

 

5巡目 優希 手牌

{②③④⑤⑥⑦⑧一二三三四四} ツモ{②}

 

(よし、聴牌しなおしたじょ……)

 

5巡目だが、優希の捨て牌には{⑥}がある。

優希はやえに狙われているであろう宣言牌だった{三}を手牌に収め、

違う形での聴牌にこぎつけた。高くもなった。

{一}を曲げる。

 

「リー「ロン」っ?!」

 

やえ 手牌

{③③④④⑤赤⑤一一赤五六七東東} ロン{一}

 

「7700」

 

かわしきったと思った牌が捉えられた。

捨て牌を見ると、2巡前のやえの手出しは{二}。

 

(追いかけてきたのか……?!)

 

(逃がすわけないでしょ)

 

優希がかわしに来ていることをわかって、更にその先で待つことに成功したやえ。

こうなると手が付けられない。

 

「リーチ」

 

1本場はやえから曲げに来た。

優希も同巡聴牌するが、出ていく牌が厳しく、回らざるを得ない。

他2人も2巡回らされる。そして2巡あれば、

 

「ツモ。6100オール」

 

やえ 手牌 ドラ{八}

{①②③34567五六七八八} ツモ{8}

 

小走やえはツモってくる。

 

『決まったああ!!晩成高校小走やえ!人和から圧巻の3連続和了です!!』

 

くっと歯噛みする対面の優希を見て、智葉は東場は優希がやりあってくれると思っていたが、そこまで頼ってもいられないと感じていた。

 

(これ以上小走とも離されるのはあまりいただけないな)

 

 

東2局2本場。

 

これは流しに行ったほうがいいと判断した智葉が動く。

 

「ポン」

 

「ポン」

 

5巡目 智葉 手牌 ドラ{④}

{②③④⑤⑥⑥西西} {白横白白} {⑨横⑨⑨}

 

対面から2鳴きすることで、やえの手番を飛ばしつつ、{⑥}を切れば3面張の混一の聴牌。

流石は昨年の個人戦準優勝者。

 

やえの下家ということを十分に活かして、やえの親番を刈りに行った。

抜き身の刀が王の首を狙って鞘から抜かれる。

智葉が1歩踏み込み、王者の背後に美しい刀身が迫る。

 

 

「ロン」

 

瞬間、智葉の目が一瞬細まる。

去年と違ったのは、やえの支配力だった。

自らに向けられた抜き身の刀を振り返りざまにむんずと素手で掴み取る。

手を血だらけにしながら王者は暗殺の刀を砕いた。

 

やえ 手牌 

{⑤⑦33567四五五六六七} ロン{⑥}

 

「7700は8300……邪魔をするな、辻垣内…ッ!」

 

もはや狂気に見えた。右目を光らせ、手を血みどろにしながら自らを抑え込みにきた王者の姿に、智葉は思わず自身の考えを改める。

 

「……なるほど、去年の間合いで踏み込めば、()られるのはむしろこちらというわけか……」

 

凶暴な視線を向けてくるやえに対して、眼鏡をかけなおして智葉は思考を巡らせる。

 

(冷静さがついたかと思ったがむしろ逆、狂気にも満ちた圧倒的力。しかしその脆さ、どこかで出し抜けるか……?)

 

『辻垣内智葉からも一閃!止まりません小走やえ!!』

 

 

 

東2局 3本場 ドラ{一}

 

やえの連荘が続いているとはいえ、場はまだ東場。

 

「チーだじぇ!」

 

2巡目にして、また東の風が吹き荒れる。

 

(鬱陶しい風ね……!)

 

流石のやえも、毎回3巡程度で手ができるわけではない。力の性質上、相手によって手牌の相対的速度も上がるが、だからといって毎回先手を取れるわけでもない。

だからこそ心を折りたかったのだが、この東場娘はそうはいかないらしい。

いっそのことノーテンリーチでも打ってやろうかと放送対局ではありえない発想もしたが、流石にちょんぼ扱いにされてしまうのでできるはずもなく。

 

「ツモだじぇ!300、500の3本場だじぇ!」

 

優希の必死の仕掛けが、実を結ぶ。

 

優希 手牌

{④⑤⑥⑦⑧三三456} {横①②③} ツモ{⑨}

 

(その形から両面チー。一見ありえない悪手に見えるからこそ、かいくぐったか)

 

『小走やえの連荘を止めたのは清澄の片岡優希!!まだまだ諦めてはいません!』

 

(まだ東場……やれるじょ……!)

 

優希が一向に衰えない闘志を燃やす。

 

 

と、点棒をいつまでもくれない小蒔に、優希が違和感を覚える。

 

「あ、あの、巫女さん、600点欲しいじょ」

 

「……あ、ああすみません!寝てました!」

 

あたふたと点棒を払い出す小蒔を見て、寝てた?という疑問符を浮かべるのは優希。

 

対照的に、ニヤと凶暴な笑みをやえが見せたことを、智葉は見逃さなかった。

 




咲シリーズで人和は見たことが無かったので、倍満ルールを適用させていただきました。



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第19局 信頼の差

後半戦 東3局 9巡目 親 智葉 

 

「ツモ。6000オール」

 

智葉 手牌 ドラ{4}

{一一四四赤五五九九西西東東白} ツモ{白}

 

(辻垣内……!)

 

圧倒的な速さで、それも、待ちの選択が単騎待ちという変えやすい形にとってやえの支配をかいくぐってツモ和了ってみせた。

和了っても表情を変えない智葉。まだ点数はプラスには至っていない。

 

(小走との間合いを誤ったせいで点差が縮まらないな……それにしても気になるのは巫女)

 

スッと目線を軽く下家に座る小蒔に移す。

 

(前半戦までの感じが霧消した……?永水の巫女から感じるプレッシャーが明らかに減ったぞ)

 

智葉は他者との間合いを測る。その独特な感覚の上で、相手の雰囲気というものに敏感だった。

故に、対局中に寝てた……という小蒔の発言は普通何言ってんだこの人という反応になるが、智葉は目敏く小蒔の変化を察知していた。

 

 

7巡目、まだ勢いのありそうな優希の河が濃い。しかし王者やえへの放銃を恐れて、いまいち一番和了り牌の多い待ちにとれていないような、そんな印象だった。

優希が恐る恐ると切った牌は{②}。しかしやえから声はかからない。

 

(張ったか。私もここの親番でもう少し点数は稼いでおきたいが……)

 

単純に考えて、今ので聴牌したとするのなら、周辺牌は危ない。当たらないことももちろんあるが、入り目になっているか、関連牌なのはまず間違いないだろう。

そう思い、智葉は優希の現物を打つ。

しかし、その次の小蒔が打ち出したのは{③}だった。

 

「ロ、ロン!5200だじぇ!」

 

優希 手牌 ドラ{二}

{②③③③④567二三四赤五五} ロン{③}

 

余りこのまま和了れると思っていなかったのか、思わず優希から少し遅れてのロン発声。放銃してしまった小蒔は、あわわわわと何やら慌てていた。

 

(とりついていた神の類が離れたか……?)

 

思わぬ形で親番を流された智葉。しかしその表情に焦りはない。

それならそれで、やりようはあるといった感じだ。

 

東4局 親 小蒔

 

「リーチだじぇ!」

 

7巡目、もうこれ以上東場は続かない。とするとここで最後のとどめと1つ和了っておきたいのは優希だ。

少し速度は落ちてきたが、それでも十分脅威だ。今回も、やえからの支配を逃れている。

 

1巡回って、小蒔が少し時間をとる。前巡も、優希のスジではあるものの、現物ではない牌を切っていた。

 

(あ、これまずいじょ……)

 

実は優希はやえからの支配から逃れていたわけではない。

単純に、()()が変わったというだけだった。

 

「リーチ」

 

親の小蒔からリーチがかかる。

その宣言牌を見て、やえが少し口角を上げた。

 

「ロン」

 

やえ 手牌 ドラ{①}

{①②③④⑤⑥⑦⑧⑨5赤568} ロン{7}

 

「8000」

 

右目を光らせたやえが、小蒔から点棒を受け取る。

神を打ち滅ぼした王の手が、巫女から全てを奪い取ろうとしていた。

 

南場に入った。

各校の点数状況はこうなっている。

 

清澄 105700

晩成 173400

臨海 98300

永水 22600

 

(まずい、小走の狙いは……!)

 

永水の点数は、先鋒戦だけで75000点近くを失っていた。

心無し小蒔の表情も青ざめている。

小走やえは前年のインターハイ団体戦も先鋒で出場していたが、どれだけやえが点数を稼いでも、次鋒以降で強豪にまくられ、1回戦で姿を消していた。

 

(ここでトバす。次鋒以降なんかに、つながせない)

 

鋭い眼光が、小蒔を貫く。

 

 

南1局 親 優希

 

(ここからは、守る。なんとかプラスで、染谷先輩につなぐじぇ……!)

 

ここまででも十分優希は善戦していた。

しかし、この点棒を終局まで持ちこたえるには、あまりにも残り4局が長い。

去年の個人戦決勝卓の2人が、本気で和了りにくる親が残っている。

 

7巡目。危険牌を早々に処理した優希は、まだ誰もなにも動いていないことを見て、生牌の字牌の処理にかかる。

しかしそれを簡単に処理させてくれるほど、甘い卓ではなかった。

 

「ロン」

 

優希の耳もとを、剣先がかすめる。

 

智葉 手牌 ドラ{南}

{②③③④④⑤⑦⑧⑨南南西西} ロン{西}

 

「12000」

 

(かけらも染め手っぽい捨て牌なんかしてないじょ……!)

 

通常、7巡目にこんな手に当たってしまうのは事故だ。こんなのに気を使って麻雀なんぞやろうものなら麻雀にならない。笑って切り飛ばす程度の牌。

それが事故ではない、必然の和了りへと変える。ここにいる辻垣内智葉とはそういう打ち手だ。

 

南2局 親 やえ ドラ{8}

 

サイコロを回し始めたやえに、全員の視線が集まる。

 

(問題はこの小走の親……この親で小走は確実に巫女を殺しにくる)

 

(ぶちょーが言ってた……小走やえは、標的を見つけたら必ずその高校をトバしにかかるって……さっきの和了りも、たぶん永水を狙ったんだじょ)

 

(これ以上は……これ以上はやらせません……!)

 

8巡目。不気味なほど静かに局は進行していた。

 

(晩成の王者から中張牌が溢れてきてるじょ……そろそろ危ないかも……)

 

かといって、ベタオリする牌がない。仕方なく、優希はまんべんなく切れていてスジの牌である{③}を切った。

その後やえが持ってきた牌をツモ切りする。

それを確認して、小蒔が同じく{③}を切った。

小蒔も狙われている自覚はある。ここはなるべく当たらない牌を選びたい。

で、あれば当然前巡通って、手出しが入らなかった牌を切るのは当然といえた。

 

「ロン」

 

ビクッと小蒔の体が跳ねる。

対面のやえの目が稲光をまとう。

小蒔は上から抑えつけられて地面に叩きつけられるような感覚を味わう。

 

(や、山越し……?!)

 

(さっき通った牌だじょ?!)

 

やえ 手牌 

{①②⑨⑨⑨45688東東東} ロン{③}

 

「9600」

 

(まずいな。本格的に1撃の射程圏内だ)

 

とてつもないプレッシャーが、場を支配していた。

もはややえの眼には対面に座る小蒔しか見えていない。

 

(孤独な王よ。あまり躍起になりすぎると、足をすくわれるぞ……)

 

そんな様子を、智葉は静かに眺めていた。

 

 

 

 

 

南2局 1本場 ドラ{7}

 

やえの攻勢は変わらない。確実に仕留めようと、王の鉄槌が構えられる。

少し汗が目立ち始めたやえの表情。

 

(もう少し……もう少しで……多恵と戦える……)

 

やえは、ぎゅっと右のスカートのポケットに入っているお守りを握りしめた。

ようやく、ようやくだ。

 

今まで一度も、団体戦では相まみえることのできなかった親友と、ようやく対局できるかもしれない所まできた。

 

9巡目 やえ 手牌

{③④赤⑤二赤五六七4567東東} ツモ{東}

 

({二}を切れば{47}待ちの聴牌。けど、前巡神代の捨て牌は{四}……)

 

逡巡すると、やえは{4}を切り出した。

狙いは神代小蒔ただ一点。

やえはそのとてつもない感性で、カンチャン落としを読み切って、小蒔の{二}を狙いに行った。

 

 

「ロン」

 

 

その王者の鉄槌は振り下ろされる前に、横なぎに振るわれた刀によって止められる。

 

智葉 手牌

{3赤5666789南南南西西} ロン{4}

 

「12300……小走。あまりよそ見をすると足をすくわれるぞ」

 

「クッ……辻垣内ッ……!」

 

智葉の捨て牌は完全にやえの{4}を狙いに来ていた。

 

捨て牌を見ればもっといい待ちにとれていただろうに、そうしなかった。

小走やえの狙いは神代小蒔。そしてその神代小蒔を狙い撃ちするためには、先ほどの山越しのような無理が生じる。

その隙を、智葉は見逃さなかった。

 

 

 

南3局 親 智葉

 

 

(まあいいわ。私から辻垣内への横移動なら問題ない)

 

息を整えると、もう一度状況を整理するやえ。

永水の点数が増えていないならやることは変わらなかった。

親番は落ちてしまったが、2局あれば問題ない。幸い今局の配牌も落ちてはいない。

 

(大丈夫。あと2局……2局で削り切れば……!届かなかった準決勝に手が届く……!)

 

そう1打目を切り出すやえの姿は、いつものような余裕な表情ではなく、焦りを含んだものになっていた。

 

 

 

 

11巡目 やえ 手牌 ドラ{6}

{⑤⑥⑦5566778赤五六西} ツモ{七}

 

(聴牌……{西}を切れば{58}待ちだけど、対子落とし最中の神代の{西}を狙いに行く。また辻垣内の河が変だけど、これで決める。二の矢はいらない。この手で、差し切る)

 

 

右目を極限まで光らせ、苦悶の表情を浮かべながら、{8}を切り出す。もうその姿は、王というよりは、野望のためにどこまでも突き進む暴君だ。

目的以外今のやえには何も見えていない。

 

永水を刺し殺すために整えられたその手は。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ロン」

 

極限まで鍛え上げられた刀によって切り落とされる。

 

 

 

長い黒髪をなびかせ、すれ違いざまに抜刀された刀は、確かにやえの体を貫いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

智葉 手牌 

{122234赤5677899} ロン{8}

 

 

 

 

 

 

 

「36000」

 

 

 

 

 

 

 

 

やえを強烈な眩暈が襲う。

 

頭の中を様々な思惑がめぐる。

3人との誓い。後輩から託された想い。多恵からの……お守りの{8}。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

死の先鋒戦は終局した。

 

 

清澄 81700

晩成 140000

臨海 158600

永水 19700

 

 

席に残るのは、黙ってうつむき、ぎゅう、と力強くスカート掴むやえと。

立ち上がり、控室に戻ろうとする智葉だけだった。

去り際、ポツリと智葉がやえに声をかける。

 

「信頼」

 

「……」

 

その単語を黙ってやえは聞いている。

 

「小走、お前が後ろのチームメイトを信頼し、目的を見失っていなかったなら、今日はやられていただろう。今日ここで表れたのは、私と、お前のチームメイトへの信頼の差だ」

 

わかっていた。170000点を超えたところで、あとはチームメイトに託して、しっかりと打ちまわしていれば、こんなことにはならなかった。

 

と、いうよりも、結果だけ見ればなにも悲観することはない。40000点を稼いで次につなげるのだ。相当良い結果といえるだろう。

 

 

だからこそ、今()()している自分がどうしようもなく、嫌だった。

 

 

「今度相まみえる時は信頼できる仲間を得たお前と戦いたいものだな」

 

そう言って智葉は去っていく。

 

智葉の姿が見えなくなり、卓に残されたのはやえ一人。

 

誰もいなくなった卓上に、先ほどまでの熱気はない。

 

ポツ、ポツと、晩成高校の制服のスカートに、雨が降る。

やえの目には涙が溢れていた。

 

やえが無言で握りしめるスカートのポケットの中には、

 

南3局で手放し、放銃した牌と同じ、{8}が握られていた。

 

 

 



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第20局 守りの化身

Dブロック2回戦は、次鋒戦が終了していた。

姫松高校の控室に、次鋒の上重漫はなかなか姿を見せない。

それもそのはず、漫は姫松の控室の前でこそこそと中の様子を伺っていたからだ。

 

「なにコソコソしとんねん」

 

「うわっうわあ!」

 

迎えに行ったはずが入れ違いになってしまった恭子が後ろから漫に声をかける。

漫は驚いた後、居心地悪そうに、目の前で手をもじもじしていた。

 

「先輩たちに合わせる顔がなくって……」

 

漫は次鋒戦で点数をプラスにすることができなかった。

次鋒戦を終えて、今の各校の点数は

 

宮守 110000

姫松 135900

有珠山 62000

新道寺 92100

 

となった。

宮守のエイスリンが全体の和了の50%を占め、点数を稼いだ形。

漫は満足のいく和了りをとれないまま、終局を迎えてしまった。

不甲斐ない結果を出してしまった自分を恥じて、控室に戻りにくかったのだ。

 

そんな様子を見て、はあ、と恭子がため息。

 

「あのなあ、そんなことでウチのメンツが怒ると思うんか?漫ちゃん1人で姫松高校として戦ってるんやない。カバーするためにウチらがおるねん」

 

「末原先輩……」

 

「まずはそのみっともない顔どうにかして、控室戻ればええ」

 

もとより、漫の能力の扱いが難しい事はわかっていた。

その上でオーダーしているのだから、これくらいは想定範囲内。

 

というのもあるが、恭子は漫にチームメイトである先輩たちに距離を置いてほしくなかったのが大きい。

 

 

 

「ほんっとにすんませんでしたあ!」

 

改めて、控室に戻った漫が全員に向けて謝罪をする。

 

「ええよええよ、そういうもんやしー」

 

「気にせんでええよ~」

 

「相手も強かったね、初戦だし、仕方ないよ!」

 

メンバーから口々に励ましの言葉がおくられる。

誰もこの場に責めるような発言をする人はいない。

 

ただまあ、今後のために、例のヤツやっとくか。と、恭子が自分の学生鞄を漁りだした。

 

「あっれ~油性持ってくんの忘れてたわー。しゃあないなー水性にしとこかー」

 

例のヤツ。それは漫が結果を出せないと、額にペンで落書きをされるという罰ゲーム。責めはしないが、次は必ず勝つという気概を持ってほしい、とは恭子の弁だが、やることのえげつなさに、それを聞いた洋榎と多恵は若干引いていた。

 

「ホンマですか?!」

 

水性であればすぐ落とせる。

思いもよらない不幸中の幸いに、少し声の調子が上がる漫。

 

「あら~末原ちゃん油性ペンがいんの~?」

 

「え」

 

しかしその希望も赤阪監督の呑気な1言で砕かれる。

 

「私油性持ってたよ~な気がする~」

 

 

 

 

 

 

 

うっうっ、と控室の隅で漫が泣いている。

それを励ましに漫の方へ向かったのは多恵だ。

 

「漫。恭子は私達の中でも漫ちゃんへの期待が大きい人だから、期待の裏返しだと思って……」

 

「多恵先輩ぃ……」

 

恭子は漫ちゃんへ期待していた。多恵が漫という人材を発見したとはいえ、漫ちゃん育成計画には恭子も深く携わっている。

漫が活躍できるように、いろいろな条件を多恵と共に模索した恭子は、漫のために費やした時間ももちろん多い。

 

「余計なこと言わんでええねん多恵」

 

そこに件の恭子がやってきた。

近づいてきた恭子は油性ペンを凶器のようにペン回ししている。

 

「ちょっとなあ、もっとやる気になるように、罰ゲーム増やそうかあ」

 

その表情は、悪魔のそれだ。

対局中にこの表情をすれば恭子の和了率は5%くらい上がるかもしれない。知らんけど。

 

「ええ?!もう十分辛いですよお?!」

 

「恭子、これ以上は、いいんじゃないかなあ?」

 

苦笑いをしながら、多恵が恭子を止めに間に入る。

しかしその悪魔の表情は、何故か多恵に向いていた。

 

「何、勘違いしとるん多恵」

 

「ぴょ?」

 

嫌な予感が、多恵の体を駆け巡る。

恭子は見たことのない笑顔で。

 

「これからは、漫ちゃんがトップと2万点差がついたら、多恵のデコにも油性や」

 

「ぴょおおおおおおお?!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

しくしく、と多恵が隅っこで泣いている。

 

「多恵先輩!多恵先輩いいい!ウチのせいで……」

 

「だははははあっはははあ!!!」

 

洋榎が爆笑している。

膝を叩きながら多恵の額に書かれた「子」という文字を見て大爆笑だ。

 

「ひ、ひどい状況なのよ~」

 

「ま、多恵は先鋒でこの後出番もないし、ちょうどええやろ」

 

恭子がそう言いながら赤阪監督にペンを返す。

 

漫は自らのせいで多恵をも犠牲にしてしまったことに、絶望していた。

恭子の狙いは意外とばっちりで、これからはこの人の額に落書きなんかさせてはいけないと、1人責任感を増す漫がいた。

 

「まあ、任せときー、ばっちりやってきたるわ」

 

ひとしきり大爆笑した洋榎が、多恵の身を案ずる漫ちゃんに肩組みした。

 

「洋榎先輩……。よろしくお願いします!」

 

「洋榎、宮守の中堅、頭に入れといてな」

 

「おおー任しときー」

 

ひらひらと手を振って控室を後にする洋榎。

その姿に緊張は微塵も感じ取れなかった。

 

「洋榎の強さは、誰が相手でも客観的に実力差を測れるところだよね」

 

悲しみから解放された多恵が、洋榎を見送ってそう口にする。

洋榎は自分の実力を過信していない。かといって過小評価もしない。

そうして客観的に実力差を推し量り、立ち回りを決める。

敵を知り、己を知れば100戦して危うからずとはよく言ったものだ。

 

「そやな……ふふっ」

 

恭子が多恵の言葉を聞いて、振り向いて笑った。

 

「多恵……フフッ……その顔で何ゆーてもかっこつかんで……」

 

「これ書いたの恭子だよね???????」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

伝統的に、強豪姫松のエース区間は中堅だ。

去年多恵が個人戦決勝まで行ったことを鑑みて、中堅には多恵が座るべきでは?というネットの記事もいくつか見受けられた。

しかし姫松善野監督も、赤坂監督代行も、中堅には愛宕洋榎を指名した。

そしてそのことに異を唱えるものは、部内で1人たりともいなかった。

 

エースの役割とは高校によって変わる。

姫松の伝統的なエースの資格は、精神的支柱。

絶対にこの人は負けないという信頼。

そういう意味で、愛宕洋榎の雀風は、確実に姫松のエースに相応しいといえよう。

 

 

「ほんじゃあいっちょ、景気づけ、いっとこかあ~」

 

洋榎の手が大きく振りかぶられる。

 

「出鼻くじきリーチイ!先んずれば人を制す、や」

 

(バカみたい!)

 

(このアホそうな人が強豪姫松のエースってマジ?)

 

(なんもかんも政治が悪い……)

 

中堅戦が始まった。

 

メンバーは起家に宮守の鹿倉胡桃、南家に有珠山の岩館揺杏、西家に愛宕洋榎、そして北家に新道寺の江崎仁美だ。

東1局5巡目に洋榎からリーチがかかる。

 

「来るで~一発くるで~」

 

初戦ということもあって洋榎の機嫌はいい。

麻雀を楽しむことが、洋榎の強さを形作っている。

 

「って、なんで{⑥}やねん!」

 

1人ツッコミである。フリーでこんな人と同卓しようものならつい「ラストで」って言いたくなってしまう人も多いだろう。

 

数巡して、洋榎が持ってきた牌を開く。

 

「ツモ。まずは2000.4000や!」

 

 

洋榎 手牌 ドラ{②} 裏ドラ{七}

 

{①②③⑦⑦⑦45699七八} ツモ{九}

 

 

 

 

 

東2局 親 揺杏 ドラ{三}

 

(姫松を削りたいけどー贅沢も言ってられないし、まずは点数稼ぐことだな)

 

有珠山は点数状況的にも厳しい展開が続いていた。なんとか次鋒の桧森誓子がプラスで終えたとはいえ、先鋒戦で受けた傷は癒えていない。

揺杏の当面の目標は、点数を回復することだった。

 

10巡目 揺杏 手牌 

 

{⑦⑧12334赤5二三三西西} ツモ{西}

 

(よっしゃ!ドラ使い切れる方~)

 

「リーチ」

 

親の揺杏がリーチをかける。

南家の洋榎が一発目に持ってきた牌は{⑨}。

 

洋榎 手牌

{⑤赤⑤123456789六七} ツモ{⑨}

 

揺杏の河と全体的な河を見る。

 

揺杏 河

{北南白九八九}

{六⑤⑦横二}

 

そのまま{⑨}を手中に収めつつ、現物の{六}を切り出した。

絶好の聴牌だし、聴牌維持でツモ切りする人も多そうな手牌だが、洋榎はもうこの{⑨}

が十中八九当たりだと思っている。

 

「かあ~一発キャッチやわあ~ついてへんな~」

 

「うるさいそこ!」

 

ついに宮守の胡桃からお叱りを受ける洋榎。

 

次巡、洋榎は通っていない{七}を切り出した。

そして北家の江崎から出てきた親の現物{⑦}。

 

「ロン」

 

その牌に反応して、洋榎の手牌が倒される。

 

「親の現物やとしても、他家の聴牌気配は感じれんかったか?」

 

洋榎 手牌

{⑤赤⑤⑧⑨123456789} ロン{⑦}

 

「そういうのいいから点数申告!」

 

「あ、5200です……」

 

「なんもかんも政治が悪い……」

 

とんでもない煽りスキルに、胡桃からの喝が飛ぶ。

 

洋榎がいることによって騒がしくなる中堅戦は、まだ東2局だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「洋榎、完全に{⑨}読み切ったね」

 

「まあ、今回は素直に一発目に現物打って、次でもう一度テンパったから1牌勝負……って人もいたやろけどな」

 

姫松高校控室では、冷静に場の分析が行われていた。

先鋒戦と同じように、モニターの一番近いところでは漫と由子と絹恵が全力で応援、

後ろで恭子と多恵が椅子に座りながら観戦している。

 

「でも、きっと洋榎ならその勝負の1牌が{⑨}だったら打たないんだろうね。私は打つけど」

 

当たる確率が高いとはいっても、{⑨}が当たる確率はせいぜい10%程度。

それを切って聴牌なら、デジタル的には押し有利だ。

満貫聴牌時に持ってきた{⑨}はツモ切る人が多いだろう。と、いうより本当はそれが正解だ。

 

しかし、そこを切らないところに、「守りの化身」たる愛宕洋榎の真骨頂がある。

研ぎ澄まされた感覚と、経験に裏打ちされた河読みは、的確に相手の当たり牌を推し量る。

そしてなによりも、

 

「洋榎はその感覚と心中できる強さがある」

 

去年から地方大会も含め一度もマイナスで終えたことがない、「負けないエース」愛宕洋榎の強さだ。

洋榎を仲間として、幼馴染として信頼しきっている多恵の表情を見て、恭子もうなずく。

 

「自信があるし、結果もそれを裏付けてるんやな……フフッ」

 

「恭子、そろそろキレるよ??クラリンキレちゃうよ??」

 

姫松の控室も、同じく騒がしかった。

 

 



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第21局 牌理

評価者数も100件を超えました。
評価してくださった方々、本当にありがとうございます。



中堅戦は後半戦、終盤に入っていた。

 

(結局、姫松の愛宕にやられっぱなし……)

 

(一番削られてるのは新道寺だけど、納得いかない!)

 

(なんもかんも政治が悪い……)

 

結局、洋榎が上手いように局回しするせいで、さほど点数は離されていないが、大きな和了りをどの校もできずに終盤を迎えてしまった。

 

(ふふーん、調子いい!)

 

愛宕洋榎の強さは、どんな相手であってもブレない所にある。自身の根幹はゆるぎないし、その雀風も、相手を選ばない。

だからこそどんな場面でも実力が発揮できるし、負けない。

もちろん火力負けしてトップを逃すことはあるが、マイナスで終えることはほとんどない。

 

 

南1局 親 胡桃 

 

7巡目にして、南家の揺杏の手が止まる。

 

「リーチさせてもらいまーす」

 

「まだやるんか、有珠山の」

 

「あいにくそれしか能がないもんで」

 

少しニヤけながらも、その眼の闘志は消えていない。

この半荘、もちろん洋榎以外はあまり稼げていないが、実のところ一番善戦しているのは有珠山の揺杏だった。

何度も洋榎にリーチをかわされているが、それでも負けずとリーチを打ってくる。

その姿勢は洋榎も買っていた。

 

 

洋榎 手牌 ドラ{2}

{⑥⑦23344赤5三四四八八} ツモ{八}

 

 

 

 

「よしっ!洋榎先輩タンヤオドラ赤で追い付いた!」

 

姫松の控室では漫がモニターを食い入るように見つめている。

リーチを受けて同巡で聴牌。相手がどこぞの王者でなければ喜ぶべき状況だ。

 

しかし、追い付いた洋榎は珍しく少し時間を使って考えて、立直の現物の{⑦}を切り出した。

 

「ええ?!せっかくの聴牌どうして崩すんですかあ?!{三}が危ないと思ったんやろか……」

 

漫の疑問は当然で、この場面で曲げれば満貫の聴牌は当然押し有利だ。

しかし洋榎はそうしなかった。

 

「洋榎はこの{⑤⑧}待ちの聴牌に勝ち目が無いと見たんやろな。有珠山の河にある手出し{⑦}のタイミングが、{⑧}の対子か暗刻固定やと読み切ってる。{⑤}は赤以外は全て河にお目見え、{⑧}も固めて持たれてそうとなれば、勝ち目は薄い」

 

恭子が腕を組みながら洋榎の思考を分析する。

まあそれでも普通は切るけどな、とは言っているが。

 

「恭子の言う通り、洋榎はこの局はあまりこちらに流れがないと思ってるのかもね、そういう時は案外あっさり現物を切る。ただし聴牌しなおせば……」

 

多恵もそう評しているうちに、次巡、洋榎は{三}を持ってきて無スジの{⑥}を切った。

 

「なんで{⑥}は通ってへんのに切れるんですかあ?!」

 

「相変わらず変なのよ~」

 

 

 

 

 

 

 

 

洋榎がしているのは、透視でもなんでもない。

河の手出しツモ切りの情報で、相手の「ブロック」構成を読み切っているのだ。

麻雀は基本七対子を除けば、4メンツ1雀頭の5ブロックを作るゲーム。

そのためにいらない牌を切り、必要な牌だけ残す。

対局の中で、洋榎は相手の牌理のクセをすぐに見抜き、大体リーチ者に残っているブロックが、索子なのか筒子なのか萬子なのか。上の方なのか下の方なのか。

そこまでを突き止めることができる。

あとはそのあたりをつけた周辺の、通っていないスジ4本くらいを打たないだけだ。

愚形でも、このロジックで突き止めることができてしまうのが、洋榎の異常さを物語っている。

 

今回の場合洋榎は、リーチ者揺杏の待ちは、{二五}か{三六}のどちらかだと決め打っている。

 

「ツモ!1000、2000」

 

揺杏 手牌

{③④赤⑤⑧⑧⑧789四五西西} ツモ{六}

 

そこまでわかっていても、もちろんツモられることだってある。

 

「ま、そこやろなー」

 

そう言いながら洋榎は手牌を閉じる。

当たり牌を感覚で突き止めるからこそ、こういったセリフが出てくる。

それは、牌を切ろうとしたら「当たる」とわかる力などではなく、純粋に研鑽を重ね、たどり着いた境地であった。

 

南2局 親 揺杏 ドラ{中}

 

「リーチ!」

 

「ポン」

 

「親なんで追いかけさせてもらいます~リーチ!」

 

今度は洋榎が2家リーチに囲まれた。

リーチに対して役牌ドラの{中}を鳴いて危険牌を通してきた宮守の胡桃も聴牌濃厚と考えると、3家聴牌だ。

 

 

(はてさて……)

 

洋榎はツモって来た牌を手牌の上にカチっと重ねて少考に入る。

 

洋榎 手牌

{②②②③④⑤⑥6789五六} ツモ{9}

 

({③⑥⑨}のスジは対面の宮守の最終が{⑤}で大本命やし切れんな。かといってこの{369}のスジもリーチの親の岩館が本命。

萬子は江崎の残りブロック考えても中央のダブル無スジ2つは押せんな。となると、や)

 

洋榎は少し考えてから{②}を切り出した。暗刻落としである。

 

『姫松の守りの化身が選んだのは{②}!ここでも放銃を回避しました!恐るべき手牌読みです!』

 

愛宕洋榎の選択にビューイング会場もわいている。

 

 

洋榎はその後{①}をもってきてもう一度{②}を切った。

 

そして次巡。

 

「ツモ。400、700(ヨンナナ)にリー棒2本頂き!」

 

洋榎 手牌

{①②③④⑤⑥67899五六} ツモ{七}

 

 

(全員聴牌をかいくぐったのか……!むかつく!)

 

胡桃 手牌

{①①①④赤⑤⑦⑧⑨西西} {横中中中}

 

(守りの化身……恐れ入る)

 

江崎 手牌

{⑥⑦⑧赤556677四四四赤五}

 

(手出しの{②}ってことは暗刻から{②}を打ったのか……この人マジでヤバイ人だ)

 

揺杏 手牌

{1234445678南南南}

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「洋榎のヤツ……またとんでもない躱し方しやがって……」

 

「セーラのお友達は、強い人ばっかりやなあ」

 

千里山女子控室でも、準決勝の様子をモニターでチェックしていた。

洋榎が3家聴牌をかいくぐって和了りをものにしたことに、千里山の控室でも賞賛の言葉が相次ぐ。

 

「流石船Qの従姉妹やなあ!」

 

「比べんといてほしいわ……」

 

千里山女子の副将、船久保浩子は、愛宕洋榎姉妹と従姉妹の関係だ。

そもそも千里山女子の監督を務めるのが愛宕姉妹の母親である愛宕雅枝であることから、なにかとこの関西2校はメディアからライバルとはやし立てられることも多かった。

 

「そんなひょろい打ちまわししかせーへんからウチに得点で勝てないんや。決勝で会ったらぎったんぎったんにしてやるで!あと30円ええ加減返せ!」

 

聞こえるはずもないモニターの向こうの洋榎への怒り。

決勝まで来ると疑ってないあたり、信頼も見え隠れするのだが。

何故か対局中なのに洋榎がこっちを見て盛大にため息をついている気がしてセーラの怒りは募るばかりだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ツモ!1600、3200!」

 

「ツモ、2000、3900」

 

胡桃と揺杏のツモで、終局を迎えた。

 

『中堅戦終了です!!やはり区間トップは愛宕洋榎!!この2回戦でも充分に存在感を発揮しました!

逆につらい展開となったのは新道寺!かなり点数を削られてしまいました!しかし、新道寺は副将にエースが控えているので、まだまだこれからと言っていいでしょう!』

 

「「「「ありがとうございました」」」」

 

中堅戦が終了した。

各校の点数は以下のようになっている。

 

宮守 100200

有珠山 70400

姫松 158200

新道寺 71200

 

新道寺がかなり削られ、姫松が点数を伸ばした。

 

「なんもかんも政治が悪い……」

 

「おつかれさんさんさんころり~」

 

ズゴー、と不機嫌そうにジュースを飲みながら帰る江崎とは対照的に、

意気揚々と洋榎はその場を後にする。

珍しく休憩で控室に戻らず、卓にずっと座っていて宮守の胡桃に気持ち悪がられた洋榎だが、終局後は意外とすんなりその場を後にした。

 

その様子は、必ずまた明日ここに麻雀を打ちに来ると確信している。

 

 

 

 

 

控室にダッシュで戻ってきた洋榎。

ドアを開けると、ドン!とピースで中に入ってきた。

 

「どやった?!」

 

「さすが部長です。なにも言うことありませんね」

 

「お帰り~流石洋榎だよ~」

 

姫松メンバーは後半はもう安心しきって対局を見てられるほど、

愛宕洋榎の麻雀は盤石の一言だった。

 

「せやろ~流石やろ~」

 

褒められて洋榎も上機嫌。

今回は失点をしてしまった漫も、洋榎に礼を伝えている。

その様子をひとしきり眺めたあと、恭子は副将である由子に向き直る。

 

「さて、じゃあ由子。頼むで」

 

「新道寺ね~なるべく恭子ちゃんが楽できるように止めてくるのよ~」

 

洋榎も多恵も点数を稼いでくれたが、どれだけ点差があっても、この団体戦はどう転ぶかわからない。

慢心は死に直結する。恭子に油断はなかった。

 

なにしろ、この後の副将戦で待っているのは福岡北九州の強豪新道寺女子で3年連続エースを務める雀士ーー

 

 

 

 

 

 

 

「じゃあ姫子、行ってくる」

 

「部長お願いします……!」

 

「点差の開いとっけん、縛りのきつくなっかもしれんばってん……やれるな」

 

 

白水哩だ。

 



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第22局 塞ぐ

宮守高校控室。

 

「はー。あまりの煽りにいちいち注意するのが大変だったよ……」

 

中堅戦を終えて、あまり良い内容ではなかったものの、大きな失点をすることなく次につなげた鹿倉胡桃は、先鋒の小瀬川の膝の上にちょこんと乗っかって、充電充電、と中堅戦に費やしたパワーを回復していた。

 

「姫松の人、ちょーウケるね!サイン書いてくださいって頼んでおけばよかったよー!」

 

その2人を大きく見下ろして、大きめのハットをかぶったこの長身の生徒は、宮守の大将、姉帯豊音だ。宮守のメンバーと一緒になるまで、あまり周りとの交流ができなかった豊音は、このインターハイで強い人と出会うと、サインをもらいにいこうとする。

 

「塞、わかってると思うけど、新道寺のエースに、有珠山の副将。気を付けるんだよ」

 

宮守の監督、熊倉トシは部長であり、副将を務める臼沢塞に注意喚起していた。

新道寺の白水哩。大将の鶴田姫子との強力なコンボが有名で、他校にとっては大きな脅威となっている。

有珠山の副将、真屋由暉子も、半荘のどこかで、左手を使うことで、高い打点の手を和了ってくることが、地区大会と、全国1回戦でわかっている。

塞はそんな強敵だらけの対戦校の牌譜とギリギリまでにらめっこしていた。

 

「塞……頑張って……」

 

「なに、シロが応援してくれるなんて珍しいじゃん!」

 

予想外の激励に、片目にモノクルをかけた少女が牌譜を閉じ、ゆっくりとソファを立つ。

 

「まあ、ラクショーってことで!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『Dブロックはついに副将戦に入ります!ここまでは終始姫松のペースですが、ここから他3校がどのような策を練ってくるか!』

 

全員が卓についた。

副将戦が始まる。

 

「「「「よろしくおねがいします」」」」

 

東家 真瀬由子 158200

南家 白水哩   70400

西家 臼沢塞  100200

北家 真屋由暉子 71200

 

東1局 親 由子 ドラ{③}

 

哩 配牌

{南二③④3白八赤⑤5三1九}

 

(悪ない。普段なら様子見すっ、ばってんもう点差の開いとる)

 

配牌を一瞥した哩が、その場でパタンと手牌を閉じる。

相手にリザベーションをかけるタイミングをバレないように、基本的にこの動作を哩は毎局最初にやっていた。

 

(来るか……!まだ通用するかわからないけど、幸い今回は親が姫松。ツモってくれる分には構わないし、ここはスルー)

 

その様子を見て、下家に座る塞がモノクルをかけなおす。

目先、点差は離れているが、姫松を削ってくれるならそれはそれで構わないというのが塞のスタンスだ。

 

(リザベーション……!3翻(スリー)……!)

 

 

 

 

 

 

控室にいる姫子がビクビクッと体を跳ねさせる。

 

(部長……いきなりですか……!)

 

 

 

 

 

 

6巡目、由子から出てきた{九}に、哩から声がかかる。

 

「ロン、3900」

 

哩 手牌

{③④赤⑤345一二三七八九九} ロン{九}

 

パキッと、哩を縛っていた鎖が解かれていく音がする。

 

(リザベーション……クリア……!)

 

リーチで一番打点が上がることから、リーチ効率が1番良いとされている30符3翻をダマにしてまで確実に和了りにいった哩。

それを見て、由子はリザベーションをかけていたことを確信した。

 

「はいなのよ~」

 

(早いのよ~。親で6巡目だしまだ降りるような手牌でもなかったけど……次からは気をつけないとなのよ~)

 

(6巡目でその両面をダマ……トヨネには跳満は覚悟してもらわないとな)

 

 

東2局 親 哩

 

「ツモ!1300、2600なのよ~」

 

今度は由子が軽く和了りをものにした。

こちらもピンフ形をダマにして、哩に対しての危険牌を持ってきたらやめる構えであった由子の勝ちだ。

その和了り形を見て、塞も顎に手をやって考える。

 

 

(姫松は先鋒と中堅、大将が強いから目立たないけど、この副将の真瀬さんもかなりの打ち手だ。2年からレギュラーで、公式対局でマイナスになっている記録がほとんどない)

 

ありがとうなのよ~と朗らかに点数をもらう由子を見る。

 

(逆に目立った力がない相手のほうが、私的にはやりにくいんだよな~)

 

塞の言う通り、由子は影で姫松を支えてきた縁の下の力持ち的存在だ。洋榎と1,2を争うマイナス率の低さは、常勝軍団姫松の根幹を支えている。

派手に点数を持ち帰ることはないが、メンバーも由子にそれを求めているわけではない。

多恵で稼いで、その稼ぎ加減によって、洋榎が臨機応変に立ち回り、由子がその点差をリレー、恭子でシャットアウト。去年からの姫松の黄金パターンだ。

 

 

東3局 親 塞 ドラ{南}

 

哩の配牌に、光が差す。

 

哩 配牌

 

{南①8③二南南⑤白⑦四⑧⑨}

 

(来たっ!)

 

面前混一まで見える、ドラ3確定手。

跳満はもちろん、面前で進められれば倍満まで見える手だ。

もちろん打点が欲しい哩はリザベーションをかけようとする。

哩がリザベーションをかけて和了れば、それは最早ただの和了りではない。

新道寺全体にとって、3倍の点数なのだ。

故に他校にとっては、絶対に和了らせたくない所。

 

瞬間、親の塞の顔が軽く警戒の色を示す。

 

 

 

 

 

 

 

 

「配牌で混一ドラ3が色濃く見える!すばらな配牌です!」

 

新道寺の控室も色めき立っていた。

 

「来るばい……!」

 

新道寺のメンバーはリザベーションの仕組みをもちろん理解している。

哩が配牌をもらって、和了れそうなら自身に縛りをかける。

見事その縛りを解けば、姫子にその倍の翻数で和了れる手が来るという仕組み。

 

そして縛りをかけるときは、必ず姫子の体に電撃のようなサインが入る。

姫子は正確ではないにせよ、それによって何翻縛りかもわかるようになってきているのだ。

 

しかし今回、姫子の表情はいつもの縛りをかけられた様子ではなく、むしろ逆。

表情が青ざめている。

 

「あれ……?」

 

「姫子、どうしましたか?」

 

震えた様子で、姫子が言葉を発する。

新道寺にとって一番恐れていた事態。

 

「部長が、部長が感じられん……!」

 

その言葉に、一斉に新道寺のメンバーは顔を見合わせた。

 

「まさか……!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

珍しく哩が配牌を1度ではなく2度手前に倒したことに、同卓者は全員気付いていた。

 

この局の親は塞、そのモノクルの奥に光る鋭い眼光は、しっかりと白水哩を捉えていた。

腕を組んだ塞から、哩の上空に固い岩が降ってきて、大将の姫子との感覚を無理やり遮断されたかのような、感覚。

 

(リザベーションば、かけられん……こがんこと、今まで1度もなか……!宮守……!)

 

上手く、白水の手牌進行を止められたように見える塞だが、塞も全身を襲うとてつもない脱力感に、恐ろしさを感じていた。

 

(うっそでしょ……たかだか1回でトヨネを相手にした時よりキツいなんて……!コンボの後ろの方はキツイだろうけど、前の白水なら割と簡単に止められると思ったのに……!)

 

やっとのことで、ツモって切る動作を行う塞。

塞の能力は個人に干渉する妨害系能力。対象に指定した相手の手を止める……そんな普通ではありえないことを可能とするのが、塞の力だ。

しかしそれにはリスクを伴う。自身の体力を使って相手の和了を止めに行くため、相手の力如何によっては、自身がボロボロになってしまう。

 

(この様子じゃあ何度もは止められない。ベストなタイミングを見極めないと……!)

 

全身を襲う倦怠感をなんとか振り払って、塞はモノクルをかけなおす。

 

 

 

7巡目 哩 手牌

{南南南①③④⑤⑦⑧⑨白白中} ツモ{②}

 

(リザベーションば、止められた。ばってん、こん手をみすみす逃すことなか……!)

 

姫子とのリンクは切られたものの、それでもこんな良い手を逃す理由にはならない。

姫子が大将戦で少しでも楽になるように、ダマでも高目倍満の手を聴牌した哩は、手から{中}を切り出した。

 

しかし。

 

「ロン、1300よ~」

 

由子 手牌

{123345六七八中中発発} ロン{中}

 

由子が、それを許さない。

 

(姫松……!最初から余る字牌ば狙われとったか……!)

 

(さすが常勝軍団姫松の副将……ぬかりないね)

 

塞も自身では和了りの形に持っていけそうもなかったので、思わぬ僥倖に口角が上がる。

いまのところ、新道寺以外の3校は利害が一致していて、全員が白水哩を止めに来る。

 

 

(なるほど……3年最後のインターハイ、今までで1番厄介な相手と当たっとる)

 

哩は点棒を払うと、じっと自身の点箱を見つめる。

今までインターハイで、もちろん強敵と当たることもあり、思うような結果が出ないことだってあった。

しかし、リザベーションを止められ、なおかつ和了りまで阻止されることなど、今まで一度もなかった。

 

(必ず姫子に繋ぐ……ッ!姫子との絆……そう簡単には断ち切らせん……!)

 

哩の目に、炎が芽生え始めていた。

 

 




哩も塞も由子も好きなので、副将戦ちゃんと書いてしまってます。
この作品のメインキャラ達が出ていないのに長引かせちゃっていいんだろうか……。



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第23局 真瀬由子

原作で過去回想が入るときは背面が黒になります。
あれ、わかりやすくていいですよね。
この作品も過去回想はたびたび出てくるので、そんなイメージをもっていただければ幸いです。




『常勝軍団姫松の影の仕事人、真瀬由子!!!白水哩の勝負手を役牌を絞って蹴りました!!白水選手の運が悪かったのは、上家に座るのが真瀬選手だったことでしょうか!』

 

 

「よしっ!由子!」

 

白水哩の勝負手を1300で蹴ることに成功したモニターの中の由子を見て、多恵もガッツポーズだ。

恭子もよしよし、と頷いている。

 

「どうやら白水の様子がおかしかったし、宮守は完全に白水をマークしにいっとるようやな。1回戦で沖縄の銘苅を完封したのは伊達じゃなさそうや」

 

「真瀬先輩!流石です!!」

 

最前列で応援する漫も喜んでいる。

そんな様子を見ながら、洋榎は由子の捨て牌を見つめる。

 

「白水の捨て牌に字牌が高い。そう思って役牌を重ねて待ちにしたんか。由子、流石のセンスやな」

 

由子の河には対子の手出しがある。白水が染め手に向かっているのを見て、役牌を絞って、結果的に自らの待ちにまで持って行った。点数を持ったトップ目としては完璧な打ち回しだ。

 

「由子は昔から本当にいい仕事するんだよねえ~」

 

多恵が思い出すのは、部活の後、今の3年生のメンバーで居残り麻雀をしていた時のことだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ぎゃ~~また負けなのよ~」

 

由子の目がぐるぐるになっている。

洋榎、多恵、恭子というメンバーに囲まれて、由子はマイナスの日々が続いていた。

相手が悪い……といえばそれまでだが、部内のランキングはともかく、このメンバーと卓を囲むとどうもプラスに持っていくことができなかった。

 

「由子は考えすぎやと思うけどなあ……他のメンツで囲むより、圧倒的におもろいし、心配あらへんやろ」

 

「ウチもスランプはあったし、無理にこのバケモン2人に追い付こうとせんほうがええと思うで、由子」

 

由子がこのメンツを相手にしてなかなか勝てないことに不安を感じているのは他のメンバーも知っていた。このメンバーに勝てなければ、他校の猛者たちを相手にした時に、やられるがままになるのではないかと。

 

洋榎と恭子の意見ももちろん合っていて、このままでも由子はもちろん強い。要所要所で和了りをしっかりとものにすることで、大負けをしない、良い雀風が身についていた。

 

う~ん、と由子は考えていたが、もう下校時刻も近い。

洋榎が帰り支度を整える。

 

「おつかれさんさんさんころり~」

 

「洋榎、ウチも帰るわ。由子、多恵、ほなまた明日な。あんま考えすぎんで、由子は強いんやから」

 

恭子がそう言って教室を出ていく。

恭子と洋榎は由子を認めていた。だからこそ、励ましの言葉は心の底から思っていることなのだろう。

 

「そうは言っても……なのよ~」

 

由子の表情は珍しく優れない。

いつも笑顔でのほほんとしているのが由子だ。

 

(由子は確かに今のままでも強いけど……何か力になれるかな?)

 

少し思案した後、そうだ、と思いついたように多恵はもう一度由子が座る麻雀卓に腰掛ける。

 

「由子、清一色麻雀は2人でけっこうやったから、ちょっと由子に合う勉強しようか」

 

そういうと多恵は由子の前にある牌をカチャカチャと手際よく集める。

やえとやっていた清一色麻雀は、この姫松に入ってからも色んなメンバーでやっている。多面形の待ちを覚えるにはもってこいのゲームなのだ。

 

由子は驚いた表情でその様子を見つめている。

由子の前に、3枚ずつ1セットの牌が、3セット用意された。

 

「この河3種類見て、由子はどれが一番早そうで、どれが一番遅そうだと思う?捨て牌は全部手出しっていう条件、{西}はオタ風ね」

 

A{4五⑥} B{西中2} C{中西四}

 

並べられた牌をみて、BとCはそんなに変わらなさそう。

Aだけ重そうという感覚くらいが由子の感想だ。

 

「3枚じゃ難しいのよ~」

 

う~んと由子がうなっている。

もちろん、3枚では正確な読みができるわけではない。

それでも、相手の手牌の傾向を掴むことはできる。

 

多恵が得意としているデジタルの中には、こういった相手の捨て牌から相手の手牌の進行速度を読む方法がある。

 

相手の待ちを読む精度は、洋榎には遠く及ばないのだが。

 

 

「それじゃあ解説していこうか。正解はC→B→A。Cが1番早く、Aが1番遅い」

 

BとCの違いについては、単純な字牌の切り順から生まれるロジックだ。

役牌を先に切り、オタ風を後から切っているということは、自分が役牌を重ねるよりも、相手に重ねられたほうが嫌だ、という意思の表れだ。つまり、役牌がいらない、タンピン系の手であり、後に出てきた{四}はかなり真ん中に近い牌。

手牌進行はかなり早そうだ。

 

Aは典型的な重い手牌の時になりやすい捨て牌だ。国士無双を狙いつつ、対子が増えれば七対子。もしこの捨て牌で早い段階でリーチがかかろうものなら、まず七対子を疑うべきだろう。

 

これらの解説を聞いて、由子がなるほどなのよ~と難しい顔をしている。

 

「もちろん由子もなんとなくこうだろうな~っていうのは感覚としてあると思うんだ。それを明確に読みとして働かせることで、由子の麻雀はもっと強くなるんじゃないかな?」

 

由子は今まで、この3人を相手にするとき、全員の和了りを止めようとしている節があった。しかし麻雀は誰か1人が和了れば、その局は終了するゲーム。なにも全員を止める必要はない。

それを多恵は由子に伝えたかった。

 

「確かに、そうなのよ~。ありがとう多恵、明日からやってみるのよ~!」

 

自分らしい戦い方を見つけた由子の表情は、また朗らかないつもの調子に戻っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

南2局 親 哩

 

 

「ロン、2000よ~」

 

(また……!)

 

(姫松の真瀬さん。徹底してますね……)

 

早い巡目でまた白水の親番を落とすことに成功した由子。

全ての牌を真ん中に落とす作業をしながら、ぎゅ、と拳を握って由子は目の前の強敵たちを見据える。

 

(みんなの教えが、生きてるのよ~)

 

多恵から戦術を、洋榎から当たり牌察知を、恭子から鳴きの技術を。

 

全員から教わった力が、確実に今の自分の力になっている。

どんな相手でも、仲間に比べれば強くない。

 

そう思えるだけの経験が、由子を支えていた。

 

 

南3局 親 塞 

 

(正直、白水がこれ以上和了れないのなら、2着のウチが姫松と共同で局流しってのも悪くないんだけど……白水も真屋もこのままで終わるはずないし、私としても点数は欲しい)

 

そう思いながら塞は理牌をする。

注目するのは上家に座る白水哩だ。

先ほどは由子の協力もあってうまく止めることができた。

そしてそこからは配牌が思うような形ではないのか、リザベーションをかける様子は見られない。

 

しかしこの雀士は北部九州最強の高校で3年間エースを務め続けている猛者。

3年間というのが何を示すのかといえば、もちろん姫子がいない時だってエースを張ってきたということだ。

素の雀力は推してしるべしだろう。

 

(来るか……?絶対的エース白水哩……!)

 

 

 

哩 配牌 ドラ{9}

 

{95①東赤5一9東西⑦⑦七5}

 

(ドラ3……悪なか。手は重いばってん、……やるしかなか!)

 

哩が手を閉じる。

先ほどは止められた。しかし1回や2回でくじけるほど、哩はヤワな雀士ではなかった。

 

(リザベーション……!4翻(フォー)

 

瞬間、塞のモノクルが光る。

 

(また私の親で……!させるか!塞ぐ……!)

 

また哩の上空に大きな岩が降り注ぐ。姫子とのリンクを遮断されるような、それ。

わずらわしそうに振り払おうとする哩だが、いつもは確かに感じられた感覚が、切られてしまう。

 

(姫子……!どこにおると……!?)

 

その心の叫びは通常なら届かない。

しかし。

 

(部長……!!)

 

 

遠くから、姫子の声が聞こえた気がした。

いつもそばで聞いていた声。

2人の深く結ばれた絆は、不可能を可能にする。

 

 

哩の目に確かな炎が宿る。

 

(せからしか!!姫子とん絆。誰にも邪魔はさせん!!!)

 

哩が上空に向けて(キー)を投げつける。

金色に輝く和了りへの鍵は、ギリギリギリと岩を打ち砕かんと突き進む。

 

 

 

 

 

「まずい」

 

熊倉監督がそう小さく呟いたのを、胡桃が辛うじて聞き届けた。

 

 

 

 

(くっ……?!)

 

ピシ、とモノクルにヒビが入ったのを見て、とっさに塞がモノクルを外す。

上家に座る哩から放たれるプレッシャーは、先ほどまでの比ではなかった。

 

(嘘……?!まだ2回目なんだけど?!銘苅の時だってこんなことはなかったのに……化け物め…!)

 

既に塞の体力はかなり削られている。荒い息をどうにか整えながら、それでも塞はやれることを模索する。

リザベーションの効果自体は止められなくても、和了りそのものを止めれば問題ない。

震える手を抑えつけて、必死に打牌をする。

 

しかし白水哩という雀士は、そう甘くはない。

 

 

南3局 10巡目

 

「ツモ!!3000、6000!!」

 

哩 手牌 

{赤55599⑦⑦}  {一横一一} {横東東東} ツモ{9}

 

(跳満?!くっそ……トヨネ、3倍満がくるかも……ごめん……)

 

もうすでに塞の体力は限界だ。

わずかに視界がぼやけてきている。

 

哩の目には炎が浮き出ている。

 

(リザベーション、クリア!!姫子への(キー)は誰にも邪魔はさせん!!)

 

 

 

 

 

わあっ!と新道寺の控室が盛り上がる。

苦しい展開の中で、リザベーションが決まったことに、メンバーも大歓喜だ。

 

 

「部長……!南3局、倍満キー……!」

 

姫子のもとに、この半荘2本目の光り輝く(キー)が届けられた。

 

 

 

 




哩さん強すぎるのにあまり強い相手と当たったことなかったので、当てたらどうなるのかなと想像が膨らみます。



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第24局 意地

前半戦が終わった。

 

東場でかわし手が多く決まった影響もあって、点数状況にさほど大きな差はでなかったが、やはり南3局に白水哩が跳満を和了ったことは、他校にも大きなダメージを与えていた。あの様子で、リザベーションがかかってなかったと考えるのは軽率。

 

大将戦前半戦で、倍満、3倍満クラスは覚悟しなければいけなくなった。

これがリザベーションの怖いところである。

 

「きっつ……これ後半戦大丈夫かあ……?私……」

 

あまりの脱力感と倦怠感に、宮守の副将、臼沢塞は壁によっかかりながら休むことしかできなかった。本来なら控室に戻って休みたいのだが、生憎その元気もない。対局室を出た廊下で座り込むのがやっとだった。

 

(少し休もう……)

 

 

 

 

 

 

「……塞……塞」

 

誰かが呼ぶ声がする。

どうやら座り込んだまま少し眠っていてしまったらしい。

目を開けると、チームメイトの小瀬川が塞をのぞきこんでいた。

 

「……シロ?」

 

「肩か手……貸そうか?」

 

控室に戻ってこない塞を心配して、小瀬川は対局室まで様子を見に来ていた。

ちょうどお手洗いにも行きたかったし、と自分をごまかしつつ、対局室に来てみれば、塞が座り込んでいるのを見つけたという次第だ。

 

「いいよ……シロに介護されたらおしまいだわ」

 

パンパンとスカートについた埃を払いながら塞はゆっくりとその場で立ち上がる。

 

塞と小瀬川と胡桃は、宮守の中でも古い仲だ。もともと3人しかいなかった麻雀部。そこに留学生のエイスリンと、豊音が加わって悲願の団体戦に出ることができるようになったのは、3人にとって願ってもないことだった。

 

3人麻雀しかできなかった時期も長かった。それでも3人は麻雀部をやめようとは決して思わなかった。それはもちろん、3人が麻雀を好きだったのもあるし、なにより3人でいる時間が好きだったから。

 

「でも、シロが控室抜け出してまで来てくれるなんてね」

 

ニヤリと笑みを浮かべて、いつもダルそうな表情しかしない小瀬川をしたから覗き込む。

 

「……お小水のついでに……」

 

「心配して来てくれたんじゃないんだ?!」

 

もちろん、照れ隠しであることは薄々塞も気付いている。これだけ深い仲なのだ。それくらいはわかる。

 

「……頑張って」

 

だからこそ、このダルいダルいといつも面倒くさがりな友人が、応援してくれることがどれだけ珍しく、そして心の底から思っているのかが伝わる。

昔から不思議と小瀬川に心から応援されるというのは、どうしてか心が奮い立たされる。

 

「まあ、任せてよ!」

 

精神的なものだけではなんとかならないことはわかっている。

それでも、なんとか後半戦も頑張れそうだと思えたのは、きっと友人のおかげだろう。

 

 

 

 

 

 

 

『Dブロック2回戦はこれから後半戦に入ります!』

 

 

東1局 親 真屋

 

席順が変わって、起家は真屋になった。

南家に白水、西家に由子、北家に塞。

 

後半戦も、基本的に新道寺以外の3校のマークは、白水哩に向いていた。

当たり前の話だが、リザベーションをクリアされると、まず、コンボは止められないものとして考える。となれば、失点は通常の3倍以上だ。

何発も大きい打点をクリアされると、その時点で勝負がつきかねない。

 

(こん局の配牌は、よくなか。姫子のことば考ゆっぎ、無理して失敗はよくなかね)

 

対して哩も毎局リザベーションがかけられるわけではない。

リザベーションをかけて和了れなかった局は、姫子に入る配牌はひどいもの。良くても4向聴だ。

 

後輩のことを思うからこそ、無駄な失敗は許されない。

 

姫松以外の3校が、どうしても打点を作るために、腰が重くなる。

 

そうなれば、1人だけ、軽く和了ることができる人間がどうしても有利な展開になりやすい。

 

「ツモ。800、1600なのよ~」

 

由子 手牌 ドラ{5}

{②②④④6677二二三三西} ツモ{西}

 

(タンヤオの目をつぶしてまで和了りやすい字牌で待つのか……この常勝軍団の牙城、突き崩せるのか……?)

 

全く七対子ぽさが無い河でしっかりと七対子をリーチもかけずダマで和了りきった由子。

後半戦も、そのスタイルは健在だ。

 

東2局は白水とリーチをかけた真屋の2人聴牌で流局、1本場になった。

 

 

 

東2局1本場 親 哩 ドラ{3}

 

哩 配牌

{東③赤⑤3七6西東5⑥二四9}

 

(ダブ東対子……良くはなか。ばってん、やるしかなか!リザベーション……3翻(スリー)!!)

 

この配牌なら4翻を狙ってもよさそうだが、最悪ドラの{3}が出ていくリスクも考えれば、ここは3翻にしておくのが無難な選択。

手牌を倒した哩を見て、対面に座る塞が逡巡する。

 

(大将戦で存在するかどうかわからない1本場か……仮に東2局の親が鶴田だったとしても、そこはトヨネに任せよう)

 

体力のことも考えて、ここは一旦スルー。

塞の能力も無尽蔵ではない。使いどころは常に考慮する必要がある。

 

 

 

8巡目

 

「ツモ!2100オール!」

 

哩 手牌

{赤⑤⑥567七七} {横三二四} {東横東東}

 

(くっそ……リザベーションの時のこの人の速さはいったいなんなんだ)

 

手牌も悪くなく、流しに行こうと鳴かれにくい初打に{東}を打ったのが災いしてしまった。

自身が和了りに行くなら仕方のないことなのだが、ここは哩の意地が上回る。

 

 

(ここまで、完全にやられっぱなし……どこかで良い配牌がくれば狙っていたのですが……待っているだけではダメのようですね)

 

わずかに卓の下の左手をさするのは、北家の真屋由暉子だ。

彼女は一日に一度だけ、左手を使うことで自らのツモの力を上げることができる。

制限回数つきな上に、必ず和了れる保証があるわけでもないこの能力は、同じく使いどころの難しい能力だ。

それに、と真屋は昨日の会話を思い出す。

 

 

 

 

 

 

 

「ユキ、2回戦は宮守女子の臼沢さんに気を付けて」

 

インターハイ初戦を終えて、旅館のお風呂で疲れをとったあとのミーティング中。

大将の爽から出てきた言葉は、真屋からすると意外な言葉だった。

 

「新道寺のエースではなく……ですか?」

 

Dブロック副将戦の目玉は、誰がどうみても新道寺のエース、白水哩に集まる。

だからこそ白水の和了りを止めるために、自分がなにかしら策をうたねばと思っていたところに爽からのこのアドバイス。

 

「もちろん白水さんも警戒は必要だけど、宮守の臼沢さん、どうやら相手の力を止める能力があるらしい。もしかしたら、ユキの力も」

 

「止める……?」

 

爽からのアドバイスは、にわかには信じがたいことだった。

鳴いてツモをずらすわけでもなく、ただただ止める。

そんなことが可能なのか。

 

「もちろん確定ではないんだけど~気を付けるに越したことはない。基本的には臼沢さんも白水さんを止めにかかるだろうけどね」

 

リザベーションを止めてくれるのであれば、大将である爽としてもありがたいことだ。

ユキにはその間を縫って上手く和了ってほしい……という願い。

 

「わかりました。精一杯、気を付けてみます……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(とは言ったものの……)

 

爽のアドバイスを思い出し、もう一度自身の点棒を確認する真屋。

後ろには爽がいる。楽観はできないが、最低限つなぐことさえできればなんとかしてくれるかもしれない。

そんな信頼が、有珠山の大将を務める爽にはあった。

 

しかし、爽に頼りきりにならないためにも、少しでも点棒は増やしておきたい。

真屋はどうにかしてこの力を使うタイミングをうかがっていた。

 

 

東2局 2本場 ドラ{2}

 

8巡目 真屋 手牌

{③③④赤⑤⑤244667七九} ツモ{2}

 

(ドラが重なって、七対子1向聴……!やるならここしかない……!)

 

本来ならもっと早い段階で使いたかったが、仮に止められた時も考えると、ある程度まとまった形にしてから使いたいと真屋は思っていた。

今がその時。

 

真屋の左手が光り輝く。

 

「左手を、使ってもいいでしょうか」

 

通常、麻雀において左手を使うのは余り褒められた行為ではない。

左手を使うのは理牌の時だけで、基本の打牌は右手でするのがマナーだ。

しかし、1局きりであれば、止めるのはそれこそマナーにうるさい鹿倉胡桃か倉橋多恵くらいのものだろう。

 

真屋の言葉に、塞の表情が曇る。

有珠山との点差はそこそこある。この能力はまだつかみどころがなく、回数制限が何回なのかもよくわかっていない。

更にまだ白水がリザベーションをしてくることを考えると、体力的にキツい。

 

(ここも1度、様子を見る。地区大会では満貫もあったし、ツモなら削られるのは新道寺だ)

 

既に白水の対策で体力をかなり削られている塞。

まだ丸々1半荘残っていると考えると、ここで消耗はしたくない。

 

「……止める理由もなか」

 

もちろん哩も真屋の力はある程度把握している。

自身の親番でやられるのは余り歓迎できないが、哩には止める方法もない。

 

紋章が刻まれた左手で、真屋が牌をツモってくる。

 

「リーチします」

 

「……チー」

 

宣言牌として切られた{④}を見て、下家に座る哩が鳴きを入れた。

しかし、その鳴きは一発という役を消す効力のみに留まる。

 

 

 

「ツモ!!4200、8200です!」

 

真屋 手牌 ドラ{2} 裏ドラ{九}

{③③赤⑤⑤224466七七九} ツモ{九}

 

(裏ドラばっちりなのよ~)

 

(やっぱ、ツモられよるか)

 

(倍満……ツモならギリギリ許容範囲か……)

 

 

 

 

 

 

東3局は塞がそうそうに和了りをものにし、東4局。

 

東4局 親 塞 ドラ{1}

 

哩 配牌

{⑨西1七653四②98二7}

 

配牌から一気通貫ドラ1くらいは見えそうな手牌。

迷いなく哩は手牌を閉じる。

 

(リザベーション……!)

 

鎖の絡まる音。自らの体に縛りをかける哩。

その動きを感じ取って、対面で理牌していた塞はとっさにモノクルをかけなおす。

 

(まったまた私の親番でぇ~~!!させるか!今度こそ塞ぐ!!)

 

モノクルが光る。

能力を塞ぐ大岩は、またしても哩の上に降り注いだ。

わずかに表情を歪める哩。

 

(しゃーしか!必ず突き破る……!そいで、姫子につなぐッ……!)

 

先ほどと同じように、哩は大岩めがけて、姫子の声がする方向に鍵を投げつけようとする。

 

(そうはさせるか……!!)

 

今度は塞が抑えつける番だった。

モノクルをかけ、荘厳な衣装を身にまとった塞は、鍵を投げようとした哩の腕を無理やり抑えつける。※イメージの話です

 

(いい加減にしんしゃい!この鍵ば姫子につなぐ……!こっちには負けられん理由があっとよ……!)

 

(負けられない理由なんて、仲間のためで十分でしょうが!!)

 

意地と意地のぶつかり合い。

両者1歩も譲らないこの局の軍配は、

 

「ロン!3900……!」

 

5巡目 塞 手牌

{34赤57778} {横九九九} {白横白白} ロン{8}

 

(リザベーションばかけられんかったばってん、逆に良かった思うしかなかか……)

 

塞に上がった。

息も絶え絶え。もう目視では手牌が何の牌かもわからなくなってきた塞は、盲牌でなんの牌かを確認するほどになってきていた。

 

(キツさ限界……だけどまだ最低でも5局残ってる……やらなきゃ……!)

 

仲間のため、自分のため。

 

塞と哩の闘志は少しも消えてはいない。

 

 








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第25局 受け継ぐ

―――インターハイの3か月前

 

ここ、晩成高校では新入生たちの実力を測る筆記試験と、上級生との対局が1週間かけて行われていた。

新入生たちはここでなんとか上位に食い込み、インターハイ予選のメンバーに選ばれようと、各々がアピールの機会をうかがっている。

 

怒涛の一週間が終わり、新入生の中からAチーム……つまりは1軍帯同メンバーに選ばれた生徒の名前が部室に貼りだされていた。

 

その掲示の前に立っている1年生が2人。

 

「アコ、やったね!最初から1軍なんてすごいじゃん!」

 

「初瀬……」

 

新子憧と岡橋初瀬。中学の時から同じチームで麻雀を打っていた彼女たちは、高校でも同じ麻雀部で活動する仲間となった。

憧は晴れてAチーム帯同。初瀬はBチームスタートにはなったが、Aチームの補欠メンバーになっている。

そもそも1年の春からAチームに帯同というのは、年によってはいないことだってあるのだ。

 

もっとも、一昨年は入学初日から即レギュラー入りした化け物がいたが。

 

とにかく、それだけの偉業を達成したというのに、華やぐ笑顔の女子高生であるはずの憧の表情は明るくない。

喜んではいるが、まだ何か足りない、そんな表情。

 

「初瀬、去年一緒にインターハイ見たよね」

 

「見たね。小走先輩、本当にすごかった」

 

思い出すのは去年の夏。

まだ中学生だった憧達は、自分たちの夏は早々に終わり、インターハイを家で観戦していた。

毎年奈良からインターハイに出場するのは晩成高校。

自分達の県だからということもあって、2人は晩成の試合を見ていた。

 

その時出会った。

2年生ながらにして、晩成のエースで先鋒を務める小走やえに。

 

もちろん晩成にスーパールーキーが入ってきたと話題になっていたので、1年生の頃から存在を知ってはいた。

しかし対局を目にするのは初めてで。

2人は、やえの他を寄せ付けない、孤高の雀風にたちまち引き込まれた。

 

その年の団体戦、2年生エースの小走やえを先鋒においた晩成は、先鋒戦で大暴れ。

他校のエースを軒並み6万点以下に抑えつけて断トツのトップを先鋒戦で確保し、

 

そして1回戦で姿を消した。

 

 

「あの時のやえ先輩の表情、今でも脳に焼き付いてる。私思っちゃったんだよね、ああ、この人にこんな顔させちゃダメだ、って」

 

ごまかして笑って話しているが、初瀬にはわかる。この表情は本気だ。

 

初瀬もよく覚えていた。涙にくれる3年生。その中でやえ1人が、感情を無くしてしまったかのように映っていたこと。

奈良の麻雀好きの間で、やえがかわいそうだ、と言われていたことも。

晩成に行く。2人が決意するのに、そう時間はかからなかった。

 

「私達がインターハイでやえ先輩の力になれるとしたら……今年しかない。私には、今年しかないんだよ」

 

普段あまり恥ずかしがって本気にならない憧が、ここまで必死になっているのを、友人である初瀬は初めて見た。

同時に、自分もやらなくちゃいけないと、触発される。

 

「そうね、すぐに私もそっちに行くわ」

 

奇しくも多恵からの助言をやえが受けた時。

 

その芽はもう息吹いていたのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

南1局 親 真屋 ドラ{⑧}

 

副将戦は後半南場に入った。

未だ持ち点は姫松リード。区間でいえば哩が若干リードだが、決定打にはなっていない。

 

(最後の親番……できればマイナスを減らしたいですが……)

 

そう思いながら1打目を切る真屋。

真屋は1年生。この場にいるのは全員3年生ということもあり、これでも十分健闘している部類に入るだろう。

 

それでも悔しいものは悔しかった。

もう少しマイナスを減らしたいという願望も、上家と下家を見る限り、そういうわけにはいかなさそうだ。

 

2人の間で何が起こっているのかまではわからないが、互いにけん制しあっているのはわかる。

 

それに、上家の塞はもう体力が限界まできている。

さっきから、何度か手牌やら山やらを壊しそうで見てられないほどになってしまっていた。

 

(もう……キツさ限界……私の親以外は……塞ぐの、やめるか……?)

 

何度もリザベーションを止めた塞の体力は尽き、もう対面の哩の顔さえしっかりと認識できない。

そんな状態になっても、思い浮かぶのはチームメイトの顔だった。

 

(トヨネに……無理させらんないなあ……)

 

まだ、終われない。倒れていいのは、局が終わった後だ。

そう言い聞かせ、なんども意識が飛びそうになる自分の体に鞭をいれる。

 

 

(全部止められるようなことにはならんばってん、宮守の……すごか精神力や)

 

南家に座る哩も、塞の精神力の高さに驚かされていた。

 

(ばってん、遠慮はせん。リザベーション……!)

 

相手に敬意を示すからこそ、手は抜かない。手を抜けるような相手は、この場に1人たりともいない。

少なくとも哩はそう思っていた。

だからこそ、手牌さえよければ攻める。まだこちらは準決勝進出ラインに届いていないのだ。

 

満身創痍の塞は、哩の聴牌気配に気づけない。

8巡目、塞からゆっくりと河に切られた{⑦}が、哩に刺さる。

 

「…ロン、3900」

 

(リザベーション……クリア……!)

 

振り込みに理解するまで、少し時間がかかった塞。

点棒を払う姿も、もう限界なのは目に見えている。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「サエ……!」

 

悲壮な顔でモニターを見つめるのは、宮守の留学生、エイスリンだった。

実況からも、塞を心配する声が流れている。

 

「あの子に厳しそうなら外しなって言ったけど……どうやら外す気はないようだねえ……」

 

熊倉監督も、厳しそうな表情だ。

本来は持っていくこと自体を止めたかったのだが、塞が大丈夫だからと言ってかけていってしまった。

 

「……」

 

あまり人との付き合いをしてこなかった豊音も、必死に打つ塞を見て思うところがあるようだ。

黙って帽子を目深に被ってモニターを見つめている。

 

 

「ダルいけど……すぐお迎え……いかなきゃだね」

 

その様子を見て、背もたれによっかかっていた小瀬川が、まだ卓は南2局であるというのに席を立った。

モニターの向こうで必死に闘牌をする塞を見つめる。

 

「塞……そんな無理しないで。ダルいから……」

 

言葉とは裏腹に、小瀬川のいつもの無表情はなりをひそめていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

オーラス。前局が流局なので流れ1本場。

 

親の塞はここをしのげばプラスで大将戦につなぐことができるところまできている。

 

(この親さえしのげば……プラスでトヨネにつなげる……)

 

現在の点数状況は

 

有珠山 53200

新道寺 86000

姫松 154000

宮守 106800

 

副将戦の下馬評では新道寺が有利で、姫松が2着で盤石につなげてくる、というものだった。

そう考えれば塞がこのまま終局までこぎつければ、大健闘だろう。

 

哩 配牌 ドラ{④}

{⑧三⑨南⑥④南白④8⑦①白}

 

(役牌の2つにドラ2つ……宮守……臼沢。あんたは強か。敬意ば表して、最後まで全力でいくっ!リザベーション……!6翻(シックス)!)

 

この副将戦で一番大きなリザベーション。

これが決まると、後半戦オーラスに1本場さえ来れば、3倍満が確約されることになる。

この大きなリザベーションをかけたことに、親の塞が気付く。

 

(ははは……最後まで私の親で来るか……みんな、ごめん、もう1回だけ……無理させてもらうよ……!塞ぐ……!!)

 

モノクルが完全に割れた。

お互いの意地とプライドがぶつかる。

 

(止めさせん!こん手牌は必ずモノにすっ……!)

 

(もう十分稼いだでしょ北部九州最強さんさあ……!もういい加減休んでよ……!)

 

 

 

6巡目 塞 手牌

{①②③123一一二九東東東} ツモ{三}

 

(これで終わらせる。ツモって6000オール……)

 

その時、手牌から打とうとした{一}が塞の目の前にあった山とぶつかり、山の牌が1枚崩れてしまった。

 

「……ごめんなさい」

 

「1枚なら大丈夫ですよ」

 

下家に座っていた真屋が心配そうにしながら山の牌を直す。

局は続行だ。

 

『大会規定で、2枚以上見えない限りはチョンボ扱いにはなりませんが、宮守の臼沢選手、かなりつらそうです。大丈夫でしょうか……?しかし、なにはともあれダマでも親の満貫聴牌!最後に1撃決められるでしょうか!?』

 

観戦席からも塞を応援する声が大きくなってきた。

どんな競技でも、必死に頑張る姿は観客を感化させる。

 

7巡目 哩 手牌

{①④④⑥⑦⑧⑨}  {南南横南} {白白横白} ツモ{④}

 

(姫松が2つ鳴かしてくれるんは意外やった。良形3面形で押し切っよ……!)

 

『おおっと!新道寺の白水哩選手が追い付きました!良形3面張跳満聴牌!最後も白水選手が決めるのでしょうか!』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「私がいけなかったねえ……采配ミスだよ」

 

熊倉トシが静かに語る。

 

「あの子に、私は注意するのは新道寺の白水と、有珠山の真屋だって伝えてしまった。……けど、本当に警戒しなきゃいけないのは」

 

そこまで言って熊倉監督はモニターを見つめる。

 

()()だったか」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ツモ」

 

由子 手牌

{⑥⑦566778五六六六七} ツモ{赤⑤}

 

「3000、6000よ~!」

 

 

 

 

 

『終局~~!!オーラスは常勝軍団姫松の真瀬由子選手が決めました!!この人がマイナスで終わるはずがない!それを失念していました!

副将戦は新道寺と姫松が点数を伸ばし、宮守は点数を維持!有珠山はだいぶ点数を減らしてしまいましたが、大将には頼れるエースが控えています!』

 

 

 

 

(終わった……のか)

 

最終局、自分で和了る気だった塞はやや拍子抜けながらも、終局したことに安堵していた。

緊張の糸が途切れ、ギリギリだった精神も、体も、もう無理しなくていい。

力が、抜けた。

 

「……宮守……?」

 

対面でその様子を見ていた哩が、その異変に気付く。

しかし、少し遅かった。

 

 

 

 

―――気を失った塞が椅子から転げ落ちた。

 

 

 

 

「た、たたたた大変なのよ~!」

 

すぐさま由子が塞の隣に座り込み、意識を確認する。

 

「真屋!救護ば呼んでくれ!」

 

「は、はい!!」

 

哩がすかさず真屋に救護班を呼ばせると、自身も塞の容体を確認する。

幸い、意識はあるようだ。

 

大きな音を立てて、対局室の扉が開く。

 

「サエ!!!!!」

 

対局室に飛び込んできたのは、宮守のメンバーたち。

小瀬川1人で迎えに行く予定だったのだが、オーラスの様子を見ていて、いてもたってもいられなくなったメンバーが全員出てきていた。

 

「……エイちゃん……?ごめんね、点棒、増やせなかったや……」

 

目に涙を浮かべてブンブンと首を横に振るエイスリン。

真屋が呼んできた救護班のタンカに乗せようと、胡桃と小瀬川が塞を持ち上げる。

 

「ははは……本当にシロに介護される日がくるなんてね……」

 

「いいから塞は黙ってて!」

 

「塞、ダルいから、話さなくていい」

 

胡桃の目にも涙が浮かんでいる。

小瀬川も表情こそ少ないが、心配しているのは痛いほど伝わってくる。

 

医務室に運ばれる塞。

その途中、傍らに立っていた、今にも泣きだしそうな豊音の顔を見つめる。

 

「……トヨネも、ごめん……もう少し……トヨネに楽させてあげたかった……あとは、よろしくね……?」

 

言葉が出ない。

なんて声をかけていいのかわからず、とにかくトヨネは首を縦に振り続けた。

それを笑って見届けると、今度こそ塞は医務室に運ばれていく。

 

 

 

突然のハプニングに20分ほど時間は遅れたが、それでも、大将戦はやってくる。

 

 

「とりあえず、塞は今はもう大丈夫そう。トヨネは、大将戦いって!」

 

医務室から控室に戻ってきた胡桃がトヨネにそう伝える。

今でも小瀬川が塞の隣にいてくれているらしい。

 

 

なら自分のなすべきことは。

 

 

 

 

 

「このお祭り……絶対に……絶対に終わらせないよ……!!」

 

姉帯豊音の目に、心に、確かに炎が宿った。

 

塞に、チームに、勝利を届けよう。

 



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第26局 恩返し

 

姫松のいるDブロックが大将戦を迎えるもっと前。

Cブロックの先鋒戦が終わった頃。

 

「みんなもちろんわかってると思うけど」

 

晩成高校控室の空気はおおよそ普段とは比べ物にならないほど緊張した空気になっていた。

先鋒戦。我らが絶対王者、小走やえは、後半戦南3局で臨海女子の辻垣内智葉への親3倍満の放銃で、2着で終局を迎えた。

親の3倍満という大災害を受けてなお、40000点のプラスを持ち帰っていることがまず驚異的なのであるが、この結果を本人がどう思っているのかなど、対局室に1人座ったまま動けなくなっているやえを見れば一目瞭然だろう。

 

そんなモニターを見ていた晩成のメンバー。

1番前にいた2年生の大将、巽由華が口を開く。

 

「……私たちは今までやえ先輩におんぶにだっこだった。メディアからも散々叩かれた。やえ先輩に、自分が1人をトバさないと勝てないと思わせてしまった。……本当に情けない」

 

その言葉は、全員に向けているようで、そして1年間、その批判を浴び続けた自分にも向けている。

この場に3年生はいない。晩成のレギュラーに入っているメンバーはやえ以外全てが2年生以下だ。

 

「初瀬。あなたなんで晩成に入ってきたの?」

 

静まり返った控室の中で、由華に問われたのは1年生ながらにしてレギュラーを勝ち取った1人、岡橋初瀬だ。

 

「……やえ先輩の姿に憧れたからです」

 

初瀬の言葉に、その場にいた全員が、頷く。動機は違えども、やえに憧れたのが、晩成に入る前か入る後かの差でしかない。

 

「でしょうね。私も、入学してすぐ、とんでもない人が1個上にいることを知った。2年はみんなそうだと思う。不器用で、勘違いされやすいやえ先輩は、最初は怖いと思ってた。でも全然違った」

 

紡がれる由華の言葉に、異を唱える者などこの場にはいない。

全員が静かに耳を傾けている。

 

「優しくて、照れ屋で、そして誰よりも居残って努力を惜しまない姿を、忘れたとは言わせない」

 

1年生ながらにしてエース、先鋒という誰もが夢想するポジションを確立させてなお、小走やえは驕らなかった。誰よりも最後まで練習し、洗牌も後輩任せにしなかった。

 

「……今日の先鋒戦、厳しい戦いになることは予想できてたよね」

 

相手は去年の個人戦準優勝者。

やえ本人は必ずトップを持ち帰ると豪語していたものの、簡単なことではないというのは全員がわかっていた。

だからこそ、由華は他のメンバーにだけ、もしやえがプラスで終われなくても動じるなと既に伝えてあった。

 

「……初めて、やえ先輩がトップで私達につなぐことができなかった。それでも、4万点もプラスに浮いている。相手が強い?全国5位以内の高校2校と、去年のMVPを倒してきた大将がいる高校??……それがなんだ!私たちができることはなんだ!」

 

「やえ先輩からの点数を!!守りきって準決勝に進むことです!!!」

 

叫びにも似た声を発した憧の目にはもう涙が出てきている。

 

憧れの先輩が初めて目の前で敗れ去った。

これで団体戦敗退するようなことがあれば、私達の存在意義はなんだ?

どんな弱小校であろうが、やえ1人で、全国2回戦までは来れるということではないか。

そんなの許さない。許せない。

私達が晩成である理由を、ここで示せ。

 

ヒートアップしてしまった自分を抑え、チームメイトも抑えるため、由華が一呼吸置く。

 

「……全員わかっているようだな。選手、控え、関係ない。全員で、この2回戦、必ずもぎ取る。ここからは私達ができる初めての……恩返しの時間だ」

 

その場にいる全員の目の色が変わる。

誰1人として勝利をあきらめているものなどいない。

下馬評ではやえが先鋒戦でどこかの高校を刺しきれなかったら、晩成が勝つ可能性は限りなく低いと言われていた。

晩成のメンバー全員の瞳に炎が宿る。

 

下馬評通りになるかは、まだわからない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

Dブロック、大将戦開始前。

 

「ただいまなのよ~」

 

「さすが由子!!!私の見込んだ由子~~!!!」

 

多恵は大喜びだった。苦戦が予想された副将戦でのプラス。

帰ってきた由子をこれでもかと撫でつける。

わわわ、なのよ~、と由子も嬉しそうだ。

 

オーラスのツモもそうだが、多恵が1番嬉しかったのは白水哩の勝負手を役牌のみの1300でかわしたこと。

あれこそ由子に目指してほしい麻雀の姿を体現したかのような和了りだった。

他家の動向を目敏く感じ、下家の白水に筒子が高いと見るやいなや、役牌を絞る。最終的には待ちにまで持って行った。

 

「流石由子や」

 

「由子先輩~!」

 

洋榎と漫も笑顔で由子を迎え入れる。

何度この盤石の打ち回しに助けられてきたことか。

心強い味方の帰還に、全員が破顔する。

 

そんな喜びもそこそこに、由子から恭子へ、新道寺の鶴姫コンボの情報が伝えられる。

副将戦が終わったということは、大将戦が始まるということ。

 

どの場面は怪しい、ここはかけていない可能性もある……など。

短い交代の時間を縫って、最大限の情報のやり取りを行う。

 

「ほないってくるわ」

 

恭子はギリギリまで由子と一緒に、新道寺の白水が和了った局を見ていたが、それを終えて、控室を出ていこうとする。

 

「恭子。相手は新道寺の他も未知数な部分も多いよ。無理せず立ち回ってみて」

 

「せやな。バケモンみたいなやつらに凡人のウチが正面から叩きあうのはごめんやし、そーさせてもらうわ」

 

そう言って出ていった恭子を眺めて、漫が少し不安そうな表情をする。

 

「末原先輩、珍しく弱気でしたね……」

 

「相手も手強そうやし、恭子が弱気になってんのは確かやけどな」

 

今日の相手は未知数な部分が多い。1回戦でかなりの点差をまくりきった、有珠山の絶対的エース獅子原爽。

コロコロと変わる雀風で、手数の多い宮守の大将、姉帯豊音。

そしてリザベーションで鍵を得た鶴田姫子。

 

大将戦はどう転ぶかわからない故に、何点あっても正直安全圏とは言えないだろう。

それでも。

 

「ウチは負けるつもりで卓についたことなんて過去1度もあらへん。でも恭子は雑魚相手でも負ける可能性を常に考えてる」

 

「だからこそ強い!……でしょ?」

 

最後まで言い切る前に多恵に言われてしまい、ニヤリと笑みを返す洋榎。

恭子の強さは何度も多恵には言っていることだった。

そして多恵も、その強さを認めている。

2人の言葉を聞いて、漫も少し安心できたようだ。

 

「その強さ、全国に見せつけてきて。恭子」

 

ちょうどモニターには、続々と大将戦のメンバーが集まってきていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『Dブロックは大将戦に入ります!!ここまでは常勝軍団姫松がその実力を十分に発揮し、先鋒戦で稼いだリードをがっちりキープ!プラスの点数状況で、愛宕洋榎、真瀬由子、末原恭子の並びで点数がマイナスになったことは過去1度もありません!他3校はその牙城を崩せるのか!泣いても笑っても、この2半荘が終わった時の2着までが準決勝進出となります!』

 

 

「「「「よろしくおねがいします」」」」

 

 

東家 新道寺 鶴田姫子  83000

南家 姫松  末原恭子 166000

西家 有珠山 獅子原爽  50200

北家 宮守  姉帯豊音 100800

 

 

 

(さて、1番嫌やったんやけど……新道寺が東家)

 

開局前、恭子は白水哩が和了った手と、配牌、その時の宮守の臼沢塞の表情までチェックしていた。

 

(東1局は十中八九かけとるやろ。和了った手は3翻。ということは、や)

 

跳満が、来る。

 

6巡目。

 

「リーチ」

 

親の姫子からのリーチ。

 

(ま、そうだよねー。ここは好きにしてくれ)

 

西家に座る爽ももちろん白水が和了った局はチェックしている。

だからこそ、ここは新道寺が和了るのは織り込み済み。

 

 

 

「ツモ!!6000オール……!」

 

姫子 手牌 ドラ{8}

{二三三四四赤五七八南南南白白} ツモ{九}

 

 

 

『決まったああ!!!挨拶代わりの親跳ツモ!!一撃で準決勝進出ラインの宮守を捉えました!』

 

(部長。東1局跳満(キー)……ありがとうございます)

 

姫子が使った鍵が、泡のように消えていく。

それを見送って、改めて姫子はこの場のメンツを見た。

ここからは自力で守っていかなければならない場面。

 

相手は、なにやら怪しげな雰囲気を放つ対面の有珠山と上家の宮守。

そして下家には常勝軍団屈指のスピードと、頭脳を持つ強敵。

 

(全員が強敵や。部長ん稼いだ点数……必ず持ち帰る……!)

 

姫子の道のりは、まだまだ長い。

 

 







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第27局 異常な卓

Cブロック2回戦は次鋒戦が行われていた。

 

晩成高校の控室では、モニターの前で一人じっと座り、太ももの上に肘を乗せて、両手で顎を支えるやえの姿があった。

 

死の先鋒戦を終えて、臨海に18600点差をつけられての2着で終わったやえ。

控室に帰ってきてそうそうにメンバーに頭を下げたが、後輩たちは笑顔で迎え入れてくれた。

そんな後輩たちを見て、対局中に、後輩たちを信じられなかった自分を憎んだ。

自分を慕い、自分についてきてくれた仲間たちを、去年までの影響でどうしても信じることができなかった。そんな己の罪を償うために、どんなことがあっても、このモニターの前から目を背けない。

そんな覚悟がやえの背中からは感じ取れた。

 

『次鋒戦、大決着です!!臨海が点数を伸ばし、永水も若干点数を伸ばすことに成功しました!!晩成と清澄が若干点数を減らしましたが、まだわかりません!!』

 

次鋒戦が終わった。

晩成の点数は132400。点数は若干減らしたものの、下との点差はまだ50000点以上あった。

とりあえず点差をキープしたことに、ほっと安堵する晩成メンバー。

 

やえも一息つく。

去年はもうこの段階で2万点以上詰められていたのだから。

 

「やえ先輩。私、いってきますね」

 

隣で座っていた後輩の一人、新子憧がその席を立つ。

中堅戦は彼女の出番だ。

 

「憧……私のせいでこんな場面になっちゃったけど、対局中は、チームのためとか、いったん忘れて、己の麻雀を貫きなさい」

 

後輩たちを信じることができず、トップで渡すことができなかったやえができる、精一杯の助言。

しかし、その言葉に一呼吸おくと、憧は意外な言葉を発した。

 

「ちょっとそれは、できるかわかんないです」

 

「……?」

 

憧が苦笑いを浮かべながら返した答えは、否定だった。

めったにやえからの言葉に否定などしないだけに、やえは疑問符を浮かべる。

 

「……このインターハイだけは、やえ先輩のために打ちます。私も、そこにいる初瀬も。なんだったら由華先輩だって、そういう気持ちで臨んでます。やえ先輩最後のインターハイを、こんな形で終わらせていいはずがない」

 

予想外の言葉に、目を丸くするやえ。逆側の隣に座っていた初瀬を見ると、同じく頷いている。気持ちは同じなようだ。

 

「必ず、やえ先輩の育てた後輩として、恥ずかしくない麻雀、打ってきますね!」

 

輝く笑顔で憧はそう告げると、足早に控室を出ていった。

それを見送り、控室の全員を見渡して。

 

そしてやえは理解した。

全員の瞳が、誰一人として、準決勝進出をあきらめていないことを。

 

「……ほんっと……バカよ……あなたたち……一人よがりで麻雀打ってたような先輩よ……?!そんな先輩のためにって……正気じゃないわ……」

 

一通りメンバーの顔を眺めると、またモニターの前に座ったやえ。

 

「……本当にバカなのは……私か……お前たちを…信じられなかったんだから……」

 

消え入るような声を、隣にいた初瀬だけは聞き取ることができた。

何も悔いはない。この先輩のために、私達は麻雀を打つ。

 

(やえ先輩のために必ず私達は準決勝に進まなきゃいけない。アコ……頼むよ)

 

Cブロックは中堅戦を迎えようとしていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

Dブロック大将戦。

こちらは予想よりも早いペースで局が進んでいた。

 

「ロン、2300」

 

東1局1本場 親 姫子 ドラ{2}

 

5巡目 恭子 手牌

{③④赤⑤45688六七} {三三横三} ロン{八}

 

(もうできてるかあ~)

 

1本場を軽く流し、親が恭子に流れる。

 

(親番か。いつもより嬉しいもんやないな)

 

サイコロを回しながらそんなことを考える恭子。

点数を稼ぎたい時はすぐにでもリーチを打ちたい親番だが、今はそういうわけでもない。

今重視すべきは局回し。

誰かがリーチを打ったらオリるつもりでいた。

 

7巡目。

「リーチ!」

 

姫子 手牌 ドラ {7}

{2333567赤五五五六七八} 

 

(オリだけでは勝てん。幸い姫松に先制できればオリば選ぶ。二人との勝負……!)

 

姫子からのリーチがかかる。

確かに親跳を和了ったとはいえ、まだまだ安全圏ではない。

リーチをかけて和了りにいくのは悪くない判断だろう。

 

 

 

ここに、異常者がいなければ、の話だが。

 

「ん~おっかけるけど~」

 

その言葉は呪詛だ。同卓していた恭子でさえ、少し背筋が寒くなる。

 

「通らば~リ~チ」

 

全員がしっかりと確認していた。今のリーチは()()()()であったと。

豊音の表情は真剣そのもの。

1回戦の映像とのギャップに、各選手が面食らう。

 

(ツモ切りリーチ……?)

 

不信感を抱きながらも、姫子が持ってきた牌は{七}。

自らの和了り牌ではない。

だから、切るしかない。

 

 

 

「ロン。リーチ一発ドラ1で……5200」

 

豊音 手牌 裏ドラ{九}

{②②②⑦⑧⑨123二二八九} ロン{七}

 

「……はい」

 

(3面張でペンちゃんに負けっか……)

 

良形三面張でペンチャンに負ける。麻雀ではよくあることだ。

しかし、これが偶然とは、この世界では限らない。

 

(へえ……なんかやってるね)

 

有珠山の大将、爽はそれを一度見て確信する。

どんな内容までかはわからないが、確実に偶然では済まされない何か。

でなければ、あんなゴミ手での追っかけリーチなど、するはずがない。

 

 

東3局 親 爽 ドラ{三}

 

(さあて、親番だ。悪いけど、一番狙いやすいところから、点棒むしらせてもらうよ……白いの!)

 

瞬間、宮守の豊音の表情が曇った。

 

(もう少し先負で押したかったけど~有珠山がなにかしそうだね?)

 

基本的に有珠山が暴れるのであれば、ある程度は許容できる点差がある。

まずは様子見。今日の豊音はいつになく冷静だった。

 

10巡目。爽からリーチが入る。

 

「リーチ!」

 

(白いので手牌は完璧、捨て牌も悪くない。さあ、行こうか……寿命(パコロ)のカムイ……!)

 

姫子 手牌

{⑥⑦⑧567三三六七} {横222}  ツモ{1}

 

({1}は{2}の壁ばい。獅子原の河は……)

 

爽 河

{南西九⑧①白}

{二発9横3}

 

(索子の高かばってん、これくらいはいかるっ)

 

姫子はツモ切った。{1}を。

普通なら切るだろう。相手が親だろうと、この場面では一発も込みしても押し有利だ。

 

……()()なら。

 

 

 

「ロン」

 

爽 手牌

{2355666777789} ロン{1}

 

「リーチ一発清一色で……24000」

 

(その河で清一色やと……?!)

 

『きまったあああ!!!有珠山の大将獅子原爽!!新道寺の鶴田姫子から親倍直撃!!吸い込まれるかのように{1}が鶴田姫子の元に来てしまいました!!』

 

 

姫子の表情が白くなる。

自分が打っていた麻雀観を覆されるかのような、恐ろしい感覚。

姫子は悔しそうな表情で、点箱を開けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「今のはあまりにもあまりですよ……」

 

同級生である姫子を心配するのは、新道寺の花田煌だ。

部長の白水哩も、真剣な表情でその対局を見守っている。

今の一撃で、有珠山はもうすぐそこまで来てしまった。

 

「姫子……」

 

次の鍵があるのは南3局。

このメンバー相手に恐ろしく、恐ろしく遠い。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

東3局1本場 親 爽 ドラ{9}

 

(白いのは継続中。寿命(パコロ)は1回きりだけど、上手く使えたし、ここからあと2回は和了れる……!)

 

3巡目 爽 手牌

{12333赤5566789東} ツモ{9}

 

(よしよし、いい感じでタケノコにょきにょきしてるね)

 

3巡目にして、手牌が索子に染まる。

これが決まれば、親倍、三倍満まで見えてくるような手だ。

誰もが色めき立つような手牌。

 

爽は満足気に{東}を切り出す。

 

 

「ロン」

 

「……へ?」

 

恭子 手牌

{⑤⑥⑦⑦⑧⑨三三東東} {横五六七}

 

「1000点は1300」

 

この卓には局回しの達人が一人入っていた。

 

(おいおいその手で鳴いたのか……!片和了りじゃないか!それも思いっきり索子を嫌って……流石に対応早すぎないかい?)

 

爽が苦笑いをしながら点棒を払う。

爽の予定ではあと2局は和了れる気だっただけに、拍子抜け。

 

それは決して相手を舐めているとかそういう話ではなく、全国の猛者たちを相手にしても、県予選決勝で当たったとんでもない化け物にも、この力は通用していたのだ。

そう思っても爽は攻められない。

 

(これが常勝軍団姫松の最後の砦、スピードスター末原さん……ねえ)

 

 

 

 

東4局 5巡目 親 豊音

 

この局も制したのは恭子。

 

「ロン、3900」

 

「わあ」

 

(逃げ切るために最速のギア入れてるね~。もしこのままウチが2位のままなら嬉しいし、ここは無理しないで末原さんに任せようかな?)

 

「南入やな」

 

今度は豊音からの出和了り。

この圧倒的速度に対して、3人は恭子に対して1副露で警戒をしなければいけなくなった。

そういう(クサビ)を恭子は打ち込んだ。

 

とはいえ、豊音にしてみれば、このまま姫松と宮守が抜けるなら悪くない。

準決勝までに対策を立て直して姫松とぶつかれる。

 

ただし、もし、新道寺や有珠山に追い付かれるなら、いくつか隠しておきたかった能力も使わざるを得ないだろう。

 

いつになく冷静に場の状況を判断する豊音。

 

(絶対に……終わらせないよ~……!)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……シロ……?」

 

医務室。

副将戦で倒れて意識を失っていた塞が、ようやく目を覚ます。

 

「塞……起きた?」

 

隣にいつもの見知った顔、小瀬川がいることを確認して、一旦安心する塞。しかし、一瞬で、ハッと目を開けると、上半身を起こした。

 

「……大将戦は??」

 

「今やってるから……心配しないで」

 

医務室にもモニターがついている。

対局の映像は、今南1局であることを示していた。

 

「うう……トヨネ、大丈夫かなあ、相手強いって熊倉先生言ってたし」

 

自分たちのチームの大将であるトヨネを心配する塞。

今日の相手は、一筋縄では行かないであろうことは、予想ができていた。

 

「……わかんないけど」

 

小瀬川もモニターの方を向いている。

こちらから表情を伺うことはできない。

対局を見て、どんなことを思っているのか。

しかし、長い付き合いの塞は、その声音が、少しだけ上向きなことに気付いていた。

 

「……今まで見たこともないくらい、真剣な表情だよ、トヨネ」

 

見た目に反して、精神年齢がそこまで高くない豊音は、麻雀を打つ時も、喜怒哀楽の激しい打ち手だった。一緒に打つとよく笑い、仲間が負けると涙する。

そんな豊音が、みんな好きだった。

 

その豊音が、今までにないくらい、真剣な表情で卓に向かい合っている。

 

「じゃあ……大丈夫か」

 

塞の表情は明るい。

 

想いは託された。

豊音は人生で初めて、仲間のために麻雀を打っている。

 

 



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第28局 カムイ

Dブロック大将戦は南場に入った。

 

南1局 親 姫子 ドラ{⑨}

 

ここまでの展開はおおよそ恭子の想定通りではあった。

宮守と有珠山に基本注意を払いつつ、リザベーションの局は無理をしないでリーチを打たない。

 

リザベーションはほとんどの記録がツモで和了っているが、出和了りもできないわけではないだろう。

 

とすると、リザベーションとリーチ合戦になるのはあまり歓迎できない。

 

 

(そうやとしても、今のウチの実力が、この2人の絆にどれほど通用するんか1回くらいは試してみたいもんやな)

 

 

恭子のスタイルは確立された。迷っていた時期もあったが、それを脱した恭子は、以前よりも強い打ち手になっていた。

洋榎も多恵も、由子も「大将 末原恭子」に異を唱えたことなどない。

それほど適任だと思っている。

 

対してつらい立場になったのは新道寺の姫子だ。

有珠山からの重い一撃を食らったことで、2着争いはもうわからなくなった。

 

他の2校が、まずは2着を狙ってきていることは姫子もわかっている。

 

(そいでも、こん配牌……部長ん鍵はなか。ばってん、この親でなるたけ稼ぐッ……!)

 

姫子の打牌が強くなる。

姫子も哩からもらった鍵に頼ってばかりではいられない。

今までも県予選やインターハイで、自身の実力で何度も和了ってきた。

その自信が唯一2年の姫子の気持ちを奮い立たせている。

 

11巡目 姫子 手牌

{①②③④④⑤⑥⑦⑧2345} ツモ{⑨}

 

(来たッ……!)

 

絶好の入り目。一気通貫とドラが確定するこの上ないツモだ。

一瞬、姫子は考える、ダマにとるか、リーチを打つか。

河を見ても、{25}の場況は悪くない。程よく索子の下は切れている。

姫子がわざわざこの索子の連続形を残していたのは、索子勝負になれば勝算があったからだ。

 

では、立直を打つか…?

チラ、と姫子が視線をやる先は、目深に帽子をかぶった宮守の大将、姉帯豊音だ。

 

脳裏によぎるのは、先ほどの一発放銃。

 

単なる偶然だと片付けることもできるだろう。

たまたま一発で当たり牌を掴んだだけ。

 

先ほどの放銃を引きずって、この手をリーチしないほうが問題。

姫子はそう結論付けた。

 

 

(こんなところで、負けられっか!)

 

「リーチ!」

 

この判断は悪くない。親であればいち早くリーチをかけたいと思うのは普通だろう。

待ちも決して悪くない。

 

1副露していた恭子は、現物切り、爽も現物を合わせる。

 

(まだ後半戦も残ってるし、カムイを使うタイミングはここじゃない。それに……)

 

爽はなんとなく気付いていた。

この局も、下家が早そうだ、と。

 

豊音がツモ牌に手を伸ばす。

 

その途中。

 

 

 

 

「ん~追っかけようかなあ~」

 

 

 

ゾクッと姫子の背筋に冷や汗。

それはそうだ、まだ豊音は持ってきた牌を見ていないのに追っかけようとしている。

それはつまり。

 

もう、()()()()()()()()ということに他ならない。

 

「通らば~り~ち?」

 

まったく手牌に入れるそぶりすらなく、持ってきた牌は横を向いた。

 

まるで姫子がリーチを打つのを最初から待っていたかのように。

 

震える手を必死に抑えて姫子は山に手を伸ばす。

そんなことがあっていいはずがない。

 

負けてたまるかと。

願いをこめた右手で持ってきた牌は、{⑨}。

 

 

ドラだ。

 

姫子の目から光が抜ける。

感覚的に理解してしまった。

 

これは、当たる、と。

 

こぼれ落ちるように河に放たれた{⑨}に、声がかからないわけもない。

 

 

 

「ロン」

 

外見にそぐわない、甲高い声が対局室に響く。

 

 

 

豊音 手牌 

{⑤⑥⑦⑨⑨123456南南}

 

「12000」

 

 

 

『決まったああ!!宮守女子、姉帯豊音!!この局2回目の新道寺からの一発直撃です!』

 

 

 

(狙った相手から追っかけリーチで直撃を取れる……そんな能力があるんか?この宮守の大将は。こんなん食らったら、そら魂ぬけるわ)

 

震えて点数を払う姫子を見ながら、恭子は豊音の能力を推察する。

2回のリーチ一発。それに2度の追っかけツモ切りリーチ。

冷静になればなるほど、なにかやってると考えるのが、この世界の道理だろう。

 

(まあ、おそらくだけど宮守の姉帯さん。これ()()じゃなさそうだね?)

 

ニヤリと豊音を見るのは、西家に座る爽。

自身が複数のカムイを従えるだけに、他者の気配にも敏感だ。

 

 

南2局 親 恭子 ドラ{西}

 

一気に新道寺が最下位まで叩き落された。

2位上がりを目指す3校の戦いは熾烈を極める。

 

新道寺も一時的に下回ってしまったものの、まだ南3局に倍満(キー)が残っている。

 

(とはいえ、ちょっと宮守と離れてるねえ……姫松の末原さんが早くなさそうな捨て牌だし、ここらで無理させてもらおうかな)

 

4巡目に入って、恭子の捨て牌から、早そうな雰囲気を感じなかった爽は、恭子が親を手放そうとしているとあたりをつけた。

 

爽は複数の能力を持つ打ち手だ。

幼い頃からの友達だったカムイは、爽に麻雀で力を与える。

北海道から連れてきたカムイは1回戦では1体しか使わずに済んだので、今日使った2体の合計3体が今は使えない。

 

(本当は準決勝まで残しておきたかったけど、流石全国、みんな手強いね。この親番、末原さんは局回しのために和了にこだわらないだろうし、他の2人を削る……まずは、ホヤウ……!)

 

瞬間、爽の背中から、羽のようなものが生えた。

真っ黒く、異質な羽。

その羽ばたきを3人が感じた時、異変は既に起きていた。

 

(…?!先負が……消えちゃってる?!)

 

豊音はなんとなく、今追っかけリーチを打っても勝てないかもしれない、と漠然とした不安を抱えた。

 

前半戦は「先負」で戦おうと思っていただけに、豊音の表情から焦りが出始める。

 

豊音は塞に何度か能力を封じてもらったこともあっただけに、この感覚が、塞のものとは根本的に違うことに気付いていた。

 

だからこそ、不安。確信には至らない。

 

 

 

(また……また部長ば感じられん……有珠山といい宮守といい……!しゃーしい……!)

 

姫子もまた、爽のホヤウの干渉を受けていた。

この局はリザベーションがかかっていないのでまだ良いが、次の局はリザベーションがかかっている。

 

次の局までに哩とのリンクを復活させなければ、リザベーションも危うい。

 

 

 

(姉帯と鶴田の表情に変化があった……獅子原……またなにかする気だな)

 

爽が使ったホヤウは、他者から能力の干渉を受けなくする守りのカムイ。

 

これでまず豊音からリーチ後に追いかけ直撃の心配がなくなったので、安心してリーチを打てる。

 

(悪いね、ここは確実に決めに行く!アッコロ……!!)

 

爽が2体目のカムイを使う。

豊音も能力をかき消されているため、爽の河からの情報を冷静に分析できなくなっていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「これは……また予想外の敵がいたもんだねえ……」

 

宮守のメンバーは心配そうに豊音の様子を見ている。

モニター内では不気味な手牌の爽からリーチがかかった。

大将戦も、恐れるのはリザベーションと、末原恭子の超早和了りだけだと思っていたが、ここでも思わぬ伏兵。

 

 

「トヨネ……!!」

 

危ない、とエイスリンが警鐘を鳴らす。

狙われたかのように余る萬子。

奇しくもそれを切れば聴牌がとれる形。

 

「今の豊音は、能力をつぶされている。先負は無効。それどころか……」

 

モニター観戦しているとよくあることだが、それを切ったらだめだと見ている側はわかっていても、打っている本人はわからない。

だから観客は一打一打に熱狂し、落胆する。

 

これはその典型例。

宮守を応援する地元の人々、控室の胡桃とエイスリン。

そして、医務室の塞と白望。

全員が祈るように見つめる。

 

その牌を、打ってはならないと。

 

しかし無情にも、豊音はその牌に手をかける。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「追っかけるよ……通らば~リーチ!」

 

河に放たれるは{二}。

本来なら通って、爽から出てきた牌で和了れる。

 

豊音の不安は、確信がなかっただけに追っかけリーチへと踏み切らせてしまった。

 

 

「……通らないな!」

 

ニヤリと笑みを浮かべたのは爽。

ここの勝負は、ホヤウで守りを固めた爽の勝利だった。

 

爽 手牌

{三三四四赤五六六七七八八西西} ロン{二}

 

驚愕に染まる豊音の表情をよそに、爽が裏ドラをめくる。

 

出てきたのは……{七}。

 

「リーチ面混ピンフイーペーコードラ……5」

 

爽が使ったのはアッコロ。

その恐ろしい能力は、王牌までも、赤く染めた。

 

 

「24000!」

 

 

 

『3倍満だあ!!!有珠山高校獅子原爽!2着の宮守からの直撃3倍満で一気に準決勝進出ラインの2着に届きました!!』

 

余りの一撃の重さに、一瞬視界がブレる豊音。

 

(……痛い……けど、みんなのため、まだ……まだ戦える……!)

 

医務室の塞もついに2着から陥落した豊音を見て心配そうな表情だ。

 

しかし、ここで折れてはいられない。

次に迎えるは南3局。

 

 

姫子が天空に向けて、輝く鍵を放つ。

 

 

倍満が、来る。

 



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第29局 目の灯火

南3局 親 爽 ドラ{③}

 

Dブロック大将戦は前半戦の南3局。

副将戦前半戦の南3局での白水哩の和了りは、もちろん他3人の頭にも入っていた。

 

(副将戦で白水が和了ったんは跳満。もし6翻縛りをかけていたんやとしたら、来るのは3倍満や。やけど、あの手牌、仕掛けから見て、ウチと多恵の見解は一致しとる。おそらくは4翻縛り)

 

白水哩は南3局で、高目をツモ和了り、跳満としていた。

つまり、安目だと6翻に届かなかったということ。そして、安目でもよしとする前提の仕掛け。

 

過去の牌譜から見ても、6翻しばりとは考えにくかった。

 

5翻縛りは意味がないので、おそらくは4翻縛りではないか。

実際に対局していた由子とも話をして、多恵と恭子はそう結論付けた。

 

(だからなんや、って話ではあるんやけど、倍満ならギリギリ2着目には届かん。それをこの2人が良しとするかどうかや……)

 

気になるのは他家の動向。

今の時点での点数はこうなっていた。

 

東家 鶴田姫子  59800

南家 末原恭子 167500

西家 獅子原爽  88600

北家 姉帯豊音  84100

 

点数状況を踏まえて、恭子はチラリと、下家に座る爽を眺めた。

この有珠山の大将と、宮守の大将はなにをしてくるかわからない。

圧倒的リードがあるとはいえ、一分の隙も見せるつもりはなかった。

 

警戒を怠らず、恭子は2打目を切り出す。

 

その牌に、爽から声がかかる。

 

「ポン」

 

(親なんだよなあ……)

 

当然のボヤキだろう。ここでもし姫子に3倍満をツモられようものなら、自身は12000の出費だ。

やれることだけやって、回避を試みるのは、普通だろう。

 

そして何より、爽には心強い味方がいた。

 

(幸い、ホヤウは残ってる。アッコロも残っているから裏ドラの心配はないし、流石に時間かかるだろ)

 

ホヤウは他者からの干渉を無くす全体効果系の能力だ。

これでリザベーションを打ち消してくれれば、爽にとっては一番嬉しいし、打ち消せはしなくても、時間がかかってくれればそれで構わない。

 

この卓には速度に関しては高校1を争う逸材がいるんだし。

 

そんな願望を込めながら自身も和了に向かうために鳴きを入れた。

 

しかし。

 

 

「リーチ」

 

3巡目、爽の思惑とは裏腹に、あっという間に姫子からリーチが飛んできた。

 

(びよーーーん)

 

爽の顔が上に伸びる。

モニターをちゃんと見れば爽の顔がアホの子になっているのを視聴者からでも確認できた。

 

これでは、リザベーションが消えているとは、とても思えない。

それに、姫子の目には、確かな意志が宿っている。

 

 

(その程度で、部長との絆、消えるなんてあるわけなか!そがんことしようたって、無駄や!)

 

 

恭子も、はあ、とため息をついて現物を切り出す。

一応動けるような形にはしていたが、2向聴からではとてもじゃないが向かえない。

 

爽も諦めたように現物を切り出す。

 

もとより、この失点は頭に入れて対局に臨んでいた。

止められればうれしいが、止められないのであれば、次に向かうだけ。

 

それでも、悔しいものは悔しかった。

自身の力を完全に無効化されて、リーチを打たれているのだから。

 

豊音も現物を合わせた。

 

姫子の手が、山に伸びる。

 

対面に座る強い意志を持った姫子の目を見て、爽はふう、と下を向く。

 

 

(強いねい。これだけ叩いても、折れない瞳をしてる。なんていったっけ、そうだ)

 

 

 

 

 

 

 

汝の(たから)のある所には、汝の心もあるべし。

 

身の灯火は目なり。

 

この故に汝の目正しくば、全身あかるからんことを。

 

 

 

 

 

 

 

「ツモ!!!4000、8000!!!」

 

姫子 手牌 

{①②③④⑤⑥⑦⑧赤55678} ツモ{⑨}

 

 

(またちょっと意味違うってユキに怒られそうだ)

 

 

 

『決まったあああ!!!新道寺女子!最下位に沈んでいましたが、この1撃で、2着までは射程圏内に入りました!!

2着から4着までが5000点以内で争うデットヒート!準決勝進出を掴むのはどの高校か!!』

 

 

 

南4局 親 豊音 ドラ{7}

 

姫松以外の高校が団子状態。

豊音としては、ここの親番で、後半戦を少しでもリードして迎えたいところ。

 

(先負がつかえない……ここは後半のためにも、他の力は隠して和了りをとりにいくよ~)

 

複数の能力がある豊音だが、もしここで1つ使ってしまうと、休憩中に対策を取る時間を与えてしまうこととなる。

点数はもちろん欲しいが、それはなるべく避けたかった。

 

幸い、配牌も悪くない。普通に打って普通に和了りにいく第一打を打つ。

 

逆に、前半戦だいぶ削られたが、今の倍満で点数を取り戻した姫子。

しかしこれでは、鍵以外の場面では和了れていないこととなる。

 

周りの3年生がいくら強敵とはいえ、それは姫子としても許せないことだった。

 

 

(鍵のなくても、このオーラスで確実に和了ッ!2着で後半戦迎えっ……!)

 

姫子も途中の放銃で一度は厳しい展開になったが、今姫子を支えているのは仲間の、先輩の存在。

 

1人ではないことが人並み以上に感じられる姫子だからこそ、まだ、その目の灯火は消えてはいない。

 

 

(さーて、アッコロとホヤウがいるうちに、最後に1発かましてやりますか)

 

それでも現状、有利なのは爽だろう。

全体効果系のホヤウで豊音を無力化し、アッコロで自身への強化も入っている。

 

現に、先ほども倍満はツモられたが、やはり姫子は手牌に萬子を抱えきることはできていなかった。

 

最初からアッコロを使ったことで、今回の手牌も、早い。

 

 

4巡目 豊音 手牌

{③④赤⑤赤⑤⑥78}  {横123} {発発横発}

 

姫子 手牌

{⑤⑥⑦⑧234赤55677七}

 

 爽 手牌 

{一二三四赤五七七八東東北北白}

 

思うように萬子がくっつかない姫子は索子を伸ばしにかかる。

 

豊音もあと一歩でなかなか手が入らない。

 

爽は大物手の2向聴だ。

他家が萬子を使えないことを考えると、かなり有利な状況。

 

タン、タン、タン、と卓に牌が切られる音だけが淡々と響く。

それだけで不思議と卓の緊張感が、見ている側にも伝わってくる。

 

 

6巡目、場は一斉に動く。

 

豊音 手牌

{③④赤⑤赤⑤⑥78}  {横123} {発発横発} ツモ{9}

 

(時間かかったけど、親満聴牌だよ~)

 

豊音が聴牌打牌で切り出したのは{⑥}。

{③⑥}が河に見えているし、赤は使いたい。

当然の判断だろう。

 

そこに食いついたのは、姫子だ。

 

「チー!」

 

姫子 手牌

{⑤⑥2344赤5677} {横⑥⑦⑧}

 

(面前で手ば組みたか。ばってん宮守はほぼ聴牌ばい。仕方なかね)

 

食い伸ばし。筒子の好形を活かして、喰いタンの満貫聴牌を入れる姫子。

2副露の親から{⑥}が出てきた。このあたりの速度読みは流石強豪校の大将。ばっちりだ。

 

そして姫子から出ていく牌は、{七}。

 

「ポーン」

 

これに爽が食いつく。

 

爽 手牌

{一二三四赤五東東北北北} {七横七七}

 

(これで間に合った。あとは不要な萬子を掴んで、誰かが放銃してくれるのを待つだけだね)

 

爽以外の3人はアッコロの影響で萬子が上手くつながらず、河には萬子が目立っている。

他家も聴牌となれば、不要な萬子は切るしかない。

半ばこの局の勝利を確信した爽。

 

一瞬の内に聴牌が入る。

3人とも、思うことは1つ。

 

(((めくり合い……!)))

 

後半戦の対局を左右する、大事な一局。

この手を和了った者が、準決勝進出に一歩近づくと言っても過言ではない。

 

それは何故か。

 

この局は点数以上におおきな意味合いを持っているからだ。

 

姫子は鍵以外での和了りという自信を。

豊音は能力を隠しきってのリードを。

爽は、おそらく帰ってしまう前最後のホヤウとアッコロを。

 

 

分かっているからこそ、見ている側も手に汗握るめくりあい。

 

聴牌者が多いほど、決着はすぐに着く。

 

手牌が、開かれた。

 

 

 

 

 

 

 

 

「ツモ」

 

 

 

 

恭子 手牌

{①①②②③③⑦⑧⑨1145} ツモ{3}

 

 

 

「7本……13本」

 

 

 

(((姫松……!)))

 

 

 

『最後を締めたのは姫松のスピードスター末原恭子!!4人聴牌をあっさり制しました!!勝負は後半戦に移ります!!』

 

 

対局終了を知らせるブザーが鳴り響く。

前半戦終了だ。

 

 

結局、3校の団子状態は変わらず、姫松が圧倒的リードを保っている。

最後の和了りを決めた恭子が席を立つ。

 

「……凡人やからって、蚊帳の外に置かんといてや」

 

「よく言うよ……スピードスター末原さん。……じゃあ、後半戦で」

 

恭子と爽が控室に戻る。

はあ~、と伸びをしてから豊音も足早に戻っていった。

医務室の塞の様子を見に行くのだろう。

 

1人残された姫子も、点数を確認してから、控室に戻る。

 

 

(こん点数……部長に申し訳なかね……後半戦、必ず取り戻す……!)

 

 

残された卓の牌を無造作に掴み、握りしめる。

 

姫子の目の灯火は、まだまだ消えそうにない。

 

 



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第30局 鳴きの魔法

どうやら昨日また日間20位以内あたりまで入っていたようです。
いつも読んで、応援してくださる皆さまのおかげです。
ありがとうございます。



大将戦は後半戦に入る。

 

前半戦を終えての点数は

 

新道寺  75100

姫松  166200

有珠山  79900

宮守   78800

 

姫松を除く団子状態。

まだ確定ではないが、実況解説席も、暗に残り1席をかけた戦いだと言い始めている。

 

『ついに、泣いても笑ってもこの半荘が最後!準決勝進出をかけた戦いは、大将後半戦に入ります!前半戦は、有珠山高校がエース獅子原爽選手の活躍で点数を伸ばし、姫松以外の3校がほぼ並びです!

常勝軍団姫松の殿を務めます末原恭子選手は、きっちり前半戦オーラスで、半荘の収支をプラスにする貫禄の和了り!隙を見せません!さあ、準決勝に進出するのはどこの高校になるのでしょうか?!』

 

 

 

「よろしくお願いいたします」

 

「よろしくお願いします」

 

「よろしくね」

 

「よろしく~」

 

運命の後半戦の席順は、恭子が起家、姫子、爽、豊音の席順となった。

恭子がサイコロを回し、自動卓から山が上がってくる。

 

 

 

東1局 親 恭子 ドラ{7}

 

恭子 配牌

{①②⑦11699一七東南西白}

 

(……5向聴やな)

 

 

『起家は末原恭子選手でスタートです。しかし配牌が悪いですね。この局はおやすみで安牌を確保しにいく展開になりそうです』

 

 

東発の親になった恭子。その配牌は解説も言っているように、悪い。

 

南1局にはおそらくリザベーションがくるであろうことがわかっているので、恭子の親番は実質この1回だ。

 

とするとここでできる限り和了りたかったが、この配牌。

 

トップ目であることも考えれば、無難に{七}あたりから打って、安牌となる字牌たちを確保したいところ。

 

しかし、恭子はこの時、別の世界が視えていた。

 

1巡目、南家の姫子から放たれたのは{1}。

 

 

 

「ポン」

 

その声は、確かに恭子から発された。

実況席と、観客から困惑の声が上がる。

 

しかし対局者はそうではない。

ただでさえあれだけの速度を前半に見せつけられたのだ。

1副露とはいえ、開局直後にして場に緊張が走る。

 

次順、爽が河に放った{9}にも声がかかる。

 

「それもポンや」

 

トップ目親の2副露。

 

そして不気味な河。

対戦校3校が見つめる恭子の手牌は、深い闇の中のようだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「お、恭子、もうそれやるの」

 

姫松高校控室。多恵は恭子の仕掛けを見て驚いていた。

 

先ほど、休憩中に1度戻ってきた恭子の表情は、晴れなかった。

 

なんでも、有珠山と宮守の矛先が自分に向いていたら、この半荘はどうなるかわからなかったとのこと。

多恵からすれば、それでもプラスで終えれたのではないかと思うが、本人は納得いっていないらしい。

 

 

「いやいや、それでこそ恭子や。稼いだろって思ってるんやろ」

 

好戦的な笑みを浮かべるのは、洋榎だ。

 

恭子は、後半戦も守りには入らないと宣言した。

 

相当危なくならない限りは、攻める。

オーラスに役満条件も作らせないつもりだ、と。

 

その言葉を体現するようにトンパツの親、恭子は配牌5向聴から鳴いた。

 

普通なら悪手ともとれる鳴き。

しかしこれは恭子たちが2年生になる頃、多恵が助言した戦法だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あかん。勝たれへん」

 

恭子は頭を抱えていた。

 

2年になる少し前のこと。

1年の秋から頭角を現した恭子は、近畿大会でメンバー入りを果たし、春季大会もレギュラー入り確実と言われるまで成績を伸ばしていた。

 

1年夏からメンバーに入っているのが2人もいるようなとんでもない学年に入ってしまったものの、恭子の才能は、しっかりと花開いていた。

 

しかし、春の大会が始まる前、恭子の成績が少しずつ下降気味になった。

 

「恭子ちゃんは洋榎ちゃんと多恵ちゃんを意識しすぎなのよ~。個性が違うんやから、意識しても仕方がないと思うのよー」

 

「せやろか……」

 

由子の助言は、的を得ていた。

恭子は、確実にチームに貢献できていたが、もっと貢献する同級生2人の影響で、どうしてももっと上をと、雀風にブレが出てきていた。

 

確固たる信念を持つ打ち手には牌が応える……。

逆に言えば芯のない、ブレる麻雀には牌もついてこない。

ゆるやかにスランプに陥った恭子は、春季大会もさしたる活躍はできなかった。

 

 

そして、春季大会中。善野監督が倒れた。

 

 

恭子が敬愛してやまない善野監督の突然の離脱に、恭子は精神に大きなダメージを負う。

 

 

 

ある日の放課後。

洋榎を見習って、洗牌を自分から志願して行っていた多恵は、奥のパソコンルームで牌譜とにらめっこする恭子を見つけた。

 

暗い部屋でパソコンと対峙する恭子に、後ろから声をかける。

 

「きょーこ、あんまり根詰めすぎると、体に毒やで?」

 

「……多恵か」

 

周りが皆関西出身なもので、多恵もエセ関西弁がたまに出る。

 

「今のままじゃあかんねん。善野監督に報いるためにも、2年のインターハイは結果残さな……」

 

そう話す恭子の目には、くっきりとクマができていた。

 

ここ最近の恭子は部内の格下相手にも負ける対局が増えていた。

麻雀なのだから格下にも負けることはあれど、その頻度が増えれば増えるほど、レギュラーからは当然遠ざかる。

 

多恵もどうにかして恭子を救いたい……そう思い、いくつも恭子に助言はしてきた。

しかし、未だに結果には結びついていない。

 

「……言い訳やないんやけど、最近、明らかに配牌の平均向聴数が落ちとる。平均からこんなに下回ることなんてあるんか」

 

「……配牌悪い時国士に向かって1巡目に持ってない字牌ポンされて萎えるあるあるだね」

 

空気を変えようとした多恵の麻雀あるあるに、恭子はジト目を返すだけだ。

 

ははは……と多恵は乾いた笑いを漏らす。

 

最近、恭子はどこにぶつけていいのかもわからない、漠然とした怒りを感じていた。

 

配牌を呪うのは弱者の発想。

とはいえ、ここまで配牌が悪いと恨み言の1つでも言いたくなる気持ちは麻雀打ちなら誰もがわかる感覚だろう。

 

そもそも恭子の雀風は、鳴きを駆使して先手をとる、速度の麻雀だ。

なにも役が見えない配牌では、自然と戦うのは難しくなる。

 

その様子を見て、多恵は恭子の見ていたパソコンの牌譜を眺める。

 

そしてしばらくすると、多恵はなにかを見つけたようにマウスを操作して、いくつかの対局をピックアップした。

 

 

「恭子。これを見て。この2つの配牌、確かに悪い。……けど、私の知り合いに、こんなゴミ配牌でも、魔法がかかったように和了りにつなげちゃう人を私は知ってるんだ」

 

「……なんやそれ」

 

恭子は半信半疑といった顔。

 

多恵が思い出しているのは前世の麻雀界。

多様な雀士がいた中で、一際騒がれていたトッププロの中に、鳴きを武器にして数々の場面を打開した雀士がいた。

 

 

「鳴きは、早く和了るための手段だけじゃないんだよ。例えばこの配牌、見てみて」

 

多恵が指をさすのは、ピックアップした中でも悪い配牌。ボロボロの5向聴。字牌対子も無ければ、萬子に2対子あるだけだ。

 

「この局面、対面から出た{二}、恭子はスルーしてるね」

 

「当たり前や、こんなの鳴いたら防御力は下がるわ和了りも遠いわ、手牌の可能性まで消してまう。バカ(ホン)や」

 

バカ(ホン)とは、負けが込んだ雀士が、投げやりになって染め手に走る行為のことを指す。

フリー雀荘で負けが込んでいる人によくみられる現象だ。

 

「確かに、そう見えるかもしれないね。けど、これをポンするっていう選択肢を、恭子には持ってほしい」

 

恭子はいまだに納得がいっておらず、ええ……といった表情だ。

 

「ようは、相手を牽制するってこと。恭子の雀風は速攻型。部内の人間はもちろん、これから先恭子が研究されてきたら、どこの高校もそう思う。だからこそ、この{二}をしかけて、例えば、その後下家から出てきた{九}をチーして、打{白}とする」

 

カチ、カチ、とマウスを操作する多恵。

恭子はその様子を食い入るように見つめていた。

 

「2副露した後で手出しの{東}。さあ、これ恭子対局者側だったら、この手牌どう評価する?」

 

「……少なくとも。染め手の聴牌か1向聴やな」

 

実際は、手牌の中はまだバラバラ。とても聴牌には程遠い。

しかし、対局者を錯覚させることはできる。

上家などは、もう萬子は切りにくい。

 

「……せやけど、これで勝負手入ってる人間からリーチ打たれたらどないすんねん?」

 

恭子の疑問ももっともだ。鳴く、という行為は手牌を短くするということ。

 

面前進行よりも選べる打牌の種類が減る分、防御力は激減する。

 

もちろん多恵もそのことは分かっていた。

 

だからこそ、前世のトッププロが使っていた方法を伝授する。

これは自分でも上手く使いこなせなかった技。

 

「安牌を手の中に集めながら、進行するんだよ。これは高等技術。どこが1番早いかを見極め、そこの安牌と、共通現物を確保しながらの進行……下手な人がやれば自爆する。現に私も怖くてなかなかできない」

 

でも、とつけて、多恵はパソコンに向けていた目を、恭子に向ける。

その目は真剣そのものだった。

 

「恭子なら、できると思う。誰よりも鳴きという技術に傾倒し、研究を続ける恭子なら」

 

思わず恭子も一瞬息をのむ。

 

(もともと多恵はお人よしやとは思ってたけど、筋金入りやな……)

 

目を閉じる。言われたことは簡単なことではない。

鳴くということは手牌の方針をある程度決めることになる。

 

鳴きを駆使するということは、自分の感覚と心中できなければ、なし得ない。

 

 

「わかった。やってみるわ」

 

 

結果的に、恭子はスランプを脱した。

それは多恵のおかげではないだろうし、多恵自身もそんな風には思っていない。

 

恭子は自分自身の力で、善野監督から受け継いだ超早和了りを、昇華させ、赤坂監督に買ってもらったのだから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

東1局は15巡目。

 

爽は怒っていた。

 

 

(スピードスター末原さんがすぐにツモ和了るかとおもったら、全然和了らないじゃん!!!!)

 

この局は早々にあきらめ、次の局からカムイを使うか判断しようと思っていたのだから当然だ。

 

恭子は早々と3副露し、手牌は4枚。

聴牌濃厚だと思った3者は、現物と、索子以外を次々打ち出す。

 

しかし、待てど暮らせど恭子から和了りの声は聞かれない。

それどころか11巡目には手出しで{③}が出てきた。

 

(染まってないの~?)

 

索子と字牌を絞っていた上家の豊音も流石に不審がっている。

 

姫子も不要な索子をなんとかくっつけて形にしてはいたが、あいにく、もう巡目が深すぎる。

 

 

(どがんなっとっと?!形式聴牌ばとるしかなか……!)

 

16巡目、恭子から手出しで{3}が出た。

下家の姫子がそれに食いつく。

 

「チー!」

 

切り出したのは安牌の{⑨}。

形式聴牌だ。

 

 

(毎回早和了りができるわけやない。そん時のために多恵から1つの引き出しをもらったんや。これは前半戦の幻影をつかった目くらまし)

 

恭子がこの技術を使えるのは自身の雀風も深くかかわってくる。

超早和了りの印象が強い恭子だからこそ、こういった変化球に、周りは対応ができない。

オリを選ぶ。

 

 

そして、17巡目。

 

「ツモや!6000オール!」

 

恭子 手牌

{6677} {西西横西} {9横99} {横111} ツモ{6}

 

歓声があがった。 

誰もが配牌を見てあきらめた手牌を、親跳に仕上げてしまったことに、観客も熱狂する。

 

『私たちは何を見せられたのでしょうか……スピードスター末原恭子!あの配牌を跳満に仕上げられる雀士が、この世界で一体何人いるでしょうか!』

 

恭子の人気は高い。

現実離れした奇跡を生む打ち手より、自分でもここまでは努力でたどりつけるんじゃないかと人々に思わせる打ち方が、全国でも人気だった。

 

 

爽がその和了形を見て冷や汗をかく。

 

(完全にやられた。最終手出しの{3}も和了形にまったく関係がないってことは、正真正銘さっき聴牌したんだ。早いと錯覚させて、その実、手牌はボロボロだったってことか)

 

完全に出し抜かれた格好となった3校。今までの牌譜にも恭子がこのような打ち方をするという記録はない。

また1つ、恭子の仕掛けの可能性として考慮に入れなければならなくなった。

 

 

 

 

(さあ、普通の麻雀しようや……バケモンども!)

 

どこまでも凡人を極めし凡人が、化け物たちの前に立ちふさがる。

 

 



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第31局 六曜

「ツモ。6000オール……!」

 

 

姫子 手牌 ドラ{⑤}

{③④赤⑤678二三四四四六七} ツモ{八}

 

(やっぱ止められんか)

 

『決まったあ!新道寺の鶴田姫子!東場の親で大きな大きな跳満ツモです!』

 

場は東2局に移っていた。

 

1本場に鍵がある時の姫子は強い。

恭子とのスピード勝負に物怖じせず挑んで、鍵を使える場面までなんとか持ち込んだ。

 

後半戦東2局1本場。副将戦で新道寺の白水哩が3翻を和了った局だ。であれば当然、リザベーションがかかっている可能性は高い。

 

3人は、姫子よりも背丈の高い大きな鍵を堂々と右手に振るう姫子の姿を幻視する。

 

 

(あはは、いいよ、それはもう織り込み済み)

 

猟奇的な笑みを浮かべるのは爽だ。

 

周りの3人が自分の跳満にカケラも動揺していないことを確認して、姫子もその表情を引き締める。

 

 

 

東2局2本場 親 姫子

 

(さあて、前半戦でけっこう使っちゃったけど、運よく休憩中に戻ってきた。いこうか、赤いの!)

 

爽の横から、もくもくと赤い雲が顔を出す。

爽から2着目の姫子までは2万点弱になった。

本来であればここからまくるのはなかなか骨が折れる作業。

しかし、爽のカムイはそれをいとも簡単にする。

 

 

 

7巡目。

 

爽以外の全員が、卓に起きている異常事態に気が付いた。

 

(なんやこれ、全員の河に字牌があらへん。ぎょうさん打てばこのくらいのことはあるかもやけど……ここはバケモンたちの見本市。警戒するにこしたことはあらへん……!)

 

7巡目が終わって、1人たりとも字牌を切っていない。

字牌暗刻を全員が持っていたり、染め手気配だったり国士にむかっていたりと誰も字牌を切らない局はたまに、ある。

しかし、全員が老頭牌は切っている。

とても国士の河ではない。

 

 

(獅子原さん、なにかやってるねー?)

 

この局の異常さは、豊音も感じていた。

 

豊音と姫子に1つの疑念がわく。

どんな能力かはわからない。が、もし自分の所にのみ字牌を集める能力なのだとしたら。

 

 

(役満……?!そんなん、親でやられたらたまったもんやなか!)

 

字一色。そうでなくとも、大三元や小四喜の可能性もありうる。

ここで役満をツモられると姫子が親ということもあり、1撃で48000点の差がつく。

そうなってしまえば、一気に準決勝進出の可能性は遠のく。

 

姫子に残された鍵はあと1本。

自力で生き残るしかない。

 

姫子はグッと唇を噛み締めた。

 

 

爽 手牌 ドラ{①}

{234東東東西白白白中中発} ツモ{西}

 

(ありゃー、そっちか。まあツモ倍だし、ここはこれで許そう。次の局、確実にキメに行く)

 

豊音と姫子が危惧したこととは少し違い、爽が使っているカムイは、自分の所に字牌を集めるカムイではない。

相手の手牌に字牌がいかなくなるように、カムイで操作しているだけだ。

もちろん、相対的に自分の手牌に字牌がくることが多くなるが、鳴きもできないので、必ずしも和了れる保証はない。

 

爽は大三元をあきらめて、{発}を切り出した。

 

 

(獅子原が字牌を余らせよった)

 

この局初めて河に字牌が出た。

卓内に緊張感が走る。

 

それを見て豊音が真剣な表情で手牌から捨てる牌を選ぶ。

 

「チーや!」

 

動いたのは恭子。自分のところに字牌がこないことで、通常よりも中張牌が来やすく、喰いタンへ移行しやすい。

手牌は悪かったものの、なんとか追い付くことに成功した。

 

恭子 手牌

{赤⑤⑥⑦6667六七八}  {横四三二}

 

(追い付いたで……!ここは和了らせん!)

 

(追い付かれたか。寿命(パコロ)がいないのが痛いな……でも、ここはゆずらないよ!)

 

視線の交錯は一瞬。

字牌が余ったということは役満までありうる。

ダントツトップの恭子といえども、役満は放置できない。

 

同巡。姫子が一瞬、逡巡してから{4}を打った。

しかし、その牌に声はかからない。

 

 

(当たらんか……!)

 

差し込み。

この場で役満ツモで48000の差がつくくらいなら、トップ目の恭子に放銃してしまおうという作戦。

姫子の意図も、恭子と爽は気付いていた。

 

 

 

(先にウチがツモるか、鶴田がウチに差し込む。獅子原には和了らせん!)

 

(差し込みか。これはいよいよ余裕はなさそうだね。ここで決める……!)

 

 

 

4校の勝ち上がりを大きく左右するこの局の軍配は、

 

 

 

 

「ツモ!」

 

 

爽 手牌 

{234東東東西西白白白中中} ツモ{西}

 

爽に上がった。

 

「4200、8200!!」

 

 

 

 

(倍満……!)

 

『有珠山高校のエース獅子原爽選手!!後半に入ってもその勢いは全く落ちません!!』

 

歓声が上がる。

 

丁度今はDブロックしか大将戦は行われていないので、注目度もCブロックより高くなっていた。

観客の熱狂が会場を揺らす。

 

 

 

モニターには現在の得点状況が順位ごとに映し出されていた。

 

南大阪  姫松    170000

南北海道 有珠山    82100

福岡   新道寺女子  76900

岩手   宮守女子   71000

 

 

 

 

 

 

「ウチが……最下位」

 

医務室でモニターを眺めるのは、白望と塞の2人だ。

もう塞は身体に問題はないが、控室に戻るまでの間に何かあったら嫌だということで医務室での観戦を続けている。

 

「有珠山の子……相当ダルそうだね……」

 

この友人は強さをダルさでしか測れないのかと思う塞だったが、今に始まったことではないので口は挟まない。

そんなことよりも、ついに宮守が最下位にまで落ちてしまった。2着までの点差は、11100。

僅差とはいえ、このまま有珠山に大物手を和了られ続けたら、勝負が決まりかねない。

 

「トヨネ……!」

 

塞にできるのは、祈ることだけだった。

目を閉じ、胸の前で手を固く握って願う。

 

いつになく真剣な表情の豊音が、モニター内で奮闘していた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

東3局 親 爽 ドラ{8}

 

(このままじゃ……みんなのお祭りが終わっちゃうよー)

 

理牌をしながら、豊音は自身の点棒を確認する。

今の有珠山の倍満ツモで最下位。

しかも今回の手牌の中にも、字牌はない。

 

配牌に字牌がないことなどザラにある……が、今回はむしろあってほしかった。

恐らく、恭子と姫子の手牌にも字牌はないだろう。

豊音はそう考えて、親の爽の手牌をにらみつける。

 

 

爽 配牌

{②④⑥35東東東白白発発中中}

 

(よっし、今度こそ大三元でキメる)

 

爽が{5}から切り出した。

あからさまな危険信号。爽の能力の特徴を考えれば、今回も手牌には字牌が集まっていると思ったほうがいい。切り出しも真ん中の牌。

 

ツモの前に、豊音は息を吐くと、覚悟を……決めた。

 

 

(……あまり使いたくなかったけどー……私を連れ出してくれた熊倉先生のため。みんなのため。やるしか……ないよねー……!!)

 

豊音の表情が、凶暴なものに変わる。

どす黒いオーラが、豊音にまとわりついているのを、恭子と姫子ですら感じていた。

 

(なんや?!急に姉帯の雰囲気が変わった……?!)

 

爽も、先ほどまでの余裕な表情が消える。

 

(ありゃりゃ、起こしちゃいけない人を起こしちゃったかな……?)

 

 

 

 

 

 

東3局 11巡目。

 

(あっれえ~、全然有効牌こないんだけど?!)

 

爽の額に、冷や汗が流れる。

爽の手牌は、

 

爽 手牌

{④⑥⑧35東東東白白発発中中}

 

8巡目に持ってきた{⑧}を{②}と入れ替えただけ。

配牌から、ほとんど何も変わっていない。

爽はそのカムイの特性上、相手から字牌のポンはできない。というか、相手から字牌が出てくることがない。

 

 

(山に圧縮効いてるはずだから、何枚かは字牌持ってきていいはずなんだけど……それよりも、宮守以外がほぼツモ切り……姉帯さん、なにかやったね……!)

 

爽の言葉通り、姫子と恭子も、ひたすらにツモ切りの時間が続いていた。

そして何より不気味なのは、

 

豊音の河が1打目から手出しで{②③④}と並んでいることだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……一面子元禄」

 

「……?」

 

熊倉の言葉に、胡桃がはてなマークを浮かべる。

 

この局、豊音はでき面子の{③}から打牌をしていった。

手牌にあった唯一のでき面子を崩す。

通常なら考えられない行為。

 

「……六曜の中でも最も危険な曜日。それを扱うには当然リスクが伴うのよねえ」

 

六曜。豊音の能力は暦の六曜に依存している。

先にリーチを打たせることで必ず負けさせる先負のように。

 

それらの中で最もリスクが高く、その代わり牌への干渉が一番大きいモノ。

エイスリンも意味はまるで分かっていないようだが、静かにその言葉を聞いている。

そう。豊音が使った六曜は。

 

 

「……仏滅。仏だけではない、万物が滅ぶ日。その代償は、1からやり直すこと」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ツモだよ~、1300、2600」

 

14巡目 豊音 手牌

{⑥⑦23488一二三三四五} ツモ{⑤}

 

 

『姉帯豊音選手!後半戦最初の和了りです!これでまた2着争いはわからなくなりました!!』

 

 

豊音の和了形を見て、爽の顔が引き攣る。

 

(全体効果系??もし仮に全員に有効牌を渡さない能力だとしたら……ヤバすぎない??)

 

恭子も一瞬の内に、その力のおおよそを推測していた。

 

(いや、絶対やない。現にウチの所には何度か有効牌が来てるし……それに、あの最初の1面子。もしあれが代償なんだとしたら、配牌に1面子が無ければできん)

 

恭子が冷静に場の分析をした。次の局は待ってはくれないのだ。

何より次の局は、豊音の親だ。

 

悠長にショックを受けている場合ではないのは、恭子が一番知っている。

 

(全てを滅ぼすこの全体効果は、リスクが大きいし、他の力が使えなくなるけど……今はこれしかないよねー)

 

サイコロを回す豊音。

 

その様子を見ながらも、姫子も難色は示していなかった。

 

(むしろ、好都合。有珠山の大物手が決まりにくうなった。遅い決着は、歓迎や!)

 

哩からの鍵に絶対の自信がある姫子からすれば、自身にはあと8000点が確約されている。

であれば、それ以上離される可能性のある有珠山の大物手は絶対に許されない所だった。

 

(ホヤウを早めに切ったのは失敗だったか……?もうそろそろ、赤いのも霧散する。そしたらいよいよ、自力でやるしかないか)

 

 

点差が縮まって、大物手も出づらくなった。

豊音がいくらか有利ではあるが、ここからは、地力の勝負。

 

 

 

 

(みんなのお祭りは、私が絶対に終わらせない……!!)

 

(部長とんインターハイ、こんなところで終わっていいはずがなか!)

 

(まだ2回戦……けど出し惜しみはしてられない。悪いけど、全力で行くよ!)

 

 

 

3校の意地がぶつかる。

2回戦決着の時は、着実に近づいている。

 




豊音の仏滅の能力は改変してあります。


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第32局 友達

「多恵~。今なにが起こってるんか、わかるか?」

 

姫松高校控室。

モニターで必死に打牌を続ける恭子を見ながら、洋榎が多恵に解説を求めた。

 

現在大将戦は後半戦南2局。

南1局は大方の予想通り新道寺の満貫ツモで再び2着目に立った。

しかし、その新道寺の満貫ツモですら13巡目……かなりの時間を要した。

原因を作っているのは間違いなく宮守女子の大将。姉帯豊音。

 

そこまではわかっても直接働いている力がわからない以上、多恵も洋榎の問いに対して、「いや……」と答えることしかできなかった。

視線は常にモニターに向かっている。

 

(全体効果系のデバフ……?でも他にまったく有効牌が行ってないわけじゃなさそうだ。新道寺のコンボすらも遅らせるなんて……とんでもない力だぞこれは)

 

多恵も洋榎も、姫松が準決勝進出を逃すということは全く考えてない。点差もそうだが、ここから恭子が4、5万点近く失点するとは思えない。

しかし、準決勝に進むのは2校だ。つまり、この中の1校は準決勝でもう一度相手にする。

となれば、対戦校のチェックも欠かせない。世間から「常勝軍団」と揶揄される姫松だったが、メンバーの誰にも驕りは存在しない。

それは、誰よりも麻雀というゲームの恐ろしさを知っているから。

最後の最後まで、何が起こるかわからないのが麻雀だから。

 

それはしっかりとモニター内の戦いを見つめている由子と漫にも同じことが言える。

 

 

もし、仮に宮守女子が上がってきたら、恭子はもう一度この豊音と対戦することになるのだ。

当然、こちらからも分析はしておいてあげたい。

 

「恭子ちゃんの手に有効牌が全然来ないのよ~」

 

「末原先輩……!」

 

2人も心配そうだ。

赤阪監督も珍しくほっぺたに手をやりながら無言で見つめている。

 

「でも、大丈夫。恭子の麻雀は、幅が広いから」

 

(だよな、恭子)

 

多恵が恭子と過ごしてきた3年弱で、彼女に対する信頼は絶大なものとなっていた。

だからこそ、信じる。

2度やったら負けない。研究熱心な恭子が自分たち以上に今頭を回転させていることを、多恵は確実に感じていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

南2局 親 姫子

 

微差の2着目にたったものの、まるで安心ができない点差。

ここで1人誰か抜け出せば、この後の2局は有利に戦えることが確定している。

 

(なんとか2着目ば確保できた。ばってん、油断できる点差じゃなか。守っよ!必ず!)

 

不用意な放銃はできない。ここからは本当に繊細な麻雀が要求される。

 

一方で、爽も苦しんでいた。

 

(フリが戻ってきたのはいいけど、姉帯さんのせいで使えるタイミングが来ない……!残り3局の中で、使える所がきたら確実に仕留める……!)

 

爽の力も使いどころが非常に難しい。中でも条件が厳しいフリカムイとなると、勝負所を見極める必要があった。

更に未だに豊音の仏滅は継続中。有効牌が思うように来てくれない。

 

スピードに重きを置く恭子を封じられれば、当然有利なのは豊音だ。

 

「ツモだよ~500、1000!」

 

豊音 手牌 ドラ{3}

{①②③35888二二七八九} ツモ{4}

 

かといって、豊音も楽ではない。まず最初に1面子を崩すことができて、更にはこの力は赤等に頼ることができない。

打点の種が足りなくなるこの力は、使いどころをかなり選ぶ。

が、今この瞬間は間違いなく豊音にとってプラスに働いていた。

 

南3局 親 爽

 

豊音の河に、また1面子が並んだ。

黒いオーラが、また卓内を包み込む。

 

(くっそ!!親番でもやらせてくれないのか……!形聴(ケイテン)でもいい!必ず1本場につなぐ……!)

 

爽が苦しんでいるが、豊音も苦戦していた。3着目にはなったが、オーラス親ということも考えれば、ここで3着目と4000点以上離れた2着目に出たい。

 

しかし自分の手も1面子を犠牲にしているので決して早くはならず、赤が無いので打点も作りにくい。

流局を考えればリーチも打ちにくい。

それでも。

 

 

この局も豊音が深い16巡目に制した。

 

「ツモだよ……!1000、2000!」

 

豊音 手牌 ドラ{7}

{②③④⑥⑥45668七七七} ツモ{7}

 

『宮守女子、姉帯豊音!!粘ります!!形式聴牌を入れていた親の有珠山を振り切って2連続和了!!2着目との点差はわずかに1400!!オーラスを迎えます!!状況を確認しましょう。現状2着目は新道寺女子、無論なんでも和了れば2着で準決勝進出です!3着目は宮守女子!親の最低点数である1500点の出和了りでもまくることができるので、こちらも和了り条件!少しだけ苦しくなったのは有珠山でしょうか?!2着目の新道寺との点差は7600点差!満貫の出和了か、6400のツモ和了りでまくりになります!』

 

会場のボルテージは最高潮。

麻雀というゲームの性質上、オーラスにはもうほとんど着順が決まっているようなことも珍しくない。

それもこのような団体戦、10万点持ちとなればなおさらだ。

しかし今回、3校に準決勝進出の目が現実的な点差で残っている。

少し離れている有珠山の爽だって、この大将戦を見ていた人たちならたやすく超えてしまいそうという感覚があるだろう。

 

豊音がサイコロを振る前。

高校のインターハイでは珍しい、条件の確認が行われていた。

もちろん会場のアナウンスは選手たちに聞こえていないので、各々が条件を確認する必要がある。

 

「OK、ありがとう。じゃあやろうか、こんなに楽しい麻雀は、久しぶりだ」

 

もう和了り条件の豊音と姫子は手早く。爽もそこまで時間をとらずにメモを書き終え、親の豊音に声をかけた。

その表情はとても楽しそうで、無邪気だった。

 

(ここさえ……ここさえ乗り切れば部長と準決勝や……!)

 

姫子の表情も硬い。いくら強豪校の大将を任されてきたとはいえ、ここまでの接戦は記憶にない。

鍵もない。横移動で2位抜け……は、ほぼありえない。希望的観測でしかない。

とすれば、自分で、やるしかない。

 

(みんなとのお祭り……!まだ終わらせないよー……!)

 

運命のサイコロが回る。親の豊音が和了り条件で、和了りやめアリのルールなので、泣いても笑っても、これが最後。

 

南4局(オーラス)が始まった。

 

 

南4局 親 豊音 ドラ{2}

豊音 配牌

{①⑥⑦⑧12358三五七九発}

 

(きたよー……!!)

 

配牌2面子。これ以上ない展開だ。これでどこか1面子を崩し、全体に仏滅をかけつつ、速度もある程度ある。ドラはいらない。

そう割り切れれば、豊音にとってかなりいい配牌だった。

迷いなく、{1}から切り出す。

 

豊音にとって、計算外だったのは、ここからだった。

 

 

 

 

 

「……チー」

 

(……?!)

 

跳ねるように豊音が下家を見る。

冷酷ともとれる眼差しで、恭子が手牌の2枚を晒す。

豊音の目が驚愕に見開かれる。

 

まずい、と熊倉が言ったのを、何人が聞き取れただろうか。

無情にも、豊音によって河に放たれた{3}は下家の恭子の手によって奪われる。

 

(仮に1面子崩すことが条件なんやとしたら、これで有効牌はくるはずや。悪いな姉帯。恨みはないんやけど……上がってくるにしたらサンプルが少なすぎるし、ここで敗退するなら、それはそれでウチは構わないんや)

 

残酷。ともとれるだろう。

しかしこれは先ほどからできるなら試してみたいと思っていた恭子の1つの条件だ。

もし仮に、3打目までに1面子を河で作れなかったら?

その答えは、もう豊音の顔を見ればわかったようなものではあったが。

 

これに助けられたのは姫子と、爽だ。

 

(末原さんには感謝だね……そんでもってこの配牌……!)

 

爽 配牌

{①③赤⑤⑨247三東南北北西} ツモ{⑧}

 

満貫条件としては、あまりよくはない配牌、しかし爽にとっては、これ以上ない配牌だった。

 

(来い……!フリ……!私に力を貸してくれ!!)

 

瞬間、鷹のような生き物が爽の後ろに現れる。

 

(フリが、自風以外の風牌を呼び込む……!)

 

爽がオーラスに何かをしかけてきたことは、姫子も豊音も理解した。

しかし、それ以上に豊音が精神に受けたダメージは大きい。

 

震える手で持ってきた牌を自分の手牌の上に乗せる。

 

豊音 手牌

{①⑥⑦⑧2358三五七九発} ツモ{六}

 

まだ、戦える形ではある。しかし、本当に戦えるだろうか?

 

最後の最後で、仏滅すら止められた。

他の六曜は、仏滅のせいで今は使えない。

 

なにもできない、凡人な私に、ここに座る価値はあるのか?

 

頭の中を、ぐるぐると思考がめまぐるしく回る。

心なしか、息も上がってきた。

 

(みんな……ごめんね……強くない私なんて……ッ!)

 

フッ、と豊音が顔を上げる。

強くない私。そこまで言って、自分が宮守に来てまだ1週間の頃を思い出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「今回は、普通に打ってみようか」

 

熊倉先生に突然言われたのは、能力を使わない麻雀。

いつもは皆と打つ時も能力を使い、かなりの勝率を上げている。

しかし今日は能力を使わずに打てとの指示。

 

結果は、ラスだった。

 

「トヨネラスなんて珍しいね~!」

 

「たまたまでしょ……ダルい……」

 

塞も白望も、さして気にしている様子は無い。

しかし豊音からしてみれば、これは由々しき事態だった。

 

「うぐっ……ぐすっ……」

 

「トヨネ?!なんで泣いてるのー??」

 

一緒に打っていた胡桃がすぐ席を立つと、豊音の元までやってきて覗き込む。

 

「だって……みんなが仲間に入れてくれたのは……私が強いからで……強くない私なんて……みんなと一緒にいる資格ないかなー……って」

 

豊音には、根本的に人との交流が足りていなかった。

昔から気味悪がられ、忌み嫌われ、友達と呼べる存在なんていなかったから。

今回だって、得意な麻雀が強いから仲間に入れてくれたけど、もし力を使えない私だったら、仲良くしてくれるはずがないと。

 

そう、思い込んでしまっていた。

それは豊音が悪いわけではない。彼女の環境が、今までの生活が、どうしても思考を暗い方暗い方へと持って行ってしまう。

 

そんなとき、豊音のぐしゃぐしゃな視界の前に現れたのは、1枚のホワイトボード。

そこには、豊音を中心に、宮守のメンバー皆が集まって仲良くしている絵が描かれていた。

 

ホワイトボードを差し出されたほうを見上げると、エイスリンが、笑顔でこちらを向いている。

 

「トヨネは考えすぎ!シロもエイちゃんも私も、トヨネの友達!そんなことで、見捨てたりしない」

 

「私はっ?!」

 

塞の訴えは、残念ながら胡桃には届かない。

それでも気を取り直して、塞もトヨネの前に立った。

 

「だいじょーぶ、これからは、ここにいる皆が、トヨネの友達で、仲間。麻雀が強いとか弱いとか……今までろくに4人打ちもできなかった私達からすれば、どーでもいいよ!」

 

潤んだ視界は、元に戻ることはない。

しかし今は、悲しみの涙ではない。

輝く笑顔で塞から言われた言葉は、トヨネの冷え切った心に、温かさをくれた。

 

自分を必要としてくれる人がいる。

それがこんなにも嬉しいことだなんて、トヨネは知らなかったのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(そうだ……私が強いとか、弱いとか、そういうんじゃ、ないよねー……!)

 

豊音の顔に、意志が戻ってくる。

打牌する豊音の手に、もう震えはない。

彼女の手は『友達』によって繋がれている。

 

もう諦めたりしない。六曜は使えない、仏滅も効いていない。

それが……それが、どうした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

7巡目

 

爽 手牌

{③④赤⑤24東東南南西} {横北北北} ツモ{東}

 

(よしっ!フリのおかげで、順調に風牌が集まってる…!これなら満貫条件クリアできる)

 

爽の手牌は、このまま聴牌をとれば条件に足りない。

しかし、字牌多めの手牌なので、筒子に寄せればすぐに条件をクリアする。

 

{4}を切っていった。

 

「チー!」

 

それに反応したのは、豊音。

さっきまでよりも大きな声で発されたチーは、豊音の意志を表している。

 

8巡目。

姫子 手牌

{①②③赤⑤⑦78一一二九九九} ツモ{⑥}

 

(聴牌……!ばってん、役のなか……!幸いリーチしても宮守より400点上回っとる!)

 

「リーチや!」

 

こちらも負けていない。

姫子にも負けられない理由がある。

 

最高の先輩と最後に一緒に戦えるインターハイなのだ。

こんなところで終わっていい道理など、ありはしない。

 

形は苦しかったが、追い付いた。

絶対にオリない2人がいる以上、出和了りだって十分に期待できる。ここはリーチだ。

 

 

豊音 手牌

{⑥⑦⑧56三四五六七} {横423} ツモ{6}

 

(追い付いた……!ダブル無スジだけど、行くよー……!)

 

豊音にもここで引く選択肢はない。当然和了りに向かう。

{5}を勢いよく切り出した。

 

そして次巡。

 

爽 手牌

{③④赤⑤2東東東南南西} {横北北北} ツモ{西}

 

(来た……!絶好!フリのおかげで、勝算はかなりある!ドラ??知らないね!振り込んで、消し炭になれ!!)

 

爽は人生で一番強く{2}を切った。当てれるものなら、当たってみろ。

 

強打はマナー違反。しかし、観客にも、控室にも、咎める者などいない。

それほどにまで、この卓の熱気は最高潮に達していた。

 

爽は体の中に湧き上がる熱いなにかを感じていた。

インターハイに来られなければ、絶対に味わえなかったなにか。

 

チームメイトには感謝している。無理言って団体戦出場に、付き合ってくれた皆に。

今こんなに血湧き肉躍る戦いができているのだから。

 

役者は揃った。3人聴牌。

 

 

(((めくり合い……!)))

 

 

 

姫子がツモ山に手を伸ばす。

 

 

 

 

 

 

「姫子ッ!!!」

 

「姫子!!!ここで決めれば、最高にすばらですよ!!」

 

 

 

 

爽がツモ山に手を伸ばす。

 

 

 

 

 

「ぶちかませええーー!爽ああ!!!」

 

「爽先輩!!!」

 

 

 

 

豊音がツモ山に手を伸ばす。

 

 

 

 

 

 

「トヨネ……!」

 

「トヨネ……お願い……!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ツモ……!」

 

 

 

後に今大会のベスト対局の1つともいわれる2回戦大将戦が、終局した。

 



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第33局 反省

全員の呼吸が荒い。

姫松はオリ気味。

であればこの局を制した者が準決勝への権利を得られる。

 

全員聴牌は覚悟の上。

永遠にも感じられるその時を、観客も、控室も固唾を飲んで見守っていた。

 

そして、必ず、終わりは来る。

 

 

 

「ツモ……!」

 

開かれたのは。

 

 

 

 

 

 

豊音 手牌

{⑥⑦⑧66三四五六七}  {横423}  ツモ{二}

 

 

 

 

 

 

 

 

 

豊音の手牌だった。

 

 

 

 

最終結果

 

姫松 163200

宮守  83200

新道寺 80600

有珠山 73000

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『こんなに長く感じた1局があったでしょうか!!!大接戦を制したのは、宮守女子、姉帯豊音!!これを受けて、2回戦Dブロックからの勝ち上がりは、姫松高校と、宮守女子高校に決定です!!!』

 

 

 

 

 

 

対局終了を意味するブザーが鳴り響く。

恭子は、一息つくと、自身の手牌を閉じた。

どこが勝ってもおかしくなかった。ただ、豊音に関しては、オーラス1打目をチーした時に、諦めたような気配を感じていた。

ふっきれたのか、それとも。

 

(支える何かがあったのかもしれんな)

 

喜ぶ、というより安堵の表情を浮かべる豊音を見て、恭子はそんなことを思った。

麻雀は1人でやる競技。だからこそ、ここぞという時の仲間の存在の大きさは、測り知れない。

強敵が残ったな、と恭子は思った。

 

 

「いやあ~っ!……楽しかったな」

 

大きく伸びをして、天井を見上げる爽。

彼女もまた、悔しさよりも、明るいいい表情をしていた。

もとより出れるはずのなかったインターハイ。

この舞台でここまで楽しい対局ができたことは、爽にとっては願ってもいないことだった。

 

吹っ切れていそうな爽に、恭子が声をかける。

 

「獅子原、バケモンすぎや。最後だってバカでかい手張ってたんちゃうんか」

 

「和了れてもいない手を対局者に見せるのはマナー違反だよん。いや~強かったよ、末原さん」

 

(ま、それでも欲はでちゃうけどねぃ。ここまできたら準決勝、行ってみたかったなあ)

 

彼女の大将戦トータルスコアは、+22800。

文句なく大将戦区間トップの成績だ。

大会運営も、このメンバーでこの成績は爽を放ってはおかないだろう。

 

「……ッ!」

 

一向に上を向かないのは、姫子だ。

彼女の制服のスカートに、大粒の涙が落ちる。

 

終わってしまった。哩と戦える最後のインターハイが。

北九州の強豪として、全国2位の姫松と当たったとはいえ、2回戦で姿を消すなどあってはならないことだった。

 

 

(……)

 

恭子はその場を静かに去る。

今の姫子に声をかけるなど、その言葉がなんであったにしろ侮辱になりかねない。

励ましも、賞賛も、無意味だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ただいま戻りました」

 

扉を開けた先では、姫松のメンバーが恭子の帰りを待っていた。

 

「おかえり~」

 

「お帰り~!お疲れ様!」

 

「おかえりなのよ~」

 

モニターではDブロック2回戦のハイライト映像が流れている。

これだけ接戦の試合だったのだ。ハイライトも長くなるだろう。

 

「予想以上に強かったわ。普通の麻雀させてーな……」

 

ソファに腰を下ろす恭子。

あれだけの猛者たちを相手にしていたのだ。疲労困憊なのも仕方がない。

 

「恭子は一番疲労があるだろうからゆっくり休んで。対戦校の研究はこっちでやってるから」

 

多恵がソファに座った恭子に対して後ろからのぞきこむように声をかける。

表情には明らかに疲れが見える。どれだけ疲れていても準決勝の日程は待ってくれないのだ。

 

 

「いや、大丈夫や。みんなが点数稼いでくれたおかげで余裕持って打てたわ」

 

恭子の本心だった。もし仮に点差が無い、または1万点以内だった場合、標的にされていたのは自分だっただろう。

もし仮にそうなっていたら、自分はあの面子を相手に勝ち切ることができただろうか。

こんなのは想像でしかないし答えはでない。

それでも恭子は苦戦は免れなかったであろうことは容易に想像ができてしまった。

 

「それなんやけど~」

 

先鋒戦から大将戦までの牌譜を見ていた赤阪監督がこちらの会話を聞いてフラッと選手たちのほうへ来る。

赤阪監督は基本3年生たちを信頼していて、あまり打ち方について口を出してこない。

それよりも次の対戦相手を見てそれにあった練習相手をチューンしてくれることが、選手たちにとってはとてもありがたかった。

 

「大将を末原ちゃんに任せたときに~点数マイナスになったら罰ゲーム~とか言うてなかった~?」

 

思い出すのは初めて恭子が大将に任命されたときのこと。

点数計算と条件戦の強さに秀でた恭子が大将に任命されるのは割と予定調和だったが、恭子自身が自信をもっていなかったために、自らつけた枷。

みんなが作ってくれた点数を減らしたら、罰ゲームを受ける……と。

 

「確かに、恭子の大将戦区間スコアはー2800やな」

 

恭子が公式戦で点数を減らして帰ってくるのはいつぶりだろう。

多恵もそういえばといった様子で考える。

それだけ、今回の相手は強敵揃いだったということに他ならない。

 

 

「そ、それは去年の話やないですか!2年生で大将任された時に決めたきまりであって今は……」

 

確かに、今大会が始まる時にはメンバーも誰1人覚えていなかった。

もう十分自覚を持って戦えているし、そんな枷を負う必要はないと。

 

そもそも麻雀でマイナスになったら罰ゲームという条件は厳しすぎる。

 

しかし、そこを忘れないのが赤阪郁乃。

そしてもう1人、目を輝かせている人物がいた。

 

「え!!末原先輩もデコに油性ですか?!」

 

「油性なのよ~」

 

何故か由子もノリノリだ。

恭子は思った。漫ちゃんはともかく、私なにか恨み買うようなことしたっけ、と。

疑心暗鬼になる恭子に、後ろから怪しい影も近づいてくる。

 

「因果応報……!」

 

「多恵?!顔怖っ?!」

 

多恵も恨みを忘れていなかった。

 

しかしそれらの怨念は、赤坂監督によって止められる。

 

「油性もええけど~末原ちゃんにはとっておきがあるんよ~」

 

赤阪監督の言葉に、動きを止める一同。

多恵ももうキャップを外して準備万端だった油性ペンをひっこめる。

 

恭子はものすごく嫌な予感がしていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「じゃじゃーん!!」

 

可愛い恭子がいた。

いつものできる女っぽいパンツ姿ではなく、可愛らしいスカート。

髪には大きめのリボンがついている。

 

「お~」

 

「末原先輩!!めちゃくちゃ可愛いですよ!」

 

洋榎と由子は感嘆の声を上げ、漫もおおはしゃぎだ。滅多に恭子のこんな姿は見れない。同級生に見せなきゃ!とケータイを構えた漫はひっぱたかれていた。

その速度は、まさにスピードスター。

 

罰ゲーム?と思われるかもしれないが、当の本人はめちゃくちゃ嫌がっていた。

 

「……死にたい」

 

静かに右下を向く恭子。表情は明らかに死んでいる。

人生1番の屈辱だ。

追い打ちをかけるように赤阪監督から驚きの一言が飛び出す。

 

「これで~次の準決勝は出てもらおうかな~」

 

「え、ちょ、は?!話違いますよ?!」

 

今この瞬間ですら地獄なのに、この格好でテレビ対局に出るということは、恭子にとっては生き地獄同然だ。

 

断固お断りといった感じの恭子に、後ろからポンポンと肩を叩くのが1人。

 

後ろを振り向くと、まじめな顔で多恵が立っていた。突然サムズアップすると、一言。

 

「……世界一可愛い」

 

「~~~~~~!!!!////」

 

耐え切れないといった様子で思い切りリボンを外し、机にたたきつける恭子。

 

「何ゆーとんねん恥ずかしい!!ウチに可愛さとか、いらんのや!!」

 

「えーめちゃくちゃ可愛いのにー……」

 

多恵は割と本心だった。

男の感覚などほぼ消え去っているにも関わらず、一瞬目を奪われるほど。

 

いつも着飾らない恭子のギャップも相まって、とても可憐な印象を抱かせる。

 

多恵のデジタル脳は冷静に分析していた。

 

「でもデコに油性よりええやないですか!末原先輩がそのカッコで出てくれるなら、ウチ頑張りますよ!」

 

屈託のない笑顔でそう言われては、恭子も力が抜ける。

諦めたように壁に手をついて一言。

 

「……準決勝だけやからな……」

 

わーいとメンバー全員で喜んでいた。

 

 

 

 

 

 

 

モニター内でもハイライトが終わり、赤阪監督と、エースということで洋榎がインタビューに駆り出された。

控室には残りのメンバーでモニターを眺めている。

 

Dブロックは終わったが、Cブロックは自動卓の故障などトラブルも相次ぎ、まだ中堅戦が始まったところだ。

次の対戦相手をマークするという意味でも、研究は欠かせない。

先ほどまでの雰囲気はなくなり、一転、真剣な表情でモニターを眺めるメンバー。

 

「まだギリギリ、晩成がもちこたえとるな。けど、もし例年通りの力しかないようやと……食われるやろな」

 

恭子の意見はもっともだった。

先鋒戦の様子は見れなかったが、どうやらやえが稼いだ点数は4万点ほど。

臨海女子もかなり離れていることもあって、他校の矛先は明らかに2位の晩成に向かっている。

 

「晩成のオーダー、ここから1年生2人なのよ~」

 

大会パンフレットを見ながら、由子が少し驚いたようにメンバー表を見つめる。

麻雀はあまり学年が関係ない競技なので珍しいことではないが、3年が先鋒の小走やえだけというのは珍しかった。

 

「1年生……って、あれ、やっぱり憧か……!」

 

1人だけの下級生ということもあって、お茶を淹れに行っていた漫が戻ってくる。

モニターで戦う晩成の生徒を見て、漫が目を見開いた。

 

「漫、知ってるの?」

 

「合同合宿でちょっと……」

 

関西の高校は、1年生同士の交流もかねて合同合宿が行われる。

漫は実はその時に憧と対局経験があった。

 

「新子は、強いです。タイプとしては、末原先輩と同じ鳴き重視なんですけど、本質はちょっと違うっていうか……」

 

恭子がその言葉を受けて、晩成の1年生を見つめる。

正直恭子は晩成が2回戦を勝ち上がるのは厳しいだろうと考えていた。

やはり総合力で臨海と永水に劣る、と。

 

しかしもし仮に晩成が上がってくるとしたら、2回戦のような展開は望めない。

2回戦で大量リードを稼いだ多恵だが、もし晩成と当たるならやり合う相手は、言わずと知れた晩成の王者だ。

苦戦を強いられるだろう。

 

当の多恵は、真剣な表情で。

けど、どこかに期待しているような眼差し。

 

「……やえ、やえがやってきたことがどのような変化を後輩にもたらしたのか。見させてもらうよ」

 

 

どんな相手でも死力は尽くす。

 

けど、団体戦の先鋒戦で、親友のやえと戦える日が来るのなら。

 

多恵にとって、そんなに嬉しいことはなかった。

 

 






恭子のスーパー凡人スタイル、世界一可愛いですよね(?)




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第34局 1年生

 

――――――時は遡り、7月の頭。

 

 

関西麻雀連盟主催の、1年生合同合宿の季節がやってきた。

基本インターハイが決まっているメンバーは合同合宿には参加しないのが恒例なのだが、今年はたまたま日程的に3日目からは参加できそうだったので、恭子や多恵の推薦もあって漫は関西合同合宿に参加することになっていた。

 

この時期にチームを一時的に離れるのは痛いが、それ以上の経験ができるかもしれない、と洋榎に言われたことも大きかった。

 

確かに同学年と交流ができるまたとないチャンスであるし、漫もお言葉に甘えて参加することになったのだ。

 

3日目ということもあって、もうグループ分けが済んでいる。漫は特例、姫松のレギュラーなので、1番上のグループに入れてもらっていた。

しかし、ここで問題が生じた。同じく1年生に、団体戦のメンバーに入っている子がいるらしい。

直接対決になるかはわからないが、もし全国で当たる可能性があるのならこのインターハイ直前での対局は好ましくない。

 

ということで、グループは別々にし、夕方以降の自由時間で、牌譜検討はしてもよいというきまりになった。

 

 

 

 

 

 

 

漫にとって、初日の対局が終わった。

 

 

「ボロボロやんウチ……」

 

漫は泣いていた。満を持して姫松のレギュラーということで参加した漫だったが、結果は散々。

何故か他校の生徒に励まされる始末。

 

(末原先輩と多恵先輩にせっかく送り出してもらったのに、成果なしでしたー、はしゃれにならんで……)

 

日程は明日の最終日を残すのみ。

漫としては1つでも多くの経験を収穫してインターハイに活かしたかった。

 

そんな時。

 

 

「おーい、姫松の、上重さんだよね?」

 

そんな悲嘆にくれる漫の後ろから、呼び止める声。

姫松の同級生と牌譜検討をしようと部屋に戻る途中だったので、今は漫は一人だ。

後ろを振り向くと、旅館の寝間着である浴衣姿がよく似合う、茶髪をロングに流した女子と、同じく茶髪で、少しでこを出すように前髪を左に流したセミロングの女子。

もちろん漫に見覚えはない。

 

「えーと、どちら様やっけ?」

 

「ごめんごめん、私、晩成の新子憧。そんでこっちが……」

 

「岡橋初瀬よ」

 

晩成、と聞いて漫の表情が変わる。

今年も奈良の代表校は晩成。奈良は正直晩成の1強といって差し支えないだろう。

そしてその晩成に、今年1年生レギュラーが2人いる、というのも聞いていた。

 

 

「私達、対局はできないから、牌譜検討だけでも一緒にどうかなーと思って」

 

この提案に、漫は一瞬迷う。

もちろん、この2人の情報を得ることができるのはプラスだ。

しかし同時に少なからず自分の情報も相手に与えることとなる。

それを天秤にかけて、漫は1つの結論に至った。

 

 

(ウチ今日ボロボロやし、1個もええとこなかったわ)

 

与える情報なんてなくね?と。

漫は自分自身で、ゾーンのようなモードに切り替わったことを自覚できる。

今入ろう!といって入れるものではないので使い勝手は悪いが、そこは先輩たちも一緒に親身になって検討してくれている。

とにかく今はこちらが渡す情報よりも、相手からもらえる情報の方が大きいかもしれない。

そう思って漫はこの提案を受け入れることにした。

 

 

「ええよ。じゃあ、ミーティングルーム1でええかな?」

 

「やった!おっけー!」

 

漫は一旦自室に戻って同級生たちに晩成の子たちと牌譜検討をする旨を伝えて、ミーティングルームに向かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

合同合宿は、日中は基本対局ばかりだが、夕方からは自由時間になる。

その時間に、自主練するもよし、他校の生徒を誘って対局するもよし、女子会に興じるもよし。

 

交流が主な目的なので、そのあたりはかなり緩かった。

これを機会に他校の生徒と仲良くなる生徒も少なくない。

 

 

そんな中で、ミーティングルームでは早速牌譜検討が行われていた。

 

 

「岡橋さん、これツモ切りしたんだ……強気だね」

 

「初瀬でいいわよ。どれどれ……あーこれは確かに良くなかったかな?」

 

初瀬が2家リーチを受けた場面。鳴いての満貫聴牌をとっていた初瀬は、一発目に両者に無スジの牌を切っている。

漫は多恵にこの数か月間叩き込まれた知識をフル稼働させていた。

 

「局収支的にはどうやろな……通ってるスジもかなり多いし、この{4}はかなり放銃率高いんちゃうかな?2人に通ってないってこと考えたら20%くらいにはなりそうや」

 

「へえー姫松って結構理論立てて考える感じなんだ?」

 

憧が2人の会話に入ってくる。

もちろん、晩成も最低限の知識はつける。しかしそれよりも実践で培われる経験の方を重視する風潮があり、あまり深くまでは勉強しない。

 

「というか、ウチは多恵先輩……倉橋先輩に教わってるから、ってのもあるかもしれんわ」

 

「え、マジ?確かにやえ先輩が言ってたわー多恵は局収支とかにうるさいって」

 

憧が笑ってそう答える。

 

倉橋多恵も小走やえも、関西で麻雀をやる者にとって知らないものはいない。

むしろ全国的に見ても知らない人はいないといっても過言ではないだろう。

それだけ去年のインターハイ個人戦が与えた印象は大きかった。

 

 

(この子……小走やえに直接教えてもらってるんか……?)

 

漫のイメージからすると、小走やえは孤高の存在。クールなタイプで、後輩の指導はしなさそうなタイプだと思っていた。

 

多恵からたまに小走やえの話を聞くが、それもだいたいが「やえが冷たい」とか「やえに怒られた」とか「やえに呼び出された」とか。

もしかしてこの先輩弱みを握られているのでは?と思った始末だ。

 

とりあえず先ほどの話は若干オリ有利ということで話は終わり、今度は憧の対局で漫が不思議に思った局面を指さす。

 

 

「新子さん、これなんやけど」

 

「憧でいいよ!私も漫って呼ばせてもらっていい?」

 

漫は圧倒的「陽」のオーラを感じていた。こいつ、コミュ強だと。

なんか負けた気分になる漫だが、コミュ力と雀力は比例しない。

そう言い聞かせて牌譜を改めて指さした。

 

 

東3局2本場 3巡目 憧 手牌 ドラ{⑧}

{①②④1368二八東東南北}

 

供託2本があるこのシーン。

憧は南家、{東}は場風牌に当たる。

 

「憧……はこの{東}を1枚目から鳴いとるけど、ウチやったら鳴かんと思う。形も悪いし、様子見しそうやな……」

 

漫の意見はもっともだ。鳴くということは手牌を短くすること。すなわち防御力の低下を招く。

ここは面前で打って、相手にリーチを打たれた時は{東}を対子落とししていくことも考えられる場面だ。

 

しかし、憧から出てきたのは意外な発想。

 

 

「え、これ2枚目鳴くの?」

 

1枚目を鳴くことを何も不思議に思っていない顔に、逆に漫がたじろく。

初瀬は「いつものか……」と言っているが、漫には理解できない。

面食らってしまった漫だが、一応食らいつく。

 

 

「ほ、ほら、この後対面から11巡目にリーチがかかる。対して憧はこの聴牌でリーチの一発目に無スジ押しとるけど、これ怖くないんか?」

 

 

憧 手牌

{11678七八} {横③②④} {東横東東} ツモ{三}

 

このシーン。

憧は聴牌を入れてはいるが、1000点の聴牌。

比較的安全そうな{1}で回るとか、安牌の{七}を切ってオリ気味に打つ、など、打ち手によって様々な選択があるだろう。

しかしこれを憧はツモ切りで押し、とした。

 

「え、でもでも、供託2本落ちてて、リーチかかったから3000点落っこちてて、私の手が1000点だから、これ4600点の手だよ?だいたい押しでよさそうじゃない?」

 

「そうは言うけどやなあ……」

 

言っていることは理解できる。

しかしそれを実行できるかどうかは別だ。

誰だってリーチの一発目に無スジを切るのは怖い。

頭でこれが押し有利だとわかっていても、当たる確率が0なわけではない。

当然ロンと言われることだってあるだろう。その時に一発という役がついてしまったら。

この赤4枚のルールではだいたい満貫以上は覚悟しなくてはならない。

 

 

「憧はこういう奴なんだよね。高校入ってから考えかた固くなったっていうか……」

 

「初瀬、こういう奴って失礼じゃない?」

 

2人のやりとりを聞きながら、漫は漠然とした危機感を感じていた。

今日の対局結果だけ見ても、この2人は自分とは違い、成績トップクラス。

そして今話しただけでも、確固たる意志のある麻雀を感じる。

 

 

(今仮に公式戦でこの2人と当たったとして、ウチは勝てるんやろか)

 

同世代にはそう簡単に負けない。

漫は今までそう思っていたが、どうやらそう甘くはないようだ。

 

牌譜検討は夜が更けて引率の教員に注意されるまで続いた。

 

 

 

 

合宿が終わり、帰りのバス。

窓際に座った漫の表情は暗い。

漫はその翌日も寝不足もあって良い成績を残すことができず、悲嘆に暮れていたのだ。

 

そんな時、外から声。

 

 

「漫~!」

 

「……憧、初瀬」

 

窓を開けると、下には昨日牌譜検討を共にした、晩成の生徒が2人。

 

今日も違うグループでの対局だったが、結局この2人は成績トップクラス。

初日から参加はしていないので参考記録になっていたが、それでも1年生の間で存在感は確かに示した。

 

 

「漫、私達マジで頑張るからさ、会おうよ、全国で!」

 

その言葉に目を丸くする漫。

姫松の同級生たちも、その言葉を聞いてざわついている。

 

姫松は、常勝軍団と言われるだけあって、毎年インターハイ団体戦は準決勝までは常連だ。

それに加え、今年の3年生は黄金世代とも呼ばれ、団体戦の優勝が期待されているほど。

 

対して、晩成は全国こそ常連だが、ここ数年、団体戦では2回戦にすらまともに出れていない。

3年生に小走やえという圧倒的エースが1人いるものの、総合力不足とされ、メディアからも団体戦での活躍は見込めない、そう書かれていた。

 

そのことを、この2人も知らないわけではないだろう。

それでも言い切った。全国で会おう、と。

 

関西地区の個人戦枠は激烈を極め、とても1年生が入れる余地はない。

それはわかっている、だとすれば、会うのは団体戦で、だ。

 

知れず、漫の口角が上がる。

この子たちの目は本気だ。

自分のように、先輩たちが強いから優勝を狙える、ではない。

本気で自分たちで歴史を変えようとしているのだ。

そのことが分かった瞬間に、自然と漫の体は震えていた。

 

 

「……せやな。ウチも、絶対負けへんからな!」

 

バスのエンジンがかかる。

出発時刻だ。

 

窓を閉め、手を振って2人に別れを告げる。

次会う時は、きっと全国の舞台で。

そんな予感を、漫は感じていた。

 

先ほどまでの暗い表情は、今の漫にはない。

 

せっかく恭子と多恵が推薦してくれたのに何も得られなかった、そう思っていた。

 

しかし、実はそんなことはなかったのだ。

確実にこれから3年間相手することになる、同世代のライバル。

その実力と意気込みを目の当たりにして、漫は少しだけ緩んでいた気持ちに喝を入れた。

 

 

(レギュラーに入れただけで、なにを浮かれとったんやウチは。公式戦で相手にするのは、全員格上。先輩たちの想いも背負って戦うんや。いくら時間あったって足りひん!)

 

 

 

これが漫にとって、これから長い間ライバルとなる、2人との出会いだった。

 

 




構想段階で、この話をやりたかったので、漫ちゃんを2年生に修正することができませんでした。
ご容赦ください。



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第35局 油断

新子憧は、面前派ではない。

 

中堅後半戦南1局。

 

Cブロック中堅戦は、後半戦に入っていた。

ネット記事では、ここでもう晩成が永水に捉えられるという予想が立てられていた場面である。

 

しかし。

 

 

「チー」

 

 

4巡目 憧 手牌 ドラ{2}

{②④⑨24一三五白発} {横768}

 

 

『うわあ、ここから鳴くんですね、この鳴き、どう評価しますか?三尋木プロ』

 

『わっかんねー。んまあ、本人的には「鳴かないよりは鳴いたほうがマシ」くらいの感覚だろうねい。本命は喰いタンだけど、役牌重なってもよし』

 

Cブロックの実況解説は、インターハイの実況の中でも人気が高い三尋木咏プロと、針生アナウンサーのコンビだ。

基本的にわかんねーか知らんしか言わないのでテキトーと思われがちだが、必要なところはしっかりと解説してくれる。

 

 

憧も恭子と同様に、鳴き仕掛けを得意とする雀風。

速攻を得意とするところは変わらないが、恭子と違うのは、副露率だ。

手が悪い時は鳴かない。たまにブラフの無理仕掛けもするが、それはかなり珍しい部類に入る。

守備力を考慮して、鳴かない選択を取ることも少なくない。

 

しかし憧は副露率が異常に高い。

速度至上主義はもちろんだが、高校に入って、やえからの教えを受け、そのスタイルは「どこかで一役を作る」ことに特化し出した。

 

鳴くことによってリスクは上がるはずなのだが、放銃率は以前とさほど変わらない。

 

 

『新子選手は鳴きの多い選手ですが、放銃率は低いんですよね』

 

『そうだねい。鳴き仕掛けが多い選手は基本放銃率も上がる。和了率も上がるけどねい。じゃあ、このコがなんで放銃率が上がらないかっていうと、当たり牌読みと速度読みに優れてるってコト』

 

 

へぇ、とどこかで解説を聞いていた守りの化身が挑戦的な笑みを浮かべている。

 

 

この仕掛けの多い憧が南家に座り、東家には永水の滝見春。西家に清澄の竹井久、北家に臨海の雀明華。

 

誰が厳しい状況になるかは、自明だった。

 

 

 

点数状況

 

永水  23300

晩成 140400

清澄  78200

臨海 158100

 

 

 

(うーん、困ったわね……)

 

久はここまで点数を減らしてはいないものの、増やすことにも成功していない。

2着の晩成との差は62200。久としては、この中堅戦でかなり差をつめるつもりだったのだが、この晩成の1年生にここまでは上手くかわされてしまっている。

永水もスタイル外の高打点狙いはなかなかうまくいかず、和了りに結びついていないようだ。

 

 

(と、いうよりこの世界ランカーを相手に晩成の1年生。まったく物怖じしてない。和が言ってたように、芯の強い子なんだわ)

 

久のチームメイトである原村和と、この晩成の1年生、新子憧は幼馴染らしい。

小さい頃だったので当時の麻雀のスタイルは参考にならないと言われ、特に情報はなかったが、自分の芯を強くもっている子だと。それだけ伝えられた。

 

 

 

 

「リーチ」

 

11巡目 雀明華 手牌

{①②③④⑤⑥東東南南北北北}

 

 

リーチがかかった。この対局何度目かもわからない、リーチ。

明華も少し違和感を覚え始めている。

 

 

(サトハからは晩成はあまり気にせず防御に徹しろと言われましたが……この学生、なかなかしぶといですね……)

 

臨海のチーム方針としても、ここであまり手の内を晒す必要はないということで、防御の指示が下っていた。

準決勝進出は当たり前だから、この先の戦いに備えろ、と。

 

だからこそ、ここまでこうして若干点数を減らしてでも我慢していたのだが、明華は世界ランカー。プライドに少しヒビが入っていた。

 

 

同巡 憧 手牌

{②③④22五六} {横645} {横768} ツモ{⑨}

 

 

明華の宣言牌は{⑧}。染め手っぽい河にも見えるので、当然周辺牌の{⑨}は切りにくい。

憧は少し考えてから、それでも{⑨}を切った。

 

明華の表情がまた、少し歪む。

 

 

『新子選手、ここは攻めていきました。かなり怖いところではないですか?』

 

『ヒュー!強気だねい。ま、タンヤオだし、{⑨}なんて回ったところで使えない牌だし?切ってもおかしくはないよねい。知らんけど』

 

 

その解説が終わるが早いか、リーチをかけていた明華から{四}が出る。

当たり牌だ。

 

 

「ロン、3900」

 

明華の手が止まる。

 

結局、この局もリーチをかけていた明華から直撃し、1位の臨海との差を詰めた。

 

 

(少し……指示とは異なりますが、攻めさせてもらいますか)

 

点棒をもらい、点箱に収める憧。

その作業の途中、明華がすう、と息を吸い込むのを憧は見た。

 

 

 

「ララララララ~ラララララ~ラーラーラララララララララ~♪」

 

 

突然の、歌。

 

 

(えええええ?!……びっくりしたあ……確か言ってたっけ、この世界ランカ―。普段は歌いながら対局してるって……)

 

突然の歌声にびっくりの憧。

久はそこまで驚いていなかったが、春などは目を丸くして大事な黒糖の袋が地面に落っこちている。

 

次の山が上がってくる頃に、歌声が止んだ。

 

 

(ちょっとしか歌えませんが、これで私も牌もノッてこれたでしょうか。わかりませんが……日本の学生を削る分には、十分なはず)

 

 

第一打を切り出した明華を見て、警戒心をあらわにする2人とは対局的に、久は悪い笑みを浮かべた。

 

(世界ランカーさんは晩成の子に気をとられてるわね。その足、すくってあげる)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あの、臨海の外人さんは、強いんですか?」

 

姫松の控室。

同級生が出ているということもあって、真剣な表情でモニターを眺めている漫が聞く。

 

もう監督も洋榎も帰ってきて、姫松は全員そろってCブロックの対局を見ていた。

 

 

「まあ、つまらんけど強いで」

 

つまらん……?と洋榎の言葉に疑問符を浮かべる漫だが、補足するように多恵が説明する。

 

 

「臨海の子たちはね、お互いが仲間であると同時に、お互いが敵なんだよ。だから、全力を出さない。手の内を見せない。それでもある程度勝てちゃうんだけどね」

 

臨海女子の留学生たちは、インターハイ団体戦では仲間だが、逆に言えば、インターハイ団体戦ぐらいでしか仲間ではないのだ。

世界ジュニアなど……基本は敵同士。だからこそ全力を出そうとしない。

それでも毎年決勝まで勝てていることが強さを表してはいるのだが。

 

洋榎からすると、そこが「つまらない」のだろう。

 

 

「せやけど、今回はどうやろな。ひいき目抜きに見ても、実力温存して勝てるような相手とは思えんで」

 

恭子がそうつぶやいたのと同時。

 

 

『臨海の雀明華から一閃!字牌単騎で12000を奪い取りました竹井久!』

 

 

久が、明華から12000の直撃を奪い取った。

他家のリーチを利用して、壁として持っていた風牌を引きずり出したのだ。

 

「お、やるやんけー。あの清澄の、相当できるんちゃうか?ウチと同じくらいできそうや」

 

洋榎のこのような発言には、驕りも、見下しもない。ただただ、純粋な評価。

これが自分の実力も、相手の実力も客観的に見ることのできる愛宕洋榎の強さの理由の一端。

 

一方、久が自分から悪い待ちを選んでリーチをかけているのを見た時、多恵は正気を疑っていたが。

 

 

「役牌シャンポンなら一発ツモだったあるあるを逆手にとる打ち手がいようとは……!」

 

「そういうんとはちゃうと思うのよ~」

 

中堅戦も佳境。

 

多恵はネットの巻き戻し視聴を使ってCブロック先鋒戦もあらかた確認した。

 

最後の最後で、辻垣内智葉に3倍満に放銃したところも。

準決勝でやえと対局することは、半分諦めていた。

しかし、ここまで晩成は予想外の善戦を見せている。これなら。

 

 

「やえの後輩達が切り開いてくれるとしたら、めちゃくちゃ燃える展開だよね」

 

 

自然と晩成を応援している自分に、多恵はやえと戦えるのを楽しみにしていることを自覚していた。

 

 

 

 

 

 

 

 

南3局 親 久

 

 

後半戦に入って、まともに和了れていない明華。

攻勢に転じた所をむしろ逆に3着目の清澄に狙われた。

 

 

(どうやら……甘く見ていたのは私の方みたいですね)

 

 

失った点数が増えてしまった。

これは控室に帰ってもおしかりは免れないだろう。

少しでも取り返すため、明華は攻めに転じる。

 

 

 

 

7巡目 明華 手牌 ドラ{⑧}

{④赤⑤⑥⑦⑧南南南東東} {発横発発} ツモ{3}

 

 

ダブ南暗刻の跳満確定手。

明華は対面に座る憧の河を眺めた。

1つ鳴きを入れて、前巡に{赤5}をツモ切り。

タンヤオ仕掛けであることは明白で、役牌はだいたい見えている。

 

ならば、とためらいなく明華は{3}を切る。

 

が、今回も、憧が1枚上手を行った。

 

 

「ロン」

 

「……ッ?!」

 

 

 

憧 手牌

{②③④⑧⑧45赤五五五} {横六七八}

 

 

「8000」

 

 

『ここで2位の晩成が、1位の臨海から満貫直撃!なんとなんと大方の予想を裏切り、晩成がトップに立ちました!』

 

『今のは赤ウーをツモ切った晩成の作戦勝ちだねい。後の打点アップを見れば残したいけど、ここでの手出しの{5}は目立ちすぎるからねい』

 

 

(この1年生……本物だわ!)

 

久も和了形を見て驚愕する。

自分の悪待ちとは違う。精密に計算された、出和了り率を高めるための罠。

それが3着目の自分にではなく、トップ目の臨海に向いていること。

 

 

(……どうやら私達、勘違いしてたみたいね)

 

 

驚きと同時に、久は1つの結論にたどり着いた。

 

おそらくこの試合、見ている側も、対戦相手である久たちも、全員が勘違いしていたということ。

 

臨海も、清澄も、永水だって勝手に思い込んでいた。

 

 

 

晩成は、必死に()()を守りにくる、と。

 

 

 

 

 

 

(小走やえ率いる私達晩成が準決勝進出のため2位を死守する?笑わせないでよね)

 

 

憧の目に、炎が宿る。

いつからそうだったのか、はたまた最初からだったか。

 

 

(私達は()()()()()を勝ち取りに行く!守らない。最後まで私達の麻雀を貫く……!)

 

 

小走やえが撒いた種は、確かに息吹いた。

 

そして今、大輪の花を咲かせようとしている。

 

 



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番外編2 クラリンVSのどっち

原村和はネット雀士である。

 

デジタルこそ至高であるという思想の持ち主である彼女だが、その思想を、実績で裏付けている。

日本最大のネット麻雀サーバーである「雀鵬」において、彼女のアカウントである「のどっち」は伝説と言われるほどの成績を残していた。

 

そんな彼女にとって、最近の日課になりつつあること。

 

 

(今日も全連対……悪くないですね……あら)

 

対局終了画面。

今日も和の成績は上々。しっかりと連対をキープしている。

 

時刻は丁度19時。

画面横に通知用のポップアップが表示された。

 

 

(ちょうどいいタイミングですし、今日のクラリン先生の動画を見ることにしましょう)

 

クラリン。

麻雀講座系Youtuberの先駆けとして一躍有名になった人物で、公開はしていないが、年齢もおそらく和とそう変わりない。

にも関わらず、和も知らない戦略やデジタル知識を披露してくれる。

和にとっては先生と言うべき存在であり、尊敬の対象となっていた。

 

 

(今日は上級者向け講座ですか、たのしみですね)

 

クラリンは初心者から上級者まで、幅広い講座を行うことから、どの層にも人気だ。

 

和も最初は子供だましの簡単なものだろうとたかをくくっていたのだが、試しに見てみた上級者向けの動画を見て、その認識を改める。

自身はしがない一介の麻雀好きだ、と称しているが、ネットではもっぱら女流プロ説やら、闇の代打ち説などがまことしやかに語られている。

 

 

(これほどの知識の持ち主ならば、トッププロでもおかしくないとは思いますが……)

 

和からすれば、こんな知識量の人間が、同世代にいるとは考えにくい。自然とプロではないかという説を信じ始めていた。

 

そんなこんなで動画視聴を始めた和だったが、ここで思いもよらないことが起こる。

それは、今日のクラリンの動画タイトル。

 

『ネット麻雀で、鍛えられる物、鍛えられない物』

 

和は思わず目を丸くした。

 

ネット麻雀は、和にとって主戦場だ。

親が転勤族の和は、地域で決まったメンバーと麻雀をする、ということがとても難しかった。

そこでたどり着いたのが、ネット麻雀。

このネット麻雀は自分にとって原点であり、これからもきっと続けていくもの。

 

基本クラリンの動画は、自前の自動卓を使って、手元だけが写される動画が多い。

しかし今回の動画は、和もよく知る、「雀鵬」の画面での動画となっていた。

 

 

(クラリン先生が、「雀鵬」のアカウントを持っている……)

 

動画を見ながら、和は心拍数が上がるのを感じる。

自分自身が、尊敬するほどの知識を持った打ち手が、ネット麻雀、それも自身と同じサーバーのアカウントを持っている。

動画内で、まだアカウントを作って2か月と言っていたが、常人なら2ヶ月でたどりつけようもないレート帯まで、クラリンのアカウントはレーティングが上がっていた。

 

動画を見ながら、マウスを操作する和。

今までの対戦履歴に、もちろんクラリンなどという名前はない。

たまにクラリンを名乗るユーザーもいたが、やはり偽アカウントだった。

 

 

(クラリンさんと……戦ってみたい)

 

和はいつになく熱くなっているのを感じていた。

クラリンと、麻雀を打ってみたい。

その心は、もうどうしようもないほど大きくなっていく。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「はーい!じゃあ今回の動画はここまでです!今回もご視聴ありがとうございました!」

 

いつもとは一味違った動画配信が終わる。

 

 

「おつー」

 

「今日も勉強になった」

 

「おてては……おててどこ……」

 

もともと多恵は前世からネット麻雀の住民。

プロにとりたててもらったのも、最大のネット麻雀サーバーで、トップに立ったからという理由だった。

 

こっちの世界にきて、多恵はネット麻雀をやってはいたのだが「雀鵬」はやっていなかった。

恭子に、「雀鵬」の方がわかりやすくていい。と勧められて最近になってアカウントを作ったのだ。

 

 

ふう、と一息ついていると、動画のコメント欄が、なにやら伸びている。

なんだろうと思って、多恵は画面をスクロールしてみた。

 

 

コメント

 

のどっち:クラリンさん、いつも動画楽しく見させてもらってます。もしよかったら、「雀鵬」で対局しませんか?

 

 

「……はえ?」

 

この手のコメントは、たまにくる。

実際に会って対局してみたいだの、ネット麻雀でいいから対局してくださいだの。

 

そのたびに丁重にお断りしていたのだが、今回はどうやら様子がおかしい。

 

コメント返信欄を見てみる。

 

 

「え、これ本物?」

 

「本物だ!これ実現したら大変なことになるぞ!」

 

「のどっちって運営のAIじゃないの?」

 

「さすがのクラリンものどっちには勝てないんじゃないか?」

 

 

どうやらこの「のどっち」有名人らしい。

そういえば聞いたことがあった。いわく、この世界のネット麻雀には、運営の用意した最強のAIがいるとか。

それがのどっちだと知った多恵。

 

(普通はネット麻雀で25連勝とかありえないっしょ。レーティング高い卓で……)

 

しかし実在する人間となれば話は別だ。

多恵にだって、ネット麻雀には一家言ある。

 

 

(やってやろうじゃないの!)

 

かくして、のどっちVSクラリンの幕が開いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「どうもみなさんこんばんは、クラリンです。今日はね、知ってる方も多いと思いますが、あの、生ける伝説、のどっちさんと対戦できるということで、対局の模様を生配信していきますよ!」

 

1週間後の夜。その対局の日は訪れた。

多恵としてもこのような形での配信は初めてだが、不安よりも興奮が勝る。

伝説とも呼ばれるネット雀士と戦えるのだ。

こんなに嬉しいことはない。

 

 

「楽しみ」

 

「のどっちVSクラリン……これ地上波でもいいのでは?」

 

「流石のクラリンも厳しいかもな」

 

コメント欄も盛り上がっている。

現在時刻は20時。

動画視聴人数は開始直後の今ですら3万人を超えている。

この調子ならどんどん増えそうだ。

 

 

「さ!早速参りましょう。私達以外の2人もね、見ての通り私よりもレート高い人達なんで、胸を借りるつもりでやっていきますよ!」

 

対局が始まった。

慣れないスタイルだったが、多恵に緊張は無い。

配牌の向聴数、自風牌、しっかり確認している。

 

 

「んじゃー1打目は浮いてる{9}から……」

 

多恵は南家。のどっちは対面の北家になった。

 

 

「クラリン9sドラ!ドラだから!」

 

「この子ドラ確認だけはマジで学習しないな??」

 

「生配信対局で初打にドラを切ろうとする女」

 

ドラ確認はしっかりと怠った。

 

 

(あっぶねえ!!マジで切っちゃうところだったよ?!)

 

「雀鵬」は親切で、ドラは薄く色が変わっているのだが、それでも気付かないあたり重症である。

 

 

「冗談ですよ、冗談。{1}からいきますかー」

 

気を取り直して、対局に集中だ。

 

 

「絶対に切ろうとしてたよこの子」

 

「クラリンがクラリンしてて安心した」

 

「おてて見えない……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

対局は終始のどっちがリードする展開。

東4局で親満をツモられたのが響いている。

 

迎えた多恵の親番。

現在ののどっちとの点差は10000点ほどの2着目。まだまだ勝機はある。

 

 

南2局 8巡目 多恵 手牌 ドラ{7}

{③④赤⑤5688五六六七八西}

 

この手牌で、上家から{4}が切られる。

 

 

「うーん、まだスルー有利ですかね……鳴いて2900(ニッキュー)聴牌とるのはまだ早いです」

 

 

 

「両面両面だしね」

 

「ここで鳴くのは早漏が過ぎる」

 

「ドラならまだしも、ねえ」

 

メンタンピン赤が色濃く見える手。

親であることも考慮してここはどっしり構えたい所。

 

しかしなかなか有効牌が来ず、じれた展開に。

 

 

「良形の両面両面って聴牌まで平均5巡弱かかるって言いますしね、多少はね」

 

そんなことを言っていた矢先、対面ののどっちからリーチが入った。

 

 

「リーチ!」

 

機械的音声がリーチを告げる。

宣言牌はドラの{7}。

河も平均的に切られていて、実に読みにくい。

 

下家がドラの{7}を合わせた。

 

 

「それはチーです。今すぐにでもチーです。はい聴牌」

 

音速でチーする多恵。

ここで追い付けるなら勝算は十分ある。

 

そして1巡後。

 

 

多恵 手牌 

{③④赤⑤88五六六七八} {横765} ツモ{③}

 

 

 

初めて無スジをつかまされた多恵。

 

「えー……スジ何本通ってるんだ……?6……7?こんなん押し有利ですよ、押し有利!ホイッ!」

 

多恵が{③}を切る。

 

そしてわずかに生じる、ラグ。

 

ネット麻雀を打ったことがある人はわかるかもしれないが、この切ってから次の人がツモるまでのラグが、とても怖い。

 

 

「いやいや、でも押し有利だから……押し有利だからあ!?」

 

多恵の叫びにも似た懇願が響き渡る。

押し有利と言ったって当たることがないわけではないのだ。

 

 

「クラリン必死wwww」

 

「クラリンも俺らと同じ人間なんだな、って」

 

「のどっち配信見ながら打ってるんじゃないの」

 

 

コメント欄も盛り上がっている。

とりあえずこの{③}は通った。どうやら下家が鳴くか迷っていただけらしい。

 

しかしすぐ次巡。

 

 

「ツモ!」

 

のどっち 手牌

{12345678⑦⑦一二三} ツモ{9}

 

 

 

「びよーーーーーん!!」

 

跳満ツモである。

 

 

「強すぎ」

 

「やはりAIだったか……」

 

「しっかり高目ツモて……」

 

 

 

 

オーラス。

 

南3局は多恵が満貫を出和了り、勝負はオーラスへ突入した。

多恵とのどっちの点差は16000点。満貫直撃は同点。逆転には跳ツモが必要だ。

じっくりと手を育てにかかる。

 

 

11巡目 多恵 手牌 ドラ{2}

{⑦⑧⑨245789七八九南} ツモ{6}

 

 

「いやあ~!そっちか……!うーん、現代麻雀的にはドラ単騎でいいっしょ!字牌単騎もありだけど、のどっちから出るとは限らんしな……」

 

もう巡目も深い。3巡目に{1}を多恵が切っていて、ドラではあるが{2}の場況は悪くない。

リーチを受けて、既に聴牌を入れていたであろうのどっちの手が止まる。

 

 

「AIが悩んでる」

 

「のどっちが悩むとか見たことあるか?」

 

「鬼の捨て牌スピードののどっちが……」

 

 

選ばれたのは、通っていない{3}。

勝負しに来ている。

 

({3}はかなりキツイとこ。聴牌は確実。周りの捨て牌と合わせて、{2}がノーチャンスになった)

 

次巡も、のどっちの手が止まる。

ドラの{2}は1枚切れ。

のどっちの手牌からツモ切られたのは、{2}だった。

 

 

「出たあ~!裏1!裏1!」

 

トップからの直撃、これで裏ドラが1枚でも乗れば多恵の勝利だ。

 

 

「マジか!裏乗れば逆転!」

 

「頼むう~」

 

「クラリン裏ドラ乗ってるの見たことないけどね」

 

 

運命の裏ドラは、{西}。

乗らなかった。

 

 

「びよーーーん!」

 

同点トップ。このネット麻雀に上家取りのようなシステムはなく、1位の順位点を分けあう形となる。

ようは引き分けだ。

 

 

「いやー面白かった」

 

「手に汗握る展開、ありがとう」

 

「誰だ裏ドラ乗らないフラグ建てた奴」

 

 

 

 

最後に軽くチャットであいさつをして、対局、配信は終了。

多恵にとっても、楽しいひと時だった。

 

(勝ちたかったなあ……にしても最後、のどっちなら出和了りは期待できないだろうから、ツモ狙いに行ったのに。意外だったな)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

同刻。

 

対局が終わってから少し経った後も、和は、自身の最終局面を眺めていた。

2着のクラリンとの点差は16000点。跳満ツモならまくられるが、かなり厳しい条件。ほぼほぼ、トップだろう。

 

 

最後の手番、和の手牌は

 

{③③③④⑤⑥⑦二三四} {55横5}

 

良形5面張。

確実に勝てる。そう思った。

そこでのクラリンのリーチ。

掴まされたドラ。

 

{3}が全て見えてのノーチャンスということも差し引いても、普段ならオリていただろう。別に無理をする場面ではない。

しかし、和は切った。珍しく長い時間を使って。

 

 

(クラリン先生に多面張で勝ちたかった……という気持ちがありましたか)

 

和にとって、クラリンは多面張の先生だ。

動画内で、清一色待ち答えクイズなどを瞬時に解く姿を見て、私もこうなりたいと思ったことは1度や2度ではない。

故に、最後の場面で、少しムキになってしまった。

 

そしてなぜか、多面張なら、勝てる。少しだけそう思ってしまった。

愛用のエトペンのぬいぐるみを抱きしめ、和は自嘲気味に笑う。

 

 

(……そんなオカルト、ありえませんよね)

 

 

 

和がクラリンを多恵だと気付く未来は、そう遠くなかった。



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第36局 強気

Cブロックは副将戦へと移る。

現在のスコアは大方の予想を裏切り、中堅戦で晩成がトップを奪い返した。

 

晩成の控室も盛り上がっている。

そんな中で、1人小走やえは、固く拳を握りしめていた。

 

 

(私は、こんなにも強い子たちを信じてあげられなかったのか……!)

 

後悔の念がこみあげる。

あの時、自分だけの独りよがりな麻雀をやめていたら。

もっと楽な状態で後輩に繋ぐことができたのではないか。

 

去年までのトラウマがあったとはいえ、今年の後輩達の強さはやえも感じてはいた。

だからこそ、後輩に託すという選択肢がとれなかった自分が恥ずかしい。

 

 

「やえ先輩、そんな辛そうな顔しないでください」

 

隣にいた初瀬が、そんなやえの気持ちを知ってか、声をかける。

 

「そうですよ!初瀬の言う通りです。憧がトップ奪い返したんですから今は素直に喜びましょ?」

 

2年生の巽由華もソファに座るやえの肩にポンと両手を乗せた。

 

 

「初瀬……由華……」

 

「みんなも私も、去年までのこと、知ってます。やえ先輩は、あんな強い人たちの中で4万点稼いできたんだから十分ですよ」

 

親指を立てて、笑顔を見せる初瀬。

結果として、まだ下との点差も離れている。

あと4半荘。4半荘を終えれば、やえにとって初めての準決勝だ。

 

 

「それに、次があるんだから、次に向けて切り替えましょ!」

 

初瀬が立ち上がる。

その言葉は、心の底から出ていて。

 

準決勝進出を少しも疑っていないことが、わかる。

 

頼もしい後輩になってくれたものだと思いながら、副将戦に向かう初瀬を見送る。

 

 

「初瀬。あんたの相手はかなりの強者よ。気を付けなさい」

 

「はいっ!インターミドル王者と、臨海の決闘者さんと、裏鬼門の巫女ですね。頑張ります!」

 

出ていく扉の前、後ろを振り返って敬礼する初瀬。

副将戦は、中堅戦以上に厳しい戦いになる。

 

出ていった扉をみて、それでもやはり心配になってしまうやえ。

 

(いや、もうやめよう。今は信じる。それが先鋒の役目ってものよね)

 

 

先輩の夢は、後輩達に託された。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ナーイス憧!」

 

「初瀬!」

 

副将戦に向かう道の途中。

ちょうど帰ってきた憧と会った初瀬。

 

憧の成績はかなり良かった。

世界ランカーの風神を相手にしてこの成績は1年生としては破格。

憧の中堅戦のスコアは+20900。

この結果はメディアも無視はできないだろう。

 

 

「初瀬、まだ全然安心できる点差じゃないからね」

 

「わかってる。やばい連中が相手ってのもね」

 

真剣な表情の2人。

まだ大将戦が終わるまでは何が起こるかわからない。

麻雀とはそういうものだ。

 

それでも、守ることはしない。

憧はそれを示してくれた。

ならば自分にできることは。

 

 

「うしろにいるの由華先輩だし、まあ気楽にいくよ」

 

「おっけ!初瀬の強気でいっちゃってー?」

 

親指を立てて初瀬を送り出す。

 

私達の旅路は、まだ道半ばなのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『Cブロック副将戦開始です!三尋木プロ、この対局のみどころはどこでしょう』

 

『わっかんねー。けど、前評判通りなら、晩成はかなりキツいはずだよねい。相手は強豪校のエースクラスと、インターミドルチャンピオンなんだからさ』

 

『ということは、晩成がここでかわされることもある……と?』

 

『いやーさっきの中堅戦見たっしょ?もうそういう次元じゃねーと思うよ?晩成が評判通りやられちまうのか、ひっくり返すか。ま、知らんけど』

 

 

 

 

 

東家に初瀬、南家に和、西家に初美、北家にメガンという並びで対局が始まる。

 

東パツ、まずはセオリー通りに攻めてきた和が満貫のツモ和了り。

 

清澄はまだ準決勝進出ラインまで遠い。

もちろん攻めてくるだろう。

 

東2は初美が3900を和了り、迎えた東3局。

 

 

「リーチ」

 

この局も和が早い。

その頬はわずかに上気していて、熱を帯びている。

 

 

(憧が言ってた。のどっちモードってやつか)

 

ツモ切りの動作も非常に早く、打牌選択によどみがない。

流石というべきか、この状況でもやれる最大の手筋をたどってくる。

 

そんな中でも余裕の表情を浮かべるのは、メガンだ。

 

 

(明華が油断シテ点数は削られましタガ……ワタシはそう甘くはありまセンヨ……)

 

「チー」

 

初美から出てきた牌を鳴いて、聴牌をとるメガン。

 

 

(さて……決闘(デュエル)……!)

 

メガンの能力は、自身が聴牌したときのみ、相手の聴牌を察知できるというもの。

そこから1対1の状況を作れば、メガンは相手から直取りをとりやすくなる。

 

今回のターゲットは和。

 

リーチを先にかけている和は、これをよけられない。

西部劇に登場するガンマンのような恰好をしたメガンから放たれた弾丸が、天使のどっちの横腹を貫く。

 

 

「ロン!8000点デス!」

 

 

 

メガン 手牌 ドラ{七}

{④赤⑤⑥67888七七} {横324}  ロン{5}

 

 

 

「はい」

 

和の表情に変化はない。

追いかけて、潰された。それだけとしか思っていないだろう。

 

そして、メガンの親がやってくる。

メガンの親ということは同時に、薄墨初美が北家だ。

 

 

(さテ……このミコさんは北家の時に注意なんでシタネ……)

 

流石のメガンも、ここは最善の注意を払う。

親を手放すのは痛いが、ここは席順上仕方がない。

東と北を鳴かれない間だけ攻めようと思っていた。

 

 

「ポンですよ~!」

 

和が東を切る。

すかさずそれに食いついた初美。

 

 

(まあ1枚目はいいか……もう北は切れない。北が来たら店じまいだね)

 

手なりに進めている初瀬。

初美の小四喜を警戒して、こちらも字牌は切りにくい状況。

 

しかし、次巡、卓に衝撃が走る。

 

 

「それもポンですよ~!」

 

「?!」

 

初瀬は危うく変な声が出そうだった。

和が北を切り、初美が鳴いた。

メガンも、初瀬も表情が明らかに変わる。

 

(え、この子わかってないの?!それとももう相当な手を聴牌してる……?)

 

これが仕方なく切っているのならまだいい。

 

しかし理解しないで本当に切っているのだとしたら、これから先の戦い方は初美が北家の時だけ変わってくる。

 

荘厳な音楽が鳴り響く。

和楽器特有の静謐とした音楽が、その場を支配する。

永水以外にとって、嫌な風が吹いてきた。

 

 

 

(困りましタネ……)

 

いい迷惑なのは親のメガンだ。

流局ならまだしも、ここで小四喜など和了られたら親の自分は16000点の失点。

とうてい看過できるものではない。

 

 

「チー」

 

ちょうど初美から鳴ける牌が出てきたので、聴牌かどうかだけ確認する。

メガンは自身が聴牌さえすれば、他家の聴牌を確認できる。

これでまだ初美が聴牌していなければ、その間だけは自身も和了りに向かうことができる。親が続くので初美が北家なのは変わらないが、次も東と北が鳴けるとは限らない。

 

しかし、そうして目にした光景は。

 

 

「……っク?!」

 

 

幼女がランチャーを構えていた。

自分の身の丈より明らかに大きい砲身を持つソレは、容姿と余りにもかけ離れている。

 

これはもう決闘などと言ってる場合ではない。明らかに聴牌している。

こんなのとやりあったら、風穴が空く程度では済まされない。

 

 

(おとなしくオリまショウ……ツモられたら運が悪かったと思うしかありまセン)

 

予想以上に初美の聴牌が早かった。

初美が聴牌するまでは流しにいこうと思っていたメガンだが、これを見て聴牌を崩し、オリる。

 

初瀬もベタオリ、和も2副露を見て、その上家ということもあってか抑え気味だ。

このまま何事もなく流局。

初瀬とメガンはそれを祈るばかりだったが。

 

 

 

 

 

「ツモ、8000、16000ですよ~!」

 

 

 

 

初美 手牌 ドラ{3}

{23南南南西西} {横北北北} {横東東東} ツモ{1}

 

 

 

 

 

『永水女子薄墨初美選手!この大会2度目の役満小四喜のツモ和了り!!一気に他校との点差を縮めました!!』

 

『これは強烈だねい!』

 

 

役満成就。

 

初美の強烈な1撃が決まった。

 

 

(小四喜。部長が気を付けてと言っていましたが……なかなかの偶然ですね……)

 

 

点数状況が一気に詰まる。

 

 

点数状況

 

晩成  137400

清澄   84200

永水   55200

臨海  123200

 

 

 

南1局 親 初瀬

 

(これは南場の親が心配ですガ……とりあえず点数は稼いでおきたいでスネ)

 

南1局も先制は和。

点数がまだ足りない和は、攻撃の手を緩めない。

リーチと打ってでてきた。

 

メガン 手牌 ドラ{⑥}

{②③④⑥⑦⑧赤5578二二三} ツモ{5}

 

メガンはとりあえず聴牌をとる打{三}とする。

メガンの目に映ったのは原村和1人。どうやらメガン含めて2人聴牌のようだ。

能力の特性上、メガンは一度ダマにとって、誰が聴牌かを確認するケースが多い。

 

 

(デハ……行かせてもらいまスカ)

 

次巡、メガンは持ってきた牌をそのまま横に曲げた。

 

 

「リーチデス!」

 

決闘(デュエル)!)

 

一歩、また一歩。メガンと和の距離が離れていく。

さながら果たし合い。

メガンが求めていたのは、こういうスリルのある勝負。

 

どちらに軍配が上がるか……。

 

そう思っていた矢先。

 

 

(ン?)

 

親の初瀬が、メガンにも和にも通ってない{4}を素知らぬ顔でツモ切ってきた。

 

 

 

初瀬 手牌

{③③④④⑤赤⑤⑦⑧234三四}

 

 

『晩成の岡橋初瀬、2家リーチ入っているのにも関わらず、安牌かのように{4}切りましたね……』

 

『ひえ~晩成の子たちおっかなー!普通なら共通現物切ってオリちゃいそうだけど……勝負手と見たら全部行く……決めてるのかもね、知らんけど』

 

 

メガンはその能力の特性上、まだ初瀬が聴牌でないことを知っている。

それでいてこの打牌。

聴牌ならまだしも、1向聴で、2人に通っていない真ん中付近の牌を切ってきたのだ。

 

決闘中にも関わらず、メガンは冷や汗が流れるのを感じる。

 

 

次巡。

 

 

「リーチ」

 

バシッと初瀬から切られたのは{⑧}。これもどちらにも切れていない牌だ。

鋭い瞳が、メガンを捉える。

 

 

(割り込みとは随分マナーがなっていませンネ……!って、なんデスかソレ……!)

 

決闘中に颯爽と馬にのって無理やり割り込んできた初瀬。

和も珍しく少しだけ眉根を寄せる。

 

持っているのは明らかに決闘用のピストルではない。

 

サブマシンガン。近距離で殴り合う、銃撃戦の近距離武器。

 

 

「ロン!」

 

ダダダダダダ、と西部劇には似つかないとんでもない量の弾丸が、メガンを打ち抜いた。

 

 

 

 

「18000!」

 

 

初瀬 手牌

{③③④④⑤赤⑤⑦⑦234三四} ロン{二}

 

 

 

 

(この……!いい度胸デス。去年の憂さ晴らしにハラムラを叩くつもりでしタガ……まとめて叩きのめしてあげまショウ)

 

圧倒的に興味がなかった初瀬に、メガンの目が初めて行った瞬間だった。

 



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第37局 岡橋初瀬

長くなりすぎた……2話に分ければよかったかもです……。

気付けば10万UAを突破しました。
読んでくださる皆様のおかげです。
いつもありがとうございます!




姫松高校控室。

 

時刻は17時を回ったところ。

Cブロックは開始が遅くなったこともあり、これは夜まで対局が長引きそうだ。

 

 

「この副将戦、どこが有利やと思う?」

 

恭子の問いに対して、多恵はしばらく考えこんだ。

 

Cブロック副将戦は南3局を迎えている。

今の所は晩成がリード。

その後を臨海、清澄、永水と追いかける形になっていた。

これが通常の麻雀なら、残り局数も見て晩成の準決勝進出は固い。

 

が、残念ながらこれは通常の麻雀ではない。

明らかに異質な永水と、臨海がいる以上、まだこの副将戦の行方も、わからない。

 

 

「清澄の子があのまま打つのであれば、俄然永水が有利だろうね。それこそ由子が相手した宮守の臼沢さんとかがいないと止められないよ、あれは」

 

「確かに、あの子すごかったのよ~体調大丈夫か心配なのよ~」

 

宮守女子、準決勝でも相手することになる高校の副将、臼沢塞は2回戦でもその実力を示して見せた。

何と言っても北九州最強のエース白水哩の打点をあそこまで抑えたのだ。功績は測り知れない。

 

そして、問題の清澄の副将。見ている限り、打牌はこの大会で誰よりも理論的で、デジタルだ。

 

 

(あの打ち筋……どこかで見たことある気がするんだよなあ……)

 

なんとなく既視感のある打牌に、多恵は自身の記憶を掘り起こす。

インターミドルチャンピオンであるのは知っているし、その牌譜を見ていたかもしれないとは思うのだが、何かがひっかかる。

 

 

「ウチは晩成の副将、好きやけどな。あの臨海の副将と、派手にやり合ってる。なかなか肝の座ったいい麻雀や。それこそセーラに近いかもしれんな」

 

「初瀬は見た目によらず気が強いんですよ……」

 

洋榎がいつもの椅子逆座りスタイルでモニターを眺めて晩成の副将、岡橋初瀬をそう評した。

実際に卓を囲んだことのある漫もそれに賛同する。

 

確かに、目立つのは永水と臨海になりそうと思っていただけに、晩成の副将の子があれだけやれるのは計算外だった。

 

 

「……やえの背中を見て育った子たちが、こんなに厄介そうだと思うことになるとはね……」

 

先の中堅戦でも晩成の中堅、新子憧については脱帽だった。

恭子とも似通った速攻型。恐ろしいのは鳴くことに恐れがないこと。

守備面に全面的な信頼があるからこそ、仕掛けられる。

 

小走やえのワンマンチーム、そう呼ばれていたかつての晩成はもうそこにはない。

去年も1年生の子が1人頑張っていたのを鮮明に覚えていたが、今年はその子が大将を務めている。

 

 

「……去年、必死にもがきながらも己の無力さを噛み締めたであろうあの子が、どこまで強くなっているのか……楽しみだな」

 

多恵は大会メンバー表のパンフレットを眺めていた。

多恵がみつめるのは晩成のメンバー表、その大将。黒髪をショートにそろえた髪型。表情は少し固い。去年のあどけなさはもう見られない。

 

2年生、巽由華。

 

多恵は確かな期待とともに、パンフレットを閉じた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ロン!8000点デス!」

 

 

メガン 手牌

{一一一三四六七八九九} {横南南南} ロン{二}

 

 

 

「はい」

 

 

(またこの2人でやりあってますかー?)

 

 

副将戦前半も、これでオーラスだ。

ここ何局かは完全にメガンと初瀬の叩きあい。

メガンの決闘麻雀を前に、一歩も引かない構えの初瀬。

トップ目であることも考えたら引き気味になってしまいそうなものだが、まったく引く様子が見られない。

 

 

(また薄墨初美が北家……)

 

そしてまたその時がきた。

メガンがオーラスの親番、ということは同時に、薄墨初美が北家ということ。

初瀬は、下家に座る和の表情を見る。

 

 

(もしこのインターミドルチャンピオンが本当に理解していないのだとしたら、この局踏み込むのは危険。とはいえ、2枚鳴かれるまでは攻めでいこう)

 

 

少し緊張した手つきで配牌を受け取る初瀬。

いくら感情の昂ぶりで抑え込んでいるとはいえ、初瀬にとって、これが初の大舞台。

緊張しないわけがない。

それも相手は条件付きではあるもののほぼほぼ役満という特大爆弾を抱えてくる相手。

少しでも読み違えれば、死ぬのはこちらだ。

 

 

(私にも憧みたいな手牌読みができればなあ……)

 

ないものねだりであるということは重々承知だ。

自分のスタイルはそこではないので、踏ん切りをつけるしかないが、この時ばかりはそう思わずにはいられない。

 

 

6巡目。

 

「リーチ」

 

ヒュッと風でも吹くかのようなスピードで、和からリーチがかかる。

 

 

(リーチ……!ってことは本当にわかってないな……?!)

 

本来、この状況でリーチをするのは得策ではない。

東と北を持ってきたときに切らなければならないからだ。

本来なら何を言っているんだと言われるべきことだが、ここは異常な卓。

普通では考慮しなくていいことに考慮しなければならない。

 

リーチは諸刃の剣。1翻上がる代わりに、持ってきた牌は自らの和了り牌でなければ全て切らなければならない。

 

すると、どうなるか。

 

 

「ポン!」

 

「それもポンですよ~!」

 

 

瞬く間に東と北が鳴かれた。

また嫌な風が流れ始める。

 

(まさに、ふざけんじゃねェ!デス!)

 

親のメガンはまたも困り果てた表情。

これ以上の失点はごめんこうむりたいのだが、決闘なぞ挑んで負ければ被害は測り知れない。

 

 

メガンの表情を見て、こちらも相当まいってそうだな、と思いながら初瀬も焦りを感じていた。

 

 

(これでまた永水にツモられて、後半戦もまた和了られでもしたらまくられかねない……!ほんと、憧どうにかしてよコイツ!)

 

初瀬もキレ気味だった。

自身で飛び込んでくれるなら構わないが、ツモられて削られる身にもなってほしい。

 

 

(まあ、だけどもちろんリーチ打ってる清澄の方が死に近いわけで)

 

初瀬の言うことはもちろんだ。

初瀬やメガンは今通った牌や、共通現物を切っていればとりあえずはしのげる。

なんなら最悪は和の方にだけ通っていない牌を切るのも仕方がないだろう。

 

だが、和に打牌の選択権はない。

初美に通っていなかろうが、通っていようが、意志とは関係なく切らざるを得ない。

 

 

(だーかーら、やられちゃえ!インターミドルチャンピオン……!)

 

 

緊張の時間が続く。

初美も危険牌を切るようになった。

おそらく、聴牌だろう。

 

 

『永水の薄墨初美!また役満聴牌です!!しかも待ちの{二五}はまだ山に1……2……3枚、3枚残っています!』

 

『原村和の待ちも3枚。めくりあいだねい』

 

 

観客も大盛り上がりだ。

そして残り3枚ずつある待ちなら、決着がつく。

 

 

 

 

 

「ロン」

 

 

 

 

和 手牌 ドラ{発}

{①②③⑤⑥⑦⑧⑨赤55七八九} ロン{④}

 

 

「8000」

 

 

 

和が和了りをものにした。

 

 

『前半戦、終了です!!圧倒的に稼いだのは永水の薄墨初美!オーラスにも役満聴牌と、後半戦にもかなり期待ができそうです!』

 

 

(ふう……危なかった……)

 

颯爽と去っていく和に対して、初瀬は拳を震わせる。

 

 

(あんたが空気読めばもう少し楽だったでしょうに……!)

 

くっきりと怒りマークが見える。

役満ツモを食らいながらも、初瀬の成績は良い。

とにかく一旦控室に戻って作戦の練り直しを図ろうと、初瀬も席を立った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

宮守女子控室。

 

2回戦突破のお祝いムードもほどほどに、宮守も姫松と同様、次に当たるであろうCブロックの対局を見ていた。

 

 

「うげえ……お願いだから清澄、永水で上がってこないでね……」

 

「晩成の子目に見えてキレてたね!ウケるね!」

 

副将戦が終わって、医務室から戻ってきた塞がげんなりとした様子だ。

塞のいう通り、もしその2校が上がってこようものなら塞の負担はひどいものになる。

それだけはごめんだった。

 

 

「でも~臨海の人が上がってきても、晩成の人が上がってきても、相手は手強そうだね~」

 

控室に備え付けの麻雀卓で熊倉監督と共に六曜の復活のため麻雀を打っている豊音が、こちらの会話に加わる。

前評判では、晩成は先鋒だけやたら強くて、それ以降はあまり気にしなくていいといった内容だった。

だからこそ宮守としては晩成が上がってきてくれてもよかったのだが。

 

もうそうは言っていられない。この結果を見て、誰が晩成を侮れようか。

 

エイスリンがまたホワイトボードになにやら書き始める。

笑顔でパッと胡桃たちに見せた絵は、王様のもとに4人の人物が膝をついている絵。

 

 

「うんうん、そうだね、王者のもとに強い家臣が加わったね」

 

「無理……晩成きちゃったら……姫松と晩成……ダルすぎて……死ぬ……」

 

「あはは、シロは確かに大変かもねえ……」

 

流石の塞も苦笑いだ。

関西の雄、姫松の騎士と晩成の王者を2人相手にするというのは、流石の白望でも厳しいだろう。

 

 

「とにかく、今は姫松を打倒しうるだけの力を得なければいけないねえ……やれることは少ないけど、最大限の努力をしようかね」

 

熊倉監督も、ひとまず2回戦を突破できたことに安心していた。

しかしこうなれば次も突破して岩手勢初の決勝進出まで行きたいと思うのも指導者の性だ。

やれることは全てしてあげたい。

 

 

「後半戦、始まったよ!」

 

「うう……なんか晩成の1年生にすごく同情するからとりあえず晩成の子を応援しようかな……」

 

そう言って胃を抑える塞をまだ調子悪いのかなと勘違いする胡桃であった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

後半戦が始まった。

 

 

現在の点数状況は

 

晩成 141400

臨海 120200

清澄  92200

永水  47200

 

 

一見、永水が厳しいように見えるが、一撃必殺の刃がある。

まだ十分に可能性は残っているだろう。

 

席順は東家に初美、南家に和、西家に初瀬、北家にメガンとなった。

 

 

(この席順は悪くない……のかなあ?)

 

初瀬はこの休憩時間、控室に戻って仲間と相談をした。

やえからは、役満にだけは喧嘩を売らず、それ以外の局は前半戦同様攻めていい、とのこと。

やることは前半戦とさして変わりない。

 

 

東1局は流局という静かなスタート。

そして場は東2局に移る。

 

初美の北家だ。

 

 

「ポンですよ~!」

 

まずは3巡目に和が東を切る。

それを鳴いた初美。

わかっていたことだが、平然と東と北を切ることがわかっているから、他の2人は当然切りにくい。

 

 

しかし、今回はメガンが動く。

 

 

 

「チー」

 

8巡目 メガン 手牌 ドラ{六}

{赤⑤⑥⑦33456六七}  {横二三四}

 

 

 

(さテ……聴牌ですガ……だれも追い付いてはいませんね)

 

メガンは誰も追い付いていないことを確認し、打牌をした。

永水さえ追い付いてこなければあのトンデモランチャーがぶっ放されることはない。

とりあえずは聴牌を継続できるのだ。

 

しかしその同巡、メガンの視界に、1人のガンマンが映る。

 

 

(晩成!やはりアナタがきましタカ……さあまた楽しい撃ち合いを……ン?)

 

確かに聴牌したはず、だったのだが、打牌をした瞬間に、初瀬のハットとカウボーイ衣装は取れ、聴牌は感じ取れなくなった。

 

 

初瀬 手牌

{①②③⑤一二三四四六七八北} 

 

 

この手から、初瀬は打{⑦}。

 

 

(こんな愚形聴牌で{北}切ってリーチはさすがにできない。個人戦なら行ってたかもだけど……これは皆の、晩成の点数なんだ)

 

北はほぼほぼ初美に鳴かれるだろう。

下手をすれば鳴いて役満聴牌かもしれない。

そんなところに愚形リーチで突っ込めば、即地獄行きなんてこともありうる。

 

 

(どうやら浮き牌が{北}だったみたいデスネ……オヤ……?)

 

初瀬が手を崩したその次巡、今度は和が銃を持って現れた。

聴牌を崩さず、リーチもしてこない。

親の和がリーチをしてこないということは、待ちが悪いか、打点が11600(ピンピンロク)以上か。

 

 

(まあどちらでも構いまセン。さあ、決闘デス……!)

 

 

一歩、また一歩と離れていく。

 

そして、銃声。

 

 

「ロン!3900デス!」

 

 

「はい」

 

 

決闘になってしまえば、有利なのは基本メガンだ。

この能力は1対1の撃ち合いにとても強い。

相手の打点が高かろうが、的確に射抜いてくる。

 

 

(とりあえずは永水が和了らずに助かった。さあ、気合入れてくよ……!)

 

初瀬も気合を入れなおす。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

役満が和了れずに少しむくれていた初美だったが、そこは流石強豪校の点取り屋。

すぐに気持ちを切り替えると、東3局は和から5200を直取ることに成功する。

 

 

東4局 親 メガン ドラ{白}

 

初瀬 配牌

{③⑧⑨1268二八九西白白} ツモ{南}

 

 

初瀬は配牌をもらって少しだけ顎に手をやって考えていた。

 

 

『岡橋初瀬選手の配牌です。役牌ドラの{白}が対子なのは嬉しいですが、形が悪いですね……』

 

『あちゃー、こりゃ他がひどすぎるね。これじゃあ鳴かないって人すらいるんじゃないかねえ。知らんけど』

 

 

役牌ドラは麻雀において非常に扱いが難しいものだ。

2枚ならまだしも1枚だけだと切り時が非常に重要になってくる。

 

 

3巡目 和 手牌

{②③③④赤⑤⑥334赤5六七白} ツモ{②}

 

 

『対して原村和選手は伸びますね。これもうドラ切るんじゃないですか?』

 

『デジタルな彼女のことだからもっと早く切るのかと思ったけどねい。流石に切り時かな?』

 

 

和は表情を変えず、解説が終わるよりも早く{白}を切った。

 

 

「ポン」

 

これに初瀬が食らいつく。

 

 

『流石に鳴きましたね。しかしここからが遠い岡橋選手。和了までむかえるでしょうか?』

 

 

 

局は進み、10巡目。もうドラポンの初瀬は3副露。他家からすれば、聴牌は濃厚と考えるのが妥当だ。

その初瀬に対して、和も危険牌を切っている。もう聴牌でもおかしくはなさそうだ。

 

 

(出遅れてしまいましタガ……)

 

「ポン」

 

初瀬から出た{発}を鳴いて、これでメガンも聴牌だ。

初瀬には通っている{1}を切って、聴牌を取る。

 

 

(さてさてようやく2人に追い付い……エ……?)

 

 

メガンは目を丸くした。

聴牌を取ると、既に聴牌の者に気づけるメガン。

そしてこの状況で、西洋風の恰好をして待っていたのは、和1人だった。

 

 

(晩成……!3副露してまだ聴牌ではないトハ……!やってくれますネ……!)

 

 

初瀬 手牌

{②③③西}  {⑨横⑨⑨} {横七八九} {横白白白}

 

 

この3副露バラバラ手牌は、Dブロックで恭子がやってきたものとは根本的に異なる。

恭子は計画的に脅して和了りを絡めとりにいったのに対して、初瀬のこれは、超攻撃型。

遮二無二和了ってやろうという仕掛けだ。

 

メガンからしてみればやりにくいことこの上ない。

今和に決闘を挑むのは簡単だが、また先ほどのように初瀬が乱入してくるのが目に見えている。

 

 

(1年生どもガ……!小癪な、デス!)

 

次巡、手替わりを待っていた和からリーチが飛んでくる。

 

「リーチ」

 

和から切られたのは{③}。

ここで対局者も、観客も予想だにしていなかった事態。

 

 

「ポン!」

 

初瀬が、4度目の鳴きをした。

 

 

『お、岡橋選手、裸単騎を決行しましたよ?!』

 

『うひゃー!晩成の1年生は破天荒だねい!久々に見たなー裸単騎!気持ちが良いねい!』

 

 

力強く{西}を切っていった初瀬の姿に、モニター前の観客も大盛り上がりだ。

 

先に聴牌をとっていたメガンは当然初瀬の聴牌に気づく。気付くというよりはもうメガンでなくとも誰の目にも聴牌は明らかだ。

手牌が1枚しかないのだから。

 

 

(ふざけやがって……デス……!)

 

和とメガンが拳銃を構えている間に割り込んできた初瀬の手には、ナイフが握られている。大き目の盾と、ナイフだ。

 

肉弾戦上等。

初瀬の選択肢としては{③}をスルーして安牌に使うこともできたのだが、初瀬はあえて攻めに行った。

 

 

(これがやえ先輩の麻雀を見て憧れ、努力した末にたどり着いた私の麻雀……!泥臭くていい。上手いと言われなくていい。ただこの一時の和了りを逃さないために!!)

 

 

 

 

 

 

初瀬が高校に入ってすぐ。

 

憧と初瀬で、先に才能が開花したのは憧だった。

天性の鳴きのセンスと、手牌読みで、メキメキと頭角を現した憧。

それに対して、初瀬は自分のスタイルをなかなか見出すことができなかった。

憧の真似をしようとしても、放銃してしまう。

そんなスランプの時期に、後ろ見していたやえが初瀬に声をかけてくれた。

 

 

「へえ。あなたの攻め、見ていて気持ちがいいわ」

 

最初、初瀬は耳を疑った。

自身が憧れていた人物が、自分の攻めを褒めてくれた。

だから初瀬は聞いた。勝てなくて、打ち方を迷っている、と。

 

こんな機会もう2度とないかもしれない。

アドバイスなんていつもらえるかわからない。だから対局中にも関わらず、初瀬は必死になってやえに助言を求めた。

どうすれば上手くなれますか、と。

 

返ってきたやえの言葉は、単純なものだった。

 

 

「上手い必要ってあるの?あなたのスタイルは、攻めでしょ?愚直に攻め続けなさい。泥臭いって言われたって良い。たまには放銃したっていいわよ。私だって放銃するわ。けどね、放銃はしてもいいけど、あなたのその打ち方なら、和了りを逃してはダメ。貪欲に、和了りを勝ち取りにいきなさい」

 

衝撃を受けた。

捉え方によっては守備を放棄する一方的な考え方。

それでも、この時の初瀬にとっては天啓だったのだ。

 

それ以降、初瀬もぐんぐんと成績を伸ばす。

放銃率は低くない。よく当たる。

それ以上に、絶対に和了りを逃さない打ち方。

 

奇しくも初瀬の気性に一番合うプレイスタイルだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ツモ!!2000、4000!!」

 

 

 

初瀬 手牌

{②}  {横③③③} {⑨横⑨⑨} {横七八九} {横白白白} ツモ{②}

 

 

『ご、強引に和了りを引き寄せました!岡橋初瀬!!』

 

歓声が会場にまで響き渡る。

 

 

変化を恐れ、上手くなろうとしていた彼女はもういない。

 

 

(これが私の闘牌……!やえ先輩が稼いだ点数は、私が増やす……!)

 

目に宿る炎が、紅く燃えている。

 

 

 

 



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第38局 暗闇

臨海はまだ原作で決勝が残っているので、ここから知らん能力がたくさん出てきたらどうしようと怯える日々です。





動悸が早い。

呼吸もままならないほど、息苦しい。

 

震える手を必死に抑えながら、巽由華は点数状況を確認する。

先鋒戦が終わった時は20万点以上あった点数は、もう8万点無い。

もう2着目との点差は1万点以上を超えた。

 

 

(私が……私があきらめたら……やえ先輩は……!)

 

膝が震えている。

1年生ながらにして副将を任された由華は、これ以上ないピンチを迎えていた。

 

相手は強豪校の3年生。削られていく点数。

明らかに、狙われている、という自覚。

 

 

「……はあ……はあ……」

 

切り番だ、1家からはリーチ、親の上家は2副露。聴牌は濃厚。

 

回らない頭を必死に回転させる。

これ以上の失点は命取り。

 

上家は染め手っぽいが、幸い、リーチ者が切った{②}に反応はなく、上家はツモ切りだ。

 

助かった。安牌が尽きかけていたが、これで1巡はしのげる。

震える手でなんとかツモり、{②}を切る。

 

 

「ロン」

 

 

上家 手牌 ドラ{⑨}

{③④赤⑤⑥⑦⑨⑨} {横②①③} {横⑧⑥⑦}

 

 

 

「24000」

 

 

 

鈍痛が走る。

山越し。最初(ハナ)から他家など眼中にないのだ。

徹底した晩成潰し。

 

対局中だというのに、涙が出てきた。

 

悲しさ、いや、悔しさか。

 

無情にも自動卓は動き続ける。

無情にも、次の配牌は上がってくる。

 

待ってなど、くれない。

 

 

 

巽由華は3万点を失い、晩成はラスに転落した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

試合後、涙が止まらなかった。

1年生で、やえ先輩の助けになれると思っていた自分が恥ずかしい。

1人、会場のトイレで、ただただ泣いていた。

自分の無力さ故に。晩成は敗れた。

 

号泣する由華。

トイレに入ろうとした学生も、あまりのことに他のトイレを探しに行く始末。

 

もう何分経っただろうか。

何分あったとしても、己の罪は償いきれはしないだろうが。

 

 

(なんて弱いんだ私は……!やえ先輩を助ける?なにもできちゃいないじゃないか!ただ、足を引っ張っただけだ……!)

 

頭を冷やすために冷水を頭にかぶったため、髪はびしょ濡れだ。

もう自分の涙なのか、水なのかも判別はつかない。

 

そんな時。

 

 

「……?」

 

後ろから、ハンカチを頭に乗せられた。

大好きな、そして誰よりも強い、先輩に。

 

 

「みっともないわよ。……あんたは悪くない。悪いのは、私」

 

「……っちが!」

 

由華の言葉は、最後まで言い終わる前にやえに抱きしめられたことによって止められる。

 

 

「……あんたはよく頑張った。あんなバケモノばっかの卓に、1年生のあんたを送り込まなきゃいけない私達が弱いの」

 

「私は……やえ先輩の……力になりたくて……!」

 

頭を拭いてやりながら、やえと由華は廊下に出る。

 

文脈もなにもない。

今はただ、己の無力さ故に、敬愛する先輩にこんな顔をさせてしまっている自分が、ただただ恥ずかしい。

 

やえ先輩が悪い?そんなことあり得るはずがない。

この人はいつだって1人で戦って、そして勝っている。

 

 

「……また来年、来ればいいわよ。その時は、……力を貸して」

 

 

その言葉に、由華は自分の耳を疑った。

今日の試合、やえ以外は全員マイナス。それも大幅な、だ。

やえ1人で突き抜けたこともあるが、それ以降のメンバーは集中砲火。

先鋒戦で1位だった晩成は、いつの間にかラスにまで落ちていた。

 

そして由華もその例にもれず、大きな失点をしてしまっている。

それなのに、この先輩は今何と言った?

「また力を貸してくれ」と、そう言ったのだ。

 

こんなにも力になれず、ただただお荷物になった由華にとって、この言葉は信じられなかった。

 

だからこそ。

 

 

(悔しい……!!!なんで私はこんなに弱いんだ……!強くならなきゃいけない。この先輩を、こんな顔にさせてはいけない。私は、この人の力になりたい……!)

 

やえを抱きしめる手に力がこもる。

 

晩成のメンバーが、近くに何人も集まっていた。

奇しくもその状況は、もしかしたらあったかもしれない未来の姿に、とても良く似ていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『副将後半戦は南2局に入ります!晩成の岡橋初瀬!他校のエース級の選手を相手にして、ここまで全く引く素振りが見られません!』

 

『いやー、いい選手だねい。トップってのはどうしても守りに入りたくなるもんだけどー、全然守る気がないねい』

 

 

 

目を開ける。

 

去年の、悲劇。

由華は団体戦1回戦で敗れ去った去年のことを思い出していた。

 

今年は違う。

1回戦はやえが全てをなぎ倒した。

先鋒戦で1校をトバすという、偉業。

 

やっぱりこの人はすごいという感動と共に、私達を頼ってほしいという少しの寂しさも感じていた。

しかし去年までの体たらくで、そんなことを言う資格はない。結果で、示すしかない。

 

 

2回戦では強豪臨海のエース、辻垣内によって、やえは止められた。

2着で先鋒戦を終えたのだ。

 

 

このまま、なにもせず敗退するわけにはいかない。

2回戦に来たとはいえ、ここで負ければ、結局去年の二の舞。なにも変わっていない。

 

またとない、チャンス。

 

次鋒以降も、頑張ってくれている。

それぞれが抱える想いと共に、それこそ初瀬など、今の所去年の自分なんかよりよっぽど良く戦えている。

 

 

(……私が、王者の(ツルギ)になる)

 

ここまでくれば、初瀬がここからトぶことはほぼありえないだろう。

何着で終えるかはわからないが、自分に出番があることは確か。

 

 

見せつけよう。去年から血のにじむような努力をしてきた、その結果を。

見せつけよう。晩成には王者の(ツルギ)がいることを。

 

 

 

大将戦。相手は強豪校の化け物揃い。

だからこそ、お披露目の舞台には丁度いい。

 

 

 

 

 

(やっと……やっと去年の借りを返せる)

 

 

 

 

 

 

 

 

同刻、控室でチームメイトの奮闘を応援していた、宮永咲と、ネリーヴィルサラーゼに悪寒が走る。

 

「……!な、なに……この感じ……怖い……」

 

「……!清澄か……?いや、永水か……?」

 

 

 

 

 

 

 

発生源はわからない。

誰も晩成の大将などとは思わないだろう。

 

 

(全員ブチのめす……!誰が相手だろうと、私()の勝利は揺るがない……!)

 

 

由華の目には稲光が走っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

後半戦南2局がやってきた。

 

 

(さーてきたよ。最後の巫女幼女の北家……)

 

現在の点数状況は、

 

晩成  144200

臨海  125300

清澄   81100

永水   50400

 

こうなっている。

幸い、ゲーム展開的にはもう1度くらい永水に役満をツモられたところで大局は動かない。

しかし、まだここは副将戦。

大将戦が残っている以上、何が起こるかわからない。

 

 

(やえ先輩が言ってた秘策……試してみるのもありかもしれない)

 

インターバルで、初瀬はやえからちょっとした秘策を受け取っていた。

それはまだ初瀬がやったことのない類のものだったが、幸い、今は点差も少しある、やってみる価値はあるだろう。

 

 

南2局 親 和 ドラ{③}

 

「ポンですよ~!」

 

さっそく初美が鳴く、東からだ。

これで初瀬とメガンの手には制限がかかる。

 

 

(デスが……今回は割と良い感じですヨ……?)

 

5巡目 メガン 手牌 

{③③③赤⑤⑥赤59三四五五七七} ツモ{6}

 

タンヤオドラ5の一向聴。

この12000を決められれば、一気にトップの晩成まで手が届く。

 

とはいえ、警戒も怠らない。

メガンは、次巡、初瀬から出てきた{7}を鳴いた。

 

 

『面前で行けばかなり高くなりそうな手でしたが、鳴きましたね』

 

『まあーこれは普通に打ってても鳴く人も多そうだけどね。彼女の場合は聴牌することが大事なんじゃねーの?知らんけど』

 

 

(さテ……お!)

 

この聴牌で、メガンは誰が聴牌なのかを確認する。

おあつらえむきに、初瀬のみが聴牌だった。

 

 

(さっきの打{7}で聴牌でしたカ……それでは遠慮なく……決闘(デュエル)!)

 

この時、メガンは失念していたわけではない。

が、東場でもそうだったように、初美は2つ鳴かなければ基本は怖くない。

そう思っていたからこその、決闘。

 

一歩また一歩と初瀬とメガンの距離が離れる。

その直後。

 

 

 

 

 

 

「ポンですよ~!」

 

 

 

 

メガンに戦慄が走る。

 

初瀬の姿がブレたかと思うと、その姿を飛び越えて、ランチャー幼女が上から飛び出してきた。

 

 

(……!晩成……!!)

 

 

初瀬 手牌

{⑦⑧⑨345567三四白北} 

 

 

もとより初瀬は、この手で和了るつもりはない。

最後の最後で、やえから預かった秘策を試す材料が整った。

 

メガンが仕掛けてきたタイミングで、北を手放す。

リスクの高い賭けだ。

 

 

(グッ……!)

 

メガンがつかまされたのは{九}。

かといってメガンには安牌がない。

完全に初瀬との決闘態勢だっただけに、手形はもはや勝負形だ。

 

この{九}はタンヤオのメガンにはもう使えない牌。

オリるか、押すか。

 

 

(こんなんで当たってたまるか……デス!)

 

切り出した。{九}を。

 

まだ初瀬を侮る心が、メガンには残っていたのかもしれない。

故に、出る。

本来は河に出ないはずの牌が、導かれたように。

 

 

 

「ロンですよ~!」

 

 

初美 手牌

{七八南南南西西}  {北横北北} {東東横東} ロン{九}

 

 

「32000ですよ~!」

 

 

 

特大のランチャーが、火を噴いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(もう、許しまセン)

 

次局、メガンは一度自身の頬を叩くと、気持ちを切り替えた。

あろうことか、10万点を下回ってしまった。

これも全て、自分が相手を侮った結果。

 

 

(ネリー、すみませんね、やらせてもらいマス)

 

 

メガンが、手牌を伏せる。

そして、下を向いて目を閉じた。

 

メガンのその動作に、初瀬と初美は訝しむ。

それはそうだろう。手牌を伏せて打牌、なおかつ目を瞑るなど、普通はありえない。

他家の手が見えないのだから。

 

 

 

 

 

「やめろ……メグ……!」

 

控室のネリーがメガンに警告を発する。

しかし、当のメガンには聞こえてなどいない。

 

 

(やめま……っセン!!)

 

 

 

 

 

「ツモ!4000、8000!」

 

メガン 手牌 ドラ{⑨}

{赤⑤赤⑤⑥⑦⑧667788六七} {八}

 

 

 

 

(ぐっ、倍満!?)

 

初瀬が驚くのも束の間。

 

 

 

メガンの猛攻は止まらない。

最悪なことに、ここからはメガンの親だ。

 

 

「ロン!12000!!」

 

メガン 手牌 ドラ{一}

{78一二三四五六七八九西西}  ロン{9}

 

 

(5巡目……!早すぎる……!)

 

(なんかまずいですよ~?!)

 

さすがの初美も涙目だ。

役満を和了れたのはいいものの、このままではその分取られてしまう。

 

インターハイのルールは、オーラス、親は連荘しなくてもいい、和了りやめのあるルールだ。

しかし、メガンは止まらない。親をやめるはずが、ない。

 

 

 

 

 

「ツモ!6100オール!!」

 

メガン 手牌 ドラ{3}

{⑨⑨⑨11179東東東西西} ツモ{8}

 

 

 

(この……!!)

 

 

『臨海女子高校、メガン選手!高打点3連続和了であっという間にトップを取り返しました!!』

 

『これはちょっと止めらんないねえ……』

 

 

 

 

 

 

「ロン……!3900は4500……!」

 

なんとか早めに聴牌できた初瀬が、ダマで和了りきることで、終局。

 

 

(こいつ……ヤバすぎる……!私が、リーチを打つのをためらわされた……!)

 

思わず初瀬が歯噛みする。

初瀬も奮闘したが、結局3着目との点差は縮まってしまった。

 

 

 

『副将戦、終局です!!トップを奪い返しました、臨海女子高校!!』

 

 

最終結果

 

臨海  129000

晩成  128100

永水   71800

清澄   71100

 

 

「「「「ありがとうございました」」」」

 

 

和が、すたすたと対局場を後にする。

初美もそこそこご機嫌で帰っていった。

区間トップは初美。これだけの点数を稼いだのだ。それはそうだろう。

 

 

「楽しかったデスヨ?晩成のヒト」

 

残ったのは、メガンと初瀬。

 

初瀬はどこが悪かったのかを反省する。

メガンに役満を直撃させ、晩成以外をほぼ並びにすることで、大将戦を楽にする。

そのつもりだった。

 

しかし、結果はメガンの闘志に火をつけ、怒涛の3連続和了。

止められなかった。

 

トップを、まくられてしまった。

 

 

「次は……負けない」

 

「楽しみデス」

 

初瀬とメガンも会場を後にする。

 

 

 

対局室を出た廊下。

 

 

「……くそっ……!」

 

初瀬の目には、悔し涙がこぼれていた。

 



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第39局 王者の剣

「どう由子、戦えそう?」

 

「あのちっちゃい子が上がってきたら大変そうやけどー、それでも宮守の子が止めてくれるかもなのよ~」

 

 

どこかでモノクルをかけた少女がくしゃみをした。

 

 

姫松高校控室。

 

もう時刻は夜の18時だ。Cブロックは大将戦へと突入する。

副将戦が終わって、点数状況は意外と平らになっている。

2度の役満を和了った永水が点数を回復し、一度は落ちた臨海が最後の怒涛の和了りで晩成を引きずり落とした。

 

 

「どこが上がってきても、おかしないな」

 

神妙な顔つきで、洋榎がそう口にする。

一時は晩成と臨海がかなり有利な点数状況を作ったが、もうその差は5万点。

何があるかわからない麻雀であるからこそ、この点数は2半荘であれば安全圏ではない。

 

恭子も静かにモニターを見つめている。

どう転がっても、次の準決勝は楽な戦いにはなりそうにない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

トボトボと廊下を歩く影が1つ。

 

 

「初瀬」

 

「……由華先輩……」

 

晩成高校控室の前、扉を開けて出てきた由華と、帰ってきた初瀬がちょうど鉢合わせた。

 

 

「……すみませんでした……!」

 

バッと頭を下げる初瀬。

 

戦い方は悪くなかったが、結果として初瀬は点数を大幅に失うこととなってしまった。

役満が2回出た荒場で、倍満親かぶりもしているのだから不幸なことは不幸なのだが、それでも言い訳はできない。

 

 

「いや、むしろあのメンツ相手によう戦ったよ。去年の私だったら6万点くらい無くなってたなあ」

 

初瀬は頭を下げたまま動かない。

涙は拭いた。泣いている場合ではない。気持ちを切り替えてしっかりとした表情で控室に戻るつもりだった。

 

しかし、一目見ただけで、由華は初瀬の目元が赤くなっているのがわかってしまった。

 

 

「まぁ、とりあえず反省すべきところは反省して」

 

これは先輩としてのアドバイス。

初瀬の頭をわしゃわしゃと撫でる。

 

 

()に向けて、調整しとくんだぞ」

 

「……!はいっ……!」

 

ひらひらと手を振って歩いていく由華。

 

その後ろ姿を、初瀬は何度も見てきた。

初瀬も、憧もたくさん努力した。

しかし、努力という観点で、この人には数段劣るだろうという自覚もある。

 

毎日学校側に無理を言って夜遅くまでひたすら対局を重ね、朝早く学校に来て牌譜を眺める姿をいつも見てきた。

 

どうしたら強くなれるか。

由華はいつだって強さに貪欲で、そしてその末に自ら大将を勝ち取った。

 

 

(去年の無念……晴らしてきてください……!)

 

初瀬からすれば紛れもなく、頼れる先輩の1人なのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『時刻は18時を回りましたが、この後も全国高等学校麻雀選手権大会、通称インターハイ中継を続けます。さて、Cブロックはいよいよ大将戦、三尋木プロ、みどころはどのあたりでしょう?』

 

『それこそわっかんねー。ただまあ、永水と清澄は必死に攻めてくるだろうし、臨海も超火力と来た。晩成はどれだけ耐えられるかねい?』

 

 

4人の選手が卓に座る。

東家に永水女子の石戸霞、南家に晩成の巽由華、西家に清澄の宮永咲、北家に臨海のネリーヴィルサラーゼという並び。

 

 

「「「「よろしくお願いします」」」」

 

 

『Cブロック大将戦、スタートです!』

 

 

 

東1局 親 霞 ドラ{8}

 

 

(さて……点差は5万点と少し……初美ちゃんがだいぶ稼いでくれたけど、まだ足りないわね)

 

トンパツの親は霞。2着目の晩成との点差はおよそ5万点と少し。

残り局数を考えれば、1回でも多く親番で和了りたいところ。

しかしそれにしても、霞の能力も勝手がわるい。

使いどころは考えるべきだろう。

 

 

8巡目 霞 手牌

{①②③④⑥⑦4赤5678二二} ツモ{9}

 

 

(あまりリーチをかけるのは好きではないのだけれど……仕方ないわね)

 

「リーチしようかしら」

 

親の霞のリーチが入る。

晩成も臨海も、親に立ち向かうメリットは少ない。オリを選択する。

しかしここに1人、立ち向かう必要のある選手がいる。

 

 

 

「カン」

 

(親のリーチ相手に暗槓……?)

 

由華が訝しむのも当然だった。カンは諸刃の剣。

自身の打点アップにはつながるが、同時にドラを増やす。

このリーチがかかっている局面であれば、親の霞に対して2つもドラを増やすことになるのだ。

当然しない選択肢を取ることのほうが多い。

 

狙いがドラでないのなら、何が狙いか。

 

カンはもう1枚の牌を、山から補充することができる。

所謂、嶺上牌だ。

 

そしてこの、嶺上牌で和了ると、役がつく。

 

 

その役の名は。

 

 

 

 

 

「ツモ。嶺上開花」

 

 

咲 手牌

{④赤⑤⑥23八八九九九}  {裏西西裏} ツモ{1}

 

 

「2000、4000」

 

 

 

 

『り、嶺上開花が決まりました!清澄の宮永咲!』

 

『珍しい役が出たねい。今年のインターハイだと初かな?』

 

咲の目に、稲光が走る。

 

(点差はある。けど、お姉ちゃんと戦うまで、誰にも負けられないんだ……!)

 

 

 

 

 

 

東2局 親 由華

 

咲の猛攻は止まらない。

 

 

「カン」

 

(またか……!)

 

由華の視線が鋭くなる。

冷静に見定めようとする、目。

 

咲の手が嶺上牌に伸びる。

 

 

 

 

「ツモ。嶺上開花」

 

咲 手牌 ドラ{④}

{①①①④⑤赤56788} {裏一一裏} ツモ{⑥}

 

「2000、4000」

 

 

 

 

(こいつ……!)

 

『2、2局連続の嶺上開花です!!清澄高校宮永咲選手!Dブロック大将戦、とんでもないことが起こっています!』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「宮永咲は地区予選でも嶺上開花をかなりの回数和了っとる。それこそ現実離れした確率で、や」

 

姫松高校控室。恭子はいきなりの2連続嶺上開花というとんでもない事態に対しても冷静に分析を行っていた。

 

「嶺上で確実にツモれるんやったらカンそのものを封じなあかんってことか?」

 

「いえ、宮永は確実に嶺上でツモるわけやありません。嶺上を、有効牌を引き入れるために使うこともあります」

 

「器用なのよ~」

 

自在なカンの使い手。それが宮永咲。

多恵も恐ろしいものを見たという具合に画面を眺めている。

 

 

「晩成……逃げ切れるのか……?」

 

見つめる先には親被りで点差が縮まった晩成の大将が映っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(よし……これで親。まだまだ足りないよ……!)

 

点数を稼いだ咲だが、まだ2着目には遠く届いていない。

この親でなんとか点数を稼ぐ必要がある。

 

 

東3局 親 咲 ドラ{⑧}

 

7巡目 咲 手牌

{④④④⑦⑨⑨⑨⑨345五六} ツモ{⑤}

 

(よし、ここだ)

 

咲は幼少の頃からなんとなく、嶺上牌がなにであるかと、カン材がどこにあるのかがわかる能力を持っていた。今回の場合は、手牌の中にカン材がある。

 

そしてもう一つのカン材は。

 

 

「カン!」

 

(また……)

 

霞も黙ってそれを見つめる。

まだ対処しきれていない。

 

 

 

咲 手牌

{④④④⑤⑦345五六} {裏⑨⑨裏} ツモ{④}

 

 

 

「もいっこ、カン!」

 

(連槓……?)

 

由華もまだ咲の能力の全容を掴み切れていなかった。

 

 

 

咲 手牌

{⑤⑦345五六} ツモ{赤⑤}

 

(あった……。これで)

 

「リーチ!」

 

2連続のカンから、咲は牌を横に曲げた。

ドラも増やしての、親のリーチ。

強烈な手牌。振り込んだら満貫以上は覚悟するべきだろう。

 

 

(今度は嶺上開花ではなく、リーチ……)

 

霞も突然のことに冷静に対処している。

どんなパターンがあるのか。それを理解しなければ死地に飛び込むのはこちらの方だ。

 

 

「……ポン」

 

由華が動く。

このままされるがままなのも癪だ。といったような不機嫌な表情で、鳴きを1つ入れた。

 

 

(大丈夫。リーチをかけている私の方が有利。それにまだ晩成の人は聴牌じゃなさそう……先にツモるよ……!)

 

咲もこの大舞台で冷静だった。

鳴きを入れた晩成の捨て牌はまだ色濃くない。

そう判断できている。

 

しかし、この場面で警戒すべきは晩成ではなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「もう、終わってるよ?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ゾクりと咲の全身を悪寒が駆け抜ける。

声の主の方を見れば、下家のネリーヴィルサラーゼ。

 

 

「カン」

 

 

(……?!)

 

自分が得意とするカン。次の嶺上牌も咲はわかっている。

まさか、と咲の背中に冷や汗が流れる。

 

 

 

 

「ツモ。嶺上開花」

 

 

ネリー 手牌

{⑧4赤56789南南南} {裏11裏} ツモ{⑧}

 

 

「3000、6000!」

 

 

 

ネリーの目にも稲光が走っている。

間違いなく、意図された嶺上開花。でなければ、混一にしない意味がない。

 

 

(狙ってやった嶺上開花……!けど、マホちゃんのおかげで、まだ戦える……!)

 

少し涙ぐんだ目をする咲だが、まだ闘志は消えていない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ここまでリンシャンリンシャンリンシャンだじぇ。花咲きすぎだじょ」

 

清澄の1年生トリオが1人、片岡優希はソファに寝っ転がりながらそう言った。

大将戦が始まって、ここまでの和了りが全て嶺上開花。

異質極まりない。

 

まさにこの大将戦が普通ではないことを示している。

 

 

「咲さん、大丈夫でしょうか」

 

「大丈夫。こういう時のために、特訓してもらったんだもの」

 

和も心配そう。

しかし部長の久は咲を信じている。

自分の領域を脅かす者に慣れさせたのはこういう時のためだ。

 

 

「さあ咲。あなたの力を全国に見せつ……?!」

 

久は言葉を最後まで言い切ることができなかった。

 

それは何故か。

 

咲の表情が目に見えて変わったからだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(1年どもが。随分楽しそうじゃないか)

 

咲とネリーを半眼で睨み据えるのは、晩成の巽由華だ。

確かにここまではこの2人に好きなようにやられている。

 

 

 

東4局 親 ネリー

 

 

由華 配牌

{②⑨15589一南南発発西} ツモ{西}

 

 

『晩成の巽由華、役牌2つ対子ですね。自然と混一になりそうな手です』

 

『いやーどうだろうねい?あまり手牌短くしたくないんじゃないのー?』

 

 

2巡目、親のネリーから{南}が切られる。

しかし由華はこれをスルーした。

次巡。

 

 

由華 手牌

{②15589一南南発発西西} ツモ{南}

 

 

稲妻が走る。

 

南が暗刻になった由華。

{一}を切り出す。

 

 

『これでだいぶよくなりましたね、巽選手の手牌』

 

『これで次の役牌たちは間違いなく鳴くだろうねい』

 

 

次巡、霞から{発}が出る。

しかし、これにも声がかからない。

 

 

 

『あ、あれ、巽選手スルーを選びましたよ……?』

 

『えー…オホン、すみません、わたくし、嘘をつきました』

 

 

咏のキャラが変わっている。

 

それも仕方がないこと。普通はこの{発}は鳴きの一手だろう。一気に混一にも向かえる上に、字牌暗刻があるので防御力も悪くない。

しかしこれを由華はスルーとした。何故か。

 

 

 

(私は王者の剣。王者とは常に、人上に立つ存在。他人からの施しなど、求めない。自分で掴み取る)

 

 

 

 

その瞬間。

黒いオーラが、卓上を駆け抜けた。

 

 

「ひゃ……!」

 

声が出そうになり、思わず手で口を抑える咲。

 

 

(……?!……これ……!晩成の人?!)

 

 

ネリーも思わず目を細める。

 

(この感覚……まさか晩成だったか)

 

 

 

 

次巡、由華の持ってきた牌が稲妻のようなエフェクトをもって手牌に重なる。

 

 

 

 

 

由華 手牌

{②15589南南南発発西西} ツモ{発}

 

 

 

『巽選手、2連続で地力で重ねました!!』

 

『すっげーツモ!なんだこれわっかんねー!』

 

 

解説の咏も興奮気味。

会場も盛大に盛り上がる。

 

 

由華はそっと目を閉じた。

 

あの日誓った。愛する先輩に。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『そうよ、あなたは常に高みを目指しなさい。鳴くより面前の方が高いんだから』

 

『……はい。私は誰にも頼らない。自分自身の力で、やえ先輩の剣になってみせます』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ツモ」

 

 

 

由華 手牌

{55789南南南発発発西西} ツモ{西}

 

 

 

 

 

「4000、8000!!」

 

 

 

 

 

(私はもう、迷わない。王者の覇道を邪魔する者は、全員たたっ切る……!!)

 

 

 

 

横薙ぎに振るわれた王者の大剣が、卓上を切り裂いた。

 




巽由華ちゃんの能力はなんだろうな~わっかんね~(棒)



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第40局 忠誠

「力を貸してくれる?」

 

あの時、自分の憧れであり愛する先輩はそう言った。

 

 

しかし由華は、それが半分本心ではないことも理解していた。

 

それはそうだろう。

誰よりもこの1年この先輩を見てきて、己の力だけで私達を全国に連れて行こうとしていることは痛いほどわかってしまう。

 

少し寂しい気もしたが、それを口にすることはない。去年ボロボロに敗れ去った由華がそんなことを口にする資格はない。

では今、何ができるのか。

 

それを考えた時に由華がたどり着いた答えは、ひたすらに自己の研鑽をすることだった。

 

 

(いつかやえ先輩でも苦しい相手が現れた時に、私が道を切り開く)

 

本心から出た言葉ではないとしても、あのとき由華は救われた。

絶対に強くなろうと心に決めた。

 

幸い、今年は優秀な後輩が2人も入ってくれた。同級生も皆心を一つにし、全員が努力している。

 

 

今年のインターハイを迎えた時、ワンマンチーム晩成は既に終わっていたのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

大将前半戦 南1局

 

点数状況

 

晩成  135100

臨海  129000

清澄   77100

永水   58800

 

 

 

 

南1局 親 霞

 

 

(困ったわね……)

 

この大将戦、唯一の3年生、石戸霞は苦しい局面に立たされていた。

本人も自称するように、基本的に霞は守りの麻雀が得意。地区予選も1回戦も、チームメイトが稼いだ点棒を守ることで事足りていた。

しかし、この2回戦はそうもいかないらしい。

文字通り死の先鋒戦に巻き込まれた我らの姫は、一瞬トバされかけるところまで追い詰められた。

その後のメンバーも奮闘し、初美の活躍で7万点にまで乗せたが、大将戦東場が終わってみて、1度も振り込んでいないのに13000点もう失点してしまっている。

 

 

(仕方ないわね……苦手分野、いかせてもらおうかしら)

 

その瞬間。

 

荘厳な空気が、卓を包み込む。

 

 

降りてきたのだ。一番恐ろしいと言われる、神が。

 

 

(……?!なんだ、永水……!)

 

卓上にいる3人が一斉に親の霞を見つめる。

何か仕掛けてくる。本能的にそれを感じ取ったのかもしれない。

 

それでも、止められはしない。

 

 

 

 

 

「ツモ」

 

 

 

霞 手牌

{②②③③④④⑧⑧⑧東東東南} ツモ{南}

 

 

「6000オール、お願いしますね?」

 

親の跳満が決まった。

 

 

『最下位に沈んでいた永水!親の跳満ツモで一気に点差が縮まります!』

 

 

あまりにも早い面前混一ツモに、3人も驚きを隠せない。

 

 

(鹿児島のお姉さん、急に雰囲気が別人だよ……) 

 

(いやいやいや、これおかしいだろ……!)

 

由華は気付いた。

いや、由華でなくとも気付くであろう。

霞の河。

 

 

霞 河

{西北発⑨白⑨}

{①⑥}

 

 

霞は筒子の面前混一で和了っている。

ということは、()()()()()()()()()()()()()()()ということに他ならない。

そんなこと、普通に麻雀を打っていたらまず、ありえない。

 

 

南1局1本場 親 霞 ドラ{⑦}

 

由華 配牌

{①③⑤⑦⑨二二四七八西西白}

 

 

(おいおいおい……まさか今度は索子ってんじゃないだろうな永水……)

 

由華の手牌には、一枚も索子がない。いわゆる、絶一門だ。

 

ネリーも自身の手牌を見つめる。

 

 

ネリー 配牌

{④④⑥⑧⑨一一四五八九東中}

 

 

 

(……なにをした永水)

 

由華は霞の河を眺めた。もちろん筒子と萬子は出てこない。

そして、8巡目、その疑いは、確信に変わる。

 

 

 

「ツモ」

 

 

霞 手牌

{2224466677899} ツモ{8}

 

 

 

「面前清一色ツモ一盃口で、8000オールに1本場お願いしますね?」

 

 

(全部索子……!!!)

 

『永水女子石戸霞選手!!親跳ツモの後は親倍ツモで一気に原点まで点数を回復しました!!2着目の臨海とももう13800点差!目と鼻の先です!!』

 

 

 

由華の表情が苦痛に歪む。

覚悟してはいたことだが、こうも人外ばかりの卓だとは思いもよらなかった。

 

 

 

点数状況

 

晩成 121000

臨海 114900

永水 101100

清澄  63000

 

 

南1局 2本場 親 霞 ドラ{⑥}

 

(これ以上好き勝手させられるか……!)

 

由華の配牌は今度は萬子がない。

今まで通りに考えるなら、永水の所に萬子が集まっていると考えて間違いないだろう。

 

5巡目 由華 手牌

{①②③④⑤⑥⑦3456北北} ツモ{7}

 

 

(よし。張った。萬子が永水の所に集まるのだとしたら、この3面張は普段よりもツモりやすい)

 

由華の言う通り、この3面張は萬子がこないと仮定するならツモりやすい。

リーチをかけるのは妥当な判断だった。

 

 

「リーチ」

 

しかし、その牌は、下家によって奪われる。

 

 

「カン」

 

発声は、宮永咲。

 

 

(大明槓……!)

 

嶺上牌に手を伸ばす咲の手に光が宿る。

 

 

 

 

 

「ツモ。嶺上開花。12000は12600です」

 

 

 

咲 手牌

{③③③赤⑤⑥⑦⑧南南南} {横①①①①} ツモ{⑧}

 

 

目には稲妻が走っている。

嶺上牌を自在に扱う、清澄の嶺上使い。

 

(三暗刻消してまで大明槓……ね)

 

 

 

『せ、責任払いです!トップの晩成から一閃!リーチにカンをしかけて嶺上牌でツモりました宮永咲!インターハイのルールでは大明槓で嶺上開花した場合は大明槓させた人の1人払いのルールなので、この場合は晩成の1人払いになります!』

 

『珍しいルールだよねい。正直これだけはなんで責任払い採用してんのかわっかんねーわ』

 

 

通常では考えられない鳴き。

そもそもこの待ちでリーチをかけていないことが不可解で仕方ないのだが、それに加えてわざわざ三暗刻を消す大明槓と来た。

普通の人が見たら嶺上開花に憧れすぎた故の素人の愚行にしか見えないだろう。

 

しかし、咲は違う。

確実に和了れる方法をとっている。

 

 

(清澄のこの子……私の支配が及ばない王牌をわざと使っているのかしら……)

 

霞も連荘が止められてしまった。

原点まで戻したのだからかなりの加点になったが、あと少し準決勝進出ラインまでは届いていない。

 

 

南2局 親 由華

 

 

咲は霞の支配の及ばない王牌で自在に牌を操る。

この場で一番霞に対して有利な力だった。

 

 

「嶺上開花。2000、4000」

 

咲 手牌

{三四五五七八九} {一一一横一}※加槓 {中横中中} ツモ{二}

 

 

 

『またまた嶺上開花!!なんとこの親被りで晩成陥落……!!トップは再び臨海に移ります!晩成は3着目の永水とも8000点差!もうわかりません!』

 

『だいぶ平らになっちまったねえ……選手たちは気が気じゃないだろーねえ』

 

ラスからトップまでが圧縮された。

これではどの高校が準決勝進出を決めるか、全く分からない。

 

 

(まあ、前半戦は好きにやってくれて構わない。どうせ今は無理に和了りにいく所でもない。後半戦でその顔、絶望させてあげるよ)

 

ネリーがつまらなさそうに点棒を渡す。

トップに立ったネリーだが、点差はむしろ詰まっている。状況が好転したとはとても言えない状況だ。

 

 

一方、トップを譲る形になった晩成。

由華は目を閉じて一度呼吸を整える。

 

相手は強い。わかりきっていたことだが、去年よりももっと強い。

 

しかし私はなんのために努力を重ねてきた?

間違いなく、今この時のため。

 

 

(……すみませんやえ先輩。控室に帰る前に、必ずトップを取り返します)

 

闘志は失っていない。

イレギュラーが多く、対応に時間はかかったが、もう大丈夫。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「由華先輩、大丈夫ですかね……?!」

 

祈るように両手を合わせるのはやえの隣に座る憧だ。

ソファで無言でモニターを見つめるやえを、がっちり憧と初瀬で隣をキープしている。

 

 

「由華先輩ごめんなさい……私がもう少し上手くやれていれば……!」

 

初瀬もスカートを握りしめて悔やんでいる。

やえにも良い打牌だったと言われたものの、結果が伴わなければ意味がないと思っている本人はやはり気にしているようだ。

 

そんな後輩2人と、固唾を飲んで見守っているメンバー全員の視線がモニターに集まっている。

 

やえがゆっくりと口を開いた。

誰に声をかけるわけでもない。強いて言えば、画面の向こうの由華に。

 

 

「……相手は強い。けどね、私が保証する。その中の誰よりもあんたはこの1年間努力した。わけわかんない力で対応は遅れたかもしれないけど」

 

かつてボロボロに敗れ去った後輩は、1年でこんなにも頼もしくなった。

部内で見て強くなったとわかっていたのに、信じ切ることができなかった自分が恥ずかしい。

 

 

だからせめて今は激励を。

 

 

「もういけるだろ?由華」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

南3局 親 咲 ドラ{9}

 

 

(予想以上に人外ばっかり。臨海だってまだこんだけ余裕そうな表情してるってことはなんか隠してる。まだ手を下す必要はないと思ってんのか。甘く見られたもんだ)

 

 

由華が配牌を受け取る。

状況は非常に良くない。

3着目との点差だって満貫1回でひっくり返る点差だ。もう死はすぐそこまで来ている。

 

 

由華 配牌

{①①②⑨⑨235799東南} ツモ{白}

 

 

ドラは2枚あるが、重い形。チャンタが見えると言えば聞こえはいいが、チャンタとは基本的に最終形が愚形になる役だ。当然和了率は下がる。

由華はとりあえず白をツモ切りとした。

 

 

「ポン」

 

動いたのは霞。

手牌が1種類で固定されている霞が鳴いた。時間的猶予はほぼないだろう。

 

次巡、有効牌を1つ取り入れて、字牌を処理した後、咲から{⑨}が出る。

 

 

『流石に{⑨}からはしかけられませんか、晩成の巽選手』

 

『どうだろうねい?それこそさっきまでの晩成の中堅の子と副将の子は2人とも仕掛けるんじゃない?理由はそれぞれ違いそうだけどねえ。でも、この大将のコは、鳴く必要、無いんじゃない?』

 

『……?それはどういう……』

 

 

打点のために鳴く初瀬と、速さのために鳴く憧。

たしかにこの2人ならこの{⑨}は鳴いていってもおかしくはない。

最後に咏が残した言葉に、針生アナが疑問符を浮かべる。

鳴く必要がない……?どういう状況で鳴く必要がないという状況になるのだろうか。

 

その真相は、次巡明らかになる。

 

 

 

由華 手牌

{①①②⑨⑨1235799南} ツモ{⑨}

 

 

『うわあ……』

 

『なあ?言ったろ?知らんけど』

 

ケラケラと咏が笑う。

もしかしなくても、まさかこの晩成の大将は。

 

 

次巡、ドラの{9}が咲から放たれる。

ドラであっても、由華から発声はない。

 

 

 

由華 手牌

{①①②⑨⑨⑨1235799} ツモ{9}

 

当然のことのように、由華はこの聴牌を取らない。

平然と{5}を切る。

ドラ3とはいえ、このような不格好な手、我らが王者に捧げるには、似合わない。

 

 

さらに次巡、ネリーから{①}が出る。

これも当然鳴かない。

 

 

 

由華 手牌

{①①②⑨⑨⑨1237999} ツモ{①}

 

 

「リーチィ……!」

 

異様な河。カンを操る咲と、確実に一色手を和了ってくる霞にまったく物怖じしていない。

覇道を邪魔するものは、全て蹴散らす。

鋭く横に向けられた{7}は、確かな意志が宿っている。

 

 

『願うものは自身の力でつかみ取る。いいねえ、まさに王者に仕える忠臣っぽいねえ』

 

咏が扇子で自身の口元を抑える。

予想以上の実力者の出現に、咏も思わず口角が上がってしまうのを隠した。

 

孤独な王者小走やえのもとに集まった忠臣。

今年の晩成は一味も二味も違う。

 

 

 

ツモる由華の手はさながら剣閃。

卓に牌がたたきつけられた。

 

 

 

「ツモ!!」

 

 

由華 手牌

{①①①②⑨⑨⑨123999} ツモ{③}

 

 

「4000、8000!!!」

 

 

 

 

(和了りも、勝利も、今度こそ必ずつかみ取る……!全ては、やえ先輩のために!)

 

2度目の倍満が対戦校を蹴散らした。

 








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第41局 混沌

先日上げました活動報告に、たくさんの温かいコメント、本当にありがとうございます。

みなさんがあまりにも優しい言葉をかけてくれたので、今日だけは頑張ってみました。


「うう……トイレどこだっけ……」

 

 

宮永咲は迷っていた。

大将戦前半戦を終え、休憩時間。泣いても笑ってもあと半荘1回で準決勝進出チームが決まるという状況。

選手たちは極度の緊張状態だ。控室にいるメンバーだって気が気ではない。夏の大一番が終わるのか、まだ続くのか。

チームの命運は大将に託されているのだから。

 

そんな極度の緊張感の中で、仕方ないと言えば仕方ないのだが、宮永咲はいつものように尿意を催した。

しかしこの少女はとんでもない方向音痴。手をつないでいなければそれこそどこにいくか分かったものではない、清澄高校としては一つの悩みの種だった。

 

そしてその捜索をお願いされるのもまた清澄の1年生なわけで。

 

 

「咲さん」

 

「和ちゃん!」

 

チームメイトである原村和が迎えに来てくれていた。

安堵の表情を浮かべる咲に、和はひとつため息をつく。

 

 

「もっとシャキっとしてください。後半戦、大丈夫なんですか?」

 

和の心配ももっともだ。

清澄高校は現状ラス目。

 

控室のメンバーも心配している。

清澄高校の目標は全国制覇。咲には咲の目標、姉である照に麻雀で話をするという目標があるし、和だって負けられない。麻雀をまだ手放すわけにはいかないのだ。

そのために必要な点数は現状およそ2万点。かなりの荒場になっている大将戦だから簡単と思われがちだが、2万点差をひっくり返すのは大変な作業だ。

しかし、それを成し遂げなければ、次には進めない。

 

 

「……2回戦は、もっと簡単に勝てると思ってたんだ」

 

その言葉に、和は少し表情を歪める。

簡単な試合なんてインターハイにはない。和だっていつも全力を出して戦っている。だというのに相手を軽んじるようなこの発言は和には少し不快だった。

 

 

「でも、やっぱり、みんなすごい。インターハイって私が思ってたよりもずっとずっと強い人がたくさんいるんだって思った」

 

咲の正直な気持ち。

咲は久から、可能であれば点数調整をして勝ってみなさいと言われていた。その突拍子もない提案を、しかし咲も無理だとは思っていなかった。

 

それが今ではどうだ。

点数調整どころかまずは準決勝進出ラインに点数を持っていくことだって難しくなってきている。

 

 

「……じゃあ、諦めるんですか?」

 

「そんなことないよ!」

 

半眼で咲を軽く睨みつけた和に対し、咲は首を横に振る。

 

相手は手強い、しかし彼女は別に何も

 

 

 

 

「だからこそ……全力で、倒しに行ってくる」

 

 

 

 

勝てないとは言っていない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『さあ、運命の大将後半戦が始まります。この半荘1回で、準決勝に進出する2校が決まります』

 

『いやあ……正直2回戦のレベルじゃねーべ?もうこの4校全部準決勝進出でいーんじゃねーの?知らんけど』

 

 

無理な相談。そうはわかっていても、咏の言葉に異を唱えるものはいない。

それだけこのCブロックは白熱していて、どの高校も、次も見たいと思わせてくれるようなメンバーだ。

だからこそ、応援にも熱が入る。

 

 

『さあ、全員が卓につきました。Cブロック2回戦大将後半戦、スタートです!!』

 

 

東家にネリー、南家に由華、西家に咲、北家に霞。

たったあと1半荘で、4校の命運が決まる。

 

 

「「「「よろしくおねがいします」」」」

 

 

東1局 親 ネリー ドラ{②}

 

 

(トップは奪い返したけど、まるで安全圏とは思えない。特にこのメンツ相手なら……)

 

霞が切った牌を見て、由華が牌をツモる。一瞬たりとも油断はできない。

それだけ1度の打牌ミスが命取りになる。

ここまで満貫未満が一度も出ていない卓なのだ。もう到底普通の麻雀ではない。

 

 

由華 手牌

{②④④⑤12236799東} ツモ{北}

 

手牌を眺めてから、持ってきた北と東を入れ替えて河に放った。

 

 

(まさかとは思っていたけど……永水、その支配はまだ継続なのか)

 

対面に座るおっぱいお化けを見据える。

その手牌の中は見えないが、間違いなく一色でできているだろう。

 

 

霞 手牌

{一一二三三五七九東南南西白} ツモ{九}

 

 

(休憩中に祓ってもらうのはさすがに無理だし……なによりこの状態を維持しないとこの子たちに勝てる気がしないわ……こんなに長い間降ろしたことは無いけれど、やってみましょう。せっかくの、皆で出れた大会ですもの)

 

霞の能力は、次鋒の巴か中堅の春に祓ってもらわない限りは解除ができない。

なのでこの後半戦まるまるをこのまま戦い抜くことになる。しかし前半戦で使っていなかったら、とうてい1半荘ではひっくり返せない点差になっていたであろうから仕方がないのだが。

 

 

 

7巡目 霞 手牌

{一一二三三九九東東南南西白} ツモ{二}

 

(あら……できれば順子手で行きたかったのだけれど……七対子なら仕方がないわね)

 

 

面前混一七対子(メンホンチートイ)。打点も十分な役だが、実はこの役、赤が絡まない限りは出和了りだと満貫にしかならない。

この手を満貫にしてしまうのはもったいなく感じるのは、霞だけに限った話ではないだろう。

 

みたところこの西は生牌。白は一枚切れ。固めて持たれている可能性も考慮して、霞は手から西を打ってリーチに出た。

今は何より、打点が欲しい。

 

しかしこの時ばかりは、その判断が裏目に出た。

 

 

「リー「カン」」

 

その牌が曲げられるより早く。

上家の咲から声がかけられた。

 

 

「もいっこ、カン」

 

霞の額に汗が流れる。本能的に感じていた。彼女が鹿児島神鏡に住む巫女だから猶更感じ取ることができた。

 

この流れはまずい、と

 

 

「ツモ。嶺上開花」

 

 

 

 

咲 手牌

{②②赤⑤赤⑤⑤⑦⑧} {裏中中裏} {西西西横西}

 

 

「16000」

 

 

『ば、倍満……!この大将戦、何度目の倍満でしょうか……!超高火力!清澄高校、この一撃で、ほぼ原点まで回復しました!!』

 

 

咲の目に力強い稲妻が走る。

今日一番と言ってもいいほど、強く輝いたそれ。

 

1撃で永水をまくり、2着の臨海までも5000点差まで詰め寄る。

 

 

 

 

東2局 親 由華 ドラ{三}

 

 

(私はお姉ちゃんと戦うんだ。それまで、誰にも負けられない)

 

咲の目にはもう相手に対する油断もない。県予選決勝で、あまりにも強大な敵と当たってしまったせいか、咲の気持ちは少し緩んでいた。

部長の久もそれを見越して練習試合を行ったのだが、それだけでは足りていなかった。

そしてこの2回戦で強敵と当たる。

 

前半戦を終え、全国クラスを肌で感じて初めて、咲は今自分がインターハイの大将戦に座っているということを自覚した。

もう1度も隙は見せない。

確実にトップを取りに行く。

 

 

「カン」

 

咲の声が卓に小さく響く。対戦相手の3人からすれば、もうそれは死刑宣告に近い。

 

 

(5巡目……!いくらなんでも早すぎるだろ宮永……!)

 

由華の表情が硬くなる。

自分のあと2回の親番をそうやすやすと流されたくはない。そう思って早めに勝負に出ようと思っていたのだが、鳴かない由華にとって加速は非常に難しい。

無情にも、咲の手牌が倒される。

 

 

「ツモ。嶺上開花」

 

咲 手牌

{22一二三四赤五六七九} {裏西西裏} ツモ{八}

 

 

「3000、6000です」

 

 

『2、2局連続の嶺上開花!!圧倒的です宮永咲!!これで臨海をまくり2位に上昇!1位の晩成ともたったの800点差です!!後半戦に入って勢いが増したように見えます宮永選手!』

 

『あちゃー、こりゃ相当だねえ。これ、誰か止められんの?』

 

 

咲の怒涛の和了に会場から歓声が上がる。

清澄が2位に立った。準決勝進出ラインが入れ替わる。

 

 

(宮永……あまり調子にのるようなら……潰すぞ)

 

凶悪な表情を浮かべるネリーに対しても、咲の表情は変わらない。

普段の咲なら怖気づいていたかもしれない。

 

しかし今は動じない。

 

今の咲の表情は、まさしく魔王のそれだ。

 

 

 

東3局 親 咲 ドラ{2}

 

 

「ポン」

 

手牌を晒したのは咲。下家の霞からの鳴きだ。

 

 

(まずいわね……今一瞬、カンでなくてよかったと思ってしまった……)

 

恐怖。トンパツの咲の大明槓からの嶺上開花は、霞に恐怖を植え付けるのには十分すぎた。

さっきまではわずかに見えていたはずの準決勝が、今はとても遠く感じる。

 

なによりも、霞がネガティブな感情を抱いてしまっていることに問題があった。

能力が飛び交うこの卓では、気持ちがものをいう。

 

 

由華 手牌

{2356678二三四六八西} ツモ{八}

 

 

(一向聴……だがこれで間に合うのか?この状態の(コイツ)に)

 

由華も今の咲の異常さに気づいている。

もちろん前半戦もだいぶおかしな麻雀を打っていたが、今はもっとひどい。

魔物かなにかと麻雀を打っているような、そんな感覚が由華を支配していた。

 

そんなことを由華が思っていた刹那。

 

 

「カン」

 

 

3人が驚愕する。別にカンそのものに驚愕しているわけではない。

 

 

(こいつ……!!!)

 

(この子……とんでもない化け物ね……)

 

カンぐらいなら今まででも何回もされた。嶺上開花だってされているのだ。カンと言われても「またか」というリアクションが適している。

ではなぜ、3人が驚愕しているのか。

 

 

 

 

 

咲はまだ、次のツモ牌に()()()()()()()()

 

 

 

 

盲牌もろくにせず、咲はその牌をポンしていた牌の上に乗せる。

そしてその腕は、よどみなく王牌へと向かう。

 

魔王の右手が、振り下ろされる。

 

 

 

 

「ツモ。嶺上開花」

 

 

咲 手牌

{22赤56一二三七七七} {九九横九横九}※加槓 ツモ{7}

 

 

「4000オール」

 

 

『き、きまったー!!清澄高校、本日初めてトップに立ちました……!!とんでもないことが起こっています!!』

 

 

 

 

点数状況

 

清澄  123600

晩成  108400

臨海   97900

永水   70100

 

 

 

 

 

 

 

「いよっし!!!」

 

ガッツポーズするのは清澄の主将、久だ。

ついに清澄が3連続和了で首位に立ったのだ。控室も盛り上がっている。

 

 

「咲ちゃん大暴れだじぇ!!」

 

「咲さん……!!」

 

和も笑顔でその様子を見つめている。

休憩時に会いに行ったときは不安だった。

どこかふわふわしている咲がそのまま対局に移りそうな気がして。

 

しかし今は問題ない。間違いなく全力で挑んでいる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

東3局1本場 親 咲 ドラ{8}

 

 

首位を奪われた晩成。由華は咲の怒涛の和了りに面食らっていた。

 

 

(ここまでの仕上がりか宮永咲……!まだ南場があるとはいえ、この流れは早々に断ち切るしかない……!)

 

睨みつけるは下家に座る咲。前半戦の暴れっぷりを見て、後半戦も必ずマークしようとは思っていたが、ここまでとは思わなかった。

そしてそう思っているのは由華だけではない。

 

 

(あーもう決めたわ。本当はこれは見せないつもりだったけど……全力で潰す)

 

ネリーの体からも、おぞましいほどのオーラが出ていた。

ビリビリとあふれ出す光はネリーの瞳から出ている。

 

 

力と力の奔流。

すさまじいほどの闘気が、その場を満たす。

 

その結果。

 

 

4巡目 由華 手牌

{①②②⑥一二三四六七南南南} ツモ{2}

 

 

(索子……だと?)

 

持ってきた牌に驚愕する由華。

跳ねるように対面の霞を見つめる。

 

 

霞 手牌

{⑨234566779三北発}

 

(まずいわね……もう持たないかもしれないわ……)

 

霞の支配の決壊。

あまりの力の奔流にあてられた霞の支配が、すこしずつ薄れてきてしまった。

霞が苦悶の表情を浮かべる。

 

 

 

9巡目。

 

 

「カン」

 

霞の支配からも逃れ、咲の顔はもう到底いつもの表情ではなかった。

 

全力で他を圧倒しようという魔王の表情。

 

咲は、この東3局で決着をつけようと思っていた。

 

 

「もいっこ、カン」

 

「もいっこ、カン」

 

 

咲 手牌

{①⑧⑧⑧} {裏西西裏} {裏④④裏} {東東東横東}

 

 

『り、嶺上開花ではありませんでしたが、さ、三槓子……!三槓子です!かなり珍しい役が飛び出しました……!』

 

『まあー本人は三槓子で終わらせる気はなさそうだけどねえ?』

 

咏の読みは当たっていた。

咲は、この手を三槓子で終わらせる気はない。

 

 

(この局で決める。お姉ちゃんと戦うんだ。そのために、全員ここで倒す)

 

 

咲の狙いはこの先。三槓子のその向こう。

役満という境地。

 

 

しかし、そう簡単にはいかない。ここは魔境なのだ。

 

仕掛けるのはネリーヴィルサラーゼ。

 

 

(永水が限界でちょうどよかった。これなら、使える……!)

 

ネリーが狂気的な笑みを浮かべる。

その一瞬、咲が表情を強張らせた。

 

 

(……ッ!)

 

一瞬だけ、一瞬だけ歪んだ。

咲にはカン材がどこにあるかわかる。

咲の感覚では、次のツモ牌は{⑧}だった。そして嶺上牌で、ツモる。

 

決まれば全員が絶望するほどの点数差になるはずだった。

 

 

 

しかし、咲は今、{⑧}が次のツモ牌か()()()()()

 

 

 

 

(見えなくなった……?!……でも私は信じる……次のツモ牌は絶対に{⑧}なんだ……!!)

 

長年培ったこの感覚。

咲はこの感覚を外したことなど1度もない。

これを否定されたら、自身の麻雀は全否定を受けたも同然だ。

 

 

(早く次の山をツモりなよ宮永咲。お前の麻雀観、根底からぶっ壊してやる)

 

 

ネリーが牌を切る。余裕の表情だ。

 

もしここで、咲が{⑧}を引いたなら、まず間違いなく清澄の勝ち上がりは決定しうる。

 

運命のツモ牌に咲が手を……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「お楽しみのトコ悪いんだけどさあ……」

 

 

 

 

 

 

 

伸ばすことは無かった。

 

 

 

ネリーの次の手番は由華。

由華が持ってきた牌を、強烈な勢いで()()にたたきつけた。

 

 

一瞬の静寂。

3人が意味を理解する前に、由華がゆっくりと、()()の牌を片手で持ち上げる。

 

 

 

 

{裏南南南}

 

 

 

 

 

「コイツで流局だなあ?1年坊ども」

 

 

 

 

 

 

運命の大将戦の行方は、まだわからない。

 

 




・四槓流局

複数の人間がカンを合計で4回すると、その局は流局になる、というルール。
すなわち四槓子という役満は、1人で4回カンをしないと成立しない。

1人が四槓子聴牌になった場合、ルールにもよるが、対局者がカンできなくなる。


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番外編3 クラリンと清澄高校

息抜きの番外編のつもりが……長くなってしまった……。




これは、まだインターハイが始まる前。

 

県予選を控えた清澄高校での出来事である。

 

 

「う……うっ……」

 

「咲……?」

 

麻雀部部室にて。

県予選を間近に控えた清澄高校のメンバーは、打倒龍門渕を達成すべく、部長の久から与えられた個人の特訓を開始していた。

 

ネット麻雀を極めすぎた和は打牌を繰り返すことで、ネット麻雀の感覚をリアルに落とし込む練習。

咲は自分の感覚に頼りすぎてしまうきらいがあるので、逆にネット麻雀を重点的にやることで、感覚に頼らない理詰めの麻雀を。

 

何が得られるかはわからないが、今は全国に行くために必死で努力を重ねていた。

 

和がよくプレイしているサーバーでネット麻雀を打ち始めた咲だったが、ここでいきなり壁にぶつかることとなる。

 

 

「ダメだよ……ぜんぜん見えないよっ……」

 

「ど、どうしたよ……」

 

部室の自動卓で本を読んでいた須賀京太郎が、幼馴染である咲の声を聞いて様子を見に来る。

 

まだこの特訓をはじめて2時間程度。

音を上げるにはまだ早い時間帯だ。

 

京太郎がパソコンの画面をのぞき込むと、そこには咲の対局データが。

 

 

みやながさき

ー60

-48

-43

 

 

まずネット麻雀をリアルネームで登録するなと言いたくなる京太郎だったが、結果もひどい。

ここ1週間ほどで、咲の神がかった麻雀を見てきたからこそ、この結果は京太郎からすると意外だった。

 

 

「いつも牌がもっと見えてるのに……これって……これって麻雀なの……?」

 

「おまえ……何言ってんだ……?」

 

京太郎でなくとも、ほとんどの人間はこう思うだろう。京太郎は一般人の感想を代弁したに過ぎない。

 

しかし咲からすればこの画面の先の麻雀の()()()()()はひどく異質に映っていた。

 

慣れ親しんだ麻雀であれば、咲はどこかに自分のカン材があるかがわかり、嶺上牌もすぐにわかる。

しかし、このいわば無機質な麻雀は、咲の麻雀というものに対する認識を根底から覆すものであったのだ。

 

ひどく混乱する咲。

しかし彼女はここで諦められない。

こんなことで諦めるくらいなら、最初から姉に会いに行こうなどとは思わない。

 

 

「でも……今のままの私じゃ……全国には行けないんだよ」

 

咲は涙を拭いた。

 

やれることは全てやるしかない。

ただでさえ決意してから県予選まで日がない上に、咲にはしばらく牌を触っていなかったブランクもある。

課題は山積みだ。

 

そしてその決意表明を聞いていたのは、京太郎だけではなかった。

 

 

「……」

 

京太郎の対面。

自動卓に座っていた和は、ひたすらツモ切りの動作を繰り返していた。

これが久から和に与えられた課題。

ネットでの感覚をリアルに落とし込むために、余計な情報を取り払うための特訓。

 

咲と京太郎の会話が耳に入ってしまっている時点で、雑念が振り払えてはいないのだが、彼女もまだ特訓をはじめて2時間足らず。

すぐに成功するのは難しいだろう。

 

 

「宮永さん。あなたに見せたいものがあります」

 

「……原村さん……?」

 

もう一度パソコンと向き合いに行った咲の隣にきたのは、先ほどまで自動卓でツモ切りを繰り返していた和だった。

和はおもむろに咲の目の前にあったパソコンを操作し出す。まだネット対局を始める前だったので、ためらいなくブラウザを立ち上げる和。

 

 

(あ、いい香り……)

 

急に和がパソコンを操作し出したのでびっくりした咲だったが、頭の中はいつも通り百合畑だった。

 

 

「これを見てください」

 

和が開いたのは動画サイト。

あまりパソコンを使わないうえにスマートフォンでもろくに動画を見ない咲は、目新しいものを見るような顔つきで、その画面をながめた。

 

 

「くらりん麻雀講座……?」

 

画面には動画のタイトルと、サムネイルが並んでいた。

もっとも、咲はこの画面をサムネイルと呼ぶことすら知らなかったが。

 

そんな咲の様子は置いておいて、和が説明する。

 

 

「この人は、私のデジタルの先生にあたります。彼女の動画で学んだ内容や、再確認できた知識ははかり知れません。幸い、この方は初心者用や、中級者向けの動画も配信されてます。私は見たことはありませんが、デジタルに関心のない宮永さんも、これは見ておいて損はないと思いますよ」

 

「原村さんの……先生……」

 

咲は和の言葉を聞き終わると、改めて画面を見る。

全中王者である和が師と仰ぐのだ。相当なものだろう。

 

 

「確かに、クラちゃんの動画を見るのも、いい特訓になるかもしれないわね」

 

「部長まで……」

 

外の長椅子で牌譜を眺めていた久が部室に戻ってきてパソコンをのぞき込む。

久もこの動画は知っていた。と、いうより、現代で麻雀を打つ人間からすると、この動画を知らない人の方が少ないと言ったほうが適切かもしれない。

 

 

「部長。クラちゃんとはなんですか。この方はクラリン先生です」

 

「え、いいじゃないなんか可愛くて。声も可愛いし」

 

和は納得いかないといった顔で久を睨みつけている。

和にとってクラリンはデジタルの先生。

気安くあだ名などつけていいような存在ではないのだ。

 

 

「とにかく、この動画を見て、基礎を勉強してください。その後、ネット麻雀で実践する。この方も言っていることですが、ただ打つよりも、勉強して、それを実践に落とし込まないことには意味がありません」

 

「わ、わかったよ……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

しばらくして。

 

和も何回打牌を繰り返したかわからない。

流石に手のしびれもひどくなってきた頃合いだ。

 

最後の方は持ってきて切るまでがスムーズになり、思考がクリアになってきた気がする。

 

和は、久のアドバイスが適格であるかもしれないと素直に認めていた。

 

 

(宮永さんは、どうでしょうか)

 

咲の方をみるとイヤホンをつけて動画を視聴している。

どうやら言われた通りに動画を見て、ネットで打つの繰り返しをちゃんと行っているようだった。

 

咲の後ろに立つと、和はパソコンをのぞき込む。

 

画面を確認した和は、1つため息をつくと、イヤホンジャックをパソコンから抜いた。

 

途端にパソコンから流れ出す音声。

聞こえてきたのは和にとっては聞きなれた、クラリンの声だ。

 

 

『ここまでで、だいたい頻出の役は覚えられたかな?役はたくさんあって最初は覚えられないかもしれないけど、実はたくさん出る役っていうのは限られてるんだ。なのでこのあたりの良く出る役を覚えて、まずはたくさん対局してみよう!』

 

 

「なんで初心者用の動画を見ているんですか宮永さん!」

 

「うわああ!原村さん?!」

 

和が咲の耳についていたイヤホンを無理やり外す。

咲が見ていたのはクラリンの動画の中でも1番難易度の低い初心者講座。

いくらデジタルによった知識がないとしても、ルールを覚える段階の講座など咲には必要ないはず。

 

 

「いや、この人の説明本当にわかりやすいなあ~って……」

 

「それはそうですが……!!」

 

呆れたように頭を抱える和。

こんな調子では県予選までに咲が実用的な知識を覚えることができない。

パソコンをパッといじると、和は中級者編の再生リストを画面に表示した。

 

 

「この中の動画を見てください。きっと宮永さんにとって初めて知る知識もあるはずです」

 

「ご、ごめんね、迷惑かけて……」

 

機械慣れしていない咲はこの手の操作に疎い。

こんなことで自宅での時間を使って動画を見ることはできるのか不安になってきた和は1つの提案をした。

 

 

「帰る前にいくつか動画のリンクを宮永さんに送っておきます。それをタップしたらすぐ見れるようにしておくので、ちゃんと見てくださいね」

 

「あ、ありがとう!」

 

思いがけないきっかけで和の連絡先を得ることに成功した咲は、自分の機械音痴さとクラリンの存在に感謝したのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

時は少し流れて、清澄高校麻雀部合宿初日。

 

 

「疲れたじぇーー!!!」

 

バタンと勢いよく布団に飛び込むのは優希だ。

今日だけで何局麻雀を打っただろうか。

強くなるためとはいえ、過酷な訓練は、体の小さな優希にとってはとても辛かった。

 

景観もとても良い温泉でリフレッシュし、やっとこさ寝室に戻ってきた清澄1年生トリオ。

 

 

「とってもいい宿だね!」

 

「宮永さんは体力あるんですね。優希ほどではないですが、私も少し疲れました」

 

布団が敷いてある和室の最奥。

庭にほど近いスペースには、2つの椅子が置いてあった。和はその1つに腰をかける。

 

もう外はだいぶ暗くなっている。

これから小休憩をはさんで最後に2半荘を打って、今日の日程は終了のはずだ。

 

 

「おーい、1年生諸君!息抜きにこの辺散歩しにいかないかねー!」

 

ふすまを開けて入ってきたのは、部長の久だった。

さすが最年長ということもあって、まだまだ元気そうな久。

 

 

「このあたりは街灯が点いとるけえ、道も安全じゃ」

 

「えー疲れたじょー……」

 

本来なら、いの一番に外に飛び出していく優希だったが、今日ばっかりはコンディションが悪い。

頭を使うのが苦手な優希にとって、理詰めの麻雀を1日やったのは、体力的にかなりの負荷がかかっていた。

 

 

「私は……原村さんが行くなら……」

 

チラリと和の様子を伺うのは咲だ。

優希も和もいかないというのであれば、自分もここに残りたい。

と、いうよりは和と一緒にいたいというのが本音か。

 

そして注目を浴びる和。

和は時計を確認すると、すっ、と自身のポケットからスマートフォンを取り出した。

 

 

「すみません。今日は20時からクラリン先生の生配信対局があるので」

 

「あら……」

 

生配信対局。

最近リアルが忙しいとのことであまり動画投稿をしていないクラリンが、せめてもの償いとして最近おこなっている動画投稿。

それが生配信対局だ。

 

文字通り実際にネット麻雀を打っている所を実況するだけなので、動画編集がいらない分、アップする労力は少ない。

クラリン信者の和としては、最近動画が上がらないだけに、この生配信は逃せないのだ。

 

 

「優希も疲れてるみたいだし、じゃあみんなでクラちゃんの生配信見ましょうか。勉強会よ」

 

「そ、そんなみなさんを付き合わせるわけには……」

 

「お、うちも丁度クラリンちゅうもんの麻雀見たかったけえ、ちょうどええ」

 

久はこれも悪くないと思っていた。

基本は打たないと強くはなれない麻雀だが、ただ打てば強くなるものでもない。

 

ただでさえ清澄には残された時間が少ない。効率的に雀力のアップを狙うのであれば、こういった勉強法をとるのもやぶさかではなかった。

 

 

 

 

 

 

 

『はいどうもみなさんこんばんは、クラリンです。最近動画投稿できずにすみません。リアルの大会に出場するのでその訓練をしてまして……』

 

時刻は丁度20時。

クラリンの動画が始まった。

 

 

:こんばんわー楽しみにしてた

 

:この時期っていうと女流名人戦か?

 

:いや朝日杯っていう線もあるぞ

 

:おまいらクラリンは学生だゾ

 

 

コメント欄は今日も賑わっている。

和は基本個人で見る時はコメントはオフにして見ているのだが、今日は皆で見ているので特にオフにはしていない。

 

 

『はい、今日は東風戦ですね~。東風戦でもバチバチ勝っていこうと思います。さ、対局開始ですね。対戦者さんよろしくお願いします』

 

対局が始まった。今日は東風戦らしく、クラリンは北家の席順になっていた。

 

 

「このクラリンさんは何者なんだじょ?」

 

「本人曰く、しがない麻雀好きと言っていましたが……実力はトッププロにも匹敵すると、私は思っています」

 

古くからの和の友達である優希は、もちろん和がクラリンの動画をいつも見ているのを知っていた。

最初はほとんど他人に興味を持たない和が興味を持ったことに驚いたものだ。

 

 

「でもネットではおそらく学生っていわれてるわよ?……どうする?インターハイ予選に出てきたりしたら」

 

久の言葉に、和はしばらく顎に手をやって考える。

和自身はこんな知識を持った人間が、自分と同世代であるとはとても思えないので学生説はあまり信じてはいないが、もし対局の機会があるとしたら。

 

今のままでクラリンに収支で勝てるとはあまり思えない。しかし偶然の勝利に意味はない。

和は特にそう思うタイプの打ち手だ。

 

 

「……勝てるかはわかりませんが。戦ってみたいですね。勝って、お礼を言ってみたいです」

 

和はそう答えた。

 

 

 

 

 

対局は東3局、東風戦なので、ラス前。

 

クラリンはしっかりオリ判断をしながら、原点を維持している。

 

オリに転じる時の説明や、オリ方も非常にきれいで、流石の久も賞賛の声しか出ていなかった。

まこも優希も咲も、ただただ感心して、動画を眺めている。

 

 

そんな時、画面の先のクラリンに、好配牌が舞い降りた。

 

 

多恵 配牌 ドラ{⑤}

{②79一三四四四五五七八東}

 

 

『おっ!勝負手になりそうな配牌きましたね!萬子が伸びて混一、清一色まで見たい手牌!頑張りまっしょう!』

 

クラリンの期待通り、手牌は萬子に伸びてくる。

無駄ヅモもあるにはあったが、9巡目にして、清一色ができあがった。

 

 

多恵 手牌

{一三四四四赤五五六六七八八東} ツモ{四}

 

 

『おお~っと想定外の聴牌!待ちが{二}だけなんで、ここはダマっておきましょ。ツモれば倍満だしね!』

 

 

:待ち把握早すぎ

 

:いや、これは誰でもわかんだろ

 

:おてては……

 

 

多恵が、清一色赤の聴牌を入れた。

コメントにもあるように、これは牌姿が歯抜けになっていることもあり、待ち把握は割と難しくない。

しかし次の言葉で、コメント欄は驚愕に染まる。

 

 

『ほい、東切って~。{八}ポンだけしよーかなあ。あ、{八}ポンできれば{二三五六八}待ちの五面張でタンヤオもついてお得ですよん』

 

 

:wwwwww

 

:バケモンかこいつは

 

:清一色の待ちと聴牌形への理解でクラリンより優れてるやつなんかこの世にいるの?

 

 

 

「こ、こりゃ驚いた……」

 

思わず驚愕の声を発したのは、染め手を得意とするまこだ。

自身もよく染め手をするので、待ち把握には長けているほうだと思っていたが、何を仕掛けて何待ちになるかまでをここまで瞬時に行う打ち手を、まこは見たことがなかった。

まこの家が経営する雀荘でも、ここまでの人はきっといないだろう。

 

 

「クラリン先生より清一色が上手な人は日本にはいませんよ」

 

得意気なのは和だ。

自らが(勝手にだが)師と仰ぐ人物が皆に認めてもらえるのは嬉しい。

 

そして更にクラリンの手牌が進む。

 

 

 

10巡目 多恵 手牌

{一三四四四四赤五五六六七八八} ツモ{九}

 

『かあー!渋いところ持ってくるなあ!待ちがよくならなかったですがイッツーついたんで倍満確定!あ、ちなみに{一}を切っても聴牌とれますけど、待ちが{七}だけになるんでここは{八}切りが強いですね』

 

 

またまたほぼノータイムで{八}を切るクラリン。

 

 

「ノ、ノータイムだじょ……本当に{二}しか待ちがないのかあ?!」

 

優希がモニターにグッと近寄り、待ちを確認し始めた。

疑うのも無理はない。清一色で新しい牌を持ってきて待ちが変わらないなどあまりないことだからだ。

 

更に多恵の手牌が進む。

 

 

 

11巡目 多恵 手牌 

{一三四四四四赤五五六六七八九} ツモ{五}

 

『おお~っと待望のツモ!これで{一}を切ればイッツーは消えますが{二四五六七}待ち!!ま、{四}無いんですけどね~。これはさすがに待ちが偉いので{一}切ります。手替わりほぼないんでリーチ打ってトリプル狙いに行きますか』

 

 

 

:ヤバすぎ

 

:誰かトッププロ呼んできて

 

:すこやんとか呼べば解説してくれるかな

 

 

「とんでもないわね……」

 

「私もこれぐらいになってみたい……」

 

必死で紙に牌姿を書き起こしていた久だったが、クラリンのあまりの打牌スピードに、ついていけていない。

 

 

「これ、もしかしたらお姉ちゃんより……」

 

咲もあまりのことに驚いている。

咲の知る人物の中で、一番麻雀が強いのは姉である照だ。

しかし照であったとしても、ここまでの速度と正確さで待ちを把握できたかどうか……。

 

見たことがないのでわからないが、そんな考えが、咲の頭をよぎった。

 

 

そしてその後すぐ。

 

 

『ローン!!裏は乗りませんでしたが倍満!勝ったなコレ。お風呂いってきます』

 

 

:誰があの河で面前清一色張ってると思うんだよwwww

 

:切ってるのもほぼノータイムだし、こんなん清一色考慮しないわ

 

:クラリンそれ負けフラグ……

 

:お風呂?!(ガタッ

 

 

結局、東家が放銃。

クラリンがトップに立った。

 

2着目との点差は17000点、オーラスの親番を迎えるクラリン。

 

 

『オーラストップ目で迎えた場合、点差が4000点差以上あると終局時トップ率が格段に上がるって話は前上級編でお話ししたと思います。まあ親なんで少しボーダー上がるんですけど、今17000点差あるんで、まあ、だいたいトップでしょ、こんなもん』

 

オーラスの打牌を始めるクラリン。

その言葉に、優希が疑問符を浮かべる。

 

 

「なんで4000点差あるとトップ率が高まるんだじょ?」

 

「ノーテン罰符でひっくり返らないからです。オーラスのトップ目はオリを選択する場面が多くなるので、当然と言えば当然ですね」

 

統計データを見れば一目瞭然なのだが、オーラストップ目で迎えた時、トップ者だけがノーテンで他3人が聴牌だったとしても詰まる点差は4000点。

ここが1つのラインと言えるのだ。

 

ちなみに得意気に話している和だが、クラリンの動画で得た知識である。

 

まあラインなだけでもちろんまくられることはあるのだが、条件が難しくなることは間違いない。

 

 

「リーチ!」

 

機械的な音声が、2着目がリーチを打ってきたことを示す。

 

 

『ええ……3着争いをしてる2人が刺さる横移動もあるので、ここはオリ有利ですかね~流石に。2着目も本当にワンチャンスのハネツモにかけた感じかな?』

 

クラリンの言う通り、今回のドラは{⑨}。それも早々に2枚切られているし、2着目の河は順子手には見えない。

高い手は作りにくい状況だ。

 

 

「私もここはオリを選択しますね」

 

「わ、私もここはオリます」

 

各々が見解を述べる清澄の面々。こうした仲間との議論も、成長につながることは間違いないだろう。

 

 

そして2巡後。

 

 

「ツモ!!」

 

 

2着目 手牌

{①①③③4499南南西西白} ツモ{白}

 

 

 

『は?!チートイ?しかもこれドラなし……ってことはツモってウラウラ条件ですね。はあーないないそんなの。ありえないから。そんな都合よく裏ドラ乗ったら麻雀簡単よ』

 

2着目の役はリーチツモ七対子の25符4翻。このままでは1600、3200だ。

しかし七対子という役の性質上、もし仮に裏ドラが乗ると、2枚乗ることになる。そうなれば一気に跳満、逆転だ。

 

裏ドラがめくられる。

 

 

 

 

裏ドラ{南}

 

 

 

 

『バイーーーーーーーーーン!!!』

 

 

:wwwwwwwww

 

:マジで草

 

:これだからクラリンのファンはやめらんねえよ……!

 

:速報 麻雀は簡単だった

 

 

終局だ。見事にクラリンは負けフラグを回収してしまった。

 

今日の配信はこれで終わりだろう。

 

 

しかし、終わりの言葉を待つまでもなく、和がパソコンの電源を急に落とした。

 

 

「……原村さん……?」

 

「のどか……?」

 

わなわなと肩を震わす和。

どうやら今の対局に思うところがあったらしい。

 

なにやら小声でつぶやいている。

 

 

「ハネツモ条件で七対子ウラウラなんて……!なんたる偶然……!そんな偶発役で先生を……!」

 

「のどちゃん!?落ち着くんだじぇ!」

 

怒りに震えていた。

 

麻雀観戦とは不思議なもので、応援している人がひどい負け方をすると、自身が負けたかのような悔しさ、怒りに襲われる。

普段自分が打っているときはほとんど感情を表に出さない和だが、ことクラリンの対局に限っては思わず感情が昂ってしまうことが多々あった。

 

そして何より今日の負け方は今まででもトップクラスにひどい。

まあ負けたと言っても2着なのだが、トップが偉いルールであることは、ネット麻雀を愛する和はよく知っていた。

 

だからこそ、やるせない。

 

 

パッとふせていた顔を上げ、悔しさのあまり少し潤んだ目をこすって和は一言。

 

 

 

 

「七対子でリーチかければ毎回裏が乗るだなんて……!そんなオカルト、ありえません!!!!」

 

 

 

 

 

その後和を落ち着かせるために30分近くかかったとかかかってないとか。

 

 



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第42局 奏者の足音

毎日のように通っていた雀荘に行けなくなるというのは辛いものです。
もう少しの辛抱ですね。

雀荘に行かないからこの話を書けているというのもまた事実なのですが。





もう夜の20時を回ったというのに、インターハイ中継の視聴率は一向に落ちる気配がない。

 

 

特設会場。そのメイン対局場。

階段を昇った先に、まぶしいほどのスポットライトが当たっている。

静謐な空間に、牌を叩く乾いた音だけが響く。

 

若き雀士なら誰もが憧れるこの会場で、今日もインターハイが行われていた。

 

 

今日の対局はDブロックが先に終わり、今はCブロック。その大将戦。

 

 

『大将後半戦は東4局2本場です。四開槓は親も流れるルール。それにしても四開槓とはまた珍しい流局でしたね……』

 

『清澄は勝負手だっただけに痛いかもだねえ?親も落とされたし?逆に晩成は勢いに乗れたんかな?知らんけど』

 

実況解説の2人も、長丁場になった今日の対局を最後まで熱を持って届けてくれている。

そのおかげもあって、観客の熱は、会場もテレビの前も、なんら変わりない。

 

 

東4局 2本場 親 霞 ドラ{5}

 

各自配牌を受け取り、ネリーが理牌をしながら今の局について考える。

本来なら清澄の1年生の心をへし折るはずだった計画は、晩成の由華によって阻止された。

 

 

(清澄を折りたかったが……まあいい。念には念を入れて波の調整をしておいてよかった。この程度の点差なら、問題ない)

 

1つの狙いを由華によってずらされ、不本意だったネリーだが、大したダメージではない。

もともと予定にはない行動だったのだ。プラン通りに戻すだけ。

 

そう結論付け、今度は霞の方を見れば、霞は肩で息をし始め、もう疲労が目に見えている。

ネリーが渡された配牌を見ても、もう三種全てが手牌にきてしまっていた。

先ほどまででは考えられない変化。

 

他の2人もきっとそうだろう。

 

とはいえ、ネリーはむしろもっと早く霞の支配が途切れると思っていただけに、何度もひやひやさせられた。

それはそうだ。なにせいつ清一色が飛んでくるかわからないのだから。

 

 

(永水はまだしも、まさか晩成がここまでやるとはな)

 

そして最後にチラりと下家に座る由華を見やる。

 

臨海の想定では、2回戦はなにも弊害なく突破できる予定だった。

臨海が狙うのはもちろん全国優勝。今年の春と去年のインハイで負けている姫松と白糸台には因縁がある。

姫松と当たる準決勝までは新加入のネリーの力は温存しておくはずだったのだが、そうもいかなくなってしまった。

 

 

(まあ、それも同じこと。知ろうが知るまいが、結果は同じ。私にはお金が必要なんだ)

 

絶対的自信が、決意が、ネリーを支えている。

 

 

 

7巡目 由華 手牌

{赤⑤⑥⑦235788二三五六} ツモ{七}

 

 

良いツモだ。効率で打つなら{5}だが、{5}はドラな上に三色の鍵でもある。

由華は逡巡した末に、リャンカン両面の一向聴にとる打{2}とした。

 

そして次巡、上家のネリーから{6}が出る。三色が確定する、絶対に欲しいところだ。

しかし、当然のように由華はスルーする。

 

そして牌をツモる。

 

 

8巡目 由華 手牌

{赤⑤⑥⑦35788二三五六七} ツモ{6}

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「前からずっと思ってたんですけど、由華先輩のあれ、ズルすぎませんか?」

 

口をとがらせるのはソファに座ってモニターを眺める憧だ。

 

晩成高校の控室。先ほどの清澄の怒涛のカンと嶺上開花にはヒヤリとさせられたが、由華の決死の流局で控室も落ち着きを取り戻していた。

そして今局。今もそうだが、由華は鳴ける牌をスルーすると高確率でその牌を持ってこれる。

 

あんなの普通なら鉄も通り越してタングステンチーだわ、とイマドキの女子高生っぽい(?)言い回しで憧が悔しそうに拳を握りしめて語る。

 

 

「私はあれは鳴かないかもですね……{一}の方だと3900(ザンク)になっちゃうのが少しもったいない気がします」

 

「えー初瀬らしくない」

 

そんなやりとりを、やえは2人の間で黙って聞いている。

 

この1年で、由華はとてつもないほど成長した。

 

 

「……由華の場合はね、鳴くっていう選択肢がないのよ。それが1年かけて、由華が出した答え。絶対に鳴かないで手を仕上げるっていう意志ができたから、牌が応えてくれる」

 

やえの話し方は、2人に言っていて、それでいて自分にも言い聞かせているかのような言い方だった。

 

そして今度は、自身の手のひらを見つめ、小声で呟く。

 

 

「確固たる信念を持つ打ち手には、大事なところで牌が応える」

 

去年のインターハイ、個人戦決勝の後、辻垣内智葉がそう言っていたのが、やえの脳裏に焼き付いていた。

今私に確固たる信念はあるか?

 

 

晩成には今まで、強い打ち手はいても、信念を持つ打ち手がいなかった。

しかし、今。

 

 

「……?」

 

「なんですか?やえ先輩」

 

両隣を見れば、頼もしい仲間がいる。

控室にいる他のメンバーだって、自分が思っていたより、ずっと頼もしくなった。

 

去年や一昨年とは違う。

 

 

(再確認した。私は、()()()と、全国優勝するんだ)

 

 

だからこそ。

 

 

「勝ちなさい、由華。最高の勝利を私に届けて」

 

言葉とは裏腹に、やえの両手は祈るように握られたままだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ロン。12600」

 

 

由華 手牌 ドラ{5}

{赤⑤⑥⑦56788二三五六七} ロン{四}

 

 

由華のダマハネが、ネリーに突き刺さった。

 

静謐を突き破り、会場を歓声が包み込む。

 

 

『晩成高校巽由華選手!この手を面前で跳満にまで仕上げました!!これで上下がちょうど2分化された形!晩成と清澄がかなり有利になったんじゃないですか?』

 

『……いやーわっかんねーよ?この卓、あたしにゃとてもこのまま終わるとは思えないケド』

 

『……ついに後半戦は南場へと突入します……!』

 

 

 

 

点数状況

 

清澄  123600

晩成  121000

臨海   85300

永水   70100

 

 

 

 

 

南1局 親 ネリー

 

 

あとがないネリーの親番。

逆に言えば2着目である由華はなんとしても流したいところ。

 

 

由華 配牌 ドラ{⑧}

{②③⑥⑦⑨二三五八南南白白} ツモ{⑧}

 

 

(ダブ南対子……悪くない。ここでもう一つ和了って、清澄をまくる。そして臨海を脱落させる)

 

由華はその特性上、対子の多い手でも向聴数を確実に上げていくことができる。

故に、役牌の対子は高打点になりやすい。

出れば、の話ではあるのだが。

 

 

そんな中、妙にふわふわと浮ついた気分になってしまったのは、咲だ。

先ほどの局、一瞬カン材の位置がわからなくなった。

 

今は見えているが、それでも得体のしれない恐怖を植え付けられたことは事実。

 

一局置いてになるが、もう一度呼吸を整える咲。

 

 

(……カンができなくても戦えるようにしてもらった。だから、大丈夫。私は戦える)

 

先ほどまでの覇気は無くなったが、それでも咲の目は力強い。

久の、長野の皆の特訓が、今の咲を形作っている。

 

 

 

 

9巡目 由華 手牌

{②③⑥⑦⑧二三三南南南白白} ツモ{白}

 

(張った……)

 

前巡に咲から{白}が切られたことによって、由華の手に{白}が舞い降りる。

聴牌だ。

 

ダマでも満貫あるこの手を見て、一瞬、由華は曲げるかどうか悩み、目を閉じた。

 

 

(こんなんダマにしたら初瀬に笑われるわね)

 

導き出した答えは、強気の一手。

 

 

「リーチ!」

 

強く打ち出す由華。

この手で、トップを奪い返す。憧と初瀬の闘牌で気付かされたのだ。

私達はトップを取りに行くんだ、と。

 

 

「カン」

 

しかし、そう上手くは行かせてくれないのが麻雀。

特にこの卓は。

 

閃光が走る。

清澄の嶺上使いは自由に卓上を駆け巡る。

 

 

(あれだけやってもまだ折れないか。なるほど確かにその姿は)

 

 

 

 

嶺の上に凛と咲く、花のよう―――

 

 

 

 

 

「ツモ。嶺上開花」

 

 

咲 手牌

{②③④⑥⑦⑦⑧⑨東東} {裏西西裏} ツモ{⑤}

 

 

「3000、6000です」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

点数状況

 

清澄 135600

晩成 118000

臨海  79300

永水  67100

 

 

 

 

 

 

 

 

 

鮮やかな跳満が決まり、Cブロック大将後半戦は南2局に入った。

そんな状況を冷静に観察して、心にひっかかりを感じている人物が1人。

 

 

「……不気味」

 

難しい顔をしながらそうつぶやいたのは、姫松高校の先鋒、倉橋多恵。

ただただモニターの先に見入ってしまっていた漫は、多恵のそのつぶやきによって現実に引き戻される。

 

 

「多恵先輩、不気味ってどういうことですか?」

 

「いや……」

 

形容しにくい。多恵はぬぐい切れない違和感を感じていた。

今の局、確かに和了ったのは清澄の1年生。晩成の大将も、ここまでとてつもない引きと和了りで安定とは呼べないながらも、頼もしい闘牌をしている。

とても隙は見当たらない。

 

 

だからこそ。

 

 

 

ネリーヴィルサラーゼがあっさりと親番を引き渡したことが猛烈な違和感を感じさせる。

 

 

たまたまかもしれない。

配牌もそこまで良くはなく、和了りに向かっていたが、和了られてしまった。

牌姿だけを見ていれば、それだけの話。

 

しかし今までの対局を見てきた多恵の脳が、それを否定する。

警鐘を鳴らしている。

 

黙りこくってしまった多恵の頭を、洋榎が後ろからコツンと叩く。

 

 

「臨海やろ。多恵」

 

うん、と頷く多恵。

この言いもしれぬ気持ちの悪い感覚を、洋榎がフォローしてくれた。

いつだってこの親友は多恵の気持ちを察してくれる。

 

ちなみに恭子は気分が悪くなってきたとかで今はお手洗いにいるのだが。

 

 

「確かに絶対に手放せない親番だったのに、あっさりだったのよ~」

 

「言われてみれば、そうかもしれへんですね……」

 

準決勝進出ラインである晩成と臨海の点差はこれで38700点。

親番が残っていたとしても厳しい展開なはずなのに、今のネリーの様子はどうだ。まるで動じていない。

不敵な笑みを残すばかり。

 

 

「絶対になにか仕掛けてくる……間違いないわな」

 

洋榎もモニターを見ながら神妙な顔つきだ。

 

 

(願わくば、ただの気のせいでありますように……)

 

 

 

多恵がそう願い、目を閉じて祈ったその瞬間。

 

 

奏者の足音が、聞こえた気がした。

 

 

 

 

―――惨禍の幕が開く。

 

 



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第43局 烈火

臨海女子高校控室。

 

大将後半戦南2局を迎えて臨海女子が準決勝に進出するのに必要な点数は、4万点弱。2着目の晩成から直撃を取りに行ったとしても、かなり厳しい点差だ。そして何より、先ほどの局で、親が落ちた。この半荘で臨海の親はもう存在しない。

 

 

だというのに、臨海のメンバーはそこまで慌てている様子もない。

ただただネリーの姿を見守っている。

 

 

「だいぶ遅かったデスネ」

 

「まぁ、本来ならこの力も使うことなく2回戦は終えるはずだったんだ。むしろ調整をしていなかったらどうしようかと思ったよ」

 

メガンの問いに答えたのは、臨海女子高校の監督を務めるアレクサンドラだった。

個性が溢れすぎるこの高校の監督を務めるのは大変ではあったが、それだけ選手たち個の力は圧倒的。

特に指示を出さなくても2回戦程度なら圧勝できると思っていた。

 

準決勝から上に向けて準備をさせるのが上策。そう思っていたのだ。

 

しかし、蓋を開けてみれば思わぬ伏兵。

大勢を決するのに大将戦までもつれこんでしまっている。

 

それでも、臨海のメンバーはここで敗退することになるとは露ほども思っていない。それだけ大将に信頼がある……と言えば聞こえはいいが、実はそうではなく、全員がその強さを知っているから、ただ勝つだろうと思っている。

 

 

しかし、そんな中でただ真剣にモニターを眺める人物が1人。

辻垣内智葉だ。

 

 

(確かにおそらくはウチがトップ通過までネリーは持っていくつもりだろう。アレを止められるとはとても思えない。……が、晩成と清澄が気になるな。彼女らにネリーを打倒しうる何かがあるか……)

 

そこまで考えて、フッ、と智葉は思考を止めた。

そんなことがあったら困るのは自分を含めた臨海のメンバー。智葉だって個人戦があるとはいえ、団体戦もこんなところで終わっていいとはとても思っていない。

 

 

(やれるものならやってみろ。……小走。お前の撒いた種がどれほどの花を咲かせたのか。見せてもらおう)

 

しかしどこまでやれるのかを期待しているのも事実。

楽しむような表情でモニターを見つめる智葉。

 

2回戦の決着はもうすぐそこだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

南2局 親 由華

 

 

終局まで、最短で後3局というところまできた。

由華の位置は2着目。トップ目の清澄と17000点差ほどで、3着目の臨海とはだいたい4万点差。

そして今臨海の親番が落ちた。ネリーの立場はかなり厳しくなったと言っても過言ではないだろう。

 

 

(そのはずなのに……何故お前はそんなに余裕そうな表情なんだネリーヴィルサラーゼ……!)

 

上家に座るネリーを見やる由華。先ほどの清澄の跳満親被りで、状況は更に悪くなったはず。

それなのに1つも動じていない。

 

 

 

そのネリーは自分の配牌を受け取り、ようやく来た己の出番を確信していた。

睨んできた由華を睨み返し、第一打を打つ。

 

 

(別に、ここまでだって手は抜いていない。強いて言うなら、このための準備をしただけ。……運が悪い時は地を這い、耐える。その代わり、自分の波は感じられる)

 

 

ネリーの手牌に次々と有効牌が舞い込む。

無駄ヅモが無い。

 

 

 

宣告(カウントダウン)が始まった。

 

 

 

 

 

 

 

 

――――今こそ、飛翔のとき

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(エルティ)

 

肩がビクりと震えた。

 

 

 

ネリー 手牌 ドラ{六}

{2344赤556678889}  ロン{7}

 

 

「16000」

 

 

ポトリと牌をこぼしたのは

 

 

由華だった。

 

 

 

 

 

 

『ネリーヴィルサラーゼ!!!この場面で高目なら3倍満というダマ倍満を晩成から直撃!!!1撃で差が縮まりました!もうその差は6700点しかありません!!』

 

 

 

もちろん、この程度で終わるネリーの波ではない。

 

 

 

(オリ)

 

対局者からすれば死刑宣告。

わずか6巡目にして、その言葉は告げられた。

 

 

ネリー 手牌 ドラ{二}

{二二二五赤五五六六九九} {発横発発}  ツモ{九}

 

 

「6000、12000!!」

 

 

 

 

『決まったあああ!!2連続高打点和了!!!ネリーヴィルサラーゼ、この2局で実に4万点を稼ぎました!!トップ目の清澄も目と鼻の先です!圧倒的な火力で他校を圧倒して、オーラスを迎えます!!』

 

『これは……晩成の条件が厳しくなっちまったねえ。2着の臨海と23300点差。ツモだと3倍満条件。直撃なら12000だねえ』

 

『これは準決勝進出は清澄と臨海でほぼ決まりでしょうか……?』

 

『こらこら、アナウンサーがそんなこと言うんじゃないよ。晩成は今言った条件が残っているし、幸い永水は親だ。連荘で希望が残るし、役満ツモで2着だよ……ただ、この局もあっという間に決着がつきそうだ。もうトイレはいけないと思ったほうがいいぜい』

 

 

夢のないようなことを言ってしまった針生アナを責めることはできないだろう。

確かに親がラス目の永水ということもあり、連荘には期待ができる。

 

しかし、永水は既に息切れ状態。更にネリーの怒涛の和了は終わる兆しが見えない。

この局も、数巡で決着がついてもおかしくはないのだ。

 

 

 

南4局(オーラス) 親 霞 ドラ{七}

 

点数状況

 

清澄  123600

臨海  119300

晩成   96000

永水   61100

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

泣いても笑っても、この局で終わり。

 

 

(負ける……?私が、晩成が……敗退……?)

 

由華の手が小さく震えている。晩成の死はもう目の前まで迫っている。

点数を示すデジタル数字は、無情にも晩成が原点である10万点を切ったことを示していた。

震える手で由華は点数表示についているボタン、「順位」というボタンを押す。

 

このボタンを押すと現時点で自分は何位なのか。そして上と下との点差を確認することができる。

晩成は3位。2位の臨海までは23300点差。そしてオーラス。絶望的状況。

 

 

「……ぅ……ぁ……」

 

息が苦しくなってきた。由華は椅子から落ちそうになるのを、必死で手で抑える。

 

なにがいけなかった?南2局の放銃?しかしあれはまだ5巡目。絞るような巡目ではなかった。

 

南3局も止められなかった。異常な空気を感じ取っていたし発のポンも不気味だった。

 

……わかっていても、止められなかった。

 

 

臨海のネリーを見る。もうこちらなど目に入っていない。同じく震えている清澄の咲を見て、不気味な笑みを浮かべているだけだ。

 

最初から、トップしか見えていないのだ。ネリーヴィルサラーゼには。

 

 

(嫌だ。負けたくない。終われるはずがない)

 

荒い息遣いを抑え、制服の心臓のあたりを右手でぎゅうと強く握りしめる。

 

走馬灯のように、由華の頭に、晩成のメンバーが映った。

 

 

 

 

『由華は周りが見えなくなりすぎ!やえ先輩のために、全国制覇するんでしょ!』

 

―――あの同級生は、いつでも私を気遣ってくれた。夢を追わせてくれた。

 

 

『由華先輩!今年は必ず全国制覇しましょー!』

 

―――やえ先輩を想う気持ちは、誰よりも強い1年生が入った。

 

 

『やえ先輩を去年のようにさせたくないって気持ちは、私だって負けません』

 

―――生意気な後輩だと思っていたけれど、夢も、憧れも同じで、今では頼りになる後輩に育った。

 

 

 

 

 

 

―――そして。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『力を……貸してくれる?』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああっ!!!!」

 

 

絶叫。

苦痛な表情を浮かべ、頭を抱えていた由華が突然の叫びを上げる。

慟哭にも似た、声。

 

 

(嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だいやだ)

 

 

負けるわけにはいかない。

去年と同じ結末は迎えない。

去年のあの時誓った。私はやえ先輩の力になる、と。

ここで負けたら、何も変わらない。ただ無力で、弱かった自分でしかない。

 

今年はラストチャンスだ。自分が愛する先輩のために。

絶対に負けてはいけないんだ。

 

由華の目に宿っていた炎が、全身に回る。

 

 

 

 

咲も、霞もあまりのことに呆然としている。

ネリーでさえ、表情を歪めた。

 

 

(醜いな。癇癪を起したか)

 

 

 

 

運命の配牌は、もう上がっている。

 

 

 

 

ネリー 配牌

{赤⑤⑤⑥⑦567二二赤五六九南} ツモ{七}

 

 

ネリーのトップ通過条件は出和了り5200。この配牌は、あまりにオーバーキルだ。

ものの数順で、3倍満クラスができてしまうだろう。

ネリーもこの程度で済ますつもりはない。確実に心を折り、準決勝に出てくる咲も潰しておこうという算段だ。

 

 

(悲鳴を上げたところで、なにも変わらない。すぐ楽にしてやろう)

 

 

無駄ヅモはない。間違いなく5巡以内でツモ和了る。

 

 

 

 

 

『……赤壁の戦い、って知ってる?』

 

『え……?あの中国の、ですか?』

 

 

実況も、由華の叫び声を聞いてから少し間が空いてしまった。

そんなところに、目を細め、口に扇子をあてた咏から突拍子もない話。

 

 

『そうそう。敵軍100万を相手にして5万の軍勢で勝ったって有名な話なんだけどさ……実の所敵軍100万ってのは見間違えで、30万くらいだったってのが通説なんだよねえ』

 

『は、はあ……』

 

意味の分からないことを言いだした咏に対して、針生アナも困り顔だ。

よくコンビを組む咏のことを、針生アナもだいたい理解し出している。だからこそ、そのまま話の続きを聞くことにした。

 

 

『30万ってさ、自分以外の高校の点数全部足したら30万なわけじゃん?……、ま、去年晩成の点数を5万にまで減らしちゃったのはこの大将のコなわけだけどー』

 

ケラケラと皮肉を交えながら、咏の話が続く。

針生アナは、まだ咏の言いたいことがつかみ切れていない。ということはテレビで聞いている観客もそうだろう。

 

 

『……赤壁の戦いの勝因って、機を待って、待って、これでもかと待って。相手を逃げられない船の上……水上に引きずりだして、鎖で繋ぎとめて、火計で燃やし尽くしたからなんだよねえ』

 

『……それがどういう……?』

 

満足気に話を終えた咏。すべてを聞き終わっても全く意味がつかめなかった針生アナは、たまらず真意を聞きに行った。

その瞬間。

 

 

「リーチ」

 

 

ネリー 手牌

{赤⑤⑤⑥⑥⑦567二二赤五六七}

 

ネリーのリーチが入る。ダマでも倍満あるこの手をリーチしたのは、ツモって3倍満にするため。

準決勝で相手取ることになる清澄の咲の心を確実に折るため。

 

と、いうよりも、確実にツモれるという自信があったからに他ならないのだが。

 

 

 

「……ッ?!」

 

しかし突然空気が、流れが変わる。

 

卓に風が吹き始めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『まさか逃げられないように繋ぎ止めるって……』

 

驚愕したように針生アナが両手を口にあてる。

咏はここまで読み切っていたのか、と。

 

咏は由華の様子をよく観察していた。

そして配牌も見ていた。

 

だから見抜いたのだ。

 

牌に愛されし者が、産声を上げる瞬間を。

咏が閉じた扇子でモニターの先の卓を指す。

 

 

 

 

 

 

 

 

『見てな。……燃えるよ』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

煉獄の炎が卓を包み込む。

リーチをかけた瞬間のこと。

確実に勝てる流れだった卓の流れが変化したことにネリーは気付いた。

 

 

(晩成……!!!)

 

誰によって変えられたのかは、もうわかっている。

 

由華の方を見れば、先ほどまでの震えはもう無く、燃えるような炎が、由華の目と、その後ろを照らしていた。

 

 

(ふざけるな……!次の牌は{⑦}なんだ……!)

 

 

ネリーが同じく燃えるような瞳でツモ牌に手を伸ばす。

{⑦}ならネリーのトップ通過。ネリーは先ほどまでこの牌をツモれることを確信していた。

そして今も、それは変わっていない。負ける道理がない。

 

 

絶対に疑っていない表情で、ネリーはそのツモ牌を手に持つ。

 

持ってきた牌は。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

{東}だった。

 

 

 

 

生気を失ったネリーの瞳。

力なく河にポトリと落ちる。

 

 

 

 

 

 

 

 

「ロン」

 

 

 

 

全校が、観客が、解説席が。

驚愕に染まる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

由華 手牌

{四四四八八八九九九東南南南}   ロン{東}

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「32000……!」

 

 

 

    

 

 

 

 

 

東南の神風が吹いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

最終結果

 

晩成 128000

清澄 123600

臨海  87300

永水  61100 

 

 




巽由華

能力
・向聴数が上がるかつ、鳴ける牌をスルーすると山に残っている場合はツモれる。


《烈火状態》

発生条件・???

概要・ツモ、運ともに大幅に上昇し、打点も上昇。
  ・???

(5段階評価)※通常時
能力 4
精神力 3
ツモ 4
配牌 3
運 4

合計 18 (MAX25)




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第44局 準決勝へ

冷めやらない熱気。

 

大歓声が会場を包み込んでいる。

もう夜も遅いというのに、インターハイ6日目の今日、途中で帰ろうとする観客はほとんど見受けられなかった。

それだけCブロック2回戦は濃く、そして劇的な幕切れを迎えた。

 

 

「はぁ……はぁ……」

 

由華は壁に手をつきながら廊下を歩いていた。

滴り落ちる汗を気にも留めず、ひたすら仲間たちが待つ控室へと向かう。

 

思い出すのは、対局中の最後の場面。

 

 

(最後……私にも何が起こったかわからなかった……)

 

オーラスでのこと。由華は絶望的な状況を前にして、自身に何が起こったのか理解できていなかった。

 

由華は何度も手を握りしめる。

 

瞬く間の逆転手。

気が付いたときにはもう、決着がついていた。

頭が熱くなり、思考がクリアになったところから、導かれるように手牌が伸びていった。

 

 

(……なんでもいい……勝てたなら……それで……)

 

悲願を達成したのだ。今は素直に喜ぼう。

 

もう少しでみんなが待つ控室に着く。

 

しかしもう由華の体力は限界。

もうすぐそこだというのに、とてつもなく遠く感じる。

 

 

(まあいいか……誰か拾ってくれるだろ……)

 

膝が笑ってしまい、立てなくなってきた。

仕方がないので、一旦廊下に座り込もうとした時。

 

由華にかけられる声。

 

 

 

 

「シャキっとしなさい。名誉の凱旋なんだから」

 

 

 

由華が視界に捉えたのは、特徴的なサイドテール。

顔を上げた先に見えたのは、苦しい対局中、一番見たいと思った笑顔。

 

見間違うはずもない。小走やえだ。

 

 

「……うぅ……やえ先輩……!」

 

やえだと気付いた瞬間。由華の視界が一層歪む。

去年とは違う。流しているのは悔し涙ではない。この人のために、自分は1年間麻雀を打ったのだ。

 

足の辛さも忘れて、すぐに起き上がった由華はやえに抱き着いた。

 

少し驚いたやえだったが、すぐに優しい表情でポンポンと由華の背中を叩く。

 

後輩達の闘牌を目の前にして、やえ自身も心から由華に感謝していた。

 

 

「ほんと……たのもしくなってくれたわ……ありがとうね」

 

「……ッ!」

 

溢れる想いが涙となって由華の視界を歪ませる。

勝ててよかった、という想いが今になって押し寄せる。由華は今初めて勝利を感じていたのかもしれない。

 

この時間のために、由華は死力を尽くしたのだ。

 

 

「由華先輩!!」

 

「本当にかっこよかったです!!」

 

控室の方から続々と晩成のメンバーが由華のもとに集まってくる。

一気に由華を取り囲む人数が大所帯になった。

 

先輩だけでなく、後輩まで来てしまったので、由華は慌てて涙を拭き、震えて立てなくなりそうになっていた足に鞭を入れる。

 

すぐに表情を取り繕い、1、2年生のまとめ役のような存在の由華に戻らなければ。

晩成の行軍は、まだ道半ばなのだ。

 

 

「……ま、まだ準決勝が決まっただけなんだから!そんな大盛り上がりしない!」

 

由華の言葉に、思わず笑みがこぼれる晩成の面々。

それはそうだ。

取り繕ってはいても、言葉とは裏腹に、由華の表情はとっても明るかったのだから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

憧と初瀬が、由華の両肩を支えて控室の方へ戻っていく。

やえはそれを見送りながら、頼もしい仲間ができたことを再確認していた。

 

これでやっと、戦える。

そんな時、ふと後ろから声をかけられる。

 

 

「良い後輩ができたじゃん、やえ」

 

聞き間違うはずもない。何度も聞いた声。親友の声だ。

 

 

「……多恵……!洋榎も……!」

 

後ろを振り向くと、姫松の制服に身を包んだ、多恵と洋榎が立っていた。

 

 

「やるやないか。ホンマにおもろそうな麻雀打つやつばっかりや」

 

「見てるこっちもハラハラしたけどね」

 

やえは姫松のダブルエースの襲来にざわつき始めた後輩達を急いで控室に戻し、2人と相対した。

 

 

「フフン、言ったでしょ。今年の晩成は1味も2味も違うって。あんたたちと違って、私は絶対に勝つと確信してたわ。ニワカは相手にならんのよ」

 

不遜な態度。やえの代名詞ともいえる決め台詞も決まって、やえさんは今日も絶好調。

 

 

「でもやえ、目元赤いけど……」

 

「こ、これは違うわよ!ちょっとアイシャドウ変な感じになっちゃったから洗顔してこすっただけですー!!」

 

でもなかった。

慌てて目元を制服の袖でこするやえ。

 

 

「まあ、これでめでたくウチらとやり合えるわけやな」

 

ニヤリと口元を歪めたのは洋榎。

洋榎もやえの団体戦にかける想いは理解している。去年久しぶりに4人で打った時も、必ず来年は団体戦で姫松と戦うと意気込んでいたのを良く知っている。

 

それがついに実現したのだ。それも、今まで得たくても得られなかった強力な仲間を得て。

そんなやえの心中は、推して知るべしだろう。

 

やえもその言葉を受けて鋭い視線を2人に向けた。

もう次はこの2人と戦うのだ。待ち焦がれた、親友たちとの決戦。

 

 

「あんたたちなんか余裕で倒してあげるわ。明後日……首を洗って待ってなさい!」

 

堂々と言い放つと、やえはくるりと踵を返す。

その立ち居振る舞いたるや、まさに王者の貫禄だ。知らんけど。

 

 

「やえ!」

 

帰ろうとしたやえを呼び止めるのは、やはり多恵。

 

やえが振り返ると、多恵はそれはもう満面の笑顔で。

 

 

 

 

「さいっっっこーに楽しい麻雀!しようね!!!」

 

 

 

 

ブルりと、やえの身体を何かが駆け巡る。

万感の思いが、やえから溢れ出す。

 

 

 

「……ッ!あったりまえでしょーが!」

 

 

思わず出そうになった涙をごまかすために、やえは前を向いて歩きだす。

もう次に顔を合わせる時は敵同士。

 

やえも多恵も、思うことは同じだ。

 

 

 

 

((最高の舞台で、最高の麻雀をしよう))

 

 

 

明後日。準決勝2試合目の先鋒戦で、2人は相まみえることとなる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「さて……」

 

やえを見送った後、洋榎と多恵は自分たちの控室に戻って対戦相手のまとめと分析をすることになっている。

しかし、それまでにやらなければいけないことが一つ。

 

 

「恭子ぉ~!!ええ加減出てこんかい!!!」

 

「うぅ……もう少し待ってくれませんか主将……」

 

「ここには多恵しかおらんから洋榎でええわ!」

 

「じゃあちょっと待て洋榎……ウチの胃はもう限界や……」

 

ドンドンと足で扉を蹴飛ばす洋榎。

それを見て多恵は、はあ……、とため息をつきながら頭を押さえている。

 

 

ここは会場内の女子トイレ。

個室の一室に、恭子が入ってから早1時間が経過していた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「なんですかアイツら!インターハイはバケモン発掘大会と違いますよ!」

 

恭子はおかんむりである。

Cブロック大将戦の最中、あまりの能力の暴力たる麻雀に、恭子は喜怒哀楽がおかしくなってきているのかもしれない。「普通の麻雀させてーな……」という恭子のか細い声は隣にいた多恵にしか届かなかった。

 

 

「恭子ちゃんやっと戻ってきたのよ~」

 

控室にやっと戻ってきた恭子。

両脇を多恵と洋榎にがっちりと固められ、連行されるような形で控室にたどりついた。

 

 

「恭子が弱気になるんもわかるけどな……」

 

恭子の片腕をポイッと投げ捨てて、ソファにどかっと腰を下ろす。

 

洋榎の言う通り、恭子が弱気になるのも無理はない。今日の相手だってかなり異質な相手だったのにも関わらず、恭子はなんとかそれをかいくぐった。

 

しかし次……準決勝に出てくる高校の大将もおかしいだけでは済みそうにない。

 

それでも前を向くしかない。いつだって恭子は強豪校の大将と戦ってきたのだ。今回の相手も一筋縄ではいかなさそうだが、そんなことは今に始まった話ではない。

 

恭子は席につくと、ペットボトルのお茶を一気に飲み干し、決心したように牌譜を眺め始める。

 

 

「もうええです。どうせウチは凡人や。頭回すことでしか対抗できへん。丸1日使って対策考えたりますよ」

 

「おお!その意気だよ恭子!それでこそ私の見込んだ恭子!略して私の恭子!」

 

「ヤバイ意味になるから略さんでくれる?!」

 

早速対戦校の研究に入る恭子。

多恵もそれに加わって真剣な表情だ。やっているのは恭子の対戦相手の研究だが、多恵もそれに助力を惜しまない。

 

 

「恭子の復活に時間かかったけど、ま、これが恭子の強さやな」

 

洋榎の言葉に漫も頷く。

 

スパルタ指導を受けてきた漫だからこそ、恭子の自身へのストイックさも知っている。他人に厳しく、自分にも厳しい。

そういう先輩なのだ。

 

次の相手も強敵であることは間違いない。だが恭子の強さは持ち前の思考力と引き出しの多さ。

やれることはすべてやる。

自分は凡人だと思っているからこそ、強さにひたむきなのかもしれない。

 

 

「漫ちゃんも、由子も、ウチもやけど。次はかなりキツイ戦いになるで。2回戦は多恵が1人浮き状態にしてくれとったから楽やったけど、次はそうは行かんぞ。気張りや」

 

「お~なのよー!」

 

「次は必ず……!」

 

 

活躍していた晩成の初瀬と憧に、いい意味で漫も刺激をもらえたようだ。

 

そんなやる気の高まる中、赤坂監督から更に大きな情報が飛び出す。

 

 

「それと~明後日の準決勝、善野さんが見に来るって~」

 

 

全員の目の色が変わる。

善野監督に受けた恩は、皆多い。

 

おおらかな人で、選手からの人望も厚い善野監督。多恵も、路頭に迷っていたところを拾ってもらった恩がある。

 

隣にいた恭子の横顔を見やる。

 

 

「……恭子」

 

「ああ、絶対に負けられへん……!」

 

ペンを持つ手に力が入る。

 

運命の準決勝は、明後日だ。

 

 




いくつか番外編を挟んで、準決勝です。


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咲日和 晩成の巻①

咲日和は番外編になります。

晩成の丸瀬紀子は本編では3年生ですが、この作品では2年生にしています。





丸瀬紀子は苦労人だ。

 

晩成高校は夏のインターハイ出場を決め、インターハイに向けての準備を進めている。

今日も麻雀部の部活動が始まるのだが、その部活動前、授業を終え、部室に来た2年生の丸瀬紀子。

 

 

しかしやはりというべきか、部室内から聞こえてくる声で、紀子はため息をつく。とりあえず部室の前の扉で中の様子を伺うことにした。

 

 

「これ、やえ先輩が載ってる夏のインターハイ特集の雑誌」

 

「それがなによ。そんなの私だって持ってるわよ」

 

「ちっちっち。初瀬わかってないなあ……これは!特別版インタビュー記事とやえ先輩直筆のサイン入りという世界に1つしかない雑誌なのよ!!」

 

 

またか。

 

紀子は頭を抱えた。この後輩たち、こと麻雀においてはメキメキと成長し、頼もしい限りなのだが、なにかとやえのことでマウントを取りたがるきらいがある。

やえを慕う気持ちは紀子も賛同するところではあるのだが、彼女らの議論は白熱し、たまによくわからない方向へと向かう上に、狂気を感じることすらある。

 

 

「そんなのしなくたって普通にやえ先輩にサインもらえばいいじゃない」

 

「あ、初瀬それ言ったらダメだよ~市販のものを勝ち取ってこそ価値が出るんじゃない!」

 

今日も今日とてこのありさまだ。もう同級生たちは慣れたのか、「はいはい、君らがナンバーワンナンバーワン」と軽くあしらっている。

 

しかし初瀬と憧はお互い譲れないらしい。他でやってくれ、と紀子は思っていた。

 

 

「私はね、このまえやえ先輩と一緒にパンケーキを食べにいったの。ついでにタピオカも飲んだの。これって完全にデートよね~」

 

「その程度で誇ってもらっちゃ困るわね。この前帰りに映画一緒に観に行ったしその後夕飯も一緒に食べにいったんだから」

 

フフン、と胸を張る初瀬。

お互い一歩も譲らない。その競争心は麻雀で発揮してくれと思う紀子。

 

ふと、紀子は1つの事実に気付いた。やえが憧と初瀬の趣味にちゃんと合わせてあげていることに。

 

やえの優しさに涙する紀子。毎日のように後輩に誘われては断っているが、時々付き合ってあげている所に優しさを感じる。

 

その後もなんやかんやとどちらがよりやえと親密かを競う2人。

入部当初、憧はまだしも初瀬がこんなことで熱くなるとは思っていなかった紀子。

 

 

(入部当初のちょっと棘のある初瀬はどこにいったのよ……)

 

最初はたびたび強気に出て由華に怒られていることもあったほどなのだ。それが今ではこんなである。いい事なのかもしれないが。

 

紀子の心中は複雑であった。

 

 

「ほらほら、あんたたちもう練習行くよ」

 

そんなときである。紀子のもとに救世主が現れた。我らが1、2年のまとめ役、由華である。

 

 

(由華……!あなたは来てくれると信じてた……!)

 

頼れる同級生の到来に感謝する紀子。いつこの不毛なやり取りを止めに入るか躊躇していた紀子としては、非常に助かる援軍。

 

この2人、質が悪いのが、この議論の最中に仲裁に入ると、どっちがやえ先輩と仲が良いかの判断をこちらにゆだねてくることがしばしばあるのだ。

どちらをとっても角が立つ。そんな状況はごめんなので、いつも紀子は落ち着くまで待ってから声をかけるようにしていた。

 

 

「やえ先輩がカッコいいのはわかるけど……やえ先輩のためにも、しっかり練習して、力になる努力するのよ」

 

「「……はーい」」

 

流石はまとめ役を務める人物といったところか。言い争いをすぐに終わらせると、自身も練習に向けて準備を始めようとしていた。

 

しかし、ここで紀子は異変に気付く。

 

 

(ん……?由華なんで今財布なんか出してるの……?)

 

由華は鞄の中から財布を取り出していた。別に今お金が必要な状況ではない。2人を自動販売機にでもパシらせるのかと紀子は思っていたが、由華の狙いはそんなことではなかった。

 

 

「ちなみにだけど……」

 

「……?」

 

誇ったように、由華が財布から取り出したものを2人に見せる。小さな四角い紙のようなモノ。

 

そのブツを見た途端に、2人の表情が変わる。

 

 

「こ、これは……!!!」

 

「そ、そんな……!やえ先輩と由華先輩のツーショットプリクラ……だと……!!」

 

プリクラ……イマドキ学生女子に大人気の写真撮影機。流行のピークは過ぎたと言っても、未だその人気は絶えない。プリクラ撮影機という狭い空間でキャッキャしながら写真を撮るという行為は、まさに仲が良くてはできない所業。

それもあのクールな小走やえをあの場所に連れていくなど、どれだけ難しいことなのかは2人もよくわかっている。

 

だからこそ、悔しい。

 

 

「これでわかったでしょ?あなたたちは所詮どんぐりの背比べ……やえ先輩の一番の仲良しはこの私!巽由華なのよ!!」

 

「く……!私となんか恥ずかしいからって言って自撮りすら撮ってくれなかったのに……!!」

 

 

由華の高笑いが部室に響き渡る。

紀子は気付いた。そーいやこいつもやえ先輩狂信者だった、と。

 

ミイラ取りがミイラになってしまった。

 

 

「私もこっそり写真撮ろうとして怒られたのに……ツーショットだなんて……!」

 

憧と初瀬が力なくその場に膝をつく。

信じられない物をみたというショックで、その表情は悲壮に染まっていた。

 

 

「はっはっは!!あんたたちとは年季が違うのよ!!ニワカは相手にならんよ!!」

 

 

(ダメだこれ助けてくれ)

 

紀子はもう諦めた。自分だけ練習に向かうことにしよう。

 

そう思った時。

 

プルプルと震え出した憧に気づく。

膝と両手をつき、震え出した憧は小さな声でなにかを呟きだす。

 

 

「……たもん」

 

「え?」

 

小さくて、聞き取れない。隣で一緒に絶望していた初瀬すら聞き取れない音量で小さく呟かれた。

 

憧は意を決したように顔を上げてこの場において最大の爆弾を投下する。

 

 

「お泊りしたんだから!!!!!」

 

「な……!?」

 

 

その時由華に、電流走る。

 

あってはならないこと。由華もよくやえ先輩の家に呼ばれて麻雀の研究等は行っていたが、まさか泊まったことなどない。

しかし今この目の前の1年生は言ってのけたのだ。「お泊り」という禁断にして最大の仲良し行為をした、と。

 

隣にいた初瀬ですら初耳だったようで、驚愕はさらにすさまじいものとなっている。

あまりの情報量に、流石の初瀬の脳も追い付いていないようだ。

 

由華は自身の意識が遠のいていくのを感じていた。

未だ自分が成し得ていない偉業を、目の前の1年生が達成したという事実。ショックは計り知れない。

 

ガクッと膝をつく由華。

 

 

「……憧。認めよう。あんたは私の最大にして最高のライバルだと。……そのうえで、恥を忍んで聞かせてもらいたい」

 

「……聞き入れましょう。私達はいわば同志。同じ先輩を愛する仲間なのですから」

 

 

紀子は再び思った。ナンダコレ、と。

 

憧は慈愛の笑みを浮かべている。

 

それに対し、精神がボロボロになった由華は、最後に冥土の土産に持っていくかのような口ぶりで、地べたをはいずりながら憧に最後にして最大の問いを放つ。

 

 

 

 

 

 

「……やえ先輩のパジャマ……どんな柄だった?」

 

 

 

 

 

 

禁断の疑問を由華が言い終わるより若干早く。

 

スパーン、という乾いたいい音が部室に響き渡る。

叩かれた由華は力なくその場に倒れ伏した。

 

 

突然のことに、恐る恐る顔を上げる憧と初瀬。

 

由華をこんなひっぱたける存在など、部内に1人しかいない。

 

 

 

「……いいから早く練習行くぞバカ共」

 

 

そこには小走やえが、片手にスリッパを持ちながら額に青筋を浮かべて立っていた。

 

 

 

 

 

 

 



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咲日和 千里山の巻①

泉ちゃんはまだ入学していないので、今回はお休みです。




「なあ、竜華はどっち派や?」

 

 

突然の問い。

 

今日は病室で寝込んでいる怜のために、病院にお見舞いにきた千里山のメンバー。

 

ノックして部屋に入ると、寝ながらスマートフォンを片手に持ち、耳にはそのスマートフォンから伸びたイヤホンを装着した怜の姿が。

 

メンバーの訪問に気づいた怜はイヤホンを外し、開口一番竜華に冒頭の問いを投げかけたのだった。

 

 

「どっち派て…………そやな……猫派かな!」

 

「いやいや……やっぱり面前派やろ!!」

 

「そんなベタな質問してへんよ……」

 

はあ……と失望のため息をつかれ、軽くショックを受ける竜華とセーラ。そもそもこんな質問で内容を当てろというほうが酷な話なのではあるが。

 

お見舞いに持ってきたりんごと飲み物の類を机の上に置き、ベッドの隣に用意されている丸椅子に腰かける千里山の面々。

一番怜の顔の近くに座った竜華に、怜はスマートフォンの画面を見せる。

 

 

「これやこれ」

 

「おお!はやりんやん!」

 

はやりん。「牌のおねえさん」として注目を集める瑞原はやりプロ(28)の愛称である。

怜が見せてきたのはその「牌のお姉さん」こと、はやりの大手動画サイトの動画。タイトルには『みんなで楽しく麻雀!』と書かれている。

サムネイルに映る彼女は、とても28歳とは思えないほどロリロリなコスチュームに身を包んでいた。

 

 

「はやりん最近よう教育テレビで見るなあ?」

 

「いやでも流石にこの格好キツすぎませんか……?」

 

セーラがそういえば、という風にスマートフォンをいじり、フナQこと千里山女子2年生、船久保浩子がその年齢の割にキツすぎる格好と言動に言及する。

確かに語尾に「はやっ?!」とかつけてるあたり、あまりにもあざとすぎるのだが、子供たちには大の人気で、麻雀普及に一役買っていることも事実。

 

しかし、これでは本題の怜の冒頭の質問につながらない。

 

 

「そんで?はやりん派に対抗するもう1つの派閥はなんなん?」

 

「それはもちろん……こっちやろ」

 

怜は器用にスマートフォンを操作し、自身のアカウントで登録しているチャンネルを1つ示す。

 

 

「クラリン!ウチ知ってるでこの子!」

 

「ああ、クラリンですか」

 

「っふ……!」

 

『クラリン麻雀教室』。「牌のおねえさん」ほどではないにしろ、最近麻雀好きにはもっぱらの噂を呼ぶ、動画チャンネルだ。

はやりんが教育チャンネルなどで名を馳せている中、麻雀を動画サイトでわかりやすく解説、という新しいジャンルを切り開いたクラリンは、いわば麻雀動画主の先駆けと言える。

はやりんもその流れに乗って最近動画を出し始めたが、まだクラリンほどの本数を出すには至っていない。

 

ここにいるメンバーは全員クラリンの存在を知っていた。セーラだけが何故か噴き出して下を向いてしまったが。

 

そんなセーラをよそに、怜が話を進める。

 

 

「最近よう2つのチャンネル見るんやけどな?どっちも面白いんよ。せやから、皆はどっち派なんかなーって思ってな?」

 

「そういうことですか。それやったらウチはクラリンですかね。クラリンはウチが見てもホンマに勉強になること多いんですよ」

 

怜の質問に対して、お見舞いのりんごを剥き始めた浩子が答える。

この2つのチャンネルを比較する上で1番の違いは、「難易度」だろう。

 

はやりんのチャンネルは麻雀を好きになってもらう「とっかかり」を作ることに特化している。流石「牌のおねえさん」を長年(?)やっているだけあって、そのスタイルで右に出るものはおそらくいないだろう。親しみやすいキャラクターも相まって、はやりんを見て麻雀に興味を持った、という小学生も少なくない。

 

ではクラリンのほうはどうか。こちらも最初は初心者向けの麻雀解説が多かった。それだけでもかなり注目を集めたは集めたのだが、もっと驚くべきはその後。

「上級者向け」と題してクラリンが始めた動画投稿は、まさに玄人達を唸らせるものであった。たまにプロの実際の対局の場面を検討し、いかにこの打牌が優れているかなどの解説もしてくれる。

外見は明らかになっていないが、動画配信を始めた当時、明らかに幼い女の子の声であったこともあり、知識量とのギャップに多くのファンを獲得したクラリン。

 

言わずもがな、麻雀チャンネルにおいて『クラリン麻雀教室』よりもチャンネル登録者数が多いチャンネルは存在しない。

それだけ圧倒的な視聴者を集めているのだった。

 

 

その観点を比較すると、もう十分麻雀研究を進めている浩子からすれば、クラリンの方に軍配が上がるのは自然な流れと言えた。

 

 

「ふなQやったら、せやろなあ……竜華はどうや?」

 

「ええ?せやなあ……ウチははやりんの方が好きかもしれん」

 

「そら意外やな」

 

「もちろんクラリンの動画も見とるし、すごいなーって思うで?せやけど、はやりんが笑顔で麻雀の布教活動?してるん見るほうがええかなあ……」

 

竜華の答えも一理あるだろう。なにも勉強することだけが麻雀の楽しさではない。

楽しむ麻雀を知ってもらうとっかかりを作ってくれるのは、ありがたいことと言えた。

 

 

「竜華らしくてええな。ウチもそう思うわ」

 

にっこりと怜が笑う。

 

それに対して竜華が満足気に笑顔を返し、そしてまた1つ疑問を投げかけた。

 

 

「せやけど、クラリンっていったい何者なんやろな?ネットで調べても女流プロ説とか、学生説とか、色々出てきてまうんよな」

 

「まああれだけの知識ですし、プロと思うほうが自然やと思いますけどね?デジタル思考が強い女流プロとかが候補に挙がってますよ」

 

言いながら、剥き終わったりんごを浩子が配る。

 

それにしても、と怜が続ける。

 

 

「どっかで聞いたことあるような気するんよなあ……クラリンの声……」

 

「そら……そらそやろな……ふふっ……」

 

ずっと笑いをこらえていたセーラがやっと口を開いた。

その言葉に、全員がセーラの方を注視する。

 

先ほどまでは触れなかったが、笑いをこらえ続けるセーラを、怜は流石に不審がっていた。

 

それに加え、クラリンの正体を知っているかのような口ぶりをされては、流石に聞かないわけにはいかない。

 

 

「なんや、セーラ。クラリンが誰か知っとるんか??」

 

「……オレやなくても、ここにいるみんな知っとる奴やで」

 

ニヤニヤと人の悪い笑みを浮かべるセーラから出た発言に、全員が色めき立つ。

あのクラリンの正体を知っているというのだ。気にならないわけがない。

 

 

「それホンマですか??そんなん公表したらとてつもないニュースになりますよ?」

 

「ええー!セーラ教えてや!」

 

それも知っている人と言われれば尚更だ。怜は冷静になって全員が知っている人物を洗い出す。

 

怜が1つの答えをはじき出した。

 

 

「まさか……監督か……!」

 

 

「いや、それはないです」

 

 

浩子が即答する。

 

千里山の監督は洋榎の母、愛宕雅枝だ。雅枝があの歳でクラリンのようなネット用語を並べていると思うと……。考えただけで雅枝が叔母にあたる浩子は寒気がした。

 

 

「じゃあ教えたる。けど、考えてみ?あのクラリンの清一色とかの異常な待ち把握の速さ……仮に高校生で1人だけできるとしたら誰やと思う?」

 

クラリンが恐ろしいほどの知識を持っているのは誰もが知っている。その中でも群を抜いて優れているのは、清一色への造詣の深さ。すぐに形を理解し、待ちを確認し、鳴くところを確定させる。

その姿を何度も見てきたし、そこだけを切り取った動画が最近は出回って、初心者から上級者まで度肝を抜かれている。

 

それができる高校生……ともなれば自然と答えは限られる。

 

 

「……まさか」

 

「ええ……高校生であんなんできるのなんかウチ的には臨海の辻垣内さんか姫松の……倉橋さんくらいしか……え、えええ?!」

 

怜は気付いた。竜華も怜の反応で気付いたようだ。

 

この声。どこかで聞いたことがあると思ったら、何度か対戦もしたことがある姫松の先鋒。

 

そして多恵とセーラが幼馴染であるというのも、理解を早める一助となっていた。

 

 

「そのまさかや。クラリンは倉橋多恵……。まあアイツも身内には大して隠してへんし、ええんちゃう?なんならネットで少しずつバレとるしな」

 

「た、たしかに……放銃率の計算とか、鳴き判断、リーチ効率……その全てをとっても高校トップクラスとの呼び声高い倉橋多恵なら……納得できます」

 

浩子も冷静に考えてみれば、むしろ何故その選択肢がなかったのか不思議になるほどクラリンと多恵の共通点は多かった。

浩子は親戚の家に突然現れた多恵と、何度も対局している。

 

それなりに話した仲で、多恵の実力も嫌というほどわかっているのに、浩子はクラリンと多恵を結びつけたことはなかった。

 

一同が騒然とする中、そうか……と、何か納得するように頷いた浩子。

 

しかし、すぐにその表情は悪い笑みへと変わる。

眼鏡がキラリと光った。

 

 

「せやったら話は早いですね。多恵さんはウチにとっても身内やけど、今回ばかりは負けられへんわけですし、……じっくり動画見て研究させてもらいましょか……」

 

「お、おう……確かに、せやな……」

 

(あ、なんか多恵すまん)

 

 

ドヤ顔で暴露したはいいものの、ちょっと友達を売ってしまったような気分になってバツの悪いセーラであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「くしゅん!」

 

 

「どないした、多恵風邪か?」

 

隣で本を読んでいた恭子が多恵を心配してポケットティッシュを差し出す。

 

それを受け取り、鼻をかみおわった多恵は何故か胸を張った。

 

 

「……誰かが私を……噂してる!」

 

「とんだ自意識過剰やな」

 

恭子はやっぱりげんなりした。



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咲日和 いつメンの巻①

 

 

 

「今日はこれで勝負よ!!!」

 

ぴょこんと飛び出した特徴的なサイドテール。

大きな音を立てて教室の扉を開けたのは、小走やえその人である。

 

 

「なんや、藪から蛇に」

 

「それはつついたら出てくるやつだ洋榎……」

 

中等部麻雀教室。

珍しく来るのが遅いやえを待ちながら、めくりに興じていた洋榎と多恵とセーラ。

やっと来たかと思えば、やえは片手になにか袋を抱えていた。

 

 

「あんたたちと麻雀でいくら戦ってもなかなか勝敗がつかないから、新しいゲームを提案するわ!」

 

基本的にこのメンバーで麻雀以外のことをやることは少ない。

そういう意味では面白い提案なのだが、その前の前提条件に異議がある者が1人。

 

 

「いや、最近オレ一番勝ってるんやけど」

 

「うるさいわね」

 

「ええ……」

 

どこかの国の総統もびっくりの独裁ぷり。セーラの言葉にまるで聞く耳を持っていない。

 

ゴソゴソと袋の中からやえが取り出したもの。

 

 

「これよ!」

 

「おお~Wi〇やんけ~」

 

コンシューマーゲーム機。数多のカセットが出ているこのゲーム機は、今や国内で一番売れているハードといっても過言ではないだろう。

ちなみにだが麻雀のゲームができるカセットも多数ある。

 

 

「麻雀では実力が拮抗していることはよくわかったわ」

 

「え、でもトータルでもやえの成績悪「多恵?」なんでもないですハイ」

 

まさに王者の貫禄。誰にも話を邪魔させないその風格は、王者という言葉に相応しい。

洋榎などはもう何も言わず諦めたように天を眺めている。

 

 

「麻雀で決着がつかないなら、ゲームで決着つければいいじゃない……!!!」

 

「なるほど……。……なるほど?」

 

多恵は首をかしげた。

 

超理論である。

実際の所の真意はと言うと、やえが最近の負け続きムードを払拭するために気晴らしをしようという提案なのだが。

 

 

「ええ~ゲームそんなに得意じゃないんよなあ~」

 

「なに?逃げるのセーラ?」

 

ガシガシと頭をかくセーラに対して、やえが挑発的な笑みを浮かべる。

 

 

「ほお……そこまでいうならやってやろーやないの!」

 

「そうこなくちゃ。まずはこの格闘ゲームで対戦よ!!!」

 

ワイワイと盛り上がり、やえがカセットを袋の中から取り出す。

多恵もその中に入っていったが、未だ麻雀卓についている洋榎が一言。

 

 

「いや、でもここテレビないやん」

 

「……」

 

「……私の家いこっか」

 

決戦会場は、多恵の家となった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

かくして、決戦の火蓋は切って落とされた。

 

 

 

 

 

「ウホー!!ウホウホウホ!!!」

 

「キィーーーー!!!ちょっと洋榎!!!その脳筋ゴリラ使い続けるのやめなさい!!腹立つわね!!」

 

格闘ゲームは洋榎の脳筋ゴリラが無双し。

 

 

 

 

 

 

「なんかぶっとびカード使ったらゴール着いたわ!ラッキー!」

 

「そんなんダブリー、一発ツモよりありえないわよなにしてくれてんの?!」

 

すごろくゲームではセーラが豪運を発揮し。

 

 

 

 

 

 

 

 

「ちょっと多恵あんたどこにいんのよ!姿見せなさいよ卑怯者!!」

 

「ヒャッハー!芋スナ最高!!!」

 

「やえ0キル8デスだけど大丈夫?」

 

FPSではやえが多恵に狩られ続けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

「はぁ……!はぁ……!」

 

時刻は夕方過ぎ。やえが持ってきたほとんどのゲームをやりつくした後には、やえはもうボロボロだった。

3人は思い思いに楽しんでいるが、やえはちっとも楽しくない。

なにせ勝てないのだから。

 

 

「なんで私は事前にゲームやってきたのに初見のはずのあんたらに勝てないのよ……!」

 

なんとしても勝ちたかったやえは実はこれらのゲームを一度プレイしていた。

 

 

「はー終わった終わった。たまにはええなーこういうのも」

 

「多恵~タイ焼きもうないんか~」

 

洋榎は満足そうに寝転がり、セーラも多恵の家にあったお菓子を貪り食ってまだ冷蔵庫の中を漁ろうとしていた。

 

コントローラーを手放し、やえが立ち上がる。

 

 

「ちょっと!こんなんで終わったと思わないでよ……!……明日はここで勝負よ!!」

 

「……フィールドワン……?」

 

やえが取り出したのはアミューズメント施設のチケット。

特にスポーツがたくさんできることで有名な施設だ。

 

 

「ゲームなんていうインドア遊びしてても仕方がないわ。運動よ運動!!運動神経ならあんたらにだって負けてないわ……!」

 

やえは体力にもそこそこ自信があった。学校が同じなわけではないので他の3人がどうかは知らないが、学校でも女子の中でやえはかなり運動ができる方。

そこにかければ勝機があると踏んだのだ。

 

 

「ほう……運動で勝負を挑んでくるなんて怖いもの知らずやなあ……やえ?」

 

「ぐっ……なによ!やってみなきゃわからないでしょ!」

 

確かに学校が一緒ではないのでわからないとは言ったが、セーラや洋榎などはいかにも運動ができそうである。

なにより足が速いのは、昔帰り道にかけっこした段階で確認済みだ。

 

しかしやえは引きさがるわけにはいかない。一番勝算のあったゲームで負けたのだ。今更背に腹はかえられない。

 

 

「いい?これで最後!このスポーツ大会を制した者が、私たちの中のナンバーワンだからね!」

 

やえは高らかに宣言する。それが自身の首を絞めているとも知らずに。

 

 

 

 

 

「どうでもいいけど誰も片付け手伝ってくれないの……?」

 

多恵の呟きは悲しいかな誰の耳にも届いていなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

翌日。

空は一面の青。気温もちょうどよく、まさに運動日和だ。

 

 

「さあ、やるわよ!今日で引導を渡してやるわ!」

 

昨日の敗戦はもう無かったことになっているかのような表情で、3人を指さすやえ。

 

運動しやすい軽装に身を包んだ4人が再び集まる。

 

 

 

 

 

 

今度は外での戦いが幕を開けた。

 

 

 

 

 

 

 

「左手は……添えるだけ……」

 

「あんた女子でしょ?!両手で撃ちなさいよ!!!」

 

バスケは文字通りセーラにボコボコにされ。

 

 

 

 

 

 

「……秘打!白鳥の湖……!」

 

「なんでそんなスイングでボールが打てるのよ!!」

 

バッティング対決は、到底理解不能な打ち方で軽やかに打ち返す洋榎に軍配が上がり。

 

 

 

 

「ディバイン……アロー!!」

 

「あんたのシュートどーなってんのよお?!」

 

サッカーは多恵のシュートによってゴールがひん曲がっていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

一通りの競技を終え、休憩室に来たメンバー。

 

 

「思い出した……私、サッカー選手になりたかったんだよね」

 

「ぜえ……ぜえ……何言ってんのあんた……」

 

キラキラとした目で語る多恵に、やえが息を切らしながらツッコミを入れる。

 

 

「運動で勝負を挑んだのは間違いやったなあ?やえ?」

 

やえが多恵から差し出されたスポーツドリンクを飲みつつベンチに腰掛けていると、ニヤニヤとセーラが話しかけてきた。

 

セーラはともかく、洋榎と多恵もこんなに運動神経がいいとは思わなかったやえ。

 

 

(どんだけハイスペックなのよこいつら……!)

 

 

 

「いやーええ汗かいたわあー。ビール持ってこんかーい!」

 

「私達未成年だから……」

 

洋榎もまだまだ元気。元気がありあまりすぎたのか、何故か多恵を肩車している。

 

そんな様子を見て、やえはまた一つため息をついた。

 

 

 

 

 

 

 

楽しい時間というのはあっという間で、気付けば夕方。

 

 

 

 

 

「おつかれさんさんさんころり~」

 

「いやーおもろかったなあ~!」

 

「たまにはこういうのもいいかもね」

 

夕暮れに見送られながら、4人の少女が帰路につく。

 

 

 

その中で、1番後ろを歩いていた少女が立ち止まった。

 

 

「……やえ?」

 

「……する」

 

やえの様子がおかしいことに気付いた多恵が後ろを振り返る。

続いて洋榎とセーラも振り返った。

 

 

「なんかゆーたかあー?やえー?」

 

俯きながらやえが言った言葉を聞き取れず、セーラと洋榎もやえの近くまで戻ってくる。

 

そうして揃った3人を前にして、やえは勢いよく顔を上げた。

 

 

 

 

「やっぱり!!!!麻雀やるって言ったの!!!!」

 

 

 

 

その言葉に、3人も顔を見合わせる。

 

1度2度まばたきをし……そして3人は同時に笑った。

 

セーラがやえと肩を組む。

 

 

「やっぱ麻雀やなー!1日1回も牌持たないなんて考えられんわ!」

 

「それは流石に病気だよセーラ……まだ教室あいてるかな?」

 

「とかいって多恵さっき皆を待ってる時ネット麻やってたやろ」

 

「ギクゥ……ネット麻は……その……呼吸だから?」

 

「生きることに必要なレベル?!」

 

 

ワイワイと少女たちはいつもの麻雀教室へと戻っていく。

 

 

かけがえのない仲間と出会えたのも、今の自分があるのも、そしてきっとこれからの自分を作っていくのも麻雀で。

 

やっぱり彼女たちにとって麻雀はそれだけ特別なもの。

 

 

 

 

笑顔で少女たちは歩んでいく。

 

その先は、果てしなく。途中で道は分かれるかもしれない。

 

それでも、目指すところは必ず同じだと信じて。

 

 

 




次回から本編です。お待たせしました。


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第45局 そして再び2人は出会う

どうやらまた日間ランキング15位くらいまで上がっていたようです。
いつも読んでくださり、ありがとうございます。

これからも引き続き応援よろしくお願いします。




 

『大会8日目を迎えました!ついに準決勝も第2試合!決勝の椅子は残り2つ……今日の戦いで2位までに入った高校が決勝戦へと進むことになります!』

 

 

インターハイ8日目。

降り注ぐ太陽の日差しがまぶしい。まさに真夏の気候。

雀士たちの熱い夏は、佳境を迎えている。

 

 

ついに準決勝第2試合の日がやってきた。

 

 

『昨日の準決勝第1試合で、白糸台高校と千里山高校が決勝へと駒を進めました。こちらは順当といったところですかね?』

 

『まー先鋒戦であれだけ点差開いちゃうと、後はキツいよねえ。中堅戦辺りから千里山が徐々に3着を離して、大将戦が始まる頃には3着とかなりの差だったからねえ』

 

準決勝第1試合は、白糸台の完勝。先鋒戦でつけたリードを、最後まで危なげなくリレー。千里山は中堅戦まで団子状態が続いた3校の中で、セーラの活躍で3着を突き放し、決勝進出を決めた。

 

 

今日の実況解説も、針生アナと三尋木プロの2人組。昨日の第一試合でもラジオの解説を務めていただけに、ここ数日この2人はずっと解説しっ放しだ。

 

 

『決勝で白糸台、千里山と戦うことになるのはどの高校か。三尋木プロ、今日の見どころはどこになるでしょう』

 

『わっかんねー!接戦になるんじゃねーかとも思うし、案外差が開くかも……ただまあ……』

 

今日も和服姿に扇子を持つ三尋木プロ。その扇子をパタリと閉めて、口に当てる。

 

 

『……先鋒戦は、目が離せない展開になることは、間違いないだろうねえ?』

 

『やはり注目は先鋒戦に集まりますね……!』

 

 

どんなメディアも、準決勝1番の見どころは、口をそろえて第2試合先鋒戦だと報じている。

 

それもそのはず。今日の準決勝先鋒で当たるのは。

 

 

『去年の個人戦決勝も記憶に残ってる人はたくさんいるのではないでしょうか。インターハイチャンピオンをあと一歩まで追い詰めた、言わずと知れた王者(キング)騎士(ナイト)……!』

 

『幼馴染というのもドラマチックだし、メディアは好きだよねえ……!今日朝から来たほとんどの人はこの戦い楽しみにしてるんじゃないの?知らんけど!』

 

 

晩成の王者と、姫松の騎士。去年の個人戦で宮永照をあと少しのところまで追い詰めたコンビが今日、激突する。

 

 

『まだ朝の早い時間帯だというのに、会場が超満員なのはそういった意味合いも強いかもしれませんね……!改めて、今日の出場校を紹介します!』

 

会場は超満員。団体戦は開始が早いというのにも関わらず、立ち見のチケットも完売だ。

 

そんな注目を集める今日の好カードは、出場校の紹介へと移る。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『1校目!晩成の孤独な王者が、ついに強力な仲間を得て、団体戦準決勝に初出場です!!』

 

 

 

「……いくわよ、あんたたち」

 

「「「「おおっ!!」」」」

 

 

小走やえを先頭に、王者晩成が歩みを進める。

去年までのような、やえだけに頼るチームではない。

 

凛々しく歩くその姿は、チーム全体を、王者と呼ぶに相応しい。

 

 

『晩成が勝ち上がったCブロックの2回戦は、まさに大波乱!シードの臨海女子と、春の大会でベスト4まで上がった永水女子を押しのけ、晩成高校がトップ通過!……もう去年までの孤独な王者はいません。中堅戦では1年生の新子憧が区間トップをとるなど、若い力も躍動しています!……後輩達にも支えられた晩成王国が、悲願の決勝進出を狙います……!』

 

『あれだけ個人戦で活躍していたのに団体戦ではいつも初戦で姿を消し、日の目を浴びることのなかった王者小走やえ。……その王者がこの舞台にどれだけの強い想いを持って臨んでいるか……言うまでもないだろうねえ』

 

 

大歓声が晩成を後押しする。Cブロック2回戦を見て、もう晩成をワンマンチームと揶揄する者はいなくなった。

狙うは全国制覇。主将であり柱であるやえを中心に、王者晩成が準決勝に挑む。

 

 

 

 

 

 

『2校目は、同じくCブロックの激戦を勝ち抜きました、清澄高校!!前評判は低めでしたが、インターミドルチャンピオンの原村和を副将に据え、バランスの取れた得点力でここまで進んできました!2回戦を見ても、その実力はまだ底が知れません!』

 

『副将のコが注目されがちだけど、それ以外のメンバーも粒揃いなんだよねえ……案外勢いに乗らせたら一番怖いチームかもねい」

 

 

 

「原村和だ!」

 

「インターミドルチャンピオン!なにか一言!」

 

 

久を先頭に会場へと向かう清澄メンバーに、記者が集まる。

2回戦開始時には、副将以外は評価が低く、準決勝進出は難しいだろうと言われていたとは思えないほどの人気ぶり。

 

 

主将の久は、夢にまで見たインターハイの舞台を実感していた。

 

 

「ついにここまで来たのね……」

 

「まだ途中……じゃろ」

 

まこの言葉に、久がうなずく。

あの日見た全国優勝の夢に、あと少しで手が届きそうなところまで来た。

ここで止まるわけにはいかない。

 

 

『大将戦では恐ろしいほどの和了りを重ねた、大将宮永咲にも注目したいですね!』

 

『先鋒のコも格上と思われる2人を相手に真っ向勝負してたからね……今日も相手は格上ぽいけど、さあ、暴れてくれるかな?』

 

 

 

 

 

 

 

 

『3校目!Dブロックは、2回戦としては異例の視聴率を誇りました!その死闘の中で、準決勝進出を見事勝ち取った、宮守女子高校!』

 

 

白望を先頭に、宮守女子が姿を現した。

2回戦では対局後に疲労で倒れてしまった塞も、元気にその姿を見せている。

 

 

「ダル……」

 

「先頭なんだから!シャキッとして!」

 

小声でダルそうにつぶやく白望を、塞が後ろから急かす。

 

 

『宮守女子が準決勝まで残ると予想してた人は、かなり少ないんじゃないかねい?でも、間違いなくマグレなんかじゃないよ』

 

『今大会1番のダークホースは、いったいどこまで行くのか!期待がかかります!』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『そして最後の4校目……!今年こそは全国制覇へ。常勝軍団が、最高のメンバーを揃えて、準決勝の舞台へやってきました。言わずと知れた関西の雄、姫松高校!』

 

 

会場の熱気が高まる。大本命の登場だ。

 

 

「風格あるな……」

 

「今年こそは優勝してくれ……!」

 

会場も姫松の登場ににわかにざわつき始める。

 

洋榎を先頭に、多恵、由子、漫と続き、1番後ろから冷静に殿を務めるのが、恭子だ。

 

 

「いやー今年は一段と盛り上がっとるな」

 

「レベル高いよね。今年は……」

 

準決勝自体は慣れている洋榎と多恵。しかし今年の空気は、例年と違う。2人はそう感じていた。

 

 

 

 

『昨年も白糸台高校の前に涙を飲んだ姫松高校。今年こそ優勝旗を関西へ。今日は善野前監督も応援に駆けつけています!史上最高の常勝軍団が、悲願の全国制覇に向けて、まずは決勝進出を狙います!』

 

『3年生が4人。姫松としては今年が1番の全国制覇のチャンスだと思ってるだろうねい。地元の期待も大きそうだ。……今日の4校の中では1番評価の高い姫松だけど、勝てる保証なんてない。インターハイってのはそういうもんだからねい』

 

『4校の紹介が終わりました!CMの後は、オーダー発表の後、先鋒戦開始です!』

 

 

準決勝第2試合。開始―――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

初めて会った時は、なんてつまらなそうに麻雀を打つんだろうと思った。

 

 

「あんた見ない顔ね。悪いけど、ここらの中じゃ、私が一番強いの。ニワカは相手になんないわよ」

 

「……はぁ」

 

 

 

 

 

 

 

伸びかけていた私の鼻は、この日真っ二つに折られた。

 

 

「なん………で……ッ……!」

 

「じゃあ、これで」

 

「ッ……!ちょっと待ちなさい!もう一回!もう一回よ!」

 

 

思えば私の運命は、ここから変わっていったのかもしれない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「偶然ね。こんなところで会うなんて……さあ、勝負よ!」

 

「えぇ……」

 

負けた。何度も。完膚なきまでに。

偶然では片づけられない、実力の差。

 

 

「もう1度……!もう1半荘よ!」

 

「いやもう帰る時間だし……」

 

それでも私は挑むことはやめなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……ぐ、偶然ね!私のこと、忘れたとは言わせないわ!」

 

「いや、忘れてはいないけど……」

 

雀荘という雀荘を周り、片っ端からしらみつぶしに探した。

探しては、麻雀を打った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ハァ……ハァ……!ぐ、ぐうぜんね……!こんなところにいたのね……!」

 

「いやもう夕方だけど……」

 

倒したかった。どうやっても越えられない壁。同級生の、ライバル。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「また負けた……なんで勝てないのよ……!」

 

もっと強くなりたかった。だから、彼女のあの提案には驚いた。

 

 

「……もしよかったら、私の行ってる麻雀教室、来る?」

 

「え……?」

 

わざわざ私探すのも大変だろうし、と言ってはにかんだ彼女の姿は、今も脳裏に焼き付いている。

 

 

 

これが、私と。

 

多恵の出会いだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

目を開ける。

 

 

スポットライトに照らされた、最高の舞台で私は友を待っている。

 

階段から昇ってくるのは、幼い頃からいつも一緒にいた親友の顔。

 

銀髪をなびかせて、彼女は私の前に立つ。

 

 

 

「……偶然ね。こんなところで会うなんて。いえ……必然かしら」

 

環境は変わった。高校も違う進路を選んだ。

 

それでも、麻雀を一緒に打てば、いつもあの頃に戻れるような気がして。

 

 

「……いっつも私のこと探して大体遅くに来てたけどさ」

 

最愛の友の口ぶりは、少しだけ嫌味っぽく。

 

 

「それにしたって、3年は待たせすぎじゃない?」

 

「……ちょっとだけ道に迷ったのよ」

 

長い道のりだった。たどり着けないかと思った。

でも今、私はここにいる。

 

そんな私の表情を見て、彼女が言う。

 

 

「ふうん……じゃあ、連れてきてもらったんだ」

 

「……ええ。それはそれは力強く」

 

 

感情が昂る。抑えられない。いつも夢に見ていた。彼女と、団体戦の先鋒戦で戦う日を。

お互いの高校(チーム)を背負った、精神とプライドとぶつかり合いを。

 

 

「この日のために、あんたの対策は死ぬほどしてきたのよ。悪いけど……今日だけは勝たせてもらうわ」

 

「ふうん……そんな程度で私を倒せると思ってるんだ?……確かに晩成は強くなった。今年は一味違うのかもしれない。でも相手は姫松(わたしたち)だよ。悪いけど……」

 

 

 

多恵はあの時と同じ、無邪気な笑顔で言ってのけた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ニワカは相手にならんよ?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――あぁ、きっと私はこの日のために3年間晩成で麻雀を打ったんだ。

 

 

 

「……ッ!!上等……!!!」

 

 

 

 

また今日も2人で遊ぼう。

 

いつもとは少し違う、もう一度のない、最高の舞台で。

 

 



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第46局 東風の神

初めて会った時は、なんて騒がしい女の子なんだろうと思った。

 

 

「ちょっと待ちなさい!もう一回!もう一回よ!」

 

 

 

 

 

何度も何度も。負ける度に悔しそうに歯噛みして、それでも彼女は、自分の居場所をしらみつぶしに探して、ひたすらに挑戦を繰り返した。

 

 

「ぐ、偶然ね。こんなところにいたのね……」

 

何度負けても挑んでくるその姿勢。

負けても、運が悪いとか、相手がズルいとか、そんな弱音は一度も吐かずに彼女は向かってきた。

 

そんな彼女と卓を囲む内に、「麻雀しかない」と、無感情に麻雀と向き合っていた自分の心が、少しずつ溶けていくような気がして。

 

 

「……もしよかったら、私の行ってる麻雀教室、来る?」

 

気が付けば誘っていた。

 

最初は麻雀が好きな子なんだな、としか思っていなかった。

 

けど、その認識はどこかずれていたのを、後に多恵は知った。

 

 

この子は、

 

小走やえという女の子は、ただひたすらに負けず嫌いだったんだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

準決勝からの特設ステージ。

大きな部屋の真ん中。少し高く作られた場所に純白の自動卓がポツンと1つ置かれている。

 

 

(すぐに対戦するだろうと思っていた高校団体戦でのやえとの試合。まさか3年で初めて対戦するなんてね。……そしておそらく、この大会が最後)

 

やえの瞳を真っすぐに捉える。

 

ここで対局できるのは素直に嬉しい。だが、2人とも、高校(チーム)を背負っている。

勝ちを譲る気は、無い。そしてそれでこそ、楽しめる。

 

 

 

 

 

 

 

「はあ……ダル……」

 

そんな中を、ゆっくりと階段を上がってきたのは、宮守女子の小瀬川白望。

2回戦で既に多恵の実力を実感していて、なおかつやえの対戦している所も見ていた白望としては、思わず口癖の「ダル」がでてしまうのも仕方がないだろう。

 

 

「小瀬川さん。今日もよろしくね」

 

「あんたには……よろしくされたくないかな……」

 

「そ、そんな……」

 

多恵の挨拶を華麗にスルーし、さっと卓に着く白望。

多恵が固まっているのを見て、やえがクスクスと笑っていた。

 

 

 

 

「3年生方、よろしくだじぇ」

 

「あら、2回戦とはビジュアルが違うじゃない」

 

最後に姿を現したのは、清澄高校の1年生、片岡優希だ。

唯一の1年生だが、他3人も、もちろん優希のことを侮ってなどいない。

むしろ、最初は1番の警戒対象だろう。

 

優希は今日は髪型を低めのツインテールにして、背中にはマントがたなびいている。

その髪型はどこか、新道寺の先鋒と似ていて、多恵は小さく笑みを浮かべた。

 

 

「強敵との戦い方を、先輩から学んだんだじぇ。そして今日はタコス運も悪くない」

 

「タコス運……?」

 

どや顔で卓につく優希。タコスに運が絡むとは初めて聞いたやえは、困惑の表情だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「始めようか」

 

多恵の一言で、全員が場決めの牌を引く。

この場決めは親決めではなく、単純に席を決めるために、風牌を引く。

だから「東」を引いたからといって起家になる、というわけではない。

 

やえが前に出て、最初の1枚を引きに行く。

 

 

「言っとくけど。私ここで東引いて負けたことないから」

 

その言葉に一瞬、緊張が走る。

この場には東風の神、片岡優希がいるのにも関わらず、自ら東を引くと言ったやえ。

優希は場決めでも東を引く確率がかなり高い。

 

それはやえも知っているはずだ。

 

確率は4分の1。単純な話なら、だが。

 

 

 

そうしてやえは引いた牌を、自らの顔の前に掲げる。

 

 

その牌は、「東」だった。

 

 

少し優希の顔が引き攣る。

しかし多恵は動じない。

 

 

「じゃあ今日で、そのジンクスは終わりだね」

 

「……やれるものならやってみなさい、多恵」

 

それぞれの席につく。

部屋の中心である自動卓の箇所以外のライトが全て消えた。

 

スポットライトが少しまぶしい。

 

 

「「「「よろしくお願いします」」」」

 

先鋒戦が始まった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『さあ、皆さんお待ちかねの先鋒戦がついに始まりました!この対局、やはり想定されるのは、晩成の小走やえ選手と、姫松の倉橋多恵選手の叩きあいでしょうか?』

 

『いやあ……そうとも限らねえんじゃねえの?ホラ、また清澄の1年生が起家だよ。配牌見てみな』

 

 

準決勝第二試合、先鋒戦が始まった。

場所はやえが東の席を勝ち取ったものの、親決めのサイコロ2度振りで、やはり起家は優希になる。

 

 

(この清澄の1年生。東場の得点力が異常だ。やえもだけど、まずはこの子を要注意だな)

 

多恵も2回戦の映像は見ている。東場ではやえと対等にやりあっていたのだから警戒は必須だろう。

 

 

 

東1局 親 優希

 

優希 配牌 ドラ{3}

{12345678三三四赤五五} ツモ{六}

 

 

「リーチだじぇ!」

 

 

開幕一閃。

まずは挨拶代わりとばかりに優希から放たれた{五}は、迷わず横を向いた。

 

 

(強烈……!)

 

(こいつ……また東場で暴れる気か)

 

(ダルいのが多いなあ……)

 

はぁ、と深いため息をつくのは、南家の小瀬川。

2回戦でもやったなあこれ、と思いながら切るのは、危なそうな{六}。入り目だ。

 

いきなりの危険牌に、優希の表情も若干曇る。

 

 

「チー」

 

西家の多恵が鳴く。

親のダブリー相手に手牌を短くするのは愚行だし、この場合はデジタルに打つなら絶対に鳴かないほうがいい。

一発消しは、安全牌の余裕があるときに行うもの。しかし多恵はここは鳴きとした。

 

デジタルではない。この世界に来て培った感覚が、多恵の中で警鐘を鳴らしている。

 

 

「……あんたがダブリー相手に一発消しするの、初めて見たわ」

 

片目を開いて、やえが西家の多恵を見る。長年一緒に打ってきた仲。何度もセーラのダブリーに落ち着いて対処する多恵を見てきた。だからこそ、意外に思う。

 

 

(それだけこの清澄の東場タコス娘が危険……ってことね)

 

やえは{六}を合わせる。

現物だ。

 

次巡。

 

 

「ツモ!まずは6000オールだじぇ!!」

 

優希 手牌

{12345678三三四赤五六} ツモ{6}

 

 

 

『清澄高校片岡優希!まずは先制パンチの6000オールです!!2回戦もそうでしたが、東場の彼女はイキイキとしていますね』

 

『東場での個人戦最高得点保持者……東風の神、片岡優希。さあ、その力がどこまで全国トップクラスの王者と騎士に通用するのか……』

 

とても面白いものを見るように、咏が扇子を口に当てた。

 

 

 

東1局1本場 1巡目 ドラ{4}

 

多恵 手牌

{③④⑤⑦2345七七七東北} ツモ{6}

 

(……)

 

 

好配牌。優希が今回はダブリーではなかった。

多恵は東場に神速を見せる優希を見やる。

 

多恵は試合前に、優希のデータを眺めていた恭子が助言してきたことを思い出していた。

 

 

『清澄の片岡ですが……この娘。ダブリーができる時に、形の変化を待つということを一度もしていません。ダブリーを打ってこなかったら、聴牌はしていないと見て大丈夫そうです』

 

 

(恭子のデータを信じるなら、片岡さんはまだテンパってはない)

 

だとすれば、この手牌なら十分対抗できる。

思考は一瞬。

多恵は手牌から{東}を切り出した。

 

 

「ポンだじぇ!」

 

その{東}に飛びついたのは、優希。

 

 

(字牌の切り順。セオリーならダブ東切りだけど、もしかしたら、今の状況なら北からの方がよかったのか……?)

 

基本的に、自身が面前で早そうな手なら、役牌を自身で重ねるメリットが少ないので、先に切ってしまった方が良い。

逆に、手牌が重そうなら、自身で重ねるメリットも大きい上に、相手に手牌を進めさせないために持つほうが良い。

 

たかが1巡の差とあなどるなかれ。麻雀という競技は、1牌の後先が、命運を分ける。

 

 

次巡、多恵が持ってきた牌は、{2}だった。

多恵は{北}を打つ。

 

 

「ツモだじぇ!2000は2100オール!」

 

優希 手牌

{⑦⑧⑨34二三四八八} {東横東東} ツモ{5}

 

 

『2連続和了!!強者を相手にしても、全く怖気づいていません片岡優希!』

 

『良い和了りだったねい。さて、鳴きが入っていない本来のツモを知っている姫松の騎士が何を思うか。今後の展開に影響するかもだよ?知らんけど!』

 

 

多恵の手元に来た{2}は、本来は優希のツモ。

多恵が東を切っていなかったら、{2}は優希の手牌に入って聴牌。

 

 

(字牌の切り順は間違ってなかった。そしてきっと、どちらにせよ止められてない)

 

積み棒を取り出す優希を見ながら、東場での強さに改めて驚く多恵。わかってはいたが、もう一度、気を引き締めなおした。

 

優希の深紅のマントがたなびく。

 

 

「ここに山を築く」

 

2本目の積み棒を自身の右側に置きながら、優希が口を開いた。

 

その目は、微塵もハッタリをかましているようには見えない。

紡がれる言葉に、やえはまたか、と優希をにらみつける。

 

それでも優希はひるまない。

 

 

「今度こそ、誰にも賽は振らせない……!!!」

 

 

東風の神が、王者と騎士に牙を剥く。

 

多恵とやえが静かに目を合わせる。

どうやら簡単に、2人で楽しませてはくれなさそうだ。

 

 

 



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第47局 マヨヒガ

高校として初のインターハイ準決勝の舞台に来た宮守女子。

 

 

しかし、2回戦を終えて、監督の熊倉トシは、無策では次の準決勝では勝てないことを確信していた。

この子たちが弱いとは思わないが、相手が悪すぎる。下手をすれば中堅あたりまでで勝負が決まりかねない。

 

なので2回戦が終わってから準決勝までの1日を使って、熊倉監督が選んだ選択は、対戦相手の研究よりも、チームのレベルアップだった。

 

中でも、おそらく1番過酷な戦いになるであろう、先鋒戦。

超高校級の2人に加えて、おそらく今大会の1年生の中では1、2を争う素材を持つルーキーが相手だ。

 

シロの強化は、必須事項だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「シロ……!」

 

宮守女子高校控室。

先鋒戦は今まさに優希が2100オールを和了ってリードを伸ばした所。

エイスリンが心配そうに画面を眺めている。

 

ここまでは完全に優希のペースだ。白望は一度ツモずらしのアシストをしたのみ。表情はいつもと変わらないが、流石の白望もどこか緊張しているように見える。

 

宮守女子からすれば、十分インターハイ自体が緊張する舞台なのだが、準決勝までくると会場が変わり、雰囲気がもう1段階変わる。

放送するテレビ局は増え、記者の数も増える。

 

そんな中で自分の最大のパフォーマンスをしなければならないのだから、緊張するなという方が難しいだろう。

 

白望と昔からの仲である塞と胡桃が、ソファに座ってモニターを見つめる。

 

見守りながら、ハラハラとする塞とは対照的に、胡桃はいつもの表情で、白望の様子を見ていた。

 

 

「大丈夫。シロ珍しく、気合入ってたから」

 

「え、そんな風には見えなかったけど……」

 

白望は基本無表情だ。麻雀はしっかりと打つのだが、ことあるごとにダルいと言い、無気力。

 

 

そんな白望が今日は気合が入っていると、胡桃は言う。

別段なにも変わらないと思っていた故に、どこにそんな根拠があるのかと疑う塞。

 

 

「昨日、麻雀打ち終わった後、言ってたの!」

 

昨日も体調に影響が出ない程度に、調整のための麻雀を打った宮守メンバー。

 

その最後の卓。いつものように椅子に座ったまま背もたれにへばりついて動かなくなった白望を胡桃が動かそうとしたとき。

 

胡桃も、先鋒戦が厳しくなることはわかっていたために、胡桃が白望に聞いたのだ。「頑張れそう?」と。

 

 

返ってきた言葉はいつも通りの「ダルい」だったけれど。

少し違ったのは、その後。

 

 

 

『ダルい……けど……どこまで今の私がやれるのか』

 

 

――――少しだけ、楽しみだわ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ツモ……!500は700オールだじぇ……!」

 

 

先鋒戦は東1局2本場。

この局も、早めにしかけを入れた優希が制した。

 

白望はまた少し顔をしかめる。

 

(やっぱメンドいな、この子)

 

打点は低くなってきているが、俄然早い。

 

打点を消してでも速度に比重を置いている理由はなんとなく白望も感づいていた。

 

 

優希がまた積み棒を増やすことに成功。

だが全く油断はできない。

 

今しがた伏せられた、強烈な気配を放つ多恵とやえの手牌に優希が視線をやった。

 

(こいつら……東場の私についてきてる……これ以上速度を落とすと……()られる……)

 

 

 

 

多恵 手牌

{⑧⑧22234567二三四}

 

やえ 手牌

{④赤⑤⑥三四四五五45677}

 

 

 

 

 

東1局3本場 親 優希

 

 

4巡目 優希 手牌 ドラ{⑥}

{⑥⑦⑧⑨23456赤五七九九} ツモ{八}

 

(嬉しくないほうだじぇ……けど、準決勝からは速度優先って部長からの言いつけがあるじょ。ここは手堅く……!)

 

優希が選んだのは{赤五}だった。もちろん赤を使い切るために{九}あたりを切るのも悪くはないのだが、どうしてもロスが存在する。

更に、部長の久から、速度優先と言われていることもある。ここは受け入れ枚数を最大にとる{赤五}切りとした。

 

その牌に、少し止まったのは白望。

 

 

「……ちょいタンマ……お願いします……」

 

いつものちょいタンマに、お願いしますがついたのはだいたい2回戦の多恵のせいなのであるが。

 

 

(今日は早いね、ちょいタンマが)

 

2回戦でも、白望はこの小考を頻繁に使っていた。

 

小考するということは、あまり良いことではない。今回のように、鳴くか鳴かないかの小考も、相手に鳴ける牌があることを教えてしまうからだ。

 

鳴くか鳴かないかは事前に考えておくべきだし、手牌についても、なるべくなら早めに切ったほうが、余計な情報は与えないで済む。

といっても、今回の場合は赤が出てきたケースで、赤なら鳴くという選択肢も出てくるので先に決めておけというのも、なかなか酷な話なのではあるが。

 

 

「迷ったけど、チーで」

 

そういって白望がさらしたのは、{六七}。

 

 

白望 手牌 

{⑥⑦一一二三五九白白} {横赤五六七} 

 

 

『できメンツから鳴きましたね……これはどう見ますか?三尋木プロ』

 

『いやあー普通なら間違いなく悪手だけど、そういった定石の物差しじゃあ、測れないよね。特にこの卓は』

 

完成している面子から、鳴きを入れる。特殊な状況下や、役が絡むとありえなくはないのだが、この場面は可能性のあった一気通貫などの役も殺すことになるため、褒められた打牌とは言えないだろう。

 

しかし、そうして白望が切った牌に、波紋のような気配が出る。

 

その気配に気付いたやえが、小さく嘆息する。

 

 

(……マヨヒガ……ね)

 

小瀬川白望の特性。2回戦のビデオを見て、やえは白望に対しての対策も考えてきてはいた。しかし、想定よりも、ゾーンに入るのが早い。

 

(どいつもこいつも……簡単には、多恵との一騎打ちにはならなさそうね)

 

 

 

 

優希 手牌

{⑥⑦⑧⑨234赤56七八九九} ツモ{1}

 

(聴牌……一瞬迷ったけど)

 

手牌から、優希は{⑨}を取り出す。

 

 

「リーチ……!」

 

(ここはダマじゃ済まさない)

 

優希が牌を曲げる。

 

少し悩んだが、ここはリーチ効率がもっとも高い翻数。もちろん他家は気になる。それでもここはリーチが吉と優希は考えた。

 

リーチを受けて、白望が山牌に手を伸ばす。

 

伸ばした手から、小さな波紋が広がる。

 

 

白望 手牌

{⑥⑦一一二三五九白白} {横赤五六七} ツモ{九}

 

「……」

 

白望がまた小考に入る。

親のリーチを受けたのだから、ここは素直に{五}を切るのが、白を鳴いて聴牌も取れるので、正着に見える。

 

 

「変だけど……これで」

 

白望が選んだのは、親のスジである、{⑦}だった。

 

 

「チー」

 

これに間髪入れずに鳴きを入れたのは、下家の多恵だ。

先ほどは一発を消すために鳴いたが、今回はそうではない。

 

 

多恵 手牌

{③④赤⑤赤⑤⑤二二二三四} {横⑦⑥⑧}

 

 

(これで、追い付いた)

 

強い牌を切ってきたことで、優希も追い付かれたことを確信する。

さらに、優希の上家であるやえも、一発目に手から危険牌の{⑧}を切ってきた。

 

やえ 手牌

{⑨⑨⑨789五五東東東発発} 

 

(宣言牌には間に合わなかったけど……私と多恵がそのリーチ、タダでは帰さないわよ)

 

威圧的な視線を、優希に向けるやえ。

リーチを打った優希は、もうそのリーチ棒を戻すことができない。

 

 

(こいつら……攻めてきてる……!1度鳴けないだけで、こうも苦しくなるのか……!)

 

優希が持ってきた牌をツモ切る。

幸い、ロンの声はかからなかった。

 

 

そして白望がまた、持ってきた牌を見て左手を顔の付近に当てた。

白望は悩むとき必ずこの仕草をする。

 

 

「……じゃあ……これで」

 

白望が切ったのは、ドラの{⑥}。

また、白望の捨て牌から、波紋が出る。

その波紋は、しだいに、大きく、やわらかくなっていく。

 

 

 

 

 

『宮守女子高校、小瀬川選手。リーチの親にも通ってないですし、他2人も攻めてきていることを考えれば、このドラは無謀すぎませんか?』

 

『まー正直常人には信じられん打牌だねい。けど、この卓を制するには、そういった「理」じゃダメなのかもねい』

 

ケラケラと笑い飛ばすのは咏。

3人聴牌のまま、数巡が過ぎる。今回は多恵の待ちは4面張だが、枚数の少ない4面待ちなので、即決着というわけにはいかない。

 

卓全体が、深い霧の中に覆われる。

 

 

 

『迷い家、って知ってる?』

 

『……なんかの伝説でしたっけ』

 

また始まった、と言わんばかりに、針生アナが少し頭を抱える。

咏の語りは唐突に訪れて、いつも何を言っているかわからないので、対処が大変だった。

咏もそれをわかっていてやっているのが質が悪い。

 

 

『そうそう。森の奥深くにあるとされている幻の屋敷。金品を1つ自由に持ち出していいって言うもんだから、たくさんの人がその屋敷を目指して森を歩いたらしいんだよねい』

 

『はあ……』

 

やはりわけがわからない。

しかし、例によって例のごとく、的外れな話をしているわけではないという信頼があるので、針生アナは咏に先を促した。

 

 

『ケド、迷い家を目指した者たちは、誰1人としてその屋敷にはたどり着けなかった。たどりつけたのは、迷って、迷って、たくさん迷ってしまった旅人ただ1人』

 

『迷う……ですか』

 

咏がうなずく。

迷うことで、誰もたどり着けない境地にたどり着く。

 

 

 

 

『黒き門の中、庭一面に紅白の花咲き乱れる』

 

遠野物語。その屋敷に辿りつき、成功した者の名は。

 

 

 

 

 

「ツモ」

 

 

12巡目 白望 手牌

{一二三四五九九白白白} {横赤五六七} ツモ{六}

 

 

「……2300、4300」

 

 

 

 

 

 

『彼女もまた、常識の外にいる打ち手ってことだねい』

 

会場から歓声が上がる。

ここまでの対局内容は、予想を大きく裏切るものだったが故に、観客の盛り上がりも加速した。

 

 

 

 

『長い連荘を止めたのは、宮守女子、小瀬川白望選手!ここまで、去年の個人戦決勝卓にいた2人が和了れていません!』

 

『王者の宣言牌殺しもかわして、全員の当たり牌止めて和了りきった……今日のこのコ、かなり調子良さそうじゃねーの?知らんけど』

 

 

 

 

 

 

東2局 親 白望

 

 

(ぐっ……実力で親を流された……!でもまだ東場は東場。戦える……!)

 

手放したくなかった親番を落とされた優希。

しかしまだその手牌は落ちていない。

 

 

3巡目 手牌 ドラ{八}

{①②③④赤⑤⑥⑦⑧三四四西西} ツモ{⑨}

 

 

(来たっ!ダマで満貫確定。ここは確実に和了りに行く……!)

 

3巡目でダマ満貫聴牌。

部長にも速度が重要と言われている以上、ここはダマで確実に和了りに行く。

 

優希に少しだけ焦りがあったのかもしれない。

 

手牌からそっと{四}を切る。

 

しかし。

 

 

「ロン」

 

優希は頭を無理やり卓に叩き伏せられるかのような感覚に襲われる。

牌を曲げようが曲げなかろうが、王者には関係がなかった。

 

 

やえ 手牌

{234678三三四五五八八} ロン{四}

 

 

「8000」

 

 

卓の絶対的王者が、自由な麻雀は打たせてくれない。

 

 

(……忘れてたわけではないけど……まだ3巡目だじょ……!)

 

 

2回戦での苦い記憶が甦る。

東場であっても、簡単には和了らせてくれない。分かっていたことだが、改めて実感する。

 

 

 

東3局 親 多恵

 

「ポンだじぇ!!」

 

それでも優希は折れない。折れるわけにはいかない。

 

この局も優希が動き出した。

2巡目で仕掛けを入れる。

 

 

2巡目 優希 手牌 ドラ{9}

{⑥⑦⑧⑨345678} {白白横白}

 

速度優先。まさにそれを体現するかのような手牌。

打点はかなり厳しいが、やえよりも早く聴牌し、聴牌打牌が複数選択できるようにすることで、今回はやえの宣言牌縛りから逃れることに成功した。

 

しかし今度は、別方向からの刺客。

 

 

「リーチ」

 

(今度はこっちか……!)

 

静かに、流れるような動作で牌を横に曲げたのは、優希から見て対面に座る、多恵だった。

 

やえは静かに現物を合わせる。

 

優希のツモ番。

 

 

優希 手牌 ドラ{9}

{⑥⑦⑧⑨345678} {白白横白} ツモ{9}

 

(うっ……どれだ……?どれなら通る……?)

 

 

優希はこのツモで、聴牌を継続する打牌が、5種類あることになった。

{⑥⑨369}のいずれかで、打牌として、{⑥6}はあり得ない。ダブル無スジだ。

実質優希の打牌の選択肢は{⑨39}のいずれか。

 

待ちとして優秀な3面張を選ぶなら打{⑨}。

 

 

(こんなところで、弱気にはなれないじぇ……!)

 

優希が選んだのは、{⑨}だった。

多くの人がその選択をするだろう。

 

しかしこの場では、この場だけの正解は「オリ」だった。

 

 

 

 

「ロン」

 

 

瞬間。()()の輝く剣が、優希の身体を貫いた。

 

 

多恵 手牌 ドラ{9} 裏ドラ{⑧}

{⑦⑧⑨⑨⑨33345678}  ロン{⑨}

 

 

「7700」

 

 

(何を切っても当たるのか……!!!)

 

 

正確に放たれた剣が、優希の四肢を貫いた。

聴牌を継続するために切れる候補があると優希は思ったが、実はそんなものは存在していなかった。

どれを切っても、正確無比な剣によって切り裂かれる。

 

一歩前に出れば、確実に切られるような感覚は、優希が2回戦で戦った侍と、少し似ていた。

 

 

 

点棒のやりとりが終わり、優希は深く息をつく。

今でこんな状態なのだ。

 

東場が終われば、もっと厳しくなることは間違いない。

 

なら、なおのこと、ここで折れるわけにはいかない。いかに相手が強大だろうとも。

 

優希には、ここにいる3人の3年生が、とても大きな壁となってのしかかってくるような重圧を感じていた。

 

 

 

(バケモノどもめ……!)

 

負けられない。優希はもう一度、気合を入れなおした。

 

 



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第48局 確信

インターハイ準決勝第二試合先鋒戦。

まだこの先鋒戦には東の風が吹き荒れていた。

 

 

東3局 1本場 親 多恵

 

 

「ツモ!!」

 

 

気合の入った、甲高い声が響く。

 

 

優希 手牌 ドラ{⑧}

{②③④⑧⑧⑧4445688} ツモ{7}

 

 

「メンタンツモドラ3……!3100、6100だじぇ!!」

 

まだ東3局。東の風が吹いている内は、優希の力は激しさを失わない。

この局も、何度も聴牌を外し、やえの支配を振り切って和了りをモノにした。

優希は点棒を点箱に収めると、対面に座る、多恵の様子をチラリと伺う。

 

 

(2回戦であのトンデモ眼鏡侍と打ったのが、活きてる……。この姫松のロボット騎士も強いけど、あの侍ほどじゃないじょ……!)

 

ロボット騎士とは、多恵のことである。対局中の映像を優希が見ていて、あまりにも無感情に麻雀を打つので、そう名をつけた。

 

この和了りでまた、優希だけが原点以上の点数を持っていることとなる。

 

 

 

 

 

 

 

 

点数状況

 

清澄  117700

宮守   98000

姫松   90500

晩成   93800

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『東4局に入りますが、未だ片岡選手の勢いが止まりません!誰がこの展開を予想できたでしょう!』

 

『いやー意外と2回戦を見てた人達からしたら、そんなに意外でもねえんじゃねえの?ま、このまま南場も同じようにいくとは思えないけどねい』

 

 

晩成と姫松の殴り合いになるだろうと想定されていた先鋒戦。

しかしここまでは宮守と清澄を、晩成と姫松が追う展開が続いている。思わぬ展開に、にわかにざわつき始める観客たち。

まさかこのままいくのか、と誰かが言えば、いやいや、このまま終わるはずがない、と誰かが言う。

 

予想を言い合う観客の言葉と気持ちが伝播し、会場全体が異常な雰囲気に包まれる。

 

その結果、先鋒戦の注目度はとどまることなく上がっていく。

 

 

 

 

 

東4局 親 やえ

 

 

サイコロを回すボタンを押しながら、やえは静かに下家に座る優希を見やった。

県予選の映像を見ていると楽し気に打つ姿が印象的だと思っていたが、今はその元気さはなりを潜め、かなり真剣な表情をしている。

 

その様子を確認して、やえはため息をついた。

 

 

(ウチの1年があれだけ打てるんだし、1年を侮ることはしてない。それにしても東場での速さと打点は、かなりのものね……1年後2年後が思いやられるわ)

 

少しだけ、後輩達の心配をするやえ。

言ってしまえば、とんでもないルーキーの登場なのだ。この先相手をすることになるであろう後輩たちのことを思うと、少し心が痛む。

それでも負けるとは思っていない辺り、やえの後輩への信頼も大きくなったのだが。

 

しかし、心配は心配である。だからこそ今やえができることは。

 

 

(その芽を摘んでおかないとね)

 

凶暴な瞳が優希を貫く。東場だからといって好きにさせる気は毛頭ない。

 

 

 

5巡目 優希 手牌 ドラ{二}

{赤⑤⑥⑦2477二三四七七八} ツモ{六}

 

 

(タンヤオ赤ドラの聴牌……だケド……この{七}は切れるのか……?)

 

5巡目での聴牌。ダマに取るかリーチを打つかは置いておくとしても、この聴牌は普段なら喜ぶべきところだ。

しかしこれを手放しに喜べないのが、この卓。

 

優希は恐る恐る上家に座るやえの手牌に視線をやった。

 

 

 

 

 

同巡 やえ 手牌

{⑨⑨⑨55一二三四赤五六八九} 

 

 

 

 

 

(切りなさいよ。余るんでしょ?{七}。叩き落してあげる)

 

 

やえの手牌を見て、優希は手にとりかけた{七}を自分の手牌の中に戻した。

 

 

({七}は切れない……)

 

優希が選んだ打牌は{4}。しぶしぶといった表情で打ったそれを、やえが不満げに見つめている。

 

そんな仕草と表情を訝し気に見るのは、優希の下家に座る白望だ。

重い手を持ち上げて、山に手を伸ばす。

 

 

同巡 白望 手牌

{②③④赤⑤⑥⑦⑧266三四五} ツモ{6}

 

聴牌だ。本来ならAコースが一気通貫が狙える{①⑨}のツモ。Bコースが{2}へのくっつきで両面にとれる{3}と、今持ってきた{②⑤⑧}の待ちに取れる{6}ツモ、といったところか。

 

タンヤオもついて3面待ち聴牌。普通ならリーチと行きたいところ。

しかし白望は、またも左手を頭に当てた。

 

 

「……ちょいタンマ…………あ、本当にちょいです……本当に」

 

 

白望は顔を伏せながらも、ちょいタンマと言った瞬間に下家から冷たい視線が送られてくるのを瞬時に察知したので、謝りを普段より2倍マシで伝えておいた。

 

ふう、と息をつき、状況を整理する。

 

 

(昨日の特訓が……効いてる)

 

白望の頭は、普段よりもずっとクリアに働いていた。それを誰よりも感じているのが、白望本人。

最高の状態で、最高の舞台を迎えられていると、自分でも思う。

 

 

(……前まで、こんなこと思うようになるなんて、思いもしなかったな……)

 

ダルい、動きたくないで生活している白望が、チームの勝利に全力を尽くそうとしている。

それは、2回戦で、絶対に勝ちたいと自身の身体と精神を犠牲にしてまで尽くした親友の雄姿を見たからかもしれない。

 

麻雀という競技は、不思議なほど気持ちに牌が応えてくれる。その想いが、本物であればあるほどに。

 

 

「……これで」

 

そうして切り出した白望。

また、切った牌から波紋が生まれていた。

 

 

その後、すぐさま多恵がツモって牌を切った。

やえも同じようにツモ切り動作。

 

 

 

優希 手牌

{赤⑤⑥⑦277二三四六七七八} ツモ{六}

 

(来たじぇ……!)

 

聴牌し返した。優希の強い所は、東場であれば手牌を多少崩してもすぐに有効牌の波が来てくれること。

幸いやえは手出しを挟んでいない。で、あれば、自分の宣言牌に追い付いてきている可能性は低い。

 

 

「リーチだじぇ!」

 

勢いよく{2}を曲げた優希。

通ればこっちのもの。まだ流れは優希にあるかに思えた。

 

しかし。

 

その牌から、波紋が広がった。

 

 

 

「ロン」

 

「……じょ?」

 

下家の白望から小さなロン発声。

 

 

白望 手牌

{③④赤⑤⑥⑦⑧2666三四五} ロン{2}

 

 

「……2600」

 

 

今度は白望に阻まれる。

正確な心理と手牌読みが、もたらした和了り。

 

 

 

『和了りをモノにしたのは宮守女子小瀬川選手!!これは完全に読み切りましたか??』

 

『まあ間違いなくそうだろうねい。王者に対応して清澄のコが切ったのが{4}。組み換え直すためにターツを外したんだとしたら、周辺牌である{2}待ちに1巡だけするのは、戦略的にはアリだよねい』

 

(ま、あのコがそこまで考えられるとは、2回戦見た感じじゃ見えなかったケド……強者に中てられて感覚が鋭くなってるのかねい……?)

 

咏が楽しそうにニヤリと笑った。

 

 

 

 

 

 

 

 

「よーっし!シロ!!」

 

宮守高校の控室でガッツポーズをとるのは、チームメイトであり親友の塞。

 

 

「今のも、新しいシロらしい和了りなのかもね~」

 

「ね!」

 

嬉しそうな豊音の言葉に、同調するのは胡桃だ。

 

 

「付け焼刃ではあるかもだけど、やらないよりはマシだったねえ……」

 

監督の熊倉も満足気に頷いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

昨日のこと。

 

宮守女子のミーティング。各場面ごとに監督の熊倉から勝つためのプランを伝えられた。

 

 

「まず先鋒戦だけど、ここが一番厳しい戦いになりそうねえ……」

 

「……ダル……」

 

分かっていたことだが、ネットなどのメディアも、先鋒戦では白望が数段劣るといった旨の記事が多い。

白望もそれを理解していたし、特にムキにもならなかった。

 

しかしどうやら、チームメイトは違ったようで。

 

 

「ダイジョーブ!」

 

まずシロに振り返ったのは、白望の前に座っていたエイスリン。

とても頼もしいこの留学生は、白望のことをいつも元気づける。

 

今回はホワイトボードに、強くなった白望らしき人物が描かれていた。

 

 

「そうそう。今日やれることはやったわけだし、むしろ目標とか作りたいよね」

 

顎に手をやって考えるのは、塞。

次鋒でエイスリンがいるのだ。気持ちを大きく持って挑んでほしい、という願い。

 

 

そんな塞の言葉に、白望は少なからず驚いていた。

明日の相手は並大抵ではない。それは皆も理解しているはず。

 

だからこそ白望はてっきり、「何万点差以内ならいいよ」という話が出ると思っていた。

 

全員が塞の言葉に納得しかけている中、1人困惑する白望をよそに、追い打ちをかけるように熊倉から衝撃の言葉が飛び出す。

 

 

「厳しい戦いになる……とはいったけど。私も必ず負けるとは思ってないのよ。……いえ、むしろこう言ったほうがいいわねえ……」

 

 

 

 

 

『勝つ気で行ってらっしゃい』

 

 

全員の視線が白望に集まる。塞も、胡桃も、豊音も、エイスリンも。皆笑顔で白望の目を見ている。

 

全員が、期待を寄せている。

 

 

いつも眠たげにしている白望の目も、この時だけは大きく見開かれた。

 

期待してくれる人がいる。

 

こんな気持ちになったのは、白望も人生で初めてのことだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『なんとなんと!姫松と晩成以外の2校がプラスで南場を迎えます……!!』

 

『高校トップクラスの実力の持ち主2人が、攻めあぐねてるねい。この先鋒戦、思ったより面白くなりそうだよ?』

 

咏の口ぶりに、観客も熱を増す。

 

南入だ。

 

シロは今和了った感覚を、右手の手のひらを見つめながら確かめる。

 

 

(ダル……けど、このダルさ、嫌いじゃない)

 

そのまま拳を、握りしめる。

チームのために戦うのは、悪くない。

 

 

対して厳しくなったのは優希だ。

東風は過ぎ去り、南の風がやってくる。それは同時に、自らの戦場ではなくなったことを示している。

 

 

南1局 親 優希 ドラ{⑥}

 

優希 配牌

{①③⑤⑨2469三七九東白中}

 

 

(あまり稼げなかった……でも、ここからは、カッチンコッチンだじょ……!)

 

試合前から決めていたこと。

ここからは守る。思った以上に周りが強く、東場で点数を荒稼ぎ、とまではいかなかったが、ひとまずのリードは確保できた。

なんとしてでも、守り切る。固い意志で、優希は手牌から{三}を切り出した。

 

 

多恵 手牌

{③⑦289一二二四四九発南} ツモ{北}

 

(ふむ……流石にそろそろやえの視線が痛いし、頑張りたいところだけれども)

 

先ほどから、「あんたなにやってんのよ早くしなさいよ」とばかりの視線が下家に座るやえから放たれ続けている。

多恵だってなにも手を抜いているつもりはない。それ以上に、東場は周りの速度が異常だったのだ。オリに回るケースが多かったために、見せ場は配牌の良かった1度きり。

 

2回戦で戦った時から、この宮守の白望が強いのはわかっていた。Cブロックの映像も見て、清澄の1年生が東場では強烈なスピードを出してくることも理解していた。

 

だとしても。わかっていたら、止められるというほど麻雀は単純な競技ではない。

 

 

(……これだけ強い人達と戦える。それでもって……)

 

多恵が見渡すのは同卓している3人。真剣な表情はもちろんだが、それ以上にこの3人は。

 

 

(……楽しそうだ)

 

多恵も思わず笑みがこぼれる。

こっちの世界に来た時。多恵は麻雀を楽しむことを忘れてしまっていた。

それは前世のネットで散々な評価を受けたからかもしれない。

勝つための麻雀を勉強し、そして失敗し続けた。

 

 

しかし、こちらの世界にきて、純粋に麻雀と向き合い、楽しむ少女達を見て、多恵の心は少しずつ変化していった。

全力で麻雀を楽しむ少女たちとの対局は、いつだって多恵の心を熱くさせる。

 

 

(やえがいるからかな……少しあの頃の、楽しい麻雀をやっているような気分だ。……うん。全力で、私のすべてをぶつけよう)

 

気持ちは熱く。楽しむことも忘れないが、相手は強い。自分の全てを、ぶつけなければ勝てない。

 

 

 

 

 

8巡目。

 

 

「チー」

 

動き出したのは多恵。上家の白望が切った{三}を、ノータイムで{一二三}の形で鳴いた多恵。

 

優希は早々に店じまいした自分の手と、多恵の河を見比べる。

 

 

多恵 河

{北南98発2}

{③⑦八}

 

 

(チー出しが{八}……一気通貫……?)

 

優希は多恵の役を探る。字牌がパラパラと最初に切れていて、染め手にはあまり見えない。

{98}のペン張外しが明確に手出しで見えているので、チャンタも読みからは消えるだろう。

とすると本命は役牌バック。まだ河に見えていない役牌は{白}と{中}。

 

 

( {①}が全部見えてて、三色は無い。役牌バックかなあ……?{⑦}切りのタイミングでドラ対子固定しててもおかしくなさそうだけど……あの捨て牌、なにか引っかかる)

 

白望も左手の親指を口の辺りにもっていきながら、優希と同じように、多恵の役を推測する。

消去法で行けば、役牌バックか、一気通貫。三色の可能性もまだ消えてはいないが、確率は薄そうだ。

 

だが、よほどドラが固まっていない限り、無理なしかけをするタイプではないのは2人とも理解している。

それだけに、不気味だった。

 

次巡、少し考えて、白望は手牌から{五}を切る。

多恵はその牌に目もくれず山へと手を伸ばす。

 

そして持ってきた牌と入れ替えて、流れるような動作で多恵が河に放ったのは、{二}だった。

 

 

(空切り……?けどこんなところで空切りするとは思えないじょ)

 

優希の考えることも正しかった。相手から役が読めないこの状況での空切りは、相手に余計な情報を与えてしまうこととなる。

とすれば、手牌の牌と入れ替えたと考えるのがセオリー。

これによって、一気通貫の線も薄くなった。本命は役牌バック。

 

北家のやえが静かに、息を吐いた。

 

やっとか、と。

 

やえはノータイムで多恵の切った{二}を合わせた。

 

 

 

 

11巡目 優希 手牌

{④⑤⑤⑥⑥446五七東白中} ツモ{⑥}

 

うっ、と優希が思わず息をのむ。

早々にあきらめた手牌に、まさかのドラが暗刻。と同時に多恵への安牌が尽きた。

 

 

(萬子に反応がなかったし、染め手は考えにくいじぇ。役牌バックなら、ドラが3枚見えてて、赤も1枚河に見えてる。最高で満貫はあるけど、そんなに高くはないじょ)

 

久からの情報で、多恵は必ずしも打点が高いわけではないのは確認している。

安い手で、親を流してくれるのなら、妥協点としては安手の放銃は仕方ない。

 

それでももう一度、多恵の河をゆっくりと見る。

 

ここは時間を使っていいところだ。

 

 

 

多恵 捨て牌

{北南98発2}

{③⑦八二}

 

 

 

捨てる牌を選ぶ優希。

{④⑤⑥}辺りは、いかにも危険筋で切りにくい。役牌バックかもしれないというのに生牌の{白}と{中}は切れない。1枚切れの{東}もだ。

そうなると次第に捨て牌候補がしぼられる。

 

(一気通貫で{五}が必要なら、さっきの宮守のを鳴いてるはずだし、役牌バックだったとしても、鳴かない理由がないじょ)

 

優希が選び抜いた結果、河へと出されたのは、{五}だった。

中筋である上に、前巡の白望が切った{五}に反応していない。役牌バックだとしても、一気通貫だとしても、限りなく当たりにくい牌だ。

 

優希もこの1ヶ月、必死で勉強を重ねた。どんな相手と戦っても、南場でもある程度は戦えるように。

 

 

今回ばかりは、それが裏目に出た。

 

 

「ロン」

 

多恵の背後から生まれた輝く長剣3本が、優希に向かって射出される。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

多恵 手牌

{四四四四赤五六六九九九}  {横三一二} ロン{五}

 

 

 

 

 

 

 

「12000」

 

 

 

『決まったああ!!1位の清澄から一閃!!姫松の騎士が、見事な清一色で跳満和了です!!それにしても手順からなにから、鮮やかでしたね……!実況が置いていかれてしまいました……!』

 

『これは打った清澄のコは責められないねい……前巡鳴いてない{五}は比較的安全に見える……それに加えてあれだけノータイムで打牌を繰り返して、あげく萬子に反応しなかったら、誰だって清一色だなんて思わない。姫松のコ、おそらくだけど、鳴く牌も全パターン事前に決めてるねい。これは言うほど簡単なことじゃない。……あそこまで清一色を得意とする打ち手は、プロ含めても世界中で一握りだろうねい』

 

 

咏の持ち上げすぎなくらいの解説に、会場は大歓声に包まれる。それだけ、あまりにも鮮やかな清一色だった。

更には実況解説に解説させる暇も与えずに完璧な手順で和了りきって見せたのだ。

 

 

(その河で清一色……?!宮守の{五}には見向きもしなかったじょ……?!こんなの……まるで……!)

 

驚愕に目を見開く優希。多恵の表情は、顔色1つ変わっていない。

 

今の和了りの既視感。優希が思い出すのは、合宿で見た、あの動画のこと。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ガタッと大きな音を立てて、控室で対局を見ていた少女が立ちあがる。

お気に入りのぬいぐるみが悲し気にコロコロと地面を転がった。

 

少女の目は驚きに見開かれ、心なしか、足も小さく震えている。

 

 

「の、のどか?どうしたの?」

 

「和ちゃん……?」

 

部長の久と、隣で見ていた咲が固まってしまった和を驚いたように見つめている。

優希が清一色を放銃してしまったことによほどショックを受けたのかとも思ったが、どうやらそういった様子でもないらしい。

震える全身を抑えながら、和は口を開いた。

 

 

「……先生だ……」

 

「先生……?」

 

まこも眼鏡をかけなおしながら和に聞き返す。

 

そのワードで久は何かに気付き、瞬時にモニターに向きなおった。

 

モニターには、鮮やかすぎる清一色を和了ってみせた倉橋多恵が、アップで映っている。

 

久は、1つの可能性にたどり着く。

 

 

デジタルな打ち回し。

 

完璧なオリ手順。

 

大会に出ると言っていたこと。

 

清一色への、完璧な理解。

 

 

 

久の頭の中で、つながった。

 

 

「まさか……!」

 

彗星のごとく現れた、麻雀動画の先駆者。

和が師と仰ぐ、デジタル打ちの頂点。

 

 

 

 

 

「クラリン先生……!間違いないです……あの和了り方……先生以外にあり得ない……!」

 

もう1つの波乱が、ここで巻き起ころうとしていた。

 

 



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第49局 最高の世代

清澄高校控室。

 

優希が多恵の清一色に放銃してから数分後。

 

顔面蒼白になりながら自身のスマートフォンを必死に操作する和に、清澄メンバーはどう声をかけたらいいのか分からずにいた。

 

 

「で、でも、もしかしたら別人かもしれないし……」

 

「……そう……かもしれません……」

 

咲の声掛けに対しても反応が遅れてしまうほど、今の和は切羽詰まっている。

確かに、別人である可能性は残っている。しかし、和の脳が、記憶が、倉橋多恵がクラリンだと言っている。

 

和は、今までも沢山のプロの対局を目にしてきた。

 

恐ろしいほどの豪運で和了りまくるプロ、不思議な待ちで和了りをモノにするプロ、いつの間にか勝ってしまっているような、試合巧者のプロ。

そのどれもに、和は興味をそそられなかった。何故か。

 

答えは簡単。その全てが、和からしたら『偶然に頼りすぎている』から。100回やって、損することのほうが多い選択など、和は認めない。魅力を感じない。

そんな達観した視点で見ていたある日、動画でクラリンを見つけた。

 

衝撃が走った。これこそが和が求めていた麻雀観だった。どうしてこの人はトッププロと名乗らないんだろうと心底疑問に思った。

これほどの実力を持っている人が、プロでないはずがない。いや、言い換えればこういう人こそが日本を背負って立つプロになるべきだ、とすら考えていた。

 

今まで、クラリンの上級編の動画を見なかった日は無い。

それほどまでに師と仰いで尊敬する存在。

 

 

そしてそれが今、自身の前に立ちふさがる。

高校生だと知る。

 

頭が全く追い付いていなかった。確かにネットでそういった書き込みは以前もあったが、和は信じなかった。

 

高校のインターハイの映像も、そこまで興味がなかった。

だから、姫松に強い人がいるくらいの認識でしかなかったのだ。

 

 

(SNSで……私のように気付いた人はいるのでしょうか……)

 

震える指で、自身のスマホのSNSを開く。

検索で「クラリン」としてみた。たくさんの投稿が、和の目に情報として入ってくる。

 

 

:今の姫松の倉橋の清一色、マジでクラリンみたいだったな。本当にクラリンなんじゃねえの? #インターハイ #姫松

 

:クラリンの動画見てるみたいだったな……姫松つえええ  #インターハイ

 

:あの河で清一色刺さっちゃうとか清澄の1年生可哀想だなw クラリンじゃあるまいしw  #インターハイ

 

:クラリンが姫松の先鋒って説、このまえどっかの掲示板で見たけど、いよいよ信憑性高まってきたな

 

 

沢山の視聴者が、クラリンが多恵ではないかと疑っていた。

今まで、和はその説を信じなかったが故に、クラリン高校生説の書き込みを見ることは無かったが、今度はインターネットで、過去の掲示板を探す。

 

そうしていると、和は一つのスレに辿りついた。

 

 

 

【Vやねん姫松】今年こそ全国優勝【姫松応援スレ】

 

 

 

346:名無し雀士@個人応援は個人スレで

 

よっしゃ!トップから直撃で2着順アップ!やっぱ倉橋頼りになるな

 

 

348:名無し雀士@個人応援は個人スレで

 

いや今の倉橋の清一色ヤバすぎwwwwプロでもあの河作りとノータイム切りできねえよwww俺なら宮守から出た五で10秒長考するわww

 

 

351:名無し雀士@個人応援は個人スレで

 

今の清一色は比較的簡単な部類だろ。宮守から切られた5m鳴いても待ち増えないのなんかすぐわかるやん。

 

 

358:名無し雀士@個人応援は個人スレで

 

>>>351 カン3m待ちから 2m3m待ちに増えます。クラリンの動画でも見て勉強し直してこい。

 

 

360:名無し雀士@個人応援は個人スレで

 

>>>351 これはガチで恥ずかしいやつや

 

 

368:名無し雀士@個人応援は個人スレで

 

クラリンで思い出したけどマジで今の和了りクラリンの動画見てるみたいだったな。

 

 

370:名無し雀士@個人応援は個人スレで

 

>>>368 ワイもそれ思た。テンション上がっちゃってスルーしちゃってたけど、そもそもあのレベルの判断とか普通高校生にできんの?

 

 

372:名無し雀士@個人応援は個人スレで

 

この前プロの対局で清一色テンパってないのに誤ロンしてる動画見たゾ

 

 

374:名無し雀士@個人応援は個人スレで

 

>>>372 見てくれだけのお飾りプロなんかいくらでもいるからな。それこそこの倉橋とかのがよっぽど強いよ。

 

 

377:名無し雀士@個人応援は個人スレで

 

冗談抜きで倉橋クラリンなんじゃね?言われてみればかなり声似てるし。たまに暇つぶしにやる小手返しのやり方とかも似てるよな。

 

 

379:名無し雀士@個人応援は個人スレで

 

倉橋がクラリンだったら逆に納得できるよな。さっきの清一色もこんなことできるのクラリンくらいだろって思ってたし。

 

 

 

 

 

 

 

(やっぱり……私以外にも、疑っている人が多い……)

 

顔が青ざめている和を見ながら、久も自身の頭の中で考えを巡らせる。

幸いまだ前半戦だ。そうとわかれば休憩中に優希になにか対策を伝えられるかもしれない。

 

 

(もし倉橋多恵がクラリンだとして。そうすると流石に今の優希だと厳しいかも……本来なら、姫松の得点源である先鋒の倉橋さんを優希の和了りで抑えて、次鋒の1年生はまこならどうにかできると思っていた……だけど……)

 

久と仲が良いプロ雀士の藤田が、クラリンの話題を振った時の言葉を久は良く覚えていた。

 

 

『動画見たけど……あれはもう勉強したらああなれるとかそういう次元じゃない。ハッキリ言って、人間の脳にできるレベルを超えてる。それでもってプロの間でもクラリンが一体誰なのか、わかっちゃいない』

 

 

プロ雀士から見ても、異常な存在。

そのクラリンがあの多面待ちを駆使する倉橋多恵だとするならば。

 

 

(鬼に金棒どころじゃない。まさに与えられるべくして与えられたかのような、これ以上ない力……)

 

久は、同学年である多恵の対局を何度も見てきた。

そしてその力は、ある程度把握している。だからこそ、恐怖を抱く。

 

 

(今までも十分脅威には感じていたけれど、これは更にその警戒度を上げないといけないみたいね……)

 

冷静になれてはいるが、もし和の話が本当だとするならば、状況は更に悪くなったと言ってもいい。

姫松の得点源である先鋒次鋒を封じ込め、姫松よりも点数を持った状況で中堅戦を迎えられれば、十分勝機はあると思っていた。

 

しかし、東場の優希ともやりあえてしまうクラリンのような得点力がある、というのは流石に想定外。

そしてこのまま自由に打たせて姫松に点を持たせてしまえばどうなるか。

 

 

(防御力でいえばぶっちぎりの全国1位の中堅以降を、削りきるのは厳しすぎるわ……!)

 

 

 

曰く、中堅の守りの化身は、中学時代に120局連続無放銃という恐ろしい記録を樹立し、高校からは差し込み以外の放銃は皆無だという。

 

曰く、副将の仕事人は、団体公式戦でマイナスになった記録が1つもないという。

 

曰く、大将のスピードスターは、こと速さという点で、全国でも1,2を争う存在だという。

 

 

このメンバーから点棒をむしり取れるか、と聞かれたら、流石の久も「はい」とは言えない。

 

 

ひとまず、今考えなければならないのは優希への助言。

恐ろしい相手が更に恐ろしいことがわかってしまったのだ。久としても焦りはある。

 

が、諦めるわけにはいかない。久はどんな時もいつだって最善策を考えてきた。

 

 

(なにか、優希のトリガーになってくれれば……)

 

久は優希の力の手綱を上手く握っている。そしてこの調子でいけばチャンピオンともわたりあえるだろう、とも。

しかしそれはこの準決勝を突破できればのこと。今ここで負けてしまえば、何もかもが水の泡だ。

だからこそ、優希の最高の状態を引き出す、「何か」が欲しい。

 

必死に頭を回転させながら、久は未だ錯乱状態にある和を見やるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

一方その頃、姫松高校控室では。

 

多恵の清一色の和了りを見て、椅子を前後に揺らしながら笑う洋榎の姿があった。

 

 

「はっはっは。多恵もう隠す気ないやろあれ」

 

「行儀悪いんで椅子ちゃんと座ってくださいよ部長……」

 

モニターから少し離れた机で、メモを取りながら観戦する恭子が、洋榎の女子高生あるまじき姿を諫める。

 

 

「そろそろ記者からも聞かれそうやし~、堂々と発表したほうがええんちゃう~?」

 

「まあ、本人も別に無理に隠したいわけやないって言ってましたしね」

 

由子が淹れたお茶を飲みながら恭子に提案する赤坂監督代行。

 

もともとメディアにもクラリンバレしつつある最近だったが、この和了りでその信憑性は更に高まったことだろう。

勘の良いプロやクラリンファンには今ので完全に気付くことだってありうる。

それだけ今の多恵は「良い状態」である、とも言えるのだが。

 

 

「東場はちょっとヒヤヒヤしましたけど、多恵先輩いつも通りで安心しました!」

 

「それもそうなのよ~」

 

一番モニターに近いソファで観戦する由子と漫の2人も、多恵の「らしい」和了りに胸をなでおろす。

東場はあまりにも荒場で、多恵の勝負手が流されることも何回かあった。心配になるのも、無理はない。

 

 

「確かに今日の相手は多恵も苦戦するだろうとは思っていますが」

 

しかしこの2人は違った。

椅子を前後に揺らしすぎて後ろ向きにひっくり返った愛宕洋榎と。その様子を呆れきった目で見つめながら話す末原恭子。

 

モニターの方に視線をやって、恭子はニヤリと笑って断言して見せた。

 

 

「……この程度でウチの多恵を抑え込めると思ったら大間違いやで」

 

 

 

 

 

――――常勝軍団姫松、その過去最高とも言われる世代に、死角はない。



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第50局 本領

 

 

 

まだ昼とは呼べない、朝の時間帯。

夏休み中の小学生など、まだ寝ていてもおかしくない時間であるにも関わらず、会場の熱気は早くも最高潮に達そうとしていた。

 

 

準決勝第二試合先鋒戦は、南2局に移っている。

 

 

 

 

「やっと全力ってとこかしら?」

 

「いやいや、最初から全力だよ。皆が手強いだけ」

 

「……ま、なんでもいいわ。やっと……楽しくなりそうね」

 

ガラガラと回り続ける自動卓の音を気にも留めず、やえと多恵の会話は行われていた。

交わる視線。挑戦的なやえの笑みは、心底この状況を楽しんでいるように見えた。

 

休まる時間などない。やえにしてみれば、夢にまで見た舞台なのだ。全身全霊で戦うのは当然のことだろう。

 

 

 

南2局 親 白望 

 

 

(下家の姫松がまたダルい感じ……2回戦と同じだ……)

 

多恵の感覚が、極限まで研ぎ澄まされているのがわかる。

 

白望は2回戦で多恵と戦っている。その時も、あの染め手とは思えない河での染め手と、強烈な多面待ちにかなりの点数を削られてしまった。

今回も、同じ道をたどるわけにはいかない。

最大限の注意を払って、親番の手を進行させる。

 

 

 

8巡目 白望 手牌 ドラ{三}

 

白望 手牌

{②②③④④567二三四六七} ツモ{八}

 

 

 

白望が持ってきた牌に、波紋が広がる。聴牌だ。

一息つくと、白望はまた同じように左手を頭に当てた。

 

 

(タンヤオが確定する{②⑤}待ちがセオリー……だけど)

 

白望はチラ、と下家の多恵の河と手牌を見つめる。

多恵は{白}を鳴いてポン出しが{②}。{④}は危ない部類。河は染め手にはあまり見えないが、先ほどの清一色が、白望の頭をよぎる。

 

 

「……少し迷ったけど……リーチ」

 

白望が横に曲げた牌は、{②}だった。仮に多恵が聴牌しているとしたら、高確率で多面待ち。当たる可能性の高い{④}を切るよりは、多恵への安牌でリーチを打つことを選択した。

曲げた{②}にも、波紋が広がる。

 

 

が、波紋は広がりきらずに、乱暴に踏みつぶされたことによって霧散する。

 

 

 

 

「ロン」

 

 

表情を歪めたのは白望。

 

その静謐な空間に生まれたはずの波紋は、1人の王者によって土足で踏み込まれた。

 

 

やえ 手牌

{①③④赤⑤⑥二二三四五中中中}

 

 

「……5200」

 

 

王者に迷い家は通用しない。

問答無用で点棒を奪い取られる。

 

 

 

『晩成の小走選手の和了り!カン{⑦}にとらず、カン{②}待ちを選択したのには、何か理由があったのでしょうか?』

 

『まあ、注目を集めてる姫松の騎士様の安牌で待つことによって他2人からの出和了りを狙った……って感じじゃねえの?』

 

ここまで派手な和了りが少なかったやえだが、ここは高打点とまではいかないものの、確実に点棒を稼ぐことに成功する。

 

 

 

 

南3局 親 多恵 ドラ{2}

 

4巡目。

 

 

「リーチ」

 

やえが勢いづいた。

わずか4巡にして今度は横に曲げられた牌に、流石の多恵も顔をしかめる。

 

 

「……私の親番で……私がオリると思ってる?やえ」

 

「フン、あえて言うなら……そうね。『押せるものなら、押してみろ!』よ」

 

少し幼く聞こえるようなやえの発言に、白望と優希は首をかしげている。

そんな中1人、目を見開くのはもちろん多恵だ。

 

思い出すのは、在りし日の会話。

 

 

 

『やえはどーんと押せるなら押してみろ!って構えてる方が、きっと似合ってるよ!』

 

 

 

 

本当に昔の話だ。

多恵の表情が、優しいものへと変わる。

 

 

「……よく覚えてるね……」

 

多恵がやえにした助言を、やえは覚えていたらしい。

セリフを聞いて思い出せるくらいには、多恵もその思い出を大切にしているのもまた事実だが。

 

 

 

 

(身内話やめてもらっていいすか……)

 

空虚な願いが、背もたれによりかかる白望の身体から抜けていった。

 

 

 

 

 

6巡目 多恵 手牌 ドラ{⑦}

{②②②③④④④455678} ツモ{6}

 

 

聴牌だ。{58}のどちらかを切れば、{①②③④⑤}待ちの聴牌。

親であるということも考慮すれば、ここは追っかけリーチと行きたいところ。

 

 

「……」

 

無言で、多恵は一瞬やえの顔をみた。

やえの口角が若干上がる。

表情が雄弁に物語っていた。「切れるものなら切ってみなさいよ」と。

 

 

「……嫌だね」

 

即座に多恵が切ったのは、{②}。聴牌を取らなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

この打牌選択に、納得いかない雀士が一人、清澄の控室にいた。

 

 

「そんな……クラリン先生ならこの手は絶対に追っかけリーチを打つはず……場況も良い。親。リーチを打たない理由なんて……」

 

和は困惑していた。先ほどの清一色を見たことにより、和の中で、多恵=クラリンでほぼ確定だ。

だとすると、今回のこのリーチ打たずが理解できない。自身は親で、{8}の放銃率なんてたかが知れている。

局収支でいえばこの5面張はリーチを打たない理由がない。

何度も何度も、繰り返しクラリンの動画を見たからこそ、この打牌の理由がわからない。

 

 

「でも、仮に{8}切ってたら、晩成に放銃だったわね」

 

「それはただの結果論です!」

 

食い入るように先ほどの場面に動画を戻した自身のスマートフォンを睨みつける。

久相手に強く出てしまうほど、今の和は冷静さを欠いていた。

 

 

(どうして……?分からない。相手は4巡目リーチ。{8}が特別危ないなんて情報も無ければ、この5面張が弱い理由も見当たらない。点数状況を踏まえたって、いつもの先生なら絶対にリーチしにいく手……)

 

立ち上がり、両手を机についてスマートフォンを凝視する和。

情報を整理すれば整理するほど、回る理由は見つからなかった。

 

 

「……じゃあきっと、クラちゃんには今、和に見えてないモノが見えてるのよ」

 

「見えていないモノ……?」

 

久が何を言っているのか、和には理解ができなかった。

別にモニターの情報を見逃しているわけではない。わずか数順のできごとで、手牌を読むもなにも、そんな時間はなかったはずだ。

 

しかしその考え自体が、久からすれば根本から間違っているわけで。

 

 

「じゃあ対局が終わったら聞いてみなさい。あなたの先生に。……あなたの中の何かが変わるかもしれないわ」

 

「……」

 

腑に落ちないといった顔の和に、久はふふふ、と笑って見せた。

 

 

(先生……もしあなたが本物のクラリン先生だとするなら……教えてください。私に……麻雀を……!)

 

和の目がモニターの先の多恵を捉える。

そこには、いつもと違い少し楽し気な表情を浮かべる多恵の姿があった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

場面は、多恵が{②}を切った状況に戻る。

 

 

「なによ、つれないわね」

 

「……やえと何万局打ったと思ってんの?」

 

多恵の打牌を見て、やえがツモ山に手を伸ばしながら軽口を叩く。

優希は、多恵が対局中に楽しそうに話すのを、不思議そうに観察していた。

 

 

(姫松のロボット騎士、もっと無表情で打つタイプだと思ってたじぇ……)

 

事実、優希が見た映像では大体がそうだった。

しかし今日は幼馴染のやえが同卓している。だからかなと、優希は勝手にあたりをつけた。

 

 

 

 

同巡 白望 手牌

{⑥⑦⑦⑧⑨6788三三六七} ツモ{八}

 

 

最高で平和三色ドラドラまでつく、絶好の聴牌だ。

白望は1度手牌の{8}を手に取ったが、すぐに手牌の中に戻す。

白望も、この牌が切れないことは気付いていた。

 

 

「……ダル……」

 

王者の放つリーチは、他者の手に圧力をかける。

聴牌は入るが、その聴牌が素直に入れば入るほど、当たり牌なのではないかと疑ってしまう。

 

白望は{⑨}を切った。

 

ここも回らされる。

 

 

 

 

7巡目 多恵 手牌

{②②③④④④4556678} ツモ{4}

 

張り替え完了。見事に聴牌を組みなおした多恵が、改めてリーチをぶつける。

勢いよく、それでいて冷静に。

流れるような動作で河に置かれた牌が、横を向いた。

 

 

「リーチ」

 

「来たわね……!」

 

 

王者を討つ為の剣が、3本生成される。

正確無比な狙いで放たれた剣が、王者を討たんと飛んでいく。

 

やえが目を見開いた。

 

 

 

 

「……でもね、その1巡が命取りなのよッ……!」

 

 

 

瞳の炎が燃え盛る。

 

この日をどれだけ待ち望んだと思っている。

 

この日のために後輩達がどれだけ努力してくれたと思っている。

 

 

(たった1巡、1つの打牌でも、無駄にはしないッ……!)

 

勢いよく持ってきた牌を、自身の手牌の横にたたきつける。

 

 

 

「ツモ!!!3000、6000!!」

 

 

やえ 手牌 裏ドラ{2}

{③③22234567南南南} ツモ{③}

 

 

 

3本の剣の内1本を、手を深紅に染めて握りつぶす王者の姿がそこにはあった。

 

 

 

 

『決まったあああ!!!!晩成の王者、前半戦南3局で跳満ツモ!!一気にトップに躍り出ました!!!』

 

『姫松も追い付いたけどすぐにツモられたね。晩成の王者に先リー打たれたらやりづらいんだなあ。しらんけど!』

 

晩成の応援席から、盛大な歓声が上がる。

ここまで苦しい戦いを強いられたやえの、やっと訪れた大きな和了り。

盛り上がらない理由がない。

 

 

 

南4局 親 やえ ドラ{⑦}

 

 

(このままじゃ後半戦の南場が思いやられるじぇ……どうにかしてこの2人の親を流す方法を探さないと……!)

 

前半戦はついにオーラス。東場ではリードできていた点棒も、気付けばすぐに取り返されてしまった。

連荘がないおかげでそこまでひどい目にはあっていないが、優希にはわかる。

この2人は、まだまだ余力を残している。

 

後半戦もこのような早い展開になってくれるとは思えない。

 

ひとまずは、このオーラスを早く終わらせること。

南場は、自身の主戦場ではないのだから。

 

 

優希 配牌

{②⑨13557九東南南白白} ツモ{東}

 

 

(配牌良くはないけど、字牌対子3つ……!南場でも、和了りきるじぇ……!)

 

しのぐだけでは、ツモで削られて点棒を失う。

これから先で勝っていくには、多少はリスクを背負わなければいけない。

守りの化身もとある雑誌で言っていた。「振り込まないことが、守りではない」と。

 

 

「ポンだじぇ!」

 

更に言えば優希は今やえの下家にいる。これは麻雀の基本だが、親の上家で鳴きすぎると親へのツモが増えるので、親の上家にいる時は鳴きの基準を調整する必要がある。

 

逆に、親の下家に座る、つまり今の優希のような状態なら、親のツモ番を飛ばすという意味でも、鳴きは意外と効果的だ。

 

「それもポンだじぇ!」

 

運よく対面から鳴ける牌が出てくる。これでやえのツモ番は2回飛ばされたことになった。

 

 

 

 

6巡目 優希 手牌

{35578東東} {南横南南} {白横白白}

 

 

(よしこれでイーシャンテンだじぇ……!)

 

別に混一にするつもりは優希にはなかったのだが、1番早く和了れそうだったのがたまたま混一だったので、自然とそうなった形。

 

次巡、間髪入れずに対面から{東}が出てくる。

 

 

 

「ポン……!だじぇ……」

 

優希が言葉に詰まった。嫌な予感がしたから。

 

 

ここまでの鳴きは全て対面。

 

運よく鳴ける牌が出てきた?誰から?

 

おそるおそる、手を伸ばしながら、対面に座る人物を見た。

 

 

多恵(騎士)の表情は、今まで優希が見たこともないほどの笑顔で。

 

 

 

 

 

 

 

 

「……?」

 

 

 

 

 

自然にゾクり、と背筋が寒くなった。

 

 

 

 

 

 

 

(偶然なわけないじょ……鳴かされた……!!)

 

そもそも、当初優希は東をポンするつもりはなかった。東は虎の子の安全牌。混一に向かいながらも、リーチに一発で振り込まないようにするための盾。

しかし、あまりにも上手くいく手牌を眺めていた優希は、思わず手拍子で、聴牌をとってしまった。

 

しぶしぶ優希は手牌から{3}を切る。本能的にまずいとは思っているが、ここで和了りきれば問題ない。

 

 

「……ダルすぎ……」

 

白望も途中から多恵の狙いに気付いていた。

やえを封殺しつつ、優希の手牌を短くする。

そうすると、なにが起こるか。

 

多恵のツモ番だ。

 

 

「リーチ」

 

多恵が持ってきた牌を()()()()横に曲げた。

 

優希が目に見えて萎縮する。

 

 

「多恵あんた……」

 

やえの問いに、返事はない。

今の多恵の瞳は、無慈悲に優希を貫いている。

 

 

やえのツモ番を飛ばしたことによって、やえに宣言牌を捉えられる危険性を最大まで減らし、狙いをすませたリーチ。

 

やえが現物の牌を切る。

 

 

(ぐっ……現物……!それか和了り牌……!現物か和了り牌さえくれば問題ないじぇ……!!!)

 

祈るように手を伸ばす。

 

優希が持ってきた牌は、{8}だった。

多恵に、通っていない牌。

 

 

 

優希 手牌

{5578} {東横東東} {南横南南} {白横白白} ツモ{8}

 

 

(これ……は……)

 

優希は一瞬手牌の{7}を持ち上げて、戻した。また今度は今持ってきた{8}を手に取って、やはりまた戻した。

優希の手は数秒手牌を右往左往したが、何かに気付いたのか、今は膝の上に手をやって、その拳を固く握っている。

 

 

「……はあ……」

 

1つため息をつき、やえがパタンと手前に牌を倒した。

それの意味するところは。

 

 

 

「……{5}が対子で…………だから……か」

 

 

小声で呟かれた言葉。

対局者である3人も聞き取れないそれは、呟きと呼ぶかどうかも怪しい。

 

 

うん、と納得したように頷くと、ゆっくりと顔を上げた多恵。

 

口惜しそうに歯噛みする優希に対して、多恵は一言だけ。

 

 

 

「……終わりだね」

 

 

 

 

 

 

多恵 手牌

{1113456667発発発}

 

 

 

 

白銀の甲冑を来た騎士の持つ剣の切っ先が、優希の喉元にあてがわれていた。

 

 

 



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第51局 天より授かりしは

お気に入り件数2000件達成!

本当にいつもご愛読ありがとうございます!

書き始めた当初は、『咲-Saki-』という、ハーメルンにおいては、どちらかというと可愛いキャラクター達との日常系が人気を博すジャンルで、作者が書きたい「熱い麻雀バトル」は受け入れられないのではないか、という葛藤もありました。

しかし、気付けばこんなにも沢山の感想と、高評価、そしてお気に入り登録。
本当に感謝してもしきれません。

これからも熱い展開を書いていこうと思っていますので、応援よろしくお願いします。






準決勝第二試合先鋒戦の前半が終わった。

 

 

点数状況

 

晩成 111000

姫松 108500

宮守  92400

清澄  88100

 

 

会場は前半戦オーラスの熱気にあてられて、未だざわついている。後半戦が待ち遠しいといった様子で、誰しもが余韻に浸っている。

 

 

 

そんな中。トボトボと会場から控室までの道をたどる影が一つ。

背中につけたマントも、どこか悲し気にはためいている。

 

点差は、思ったほどつかなかった。しかし、実感してしまった。恐ろしいほどの実力差。

少しでも2回戦の相手よりも弱いかもと思った自分を呪いたい。あの騎士は、容赦なくその剣先を自分に向けてきた。

ばっさりと両断された侍よりも恐ろしく、自身で身を切り裂かせるという無慈悲な一撃。

 

軽口を叩きあいながら出ていった強者2人を、優希は呆然と見送ることしかできなかった。

 

 

(勝てるのか……?)

 

弱気になる気持ちが、鎌首をもたげる。

恐怖に震える自身の体を、優希はそっと左手で覆った。

 

 

「……優希!」

 

声をかけられて、顔を上げる。

そこには、自身の中学からの友達である原村和と、その後ろで心配そうにこちらの様子を見る宮永咲の姿があった。

 

 

「和ちゃん、咲ちゃん……」

 

「優希ちゃん、大丈夫……?」

 

モニターで優希のオーラスの様子を見ていた久が、「迎えに行ってあげなさい」と助言したこともあって、2人は優希のことを迎えに来ていた。

黙ってしばらく床を見つめる優希に、和が歩み寄る。

 

和は、優希にあの事実を伝えようと思っていた。

 

 

「優希。姫松の倉橋多恵さんは……おそらくですが、あの、『クラリン先生』です」

 

ビク、と優希の背中が跳ねる。

 

驚きはしたが、同時に予感もあった。特にあの清一色。

動画で見た時と状況がよく似ていて、顔も知らないはずの「クラリン」に、多恵の姿がかぶって見えたのだ。

 

そうか、と納得して、優希は和に向き直る。

 

 

「……じゃあのどちゃんは『クラリン』を応援してもいいじぇ。私に気を使わなくていいんだじぇ」

 

呟くように、静かな声で優希の言葉は紡がれる。

 

その言葉に、咲と和が、一瞬顔を見合わせた。

しかしすぐに優希へと向き直る。

 

 

「……何を言っているんですか」

 

「和ちゃんは、その事実に気付いてからもずっと優希ちゃんを応援してたんだよ」

 

少しだけ怒気をはらんだ声。和にしては珍しいそれに、優希は驚いたような顔をする。

 

「クラリン」の動画を見ている時の和は常に楽しそうだった。勉強になると言っていたし、ネット麻雀配信回の時は、勝てば自分のことのように喜び、負ければ悔しがる。自らの対局以上にそんな一喜一憂する姿を見ていたからこそ、倉橋多恵が「クラリン」だと分かった今、優希は自然と、和が「クラリン」を応援するのだと思っていた。

 

和が前に出てきて、優希の手を取る。

咲も、優希のすぐ近くまで来ていた。

 

 

「……確かに、私はクラリン先生と他の誰かが麻雀を打つのであれば、クラリン先生を応援するでしょう。でも、例えば私がクラリン先生と直接試合をしていたとして、私がクラリン先生を応援するでしょうか?……しません。その時は私自身を応援します。優希は私達のチームメイトです。先鋒の片岡優希は私そのものみたいなものなんです」

 

「……気を遣ってるわけじゃないよ。優希ちゃんは本当に『私達』そのものなんだ」

 

次々と出てくる親友(チームメイト)からの言葉に、優希の目が段々と見開かれていく。

 

 

「優希には、私の代わりに師匠を超えてくることを許します」

 

少し茶目っ気も含めた和の言葉が、とても暖かくて。

 

 

だから、と2人は前置きをして、優希にこれ以上ない言葉をかけた。

 

 

 

 

 

「「応援しないわけがない!」」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「誰も迎えにこーへんのかーい!!!」

 

姫松高校控室の扉を勢いよく開けたのは、先鋒倉橋多恵である。

 

 

「多恵先輩!!お疲れ様です!!」

 

「おつかれなのよ~」

 

「おつかれさんさんさんころり~」

 

どうやら前半戦のハイライト映像を見ていたらしい姫松のメンバーは、モニターの前に皆集まっていた。

 

恭子が多恵の帰還にやっと気付いたようで、多恵の方に振り返ってくる。

 

 

「……多恵、やっぱ苦戦しとんな。後半戦、大丈夫なんか?」

 

多恵の終局時の持ち点は108500点持ちの2着目。晩成の小走やえの少し後ろを行く形になった。

予想よりも、点差はついていない。ラス目の優希の点棒が88100であることを考えると、まだまだ勝負はわからないといったところだろう。

 

恭子の予想よりも、下2チームと差が開いていない、というのが現状だった。

 

 

「……それなんだけどね。確かに、全員手強いことはわかってたし、全力でやってる……けど」

 

多恵の言葉に、赤坂監督代行も耳を傾ける。本調子は出せている。のに、なかなか点数が伸びない。

大きな点数移動が多かった先鋒戦だが、最終結果は比較的平らなスコアに落ち着いてしまっている。

 

これは、やえと多恵が感じていることでもあった。

 

多恵が少し口を閉ざし、言いにくそうにしているのを感じてか、洋榎がフォローを入れた。

 

 

「せやな。おかしいとは思ってるんや。やえと多恵がいて、東場に暴れまわるルーキーちゃんがいて、ここまで点差が動かんのは気持ちが悪い。……その要因は主に連荘ができてないことにあるんちゃうか?」

 

連荘の少なさ。暴れまわるかに思われた優希の東場の親をダメージ少な目に抑え、南場に入っても多恵ややえが連荘することが少なく、大きな点数変動には至らなかった。

 

多恵は、このようなスタイルを得意とする打ち手を、良く知っている。

 

高火力に囲まれても、成績を落とさない人物を。

 

 

「やえがまだ本調子じゃなくて、片岡さんもまだ上があるってのはあるかもだけど……少しだけ……少しだけだけど、洋榎が卓にいるような感覚だった……かな」

 

その言葉に、全員が息をのんだ。

そうなると、誰が何をやっているのか。

 

 

 

洋榎が、口を開いた。

 

 

「宮守……何かやっとるな」

 

静かに目を細めた多恵が、うん、と頷く。

 

 

どうやら後半戦は、もっと全力でかからなければならないようだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『以上が、前半のハイライトになります!いやあ……痺れるオーラスでしたね。片岡選手はあの手牌から{8}を選んでの跳満放銃となりましたが、咏プロ、あの時「良い選択をした」とおっしゃってましたよね?』

 

『そうだねい。あのコは、あの時本能的に自分の手牌が全て当たることを察した。じゃあその中で最悪の結果を生まないものはどれか……最後まで思考をやめなかった。あそこでテキトーに切るのは簡単だけど、まだ戦う意志があることを証明してみせたんだ。こりゃ、後半戦も面白いものが見れるかもよ?しらんけど!』

 

実況解説席で、またケラケラと咏が笑う。

その通りで、優希にも、白望にも、戦う意志は強く残っている。

そう簡単にトップは渡さない。この後の戦いを、楽にはさせない。

 

 

 

 

対局が始まる。

 

選手たちが席にそろった。

 

 

『さあ、お待たせしました。準決勝第二試合先鋒戦、後半戦のスタートです!!』

 

 

会場も緊張感につつまれる。4校の命運を分ける、先鋒後半戦が始まった。

 

 

 

 

 

 

 

 

東1局 親 優希 ドラ{3}

 

 

サイコロが回る。優希はまたしても起家を勝ち取っていた。

 

東風の神。

その闘牌は、多恵と恭子もしっかりとチェックし、そのうえで、恭子が県予選から比較しても、優希が段々と東場での速さが上がっていることに言及していた。

 

 

『このバケモンも、おそらく常識外の生物。どうやら清澄の部長の手で決勝向けにチューニングされてるように見えますが……なにがあるんかわからんのが麻雀。準決勝でとてつもない爆発をすることもあり得ます』

 

 

 

恭子の言葉を思い出しながら、配牌を受け取る多恵。

警戒の色は、全く消えていない。

 

 

 

 

そんな警戒の中で、優希が呼吸を整える。

 

目を閉じて、先ほどの休憩中のできごとを思い出していた。

 

 

 

 

 

『応援しない、わけがない!』

 

 

 

 

優希は、和と咲に、そう言われた。

 

控室に戻ってみれば、京太郎がこれ以上ない特製タコスを作ってくれていた。

 

味は……格別だった。

 

 

(私は「みんな」なんだ……負けられないじぇ……!!)

 

優希の目に、光が宿る。

 

 

 

 

 

 

―――確固たる信念がある打ち手に、牌は応える。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「わざわざ和と咲を迎えに行かせた甲斐があったかもね」

 

 

清澄の控室に座る、久の表情が変わる。

本来なら、決勝に向けて調整はしたかった。だが、このままではきっととてつもない量の点棒をむしり取られることになりかねない。

 

最高峰の雀士2人を同時に相手しているのだ。もうなりふり構ってはいられない。

 

 

「さあ、見せつけてきて。あなたの……信念を」

 

久が優希の姿を見つめる。

やれることはやった。確証はない。けれど、優希ならやってくれる気がする。

 

 

 

いつもお転婆でうるさくて、落ち着きのない少女は、今や頼もしい、清澄のエース区間を担当するスーパールーキーへと成長したから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――――ゆーき!あなたになら、『先生』を倒せます!

 

 

――――優希ちゃん!優希ちゃんなら勝てるよ!

 

 

――――仇を取る準備はできとるけえ、思いっきりやってきんさい。

 

 

――――俺の特製タコス食ったんだからな!ぶちかましてこいっ!

 

 

――――片岡さん……あなたのその姿勢、とても、とてもすばらですよ。

 

 

 

 

 

 

 

 

想いが、信念が、力と変わる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

押し寄せるような突風が、対局者3人の背後を突き抜けた。

 

 

 

 

「「「……?!」」」

 

白望は左手で頭を押さえ、顔を伏せた。

 

やえの理牌の手が止まった。本能的になにかを感じたのだろう。

 

多恵も目を見開いて、その顔を驚愕に染めている。

 

 

 

 

 

 

 

優希が、手牌を。

 

 

 

 

 

 

前に倒した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「今日は運が良いみたいだじぇ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

優希 ()()

{①②③⑥⑦⑦⑧⑧⑨66三三三} 

 

 

 

 

 

 

「16000オールッ……!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

―――――それを人は、天から恵まれた和了り(天和)と呼ぶ。

 

 



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第52局 王者は奇跡を掴み取る

 

『て、天和です!!!!天和が飛び出しました!!!清澄高校片岡優希!!一撃で断トツトップに踊り出ました!!!』

 

『うっひゃあ~!たまげたねえ!!こりゃ他校としてはひとたまりもねえや!いやあ……私も生で見るのは初めてだねい』

 

 

会場が、控室が、大歓声に包まれる。

確率にして33万分の1。奇跡とも呼べる天から授かりし和了りを、無名校の1年生がやってのけた。

 

確かに偶然による産物かもしれない。しかし、それだけでは片づけられない。少なくとも、同卓している多恵はそう思っていた。

 

 

(初めて見たな、天和。でも……偶然だけじゃない。この大舞台で、自身の得意とする東1局に天和。もし仮にあそこに座っていたのが私だったとして、とてもじゃないけど同じ配牌が入っていたとは思えない。この世界では、偶然で片付けられないことがたくさんある)

 

多恵が少し、目を伏せる。

恐ろしいルーキーが出てきてしまった。東場だけならもう高校No1レベルまで来ていると言って差し支えないだろう。東風戦の大会があったら優勝候補な気すらしてくる。

 

静かに、点数表示を見る。

 

東発からかなりの点差が開いてしまった。

あまりにも大きい一撃。

 

多恵は、北家に座るやえに視線を向けて見た。

 

 

(……ッ!……これは……)

 

すぐに点棒を払ったやえの姿は、不気味なほどに冷静だった。

 

しかしその瞳は、旧知の仲である多恵ですら寒気を感じるような、圧倒的覇気に満ちていて。

 

 

 

今の天和で、やえの中から、何かが溢れてきているような錯覚を、多恵は感じていた。

 

同時に、休憩中に言われた恭子からの言葉が脳裏をよぎる。

 

 

 

 

 

 

 

 

『それと、晩成の小走についてなんやけど……』

 

『やえが、どうかした?』

 

『2回戦の時の小走やえ、東場での速度が圧倒的に速くなっとる。これは小走の特性にも関係しているのかもしれんけど……』

 

『……やえも、東場で速く、高くなってるってこと?』

 

『せや。まるで片岡優希に合わせるように、宣言牌を確実にとらえられるように……2回戦で片岡のダブリーに対して、今までの対局では1度もなかった人和してることからも、これはほぼ確定や。東場は片岡だけやない……小走にも十分気をつけてな』

 

 

 

 

 

 

恭子の勘が正しければ、優希が仕上がれば仕上がるほどに、やえもその速度を増すということ。

 

 

(同卓している人間が速くなればなるほど、それに合わせて速く手が入る……それで宣言牌殺しまでされたら、確かにたまったもんじゃないね)

 

会場のどよめきによって、まだ小さく卓と椅子が揺れている。

 

まだ東1局だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

晩成高校控室。

 

 

「なんかもー……めちゃくちゃね、清澄の片岡優希……」

 

モニター前のソファに座り、悔しそうに頭をかくのは、新子憧だ。

 

奇跡とも呼べる和了りを受けて、トップに立っていた晩成は、瞬く間に点差をつけられてしまった。

天災。止めることなどどうやってもできない類の。

 

そんな和了りを受けてもなお、画面に映る我らの大エースは冷静だった。

 

 

「とんでもない和了り……だけど、やえ先輩落ち着いてるね」

 

初瀬もやえの様子を注意深く見守っていた。

どこか不自然なほどに静かに目を伏せる姿を。

 

そんなソファに座る2人の後ろから、声をかけるのは巽由華だ。

 

 

「大丈夫。やえ先輩さっき、言ってたでしょ?」

 

後ろに振り返り、由華の顔を見る2人。モニターを見つめる表情は、我らの王者の勝ちを1ミリも疑っていない顔。

 

そしてその言葉を聞いて、憧と初瀬も「それもそうか」と納得する。

 

やえの言った言葉。

それは、休憩中に1度戻ってきたやえが、とりあえずのトップに立ったことを皆が賞賛する中で、自身の右手を見て確かに言い放った言葉。

 

 

 

『……こんなもんじゃ足りないわ。確かに相手は強い。だけど今日はね……信じられないほど絶好調なの。皆が作ってくれた、最高の舞台。絶対に、邪魔させはしない……!』

 

 

力強く拳を握りしめて言い放ったやえに、晩成のメンバー誰もが笑顔を浮かべた。

 

憧れの、最強の先輩が、チームのために戦ってくれる。

 

それだけで、今日は負ける気がしなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

優希が、またサイコロを回す。

 

ひとまずこれで大トップにまで上がった優希。

しかし安心などできるはずもない。この程度の点差など、無いも同然。

優希の表情に、油断はない。

 

 

(まだ……まだ足りない。このメンツ相手なんだ。何点あっても足りないじぇ……!)

 

配牌が上がってくる。

優希の手の速度は、落ちるはずもない。

 

 

東1局 1本場 ドラ{白}

優希 配牌

{②③④赤⑤⑥447899三四赤五}

 

 

(よしっ……!)

 

また配牌で聴牌。押し寄せる東の風は、これでもかと優希を後押しする。

優希が点箱を開き、千点棒を取り出した。

 

手牌の{9}を手に持ち、横に曲げんと空高く持ち上げる。

 

 

 

 

 

しかし、切る直前で、優希の身体が、硬直した。

 

輝きを放っていた目の光が、一瞬曇る。

 

 

 

 

(この感じ……!)

 

 

恐ろしいほどのプレッシャーを放つ王者の気配を、感じた。

 

優希は自身の下家に座るやえ(王者)の方をちらりと見る。

 

(もう追いつかれたって言うのか……?!)

 

やえの手牌が、やえの瞳の色……金色に染まっている。その力強い目の炎は、確かに優希を貫いていた。

 

嫌な汗が、優希の背をつたう。

 

 

2回戦でも同じようにダブルリーチを打とうとして、しかし王者によってその牌は咎められた。

 

忘れるはずもない。あの痛みは今でもしっかりと優希の脳に刻まれている。

 

 

それでも。

 

 

(これが全国トップクラスの力……。……勢いがついた東場の1本場で、私が引く……?)

 

優希は、自身の手の中にある{9}を眺めた。

 

この牌を切れば、またダブルリーチを打てる。

ダブルリーチ赤2。もうこの時点で親満は確定だ。そしてなによりも肝なのは、この{9}を持ってしまって、他の牌を切ったとして、自身に和了りがあるのか、ということ。

 

容易く回れる牌ではない。仮にこの牌が通ったら?

万が一にでもこの手を逃してしまった方が痛いのではないか……?

 

その葛藤が、優希を襲う。

 

 

(……私は「みんな」なんだ……仮にダメだったとしても後悔しないほうを選ぶじぇ……!!)

 

少し悩んだが、優希は強気の選択をした。

点数はまだ足りない。このダブルリーチをツモれれば、親跳。6000オールだ。

 

 

(王者の支配と私の東場での強さ……どちらが上か。勝負。当たれるものなら……当たってみろだじぇ……!)

 

力強く。優希の第一打{9}は、寸分の違いもなく横を向いた。

 

「リーチだじぇ……!!」

 

緊張した面持ちで、下家のやえの様子を伺う優希。

 

 

 

ニヤリと口角を浮かべたやえから、

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

声はかからなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(通った……!)

 

2回戦と同じように行ってたまるか。そんな思いで優希は汗を拭く。

 

追っかけリーチは来るかもしれない。けれど、1度のツモ番さえあれば優希はこの手牌をツモりあげられると感じていた。

東場の優希だからこそ感じる波動。この手は、鳴かれなければ8000オールにまで仕上げられる。

その確信。

 

 

だからこそ通ったことの意味合いは大きい。

優希はかなりの確率で{9}が当たってもおかしくないと思っていただけに、とりあえず胸をなでおろした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『またまた開幕ダブルリーチ!!東場の親での勢いが止まりません片岡優希!!』

 

会場も盛り上がる。優希の勢いが止まらない。まさに東場で決着をつけんとする勢い。

 

 

 

しかし、同じタイミング、解説席の咏の表情は隣に座る針生アナとは打って変わって驚愕に染まっていた。

 

あまりのことに咏は一度硬直していたが、すぐに我を取り戻し、お気に入りの扇子を落としていることにも気付かずマイクを持つ。

 

 

『いやいやいやいや!!待て待て待て待て!カメラ仕事仕事!こういう時くらい他の配牌も見せろって!』

 

『え……?』

 

解説の咏が、見たこともないほど慌てている。基本のらりくらりと、呑気に、それでいて楽しそうに解説をする咏を知っているだけに、観客も視聴者も困惑した。

 

 

基本麻雀対局のカメラは、配牌を親から順にめぐっていく。

 

ツモ番を追うような形でカメラの映像が切り替わるのが、普通の対局映像だ。

 

 

なので今は会場もテレビの向こうも、優希の配牌しか映っていない。

だからこそ、映っている事実は、「優希がまた配牌で聴牌している」という事実だけ。

 

 

しかし解説席はそうではない。複数のモニターがあり、常時全プレイヤーの手牌を見ることができるようになっている。

興奮のあまり他家の配牌など見えていない針生アナだが、咏はしっかりと見ていた。

 

無理やり、咏がカメラ担当に映すモニターの変更を申し出る。

 

咏の指示通り、他家の手牌を見た針生アナは混乱のあまり言葉を失っている。

 

映像班が急いでモニターに映す手牌を変えているのを見て、咏も立ち上がって高らかに笑いだした。

 

 

そんな解説席2人の様子に、なにが起こっているかわからないテレビの先。そうしている内にようやく映し出されたのは。

 

 

やえの配牌だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

やえ ()()

{①②③45678二二二四四}

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

優希の宣言牌は、()()()()()()

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『見逃し……!!!晩成の王者小走選手、片岡選手のダブリー宣言牌を見逃し……!人和を和了りませんでした!!!』

 

『ははははは!!!ほんっっっっっっとーーーにおもしろいねい!!!最高だよ晩成の王者……!』

 

会場もまさかの事実にどよめく。天和からのダブルリーチ。暴力的ともいえるその勢いを、殺すことができた{9}。しかし、やえはそれを和了らなかった。

 

やえの瞳の奥に宿る闘志は、静かにその光を湛えて居る。

 

 

言葉を失う針生アナに変わって、咏が言葉を続ける。

その表情は、本当に面白いおもちゃを見つけたような顔で。

 

 

 

 

『王は人を束ねる。……2回戦では、人を統べること(人和)に成功した。……そして……王は天からの恵みを求めない。受けるとすれば……豊かに育てた大地からの恵み』

 

 

 

 

南家に座る白望と、多恵が必死にずらそうとするがそれはかなわない。今回は多恵の手牌に鳴ける牌が無さ過ぎた。

悔しそうに、静かに、白望が「ダル……」と呟いた。

 

多恵も異常な気配を感じながらも、できることがない。巡目が短すぎる。1巡しか選択の権利が回ってこなければ、できることも少ない。

字牌をそっと河において、目を閉じた。

 

 

 

東の風が、王者の元に吹き荒れる。

 

優希も、安堵していたのは一瞬だけ。

自分は1巡だけ生かされたことを理解する。

 

優希の手は、膝の上で小さく震えていた。

 

 

 

 

 

『王者が求めしは、人と大地。その両方を統べた先に、全国制覇への道筋が開ける。孤独な、偽物の王者だった去年までは決してできなかった力。見せてみなよ。本物の王者の打ち筋ってやつを……!』

 

 

 

 

 

 

やえの手が、山に伸びる。

金色の瞳が光り輝き、落雷を呼ぶ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

強烈な落雷とともに、やえが手牌の右端にツモ牌を叩きつけた。

 

 

 

 

 

 

やえが、手牌を静かに倒す。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

やえ 手牌

{①②③45678二二二四四} ツモ{9}

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……不思議よね。こんなパッとしない手でも……役満なのよ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

3年前。

 

痩せた大地に芽を出し、懸命に水を与え続けた王者。

 

 

その想いが、今年大輪の華を咲かせている。

 

 

 

 

 

 

 

―――――――大地に恵む奇跡の調和(地和)

 

 

 

 

 

王者は確かに言った。

 

奇跡は起こすものではない。掴みとるものだ、と。

 

 

 

 

 



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第53局 冷たい風

先日、本当に久しぶりに仲間内で麻雀を打ちました。

東発親で4000オールを和了って、「さす(がに)トップだわww」と言っていたら1本場に7巡目で国士を放銃しました。

バイーン。




 

『……私達は、夢でも見ているのでしょうか』

 

『いやあ、夢だったらどれだけ良かっただろうねい』

 

1度ならず2度までも。それも2局連続にして、奇跡は起こされた。

 

今日この瞬間起こったことを、確率で計算してしまったらそれこそ天文学的数値になるのは間違いない。

どれだけ麻雀の歴史が紡がれていこうとも、この半荘だけは後世まで語り継がれる。そんな記録。

 

東1局天和からの次局地和。今が自動卓の時代でなければ、それこそ積み込みを疑われていてもおかしくない。

 

もうここで行われていることは、人の域に無いのだ。

 

 

(ちょっとこれは……想定外すぎるな……)

 

多恵の表情が固くなる。

優希が東場で暴れるであろうことは想定できていたし、多少の失点は仕方ないと思っていた。

しかし、多少では済まされない、奇跡の和了り。

 

それだけで飽き足らず、やえまで役満和了ときた。

 

流石の多恵も、ここまでは想定していない。

 

 

 

点数状況

 

清澄 120000

宮守  68300

姫松  84400

晩成 127300

 

 

 

東2局 親 白望 ドラ{三}

 

それでも無慈悲に、局は進む。

どんな天災が起ころうとも、点棒がある限り、麻雀は進むのだ。

白望が、無感情にサイコロを回す。

 

 

(ダル……どうせこの親も2人はすぐに手が入る。あー……本当に、ダルい)

 

配牌を受け取る白望の手は、重い。

それはそうだ。白望とて、この奇跡が大安売りされてしまっている状況にあって、この現実をただの偶然とは思っていない。

 

それは、チームメイトにも偶然を操作する人間がいるから、というのもある。

 

心底ダルそうにしながらも、白望は一打目を切った。

 

 

1巡目 優希 配牌

{②③④⑤⑥⑦⑧⑨45689} ツモ{9}

 

 

(晩成の王者ヤバすぎるじぇ……でも……まだ私の、東場は終わってない、終わってないんだじぇ……!)

 

優希は自分が押されていることは感じていた。

普通なら確実に和了れる流れも、上から抑えつけられるように封じ込められる。

親役満をツモって完全に流れが傾いたに見えたが、それすらも捻じ曲げられた。

 

圧倒的力量差。おそらく、100回やったら99回は勝てない。

 

が、それでもいい。

100回の1回を、今欲しい。

 

 

「リーチ……!」

 

優希がダブル立直を打つ。

この身果てるまで。千点棒が尽きるまで。この勢いだけは殺さない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『天和、地和、そしてまたダブルリーチ……!三尋木プロ、実況がまったく追い付いていませんが、今の状況、どう思いますか』

 

『他の2校にとっては悪夢そのものだよねい。どうやったって止められないんだから。……でも、これだけの運量を振りかざされても、まだ、誰の目も死んじゃいない。たいしたもんだよ。ここにいるのが凡人なら、もうとっくに勝負は諦めてる。でも、諦めていない以上、勝ちはどこに転がるかわからないのが、麻雀なんだよねい』

 

 

今回のダブルリーチは、やえに咎められることはなかった。

ツモ番が、白望に回ってくる。

 

 

白望 手牌

{③⑥9一二三三五八九白白中} ツモ{八}

 

 

(選べる権利があるだけ、まだマシか……)

 

左手を額に当てながら、少考に入る白望。

手牌は悪くない。が、真っすぐに行けるのか。

 

これだけの目に遭うと、冷静な判断ができなくなる人も多いのだが、白望は至って冷静だった。

 

 

「……進もう」

 

小さく呟いた白望の声は、卓の誰の耳にも入らないほど小さく。

 

白望は手牌から1枚の牌を選んだ。

 

ダブルリーチ。その一発目。

白望が選んだ牌は、{⑥}だった。

 

 

 

キィン、 と波紋ともまた違う、甲高い音が卓に響く。

 

卓に置かれた{⑥}は、不気味な存在感を放つ。

 

ダブルリーチを意にも介さないかのような白望の打牌に、優希も流石に面食らう。

 

 

(一発目にそんなキツイ牌……!ダブルリーチが怖くないのか?!)

 

 

確かにダブルリーチなど、手牌が読めるはずもなく、真っすぐ手牌を進めようと思う人もいるだろう。

しかしこの牌はいわゆるダブル無スジ。他の危険牌よりも当たる確率の高い牌だ。

一旦ここは{中}辺りを切って、進めば{⑥}を切るのがセオリー。

 

しかし白望は、それをしなかった。

 

多恵も、雰囲気が変わった白望の様子を、怪訝そうに見つめる。

 

 

(なんだ……さっきまでの小瀬川さんとはまた違う……これは一発消しの合図じゃない。和了りに行ってるのか……それにしても……とても()()()打牌だ……)

 

 

多恵は白望の目から、凍るように冷たい冷気を感じていた。

 

先ほどまでの白望なら、こちらが鳴ける牌を探し、切っていただろう。

それをやらないと一発でツモられてしまうくらいには、今の片岡優希(東風の神)は仕上がっている。

今回も無スジの中頃の牌だが、捨て牌の性質は180度違う。これはアシストではない。自らが和了りに行くための打牌だ。

 

ツモってきた牌を手中に収め、多恵も合わせて{⑥}を切る。

 

やえのツモ番だ。

 

 

やえ 手牌

{⑦⑧134赤567西西北北北} ツモ{⑨}

 

 

(追い付いた……宣言牌には間に合わなかったけど、十分ね。この手で潰す)

 

良形3面張。優希の{8}を狙っていただけに、宣言牌には間に合わなかったが、速度と打点は十分。

やえが牌を横に曲げた。

 

「リーチ」

 

 

『またもやこの2校がぶつかります!!3面張対決は、どちらに軍配が上がるのか!』

 

『この流れのままなら相当早い巡目で決着はつきそうだねい』

 

咏の言葉は正しかった。

東場で勢いのある優希と、それに合わせてきたやえ。この2人を放っておけば、早期決着になるのは避けられない。

 

 

 

 

そう、()()()()()()()なら。

 

 

 

(追い付かれた……けどもう遅いじぇ……!このツモで……!)

 

優希が山に手を伸ばす。

 

 

万感の思いで持ってきた牌は、

 

{南}だった。

 

 

(あ……れ……?)

 

自身の和了り牌ではないので、河に捨てる。

やえからロン発声が無かったことにひとまず安堵する優希だったが、まだ一発ツモできるくらい流れは自身にあると思っていただけに、少し拍子抜けだった。

 

 

白望のツモ番。今度はさほど悩まずに、{③}を切った。

 

また、波紋とは違う甲高い音。

 

これも、優希にはスジになったが、やえには通っていない牌。

やえが少し、眉根を寄せる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

宮守高校控室。

 

苦しみ、ひたすらに迷いながらも、自分の打牌を続ける白望の姿に、宮守のメンバーは全員が立ち上がって応援していた。

 

 

「シロ……!」

 

「シロが、シロがやる気を出してる……!」

 

「うん。まあ、ここしかないわねえ……周りについていくには、今しかない」

 

エイスリンと塞の後ろで、監督の熊倉が冷静にその様子を見つめる。

 

白望の「迷い家」は未完成。その迷う道のりが長ければ長いほど、多大な財宝をもたらす。

 

 

「とんでもな人たちばかりだけど~、負けてないよね!」

 

豊音の言葉に、胡桃もうんうんと頷いている。

 

 

「そんなふざけた人たち……やっつけちゃえ!」

 

 

控室だって、会場の異様な雰囲気にのまれていない。

あれだけのことがあった今も、まだ、白望の勝ちを信じている。

 

だからこそ、白望も戦える。

 

 

 

迷う道中は寒く、冷たい雪が降りしきる。

それでも旅人は進むことをやめない。

 

……道中で、何回「ダルい」と言ったかはわからないが。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

((ツモれない……!))

 

嫌な雰囲気は確かにあった。

早い巡目で2家リーチとなったこの局。早期決着が訪れるかに思えたリーチ合戦だったが、膠着状態のまま局は進んでいた。

 

気付けばもう14巡目。ひたすらにツモっては切るが続いている。

 

卓に吹き荒れていた東の風は、いつのまにか冷たい冷気をまとっている。

風は立ち込める吹雪のように、2人の行く手を阻む。

 

 

(嫌な感じ……どこか、知らない北の方に迷い込んだかのような感じね……)

 

やえも、3面張リーチが和了れないことに不信感を抱いていた。

そして、この卓内に立ち込める吹雪のような冷たさにも。

 

 

 

迷い家は、財宝を求めて一直線に探しに来るものを拒む。

 

その門が開かれることはない。

 

 

 

「……やっとかあ……」

 

 

しかし、長い旅路に出て、その道中、迷った者にのみ、入ることが許される。

 

今回は、ずいぶんと時間がかかってしまった。

 

 

 

 

「ツモ」

 

 

冷たい風とともに、嫌な予感が、対局者3人を襲う。

 

 

 

 

白望 手牌

{一二三三四四五五七八九白白} ツモ{六}

 

 

 

 

「8000オール」

 

 

 

(((親倍……!!)))

 

 

 

『親の倍満ツモ!!今度は宮守女子の小瀬川白望の手から飛び出しました!2家リーチをかいくぐって、大きな和了りを手にしました……!!』

 

『へえ……一打目から危険牌切っていってるのを見た時は自暴自棄にでもなったのかと思ったけど……そんなことはなかったみたいだねい』

 

あまりにも大きな和了りに、熱狂していた観客が落ち着きを取り戻す。

まだ勝負は終わってはいない。役満を和了ったチームの勝ちなゲームではないのだ。

 

なにより、戦っている2人の瞳に諦めはない。

 

 

 

 

 

点数状況

 

清澄 112000

宮守  92300

姫松  76400

晩成 119500

 

 

一撃で、追う2校との点差を詰めた。

白望が、自身の右手を見つめる。

 

 

(うん、悪くない。私に奇跡を起こす力はないけど……誰も「負けた」とは言ってない……)

 

このメンツの中で、一段劣ると言われた。

 

自分でもそう思っていた。だからなんとか点棒のこして、次につなげられれば良い、と思っていた。

 

 

……でも、信じてくれる仲間がいた。笑顔で「勝ってこい」と送り出してくれた。

 

なら、やろう。

 

不思議とそれは、「ダル」くないから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(天和のツモ。-16000点。地和のツモ。-8100点。親倍ツモ。-8000点。後半戦トータル、-32100点。今、東2局1本場。ふむふむ)

 

目を閉じて、多恵は頭の中を整理した。

後半戦が始まって、まだ3局しか経っていない。

 

 

事実確認。終了。

 

多恵は、目を開いて点棒表示を見る。どうやら夢じゃない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……は?」

 

 

多恵の中でプッツンと()()が切れた。

 



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第54局 ナラビタツモノナシ

同刻、姫松高校控室。

 

 

「うわああ~~~……!多恵先輩大丈夫でしょうか……?!」

 

「3位とも2万点差近く離れてるのよ~……」

 

可愛らしく2つに結んだリボンが取れるのではないのかと思うほどに、漫は動揺していた。

 

今まで幾度の強敵との対局を、プラスで終えてきた多恵。

しかし今回ばかりは厳しいのではないかと思うほど、対局内容は姫松にとって悪い方向へ向かっていた。

 

赤阪監督代行も、表情は崩れていないが、目が笑っていない。

 

 

「普通の麻雀なら~もうトビ終了やねえ~?」

 

東発、いきなりの役満ツモ。そこからもう一度役満をツモられ、今しがた親の倍満をツモられてしまった。

 

一度も放銃せずに、多恵の失点は32000点を超えた。

こんなことが起こるなどと予想だにしていなかった姫松メンバー。

 

恭子は、由子と漫を落ち着かせるために声をかけた。

 

 

「大丈夫や。多恵ならなんとかする。それに、まだ先鋒戦や。ウチらでなんとかすればええ」

 

「とかゆーて、さっきっから落ち着きなく動き回っとるやん、自分」

 

「部長!黙っててもらえますか……!」

 

かくいう恭子も、さっきからうろちょろと控室を動き回り、せわしない。

「大丈夫や、大丈夫……」とどちらかというと自分に言い聞かせるようにつぶやいているのを、洋榎はずっと見ていた。

 

 

「まあ、心配になるのもわかるけどな。たまにはマイナスで帰ってきてもらうくらいの気持ちでいようや」

 

洋榎が珍しく正しい椅子の座り方をしながら、足を組んで言い放つ。

 

 

「ウチがおるんや……多少のマイナスなら全く問題ナシやで」

 

その言葉に、恭子も少し目を丸くして、動きを止めた。

 

 

「……そういえば主将……主将だったんでしたね」

 

「どないやねん」

 

頼もしいエースの発言に、漫と由子もひとまずは落ち着きを取り戻す。

またモニターの方に向かおうとした2人に、更に言葉がかけられる。

 

 

「それに、や。幼馴染のウチが保証したる。……多恵がこのまま終わるわけあらへん。必ず何かあるで。ウチらが想像している以上の何か……が」

 

洋榎がただでさえ目つきの悪い目元を更に細める。

 

古くからの付き合いである洋榎ですら数回しか見たことのない、多恵の全力。

それが今日見れるかもしれない、と洋榎もひそかに楽しみにしていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

東2局1本場 親 白望

 

 

(とりあえず点差は詰めたけど……)

 

白望がサイコロを回す。

自身の今の状態も悪くない。「迷い家」は未完成ながら、全体効果系と自身強化の2つの力を併せ持つ。

東場のバケモノ2人を相手にしても、戦えることを確信した。

 

なら、やることは1つ。

追い付き、追い越す。

 

白望の目に、小さな炎が燃えていた。

 

 

 

 

 

(今度は宮守も怖い感じに……東場の私を……邪魔するなだじぇ……!)

 

優希としては、この流れはたまったものではない。

自身の主戦場であり、他を寄せ付けぬほどの力を発揮するはずの東場で、好きなように和了られている。

優希のプライドが、それを許さない。

 

目の光は確かに宿っている。

 

 

 

 

 

 

 

(どいつもこいつも……目障りね)

 

トップには立っている。

しかし、まったく油断できる状況ではない。今の和了りでグッと差は縮まった。

 

そして何よりも。

 

 

(多恵がこのままおとなしく終わるはずがない。……そうでしょ?)

 

視線の先にはこの世にただ1人と認めたライバルがいる。親友がいる。

今は目を伏せて、表情が見えないが、この最大の友にして最大の強敵である彼女が、このまま終わるはずはない。

 

やえは自身の目に宿る稲妻を隠すことなく多恵に向ける。

 

 

 

 

 

 

配牌を受け取ろうとした、その時だった。

 

多恵が、顔を上げる。

 

同卓している3人の、体が硬直する。

 

多恵の瞳が。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

()()に染まっていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

白糸台高校控室。

 

 

「来た……倉橋さんの……あの目」

 

「なになにテルー?」

 

決勝戦に備え、自分たちの相手となる準決勝第二試合を観戦していた白糸台のメンバーは、突然呟いた照の言葉に耳を傾ける。

 

照は静かに目を伏せて、語りだした。

 

 

「……初めて彼女……倉橋さんと対戦した時、驚いたの。だいたいの力は掴むことができたんだけど……底が見えなかったから」

 

「……!」

 

照の能力、「照魔境」は相手の本質を見抜く。その力をもってしても、底が見えなかったと言う。

そんなことは今まで1度も聞いたことがなかっただけに、菫はその言葉に驚愕した。

 

 

「……彼女は多面待ちを誰よりも上手く操る。皆もそんな感じで認識してるかもしれないけど……実はそれだけじゃない。去年の個人戦決勝の南場、最後の最後で、倉橋さんは、今のような黒い、闇のような目になった……その時、私は『絶対に勝てない』とすら思った」

 

「そ……それは言い過ぎじゃないですかね」

 

その発言に待ったをかけたのは、副将の亦野誠子だった。

それはそうだろう。我らがチャンピオンをして、「絶対に勝てない」とまで言われるような人物が、去年3位で終わっているわけがない。

 

誠子の言葉に、言葉が足りなかったか、と照は付け加えるように話し出す。

 

 

「あ、違くて、これは単純に相性の問題。事実、倉橋さんのあの力に、相性の良かった智葉さんがいたから、なんとか終局まで持っていくことができたの。私一人じゃ、とても勝てなかったと思う」

 

とても嘘をついているようにも見えない照の口から語られる事実に、白糸台の全員が驚愕している。

 

 

「……おそらく、今年も姫松は決勝まで上がってくるだろう。その時にあの「目」が発動したら……照、勝てるのか?」

 

純粋な疑問。白糸台のメンバーは、基本先鋒戦で照がマイナスで帰ってくることなど考慮しない。

考慮する必要がないのだ。高校生で、照に勝てる人間など存在しないのだから。

 

しかし、この答えによっては、その考えを改めなければならなくなる。

 

照は一度目を瞑り、片手間に読んでいた本をパタン、と閉じてから、目を開けた。

 

 

「……対策はしてる。確実に勝てるとは言い切れないけど、勝てると思う。けど、期待はしないで」

 

「ま、たまにはテルーが稼げなくてもダイジョーブでしょ!最強の1年生がいるわけだしー?」

 

照の言葉に、淡以外の全員が真剣な顔つきになった。

 

照が負けるとはとても思えない。……が、どうやら決勝戦は一筋縄ではいかなさそうだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

風がやんだ。

 

けたたましい音とともに、自動卓は卓の下で次局の山をせっせと作っている。

 

 

 

(なんだ……?なにが起こったんだじぇ……?)

 

優希が恐れながら配牌を受け取る。

今の一瞬、多恵から放たれた何かが、この部屋を突き抜けたように見えた。

それがなんだったのか、全く分からない。

 

 

(ええ……まさかこの人、まだ上があるの……?ダル……)

 

白望も配牌を受け取って、一打目を考える前に、下家に座る多恵を見やった。

 

瞳が漆黒に染まっている。

別段、強烈なプレッシャーのようなものは感じない。それが逆に無気味だった。

 

今は虚ろな目で、配牌を眺めている。

 

気を引き締めていこう、と白望は第一打を切り出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

東2局 1本場 親 白望 ドラ{②}

 

 

優希 配牌

{①③2569二四八南南西白}

 

 

(あ……れ……)

 

優希の手が、止まる。

配牌に、別段不思議な点はない。いや、不思議な点が無いのがおかしいというべきか。

まだ東場のはずだ。

なら、ダブルリーチとはいかないまでも、一向聴くらいの手牌が入ってくれると思っていた。

しかし、手牌を開けてみれば四向聴。

 

なによりも問題なのは、今自分が東場であるのにも関わらず、「和了れる気がしない」ということだった。

 

 

得体のしれないものを感じながらも、優希は他の2人の表情を伺う。

 

 

やえ 配牌

{①②④⑤12289赤五七八九中} 

 

 

(私も2回くらいしか実感したことはないのよね。去年の個人戦決勝卓の1度と、あと1回だけ……)

 

やえはもっと前から気付いていた。多恵の力にはまだ上があることに。

それが今、間違いなく機能している。

 

そもそもやえはこれを「力」と呼ぶのかもわからない。

 

 

(ただ……私はこの状態の多恵に、勝てた試しがないのよね)

 

今もなお、虚ろな瞳をしている多恵を見やった。

……やはり、特別なプレッシャーは感じない。

 

 

 

 

 

何かあると思われた卓だが、無気味なほど静かに場面は進んでいく。

会場も、先ほどまでの熱狂が嘘のように静けさを保っている。

 

 

東場で速いはずの優希も立直はかけられず、それに呼応するように速度が手に入るはずのやえも、リーチがかけられない。

 

 

 

10巡目 多恵 手牌

{②③⑦⑦⑦⑧⑧⑨四六七八九} ツモ {⑦}

 

 

『やけに静かになりましたね……そして倉橋選手のツモ、これは難しいですね、三尋木プロは何を切りますか?』

 

『そうだねい……これは牌効率で言えば{四}っぽいけど』

 

咏がそうコメントした刹那、ノータイムで多恵は{⑧}切りを選んだ。

 

 

 

『倉橋選手は打{⑧}としましたね、これは、場況も見てのことですかね……?』

 

場況。その場に応じた状況ということだ。3面張の形だからといって、その待っている牌が全て河に切れています、じゃあ3面張の意味がない。

これは極端な例だが、こういった手組だけではなく、相手の河を見てこの待っている牌があるかどうかを推測する手順を、「場況を読む」という。

 

針生アナは、咏が{四}と言ったこと、それに加えて麻雀が多少はできる自身に置き換えても、考えた末に{四}を捨てそう、と考えた故に、多恵の選択の理由は、「場況」にあるのかと思ったのだ。

 

しかし、この一瞬で、また咏の表情が変わる。咏は、全員の河が見渡せるようになっているモニターを眺めた。

 

 

『いや……そうか。どうやら間違っていたのはあたしの方だったみたいだねい』

 

『……?それはどういう……?』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「打{四}の場合、有効牌の数は{①④⑥⑧⑨六九}の7種23牌。打{⑧}の場合は、{①②③④四五六九}の8種27牌。微差だが、打{⑧}の方が受け入れ枚数の多い選択だ」

 

多恵の打牌の解説をするのは、去年個人戦決勝で多恵と卓を囲んだ、智葉だ。

 

彼女の所属する臨海女子は敗退してしまったが、準決勝の様子を眺めている。

智葉は個人戦もあるので、当たるであろう選手の研究は欠かさない。

 

 

「……それをあの一瞬で弾きだしたのデスか……?」

 

「まあ間違いないだろうな。倉橋があの状態に入れば、全国大会上位に入ってくるような連中はむしろほとんど歯が立たないだろう」

 

どこか含みを持たせたような智葉の発言に、カップラーメンをすすりながら、メガンが問う。

 

 

「あの状態……さっき、姫松の倉橋の雰囲気が変わったように見えまシタが……あれはいったいなんなのデスか?」

 

「……簡単に言えば、どんな力をも凌駕する、()()()()の力。あのチャンピオンですらも、凡夫と変わらぬ地面にまで引きずり下ろした恐ろしい力だ」

 

去年の個人戦決勝卓。智葉は最後の最後、追い込まれた多恵があの状態に入ったのを肌で感じた。

そして、その状態の多恵に、チャンピオンが手も足も出なかったことを。

 

 

「私は()()()も得意なのでな。どうにかなったが……おそらく、今同卓している連中はひとたまりもないだろう」

 

「相手を地面に引きずり下ろして、自身は多面待ちで圧倒デスか……」

 

「いや?」

 

メガンの言葉に、智葉が否定を入れる。

智葉はかけていた眼鏡を外して、ハオが入れてくれたお茶を飲む。

 

 

「あの状態の倉橋は、多面待ちで和了る確率は格段に減っている。これがどういうことだかわかるか?」

 

「……まさカ……」

 

メガンに、1つの仮説が浮かび上がる。

 

 

「そう。あいつは、()()にも同じ枷をつける。自身にも枷をつける代わりに、その支配は絶対に揺るがない。これはあくまで噂だが……どれだけのトッププロでもこの状態になった倉橋の支配からは逃れられないらしい」

 

「恐ろしいデスね……ケド、ようは普通の麻雀ということデスよね?それなら別にそこまで怖がる必要もないのデハ……?」

 

メガンの反応も尤もだ。支配を絶対なものにする代わりに、自身にも枷をつけるくらいなら、多少支配を緩めてでも自身だけ力を使えたほうが都合がよさそうだ。

 

そしてなにしろそのような力に去年、メガンは恐怖を抱いている。

 

だからこそ、多恵の力がそこまで恐ろしいものには思えなかった。

 

 

メガンの言葉を聞いて、智葉が静かにカップを机に置いた。

 

智葉は「では聞くが」と前置きをして、メガンに正面から向き合った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「『普通の麻雀』で、あいつに勝てる自信はあるか?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

メガンが、生唾を飲み込む。

今までの多恵の全国での闘牌を全て見ているからこそ、自身が同卓したらと思うと、冷や汗が背中をつたうのを感じた。

 

智葉には去年の多恵との対局が脳にしっかりと刻まれている。

 

更地になった大地で、あの状態の多恵と一騎討ちの刺し合いをしたことは、智葉にとって、人生で1.2を争うほどに心躍る対局だった。

 

そんなことを思い出しながら、智葉は口を開く。

 

 

「あの状態になった倉橋に、正面からぶつかって勝てる奴はそういない。一回きりの勝負なら勝てないことはないが……長いスパンで見たら、アイツに勝てるやつなど高校生では皆無だろう。……相手も自分も、卓に座る全員を平等にしたうえで、正当な麻雀で他を圧倒する。だからこそ、倉橋のこの力は一部でこう呼ばれている」

 

また智葉はモニターに映る多恵に向き直って目を細めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――――ナラビタツモノナシ、と。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ツモ」

 

 

多恵 手牌

{③③⑦⑦⑦⑦⑧⑨四六七八九} ツモ{赤五}

 

 

 

「500、1000は600、1100」

 

 

何一つとして、派手さのない、普通の和了。

役も無ければドラも赤もないから手替わりを待ち、その途中でツモった形。

 

麻雀というゲームの8割は、こういった派手さのない、普通の和了で構成されていることを知っているだろうか。

 

 

 

気味が悪いほど普通の手組によって組まれたその手牌が倒されたとき、同卓する3人は途方もない恐ろしさを感じた。

 

真っ暗な闇の中。

 

先ほどまではあったはずの、()がない。

 

それは、3人が仲間を背負うことで燃やした希望の炎。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

3人の目に宿っていた()が消えている。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

恐る恐る、吸い込まれそうになる多恵の漆黒の瞳に、3人が目を向ける。

 

多恵は見たこともない狂気を孕んだ笑顔と、底冷えするような声音で。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「じゃあ……麻雀、やろっか」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

さぁ、麻雀を続けよう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 










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第55局 光がなくても

に、日間ランキング6位……!!
まさかこんな所まで行けると思わなかったので、本当に嬉しいです…!

いつも読んでくださる読者の方、ありがとうございます。
これからも応援よろしくお願いします!





 

嫌な汗が、額を伝う。

 

別段、派手な和了りはされていない。

 

だが、何故だろう。片岡優希は、今目の前にいるごく普通の女子高生に、勝てる気がしなかった。

 

 

(何を……なにをされたんだ……!)

 

先ほどまでは確かに吹き荒れていた東の風を、今は感じられない。

 

自身の右手側にある起家マークを見やる。たしかに、「東」が表をむいていた。

まだ、東場なのだから当然なことのはず。

しかし優希の疑念は晴れない。

 

疑心暗鬼になりながらも、優希は配牌を開いた。

 

 

 

東3局 親 多恵 

 

優希 配牌 ドラ{三}

{①②③④356二三四六八東北} 

 

 

(あれ……悪くないじょ)

 

優希の配牌は、ドラも面子に組み込まれており、タンピン系が狙えそうな悪くない配牌。

 

先ほどの嫌な雰囲気で、てっきり自身の手が悪くなるものだと思っていただけに、優希は手牌に意外さを感じている。

 

気持ち悪さを感じながらも、手から{北}を切り出した。

 

 

2巡目 多恵 手牌

{②④⑤⑦889一三四七九東} ツモ{東}

 

 

多恵の切る動作は早い。すぐに多恵は手から{一}を選んで切り出す。

 

 

 

2巡目 優希 手牌

{①②③④356二三四六八東} ツモ{八}

 

(ツモも良いじぇ……!まだ東場は私を後押ししてくれている……!)

 

対子もできた。徐々にタンヤオの目は出てきている。

そういった明るさを持って、切り出した{東}。

 

その牌は。

 

 

「ポン」

 

現状一番鳴かれたくない相手……多恵から鳴かれることとなった。

 

 

(ダブ東……!)

 

優希は知る由もないことだが、もし仮に1巡目に{東}を切っていれば多恵にこの牌を鳴かれることはなかった。

優希の手牌はタンピン系。役牌を重ねるメリットは少ない。デジタルに徹するなら、ここは初打{東}が正着打になる。

 

たかが一巡の差じゃないか、と思うだろうか。

 

しかし「麻雀」という競技は、その一巡の後先の繰り返しであり。

一巡の後先が全ての結果を左右する競技である。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

8巡目 多恵 手牌

{②②④⑤⑦⑧88三四} {東横東東}  ツモ{赤五}

 

 

 

『倉橋選手、{赤五}を引いて打点アップですね。ターツ選択になりますが、どの牌を切っていくでしょう?』

 

『……視聴者の皆はわかるかねい?……このコは絶対に{⑤}を切るよ』

 

『絶対……ですか』

 

咏の予言は見事的中する。

多恵は少しの考慮も挟まずに、すぐさま{⑤}を切った。

 

それを見届けて、おお、と呟く針生アナ。

 

『{⑤}切りの理由は、筒子の部分がいわゆる{③⑥⑨}の「二度受け」になっているからですかね?』

 

二度受け。多恵のこの手牌のように、{⑥}が2回必要となるような形を、二度受け、と呼ぶ。

基本的に手役が絡まない限りは、ターツ選択になったらこの形をほぐした方が良いとされているので、針生アナはこの質問を咏に投げかけた。

 

 

『んまあ~半分正解かな。{②②④⑤⑦⑧} この形から、{②}を切ったらシャンポンの部分でロスが出る。{⑧}を払えば{⑨}がロスになるし、{④}を切れば{③}がロスになる。唯一{⑤}切りだけが、どの牌も聴牌を逃さない、いわゆる最高受け入れ枚数になる』

 

『確かに……{⑤}切りは一見{③}のロスに見えますが、{②②④}の形で{③}のフォローもできているんですね』

 

『まあーこれは牌理の初歩中の初歩だわな。けど、こういった小さい努力の積み重ねってのが、麻雀ってもんなんじゃねえの?知らんけど!』

 

 

咏が目を細めて多恵を見る。

 

 

(インターハイで、そこまで繊細な麻雀を打つコ……久しぶりに見たけどねい)

 

 

 

 

 

 

 

9巡目 優希 手牌

{①②③④⑤56二三四六八八} ツモ{②}

 

 

(一向聴が長いじぇ……!)

 

形は悪くない。もうすぐにでもリーチがかけられると思って、早4巡が過ぎていた。

優希はじれったそうに{②}をツモ切る。

 

優希は久しく忘れていたのかもしれない。この、聴牌まであと少しが遠いという感覚を。

今までは東場なら最速で手が来てくれていたのだから。

そうしている間に、だいぶ濃い河になっていた多恵に手牌を倒される。

 

 

 

 

 

 

 

「ツモ」

 

 

 

多恵 手牌

{②②⑦⑧888三四赤五} {東横東東} ツモ{⑥}

 

 

 

「……4000オール」

 

 

点数を告げる、小さな声。

目は相変わらず黒に染まっている。

 

何の変哲もない和了。

少なくとも見ている側はそう見える。

 

 

『倉橋選手!親満ツモで点差を縮めました!!』

 

『ま、派手な手役なんていらないんよねい。ダブ東、それにドラ2つ。これで12000。十分だねい』

 

1つ1つの打牌を、素早いながらも丁寧に捌く多恵に、会場からは賞賛にも似た歓声が巻き起こる。

 

 

 

 

 

 

東3局 1本場 親 多恵 ドラ{南}

 

12巡目 白望 手牌

{③④⑧⑨3457一二三五五} ツモ{8} 

 

一向聴の形が良くなる白望。

白望は多恵が今卓全体にしていることを、半ば理解し始めていた。

 

 

(多分だけど……全員の力を抑え込んだ……自分も含めて。……なら、まっすぐ打って勝てばいいか……)

 

白望は地力が無いわけではない。

散々仲間と三麻はやったし、麻雀についての理解も深い。

 

 

({⑦}が河に2枚切れてて……ペン{⑦}の部分が弱い……か)

 

白望は冷静に他者の河を分析する。今索子で両面ターツができたことで、苦しかった愚形ターツを外すことができるようになった。

 

多恵の河は初打に{⑨}。5巡目には{④}を切っている。

 

安全度も比較して、白望は{⑧}に手をかけた。

手牌的には正しい選択が、必ずしも正解とは限らない。

 

麻雀に理解がある者ほど、巧者の罠にかかりやすい。

 

 

「ロン」

 

その牌は、無感情な声と共に咎められる。

 

 

 

多恵 手牌

{赤⑤⑤⑦⑦⑧2233三三七七}   ロン{⑧}

 

 

「9600の一本場は、9900」

 

 

白望が目を見開く。

 

河に{⑦}が2枚。多恵の手に2枚。もう絶対に使えないことを見越して待ち頃の字牌を切ってまで{⑧}で待たれた。

 

 

『さ、三連続和了……!しかしこの七対子もノーミス……!鮮やかでしたね……!』

 

『手順も鮮やかだったねい。七対子にするか順子手にするか良く悩みがちな人には今のこのコの手順は参考にしてほしいねい。そして待ち選択も、1枚切れの字牌でリーチを打つより、他家が使えないであろう{⑧}で待った……結果タンヤオもついて9600。どうやら、本当に手が付けられなくなってきたんじゃないの?』

 

咏が笑みを隠すために口元に扇子をあてた。

ほんとうにこの先鋒戦は面白い。咏は心からそう思っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

清澄高校控室。

 

優希が最高のスタートを切れたと思ったのも束の間。

それ以降東場であるというのに、今は多恵に連荘を許すという、普通なら考えられない事態になってしまっている。

 

和が多恵の今の和了りを見て複雑な表情をしていた。

 

 

「お手本のような七対子の手組と、タンヤオ七対子を他家が使えない{⑧}でダマ……流石ですね……」

 

和の中で、多恵=クラリンは確定路線だ。

今の七対子への移行も、待ち取りも、何度も見た動画の通り。

基本に忠実。山読みも的確。七対子の残す牌がどれも山に沢山残っている牌を選んでいる。だからノーミス七対子なんていう芸当ができる。

 

見るたびに憧れた、クラリンの打牌だ。

 

だからこそ。

 

「ゆうき……」

 

悔しそうに歯噛みしながら戦う同級生を応援する。

しかしその奥底で。

 

 

 

和が胸に抱くペンギンのぬいぐるみに力を込める。

 

 

(私が戦いたい……!あの場所で……先生に、私の力がどれだけ通用するのか、試したい……!)

 

一介の麻雀打ちとして、師である多恵に最高の舞台で挑みたいと思う衝動が湧き出るのも、仕方のないことではあった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

白望がダルそうに点棒を払うのを見届けながら、やえが少しだけ顔を伏せる。

 

 

 

 

(そうよね。あんたはいつもそうだった。どれだけ力あるものに蹂躙されても、己の信じた研究は、決してやめなかった)

 

いつも隣で打っていた過去を思い出す。

そしてここ数年も同じ。

 

チャンピオンにボコボコにされ、プロにボコボコにされ、それでも、多恵は自分の信じた麻雀観を曲げることはなかった。

 

圧倒的強者と相対し、負けた時。

確率の壁を超えた、奇跡のような所業に打ち砕かれた時。

 

 

悔しがり、才能に言い訳をする自分に、それでもいつも決まって、「麻雀は、才能だけじゃないから」と澄まし顔で答える多恵の姿は、誰よりもかっこよく見えた。

 

そんな姿に憧れた。

その背中に追い付きたくて、来る日も来る日も麻雀に没頭した。

 

 

だからこそ、今がある。

 

 

 

 

 

 

 

(多恵。私、あんたに出会えて本当に良かったわ)

 

 

 

 

 

普段一緒にいる時なら絶対に言わない言葉。しかし、今対局をしていて、切に思う。

 

麻雀に真摯に向き合うことをやめなくてよかった、と。

 

 

やえが顔を上げる。視線の先には、いつもの優しそうな表情が鳴りを潜め、ただただ無感情に牌を眺める親友の姿。

 

 

 

 

(でも、あんたの魅力は、強さは、こんなもんじゃないわよね。……これは私があんたに示す感謝の気持ち。あんたに習った麻雀の全て。今日ぶつけてあげる。……だから、早く。……早く目を覚ましなさい……!)

 

 

万全の状態ではなくなった。それでもいい。

今はただ、この対局を楽しみたい。

 

昔と、同じように。

 

 

 

 

 

 

東3局 2本場 ドラ{6}

 

11巡目 多恵 手牌

{②③④⑥⑦⑧⑨4567三三} ツモ{8}

 

 

「リーチ」

 

 

多恵からリーチがかかる。

ダマで高目12000の手。が、安めでは2900になってしまう上に、3面張なこともあって、これはツモりに行った方が良いとの判断。

 

リーチ判断ももちろん早い。

 

 

またしてもの親リーチに、他家の手が止まる。

 

 

 

『倉橋選手、良形3面張になっての親リーチです!他家は行きづらいですね……!』

 

『あの途中の聴牌外しもうまかったねい……勢いに任せず、状況を冷静に見てる。口で言うのは簡単だけど、なかなかできることじゃないねえ』

 

 

静かに千点棒を置く多恵。

 

その姿はもう他校にとっては悪夢そのものだ。

 

しかし、この人物だけは前に出ることをやめない。

 

 

やえ 手牌

{①①④1366789七八九} ツモ{①}

 

聴牌。追いついた。

しかし最終形が弱い。

 

この一発目は安牌の{1}あたりを切って回る選択肢もある。

 

 

 

やえは一瞬だけ思考し、それでも手牌の{④}を手に取る。

 

このカン{2}は、多恵に習った場況の良さで残した愚形ターツ。

 

それならやるべきは一つ。

 

 

(いくわよ……多恵……!)

 

 

「リーチ……!」

 

 

牌を、横に曲げた。

 

 

無表情な多恵を見つめながら、やえは一緒に勉強会を2人でやっていた時のことを思い出す。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『愚形ドラドラは追っかけ曲げでいいでしょー』

 

『でもこれ待ち悪いわよ?』

 

『そう?まあでも麻雀ってほら……待ちが強い方が必ず勝つゲームじゃないしね!3面張リーチカンチャンに負けるあるあるだよ!』

 

 

 

 

 

 

 

在りし日の言葉。

この親友は今とは全く違う楽し気な表情で、やえにそう語って見せた。

 

 

(まったく……どの口がデジタル語ってるのよ……)

 

デジタル派の人間であれば、普通は待ちが多い方が勝つといいそうなものだが。

 

彼女にはそんな理不尽な負けを笑い飛ばせる強さがある。

この子はどれだけの修羅場を潜り抜けてきたんだろう、と思うほどに、同級生とは思えない落ち着きをたまに見せる。

 

そんなところもやえは尊敬していた。

 

 

 

 

多恵がツモ切る。他の2人はオリ気味。

 

 

 

めくりあいだ。

 

 

やえが山に、手を伸ばす。

 

 

 

(打つべきリーチは打つ。打つべき牌は打つ。負けても悔いはない。そうでしょ?多恵)

 

 

 

 

 

 

「光」は消えさった。

 

けれど。

 

「想い」は確かに、胸の内(ここ)にある。

 

 

 

 

 

牌は光り輝かない。

 

ツモ牌も、静かに手の横に開かれた。

 

 

 

 

「ツモ」

 

 

やえ 手牌

{①①①1366789七八九}  ツモ{2}

 

 

 

 

「2200、4200……!」

 

 

 

真っすぐな打ち筋が、和了りを呼び込んだ。

場況の良いカン{2}を残したことが功を奏した形。

 

やえは1度だけ、深呼吸をして、多恵の方を向く。

 

 

「……悪いけど。あんたのおかげで私はね」

 

傲慢だった小学生時代。

伸びきっていた鼻は、しかし突然現れた同級生によって簡単にへし折られた。

 

そこからは日々挑戦した。

勝ちたい。その一心で。

 

だから。

 

 

 

 

 

「麻雀に関しては、もうニワカじゃないのよ」

 

 

 

 

 

 

やえは多恵の真っ暗な瞳に、少しだけ暖かな色が戻ったような気がした。

 

 

 

 



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第56局 過去があるから

準決勝第二試合先鋒戦の死闘は続いている。

 

奇跡とも、悪夢ともとれる幕開けをした後半戦だったが、やっと落ち着いた麻雀に戻りつつあった。

 

 

『晩成高校小走やえ選手、勢いが付き始めていた倉橋選手の親を落としました!愚形でのリーチとなりましたが、功を奏しましたね!』

 

『あれをリーチできるのはしっかりと{2}に和了りがあるって思っているからだよねい。そーゆー判断ができるのは、勉強している証拠だねい。知らんけど!』

 

 

満貫のツモ和了りを決めたやえ。

 

少しだけ瞳に明るさが戻った多恵が、静かに点棒を渡しながら、全員の河を見渡す。

 

 

「……いい待ちだね」

 

「ふふん。そうでしょ?」

 

ニヤリとやえが口角を上げる。

言外に棘をはらんでいそうな多恵の口ぶりに、懐かしい日々を思い出す。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『出たー!!そんなカンチャン待ちツモれる人類いるの?!そんなツモして恥ずかしくないの??ズルの権化が!!』

 

『ふふーん!悪いわね多恵!この待ち、山にあるのよー!』

 

『なーいよ!ないない!ありえませーん!』

 

『じゃあ見てみる??残りの山めくってみる?待ちの数で勝負する??』

 

『うるさーい!!!良い待ちですね!!!(山ぶち壊し)』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

点数状況

 

清澄 105200

宮守  75100

姫松  96400

晩成 123300

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

晩成高校控室。

 

トップ目に立った上に、これから暴れそうだった多恵の親番を落としたことで、控室の盛り上がりは最高潮に達していた。

 

 

「さっすがやえ先輩……!あれをリーチできるなんて……!」

 

「ターツ選択も流石……!」

 

モニター前のソファに座っていた憧と初瀬が立ち上がって喜ぶ。

 

状況は東4局に移っていた。

やえは今の和了で更に点数を伸ばし、トップをキープしている。

 

 

「倉橋多恵……クラリンの正体とも言われるほどに、牌理と牌効率に長けた打ち手……平の刺し合いになったら、これほど恐ろしい相手はいないな……」

 

真剣な表情で由華もその状況を見据える。

怖い親は落とすことができたが、まだ安心できるほどではない。

 

モニターの中で、やえの配牌が上がってくる。

東4局だ。

 

 

東4局 親 やえ ドラ{七}

 

3巡目 多恵 手牌

{①②⑥⑦⑨13一五八西白白}  ツモ{4}

 

 

多恵はこの手牌から打{1}。索子が両面へと振り替わった。

そして次巡、やえから{白}が出る。

 

 

「……」

 

多恵はこれに反応しない。

 

{白}をスルーしたのを見て、憧がわずかに眉根を寄せる。

 

 

 

「え……これ鳴かないんですか?」

 

「いやいや……雀頭候補もない、ターツも足りてない、打点も無い、守備力も無い。……流石にここは鳴けないんじゃない?」

 

「えー!鳴かないよりは鳴いたほうがましだと思うけどなあ」

 

「それは憧、きっとお前さんだけだ……」

 

どうやら憧はこの{白}スルーに納得がいかないようだ。

由華も説明した通り、ここから鳴くと打点の種も無い上に、守備力をみすみす減らすこととなる。

憧のような打ち手以外は見送る人が多いだろう。

 

巡目が進む。

 

 

11巡目 多恵 手牌

{①②③⑥⑦⑧34四五八八白} ツモ{2}

 

 

聴牌。現状平和のみ。多恵は全員の河を一瞬だけ眺めた。

 

やえ 河

{①西⑨白三東}

{18八五北}

 

 

優希 河

{428⑥⑨中}

{発4東⑦西}

 

 

白望 河

{北一②三9東}

{一三①①中}

 

 

ラグともとれないようなわずかな間。ほぼノータイムといっても差し支えないようなタイミングで、多恵は{白}を縦に捨て牌に並べた。

 

この判断に今度は初瀬が怪訝そうな表情を浮かべる。

 

 

「え、この平和のみをリーチせず?点数もまだマイナスだし、ここはノータイムでリーチで良くないですか?」

 

「いや、きっと{25}残りだったら倉橋はリーチだった。だけど、この{三六}残りはいただけない。南家の片岡が染め手萬子染め模様な上に、それに容赦なく押してきてるやえ先輩の河が、{六}をかためて持っていてもおかしくない捨て牌……事実、やえ先輩の手に{六}は暗刻だしね」

 

「……河に出てる枚数で言えば、5枚残りですよ?リーチしてツモった時の打点逃す方が痛くないですか?」

 

「それは初瀬……きっとお前さんだけだ」

 

(この子たち自分の麻雀信じすぎてる……)

 

さっきよりもげんなりとした感じで由華が答えるのを見て、隣で聞いていた紀子も流石に由華に同情していた。

 

 

 

次巡、親のやえからリーチがかかる。

 

 

 

優希 手牌

{一一二二二四七八南南南北発} ツモ{③}

 

(うっ……南暗刻と萬子多めだからって、萬子に決め打ったのは失敗だったじぇ……)

 

ここはおとなしく現物の{北}切りとする優希。

 

 

白望 手牌

{赤⑤⑥⑦⑧22345三四赤五六} ツモ{⑥}

 

 

(……現物で追える)

 

「リーチ」

 

白望も追い付いた。赤赤の手。打点も欲しい白望はこの手を曲げた。

しかし、この{三}が通らない。

 

 

「ロン」

 

 

 

多恵 手牌

{①②③⑥⑦⑧234四五八八}  ロン{三}

 

 

「1000点」

 

 

「……はい」

 

 

 

 

『倉橋選手、平和のみをダマ聴に受けて和了りをものにしました。平和のみをリーチすることも多く見られる選手ですが、ここは先制だったにも関わらずダマでしたね』

 

『待ちが悪いよねい。倉橋ちゃんの体感ではこの待ち、もう山に無いと思ったんじゃないの?……事実、{三六}で曲げてたら山の残り枚数はゼロ……2家リーチになってたら宮守がどうしてたかはわからないけど……晩成とのめくりあいになってたら絶望的だっただろうねい』

 

『なるほど……倉橋選手、まるで機械のような読みで小走選手の親を蹴りました。ついに後半戦は南場に入ります!』

 

 

 

 

モニターから流れてくる、咏の解説。それを聞いても尚、初瀬の表情は変わらなかった。

 

初瀬の不思議そうな表情に、隣にいた憧も同調する。

 

 

「あの{白}鳴いてたらもっと早く1000点和了れてたかもなのに……」

 

「あんたらの芯の強さには恐れ入ったよ……」

 

今年の1年は頼もしいと思うのと共に、図太い連中だ、とも思う由華であった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ついに先鋒戦は後半戦南場に突入する。

 

優希は一つ呼吸を整えてから、サイコロを振った。

 

まだ終わっていない。

点数も無いわけではない。この親で、やれるだけのことはやろう。

そう意気込んだ。

 

 

 

南一局 親 優希 ドラ{八}

 

優希 配牌

{②⑥⑦⑨3赤5二三八八九東東白}

 

 

(来たじぇ……!東場が終わっても、まだ戦える……!)

 

 

配牌で満貫が確約されたかのような配牌。

最後の親番としてはあまりにも嬉しすぎる配牌に、優希の目が輝く。

 

 

「ポンだじぇ!」

 

「チーだじぇ!」

 

「それもチーだじぇ!」

 

 

5巡目 優希 手牌

{⑥⑦八八} {横43赤5} {横一二三} {東横東東}

 

瞬く間の三副露。

親の満貫が一瞬にしてできあがった。

 

多恵が警戒心を持ちながら、ツモ山に手を伸ばす。

 

 

8巡目 多恵 手牌

{⑤⑥⑦23赤五五六七八} {白白横白}  ツモ{⑧}

 

危険牌。

多恵がまた、優希の河を眺めた。

 

 

優希 河

{⑨九②④二⑦}

{68}

 

 

(最終手出しが{⑦}。以降は全てツモ切り。{二}と{④}がツモ切りで、他が手出し……)

 

多恵の頭の中を、様々な牌姿が駆け巡る。

 

 

 

『ああっ、片岡選手の当たり牌である{⑧}を掴まされました倉橋選手。これは流石に打ってしまいますか……?』

 

『さっき言ってたように、倉橋ちゃんが「機械」なら、この牌は打つべきだろうねい。通ってるスジの本数と、自身の打点と聴牌。デジタルに徹するなら、{⑧}切りがよさそうだし、打つんじゃないの?』

 

咏が多恵の選択を、一打一打を楽しみに見守っている。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

姫松高校控室にて。

 

 

 

「切れんやろ。その{⑧}は」

 

静かに状況を分析したのは、姫松のエース洋榎だ。

 

 

「そうは言いますが部長。おそらく局収支で弾きだしたらこの{⑧}は押し有利ですよ」

 

「……なんとなくだけど、多恵ちゃんなら押しそうな気がするのよ~」

 

由子も口に手を当てながら、心配そうに多恵の様子を伺っている。

確かに、まだ通っていないスジもあり、自身の手は両面聴牌の3900。和了りを重視するなら、この手は押したほうが有利に見える。

 

現状優希の手に見えているのは東赤1の2900点から。残りが4枚であるということも考えると、それこそドラ雀頭でなければ5800程度。

押してもよさそうな理由を探し出せば、いくらでも出てくる。

 

 

「ああ~、やめて~!それ切ったらあかんですよ多恵先輩い~~!!」

 

漫も頭をわしゃわしゃとしながらモニターの先の多恵を制止しようとしている。

 

止められるのは、こうして全体の手牌と捨て牌が見えているから言えること。

漫もそれは十分わかっているし、麻雀の応援はそんなものだ。

 

洋榎がどこかで買ってきた串カツを食べながら多恵の手を見る。

 

 

「勘違いしたらあかんで。……多恵は別に機械やない。もちろん、知識としてとんでもない量の情報があることは確か……せやけど、多恵にとって『デジタル』は一つのカードでしかないんや。時に優先すべきことが他にあることを、あいつは知っとる」

 

 

 

画面の先の多恵は、小考した後、{3}を切った。{⑧}を手中に収める。

 

 

放銃回避の選択に、解説でも驚かれる多恵を、漫が喜色満面で賞賛する。

 

 

「やったあ~!流石多恵先輩や!!」

 

「放銃回避なのよ~!」

 

2人の喜びようを見ながら、恭子も少し自嘲気味に小さく笑うと、洋榎の方を向き直る。

 

 

「清澄の1年生の心理状態……」

 

「それもあるやろな。……点数が減ってきたこの状況、点数やなくて状況自体が劣勢であることは本人が一番感じているはずや。その中での三副露。とても2900でできるような心理状態じゃない。まず満貫はあるやろ」

 

「けど、それだけやと足りない」

 

「せや。初打の{⑨}。{④}のツモ切り。最終手出しの{⑦}。鳴いてる面子に索子と萬子で1ブロックずつ……。{九}もいい味出しとる。ドラ対子に筒子の{⑥⑦}ちゅう手形が第一本線。ウチもこの{⑤⑧}は絶対に切らん」

 

「……流石ですね、主将」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

11巡目 多恵 手牌

{⑤⑥⑦⑧2赤五五六七八} {白横白白} ツモ{⑧}

 

手牌から{2}を切る多恵。聴牌し直し。

上手く回って聴牌を取り返した。

 

その黒い目は無感情に優希を貫いている。

 

 

 

 

 

 

12巡目 優希 手牌

{⑥⑦八八} {横43赤5} {横一二三} {東横東東} ツモ{5}

 

ツモ切りを繰り返す優希。

 

 

(4枚になってからが長いじぇ……!)

 

手牌が短くなったとき、なかなか和了れない状態が続くと、不安になってくる。

今回は優希には「打点」という強い味方がいるから何とかなっているが、これが2900点の手だと震えが止まらないものだ。

 

早くツモりたい。和了りたい、と思えば思うほど、道のりは長く感じる。

 

 

そんな中で。

 

多恵がツモ山に手を伸ばす。

上手く回り切った者に、牌は必ずしも

 

 

 

 

同巡 多恵 手牌

{⑤⑥⑦⑧⑧赤五五六七八} {白横白白} ツモ{赤⑤}

 

 

応えてくれるとは限らない。

 

 

多恵の手が、この日初めて明確に止まった。

 

 

 

『せっかく聴牌しなおしていた倉橋選手、またも当たり牌を掴んでしまいました。これはまた回ることになりますか……?』

 

『いや……切るかもしれないねい』

 

『え、それはどういう変化ですか?』

 

『打点が変わった。倉橋ちゃんの手は赤が入ったことで満貫、8000点。{⑤⑧}は相当濃いと思っているだろうけど、仮にこれが通って和了れてた時のダメージが大きすぎる。まだ3着だし……これは{⑧}ぐらい押してもおかしくないねい』

 

目を細めて咏がそう口にする。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あああ~!!やめてえ~!!多恵先輩、当たってます、当たってますからあ!!切らないでえ~!!」

 

「ちょっと!漫ちゃん静かにしいや!」

 

麻雀とは残酷なゲームだ。

一度止めたからといって、上手く聴牌し直して、毎回和了れていればそんなに楽なことはない。

次々と危険牌を掴んで、結局下ろされるか、はたまたもう一度つかまされて、放銃かオリかの選択を迫られることも往々にしてある。

 

見ている側は、当たっているから止めろ、と無責任に言う。

 

 

しかし当事者はそんなことはわからない。言い方を変えると、「普通は」わからない。

 

 

超常的な力も無しに放銃を回避するのは、ひとえに、幾重にも重ねられた「読み」と、「経験」しかないのだ。

多恵は、それで勝負をしてきた人間だ。

 

恭子も右手を顎に当てて状況を分析する。

 

 

「部長。多恵これは止まりますかね」

 

「……ここまでくるとわからんな。ウチは読みを信じるタイプや。ウチなら打たん。多恵はあらゆる可能性を考慮しとるはずや……だからこそ、打ってもおかしないな」

 

状況は、予断を許さない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

多恵の手が、{⑧}を手に取って、また戻った。

多恵の表情が、初めて少し苦し気なものに変わる。

 

 

そんな様子を見て、白望が目を見開いた。

 

 

(この人が悩んでるの……初めて見たかも)

 

基本、倉橋多恵という人間は恐ろしいほどに打牌が早い。

それが、ここにきて初めて悩んでいる。

 

 

 

 

 

その瞬間のできごとだった。

 

 

 

 

 

 

カチ、カチ、と牌がぶつかる音が卓に響く。

 

少し驚いた表情の多恵がその音の発生源へと目を向ける。

 

 

やえが、手牌の一番右端の牌2つを、器用に裏向きにしながらぶつけて音を立てていた。

 

 

 

 

 

「……各駅停車?多恵」

 

人の悪い笑みが、多恵の目を貫く。

この光景に、多恵は見覚えがあった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『ちょっと待って手詰まった……手出しがあれで……』

 

『お?!出る?出るの?!』

 

『うるさい!今考えてるんだから黙ってなさい!』

 

『や~え~、さっきっから各駅停車やんかあ~。はよしてや~』

 

『うるさいわねセーラ!あんたのその不愉快な手癖直しなさい!』

 

『え~各駅停車、梅田行きが参ります……お降りの際はお忘れ物のないよう、お願いいたします……プシュー(ドアの開く音)』

 

『洋榎……あんたねえ……!全然似てないし、各駅停車梅田行ってそれ何線よ!!!!』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

少しだけ目を閉じていた多恵が、目を開けた。

 

 

「……快速で許してもらおうかな」

 

多恵の目に、ノイズが走る。真っ暗だった瞳に、徐々に本来の赤が戻ってきた。

 

多恵の手が振りかぶられる。

勢いよく捨て牌に並べられた牌は。

 

 

 

 

 

 

{五}だった。

 

 

 

 

やえが、嬉しそうな表情でツモ山に手を伸ばす。

 

 

(それでこそ、私のライバルよ、多恵。どんなに厳しい状況でも、信じた道は曲げなかった。……これは私のワガママ。それは百も承知。だけど、去年はやろうとしても間に合わなかった、「この先にいる」多恵を、最高の舞台で、私に見せなさい……!)

 

やえと多恵の視線が交錯する。

瞳に光が、戻ってきている。

 

 

『またも放銃回避……!よくこの牌が止まりますね……!』

 

『もう倉橋ちゃんの中で八割くらいが当たるって思ってるんだろうねい。その読みと心中できるから、強い。機械のようで、機械じゃない、ってことだねい』

 

 

やえがまた楽しそうに多恵を見やる。

多恵の表情がすこし解れたように見えた。

 

 

 

 

16巡目。

 

 

「ツモ」

 

多恵 手牌

{④赤⑤⑤⑥⑦⑧⑧六七八} {白横白白}  ツモ{③}

 

 

「1000、2000」

 

和了りきったのは、多恵だった。

優希の顔が、厳しいものに変わる。

 

 

(ぐっ……!)

 

手に入る力が増す。

条件は同じはず。

 

なのにどうして、どうしてこんなにも。

 

 

(勝てる気がしないんだ……!)

 

今優希から見える多恵は、大きな壁となって目の前に立ちふさがっている。

 

点差はそこまでついていない。

 

だが、優希はここから、局流しに専念するしかなくなった。

 

 

 

やえが、完成形と、捨て牌を見比べてニヤリと笑う。

 

 

 

「……上手くいきすぎじゃない?」

 

確かに、そうとも言えるだろう。

ここまでやりきっても、和了れないことが多々あるのが麻雀。

 

だからこそ多恵は、胸を張って答えてやった。

 

 

 

 

「……完璧に回り切ったわ」

 

「……まったく……よく言うわ」

 

 

多恵の瞳の黒が、徐々に赤と混じっていく。

 

 




このお話を読んでくれている友人が、多恵の絵を描いてくれました!!!


【挿絵表示】


感謝……!圧倒的感謝……!!!
麻雀あるあるを言っている所が目に浮かびますね笑


小説のあらすじの所にも載せようかなと思っています。

これで多恵のイメージがさらにつきやすくなれば、嬉しいです!




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第57局 不公平

歓声はやまない。

 

会場を包み込む熱気は、まだ午前中だというのに容赦なく照り付ける太陽の熱さにも負けていない。

 

状況はやえが一歩リードしたまま、南2局を迎えている。

 

しかしここで、少しだけ場に変化があった。

 

 

(姫松の騎士から放たれる殺気が、復活した……?)

 

白望は、その不可思議な感覚に戸惑っていた。

良く言えば、先ほどまで冷徹に静謐な空間を保っていた感覚が抜け、今なら迷い家でも和了れそう、ということ。

 

悪く言えば、前半戦とはまた違う、多恵を包み込む気配が、より強いモノへと変わっていっているような、そんな感覚。

 

 

(わからない……けど、気にしてる余裕なんかない……か。最後の親だ)

 

重い腕を動かし、サイコロへと手を伸ばす。

白望の疲労はピークを迎えていた。

 

 

 

元々体力があるほうではない白望が、力と力のぶつかりあい、激しい状況の変化を目の当たりにしてきた。

 

重く、鈍い痛みが走る頭はもう最高の状態とは程遠い。

疲労が嫌いな白望からすれば、いますぐにでも帰って寝たい。

 

 

それでも。

現状、一番凹んでいるのは自分だ。後ろのメンバーのためにも、信じてくれた仲間のためにも、ここはどうにか1つ和了りが欲しい。

 

全員が、ダルそうに麻雀を打つ自分を、激励してくれている気がする。

 

白望がまだ牌を持てるのは、仲間の姿が常に頭にあるからだった。

 

 

 

南2局 親 白望 ドラ{1}

 

11巡目 白望 手牌

{②③赤⑤⑦⑦⑧⑨66六六七八} ツモ{7}

 

 

白望の、手が止まる。

あまり形の良くなかった配牌を、どうにかこうにかここまで持ってくることができた。

 

ターツ選択を迫られる。

 

 

「……ちょい……タンマ」

 

特に、波紋は出ない。

迷ったからと言って、高くなる気も、今の白望は感じていない。

 

思考をやめたくなるほどに、頭がぼーっとする。

 

それでも、ここは大事な場面だ。いつものように左手を顔に当てて迷う動作ではなく、その目はしっかりと全員の河を見渡している。

 

 

({58}のターツは強い。かといって、{赤⑤}は切れない。{6}を切ると雀頭候補が一時的に消え、向聴数が落ちる……か)

 

もう巡目は深い。この形から二向聴に落とすのは勇気がいる。

 

 

「……前に進むかあ……」

 

白望が切ったのは、{六}だった。一向聴は変わらず、しかし最終形の弱いカン{⑥}の形を、どうにか{667}の索子を上手く使ってほぐしたいという一打。

 

河に切られた牌に、少しだけ波紋が広がった。

 

その様子を見て、やえの表情が変わる。

 

 

(……ナラビタツモノナシが弱まってる……でもまだ、多恵が最高の状態に入れていないわね)

 

親友の姿を見とめる。真っ黒に染まっていた目は、少しだけ赤みがかっていた。

 

 

 

12巡目 白望 手牌

{②③赤⑤⑦⑦⑧⑨667六七八} ツモ{④}

 

 

(……聴牌かあ……)

 

親で待望の聴牌。カン{⑥}というお世辞にもいい待ちとは言えない最終形だが、これはこれで仕方がない。

疲労によって思考を拒絶する頭を必死に動かし、そう結論付ける。

 

迷った結果なのだ。

とりあえず親で聴牌できたことに胸をなでおろし、白望は{7}を手に取った。

 

 

その瞬間。

 

 

 

 

 

 

『シロストーップ!本当に、それでリーチでいいの?!』

 

 

 

 

 

(……?!)

 

白望の体が跳ねる。

聞きなれた塞の声が、聞こえた気がした。

 

何かを不思議な力が使われた感じもない。ただただ、普段の塞の声が、今聞こえた気がして。

 

 

 

改めて、自身の手牌を見直す白望。

 

 

 

白望 手牌

{②③④赤⑤⑦⑦⑧⑨667六七八}

 

 

 

 

そうして自身の手をもう一度見た時、全くその牌姿が、頭に入っていなかったことに驚く。

 

 

(……こんなの、聴牌外す一手だ……)

 

先ほどとは状況が違う。聴牌時に持ってきた牌が{①}なら、リーチを打つのは仕方がないだろう。

しかし持ってきたのは{④}。場に安い筒子の形が連続系になり、絶好のターツになっている。

 

自身が強いと思った索子の形だって、このままリーチを打ったらなにも活かせていない。

 

 

(はあ……おせっかいすぎてダルいよ……塞)

 

自嘲気味に少し笑うと、白望は、手牌から{⑦}を切り出した。

 

 

 

『一時は{7}を手に取りましたが、{⑦}切り……。よくこの後がない土壇場、ようやく入った聴牌を外せるものですね……』

 

『……誰でも牌姿だけ見れば、「外すに決まってるだろ」って思うかもしれないねい……ケド、この終盤、ラス目で迎えた最後の親番。一刻も早くリーチを打ちたい状況でようやく入った聴牌……ほとんどの人は、リーチって言っちゃいそうなもんだ』

 

 

咏の言葉の通り、ラス目の白望は、リーチさえかければほとんどがオリの選択をしてくれるような状況だ。

優希はもちろん、トップ目のやえも、多恵だって打ち込みたくない。

だから、早くリーチをかけたくなる。

 

しかしそこで、白望は思いとどまった。思いとどまることができた。

 

 

13巡目 白望 手牌

{②③④赤⑤⑦⑧⑨667六七八} ツモ{②}

 

 

絶好の手替わり。自信があった待ちでの勝負ができる。

 

 

「……リーチ」

 

白望が、静かに点棒を取り出した。

 

切った牌に、わずかに、ほんのわずかに波紋が広がる。

 

 

 

 

 

 

 

 

白望は、迷うことで数々の和了をモノにしてきた。

 

いつも迷い、ダルいと言いながら。

 

この最終局面。やっとたどりついた和了りへの近道。

しかしそれは、危うく、脆い橋。

 

ダルそうにしながらも、その橋を渡ろうと、白望はゆっくりとその橋の方向へ足を向ける。

 

 

しかし、後ろから肩を叩かれる。

振り向けば、仲間がいた。

 

 

回り道でも、皆で行けば大丈夫、必ずたどりつける。

 

ダルいという白望の手を、エイスリンと胡桃が引っ張る。塞もそれを見て隣で笑っている。

 

先頭は豊音で、雪の中を高い身長を活かして目印代わりに手を上げて歩いてくれている。あれなら見失いはしないだろう。

 

 

 

迷うのも悪くない。けど。

 

 

疲れた時くらい、仲間に頼るのも、悪くない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ツモ」

 

 

白望 手牌 裏ドラ{⑦}

 

{②②③④赤⑤⑦⑧⑨67六七八}  ツモ{8}

 

 

「……4000オール」

 

1人で迷っていた道を、仲間に支えられ。

 

その選択は白望にとって最高の結果を、もたらした。

 

 

 

 

 

 

 

点数状況

 

清澄  99200

宮守  85100

姫松  98400

晩成 117300

 

 

 

 

 

 

 

 

南2局 1本場 親 白望

 

優希 配牌 ドラ{9}

{⑥⑦⑧4456899四赤五七西} 

 

 

(また悪くない配牌だじぇ……)

 

南場でも、配牌が悪くないことに違和感を感じる優希。

当初の目標は、東場で暴れまわって、後はしのぐ。

南場は耐え忍ぶだけの時間なはずだった。

 

しかし、何度も、南場でも戦えそうな配牌がくる。

 

 

(東場は終わってしまった……けど、戦える配牌がくる……)

 

先ほどの白望の和了で、優希の点数も原点を割った。

 

なんとかプラスで終わりたい。そんな思いもあって、優希はこの配牌を素直に育ててみようと{西}から切り出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

清澄高校控室。

 

 

「ゆうきちゃん、大丈夫かな……」

 

チームメイトの優希を、心配そうに見守るのは咲だ。

東発、奇跡ともいえる天和を和了ったものの、それ以降、相手校のエースに圧倒され、和了りが止まってしまっている。

 

和は先ほどから心ここにあらずと言った様子で、ただただ、モニターを眺めている。

 

それも仕方のないこと。突如発覚したクラリン。

しかしその打牌は和が知らない打牌にあふれていて。

理由を聞きたくなるような打牌がいくつもあった。

 

そしてチームメイトの優希が必死にもがいている。

 

情報量に対して脳の容量が足りていない様子だ。

 

 

部長の久は、厳しい表情でこの対局を見守っている。

 

 

「……良い配牌が来ることが、必ずしも良い事とは限らないのよね……」

 

珍しく南場で優希の元に舞い降りた好配牌。しかしその表情は優れない。

 

麻雀において、負けが込むとき。必ずしも配牌がいつも悪すぎたり、ツモが悪すぎるわけではない。

 

もう一つの負けパターン。いかなければならない牌姿になって、振り込む。

形が良くなって、相手からリーチが入る。

 

難しいもので、配牌が良いことを手放しに喜べないことがあるのが麻雀なのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

8巡目 優希 手牌

{⑥⑦⑧4456899四赤五六} ツモ{5} 

 

 

(来たじぇ……ダマでも満貫。ここは確実に……!)

 

聴牌。平和ドラドラ赤の聴牌。高目をツモれれば跳満まである手。

優希はこれをダマ選択にした。

 

しかし、ダマ、リーチ以前に、気をつけなければいけないことを、また失念してしまっていた。

 

姫松の支配が弱まれば、自然と強まる支配がある。

 

 

目立たないようにそっと河に置かれた{8}は、王者につかまった。

 

 

「ロン」

 

強烈な勢いで、優希の頭がまた卓へと抑えつけられる。

 

 

 

 

 

やえ 手牌

{⑦⑧⑨79七八九東東中中中}  ロン{8}

 

 

「12000は12300」

 

 

(ぐ……高すぎだじょ……!)

 

 

王者の支配は、牌を曲げる権利をも剥奪する。

 

 

 

『キツイ一閃……!!王者小走やえ……!清澄から跳満の直撃で更にリードを伸ばします!』

 

『うっひゃあ~!ひっでえな!8巡目にそれやられたらたまんないねえ~。ここにきて、王者の勢いがまた増してきたんじゃねーの?知らんけど!』

 

 

歓声が上がる。

やえの勢いは止まらない。完全に一人浮き状態に持っていかれた形の3校。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「よーーっし!やえ先輩ナイス!」

 

「流石やえ先輩だね」

 

隣同士で座っている憧と初瀬が、ハイタッチを交わす。

 

グッ、と拳を握ってガッツポーズをとるのは、由華だ。

 

 

「あとはこの姫松の親さえ落とせば……!先鋒での勝ちは揺るがない……!」

 

「……そうだね……でも……怖い、怖い親番だね」

 

紀子が、心配そうにモニターを眺めている。

サイを振るのは未だ目の焦点が合っていない姫松の騎士。

 

万全の状態ではないとしても、言わずと知れた、高校生最高峰の打ち手の一人。

 

紀子も自然と拳を固く握っている。

 

 

晩成にとって最後の山場が、やってきた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

南3局 親 多恵 ドラ{8}

 

多恵の瞳に、徐々に赤が戻る。まだ完全にではないが、徐々にその全体支配の力は弱まり、いつもの多恵の麻雀が戻ってきている。

今はまだ若干不安定だが、これが完成すれば、まず立ち向かえる者はいないだろう。

 

 

状態は、悪くない。

 

 

 

4巡目 多恵 手牌

{一二三四五六8北発発中中中}  ツモ{三}

 

 

 

意志に呼応するように、多恵の手牌が育つ。

ドラの{8}を切るか、発を鳴いた時に強い{北}を切るか。

 

さほど考えずに、多恵はドラの{8}を切った。

 

この場にいるのは王者やえ。

少しでも欲目を出してドラなぞ残せば、刈り取られる。

 

 

 

 

やえ 手牌

{④赤⑤⑥⑥⑦四五六六4788} ツモ{赤⑤}

 

 

(間に合わなかったわね……)

 

やえも、多恵があのドラを先切りしたことは理解している。

{4}を切り出した。

 

 

(多恵の状態が最高の状態に近づいてる……だからこそ。全力で当たる価値がある……!)

 

 

自分が狙っていた宣言牌は間に合わされた。

それでも。

 

やえの目つきが、鋭くなる。

 

 

 

 

 

 

5巡目 多恵 手牌

{一二三三四五六北発発中中中} ツモ{二}

 

絶好の入り目。

 

 

「リーチ」

 

3本の剣が、生成された。

やえは間に合っていない。ならばこの多面張は、自身に分がある。

 

 

 

 

『絶好の聴牌……!{一四七}待ちは……6…7……8!現時点で8枚山です……!』

 

『8枚山ってなかなか聞かないよねい。高目で18000(インパチ)の手。これが決まれば姫松はだいぶ楽になるねい』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

姫松高校控室。

 

 

「いっけえ~!多恵先輩の3面張やあ~!」

 

「いっけえ~なのよ~!」

 

姫松の控室は盛り上がっている。

 

しかし、そんな中で、恭子は言いも知らぬ嫌な予感に襲われていた。

 

 

「……好形3面張……やけど……」

 

喜んでいる2人に、水を差すわけにはいかない。それはわかっている。

 

 

「……」

 

洋榎も、そんな恭子の様子を真剣な表情で眺めていた。

 

打点も待ちも十分。ここぞというタイミングでこの配牌とツモは、流石多恵だ、と言いたくなる、

しかし、和了れなければ意味はない。ただの絵に描いた餅だ。

 

 

「気張りや……!多恵……!」

 

洋榎も小さく、激励の言葉を贈っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ポン!」

 

多恵のリーチに合わせて、優希が現物として切った{8}に、やえが反応を示す。

 

 

 

やえ 手牌

{④赤⑤⑤⑥⑥⑦四五六六} {88横8}

 

 

(今の多恵は、最高の状態に近い。だからこそ、勝つ意味がある。……行くわよ多恵……私は今日、あんたを超える……!)

 

 

多恵は、ナラビタツモノナシと、自身の能力が、徐々に融合しつつある。

今は少し不安定だが、これが完成すれば、きっとチャンピオンにだって負けない力になる。

 

だからこそ、そんな自分を育ててくれた多恵を、超えてみたい。

 

 

『晩成小走選手、ドラポンで追い付きました!満貫のテンパイは{三六}待ちです!』

 

『いやあ……追い付いたとはいえ、うっすいねえ?{六}が一枚しか残ってねえや』

 

『ええ……本当ですね。自身の手牌に{六}が2枚。倉橋選手の手牌に{三}が2枚、{六}が1枚使われていて、{三}は既に河に2枚切られています……!8対1!……流石に倉橋選手の和了りになりそうですね』

 

『おいおい、アナウンサーがそんなこと言うもんじゃねえよ?いくら待ちがよかろうが、負けることがある。それが麻雀だぜ?』

 

 

不可解なものを見た表情のまま、白望がツモ牌を手牌の上に乗せる。

 

 

白望 手牌

{①②③123467七七八九} ツモ{一}

 

(もしかして……これが倉橋さんの和了り牌なのか……)

 

持ってきた牌は、多恵への危険牌。

やえのポンが無かったら一発ツモだった牌だ。

 

一つ息をついて、白望は{1}を切った。

 

 

多恵にツモ番が回ってきた。ツモ山に手を伸ばす。

少しだけ、やえの表情を伺った。

 

 

(ズラされた……?……関係ない。一発でなくても、ツモる……)

 

多恵が一発目に持ってきた牌は、{9}。

和了り牌ではない。

 

 

やえが、山に手を伸ばす。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「去年、チャンピオンでも手に負えない状態になって、私が相手をした最強の打ち手……いや、英雄と呼んでもいい」

 

智葉は、去年のことを思い出していた。

個人戦決勝卓。

 

ほぼチャンピオンの勝ちが決まりかけた決定的な和了がきっかけで、多恵はその本領を見せた。

 

結果的に、自身がなんとか応戦することに成功して終局し、その力の完成形を見ることはなかった。

 

 

「あの状態の倉橋と切り結ぶのは……本当に心が躍ったものだ。私が断言する。あの状態の倉橋にかてる高校生なぞ、まずいない。……去年はまだ粗削りな爪だったが……晩成の王者。姫松史上最高の騎士に、その爪を届かせるのか?」

 

メガンは、ただただ智葉の言葉を聞いていた。

 

かける言葉がなかったのかもしれない。

 

智葉の言葉は、一見、この試合を楽しそうに観戦しているようにも見える。

が、メガンには智葉の本当の気持ちがわかっていた。わかってしまっていた。

 

静かに、智葉が顔を上げる。

 

 

 

 

 

 

「あぁ……本当に……倉橋と、『姫松の英雄』と、ここで最高の勝負をしたかったものだ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

牌効率。リーチ判断。鳴き判断。手組み。

 

一つ一つを丁寧に積み重ねて、吟味し、戦う。

 

麻雀とは、そういうゲームだ。

 

そしてその一つ一つを、誰よりも理解し、どんな状況も真摯に向き合ってきた人間のことを、一般的に「上手い」人だと言う。

 

 

 

 

しかし麻雀の女神は、正しくそれらを行い、誰よりも誠実に向き合った「上手い」人間に福音を与えるとは限らない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

麻雀の女神は、いつだって不公平だ。

 

 

 

 

 

 

 

「ツモ」

 

 

上がるのは歓声か、それとも悲鳴か。

 

 

 

 

 

やえ 手牌

{④赤⑤⑤⑥⑥⑦四五六六} {88横8}  ツモ{六}

 

 

 

 

 

 

「2000!4000!!」

 

 

 

『き、決まったあ!!いや、決まってしまった!!!晩成の王者小走やえ!!1枚しかなかった和了り牌を、その手に掴みとりました……恐るべき剛腕!小走やえ!!倉橋選手の手から和了りがこぼれ落ちました……!!』

 

『……姫松にとっては激痛だね。最後の親も流された……絶体絶命じゃねえの』

 

 

多恵の表情から、血の気が引いていく。

やえの和了形を確認し、その待ちを見る。

 

目に見えて、今その手に掴み取られた{六}一枚だけ。

 

低く見積もっても、おそらく自分の待ちの方が4、5枚は多かったであろうその手を見て。

 

鈍器で殴られたかのような鈍い痛みが、多恵の頭を貫く。

 

眩暈で倒れそうになるのを、なんとか手すりにつかまって耐えた。

 

瞳の黒が薄れ、赤と混じり合う。

 

 

 

 

冷や汗か普通の汗かもわからない水が、多恵の顎をつたって落ちる。

 

 

 

乾いた笑い声が出た。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ははは……ばいーん……」

 

 

 

 

 

それでも。

 

 

(あぁ、そういえば、あの時も、そうだった)

 

 

多恵は諦めない。

 

麻雀の女神様に裏切られたことなど、前世から数えたら数えるのがバカらしくなる数だ。

 

 

それでも、多恵は麻雀を愛する。

 

 

これだけのことがあっても、前を向く。

 

 

 

顔を上げた多恵の表情に、またも3人が驚愕した。

 

 

 

 

 

まだあきらめない多恵の心に。

 

赤が戻ったとはいえまだ薄暗かった瞳の奥。

 

 

 

何かの燈火が、灯されていた。

 

 







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閑話 姫松応援スレ(準決勝先鋒後半戦)

【Vやねん姫松】今年こそ全国優勝 【姫松応援スレ】

 

 

 

510:名無し雀士@個人応援は個人スレで

 

後半戦開始

点数状況 上から

 

晩成 111000

姫松 108500

宮守  92400

清澄  88100

 

 

 

512:名無し雀士@個人応援は個人スレで

 

よっしゃ野郎ども後半戦始まんぞ。

頼むぞ倉橋い~!準決勝なんかで躓いてる余裕ないでほんま。

 

 

 

523:名無し雀士@個人応援は個人スレで

 

は???

 

 

 

524:名無し雀士@個人応援は個人スレで

 

天和wwwwwwwwwwwwwwwww

バカかwwwwwwwwwwwwwwww

 

 

 

525:名無し雀士@個人応援は個人スレで

 

インターハイで天和って初じゃね?清澄のルーキーエグすぎんだろ

 

 

 

526:名無し雀士@個人応援は個人スレで

 

天和とか、マジかよ

 

 

 

527:名無し雀士@個人応援は個人スレで

 

いや痛すぎんだろ……一撃でトップじゃねえか

 

 

 

529:名無し雀士@個人応援は個人スレで

 

まあまだ東発やし……なかったと思ってやるしかないわな。

次いこ次。

 

 

 

530:名無し雀士@個人応援は個人スレで

 

ちょwwwwww待てやコラwwwwwwwwww

 

 

 

531:名無し雀士@個人応援は個人スレで

 

え、確認したいんだけど、俺らが見てるの麻雀だよね?

 

 

 

534:名無し雀士@個人応援は個人スレで

 

>>>531 違うゾ

 

 

 

535:名無し雀士@個人応援は個人スレで

 

天和に続いて地和て……もう積み込みだろこれ(自動卓)

 

 

 

536:名無し雀士@個人応援は個人スレで

 

倉橋も流石に顔ひきつってんぞ

 

 

 

537:名無し雀士@個人応援は個人スレで

 

元々小走はやべえって言われてたけどここまでやべえのか

 

 

 

538:名無し雀士@個人応援は個人スレで

 

今北産業。

え?なんで東1局で姫松の点棒24000点も減ってんの?

倉橋親倍でも振り込んだのか?

 

 

 

540:名無し雀士@個人応援は個人スレで

 

>>>538 天和ツモられと地和ツモられで24000点減りました。

 

 

 

541:名無し雀士@個人応援は個人スレで

 

>>>540 寝言は寝て言え。そんなジュクの殺し麻雀みたいなことあってたまるか

 

 

 

543:名無し雀士@個人応援は個人スレで

 

>>>541 事実なんだよなあ……

 

 

 

544:名無し雀士@個人応援は個人スレで

 

は?清澄また配牌でテンパったんだけど。またダブリーじゃんこれ。

この配牌もらえたら俺でも倉橋に勝てるわ。

 

 

 

546:名無し雀士@個人応援は個人スレで

 

あ、2巡目行ったよ。珍しいね。

 

 

 

547:名無し雀士@個人応援は個人スレで

 

>>>546 流石に草

 

 

 

549:名無し雀士@個人応援は個人スレで

 

こんなひどい状況でも打ち続けなきゃいけないとか、麻雀ってホンマにメンタルスポーツよな。

 

 

 

550:名無し雀士@個人応援は個人スレで

 

はい、晩成もテンパりました。追っかけリーチですね。

なお、倉橋四向聴の模様。

 

 

 

551:名無し雀士@個人応援は個人スレで

 

うわあ……こんな状況でもキチンと手順通りオリてるよ……ほんと忍耐力鬼だなこの子。

 

 

 

553:名無し雀士@個人応援は個人スレで

 

今清澄の1年一発ツモじゃなくて「あれ?」って顔しなかったか?wwww

 

 

 

554:名無し雀士@個人応援は個人スレで

 

倉橋の手詰まり放銃って見たことないよな。

 

 

 

556:名無し雀士@個人応援は個人スレで

 

愛宕姉貴と仕事人ゆっこの影に隠れてるけど倉橋の放銃率もかなり低いで。

人間としては最高レベル。

 

 

557:名無し雀士@個人応援は個人スレで

 

>>>556 暗にネキとゆっこちゃん人間扱いしてなくて草

 

 

 

561:名無し雀士@個人応援は個人スレで

 

え、まって宮守追い付いたんだけど。

 

 

 

562:名無し雀士@個人応援は個人スレで

 

は?高くね?

 

 

 

567:名無し雀士@個人応援は個人スレで

 

親倍wwwwwwwwwww

 

 

 

569:名無し雀士@個人応援は個人スレで

 

【速報】東2局までで倉橋、無放銃で32000点失う。

 

 

 

571:名無し雀士@個人応援は個人スレで

 

個人戦だったらトンでるんだが

 

 

 

573:名無し雀士@個人応援は個人スレで

 

晩成 119500

清澄 112000

宮守  92300

姫松  76400

 

百歩譲って決勝進出ラインの清澄狙いだとしても35600点差。

割ガチヤバくないか?

 

 

 

575:名無し雀士@個人応援は個人スレで

 

いや……今年の姫松防御力鬼だけど加点力はぶっちぎりで倉橋頼みだからこのままだと普通に苦しいぞ

 

 

 

578:名無し雀士@個人応援は個人スレで

 

去年の団体戦決勝の負けパターンを彷彿とさせる……マジで勘弁してくれ

 

 

 

580:名無し雀士@個人応援は個人スレで

 

倉橋キレてね????wwwwww

 

 

 

582:名無し雀士@個人応援は個人スレで

 

ホンマやwwwww倉橋キレとるwwwwww

 

 

 

584:名無し雀士@個人応援は個人スレで

 

【速報】倉橋、キレる

 

 

 

590:名無し雀士@個人応援は個人スレで

 

よーしよしよし!まずはゴットーツモ。あれ、打点低すぎないかい……

 

 

592:名無し雀士@個人応援は個人スレで

 

よく落ち着いて打ってるよ……ホンマに尊敬するわ

 

 

 

612:名無し雀士@個人応援は個人スレで

 

4000オールに続いてクンロク!!

絶対に使えない8pでダマ……俺なら手ごろな字牌でリーチ打ってるわ……

 

 

 

614:名無し雀士@個人応援は個人スレで

 

よしよし……!やっと倉橋らしくなってきた……!

連荘連荘……!

 

 

 

615:名無し雀士@個人応援は個人スレで

 

にしても倉橋マジで手組から何から疑問がわかないわ。

 

 

616:名無し雀士@個人応援は個人スレで

 

>>>615 俺は逆にたまに高度すぎて疑問になるわ

 

 

 

621:名無し雀士@個人応援は個人スレで

 

おいおい、倉橋のリーチに愚形で追っかけてきたぞ小走。

 

 

 

623:名無し雀士@個人応援は個人スレで

 

倉橋こういうリーチ勝負確率通りに勝ててない気がするのよなあ。

 

 

 

624:名無し雀士@個人応援は個人スレで

 

いやでも実際良い待ちだな……現状3対3か。五分やん。

 

 

 

626:名無し雀士@個人応援は個人スレで

 

かあ~!ツモられたか……!

 

 

 

630:名無し雀士@個人応援は個人スレで

 

かなり加点できたけどまだ足りねえ……

 

 

 

640:名無し雀士@個人応援は個人スレで

 

かあーっ!この平和のみはダマか……!ストイックだなあ……!

 

 

 

642:名無し雀士@個人応援は個人スレで

 

なんで点数欲しいのにダマなんだろうって思ったけど山にねえのかこの待ち……。

マジで恐ろしい読みだな。

 

 

 

647:名無し雀士@個人応援は個人スレで

 

うわ、止めたよ。この8p止まるのか。

 

 

 

648:名無し雀士@個人応援は個人スレで

 

清澄の1年生がわかりやすい切り方してたから、58pはかなり当たると思ってんじゃない?

 

 

 

650:名無し雀士@個人応援は個人スレで

 

結局かわしきって1000、2000ツモか……本当にすげえや。良く見えてる。

なんでこれで負けてんの??

 

 

 

661:名無し雀士@個人応援は個人スレで

 

宮守よく聴牌外したな。

普通にレベル高い。流石準決勝のエース区間戦だな。

 

 

 

667:名無し雀士@個人応援は個人スレで

 

うわあ、この4000オールと小走の跳満で晩成以外が平らになったか……。

倉橋頼む。親番決めてくれ!!

 

 

 

669:名無し雀士@個人応援は個人スレで

 

配牌!!!良い!!!

メンホンまで見えんぞ!!!

 

 

672:名無し雀士@個人応援は個人スレで

 

頼むうううううう!!!

 

 

 

674:名無し雀士@個人応援は個人スレで

 

よし!!!勝った!!!三面張や!!!

 

 

675:名無し雀士@個人応援は個人スレで

 

ツモれば倍満まで見えるぞ!!!一発!!!

 

 

 

678:名無し雀士@個人応援は個人スレで

 

小走の鳴きなかったら一発やったやんけ!!

 

 

 

680:名無し雀士@個人応援は個人スレで

 

やめろよ?わかってるよな?これ8対1だからな??危険牌引いてオリろよ??

 

 

 

685:名無し雀士@個人応援は個人スレで

 

いやありえねーだろ!!!!マジで!!!!!

 

 

 

688:名無し雀士@個人応援は個人スレで

 

マジありえん

 

 

 

690:名無し雀士@個人応援は個人スレで

 

いや……キツすぎんだろ……これも和了らせてくれないのかよ……それ負けるとかどうなってんだ

 

 

 

693:名無し雀士@個人応援は個人スレで

 

今倉橋「ばいーん」って言わなかったか????

 

 

 

695:名無し雀士@個人応援は個人スレで

 

そら言いたくもなるだろ。

キツすぎる。

ちょっと運に見放されすぎだわ。

 

 

 

702:名無し雀士@個人応援は個人スレで

 

ばいーんとか言う女の子クラリンと倉橋くらいだな。

 

 

 

705:名無し雀士@個人応援は個人スレで

 

>>>702 倉橋はクラリンだよ?俺かなり前からずっとクラリンのおてて見てきたけど、姫松の倉橋のおててと完全に一致する。

だから去年から姫松のファンやってるし。

 

 

 

706:名無し雀士@個人応援は個人スレで

 

>>>705 嘘松

 

 

707:名無し雀士@個人応援は個人スレで

 

マジでおもんねえわ。スマホぶん投げちまったよ。

 

 

 

708:名無し雀士@個人応援は個人スレで

 

>>>705 え?本物?本物のおててニキ?

 

 

 

710:名無し雀士@個人応援は個人スレで

 

すごいな。少しキツそうな顔したけど、それでもまだ諦めてない。

 

本人が諦めてねえのに、俺らが諦めるわけいかないよな。

 

頼む!少しでもいいから取り返してくれ……!

 

 

 

711:名無し雀士@個人応援は個人スレで

 

倉橋頼む!!奇跡でもなんでもいい!!理不尽に奪われた点棒取り返してくれ……!!!

 

 

 

714:名無し雀士@個人応援は個人スレで

 

後ろも頼れるメンバーとはいえ、倉橋が勝つか負けるかは姫松の勝率を左右するからな……。

 

頼む!!オーラスなんとか決めてくれ……!!

 

 



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第58局 宝剣の燈火

 

 

『なあ、麻雀打ってて一番気持ち良い点数申告ってなんやと思う?』

 

かつての記憶が、ふと甦った。

 

くたびれた校舎。二階の窓辺。差し込む夕日と、がらがらやかましい自動卓の洗牌の音。

小汚くて少し埃っぽい雀卓のあるこの場所は、きっと今でも四人にとって一番大切な場所。

 

安っぽい粗悪なリクライニングチェアにぎしぎしと悲鳴を上げさせて、天井を見上げたセーラがぼやくように呟いた。

僅差のラスをなんとか縮めようと、丁寧に育てた高目倍満の宣言牌で、親のトリプルにダイビングした直後のことだった。

 

そのトリプルを和了した女が、読んでいた漫画から目線を上げ、ドヤ顔で言い放つ。

 

 

「流局で1000オール」

 

「洋榎あんた変態ね……」

 

間髪入れずに一人聴牌が快感と言ってのけた洋榎に、やえがジト目を向ける。

 

 

「そこまで言うんやったらやえは何が好きなんや?」

 

「そうねえ……相手からむしりとれるなら何点でもいいわね」

 

「回答が物騒だよやえ……」

 

なかなかえげつない発想のやえも、大概だった。

 

 

「セーラはどうなのよ」

 

「そりゃあ32000やろ!一番気持ち良いやんか!」

 

自動卓の上に乗っていた牌を一つ掴んで、心地いい音を響かせてツモる動作をしながら、セーラがそう答えた。

 

確かに、セーラが一番その点数申告をしている回数が多い。

 

 

「セーラらしいわね……多恵はどうなのよ」

 

買ってきていたペットボトルのお茶を飲みながら会話を聞いていた多恵に、やえが振り向く。

 

キャップを丁寧に締めながら、多恵は少しうつむきがちに答えた。

 

 

「点数かあ……12000が嬉しいかな」

 

「なんやあ。夢がないなあ多恵」

 

多恵の控えめの点数申告に、3人とも少し驚く。

 

そんな3人の反応に、片手で頭をかきながら、多恵が恥ずかしそうに、だって、と言葉を続ける。

 

 

 

 

 

 

「32000……って、言ったことないんだよね」

 

 

 

 

2度の人生で1度も。と、多恵は心の中で付け加えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

会場は、異様な熱気に包まれていた。

 

長かった先鋒戦も、いよいよ大詰め。

あまりにも大きなことが起こりすぎたからか、まだ先鋒戦にも関わらず、喉を枯らしている人まで見受けられる。

 

 

 

『長かった……時間にしてみればさほどですが、濃密すぎてあまりにも長く感じる先鋒戦は、ついに後半戦のオーラスを迎えます……!』

 

『ついに……だねい。でもすぐ終わるとは限らないよ。こんな状況になってしまった以上、晩成は連荘できるところまでするんじゃねえの?』

 

咏の指摘はもっともだった。現在、完全にやえの一人浮き状態。この状況なら、連荘で点数を伸ばしにいくことは容易に想像ができる。

この小走やえという王者はそういう打ち手だ。

 

 

『長年の強敵、姫松の倉橋がいても……それは変わりませんか』

 

『いやあー知らんし!……けどま……、逆に言えば、倉橋が連荘を許すとは、思えないけどねい?』

 

咏が、目を細めてモニターの先にいる多恵を見つめる。

 

晩成以外の状況は絶望的。とにかく最少失点で次につなげるしかないといった状況。

 

なのに。

 

 

(何か起きそうな気がするねい……)

 

咏はそう思わずには、いられなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

姫松高校控室。

 

 

「そ、そんな……多恵先輩が三面張で負けるなんて……」

 

「完全にやえちゃんの一人浮きなのよ~……」

 

絶望的な親流しをされ、モニターから最前列で見ている漫と由子が嘆いている。

 

 

多恵がどこまで理解しているかはわからないが、観戦者視点から見れば、南3局の勝負の待ちの枚数は、8-1で多恵の7枚有利だったのだ。

麻雀とは恐ろしいゲームで、重要なのは残りが何枚あるかではなく、残りの牌がどこの山にいるか、なのだ。

 

とはいえ、確率的には枚数有利なほうが当然勝ちやすいわけで。

見ている側は到底納得できるものではない。

 

 

「……やえ……完全に仕上がっとんな」

 

洋榎も、厳しい表情で局面を見つめている。

 

 

「なんでや……!!多恵は最適解を踏んでるはずや……!」

 

恭子だって、この怒りがどこに向けたって意味のないものであることは理解している。

麻雀とはそういうゲームで、自分だっていつもそういった理不尽に振り回されてきた。

 

でも、自分は誰よりもこの3年間彼女が努力してきたことを知っている。

誰よりも麻雀に真摯に向き合ってきたことを知っている。

 

だからこそ、やるせない、恭子はそんな感情に襲われていた。

 

 

そんな時。

 

 

「あっ!善野監督なのよ~!」

 

「?!」

 

由子の声に、反射的にモニターを見る恭子。

オーラスを迎えるというこの状況の中、一時的に映った善野監督。

 

おそらく、視聴者向けに、多恵をスカウトした監督の様子、ということで写したのだろう。

 

その画面に映る善野監督の表情は、とても柔らかかった。

 

 

 

「善野監督……!」

 

恭子が、少し目を丸くする。

こんな厳しい状況にあって、善野監督は何故あれだけ落ち着いた表情をしていられたのか。

 

恭子の思考が止まる中、洋榎が、椅子に座りながら足を組みなおした。

 

 

「恭子、由子、漫、このオーラスが終わって、多恵がそこまで点差を縮められなかったら……一局だけ打つで」

 

洋榎の言葉に、控室にいた全員が驚いた表情で椅子に座る洋榎の方を向く。

確かに、この控室に麻雀卓は備え付けられている。麻雀を打つことは可能だ。

 

しかし、先鋒戦から次鋒戦までの時間は短い。なのに何故今なのか。

 

洋榎が、静かに一つ、息をついた。

 

 

「焦ってもしゃーないんや。焦って前のめりになれば、必ずボロが出る。フォームは崩さずいこうや。そうやっとるだけで、ウチらはまあ、負けん」

 

「主将……」

 

洋榎のこの状況でも落ち着いた判断に、全員がうなずく。

多恵に頼ってばかりではいられない。自分たちが多恵を助けるくらいのつもりでいなければならないのだ。

 

姫松の全員が、覚悟を決める。

 

 

「それも大事やけど〜、まだ多恵ちゃん、終わってへんよ~?」

 

赤阪監督代行も、珍しく目をしっかりと開いてモニターを見つめる。

 

 

「せや!多恵!やったれ……!!」

 

「多恵ちゃんごーごーなのよ~!」

 

「多恵先輩!ファイトです!!」

 

そうだ、まだ、終わっちゃいない。

次を考えるのは、半荘が終わってからでいい。

 

 

「多恵。やえにやられっぱなしは、気に食わんやろ。それに……」

 

洋榎がニヤリと口角を上げる。

 

 

「やえを良い気にさせんのは、ウチとセーラが、許さへんで?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

南4局 親 やえ ドラ{北}

 

ガラガラガラ、と、自動卓が音を鳴らす。

それはオーラスだろうが、東発だろうが、変わらない。

 

どんなことがあっても、手牌は上がってくる。

 

 

 

 

 

なら、やるべきことは一つ。

 

 

 

 

長い半荘は、ついに終わりを迎えようとしていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

やえ 配牌

{④赤⑤⑦22349三四六七東南}

 

やえが、配牌を眺めるより先に、上家に座る多恵へと目をやった。

良く知る親友は、今は強敵となって前に立ちふさがっている。

 

 

(今日だけは、勝たせてもらうわよ。多恵)

 

勢いよく{南}から切り出す。

点差はある。が、油断はできない。この半荘は絶対に譲れない。

 

自分は諦めかけた。

それでも、後輩達が切り開いてくれた。

 

自分を信じてついてきてくれた後輩達のためにも、この一戦は、負けられない。

例え、相手が一番の強敵(トモダチ)であったとしても。

 

 

 

多恵 配牌

{①③8一一二四六七九九西北}  ツモ{北}

 

多恵が第一ツモを手牌に乗せる。

 

 

『倉橋の配牌……ドラで自風の{北}が対子になりました!最後の反撃はなるのか……!』

 

『……他の形が悪いねい……鳴いていっても跳満は狙えそうだけど……』

 

高打点の種はできている。

しかし、面前でこの手を進められるのか。

 

 

(……面前混一……いや、対々和つけて倍満……)

 

多恵の頭の中で、様々な完成形がかけめぐる。

{北}がポンできれば、対々和までつけて倍満の未来は見えなくはない。

しかしこのメンツが、簡単に鳴かせてくれるとは思えない。

 

白望や優希だって、ある程度の打点は狙ってくるだろう。

 

 

南3局であまりにも痛いツモを食らい、それ以降、頭痛がやまない多恵。

 

 

それでも、多恵は前を向く。牌を握る。

 

どんな世界でも。それだけは変わらない。

 

 

 

 

 

 

7巡目 多恵 手牌

{一一二三四六七八九九西北北} ツモ{一}

 

 

 

『倉橋選手、聴牌……!後がないこの状況で、聴牌を入れました……!』

 

『……ダマで{九}の方の出和了りだと、満貫止まりだねい……さあ、どうするよ姫松の騎士……!』

 

立直を打たなければ、出和了りしても安目で満貫しかない聴牌。

 

しかし、多恵はこの手では立直を打たない。{西}を縦に切る。

今優先するべきはそこではない。

 

手代わりが、ある。

まだ、広くなる。

 

自身のこの世界での麻雀を、信じる。

 

 

 

多恵の手に、わずかに炎が燈った。

 

 

 

 

 

『ダマを選択しました倉橋選手!まだ手代わりを待っていますね……三尋木プロ?』

 

冷静に解説を続ける針生アナの隣で。

 

咏が椅子から立ち上がって画面を眺めた。

 

 

『聞いたことがある……麻雀を誰よりも愛した者が、正しい道をたどると、炎が燈る、と……』

 

針生アナが首をかしげる。

 

咏が聞いた話。咏自身には縁がなかった。元から牌に愛されていたから。

 

 

では、そうでない者は?

 

愛されない者は積み重ねるしかないのだ。

 

 

 

自分の、麻雀にかけてきた時間の、全てを。

 

 

 

一つ、また一つ、地道に積み重ねる。

 

 

 

 

牌効率、手組み、押し引き、局収支、リーチ判断、鳴き判断、手牌読み、速度読み、牌姿理解。

 

 

その全てが今。

 

灯りとなり、火を燈す。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

やえ 手牌

{③④赤⑤⑦2234赤5三四六七} ツモ{五}

 

聴牌。それも3面張。

 

 

(多恵は萬子の清一色に向かってる。なら……!)

 

やえは多恵の手出しを見て、清一色に向かっていることを理解していた。多恵の清一色は手変わることが多い。だからこそ、余るであろう萬子で、仕留める。

やえは静かに、{⑦}を河に放った。

 

 

多恵がまた、山に手を伸ばす。

 

 

 

多恵 手牌

{一一一二三四六七八九九北北}  ツモ{五}

 

 

また、炎が燈った。

 

 

(絶好の手代わり。{九}を切れば、待ちは{一四七北}で、{一}なら一気通貫。{北}なら役とドラ……けど)

 

多恵が瞬時に河を見渡す。

残念ながら{一}は先に河に切られていて、もう無い。

 

 

(ドラの{北}も、手を作っている小瀬川さんか片岡さんの手牌の中に組み込まれていると思ったほうがいい)

 

 

 

なら。

 

 

多恵は今まで使ってきた全ての知識を総動員させている。

 

 

 

 

 

 

『絶好の聴牌……!三尋木プロ、倉橋選手聴牌!{九}を切ってリーチすれば、{北}でツモって倍満です!!……リーチですかね?』

 

『……倍満って、親と何点縮まるか知ってる?』

 

『え?……16000で、8000だから……24000点差縮まりますよね?』

 

『じゃあ、今の姫松と晩成の点差は?』

 

『……!……47200……です。しかし、点差はかなり縮まりますし、2着で良しとするかも……』

 

『……2着で良しとする打ち手かどうかは、打牌を見ればわかるよ』

 

咏の言葉が言い終わるより少し早く。

 

多恵は手牌の{北}を切り出した。

 

 

『聴牌拒否……!倉橋選手ここにきてまだ聴牌を崩します……!!』

 

歓声が上がる。

会場の声援が、多恵を後押しする。

 

その姿に、もう、過去のプロ雀士倉橋は重ならない。

華がなく、応援されなかった雀士はそこにいない。

 

数多の応援が、今の多恵を支えている。

 

 

 

 

だからこそ、多恵の頭は思考を止めない。

 

止まるわけには、いかない。

 

 

 

(この手形なら、鳴く牌は無い。{九}だけ形上はポンすれば{二三五六八九}待ちになるし、鳴きたいところだけど打点が足りない。それくらいなら今さっきの手でリーチしたほうがマシ。この手は、必ず面前清一色で和了る)

 

萬子の形が良い。なにより、この形なら萬子なにを引いてもとりあえず聴牌になることが大きい。

 

今はとにかく、高い和了りへ。

 

 

 

 

白望 手牌

{1123366北北白白発発} ツモ{⑧}

 

白望の、手が止まる。

多恵の河を眺めた。

 

 

多恵 河

{①③8中⑨西}

{1北}

 

({北}の……手出し……?自風で、ドラの牌を切ったってことは、聴牌でもおかしくない……)

 

白望は少し考えてから{⑧}を切り出した。

自身も、ツモれば倍満の聴牌だ。

引きたくはない。

 

 

静かに、多恵が山に手を伸ばす。

 

この世界に来てから、多恵は何故か多面張で聴牌することが多くなった。

 

 

牌を愛し続けた雀士が、少しずつ、牌に愛され始めている。

 

 

 

 

 

炎が、燈った。

 

 

 

 

 

 

 

 

多恵 手牌

 

{一一一二三四五六七八九九北} ツモ{九}

 

 

 

(来た……!これなら一番待ちが広い絶好のツモ……!待ちは{一二三四五六七八}…………{九}…………って……)

 

 

 

 

瞬間的に。

 

 

手が、震え出す。

 

理解が追いついたから。

 

心臓が、痛いほど暴れ出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

(……違うか。これ)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

多恵が{北}を切る。

 

 

 

明確な{北}の対子落としに、対面に座っている優希が目を細めた。

 

 

 

優希 手牌

{②②③③④④⑤⑥⑨⑨南南南}  ツモ{二}

 

 

(自風でドラの{北}の対子落としだと……?!もう……もう萬子は切れない……!)

 

今きた{二}を睨みつけながら、グッとこらえて優希は{⑨}を切り出す。

経験が活きている。

 

自分の手に溺れなかった優希の選択は、正解だった。

 

 

優希の手出し{⑨}を見て、オリたのを察したやえ。

 

多恵の河を見る。

 

 

多恵 河

{①③8中⑨西}

{1北北}

 

 

ドラで、自風の{北}の対子落とし。

 

 

いずれも手出しだ。

強烈な違和感が、やえを襲う。

 

反射的に、多恵の方を見やる。

 

その手が。

 

 

 

 

ひどく震えていた。

 

 

 

 

 

 

 

その様子を見て、ゾクり、と、やえの背中を悪寒が走る。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

麻雀が、好きだった。

 

どんなに辛いことがあっても、理不尽に見舞われても、麻雀だけはやめようとは思わなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

麻雀を、深く愛する心。

 

 

 

強い信念を持つ打ち手に、牌は応える。

 

 

 

 

 

 

 

持ち続けた信念は、「麻雀を心から愛する」ということ1つだけ。

 

その貫き続けた信念は今。

 

 

 

 

その心に、牌に、灯を燈した。

 

 

 

 

 

 

 

 

暗かった対局室に、灯りが燈る。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

卓を囲むように、眩しく輝く宝剣が、()()地面に突き刺さった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――――宝剣の燈火よ。九つ連なりて、その道を示せ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

多恵の周りに、道を照らす火が燈った。

 

その姿は、ただただ神々しく。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ツモ」

 

 

 

多恵 手牌

 

{一一一二三四五六七八九九九}   ツモ{赤五}

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――かの光を見よ。かの光こそ、麻雀を愛せし者の光。

 

 

 

 

 

 

―――九つ連なる宝剣の燈火なり。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(ああ、これだから、麻雀は、麻雀だけは、わからない。)

 

 

驚愕に目を見開くやえの前。

 

静かに多恵が顔を上げる。

 

 

 

 

 

 

 

「……8000……16000」

 

 

 

 

 

 

 

点数申告をした声と、手牌を倒した手は、いずれも、ひどく震えていた。

 

かっこ良い和了り方とは、言い難いかもしれない。

 

 

何よりも。

 

 

誰よりも麻雀を愛し続けた打ち手の目に、ほんのわずかに涙が浮かんでいたこと。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

割れんばかりの大歓声が、会場を貫いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

先鋒戦 最終結果

 

清澄  78900

宮守  77100

姫松 122400

晩成 121600

 

 

 

 

 



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第59局 また、決勝で (挿絵アリ)

一昨日、作者の好きな雀士が役満を和了りました。
勝手に、運命を感じました(?)。





先鋒戦が終わった。

 

しかし会場を包み込むこの大歓声が、止むことはない。

 

まだ午前中だというのに嫌というほど照りつける太陽の元。

劇的な幕切れを迎えた先鋒戦の余韻に、誰もが浸っている。

 

 

あまりの歓声の大きさに驚きながらも、針生アナは必死に実況を続けていた。

 

 

『せ、先鋒戦大決着……!!!感じ取れますでしょうか、この会場の大歓声……!誰が……誰がこの結果を予想できたでしょうか……!!オーラス、倉橋選手の役満ツモで、逆転……!トップは姫松高校です……!』

 

『いやあ……ちょっと、解説できなくてごめんねえ~……流石に私も、見入っちゃったよ。いや、本当に、今日この対局を見れた人は、幸せだねえ』

 

『我々も、言葉を失ってしまいました……!最後の最後、力を振り絞るように一打一打切る姿は、本当に美しかったですね……!……あれ、三尋木プロ?』

 

 

針生アナは感動を隠しきれていない、興奮しきった声で実況をしていた。

そこで、ふと、少しモニターから目線を外し、物思いに耽る咏が目に入る。

 

とても満足そうな表情の咏が、目を閉じながら、お気に入りの扇子を静かに閉じた。

 

 

『いやあ……私ももうちょっと、麻雀勉強するかな』

 

『それはちゃんとしてください』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

まだ、手が震えている。

 

動悸もどうやら収まらない。

 

初めて和了った役満。

 

今もその牌姿が目の前に開かれている。自分自身がその手を成し遂げたとは、未だに信じられない。

 

そんな感覚に陥りながら、多恵はただただ卓を見つめていた。

 

 

照明が点き、退出可能となってから、30秒ほどが経過していた。

 

各々が、なにかできることはなかったか、これが精いっぱいだったのか、と手牌を見つめる。

 

そんな中で、多恵の対面に座っていた優希が、最初に立ち上がった。

 

右手で左手を強く握り、悔しそうに歯噛みしながら、それでも優希は前を向く。

 

「次は……次は負けないじぇ」

 

その目は、潤んでいて。それでもしっかりと多恵を見つめている。

 

 

「……うん、また、打とうね」

 

優希はそれだけ言い残すと、卓を去る。

勢いよく階段を下りていくその後ろ姿、目を強めにこすっていたのは気のせいだろうか。

 

 

 

「……ダル……」

 

白望も、席を立った。

そのことを少し珍しく思い、多恵が声をかける。

 

 

「あれ、珍しいね。次鋒の子が来るの、待たないの?」

 

いつもの、ダルそうな表情のまま少し固まる白望。

 

しかし、はあ、と一つため息をついて、また外の方へ歩き出す。

 

 

「……まぁ……自分の足でみんなのトコ行くのも、悪くないよ……」

 

「……そっか」

 

ひらひらと手を振る白望。

決して、その顔に絶望はない。後ろには仲間がいるから。応援してくれていたのがわかるから。

 

今度は、自分が応援する番だ。

 

白望も、対局室を後にする。

 

 

 

 

 

 

残ったのは、2人だけだ。

 

 

視線が、交差する。

 

 

 

 

「あんたね……役満和了ったこと無いって言ってなかった?」

 

ため息をつきながら、片目を閉じてやえが言う。

その目は、確かに卓上を見つめている。

 

 

「そうだね。だから、今日が初めて」

 

「何それ……全く。絶対勝てると思ったのにい~!!一回くらい勝たせなさいよ!!」

 

足をバタバタと子供のように動かすやえ。

 

それを見て、多恵がにこやかに笑う。

この光景は、何度も見た。

 

場所は違うはずなのに。とても既視感のある光景。

 

卓を挟んでやえがいて。

ムキになってまたもう一度勝負を挑んでくるやえの姿は、記憶に新しい。

 

そうか、と多恵は再確認することができた。

 

今ここに、あの時夢見た世界が広がっている、ということ。

 

 

わかりきってはいる問いを、多恵が投げかけた。

 

 

「2回戦の時みたいな、悔しさじゃなさそうだね?」

 

「……当たり前でしょ?」

 

多恵の言葉に、やえが、足を動かすのをやめた。

ついで、ぐーっと上に伸びをして、脱力したように卓に突っ伏す。

 

 

「最高に楽しかったわ。……ここに連れてきてくれた後輩達に感謝してるし……その後輩達を信じてる。悪いけど、今日トータルで勝つのは私達よ?」

 

表情は見えないが……本気でそう思っていることは間違いなさそうな、やえの声音。

 

ふと、多恵は去年のことを思い出した。

 

やえの言っていた言葉。

 

 

 

『頼りがいがある子はいるのよ。けど、少なくとも、あなたたちと戦って勝てるとは思えない』

 

 

 

去年、勝てそうにないと言っていた。

でも、今の言葉は、それに矛盾していて。

 

思わず少し、笑みがこぼれる。

 

 

(本当に、よかったね。仲間が、後輩が育って。それは、やえの頑張りが実った結果だよ)

 

もう孤独な王者と揶揄する人はいない。

その強い意志の元、心強い家臣たちが、王のもとに集まった。

 

多恵からすれば、強敵となった晩成高校。

それでも、負けるとは到底思っていない。

 

「へぇ……まだ本気で勝てると思ってるんだ。でも……姫松(わたしたち)は……強いよ?」

 

「知ってるわよ。そんなこと」

 

やえが、立ち上がった。

そろそろ次鋒戦の準備の時間。この卓を、後にしなければいけない。

多恵も、ゆっくりと、名残惜しそうに席を立つ。

 

やえが、多恵の正面に立った。

 

 

「また、やるわよ。必ず。決勝の舞台では、私が勝つわ」

 

「強気だね。でも、いいよ。受けてたとう。……でも次は本当に……」

 

 

そう、これを言わなくちゃあ、今日の試合は終われない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ニワカは相手にならんよ?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

どや顔で、なのに少し恥ずかしそうにはにかむ多恵に対して。

 

 

 

全くしつこいわね、と。

 

笑顔ながら、呆れた表情を浮かべるやえ。

 

そして、

 

ニワカはとっくに卒業したわよ、とやえが多恵の胸を軽く小突いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

【挿絵表示】

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

対局室から、トボトボと歩く影が一つ。

自慢のマントは、今は力なく背中にくっつき、覇気がない。

 

清澄の先鋒、片岡優希は、とても落ち込んでいた。

 

もう少しで清澄の控室に着くのだが、何と言って入ればいいのか、優希にはわからなかった。

 

 

うつむきながら歩くその姿に、声がかかる。

 

 

「優希……!」

 

「……のどちゃん……」

 

親友の姿を見とめる。

 

和はすぐに優希の近くまで行くと、少し乱れた息を整えながら、優希の目の前に立つ。

 

 

「ごめんだじょ……クラリン倒すって約束したのに……ほとんど良いところ無しだったじぇ……」

 

後半戦が始まる前。相手が和の師匠ということがわかってもなお、和と咲は優希を応援すると言ってくれた。

 

だからこそ、期待に応えたかった。

 

しかし結果は、惨敗。東1局に奇跡とも言える天和を和了った後は、良いところが全くなかった。

それだけ相手が、強かったのだ。

 

しょぼくれる優希に対し、和は首を横に振る。

 

 

「……そんなことないですよ。集中力が切れるはずの南場でも、必死に頑張る優希の姿。ちゃんと見てましたから」

 

その言葉に、嘘偽りはない。

普段なら、すぐに集中力が切れ、力を無くしてしまう南場。

それでも、優希は戦おうとした。結果は伴わなかったかもしれないが、1年生の優希にとって、高校最強クラスの打ち手を相手に戦う意志を見せたことは、確実に収穫だった。

 

だから、今度は私達が頑張る番。

 

 

「あとは、私達が必ず勝ちますから、優希は自分を責めないで」

 

「……ありがとうだじぇ」

 

優希と共に、控室に戻る。

 

 

皆が優希を励まし、優希も気持ちを切り替えて、まこに想いを託しているのを見届けた後。

 

 

 

和は対局室の方へと走った。

 

 

 

 

真実を、確認するために。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「多恵せんぱーーーい!!!!!」

 

多恵が対局室をやえと共に出た直後。

 

完全に泣きはらした様子の漫が、多恵のもとに飛び込んできた。

 

2回戦の時は上手く回避したが、この勢いは流石に殺せない。

拒否する間も無く多恵は漫に抱き着かれる。

 

 

「多恵先輩~~~!!!感動じまじだ~~~!!!」

 

「漫ちゃん……ありがとね」

 

ポンポンと、漫の頭を撫でる。

こうして応援してくれる皆がいるからこそ、自分は頑張れる。

 

よく、「応援があるから頑張れます」というスポーツ選手を見て、建前かなと思っていた時期もあったが、多恵はこうして大会に出て切に感じていた。

応援は、本当に力になる、と。

 

 

「漫ちゃんに情けない点数でバトン渡すことにならなくてよかったよ。次鋒戦、頑張ってね」

 

「もちろんです……!多恵先輩が増やした点棒……大事にしますね……!」

 

漫は気合十分だ。多恵の気持ちのこもった闘牌を見た直後なのだ。気合が入らない理由はないだろう。

 

多恵は、グッと腰のあたりで両手を力強く握る漫の頭を撫でた。

 

 

 

 

そんな時だった。

 

駆け足で、こちらに向かってくる、足音。

 

 

 

 

「クラリン先生!!!」

 

 

 

聞きなれない、声がした。

 

 

多恵がビクりと肩を震わせるが、この「呼称」にすぐに振り向いて良いはずはない。

しかし、この場所には自分と漫しかいない。

 

 

一瞬の静寂。

 

漫が、あわあわと両手を右往左往させている。漫の方からは、相手の顔が見えているから当然かもしれない。

 

ゆっくりと、多恵が後ろを振り向く。

 

 

 

 

「クラリン先生……なんですね」

 

 

その瑠璃色の双眸は、確かに多恵を捉えていた。

 

 

 



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第60局 多恵の信念

 

 

 

「クラリン先生……なんですね」

 

和の瞳は、多恵を真っすぐに貫いている。

 

熱気が残る会場の廊下。

顔さえ知らなかった師と弟子の邂逅は、人知れず行われていた。

 

 

「……仮にそうだとして、わざわざこんなところに何の用かな?」

 

「一つだけ……聞きたいことがあります」

 

和が乱れてしまった髪と呼吸を整えつつ、どうしても聞かなければならなかったことを問う。

 

和が憧れ、敬愛していた「クラリン」にしかできないはずの所業をやってのけた多恵。

もうこの時点で、ネットからの情報も加味して、多恵がクラリンであるということは、和の中で確定事項だ。

 

なのにもかかわらず、今日の対局では、今まで一度も見せたことのないような打牌選択の数々。

こんなことは失礼で、マナー違反であるとはわかっていても、和は理由を、聞かずにはいられなかった。

 

 

典型的な例がある。

 

 

「前半戦南3局。4巡目に打たれたリーチに対して、{58}のどちらかを切れば五面張の聴牌だったのに……先生は切らなかった。あれは親であるということと、{58}の放銃率を算出しても、確実に押し有利な場面だったはずです。結果的に放銃になったとしても、あの{8}は切るべきだったのではないのですか?」

 

多恵が、やえのリーチに対して五面張の聴牌を取らず、迂回する選択肢をとったシーン。

多恵もこの時のことはよく覚えている。

 

少し顎に手を当ててから、多恵が、和に問う。

 

 

「……局収支を意識するために、切っていいか良くないかの基準となる放銃率のラインは?」

 

「……10%だと、クラリン先生はおっしゃっていました」

 

決して、放銃率が10%以上だと切ってはいけません、ということではない。

麻雀はもっと多くの情報が絡み合うゲーム。放銃率を出したからと言って、何%以下はOKとかそういった判断はできない。

 

点差、状況、場況、親、自身の手、手組……。

あらゆる要素を鑑みて、結果的に切っていいかどうかを判断する。麻雀とはその繰り返しなのだ。

 

 

「じゃあ、あの時切ろうとした{8}。無スジ2、8に分類されるわけだけど、無スジ2、8が放銃率10%になるのは、何本スジが通っている時?」

 

「……9本です」

 

「流石。よく勉強してるんだね」

 

漫が、真剣に2人の会話を聞き始める。

 

漫も多恵からデジタルの授業はたくさん聞いてきた。この3か月間、吸収できるものは全て吸収しようとしたのだから、漫にとっては当然の努力。

しかし、この問いを多恵から急に投げかけられたとして、即答できる自信は無い。

 

 

(原村和……流石はインターミドルチャンピオン……やな)

 

漫も、和と直接の面識はない。

噂で知っているだけ。だが、デジタルを軸に組み立てる打ち手だとは知っている。

 

 

「じゃあ、あの時切れていたスジの本数は覚えているかな?」

 

「……先生の目から{②}のノーチャンスが生まれていたのも考慮して、4本だったと思います」

 

「……正解。よく見てるね」

 

「では!!やはり切るべきだったのではないですか!」

 

和がまた一歩多恵の方へと歩みを寄せて力強く言い切る。

 

和の疑問も当然と言えば当然だった。

多恵が本当に「クラリン」であるのならば、いつも動画で口酸っぱく言っていることがある。

 

 

『しっかり放銃しましょう。打つべき牌は打ちましょう。その局面を100回繰り返した時に、得をする選択を繰り返しましょう』

 

 

この言葉に、和はとても共感した。

 

ただランダムが偏った場面を切り取って、「これを切ればよかった」となることは良いことではない。

長期的に見てプラスになる選択。それこそが麻雀の全てだと和は信じている。

 

だからこそ、あの時のあの選択が理解できない。

あの局面は、100回繰り返せば90回は得する場面のはずだ。

 

 

鬼気迫る表情の和に対して、多恵はにっこりと笑みを浮かべた。

 

 

「……原村さん。原村さんは……麻雀、好き?」

 

「え?……それはもちろん……好きですけど……」

 

「そう。じゃあ、質問に答えるね。平面で見れば、あの牌は切るべきだったと思う。いつもやっているようなデジタルの世界なら、当然押し有利だった」

 

「……では、人読みですか?」

 

人読み。

多恵が動画の中でも多恵が少し触れた内容。勝手知ったる仲の相手と卓を囲むとき、または、プロでリーグ戦等に挑み、戦う相手の特徴が分かっているとき。

そういった時に平面の情報にプラスして、判断材料に組み込むべきもの。

 

和はそう理解している。

 

 

「……半分正解かな。あの時私は、やえと共に打ってきた何万局という半荘を振り返って、この牌は打てないと判断した」

 

「……しかし、それだけで判断するのは余りにも危険では……」

 

当然、和もその可能性は考慮した。

多恵が、やえと旧知の仲であること。

 

実況解説の2人も散々触れていたし、それくらいは他人に興味を持たない和の耳にも入っている。

 

 

「じゃあ、もう半分の方。私はやえの『力』を信じたんだ。……原村さんは、この世界のプロの人たちを見て、どう思う?」

 

聞きなれない単語と共に、また、問いが投げかけられる。

和は率直に思うことを口にした。

 

 

「……一時的なランダムの力を借りて、運の暴力を繰り返す麻雀が蔓延っているように見えます」

 

「ははは!辛辣だね……」

 

「だからこそ!私はあなたみたいな人がプロになるべきだと思った!本物のプロなんだと思った!だからこそ……今日の打牌が、わからなかった……!」

 

和が拳を握りしめる。

この数年、和は「クラリン」のような存在を信じて、麻雀を打ってきた。

なのに、その人物がいつもとは異なる打牌をしている。それが、不可解で仕方なかった。

 

 

そんな和に、多恵から驚くべき言葉が返ってくる。

それはおそらく、和が一番聞きたくなかった言葉。

 

 

 

 

「あれらの和了りが、一時的なランダムではないとしたら?」

 

 

 

 

 

「……どういう、意味ですか?」

 

何を、言っているんだろうと思った。

 

 

 

「偶然に見えた和了は必然で、一時的な牌の偏りだと思いたいのに、とてもそうは思えないような豪運に、原村さんは出会ったことがないの?」

 

「……ッ!」

 

 

無いわけがない。

 

現に高校生になって初めて明確に「勝てない」と思った同級生は、まさにそういう打ち手だったから。

 

前々から気付いてはいた。しかし、理解はしたくなかった。

それを理解してしまったら、自分の麻雀が終わってしまうような気がして。

 

いつかの解説で聞いたことがあった。

 

 

『デジタル知識なんて無くても勝てるようになっているのが、麻雀だ』

 

ふざけるな、と思った。

 

この人も、「デジタルでは限界がある」と、そう言うのかと、和は無性に苦しくなってきて。

 

 

 

「……じゃあ、デジタルには限界がある、『力』には勝てないと、先生もそうおっしゃるんですか?」

 

 

結局のところ、和はこれを聞きたかっただけなのかもしれない。

 

初めて出会えた、自分と同じ志を持った強い打ち手。

 

勝手ではあるのは重々承知だが、「クラリン」なら自分の麻雀の正しさを世に知らしめてくれるとさえ思って。

 

だからこそ、最近ネットで散見される「デジタルの限界」などというワードには、絶対に屈してほしくなかった。

 

 

 

 

悲壮な表情で問われた言葉に、多恵は笑って答える。

 

 

「いや?そんなものは無いよ」

 

「で、でも、デジタルでは計算しきれない『力』があると言うのなら、『力』がない人たちはどうすれば……!」

 

「『力』をも、デジタルに組み込んでみよう。いつの時代だって、そうやって麻雀戦略は日進月歩培われてきたんだから」

 

 

多恵も、和のようなことを言う人をたくさん見てきた。

それは、動画の視聴者であり、かつての自分であり、この世界の多くの夢破れた雀士達。

 

 

少し閉じた目を、開ける。

 

だから、と多恵が、和を強く見つめ返す。

 

 

 

 

 

 

 

「その強大な『力』をも乗り越えられることを証明するために、姫松(私達)は今年、インターハイ(ここ)に来たんだ」

 

 

 

 

 

 

「……!」

 

和が、瞠目する。

 

それは、彼女がこちらに来て持った信念。根幹。

 

麻雀を愛し続けた彼女の願い。

 

この世界にいる、麻雀を()()()()()人たちにも、また再び麻雀を愛してほしかったから。

 

 

「努力は無駄なんかじゃない。確かに、報われないこともある。けど。信じて努力してきたたくさんの人たちの過程を、否定することだけはしたくない」

 

和は、黙って多恵から紡がれる言葉を聞き続ける。

 

 

(ああ、この人はやっぱり……)

 

多恵が、踵を返した。

 

キラキラとした瞳で多恵を見ていた漫もそれに続く。

去り際、多恵が和に声をかけた。

 

 

「原村さん、あなたの打牌、楽しみにしてるね。ウチも、負けないから」

 

 

 

廊下を曲がった多恵達の姿が、見えなくなる。

 

しばらくして、和も、自身の仲間が待つ控室へと振り返った。

 

 

(ありがとうございます。先生。あなたはやっぱり、私の先生です)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『さあ、次鋒戦の4選手が卓に着きました!次鋒戦、スタートです!』

 

「「「「よろしくお願いします」」」」

 

 

熱気も冷めやらぬなか。

準決勝第二試合は、次鋒戦へと移る。

 

起家となった漫は、自身の上がってきた手牌を眺めた。

 

 

東1局 親 漫 ドラ{⑦}

漫 配牌

{⑦⑨13678一三五八九西北}

 

ふう、と息を吐きだす漫。

 

 

(多恵先輩の作ってくれた点棒。これだけある。それに、さっき多恵先輩が言ってたこと)

 

先ほどの廊下での会話を、漫は思い出していた。

 

 

『その強大な『力』をも乗り越えられることを証明するために、姫松(私達)は今年インターハイ(ここ)に来たんだ』

 

 

私達、と言ってくれたこと。

漫はとても嬉しかった。自分も、その誇り高い姫松の一員なんだ、と。

 

大会前にも言われていたことだが、再確認できた。

 

 

(この対局は、ウチだけのものやない。姫松の皆の想いを、背負ってるんや)

 

牌を、手に握る。

 

 

(絶対に、負けられへん!)

 

力強く、第一打を切る。

 

漫の瞳には、覚悟の炎が宿っている。

 

次鋒戦が、始まった。

 



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第61局 歪み

プロリーグが佳境だったこともあり、投稿が少し遅れてしまいました。
もう終わったので、またしっかり執筆していこうと思います。

かなり好きなチームが勝ったので、とても良い気持ちで執筆活動に戻れますね!







次鋒戦が始まる少し前のこと。

熱戦を終えた先鋒の4人が、控室への帰路を辿っていた。

 

その中でも一段とゆっくりと歩を進める少女の元に、声。

 

 

「シロ!」

 

足取りも重く、疲弊した体を何とか動かす白望のもとに、少女が駆け寄った。

 

放送用の画面が先鋒戦のハイライトを終えて、対局室へとカメラが戻ってきた時のこと。

そのタイミングで、エイスリンは対局室からシロがいなくなっていることに気付き、慌てて控室から出てきていた。

 

いつもなら、そのまま対局室の椅子に座り続けるシロにエイスリンが交代を告げに行くだけでよかったのだが、今日はシロが対局室から消えていたのだから、慌てるのも無理はない。

 

 

「エイスリン……」

 

「エイちゃんだけじゃないよー?」

 

胡桃が後ろからひょい、と顔を出した。

 

エイスリンの後に続き、宮守の面々が姿を見せる。

全員で、白望のお迎えだ。

 

 

「シロお疲れ様!すごい頑張ったじゃない!」

 

「あんなすごい人達を相手に、ちょーすごいよ!」

 

トップとの点差は、ついてしまった。

しかし、あのような異常な場で一歩も引かずに戦いきった白望に、賞賛こそあれ、文句を言うメンバーなど、宮守には一人もいなかった。

 

それを意外に思いながらも、白望はいつものペースを乱さない。

 

 

「……褒めるくらいなら……背負って……」

 

あくまでいつも通りの感じな白望に、宮守の面々に笑顔が浮かぶ。

 

 

「いつもならふざけんな、って言うところだけど~、今日は許す!豊音!お願いできる?」

 

「もちろんだよ~!」

 

一番身長の高い豊音が、ひょいと白望を持ち上げた。

 

白望もまさか要望が通るとは思っていなかったようで、少し目を丸くする。

 

しかし更に驚いたのは。

 

 

「え。ええ?」

 

視界が急に広くなり、高々と持ち上げられる白望。

 

豊音が選んだのは、おんぶでも、ましてやお姫様抱っこなんかでもなく、「担ぐ」という手段だった。

 

豊音の肩に担がれた白望は、最初は微妙な表情をしていたが。

 

 

「まあ……これも悪くないか」

 

これは、彼女が最後まで努力した結果。

 

確かに最良の結果、とは行かなかったが。

信じてもらった仲間たちに、恥じない闘牌はできたのかもしれない。

 

そう思える彼女だからこそ、今だけは、仲間に運んでもらえるなら、なんでもいいようだ。

 

 

「シロ!」

 

そんな白望に、声がかかる。

対局室に向かうエイスリンの声に、今の白望は顔を向けることができないので、豊音が振り返ることでエイスリンと目を合わせる。

 

そのキラキラと輝く瞳は、まっすぐと白望を見ていて。

 

 

「アリガトウ!」

 

「……?どう、いたしまして?」

 

はっきりと伝えられた感謝の言葉。

 

しかし白望からすれば何に感謝されているのかわからない。

 

そのまま笑顔で対局室へ向かうエイスリンを、白望ははてなマークを頭に浮かべながら見送った。

 

しばらく何に向けての感謝だったのか考えてみたが、わからなかったので白望は考えることをやめた。

 

 

「まあ、エイスリンなら、大丈夫か」

 

白望を担ぐ豊音も、その豊音を挟むように歩いている塞と胡桃も、笑顔。

 

豊音が足を踏み出されるたびに揺れる感覚を楽しみながら、白望は目を閉じる。

 

 

 

(あとは皆が、なんとかしてくれるか……)

 

 

宮守の固い絆で結ばれたバトンは、確かにエイスリンへと託された。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

次鋒戦の幕は、静かに開いた。

 

 

 

 

「ツモ」

 

東1局 親 漫

 

まこ 手牌 ドラ {発}

{45678五五六七八} {横123} ツモ{9}

 

 

「300、500じゃあ」

 

 

『清澄高校、染谷まこ選手!まずは1000点のツモ和了りで次鋒戦が始まりました!……しかし変な手順でしたね?』

 

『そうだねい……タンピン一盃口の一向聴を鳴き一気通貫に決め打ち……普通なら、ありえないよねえ?』

 

 

まこの不自然な鳴きに、実況の針生アナも困惑している。

 

次鋒戦が始まった。

席順は、東家に姫松の漫、南家に清澄のまこ、西家に宮守のエイスリン、北家に晩成の紀子となっている。

 

開かれたまこの手牌を見て、漫が顔をしかめた。

 

 

(これか……末原先輩が言ってた和了り……)

 

明らかに不自然な手牌。西家に座るエイスリンも、北家に座る紀子の頭にも疑問符が浮かんでいる。

 

 

(……why?)

 

(変な鳴き……この清澄の次鋒、2回戦もこんな感じだったのよね……)

 

紀子は2回戦を経験している分、一度見た光景ではあったが。

到底納得できるような理由は見つかっていない。

 

 

(こんな感じで、私のリーチもかわされた……やえ先輩にも言われたけど、少し、攻め方を変えなくちゃいけないかもね)

 

前回の次鋒戦を見て、やえは紀子に簡単なアドバイスをしていた。

まっすぐ打てる時は打っていいが、あまり配牌が良くない時は、変化を加えてみろ、と。

 

 

まこ以外の3者が驚くなか、漫は手牌を伏せながら思考にふける。

 

 

(末原先輩の助言を、思い出すんや……)

 

漫が思い出すのは、準決勝を明日に控えたミーティングでのことだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「次に次鋒戦。ここでマークするんは、清澄の2年生……染谷まこや」

 

「ええ?ウィッシュアートやなくてですか?」

 

恭子の背に映るスクリーンに映ったのは、緑がかった髪に眼鏡をかけた、清澄の2年生、染谷まこだった。

 

漫としては、2回戦でいいようにやられ続けたエイスリンへのリベンジに燃えていたので、なんだか肩透かしを食らったような気分。

 

そんな複雑な表情を知ってか、多恵が漫へと振り返る。

 

「漫ちゃん、2回戦は宮守の子にかなりやられちゃったもんね……」

 

「うっ……ですから、明日は負けられへんのです!!」

 

漫は気合十分。2回戦はエイスリンの圧倒的な速度に対してなす術がなかったが、しっかりと対策も考えている。

 

だからこそ、恭子が示す要注意人物がエイスリンでないことが不思議であった。

 

 

「……このわかめ……普通の麻雀を打つようで、実は普通の麻雀を打ってません」

 

「……どういうことや?」

 

恭子の発言に、洋榎が意図を掴みかねている。洋榎だけではない。恭子以外の誰もが、「普通の麻雀を打たない」という意味を理解できていなかった。

 

 

「まず、不可解な鳴きが多いです。そしてその多くは、他家の和了りをつぶしている……変なんは、他が和了りそうなのを感じ取って、流れを捻じ曲げているように見えること」

 

「……少し言い方が曖昧なのは、能力っぽくは無い……ってことかな?」

 

「……何かしら、常識では測れない力は持っていそうです。が……全容はつかめていません。ただ、牌譜に起こしてみると、彼女が不可解な鳴きをしたときは、高確率で本来のツモで他家が和了ってます」

 

多恵の質問は、恭子も頭を悩ませる一因だった。

そこまで明確な力が働いているようにも見えないが、明らかに何かを感じ取って鳴きを駆使している。

 

それだけは確実にわかっているのだ。

 

 

「だから漫ちゃん、エイスリンに闘志燃やすんはかまへんけど、このわかめに対しても、警戒を怠ったらあかんで」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

恭子の言葉に、真剣に頷いたのを思い出す。

 

 

(幸い、ウチはこの清澄の上家や。……やれるだけやったる)

 

 

東2局 親 まこ ドラ{3}

 

5巡目 漫 手牌

{②④123568一三四五六} ツモ{④}

 

 

(素直に行くなら、{8}か……でも、宮守の捨て牌……)

 

漫の手牌は5巡目にしては悪くない。

 

しかし、漫の対面に座るエイスリンの河が濃い。

エイスリンは基本的に真っすぐ打ち抜いてくる打ち手なので、河読みはしやすい方。

 

ただ、聴牌速度が異常に速く、すぐにリーチがかかり、そのままツモられることが多い。

 

2回戦で体験したからこそわかる、速度感。

 

 

(ウィッシュアートに和了られるんも嫌やけど、今の親は清澄……なら)

 

逡巡して漫が手牌から選んだ牌は、{三}だった。

 

 

ピクり、とまこの肩が跳ねる。

 

 

『上重選手、一向聴に取らず、カンチャンターツを外しました。それに、萬子の連続形も崩しましたよ?』

 

『いやーわっかんねー!……この打牌には、他の意図がありそうな気もするけどねえ~!』

 

 

 

同巡 まこ 手牌

{①②③④234赤567五六六} ツモ {白}

 

(……留学生が和了りそうに見える……早めに流れを変えておきたいんじゃが……)

 

少しの違和感を感じながら、まこがそのまま {白} をツモ切る。

幸い手牌はタンヤオ系。鳴ける牌が出ればどこからでも仕掛けようと思っていたまこだが、漫から鳴ける牌が出てこない。

 

すこし焦れた展開のまま、8巡目に差し掛かる。

 

時間がかかればどうなるか。

 

 

「リーチ!」

 

牌を曲げたのは、やはりエイスリンだった。

 

まこが、少し眼鏡に手をかける。

 

 

(嫌な流れじゃ……姫松が、少し牌を手狭に打っているように見える……)

 

まこから見た河が、少し歪んでいる。

 

河全体を顔のように認識するまこだからこそわかる、違和感。

 

実際、漫は安牌を抱えての進行にシフトチェンジしていた。

鳴かれる牌を極力避け、安牌を手の中で持つ進行。

 

リードしている姫松が今一番嫌うべきは、親の連荘。

 

 

エイスリンを放置すれば、必ず彼女は理想の牌譜を卓上に描き出す。

 

 

 

「ツモ!」

 

 

エイスリン 手牌

{⑤⑥⑦⑧⑨234五六七九九} ツモ{④}

 

 

 

 

「1300、2600、デス!」

 

 

 

まこが、目を細めて漫を見やった。

 

漫と、目が合う。

 

 

(行ける時は行く……せやけど、簡単には、思い通りに鳴かせへん)

 

 

 

まこは一息ついて、手牌を伏せた。

 

 

(一筋縄じゃあ……いかんようじゃのう……)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「まこが、研究されてる……?」

 

清澄の控室。

東2局の姫松の動きを見て、部長の久は若干の違和感を感じていた。

 

普通に打つなら、もう少し手を広めに打っても良かった場面、姫松の漫は、まこに対しての現物を切り出した。

 

まるで、もう聴牌を警戒しているかのように。

 

久が顎に手をやって、少しだけ思案する。

前半戦終わりに、何を伝えるべきか。

 

もちろんだが元々弱小校の清澄に、データ班などいるはずがない。

自分たちの目で見て、それを伝えるしかないのだ。

 

 

(今まで、そこまで派手な麻雀ではないおかげもあって、まこが警戒されることは少なかった……けど、ここに来て研究されてきたか……流石は常勝軍団。隙がない。誰の入れ知恵かしら?)

 

久が思い浮かべるのは、姫松の司令塔であり、大将の選手。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「そうそういい思いはさせたらん。苦しんでもらおか」

 

件の恭子は、漫が上手く局を消化しているのを見て、ニヤリと口角を歪めていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

次鋒戦は、各校の戦略が早くも卓上で火花を散らしている。

 

 

 




感想返しも遅れてしまっていて、申し訳ありません!

しっかりと読ませていただいています。
いつもありがとうございます!



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第62局 策略

誤字報告、いつも助かっています。ありがとうございます。


……牌画像変換ツールが、プレビューで反映されてるか確認できないのが嫌すぎる……運営様、頼むからプレビュー画面に牌画像変換ツールを反映する仕様にしてくだされ……。





丸瀬紀子は苦労人だ。

 

 

元々彼女の気性が大人しめなこともあるが、彼女の所属する晩成高校麻雀部では常に常識人としての枠を確立していた。

 

晩成の王者たるやえに、少々過剰に忠誠を誓っている下級生たちの中で、唯一常識の範囲での尊敬を示しているともいえよう。

 

 

だからといって、他のメンバーに比べて彼女が今年にかける想いが薄い訳では、ない。

 

彼女は去年、インターハイの舞台で団体戦に出場することはなかった。

1年生で出場できること自体が難しいことであり、去年も1年生で出場していたのは巽由華1人だけ。

 

彼女は、去年由華がボロボロにされ、晩成が敗れるその瞬間を、会場で見守ることしかできなかった。

 

帰り際、泣き崩れるメンバーを、一人一人慰める王者の姿をその目に焼き付けた。

 

拳を、強く握った。

 

己の無力さを噛み締めた。

 

 

 

(来年。あの人に、あんな顔させちゃダメだ)

 

奇しくも、今年晩成の団体戦メンバーに名を連ねるやえ以外の4人は、あの時間、場所は違えども、同じことを胸に誓ったのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ロン」

 

漫の肩が、一瞬震えた。

 

 

南1局 8巡目 親 漫 

 

紀子 手牌 ドラ{5}

{567一一南南}  {横⑤④⑥} {横678} ロン{南}

 

 

「2000」

 

 

「……はい」

 

(その捨て牌と鳴きで、役牌バックかいな……)

 

 

巧みに河を操作し、食いタンに見える仕掛けで、漫から直撃を打ち取った紀子。

 

前半戦は南場に入っている。

 

東3局はまこの軽い和了り、東4局はエイスリンの満貫のツモ和了り。

 

そしてこの南1局は早い仕掛けからの役牌バックで紀子が和了りをモノにした。

 

点棒を払った漫が、ゆっくりと息を吐く。

 

 

(落ち着け……親が落ちたとはいえ、まだ前半戦や。大きな失点にはつながってへん。安そうな子型には、打ち込んでもええって末原先輩も言うとったんや)

 

姫松の基本方針は変わらない。

漫の爆発にはもちろん期待しているが、ダメだった時に、大きな失点をしないことが大事。

 

恭子からの指示は、子には強気に出ていいが、親には打つな、という至ってシンプルなものだった。

 

それはそれとして、漫は今和了りをモノにした紀子を見やる。

 

 

(……晩成の丸瀬は役牌バックも平気で仕掛けてくる……末原先輩とは違ったタイプの、鳴きを得意とする打ち手や)

 

紀子はどちらかと言えば鳴きタイプの打ち手。晩成の中堅である憧や、姫松の大将である恭子ほど副露率が高いわけではないが、重い手でも積極的にしかけてくる。

今回のような役牌バックも多い。

 

恐らくエイスリンが圧倒的に速いことも考慮して、これからも紀子は速攻型で攻めてくるだろう。

 

そしてもう一つの特徴は。

 

 

(性格悪いねんなあ……この人の麻雀……)

 

紀子の得意な展開にさせないように、こちらにも注意を払わなければいけないようだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

南2局 親 まこ

 

エイスリンが、手牌を開く。

 

エイスリン 手牌 ドラ{9}

{①③⑤⑥⑧⑨28三三八発中}

 

配牌は良くもないが、そこまで悪いわけでもない。

普通の打ち手にとってはそう映る。

 

しかしエイスリンにとってみれば、とても良い配牌だ。

 

エイスリンは理想の牌譜を、卓上に描き出す。

可愛らしいフォントで描かれた牌たちは、彼女の手によって踊りだす。

 

 

 

エイスリン 理想手牌

 

{①②③⑤⑥⑦⑧⑨789三三} ツモ{④}

 

 

 

(ウン!……ミエルヨ!)

 

理想的な牌の伸び方。

 

エイスリンは配牌から見える範囲での理想形を形にする。

誰もが道中で一気通貫を捨てそうな手牌でも、エイスリンには関係がない。

 

描いた通りに手牌が伸びる。

 

 

 

5巡目 エイスリン 手牌

{①②③⑤⑥⑦⑧⑨278三三} ツモ{9}

 

 

「リーチ!」

 

エイスリンが手牌を曲げた。

するすると伸びる手牌は、見ていて気持ちが良い。

 

対局者としては、たまったものではないが。

 

 

(相変わらず早すぎやろ……ウィッシュアートは今、子型や……とはいえ、エイスリンのリーチは打点も高いことが多い……ここは素直にオリとくか)

 

漫も手牌は悪くなかったが、相手が早すぎる。

ここはエイスリンの現物である{2}を切り出した。

 

その牌を見逃さないのが、漫の下家に座る、まこ。

 

 

「チー」

 

まこが手牌を晒す。

 

 

まこ 手牌

{②③⑧⑨566889西} {横213}

 

 

 

『これも……随分無理そうな形から鳴きましたね……とりあえずの一発消しというところでしょうか?』

 

『いやー知らんし!……けどま一発消しだけ、なんて南場の親で和了り目捨ててまでやるよーなことじゃねーだろー?』

 

まこの鳴きで、エイスリンの理想形にヒビが入る。

 

エイスリンは少し怪訝そうな表情を浮かべたが、まだ有利は変わらない。

 

 

(ダイジョーブ、ツモレルヨ……!)

 

まことエイスリンの視線が交錯する。

 

 

その様子を、紀子が静かに眺めていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

17巡目。

 

エイスリンからの早いリーチを受けて、早期決着するかに見えた局は最終巡目までもつれている。

 

それはエイスリンの理想形を邪魔しながら、自身も和了りに向かって3鳴きしているまこが大きな要因だった。

 

エイスリンにツモられるはずの流れを、上手く潰している。

 

 

 

漫 手牌

{④④⑥⑥447赤五五六六九白} ツモ{三}

 

 

(うっ……!)

 

漫の安牌が尽きた。

早々に手牌の形は崩している漫だったが、ここまではなんとか安牌らしきものを切ってこれた。

 

だが、ここにきて完璧な手詰まり。

幸い、このツモ番が漫の最後の切り番。海底は漫の上家である紀子がツモって終わる残り枚数。

 

ここを切り抜けられれば、問題ない。

 

 

(考えろ……考えるんや)

 

ベタ降りの技術も、多恵からたくさん教わった。

なんとなく安全そう、ではなく、どこが手牌の中で一番安全なのかを丁寧に考える作業。

 

必死に漫は、情報をかき集める。

 

 

(3鳴きしてる清澄の最後の切り出しが、ウィッシュアートに通っていない{8}……まず間違いなく聴牌やろ。役を作りに行ったとすれば混一。この{47}と、生牌の{白}は切れない……)

 

まこの手牌は、混一模様。

もちろんエイスリンにも通っていないこのあたりの牌は、切れない。

 

漫の手が、索子と字牌を除外する。

 

 

(捨て牌に{八}が4枚見えとるから、この{九}はノーチャンスの牌や……せやけど、生牌なんよなあ……シャンポンがあるとすれば切りにくい……)

 

あと候補にあがるとすれば、端牌の{九}。しかしこの牌が生牌なのが、漫に気持ち悪さを感じさせていた。

 

 

(他の牌は無スジだらけ……{①}が通っていて、手牌と合わせて{⑥}が3枚見えとるから、{④}もワンチャンスの牌やけど……)

 

{①}が通っていて{①④}の形が否定され、{⑥}が3枚見えているので{④⑦}待ちも少し考えにくい。

 

漫の手が、手牌を彷徨う。

 

その時、ふと、試合前に恭子が言っていたことを思い出した。

 

 

 

 

『宮守の留学生やけど……和了率の高さは、最終形の形の良さが一番の理由や。宮守のリーチは、基本的に両面以上やと思ったほうがええ。逆に言えば、スジひっかけや、地獄単騎なんかは少なめやから、読みやすいかもしれんな』

 

 

 

恭子の言葉を信じ、エイスリンの手牌が両面待ちになっているとしたら。

 

 

(……信じますよ……末原先輩……!)

 

 

 

漫が、手牌から強く切り出したのは、{九}だった。

 

 

エイスリンから、声はかからない。

 

 

 

(通った……!)

 

九死に一生を得た漫。

 

後はツモが紀子まで回って、終局。

聴牌濃厚の2人に残されたツモ番も、1回ずつだ。

 

まこが和了れる一縷の望みにかけてツモるが、持ってきたのは自身の和了り牌ではなく、エイスリンの現物である{東}。

 

 

(まあ、和了りを阻止して聴牌とれただけでも、及第点じゃろ)

 

ふぅ、と一息ついて、まこがそのまま{東}を切り出す。

 

そして、回ってきたのはエイスリン最後のツモ番。

 

 

(キテ……!)

 

エイスリンが思いを込めて手を伸ばすが、持ってきた牌は{一}。

 

和了り牌ではない。

 

エイスリンが少し悲しそうな表情でその牌を切った。

 

最初の流れのまま行けば大体エイスリンが和了りそうな場面ではあったが、上手くまこが鳴いたことで、ツモる流れを阻止した形。

 

 

あとは海底を紀子がツモって終局。

 

 

 

 

 

 

 

 

の、はずだった。

 

 

 

 

「チー」

 

 

 

「「「?!」」」

 

 

 

紀子が海底牌をツモりに行くことはなかった。

 

ここまでベタオリをしているようにしか見えなかった紀子が動いたことで、3人に動揺が走る。

 

 

紀子は、エイスリンの切った{一}を河から拾うと、完全安牌である{西}を流れるように切り出した。

 

 

 

紀子 手牌

{①①③④45六七七白白}  {横一二三}

 

 

『晩成高校丸瀬選手、エイスリン選手の切った{一}を両面チー……形式聴牌ではないですが、このチーは?』

 

『どー見ても、「嫌がらせ」のチーだよねえ?知らんけど!』

 

 

海底のツモ番が、下家である漫へと渡る。

 

紀子の狙いは、それ(海底)

 

強かに、紀子は漫の手詰まりを見抜いていた。

 

 

(どうやら姫松さん苦しんでたし……もう少し苦しんでもらおうかな)

 

(……晩成……!)

 

 

紀子は、漫が安牌を絞りだすことに苦労していることを見抜き、わざと海底のツモ番をわたした。

晩成としては、今競っている姫松が放銃に回ってくれるのなら、そんなに嬉しいことは無い。

 

自分が和了れなくても、削る方法はある。

 

漫が恨めしそうな表情で、海底へと手を伸ばす。

 

 

 

(また性格の悪い真似を……!安牌や……安牌なら問題あらへん……!)

 

 

漫 手牌

{④④⑥⑥447三赤五五六六白} ツモ{7}

 

 

(ぐっ……!)

 

つかまされたのは、危険牌。

 

漫は持ってきた牌を少しだけ忌々しそうに卓に擦り付ける。

 

 

(最悪なのは親の清澄への放銃……{47白}は切れない……{三五六}は否定できる要素がなにもあらへん……無スジや……とすると……)

 

漫の額に、大粒の汗が伝う。

 

この海底牌で放銃するわけにはいかない。

そう思えば思うほど、全ての牌が危なく見えてくる。

 

 

一度、背もたれに体重を預ける。

いっそこの持ってきた牌をそのまま切ってしまおうかと、そんな考えが頭をよぎる。

 

それこそ偶然の一牌だから、と言い訳をして。

 

 

(そんなんは、あかん。多恵先輩が許してくれるわけない。……この手牌の中で、一番当たらない牌を選ぶんや……!)

 

思考を放棄しかけた身体と、頭を起こす。

 

 

 

考えることをやめたら、ただの凡人。自分に厳しく、後輩にも厳しいあの大将の先輩は、いつもそう言っていた。

 

 

そして、考えること更に30秒ほど。

 

 

(これや、これしかない……!一番手牌の中で安全な牌……!)

 

漫が、一枚の牌を手に取る。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

多恵が控室で、腕を組みながら漫の様子を見守っている。

 

 

「うん。漫ちゃん、本当によく勉強したもんね……」

 

今までなら、すぐに思考をやめて、生牌の{白}を切っていたに違いない。

しかし、親のまこにその牌で振り込めば、最悪の結果は免れない。

 

だからこそ、考え抜いた。

必死に頭を働かせて、情報をかき集めて。

 

 

自らの教えが活きている、と誇らしく思う反面。

 

多恵が、目を閉じる。

 

 

 

「……それが正解にならないのが、麻雀の悲しいところなんだよね……」

 

 

 

 

 

漫の選んだ牌は、{④}だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

正しい道を選べば、必ず勝てるわけではない。

 

麻雀とは、そういう競技なのだ。

 

 

ここは、紀子の策略が漫を引きずり落とした。

 

 

 

 

 

「ロン!」

 

甲高い声が響く。

 

 

 

エイスリン 手牌 

{①②③⑤⑥⑦⑧⑨789三三}  ロン{④}

 

 

 

 

無情にもエイスリンに開かれた手牌を見て、漫は自分の顔から血の気が引いていくのを感じていた。

 

 

 

 

 

 

点数状況

 

姫松 104600

清澄  77400

宮守 100000

晩成 118000

 

 

 

 



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第63局 アリガトウ


アニメ限定のエイスリンの固有演出、可愛いですよね。
作者はすごく好きです。




インターハイ準決勝は次鋒戦が続いている。

 

その次鋒戦を控室で見る高校の一つに、千里山女子高校があった。

 

千里山は既に決勝進出が確定しているものの、準決勝で白糸台にこっぴどくやられたこともあって、決勝に向けて更なる準備をしなければいけない状況。

ひとまずは、準決勝第二試合を見て、決勝で戦うチームの力量を見極めておくことは、千里山が優勝するための絶対条件だった。

 

その中でも、一際警戒をしなければならないのが、同じ大阪の姫松高校。

 

去年もインターハイ決勝まで残っているチームであり、白糸台の前に涙をのんだものの、準優勝という成績を残している高校。

 

その牙城をどう突き崩すか。

真剣な表情でメンバーが次鋒戦の対局を見守る中、千里山の次鋒を務める1年生が、口を開いた。

 

 

「……もし姫松に穴があるんとしたら、やっぱ次鋒じゃないですかね?」

 

「……まあ、1年生やし、情報は少ないわな」

 

泉の言葉に、セーラがモニターから目を離さずに相槌を打つ。

 

確かに姫松高校の中で、公式戦経験が少ない1年生が、次鋒の上重漫だ。

 

 

「上重、関西の新入生合宿でも成績パッとしなかったみたいですし、なんで強豪姫松のレギュラーなんか、わからんのですよね」

 

「泉、新入生合宿行ったんやっけ?」

 

「いえ、ウチは行ってないんですけど、同級生からデータ見してもろたんですよ」

 

泉は千里山の1軍のレギュラーになるのが早かったため、新入生合宿には同行していない。

本人もあまり行く必要性を感じていなかったし、もし他校で強い1年生がいるなら、後で牌譜を見せてもらえばいい、と思っていた。

 

そんな中で、関西最強と言われる姫松高校でレギュラーを務める1年生の噂を聞いた。

聞けば、関西の新入生合宿にも参加していたという。

 

どんな打ち手なのか気になり、さっそく泉は牌譜を見てみた。

 

しかし、その牌譜は不運な部分も多かったが、とても強豪校で1年生からレギュラーを務められるような実力があるとは思えないもので。

 

泉は疑問を抱えていたのだ。

 

 

「お、言うねえ。泉やって、他校からそう思われてるかもしれんぞ~?」

 

「そ、それはそうかもですけど!ウチは一応インターミドルの団体戦でも結果残してますし……」

 

ニヤリと笑いながらセーラが泉をからかう。

 

確かに泉はインターミドルの団体戦で結果を残し、1年生の中では自分はかなり強い部類に入る、と自負していたし、あながち間違いではない。

インターミドルチャンピオンである原村は仕方ないとしても、他の1年生で自分よりも強い打ち手がいる、と泉は信じていなかった。

 

だからこそ自分より強いかもしれない1年生の筆頭候補である姫松の漫は、しっかりとチェックしておかなければならないのだが。

 

先ほども、漫は海底の手番で手詰まりを起こして跳満の放銃に回っている。

 

 

そんな漫の様子に、モニターの前で首をかしげる泉。隣でそんな泉を見ていたセーラが目を細めて釘を刺した。

 

 

「強いかどうかは、決勝で確かめたらええやろ。自分の方が強いことを証明したいんやったら、戦って勝つ。それ以外に方法なんかないわ。……それに、準決勝であんだけ白糸台の弘世菫にやられたんやし、油断はすんなよ」

 

「それは……わかってます。決勝では負けません……!」

 

準決勝では、泉は白糸台の次鋒、弘世菫の前に完膚なきまでに抑え込まれている。

他のメンバーだって、白糸台よりも圧倒的に区間で点数を稼いだのは、中堅の江口セーラただ一人。

 

課題は山積みだ。

 

 

「それにな、この次鋒戦も……このまま終わるとは限らんで」

 

静かに泉とセーラのやり取りを聞いていた他のメンバーも、真剣な表情でモニターへと視線を移した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『さあ、次鋒戦は後半戦南場に入ります!ここまでは先鋒戦で点数を減らしていた宮守のペースといったところですかね?』

 

『んまーそうだねい。それに点数減らしてるとはいえ、晩成も上手くゲーム展開作れてるんじゃねえのー?』

 

 

次鋒戦は後半戦に突入している。

 

後半戦の席順は、東家にまこ、南家に漫、西家に紀子、北家にエイスリンの並び順になっていた。

 

 

 

点数状況

 

清澄  86400

姫松  96600

晩成 115000

宮守 102000

 

 

 

 

一息ついた漫が、配牌を睨みつける。

 

南1局 親 まこ

 

漫 配牌 ドラ{西}

{②④⑦⑨89二三四五六九南} 

 

 

(あかん……宮守が早すぎる……それに、清澄と晩成の変な鳴きのせいでなんか調子崩されっぱなしや……)

 

強敵。

2回戦の時だって、相手が弱かったわけではない。

しかし2回戦の時は明らかに自分の調子も良くなかった。

 

しかし今は、頭はしっかりと働いて、冷静に局面を見れている。

 

なのに、和了れない。点棒が減っていく。

 

漫は点数表示を今一度確認した。

残りは、南場のみ。

 

 

(多恵先輩からもらった点棒、こんなに減らしてしもた……このままじゃ、多恵先輩のデコにも……それだけは阻止せなあかん……!)

 

反省は後でやる。

今はとにかく、最大限できることを。

 

配牌は悪いが、それでも漫は、一打目を切り出した。

 

 

 

6巡目。

 

 

「チー」

 

「?!」

 

エイスリンから出た{九}をチーしたのは、親のまこだ。

 

エイスリンは前半戦は調子よく点数を稼いだが、後半戦で下家がまこになってから調子が悪い。

鳴きによってペースを乱され、なかなか和了れずにいる。

 

 

まこ 手牌

{④⑤456二三四五六}  {横九七八}

 

 

(また留学生が和了りそうな流れじゃ……この留学生、異常なまでに手が早いんか)

 

まこの不可解な鳴きに、エイスリンの手がわずかに震える。

後半戦に入ってからはずっとこの調子で、エイスリンの思い描いた牌譜にどうしてもなってくれない。

 

 

(……モウイッカイ……!)

 

それでもエイスリンは諦めない。

鳴かれたことを加味しつつ、ここからできる最速の和了りを目指す。

 

 

エイスリン 予想手牌

{②③④⑤⑥34赤5三四五西西} ツモ{⑦}

 

 

可愛らしいフォントで描かれた牌たちが、エイスリンの周りを踊る。

最初の理想形は三色までついていたが、その理想形はまこによって阻止されてしまった。

 

それでも、跳満の形をもう一度作り直す。

 

手牌が伸びる。

彼女が描き出す純粋な理想形に、牌達の方から手によって来るように。

 

しかし、それをまたしても、阻む者がいる。

 

 

「ポン」

 

「?!」

 

今度は、エイスリンの上家に座る紀子が{⑨}のポンから入る。

 

 

(マタ……!?)

 

エイスリンの理想形にヒビが入り、大きな音をたてて崩れ去る。

 

 

9巡目 エイスリン 手牌

{②③④⑤⑥34三五八九西西} ツモ{一}

 

 

カタカタと、エイスリンの手が震える。

その表情は涙をこらえているようにも見えた。

 

 

まこ 手牌

{④④456二三四五六} {横九七八}

 

 

 

『宮守のエイスリン選手、清澄の当たり牌である{一}を掴まされました。そのまま切ると放銃ですが、大丈夫でしょうか?』

 

『んまー普通に打てば出ない牌だけどねえ……さっきっからこのコ、鳴かれると脆くて、手役に固執するきらいがあるから、切っちゃうかもねえ?』

 

咏の解説は少しだけ違っていて、エイスリンは決して手役に固執しているわけではない。

 

自身の描いた理想形を壊されても、その理想形を追いかけようとすると、手役に固執しているように見えるだけなのだ。

 

 

エイスリンが、膝の上でぎゅっとスカートを握る。

 

後半戦から放銃に回るケースが多くなり、弱気になっていたエイスリン。

 

{一}に、手がかかる。

 

その瞬間。

 

 

 

 

 

 

『エイちゃん!』 

 

 

 

 

 

(……!)

 

 

仲間の、声がした。

 

 

エイスリンはハッと、先鋒戦での白望の闘牌を思い出す。

 

あんなに必死で白望が麻雀をする姿なんて、エイスリンは見たことがなかった。

 

理由は、わかっている。

 

だからこそ。

 

 

 

 

 

(アキラメチャ……ダメ……!)

 

エイスリンが前を向く。

切りそうになった牌を手に戻した。

必死で目を閉じ、もう一度自身の理想形を探し出す。

 

エイスリンは、麻雀経験は決して長くない。

宮守に豊音が来たタイミングで、ちょうどよく居合わせてそこから麻雀を習った。

 

最初は麻雀のルールは難しく、覚えるのには苦労したが、なによりも、留学生である自分を仲間に入れてくれたメンバーとやる麻雀が、たまらなく好きだった。

 

 

(モウイッカイ……モウイッカイ……!)

 

だから、まだ遊んでいたい。

皆で遊ぶ団体戦を、終わらせたくない。

 

麻雀に対する理解度はここにいるメンバーで一番低いかもしれない。

 

しかし、麻雀を心から楽しみ、麻雀を好きである気持ちは、ここにいるメンバーの誰にだって負けやしない。

 

 

エイスリンの周りで踊りだす牌達を、必死でエイスリンが追いかける。

 

和了り牌に、精一杯手を伸ばす。

 

 

 

(マッテ……!!)

 

力の限り伸ばしたその指の先。

 

和了り牌に、エイスリンの想いが届く。

 

 

 

 

 

 

 

 

白望の戦いを見て、エイスリンには伝えたかったことがある。

 

日本語は難しく、絵で描いて伝えたほうが楽なこともあるけれど。

 

それでも、この気持ちだけは言葉で伝えたいから。

 

 

 

 

 

 

『私を、仲間に入れてくれて、アリガトウ』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ツモ!!」

 

 

 

 

 

エイスリン 手牌

{①②③④⑤⑥34赤5一三西西}  ツモ{二}

 

 

 

 

不格好で良い。綺麗じゃなくていい。理想の形じゃなくていい。

 

今はただ、仲間のために。

 

 

「2000、4000デス!」

 

 

仲間を愛するエイスリンの心に、牌が応えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

南2局 親 漫

 

漫が顔面蒼白になりながら、点棒を払う。

いよいよ、最後の親番だ。

 

ここで稼げなければ、いよいよ自身のマイナスは免れない。

 

 

(あかん……ウィッシュアートまで本調子になってきた……このままじゃ……負け……負け……る……?)

 

漫の目から、光が消える。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

一方そのころ、姫松高校の控室では、多恵の絶叫が響き渡っていた。

 

 

「漫ちゃーーーーーん!!!!!」

 

必死の形相で、モニターであるテレビを両手でつかむ多恵。

 

画面の先では、宮守のエイスリンが執念でツモ和了り、2着との点差は更に開いた。

 

 

「4着とも僅差なのよ~……」

 

無論、4着である清澄とも点差は近い。

 

 

 

絶叫する多恵の後ろで。

 

キュポン、と、何かのフタを外す、音がした。

 

 

多恵の額に、冷や汗が流れる。

 

 

 

「……残念やなあ……あんな劇的な試合をして、きっと試合後もたっっっくさんインタビューくるやろになあ……」

 

悪魔の声。

 

ギギギギギ、という擬音が聞こえてきそうなほど機械的な動きで、多恵が後ろに振り返る。

 

 

「全国に、デコに落書きされた姿が映ってまうなんてなあ……」

 

「嫌だああああ!!!!漫ちゃーーーーーん!!!!」

 

半泣きで漫の様子を見守る多恵。

 

それを見て、ゲラゲラと笑っていた洋榎だったが、ふと、真剣な表情に戻る。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

漫が、配牌を開ける。

 

 

(………!)

 

 

漫 配牌 ドラ{②}

{⑦⑦⑧⑨⑨5799四八九北} ツモ{七}

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

控え室で、洋榎がニヤリと笑みを浮かべた。

 

 

「……導火線に、火ぃついたで」

 

 

 

 

周りには強者ばかり。

 

絶対に負けられないという想い。

 

大好きな先輩から受け継いだその心の燈火は。

 

 

 

大きな爆弾の導火線に、火をつけた。

 

 



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第64局 着火

次鋒戦は、最大の山場を迎えていた。

 

 

 

 

 

南2局 親 漫

5巡目 漫 手牌

{⑦⑦⑧⑨⑨7899七八八九} ツモ{⑧}

 

 

(張った……。この手は逃せない。ここはダマや……!)

 

怪物手。ダマでもツモれば倍満の聴牌。親であることも考慮して、漫はダマを選択。

なによりも、低めの{6}が辛すぎる。

純全帯と三色が消えるので、一気に2900点まで打点が落ちることを考えれば、必ず{9}での和了りが欲しい。

 

多恵辺りであれば、役を確定させるために他の単騎等で待ちを作りに行くのだが、今打っているのは漫。

こういう時は自分の感覚を信じていい、と多恵からもお墨付きをもらっている。

 

 

まだ早い巡目でもある。

普通なら他家からの警戒はほぼ無いはずなのだが。

 

 

「……チー」

 

 

まこ 手牌

{⑥⑦33赤五五五六七八}  {横③④⑤}

 

 

 

動いたのは、やはりまこだった。

エイスリンから出た{③}を鳴く。いわゆる、喰い伸ばしの形。

普通なら巡目が早いこともあり、面前で進めたい手格好だが、まこは動いた。

 

 

 

(今度は親の姫松が危なそうに見える……この感じ、昔から外れたことがない)

 

まこの直感は、確実性のあるものではない。

河全体を漠然と覚えるまこは、今まで見てきた沢山の局の中から、一番似通ったものを引っ張り出す。

 

そのまこの脳内がはじき出した結果は、今回の漫の捨て牌が危ない部類という結果だった。

 

 

 

6巡目 親 漫

{⑦⑦⑧⑧⑨⑨7899七八九} ツモ{8}

 

 

(ズラされても、牌は上に重なってきてる。なら……)

 

漫は持ってきた牌を、これみよがしにそのまま河へ曲げてみせた。

 

 

「リーチ……!」

 

その目は、鋭くまこを捉えている。

 

 

『ダマでも高目跳満、ツモ倍満の聴牌でしたが、リーチを選択しました上重選手!』

 

『ははー!これは間違いなく「黙っとけよ」リーチだねい』

 

 

威嚇。

今親である漫のリーチは、他家の動きを鈍らせる。

 

ダマにはダマの利点があるのだが、ここはリーチを選択。

これ以上まこに動かれるのも面倒で、全員がオリて、山との勝負になれば確実にツモれるという漫の算段。

 

そうはいっても、亜両面と呼ばれるこの形は、普通の両面よりも、待ちの枚数が少ない。

 

更に言えば、最高目の{9}は自分で2枚使っているのだから、高目をツモれる可能性は低いと考えたほうがいい。

 

しかし、漫は自分の感覚を信じた。

 

頼れる先輩たちに、それでいい、と言われたから。

 

 

 

(へなちょこやったウチを、多恵先輩に見出してもらった。末原先輩に、さらに強くなる方法を教えてもらった。……これがウチが姫松に、皆に認めてもらった力や……止められるもんなら止めてみぃや!!)

 

 

多恵から受け継いだ燈が、漫の爆弾に火をつける。

 

漫が、持ってきた牌を卓に叩きつけた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ツモ!」

 

紀子の一発消しもむなしく、一巡で勝負はついた。

 

 

 

 

 

漫 手牌

{⑦⑦⑧⑧⑨⑨7899七八九} ツモ{9}

 

 

 

 

大きな爆発が、卓を包み込む。

 

開かれた手牌を見た三者が、思わず顔をひきつらせる。

 

 

 

 

「8000オール!!」

 

 

 

 

『決まったあ!!!ここまで比較的小場で回っていた次鋒戦でしたが、ここで大きな一撃!姫松の上重漫選手!この親倍ツモで一気にトップを取り返しました!!』

 

『強烈う……!あそこでリーチってことは、よほど高目をツモれる自信があったんだろうねい』

 

 

強烈な親倍ツモ。

爆風が、卓を貫いている。

 

 

それでも、漫の爆発は止まらない。

漫は最高の状態へと移行しつつあった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

南2局 1本場 親 漫

 

 

(姫松……部長が言うには調子が良い時は上の牌が重なりやすいんじゃったか……)

 

まこにとっても、今の親倍は痛い。これで完全にラス目。

3位とも点差が離れてしまっている。

 

 

(また姫松が和了りそうに見える……)

 

まこが漫の手牌を睨む。

前巡、まこが切った{8}をチーして、手出しの{9}。

もう、上の数牌は切れないだろう。

 

回ることを余儀なくされる。

 

 

 

 

 

7巡目 エイスリン 手牌 ドラ{⑨}

{①②③④⑤⑥⑦⑧223東東} ツモ{1}

 

 

聴牌。エイスリンは今回も理想の手牌へとたどり着いた。

少しだけ、対面に座る漫を見やる。

 

エイスリンの予想手牌では、鳴きが入る予定ではなかった姫松。

 

鳴きが入ったことが不穏ではあるが、予定通り、自身の手牌は整った。

 

宣言牌は、上の三色に当たる牌でもない。

 

であれば当然、立直へと踏み込む。

 

 

 

「リー「ロン」!」

 

が、その牌が通らない。

 

エイスリンが河に切った{2}が、漫の導火線に触れる。

 

 

 

 

漫 手牌

{⑦⑧⑨2七八九九九九} {横879}

 

 

 

「2900は3200」

 

 

(……why?)

 

 

エイスリンが、開かれた手牌に困惑する。

前巡漫が切った{9}で待てば、純全帯がついて打点上昇なのに、そうしなかった。

 

エイスリンの他家予想手牌であれば、鳴きを加味しても{9}待ちになっていたはず。

 

思わぬ失点に、エイスリンが悔しそうに点棒を払った。

 

 

止む気配のない暴風に目を細めながら、まこが眼鏡をかけなおす。

 

 

 

(部長が完全に眼鏡外し切るないいよったんは、このことじゃったか……)

 

(これで私達は、くぎを刺されたわけね)

 

まこも紀子も、開かれた手牌の違和感を感じ取っている。

 

明らかな、出和了りを誘った単騎待ち。

 

 

(せや。上の牌以外も、警戒してもらう……!)

 

漫の目が、鋭く光る。

これが、恭子から最高の状態に入った時にだけ使えと言われた戦法。

 

 

速さ、打点、そして待ち。

この状態に入って、更に自身の武器を最大限に利用した打ち方をすれば。

 

漫の爆発は更に威力を増すのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

南4局。

 

 

「ツモ……300、500じゃ」

 

 

 

 

『次鋒戦、決着です!!一度は3着まで順位を落とした姫松高校でしたが、終わってみれば1位を維持!区間トップは宮守女子のエイスリン選手!姫松の上重選手もプラスの成績で終わることとなりました!』

 

『姫松は南場の親番で3万点稼いだのが大きかったねえ……』

 

結局、南場の親番で押し切った漫が取られた点棒のほとんどを取り返した。

 

最後はエイスリンが必死に速い形を求めて、それをアシストした紀子が若干のマイナス。

漫の親が落ちた後も漫の爆発は止まらず、何度か大きい手が入ったが、そちらはまこが上手く捌いたことで不発に終わった。

 

 

 

 

 

次鋒戦 最終結果

 

清澄  78400

姫松 124600

晩成 106800

宮守  90200

 

 

 

 

「「「「ありがとうございました」」」」

 

 

一礼をし、選手たちがそれぞれ席を立つ。

 

紀子が、自分の点棒を眺めた。

 

 

(2回戦よりは、減らさなくて済んだけど……また放銃無しで点棒をだいぶ削られてしまった……)

 

紀子は2回戦も大きな放銃があったわけではなく、この準決勝でも致命的な放銃があったわけではない。

しかし、麻雀はツモられれば点数が減る競技。

放銃が無くても、点数は減っていくのだ。

 

 

(決勝は、もっと厳しい戦いになる。それまでに、対策を考えておかないと……)

 

閉じていた目を開き、紀子が控室へと戻る。

 

自分が足を引っ張っていることは理解している。

だからこそ、努力は怠らない。

 

そしてその中で、自然と「次」への意識があることが、仲間への信頼を物語っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

姫松高校控室の扉が開く。

 

現れたのは、左右のおさげが可愛らしい姫松唯一の1年生。

 

 

「ただいま……戻りました!」

 

2回戦とは違い、胸を張って。

次鋒を務めた漫の成績は、区間ではプラス2200。爆発が少し遅かったのと、上手いようにかわされてしまったことで得点は伸びなかったが、なんとか1位でつなぐことができた。

 

漫は満足こそしていないが、最低限の仕事はできたという感触。

 

控室のメンバーも笑顔で漫を迎え入れる。

 

 

「おかえりー!よく頑張ったね!」

 

「ナイスファイトなのよ~!」

 

ちょっと前まで絶望の表情をしていた多恵も、後半戦の南場は終始笑顔で観戦できていた。

 

 

「漫ちゃん。よかったで。……最後、清澄と晩成に上手く組まれて流されたんは痛かったな。あれは、決勝までの課題としよか」

 

「そう……ですね。あれがきまってたら、もう少しプラスは大きかったんやないかなと思います」

 

恭子も、漫の働きに満足気だ。

オーラスで、あわやツモり四暗刻という聴牌まで行ったのだが、まこと紀子の干渉で役満成就とはならなかった。

 

決勝に向けて、恭子と真剣な表情でやりとりをしていると、後ろから来た多恵に、漫は頭をポンポンと撫でられる。

 

振り向いたところ、多恵の表情は、どこか遠くを見つめているようで。

 

 

 

「漫ちゃん……ありがとう。これで、私と漫ちゃんのデコは守られた……!」

 

「……!」

 

笑顔でサムズアップする先輩を見て、感極まったように多恵に抱き着く漫。

 

 

「良かったですう~!!ウチ、ウチ、途中でデコに落書きされた多恵先輩が地上波で流される想像しちゃって、ホンマ、泣きそうやったんですよお~!!」

 

「よしよし……私はなにより、漫ちゃんのデコが無事でよかったよ……この綺麗なおデコに、二度と落書きされないように、2人で頑張ろうね……!」

 

「なんやその結束……」

 

まあ、効果があったなら次もやるか。と何気に怖いことを考えながら、恭子は手に持っていた油性ペンを鞄にしまった。

 

 

 

 

 

次鋒戦が終わったということは。

 

 

「さあ~て……漫が頑張ったんやし、いっちょ、やったるか~」

 

 

肩をぐるぐると回し始め、ブルペンからマウンドへと向かうエースのように。

姫松のエースが動き出す。

 

我らが洋榎ちゃんが、対局室へと歩みを進めようとする。

 

 

 

「洋榎先輩……!」

 

「漫、大丈夫や。漫の頑張りは、し~~~っかりと目に焼き付けた。だから皆まで言うんやない」

 

漫が洋榎に声をかけようとするが、それを片手で制する洋榎。

 

 

「洋榎ちゃん……」

 

「由子。案ずるんやない。必ず、トップでバトン渡したる。この大エース洋榎ちゃんにお任せや」

 

由子も出ていこうとする洋榎を止めるが、洋榎は聞く耳を持たない。

 

 

どや顔で目を閉じながら歩く洋榎に、呆れた様子で恭子が声をかける。

 

 

「あー……部長?」

 

「なんや恭子まで。心配あらへん。ウチはいつでも勝ってきた。今日もかるーくひねったるわ」

 

そのまま大股で控室を出ていこうとする洋榎。

 

 

 

ドアの前でそんな洋榎の進行を阻んだのは、多恵だった。

 

 

無言で多恵は、控室にかけてある時計を指さす。

 

時刻は昼の12時を指している。

 

次鋒戦が終われば、そう。

 

 

 

 

「お昼食べないの?」

 

お昼休憩だ。

 

 

 

 

「……」

 

 

後ろを振り返れば、宅配ピザを机に広げたメンバー。

妹の絹恵も苦笑いしながら飲み物をコップについでいる。

 

一通り、見渡して。

 

コホン、と洋榎が一つ咳払いをした。

 

 

 

「……わたくし、お花摘みにいってこようと思いまして」

 

「困った時のキャラ変やめーや」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『さあ、お待たせしました。準決勝第二試合もついに折り返し。中堅戦を迎えます!』

 

『点数状況は、姫松が若干リードで、晩成が原点。宮守と清澄だって、まだまだチャンスある感じだねい』

 

お昼休憩をはさみ、中堅戦が始まろうとしている。

 

対局室には、既に何人かのメンバーが対局室に入っていた。

 

静謐さを保つ対局室に、黄昏るように椅子に座る清澄の部長、竹井久。

 

そこに晩成の1年生、新子憧が姿を現す。

 

 

「あら……晩成の新子さん。よろしくね?」

 

晩成の中堅……新子憧が対局室に着くと、もうそこには清澄の中堅であり部長、竹井久が席についていた。

 

 

(この和のとこの部長の人、めちゃくちゃマナー悪いんだよなあ……)

 

憧は、既に2回戦で久と対局している。

その時は、悪待ちと、平気で強打をしてくるマナーの悪さに随分と驚かされたものだった。

 

ため息をこらえながら、憧は久に挨拶を返す。

 

 

「よろしくお願いします」

 

憧が久への挨拶をしたのと同時、宮守の中堅、胡桃が憧の横をするりと通り過ぎる。

 

ちょうど胡桃が横を通り抜け、比較対象があったのもあって、久がからかうように憧に声をかけた。

 

 

「若いのはいいけれど……少しスカート短すぎじゃないかしら?」

 

「なっ……!こ、これぐらいフツーです!やえ先輩も、それぐらいでいいって言ってくれたし……」

 

少し校則の厳しい学校なら、校則違反になりそうなスカートの短さに、久が言及する。

特に意味は無いのだが、面白いので揺さぶりをかける久。

 

久は3年生。憧は1年生。対局開始の前から、戦いは始まっているのだ。

 

 

「私、学校では学生議会長……もとい生徒会長をやってるのよ。だからその短さは、少し気になるわねえ……」

 

「ウチは校則ゆるいんで大丈夫です!それに、そっちの先鋒の子だって大概短かったじゃないですか!!」

 

思い出すのは、タコスを愛する先鋒の少女。

対面で座られたらちょっと危ない程度にはスカート丈が短かった。

 

まあ、だからといって彼女にはチラリと見えるはずの布も無いのだが。

 

 

 

 

赤面する憧と、それを見てからかう久。

 

 

 

そんな能天気なやりとりに、イライラし始めた少女が一人。

 

我慢の限界、といった表情で、胡桃が声を荒げる。

 

 

「バカみたい!緊張感ないの?……これから戦う相手わかってるんでしょーね!」

 

 

胡桃の警告。

その言葉に、場に緊張感が走る。

 

胡桃が言葉を続けた。

 

 

「せんぽーと同じように、私たちも『バケモノ』を相手にするんだよ?」

 

 

ツカツカ、と階段を昇る音が聞こえてくる。

 

憧と久が、階段の方へ振り返った。

 

 

 

そう、これからここに来る最後の一人は。

 

 

 

 

 

 

 

 

「おろ、皆さん揃っとるな」

 

 

 

 

 

赤みがかった髪をポニーテールにまとめて。

 

片手には串を持ち、どこか覇気を感じないたれ目には、本来強者としての存在感を感じないはずなのに。

 

ビリビリと、空気が引き締まる。

 

 

 

 

 

 

憧が、敬愛する先輩であるやえが言っていた言葉を思い出す。

 

 

(やえ先輩が言っていた……姫松の部長には……トータルの成績で勝てたことがない……って)

 

 

久が、ブルりと体を震わす。

強者との出会いは、久にとっていつだって刺激的だ。

 

 

(どこかの記事で見たわ……先鋒戦であれだけ暴れまわった小走やえと倉橋多恵。それに千里山の江口セーラも加えた関西最強の呼び声高い3人を相手に、4人の中でのトータル成績では、常に()()()()()()しているという化物……!)

 

 

 

1年の時から出場している公式戦、未だマイナス記録無し。

 

公式戦での放銃は、差し込みと思われる牌譜が3つだけ。

 

麻雀における最大の「守り」を体現した存在と揶揄されるからこそ、ついた異名は。

 

 

 

 

「んじゃ、まあ……」

 

 

 

 

洋榎が、ゆっくりと串を包みにしまう。

 

圧倒的な空気に3人が気圧される中、洋榎が対局者3人を見渡して、短く一言。

 

 

 

 

 

 

「やるか」

 

 

 

 

 

 

常勝軍団姫松の屋台骨。

その伝統あるチームの雀風を過去最高クラスで体現するエース。

 

 

その名前は。

 

 

 

 

 

 

 

(((守りの化身……愛宕洋榎……!)))

 

 

全員が、ゴクリと生唾を飲み込んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

中堅戦前半戦 開始

 

東家 晩成 新子憧

南家 姫松 愛宕洋榎

西家 清澄 竹井久

北家 宮守 鹿倉胡桃

 

 

 



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第65局 引きの鳴き

晩成高校控室。

 

次鋒戦を終えて帰ってきた紀子をねぎらい、今は中堅戦が始まる様子を眺めているやえ。

 

その隣には、今戦っている憧の幼馴染であり、やえの後輩である初瀬の姿があった。

 

対局前の紹介でベタ褒めされていた洋榎について、初瀬がやえに尋ねる。

 

 

「実際、愛宕洋榎ってどういう打ち手なんですかね?」

 

「そうね……」

 

守りの化身。

初瀬も噂には聞いたことがあるし、実際に他校研究の際に打ち方や牌譜も目を通している。

 

初瀬の印象は、派手さはないが、本当に放銃をしない打ち手といったところ。

たまに、当たり牌が見えているんじゃないかと思うことすらある。

 

そして、卓越したゲームメイクセンス。

配牌を確認した段階で、これが本手なのか、それともかわし手なのか。

 

そういった分析を瞬時に行い、状況に合わせた打牌をする。

言わずもがな、戦略の引き出しも多彩だ。

 

少し考えてから、やえが口を開く。

 

 

「初瀬は、『ブロック読み』って知ってるかしら?」

 

「一応、名前は知ってます。かなり高度な技術なので、私はなかなかできませんが……」

 

ブロック読み。

面前の相手にも使えるが主には鳴いた相手の手牌を考える時に使われる読み。

 

例えばだが、2鳴きしている状態から{2}を{123}の形で鳴いたとして、チーして出てきた牌が{1}だったとする。

 

そうすると元々の手牌は{113}という形で持っていたことがほぼ確定し、残り4枚の手牌の内に、染め手でなければ索子の下をまだ持っているということをほとんど考慮しなくてよくなる。

 

これはかなり簡単な例だが、このように鳴いた形から、相手の手牌がどのあたりの牌で構成されているかを読むのが、「ブロック読み」と呼ばれる手法だ。

 

初瀬が首をかしげるのを見て、やえが言葉を続ける。

 

 

「その『ブロック読み』を、高い次元で的確に、そして誰よりも早く行っているのが、洋榎っていう女よ」

 

「……だとすると、プロでもなかなかできないことをしてる……ということになりませんか?」

 

「当たり前じゃない。……派手さがないからって見逃されがちだけど、放銃をしないって普通はありえないことよ?……あいつは実力だけでいえばもうプロと同クラス……それこそ理不尽な和了りに見舞われなければ、日本トップクラスの実力を持っていると言っても過言じゃないわ」

 

悔しいけどね。と付け足して、やえが頬杖をついた。

 

 

「……けど、やえ先輩が先鋒で当たった倉橋多恵よりは、火力は低いですし、流石にあんなえげつない清一色の牌理理解みたいなのは無いですよね?」

 

「……確かに、牌の形に強いのは圧倒的に多恵ね。けど……」

 

気付けば晩成のメンバー全員がやえの話に耳を傾けている。

 

やえを含めた関西4人組が雑誌等の記事に載ることは多く、その中でもやはり脚光を浴びるのは多恵やセーラ、そしてやえ。

必然的に、一番注目されないのが洋榎だった。

 

だからこそ、晩成のメンバーの中には勝手に4人の中で洋榎1人格が下がるのではないかと勘違いしている者もいた。

 

その勘違いを、やえが正す。

 

 

 

 

「私含め()()が、洋榎から『読み』の技術を教わったのよ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

東1局 親 憧

 

憧 配牌 ドラ{東}

{②③⑦358二四七九東東発発} 

 

 

(いきなり配牌のダブ東対子に……!{発}まで対子……!)

 

東発の親である憧に、好配牌が舞い降りた。

 

鳴けば問答無用の2翻であるダブ東が、ドラ。

仮に{発}が鳴けて、{東}まで鳴ければ、その時点で親跳確定。18000(インパチ)だ。

 

 

(鳴けるところは全部鳴いてやる……!)

 

憧が意気込む。

次鋒戦を終えて、晩成の点数はほぼ原点。

 

2回戦でも成績の良かった憧は、もちろんこの準決勝でも点数を稼ぎに行くつもりだった。

 

であれば、この配牌は是非ともモノにしたい。

 

しっかりと理牌した後、はやる気持ちを抑えるために一つ息をつき、憧は{8}から切り出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

少し順目が進んで、3巡目のできごとだった。

 

北家の胡桃が切った{1}に、洋榎から声がかかる。

 

 

「それポォ~ン」

 

 

(?!……{1}のポン?)

 

鳴かれた胡桃も、怪訝そうな目で洋榎の河を見つめる。

特に派手な捨て牌はしていない。字牌と一九牌からの切り出し。

 

染め手に向かっているようでもないし、狙いの読みづらい鳴きに、3者に緊張が走る。

 

 

6巡目 久 手牌

{①③⑤⑥2467三四五七西} ツモ{東}

 

 

(あら……こんなタイミングでドラの{東}……手は悪いし、最終的に{東}単騎にできるなら勝負……ってとこかしらね)

 

久の手元にドラの{東}がやってくる。

手は勝負形ではないし、久はこれをすぐに切ることはないだろう。

 

そうして切り出した{七}に、また洋榎から声がかかる。

 

 

「それもポォ~ンや」

 

 

(……{1}に続いて、{七}のポン……?)

 

ポン出しは{六}。洋榎の手から、脂っこいところが河に出た。

 

久と胡桃が洋榎の手の考察をする。

 

 

(役が見えない……対々和……に見えなくもないけど、そもそも対々和なら{六}を残しておく理由がないし、生牌の字牌も多すぎるし、最悪{東}の暗刻持ちなんて言われたら目も当てられないわね……)

 

(ブラフかもしれないけど……こっちは行く手じゃないし、ここは一旦様子見しとくよ……)

 

洋榎の鳴きの範囲(レンジ)はかなり広い。面前派の打ち手であるが故に鳴くケースは少ないのだが、鳴く時はほとんど理に適った鳴きをしている。

であればこそ、久と胡桃が、最悪のケースであるドラ{東}暗刻であったり、役牌暗刻を想定するのは、至極当然のことだった。

 

しかし、そうすると被害を被るのが一人。

 

 

 

 

8巡目 憧 手牌

{②③357四赤五七九東東発発} ツモ{一}

 

 

(手が進まない……!{発}が鳴けないのはまだ仕方ないとして、他のターツまで鳴けないなんて……!)

 

鳴きを得意とする憧だったが、鳴ける牌が出なければ意味がない。

一刻も早く形にしたい手であるのに、下家に座る洋榎の河が濃い。

 

おそらくこれでは他家から{発}と{東}が出てくることに期待はできないであろうし、憧の目からはなんなら持ち持ち……つまり{東}を洋榎と2枚ずつ持ち合っているのではないかとすら思えてきてしまった。

 

 

(姫松が張ったとして、更に{東}バックと仮定するなら{東}と何かのシャンポン。当然片方のシャンポンでは和了れないはずだし……私が攻めなきゃ誰も攻めない……なのに!)

 

憧以外の2人には、当然{東}の居場所など知る由もない。

 

憧の額に、汗が流れる。

 

そんな中でも、姫松のエースはいつもの調子を崩さない。

 

 

「っかあ~!また{六}かい!」

 

やかましく{六}をツモ切りする洋榎の姿に、誰もが警戒の色を濃くする。

 

 

9巡目 胡桃 手牌

{①②③赤⑤⑦⑨278一一二中} ツモ{発}

 

 

(また生牌!……どっちにしろ姫松に{中}と{発}の両方は切っていけないし……)

 

他家に、ずるずると憧が欲しい牌が吸収されていく。

胡桃も洋榎の聴牌気配を警戒してか、合わせ打ちが増えてきた。

 

憧が鳴けない牌が河に並ぶ。

 

 

(これ……サイアクなんですけど……っ?!)

 

宝の持ち腐れ。まさにその言葉通り、配牌時に見えた跳満を、憧は今遠くの彼方にしか見えなくなっていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そのまま17巡目。

 

憧の最後の手番がやってきた。

 

 

憧 手牌 

{②③④357三四赤五東東発発} ツモ{⑥}

 

 

(聴牌すらできなかった……!道中、{発}を切っていくことも考えたけど、それで姫松に当たったら目も当てられないし……!)

 

手形を変えようにも、下家の洋榎に字牌が切りにくいので、字牌の形が変わらない。

とすると最終形はどうしても字牌シャンポンになるわけで。

愚形の部分が埋まらないのは、麻雀ではよくあることだった。

 

 

({⑥}は姫松に通っていないスジ……清澄と宮守はオリてるし、ここは姫松の現物で、一応他にも安全そうな{三}かな……)

 

大物手の可能性があった手牌を成就できなかった悔しさを噛み殺しながらも、憧はしっかりとオリを判断する。

 

が、ここで憧がその表情を更に驚愕に染めることになる。

 

 

「お、それチーや」

 

 

(はあ?!)

 

憧が切った{三}を、洋榎がチー。

 

ツモ切りを続けていたはずの洋榎の手牌は、4枚になった。

 

 

(聴牌じゃなかったってこと……?!それ以前に、なんで切った牌を鳴くの……?!)

 

憧が、信じられないという表情で洋榎の手を見つめる。

 

 

18巡目 洋榎 手牌 他家視点

{裏裏裏裏}  {横三四五} {七七横七} {1横11}

 

 

久がその鳴きを見て山へと手を伸ばす。

胡桃も、心底嫌そうな表情で洋榎を睨みつけた。

 

 

(やられた……今回は完全にブラフだったわけね……)

 

(相変わらず気持ち悪い……!)

 

 

海底牌を、久が切る。

 

東1局は、流局だ。

 

 

「「「ノーテン」」」

 

 

憧、久、胡桃の3人が手牌を伏せる。

 

 

「テンパイ……やな?」

 

これこそが最高の瞬間だと言わんばかりの表情で、洋榎が手牌を開けた。

 

 

洋榎 手牌

{⑧⑧⑧東}  {横三四五} {七七横七} {1横11}

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「『引き』の鳴き……洋榎の奴……」

 

忌々しそうに、やえがポツリと呟く。

 

対局を悔しそうに見つめる初瀬が、その声を辛うじて聞き取った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

憧が、悔しそうに開かれた手牌を睨みつける。

 

最初から、洋榎に和了る気なんて無かったのだ。

 

自身の手牌進行を遅らせるための手をまざまざと見せつけられて、憧が悔しそうに歯噛みする。

 

 

「……晩成の。やえの一番弟子らしいやんか」

 

悔しそうにノーテン罰符を払う憧に、洋榎が人の悪い笑みを隠そうともせず話しかける。

 

 

「……技術と精神は教えてもらえても……やえも苦手な表情(ポーカーフェイス)までは教えてくれへんかったか?」

 

「……!」

 

洋榎は、配牌の配られた時の憧の表情を見逃さなかった。

 

表情だけではない。理牌の速度もだ。

 

 

通常。麻雀と言うゲームは親が第一打を切らなければ始まらない。

 

こういった大会ではあまり見られないが、親というものはどうしても他家に迷惑が掛からないように、瞬時に見えた「いらない牌」を切ってしまう傾向にある。

 

洋榎は、そのクセを事前に全員分調べていた。

この選手は親の時第一打を理牌の前に切るかどうか。

 

その結果、憧は基本的に速めに第一打を切る派だった。

 

しかし今局、憧は丁寧に理牌をした後、一息ついてから第一打を河に放った。

 

何故か?

 

どこからでも鳴けるように、憧は鳴く所をきめていたからだ。

 

そういうクセが出る時は、配牌がかなり良い時。

 

 

平面的な麻雀をやっているだけでは確実に身につかない、感性。

 

憧の好配牌を、洋榎は見抜いていたのだ。

 

 

それを理解してしまったから、憧は、自分が見透かされているような嫌な予感が全身を駆け巡るのを感じていた。

 

この「守りの化身」には、いったいどこまで自分の牌姿が見えているのか。

 

 

手牌の構成を、全て知られているような、そんな背筋の凍るような気分。

 

守りの化身が、挑発的な笑みを浮かべながら、自分に牙を剥いている。

 

 

 

「……顔に出てたで?鳴きたい鳴きたい……ってな」

 

 

頭では、理解していたつもりだった。

しかし憧は今、身をもって体感したのだ。

 

目の前に座る人物が、自身の敬愛する最強の先輩すらも抑え込める打ち手であることを。

 

 

 

 

準決勝第二試合中堅戦は、まずは洋榎からの挨拶代わり。

 

1000オール(1番好きな点数申告)で幕を開けた。

 

 

 

 



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第66局 読みの真髄

最近は面白い二次小説が多くて、ついつい読むことにハマってしまいます。

そして皆さん、本当に文章が上手……私も頑張らなくては……。






 

 

「洋榎!おい洋榎!!」

 

「んあ……?」

 

あれはまだ、4人で良く集まってはひたすらに麻雀を打っていた頃の話。

 

夕日が差し込む学校は、どこか哀愁を漂わせていて。

 

誰もいない校舎の一教室。ガラガラとうるさく自動卓の音だけが響くこの部屋は、4人のたまり場と化しているいつもの教室だ。

 

今日も5半荘を終え、牌譜検討の時間。

 

今日もしっかりとプラスの成績を収めた洋榎は、お気に入りのリクライニングチェアに腰掛けながらジャ〇プを読んでいたのだが、いつの間にか寝てしまっていたらしい。

セーラから呼ばれる声で目を覚ます。

 

 

「起きろやあ。今日の3半荘目のオーラスのことや。ここ。なんでこの{南}が止まる?こんなん自分が聴牌なのも考えたら止まるほうがおかしいやろ」

 

「なんでってそりゃあ……勘やろ」

 

「勘てお前なあ……」

 

のれんに腕押し。まさにそんな言葉が似合うこの問答は幾度となく繰り返されたものだった。

洋榎も嘘を言っているわけではない。

経験、知識、状況。そういった物を常に総合的に判断できる洋榎はそれらを自分の物にしているからこそ、『勘』と言い切れる。

 

やえも洋榎の返事にまたか、とため息をついた。

 

 

「あんたのこれが止まるせいで、私の逆転手が流れたのよ。説明くらいしなさいよね」

 

「……まあ、それはツモれんのが悪いやろ」

 

「言わせておけば……!」

 

雑誌をそこらへんに放り投げてひらひらと手を振る洋榎の姿に、やえが額に青筋を浮かべる。

 

 

そんな時、少し顎に手を当てて考えていた多恵が、洋榎に声をかけた。

 

 

「洋榎は間違いなく、理由があるからこの{南}も止まっているんだと思うんだ。だから……それを言語化できるようになったら、もっと精度も高くなるんじゃない?」

 

「言語化……かあ」

 

リクライニングチェアを限界まで倒して、ほぼ寝転がるような形で、洋榎が天井を見上げる。

 

 

「今まで、『なんとなく』で止めていたものを明確な理由を持って止められるようになるってのは大きな変化だと思うんだよね。私自身そうだったし」

 

「まあ……そうかもしれんな」

 

洋榎は自身が相手の当たり牌がなんとなくわかるのを勘だと思っているが、多恵は決してなにかの力による勘などではないと思っていた。

丁寧な状況判断と、ブロック読みの上に成り立った、幾重にも重ねられた読み。

 

洋榎の積み重ねてきた時間が、ここまで高度な読みを成立させていることに多恵は気付いていた。

 

 

「せやったら……次から全部言葉にして止めたるわ」

 

「それはそれでうざいわね」

 

さも、別にできなくはないといった風に洋榎は言ってのけた。

 

それから、多恵や他の2人が洋榎の読みの深さに思わず感心し、教えを乞うようになるのにさほど時間はかからなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

持ってきた牌を盲牌をした胡桃が、小さく笑う。

 

 

 

 

「ツモ!1600、3200!」

 

 

胡桃 手牌

{⑥⑥66一一二二五赤五発発中} ツモ{中}

 

 

 

 

 

中堅戦は東3局へと移っていた。

 

七対子をダマで聴牌していた胡桃がツモ。七対子ツモ赤の50符3翻、6400の和了。

 

胡桃の聴牌気配をそこまで感じていなかった久が少し表情を歪める。

 

 

(張ってたかあ~……)

 

胡桃は基本、リーチをしない。

今回のような七対子字牌単騎だけでなく、それが順子手であってもだ。

 

賛否両論もちろんあるだろうが、胡桃はこの打ち方を気に入っていた。

 

 

「ま、そこやろなあ~」

 

静かに、洋榎が手牌を伏せた。

言葉だけを聞いていれば、そんなダマ七対子の待ちがわかるのか?と聞きたくなるような言い方だが。

 

 

 

洋榎 手牌

{③④⑤⑥⑦234赤5三四発中} 

 

 

言葉よりも雄弁に、洋榎の手牌の中で明らかに浮いている字牌2つが、洋榎の言葉の信憑性を語っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

東4局 親 胡桃

 

 

「ツモ!」

 

南家に座る憧だって黙ってはいない。

 

 

憧 手牌 ドラ{⑧}

{③④赤⑤⑧⑧34} {横八六七} {横四三二} ツモ{2}

 

 

「2000、3900!」

 

 

憧の軽やかな和了りに、歓声が上がる。

 

 

『晩成、新子憧選手!軽快にしかけて7700点の和了!手牌に字牌対子がある状態での発進でしたね』

 

『まあ~和了る最速を考えたら、この{四}は急所だったんだろうねい……喰いタンに行くときタンヤオが確定していないターツが残ってるってのは不安しょ?知らんけど!』

 

 

鳴きを得意とする打ち手の生命線。

仕掛ける嗅覚と、相手への安牌の確保ができているかどうか。

 

やみくもに和了りに向かって一直線に行っているだけでは、リーチが来た時に安牌に窮する。

そのバランス感覚こそ、鳴き雀士の命綱といえた。

 

今回憧はその命綱を、自らが持っていた字牌対子にしただけのこと。

 

絶妙なバランス感覚と押し引きで、最速の和了りを手にしたのだ。

 

 

(よし、これで南場……親番!)

 

東場の親番は上手く洋榎に流されてしまったが、次はそうはいかない。

 

憧は点棒を受け取りながら下家に座る洋榎に目をやった。

 

 

 

 

 

南1局 親 憧 ドラ{②}

 

 

「チー!」

 

6巡目だった。

憧が胡桃から出た{赤⑤}をチー。

チー出しは{6}。

 

親の仕掛けに、他3者にも緊張が走る。

 

 

憧 河

{二白⑥⑨⑨⑥}

{6}

 

 

 

(晩成の新子さん……本当に鳴くセンスに長けてる。加速し出すと止まらないから、早めに止めておきたいのだけど……)

 

(めんどくさい!)

 

(……)

 

2回戦で憧と戦った久からの憧への評価は高い。

臨海の風神を相手にして区間トップを獲得したのだから当然ともいえるが、この鳴きにも警戒を示していた。

 

洋榎も、いつもよりも目を細めて状況を観察している。

 

 

 

 

 

南1局 10巡目

 

「それもチー!」

 

今度は胡桃から出た{六}を{赤五七}の形からチー。

見えているだけで、憧の手牌は5800が確定した。

 

12000まであり得る憧の仕掛けは当然、周りも振り込みたくない。

 

配牌からオリ気味だった久は、憧の現物を切る。

 

2人がオリ気味なのもあってなかなか和了が出ず、憧もツモ切りが続く中での13巡目で、事件は起きた。

 

 

 

 

13巡目 洋榎 手牌

{②③④5567799四五六} ツモ{⑧}

 

 

 

 

一盃口のみ。2600の聴牌を入れていた洋榎の手に、危険牌である{⑧}が現れる。

 

 

『おっと、姫松の愛宕洋榎選手、ここで危険牌の{⑧}を掴んでしまいました!ここまではなんとか聴牌をキープできていたのですが、ここでやめになりますかね』

 

『ドラも見えてないしい?晩成にロンって言われたら大体12000ぽいから危険牌は打てないよねえ!守りの化身って言うくらいだし、これでやめるんじゃないの?』

 

針生アナも咏も、この牌は打てないと判断した。

それはそうだろう。親の憧に対して全くの無スジで、根拠があるとすれば{⑥}切りが早いということくらいか。

しかし{⑥}は2枚切れでワンチャンスにもなっていない牌。早めの両面固定……という線だって消えていないのだ。万が一も考えれば、この牌は打てない。誰もがそう考える。

 

 

(ん~?……)

 

洋榎はしばらく憧の河、そして全体の河を見つめた。

 

 

 

憧 河

{二白⑥⑨⑨⑥}

{6八二2中一}

{北}

 

 

 

 

 

洋榎が少しだけニヤリと口角を上げる。

 

手牌の内、一番右に位置する一枚の牌を、手に持った。

 

 

 

「おりゃあ~」

 

 

 

情けない掛け声とともに、河に切られたのは{⑧}。

洋榎はこれを当たらないと判断して、聴牌続行を選んだ。

 

憧が、苦い顔をする。

 

 

(どうしてそんな厳しいトコ切ってくるわけ……?!ワタシ親なんですケド……!)

 

不思議なものを見るような表情で、胡桃が山に手を伸ばす。

この{⑧}が危険牌であることは、胡桃だってよくわかっていた。

 

 

 

 

『愛宕洋榎選手、ツモ切り……!危険牌であるはずの{⑧}を切りました……!これは、自身の手牌が聴牌してたからですかね……?』

 

『はっはー!わっかんねー!マジでわっかんねーよ!聴牌してるつったって一盃口の真ん中待ち、カンカン{6}待ちの2600だろお?手牌の価値は限りなく低い。そうなれば切った理由はただ一つ』

 

咏が得意気に扇子を口元に当てた。

 

そう、その理由は。

 

 

『「絶対に」当たらない自信があった。だから切った。理由は私もわっかんねー!先鋒戦出てた姫松の倉橋とか連れてこいよ!私なんかよりよっぽど説明してくれそーじゃん』

 

いや、それがあなたの仕事でしょうよ……という針生アナの言葉は悲しいかな、咏には届かない。

はっはっはと笑い続けるだけだ。

 

針生アナは本当に先鋒戦に出ていた多恵が隣に来てくれないものかと、頭を抱えたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

解説を頼まれた使命感からか、多恵が局面を真剣に見つめている。

 

 

「……新子さんが晒したブロックが2つで、手牌の残りは3ブロック……最終手出しの{2}はポンしてないから、{2}の対子は否定できる。{4}をチーしてないから{233}の形も否定。{244}もない。{246}のリャンカンなら枚数差で{6}切りになるだろうし、安牌よりで持っていた可能性が高い」

 

多恵が必死に、洋榎の打牌の意図を掴みにかかる。

多恵が並べる洋榎の『読み』を、姫松のメンバーも状況を整理しながら聞いていた。

 

 

「萬子は全滅。{五}や{七}のポンをしてなくて、カン{六}でチーしてる。その前巡に{八}も切っていることから、萬子の上は二度受けじゃない。萬子の下は、洋榎の目から{四}が4枚見えててノーチャンス。消去法で、索子2ブロックってところが一番ありそうな読み筋。危険ゾーンは、『筒子の下』と『索子の上』だから洋榎は{⑧}を切った……」

 

多恵が、丁寧に洋榎の読みを解説する。

姫松メンバー、主に下級生と由子が、多恵の解説に拍手を送る。

 

だが、それでも足りないと、多恵は思っていた。

洋榎のように、完璧に己の読みと心中するには足りていない。

 

悔しそうに、多恵が画面内で楽しそうに麻雀を打つ洋榎を見つめる。

 

 

「ま……帰ってきたら、教えてもらおうかな……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(ま、それに加えて、{⑨}の対子落としが鍵やな。ドラのターツが手牌に残っていることが確定していて、{⑨}も最初から手牌に対子……それでもし筒子の上のターツがあったなら、晩成のこのルーキーが最初に見るんはタンヤオやない。混一のほうや。必然的に筒子の上を持っている可能性は限りなく低い……そんなとこやな)

 

 

もちろん、洋榎の耳に多恵の解説が聞こえていたわけではない。

が、多恵の言っていたこと全てを加えた上で、更にもう一つ重要な要素を洋榎は見抜いていた。

 

4巡目{⑨}対子落としという選択と、憧の役作りに特化した打ち筋を理解したからこそ、通せる。

 

確かに自分の和了形は愚形で、打点もない。

 

だが、聴牌濃厚の憧と自分でめくりあいをするのなら、悪くない。

 

 

「守りの化身」その本質。

 

「守り」とは、決して「オリ」を指すのではない。

 

 

 

 

 

「ロン」

 

 

洋榎 手牌

{②③④5567799四五六}  ロン{6}

 

 

「2600……やな?」

 

 

 

自身は放銃に回らず、最大限の和了りを拾って、他者の和了りを潰すからこそ、「守りの化身」なのだ。

 

 

 

 

 

{6}を切った憧の表情が、わずかに歪む。

 

 

(くっそお……!)

 

悔しそうな表情で、憧は自身の手牌、親の満貫聴牌だった手牌を伏せた。

 

 

 

 

憧 手牌 ドラ{②}

{②③23488} {横六赤五七} {横赤⑤③④}

 

 

 

 

 

 

 

『……愛宕選手は、新子選手の二度受け解消する食い伸ばしからの発進を読んでいたのでしょうか?』

 

『いやーしらんし。……ま、でもこの手の打ち手とやるときってのは、自分の手牌が全て見透かされているような、嫌な気分になるんだよねえ……』

 

 

 

 

 

まいどありー、と憧から点棒をもらう洋榎を見て、久が洋榎に対する評価をまた一段階上げる。

 

 

(さすが、関西最強の高校で、1年からレギュラー……そして史上最強と呼ばれるチームのエース……だからこそ……)

 

久も手牌を倒しながら、自身の体が無意識のうちに震えていることに気付く。

 

 

(やっばい……!楽しい……!守りの化身に、私の力がどこまで通用するか……!後悔のないように全力でいかせてもらうわ……!!)

 

 

もちろん負けられない。

 

 

 

しかしそれよりも。

 

今の久の体を支配する感覚は、「全力でこの対局を楽しみたい」ということただ一つ。

 

 





洋榎のターンが続いている……!
もちろん、久さんの出番も今回は用意するので、久ファンの方はしばしお待ちください……。



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第67局 悪待ち

晩成高校控室。

 

 

憧が親の満貫聴牌をかわされたことで、晩成の控室には嫌な空気がたちこめていた。

現状、負けているわけではない。

それなのに、何か押されているような嫌な空気。

 

 

「憧、二度受け解消から発進はちょっとやりすぎでしたかね……?」

 

心配そうな表情で隣にいるやえに尋ねるのは、初瀬だ。

 

憧の先ほどの局は、筒子を{②③③④}と持っている所からの、{赤⑤}チー。

{②}がドラであることも考慮し、ドラを使い切れれば満貫が確定するという大きな理由もあっての発進だった。

憧らしいといえば憧らしいだろう。しかし初瀬は、それが憧の焦りのようにも見えて、やえにこう尋ねたのだった。

 

 

「いや……むしろ後ろ向きになるよりいいわよ。洋榎との相性が悪いであろうことは最初からわかってた。だからこそ、全力を出し切らないよりは、自分の打ち方がどこまで通じるか感じてほしい」

 

それに対してやえの答えは、意外と憧の打ち筋に対して肯定的なものだった。

やえは最初から今回のこの中堅戦のカードを、晩成有利なものとは見ていない。

 

洋榎をよく知るからこそ、鳴きに対してどれだけ敏感なのかを知っているからこそ、憧の戦いは厳しくなるであろう。そう思っていた。

 

だからこそ。

 

 

「いいのよ。ここで保守的になるより、全力でぶつかってきてほしい。初瀬。あんたにも言えることよ。あんたたちはまだ1年生なんだから。強敵に対して、どこまで戦えるのか。それを知れるこの全国の団体戦。それも準決勝まで来れてるんだから、存分にやりたいようにやってきなさい」

 

「……はい……!」

 

やえは2年生まで、団体戦で上に行くことはできなかった。

だからこそ、今の1年生にはこの貴重な経験を無駄にしてほしくないと思う。

 

そして偉大な先輩からその想いを感じるからこそ、下級生たちも奮い立つ。

 

 

後ろで会話を聞いていた由華が、やわらかな表情でそのやりとりを見ていた。

 

 

(そういう後輩思いなやえ先輩だから、私達は強くなれたんですよ……)

 

 

今年、やえの闘牌が実を結び、強いチームを作ることができた。

そして更に来年以降。やえが築いた晩成の系譜が、火を噴くことになるかもしれない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

南2局 親 洋榎

 

 

「お、ツモったわあ~」

 

ダマで聴牌を入れていた洋榎が、手牌を開く。

 

 

洋榎 手牌 ドラ{④}

{③赤⑤444678二二五六七} ツモ{④}

 

 

 

「4000オール。いただくで」

 

洋榎が、ドラの{④}を引き和了り、親満の和了。

それに対して納得がいかないのが、対面に座る胡桃だった。

 

 

(……待ちが見透かされてる……?)

 

 

 

胡桃 手牌

{①②123一二三東東} {発横発発}

 

 

 

洋榎が、2巡前に切っているのは{⑥}。両面へ受け変えられる絶好のチャンスであったのにもかかわらず、洋榎はカンチャン待ちを選んだ。それは間違いなく、胡桃へ{③}が危険だと感じていたからこそ。

 

 

 

 

『ダマで聴牌を入れていた愛宕洋榎選手、ドラをツモって4000オールの和了りです!途中、{③}で放銃かと思いましたが、今回も欲を出さなかったですね……』

 

『んまあ、さっきっからあれだけのことやっておいて、今回の{③}がひょっこり出るとも思えなかったけどねい。宮守は下の牌が全然出てきてない上に、最終手出しが{①}だろお?これなら愛宕ちゃん以外も止まる人多そうだけどねい……それにしても、守りの化身とか言っておいてちゃっかり高打点作ってくるのなんかズルくねー?知らんけど!』

 

 

守りの化身という名前が先行して、洋榎の平均打点が低く見られがちだが、実はそんなことはない。

自分より格下だと踏めばガンガン攻めていくし、ある程度の打点があればダマも駆使して高打点を和了りにいく。

 

だからこそ、隙がないといえた。

 

 

(ちゃっかり4000オール……ほんと簡単に和了ってくれるわね……)

 

この打ち手の実力を認めるからこそ、久も対応に困っていた。

自分の得意とする牌姿が来た時が、勝負の時。それまでは機を伺う。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

南2局 1本場 親 洋榎

 

 

 

8巡目 久 手牌 ドラ{4}

{②③④赤⑤345789九九西} ツモ{四}

 

 

(よし。良いくっつきの牌がきたわね)

 

久の手牌は、くっつきの一向聴だ。

くっつきの一向聴は、見た目ほど早くは聴牌できないのが麻雀の常だが、久の手牌のように筒子が連続系になっていると聴牌しやすい。

 

この状態での聴牌への受け入れは{①②③④⑤⑥⑦二三四五六九}。これならだいぶ早い巡目で聴牌が組めそうだ。

できるなら良形になってほしいというところか。

 

 

()()の人間ならばそう願うところ。

 

 

 

次巡。久が持ってきた牌に、思わず口角を上げる。

 

 

 

9巡目 久 手牌

{②③④赤⑤345789四九九}  ツモ{九}

 

 

({九} 暗刻で聴牌……!)

 

くっつきの一向聴から、雀頭が重なっての聴牌。

久にとっては、思いもよらない僥倖。これで筒子を連続系にしていたことに意味が出てくる。

 

{四}を切ってのリーチなら{②⑤}待ちのノベタンにできるからだ。

 

久が、手牌の{四}を手に取った。

 

 

(いやいやいや……そうじゃないでしょ)

 

しかし、それでは竹井久ではない。『清澄の悪待ち』と呼ばれた打ち手が、それでは納得できようもない。

 

 

 

 

 

「リーチ!」

 

 

久が手に取ったのは、{②}だった。

 

 

 

 

『え、ええ~と……清澄高校竹井久。先制リーチです!しかし、せっかくのドラドラの手牌なのに、真ん中付近の{四}単騎でリーチをかけましたよ?』

 

『わっかんね~!なんだこれ!麻雀初心者の子が間違えてリーチ打っちゃいましたみたいになってるじゃん!』

 

咏がケラケラと久の待ち取りを笑い飛ばす。しかしその一方で、咏はしっかりと久の麻雀観を観察していた。

 

 

 

『でもさ……実は{②⑤}待ちより、枚数多いよね。{四}単騎』

 

『え、ええ?今数えてみます……1……2……本当ですね。{②⑤}待ちは山に{②}が1枚しかなく、{四}単騎は2枚山に残っています』

 

『清澄のこの子さ、県予選でも、2回戦でも同じような打ち方してる……それでもってだいたいが、良い待ちに取ったらその待ちが山に無い……なんてことがあるんだよねえ』

 

『悪待ち……に見える良い待ちということですか』

 

『いやいやいや!決して良い待ちじゃねえだろこんなの!……けどさ、分の悪い賭けでもツモれるっていうんなら、姫松の子に止められても対抗できるんじゃねえの?知らんけど!』

 

 

久の悪待ちは、何故か悪い待ちを選んだほうが山に残っていることが多い。

それは久の気性による部分もある。

 

今までも麻雀以外のことだって分の悪い賭けほど、耐えて耐えて実を結んだ。

 

 

彼女の気質が、ぱっと見悪い方向に見えても、良い結果を生み出す。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

姫松高校控室では、一人の打ち手が、苦い顔をしながらそんな咏の解説を聞いていた。

 

 

「清澄の部長さんとは、仲良くなれそうにないね……」

 

多恵が苦笑いで対局を眺める。

 

はっきり言ってしまえば、{四}が場況がいいわけではない。

もちろん久だってこの{四}を場況が良いと思ってリーチをかけているわけではない。

 

こっちの方が、待ちの数が少ないからこっちを選んでいるのだ。

 

それが、多恵からしたら理解不能だった。

 

 

どこかの控室からも、「同感です」という声が聞こえてきたとかこないとか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

久のリーチを受けて。洋榎が一発消しだけして、静かに目を閉じた。

 

まるで、和了られるのがわかっているかのように。

 

 

 

 

久が山に手を伸ばす。少しだけ盲牌したかと思うと、久の指によって弾かれた牌が、空中を舞う。

 

驚いたように、憧と胡桃がその空中へと舞い上がった牌を見つめる。

 

 

 

 

 

 

「ツモ!」

 

久は綺麗に手牌を端から倒し、そして落ちてきたツモ牌を強烈な勢いで卓へたたきつけた。

 

 

 

 

 

久 手牌 ドラ{4} 

{③④赤⑤345789四九九九}  ツモ{四}

 

 

 

久が裏ドラをめくる。

 

出てきた牌に、憧と胡桃が更に驚愕に目を見開いた。

 

 

 

 

 

裏ドラ {四}

 

 

 

 

((ウラウラ……!!))

 

 

久がニヤリと口角を上げる。

 

 

 

「3100、6100……!……調子、出てきたかしら」

 

 

 

 

 

会場から歓声があがる。

跳満ツモで形勢逆転。洋榎に傾きかけていた流れを強引に引き戻した。

 

 

洋榎が挑戦的な瞳で久を捉える。

 

 

(……やるやないか……)

 

一発を消してもなお、ツモりあげるツモ力と、自身の悪待ちへの自信。

一本気なその心意気は、洋榎からしても賞賛に値するものだった。

 

 

「インハイらしくなってきたやんけ」

 

洋榎が、久に点棒を渡す。

 

 

「まだまだ、こんなものじゃないわよ?」

 

「言うやないか……ええやろ、『格の違い』ってもんを教えたるわ」

 

 

清澄と、姫松。

 

両校を背負う部長の2人が、火花を散らしていた。

 

 

 

 

 

 

中堅戦 途中経過

 

晩成 新子憧   94400

姫松 愛宕洋榎 132500

清澄 竹井久   88500

宮守 鹿倉胡桃  84600

 

 

 

 

 

 



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第68局 自覚

準決勝中堅戦は折り返しを迎えようとしていた。

 

南2局1本場に久の跳満が炸裂し、姫松以外の3校が団子状態に。

中堅戦開始時点では姫松以外の2校よりも点数があった晩成の憧は、わずかながら2回戦との違いを感じていた。

 

 

(わかってはいたけど……手強い……!)

 

憧以外の3人は皆3年生。たかが2年の差と思うかもしれないが、麻雀においてこの2年の差というものは案外バカにできない。

経験、知識、精神力。様々な要素が求められる麻雀という競技において、高校生になったばかりの1年生というのはたとえインターハイに出れても、本来の実力を発揮できなかったりするものだ。

 

もちろん、1年生から規格外の強さを発揮してしまう例外も存在するのだが。それと比べるのは酷というものだろう。

 

憧はついに前半戦オーラスとなったこの局の手牌を理牌する。

調子が出てきた久の親番を落とせたはいいものの、それもかなり綱渡りだった。

 

胡桃から不意に当たり牌が出てきてくれたが、おそらく差し込みに近いものだろうと憧自身も感じている。

 

その調子の出てきている久の方を見やった。

 

 

(2回戦の時も強かった……けど、今はそれ以上の威圧感を感じる……愛宕洋榎がいることで本来の実力を発揮してる……?)

 

久の表情は非常に明るい。

心の底からこの勝負を楽しんでいるように見える。

 

ふぅ、と憧は一つ息をついた。

 

相手は手強い。

 

それでも。

 

 

(……やえ先輩が稼いでくれた点数なんだ。このまま削られっぱなしで終われるもんですか!)

 

ペチ、と憧は自身の頬を軽くたたいて気合を入れなおす。

 

まだ前半戦。あと丸一半荘残っているのだ。諦めるのなんてまだまだ早い。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

南4局 親 胡桃

10巡目 胡桃 手牌 ドラ{七}

{赤⑤⑤⑦⑦⑧33448五七七} ツモ{8}

 

 

(……!聴牌!)

 

オーラスのこの絶好のタイミングで、胡桃に聴牌が入る。

タンヤオ七対子ドラドラ赤で、ダマッパネ。18000(インパチ)だ。

 

 

({⑦}が全部見えてる……。ここは{⑧}にしとこっかな)

 

スッ、と胡桃が捨て牌に{五}を並べる。強烈なダマテンが入った。

この手牌なら胡桃でなくとも多くの人がダマにしそうな、そんな理想的聴牌。

 

胡桃はちらりと久の方を見やった。

 

 

(清澄の……さっきのはあまりのことに注意しそこなった……どうやら今回も自分の手牌にゴシューシンみたいだね)

 

さっきの、というのは久が南2局1本場で跳満ツモをした時のことである。

あんなに空高く牌を投げたかと思いきや、今世紀最大の強打ときた。

 

胡桃はあまりの轟音と勢いに声すら出なかった。

もう2度とやらないでほしいと思っている。

 

 

というのは置いておいて、今の久の表情を見れば、自分の手牌を真剣に見つめていることがよくわかる。

高くなりそうな自分の手牌に目を奪われるのは結構だが……あまりよそ見をすると痛い目に遭うことをわからせてやろう。胡桃はそんな気持ちだった。

 

 

そして、今度は対面で陽気に鼻歌を歌う少女へと視線を移した。

 

 

(……姫松のところには行ってほしくないね)

 

 

この守りの化身の所にだけは行ってほしくない。

 

とはいえ、今回ばかりは姫松からの出和了りもありえる、と胡桃は思っていた。

自身の手牌は手出しツモ切りを見れば七対子に見えなくもないが、途中までは順子手を目指していた影響で、そこまであからさまな対子手の河にはなっていない。

仮に七対子だと見抜けたとしても、{⑧}が当たり牌だなんて断定はできないだろう。

 

あくまで胡桃の手から{⑦}が全部見えているだけであって、洋榎には{⑦}が山に無いということはわからない。

であればこそ、盲点になりうるし、自身の手牌で使おうとしても、{⑦}が無いのだから縦に引くしか使いようはない。

 

 

(ま……それでも期待はできないか)

 

これだけ出る理由を並べても、そう簡単に出してくれる相手でないのは重々承知だ。

だからこそ、胡桃としては姫松以外の所に行ってくれればいいかな程度に思っていたのだが。

 

 

 

 

11巡目 洋榎 手牌

{②③④4567二二三四五六} ツモ{⑧}

 

 

一番行ってほしくない相手に、行ったりするのが麻雀だった。

 

洋榎はこの持ってきた{⑧}を手牌の上に乗せる。

 

 

(パピーン……?なんやこれ)

 

{⑧}のイントネーションが少しおかしなことになっているが。声に出していないので誰にも突っ込まれることはない。

静かに、洋榎が胡桃の河を見つめる。

 

 

 

胡桃 河

{西北東②四八}

{①三1発五}

 

 

 

 

『ああ!またも愛宕洋榎選手が当たり牌を掴みました……!私なら即座に切りそうなんですが、考えてますね……』

 

『うへ~これも止まんのかよ!さっきと違って、今回は宮守の河もそこまで七対子っぽくはないと思うけどねい……』

 

咏も不思議なものを見るような目で洋榎を見つめる。

 

 

『……単に、河が濃くなってきた宮守に対して順子手で当たる可能性を考えているというのも考慮できませんか?』

 

針生アナの指摘はもっともだった。

{⑧}は胡桃に対して無スジ。仮に胡桃からの聴牌気配を感じ取っていたのだとしたら、七対子と決めつけなくても警戒すべき牌だ。

もちろん、胡桃がリーチを打たない雀士だということは洋榎の頭にも入っているだろうから。

 

しかし、針生アナのその読みは、残念ながら外れている。

 

 

 

 

(はーん。チートイか)

 

つまらなさそうに、洋榎は持ってきた{⑧}を軽く小手返しして手中に収めると、流れるように{7}を切った。

 

 

『ビタ止め……!今日はいったいあと何回この選手にこの言葉を使えば良いのでしょうか……!姫松愛宕洋榎選手、親の跳満を回避です……!』

 

『いやあ~おっかねえな!当たり牌わかってんじゃねえのこのコ』

 

咏が疑うのも無理はない。

ここまでの対局の中で、危険牌を全く切らないのなら、この{⑧}止めも理解できる。しかし、洋榎はある程度攻めている。それなのに当たり牌でピタッと止まることが恐ろしい。

 

いっそ千里山の先鋒のように「一巡先が見えてます」と言ってくれたほうがどれだけ納得できたことか。

 

 

 

 

 

 

12巡目 久 手牌

{①①23456二三六七八白} ツモ{四}

 

 

 

「リーチ」

 

リーチをかけてきたのは、久。

相変わらず手牌の伸びは好調で、今回は悪待ちを選ぶまでもなく聴牌にたどり着いた。

 

既に聴牌を入れている胡桃が、ツモ山に手を伸ばす。

 

 

胡桃 手牌

{赤⑤⑤⑦⑦⑧334488七七} ツモ{3}

 

 

(やった!)

 

胡桃が喜んでいるのは、単に持ってきた{3}が久に通りそうなスジの牌だから、ではない。

ここでの肝は、{3}が自分の七対子で使っている牌ということだった。

 

自身の手牌に使われているということは、「空切り」ができるということ。

 

空切りとは、既に自分が持っている牌を持ってきたときに、ツモって来た牌を切るのではなく、手牌から切ることを指す。

 

空切りも、ひとえにやったほうが良い、という技術ではない。状況を判断しながら使う必要がある。

 

今回に限って言えば、空切りの絶好のタイミングといえた。

 

何故か。

 

 

 

 

胡桃が少考した後、手から{3}を空切る。

 

下家の憧はその一連の動作を眺めた後、ツモ山へと手を伸ばす。

 

 

 

(宮守はオリ気味かな……?)

 

胡桃が行った空切りの効果は、他家からオリているように見える、ということ。

 

少し考えた後にリーチ者に通りそうな牌を切ることによって、他家にオリたように見せかけることができる。

 

 

(さあ、振り込み期待してるよ……!)

 

一計を案じた胡桃が、久の現物である自身の当たり牌を切ってくれることに期待するが、残念ながら憧から出てきた牌は当たり牌ではなかった。

 

 

 

 

 

流石に今回は久も一発でツモることはなく、またもや胡桃にツモ番が回ってくる。

 

 

 

胡桃 手牌

{赤⑤⑤⑦⑦⑧334488七七}  ツモ{一}

 

 

(無スジ……)

 

 

今度は立直の久に対して無スジの牌をつかまされる。

現に、この{一}は入り目……久が一向聴の段階の有効牌だ。

 

しかし、これを胡桃はノータイムで河へと送り出す。

 

久と憧が少しだけ驚いた表情をした。

 

 

(単騎とはいえ、良い待ちだし、ここは勝負!)

 

手牌の価値は十分。

ここは押しの一手と踏んだ胡桃。

 

なによりも、この待ち牌の{⑧}に自信があった。

胡桃は、相当危ない牌を掴むまではこの待ちで勝負するつもりでいる。

 

 

 

 

 

 

しかし、この待ちが『良い待ち』だと感じているのは一人だけではないわけで。

 

 

 

 

 

 

 

 

「せやなあ~……ええ待ちやもんな。そら、山におるわ」

 

 

 

1番聞きたくなかった声がして、胡桃の顔から、一瞬で血の気が引いていく。

 

 

 

洋榎が持ってきた牌を手牌の横に開いた。

ツモったのだ。

 

問題は、その開いた牌。

 

 

 

 

 

胡桃が喉から手が出るほど欲しかった、{⑧}だった。

 

 

 

 

 

洋榎 手牌

{②③④⑧456一二三四五六} ツモ{⑧}

 

 

 

 

「ノミや。300、500」

 

 

 

 

 

 

会場が、異様な盛り上がりに包まれた。

 

 

 

 

 

 

『ち、中堅戦前半戦終了です!圧倒的にリードを稼ぎ、他家の勝負手をことごとく潰す姿はまさに守りの化身……!姫松がトップで全体の折り返しを迎えます!』

 

 

『えっぐいねい……宮守は悪くなかったケド……運が悪かったとすれば、{⑧}が姫松のところに行ったことかな』

 

 

 

 

憧と久は、ツモられたか、といった風に点棒を渡す。

 

しかし、胡桃はそうはいかない。

 

完全に待ちを読まれての単騎聴牌。

そこからのツモ和了り。

 

胡桃の背中に、冷や汗が伝う。

 

 

 

「はいはいおおきにおおきに……なあ、宮守はん。七対子にしたって、待ちが素直すぎるんちゃうか?」

 

「……!」

 

 

胡桃は別に、手牌を開いてはいない。

 

河だけで、七対子と、当たり牌を見抜かれたのだ。

 

 

(バケモノ……!)

 

 

わかっていたつもりだった。

だからこそ対局前、能天気に話す2人に腹が立った。

 

 

しかしそれは、「つもり」に過ぎなかった。

今はっきりと感じる。

 

2回戦も準決勝のここまでの対局も。

 

なんとなく自分は傍観者の気分でいたのかもしれない。

 

2回戦では有珠山と新道寺に。

この準決勝では、清澄と晩成を『守りの化身』がマークしているのだと思い込んでいた。

 

 

しかし、明確に今。

 

守りの化身の牙は、()()に向けられている。

 

 

 

「ははっ……」

 

自然に、笑いがこみあげた。

それは、当たり前のことに気付いていなかった自分に対しての自嘲の笑み。

 

 

胡桃が、500点棒を取り出す。

渡す点棒はたったそれだけ。しかし、とてつもなく重い500点棒のように感じられて。

 

 

 

 

 

 

「……ばっかみたい」

 

小さく呟かれたその言葉は、果たして誰に向けられたものだろうか。

 

 

 

 

 



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第69局 鳴きのバランス

姫松高校控室。

 

 

「多恵先輩。どうして洋榎先輩はあの宮守の手を七対子って読めたんですかね?」

 

洋榎が当たり牌の{⑧}を掴んだ時、一人だけこの世の終わりのような顔をしていた漫が、横に座っている多恵に尋ねた。

 

漫の問いかけは当然の疑問といえる。

途中まで順子手に向かっていた胡桃の捨て牌は、決して七対子に決めつけられるものではない。

 

なのにも関わらず、洋榎は胡桃の手を七対子だと読み切った。

 

 

ふむ、と顎に手をやって、どこから説明するべきか迷った多恵は、とりあえず漫を控え室に備え付けられている自動卓へと連れていく。

 

 

「とりあえずそれを説明するには、さっきの宮守の子の河を作らなきゃいけないね」

 

多恵が器用な手つきで牌を集める。

あっという間に、胡桃の捨て牌が出来上がった。

 

 

 

胡桃 河

{西北東②四八}

{①三1発五3}

{一}

 

 

「聴牌したときの打牌が、どれか覚えてる?」

 

「ええ~っと…確か{五}でしたよね?」

 

胡桃の聴牌打牌。

漫の記憶は正しく、{五}で間違いない。

 

しかしそうすると、捨て牌におかしな点が出てくる。

 

 

「正解。洋榎が一番気になったのは、この{五}の手出し。{四三}と悪い要素のない両面を手出しで切っていて、後から手出しで{五}が出てきた。自分のターツには必要ないはずで、ましてやどまんなかの牌で安牌代わりになんかなりゃしない。だとするとこの{五}を残す理由、洋榎にはどう映ったと思う?」

 

「……!赤受けですか!」

 

多恵の笑みが、漫への肯定を意味していた。

 

この赤4麻雀では、赤の期待値が高い。

七対子は外側の牌を残すのが定石だが、このルールでは5の牌だけ残しておくことが多い。

 

自動卓に集中していた2人の背後から、聞き慣れた声。

 

 

「それだけやないな。直前で切られて2枚切れになった{発}を同巡で処理したのも、ウチにとっては違和感やった」

 

「洋榎先輩!おかえりなさい!」

 

「七対子やってる時、2枚切れになった牌を切ったら次巡持ってくるあるあるね……」

 

「……いやそれは今関係ないやろ」

 

前半戦を終えて今は中堅戦の小休止。

漫が後ろを振り返れば、控室の一口のドアに背中を預けてかっこつける我らが部長。

 

洋榎は控室へと戻ってきていた。

 

 

「おかえりなのよ~!」

 

「部長、お疲れ様です。流石ですね」

 

モニターの方にいた由子と恭子も、洋榎の見事な局回しを賞賛する。

 

 

「ま、だいたい他のメンツの実力はわかったし~?後半戦も気張って稼いだるわあ~」

 

くるくるとその場でフィギュアスケート選手のように回る洋榎。

読みも冴えわたっていることで、だいぶご機嫌なようだ。

 

そのまま席へ座ろうとする洋榎の腕を、掴む影が1つ。

 

 

「待て、まだ半分じゃ」

 

「誰やお前……」

 

多恵の謎口調に、洋榎がドン引きしている。

 

 

「七対子を読めたという理屈はわかったが、何故この{⑧}が止まる?それを聞かずには帰れん。このままでは生殺しじゃ」

 

「いやだから誰やねんジブン」

 

冷めた目で多恵を見つめる洋榎。

 

多恵の主張はもっともだった。

多恵自身も、河と胡桃の様子を見ていれば七対子という可能性にはたどり着いたかもしれない。

 

しかしこの{⑧}が当たり牌というのは、流石の多恵もわからなかった。

 

洋榎がガシガシと頭をかきながら片目をつむる。

 

 

「まず、宮守の{五}手出しで七対子やと思った。そこは間違いあらへん。せやけど、その時はまだ{⑧}が100%当たるなんて言いきれん。7、8割当たると思ったから止めたにすぎん」

 

胡桃は立直を打たない。なので洋榎は胡桃への聴牌ケアは他の2人よりも綿密に行っていた。

 

 

「……確信を持てたんは清澄のリーチへの対応やな。あのリーチに対する一発目……宮守は手出しで通りそうな牌を切っとった。形を崩したのかとも思ってんけどな、その次巡。ノータイムで{一}を押した」

 

洋榎が目を細める。

 

胡桃は久のリーチに対しての一発目。比較的通りそうな{3}を手から切った。しかし、その次巡にノータイムの無スジ{一}切り。

 

 

「イマテンならもっと考えていいはずや。イマテンでないとしたら……{3}は後から持ってきた牌を空切りしてるっちゅうことになる。スライドはありえへんからな。どうしてそんなことをするのか……この時点で狙いは、リーチ者の現物に絞れる」

 

漫が終始目を丸くして洋榎の話を聞いている。

この先輩は、いったいどこまで相手の手牌が見えているのか。

 

 

「字牌に良い候補はない。とすれば、清澄の初打に{⑨}。晩成も2打目に{⑦}。唯一全体的に河に安い筒子の上……{⑦}と{⑨}は河に2枚以上切れとるから、一番の狙い頃は……{⑧}」

 

 

語られるのは洋榎の「(ことわり)」とも言えるもの。ひたすらの自己の研鑽の先でのみ得られる超人的感覚。

 

 

 

 

「……ま、ツモった後の宮守の顔見りゃ大体わかんねんけどな!」

 

最後はあっけらかんと。

ひとしきり言い終わった後はソファへとダイブしに行った洋榎。

 

 

ソファに座った先で、恭子に「どーせゆーても9600(クンロク)くらいやろ!」と聞いてため息まじりに「18000(インパチ)です」と言われ。

 

ボケッとした顔で「……高杉内俊哉年俸5億円」とかほざいてるあたり、まったく格好はつかないのだが。

 

 

 

漫はただひたすらに、並べられた胡桃の河を眺めることしかできなかった。

考えるのは、この河から本当にそれだけの情報を得ることができるのか……と。

 

そんな漫の肩に、手が置かれる。

 

 

「これだけ見てもね、洋榎が今言ったこと全てを理解するのは難しいと思う。元々かなり読みの才能があった洋榎だけど、その才能は努力によって完全に開花した。今、日本にどれだけあのレベルの読みができる打ち手がいるか……」

 

「……私にも、できますかね?」

 

「今はまだ難しいと思う。……けど、努力すれば人はあそこまで行ける。そう思うと、麻雀って本当に奥が深くて、面白いと思わない?」

 

そう語る多恵の姿は、とても嬉しそうだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

時刻は丁度昼過ぎ。

 

今まさに夏休み中の、麻雀好きなたくさんの子供たちが、この夢の舞台「インターハイ」をテレビで観戦している。

 

 

会場の熱気は衰えることを知らない。

 

 

 

『さあ、この団体戦準決勝も折り返しました!中堅戦の後半戦が始まります!』

 

 

後半戦が始まった。

席決めが終わり、東家から、洋榎、胡桃、憧、久の並び。

 

 

 

 

中堅後半戦開始時 点数状況

 

姫松 愛宕洋榎 134600

宮守 鹿倉胡桃  82300

晩成 新子憧   96100

清澄 竹井久   87000

 

 

 

 

 

憧が、点数を確認する。

 

 

(姫松はここから先のメンツが固い……それに、和と当たる初瀬のためにも、もっと点棒稼いでおきたい……!)

 

自分のバトンを受け取るのは、幼馴染の初瀬だ。

当然、点数をしっかり保持した状態で渡したい。

 

 

東1局 親 洋榎

 

5巡目。

 

 

「チー!」

 

胡桃から出た牌を鳴く憧。

 

 

その前半戦から変わらぬ姿勢に、親の洋榎が「へえ」と口角を上げる。

 

 

憧は休憩中、控室へと戻っていた。

失点を抱えてしまった憧に対して、先輩のやえは全く非難することなく、笑って送り出してくれた。

 

 

 

 

 

『洋榎ともたくさんやってる私からアドバイスがあるとすれば……そうね。あいつに待ちがバレてるとか、止められるとか、関係ないわ。あなたらしく、先に聴牌して、先にツモる。出和了りなんかハナから期待しない。……そうやって思う存分、憧の麻雀をしてきなさい』

 

 

 

 

 

 

やえの言葉を思い出して、憧の体が小さく震える。

 

信じてもらえている。

 

それに、やえだけではない。

 

由華も、紀子も、初瀬も笑顔で送り出してくれた。

 

それだけで、自分のやることは決まったようなもの。

 

 

(待ちがバレてるとか。止められるとか。関係ないんだ!)

 

 

 

憧が、ツモ山に手を伸ばす。

 

 

 

 

「ツモ!」

 

 

 

6巡目 憧 手牌 ドラ{三}

 

{④赤⑤33666二三四} {横⑧⑥⑦} ツモ{③}

 

 

 

「1000、2000!」

 

 

 

より早く和了る。

 

明確で、わかりやすい。麻雀においての必勝法。

 

 

 

 

『後半戦は新子選手の和了りでスタートしました!ここも鳴いて聴牌をとりましたね……!』

 

『鳴きたくないところだけどねい!親は姫松だし……今はなにより速さって感じかな?』

 

 

またも憧が選んだのは食い伸ばし。

しかし目的がはっきりしているからこそ、憧の麻雀は強くなる。

 

 

 

 

 

 

 

東2局 親 胡桃

 

 

4巡目のこと。

 

 

 

「それチー!」

 

またも動いたのは憧だった。

 

 

 

憧 手牌 ドラ{9}

{④⑤⑦⑨399南白発}  {横③①②}

 

 

 

 

『こ……これは和了り役としてはなにになりますかね……?』

 

『いやわっかんねー!役牌重なるか、チャンタか……一気通貫なんて見てんじゃねえの?知らんけど!』

 

 

 

普通に考えたら、ドラはあるものの、重い手牌。

しかしその中でも積極的に動いていけるのが、憧の強み。

 

常人ならとても動けないようなところからでも動き出す。

 

 

憧が得意とする打ち方は、「どこかで一役」作る鳴き。

 

 

 

展開が、憧の得意とする展開へと動いていく。

 

 

 

チャンスは、掴みに行くもの。

 

自ら晩成高校という道を選んだ憧の根幹にあるのは、その積極的な姿勢。

 

 

 

 

 

 

「ツモ!」

 

 

9巡目 憧 手牌

{③④⑤⑦⑨99}  {南南横南} {横③①②} ツモ{⑧}

 

 

 

「1000、2000!」

 

 

 

 

憧の変幻自在な打ちまわしに、会場も盛り上がりをみせる。

 

 

 

 

『2連続和了!!これは、2回戦の時のような展開になってきましたかね?新子選手』

 

『2回戦は打点も見てた気がするけど……今はとにかく速さを求めてる感じだねい』

 

 

洋榎が点棒を払いながら、楽しそうに憧を見やり、パタリと自身の手牌を閉じた。

 

 

 

(やえの一番弟子……やるやないか)

 

 

 

洋榎 手牌

{赤⑤⑤⑧23457三四六七八}

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

東3局 親 憧 ドラ{2}

 

 

親でも憧の加速は止まらない。

 

 

「ポン!」

 

 

(また……!)

 

 

胡桃の表情がわずかに曇る。

下家でこれだけ動かれるとやりにくいものだ。

 

 

5巡目に洋榎から出た{⑦}を鳴いた憧。

 

 

 

憧 手牌

{②②④23二二四赤五西} {⑦横⑦⑦}

 

 

 

 

『今局も仕掛けていきます晩成高校、新子選手!今回は素直にタンヤオへ向かいそうな手牌ですね!』

 

 

タンヤオに向かうには{23}のターツが少し頼りないが、憧はここから発進を決めた。

 

 

 

7巡目に、胡桃の手が止まる。

 

 

(これ以上好き勝手動かれるのも癪……!ケド、絞れる要素がないよ!)

 

まだ巡目は早い。捨て牌を見てもターツが絞れるところまで来ていない。

胡桃が少し捨て牌に悩む。

 

 

その後、意を決したのか真っすぐ打牌をした胡桃から、憧の有効牌である{三}が出てきた。

 

 

 

 

 

「……」

 

 

が、憧はこれに反応しない。

 

 

 

 

『新子選手、今の{三}は鳴ける牌でしたが鳴きませんでしたよ?』

 

『へえ~……なるほどねえ?』

 

通常、今出た{三}は向聴数が上がる、鳴きたい牌のはずだ。

では何故その牌をスルーしたのか。

 

咏が、憧の手牌を眺める。

 

 

『その{三}を鳴くと残るターツは全部愚形。それもタンヤオに決まっていない索子の形も残る……もし仮にその状態で誰かからリーチがかかったら。安牌に困って放銃……なんて目もあてられないだろ?晩成のコはそーゆー状況を嫌ったんじゃねーの?知らんけど!』

 

咏の解説は的確だった。

 

憧のような鳴き雀士の生命線は、押し引き……更には手牌の防御力との兼ね合いだ。

なまじリーチと違っていつでもオリる選択を選べるからこそ、この押し引きがとても難しくなる。

 

鳴きを主体にすると決めてから、憧はこの勉強を誰よりもしてきた。

 

 

そしてこのバランスが、後に有利に働くこともある。

 

 

 

 

 

「ロン。5800!」

 

憧 手牌

{234二二四赤五} {横②②②} {⑦横⑦⑦} ロン{三}

 

 

 

 

(あら……鳴いてないのに……)

 

久から、憧の当たり牌となった{三}が出てきた。

 

胡桃の切った{三}に反応がなかった時点で比較的安全に見えるこの待ちは、久の盲点になったのだ。

 

 

 

 

 

『3連続和了!!晩成のルーキー新子憧選手!インターハイでその実力を十分に発揮しています!』

 

『面白いねえ~!鳴きが好きな雀士は彼女のバランスは見習ったほうがいいかもしれないねい』

 

 

 

憧が、点棒を受け取ってサイコロを回す。

 

1本場だ。

 

 

(負けられないっ!)

 

 

経験や知識は、目の前の姫松のエースや、他2人にも負けるかもしれない。

 

 

が、自分の打ち方を信じる心は、3年生3人にも負けるつもりはない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




七対子やってるときに、その巡目に切られて重なる可能性が低くなった字牌同巡で処理しちゃうクセ、いつまでたってもなおらないんですよね……。



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第70局 振聴

中堅後半戦は、東ラスを迎えていた。

 

親番の回ってきた久は、点棒状況を眺める。

 

 

 

 

 

点数状況

 

姫松 130200

宮守  84800

晩成 107200

清澄  77800

 

 

 

 

 

(これでまたラス……か)

 

一時は3着まで上がった久だったが、東3局の1本場で胡桃がツモ和了ったことにより、またも順位が入れ替わった。

 

しかし、ここの着順争いに大した意味はない。

団体戦は、大将戦が終わった段階で2位までに入っていた高校が決勝に行ける、というルール。

 

つまり意識するべきは宮守の点数ではなく、現在2位の晩成の点数だ。

 

その点差は、ちょうど3万点ほど。

 

 

 

(やるしかないわね)

 

親番はあと2回。

大きく点差を詰めるには、この2回の親番を有効に使いたい。

 

 

 

東4局 親 久

 

8巡目 久 手牌 ドラ{北}

{②③④赤⑤⑦344八八白白北} ツモ{北}

 

 

(ドラ3……)

 

ターツオーバー。ドラが重なったことは喜ばしいことだが、久の手牌はこれで6ブロック。どこかのターツを外さなければいけない状態になってしまった。

 

久は手牌から{4}を切る。

ここは索子の両面を固定して、ターツ選択を保留する形に。

 

ドラが3枚あり、役牌対子。満貫がはっきりと見えるこの手牌はなんとしても和了りに持っていきたいところ。

 

 

 

 

11巡目 久 手牌

{②③④赤⑤⑦345北北}  {白白横白} 

 

 

 

 

久の手牌は順調に進んでいた。

{白}を憧から鳴いて、満貫の聴牌。待ちはカン{⑥}と悪いが、久にとって待ちが悪いのは悪いことではない。

 

 

そう思っていた矢先、2副露を入れていた上家の憧からノータイムで{北}が切られる。

 

 

「ポン!」

 

「……!」

 

 

久はこのドラをポンとした。

打点は変わらないが、待ちが変わる。

{⑦}を切れば{②⑤}待ちになるので、それもアリだろう。

 

しかし、久のこの鳴きは待ち変化よりも大事な意味合いがあった。

 

 

(鳴かれた……!聴牌してたからドラ来たらツモ切ることは決めてたけど……!)

 

憧はこの局もいち早く聴牌を入れていた。

だからこそ、このドラもノータイムで切ったのだが。

 

 

(あれに振り込んだら、12000確定か……)

 

久が鳴いた理由のもう一つは、憧への足止め。

明らかに聴牌濃厚の憧と純粋なめくりあいをするより、久はドラの所在を明らかにして憧の足を止めることを優先した。

 

 

 

12巡目 憧 手牌

{34赤56788}  {横七六八} {横⑥⑦⑧} ツモ{④}

 

 

(スジだけど……最終手出しが{⑦}……!)

 

 

憧がつかまされた牌は、久への危険牌。

{⑦}が通っているので片スジと言えなくもないが、{③⑤⑦}のリャンカン形からの{⑦}切りも十分にあり得る。

当たってしまえば12000。万が一がある以上は、この牌は切りにくい。

 

押すのが有利とわかっていても、こういった親への危険牌はなかなか切れないものだ。

 

それが、大舞台だと尚更。

 

 

(ぐっ……!)

 

憧は悔しそうに牌を強く握ると、絞り出すように手牌から安牌の{4}を切った。

久の現物はしっかり用意した手組にしているので、オリる牌に困らないというのも憧をオリへと導く要素になってしまった。

 

 

 

 

13巡目 久 手牌

{②③④赤⑤345}  {北北横北} {白白横白} ツモ{東}

 

 

(あら……?)

 

久が持ってきた牌は、1枚切れの{東}。

 

確かに出やすい牌ともとれるが、普通なら絶対に逃したくない親の満貫を、この字牌単騎には決めにくいところ。

しかしそこはやはり竹井久。

 

さほど時間をとらずに、{②}を手牌から切った。

 

 

 

『清澄高校竹井久選手、{②⑤}待ちから{東}単騎へと待ちを変えました!当然のように、悪い待ちへと変えますね』

 

『このコいっつもそんなんばっかだもんねえ!そりゃ今回も変えるよなあ』

 

実況解説の2人も、もう見慣れたこの光景に、さしたる驚きはない。

観戦している多くの人間も、そう思うようになっていた。

 

 

 

 

 

15巡目 久 手牌

{③④赤⑤345東} {北北横北} {白白横白} ツモ{西}

 

 

東単騎のままツモれず15巡目。これまた場に1枚切れの{西}を持ってきた久。

しかし、この{西}はドラ表示牌に1枚見えている{西}。つまり2枚見えだ。

 

 

(これだわ……!)

 

天啓を得たように、久が手牌の{東}と{西}を入れ替える。

 

地獄単騎へと変更だ。

 

 

『竹井久選手、ここで地獄単騎の{西}へとまたも待ち変えです!』

 

『ありゃー……この地獄単騎まだ山に生きてるのか……』

 

久は待ちが悪くなればなるほど、自分が和了る確率が高くなる。

当たり牌を相手がつかむか、自分がツモるかの違いだけだ。

 

 

もう巡目も深い。

胡桃はオリ気味。憧も久の連続の手出しに流石に手牌を崩している。

 

残された一人、洋榎だけが回りながら聴牌を目指していた。

 

 

 

その洋榎が、ツモって来た牌にピクりと眉を上げる。

 

一通り河を見渡すと、持ってきた牌を手中に収めた。

 

 

そして、点箱を開ける。

 

 

 

「っしゃ、リーチや」

 

 

 

宙を舞う千点棒。

 

残り巡目は2巡しかないというのに、洋榎からリーチが飛んでくる。

 

 

立直率が非常に低い洋榎からのリーチ。そのリーチが、他校からどう見えるか。

 

 

 

(((待ちに自信がある……!)))

 

 

洋榎は立直をすることが極端に少なく、そしてその少ないリーチのほとんどが成功している。

 

このタイミングでの洋榎のリーチは、脅威と言えた。

 

 

胡桃が安牌を切り、憧のツモ番。

 

 

 

(良かったぁ……完全安牌残しといて……)

 

憧は久に対して対応していたが、念のため全員に通る牌も手牌に確保してあった。

このあたりの防御力は流石といえる。

 

 

対して、困ったのは久だ。

 

 

久 手牌

{③④赤⑤345西} {北北横北} {白白横白} ツモ{赤5}

 

 

(うっ……!)

 

久の表情が引き攣る。

見事に洋榎に通っていないスジを引いてしまった久。

 

 

(仕方ない……か)

 

しかし、久は悪待ちにしていたおかげで、{西}が打てる。

自身の捨て牌に{25}がないおかげで、フリテンにもならない。

 

それが不幸中の幸い。

 

流石にリーチの1発目にど真ん中の牌は怖い。

 

久は今回は自分の悪待ちが上手くいかなかったことに少しだけ悔しさを感じながらも、{西}を切った。

 

 

 

 

 

 

しかし久はこの時大事なことに気付けていなかった。

 

 

 

 

 

 

自分の『心』が、弱い方に流れているということ。

 

 

 

そして今日の相手は、その弱さを見逃してくれるほど甘くないということを。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「お、それロンや」

 

 

 

 

 

 

 

 

久の背筋が凍った。

 

 

 

 

 

 

洋榎 手牌

{①①①678二二二四五六}

 

 

 

 

 

 

4面子が、洋榎によって開かれる。残るは雀頭のみ。

 

 

右端に残った牌を、洋榎が右手の人差し指でころころと転がす。

 

 

 

「……弱いなあ……『麻雀』がやないで。『心』が弱いわ。ジブン」

 

 

 

パチン、と洋榎が最後の1枚を表に倒す。

 

その牌は見紛うことなく、{西}だった。

 

 

 

 

「リーチ一発……お、裏いっちょ。6400」

 

 

冷や水を浴びせられたような気分になりながらも、久は点箱を開く。

 

その俯いた顔に、更に声がかかった。

 

 

 

 

「少しがっかりやわあ。精神力はかなり買ってたんやけどなあ……買い被りすぎやったかあ?……まあ、今までの相手にはそれでも勝てたかもしれんけど……」

 

 

 

 

 

洋榎の言葉に返すことなどできようはずもない。

 

 

自然と久は{西}を切ることを選んでしまった。

 

自身の悪待ちと心中できなかったのだ。

 

 

 

何度今のシーンを思い返しても、目の前の少女の言う通りで。

真に自分のやってきたことを信じるのなら、今の牌は切るべきだった。

 

でなければ完全なオリ。手牌を崩すことにはなるが、安牌はあったのだから。

 

 

強く歯噛みする。

 

 

 

久は痛感した。

 

 

この少女は、今まで打ってきたどんな打ち手と比べても。

 

 

 

 

 

 

 

「……そんな連中と、ウチを一緒にしてもろたら困る。格が違うわ」

 

 

 

 

 

格が違いすぎる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

南3局 親 憧

 

 

場は南3局に移っている。

 

ラス前だ。

 

 

南1局の洋榎の親番は、憧が4巡で聴牌してまたも和了りを勝ち取った。

 

 

 

配牌を開き、理牌をする久。

2局空いて、久も心の中で気持ちの整理ができた。

 

 

(愛宕さんの言う通りだわ……あんなの、全然私らしくないじゃない)

 

県予選からインターハイへときたものの、久は勝つことに重きを置きすぎて、自身の麻雀を少し忘れている節があった。

 

それは練習でなおせるようなものではない、心の問題。

心の奥底で、「勝つため」という大義名分で自分に蓋をして、らしい麻雀を封印していた。

 

 

しかし今はっきりとわかった。

それではこの姫松のエースには勝てない。

 

なにより、せっかくの全国の舞台で、自分自身が楽しめていない。

 

強い人と出会い、最高の勝負をするために、この場所にきたのに。

 

 

 

 

(……私、勘違いしてたみたいね)

 

久の気配が、空気が、鋭くなる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

河に切られた牌が、横を向く。

 

 

 

「リーチ」

 

 

9巡目。やはり、先制リーチは久だった。

 

 

 

 

(……火が付いたようやな)

 

 

完全に先ほどの放銃から切り替え、目が据わっている久を見て洋榎がニヤリと口角を上げる。

 

 

そうでなければ面白くない。

 

洋榎は常に強者との対局を望んでいる。

最初久が打つ姿をみて、素直に「もう少し強ければ自分と5分」になれるかもしれないと思ったのだ。

 

このまま終わってもらっては困る。

 

 

久が切った牌は、洋榎が鳴けるところではなかった。

 

現物を打つ。

 

 

 

 

 

この中堅戦の開始時、久にはまだ「清澄の部長」だから負けられない、という意識があった。

 

自分が勝たなければ、チームが負けてしまうかもしれないという、恐れ。

 

普段はどう打とうが個人の自由だ。麻雀は基本個人競技なのだから。

 

が、団体戦はそう言ってばかりではいられない。自分の失点はチームの失点なのだ。

 

 

しかし、恐れているだけでは、「勝利」は得られない。

 

 

このリーチは、「失点」と言う恐怖から逃れようとする自分の弱い心を断ち切るためのもの。

 

 

 

 

 

 

 

 

牌が、空を舞った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ツモ!」

 

 

 

 

久 手牌 ドラ{⑧} 裏ドラ{東}

{①③234赤567七八九東東}  ツモ{②}

 

 

 

 

 

牌が強烈にたたきつけられた後。

 

 

ゆっくりと目を開いた久が点数を申告する。

 

 

 

 

 

「3000、6000!」

 

 

 

 

 

 

そうでなきゃおもんないわ、と洋榎。

 

 

しかし、他の2人からしたらたまったものではない。

 

 

 

 

驚愕に目を見開く憧と胡桃の視線の先には、久の河。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

久の第一打は、{②}だった。

 

 

 

 

 

 




久「カンチャンフリテンリーチ一発ツモ赤ウラウラ。3000、6000」


多恵「は?」



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第71局 差し込み

中堅戦はついにオーラスを迎えた。

 

最後の局になるからオーラスと呼ぶのだが、インターハイ団体戦のルールは親が和了れば、連荘しても良いというルール。

つまり、この1局が最終局になるとは限らないし、連荘をするかどうかは親に選択権がある。

 

 

南4局 親 久

 

相変わらず、久の流れは続いていた。

 

 

「ロン」

 

憧の肩がわずかに震える。

8巡目に切った{④}に声がかかった。

 

 

 

 

久 手牌 ドラ{⑧}

{③④④④⑤34赤566}  {横東東東}

 

 

 

 

「2900」

 

 

(な、なによソレ……!)

 

 

久の捨て牌には{7}や{⑥}といった好形変化の牌が並んでいる。

にもかかわらず、久はこの中ぶくれシャンポンを選んだ。

 

とても、普通ではない。

 

 

久が、当然のようにサイコロを回す。

 

 

((連荘……!))

 

胡桃が大きく、息を吐いた。

 

どうやらこのオーラスは、まだ終わらない。

 

 

 

『清澄高校竹井久選手!連荘を選びました!』

 

『まだラス目だし?まあ当然っちゃ当然だよねい』

 

 

憧の背中に、嫌な汗が流れる。

 

 

 

 

 

 

南4局 1本場 親 久

 

 

 

8巡目。

 

緊迫した空間に、久の声が小さく響く。

 

 

「リーチ」

 

またも久からのリーチがかかった。

 

 

「……チー」

 

胡桃が一発を消しに行く。

自分の手形は行けそうにないが、やるべきことはやっておく。

 

宮守としてもこれ以上清澄に近づかれるのは困るのだ。

 

 

しかし、鳴きを一つ入れた程度では、今の久の流れは止まらない。

 

流れるように手牌の横に、牌を開く。

 

 

「ツモ」

 

 

久 手牌 ドラ{③}

{②③④567三三三四五六六}  ツモ{三}

 

 

 

「4100オール」

 

開かれた牌姿に、胡桃と憧が目を見開く。

久の宣言牌は、{七}だった。

 

 

(なによその待ち……!この人頭おかしいって……!)

 

 

(全力で潰したい……)

 

 

『3連続和了!!清澄高校竹井久!!良形の5面張を拒否して自身が5枚使っている両面でリーチ!そしてツモ!勢いが止まりません!』

 

『ふざけてるねえ~!河に1枚見えてたからこれ目に見えて2枚しかないリーチだろ?』

 

『普通ならあり得ない待ち取りで親満ツモ……!一気に宮守を抜きましたね!』

 

 

久のある意味アクロバティックな和了りに、会場のボルテージも上がっている。

 

しかし対戦校からしてみれば、たまったものではない。

 

 

(こんなのいつまでもやらせるわけにはいかない……!)

 

(このマナ悪……潰す……!)

 

 

 

 

南4局 2本場 親 久

 

4巡目。

 

 

「チー!」

 

やはり、動き出したのは憧だった。

 

 

憧 手牌

{赤⑤⑦5699三白白西} {横六五七}

 

 

(あんな麻雀に付き合ってらんない……!ここは一刻も早く終わらせる!)

 

鳴き三色か、役牌バックという動き出し。

この親番をなんとか終わらせにかかる憧。

 

 

(……)

 

その様子を、胡桃が真剣な表情で見つめていた。

 

打点、速さ、そして親の速度感。

胡桃もダマを駆使する打ち手なだけあって、相手の手牌へは人一倍敏感だった。

 

 

 

6巡目。

 

 

「それチー!」

 

胡桃から出てきた{7}を、憧が鳴いた。

そして憧はチー出しで{赤⑤}を切る。

 

 

憧 手牌

{⑤⑦99白白西} {横756} {横六五七}

 

 

 

『新子選手、{⑤}切りはわかるのですが、何故赤い方を切ったんでしょう?』

 

『……無言のアピールだねい。「私は高くないので、皆さん振り込んでください」……ってとこか』

 

『……なるほど。それに宮守の鹿倉選手の{7}切りも、面子を壊しての打牌でしたが……』

 

『あれは完全に鳴かせに行ったよねい。今の流れが清澄にあることは2人とも感じてる。自分が和了るより、晩成に和了ってもらう方を優先した……今だけは利害が一致してるってことだろうねい』

 

『なるほど……!ではこのままいけば新子選手の和了りになって対局終了ですかね?』

 

『いやあ……そんな簡単な話でもないんじゃねえの?知らんけど』

 

解説をする咏の視線は、しっかりと親の久の手牌を映していた。

 

 

 

 

憧が{7}を鳴いた6巡目。

 

憧がもっとも恐れていた事態が起こる。

 

 

久が、捨て牌を横に曲げたのだ。

 

 

「リーチ」

 

「……!ポン!」

 

 

不幸中の幸いは、久の宣言牌は{9}だったこと。

 

これに食らいついた憧が、なんとか聴牌を間に合わせる。

 

 

 

これで胡桃のツモ番が飛んで、ツモ番は洋榎に回ってきた。

 

胡桃が、憧の手牌と河を眺める。

 

 

(……晩成の狙いは、三色。当たりそうな牌は{⑥⑦}に絞られるけど、どっちも親に通ってない……)

 

憧の当たり牌である{⑥}は、親の久に通っていない。

差し込みたいのはやまやまだが、親に通っていない牌を切って、親からロンと言われたら元も子もない。

 

そんなことは、憧にもわかっていた。

 

 

(待ちは悪い……純粋にめくりあいになれば、まず勝てない……だけど……!)

 

憧の視線が、下家に座る洋榎へと向いた。

 

 

(守りの化身なら……!)

 

親の当たり牌を見抜いてくれるかもしれない。

そんな淡い期待が憧にはあった。

 

洋榎が、持ってきた牌を手中に収め、少考する。

 

 

 

洋榎 手牌

{⑤⑥⑦⑨⑨1278二三五五} ツモ{西}

 

 

 

(……超能力者やないしな。親の当たり牌がわかるわけやない。まあ晩成の当たり牌は{⑥}で決まっとる。あとは……)

 

久の待ち。

洋榎はその膨大な知識と情報処理能力から、鳴いた相手の手牌は透視でもしているのではないかと思えるほどに手牌を見抜くことができる。

 

しかし、情報が少ない面前のリーチでは読む材料が少ない。

それに、捨て牌はまだ2段目に差し掛かったところ。完璧に読むことなどできはしない。

 

久の『悪待ち』という特性も読みにくさに拍車をかける。

わざわざ最終打牌で人とは違う選択をするのだから、普通の読み筋では読みを間違えてしまうリスクだってある。

 

 

洋榎が、久の河を眺めた。

 

 

久 河

{⑤東南7⑨八}

 

 

宣言牌の{9}が憧によって鳴かれている、という河。

 

 

洋榎の頭が、全ての情報を処理し始める。

 

 

({⑤}が初打やから、{③⑥}の固定でなければ{⑥}が当たることはほぼない。ウチの手に{⑤}が1枚。晩成の捨て牌に1枚、清澄の河に1枚……晩成の手役的に{⑤}はほぼ手の内にあることを考えれば、{③⑥}はノーチャンスになるな。あとは、シャンポンやふざけた形での当たる確率やけど……)

 

洋榎の全ての知識をもってしても、久へ{⑥}が絶対に当たらないとは言い切れない。

少しだけ、洋榎が時間を使う。

 

 

(ああ……でも……せやったな)

 

洋榎が何かを思い出し、手の中の{⑥}を手に取る。

 

思い出したのは、ミーティングでの恭子の言葉。

 

 

 

 

 

 

 

『部長。清澄の悪待ちについてですが……彼女は宣言牌や、その付近で待ちを作りに行く傾向がありますが、最初の手組の段階でおかしなことはしません。リーチがかかる3巡前ほどまでは、一般の手組をしていると考えてええと思いますよ』

 

 

 

 

 

 

 

(ま、恭子が言うなら、そうなんやろな)

 

 

洋榎が、河へと{⑥}を放った。

 

 

 

 

「……!ロン!1000は1600!」

 

 

憧の発声と同時、久の体から力が抜ける。

久がまとっていたプレッシャーも、霧散した。

 

 

 

 

 

『中堅戦決着です!!!愛宕洋榎選手の公式記録にある放銃はこれで4度目……!』

 

『痺れるねえ……!差し込みの技術も超一流かよ!』

 

 

対局終了を知らせる甲高いブザーの音が、会場に響き渡る。

 

対局を終えた4人が、一斉に息を吐いた。

 

 

「「「「ありがとうございました」」」」

 

 

 

 

中堅戦 最終結果

 

姫松 137300

宮守  82900

晩成  95500

清澄  84300

 

 

 

『清澄高校が最後の南場で大きく点数を稼いでプラスまで持っていきました!しかし依然決勝進出の枠がどうなるかは読めません!』

 

『いや~……恐ろしいねい……』

 

『……何がですか?』

 

咏が、意味ありげに扇子を口に当てる。

針生アナは咏がなんのことを言っているのかわからずに、咏の方を向いた。

 

咏の視線の先には、姫松のエース。

 

 

『……自身はもちろん区間トップ。それでいてまた3校を並びの状態にして、自身のチームが一番決勝に行きやすいような状態に……』

 

咏が末恐ろしさを感じているのは、洋榎のプレイング。

派手な点数稼ぎをしているわけではないが、そんな点数稼ぎなんかよりもよほど恐ろしい局の操作を、この選手はしていると思っていた。

 

歴史に残るような、インターハイでその名を轟かせた者たちとは違う、まったく別種の強さを持った打ち手。

 

 

『見てみなよ、点数状況。……2回戦の時も同じような点数だったよねい』

 

『……確かに。姫松が頭一つ抜けて、他3校が平らになっていますね……』

 

『これで、決勝で当たるかもしれない高校はきっと頭に刻まれてるはずだよ。「姫松がトップのまま中堅戦に回しちゃいけない」……って。ま、知らんけど』

 

姫松の中堅以降の固さは他校も知るところだ。

 

姫松を突破するためには、圧倒的火力で先鋒次鋒を抑えて点数有利な状況を作るしかない。

この中堅戦は、他校にそう思わせるには十分な対局内容だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

憧が、深く息を吐く。

 

 

(点数……増やせなかったか……)

 

大健闘であることには間違いない。

しかし、それで満足できるほど憧は大人ではなかったし、この程度で満足するようにはなりたくないとも思っていた。

 

 

 

「晩成の。いい心意気やったで」

 

そこに声をかけたのは、洋榎だった。

 

 

(結局……最後はこの人に助けられた)

 

オーラス2本場。憧はおそらく洋榎の差し込みがなかったら、久の親番はまだ続いていたような気がしていた。

次の久のツモ牌は見ることはできないし、そんな「もし」は存在しないのだが、どうしてもそう感じてしまう。

 

そう思い、憧が久の方へと視線をやった。

 

 

「……楽しかったあ!」

 

久は満足そうに天へと手を伸ばす。

後半戦の南場は、自分の思っていたような麻雀が打てた。

 

そのことに充実感を持ち、久が目を閉じて感傷に浸ろうか、というタイミングで。

 

 

 

 

 

 

 

 

「うるさいうるさいうるさいうるさーい!!!!」

 

「……ほろ?」

 

 

 

 

胡桃が、キレた。

 

和やかな雰囲気になりつつあった3人が、途端に凍りつく。

 

キッ、と視線を鋭く洋榎と久の方へと投げる胡桃。

 

 

 

「姫松!!!自信過剰すぎ!!ウザイ!対局中もうるさい!!金輪際麻雀中は一切しゃべるな!!」

 

「……厳しすぎひんか?」

 

 

 

「清澄!!なにあの強打は!!イマドキ麻雀界の重鎮だってあんな強打しない!!牌を大事にしない人間は麻雀やめるべき!!」

 

「え、あ、ご、ごめんなさい……」

 

 

 

小さい体でブチギレる胡桃の圧力に、完全に久と洋榎は気圧されている。

洋榎はションボリと肩を落とし、久など麻雀をやめろとまで言われて完全に魂が抜けてしまっていた。

 

先ほどまでの満足そうな表情は完全に消え去っている。

 

 

 

 

 

そして、胡桃は残った最後の一人に目を向ける。

 

 

 

 

自分は一体何を言われるのかと、憧が小さく体をすくめた。

 

胡桃が、ツカツカと憧に寄って来る。

 

 

(……?)

 

憧が体に力を入れるが、なかなか怒声が飛んでこない。

 

閉じていた目を開くと、胡桃が少しだけ考える風に手をあごにやっていた。

その間、5秒ほど。

 

憧も、そんな胡桃の様子を不思議そうに伺っている。

もしかして、私だけおとがめなしなのではないか、と淡い期待を込めて。

 

 

しかしやっぱり、胡桃の怒りは収まっていなかったようで。

 

 

 

 

「晩成!!チーポンチーポンうるさい!!!鳴くの禁止!!あとついでに恰好もうるさい!!!」

 

 

「どう見ても完全に私だけとばっちりなんですけどお!?」

 

 

 

 

憧の悲鳴が、悲しく対局室に響いた。

 

 

 



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番外編4 トカリンの麻雀講座

中堅戦も終わりましたので、息抜き回です。



龍門渕透華はお嬢様だ。

 

綺麗に整えられた金髪をダイナミックに後ろに流し、純白のワンピースに袖を通すその姿はなるほど確かにお嬢様然としている。

 

その手に持っていたはずの白いハンカチを、奇声を発しながら噛み締めていなければ、の話だが。

 

 

「なんですの?!この究極の目立ちたがり屋は!?」

 

休日の午後。晴天が気持ちの良い昼下がりに、甲高い声が響いていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

長野の外れにある広大な敷地と、それに見合うだけの荘厳な屋敷。

ここが龍門渕の屋敷だ。

 

その管理を一任されているのが龍門渕透華というお嬢様なのだが、このお嬢様はただの箱入り娘ではない。

カリスマ性が高く、多くの使用人を抱える身であり、その上でこの屋敷を余すところなく使っているところを見ても、その有能さを知れるというもの。

 

その使用人の一人である国広一という少女が、冒頭の彼女の怒声にビクりと肩を震わせていた。

 

 

「……とーか、どうしたのさ」

 

鬼の形相でパソコンを睨みつける透華を見かねたのか、ジト目で一が透華を見やる。

 

国広一という少女は、普段はとんでもない露出度の高い私服を着ることもあるのだが、今日はメイド服なのでその点の心配はない。

 

一がこっちに来たのを確認すると、透華はもう一人の人物を呼ぶ。

 

 

「ぐぬぬ……ともき!ともきはいまして?!」

 

沢村智紀。彼女も透華の屋敷にいる身でありながら、特にこれといってやることはなく、本を読んでいることの方が多い、黒髪ロングに眼鏡の少女だ。

 

透華の声に反応して、智紀が書斎から顔を出す。

 

 

「……なんですか?」

 

「二人とも、この動画は知ってまして?」

 

透華が智紀と一に見せたのは、パソコンの動画サイト。

 

再生された動画から流れてくるのは少女の声で、タイトルには『クラリンの麻雀教室』と銘打ってあった。

 

透華が、再生ボタンを押す。

 

 

 

『はい、どうもみなさんこんにちは、ラス目のラス親で、苦しい配牌をなんとか進めていたら、河で国士十三面が完成しました、クラリンです。今日はですね……』

 

 

顔は映っていない。声の主と思われる少女の手元と、麻雀卓が映された動画がパソコンで流れている。

どうやら人気動画なようで、コメントも多数ついており、再生数も並ではない回数がついていた。

 

この動画を、どうやら一も智紀も知っていたようで。

 

 

「あー!クラリンじゃん!ボクも見てるよ、面白いよね!」

 

「……勉強になる」

 

一はクラリンの動画が人気になる少し前から見始めていた、いわゆる古参勢だった。

毎日のように動画をチェックしているし、生配信だって時間さえ合えば見るようにしている。

 

智紀も一ほどではないにしろ、過去の動画はチェックしていた。

 

そんな2人の様子に、透華はもともと不機嫌だった機嫌を更に悪くする。

自慢の金髪が、今にも逆立ちそうだ。

 

 

「キィ―――――!!!な ん で す の!!この究極の目立ちたがり屋は!!麻雀を使って私よりも目立とうとするなんて……!」

 

「ええ……?」

 

どうやら透華の基準は、目立とうとしているかどうかで決まるらしい。

そしてその基準で見ると、クラリンはどうやらアウトなようだ。

 

 

「今すぐにでも、こんな動画やめさせなくては……!」

 

「なんでそうなるのさ……」

 

やれやれといった様子の一の背に、1人の女生徒がやってくる。

 

 

「お、なになに、クラリンの動画見てんのか?俺もよく見てるぜ」

 

「純……あなたまで……!」

 

井上純。透華の身長を優に超える長躯でありながら、スレンダーな体つきとベリーショートにまとめた髪型故によく男子と間違われる、龍門渕の女子生徒だ。

 

純も、クラリンの動画はチェックしている。

その事実が更に透華の機嫌を悪くした。

 

せっかくの整った金髪をぐしゃぐしゃにかきむしる透華を見かねたのか、純がため息をつきながら透華に提案する。

 

 

「そんなに気に入らねえならよお。クラリンよりも有名になればいいじゃねえか」

 

「……随分と簡単に言いますわね」

 

クラリンよりも有名になる。

この時点で多くの視聴者を獲得し、麻雀系Youtuberの先駆けとなった彼女の知名度を考えれば、どれだけ難しいことかは想像に難くない。

しかし、だからといって諦めるようなお嬢様でないのを、ここにいるメンバー全員は知っていた。

 

運営のAIとまで言われた「のどっち」を麻雀で負かそうとしたことからも、彼女の気質は知れるというもの。

ただ、「のどっち」の時は麻雀で勝てばよかったのに対して、今回はそう簡単な話ではない。

 

 

「……ですが……何事にも手段が必要です」

 

そう。手段がなければ有名になどなれるはずもないのだ。

 

うーん、とメンバーが首をひねりながら思案している。

 

そんな時だった。

 

 

「なんだなんだ!戒驕戒躁!騒いでいるだけでは文殊の知恵は得られぬぞ?」

 

「衣!」

 

そんな悩む透華の頭の上にひょいとかわいらしい顔を出したのは、天江衣。

どうやら衣も、騒ぎを聞きつけてきたようだ。

 

純とは対照的に、圧倒的に小さい、小学生と間違われるほどのサイズ感。頭の上についた長めの赤いリボンが可愛らしく揺れている。

ロングに流している綺麗な金髪は、透華の親戚であることを強く表していた。

 

 

「実は……この動画の配信者が麻雀界で有名になろうとこざかしい真似をしているのですわ……」

 

「いやいや……そんなんじゃないでしょ……」

 

衣にクラリンの説明を誇張して行う透華に、またも一がジト目を向ける。

 

ひょこ、と衣が画面を眺めると、そこにはクラリンが麻雀の解説を行っていた。

 

天江衣という少女は、生まれながらにして牌に愛されし者であり、麻雀中にこのような難しいことを考えたことはあまりない。

であるからして、クラリンが一体なにを言っているのかよくはわからなかったのだが、とりあえず麻雀の説明をしていることは分かった。

 

 

「とーかは、この者のようになりたいのか?」

 

「この者のように……いえ。この者以上に有名になってみせたいのですわ!」

 

透華の目的は、第二のクラリンになることではない。

むしろ、クラリンを超える存在にならねばならないのだ。

 

よし、と衣が両手を腰に当てる。

 

 

「ならば、迅速果断!とーかは闊達でなくてはな!すぐにでもやれば良いではないか!我らの麻雀卓を使い、とーかが人心を収攬する所を衣も見てみたい!」

 

「……確かに、細かいことにこだわるのは私らしくありませんでしたわね……!」

 

衣の助言に、透華が前を向く。

手段など、どうとでもなる。

 

なにしろ透華には、不可能を可能にしてしまう心強い人間がついている。

姿は見えなくても、必ずこの屋敷にいる執事が。

 

透華がパチンと指を鳴らす。

 

 

「ハギヨシ!!!」

 

「ここに」

 

透華の呼びかけに答えたのは、スマートな執事服に身を固め、顔立ちも整った龍門渕のスーパー執事、ハギヨシだった。

先ほどまでいなかったはずなのに、一瞬の内に透華の傍に立っていることからしても、その異常さがうかがい知れる。

 

 

「あなた、動画の撮影……並びに編集はできまして?」

 

「もちろんです」

 

「うっそでしょ」

 

主の言葉に二つ返事で返して見せたこのスーパー執事。

流石にそんなことまではできないだろと思っていた一が思わず顔を引き攣らせる。

 

いとも簡単に手段を用意できた透華。

 

「おーほっほ!……クラリン……あなたの時代は終わりを迎えましてよ。一番目立つのはこの(ワタクシ)!!龍門渕透華ただ一人ですわあ!!」

 

苦笑いを浮かべるメンバーとは対照的に、透華の高笑いが、いつまでも屋敷に響いていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「くしゅん!」

 

「なんや、風邪か?」

 

「誰かに……噂されてる!」

 

「……せいぜい夜道には気ぃつけるんやな」

 

「怖い事言わないでくれません???」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『トカリンの麻雀講座~!!!』

 

 

翌日の夜。

とある部屋で、その動画は再生された。

 

 

ハギヨシの天才的手腕により、編集は本家よりも凝っている。

 

クラリンのスタイルとは違い、透華は完全顔出しスタイル。

究極の目立ちたがり屋である彼女が、顔を隠すなどできるはずもなかった。

 

 

「みなさんごきげんよう。わたくしはトカリン。麻雀を得意とする普通の高校生でしてよ!」

 

自己紹介から普通ではない。

名前からして完全にパクっている。

 

そんなことは気にもとめていないようで、自動卓の対面に座る彼女は、自信満々にどや顔でカメラ目線を決めていた。

 

 

「今日は、皆さんにリーチ判断をお教えいたしますわ!!」

 

透華が右手を優雅に口元にあて、高笑いを決めた。

 

 

リーチ判断。

聴牌時に、ダマにとるか、リーチをするか。

軽率に見られがちだが、この判断はとても大切で、それゆえにとても難しい。

 

この判断1つで、和了れる手を和了りそこねたり、逆にもっと高くできたかもしれない手を、みすみす低打点で和了ってしまうこととなる。

 

一流を目指すのであれば、避けては通れない課題だろう。

 

 

「まずは、この例を見てくださいまし!!」

 

 

透華がそう言うと、画面には牌姿が映される。

 

 

 

東発 親 6巡目 ドラ{③}

{③④赤⑤33367三四五五西}  ツモ{赤5}

 

 

東発の親、ダマでも満貫の聴牌で亜両面の聴牌だ。

 

 

「これをダマにする方はけっこういらっしゃるのではなくて?……ダマで12000……打点はありますが、確かに良い待ちとは言いにくい待ちですわね……」

 

賛否両論あるところだが、この形でのリーチとは行きにくく、ダマにしてしまう人も多いのではなかろうか。

 

少し時間を取った後、透華が正解発表をする。

 

 

「この手、正着はリーチでしてよ!!」

 

ばあ~ん!と画面上に「りーち!」の文字が躍る。

 

確かにこの手、逃してしまうリスクはあるかもしれないが、それでもリーチをかけるほうがプラスになることが多い。

親であるがゆえに、リーチを打てば周りは手が作りにくく、自身はツモを何回も行える。

ツモれば跳満確定手であるがゆえに、ここはリーチと打って出て、6000オールの抽選を何回も受けるほうがプラスに働いたりするものだ。

 

しかし、実は透華の目にそんな些細なことは映っていない。

 

透華が、右手を前に突き出す。

 

 

「リーチしてこの手はわたくしならば一発で赤をツモれましてよ!!そして裏ドラ!!」

 

透華は、完全に用意してあったツモ牌の{赤五}を手牌の横に開き、ドラ表示牌{②}と、その裏にあった牌を手元に引き寄せる。

そして、その牌をめくった。

 

出てきた牌は、{2}。

 

 

「裏3!!!!メンタン一発ツモドラ赤3そして裏3!!!3倍満ですわあ!!12000オール!!12000オールでしてよ!!!」

 

 

とんでもないヤラセである。

画面にはクラッカーと花吹雪が異常な程に舞っていた。

 

 

「目立ってなんぼ、目立ってなんぼですわあ!……これであなたも、人気者になること間違いなし!!さあ、わかったらチャンネル登録と、高評価をしてくださいな!!」

 

透華の高笑いが、徐々にフェードアウトしていくにつれ、画面も暗転する。

 

なんと、この1問でこの動画が終わった。

その間、およそ2分。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

動画が終わったのを見届け、死んだ目で多恵はスマホを閉じた。

 

 

「いや、嫌われるだろ。JK」

 

 

麻雀において豪運を発揮する人間が、必ずしも人気者になるわけではなかった。

 

 

 




『はじめの、スーパーイカサマ講座! ~つばめ返しを練習しよう!~』

『純のスーパー邪魔ポン講座! ~相手の邪魔は、麻雀の基本。流れを奪い取ろう~』



多恵「……」




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第72局 至上の喜び

恥ずかしながら、今まで推薦文というシステムを知らず、昨日この作品にいただいた推薦文を読ませていただきました。
とても嬉しかったです。
素敵な推薦文をありがとうございます!





 

「どっせえええええええい!!!!」

 

 

姫松高校控室の扉が、勢いよく開いた。

 

扉の前で右足を大きく前に蹴りだして、ドアを開いたのは愛宕洋榎。

中堅戦を見事トップにまとめての凱旋である。

 

 

「洋榎先輩!お疲れ様です!流石ですね!」

 

「洋榎おつおつ~。めちゃくちゃ良い内容だったんじゃない?」

 

漫は目を輝かせて、多恵も笑顔で洋榎を迎え入れる。

 

 

「せやろ~流石やろ~?」

 

満足気にその場をくるくると回る洋榎はとてもご機嫌だった。

 

由子と恭子も、洋榎の素晴らしい打ちまわしに、賞賛しきり。

 

 

そんな会話と感想戦もひと段落して、由子が席を立つ。

 

 

 

「洋榎ちゃんのリードは必ず守るのよ~」

 

「ゆっこ、頼むで~?」

 

よしっ、と気合を入れる副将の由子に、洋榎がハイタッチする。

頼もしい中堅から、頼もしい副将へのリレー。

 

多恵が、にこやかにその様子を眺めた。

 

 

(ここまで頼もしいバトンタッチは、他にないかもなあ……)

 

 

麻雀と言う競技である以上、どうしても成績にブレが出るはずの競技で、この2人に関してはブレが少なく、強い。

多恵はそう感じている。

 

その理由の一端に、この2人は「運が悪い時や、相手に運がある時の立ち回り」が他よりも圧倒的に上手いからだと感じていた。

 

 

 

「由子。副将戦は原村和と、晩成の強気娘、それに手を塞ぐ臼沢塞。油断ならん相手や、気張ってき」

 

「もちろんなのよ~。ウチも、強気加減では負けへんのよ~?」

 

恭子の注意喚起に対して、またもワン、ツーと拳を繰り出す由子。

その様子を多恵は微笑ましくも思いながらも、「いや、由子そういう麻雀じゃないよね?」というツッコミが頭に浮かぶ。

 

由子が、対局室に向かうために扉の前まで辿り着き、そしてまたこちらへと振り返った。

 

不意にこちらを振り返るその姿は、とても可憐で。

 

 

 

 

「……恭子ちゃんのためにも~たくさん稼いでくるのよ~!」

 

「……!」

 

 

 

バタン、と扉が閉まる。

 

思いがけない由子からの言葉に、恭子が面食らっていた。

 

驚いたように固まる恭子の肩に、多恵が手を置く。

 

 

「……由子も、恭子が今日の大将戦かなり不安に思ってること、わかってるんだよ」

 

「……こら、大将失格やな……」

 

 

頼もしい、同級生からの激励の言葉。それも今から戦いに行く由子にもらってしまった。

 

気合が入らない、わけがない。

 

 

「……気張りや、由子。由子やって今日の相手は、手強いんやから」

 

 

そう呟いた恭子の顔は、しっかりと前を見据えていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『今、4人の選手が卓に着きます。お待たせしました!副将戦、スタートです!』

 

 

針生アナの声とほぼ同時、対局室に荘厳な音楽が鳴り響く。

 

準決勝副将前半戦のスタートだ。

 

 

 

 

副将戦前半戦 開始

 

東家 清澄 原村和

南家 宮守 臼沢塞

西家 晩成 岡橋初瀬

北家 姫松 真瀬由子

 

 

 

 

 

 

 

 

東1局 親 和 ドラ{三}

 

自動卓から配牌が上がってきた。

ついに準決勝第二試合も副将戦。残り後4半荘で決勝に残る2校が決まる。

 

点数状況は中堅戦が終わって姫松が抜け出して残りの3校が横ばいの形。

3校は、姫松を抜くことまで考えれば、もうこのあたりから差を詰めないと間に合わない可能性が高い。

 

 

南家に座る臼沢塞は、ゆっくりと息を吐くと、自身のモノクルを、一度かけなおした。

 

 

(さあ~て……誰を塞げばいいのかな……)

 

2回戦は、絶対に塞がなければいけない相手がいた。

体力の消耗は激しかったが、結果的に幾度となく、北九州最強のエース白水哩の和了りを阻止することができた。

宮守にとっては、彼女の活躍無くしてこの準決勝に残ることはなかっただろう。

 

彼女のモノクルは、麻雀に対して特殊な力を持っている者に反応し、その者が力を行使しようとすると曇る。

塞はその気配を察知して、止めに行くか行かないかを決めることができるのだ。

 

しかし、この力は諸刃の剣。

2回戦では哩の力に対して、1度止めにいっただけでとてつもない疲労感を覚えた。

 

 

この卓ではそんなことはないといいなあ、と思いつつも、それは楽観的な考えであると塞は自身の甘い考えを切り捨てる。

 

 

(まずはやっぱり……インターミドルチャンピオンかな……)

 

極めて冷静に、第一打の{中}を切り出した和を見やる。

たまに、頬が上気して熱のような症状が出る彼女だが、今はその傾向は見られない。

彼女を見ても塞のモノクルが曇ることはなかった。

 

 

塞が、違和感を覚えながらもツモ牌へと手を伸ばす。

 

 

(原村のアレは、『力』ってわけでもなさそうだしな……じゃあ、こっちか)

 

ならば次に警戒すべきは、対面。

常勝軍団姫松の副将を務める、頭にお団子を2つ乗せた少女、真瀬由子。

彼女の局回しのセンスは圧倒的で、宮守の監督である熊倉からも「姫松には常に注意を払うように」と言われている。

 

あれだけの立ち回りを演じるのだ。それこそ何かしらの『力』を行使していてもおかしくない。

真剣な表情で、モノクル越しに由子を見やる。

 

しかし。

 

 

(あれ……?)

 

またしてもモノクルに反応はない。

いくら見てみても、にこやかに微笑みながら手牌を眺める呑気な少女が映るだけ。

 

あれだけの芸当をなんらかの『力』もなくやっていると思うとそれはそれで手がつけられないのだが、ひとまずそういった類の打ち手ではないことを確認できた。

塞が、打牌をした後、少しだけ顎に手を当てて思案する。

 

 

もちろん、これから先どこかのタイミングでモノクルが曇る可能性はある。

しかし、このモノクルは打ち手の本質を見抜くような性質があり、『力』を持っている打ち手にはその『力』が今発動していなくても少しは曇るはずなのだ。

 

が、2人ともそれがない。

 

 

 

そんな塞の不思議な感覚をよそに、局は進んでいく。

 

6巡目の出来事だった。

 

 

「リーチ」

 

とてつもない速度でツモってから切る動作を繰り返していた和から、わずか6巡でリーチがかかる。

 

 

(親……早い……!)

 

思わず塞も顔をしかめる。

東発であるからこそ、親のリーチに打ち込みたくはない。

12000の放銃など論外だ。

 

控えめに手を進めていた塞は、安牌である字牌を河に並べる。

 

次のツモ番は、初瀬だ。

 

初瀬は持ってきた牌を手牌の上に少し乗せるが、さほど考えずに、すぐにその牌を河へと打った。

 

 

塞が、初瀬の切った牌を眺める。

 

 

({⑥}ね…………{⑥}?!)

 

圧倒的二度見である。

 

対面を見てみれば由子も目を丸くしていた。

 

 

{⑥}は和に全く通っていない牌。

所謂ダブル無スジ。

それをこの少女は親のリーチに対して平然と切っていったのだ。

 

 

(この晩成の1年、2回戦もこんな感じだった……!無スジを通すと手が進むとかカウンター系の『力』……?!)

 

塞が慌ててモノクルをかけなおす。

 

油断していた。晩成のこの1年生も2回戦で臨海のメガンを相手に殴り合いを演じていたのだ。

なんらかの『力』を持っていることは容易に想像ができる。

 

 

覚悟を決めて、モノクル越しに初瀬を見る塞。

 

 

 

(え……?)

 

しかしまたしても、塞のモノクルに反応はない。

 

次巡、初瀬は持ってきた牌をまた手牌の上に重ねると、またすぐに河へと放つ。

 

今度は{3}。また無スジだ。

 

 

余りの驚きに、一度モノクルを外して隣に置いておいた眼鏡拭きでモノクルを磨く塞。

それはもう、必死に拭いた。

 

 

(いやいやいやいや!ありえないって!じゃあなに!?なんの『力』も無くこの1年は無スジをバカみたいに押してるってわけ?!)

 

 

残念ながら、その通りである。

 

初瀬という打ち手は、そういう打ち手だ。

 

そんな塞の気持ちが伝わったのか、初瀬がバツが悪そうに自分の手牌を眺める。

 

 

 

初瀬 手牌

{③③④赤567一二三赤五五七八}

 

 

(いや……でも……これオリないし……)

 

 

初瀬の理屈は間違ってはいない。

まだ通っているスジも少ない親のリーチ。自身は赤赤ドラの勝負手の一向聴。

 

どうせ中途半端にオリて安牌に困るくらいなら、全力で真っすぐにいってやろうという気持ちはわかる。

 

しかしこの大舞台、それも東1局にそれができる1年生が今年一体どれほどいるだろうか。

 

岡橋初瀬という打ち手は、このとてつもない強心臓が売りなのだ。

 

初瀬が、ツモ山に手を伸ばす。

 

 

「リーチ!」

 

またも無スジの{④}を切り飛ばして、初瀬からリーチがかかる。

 

 

しっかりと丁寧に拭いたモノクルをかけて、もう一度初瀬を見直す塞。

 

しかしやはりモノクルは反応を示さない。

 

 

 

 

(え……まさか……)

 

 

 

塞の脳内に、1つの結論が生まれる。

それは、いつか1度でいいからやってみたいと夢見た結論。

 

 

塞の全国大会は、これまで熾烈なものだった。

 

1回戦だって、2回戦だって辛かった。

 

自分に当てられた役割と分かっていても、体力的にも精神的にも辛いものは辛い。

 

 

だからこそ、塞には1度でいいから、やってみたいと願ったケースがあった。

 

トーナメントで勝ち上がれば勝ち上がるほど、難しい願いであるというのは分かっているのだが、どうしてもやってみたいと願ったこと。

 

 

そこまで考えが至って、もう一度大きく左右に首を振る。

 

 

(まだ、わからない。最後に、もう1回確認しよう。油断は禁物。もしかしたら私が見逃しただけかもしれない……!)

 

愛用のモノクルをかけなおす。

最終チェックだ。

 

 

 

2家リーチとなっても全く意に介することなくツモ切りを続ける親の和。反応はない。

何度も強気に打ってでて、見事リーチまでたどり着いた下家の初瀬。反応はない。

そんな2家リーチを受けているというのに、笑顔で危なげなくオリ打ちを続ける対面の由子。もちろん反応はない。

 

 

 

最後までしっかりと確認をして。

 

塞が、モノクルを外した。

 

 

 

 

拳を、強く握りしめる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(やった……!やった……!やった!!)

 

 

 

 

 

歓喜……!圧倒的歓喜っ……!

今塞を支配する感情!それは喜び!至上の喜び!!

 

誰も塞がなくて良いという、この上ない喜び!!圧倒的感謝っ……!

 

もう疲れる必要はない!理不尽に体力を奪われることはない!!

今日、この卓に限り!塞は許されたのだ!!普通の麻雀を打つことを……!

 

 

 

 

 

 

 

 

(嬉しいっ……!嬉しい!私は……麻雀を打って良いんだ……!)

 

 

 

この上ない喜びに涙を流しながら感謝する塞。

こころなしか、目がバツ印のようになって、体を震わせている。

 

 

 

 

突如として訪れた最高の展開にダバダバと涙を流す塞に、声がかかる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……あの、2000点もらえます?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

満貫をツモった初瀬が、塞の様子にドン引きしながら点棒を要求していた。

 

 

 

 

 

 




※タグにキャラ崩壊をつけるべきか否か






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第73局 牌をだいじに

準決勝第二試合副将戦は、初瀬の満貫ツモで幕を開けた。

 

親の和のリーチに対して真っ向から勝負を挑み、そして和了りを勝ち取る。

シンプルで、強い麻雀。

初瀬の強さは、メンタルの強さに起因する。

 

 

 

『まずは開幕、和了りを勝ち取ったのは晩成の岡橋初瀬選手!強引にも見える手順で見事満貫をツモりましたね!』

 

『晩成の副将のコの良いところは、本当にしっかりとメリハリがきいてるところだよねえ。見ていて気持ちの良い麻雀だねぃ!』

 

『そうですね!……それにしても宮守の臼沢選手が泣いてたように見えたのですが……なにかあったのでしょうか?』

 

『まだどっかわるいんじゃねーの?知らんけど!』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

東2局 親 塞

 

 

塞が昂った感情をなんとか抑え込み、自身の手牌を眺める。

大事な親番だ。とりあえず特定の誰かを抑え込む必要がないのはわかったが、それで安心するほど塞だって愚かではない。

 

裏を返せば、『力』が無くても、ここまで戦ってきた打ち手なのだ。油断は死に直結する。

 

 

(姫松の真瀬さんなんてその典型だよね……)

 

塞が対面に笑顔で座る由子を眺めた。

 

常勝軍団姫松の中で、派手な成績こそないものの、3年になってからは1度もレギュラーの座を譲ったことのない安定感。

その堅実な手組みと、姫松の系譜である圧倒的防御力を誇るその打ち筋は、チームメイトからの信頼も高い。

 

点数を持った状態ではやりたくない相手。

 

とはいえ、これは団体戦。副将戦が始まった段階で点数を持たれているのだから仕方がない。

 

 

(一局一局を集中して打とう)

 

塞ぐ必要がないのだから、よりいっそう自身の麻雀に集中する。

覚悟を決めて、塞が第一打を河へと切り出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

11巡目。

 

 

相変わらず笑顔で打牌を繰り返していた由子が、持ってきた牌を大事そうに手牌に収める。

1枚の牌を、横に向けて河へと切り出した。

 

 

「リーチなのよ~!」

 

 

由子 手牌 ドラ{七}

{①②③⑤⑥⑦三四五六七北北}

 

 

字牌対子があることで、めいいっぱいに手を広げ、最速での聴牌へとたどり着いた由子。

迷うことなく先制リーチだ。

 

 

和と塞が用意していた安牌を打ち、初瀬にツモ番がわたる。

 

 

 

初瀬 手牌

{⑧⑧3赤55678二二三四四} ツモ{八}

 

 

 

『ああっと!一発キャッチですね。先ほどと同じように一向聴ですし、これも真っすぐ行くなら当たってしまいますが……』

 

初瀬が持ってきた{八}は自身の手には必要なく、初瀬にはわからないが由子への当たり牌だ。

先ほどのようにいけば一発での放銃となってしまう。

 

誰もが、その未来を予測したが。

 

 

(……)

 

初瀬は、一呼吸おいてから、由子の現物である{6}を打ち出した。

 

 

『放銃回避!初瀬選手、ここはオリを選択しました……!先ほどと同じように満貫がほぼ確約されるような形でしたが行きませんでしたね?』

 

『良いバランスだよねい。さっきと違って、今回の一向聴は愚形残りが2つ……最終形がどうしても弱くなるし、ここはスジの{⑧}すら切らずに完全安牌を切ったね』

 

 

最終形。

いくら打点があるからと言っても、和了れなかったらただの絵に描いた餅。

満貫の一向聴とはいっても、初瀬はこの手牌を先ほどの手牌と同じようには評価しなかった。

 

 

(いくらなんでも2枚見えてるカン{三}じゃダメだよね……)

 

一盃口のカンチャン待ちというのは、どうしても自分が1枚使っている都合上、普段のカンチャン待ちよりも弱くなる。

それも、河に1枚見えているこの愚形は、控えめにいっても勝負できる形とは言いにくかった。

 

とはいえ、聴牌なら勝負するのが初瀬なのだが。

 

 

 

誰も勝負に行かなければ、当然、待ちの広い由子が有利。

 

由子が持ってきた牌を丁寧に手牌の横に開く。

 

 

 

 

「ツモよ~!」

 

 

由子 手牌

{①②③⑤⑥⑦三四五六七北北} ツモ{八}

 

 

 

「メンピンツモドラ1。1300、2600よ~!」

 

 

結局由子がツモ和了りをモノにした。

 

 

『姫松のツモ!他校との点差を広げます!』

 

『目立たないけど、このコも相手にしたくない打ち手だよねい。明確なミスの打牌なんか見たことないんじゃないかな?』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

東3局 親 初瀬

 

 

「ポンよ~!」

 

由子が、対面の塞から出た{白}をポン。

由子の仕事は点数を稼ぐことではない。できる限り早く、局を回すこと。

であれば面前にこだわる必要などなにもなく、役牌を積極的に鳴きに行く。

 

 

由子が塞の河に切られた牌を丁寧に手に取ると、自分の手牌の横にあった2枚の{白}を晒し、合わせて3枚になった{白}を静かに卓の右端へと持っていく。

 

そして自身の手牌から1枚を選んで、綺麗な外切りで打ち出した。

 

相手の河から牌を持ってくる前に切るほうが良いとするマナーもあるが、最近ではしっかりと持ってきてから打牌したほうが良いとするルールが多い。

 

由子は相手へ迷惑にならないように、落ち着いて1つ1つの動作を行う。

 

 

何度も行った慣れた手つき。しかしそのどこにも雑さはない。丁寧な手さばきだ。

 

 

そんな由子の丁寧な牌さばきに、思わず針生アナも感嘆の声を漏らす。

 

 

『まったく対局には関係ないですが……姫松の真瀬選手、牌の扱いが丁寧で綺麗ですね……』

 

『関係ないこともねえんじゃね?それだけ牌に触れてきた時間が長い証拠でもあるし、見ている人からしても気持ちが良いんじゃねえの?知らんけど!』

 

 

意外なことに、牌の扱いを教えてくれる指導者は少ない。

 

由子は小さい頃から麻雀牌が好きだったこともあり、その気持ちが打牌の動作にも表れている。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――――大会が始まる少し前、姫松高校。

 

 

 

 

「だあ~!!!終わったあ~!」

 

 

もう日が暮れてすっかり夜になった校舎。

昼は騒がしい喧噪も聞こえてくるのだが、今はその騒がしさも鳴りを潜めている。

 

 

漫は麻雀部の部室で、1人牌譜とにらめっこしていた。

 

漫がレギュラー入りしてからの日々は忙しい。

 

多恵から与えられた牌姿の勉強。

恭子から与えられたたくさんの牌効率の課題。

 

それらを部活後にこなすことが、漫の日課となっていた。

 

 

ようやく今日の分が終わり、席を立つ漫。時刻は既に20時を回っている。

強化部会である麻雀部であっても、ほとんどの生徒が帰宅している時間だ。

 

部室の鍵を閉めるために、対局室へと向かう漫。

 

 

(あれ……?灯りがついてる……?)

 

てっきり自分が最後だと思っていた漫は、対局室に明かりがついていることに驚いていた。

 

いつも自ら洗牌をする多恵や洋榎、恭子などはちょうど先ほど自分に一声かけて帰っていった。

誰だろうと対局室に入ると、そこには頭にお団子を2つ乗せた少女の姿。

 

 

「真瀬先輩やないですか!」

 

「わあ!びっくりしたのよ~……!」

 

ビクリと肩を震わせた由子が、振り返って漫の姿を確認する。

由子も漫と同様誰もいないと思っていただけに、突然の声に驚いていた。

 

 

「なにやられてるんですか?」

 

「……たいしたことや、ないんやけどね~」

 

由子の目の前には自動卓がある。それも、自動卓の表の卓の部分を持ち上げて、固定してある状態で。

 

そしてその自動卓の横には、「故障中」という貼り紙があった。

 

 

 

「洋榎ちゃんとか恭子ちゃんとか多恵ちゃんが、洗牌はちゃんとやってくれてるんやけど~、それでも卓の故障ってのは起きちゃうのよ~」

 

「あれ?せやけどその卓、末原先輩が業者呼ぶて言うてましたよね?」

 

自動卓を修理してくれる業者は、ゴマンといる。だからこそ、強豪校の部活ともなれば、どこに電話をかけたってすぐにでも駆けつけてくれるだろう。

 

なのにもかかわらず、由子は自身の手と顔をところどころ黒くし、袖で汗を拭きながら、故障した卓と向き合っていた。

 

 

「そーなんやけどね~、自分で見てあげないと、気がすまへんのよ~」

 

「……真瀬先輩」

 

 

『ピン2-58』と書かれた、機械に差す油を右手に持ち、左手には濡れ雑巾。

綺麗にゲタにまとめられた牌達は、もう既に丁寧に水拭きされた後のようだ。

 

 

「……別に、これでツモが良くなるとか、思ってへんよ~?……けど、道具は大切にしなきゃ、あかんよね~。姫松の強い人らは、み~んなやっとることよ~」

 

 

漫は驚いたように、由子の背中を見つめる。

 

こんなこと、どう考えても他の高校ではやっていないだろう。

由子が、レギュラーで麻雀を打つ人間であることを考えれば尚更。

 

 

綺麗に点棒も拭き、点箱も拭き、少しはみ出していたマットを切り取ると、由子はゆっくりとコンセントを入れた。

 

 

「自動卓の故障なんか、だいたい簡単に直せるのよ~?それを毎回業者さんに丸投げしたら、麻雀の神様に、見放されてしまうかもしれないのよ~」

 

「……そう、ですね」

 

少し汚れてしまった手を気にも留めず、由子が漫の方へ振り返る。

屈託のない笑顔に、漫も思わず笑顔を浮かべて、由子の手伝いを始めた。

 

作業をしながらそんな由子の姿を見て、漫は姫松の同級生や、2年生の先輩たちが言っていたことを思い出す。

 

 

 

 

『姫松の今のレギュラー陣はもちろん麻雀も強いけど、それに慢心せず、努力する上に人として尊敬できる』

 

『中でも真瀬先輩が牌を雑に扱っている所を見たことがない』

 

『本気で応援できる』

 

 

 

 

漫は姫松が応援される理由の一端を知ることができたような気がしていた。

 

 

(姫松って、本当とんでもない高校なんやな……)

 

目の前の笑顔な少女も、いつも厳しく鍛えてくれる先輩も。

誰もがいつも尊敬の目を向けられていた。

 

 

強豪校は、どうしてもレギュラー陣が慢心し、下級生を軽率に扱うことが多い。

 

しかしそれでは、誰も応援しない。

早く負けて卒業して、代が変わってくれとしか思わないだろう。

 

姫松にはそれがない。

 

レギュラー陣が誰よりも努力していることを、部の全員が知っている。

誰よりも誠実に麻雀に向き合っていることを、部の全員が知っている。

 

 

「ウチに、特別な力はないのよ~。……せやけどね~、どうしても洋榎ちゃん達に追い付きたかったのよ~」

 

漫が乾拭きして、ゲタに入れておいた麻雀牌たちを丁寧に自動卓に戻しながら、由子が話を続ける。

 

 

由子がレギュラーに定着したのは、洋榎含む他のメンバーに比べて遅かった。

1年生から暴れまわる洋榎と多恵を見て、当時から2人と仲が良かった由子は、羨ましいと思ったことが無いと言えば、嘘になる。

 

 

由子だって麻雀打ちなのだ。強くなりたかった。

 

だから、洋榎や多恵がやっていることを、同じように実践しようとした。

 

勉強して、実践して、洗牌をする。

 

洋榎や多恵よりも、より長い時間を使って。

 

洗牌をすることは、特に実力につながることは無いのかもしれない。

 

 

しかし、いつも帰りにきっちりと洗牌をしている2人を見て。

そこをおろそかにしてしまっては、あの2人には到底追い付けないような気がしたのだ。

 

由子はそれから、元々得意だった自動卓の扱いを、誰よりも勉強し、丁寧に手入れするようになった。

 

 

由子が、点棒を点箱へと戻す。

全てのデジタル表示に「25000」の表示が出た。

 

 

 

「道具を大切に扱って~、その上で勉強して~、神様に見放されんように~って麻雀を打ってきたのよ~。そしたらなんとか、レギュラーになれたのよ~!……でもこれって、誇るようなことじゃあらへんのよ~。誰にでもできることなのよ~?」

 

 

超人的な和了りをすることは、できないかもしれない。

 

しかし、由子が積み重ねてきた1つ1つが、今の由子の強さにつながっている。

どの要素が由子を強くしたと断定することはできない。

 

 

しかし、今年明確に、由子に牌が、応えてくれている。

 

 

 

ガラガラガラと回る自動卓の音が、ぴたりと止んだ。

 

トラブルを示す卓の中心のランプの点滅は、もうしていない。

 

 

全ての最終確認を終えた由子の表情が、ぱあと明るくなった。

 

 

 

「また一つ、直ったのよ~!」

 

 

漫が、由子に最高の笑顔とともに、わぁ、と拍手を送る。

その目は、尊敬の念にあふれていて。

 

 

もう辺りは真っ暗になった姫松高校に、その拍手はとても長く響いていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

東3局 親 初瀬 9巡目

 

 

 

「ロンなのよ~」

 

 

勢いよく牌を曲げた初瀬のリーチ宣言牌に、由子から声がかかる。

 

初瀬が、少しだけ表情を歪ませた。

 

 

 

 

由子 手牌 ドラ{東}

{①①①23467南南}  {白横白白} ロン{5}

 

 

 

 

「1300なのよ~!」

 

 

 

 

 

『姫松高校真瀬由子選手!打点は低いですが2連続和了で局を進めます!』

 

『安牌も確保しながらの手牌進行、見事だったねい』

 

 

親の晩成の攻撃の芽を、由子が摘み取った形。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「やったあ!真瀬先輩!!」

 

「ええぞ~由子~」

 

 

姫松の控室も、由子の安定した打ちまわしに歓声が上がる。

 

多恵と恭子も由子の和了りに、満足そうにうなずく。

 

 

「道具を誰よりも大切にしている由子だからこそ、良いタイミングで聴牌が入るのかもね?」

 

「……そんなオカルトはあらへんやろけど、由子が誰よりも道具を大切にしとるっちゅうのだけは同意するわ」

 

 

由子の麻雀に対する姿勢は、多恵も恭子も知るところだった。

 

モニターの先に、笑顔で点棒を点箱にしまう由子の姿が映る。

 

 

「その心の強さ……見せつけてきいや、由子」

 

 

姫松の根幹に根差す考え方。

 

 

 

『牌を愛する』ことを3年間重ねてきた由子に、死角はない。

 

 

 



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第74局 のどっちは笑う

祝!!!お気に入り件数3000件突破!!!


いつもありがとうございます。
最近 作品のことや麻雀のことを呟くTwitterを初めました、ASABINです。
良かったらフォローしてやってください。


さて、連載開始から3ヶ月で、ついにお気に入り件数3000件を突破しました。
気付けば総合評価も10000pt弱と、まさかここまで来れるとは、といった感覚です。

いつも読んでくださる皆さま、本当にありがとうございます。

初期から感想を書き続けてくださる方、たまに感想を書いてくださる方、新しく一気読みしたよ!と報告を感想で書いてくださる方。

全ての感想が、作者の執筆意欲につながっています。


作者的には、この「ニワカは相手にならんよ(ガチ)」は、そろそろ折り返しかな、といったぐらいなので、まだまだ続きます!

ですので、これからも引き続き、応援よろしくお願いしますね!
沢山の感想、評価お待ちしております!

ニワカは相手にならんよ!





南1局 親 和 ドラ{八}

 

 

副将戦は南場に突入した。

ここまでの対局で、点数に大きな開きは出ていない。

 

和は、ゆっくりと手牌を上げる。

慣れた手つきで理牌をしてから、はあ、と一つため息をついた。

 

 

(心の整理が、足りていませんね)

 

和にとって、今日という1日は感情の浮き沈みが非常に激しい1日といえる。

 

ここ数年、師と仰いでいた存在が同じ高校生であるということを知り、そしてその存在が自分の知らない打ち方をしていることも知った。

 

そしてその理由は和の想像の遥か上を行く答えで。

 

和の心を揺さぶるのは、多恵のあの言葉と、強い意志を感じる、表情。

 

 

 

『「力」をも、デジタルに組み込んでみよう。いつの時代だって、そうやって麻雀戦略は日進月歩を繰り返してきたんだから』

 

 

 

 

 

 

(私にはまだまだ、わからないことが多いですね)

 

 

眩しいとすら思った。私も、こんな強い人間になりたい、と。

 

 

和にしては珍しく、対局中に雑念が混じっている。

しかしこのことを自分の中に落とし込まなければ、これ以降も対局には集中できないだろう。

 

 

(……わからないことに、背伸びはしません。今の私にできる、最大限の努力をしましょう)

 

 

クラリン先生も良く言っていた。

自分にできる最大の努力ができたなら、結果が実らなくても、それは次につながる一打だと。

 

 

 

ゆっくりと、目を閉じた和。

 

大きく息を吐いて、上がってきた手牌を開くのと同時に、目を開ける。

 

和の手が、第一打を選び抜く。

 

 

 

その眼は、体は、デジタルの世界へと入り込んでいた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

2巡目。

 

親の和から放たれた{発}に、塞から声がかかる。

 

 

 

「ポン!」

 

塞が手牌から2枚の{発}を晒すと、右端へと牌を持っていった。

 

 

 

塞 手牌

{13489一二白白中} {横発発発}

 

 

チャンタか、索子に寄せるか、といった手牌の塞。

{中}さえ重なれば、大三元まで見える手牌だ。

 

大三元は嬉しいが、塞の狙いは実は別にあった。

 

 

 

(白……白が出れば有利に立ち回れる)

 

 

大三元は役満の中でも難易度が比較的低い役満であり、その特性上、2種類の三元牌を鳴いた時に、他家が最後の三元牌を切り辛くなるという効果がある。

インターハイのルールに、大三元のパオ(3つ目の三元牌を鳴かせた人の責任払い)のルールはないが、それでも切り辛いのは間違いない。

 

 

塞の眼が鋭く光る。

 

 

(……手の塞ぎ方は、別に力に頼る方法だけじゃないんだから)

 

明確な力を持った打ち手がいないからといって、油断はしない。

そして塞が慣れているのは、相手を上手く止めた後に、出てくる牌で仕留めるプレイング。

 

有利な展開への持っていき方は、慣れているのだ。

 

 

 

塞の狙いは、早い段階で成就することとなる。

 

 

 

「ポン!」

 

初瀬から出た{白}を鳴いた塞。

 

卓に緊張が走る。

塞の対面に座る由子も、少しだけ困ったような顔をした。

 

 

(大三元は……困るのよ~……)

 

役満だけは勘弁願いたい。

初巡に1枚{中}が切れているだけなので、由子の目からは最悪の場合、塞に{中}が暗刻で入っていることもあり得るのだ。

 

もし仮に暗刻で入っているとしたら、もう大三元の聴牌でもおかしくない。

薄い確率とはわかっていても、最悪のケースが存在するだけで怖くなるのが麻雀と言う競技。

現在トップ目に立つ姫松なら尚更だろう。

 

 

 

と、由子が思っていた矢先のこと。

 

 

(……)

 

初瀬が、少しだけ持ってきた牌を見つめる。

時間にして2秒ほどその牌を目を細めて睨みつけると、意を決したように勢いよく切り出した。

 

 

 

 

その牌は、{中}だった。

 

 

 

 

またもや、卓内に衝撃が走る。

 

 

(す!ご!い!の!よ~!!)

 

 

(晩成……!!私の大三元なんかこわくないってか……!)

 

初瀬を睨みつける塞だが、初瀬は知らぬ顔。

 

 

(1巡目の{中}鳴いてないし、そこからのツモは1度だけ。最初っから全部対子なら1枚目を鳴かない理由がないでしょ)

 

ロジックは、わかる。

初巡に切られている{中}を鳴いていないのだから、切るなら今しかないというロジック。

タンピン系の手牌である初瀬は確かに和了るなら切るしかない。

 

だが、2鳴きでもう聴牌が入っていてもおかしくない状況。

それを目の前にしてすぐに切れる人間は、そういないだろう。

単騎で小三元に当たったっておかしくないのだから。

 

 

強靭なメンタル。

 

初瀬はそれを武器にして戦ってきた。

 

 

 

(憧に追い付きたくて見出した、私の長所を活かした打ち方。やえ先輩にだって、認めてもらったんだ!)

 

 

 

 

初瀬が、勢いよく牌をツモる。

 

 

 

 

 

「ツモ!」

 

 

12巡目 初瀬 手牌

{②③④678二二三三五六七} ツモ{二}

 

 

 

 

「2000、4000!!」

 

 

 

 

 

 

 

『晩成の岡橋初瀬選手!!ここも満貫のツモ和了り!勢いが止まりませんね!』

 

『きもったまが強いねい!1年生でここまで強気に出れるんだから、今後が楽しみな選手だよねえ!』

 

 

初瀬の強気な打ち回しに、会場からも歓声が上がる。

 

結局塞の2鳴きに目もくれず、自らリーチに打って出て、ツモりあげる。

 

塞が悔しそうに手牌を伏せた。

 

 

(……この……!)

 

わかってはいたが、対処が難しい。

ちょっとやそっとのことでは止まってくれないのだ、この強気なルーキーは。

 

 

 

初瀬が意気揚々と点棒を受け取っている時。

 

 

 

(……ッ!?)

 

少しだけ寒気がして、初瀬は顔を対面へと向ける。

 

 

初瀬の和了形と、捨て牌を舐めるように見つめ続ける人物が一人。

 

 

(……)

 

和が、いつもの心ここにあらずといった表情ではない、確かな目で初瀬の手元を見つめている。

 

嫌な感じが、初瀬の体を駆け抜けた。

 

 

 

(原村和……なんかベストな状態の時は熱が出る……みたいなこと言ってたけど、そんな感じしない……)

 

点棒を点箱にしまいながら、初瀬は和の視線から逃れるように、手牌を崩すのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

南2局 親 塞 ドラ{三}

 

 

先ほどまで流れるように打牌を繰り返していた和の変化に、卓に座る3人は気付いていた。

 

 

(きょーこちゃんが言うてたんは、発熱すると強くなる……やったけど、違う感じなのよ~?)

 

(インターミドルチャンピオン……随分と余裕そうな表情じゃないか)

 

 

由子と初瀬がそれぞれ、和を見つめる。

 

件の和はそんな視線は目もくれず、自身の配牌の理牌を進めていた。

 

 

(……もし仮に、対面の晩成が「押しが強い打ち手」だとするならば。打ち方を変える必要がありますね)

 

 

この前半戦の東1局。

和の先制リーチは愚形リーチだった。

 

セオリー通りの手組と、セオリー通りのリーチ判断をしたが、そのリーチは初瀬によってかわされた。

 

そして、先ほどの塞の大三元ブラフへの打ち回し。

総合的に和は「岡橋初瀬」という選手へ「人読み」を入れる。

 

 

(押しが強い人に対しては……あれですよね、クラリン先生)

 

集中力を高める和。

 

塞が、一瞬表情を歪める。

 

 

第一打を切り出す瞬間に、和の後ろには、羽の生えた天使が舞い降りていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その瞬間を、クラリンこと多恵は見届ける。

 

 

「へえ……」

 

多恵が見つめるその目は、優しくモニター内の和を捉えていた。

 

そんな様子を見て、ふと、隣にいた漫が気になったことを多恵に聞いてみる。

 

 

「多恵先輩、原村に助言なんかしてよかったんです?」

 

先鋒戦が終わったタイミング。

突如として駆けつけた和に対して、多恵は助言ともとれる発言を、和にしていた。

 

対戦相手であるのだから、普通はあしらうなり、そうでないとしても助言としては何も言わないべきではないか。

漫は少しだけそう思う部分があったのだ。

 

多恵は、うーん、とうなってから、漫の方へ振り返る。

 

 

「……原村さんに、私が聞いたこと、覚えてる?」

 

「……『麻雀が好き』かどうかってやつですかね?」

 

和への質問。

多恵は和に1つの考え方を授ける前、和に麻雀が好きかどうかを聞いていたこと。

 

 

 

「……実はね、わかりきってはいたんだ。この子は、麻雀がすごく好きなんだろうって。じゃなきゃあんなとこまで来てマナー違反すれすれのことなんかしてこないしね」

 

多恵は単純に、前世からずっと、麻雀を愛する人が好きだった。

憧れる人は皆すべからく麻雀を愛していたし、そして強かった。

 

多恵は苦笑いを浮かべながら、漫に話を続ける。

 

 

「……インターハイに出ている子の中で、本当に麻雀が好きな人って意外と少ないと思うんだよね」

 

「ええ……こんな大きな大会に出てるのに、ですか?」

 

漫の疑問は当然だった。

好きでもないのに、こんな大会に出ることができるのか、と。

 

多恵が少し遠くを見つめる。

 

 

「意外と、ね。でも原村さんは違った。たくさんの勉強をして、更に強くなりたいと言っていた。……1人の麻雀好きとして、それはとっても素晴らしいことだな、って」

 

「多恵先輩はお人よしすぎますよ~!」

 

「そうかもね!まあ、大丈夫、その程度でうちの由子が負けるとは思ってないよ」

 

あっけらかんと笑う多恵。

確かにその目は、1ミリも由子の勝利を疑っていない。

 

しかし、それとはまた別に、多恵は楽しそうな表情で和を見つめていた。

 

もー、と未だ不満そうな漫をなだめて、もう一度2人はモニターへと視線を戻す。

 

 

 

多恵のつぶやきは、漫にも聞こえるか聞こえないかというほど小さな声で。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あなたの答え、見せてみて。『のどっち』さん?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

南2局は11巡目のこと。

 

 

和が牌を切る直前に、点箱を開いた。

 

 

 

「リーチ」

 

その発声と、河へ牌を曲げる手さばきは流れるよう。

 

3人に緊張感が走るのには十分すぎる動作だった。

 

 

 

塞は安牌を切り、初瀬にツモ番が回ってくる。

 

 

 

 

初瀬 手牌

{1235688②③④二三四} ツモ{八}

 

 

 

 

初瀬の手は、既に平和系の聴牌。一手替わりでタンヤオと三色がつくため、初瀬はこの手をダマに構えていた。

 

 

(……原村の捨て牌……)

 

初瀬が、和の捨て牌を眺める。

 

 

 

和 河

{西七①発中⑧}

{②一7⑨横2}

 

 

(2巡目に、ツモ切りで{七}……この{八}は比較的通りやすい。現物に私の当たり牌、{7}もある)

 

 

初瀬も、しっかりと手出しツモ切りは確認していた。

その上で、2巡目に切られた{七}がツモ切りであること。

これはこの持ってきた{八}が非常に安全度が高くなることを示している。

 

リーチの現物に、自分の当たり牌があることも考慮して、ここはダマ聴牌続行が吉と見た。

 

考えなしに突っ込んでいると思われがちな初瀬だが、自身の打点が低い時は、しっかりと押し引きを考えているのだ。

 

総合的な判断で、初瀬が、{八}を河に並べる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

3本の()が、初瀬の体を貫いた。

 

 

 

 

 

 

 

「ロン」

 

 

 

 

和 手牌 裏ドラ{4}

{④赤⑤⑥23466三四五六七}  ロン{八}

 

 

 

「12000」

 

 

 

(ぐっ……!?)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『決まった!勢いに乗っていた晩成から一閃!インターミドルチャンピオン原村和!跳満の和了りです!』

 

『珍しく早い三面張固定だったねい!晩成のコもこの{八}は仕方ないね!姫松の守りの化身ちゃんくらいしか止まんねえよこんなの!知らんけど!』

 

 

対局前から注目を浴びていた和の和了に、会場も盛り上がりを見せる。

 

牌効率を重んじる和が選んだのは、早めの三面張固定だった。

 

 

和の後ろに、凛々しく槍を構えた天使が輝く。

 

 

 

(多面張等の良形リーチ。勝てる待ちでリーチをかける。そうですよね。先生)

 

 

正攻法の中に、罠を混ぜる。

 

押してくるタイプの打ち手に、一番効果的な対策法。

今回はドラが{三}ということもあり、三面張固定は割としやすかったこともあるが。

 

 

和がゆっくりと、息を整える。

 

頬は上気していない。

和はその確かで冷静な視線で、点棒状況を確認し、息をつく。

 

 

 

(……まだ、『強烈な偶然』を、必然と思うことは私にはできません。……ですが、打ち方が「読み」につながるというのは、あなたから学びましたから)

 

 

思い返すのは、たくさんの勉強をしてきたクラリンの動画の数々。

 

牌効率が全てだと思っていた和にとって、その動画たちは新しい考え方の連続だった。

 

 

和の目に、初めて意志が宿る。

 

 

 

(私が何十万回と繰り返してきたネット麻雀の知識と経験、そして、あなたから学んだ全てをぶつけます)

 

 

 

 

和の後ろに立つ天使は、もう無表情で牌効率をはじき出す機械ではない。

 

 

僅かに微笑むその姿は、誰よりも麻雀を楽しんでいるように見えた。

 

 

 

 



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第75局 勇敢と無謀

点数状況

 

姫松 135900

宮守  80200

晩成 101800

清澄  82100

 

 

 準決勝第二試合副将戦も、いよいよ大詰め。

 中堅戦終了時からさほど動かない点数とは裏腹に、その内訳は点棒の飛び交う戦場の様相を呈していた。

 

 

 

南4局 親 由子 ドラ{1}

 

 

 

「ポン」

 

 8巡目のことだった。和からポンの発声。

 

 塞から出た{⑧}を、手元の二枚と共に軽やかに隅へと払い、すぐに手牌から{⑥}を切り出す。

 

 所作、速度に異変はない。

 

 だがその目は、他3人が和の研究をしている時に見たような、どこか違う世界を見ているような空虚なものではなく。

 

 しっかりと対戦相手の河を見つめる、麻雀を打つ"人"の目であった。

 

 

(な~んか、厄介な感じになってきたな……)

 

 先ほどの直撃を食らい、嫌な印象をぬぐえないのは初瀬だ。

 

 この{⑧}ポンも、和と半荘を共にした彼女にとっては違和感として映り込む。

 

 

初瀬 手牌

 

{⑤⑥344赤567一三五九九} ツモ{③}

 

 

 和の捨て牌を見やれば、早くも色濃い牌の並び。

 ポン出しが{⑥}。

 

 {②④⑥}という形から切っていったのであれば、この{③}は刺さり得る牌だ。

 だが和は3巡目に{②}を切っている。

 仮に{②②④⑥}と持っていたとして、あの巡目に両嵌固定をするだろうかと考えれば、可能性はなるほど低い。

 

 わざわざ現物の{⑥}を切って手狭に構える理由もないので、初瀬は{③}を切り出した。

 

 感じた一抹の{⑧}ポンの違和感を、頭の中から追いやって。

 

 

「ロン」

 

 

 だがこの牌が通らない。

 視界に飛び込んできた彼女の和了形に、さしもの初瀬も表情を引きつらせる。

 

 

 

和 手牌

{②④④赤⑤⑥678三三}  {横⑧⑧⑧} ロン{③}

 

 

 

「2000」

 

 

(その形から鳴く……?)

 

 仕方なしとばかりに点棒を渡しながらも、視線は手牌に釘付けのまま。

 

 デジタルを志す原村和であれば、この鳴きはいささか不可解だ。

 愚形残り2つとはいえ、手役である一盃口も消してまで、2000点の聴牌を取る必要が、今の状況で果たして存在したのか。と。

 

 そんな疑問が、初瀬の頭をよぎる。

 

 だが――考えたところで仕方がない。

 初瀬は人の思考を読み、その先を行くことを信条とするような打ち手とは異なる。

 

 

(そう。関係ない。後半、必ず取り返す)

 

 前半戦終了の合図を耳にして、初瀬は自らに言い聞かせるように胸のあたりをぎゅっと掴んだ。

 

 取られた点棒は、上がって取り返す。

 それだけのことしか出来ないからこそ、それだけを磨いてきたのだと。

 

 リノリウムの床にローファの音を響かせて立ち去る初瀬を背に、オーラスの親だった由子も、静かに手牌を伏せた。

 

 

 

由子 手牌

{三三四四赤五五七九東東東発発} 

 

 

 

(速度を合わせたんやろか……?まさか、なのよ~)

 

 

 穏やかな微笑みは崩さず、由子は同じように立ち去ろうとする和の背へと目を移した。

 彼女はもしかしたら、親の怪物手が入っていた由子の気配を、敏感に感じ取ったのかもしれない。

 

 手牌から知ることの出来る情報は、思考の断片でしかないけれど。雀卓に流し込まれることなく静かに佇む和了形に、由子は僅かな時間想いを馳せた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……ふぅ」

 

 廊下の壁が、どうにも冷たくて心地良い。

 

 入った時には背筋が寒くなるような緊張感を孕んでいたはずの対局室は、いつも不思議と出る時にはサウナのようだ。

 

 疲労の滲む体で――しかし初瀬は控室に戻ることはしなかった。

 

 歓迎を受けるべきは、成果を出した者だけ。

 

 途中経過が悪いわけではないが、まだ大きなプラスには繋がっていない己の成績を背負って彼女は目を閉じていた。

 

 今は後半戦に備えて、ただ静かに集中力を高めるだけ。

 

 

 そんな初瀬の肩にぽんと置かれる、柔らかな手のひら。

 

 たった半年も経っていない生活の中で、もう誰の温もりか分かるほど、この5人の結束は堅い。

 

 

「どう?後半戦は行けそうか?」

 

「由華先輩……」

 

 初瀬の様子を見に来たのは、意外にも由華だった。

 閉じていた瞳を開けば、なんとも似合わぬ心配そうな瞳が映る。

 

 入学時から先輩にも割と強気だった初瀬は、2年生から生意気だ、と思われることもしばしばあった。

 

 その中で、「正しいことを主張するなら文句はない」とよく庇ってくれたのがこの由華だ。

 

 自身の麻雀のプレースタイルについて賛否両論あった部内を、自らの成績で捻じ伏せてきた初瀬。

 そんな彼女に少し自身と似たものを感じたのだろうか。由華は最初から、初瀬に対しては優しい先輩であった。

 

 多少、その優しさが手荒いのはさておき、だ。

 

 

「放銃もありますけど、内容は悪くないかな、と思ってます」

 

「よしよし、迷ってはいなさそうね」

 

 自身の手のひらを見つめ、前半戦を思い起こす初瀬に対し、軽く背を叩く由華。ばしばしと乱暴な辺りがまた彼女らしい。

 

 由華が来たのは、初瀬の精神(メンタル)的な部分の確認。

 少しでも心が揺らいでしまえば、必然的に麻雀は曲がる。

 これまで勝ってきたプレイスタイルが曲がるということは、即ち結果に結びつかないことと同義。

 

 軽く口角を上げて、心配させまいとする初瀬の表情には、由華も満足そうだ。

 

 

「思う存分、やってきていいからね!後悔の無いように打って、後のことは、私に任せなさい」

 

「……はい!」

 

 頼もしい先輩の激励に、初瀬も気合が入る。

 

 背筋を伸ばせば、屈託のない笑み。

 自分に姉が居たらこんな感じだろうかと、よく憧と2人で話していたことを、つい思い出す。

 

 ただそれは、今は余計な感傷だ。

 

 この人の為にも、やることはただ1つ。

 

 立ち上がり、対局室への道を戻ろうと背を向ける初瀬に、由華が一言声を掛けた。

 

 

「それと、やえ先輩から伝言」

 

 

 やえ先輩。

 晩成高校の面々にとって、聞き逃せはしないその名前。

 

 振り向いた初瀬に、告げる代弁。

 

 

『もっと攻めていいわ。あなたらしい麻雀をしてきなさい』

 

 

 

 強気なルーキーの表情が、野生の獣のように凶暴さを増す。

 

 力強く歩み始めたその背中は、1年生とは思えないほど頼もしい。

 

 

 

 

 守りに特化した姫松とは対照的。

 

 

 攻撃特化の晩成王国に現れた凶暴な狂戦士が、牙を剥く。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『さあ副将戦も後半戦!ついに残るは3半荘!準決勝第二試合副将後半戦、スタートです!』

 

 そのアナウンスは決して、対局室には届かない。

 

 響き渡るは控室であり、全国の子供達であり――また、対局者の胸の内。

 

 あと1半荘で、副将戦の全てが終わることを。誰に言われずとも、彼女らはもう知っている。

 

 

 時刻はもう夕刻。日が長い夏とはいえ、そろそろ日も落ちようかという時間帯。

 それでも会場の熱気は収まることを知らない。

 

 賽が転がり、山と手牌が浮上する。

 

 席順は、東家に由子、南家に初瀬、西家に和、北家に塞。

 

 泣いても笑っても、副将戦はこの二周で幕を下ろす。

 

 

 

 

 

東1局 親 由子

 

 

 後半戦が始まった。

 

 東家に座った由子が、丁寧な手つきで配牌を理牌する。

 

 親の打牌まで試合が開始されないと分かっていても、丁寧な理牌で誰にでも見やすくすることを優先する。

 

 それは決して誰かの為というわけではない。

 ただ、そう。強いて言うなら、麻雀のため。

 

 その気持ちを込めて、この大舞台でも自分を曲げない。

 常勝軍団姫松の副将、仕事人はことここに至っても平常運転だ。

 

 

(ん~、できればもう少し増やしてきょーこちゃんにわたしたいのよ~)

 

 とはいったものの。

 

 由子にとっても、前半戦オーラスの手牌を流されたのは痛かった。

 待ちこそ悪かったものの、七対子移行や{六}を引いての多面張変化等もあっただけに、早い巡目で決着が付いたことは悔やまれる。

 

 引き摺る訳ではないが、この先にも関わることだ。

 気持ちは切り替えて、記憶は残して。

 静かに、そして綺麗に由子は第一打を切り出した。

 

 

 

13巡目。

 

 

「リーチ」

 

 先制は和。

 前半戦の勢いそのままに、可愛いペンギンのぬいぐるみを抱いた少女が牌を横へ、指先で払うようにリリース。

 

 流れるようなその動作に、下家の塞が食いついた。

 

 

「チー!」

 

 

 

塞 手牌 ドラ{③}

{44赤55688白白白} {横312} 

 

 

 

(みえみえの染め手……それでもリーチがかかれば関係ないね!)

 

 塞はここまであまり良い所がない。

 油断しているわけではないし、いつになくのびのびと打てている自覚はある。

 だが、それでも追い付けない、届かない。

 

 休憩中、改めて同卓した選手たちの強さを思い知っていた。

 

 オカルトを握りこの舞台に立つ者たちと相対し、あまつさえ押しのけてきた猛者。

 彼女とてオカルトを封じ込め自力で相手を叩き潰す、そんなプレイスタイルであったからこそ分かる。

 

 彼らの意志は、そう簡単に塞ぐことは出来ないと。

 

 それでも。

 

 

(負けるわけには、いかないんだよね)

 

 強い意志で、危険牌を切り出す。

 

 

 塞の打牌にロンの声が掛からないのを確認して、由子もまたツモ山に手を伸ばした。

 刺さってくれれば潰し合いでことが済んだとも言えるだけに、表情は曖昧な苦笑い。

 

 

由子 手牌

{②③④⑤⑥77一一二三四五} ツモ{一}

 

 

 そしてこういう時に限って聴牌だ。3面張が残ったのは喜ばしいことだが、これでは役がない。

 

 手牌から、自身の河。そして他家の切り出しへと視線を巡らせ、一瞬の思考。

 

 

(宮守の臼沢ちゃんは、染め手やね~……)

 

 塞の河には索子以外の中張牌が並び、染め手模様。

 リーチに対して危険牌を切っているのだから最悪でも一向聴、ほぼほぼ聴牌と思った方が良いだろう。

 

 だとすれば、索子を持ってきたときに回れるダマに構えたい。

 

 しかしこの相手から出和了りできない手をダマはいささか消極的過ぎるようにも見える。なにせ自分は親なのだ。

 

 小考終了、由子は手牌の中の{二}をパタンと手前に倒す。

 

 初瀬、塞、和の注目が己の牌に突き刺さっていることに気付いてなお、笑顔のまま倒した牌を綺麗に人差し指と薬指で挟み、寸分のズレもなく河へと曲げた。

 

 

「リーチなのよ~!」

 

(((……!)))

 

"真瀬由子からの親リーチ"に、卓に座る全員に緊張感が走る。

 

 塞の仕掛けが見えていないはずがない。

 和の打ち方の変容に気付いていないはずがない。

 そして、親のリーチであっても手牌次第で向かってくるならず者の存在を、理解していないはずもない。

 

であれば。

 

 トップ目の――"常勝軍団姫松"の、マイナス記録が存在しない女が放ってきた、のちの全てをツモ切る覚悟の打牌とは。

 

 

(かなりの待ちか、あるいは打点か……)

 

 ツモ山へと手を伸ばす一瞬で、初瀬は由子のリーチから分かる情報をかき集める。

 

 真瀬由子という打ち手を調べてきたからこそわかる。このリーチには、初瀬のクソリーとは比べ物にならない、曲げるべき理由があると。

 

 知っているからこそ、このリーチの評価は高くなる。

 

 しかし。

 

 初瀬は親指に感じた三本の筋を認識して、今までの思考の全てをゴミ箱にダンクした。

 

 

 

初瀬 手牌

{③③③455赤五五六七七九九} ツモ{3}

 

 

 

 

『3人聴牌に対して、岡橋初瀬選手も追い付きました!!しかし愚形聴牌な上に、この{5}は誰にも通っていません!』

 

『いやいやいや、今回ばっかりは私も知ってるぜい?』

 

 咏が楽しそうに自慢の扇子をパタン、と閉じて初瀬に指示するかのように右手を掲げる。

 

 

『このコは、絶対にリーチをかけるってコト!』

 

 しかして彼女の読み通り。

 

 思考を挟む時間など何一つ存在せず、彼女は{5}を自らの河へと叩きつけた。

 

 

「リーチィ!」

 

 初瀬の発声に、会場のボルテージも押し上がる。

 全員への無スジ、塞の染め手の索子。どまんなかの{5}。

 

 

 切りたくない要素を上げればキリがない。

 

 にも拘わらず力強く切られた{5}に、ビリビリと衝撃が走る。

 

 塞は、その牌をとがめられないことに焦りを覚えていた。

 

 

 

(こいつ……自分の手以外見えてないの!?)

 

 

 

 

 『勇敢』と『無謀』は紙一重と、俗世が口にするならば。

 

 そのギリギリの狭間を走り続けるのが、岡橋初瀬という打ち手だ。

 

 

 そしてその無謀にも見える『勇敢』が、これまでもこれからも。

 

 晩成の明日を切り開く。

 

 

 

 

 

 

 

「ツモ」

 

 

 

初瀬 手牌

{③③③345赤五五六七七九九} ツモ{六}

 

 

 

 

「3000、6000!!」

 

 

 

 

 

『ここが勝つんですかあ?!緊張の4人聴牌、なんとなんと、驚きの攻めで岡橋初瀬選手が跳満ツモ!強烈な一撃で後半戦は幕を開けます!』

 

『かあ~!痺れるねえ!押し引きって重要だけども、このコの攻めの基準ははっきりしてていいねえ。今回なんて、その典型じゃん?』

 

 

 

 自らのものとなった2本のリー棒ごと、力強く拳を握りしめる。

 

 初瀬も全ての局が和了れるとは思っていない。

 今の手も、和了れたのは運が良かったと自分でも分かっている。

 

 しかし、重要なのは運の良さなどではない。

 

 

 放銃上等。

 

 放銃よりも痛いのは、和了れたはずの勝負手を逃すこと。

 

 

 目を閉じれば、どんな時だって聞こえてくる。

 

 

 

 

 

『泥臭くたって良い。貪欲に、和了りを勝ち取りにいきなさい』

 

 

 

 

 

 かつて、まだ実力のなかった自分に、あの人がかけてくれた言葉。

 

 

 晩成高校へと進んだ"理由"が、今の初瀬の雀風の根幹を作っている。

 

 

(まだまだ足りない。やえ先輩のためにも……私は後悔しない麻雀を打つ!!)

 

 

 だからこそ、まだ『全国制覇』というこの夢を、夢で終わらせるわけにはいかないのだ。

 

 



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第76局 追い付く

 

 

 副将後半戦は東4局。

 

 無情にも進んでいく局の展開に、塞は1人焦りを感じていた。

 

 2回戦の時は感じなかった、次々と局が終わっていくことへの焦り。

 

 

 (この人達……どんなことがあっても、淡々と打ってくる……!)

 

 思えば前半戦からそうだった。この晩成の狂戦士のふざけた和了りを前にしても、他2人に動揺はなかった。

 すぐに切り替えて、次の局で何事もなかったかのようにリーチを打ってくる。

 当たり前かもしれないが、いつでも自分の麻雀が打てるということは、言うほど簡単なものでもないのだ。

 

 

 (このままじゃ……終われない。終われないのに!)

 

 残り2回の親番の内の1回。点数を稼ぎたい親。

 

 しかし自分のやることは早々に決まりそうな展開で。

 

 

 「ポンなのよ~!」

 

 1着目の由子が、{八}をポンして全員に対して安牌の{北}を切る。

 ”あの”真瀬由子が全員に対する安牌を切ると言うことは、ほとんど聴牌だと思った方がいいだろう。

 

 

 そんなことを考えていれば、自分の上家である和から千点棒が勢いよく飛び出してきて。

 

 

 「リーチ」

 

 和の目には自身の手と場の状況が鮮明に映っている。

  

 リーチと鳴きに挟まれた塞は、深くため息をついた。

 

 

 (早すぎる……またオリるのか)

 

 親とはいえ、自身の手は2向聴。

 ここから無理に和了りの道を辿って放銃するようなことは、あってはならない。

 そう分かってはいるのだが、何局も続くオリの作業に、嫌気がさしていることは間違いなかった。

 

 思ったよりも早く、決着がつく。

 それこそ、塞が形式聴牌だけでもとろうかと考えている矢先に。

 

 

 

 「ロンなのよ~!2000点!」

 

 

 

 由子 手牌 ドラ{⑦}

 {⑤⑥⑦34567三三} {八横八八} ロン{2}

 

 

 

 「……はい」

 

 

 (なんで振り込んでるのリーチ者の原村じゃなくて岡橋なんだよ……)

 

 由子のタンヤオ仕掛けに飛び込んだのが初瀬だったことにため息をつきながら。

 

 塞は卓の中央に流し込まれていく自分の手牌たちを眺めることしかできなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 南1局 親 由子 ドラ{3}

 

 

 ついに後半戦の南場。

 この副将戦が終われば、後は大将戦の2半荘のみ。

 

 局が終盤に近付くにつれ、疲労で頭を動かすのも億劫になるものなのだが、和は自身の手牌を冷静に眺めることができていた。

 

 

 7巡目 和 手牌

 {③④赤⑤⑥357一三五五八九} ツモ{6}

 

 

 『原村選手、これで一歩前進です。一向聴になりましたが、何を切りますかね?』

 

 『いやー知らんし?……けどま、場に{七}が3枚見えてるし、ここは{八九}払うんじゃねえの?』

 

 咏の指摘通り、{七}が3枚枯れていることに、和はもちろん気がついていた。一向聴に取るためにドラの{3}か、筒子の連続形を崩すのはいささか固すぎる打ち回しだろう。

 

 和はさほど思考に時間を割かずに{九}を切り出す。

 

 

 麻雀というゲームは確率の低いものを嫌い、確率の高い方へと手牌を組み替えていく。それの連続だ。

 しかし厄介なのはこの「確率」という概念そのもので。

 

 

 8巡目 和 手牌

 {③④⑤⑥3567一三五五八} ツモ{七}

 

 

 低い方を絶対に引かないわけではないのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「3枚切れペンチャン外したら次巡持ってくるあるあるね……」

 

 多恵が苦笑いで和の手牌を見つめる。

 隣にいた漫も流石にこのツモは可哀想だと思ったようだ。和の打牌にフォローを入れる。

 

 

 「でもあれは一向聴にはとれないですよね?形が不安すぎますし……」

 

 愚形愚形の一向聴。仮に{二}が入って聴牌したとしても、目に見えて1枚しかない待ちでリーチを打つのは危険すぎる。

 だからこその、「ほぐし」。当然の手順のように見えた。

 

 しかし多恵はこの時、和の違った「狙い」に気付いてもいた。

 ひどく楽しそうな口ぶりで、多恵は漫に1つの質問を投げかける。

 

 「漫ちゃんならさ、ペンチャン外す時、{八}と{九}どっちから切る?」

 

 「え?……安全度も考えたら、{八}から……やないですかね?」

 

 

 麻雀をやったことのある人なら誰もが経験したことがあるだろう、ペンチャン外し。

 ペンチャンはカンチャンと違い形が変化することがないので、払うケースも多いにある。

 

 これは麻雀の基本の考え方で、数牌は1、9が1番安全で、真ん中の5に近くなればなるほど危険な牌になる。

 なので、ペンチャンを外すときは基本的には{八}から切るのがセオリーだ。

 先に危険な牌を切るほうが後の安全を買える。

 

 丁寧な打ち手であればあるほど、この「安全度の比較」という作業を毎局毎巡、やっているものなのだ。

 

 「そうだよね。なのに、原村さんは{九}を切った。なんでだと思う?」

 

 「ええ……見た所、{八}の方が安全な理由とかもなさそうやし……」

 

 まず考えられるのは、{九}よりも、{八}の方が安全だと判断した可能性。

 しかしこれは特に断定できる要素がないので、その線は薄い。

 

 では、何故なのか?

 

 たまたまだと思うだろうか。気まぐれ、なんとなく、で{九}を切ったと。

 確かに、そこまで深く考えずに打っている選手を後ろから見ているだけなら、そう結論付けることもできたかもしれない。

 

 

 しかし多恵はそう思わない。

 

 なにせあそこに座っているのは『のどっち』なのだから。

 自らを「先生」と呼称したあの少女が、なにも考えずに1巡を無駄にすることなどあり得ない。

 

 「……すぐにわかるよ」

 

 多恵が目を細める。

 

 モニターの中に映る和の目は、目まぐるしく変わる場の状況を的確に追っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 (3枚切れペンチャン払ったら、次巡持ってくるあるあるですか……ふふふ……)

 

 {七}を持ってきて裏目った和に、失望や焦りの感情は一切なかった。

 表情にこそ出ないが、自分でも驚くほど楽しく麻雀を打てている。

 

 確かに、優勝しなければ清澄で戦うことはもうできないかもしれない。

 絶対に負けられないというプレッシャーもあるかもしれない。

 

 しかし和は今それ以上に、この大会を心から楽しむことができていた。

 

 それは今日の中堅戦で、同じく清澄の部長である久が目指した精神状態。

 

 一瞬だけ目を閉じ、思いを馳せる。

 

 

 (……それも、「麻雀の面白さ」ですよね)

 

 無駄な感傷は一瞬。和は冷静に手牌の中から捨てる牌を決める。

 

 普通なら、裏目ってしまった{七}と{八}を河に捨てて、河に一面子が完成するところなのだが。

 

 

 和が選んだのは、{一}だった。

 

 

 和 手牌

 {③④赤⑤⑥3567三五五七八}

 

 

 

 『原村選手!裏目ったはずの{七}を残しました!これはどういう意図ですかね?』

 

 『そりゃあ、最初から裏目ったらこうするって決めてたんじゃねえの?……この{七}は4枚目。とすりゃあその上の牌である{八九}は相手が持っているとは考えにくい牌。切り順からしたって全員{九}を固めて持っているようには見えねえし?このコは前巡から、{七}引いて裏目った時のフリテンターツは採用って決めてたんだろうねえ』

 

 咏の解説は当たっていた。

 明確な意図を持って行われたペンチャン外し。

 

 たかが1巡の切り順。されど1巡の切り順。

 

 この差が、最高レベルの大会では大きな差となってあらわれる。

 和が積み重ねてきた研鑽の日々は、今日ここで花開く。

 

 

 

 

 

 

 

 

 「ツモ」

 

 

 和 手牌

 {③④赤⑤234567五五七八} ツモ{九}

 

 

 

 「1300、2600」

 

 

 

 『決まりました!見事フリテンターツを引き戻した原村選手!』

 

 『いやあ、良い選択だったねえ。すべての可能性を考慮してるってのがよくわかる1局だったねい!知らんケド!』

 

 

 

 開かれた手牌と、和の河を見て、他3者が苦い顔を浮かべた。

 フリテンリーチを敢行してきたという事実が、「原村和」という雀士の引き出しの多さを物語っている。

 

 

 牌効率に支配された天使はもうそこにはいない。

 

 

 

 

 和が南2局の手牌を理牌しながら、必ず見てくれているはずの自らの師に想いを馳せた。

 

 

 

 (クラリン先生。私は、必ずあなたに追い付いてみせます)

 

 

 

 原村和は麻雀を打つ。

 

 他の誰でもない、自分のために。

 

 

 

 



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第77局 忘れていたモノ

 準決勝第二試合の副将戦は、ハイペースで進んでいた。

 

 自動卓以外何もない、誰もいないこの空間で、打牌の音だけがひたすらに響く。

 

 

 南2局 親 初瀬

 

 

 「ロン!3900……!」

 

 

 塞 手牌 ドラ{③}

{③③⑤⑥⑦678三四} {白横白白} ロン{二}

 

 

 

 

 

 

 南3局 親 和

 

 

 「ツモよ~!」

 

 

 由子 手牌 ドラ{八}

{③赤⑤44二三三四四五六七八} ツモ{④}

 

 

 「2000、4000よ~!」

 

 

 

 

 瞬く間に、副将戦はオーラスを迎えた。

 

 

 

 『副将戦、オーラスです!……しかしハイテンポでここまできましたね……後半戦が始まってからまだ30分しか経っていませんよ?』

 

 『んまあ、このメンバーはタイプは違うけどあんまり打牌に時間使うようなタイプでもないしねえ?……それに1人ならず者が異様に押してくるから流局も少ないんじゃねえの?知らんけど!』

 

 不思議と、ならず者初瀬が参加している局のテンポは速くなる。

 リーチに対して果敢に向かっていくからこそ起こる現象なのだが、単純に流局が少ない。

 

 固い打ち手とは対照的に、激しい点棒の奪い合いになるケースが多いのだ。

 

 今回は打点派が少ないので点数の大きな移動こそ少ないが、このテンポ感は初瀬の得意とするそれだった。

 

 

 

 

  点数状況

 

 姫松 139300

 晩成 110600

 清澄  87500

 宮守  62600

 

 

 

 

 

 南4局 親 塞

 

 右目が特に痛むわけではない。

 想像を絶するような疲労感も、倦怠感も、感じることはない。

 

 なのにどうしてか。

 

 

 (こんなにも息苦しい……!)

 

 塞はこの半荘2回、見せ場がほとんどない。

 

 塞ぐ必要がないと分かって安堵したのも束の間、強者たちを目の前にしてもがくことしか許されない。

 

 呼吸を整えながら、塞はチームメイトたちの姿を思い浮かべる。

 

 先鋒戦で超高校級の猛者を相手にあれだけ頑張ってくれたシロ、次鋒で皆の想いを背負って点数を稼いだエイスリン。

 激戦の中堅戦をなんとか踏ん張ってバトンをわたしてくれた胡桃。

 

 そしておそらく自らの出番を待ち、控室で応援してくれているであろう、豊音。

 

 

 (私がこのままでいいのか……?)

 

 もう半荘はオーラスを迎えている。

 塞に残されたのは、この最後の親番のみ。

 

 

 (やるしかない……!)

 

 この親番にしがみつく。

 今の塞にやれることはそれだけだ。

 

 

 

 

 

 8巡目 塞 手牌 ドラ{⑨}

 {⑦⑧⑨赤五六七八白白西} {東横東東} ツモ{白}

 

 

 役牌の白が暗刻になる嬉しいツモ。

 この東はダブ東ではないが、役牌が手の中に2つ対子だったので1枚目から鳴いていった塞。

 これで、満貫の聴牌になった。

 

 

 (よし……4000オールが見えた……)

 

 手牌から{西}を切り出す。とっておいた安牌もこれでお役御免。

 早い満貫の聴牌に塞の気持ちがはやる。

 だいぶ点棒は失ってしまったが、ここで親の満貫を和了ることができれば、大将戦に望みをつなげる。それこそが、今自分にできるベスト。

 

 

 しかし、そう簡単に和了らせてもらえるメンバーなら、今頃こんなに苦労していないのもまた事実。

 

 

 (ぐっ……!)

 

 塞がにらみつけるのは対面。

 

 初瀬から出てきた牌が、横を向く。この半荘でいったい何度見たかもわからない光景。

 

 

 「リーチィ」

 

 晩成の狂戦士から、リーチがかかる。

 

 

 『晩成の岡橋初瀬!まだまだ点数が足りないとばかりにリーチに出ました!』

 

 『いやー今日何回目のリーチだろうねえ?まあ確かに?トップ目の姫松には点数足りてないからねえ?』

 

 

 初瀬が、千点棒を場に落とす。

 その目は確かに前を見据えている。

 

 

 (1年生とか、実績とか、関係ない。私は今、「晩成の副将」なんだ。とれる点棒は全てむしりとる……!)

 

 

 とてもルーキーとは思えない肝の座り方に、しかし塞もこの局は負けるわけにはいかない。

 

 

 (負けるもんですか……!)

 

 和は現物打ち。

 塞に対しても安全な牌を切ってくるあたりは流石のデジタル派といえよう。

 

 そんなことを思考の隅に置きながら、塞がツモ山に手を伸ばす。

 

 

 

 塞 手牌 

 {⑦⑧⑨赤五六七八白白白} {東横東東}  ツモ{九}

 

 

 

 ここで塞に一つの選択肢が生まれる。この{九}は初瀬に対しての現物。

 このまま切れば{五八}待ち続行で、満貫の聴牌が取れる。

 

 しかしいわゆる自分で2枚使っているノベタン待ちで、{八}は1枚河に見えている。

 {白}を切れば5800に打点は下がるが、両面の良い待ちに組み替えることができる。

 

 

 (……ここは少しでも打点が欲しい……ツモ切りか……)

 

 少考。

 塞は一瞬持ってきた牌である{九}を切ろうとして。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ゾクり、と感じた寒気に思わず手を引っ込めた。

 

 

 

 

 下家に座る由子の方を反射的に見れば、いつもと変わらない微笑みをたたえているが。

 

 

 

 

 

 

 由子 手牌 ドラ{⑨}

 {赤⑤⑥⑦⑨⑨一二三四五六七八} 

 

 

 

 

 

 「……?」

 

 

 

 

 (……姫松……!)

 

 

 

 ほとんど気配のなかった由子の聴牌に気付けたのは、塞がいつも相手の能力を塞ぐ時に他人の気配を人一倍敏感に感じるから。

 

 河に出かけた{九}をひっこめて、塞はまた思考の海へと潜る。

 

 仕切り直し。今度は長考だ。

 ここは時間を使って良い場面。

 

 

 (私には、当たり牌がわかるわけじゃない……)

 

 思い出すのは、先ほどの中堅戦。高校でもNo1と噂される守備の打ち手の闘牌を見て、塞は少なからず憧憬を抱いた。

 

 自らも「塞ぐ」ことを得意とする守備の打ち手。

 完璧な思考から導き出される幾重にも重ねられた読みの打牌は、塞を震撼させるには十分すぎた。

 

 

 ”自分もこうなってみたい”

 

 

 スタイルは違う。だが、逆に言えば、読みを鍛えられれば、自分はまだまだ上にいけるということ。

 守備の可能性を、守りの化身は塞に十分すぎる程教えてくれた。

 

 しかし。

 

 

 

 (……まだ、知識も、経験も技術も足りない)

 

 自分の力量はわきまえている。

 

 だから、今はまだ。

 

 

 

 塞は、ほぼ確定安牌の{白}を切り出す。 

 

 守備の理想型のようなあの打ち手には程遠い。

 

 それでも。守りの化身のような一点読みはできなくても、危険を回避することは誰にでもできるから。

 

 まずは自分の得意なそこから始めよう。

 

 

 

 

 

 

 「ツモ……!」

 

 

 塞 手牌

{⑦⑧⑨赤五六七八九白白} {東横東東} ツモ{七}

 

 

 

 

 「2000オール!」

 

 

 

 

 『意地を見せます宮守女子!2000オールの和了りで親番をつなぎました!』

 

 『ひゅー!危なかったねい?欲張って満貫狙いに行ってたら姫松にズドンだったねえ』

 

 

 

 塞が滴る汗を拭う。

 

 いつものような疲労感があるわけではない。

 しかしこの緊張感が、塞の心を刺激する。

 

 塞は今まで感じたことのない高揚感を覚え、胸のあたりを握りしめる。

 

 これはきっと、自分の麻雀を打てていることの証明で。

 

 

 

 

 

 

 

 (ああ……そうか、麻雀って、……楽しいや)

 

 

 

 

 

 

 ひどく忘れていた感情を思い出すことができたのかもしれない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

  

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 対局終了を示す合図が、対局室に響く。

 4人の選手たちが、一斉に息を吐いた。

 

 『副将戦終了~!!!最後は清澄高校原村和が2000点の和了りで、決着です!』

 

 『いやあ~面白かったねい!かなり見ごたえのある半荘だったんじゃねえの?しらんけど!』

 

 

 

 「「「「ありがとうございました!」」」」

 

 

 

 点数状況

 

姫松 137300

晩成 105300

清澄  87800

宮守  69600

 

 

 

 

 『区間トップは晩成高校、岡橋初瀬選手!局参加率驚異の80%超え!準決勝で1年生が区間トップを取るのは珍しいですね!』

 

 『いやあ~いい戦いっぷりだったよ!今日の闘牌を見てファンになるような人もいるんじゃねえの?華があるよねえ、あーいう打ち手は!』

 

 

 

 最終局の手牌を手前に倒し、大きく背もたれによりかかりながら、塞は自身の点棒を眺めた。

 

 

 (点数……減らしちゃったな……)

 

 結局、オーラスも1度和了ったのみで、すぐに流されてしまった。

 

 もっとこうすることができたのではないか、あそこでこうしていればよかったんじゃないか……様々な思考が塞の頭のなかを駆け巡る。

 

 

 「……まあ、でも、楽しかった」

 

 

 小さく呟かれた塞の本音に、対面に座っていた由子がにっこりと笑顔を返す。

 

 

 「私もなのよ~!」

 

 あれ、声に出てた?と塞は一瞬思ったが、由子の笑顔に毒気を抜かれて、すぐに塞も笑顔になった。

 

 

 「……オーラス、真瀬さん聴牌してたでしょ」

 

 「えー!何故バレたのよ~……悔しかったのよ~?」

 

 

 あそこで白を切ったのはすごい、いやいや、終始真瀬さんには主導権握られっぱなし……やいのやいの。

 

 こうして対局が終わった後に感想戦をするのも、塞にとっては久しぶりの感覚だった。

 

 心地よい疲労感を感じながら、塞は次の対局へと想いを馳せる。

 

 

 副将戦が終わり、次が最後の戦い。大将戦だ。

 

 

 

 (豊音……ごめんね。点数減らしちゃった。……たくさん応援するから……頑張ってね)

 

 

 

 それはもしかすると。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――――とても恐ろしい半荘2回になるかもしれないけれど。

 

 

 

 



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第78局 大将

いつもたくさんの感想評価、お気に入り登録ありがとうございます。

まだ評価つけてないよって人、面白かったら是非、評価つけてって下さいね!




初瀬はゆっくりと控室までの道のりを辿っていた。

 

廊下を歩いていても、会場の歓声が聞こえる。

 

きっと今頃は、会場でもテレビでも、副将戦のハイライトが映し出されている時間。

映像を見ているわけではない自分ではどの場面で盛り上がっているのかはわからないが、一呼吸ごとに聞こえてくる歓声は、不思議と、自分の胸を熱くする。

 

初瀬は、ぎゅっと自分の手を握った。

 

2回戦では結果が残せなかった。

内容自体は悪くなかったが、それでも結果が全て。始まった時より点棒を減らしていれば、それは負けなのだ。

 

 

しかし、この準決勝は「区間トップ」という結果を残すことができた。

そのことが、初瀬にとってどれだけ嬉しかったか想像に難くない。

 

 

胸を張って帰れる。

 

2回戦の帰り、開きにくいと思った控室のドアは、今はとても開きやすい。

 

 

ようやくたどり着いた控室のドアを開く。

 

 

 

「ただいま戻りました!」

 

 

扉を開いてみれば、入学当初、何度も衝突を繰り返した自分を上手く部になじませてくれた紀子がサムズアップで出迎えてくれて。

 

実際に何度もぶつかった由華がこちらを振り返り、うんうん、と笑顔で迎えてくれて。

 

憧れであり目標だったやえも、椅子に座り、足を組みながら、笑顔でひらひらと手を振ってくれた。

 

 

そして長年初瀬と喜怒哀楽を共にしてきた幼馴染は、いの一番に初瀬の胸に飛び込んできて。

 

 

大それた祝福をしてくれるものだと思いながらも、初瀬が両手を広げて迎え入れようとしたその瞬間。

 

 

腹部に感じるのは、鈍痛。

 

 

 

「ゔえっっ?」

 

 

 

憧から繰り出された拳が綺麗に初瀬の鳩尾へとクリンヒットした。

 

まさか暴力を振るわれると思っていなかった初瀬が思わず後ろへ後ずさる。

 

 

「……ぴょ……?」

 

 

「ぴょ?じゃないわよ!オーラスよオーラス!一本場になる前の!なにあのリーチは?!ほんとにヒヤヒヤさせないでよね?!」

 

半泣きの憧が訴えるのは、オーラス0本場のこと。

 

親である塞の仕掛けに、果敢にリーチと行った場面。

 

途中までイケイケムードだった晩成の控室は、あの瞬間だけは阿鼻叫喚の地獄絵図と化していた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ほんの数分前のこと。

 

 

初瀬の大活躍に、わきたつ晩成控室は、誰もがこのまま初瀬の勝利を疑わなかった。

 

が。

 

事件はオーラスに起きる。

 

 

『親の宮守!満貫の聴牌を入れました!待ちの{五八}は山に2枚ですか……それでもツモれば値千金ですね!』

 

『そっちもそうだけどさあ……姫松、とんでもない手入れてるぜ?』

 

『おおっと!姫松の仕事人真瀬由子!ダマで高目跳満、低めでも満貫の聴牌を入れてきました!!』

 

『しかもこの高目の{九}……全山じゃね?知らんけど!』

 

『……!ほ、本当ですね!しかも{三六}も山に2枚!6枚山のダマテンが入りました!!』

 

『かあ~これ決まったら姫松大きいなあ……って……あれえ?』

 

『おおっと?!ここで思わぬ形で晩成高校、岡橋が聴牌!しかしこの役なしドラ無し愚形聴牌……曲げますかね?』

 

『いや~曲げるんじゃねえの?このコなら』

 

『曲げましたあ!リーチです!……あ、あれ?でもこのカン{8}まち……山にありませんね?』

 

『だっはっは!!!こりゃあやべえな!勝ち無しの負けは12000クラスとか笑えねーだろ!』

 

『た、大変なことになってきました……晩成ファンの皆様は岡橋選手が掴まないことだけを祈ってください……!』

 

 

 

 

 

大変なことになったのは、晩成の控室だった。

 

 

 

「ギャーーーー!!!なにやってんのよ初瀬えええ!!」

 

憧が細い腕を全力で振り回してソファの背もたれに手をたたきつける。

 

 

「あ、憧、落ち着くのよ。まだ負けると決まったわけじゃないわ、初瀬はもうオリれないけれど、2人は危険牌を持ってきたらオリるかも……」

 

冷静に場を分析する紀子の言う事はもっともで、鳴いている塞と、現在トップ目の由子にはオリる権利がある。

 

権利がある以上、初瀬の危険牌を持ってきたらオリてくれるかもしれないのだ。

 

 

しかしそうは問屋が卸してくれないようで。

 

 

『真瀬由子選手、当然のことのようにダマプッシュですね』

 

『んまあ~このコも読みに関しては一流だし?本当に危ないところ持ってくるまでは行くだろうねえ……』

 

 

塞は回ったにしろ5800点の聴牌で、待ちは先ほどよりもよくなり。

由子に関しては今の所オリる気配がない。

笑顔で危険牌を切っている。

 

 

オリない以上は、初瀬が山に10枚になった2人の当たり牌を引くか引かないかのガチャ同然。内4枚は12000の地獄行き。

 

瞬く間にとんでもない状況になってしまった対局に、憧と紀子が、すがるような気持ちで由華を見る。

 

すると由華は、涼しい顔でモニターを見つめていて。

 

 

流石初瀬とたくさんぶつかって、それでもしっかりと育てただけあって、余裕があるなあと思ってみれば。

 

 

何かを小声で呟いているのに気付き、憧は耳を傾ける。

 

 

 

 

「掴むな掴むな掴むな掴むな掴むな掴むな……」

 

 

「めちゃくちゃ祈ってる?!」

 

その姿に全く余裕など存在しなかった。

 

 

 

憧の反応に気付いた由華が、自身の不安を振り払うように大きな動作で指をさす。

 

 

「うるさいぞ、憧に紀子も。見ろ、我らがやえ先輩を!!」

 

 

由華がドヤ顔で指し示す先には、ずっと変わらない体勢で、ソファに深く腰掛け、足を組んで頬杖をつく我らの王者。

 

臣下を信頼してやまないといったその後ろ姿は、なるほど確かに王者の貫禄。

 

 

トップに立つやえがこれだけ余裕を示せば、後輩達も落ち着きを取り戻すというもの。

 

 

 

やはりこの人は別格だ、と尊敬の眼差しを向ける憧に対し、ゆっくりと振り返ったやえが、ソファを立ち、こほん、と咳払いして、不安に苛まれる後輩達に一言。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「まままままままだあわわわわわわわわわわわわわわわ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「「「めちゃくちゃ慌ててるうううううううう?!!?!?!」」」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そんなことがあったとは露知らず、初瀬は苦笑いでモニターに映るハイライトを眺めていた。

 

件のシーンを見てみれば、ちょっと場況良いのでは?と思った自身の待ちは山になく、ひたすらに相手の当たり牌を引きに行く自分の姿があった。

 

 

 

 

「ま、あんたなら大丈夫って私は信じてたわよ」

 

「やえ先輩……」

 

 

笑みを浮かべながらひらひらと手を振るやえに、初瀬以外の後輩ズはジト目。

 

 

(((嘘つけめちゃくちゃ慌ててたくせに……)))

 

 

 

そんな和やかな雰囲気の中、初瀬の肩にポン、と手のひらの感触。

 

それは休憩中に様子を見に来てくれた時と全く同じで。

 

自然と初瀬は誰の手なのかを判断することができた。

 

 

「まあ、良いファイティングスタイルだったわよ。初瀬」

 

「……ありがとうございます!」

 

 

初瀬にとって、由華は尊敬する存在。

その由華に褒めてもらえるのは、素直に嬉しかった。

 

 

 

 

そしてその由華が、対局室へと向かう。

 

覚悟を決めた横顔は、初瀬に負けず劣らず強気に満ち溢れていて。

 

 

 

 

 

 

「……初瀬のおかげで、私も負けられなくなったわ」

 

 

 

(……!)

 

 

 

 

 

 

 

 

ビリビリと迸る闘気。

 

 

初瀬の笑みが、苦笑いへと変わる。

 

 

(……本当にこの人は……)

 

仲間なのを頼もしいと思うと同時に、対戦相手に同情するほど、対局へ向かう由華は恐ろしい。

 

 

その頼もしい背に、やえが笑みを浮かべながら激励の言葉をかける。

 

由華が望む言葉を、やえはわかっている。

 

 

 

 

 

「私の要望は……わかってるわね?由華」

 

 

 

 

王からのその言葉に、(ツルギ)である彼女は振り向かない。

その動作は、肯定の意思表示。

 

 

王者の(ツルギ)が、やることは一つ。

 

 

 

 

 

 

 

「最高の勝利を、あなたに届けます」

 

 

 

 

 

 

 

目には鋭く光りが走る。

 

『晩成の絶対王者』に仕える『絶対的忠臣』には、『勝利』の2文字しか見えていない。

 

 

 

 

 

 

 

―――――東家 晩成高校 巽由華

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ごめん!」

 

パシン、と乾いた音と共に、両手を合わせた塞が頭を下げた。

 

 

 

宮守女子高校控室。

 

塞は副将戦で大きく点数を減らして、大将の豊音へつなぐこととなった。

 

そんな塞の謝罪に対しても、宮守の面々はいつもの雰囲気を崩すことはない。

 

 

「……ダルいから、謝らなくていいよ。私より点数減ってないし……」

 

「いやいや……シロは相手が悪すぎたし……」

 

白望の励ましともとれる発言に続き、ホワイトボードを手にしたエイスリンと、白望の膝の上に乗っていた胡桃が塞に近寄る。

 

 

「ダイジョーブ!」

 

「ほら、塞には期待してないって!」

 

「それはそれでひどくない?!」

 

 

たとえ点数が凹んでいても、いつもの雰囲気は崩さない。

元々団体戦に出れる予定もなかったのだ。

それがこんな夢にまでみた舞台まで上がれている。

 

 

”このお祭りを、楽しまなきゃ損”

 

 

宮守の面々にはそういった意識が芽生えていた。

 

いつも通りの仲間の様子に、徐々に心に余裕が出てきた塞。

 

その背中に、宮守の大将である少女が立つ。

 

 

「だいじょーぶだからー?あとは私に任せて?」

 

 

「豊音……」

 

高身長にハットをかぶった少女は、塞に柔らかく笑う。

 

宮守の全員に恩義を感じている豊音だが、最初から友好的に迎え入れてくれた塞には、特別恩を感じていた。

 

塞の暖かさがあったからこそ、豊音は部に入ることができた。

 

 

 

「塞にも、たーくさんお世話になったからー、まだまだプラスすぎ?」

 

そう、たくさんお世話になったのだ。

 

 

 

言い終えると、豊音が対局室へと向かう。

 

その背に、監督である熊倉トシが声をかけた。

 

 

「相手全員、超高校級の打ち手よ……最初から、全力でおやりなさい」

 

 

 

豊音が挑むこの大将戦は、前評判から激戦必至と言われている。

 

相手のレベルも桁違いだ。

 

 

 

では、負けても仕方ないのか?

 

いいや、違う。

 

豊音の表情が、真剣なものへと変わる。

 

 

 

 

「皆とー、このお祭りの最後を、見届けるんだ」

 

 

 

 

豊音の言葉に、全員の表情が明るく弾む。

 

 

そうだ。楽しむことはもちろんだが、負ける気は毛頭ない。

 

 

 

 

 

 

さあ、この最高のお祭りを最後まで楽しもう。

 

 

 

 

 

 

―――――南家 宮守女子高校 姉帯豊音

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

姫松高校控室。

 

 

「ただいまなのよ~!」

 

戻ってきた姫松の仕事人は、明るく控室のドアを開けた。

 

洋榎は回転する椅子に座ってぐるぐると回りながら、由子を迎え入れ。

 

ハイライトを眺めながら雑談していた漫と多恵も、由子の帰りに気付いて入口へとやってきた。

 

 

「お~おかえり~」

 

「おかえり!流石由子だねえ~」

 

「由子先輩!お疲れ様です!」

 

 

ぴたり、と。

 

元気に帰ってきた由子が、何故か洋榎の前で立ち止まる。

そのまましばらく顔を眺めているので、不審に思った洋榎。

 

 

「どうした由子?ウチの顔がイケメンすぎて見惚れてもうたんか?」

 

「いやまず可愛い方向に行きましょうよ女子高生なんですし……」

 

 

可愛いよりもかっこよくあろうとする洋榎らしさはとても良いのかもしれないが、それでいいのかと思う漫の意見もわからなくはない。

 

しかし由子の言いたかったことはどうやらそういったことではないようで。

 

 

「宮守の臼沢ちゃん……最後の方だけやけど、洋榎ちゃんと打ってるような感覚だったのよ~」

 

「……へえ……?」

 

終局間際。

2連続で勝負手をかわされた由子が感じていたのは、塞の守りの意識。

 

見つめた相手の手を塞ぐ、ということは知っていたが、自ら相手の手をかわし、和了りきる力があるとは思わなかっただけに、由子はそのあたりの打ち回しを洋榎に似ていると感じた。

 

 

「まあ、臼沢は宮守の中では一番麻雀歴長いみたいやしな?」

 

 

話に参加してきたのは、恭子。

これから戦いに向かうため、心の準備をしていた恭子だが、ついに覚悟は決まったようだ。

 

 

そしてその恭子のいつもと変わらない恰好に、多恵が目敏く気付く。

 

 

「……恭子……罰ゲームは?」

 

そう。「いつもと変わらない」のだ。

本来はこの準決勝、罰ゲームとして可愛い制服姿で出る予定であったのに。

 

 

「善野監督も見とるんや!恥ずかしいやろ!流石に!」

 

「私はめちゃくちゃ可愛いと思ったんだけどなあ……?」

 

「やめややめ!もう行くで!」

 

恥ずかしさを振り払うように、出口へと向かう恭子。

 

 

そそくさと出ていこうとした恭子に、誰に言っているともわからない風で、洋榎が大きな声をだした。

 

 

 

 

「今から大将戦かあ~!あんなバケモンども相手に、自称凡人の姫松の大将が勝ったら、ホンマにかっこええやろーなー!」

 

 

 

 

ピクリ、と、恭子の足が止まる。

 

 

それは大将戦を不安に思う恭子に対する、洋榎なりのエール。

 

 

 

「なあ。多恵?」

 

ニヤリと、洋榎が笑う。

 

 

 

「……そうだね。もしそんなことができるなら……最高にかっこいいね?」

 

その問いに、多恵も同じく笑みで返した。

 

 

 

 

 

 

「……やってやろーやないか」

 

 

 

相手の大将3人は、もはや人間の域に無い。

 

 

それでも。相手など関係ない。

 

 

凡人にできるのは、ひたすら頭を回すこと。

 

 

誰よりも人間らしい常勝軍団姫松の大将が、準決勝の舞台へ足を運ぶ。

 

 

悲願の全国制覇を達成するためには、こんなところで止まれないのだ。

 

 

 

 

 

 

 

―――――西家 姫松高校 末原恭子

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

誰もいなくなった対局室に、目を閉じて余韻に浸る少女が一人。

 

 

(少しは……近付けたでしょうか)

 

今の半荘。和にとっては収穫の多い半荘だった。

 

何か月も何年も。パソコンに向かって平らな麻雀牌達とにらみ合うだけの麻雀を、必死に現実に落とし込もうとしていた。

 

それが、何か違うと感じながらも。

 

高校に入り、決して勝てないような壁が現れて。

テレビで、圧倒的な力を振るうプロを見て。

 

自分がやっていることが正しいのかどうかわからなくなる日もあった。

 

 

しかし、それは杞憂だった。

 

自らの師は、確かに言ったのだ「デジタルに未来はある」と。

 

 

感傷に浸っていると聞こえてきたのは、この3ヶ月何度も聞いた声。

 

 

「和ちゃん!」

 

「……咲さん……」

 

 

少し茶色がかった髪をショートに揃えたこの少女は、和の前に立ちふさがった壁であり……かけがえのない仲間でもあった。

 

 

「すみません。あまり、点棒増やせなくて」

 

「そんなことないよ!……これだけあれば、十分」

 

 

十分。自動卓の点棒表示を見ながら咲が発したその言葉が意味する所は、和もよく知るわけで。

 

相変わらずとんでもない同級生だなと嘆息する。

 

 

しかし今は、それがとても頼もしい。

 

 

 

咲がゆっくりと、和に右手の小指を差し出す。

 

 

 

「和ちゃんとの約束……必ず果たすから」

 

 

「……お姉さんに、会うんですよね?」

 

咲の小指を同じく小指で握り返しながら発されたその言葉を受けて、咲が目を閉じる。

 

 

咲の中を駆け巡るのは、この3ヶ月の思い出。

 

そして、姉である照との思い出。

 

 

 

 

 

(そうだ。お姉ちゃんに会うまで。誰にも……邪魔はさせない)

 

 

咲の目に、光が走る。

 

 

 

「うん。全部……倒す」

 

 

はっきりと言い切ったその姿は、とても1年生とは思えないほど頼もしく。

 

咲が戦う理由は、もう自分一人のためではない。

 

高校に入って、かけがえのない仲間を得た。

県予選で、様々な人の想いを背負った。

 

だから。負けたくない。負けられない。

 

 

高校麻雀界に現れた魔王が、準決勝の舞台へ挑む。

 

 

 

 

 

 

 

―――――北家 清澄高校 宮永咲

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

日は落ちた。

 

極めて静かに、戦いの()が開く。

 

 

 

 

「夜の帳が降りてきた。……さあ、(ツワモノ)どもよ。衣に、最高の宴を見せてくれるな?」

 

 

 

会場の外、とある灯台の上で、”金”の少女が、楽し気に嗤う。

 

 

 

 

 

さあ、役者は揃った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――――準決勝第二試合大将戦。開始。

 

 

 

 

 

 

 

 



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第79局 狂気の大将戦

 

 

日が落ちても、夏の夜は蒸し暑い。

 

東京の夜は明るく、どうやら眠るにはまだ早いようだ。

 

 

インターハイ準決勝もいよいよ大詰め。

 

話題性があり、多くの注目を集めた先鋒戦に次いで、この大将戦の注目度は高い。

2回戦の大将戦を見た人々であれば、それは尚更。

 

 

 

今まさに始まろうとしている大将戦を、控室のモニターで眺めているのはやえ。

 

由華が卓に座る姿を、静かに見つめるその瞳。

 

そこにどんな感情が込められているのか、やえの隣に座る初瀬と憧にはわからなかった。

 

わからないから、聞きたくなったのかもしれない。

 

 

「……由華先輩、大丈夫ですかね」

 

「……相手は強いわ。でも……それは2回戦も同じこと」

 

冷静に相手と、由華との力量差を見極めるやえ。

 

あの後輩には、強い相手でも、戦える力があると確信しているから。

 

 

 

「負けるわけがないわ。……去年からの1年間。由華より努力した人間は、いないわよ」

 

涙をのんだ一年前。山越し狙い撃ちでラス転落という屈辱を味わった彼女は、誰よりも努力した。

いや、努力せずにはいられなかった、という方が正しいか。

 

 

そしてその事実を、部内で知らない者はいない。

 

やえの由華を信頼しきった発言に、憧と初瀬も胸を撫で下ろす。

そんな2人の様子を見て、更にやえが言葉を続ける。

その視線は、少し2人をからかうような表情に変わっていて。

 

 

「それに……あんたたちだって知ってるでしょ?……あいつ、対局中めちゃくちゃ怖いわよ」

 

「怖い」という感情が、麻雀の強さに影響を与えるかどうかはさておき。

 

確かに……と呟く2人の苦笑いは、とても実感がこもっているように見えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『お待たせしました……!ついに、ついに準決勝第二試合は大将戦を迎えます!泣いても笑っても、この2半荘が最後!……今、対局開始です!!』

 

 

席に着いた4人の選手。

落ちる照明と同時に、スポットライトが自動卓に当たる。

 

 

対局開始を知らせるブザーが鳴り響いた。

 

 

 

「「「「よろしくおねがいします」」」」

 

 

運命の大将戦が、始まった。

 

 

 

 

 

 

東1局 親 由華

 

 

素早く配牌を受け取った恭子は、理牌時も頭を動かすことに余念がない。

 

 

(さて……1番ヤバイんは間違いなく晩成。牌譜見とってもわけわからんとしか言いようがないわ。……とにかく、なるべく役牌を先切りしつつ、最速で和了りに向かう)

 

対戦校3人を研究した結果、恭子が一番の危険因子と踏んだのは由華だった。

 

2回戦のオーラス、臨海のネリーを抑えての四暗刻単騎。

恭子でなくとも、あのシーンが目に焼き付いて離れない人は多いだろう。

 

あのシーンだけでなくとも、巽由華は手が重く、そして高い。

手役派、面前派……言い方は様々だが、ともかく「ロン」と言われたら高打点を覚悟しなくてはならないのだ。

 

そしてそれを裏付けるデータを、恭子は持っている。

 

 

 

(なんやねん平均打点14000て。こいつの麻雀にだけ赤20枚くらい入っとるんちゃうか?)

 

 

入ってない。

 

 

しかし恭子の気持ちもわからないでもない。

平均打点とは名前の通り、その打ち手が和了った全ての手の打点を平均したものだ。

 

恭子であれば、平均打点は4000点ほど。

姫松の中で腰の重い部類の多恵であっても、平均打点は7000点ほどだ。

 

それをいとも簡単に凌駕する数字。

 

誇張ではなく、巽由華に「ロン」と言われたら最低12000は覚悟しなければいけないようなものなのだ。

普通であれば、ありえない数字。

 

だからこそ、最大限の警戒をもってあたらなければならない。

 

 

 

 

7巡目 恭子 手牌 ドラ{①}

{⑨⑨24478二三四赤五六七} ツモ{4}

 

 

(リーチかけなあかん方か……)

 

 

恭子の手に、聴牌が入る。

{3}が入ってくれれば平和の聴牌になったが、生憎持ってきたのは{4}。

 

待ちの{69}は決して悪くはないが、そういった常識の物差しでは測れないのが、この大将戦。

 

 

(リーチは危険すぎる。ツモれたらラッキーくらいでええわ。東1局は、見さしてもらう……)

 

恭子の得意とするスタイルは、言わずもがな、速攻。

今回の手牌は手なりに素直に打って、いち早く聴牌を組むことができた。

 

本来なら、リーチといきたいところだが、未知数な相手も多い。

 

一旦ダマにすることを決めて、{2}を河に置く。

 

 

その瞬間。

 

おそらく恭子が一番聞きたくないであろう単語が、耳に入った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「カン」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

恭子が、表情を歪める。

 

その単語だけで、誰から発されたものなのかなど、考える必要もない。

 

 

セーラー服を着た魔王が、本来麻雀ではツモれるはずのない、神域へと手を伸ばす。

 

 

 

 

 

 

 

 

「ツモ。嶺上開花」

 

 

咲 手牌

{①①赤⑤⑥⑦35七八九} {222横2}

 

 

 

「8000」

 

 

 

 

 

『嶺上開花だあー!!!開幕一閃!まずはトップ目の姫松から8000の責任払いです!!』

 

『かあーっ!始まったねえ!このコ、準決勝はいったい何点稼ぐのかな??』

 

 

開幕いきなりの嶺上開花に、会場のボルテージも上がる。

 

まずは咲が、8000点をトップの恭子から直取り。

 

 

 

 

豊音が、目を丸くして咲の手牌を眺める。

 

 

(宮永さん、映像では見てたけど……やっぱすごいよ~)

 

豊音も恭子同様、2回戦の映像はチェックしていた。

熾烈を極めたあの大将戦で大暴れし、点数を荒稼ぎしたこと。

 

わかっていても、止められるものではない。

 

もっとも、豊音はまだ止めようともしていないが。

 

 

感心している豊音をよそに、恭子がため息をつきながら点棒を渡す。

 

 

 

(いや、なんやねんそれ。役言うてみいや)

 

 

 

嶺上開花ドラ3。満貫である。

 

 

恭子からすれば、まずそもそもドラ3の役なしの手をリーチしていないことが意味がわからないし、役の無くなるカンも意味不明だし、そしてきっちり嶺上開花という役をつけてくることも意味不明だ。

 

 

しかし、この意味不明を受け止めて次に活かさなければいけないのが恭子に課せられた使命。

 

恭子が、もう一度大きくため息をつく。

 

 

(わかってはいても……ままならんもんやな)

 

 

そうは言っても、簡単に気持ちを切り替えることができるなら苦労はない。

 

ただでさえ、たった今恭子の手に暗刻になった{4}を引きこんでの和了。

開幕から頭を抱える恭子を、責めることはできないだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

東2局 親 豊音

 

 

咲は開局から全開だ。

 

なにせ点差が点差である。

トップ目の姫松には5万点近くの差があり、決勝進出ラインである晩成までもおよそ2万点差。

 

そして2万点差で上を行く晩成の由華とは2回戦でも戦っている。

そして戦ってわかったことだが、この由華という少女は一筋縄ではいかない。

 

であれば、やることは一つ。

 

 

(……姫松を引きずり下ろす)

 

この卓に君臨する魔王の目には、先を行く恭子の姿がくっきりと映っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

9巡目にして、その言葉は発される。

 

 

「カン」

 

 

またも咲以外の3人が、忌々しそうに表情を歪めた。

 

嶺上牌から持ってきた牌を、咲が手牌の横へと叩きつける。

 

 

 

 

 

「ツモ。嶺上開花」

 

 

 

咲 手牌 ドラ{⑥}

{赤⑤⑦⑧⑧⑧333二二} {裏七七裏} ツモ{⑥}

 

 

 

「3000、6000」

 

 

 

 

 

 

『またもや嶺上開花だー!!清澄高校宮永咲!!自由に嶺上牌を操る1年生が、準決勝で早くも大暴れです!!』

 

『こりゃキツいねえ……他のコたちも全力なんだけど、まだ追い付かないねえ』

 

 

嶺上開花の発生確率は、およそ0.2%。

しかしこの宮永咲という少女は、その0.2%という『偶然』の事象を、『必然』へと変える。

 

 

たった2局で準決勝進出ラインである晩成の由華を捉えたことで、会場の熱気も一気に最高潮を迎えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

東3局 親 恭子

 

 

 

あっという間に親番が回ってきたのは恭子。

 

咲の独壇場となっているここまでの展開に、しかし恭子に焦りはない。

 

 

(まだ、慌てなくてもええ。徐々に、速度は合って来とる……次は、捉える)

 

今の局も、恭子は聴牌までたどり着いていた。

一番自信がある「速度」は、徐々に追いついてきている。

 

戦える。

 

恭子はそう信じて配牌から1枚の牌を切り出していく。

どんな時も誰が相手でも、恭子は思考を止めない。

 

 

 

 

 

 

 

6巡目。

 

咲から仕掛けが入る。

 

 

「ポン」

 

 

(ポン……?)

 

宮永咲はカンを得意とする割に、ポンをすること自体は多くない。

だいたいポンをするときは、本来自分がカンできる予定だったものが相手の手牌に行ってしまった時。

 

今回のケースであれば、恭子が3巡目に鳴きをいれている。

故の調整だろう。

 

恭子が一瞬で過去のデータを思い起こす。

 

(ポンをせんわけやない。せやけど……このポンは加槓されるもんやと思っとった方がええ)

 

長野県予選では一人の選手が、これを逆手にとって槍槓という珍しい役を成立させていた。

 

 

 

しかし咲からしてみれば、その経験があるからこそ、この牌を狙わせる猶予すら与えたくない。

 

 

わずか一巡後のことだった。

 

 

 

「カン」

 

 

(早い……!)

 

 

早すぎる。まだ7巡目だ。

 

恭子に冷や汗が浮かんだ。

 

 

今までの速度ならまだしも、これ以上速くなってしまえば手が付けられない。

 

 

咲が右目に光を走らせながら、嶺上牌へと手を伸ばす。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その伸ばした手は、咲の下家に座る由華によって掴まれた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「カンカンカンカンうるさいなあ……ロンって言ったの聞こえなかった?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

思わぬ妨害に、咲が由華の方へ視線を移す。

 

 

1巡あれば、由華には十分だった。

 

左手で咲の腕を力強く握った状態で、由華は右手だけで自身の手牌を乱雑に倒す。

 

 

 

 

 

 

由華 手牌 ドラ{2}

{⑥⑦⑧35678三三六七八}  ロン{4}

 

 

 

 

 

「ロン。……満洲だよ嬢ちゃん。満洲」

 

 

 

 

 

槍槓。

 

 

 

開かれた手牌。

咲にとって槍槓自体は2度目だが、県予選の時と違い、槍槓もケアした上での仕掛だった。

1巡で槓材を持ってこれるとわかっていたからこその、カン。

 

しかしそれでも、王者の剣からは逃れられない。

 

わずかに動揺する咲に対して、由華がようやく掴んでいた咲の手を放す。

 

 

 

その目にはもう既に、咲は映っていない。

まるで眼中にないかのように。

 

由華は呆然とする豊音と恭子へと向き直る。

 

 

 

 

「すみません先輩方……取り乱しちゃいましたね」

 

 

狂気。

 

豊音と恭子が、その狂気に触れて青ざめる。

 

 

わかっていたはずだった。

この大将戦がバケモノの巣窟なことは。

 

 

それでも、恐ろしいと思うこの感情に、嘘は付けない。

 

 

 

 

晩成の修羅が、にこやかに笑顔を作る。

 

 

 

 

 

 

 

「……続けましょう?」

 

 

 

 

 

 

 

狂気の宴は、まだ始まったばかりだ。

 

 



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第80局 巽由華

 

 

 

巽由華は幼い頃から麻雀が好きだったわけではない。

 

母親がプロ雀士だったこともあり、家族で麻雀をやることは当たり前。

母親から厳しく打ち方を指導され、来る日も来る日も麻雀を打つ日常は、由華にとって苦痛だった。

 

 

彼女にとって、麻雀とは生まれた時から常にあったモノ。遊戯というより、コミュニケーションツール。

 

 

しかし才能も十二分に秘めていた彼女は、小学校では1番強く、地区では強豪と呼ばれる中学校に進んでからも、彼女が1番強かった。

 

であるからして、県で1番強い晩成高校に興味を持つのは、当然の流れといえた。

 

 

そんな、高校の進路について考える中学3年生になった時のこと。

 

 

 

 

『由華!聞いた?今年晩成高校にすごいルーキーが入ったらしいよ!』

 

『小走やえって人なんだけどね、次のインターハイから出場するらしい!』

 

『なんか噂では春の大会も内密にメンバー入りしてたらしいよ』

 

 

 

 

由華の耳に飛び込んでくる、大型ルーキー「小走やえ」の噂。

 

 

そんな話を聞いていたからだろうか。

 

興味本位だった。

由華が、高校夏のインターハイを現地の会場で見ようと思ったのは。

 

 

 

 

 

 

――――――『決まったあああ!!夏のインターハイ団体戦1回戦!圧倒的トップで先鋒戦を終えたのは晩成高校!!エース区間をものともしない1年生小走やえ!!とてつもないデビュー戦となりました!!』

 

 

 

 

 

目を、心を奪われた。

 

 

 

鮮烈に映るのは、誰にも和了らせず、リーチをかけることすら許さない王者の貫禄。

初めて誰かの麻雀を見て、「かっこ良い」という感情を覚えた。

 

 

感動に打ち震えた先鋒戦を終え、やえが凄まじい勢いで稼いだ点棒は。

 

 

 

 

大将戦を迎える時にはすべてなくなっていたことにも、ひどく胸を突き動かされた。

 

 

その年、晩成高校は1回戦で姿を消した。

 

 

 

 

マスコミがこれでもかというほど画面に映すのは、控室に座ったまま動かない、大型ルーキーの姿。

 

由華はその姿を目に焼き付ける。

 

 

 

(私が入れば、あの人にあんな顔させずに済む)

 

 

この日、由華は晩成へと進むことを決めたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

高校に入学した由華を待っていたのは、想像を絶する部内の不和だった。

 

 

 

『へえ、大型ルーキーさんは先輩に指示するんだ?』

 

『あんたにはついていけない。そんな強制したいなら中学のお仲間と同じ高校にでも行けばよかったのに』

 

 

 

なんだこれは、と由華は思った。

数々の妬み、僻み、陰口。

 

同級生で仲良くなった紀子と、あまりの部内の仲の悪さに辟易していた。

 

 

「……これじゃあ、勝てるものも勝てないよね……」

 

「……私達で、変えられるところは変えよう。これじゃあ……全国制覇なんて夢のまた夢だ」

 

 

上級生の関係改善に尽力した2人の努力もむなしく。

 

 

ちょうど由華が入学した4月から2ヶ月後の6月。

 

 

やえの同級生である2年生はやえを残して、1人残らず麻雀部から姿を消した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そんな事態があっても、日は進む。

 

インターハイを控えた7月のこと。

 

 

暑すぎる太陽は少しだけ姿を隠し、涼しいとはお世辞にも言えないが、多少はマシになった夕暮れ時。

 

下校時刻になって閑散としていた校内を歩いていた由華が、物音に気付いて麻雀部の対局室を開ける。

 

そこで見つけたのは、窓際の自動卓で、ひたすら洗牌を行うやえの姿。

 

 

その後ろ姿は、とても孤独に見えて。

 

気が付けば声をかけていた。

 

 

「……やえ先輩、手伝います」

 

「あら、由華じゃない」

 

後輩の前では、あくまで気丈にふるまうやえ。

しかしその声が、明るいトーンではないのは由華にもよくわかった。

 

 

由華の口から、ポツリと疑問がこぼれる。

 

 

「……やえさんはなんで、麻雀をやってるんですか?」

 

 

ピクリと、やえの肩が止まる。

 

聞いて良い質問なのかどうかは、由華にはわからなかった。失礼になるかもと思った。

それでも、どうしてか、聞きたくなったのだ。

 

やえは、すこしだけ目を閉じて思考を挟む。

 

 

「……由華は、麻雀好き?」

 

「え……どう……なんですかね」

 

質問に質問で返される形となったやえからのその言葉に、由華は即答することができなかった。

ほぼ強制的に始めさせられた麻雀は、由華にとっては「やるべきもの」。

そういう認識が、少しあった。

 

そんな由華の心境を悟ってか、やえが言葉を続ける。

 

 

 

「……私もね、昔は別に好きでも嫌いでもなかったのよ。勝てるから、やってた。自然とね」

 

「……」

 

沈黙で答えたのは、今の自分に似ている部分があったからかもしれない。

やらされてきたから、自然と強くなった麻雀を、「好き嫌い」という観点で見たことは無かった。

 

中断していた洗牌を再開するやえ。

 

 

「でもね、私の親友は……ほんと……誰よりも麻雀が好きな麻雀バカでね。ほんとそれこそバカみたいな話だけど……あいつらと何万局という回数打つたびに、いつからかな……麻雀が心から楽しいって、好きだって。思えるようになったのよね」

 

だからね、とやえは最初の質問に立ち返る。

 

 

 

「私は、麻雀が好き。だから、やっている。あとは……そうね、『約束』を、果たすためかしらね」

 

 

『約束』。幼馴染4人で立てた、目標。

 

 

そう答えるやえの姿は、ひどく眩しく見えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そして、新しい年。

 

晩成高校に新入生が入ってくる。

 

 

「新子憧です!目標は、やえ先輩と共に、全国優勝をすることです!よろしくお願いします!」

 

「岡橋初瀬です。憧とは幼馴染で……私も、やえ先輩と全国制覇を成し遂げたくて晩成にきました。よろしくお願いします」

 

 

生意気な2人だったが、由華は初めて、後輩を育てる役目を担った。

自分はまだ実力が足りていないと1度は断ったのだが、やえに「後輩を見るのも勉強」といわれてしまっては断れない。

 

 

 

何度も何度も、後輩達と卓を囲む。

 

 

 

 

「憧、あんた腰軽すぎ!ここは動かなくていい場面でしょ」

 

「ええ~!でもやえ先輩は『好きにしていい』って言ってくれましたよ?」

 

 

 

「初瀬!なんでもかんでも突っ込まない!あんたの目からドラ1枚も見えてないんだから、相手の方が打点高いに決まってるでしょ!」

 

「攻めなきゃつまんないですし……やえ先輩も『好きにしていい』って……」

 

 

由華の額に、青筋が浮かぶ。

尊敬すべき先輩の存在を、ここまで呪ったことはなかった。

 

ちょうど同卓していたやえへ、恨みのこもった視線を投げかける。

 

 

「やえ先輩……」

 

「ははは!怖いかおすんじゃないわよ由華」

 

屈託なく笑う先輩の姿に、毒気を抜かれてため息をついたその時、やえから思いがけない言葉がかかる。

 

 

 

 

 

 

 

「……どう?由華。最近は麻雀好き?」

 

 

 

 

 

 

 

 

対面からやえ。上家の憧と、下家の初瀬。

 

やえの後ろには、紀子もいる。

 

 

 

 

 

惰性で続けていた幼少期。

 

高校に入って、大切な仲間と出会えた。

 

1年目に挫折を経験。力になれると思っていた自分の力はあまりに無力で。

 

この1年は、努力することに必死で、自分の感情を考える暇などなかった。

 

 

しかし、その1年があったからこそ。

 

このメンバーで全国優勝を果たしたい。その想いが、抑えきれないほどに大きくなっていて。

 

 

 

 

 

フッ……と、由華が小さく笑った。

 

 

 

 

対面から優しく見つめてくれる憧れの先輩も。

 

その後ろでニヤリと人の悪い笑みを浮かべている同級生も。

 

質問の意味がわからず、キョトンとしている後輩2人も。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……おかげさまで、大好きです」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

東4局 親 咲

 

 

 

 

点数状況 

 

 

姫松 末原恭子 126300

晩成 巽由華  110300

清澄 宮永咲   99800

宮守 姉帯豊音  63600

 

 

 

 

 

意識外からの満貫直撃を食らっても、咲に動揺は少ない。

一つ息をついて呼吸を整える咲の姿には落ち着きがあった。

 

 

(みんなの力が……生きてる)

 

槍槓も、初めてではない。

自身を模倣するような打ち手にも出会うことができた。

 

これまで培ってきた経験の全てが、今の咲を動かしている。

 

 

(負けない……)

 

視線をやるのは、そ知らぬふりで理牌をしている、下家の由華。

要注意人物なのはわかっていたが、警戒していてもなかなか止められるものではないようだ。

 

 

 

10巡目。

 

咲の手に、一つの牌がやってくる。

 

 

 

咲 手牌 ドラ{⑧}

{①①①⑤⑥34赤5二二東東東} ツモ{発}

 

 

(生牌……)

 

咲の手にやってきたのは、生牌の{発}。

 

問答無用で切り飛ばしてもいいのだが、この卓ではあまり安易なことができない。

役牌を渡せばスピードスターがいるし、対子で持っていたら必ず引き込んでしまう恐ろしい打ち手もいる。

 

しかし。

 

 

(次巡、私のツモが{①}……そこで嶺上開花ができる)

 

 

咲にだけ見えている世界。

次巡ツモ{①}の予感。

 

であればこそ、この{発}は切らなければいけない。

 

静かに、咲は{発}を河に置いた。

 

 

声がかからないことに少し安堵する咲。

 

 

しかしその安堵も、束の間。

 

 

 

 

 

 

 

「ツモ」

 

 

すぐにツモ山へと手を伸ばした由華がツモ牌を自身の手牌の右へ軽やかに開いた。

 

 

 

 

 

{発} だった。

 

 

 

 

 

咲の顔が、驚愕に染まる。

 

 

 

 

 

 

 

由華 手牌

{③③③⑥⑦⑧999五赤五発発} ツモ{発}

 

 

 

「3000、6000」

 

 

 

 

 

 

『な、なななんと!晩成の巽由華!清澄の宮永咲から出てきた当たり牌をスルーしたうえで、しっかりとツモ和了り!!跳満です!』

 

『ひゅう~!出和了り6400なんかいらないってか!ツモれることがわかっていたかのような選択だねい?』

 

 

 

 

 

恭子も豊音も、この見逃しに気付かないはずはない。

 

 

(ツモれるっちゅう確信があるなら……3翻アップのツモ狙いにいくわな……)

 

(とってもすごいねえ……晩成の巽さん)

 

 

 

 

 

由華が、サイコロを回す。

 

強くなりたくて、寝る間も惜しんで努力した過去がある。

 

しかしそれは、決して「やらされて」行ったものではない。

 

 

全ては、今の晩成メンバーで、全国制覇を成し遂げるため。

 

 

 

(誰が相手だろうと、晩成の覇道は邪魔させない)

 

 

 

晩成の王者、その右腕である彼女が、不敵に笑みを見せる。

 

 

 

麻雀が好きではなかった少女は、憧れの先輩と、仲間を得て。

 

 

今この舞台で、大好きになった麻雀を打っている。

 

 

 



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第81局 絶望

 

準決勝第二試合大将戦は、南場を迎えた。

 

東場は、流石荒れると予想されたメンバーにふさわしく、安くて満貫、そして2度の跳満が飛び交う危険な場。

一度でも油断すれば、重い一撃が突き刺さる緊張感は、見ている観客すらも息をのむほど。

 

 

『さあ、大将前半戦は南場に入ります。今の巽選手の和了りで、もう、順位の方はここからどうなるかわからない。そういった展開ですね』

 

『いやー知らんし!……まあ、こんだけポンポン跳満クラスが出ちゃうともう1万点差なんてないようなもんだよねえ?知らんけど。そういう意味では、どこの高校にも決勝進出のチャンスがあるって言えるんじゃね?……あと』

 

咏が握っていた扇子を机の上に置き、放送されている映像の点棒表示を見る。

 

 

 

 

点数状況

 

姫松 末原恭子 123300

晩成 巽由華  122300

清澄 宮永咲   93800

宮守 姉帯豊音  60600

 

 

『次鋒戦後から1度もトップを譲らなかった姫松の後ろ……1000点差だねえ?』

 

 

先鋒戦終了時からトップをひた走っていた姫松のすぐ後ろに、晩成がついている。

 

 

 

(ようやく……背中つかめたよ。末原さん)

 

(そんなんはわかってんねん……)

 

 

由華が、ニヤリと恭子に視線を投げる。

 

恭子だって、点数表示を理解していないはずはない。

自分がどれだけ苦しい状況かはわかっている。

 

ここまでも、動ける形なら全て動いていこうとは思っていたのだ。

洋榎や由子ほどではないにしろ、自分も仲間たちから勉強した守備力がある。

 

そもそも、鳴いた形から安牌を捻りだせない人間は鳴き型の強い打ち手にはなれない。

ましてや常勝軍団姫松の大将たる末原恭子は、もちろん申し分ない守備力を誇っているのだ。

 

しかし。開局からはっきりと感じている違和感が、恭子の邪魔をする。

 

 

(想像していた以上に()()()るな……)

 

 

『絞り』。現代麻雀においてはさほど重要とはされない場面も多いが、相手の手牌の進行を止める『絞り』は鳴きを駆使する打ち手には非常に効果的だ。

 

自分の手牌進行を犠牲にして、相手の手牌進行を止める。

リスクはあるが、それよりも恭子の『速度』を奪うことを優先したということ。

 

行っているのが誰なのかは言うまでもない。

 

 

 

(わかってはいたはずや。それでもなんとかするしかない……しかないんやけど……ホンマに南場でなんとかできるんか……?)

 

恭子の額には、早くも大粒の汗が浮かんでいた。

 

 

 

 

 

 

南1局 親 由華 ドラ{中}

 

4巡目。

 

もう何度目かもわからない発声が、耳に入ってくる。

 

 

「カン」

 

 

ビクりと、恭子の肩がその発声に拒否反応を示す。

 

 

(まさかやろ……!)

 

まだ4巡目だ。

こんな巡目で何度も嶺上開花されてしまっては手が付けられない。

 

そう思ったのは豊音も由華も同じなようで、苦痛な表情で咲の手牌を見つめる。

 

しかし、咲がツモ発声をすることはなかった。

そのまま持ってきた牌を手中に収め、1枚の牌を切り出す。

 

 

(……有効牌を引き入れるためのカンか……?)

 

通常、咲のカンには2つのパターンがある。

 

嶺上開花をするためのカンか、有効牌を引き入れるためのカンか。

 

普通ならカンによるドラの増加で打点上昇も候補に挙がるが、咲はその力の特性故か、カンでドラを乗せることはない。

そのことは同卓者全員が知っている。

 

であるから、今回のカンは後者であると由華は判断した。

 

聴牌をしてからカンをすれば嶺上開花ができるかもしれないのに、それよりも早く有効牌を欲した。

 

その意味は。

 

 

 

(聴牌でもおかしくない……やんな)

 

恭子が目を細める。

 

 

 

5巡目。

 

 

カンの一巡後。咲はツモ切りで、由華が手出し、豊音も手出し。

その一つ一つを丁寧に見届けて、恭子がツモ山に手を伸ばす。

 

 

 

恭子 手牌 ドラ{中} 新ドラ{八}

{①③赤⑤⑤34678三四八八} ツモ{5}

 

 

一向聴。

 

咲のカンによって新ドラが2枚増えたこの手は、鳴いても満貫が確定した。

であれば、この牌姿で切る牌は一つ。

 

 

(幸い、前巡晩成が{①}を切っとる)

 

由華の捨て牌を見れば、前巡に切ったのは{①}。

鳴かれることこそあれ、当たることが無いこの牌を切って喰いタンの一向聴にとるのが定石。

 

どこからでも仕掛けてやるという強い意志を持ちながら、恭子が河に{①}を送り出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ロン」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……は?」

 

 

恭子から、素っ頓狂な声が出た。

 

 

 

 

 

 

咲 手牌

{②③④⑤⑥66中中中} {裏九九裏}  ロン{①}

 

 

 

「8000」

 

 

 

 

恭子の右手が、力なく垂れ下がる。

大事なお守りのブレスレットが、カチャンと静かに音を立てた。

 

驚愕に見開かれた目は、咲の手牌を見つめることしかできない。

 

 

 

姫松の恭子が放銃。

 

 

 

ということは。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『姫松陥落……!!次鋒戦以降、トップを守り続けていた姫松がついに2位へと順位を落としました……!』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(トップ……陥落……)

 

 

恭子が虚な瞳で、静かに自身の点棒を見つめていた。

 

結果的にトップへと躍り出た由華ですら、咲の開かれた手牌を見て唖然としている。

 

役牌のドラ暗刻。これはまだいい。

 

幸運であることは事実だが、どんな打ち手が打っていても、稀にこういった幸運は舞い降りる。

 

問題はそこではない。

 

 

由華だって、咲のツモ切り手出しは確認している。

であるからこそ、”自身の{①}が当たっていた”ことは理解できた。

 

 

そこから導き出される結論。

 

東場であれだけの威嚇をしたというのに、その相手である自分を見逃してまで、姫松からの和了りを優先したということ。

 

 

(何の真似だ……?清澄)

 

由華は咲の……『清澄』の意図がつかめないでいた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

清澄高校控室。

 

 

 

「できれば……で良かったんだけどね……」

 

清澄の頭脳が、静かに言葉をこぼす。

 

咲の{①}見逃しには、やはり久が絡んでいた。

 

咲が大将戦へと出る前。彼女は久に対して真っすぐに『絶対に勝ちます』と言ってのけた。

それは1年生であることを忘れてしまうほどに頼もしいもので。

 

だからこそ、久は一つ、咲に指示を出したのだ。

それは、清澄にとって必要な指示。

 

 

「和。悪く思わないでちょうだいね」

 

「……いえ。これは麻雀……インターハイですから」

 

モニターから目を離さずに、久が和へと声をかける。

和が、多恵に入れ込んでいることは理解していた。故の謝罪。

 

和も目をそらさずにモニターを見つめる。

 

 

「私達の目標は全国優勝ですから」

 

 

 

そう。清澄にとって、インターハイ優勝は絶対条件。

できなければ、和は清澄を離れなければならなくなる。

 

 

ではその目標が、何故今の咲の和了りに関係しているのか?

 

 

 

久がゆっくりと、口を開いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「姫松にはここで負けてもらいましょう」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

久の出した結論。

 

姫松は、あまりに強すぎる。

 

今までの全対局、そして今日。そのすべてを見た上で、このチームと決勝で相対するのは危険すぎると判断した。

 

隙が無さ過ぎるのだ。

唯一、付け入る隙があると思われた次鋒ですら、今日の対局内容を見て確信した。勢いに乗せてしまえば、あの次鋒は間違いなく、1年生の中でもトップクラスに強い打ち手だと。

 

だからこそ。

先鋒戦で点差が大きくつかなかったこの準決勝が勝負。

もしここで、姫松を落とすことができれば、決勝は幾分か負担が減る。

 

そう判断したからこそ、久は咲にこう伝えたのだ。

 

 

”早い巡目で、良形の聴牌を先制で組むことができたなら、姫松を狙え”

 

 

条件は厳しい。しかしその全てがかみ合ったのが、先ほどの局だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

カタカタ、と恭子の指先が震える。

心無しか、見つめた指先の感覚が薄い。

 

 

(考慮せんかったわけやない。それでも、晩成を見逃すとは思わへんかった)

 

2着目の晩成は、清澄にとって決勝進出のボーダーラインだ。

まずは2着を確保しないことには、決勝進出は成し得ない。

 

しかしこの1年生の少女は、そこを見逃して恭子からの直取りを狙ってきた。

 

それの意味するところ。

 

 

(決勝に自分たちが行くってのは、確定してるってか。舐められたもんやな)

 

 

清澄の決勝行きは絶対だから、2着抜けの高校を操作する。

本来なら断トツトップの状態でやるべきことを平然と行ったのだ。

 

 

件の咲が、点棒を収めながら一つ息を吐く。

 

 

 

(もう2巡遅かったら……できなかった……)

 

 

実の所、恭子が思うような驕りは、そこまで咲にはない。

 

 

今の状況は、比較的見逃しのしやすい場だった。

自身はかなり良い3面張。それも4巡目満貫聴牌。

ほぼ和了りは確約された状況で、周りに聴牌気配はない。ツモれればそれでいいし、出場所をある程度の巡目までは選ぶことができる。

 

恭子の放銃は、全てがかみあってしまったのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

南2局 親 豊音

 

 

恭子が、震える手を抑えつけて牌を握りしめる。

 

 

(まだや……まだ絶望するには早すぎるやろ。凡人が思考を止めたら、ただの弱者や。頭を回せ……!)

 

ここまでの仕打ちを受けての恭子の冷静さは、もはや尊敬するべき精神力といえよう。

 

人はあり得ないほどの他者の幸運を見た時、何故自身に同じ幸運が降りてこないのかという感情が、多かれ少なかれ必ず生まれる。

 

多分に運の要素を詰め込んだ麻雀という競技なのだから、尚更。

 

その感情に流され、自暴自棄になってしまう人間は少なくない。

麻雀という競技をやったことのある人間なら、誰しもが理解できるだろう。

 

 

だというのに、恭子はまだ前を向いている。

冷静に、戦う姿勢をとっている。

 

“麻雀と言う競技は面白いもので、そういった姿勢を続ければ牌が応えてくれることがある”

 

 

 

8巡目 恭子 手牌 ドラ{一}

{②④赤567889一一三三三} ツモ{③}

 

 

聴牌。ターツ選択を迫られた恭子は、自信のあるカン{③}の受けを外さなかった。

こんな状況にあっても、驚くほど冷静に場の状況を観察している。

 

スピードスターの名は、鳴けずとも戦えることからつけられた異名。

この牌効率と山読みの鋭さは、仲間であり親友である多恵から受け取ったモノ。

 

手牌の{8}を迷いなく持ち上げる。

 

行うのは、この3年間、何千回、何万回と行った動作。

 

 

「リーチや……!」

 

 

力強く河へと曲げる。

 

幸い、この牌がつかまることはなかった。

咲も由華も、表情がわずかに歪む。

 

 

この一手で、恭子がここまでに失った点棒を全て取り返せるわけではない。

 

しかし、積み重ねることはできる。

後半戦もあるのだ。一つの満貫、一つの1000、2000が、姫松を決勝に導く礎となるのだから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

“麻雀と言う競技は面白いもので”

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

“そういった姿勢を続けていても”

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

“報われないことがある”

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「んー、おっかけるけどー?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

更なる絶望を運んでくる、声がした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

豊音 手牌 

{①②七七八八九九東東東西西}  ロン{③}

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

夢が、遠のく。

 

 



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第82局 友を引き連れて



祝!総合評価10000pt突破!!

ついに『ニワカは相手にならんよ(ガチ)』通称ニワカは、総合評価10000ptを突破しました!
いつも読んでくださる皆様のおかげです!
最近は書いてもらった感想をニヤニヤしながら読むのが仕事後の楽しみとなってます。いつも感想を書いてくださる方々、本当にありがとうございます!

これからもバシバシ書いていくので、応援よろしくお願いしますね!




準決勝第二試合の前日。

 

ミーティングルームに集まった宮守女子の面々は、熊倉監督より明日の戦い方について作戦を授けられていた。

 

副将戦までが終わり、残るは大将戦。

 

 

「さて……大将戦についてだけど……」

 

モノクルをかけた熊倉が一つ間を開けたことで、豊音をはじめとした宮守のメンバーに緊張感が走る。

言わずもがな、明日の山場はまず、先鋒戦。

超高校級の打ち手が2人もいることによって、メディアからの注目度も高い。

 

そして、次に鬼門となるのは、大将戦だった。

 

 

「豊音。明日は『仏滅』は禁止だよ」

 

「え?」

 

熊倉のその言葉に、反応したのは当事者である豊音ではなく、塞だった。

 

 

仏滅。

豊音の能力は暦である六曜に強く影響を受けている。その能力の中で、『仏滅』は豊音にとって切り札となりえる強力な力。

 

自分の手牌を一面子崩した上で、赤やドラが一切来なくなるという代償と引き換えに、卓に座る自分以外の全員に対して有効牌をほとんどシャットアウトすることのできる強力な力。

 

それを熊倉監督は使うな、と言ったのだ。

豊音以外のメンバーにも動揺が走るのは当然のことといえた。

 

その困惑を払拭するべく、熊倉が理由を説明する。

 

 

「……2回戦。豊音の仏滅に対して唯一、最初から抵抗することができていたのは誰だと思う?」

 

「……!」

 

豊音が、合点がいったように目を見開いた。

そう。2回戦で『仏滅』を使った時。新道寺と有珠山の2校は、有効牌をまったく引けずに苦しんでいた。

 

しかし一人だけ。

即座に抵抗の意志を見せ、果敢に仕掛けることで有効牌を引き入れていた打ち手がいる。

 

 

「……そう。姫松の末原さんだね。私も2回戦を見ていて、何故この子が優勝候補の高校の大将をやっているのか、よく理解できたわ」

 

 

恭子が大将をやっている理由の一つに、『未知の力に対する対応力』が優れているという点がある。

インターハイに出てくる高校でありがちなのは、大将に圧倒的エースを据えて、それまではなんとかトバずにつなごうというスタイル。

 

そういった高校の大将を相手取る時、必ずしも情報があるとは限らない。

強い高校であれば、県予選では本来の実力を見せずに上がってくることだってある。

 

そういった事態に備えて、大将には臨機応変な打ち方が求められるのだ。

もちろん、力でねじ伏せるタイプも多くいるが、恭子はそういったタイプではない。

 

確実に勝てる道を辿り、正解を導き出す。

 

 

「仏滅を使えば、おそらくあの子の独壇場になる。また姫松が1チーム抜けた形になってしまうと、ウチの決勝進出は厳しくなるからねえ……」

 

故の仏滅の封印。

 

そこまでは理解できたが、今度は違った疑問が塞の頭に浮かぶ。

 

 

 

「で、でも、その子以外の2人はおかしな人たちなんでしょ?そっちは放っておいていいの?」

 

塞の言うことももっともだ。

 

恭子を止めるために仏滅を温存すれば、自然と他2校は動きやすくなる。

他2校の大将も、宮守のメンバーはしっかりと確認したが、あれは間違いなくバケモノの類。

 

ひたすら嶺上開花をしまくる1年生と、平均打点14000点という脅威の面前派。

 

 

そんなバケモノをそのまま放置して殴り合いになるのは、危険すぎる賭けではないか?と塞は思ったのだ。

 

 

しかし、熊倉はにっこりとほほ笑む。

 

 

 

「豊音なら、同じ土俵で戦えるのよ。バケモノ相手でも……ね」

 

 

むしろそれは好都合なのだ。

殴り合いを制することこそ、宮守が残された決勝進出への道。

 

 

熊倉の言葉を聞いて、エイスリンがホワイトボードに、4人の人間が殴り合う様子を描いてドヤ顔で全員に見せる。

 

その絵を見て、その場にいた全員が笑みをこぼす。

 

 

 

 

絵に描かれた4人のシルエット。

 

その中で1番背の高い人物が、他を圧倒していた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『こんなことを、誰が予想できたでしょうか……!』

 

『いやあ……視聴者の皆的には、面白くなってきたんじゃねえの?知らんけど!』

 

 

異様な空気に包み込まれる会場。

その全員の視線は、モニターに映る点棒表示に集まっている。

 

 

 

 

点数状況

 

1位 晩成 巽由華  122300

2位 清澄 宮永咲  101800

3位 姫松 末原恭子  97300

4位 宮守 姉帯豊音  78600

 

 

 

 

『常勝軍団姫松が、今日初めて決勝進出ラインから落ちました……!大番狂わせとはまさにこのこと!優勝候補筆頭である姫松が、ここで姿を消すことになるのでしょうか……!』

 

『おいおいおい、そりゃまだ気がはえーだろーよ。……まあ鍵を握るのは、姫松の大将が気持ちを持ち直せるかどうか……かねえ』

 

 

 

 

 

南2局 1本場 親 豊音

 

 

由華が今まさに親の跳満を和了った豊音を見やる。

ここまで静けさを保っていた宮守が、ついに一撃を加えた。

 

まるで、最初から機を伺っていたかのように。

 

 

(……姫松に対して、相当牌を絞ってたのはわかってたけど……この時のためだったか)

 

豊音が面前で進めている時。

基本的に他3人はリーチをしない。2回戦の様子を見て、豊音には『先負』の力があることを知っているから、好んでリスクは負わないのだ。

 

しかし、先ほどの恭子は焦っていた。

失った点棒を取り戻したい。ドラが3つあって役のない聴牌。リーチするしかなかったといえばそうなのだが。

 

 

その隙を、豊音は見逃さなかった。

 

 

 

(まあいい。リーチが条件なら鳴けないだろ。基本的には私の方が早い)

 

そう、『先負』を使うには面前で手組をする必要がある。

それならば、相手が切った有効牌を引き入れられる由華の方が早い。

 

『先負』を使うことが前提であれば、だが。

 

 

 

由華が、ツモ山へと手を伸ばす。

 

 

7巡目 由華 手牌 ドラ{2}

{①①②223一二三六七東東} ツモ{東}

 

 

この巡目に咲から{東}が出たので、由華はこれを当然のようにスルー。

すぐに自身の手牌へと引き入れた。

 

このツモによって固定しやすくなったドラ対子を固定するべく、由華は{3}を切り出す。

 

 

 

「チー!」

 

 

その{3}に食いついたのは、豊音だった。

由華が、自身の河から奪われていく{3}を眺めながら、怪訝な表情で豊音の様子を伺う。

 

 

(鳴いた……?なんで?)

 

 

 

咲と由華が見たのは、2回戦で豊音が使っていた『先負』と『仏滅』だけ。

そのどちらもが面前で効力を発揮するもので、だからこそ豊音の仕掛けは想定外だった。

 

想定外だっただけに、一瞬、他のメンツの手が固まる。

 

その困惑による硬直が、豊音の突破口だ。

 

 

 

「ポン!」

 

「チー!」

 

 

 

 

豊音 手牌

{裏裏裏裏} {横4赤56} {発横発発} {横312}

 

 

 

 

チー出しで出てきたのは{5}。

 

由華が目を細めて豊音の仕掛けを見つめる。

 

 

(急いだ混一の仕掛け……?……もし無理をしているなら、リーチで脅すか……)

 

そう思いながらツモって来た牌の感触に、由華は一瞬だけ眉根を寄せる。

 

 

由華 手牌

{①①②22一二三六七東東東} ツモ{5}

 

 

索子。

おそらく豊音が集めている牌。

 

しかしこの牌は豊音がチー出しで切った牌。

当たることはあり得ない。

 

一向聴をキープするためにも、手出しが入る前に由華は{5}を切るのが得策だと考えた。

 

 

しかし。

 

 

「チー!」

 

 

豊音から、チー発声。

流石の由華も、これには目を丸くする。

 

 

 

豊音 手牌

{裏} {横567} {横4赤56} {発横発発} {横312}

 

 

豊音から発される黒いオーラに気圧されて、由華が静かに思考に耽る。

 

 

(ウチのバカもよく裸単騎やるけど……どうやらそれとは違うみたいだね)

 

 

和了ることに狂った晩成のならず者は、よく裸単騎をするが。

 

ゆらゆらと1枚の牌を左右に揺らす豊音の姿は、そのよく知る後輩の姿とは重ならない。

豊音の笑みは、何か和了れる確信があるとしか思えなかった。

 

 

 

 

豊音に、ツモ番が回る。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「トヨネ!」

 

人形のような綺麗な顔立ちで、ホワイトボードを握りしめたエイスリンが声を上げる。

 

 

「ついに出しちゃうか~それを」

 

モノクルをかけた塞が笑う。

 

 

「2回戦では上手く隠せたからね!」

 

白望の膝の上に鎮座する胡桃も満足気だ。

 

 

「まあ……トヨネが勝つでしょ」

 

白望のその言い方は、豊音の勝利を疑っていない。

 

 

 

 

孤独で、インターハイを一人テレビで見ていた少女はもういない。

 

温かい仲間と出会い、共に夢見た舞台に来ることができた。

 

胸を張って豊音は、かけがえのない友ができたと言うことができる。

 

 

そう、豊音はもう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ぼっちじゃないよ~?」

 

 

 

 

ぼっちじゃない。

 

 

 

 

 

「お友達が来たよ!」

 

 

 

 

豊音 手牌

{北} {横567} {横4赤56} {発横発発} {横312} ツモ{北}

 

 

 

 

 

「4100オールッ!」

 

 

 

 

 

『宮守女子姉帯豊音!この親番で3万点の点差を詰めました!!2着争いは激化!晩成以外の高校が全て9万点台にいます!!』

 

大歓声が、会場を包む。

姫松は準決勝通過確定か、と思われた準決勝はしかし、これでどこが勝ってもおかしくない状況へと移った。

 

盛り上がりは、既に最高潮。

 

 

 

点数状況

 

1位 晩成 巽由華  118200

2位 清澄 宮永咲   97700

3位 姫松 末原恭子  93200

4位 宮守 姉帯豊音  90900

 

 

 

 

 

豊音の笑みが、猟奇的なものへと変わる。

 

 

(このお祭り、まだまだ……終わらせないよ~?)

 

 

羨望の眼差しで眺めることしかできなかった舞台が、今自分の目の前にある。

 

 

最高の仲間と迎えられたこのお祭り。

 

 

豊音に終わらせる気は、さらさら無い。

 

 




初瀬「今失礼なこと考えてませんでしたか???」

由華「……」



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第83局 変身

 

 

 

 

4万6300点。

 

前半戦で恭子が失った点棒だ。

 

普通の麻雀ならとっくにトんでいて、ハコ下2万点オーバー。

 

悪夢。まさにそんな言葉が似合う半荘。

 

 

 

異様な空気に包まれたまま、大将前半戦は終局した。

 

 

 

 

 

点数状況

 

1位 晩成 巽由華   110800

2位 清澄 宮永咲   106300

3位 宮守 姉帯豊音   91900

4位 姫松 末原恭子   91000

 

 

 

会場の熱気とは裏腹に、静けさを保った廊下で。

恭子は一人歩いていた。

 

 

全身がひどく震える。

逃げ出したくなる衝動を抑えきれずに、恭子はいつの間にか廊下へと出てきてしまっていた。

 

目の焦点は定まっておらず、足取りはひどく心もとない。

 

フラフラと歩いていた恭子だったが、廊下にもたれるように、足を止めた。

 

 

(帰れるわけないやろ)

 

自然と、自分の仲間が待つ控室の方向へ向かいかけていた足を、止める。

 

このまま控室に戻って、はい、5万点近く失ってラス転落しました。で許されるわけがない。

なにより、恭子自身がそれを良しとしない。

 

ではどこへ向かえばいいのか?

 

 

休憩室?トイレ?外のベンチ?

 

 

答えは出ない。

もうなんならこの廊下でもいいかもしれない。

 

恭子の頭には、『敗退』の二文字が色濃く浮かんでいる。

 

3年間の努力、自分には無いもの持ってそうなとんでもプレイヤー達に立ち向かうだけの力をつけたと思っていたが、どうやら過信だったようだ。

今は、あの3人を相手にどうしたら勝てるのかがわからない。

 

 

まとまらないぐちゃぐちゃとした思考の中に、恭子はいた。

 

そんなとき。恭子の耳に、ドタドタとうるさい足音が聞こえてくる。

 

ここは選手か関係者しか立ち入れないエリア。

しかしこの大きめで騒がしい足音が誰なのかと気にする余裕すら、今の恭子にはない。

 

ただただ、床を見つめ、絶望することしかできないでいた。

 

 

 

 

 

そんな恭子の体が。

 

 

 

浮いた。

 

 

 

 

 

 

「……へ?」

 

 

 

急激に明るくなる視界。

 

恭子の目に飛び込んできたのは、何度も見た赤いポニーテールと、銀髪のショートボブ。

 

 

恭子が数秒遅れて、洋榎と多恵に担ぎ上げられたということを理解した時には、猛スピードで視界が動いていくタイミングだった。

 

 

「「わっしょい!わっしょい!」」

 

「な、なにしとんねんジブンら?!」

 

 

 

理解が追い付かない。

 

しかし。

 

風を切る感触が心地良い。

何故かお祭りの神輿になったような気分。

 

 

まず会ったら謝らなくてはいけないはずなのに、そんな暇すらも与えてくれない仲間。

 

 

 

「「わっしょい!わっしょい!」」

 

「か、掛け声やめーや……」

 

とにかくうるさい仲間。

 

 

警備員や関係者がギョッとした様子で見てくるのに目もくれず、洋榎と多恵は一目散に控室を目指す。

 

そして気付いた時には、控室のドアへと辿り着いてしまっていた。

 

恭子が心の準備をする時間などあるはずも無く。

 

先導していた多恵がドアを蹴飛ばした。

 

 

「恭子さん楽屋入りまーす!!」

 

 

「待ってたのよ~!」

 

「末原先輩急いでください!休憩時間そんなないんですから!!」

 

有無も言わせず、洋榎に控室に作られた一角に放り込まれる。

どうせ女子しかおらんしええやろ、と洋榎が粗雑に作った更衣室のようなそこには、由子と漫が待っていて。

 

 

「なんやなんや?!ちょ、由子!服脱がすなあ?!」

 

「よいではないか~なのよ~!」

 

「赤阪監督~!油性ペン貸してもらえませんかあ~!?」

 

「漫ちゃん?!」

 

 

 

 

訳も分からずされるがままになって1分と少し。

 

 

「お披露目タイムなのよ~!」

 

 

由子に手を引かれて、ようやく出てきた恭子は、罰ゲーム用で用意されていたあの可愛い制服姿だった。

 

 

「「「お~」」」

 

いつもと違う可愛らしい恭子の姿に、全員が感嘆の声を漏らす。

 

 

しかし依然として恭子は俯いたまま。

 

 

「どーしたの恭子。ウエスト合ってなかった?キツい?」

 

恭子の顔を覗き込む多恵。

 

しかし恭子の心情は、それどころではなかった。

 

 

「い、いや……そうやなくて……ホンマに、申し訳なくて……」

 

それはそうだろう。

もらったバトンは、断トツで渡されたバトンだった。

 

悪夢の半荘。

たった一度の半荘で、点数は5万点近く減ってしまった。

同時に、ラス転落。

このままでは姫松は準決勝で姿を消すことになる。

 

何かしらの言葉が降ってくると思っていたのに、しばらくしても声が返ってこないことを不思議に思い、恭子が前を向くと。

 

 

「……ッ!」

 

いつの間にか4人が恭子を囲むように揃っていて。

 

多恵に優しく頭を撫でられた。

 

 

 

 

「だいじょーぶ!恭子なら心配ない。今、恭子に足りないのは自信。それだけ。自分を強く持ちなよ恭子」

 

「せや。きょーこは強い。ウチが認めたるわ。なーんも気負わずに、自分の麻雀したらええねん」

 

「きょーこちゃんは考えすぎなのよ~!もっと楽にいこ~!なのよ~!」

 

「末原先輩!ホンマにあかんかったら、次はデコに油性ですからねえ?」

 

 

包み込んでくれるような優しさを見せてくれる親友と。

 

言葉は少ないながらも、ダイレクトに信じているということを伝えてくれる親友と。

 

いつも明るく、笑顔と元気をくれる親友と。

 

どれだけ辛くても努力し続け、期待に応えてくれた後輩は屈託のない笑顔で。

 

 

 

 

信じられない、と素直に思った。

 

だって、あの点棒を作り上げてきたのは確かに目の前の4人のはずで。

 

それを丸々失ったのが自分。

 

だというのに目の前の4人ときたらどうだ。

怒るどころか、誰一人として責めることすらしないではないか。

 

赤坂監督ですら、笑顔で5人の様子を見守っていた。

 

 

 

「……ッ……!」

 

 

 

自然と、涙が出た。

 

それは、メンバーの優しさに触れたからなのか、不甲斐ない自分に対する怒りなのかはわからない。

 

感情のジェットコースターに、恭子の頭が追いついていなかった。

 

 

 

10秒ほど経っただろうか。

少し溢れてしまった感情の発露を拭くために、1番近くにいた多恵の制服の裾を勝手に引っ張る。

 

 

ついでとばかりに鼻までかんでやった。

 

 

「ええ……」

 

 

困惑する親友に目もくれず、恭子はもう行かなければならない時間なのを確認する。

前後半の間の休憩は短いのだ。

 

 

首を横に2、3度振り、ペチンと両頬を叩いた恭子の目に、もう迷いはない。

 

 

控室のドアへと恭子が進む。

 

 

「ホンマに……アホばっかりやで…………いや、アホなんはウチか……」

 

その呟きは、恭子以外の人には聞こえないほど小さく。

 

 

ドアを目の前まで来て、大好きな仲間に振り返って一言だけ。

 

すぅ、と恭子が大きく息を吸い込んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「い゛ってきます!!!!」

 

 

 

 

 

笑顔でサムズアップする親友と後輩の姿を目に焼き付けて。

恭子は戦場へと戻る。

 

 

チームの温かさに触れた。

 

もう恭子の頭に、『敗退』は無い。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

時刻は、夜19時を指している。

 

朝から熱戦が行われているインターハイ。

その中でも1番の視聴率を誇るのがこの時間帯。大将戦だ。

 

熱戦続きだった今日の準決勝。その最後の対局が、始まろうとしている。

 

 

 

『さあ、ついに、この半荘で長かった準決勝は終局を迎えます……!』

 

『はからずしも、点数は平ら……ま、見る方は楽しいんじゃねえのー?やってるほうはたまったもんじゃねえけど!』

 

 

点数は上から下まで2万点差以内という僅差。

どこのチームにも決勝進出の可能性は残されていて、逆に言えば、どこのチームにも敗退があり得る。

 

 

 

早ければあと1時間もすれば、決勝進出の2校は決まっているのだ。

 

 

 

 

席順

 

 

東家 宮永咲

南家 姉帯豊音

西家 巽由華

北家 末原恭子

 

 

 

恭子が、卓に着く。

幸い、自身の勝率が1番高い北家に座ることができた。

 

 

(北家をとれたんはええとして……一人一人の対策をしっかり講じていかなあかんな)

 

咲によって回されたサイコロが、カラカラと音を鳴らす。

勢いよく回るサイコロ2つを眺めながら、恭子が深く深呼吸をした。

 

 

(……仲間、後輩、先輩、監督……結果で報いるしかない。勝つんや。このバケモノ共に)

 

良く、多恵が恭子に対して言ってくれたことを思い出す。

 

 

『恭子の強みは、速さだけじゃない。鋭い洞察力と、対応力。……どんな相手でも、2半荘もあれば恭子なら必ず戦えるから』

 

 

(ホンマ……無責任な奴や……勝手に期待しよって)

 

多恵からの全幅の信頼が、今は心地いい。

 

すう、と目を細めて、恭子の意識は対局へと入っていく。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

東1局 親 咲

 

 

由華は、トップは取れたものの完全に自分のペースではないことを理解していた。

そもそも、区間だけでみればまったく清澄と宮守に勝てていない。

 

前半戦は、東場は咲の強烈な嶺上開花に主導権を握られ、南場では勢いづいた宮守の打ち回しに振り回された。

 

そして。

 

 

(それに……やえ先輩が「姫松がこのままで終わるはずがない」……って言ってたしね。なんかルックス変えてきてるし)

 

由華が視線をやるのは、先ほどまでのスパッツ姿から、可愛い制服リボン姿へとイメチェンしてきた恭子。

 

 

由華は休憩中に控室に戻り、やえからアドバイスをもらっていた。

曰く、姫松は必ず何かしらしてくる、と。

 

由華も一つ息をついた。

 

 

(油断は一切しない。全力をもって、全てをたたっ切る)

 

1枚目を切り出した咲と、理牌をする他2人を見ながら、由華は気合を入れ直していた。

 

 

 

 

 

 

 

 

1巡目。

 

早速切り出しから、おかしな事態が起こる。

 

 

「……!」

 

咲の表情が目に見えて強張った。

 

恭子の一打目は{五}。

順子手を目指すのであれば、非常に大事な牌。それを1巡目に切ってきた。

 

咲が、違和感を感じながらツモ山へと手を伸ばす。

 

 

(なんだろう……今の末原さんと打って、プラマイゼロにできる気がしないよ……)

 

ルックスも全然さっきまでと違うし……、と。

 

恭子の狙いは、まず咲の感覚を狂わせること。

普通に麻雀を打っていたら、咲のカンをまじえたスピードに翻弄される。

ならばまずは牽制。

 

咲は麻雀経験の薄さから、イレギュラーに弱いことは最初から調べがついている。

 

そう。恭子の切り出したこの{五}は咲に混乱をしてもらうために、完全にランダムで選んだ。

最初から配牌の一番右を切ると決めていたのだから、これは偶然の一牌。

 

だからこそ、意図が掴めず、混乱を招く。

 

 

(リスクはごっつい……けど、効いてるみたいやな。顔に出やすいのだけは助かるで)

 

咲はポーカーフェイスが苦手。それもわかっている。

そこを逆手にとって、恭子はなるべく咲の表情から目を離さないようにしていた。

 

 

 

 

3巡目。

 

 

「ポン!」

 

咲から出た{⑨}から発進したのは、恭子。

 

発声にビクりと肩を震わせた咲を気にも留めず、河から牌を拾い上げる。

 

 

恭子 手牌 ドラ{二}

{②赤⑤⑥233二三白白} {⑨⑨横⑨}

 

 

 

(あとは残り2人……巽は面前から動かんから打点が高い……せやけどそれは逆に言えば一段目で聴牌を組むことが少ないっちゅうことや。どこからでも鳴いて攻める)

 

由華に対する対策は、純粋なスピード勝負。手牌が悪い時の対策も考慮してあるし、速度が取れそうな時は全力で速度を取る。

この単純な対策が、もう一人にも刺さる。

 

 

「チー!」

 

負けずと動き出したのは豊音だった。

友引がある分、豊音は鳴き仕掛けをしやすい。恭子の速度に追い付こうとするならば、確かに彼女が一番可能性があるだろう。

 

そうして豊音が切り出した{白}を、恭子が仕掛ける。

 

その薄い可能性すらも、刈り取るために。

 

 

「ポンや!」

 

瞬く間の2副露。

由華が、少しだけ苦い顔をする。

 

わかりやすい単純な話で、恭子は豊音の4副露が完成するまでに聴牌すれば良い。

その程度のこと、姫松のスピードスターにとっては造作もない。

 

 

 

 

前半戦、光を失いかけた恭子の目には、光が宿っている。

 

それは仲間から受けとった、希望の燈火。

 

 

(凡人が思考を止めたらホンマの凡人。ウチに許された抵抗はただ一つ、考えることなんや!)

 

 

 

由華が、少考の後に{⑦}を切り出す。

 

 

「チー!」

 

豊音がそれに食いつこうとするが、それでは遅い。

遅すぎる。

 

 

 

「ロン!」

 

 

恭子 手牌

{赤⑤⑥33二三四} {白横白白} {⑨⑨横⑨}

 

 

「3900!」

 

 

 

 

『後半戦初の和了りは姫松高校!!前半戦に失った点棒を取り戻すべく、まずは3900でのスタートです!』

 

大きな歓声が上がる。

恭子の和了りを待ち望んでいたのは、なにもチームメイトだけではない。

 

 

 

恭子がしっかりと自分の手牌を見つめた。

 

 

(やれる……戦える!)

 

まだ道のりは長い。

 

末原恭子という”凡人”に許された抵抗は、『考えること』ただ一つ。

 

 

恭子が、右手につけたブレスレットを強く握りしめる。

 

 

 

(今年全国優勝って誓ったんや……!こんなところで、止まれるか……!)

 

 

 

最強の凡人の逆襲が、始まった。

 



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第84局 思考を止めるな

本編とは全く関係がないんですけど、全国大会の個人戦ってどういう方式で戦っていくんですかね?
県予選では総当たりのスコア上位3人が全国って感じでしたけど……。
全国大会の方式を知らないので戸惑っています。

あ、本編には全く関係ないんですけどね?





恭子には、忘れられない1日があった。

 

 

それは去年のこと。

 

インターハイ決勝を終え、会場を後にする姫松の面々の足取りは、決して軽くはなかった。

 

表彰式も終わった夜遅く。

宿泊しているホテルまでの道のりは、いつになく長く感じる。

 

立ち並ぶビルと、路地裏に輝くネオンの光は、流石眠らない街といったところだろうか。

引率がいるとはいえ、女子高校生が歩くには少し危険なその通りで、しかし4人は歩いている。

 

そんな時だった。恭子がおもむろに口を開いた。

 

 

「ウチのせいや」

 

ポツリと、恭子がつぶやいた言葉に、全員が足を止める。

 

今日の決勝戦。結局先鋒戦で稼がれたリードを守り切られてしまった。

結果、姫松高校は準優勝で今年のインターハイを終えた。

負けたのは、前の年敗れたのと同じ相手。

 

 

絶対に今年は全国制覇できると意気込んで臨んだインターハイ。

しかしそう上手くは行かなかった。

 

大将として、準優勝のまま終局を迎えたのは恭子。

責任を感じるのは仕方がないことだろう。

 

しかし、そこに異を唱えるのは多恵だ。

 

 

「いや、私のせいだよ。先鋒戦で、あの人に勝ててさえいれば……」

 

多恵が思い起こすのは、高校になって突如として現れた、同学年の雀士。

 

圧倒的な強さを前に、多恵は1年目に為す術なく叩き伏せられた。

そして、2年目の今年も、善戦したとはいえ負けは負け。

 

だからこそ多恵は責任を感じている。

自分のせいだと主張するのは当然の流れだった。

 

その多恵の言葉を、全員が否定する。

 

 

「多恵のせいなわけないやろ。多恵は最後まで戦った。あんなんを相手にプラスで帰ってきたんや。それだけで十分やろ。逆転できなかったウチが悪いんや」

 

「ちょ~っと流石に、多恵ちゃんは相手が悪すぎたのよ~……」

 

「まあ、あれがバケモンであることは確かやな」

 

後に、チャンピオンと呼ばれることになる少女。

余りにも衝撃的なその打ち筋は、全国を震撼させた。

 

先鋒戦というエース区間を戦う多恵は、当然戦うことになるわけで。

 

そのエース区間で、多恵は2年連続チャンピオンにトップを奪われている。

 

一瞬の、静寂。

 

 

多恵が、一歩前に出た。

 

 

立ち止まる4人に対して、振り返った多恵の表情が、恭子の脳裏に焼き付いて離れない。

 

やけにうるさい街頭の光を背に、潤んだ瞳で見つめる少女の顔は、悲壮に染まっていて。

 

 

 

 

 

 

「私は、諦めないから。来年必ず勝つから……!……負けて仕方ないなんて、言わないでよ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

あの日からだ。

 

あの日から、姫松の全国制覇は、『悲願』に変わったんだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『恭子!恭子にはこれが似合うよ!これなら対局中付けても問題ないし、お守りにもなるよ!』

 

『なんやこれ、ダサない?』

 

『ひどくない?!まあまあ、これくらい派手なほうが最速最強!って感じでいいよ!……それで、私には何を買ってくれるの?』

 

『あー……悩んだんやけどな……これで、どうや?』

 

『……良く人のことダサいとか言えたね?』

 

『うっさいわ!ええから黙って大事な対局はこれ付けるんや!』

 

『ええ~……ま、せっかく恭子が選んでくれたんだし、これにするか……恭子も、つらい時はそれを握るんだよ。対局は一人ぼっちに感じるかもしれないけど、一緒に努力してきた仲間は、必ずそばにいるから』

 

『……ようそんなくっさいセリフ吐けるもんやな……』

 

『めうめう……』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

恭子の和了りに、会場の熱気が更に増す。

 

真夏の夜に相応しい熱気と歓声が、会場を包み込んでいた。

 

 

 

『東発まず和了ったのは姫松高校末原恭子!常勝軍団姫松の名に懸けて、準決勝で負けるわけにはいきません!!』

 

『ひゅーう!しょっぱなど真ん中から切ったときはびっくりしたけど、しっかり和了りきったねい!』

 

 

準決勝最後の半荘。大将後半戦が始まっている。

 

 

 

お守り。仲間から買ってもらった大切な物を、恭子は身に着けて戦っていた。

 

右手につけたブレスレットは、2つ。

左手につけたブレスレットは、1つ。

 

 

しっかりと、握りしめた。

 

 

(まだ全然安心できる状況とちゃう。そんなんはわかってんねん)

 

まだ1度和了っただけ。

終了時点で2位にいなければ、決勝には行けないのだ。

 

上がってきた東2局の配牌を理牌して、もう一度頭を回す。

思考を止めない。

 

一局一局、一打一打に意味を持って。

最大限の努力が、強大な相手を前にして今の恭子にできる唯一の抵抗。

 

 

(思考を止めるな。凡人にできるのは考えることだけなんやから)

 

思考をやめるのは、対局が終わった時でいい。

 

 

 

 

東2局 親 豊音

 

 

恭子 配牌

{①④⑧379三八九東西北発} ツモ{九}

 

 

 

五向聴。

目も当てられない配牌だ。

しかしそんなことで恭子は止まらない。

 

恭子が切り出したのは、{3}。

配牌が悪い時は、悪いなりの戦い方があるのを、恭子は知っている。

 

 

 

 

 

8巡目。

 

豊音の手から、{白}が出る。

由華が、それを静かに眺めた。

その視線は一瞬、全員の河……特に恭子の河を見る。

 

 

恭子 河

{37④⑤八5}

{⑧}

 

 

 

「……ポン」

 

静かに発声するその声音は、あまりこの鳴きを歓迎していないような声音だった。

 

 

由華 手牌 ドラ{2}

{12336899北北} ポン{横白白白}

 

 

 

『副露率が実に5%という数字を誇る巽選手が鳴きましたよ?これは一体……?』

 

『かあ~!なるほどねえ~!そういうやり方があるわけか!』

 

『あの……一人で納得してないで解説していただいていいですか……?』

 

『ごめんごめん!姫松の大将……末原ちゃんの手牌はまだバラバラだけど……捨て牌から見るだけだと国士無双に向かっているように見えるよねえ?』

 

『はあ……確かに、あの捨て牌だとその可能性は十分ありますね』

 

『晩成のコは、見逃せば高確率で有効牌を引き入れられる……けど……もしその牌が既に相手の手にあるとしたら?』

 

『あ……!』

 

『そゆこと~いやあ~よく考えるねえ!流石後半戦にルックス変えてきただけあるわ!それこそ知らんけど!』

 

 

恭子の狙いは、由華の打点を下げること。

捨て牌に国士をにおわせることができれば、由華はそう簡単に役牌をスルーできなくなる。

もし仮に最後の1枚を恭子が持っている可能性を考慮すれば、その牌はもう2度と河には出てきてくれなくなるのかもしれないのだ。

 

今回の場合は、由華は鳴いても満貫が確約された手牌。

普段なら鳴く場面ではなかったが、しぶしぶ鳴いたというところだ。

 

由華が鳴いたというのに浮かない顔をしているのは、そういった理由。

 

 

(なーんか鳴かされたようで気分悪いな……末原さんの狙いは私の打点ダウンか……?)

 

由華も気持ち悪さは感じている。

しかしこれを鳴かないと、七対子以外の和了りが遠のいてしまう。七対子は由華自身得意な役ではない。とすると、和了れない可能性の方が高くなってしまう。

だから、由華は仕掛けざるをえなかったのだ。

 

 

そしてこれを見た後の恭子の対応は早い。

 

 

「ポンや!」

 

由華が鳴いたと見るや、すぐさま役牌の{東}をポン。

 

恭子の鳴きを見て、咲にも焦りが生まれる。

 

 

(末原さんが仕掛けてきた……はやくカンしないと……)

 

そうして泳いだ視線の先を、見逃さない恭子ではない。

 

 

「ポン!」

 

「……!」

 

 

すぐ後に出てきた{九}をポンして、瞬く間に2副露。

同時に咲の表情に変化が出たのも見逃さない。

 

 

(私のカン材が……!)

 

ツモ巡がずれたことで、咲のカン材が流れる。

1枚しかないカン材を流されることは、咲にとっては大激痛だ。

 

 

2副露になったことにより、豊音の表情にも流石に焦りが出る。

 

 

(最速のギア入れてるねー……友引じゃ間に合わないかなー……)

 

恭子の捨て牌が最初国士模様だったことを鑑みて、豊音は友引からシフトチェンジ。

能力を、切り替える。

 

 

 

12巡目 豊音 手牌 ドラ{2}

{13②③④⑥⑦⑧⑧⑧四五五}  ツモ{赤五}

 

 

赤を引き入れての、聴牌。

豊音から、黒いオーラが発生する。

 

 

(愚形だけど~……関係ないねー?)

 

恭子は2副露だが、まだ手出しが入っているし、聴牌とは限らない。

先制さえ打てれば、必ず勝てる。

 

 

豊音が、牌を曲げた。

 

 

 

「リー「ロン!!」……!」

 

 

しかし、その牌が通らない。

 

 

 

 

恭子 手牌

{二二三三四北北} {九横九九} {東東横東}

 

 

 

豊音から出てきた{四}を、捉える。

 

 

「3900や……!」

 

 

 

 

 

 

『2連続和了!!!姫松の猛追が始まりました!得意な鳴き仕掛けで流れを引き寄せます!』

 

『へえ~!打点ダウンだけが狙いかと思ったけど、自分はちゃっかり混一へ……やっぱセンスあるよねいこのコ。知らんけど!』

 

 

大事な親番が流された豊音。

点棒を渡しながら、静かに恭子の手牌を見つめる。

 

 

(先制じゃなかったねー……周りに対応しながら自分も手作り……この人、ちょーすごいね)

 

油断していたわけではない。

しかし前半戦ではかなり豊音のペースに持っていけたこともあり、少しだけ強引に行ってしまった。

 

 

(流石、全国常連、常勝軍団の大将さん。後でサインもらおうかな!)

 

この試合に勝ったあとで。

 

まだまだ豊音の頭に、負けはない。

 

 

 

 

 

 

 

東3局 親 由華

 

 

恭子に2連続に和了りをモノにされ、由華は嫌な雰囲気を感じていた。

 

 

(末原さんが本領を発揮してくると、手が付けられなくなるほど速い。この親番は有効に使いたいけど……)

 

既に、1巡目から仕掛けた恭子の手牌は短くなっている。

鳴き選択が速く、その鳴き一つ一つに意味を持つ恭子の鳴きは、範囲が広すぎて読みにくい。

 

和了りに真っすぐな鳴きの打ち手と違って、多彩な戦術を持つ恭子だからこそ、今回は遠い仕掛けなのではないかと疑ってしまう。

 

 

(ただでさえ、末原さんの上家……。形を作られる前に、先制を打つ)

 

あいにくと後半戦の席順は、由華が恭子の上家に座る形。ツモ巡を飛ばされてしまうこの並びはとてもじゃないが良い並びとは言えない。

 

しかし悪いことばかりでもない。

恭子が鳴いてくれれば、国士無双のブラフは使えない。

しっかりと面前で打てる。

 

そのことをプラスに考えて、由華が1枚の牌を切り出した。

 

 

しかし恭子が真っすぐ進むということは、配牌を見て、『和了れる』と判断したということ。

 

そしてその判断は実に的確で。

 

 

 

 

「ツモ」

 

「「「?!」」」

 

 

3人が、息をのむ。

まだ、3巡目だ。

 

 

 

恭子 手牌 ドラ{7}

{①①①③④678九九} {南南横南} ツモ{赤⑤}

 

 

 

1300(イチサン)2600(ニーロク)や!」

 

 

 

『3連続和了!!!姫松のスピードスター本領発揮!!誰にも追い付けないスピードで圧倒しています!』

 

『ノってきたんじゃねえのお?ひょっとしたら……このまま速度で押しきっちゃうかもねい!知らんけど!』

 

 

歓声が上がった。

前半戦沈黙していた姫松ファンが、歓喜の声を上げる。

 

 

(いくらなんでも速すぎる……!)

 

由華が表情を歪めた。

せっかくの親番でもこの速度でこられてはどうしようもない。

 

 

(……全部が速い配牌なわけじゃない……そんなのはわかってるけど!)

 

恭子の強みは、配牌がどんな形であれ勝負できること。

多彩な勝負勘は、相手の速度読みを狂わせ、更に鳴きへの嗅覚は一級品で、速い手牌は逃さない。

 

そのスタイルは、配牌に恵まれているわけではないのに、いつも速いような印象を対戦相手に植え付ける。

 

 

恭子が、グッと拳を握った。

 

 

その時ふと、恭子は自身の右手に、文字が書かれていたことに気付く。

 

 

控室で無理やり着替えさせられた時に書かれたモノ。

 

誰のものかなど考える必要もない。

見間違えるはずがないのだ。よく見慣れた、後輩と親友の筆跡を。

 

 

 

 

『ファイトなのよ~!』 『凡人の底力見せたってください!』

 

 

笑みがこぼれる。

 

 

ああそうか、と恭子は気付いた。

あの時多恵に言われた言葉は嘘じゃなかったのだ。

 

 

 

 

『対局は一人ぼっちに感じるかもしれないけど、一緒に努力してきた仲間は、必ずそばにいるから』

 

 

 

 

 

大きく息を吐いて、恭子がサイコロを回す。

 

 

 

さあ、親番だ。

 

 



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第85局 残された選択肢

東4局 親 恭子

 

 

大将戦は、点数状況が平たくなったこともあって異常なまでの緊迫感に包み込まれていた。

残すは、最短であと5局。

大きな一撃を持った3人がいるこの卓では、ほんのわずかな油断すらも許されない。

 

恭子が、一枚の牌を切り出す。

前半戦とは違い、戦えている。だが、前半戦に失った点棒を全て取り戻すには程遠い。

 

 

(親番……活かすで……!)

 

恭子の親番はあと2回。

一度たりとも、無駄にはできない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

8巡目。

 

恭子の、手が止まる。

 

 

恭子 手牌 ドラ{6}

{③③赤⑤⑥678二二二} {横七六八} ツモ{五}

 

 

(宮永……なんやわからんけど様子がおかしい。この{五}は生牌やし……)

 

異様なほど静けさを保つ少女の姿が、恭子に違和感を運んでくる。

 

宮永咲という少女がいるこの卓では、中盤以降に生牌を切っていくのには若干のリスクが伴う。

それは前半戦で恭子が身をもって知ったこと。

自身も聴牌であるが、これをあがるのに時間がかかりすぎた。

8巡目で時間がかかりすぎというのがこの卓の異常さを物語っているのだが、恭子が引いたボーダーラインは6巡目。

以降はもう遅れていると判断することにしている。

 

臆病と思われるかもしれない。

しかしこれが、努力する凡人が短時間で出した最適解。

 

 

(跳満なんて当てられたらたまったもんやない。親やからツモられるのも嫌やけど……)

 

恭子が選んだ牌は、{⑥}だった。まだ、完全に手は殺さない。

回る。

 

 

(……伊達に洋榎達と麻雀打ってたわけやないんや。リスクを回避しつつ……必ず聴牌を組みなおす)

 

まだ終わったわけではない。道がある限り、恭子は進むのをやめない。

 

 

しかし、恭子がそう決意したのも束の間。

 

 

 

 

「カン」

 

 

 

またあの声が、鳴り響いた。

もう聞き飽きたと言わんばかりの由華の表情と、苦悶に顔を歪める恭子の表情。

 

そんなものを気にも留めず。

 

咲が嶺上牌へと手を伸ばす。

 

 

右目の閃光が、迸った。

 

 

 

 

 

 

「ツモ。嶺上開花」

 

 

咲 手牌

{68三三三赤五五五発発} {裏西西裏} ツモ{7}

 

 

 

「3000、6000」

 

 

『嶺上開花だーーー!!!この終盤で大きすぎる跳満です清澄高校宮永咲!!接戦から一歩抜け出したのは清澄高校!決勝進出を手繰り寄せます!』

 

 

 

先ほどまでの慌てようがどこ吹く風。

由華が小さく舌打ちした音も聞こえていないかのように、冷静に場を眺める冷徹な瞳は、静かに点棒を要求している。

 

必死で努力して集めた点棒を当然のように奪われながらも、恭子は思考をやめることはない。

 

 

(あの西……さっき切った牌が左から5番目で、一番左から4枚倒してカン……。途中山に視線が行くこともなかった……結論は一つやな)

 

 

配牌槓子。

なんてことはない。

最初から4枚もっている牌であれば、わざわざカン材を山から探す必要などないのだから。

 

 

魔王の瞳に、光が走っている。

 

 

 

 

点数状況

 

1位 清澄 宮永咲  117000

2位 晩成 巽由華  101300

3位 姫松 末原恭子  95000

4位 宮守 姉帯豊音  86700

 

 

 

 

 

 

 

 

南1局 親 咲

 

 

咲には、約束が二つある。

一つは、全国優勝をして、ずっと一緒に麻雀を打とうというチームメイトとの約束。

 

そしてもう一つは。

 

 

(必ず決勝で話すんだ。お姉ちゃんと)

 

 

 

咲の決意は固い。

不仲で、しばらく疎遠になってしまった姉と、麻雀を通してなら、会話ができるかもしれない。

 

麻雀からは、一度離れた。

 

咲にとって麻雀は、お小遣いを奪われるという悲しい競技だったから。

 

しかし思えばあの時は、たしかに姉と話せていた。

引き裂かれた家族の絆を取り戻せるとしたら、麻雀を通じてしかない。

そう思ったからこそ、咲はもう一度牌を握っている。

 

 

姉は3年。

今年が、最初で最後のチャンス。

 

 

もう一度、あの頃に戻るために。

 

 

 

咲が配牌を開く。

 

恭子にカン材を見破られていようと関係がない。

 

なんとなくカンを邪魔されていることが分かった咲からしてみれば、最初から槓子を用意しておけば良いのだから。

 

 

 

 

 

 

7巡目。

 

恭子が早々に仕掛けているが、咲はツモ回数が増える絶好の席順。

他二人よりも、圧倒的に速度は早い。

 

 

 

咲 手牌 ドラ{⑦}

{②③④④④④⑦⑥23一二三} ツモ{⑦}

 

 

ドラが雀頭になるツモ。

 

これによって、咲が次巡ツモってくる{①}を引き入れて、{1}で嶺上開花という道筋ができあがる。

ツモ、嶺上開花、三色、ドラドラで跳満。

 

 

 

これは理想論ではない。

生まれた時から、カンができる牌がどこにあるかがわかり、嶺上牌が何であるかがわかる。

そして何よりも、手の形がその嶺上牌を必要とする形になっていく。

 

 

咲にとって馴染んだ感覚。

 

姉にもひけをとらない、牌に愛された少女が持つ、天性の感覚。

 

 

咲が{⑥}を切る。

 

必ず次の巡目で和了れるという確信。

この親跳を和了ることができれば、清澄の決勝進出の可能性がぐっと高まる。

 

 

 

声が、響いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「カン」

 

 

 

 

驚愕したような顔は、恭子。

 

 

 

もう嫌というほど聞いたその発声はしかし。

 

 

 

 

 

 

 

いつもの声音ではなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「カンはあんま得意じゃないんだけどねえ……嬢ちゃん。{14}だろ?欲しいの」

 

 

 

 

 

 

 

咲が、ふいに足を引っ張られるような感覚に陥る。

 

何度も何度も、決定打を決められる局面をこの少女に邪魔される。

 

 

 

 

 

 

 

(私の嶺上牌……!)

 

 

 

見えた親跳への未来は、唐突に終わりを告げる。

 

咲が喉から手が出るほど欲しかったその牌は、王者の右腕によって奪われた。

 

 

挫折と屈辱を味わい、必死にあがいて、この一年牌と向き合い続けた修羅が、咲の目の前に立ちふさがる。

 

 

 

 

 

「ツモ」

 

 

 

 

由華 手牌

{12233789白白} {裏発発裏}  ツモ{1}

 

 

 

強く卓へとたたきつけた牌は、咲の欲しかった{1}。

奇しくもその牌は由華にとっての高目牌。

 

 

「倍満よ」

 

 

 

 

3人の顔が引き攣る。

 

 

強烈な倍満が、決まった。

 

 

 

 

 

『決まったあああ!!今度は晩成が重い一撃!!清澄を牽制するかのような嶺上開花!!倍満のツモ和了りでトップを奪い返します!!』

 

『おっかねえ……あのコとは同卓したくないねい!』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

南2局 親 豊音

 

焦りを覚えているのは、恭子だけではない。

むしろ恭子よりも苦しい立場に立たされているのは、豊音だった。

 

 

(一時は1万点差以内までいったのに……また準決勝圏内まで2万点差だよ~)

 

豊音が切れるカードが少ない。

『先負』を恐れてリーチしてくることはないし、『先勝』では速度が間に合わない。

そもそもこのメンバーに先を取れる切り札など、元々一つしかないのだ。

 

そしてその切り札は自分の打点を下げる諸刃の剣。

 

今日の準決勝では禁止されていたはずの力。

 

しかしそれでも。

 

 

(ごめんね~皆。まだ、お祭り終わらせたく、ないよ……!)

 

 

やるしかない。

どんな想いでチームメイトが繋いでくれたと思っている。

 

豊音が初めて味わったこの感覚は、本当に幸せで。

だからこそ、ここで終わらせたくない。負けたくない。

 

 

このまま手をこまねいていて勝てるほど、今日の相手は甘くないのを知っている。

このままでは晩成と清澄に突き抜けられて終わる。

 

ならば。

 

 

 

 

 

 

全てを消し去る六曜最強の力の奔流が、卓へ流れ込む。

 

 

 

 

 

(『仏滅』……全てを消し去るよ〜……!)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

宮守女子控室。

 

 

「あれって……!」

 

まず最初に気が付いたのは、机の上に置いておいたモノクルが震え出したのをいち早く確認した塞。

間違いなくこの感覚は、全てを滅ぼし、新たに作り直すための力。

 

 

塞の反応に呼応して、他のメンバーも豊音が『仏滅』を使ったことに気が付いた。

 

封印するはずだった力。

 

しかし、メンバーからの批判はない。

もうそれしかないと、言葉にせずとも全員の目がそう言っている。

 

打点は下がるということは、追い付くには親番が残っている状態でないと、この力を使う意味がないのだから。

 

かけるのは、この親番。

そこしかない。

 

監督の熊倉も、豊音の判断を受け止める。

 

 

 

「豊音……責めはしないよ。けど……その力も、一筋縄ではいかないよ……」

 

 

万能の力ではない。

しかし宮守女子に残された選択肢は、これしかなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

突き抜けた力の奔流。

 

 

今まさに山に手を伸ばそうとしていた由華と、それを睨みつけていた咲の表情が目に見えて変わる。

 

自分の身体全体が重くなったかのような感覚に押しつぶされる。

 

 

(宮守……!)

 

 

明らかに全体に及ぶ力が放たれた。

 

驚愕に見開かれた由華と咲の表情を見て。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

最強の凡人が、

 

 

笑った。

 

 

 



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第86局 蓮の花

感想評価、マイリスありがとうございます!
準決勝も佳境!盛り上がっていくぜ!




恭子はこの瞬間を待っていた。

 

おそらく豊音が、自分への対策として切りたくなかった最後の切り札。

 

しかし、切らないという選択肢を状況が許さない。

点数的に抜け出したのは晩成と清澄で、その2校を止められるのが『仏滅』。

必然的に、使わざるを得なくなるこの力の発動を、恭子は虎視眈々と狙っていたのだ。

 

 

2回戦で見せた、豊音の切り札である、『仏滅』。

 

ホテルでチームメイトとあの力について検討した結果、あれは全体効果系。

それも代償を伴う強力なものではないかという結論に至った。

 

恭子は実際に同卓して、その力を感じている。

発動時点で全体にデバフをかけた上で、力の有無にかかわらず、全員の手を遅延させる恐ろしい力。

 

ではその状態になった時、なにもできないかといえば答えはNOだ。

事実、恭子は鳴きを積極的に活用することで有効牌をいくつか引き入れることができた。

 

しかし、実際に体験していない2人はどうしたって対処に遅れる。

 

この場で有利に立ち回れるのは、恭子だけだ。

 

 

 

豊音が1枚目を切り出す。

数牌だ。

 

おそらくここから1面子を切り出していく。

これが仏滅をさらに強力なものへと昇華させるための条件。

 

今回は席順の影響で、恭子が2回戦にやった捨て牌の面子を完成させないように鳴くことは難しい。

 

おそらく、完成された仏滅は発動する。

 

 

3巡目 豊音 河

{321}

 

 

豊音の河に、一面子が、完成した。

重くのしかかるような圧力が、3人を襲う。

 

しかしそれを見た恭子は、すぐさま攻勢に転じた。

 

 

「チー!」

 

「……ッ!」

 

表情を歪めたのは、やはり豊音。

 

恭子にだけは対応されるというのがわかったうえで、それでもやるしかなかったのだ。

ここからは、速度の勝負。

 

 

 

5巡目 豊音 手牌 ドラ{九}

{②④④⑤⑥6678四五六南} ツモ{7}

 

 

(末原さんにも効いてるはずだよー……必ず先に聴牌……!)

 

豊音にしてみれば、絶対にこの親番は譲れない。

姫松の誇るスピードスターが相手だとしても、向こうにも有効牌が来なくなる遅延は効いているのだ。

しがみついてでも、この親番は手放せない。

 

 

豊音と恭子が手出しをする中、完全に手が止まってしまったのは由華と咲だ。

 

 

(……2回戦の最後。まったく有効牌が来なくなっていたのはやっぱり宮守の姉帯さんの力か……)

 

(有効牌がこない……これじゃカンができないよ……!)

 

ツモ切りが続く。

なんとなく力の影響を感じながらも、即座には対応ができていない。

 

恭子が、ツモ山へと手を伸ばす。

 

 

恭子 手牌

{①①二三四五六南南南} {横456} ツモ{西} 

 

 

(鳴いた直後2巡くらいは有効牌が来る……せやけど、やっぱ鳴かんと有効牌がけえへん……このままやと聴牌止まり。宮守に先制されてしもたら、どうせ宮永と巽やって当たり牌は切ってこん。……考えろ。考えるんや。こっから先が凡人の勝負やろが!!)

 

 

恭子の打牌に、熱がこもる。

ここしかない。

見えた逆転の目を、逃すわけにはいかない。

考え続ける凡人の脳は、今まさにフル回転していた。

 

 

(鳴く……じゃあどこを鳴けば……?向聴数を落とす?……いや……!)

 

咲の河を見つめ、何かに気が付く恭子。

 

凡人の思考が、一つの結論を導き出す。

 

 

 

 

 

豊音 8巡目 手牌

{④④⑤⑥66778四五六南} ツモ{⑦}

 

 

(きたよ~!……末原さんが役バックの可能性も考慮して{南}は温存してたけど~……通すしか、ないよね~!)

 

赤とドラが使えない中で辿りついた、リーチすれば高目満貫の聴牌。

仏滅を使っている以上、先勝を使えないのが痛いが、それでも十分に他家より先にツモ和了れる手牌。

 

豊音が当然のように牌を曲げた。

 

 

「リーチ!」

 

最後の切り札を使って、手繰り寄せた親番での満貫聴牌。

 

しかしその牌を、咎める者がいる。

 

 

 

 

「カンや!!!」

 

 

 

豊音よりも先に肩を震わせたのは、咲。

 

彼女は嶺上牌にある牌が、なにかを知っている。

その牌を、自分が必要としていたことも。

 

咲が必要としていたということは、『有効牌』であるということに他ならない。

 

 

 

豊音も目を丸くして、恭子が嶺上牌へと手を伸ばすその姿を、追うことしかできなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「やられたわね」

 

 

モニターを見つめ、呟かれた熊倉の言葉に、宮守のメンバーが息をのむ。

 

最後の親番。残し続けた切り札。

しかしそれに待ったをかけたのは、この局何度聞いたかもわからない「カン」の発声。

 

 

 

「『仏滅』……万物をほろぼす日と言われているけれど。それは、この世にあるものだけ。霊界に咲く『花』だけには、届かない」

 

一見つながりの無い言葉のような熊倉の指摘の意味を、最初に理解したのは、塞。

 

 

「まさか……!」

 

恭子が嶺上牌を力強く手元に引き寄せる姿が、塞の目に焼き付いて離れない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(凡人やから嶺上牌に何があるんかはわからん。……けど、宮永の捨て牌と切り順で、ある程度のターツは絞れるんや。……来いッ……!)

 

恭子が盲牌に力を入れる。

 

 

全てが滅び。

何もなくなった世界で。

 

霊界に咲く蓮の花が、地上へ恵みの雨を降らせた。

 

 

 

 

 

 

「ツモや!!!」

 

 

恭子 手牌

{①①二三四五六} {南横南南南} {横456} ツモ{一}

 

 

恭子の機転が、豊音の切り札を打ち破る。

 

 

 

「2600!!」

 

 

 

 

 

 

『り、嶺上開花ーーー!!!この大将戦で何回目でしょうか!!清澄の宮永咲のお株を奪うように、今度は姫松末原恭子選手の嶺上開花!!まだまだわからない点差のまま、大将戦は南3局を迎えます!!!』

 

 

 

 

 

 

 

点数状況

 

1位 晩成 巽由華  117300

2位 清澄 宮永咲  109000

3位 姫松 末原恭子  93600

4位 宮守 姉帯豊音  80100

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

南3局へと、場面は移る。

 

南3局、つまりラス前と呼ばれるこの局は、勝敗を左右する非常に大事な局と言っていい。

オーラスはそれぞれの条件ができてしまうため、さまざまな選択肢を追えるのは、この局が最後。

 

高まる会場のボルテージに呼応するかのように、大将戦の卓はむせかえるような熱気に包まれていた。

 

 

 

 

南3局 親 由華 ドラ{1}

 

 

前局使われた仏滅への対処を、由華が考える。

 

仏滅の全体効果はまだ持続中。配牌は、良くない。

 

 

由華 配牌

{②②③⑤⑥⑨五七九57東南}

 

 

 

(代償は捨て牌の最初の3枚で1面子を作る……か。どうする。思考を止めて勝てるような相手じゃない。姫松の末原さんみたいに、鳴いて流れを変えるか……いや。それは私のしていい麻雀じゃない……!)

 

 

やえから受け継いだ王者晩成の意志。

曲げない心。

 

正面から向かって叩く。

やることは変わらない。むりやりにでも有効牌を引っ張ってくる。

由華の鉄の意志は、この南3局に来ても変わらない。

 

強く1枚目の牌を切り出す。

 

 

 

恭子 配牌

{①④⑥⑨446六北発発中白} ツモ{七}

 

 

恭子も火照った身体を無理やり抑え込み、荒い呼吸を整えながら配牌を理牌していた。

 

 

(配牌は変わらず悪い……けど関係あらへん!ここでまくる……!2校が動けない今が勝負所なんや!!)

 

目に宿った燈火は、先鋒戦から受け継ぐ姫松の燈火。

 

その行く先を照らすのは、天国か、地獄か。

 

まさにその岐路に立った恭子が、1枚目を{北}に決めて強く切り出す。

絶対にこの局は譲れない。

 

 

 

 

 

咲 配牌

{①①②②③⑤13一三八中西} ツモ{1}

 

 

 

仏滅の対処に追われるのは、咲も同じだ。

 

 

(最初に1面子壊すことを代償に、相手の動きを止める……って部長が言ってた。けど、……末原さんはカンで和了った。嶺上牌も少しは感じられる。なら……!)

 

咲は先ほどの恭子の和了りに光明を見た。

得意とするカン材と嶺上牌も、仏滅の影響ではっきりとは感じることはできないが、それでも有効牌であることはわかる。

配牌に槓子も、暗刻すらない。それでも自分なら戦えるはず。

 

咲も臨戦態勢をとって一枚目の{⑤}を切り出した。

 

 

 

 

親番である由華の前。

北家の豊音が、山へと手を伸ばす。

 

 

3秒ほどだろうか。

 

豊音が切り出した牌は。

 

 

 

 

 

 

 

 

{西}だった。

 

 

 

 

 

 

(((?!)))

 

 

 

 

 

3人が息をのむ。

 

 

{西}は数牌ではない。

ということは、1面子崩しに来ていない。

 

それが意味することは。

 

豊音が仏滅を、しかけてこなかったということ。

 

 

静寂。

苦い顔をした3人の頭が、少しの間硬直する。

 

 

 

もちろん配牌が悪く、1面子も無かったと考えることもできるだろう。

しかし、だとしたら。

 

 

 

何故この少女はこんなにも笑みを浮かべていられるのか???

 

 

 

 

 

豊音 手牌

{13336788899発東} 

 

 

 

 

 

 

最高の配牌が、豊音の手に舞い降りていた。

この形から『仏滅』を使うと、ドラが来なくなるのが痛すぎる。

自らの力で、豊音は決勝進出をもぎ取りに行く。

 

切り札が打ち破られ、最後の親番を失った。

 

それでもなお。

決勝進出をあきらめない。

 

 

飄々としているように見えていた瞳は、力強く3人を見据えている。

それは間違いなく”勝負する打ち手”の瞳。

 

 

 

 

 

「あれー?ツモらないの?」

 

 

 

「くっ……!!」

 

 

由華がしびれを切らしたようにツモ山へと手を伸ばす。

 

配牌が良いのは豊音一人。

 

しかし配牌で勝負がきまるわけではない。

 

 

4人の視線が、交錯する。

 

 

 

(姉帯の力のせいで、宮永も巽も、能力には多少の制限がかかっとるはずや……!)

 

(……姉帯さんは配牌が良いんだろう。……けど。仏滅を使ったからには他の力は使えないはず……。なるほどね。いいじゃん、殺りあおうか)

 

 

(ってことは……この南3局は……)

 

 

 

 

 

((((自分の力でつかみ取るしかない……!!!))))

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

勝負の南3局が、始まった。

 

 

 



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第87局 渇望するは勝利のみ

これがやりたかった大将戦。

どうぞ。






 

 

憧れの先輩の力になりたい、と意気込んだ初めての夢舞台はしかし、苦い記憶となって由華の脳裏に刻まれている。

 

 

 

 

 

 

―――――1年前

 

 

 

『インターハイ1回戦副将戦はオーラスを迎えました!後がない晩成高校巽由華!大将に望みをつなげるでしょうか……!』

 

 

呼吸ができないほどに、息が苦しい。

 

歪む視界の中で点棒を確認すれば、先鋒戦時に20万ほどあったはずの点棒は、およそ5万点ほど。

 

次に進めるのは1校だけ。

このままいけば、大将戦で7万点ほどの点差をまくらなければならないという絶望的な状況。

 

丁度山越しの親倍を食らったすぐあとのこと。

 

鈍器で殴られたかのような痛みを感じながらも、配牌を受け取っていく。 

絶望に打ちひしがれながらも、震える手で配牌を開けてみた。

 

 

由華 手牌

{②②②③⑤⑤⑤113東東西} ツモ{二}

 

 

悪くない。

染め手か暗刻手が見える。

 

この手の未来を考える余裕があったことに、由華自身が驚いていた。

そんな気力など、とうに尽きていたと思っていたから。

 

 

一縷の望みにかけて、由華が必死に打牌を繰り返す。

 

由華の思考は、正常な働きをしていない。

それでも、和了りに向かう執念だけは残されていた。

 

 

 

9巡目 由華 手牌

{②②②⑤⑤⑤1113五東東} ツモ{3}

 

 

 

(きた……!!)

 

執念の、ツモり四暗刻聴牌。

まさに起死回生。これを和了れさえすれば、まだ1位が見えてくる。

 

先輩の役に、立てる。

 

 

わずかに見えた、希望の光。

 

しかし、由華にはリーチができない理由があった。

 

鈍る頭を必死で動かしつつ、由華は親の手牌へと視線を移す。

 

 

親 手牌

{裏裏裏裏裏裏裏} {発発横発} {中横中中}

 

 

(あれには打てない……)

 

場に{白}は生牌。

下手にリーチを打って、持ってきてしまっては、目も当てられない。

親への役満放銃は、死に直結する。

 

 

 

(別に……良い。出和了る気なんてない。ツモれれば……!)

 

ツモり四暗刻は、ツモれてこそ意味がある。

出和了りでは弱い。

 

そう心に決めた由華。

 

 

 

次巡のツモ番が、やってくる。

 

 

 

 

願わくば、和了り牌でありますように。

 

 

目を閉じて、祈るように触ったその牌に。

 

 

盲牌の感触は、無かった。

 

 

 

 

 

 

 

由華 手牌

{②②②⑤⑤⑤11133東東} ツモ{白}

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

我慢しきれず、今度こそ由華の右頬に、一筋の雫が伝う。

 

それは悔しさか。怒りか。

 

 

 

焼けるように熱い脳を必死に動かして。

 

 

 

 

由華は手の中から、 {東} を切った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

神様は、意地悪だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

準決勝第二試合は、最後の山場を迎えていた。

 

 

決死の想いで放った豊音の最後の切り札『仏滅』が、恭子によって破られた時は、誰しもが宮守の敗退を予感しただろう。

 

しかし。麻雀の神様は実に気まぐれで。

 

 

 

豊音 手牌 ドラ{1}

{13336788899発東}

 

 

ここ一番で最高の配牌が、豊音の手に舞い降りていた。

 

 

『な、なんと!ここに来て宮守女子の姉帯豊音!!手牌がドラ色の索子で染まっています!!これはとんでもないチャンス手が入りましたね?!』

 

『うへ~……最後まで見せ場作るねい……これを面前清一色に仕上げたら……まだ宮守にも十分可能性が出るよ』

 

『そうですよね……!親番が落ちて、万事休すかに思われた宮守女子でしたが、ここで大物手の予感!この局の結果が、最終スコアに大きく影響してきそうです!』

 

 

大将戦ももうラス前。だというのに、観客の熱気が収まることはない。

 

 

 

恭子が、苦しそうな顔を隠そうともせずに、ツモ山へと手を伸ばす。

 

 

2巡目 恭子 手牌

{①④⑥⑨446六七発発中白} ツモ{白}

 

 

(姉帯が仏滅を使わんのを、予想しいひんかったわけやない。そら自分の打点が低くなるんやし、親番がなくなったここからは使わん可能性も考慮しとった。せやけど……!)

 

見つめるのは、豊音の手牌。

嫌な予感が、そこら中にまとわりついている。

 

どう考えても弱気な打牌ではない。

 

圧倒的、強気の打牌。

 

 

 

(相当な好配牌……それでも負けられへん……!残りの局は全部和了るんや……!)

 

まだ、点差はある。

親番が残っているとはいえ、この点差如何でオーラスの立ち回りは随分と変わってくる。

だからこそこの南3局は、勝負の局と言えた。

 

恭子が牌を切り出す。

 

 

そんな恭子の気合の入った打牌を見て、咲も山へと手を伸ばす。

 

 

咲 手牌

{①①②②③113一三八中西} ツモ{③}

 

 

一盃口が完成する、絶好のツモ。

手中にドラも2枚持ち、三色まで見える手牌だ。

しかしそれでも咲は慢心しない。

 

 

(安心できるような点差じゃない……この局も、私が和了る)

 

仏滅が消えたことによって、咲の手は異様な伸びを見せている。

それは咲が持つ、天賦の才が抑え込まれていたことによる、反動。

 

 

この局は和了れることを確信して、{八}を切り出していく。

 

そんな咲の打牌する姿が、不遜な表情に見えたのだろうか。

由華が不愉快さを隠そうともせずに山へと手を伸ばした。

 

 

 

3巡目 由華 手牌

{②②③⑤⑤⑥57五五七九南} ツモ{五}

 

 

由華の手も、仏滅から解放された反動で、順調に手が伸びていく。

素早く持ってきた牌を小手返しすると、一番右端に置いておいた{南}を力強く切っていく。

 

 

(お前だけが早いと思うなよ……)

 

常人ならば足がすくんでしまうような威圧感でも、この場にいる3人は動じない。

 

 

そんな重圧すらも感じられないほど、場は沸騰していた。

 

 

 

 

 

 

 

 

何巡経っただろうか。

 

全員の手牌が、気持ちの良いように伸びる。見ている側も、誰が先手をとるのか気になって仕方がない。

 

 

ツモっては切り、打牌の音だけが響く緊張感。

 

 

観客も、視聴者も、チームメイトも固唾を飲んで見守っている。

緊張の糸は、極限まで張り詰めていた。

 

 

 

それでも、誰かが動けば……一瞬で場が沸騰することを、誰もが理解している。

 

 

 

 

そんな史上稀にみる緊張感だからこそ、他者の聴牌をいち早く察知することができた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

7巡目 豊音 手牌

{133367888999発} ツモ{8}

 

 

 

 

 

 

 

 

先ほどまでとは違う、わずか1秒の、間。

 

 

由華と、恭子の視線が、豊音の手牌に集中する。

 

 

 

(姉帯が……)

 

 

(テンパった……!)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

全てを賭けた戦いが始まる。

 

 

 

 

 

 

 

豊音が、高々と上げた牌を、勢いよく横に曲げた。

 

 

 

 

「リーィチィー!!」

 

 

切られた牌は、{発}。

 

 

 

 

「ポンや!!」

 

ラグはない。必ず鳴くと決めていた牌。それが宣言牌だろうがなんだろうが、恭子には関係がない。

当然のように、危険牌である{六}を切り出していく。

 

 

 

 

由華 手牌

{②②③⑤⑤赤⑤55五五五七九} ツモ{2}

 

 

(この牌は……宮守にも姫松にも切れん)

 

 

判断は一瞬。

由華が{九}を勢いよく切り出す。

 

 

 

 

 

咲 手牌

{①①②②③③113一二三中} ツモ{1}

 

 

咲が、追い付いた。

残念ながら、カン材は無い。

それでも素で打って、ここまでたどり着くことができた。

 

しかし不運にも、重なることを期待して残した{中}が生牌。

豊音に対しても、恭子に対しても切りにくい。

 

 

(生牌……怖い……でも、やらなきゃ……!勝つんだ!みんなで!)

 

 

「リーチ……ッ!!」

 

 

覚悟を決めた咲が、右端に置いていた{中}を勢いよく曲げる。

 

 

 

「それもポンや!!!!」

 

 

2副露。鳴いた恭子が切り出したのは、またしても危険牌。

 

恭子の目には、今だけは自分の手の和了りしか見えていない。

 

 

(勝つ……!!!ここで勝てなくて、何が姫松の大将や!!!多恵と、皆と、全国で優勝して笑うんや!!!!)

 

 

 

いつになく攻撃的な恭子の切り巡を見て、由華が少しだけ驚いたような顔をする。

 

3年間の想い。チームメイトへの想い。

全てが爆発して燃え上がっている恭子の姿は、由華にはとても勇ましく映った。

 

 

(末原さんが、こんなに感情を出して打ってる……でも、負けられない。こっちだってなあ……この日のために、1年間死に物狂いでやってきたんだ!!!)

 

 

 

想いが、ぶつかる。

 

 

 

由華 手牌

{②②⑤⑤⑤五五五2赤5555} ツモ{2}

 

 

張り替え完了。

しかし前巡から手に持っているこの{5}は3人に切れない。

当然のように、ここはカンを選択する。

 

 

 

 

 

「カン……!」

 

 

 

その発声に、ピタ、と咲の表情が止まる。

 

彼女は嶺上牌を知っている。

 

知っているからこそ。

どんな表情をしたら良いのかわからなかった。

 

 

 

 

由華の手は、ツモり四暗刻。

ツモってしまえば、ほぼほぼ決勝進出は固い。

得意とする暗刻手でこの大将戦の幕を引けるかもしれないという期待を抱きながら、山へと手を伸ばす。

 

が。

 

 

 

 

 

ぬるり、と。

 

 

 

絶望が押し寄せた。

 

 

 

 

 

由華 手牌

{②②⑤⑤⑤22五五五} {裏55裏} ツモ{白}

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

由華の顔から、色が抜ける。

 

恐る恐る、恭子の手牌へと視線を向けた。

 

 

 

 

恭子 手牌

{裏裏裏裏裏裏裏} {中中横中} {発横発発}

 

 

 

深く、深く息をつく。

 

 

目を閉じ、天を仰いだ。

 

 

 

恭子は先ほど、回るような打牌をしていた。

明確なターツ落とし。それは由華も理解している。

今この時点で聴牌している確率は低い。

 

とはいえ、当然この牌は切って良い牌ではない。

 

去年の映像が、由華の中でフラッシュバックする。

 

 

 

オリという屈辱に耐えながら、由華がゆっくりと手牌の{②}に手をかける。

 

{②}は全員に通りそうな牌。

 

 

 

白を掴んでしまったからには仕方ない。最後まで、回る選択肢を―――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(何を日和ってるんだおどれはァ……!!!!!!)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

強く、目を開ける。

 

{②}を切れば、この手は終わる。

運良く回れたとして、回れるくらいなら先に役満を和了れている。

 

トップ目だから、オリが最適解?

これぐらいの点差、無いも同然だというのはこの席に座っている自分が一番よく分かっている。

 

これでオリるのが、王者晩成の打ち方なのか?

これでオリたら、あの少し生意気な後輩に、どんな顔で会えばいい?

 

 

 

そして、なによりも。

 

 

 

 

 

 

(これを通せなかったから……!負けたんだろうが!!!!!!)

 

 

 

 

 

 

去年の後悔を、繰り返すのか?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「リーチ!!!」

 

 

 

天高く上げた右手を河へと叩きつける。

 

切られたその牌に、咲と豊音が驚愕の目を向ける。

 

 

白。

 

 

到底河に出てきて良い牌ではないその牌は。

 

 

 

 

 

「ポンやあああああ!!!!!」

 

 

 

 

 

恭子 手牌

{24444} {横白白白} {中中横中} {発横発発}

 

 

 

 

 

恭子の手牌に残った{4}の理由は、由華と同じく切りにくかったから。

 

 

しかしポンのタイミングでカンはできない。

この超ド級危険牌を、3人に対して切ることとなる。

 

しかし恭子に、迷いはない。

 

 

 

 

 

(当たれるもんやったら……!!当たってみいや!!!!)

 

 

 

 

恭子の目に宿る炎は、まったく衰えていない。

 

 

 

全員の危険牌である、{4}を叩きつけた。

 

和了を告げる、発声はない。

 

 

 

 

 

 

 

瞬く間の、全員、聴牌。

 

 

 

 

 

 

 

 

豊音 手牌

{1333678888999}

 

 

咲 手牌

{①①②②③③1113一二三}

 

 

由華 手牌

{②②⑤⑤⑤22五五五} {裏55裏}

 

 

恭子 手牌

{2444} {横白白白} {中中横中} {発横発発}

 

 

 

 

 

 

4人の視線が、交錯する。

 

 

 

 

約束が、ある。

 

 

自分のため、仲間のため、チームのため。

 

 

 

 

 

 

 

 

((((勝つ!!!!))))

 

 

 

 

 

 

 

 

 

全員の和了り牌は、{2}ただ1枚。

 

 

 



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閑話 姫松応援スレ (準決勝次鋒戦~大将戦)

閑話 姫松応援スレ (準決勝次鋒戦~大将戦)

 

【Vやねん姫松】 今年こそ全国優勝 【姫松応援スレ】

 

 

 

1:名無し雀士@個人応援は個人スレで

 

今年こそインターハイ全国制覇を目指す姫松高校の応援スレです。

 

・他チームであっても誹謗中傷は控えましょう。

 

・関係のない雑談はほどほどにしましょう。荒らしはスルーしましょう。

 

・前スレ→(http://***************/329141)

 

 

 

2:名無し雀士@個人応援は個人スレで

 

先鋒戦結果

 

姫松 倉橋多恵 122400

晩成 小走やえ 121600

清澄 片岡優希  78900

宮守 小瀬川白望 77100

 

3:名無し雀士@個人応援は個人スレで

 

スレ立て乙

 

 

4:名無し雀士@個人応援は個人スレで

 

どうして先鋒戦終了から次鋒戦開始までで2スレも食ってるんですかねえ……。

 

 

5:名無し雀士@個人応援は個人スレで

 

感情を爆発させてしまった人間があまりにも多かったからだろw

 

 

7:名無し雀士@個人応援は個人スレで

 

次鋒戦!始まったで!

 

 

16:名無し雀士@個人応援は個人スレで

 

清澄の次鋒2回戦も見てたけど打ち方変じゃね?

 

 

18:名無し雀士@個人応援は個人スレで

 

うわ、漫ちゃん手詰まってね??大丈夫か?4p選んだりしないよな??

 

 

20:名無し雀士@個人応援は個人スレで

 

白切れば良くね?なに迷ってん

 

 

23:名無し雀士@個人応援は個人スレで

 

>>20 白と索子は清澄にも切りにくいだろ。押してるの明確なんだぞ?

 

 

26:名無し雀士@個人応援は個人スレで

 

9mになりそうだけどなあ……生牌とはいえノーチャンスだしそれしかなさそう。

 

 

29:名無し雀士@個人応援は個人スレで

 

よーしよしよし!!よく逃げ切った!!流石よく勉強してんだろうなあ……とんでもない豪華なメンバーに教えてもらってんだもんな。

 

 

31:名無し雀士@個人応援は個人スレで

 

え?

 

 

33:名無し雀士@個人応援は個人スレで

 

え?なにこの鳴き

 

 

35:名無し雀士@個人応援は個人スレで

 

やられた。漫ちゃんが手詰まってるのを見てわざと海底回されたんだ。

 

 

37:名無し雀士@個人応援は個人スレで

 

うっわまた手詰まり。やばいやばい。

 

 

39:名無し雀士@個人応援は個人スレで

 

4pが選択肢に入ることあんの?

 

 

42:名無し雀士@個人応援は個人スレで

 

>>39 十分あり得る。漫ちゃんの目から6pが3枚見えてて、1pが通ってるからワンチャンスの牌。自分で2枚持ってるからシャンポンにもあたりにくい。

 

 

44:名無し雀士@個人応援は個人スレで

 

考えれば考えるほど4pしかねえだろこれ。やばいって。

 

 

47:名無し雀士@個人応援は個人スレで

 

ぎゃああああああ!!!!

 

 

49:名無し雀士@個人応援は個人スレで

 

跳満……痛すぎる。

 

 

51:名無し雀士@個人応援は個人スレで

 

1年生レギュラーだし、たくさん勉強してきたことが逆に裏目に出るとか……ついてなさすぎる

 

 

 

 

248:名無し雀士@個人応援は個人スレで

 

3着落ち……周りもやっぱレベル高いな……

 

 

250:名無し雀士@個人応援は個人スレで

 

配牌!悪くないぞ!ジュンチャン三色まで見える!

 

 

268:名無し雀士@個人応援は個人スレで

 

張った!!ダマか……!確実に和了りたいもんな……!

 

 

275:名無し雀士@個人応援は個人スレで

 

黙っとけツモ切りリーチwwww

 

 

276:名無し雀士@個人応援は個人スレで

 

惚れりゅ……なにこの1年生かっこよすぎる……

 

 

280:名無し雀士@個人応援は個人スレで

 

おらあああああああああああああ!!!!!!

 

 

282:名無し雀士@個人応援は個人スレで

 

8000オールwwww

 

 

290:名無し雀士@個人応援は個人スレで

 

気持ち良い……気持ちよすぎる……

 

 

358:名無し雀士@個人応援は個人スレで

 

次鋒戦終了

 

姫松 上重漫  124600

晩成 丸瀬紀子 106800

宮守 エイスリン 90200

清澄 染谷まこ  78400

 

 

370:名無し雀士@個人応援は個人スレで

 

良い次鋒戦だったな。最後のツモ四暗刻決められればなあ……!!

 

 

381:名無し雀士@個人応援は個人スレで

 

控室めっちゃ良い雰囲気やん。倉橋に撫でられる漫ちゃんとか可愛すぎんか???

 

 

383:名無し雀士@個人応援は個人スレで

 

ほのぼのしてるとこあれやが……

おまいらわかってるか?来年からはこの子がメインでやってくしかないんやぞ??

 

 

390:名無し雀士@個人応援は個人スレで

 

そうか……漫ちゃん以外は全員3年……あとは愛宕ネキの妹ちゃんがどこまで成長してくれるかだな……。

 

 

539:名無し雀士@個人応援は個人スレで

 

中堅戦開始

 

東家 晩成 新子憧

南家 姫松 愛宕洋榎

西家 清澄 竹井久

北家 宮守 鹿倉胡桃

 

 

560:名無し雀士@個人応援は個人スレで

 

え?なにこの鳴き

 

 

561:名無し雀士@個人応援は個人スレで

 

東発からやってんねえ愛宕ネキwww

 

 

570:名無し雀士@個人応援は個人スレで

 

うっわwwww

晩成の子1つも鳴けねえじゃんwwww

 

 

589:名無し雀士@個人応援は個人スレで

 

あのクソボロボロ配牌から一人聴牌wwwwww

 

 

590:名無し雀士@個人応援は個人スレで

 

かっこよすぎんよおおおおお!!!!

 

 

591:名無し雀士@個人応援は個人スレで

 

かっこよすぎて濡れちゃうのおおおおおおお!!

 

 

592:名無し雀士@個人応援は個人スレで

 

わかる?麻雀の強さにルックスなんか関係ないの。

愛宕ネキこそ至高。

 

 

594:名無し雀士@個人応援は個人スレで

 

>>592 は?愛宕ネキ可愛いだろ目ついとんのか

 

 

601:名無し雀士@個人応援は個人スレで

 

煽ってる煽ってるwwww

これが見たくて愛宕ネキの麻雀見てるまであるwwww

 

 

669:名無し雀士@個人応援は個人スレで

 

晩成の中堅普通に上手くね?

鳴きのセンスが光ってるわ。

 

 

681:名無し雀士@個人応援は個人スレで

 

おいちょっとまてwwww

なんでその8pは切るんだwww

 

 

684:名無し雀士@個人応援は個人スレで

 

咏ちゃんちゃんと解説しろやwww

倉橋に投げるんじゃねえwww

 

 

685:名無し雀士@個人応援は個人スレで

 

咏ちゃんもどっちかって言うと感覚派のプロだからね……

いや、逆に感覚派じゃないプロおるんか、って感じだけど。

 

 

712:名無し雀士@個人応援は個人スレで

 

だからなあーんでその3p止まるかな……

 

 

720:名無し雀士@個人応援は個人スレで

 

まあ確かに宮守の捨て牌は下の三色っぽいけど……

ビタ止めは見てて本当に気持ちが良いな。

 

 

730:名無し雀士@個人応援は個人スレで

 

は???清澄の中堅頭わいとるんか??

なんだこの4m単騎。

 

 

731:名無し雀士@個人応援は個人スレで

 

場況……でもなさそうだな。

なんか理由あんのかな。

 

 

751:名無し雀士@個人応援は個人スレで

 

wwwwwwwwwwwwww

 

 

752:名無し雀士@個人応援は個人スレで

 

ちょっと誰かー。この強打マン連行してー。

 

 

756:名無し雀士@個人応援は個人スレで

 

流石にワロタwww

ここまでされるといっそ清々しいわwwww

 

 

760:名無し雀士@個人応援は個人スレで

 

ナチュでウラウラしてんの笑うんだが?いや、笑えないわ。

もしかして裏ドラ見えてた????

 

 

889:名無し雀士@個人応援は個人スレで

 

ヤバイって!!8pは流石に止まる要素ないって!!

これ親跳だろ!?愛宕ネキ頼むううううう

 

 

891:名無し雀士@個人応援は個人スレで

 

考えてんだけどwwww

なんで止まるんだよwwww

俺なら1秒でツモ切りしてるわwwww

 

 

930:名無し雀士@個人応援は個人スレで

 

気持ち良いいいいのおおおおおおお!!!!

ビタ止めからの単騎ツモ気持ち良いのおおおおおお!!!

 

 

932:名無し雀士@個人応援は個人スレで

 

(ビショビショ)

 

 

940:名無し雀士@個人応援は個人スレで

 

ヤバすぎだろ。相手の手牌見えてんのかって思うわw

愛宕ネキ頼もしすぎるwwww

負ける気がしないぜえええええ!!!

 

953:名無し雀士@個人応援は個人スレで

 

うわ。清澄の気持ち悪い西単騎捕まっちゃったよ。

流石に愛宕ネキキャッチしすぎでは???

 

955:名無し雀士@個人応援は個人スレで

 

え?なんで西単騎でリーチ打つん????

まさか

 

962:名無し雀士@個人応援は個人スレで

 

クロスカウンターwwwwwwww

清澄の精神に999のダメージwwwwww

 

965:名無し雀士@個人応援は個人スレで

 

煽ってる煽ってるぅ!!これだから愛宕ネキのファンはやめらんねぇぜwwww

 

962:名無し雀士@個人応援は個人スレで

 

前回大会で審判団から注意受けたの全く気にしてないのか????www

 

982:名無し雀士@個人応援は個人スレで

 

いやーそれにしても愛宕ネキの防御力ヤバ過ぎるわ。

控えめに言って頭おかしい。

 

991:名無し雀士@個人応援は個人スレで

 

守りの姫松。

倉橋っていう牌理のバケモンがいる中でエースを務めるってこういうことなんだな……。

そりゃみんな納得するわ。

 

 

……………

………

……

 

34:名無し雀士@個人応援は個人スレで

 

は??????

 

 

39:名無し雀士@個人応援は個人スレで

 

wwwwwwww

フリテンカンチャン一発ツモウラウラwwwwwww

 

 

43:名無し雀士@個人応援は個人スレで

 

倉橋がいたら発狂してるな

 

 

45:名無し雀士@個人応援は個人スレで

 

>>43 控室で発狂してんだろ

 

 

68:名無し雀士@個人応援は個人スレで

 

清澄の中堅ヤバすぎるな。

理由さがしてたんだけどそうじゃなさそう。

単純に、「悪い待ちのほうがツモれる」って思ってそうだなこれ。

 

 

102:名無し雀士@個人応援は個人スレで

 

最後は差し込み……!!

クレバーだなほんと……。

 

 

104:名無し雀士@個人応援は個人スレで

 

清澄の悪待ちにはヒヤっとさせられたけど、終わってみればほんと終始頼もしかったな愛宕ネキ。

 

 

108:名無し雀士@個人応援は個人スレで

 

中堅戦終了

 

姫松 愛宕洋榎 137300

晩成 新子憧   95500

清澄 竹井久   84300

宮守 鹿倉胡桃  82900

 

 

 

432:名無し雀士@個人応援は個人スレで

 

ゆっこおおおお~~~

偉いぞゆっこ。流石だゆっこ。

 

 

438:名無し雀士@個人応援は個人スレで

 

今回も安心して見てられるかなあ……って思ったんだけど。

晩成のならず者ヤバすぎるなww 

 

 

453:名無し雀士@個人応援は個人スレで

 

不思議だよな。敵チームなのになんか見てて気持ち良いわあのコの麻雀。

個人的に好きなのかもしれんが。

 

 

457:名無し雀士@個人応援は個人スレで

 

>>453 わかる。ああいうスタイルって見てて憧れるよな

 

 

491:名無し雀士@個人応援は個人スレで

 

おいおいおい、想像以上に点棒飛び交ってんな。

 

 

510:名無し雀士@個人応援は個人スレで

 

ここまで横移動が多いのはなかなか珍しいか??

ってか晩成の局参加率よwwww

 

 

512:名無し雀士@個人応援は個人スレで

 

なんか知らんけど放銃してるしなんか知らんけど和了ってるんよなあwww

 

 

514:名無し雀士@個人応援は個人スレで

 

>>512 お?咏ちゃんか?

 

 

516:名無し雀士@個人応援は個人スレで

 

のよーの仕掛け!やっぱいいなあこういう相手のリーチを交わす仕掛けってのは。

流石にこれは原村よりものよーの方が速そうだ。

 

520:名無し雀士@個人応援は個人スレで

 

リーチ者の現物じゃないけど、枚数差で勝てそうな気がするね。

2人でツモってるようなもんだし。

 

532:名無し雀士@個人応援は個人スレで

 

wwwwwww

いや、和了れたのはいいんだけどさwwww

なんで振り込んでんの原村じゃなくて岡橋なんだよwwwww

 

535:名無し雀士@個人応援は個人スレで

 

この晩成の副将ツボだわwwww

好きwwwww

 

 

 

610:名無し雀士@個人応援は個人スレで

 

前言撤回。のよーのチャンス手潰すな晩成いいいいい!!!!

 

 

612:名無し雀士@個人応援は個人スレで

 

>>610 見事な手のひら返しで草。

 

 

 

712:名無し雀士@個人応援は個人スレで

 

おいおいおいおい!!3人聴牌にカンカン6mで突っ込むのか?!?!

 

 

716:名無し雀士@個人応援は個人スレで

 

ヤバすぎるwwww

勝負手はことごとく行くってかwwww

流石にこれはゆっこの勝ちだろ!枚数的にも!!

 

 

 

743:名無し雀士@個人応援は個人スレで

 

バイーンwwwwwwwww

 

 

745:名無し雀士@個人応援は個人スレで

 

バイーンwwwwwwwww

 

 

 

812:名無し雀士@個人応援は個人スレで

 

 

副将戦終了

 

姫松 真瀬由子 137300

晩成 岡橋初瀬 105300

清澄 原村和   87800

宮守 臼沢塞   69600

 

 

……………

………

……

 

 

12:名無し雀士@個人応援は個人スレで

 

さあ……大将戦だ

 

 

15:名無し雀士@個人応援は個人スレで

 

 

どう考えてもバケモンだらけだからなあ……

頼むで末ちゃま……!

 

 

18:名無し雀士@個人応援は個人スレで

 

は???

 

 

23:名無し雀士@個人応援は個人スレで

 

なんなのこれ。嶺上開花しか役ないけど?????

 

 

27:名無し雀士@個人応援は個人スレで

 

この卓で冷静でいられるとかもはや末ちゃまある意味超人だよ……

 

 

32:名無し雀士@個人応援は個人スレで

 

先鋒戦の倉橋みを感じるな。

 

 

43:名無し雀士@個人応援は個人スレで

 

ちょwwwwwwww

 

 

48:名無し雀士@個人応援は個人スレで

 

晩成の大将こえええええwwwwww

腕掴むとか初めてみたんだがwwwwww

 

 

53:名無し雀士@個人応援は個人スレで

 

笑顔がこええよ……

 

 

59:名無し雀士@個人応援は個人スレで

 

うっわ、シャンポン出和了り見逃してツモかよ……

どうして最高で山に4枚しかない待ちを見逃せるんですかねえ……

 

 

103:名無し雀士@個人応援は個人スレで

 

は????なんで????なんで清澄見逃してんの????

晩成から和了れば決勝進出確率上がるだろ

 

 

105:名無し雀士@個人応援は個人スレで

 

でもこれヤバイって。末ちゃまがツモ切りを見てないわけがないから、この1p切っちゃうかも……。

 

 

107:名無し雀士@個人応援は個人スレで

 

最悪

 

 

112:名無し雀士@個人応援は個人スレで

 

舐められたもんだなあ?おいおい

 

 

123:名無し雀士@個人応援は個人スレで

 

は?追っかけリーチ???

ペンチャン???なめんなよ????

 

 

125:名無し雀士@個人応援は個人スレで

 

は?もうマジ意味わからんわ。とりあえずテレビ消した。

 

 

129:名無し雀士@個人応援は個人スレで

 

なんで麻雀という競技はこんなにも末ちゃまに厳しいの???

無理なんだが????

 

 

143:名無し雀士@個人応援は個人スレで

 

ラスで折り返し……

末ちゃま何点失ったんだ?

 

 

151:名無し雀士@個人応援は個人スレで

 

>>143 46300点

 

 

153:名無し雀士@個人応援は個人スレで

 

末ちゃまを責められるんか???この内容で。

末ちゃまの悪口言う奴は出てこい。末ちゃま親衛隊の俺が許さん。

 

 

156:名無し雀士@個人応援は個人スレで

 

冗談抜きにして厳しいぞ……。

このままだと全国制覇どころか決勝進出が危ない。

 

 

158:名無し雀士@個人応援は個人スレで

 

マジでふざけんな……こんなことがあっていいわけねー

 

 

246:名無し雀士@個人応援は個人スレで

 

休憩中の書き込み少なくて笑う。

お通夜状態やないか。

 

 

253:名無し雀士@個人応援は個人スレで

 

俺もテレビ消したけどもっかいつけた。

末ちゃまが諦めてねーのに俺らが諦めていいわけねー。

 

 

264:名無し雀士@個人応援は個人スレで

 

おお?!末ちゃまが可愛い制服を着てる……?!

 

 

278:名無し雀士@個人応援は個人スレで

 

え?!マジか!テレビ消してたやつら!今すぐつけるんだ!!

可愛い末ちゃまが見れるぞ!!!

 

 

281:名無し雀士@個人応援は個人スレで

 

気持ち切り替えたのか……姫松のメンバーはほんとみんな鬼のようなメンタルしてんな……

 

 

289:名無し雀士@個人応援は個人スレで

 

さっき出ていくときは死んだ顔してカタカタしてたから、きっと控室で元気もらったんだろうな……尊い。

 

 

291:名無し雀士@個人応援は個人スレで

 

よっしゃ……絶対逆転すんぞ!!!

バケモンがなんぼのもんじゃい!!!凡人代表末原恭子見せたれや!!!!

 

 

301:名無し雀士@個人応援は個人スレで

 

きた!!!末ちゃまが北家!!!これで勝つる!!!

 

 

302:名無し雀士@個人応援は個人スレで

 

ラス親最強末ちゃまいきまーす!

 

 

305:名無し雀士@個人応援は個人スレで

 

でけえ……末ちゃま北家……これで安心できるな……。

 

 

308:名無し雀士@個人応援は個人スレで

 

なに?末原って北家強かったっけ?

 

 

310:名無し雀士@個人応援は個人スレで

 

>>308 知らんのか。さてはニワカか??末ちゃまは北家での勝率バカ高いぞ。

 

 

312:名無し雀士@個人応援は個人スレで

 

よしよしよおし!!!

まずは一和了り!!これが末ちゃまや。

 

 

342:名無し雀士@個人応援は個人スレで

 

ボロボロの手牌から捨て身の混一……!!

泥臭いけどかっこ良い麻雀や……!いけー!末ちゃま!!!

 

 

358:名無し雀士@個人応援は個人スレで

 

うわあ……

 

 

369:名無し雀士@個人応援は個人スレで

 

せっかく集めた点棒も一度の嶺上開花で潰される……

どないせいっちゅうねん

 

 

388:名無し雀士@個人応援は個人スレで

 

だからこええよ晩成の大将wwww

 

 

410:名無し雀士@個人応援は個人スレで

 

嶺上開花狙いを読み切って自分で嶺上開花か……もう麻雀じゃねえよ……

 

 

445:名無し雀士@個人応援は個人スレで

 

今度は末ちゃまが嶺上開花?!!?

しかし打点ひっく?!www

 

 

468:名無し雀士@個人応援は個人スレで

 

まあまあ、ラス親あるし、こっからや、こっから。

 

 

490:名無し雀士@個人応援は個人スレで

 

うっわ。宮守の手牌えっぐ。字牌と索子しかねえぞ?!

 

 

510:名無し雀士@個人応援は個人スレで

 

きた!!!リーチに対して突っ込んだ!!いけえ末ちゃま!!!

 

 

516:名無し雀士@個人応援は個人スレで

 

うわ清澄もテンパった。だけど出るぞ!中が!!!

 

 

518:名無し雀士@個人応援は個人スレで

 

よしよしよし!!

白山にあんぞ!!!!

今のままでも十分打点あるけど、白ツモればデカすぎる!!!

 

 

523:名無し雀士@個人応援は個人スレで

 

うわ、晩成ツモ四聴牌……!

 

 

531:名無し雀士@個人応援は個人スレで

 

うわ?!ここにあったのか白?!

すげえ顔してんじゃんタツミさんwww

 

 

534:名無し雀士@個人応援は個人スレで

 

トップ目だし、これは切れねえよ……

当たったら32000だぞ。

 

 

538:名無し雀士@個人応援は個人スレで

 

おいおおいおいおいおいいおいいくのかよ?!?!

 

 

540:名無し雀士@個人応援は個人スレで

 

やべえって!!!出た!!!!ポンだ末ちゃま!!!!!!

 

545:名無し雀士@個人応援は個人スレで

 

熱すぎる!!!!!4人聴牌!!!!

 

 

547:名無し雀士@個人応援は個人スレで

 

2s!!!!!2sが一枚ある!!!決めてくれ末ちゃま!!!!!!

 

 

550:名無し雀士@個人応援は個人スレで

 

いっけえええええええええ!!!!!

 

 

 

 



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第88局 凡人は時に天才を殺す

 その瞬間は、一瞬にも感じることができたし、人生で一番長い5巡であったようにも感じられた。

 

 

 全員聴牌。

 全員の和了り牌である{2}は山にただ1枚。

 

 

 緊張の瞬間はあまりにも長く。

 

 しかしどんな局にも、必ず終わりはくるもので。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ツモ!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 卓に叩きつけられた{2}に、会場の、視聴者の空気が止まる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

豊音 手牌

{1333678888999} ツモ{2}

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「4000、8000だよ~……!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 歓声は、遅れてやってきた。

 

 

 

 

 

『痺れる4人聴牌決着です!!!和了ったのは宮守女子、姉帯豊音!!!!起死回生の倍満ツモで、決勝進出の目を残しました!』

 

『かあ~!!!これで本格的にどうなるかわからなくなったねい!テレビの前の皆も、こっから終局まで目を離すんじゃないぜえ?』

 

『宮守女子の決勝進出条件は満貫ツモ、6400の出和了り、清澄からの直撃なら3900でも条件クリアとなりました!!姫松の末原選手も4000オールで決勝進出まで手が届きます!』

 

『まあ姫松は親番だし?和了り続ける分にはなにも問題ないんじゃね?この大将のコならそうしそうだけどねい』

 

 

 

 

 

 

点数状況

 

1位 晩成 巽由華  108300

2位 清澄 宮永咲  104000

3位 宮守 姉帯豊音  98100

4位 姫松 末原恭子  89600

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 恭子が、目を閉じる。

 ついに崖際まで追い込まれた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 さあ、凡人よ。

 

 

 抗う術は、残されているか?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 姫松高校控室。

 

 

「あわわわわわ……末原先輩……!」

 

 漫ちゃんが祈るように両手を合わせながら、恭子の大三元成就を期待したものの、麻雀の神様は豊音に、宮守女子に微笑んだ。

 死力を尽くして、捨て身で役満への道をひた走った恭子だったが、それでも届かなかった。

 

 親番だからこそ満貫1回でいい、と思うかもしれないが、スピード型の恭子がこのメンツを相手に4000オールを和了るということがどれだけ大変なことなのかは言わずとも誰もがわかっている。

 

 多恵が、少し目を細めた。

 

 

「大丈夫。恭子、完全に()()()るよ」

 

 多恵の言葉の意味がわからず、漫が首をかしげる。

 漫が回りを見渡してみれば、自分以外誰一人として祈るような表情はしていない。

 

 決して目をそらすことなく、全員が真剣な表情で恭子を見つめている。

 

 洋榎も、笑みを崩すことはない。

 

 

 

「せやな。ええ面や。最後のチャンスってくらいの手を潰された後やっちゅうのに、今自分に与えられた手牌の最善のためにもう頭回しとる。ええぞ恭子。それでこそ恭子や」

 

「ああなった恭子ちゃんはそう簡単には止められへんのよ~??」

 

 

 漫が、2人の言葉を聞いた後、すぐにモニターへと視線を移す。

 そこには、見たこともないほど真剣な表情で配牌を見つめる恭子の姿があった。

 

 その真剣さは、思わず見ているこちらが息をのむほどで。

 

 

「漫ちゃん、よく見ておくんだよ。あの集中力が、恭子が姫松の大将たる所以だから」

 

 

 漫は多恵の言葉に驚きを隠せずにいた。

 

 恭子の表情が、ではない。

 

 

 こんな状況になっても、『恭子の勝利を信じて疑わない3年生3人の態度』に、だ。

 

 

(ウチも、見てきたはずや……!)

 

 漫も、心を切り替えて、画面の先にいる恭子を真剣に見つめる。

 

 漫だって、恭子の努力する姿を近くで見てきた。

 

 

 今はただ、信じよう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 千里山高校控室。

 

 劇的な南3局の幕切れ。

 千里山の誰もが予想をしなかった事態が、目の前に広がっている。

 

 姫松高校、まさかのラス。

 

 

「これは……いよいよ姫松が上がってこなかった場合も考慮せんとあかんかもしれないですね」

 

 冷静に場を見極めてそう発言したのは、船Qこと船久保浩子だ。

 

 神妙な顔つきで準決勝の行方を見守るのは、怜。

 

「想像できへんけどな……せやけど末原ちゃん、まだやる気みたいやで。なぁ、セーラ?」

 

 怜の問いかけに応えるのは、男子用の学ランに袖を通した、江口セーラだ。

 

 

「せやな。末原がこのまま終わるとも思えへんし……だいたい、このまま終わるような奴を、洋榎と多恵が大将にしとくわけあらへん。ウチらの竜華が、そうであるようにな」

 

 

 セーラのその言葉に、嘘はない。

 

 恭子の実力を認めているからこそ、竜華にも最大の警戒をさせるつもりだった。

 

 千里山のメンバーが、この長い戦いの決着を見届けようと、モニターを見つめる。

 

 オーラスが、始まった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 配られた配牌を受け取って、由華が点数表示を見つめる。

 

 

(幸い、トップでオーラス。……正直、清澄よりも姫松の方が十分厄介なわけだし、このままの着順で終わらせたい。晩成の全国制覇には、それが一番最適解だ)

 

 

 姫松は強い。

 ここまでの戦いを見ればそれは一目瞭然だった。

 

 しかし、一つだけ引っかかる事が、由華にはある。

 

 

(……やえ先輩は、どうしたいんだろうな)

 

 やはり考えるのは、やえのこと。

 

 このまま姫松の先鋒にやられたままでインターハイ団体戦を終えるのは少し不本意なのかなとも思う。

 

 しかし、すぐに由華は考えを改めた。

 

 

(私ができるのは、晩成を勝利に導くこと。そのために、私情は挟まない。全力で姫松を消しに行く……ッ?!)

 

 

 そう考えた矢先だった。驚いた由華の視線の先。

 

 真剣な表情で配牌を理牌する恭子の姿があった。

 

 

(姫松の末原さん……明らかに雰囲気が変わった。まだ……諦めてない。油断は死に直結する。気を引き締めろ巽由華)

 

 

 麻雀は最後までなにがあるかわからない。

 

 由華はこのオーラスを終わらせることに全力を注ぐことを誓った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ため息もつきたなるよな。

 

 

 どうしてこんな状況になってしまったんやろな?

 

 思い返せば、いつもそうや。

 血のにじむような努力をしたって、圧倒的な『才能』という力に押し切られる。

 最善を繰り返したら勝てる競技であれば、どれほどよかったんやろな。

 

 

 まあ、「それやったらおもんない」。

 洋榎やったらそう言うんやろな。

 麻雀じゃあらへんって。

 

 

 わかってはいるけどな?

 それでも納得できひんもんがあるやんか。

 

 

 ……せやから、ウチにできることなんかせいぜい積み重ねでしかないんよ。

 

 こうして毎回上がってくる配牌とにらめっこして、最速を導きだすことしかよーできん。

 そんなんで毎回勝てたら苦労ないやんな?

 

 ほら、シャキっとしてサイコロ回して頭も回すで。

 そうやってかんと、信じてくれとる皆に失礼やもんな。

 

 

 

 

 

《一つ、積み重ねる》

 

 

 

Q.

 

手牌

{①③⑤⑥⑦⑧一三三四五発発} ツモ{⑥}

 

 

 

 

A.{③}切り

 

 

 カンチャンの選択やろ?{①③}と{一三}の比較。枚数に差がないなら形の変化で優劣つけるしかないやんな。

 {④}ツモと{四}ツモ比較してみい。{④}ツモは既に必要なターツなんやから痛ないやろ。

 一気通貫?せっかくの一向聴やのに和了率下げてまで狙う役やないで。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ツモ」

 

 

 

 

恭子 手牌 ドラ{2}

{④⑤⑥⑥⑦⑧一三三四五発発} ツモ{二}

 

 

 

「500オールやな」

 

 

 

 

 はあ、せっかくツモれたのに500オールかいな。

 さっきっからアホみたいに跳満倍満飛び交っとるっちゅうに、なんでウチはこう、派手さのかけらもない低打点しか和了れんのやろな?

 

 ……そんな感傷に浸ってる場合でもない……やんな。

 結局凡人のウチにはこんなもんの積み重ねをするしかないんや。

 

 

 

 

 

 

 

《一つ、積み重ねる》

 

 

 

Q.

 

手牌 ドラ{5}

{⑦⑧⑨23四五六六七七西西} ツモ{二}

 

 

 

 

 

 

 

 

A.{七}切り

 

 選択肢は{二}か{七}やろ。

 有効牌は{二}切りの場合は{14五七八西}で、{七}切りの場合は{14三五八}

 一種類多い分{二}切りの方がええって思うかもしいひんけど、枚数は19枚で実は同じやな。

 

 せやったら和了りやすさで考えたらええ。

 {七}切りは必ず平和形になるうえに、複合系でネックになっとる萬子の受け入れが2枚多くなるんや。

 たった2枚の差?……せやな。そうかもしれへん。

 

 けどな。凡人はこうやって、たった2枚の差を埋めていくことでしか、勝てへんねん。

 

 

 

 

 

 

「ロン」

 

 

恭子 手牌

{⑦⑧⑨23二三四五六七西西} ロン {1}

 

 

「1500は1800……やな」

 

 

 リーチを打ちたいんやけど、それで宮守に追っかけられたら目も当てられんやろ?

 平和作ってダマで和了っていくしかないんよ。

 

 八連荘の才能でもあったなら、って思わんでもないけどな、そんなローカルルール使うてへんし。

 

 

 

 

《一つ、積み重ねる》

 

 

Q.

手牌

{②③23356799七八九} ツモ{赤⑤}

 

 

 

 

 

 

 

A.{赤⑤}切り

 

 完全一向聴やのになんでいらん牌残すんや?

 赤の一翻も平和の一翻も同じやで?

 あとあといらんくなる赤を今残す必要ないやろ。大事にとっておいて放銃なんて目も当てられん。

 筒子の場況ええわけやないし、山にない{④}期待するより、確実に端牌の{①}狙おうや。

 

 

 

 

 

 

 

「ツモ」

 

 

恭子 手牌

{②③12356799七八九} ツモ{④}

 

 

「700オールは……900オールやな」

 

 

 赤残しておけば……なんて。それこそ結果論やんな?

 多恵に怒られてまうわ。

 結局{②}切りリーチなんてせえへんわけやし、いらんドラは未練残さず早めに切るって、漫ちゃんに教えた手前、ウチが残すわけいかんやろ。

 

 それにしても打点ひっくいひっくい。

 これじゃあいつになったら逆転できるかわからへんやんけ。

 

 

 派手な高打点麻雀見た後やから、きっと視聴者の皆もおもんないと思うんやけどな。

 

 嶺の上に花は咲かんし、追っかけリーチも、東南の風もよう吹かん。

 つまらん麻雀でしか、ウチにはできんのや。

 

 

 それでも大将なんよ。姫松の皆が頑張ってくれたのを、ウチが力に負けて全部吐き出すなんて、やってへんやん?

 満貫もまともにツモれん、ドラも集まってこん。染め手すらできん。

 

 せやけど、つまらんとか言わんといて。

 

 これでも姫松の大将なんや。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 また一つ、積み棒が増える。

 

 まだ自動卓も次の配牌を用意することができないほど、一局一局が速い。

 その様子を、ただただ眺めることしかできないのが、3人。

 

 

 

(((速すぎる……!!!!)))

 

 

 

 

 

 誰も、追い付くことができない。

 ここまでの3局、全てが捨て牌1段目……つまり6巡目までに決着がついている。

 

 なにかされている気はしない。

 咲もカン材の場所はわかるし、豊音も自分の力が働いていることを理解しているし、由華も有効牌を鳴かずに見逃せばしっかりとツモって来られている。

 

 

 それでも。間に合わない。

 速度で勝てない。

 

 

 気付けば震え出したのは、咲の方で。

 

 

(なんで……!?なんでなにもできないの?!)

 

 右目に走った光は今もなお輝いている。

 それなのに。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

《一つ、積み重ねる》

 

《一つ、積み重ねる》

 

 

 

 

 

 

 

 

 和了る打点は、決して高くはない。

 これだけ親に連荘をされていても、まだ局が続いている。

 

 まだ、間に合う。

 

 

 ……そう思って、何局が過ぎた?

 

 

 

 この状況に、焦りを感じているのはなにも咲だけではない。

 由華と豊音も気が気ではないのだ。

 

 

(この……!!!ふざけるな、追い付く!!!)

 

 

由華 手牌

{①②③④⑦⑧5東東東発発中} ツモ{発}

 

 ツモは効いている。

 いつでもこの永遠に続くかもしれない悪夢を消し去る準備はできているというのに。

 

 平均打点14000の彼女が、平均打点4500点の凡人になす術がない。

 

 

 

 

 豊音に関しては局が進むごとに自分の条件が厳しくなっていくことに苦しさを覚えていて。

 

 

豊音 手牌

{③③345788二三四五七} ツモ{八}

 

 

(お祭りが、終わっちゃう……?嫌だ。嫌だよそんなの……)

 

 少しづつ自分の力が弱まってきていることも自覚している。

 南3局の大物手を和了った時には、必ず流れは自分にあると確信していたのに。

 今はもう、とてもではないが自分に流れがあるとは思えない。

 

 

 咲の表情からも、血の気が引いていく。

 

 約束がある。

 姉と話し合わなければいけない。

 

 様々な想いが、咲の胸を渦巻く。

 身体が、負けることを拒否している。

 

 

 

(負けられないんだ!!!和ちゃんと離れ離れになりたくない……!お姉ちゃんと、もう一度話したい!今年しか、今年しかないのに!!!)

 

 絶対に負けられない。負けられないのに。

 

 どれだけ力を行使しても、どれだけ高い手を作り上げても。

 

 たった一人のスピードスターに追いつけない。

 

 

 

 

 今。

 

 大将戦を盛り上げた、才能の塊のような麻雀を繰り広げた3人が。

 

 

 

 

 

 

 この一人の《凡人》に、後れを取っている。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「リーチしよか」

 

 

 

 

 

 

 

 恭子から、ついにリーチがかかった。

 

 

 

 とてつもない化け物がひしめきあった大将戦。

 道中は、奇跡とも呼べる所業である、嶺上開花やら槍槓やらの倍満跳満が飛び交う中で。

 

 

 しかしそんな大将戦の勝利を決定づける最後の和了りが、必ずしも劇的なものであるとは限らない。

 

 

 それもまた、麻雀で。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ツモや」

 

 

 

 

恭子 手牌

{③④⑤⑥⑦33567七七七} ツモ{⑤}

 

 

 

 

 

 

 

「ツモった{⑤}も赤やないし、そんでもって裏ドラも」

 

 

 寂しそうな表情で、恭子が裏ドラをめくる。

 出てきた牌は、{南}だった。

 

 

「やっぱり、のらんよな。結局ウチには、2回の半荘で1回も満貫以上を和了ることすらできひんかったわけか……」

 

 

 

 

 

 

 

「……3900オールは4400オールやな」

 

 

 

 

 

 

 

 

「……それでもな、大将やねん。つまらん麻雀しかできん姫松の大将、って言われてもええ。……でもな?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……お前らには、絶対に負けへん」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

準決勝第二試合 終了

 

 

1位 姫松 末原恭子 113900

2位 晩成 巽由華  102500

3位 清澄 宮永咲   98200

4位 宮守 姉帯豊音  85400

 

 

 

 

 



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第89局 戦い、終わって。

 

 

 

 

 

 

『試合……終了……!!!!12時間に及ぶ激戦、ついに決着です!!決勝進出を勝ち取ったのは姫松高校と、晩成高校です!!!まさに熱戦……!本当に最後までどこが勝ってもおかしくない。そんな試合でした……!』

 

『いやあ~……!面白かったねい!最後の最後まで楽しませてくれたよホントに!視聴者の皆も、大満足なんじゃねえの??……ま、この会場の歓声聞きゃわかるわな!』

 

 

ついに、準決勝第二試合は、終局を迎えた。

止むことのない歓声と熱気が、どれだけ白熱した試合だったかを物語っている。

 

 

 

 

そんな会場の一室。

 

純白の制服に身を包んだ少女が、静かに椅子から立ち上がった。

 

 

「……照?」

 

「……それぞれが戦う相手の特徴は整理したよね。早く休もう。……よくわかったでしょ。明日の相手は……強いよ」

 

 

宮永照。

 

インターハイチャンピオンと呼ばれる彼女は、1年生の頃から2年連続で個人戦優勝を果たしている。

その彼女が、明日の決勝の相手を、『強い』と言った。

 

呼び止めた菫が。その場にいた全員が。息をのむ。

 

最後のオーラスは、思わず圧倒されてしまったから。

 

全員が胸に刻まざるを得なかった。

 

いかに照が強くても。

いかに白糸台が強くても。

 

今年の勝利に、安定はない。

 

 

 

しかしその中で、不敵な笑みを浮かべる少女もいて。

 

 

「まあ、確かに一筋縄じゃ行かなそうだけどー……負けるほどの相手じゃないよね?」

 

綺麗な金髪をロングに流したこの少女は、大星淡。

1年生ながらにして、去年の優勝校白糸台の選ばれし5人、「チーム虎姫」に選ばれた逸材だ。

 

その才能は如何なく発揮されており、準決勝でも他を寄せ付けず1位通過を決めている。

 

 

「晩成の方はなんとかなりそうだし?姫松の大将さんもめっためた速いけど平均打点は低いし?」

 

「淡」

 

「なに?テルー?」

 

 

淡の言葉を途中で遮ったのは、やはり照だった。

 

 

「油断さえしなければ……あなたが一番強いよ」

 

「……そっか」

 

淡は照に懐いている。

だからこそ、照からの正直な言葉に素直に喜んだし、暗に「油断をするな」と言われているのも理解ができた。

 

 

「勝とうね、テルー」

 

「そう、だね」

 

背中越しに、淡へ返事をした照。

 

その背中は、今何を思っているのか。

 

付き合いの長い菫さえも、つかみかねていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

もう一校。

準決勝第二試合を見届けたチームがある。

 

 

「せや……そうでなくちゃおもんない!!せやろ?!洋榎!多恵!やえ!」

 

勢いよく椅子に右足を乗っけて。学ランをたなびかせて最高の笑顔で叫ぶのは、やはりと言っていいほどにセーラだった。

 

そんな彼女を、モニター前のソファで竜華に膝枕してもらったままの怜が苦笑いでたしなめる。

 

 

「もう夜やでセーラ……それにな?そのセーラの幼馴染のつよーい人を2人も相手せなアカンのはウチなんやで?」

 

「なんや、弱気なんか怜??別に俺のことは気にせずアイツらぶっ飛ばしてええんやで?」

 

「そんな、『ショートサイズやなくてトールサイズにしてもええんやで?』みたいに言われてもな……」

 

セーラの満ち溢れるやる気に、怜は押され気味だ。

 

準決勝の結果を踏まえて、船Qが全員を見渡して話をまとめる。

 

 

「明日は、相当厳しい戦いになります。それぞれが準決勝の課題を意識した上で、明日の決勝に臨みましょう」

 

「せやな。そもそも、ウチらは準決勝で白糸台にやられてんねん。白糸台を倒せなきゃ、優勝はないんや」

 

竜華も準決勝の記憶が蘇るのか、少し悔しそうに手元を見つめた。

 

千里山女子は2位通過。

準決勝第二試合を勝った2チームも重要だが、白糸台を倒せなければ千里山に優勝はない。

 

 

「それぞれに、データ班が用意してくれた対戦相手の特徴やクセ、打ち筋を記した資料を配ってます。先鋒の園城寺先輩は夜のうちに目を通して置いてください」

 

はーい、という全員の返事と共に、それぞれが明日の対策を話しながら散っていく。

 

 

その中で一人、椅子に座ったまま1枚の紙を睨みつける1年生がいた。

 

紙には、対戦相手である姫松高校の「次鋒」の名前が刻まれている。

 

 

上重漫。

姫松高校1年生。

 

今日の準決勝で、一躍名を全国に轟かせた1年生。

 

自分と、同じ。

 

 

 

(負けへん……絶対に、負けへん……!)

 

 

いつもの陽気な笑顔は無い。

 

 

くしゃくしゃになった用紙を握りしめて。

 

二条泉は席を立った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「うわああああん!!ありがとうございましたああああ!!!!」

 

対局室に、大き目の泣き声が響く。

長い身長を背もたれに預けながら、全力を出し切った姉帯豊音はこれでもかと涙を流していた。

 

 

「ありがとうございました」

 

深々とお辞儀をして。

その場を後にしようとする恭子。

 

その背中に、声がかかる。

 

 

「末原さん!」

 

振り返れば、こちらを真っすぐ見つめる由華の姿。

 

 

「明日は……負けません」

 

リベンジを誓う。

 

オーラス、何が起こっているのかもわからないままに、圧倒的速度で由華は恭子に敗れた。

明日の決勝。この雪辱は、必ず果たす。

 

そして負けられないのは、当然恭子も同じなわけで。

 

 

「……ウチも、負ける気はあらへんで」

 

 

そう言い残して、今度こそ恭子は会場を後にした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

椅子に座ったまま立てないのは、清澄の大将、宮永咲。

 

目から光を失った咲が、自動卓の点数表示を永遠に眺めている。

 

 

(負け……負けたの?おしまい?和ちゃんとも、お姉ちゃんとも、お別れ?……)

 

敗退。

 

絶対に勝たなければいけなかったはずの準決勝。

しかし咲に叩きつけられた現実は、『敗戦』という絶望だった。

 

 

「……宮永」

 

名前を呼ばれた気がして、虚ろな目を上げてみれば2回戦から何度も戦った、晩成の大将の姿。

 

 

「私達と“あの人”にあった明確な差ってなんだと思う?」

 

「……え?」

 

恭子がいなくなった先を目で睨みつけながら。

由華が言った言葉の意味を、咲は理解できずにいた。

 

差?

力が足りなかった。

全てを倒すだけの力が自分に無かった。

それ以外のなにものでもないのではないか?

 

様々な疑問が、咲の頭をぐるぐると回る。

 

由華が、話を続ける。

 

 

「……“想い”の差。決勝に行くんだ、って。勝つんだ、っていう“想い”が、ここ一番の勝負に差が出たようにしか見えなかった。……だからこそ私自身、すごく悔しい」

 

 

由華が放ったその言葉を咲が理解するのに、2秒、いや3秒ほど時間を要した。

しかし、理解が及べば、感情が爆発する。

 

 

「そんなの……そんなはずないよ!!だって私は……!こんなにも和ちゃんと離れ離れになりたくなくて……!!お姉ちゃんと会いたくてッ……!!」

 

感情が堰を切ったように溢れ出す。

“想い”で自分が負けるはずがない。

そんなことはあり得ない。いっそ純粋な力で負けたと言われたほうがどれだけ納得ができるか。

 

 

「じゃあ宮永。」

 

 

由華が、恭子が消えた出口から目を離さずに、そのまま言葉を紡ぐ。

 

 

 

 

 

 

 

「それは、いつからだ?」

 

 

 

 

 

 

「……!」

 

 

 

 

咲が、言葉に詰まる。

 

 

 

 

「宮永は、あのオーラスに何を感じた?絶対に負けたくないっていう私と宮永と姉帯さんの強い”想い”をもってしても、追い付くことすら許されなかったあのオーラスに、何を感じた?」

 

 

返す言葉がない。

それは、間違いなく咲も感じていたからで。

 

「末原恭子」という姫松の大将の、3年間……いや、麻雀人生の全てを。

 

 

 

「……末原さんも、そして、ウチのやえ先輩も。去年と、一昨年と。死ぬほど悔しい思いをして。血のにじむような努力を繰り返して、ここに座ってた。……とてつもない努力と想いで、確かにあの人はここに座ってたんだ」

 

 

奇しくも北家は、やえと恭子が座った椅子。

 

今も溢れるほどの熱が、その椅子に残っているようで。

 

 

少しだけ椅子を眺めた由華が、もう一度咲に振り返る。

 

 

 

「宮永。あんたは強いよ。おそらく、今年のインターハイに出てる1年生の中で1、2を争うほどに。……また、やろう」

 

 

それだけ言い残して、由華も階段を降りていく。

 

 

 

涙で視界が歪む。

 

もう少し早かったら。

麻雀で、誰かと共に勝ちたいと思うこの気持ちが、もう少しだけ早く発露していたら。

 

 

 

 

 

何故だろうか。由華と入れ替わるように階段を昇ってきた親友の顔が、よく見えなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「恭子」

 

 

ふと、前を向いてみれば、そこには今一番会いたいと思っていた少女がいた。

 

ニヤリ、と、精一杯の笑顔で恭子が笑う。

 

 

「多恵……見たやろ!ウチは、やればできるんや」

 

「知ってるよ。恭子はすごい強いもんね?」

 

見たかった笑顔は、こんなにも晴れ晴れとした気持ちで見ることができた。

それだけで、報われる。

 

 

 

多恵からすると、いつも通りの冷静沈着な彼女のように見えていたが。

 

 

 

 

ふと、気付く。

 

恭子が廊下の手すりにつかまり、足は小さく小刻みに震えていること。

 

瞬間。恭子は多恵に会えた安堵からか、体が前のめりに倒れる。

 

慌ててそれを多恵が抱き止めた。

 

 

 

「ははは……なんや、だっさいなあ……これじゃあ洋榎に……皆んなに、笑われてまうな……」

 

「いいや……恭子はカッコ良いよ。……最高に、カッコ良くて、強いんだ」

 

 

か細い声で笑う恭子の背中を、多恵がポンポン、と軽く叩く。

 

 

精神をボロボロにされた前半戦。

 

休憩中に元気をもらったとはいえ、最後まで決勝進出できるかどうか怪しい状態だったのだ。

恭子の精神的疲労は、測り知れない。

 

寄せられた期待。責任。

メディアからの注目。

チームメイトからの信頼。

 

故の、重圧。

 

 

今年にかける想いが大きいからこそ、『負け』への恐怖が大きい。

ほとんどの人間は、押しつぶされてしまうほどに。

 

そうだ。忘れてはいけない。

 

この少女は、どこまでも《凡人》なのだ。

 

 

 

「控室で少し休んだら、善野監督に報告に行こうか」

 

「せやな……こんな体たらくのままやったら……皆にも、善野監督に会えんわ」

 

 

だから。

 

 

今はもう少し、このままで。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

会場を後にした由華は、早くも頭の中で反省を繰り返している。

 

2位での決勝進出。

やえに届けるはずの最高の勝利は、とても最高と呼べるものではなくなってしまった。

 

 

(末原さん……強かった。あれだけの覚悟を持った打ち手は、本当に強い)

 

初めて相対した常勝軍団姫松の大将は、映像で見るよりもずっと強かった。

 

一部では華がない、などと評価されているようだったが、由華からしてみればとんでもない。

 

あれだけの覚悟と努力が釣り合った打ち手はほとんど出会ったことが無い。

 

それこそ、由華が忠誠を捧げるあの先輩のような……。

 

 

 

 

「由華」

 

考え事をしていたら、目の前に特徴的なサイドテールが、ぴょこりと揺れていた。

憧れの先輩が目の前にいることに、遅れて気付く。

 

 

 

「すみませんでした!!!」

 

まず、謝罪しなければならない。

 

突然頭を下げた由華だったが、やえはそんな由華の頭を上げさせる。

 

 

「いいのよ。決勝進出できたんだから。お疲れ様。いい戦いぶりだったわ。……強かったわね。姫松」

 

「……はい」

 

 

相応の覚悟を持って挑んだ準決勝。

しかしそれでも、姫松を倒すには至らなかった。

 

その事実を、2人で噛み締める。

 

 

けど、と付け加えて、やえが由華の背中を叩いた。

 

 

「勝てない……なんて言わないでしょうね?」

 

 

 

その目は、もう既に次を見据えていて。

 

そうだ。そういう人だからこそ、由華は絶対についていくと誓ったのだ。

 

 

 

「もちろんです……!」

 

 

想定通りの解答に、やえが、笑顔を見せる。

 

 

「良い返事ね。じゃあ、明日はお互いリベンジといきましょうか」

 

 

「はい!」

 

 

晩成高校初の決勝進出。

 

しかしそれでも、満足などするはずもない。

 

晩成の王者が、真の王者になるためには、明日の勝利が絶対だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そして、その2組が、出会う。

 

出会ってしまう。

 

 

由華を引き連れたやえと、恭子を抱き留めたままの多恵の視線が、ばっちりと合う。

 

 

 

「「あ」」

 

 

 

 

静寂。

 

多恵の方を向いている恭子と、やえの後ろにいる由華は事態を理解できていない。

 

 

やえが額に、ありありと青筋を浮かべていた。

 

 

 

「多恵なにしてるのかしら????」

 

「え、いや、別に、なにも?」

 

「こ、小走?!な、なんでここに」

 

「やえ先輩どうしたんですか?ああ!倉橋多恵!?そして末原さん!!」

 

 

瞬く間の混沌(カオス)

 

 

今戦いを終えたばかりの相手に醜態を晒すのは流石に恥ずかしかったのか、恭子がすぐさま多恵の後ろに回り込む。

 

その様子を、心底機嫌が悪そうにやえが睨みつけた。

 

 

「へえ~……多恵、末原と随分と仲良くなったみたいだけど、そういうことだったのね……」

 

「なっ……!ちゃうわ!変な勘違いするんやない小走!たまたま転びそうだったのを助けてもらっただけで……!」

 

 

先ほどまでの真剣さはどこへやら。

 

 

高校を背負って戦う、敵同士の雀士ではなく。

 

今は年相応の少女たちがそこにいた。

 

 

「やえはほんと……お子ちゃまだなあ……」

 

「お、お子……!は、はあ?!いいわ!明日と言わず今あんたをぶっ殺してあげるわよ多恵!!!」

 

「やえ先輩ハグしたいって本当ですか?!!?今しましょう!私と!今しましょう!!今!!!ほら!!」

 

「由華はくっついてくるなあああああ!!!!!」

 

 

 

わちゃわちゃと。

 

戦いの後とは思えない騒がしさのその場所に。

 

 

複数の影が近寄ってくる。

 

誰かが来たことを感じて、4人も動きを止める。

 

先頭にいる少女を、見間違えるはずもない。

長身にハットをかぶった特徴的な少女。

 

 

 

「お、お邪魔だったかな~?」

 

豊音の後からついてくるのは、宮守女子のメンバー。

 

 

「ええ~……もしかして、修羅場?」

 

「ダル……」

 

「きもちわるい!!」

 

 

 

てんやわんやだった4人が、宮守女子のメンバーが来たことに気付く。

 

 

よく見てみれば、後ろには清澄の1年生トリオもいるようで。

 

 

「先生……こんばんは……」

 

「のどちゃん咲ちゃん。これは修羅場の予感だじぇ……!」

 

咲の顔色は決して良くはなかったが。

それでも隣で手をつなぐ2人が、しっかりと咲を支えている。

 

 

やえに胸倉を掴まれていた多恵が、先頭にいる豊音に声をかけた。

 

 

「あれ……?宮守女子の方々……それに清澄の宮永さん……原村さんや片岡さんまで……どしたの?」

 

 

多恵の言葉に、もじもじし出した豊音。

 

塞と胡桃に急かされて、豊音が4人の前に出る。

 

手には、4枚の色紙が握られていた。

 

 

 

「サイン、くれませんか……!」

 

どうやら清澄のメンバーも、豊音に色紙を頼まれたようで。

 

 

きょとん、とする4人。

 

恭子と由華も、きっちり4人分あることに驚きを隠せず。

 

 

 

顔を、見合わせる。

 

 

頭を下げた豊音の手は震えていて。

勇気を振り絞って来たことは容易に察することができた。

 

 

だから。

 

 

4人は笑顔でその色紙を受け取る。

 

多恵が、豊音の手を取った。

 

 

 

「よろこんで!」

 

 

 

 

 

 

程なくして、その集団はまた騒がしい一団となってしまったが。

 

 

 

 

準決勝第二試合は、こうして幕を閉じたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 







原作の恭子のサイン、ひどすぎません?


こんばんは、ASABINです。

ここまで『ニワカは相手にならんよ(ガチ)』を読んでくださり、ありがとうございます!
おかげさまで、準決勝を終えることができました。

感想、評価を下さる皆さんのおかげです!

次回から、いくつか閑話を挟み、次章へと入っていきます。

まだまだ、この作品でやりたいことはたくさんありますので、引き続き応援していただけると嬉しいです!

では、これからもよろしくお願いしますね!


ニワカは相手にならんよ!



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【祝100話記念短編】 変わらない心 

こんばんは、ASABINです。

『ニワカは相手にならんよ(ガチ)』は、今回のお話で、ついに100話を迎えることができました!

早いもので、連載開始から4ヶ月。

応援してくださる皆さまのおかげです。

そんな100話を記念してお届けするのは、あったような、なかったような、多恵のお話。


色んな事に突っ込みたくなるかもしれませんが、笑顔でスルーしていただけると幸いです。







 

 

 

 

ふと、多恵が目を開ける。

 

 

「ここ……は……」

 

 

多恵の目の前に広がっているのは、懐かしい光景だった。

 

 

決して広くはない、ビルの一室を借りたような部屋に、自動卓が8台ほど所狭しと並んでいる。

部屋の中は殺風景だが、風通りの良い3階で、外の喧騒は特に気にならない。

窓からは眩しいほどに日の光が差し込んでいる。

 

奥にある小さな黒板のようなものには、ここのマスターが日替わりで作ってくれるランチのメニューが書かれていた。

 

 

忘れもしない。

ネット麻雀漬けでろくに牌捌きもできなかったときに、足繁く通った雀荘。

 

しかしそれは、「倉橋多恵」としての記憶ではない。

麻雀プロとして活動していた、いわば前世の記憶。

 

プロになった後もよく、この雀荘にはお世話になったものだ。

 

最後に、マスターに挨拶できなかったことをこっちに来てから悔やむほどに、多恵はこの場所に愛着があった。

 

 

 

(どうして私がこの雀荘に……?)

 

 

夢なのかもしれない。

そう思い自分の頬をつねってみるが、しっかりと痛みが伝わってきたことが、これが夢ではないことを証明する。

 

そんな呆けている多恵の後ろから、よく聞き馴染んだ声音で声がかかった。

 

 

「な~にボケっとしてんのよ。今日は大事な日でしょ?早く準備するわよ!」

 

「……やえ……?」

 

見慣れたサイドテール。

いつになく楽しそうな表情で多恵の肩を叩くその姿は、見間違えるはずもない。小走やえだ。

 

 

しかしここでおかしな点が出てくる。

 

間違いなく今多恵は「倉橋多恵」であり、その親友である小走やえもこうして隣にいる。

 

であるのにも関わらず、この場所は、こっちの世界では来たことがない。

 

前世の記憶そのまんまなのだ。

 

 

 

「……やえ。どうしてここに……?」

 

混乱した頭を整理する暇もなく、思わず出た問いは、やえからすると随分的外れだったようで。

 

 

「何言ってんのよ。今日はトッププロ2人と打てる一年に一度の大切な機会でしょ!早く座るわよ!」

 

 

トッププロ……?と。

多恵の頭はいまだに混乱していたが。

やえに引きずられるままに最奥にある自動卓へと向かう。

 

 

そこには、2人の”男”が先に卓についていた。

 

 

 

 

「……ッ?!」

 

 

 

 

 

多恵が、呆然とそこに立ち尽くす。

 

 

 

目の前に座る2人の存在が、信じられなかったから。

 

 

 

 

心臓が跳ねる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「『倉橋』プロ、キャプテン!今日はよろしくお願いします!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そこに座っていたのは、多恵が前世で一番と言っていいほどにお世話になった、所属していたチームのキャプテンと。

 

 

 

 

前世の、『プロ雀士倉橋』だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

多恵が、プロになり、チームに所属した直後。

プロとしてのいろはを教えてくれたのは、間違いなくここにいるキャプテンだった。

 

何故その『キャプテン』という呼称を、やえが使っているのかすら分からないが、もともと突っ込みどころしかないような状況なのだ。

あえて聞くようなことを多恵はしなかった。

 

 

キャプテンは、所謂トッププロと呼ばれるうちの一人で、実績はもちろん、人望も人一倍にある雀士だった。

プロの世界でキャプテンを知らない人はおらず、キャプテンの存在こそが、多恵の所属していた『オーシャンズ』を優勝候補と呼ばれるチームへと押し上げていた。

 

 

そのキャプテンが、今目の前にいる。

 

伝えたいことは山ほどあるはずなのに。あまりの衝撃で言葉が出ない。

 

 

 

なにせもう一人、目の前にいるのは。

 

 

 

 

 

「じゃあ、始めようか」

 

 

 

 

 

 

前世の、自分自身だったから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

自分たち以外誰もいない雀荘に、パシン、パシン、と牌を打つ音だけが響く。

いつも、この音だけは気持ち良く耳に飛び込んでくる。

 

とても冷静でいられる状態ではなかったが、言われるがままに多恵は席についていた。

麻雀を打つことは、自然にできている。

何年も何十年も、続けてきた動作。

 

 

「2人とも、随分上手くなったね」

 

「いえいえ!まだまだですよ!」

 

下家に座るやえが、上家のキャプテンからの賛辞に笑みをこぼす。

 

不思議なもので、局を重ねるうちに、多恵の心は少しづつ落ち着きを取り戻していた。

 

一半荘を終えたタイミングで。

 

勇気を振り絞って多恵は口を開く。

 

 

「キャプテン、お……私、あの」

 

 

 

言いたいことが山ほどある。

 

 

落ち着きを取り戻した多恵の口が、少しずつキャプテンへ想いを告げる。

その言葉達は、堰を切ったように溢れ出した。

 

 

 

 

「最後、勝てなくてごめんなさい」

 

 

「最後、ろくに挨拶もできなくて、ごめんなさい」

 

 

「……仲間ができたんです。オーシャンズと同じくらい、大切で、信頼できる仲間が」

 

 

 

 

うん、うん、と。

 

寡黙なキャプテンは、決して口をはさむことはなかった。

 

自然と、自分が『プロ雀士倉橋』であったこともわかっていて。

この状況が良くわからないままに、多恵は全ての感情を吐き出していた。

 

一つ、間を開けて。

 

 

多恵は一番言いたかったことを伝える。

 

 

 

 

 

「自分に『麻雀』を教えてくれて、ありがとうございました」

 

 

 

 

 

 

 

二コリ、とキャプテンは微笑むだけだったけれど。

 

確かに思いは伝わった。

 

それだけで、多恵は嬉しかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そして、対局がまた再開し。

真剣に牌を選びながら。

 

 

 

 

 

対面に座る”男”と向き合った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「そっちは、どうなん?麻雀は楽しい?」

 

「もちろん。……やえもいる。他にもたくさん、信頼できて、心強い味方がいて。それに加えて、麻雀を愛する人たちが世界にたくさんいて……楽しいよ」

 

「そっか……それはなによりだな」

 

「そっちはどうなの?まだ、つまらないって、華がないって言われてるの?」

 

「いんや。そんなことないよ。……色々考えたんだけどさ。結局俺は、不器用だし。努力して努力して、積み重ねることしかできないから。そんなことを繰り返してたらさ、自然と、応援してもらえるようになってきたよ。ちょっとずつだけどね」

 

「そっか……かっこ良いじゃん」

 

「まあ、決勝でダブリーに北で放銃したけどな!ダブリー何故か字牌で当たるあるあるに苦しめられてるわ!」

 

「はは!……私なんか天和と地和連続でツモられたよ」

 

「ははは!話盛るにしたってもっとまともな盛り方しろよ!面白くないぞ!…………え?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

楽しい時間はすぐに過ぎてしまう。

 

 

気付けば外は夕暮れで。

多恵達が書き込んでいたスコアシートも、もう1面を使い果たしてしまった。

 

 

夕日の差し込む自動卓。

 

その上に風で揺れる、スコアシート。

 

 

 

倉橋p +18

多恵  +45

 

 

(勝てた……のか)

 

 

麻雀は偶然の競技。

この1日で実力を確実に測ることは難しいけれど。

 

前世の自分に勝てたことに、安堵している自分がいる。

 

多恵が生まれ変わって努力してきた日々が無駄ではないのだと、感じることができたから。

 

 

 

 

やえが満足そうに、大きく伸びをした。

 

 

 

「はあ~っ!楽しかった!お二方、とっても勉強になりました!ありがとうございました!」

 

「いえいえ、こちらこそ、いい刺激もらえたよ」

 

 

プロ2人が、席を立つ。

 

キャプテンが荷物をまとめ、2人そろってその場を後にしようとしたちょうどその時。

 

 

隣にいた『倉橋』が、そういえば、とこちらを振り向く。

 

 

その目は、確かに多恵を見つめていて。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「俺たちは、優勝したよ」

 

 

 

 

 

「……!!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

それは、前世で多恵が果たせなかった悲願。

 

最後の最後で、自分の敗北のせいで、見ることのできなかった、頂の景色。

 

 

 

 

 

嬉しさと悔しさがないまぜになる多恵に、更に声がかかる。

 

 

 

 

 

 

 

 

「だから……次は、そっちの番だな?」

 

 

「そう……だね!」

 

 

 

 

 

 

満面の笑みで、多恵が返す。

 

 

ひらひらと手を振って出ていく2人に、多恵が深々と頭を下げた。

 

 

 

 

(キャプテン……ありがとう。あなたのおかげで、今の私がある)

 

 

 

そして、今度こそ誰もいなくなったドアを見つめて、前を向く。

 

 

 

 

 

(そして前世の私。ありがとう。……今度は……私の番だ)

 

 

 

 

 

多恵が決意を新たに、制服を強く握りしめる。

 

 

多恵の優勝は、姫松の優勝。

 

 

前世の自分にできたのだ。

 

今の自分に、できない道理はない。

 

 

 

なにより、前世も今も、関係ない。

 

 

 

 

 

”麻雀を愛する心”は、いつも、いつまでも変わらないのだから。

 

 

 

 

 

 

 

その目に、心に。燈火が燃えている。

 

 

 

 

 



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閑話 闘牌インターハイ! 姫松高校特集

 

『闘牌インターハイ!』

 

 

 

 

 

毎日夜10時半からお送りしている、『闘牌インターハイ』!

いよいよ、大会も目前に迫ってきましたね。

 

2470校の頂点を決める戦いが、ついに始まろうとしています。

 

全国の高校麻雀ファンの方も、期待が高まってきた頃合いではないでしょうか。

 

さて、今日も毎週出場校にお邪魔している、『密着!インターハイ!』のコーナーから!

 

インターハイ目前の今日、密着してきた高校は。

 

 

 

『姫松高校』

 

 

優勝候補筆頭とも言われる、関西の強豪、姫松高校です。

去年個人戦3位の倉橋多恵選手を先鋒に据え、今年は、去年のインターハイを経験した3人が先鋒、中堅、大将を務める盤石のオーダー。

 

去年の悔しさを胸に、日々、努力を重ねる選手たちの様子に密着してまいりました。

 

今年の姫松高校は、その盤石のオーダーの中に、今年入学したばかりの1年生が名を連ねています。

 

今回はその1年生を中心に、取材をさせてもらいました。

 

悲願の全国制覇を目指す姫松高校。

それでは、どうぞ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

南大阪代表、姫松高校。

 

 

伝統的な麻雀の強豪校である姫松高校。

部員数は100人を超え、全員が切磋琢磨しあいながら麻雀に打ち込んでいます。

 

全国制覇の経験こそないものの、過去最高順位は去年の準優勝。

現在監督を務める善野一美監督が現役時代の時も、全国制覇の夢は叶えることができませんでした。

 

 

未だに手が届かない、全国制覇。

 

部室にも大きな文字で『全国制覇』と書かれているように、姫松高校にとって『全国制覇』は悲願なのでしょう。

 

今日も部室では、多くの部員が対局を行っているようです。

 

お、あそこにいるのは、1年生でレギュラーを勝ち取った上重選手です!

 

 

「こんにちは!あなたが、上重漫選手、ですよね?」

 

「え?……あ、あああ?!あ、はい!そうです!上重漫です!」

 

上重漫選手。

 

1年生ながらにして、強豪姫松高校のレギュラーを勝ち取ったこの少女は、今年は次鋒を務めます。

今日はこの入部して3ヶ月ほどの上重選手に、先輩たちのことをたくさん聞いていきたいと思います。

 

 

「上重選手、姫松高校ってずばりどんな高校ですか?」

 

「そうですね……一言で表すんやったら、努力の高校やと思います」

 

「努力……ですか」

 

「部員の中で、誰一人として努力していない人がおらんと思うんですよ。それは私みたいな1年生もそうですし、先輩方もそう。あのへんとか見てみてください」

 

 

そう上重選手が指さす先には、一つの自動卓がありました。

その対局を後ろから見つめるのは、今年の大将を務める、末原恭子選手。

 

 

 

「ストップ。今の場面、ホンマにリーチが最適解か?一局終わったところやし、ちょっと皆手開いて検討してみようや」

 

 

一つの卓に、自身も交ざりながら検討を始める末原選手。

 

 

「上重選手、あれはレギュラーの子たちの卓ですか?」

 

「いえ……あれは1、2年生が主体の卓です。せやけど、ああいった風に、主力のメンバーの先輩方がしょっちゅう自分の時間削ってまで指導してくれるんですよ」

 

「それは……後輩としてもやる気が出ますね」

 

「ちゃんと努力して勉強してれば、先輩たちは認めてくれますし、それをわかってるから、皆努力する。これが姫松の強さなんかな、って私は思います」

 

 

そう語る上重選手の目は、とても真剣でした。

 

 

「では、今度は今年のレギュラーの先輩方一人一人について聞いていきたいのですが、まず、先鋒の倉橋選手。彼女は上重選手にとってどんな存在ですか?」

 

「多恵先輩は……恩人、ですかね」

 

「恩人?」

 

「私がレギュラーに入れたんは、間違いなく多恵先輩のおかげなんですよ」

 

上重選手の視線の先、こちらも後輩達と同卓しながら、指導をする倉橋選手の姿が。

 

 

「ポンコツで、全然目立たなかった私を買ってくれて、面倒見てくれて……感謝しかないんです」

 

「そうなんですね……雀士としては、どんな風に見てらっしゃいますか?」

 

「めちゃくちゃ強いですよ!!多恵先輩に勝てる人なんていません!先鋒に多恵先輩がいてくれるから、私も安心して打てるんやと思います!」

 

「なるほど、信頼が大きいんですね!……では次に中堅の愛宕洋榎選手について、お聞きしてもいいですか?」

 

「部長は……あ、いました。洋榎先輩は、多くは語らない方で、普段はふざけてばっかりなんですけど……今年にかける想いは、誰よりも強いんじゃないかなと思います」

 

部室の奥の扉から出てきた愛宕洋榎選手。

何故つまようじをくわえながら出てきたのかはわかりませんが、彼女こそが、この姫松高校の部長です。

 

 

「去年悔しい思いをしてるのは間違いないですし、今年のインターハイで絶対に団体優勝したいという想いは、言わずとも皆感じていると思いますよ」

 

「なるほど……貫禄がありますね。愛宕選手の麻雀については、どのように思っていますか?」

 

「……尋常じゃないほどの読みが、洋榎先輩の強さですね。ネットとかだと、『守り』の部分で取り上げられることが多い気がするんですけど、ウチは洋榎先輩の強さは、客観的に自分の実力を見れている、ってことやと思うんです」

 

「客観的に?」

 

「あの、よくおるやないですか、麻雀極めたつもりで、自分が1番麻雀上手いと思ってしまう人。……姫松の先輩方みんなに言えることなんですけど、そういった驕りがかけらもなくて……みんな常に高みを目指しているんですよね。自分たちは、まだ麻雀を極める途中も途中なんだって、よく多恵先輩も言ってます」

 

「志が皆さん高いんですね……!では、副将を務める、真瀬由子選手についてお聞きしてもいいですか?」

 

「ゆっこ先輩……真瀬先輩は、誰よりも道具を大事にする人なんです。麻雀に対する心がすごいというか……ほわっとしてる感じの可愛い先輩なんですけど、気持ちの部分は、ものすごく尊敬してます」

 

真瀬選手の姿は見えませんでしたが、どうやら点棒表示がおかしくなってしまった自動卓の整備をしているらしいですね。

 

「真瀬先輩は、麻雀している時は安心感しかないんです!無茶なことしないですし、着実に冷静に。あんな安定感、ウチも欲しいなぁってよく思います」

 

「真瀬選手は公式戦でのマイナス記録が無いことで有名ですからね!……では最後に大将の末原選手についてお聞かせ願えますか?」

 

「末原先輩は……正直入学当初は、少し苦手やったんです」

 

ちょっと言いにくそうに苦笑いする上重選手。

大将も務め、後輩たちの面倒を1番見ているという末原選手が、なぜ苦手だったのでしょうか。

 

 

「ウチの麻雀部には、筆記式の課題みたいなんがありまして。末原先輩は、それをウチにめちゃくちゃ出してきたんですよ。何も言わずにですよ?てっきりウチは嫌われてるんやと思って、なるべく顔を合わせたくないなぁって」

 

ここで、姫松高校に伝わる筆記式課題を少しだけ見させてもらいました。

点数計算から条件確認、牌理の何切る問題から、リーチ判断まで。

理由を書く欄まで用意されていて、とても本格的なものでした。

 

 

「……けどある時多恵先輩が、恭子は漫ちゃんに期待してるんだよって言われて。……確かに言い方が厳しい事もありましたけど、末原先輩も監督にウチのこと推薦してくれて……本人は絶対その事ウチには言わないんですけどね」

 

嬉しそうにはにかむ上重選手。

どうやら末原選手と上重選手の間には、大きな信頼関係があるようです。

 

「麻雀もホンマに強いんです。末原先輩は。あれだけ強い先輩方が、大将は恭子にしか務まらんって言うんですよ。ウチもそれに同意見やし、後輩たちも皆そう思ってるんです」

 

「信頼されているんですね」

 

 

全員の話を聞かせてくれたあと、上重選手は自身の練習へと戻っていきました。

 

 

 

午後7時。

 

 

「明日の確認事項はこれで終わりや。来週からついにインターハイが始まる。レギュラーは最終調整、控え組も、ウチらの練習に付き合うんやなくて、自分のレベルアップに使って欲しい。ウチらがいなくなった後も、姫松高校麻雀部は続くんやからな……明日は午前オフ、午後から練習開始。ほんなら、今日は解散や」

 

「「「「「お疲れ様でした!!」」」」」

 

 

 

全体ミーティングを軽く行ったあと、今日の練習は終了になりました。末原選手が号令をかけたあと、選手たちが次々と帰路に就きます。

 

私も密着取材を終わろうとしたのですが、どうやらここからが姫松高校の強さの秘密であったようです。

 

 

ほぼ全員の選手たちが帰る中、先鋒の倉橋選手が自動卓の電源をつけて、対局の準備を開始しました。

 

 

「あれ、今日の練習は終わりじゃないんですか?」

 

「あ!すみません、帰りの見送りも付けずに……今下までお送りしますね!」

 

「いえいえ!それは大丈夫なのですが……皆さんは帰られないんですか?」

 

「あー、私達は居残って練習です。いつも全体練習が終わった後のこの時間に、2〜3時間ほど練習してから帰ってるんです」

 

 

そう話す倉橋選手の元に、部長の愛宕選手と、末原選手。そして真瀬選手もやってきました。

 

 

「お!なんや!ウチのカッコイイ煽りシリーズがついに収録か!」

 

「部長は黙っといてください……」

 

「ウチも頑張って煽るのよ〜!『一緒にしてもろてもいいのよ〜!格は皆同じなのよ〜』」

 

「おいゆっこ、それウチに向けた煽りやろ」

 

雑談を挟みながらも、彼女たちは麻雀に打ち込みます。

なぜ、まだ練習を続けるのでしょうか。

 

 

「私達、3年生じゃないですか。今年が最後。来年から、私たちがいなくなったあと、姫松弱くなったな、って言われたら悔しいじゃないですか。だから、全体練習の時間は、できるだけ後輩育成に時間を割いてます。……あ、もちろんそれが私たちの勉強にもなるんですけどね?」

 

そう言った倉橋選手。

他の方々も、どうやら意見は同じようです。

 

 

「せやから、ウチらは今から練習するんです。……今年は絶対に負けられません。姫松のみんな、地元の皆、応援してくれる姫松ファンの方々のため、そしてなにより、自分たちのために」

 

末原選手の目は、真剣そのものです。

今年にかける強い思いが、全員から感じられました。

 

 

「今年は必ず、ウチら姫松が優勝する。アナウンサーはん。これだけは覚えとってください」

 

「自信があるんですね!」

 

「自信なんて、たいそうなもんやないですよ。……絶対に、優勝する。それが、ウチらの使命。……欲しいんです」

 

 

愛宕洋榎主将の表情は、飢えた獣のようでした。

 

そう、彼女たちが求めるものはただ一つ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

()()()()が、欲しいんです」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

選手全員の気持ちを背負って、監督の思いを背負って、応援してくれる全ての人の思いを背負って。

 

 

そして、去年悔しい思いをした他ならぬ自分たちの想いを背負って。

 

 

 

勝利に飢えた『常勝軍団』が、頂の景色を見に、出陣です。

 

 

 

 

 

 

 

 



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閑話 晩成応援スレ 

 

 

【祝大型新人小走やえ加入】 全国優勝も夢じゃない?! 【晩成応援スレ】

 

 

 

 

1:名無し雀士

 

インターミドルで暴れまくった関西4人衆の一人、小走やえが晩成に進学決定!!

 

 

2:名無し雀士

 

>>1 

マ????

そんな情報出てたか?

 

 

4:名無し雀士

 

>>2

マ。

今週号の麻雀ウィークリーで進路特集あった。

ちな他のメンバーは

 

江口セーラ→千里山

愛宕洋榎→姫松

倉橋多恵→三箇牧

らしい

 

 

5:名無し雀士

 

全員進路わかれたんか。

全員で晩成来てくれてもよかったんやで???

 

 

7:名無し雀士

 

これで全国には出るけど、万年一回戦負けの時代は終わるかもしれんな

 

 

9:名無し雀士

 

なんか全国いくと勝てないのよな。

地方大会ではバカみたいに勝ってんのにな。

 

 

12:名無し雀士

 

関西のレベル上がりそうだなあ~

関西勢が活躍してくれるのは素直に嬉しいゾ。

 

 

14:名無し雀士

 

しばらく関西勢が全国優勝すんじゃね?

それくらい強烈だったでしょ、中学でのあの4人は。

 

 

 

 

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【反省会】 小走、麻雀やめるってよ 【晩成応援スレ】

 

 

 

1:名無し雀士

 

小走、麻雀やめるってよ

 

 

2:名無し雀士

 

>>1

そらやめたくもなるわ。

今年何点稼いだの?小走。

 

 

3:名無し雀士

 

>>2

先鋒終了時、20万点あった模様。

 

 

4:名無し雀士

 

完全にワンマンチームだと思われてるな……。

次鋒戦以降の狙われ方がエグすぎる。

 

 

6:名無し雀士

 

そりゃ1校しか抜けられない1回戦なんだから仕方ないんじゃね?

全員で引きずり下ろしに来るやろ。

 

 

7:名無し雀士

 

>>6

点数バカ削られた後も狙われてたんだよなあ。

 

 

8:名無し雀士

 

副将の時ひどかったな。

あれもう半分泣いてたろ。

どんだけ残酷なんだよ。

 

 

9:名無し雀士

 

副将の子1年生だろ?

2年生がバタバタやめてって、繰り上がりでレギュラー入ったらしい。

 

けっこうスジ良いと思ったんだけど精神的に来年出られるか不安だわ。

 

 

10:名無し雀士

 

>>9

やえちゃんと揉めて2年生ほとんどやめたって話マジなの?

 

 

12:名無し雀士

 

>>10

マジ。メンバー表見なかったん?2年生やえちゃん以外誰もいなかったよ。

 

 

13:名無し雀士

 

孤独な王者……誰が言ったか知らんが、マジでそんな感じになってきちまったな……。

 

 

14:名無し雀士

 

今日の闘牌インターハイで対局後の控室映ってたけど、副将の子バカ泣いてたよ。

 

 

16:名無し雀士

 

>>14

それで言うなら闘牌インターハイのやえちゃん見た???

あんだけ点数削られていくメンバー見ながら、やえちゃんは何を思ってたんだろうな……。

 

 

17:名無し雀士

 

個人戦活躍してくれるのは嬉しいけどさ、やっぱ団体戦で勝ってほしいよな。

一晩成ファンとしては、やえちゃんに晩成に来てよかったって思って欲しいわ。

 

 

18:名無し雀士

 

来年は良い1年生入ってくるといいな。

 

 

 

 

 

 

 

 

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【祝準決勝進出】 目指せ全国制覇 【晩成応援実況スレ】

 

 

 

135:名無し雀士@晩成王国民

 

 

うおおおおおおおおおおお!!!!

岡橋やれ!そこだ!いけ!つっこめ!!!!

 

 

137:名無し雀士@晩成王国民

 

あああああwwwwwwww

脳死全ツッパ気持ちよすぎるんじゃーーーwwww

 

 

140:名無し雀士@晩成王国民

 

カンチャンツモぎもぢいいいいいいいい!!!wwwww

 

 

142:名無し雀士@晩成王国民

 

なんで勝手に振り込んでんだはっちゃんwwwwww

いいぞもっとやれwwwwww

 

 

145:名無し雀士@晩成王国民

 

なんか知らんけど振り込んでるとかいうパワーワードwwwww

 

 

148:名無し雀士@晩成王国民

 

おい待てはっちゃん!考えなおせ!それ鳴かれたら確定大三元だぞ!!www

 

 

151:名無し雀士@晩成王国民

 

びよーーーーーーんwwwwww

 

 

153:名無し雀士@晩成王国民

 

なにこの子?晩成に入るために生まれてきてくれたの????

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

867:名無し雀士@晩成王国民

 

丸瀬ちゃん去年メンバーにいなかったよね?

 

 

870:名無し雀士@晩成王国民

 

>>867

いないゾ

今年の春からメンバー入ってる。

 

 

873:名無し雀士@晩成王国民

 

目立たないけど良い働きしてるよな。

 

 

881:名無し雀士@晩成王国民

 

うっわwwwこの鳴きで海底回したのかwww

 

 

883:名無し雀士@晩成王国民

 

さらっとエげつないことするなあww

 

 

886:名無し雀士@晩成王国民

 

うわあ狙い的中じゃん。

こういう打ち方もあんのか。

 

 

889:名無し雀士@晩成王国民

 

腹黒い……流石マルちゃん腹黒い……

 

腹黒マルちゃん

 

 

891:名無し雀士@晩成王国民

 

>>889

腹黒マルちゃんは草

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

118:名無し雀士@晩成王国民

 

アコチャー今日も軽快な鳴き仕掛け。

がんばええええ!!

 

 

121:名無し雀士@晩成王国民

 

アコチャー今日は相手がつええ。

 

 

124:名無し雀士@晩成王国民

 

この姫松の守りの化身とかいうバケモンホンマに人間か???

 

 

126名無し雀士@晩成王国民

 

>>124

違うが??

 

 

132:名無し雀士@晩成王国民

 

鳴きすらさせてもらえねえのか……

相手が悪すぎる

 

 

135:名無し雀士@晩成王国民

 

この新子と岡橋がやえちゃんの麻雀見て晩成入ったってめっちゃ嬉しくない?

 

 

137:名無し雀士@晩成王国民

 

>>135

マジ???そんな熱いエピソードあんの?

 

 

140:名無し雀士@晩成王国民

 

>>137

さてはニワカか……??公式HPの自己紹介見ろ。ニワカは相手にならんよ

→ (https://bansei.mahjong/*************/)

 

 

143:名無し雀士@晩成王国民

 

去年じゃ信じられなかったな。

控室でのやえちゃんの楽しそうな顔見るだけで涙出てくるわ。

 

 

145:名無し雀士@晩成王国民

 

やえちゃんのファンやめません。

 

 

147:名無し雀士@晩成王国民

 

頑張れアコチャー!!

姫松がなんぼのもんじゃい!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

562:名無し雀士@晩成王国民

 

やえちゃん楽しそうに麻雀打ってる。

嬉しい。

 

 

578:名無し雀士@晩成王国民

 

清澄の1年生凹ませて喜んでるやえちゃんぐう鬼畜すぎる

 

 

580:名無し雀士@晩成王国民

 

先鋒戦折り返しか……もっと倉橋とやえちゃんの殴り合いになるかと思ったけど、清澄も宮守もなかなかやりおる。

 

 

589:名無し雀士@晩成王国民

 

レベル高いよな。

清澄のなんか東場バカ強いし。

 

 

 

 

612:名無し雀士@晩成王国民

 

天和wwwwwwwwwww

ワロタwwwwwwwwww

 

 

614:名無し雀士@晩成王国民

 

清澄の1年エグいてwwwww

清澄なんて原村和しか名前知らなかったんだがwwwww

 

 

616:名無し雀士@晩成王国民

 

テレビ対局で天和初めて見たわwww

 

 

619:名無し雀士@晩成王国民

 

またダブリーやん清澄。

エグ。そんなんできひんやん普通。

 

 

623:名無し雀士@晩成王国民

 

待て待て!やえちゃんテンパってる!!

 

 

625:名無し雀士@晩成王国民

 

しかも清澄のダブリーの余り牌でロンやん。

また人和やんけwww

 

 

627:名無し雀士@晩成王国民

 

流石やえちゃん!!!

格がちげえぜ!もうスピード合わせたのかwww

 

 

629:名無し雀士@晩成王国民

 

え……?

 

 

630:名無し雀士@晩成王国民

 

は?

 

 

631:名無し雀士@晩成王国民

 

見逃し?

 

 

635:名無し雀士@晩成王国民

 

うわああああああああ!!!!!

 

 

637:名無し雀士@晩成王国民

 

地和だああああああ!!!!!

 

 

639:名無し雀士@晩成王国民

 

やえちゃん最強すぎんよwwwwww

 

 

641:名無し雀士@晩成王国民

 

天和の直後に地和て……w

 

 

645:名無し雀士@晩成王国民

 

大丈夫?倉橋吐いてない?

 

 

647:名無し雀士@晩成王国民

 

どうなってんだやえちゃんwwww

天和和了ったやつに地和親被らせるとか聞いたことねえよwww

 

 

651:名無し雀士@晩成王国民

 

今日は我らの王は絶好調やなwww

なんだ、我が軍は圧倒的ではないかww

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

348:名無し雀士@晩成王国民

 

巽さん!!!!流石です!!!!

でもちょっと腕掴むのは怖いです!!!!

 

 

350:名無し雀士@晩成王国民

 

【速報】巽さん、相手が嶺上牌へと伸ばした手を掴む

 

 

352:名無し雀士@晩成王国民

 

巽さん怖すぎんよwwwww

 

 

357:名無し雀士@晩成王国民

 

去年からこの子たくましくなりすぎでは????

もしかして狙われすぎて変なスイッチでも入っちゃった????

 

 

412:名無し雀士@晩成王国民

 

流石準決勝。レベル高いな。

ヒヤヒヤする……。

 

 

415:名無し雀士@晩成王国民

 

頼む巽さん……!

去年の屈辱を晴らしてくれ……!!!

 

 

419:名無し雀士@晩成王国民

 

いや……それにしてもこの大将戦普通じゃなさすぎるな……

 

 

422:名無し雀士@晩成王国民

 

清澄の1年生どうなってんだよマジで

先鋒といいこの大将といい。

 

 

431:名無し雀士@晩成王国民

 

来た!!!四暗刻!!!!

巽さんお得意の四暗刻くるで!!

 

 

441:名無し雀士@晩成王国民

 

うっわ最悪……!!

 

 

442:名無し雀士@晩成王国民

 

なんでここで白持ってくんだよ……

 

 

443:名無し雀士@晩成王国民

 

去年のがフラッシュバックしてこれ切れないだろ……

 

 

445:名無し雀士@晩成王国民

 

>>443

あれ見てて辛かったよな……。

 

 

447:名無し雀士@晩成王国民

 

うわああああああああああ?!?!

 

 

449:名無し雀士@晩成王国民

 

切った!!!切った!!!

全員聴牌だ!!!どうなんだこれ!!!!

 

 

453:名無し雀士@晩成王国民

 

良く切ったよ巽ちゃん……!!!

去年の呪縛を断ち切ったか……!!!

 

 

456:名無し雀士@晩成王国民

 

なんだよこれもう……意味わかんねえよ……涙出てきちまった……

 

 

461:名無し雀士@晩成王国民

 

頼む!!!俺らに晩成全国優勝の夢を見させてくれ!!!!!

 

 

 

 

 

 

 



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閑話 交差した道

夏の、良く晴れた日のことだった。

 

ここ奈良県では猛暑が続き、アスファルトからはうっすらと蜃気楼が見えるほど。

 

そんな暑い中で、ポニーテールを元気に跳ねさせ、サンダルで走っていく少女が一人。

 

 

「たっだいまあ~!」

 

底抜けに明るい少女の声が響いた。

 

ジャージを上だけ着たような恰好で、家に帰るなりソファにどすんと腰を下ろした少女は、名を高鴨穏乃と言う。

 

手元にあったリモコンでテレビをつけると、どこかのニュース番組。

すぐに穏乃はチャンネルを変えたものの、時刻は昼真っ盛りで、流れているのは情報番組かテレビショッピングくらいのもの。

 

いわゆる人気番組というものはやっていないようだ。

 

 

「流石夏休み、ろくな番組やってないなあ」

 

そうぼやきながら、ポチポチといくつかチャンネルを変えるうちに、穏乃は一つのチャンネルにたどり着いた。

 

 

 

『さあ、全国中学生麻雀大会個人戦決勝戦!現在トップは……』

 

 

「お?どれどれ~あたしも麻雀は昔取った杵柄……どの程度か見てあげよう……」

 

穏乃も幼い頃は麻雀に明け暮れた身。

腕にも少し覚えがあったので、同年代の少女がどの程度強いのか見定めてやろうと、ソファから腰を上げてテレビに近付いたのだが。

 

 

直後、画面に映った少女を見て、穏乃の表情が一変する。

 

 

 

 

『原村和!』

 

 

 

「……え?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「うわあああああああああああああああ?!?!?!?!」

 

 

 

気付けば穏乃は駆けだしていた。

穏乃にとって、和は幼馴染とも言える仲。

 

中学で離れてからは連絡を取ることが少なくなり、疎遠になってしまったものの、共に過ごした時間は短くない。

そんな彼女が全国の中学生の中でナンバーワン、つまりはインターミドルチャンピオンになったのだ。

 

いつもなにかしら体を動かしていないと気が済まない質の穏乃が、抑えきれずに近くの坂を走りだしたのはむしろ自然と言えた。

 

一通り坂を下ったのち、穏乃ははっと我に返る。

 

 

「はあっはあっ……何走ってんだ私?!どうする……お祝いの電話しようか?!いやっ!プライドか何かがそれを許さないい!それに和の連絡先全く聞いてないい!!」

 

軽いパニック状態。

嬉しさと嫉妬がないまぜになって本人も形容できないような気持になる中で、穏乃は一人の友人の電話番号を必死に叩いた。

 

数回コール音が鳴った後、電話がつながる。

 

 

 

「もしもし、アコ?!」

 

「えっ?シズ?めちゃくちゃ久しぶり!どうしたの急に……」

 

この言い表すことのできない気持ちを伝えるなら、憧しかいない。

穏乃にとって憧は、和と同じ時間を共有した数少ない友人。

 

憧ももちろんテレビは見ていて、和がインターミドルチャンピオンになった瞬間を見届けていた。

 

 

「あたしも、この変な感情をぶつけるなら、シズがちょうどいいわ……」

 

憧とて、思うところがないわけではない。

一緒に麻雀を打っていた仲間が、全国一位になったのだ。

穏乃と同じような、嬉しさと悔しさの感情は、もちろんある。

 

そんな憧に、穏乃から思いもよらない言葉が飛び出してきた。

 

 

 

「私も、あの大会に出たい!!!」

 

 

 

 

一瞬、勢いに押されて憧の息が詰まる。

 

相変わらず突拍子もないことを言うなあと思いながらも、憧は冷静だった。

 

 

「いや、む、無理だよもう」

 

「え……なんで……?」

 

「なんでって……ウチら中3でしょ?インターミドルはもう無理だよ」

 

「あ、そっか……じゃ、じゃあ高校!」

 

「高校……?インターハイに出るの?じゃあ晩成高校に入らないと。あそこ偏差値70あるよ?あたしは余裕だけど、シズは大丈夫なの?」

 

「じゃあ阿知賀女子で全国に行く!」

 

「阿知賀は麻雀部がないし、部員集めたとしても晩成に勝てないよ。あたし晩成にいくから、敵に回るよ?」

 

「じゃあいいよお!!」

 

 

プツリ。

 

 

勢いよく切られた携帯の画面を眺めて、憧は一つため息をついた。

 

 

「少し前なら、阿知賀で一緒に全国目指してみても良かったんだけどね……」

 

制服姿のまま、憧は自宅のベッドに横たわる。

 

 

和の優勝。

確かに衝撃は大きい。

実際に自分が打っていた仲間が全国優勝したのだから。

 

 

 

しかし、それよりも鮮烈に。

 

インターミドルが放送された今日から一週間前。

大々的に放送されていたインターハイの映像が、憧の脳裏に焼き付いて離れない。

 

 

 

 

 

「シズ……ごめんね。……あたしは晩成に行くよ」

 

 

 

 

 

 

 

憧が携帯を取り出す。

メールを送る相手の名前には「岡橋初瀬」と表示されていて。

 

 

 

 

この日。

憧と穏乃の道は決定的に分かれ、二度と交わることはなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『さて!本日もこの時間がやってまいりました!闘牌インターハイ!』

 

 

あの日と同じように、テレビを見ている。

映っているのも、あの日と同じように昔馴染みの友達で。

 

テレビから聞こえてくる人気高校麻雀番組のアナウンサーの声が、どこか遠くに感じてしまう。

 

 

『私は今日、奈良県に来ております!そうです。本日の密着は晩成高校!団体戦は初戦敗退が続くここ数年ですが、今年は違います。昨年の個人戦4位、圧倒的エース小走やえを先鋒に置き、今年は1年生2人、2年生2人が団体戦のメンバーに名を連ね、奈良県大会を圧倒的大差で勝ち上がりました!……そんな晩成高校の原動力である、この3ヶ月でレギュラーを勝ち取った1年生2人に、今日はお話を聞いてみたいと思います!』

 

 

麻雀部のメンバーが練習を行っている対局室の中。

晩成の制服に身をつつんだ2人の少女が、画面に大きくアップされる。

 

 

 

『晩成高校麻雀部1年、新子憧です!』

 

『同じく晩成高校麻雀部1年、岡橋初瀬です』

 

『新子選手、岡橋選手、今日はよろしくお願いします!』

 

『『よろしくお願いします!』』

 

 

思わず、リモコンに伸びかけた手を止めた。

行き場をなくした右手を、そっと胸の近くまで持っていく。

 

去年のあの時よりも、空虚な気持ちがより一層強くなっていた。

 

 

 

『まず新子選手、晩成高校の紹介をお願いできますか?』

 

『はい!……私達晩成高校は、主将の小走やえ先輩を中心に、全員が一丸となって全国制覇を目指す学校です!』

 

『なるほど……やはり、主将の小走選手の存在というのは大きいですか?』

 

『もちろんです。やえ先輩がいなかったら、ここまでチームは一つになれていないと思います』

 

 

画面の中で、憧が嬉しそうにインタビューに答えている。

 

今年の奈良県予選大会。

晩成高校は圧倒的な力を見せつけて全国出場を果たした。

 

出場した団体戦メンバー全員がプラス収支。

憧もあの頃と比べものにならないほどに強くなっていた。

 

その県予選を見ていたからこそ、自分がもし出ていても団体戦で全国に出ることができなかったろうことは容易に想像がつく。

 

それがまた悔しさを掻き立てた。

 

 

 

 

『次に岡橋選手、晩成高校の強みを教えてくれますか?』

 

『はい。私達晩成は、攻めが売りです。どんな状況でも貪欲に和了りを求めに行く姿勢は、どこの高校にも負けていないと思います』

 

『なるほど!小走選手のような攻める麻雀を、全員が実践しているということですね?』

 

『そうですね。みんなスタイルは違いますけど、その気持ちだけは全員が同じだと思います』

 

 

岡橋、と呼ばれた茶髪の少女は少し緊張しているようで、表情から固さがとれていない。

しかしその真っすぐな目からは、確かな意志が感じられた。

 

 

その後も続くインタビュー。

15分ほどの番組のはずなのにも関わらず、とても長く感じる。

 

 

「……いいなぁアコ」

 

 

ポツリ、と呟かれた言葉は、誰にも届かない。

 

どこで道が入れ違ってしまったのだろう?

なにがいけなかったのだろう?

 

いくら考えたところで、答えは出ない。

 

 

気付けば番組も佳境に差し掛かっていて。

 

 

 

『ありがとうございます!最後に、お二方は何故晩成高校を選んだのか教えていただけますか?』

 

 

どうやら、憧の出番はこれで最後のようだ。

 

 

下に向いてしまっていた視線を、今一度テレビへと向ける。

 

そこにはあの頃と同じような表情で、しかし決定的にあの頃と何かが違う瞳で立つ、憧の姿があった。

 

 

 

『あたしも初瀬も、去年のやえ先輩の姿を見て晩成に進むことを決めました』

 

『この人の力になりたい、って思って晩成を選んで、その想いは入学した後さらに強くなりました』

 

 

 

 

だから、と憧と初瀬が笑顔で顔を見合わせる。

 

 

 

 

『『今年は私達がやえ先輩……晩成を全国制覇に導きます!』』

 

 

『ありがとうございました!……偉大な先輩への憧憬。2人のその感情は今、「力になりたい」という強い意志となりました。1年生の力も借りて、悲願の奈良県勢初の全国制覇へ!晩成高校が全国の頂へ挑みます!』

 

 

 

 

 

 

 

 

憧の出番が終わり、今はインターハイの日程などを確認する案内が流れている。

なにをするわけでもなくその画面を眺めていると、不意に携帯が鳴った。

 

ディスプレイには、「松実玄」の表示。

 

 

 

「もしもし、玄さん?……うん、見ましたよ。アコのやつ張り切ってましたね……ははー……」

 

 

テレビを消した部屋は、光源を失って暗闇に支配されている。

 

そんな中で今までずっとテレビを見ていた人物……穏乃の声だけが静かに響いていた。

 

 

「うん……はい、そう、ですね」

 

 

暗闇で、穏乃の顔は良く見えない。

 

 

 

しかし、一瞬だけ見えた一筋の光が、穏乃の頬を伝った。

 

それは抑えきれなかった、感情の発露。

 

 

 

 

 

「やっぱり……悔しいです」

 

 

 

 

 

 

 

 



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インターハイ個人戦編
第90局 新たな戦い


今話より、個人戦編開幕です!!



……安心してください。団体戦決勝ももちろんやります。


団体戦決勝は原作がある程度進んでから書きたいなあ、というのもあり、先に個人戦予選をやることにしました。
白糸台の能力とかなんか新しいのいっぱい出てきそうで怖くて……(汗

時系列的には、団体戦後のお話となります。
個人戦の形式につきましてかなり悩んだのですが、今回のお話で説明がされています。150人もいるならこれしかなかったんや……。

とにかく、ここから個人戦編!
ガンガン盛り上がっていきますので、よろしくお願いしますね!




 

 

全国高等学校麻雀選手権大会。

通称インターハイと呼ばれるこの大会には、団体戦ともう一つ、個人戦がある。

 

注目度こそ団体戦に劣るものの、注目選手が高校の頂点を争うこの個人戦は、年によっては団体戦に勝るとも劣らない視聴率を集める大会。

 

そして今年は、圧倒的に個人戦にも注目があつまる年だった。

 

 

 

『チャンピオン!個人戦の目標を教えてください!』

 

「もちろん、インターハイ連覇を目指して今年は練習してきたので、目標は優勝です!」

 

 

パシャパシャとシャッターを切る音が響く。

 

団体戦が終わり、明日からは個人戦。

その前日に、個人戦で注目が集まる選手たちが一同に集められ、インタビューが行われていた。

 

そしてそのなかにはもちろん、去年のインターハイチャンピオン、宮永照がいる。

 

 

 

『今年のライバルはいますか?!』

 

「そうですね。皆さん強いので、誰と当たっても油断はできないと思います」

 

要領良くハキハキと話す照の姿を見て、普段の姿をよく知る菫が、はあ、と一つため息をついた。

 

照は普段かなり脱力したテンションで話すのだが、メディア関係者の前だけは、明るく模範的な生徒を演じる。

そしてその姿が様になっているからこそ、メディアも彼女を流石『チャンピオン』だ、と騒ぎ立てる。

 

今しがたされた質問一つとってもそうだ。

もし個人名を挙げれば、挙げなかった有力候補を「眼中にない」と言っているように捉えられてしまうから、角の立たないような受け答えをする。

 

そんないつもに増して入念にメディアを意識する照に呆れる菫だったが。

 

 

「……でも、そうですね」

 

菫が、照の目が細くなったことに気付いた。

 

内に秘めたはずの闘志が静かに燃えている。

 

 

 

「姫松高校の倉橋さんには、負けられませんね」

 

 

 

『チャンピオン』が、初めて個人名を口にした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

個人戦初日。

 

時刻は朝5時。

 

姫松高校のメンバーは団体戦の疲れを癒す間もなく、前日の夜にしっかりと個人戦の準備をしていた。

だからこそ、この時間の起床というのはなかなか辛いものがある。

 

 

「おはよ~恭子……」

 

「おはよう……って多恵ちゃんと服着いや……夏やからってそんなみっともない恰好してたら体調崩すで?」

 

 

インターハイ期間中のホテルは、基本的に2人1組で部屋をとっている。

多恵の相方は恭子。

 

基本朝は強いタイプの多恵だが、昨日夜までメンバーでいたこともあって、いつもよりも早起きが辛い。

ねぼけまなこをこすりながら、恭子が開けてくれた窓から、外の朝日を眺める。

 

夏の日差しが早くも差し込んでいた。

 

 

「インターハイのスケジュールって鬼畜すぎない……?」

 

「去年も同じやったやろ。ほら、はよ着替えて準備すんで」

 

ため息をついた恭子に急かされながら、多恵も制服へ着替えを進めることにした。

 

 

 

 

 

 

 

ようやく着替え終わった多恵だったが、まだ眠気から解放されてはいない。

 

「ほら、行くで!」

 

「恭子おんぶ……」

 

「ウチは多恵のおかんやないねん!」

 

 

恭子がまた一つため息をついてから、多恵の腕を引っ張ってホテルの食堂へと足を運ぶ。

 

インターハイ出場校用にあてられたこのホテルは、麻雀卓も備え付けてある高級ホテル。

その廊下を、2人はドタドタと歩いていた。

 

 

 

「末原先輩、おはようございます~」

 

「絹ちゃんおはようさん……ってなんや、そっちも同じ状況かいな」

 

たどり着いた食堂の入り口で会った絹は、背中に姉を背負っていた。

 

背中に姉を背負っていた。

 

 

「……き~ぬ~……ウチをどこに売るつもりやあ~」

 

「お姉ちゃん朝やって……すみません、さっきっからこんなんで」

 

「いや、後で叩き起こすからええよ……」

 

恭子はこめかみに手を当てて、本日3度目のため息をつくのだった。

 

 

 

 

 

 

 

朝食をとったあと、姫松のメンバーはそのままミーティングに移る。

 

会議室のソファに座りながら、恭子が資料を全員に配った。

 

 

「ほな、皆団体戦の疲れとれてへんと思うけど、もっかい個人戦のスケジュール確認すんで」

 

「はいなのよ~!」

 

個人戦とは、各都道府県から県予選で選ばれた1~3人の選手が出れる、文字通り個人ナンバーワンを決めるための大会だ。

姫松高校のある南大阪からの代表は、全員が姫松からの出場。

 

 

「多恵先輩!頑張ってくださいね!」

 

「うん!頑張るよ!」

 

去年の個人戦3位、多恵は今年も県予選を難なく突破して全国出場。

 

 

「お姉ちゃん、気張りや!」

 

「せやなあ~……ま、やれるだけやるわ」

 

洋榎が南大阪2位通過。

1度あった県予選での多恵との直接対決ではトップをとったものの、トータルスコアで稼ぎ負けたこともあり、洋榎が2位通過となっている。

 

 

「恭子ちゃんも、頑張るのよ~!」

 

「……まあ、ウチはおまけみたいなもんやし、さらっとリーグ戦だけやってくるわ」

 

そして3人目は恭子。

県予選では由子とかなりデッドヒートを繰り広げたのだが、最終的に恭子が最後の一枠を勝ち取った。

 

 

「それにしても、個人戦のスケジュールはなかなかハードですねえ……」

 

「まあ、150人近くを一気にふるいにかけるわけだからねえ……多少は時間かかるよ」

 

団体戦と同じように大阪、東京、神奈川、北海道、愛知の5県は2つに分けられており、全部で52地域。

その全てから個人戦の代表が出てくるのであり、とてもではないが最初からトーナメントを組むことはできない。

 

では、どういった試合形式が取られるのかというと。

 

 

「そのためのリーグ戦や。A~Hグループまでの8グループに分けた後、1人5試合程度の対局。そのグループリーグの上位2名が決勝トーナメントに進める……。ま、ここらへんは去年と変わってないわな」

 

リーグ戦。

ちなみにローカルテレビであればこのリーグ戦の模様を放映しているところもあるが、地上波に放送されるのはグループリーグ最終戦から。

つまりは全国ベスト32にならない限り、地上波の放送に残ることは無い。

 

だいたい視聴者が楽しみにしている個人戦というものは、この全国ベスト32以降のものを指す。

 

朝食で食べた串カツの棒を爪楊枝がわりにしながら、洋榎が恭子へ質問を投げかける。

 

 

「逆に去年から変わったことなんてあるんか?」

 

「大きな変更点ではありませんが……今年は、決勝トーナメントは全てメイン会場で対局が行われます」

 

 

おお~、と全員から軽いどよめきが起こる。

 

去年は準決勝からしか入ることの許されなかったメイン会場。

しかし今年はベスト16の段階でメイン会場での対局となるらしい。

 

運営側の今年の個人戦への熱が伝わってくる。

 

 

「グループリーグだけで1日目が終了します。個人戦に出ないメンバーは、申し訳ないんやけどそれぞれのサポートについてください」

 

「「「はい!」」」

 

「多恵はグループB、主将がグループD、そしてウチがグループG……同じグループの主な主力選手と、メンバーの一覧は昨日配った通りです。あとは健闘を祈ります」

 

「「は~い」」

 

個人戦は団体戦と違い、仲間がいるわけではない。

しかし、去年も洋榎と多恵は一緒に個人戦に出場し、途中途中お互いの状況を報告したりしながら個人戦の期間を過ごしていた。

 

去年そんな様子を見ているだけの恭子だったが、今年は自分も出場。

 

明日の決勝トーナメントを迎えられるのは、わずか16人。

 

 

(ウチは、多恵と洋榎と一緒に、明日を迎えられるんやろか……)

 

恭子は自分が当たることになる相手の資料を眺めながら、少しの不安を感じていた。

団体戦で多少は自信がついたとはいえ、今日からは個人戦。

頼もしかった仲間は敵になり、仲間は1人もいない。

 

考えれば考えるほど、自分の背中をつたう汗が気になって仕方ない。

 

 

「多恵~昼飯どないする?最近ずっと弁当やら宅配ピザやらで飽きてきたわあ」

 

「そうだなあ……近くにおいしいラーメン屋があるって聞いた気がするから、調べてみようか……あ、恭子も行くよね?」

 

「あ、え、せ、せやな?」

 

急に話題をふられて、恭子が素っ頓狂な声をあげる。

 

 

恭子の中で、今声をかけられたこの2人が決勝トーナメントに進むのはもはや決定事項。

あとは自分がどうか。

 

もし仮に自分だけ進めなかったら……そう思うと気が滅入る。

 

 

そんな気持ちを知ってか、恭子の両肩に、多恵の両手が後ろからポン、と置かれる。

 

 

「なに恭子、また緊張してるの?せっかくこんなかわいい制服着てるんだから自信もって?」

 

「せ、制服は関係ないやろ!」

 

多恵の手を振り払うように後ろへと振り向いた恭子。

 

恭子の今の制服は、団体戦準決勝以降と同じ、いつものスパッツではなく、スカートを着用している。

 

多恵と洋榎が、恭子に柔らかく微笑んだ。

 

 

「気楽にいこーや恭子。……ウチら姫松3人で、個人戦ワンツースリーもらおうで?」

 

「恭子なら大丈夫!団体戦もカッコよかったんだから!」

 

いつもと変わらない2人。

変わらない明るさ。

 

いつも恭子はそんな2人に元気をもらう。

 

少しだけ、気持ちが落ち着いた。

 

 

(……ま、やれるだけやってみよか)

 

恭子が前を向く。

 

 

インターハイ個人戦が、始まろうとしていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『きいいまったああああ!!!!!これにて全グループの4位までが決定!!だい注目の個人戦グループ最終戦はああああああ!!!!お昼休憩の!!!後!!!!』

 

 

バアン!と強く叩いた机の衝撃で、目の前のマイクが倒れる。

しかしこのアナウンサーはそんなことをいちいち気にするようなタイプではなかった。

 

一瞬の、静寂。

 

 

 

『……は~い、ありがとうございました~午後もお願いします~』

 

 

番組ディレクターから声がかかり、午前中の放送は終了となった。

ひとまず放送がひと段落したことに、隣に座る解説の小鍛治健夜は胸をなでおろす。

 

 

「こーこちゃん、お疲れ様」

 

「お疲れ様!いやあ……!すごかったね!」

 

先ほど勢いよく立ち上がった、実況を務める福与恒子は午前中の仕事が終わったこともあり、ひとまず椅子へと腰を下ろした。

 

 

「うん……やっぱり個人戦は団体戦と違った熱があるよね……」

 

「すこやんも20年前は個人戦出たんでしょ?」

 

「そのネタ、カメラ回ってなくてもやるんだ……」

 

げんなりとした顔で、健夜は恒子を眺めた。

健夜がインターハイに出場したのは今から10年前。

 

麻雀を覚えたのは高校生からだったが、圧倒的な才能をもってインターハイに出場し、いまや麻雀好きで小鍛治健夜を知らない者などいないといって良いほどの知名度を誇るようになった。

 

その健夜が、天井を見上げてポツりと呟く。

 

 

「今年の子たちは……後悔のないように打ってほしいな……」

 

「うんうん、アラフォーのおばさんからありがたい老婆心だね」

 

「だからまだ私27なんだけどお?!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

全てのグループリーグが、最終戦を残して全ての対局を終えた。

 

この時点で、まだ残っている出場選手は全国ベスト32。

そしてここから、決勝トーナメントに進むための最後の試練を迎える。

 

 

インターハイ個人戦は、ブロック最終戦を迎えた。

 

予選Bグループ最終戦。この対局で2位までに入れば、決勝トーナメント進出だ。

 

 

 

多恵は既にその卓に腰を下ろし、他の対局者を待っている。

目を閉じ、集中を高めていたが、誰かが来た足音に、静かに目を開けた。

 

 

 

 

 

多恵は知っている。

 

今日この最終戦で戦うことになっている相手を。

現在自分に続いて、グループ内スコア2位をキープし続けている相手を。

 

そして、対局前に必ず挨拶しにくるであろうことも。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「来たね」

 

 

 

 

多恵がその姿を見やる。

 

表情は真剣そのもので、真っすぐな蒼い瞳が多恵を射抜いている。

 

 

 

 

「私は、あなたの麻雀が大好きです」

 

 

片手に抱えたペンギンのぬいぐるみは、力強く握られていて。

 

 

 

「大好きで、誰よりも正しいと思うからこそ」

 

 

綺麗に整えられた桃色の髪が、風にたなびく。

 

 

 

 

「超えてみたい」

 

 

『のどっち』ではない。

ましてやインターミドルチャンピオンでもない。

 

 

清澄高校1年の原村和が、確かにそこに立っていた。

 

 

 

 

 

 

 

多恵が、和の言葉を受けて、また少し目を閉じる。

 

 

 

「……いいね」

 

 

これはネット麻雀ではない。間違いなくリアルの対局。

 

あの時交わった矛が、時を経て、場所を変えて。またここでぶつかろうとしている。

 

気持ちの高揚が、抑えられない。

 

 

 

さあ。

 

 

 

 

 

 

「早く、やろう」

 

 

 

 

 

 

 

 

個人戦予選グループB最終戦、開始。

 

 

 



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第91局 望んだ展開

 

 

いつからだろう。

麻雀の動画を……クラリンの動画を見るようになったのは。

 

 

「あ……そろそろクラリン先生動画の配信の時間ですね」

 

慣れた手つきで、今まさに行っていたネット麻雀のウィンドウを閉じる。

それとほぼ同時に開いたのは、大手動画配信サイト。

 

和の瞳が、暗いパソコンのディスプレイに映っている。

 

 

「今日の動画は初心者編ですか……ふむ。初心に返って勉強することにしましょうか」

 

今日アップされたクラリン動画のサムネイルには、可愛らしいフォントで「初心者編」の文字。

前までは見る気すら起きなかったにも関わらず、今では過去の動画まで含めて全て視聴済みだ。

 

再生ボタンを押す。

 

 

 

『はい、どうも皆さんこんにちは。先日ドラ3配牌で勢いよく東をポンしたら南場だった、クラリンです。今日はですね……』

 

 

「いつもいつも面白いですね……」

 

 

口元を抑えて、小さく笑う。

 

今まではひたすらにネット麻雀にふける毎日だったのが、確実に変化している。

ネット麻雀では鍛えられない部分があることを知った。

 

クラリンが教えてくれたものは、麻雀の可能性。

確率を飛び越えた和了りが頻発するプロ麻雀界に嫌気がさしていた和が見出した希望の光。

 

 

クラリンのおかげで、和は麻雀という競技を、また好きになれたのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そして、迎えたインターハイ。

 

 

そのクラリンが2つ上の先輩であることを知った。

 

 

 

信じられないと思った。

 

すごいと思った。

 

憧れた。

 

 

 

それと同時に。

 

 

 

 

 

()()()()()()と思った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

和が、多恵の下家に座る。

 

上気した息を整えるように、一つ息を吐いた。

 

夢にまで見た多恵との、クラリンとの対局。

自分の腕がどこまで通用するのか、早く対局してみたい。

 

 

和が自分の手を握りしめたそのタイミング。

 

3人目の対局者が対局室に現れた。

 

 

「私もついてないなあ……なんで姫松の倉橋さんとインターミドルチャンピオン様と同じ卓なのかねえ……」

 

「……よろしくね?臼沢さん」

 

「ありゃ、名前覚えてくれてるのか~」

 

臼沢塞。

宮守女子の3年生。岩手の県予選を突破した彼女は、この予選Bグループを4位で最終戦にすべりこんだ。

 

 

「メンバー見た時からこりゃダメだって思ってたんだけど……やるからには全力でやらせてもらうよ~?」

 

「臼沢さん上手いから。そんなダメなんてことないでしょ」

 

「倉橋さんから褒められた?!ヤバイ、嬉しい。シロに自慢しよっと」

 

あくまで平静を装いながら、塞が多恵の対面に座る。

塞は口ではこう言ってはいるが、内心は緊張しっぱなしであった。

 

初めての個人戦。

存外の幸運もあって、グループ最終戦に残ることができた。

相手は強者揃いだが、それでも勝ちたいという想いはもちろんある。

 

震える手を無理やりポケットに突っ込んだ。

ポケットから、モノクルを取り出す。

 

 

(さあ……最強の騎士討伐といこうじゃないの……)

 

最初から負ける気なんてつまらない。

 

塞は勝つ気だ。

 

 

これで、あと一人。

 

 

 

 

 

 

 

「あら、最後でしたか……よろしくお願いしますね」

 

 

亜麻色の髪が、わずかに揺れるほどのセミロング。

 

 

右目を閉じた大人びた少女が、そこに立っていた。

 

 

「福路さん……1年ぶりかな?……今日はよろしくね」

 

「ええ。倉橋さん、お手柔らかにおねがいしますね」

 

福路美穂子。

彼女は長野の名門校、風越女子の部長を務める3年生だ。

多恵とは去年の個人戦で対戦経験もあり、多恵もその実力を認めている。

 

多恵が椅子に腰を下ろした美穂子へと声をかけた。

 

 

「来年は団体戦で会いましょう……って言ってたけど、相手が強かったね」

 

「ええ……ここにいる原村さんも含め……とても強いチームでした」

 

「そんな……ありがとうございます」

 

そんなことはない……と言いかけて、自分の仲間が弱いと言うのも変だと思い、素直な感謝を口にする和。

和は長野勢の合宿等で美穂子の打ち方を知っているが、やはり和も美穂子を一目置いている。

そもそも長野県個人予選でのトップ通過は美穂子なのだ。

 

到底油断できるような相手ではない。

 

 

(先生との対局を楽しみたいところですが……他2人も全くあなどれませんね……)

 

全員が卓に着く。

 

対局室に大きめなブザーが鳴り響き、Bグループ最終戦が始まった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『さあ!いよいよ大注目のBグループの対局です!!やっぱり注目は、姫松高校の倉橋選手と、インターミドルチャンピオンの原村和選手ですかね?!』

 

『確かにその2人が有名かもしれませんが、その原村選手を抑えて長野予選トップで勝ち上がっている福路選手は長野の名門校の主将ですし、臼沢選手は団体戦でもとても良い立ち回りをしていました。……誰が勝ち上がっても、おかしくないと思いますよ』

 

『さっすが!!高校から麻雀をはじめてインターハイを制した人は言うことが違いますね?!』

 

『それめちゃくちゃ印象悪いからやめて?!』

 

 

 

 

 

 

 

 

東1局の配牌が配られている。

 

席順は、塞、美穂子、多恵、和の順番だ。

 

 

個人戦のルールは団体戦と違い、半荘1回勝負。

より短い期間で結果を出すことを求められる。

 

 

インターハイ会場で、そんなBグループの対局を見つめる1つの集団があった。

 

 

「キャプテン……めちゃくちゃ相手強いけど大丈夫かなあ……」

 

「のどちゃん頑張れえ~!!タコスの仇~~~!」

 

心配そうに美穂子の表情を伺うのは、風越女子2年の池田華菜。

美穂子を慕う彼女は、個人戦が始まってから美穂子につきっきりだった。

 

そして言わずもがな、その隣で和を応援するのは、清澄高校1年、片岡優希。

清澄の面々も、和の応援に来ていた。

 

対局前に、「優希の仇、とってきますね」と和が言ったこともあり、特に優希は応援に熱が入っている。

 

 

「それにしても不憫ねえ……まさか同じグループに長野県勢が2人も入っちゃうなんて……」

 

「去年のベスト4以外は完全にランダムじゃからのう……仕方ないわ」

 

美穂子と和は同じ長野県代表。

しかし同じ県の代表は同じグループにならないというきまりはなく、今回のように同じグループになってしまうこともしばしばあった。

 

 

「しかも相手はあのクラリンこと倉橋多恵……さて。どうなるかしらね」

 

「え、え?!姫松の倉橋ってあのクラリンなんだし?!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

東1局 親 塞

 

 

塞が配牌を受け取って、1打目を切り出す。

 

塞の得意とする戦法は相手の手を、力を塞ぐこと。

対象は1人にしか指定できないので、誰をマークするかを考える必要があるのだが。

 

塞の視線が、対局者3人の表情を捉える。

 

中でも存在感を放つのは、やはり対面に座る多恵。

 

 

 

(まあ……倉橋さん……になるよねえ……)

 

団体戦で対局した白望から、多少の情報はもらっている。

そして塞自身も白望との対局を見て重々承知していた。

 

間違いなく。必ずマークしなければいけない相手。

 

しかし、塞ぐにあたって一つの不安が塞にはあった。

 

 

(さて……こんなめちゃくちゃ強い人を塞いで、私の体力はどこまで持つのかな……?)

 

塞ぐ代償。

 

団体2回戦でも、塞は新道寺女子のエース、白水哩を塞ぎにいって、とてつもない体力を持っていかれた経験がある。

哩の場合は姫子との絆の力というのもあるが、おそらく目の前の少女は、単体でその力を凌ぐ可能性すらある。

 

安易に何回も塞ぎにいって、途中でガス欠では話にならない。

 

ひとまず塞が、手牌を見やった。

 

 

 

塞 配牌 ドラ {7}

{③④赤⑤⑧⑧⑨2467三五九}

 

 

 

自然とタンピン系の手が見え、そして赤とドラが1枚ずつ。

決して悪くない。

むしろ親でこの配牌は上出来といったところだろう。

 

そしてこれは個人戦。半荘1回勝負なのだ。親は、2回しか巡ってこない。

 

 

(大事な親番……塞ぐタイミングは考えようと思ってたけど、むしろここしかない。よし……!1番危険な倉橋さんを塞ぐ……!)

 

決断は早かった。

こういった誰かが必ず和了るとわかっているようなケースで無い以上、現状1番警戒しなければいけない相手を塞ぐのは道理。

白望の対局を見ていることもあって、塞の多恵に対する警戒心は最高レベルにまで引き上げられていた。

 

塞のモノクルが光る。

 

今まさに山へとツモりにいっていた多恵の手が、ピクリと止まった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(え……?)

 

 

何かがおかしい。

 

確かに今、塞は多恵の力を塞いだ。

塞ぐという行為が成功した確信はある。

何度も使ってきた能力なだけに、手ごたえに間違いはない。

 

しかし、いつも誰かの力を封じる時に感じるような()()を全く感じなかった。

相手が強ければ強いほど、体力を削られるはずの能力なのに、全く体力を削られることなく、簡単に多恵の力を封じることができた。

 

まるで最初から塞がれるのを望んでいたのかのように。

 

 

 

塞の頭が、一つの仮説に辿り着いた。

 

 

(まさか……?!)

 

 

 

塞の全身を、一瞬で悪寒が駆け巡る。

 

それも無理はない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

対面に座る少女はにこやかに()()()いたのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……ありがとう」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

塞が、美穂子が、和が、驚いたように多恵を見つめた。

 

中でも塞が一番、背中に冷たい汗が流れるのを感じている。

 

 

 

まさか、この少女は。

 

 

 

 

 

「このメンバーとやるなら……()()が良いなって思ってた」

 

 

 

 

 

自ら()()()にいったというのか?

 

 

 

 

 

 

 

 

「よーし……じゃあ……麻雀、やろっか」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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第92局 理牌のクセ

気付けば感想1000件超え……!ありがとうございます!
通算UAも50万を超えていて、とてもうれしいです!

皆さまからの感想がなかったら確実にここまで続いていないですし、スレ回なんかは感想からアイデアを頂いていたりと、感想の力を日々感じております。

これからも沢山の感想お待ちしていますね!




 

 

 

予選Bグループ最終戦。

その様子を眺めるのは、清澄や風越のメンバーだけではない。

 

個人戦とはいえ、控室は出場校に用意されており、今対局を行っていないメンバーは控室のモニターでBグループの様子を眺めていた。

 

 

「多恵、楽しそうやんけ」

 

「まあ、メンバー見て喜んでたくらいやからな……ホンマに多恵は麻雀バカや……」

 

頭を抱えながらそう話すのは、DグループとGグループで最終戦まで残った洋榎と恭子だ。

2人の出番はまだ少し先で、今は控室で多恵の対局を見守っていた。

 

 

「長野代表の方も、強い人なんですか?」

 

「福路美穂子……去年も個人戦出とったし、なんやったら1年の時から団体戦のメンバー入っとった気がするわ。得意なんは、理牌から相手の手牌構成を読んでの決め打ち……精度が高いから、打ち方的には主将と似てるところあるかもしれんな」

 

モニターを眺めていた漫からの質問に、恭子が手元の資料をぱらぱらとめくりながら答える。

美穂子の読みは、洋榎や多恵が行っているものとは異なる。

 

彼女は人の理牌のクセを瞬時に見抜き、手出しの位置からあらかたの手牌構成を見抜くことができる。

 

洋榎が恭子の解説を聞いてから、ニヤリと笑みを浮かべた。

 

 

「へえ……まあ、そんなもんやったら……多恵の敵やあらへんやろ」

 

「油断はできませんが……ウチも主将とあらかた同じ意見です」

 

 

姫松のメンバーは、多恵の勝利を信じて疑わない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

東1局 親 塞

 

 

 

「聴牌」

 

「ノーテンです」

 

「聴牌」

 

「ノーテン」

 

親の塞から順に、手牌が開かれる。

早々にリーチへとたどり着いた塞だったが、徹底的にオリに回った2人と、回りながら最終的に聴牌にこぎつけた多恵に聴牌をとられて流局となる。

 

美穂子が多恵によって開かれた手牌を見つめていた。

 

 

多恵 手牌

{②③④888二二四四} {横⑨⑦⑧}

 

 

(相変わらず危ない牌は残して形聴までよくとりますね……けれど、理牌のクセは、変わっていないようです)

 

 

基本的にテレビ放映されている対局では理牌が推奨されている。

プロの中では理牌をせずにぐちゃぐちゃのまま麻雀を行う人間もいるのだが、それでは視聴者に優しくない。

 

多恵は前世からのプロ生活も相まって、基本的に丁寧な理牌をする打ち手だった。

 

そしてその理牌の順番、切り方のクセを、美穂子は何十回と研究してきている。

 

 

(ここからは、全力で行かせてもらおうかしら)

 

美穂子が、閉じていた右目を開く。

その開かれた瞳の色を見て、塞が少しだけ驚いたような表情。

 

 

(風越の人……右目を開いた……なんか不気味……)

 

普段の彼女の薄い金色の瞳の色とは全く違う蒼い瞳。

そこから感じられるプレッシャーを感じつつも、塞は積み棒を置いてサイコロを回すのだった。

 

 

 

 

東1局 1本場 親 塞

 

 

「ポン」

 

多恵の声が響く。

2巡目に出てきた{白}をポンした。

 

下家の和が警戒をあらわにする。

 

 

(先生の1鳴きの基準は高い。……ですが、ここは半荘一回勝負の個人戦。少し速度に比重を置いていると考えるべきかもしれませんね)

 

多恵は面前も鳴きも使用する、いわゆるオーソドックスな打ち手だ。

鳴きに偏ることもないし、極端に鳴きを嫌うわけでもない。

 

状況に合わせて様々なスタイルを選べるのが、多恵の強みといえた。

 

その多恵が、役牌1枚目を鳴いてきた。

 

役牌1枚目を鳴くという行為は、様々な可能性を内包している。

役牌あったら1枚目から鳴くっしょ、という晩成の1年生は別だが、多恵ほどの打ち手になると、手牌の可能性は3つほどに絞られる。

 

 

(安牌用の字牌があるか……ドラがたくさんあるか……速度が相当早いか……かな)

 

親の塞も、モノクルをかけなおしながら多恵の仕掛けを見つめていた。

 

 

 

『おお~っと!ここで西家に座る倉橋選手が白をポン!一気に緊張感が卓を支配している~!!』

 

『あまり1鳴きをしない倉橋選手の1鳴きですから、他選手の警戒度はかなり高いでしょうね。手牌の評価はかなり高くなってそうです』

 

 

解説の健夜も、多恵以外の3人の心情を的確に読み取っていた。

 

とはいえ1鳴きしたから安牌切らなきゃ、などと言っていれば、麻雀にならない。

 

美穂子が牌をツモりに行く。

 

 

6巡目 美穂子 手牌 ドラ{三}

{⑥⑦⑦23367三四赤五六八} ツモ{七}

 

 

絶好のツモ。

これで完全一向聴へととることができる。

打牌候補は{2}か{⑥}。三色の可能性を残すとすれば、ここは一択だろう。

 

美穂子が切り出したのは、{2}だった。

 

 

「チー」

 

その牌を、多恵が鳴く。

 

 

多恵 手牌

{裏裏裏裏裏裏裏裏裏裏} {白横白白}

 

この状態から、多恵から見て右端の牌1枚を残して、その隣にあった2枚を掴むと、{13}の形で右端へと晒す。

そうして1枚だけポツンと残った右端の牌を、河へと切り出す。

 

その牌は{5}だった。

 

多恵 河

{北九①⑨発三}

{七5}

 

 

美穂子が、右目を開けて多恵の手牌をもう一度見つめる。

 

({135}の形から{2}をチー……おそらく聴牌が入りましたね。右端が{135}であったなら手牌構成は……)

 

 

多恵 手牌

{裏裏裏裏裏←筒子 裏裏←萬子}

 

美穂子の目は、相手の手牌の種類を見抜く。

多恵の萬子と筒子の切り出しをしっかりと見ていたからこそ、高い精度で多恵の手牌を読むことができる。

 

塞が、多恵の2鳴きに警戒しつつも、ツモへと手を伸ばした。

 

 

(私が塞ぐことができるのは、なにも能力だけじゃない。おそらく手牌にも影響が行っているはずなのに、鳴きを駆使して和了りを引き寄せようとしてるのか……でも、ツモは別)

 

塞の塞ぐ力は、能力に制限をかける意味合いの他に、相手の手牌進行速度を遅延させる力もある。

おそらく多恵はそれを考慮して役牌を1枚目から仕掛け、更に鳴きを入れているのだろう。

 

しかし、ツモることができなければ、和了るためには「ロン」しかない。

塞ぐ能力がちゃんと働いているこの状況では、よほどの待ちで無い限りツモは難しい。

 

そこまでたどり着いて塞は、一つの仮説にたどりついた。

 

 

(待てよ……なにか、何かある)

 

切り出そうとしていた牌を手牌に収め、少し手狭になるが現物の牌を河へと切り出す。

もし多恵が自力でツモることが難しいと感じているならば、狙いは「ロン」和了。

 

だとすれば、なにか罠を張っている可能性が高い。

 

この塞の判断は、実は正しかった。

 

 

 

美穂子 手牌

{⑥⑦⑦3367三四赤五六七八} ツモ{7}

 

 

両面の比較。

{⑧}が河に2枚見えている分、筒子のフォローは外したくない。

 

 

(倉橋さんに、この牌は通る)

 

美穂子はなんの疑いも無く、この{7}をツモ切りとした。

美穂子の目から、もう多恵の手牌に索子は残っていない。先ほど晒したカンチャンターツが最後だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ロン」

 

 

 

 

 

 

 

巧者ほど、巧者の罠に嵌りやすい。

 

美穂子の体が、驚きでビクりと震える。

 

 

 

 

 

多恵 手牌

{5678889} {横213} {白横白白}

 

 

 

 

「3900は4200」

 

 

 

 

 

(全部索子……?!そんな……!)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『きいまったああ!!Bグループ最初の和了りは姫松高校倉橋多恵!高目満貫の聴牌でしたが、ここは3900の和了りだあ!!』

 

『福路選手、かなり驚いてますね。もし予想しない何かがあったのなら、早めに修正しないと取り返しのつかないことになりそうです』

 

『え、そんな驚いてました?今』

 

 

多恵の和了りに、会場が沸く。

 

そんな中で、頭を抱える少女が一人。

 

 

「うわああキャプテンいきなり放銃だし……!キャプテン放銃率めちゃ低いのに……!」

 

「倉橋多恵……完全に理牌をずらすことで、美穂子の読みを外させた……鳴き方も上手かったわね……」

 

泣きそうな表情で必死に応援する華菜の隣で、冷静に久が今の局を振り返っていた。

 

序盤から全員の安牌を持ちながらの進行、更には筒子や萬子の孤立牌を的確に真ん中付近から切ることで他のターツを予感させ。

鳴き方を、右端からあたかも索子は{135}のターツしか残っていないかのように切り出した。

 

 

「ありゃあちょっと手つけられんバケモンじゃからのう……」

 

「普通に打っても強いのになんていうか……リアル打ちに精通しすぎてるわね……」

 

言うまでもなく美穂子は強い。

ここにいる長野県勢はそんなことは百も承知だ。

 

しかし上手いからこそ、この姫松の少女に翻弄される。

 

 

「鶴賀の妹尾ちゃんでもぶつけてみたら案外勝てるかも?」

 

「……クラリンの動画に『初心者の打ち取り方』って動画があったわい」

 

「万事休すね……」

 

無慈悲なまこからの進言に、久は力なく首を横に振るのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

中央に牌を流し込みながら、美穂子が一つ息を吐く。

完全に読みを外された。

 

下家の多恵を見やる。

 

 

(自分の理牌のクセを理解しているから、あえてそれを利用して罠を張った……まったく、敵いませんね……)

 

こうなってしまえば、美穂子は多恵に対して安易に手牌読みを行うことができない。

他2人はまだしも、多恵については完全に白紙に戻ったようなものだ。

 

しかし、絶望することはない。

 

 

(理牌の読みができなくてもできる読みはあります。むしろ早い段階で知れてよかった。ここからは……地力勝負です)

 

この読みに頼りきってきた打ち手なら、ここで勝負が決まっていただろう。

しかし美穂子はそうではない。

 

 

(応援してくれる風越の皆のためにも……そう簡単には負けません……!)

 

美穂子が上がってくる手牌を理牌する。

 

その表情は真剣そのもの。

 

 

 

 

(……いい感じに火つけちゃったかな?)

 

また配牌4向聴の手牌を苦笑いで受け取りながら、多恵はそんな美穂子の様子を眺めていた。

 

 



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第93局 「上手い」と「強い」

今回のお話は、少し詳しい麻雀のお話を含みます。
もし麻雀そこまでやっていない方がいらっしゃいましたら、「ふーん」くらいで読み飛ばしちゃってくださいな!




Bグループ最終戦は、静かながらも激しい攻防が続いていた。

 

 

「ロン。2000点です」

 

「うっ……はい」

 

早い展開。

 

塞自身こうなるかも、とは思っていたものの、想像以上の速度で和了りを取りにくる3人に対してどうしても先手が取れない。

 

 

(原村の捨て牌……最初から喰いタンを狙ってたとしか思えない組み方……)

 

和の捨て牌には先に一九牌が並び、その後役牌、そして中張牌。

相手に役牌を重ねられるリスクよりも、自分が重ねたかった意志の表れ。

 

 

(個人戦は半荘一回勝負……このまま速度で先を行かれ続けたら焼き鳥だぞ私……!)

 

麻雀において半荘1回で一度も和了れずにゲームが終了してしまうことを「焼き鳥」と呼ぶ。

ルールによっては「焼き鳥」でゲームを終了するとペナルティがつく。

そのルールでは焼き鳥ペナルティを嫌ってオーラスに着順の変わらない和了りを目指す……といった場面もしばしば見受けられる。

 

このインターハイにはもちろんそんなルールは無いが、気持ちの問題として「一度も和了れませんでした」では悲しすぎるだろう。

 

黙々と次の配牌を受け取る他3人を見ながら、塞はもう一度息を吐いたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

東3局 親 多恵

 

多恵 配牌 ドラ{⑥}

{①③⑦1266二五七八東南白}

 

 

 

(う~ん、苦しいねえ……いいね。楽しい)

 

配牌を受け取って一つ間を置く多恵。

塞の力は十全に発揮されており、配牌も苦しければツモも苦しい。

先ほどの東2局は配牌オリを選択せざるをえないほどに苦しかった。

 

しかしこの局は親。

ただでさえ短期決戦のこの個人戦で親で配牌オリというわけにはいかない。

 

 

(ま、13巡目までいけば全部入れ替わるんだし、気楽にいきますか)

 

{南}を河へと送り出す。

どんなときもやることは変わらない。

 

一手一手最善を尽くすのみ。

 

 

 

 

 

 

 

11巡目。

 

 

塞 手牌

{④④赤⑤⑥789一二二六七八} ツモ{③} 

 

 

(よし……良い聴牌。先手……!)

 

塞が周りを見やる。

親の多恵は自分の足止めも効いていてとても聴牌しているような捨て牌ではないし、役牌を鳴いている和はまだ手出しが数回しかなく、こちらも聴牌しているようにはみえない。なにせ上家に座る多恵の手からほとんど一九字牌しか切られないので、鳴くこともできないようだ。

 

美穂子の捨て牌もそこまで濃い河をしているわけではないので、どうやら自分が先手をとれたらしい。

 

 

(平和ドラドラ。臆する理由はないね!)

 

塞が勢いよく牌を曲げた。

 

 

「リーチ!」

 

 

『先制リーチは宮守女子、臼沢塞!満貫確定のリーチだあ!』

 

『とても良い手組みでしたね。無駄がなく、そして安全度もしっかりと比較できている……とても丁寧だったと思います』

 

 

リーチを受けて、美穂子がツモ山に手を伸ばす。

 

持ってきた牌を手牌の横に一旦置いたものの、すぐに河へと持っていく。

 

 

 

その牌は、あまりにも自然に横を向いた。

 

 

 

「追っかけますね?」

 

「マジですかあ……」

 

完全に先に聴牌したと思い込んでいた塞は、思わぬ伏兵に額に冷や汗が流れるのを感じる。

 

 

多恵が苦笑いを浮かべながら牌をツモり、そして全員の安牌用に持っていた和が鳴いている{白}を捨て牌へ並べた。

 

 

(せっかくの親だけど……3向聴じゃあね……)

 

多恵が安牌を切ったのを見届けて、和が即座に牌をツモりにいった。

 

 

和 手牌

{⑥⑦⑧⑨3499三三} ツモ{五}

 

 

共通の安牌は無い。

聴牌ではない和は、もちろん真っすぐに行くわけにはいかないのだが、ここで何を切るかの選択を迫られる。

 

和は一通り美穂子の河を見渡した後、今度は塞の河を眺める。

 

 

塞 河

{中東①①24}

{⑨19発横一}

 

 

目を細め、しっかりと情報を集める。

平たい盤面の情報のみを信用し、即座にツモって切る動作を繰り返す機械だった和の姿はそこにはない。

 

和は確かに今、”麻雀”を打っている。

 

 

(ダマの理由は、何でしょうか)

 

見つめる先は相変わらず微笑みを湛えている美穂子だ。

 

ダマという選択は何かしらの意図がある。

 

打点があってリーチの必要がないか、待ちが悪くて変化を待っていたか、河の情報が変化して待ちが強くなったか。

 

 

(全ての可能性を考慮した上で……これですね)

 

和が選んだのは{9}。

これは先制リーチの塞の現物だ。

 

1人の現物で、端っこだから。

その程度の理由でこの牌を切るほど、和は甘い打ち方はしない。

 

 

(この{9}は、良形にしか当たりません。良形の待ちで、現状ラス目の福路さんがリーチしなかったとするなら、打点があるということ。そしてもしそうであるならば)

 

美穂子は現状ラスだ。

一刻も早く点数が欲しいこの状況で、みすみす和了りを逃すようなことはしたくない。

であるならこの{9}が待ちで、さらに良形役アリであると仮定した場合、「リーチをする理由がない」。

 

ダマで待っていれば和や多恵からリーチ者の現物として零れてくるかもしれないのだ。

ちなみに良形役なしなら問答無用でリーチだ。{9}の待ちが極端に悪い河ではない。

 

全ての可能性をはじき出した上で、和が{9}を河へと送り出す。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ロン」

 

 

しかし、通らない。

 

 

美穂子 手牌 裏ドラ{中}

{⑥⑦⑧23344赤578四四} ロン{9}

 

 

 

「裏は……ナシで8000点です」

 

「……はい」

 

 

当たったことに驚きを隠せないまま、和が点棒を美穂子へと差し出す。

 

確かに和の理論は間違っていなかった。

普通であれば、限りなく当たりにくい牌。

 

しかしこの福路美穂子だけは普通ではない。

 

 

(福路さん……原村さんが{9}固めて持ってるの分かってたな……?)

 

ニヤリと人の悪い笑みを美穂子にぶつける多恵。

その視線に気づいた美穂子は、やはり微笑みを返すだけだった。

 

 

 

 

 

『一発で放銃になってしまったああ!!風越女子福路美穂子選手!満貫の出和了りですぐに点数を戻しました!原村選手は先制リーチの臼沢選手の方を警戒しての{9}だったんですか?!』

 

『今の一連のやりとりは、かなりレベルが高かったですね……すべてをお伝えできる自信がありませんが……』

 

解説の健夜が自信なさげに手元のモニターで先ほどの河とそれぞれの手牌を見つめる。

 

 

『まず、福路選手は前巡で聴牌を入れていましたが……これをリーチしませんでした』

 

『そうでしたね!少し意外な選択でした』

 

『微差とはいえラス目で、一刻も早く点数が欲しいこの場面……{6}の方なら出和了り満貫とはいえ、ここは多くの打ち手がリーチを選択するところです。しかし、ダマを選択した』

 

次の配牌が配られようかというタイミングだが、健夜の解説は続く。

 

 

『風越女子の福路選手は、相手の手牌を読むことがかなり得意な選手です。……もしかすると、{9}が鳴いている原村選手のもとに固まっているのを見破っていたのかもしれません』

 

『そーんなことがわかるんですかあ?!ほへー……』

 

『そのうえで、リーチの一発目に臼沢選手へ強い牌を切ると、他の2人が警戒してしまう。ここにいる他2人の選手……倉橋選手と原村選手がそこに飛び込んできてくれるほど甘い打ち手ではないのは彼女もわかっていたのでしょう。……だから、逆手に取った』

 

美穂子のとった選択。

美穂子は相手の手牌読みの精度はすさまじく、塞の一向聴と和の{9}対子を瞬時に見抜いていた。

 

だからこそ、ダマ。

そして塞のリーチにダマプッシュしてしまえば、今度は和の{9}が出なくなってしまう。

だからこそ、追っかけリーチ。

 

現物待ちを目くらましに使ったのだ。

 

 

 

 

 

和が点箱をパタンと閉じて、目を閉じる。

 

 

(流石福路さん。侮れませんね……ですが、引きずりませんよ)

 

この程度のことで動じない。

美穂子が一段上の打ち手であることは県予選ですでに知っている。

 

この程度のことで動揺しているようでは麻雀は打てないのだ。

 

 

 

東4局 親 和 6巡目

 

 

 

「ポン」

 

動いたのは多恵だった。

 

美穂子から出た{発}を流れるような動作でポン。

{8}を切り出した。

 

和の上家に座る多恵は、通常なら鳴きにくい場面。

親の和へのツモを増やしてしまうことになるからだ。

 

しかし多恵はそうもいっていられない状況。

 

 

多恵 手牌 ドラ{3}

{①②④⑦⑧9東東南白} {横発発発}

 

 

(鳴かないと手にならない上にツモがいつまでもキツいまま……あんなこと言った手前文句言えないけど……臼沢さんちょっと縛りキツすぎませんかねえ……)

 

多恵も思わず苦笑いだ。

確かに力を封じてくれることで昔の麻雀ができるならそれも面白いと思ったことは確かだが、どうもツモが効かなすぎる。

やりようはもちろんあるのだが、このまま手をこまねいていては和了れなさそうなので、今度も多恵は仕掛けに出た。

 

 

 

煮詰まってきた12巡目。

多恵が更なる仕掛けを入れる。

 

 

「チー」

 

美穂子から出た{③}をチー。

{②④}の形で右端へ牌を晒すと、{①}を軽やかに捨て牌へと切り出す。

 

塞が苦い表情でその動作を見つめた。

 

 

(余った……か)

 

多恵の河は明らかに染め手模様。

とはいえもう3人も多恵のことは理解していて、なにも筒子以外が安全などとは思っていない。

 

単純に筒子を余らせて染め手の聴牌が入った場合と、他のターツを持っている可能性を考慮しなければいけなくなった。

 

 

和が、ツモ山へと手を伸ばす。

 

 

和 手牌

{⑦⑧⑨23456八八八九中} ツモ{④}

 

 

 

『おお~っとお!原村選手これは染め手模様の倉橋選手に切りにくい牌を持ってきたあ!!これは一旦字牌でお茶濁しですかね?』

 

『これは真っすぐには向かいにくいところですね……って』

 

健夜が解説を終える間もなく、和が一枚の牌を力強く河へと切り出す。

 

その牌は今まさに持ってきた{④}だった。

 

 

(おっ……)

 

多恵が、嬉しそうな表情で和を見やる。

 

その視線に気付いた和も片手にエトペンを握りしめながら、静かな笑みでそれに返した。

 

 

 

『切っていったあ!強気です原村選手!まだ倉橋選手が聴牌でないと読んで押していきましたかね?!』

 

『……どうなんでしょう……これは……』

 

健夜が顎に少し手をあてて考える。

そんな健夜の様子を恒子は頭にクエスチョンマークを浮かべながら眺めていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

({②④}チー、チー出し{①}の場合。この瞬間に限りこの{④}は必ず通る。……これも、先生から教わったことです)

 

(偉いねえ原村さん……しっかり同巡で処理されちゃったか)

 

牌理の話。

 

多恵の得意とする牌姿理解と、洋榎等が得意とする手牌ブロック読みの応用。

 

鳴く前の形を想像してみると分かるのだが、{②④}から{③}を鳴いてチー出し{①}の場合の、{④}の当たり方を考えてみる。

 

まず両面だが、当たる前の形を考えると

 

{①②④⑤⑥裏裏(雀頭)} とあったことになり、この{③}はチーではなく「ロン」でなくてはおかしくなる。

 

カンチャン待ちに関しても同じことが言える。

 

{①②③④⑤裏裏}この形であることから、やはり{③}はロンの牌だ。

 

他は割愛するが、全てのパターンを考えても、この{④}は当たり方がほぼ無い。

 

 

既にこの理論を多恵は、「クラリンの麻雀講座」動画で紹介していた。

 

 

 

 

(今の私があるのは、紛れもなく先生のおかげです。だからこそ、高校生同士として戦える今。この最高の舞台で、私は、あなたを超えて見せます)

 

 

和がリーチをかける。

多恵が、複雑な表情で手牌の字牌を落とす。

 

 

機械のように麻雀を打つ「のどっち」はもうそこにはいない。

 

しかし、彼女のネット麻雀での経験は確実に活きていて。

そこにリアル打ちの知識が加わった。

 

 

 

 

 

 

 

「ツモ」

 

 

和 手牌 裏ドラ{⑨}

{⑦⑧⑨23456八八八九九} ツモ{1}

 

 

「4000オールです」

 

 

和が真っすぐな瞳で多恵を射抜く。

 

 

(まいったなこりゃ……)

 

多恵も思わずガシガシ、と頭を掻いた。

和の表情は、あの時ネットで対戦した「のどっち」とは雰囲気も違っていて。

 

 

かつて「のどっち」についていた天使のような羽と、鋭い槍。

 

それらは今、アバターにではなく、他ならない「原村和」についている。

 

 

そんな完全武装した和を前に、多恵はどうしたもんかな、と静かに腕を組むのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『きいまったああ!!大きすぎる親満ツモでインターミドルチャンピオン、原村和が一気にトップ浮上だああああ!!!』

 

歓声が上がる。

やはり和が活躍すると会場の熱気も増すようだ。

 

机に乗り出して実況を続ける恒子の隣で、複雑な表情を浮かべる健夜。

 

 

 

『……私では全てを伝えられないのが心苦しいですね。……それくらい彼女たちは高い次元で麻雀を打っています。間違いなく、高校最高峰に「上手い」打ち手4人かと』

 

『おおっと!ここで上手い=強いわけじゃないわよ小娘たち。と言わんばかりの解説ありがとうございます!』

 

『そんなこと言ってないよ?!』

 

ケラケラと笑う恒子の横で、はあ、と一息ついた健夜が物思いに耽る。

 

 

(でも、こーこちゃんの言う通りなのかも。上手い=強い競技であれば、どれだけ良かったんだろうね……)

 

自分も「上手い」側ではなく、「強い」側という自覚があるからこそ、この4人の試合を見る健夜は複雑な気持ちだった。

自分たちのような存在が、どれだけ彼女たちのような努力してきた人間の心を折ってきたかなど想像に難くない。

 

だからこそ。

 

 

『……最後まで、貫いてほしいですね』

 

小さく呟いたその言葉は、お世辞でもなんでもない。

紛れもなく健夜の本心だった。

 

 

 



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第94局 海の底まで

作者ネット麻雀を久しぶりに初めてしまい、投稿遅くなりました。

ここからまたペース上げていければと思います!




 

東4局 1本場 親 和

 

点数状況

 

 

東家 臼沢塞   18500

南家 福路美穂子 24300

西家 倉橋多恵  27700

北家 原村和   29500

 

 

塞は自身が劣勢にあることを理解していた。

 

元々このメンバーの中では一段劣るであろうことはわかっていたし、しかしだからこそ全力で臨む意味があるとも思っていた。

幸い、ここにいるメンバーは運量でゴリ押されるような打ち手ではない。ほんの少しだけ運がこちらに向けば、塞にも決勝トーナメント進出の望みはあると思っていた。

 

 

(それも、甘い考えだったね)

 

自身の点棒を眺める。

まだ絶望するような点数ではない。

それでも、塞はこの都合5局で彼我の実力差を感じ取ってしまった。

 

長い年月をかけて習得された、技術の差。

しかし塞が手を止めることはない。

 

 

(実力では劣ってるのなんかわかってる。でも、私には、これがある)

 

右目にかかったモノクルをかけなおす。

相手の手牌進行と、超常的な力を抑え込むモノクル。

その「塞ぐ」力は十全に目の前に座る騎士へ影響を与えているのだ。

 

 

 

 

 

 

 

和の勢いは止まっていない。

和はネット麻雀をやりこんでいた時期から、上手い和了りを一つ和了れると勢いに乗れるタイプの打ち手だった。

もっとも、和本人は「そんなオカルトありえません」と一蹴するのだが。

 

8巡目 和 手牌 ドラ{八}

{②③④⑤⑥899五六七八八} ツモ{①}

 

 

「リーチ」

 

寸分の迷いもないリーチ。

和が点箱から取り出した千点棒がわずかな時間宙を舞う。

 

 

 

『きたきたきたああ~~!!!インターミドルチャンピオン原村和!!たたみかけるように先制リーチだあ!!!』

 

『愚形残りとはいえドラドラ……彼女なら間違いなく曲げますよね』

 

個人戦でも注目を集める和のリーチに、会場からも歓声が上がる。

 

 

一つ息を置いてから、塞が山へと手を伸ばした。

 

 

塞 手牌

{赤⑤⑤⑥⑥⑦23455六七西} ツモ{④}

 

 

(追い付いた……ッ!)

 

西は虎の子の安全牌。

カン{8}のターツを払っている途中に持ってきた{西}を引っ張ったのが功を奏した。

安全牌でリーチを打てる。

 

 

「リーチ!」

 

塞が牌を曲げる。

 

 

(原村和は親から先制愚形曲げが多い。行くよインターミドルチャンピオン……!)

 

塞が勢いよく牌を曲げられるのには、多恵をしっかりと塞げているということが大きかった。

確実な脅威となりうる存在だが、今は幾分恐れなくていい。

多恵はかなりデジタルな打ち手なので、この状況の2人リーチに向かってくる可能性は低い。

 

2人からのリーチを受けて、美穂子は少し困ったような表情を浮かべると、共通の安牌である{1}を手から切り出した。

 

 

「……チー」

 

多恵の発声に、塞と和が少し驚く。

 

 

(倉橋が鳴いた……?)

 

(……先生は滅多に一発消しをしません……こういった2家リーチだと特に……とすると)

 

多恵の切り出しは安牌の{白}。攻撃的な打牌ではない。

 

 

多恵 手牌

{①②79一二三八発発} {横123}

 

 

『倉橋選手!これを鳴いていきましたがまだまだ形が苦しいですよね?』

 

『そうですね……この半荘ずっと配牌もツモも厳しいですから……本来彼女は鳴きが多いタイプではないのですが鳴いていきましたね』

 

 

和と塞が警戒をあらわにしながらも、持ってきた牌をツモ切る。

リーチをした以上、これから先この局でできることは無い。

あとは、この局の動向を眺めるだけなのだ。

 

美穂子が持ってきた牌を右端において、少考する。

 

 

美穂子 手牌

{⑨⑨123456889五五} ツモ{赤五}

 

聴牌。

一気通貫確定の聴牌が取れる形だ。

 

{8}は和の現物で、塞にも比較的通りやすい牌。

ここまでの情報で聴牌をとることは確定として、あとは牌を曲げるかどうか。

 

 

(倉橋さんはおそらくノーテン……勝負手ですし、いかせてもらいましょう)

 

{7}の場況は良いとも言い難い。

しかしリーチが2人かかっている以上、持ってきた場合は無条件で河へと流れる。

であれば、この愚形聴牌にも勝機はあるのだ。

 

 

「リーチ……いかせてもらいます」

 

控えめな、それでいて苛烈な美穂子のリーチに、卓内がピリピリと緊張感で焼ける。

 

 

 

『3人リーチだあああああ!!!!ここがBグループの運命を分ける分岐点となるのか?!局の行方はまったくわからなくなったぞおお!!』

 

『この{8}……倉橋さん』

 

健夜が気付いたのは一瞬。

 

美穂子の宣言牌{8}は、多恵に急所の牌だ。

しかしそれで聴牌を取りに行くと余る牌は……ドラの{八}。

 

 

『おおっと!これを鳴いて前に出ると親の原村和にズドンだぞお?!どうなる倉橋多恵!!!』

 

 

恒子の勢い溢れる実況が卓に聞こえているはずはなく、卓内は依然として張り詰めた緊張感で満たされていた。

 

美穂子の手から放たれた{8}。それを見て逡巡する多恵。

 

ままならない配牌。

育たない手牌。

 

しかし、いつまでも嘆いていては仕方ない。

それでも最善を尽くし続けるのが、多恵の麻雀。

 

 

一つ、大きく息を吐いた。

しかし多恵がほどなくして答えを出す。

 

 

「チー」

 

鳴いた。

 

 

 

 

 

 

『鳴いた!鳴きました!倉橋選手まずい、あぶなああああーい!』

 

『恒子ちゃん良く見て?!』

 

興奮のあまり頭を抱えて天井を見上げる恒子を、健夜がたしなめる。

 

 

多恵が切り出していたのは、{発}だった。

 

 

 

多恵 手牌

{①②一二三八発} {横879} {横123}

 

 

(この急所は鳴かなきゃ和了れなさそうだったからね……ただ、ドラの{八}を切るには見合ってない)

 

多恵の少し暗い瞳が、冷静に場の状況を映している。

 

この{八}は3人に誰にも通っていないドラ。

ペン{③}の2000点聴牌をとるにはあまりにも見合ってないのは、割と誰にでもわかることだ。

 

 

 

 

ここから、多恵の長い航海が始まる。

 

 

 

 

 

 

 

10巡目 多恵 手牌

{①②⑦一二三八} {横879} {横123} ツモ{九}

 

 

 

({⑦}……福路さんには現物。原村さんには……比較的通りやすい。ただ、本命は臼沢さん。これを通す価値があるのか?……私が洋榎ならよかったんだけど……)

 

局収支。多恵が信じるのはそこだ。

 

多恵が洋榎であったなら、相手の手牌を全て見透かしたかのような打牌で放銃を回避しながら回り続けることができたかもしれない。

しかしそれは無いものねだり。

 

多恵が築き上げてきたものは局収支による打牌選択。

一巡一巡で変わり続ける情報を脳内で処理して、この牌を切る価値が見合うかどうかを計算し続ける。

 

 

(見合わない。臼沢さんに通っているスジが8本。無スジ7、3、自身はノーテン。回る)

 

多恵が{②}を切り出す。

これも完全安牌というわけではないが、{⑤}が通っていて、河の情報からほぼ当たり方がない事を把握することができた。

 

 

 

 

12巡目 多恵 手牌

{①⑦一二三八九} {横879} {横123} ツモ{七}

 

再び聴牌。

今度は先ほどと状況が変わる。

同じ巡目で{④}が通ったことにより、{⑦}の当たる確率がグッと下がったのだ。

もう一度、計算をし直す必要がある。

 

多恵が、右手でゆっくりと頭を抱えた。

 

深く、深く思考の海へと沈んでいく。

 

 

 

 

(聴牌。ペン{⑦}とシャンポンの可能性……ある。原村さんにすら当たる可能性がある2000点愚形聴牌の局収支……)

 

熟考の末切り出したのは{①}。役なし聴牌だ。

重要なのはこの{⑦}が実は当たっていないとか、そういう話ではない。

 

多恵が信じるのは局収支。

それに見合ってさえいれば当たる牌も基本は打つべきだと多恵は考えているし、実行している。

 

人読みやブロック読みなど、その全ての読みは多恵にとってあくまで局収支を計算するうえでの要素でしかない。

 

それに、見合わなかった。

当たる可能性のあるこの牌を、3人に対して切る価値が無いと判断した。

 

 

まだ、多恵の航海は続く。

 

 

 

 

 

 

 

 

14巡目 多恵 手牌

{⑦一二三七八九} {横879} {横123} ツモ{八}

 

多恵の手が、ぴたりと止まる。

 

掴んだドラの{八}。このツモで、多恵のチャンタや三色での和了りはほぼ厳しくなったと言える。

 

 

『倉橋選手!絶妙なバランス感覚で形式聴牌をキープしていましたが、ここで万事休すかあ?!』

 

『これは……流石に厳しそうですね。オリに回ることになりそうです……』

 

流石にこのドラは打てない。

それは視聴者も観戦している他選手たちも全員がそう思った。

 

 

これで流局か残り少ない和了り牌を誰かが引いて終わりかな、と考えモニターを眺めた健夜が、ゾクリと寒気に襲われる。

 

 

多恵の吸い込まれそうな深紅の瞳は、恐ろしく冷たく卓全体を見渡していた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

16巡目 多恵 手牌

{⑦一二三七八八} {横879} {横123} ツモ{⑥}

 

 

『聴牌し直し……!恐ろしい執念だ倉橋多恵!!海底間近にしてもう一度聴牌を組みなおしたぞお?!』

 

『安牌の{一}を、絶対に切らない……手牌を崩さないで形式聴牌に向かうのを最後まであきらめない……まさしく、すさまじい執念ですね……』

 

 

和が、またも右手を頭に当てて、深い思考の海に沈んでいく多恵を見て、心臓が高鳴るのを自覚していた。

 

 

(先生……あなたはやっぱり、最後まで最善を選ぶことをやめないんですね……!だからこそ……だからこそかっこ良い……!)

 

ほぼ情報は出切った。

局は終盤。河にはこれでもかというほどの情報が転がっている。

それら全てを、多恵は頭に叩き込む。

 

 

(原村さん残りスジ……臼沢さん残りスジ……福路さん残りスジ……だから、全部に3をかけて……自身は役なし。だけど)

 

多恵の出した選択は、{七}を押すという選択だった。

 

 

『押した!押しました!この{七}はスジとはいえ押してます!』

 

『ええ……彼女の中で、形式聴牌に価値があると踏んだんですかね……』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

解説を聞いていた一つの控室。

 

ソファに座る少女は、黒く美しい長髪をさらりと流して、普段はかけている眼鏡を外し、鋭い視線をモニターへと投げた。

 

 

「違う。ヤツが見ているのはその先だ。ただの形式聴牌に意味は無い」

 

「と言いマシテモ……」

 

静観していた彼女が唐突に抗議の声を上げたことに驚きを隠せないメガンだったが、では多恵の狙いはどこなのかと視線を巡らせる。

 

そして、気付いた。

 

 

「マサカ……!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

17巡目 多恵 手牌

{⑥⑦一二三八八} {横879} {横123} ツモ{⑧}

 

 

『ツモったああ!ツモってしまった?!が!役がありません!』

 

『しかし、これはこれで良かったですね。安全牌の{一}を切って聴牌を取ることができます』

 

 

確かに、これで聴牌は確定。

何を切っても聴牌なのだから、形式聴牌という目標であればここで達成はしている。

 

が、多恵は、またも鋭い視線を卓全体へと見渡す。

 

 

 

『……あれれ?倉橋選手、切る牌迷ってますよ?』

 

『……完全安牌は{一}だけだと思いますが……』

 

 

と、そこまで言ってようやく健夜は気付く。

もう一度モニターを眺め、彼女は戦慄する。

 

多恵の、最後の狙い。

 

 

『ち、違う……この巡目……!』

 

『ほえ?』

 

 

 

 

多恵がゆっくりと牌を切りだす。

 

切り出した牌は今持ってきた{⑧}。

 

その牌に、卓に座る全員が息をのむ。

 

 

(さっきっから倉橋さんを塞げてる気がしない……いや確かに当たることほぼ無さそうなのはわかるけど……!手詰まってるのか?!)

 

(違います。先生がこの期に及んで手詰まり放銃などあり得ません。なら、狙いは一つ)

 

(……まさか……!倉橋さんは()()私から鳴いてる……!ということは……!)

 

 

 

 

洗練された山読み。

{⑥⑦}のターツが残った16巡目に少し勝負したのは、この時のため。

 

17巡目に持ってきてしまった時は少し待ち選びをもう一度やりなおさなければならないかとも考えたが、それでもやはりこの待ちは優秀で。

 

気付けばツモも多恵の努力に応えてくれている。

 

 

 

 

通常。最後の牌は南家の人間がツモることになる。

 

しかしこの卓では多恵が2回鳴いたことによってツモ巡がズレている。

 

そしてその最後の牌が誰の所へ行くのか。

 

 

ようやく答えにたどり着いた3人も、リーチを打っているのでツモ順をずらすことはかなわない。

 

 

 

 

 

 

 

麻雀は、最後の牌で和了ると役が付く。

 

 

 

多恵がゆっくりと最後の牌へ手を伸ばした。

 

 

 

長い長い、苦しい航海の先。

 

その手は、海の底に沈んだ宝を、ゆっくりと拾い上げるように。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ツモ」

 

 

多恵 手牌

{⑥⑦一二三八八} {横879} {横123} ツモ{赤⑤}

 

 

 

 

「2100、4100」

 

 

 

 

 

 

 

 

『きいまったああああああああ!!!!まさかまさかの海底ツモ!!!ゴリ押しで引き寄せたああああ!!!!』

 

 

 

 

上がる歓声。

 

 

その中で健夜の体が小さくぶるりと震える。

 

 

『……違うよ恒子ちゃん』

 

『へ……?』

 

『最善を重ね続け、最後まで和了の可能性を追い求めた……これは努力の和了り』

 

『た、たしかにい!!失礼いたしました!!長い努力の末、倉橋選手大きな大きな満貫ツモです!!!』

 

 

 

勢いよく実況をしながら、横目で健夜を見やる。

 

震える声音で、興奮したように話す健夜を、恒子は珍しいと思った。

 

 



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第95局 デジタルの頂点

 

点数状況

 

東家 臼沢塞   16400

南家 福路美穂子 22200

西家 倉橋多恵  36000

北家 原村和   25400

 

 

 

 

 

 

 

 

海底ツモを掴み取り再びトップに立った多恵は、少しばかりの手応えを感じていた。

右手を2度、握って開く。

 

 

(臼沢さんの力が引いてきた……?やっぱり、ずっとツモと配牌を封じるのは無理みたいだね)

 

多恵の視線の先には、額に伝う汗を袖でぬぐう塞の姿。

 

そもそも塞の能力は、基本的に1局ごとだ。

相手の力に応じて、状況に応じて。今までは塞はそうしてこの塞ぐという能力と付き合ってきた。

 

しかしこのメンバーでは、塞が塞ぐ対象とする人物が一人しかいない。

ツモを止めること自体は他2人にもできるのだが、速度感がわからない以上、むやみに塞ぎに行くのは上策とはいえないだろう。

それを塞もわかっているからこそ、こうして多恵1人を徹底マークすることになっている。

 

多恵が能力を塞がれることに対して全く無抵抗だったために、塞側は体力を消耗するような感覚にこそ陥っていないが、それが逆に塞に気味悪さを与えていた。

 

 

(え……?私の力、効いてるよね?)

 

最後となってしまった親番の配牌を理牌しながら、対面に座る多恵を見やる。

能力を塞ぐことはできている実感があるのだが、手牌自体を塞げている感覚はもう塞には無かった。

 

そもそも、1局限定でここぞという場面につかうはずの力を常時1人に向けるというのが困難なのだ。

塞自身、一度豊音相手にやったことがあるのだが、3局で体力は全てもっていかれた。

 

 

(実際ツモはもう止められてない……いつまでも頼っていられないか……親番、とにかく今は頑張れ私……!)

 

左手を握って作った拳を、トントンと2回太ももに叩く。

 

このままやられっぱなしでは終われない。

 

 

 

 

 

南1局 親 塞 ドラ{2}

 

3巡目。

 

美穂子が5ブロック手の内で作れたことにより、役牌の{発}をリリース。

これに反応したのはやはり多恵だった。

 

 

「ポン」

 

滑らかに右端へと運ばれる3枚の牌を横目に、和が山へ手を伸ばす。

 

 

(……この半荘……どうも先生の1鳴きの基準を修正する必要があるようです)

 

和にしてみれば、多恵の打ち方は何千回と見てきた身だ。

役牌1鳴きの基準など、誰よりも知っている。

しかし今日に限ってはどうやらその物差しでは測れない。半荘1回勝負という条件を差し引いても、和は幾分納得がいかなかった。

 

そんな怪訝そうな和の視線を受けて、多恵も少し苦笑い。

 

 

(まあ、多少良くなってきたとはいえ、鳴かないと進みが悪いからねえ……)

 

和の考える通り、多恵は基本面前派だ。絶対に鳴かないとかほとんどの牌を鳴くとか、そういった偏りは無く、鳴くべき牌を鳴いてスルーする時はスルーする。

その基準が若干面前に寄っている程度の、王道の打ち回し。

 

しかし今回に限って言えば有効牌が入ってきにくいのだから、鳴く選択肢が多くなる。

 

そして何と言っても、多恵は面前派であるが、鳴くスタイルができないわけではない。

 

 

 

 

 

 

8巡目。

 

美穂子が多恵が5巡目に捨てた{四}を見て、外すターツの候補だったカン{八}のターツを外しにかかる。

 

安全度も比較して、美穂子は{七}を切り出した。

 

「チー」

 

それをまたも鳴いたのは多恵。

手牌から{六八}のターツを晒すと、これを右端へと持っていく。

 

美穂子と多恵の間で視線が交錯した。

 

 

(そんな早くにリャンカンを固定したんですか……!?)

 

(……こうでもしないと切ってくれないでしょ?)

 

{四六八}で持っている所から{四}を切る。

聴牌打牌ならまだしも、一向聴の段階でこれを切ってしまえば、赤があるこのルールでは{赤五}などを逃してしまうリスクが伴う。

 

しかし多恵はこの状況で、そのロスよりも{七}の出やすさを優先した。

 

 

 

 

 

 

 

10巡目 美穂子 手牌 ドラ{2}

{①①②②②③234四五九九} ツモ{③} 

 

 

聴牌。

一盃口の確定する嬉しいツモ。

美穂子はためらいなくこの手を曲げる。

 

 

「リーチ……です」

 

 

 

 

 

『おお~~っと!!ここで長野代表福路美穂子選手からのリーチだああ!!』

 

『決勝トーナメントに残れる2着圏内……ではなく、トップをとりに行くリーチですね』

 

 

健夜の言う通り、美穂子は2位抜けなど目指していない。

もちろんオーラスで4、3位であれば2位抜けを目指すが、今この瞬間に限って言えばトップを取りに行っている。

 

その意志を感じながら、多恵はツモ山へと手を伸ばした。

 

 

多恵 手牌

{⑥⑦22567} {横七六八} {横発発発} ツモ{9}

 

少しだけ河を見渡すのと同時に、全員の表情を確認する。

 

 

対面に座る塞は、全く目は死んでいない。団体戦で多恵が戦った白望同様、強い精神力を持っているようだ。

 

リーチを打ってきた美穂子は、にこりとこちらに微笑んでくる。去年戦った時にも思ったが、やはり美穂子は上手い。

 

下家に座る和は、じっとこちらの様子を伺っている。自分を超えてみたいと言ったあの言葉に、どうやら嘘はないようだ。

 

 

(嬉しいな……よし。全力でやらせてもらうよ……)

 

多恵の瞳が、もう一段階暗くなった。

 

 

 

 

 

 

 

 

『おおっとおお~!?倉橋選手、リーチに対して無スジをつかまされたあ!トップ目ですし、ここはオリですよね?』

 

唐突に横にいる健夜へと向いてきた恒子に驚きながらも、健夜はモニターをもう一度眺めた。

 

 

『……そう簡単には言い切れません。安牌あるにはありますが、ここから安牌が続くかもわかりません。自身は3900点の聴牌で、3着目からのリーチ。今言った以上のことを、今倉橋さんの脳内で緻密に計算されているのだと思います』

 

『ええ~っ!そんなに考えることがあるんですかあ?!私ならすぐオリちゃうけどなあ……』

 

『……彼女の所属する姫松高校の大将……末原恭子選手、知ってますか?』

 

『もちろん!!団体戦決勝、鮮烈でしたからねえ~!!』

 

『あれだけ速攻、鳴きを得意とする彼女のインタビューで、「鳴いた後の押し引きは倉橋選手から教わった」と言っていました』

 

『なんと!』

 

『手牌読み、人読み、自身の和了率、放銃率、ノーチャンスワンチャンス、和了価値指標……それらの情報をもとにはじき出される局収支。この全てが彼女の頭の中を飛び交っているはずです』

 

『????な、なんだかよくわからない単語がたくさんでてきましたがとにかく倉橋選手の頭はすごいことになっているようです!!!』

 

『ほんとにそれで伝わるかなあ?!?!』

 

 

健夜の解説が行われている間も、多恵の脳内は止まることなく回転している。

時間にして5秒ほど。

 

 

右手を頭に当て、ちいさな声で「すいません」とだけ呟いた多恵。

 

切り出されたのは{9}だった。

 

 

端牌とはいえ、無スジを押してきた多恵を見て、卓内を緊張感が満たす。

 

和のツモ番へと局は動いていた。

 

 

(先生は確実に聴牌。福路さんも下手なリーチで先生がすぐにオリてくれるとは思っていないでしょうし……両面以上の可能性は普段より高そうですね)

 

冷静に手牌を見やる和。

自身の手はそこまで育っておらず、共通の安牌を抱えておいて正解だった。

字牌を切りだしていく。

 

美穂子の持ってきた牌は和了り牌ではなかった、これも切り出す。

 

 

多恵 手牌

{⑥⑦22567} {横七六八} {横発発発} ツモ{8}

 

 

そうして多恵が持ってきた牌は、またしても無スジ。

 

今回は時間を使うこともなく、即座にその牌を河へと切り出す。

 

 

『これもいったあ~!!!でもでも、全部行くぞ~ドコドコとかそういうわけじゃあないんですよね?!』

 

『もちろんです。しかし論理に基づいて押されているとわかっている福路選手は……気が気ではないでしょうね』

 

 

リーチの後は無防備。

その後持ってきた牌がどれだけ危ないと思っても、手の内に入れることは許されない。

 

 

 

「ロン」

 

美穂子の手から、多恵の和了り牌がこぼれた。

 

 

 

 

多恵 手牌

{⑥⑦22567} {横七六八} {横発発発} ロン{⑧}

 

 

「3900」

 

 

「……はい」

 

 

 

『押し切ったああ!!決め切りました倉橋多恵!!決勝トーナメント出場を大きく引き寄せる3900の和了り!!』

 

『大きいですね……打点以上に大きい和了りだと思います』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

南2局 親 美穂子 ドラ{⑨}

 

5巡目。

 

 

早ければ後3局で終局。

その事実が、少しずつ3人の焦りを呼んでいた。

 

点差ができてしまい、親の無い塞は打点が欲しい。

 

 

(もう塞ぐとかそういう話じゃない……最低満貫……って言いたいところだけど、そんな時間くれるわけもないよなあ……!)

 

誰かの手牌進行を止めるために塞ぐことよりも、自身の手を形にしないと勝負にならない。

 

塞は今局、比較的軽い手牌故に、なんとか面前でのリーチまでこぎつけたいと考えるのだが、なかなか道は険しい。

誰かの手出しが入るたびに、聴牌なのではないかと疑ってしまう。

 

 

そんな緊迫した状況で、美穂子が静かに手牌を眺めた。

 

 

 

美穂子 手牌 

{⑧⑨235678一三九九白} ツモ{四}

 

 

カンチャンから両面へと変化したことを少しだけ喜んで、{一}を切り出していく。

ネックは残っているものの、形は悪くない。

 

 

 

 

和 手牌

{①②②⑦⑧334二二三赤五西} ツモ{⑦}

 

縦に重なってくる和の手牌。

とても安心できるような点数ではないため、和ももちろん和了りに行くつもりなのだが、なかなか聴牌が遠い。

 

今まで得てきた全ての知識を総動員させても、ままならないことなどたくさんある。それが麻雀だ。

 

四対子になった手牌をめいいっぱいに受けるか少しだけ悩んだ後、和は{西}を切り出していった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「ツモ」

 

 

 

決着は、不意に訪れた。

 

 

 

多恵 手牌

{①②③234赤567四五七七} ツモ{六}

 

 

 

700(7本)1300(13本)

 

 

 

『決まったあああ~!!!流れは完全に倉橋選手に傾いているのかあ?!流れるような2700点のツモ和了りで、トップをキープう!!!』

 

『場に切れていて場況も大して良くはない平和聴牌……確実にダマで和了りきりましたね。隙がない……』

 

 

 

点数状況

 

東家 臼沢塞   15700

南家 福路美穂子 16000

西家 倉橋多恵  43600

北家 原村和   24700

 

 

『き、気付けば2着と2万点近くの差がついているうう~~!!!倉橋多恵!!圧倒的すぎる!!誰もこの騎士を止めることができないのかあ~!?』

 

『冒頭でもお話したように、3人の実力が低いわけでは決してありません。……逆に言えば高いからこそ。同じタイプの打ち手だからこそ、大きな壁を感じているかもしれませんね』

 

 

 

 

確実で精密な地力の差が、じわじわと3人の首を絞めつける。

 

 

 

一つの剣だけを片手に握った姫松の騎士に、3人の戦士は付け入る隙を見出せないでいた。

 

 

 

 



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第96局 1年間

 

 

 

『個人戦準々決勝、決着です!!やはりトップ通過は倉橋多恵!強さを見せました!今年はなんとしてもチャンピオンを倒すという意気込みが伝わってきます!』

 

 

この時のアナウンサーは、今年はいないのだろうか。

 

去年、自分が個人戦敗退となった日。

 

何度この映像を見ただろうか。

美穂子が初めて対局したときは、本当にこれが同級生なのかと疑ってしまうほどに倉橋多恵という少女は強かった。

 

ひたむきに論理を組み立て、それを実践できる頭を持ち、強者と相対しても引けを取らない強い精神と意志。

 

 

自然と、この少女に負けてしまうのは仕方がない、と思ってしまった。

なんとなく、今年はこの少女が全国制覇を成し遂げるのだろうと思った。

 

 

しかし、現実は違った。

 

インターハイ個人決勝。

異例となる全員が2年生という個人決勝卓で、荒れ狂う打点の荒波にもまれ、倉橋多恵は3位で個人戦を終えていた。

 

 

何を信じていいのか、わからなくなった。

 

こういった経験が初めてだったわけではない。

 

プロの対局を見れば偶然とは思えない和了りが連発し、理論を突き詰めたはずの人間が次々と麻雀をやめていく。

風越女子を卒業した強い先輩たちも、麻雀は高校まで、と言って大学からは牌に触れていない人も多い。

 

 

わかっていたはずだった。

これが現実であるということは。

 

しかしなぜか、美穂子の選択肢に、「麻雀をやめる」という選択肢だけはなかった。

 

 

いつからなのだろう。

 

自分の可能性を信じてみたくなったのは。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『さあ!Bグループ決勝も佳境!残すところ最短で2局というところですが、ここで倉橋多恵選手の親番!!』

 

『ある程度の点差がつきましたから……稼ぎにくるかもしれませんね』

 

『ひええ~!怖い怖い親番!この親番をしのいで決勝トーナメント進出を勝ち取るのは一体誰になるのかあ~!?』

 

 

 

美穂子は少し、去年のことを思い出していた。

 

多恵に敗れ、個人ベスト16で敗れた去年。

今年のグループ予選の組み合わせを見て、多恵がいることに喜んでいる自分がいた。

 

 

(私の1年間……無駄であったはずはありません)

 

両目を閉じれば浮かんでくる。

声が聞こえてくる。

 

自分を慕って、ついてきてくれた後輩たちの声が。

 

あの子たちが来年からに希望を持つためにも、自分がここで負けるわけにはいかない。

 

 

美穂子の両手に、力が入る。

 

 

 

 

南3局 親 多恵

 

9巡目 多恵 手牌 ドラ{9}

{④⑤⑥⑦⑧2224赤567一} ツモ{7}

 

 

盤石の一向聴から、聴牌へと手が進む。

平和になれば一番ベストであったのだが、この聴牌も悪くない。

 

余剰牌は、残しておいた全員に通る安全牌。

 

一通り全員の河を見渡した多恵が、無慈悲に千点棒を場へと投げた。

 

 

「リーチ」

 

 

『キタキタキタ~~!!!倉橋多恵選手先制リーチ!!誰もこの勢いを止められないのかあ~!?』

 

『……実力者揃いの彼女たちならわかるはずです。この状況で倉橋選手がリーチを打ってくる、ということの意味が』

 

 

苦い顔を隠そうともせず、塞がツモ山へと手を伸ばす。

解説の健夜が言うように、このリーチの意図がくみ取れない塞ではない。

 

 

(点差が離れたとはいえ……倉橋さんが無意味なリーチなんか打ってくるわけがない。待ちと、打点。それなりにあるはず……!)

 

トップ目の親からのリーチ。

リーチが入った瞬間、塞は多恵を必死に塞いだ。

もし多面待ちのリーチであった場合、もう塞ぐ力が甘くなっている今の状態では簡単に一発ツモされてもおかしくはない。

太ももをつねって気合を入れなおし、塞はまず多恵にツモられることを止めに行った。

 

ここで親の満貫以上をツモられたら、チェックメイトだ。決勝トーナメント進出1枠は完全に諦めなければいけなくなる。

それがわからない塞ではない。

 

 

 

11巡目 美穂子 手牌

{①③赤⑤7899一二三五五六} ツモ{七}

 

 

一向聴。

美穂子がゆっくりと右目を開く。

 

 

(全員のブロック……原村さんは先ほどの打牌で形を崩しましたね……臼沢さんは、粘りながら回ってる。……そして倉橋さん。私の読みが正しいとするなら……)

 

と、そこまで考えて、美穂子にとって嫌な記憶が蘇る。

東場で、美穂子は多恵に理牌読みを逆手にとられた。

 

美穂子の強みは、並外れた観察眼による相手のブロック読み。

 

相手がどこのブロックを使っているのかを的確に把握し、放銃を軽やかに避けていく。

時に他者の道を開き、時に自身の和了りへと結びつける。

この力を、1年間磨き続けてきたのだ。

 

目の前にいるはずなのに、背中がとても遠くに感じた去年とは違うはず。

 

美穂子の1年間の努力が、一つの答えへとたどり着く。

 

 

(読みが正しければ……待ちは筒子です)

 

誰だって、断定するのは怖い。

また先ほどのように狂わされていたら、と考えてしまう。

 

しかし美穂子は、迷わなかった。

 

 

持ってきた{七}を手中に収めると、{五}をリリース。

 

 

(倉橋さんの手牌に萬子はない……そうですよね)

 

(来るんだ……変わったね、福路さん)

 

 

開かれた蒼の瞳が、多恵を射抜く。

 

 

 

 

 

13巡目 美穂子 手牌

{①③赤⑤7899一二三五六七} ツモ{9}

 

 

(……!)

 

 

聴牌だ。ドラを重ねての聴牌という僥倖。

しかし、聴牌を取るために切らなければいけないのは。

 

 

(筒子……)

 

美穂子が得意とするのは、ブロック読み。

洋榎の読みと少し異なるのは、洋榎がピンポイントで当たり牌を読みに行くのに対し、美穂子の読みは危険なエリアを的確に把握する読み。

 

そしてその読みと照らし合わせた結果、この筒子のスジは非常に怖い。

 

ここで放銃に回れば、敗退は免れないだろう。

そう思ってしまうから、右手の震えが収まらない。

 

 

美穂子が深く、息を吐いた。

 

酷使しすぎた目を1度閉じる。

 

引くか、攻めるか。

美穂子の1年間が試される。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『キャプテン!!!』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「リーチです!」

 

 

 

 

 

 

強く放たれた牌。

その牌は、赤かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『福路美穂子選手!!リーチに踏み切ったああああ!!!赤を切ってのリーチ判断となりましたが?!』

 

『これは……とても怖いところですが、{②}になら和了りがあると思ったのかもしれません。それに、出和了りなら既にドラ3なので打点が変わらないですからね』

 

美穂子の読みは、相手手牌のブロックを読む。

 

となれば、当然山に残っている牌を読む「山読み」も必然的にできるわけで。

 

 

 

 

筒子の下の方が山に残っていることを、美穂子は読み切った。

 

 

 

決着はすぐに訪れる。

 

 

 

 

 

「ツモ」

 

 

静かに、美穂子が手牌を開く。

洗練された動作だけに、淀みがなく、美しい。

 

 

 

 

 

美穂子 手牌

{①③78999一二三五六七} ツモ{②}

 

 

 

 

「2000、4000です」

 

 

 

 

『きいまったああああああ!!!!大きすぎる満貫ツモ!!だいっちゅうもくのBグループ決勝はオーラスへ突入だああああ!!!!』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

点数状況

 

 

東家 臼沢塞   13700

南家 福路美穂子 25000

西家 倉橋多恵  38600

北家 原村和   22700

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

後がないオーラス親番。

 

先ほどのツモ和了りで美穂子に上をいかれてしまったのは痛いが、和は何かしらを和了れれば美穂子をかわして多恵と共に決勝トーナメントへと行ける状況だ。 

 

やることは変わらない。

いつも通り、最善を尽くすのみ。

 

そう言い聞かせて、和がエトペンを左手に抱えながら、右手で配牌を器用に開ける。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

南4局 親 和

和 配牌

{334566677899⑤} ツモ{六}

 

 

 

 

 

 

 

 

心臓が、跳ねた。

 

 

 

 



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第97局 和の進む道

 

 

 

 

南4局 親 和 ドラ{④}

 

 

動悸がやまない。

必死で左手に抱えたエトペンを抱き寄せ、動悸を抑え込まんとする。

 

最後の最後に、麻雀の神様は最大級の悪戯を仕掛けてきた。

 

 

和 配牌

{334566677899⑤}

 

 

配牌清一色一向聴。

 

ここから脳死で索子以外の牌を切っていくことは、誰にでもできる。

しかし今はそうではない。

 

上気する頬と、止まってくれない動悸をなんとか抑え込みながら、和の脳はフル回転をしていた。

 

 

(鳴く場所は?カン{8}を鳴いての{36}……弱い。まだそこまで急ぐ場面じゃありません。{36}のポンでカン{8}の聴牌。まだ弱い……{97}のポン。いずれも分断されるだけでいい事はありません)

 

現状和の手にドラはない。

清一色は面前で6翻。食い下がりで5翻になる。

 

ドラがあるなら鳴いて聴牌をとっても跳満になるため、比較的仕掛けをいれやすい。

 

清一色の手牌が入った時、上家から出てきた牌でいちいち長考していては、手牌が染まっていることを看破されてしまう。

上級者同士の対戦であればあるほど、そのラグが命取りだ。

 

 

4巡目 和 手牌

{334566677899東} ツモ{③}

 

 

ツモ切る。

ここまで索子を1枚も引けていないが、和に焦りはない。

4巡程度なら一種類の牌を引けないなどよくあること。

 

次順に、和に待望の牌が入ってくる。

 

 

 

和 手牌

{334566677899東} ツモ{6}

 

 

明確に、和の手が止まる。

 

{6}ポンの想定はしていたが、槓子になるのは想定外。

聴牌は確定。あとは待ち確認と、その後の変化の確認。

 

静謐な空間が、嫌に和の緊張感を募らせる。

 

 

(クラリン先生のようになる……そのために何百回も何千回もやってきたはずです……!!!)

 

和の言う通り、和はこの手の清一色の手牌を何度もミスなくクリアしてきた。

和のデジタルは洗練され、クラリンを目指すというその目標に近づくだけの努力をしてきた。

 

しかし、今この場に限っては、いつも通りを貫けるかはわからない。

 

このインターハイという大舞台。

個人ベスト32の対局。

 

そして何よりも。

 

 

(クラリン先生の目の前で……!!)

 

上家に座る多恵の視線。

 

どんな競技でもよくあることだ。

どれだけ洗練された努力をし、実力を身に着けたとしても、ここ一番の場面で弱い精神が顔をだしてしまうケース。

 

本来の実力を発揮できず、表舞台から姿を消していく人間は少なくない。

 

 

和が{東}を切り出す。

 

この時点で、多恵と美穂子の目が細まった。

 

 

和 河

{⑤六八③東}

 

 

(清一色か)

 

(清一色ですね)

 

塞だって気付いていないわけではない。

明らかに異常な捨て牌と、今のラグ。

 

 

(張ったのか……?ここで親の清一色とか当たったらマジで私空気以下じゃん……)

 

インターハイに出ている中でも、今の些細な違いに気が付けるのはごく一部。

それほどに、和のラグは一瞬のできごとだった。

 

しかし、塞には止まれない理由がある。

見ている側は2位争いは和と美穂子の2人に絞られたと思っているのかもしれないが、塞はまったくあきらめていなかった。

 

塞が、自身の手牌を見やる。

 

 

塞 手牌

{③④赤⑤⑤⑦⑨88三三四四五} ツモ{⑧}

 

 

(高目の{五}をツモれれば、条件クリア……オーラスでこれだけの配牌が入ってくれたんだ。悪いケド、私だって勝ちたいんだ!)

 

 

「リーチ!」

 

卓の緊張感が一気に高まる。

和が染めにむかっていることは明白だし、塞ほどの打ち手が条件の無いリーチなどしてくるはずもない。

 

 

そして注目の和、塞のリーチに対しての一発目。

 

 

和が切った牌は、{⑥}。

 

塞が目を見開く。

 

 

(こんのやろ……!!入り目だからなあ……!)

 

ノータイムで切ってきた和に驚いたのは、何も塞だけではない。

 

美穂子と多恵にも同様に驚きが走っていた。

 

 

(原村さんは、むやみに押すような打ち手じゃない。相当形の良い一向聴か、聴牌。索子の情報は何もなし。切れないな……)

 

原村和がリーチの一発目にダブル無スジを押してきたという事実。

確かに、打ったとしても決勝トーナメント進出を逃す事実は変わらない。

 

であれば押すのが有利なようにも見える。

 

しかし和と美穂子の点差は2300点。ノーテン罰符でひっくり返る点差なのだ。

むやみに放銃して良い立場ではない。

 

 

 

7巡目 多恵 手牌

{112一二六七八九白白白西} ツモ{九}

 

多恵が一瞬打牌に悩んだ。

 

 

 

『この緊張MAXのオーラスぅ!しかし一歩引いたところで見ていると思っていた倉橋選手が手を止めましたよ?これはなんでですかね?』

 

『これは……もしかしたら臼沢選手に打ちに行くことも考えてますか』

 

『差し込みですか?!』

 

健夜の解説は少し当たっていた。

多恵はこの一瞬で差し込みのメリットを考えた。

 

しかし多恵は大して時間をかけることなく、安牌の{西}を切り出していく。

 

 

(倍満無いという保証はないし、何より、ここは私が邪魔する場面じゃないかな)

 

塞もやる気。和は言うまでもなく。美穂子だって闘志を燃やしている。

 

多恵からしてみれば、自身の放銃さえなければ決勝トーナメント進出はほぼ確実だ。

手形が和了れるのであればともかく、この形ではオリが正解だろう。

 

 

 

9巡目 和 手牌

{3345666677899} ツモ{二}

 

 

 

和が止まることは無い。

この{二}も、流れるような動作で切り出していく。

 

『ああ~っとお~!!ここで掴んでしまった原村和!!臼沢選手の和了り牌だあ!!!』

 

『いえ……!これは……!』

 

切り出された{二}は塞の和了り牌。

 

しかし。

 

 

「……ッ!」

 

塞から声は、かからない。

 

 

『見逃しました!!臼沢選手見逃しです!!』

 

『原村さんから出てもウラウラしなければ3位にしかなれませんからね……臼沢選手は決勝トーナメント進出をあきらめていません』

 

この{二}で和了っても、メンピン赤ドラで7700。2位の美穂子を捉えるには至らない。

この見逃しは塞の決意の表れでもあった。

 

 

(これで福路さんからの出和了りもなくなった……でも、ツモればいいんでしょ……!)

 

美穂子からの出和了りで裏1条件も無くなってしまった。

塞ができるのは、ツモのみ。

 

 

 

 

極限まで緊迫した状況の中、和に新たなツモが舞い込む。

 

 

 

 

 

和 手牌

{3345666677899} ツモ{3}

 

 

 

 

 

 

({9}切りで{24578}待ち……!です……ね)

 

 

 

 

瞬間。

和は自分の中で何かが変わったような感覚を感じた。

 

この難しい清一色。持ってきた{3}を見て、即座に正着が{9}切りであることを判断できたこと。

他の打牌候補と比較して、この一瞬で全ての待ちを把握できたこと。

 

 

それは他ならない、これまでの幾年にもわたる努力の成果で。

 

今のはまるで、自分が師と仰ぐ人のそれ。

 

そんな芸当ができたからこそ、自分がやってきたことが無駄ではなかったと、そう思えたから。

 

 

 

 

 

 

 

 

「ロン」

 

 

 

 

 

美穂子 手牌

{①①⑥⑥229七七発発中中} ロン{9}

 

 

 

 

 

美穂子から発されたその言葉に、しばらく理解が追い付かなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

Bグループ 最終結果

 

1位 倉橋多恵  38600

2位 福路美穂子 27600

3位 原村和   21100

4位 臼沢塞   12700

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『Bグループだいけっちゃくうううううう!!!!!!この激戦を制したのは、南大阪代表倉橋多恵選手と、長野県代表福路美穂子選手だあああ!!!』

 

『みごたえ十分の試合でしたね……彼女たちの麻雀へ向ける想い。確かに感じることができました』

 

 

 

「「「「ありがとうございました」」」」

 

 

和は、最後の自身の手牌から目が離せずにいた。

不思議と、悔しいといった思いよりも、最後の最後、土壇場のこの場面で即座に正解を導き出せた驚き。

その感覚にずっと浸っていた。

 

すると。

 

 

「染まってたんでしょ?」

 

「……はい」

 

和にとって最大の師から声をかけられる。

多恵に促されるより早く、和は自身の手牌を目の前に開いていた。

 

 

「おお!{24578}待ち!一瞬で最大枚数に受けたのか……福路さんに{9}を待たれてたのが悔やまれるね」

 

 

(やっぱり先生は先生ですね……)

 

やはり、自らの師は一瞬で自分の待ちを当ててくれた。

そして、自分の選択が正しかったことを再確認させてくれた。

 

 

それが何よりもうれしく……そしてようやく、一筋の涙が和の瞳からこぼれた。

 

 

(あれ……なんで私は……)

 

最後の放銃に、ようやく頭が追い付く。

 

もっと先生と麻雀を打っていたかった。

この甘美な時間をもっと長く過ごしたかった。

 

しかし、最後の打牌だけは、悔いていない。

 

麻雀をやっていて一番嬉しい感覚と、もう多恵と麻雀が打てないという悲しさが混じり合って、和はわけもわからず涙を拭いた。

 

 

 

そんな和の様子を見て、立ち上がり対局室を後にしようとする多恵に、和が慌てたように声をかける。

 

 

 

「クラリン先生!!」

 

 

 

幸い、もうここには誰もいない。

 

苦笑いで振り向く多恵に対して、目を少しだけ赤くした和がお構いなしに最高の笑顔で多恵へと声をかける。

 

 

 

 

 

 

「私、クラリン先生にずっと言いたかったことがあるんです」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

私の、たった一人の師匠へ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「私に、麻雀を続ける勇気をくれて、ありがとうございます!」

 

 

 

 

 

何もしてないんだけどな、と苦笑いする多恵。

それでも和は笑顔を絶やすことは無く。

 

 

 

 

 

 

 

 

原村和の”雀士”としての道は、まだ終わらない。

 

 

 

 

 



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第98局 初瀬の挑戦

 

 

 

『ついに決勝だね初瀬』

 

『……そうね』

 

『やえ先輩と一緒に全国に行けるのは今年が最後……団体戦で一緒に戦うのももちろん良いけど……個人戦で戦いたい。そう言ったよね』

 

『…………そうね』

 

『奈良県の個人戦出場枠は……3枠。この試合、どっちが勝っても恨みっこなしだからね!』

 

『憧……お前……』

 

『スコア的に、やえ先輩と由華先輩はもう確定。残り1枠を、私と初瀬で争う。言っとくけど、負けるつもりなんてないからね!』

 

 

『……私だって、負けない』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

初瀬が、閉じていた目を開く。

 

奈良県代表個人戦出場枠残り1つをかけたあの対局。

初瀬が予選で荒稼ぎをした影響もあって、憧に残された個人戦出場の条件は自身が1位かつ、初瀬にラスを押し付けて素点で4万点以上の差をつけるというかなり厳しい条件だった。

 

それをわかっていてなお、対局前に憧は初瀬にあんな声をかけてくれたのだ。

 

その意味を今、初瀬はしっかりと噛み締めている。

 

 

(不甲斐ない対局は、できないな)

 

 

ここまでの個人戦の内容は、奈良県代表として恥じない成績をおさめられていると自分でも思う。

問題は、このグループ決勝戦。

 

初瀬は自分の入ったグループがかなり厳しいメンバーであることはわかっていた。

少なくとも、グループのメンバー表を見た時に思わず顔が引き攣る程度には。

 

しかし、ここを越えなければ、やえや由華と戦うことはできない。

 

初瀬は、このグループ決勝戦を全力で勝ちに行くつもりだった。

 

 

 

 

階段を上がれば、そこには照明に照らされた自動卓。

団体戦で何度も経験したこともあって、この場所には慣れているはず。

 

だというのに、そこに座っているメンバーの威圧感が、初瀬の緊張を加速させている。

 

階段を登りきった初瀬が、両手を力強く握りしめた。

 

 

 

(2位以上にならなきゃ……いや、絶対なるんだ!)

 

 

そう自分に言い聞かせて奮い立たせなければ、心が折れてしまいそうで。

 

だって、このメンバーは。

 

 

 

 

 

 

 

 

「お、来たやんけ、やえんとこの話題のルーキー様が」

 

「ほんまや。なにとぞ、よろしゅうな?強気のルーキーさん」

 

「はあ……なんでよりによってこんな卓に……ほんまついてへんわ……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

背もたれによりかかりながら、余裕な表情でこちらを眺めてくるのは、”関西最強の打点女王”。

 

後ろを向きながらペコリと頭を下げるのは、気弱な表情からは想像もできないほど力強い麻雀を打ってくる”一巡先を視る者”。

 

そして頭を抱えながらこちらが言いたいような文句を言っているのは、”最速の凡人”。

 

 

 

 

 

 

(このメンツを相手に……!!!)

 

 

 

 

岡橋初瀬の、最大の挑戦が始まろうとしていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『さあ!個人戦グループ決勝戦も大詰め!!だいっっっっちゅうもくのGグループ決勝戦が始まろうとしています!!』

 

『団体戦を賑わせた4人がぶつかるこのGグループ……事前にとった「誰が通過してほしいかアンケート」でも、このGグループが1番票が割れました』

 

『神様の悪戯か!こんなところで当たってはいけないはずの4人が激突!!いったいどんな戦いが待ち受けているのか!!』

 

『……構図としては、1年生の岡橋選手が実力派揃いの3年生の3人に挑むような形……。ですが、その岡橋選手も団体戦での闘牌を見た人ならわかるように、十二分に可能性はあると思います』

 

『彼女のファイティングスタイルに胸を打たれた全国の高校麻雀ファンはたくさんいるでっしょう!期待したいところです!』

 

 

 

 

 

 

初瀬が席に着き、自分を落ち着かせるように息を吐く。

全員が高校トップクラスの打ち手。自分は挑戦者だ。

 

 

「なんや、緊張しとんのか?」

 

声をかけてきたのは千里山女子の江口セーラ。

男勝りな気性で、容姿もかなり男子寄りだ。

 

そんなセーラの視線を受けても、初瀬の表情は変わらない。

 

 

「……大丈夫です。胸を借りるつもりで……全力でぶつからせてもらいます」

 

「いいねえ……!団体戦見てる時から思ってたんやけど、めちゃくちゃ良いモン持っとるわジブン。ウチの1年共にも見習ってほしいくらいや!」

 

ケラケラと快活に笑い飛ばすセーラ。

 

強気に言い放ったものの、まだ初瀬は手の震えを抑えることができていなかった。

 

超強豪校のエース級3人。

必須条件は連対(2位以内になること)。

 

厳しい条件だがやるしかない。

 

晩成のメンバーの想いを、憧の想いを胸に、初瀬の挑戦が始まった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

東1局 親 セーラ ドラ{⑧}

 

 

 

座り順は、東家にセーラ、南家に恭子、西家に初瀬、北家に怜という順番になった。

 

 

タン、と卓に牌を捨てる乾いた音が響く。

見ている側は実況解説の声が聞こえていたり、歓声が聞こえたりと意外と賑やかなことが多いのだが、やっている側は常にこの静謐な空間で打っている。

 

 

麻雀という競技は、その静謐な空間に突如声がかかるパターンがいくつかあり。

 

その内の一つのパターンが。

 

 

「お、んじゃ景気づけにいっちょ行っとくか」

 

 

牌が曲がる時だ。

 

 

「リーチや!」

 

 

大きく振りかぶったセーラの右手から、勢いよく牌が曲がる。

ビリビリと衝撃波でも出ていそうなそのリーチに、初瀬が思わず息を飲んだ。

 

 

『北大阪代表江口セーラ選手、親の先制リーチだああああ!!』

 

『早いですね……戦えそうな形なのは……岡橋選手くらいのものですか』

 

 

恭子がため息をつきながら上家に座るセーラを見やる。

 

 

「……完全にウチんとこの部長と掛け声が一緒なんやけど……」

 

「ええ~洋榎と一緒なんは嫌やな……」

 

本当に嫌そうな顔をしながら、セーラが両手を頭の後ろへと持っていく。

大舞台であるはずなのに、セーラに気負いはない。

いつも通りのスタイルを貫く気だ。

 

 

9巡目 恭子 手牌

{①②②⑥⑦234六七八発発} ツモ{三}

 

 

(さて……どこからでも仕掛けるつもりやったけど……全く追い付く感じやなかったからな……それに)

 

恭子が打ち出したのは{発}。

この形で親が相手では勝負できない。さらに言えば、今の親は江口セーラだ。

 

 

(多恵と洋榎から色々聞いたわ……『打点を追い求める究極の打点派』……そのスタイルで高校トップクラスの実力持ってるっていうんやから恐ろしいわ)

 

通常、手を高くするということはリスクが伴うことが多い。

そのリスクは「待ち」であったり「かかる時間」であったり様々だ。

 

なので、普通は途中で折り合いをつけてこれが最終形、と決めるのだが、この打点女王だけは異なる。

 

恭子が、セーラの河を眺めた。

 

 

セーラ 河

{中①九39八}

{④三東横東}

 

 

(ダブ東を()()()()()するほどの手牌……ヤバすぎるやろ)

 

 

東場の親は東を重ねれば、場風の東と自風の東が重複する、いわゆるダブ東というお得な役を手に入れることができる。

 

ダブ東は脅威で、親に鳴かれるのが嫌だから、という理由で必ず東を一打目に切ると決めている人も少なくない。

 

そのダブ東を外してまで育てた手牌。恭子が撤退する理由としては十分すぎた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そんなセーラのリーチを見守る解説陣。

健夜が手元にあったファイルから1つの資料を取り出していた。

 

 

 

『面白いデータがあるんですが』

 

『おお!珍しく小鍛治プロが真面目に解説をしようとしています!』

 

『私はいつも真面目だからね?!……コホン。江口選手の平均打点は、ここまで15000点オーバーと、とてつもない数字になっているのはご存じの方も多いかもしれません。しかし実は、それよりも恐ろしいデータがあるんですよ』

 

『うへえ~!とんでもない平均打点ですね!「西の打点女王」の2つ名は伊達じゃないということかあ~!?』

 

『何ソレ初めて聞いたよ……恐ろしいことに今大会、江口セーラ選手は、「満貫未満」を和了ってません』

 

『な、なんと……!!すべての和了りが満貫以上ということですか……!』

 

『それでいて、和了率も一定以上の数値を残しています。……普通ではありえないことです』

 

『とんでもないぞ江口セーラ!!!点数計算が怪しい麻雀中級者の皆さんは、是非彼女のスタイルを真似してみましょう!!』

 

『そういうことが言いたかったんじゃないんだけど?!』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

初瀬がセーラのリーチに威圧感を感じながらも、負けじとツモ山に手を伸ばす。

 

 

初瀬 手牌

{①①②③⑥⑦⑧⑨北北} {西西横西} ツモ{四}

 

 

満貫の一向聴の初瀬の手に来たのは、無スジの{四}。

 

初瀬は最初から決めていた。この手は押すと。

 

かなり優秀なくっつきの一向聴で、どのような形になったとしても満貫は確約されている形。初瀬はこの状態なら基本親相手でも押すように決めてきた。

 

そうやって確立したスタイルで今までやってきたし、晩成の先輩や仲間に認めてもらってきたのだ。

 

やえに褒めてもらった、絶対にチャンスを逃さないための打ち方。

 

この大舞台であっても、初瀬はその自分の意志を曲げない。

 

力強く、{四}を切り出していく。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ロン」

 

 

 

 

 

セーラから、声がかかった。

少しショックを受ける初瀬だったが、これは自分のスタイルを通した結果。

こんなことでひるんでいては、初瀬のこのスタイルはやってられない。

 

放銃上等。その覚悟があるからこそ、初瀬は自信を持って押せるのだ。

 

 

とはいえ親に一発で振り込んでしまったのだから、12000は覚悟しなければいけない。

が、それでもいいと初瀬は思っていた。次自分が12000を和了れば良いと。

それが自分の打ち方だと。

 

 

セーラが、ニヤリと対面の初瀬を見やる。

 

 

 

「やえんとこの。……強気な打牌とそのスタイルを実現させるだけの技術、精神(メンタル)……めちゃくちゃええもん持っとる。けどな」

 

 

 

セーラの手牌が、開かれた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

セーラ 手牌

{④赤⑤⑥⑧⑧456四五五六六}

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「喧嘩売る相手は選んだほうがええで」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

初瀬は明確に自分の顔から血の気が引いていくのを感じていた。

 

 

 

 

 



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第99局 死の恐怖

『決まったあああああ?!?!決まってしまった!?裏ドラこそ乗らなかったものの開幕早々重すぎる一撃!!!打点女王江口セーラ親倍和了だああああああ!!!!!』

 

『こ、これは……完璧に手を仕上げ切った江口選手を褒めるしかないですね……岡橋選手はここから持ち直せるかが鍵となってきます』

 

『この個人戦グループ決勝戦は25000点を失うとその時点で終了!!首の皮1枚つながりましたが、何かを放銃した時点で勝負がついてしまいます!』

 

 

モニターにアップで映っているのは、今まさに親倍を初瀬から和了ったセーラ。

その獰猛な表情は視聴者の注目をさぞかし集めていることだろう。

 

 

「はっはっは。あかんなあ~セーラと正面からぶつかるのは得策とは思えんなあ」

 

「晩成の副将のコのスタイルだから仕方ないとしても……セーラ飛ばしてるね……」

 

さきいかをかじりながら、無事決勝トーナメント進出を決めた洋榎が恭子のグループ決勝戦を眺めている

その横には、難しい表情でモニターを眺める多恵もいて。

 

 

「セーラからすればいつも通りの手順なんだろうけど……ほんとどこまで高くすれば気が済むんだか……」

 

「アイツ単純にアホやからなあ。高くならんと嫌そうな顔すんのホンマ笑えるで」

 

この2人にしてみれば、セーラとは何万局と共に打った仲だ。打ち筋や特徴などは嫌と言うほどに知っている。

 

そんな2人だからこそ、後ろで試合を見ていた漫は一つ質問をしてみようと思い立った。

 

 

「あの、江口さんってなんであんな高い手しか和了らへんのにバランスよく和了れてるんですかね?」

 

率直な疑問だった。

 

通常、高い手を作ろうと思っても上手くいかないことの方が多いし、毎回高い手を狙っていたら速度が間に合わない。

それこそ今回の卓で言えば、常に最速を行くことのできる恭子がいるわけで、毎回高い手を狙っていては半荘1回勝負で1度も和了れない、なんてこともありうる。

 

そのはずなのに高いレベルで麻雀を打ち続けている江口セーラは何故戦えているのか。

 

 

「漫ちゃんその答えはね、セーラの手組みを見てれば結構面白いことがわかるかもしれないよ?」

 

「手組み……ですか」

 

変わらず漫の顔には疑問符が浮かんでいる。

 

モニターに視線を移してみれば、既に1本場の配牌が配られていた。

 

 

セーラ 配牌 ドラ{8}

{⑥⑦1359一九九東南南白} ツモ{中}

 

 

 

『おっと、江口セーラ選手今度は打って変わって厳しい手牌になりましたね。対子が2つと両面が1つです!』

 

『国士に行くにしてはこころもとない8種……江口選手はどうしますかね』

 

 

セーラは理牌を終えるのとほぼ同時、手の内から1枚の牌を切っていった。

その牌は、{⑥}。

 

 

『おっとお?!唯一ある両面を崩していったぞ江口セーラ?!これはもう点数も持ちましたし、配牌から諦めですか?!』

 

『いえ……これは恐らく……』

 

 

セーラの打牌に、実況の恒子だけではなく漫も驚いていた。

苦しい手牌に唯一あった両面を落とす。漫からすればかなり異質に見える。

 

 

「今みたいな苦しい手、セーラはオリたんじゃないし、ましてや国士一本狙いってわけでもない。セーラのモットーは”和了るなら高い手を”……この形から普通に速度的に追いついてほしいなんて思ってなくて、手牌が進んで、戦えるような打点を作ってぶつけに行く。それがセーラの打ち方」

 

「安全も買いながら高い手を作りに行く……それが高打点の秘訣ですか……」

 

「まあ、それにしたって上手くいきすぎやけどな!アイツはそういう星のもとに生まれてると思った方がええわ。……ま、それを和了り牌止めて1000点でぶっ潰すのがホンマに快感なんやけどなあ~!」

 

「洋榎先輩性格悪すぎです……」

 

何かを思い出したように恍惚な表情を浮かべる洋榎に、引き気味の漫。

改めてセーラの手牌を見直すと、確かに手が高い方高い方へと向かっていた。

 

 

「と、するとやっぱ初瀬は厳しいですかね?」

 

「そんなことはない……って言いたいけど、この半荘1回勝負で親倍はキツすぎるね。他2人が上手い打ち手じゃなかったら2着狙いもできそうだけど、他の2人も超高校級……苦しい展開だね」

 

セーラ以外の2人も、恭子と怜というトンデモない打ち手だ。

初瀬はしょっぱなからかなり厳しい状況に追い込まれたと言える。

 

洋榎も大体考えていることは同じなようで、浮かない顔でモニターを眺めていた。

 

しかし、そこに待ったをかけたのは意外な人物。

 

 

「ん~ウチはそうは思わないのよ~」

 

「ゆっこ?」

 

控室の電気ケトルを使ってお湯をわかしていた由子が、顔を出した。

 

 

「初瀬ちゃんはね~強い子よ~?こんなことでへこたれる子じゃないのよ~、まだまだ諦めない限り、チャンスはあるのよ~!」

 

にっこりとほほ笑んで、握った右手を前に突き出す由子。

団体戦で2度戦ったこともあり、由子は初瀬の気概と実力を買っていた。

 

そんな由子の言葉に、洋榎と多恵も目を合わせて恥ずかし気に笑う。

 

 

「……由子の言う通りだね。……勝負はまだわからない。なにせあのコは団体戦で私達を何度もひやひやさせた晩成の副将なんだから」

 

「せやな!それにこのまんまセーラにいい思いされんのも癪やし、重たいパンチでいてこましたれ!」

 

漫がモニターに映った初瀬の表情を眺める。

団体戦では敵だったが、今は個人戦。一人の友達として、漫は初瀬のことも応援していた。

 

 

(気張りや、初瀬……)

 

1年生で個人戦に残っている選手は残り僅か。

1年生の代表としても、初瀬には悔いのない戦いをしてほしいと心から思っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ポンや!」

 

 

恭子のポン発声で、初瀬はふと我に返った。

 

かすんでいた視界を今一度確保し、自分の手牌を見なおして、ブンブンと首を横に振る。

 

 

(呆けてる時間なんかないぞ私……!)

 

重すぎる1撃。相手が打点女王と呼ばれるほどに強い打ち手なのは知っていたが、まさか東発から親倍を放銃することになるとは思っておらず、初瀬は少なからず動揺していた。

 

何か放銃すれば即、死。

明確な死の恐怖が、初瀬の背中に突きつけられている。

 

 

どんな状況でもいつも通りのスタイルを貫く。

それがどれほど難しいことなのか初瀬は痛感していた。

 

 

初瀬が気持ちの整理をする間にも、局は進んでいく。

 

 

 

「ロン!2000は2300!」

 

 

 

恭子 手牌

{③④⑧⑧678二三四} ポン{⑦⑦横⑦} ロン{②}

 

 

 

恭子の鳴き仕掛けに、振り込んだのはなんと怜。

 

 

「あらら……一鳴き聴牌やったか」

 

「……園城寺……?珍しいこともあるもんやな……」

 

訝し気な表情で点棒を受け取るのは恭子。

それもそうだろう。この園城寺怜という少女のことを知れば知るほど、こんなところで振り込むような打ち手ではないのはわかる。

 

 

セーラがそこそこ育っていた手牌を閉じながら、怜の方を眺めた。

 

 

(やっぱ”視え”なくなっとんな、怜)

 

未来視。

園城寺怜の代名詞とも言われるその力は、言葉通り1巡先の未来を視ることができる。

当然のように彼女の放銃率は人間離れした数値で低く、更には一発ツモ率がとんでもないことになっている。

 

そんな彼女が放銃。

普通ならあり得ないことだ。

 

 

(たまには視えんねんけどな……団体戦決勝の後から、毎巡視ることができなくなってしもた)

 

未来視の消失。

 

チームメイトで親友の竜華からは「怜が体を壊さんならそれでいい!」と言われたものの。

ある程度馴染んだ能力が使えなくなってしまうというのはいささか不便なものだった。

 

しかし、怜はまるで気落ちしていない。

 

 

(”視えないほうが良い”……ワガママにもほどがあるんやけどな。あの時、ウチは本気でそう思ったんやから、これも一つの罰なのかもしれへんな)

 

 

団体戦決勝先鋒戦。

凄まじい戦いとなったあの先鋒戦は、高校麻雀史に残る名勝負とも言われるようになっていた。

 

その戦いの熱量は、今も怜の体を焼いている。

 

 

(手を抜いてるわけやないけどな……この状態でも、戦えること証明したい……なんてな)

 

不思議と怜に焦りはない。

怜の力は、進化の途中にあるのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

東2局 親 恭子 ドラ{中}

 

 

なんとか和了りを拾った恭子。

少し上の空だった初瀬か、形の整ってきたセーラからの出和了りかだと思っていただけに、怜からの放銃は想定外だった。

 

 

(差し込み……?岡橋が振り込む未来が視えたんか……?まあええ。今はとにかく親番に集中や)

 

疑念は尽きないが、あまり考えすぎても仕方ない。

恭子が回したサイコロの出目は7。対面に座る怜の山から配牌が取られていく。

 

そんな中で、やはり初瀬は東1局に受けたショックを消化しきれないでいた。

 

 

(……やっぱり相手が強すぎるのか……?)

 

チームメイトからエールはもらった。

チームメイトだけでなく、地元、他校、様々な人から。

 

しかしそれでも、今回はあまりに相手が強大すぎる。

この席に座るまでは絶対に勝ってやると勢い込んでいた初瀬だったが、同卓してみると受けるプレッシャーが違う。

 

 

初瀬の頭は、ぐるぐるとネガティブな思考が回ってしまっていた。

 

そんな中でもしっかりと打牌ができているのは、日頃の練習の成果なのかもしれないが。

 

 

 

「ポンや」

 

 

またしても親の恭子からかかったポン発声に、初瀬は嫌な汗をかく。

 

同卓してみればわかる。

この打ち手だけは、いつロンと言われるかわかったものではない。

放銃上等といつも思っている初瀬だったが、放銃=死になる今の状況では恭子の存在は恐怖そのものだった。

 

 

そしてもっと恐ろしい恐怖が、3巡後に襲い掛かる。

 

目の前の少女が腕を振りかぶった。

 

 

「ウチもリーチや」

 

卓にたたきつけられた{1}が、ビリビリと衝撃を放つ。

 

 

 

セーラ 手牌

{337799東東西中中発発}

 

 

 

『こ、この手をリーチと行きました江口セーラ!!まだまだ稼ぎたりないのかあ?!』

 

『……どうやらこのリーチの意図は、それだけではない気がしますね……』

 

 

 

 

思わず身体全体が震えるのがわかる。

 

体中が、このリーチを怖がっている。

もうすぐそこまで死が迫っているのを感じる。

 

恭子はツモ切り。安牌だったのでそのまま切った形だろう。

初瀬が、ツモ山へと手を伸ばす。

 

 

初瀬 手牌

{①②③赤⑤⑥335四赤五六八八} ツモ{⑦}

 

 

聴牌。

 

しかしセーラの捨て牌を見れば索子の染め手であることは明白。

この{3}は厳しすぎる上に、恭子にも通っていない。

 

 

『おおっと!岡橋選手聴牌……ですがですが!!この形はあまりにもあまりにもかあ?!』

 

『こーこちゃんそれじゃ伝わらないよ……』

 

 

 

極めつけはセーラが索子の染め手だと判断した恭子が早めに索子に見切りをつけたせいで、この{4}は既に2枚見え、頼みの{八}も2枚見えている。セーラが染め手であるこの状況では、手牌に使われていることの方が多いだろう。とても場況が良いとは言えない待ち。

 

幸い、筒子は形が良く、索子の形も悪くない。

恭子にも比較的通りそうで、セーラへの安牌である{八}あたりで回って、聴牌を組みなおす。

今の初瀬にはそれしか選択肢がないように見えた。

 

震える腕を支えて、右手で{八}を持ち上げる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

回る?

 

そんな時間がどこにある?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

バチン!と大きな音が響き、ギョッとした様子で恭子が初瀬を見やる。

 

そこには自分の両手で両頬を叩いた初瀬の姿。

 

 

 

 

 

(何を弱気になってるんだ!!ここで回るのは私の麻雀じゃないだろ!!)

 

この打ち方を認めてくれたのは、他の誰でもない、憧れの先輩だから。

 

 

 

 

――――どんな時も前向いて、腕振って。貪欲に和了りを勝ち取りにいきなさい。

 

 

 

 

目を閉じればいつだって聞こえてくるあの時の言葉。

あの瞬間から、初瀬は1度たりとも後悔するような和了り逃しをしたことはない。

 

 

勢いよく、初瀬が点箱を開ける。

 

残されたのはこの千点棒ただ一本。

 

 

 

 

 

ただ一本、あればそれでいい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「リーチィ!!!!」

 

 

 

 

 

 

 

驚きに目を丸くした恭子と怜の横、セーラの表情が目に見えて明るくなる。

 

 

(それでこそウチが認めた1年や!!勝負といこうか!)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

晩成控室。

 

 

まだ東2局とは思えないほどの熱狂が、そこにはあった。

 

 

 

「いっけえええ!!!初瀬!!」

 

「そうだ!初瀬それでこそお前なんだ!!」

 

憧と由華が、鬼気迫る表情の初瀬にエールを送り。

 

それを心配そうな表情で後ろから眺める紀子もいて。

 

 

そんな控室で、やえが真剣な表情でモニターを眺めた。

 

 

「そうよ。どんな時も前を向きなさい。あなたなら……できるわ初瀬。その刃……セーラに届かせてみせなさい」

 

 

 

持った武器は「攻撃」の一つだけ。

それでも愚直に戦い続ける。

 

 

 

 

 

 

初瀬は進んだ。死の恐怖に抗い、あらんかぎりのリーチ棒を投げうって。

 

 

 



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第100局 千里山女子

咲原作特有の過去回想……黒い背景ページをイメージしながら読んでくださいな。




 

 

まだ暑いというよりも温かいという言葉が先に出てくるような4月の終わり。

世間の新入生たちも浮ついた空気から少しずつ新しい環境に慣れ始めた時期。

 

全国の高校麻雀部にとっては、ちょうど夏のシード権をかけて戦う春季大会が終わった頃合いだ。

 

 

今年の関西大会ではやはり……姫松高校が制した。

元々ネットの評判でも姫松が優勢であるとの声は多数挙がっていたし、この決着は割と当然の結果、と高校麻雀ファンは捉えている。

 

人々の注目は早くも夏の予選に移っており……各校が獲得した新入生がどのような活躍をしてくれるかという話題も既にのぼっていた。

 

そんな中で、今回の結果を受け止めきれない高校が一つ。

 

 

「負けたなあ、怜」

 

「せやなあ……」

 

 

もう日が沈みかけている時間帯の公園。

 

園城寺怜と清水谷竜華の二人は、ベンチに腰を下ろしていた。

通りを1本挟んだ先にある大通りを通っていく人々や車の喧騒がどこか遠い。

 

目の前にぶら下がるブランコは誰が使ったわけでもなく、その役目を待ち静かに止まっていて。

 

 

無言で竜華の太ももの上に膝枕をするように寄り掛かった怜が、一つため息をついた。

 

 

「私な、勘違いしてたみたいやねん」

 

「……うん」

 

「去年えらい力に目覚めてしもて、これでウチも最強やー。これでようやくりゅーかやせーらの力になれるーって思ってたんよ」

 

「……うん」

 

 

園城寺怜という少女は、この千里山女子高校に入ってすぐに頭角を現したわけではない。

むしろほとんどの時間を3軍で過ごした雀士だった。

 

1軍でバリバリ活躍するセーラや竜華と幼馴染であったこともあり、誇らしさと同時に寂しさも覚えていたものの、病弱だった自身の気質もあってか、このまま何事もなく高校麻雀生活を終えるのだと思っていた。

 

 

しかし異変が訪れたのは昨年の秋。

病気で生死の境を彷徨った怜は、なんと生還したタイミングで、”一巡先が視える”という特異な能力に目覚めていた。

 

麻雀を少しやったことのある人間なら、この能力がどれだけ凄まじいことかはわかるだろう。

その力の恩恵は凄まじく、着々と勝率を上げていった怜は、いつのまにか幼馴染のセーラを抑えて強豪千里山女子の先鋒を務めるほどになったのだ。

 

全国でも指折りの強豪校、そのエース。

気弱だった彼女が自分の実力に自信をつけるのには時間がかかったが、確かな自信がすこしづつでき始めたそんな時期。

 

その自信はあっけなく崩れ去ることとなる。

 

同じ関西の、常勝を掲げる高校によって。

 

 

「……去年の秋季大会、初めて打ってな、何や、そん時はまだこの打ち方に慣れてへんからかもーなんて思ったりしてな?次こそはって、しーっかり準備して今回の春季大会に臨んだんよ」

 

「うん……」

 

「少しはやれるかと思って挑んだらな?……あんな赤子の手を捻るようにやられてしもたら、ポッキリ心いってまうやんか」

 

言いながら、怜は少し目を閉じる。

 

浮かんでくるのは、目の前に浮かぶ白銀の甲冑を着た騎士と、飛来するいくつもの剣。

容赦なく放たれるその剣に、怜はなす術もなく貫かれた。

 

どんな未来を辿っても、どんな選択をしても、確実にその剣は自分を貫く。

「理」という強固な意志によって放たれるその剣は、怜に明確な実力差を感じさせるには十分だった。

 

 

嫌な記憶を掘り起こしてしまい、憂鬱な気分になる怜の頬に、感じるのは水滴。

 

雨でも降って来たかと思って目を開けてみれば、大好きな親友がその瞳から涙をあふれさせていた。

 

 

「怜だけやないよ……!ウチも……ウチもなんもできへんかった……!せっかく船Qがチャンスを残してくれたのに……!何もできへんかった……!」

 

竜華の太ももに雨が降る。

握られた拳は力強く、ちょっとやそっとのことでは離れそうもない。

 

竜華も確実にこの2年間でレベルアップしていた。

元々府内ではかなりの実力者であった彼女が、「千里山女子」という環境を手に入れてメキメキとその実力を伸ばしていくことに、なんら疑問はなかった。

 

極限まで集中力を高めれば恐ろしいほどの実力を発揮する上に、そうでなくとも、自分の手の最終形をイメージし、それを完成させることができるほどに彼女の力は成長していた。

 

しかし、それでも。追い付かない。

 

 

「どんなに完成形が視えても、たどり着けへん……!怜が教えてくれた明るい未来に、たどり着かないんはウチのせいや……!」

 

どんなに手の完成形が視えたところで、道中で局が終わってしまえば何もならない。

一人の凡人によって蹂躙された大将卓は、史上最も早い時間で決着した。

 

もっとも、その凡人は「長引いていたら危なかった」などと抜かしていたが。

 

感覚をどれだけ研ぎ澄まして、鳴きも駆使して牌を引き寄せても、凡人の積み重ねが一歩上を行く。

それが積み重ねてきた研鑽の結果だということがわかってしまうから、尚更竜華の心は晴れなかった。

認めてしまったら、明確な差を押し付けられてしまうから。

 

 

 

二人を照らす公園の街頭は一つだけ。

竜華の小さい嗚咽だけが、もう暗くなった公園に響いている。

 

今回の春季大会では、頼みの綱であるセーラも、「守りの化身」によって完全に封殺され点棒を稼ぐことができず。

不機嫌そうに「帰る」とだけ残した彼女は、きっと今頃部屋で暴れているのだろう。

 

 

少しの静寂が、2人の間を支配した。

 

 

 

「強く……なりたい」

 

小さく呟いた竜華の言葉は、間違いなく彼女の今の心情を表すのに適していて。

 

怜も無言で、その言葉に頷く。

 

涙を無理やり止めようと、真上を向いた竜華の感情が堰を切ったように流れだした。

 

 

 

 

「強くなりたい強くなりたい強くなりたい強くなりたい強くなりたい強くなりたいッ!!!!!」

 

 

慟哭にも似た心の叫び。

親友のそんな姿を見て、怜は静かに大好きな竜華の太ももを離れ、ベンチから立つ。

 

ちょうど怜の視線と、座っている竜華の視線が平行に交わり、その時竜華は気付いた。

怜の瞳にも、同じように涙が溢れていたことに。

 

 

瞬間、竜華の顔がぬくもりに包まれる。

いつもとは違う、少し寂しさの混じった温かさ。

 

少し遅れて竜華は怜に抱きしめられたことに気付く。

 

 

 

 

 

 

 

「私も……強くなりたい。……なろう。私と竜華で。1番強くなるんや」

 

「うん……!うん!絶対……絶対次は負けへんから……!」

 

 

 

 

 

 

 

相変わらず、大通りを通る車の照明とエンジン音が煩い。

 

 

 

 

 

この夜、2人は決めたのだ。

 

今年は必ず、千里山が優勝する、と。

 

 

 

 



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第101局 未来を視る者

点数状況

 

東家 江口セーラ 48000(-1000)

南家 末原恭子  27300

西家 岡橋初瀬      0(ー1000)

北家 園城寺怜  23700

 

 

 

 

 

 

 

少し昔を思い出していた怜は、閉じていた瞳を開ける。

目に入ってきたのは、イキイキとした表情で晩成の1年生と相対するセーラ。

 

このセーラも、様々な挫折と努力を繰り返してきたことを知っている。

これだけの実力を手にするまでに彼女が繰り返してきた研鑽を知っている。

 

怜と竜華が勝利を誓ったあの日、セーラも確かに、同じような感情を覚えていたことを怜は知っている。

 

同じ関西の、それも幼馴染2人が所属する高校に完敗。

セーラの性格から考えても悔しくないはずがない。

 

絶対に勝ってやるという強い意気込みで今年のインターハイに臨んだのは、千里山女子全員に言えることだった。

 

 

全てを出し尽くし、団体戦は終わった。

 

 

ここからは個人戦。

 

積み重ねてきた年月と、この高校生活3年間の想いをぶつけるように、今最大限に勝負を楽しむセーラの姿は眩しく見えた。

 

 

 

(楽しそうやんかセーラ)

 

状況は今まさに初瀬が追いかけとなるリーチを打ったところ。

ビリビリと火花を通り越えて火が吹きそうなそのリーチは、恭子と怜に冷や汗をかかせるには十分過ぎて。

 

セーラこそこの状況を楽しんでいるように見えるが、まさか目の前のルーキーが追いかけリーチにまで踏み切ってくるとは思わなかっただろう。

 

それもそうだ。このリーチを打ってしまえば、誰かに何をツモられてもトビ終了。

恭子が聴牌かどうかもわからないこの状況なら、一旦恭子の様子を見るのが常道。

 

しかしその巡目すらいらないと感じた初瀬から繰り出される、文字通り命がけのこのリーチは他3者の顔を引きつらせた。

 

怜が牌をツモり、手牌の横に置いて一つ息をつく。

 

 

(せやけどな。ここは個人戦。セーラ、恨みっこなしやで……)

 

瞬間、怜の右目がエメラルドに光る。

”一巡先を視る者”。常時発動することは今の怜には難しいが、こういった大事なシーンではしっかりと発動してくれる。

自分がこの牌を切った後の、起こりうる未来。

 

その未来を一瞬で観測し……。

 

 

(?!)

 

怜は跳ねるように初瀬の方を見た。

 

 

(ハハハ……ホンマ……この子はおもろいなあ……せやけどな、ここは動かせてもらうわ)

 

怜が苦笑いを隠せない。

リーチ者が2人というこの状況は、怜にとって未来を観測しやすい。

リーチという行為は、行った者に縛りをかける。打点を上げる代わりにそれ以降全ての牌をツモ切るという代償。

つまりここからの打牌に、リーチを行った2人の意志は介在しない。

 

だからこそ確定的で、分岐が少ないこの状況は怜にとってやりやすい場だった。

 

 

セーラが力強く牌を切り、当たれるもんなら当たってみろという表情を初瀬に向ける。

 

恭子の手番だ。

 

 

恭子 手牌

 

{①①789一二三七九} {白白横白} ツモ{中}

 

 

(生牌の字牌ドラ……最悪や。染め手っぽく見える江口には到底切れん牌。しゃあないな……)

 

愚形とはいえ和了りやすそうな待ちであっただけに、苦々しい表情で持ってきた{中}を見つめる恭子。

多少の牌であれば押してやろうかとも考えていたのだが、ここまで厳しい牌は押せない。

 

恭子の鳴きは最速を求めながらも、バランスの鳴き。

しっかりとオリる時のことも考えていた恭子は、2人に対してかなり安全度の高い{九}を切り出す。

 

 

 

 

その打牌を見届けた後、鬼気迫った表情の初瀬が勢いよく山に手を伸ばそうとして

 

 

「ポン」

 

虚を突かれたように怜の声に邪魔される。

 

おずおずといった動作で手を膝の上に戻す初瀬は、冷静になって怜が何故ポンしたのかを考えていた。

 

 

(園城寺怜がポン……?何の狙いだ……?)

 

初瀬も怜が一巡先を視ることはもちろん知っている。

普通に考えれば、怜が避けたかった未来があるということ。

 

すると俄然、今手が伸びかけたあの牌に何かある可能性が高い。

 

そこまで考えた上で……「どうせリーチしてるしこれ以上考えるのも無駄か」。

と思考を放棄した。確かに。

 

 

 

牌を切りだし、一仕事を終えたように目を閉じる怜。

 

その様子を見留めてから、セーラがツモ山へと手を伸ばした。

 

 

セーラの親指に触れたのは、4本の筋。

 

 

 

「おいおいおいおい……マジで言ってんのかあ?!」

 

盲牌したまま見ることもなく河へと叩きつけられたその牌は。

 

 

{4}だった。

 

 

 

「ロン!!!!」

 

 

初瀬の声が響き渡る。

 

 

 

初瀬 手牌 裏ドラ{⑦}

{①②③赤⑤⑥⑦35四赤五六八八} ロン{4} 

 

 

「8000!」

 

 

 

 

『きいまったああああ!!!!命を差し出して得たのは、値千金のトップからの直撃いい!!!!岡橋初瀬!!復☆活!!!』

 

『驚きましたね……園城寺さんの鳴きが無ければ一発ツモがついて跳満……彼女の勝負強さは恐ろしいですね……』

 

 

 

快活に笑いながら、セーラが初瀬に点棒を渡す。

 

 

「驚いたわ……ホンマおもろいわ……流石やえの弟子やな!認めるわ、お前の強さ!」

 

江口セーラに認められるということは、たいていの1年生にとってはとても喜ばしいこと。すぐにでも自慢したくなるようなその賛辞に、しかし初瀬は表情を崩さない。

 

 

「まだです……」

 

「ほお……?」

 

セーラの言葉に、異を唱える初瀬。

その目には、自身の今の点棒状況しか映っていないように見えた。

 

 

「まだ、3分の1しか返してもらってませんから」

 

「……上等や……!」

 

認められるということは、少なくとも下に見られているということ。

認めてもらう必要はない。初瀬が喜べるのは、この一戦の勝利以外ありえない。

 

そんな強気な初瀬の瞳が、セーラと交錯して火花を散らす。

 

 

 

「頼むから他でやってくれへん……?」

 

恭子の悲しい呟きは虚空に消えた。

 

 

東3局。

まだ勝負は始まったばかりだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

東3局 親 初瀬

 

 

噴き出した炎の勢いはまだまだ衰えることが無い。

 

 

「ポン!」

 

 

軽快に{東}を仕掛けたのは初瀬。

ダブ東を持っていたら鳴かないことは無いと話す彼女の真っすぐな打ち筋が、上級生3人の打牌を制限する。

 

 

『仕掛けていったあ!まだ手形は良くないですが、ガンガン行きそうですね!』

 

『彼女の場合、他3人はリーチするにしても確かな自信のある待ちでない限り行き辛いですからね。何筋押されるかわからないので……』

 

 

健夜の言う通り、初瀬の強みはその打ち方故に相手も簡単に吹っ掛けることができないということ。

押しの強い打ち手に対してリーチを打つということは、相手に掴ませるか自分でツモれる自信が無いといけない。

 

そして待ちを作りに行くには、多少なりとも時間がかかることが多い。

 

 

 

5巡目 恭子 手牌 ドラ{2}

{⑤⑦46789三四五六七七} ツモ{⑥}

 

 

最速を目指していた恭子が最初の聴牌。

 

 

(……ほぐしやな)

 

しかしあまりにも打点も無く待ちが弱く、そして他の形が良い。

ほぐして良形の聴牌に持っていった方が、勝率は抜群に上がるだろう。

 

恭子が行くのは和了りまでの最速であって、聴牌までの最速ではない。

ここで勝負を焦って愚形リーチに行くような打ち方は、していなかった。

 

もちろん本来ツモになっていた{5}を持ってきた時のことも想定している。

 

 

(岡橋相手にフリテンリーチはしたないな……とはいえ3面張リーチせずは弱気すぎる……願わくば良い待ちになってほしい所やな)

 

様々な可能性を考慮して、切っていったのは{4}。

これにかみついたのはやはり初瀬。

 

 

「チー!」

 

初瀬が晒したのは{赤56}。

これでダブ東に赤を加えて5800以上が確定した。

 

親のダブ東を加えた2鳴き。

普通ならいつ12000が飛んできてもおかしくない。そんな状況に、卓の緊張感も増していく。

 

 

 

(聴牌……?いや、岡橋ならまだ張ってないことの方が多いやろ)

 

(ハッ!関係ねえな!)

 

恭子は疑いの目、セーラは全く引く気がないといった様子。

 

初瀬もプレッシャーを感じてはいるが、おめおめと引き下がるつもりはない。

なにより今自分は有利な状況にある。

 

強い意志を持って勢いよく切り出したのは{④}。他者から見ると濃いところで、聴牌に見えなくもない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「リーチ」

 

 

 

瞬間、強烈な波動が初瀬の下家から放たれる。

 

怜が取り出した千点棒は静かに、そして威圧的に場の中央付近に直立した。

 

初瀬が、生唾を飲み込む。

 

団体戦決勝で見た。この独特なリーチの仕方は。

 

 

 

 

”一巡先を視る者”がリーチをする。

 

その意味は。

 

 

 

 

 

怜 手牌 ドラ{2}

{⑨⑨234789三四五八八}

 

 

 

 

 

(((ツモられる……ッ!)))

 

 

 

 

両目を光らせた怜が、ニコリと静かに笑った。

 

 

 

 



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第102局 和了る意志

『キタキタキターーー!!一巡先を視る者園城寺怜!!この緊迫した場面でリーチを打ってきたぞおお!!!その瞳には一体何が見えているのか?!』

 

『一巡先の結果じゃないかな……』

 

 

このグループ個人決勝戦では、恒子がマイクを取り上げるようにして熱のこもった実況を続けている。

恒子から放たれる溢れんばかりの熱は確かに視聴者に届いていた。

 

 

『こうなると他3者はなんとかしてずらしにいかなければ、と思うところですが……ずらすのが正解かどうかも怪しいですから難しいですね』

 

 

健夜の言う通り、このリーチはただ鳴いてずらせば良いというものではない。

怜は今まで一発ツモが和了れる時限定でリーチを打ってきたのだが、最近はずらされる前提でリーチを打ってくることもあるので対局者はやりづらいことこの上ない。

 

怜が複数の未来を視られるようになった故の強みがしっかりと機能していた。

 

そんなリーチだからこそ、セーラが頭の上で腕を組んで愚痴を漏らす。

 

 

「かあ~!怜のリーチは嫌やなあ~!」

 

「私からすれば、セーラのリーチの方が嫌やけどな……」

 

しぶしぶといった感じでセーラが切り出したのは{二}。

怜に対しては現物の牌だ。

そして、恭子には鳴かれそうな所。

 

”あの”3人と麻雀を長く打ってきたセーラだ。

どこかの守りの化身ほどではないにせよ、相手の手牌構成がわからないわけはない。

 

 

この{二}に、恭子が少考する。

 

 

(どっちや……ズラすんが正解か……罠か……)

 

ここで怜に一発ツモをされてしまうのは痛い。

初瀬が和了ったことでトビ終了の可能性は減ったとはいえ、現状怜は2着争いの相手だ。

ここで大きいのを和了られてしまうと、1回勝負のこの局では手痛い一撃となってしまう。

 

そう考えれば、恭子の選択肢は一つだった。

 

 

「……チーや」

 

晒したのは{三四}。

難しい表情で恭子がセーラから放たれた{二}を拾いあげる。

 

どちらでもツモられる可能性があるのであれば、一発という偶発役を回避するために鳴く選択肢をとらざるを得なかったのだ。

 

 

そしてそれを、怜も理解している。

 

 

 

 

 

「ツモ」

 

 

怜の手牌が開かれた。

 

 

 

怜 手牌  裏ドラ{9}

{⑨⑨234789三四五八八}  ツモ{⑨}

 

 

 

「2000、4000やな」

 

 

 

 

『決まったああああ!!!!末原選手の鳴きもなんのその!しっかりとツモって園城寺怜選手が2着浮上です!!』

 

『今の感じだと、どうやら鳴かれる前提でリーチをしていたような気がしますね』

 

 

怜がゆっくりと差し出された点棒を点箱へとしまう。

恭子も少し悔しそうな表情で怜を見つめた。

 

 

(鳴くのはわかってたって顔やな……)

 

(そら末原ちゃんやったら鳴くやろ……末原ちゃんは常に最善を選ぶんやから)

 

恭子の読みまで信じ切って、怜が一歩決勝トーナメントへと近づいた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

点数状況

 

東家 江口セーラ 38000

南家 末原恭子  25300

西家 岡橋初瀬   6000

北家 園城寺怜  30700

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

東4局 親 怜

 

 

東3局の満貫ツモで流れを掴んだのは怜だった。

まだ能力の方は本調子とはいかないものの、配牌とツモに恵まれ、いち早く聴牌形を作り上げる。

 

 

怜 手牌 ドラ{5}

{②④⑥⑦⑧12256四五六} ツモ{7}

 

 

カン{③}の聴牌。

怜が力を使って一巡先を視るも、次のツモは{③}ではない。

{1}を切ってダマテンに構えた。

 

 

(ま、出たら和了るけどな……)

 

今の怜は万全ではない。

毎巡次が視えるわけではないし、この巡目に関しては、{③}が出てくるといった情報は得られなかった。

 

 

 

 

7巡目 怜

{②④⑥⑦⑧22567四五六} ツモ{2}

 

待ち変えのチャンスと共に、怜によぎったとある予感。

過程こそ見えなかったものの、わずかに見えたのは、確かに自身のツモる動作。

 

 

 

(今一瞬……見えたで)

 

怜が点箱を開ける動作で、空気が一瞬にして張り詰める。

 

 

「リーチ」

 

流れるような動作で{④}を河に放ち、取り出した千点棒はまたしても怜の目の前に直立した。

 

 

 

『またしても園城寺怜のリーチだああああ!!!カン{③}をやめて{②}単騎!この変則的な待ち変えは!!』

 

『十中八九、ツモりますね。このままなら』

 

 

解説陣の言葉に、会場も沸き上がる。

怜のこの不可思議なリーチは一発ツモであることがあまりにも多い。

観客とてそれを知らない者のほうが少ないのだ。

 

 

ツモ山へと手を伸ばすセーラも、ここで怜に満貫程度をツモられようものなら1位が逆転する。

当然無策では挑まない。

 

セーラから切られた{3}に反応して、恭子がわずかに動きを止める。

 

が、今度はそのままツモ山へと手を伸ばした。

 

 

 

恭子 手牌

{⑧⑧45二三三四四赤五八八九} ツモ{九}

 

 

(それ鳴いても聴牌取れるんやけどな……残った形も悪すぎやし、さっきはこれを鳴いてあかんかった……こんどはスルーで様子見や。そしてこの逡巡にも意味がある)

 

{3}を鳴いて聴牌を取ると、残った形は{⑧}と{八}のシャンポン待ち。

{八}が既に2枚切られているこの状況であれば、その聴牌は取りにくい。

 

そして先ほども同じような状況から鳴いてツモられた。

変化をつけてみようというのは恭子なりに出した一つの答え。

 

ノーチャンスで安全になった{九}を切り出していく恭子。

これで一発ツモをされると痛いが、まだ追い付けない点差ではない。

そう割り切って恭子は一つ息をついた。

 

 

 

 

 

 

同巡 初瀬 手牌

{③④⑦⑦⑧13赤567五六七} ツモ{②}

 

 

初瀬が、同巡で追い付く。

 

 

『岡橋選手、聴牌……ですね!{2}待ちは勝負するには少し苦しいかー?』

 

『今江口選手から{3}が切られ、場況は悪くないように見えますが……実際は園城寺選手に暗刻ですか。どちらにせよこの状況に限っては、リーチはほぼできないでしょう』

 

健夜の解説はもっともだった。

カン{2}待ち自体は悪くないとしても、初瀬が押したのを見てそうやすやすと切ってくれるほどこのメンバーは甘くない。

 

そして一番大きな理由は、今が”園城寺怜のリーチ”中であるということ。

だいたいが一発でツモられるというこのリーチに対して、わざわざリーチ棒を1本無駄にする必要はないだろう。

 

さらに言えば、園城寺怜は”一巡先を視る”。

ここで初瀬に聴牌が入るのを見越して……余る{⑧}を狙われているのだとしたら?

ただでさえ今初瀬から7700以上の打点を和了れば、初瀬をトバして怜は勝ち抜け。怜からすればこの上ない結果だろう。

 

そう考えればこの聴牌打牌を切る事さえできなくなる。

 

幸い安牌はいくつかある。

ここは親のリーチの一発目。4000オールと言われてしまっても、初瀬には一応まだ点棒が残る。

現物の{8}あたりで怜がツモるのかどうかを見守るのがベスト。

 

誰が座っていても、この場はその判断を下すだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「リーチ!」

 

 

 

到底あり得ない発声が、卓に響いた。

 

放たれる{⑧}が、勢いよく曲がる。

激しく叩きつけられた牌が、初瀬の河に並んだ牌達を無理やり躍らせた。

 

 

 

『り、リーチ?!?!岡橋初瀬選手!!ここでまさかまさかのリーチ選択だああ!!!!』

 

『これは……一見やりすぎのようにも見えますが……彼女のポリシーなのでしょう。園城寺選手の手が8000オールでない保証もありませんし、どうせやられるなら最後まで自分の姿勢を貫きたい……そういった想いが見えますね』

 

『園城寺怜選手のリーチに対して鳴く選手こそ多いものの、リーチを仕掛けていったのは彼女が初めてではないでしょうか!?『攻めない麻雀は晩成の麻雀ではない』そう宣言した彼女の言葉に、どうやら嘘は無かったようです!!』

 

初瀬の瞳は、諦めて自暴自棄になっているような瞳ではない。

 

むしろそれとは真反対。

強い意志のこもった瞳が、3人を睨みつけていた。

 

 

たとえ和了れる確率が1%に満たなくても。

リスクの方が大きかったとしても。

 

和了り逃しだけは絶対にしない。

 

初瀬の信念は、この場この状況であっても全く揺らがなかった。

 

 

 

あまりのできごとに、一瞬呆気にとられる3人。

 

しかし恭子がすぐさま次の最善を選んだ。

 

 

 

「……ポンや!!!」

 

 

一瞬山へと手が伸びかけた怜が、恭子の発声によって咎められる。

 

恭子は{⑧}を2枚晒して右端へ置くと、手から{九}を切り出した。

 

 

(これはおそらく、園城寺の読みから外れたイレギュラー。園城寺の表情見れば流石にわかるわ。……仮にウチの推測が正しかったとすれば、園城寺のツモ牌は岡橋に吸収されたことになる……元々のツモが岡橋んとこに行くのは不安やけど、この聴牌はとらせてもらう……!)

 

目が回る速度で動いていく場の状況を、恭子が必死に追いかけていた。

最初のセーラの{3}を恭子が鳴いていれば、初瀬の所に行った牌が、怜のツモ。

もし仮に怜がそこに調整をかけていたのだとすれば、この時点で怜の有利は消えている。

 

であるからこそ、ここで恭子が聴牌さえとってしまえば怜からの直撃チャンスへと変わる。

一瞬で状況が逆転したことになるのだ。

 

 

しかし、勝負は恭子が予想もしなかった意外な形で決着となる。

 

 

 

 

 

 

「ツモ!!!」

 

 

初瀬 ドラ{5} 裏ドラ{発}

{②③④⑦⑦13赤567五六七} ツモ{2}

 

 

 

「2000、4000!」

 

 

 

 

 

『ツモったああああ?!!?なんという強引……!晩成の若き狂戦士(バーサーカー)は”一巡先を視る者”の予測すらも超えるのか?!』

 

『とてつもないですね……常に綱渡りでありながら、いつでも攻める、和了る、という強い意志を持っている……対戦相手からすると見ている以上にやりにくい相手かもしれません』

 

 

初瀬のあまりにも強引なツモ和了りに、会場も異様な雰囲気に包まれる。

その雰囲気は、もしかするとここから1年生の初瀬がこの高校トップクラスの上級生を相手に番狂わせを起こしてしまうのではないかという期待から来るものだった。

 

誰もが予想だにしない展開は、熱狂を呼ぶ。

 

 

 

 

 

点棒を渡しながら、怜は初瀬のツモった{2}を静かに見つめていた。

 

 

「……ちょっと失礼やでー」

 

3人に聞こえるか聞こえないか程度の声。

怜は自分の目の前にあった王牌の、一番()()の牌を1枚だけめくった。

 

その牌を確認した怜が、少しだけ微笑む。

 

 

 

 

(……まだ、私も強くなれそやな)

 

 

 

 

恭子は確かに見た。

 

卓の中央に流れていく牌達。

その中の1枚。

 

 

 

怜によってめくられた牌は、{②}だった。

 

 

 



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第103局 速さと巧さ

 

点数状況

 

東家 江口セーラ 36000

南家 末原恭子  23300

西家 岡橋初瀬  15000

北家 園城寺怜  25700 

 

 

 

 

 

 

 

南1局 親 セーラ

 

 

グループ決勝戦は南場に突入した。

 

点数状況はややセーラがリードしているものの、それも安泰と呼べるほどではなく。

死の間際まで追い詰められた初瀬も、気が付けば決勝トーナメント進出が現実的に見えてくるほどに点数を回復していた。

 

 

 

5巡目 セーラ 手牌 ドラ{7}

{①②⑥⑦34678二二四赤五} ツモ{7}

 

 

(さてさて……)

 

セーラが持ってきたのは、ドラの{7}。

ブロック数は足りているので本来ならツモ切っても良いのだが、打点の種ともいえるこの牌をセーラはこの段階では手放さない。

 

 

『江口セーラ選手!ドラを持ってきましたがこれは使えますかね??』

 

『中ぶくれ、と呼ばれる6778のような形は、2面子作るのには最適な形ですからね。きっと索子を伸ばしてドラを使い切るつもりなのでしょう』

 

『ひえ~!ドラを使い切れれば満貫はほぼ確定のようなこの手牌!またも東1局のような大物手が飛び出すのか?!』

 

 

ゆったりと大きな手を狙って打つセーラの雀風。

それを理解しているからこそ、周りも対処せざるを得ない。

 

 

「チーや」

 

セーラから切られたのは{②}。

その牌に恭子が手牌から{③④}を晒して、鳴きを入れた。

 

江口セーラという打ち手を放っておくと大変なことになる。

それを理解しているからこそ、先に和了りきることが最大のセーラ対策と言えた。

 

 

6巡目 セーラ 手牌

{①⑥⑦346778二二四赤五} ツモ{中}

 

持ってきたのは生牌の{中}。

恭子に鳴きが入っているし、他の2人にも鳴かれる可能性のある役牌。

 

 

(……まあ、ポンまでなら許すわ)

 

余っている{①}よりも先に。

細やかな打牌選択だが、重ねられるより先に切りたいというセーラの意図が見えるこの打牌。

 

 

 

 

「ロン」

 

 

その牌を恭子が捉える。

 

 

 

 

恭子 手牌

{①①234二三四中中} {横②③④} ロン{中}

 

 

 

「2000や」

 

 

 

『ここはスピードスター末原恭子の和了り!!両面の{②}から仕掛けて2000点の和了です!!』

 

『両面とはいえ、三色にするならカンチャンやペンチャンと同様、待ちは1種類だけですからね。待ちも優秀なのであそこから仕掛けましたか』

 

 

少し恭子の河と手牌を眺めた後、セーラが恭子へと点棒を渡す。

 

 

「相変わらずはえーなあ?」

 

「……あいにくそれしか取り柄がないもんでな」

 

自嘲気味に呟いたその言葉は、紛れもなく恭子の本心だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

南2局 親 恭子 ドラ{②}

 

 

配牌を受け取った初瀬が、一つ大きく息を吐く。

 

東4局の和了りでだいぶ点棒を回復した初瀬だったが、依然ラス目なのは変わらない。

親番があるとはいえ、ここにいるメンバーがそうやすやすと連荘させてくれるとは限らない。

 

とすると、やることは一つ。

 

 

(どこかのタイミング。あと1回あるかないかの勝負手が入った時、その手牌を仕上げて絶対に和了りきる)

 

初瀬の強さは、勝負手だと思った手牌を仕上げる強さ。

毎回ひたすらに押すわけではなく、自身の手牌価値と、和了りやすさを考慮して押しに行く初瀬のスタイルは、この3ヶ月で恐ろしいほど上手くチューニングがなされていた。

 

それはひとえに、育ててくれた人間が優秀だったからで。

 

 

(やえ先輩に認めてもらった攻めと、由華先輩に育ててもらった打点力。紀子ちゃん先輩に教えてもらった鳴きの技術……すべてを出し切って、ここで勝つ……!)

 

1人じゃない。

生意気だった自分をここまで面倒見てくれた先輩たちがいる。同級生がいる。

 

そんな仲間のためにも、自分がここで倒れるわけにはいかない。

 

そう気合を入れて、捨てる牌を選んでいく初瀬。

 

 

 

丁寧に手牌を育てていた5巡目のことだった。

 

 

突然下家に座る怜が目を伏せる。

 

 

そんな怜の様子に少しだけ感じた違和感の理由は、すぐに明かされた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ツモ」

 

 

(……は?!)

 

 

 

 

思わず初瀬が、声に出そうになるほどの驚愕。

まだ5巡目だ。

 

 

 

 

恭子 手牌 ドラ{②}

{②④⑦⑦333三四五} {⑧⑧横⑧} ツモ{③}

 

 

「1000オールや」

 

 

『速い~!!!!速すぎるぞスピードスター末原恭子!!5巡目にしてこの和了をものにしました!!』

 

『あの手牌から8pのポン……インターハイに出てる選手のうち、これを鳴いていける選手はかなり少ないかもしれませんね』

 

『まだ8pをポンした段階では2向聴!確かに残った形はくっつきやすいとても良い形でしたが、あっという間に仕上げてしまいました!』

 

 

電光石火。

常に最速をはじき出す恭子の頭脳が、この局も誰も追い付かせない速度で他者を振り切った。

 

点棒を渡す千里山の2人は、そんな恭子の速すぎる和了りに対して不満げで。

 

 

 

「……末原ちゃん、前よりも速くなってへん?」

 

「せやせや~。こんな速く1局終わったらつまらんや~ん」

 

「好き放題言いよって……」

 

 

額に青筋を浮かべながら点棒をしまう恭子。

 

そんな様子を見て、冷や汗が流れるのは初瀬だった。

 

 

(このメンツを相手に、勝負手を潰されずに和了りきれるのか……?!)

 

 

 

 

南2局1本場 親 恭子 ドラ{3}

 

 

4巡目。

 

 

「ポン」

 

恭子の声がまたしても響く。

軽快に{白}を鳴いていった恭子から出てきた{7}で、場に緊張感が張り詰めた。

 

 

『末原選手に鳴かれると、もう聴牌なのではないか?!と思ってしまいますよね!』

 

『おそらく、ここにいる選手たちは先ほどの和了りでその感覚を植え付けられましたね。私達は手牌が見えているので、まだ末原選手が2向聴なのがわかりますが、同卓している選手たちは気が気ではないでしょう』

 

 

初瀬の打牌にも制限がかかる。

そこまで打点も速さも見込めない手牌で、恭子の仕掛に踏み込んでいくのはかなり厳しい。

安全そうなところを選びながら、めいっぱいとはいかない手牌進行になってしまう。

 

 

 

 

8巡目 セーラ 手牌 ドラ{4}

{1244678八東東南発中} ツモ{南}

 

字牌が重なって染め手に一歩近づいたセーラだったが、既にこの{南}は2枚切れ。

あまり嬉しい重なり方ではなかった。

 

 

(末原の上家嫌やなあ……ま、和了りに行くんやったら関係ないんやけどな!)

 

自分が和了れば良いとばかりに切り出すのは{八}。

染め手に一直線だ。

 

 

恭子が手から牌をツモ切って、初瀬に手番が回ってくる。

 

 

初瀬 手牌

{③④⑦⑧2357一三八八九} ツモ{1}

 

 

和了りまではまだ遠く、かといってオリるには早すぎるそんな手牌。

今通った{八}を切っていくのは簡単なのだが、他に雀頭候補がないこの手牌で唯一の対子である{八}を切っていくのは流石に消極的過ぎる。

 

であれば捨て牌と合わせてノーチャンスになった{九}を切っていくのが、安全も買えて手牌もそこまで狭めずに進められる選択肢。

 

そこまで考えて、初瀬は{九}を切り出した。

 

 

 

 

 

 

「ロン」

 

 

そこまでを見通す者の目が、初瀬の打牌を許さなかった。

 

 

 

怜 手牌

{②③④⑤⑥⑦一二三九西西西} ロン{九}

 

 

 

「1300は……1600やな」

 

 

 

翡翠色に輝く怜の右目が、驚く初瀬の表情をしっかりと捉えている。

捨て牌には、{①}が置いてあった。

 

 

『出たあああ!!!一巡先を視る者園城寺怜!!三面張に取らず、単騎待ちで岡橋選手から打ち取りました!!』

 

『確実に見えていたんでしょうね。ここは確実に和了って、末原選手の親番を一刻も早く終わらせたいという考えもありましたか』

 

 

 

 

 

 

 

思わぬ放銃に回った初瀬だったが、気持ちの切り替えはすぐに終わっていた。

 

 

(打点低くて助かったわ。リーチかけられる方が嫌だったし……よし。勝負はこの親番)

 

勝負は南3局に移る。

初瀬にとっては、ここが決勝進出のための最後のチャンスだろう。

 

 

 

南3局 親 初瀬 ドラ{⑥}

 

 

ドラ表示を見る。

幸い、めくられている牌は{赤⑤}ではない。

 

自分の所に赤が来てくれるかもという淡い期待を抱きながら、初瀬が手牌を開けた。

 

 

 

初瀬 手牌

{①④赤⑤⑥334赤578二四赤五八}

 

 

 

目を閉じた。

 

赤が3枚、ドラが1枚。

満貫はもちろん跳満まで見える手牌。

 

様々な可能性。鳴く箇所。

 

それをまだ冷静な頭で決めた後。

 

 

 

 

勢いよく目を開く。

その瞳には、もはや闘志しか残されていない。

 

 

 

 

 

(全部行ってやる……!!!絶対にオリるもんか……!!)

 

 

 

 

相手が高校トップクラスの打点力を持った打ち手?……上回る打点を作ってみせよう。

 

速度に関して右に出る者がいない打ち手?……先に聴牌されても関係ない。全て押す。

 

一巡先を視る者が和了りをズラす?……ズラされても関係ない。1枚でも残っていれば引き和了る。

 

 

 

 

 

 

 

 

岡橋初瀬最後の挑戦が、始まろうとしていた。

 

 

 

 



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第104局 弱さに打ち勝て

 

 

 

 

点数状況

 

1位 江口セーラ 33000

2位 末原恭子  28300

3位 園城寺怜  26300

4位 岡橋初瀬  12400 

 

 

 

 

南3局 親 初瀬 ドラ{⑥}

 

初瀬 手牌

{①④赤⑤⑥334赤578二四赤五八}

 

 

初瀬が勢いよく{①}を切り出していく。

どんな牌でもタンヤオの重なりは逃さない。

安全牌など微塵も考えない。今だけは自分の手に真っすぐに行って良い場面だ。

 

しかしそんな時に限って、手牌は思うように進んでくれない。

 

 

 

3巡目 初瀬 手牌

{④赤⑤⑥334赤578二四赤五八} ツモ{中}

 

 

2巡、3巡と静かに巡目は進んでいくものの、初瀬の手は進まない。

配牌が良いということは、それだけ有効牌の数が少ないということなのだから当たり前といえば当たり前なのだが、無駄ヅモを繰り返すたびに、焦る気持ちが初瀬の心を揺さぶる。

 

 

 

「ポン」

 

そんな焦りを加速させるかのように、1番鳴かれたくない相手に役牌を鳴かれていく。

 

しかし、最速を走り続ける凡人の脅威にさらされても、初瀬がひるむことはない。

 

 

(負けるもんか……!)

 

 

ためらいもなく切っていく危険牌。

今恭子は上家。ツモ番が増えたとプラスに捉える。

 

今はただひたすら、自分の和了りだけを。

 

 

7巡目 初瀬 手牌

{④赤⑤⑥34赤578二四赤五五八} ツモ{6}

 

 

聴牌。タンヤオドラドラ赤の聴牌だ。

このままでも満貫。

リーチ判断のために初瀬は時間を割く。

 

 

ちらりと見やるのは対面。

打点女王の名を欲しいままにする彼女の捨て牌。

 

 

セーラ 捨て牌

{⑨③85中⑥} 

{白}

 

 

{⑥}がツモ切り。後は手出し。

染め手が濃そうな、いかにも打点が高そうな捨て牌。

 

ダマっていても、{三}は期待できそうにない。

少し待ちが変わることを期待して、初瀬はこれをダマテンに決めた。

 

{八}を切り出していく。

 

 

ちょうどその順目だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「リーチ」

 

 

明確に初瀬の表情が歪む。

その声の発生源は下家。

 

翡翠色に輝く()()が見据えているのは、いったいどんな未来なのか。

 

 

 

『来たー!!!今度はリーチに打ってでました園城寺怜!!一巡先を視る者のリーチで、3人に緊張が走ります!!』

 

『厳しいですね……岡橋選手、おそらくここは状況的にも押すしかないと思っているとは思いますが……』

 

 

場に直立したリーチ棒を苦々しく見届けるも、初瀬の闘志に曇りはない。

ツモられたら仕方ない。元より自分の勝負手と心中する決意は固まっている。

ここで負けたら、自分の決勝トーナメント進出はほぼ無くなるだろう。

 

 

しかし、これだけで初瀬の苦悩は終わらない。

 

 

セーラがツモって来た牌を手中に収め、わずかな逡巡。

一瞬目を閉じて何かを小さく呟いたかと思うと、手牌の真ん中あたりから牌を切りだした。

 

 

その牌は、力強く横を向いた。

 

 

「いっくでえ怜!リーチや!!」

 

ビリビリと電撃でも走りそうなリーチが、卓上の熱気を加速させる。

 

見ている人間誰もがこの熱気を感じていた。

 

 

 

セーラ 捨て牌

{⑨③85中⑥} 

{白横四}

 

 

『お、追いかけたあああ!!??先ほどの初瀬選手のように、江口セーラ選手も園城寺選手に対して追いかけましたよ?!』

 

『これは……!江口選手は同じ高校のチームメイトだからこそ、対策できるところがあったのかもしれませんね』

 

 

そんな強烈に曲げた牌を見るや否や、下家の恭子も黙ってはいない。

 

 

「チーや!」

 

すぐさま手牌の{二三}を晒すと、セーラの河から{四}を拾って、自身は{東}を切り出していく。

この牌は既に3枚切れの安牌だ。

 

 

恭子 手牌

{②②⑥⑦⑧七八} {横四二三} {中中横中}

 

 

その打牌を見て、驚いたような顔をするのは怜。

セーラの打牌選択は、既に怜の未来予知から外れる一打だった。

 

 

「……セーラ、やってくれるわホンマ……」

 

「ん~?なんのことやようわからんわ」

 

人の悪い笑みを浮かべて、セーラはどこ吹く風。

怜の視た未来を変えるべく、セーラはここでも打牌を捻ってきたのだ。

 

 

一巡の間に場が沸騰する。

間違いなく全員聴牌。

 

それでも初瀬は諦めない。

山に手を伸ばし、手牌の上に重ねた牌は。

 

 

 

 

 

初瀬 手牌

{④赤⑤⑥34赤5678二四五赤五} ツモ{二}

 

 

息を呑む。

形だけ見れば、待望の両面変化。

 

 

初瀬の目が、対局者の河を見つめている。

 

 

 

 

怜 捨て牌

{東発一東1}

{2横②}

 

 

恭子 捨て牌

{東北981①}

{6東}

 

 

 

 

 

 

尋常ではないほどの恐怖と焦りが、初瀬の脳と体を蝕む。

 

 

 

 

 

――――押せ。切れ。……怖い。

 

――――踏み込め。断ち切れ。……けど怖い。

 

 

振り込んだら終わり。

 

今この瞬間は、安全牌で聴牌を取ることもできる。

 

 

 

逃げたい。

 

安定を取りたい。

 

振り込みたくない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『あなたの麻雀、見てて気持ちが良いわ。……その姿勢、全国でも貫ける?』

 

 

『頼りにしてるからね。私も由華も、晩成にあなたが入ってきてくれたこと、本当に感謝してるわ』

 

 

『攻めるならどこまでも攻めろ。後悔の無い打牌をしろ。……そのがむしゃらな初瀬の打牌が、晩成に勝利を呼び込んでくれる』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『初瀬!勝とうよ!!』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「リーチ!!!」

 

 

自然に出た声だった。

 

掴んだ牌は{五}。

 

天高く持ち上げて、河へと叩きつける。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その牌を見て、セーラが獰猛に笑った。

 

 

 

「ロン!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

セーラ 手牌 裏ドラ{西}

{一二三四五六六七七八九西西} ロン{五}

 

 

 

 

 

 

割れるような大歓声。

 

初瀬がぶつけた渾身の一打は、真っ向からぶつかってきたセーラの手によって砕けて散った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

最終結果

 

1位 江口セーラ 50000

2位 末原恭子  28300

3位 園城寺怜  25300

4位 岡橋初瀬  ー3600 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『試合……終了!!最後まで真っすぐに、力強く打ち抜いた岡橋初瀬選手!最後は江口セーラ選手の強烈な倍満で残念ながらトビとなってしまいました……!』

 

『とても……とても面白い対局でしたね。結果的に岡橋選手は敗退となってしまいましたが、この対局はきっと見ていた人の記憶に長く残ることになりそうな……そんな対局でした』

 

『記録ではなく記憶に残る!まさにそんな戦いぶりを見せてくれた岡橋初瀬!強豪校の3年生を相手にこれだけの立ち回りは、来年からにも期待がかかるぞーー!!』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ビーーー、という対局終了を知らせる大き目のブザーが鳴り響いた。

暗かった対局室に照明が点く。

 

力なく背もたれに体重を預けた初瀬は、小さく息を吐いて天井を見上げていた。

 

 

(負けた……か)

 

 

不思議と、ショックは小さい。

とても高い天井を見上げながら目を閉じ、初瀬はこの対局を振り返る。

 

誰かの気配がしてふと目を開けると、初瀬の視界に入ってきたのは、とても楽しそうな笑みで初瀬を見つめるセーラ。

 

 

 

「さいっっっっっこうやないかやえの弟子!!こんなに胸躍る対局は久しぶりやったわ!また打とうな!!」

 

「は、はあ……」

 

 

背もたれに体重を預けていたのに、無理やり肩を組まれた初瀬は、生返事しか返すことができない。

 

その後セーラはすぐに怜の方にいき、「セーラのせいで敗退になってしもたわ」と頬を膨らませて怒る怜に絡まれている。

 

 

 

初瀬は自分の手を天井にかざして、手の甲を見つめた。

 

最後の場面。{四}を切っても聴牌は取れた。

{四}は全員に通る牌。

自分の弱い心が、{四}を切ろうとしていた。

 

しかしそれでは、とても和了れる気はしなかった。

 

由華に言われた言葉を思い出す。

 

『自分の手が勝負手なら、怯むことなく危険な牌を切れ』

 

 

きっとこの手を狭く打って、怜やセーラに和了られていたら、自分は後悔していただろう。

それどころか、仮に安全に行った先で運よく和了れたとしても後悔していた可能性まである。

 

そう思うからこそ、トビ終了となってしまった今も、初瀬の表情は清々しいものだった。

 

 

 

「……岡橋と麻雀打つの、心臓に悪いわホンマ……」

 

初瀬と同じように、恭子もまた背もたれに体重を預けていた。

 

やはり恭子は強かった。

安定した打ちまわし、最大の武器である速度。

団体戦で由華があれだけ苦しんでいた理由を、初瀬は肌で感じていた。

 

この卓にいた全員が、確実に自分より格上の相手だった。

 

それでも自分は最後まで前に出続けることができた。

 

 

(……負けた……けど、私は晩成の副将として恥じない麻雀ができた気がする)

 

もちろん勝ちたかった。

勝つ気だった。

 

しかし最後の最後、弱気になりかけたところを真っすぐ打ちこめたことに、初瀬は確かな成長を感じていて。

 

 

「初瀬、やったか」

 

名前を呼ばれて、少し驚いたように初瀬が前を向く。

 

もう一度初瀬の対面の席に腰掛けていたセーラが、先ほどの手で雀頭だった{西}を2枚手で軽く投げて遊びながらこちらを見ていた。

 

 

「ええ麻雀やった。今度、ウチらで打ってるとこ来な。やえも来とる、強い連中のたまり場や。……間違いなくお前はもっと強なれる」

 

「……!」

 

聞いたことがないわけがなかった。

 

姫松の愛宕洋榎、倉橋多恵。この江口セーラに、先輩である小走やえ。

関西四強と揶揄されるその集まりは、中学校時代から何度も雑誌やインターハイのテレビで見ていたのだから。

 

 

いま自分はその集まりに来いと言われているのだ。

 

震える手を、膝の上で握りしめる。

 

 

 

「……是非、お願いします!」

 

セーラが、ニヤリと笑いながら頷く。

 

 

今年の個人戦は敗退となってしまった。

初瀬の結果はベスト32。

 

 

 

 

しかし、まだまだ強くなれる。

 

初瀬の高校生活は、まだ始まったばかりなのだ。

 

 

 



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第105局 決勝トーナメント開始

インターハイ個人戦3日目。

 

長かったインターハイもついに佳境を迎える。

 

前日までのグループ予選で鎬を削った高校生雀士達は、ベスト16にまで絞られた。

 

泣いても笑っても、個人戦は今日が最終日。

今日の夜には新たな……もしくは連続でのチャンピオンが誕生することになる。

 

そんな運命の1日であっても、姫松の面々が泊っているホテルではいつも通りの朝を迎えていた。

 

 

「恭子、このスクランブルエッグ美味しいよ!やっぱ毎年ここの朝食ビュッフェは格別だなあ……!」

 

「……高校生活最後のインターハイ個人戦やってのに、どうしてそんな緊張感皆無でいられるんや……」

 

今日も今日とて恭子は頭を抱えている。

全国の予選を勝ち抜いた猛者達が更に絞られ、ついに今日その頂点が決まるというのに、この親友はいつもブレない。

 

美味しそうに朝食を頬張る多恵を見て、その胆力を少し羨ましがる恭子だったが、ふと思い立って少し気になっていた質問を多恵にぶつけてみた。

 

 

「……多恵は、1回戦で誰と当たったら嫌やなあとかあるんか?」

 

唐突な恭子からの問いに、多恵も咀嚼していたスクランブルエッグを飲み込む。

 

 

「……うーん、そうだな……」

 

聞いた側の恭子からしてみれば、もはやここまで来ると誰と当たっても嫌だった。

強くない人間はここまで残っていない。誰と当たったとしても激戦は必至だろう。

 

多恵は去年この個人戦の決勝戦まで駒を進めている。

そして勝ち進んだ決勝の卓は全員が当時2年生というのだから驚きだ。

 

だからこそ、今年の注目度は一段と高い。

10年に1度の世代、という奴だ。

 

 

多恵はひとしきりベスト16のメンバーの顔を思い浮かべると、ようやく口を開く。

 

 

「誰が当たっても強いのは間違いないから、嫌っていうのはないかなあ……って答えは面白くないので……」

 

「せやな」

 

多恵の言葉の途中であからさまに恭子が不満そうな顔をしたのを見て、多恵が慌てて方向性を変える。

 

少し手を顎に当てて考える多恵。

誰が相手ならやりやすいといった感情は無いのだが、流石の多恵でも相性の悪い相手はいる。

 

 

 

「でも、そうだね。勝てるかわからないっていう意味で今年一番怖い人はいるよ」

 

「……意外やな、やっぱチャンピオンなん?」

 

「いや……」

 

多恵がおもむろに自分の学生鞄から今日のメンバー一覧が載っている資料を取り出す。

 

パラパラといくつかページをめくり、たどり着いた一つのページを開けて、多恵が指さしたのは一人の人物。

 

 

多恵が示したその打ち手は、恭子からすると少し意外な人物だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『野郎ども集まれええええ!!!!インターハイ個人戦最終日の時間だオラアアアアア!!!!』

 

『恒子ちゃん落ち着いて?!ただでさえ局の人から口調には気を付けるようにって昨日言われたばっかりだよね?!』

 

朝からトップギアの恒子の瞳には星が浮かんでいそうなぐらいにキラキラだ。

クレームが来るかギリギリの口調に隣に座っている健夜は気が気ではないが、意外と恒子のキャラ自体が人気なので特に指摘するような人はいない。

 

 

『落ち着いてなんかいられません!!今日、高校麻雀界のトップに君臨するチャンピオンが誕生するんですよ?!テンション上げていかないと!』

 

『そ、それはそうだけど……』

 

『と、いうわけでこのあとすぐに、抽選会が始まりますよお!!』

 

 

と、そこまで言ったところで、恒子がいったん静止。

すぐにくるりと健夜の方へ振り返る。

 

 

『なんで抽選やるんでしたっけ』

 

『この説明昨日したよね?!』

 

もう……と言いながら健夜は手元の資料を一度整理して、説明する準備を整えた。

 

 

『昨日までのグループ予選で、個人戦出場者は16人にまで絞られました。そのメンバーが、今皆さんの画面にも映っていると思います』

 

『おお~!!やはり強豪校が多いですね!中でも姫松高校は地区代表3人全員が決勝トーナメントに残っているぞ!!』

 

『流石ですね……。そして、昨日の予選決勝で、1位で通過したメンバーは同じく1位通過した人たちと同じ抽選箱を引きます』

 

『なるほど!ここで1位通過することの意味が出てくるわけですね!』

 

『はい。つまり、決勝トーナメント1回戦はどこの卓も1位通過者2人と、2位通過者2人によって構成された卓になります』

 

 

健夜の解説が続く。

そんな中テレビでは続々と決勝トーナメントまで駒を進めたメンバーが抽選会場へと足を踏み入れていた。

 

 

『なるほどなるほどお……!さて、選手たちも続々と集まってきました!!注目の抽選会はあ~!!CMの!!後!!!』

 

『ここでCM挟んじゃうんだ……』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

去年のこと。

 

多恵は個人戦で着々と駒を進めていたが、このグループ決勝戦は実は2位通過だった。

 

2位通過だったおかげでむしろ決勝に進みやすくなった節もあるのだが……決して多恵は狙って2位になったわけではない。

全力を出し切って、それでも1位には追い付かなかった。

 

当たったのは前年度から高校の頂点に君臨するチャンピオンでもなければ、馴染みの深い関西四強と呼ばれる他3人でもない。

ましてや上級生などではなかった。

 

 

多恵はこの相手と何度も大会で対局を繰り返し、そして練習試合でも対局をすることが多くあった。

お互い強豪校の先鋒として親近感もあった彼女と、多恵が仲良くなるのに時間はかからなかった。

 

地域は離れているものの、ネット麻雀で時間が合えば対局をし、牌譜検討を一緒に行った。

 

そうして少しづつ少しづつお互い高めあいながら、地力を着実に伸ばした実力者。

 

そして多恵の輝かしい高校通算の対戦成績の中でも、トップ3に入るほどに相性の悪い相手。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

個人戦決勝トーナメント1回戦。

ここまでと同様、上位2名が次の準決勝へと駒を進められるこの対局。

 

場所はもちろんメイン対局室。

広い部屋の中央。階段を上った先の自動卓にスポットライトが当たっている。

 

 

「最悪や……多恵が朝あんな話するからや……」

 

そこに向かう恭子の足取りは重い。

抽選の結果、恭子は1回戦最初の対局者となった。

最初の対局ということに関しては文句はないのだが、問題は対局者にあった。

 

 

この段階まで残っているメンバーというだけで、生半可な実力者は残っていない。

それは分かっていた。

 

とはいっても、こんな卓になるのは流石に想定外。

 

グループ決勝戦並みの激戦になりそうな予感に、早くも恭子の胃は痛み始めていた。

 

 

 

 

「来たわね」

 

 

 

足元を見ていた顔を上げて自動卓の方を見れば、そこには幾度となく見てきたシルエット。

 

 

強気な釣り目に、赤いリボンで結んだサイドテール。

見間違うはずもない。

 

 

「小走……」

 

 

晩成の王者にして、絶対的な卓の王者でもある小走やえその人だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「最近ね、なんでかわかんないけどあんた見てるとイライラしてくるのよねえ……」

 

「なんでやねん……!どうせとばっちりやろ……」

 

腕を組んで仁王立ちしていたやえの横をするりと通り抜けると、決められていた席へと座る恭子。

 

 

「なんでかしらね……まあなんでもいいわ。今日ここでボッコボコにすれば少しは気分が晴れそう」

 

「なんちゅう不幸や……」

 

恭子は団体戦から着用しているスカートスタイル。

個人戦は普段から着用しているスパッツで行かせてくれと懇願したのだが、姫松メンバー全員から却下された。

なんなら洋榎に制服を没収されていた。

 

 

そんなやりとりをやえと恭子がしていた時だった。

 

2人の後ろから、1人の選手の気配がして、2人が後ろを振り返る。

 

 

 

その姿を見留めて、やえが、ニヤリと口元を緩めた。

 

 

その()()()は、自動卓の前に立つと、目を閉じて握った拳を胸に当てる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『あら、こんなにたくさん新入生が入ってくれたのね……けど、悪いわね。2年生、私しかいないのよ』

 

 

初めて会った時は、テレビで見た強気な表情ではなく、どこか寂しさを感じる表情だった。

 

 

 

『あら、いいわねそのスルー。勝負手を高打点で仕上げる意志を感じるわ』

 

言葉数は少なくても、面倒見がよく、同級生の誰もがその人間性に惹かれていた。

 

 

 

 

 

 

『私は……やえ先輩の力になりたくて……!』

 

『……また来年、来ればいいわよ。その時は……力を貸して』

 

 

 

この人と、同じチームで打てて本当に良かったと、心から思う。

 

 

 

 

 

 

 

 

だから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「先に卒業するやえ先輩を安心させるために」

 

目を開けた。

右目には燃える炎が宿っている。

 

 

 

 

「今日、やえ先輩を倒します」

 

力強く言い放ったその言葉に、やえが余裕を崩さずに笑みを浮かべる。

 

 

「やれるものなら、やってみなさい。由華」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そして最後の対局者が、その場に姿を現す。

 

 

「集まっとうな」

 

すらりとした長身瘦躯。

 

 

ただでさえ由華とやえのやりとりを見てげんなりしていたのに、恭子はその入ってきた人物の姿を見て、もう一度大きくため息をついた。

 

そして同時に、今朝多恵が言っていた言葉を思い出す。

 

 

 

 

 

 

 

 

『この子ってさ、団体戦いつも一人だけ特殊な条件で打ってるじゃない?だから皆あんまり気付いてないのかもしれないけど……』

 

 

 

 

 

『”縛り”の枷を外した白水哩は強いよ』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

北九州最強の高校。

その長い歴史の中でも史上最高の呼び声高い圧倒的エース。

 

 

 

 

「……始めよか」

 

 

 

 

 

 

東家 姫松高校  末原恭子

南家 新道寺女子 白水哩

西家 晩成高校  小走やえ

北家 晩成高校  巽由華

 

 

 

 

 

――――――決勝トーナメント1回戦、開始。

 

 

 



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第106局 先輩と後輩

―――1年前の冬。

 

 

 

パシ、パシ、と卓に麻雀牌を打ち付ける音が響く。

 

もう外は暗闇に包まれている時間帯。

 

冬真っ盛りのこの時期、晩成高校のある奈良県には雨が降っていた。

さほど激しいわけではないが、教室の窓には次々と雨粒が降り注いでいる。

 

もうとっくに最終下校時刻は過ぎた。

教師と警備員の人に無茶を言って下校時刻を引きのばしてもらっている麻雀部だが、それでもそろそろ限界の時間だろう。

 

 

 

「リーチ」

 

静かに捨てられた牌が横を向く。

そしてその言葉を宣言したと同時に、点箱から千点棒を取り出そうとするが。

 

 

「ロン」

 

その千点棒はいらないとばかりに倒された手牌は、同時にその半荘の終局を意味していた。

 

一瞬の静寂が、その場に広がる。

外の雨音がやけに大きく聞こえるほどに。

 

その静寂を破るように、サイドテールの少女が席を立つ。

 

 

「もう帰るわよ、由華。明日も早いんだし、洗牌は明日の朝私がやっておくから」

 

最後に手牌を開いたやえの口から、対面に座る由華に声がかかる。

結局今日一日打って、由華は一度もトップを取れていない。

途中から3人麻雀に切り替わった後も、由華の成績は振るわなかった。

 

やえからの声を聞いても、由華の顔はなかなか上がらない。

 

 

隣に座る同級生の紀子が、心配そうに由華の顔を覗き込んだ。

 

由華が、手元にあった牌を一つ握りしめる。

 

 

 

「……やえ先輩、もう一局、もう一局だけ付き合っていただけませんか」

 

「あんた……さっきもそう言ったじゃない。今から半荘打ったら9時になるわよ」

 

「東風でもいいんです……今、今何か掴めそうなんです」

 

絞り出すかのような声。

 

やえも、由華が相当精神的に追い込まれていることは知っていた。

初めてのインターハイ。由華はボロボロになるまで狙い撃たれ、晩成は1回戦で姿を消した。

 

その責任を1番感じているのが由華。

1年生ながら出場したわけだし、気にすることはないとやえは思っているのだが、由華自身はそうはいかなかった。

 

やえの役に立ちたくて入った晩成。

それがむしろ足を引っ張る結果になってしまったのだ。

研鑽を積む時間はいくらあっても足りない。

 

やえが一つ大きくため息をつく。

 

 

「まったく……先生からどやされるのは私なんだからね」

 

「ありがとうございます……!」

 

一度学生鞄を持ち上げて帰ろうとしたやえだったが、仕方ないと言った表情でもう一度鞄を降ろす。

 

卓の中央にあるボタンを押すと、機械的な「オーラス続行です」というアナウンス。

由華がサイコロを回しながら、下家に座る紀子に申し訳なさそうに振り返った。

 

 

「紀子もし時間あれだったら帰っていいからね」

 

なんとも曖昧な言葉。

ここまで付き合わせて申し訳ないという気持ちが由華の言葉に表れていた。

 

しかしそんな言葉を受けてなお、紀子は微笑んだまま。

 

 

「いいよ、大丈夫。ここまで来たんだしなにか掴んで帰ろうよ」

 

「……助かる」

 

心の底からそう思っている由華から出た、感謝の言葉。

 

 

山が自動卓から上がってくる。

 

由華が深呼吸して、自身の手牌と向き合い、打牌する。

 

 

来年は、絶対に今年のような結果にはならない。

由華のその強い意志が、衝動が、体を突き動かしていた。

 

また、パシ、パシ、と打牌の音が響く。

 

ふと、由華はやえからもらったたくさんのアドバイスを思い出していた。

 

隣にいるやえの顔を見ていると、この短い数か月の間で、どれだけ自分の成長を期待して時間を割いてくれていたかを実感する。

まさに今この時間もそうだ。

 

 

 

『自分を曲げない。どれだけ鳴かれても、腰据えて。あなたの麻雀をしなさい』

 

『練習であっても、負け続けるのはよくないわ。勝ちグセは常につけておくこと』

 

『勝ちたい。誰かのためでもいい。自分のためでもいい。勝ちたいという意志はどんな状況でも忘れないで』

 

 

 

 

勝ちたい。

負けたくない。

 

やえの……晩成の力になりたい。

 

 

 

教室の外は、相変わらず雨。

先ほどまでと違い、少し激しくなってきた。

 

 

進んでいく由華の手牌。

集中していく意識。

 

 

 

雨音は、もう由華の耳には届かない。

 

 

 

 

 

 

「ツモ」

 

 

 

 

 

 

 

由華 手牌

{①⑥⑥⑥⑧⑧⑧東東東南南南} ツモ{①}

 

 

 

 

 

 

どこか遠くで、雷が鳴った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

東1局 親 恭子 ドラ{二}

 

 

 

 

 

注目の決勝トーナメント1回戦が始まった。

 

親の配牌を受け取った恭子は、理牌を終えるとここに座る面々を見渡す。

 

事前の資料にも穴が開くほど目を通したが、それでも対策は十分とは言えない。

麻雀と言う確率が絡む競技だからこそ、完璧な対策というのは難しいものだ。

 

まずは下家に座る白水哩へと視線をやる。

 

 

(白水は強い。団体戦でも由子に稼ぎ勝っとるし、間違いなく地力は全国トップクラスや。目立った得意スタイルが無いっちゅうんも、対策が組めんから厄介やな……)

 

新道寺女子の制服に身を通した彼女の横顔は真剣そのもの。

 

団体戦ではないのでやらないのかと思っていたが、彼女はやはり配牌を見た後一度手牌を手前に倒していた。

ジンクスなのだろうか。

 

彼女のスタイルは、王道そのもの。

基本面前派だが、打点や待ち、速度が絡めば積極的に鳴いてくる。

 

恭子が牌譜を眺めていた時に感じたのは、多恵に打ち方がよく似ているということだった。

そつがなく、どんな状況にも対応できる打ち手。

警戒は怠れない。

 

 

恭子の視線は、逆側に座る由華に移る。

 

 

(巽もまあヤバイ。普通に打ってる時もアホみたいに打点高いわ、鳴ける牌スルーしたら大体持ってきてるわで困るんやけど……一番あかんのは最高の状態っぽくなったら手が付けられんことや。そうなる前に勝負をつけたい相手やな……)

 

恭子は由華が手を付けられなくなるほど強くなる状態を知っている。

団体の2回戦で見せたあの和了り。

彼女に火をつけたらいけない。そうなる前に決着をつけるのが、恭子にとってのベストと言えた。

 

そして最後に睨みつけるような視線を感じて、対面を見やる。

 

 

(そして言わずもがな、コイツが一番ヤバイ。ありえへん速度でこっちの宣言牌狙ってくるもんやから、おちおち聴牌もとれん。小走の速度を常に読まなければ、今日ウチに勝ちは無い。……ようわからんけど狙われてるみたいやしな!)

 

 

そこまで考え終わった後、睨みつけられている視線を振り切って、恭子が第一打を切り出していく。

 

南家である哩がツモり、牌を切る。

一巡目のその牌から、局は動いた。

 

 

「ポンや」

 

哩が第一打に切った{東}。

これを恭子が鳴く。ダブ東だ。

 

鳴かれた哩と、それ以外の2人にも緊張した空気が走る。

 

 

(末原……常に最速を生きとる。団体決勝ば見とったばってん……間違いなく速度に関しては高校ナンバーワンやろな)

 

恭子は自己評価が低い故に気付かないが、対戦相手からしたら恭子も厄介極まりない。

常にロンと言われる可能性がある状況で打つというのはそれだけ大きなプレッシャーになるのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

8巡目 哩 手牌

{②②④赤⑤⑦⑧345六七八南} ツモ{⑥}

 

 

哩が聴牌にたどり着いた。

 

第一打で{東}を切っていった哩の手は配牌から形が良い。

ダブ東を切る価値があったということだ。

 

予定通り平和系の手に育てた哩は、躊躇なく千点棒を取り出す。

 

卓を支配する王者がいたとしても、そこに変わりはない。

 

 

 

「リーチ」

 

宣言牌としておかれた{南}に、声はかからない。

 

やえが気に食わなそうに哩の方を見やりながらツモ山へと手を伸ばす。

 

 

やえ 手牌

{⑦⑦⑧⑨⑨一二二二三五六七} ツモ{⑨}

 

 

掴んだ牌は{⑨}。

やえが目を細めて哩の捨て牌を確認。

 

宣言牌の前の手出しは、{⑧}。

嫌に違和感のある打牌だ。

 

 

(間に合わせられたわね……)

 

 

哩は一つ工夫を入れていた。

{④⑤⑦⑧}といういわゆる2度受けのターツは、両面ではあるが強くはない。

なので普通であればポンして聴牌を取れる{⑧}は残しておきたい牌だったが、哩はこれを{南}より先に処理した。

 

やえの特性を理解しているからこその、先打ち。

 

かわされたことを理解し、おそらく待ちは{⑥⑨}であろうと考えたやえは、手から{⑦}を切り出していく。

 

これでも聴牌はキープできる。

ツモれば満貫の聴牌だ。

 

 

 

しかしこの局、もう哩にもやえにもツモ番が回ってくることはなかった。

 

 

 

 

 

 

「ツモ」

 

 

和了を宣言するその発声と同時、手牌が開かれる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

由華 手牌

{③③③34999西西西北北} ツモ{赤5}

 

 

 

 

 

「2000、4000」

 

 

 

 

 

 

開かれた由華のその手牌に、明らかに空気が変わる。

 

恭子と哩の表情は驚愕。

 

 

(一手替わり四暗刻……!まさかやろ……!!)

 

(来よるか……)

 

巽由華の特性。

この早い巡目でのその形。

 

 

 

一方由華の上家に座るやえは……好戦的に笑っていた。

 

 

 

 

「いいじゃない由華……そうでなくちゃ……面白くないわ」

 

 

 

 

由華がゆっくりと前を向いた。

 

 

 

その瞳は、()()に燃えている。

 

 

 

 

 

 

 

 

敬愛するやえ先輩へ。

 

あなたのために強くなったこの全力をもって、

 

今日私はあなたを超える。

 

 

 

 



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第107局 格上


大変お待たせしました。




 

 

 

『きぃまったあああああ!!!開幕一閃!!!まず満貫の和了りを決めたのは晩成高校の2年生、巽由華だああ!!!』

 

 

『役満への手替わりがあるだけに、リーチとは行きづらい手でしたね。なまじ巽選手のような打ち手だと、役満も現実味を帯びますから』

 

 

ついに始まった決勝トーナメント1回戦。

その火蓋は由華の満貫によって切られた。

 

会場が熱狂に包まれる中、恭子は冷静に由華の手牌を観察している。

 

 

(巽由華の牌譜……その性質。2回も同卓したからこそわかるんや。今、巽は間違いなく最高の状態。このまま走らせたら……あかんやろ)

 

冷や汗が額に流れるのを自覚する。

恭子が戦った2回はいずれも、最初から最高の状態であることはなかった。

 

数々の牌譜を照らし合わせても、彼女がこの状態に入るきっかけはわからない。

ただ、この状態に入ってしまえば火力はもちろん、唯一由華の欠点である速度に関しても一段上がる。

 

恭子としては一打一打に目が離せなくなることは間違いなかった。

 

 

 

東2局 親 哩 ドラ{3}

 

 

5巡目。

 

 

哩も、由華の情報はしっかりと事前にチェック済み。

そうでなくても団体の決勝戦を最後まで見届けたのだから、彼女の脅威を知らないはずがない。

 

 

(火力はもともと高か。そいに速度のついてきよったか……)

 

手牌は丁寧に育て上げた面子手の一向聴。

真っすぐ打ちたいのはやまやまだが、瞳を燃やした由華の河が、それをさせてくれない。

 

 

仕方なく少し狭く打った一打。

 

それに続いてやえが切り出した{発}に、由華からの声がかかる。

 

 

 

「ポン」

 

 

「……!……由華、あんた……」

 

 

やえからの言葉に、しかし反応はない。

即座に捨て牌から{発}を拾うと、{九}を切り出した。

 

由華が鳴くということ。

それがどんな可能性を秘めているのか。

 

 

 

 

恭子 手牌

{③④⑤3356二二発} {⑧横⑧⑧} ツモ{2} 

 

 

 

(まさか……ウチがこの{発}を絞っとるのを感じたんか?)

 

団体戦での経験。

強者と相対したとき、必ずしも自分が欲しい牌が山にいるとは限らない。

 

可能な限りは確実に面前で。そしてもし、もう山にないのなら、鳴く。

 

由華の麻雀は、確実に変化していた。

 

 

 

そしてその変化した先。

鳴くという選択肢ができたことによって和了の可能性は高まる。

 

和了への可能性は高まって、そして鳴いたからといって、由華の長所が消えたわけではない。

 

 

 

 

「ツモ」

 

 

 

由華 手牌 

{一一一六六八八東東東} {発発横発} ツモ{八}

 

 

 

 

「4000、8000」

 

 

 

 

 

 

(倍満やと……?!)

 

 

 

 

 

『ば、倍満~~!!!!滅多に鳴かない巽選手が鳴いたその先!!なんとなんと倍満の和了で一気に大きなトップへと浮上します!!』

 

『これは……流石に他3人もこの展開は予想できていなかったのではないでしょうか。打点を作りにいかないとトップは厳しくなってきましたね』

 

 

由華の満貫、倍満の2連続和了。

3年生3人を相手に大きなリードを得た。

 

対して1番厳しくなったのは恭子だ。

やえや哩は元々面前派の打ち手で、打点を作ること自体は得意な打ち手。

 

しかし恭子は速度が売りであって、こと打点という観点では秀でているわけではない。なにせ恭子の平均打点はこのルールにあって4500点だ。

 

 

(高すぎるやろ流石に…‥)

 

燃える瞳を明確にやえに向けている由華に対し、恭子は一度息をつく。

 

 

(凡人やからって、蚊帳の外っちゅうんは少し寂しいもんやな)

 

この卓にいる当の本人以外の3人は恭子のことを凡人とはかけらも思っていないのだが、そんなことは露知らず。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

東3局 親 やえ

 

 

 

やえが配牌を眺めた後、視線を感じて顔を上げる。

後輩の由華の瞳は、真っすぐにやえを貫いていた。

 

 

(まったく……頼もしくって仕方ないわね……けど……)

 

1年前。

この会場で涙を流して無力感に苛まれた巽由華はもういない。

この1年、晩成高校の大将としてこれ以上ないほどに後輩を導き、そして成長してくれた。

 

やえにとってそれはなによりも嬉しく、充実した1年で。

この後輩達のおかげで今があると言っても過言ではない。

 

だからこそ、余計な心配をしてしまうもので。

 

 

(私ばっかりに構ってるとやられるわよ)

 

この卓に座っているのは、なにも2人だけではないのだから。

 

 

 

 

 

 

 

 

7巡目 由華 手牌

{②②③③④⑧⑧⑧東東南南南} ツモ{東}

 

 

 

前巡哩から切られた{東}をスルー。そうしてもってきたこの{東}。

もともと面前混一の聴牌であることを考えても、この牌をスルーする打ち手は少なくないかもしれない。

 

そしてこの牌姿になってしまえば、切る牌は一つ。

すでにやえの聴牌打牌殺しは間に合っていて、今は待ち変えのタイミング。

 

 

(やえ先輩に()()()()られてる気はしない……けどなんだ。何かひっかかる)

 

 

流石のやえといえども、初っ端からこの状態に入った由華の速度についてくるにはもう少し時間がかかりそうだった。

だから、今稼ぎたい。

持ってきた{東}になにか違和感を感じながらも、由華はツモり四暗刻の聴牌を取る。

 

 

一撃で勝負を決めかねない聴牌が由華に入ったと同時。

 

 

 

 

 

「ロンや」

 

 

 

 

 

 

 

 

由華の視線が、弾かれるように下家へと向く。

 

 

 

 

 

 

 

恭子 手牌

{③赤⑤⑥⑥345二三四} {横三四五}

 

 

 

 

 

「3900や」

 

 

 

 

 

 

 

『お、恐ろしい聴牌が入りましたが、出ていく牌で放銃……!姫松のスピードスター末原恭子!ここは辛くも和了りを手にしました!!』

 

『しかし不思議な手順でしたね……聴牌からの鳴き、待ちを悪くする手替わり……この{④}を捉えるためのことだとしたら、最初から余る牌がわかっていたとしか思えません』

 

 

 

 

 

由華が驚いたような表情で恭子の河を見る。

連続で手出しが続いており、とても最終形がその形になっているとは思わなかった。

 

そんな由華の様子を見て、やえが手牌を閉じながらため息をつく。

 

 

「やっぱあんた気に食わないわね……その相手に合わせた柔軟な打ち回し……多恵と打ってるみたいで気持ち悪いわ」

 

「遠まわしに多恵もディスるのやめえや……」

 

 

やえの言葉に、哩も少し共感していた。

今の局、恭子がいつもの最速を目指すスタイルであれば、違った聴牌形になっていただろう。しかし、状況に対応し、現状一番脅威である由華から余る牌を狙いに行った。

 

それが、この場においての『最速』である、と。

 

 

(倉橋ん打ち方に似とる。デジタル名乗っくせに状況適応能力高すぎっよ)

 

だが、それは哩にとっても得意な分野。

 

大きく息を吸い込んだ哩の視線が、意識が、深くに沈んでいく。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

東4局 親 由華 8巡目

 

 

由華の調子は最高に近い。

いつもは面前で進める影響で少し聴牌が遅れそうな手牌でも、次々と有効牌が入ってくる。

 

 

由華 手牌

{一二二四赤五六九九九東東南南} ツモ{東}

 

聴牌。

前巡哩から切られた{東}が、案の定自分の所へやってくる。

 

 

(リーチか?……いや)

 

リーチを打っても良いのだが、そうすることよりも出た後にツモって三暗刻に仕上げるほうが高くなる。

 

そう結論付けた由華は、迷いなく{一}を河へと送り出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ロン」

 

 

 

 

 

瞬間、一番警戒していなかった場所から、和了を告げる声。

 

 

 

 

 

 

 

哩 手牌

{二三四五六七八九中中中北北} ロン {一}

 

 

 

 

「12000」

 

 

 

 

 

『決まったああああ!!!新道寺女子の大エース白水哩!!!息をひそめていたところから一閃!!!大きな跳満和了です!!』

 

『これは完全に……巽選手を狙いましたね……』

 

 

 

打点の高さに、流石に表情を歪める由華。

警戒を怠ったか、とその目が、今和了を告げられた哩の河へと向く。

 

 

 

哩 河

{⑨⑧白発①1}

{6八東}

 

 

 

萬子の混一にはあまり見えない捨て牌。

 

そこで、やっと由華が気付いた。

 

先ほどから少し感じていた一つの違和感。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(私が……!私に有効牌を()()ていたのか……?!白水哩……!!)

 

 

 

 

 

 

前局、哩から切られた{東}を手中に収めて、恭子への3900の放銃。

そして今局、同じく哩から切られた{東}を引き入れての、この放銃。

 

哩の手形を見れば、どう考えても生牌の{東}を後に回す必要はない。

とすれば、意味することは一つ。

 

 

聴牌をいれさせられたのだ。

余る{一}をおびき出すために。

 

 

 

 

 

 

 

 

「由華。よく周りを見なさい」

 

 

 

 

 

 

 

由華がやえの言葉によって、卓へと下げていた視線を上げる。

 

対面に座るは、北九州の強豪で3年間エースを務め上げ、あの倉橋多恵からも一目置かれる存在。

下家に座るは、大将戦で何度も悔しい想いをさせられた、高校最速を誇る打ち手。

 

 

 

 

 

「ここにいるのはもれなく、あんたが本気を出して敵うかどうかの相手。……由華、あんまり私をがっかりさせないでよ?」

 

 

 

 

由華の体が小さく震える。

 

少し忘れていたのかもしれない。

団体戦はともかく、この個人戦にいるのは間違いなく格上の3人。

 

一つ息を吐いた由華。

 

次の瞬間。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

パァン!と、少し甲高い音が、対局室に響く。

 

 

 

ぎょっとしたような目で由華を見るのは、恭子と哩。

 

そんな中、ニヤリと笑ったのはやえ。

 

 

 

 

「いいわ由華、そうよ。そうでなくちゃ」

 

 

 

 

全力で自身の両頬をぶっ叩いた由華が、前を見る。

 

 

「……全力で挑ませてもらいます」

 

 

そうだ。

こんなことで折れていたら、晩成王者の剣は名乗れない。

 

 







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第108局 王者の風格

 

点数状況

 

東家 末原恭子 20900

南家 白水哩  26000

西家 巽由華  34100

北家 小走やえ 19000

 

 

 

 

決勝トーナメント1回戦は南場に突入した。

 

東1局、2局と大きく加点した由華だったが、その後の放銃で点数を減らし、今はトップではあるものの安全圏と呼べる点差ではなくなっている。

 

 

 

 

 

 

 

南1局 親 恭子

 

 

恭子にとって最後の親番。

しかしその表情は、あまり良いものとは言えなかった。

 

 

(なんか巽がまた気合入れとったし……白水も本調子になってきたみたいやし……なによりも……)

 

恭子の上家に座る、一人の王者。

 

 

(小走がおとなしすぎる。このまま終わるわけないやろ)

 

晩成の王者小走やえに、未だ和了りが出ていない。

無気味なまでに静観を貫くやえの姿は、その強さをよく知る恭子にとってはただただ恐怖でしかなかった。

その牙が、爪が、いつ飛んでくるかわからない。

 

 

(ギアを上げる瞬間は必ず来る。それまでにウチができることは……)

 

点数表示を見る。

未だ3着目の恭子は、当然だがこのままでは次のステージへ進めない。

この親番で加点が欲しい。

 

 

(ラス親なら希望持てんねんけどな……今回は起家なんや。ここしかないやろ)

 

サイコロを回す。

最速を、最善を尽くす。ただそれだけを積み重ねて、今恭子はここにいるのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

8巡目 哩 手牌 ドラ{3}

{②③赤⑤345688四五六八} ツモ{2} 

 

 

(手牌は来とる……ばってん、真っすぐ打ってよか状況やなか……)

 

哩の手はまとまっている。

だが、このまままっすぐ打って良い場面でないことなど、火を見るよりも明らかだ。

 

 

晩成の王者と、その剣が火花を散らしている。

最速を走る凡人が、一つ鳴きを入れている。

 

 

一つ息を吐いた哩が切り出したのは{8}。

恭子の捨て牌に{八}は切れない。

全体的に索子の安い河で{8}は由華に通っている。

 

哩は少しだけ回る選択をとった。

 

 

 

 

 

 

 

9巡目 由華 手牌

{①①①112七八八八東東東} ツモ{2}

 

 

(張った……)

 

由華の目には変わらずに燃えている炎がある。

もう一度ツモり四暗刻聴牌。

 

いつもならダマに構えて、誰かから和了り牌がこぼれようものならすぐに引き和了る態勢を整える所。

 

しかし由華はその燃える瞳で、やえの河を眺める。

 

団体戦では頼もしかった我らが王者は今、自分の最大の障壁となって前に立ちふさがっている。

 

 

 

 

 

やえ 手牌

{四四五五七九九南南西西白白}

 

 

 

 

 

 

 

 

 

放たれる圧倒的な威圧感。

 

 

 

(……この牌はやえ先輩に切れない)

 

 

 

 

持ってきた{2}をツモ切る。

その牌に違和感を感じたのは、やえだ。

 

 

(……かわしたわね)

 

 

やえの瞳がわずかに細まる。

 

やえと共に過ごした時間が、打った何万という局が、ここは由華を放銃から回避させた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

同巡 哩 手牌

{②③赤⑤234568四五六八} ツモ{1}

 

タンヤオは崩れたが、手牌は前進。

リーチをかけることよりも役が欲しい哩としては、平和系に育ってくれるなら文句はない。

 

由華とやえの間に無言のやりとりがあったことを感じながら、哩は手牌の{8}に手をかけた。

 

 

 

 

「ロン」

 

 

 

 

 

その間隙に、凡人が割って入る。

 

 

 

 

 

 

恭子 手牌

{①②③⑦⑧⑨2348} {横④赤⑤⑥} 

 

 

 

 

「5800や」

 

 

 

 

恭子の点数申告に、哩の表情が小さく歪む。

 

想像していたよりも恭子の打点が高かったことで、この放銃は大きな意味合いを持つ和了りになってしまった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『和了りを手にしたのは姫松高校末原恭子!!得意の仕掛けで2着の白水哩から直撃です!!』

 

『上手い……{8}の対子落としを読み切って、待ちを変えましたね。こういった柔軟性も、彼女の強さの理由でしょう』

 

 

高度な駆け引きの応酬に、見ている側も一打一打に目が離せない。

決勝トーナメント1回戦は緊迫した展開が続いていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「この和了りは、かなり大きいんちゃうか」

 

恭子の5800の和了りを見て、控室の椅子に足を組んで座っていた洋榎がそう呟いた。

 

今の和了で、恭子は2着に浮上。

ひとまずではあるが準決勝進出ラインに手が届いたのだ。

 

 

モニター前のソファに座ってその言葉を聞いていた多恵も、洋榎に同意する。

 

 

「……そうだね。巽さんは相変わらず良い状態のままみたいだけど……それよりも」

 

 

現状トップ目に立つ由華の牌勢は変わらず良好。

だとすれば、相対的に速度が上がる打ち手がここには一人存在する。

 

 

「……やえがこのまま終わってくれるはずがない」

 

「せやろな」

 

晩成の王者が、静かにその時を待っている。

 

よく知る2人だからこそ、やえの照準が徐々に合ってきてることに気付いていた。

 

そして2人が気付いているのであれば、同卓している恭子が気付かないはずがない。

いつやえの本手が飛んでくるのかもわからないのであれば、今2着になっておくことはかなりの意味がある。

 

恭子の長所は、相手の状態や性質によって変わる柔軟な打ち回しと、堅実に連帯を勝ち取れる粘りの強さ。

トップ取りの麻雀も上手いが、着順操作にも長けている。

 

だからこそ、姫松の大将を任されているのだ。

 

ただ『強い』だけでは、常勝軍団の大将は務まらない。

 

 

洋榎が机の上に振り返り、今しがた由子が淹れてくれた緑茶をすすって一息。

 

 

「ま、ウチからしたらやえが落ちたほうがおもろいねんけどな」

 

「それ間違ってもやえに直接言っちゃダメだからね……」

 

冗談や冗談〜と言いつつ、洋榎は呑気に笑っている。

 

この半荘も佳境。

多恵はもう一度画面を見やる。

 

今はただ静かに牌を見つめる親友に、心の中で問いかける。

 

 

(やえの強さはその力だけじゃない……そうだよね?)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

南1局 1本場 親 恭子

 

 

4巡目 恭子 手牌 ドラ{中}

{②④⑥⑧3489六七東南中} ツモ{白}

 

 

恭子の配牌はとても良いと言えるものではなかった。

恭子は役牌や字牌を処理せず、端牌や浮き牌を処理して今に至っている。

 

 

(役牌を安易に切ることは、巽の手をやすやすと進めてまうことにつながる。ここは固く。倍満以上のツモなんかされたらたまったもんやない)

 

変わらず由華の河は濃い。

中張牌からの切り出しで、やはり不気味な河になっていた。

真っすぐに打ち出して、由華の勝負手を進めることになってしまっては目も当てられない。

 

しかし恭子自身、これが最善かと言われると首をかしげざるを得なかった。

 

 

 

(白水に和了られるんも痛い……かといって小走や巽に和了られるんもあんま良くはないねんけどな……とにかく今はこの親番、できるだけ失点を抑えるんや)

 

恭子が切り出したのは{8}。

4枚抱えたこの字牌を、恭子は切る気が無かった。

 

 

 

 

 

 

 

7巡目 由華 手牌 

{③③③⑦⑧⑨4赤55中中九九} ツモ{九}

 

 

 

またも由華に聴牌が入る。

今度はツモり三暗刻の聴牌。普段の由華なら迷いなく{4}に手をかけるところ。

しかし由華は冷静に場面を観察できていた。

 

おそらく恭子から字牌が出てくることはないであろうこと。

ドラの{中}に関しては、他の2人からもおいそれと出てくれる牌ではないこと。

 

そして、おそらく普段なら出ていく{4}に、やえの狙いが定まっていること。

 

そこまでを理解し終えて、由華は一つ息をついた。

 

 

そしてゆっくりと、手牌の{5}を高く持ち上げる。

 

 

 

 

「リーチ」

 

 

 

その宣言は静かに燃える炎のように、小さいながらも熱の入った声色だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ロン」

 

 

 

 

そしてその声を冷ますように、王者からの発声が冷徹に響く。

 

 

瞬間、由華は3本の()が、自身の四肢を抑えつけるかのように突き刺さったような感覚を覚えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

やえ 手牌

{1234666789南南南} ロン{5}

 

 

 

 

 

「12300よ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『決いいまったあああああ!!!ここまで息をひそめていた王者小走やえ!!!ここで自らを慕う後輩に一撃!高目の{5}で跳満の和了!!一気にトップへと躍り出ました!!』

 

『巽選手は聴牌にとるとどちらでも放銃でしたか……小走選手の河も染め手にはさほど見えませんし……これは責められませんね。それよりも、清一色への欲目を出さず、そして難しい形をミスなく仕上げた小走選手を賞賛するべきでしょうか』

 

 

 

 

 

 

 

点棒をわたす由華の表情に、さほど驚きはない。

むしろ、やえの和了形を脳裏に焼き付けるようにじっくりと見つめる。

 

 

(どっちに取っても放銃……やえ先輩、仕上がってきてるな)

 

何度も何度も、共に歩んできたからわかるやえの強さ。

 

その本質は、王者の打ち筋によって洗練された宣言牌殺しだけではない。

 

 

点棒を点箱にしまった後、ゆっくりとやえが口を開く。

 

 

 

「由華。あんたたちにはね、本当に感謝しかないの。だから……」

 

 

 

 

 

幼い頃から研鑽を重ねた同士がいる。

 

毎日が刺激的だったあの頃は、やえにたくさんの知識をくれた。

 

 

 

牌姿理解、読み、打点力。

 

 

 

 

 

そして晩成で過ごした時間。

 

後輩達に教わったもの。

 

自分にも、誇れる仲間ができた。

 

 

……孤独な王者は、もういない。

 

 

 

 

 

 

 

過ごしてきた時間の全てが、やえの宝で、力だ。

 

 

 

 

 

 

 

少し細めた真剣そのものの表情で見据えられた由華の背筋が、無意識に伸びる。

 

由華だけではない、哩と恭子も、思わずやえの表情に息を飲んだ。

 

 

 

その姿は、神聖さすら感じさせて。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「全力で、倒す。ニワカは……相手にならんよ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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第109局 晩成の2人

 

 

 

南2局 親 哩

 

 

息をひそめていたやえの重い一撃で、状況は一気にひっくり返った。

 

トップ目から点棒を吐き出す格好となってしまった由華が、自分を落ち着かせるためにも息をつく。

 

 

(流石やえ先輩……けど、まだ終わってないですよ)

 

 

放銃は痛い。

しかしトップだったとはいえ、元々由華は挑戦者の立場。

少なくとも自分ではそう思っていた。

 

だからこそ。

 

 

(このくらいの点棒がちょうどいい。……この程度で気落ちしてたら、後で初瀬に何言われるかわかったもんじゃないわ)

 

 

後輩の試合を見た。

強者を相手に最後まで貫いた己の姿勢。

 

あれこそが晩成に受け継がれる王者の系譜。

 

 

実の所、由華は最高の状態から外れつつあった。

度重なる放銃と、局の経過。開局から発動したこの力を長続きさせるのが難しいことは、自分でもよく理解していた。

本音を言えば、あのまま安全圏まで押し切れるのが一番良かったのだが、今日の相手はそう簡単ではない。

 

 

 

しかしそれは、諦める理由にはならなかった。

 

 

 

(姿勢は変えない。どんな時もやえ先輩が教えてくれた晩成の麻雀を貫くのみ)

 

 

そう、どんな時も。

 

倒れるなら前のめりに。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

9巡目 哩 手牌 ドラ{二}

{②②③④④44567二三五} ツモ{③}

 

 

哩に聴牌が入った。

前巡に切っているのは{⑥}。本来なら残したいはずのこの牌を切って、残す必要のあまりない{五}を残した。

 

理由はただ一つ、やえの支配を逃れるため。

 

 

(小走は相手の聴牌の直前に聴牌ば入れるんが多か。……効果は出とる)

 

やえの宣言牌殺しは、徐々に相手の速度に合わせる性質上、相手の直前に聴牌を入れているケースが多い。

とすればこの哩の不要牌を残す判断は効果的と言えた。

 

もちろんリスクはある。聴牌への受け入れ枚数を減らしているのだから当たり前だが、哩は優れた山読みで少ない種類の有効牌を着実に引き入れていた。

 

 

哩は右端に置いてあった{五}を一度手牌の横に伏せ、一つ呼吸を置いてから河へとリリースした。

 

 

 

 

「リー「ロン」」

 

 

 

 

しかしそれすらも、やえの手によって叩き落される。

 

 

 

 

 

 

やえ 手牌

{⑥⑥234678三四赤五五五}  ロン{五}

 

 

 

「……2600よ」

 

 

やえの和了形を確認して、哩がはい、と点棒を払う。

 

 

(どっちにとっとっても当たっか……小走……やっぱい強か)

 

哩は多恵との対局経験はそこそこあるのだが、やえとはそこまで多いわけではない。

データはそれなりに集めたものの、やはり実際に対局してみないとわからないことも多くあるものだ。

 

 

手牌をパタリと閉じて、哩は少しの間思考を巡らせる。

 

 

残り局数。

この場での最善。

 

逆転への、道筋。

 

 

(嫌な感じやな……)

 

そんな哩の様子を見ていた恭子は、哩の強さを多恵から聞いているからこそ警戒心を強めるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

南3局 親 由華 ドラ{八}

 

 

由華が自身の手元にある点棒表示を見る。

 

 

 

点数状況

 

東家 末原恭子 26700

南家 白水哩  17600

西家 巽由華  21800

北家 小走やえ 33900

 

 

自身は3着目。

準決勝進出ラインの恭子までは4900点差。

 

由華にとってみれば、一回の和了で十分に逆転できる点差だ。

 

 

 

 

 

10巡目 由華 手牌

{一三三四五六八九東東南南白} ツモ{二}

 

 

哩から切られた{二}をスルーし、カンチャンが埋まった由華。

しかしその表情に安堵や嬉しさといった感情はあまりない。

 

 

(白水哩……どうみても染め手の私に切りすぎだろ……)

 

由華はその性質上、上家から急所の牌が出ても鳴くことはほぼない。

だからと言って、切って良いわけではないのは百も承知のはずだ。むしろ、鳴かれるよりもまずい状態を誘発することになるのだから。

 

由華も哩にされたことは理解している。

聴牌を入れさせられたうえで、余った牌を仕留める。

 

初めてそんな芸当をされたからこそ、哩のこの切り方は不気味だった。

 

 

12巡目。

 

 

牌を持ってきた哩が少し目を閉じると、もう一度手牌の横に牌を伏せて一つ呼吸を置く。

 

その強者独特の雰囲気。わずかな間が、3人に感じさせる予感。

 

 

(((来る……!)))

 

 

「リーチ」

 

 

今度の発声に、やえから声はかからない。

 

 

(ほんっとにかわすのが上手いわね……セーラや洋榎と打ってるみたいで嫌だわ)

 

やえに聴牌は入っている。

しかしこの局は哩が上手くやえの支配から抜け出してリーチを打った。

 

そして打った後、まだ本命の狙いが残っている。

 

 

 

 

由華 手牌

{一二三三四五六八九東東南南} ツモ{七}

 

 

(まあそうなるか……)

 

 

哩の宣言牌は{七}だった。

 

明らかに入れさせられた聴牌。

哩の、河を見る。

 

 

哩 河

{八発中18一}

{二④二横七}

 

 

宣言牌の裏スジは当たりにくい、とはよく聞く言葉だがやえがいる以上どんな牌の残し方をしているかはわからない。

初打が{八}なのにも拘わらず宣言牌が{七}なのも不気味で、考えれば考えるほど由華が一気通貫の聴牌を取った時に出ていく{三}が当たり牌に見えてくる。

{四五}の両面が残っていてもおかしくないからだ。

 

初打が{八}なことも考えて、{九}を切って聴牌をとるか。

それとも字牌あたりを切って回るか。

 

 

 

由華の手が{東}にかかって、またやめる。

由華の手が{九}にかかって、またやめた。

 

 

 

この絶好の聴牌を外している余裕があるのか?

 

この絶好の聴牌を安目に受けていいのか?

 

 

どちらも、否だ。

 

 

(……バカか、私は)

 

 

 

一枚の牌を、高く持ち上げる。

 

 

「リーチ!!」

 

 

 

力強く切られた牌は{三}。

 

逃げ腰にならない。この手を和了る時は、最高形で和了る。

 

 

しかしその行く手すらも、北九州最強のエースは絡み取る。

 

 

 

「ロン」

 

 

 

 

 

哩 手牌 

{①①345一二三四赤五六七八}

 

 

「8000」

 

 

 

 

『今度は新道寺女子の大エース白水哩!!!満貫の和了で末原選手の後ろにピッタリとついてきたあ!!』

 

『……巽選手も、弱腰になって{九}あたりを切っていたらもっと痛手を負っていましたから、この選択はむしろ良かったのではないでしょうか』

 

『放銃しても前向き!しかししかあーし!巽選手にとっては厳しい点差でオーラスを迎えることになります……!』

 

『……そうでしょうか?』

 

『へ?』

 

 

健夜が見つめるモニターの先。

由華の表情は、何一つ変わっていない。

むしろ自身の手を最後まで信じぬいたことに手ごたえを感じているようで。

 

 

健夜が点数状況をもう一度確認する。

 

 

 

点数状況

 

東家 末原恭子 26700

南家 白水哩  25600

西家 巽由華  13800

北家 小走やえ 33900

 

 

 

『……彼女の平均打点を考えれば、1度和了れば、最終2位で勝ち抜けですよ』

 

『確かに!!!』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

オーラス 親 やえ ドラ{8}

 

 

2位争いが激化している中、やえも簡単な立場ではなかった。

満貫を放銃できないというプレッシャーが常につきまとい、他家の動向に常に気を配らなければいけない状況。

 

一方由華はやることが明確でわかりやすい。

 

自身の得意な打点作りで手を高めて、和了る。

それだけでいい。

 

 

 

 

7巡目。

 

 

「ポンや」

 

恭子のポン発声。

 

哩が、表情を強張らせた。

 

 

(張ったか姫松んスピードスター……!ばってん、こっちも一向聴。より早くあがるッ……!)

 

恭子の速度が速いことなど百も承知。

1000点を争うこの2人の勝負でなによりも重要になってくるのは速さ。

 

そう聞くと恭子に分がありそうな気もするが、哩も面前派とはいえ牌効率に長けた打ち手。

勝負はまだわからない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「リーチ」

 

 

 

 

 

 

 

あり得ない場所から、ありえない発声を聞いた恭子が、哩が、目を見開いた。

 

 

 

晩成の王者の捨て牌が、横を向いていた。

 

 

 

 

 

 

 

『リ、リーチ!!!晩成の王者小走やえ!!ここでトップ目からリーチを打ってきたああ?!!?』

 

『これは驚きましたね……。末原選手の仕掛けが安いこと。それに対応している白水選手も高い手ではないであろうことを感じたのかもしれませんが……まあ一番は絶対に仕留められる自信があるのでしょう』

 

 

 

やえが横に曲げた牌から迸る衝撃。

 

流石の由華も、これには驚いてやえの方を見やる。

 

 

 

 

 

 

「来なさい由華。私を……超えて見せなさい」

 

 

 

 

 

由華が、力強く拳を握りしめる。

 

引く気は、無い。

引く必要も、無い。

 

 

超えるんだ。『憧れ』を、『尊敬』を。

 

 

 

 

 

 

「はい……!」

 

 

牌をツモる由華の瞳に、炎が宿る。

 

いつだってこの力はやえのためにあった。

 

そして今も、やえのために炎を燃やす。

 

 

 

やえが晩成でやってきたことが無駄ではなかったと、わかってもらうために。

 

 

 

 

 

 

由華 手牌

{①①①7888一東東東南南} ツモ{南}

 

 

 

 

 

迷いはない。打牌は一瞬。

 

 

 

 

 

 

「リーチ!!!」

 

 

 

 

河に出ていく牌は{7}。

退路は断った。

 

この場面で三暗刻ドラ3ごときはいらない。

重ねるために残したこの{一}と、最後まで心中する。

 

やえから声はかからない。

 

勝負はめくりあいへと移る。

 

 

 

 

 

 

一巡一巡が重い。

呼吸も忘れて、一心不乱に由華が牌をツモっては切る。

 

 

恭子は雀頭だった2人の安牌で回りながら。

 

哩も虎視眈々と最後まで1000点の和了を狙っている。

 

 

 

 

 

 

 

 

残りは1巡。

 

由華が瞳を燃やして、ツモ山へと手を伸ばす。

 

由華が力強く盲牌をして。

 

 

 

 

 

 

 

少しだけ、笑った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ロン」

 

 

 

 

 

 

 

やえ 手牌

{二三四五六六六八八八西西西} ロン{四}

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

最終結果

 

1位 小走やえ 46900

2位 末原恭子 26700

3位 白水哩  25600

4位 巽由華    800

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「やえ先輩」

 

 

哩と恭子の2人が、雑談をしながら会場から出ていって、広々とした対局室には晩成の2人だけが残っていた。

 

 

由華はオーラスの自分の手牌とやえの手牌。

そして河をじっと見つめている。

 

 

「リーチ……かけないほうがよかったですかね」

 

 

由華の中で、あの{四}は確実に放銃だという確信があった。

やえの河に萬子が無く、由華が手なりに打っていれば出ていったのは{一}であったから。

そのスジの{四}は限りなく当たりに思える。

 

だからこそ、引ける選択肢をとれるダマが良かったのではないか。

打点は役満で確定しているのだから、もちろんその選択肢も由華の中であったのだろう。

 

 

 

その質問にやえはしばらく黙った後、静かに席を立った。

 

 

 

「由華。前提が違うわ」

 

「え……?」

 

やえが立ち上がり、未だ卓を見つめる由華の肩をポンと叩くと、そのまま由華に背を向けて歩き出す。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「リーチとかダマとか問題じゃない。あそこで当たり牌を掴む内は……まだまだなのよ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

……ああ、やっぱりこの人はどこまでも。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「由華」

 

 

 

 

 

 

 

「あなたのその手が何回折れようとも。その手はリーチよ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

……ニワカは相手にならないらしい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

制服のブレザーを肩にかけて会場を後にするやえを、由華は走って追いかけた。

 

 

 

 

 

 

 



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第110局 リベンジ

 

―――1年前の夏のおわり。

 

 

 

 

 

 

 

『決まったああああああ!!!晩成の王者小走やえ!!ここで3倍満をチャンピオンから直撃!!!勝負はまだ、まだわかりません!!』

 

『チャンピオンが3倍満に放銃した記録は今までありませんでしたから、これはチャンピオンにとっても衝撃かもしれません』

 

 

テレビ画面から流れてくる放送対局を、2人の少女が眺めていた。

 

 

「こん時のやえ人殺しそうな目しとるやんけ」

 

「んなこと言ったら辻垣内も確実に10人くらい殺っとるやろこの顔」

 

 

愛宕洋榎と江口セーラ。

関西最強の4人と呼ばれる内の2人だ。

 

2人が見ているのは、この年のインターハイ個人戦決勝。その録画だ。

面子は白糸台の宮永照、臨海の辻垣内智葉、晩成の小走やえ、姫松の倉橋多恵の4人。

 

 

2人にとって旧知の間柄である2人と、東京勢2人のぶつかり合い。

 

日本中で注目を浴びたこの対局は、派手な点数の応酬もあって会場と視聴者を熱狂させた。

圧倒的強さを持つチャンピオンを、誰かが打倒しうるのか。

 

最後まで可能性を手繰り寄せて戦う3人の姿は、麻雀打ちなら誰もが魅了された。

 

 

 

『ああっとここで切り裂くような一閃!!最後の親番で追いすがる小走やえの手を打ち砕いたのは辻垣内智葉だあ!!』

 

『……今、チャンピオンが辻垣内選手に鳴かせたように見えました。なんとしても、小走選手の連荘を阻止したかったのかもしれません』

 

 

南場のやえの親番が落ちる。

 

点差もあってこれでやえの優勝はかなり厳しくなった。

 

 

「チャンピオン、派手な和了に騙されやすいんやけど、けっこー細かいことやってきてんねんよな。今のアシストもそやけど、無理して最初の和了狙いに行かんかったり」

 

「……せやな」

 

チャンピオン……宮永照の強さは、その代名詞と呼ばれる連続和了だけではない。

照魔境によって見抜いた相手の性質。その性質を逆手に取るような打ち回し。

 

それができるからこそ、彼女は常に頂点にいる。

 

 

 

『ッ……!』

 

『小鍛治プロ?どうかしましたか……?』

 

『いえ……』

 

 

多恵が300、500の点数を和了した瞬間、解説していた健夜から漏れた声。

 

 

 

「これや」

 

「ナラビタツモノナシ……か」

 

普段は綺麗なえんじ色をしている多恵の瞳が、漆黒に染まっている。

智葉が驚いたように目を見開き、やえも心配そうに多恵の方を伺い、ぐるぐると回っていたチャンピオンの右手が静止する。

 

そこから、怒涛の多恵の連続和了が始まった。

 

 

 

『な、7連続和了ああああ!!!誰が止められるのか?!チャンピオンとは違い、いつでも止められそうなのにも拘わらず、誰も追い付けない!一体何が起こっているんだあ?!』

 

『打点こそ高くありませんが……この調子ならトップのチャンピオンまで追い付く可能性も十二分にありえます』

 

 

 

「マジで気持ち悪いくらい打牌早いんよなこの多恵……」

 

「……ウチらと打ってる時かて、こんなんはなかったな」

 

「なんかあれやな~、多恵と初めて会った時を思い出すわ」

 

 

セーラと洋榎が、初めて多恵と出会った時。

洋榎が声をかけて元々知り合いだったセーラに紹介したのが始まりだったが、その時は確かにこんな様子で麻雀を打っていた。

 

ただ淡々と、機械のように最適解をはじき出す。

セーラからはそんなふうに見えた。

 

 

「いつからやったっけ、多恵が頻繁に『バイーン!!』ってほざくようになったんは」

 

「中1ん時にはもうしょっちゅう言ってたで」

 

その後やえが入ってきて、4人で麻雀を打つようになった。

 

セーラと洋榎にとって、あの時間はかけがえのない物で、それは多恵とやえにとっても同じだった。

毎日集まって、ひたすら麻雀を打って、収支を書いて、それに一喜一憂して。

沢山喧嘩もした、それでも次の日には集まって麻雀を打っていた。

 

誰かが予定があって行けないという連絡があっても、他のメンバーは必ずあの場所へ向かっていた。

 

あそこに行けば、必ず多恵がいるから。

 

4人集まらなくても、勉強はできる。

 

向上心の塊のような多恵に、他の3人もあてられたのかもしれない。

 

たくさんの知識を吸収して、切磋琢磨しあって、4人は強くなった。

 

 

強くなった、はずだった。

 

 

『手に汗握るめくりあい……!!!制したのは辻垣内智葉!!!倉橋選手から満貫の直撃だああ!!』

 

『枚数は倉橋選手に分がありましたが……これも麻雀ですか』

 

『さあオーラス!!小走選手がトップになるには3倍満のツモ、倉橋選手がトップになるには跳満ツモ、辻垣内選手は満貫ツモ以上が必要です!』

 

 

映像は、オーラスに移っていた。

必死に打点を作りに行くやえ、冷静に手牌を眺める多恵。

 

会場の盛り上がりは、最高潮に達していた。

 

 

黙って2人が、その最後を見届ける。

 

結果は知っている。

それでも、今2人に会話は無かった。

 

 

 

『……ッ!!終局!!!!最後も和了りきったのは辻垣内智葉……!!!2人のリーチを受けてなお和了をモノにしました……!!!』

 

『辻垣内選手も現実的な条件があったとはいえ……終局間近のこの和了は見逃すわけにはいきませんね。見逃せばツモられる。そんな迫力が2人にはありました。個人戦2位までが世界ジュニアに出れることを考えても、これは納得のいく選択です』

 

『過去最高のインターハイ個人戦決勝、これにて終局!!勝ったのはやはりチャンピオン!!個人戦優勝は宮永照だああああああ!!!』

 

 

 

会場の熱気が、こちらにも伝わってくるようだった。

そんな大熱狂を生んだ個人戦は、こうして幕を閉じた。

 

 

「最後のやえの顔なんやねんw悔しさで歯ぎしりしてんの見えてんでw」

 

「やえ悔しさが限界突破したときのクセやんなあれ」

 

 

はっはっは、と2人の笑い声があまり広くない部屋に響く。

 

気付けば夕日が窓から差し込む時間帯。

 

不意に2人の笑い声が止み、静寂が訪れた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「なあ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

先に口を開いたのはセーラだ。

 

テレビの前のソファに座っていた洋榎が、後ろに立っているセーラに振り向くことなく返事を返す。

 

 

 

 

「なんや」

 

 

 

 

 

洋榎には分かった。

 

自身が座っているソファの背もたれを、セーラが力強く()()しめていることが。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「この場でやえと多恵と座ってんのが、何で()()やないんや?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

静寂。

 

ゆっくりと後ろを向いた洋榎の特徴的なたれ目が、セーラの潤んだ双眸を捉える。

 

 

 

 

 

「なんでってそら……ウチらが弱いからやろ」

 

「ッ……!」

 

 

 

 

 

 

この年の個人戦。

 

セーラは辻垣内智葉に敗れ、洋榎もまた、チャンピオンの前に涙をのんだ。

 

個人戦決勝で4人で会おうという約束は、果たされなかった。

 

やえと多恵は、しっかりと約束を守ってくれたというのに。

 

 

2人は言っていた。

先に当たるか後に当たるかの違いで、私達もあの2人には勝てなかった、と。

 

しかしそんな慰めはセーラの心に響かない。

 

誰が相手でも関係ない。自分は必ず決勝でこの3人と戦って、優勝を勝ち取るんだと信じて疑わなかったから。

 

 

声を発さなくなったセーラを見て、洋榎がテレビのリモコンを取りにソファから立ち上がる。

 

 

 

 

 

「あんなんバケモンやろ。ま、仕方ないんちゃうか~」

 

 

 

 

 

洋榎のその言葉に、セーラが弾かれたように前を向いた。

 

 

 

 

 

仕方ない?

 

それは4人が積み重ねてきた日々を、冒涜するかのような言葉ではないか?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「洋榎てめえええええええええええええええ!!!!!!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

一瞬だった。

 

洋榎のまえに回り込んだセーラが、洋榎の胸倉を掴んで持ち上げる。

 

 

 

「悔しくねえのか!!!!あいつらはあんだけ戦ったんだぞ!!!!それをお前……!『仕方ない』で片付けるのかよ!!!!」

 

 

許せなかった。

 

セーラは悔しくて悔しくて、個人戦が終わってからというもの無力感に苛まれた。

ここ数日はどうして負けたのかを考え続ける日々で、まともに部活にも顔を見せられなかったのだ。

 

来年こそは必ずぶっ倒すと心に決めて、きっと同じ気持ちだろうと思って洋榎に会いに来たというのに。

 

 

そこまで感情をぶつけて、セーラは動きをぴたりと止めて、息を飲んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

今日初めて目の前から見た洋榎の表情。

 

いつもへらへらと笑っている洋榎の目の下。

 

そこには尋常ではないほどの()()があった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ッ……!!」

 

 

 

 

 

 

 

セーラが、洋榎を掴んでいた手を放す。

 

 

一瞬の沈黙を経て、何も言わない洋榎に背を向けて、セーラが歩き出した。

 

 

 

「……帰るわ」

 

 

 

学生鞄を地面からひったくるように持ち上げると、お気に入りの学ランをたなびかせてセーラが部屋の扉を閉める。

 

 

 

 

 

誰もいなくなった部屋で一人、洋榎はテレビ画面に目をやった。

 

今は個人戦の表彰式を行っている。

 

満面の笑みでインタビューに答える照と、その隣に智葉。

 

 

多恵とやえも、表情は優れないが、その隣に立っている。

 

 

ため息が、漏れた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「悔しくないわけ、ないやろ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

洋榎の手にあるリモコンは、力強く握りしめられていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『さあさあ!!!ついにインターハイ個人戦もベスト8まで絞られました!!!!これから行われるのは準決勝になります!!!』

 

『この準決勝、かなり注目が集まっているみたいですね』

 

 

 

インターハイ個人戦は、ついに準決勝を迎える。

 

各都道府県の予選を勝ち抜いた猛者達は、ついに8人にまで絞られた。

 

 

 

『ついに……ついに去年の個人戦決勝卓のメンバーが火花を散らします!!』

 

『それもかなり注目ポイントですが……もっと因縁深いものを、私は感じてしまいますね……』

 

『おっとお、それもそうですよね……!なんといってもその2人と戦うのは……!』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「おいセーラ、準備はええか」

 

「誰に向かって言ってんねん。こちとら1年前から、準備完了してるわ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

対局室へと続く、大きな扉を開く。

 

階段を昇った先には、2人の少女が既に席に座っていた。

 

 

 

 

 

 

「……『守りの化身』に、『打点女王』。去年もその強さに苦しめられたが……やはり上がって来たか」

 

 

「その節はどーも。侍さん。……待ってたで。あんたをぶっ倒すこの瞬間を」

 

セーラと智葉の視線が交錯して火花を散らす。

 

 

 

 

 

 

 

「愛宕洋榎さん……よろしくね」

 

「よろしゅう~。お手柔らかにな~」

 

 

照を見つめる洋榎のたれ目は、今は全く笑っていない。

 

 

 

 

 

 

 

 

2人が席に座って、照明が落ちる。

 

 

開局を知らせるブザーが、会場に響いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

さあ、ぶつけよう。

 

 

あの日夢折られた悔しさを。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 










こんばんは、ASABINです。

個人戦良い所ではあるのですが、次回から幕間を挟んで、団体決勝へとお話を戻します。

理由はいくつかあるのですが、一番大きな理由は、ここから先の対戦カードをやるには、団体決勝のお話が不可欠であると判断したためです。

もちろん、団体決勝が終わったとに個人戦決勝もやりますので楽しみにしていてくださると嬉しいです。


高評価頂けると、作者が泣いて喜びますのでよかったらポチっとしてください!




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インターハイ団体決勝編
能力紹介回


はい、能力紹介回です。

原作既読で能力説明いらーんっていう人は読まなくて全然大丈夫です。オリ主と晩成の子達だけ目を通していただければ。

他の能力説明に関しては、かんっっっぜんに作者の独断と偏見で作りました。
なので、異論は基本受け付けません。僕はこう思っているというだけです。こっちの方が強いよ!とか言われても知りません。

原作を読んでないのにこの作品を読んでくれている方が一定数いるということで、基本的にはその方々向けであるということを頭に入れた上で読んでくださいな。




 

 ■超ざっくり能力説明

 

 以下の能力をレベルごとに10段階で表しています。(()内表記)

 ただ、これは能力としてどれくらい強いかというだけであって、「この数値の高さ=本作でのそのキャラクターの強さ」ではないことは鍛えられた本作の読者様方はわかっていただけるかと思います。

 

 能力ナシも多いので、そういう子達の中で主要人物になる子達には簡単な雀風(打ち方の特徴)解説をつけてみました。

 なんかご要望があれば感想でくださいな。

 

 

 

 《姫松高校》

 

 

 ☆先鋒 倉橋多恵 (3年)

 (通常時)

 ・多面張での聴牌になりやすく、多面張でリーチを打てば高確率で一発でツモる(6)

 

 (ナラビタツモノナシ時)

 ・ある条件を満たした時、全員の能力(自分含む)を打ち消す(9)

 ・↑の状態で更に条件を満たした時【?????????】(10)

 

 ☆次鋒 上重漫 (原作だと2年。本作は1年)

 (通常時)

 ・無し

 

 (爆発中)

 ・上の方の牌(789の牌)が重なりやすくなる。(6)

 

 ☆中堅 愛宕洋榎 (3年)

 なし

 〈雀風解説〉

 ・卓越した読み技術と使えるものはなんでも使うストイックさで、絶対的な局支配力を持つ。高校3年間で差し込み以外の放銃は0(184局時点)ついた異名は守りの化身。

 

 ☆副将 真瀬由子 (3年)

 なし

 〈雀風解説〉

 ・丁寧な打ち回しで抜群の安定感を誇る姫松の仕事人。団体公式戦でマイナスを記録したことがない。

 

 ☆大将 末原恭子 (3年)

 なし

 〈雀風解説〉

 ・はやい

 

 

 

 《晩成高校》

 

 ☆先鋒 小走やえ (3年)

 ・相手の速度に合わせて速度が上昇し、相手の聴牌打牌が和了り牌になる(7)

 

 ☆次鋒 丸瀬紀子 (2年)

 なし

 〈雀風解説〉

 ・相手の嫌がることを徹底的に行う策士。攻撃的な鳴きで相手をかく乱する。

 

 ☆中堅 新子憧 (原作だと阿知賀女子学院所属1年)

 なし(原作ゲームだと鳴ける手が入りやすかった)

 〈雀風解説〉

 ・鳴き特化麻雀。速度に比重を置き、原作では鳴き一通鳴き三色などとにかく一役作る打ち方が目立った。

 

 ☆副将 岡橋初瀬 (1年)

 なし

 〈雀風解説〉

 ・狂戦士。ならず者。蛮族。

 

 ☆大将 巽由華 (2年)

 (通常時)

 ・鳴ける牌を誰かが切り、その牌が山にまだ残ってた場合、自らツモることができる(6)

 

 (烈火状態)

 ・手牌が暗刻手になりやすく、自分で牌を重ねやすくなる(8)

 

 〈雀風解説〉

 ・こわい

 

 

 《宮守女子》

 

 ☆先鋒 小瀬川白望 

 ・マヨヒガと呼ばれる能力。悩めば悩むほど手が高くなる。(4)

 

 ☆次鋒 エイスリンウィッシュアート 

 ・自分の思い描いたツモを呼び寄せることができる。(6)

 

 ☆中堅 鹿倉胡桃

 なし

 〈雀風解説〉

 ・リーチをしない。理由は不明。和了りの全てがダマ。

 

 ☆副将 臼沢塞

 ・片目にかけたモノクルで、相手1人の能力を封じることができる。作者的には(7)ぐらいの能力までなら封じることができると思っている。(6)

 

 ☆大将 姉帯豊音

 ・六曜(先勝・友引・先負・仏滅・大安・赤口)のそれぞれに対応した能力を持つ。

 先勝→全員のヒキが前半だけ強くなる(2)

 先負→他家がリーチすると、有効牌を引きやすい(3)

 大安→全員の有効牌引き率アップ(2)

 友引→裸単騎にするとツモる(4)

 仏滅→(原作)全員に有効牌引き率ダウン(本作)一打目から三打目までで一面子を切ることにより、相手の手牌進行を止める(6)

 赤口→中盤に引きが強化され、赤を引きやすくなる(3)

 

 

 《新道寺女子》

 

 ☆先鋒 花田煌

 ・トバない(持ち点が0点以下にならない)(3)

 

 ☆次鋒 安河内美子

 なし

 

 ☆中堅 江崎仁美

 なし

 

 ☆副将 白水哩 ☆大将 鶴田姫子

 ・配牌を開いた時に何翻で和了るかを決め、達成できたら大将戦の同じ局に、大将の姫子がその倍の翻数を和了れるようになる。(8)

 

 

 《有珠山高校》

 

 ☆先鋒 本内成香

 なし

 

 ☆次鋒 桧森誓子

 なし

 

 ☆中堅 岩舘揺杏

 なし

 

 ☆副将 真屋由暉子

 ・回数制限つきだが、左手を使うことで倍満をツモれる(作者もよくわかってない)

 

 ☆大将 獅子原爽

 ・カムイ(神様のようなもの)の数だけ、様々な能力を使うことができるが、カムイは一度使うとしばらく戻ってこない(8)

 

 

 《永水女子》

 

 ☆先鋒 神代小蒔

 ・神様を降ろせる。位の高い神様を降ろすと強い……らしい。(7)

 

 ☆次鋒 狩宿巴

 なし

 

 ☆中堅 滝見春

 ・リーチが入ると鳴きをいれることで流れを変えられる(2)

 

 ☆副将 薄墨初美

 ・北家の時に東と北を鳴くと、南と西が手にきやすくなる(5)

 

 ☆大将 石戸霞

 ・一色の牌(筒子か萬子か索子)しか引かなくなる(6)

 

 

 

 《清澄高校》原作主人公チーム

 

 ☆先鋒 片岡優希

 ・東場に起家になりやすく、東場では絶対的強さを誇る。(6)

 

 ☆次鋒 染谷まこ

 ・卓全体を雰囲気で記憶できて、なんとなく危険牌や他家の動向がわかる(4)

 ・染め手が入りやすい(3)

 

 ☆中堅 竹井久

 ・悪い待ちにすると一発ツモで裏が乗りやすい。(6)

 

 ☆副将 原村和

 ・(原作)状態が良くなると、体温の上昇と共にデジタル特化の麻雀ができるようになる(4)

 ・(本作)状態なんてなくても常にデジタル特化ができるようになっている。故に能力としては無し。でも原作より強い。

 

 ☆大将 宮永咲

 ・手牌に暗刻が入りやすく、カン材がどこにあるかわかる。(ほぼ自分のツモ筋)カンで持ってきた嶺上牌は全て有効牌になる(9)

 

 

 

 《臨海女子》

 

 ☆先鋒 辻垣内智葉 

 無し

 

 〈雀風解説〉

 ・相手との間合い(相手の速度感と自分の手牌価値)を正確に把握し、読みにも長けた打ち手。

 ・本作では去年ナラビタツモノナシ状態の多恵から1度和了りをもぎ取り、以来その興奮から、デジタル特化にも非常に強くなった。

 

 ☆次鋒 ハオ ホエイユー

 ・中国麻将の役ができやすく、中国麻将の役だとツモりやすい(5)

 

 ☆中堅 雀明華

 ・風牌が集まってきやすい(6)

 

 ☆副将 メガンダヴァン

 ・自分が聴牌した際、誰が聴牌しているかがわかる。そのうえで、聴牌している相手に決闘を申し込むことができる(4)

 ・手牌を伏せて、真っ暗な状態から打ち出すことでツモ、配牌にバフがかかる(5)

 

 ☆大将 ネリーヴィルサラーゼ

 ・自分の運の波を感じることができ、その最大の波長を持ってきた際にとてつもない爆発力を誇る(8)

 ・あとなんかよくわからないけど強い。(咲のような嶺上開花をしている描写もアリ)きっと原作で言及がある……かなあ。

 

 

 

 《千里山女子》

 

 ☆先鋒 園城寺怜

 ・一巡先が視える。自分のツモだけでなく、一巡で起きることがわかる(5)

 ・体力を消耗するが、二巡先、三巡先まで最大視ることができる。(6)

 ・(本作)一巡先の未来から派生した未来も視ることができる。(6)

 

 ☆次鋒 二条泉

 なし

 

 ☆中堅 江口セーラ

 ・高い手を和了りやすい(3)

 ・(本作)能力としてではなく、本人の意思で高い打点を作る手組を覚えた。

 

 ☆副将 船久保浩子

 なし

 

 ☆大将 清水谷竜華

 ・怜の能力を使い、この局和了れる最大の手を局の開始時に知ることができる。(5)

 ・五感を研ぎ澄ます(無極天)と読みが冴え渡り、高い手になりやすくなる(6)

 

 

 

 《白糸台高校》

 

 ☆先鋒 宮永照

 ・一度和了ると、それより高い打点の手が入り、速度がかなり上昇する(7)

 ・ツモのみで8連続和了すると、九連宝燈が和了れる。(10)

 ・相手の能力と実力を東1局終了時に見ることができる。(7)

 

 ☆次鋒 弘世菫

 ・狙った相手から和了りを取ることができる(5)

 

 ☆中堅 渋谷尭深

 ・全ての局の第一打に打った打牌が、オーラスの配牌に返ってくる。(5)

 

 ☆副将 亦野誠子

 ・3副露すると和了りやすくなる。(3)

 

 ☆大将 大星淡

 ・全員を配牌5向聴に沈め、自分は2向聴くらいの軽い手牌が入る(6)

 ・ダブルリーチが確定で配牌に入り、ある一定の巡目を超えると、カンができる。そしてカンができた牌が、裏ドラに確定で乗る。(7)

 

 

  

 

 

 《その他》

 

 ☆福路 美穂子

 ・片目を開けると、相手の理牌のクセを見抜くことができ、萬子、筒子、索子、字牌がどのような割合で入っているかがわかる(4)

 

 ☆天江衣

 ・全員の手牌進行を遅らせて、自分は海底でツモることができる。(7)

 ・シンプルに引きも運も作中トップクラス。

 

 

 




質問、要望は随時受け付けます。
例)・このキャラの解説欲しい・このキャラの能力がよくわからん 等

このお話は団体戦決勝前あたりに置く予定です。



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団体決勝直前メディアあれこれ

妄想垂れ流し……。
このお話はある程度の時間が経ったら団体決勝が始まる話数に差し込む予定です。




 

 毎朝新聞 8月9日 朝刊

 

 

 悲願か、王者か

 決勝出場4校出揃う

 

 

 第71回全国高等学校麻雀選手権大会(山戸証券、日本高校麻雀連盟主催)は8日、準決勝で姫松高校(南大阪)と晩成高校(奈良)が初出場の清澄高校(長野)宮守女子(岩手)を破り、今日(9日)の決勝へと駒を進めた。

 先鋒戦で流れを作ったのは姫松高校。2回の半荘で3回の役満が出るという大荒れの中、後半戦南4局で倉橋(3年)が役満、九連宝燈を和了。次鋒戦でやや点数を減らしたものの中堅戦ではエースの愛宕洋榎(3年)、副将の真瀬(3年)らの危なげないプレイングで決勝進出を勝ち取った。一方晩成高校は先鋒戦でエースの小走(3年)が姫松の倉橋に一歩及ばなかったものの、プラス2万点以上の点棒を持って先鋒戦を終える。大会前は選手層の薄さに危険視する声も多くあったが、それを跳ね除けるかのような副将岡橋(1年)の1年生ながらにして区間トップという活躍でリードを伸ばし、最後は巽(2年)が南4局までは1着という安定ぶりで、奈良県勢では初となる決勝進出を勝ち取った。

 インターハイ初出場となった清澄高校と宮守女子も大将後半戦南4局まで決勝進出条件が残るという史上例を見ないほどの大混戦を演じ、惜しくも敗れた。

 姫松高校は3年連続の決勝進出、晩成高校は初の決勝進出となる。これにより今日の決勝戦はAブロックの白糸台高校(西東京)と千里山女子(北大阪)を含めた4校で行われる。(写真は役満、九連宝燈を和了する姫松高校先鋒倉橋)

 

 

 

 

 

 

 

 

 Weekly麻雀TODAY (インターハイ団体戦決勝直前特別号)

 

 

 

 特集コラム スカウトの目 決勝4校戦力分析!

 

 全国高等学校麻雀選手権大会通称インターハイは、明日団体戦決勝を迎える。全国の高校雀士の頂点に立つのは一体どの高校なのか。

 深紅の大優勝旗を持ち帰るためには、総合力が求められる。

 7回目となる戦力分析の最終回は、この決勝に残った4校を、インターハイでの成績も含めて徹底的に解剖するべく、相対的な視点から総合力を探った。

 

 

 ・千里山女子 南大阪(11年連続35回目)

 

 攻撃力 7

 守備力 6

 打点力 8

 運   8

 

 Aブロック2位通過の千里山女子。全体的に見ても隙が少なく、総合力の高いチームであるだろう。ただ、特筆してここが強み、と言える点に乏しく、優勝への突破口を開くにはもう一声何かが欲しい。

 エースの園城寺怜(3年)は去年の秋に突如強豪千里山に現れたシンデレラエース。当たることが分かっているかのようなビタ止めや、一発を予感しているかのようなプレイスタイルからついた異名は『一巡先を視る者』。県予選から準決勝まで遺憾なくその力を発揮しチームに貢献してきた。決勝の相手は強敵だが、園城寺が先鋒戦で活路を見出せるかが大きなポイントになる。

 中堅には園城寺が現れるまでは不動のエースであった『打点女王』江口セーラが控えているのも大きい。園城寺とのダブルエースという見方をしている関係者も多く、事実彼女がポイントゲッターとして非常に大きな活躍を見せている。準決勝では中堅戦だけで57000点という点棒を積み上げてチームの決勝進出に大きく貢献した。

 大将の清水谷竜華(3年)は去年からその頭角を現し、昨年のインターハイでも好成績を収めている。時折見せる常識外の打牌から生み出される和了は、清水谷しか和了できないのではないかと思わせる何かがある。大将を務めるのは去年の秋からだが、決して崩れない安定さと同時に、点棒を強気に奪いに行ける攻撃的姿勢も見れる。千里山が優勝するためには、清水谷の活躍は不可欠だろう。

 

 

 

 ・晩成高校 奈良(10年連続39回目)

 

 攻撃力 10(MAX)

 守備力 4

 打点力 9

 運   7

 

 Bブロック2位通過の晩成高校。奈良の絶対王者は全国の王者へその覇道を進められるのか。

 攻撃力に全てを振っているのではないかと思わせるほどの強烈な攻撃的麻雀。その姿勢を選手全員が実行していることがこのチームの強みだ。守備力は低めになっているが、先に和了を手にしてしまえばなにも問題はない。「攻撃こそ最大の防御」を地で行くこのチームが、全てのチームを力づくでなぎ倒す。

 エースで主将を務めるのは小走やえ(3年)。去年の個人戦4位のプロ注目選手。相手の手に強く制限をかけ、自ら和了を連発する姿から1年時についた異名は『孤独な王者』。一昨年、去年と全国にその名を轟かせながら、団体戦では1回戦敗退。その悔しさを胸に今年は最高の選手を引き連れて全国の舞台へと乗り込んできた。

 大会前は小走のワンマンチームと言われていたが、その認識が誤っていたことは2回戦以降の戦いで証明されている。2回戦では中堅の新子憧(1年)、準決勝では副将の岡橋初瀬(1年)がそれぞれ区間トップを獲得。若い力が躍動している。大将に座る巽由華(2年)は去年は1年生ながらにして副将でインターハイに出場しており、小走と共に悔しい敗戦を経験。それを糧にこの1年間練習に励んできた。

 『孤独な王者』はもういない。最高の仲間と共に、悲願の奈良県勢初優勝を狙う。

 

 

 

 ・白糸台高校 西東京(3年連続3回目)

 

 攻撃力 8

 守備力 7

 打点力 9

 運   9

 

 Aブロック1位通過は王者白糸台高校。史上初の3年連続インターハイ制覇へ。

 チャンピオン宮永照(3年)がついに最上級生として最後のインターハイへ出陣だ。準決勝までの戦いぶりは、まさに横綱相撲と言って差し支えない。どの試合も危なげなく勝利を収めている。

 先鋒は宮永照。1年時に麻雀界に激震をもたらしたチャンピオンは、ついにここまで公式戦で負けることはなかった。負けた記録が存在するのは、海外遠征とプロとの練習試合のみ。日本の同世代との戦いで負けたことは未だに無い。圧倒的な攻撃力と打点力を早い巡目で和了し蹂躙するプレイスタイルは、多くの麻雀ファンを虜にした。

 次鋒以降も粒ぞろいだ。インターハイ出場選手の中で最多の役満和了回数を誇る渋谷尭深(2年)や、去年から宮永照を支えてきた女房役の『シャープシューター』弘世菫(3年)等、攻撃力の高い選手がそろっている。

 大将の大星淡(1年)も準決勝で見せた超人的な和了は、ルーキーとはとても思えない。そしてまだ底を見せていないようにも見えた。

 優勝候補大本命の白糸台高校。インターハイ史上初の偉業を、私達は明日見ることになるのかもしれない。

 

 

 

 ・姫松高校 南大阪(3年連続27回目)

 

 攻撃力 8

 守備力 10(MAX)

 打点力 7

 運   6

 

 Bブロック1位通過は常勝軍団姫松高校。今年こそは優勝旗を南大阪へ。

 関西の常勝軍団が3年連続の団体戦決勝へ臨む。過去2年間は王者白糸台に惜敗。今年こそは悲願の優勝へと意気込む選手たちの士気は高い。

 とにかく守備力の高いチーム。放銃回数が他3校に比べて圧倒的に少なく、特にエース愛宕洋榎(3年)は差し込みと思われる状況以外での放銃が無い。副将の真瀬由子(3年)も公式戦に出場するようになった2年の春以降マイナス成績が無いという異常さが、このチームの守備力の高さを物語っている。ここまでの試合で、中堅愛宕洋榎、副将真瀬由子、大将末原恭子(3年)の黄金リレーで最終着順を落としたことはない。他3校からすれば、絶対に姫松をトップの状態で中堅には回したくないはずだ。

 先鋒を務める倉橋多恵(3年)は昨年個人戦3位の選手。1年時から同世代の怪物宮永照と区間が被るという過酷な状況にありながら、ついぞ一度も勝ちを諦めることは無かった。正確無比な読みと、プロ顔負けの牌姿理解能力を持ち、ついた異名は『姫松の騎士』。彼女の掲げる剣が、姫松高校悲願の全国制覇への道しるべだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 高校麻雀記者の見ドコロ!

 

 

 #3 守りの化身が大記録に挑む

 

 他の方々の着目点も非常に面白いが、私は姫松高校のエース、愛宕洋榎選手の持つ記録に注目したい。昨年彼女は今年と同じく姫松高校の中堅として出場し、決勝まで放銃回数はわずか2回。そのどちらもが差し込みに行ったような形の振り込み。合計放銃打点は3300だ。この記録は文句なくインターハイの長い歴史の中で決勝まで駒を進めた選手の中の最低放銃点数で、去年はベスト(ファイブ)にも、オールディフェンシブ(守備力だけを考慮したベスト5)にも選ばれるW受賞。その存在を全国に知らしめた。

 今年もその実力を遺憾なく発揮し、ここまで放銃は1回。放銃打点は1600。もし仮に彼女が決勝で放銃しなければ、去年の自身で打ち立てた記録を破ることになるのだ。

 おそらく今年もオールディフェンシブでの選出は確定的だが、ベスト5、MVPにも手が届く存在だと思っている。

 誰もが認める常勝軍団のエースが、インターハイの歴史にまた新たな1ページを刻むかもしれない。(文=ゆうゆう)

 

 

 





甲子園のベスト9的な感じでベスト5決めたいですね。
5人はあまりにも少ないので、守備部門を作りました。NBAみたいでカッコ良いかな、と。


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番外編5 クラリンと記者会見 (挿絵アリ)

 

 

――――インターハイ団体戦決勝前夜。

 

 

 

 

 

 

『これから、優勝候補と名高い姫松高校の記者会見が始まります!あっ!今選手たちが入ってきました!!』

 

 

カメラのシャッター音が鳴り響く。

正面の白い長椅子の前に歩いて入ってきたのは、今年のインターハイを大いに沸かせている姫松高校のメンバーたち。

 

先頭に赤阪監督代行が歩き、その後ろに多恵、漫、洋榎、由子、恭子と先鋒から順に並んだような配置だ。

 

今日はいよいよ明日に控えた団体戦決勝を前に、各校行われる伝統の記者会見。

選手の意気込みであったり、他校への対策であったり、内容は様々。

それらが今日の夜に放送される特集番組や明日の新聞の朝刊に載るわけである。

 

全員が席についたことで、司会役の女性がマイクを持つ。

 

 

『それでは準備が整いましたので、これから姫松高校の決勝前夜記者会見を始めたいと思います』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

会見開始から15分程度。

ある程度の質問を終え、比較的和やかな空気で会見は進んでいた。

 

 

『それでは、今から記者の方々からの質問を受け付けます。質問のある方は手を挙げてください』

 

そう司会が声をかけると、次々に記者から手が挙がる。

司会役の女性が少し迷った後、一番前に座っていた女性にマイクが手渡され、最初の質問者となった。

 

 

『次鋒を務める上重選手に質問です』

 

「うえ、わ、私ですか……?」

 

漫は終始緊張していた。

初の記者会見、それもこんなに多くの人間の前で話すことも今まで無かった漫からすれば当たり前の話ではあるのだが。

 

怯えながら隣を視れば、多恵がにこりとこちらに笑ってくれる。

それだけが漫の救いだった。

 

 

『上重選手はこのメンバーの中で唯一の1年生ということですが……決勝戦という大舞台に対して不安や心配はありますか?』

 

「あ、え~っと……はい、それは、あります」

 

何と答えるべきか迷った漫だったが、事前に恭子からも「基本的には素直な気持ちを話してええよ」と言われたのを思い出し、自分の素直な気持ちを答えることに。

 

 

「でも、なんていうんですかね……安心感がすごいです。ここにいる先輩たちは皆ホンマに強くて、頼りになって、いつも支えてもらってるんです。せやから……不安はありますけど、それ以上に安心が勝ってる……って感じです」

 

『なるほど……先輩たちを信頼しているんですね』

 

「もちろんです!……でもだからこそ、力になりたいです。こんなウチを育ててくれた先輩達のためというのもありますが、ウチ……私自身が、全力で優勝したいと思ってます!」

 

 

漫のその答えに満足したのか、その記者が笑顔でぺこりと頭を下げて司会役にマイクを返した。

 

 

『次に質問ある方はいらっしゃいますか』

 

 

次に質問の権利を得たのは奥の方に座る男性記者。

その記者の視線は、真っすぐに多恵を捉えている。

 

 

 

 

『先鋒の倉橋多恵さんに質問があります』

 

「はい」

 

 

指名されたことで、多恵が目の前のマイクを取る。

 

しかし次にその記者から出てきた質問は、多恵の想像を遥かに超えるものだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『インターネット上で、麻雀Youtuberの「クラリン」の正体が倉橋選手ではないかという声が上がっていますが、倉橋選手はクラリンと関係性はあるのでしょうか』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

一気にざわつく会場内。

 

多恵がどう答えるべきか一瞬判断が遅れたこともあって、会場内は多恵が言葉を発せないようなざわめきに支配される。

 

 

 

「いやいや……流石にここで聞くことじゃないだろ……」

 

「おいあれどこの記者だよ、つまみ出せ」

 

「いやでも本当は気になるでしょ」

 

 

 

止む気配のない雰囲気を感じ取り、流石に見かねた監督である郁乃がマイクを取る。

 

 

 

「ん~、流石にその質問はナンセンスやねえ~。どっちにしたって、高校生に聞く質問やないんやないかなあ~?」

 

 

 

質問者よりも、司会者に視線を向けた郁乃の意図を、わからないほど司会も愚鈍ではない。

司会者が質問を取り下げようとしたその時。

 

 

 

 

「大丈夫ですよ。お答えします」

 

 

 

 

多恵のその言葉によって、一気に会場は緊張感に満ちる。

 

 

一番奥の席から、身を軽く乗り出して恭子がジト目で多恵を睨みつけていて。

 

洋榎も「知らん知らんで~」と足を組んで両手を頭の上に乗っけた。

 

由子と漫は、心配そうに多恵の方を見つめている。

 

 

その全員の反応を小さな笑みで受け止めて、多恵はもう一度正面を向いた。

 

 

大きく息を吸い込んで、深呼吸。

 

マイクを握り直す。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……はい、どうもみなさんこんばんは、1日1回、ドラ確認し忘れて初打にドラ切る、クラリンです。……明日はインターハイ団体戦決勝に姫松高校の先鋒として出場します。頑張るので応援してくださいね!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

一瞬の静寂。

 

しかしその静寂は、本当に一瞬で破られることになった。

 

 

 

 

 

「うおあああああああ?!?!?!マジか!!マジなのか!!」

 

「おい!!早く会社に連絡しろ!ウチが一番早くトップニュース上げるぞ!!」

 

「もしもし?!はい、今姫松高校の記者会見中だったのですが……!」

 

「やっぱり……やはり俺の目に狂いは無かった……!あのおててはクラリンしかあり得ん……!」

 

 

 

 

 

 

大混乱。

 

まさに混沌と化した記者会見会場。

ある者は大歓喜し、ある者は携帯電話を取り出し、ある者は必至にボイスレコーダーの録音を確認している。

 

大混乱となった会場で、元凶である多恵は苦笑いしかできないでいた。

 

 

「……多恵、ホンマによかったんか?」

 

 

気付けば近くまで来ていた恭子が多恵の後ろから耳打ちする。

 

 

「まあ……別に何としても隠したかったわけじゃないしね……これで姫松応援してくれる人が増えるなら、それはそれで良いかなあ~って」

 

「良いかなってな……多恵はどんなに自分が影響力の大きい人間かわかっとらんわ……とんだお人好しやでまったく……」

 

思わずおでこに手を当てる恭子。

 

これで間違いなく、今日から明日にかけて麻雀界は多恵とクラリンの話題で持ち切りだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『静粛に、静粛に願います』

 

 

しばらくして、ようやく会場が落ち着きを取り戻したことで、司会の女性が場をおさめる。

 

 

 

思わぬところで時間を食ってしまったこともあって、記者会見の時間はもう佳境だ。

 

 

 

 

『さ、最後に、主将から今年のチームの強さをまとめてもらって、終わりにしたいと思います』

 

 

主将のまとめ。

これはこの記者会見で毎年行われる恒例のようなものだ。

 

必ずこれで最後を締める。

 

その場にいる全員の視線が、洋榎に集まった。

 

 

 

「……」

 

しかし当の洋榎が、恭子の方を向いている。

 

何故洋榎がこっちを見ているのかわからない恭子。

記者の方にバレないように、慌てて小声で洋榎を急かす。

 

 

「しゅ、主将!なんでこっち見とるんですか!主将はあんたでしょうが!」

 

「お、おお。せやったわ。素で恭子やと思ってたわ」

 

「勘弁してくださいよ……」

 

 

ようやく胸をなでおろす恭子と、あっけらかんとしている洋榎。

 

記者の方もその関係性を理解している者が多いからか、微笑ましい光景として受け取っている。

 

 

「え~っと、なんやったっけな……たしか恭子からもらったカンペがこのへんに……」

 

「それマイクつけて言わんでいいですから!!」

 

 

会場に笑いが起こる。恭子以外の3人も苦笑いだ。

 

どんな舞台でもブレない洋榎のキャラクターは、ここ東京でもウケたよう。

 

 

「あ~え~っと私達姫松高校は~……」

 

ようやく話し出したと思えば、今度は雑な棒読み。

いかにもカンペ読んでますといった風だ。

 

 

 

「……やめややめ。こんなん無くてもできるわ」

 

しかし洋榎はすぐにそのカンペを後ろにポイしてしまう。

 

 

「昨日洋榎が作れって言ったんだろおおおおおお……!」

 

一番奥で恭子が素でキレていた。

 

 

 

 

「あんま長ったらしく話すの苦手なんやけどな……。せっかくやし一人ずつ強いとこ教えるわ。先鋒から行くで。……さっき話題かっさらっていったウチらの先鋒。多恵改めクラリンやな。……まあこいつとは腐れ縁で、ガキの頃からのダチやな。それでもって……」

 

悠長に耳をほじっていた洋榎の視線が、多恵へと動く。

 

 

 

 

「ウチの永遠のライバルや」

 

 

 

 

 

洋榎から寄越された視線に、多恵も真面目な表情で頷き返す。

 

 

(うん。私も、そう思ってる)

 

 

すぐに洋榎は前を向くと説明を続けた。

 

 

「まあ説明はほぼいらんやろ。麻雀IQの高さ。状況に応じた打ち方や押し引き。そのどれをとっても一級品や。こいつを実力で倒せるものなら倒してみい」

 

洋榎の雑ながらも信頼を感じさせる話し方に、記者も必死に耳を傾けていた。

 

 

 

「次鋒。漫ちゃんやな。今年から入った新戦力。その爆発力は準決勝見てくれたならわかったやろ……まあ不発な時もあるんやけどな」

 

「そ、それは言わんといてくださいよ~!」

 

「HAHAHA。……冗談は置いといて、これからの姫松を背負って立つことになる逸材や。決勝でも、その力見せてくれるんちゃうか」

 

洋榎も漫には期待している。

どんどんと先輩の知識を吸収していく漫の姿は、洋榎だって見てきた。

最初は心配だった後ろ姿も、今は頼もしく映っている。

 

 

「副将、ゆっこやな。これ以上ないくらい安定感のある打ち回しをしてくれる頼れる副将や。……何より、ゆっこが一番麻雀を愛してる。ゆっこ以上に道具を大切に扱う打ち手をウチは知らん。そういうところは後輩達もそうやしウチらも見習わなくちゃアカンな」

 

「お、大げさなのよ~」

 

隣にいる由子は笑顔を崩さずにこそいるが、少し恥ずかしそうだ。

 

 

「道具を大切にすることが強さに関係ない……なんて言う奴は流石にこの場にはいいひんやろうけどな。由子は人事を尽くしとるっちゅうことや。そういう打ち手は……こういう大舞台に強いで」

 

由子が遅くまで道具の手入れをする姿を、洋榎もよく見てきた。

自分もかなり洗牌をする方だと思っていたが、由子を知ってからは、より一層こだわるようになった。

 

 

「最後に大将。恭子や。自分では凡人凡人言うとるけど……ウチからしたらどこが凡人やねんって感じやな」

 

「いや……凡人ですよ……」

 

洋榎の言葉に恭子は不満げだったが、洋榎はどこ吹く風。

 

 

「一番努力しとる。どうしたら勝てるのかを常に考えとる。それは立派な才能で、力や。今年も大将はバケモンみたいなのが多いみたいやけど、恭子なら絶対に負けん。そう自信を持って送り出しとる」

 

洋榎の言葉は記者たちに重く響く。

洋榎がメンバー全員を信頼しているのがよくわかる数分間だった。

 

最後に「あ。中堅、ウチ。さいきょー。以上や」と言っていたあたりで全員がズッコケていたが。

 

そこで1つ、洋榎が呼吸を置く。

 

 

 

 

「さて……まあそういうわけで、今年の姫松は強い。……先に言わせてもらうわ」

 

 

洋榎の目が、真剣なものに変わる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「今年の優勝は絶対にウチら姫松がもらう。相手がどこだろうが……それだけは譲らん」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

“無冠の常勝軍団”と呼ばれるのはもう終わり。

 

舞台は整った。

 

 

 

 

 

 

―――あの日の誓った悲願を達成するため。

 

―――明日を笑って終えるため。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――努力の3年間の軌跡を歴史に刻もう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

【挿絵表示】

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ついに始まるのだ。

 

インターハイの長い歴史の中でも、魔物の世代(モンジェネ)と呼ばれることになる今年の団体決勝戦。

 

 

 

 

 

 

決戦の朝が来る。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




神挿絵来ました!!!!


【挿絵表示】



もう作者は大歓喜です。
恭子の表情とか、由子の笑顔とかたまらない……本当にたまらない……。

漫ちゃんはきっと記者会見の帰りにコケて放送事故起こしかけたんですねわかります。


さて、テンションも上がったところで次回から団体決勝です。
アンケートは締め切らさせて頂きます。
ご協力いただきありがとうございました。

感想評価お待ちしておりますね!


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第111局 頂の景色を見に行こう

「ああ~もう!!洋榎のヤツ、結局ウチの書いたカンペなんも使わんかったやんか!!」

 

「まあ洋榎ならいらないんじゃないかとは思ったよね……」

 

 

色々なことが起こった記者会見の後。

 

最後のミーティングを経て、恭子と多恵はホテルの部屋に帰ってきていた。

 

とりあえず制服のまま部屋のベッドに腰掛ける2人。

制服のリボンを緩めながら、恭子がため息をついた。

 

 

「多恵もや、別になにも決勝の前にバラすことなかったんちゃうか?」

 

「まあ、遅かれ早かれバレるなら、むしろ今がいいのかなって。クラリンを応援してくれる人が、姫松も応援してくれたら嬉しいじゃん?」

 

「それでええんか……それはそうかもやけど多恵の身の安全が心配やわ……ネットリテラシーちゅうもんはないんか……」

 

多恵の言う通り、今までインターハイは興味薄くてもクラリンは知っているという層から応援される可能性は高くなった。

とはいえ、高校生であるというのがバレた以上、過激なファンが会いに来るような事態になったらコトだ。

 

そのへんをあまり考慮していないあたり多恵らしいと言えばらしいのだが。

 

 

 

心配する恭子をよそに、立ち上がった多恵が部屋のカーテンを開ける。

 

恭子と多恵が泊っているこの階は7階。外を見ればそこには東京の夜景がびっしりと広がっていた。

 

 

 

「ねえ恭子……」

 

「……どないしたん」

 

外を見つめる多恵の表情が、窓に反射して少しだけうかがえる。

 

その瞳は、静かに伏せられていた。

 

 

「明日、だね」

 

「……せやな」

 

恭子も、少し下を向いて思いを馳せる。

 

 

思い返せば1年前、団体決勝戦で惜しくも2位という結果に終わり、恭子は悔しいながらも、ある一定の充足感を得ていた。

しかしその感情は、ホテルへの帰り道での多恵のあの言葉と表情を見て、来年は絶対に優勝しなきゃいけないという決意に変わった。

 

 

 

 

 

 

 

『私は、諦めないから。来年必ず勝つから……!……負けて仕方ないなんて、言わないでよ』

 

 

 

 

 

 

 

恭子が、両手を合わせて握りしめる。

それ以降、恭子の胸にはいつも、絶対に姫松に優勝旗を持ち帰るという覚悟があった。

 

 

そしてそれを果たすべく、ついに決勝の舞台にまたやってきたのだ。

 

 

なのにどうして今、こんなにも手が震えている?

 

 

 

「怖い?恭子」

 

窓の鏡越しに、恭子の様子を察したのか多恵が声をかける。

恭子は慌ててごまかそうと手をふりほどいた。

 

 

「こ、こわいわけ」

 

「私は怖いよ」

 

ごまかし終わる前に多恵から発された言葉によって遮られ、恭子の動きが止まる。

 

 

 

「……多恵……?」

 

改めて多恵の方を向けば、多恵も同じように、両手を胸の前で握っていた。

その手は、微かに震えているようにも見える。

 

 

「後悔しないだけの努力をしてきた。実力を出しきれる自信もある。……けど、もし明日負けて、姫松の3年間を優勝できずに終わってしまったらと思うと、本当に怖い」

 

個人戦は、ある。

しかしそれはあくまで個人戦。多恵が目指してきたのは、この姫松のメンバー全員で勝ち取る全国優勝。

 

後悔する必要のないくらいには努力をしてきたし、姫松の皆が最大限の努力をしていたことも知っている。

 

しかし、麻雀と言う競技は常に運が絡むゲーム。

『絶対』は無い。

 

そして多恵と恭子に、「来年」はない。

前世のプロリーグですら、そんな事はなかった。

 

だからこそ、怖い。

 

 

そこでくるりと、多恵が恭子の方に向き直った。

 

 

「でも大丈夫だよね。後ろには皆がいる。恭子もいる……戦うのは私一人じゃない」

 

「……そこでそれ言うのは反則やろ……ああもう!」

 

 

恭子が立ち上がって、多恵の手を取った。

その手を、固く握る。

 

 

「そーや。ウチがなんとかしたる。だから思いっきり、チャンピオンに、小走に、園城寺に。ぶつけて来るんや、多恵の3年間を」

 

「……そうだね」

 

多恵と恭子の視線が合って、二人で笑う。

明日が終われば、団体戦は終わり。姫松の皆と戦う団体戦は泣いても笑っても明日が最後。

 

 

固くなってしまった空気を振り払うように、多恵がクローゼットの方を見つめた。

 

 

「……恭子はもちろんあの制服で出るんだよね?」

 

「……いつものスパッツじゃあかん?」

 

「ダメだね」

 

「……もう駄々こねてる場合ちゃうか……ええわ。やれることは全部やったるわ!」

 

「それでこそ恭子!……ってか普通にあっちのが可愛いよ」

 

 

空気が和み、いつもの雰囲気に戻っていく。

 

その後も2人は笑い合って話しながら、決戦前日の夜は更けていった。

 

 

 

 

そんな和気藹々とした雰囲気の中で、恭子は多恵の笑顔を見て強く願う。

 

 

 

 

 

 

ああ、どうか。

 

 

 

 

明日が終わった時に、またこうして多恵と笑っていられますように。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――――決勝戦当日。

 

 

 

 

 

『きいまったあああ!!!!!!団体戦5位決定戦!!!制したのは清澄高校!!5位という形ですが、清澄高校の名は、確実に全国に刻まれたことでしょう!!』

 

『凄まじい叩きあいでしたね……清澄高校は若いチームなのも、大きいですね。来年、再来年とまた期待できる高校ではないでしょうか』

 

 

 

5位決定戦も大将戦で豊音と咲が壮絶な叩き合いをしたこともあって、会場のボルテージは最高潮にまで仕上がっていた。

 

 

時刻は昼の10時を回った所。

会場では5位決定戦が終わり、結果は清澄が大将戦を制して5位となった。

 

 

ハイライトもそこそこに、息をつく暇もなく会場の熱気は、今日のメインイベントへと移っていく。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『さあ、全国の麻雀ファンの皆様お待たせいたしました。今日、全国の頂点に立つ高校が決まります……!!!』

 

『いやあ~、ついに来たねい……』

 

決勝戦の実況解説は、針生アナと咏。

咏の人気も相まって、この2人が決勝の解説を務めることになった。

 

 

 

広い会場に、次々と決勝進出校のメンバーが入ってくる。

 

北大阪代表、千里山女子。

西東京代表、白糸台高校。

奈良県代表、晩成高校。

南大阪代表、姫松高校。

 

 

各高校の先鋒から大将までの5人が、メイン会場の対局室へと集結した。

 

会話はなくとも、表情でわかる。

 

全員が、勝ちを譲る気がないということは。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「「「「よろしくお願いします!」」」」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

四校の全てをかけた戦いが、始まる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『各高校の先鋒の選手はステージに残ってください』

 

 

挨拶を交わした直後。5位決定戦が少し延びた影響もあって、先鋒戦に出場する選手はそのまま会場に残り、他の選手が控え室へと戻る運びとなった。

 

各校の先鋒以外の16人が、会場を後にする。

 

それぞれが先鋒の選手に想いを託しながら。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「気張れや!怜!」

 

「園城寺先輩!ファイトです!!」

 

 

 

「おー……頑張るわ」

 

 

 

 

『千里山女子!!その先鋒を務めるは昨年秋に彗星のごとく現れた3年生エース!独特な打ち回しからついた呼び名は“一巡先を視る者”!!未来を視るその瞳に、千里山の優勝は視えているのか?!園城寺怜!!』

 

 

 

怜の横を通り過ぎていく選手の中、竜華が怜の前で立ち止まる。

 

そしてゆっくりと、怜を抱きしめた。

 

 

「竜華。……大丈夫やから」

 

「……うん。これが私にできる精一杯の応援やから。頑張って……!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「テルテルー、頑張ってねっ!」

 

「宮永先輩、ファイトです」

 

 

 

「……うん。ありがとう」

 

 

『白糸台高校!!インターハイ3連覇目前!!もはや語る必要はないでしょう!最強の高校の史上最強のエース!!宮永照!!!』

 

 

熱狂にも似た歓声が遠くから聞こえてくるほどに、照の人気は高い。

しかし普段通りの姿勢を崩さずにしっかりと相手を見据えるその姿は、まさに王者と呼ぶに相応しい。

 

 

 

「……照。お前に限って心配は必要ないと思うが……」

 

「菫、ありがとう。今日はそう簡単に行く相手じゃない……けど、大丈夫だから」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「やえ先輩!!ファイトです!!!」

 

「ぶっ倒してきてください!!」

 

「やえ先輩……!頑張ってください……!」

 

 

 

「だーれに言ってんのよ。大丈夫。……全部私に任せなさい」

 

 

 

憧、初瀬、紀子の順番で、やえの片手にコツンと拳を当てていく。

この人だから、この人と一緒だからここまで来れた。私達が、晩成を選んだ理由。

全幅の信頼が、ある。

 

 

 

そしてその信頼は、ここに立つやえからも同じ。

 

 

 

 

『晩成高校!!!去年までの孤独な王者はもういません!!強固な信頼で結ばれた絆で、晩成王国が頂点を獲りに出陣です!!晩成の王者(キング)は、インターハイを統べることはできるのか!小走やえ!!!』

 

 

 

 

最後にやえの前に姿を現したのは、由華。

由華はやえから差し出された拳にコツンと自分の拳を当てた後、ゆっくりとやえの拳を握って、頭の付近へと持っていく。

 

 

「……私、晩成に入ってよかったです。やえ先輩と一緒に戦えてよかったです。……だから今日も、やえ先輩についてきて良かったって思わせてください」

 

「……当たり前よ。……しっかりと見てなさい。今日が……私の3年間の集大成よ」

 

 

 

 

やえが睨みつける先に、因縁の相手が待っている。

 

決着をつけよう。

誰が高校麻雀界の()()なのか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

洋榎がまず、背中を強く叩いた。

 

続いた由子が、笑顔で同じように強く叩いた。

 

漫が戸惑いながらも、思い切って背中を叩いた。

 

 

 

 

言葉は、いらない。

 

 

 

 

 

 

 

『姫松高校!!!!2年連続インターハイ準優勝!!関西の“常勝軍団”は、未だ頂の景色を見れずにいます!!あの時選手たちは誓いました。今年必ずその景色を見に来ると!全国の麻雀ファンに笑顔を届けるクラリンは、今一人の選手として全国の頂点に挑みます!!倉橋多恵!!!!』

 

 

 

 

 

 

 

大歓声が、会場を揺らす。

多恵が大きく、息を吸い込んだ。

 

 

 

 

 

 

その時、一際強い勢いで、多恵の背中が叩かれる。

 

 

「痛っ!?……」

 

多恵の背中を叩いたその手は、ぎゅう、とそのまま背中を握りしめる。

 

 

 

 

「恭子……」

 

多恵から恭子の表情は見えない。

恭子の髪を後ろで留めているリボンが、小さく震えていた。

 

 

「……必ず……勝つから」

 

 

多恵が優しく笑ったのを感じて、それでも名残惜しそうにゆっくりと恭子の手が離れる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『舞台は整いました!!!!インターハイ団体戦決勝!!!!』

 

 

 

多恵がゆっくりと目を開いた。

 

 

 

前世も今も、こうして変わらない競技に命を燃やしている。

この時間がたまらなく好きだから。

 

 

 

 

 

  

 

(今度は、私の番だね)

 

 

 

 

 

 

照明が落ちる。

 

対局開始を知らせる、ブザーが鳴り響いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

『対局開始です!!!!』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

さあ、今日こそは。

 

 

何度挑戦しても届かなかった、

 

 

 

 

 

 

 

 

頂の景色を見に行こう。

 

 

 

 

 

 

 



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第112局 開戦

初めて会った時、その少女は本を読んでいた。

 

 

ただただ広いその部屋はとても暗く、スポットライトだけが中央に鎮座する自動卓を強く照らしていて。

 

そこで、純白の制服に赤い髪を伸ばした少女が、はらりとページをめくる音だけが静かに響く。

その様子はどこか幻想的ですらあった。

 

 

 

 

「……宮永……照さん」

 

多恵が出した声に、その少女がはた、と動きを止める。

 

照は読んでいた本を閉じて、ゆっくりと多恵に目を合わせた。

 

 

「倉橋多恵さん……よろしくね」

 

 

お互い1年生にして先鋒のエース区間を任された同士、名前はもちろん知っていた。

 

そしてこの出会いは、多恵にとって大きな意味をもたらすことになる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

強めに叩きつけられた牌が、とてつもない勢いで回転する。

 

 

 

 

 

「ツモ。12000は12900オール」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『ななななんてことだああ!!!重ねに重ねた9本場!!!三倍満の和了で他校の希望を打ち砕いたあ!!!圧倒的!!圧倒的すぎるぞ宮永照!!』

 

 

 

 

 

 

 

 

想像を遥かに凌駕していた。

 

容赦なく宣言されるツモ。

積み重ねられる点棒。

終わることのない親番。

 

 

 

 

ぐるぐると回る視界の中で……多恵は人生で初めて、麻雀で絶望を感じた。

 

 

 

この日先鋒戦で大量の点数を失った姫松高校は……インターハイを準優勝という形で終えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「気落ちするな倉橋。お前が悪いわけじゃない。お前のおかげで、私達は準優勝することができたんだから」

 

「相手が悪かっただけだよ……!……来年からもあれを相手にしなきゃいけないってのは、少し酷だけど……」

 

「だから多恵ちゃん、そんな顔をしないで。来年からも、絶対試合見るからね!」

 

 

 

3年生からの励ましの言葉が、更に多恵の心を締め付けた。

 

自分はいい。

しかしこの3年生たちは、今年が最後だったのだ。

それを自分の大量失点のせいで全国制覇が果たせなかったのだと思うと、多恵は自分を責めずにはいられなかった。

 

控室のソファで両手で顔を覆いながら、ただただ何が悪かったのかを自問自答する。

どうすればよかったのか。

本当にあの打牌が最善だったのか。

 

2回の人生を通しても初めてだった。

 

考えても考えても『勝てるビジョンが視えない』というのは。

 

 

 

 

 

 

「間違いなく、バケモンやな。あれは」

 

 

隣に腰掛けた洋榎が、静かにそう呟く。

今年多恵と共に1年生として姫松のレギュラーで戦った洋榎も、同じ意見だった。

 

 

「……気にするな……とは言わんけどな。来年。必ずリベンジや」

 

何かを睨みつけるような洋榎の視線。

 

言葉を発することはできなかったが、洋榎のその言葉に多恵は小さく頷いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

あの時戦った場所と同じ場所で、また彼女と相対している。

 

1度目のリベンジも圧倒的な強さで押し返された。

個人戦でやってきた2度目のリベンジで……初めて可能性を感じた。

 

そうしてやってきたきた3度目の勝負。

 

しかしこの団体戦に、『次』はない。

ここで勝たなければ、多恵の3年間に意味は無い。

 

 

 

「さあ~って……今日こそほえ面かかせてやるわよチャンピオンさん」

 

「……」

 

やえの好戦的な発言にも、照は表情を崩さない。

照もこの場にいる全員を侮っているわけではない。むしろ脅威に感じていた。

 

 

(……倉橋さんに小走さん……園城寺さんも準決勝の時から何かを掴んでる様子だった……安心できる要素は一つもない)

 

 

静かに目を閉じて、上がってきた山を見つめる。

 

どうやら今日は、長い2半荘になりそうだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

東家 白糸台高校 宮永照

南家 晩成高校  小走やえ

西家 姫松高校  倉橋多恵

北家 千里山女子 園城寺怜

 

 

 

 

 

 

インターハイ団体戦決勝 先鋒戦 対局開始

 

 

 

 

 

東一局 親 照 7巡目 

 

 

怜は持ってきた牌を自身の手牌の上に乗せると、小さく息を吐いた。

いよいよ決勝戦。

1年生の頃はこんな場所で自分が打つなんて思いもよらなかったし、自身のために尽くしてくれたチームメイトのためにも、トップでバトンを渡したい。

その想いは確かに今もここにある。

 

 

(とはいえ……ここは魔境すぎやわ……)

 

ぐるりと周囲を見渡す怜。

自分以外はもれなく去年の個人戦決勝卓経験者。

つまりは去年高校生の中で1番頂点に近かった3人なのだ。

 

ネットの前評判でも自分が一段劣ると言われていることは重々承知の上。

 

しかしそれは、諦める理由にはならない。

 

 

(もともとこんなとこおるような人間ちゃうかったんやから……竜華に、セーラに、後輩たちに……報いなあかんな)

 

病弱で戦力にもならなかった自分と、いつまでも仲良くしてくれた人たち。

その支えがあったからこそ、今怜はここにいる。

 

その想いに、応えたい。

 

怜の右目が、光を帯びる。

 

 

 

 

 

 

「リーチ」

 

 

 

 

 

怜の千点棒が、強い想いを乗せて真っすぐに直立した。

 

 

 

 

『先制リーチは千里山女子高校園城寺怜!彼女からリーチがかかったということはすなわち!』

 

『一発でツモる……まあ、今回はチャンピオンが起家で助かったねい』

 

『チャンピオンは公式記録でも東1局に和了したケースが少ないですからね。これは相手の実力を伺っているとのうわさもありますが……』

 

『……過去に対戦した相手であっても、その日の一発目は様子を見る……1年間その打ち手がどう努力し、何を得たのか……視てるのかもしれないねえ?知らんけど!』

 

 

怜の先制リーチに会場からも歓声が上がる。

 

 

しかしその先制リーチを受けても、他3人は全く動揺しない。

 

チャンピオンが一つの牌を切り終えると、静かに目を閉じた。

 

やえがツモ山に手を伸ばし、牌を切る。

 

同じように多恵がツモり、そして切る。

 

何事もなく、怜のツモ番が回ってきた。

 

 

 

 

 

 

 

 

「ツモ」

 

 

怜 手牌 ドラ{⑦} 裏ドラ{北}

{②②②⑧⑧789二三四北北} ツモ{北}

 

 

 

 

「ッ……!3000、6000……!」

 

 

 

 

『きまりました!!!まずは開幕和了りを手にしたのは園城寺怜!挨拶代わりの裏3で跳満の和了です!!』

 

『ひゅ~う。やるねい。……しかし不気味だねえ……誰も何もしかけないとは……』

 

 

怜の開幕跳満の和了だというのに、他3人は何のリアクションも無く点棒を怜へと渡す。

 

その何でもない動作が、怜にプレッシャーを与えていた。

 

 

(……跳満くらいなんでもないってか……舐められたもんやな……)

 

額に浮かぶ汗をぬぐいながら、怜が静かに点棒をしまう。

 

その最中、多恵とやえは怜の捨て牌と手牌をじっくりと眺めていた。

 

 

(……宣言牌は{⑥}。ドラ待ちよりもシャボを選択……一発ツモか)

 

(別に甘く見てるわけじゃないわ。それよりも先に、情報が欲しい。ただそれだけ。そしておそらく一番情報を欲しているのは……)

 

やえの視線が、チャンピオンの方に流れる。

 

 

 

 

その瞬間だった。

 

 

 

 

 

照の体から、黒いオーラのようなものが溢れ、照を除く3人の後ろに、大きな()が現れた。

 

 

 

(……!この感じ……一昨日もやられたヤツやな……自分を見透かされるような、嫌な感じや)

 

(相っ変わらずイイ趣味してるわね)

 

 

照魔鏡。

打ち手の本質を見抜く、照の特殊能力。

 

照は東一局が終わると必ずこの能力を発揮する。

 

 

少しして鏡は消失。

3人を襲っていた嫌な感覚は霧散した。

 

そしてその力の発生源である照の視線は、正面に座る多恵へと向けられる。

 

 

(やっぱり……倉橋さんだけは、底が見えない。こんなこと一度も無かった……)

 

怜もやえも、その本質は見抜くことができた。

 

しかし目の前に座るこの少女だけは、どうしてもどこか大切な部分が見えない。

 

 

(なにか……倉橋さんの奥のほう……一つの()()()が、その先を見せてくれない……)

 

照が諦めたように目を閉じた。

多恵に照魔鏡があまり通じないのは計算の内。去年も一昨年も、それでも勝ってきた。

問題ない。

 

 

 

東2局 親 やえ

 

 

6巡目 怜 手牌 ドラ{⑥}

{①②③赤⑤⑥8889三四五六} ツモ{9}

 

 

(聴牌……やけど役の無い方や……)

 

怜の視線が、静かに他家の捨て牌へと移る。

その目が、緑色に輝いた。

 

 

(晩成の王者はんは、まだ速度が間に合ってへん。せやけど、リーチは打たれへんな……)

 

怜の視た未来。

やえからこの宣言牌でロンと言われることは無く、しかし一発ツモでもない。

 

怜はゆっくりと{三}を河へと放った。

 

 

しかしその巡目での多恵の捨て牌で、怜は戦慄することとなる。

 

 

 

 

 

「リーチ」

 

 

 

宣言と同時、多恵が手牌の1枚を手前に倒し、流れるような動作で牌を横に向ける。

 

その牌は、{④}だった。

 

 

 

(そんな……!さっき視た時はそんなことせえへんかった……!)

 

怜が視た未来では、多恵が現在の怜の当たり牌である{④}を切ることもなかったし、ましてやリーチをかけてくる未来など無かった。

 

驚きながらも牌をツモり、怜がもう一度未来を視る。

 

 

(くっ……!)

 

怜が歯噛みする。

 

既に多恵の後ろには、光り輝くいくつもの()がこちらを向いていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「悪いなセーラ。一発ツモはそっちのエースだけのお株やないで」

 

洋榎が人の悪い笑みで、今同じく対局を見ているであろう旧友に笑いかける。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ツモ」

 

 

光り輝く長剣が、()本地面に突き刺さった。

 

 

 

 

多恵 手牌 裏ドラ{西}

{④⑤⑥⑦⑧⑧⑧345三三三} ツモ{⑥}

 

 

 

 

 

「3000、6000」

 

 

 

 

『跳満返し!!!姫松高校倉橋多恵!!!強烈な5面張一発ツモで跳満です!!』

 

『クラリンやるねい!……ドラドラの手牌をリーチかけられなかった園城寺と、その隙にすかさず最大枚数の聴牌を取ったクラリン……園城寺としちゃー嫌な感じだろうねい』

 

『……発表があったとはいえ、解説でクラリンと呼ぶのはやめましょうよ三尋木プロ……』

 

『ええ~なんで?いいじゃん親しみやすくて』

 

 

 

 

 

怜が自分の手牌を見つめ、そして多恵の和了形を見つめる。

 

 

(リーチせえへんかったら和了れないことを、見透かされたんか……)

 

怜はその自身の能力の性質上、一発ツモでなければリーチをかけない。

だからこそ、リーチしたら必ず一発でツモるという強力な能力に周りからは見えているのだが、多恵は気付いていた。

その弱点に。

 

 

(リーチしなくちゃ和了れない手の時も、やっぱりリーチしないんだね、園城寺さん)

 

多恵の冷徹な瞳が、怜を貫く。

 

怜は開幕早々ため息をついた。

 

 

(そら一筋縄ではいかんよな……)

 

対局はまだ始まったばかり。

 

周りをもう一度見渡す。

警戒しなければいけないのは、全員。

 

 

 

怜が少しでも体を休めるために、ゆっくりと背もたれに体重を預けた。

 

 

 

(キツイ一日になりそうや)

 

 

次の局の配牌が、上がってくる。



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第113局 連続和了

東3局 親 多恵

 

 

点数状況

 

東家 宮永照   91000

南家 小走やえ  91000

西家 倉橋多恵 109000

北家 園城寺怜 109000

 

 

 

 

 

『いよいよ始まった団体決勝!その先鋒戦!開幕は園城寺怜選手と倉橋多恵選手の跳満ツモで幕を開けました!』

 

『同じ跳満ツモだけど……質はちょっと違うよねえ……知らんけど!』

 

 

 

この先鋒戦、会場は既に凄まじい熱気に包まれていた。

この日を楽しみに会場に足を運んだ者もいれば、テレビの前にかじりついて応援する者もいる。

 

全国数多の麻雀ファンが、この歴史的一戦をその目に焼き付けようとしていた。

 

 

そんな日本中の注目を集めるこの先鋒戦は、前半戦東3局へと移っている。

 

 

 

『この2局、チャンピオンと小走選手は傍観する立場になっていましたが、この2人に限ってこのまま終わることはないですよね』

 

『そらそーだろ!……つーか、もう既になんか始まってるぜ?』

 

 

咏が見つめるモニターの先。

そこにはポーカーフェイスで打ち続ける照の姿があった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

4巡目 多恵 手牌 ドラ{3}

{②②④赤⑤⑥⑧34589一二} ツモ{五}

 

 

親番の多恵の手牌は悪くない。

赤ドラに上手くいけば平和がつけられそうな手牌。

 

多恵は即座に河を確認し、場況は良いとは言え既に{三}が2枚切れなのを見ると、手牌から{二}を河へと放った。

 

柔軟な二向聴戻し。

 

 

 

 

 

 

 

 

「ロン」

 

 

 

 

 

特徴的な少し高目の発声に、多恵の表情が少し曇る。

 

 

 

 

 

照 手牌

{⑦⑧⑨556677三四南南} ロン{二}

 

 

 

 

 

 

 

 

開かれた手牌を見て、照以外の3人の目が見開かれた。

 

 

 

 

 

 

()()()()

 

 

 

 

(2000だと……!?)

 

 

 

開かれた手牌はなんてことのない平和一盃口。

しかしチャンピオンという打ち手を研究している人間ほど、この和了が信じられない。

 

 

 

『来ました!!チャンピオン宮永照!!!最初の和了は2000点の出和了りです!!』

 

『……2000……普通チャンピオンは連続和了の最初の打点は1000か1300だったはずだけどねい……』

 

 

宮永照の恐ろしさは、『連続和了』にある。

最初に和了る打点は低くても、そこから少しづつ打点と速度を上げていき……やがて最高打点に到達する。

 

これだけ聞けば途中で止めれば良い、と思うかもしれないが、それができればこの少女は「チャンピオン」と呼ばれるまでに至っていない。

それだけ絶対的で、圧倒的支配力を誇る連続和了なのだ。

 

 

そのチャンピオンに去年1番近くまで迫った一人の少女が、ポツリとモニターの前で言葉を漏らす。

 

 

 

 

 

 

「宮永……流石にそのメンツが相手では『仕方ない』か」

 

「……どういうことデス?」

 

 

眼鏡をかけて足を組んでいる智葉の隣。

メガンがカップラーメンにお湯を注ぎながら、智葉の言葉に反応した。

 

 

「去年聞いた話だが……宮永は基本、連続和了の最初の和了りを、1000か1300で和了る。そうすることでより連続和了の恩恵は強まり、速度も上がる」

 

「なるホド……デハ今の局、チャンピオンは{7}を切って平和のみにすればよかったのデスね?」

 

 

今の局、直前の照の打牌は{4}だった。

本来なら普通の打牌であるが、低打点で和了することに意味があるのなら一盃口を崩す{7}切りが正しく見える。

 

そうすれば平和のみの1000点だった。

 

 

「そうだ……しかし、そうできない理由があった」

 

智葉が、ゆっくりとモニターを見つめる。

メガンも直前に入った聴牌を思い出して理解した。

 

モニターの画面に、一人の打ち手の手牌が映っている。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

やえ 手牌

{①①⑦⑧⑨89七八九西西西} 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「宮永は東一局の照魔鏡で感じたのだろう。このメンツを相手にするには、生ぬるいことは一切できない、とな」

 

「恐ろしい打ち手デスね……」

 

宣言牌殺し。

 

やえの照準は、確かに照に合っていた。

だからこそ、照は2000点の聴牌を取らざるを得なかった。

 

 

 

 

 

「小走……良い仲間を得て、ついにその刃はチームのために振るわれるようになったか……願わくばもう一度、相まみえたいものだな」

 

 

 

 

モニターの中のやえは、照に最初の和了を許してしまったというのに、怖気づいている様子は全く無かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

東4局 親 怜

 

 

 

『チャンピオンの和了……!また始まってしまうのでしょうか……!それにしても、倉橋選手はかなり放銃の少ない打ち手ですが今回は放銃に回ってしまいましたね……』

 

『あんなの誰が避けられるんだよって感じだけどな!……確かにクラリンは放銃は少ない。けどね、あのコは根っからのデジタルなわけよ。クラリンの動画見てる人達は知ってるかもしんねーけど!知らんけど!』

 

『知ってるのか知ってないのか……まあ、確かに私も何度か彼女の動画は見たことがありますが……超がつくほどのデジタル派ですよね』

 

『そーそー!……それを現実の麻雀に高い次元で落とし込んでるのが彼女の強さの理由なわけだけど……じゃあ今の状況100回繰り返したとして、本当に親番であの牌姿からオリるんですかって話なんよなあ』

 

『そういった精査の繰り返しをしているからこそ、放銃もあり得る……ということですか』

 

『ま、そういうことじゃねえの~?つーかあんなの警戒してたら麻雀にならねーだろ!知らんけど!』

 

 

そこまで言い終わった後、咏は自身の扇子で口元を隠す。

 

 

(ま……もしかしたら次は止めるかもだけどね……それがあのコの強さなわけだし)

 

咏は既に、多恵の強さの理由の大部分を感じ取っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

怜が親番の配牌を眺める。

……と共に一つため息をついた。

 

 

照が最初の和了を手にした。してしまった。

その意味がわからないほど、怜は愚鈍ではない。

 

 

(まず間違いなく、次の局も速攻でチャンピオンに手が入る……準決勝を経験したから分かる。けど……そう簡単にはさせへんで)

 

 

念には念を入れて。

怜の右目は早くも1巡目から緑色に輝いた。

 

 

怜の未来視が、一巡目のやりとりを全て映し出す。

 

 

 

 

(……ッ!1枚目にウチが切ろうとしてた{⑧}をポン……!させへん)

 

直接和了に結びつくかはわからない。

しかし手が進むことは事実。

絶対にこれは鳴かせないと心に決めた怜は、字牌から切り出していく。

 

 

照が最初のツモを手中に収めると、手から1枚の牌を切った。

 

その様子を見届けて、多恵も警戒心を強める。

 

 

多恵 手牌 ドラ{五}

{⑦49二五六九九南西白発中} ツモ{七}

 

 

 

 

(宮永さんはまず間違いなく1段目で和了りにくる。それまでにできることは……?)

 

手牌は悪い。

そんなことはわかっている。では何をすれば照の連続和了を止められるのか?

諦めて手をこまねいている時間はない。多恵は最善を目指すために、{中}から切り出した。

 

 

 

『倉橋選手、字牌から切り出していきました。手牌も悪いですし、遠くても染め手を目指したくなる配牌ですが……』

 

『ま、普通の場ならそうだろうねい。……でも今は普通じゃない。そんなことしている時間がないことは、あのコが一番よくわかってる』

 

 

多恵の狙いは、怜かやえが鳴いてくれること。

他家に役牌が重なるまで持つという選択肢もあるが、それでは遅い。

今この瞬間配牌で対子が入っていることを期待して切り出していくしかないのだ。

 

そんな多恵の思惑もむなしく、その{中}に声がかかることはなく、怜にもう一度ツモ番が回ってくる。

 

 

 

 

 

 

切る牌を決める前に怜がもう一度未来を視ようとして……その表情ははっきりと青ざめた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ツモ」

 

 

 

 

2巡目 照 手牌

{⑥⑦⑧333678四五七七} ツモ{六}

 

 

 

 

 

 

 

「1000、2000」

 

 

 

 

 

 

 

 

実にあっけなく、その手牌は開かれる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『2連続和了……!!!あまりにも早すぎる……!!!どうやら始まったようです!チャンピオンの連続和了!!』

 

『この巡目じゃあ……やれることも少ないねえ……』

 

『そしてこのまま迎えてしまいます……!』

 

 

怜が最終形を確認して、捨て牌を見る。

 

 

({⑧}をポンせんかったら、カン{⑦}を自分で入れるんか……バカげてるでホンマ……!)

 

 

怜の視線を受けても、照の表情に変化はない。

 

パチり、と横にある起家マークを「南」に変える。

なんの感情も感じられないその動作。

 

照の右手は既に回転を始めていた。

 

その手が、風を纏う。

 

 

 

 

照の……チャンピオンの親番だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

南1局 親 照 ドラ{中}

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ツモ」

 

 

 

 

その声がかかるのにかかった巡目は、わずか4巡。

音をたてて回る照の右手によってツモられた牌が、照の手元へと叩きつけられる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

照 手牌

{③④赤⑤⑥⑦345二三四五五} ツモ{②}

 

 

 

 

「2600オール」

 

 

 

 

 

 

 

『3連続……!!!徐々に徐々に打点が上がっています……!』

 

『これ以上はかなり痛手になる。わかっちゃあ……いるんだろうけどねい』

 

 

 

止まらない。止めることができない。

 

怜はうつむきがちに唇を噛んだ。

 

 

(ズラしても、違う選択を取っても和了られる……どないすればええねん……!)

 

考えている間にも、次の配牌は上がってきてしまう。

 

照の纏う黒いオーラが、徐々に大きくなっていく。

照の右手の回転が、竜巻を起こしそうなほどに激しくなっていく。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

南1局 1本場 親 照

 

 

 

 

 

 

 

唐突に照が卓の右端を、左手で掴む。

 

 

その動作に、3人が表情を歪ませた。

 

 

 

 

 

 

 

勢いよく回転する右手でツモられた牌は、またも照の手元へと叩きつけられる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ツモ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

照 手牌

{②②③③④④6677二七七} ツモ{二}

 

 

 

 

 

 

 

突風が巻き起こった。

 

余りの暴風に、3人が思わず目を覆う。

 

 

 

 

 

 

 

 

「3300オール」

 

 

 

 

 

 

 

 

『圧倒的……!!!チャンピオン宮永照!!!4連続和了で一気にトップに踊り出ました!!!』

 

『他3人はまずいね。これ以上の失点は……命取りだ』

 

 

会場は既に異様な空気に包まれている。

 

止まらない照の連続和了。

ともすれば、ここでいきなり決着をつけてしまいそうな照の勢いに、誰もが息を飲んでただ見ていることしかできなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

南1局 2本場 親 照

 

 

照の猛攻は止むことがない。

 

5巡目にして聴牌が入る。

 

 

 

 

 

照 手牌 ドラ{⑥}

{③④④33445赤5六七八八} ツモ{八}

 

 

 

ダマで満貫、12000の聴牌。

リーチを打てばツモると跳満になるため、照はこの手をダマに構える。

ツモっても、出ても良いように。

 

 

ギュルギュルと音をたてて回転する照の右手から、{④}が河へと勢いよく放たれた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その牌が、轟音と共に砕け散った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ロン」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

やえ 手牌

{②②②④④⑤赤⑤⑤⑧⑧} {⑨⑨横⑨} ロン{④}

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「誰の前で好き勝手に和了ってんのよ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

振り下ろされた()()の鉄槌が、勢いよく回転していた照の右腕を力づくで叩き潰す。

 

 

照の右手の回転が、収まった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『ば………倍満!!!晩成の王者小走やえ!!!この状況下でチャンピオンから倍満の和了!!!!連続和了を強烈な一撃で止めました!!!』

 

『ひゅう~!……チャンピオンも、まだ追い付いていないはずと思ったんだろうねい』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

照がその表情を今日初めて驚愕に染める。

 

 

(照魔鏡で見た結果では、小走さんはまだこの速度には追い付いてこれないはず……。……ッ!)

 

 

 

 

 

 

 

違う。

照は気付いた。

 

まだ追い付けないはずの速度を、加速させた人間がいることに。

 

 

照がやえが鳴いていた{⑨}の……1枚横を向いている牌の先に勢いよく目を向ける。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『去年の悔しさ……忘れたとは言わせないわよ?』

 

『当たり前だよ。……私はこの日を、1年間待ち続けた。今日こそ……必ず勝つ』

 

『……いい目じゃない多恵。あんたとの決着もそうだけど、そうね……まずはあのいけすかないチャンピオンとやらを倒すとしましょうか』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

一人じゃない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

照が細めた目で見る先。

 

 

 

 

そこには腕を組んで、マントをたなびかせ仁王立ちするやえと、その隣で長剣を鞘に納めながらこちらを見つめる多恵の姿があった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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第114局 王者の打ち筋

 

南2局 親 やえ

 

 

 

点数状況

 

東家 白糸台 宮永照   97800

南家 晩成  小走やえ 101000

西家 姫松  倉橋多恵 100100

北家 千里山 園城寺怜 101100

 

 

 

 

 

 

 

『誰が予想できたでしょうか……!前半戦南2局にあってトップからラスまでその差3300点!!まだまだ前半戦の行方はわかりません!』

 

『……過去のインターハイも、先鋒戦は大きな差が開くことが多かったからねい……南2局でこの点差はかなり珍しいんじゃねえの?知らんけど』

 

『……去年ももう南3局には点差が開いていました。この僅差はやはり先ほどの小走選手の一撃が大きいですかね?』

 

『そらそーだろ!あれが無かったらチャンピオンにあと何回和了られてたかわからないぜ?』

 

 

 

 インターハイ団体決勝先鋒戦は、大方の予想を裏切り、超僅差での南場を迎えていた。

 観戦者側からしても火力が高い選手が集まっただけに、この僅差はどこか無気味さを感じさせる。

 

 それこそ、嵐の前の静けさのような。

 

 

 怜が額に流れていた汗をぬぐい、点数状況を確認する。

 

 

(平らな展開は、むしろありがたいわ。こっちとすれば、仮に私がラスでも、点差がつかなければそこまで悪い結果やない。……けど)

 

 思い出すのは、先ほどの和了。

 自分ではどう頑張っても止められなかった連荘を、多恵とやえの連携によって歯止めをかけた。

 

 それも、強烈な一撃で。

 

 

(……私が何もできないんは、嫌やな……)

 

 僅差決着は望むところ。しかしなにもせずにこの2半荘を終えることは、したくない。

 千里山の皆の期待にこたえたい。

 

 怜の中にその想いは確かにあった。

 

 幸い、チャンピオンの親番は落ちた。

 ここからは加点を目指していい場面。

 

 

 

7巡目 怜 手牌 ドラ{②}

{②②②④④778三四五七八} ツモ{六}

 

 

 タンヤオドラ3の聴牌。

 ダマで高目満貫だが、両面に取ったときに{9}の方では役がない。

 

 なので基本的にはリーチをかけたい手。

 

 

(ダマで満貫あるんやったら、シャンポンにとってダマもありやけど……)

 

 とにかく、聴牌をとることが最優先。

 安全かどうかを確かめるべく、怜の未来視が発動する。

 

 

 

 しかし一瞬で、怜の未来視はその役目を終える。

 

 

 

―――

 

 

 

 

 

 

 

『ロン』

 

 

 

やえ 手牌

{赤⑤⑥⑦6667二三四赤五六七} ロン{8}

 

 

 

『11600』

 

 

 

 

 

―――

 

 

 

 

 

(どっち切っても当たる形……)

 

 

 視えた未来は、自分の切った牌に鉄槌が振り下ろされる未来。

 正面を見れば、やえの細めた目は確かに自分を捉えている。

 

 聴牌すら取らせてくれない王者の支配力に苦笑いしながらも、怜は{④}を切った。

 

 

(しゃーないやんな。回るしかあらへん)

 

 これが怜の未来視の強さ。

 リーチをかけなければ基本放銃はないこの力は、やえに対してはかなり有利だ。

 やえにしてみれば直撃を取ることがほぼ不可能なのだから。

 

 

 

8巡目 怜 手牌

{②②②④778三四五六七八} ツモ{8}

 

 

 聴牌し直し。

 怜にとってはこれ以上ない僥倖。一度崩した勝負手の聴牌をもう一度とることができたのだから。

 

 

(当たり牌を吸収できた……これは大きいんちゃうか)

 

 怜はもう一度未来視を発動する。

 彼女だけが視れる、緑色の世界。

 

 怜はこの手が一発ツモであれば、即座にリーチをかけるつもりだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(ッ……!!!)

 

 

 

 

 

―――

 

 

 

 

『ロン』

 

 

 

 

 

やえ 手牌

{④赤⑤⑥⑦666二三四赤五六七}

 

 

 

 

『7700』

 

 

 

 

 

 

―――

 

 

 

 

 

(追いかけてきとるんか……!)

 

 

 またしても怜の聴牌打牌は、王者の鉄槌によって砕けて散った。

 

 怜の聴牌をとらせない、絶対的な宣言牌殺し。

 

 

(とんでもないわ……ホンマ)

 

 怜がため息をついて、{8}を切り出す。

 放銃を回避できているだけマシか、と思う怜だったが。

 

 

 

 

 

 

 

「ツモ」

 

 

 

 

やえ 手牌

{④赤⑤⑥⑦666二三四赤五六七}

 

 

 

 

「4000オール」

 

 

 

 

 その巡目に決着はついた。

 この王者は、ツモでもきっちり和了ってくる。

 

 

『晩成高校小走やえ!!!ここで大きな大きな4000オールの和了!!均衡した点数から一歩抜け出します!!』

 

『ひゃ~……園城寺としちゃあ、きつい一局だったかもしれないねえ……』

 

 

 自身の手を封じられ、回っている最中に和了られる。

 晩成の王者小走やえが、王者である所以。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

南2局 1本場 親 やえ

 

 

 

 

「リーチ」

 

 

 

 

 その発声は6巡目にかかった。

 やえの、先制リーチ。

 

 

 

 

『ひゃー!怖いねえ小走のリーチ!なんも打てなくなっちまうねえ!』

 

『そういえば、面白いデータがあるんですが』

 

『お、いいねい。そういうの実況解説っぽいしいいよな。知らんけど』

 

『……。リーチ成功率という点で姫松の倉橋選手が全国1位なのは、知っている方も多いかもしれません』

 

『ま、あれよな、全国でそこそこの半荘数打ってる中でってことよな』

 

『そうですね。……実は倉橋選手だけでなく、姫松高校自体がチーム平均のリーチ成功率が非常に高いんです』

 

『はえ~!確かに皆要所のリーチ決めてるイメージあるねえ!』

 

『そしてここに、もう一つ、「リーチ率」というデータがあります。成功か失敗かを問わず、純粋にリーチを打った回数が反映される数値ですね』

 

『……あ、うん、何か読めたわ』

 

『はい。このリーチ率……晩成高校が断トツの数字を叩き出してます』

 

『はっはっは!!だいたいあの副将のせいだろ!知らんけど!!』

 

『攻撃を重んじる晩成高校……スタイルに差はあれど、その姿勢は一貫しているように見えますね』

 

『いいねえいいねえ!王者の育てた晩成王国が今日一日どんな戦いを見せてくれるのか……楽しみじゃねえの』

 

 

 リーチを打ったやえの視線が、3人を貫く。

 

 やえがリーチを打つということは、後の状況変化を考慮する必要が無いということ。

 

 

 

多恵 手牌 ドラ{七}

{③④⑤⑥⑦234二四四七八} ツモ{九}

 

 

 多恵の打牌に迷いはない。

 即座に{⑦}を打ち出す。

 

 

怜 手牌

{⑨⑨⑨34赤56二三四五九九} ツモ{2}

 

 

 怜も未来視を終えると、やはりか、といった表情で{九}を切り出していく。

 

 

 

照 手牌

{①①②②③③199七八八九} ツモ{2}

 

 

 照も即座に{1}を切った。

 やえの特性を照が知らないはずがない。

 

 

 全員の手牌進行を遅らせた。

 

 このメンツであれば、それでも即座に切り返されてしまう可能性はある。

 自分のことをよく知る多恵などは特に。

 

 それでもやえは、リーチを打った。

 

 

 一巡、あれば十分。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 決勝前夜。

 晩成高校ミーティングルーム。

 

 ホワイトボードと大きめのモニターが設置された室内に、晩成高校の面々が集まっている。

 

 前に出て話しているのは主将であるやえ。

 

 

「と、これで大将戦の話も終わりね。……由華、戦えるわね?」

 

「はい。……必ず勝ってみせます」

 

 由華の瞳には、闘志が燃えている。

 準決勝で恭子に敗れた分、リベンジに燃える気持ちはやはりあるのだろう。

 

 そんな様子を眺め、満足そうに頷くと、やえは持っていたレーザーポインターを机の上に置いた。

 

 

「よし。……明日はついに決勝。……その前に、私からあんたたちに言っておくことがあるわ」

 

 今日この室内にはレギュラーメンバーだけではなく、控えのメンバーも揃っている。

 今年の晩成高校の最後の舞台。その前夜のミーティングなのだから当たり前ではあるのだが。

 控えの選手たちはそれぞれ他校の選手のデータ集めや、牌譜などの資料作りを各々が担当し、形は違えども晩成の力になってくれた。

 

 そんな晩成の選手全員をやえが正面から見渡して、一つ咳払い。

 

 そして次の瞬間やえがとった行動に、その場にいる全員が驚く。

 

 

 

 

 

 

 やえは、深々と頭を下げていた。

 

 

 

 

 

 

「ありがとう。今私がここにいるのは、間違いなくあんたたちのおかげ」

 

 

 

 

 やえは頭を下げたままで、表情は見えない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「私は全国制覇をしたいと思って入学した。他の誰でもない、自分のために。だから正直、高校は多少強ければどこでもいいって思ってた。……でも途中何度も何度もくじけて、団体戦での全国制覇は、諦めるしかないんじゃないかって思う日もあったわ」

 

 

 

 思い出すのは、苦い記憶。

 先輩や同級生とぶつかり、孤独になった記憶。

 

 

 

「……けど、あんたたちが入ってきて、部内の雰囲気が少しづつ変わっていって……。気付いたら、ここは私にとってかけがえのない場所になってた。……だから今年、心の底から、あんたたちとこの晩成高校で全国優勝したい。そう思った」

 

 

 

 

 

 

 やえが、顔を上げる。

 その表情は、凛としていて。

 

 

 

 

 

 

 

「だから、ありがとう。……私はあんたたちが……晩成が大好きよ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 それは中学までのやえには無かった、新しい感情。

 

 

 

 

 

 

 

 

「やえ先輩~~~!!!!!」

 

「やえ先輩!!!」

 

 

 憧と初瀬が、こらえきれずにやえに飛びつく。

 その目には涙が浮かんでいた。

 

 

「ちょ、離れなさい!わかったわかったから!!」

 

 その様子を紀子が後ろから涙をぬぐって眺めている。

 

 

 

 由華が、自分が座っていた席を立って後ろを振り向いた。

 

 

「明日!!!!必ず!必ず優勝旗を晩成に持ち帰る!!!我らの、やえ先輩のために!!異論のある者はいるか!!!」

 

 もちろん異論のある者などいない。

 

 やえの話を聞いているときから、もう室内で涙を流していない者などいなかった。

 

 

 由華はもう流れる涙を拭うことすらしていない。

 声はガラガラで嗚咽交じり、それでも由華は言葉を続ける。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ここにいる全員がっ!やえ先輩と共にこの場所にいることを誇りに思っていい!明日見せつけよう!!私達が……!晩成こそが!全国の覇者……!()()であると!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 夜のミーティングルームに、晩成の歓声がこだまする。

 

 

 晩成王国の士気は、測り知れないほどに最高潮だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

晩成高校控室。

 

状況はやえがリーチを打った所。

全員が回る選択をとらされ、その分やえに猶予ができた。

 

 

「やえ先輩やっちゃえ!!」

 

憧が手をぐるぐると振り回してやえのツモ番を待つ。

初瀬もその隣で祈るように両手を握っていた。

 

 

紀子も真剣な顔つきでモニターを眺めていて……隣に立つ由華が何か呟いたのが聞こえた。

 

 

 

 

 

 

「やえ先輩。見せつけてきてください……」

 

 

その表情は、やえの勝利を疑っていない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 一巡。

 遅らせた一巡さえあれば。

 

 

 王者の右腕が、晩成の勝利を手繰り寄せる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ツモ」

 

 

 

 

やえ 手牌

{⑥⑦⑧⑧⑧234三四五六七} ツモ{赤五}

 

 

 

 

 

 

「6100オール」

 

 

 

 

 

 

 

 

『親跳だ!!!大きすぎる6000オールのツモ和了り!!王者小走やえ!!この舞台でも躍動しています!!!』

 

『相手を回らせて、その間に自らの手で決める。いいねえ……実に、実に王者(キング)だよ小走やえ……!』

 

 

 

 やえが点棒を握りしめた。

 

 その瞳が、対局者3人を貫いている。

 

 1年時も、2年時もその夢はかなわなかった。夢に挑戦する権利すらもないほどに早く、姿を消していた。

 

 しかしその夢は今、現実に手の届くところまで来ている。

 目の前に、最高の好敵手がいる。

 

 

 

 掴め、栄光を。

 

 小走やえは、王者なのだから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「お見せしようか」

 

 

 

 

 

 その声は低く、鮮明に響いた。

 

 

 さあ、全国に見せつけよう。

 

 

 

 

 

 

 

「王者の……打ち筋を」

 

 

 

 



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第115局 二巡先

 

 

 「チャンピオンへの対策はこんなもんやな」

 

 

 決勝前日の夜。

 千里山女子のミーティングルームでは先鋒戦の対策会議が行われていた。

 

 怜を信じている信じていないの話は置いておくとしても、この先鋒戦はあまりにも相手が悪すぎる。

 それを全員が感じているからこそ、この先鋒戦の対策は必須事項と言えた。

 

 準決勝の先鋒戦は、照に相当な点数を稼がれてしまった。怜が必死の流しで善戦したおかげでなんとか他校がトバされる事態にこそつながらなかったが、結局照は実に7万点を稼いで先鋒戦を終えている。

 

 しかし決勝の相手はチャンピオンだけではない。

 残る2人も超高校級の打ち手なのだ。

 

 

 「次ですが……晩成の小走ですね」

 

 大き目のスクリーンの前で話を進めるのは、情報整理担当でもある船Qこと船久保浩子だ。

 データ班とも連携して、彼女が多くの情報を集め、早々と対策を考えてくれている。

 

 

 「去年晩成が進めばウチに当たることになっていたので、その時点で小走選手のデータは集めとりました。……そのデータと今年のデータを見て比べていたんですが……一つ、去年と今年で大きく異なる点があります」

 

 「ほお」

 

 セーラが興味深そうにスクリーンを見る。

 表題には「小走やえのリーチ成功率」と銘打ってあった。

 

 

 「これが去年までの小走やえのリーチ成功率です。やはり他人を抑えつけられる意味合いもあってかなり高い数値になっていますね」

 

 「普通やったら考えられへんくらい高いなあ」

 

 膝の上に怜を乗せた竜華が、船Qの作ったデータを見て感心する。そこにはおそらく膨大な量の牌譜を集めてきた形跡があった。

 

 

 「次に……これが小走の今年のリーチ成功率です」

 

 「うわ……更に高くなってますね」

 

 次に示されたデータを見て、唯一の一年生である二条泉も思わず顔をしかめた。

 元々高かったやえのリーチ成功率は更に高まり、どれだけ恐ろしいリーチなのかを物語る数値になっている。

 

 

 「ですが……ここで一番恐ろしいんは、このデータです」

 

 船Qがパソコンのキーをクリックすると、出ていたやえのリーチ成功率のグラフが、成功したリーチがどのタイミングで成就しているかを示すグラフに変化した。

 

 

 「これが、去年までの小走選手のリーチ後の結果です。流局もそこそこな割合を占めていますね」

 

 「去年の団体一回戦の山八枚リーチなんかは印象深かったなあ」

 

 竜華の膝の上で、怜が手元の資料にも目を通しながら答える。

 去年、やえは3巡目に打ったリーチで山に最大枚数である8枚を残しながら、結局流局までツモれなかった局があった。

 

 千里山はシードでその試合を観戦していたので、その時のことはよく覚えている。

 

 

 「はい。ですが……今年のデータがこちらです」

 

 「……!」

 

 船Qが示したデータに、4人の表情が変わる。

 スクリーンの表示には、リーチ後3巡目までのツモ率が跳ね上がっていることを示していた。

 

 

 「へえ……やえのやつ、リーチの流局が激減した上に、数巡でのツモ和了がアホみたいに増えてるっちゅうことか」

 

 「なんやそれ、鬼に金棒……いや王者に鉄槌やないか」

 

 「ははは……小走さんに鉄槌振りかざされるんは怖いわあ……」

 

 去年までのデータであれば、やえのリーチには完オリに徹することも一つの手ではあった。

 やえはツモ和了の確率が高い打ち手ではなく、状況によってはオリで局を流すことも有利に働く。それが去年までの船Qの見解。

 

 

 「つまり……宣言牌が狙われてるから回らなくちゃいけないんやけど、回るとツモられるっちゅうことですよね?……え?詰んでません?」

 

 泉がはっきりと嫌そうな顔をしながらそう答える。

 泉の感覚は正しく、字面にすると相当厄介であることがわかる。

 

 

 「かなり嫌なことは確かですが……あくまで私の意見ですが……リーチを打ってくれた方が助かる場面もあると思っています」

 

 「それはウチも同意見やな。あいつはダマで待ち構えてる方が厄介や。後の状況変化についてこれんリーチ打ってくれたほうが、やりようはあると思うで」

 

 「確かに、小走さんにダマで待たれてると、どこまでも追いかけてこられるような感覚になるんよね……どこを狙われてるんかわからんくなるっちゅうか……」

 

 竜華はやえとの対戦経験が何度かある。

 セーラほどではないにせよ、その時の感覚は貴重な情報だ。

 

 

 「ダマやとなあ、どっかの誰かさんが準決勝でボッコボコにされた白糸台の次鋒強化版みたいな感覚よな」

 

 「ちょ、その話はやめてくださいって!決勝は負けませんから!!」

 

 恥ずかしそうに顔を赤らめて怒る泉と、ゲラゲラと笑うセーラ。

 泉は準決勝で白糸台の弘世菫にこっぴどくやられている。

 

 

 「まあその話は置いておきまして……小走のリーチはとても強力ですが、それこそ、もう一人の同卓者のリーチほどではありません。踏み込める場所は必ずあります」

 

 「……せめてウチが二巡先まで視れればなあ……」

 

 「怜。それはダメだからね」

 

 「……はーい」

 

 

 怜が発した言葉を遮るように、竜華が怜の顔を覗き込む。

 常に体力を消耗する怜の能力は、諸刃の剣だ。一巡より先の未来を視ることはリスクが伴う。

 竜華は勝ちたいのはもちろんだが、それ以上に病弱な怜の体が心配だった。

 

 

 そんな竜華の視線から逃れるように資料に目を通す怜の瞳は、至極冷静に対戦相手の情報を整理していた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 南2局 2本場 親 やえ

 

 

 

 

 

 

 「リーチ」

 

 

 

 

 王者の捨て牌が横を向く。勢いづいたやえのリーチが、わずか5巡目にしてかけられた。

 

 

 

 『晩成の王者小走やえ!!!たたみかけるようにここでリーチに打って出ました!!!』

 

 『ひゅう~。これは子の立場だとひとたまりもないねい……』

 

 『連荘が怖いのは何もチャンピオンだけではありません!この人のリーチも恐ろしい!……立ち向かえる人はいますか?』

 

 『チャンピオンは手が追い付いてないから厳しそうだねえ……クラリンもちょっと今回は手が遅いかなあ……唯一千里山のコだけが戦えそうだけど……相手はあの王者。厳しいんじゃね?知らんけど』

 

 咏の解説は、何も悲観的になっているわけではない。

 「小走やえのリーチ」という条件が、ただ単に真っすぐ進めば良いことではないことを示している。

 

 故の、難しさ。

 

 

 

 多恵がツモ山に手を伸ばして、やえの現物を切った。

 ツモ番は怜に回ってくる。

 

 

 (嫌や嫌や……リーチかけられるんはわかってたけどな……)

 

 怜は一つ息をついてから、未来視を発動する。

 

 自分が切る牌を、()()()に定めてから。

 

 

 

 

 

 

 

―――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『ロン』

 

 

 

 

やえ 手牌 ドラ{五}

{③④赤⑤78999四五六六六} 

 

 

 

 

 

 

『12000』

 

 

 

 

 

 

 

 

―――

 

 

 

 

 

 

 

 

 怜が一度視線を落として、目を閉じる。

 

 これ以上やえにツモられれば、点差は開くばかり。

 

 やるなら、ここしかない。今は、今だけは。

 

 

 『自分だけ』がやえの当たり牌を知っているから。

 

 

 

 

 

 

 (ごめんな、竜華。やらしてもらうわ。これは皆のため。ウチかてな……千里山の皆で優勝したい……!)

 

 

 

 

 

 怜の()目がエメラルドに輝く。

 

 

 

 (もう一回……!一巡じゃ足りひん。二巡……!二巡先や……!)

 

 

 

 怜の頭に押し寄せる、情報の波。

 自分が打牌をしてから起こる全て。

 

 

 

 体が崩れそうになるのを両手で押しとどめ、なんとか体勢を元に戻す。

 

 怜の視線が行った先は、下家だった。

 

 

 (チャンピオン……!そこまでするんか……!)

 

 

 驚いたような表情で怜が照を見る。

 

 怜は手牌から{九}を切りだすと、照の切り番を待った。

 

 

 

 照は何事もないかのように牌をツモると、一枚の牌を選んで河へと送る。

 

 切られた牌は……ドラの{五}。

 

 全くもってリーチ者のやえにも通っていないこの牌に、やえの表情がピクリと動いた。

 

 

 

 「……!」

 

 

 「ポン……!」

 

 

 動いたのは怜。

 ドラの{五}をポン。

 

 

 

 怜 手牌

 {③④⑤三23456七八} {横五赤五五}

 

 

 怜は手牌から{2}を切り出す。

 

 {七八}のターツは切りだせない。切ってしまえば、やえの当たり牌である{六}を使えないから。

 

 怜の視た未来が、わずかな怜の道筋を照らし出す。

 

 

 

 

 

 (今日は私だけの戦いやない……私を支えてくれた、皆に恩返しがしたい。その気持ちが、私がこの能力に目覚めた理由やと思うから)

 

 

 

 

 

 

 弱く、戦うことができなかった自分が、突然戦う力を手に入れた。

 

 それはきっと、今この瞬間のため。

 

 弱い自分でも、ずっと一緒に特訓に付き合ってくれた仲間のため。

 

 

 

 

 

 「……ツモ……!」

 

 

 

怜が力強く一枚の牌を引き和了る。

 

 

 

 怜 手牌

 {③④⑤456三六七八} {横五赤五五}  ツモ{三}

 

 

 

 「2200、4200……!」

 

 

 

 

 

 『鮮やかにかわし切りました園城寺怜!!満貫のツモ和了りで小走選手の親番を終わらせます!!』

 

 『いやあ~!まあ、このコの場合当たり牌をおそらく確定でわかってるからこその打ち回しって感じだねい……』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 南2局終了時 点数状況

 

 白糸台 宮永照   85500

 晩成  小走やえ 126100

 姫松  倉橋多恵  87800 

 千里山 園城寺怜 100600

 

 

 

 

 

 

 

 怜が大きく息を吐く。

 一つ大仕事を終えることができた。

 

 しかし、まだ。まだ終わっていない。

 

 

 (分かってはいたんやけど……ヤバすぎるやろこの先鋒戦……)

 

 

 

 

 

 

 怜の視線が動くと同時、怜の上家が、右手をゆっくりと卓の中央に伸ばす。

 

 

 無機質な瞳が、勢いよく回るサイコロの出目を見つめていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 『最後の一人についてですが……』

 

 『これは江口先輩と清水谷先輩、そして私の見解は一致しています』

 

 

 

 

 『この先鋒戦。園城寺先輩にとって一番対策の方法が少なく、厳しい戦いを強いられるのは間違いなく……』

 

 

 

 

 

 『姫松の倉橋多恵です』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 (さあ……前半戦ラスボスクラリン戦……ってとこやな)

 

 

 

 

 

 聖剣を抜いた白銀の騎士が、今怜の目の前に立ちふさがる。

 

 

 

 

 

 



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第116局 園城寺怜の苦難


近々、以前にもあったスレ形式のお話を挟む予定です。

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 一年前。千里山女子高校麻雀部部室。

 

 

 

 

 「とっくんとっくん~!」

 

 

 短パンに学ラン前開けというファッションで麻雀部の部室のドアを開けるのは、言わずと知れた千里山高校のエース、江口セーラ。

 彼女は高校に入ってすぐにレギュラーメンバーに選ばれると、一年生とは思えない力強い麻雀で他校の上級生を圧倒。千里山での地位を確固たるものにしていた。

 

 

 「セーラあんま大きな声出さんといて~」

 

 「ええ~なんでやあ?今から楽しい怜の特訓やで?」

 

 

 そんなセーラの後に続くのは、清水谷竜華と園城寺怜。

 高校に入る前から、この3人は共に麻雀を打ち、共に成長してきた。

 

 セーラは幼い頃から多恵や洋榎、やえといったメンバーと麻雀をよく打っていたのだが、ひょんなことから知り合ったのがこの怜と竜華で、こちらのメンバーで打つ麻雀もとても好きだった。

 

 竜華はメキメキと成長し、強豪千里山の中で一軍入り。練習試合でも成果を上げ始めている。

 対して怜はなかなか結果が出ず、苦しい状況をなんとか打開しようと努力を重ねていた。

 

 そんな二人を見ていて、セーラは二人の力になりたい。そう思うようになっている。

 

 

 (この気持ちが、多恵が最初オレと洋榎に抱いた感情なのかもしれへんな)

 

 

 小学生の時に出会った多恵。

 その出会いはセーラの人生を大きく変えた。

 同世代で自分とわたりあえる人間など洋榎ぐらいしかいないと思っていた時、突然現れたのが多恵だった。

 

 そして二人は見事に多恵にボコボコにされ、そして当然のように悔しがった。

 

 そこから何度も挑戦を繰り返していくうちに、多恵の方からも色々なアドバイスをもらえるようになったのだが、その時多恵が繰り返し言っていたことを、セーラは今でもよく覚えている。

 

 ちょうど、最初あまり笑顔を見せなかった多恵が、だんだんとセーラと洋榎にだけ笑顔を見せるようになってきた頃のことだ。

 

 

 

 『2人を見てて思うんだけど……麻雀ってさ……強くなりたいって意志が折れない限り、どこまででも強くなれるような……そんな気がするんだよね』

 

 

 

 当時は意味がよくわからなかったものだが、今となってみればその意志を持ち続けることがどれだけ難しいことかを知った。

 だからこそ、今怜と竜華の2人を見ていてあの時の多恵の言葉は、全くその通りだなと思うようになったのだ。

 

 

 

 

 

 

 「怜、それ通らんで?……ロン!」

 

 「ええ~……あかんわ……逆転されてもうた」

 

 「へへ~ん、怜は相変わらずヒキ弱いなあ!」

 

 

 何度も半荘を繰り返すが、怜はなかなかトップが取れない。

 今回もオーラスで竜華に逆転を許してしまった。

 

 

 「そもそも、リーチ判断が間違うてるわ。この前クラリンの動画でリーチ判断の勉強したやろ?」

 

 「それはそうやけえど……トップ目のリーチ判断、やっぱ難しいわ……」

 

 「そんなんやさかい、あんたは永遠に三軍なんやで?」

 

 「はあ……竜華は相変わらずきっついなあ……」

 

 怜が背もたれに体重を預ける。

 が、間髪入れずにセーラが怜の顔を覗き込んできた。

 

 

 「さ!次いこ次!」

 

 「え……また私でええん?」

 

 怜からすれば、一人だけ三軍の自分を入れてしまっていては他のメンバーの練習にならないのではないかと思っていた。

 だから自分はこのあたりで抜けさせてもらおうと思っていたのだが。

 

 対面に座る竜華が、さも当然のように次の配牌を上げる。

 

 

 「決まってるやん。これ、特訓やしな?」

 

 「とっくんとっくん~!」

 

 「ええ~?!」

 

 

 申し訳ないという気持ちはありつつも、怜にとっても、この時間は大切だった。

 勝てる、勝てないはともかくとして、このメンバーで一緒に麻雀を打てる。それだけで怜は楽しかったのだ。

 

 

 「それにしてもこの前のクラリンの動画、めっちゃ勉強になったやんな?」

 

 「そやな。頭悪い私にもわかりやすかったわ」

 

 「怜は理解力も弱いからなあ~!」

 

 「それはセーラに言われたないわあ」

 

 前日の帰り道、竜華と一緒に見たクラリンの動画。タイトルには『押し引きを考えよう!トップ目のリーチ判断!』と可愛い文字で書いてあったその動画は、怜からしてもとても分かりやすい内容だった。

 

 

 「ホンマにクラリンて何者なんやろなあ……女の子みたいやし、ウチ、一緒に打ってみたいわ!」

 

 「ええ~……私はええわ。あんなすごい人の相手つとまらへんよ」

 

 「じゃあまずは相手になるところまで行かなあかんな!」

 

 ニヒヒと笑うセーラの笑顔がまぶしい。

 

 どこまでも前向きなセーラの姿勢を尊敬しながらも、怜は少し物思いに耽った。

 

 

 (私に、クラリンみたいな知識があれば、皆と一緒に戦えるんかな……)

 

 

 この時は、まだクラリンと自分が対局をすることになるなど、怜は考えもしなかったのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 南3局 親 多恵

 

 

 

 (私はクラリンみたいにはなれへんかった。……けど、相手になるところまでは、皆が連れてきてくれたんや)

 

 団体先鋒戦。

 その前半戦は佳境を迎えている。

 

 長く続きそうだった晩成の王者、やえの親番をなんとか流し、次は南3局。

 

 姫松の先鋒倉橋多恵……クラリンの親番だ。

 

 

 (少しでも稼いで皆に繋ぐ。千里山の皆で全国制覇する夢を、私は諦めへん)

 

 幸い、体力的な面での不調はまだ出ていない。

 先ほどの二巡先(ダブル)で少し目に疲労は感じるが、その程度だ。

 

 

 

 

 

 

 「リーチ」

 

 

 

 

 しかし恐れていた事態は、すぐに訪れた。

 

 上家に座る多恵が発声すると同時、洗練された動きで流れるように牌を横に向ける。

 

 

 

 『姫松倉橋多恵選手!9巡目リーチ!親ですしこれはなかなか強烈ですね!』

 

 『リーチ打たれて嫌な相手ってかなりいると思うケド、クラリンはトップクラスなんじゃねえの?知らんけど!』

 

 『それもそうでしょう。何と言っても倉橋選手はリーチ成功率日本一の選手ですからね……!』

 

 

 多恵から打たれたリーチに、やえが少し表情を曇らせる。

 

 

 やえ 手牌 ドラ{4}

 {②④⑥⑦⑧三四五七七八八八} 

 

 

 (……園城寺が先だと思ったんだけど……多恵に読み違えさせられたわね……)

 

 多恵の河に派手さはなく、あまり速度が感じられるものではなかった故に、先に濃い牌が出始めた怜をマークしてしまっていた。

 

 そうして許してしまったリーチ。やえからしても、多恵に先にリーチを打たれたらまずいことを知っているが故に、厳しい状況。

 

 

 怜が、ツモってきた牌を手牌の上に乗せた。

 

 

 怜 手牌

 {②③③⑦⑧⑨4588五六七} ツモ{⑨}

 

 

 怜は持ってきた安牌の{⑨}を切るか悩んだ後、一巡先の未来を視る。

 

 

 

―――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 5本の剣が、怜の体を貫いた。

 

 

 

 

 『ツモ』

 

 

 多恵 手牌

 {赤⑤⑥⑦2345666一二三} ツモ{1}

 

 

 

 『6000オール』

 

 

 

 

 

 

 

―――

 

 

 

 

 

 

 

 

 (……ッ!何もせんとクラリンが一発ツモで6000オール……鳴ける牌は……!)

 

 このままだと多恵に18000の和了をされてしまう。

 なんとかその未来を避けるために、怜はまず下家の照が鳴ける牌を探した。

 照もおそらく多恵にツモられてしまう流れは感じていて、鳴ける牌を切れば鳴いてくれるはず。

 

 必死に勉強してきた手牌読みを駆使して、怜が照の鳴けそうな牌を選び抜く。

 

 

 

 

 

 

 

 

―――

 

 

 

 

 『……チー』

 

 

 (よし……!ここなら鳴けるんか……!)

 

 

 見事照が鳴いてくれる牌を選べた怜。

 照が鳴いてくれる牌が分かったのでひとまず安心した怜だったが。

 

 

 

 

 『ツモ』

 

 

 

 それでも容赦なく騎士の剣は飛んできた。

 

 

 

 

 多恵 手牌

 {赤⑤⑥⑦2345666一二三} ツモ{4}

 

 

 

 『6000オール』

 

 

 

 

 

―――

 

 

 

 

 

 

 

 

 (ズラしても……和了るんか……!)

 

 

 未来視を終えた怜が歯噛みする。

 一巡先だけの未来視とはいえ、同じ巡目で何度も使えるわけではない。

 

 ズキズキと痛み出した頭を押さえつつ、怜がこの場での最適解を探る。

 

 

 (どっちみち6000オール……!それなら……!)

 

 後の頼みはやえ。

 とはいえやえは怜の下家ではないので、鳴けるとしたら「ポン」のみ。

 

 怜は必死に場に2枚切れていない、それでいてやえが持っていそうな牌を探す。

 

 

 

 (このくらいのピンチ……去年も経験したわ……この程度であかんってなったら、弱い三軍の時の私のまんまや……特訓特訓って、こんな弱い私に付き合ってくれた皆に応えたい……!)

 

 左手で痛む頭を押さえつつ、怜の右手が二度三度手牌の端から端までを右往左往する。

 

 鳴いてもらえる可能性は低い。そもそもポン材を持っていないことだってあり得る。

 それでも、怜は考えることをやめなかった。

 

 

 (結局あかんくても、納得のいく牌を……)

 

 

 怜が答えを出す。

 

 

 選んだ牌は、{七}だった。

 

 

 

 

 

 

 「……ポン」

 

 

 

 

 

 

 照が山に手を伸ばす寸前で、やえから声がかかる。

 

 

 (よし……!)

 

 怜の読みが的中した。

 {七}はやえの雀頭。照から鳴ける牌が出てくるかどうか分からないやえからしても、ここは鳴かざるを得ない所。

 かなりの難しい選択を見事的中させ、対面から鳴いてもらうことに成功する。

 

 ひとまず一巡最悪の未来を回避できた怜は安堵の息をついて。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「ツモ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 正確無比に振るわれた剣によって薙ぎ払われた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 多恵 手牌

 {赤⑤⑥⑦2345666一二三} ツモ{2}

 

 

 

 

 

 

 

 

「4000オール」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 『やはりツモってきた!!姫松の先鋒倉橋多恵!!安定の5面張で4000オールです!!!』

 

 『ひゅう~!よかったねえバイーンしなくて!』

 

 『……なんですか、それ』

 

 

 会場からこの日一番の歓声が上がる。

 

 

 怜は寒気がして伸びた背筋のまま、多恵の手牌を眺めた。

 

 

 (どこに鳴いてもらってもツモ……!どないすんねんこれ……)

 

 

 

 結果的に打点が下がったので怜の選択は正解ではあったのだが、それでも確実にツモってくる多恵のリーチに、怜はため息をついた。

 

 

 (やっぱり、これだけやったら足りんか……)

 

 背もたれに体重を預け、わずかにでも体力を回復させようと目を閉じる怜。

 

 相手は強大。 

 自分の席に臨海の辻垣内智葉が座れば、去年の個人戦決勝卓なのだ。

 

 全力以上で臨まなければ、勝利は無い。

 

 

 

 

 

 (……ごめんな、竜華。約束、守れへんかも)

 

 

 

 

 怜の覚悟は、対局前から決まっていた。

 

 

 

 

 



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第117局 今日ここで倒れたとしても

 決勝戦前日。

 千里山女子も他校と同じように決勝に向けてミーティングを行っていた。

 

 

「先鋒はこんなところです……すみません。こっちでも色々考えたのですが、最終的に倉橋選手に対する明確な対策法は出せませんでした」

 

「ええよ~。去年戦った時からわかっとったことやしなあ」

 

 怜は以前、大会で多恵と対戦したことがある。

 その時はなす術なく完敗し、自身の無力さを知った。

 

 しかしそこから一歩も進めていないわけではない。

 怜からすれば『一巡先を視る』ということ自体、元々急にふってわいた幸運。その大きすぎるアドバンテージを活かしきれていないことを理解していた。

 

 

 「……セーラは、倉橋さんに勝ったことあるんやろ?」

 

 会議室が少しの沈黙に包まれていたその時、思い立ったように竜華がセーラに声をかけた。

 セーラと多恵は幼馴染。対局も相当な量こなしていて、勝ったことだってある。

 すがるようなその視線に、セーラはガシガシと頭を掻いた。

 

 

 「まあ……トータルで勝ってるわけやないけどな。そら勝ったこともあったけど……」

 

 「その数回の話が聞きたいんや」

 

 「……怜、お前……」

 

 

 いつになく真剣な表情の怜。

 その様子を見てセーラもニヤリと笑ってみせた。

 

 

 「せやな。明日一回、ぶちのめせればええんやからな!」

 

 「表現が物騒やわ……」

 

 「けどなあ……オレは基本打点でゴリ押して、ツモでブチ抜いて多恵の顔から生気を奪うことを楽しみに麻雀打ってたからなあ……怜にできる対策法ってなると難しいもんやな」

 

 「……あれ、なんか急に倉橋さんが不憫に思えてきたのはウチだけ?」

 

 セーラの話に苦笑いする竜華。

 どうやら竜華には死んだ顔をしている多恵が想像できてしまったようだ。

 

 

 「まあ、一つ言えることとすればや。あいつは多面張にさせてまうと手がつけられん。速攻でツモやらロンやらで和了られる。せやからもし怜に防ぐことができるとすれば……リーチの手前、『入り目』やな」

 

 「入り目……」

 

 入り目とは、聴牌したタイミングで持ってきた牌のことである。

 待ちの読みの本線になることが多く、また、宣言牌の周辺になることも多い。

 

 

 「あいつは待ちが多面張になることが多い……んやけど、入り目は多面張じゃないことがほとんどや。そもそも限られた手牌の中で2ブロックも多面張であることが少ないんやからな」

 

 「つまり、本来のツモ筋をずらして、倉橋選手に多面張の聴牌を入れさせなければ……ということですか?」

 

 「かなあ~っと思ったんやけど、それは難しいか」

 

 

 船Qが入れた補足説明に、自分が言ったことの難易度の高さを感じたのか、セーラがまた頭を掻く。

 怜は手を顎に当てると、そのやり方が可能なのかどうか考えていた。

 

 怜の結論は、可能かもしれないという判断。しかしそれは、去年自分が多恵と戦って得た新しい感覚に手を伸ばすことになり、同時に危険な賭けになるかもしれないというリスクを孕んでいたが。

 

 

 「怜。アレは絶対ダメやで?」

 

 「……竜華、私まだなんも言ってへんやん」

 

 

 色々な方法を模索していた怜の顔を覗き込んだのは、竜華だった。

 

 

 

 「いや。今怜無茶しようとする顔やったもん」

 

 「……はあ。竜華はなんでもお見通しやなあ」

 

 「やっぱり……絶対ダメやからね?怜の体が一番なんやから」

 

 最初、千里山メンバーにとって怜の能力は未知数だった。

 未来を視ることができる巡目は本当に一巡だけなのか。時間制限なのか。

 

 その様々な可能性を追うべく、怜自身も色々な方法を試し……そして倒れた。

 

 それ以来、怜は過剰な能力の使用を禁止され、部内の麻雀であっても、一巡先より先を視ることは禁止されていた。

 

 

 しかし去年、インターハイが終わった後。

 怜は新たな可能性を見つけた。見つけてしまった。

 

 多恵に勝ちたくて、どうしても勝ちたくて手を伸ばした先に、怜の能力は更なる進化を見せようとしたのだ。

 

 

 

 しかしそれを竜華やセーラに伝えた時の反応は、あまり良いものではなく。

 

 

 『……確かに、それができたら強いんはわかるけど……怜の身体に、すっごいダメージが行くんちゃう?』

 

 『オレも反対や。そんなことして対局中にぶっ倒れたらどないすんねん』

 

 

 当然と言えば当然だった。

 怜のことを大切に思うからこそ、怜の身体が一番大事。

 

 二人が身体のことを気遣ってくれていることは怜も分かっていた。

 

 

 

 

 その後も、怜以外のメンバーで多恵への対策方法を議論する。

 

 しかし怜の気持ちはこの時既に決まっていた。

 

 危険な賭けかもしれない。

 自分の体にどれだけの負荷がかかるかはわからない。

 

 それでも。

 

 

 

 (私の実力は、昔と変わってへんねん。三軍にいた頃の私のまんまなんや。たまたま詐欺くさい力を手に入れてしまっただけ……それに別に私は、プロになりたいわけやない。今は詐欺でもなんでもええ。……仮に明日倒れたとしても。皆で勝てれば、それで)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 南3局 1本場 親 多恵

 

 

 

 

 

『さあ倉橋選手の親での満貫ツモで、状況はまたわからなくなってきました!』

 

『クラリンからしたらこの親は手放したくないだろうし、この連荘ももしかしたら長く続くかもしれないねえ……?』

 

 

 

 多恵の満貫ツモで、怜の立場は更に苦しくなった。

 放銃をしないという自分のアドバンテージは、最初からあってないようなもの。

 

 

 (前半戦と後半戦の間に休憩がある。そこで体力を少しでも回復させられるはずや)

 

 二巡先を視たことによる負荷は、今も怜の身体を蝕んでいる。

 しかしそれでも足りない。

 

 この最強の騎士の親番を潜り抜けるには、足りない。

 

 

 

 

 7巡目 怜 手牌 ドラ{9}

 {②③③6799三四中中白白} ツモ{8}

 

 手牌は6ブロック。麻雀は4面子1雀頭の5ブロックを目指す競技であることから、怜はこの中から一つのターツを外さなくてはならない。

 

 怜が、一巡先を視る。

 

 

 

 

―――

 

 

 

 

 

 

 

『リーチ』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――

 

 

 

 

 

 (……この巡目に、クラリンから親リーチ……)

 

 ちらりと上家に座る多恵に視線を向ける。

 

 このまま放置すればリーチを打たれることはわかった。

 ではどうすればその未来を避けられるのか?

 

 怜が、目を閉じる。

 

 

 (……ごめんな、竜華。危険なんはわかってる。……けど、皆の想いがくれたこの能力は、今ここで使うべきやと思う)

 

 

 怜は前回多恵と対戦した時に、とある感覚を得ていた。

 

 多恵の強さに対抗するべく、何度も何度も未来を観測し、そしてどんな未来でも多恵にツモられてしまった。

 

 怜の能力は、基本的に一巡に何度も使えるものではない。

 自身が捨てる牌を決めてから一巡分の未来が視えるだけ。

 

 二巡先や、三巡先の未来まで視ようとすることもできたが、やはりそれも確定した未来一つだけだった。

 

 途中で自分が鳴ける牌が出た時、自分が鳴くかどうかは自分の思考に寄った選択を取るだけで、仮にそこで鳴かなかった未来は視ることができない。

 

 

 

 しかし、去年多恵と対局したとき、少しだけ視えたのだ。

 

 

 

 

 

 

 選択肢から分岐する……()()の未来が。

 

 

 

 

 

 怜の瞳が、()色に光りだす。

 

 

 

 

 

 

 

 (行くで……無限の光(アウル)よ……!二巡先(ダブル)……!!)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――

 

 

 

 

 

 

 怜 手牌

 {②③③67899三四中中白白} 打{中}

 

 

 『ポン』

 

 

 やえ 打{⑧}

 

 

 

 怜 手牌

 {②③③67899三四中白白} 打{中}

 

 

 

 『リーチ』

 

 

 これやったら意味ない。一巡延びただけ……違う選択肢……!

 

 

 

 

 

 怜 手牌

 {②③③67899三四中中白白} 打{③}

 

 

 『チー』

 

 照 打{⑨}

 

 

 

 

 怜 手牌

 {②③67899二三四中中白白} 打{中}

 

 

 『ポン』 

 

 やえ 打{七}

 

 

 

 

 

―――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ガンッ、と大き目の音がして、怜が自動卓の端を掴む。

 いきなりの物音に驚く他3人。

 

 

 肩で息をする怜の瞳の色は、元通りに戻っていた。

 

 

 (視えたで……!)

 

 

 明確に震え出した右手で、怜が1枚の牌を握る。

 

 そうして河に出た牌は、{③}だった。

 

 

 「チー」

 

 抑揚のない声が、対局室に響く。

 照が手牌を晒して、怜から切られた{③}を右端へと持っていく。

 

 

 やえは持ってきた牌を手中に収め、多恵はツモってきた牌をそのまま切った。

 

 

 

 8巡目 怜 手牌

{②③67899三四中中白白} ツモ{二}

 

 

 (これがクラリンの欲しかった入り目の牌……それでもって……)

 

 怜が1枚の牌を切る。

 

 それに反応したのはやえだ。

 

 

 「ポン」

 

 

 やえの鳴きが入り、多恵がもう一度ツモ番を迎える。

 

 

 多恵 手牌

 {②③④赤⑤⑤⑤⑥123一三五} ツモ{⑦}

 

 

 聴牌。しかし多恵の目にはこの聴牌は違和感として映り込む。

 

 

 (園城寺さんになにかされている気がする……今の鳴きで多分……)

 

 今も尚肩で息をして辛そうな怜の方に向いていた多恵の視線が、逆側に座るやえへと移る。

 

 

 

 やえ 手牌

 {789一一赤五五発発発} {中横中中}

 

 

 

 

 (やえに追い付かれた)

 

 (捕まえたわよ多恵)

 

 最終打牌と照らし合わせて、ほぼやえに聴牌が入ったことを確信する多恵。

 

 仕方なしに多恵は手牌の{1}に手をかける。

 

 

 

 

 

 怜が引き出したかったのは、多恵に回る選択肢を取ってもらえるこの未来。

 半ば強引に引き寄せた未来が、怜の、千里山の勝利を呼び寄せる。

 

 

 (確定した一つの未来だけやと、どうしてもクラリンの待ちに追いつけへん。……せやけど、これなら……これなら戦える……!)

 

 

 

 

 

 

 

 実はとても単純な話で。

 

 

 去年の悔しさを抱えているのは何もやえと多恵だけではない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 『……セーラは、倉橋さんにリベンジしなくてよかったん?』

 

 『そらぁリベンジできるんやったらしたかったけどな、別にええんよ』

 

 

 

 

 

 

 『怜が多恵をぶっ倒してくれれば、オレが勝ったのとおんなじくらい嬉しいからな!』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「ツモ……!」

 

 

 

 

 

 怜 手牌

{②③④67899二三四白白} ツモ{白}

 

 

 

 

 

 「2100、4100……!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 今日ここで倒れてもいい。

 

 

 

 そう思えるだけの覚悟が、想いが。

 

 

 

 

 今の 園城寺怜(千里山のエース)を支えている。

 

 

 

 

 



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第118局 吊り出し

 

 点数状況

 

 白糸台 宮永照   79400

 晩成  小走やえ 120000

 姫松  倉橋多恵  95700

 千里山 園城寺怜 104900

 

 

 

 

 

 

 

 

 会場は、異様な空気に包まれていた。

 

 インターハイ決勝。その先鋒前半戦。もうオーラスを迎えるというところまできて、この点差。

 去年までのインターハイを見ている者からすれば、今起きていることがどれだけ異常なのかがわかる。

 

 

 『さあ……前半戦はついにオーラスを迎えます……!迎えるのですが……!一体だれがこの時点でこの点差を予想できたでしょうか……!』

 

 『いやあ……流石に私も驚いたねえ……まさかこんな順位で折り返しを迎えそうになるとは思わなかったよ……』

 

 この前半戦について、感想は様々あるだろう。

 苦戦が予想されていた怜の予想以上の善戦。

 やえが大きな4000オールと6000オールをツモってのトップ維持。やはり今年の晩成は違うと思わせてくれる闘牌でもあった。

 

 しかし、何よりも大きな事実が、目の前で起きている。

 

 

 『チャンピオン宮永照が……!ラス目で折り返しを迎えようとしています……!普段と何ら変わらないように見えるその瞳は、一体何を思うのか……!』

 

 『もちろん過去2年間では1度も無かったことだよねえ……もちろんこっから親番があるわけじゃないし……こりゃ先鋒戦から波乱になるんじゃねえの?知らんけど』

 

 高校麻雀界のチャンピオンと呼ばれた打ち手が、ラスでオーラスを迎えている。

 

 その事実は、全国の麻雀ファンを震撼させるものでもあった。

 

 

 そんな異様な空気の中、冷静にモニターを見つめる2人の人物。

 

 臨海女子の辻垣内智葉とメガンだ。

 

 

 「宮永……迷いはないようだが」

 

 「単純に南場の親番が潰されたのが大きかったデスね」

 

 照は今回起家。

 東場の親番は照魔境を使う影響で自身の和了をあまり見なかった。

 

 照の「連続和了」という特性上、どうしても打点を伸ばすには親番が必要になる。

 その爆発契機になるはずだった南場の親番は、多恵とやえの2人がかりの仕掛けによって潰された。

 

 もうその時点で、照に大きな加点できるチャンスは潰えていたのだった。

 

 会場の歓声を遠くに聞きながら、智葉がそっと置いてあった紅茶に手をつける。

 

 「去年、倉橋と小走が悔しい想いをした。世俗の目にはきっとそう見えているのだろうな」

 

 「……?どういうことデスか?」

 

 「なに……与太話だ」

 

 智葉はモニターの奥で無表情に牌を見つめる照を見ながら、去年のことを思い出していた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 一年前。世界ジュニア大会当日の夜。

 

 

 智葉と照が大会一日目を終えてホテルへの帰路についている時のことだった。

 

 唐突に立ち止まった照に反応して、智葉も足を止める。

 

 今日も獅子奮迅の活躍を見せた照だったが、その表情は今日一日中優れなかった。

 

 

 「私……ここにいていいのかな」

 

 「……どういう意味だ?」

 

 智葉からすれば、照のこの言葉の意味が分からなかった。

 照は圧倒的な力でもって団体戦を制し、その勢いのまま個人戦も制した。

 誰が何と言おうと、彼女こそが日本一の高校生雀士であるし、それに異を唱えるものなど日本中探してもいないだろう。

 

 その照が、自分がここにいることに疑問を抱いている。

 

 

 「お前は圧倒的な力でインターハイチャンピオンになったんだ。一体何が引っかかっている?」

 

 「……」

 

 照は今日も圧倒的な結果を残した。

 世界を相手に全く臆することなく、自分の強さを証明してみせた。

 

 その表情は、一度も明るくはならなかったが。

 

 しばらくして智葉が、一つの結論にたどり着く。

 

 

 「……個人戦決勝か」

 

 「……」

 

 照の沈黙が、その場での肯定を意味していた。

 

 インターハイ個人戦決勝。

 結果的に照はチャンピオンになったのだが、その内容はとても僅差だった。

 特に最終局面。

  

 照は最後の3局を、和了することなくチャンピオンになった。

 

 対局終了時、チャンピオンになったことが決まった瞬間だというのに、照の表情は蒼白なままだった。

 その時の照の表情を、智葉は今も鮮明に覚えている。

 

 

 「……気にするほどのことではないと思うがな。……あの倉橋の力に対して、私は多少戦うことができた。それだけのことだろう」

 

 「……本当に、そうなのかな」

 

 個人戦の最後。多恵から溢れ出した波動のようなものは、照を無力にした。

 地面に、引きずり下ろされた。

 

 対局が終わった時照にあった感情は、とても喜びとは言い難いものだったのだ。

 

 

 「サトハさんがいなかったら、私は多分ここにいない。きっとここにいたのは、別の人だったと思う」

 

 「そうは言うがな、そもそもお前じゃなかったら決勝の舞台まで来れないだろう。あれは完全に別種の強さを備えていただけだと思うがな……」

 

 照の表情は曇ったまま。

 照は今日もこの気持ちを抱えたまま一日を終えてしまった。

 

 少しの沈黙。

 

 隣を通り過ぎていく車の音がやけに煩い。

 

 

 「……来年も、倉橋さんと戦うことはあるかな」

 

 「あるだろうな。あれは相当な打ち手だ。間違いなく来年も上がってくる」

 

 「じゃあ……」

 

 「そうだな。お前のその鬱屈とした想いを晴らすにはそれしかないだろう」

 

 

 普段感情の起伏が薄い照が、はっきりとした声音で告げる。

 

 

 

 「……リベンジかな」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 去年のことを思い出していた智葉が、目を開く。

 

 

 「あの時宮永は確かに『リベンジ』という言葉を使った。それの意味するところは、あいつはあの日負けたと思っているということ」

 

 「あのチャンピオンが……知りませんでシタ……」

 

 メガンが目を丸くしてモニター内の照を見る。

 いつもと変わらないように見えるその姿はしかし、内なる闘志を秘めていた。

 

 智葉が静かにティーカップを机の上に置く。

 

 

 

 

 「……宮永。あの時、お前は悔しいという気持ちを感じたんだろう?……ぶつけてみろ」

 

 

 戦況を見つめる智葉の表情は、少しだけ笑っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 南4局 親 怜

 

 多恵の親番もしのぎきり、前半戦はオーラスを迎えていた。

 怜からすれば戦果は上々。この親番で満貫クラスをツモることができれば理想的だ。

 だが。

 

 (戦えとる……けどなんやこの不気味な感じは……)

 

 痛む頭とぼやけ始めた視界を感じながら、怜は周りを見渡す。

 始まる前に予想したようなとんでもない打点の応酬にはならず、今もなお静かなせめぎ合いが続いている。

 

 不気味なことは間違いないが、この展開自体は怜の臨む所だった。

 

 (点差が開かへんのは大歓迎……必ず僅差で次につなぐで……)

 

 

 

 

 

 

 7巡目 やえ 手牌 ドラ {八}

 {①②③④赤⑤⑧⑨⑨345四六} ツモ {⑥}

 

 

 聴牌。

 手が早そうな多恵から出てきそうな待ちになったものの、流石にカンチャン待ちではリーチとは打ちづらい。

 多恵は組み替えることも容易にできるだろうし、何より親の怜に対応できなくなるのはまずい。

 

 

 (想像以上に厄介ね園城寺……)

 

 やえもまさか怜がここまでやるとは思っていなかった。

 油断していたわけではないが、自分の親番も多恵の親番も怜に流されたことは素直に驚きだったのだ。

 

 聴牌を取るかどうかを考え、三色の手替りもあることから、やえはこれをダマに選択する。

 もしこの順目で多恵に{五}を処理されたら痛いが、これは致し方ない。

 

 手から{⑧}を切り出していく。

 

 

 

 

 

 

 

「ロン」

 

 

 弾かれるようにやえが、上家を見る。

 

 

 

 

 

 

 照 手牌

 {⑥⑦344556二三四八八}

 

 

 

「7700」

 

 

 

 

 

 開かれたのは、照の手牌だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 『ぜ、前半戦終了!!!なんとなんと!前半戦を制したのは小走やえ!!チャンピオン宮永照は最後に和了を手にしたものの、ラスで折り返しを迎えることとなりました!!!』

 

 

 『……チャンピオンがこの状況でこんな和了り方……正直見たことない気がするねぇ……』

 

 大きめのブザーが、前半戦が終わったことを示してくれる。

 

 しかし照以外の3人は、今何が起こったのかを理解できずにいた。

 

 

(なによその河……!聴牌を考慮しなかったわけじゃないけど……)

 

(そもそもチャンピオンが親番のないオーラスで急に高打点を和了る記録なんかあったんか……?)

 

 照の河と手出しを一通り思い出してから、多恵が驚いたように照の方を見やる。

 

 

 

 

 照 河

 {⑦東白91六}

 {④}

 

 

({⑦東白1④}が手出し……とするとおかしな点がいくつかある。筒子の形は{④⑥⑦⑦}になってたはずで、それなら落とすとしても切り順は{④}→ {⑦}の順番になるはず。宮永さんはあまりにも手が早くて見逃されがちだけど、こういった手組みは丁寧にやる人だったはず……とすると)

 

 前半戦は完全に抑え込むことができたと少し安堵していたのも束の間、嫌な汗が多恵の額から流れていた。

 

 

 (吊り出し……!宮永さんは明確に私たちからの出和了りを狙ったのか……!)

 

 

 照が席を立つ。

 

 他の人から見れば、なんらおかしなことはない、チャンピオンが抑え込まれたという前半戦。

 

 しかし最後の和了りだけで、他三者は言いようのない嫌な感覚に襲われていた。

 

 

 (片鱗はあった。やえの親番に対して園城寺さんに鳴かせるためのドラ切り……)

  

 

 多恵の中で、一つ確信があった。

 去年までの照ではありえなかった一つの結論。

 

 

 

 

 (宮永さんはおそらく、技術面を相当鍛えてきてる……!恭子に最新のデータ洗い直してもらわないと……!)

 

 

 

 宮永照は成長している。

 

 唯一弱点になり得るファクターだった技術面。もしそこを照が仕上げてきたとすれば……そしてもし、これが連続和了に絡んでしまったら。

 

 ただでさえ最強の域にいたチャンピオンが、更なる進化を遂げていたのだとしたら。

 

 

 

 

 

 多恵はすぐに席を立つと、姫松の仲間が待つ控え室へと急ぐ。

 

 会場を早足で歩く道の途中も、多恵は冷や汗が止まらなかった。

 

 

 

 

 



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閑話 姫松応援スレ (決勝前夜~先鋒前半戦)

 

 

【Vやねん姫松】 今年こそ全国優勝 【姫松応援スレ】

 

 

 

1:焼き鳥の名無し雀士@個人応援は個人スレで

 

 

 今年こそインターハイ全国制覇を目指す姫松高校の応援スレです。

 

 ・他チームであっても誹謗中傷は控えましょう

 

 ・関係のない雑談はほどほどにしましょう

 

 ・前スレ→(http://******************/329164)

 

 

 

 

 

2:焼き鳥の名無し雀士@個人応援は個人スレで

 

準決勝Bブロック 最終結果

 

 1位 姫松高校 末原恭子 113900

 2位 晩成高校 巽由華  102500

 3位 清澄高校 宮永咲   98200

 4位 宮守女子 姉帯豊音  85400

 

 

決勝進出はAブロックから ・白糸台高校 ・千里山女子

     Bブロックから ・姫松高校  ・晩成高校

 

 

 以下、オーダー。

 

 

 

 

 〇先鋒戦 

 

 白糸台高校 宮永照 (3年)

 千里山女子 園城寺怜(3年)

 姫松高校  倉橋多恵(3年)

 晩成高校  小走やえ(3年)

 

 

 〇次鋒戦

 

 白糸台高校 弘世菫 (3年)

 千里山女子 二条泉 (1年)

 姫松高校  上重漫 (1年)

 晩成高校  丸瀬紀子(2年)

 

 

 〇中堅戦

 

 白糸台高校 渋谷尭深 (2年)

 千里山女子 江口セーラ(3年)

 姫松高校  愛宕洋榎 (3年)

 晩成高校  新子憧  (1年)

 

 

 〇副将戦

 

 白糸台高校 亦野誠子 (2年)

 千里山女子 船久保浩子(2年)

 姫松高校  真瀬由子 (3年)

 晩成高校  岡橋初瀬 (1年)

 

 

 〇大将戦

 

 白糸台高校 大星淡  (1年)

 千里山女子 清水谷竜華(3年)

 姫松高校  末原恭子 (3年)

 晩成高校  巽由華  (2年)

 

 

 

3:焼き鳥の名無し雀士@個人応援は個人スレで

 

スレ立て乙

 

 

5:焼き鳥の名無し雀士@個人応援は個人スレで

 

末ちゃまのオーラス緊張しすぎて吐きそうだった。

本当によかった……!!

 

 

6:焼き鳥の名無し雀士@個人応援は個人スレで

 

>>5 もうその話を持ち出すな。もうその話だけで何スレ行ったと思っておる

 

 

 

7:焼き鳥の名無し雀士@個人応援は個人スレで

 

こうして見ると晩成若いな……対して姫松は3年4人で本当に今年逃すと次辛そう。

 

 

8:焼き鳥の名無し雀士@個人応援は個人スレで

 

白糸台も意外と若いんだよな。来年も普通に強いんじゃね?

 

 

9:焼き鳥の名無し雀士@個人応援は個人スレで

 

>>6 白糸台はなんかレギュラーの選抜方式特殊みたいだから、毎年人変わるらしいぞ

 

 

 

35:焼き鳥の名無し雀士@個人応援は個人スレで

 

 

そろそろ姫松の記者会見始まる?

 

 

37:焼き鳥の名無し雀士@個人応援は個人スレで

 

 

試合終わった直後に記者会見とかかわいそうすぎだろ……マジでこの過密スケジュール運営はどうにかすべき。

 

 

40:焼き鳥の名無し雀士@個人応援は個人スレで

 

>>37 そこらへんは甲子園と一緒で仕方ないんじゃね?このクソデカ会場を何日間も借りられないんやろ。普段プロ対局しとるし。

 

 

44:焼き鳥の名無し雀士@個人応援は個人スレで

 

まあ、決勝進出メンバーは対局開始10時半予定とかだし、まだいいけど5位決定戦出る清澄と宮守の方たちは一刻も早く休んでって感じだわ。

 

 

 

47:焼き鳥の名無し雀士@個人応援は個人スレで

 

お、姫松の記者会見始まんぞ

 

 

 

51:焼き鳥の名無し雀士@個人応援は個人スレで

 

愛宕ネキくそダルそうにしてるのマジで笑うんだが。

対局中のイケメンはどこにいった。

 

 

 

54:焼き鳥の名無し雀士@個人応援は個人スレで

 

多恵ちゃん明日頑張ってほしいな……相手はあのバケモノだけど。

 

 

56:焼き鳥の名無し雀士@個人応援は個人スレで

 

>>54 今日も大概バケモノだったろ。 まあ本人的にもかなり勝ちたいだろうけどな。

 

 

61:焼き鳥の名無し雀士@個人応援は個人スレで

 

倉橋の今年にかける想いが伝わってくるわ。

 

 

 

63:焼き鳥の名無し雀士@個人応援は個人スレで

 

ああ~~絶対に勝ってくれえええええええ

もうこっちが緊張してきた!!!!

 

 

 

67:焼き鳥の名無し雀士@個人応援は個人スレで

 

大丈夫。さっき姫松のために俺はネト麻で7巡目に国士振り込んできた。

これ以上の不幸は来ないはず。

 

 

71:焼き鳥の名無し雀士@個人応援は個人スレで

 

>>67 隙有自分語乙

 

 

 

72:焼き鳥の名無し雀士@個人応援は個人スレで

 

>>67 その程度じゃ足りねえんだよなあ……。

 

 

 

92:焼き鳥の名無し雀士@個人応援は個人スレで

 

漫ちゃん良い事言うなあ……姫松マジで仲良さそうな気するわ。

 

 

94:焼き鳥の名無し雀士@個人応援は個人スレで

 

姫松の部内の雰囲気が死ぬほど良いのは先週の『闘牌インターハイ』見てれば一目瞭然だろ。

 

 

96:焼き鳥の名無し雀士@個人応援は個人スレで

 

>>94 めっちゃ良かったな。姫松応援しててよかったって思ったわ。地元民のワイ歓喜

 

 

 

97:焼き鳥の名無し雀士@個人応援は個人スレで

 

>>94 なんや練習時間は後輩育成に時間当てて、その後レギュラー陣は居残って練習て。涙出るわ。

 

 

 

 

100:焼き鳥の名無し雀士@個人応援は個人スレで

 

は?!?!?!

 

 

 

 

102:焼き鳥の名無し雀士@個人応援は個人スレで

 

?!?!?!?!

 

 

 

103:焼き鳥の名無し雀士@個人応援は個人スレで

 

おいおい誰だこんな質問したやつ。つまみ出せよ。

 

 

105:焼き鳥の名無し雀士@個人応援は個人スレで

 

いやでも気になるだろ!!!

 

 

107:焼き鳥の名無し雀士@個人応援は個人スレで

 

え、倉橋=クラリン説ってそんな有力なの?

 

 

 

109:焼き鳥の名無し雀士@個人応援は個人スレで

 

あ~流石に監督出てくるか。

そりゃそうだよな。倉橋だって女子高生だからな。

もしそうだとしてもこんな大事な試合前に聞くようなことじゃないだろ。

 

 

 

 

110:焼き鳥の名無し雀士@個人応援は個人スレで

 

おいおいおいおい倉橋止めたぞ。

 

 

 

 

 

 

 

115:焼き鳥の名無し雀士@個人応援は個人スレで

 

 

 

116:焼き鳥の名無し雀士@個人応援は個人スレで

 

うそ

 

 

 

 

118:焼き鳥の名無し雀士@個人応援は個人スレで

 

マジか!!!!!!!!

 

 

121:焼き鳥の名無し雀士@個人応援は個人スレで

 

おいおいおいおいおいおいおいおいおいおいおい!!!!!!!!

 

 

129:焼き鳥の名無し雀士@個人応援は個人スレで

 

え。これ、マジなやつ?!

 

 

 

137:焼き鳥の名無し雀士@個人応援は個人スレで

 

やっぱりクラリンだったのか!!!マジかよ!!!!!!

 

 

 

149:焼き鳥の名無し雀士@個人応援は個人スレで

 

今北産業。 何があった。

 

 

157:焼き鳥の名無し雀士@個人応援は個人スレで

 

【速報】 姫松高校先鋒倉橋多恵の正体はあの「クラリン」だった。

 

 

 

163:焼き鳥の名無し雀士@個人応援は個人スレで

 

>>149 姫松の記者会見で、先鋒の倉橋が自分が「クラリン」であることを認めたとこ

 

 

 

170:焼き鳥の名無し雀士@個人応援は個人スレで

 

うっそだろ?!!?!?!いや!!!!そうかもしれないとは思ってたけど!!!!

 

 

 

179:焼き鳥の名無し雀士@個人応援は個人スレで

 

会場パニックになっとるやんけwwwwwwwwww

 

 

 

183:焼き鳥の名無し雀士@個人応援は個人スレで

 

いやこれ大ニュースだろ。

麻雀界に影響及ぼすレベルだぞ?

 

 

 

190:焼き鳥の名無し雀士@個人応援は個人スレで

 

いやあきっとクラリンはプロになるんだろうな。

これでプロも獲得しないわけにはいかなくなったでしょ。

 

 

194:焼き鳥の名無し雀士@個人応援は個人スレで

 

>>190 クラリンじゃなくても、倉橋は元々プロ注だし、なんなら姫松に何回もスカウト来てんぞ。

 

 

 

203:焼き鳥の名無し雀士@個人応援は個人スレで

 

クラリンファンです。クラリンが姫松高校の選手だということで応援しに来ました。

 

 

 

206:焼き鳥の名無し雀士@個人応援は個人スレで

 

こっから大量にクラリンファンくるぞ。

どうする。倉橋のプロフィールでも置いとくか?

 

 

210:焼き鳥の名無し雀士@個人応援は個人スレで

 

姫松のこと応援してくれるのはありがたいけど、クラリンだけ応援する、って人なら個人スレ行ってもらった方がいいわな。

 

 

 

214:焼き鳥の名無し雀士@個人応援は個人スレで

 

スレもカオスになってきちまったぞ。どうなんだこれ。

 

 

217:焼き鳥の名無し雀士@個人応援は個人スレで

 

もうクラリンに関しては別スレ立てたほうがいい気がしてきた。

 

 

 

 

218:焼き鳥の名無し雀士@個人応援は個人スレで

 

とにかく明日は全国民姫松を応援!!!!以上!!!!!!

 

 

 

221:焼き鳥の名無し雀士@個人応援は個人スレで

 

あ、漫ちゃんコケた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

………………………

………………

………

 

 

 

 

 

 

 

182:焼き鳥の名無し雀士@個人応援は個人スレで

 

っしゃ来たぞ!!ついに決勝の時間が!!!!

 

 

 

183:焼き鳥の名無し雀士@個人応援は個人スレで

 

いや、5位決定戦も普通に面白かったよ。

早起きしてみるもんだな。

 

 

190:焼き鳥の名無し雀士@個人応援は個人スレで

 

あっぶね……昨日クラリン=倉橋の考察スレ漁ってたら寝落ちしたわ……。

決勝までに起きれて良かった。

 

 

 

191:焼き鳥の名無し雀士@個人応援は個人スレで

             

ついに今日決まるのか……!

頼む姫松……!!!

 

 

 

 

 

312:焼き鳥の名無し雀士@個人応援は個人スレで

 

決勝はこうやって全員が顔合わせるの良いよな。

マジで最終戦なんだって感じするわ。

 

 

314:焼き鳥の名無し雀士@個人応援は個人スレで

 

先鋒戦この後10時半から!!!

頼むぞ倉橋いいいいいいいいいいいい!!!!

 

 

317:焼き鳥の名無し雀士@個人応援は個人スレで

 

こんな小さな子が俺らにたくさん麻雀を教えてくれてたのか……本当にすげえな

 

 

319:焼き鳥の名無し雀士@個人応援は個人スレで

 

>>317 昨日の深夜にちょっと話題になってたけど、クラリンの最初の動画投稿が5年前だから、倉橋は中1の時に動画撮りだしてる。その頃からあのレベルの知識があったってこと。

 

 

320:焼き鳥の名無し雀士@個人応援は個人スレで

 

>>>319 ヤバすぎ。倉橋もまあ人間離れしてるなそれ。神童だわ。

 

 

 

322:焼き鳥の名無し雀士@個人応援は個人スレで

 

クラリンがんばえー

 

 

324::焼き鳥の名無し雀士@個人応援は個人スレで

 

クラリンの……おてて!

 

 

331:焼き鳥の名無し雀士@個人応援は個人スレで

 

>>>324 どうしたおててニキ今日は調子良さそうだな

 

 

332:焼き鳥の名無し雀士@個人応援は個人スレで

 

>>>331 それは草。

 

 

 

334:焼き鳥の名無し雀士@個人応援は個人スレで

 

泣いても笑っても今年の姫松の団体戦を見れるのはこれが最後。

死ぬ気で応援すんぞ!!!!

 

Vやねん姫松!!!!

 

 

 

………………………

………………

………

 

 

 

 

 

 

498:焼き鳥の名無し雀士@個人応援は個人スレで

 

 

先鋒前半戦開始。

 

東家 白糸台 宮永照

南家 晩成  小走やえ

西家 姫松  倉橋多恵

北家 千里山 園城寺怜

 

 

 

 

 

502:焼き鳥の名無し雀士@個人応援は個人スレで

 

よし!みんなでクラリンを応援しよう!

せーの!「バイーーーーーン」

 

 

504:焼き鳥の名無し雀士@個人応援は個人スレで

 

>>502 1mmも応援してなくて草

 

 

506:焼き鳥の名無し雀士@個人応援は個人スレで

 

>>502 やられてて草

 

 

 

516:焼き鳥の名無し雀士@個人応援は個人スレで

 

おしおし。チャンピオン東家はでかいんじゃね?

 

 

519:焼き鳥の名無し雀士@個人応援は個人スレで

 

チャンピオン東一局は遊ぶからなあ……

 

 

610:焼き鳥の名無し雀士@個人応援は個人スレで

 

千里山の園城寺、準決勝でチャンピオンにボコられて死にそうになってなかった?

 

 

613:焼き鳥の名無し雀士@個人応援は個人スレで

 

>>610 園城寺も相当強いんだけどね。相手が悪かったからね……。

 

 

616:焼き鳥の名無し雀士@個人応援は個人スレで

 

マジもう緊張で吐きそうになってきた。

チャンピオンがクソ強すぎてヤバイの知ってるからこそ、倉橋が心配でならん。

 

 

619:焼き鳥の名無し雀士@個人応援は個人スレで

 

お、園城寺が先制リーチか。

シャンポン選ぶんだね。

 

 

621:焼き鳥の名無し雀士@個人応援は個人スレで

 

>>>619 園城寺は一巡先見えてるらしいから、多分これパッツモ

 

 

624:焼き鳥の名無し雀士@個人応援は個人スレで

 

>>>621 何言ってんだおめえ

 

 

 

627:焼き鳥の名無し雀士@個人応援は個人スレで

 

ガチなんだよなあ……

 

 

639:焼き鳥の名無し雀士@個人応援は個人スレで

 

ぎゃー……

 

 

640:焼き鳥の名無し雀士@個人応援は個人スレで

 

開幕パッツモウラ3てwwww

いきなりぶっかましてくれんじゃねえかww

 

 

642:焼き鳥の名無し雀士@個人応援は個人スレで

 

まあまあ倉橋手も悪かったしいいでしょう。

次行こ次。

 

小走の親はあんま続けさせたくないぞー。

 

 

 

645:焼き鳥の名無し雀士@個人応援は個人スレで

 

晩成の王者には準決勝でこっぴどくやられてるんでね!!!

やりかえさねば!!

 

 

651:焼き鳥の名無し雀士@個人応援は個人スレで

 

倉橋張ったけど……

 

 

653:焼き鳥の名無し雀士@個人応援は個人スレで

 

タンヤオのドラ待ちか。

どっかからひょっこり出てくること期待でトリダマか?

 

 

657:焼き鳥の名無し雀士@個人応援は個人スレで

 

手変わりも多いし、待ちはドラだし。ここはダマやろね

 

 

 

659:焼き鳥の名無し雀士@個人応援は個人スレで

 

え?なんで千里山これリーチしないの?

 

 

661:焼き鳥の名無し雀士@個人応援は個人スレで

 

>>659 園城寺は一巡先が見えるから、基本放銃回避のためにリーチ打たないよ

 

 

663:焼き鳥の名無し雀士@個人応援は個人スレで

 

 

>>>661 だからさっきっから何言ってんだおめえ

 

 

667:焼き鳥の名無し雀士@個人応援は個人スレで

 

でも事実なんだよなあ……。

 

 

669:焼き鳥の名無し雀士@個人応援は個人スレで

 

お!ツモった!

 

 

681:焼き鳥の名無し雀士@個人応援は個人スレで

 

よしよし。園城寺張ってたし、この1000、2000はでかいね。

 

 

 

683:焼き鳥の名無し雀士@個人応援は個人スレで

 

え?

 

 

686:焼き鳥の名無し雀士@個人応援は個人スレで

 

フリテンリーチきたあああああああ!!!!

 

 

688:焼き鳥の名無し雀士@個人応援は個人スレで

 

フリテンリーチまでの判断めちゃくちゃ早かった→周りからリーチがかからない限りはツモったらフリテンリーチする予定だった。

 

 

690:焼き鳥の名無し雀士@個人応援は個人スレで

 

確かに牌姿見ればこれ以上ないってくらいフリテンリーチチャンスだわな。

 

 

693:焼き鳥の名無し雀士@個人応援は個人スレで

 

5面張!ガハハ!勝ったな!!

 

 

702:焼き鳥の名無し雀士@個人応援は個人スレで

 

ナイスゥ!!!!

 

 

704:焼き鳥の名無し雀士@個人応援は個人スレで

 

よしよし!跳満ツモでお返しじゃ!!!

 

 

705:焼き鳥の名無し雀士@個人応援は個人スレで

 

どこまで読み切ってたんかなぁ……園城寺が和了れない形なの分かってたんかな

 

 

708:焼き鳥の名無し雀士@個人応援は個人スレで

 

>>705 そこまではわかってなくても、他からリーチかからないならこの手はフリテンリーチするって決めてたんじゃね?クラリンならそうしそう

 

 

712:焼き鳥の名無し雀士@個人応援は個人スレで

 

咏ちゃん動画勢だろwwww

 

 

715:焼き鳥の名無し雀士@個人応援は個人スレで

 

さ、親番親番!!

 

 

719:焼き鳥の名無し雀士@個人応援は個人スレで

 

え、チャンピオン張ってね??

 

 

721:焼き鳥の名無し雀士@個人応援は個人スレで

 

なんなら小走も張ってる。

いや、まだ4巡目なんだけど……。

 

 

725:焼き鳥の名無し雀士@個人応援は個人スレで

 

流石にこれは止まらないか……!

 

 

 

727:焼き鳥の名無し雀士@個人応援は個人スレで

 

これ止めてたら麻雀になんないんだよなぁ……。

 

 

730:焼き鳥の名無し雀士@個人応援は個人スレで

 

ヤバイだろ。チャンピオンのわけわかめ連続和了始まっちまう

 

 

745:焼き鳥の名無し雀士@個人応援は個人スレで

 

うっわ……。

 

 

748:焼き鳥の名無し雀士@個人応援は個人スレで

 

なんかもう色々通り越してグロいわ。

 

 

756:焼き鳥の名無し雀士@個人応援は個人スレで

 

2600オール……次は3200オール以上。ヤバイって……。

 

 

765:焼き鳥の名無し雀士@個人応援は個人スレで

 

七対子ってそんな簡単にツモれるものですかねぇ!!!!

 

 

768:焼き鳥の名無し雀士@個人応援は個人スレで

 

また運ゲー始まったよ。

 

 

769:焼き鳥の名無し雀士@個人応援は個人スレで

 

なんか2mギュルギュル回ってるように見えたの俺だけかな???ねえ???

 

 

783:焼き鳥の名無し雀士@個人応援は個人スレで

 

次は満貫以上か……マジで止めないとまずいぞ。

 

 

788:焼き鳥の名無し雀士@個人応援は個人スレで

 

え?クラリンなんでそこ打9p??

 

 

791:焼き鳥の名無し雀士@個人応援は個人スレで

 

>>788 小走に鳴かせたと思われ。事実これでポンテン入った。

 

 

794:焼き鳥の名無し雀士@個人応援は個人スレで

 

え、チャンピオンこれ余るよね??4p出たら小走の和了だが。

 

 

801:焼き鳥の名無し雀士@個人応援は個人スレで 

 

っっしゃぁ!!!

 

 

803:焼き鳥の名無し雀士@個人応援は個人スレで

 

倍満wwwwエグすぎwwww

 

 

806:焼き鳥の名無し雀士@個人応援は個人スレで

 

速度感完璧に把握してなかったらできない芸当やな。

とりあえずチャンピオン止めたで!!

 

 

808:焼き鳥の名無し雀士@個人応援は個人スレで

 

チャンピオンの南場の親番蹴ったのマジでかいな。

もうアホみたいな加点されることはないぞ。

 

 

810:焼き鳥の名無し雀士@個人応援は個人スレで

 

かぁー!!!小走聴牌はやい!!

 

 

812:焼き鳥の名無し雀士@個人応援は個人スレで

 

さっきのアシストは仕方ないとはいえ、小走も勢い付かせると厄介だぞ

 

 

814:焼き鳥の名無し雀士@個人応援は個人スレで

 

全員回ってるやんwww

小走のリーチってすげぇなほんと。

 

 

817:焼き鳥の名無し雀士@個人応援は個人スレで

 

ツモられたか……!親跳は痛い……!

 

 

819:焼き鳥の名無し雀士@個人応援は個人スレで

 

いや今年の小走マジで強いよ。

本当に手つけられん。

 

 

822:焼き鳥の名無し雀士@個人応援は個人スレで

 

園城寺食らいつくね

 

 

 

824:焼き鳥の名無し雀士@個人応援は個人スレで

 

この子も死に物狂いでやってんの分かるわ。

熱気が伝わってくる。

 

 

826:焼き鳥の名無し雀士@個人応援は個人スレで

 

満貫ツモ……やりますねぇ!

 

 

828:焼き鳥の名無し雀士@個人応援は個人スレで

 

今チャンピオンあからさまに園城寺に鳴かせたよな…?

ドラ切るような手形じゃなかったし……。

 

 

829:焼き鳥の名無し雀士@個人応援は個人スレで

 

>>828 チャンピオンってそんなことするタイプじゃなくね?

 

 

 

830:焼き鳥の名無し雀士@個人応援は個人スレで

 

親番!!ひと和了欲しいぞ!!

 

 

835:焼き鳥の名無し雀士@個人応援は個人スレで

 

チャンピオンおとなしいの気味悪いな……。

 

 

842:焼き鳥の名無し雀士@個人応援は個人スレで

 

キタ!!!5面張の再来!!!

 

 

846:焼き鳥の名無し雀士@個人応援は個人スレで

 

勝ったわ。風呂入ってくる。

 

 

848:焼き鳥の名無し雀士@個人応援は個人スレで

 

>>846 フラグヤメロ

 

 

852:焼き鳥の名無し雀士@個人応援は個人スレで

 

この園城寺ってやつめちゃくちゃ打牌おせぇな。

フリーだったらキレるわ。

 

 

854:焼き鳥の名無し雀士@個人応援は個人スレで

 

>>852 俺らとは違う次元で打ってんだ。同じ物差しじゃ測れねぇよ。

 

 

856:焼き鳥の名無し雀士@個人応援は個人スレで

 

え、これ7m鳴かせに行ったとしたらすごいな。なかなかポン材は探すの難しいぞ。

 

 

861:焼き鳥の名無し雀士@個人応援は個人スレで

 

5面張なら関係ねぇんだよなぁ!!!!!!!

 

 

863:焼き鳥の名無し雀士@個人応援は個人スレで

 

ナイスゥ!!!!

 

 

865:焼き鳥の名無し雀士@個人応援は個人スレで

 

欲を言えば平和つけて跳ねツモしたかったが……!まぁヨシ!

 

 

868:焼き鳥の名無し雀士@個人応援は個人スレで

 

さては咏ちゃんクラリン派だな?

 

 

870:焼き鳥の名無し雀士@個人応援は個人スレで

 

咏ちゃん絶対クラリンの動画かなりの数漁って見てただろ!

じゃないとバイーンなんて台詞出てこないはずだ!俺は詳しいんだ!

 

 

881:焼き鳥の名無し雀士@個人応援は個人スレで

 

まだ足りないぞー!稼ぐだけ稼ごう!

 

 

890:焼き鳥の名無し雀士@個人応援は個人スレで

 

いや園城寺マジか。

 

 

891:焼き鳥の名無し雀士@個人応援は個人スレで

 

園城寺と小走で中持ち持ちだったから倉橋有利な局かと思ったが……

 

 

893:焼き鳥の名無し雀士@個人応援は個人スレで

 

きっとこのままだと倉橋に和了られると思ったのかもな。

 

 

896:焼き鳥の名無し雀士@個人応援は個人スレで

 

うわー!クラリンそれ切ったら小走に放銃や!

 

 

901:焼き鳥の名無し雀士@個人応援は個人スレで

 

クラリンも小走が聴牌入れたのは感じてるやろな……。

 

 

904:焼き鳥の名無し雀士@個人応援は個人スレで

 

回ったか〜!!

けどこれ小走に先やられそうだな……。

 

 

913:焼き鳥の名無し雀士@個人応援は個人スレで

 

ここも園城寺か!!下馬評じゃ一番劣るとか言われてたけど全然つええじゃん。

 

 

915:焼き鳥の名無し雀士@個人応援は個人スレで

 

>>913 あの江口セーラ抑えて千里山でエースやってるだけで強いのは当たり前なんだよなぁ……他3人がぶっ壊れてるだけで

 

 

921:焼き鳥の名無し雀士@個人応援は個人スレで

 

オーラス!!!

 

 

 

943:焼き鳥の名無し雀士@個人応援は個人スレで

 

あれ?

 

 

 

945:焼き鳥の名無し雀士@個人応援は個人スレで

 

先鋒前半戦終了

 

1位 晩成  小走やえ  112300

2位 千里山 園城寺怜  104900

3位 姫松  倉橋多恵   95700

4位 白糸台 宮永照    87100

 

 

 

947:焼き鳥の名無し雀士@個人応援は個人スレで

 

3着目かあー!

千里山がこんなにやるとは思わんかった。

 

 

949:焼き鳥の名無し雀士@個人応援は個人スレで

 

オーラスにチャンピオンが急に中打点和了るとか今まであったか……?

 

 

961:焼き鳥の名無し雀士@個人応援は個人スレで

 

つーかチャンピオンラスで折り返しとか今まで見たこと無いんだが。

 

 

964:焼き鳥の名無し雀士@個人応援は個人スレで

 

よしよし!なんかチャンピオン調子悪そうやし、小走さえどうにかすれば行けるで!!!!今日こそ勝てる!!

 

 

970:焼き鳥の名無し雀士@個人応援は個人スレで

 

内容悪くないし、後半戦期待やな!

 

 

975:焼き鳥の名無し雀士@個人応援は個人スレで

 

なんか気持ち悪いな最後のチャンピオンの和了……

 

 

981:焼き鳥の名無し雀士@個人応援は個人スレで

 

うーん……チャンピオン本当に調子悪いのか?

このまま大人しくしててくれればいいが……。

 

 

989:焼き鳥の名無し雀士@個人応援は個人スレで

 

よっしゃ!今年こそクラリンが姫松を全国制覇に導くんや!

 

 






誠に勝手ながら、いくつかの感想をスレとして使わせて頂きました。
いつもセンス抜群の感想をありがとうございます。

これからもたくさんの感想お待ちしてますね!




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第119局 後半戦開局

 

 インターハイ団体戦決勝。

 

 その先鋒前半戦が終了した。

 大方の予想を覆し、インターハイチャンピオンである宮永照がラスでの折り返す波乱の展開。

 

 一方で前半戦をトップで折り返すことができたのは晩成高校の王者小走やえ。

 そのやえは、足早に控室に戻ってくると、すぐさまモニター前のソファへと腰を下ろす。

 

 

 「やえ先輩!!ナイストップです!!」

 

 「やえ先輩流石……!跳満ツモ痺れました!」

 

 その隣にすかさず座ったのが憧と初瀬の1年生コンビ。

 あの人外魔境ともいえる先鋒戦で前半戦トップをとって帰ってきたやえを迎え入れるためにあらかじめスタンバイしていたのだ。

 

 しかしその中央に座ったやえの表情は決して良いものとは言えなかった。

 

 そしてそのことに気付いた由華と紀子が、やえの近くに歩み寄る。

 

 

 「やっぱり……チャンピオンが大人しすぎるのが気になりますね……」

 

 「去年の印象とだいぶ違うような……」

 

 「そうね。最後の和了といい……気味悪いわ」

 

 やえもなにかにイラついたように足を組みかえる。

 しかしその違和感の正体がわからないからこそ、やえのイラつきは加速する。

 

 

 「私と多恵を相手に様子見でも決め込んでるつもり……?いい度胸じゃない……」

 

 調子は良い。思考もいつも以上にクリアだし、ツモも来てくれている。

  

 このまま押し切る。

 拭いきれない違和感を抱えながらも、そう心に決めたやえは、いつかもらったおまもり用の小さい麻雀牌をポケットの中で強く握りしめた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 多恵が早足で会場の廊下を歩く。

 その間も常に思考は止めることなく、今の半荘を振り返っていた。

 

 

 (園城寺さんが去年よりもずっと強くなってること以外は、基本的に想定内だった……けど、最後の和了りのせいで、後半戦が怖すぎる。ただの気まぐれであってほしいところだけど……!)

 

 多恵の頭をめまぐるしく回るのは、最後の照の和了。

 河から拾える情報が多いからこそ、照の配牌が浮かび上がる。

 切らないほうが受け入れ枚数の多い選択だった初打の{⑦}。手役が絡んでいないことから、これは純粋に出和了率を上げるための打牌であったことは明確だ。

 このような打ち方をしてくるチャンピオンを、多恵は知らない。

 

 少なくとも去年までは絶対にやっていなかった選択。

 良くも悪くも、自身の手牌に一直線だった彼女の打牌からは考えられない選択。

 

 気づけば姫松の控え室の前にたどり着いていた。

 勢いよく、多恵が控室のドアを開く。

 

 

 「恭子!」

 

 「言われんでも、もうやっとるわ」

 

 多恵の目に飛び込んできたのは、恭子の後ろ姿。

 その周りには全員が集まっていて、中央のパソコンを覗き込んでいる。

 

 多恵もすかさずその間に入った。

 

 

 「データ班総出でそっこーで集めてもらったデータが……これや」

 

 「これは……!」

 

 表示されているのは、照の平均聴牌速度。

 連続和了を得意としている彼女は、平均聴牌速度が異常なほどに速い。

 

 それこそ、インターハイに出場している選手全員と比べても群を抜いてトップなほどに。

 

 しかしそれは去年も同じだった。欲しいのは、前年との違い。

 

 

 「去年に比べて今年一年間の公式記録の方が……若干やけど聴牌速度がはやなってる。それに伴って……和了の内わけがツモが多かったのが出和了りの割合が増えとる」

 

 「つまり……チャンピオンは若干打ち方を変えてるっちゅうことですか?」

 

 「変えてる……ちゅうより、進化してるんちゃうか」

 

 漫の質問に答えたのは洋榎。いつもはやる気なさげにたれ下がっている洋榎の瞳は、今は静かにデータを見つめていた。

 

 

 「間違いない……オーラスの和了でわかった……宮永さんは、明らかに去年より打ち方が変わってる」

 

 恐ろしいほどの違和感は、今この瞬間に確信へと変わった。

 

 多恵からすれば想定外だった。

 一昨年負けてから去年対戦するまでの一年間、特に照の打牌に変化はみられなかった。

 

 圧倒的な強さでねじ伏せるその麻雀は、ある意味単純明快でわかりやすい。

 そしてその圧倒的な力にねじ伏せられたのは去年も一昨年も同じ。

 

 であるからこそ、多恵は去年とある程度同じ状態の照を予測して対策を練ってきたのだ。

 

 それが今、通用するかどうかが怪しくなってきている。

 

 多恵が顎に手を当てて考えていたのは数秒。そんな時、後ろからぽんと肩に手を置かれた。

 振り返れば、何度も苦境を共に乗り越えてきた洋榎と、そしてその後ろには、姫松の皆。

 

 

 「ま、どっちにしろ、やることは同じや。……仮にチャンピオンが技術を磨いてきたとしてもや。……多恵の3年間が……いや、麻雀を打ってきた日々が、それに劣るとは思えんな」

 

 「洋榎……」

 

 「そうやで多恵。休憩時間もそんなにあるわけやないんやし、気持ち切り替えんと。必ず、勝つんやろ……!」

 

 「多恵先輩なら絶対勝てますよ……!いえ!チャンピオンに勝てる人は多恵先輩しかおらんです!」

 

 「そーなのよー!多恵ちゃんごーごーよー!」

 

 

 多恵が、少し驚いたように目を丸くした。

 

 重なって見えたのは、少し、昔の記憶。

 

 

 (ああ……そういえば、前世もそうだった……こうして応援してもらえることが、どんなに力になったか……)

 

 

 今の状況は、前世で最後になってしまったリーグ戦のファイナルで、チームメイトに送り出してもらった状況に非常に似ている。

 

 

 あの時は、トップを持ち帰ることはできなかったけれど。

 

 今もなお、こんなにも背中を押してくれる仲間がいる。

 

 

 

 

 「……そうだね。絶対、勝つよ」

 

 

 

 

 今度こそ、負けられない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 白糸台高校控室。

 

 

 

 「テルテルおかえりー!」

 

 「ただいま」

 

 無表情で控室に戻ってきた照を迎え入れたのは、やはり淡だった。

 

 ほっぺたを押し付ける淡を意に介さず、照はそのまま近くの椅子へと腰を下ろす。

 

 

 「……照、大丈夫なのか?」

 

 照を心配して近くに来たのは、同級生でもある菫だ。

 結果だけを見れば、照は前半戦ラスで終了。

 

 もちろんだが、菫が照とチームメイトになってからは初めての出来事だった。

 

 しかし照の表情は、驚くほどに変化がない。

 

 

 「うん……皆強いのはわかってたし……前半戦は、起家になっちゃったら厳しいかもなって思ってたから……」

 

 「そう簡単に言うがな……後半戦は、大丈夫なのか?」

 

 菫も流石に困り顔だ。

 

 照は連続和了というその特性上、親番の存在が非常に大事になってくる。

 

 その点前半戦は起家で、そして照は照魔境を使うために東一局は和了らないことが多い。

 となると、東場の親番は手放すしかなく、大量加点を目指すことができるのが南場の親番だけになってしまうのだ。

 

 そうなってしまった故の、ラス。

 しかし照はこの状況でも特に焦ってはいない。

 

 

 「ま、テルテルこの一年なんかガチってたもんね?めっちゃ気合入ってるってカンジだったし!」

 

 「確かに……最近の宮永先輩には鬼気迫るものを感じましたね……」

 

 淡と誠子の言葉に、湯飲みをもっていた尭深も無言でうなずく。

 

 

 

 白糸台のメンバー全員の視線が、静かに目を閉じた照に集まった。

 

 

 ゆっくりと、照がソファから立ち上がり、持っていた本を机の上に置く。

 その拍子に、ブックカバーがひらりとはがれた。

 

 

 むき出しになった表紙には『麻雀講座!これで君も超デジタル麻雀!』の文字。

 

 

 

 

 

 とても当たり前の話で。

 

 

 自分が1年間努力をしていた間、相手がなにもしないで待っていてくれるはずはない。

 

 インターハイチャンピオンは、この一年で多くの知識を得た。

 

 全てを理解したわけではない。それでも、自身の打ち方に使えるものは何でも使おうと思ったから。

 

 

 

 「……じゃあ……リベンジ、してくる」

 

 

 

 

 負けた記録の無いチャンピオンが、リベンジに燃えている。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 『さあ、いよいよこの時がやってまいりました!インターハイ団体戦決勝先鋒戦!その後半戦が今始まろうとしています!!』

 

 『この半荘で、先鋒戦が終わる……まあまず間違いなく言えるのは、前半戦と同じような展開には……ならなさそうだねえ?知らんけど!』

 

 

 休憩時間に少し落ち着いていた会場も、後半戦開始前には既に最高潮にまで盛り上がる。

 超強力な高校しか残っていないこの団体決勝という舞台。

 

 そのエース区間。

 

 この半荘1回がすんなりと終わりはしないことは、咏に言われずとも見ている者全員が予感している。

 

 

 各校の先鋒4人が席に着いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 先鋒後半戦 開始

 

 東家 千里山 園城寺怜

 南家 晩成  小走やえ

 西家 姫松  倉橋多恵

 北家 白糸台 宮永照

 

 

 

 

 東一局 親 怜 ドラ{③}

 

 

 

 

 衝撃的な開幕劇は、局が始まってすぐに訪れた。

 

 

 1巡目 照 手牌

 {⑦⑦⑦⑨⑨2456三四五七} ツモ{八}

 

 

 聴牌。

 

 ダブルリーチも打てる場面だが、照はここでリーチをしない。

 照の連続和了は、最初の打点はできる限り低い方がいい。

 

 最速で聴牌を入れられたことは良いが、打点が上がってしまっては意味がない。

 

 状態が良いことを確かめつつ、まずはこれをツモのみに仕上げようと、照は河へと{2}を放った。

 

 

 

 

 

 

 照がその牌を切った瞬間に手をぴたりと止める。

 

 嫌な予感がした。

 

 

 それは前半戦の時も感じた、重すぎる何かが振り下ろされる音。

 

 

 

 

 河に放った{2}が、()()()()()によって砕け散る。

 

 

 

 

 

 

 

 

 「ロン」

 

 

 

 

 

 

 

 やえ 手牌

{①②③1399一二三七八九}

 

 

 

 

 

 照の表情が、わずかに強張った。

 

 

 

 

 「12000」

 

 

 

 

 『こ、後半戦東一局は一瞬で決着!!!ダブルリーチができる選手が2人いましたがどちらもリーチせず!!チャンピオンの聴牌打牌を砕いたのは、やはり王者小走やえ!!前半戦からの勢いが止まりません!!』

 

 

 『配牌見た時に気付いたけどよお……や、こりゃ小走ちゃんそーとー仕上がってんね』

 

 

 

 一気に盛り上がる会場内。

 怒号にも似た歓声が、会場内に響き渡っていた。

 

 

 

 

 

 対局室にも伝わる確かな熱気を感じながら、片目を燃やしたやえが真っすぐに照を見つめる。

 

 

 

 

 多恵も、チャンピオンも、怜もこの1年間努力を惜しまなかった。

 

 

 それはここに仁王立ちする、やえも同じ。

 

 

 

 

 

 

 

 「簡単に……最初の和了りができると思わないことね」

 

 

 

 

 

 

 やえの低い声を聞いて、チャンピオンの目がゆっくりと伏せられた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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第120局 地獄の入り口

 東二局 親 やえ

 

  

 

 

 

 衝撃的な開幕。

 鮮烈なやえの跳満で幕を開けた後半戦。

 

 その結果を一人早く知っていた少女が、背もたれに寄り掛かった。

 

 

 (今のは……どうしようもないな……)

 

 いくら一巡先が視えると言っても、わずか二巡で決着がついてしまうのであればできることは少ない。

 相手が相手である故に、こういった何もできない局というのは存在してしまう。

 しかしそのことを悔やんでいたら次には進めない。

 自分のできる最善を。この場でも怜は冷静だった。

 

 怜が目を閉じて、休憩時間のことを思い出す。

 

 (なんとか竜華にはあの力使ったことバレんかったし、後半も頑張らんと……)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――休憩中。千里山女子高校控室。

 

 

 少し気怠げに帰ってきた怜を、千里山の面々が迎え入れる。

 

 

 「怜!!大丈夫なん??」

 

 「おー……心配してくれるんやったら太もも貸してや~」

 

 フラフラと歩いたかと思うとソファにダイブする怜。

 仕方がないといった風に竜華が隣に座ると、怜の頭を太ももの上に乗せた。

 

 

 「ええやん怜!あとはやえさえ潰せばトップで帰ってこれんでー!」

 

 「そんな簡単に言わんといてな……」 

 

 結果だけ見れば、怜は前半戦を二着で終えることができている。

 しかし怜は正直今自分が2着という位置にいる実感がなかった。

 

 

 (こちとら必死こいてしがみついてるっちゅうのに、なんか他は後半戦が本番みたいな空気なってていややわ……)

 

 実際の所、怜の疲労は確実に溜まっている。

 最後の方は視界にモヤがかかったような感覚だったし、頭痛はひどくはないにせよ、確かにあった。

 

 このままぶっ続けで後半戦に入っていたら、かなり厳しかっただろう。

 

 

 「園城寺先輩。最後のチャンピオンの和了ですが……あれはデータにはない和了です。なにがあるかはわからない上に漠然としていて申し訳ないのですが……気を付けてください。おそらくチャンピオンは何かを隠しています」 

 

 

 「まあ、そうなんやろな。クラリン慌てて出て行っとったし……」

 

 焦ったように対局室を後にした多恵の表情は、今でも怜の頭に残っている。

 

 

 「後半戦も気張りや、怜。別に負けたってええ!俺が絶対なんとかしたるわ!」

 

 「わ、私も頑張りますから!!」

 

 「ホンマかあ~?」

 

 「ホ、ホンマですって!」

 

 

 セーラと泉が、怜の前に来て励ましてくれる。

 それにつられて、笑顔になる千里山の面々。

 

 

 

 (ええなあ……やっぱみんなと優勝したいなあ……)

 

 目を閉じれば、いつでも浮かんでくる。

 病弱で、何の役にも立たなかった自分を、毎日のように看病してくれていた皆。

 

 怜シフトなんていう物まで作って、自分を支えてくれた仲間。

 

 

 (今日勝てれば、なんでもええか)

 

 怜が目の前に掲げた手を、軽く握りしめる。

 

 

 

 その右手が、竜華の両手によって包まれた。

 

 

 「……怜。危ない力……使ってへんよね?」

 

 「……使ってへんよ?」

 

 「……そか」

 

 心配そうな竜華の声音を聞いて罪悪感が芽生える怜だったが、これも必要なこと。

 

 

 

 「ほな……行ってくるわ」

 

 

 前半戦と後半戦の間のインターバルは短い。

 

 少しでも体力を回復できたことを喜んで、怜がもう一度対局室へと向かう。

 

 

 「いったれ!怜!」

 

 「園城寺先輩ファイトですよ!!」

 

 皆の声援を受けて、にっこりと笑った怜がゆっくりと控室の扉を閉める。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「嘘つき……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 小さく呟いた竜華の言葉は、誰にも届かず虚空に消えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 1巡目 照 配牌 ドラ{白}

 

 {④⑤⑥⑦⑧⑨134二二四六} ツモ{5}

 

 

 照が配牌を眺める。

 またしてもダブルリーチチャンス。照はいつもと変わらない無表情でその配牌を眺めると、対面に座るやえを見やった。

 

 

 (小走さん……去年より更に速くなってる……きっと去年まで()()()()辛かっただろうな……)

 

 想いとは裏腹に、油断は無い。

 驕りではなく、照の頭には冷静な判断の結果のみがあった。

 

 

 『チャンピオンまたも聴牌です!本当にどうなってるんでしょうねこれは……!』

 

 『おあつらえむきにドラ無し役なし……安い手にするなら相当早そうだけどねえ?』

 

 『しかしこちらもお伝えしましょう……!』

 

 

 

 カメラのアップが、やえの手牌を映す。

 

 

 

 やえ 手牌

{①①③③1一一五赤五八八白白}  

 

 

 

 『晩成の王者がきっちりチャンピオンの余り牌を狙っています……!』

 

 『まあチャンピオンの方もそれは察してるみたいだし?2度同じことやるとは思えないケド』

 

 

 咏の言う通り、照もやえの聴牌は感じていた。

 先ほどと同じ、狙いをすましたように待ち構えている重い鈍器の影。

 

 

 その気配を感じると、照はあまり迷わずに{六}から切り出した。

 

 

 『聴牌を外しました!まあ外すなら妥当なターツを外したといえますかね?』

 

 『いやー知らんし。まあ小走ちゃんの当たり牌が読めてんなら、結局索子の周辺もってくるしか勝ち目は無い気するけどねえ?知らんけど!』

 

 

 

 

 

 

 2巡目 照 手牌

 {④⑤⑥⑦⑧⑨1345二二四} ツモ{四}

 

 

 再度聴牌。しかし出ていく牌がまたもや{1}だ。これでは意味がない。

 

 

 『チャンピオンもう一度聴牌ですが……やはりあまり牌が小走選手に放銃になってしまいますね』

 

 『小走ちゃんツモ切りだったし、切らないっしょ。この{四}……ツモ切りじゃね?』

 

 咏の言う通り、やえの当たり牌が{1}だと見当がついているならば、この{四}は切るしかない。{二}か{四}の選択だが、後の和了率を考えれば{四}が妥当だろう。

 

 しかし照が切り出したのは、{二}だった。

 

 

 『……わたくし、嘘をつきました』

 

 『……その言い方何ネタなんですか……?』

 

 てへ、と舌を出しながら、咏が謝罪を入れる。

 しかしこの二択であったことは事実で、そこまで不自然な打牌でもない。

 

 照の打牌に若干の違和感を覚えながらも、やえが山に手を伸ばす。

 

 

 やえ 手牌

 {①①③③1一一五赤五八八白白} ツモ{二}

 

 

 ({二}……?今チャンピオンが切った牌……?)

 

 少し考えるやえだったが、結局この{二}を切り飛ばす。

 照が待ちにしにくい{1}を抱えていることは確実で、{二}で回ったことも十分に考えられるからだ。

 

 照が1枚の牌をツモ切った後、もう一度やえにツモ番が回ってくる。

 

 やえが山に手を伸ばし、自身のツモ牌を盲牌したところで。

 

 

 猛烈な悪寒がやえを襲った。

 

 

 

 

 やえ 手牌

 {①①③③1一一五赤五八八白白} ツモ{二}

 

 

 同じ牌。

 

 

 

 (こいつ……!!まさか……!)

 

 {1}を切っていたらツモっていたとかそういうことではない。問題は、この{二}が、次巡の照の()()()になる可能性が非常に高いということ。

 

 自分の打ち方を貫いてきたやえだからこそわかる、最悪の結果の予感。

 

 

 

 怜が鳴いて巡目をずらすこともかなわず、照のツモ番へと巡目が進む。

 

 

 

 『ははあ~なるほどねい!チャンピオンの狙いが読めたよ』

 

 『……と、言いますと?』

 

 『小走ちゃんは宣言牌を仕留める……かっこいいねえ。実に痺れるよねい』

 

 『は、はあ……』

 

 

 咏がいつものようにケタケタと笑いながら、言葉を紡ぐ。

 表情は笑っていても、その瞳は実に真剣だ。

 

 その真剣な瞳は、照の狙いを読み切っている。

 

 

 

 

 『……じゃあその宣言牌を、小走ちゃんの現物にしちゃえばいいのさ』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 照の手から再び{二}が切られた。

 

 この牌に、やえから声はかからない。……いや、かけられない。

 

 

 多恵と怜がまずいと思い仕掛けを入れるも、チャンピオンには関係がない。

 

 聴牌さえ入れてしまえば、もうやえは怖くない。

 

 

 

 

 

 (しまった……!)

 

 

 

 

 

 

 一度開かれればもう戻れない。

 

 

 

 

 

 

 

 地獄の門が、今開く。

 

 

 

 

 

 

 

 

 「ツモ」 

 

 

 

 

 

 

 照 手牌

{④⑤⑥⑦⑧⑨13456四四} ツモ{2}

 

 

 

 

 

 

 

 

 「300……500」

 

 

 

 

 

 一度対戦したことがある者なら誰でも知っている。

 

 

 

 

 誰よりも重いこの1000点の点数申告が、地獄への入り口だということを。

 

 



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第121局 絶望を止めろ

 『決まった!!決まってしまったと言うべきでしょうか!チャンピオンの300、500ツモ!彼女を知る者からすればこれほど恐ろしい1000点はありません……!』

 

 『今のはちょっと色々噛みあっちゃったねえ……チャンピオンが上手くかいくぐった感じだよねい』

 

 

 後半戦東二局にして、チャンピオンの和了が決まってしまった。

 静かに目を伏せて配牌を理牌している照の表情に変化はない。が、この和了がこのまま終わるわけがないことを、同卓している3人は知っている。

 

 既に親番が落ちてしまっている怜が、今の局を脳内だけで振り返っていた。

 

 

 (今のは……チャンピオンが{二}切ったから小走ちゃんも{二}切ったんやろけどな……違う選択肢とっても、多分小走ちゃんは宣言牌を仕留められてないと思うわ……)

 

 照はやえが{二}を切ったからこそ、{二}を宣言牌にした。

 聴牌打牌がやえの現物になるその瞬間まで、照はおそらく聴牌を取らなかったということ。

 

 流石の怜でもやえの打牌選択の違った未来を見ることはできないため、憶測の域を出ないのだが。

 

 

 (とりあえず今はそんなこと言ってられへん。とにかく先を視て、チャンピオンの和了を阻止したる……!)

 

 怜の右目が光る。

 

 怜の視た一巡先の未来で、照は和了はしていない。

 持ってきた牌をツモ切っている。そのことを確認してから、怜は自分の一打目を切り出した。

 

 

 

 東三局 親 多恵

 

 3巡目 多恵 手牌 ドラ{⑨}

 {③④⑤⑦⑧22356六白白南} ツモ{四}

 

 

 形は悪くない。普段であれば白を切っていく面前進行も考慮したいため、役牌である{白}は仕掛けていきにくい所。

 しかしそんな悠長なことが許される場ではないことは、多恵も重々承知している。

 

 

 (宮永さんは全てツモ切り……今聴牌である確率はものすごく低い事は重々承知だけど、この人にはそのまさかがあり得る……)

 

 最速で向かわなければ間に合わないと判断し、多恵は不要牌の{南}を切り出した。

 

 

 照がもう一度ツモって来た牌をそのままツモ切り、怜へとツモ番が回る。

 

 そして一巡先をもう一度確認して……。表情が曇った。

 

 少考を挟んだ後、怜は苦しそうに{白}を切り出していく。

 

 

 「ポン」

 

 軽やかな発声とともに、多恵が怜から出てきた牌を鳴く。

 

 そしてこの牌が多恵に鳴かれることは、怜もわかっていた。

 むしろこれを切ることしか、できなかった。

 

 

 (この状況に限り、クラリンに和了られるんは別にかまへん。3人の共通認識として、ここはチャンピオンを封じ込めなあかんタイミングや)

 

 役牌を鳴かせることに成功した怜だったが。

 

 

 

 

 

 「ツモ」

 

 

 

 あっけなく手牌は開かれる。

 

 

 ここまで一度も持ってきた牌を手中に収めていないチャンピオンに。

 

 

 

 

 

 照 手牌

 {⑦⑧⑨57二三四六七八中中} ツモ{6}

 

 

 

 「500、1000」

 

 

 

 『二連続和了!またしても始まってしまうのでしょうか……!配牌から聴牌でしたが、やはりダブルリーチには行きませんでした……!』

 

 『流石に早すぎんだよなあ……これじゃやれることも少ないか』

 

 

 チャンピオンが、卓の中央へと手を伸ばす。

 

 親番だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 白糸台高校控室。

 

 

 「や~っとテルの調子になってきたかな~!」

 

 「……前半戦をラスで帰ってきたときはヒヤヒヤしたが……」

 

 照が親番の配牌を理牌しているタイミングで、白糸台の面々もようやく照が本調子になってきたことを確信する。

 今日は相手が相手ということもあって、流石の照でも苦戦が予想された。

 しかしただ一人、大星淡だけは、照の勝利を信じて疑わない。

 

 

 「姫松の倉橋さんがあのクラリンってのは驚いたけど……めーっちゃ知識あっても負けるのが麻雀だし?照には勝てないと思うんだよね~」

 

 「お前な……」

 

 今年入ってきた一年生とは思えないほどの態度だが、それを誠子が咎められないのは、淡の恐ろしいほどの実力を知っているから。

 

 

 「……間違いなく、この先鋒戦にいるメンツは強い。……が、今年一年の照を見ていて、負ける想像は確かにつかないな」

 

 照の姿を一番近くで見ていた菫が、モニター内で打牌をする照を見つめる。

 去年のインターハイが終わって以降、照はどこか焦っているように見えた。

 表情にこそ出ないタイプだが、普段読まないような戦術本に目を通したり、牌譜を眺めてみたりなど……今までチームメイトへの助言に使っていた時間を多少割いて、自己の鍛錬に励んでいる様子を、菫は見てきたのだ。

 

 

 「正直、そんなことをする必要があるのかとも思ったが……あいつにとっては、よほど悔しかったんだろうな。去年のインターハイが」

 

 照のこの一年での成長は、菫も感じていた。

 もともと規格外の強さを誇る故に感じにくいが、連続和了の最初の和了りを勝ち取ることが、プロ相手でも早くなっていたのだ。

 

 あの努力は、確実に照の力になっている。 

 

 

 菫が真っすぐにモニターに向き合いながら、小さく呟いた。

 

 

 「見せつけてくれ。最強は宮永照である、と」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 東4局 親 照

 

 

 

 

 

 「ロン」

 

 

 

 

 容姿に見合わない少し高目の特徴的な声音が、やえの鼓膜を揺らす。

 

 

 

 3巡目 照 手牌 ドラ{8}

{2345688三四五七八九} ロン{1}

 

 

 

 「5800」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 東四局 一本場 親 照

 

 

 

 『三連続です!徐々に……徐々に打点が上がっています……!』

 

 『今はまだ致命傷にはなってないケド……こっから先は、致命傷になりうるよ』

 

 

 三巡目の一九牌ですら、切るのがためらわれるこの場面。

 またしても怜は、一巡先の未来を変えることはできなかった。

 

 

 (これじゃダメなんか……?少し早いけど、二巡先(ダブル)を使うしか……)

 

 怜の額に汗がにじみ、配牌を受け取って理牌をしようとした瞬間。

 

 

 

 

 (……!?)

 

 

 痛烈な頭痛が、怜を襲う。

 

 自分の手牌が回ってくる前に、一巡先の未来が無理やり怜の脳に映る。

 

 

 

 (そんな……!親番でそんなことされたら……!)

 

 

 怜が未来視で過酷な運命を見届けた瞬間。

 照が最初の打牌を。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 横に曲げた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「リーチ」

 

 

 

 

 

 

 

 照の右手が、徐々に風を纏い出す。

 

 

 

 

 

 

 

 『チャンピオンのダブルリーチ!!!親番でこれは強烈です!』

 

 『おいおいおい……これ誰が止められんだよ』

 

 

 

 

 苦しそうに牌をツモり、怜が未来を視る。

 

 

 

 

 

 

 

 

――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 『ツモ』

 

 

 

 照 手牌 ドラ{3}

 {12377789四五六八九} ツモ{七}

 

 

 

 

 

 

 『4100オール』

 

 

 

 

 

――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 (どうにかして、鳴ける牌を……!)

 

 怜が自分の手牌から、他2人が鳴ける牌を必死に探し出す。

 このままではツモられるのは時間の問題。

 幸い、待ちが愚形であることはわかったので、ズラすことさえできれば時間を稼げる可能性はある。

 

 

 (やるしかあらへん……(アウル)……!一巡先(シングル)……!)

 

 自身の打牌の選択肢から広がる未来。

 どの牌を切れば鳴くことができるのかを必死に観測する。

 

 

 

 「……っく……ぁ」

 

 椅子から落ちそうになるすんでのところで堪えた怜。

 やはりこの力は、怜の体力をかなり消耗する。

 

 

 (けど……おかげで見えたで……!)

 

 

 怜が切り出したのは{二}。この牌を見て、やえが一つ呼吸を置く。

 

 

 「……チー」

 

 やえからしても、怜が未来を視ていることは知っている。

 この{二}が、必死に「鳴いてくれ」と叫んでいることも理解していた。

 

 

 やえ 手牌

 {②③④赤⑤赤⑤67二三四} {横二三四}

 

 

 

 『小走選手!かなり良い手牌でしたが鳴きを選択しました……!』

 

 『ま、仕方ないだろうねい。このままじゃチャンピオンにツモられますってことを、千里山のコが必死で教えてるようなもんだからなあ。でもこれで、小走にも和了りの目が出てきたんじゃねえの?』

 

 

 これでやえも聴牌。

 しかし面前でかなり高い手になったかもしれないだけに、不服の鳴きではあった。

 

 

 (そうも言ってられないわね。まずはこのチャンピオンをどうにかしないと、先に進まない)

 

 やえも状況の悪さは感じている。

 ここを突破しなければ、自身の勝利は無い事も。

 

 

 多恵が持ってきた牌を、手牌の上に乗せた。

 

 

 一巡目 多恵 配牌

 {⑤⑧269一四七南西白発中} ツモ {1}

 

 

 (いや……これひどすぎるね……)

 

 

 理牌をする前から、この手牌がとてもチャンピオンの超速に対抗できないことを直感した多恵は、やえが切っていった{中}を合わせる。

 差し込めるならやえに差し込みたいが、ここは情報が少なすぎて、照に振り込んでしまうリスクが高すぎる。

 

 (また……また何もできないのか……?)

 

 

 多恵の額にも、大粒の汗が浮かんでいた。

 

 

 『倉橋選手の配牌……さすがに厳しすぎませんか』

 

 『やーこれひっでえな!クラリン配牌の悪さはインターハイ出場選手の中でも1、2を争うんじゃねえの?知らんケド』

 

 

 配牌に嘆いている暇もない。

 多恵が切り終えたことを確認して、チャンピオンが山へと手を伸ばす。

 

 その牌が、卓へと叩きつけられた。

 

 

 

 怜の表情が、驚愕に染まる。

 

 

 

 

 

 

 

 「ツモ」

 

 

 照 手牌

 {12377789四五六八九} ツモ{七}

 

 

 

 

 「4100オール」

 

 

 

 

 

 (そんな……!愚形でもおかまいなしやんか……!)

 

 

 

 『四連続和了!!!チャンピオンが暴れまわります!!これで四連続!あっと言う間に前半戦での負債を返しました……!なんという強さ……!』

 

 『決着巡目が早すぎる。これじゃあ選択もなにもないな……』

 

 始まってしまった照の連続和了に、会場も異様な盛り上がりを見せる。

 

 照がまた一本、積み棒を自身の右端へと置く。

 二本場だ。

 

 

 

 

 

 

 東四局 二本場 親 照

 

 

 

 怜の頭痛と眩暈が、ひどい症状になってきていた。

 視界は安定せず、少し気を抜けば牌を落としてしまいそうなそんな状態。

 

 肩で息をしながら、なんとかツモ牌を手牌の上に乗せた。

 

 

  怜 手牌 ドラ{④}

 {④④赤⑤223579八東南西} ツモ{六}

 

 

 手牌が良いとか悪いとか、今はそこまで関係がない。

 

 見なくてはいけないのは、この先の未来。

 

 

 (流石にキツすぎるけどな……やるしか……やるしかないんや。ごめんな、竜華、もう少しだけ、無理させてもらうわ……)

 

 気力を振り絞り、怜が意識を集中させる。

 これ以上のツモ和了は、取り返しのつかないことになる。止めるなら、チャンピオンからリーチがかかっていない今しかない。

 

 

 (今まで1回しか試したことないんを、今ここでやるんはリスクでしかないんやけど……でも、私は、勝ちたい)

 

 実の所怜はもう限界に近かった。体力を削る能力の消費量は、もう今まで試した限界値をとうに超えている。

 

 今怜を支えるのは切実な勝利への想い。

 千里山の皆がいるという支えだけで、今怜は卓についている。

 

 ここから先は危険領域。自分が倒れて試合続行不可能になったら元も子もない。そんなことはわかっている。

 

 

 それでも。

 

 

 

 (……行くで……倒れさえせえへんかったらそれでいいわ……)

 

 

 

 

 

 

 

 

 前に進もう。

 

 

 

 

 

 (トリプル……三巡先や……!!)

 

 

 

 怜の両目と、額が光る。

 

 まばゆく輝く光は、三巡先の未来を照らし出した。

 

 

―――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――

 

 

 

 (……ッ!……クラリンと小走ちゃん……この局仕掛けるんか……!)

 

 

 怜が視たのは、二巡先で多恵から出てきた{発}を、やえが仕掛ける場面。

 そしてもう一度多恵が手牌から{西}を切り出し、それもやえが鳴く。

 

 

 (確かに、前半戦ではクラリンが小走ちゃんに鳴かせることで、チャンピオンの親番蹴ったんやしな……それやったらウチにできることは……!)

 

 

 「……!ポン……ッ!」

 

 

 

 多恵から出てきた{2}を、怜がポン。

 これで照のツモ番を飛ばすことに成功した。

 

 

 (あとは……!クラリンと小走ちゃんが……!)

 

 

 怜の未来視の通り、多恵は怜の仕掛を見た後、静かに{発}を切り出した。

 

 多恵が一打一打を、丁寧に精査する。

 例に漏れず自分の手は形になっていない。

 であるなら、やえの鳴ける牌を。

 

 

 (これ以上は加点させられない……!!恭子もやってただろ……!最善を、最善を積み重ねろ……!)

 

 脳をフル回転させて、打牌候補を選ぶ。

 

 

 

 

 「ポン」

 

 

 やえが多恵が絞り出した牌を鳴く。これでもう一度、多恵のツモ番だ。

 

 

 

 「ポン……!」

 

 

 多恵から出てきたのは{西}。これもやえの鳴ける牌だ。

 

 

 

 

 

 やえ 手牌

 {②③③赤⑤⑥北北北} {西西横西} {発発横発}

 

 

 

 (捕まえた……!これで刺す!去年のようには、いかせない……ッ!)

 

 

 怜とやえの鳴きが入ったことで、照のツモ番は2回しか来ていない。

 

 怜の決死の三巡先未来視。

 多恵がやえの速度を補うための決死の鳴かせ。

 

 やえの宣言牌を殺す大物手。

 

 

 

 

 三者の強みが出そろってようやく、やっとのことで照を捕まえる。

 むしろそうしないとこの状態での勝ち目は無い。

 

 

 

 

 

 

 やえの手から、{②}が勢いよく出てくる。

 

 

 

 

 

 この絶望の淵から抜け出すための、やえの鉄槌が大きく振りかぶられた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「ロン」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 やえが鉄槌を振りかぶったその刹那。

 

 

 

 

 

 

 

 

 照 手牌

 {①③112233一二三九九} ロン{②}

 

 

 

 

 

 

 

 「18600」

 

 

 

 

 

 

 照の暴風を纏った右腕が、やえの腹部を貫いた。

 

 



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第122局 勝負できない悔しさ

【お知らせ】

 いつも感想ありがとうございます。全て大切に読ませていただいています。

 申し訳ありませんが、先鋒戦終了まで、感想返しをストップさせていただくことにしました。
 

 先鋒戦が無事終了しましたら、また少しづつ返していこうと思いますので、よろしくお願いします。

 





 

 

 モニターの中では、照の猛攻が続いている。

 

 あり得ない速度と打点で決着していく局の数々を見届けながら、洋榎が静かに呟いた。

 

 

 

 「……おもんないな」

 

 洋榎の視線が、鋭く照を見つめる。

 勝負を投げたわけではない。多恵のことを信じる気持ちは、姫松の中でも断トツだ。

 

 その洋榎も、この状況は良くないと感じている。

 

 

 

 「ふざけてるやろこんなん……!!」

 

 「多恵ちゃんラスなのよ~……」

 

 「多恵先輩だけ配牌おかしくないですか?!こんなの……こんなのって……!」

 

 

 

 点差はそこまで離れていない。

 とはいえこのままでは一瞬の内に点差がつくことを、わかっている。

 

 次が決まってしまえば、もう取り返しのつかない点差になる。

 

 

 「多恵……」

 

 恭子が、モニター内の多恵を見つめる。

 

 その時、恭子だけ気付いた。

 多恵の表情が、静かに暗くなっていっていることに。

 

 普段の多恵が持つ温かい心とは反対の、冷たい、冷徹な力が目覚めようとしていること。

 

 

 (多恵には勝ってほしい。……せやけど、これはウチのわがままや……)

 

 恭子が顔の前で両手を握る。

 多恵へこの願いが届くように。

 

 

 

 全国優勝はもちろんしたい。

 

 

 

 

 しかしそれ以上に恭子は。

 

 

 

 

 

 多恵が笑顔で対局を楽しんでいる姿が見たかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

東四局 三本場 親 照

 

 

 

 

 

 

 点数状況

 

 1位 白糸台  宮永照 114900

 2位 千里山 園城寺怜 100000

 3位 晩成  小走やえ  94800

 4位 姫松  倉橋多恵  90300

 

 

 

 

 『後半戦が始まって……まだ20分。20分しか経っていません。しかし……前半戦ラスで始まったはずのチャンピオンが、既にトップを走っています……!』

 

 『キツいねい……正直今の局は他の3人のできること全部やったはずだと思うよ。それでも……止められないか』

 

 

 照の右手が暴風を纏っている。

 

 圧倒的なチャンピオンの力の前に倒れ伏し、地面で必死にもがくことしかできない3人。

 その中でも、点数的には現在二着目であるはずの怜が体力的に厳しい状況に追い込まれていた。

 

 霞む視界の中で、必死に手元に牌を落ち着かせる。

 

 

 (そんな……選択肢から分岐する未来ですら、チャンピオンには……届かへんのか……)

 

 既に体力は限界。

 手元すらおぼつかない状況で、隣には荒れ狂う暴風。

 

 今のチャンピオンの和了は跳満。次もし和了を許してしまえば……倍満。親番であることを考慮すれば、24000点だ。

 そんな打点が決まってしまえば、決定打になってしまってもおかしくない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

  

 

 

 

 

 

 千里山高校控室。

 

 

 

 

 「あかん……」

 

 顔面を蒼白にして対局室が映っているモニターを見るのは、千里山の大将、竜華だ。

 現在怜は2着目とはいえ、その手は震え、肩で息をし、必死で倒れそうになるのを我慢しているように見える。

 

 

 「……次食らったら24000……流石にあかんな」

 

 「違う!!そっちやない!!怜の身体の方や!!!」

 

 

 セーラがソファの上で小さく呟いた言葉に過剰に反応する竜華。

 状況的に厳しいのは確かにそうだが、今はそんなことはどうだっていい。

 このままでは怜が、対局終了を待たずに倒れてしまう。

 

 親友だからこそわかる。今の怜は間違いなく限界だ。

 

 竜華の悲痛な叫びを聞いて、周りのメンバーも顔色を曇らせる。

 今まさに持ってきた牌を一つ取りこぼし、手牌の手前に落としてしまった。

 

 

 「園城寺先輩……!」

 

 泉は大会が始まる前に、怜が言っていたことを思い出した。

 あれは自分がレギュラーに選ばれて、次鋒になることが決まった日のこと。

 怜に対して、「プロに興味は無いんですか?」と言った時だった。

 

 珍しく帰りが怜と泉だけで、夕暮れの校舎で怜から言われたのだ。

 

 

 

 『私はな、千里山の皆に恩返しがしたくて、麻雀してるねん。……だから、別にプロになるとかそういうんは、いいんよ。』

 

 『で、でも、園城寺先輩くらいの実力やったら、絶対プロになれますって!』

 

 『そう言ってくれるんは嬉しいんやけどな……私は』

 

 

 

 

 あの時の怜の表情は、今でもよく覚えている。

 とても控えめな笑顔で。

 

 

 

 

 

 

 

 

 『千里山の皆で全国優勝できたら、それで夢はかなうんやから』

 

 

 

 

 

 

 怜があの時語った夢は、もう他人事ではない。

 

 泉も既に、怜の仲間の中に入っているのだ。

 

 

 (園城寺先輩……!)

 

 今はただ、祈ることしかできない。

 無事に帰ってきて、笑顔で自分にバトンを渡してほしい。

 

 泉の心中は今はそれだけだった。

 

 

 「園城寺先輩の配牌、出ました」

 

 画面を注視していた船Qが、モニターに怜の配牌が映ったことを報告する。

 

 

 

 怜 配牌

 {223344⑤⑥⑧三四七八} 

 

 

 

 「……!」

 

 竜華が思わず絶句する。

 手牌で一盃口が完成しており、かなりの好配牌。

 

 好配牌であるということは、どういうことか。

 

 

 

 怜が、目を閉じる。

 

 

 次に開いたときには、怜の両目は、金色に光り輝いていて。

 

 

 

 「あかん……!」

 

 

 

 

 

 それは紛れもなく、命を削ぎ落す諸刃の剣。

 

 竜華が我を忘れたように、よろよろとソファから立ち上がりモニターに歩み寄る。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「あかん……!あかんやめて!!!やめて!!!怜!!!!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 麻雀が楽しいと思えるようになったのは、いつからだろうか。

 

 

 

 千里山の皆と過ごす時間が楽しいと感じたのは、いつからだろうか。

 

 

 

 この千里山女子で、『全国優勝』したいと思ったのは、いつからだろうか。

 

 

 

 

 

 

 

 (ごめん、竜華)

 

 

 

 

 

 

 怜の両目と、額が、()色に光り輝く。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――――

 

 

 

 

 

 怜 手牌

 {223344⑤⑥⑧三四七八} ツモ{⑧}

 

 

 

 

 ターツ選択。時間が無い。どちらかを間違えれば、和了りは無いだろう。

 

 

 怜だけが視える金色の世界が、必死に正解の道へと導く。

 

 

 打{七}の場合。

 

 

 次巡

 {223344⑤⑥⑧⑧三四八} ツモ{一}

 

 ツモ切り

 

 次々巡

 {223344⑤⑥⑧⑧三四八} ツモ{二}

 

 打{八} 

 

 

 

 

 『ロン』

 

 

 

 照 手牌

 {二三三三四四五六七七八九九}

 

 

 

 

――――

 

 

 

 

 (打{八}からなら……!!!)

 

 

 思わず卓に突っ伏したくなるほどの頭痛を感じながらも、怜は見つけ出す。

 この手を仕上げる、最善の方法を。

 

 幸い、照の最終形は見ることができた。

 

 

 

 

 震える手に必死に鞭を打ち、{八}を切り出す。

 

 

 次巡に持ってきた{一}はそのまま河に放ち、そして次巡目に、{二}を引き入れた。

 

 

 

 

 (これで……!間に合った……!)

 

 

 なんとか聴牌を入れて、{七}を切ろうとする。

 

 念のためもう一度、一巡先だけを視ることを決めて、怜は右目を緑色に光らせ……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 (え……?)

 

 

 

 

 

――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 『ロン』

 

 

 

 

 

 照 手牌

 {二三三四四五六七七七八九九}

 

 

 

 

 

 

――――

 

 

 

 

 

 

 

 照の手形が、変わっている。

 

 3巡前に見た形ではない。

 

 よく見てみれば、照の前巡に切り出した牌が変わっている。

 

 しかしそんな変化に気付けるほど、今の怜の体力に余裕は無かった。

 

 

 

 怜が、今まさに手に握った{七}を悔しそうに手に戻す。

 

 

 (なんでや……!チャンピオンの待ちは{八}だったはずや……!)

 

 

 確かに、怜が視た未来で、照は{八}待ちになっていた。

 しかし照は照魔境のおかげで、怜の能力を知っている。

 

 だからこそ、打点に関係のない待ち選択の時は、ランダムで待ちを選ぶようにしていた。

 

 怜の逡巡があった後は特に。

 

 

 

 

 (ぁ……)

 

 心臓が痛い。

 頭が痛い。

 

 考えられない。

 

 この{七}はもう手牌には使えない。照の手を見れば萬子の周辺が使われていることはよくわかる上に、{八}を切ってしまっている。

 

 {七}を切らずの和了は、見えなかった。

 

 

 頭の中をぐるぐると、牌姿が回る。

 どうすればよかったのか。どこで間違えたのか。

 

 どうしてこの手に持ったたった一枚の牌を、自分は切れないのか。

 

 

 

 手に持った{七}を、怜が見つめる。

 

 

 

 

 

 

 (どうせ、どうせ和了れへんくらいやったら……こんな未来……こんな未来()()()()方が……!)

 

 

 

 そう。

 

 

 

 視えてしまうから、この勝負の一牌が押せない。

 

 この一牌を押せないから、和了を勝ち取る気分を感じることができない。

 

 

 

 

 

 

 千里山のエース園城寺怜は『放銃』というリスクを回避できるようになったと同時に。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 『勝負』することの楽しさを奪われたのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 刹那。

 

 

 

 

 

 ひどく冷たい()()が、その卓の中を突き抜ける。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 (……?!)

 

 

 

 

 

 

 瞬間、照から発生していた暴風が止む。右手の動きが、止まった。

 

 

 

 

 

 怜の右目に見えていた光が、消えた。

 

 

 

 

 やえが、息を飲むように下家へと視線を移す。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「多恵……あんた……」

 

 

 

 

 

 

 やえの視線の先。

 

 

 

 

 

 

 多恵の瞳が、()()に染まっていた。

 

 

 

 黒い波動が、卓全体を突き抜けたのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 全く手にならない配牌。

 オリる暇すらなく、あり得ない速度と打点で決着していく数々の局。

 

 

 

 叫びが聞こえる。

 

 『こんなの麻雀じゃない』という叫びが。

 

 『つまらない、くだらない』と蔑む叫びが。

 

 

 

 

 

 こんな未来、視たくないという心の叫びが。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 全てを。

 

 

 

 

 

 

 

 

 無に返せ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ナラビタツモノナシ

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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第123局 牌に愛されし者

 ―――一年前。インターハイ個人戦決勝。

 

 

 

 

 

 

 『決ィィまったああああ!!!チャンピオンの6000は6400オールのツモ!!これで大きなトップ目に躍り出ました!!』

 

 『これは……他三者はかなり厳しくなりましたね……親番が残っていない小走選手はもちろん、親番が残っている辻垣内選手と倉橋選手も厳しい戦いを強いられます』

 

 『そしてなにより!!!このチャンピオンの親番を止めないと勝利はないぞお?!?!』

 

 

 『……ッ……!?』

 

 『……急にどしたのすこやん?』

 

 

 

 チャンピオン宮永照はあの日、初めて多恵に秘められた力を直に受けた。

 

 自身の頭は真っ白になり、同卓している二人も驚いたような表情で多恵を見つめていた。

 

 

 

 

 

 

 『なんだなんだあ?!今度は打って変わって倉橋選手がツモるツモる!このままトップの宮永選手まで追い抜いてしまうのか?!』

 

 『一打一打の精度が恐ろしく高いですね……私では解説しきれませんが、一巡一巡で変わる状況を常に追いかけていないとできない芸当だと思います』

 

 

 

 何もできない。

 今自分がやっている競技が一体何なのかすらわからず、思ったような手牌にはならない。

 

 ひたすらに多恵に和了られ続ける。間違いなく、人生で一番放銃しただろう。

 

 照にとって、悪夢のような時間。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「……ツモ。700、1300は……1200、1800」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 『……ッ!!!決着!!!!今年のインターハイチャンピオンは!!!やはり宮永照!!!今年もその強さを見せつけました!!!!』

 

 

 『最後は紙一重……4人全員が素晴らしい対局を見せてくれましたね』

 

 

 

 

 

 

 

 

 点棒を見る。

 自分が一番持ち点が多い。

 ということはおそらく、自分はチャンピオンになったのだろう。

 

 

 しかしなんだこの気持ちは。

 

 なにもできず、最後はただただ放銃し続けた自分が、インターハイチャンピオン?

 

 

 

 

 

 

 

 『今年のインターハイはこれですべて終了!!最高の戦いをありがとーう!!!!』

 

 

 

 

 

 

 

 遠くに聞こえる歓声は照の耳には入らない。

 

 

 放心したような状態で見つめる先には、ボロボロにオリ続けた自分の手牌。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 宮永照はインターハイ二連覇という名誉と同時に、『敗北』の味を知った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 東四局 三本場 親 照

 

 

 

 「聴牌」

 

 

 「「「ノーテン」」」

 

 

 

 一巡目に聴牌が入ったこの東四局は、照の一人聴牌という意外な形で流局となった。

 依然として、多恵から発された黒い覇気が、卓内を包み込んでいる。

 照の大物手が流局になった理由には、間違いなく多恵のこの力が絡んでいた。

 

 

 『流局……!!急に手牌が進まなくなり、そして誰もチャンピオンに振り込みませんでした……!途中から急に空気が変わったような、そんな感じでしたね』

 

 『……間違いなく、対局室の空気は変わったね。それを信じるか信じないかは、皆に任せるケドねー』

 

 

 テレビの前や会場で見ている視聴者はわからずとも、同卓している3人は肌で感じていいる。

 確かに何かが変わったことを。

 

 

 

 (クラリン……これが準決勝で急に清澄の先鋒のコが東場なのに手牌が悪くなった何か……去年の個人戦決勝でもあったって船Qがゆーてたな)

 

 “ナラビタツモノナシ”と名付けられたこの力は、サンプルが少なく千里山のデータ班でもどういった力なのかの詳細まではわかっていない。

 しかし信頼できる後輩の浩子が少ないデータの中から推測して言うには、強力な「打ち消しの力」ではないかということ。

 

 確かにそれであれば納得がいく。

 一番の証拠は今の怜自身の状態。

 

 

 (まったく視えなくなった……さっき私が視えなくてもいいなんて思ったから……まあ、それは偶然やろな)

 

 怜の大きな武器である未来視。その効力が今無くなっている。

 二巡先はおろか、一巡先すらも視えない状況。

 

 

 (それやったら、チャンピオンもアホみたいに良い手牌やないはずや……!)

 

 もしこの力が卓全体に及んでいるとするならば、照だってその支配からは逃れられていないはず。

 流石のチャンピオンもこの力には対抗できないというのは、去年の個人戦で実証済みだ。

 

 

 

 

 

 

 多恵 配牌 ドラ{5}

{①②⑤2689二三四東東北}

 

 

 多恵の配牌は悪い。

 一面子あるとはいえ打点も見えない上に愚形が多い。

 

 多恵自身、一種のゾーンに入ったことは理解していた。

 しかし、それが自らの意志ではなく、何かに引きずられるような形であったことも、理解していた。

 思考はクリアだが、今の手牌に和了れる気はあまりしない。

 それでも最善を導くべく、多恵の黒い瞳は静かに手牌を眺めていた。

 

 

 

 

 照 配牌 

 {⑧⑧224四五六六六西西北} ツモ{八}

 

 一方照は悪くない。

 タンピン系の手になれば打点まで見えてくる。

 

 これだ。この状態だ。

 

 この状況を打開するために、宮永照は一年を費やした。

 

 

 

 

 照はこの手牌を理牌し終えた後、珍しく大きく息を吸った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ―――――昨日のこと。

 

 

 

 

 「なあ照。教えてくれないか」

 

 鞄を持って帰ろうとした照を、菫が呼び止める。

 照は菫の方を振り返ると、その無表情のままで首をかしげた。質問の主語がわからない、と言った風に。

 菫がため息をつきながら話を続ける。

 

 

 「倉橋に対する対策だ。……去年と同じあの力が発動した場合、どうするつもりなんだ?」

 

 「……」

 

 菫の問いに対して、照が静かに空を仰ぐ。

 もう日は沈み、とっくに闇夜が空を支配していた。

 

 

 「……自分を、曲げないこと」

 

 「なに……?」

 

 「去年、私はなにをしていいかわからなくて、すぐに手を壊した。今までやってきたことが通じないのが怖かったから」

 

  

 いつもならここが入る、という感覚が無くなり、照魔境でわかっていたはずの相手の思考も読めなくなり、照からすれば、急に違うゲームが始まってしまったかのような感覚だった。

 だからこそ混乱し……そしてその状態のまま去年の個人戦は終了した。

 

 

 

 「色々、考えた。『一般』と呼ばれる戦略本も、たくさん読んだ。それ自体はすごく私の力になったと思う……けどね」

 

 照が、菫の方へ真っすぐに振り返る。

 無表情に見えるその瞳は、しかし燃えていた。

 

 

 「()()()()()じゃ、倉橋さんには勝てない。それが、私の結論」 

 

 「……まあ、確かにそれはわかるが……」

 

 いくら照が普通の戦略を学んだところで、所詮は付け焼刃。その鈍らな刃では、クラリンこと多恵の聖剣に立ち向かうには値しない。

 

 だからこそ、照は違う道を選ぶ。

 

 

 

 

 「私は、私の麻雀を貫く。それが私ができる、唯一の対抗策」

 

 「……お前がそう言うのなら、そうなのだろうな」

 

 

 菫はこの時、少し照を心配していた自分を恥じた。

 心配なぞせずとも、この少女はいつも平気な顔をして帰ってくる。

 

 憎たらしいほどに、彼女は強い。

 

 

 

 (確かにそうだな。それが一番、お前に似合っているさ)

 

 

 

 

 言い終えると、照は菫の方へ向かっていた所から踵を返し、歩いていく。

 

 その後ろ姿は、いつもより頼もしく見えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 2巡目 照 手牌

 {⑧⑧224四五六六六八西西} ツモ{6}

 

 

 

 

 『チャンピオン、良いところを持ってきましたね。これでタンヤオ一盃口まで見えてきましたか』

 

 『この形ならもう{西}切っていんじゃね?それこそ{七}とか引いてきたらうまうまっしょ!知らんけど!』

 

 

 咏の言う通り、この手は{西}を対子落とししていくに見合うだけの手に育っている。

 まだ巡目の早いこの段階であれば、やわらかく打ってタンヤオ系。平和一盃口にドラまでつけば、なお良しだ。

 

 

 しかし照は少し考えた後、{八}を切り出す。

 この{八}切りは、{七}の受け入れを消してしまう分、少しロスの可能性がある打牌だ。

 

 

 『チャンピオン、打{八}としました!これは……?』

 

 『……いや、まさかな……いやわっかんねー!まあ、七対子も見てんじゃねえの?』

 

 

 照の表情は読めない。

 

 その間にも、局は進んでいく。

 

 

 

 

 2巡目 多恵 手牌

 {①②⑤⑦1368二三四東東} ツモ{④}

 

 

 『対して倉橋選手は手が重いですね……!これはこの役牌の{東}は鳴いていけますか……?』

 

 『いや、雀頭がない上に守備力も打点もない……これは鳴けねんじゃねえかな……知らんけど』

 

 『しかしそうすると手牌はかなり遅くなってしまいそうですね……』

 

 

 多恵の手牌は重い。極限まで思考がクリアになっているとはいえ、手牌が育たなかったら和了れない。

 

 一局が終わった時に、捨て牌と合わせても聴牌すらできない……なんてことが良く起こり、そんな状況であっても、苦しい手牌の時は我慢するしかない。

 それが麻雀だ。

 

 

 そんな苦しい手牌が、この状況で入ってしまうことが、一番まずいのだが。

 

 

 

 

 

 3巡目 照 手牌

 {⑧⑧2246四五六六六西西} ツモ{五}

 

 反対に、照の手牌は淀みなく進んでいく。

 

 

 『チャンピオンまたもう一歩前進です!今度こそ{西}に手がかかりますか……?』

 

 『……七対子を見てるんだったら、{6}切りなんてことあんのか……?ドラ受けだけどねえ』

 

 咏の言葉を待つか待たないかぐらいのタイミングで、照は{6}を切り出す。

 その様子は迷いがなく、前から決めていたような切り方。

 

 

 『あら、そうですねここは{6}切りでドラ受けを外しました……七対子の一向聴になったのが大きいですかね……三尋木プロ?』

 

 照が迷いなく{6}を切った瞬間。

 

 咏の中で、一つ、仮説が立った。

 

 

 

 『……おい、ちょっと待てよ。まさか……』

 

 『……三尋木プロ?』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 4巡目 照 手牌

{⑧⑧224四五五六六六西西} ツモ{2}

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 自分を曲げないということは、口にすることは簡単だが、行うのは難しい。

 

 照が自分を曲げずに麻雀を打ち続けるということは、変わらずに打点を作りに行くことに他ならない。

 今であれば、先ほど和了した6000オール以上の手牌。

 

 普段なら『能力』という強固な力が働いているからこそ、照の悪魔じみた連続和了は可能となる。

 

 しかし『連続和了の能力』というその異能自体は、あくまで恩恵に過ぎない。

 

 

 何の恩恵か?

 

 

 

 

 『牌に愛されている』ということの、恩恵に過ぎないのだ。

 

 

 

 高校麻雀界で誰よりも『牌に愛されている』宮永照という少女は、この大一番で、能力が封殺されて尚。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 7巡目 照 手牌

 {⑧⑧222四五五六六六西西} ツモ{⑧}

 

 

 

 

 

 

 

 

 「リーチ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 奇跡の一片を、手繰り寄せることができる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その声に、三者が背筋を凍らせた。

 この状況であるのに、7巡目にしてかかった照のリーチ。

 恐ろしいほどに嫌な予感が、三人を襲う。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 同巡 怜 手牌

 {③④⑤⑦⑦789二二三七九} ツモ{八}

 

 

 

 聴牌。怜がいつものように一巡先の未来を視ようとして……できないことに気付く。

 

 照の宣言牌は{四}。一発目に切り出す牌としては、{二}も{三}も怖すぎる牌。

 

 役ありに構えるなら、切り出す牌は決まっているが。

 

 震える怜の右手が、{二}を持ち上げる。

 

 

 しかし、なかなかこの牌を前に持っていくことができない。

 この数センチ先に表向きで牌を置くことが、できない。

 

 

 

 

 (“怖い”……振り込むリスクってこんなに怖かったんか……?!)

 

 

 加速する動悸。

 頭痛こそ消えたが、今まさに怜を飲み込まんとする恐怖が、怜の判断を鈍らせる。

 

 照の姿が、とても、とても大きく見える。

 

 

 チャンピオンからの親リーチ。

 自身は平和のみの1000点。

 今は一発目。

 

 

 

 

 

 (怖い……怖い……!竜華……!私はどないすれば……!)

 

 

 

 

 

 

 振り込めばまた18000かもしれない。

 一発がつけば24000かもしれない。

 多恵の力が作用しているとはいえ、高打点でない保証などどこにもないのだ。

 

 いつもなら未来が視える。

 

 この牌が通るか通らないかがわかる。

 だからこそ、回るか勝負するかの選択が容易に行える。

 

 しかし今はそうではない。

 先ほどまでは強気に行きたいと思っていた怜の心は、放銃という恐怖を目の当たりにして、震えている。

 

 長らく感じていなかった、大一番での、負ける怖さ。

 

 ついさっき望んだばかりの、『勝負』という行為は、この状態の怜にとってあまりにも大きすぎる重圧で。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 怜が震える手で切り出した牌は。

 

 

 

 

 

 

 

 

 今持ってきた安牌の{八}だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 やえがこの場の異常さを感じながらも、安牌を切った。

 唇を噛み締めながら。

 

 

 多恵が背筋に流れる嫌な汗を感じて、自分の手牌と数十秒睨めあった後、{四}を切り出す。

 やれることは、あまりにも少ない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 チャンピオンの手が、ツモ山に伸びる。

 

 

 

 その手は暴風を纏っているわけでもなければ、光り輝いているわけでもない。

 

 

 

 

 それでも。

 

 

 

 

 

 彼女は『愛されている』。

 

 

 

 

 

 

 ここ一番で自分を曲げなかった『牌に愛されし者』は、奇跡とも呼べる和了を成し遂げんと手を伸ばす。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「麻雀って、不平等なゲームだよな」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 背もたれに寄り掛かって上を向いた咏の呟きは、マイクに拾われることはなく。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「ツモ」 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 照 手牌

 {⑧⑧⑧222五五六六六西西} ツモ{赤五}

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「16000は、16400オール」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 コトリ、と音を立てて。

 

 

 

 

 

 恭子からもらったヘアピンが一つ、地面に落ちた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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第124局 立ち上がれ

 会場は、未だにどよめきが残っていた。

 耳をつんざくような歓声が上がったわけでもなければ、明らかな落胆が混じったため息が聞こえてくるわけでもない。

 

 ただただ、やはりチャンピオンなのかというある種納得したかのような空気が、会場を包んでいた。

 

 

 

 

 点数状況 

 

 1位 白糸台  宮永照 167100

 2位 千里山 園城寺怜  81600

 3位 晩成  小走やえ  77400

 4位 姫松  倉橋多恵  73900

 

 

 

 

 『厳しい点数状況になってしまいました……!しかし、しかしこれは団体戦です!今一位になるかどうかではく、次にどうつなぐかも大事になってきます!』

 

 

 『まあ、そりゃそーだけどさ。まずはこの親……止めないとね。……クラリンのメンタルは大丈夫かねぇ……』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 東四局 五本場 親 照

 

 

 

 

 

 

 

 

 何が悪かったのだろうか。

 

 

 

 努力が足りなかった?

 最善を積み重ねることができなかった?

 勝ちを掴み取る意志が足りなかった?

 

 

 

 

 違う、と。

 そうじゃない、と。

 

 

 圧倒的な運量の違いを見せつけられているだけだと、叫びたい自分がいる。

 

 どんな選択を繰り返しても、圧倒的な力の前では屈するしか無いのだと主張する自分がいる。

 

 

 

 

 ガラガラとやかましく騒ぐ自動卓の音だけが、空虚に響いていた。

 

 

 

 

 

 

 (また……勝てないのか)

 

 

 漆黒に染まっていた多恵の瞳は、生気を失い、ただ自動卓を見つめることしかできない。

 二回の人生で培ってきた自分の麻雀は、あっけなく砕け散った。

 

 二年前挫折を味わい、高校生活の全てを使って研究と研鑽を繰り返し、できる限りの全ての努力を尽くして尚。

 

 このチャンピオンには届かない。

 

 

 

 サイコロが回り、出た目は5。

 

 照が自分の山の右から数えて5番目で区切ると、その横の牌を四つ掴んで手元に置く。

 怜が苦しい表情で同じように配牌を取りに行き、やえもそれに続いて山から四枚の牌を持ち上げ、自身の手元に置く。

 

 そして、わずかな間。

 

 

 

 (……クラリン……?)

 

 次は多恵の番なのだが、多恵がなかなか山に手を伸ばさない。

 

 ふと気づいたかと思うと、その空虚な目つきのまま配牌を取りに向かった。

 

 

 

 

 

 怜 配牌 ドラ{3}

 {③④⑥⑨457一二三四東西} ツモ{六}

 

 

 怜が多恵の方を見やる。

 その表情は未だに力なく、先ほどの局の結果に絶望しているようだった。

 

 

 

 (クラリン……ごめんな……)

 

 先ほどの局、結果論ではあるが、怜が照のリーチに対して危険牌の{二}を押すことができていれば、多恵が切った{四}で平和のみの和了があったかもしれない。

 それが成就していれば、こんな大惨事にはならなかった。

 

 しかしそれはあくまで第三者視点での話。

 

 チャンピオン宮永照の放ってきたリーチ。

 多恵の力によって捻じ曲げられた状況でなお、打点を求めた照からかかったリーチの一発目。

 

 そこに踏み込むという行為が、どこまで恐ろしいかは想像に難くないだろう。

 どれだけ放銃率が低いとはいっても、当たる可能性がある以上、大きすぎる恐怖は判断を鈍らせる。

 

 

 

 多恵 配牌

 {①1226889二六八南西} ツモ{2}

 

 

 

 多恵の目は焦点が合っていない。

 麻雀と言う競技はどんなにひどい状況になったとしても、誰かの点棒が無くならない限り続いていく。

 それは天和と地和を連続で和了されたり、8巡目に四暗刻をツモられても、だ。

 

 多恵は自分の力の内容を理解していた。

 

 だからこそ、あの場面では自分が有利に立ち回れると信じていた。

 

 しかし、結果は残酷だった。

 その考えを根本から覆された。

 

 何を勘違いしていたのだろうか。なにせ麻雀はもともとそういう競技だ。

 

 極端な話、運さえあればどんな強者にだって勝ててしまう競技。

 将棋や囲碁などの盤上競技と違い、ルールさえ分かっていれば初心者でもプロに勝てる可能性がある競技。

 

 何十年も前に、そういう競技だということはわかっていたはずなのに。

 

 

 

 

 この世界の麻雀でここまで絶望を感じたのは初めてだった。

 

 

 

 (所詮私は、ネットで麻雀をやってたあの頃と何も変われてない。大事な場面で、こんな大舞台で使ってもらって、期待に応えられない)

 

 前世の最後のシーズンの光景が、脳裏にフラッシュバックする。

 完璧に実力を出し切った上で、その上を行かれた。

 

 いつもそうだ。自分には無い何かを持っている人間に、勝つことができない。

 

 

 多恵の思考は悪い方悪い方へと流れる。

 今年を逃せば、もう次のインターハイは無い。

 

 姫松の皆と笑顔で優勝することは、もうできない。

 

 そういえば、前世でもそうだった。

 

 前世でも期待に応えられずに私は―――――。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 『俺たちは、優勝したよ』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「……ッ?!」

 

 

 脳裏に響いたのは、いつか聞いた声。

 

 その声を皮切りに、自分の奥底で、何かが共鳴している。

 

 それは、今まで生きてきた彼女の……または彼の、歩んできた道のりで、出会ったたくさんの人たち。

 

 自分を応援してくれる誰かの声が、胸の中に響いている。

 

 

 

 『倉橋~!俺はお前の麻雀好きだぞ!』

 『勝ってきなさい。君は、強いよ』

 『クラリン頑張れ!!』

 『終わってない!まだ、負けてない!』

 『信じてる!』

 『お前の麻雀を、曲げるな。倉橋』

 

 

 無数の声が、多恵の身体全体に響いてくる。

 懐かしい声もあれば、少し前に聞いた声もある。

 

 自分に向けられている感情が、流れ込んでくる。

 

 多恵は、ようやく気付いた。

 

 今はもちろん、前世だって。

 

 私を応援してくれる人は、こんなにも、こんなにも沢山いたんだって。

 

 涙が溢れそうになる。

 絶望に打ちひしがれ、夜の道を、虚ろな目で歩いていたあの時。

 

 全世界の人たちが、自分を嫌いなんだと思ってしまったあの時。

 

 あの絶望の真っ暗闇の中でも、自分を応援してくれた人はいたんだと、今、ようやく気付けたから。

 

 

 じゃあ、今、何をすべきなのか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 『ようやく気付いた?』

 

 

 

 前世の“俺”が笑ってみせる。

 

 

 

 

 

 

 

 『もう十分……お前は“愛される”打ち手になってるよ』

 

 

 チャンピオンリングを持っている“彼”は、とても、幸せそうで。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 『じゃ、行ってこい。お前も欲しいだろ?コレ』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そうだ。

 なら、立ち止まっている暇など、ありはしない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「……ッ!……ポン!」

 

 

 

 

 

 

 モノクロだった多恵の世界に、急激に光が戻ってくる。

 

 狭かった視界が広がり、的確に状況を追えるようになった。

 

 

 手牌を見ろ!

 最善を探せ!

 

 今するべきは絶望なんかじゃない。

 僅かな希望を信じて手繰り寄せるための手段を探すんだ!

 

 

 

 (そうだ……絶望してる暇なんかない!私は……私は今、姫松(みんな)の先鋒なんだ……ッ!)

 

 

 

 強く切り出していく牌は{①}。

 

 後悔も絶望も、南四局が終わった後でいい。

 

 今はただ、どんなことがあっても、最善を尽くす麻雀を。

 ここでそれすらも曲げてしまったら、自分の麻雀人生に嘘をつくことになる。

 

 それだけは、それだけはできない。

 

 

 

 多恵の瞳に赤が戻り、ナラビタツモノナシは効力を失う。

 

 けれど、それでいい。

 前世で培った経験と、この世界で貫いてきた麻雀は、確かに今ここにあるから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「気付くのが遅いのよ……ほんと、バカなんだから……」

 

 

 

   

 

 小さく呟いたやえの言葉は、誰の耳にも入らなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 7巡目 多恵 手牌

 {11222699南西} {横888} ツモ{8}

 

 

 

 

 最後の{8}が、多恵の所にやってきた。

 

 

 あの日渡したお守りは、今多恵の元へ返ってくる。

 

 (一人じゃ、ないんだ……!)

 

 

 多恵はラス目。迷いなく、自身の手牌の右端に開かれている三枚の{8}の上に、今持ってきた{8}を重ねる。

 

 2回の麻雀人生で培ってきたもの全てを積み重ねるように。

 

 

 

 「カン」

 

 

 

 

 多恵 手牌 新ドラ{1}

{11222699南西} {横8888} ※加槓 ツモ{9}

 

 

 

 

 

 『絶好のツモ……!そして新ドラ……!公式記録で倉橋選手がカンドラを2枚以上のせたのは初めてです!ここにきて倉橋選手に運が回ってきましたか……?!』

 

 『……確固たる意志……か。クラリン、お前ってやつあ本当に面白いねい……』

 

 

 咏が開いていた扇子を閉じて、モニターに映る多恵を指す。

 

 

 『そうだよクラリン。お前さんはもう、ただの姫松高校の先鋒倉橋多恵じゃあない。皆のクラリンなんだ。さぁ前向いて、いつものように繊細で愉快な麻雀、見せてくれるよねい!』

 

 

 咏の言葉に、視聴者も会場も熱気を増す。

 そうだ、まだ終わっちゃいない。

 

 この親番を超えれば、南場はまるまる残っているのだから。

 

 

 

 

 

 

 少しだけ見えた希望の光。

 

 しかしそれでも、一筋縄ではいかない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「リーチ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ナラビタツモノナシの効力が切れたということは、照の手牌進行も早くなるということ。

 

 8巡目にしてかけられた絶望を運ぶ声は、もう一度立ち上がろうとした三人の足を止めるには十分すぎるように見えた。

 

 照の右手が再び暴風を纏う。

 

 

 

 

 

 

 

 しかし。

 

 多恵が一発目に切った牌は、無スジの{6}だった。

 

 

 

 

 『倉橋選手!いきなりキツいところを切っていった?!これは勝負ということですか?!』

 

 『クラリン、完全に切り替えたかな。……ま、ここで勝負にいけなきゃこの団体戦決勝そのものが終わりかねない。ここは大きなターニングポイントになるねぃ。知らんけど!』

 

 

  

 多恵の瞳が、今起こりうるすべての可能性を追う。

 培ってきた全ての知識が、今を打開するために総動員されている。

 

 

 ({8}が全見え。{69}はノーチャンスで、{5}→{7}の切り出しからドラ筋の{36}ターツも考えにくい。何より打点が伴っているなら、手牌の形は自然と予想がつく)

 

 

 (そして自身の手牌価値。和了価値指標。共に答えは同じ……前に、進め!!)

 

 

 

 

 抑えつけるために放ってきた照のリーチ。カンによってドラも増えた。

 照からすれば、加点を狙うなら好機であることは間違いない。

 

 

 

 「……チー」

 

 怜が静かに、手牌を晒す。

 

 照から出てきた牌を鳴いてツモ順をズラすことに成功した。

 

 

 (まだ完全に視えるわけやないけどな……これで、改変完了や)

 

 怜は多恵のナラビタツモノナシから解放されたものの、思うように未来を視ることができないでいた。

 たまに視えることもあるが、今は視えないことの方が多い。

 

 しかし怜はそれでいいと思っていた。

 

 まだ自分には、麻雀を楽しむことができると知ったから。

 

 

 

 

 

 

 次巡、照が持ってきた牌を手牌の上に乗せた瞬間、明らかに表情が曇る。

 

 直感で感じたのだ。

 

 この牌はまずい、と。

 

 

 

 (そうやチャンピオン)

 

 

 この牌は。

 

 

 

 (それが……それがクラリンの和了り牌……!)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「ロン」

 

 

 

 

 

 

 

 一度折れた剣であっても。

 

 背負ったたくさんの想いが、もう一度剣に光をくれたから。

 

 

 

 

 立ちあがろう。

 

 何度だって立ち向かってきた。

 

 

 

 私は、今倉橋多恵(クラリン)なのだから。

 

 

 

 

 

 

 

 『行けよ。クラリン(ヒーロー)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ()本の光り輝く剣が、チャンピオンの右腕を貫いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 多恵 手牌

{1122233999} {横8888} ロン{3}

 

 

 

 

 

 

 

 

 「……24000は……25500……ッ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 歓声が巻き起こる。

 

 

 自分のためだけじゃない。

 

 全ての想いを力に変えて。

 

 

 

 

 

 

 

 さあ、南入。

 

 

 先鋒戦は最終局面(クライマックス)だ。

 

 

 

 

 

 



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第125局 大器ハ晩成ス

 小走やえは、この団体戦決勝に並々ならない想い入れがある。

 団体戦決勝に出ている人間であれば皆そうではないかと思うかもしれないが、小走やえはその中でも特別だった。

 

 

 二回戦で、頼もしい後輩たちに助けられた。

 

 準決勝で、多恵と最高の戦いをすることができた。

 

 そして迎えることができた、何度も夢に見た団体戦決勝の舞台。

 

 

 万感の思いがある。

 

 決勝は、絶対に負けられない。

 

 因縁の相手、チャンピオン宮永照を倒すために、やえは決勝前日の夜中まで照のデータを凝視していた。

 

 

 ホテルの一室、光源は机の上に置いてあった簡易型のライトと、目の前にあるパソコンの画面のみ。

 時刻は既に夜の十一時を回っている。

 

 難しい顔で頬杖をつきながら、やえは照の牌譜を見つめていた。

 

 

 

 「……やえ先輩」

 

 

 そんなやえの後ろに、一つの影。

 

 ふと後ろを振り返れば、この二年とにかく共に時間を過ごした後輩。

 

 

 「……由華。悪いわね、先に寝てていいのよ?」

 

 「私やえ先輩と同じ布団じゃないと寝れないんです……」

 

 「寝言は寝ていいなさい」

 

 なぜか身体を捻りながら意味の分からないことを言う後輩に対して割と辛辣なやえ。

 まあこの程度のことはいつも通りのやりとりなので、由華も「ひどくないですか?!」と笑っている。

 

 

 一つ、間があって。

 

 

 

 「……やえ先輩は先鋒なんですし、早くお休みになられた方が……お体にさわりますよ」

 

 「そうなんだけどね……」

 

  

 やえの瞳は、未だにパソコンに映った照の牌譜を眺めている。

 やるべきことはもう決まっている。それでもまだ、何か明日勝つための要素があるのではないかと探す手を止められない。

 

 なによりも、後悔をしたくないから。

 

 やえが、ポツリと言葉を漏らす。

 

 

 「……あんた達のおかげなのよ。団体戦の決勝に来れるなんて、夢にも思わなかった。あんた達が必死で連れてきてくれたこの舞台に立てること、本当に嬉しく思ってる。だから……だから、後悔したくない。やれることは全部やりたい。明日が私からあんた達に残せる、最後の大仕事だから」

 

 

 

 最高の形で、最高の贈り物を後輩たちに残したい。

 

 やえの言葉に、嘘は無かった。

 間違いなく自分一人の力ではここまで来ることはできなかったから。

 

 

 

 そんな時、ドン、と大きな音を立てて、扉が開く音が響く。

 

 

 

 「やえ先輩いいいいいいい~~~~!!!!」

 

 「やえせんぱーーーーーーーい!!!」

 

 「やえ先輩!!!!」

 

 

 「ちょ、あんた達なんで起きてんのよ!!」

 

 いきなり扉を開けて入ってきた後輩三人の姿に、やえがたじろく。

 しかしやえが椅子から立ち上がるよりも早く、盗み聞きしていた一年生二人がやえにとびかかった。

 

 

 「やえ先輩の言葉、響きました……!」

 

 「絶対明日勝ちましょうね……!!!」

 

 「暑苦しいわ!それに何時だと思ってんのよあんた達は……!」

 

 やえがはがそうとするものの、憧と初瀬の二人がくっついて離れない。

 わいわいと騒がしい三人。

 

 そんな様子を、由華と紀子が微笑ましく見守っていた。

 

 

 「ついに、ここまで来たんだね由華」

 

 「そうだね……」

 

 

 思い返すのは、由華と紀子が入学した当時のこと。

 

 やえ一人が部を支えていたあの時代。

 

 

 あの時一人ぼっちだったやえは、今こうして後輩と笑顔で話せている。

 

 

 この光景こそ、由華と紀子が目指した景色。

 ついに、ここまで来た。

 

 

 「絶対に勝とう」

 

 「……うん」

 

 

 やえの三年間を、笑顔で終わらせられるように。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 南一局 親 怜

 

 

 

 点数状況

 

 1位 白糸台  宮永照 141600

 2位 姫松  倉橋多恵 100400

 3位 千里山 園城寺怜  81600

 4位 晩成  小走やえ  77400

 

 

 

 

 『聞こえますでしょうかこの大歓声!三倍満……!!!三倍満が飛び出しました!!トップ目のチャンピオンから一閃!!これでまだ先鋒戦の行方はわかりません!』

 

  

 『ただ、まだ点差は開いてるからねい……!いやー!とりあえずこのままゲームセット、なんてことにならなくよかったよ』

 

 

 多恵の強烈な三倍満が決まった。

 

 点差はまだあるものの、まだまだわからない。

 視聴者にそう思わせるだけの和了。

 

 

 怜 配牌 ドラ{二}

 {②③14一三四七八九東南白} ツモ{2}

 

 

 良くはない。

 最後の親番となったこの南一局を活かすべく、怜が丁寧に理牌する。

 

 

 (チャンピオンの連続和了が終わって、親が落ちた……この親でなるべく稼ぎたいんやけどな……)

 

 怜が意識を集中させるも、右目の反応はない。

 

 先ほどから一巡先すらも視える時と視えない時が分かれるようになってしまった。

 

 

 (一巡先も視えない私に、価値なんかあるんかなって思ってたんやけどな。今はもう、そんなネガティブなこと考えてる暇ないわ)

 

 未来は視えなくなったが、幸い頭痛の類は消えた。

 怜は最後まで自分の力を信じて戦い抜く決意をしたのだ。

 

 

 

 多恵 配牌

 {②④3467二四五白白西北} ツモ{一}

 

 

 (配牌は良くない……けどここは真っすぐ行っていい場面。貪欲に和了りを目指そう)

 

 

 呼吸を整えた多恵が、配牌を見つめながら鳴く箇所を決める。

 和了りはもちろん欲しいが、打点も欲しい。単純に残り四局で五万点近い差を埋めなくてはならないのだ。

 

 大きく息をついて、一打目を切り出す。

 

 ここから先は、一牌たりともロスできない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 四巡目。

 

 

 

 

 親の怜が牌をツモってきて……瞬間、怜の表情が歪む。

 

 危険信号を伝えるように、怜の未来視が発動したのだ。

 

 

 (そんな……!!まさかやろ……!……ッ!どうにかして、変えないと……ッ!)

 

 大粒の汗が、怜の額を流れる。

 自分が和了れるとか和了れないとか、問題はそこではない。

 

 

 

 

 何故、何故そこの手牌が開かれる?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 前局、悪夢のような連続和了を、三人がかりでなんとか止めることに成功した。

 かなりの傷を負う結果になってしまったが、致命傷には至る前に止められたというところ。

 

 それほど宮永照の連続和了は恐ろしく、手が付けられない。

 

 本当にようやくといったところで、チャンピオンの親番を引きずり下ろした直後の局。

 

 そう、今は直後の局。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 『おいおいおいおいちょっと待て。今止めたばっかだろうが』

 

 『なんという強さ……!まだ、まだ手を緩めないと言うのでしょうか……!』

 

 

 

 

 

 

 

 悪夢は甦る。

 

 

 

 

 

 

 

 「ツモ」

 

 

 

 

 

 照 手牌

{①②③2466三四五七八九} ツモ{3}

 

 

 

 

 

 「300、500」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 『宮永照、止まらず……!!ここから先は自分一人で和了りきるつもりなのか……!!本当に……本当に恐ろしい打ち手です……!』

 

 

 『まずいねい……ここから全員親番を蹴られたら、それこそチェックメイトだ』

 

 

 

 照の右腕が、徐々に回転を始める。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 南二局 親 やえ

 

 

 

 照の連続和了は、最初の和了を和了らせないことが重要。

 しかし照はその一番止めたい最初の和了を、技術で補うことができてしまっている。

 

 平均聴牌速度が上がった照というのは、まさに鬼に金棒なのだ。

 

 瞬く間に、三人はまたしても窮地に立たされた。

 

 

 

 

 二巡目 照 手牌 ドラ{③}

{③③⑥⑦23456七八八九} ツモ{②}

 

 

 

 照の連続和了は、点数が徐々に上がっていった方が良い。

 徐々に上がっていくことが、照の支配力を押し上げるのだ。

 

 とすると、今回のこのドラドラの手牌はいただけない。 

 照が次に和了りたいのは500、1000の2000点の和了りだ。

 ドラが二つあっては、どうやっても2000点にはならない。

 

 照は迷いなく手牌から{③}を切り出した。

 

 

 

 

 五巡目。

 

 

 

 「ポン」

 

 

 そんな時、照の上家に座る多恵がポン発声。

 

 

 

 多恵 手牌

 {一一三四五六六七白白} {横南南南}

 

 

 

 (やらせないよ、宮永さん)

 

 

 

 その余裕を、このメンツが早々簡単には許してくれない。

 

 照の目が、一層細くなる。

 

 

 多恵に混一の聴牌が入りそうなことを見越して、照が萬子を先に切り出す。

 多恵に多面張聴牌を入れられてしまっては厳しいからだ。

 

 

 

 十一巡目 照 手牌

 {②③⑥⑦1234567八八} ツモ{③}

 

 

 照がこのドラを、少し嫌そうに手牌の上に置いた。

 多恵に聴牌を入れさせないよう回っていたら、時間がかかり過ぎてしまった。

 二巡目に切ったドラを残しておけば聴牌だった形だが、それでは打点が上がりすぎる。

 

 2000点を目指す照にはいらない牌。

 

 幸いダブ南を鳴いている多恵に筒子は安い。

 

 平和ドラ一の2000点を目指すべく、照はこのドラをそのまま切り出した。

 

 

 

 

 

 

 照にはこの癖があった。

 目標打点にするために、手牌の受け入れをあらかじめ決めてしまう癖が。

 

 

 そこに付け入る隙があると見出したのは……昨日の夜中だった。

 

 

 その隙を、小走やえは見逃さない。

 

 やえは勝てる方法をギリギリまで探し続けた。

 だからこそ、待ち選択は迷わない。

 

 

 自分のため。

 そして最後まで自分を信じてついてきてくれた、後輩達のために。

 

 

 

 解説席に座る咏がクスリ、と小さく笑う。

 

 

 

 

 

 

 『「大器晩成」……って言葉、知ってる?』

 

 『……確か故事成語でしたか』

 

 『そうそう、今では一個人に使うことが多くて、後に大成する人のことを大器晩成型……なんて呼ぶらしいけどさ、元々は「大きな器は、完全な器ではない」って意味だったらしいんよね』

 

 『……はあ』

 

 『大器……つまり大きな器は、完成するのに時間がかかる……小走ちゃんはさ、晩成高校っつー環境の中で、一人ですべてを為そうとした。……ケドそれじゃ、「大器」を満たすには至らない』

 

 

 

 

 

 曰ク、大方に隅ナシ。大器ハ晩成ス。

 

 

 

 

 『もちろん辛い事もあっただろうさ。ケド、最終的に最高の仲間を得て、一人だけじゃない、仲間の想いも背負うことで。小走ちゃんは本当の意味で、“王者”っつー「大器」に、「晩成」できたんだとしたら……彼女にとって晩成高校は、最高の環境だったんじゃねえかなあ』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「ロン」

 

 

 

 

 

 

 

 晩成の王者の鉄槌が、うなりを上げて振り下ろされる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 最初の一年間は、厳しい一年だった。

 

 自分が活躍できても、部内での肩身は狭く、思うように発言すらできない日々。

 

 二年目に、たくさんの仲間が辞めた。

 やえはいつの間にか一人ぼっちだった。

 

 

 しかし、新しい一年生が、自分を慕ってついてきてくれた。

 愚直に歩み続けるやえの後ろ姿に、ついてきてくれる後輩ができた。

 

 

 そして三年目の今年、気付けば後ろには、多くの信頼できる仲間がいる。

 

 

 

 小走やえという『大器』は、晩成高校という環境で苦しみ、もがき、それでも懸命に努力することをやめず。

 

 この最後のインターハイ団体戦で、『晩成』したのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 刮目せよ。

 

 

 王者小走やえの瞳が、燃えている。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 やえ 手牌

 {①①②②③⑥⑥⑦⑦⑧⑧⑨⑨}   ロン{③}

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「36000……!」

 

 

 

 

 

 照の捨て牌が、やえの鉄槌によって砕け散った。

 

 

 

 

 

 『決まったあああああ!!!なんということでしょう!!晩成の王者小走やえ!!!チャンピオンから三倍満の直撃だああ!!!』

 

 『待ち取りを迷わなかったねい……チャンピオンが二巡目に切り出した{③}に、目敏く狙いを定めたか……』

 

 

 

 

 照が初めて、目を丸くする。

 

 

 この局、やえが多恵にダブ南を鳴かせたように見えた。

 だからこそ、本手は多恵であると信じ、やえへの警戒がおろそかになった。

 

 去年は、暴れまわるやえを、多恵がうまく手綱を引いている印象だったから。

 

 しかし今はどうか?

 

 

 しっかりとやえも連携を取り、こちらを殺そうと的確に罠を張ってくる。

 

 今の局は、照の目線からどちらが本手かわからなかった。故の放銃。

 

 

 

 

 王者と騎士は、寸分の狂いもなく自らの喉元に剣先を突きつけてくる。

 

 

 

 

 

 照が手のひらに浮かんだ汗を、眺める。

 

 

 

 

 

 照は知った。

 

 

 ……そうか、この感情が。

 

 

 

 焦り か。

 

 

 

 

 



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第126局 限界は超えるもの

前回のお話で、点数が間違っていたため修正いたしました。
混乱を招いてしまい、申し訳ありません。





 南二局 一本場 親 やえ

 

 

 

 

 点数状況

 

 1位 晩成  小走やえ 113100

 2位 白糸台  宮永照 105700

 3位 姫松  倉橋多恵 100100

 4位 千里山 園城寺怜  81100

 

 

 

 

 

 

 『王者小走やえ!!この土壇場でチャンピオン宮永照から親の三倍満、36000の直撃!!勝負は全くわからなくなってきました!!』

 

 『クラリンの三倍満と合わせてちょうど60000……ツモられた親の役満以上をごっそり二人で奪い返したねい!』

 

 

 一時は照の一人浮き状態まで行っていた点差は、今はほとんど消えている。

 やえの最後まで勝ちを貪欲に欲した結果が、ついに照の背中を捉えた。

 

 インターハイ団体戦決勝は、いよいよ佳境を迎えている。

 

 

 

 

 

 

 

 

 照 配牌 ドラ{二}

 {②③④⑥457三四八八東南} ツモ{白}

 

 

 

 油断は無かった。

 

 多恵はもとより、他の二人に関しても十分に実力を見極め、その上でこの先鋒戦を迎えたつもりだったのだ。

 

 それが今、どうなっている?

 

 

 (点差……)

 

 

 照が自身の点数表示の横にある、点差を確認するボタンを押す。

 1着のやえとの点差は、7400と出ていた。

 

 別に、負けるのが初めてなわけではない。

 プロとの練習試合で負けることはあったし、上には上がいると実感することももちろんあった。

 しかし、同世代という意味でおいては、負けたことは無い。自分の口から発することはなくとも、宮永照には世代最強の自負があった。

 

 それが今、明確に窮地に立たされている。

 トップ陥落だ。

 

 

 もう一度、配牌を見直す。

 

 何度でも繰り返すしかない。幸い、親番は残っている。1000点を作り、和了り、自身の流れに持っていく。

 何千、何万とやってきたことだ。できるはず。

 

 

 

 

 

 「ポン」

 

 

 

 

 至極平坦な、多恵の声が響く。

 

 

 照が切った{白}を鳴いたのは、上家に座る多恵だった。

 

 

 もう一度、照にツモ番が渡る。

 

 

 

 照 手牌 

{②③④⑥457三四八八東南} ツモ{二}

 

 

 ドラだ。

 1000点を作るのにはいらない牌。面子ができてしまったこともあって一旦は手に留める選択をするが、照はこの牌の来方にも嫌な予感がしていた。

 仕方なく、今度は{南}を切り出していく。

 

 

 

 「ポン」

 

 

 今度はそれに反応したのは怜だ。

 

 時たま光る怜の右目は、直近の未来を視ている。

 照の行く手を阻む、明確なズラし。

 

 

 四巡目 照 手牌

{②③④⑥457二三四八八九} ツモ{赤⑤}

 

 

 ここに来て、今度は赤だ。

 ツモが良いと言えば聞こえはいいが、照にとってこれは歓迎できる牌ではない。

 なにせ今自分が作りたいのは最低打点。三面張ができる絶好のツモとはいえ、これには照も渋い顔をするしかない。

 

 

 (ドラ……切れるかな)

 

 かといってこのドラを、やすやすと切っていいものかと判断に困る。

 

 先ほどのように重く、鋭い鉄槌が、自身の切ったドラに振り下ろされることを考えれば、やはりドラは切っていきにくい。

 

 照の手が、この半荘で初めて止まる。

 

 

 

 

 『チャンピオン、手が止まりましたね……切っていく牌の選択肢としては{九}か{7}かといったところでしょうか?』

 

 『いや~……おそらくチャンピオンはこの手をノミ手に仕上げたかったんだろうねい。それが、園城寺の鳴きによって2枚目のドラを手中に入れられ、3900以上がこのままだと確定してしまう……ドラを切りたいんだろうけど、切ろうとすればさっきの局がフラッシュバックする』

 

 

 照の脳裏によぎるのは、さきほどの重すぎる一撃。

 もう一度あれを食らうわけには、いかない。

 

 照の手が、もう一度手牌の上を彷徨った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 『いいねえ……そうだよチャンピオン。麻雀は、悩むゲームなんだ』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 長考の末、照が切り出したのは{九}。

 

 いったんドラは手の内に収めて、手牌を進めた形。

 このまま和了に一直線に向かっていいのかは疑問が残るが、それ以上にドラを切るリスクが大きすぎる。

 

 

 

 

 

 

 

 「リーチ」

 

 

 

 

 

 

 

 照以外で唯一面前進行を続けていた王者から、リーチの声がかかる。

 

 右目に炎を宿したやえの瞳は、真っすぐに照を貫いた。

 

 

 

 

 

 同巡 照 手牌

{②③④赤⑤⑥457二三四八八} ツモ{3}

 

 

 聴牌だ。

 しかしこのままではダマでも安目3900、高目なら満貫。

 低打点とはとても言いにくい。

 

 そしてそもそも、この残してしまった{7}は通るのか?

 

 照がゆっくりと、千点棒を投げてきたやえの手牌を見つめる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 やえ 手牌

 {1234赤56789七八九九} 

 

 

 

 

 

 

 

 

 照の額に、汗が流れる。

 やえの手牌は間違いなく打点が伴っているだろう。

 

 この{7}は通らないのではないか。

 そしてそもそも、この自身の手の価値もないだろう。3900や8000を和了ってしまっては、連続和了が続かない可能性がある。

 

 なのであれば、そんな手のために放銃のリスクを負うのは、割があっていないだろう。

 

 照は回りやすくするためにも、自身の手牌から{②}を切っていく。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 瞬間、照は気付いた。

 

 

 やえが、なにかに()()()ような視線で自分を見ていることに。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「ツモ」

 

 

 

 

 

 二巡程後。

 

 照が回ろうと思っていたタイミングで4本の剣が卓を貫いた。

 

 

 

 

 

 

 多恵 手牌

 {二三三三四五六西西西} {白白横白} ツモ{七}

 

 

 

 

 「2000、4000は2100、4100」

 

 

 

 

 

 『和了ったのは倉橋多恵!!!小走選手のリーチをかいくぐり、多面張聴牌を入れていた倉橋選手が満貫の和了を手にしました!』

 

 『これは大きいねえ!ついにチャンピオンが敗れる日がくるのかねえ!知らんけど!!』

 

 

 

 

 

 

 一瞬の隙も逃さない。

 多恵の剣が、照が回った数巡を逃すわけがなかった。

 

 中央に流れていく自身の牌たちを眺めながら、照は今の一局を振り返る。

 

 

 照の心を揺さぶるのは、打{②}として回ったときの、やえのあの瞳。

 

 彼女は、なにかに落胆しているかのような目ではなかったか?

 

 落胆……いや、失望……?

 

 だとしたら、いったい何に?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 南三局 親 多恵 ドラ{}

 

 

 多恵との点差が、更に詰まった。

 もう残り二局しか残っていない。一つ和了ることさえできれば、照の勝利は大きく近づく。

 なにせ連続和了をしてしまえばそれでいいのだから。

 

 

 照 配牌

 {①②一二三四五五六八白白中} ツモ{南}

 

 

 混一が色濃く見える配牌。

 しかし照に今面前三翻役の混一など必要ない。むしろ余計だ。

 

 白を鳴くにしろ鳴かないにしろ、混一にしてしまえば最低打点は不可能になる。

 今持ってきた{南}などが仮に重なってしまえば、最悪だ。

 

 この牌は自身の手牌に不要だと判断し、照は{南}を切り出していく。

 

 

 

 

 「ポン」

 

 

 

 照の表情が少し強張る。

 

 鳴いたのは上家の多恵。

 一番の脅威になると踏んでいた姫松の少女は、やはり恐ろしく強かった。

 

 この親番も、おそらく和了りにくるだろう。

 

 照が、もう一度山に手を伸ばす。

 

 

 

 

 照 手牌

{①②一二三四五五六八白白中} ツモ{九}

 

 

 手牌が伸びる。

 一気通貫なぞついてしまえば、もうすぐに満貫が見えてしまう。

 

 ツモは良いのに、喜べないというジレンマ。

 やはり重なってほしくない字牌を処理するべく、{中}に手をかける。

 

 

 

 「ポン」

 

 

 

 下家に座る未来視を携えた少女が、鳴いた。

 

 点数的にはラス目である彼女だが、後半戦に入って何か覚悟が決まったかのようなその姿勢は、十分に照の脅威になっている。

 

 時たま光る右目は、何を映しているのか。

 

 

 照の表情が、また強張った。

 

 

 

 

 四巡目 照 手牌

 {①②一二三四五五六八九白白} ツモ {①}

 

 

 

 {①}が重なったことにより、混一は免れることができそうになってきた。

 これであとは{九}あたりを切っていって一気通貫の可能性を消し、白を鳴かずに雀頭にすれば1000点が見えてくる。

 

 照が、{九}に手をかけようとして、ふと、手が止まる。

 

 

 もう一度、点差を見た。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 本当に、今から1000点を和了していいのだろうか?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 照の背筋に、嫌な汗が流れる。

 

 周りを見れば、高校トップクラスの打ち手が三人。

 

 

 どんな状況でも諦めずに前に進み続けた晩成の王者と。

 

 身体を犠牲にしながらそれでもなんとか仲間につなぐべく打牌を続ける千里山のエースと。

 

 

 人生全てを麻雀に費やしてきた底知れぬ麻雀への愛を持つ姫松の騎士。

 

 

 

 

 照魔境で人の本質を視ることができる照だからわかる。

 

 

 

 

 今自分は、本当にこの相手に対して、全力で挑めているのだろうか?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 連続和了は、低打点から和了したほうが伸びやすくなる。

 確かにそれは何度も打ってきた自分だから分かる性質。

 最初に満貫や跳満を和了してしまうと、次の手牌が良くなりにくい。

 

 打点の種はきちんと来てくれるが、速さが足りなくなる。故に、脆い。

 

 

 

 

 しかし、今年一年、自分は何をしてきた?

 何のために、勉強をしてきた?

 

 一般的な麻雀の知識を、何のために会得した?

 

 

 

 

 

 それは間違いなく、今日この日のため。

 

 この瞬間の、ため。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 打ち出した牌は今持ってきた{①}。

 強く、切り出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 八巡目。

 

 

 

 

 

 「リーチ」

 

 

 

 

 

 

 その声はきっと、照が今までの麻雀人生の中で、一番明瞭な声だった。

 

 

 

 

 

 確固たる信念を持つ打ち手に、牌は応える。

 

 

 

 

 

 

 

 

 「ツモ」

 

 

 

 

 宮永照が、初めて対局中にすこしだけ、笑みを見せた。

 

 

 

 

 

 

 照 手牌

 {一二三四五五五六八九白白白} ツモ{七}

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「4000、8000」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 『倍満!!!チャンピオン宮永照!!!何か吹っ切れたように打牌をしたかと思えば!!!いきなりの倍満和了です!!!』

 

 

 『あはははははは!!!!いいよ!!!いいよチャンピオン最高じゃないか!!楽しいねえ!愉快だねえ!さあ今この対局を見ている全国の皆!!!』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 南四局(オーラス)に行こうじゃないか。

 

 

 

 

 



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麻雀を愛する少女が、全国の頂点を獲りに行った日『インターハイ団体戦決勝先鋒戦観戦レポート』

 

 

 

 

 

 姫松高校 倉橋多恵

 

 

 

 麻雀を愛する少女が全国の頂点を獲りにいった日

 

 

 文・Hand Brother【姫松担当ライター】8月18日

 

 

 

 

 

 インターハイ。

 

 麻雀を極めた高校生雀士達が集い、しのぎを削り、頂点を決める戦い。

 

 高校生活の全てを麻雀に費やす彼女たちの戦いは熱く、見ている者の心を揺らす。

 

 そんなインターハイの観戦記事……姫松高校視点の観戦記事をこのたび書かせていただくことになって、至極光栄に思う。

 しがない一人の麻雀打ちでしかない自分が、どれだけ彼女たちの熱量を伝えられるかは不安な部分もあるが、それ以上に今は皆さんにインターハイの魅力を知ってほしいという気持ちでいっぱいだ。

 

 

 

 

 少し、自分語りを許してほしい。

 

 私は、ちょうど五年ほど前まで麻雀が嫌いだった。

 

 どこにでもある、至極普通の話。

 学生の頃、私はネット麻雀でそこそこの成績を残し、麻雀の実力には少しだけ自信があった。

 牌効率の本を熟読し、様々な戦略本を読み漁り、麻雀にのめり込んだ。

 

 私が大学を卒業してしばらく経った頃だっただろうか。

 古くから親しい友人の娘さんが、麻雀に興味を持ったらしく、私はその友人に呼び出された。

 

 曰く、麻雀を教えてやってほしいとのこと。

 幸い麻雀を打てる人間が4人ほどいたので、その小学生の女の子に麻雀を教えることになった。

 

 

 勘の良い人はもうお気づきだろう。

 

 その日、麻雀を覚えたてのその少女に、誰一人として一度も勝つことができなかったのだ。

 

 無邪気に和了を続ける少女の姿は、最初は微笑ましくあったが、日が暮れるころには、麻雀の残酷さをつきつけられているようで。

 

 

 

 帰宅した後、私は家にあった麻雀本のほとんどを捨てた。

 

 意味なんてないのだろう。こんな本には。

 

 このように、私も世間の例にもれず、才能という圧倒的な力の前に屈したのだ。

 

 

 

 

 

 しかし、五年前のことだ。

 私の人生に転機が訪れる。

 

 

 

 

 『はい!どうもみなさんこんにちは!フリーで思わぬ放銃をしても、とりあえず頷いて「まあ当たるよね」みたいな顔をする、クラリンです!今日も元気に麻雀動画やっていこうと思います!』

 

 

 

 《クラリンの麻雀動画上級編 三着目の和了価値指標》より

  https://youyaru.be/XzfheYrvxka

 

 

 知っている方も多いだろう。

 多くの麻雀戦略動画を配信し、全国の麻雀好きを虜にした少女、クラリンだ。

 

 彼女の麻雀動画はどの層に対しても受けが良い。

 麻雀を覚えたいという初心者向けの動画から、玄人を思わずうならせる、上級者向けの動画まで。

 

 最初は私もバカにしていた。

 どうせ簡単なことしか解説しないのだろう、と。

 

 しかし私のそんな考えは、彼女の動画を見るたびに否定されることになる。

 

 声と手は幼い少女のものであるはずなのに、出てくる戦術は歴戦の麻雀打ちのそれだ。

 あり得ないと思った。牌姿理解に対して造詣が深く、とても難しい清一色の待ち選択まで、失敗しているのを見たことが無い。

 

 気付いたら私は、彼女のファンになっていた。

 そして私と同じように、多くの麻雀ファンが彼女に惹かれたのだろう。

 

 「クラリン」は瞬く間に麻雀界のスターになった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 何故、私は今こんな話をしたのか。

 

 

 ご存知の方も多いだろう。

 

 インターハイ決勝前日の姫松高校の記者会見で、事件は起きた。

 

 

 

 

 『……はい、どうもみなさんこんばんは、1日1回、ドラ確認し忘れて初打にドラ切る、クラリンです。……明日はインターハイ団体戦決勝に姫松高校の先鋒として出場します。頑張るので、応援してくださいね!』

 

 

 

 

 

 

 麻雀界に、激震が走った。

 

 “常勝軍団”と呼ばれるほどの強豪校である、南大阪の姫松高校。

 一年生からその先鋒を務める倉橋多恵選手こそが、あの「クラリン」の正体だったのだ。

 

 

 何故今まで気づかなかったのかわからないほどに、確かに声は似ている。

 その麻雀スタイルも酷似しており、清一色の打牌選択などはもうクラリンそのもの。

 

 麻雀界はそんなどよめきに包まれたまま、インターハイ団体戦の決勝を迎えたのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 長くなってしまったが、ここから先鋒戦の観戦レポートに入っていきたい。

 

 栄えあるインターハイ団体戦決勝。

 その四校に名を連ねたのは、一校を除き、言わずと知れた強豪校が残った。

 

 まず、常勝軍団、姫松高校。

 

 優勝したことが無いというのが信じられないほどに、インターハイでは有名な高校だ。

 一昨年、去年と準優勝に終わり、今年こそ優勝旗を持ち帰るんだと、士気は高い。

 

 

 同じく関西の強豪校、千里山女子高等学校。

 

 部員数は100人を超え、インターハイに出たいなら千里山に行けと言われるほどにこの高校は毎年素晴らしい選手をそろえてくる名門校だ。

 

 

 次に、言わずと知れたチャンピオン、白糸台高校。

 

 彗星のごとく現れたチャンピオン、宮永照を絶対的エースに据え、ここ2年連続で全国優勝を果たしている高校だ。

 

 

 そして最後に……奈良県代表、晩成高校。

 

 今年のダークホースとなったこの高校は、王者小走やえをエースに、その小走やえを慕う強力な後輩達でメンバーを固めている。

 ダークホースであるはずなのに、優勝候補と呼ばれる所以は、王者の下戦う彼女たちの結束力の高さ故だろう。

 

 

 

 エース区間である先鋒戦は、始まる前から激戦必至だろうと言われていた。

 なにせ去年の個人戦決勝に出場していた選手が三人もいるのだ。

 間違いなく、高校トップクラスの対局。

 

 始まる前から会場は熱気に包まれていた。

 

 前半戦が始まる。

 

 

 

 前半戦 

 

 東家 白糸台    宮永照

 南家 晩成    小走やえ

 西家 姫松    倉橋多恵

 北家 千里山女子 園城寺怜

 

 

 

 

 東一局 

 

 

 「リーチ」

 

 

 開局一番、その発声をしたのは千里山の園城寺選手だった。

 彼女はインターハイ出場全選手の中で、一番一発率が高い。

 一巡先を視ていると言われているが、そう言われても納得がいってしまうほどに、彼女はよく一発でツモってくる。

 

 

 先制パンチは、千里山の園城寺選手だった。

 

 

 

 園城寺怜 裏ドラ{北}

 {②②②⑧⑧789二三四北北} ツモ{北}

 

 

 リーチ一発ツモ裏三で跳満。

 いきなりの裏三にどよめく会場だったが、私はあまり動じなかった。

 これくらいのことは当然のように起こってしまうのが、インターハイ。まだ戦いは、始まったばかりだ。

 

 

 

 東二局 

 

 

 

 この局も、園城寺選手に聴牌が入った。

 

 

 園城寺怜 ドラ{⑥}

 {①②③赤⑤⑥8889三四五六} ツモ{9}

 

 

 役なしドラドラの聴牌。

 普通なら勢いよくリーチといきたいところだが、園城寺選手はダマを選択した。

 

 園城寺選手は、一発ツモが多い理由の一つに、リーチ率が低いことがあげられる。

 一巡先が視えるから放銃の危険を回避するために、ツモでない時はリーチをしない……などと言われているが、真実はわからない。

 

 

 倉橋多恵

 {④④⑤⑦⑧⑧⑧345三三三} ツモ{⑥}

 

 

 その間隙を縫って、愚形ドラ1でタンヤオのダマテンを入れていたクラリン……倉橋選手がツモる。

 1000、2000の和了。会場の誰もがそう思った。

 

 

 「リーチ」

 

 

 しかし倉橋選手は迷いなく{④}を横に曲げた。

 会場がどよめくなか、私は拳を握りしめる。

 

 そうだ。その牌姿なら、クラリンなら、きっと振聴リーチを敢行する。

 

 そんな予感が当たったことが、私は嬉しかった。

 今私は、間違いなくあの「クラリン」の対局を見ているのだと、実感したからだ。

 

 

 

 「ツモ」

 

 

 よどみなく、倉橋選手がツモ和了る。

 

 1000、2000だった手牌を、跳満にまで仕上げた。

 やはり、クラリンは強い。

 

 

 

 

 

 前半戦終了時 点数状況

 

 1位 晩成  小走やえ 112300

 2位 千里山 園城寺怜 104900

 3位 姫松  倉橋多恵  95700

 4位 白糸台  宮永照  87100

 

 

 

 前半戦が終了して、トップに立っていたのは晩成高校の小走選手だった。

 要所要所で高い打点をものにし、ゲームメイクをしていた印象がある。

 去年よりも一回りも二回りも大きくなった晩成の王者が、貫禄の打ち筋を見せてくれた。

 

 我らがクラリンは、原点から点数を少し減らし、3位で前半戦を終えた。

 

 千里山の園城寺選手も死力を尽くして打ち続け、その努力が実を結んで点数を上回られたような印象を受ける。

 今は少し劣勢だが、後半戦は行ける。私だけでなく、クラリンを応援する人間は皆そう思っていたのではないだろうか。

 

 

 そして一番の番狂わせは、あのチャンピオンがラスで前半戦を折り返したということ。

 

 いままでの公式記録でも、チャンピオンがラスで折り返した記録は無く、これが初めてのことだった。

 

 

 そんな嵐の前の静けさのようなものを感じながら、前半戦が終わる。

 

 

 

 後半戦 席順

 

 東家 千里山  園城寺怜

 南家  晩成  小走やえ

 西家  姫松  倉橋多恵

 北家 白糸台   宮永照

 

 

 

 

 

 東二局 

 

 

 

 恐れていた事態は、あまりにも早く訪れた。

 

 

 宮永照 

 {④⑤⑥⑦⑧⑨13456四四} ツモ{2}

 

 

 

 

 

 東三局 

 

 

 宮永照

 {⑦⑧⑨57二三四六七八中中} ツモ{6}

 

 

 

 

 東四局 

 

 宮永照

 {2345688三四五七八九} ロン{1}

 

 

 

 

 徐々に……徐々に打点が上がっていく。

 あまりにも早い巡目に決着していく局の数々。

 

 三人が必死に色々な仕掛けで和了りを阻止しようと試みても、止まらない。

 

 

 

 東四局 一本場

 

 

 「リーチ」

 

 

 間違いなく、悪夢の時間だった。

 

 チャンピオンから切られた最初の打牌が、横を向く。

 

 

 親番でダブルリーチ。そして。

 

 

 宮永照 

 {12377789四五六八九} ツモ{七}

 

 

 ツモ。容赦のない満貫のツモ和了で、差はさらに開いていく。

 

 

 

 東四局 二本場

 

 

 この局は、全員がチャンピオンの和了を止めようと必死だったことが伺えた一局だった。

 

 当たり前の話ではあるのだが、次の和了を許してしまえば、跳満以上。

 これ以上の和了は致命的だ。

 

 チャンピオンの一人舞台の様相を呈してきたことで、会場の空気は一変していた。

 

 これが見たかったとばかりに騒ぐ者、お通夜のように見つめるしかない者……。

 

 私は紛れもなく後者だったが、それでもあきらめるわけにはいかない。

 今まさに対局室でクラリンが戦っているのだ。

 それを勝手に、あきらめてしまうわけにはいかない。

 

 

 

 「ロン」

 

 

 切っちゃダメだ!

 

 そんなのは、神の目線から見ている我々だけが知ること。

 たとえ今まさに聴牌が入り、前に進んでチャンピオンを止めようとする小走選手の手から出ていく牌が、恐ろしい当たり牌であることを知っていたとしても、そんな願いは届かない。

 

 

 宮永照

 {①③112233一二三九九} ロン{②}

 

 

 

 

 はっきり言おう。

 グロテスクだった。

 

 配牌はあり得ないレベルで良く、ツモも有効牌しか引いてこない。

 

 こんなのは、麻雀ではない。

 

 いらない牌を切っていれば自然と高くなるような競技は、麻雀ではない。

 

 全ての戦略性を無視して、ただただ和了が積み重ねられる。

 

 

 吐き気がした。

 私が、麻雀をきらいになった時と同じ感覚。

 

 所詮才能の前に、崩れ去る他ないのだと、思い知らされるような感覚。

 

 

 何かに八つ当たりしたくなるような感覚をこらえて、私は席に座っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 この和了によって、チャンピオンがトップ目に立つ。

 

 

 点数状況

 

 1位 白糸台  宮永照 114900

 2位 千里山 園城寺怜 100000

 3位  晩成 小走やえ  94800

 4位  姫松 倉橋多恵  90300

 

 

 

 東四局 四本場

 

 

 流局を挟んで、東四局は四本場になった。

 ここで初めて、チャンピオンの配牌が落ちる。

 

 

 宮永照 配牌 ドラ{5}

 {⑧⑧224四五六六六西西北}

 

 

 良い配牌ではあるのだが、先ほどまでのグロテスクな配牌ではない。

 

 

 

 実はこのような現象が、準決勝でもあった。

 あり得ないレベルで好配牌をもらっていた清澄の先鋒の選手の配牌が、急に悪くなったことが。

 

 偶然かもしれない。

 しかしこれは、クラリンの魂の叫びではないだろうか。

 

 ひたすらに麻雀を愛する彼女が、「お願いだから麻雀を打たせてくれ」と、そう願っているように見えてならない。

 

 

 

 以前、こんなことがあった。クラリンの麻雀生配信の際に、私と同じように、才能に押し潰された打ち手の一人がポツリとコメントでこぼしたのだ。

 「デジタルを勉強したところで、才能には勝てない」と。

 

 その時彼女が答えた言葉を、今でも私は鮮明に覚えている。

 

 

 

 

 

 

 

 『皆もプロの対局とか見てて、もうこれデジタル関係ないじゃんって思ったこと、何度もあるんじゃないかな』

 

 

 『それでも、私は無理を承知でデジタルを勉強してほしいと思う。才能は努力して手に入れることは難しいかもしれないけれど、基礎を勉強することは、誰にでもできるから』

 

 

 『だから私は、麻雀で頂点を取るために、才能だけじゃ麻雀が強くなれないってことを、証明したい』

 

 

 《クラリンの麻雀生配信!中級者編 リーチ者の捨て牌にあるサインを見逃すな!》

  https://youyaru.be/RzhtewoJuNmeka より抜粋

 

 

 

 

 感銘を受けた。

 

 こんな人物にこそ、麻雀で頂点を獲ってほしいと、心から思った。

 

 

 今日こそ、それを示せる日ではないのか?

 

 

 

 

 そんな私の思いとは裏腹に、クラリンの手は絶望的に悪く、そして反対に、宮永照選手の手が伸びていく。

 

 

 二巡目 宮永照

 {⑧⑧224四五六六六八西西} ツモ{6}

 

 

 良いツモだ。

 ドラ受けができたことで、タンヤオにわたる打{西}などが候補に挙がってくる。

 

 解説の三尋木プロも、「打点を狙うためにも、ここは打{西}ではないか」と言っていた。

 

 しかし宮永選手は、その予想を裏切り、{八}を切り出していく。

 

 

 この打牌は受け入れ枚数を減らしてしまうため、手狭に受けた印象だ。

 三尋木プロも言っていたが、七対子等の対子手を見ているように思える。

 

 

 倉橋多恵 

 {①②⑤⑦1368二三四東東} ツモ{④}

 

 

 

 対してもどかしいほどに、倉橋選手の手は重い。

 実況の針生アナウンサーもこの手は流石に遅すぎるのではないかと言っていたほどだ。

 

 先制をとれるとは、とても思えない。

 守備も考えれば、役牌の{東}も鳴いていきにくい。

 

 

 

 

 宮永照

{⑧⑧224四五五六六六西西} ツモ{2}

 

 

 

 瞬間、寒気が背筋を襲った。

 

 私だけではない、おそらく、解説の三尋木プロもある可能性に気付いてしまったのだろう。

 

 

 しかし、そんな上手くいくはずがない。上手くいっていいはずがない。

 狙いはわかる。

 高打点を和了しなければいけないチャンピオンの狙いそのものは。

 

 

 

 

 

 多くの人間が、麻雀という競技に絶望し、やめていった。

 私はそんな夢破れた人間を何度も何度も見てきた。

 

 この競技は理不尽で、正しい努力が報われるとは限らない。

 

 しかしそれでも、この少女は麻雀の楽しさだけを全国に発信してきたのだ。

 

 

 

 私はクラリンの努力を知っている。

 彼女がどのように麻雀と向き合ってきたか知っている。

 

 笑顔で麻雀を布教する彼女の姿を知っている。

 

 

 彼女の麻雀に対する、深い、深い愛を知っている。

 

 

 

 

 俺はそんな彼女のおかげで、もう一度牌を持つことができたんだ。

 麻雀という競技に絶望するのは、俺達だけで十分だろう。

 

 

 

 彼女は今までもこれからも、麻雀界の希望であって欲しいと願うから。

 

 

 

 

 だからお願いだよ。麻雀の神様どうか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 宮永照 

 {⑧⑧222四五五六六六西西} ツモ{⑧}

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 あの時の俺達の絶望を、クラリンにまで与えないでくれ……!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 宮永照

 {⑧⑧⑧222五五六六六西西} ツモ{赤五}

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 願いは届かなかった。

 

 

 

 終わった。

 

 

 私の近くで、誰かがそう言った。

 

 

 

 現実は残酷だった。

 結局は圧倒的な才能の前には、屈する他ないのだとそう言われているようだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 点数状況

 

 1位 白糸台  宮永照 167100

 2位 千里山 園城寺怜  81600

 3位  晩成 小走やえ  77400

 4位  姫松 倉橋多恵  73900

 

 

 

 

 

 もう、見るのをやめたかった。

 

 現実から目を背けたかった。

 

 拳を強く握りしめすぎて手のひらから出てきた血に気付くのに……少し時間がかかった。

 

 

 2位の園城寺選手にダブルスコアの大差をつけて、チャンピオンが独走。

 ここからの逆転は、奇跡に等しい。

 

 

 私は下を向いて、頭を抱えることしかできなかった。

 

 

 

 

 

 

 「ポン!」

 

 

 

 大きな、大きな声だった。

 

 

 何度も聞いた、クラリンの声。

 

 顔を上げてみれば、必死に食らいついて、和了を目指す倉橋選手の姿があった。

 

 その表情は、必死に盤面を見つめる、いつもの、皆んなが大好きなクラリンだった。

 

 

 

 

 《画像表示》

 

 

 

 

 倉橋多恵

 {11222699南西} {横888} ツモ{8}

 

 

 

 形は悪い。なんならこの{8}は手で使いたい牌。しかし頼りの{7}は3枚切れ。

 

 だからだろう。この牌を、倉橋選手は迷いなくポンしている牌の上に置いた。

 

 

 

 「カン!」

 

 

 

 そうだ、点差は大きい。

 それでも、最善を尽くすことはやめない。

 それがクラリンの麻雀ではないか。

 

 私は、自分を恥じた。

 勝手に絶望し、あんなに麻雀に対する愛情が深いクラリンでさえも私と同じく、麻雀に絶望してしまうのではないかと恐怖した。

 

 しかし、彼女は強い。

 私が知っている中で、誰よりも深く麻雀を、牌を愛する人間だ。

 

 彼女の瞳は、輝きを失ってなどいない。

 

 

 

 いけ!クラリン!

 

 

 私の心は叫んでいた。

 

 私だけではないだろう。全国のクラリンファン全員が、クラリンの背中を押している。

 

 

 

 宮永選手から、リーチがかかった。

 

 倉橋選手が聴牌打牌で切っていく牌は、{6}。危険牌だ。

 

 

 それでも私は……いや、全国のクラリンファンは思っただろう。

 

 {8}は全て見えて、{69}はノーチャンス。手出しの順番が{5}→{7}であったこともあり、{36}ターツも考えにくい。

 

 

 人読みもあっただろう。打点を求める宮永選手の手形は、捨て牌から染め手を想像できる。

 

 そしてなにより、今回は自分の手牌の価値が高い。

 

 

 

 

 前に進め!

 

 

 

 

 クラリンの切った{6}に声がかかることはなかった。

 

 

 

 諦めない姿勢に、ようやく、ようやく牌が応えてくれた。

 

 

 

 リーチを打った宮永選手のもとに、{3}が渡る。

 

 

 

 

 

 倉橋多恵

 {1122233999} {横8888} ロン{3}

 

 

 

 

 

 まだ戦える。

 

 今、クラリンファンの気持ちは一つになった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 南四局 

 

 

 

 勝負はオーラスを迎える。

 

 点差はほぼ無いが、前局のチャンピオン宮永照選手の和了は、なんと倍満。

 

 連続和了の最初の打点は低いはずのチャンピオンが、その掟すらも破って、勝ちをとりにきている。

 

 宮永選手も、全てを以てぶつかってきているのだ。

 

 

 親番で次の和了が倍満よりも高いとすれば、恐ろしい手牌になるだろう。

 

 

 しかしそれでも、クラリンは進む。

 

 

 

 

 

 

 さあ、準備はいいだろうか。

 

 

 見届けよう。

 

 

 ひたむきに努力を続け、どんなことがあっても前に向かい続けた。

 

 麻雀を、牌を愛する少女が、頂点を獲りに向かう。

 

 

 その最後の戦いを。

 

 

 

  

               

 

 

  <<   —3—    >>最終ページへ

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ・Hand Brother

 

  現在のネット麻雀において最高ユーザー数を誇る「雀鳳」において、最高クラスの段位である九段を学生時代に達成した麒麟児。

  ネット麻雀の年間リーグにおいても数多くのタイトルを獲得し、その中でも年間最優秀成績者に与えられるタイトルである「雀鳳位」を二度獲得。

 

  しかしある日を境に、ネット麻雀から姿を消し、その後は麻雀フリーライター兼記者として活躍。○○○○年より、本誌近代ネット麻雀の観戦記者として日々麻雀と向き合っている。

 

 

 

 

 



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第127局 牌を愛する者

 

 

 

 これは、いつかの記憶。

 

 たくさんのカメラに囲まれた対局室で、自チームのユニフォームを着て戦っていた頃のこと。

 

 

 

 『さあ、勝負はオーラスに突入です……!現在総合得点首位はアベニューズ、2位のオーシャンズは倍満ツモか跳満の直撃でアベニューズをかわして優勝になります!倉橋この条件をクリアすることができるのか!最年少雀士に期待がかかります!』

 

 

 心臓の鼓動がうるさい。どれだけ落ち着け、落ち着けと言い聞かせても、鼓動が鳴り止んでくれることはない。

 残された局はあと一回だけ。

 

 条件は倍満のツモ。対面に座る完璧な打ち手が、跳満の直撃など許してくれないのはよくわかっていた。

 

 祈るように、配牌を開く。

 

 

 

 倉橋 配牌 ドラ{七}

 {239一一二三六七九東南西} 

 

 

 

 わかりやすくていい。勝機は萬子の染め手に絞ることができる。リーチをかけてツモって、その手が清一色であればその時点で条件クリア。

 ここから先は絶対に打牌ミスは許されない。自分の麻雀人生の全てをかけて、この手を仕上げることを決意した。

 

 

 しかし、そう簡単に手が育ってくれるほど、麻雀は甘い競技ではない。

 出和了りは目指さない。一直線に萬子の染め手に向かう。

 

 そう決めて一直線に進んでも、なかなか手牌は進まない。

 

 一枚一枚を祈るように手を伸ばし、手牌の上に重ねる。

 

 

 

 「ポン」

 

 

 

 対面に、役牌の{中}を鳴かれる。

 

 冷や汗が流れた。

 自分は清一色がほぼ条件。混一を目指さないのであれば、字牌を残すのは良い選択とは言えなかったか?

 対面が苦しい形から鳴くはずはない。防御面も、速度も、申し分ない形から鳴いているのだろう。

 

 焦りが、身体中を支配する。

 早く来てくれと、聴牌してくれと、必死で叫ぶ。

 リーチという発声さえできれば、もしかしたら対面はオリてくれるかもしれないから。

 

 

 

 

 

 

 現実は残酷だった。

 いや、むしろ当然の決着を迎えたと言うべきか。

 

 

 奇跡は、起きなかった。

 

 

 

 対面が、ゆっくりと、手牌を開く。

 

 

 

 

 

 

 『ツモったああ!これでオーシャンズの夢は断たれました!今シーズンも優勝はアベニューズです!』

 

 

 

 

 

 悔しさで、脳がはち切れそうだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 南四局(オーラス) 親 照

 

 

  点数状況

 

 1位 白糸台  宮永照 119600

 2位  晩成 小走やえ 105000

 3位  姫松 倉橋多恵 100400

 4位 千里山 園城寺怜  75000

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 会場の熱気は、まさに最高潮。

 

 全員がこの世紀の一戦の決着を目に焼き付けようと、大きな歓声を上げている。

 

 

 南四局(オーラス)が、始まろうとしていた。

 

 

 

 

 『長かった、本当に長かった先鋒戦はついに後半戦オーラスを迎えます!!』

 

 『千里山のコはちょっとトップまで離れちゃったケド……姫松と晩成はそれぞれトップまでの条件がありそうだねい。知らんけど』

 

 『はい。晩成の小走選手はトップまでの点差が14600……つまり跳満のツモか満貫の直撃で順位は入れ替わります。次に姫松の倉橋選手ですが、トップまでの点差は19200……倍満のツモか跳満の直撃で入れ替わりますね!』

 

 『んで千里山のコは3着のクラリンまで25400。倍満ツモでも届かないし、素直に素点回復に行くかもしれないねい』

 

 『そうなりますね……倉橋選手と小走選手もこれは先鋒戦ですし、後ろに託すと言った意味でトップに届かない点数でも和了する可能性はありますよね?』

 

 『……本当にあの二人を見て、そう思うかい?』

 

 『……!ここまできたら、二人ともトップを狙いに行きますか……!』

 

 

 咏の挑発的な物言いに、会場も盛り上がりを見せる。

 咏も何も冗談でこんなことを言っているわけではない。普通に考えれば針生アナの言う通り、トップに無理やりこだわらなくても良い点差だ。なにせさっき和了ったのがチャンピオンで、その和了が倍満ともなれば、次の和了は役満クラスの可能性がある。低い打点でも照の和了さえ防げば、次鋒戦につながる和了になるだろう。

 

 しかし、咏は見た。

 やえと、多恵の瞳を。

 

 

 だから咏は直感する。

 

 

 この二人は、トップを見ている、と。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 多恵が、呼吸を整える。

 大丈夫、焦りはない。無駄な感情は、全て排除している。

 

 この一局に全力を注ぐ覚悟を決めて、多恵は配牌を開いた。

 

 ゆっくりと、理牌する。

 

 一つ一つをかみしめるように整えて……ピタリ、と多恵の手が止まった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 多恵 配牌

 {239一一二三六七九東南西}

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 (え……?)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 強烈な既視感。

 見間違えるはずもない。

 

 多恵の全身から鳥肌が立つ。

 

 

 

 

 

 これは、あの時、()()()()()()配牌だ。

 

 

 

 

 

 

 

 (はは……本当に……麻雀って面白いなぁ……)

 

 

 

 麻雀において、配牌のパターンは何百億通りとあると言われている。

 一生を麻雀に捧げた人間であっても、全く同じ配牌が来ることなどほぼ、ありえない。

 

 しかし今、実際に多恵の目の前にある配牌は、あの時と……全く同じ。

 

 控室に戻って何度も見直し、なにかできることはなかったのかと探し続けた、あの配牌だ。

 

 大きく息を吸って、吐く。

 

  

 

 ならばやることは一つ。

 

 

 

 

 

 

 (やってやる……見ててね皆。私の……麻雀人生をかけるよ)

 

 

 

 

 

 

 

 

 さあ、最後の大勝負だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 照 配牌

 {②④79一五東白白発発中中} ツモ{六}

 

 照の予想通り、手の速度自体はそこまで早くない。

 しかし打点の種は……大きすぎる打点の種は手の内に存在する。

 

 これが成就すれば、間違いなく決め手になるだろう。しかしそれは、手なりで打っても上手くいくとは限らない。

 もうこの段階で6ブロック……ターツオーバーなのだ。この局の間に必ず、照に選択が求められる。

 

 そんな手牌を前にして、照の身体に変化が出てきていた。

 今まで一度も意識したことのなかった感覚。

 

 

 

 心臓の鼓動が、聞こえている。

 

  

 

 

 (あれ……なんだろう、この感覚……)

 

 

 ふわふわと落ち着かない気分の中、照が{東}を打ち出した。

 

 

 不思議と、嫌な感覚ではない。

 ルールも知らずに無邪気に牌と向き合っていたあの頃のような……。

 

 

 

 (そっか……私は今……麻雀を打っているんだ)

 

 

 

 

 宮永照は、今確かに麻雀を打っている。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 五巡目 多恵 手牌

 {23一一二三六七七八九九西} ツモ{③}

 

 

 

 

 手牌は順調に伸びている。

 字牌の処理も無事終わり、後は、清一色に持っていくか、チャンタ系に未練を残すかだが……多恵は迷わない。

 

 迷いなく持ってきた{③}を打ち出していく。

 

 後悔しない、打牌選択を。

 

 それを積み重ねてきたから、今の多恵がある。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そんな打牌を続けていた多恵の手に。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 六巡目 多恵 手牌

 {23一一二三六七七八九九西} ツモ{九}

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 火が燈った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 『……おいおいおいおいマジかよ!やれんのかクラリン!なあ!!!』

 

 『そんなことが……!準決勝を見ていた方なら記憶に新しいかもしれません!倉橋選手の、奇跡の和了を……!私達はもう一度、見ることができるのでしょうか!今まさに、その手に奇跡が宿ろうとしています……!』

 

 

 

 熱狂は加速する。

 

 一度奇跡を見たからこそ、再び起こるのではないかと期待する。

 

 あれだけ厳しい現実を見た。

 苦しい配牌を与えられ、ひたすら和了られ続けるだけの時間があった。

 

 だからこそいいじゃないか。ここで奇跡を信じても。今だけはそんなドラマチックな奇跡を見せてくれと誰もが願う。

 

 

 

 

 

 

 

 

 多恵の行く道を照らすように、燈火が灯った。

 

 

 

 

 

 

 八巡目 多恵 手牌

 {3一一二三六七七八九九九西} ツモ{四}

 

 

 

 

 

 

 (これ……は……)

 

 

 多恵も、気付かないはずはない。

 準決勝でのあの奇跡の和了り。それをもう一度再現するかのように、多恵の足元を、まばゆい光が照らしてくれる。

 

 心臓が暴れ出す。

 

 手が震えるのを必死に抑えようと、多恵は自身の太ももの上で拳を強く握りしめた。

 

 

 

 

 多恵が切り出した{3}にまた一つ、燈火が灯る。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 (……)

 

 

 

 その様子に気付いた照が、目を細めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 九巡目。

 

 

 

 

 

 

 「ポン……!」

 

 

 動き出したのは、怜だった。

 怜も大人しくトップ争いを見ているつもりはない。

 

 

 怜 手牌

 {①①②②④赤⑤赤⑤⑧⑧西} ポン{⑨⑨横⑨}

 

 

 

 (未来が視えないんは、怖いなあ……けど、こんだけ勝てへんくなって、ようやく思い出したわ)

 

 怜の瞳に、もう未来は視えていない。

 思い出すのは、千里山の皆に囲まれて行っていた特訓の日々。

 

 怜を突き動かす原動力は、弱い自分を見捨てなかった、仲間に報いたいという想い。

 

 

 「それもポンや……!」

 

 

 やえから出てきた{⑧}もポンすることで、一歩前進。

 順位は変わらなくても、怜には次に繋ぐという使命がある。

 

 

 

 前に進もう。

 

 

 

 そう思った、その瞬間だった。

 

 

 

 

 

 

 「リーチ」

 

 

 

 

 暴風が行く手を阻む。

 

 怜の手を……全員の手を強引に止めるために、チャンピオンからのリーチがかかる。

 

 

 

 

 『チャンピオン宮永照!!リーチに行きました!!!何故リーチに踏み切ったのでしょうか……?』

 

 『いやー知らんし。まあ……これは完全に手を止めるためのリーチだろうねい……全員が、チャンピオンのリーチは打点が恐ろしく高いことを知っている。だから、千里山のコもどれだけ通りそうであっても安牌でなければ切らない。切れない。……そしておそらく、チャンピオンはこの手をリーチをかけても和了れる自信がある』

 

 

 場面は最終局面へと向かおうとしていた。

 

 吹きすさぶ嵐の中、多恵が小さな灯りを頼りに広い海の中を必死に前に向かう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 十一巡目 多恵 手牌

{一一二三四六七七八九九九西} ツモ{七}

 

 

 聴牌。待ちは{一七}のシャンポン待ちだ。

 

 

 しかし多恵の足元を照らす光が教えてくれる。

 これは最終形ではないと。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 十二巡目 やえ 手牌

 {②③④233445赤57二三} ツモ{四}

 

 

 

 照の宣言牌は{一}。

 やえは照の聴牌に間に合わなかったことを察している。

 

 この手が和了れる可能性がかなり薄いことも感じている。

 チャンピオンが……恐ろしく高い打点で待ち受けているであろうことも理解している。

 

 それでも、条件ができた。

 チャンピオンはリーチを打っている。直撃の可能性だってあるのだ。

 

 そしてもう一つ、強烈な存在感を放つのは……。

 

 

 (多恵……あんたはやっぱり……)

 

 下家に座る多恵の手に、炎が宿っている。

 

 準決勝でも見た、あの光景。

 

 おそらく、手は染まっているだろう。

 同じ役満の可能性だってある。

 

 

 

 それでも。

 

 

 (ここで引いたら……晩成の王者として、あの子たちに示しがつかない)

 

 勝ちの可能性があるのなら、進むのをやめない。

 自分の打ち方をここまで貫いてきたから、後輩たちはついてきてくれた。

 

 

 

 やえが手牌から引き抜いた{7}を、天高く振り上げる。

 

 

 晩成の旗の下集まってくれた後輩達のために。

 

 

 

 倒れるなら、前のめりに。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 十二巡目 多恵 手牌

 {一一二三四六七七七八九九九} ツモ{五}

 

 

 

 

 

 

 

 最後の炎が、燈った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 『聴牌!!!!倉橋選手、役満九蓮宝燈の聴牌!!!私は待ちはわかりませんがとりあえず{七}を切って{一}で和了することができたなら!!!準決勝奇跡の再現!山に一枚、{一}はあります!もうすぐそこに奇跡があります!!!』

 

 『おいおいおいおいマジか!!行けよ!!!クラリン!!!私達に見せてくれよ!麻雀の面白さを!!』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 牌を愛する。

 

 麻雀という競技に一生を費やし、何万、何十万という対局を重ね、幾度も麻雀の理不尽や、不平等に振り回され。

 それでも、和了できた時の嬉しさや、読みがハマった時の嬉しさ、そして何より、皆で楽しく麻雀を打つことの喜びに魅せられた彼女は、麻雀が大好きだった。

 

 

 それは、昔も今も、きっと同じ。

 

 

 

 

 

 (……ここまで連れてきてくれて、ありがとう)

 

 

 

 多恵が、目を閉じる。

 

 激しい嵐の中、この世界で築き上げてきた努力と仲間たちの燈火のおかげで、ここまで到達することができた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 あとは、自分の腕で、身体で、たどり着けるから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 一枚の牌を、ゆっくりと持ち上げる。

 

 

 

 さあ、行こう。

 

 

 

 倉橋多恵の麻雀人生が、嘘ではなかったと証明するために。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「リーチ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 絞り出すかのように出した声と共に、多恵が河に牌を置く。

 

 

 

 

 

 横に曲げた牌から、ゆっくりと多恵が手を放した。

 

 

 

 

 その牌は。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 {一} だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 『……え?』

 

 『……はは……ははははははははは!!!!そうだよな!私が間違ってたよクラリン!!そうだ!クラリンは必ずそう打つさ!!』

 

 

 

 

 打{一}。つまり。

 

 

 

 

 

 

 多恵は、役満九蓮宝燈の聴牌を拒否したのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――――

 

 

 

 

 

 

 

 「打{一}の場合、待ちは{三六七八九}の五種十一牌。打{七}の場合は{一六九}の三種六牌……比べるまでもない……か。……なあ倉橋、麻雀というこのゲームは……本当に面白いな……」

 

 

 

 

 「先生……!!先生ならきっと、その選択をしてくださると信じていました……!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 打ち出された{一}に一番目を見開いたのは……照だ。

 

 信じられないものを見るような瞳で、呆然と多恵の捨て牌を見つめる。

 

 いつもはツモ和了に頼る照も、今回ばかりは必ず多恵から出てくる牌で仕留められると思っていたからこそ、出てきた{一}に衝撃を受けた。

 

 

 

 

 そしてそのまま、視線は自分の手牌に落ちる。

 

 

 

 

 

 

 照 手牌

 {四四五六白白白発発発中中中} 

 

 

 

 

 

 

『チャンピオンは、クラリンが九蓮宝燈に向かっていることを分かってた。だからこそ、打{一}として、余るはずの{七}に狙いを定めた……この{一}は、二度と河には出ないと思ったから』

 

 

『けどクラリンは……牌を愛する者は迷わなかった……確固たる意志を持つ打ち手に、牌は応える。チャンピオンも……見ている私達ですら見抜けなかったのは、クラリンの奥底に眠る、自分の麻雀を信じる意思』

 

 

 

『最後に勝負を分けたのは、自分の愛する麻雀を信じた……クラリンの強い意志……いいねぇ、最高に浪漫じゃねぇの!』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 照が、静かに目を閉じる。

 

 

 

 

 (……倉橋さん……あなたの意志は……強いんだね)

 

 

 

 照は知っていた。

 この世界にある、必然とも言える力。

 当たり前のように振るわれる力。

 

 人は誰しもその味を知った時、その力に頼ってしまう。

 

 それだけあまりにも甘美で、強烈な誘惑。

 

 照は準決勝の多恵の和了りを見ていた。

 九蓮宝燈というあまりにも大きすぎる誘惑があると思った。

 

 

 だからこそ……多恵の手から余るのは{七}だと疑わなかった。

 

 

 

 

 しかしどうだ。

 

 

 目の前の……《牌を愛する》少女は、最後まで自分の打ち方を貫いた。

 

 

 その光は、照にはあまりにも眩しくて。

 

 

 

 

 

 

 

 

 照が持ってきた牌を、手牌の上に乗せる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 (ああそっか……麻雀ってこんなにも奥が深くて)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 楽しいんだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「ロン」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 多恵 手牌

 {一二三四五六七七七八九九九} ロン{九}

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――――

 

 

 

 

 「リーチ」

 

 

 穏やかな笑みをたたえて、洋榎が静かに言った。

 

 

 

 

 

 

 「一発なのよ~!」

 

 

 花が咲くような笑顔で、由子が手を大きく振り上げる。

 

 

 

 

 

 

 「清一色……!」

 

 

 漫も目に涙を溢れさせながら、確認するようにその役の名前を言葉にする。

 

 

 

 

 「一気……通貫……!」

 

 涙で顔をぐしゃぐしゃにしながら、恭子が声を絞り出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 姫松のメンバー全員が、顔を見合わせて笑う。

 

 

 

 

 

 「「「「ドラ……3!」」」」

 

 

 

 

 

 

――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「……32000です」

 

 

 

 

 溢れていた涙を、そっと拭った。

 

 

 その表情は、晴れやかな笑顔で。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 牌を愛する。

 

 

 

 

 

 

 文字通り、倉橋多恵の一生分の愛は……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 必然の奇跡に届いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 最終結果

 

 1位  姫松 倉橋多恵 132400

 2位  晩成 小走やえ 105000

 3位 白糸台  宮永照  87600

 4位 千里山 園城寺怜  75000

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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番外編6 クラリンと末原恭子(挿絵アリ)



明けましておめでとうございます。







 

 インターハイを控えた、ある日の姫松高校。

 

 

 

 「今日家に来て欲しいやって?」

 

 

 

 いつも通り部活の時間が始まり、自主練習にいそしむ生徒達を見ながら、そろそろミーティングのために集合をかけようかと恭子が席を立った瞬間の事だった。

 

 丁度隣にきた多恵が、恭子の袖を掴んで話しかけてきたのだ。

 

 振り向いた所にいた多恵がちょいちょいと手招きをするものだから、大きな声では話せない内容だと察し、恭子がやれやれといった様子で耳を多恵に近づかせる。

 

 

 「そろそろインターハイだし、動画何本か作っておきたくて……あと今日生配信もやる予定だから、そこに恭子が出てほしいんよ」

 

 「……う、ウチが出るんか?!」

 

 

 大きな声を出した恭子を、多恵が口元に人差し指を当てて制止する。

 周りの生徒が何人か振り返っているのに気付いた恭子が、慌ててもう一度多恵の耳もとに顔を近づけた。

 

 

 「な、なんでウチが出る必要があるねん」

 

 「いや、それがね?最近私の動画に足りない物を考えてたんだけど……」

 

 「お、おお……?」

 

 「気付いてしまったのよ、私は」

 

 

 うんうんと頷きながら話す多恵だが、恭子はいまいち話が飲み込めない。

 いったい何が足りないと自分が呼ばれる流れになるのか。

 

 

 

 

 

 「私の動画に足りないもの、それはね……」

 

 「なんや」

 

 

 訝しげに多恵の顔を覗き込む恭子とは対照的に、多恵が顎に手を当ててどや顔で言い放つ。

 

 

 

 

 

 「情熱思想理念頭脳気品優雅さ勤勉さ……」

 

 

 

 「……は?」

 

 「そして何より……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「速さが足りないッ!!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 席を立ちあがって恭子と肩を組む多恵。

 

 

 

 

 

 

 「……頭打ったんかワレ」

 

 

 

 

 恭子と多恵の距離感はいつも通りだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その日の夜。

 

 いつも通り自主練が長引き、すっかり夜になってしまったため、一旦恭子の家に寄り、恭子が着替え等を持ってから多恵の部屋へと訪れる。

 明日は午前オフからの午後自主練ということもあり、恭子が多恵の部屋に泊まることになったのだ。

 

 恭子と多恵は牌譜検討をしてたら朝……なんてことがザラなので、泊まること自体は少なくない。

 大体が麻雀の話をしていたら夜更けになっているのだ。

 

 

 「ほえ~……これで撮影しとるんか」

 

 「ま、撮影って言ったってスマホスタンドで麻雀卓映してるだけなんだけどね」

 

 多恵の部屋には、中央に自動卓が鎮座している。

 そのほど近くに動画編集をする用のデスク、あとは本棚とベッドという簡素な部屋だ。

 その本棚にも所せましと麻雀本が並んでいる。

 

 その麻雀卓に備え付けられたスマホスタンドを眺め、感心する恭子。

 

 

 「じゃ、さっそく動画撮影していこうか!」

 

 「いや待て待て、そんなん急に言われてもやな……」

 

 「大丈夫!恭子はいつも私と牌譜検討するみたいな感じで、素直な意見を言ってくれればいいからさ!」

 

 「そうは言ってもやな……」

 

 「あとは多恵って呼ばずにクラリンって呼んでくれれば問題ないよ!」

 

 

 恭子の心配をよそに、テキパキと動画撮影の準備を始める多恵。

 

 恭子はあまり受け答えに自信がなかったため最初は断ろうとも思ったのだが、こう多恵の楽しそうな顔を見ると断りづらい。

 

 

 (はあ……まあ少しだけ話せばそれでええか……)

 

 ため息を一つつくと、恭子は断ることをあきらめた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 『はい!どうもみなさんこんばんは。モロヒッカケのリーチを打ったら必ず親に追いかけされる、クラリンです。今日も元気に麻雀動画やっていきたいと思います』

 

 

 :キター!

 

 

 :わかり過ぎて禿げた。

 

 

 :あの絶望感といったらないね

 

 

 :おてて!

 

 

 

 

 

 

 多恵が手元の動画を映しつつ、いつもの口上を述べる。

 

 

 (毎回ようこんな苦笑いしか出えへん麻雀あるある思いつくもんやな……)

 

 隣で聞いている恭子は、早くもげんなりとした顔だ。

 

 

 

 『今日はですね!麻雀動画中級編、速度に関するお話やっていこうと思いますよ!』

 

 

 :ほう、速度ですか。

 

 :永遠の課題だね

 

 :中級編いいねー

 

 

 

 

 

 『しかしですね……不肖クラリン、速度に関してはあまり自信がありません……難しいですよね、ここは鳴くべきなのか、それとも鳴かないべきなのか……速度に比重を置きすぎて放銃……なんてことも少なくありません』

 

 

 :嘘こけおい

 

 :いつも生配信で打点と速度の絶妙な鳴き判断してるやろが

 

 :誰にでもわかる嘘でワロタ

 

 

 

 

 

 

 『そこでなんと!!今日はスペシャルゲストをお呼びしております!』

 

 

 :ガタッ

 

 :スペシャルゲストやと……?!

 

 :のどっちでも呼んだんちゃうか

 

 :そろそろプロでも出てくるんじゃない?

 

 

 

 

 コメント欄がにわかにざわつきだす。

 

 わかってはいたが、視聴者数がエゲツない数字になっていることに、恭子はたじろいていた。

 

 

 (これホンマにウチが出てええんか……?)

 

 恭子の心中はもう既に穏やかではない。

 実際の所そうでもないのだが、恭子からすれば、そもそも多恵には教わることばっかりで、自分が与えた知識など無いに等しいと思っているのだ。

 どんな知識でも、多恵にはかなわない。そう思ってしまっているからこそ、恭子はこの場に自分が出ていく意味がないのではないかと考えてしまう。

 

 ネガティブな思考が、ぐるぐると恭子の頭の中をめぐっていた。

 そんな時。

 

 

 

 『ということでお呼びします!速度のことなら私に聞け!知る人ぞ知る浪速のスピードスター!Bさんです!!』

 

 

 『ちょ待てやおい』

 

 

 

 :wwwwwwwwww

 

 :初っ端からゲスト半ギレで笑うwwwww

 

 :声だけだとプロかどうかはわからないね……

 

 :速さのプロって言ったら何人か思い浮かぶけど……クラリンが呼びそうな意味での速さって人は思いつかないわ

 

 

 

 緊張もどこへやら。

 いきなり飛び出した多恵のふざけた呼び方に、いつも通りのツッコミが出てしまった。

 

 

 

 『あれ?浪速のスピードスターBお気に召さなかった?』

 

 『お気に召さなかった?じゃあらへんわ!なんやねんそのB。クソダサいやんけ』

 

 

 :関西弁女子キターー!

 

 :確かクラリン関西住みだし、本人もたまに関西弁出てるからね

 

 :いきなり辛辣で笑うwww

 

 

 

 我を取り戻して加速していくコメ欄にビビる恭子。

 一つ咳払いをして多恵の横の席に座り直した。

 

 

 『もうええわそれで……』

 

 『はい!というわけで今日はこのBさんと動画やっていきたいと思いますよ!ちなみにこのBさん、速度はもちろんですが、私にはできないような鳴きや戦術を駆使して麻雀を打つ、相当な打ち手です!腕は私が保証しますよ!』

 

 『いや言い過ぎやろそれは……』

 

 

 :クラリンにそこまで言わせるとは……

 

 :やっぱりプロなのでは?

 

 :スピードスターBさん……

 

 

 

 嬉しいやら恥ずかしいやらで、感情をどこにぶつければいいのかわからなくなった恭子は、とりあえず赤面しながら席に座る。

 

 

 『それじゃあやっていきましょう!まずは基本的なこの場面から!』

 

 

 

 多恵がそう言って手元の麻雀牌を手際よく集めていく。

 

 

 

 7巡目 手牌 ドラ{5}

 {④⑤⑦⑦34678二四六七} 

 

 

 

 『この手牌で、上家から{三}が切られました。さあ、これは鳴く?鳴かない?』

 

 

 :急所っぽいし鳴きたいけどな

 

 :これを鳴くやつは下手

 

 :鳴いた方が和了れそうに見えるけど……

 

 

 

 『コメントでもちらほら意見が割れていますね。ではBさん、意見をお願いします!』

 

 『これは、スルー有利や……ですね。手牌は6ブロックで必ず一つのターツは不採用になる形……とするとこのカン{三}を鳴いてしまうと、外すターツは良形の両面ターツになる。他の両面のどこかであまりにも切られてる牌があるとかの特殊な場合を除き、これはスルーが無難や……だと思います』

 

 

 :なるほど!

 

 :ちょこちょこ素が出てるの可愛い

 

 :なるほどなあ……急所って思っちゃったけど別にこのターツいらないのか

 

 :クラリンとお友達のおてて……

 

 

 『ただただ鳴いていけば良いというものではありませんね!愚形ターツはついチーやポンの声が出がちですが、こういったケースもあるので気をつけましょう!』

 

 

 そう言い終わると、多恵が恭子の方を振り向いて片目を閉じる。

 まずは一つの役目を果たせたようで、恭子はほっと胸をなでおろした。

 

 

 

 『では次の問題に行ってみましょう!この手形です!この手牌で、対面から{7}が出ました。これをポンしますか?』

 

 

 

 8巡目 手牌 ドラ{五}

 {②②⑤⑥⑦3赤577二二五六}

 

 

 

 :今度は愚形多いし、ポンして2pか2m切りがよさそう。

 

 :打点もある程度あるし、これは鳴いて良いのでは?

 

 :ちょっともったいない気もするんだよなあ……

 

 :愚形だらけのドラドラだし、これは仕掛け有利と見た。

 

 

 

 

 今度は先ほどよりもコメント欄の意見が割れている。

 にこにことその様子を見守る多恵に対して、恭子も顎に手を当てて様々なことを考えていた。

 

 

 『それでは意見を聞いてみましょう!スピードスターBさん!』

 

 『その呼び方やめいや……結論から言うと、これはスルーやな』

 

 『おお!それは何故でしょうか?』

 

 『{7}をポンして打2pか2mなら、確かにドラドラ3900の一向聴やな。けど、この手に可能性があった567の三色を殺す上に、残るターツのカン{4}も不自由……この{7}はスルーが有利やと思う』

 

 

 :……確かに

 

 :ドラドラ愚形でも鳴かない方がいいことがあるんか

 

 :スピードスター、鳴かない選択が冴え渡る(?)

 

 

 恭子が冷静な目で並べられた牌を見つめる。

 そんな恭子の様子を隣で見ている多恵が、嬉しそうに恭子の表情を見つめていた。

 

 

 『なるほど!それではスピードスターBさん、この形から鳴く牌を教えてもらえますか?』

 

 多恵がその質問を言い終わるか終わらないかといった速度で、恭子が手牌を並び替えていく。

 

 

 『この状態は{赤5}が使い切れるかどうかが鍵になる。せやから、{4}{6}は鳴きやな。{6}は三色の可能性も残る牌やから、絶対に鳴きたいところや。{②}、{二}も鳴き。いずれも打{7}とすることで、さっきは不自由だったカン{4}の所がリャンカンになって{赤5}が使いやすい。両面の{四七}も鳴きや。三色にならない{四}も見逃せへんな。3900とはいえ{赤5}が使いやすくなるのは大きな利点や』

 

 

 恭子が思った以上にすらすらと理論を述べていく。

 これには多恵も驚いていた。

 

 

 :す、スピードスター

 

 :全部鳴く箇所決めてるんだな……

 

 :やっぱレベル高い所になればなるほど、鳴きの逡巡が命取りなのか……

 

 

 

 

 多恵が嬉しそうに恭子の横顔を見つめる。

 

 

 (変わったなあ……恭子は)

 

 

 初めて会った時は、どこか近寄り難い雰囲気があった。

 しかし、恭子と多恵はこの三年間でとても長い時間を共に過ごした。

 たくさん麻雀談義をした。

 

 恭子がこうしてたくさん意見を言ってくれるようになって、多恵は少なからず刺激を受けていたのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 動画撮影が終わった。

 

 多恵が録画をしていたスマートフォンの電源を落とす。

 

 

 「つーかーれーたー!!!」

 

 「ははは!ありがとう恭子!めちゃくちゃ楽しかったよ!」 

 

 「そら多恵は楽しいやろうけどな!!」

 

 

 大きく伸びをする恭子と、笑顔でそんな恭子をねぎらう多恵。

 

 

 「気が気やなかったわ……ホンマもう勘弁やで」

 

 「ええ~好評だったからまたやろうと思ったのに……」

 

 「無理や無理!今度は洋榎にでも頼み!」

 

 恭子が、席を立つ。

 

 多恵の部屋にあるベッドにでもダイブしてやろうかと思ったところで、多恵が恭子を呼び止めた。

 

 

 「ねえ、恭子」

 

 

 「……なんや」

 

 

 いつになく真剣な声で話しかける多恵に、恭子がもう一度麻雀卓の方へ振り向く。

 

 

 

 「恭子はさ、私の動画見に来てる人たちのコメントみて……どう思った?」

 

 「どうって……難しい質問やな」

 

 

 『クラリンの麻雀動画』と銘打って配信する多恵の動画には、たくさんの麻雀好きが集まっている。

 ネットで麻雀をする者、家族で麻雀をする者、はたまたプロを志し、麻雀に励む子供……。

 

 そして、麻雀を好きではいても、打っていないであろう人も。

 

 

 

 「……みんなが、楽しそうに麻雀の話するんやな、って思ったわ」

 

 「そう。そうなんだよね」

 

 

 多恵が一つの麻雀牌を持って、綺麗な外切りで牌を打ち出す。

 

 

 

 「この世界だとさ、麻雀をやめちゃった人って、少なくないと思うんだ。才能という壁に当たって、麻雀を嫌いになっちゃったような人」

 

 「……せやな」

 

 

 恭子自身、この話は他人事ではない。

 恭子の周りでも少なくないことであった。圧倒的な才能の差に気付き、牌を持つことをやめてしまうということは。

 

 

 

 「でも、そんな人にこそ、もう一度私は麻雀を打ってほしいと思う。確かに、才能はあるよ。私も恭子も、それはわかってる。……でもね、それは努力をやめる理由にはならないと思うから」

 

 

 「……」

 

 

 恭子は黙って、多恵の話を聞いていた。

 才能の差を感じたことはある。バケモノ染みた和了を連発されたことだって、少なくない。

 

 

 

 「やれることを、精一杯やる。少なくともそこで努力して得た経験や知識は、嘘をつかないと思うんだよね……それに、単純な話、楽しく皆で打つ麻雀は良い物だと思うしね!……綺麗ごとって言われたら、それまでだけどさ!」

 

 

 「……せやな……少なくとも私達は、そうやってここまで来たんやから」

 

 

 恭子が、窓の方を眺める。

 

 

 もう外は真っ暗、夜空には星が瞬いていた。

 

 

 

 

 「インターハイ、絶対勝とうね」

 

 

 「……当たり前や」

 

 

 

 恭子と多恵が笑顔で話す。

 

 

 

 

 

 

 

 今年証明しよう。

 

 

 私達(姫松)の麻雀が嘘ではないことを。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

【挿絵表示】

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 





はい、というわけで神挿絵また頂きました……!
今回はいつも描いてくれる友人が、「こんなシーンを描きたい」と自ら言ってくれたんです。作者涙出ちゃった。

次回からまた本編に戻りますよ!





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閑話 姫松応援スレ (決勝先鋒後半戦)


掲示板形式のやり方がわからなかった私に、優しい読者の方が2時間近くかけてやり方を教えてくれました。
感謝しかない……。改めて、ありがとうございました。
 
ということで、気楽にできるようになったので、やってなかった分のスレを投稿していきます。スレを書くときは必ず感想欄を見に行くのですが、その度に元気もらってます。
いつも感想を下さる皆様に感謝を。
 

このお話は、投稿から数日したら先鋒戦終了のお話に挟みます。



 

【Vやねん姫松】今年こそ全国優勝 【姫松応援スレ】

 

 

 

 

1:名無しの雀士@実況板もあるよ ID:jMTWTbdi1

 

今年こそ全国制覇を目指す姫松高校の応援スレです。

 

 ・他チームであっても誹謗中傷は控えましょう

 ・関係ない雑談はほどほどにしましょう

 ・打牌批判もなるべくやめましょう

 ・前スレ→(http://*****************/329172)

 

 

 

 

2:名無しの雀士@実況板もあるよ ID:VrUVTHsVr

 >>1 スレ立て乙

 

9:名無しの雀士@実況板もあるよ ID:qP9myr1L4

チャンピオン宮永照も大したことないな!なんだかんだ去年の個人戦も倉橋とギリギリで、なんなら臨海の辻垣内がいなかったら勝ってたまであるしな~

 

 

16:名無しの雀士@実況板もあるよ ID:ZG0iHSCgq

 

千里山の園城寺がここまでやるとは思ってなかったわ。こう言っちゃなんだけど、流石に一段劣るんじゃねえかなって思ってたし。

 

 

18:名無しの雀士@実況板もあるよ ID:Ut+O3HHSx

 

今年のメンツになってから千里山には負けてないけど、強いのは間違いないからな。

 

 

20:名無しの雀士@実況板もあるよ ID:LX4kJRBkU

 

大阪勢が2校とも決勝に残ってるのは、地元民としては喜ばしいが……。

 

 

22:名無しの雀士@実況板もあるよ ID:INJ0fbPn2

 

>>20 こう言っちゃ悪いが、流石に逆ブロックはくじ運もあるけどね。シード校以外の有力校、ほとんど姫松、臨海側のブロックだったし。余裕で決勝来れる。

 

 

23:名無しの雀士@実況板もあるよ ID:La1rszKaD

 

>>22 剣谷をバカにするな!

 

 

30:名無しの雀士@実況板もあるよ ID:R9zz0Xfav

 

 後半戦始まるぞお前ら!

 

 

37:名無しの雀士@実況板もあるよ ID:xXqVfCg0E

 

 頼むぞ倉橋いいいい!!!

 

 

45:名無しの雀士@実況板もあるよ ID:RR4kkK9oi

 

 クラリンがんばえー

 

 

47:名無しの雀士@実況板もあるよ ID:lyJ3XiyyI

 

 は?

 

 

51:名無しの雀士@実況板もあるよ ID:4nr666Xls

 

 【速報】東1局、10秒で終局。

 

 

52:名無しの雀士@実況板もあるよ ID:rHXXP/y6M

 

 な~んでダブリーしないんですかねえ……。

 

 

54:名無しの雀士@実況板もあるよ ID:fo1KVs8F/

 

 始まったよ異次元麻雀

 

 

58:名無しの雀士@実況板もあるよ ID:h8Tgghejv

 

 まあチャンピオンに和了り始められるとヤバイことになるのはわかってるし、それを小走が止めてくれるのは、悪い事ばかりじゃないんじゃね?

 

 

59:名無しの雀士@実況板もあるよ ID:Dl5Xyvz2l

 

 小走にトップ走られるのも困るんだよなあ

 

 

67:名無しの雀士@実況板もあるよ ID:7tAmAfbL/

 

 晩成はもう、小走止めりゃ勝てるチームじゃなくなったからな

 

 

68:名無しの雀士@実況板もあるよ ID:OAP5+DfQB

 

 こんなの誰が避けられるんだよって思ったけど園城寺なら回るのか。改めてこの卓ヤバいな。

 

 

69:名無しの雀士@実況板もあるよ ID:d4eMIfbmu

 

 【速報】東2局も宮永照ダブリーチャンス

 

 

75:名無しの雀士@実況板もあるよ ID:X/zQhIHCE

 

 また小走が先回りしてるやん!

 そんなん小走やないて、大走りやないかい!

 

 

81:名無しの雀士@実況板もあるよ ID:8nsDzekCL

>>75 は?

 

 

84:名無しの雀士@実況板もあるよ ID:Y3jj7Hk/i

 

 外した……え?なんなんこいつら。倉橋にも出番よこせよお!(血涙)

 

 

86:名無しの雀士@実況板もあるよ ID:/fx4O5yAv

 

 これ2m切るのか。切るにしても、4mじゃね?

 

 

94:名無しの雀士@実況板もあるよ ID:daSQnp/Oc

 

 うわ……聴牌入れたよ

 

 

97:名無しの雀士@実況板もあるよ ID:YciS5frC0

 

 【速報】チャンピオン1000点和了

  ここまで我らが倉橋に出番0。

 

 

101:名無しの雀士@実況板もあるよ ID:AGmwBoXvt

 

 倉橋の手も悪くないんだけどさ、この連中相手だと和了れる気がしないのよね……。

 

 

102:名無しの雀士@実況板もあるよ ID:87UIq226r

 

 うわ

 

 

109:名無しの雀士@実況板もあるよ ID:4vovVMRhO

 

 早すぎんだろ

 

 

111:名無しの雀士@実況板もあるよ ID:vgDImPVTp

 

 うわ、今度は5800……。

 

 

112:名無しの雀士@実況板もあるよ ID:ZGPL+0Je5

 

 チャンピオンの打点が上がっていくなら、次満貫じゃね?死ねるんだが

 

 

119:名無しの雀士@実況板もあるよ ID:+tucnXv69

 

 うわ……。

 

 

122:名無しの雀士@実況板もあるよ ID:ziMNnIebj

 

 グロ画像やんこんなの

 

 

130:名無しの雀士@実況板もあるよ ID:etndiAk66

 

 まだや。前半戦も倉橋と小走のコンビ打ちで止められたんだから、無理ではないはず……!

 

 

133:名無しの雀士@実況板もあるよ ID:Ek6yNErg3

 

 クラリンの配牌ヤバすぎるだろ。この世でもっともクソな配牌にしてみましたみたいな配牌じゃねえか。

 

 

138:名無しの雀士@実況板もあるよ ID:dy8kPCBph

 

 インパチ……。

 

 

145:名無しの雀士@実況板もあるよ ID:a93ewDdLG

 

 おい……誰かなんか書けよ……。

 

 

151:名無しの雀士@実況板もあるよ ID:8vHRsliYz

 

 3人打ちでも止められないとか。正直デジタルの限界見えちゃったね。

 

 

155:名無しの雀士@実況板もあるよ ID:m3Chxx2x7

 

 おいおい今度は清一色かよ……

 

 

162:名無しの雀士@実況板もあるよ ID:wMfxFUUzv

 

 配牌清一色一向聴ってこんなに来るものでしたっけ?

 

 

164:名無しの雀士@実況板もあるよ ID:Mkp4T/rKB

 

 千里山の子大丈夫か?準決勝でも体調かなり悪そうだったけど。

 

 

169:名無しの雀士@実況板もあるよ ID:XEXdP5wi3

 

 記者会見ではばっちり大丈夫ですーって言ってたけど、あんなちっちゃい子に大丈夫ですって言われても説得力ないのよな……。

 

 

170:名無しの雀士@実況板もあるよ ID:BS1YxqGbV

 

 チャンピオンのヤバすぎる和了りで精神やられてしまったのか……。

 

 

174:名無しの雀士@実況板もあるよ ID:8Q8qMQKTy

 

 え、流局?

 てっきりツモられるのかと……。

 

 

177:名無しの雀士@実況板もあるよ ID:0ztLM/OZ7

 

 あれ、皆割と普通の手牌だぞ。

 

 

180:名無しの雀士@実況板もあるよ ID:eZ6V7b007

 

 倉橋の手牌も通常運転ですけどね!!!!

 

 

182:名無しの雀士@実況板もあるよ ID:OAJKiPJZs

 

 チャンピオン手牌伸びるなあ~……でもこれ打点は無さそうだけど

 

 

185:名無しの雀士@実況板もあるよ ID:MMUZ6FoaF

 

 こっから無理やり高打点持ってくのかね?

 

 

191:名無しの雀士@実況板もあるよ ID:HegBlov6Q

 

 なんか雰囲気変わった?咏ちゃんが言ってたけど

 

 

199:名無しの雀士@実況板もあるよ ID:rflUhvju9

 

 わっかんねー(咏ちゃん風)

 

 

204:名無しの雀士@実況板もあるよ ID:xT/I4AGL9

 

 え?いや待て待て待て

 

 

206:名無しの雀士@実況板もあるよ ID:06c7crNTu

 

 なんか四暗刻みたいになってきてません?チャンピオンの手牌

 

 

211:名無しの雀士@実況板もあるよ ID:nYC9M8oU6

 

 やめろマジで

 

 

219:名無しの雀士@実況板もあるよ ID:LlbYbze1c

 

 園城寺!テンパった!その3mを切るんや!!

 

 

224:名無しの雀士@実況板もあるよ ID:MeDH/c/j4

 

 手震えてんじゃん。いやそりゃこええよな、48000って言われるように見えてんだろ?切れないんじゃね?

 

 

230:名無しの雀士@実況板もあるよ ID:E8RSjg2kY

 

 いや冷静になれば役満である可能性ほぼ低いと思えるはずなんだけどなあ……四暗刻単騎くらいだろ、これで役満なの

 

 

236:名無しの雀士@実況板もあるよ ID:8Tf9E4P1J

 

 

242:名無しの雀士@実況板もあるよ ID:dNj3H8Lfe

 

 座ってみなきゃわかんねーこともあるんじゃね?

 

 

250:名無しの雀士@実況板もあるよ ID:TqwdDPPrD

 

 オリたか……

 

 

258:名無しの雀士@実況板もあるよ ID:sJjuHYNqK

 

 いや、本当に無理だから、マジでやめろよ?

 

 

260:名無しの雀士@実況板もあるよ ID:Yw8lauLGk

 

 はい乙。

 クソゲーだわやっぱ。

 

 

266:名無しの雀士@実況板もあるよ ID:WBia9keNF

 

 結局能力ゲーじゃん。おもんな。

 

 

270:名無しの雀士@実況板もあるよ ID:EmkvtqN1o

 

 もうダメだ……おしまいだあ……

 

 

276:名無しの雀士@実況板もあるよ ID:/khKKtr1y

 

 結局意味ないのか。圧倒的運量には勝てる術はないってことでおけ?

 

 

284:名無しの雀士@実況板もあるよ ID:7VlSUKMi4

 

 いや、今のはチャンピオンも良い選択したんじゃね?同じ手順辿れるやつあんまいなさそー

 

 

285:名無しの雀士@実況板もあるよ ID:83veCx7UO

>>誰でもできるわあんなん

 

 

292:名無しの雀士@実況板もあるよ ID:Z83zrj/nh

 

 クラリン目死んでね

 

 

293:名無しの雀士@実況板もあるよ ID:9eqfA8YSq

 

 そらそーだろ……今まで積み上げてきたものぶっ壊されていくようなもんだろこれ

 

 

295:名無しの雀士@実況板もあるよ ID:CesQ0+co0

 

 もう見てらんねーよ……

 

 

302:名無しの雀士@実況板もあるよ ID:O6a6SMyFC

 

 応援する俺らが諦めちゃダメだろ。

 俺は最後まで見届けるよ。どんな結果であっても。

 

 

303:名無しの雀士@実況板もあるよ ID:I1kFNSKDb

 

 いや諦めてねーけどキツすぎるだろ正直……。

 

 

305:名無しの雀士@実況板もあるよ ID:/jIHvcyLB

 

 ?!

 

 

308:名無しの雀士@実況板もあるよ ID:shHbXScTS

 

 カン……?おかしくなっちゃったかと思ったけど、このカンは確かにありか?

 

 

309:名無しの雀士@実況板もあるよ ID:hq2vI3Fgw

 

 まだ死んでねー、クラリンはいつもそうだったろ!いっつもバイーン!って言ってから、すぐ次の局の最善を教えてくれてたよなあ!!

 

 

313:名無しの雀士@実況板もあるよ ID:jMkM0+CdK

 

 新ドラ3枚!バケモノ手になったぞ!!

 

 

315:名無しの雀士@実況板もあるよ ID:13BaXE+zX

 

 っしゃ行けオラ!

 

 

317:名無しの雀士@実況板もあるよ ID:yIH2kdiPW

 

 邪魔すんなチャンピオンさんよお

 

 

321:名無しの雀士@実況板もあるよ ID:ZDLLd4pO6

 

 またリーチかよ……もういいだろいい加減やめてくれ

 

 

328:名無しの雀士@実況板もあるよ ID:rqbknYeb7

 

 これ実らなかったら正真正銘終わりだぞ

 

 

332:名無しの雀士@実況板もあるよ ID:1WDZOhVy4

 

 押してる!クラリン押してるよ!

 

 

337:名無しの雀士@実況板もあるよ ID:M2ex/I3Jq

 

 なんつー精神力だよ……

 

 

339:名無しの雀士@実況板もあるよ ID:oKPyycKqn

 

 クラリンがんばえー

 

 

345:名無しの雀士@実況板もあるよ ID:K3tfgvn46

 

 掴ませた!!!

 

 

353:名無しの雀士@実況板もあるよ ID:vRjiDGvct

 

 よーし24000!!!三倍満!!!

 

 

359:名無しの雀士@実況板もあるよ ID:R4EzVdBvJ

 

 まだある!おわってねええええええ!!!

 

 

362:名無しの雀士@実況板もあるよ ID:U50n2VwS0

 

 おい今回の配牌も悪くないぞ!クラリンにしては!

 

 

363:名無しの雀士@実況板もあるよ ID:oAjrl6qGp

 

 ちょっとまて、チャンピオン一向聴

 

 

365:名無しの雀士@実況板もあるよ ID:DgLkF4UH/

 

 いやもうマジでいいって。君の出番は一旦終わったんだから、並ぼう?ね?

 

 

366:名無しの雀士@実況板もあるよ ID:4JymPgf+e

 

 うわ、また始まったよ

 

 

369:名無しの雀士@実況板もあるよ ID:1UQgCaFRf

 

 これ止められなかったらもう先鋒戦は決着やな

 

 

376:名無しの雀士@実況板もあるよ ID:kpnt0SubO

 

 お、今回も悪くないぞ、クラリンの配牌

 

 

377:名無しの雀士@実況板もあるよ ID:GsnbkRGPz

 

 混一狙えるな……相手の手牌が見えてるに近い園城寺と、小走が協力してくれれば和了れるか……?

 

 

380:名無しの雀士@実況板もあるよ ID:LP8PWeW0V

>>377 どうだろうな。他2校も、倉橋に和了られるのを良しとするかどうか

 

 

388:名無しの雀士@実況板もあるよ ID:EZA/7KC6j

>>380 いやチャンピオンに行かれるよりましだろ。ゲームセットだぞ下手すれば

 

 

396:名無しの雀士@実況板もあるよ ID:MzjV7tC/o

 

 チャンピオンこれなんでドラ切るの?ナメプ?

 

 

401:名無しの雀士@実況板もあるよ ID:jqUPOD6cn

>>396 チャンピオンは徐々に打点上げなきゃいけないから、ドラもうつかえねーんだろ。縛りみたいなもん。

 

 

404:名無しの雀士@実況板もあるよ ID:qKKsF2ADN

 

 小走ヤバイ手になってね?

 

 

410:名無しの雀士@実況板もあるよ ID:hA9Bck9SH

 

 でもこのドラ待ちもう1枚しかないような。

 

 

 

418:名無しの雀士@実況板もあるよ ID:afR3WxYWm

 

 うわ、えっぐ

 

 

426:名無しの雀士@実況板もあるよ ID:zf2u6AtJd

 

 流石晩成の王者。えげつない。

 

 

427:名無しの雀士@実況板もあるよ ID:hG1nGVxnj

 

 え、これでもう本当にわからなくなったやん!

 何はともあれ!

 

 

429:名無しの雀士@実況板もあるよ ID:qz+Jao/O4

 

 マジかよ。一瞬で取り返しちゃったよ……。すげえよ……クラリンも、小走も、園城寺も……。

 

 

437:名無しの雀士@実況板もあるよ ID:l8fXs4FEG

 

 クラリンの配牌良くなってきてる!ここでいくしかねえ!

 

 

441:名無しの雀士@実況板もあるよ ID:J87l1cRrf

 

 また混一!ナイスぅ!

 

 

443:名無しの雀士@実況板もあるよ ID:oHm3JeDRb

 

 え、すごない?本当に倒しちまうよチャンピオンを!

 

 

446:名無しの雀士@実況板もあるよ ID:ODGBaABQW

 

 チャンピオン手牌良いけど、きっと縛りあるからドラ切るんだろうな。

 

 

451:名無しの雀士@実況板もあるよ ID:vAb0DVe0R

 

 ドラ切ってたら100%間に合わんし、この局も抑えられる!

 

 

458:名無しの雀士@実況板もあるよ ID:JoOXtxlqE

 

 めっちゃ混一行きたい手牌なのに、1p2p残すんだ。やっぱ打点縛りあるんだね。

 

 

463:名無しの雀士@実況板もあるよ ID:4tEGlGuxI

 

 そんなことしてるようじゃクラリンには追い付けないぜ!

 

 

465:名無しの雀士@実況板もあるよ ID:vIs9Faymt

 

 あ、1p対子落としした。

 え?打点縛りあるんちゃうん?

 

 

470:名無しの雀士@実況板もあるよ ID:V8px6CjEw

 

 うわ、クソ伸びるやんチャンピオンの染め手

 でもいいのか?いきなり高打点狙ってるけどこの人

 

 

477:名無しの雀士@実況板もあるよ ID:FYzm7Sf7m

 

 チャンピオンなんか……笑ってる?

 

 

483:名無しの雀士@実況板もあるよ ID:L0HfZSX45

 

 いっつも無表情で会見の時だけ張り付いた笑顔してるイメージだったけど。

 ちょっと見惚れちまった。

 

 

491:名無しの雀士@実況板もあるよ ID:YeSEN3Dcm

>>483 はい逮捕

 

 

498:名無しの雀士@実況板もあるよ ID:oTbpQbj/C

 

 バイーン!ww

 

 

504:名無しの雀士@実況板もあるよ ID:ZcSbpG97o

 

 ばいーん

 

 

511:名無しの雀士@実況板もあるよ ID:2Kl7rjP54

 

 オーラス勝負や!!!

 

 

517:名無しの雀士@実況板もあるよ ID:kwkScTg/m

 

 いけるいける!!勝てるぞクラリン!配牌!!

 

 

519:名無しの雀士@実況板もあるよ ID:Q21169zIQ

 

 悪くない!!

 

 

524:名無しの雀士@実況板もあるよ ID:LEQevPNG4

 

 チャンピオン三元牌全部対子なんですがそれは……。

 

 

532:名無しの雀士@実況板もあるよ ID:6Mg9bPNhC

 

 鳴かれなけりゃいい話。

 

 

536:名無しの雀士@実況板もあるよ ID:10nWLWH/Q

 

 自力で一個暗刻にしましたけど……。

 

 

537:名無しの雀士@実況板もあるよ ID:CrCP+J1++

 

 バケモンかよお!

 

 

538:名無しの雀士@実況板もあるよ ID:N6BYxva25

>>537 そうだが?

 

 

546:名無しの雀士@実況板もあるよ ID:AMgRSZcWH

 

 チャンピオンこんなに笑って麻雀打ってるの初めて見たわ。

 

 

549:名無しの雀士@実況板もあるよ ID:4H67PSMvp

 

 いやこええよ!笑顔で大三元行こうとしてるの恐怖しかねえわ!

 マジ冗談抜きにやめろよ

 

 

555:名無しの雀士@実況板もあるよ ID:DHuB6Rcyq

 

 え、ちょっとまってクラリンの手牌

 

 

560:名無しの雀士@実況板もあるよ ID:A6EEt6c6n

 

 おい、まさかあるのか

 

 

561:名無しの雀士@実況板もあるよ ID:M27Txmnae

 

 九連じゃね?!これ!

 

 

564:名無しの雀士@実況板もあるよ ID:wj2oqWxgZ

 

 おいおいおいそんなことあるのか?クラリンも、牌に愛されているのか?!

 

 

571:名無しの雀士@実況板もあるよ ID:5nU11g71m

 

 神様でもなんでもいい!クラリンに九連を……!

 

 

573:名無しの雀士@実況板もあるよ ID:0elpwOH3T

 

 ある!あるわ!

 

 

578:名無しの雀士@実況板もあるよ ID:QwjotYHGG

 

 行け!クラリン!!

 

 

585:名無しの雀士@実況板もあるよ ID:iUuZyZMTq

 

 うわ、大三元聴牌なんだけど

 

 

591:名無しの雀士@実況板もあるよ ID:8qOh3f7tf

 

 もうマジで無理。

 え、リーチ?

 

 

597:名無しの雀士@実況板もあるよ ID:VFkBMZ7ME

 

 クラリンが染め手気配なのに、47mでリーチ……?

 

 

603:名無しの雀士@実況板もあるよ ID:pEI2RON32

 

 ちょっとまて!!!クラリン余るのか?この7m

 

 

608:名無しの雀士@実況板もあるよ ID:L1pyuyNdk

 

 いやいやいや、もうこのまま和了ろ?九連聴牌したら出ちゃう

 

 

609:名無しの雀士@実況板もあるよ ID:Ez9ZOWMzx

 

 清一色で十分やクラリン!このまま和了ってくれ!

 

 

609:名無しの雀士@実況板もあるよ ID:o444IGppK

 心臓バクバク言ってきた

 

611:名無しの雀士@実況板もあるよ ID:qgFXCnw+9

 

 頼む……これ振り込んだら死ぬ

 

 

618:名無しの雀士@実況板もあるよ ID:M6whWbDsU

 

 うわああああああああああああああ!!!!

 

 

620:名無しの雀士@実況板もあるよ ID:6EmEtpASJ

 

 聴牌!!九連聴牌!!!!

 

 

 

628:名無しの雀士@実況板もあるよ ID:NTr7+tpHU

 

 いやダメだって!!!7m放銃だって!!!

 

 

632:名無しの雀士@実況板もあるよ ID:DENanLjn+

 

 終わったわ

 

 

642:名無しの雀士@実況板もあるよ ID:/zOLaTq32

 

 九連にとるよなあ……そらとるよ。もう見てらんないむり

 

 

647:名無しの雀士@実況板もあるよ ID:GQHxNkf1h

 

 いや、クラリンなら

 

 

651:名無しの雀士@実況板もあるよ ID:2oUDWlJum

 

 え

 

 

 

660:名無しの雀士@実況板もあるよ ID:g1wKEvqWU

 

 嘘だろ

 

 

669:名無しの雀士@実況板もあるよ ID:gMRMLBm0v

 

 そうだよなあ!!!!だって倉橋は、クラリンなんだから!!!

 

 

673:名無しの雀士@実況板もあるよ ID:umvdj/gBX

 

 放銃回避?!つーかリーチって

 

 

683:名無しの雀士@実況板もあるよ ID:eKO3cQa1f

 

 広いほうにとったんだ!!何待ちかわかんねえけど、クラリンなら、きっと広い方にとる!!!!

 

 

 

685:名無しの雀士@実況板もあるよ ID:RiHDlqb1h

 

 クラリンの清一色なんだから!そらそうだよなあ!!!

 

 

692:名無しの雀士@実況板もあるよ ID:uTWEjZcAo

 

 なんやこれ涙出てきた

 

 

697:名無しの雀士@実況板もあるよ ID:S6/dI4/Yr

 

 有識者待ちを、待ちを教えてくれ!

 

 

701:名無しの雀士@実況板もあるよ ID:MiXPh6eTG

 

 36789 9なら一通 

 

 

702:名無しの雀士@実況板もあるよ ID:ctxXlfLCy

 

 あ

 

 

 

708:名無しの雀士@実況板もあるよ ID:ZVPd5zswn

 

 よっしゃあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ

 

 

717:名無しの雀士@実況板もあるよ ID:RbyYq7yBK

 

 うわあああああああああああああ!!!!!!

 

 

 

726:名無しの雀士@実況板もあるよ ID:UkA1Vyw7d

 

 え!?何点?!これ何点なの?!

 

 

731:名無しの雀士@実況板もあるよ ID:jndMzdIbp

 

 ヤバすぎるだろ!!あり得ないこと起きてんだって!!!!

 

 

 

733:名無しの雀士@実況板もあるよ ID:TH8up4qFp

 

 もう涙が止まらねえよ……本当に、本当におめでとうクラリン

 

 

736:名無しの雀士@実況板もあるよ ID:MrB/Lv//2

 

 凄すぎる!!!!!

 

 

 

743:名無しの雀士@実況板もあるよ ID:z8ECb3YG7

 

 誰があれ1m打てるんだよ……やっぱすげえよ……。

 

 

 

745:名無しの雀士@実況板もあるよ ID:0KwgvEqGH

 

 今年こそ優勝だ。本当にできるぞ。優勝。

 

 

 

751:名無しの雀士@実況板もあるよ ID:Il4bft2vu

 

 クラリン……いや、倉橋多恵。本当に感動をありがとう。

 

 

756:名無しの雀士@実況板もあるよ ID:W2rP2COt/

 

 やったねクラリン!数え役満だよ!

 

 

757:名無しの雀士@実況板もあるよ ID:OMFSYnhrf

 

 ナイスゲーム!素晴らしい試合だった!!!!

 

 

760:名無しの雀士@実況板もあるよ ID:EUjNrOILz

 

 皆立ち上がって、対局者全員に拍手。

 

 

 

 

 

 

 

 



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第128局 先鋒戦終了



気が付けばお気に入り件数が4000件を突破していました。
ありがとうございます。

良ければ感想、高評価頂けると作者のモチベーションにつながります!




 

 

 『先鋒戦決着です……!!高校トップクラスの打ち手によって激しい戦いが繰り広げられた先鋒戦は、最後の最後に、姫松高校倉橋多恵の数え役満で決着……!チャンピオン敗れました!!』

 

 『ほんっと……クラリンは最後までクラリンだったねい……間違いなくインターハイ史上最高レベルの試合だったんじゃねえの?知らんけど!』

 

 

 爆発した感情は、会場を揺らす。

 

 いまだに熱気冷めやらぬ雰囲気の中で、確かに対局終了を示すブザーが鳴り響いた。

 

 

 (勝った……のか)

 

 多恵が、未だに騒ぐ心臓の鼓動を手で抑えつける。

 最後の最後まで頭は冷静に動いていたが、極度の緊張から解放された身体は、少なからず多恵に異常を知らせていた。

 

 

 「……お疲れ様でした……やな」

 

 そんな中、小さく笑顔を見せたのは怜だった。

 彼女は途中倒れるかもしれないほどに体力を疲弊していたが、今はどこかその疲労感が心地よいほどに感じられている。

 

 頭痛や倦怠感の類はなく、やりきったという達成感が、怜の中にはあった。

 

 

 (点数は減らしてもうたけど……私にできることはできたんやないかな……これも、皆のおかげやな)

 

 怜の過ごしてきた千里山での日々は、無駄ではなかった。

 そう思えるほどに充実した対局内容だったのかもしれない。

 

 

 

 

 「……結局また多恵に最後やられちゃったわね……」

 

 少し呆れたような表情で多恵を見つめるやえ。

 その瞳は悔しさも見て取れるが、それ以上に楽しかったという満足感が確かにあるように見える。

 

 

 「やえは……やっぱり強いよ……技術も、心も」

 

 「ふん……なんの慰めにもならないわよ」

 

 

 結局、やえはこの試合を通して一度も諦めなかった。

 多恵はそのまっすぐなやえの気概に救われている。やはり小走やえという少女は、今も昔も、どこまでもまっすぐだった。

 

 

 「ありがとう……ございました」

 

 多恵の下家に座る照が、ゆっくりと頭を下げた。

 

 いつもなら無表情に立ち去っていくはずの彼女が、名残惜しそうにその場に残っている。

 じっくりと、最後の自分の手牌を見つめていた。

 

 

 「チャンピオン、悪いケド……私はまだ勝てた気がしてないから、ちゃんと上がってくるのよ……個人戦」

 

 「……うん」

 

 スコア上は、やえは照を上回っている。

 しかし最後に多恵が照からの直撃を取らなければ、そのスコアは逆転していた。

 だからこその宣戦布告。

 

 

 「はあ~疲れたわ……早くりゅーかの所行って休も……」

 

 ゆっくりと怜が席を立とうとする。

 そしてやえと多恵も、対局室を後にしようと椅子を引いた、その時だった。

 

 

 「ありがとう」

 

 

 ポツリと呟かれたその言葉に、3人の動きがいったん止まる。

 

 注目は、未だその椅子に座ったままのチャンピオンに集まっていた。

 

 照は顔を上げ、3人の顔を見渡す。

 

 そして最後に、多恵の方をしっかりと見つめ。

 

 

 少し、微笑みながらこう言った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「麻雀って、楽しいんだね」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「多恵先輩~~!!!!」

 

 「うわあ?!」

 

 対局室を出るための大きな扉を開けると、そこには涙で顔をぐちゃぐちゃにした漫が待っていた。

 その漫を受け止めて頭をなでていると、後ろには姫松のメンバー全員が迎えに来てくれている。

 

 

 「リベンジ達成やないか。流石、ウチの認めた女や」

 

 「ははは、ありがとう洋榎。皆のおかげだよ……」

 

 洋榎と拳と拳をコツンとぶつける。

 なかなか感情の幅がわかりにくい洋榎だが、この時ばかりはとても喜んでいるように見えた。

 

 

 「多恵ちゃんナイストップ~!なのよ~!」

 

 「由子!ありがとう!」

 

 満面の笑みで近づいてくる由子とハイタッチを交わす。

 くるくると踊るように喜ぶ由子の姿を見ると、多恵もつい嬉しくなってしまった。

 

 

 「私感動しましだ~~~~」

 

 「漫ちゃん、ありがとね。応援してくれてたんだよね」

 

 未だに泣き止まない漫をあやす。

 自分がたくさんのことを教えたことも大きいが、やはり漫は多恵を慕ってついてきてくれた。故に、今回の対局も必死で応援していてくれたのだろう。

 

 

 漫をあやし終わると、一番奥から歩み寄ってくる影。

 

 

 「恭子……」

 

 恭子はうつむきがちに多恵に近づくと、そのままそっと多恵の背中に両手を回す。

 

 

 「……心配、したんやからな」

 

 「うん……ありがとう」

 

 恭子は軽く握った拳を、多恵の脇腹に優しくぶつける。

 

 何度も、何度も。

 

 それだけで恭子がどれだけ自分の心配をしてくれていたかが、多恵にはわかった。

 両目を腫らした恭子を安心させるように、多恵も恭子の背中をなでる。

 

 多恵はひとまず自分の仕事を達成できたことを、この瞬間になって感じていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「そういうのは控室でやってもらっていいかしら……?」

 

 

 晩成の王者が、とてつもないオーラを纏ってそこに立っていた。

 

 

 「こ、小走?!」

 

 「私も先鋒戦にいたんだからいることくらいわかってるでしょうがこの凡人女……!」

 

 あまりの殺気に思わず飛びのく恭子。

 やえの怒りは既に頂点に達していた。

 

 

 「前々からあんたは本当に気に食わないのよねえ……この手で潰さないと気が済まないわ……!」

 

 「やえすてーいすてーい」

 

 「洋榎は黙ってなさい!!」

 

 ここぞとばかりに茶化しに入った洋榎を、片手で制するやえ。

 

 

 「いいわ……今ここであんたを物理的にぼっこぼ「やえせんぱーーーーい!!」ちょっと由華!今大事な所で」

 

 一歩一歩恭子に近づこうとしていたやえだったが、由華に後ろから抱き着かれたことでその動きを止める。

 

 

 「大事なところなのはわかりますけど……大丈夫ですから、やえ先輩」

 

 やえが軽く振り返ってみれば、いつもの好戦的な由華の表情。

 その瞳は恭子をしっかりととらえていた。

 

 

 「末原さんをぼっこぼこにするのは……私の役目ですから」

 

 「……言ってくれるやないか」

 

 

 バチバチと火花散る二人。

 そんな中でやえが後ろを見てみれば、晩成のメンバーも全員でやえのことを迎えに来ていた。

 

 

 「「やえ先輩~~!お疲れ様でしたああ!!」」

 

 「あんたらもひっつくんじゃないわよ!それに私は一着じゃなかったんだからいいのよ出迎えなんてしなくて……!」

 

 ひっついてきた後輩三人を引きはがすやえ。

 確かにやえの言葉通り、やえは晩成にトップをもたらすことはできなかった。

 

 故に、やえは控室に戻ったら謝ろうと思っていたのだ。

 

 しかし。

 

 

 「やえ先輩。関係ないんですよ」

 

 「紀子……」

 

 「やえ先輩が、最後まで楽しく団体戦を打ち切ってくれた……それだけで、私達には十分すぎるんです」

 

 唯一やえにひっつかなかった紀子が笑顔でそう言ったことに、やえが目を丸くする。

 

 

 「そうですよ!!まだまだこれからです!やえ先輩を優勝させるために、私達がいるんですから!」

 

 「任せてください……この後は、私達が絶対にやえ先輩を優勝させます……!」

 

 

 憧と初瀬が、やえの前でそう言い切る。

 

 

 

 「ほお~それは聞き捨てならんなあ~なあ由子?」

 

 「そうよ~?聞き捨てならんのよ~!」

 

 これに黙っていないのは、姫松の中堅と副将……洋榎と由子だ。

 

 

 「威勢がいいのは構へんけどなあ……ホンマにウチに勝てる気でいるんか?そこの1年坊」

 

 「1年坊じゃありません!私は新子憧!準決勝はダメだったけど……今度こそあなたを倒すんだから!」

 

 

 「初瀬ちゃんはとっても強いのよ~!ウチも負けちゃうかもしれへんのよ~!」

 

 「今度も絶対に……ってあれ?なんか違くない?真瀬さん流れ間違えてません?」

 

 

 やんややんや。

 対局室の扉の前で騒がしくなってしまった姫松と晩成のメンバー。

 そろそろ次鋒戦の時間ということもありしばらくしてからお互いがお互いの控室へと戻っていく。

 

 

 その最後に、やえが多恵を指さした。

 

 

 「多恵。この勝負はあんたの勝ち……けどね」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「()()は負けないわよ」

 

 

 

 

 

 

 

 晩成の5人が、やえを真ん中に置いて並んでいる。

 

 その姿は、昔から考えれば想像もできないことだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 「望むところだね」

 

 多恵も笑顔でその言葉に返す。

 メンバーに関しては、こっちだって負けちゃいない。

 

 

 

 団体戦は、始まったばかり。

 

 

 決勝戦の行方は、まだわからない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 宮永照は、ゆっくりと廊下を歩いていた。

 

 

 初めて知る、敗北の味。

 しかしそれは決して負の感情ではなく……むしろ照は何か自分の中から湧き出る感情に、感動すら覚えていた。

 

 手のひらを、開いて握る。

 

 

 

 

 そんな、時。

 

 

 

 「テルー?」

 

 

 前から、影。

 

 

 

 

 「どうしたの、テルー?テルは、最強……そうだよね?」

 

 「……淡」

 

 

 白糸台の一年生、大星淡の目は、震えていた。

 

 

 「テルが負けるなんて……たまたまだよね?」

 

 「……」

 

 「そっか、そうだよね、たまたまじゃなきゃおかしいもんね。でも大丈夫。テルには、私がいるから」

 

 

 淡が、照の手を握る。

 

 

 「テルが一番強いってことは、私が証明してくるから」

 

 

 

 

 

 

 決勝戦の行方は、まだわからない。

 

 

 

 

 

 



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第129局 次鋒戦開始

 

 

 

 嵐のような先鋒戦が終わってしばらく。

 ようやく会場の空気が落ち着いたころには、話題は次の次鋒戦に移っていた。

 

 モニターには次鋒戦の選手の名前が羅列されている。

 

 

 

 次鋒戦

 

 姫松高校  上重漫 (1年)

 晩成高校  丸瀬紀子(2年)

 白糸台高校 弘世菫 (3年)

 千里山女子 二条泉 (1年)

 

 

 

 「次鋒戦はどうなるかな……」

 

 「白糸台の3年生強いよね」

 

 「いやいや、姫松の1年生も侮れないよ」

 

 「晩成もあんま目立たないけどちゃっかり仕事してんだよなあ」

 

 「千里山の1年生も中学時代から有名らしいよ」

 

 

 

 さまざまな憶測が飛び交う。会場は次鋒戦が始まるのを今か今かと待ち続けていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 千里山女子控室。

 

 

 「……戻ったで」

 

 「怜!!」

 

 扉を開けて戻ってきた怜に抱き着いた竜華。

 

 

 「怜、体調は大丈夫か?」

 

 「おかげさまでな~……途中、あヤバいかもって思ったんやけど、クラリンが本気モードになってくれたおかげで助かったわ」

 

 「あれ本気モードって名付けたんですか……」

 

 船Qは今回の先鋒戦が始まる前から、多恵がなんらかの力を打ち消すことができる可能性に気付いていた。

 その情報はもちろん怜にも伝わっており、とりあえず怜は本気モードと名付けたようだ。

 

 

 「結局、かなり点数減らしてもうたな……みんなごめん」

 

 怜が深々と頭を下げる。

 前半戦が調子よかっただけに、確かに点数は減ってしまった印象だ。

 

 しかしそれを責めるようなことをする人間は、ここにはいない。

 怜が最後まで点数を戻すために努力をしていたことを、わからないメンバーではない。

 

 

 「怜は最後まで頑張ってたもん!全然問題なんかないで!」

 

 「せやせや!後はウチらに任せて、怜はゆっくり休みー!」

 

 バシバシと肩を叩くセーラの姿を確認して、怜もようやくホッとできたようだ。

 自分は確かに点数を落とした。しかし、それは元々織り込み済み。

 

 ここからは力強い仲間たちが戦ってくれるのだから、後は託すだけだろう。

 

 

 「……泉、頼むな」

 

 「……!はい……!」

 

 弱弱しく笑った怜の表情を見て、泉が拳を握りしめる。

 

 

 (やってやる……!私だって、千里山のレギュラーなんだ……!)

 

 

 思わず力が入るそんな泉の背中に、手が置かれた。

 後ろを振り返れば、入学してから3ヶ月、目標にし続けた先輩の姿。

 

 

 「力、入れすぎんなよ。どーせ次はオレや。全部取り返してきたるから、好きなように打ち」

 

 「……ッ!はい!いってきます!」

 

 

 ひらひらと手を振る全員を見届けて、泉が控室を後にする。

 セーラからの言葉はありがたかった。後ろに控えている先輩がどれだけ強い人なのかも知っている。

 

 好きなように打っていいというのは、本心なのだろう。

 もちろん泉もそのつもりでいた。

 

 しかし、泉にはこの次鋒戦で、どうしても負けられない相手がいる。

 準決勝でコテンパンにされた白糸台の弘世菫はもちろんなのだが、泉にとって、因縁ともいえる相手が、姫松にいるのだ。

 

 中学時代は全くの無名でありながら、関西の強豪、姫松高校でレギュラーを勝ち取っている選手が。

 

 それも、自分と同い年でありながら、だ。

 

 

 (これは団体戦……だけど、同じ1年には負けたくない……!)

 

 泉が前を向く。

 好戦的な瞳は、既に対局室の方へと向けられていた。

 

 この次鋒戦は絶対に負けられない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 『さあ、あまりにも劇的な幕切れで気持ちの切り替えが難しいところですが!これから次鋒戦が始まります!』

 

 『次鋒戦も面白いメンツだよねえ~。団体戦では目立たないことが多いって言われる次鋒戦だけど、裏を返せばより実力がでる区間でもあると思うし、楽しみだねい』

 

 『なるほど!次鋒戦は実力がでる区間なんですね?』

 

 『いや、知らんけど。テキトーに言った』

 

 『……』

 

 

 

 

 次鋒戦に出場する選手が、卓の中央に集まった。

 一人ずつ、席を決める風牌を引き、席順が決まる。

 

 牌をめくるのは、菫、紀子、泉、漫の順。

 席決めを終えた全員が、席に着いた。

 

 

 

 照明が落ちる。

 

 ブザーが鳴り響いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 次鋒戦 開始

 

 東家 姫松  上重漫

 南家 千里山 二条泉

 西家 白糸台 弘世菫

 北家 晩成  丸瀬紀子

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 東一局 親 漫

 

 漫 配牌 ドラ{②}

 {②②④⑥4689一二東東南} ツモ{2}

 

 

 漫が手を胸に当てて深呼吸したのち、もう一度配牌を見る。

 公式戦では必ず行う、自分を落ち着かせるためのルーティーン。

 

 これも多恵からの教えだ。

 

 

 (ダブ東が対子、ドラが対子……ええ感じや。多恵先輩が稼いでくれた点数、必ず守って、もっと伸ばすんや……!)

 

 切り出しは{9}から。

 

 ダブル役牌である{東}と、ドラが2枚あるだけで満貫、12000だ。漫は多恵や恭子から習った知識をフルに動員させて、どこから鳴いていくかを事前に決める。

 

 打点がある程度保証できているので、仕掛けやすい。ダブ{東}は無論ポンだ。ダブ{東}は鳴くだけで他家を制限できる。

 それだけ親の2翻というのは偉い。

 

 

 

 一巡目に、泉から{東}が出てきた。

 手形がある程度整っている泉は、鳴かれたくないという意味合いもあり初巡に{東}を切ってきた。

 

 

 

 「ポン!」

 

 漫からすれば願っても無い僥倖。ここから鳴ければ、後は和了に向かって一直線に進めば良い。

 どこからでも鳴いていける。

 

 

 

 

 上家に座る紀子の目が、少し細められた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 タン、タン、と卓に牌を並べる音だけが響く。

 

 あれから7巡が経過していた。

 

 

 

 8巡目 漫 手牌

 {②②⑥⑦2468一二} {東東横東} ツモ{北}

 

 

 (進まない……!)

 

 漫の手は、あれから全く進んでいない。変わったことと言えば、両面受けにできる{⑦}を引き入れたことくらいだ。

 自力でツモが利かないのは仕方がないとして、もっとおかしなことが、この卓で起きている。

 

 

 (晩成の捨て牌……)

 

 漫が、上家に座る紀子の捨て牌を眺めた。

 

 

 紀子 捨て牌

 {南99東八④} 

 {北①}

 

 

 (晩成の人に上家に座られたら嫌やなあと思って席決めしたのが、ホンマにそうなってまうなんてな……)

 

 準決勝で丸瀬紀子という打ち手をある程度理解できたからこそ、漫は紀子に上家に座られるのは嫌だった。

 晩成のメンバーの中では鳴きを駆使するタイプの打ち手で、その鳴きは必ずしも自身の和了に向かうものではない。

 

 どちらかといえば、鳴きが得意というよりも、「自分が和了できそうにない時にどうするか」という対応に優れた打ち手だ。

 

 恭子からも、そう説明を受けている。

 

 

 軽く歯噛みして紀子の方を見つめる。

 捨て牌の{9}は対子落とし。こんな序盤に対子落としなのかと思えば、自分が{④}を切った直後に打{④}。

 

 つまりはおそらく、一つも鳴かせてくれる気はないのだろう。

 

 

 紀子 手牌

 {⑥⑥⑨137一三四八九白中}

 

 

 (悪いけど姫松の1年生……容赦なく潰させてもらうね)

 

 

 由華の陰に隠れているだけで、紀子もなかなか口が悪い。

 

 紀子の手牌はボロボロ。赤も無ければドラも無い。

 漫にダブ{東}を鳴かれた時点で、紀子はこの局はオリに徹することを決めていた。

 

 ほぼ配牌オリ。この判断を下せるのが、紀子の強みでもあった。

 

 

 

 漫が悔しそうに手牌から切る牌を選ぶ。

 本来この手は索子は1ブロックだけにしたかったのだが、このままターツオーバーの形で進行を続けるのはリスクが大きすぎる。

 全員に安全な{北}は一旦手に留めて、もう河に2枚見えてしまったペン{三}のターツを払うべく、{二}に手をかけた。

 

 

 

 

 

 

 

 「ロン」

 

 

 ビクり、と漫の肩が跳ねる。

 

 漫の右肩を、高速で打ち出された弓矢が射抜いた。

 

 

 

 

 

 

 

 菫 手牌

 {赤⑤⑥⑦一三四五六七八九西西} ロン{二}

 

 

 

 

 「5200」

 

 

 『決まった!!先制の和了は白糸台高校の弘世菫!!まさかまさかのチャンピオンマイナスから始まった白糸台の決勝戦ですが、白糸台にはこの人がいます!』

 

 『平和の両面リーチにいかず、場況の良いカン{二}の一通で狙い撃ち……らしいねえ?シャープシューターさんよお』

 

 

 菫の和了に、会場が沸く。

 

 

 

  

 漫が「はい」と小さく返事をしてから、点棒を払う。

 点棒授受の時間も、菫の瞳は、力強く漫を捉えていた。

 

 獲物を、決して逃さないように。

 

 

 (まさかこんなことになるとはな……悪いが……姫松の1年生)

 

 漫以外の3人の視線が、漫に集まる。

 

 

 

 (こうなるかも、とは思っていたんやけど……)

 

 

 

 漫はこの1局で早くも実感することとなる。

 

 

 

 

 この次鋒戦、間違いなく。

 

 

 

 

 

 (全員ウチ(姫松)狙いか)

 

 

 

 

 

 漫は、集中砲火を受ける。

 

 

 

 

 

 

 

 



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第130局 狙われる者

お待たせしました。




 

 東2局 親 泉

 

「ロン」

 

 

 打牌の音だけが響いていた空間に、突如として発声が起こる。

 と同時、姫松の制服を着た少女の肩が小さく震えた。

 

 

 

 

 10巡目 紀子 手牌

 {③④赤⑤2345二二二六七八}  ロン{2}

 

 

 

 

 

 「2600」

 

 「……はい」

 

 

 点箱を開きながら、漫が今の局を振り返る。

 

 8巡目に親の泉からリーチが入り、紀子はその後ツモ切りのみ。

 ということは泉のリーチ時点から紀子の手牌は変わっておらず、あの形であったはずだ。

 

 

 (親の現物とはいえ、最初からダマ……{三}とか持ってきての手変わり待っとったって考えるのが自然なんやけど、どちらかといえば親からのリーチを待ってたみたいで嫌やな……)

 

 親の現物でもある{25}待ちは、ノベタンの形であるとはいえ悪くない。

 タンヤオドラ1の打点であることから考えても、リーチに行く打ち手もそこそこいそうだ。

 

 しかし今相手には、明確に削りたい相手がいるのだろう。

 

 

 (それが、ウチってことなんやな)

 

 漫の額に汗が流れる。

 多恵が勝って帰ってきてくれた時点で、こうなることはある程度予測していた。

 自然なことだ。漫が相手チームの監督であったとしても、そう指示するだろう。

 

 

 

 

 『今度は晩成の次鋒丸瀬紀子!こちらも姫松の上重漫選手からの直撃となりました!打点はさほど高くありませんが、トップから直撃は大きいですね』

 

 『いやートップからの直撃ってか……姫松からの直撃ってのが大きいよねえ?』

 

 

 『……?それは何か違いがあるのでしょうか?』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 清澄高校控室。

 

 

 

 「大アリね」

 

 控室の椅子に足を組んで腰掛けていた久が、針生アナの言葉に反応した。

 

 

 「まあ確かに、姫松のここから先は鬼じゃからのう」

 

 まこが机に頬杖をつきながらため息をこぼした。

 久の言いたいことは、言葉にせずともよくわかっている。

 

 

 「私が戦った守りの化身……愛宕洋榎は言わずもがな、和が対戦した副将の真瀬さん、そして咲が対戦した末原さん……総じて守備力が高すぎるメンバーなのよね。守りの化身に関しては直撃なんてとれる気がしないし、副将の真瀬さんは公式戦マイナスゼロなだけあってリスク管理が徹底されてるから不利状況では崩せない。末原さんに関しては自分が手作るより先に和了られちゃうから削れない……『姫松をトップで中堅に回してはいけない』とはよく言ったものね」

 

 「……確かに、真瀬さんは押し引きのバランスが徹底されていた気がします。点数状況に応じた打ち回しがとても上手でした……」

 

 久の言葉に、和も同意を示す。

 対戦して強さを身に染みて感じているからこその心からの言葉だった。

 

 

 「だから、ここで姫松をできる限り削らなくちゃいけない。それはきっと、他3校の共通認識になっているはずよ」

 

 「……なんだか可哀想だじぇ」

 

 

 タコスをくわえた優希が、同じ1年生でありながらこの決勝という舞台で戦っている漫を見つめる。

 

 その表情は、まだまだ闘志にあふれていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 東2局 親 菫

 

 

 (気に入らない……)

 

 リーチ棒を一本損した泉は、次局の手牌を理牌しながら、複雑な感情を抱いていた。

 

 先輩たちから託された仕事は、もちろんできる限り点数を稼いで帰ること。

 そしてできれば、狙えるなら姫松を削りたいということだった。

 

 ここは決勝。

 2位以内に入ることが条件だった今までのトーナメントとは違い、純粋に1位を目指しに行く舞台のはず。

 それなのにもかかわらず姫松を狙う理由は一つで、この後の姫松のメンバーが守備に優れ過ぎているからということは、もちろん泉もわかっていた。

 

 頭では理解していても、感情の部分では許せないこともある。

 

 

 (同じ1年なのに……!)

 

 姫松の次鋒、上重漫は泉と同じ1年生だ。

 だというのに今の状況はどうか。

 

 白糸台と晩成の2校は、あからさまに姫松を狙っている。

 

 自分のことなど、ハナから眼中にないかのように。

 

 泉が、強く手を握りしめる。

 準決勝で菫に良いようにやられてしまった記憶は、今も苦い記憶として泉の脳に焼き付いている。

 

 しかしその菫は、準決勝の時とは違い、明らかにこちらを狙ってきてなどいない。

 同卓しているから、肌でわかる。

 

 その事実が、どうしようもなく悔しかった。

 

 

 

 11巡目 

 泉 手牌 ドラ{二}

 {②④④23467二三四八八} ツモ{③}

 

 

 

 (張った……!確定三色。ダマでもツモれば跳満。だけどウチは今最下位なんだ。行かせてもらう!)

 

 

 「リーチ!」

 

 

 

 泉が千点棒を卓へと放り投げる。

 勢いよく曲げられた{④}が、乱雑に泉の捨て牌へと並んだ。

 

 

 『二条泉選手リーチに打ってでました!!ダマでも十分な打点に見えましたがここはリーチです!……って、三尋木プロ?』

 

 実況にも熱が入る針生アナに対し、落ち着き払った様子で咏が扇子を閉じる。

 その目は、菫の手牌を見ていた。

 

 

 『……なるほど。エグいねえ、シャープシューター』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 菫はツモ切り。紀子は手出しで安牌を切り、手番は漫へとやってくる。

 

 

 

 漫 手牌

 {①②③④7888赤五六七九九} ツモ{白}

 

 

 持ってきた牌は生牌の{白}。

 一向聴とはいえ、あまり真っすぐいって良いような状況ではない。

 幸い、宣言牌の{④}があるのでオリることには困らないが、ここで安易に{④}を切っていいものかと漫は思考に入る。

 

 

 (当然、山越しで狙ってくる可能性も考慮せなあかんわけやし、あのツモ切りはあてにならん。現状最下位の千里山から和了するより、ウチから和了った方がいいに決まっとるんやからな)

 

 菫がこちらを狙ってきていることはわかっている。

 しかし、安全牌が潤沢にあるわけではない漫からすれば、この{④}は早いこと処理したい牌の一つだった。

 

 そして漫にはもう一つ、この{④}を切れる理由がある。

 

 

 (弘世菫のクセ……この局、指が動いた時に視線が行った先は晩成やった。つまりこの局はウチ狙いではないはず……)

 

 白糸台の次鋒、弘世菫にはあるクセがあった。

 シャープシューターと呼ばれる彼女は狙い撃ちを得意としているのだが、その狙いを定める時……弓を引くような予備動作を伴う。

 その指が動いたタイミングで菫が向いている先が、菫が狙う相手。

 

 この世界の麻雀には不可思議な現象がつきまとう。その不可思議な現象さえもデジタルに解明する、を目標にしている姫松のデータ班が、菫のクセを見逃すわけはなかった。

 

 

 (白糸台も晩成も、このままオリるとは思えん。{④}先切りが、今の最適解や)

 

 漫のはじき出した答えは、{④}切り。

 狙われているのは承知の上だが、逃げ回っていても勝機はつかめない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 1ヶ月前。白糸台高校。

 

 

 インターハイを直前に控えたある日。

 突如として照に呼び出されたチーム虎姫。

 

 照は外向けの記者会見を終えた後、チームの全員をミーティングルームに集めていた。

 

 

 「テルー!きたよー!」

 

 「どうした照。お前が全員を集めるなんて珍しいな」

 

 机の前で読書をしていた照に対し、淡と菫が後ろから声をかける。

 続くように誠子と尭深も部屋に入ってきた。

 

 ゆっくりと本を閉じると、照が全員を見渡す。

 その目はいつも、どこか遠くを見ているような儚い雰囲気を感じさせた。

 

 そんな照から飛び出した言葉は、4人を驚かせることになる。

 

 

 「今年の団体戦……去年までみたいに私が大差をつけて帰ってこられないことがあるかもしれない」

 

 「……それは……どういうことだ?」

 

 「言葉通り。去年もギリギリの戦いだった。負ける気はないけど、私がダメだったらもう終わり……なんてことにはなってほしくないから」

 

 白糸台のメンバーにとって、照の存在は絶対的だ。

 当時そこまで強豪校ではなかった白糸台を優勝するほどにまで押し上げた圧倒的エース。

 

 人の本質を見抜く力と、自身の強烈な連続和了は誰もが高校麻雀界の頂点であると信じて疑わない。

 

 そんな照が、自身が負ける可能性を示唆したのだ。

 こんなことは今までは無かった。

 

 

 「……やはり、去年の個人戦を気にしているのか」

 

 菫が思い浮かべるのは、去年の個人戦。

 照はインターハイチャンピオンになったとはいえ、とても喜べるような状況ではなかった。

 

 照が黙って、後ろを向く。

 

 

 「去年の個人戦、私はあの場の誰に負けてもおかしくなかった。個人戦はまだいいけど……団体戦で、負けたくないから」

 

 その言葉に、菫を含む4人が驚く。

 照はそこまで白糸台の3連覇に興味を示していないのかとも思っていたが、どうやらそれは思い違いだったようだ。

 

 

 「はっきり言うと、皆今のままだと、勝てないかもしれない」

 

 「「「「……!」」」」

 

 照の発言に、全員が息をのむ。

 

 今のままでは優勝には足りない、とはっきりそう告げられたのだ。

 他でもない、打ち手の本質を見抜くことができる照から。

 

 

 「確かに……今までは宮永先輩に頼りすぎていた感はありますね……」

 

 「……」

 

 誠子の言葉に、尭深も無言で首肯。

 去年の団体戦も、簡単な勝利ではなかった。

 

 

 「……だから、これから1ヶ月、全員に別メニューで練習してもらう。練習の内容は……私が決めさせてもらった」

 

 「……やけに本気だな、照」

 

 あまりにも用意が良すぎる照に、菫も一瞬言葉を忘れる。

 高校生活で一番時間を共にした仲だが、ここまで本気の照は見たことがなかった。

 

 照が、改めて全員の方へと振り返った。

 

 

 

 「……負けたく、無いから」

 

 

 

 

 

 その日から、白糸台のメンバーは全員照に与えられた練習メニューをこなしたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 (お前が負けたら白糸台は勝てない。……確かにそう思われているのだとしたら、少し……癪だな)

 

 菫の瞳が鋭く光る。

 

 ぎりぎりまで引き絞られた弓は、勢いよく矢を放つ。

 放たれた矢は寸分違わず。

 

 

 漫の喉元を貫いた。

 

 

 

 「ロン」

 

 

 (は……?!)

 

 

 

 菫 手牌

 {赤⑤⑥⑥⑦⑧567二二三四五} ロン{④}

 

 

 

 「12000」

 

 

 

 

 

 

 『決まった!!!山越し!!徹底していますシャープシューター弘世菫!!またもやトップ目の姫松から直撃!これは大きすぎる一撃になりました!!』

 

 『やっぱり千里山からは和了らないみたいだねい……こりゃあ姫松も安泰ではなくなりそうだねい。知らんけど!』

 

 

 

 

 漫が混乱する頭と、早くなりだした心臓の鼓動を抑えつけながら河を見渡す。

 確かに、今の局狙いは千里山の泉に向かっていたはずだった。

 

 

 (クセを気付いてる……?!いや、準決勝までクセはそのままやった……やとしたら、千里山に絞っていたのに、和了らなかった……?!)

 

 卓の中央に牌が流れていく。

 混乱する頭を必死に落ち着かせ、次の局への対策を練る。

 

 

 (今答えを出すのはあかん……!休憩中に末原先輩に確認しにいくしかあらへん……!とにかくこの前半戦はこのまましのぐしかないんや!)

 

 点棒表示を見る。

 多恵の強い意志でつかみ取った点棒が、みるみる内に減っていっている。

 

 このままズルズルと行くのだけは、許されない。

 

 

 (ウチは皆の代表なんや……この数か月……無駄にしてたまるか……!!)

 

 漫も、自分の性質は理解している。

 しかし不確定な物に頼ることは漫はしない。

 

 思考の放棄は、姫松のプレイヤーとして一番やってはいけないこと。

 

 片手で頬を叩いて、漫は次の局へと意識を移した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そんな様子を、苦虫を嚙み潰したような表情で二条泉が眺めていた。

 

 

 

 

 

 

 

 





感想なかなか返せずすみません。
更新遅くなるかもですが、必ず完結までは書ききります。



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第131局 泉の意地

 次鋒前半戦は、異様な空気のまま進行していた。

 展開自体は、こうなるかもしれないと危惧していた状態そのものだが、思ったよりもその振れ幅が大きい。

 

 次鋒戦開始時から、早くも点数状況は動いていた。

 

 

 

 点数状況

 

 姫松   上重漫 112600

 晩成  丸瀬紀子 108600

 白糸台  弘世菫 104800

 千里山  二条泉  72000

 

 

 

 『あっという間に姫松のリードは失われました!2着の晩成、更には3着の白糸台までが僅差!これは次鋒戦開始からわからなくなってきました……!』

 

 『いやー皆徹底してるねい……相手が1年生だろうが容赦なし……か。ま、でもこのままいくとは、限らなさそうだねい?』

 

 

 

 千里山以外の3校が均衡している。

 晩成と白糸台の徹底した姫松潰しが功を奏し、これで1位の行方はまったくわからなくなった。

 

 そのこと自体は良いことなのだが……この結果が気に食わないのが、千里山の泉だった。

 

 

 (ウチのことは完全無視ってか……山越の{④}。甘く見られたもんやな……)

 

 今の菫の和了は、泉にとっては屈辱的だった。

 自分から和了ることのできた12000を見逃して、わざわざ姫松から奪い取る。

 

 成功したから良いものの、あんなことが続くとは限らない。

 もし仮に今の手を泉がツモれていれば、白糸台にとっては和了れたものを和了せず、高打点をみすみす許していることになるのだから。

 

 それがわかるからこそ、泉にとっては腹立たしい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 千里山高校控室。

 

 

 「泉……熱くなりすぎるなよ」

 

 学ランを羽織ったセーラが、モニターの中で奮闘する泉の姿を見つめる。

 二条泉という一年生は、セーラが育てたと言っても過言ではなかった。

 

 

 「泉、大丈夫ですかね?」

 

 「大丈夫かどうかはわからん。あいつけっこー感情的なトコあるからな」

 

 船Qの質問に対して、セーラが両手を頭の後ろで組みながら答える。

 泉は入学当初から少し自信過剰で、どうしても他者を甘く見ることがあった。

 

 実力自体は申し分ないのだが、あれでは自身より同格かそれより下だと思っている相手に負けそうになった時のメンタルがもたない。

 

 そう思ったセーラが泉に対して最初に行ったのは……。

 

 

 「泉にとって最初の頃のセーラマジ怖かったやろな……」

 

 「そやねえ~……あれは泉じゃなくても心折れるよね……」

 

 「ちょっとした荒療治や。あれくらいなんてことないやろ」

 

 レギュラーにまで名を上げた泉のプライドを、ズッタズタにすることだった。

 

 

 

 

 『おら、24000や。ま~たトビかいな』

 

 『……ッ……!』

 

 

 

 あの時の泉の表情は忘れられない。

 

 元々セーラとは短くない付き合いがあり、自分の師匠だと思って接してきた相手にボコボコにされる。

 

 愛のある行為だとはわかっていても、その時の泉には堪えたであろうことは間違いない。

 

 

 

 

 

 「……あいつの強みは、あの負けん気や。空回りすることも多いんやけど……あいつの負けん気はプラスに働くことやってある。今日は油断なんぞしてないはずやし……これからやってくれるやろ」

 

 「……そうやね」

 

 セーラの泉を信じた物言いに、竜華も同意を示す。

 

 泉はこの千里山で1年生レギュラーを勝ち取った打ち手なのだ。

 舐められっぱなしでは、終わらない。

 

 

 

 

 「さあぶつけてこい。眼中にないのなら……無理やりにでも振り向かせてみい」

 

 

 セーラから攻撃の意志を引き継いだ1年生が、決勝の舞台で戦っているのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 東3局 1本場 親 菫

 

 

 配牌が配られる。

 親である菫が追加の1牌を手に加え、静かに理牌する。

 

 

 (今の所上手くハマってはいるが……晩成が少し鬱陶しいな)

 

 菫が打ちながら感じている違和感……それは晩成の丸瀬紀子から感じる違和感だった。

 

 自身が和了れないと見るやどこに和了らせたいのかを選ぶような打ち回し。

 そして利害が一致していると感じれば、すぐにでも支援してくる姿勢……。

 

 

 (団体戦、ということを理解して打っているようにしか思えんな)

 

 団体戦とはいえ、麻雀は個の競技。

 どうしても自分本位になりがちなこの競技で、紀子はチームのための打ち方を徹底している。

 

 

 (晩成王国……とはよく言ったものだな)

 

 王者小走やえの下に集まった、歴戦の戦士たち。

 

 なるほど確かに、その練度には目を見張るものがあるだろう。

 

 菫が口角を上げる。

 

 

 (いいだろう。それでもまとめて相手してやる。照がやられたら終わりなどと思われているのなら……目にものをみせてやろう)

 

 実際、白糸台の照以外の評価は高くない。

 しかし照が強すぎるからこそ、白糸台は優勝候補と言われていたのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 8巡目 菫 手牌 ドラ{三}

 {赤⑤⑥⑦2456677三三四} ツモ{二}

 

 

 一向聴。

 切る牌の候補としては{2}あたりが最有力候補になりそうだが……菫は隣に座る泉へと視線を移す。

 

 {発}を鳴いて河には萬子と筒子が並ぶ……どうやら索子の染め手模様だ。

 

 

 (……狙うか)

 

 千里山を狙うのは、千里山の現物で聴牌を組みたいという菫の意志の表れ。

 先ほどの局、この作戦が上手くいってトップ目の姫松から直撃をとることができた。 

 

 姫松は現状放銃を恐れている。

 それはそうだろう。あれだけの想いを持ってトップでバトンを渡されたのだ。

 

 その下級生が先輩からもらった点棒を減らしたくない……と守備的な思考になってしまうのは、仕方のない事。

 その思考を絡み取るのが、菫だった。

 

 

 (悪いが利用させてもらうぞ千里山。今は、姫松を潰すのが最優先だ)

 

 鋭い瞳が、泉に向かう。

 

 泉はそれを受けてピクリと肩を震わせたが、怖気づくことなく真正面から睨み返す。

 

 

 (上等だよ……!)

 

 菫の指が引かれると同時、その予備動作に反応を示したのは漫だった。

 

 

 (また……!けど油断はせえへん……!仮に千里山の安牌やったとしても、安易には切らんで……!)

 

 漫も先ほどの局の結果は重く受け止めている。

 しっかりと頭で整理し、冷静に状況を見据える。

 

 間違いなく多恵や恭子から受けた教えが活きていた。

 

 

 

 

 

 次巡 菫 手牌

 {赤⑤⑥⑦2456677二三四} ツモ{3}

 

 聴牌。先ほど索子を切らなかったのが功を奏して、{147}の三面張聴牌を入れることができた。

 前巡、泉は字牌を手から切り出している。

 

 つまり手はそこそこに育っており、そろそろ最後に1枚索子が溢れる頃合いだ。

 

 

 (おそらく出てくるのは{7}……もらうぞ)

 

 引き絞られた弓が、キリキリと音をたてる。

 

 シャープシューターによって定められた狙いは、寸分たがわず獲物を刈り取る。

 

 照が敗れたことによって、更に研ぎ澄まされた菫の麻雀が、次鋒戦で遺憾なく発揮されている。

 

 

 『来ました!白糸台弘世菫選手聴牌です!!先ほどドラを手放して索子を残したことで三面張テンパイを入れることに成功しました!』

 

 『いやー今日は冴えてるみたいだねいシャープシューター。けど……まだわっかんねーよ?』

 

 

 

 

 この局も、菫が制するかに思われた。

 少なくとも会場の意見は、一致していたのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「ツモ」

 

 

 

 

 

 

 

 持ってきた牌を勢いよく叩きつけ、手が開かれる。

 

 

 

 

 泉 手牌

 {12334赤57北北北} {横発発発} ツモ{7}

 

 

 

 

 

 

 「2000、4000は2100、4100……ッ!」

 

 

 

 

 

 この局を制したのは、泉だった。

 

 

 

 

 

 『ツモったのは千里山女子の1年生!二条泉!!意地で和了りを引き寄せました!!』

 

 『いやー好形テンパイに取らず余る予定だった{7}でツモ和了……良い和了なんじゃねえの?知らんけど!』

 

 

 歓声が上がる。

 好形三面張、それも親の高打点聴牌を入れていた菫をかいくぐったのだ。

 この和了の価値は高い。

 

 

 

 

 「よーっし!泉ナイス!」

 

 「うっし!」

 

 千里山の面々も、泉の機転を利かせた和了に喜びを示す。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 (余るはずの{7}単騎待ち……少なくとも準決勝ではそんな打ち回しはできていなかったはずだが……)

 

 点棒を渡しながら、菫が泉の手牌を見つめる。

 

 明らかにこちらの狙いを見越したツモ和了。

 あまり牌を雀頭にして和了を狙ったのだ。出和了りを重視するなら、前巡に切られた字牌単騎が好ましい形。

 

 

 

 「……眼中にないってんなら、無理やりにでも振り向かせてやりますよ」

 

 

 泉の声が、小さく響く。

 

 

 

 「ウチも千里山のレギュラーなんでね」

 

 

 

 千里山の1年生レギュラー。

 

 その瞳は、闘志に燃えている。

 

 

 

 

 

 




 


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第132局 晩成の次鋒

 

 

 

 

 丸瀬紀子は、レギュラーに定着したのは、インターハイ直前だった。

 

 

 完全な小走やえのワンマンチームと呼ばれていた時代、例に漏れず丸瀬紀子という少女もイマイチ目立った長所のない一人の1年生として晩成高校麻雀部に所属していた。

 同学年で頭一つ抜けている巽由華と仲が良く、志も共にしていると自負してはいたものの、結果がついてこなければレギュラーにもなれはしない。

 

 

 「秋の選抜、補欠で丸瀬先輩入ったらしいよ……」

 

 「意外だよね……そんなはずないって信じてるけど、巽先輩と仲良しだからとか……」

 

 3年生が卒業し、2年生がメインにになる。

 王者小走やえが晩成高校の主将として率いるチームとなったその初陣。

 丸瀬紀子は補欠として1軍に帯同していた。

 

 正直、校内ランキングだけで言えば補欠にもなれるか微妙な順位。

 秋は下級生育成の意味合いもあるとはいえ、紀子が現1年のリーダー的存在である巽由華と仲が良いから運よく入れた……とこのように噂されても反論はできないかもしれない。

 

 

 「ロン……!16000!」

 

 「うん。由華、あなたはそれでいいわ。このチー聴を取らなくていいのはあんただけよ」

 

 「はい!」

 

 

 

 由華の活躍は凄まじい。

 夏の敗戦を受けた後、由華は麻雀修羅となった。

 

 有無を言わせぬ弛まぬ努力と、それに比例するようにメキメキと伸びる実力。

 夏のインターハイが、彼女にとってどんな意味をもたらしたのか、ありありとわかる光景だった。

 

 由華が狙い撃ちを受け、やえが先鋒戦で稼いだ大量の点棒が失われていったあの試合を、紀子は観客席から見ていた。

 悔しかったという気持ちに嘘は無い。やえにこんな顔をさせたくないと願った気持ちに、嘘は無い。

 

 しかしどこか、自分にやれることなどないのではないかという気持ちがあったのも、また事実だった。

 

 由華のように派手な打ち回しはとてもできない。

 今チームに求められている『攻撃力』となれるような麻雀は、どうにも自分には向いていないように思う。

 

 例えばやえのような、苛烈な攻撃。同卓者に息すらも許さない、常に相手の喉元に爪を突き立てるかのような麻雀。

 例えば由華のような、重すぎる一撃。いつその場を破壊する大きな和了が出るかもわからない恐怖を相手に抱かせる、懐の広い麻雀。

 

 自分には、そのどちらもない。

 

 どちらの方向にも、行けるような打ち方をしていない。

 ここ数ヶ月、紀子の雀風は攻撃に寄せる余りバランスを崩していた。

 

 

 

 役に立ちたいという願いと、役に立てないという無力感が、紀子の中でゆらゆらと揺れていたのだ。

 

 

 

 

 部活が終わり、帰り道。

 

 日が沈むのも早くなってきたこの季節。

 部活が終わる頃には真っ暗になっていることは、もはや珍しくなく。

 

 

 「ふう……」

 

 紀子も自主練習を終え、校門の前で由華を待っていた。

 

 

 「あら、紀子お疲れ様」

 

 「やえ先輩……お疲れさまでした」

 

 ダッフルコートにえんじ色のマフラーを巻いたやえが、ちょうど校舎から出てくる。

 思わぬところでやえに遭遇してしまった紀子は、やや落ち着きがない。

 

 

 「ええと……由華は……」

 

 「由華は洗牌軽くしてから職員室に鍵返すって言ってたわよ。もう少しで来るんじゃないかしら」

 

 靴箱からローファーを取り出し、ゆっくりと履く。

 このまま自分をスルーして帰宅するのかと思っていたが、やえは自分の前で歩みを止めた。

 

 

 「紀子、あんた最近スランプ気味ね」

 

 「あ……そう、なんです」

 

 補欠でしかない自分の状態をやえが把握していることも驚きだったが、紀子がスランプなのは紛れもない事実だった。

 晩成に必要とされる攻撃力をなんとか手に入れようと、無理な鳴きが増えたり、無駄なリーチが増えてしまっている。

 

 自分ではわかっていても、何かを変えなくてはいけないという漠然とした意識が、紀子の調子を狂わせていた。

 

 

 「やえ先輩の……チームの役に立ちたいんです。けど、どうすれば攻撃力のある麻雀ができるのかわからなくて……」

 

 中学時代からずば抜けて才能があったわけではない。

 そして悲しい事実ではあるが、持て余すような才能と能力があったなら、晩成高校には入ってきていなかっただろう。

 

 晩成なら、全国に行けるかもしれないし、自分が試合に出ることができるかもしれない。

 そういった考えがなかったとは言わない。

 

 しかしやえを見て、この人の下で麻雀を打ってみたいと思った気持ちにも、嘘は無い。

 

 やえが、寒空に長く息を吐いた。

 

 

 「攻撃って、なんだと思う?」

 

 「え?」

 

 やえの質問の意味が、よくわからなかった。

 

 

 「紀子にとっての攻撃は、高い手を和了ったり、より早く和了ったりするみたいなイメージ?」

 

 「そうじゃないんですか?」

 

 「まあ、それが間違いだとは言わないわ」

 

 やえが、紀子の隣で腕を組む。

 強い芯を感じられるその瞳は、とても眩しく。

 

 

 「間違いじゃない……けど正解でもないわね。少なくとも、ほとんど和了を握りつぶしていつの間にか負けてた……なんてこと、私は今まで何回も経験させられてきたわ」

 

 誰のことを言っているかなど、聞くまでもない。

 やえが麻雀を打っていた関西最強と呼び声高いメンバーの中には、守りを駆使してトップクラスの強さを誇る打ち手がいる。

 矛盾しているようで、麻雀においては守備も攻撃なのだ。

 

 

 「紀子を今1軍に入れてる理由の一つにね、あなたの麻雀が面白いと思ったからっていうのもあるのよ」

 

 「え……?」

 

 初耳だった。

 やえはよく麻雀部のメンバーが麻雀を打っている所を後ろ見したり、牌譜を眺めていたりするが、まさか自分の麻雀を「面白い」と言ってもらえるとは思っていなかった。

 

 

 「率直に、余り見たことのない打ち方だと思ったわ。誰かを真似たわけでもない……違ってたら悪いケド、どうしたら勝てるのかを純粋に考え続けてきたんじゃないの?」

 

 「……!」

 

 まさしくその通りだった。

 正攻法で戦っていても、大きすぎる力の前には打ち負かされてしまう。

 

 自分の力量を理解して、どう工夫すれば戦っていけるのかを追求した打ち方が、紀子の麻雀。

 

 この先輩は、それを理解してくれている。

 

 なんか時たま多恵っぽいし、と小声でやえが呟いたのは、紀子には届かなかったが。

 

 

 「ま、せっかく1軍に帯同しているんだから、たくさんの人の打ち方を見て、たくさん学んで頂戴。由華も言ってたわよ『紀子は必ず晩成のレギュラーになります』って」

 

 「由華がそんなことを……」

 

 「じゃ、私はそろそろ行くけど……それにね」

 

 やえが紀子の肩に軽く、手を乗せる。

 ひらひらと手を振りながら歩いていく憧れの先輩の言葉が、紀子の胸に響いた。

 

 

 「無理に攻撃を意識しなくても、あなたの麻雀は元から攻撃型よ」

 

 

 「……!ありがとうございます!」

 

 

 由華ほどではないにせよ、紀子だってやえに対する尊敬の念はいつもある。

 それが今日、更に大きくなった。

 

 

 (そりゃ、由華じゃなくても心酔するね……)

 

 こういうのを、カリスマと呼ぶのだろうか。

 

 下げていた頭を上げて、小さくなっていくやえの背中を見送る。

 

 

 (ああやっぱり、私もあの人と一緒に全国に行きたい)

 

 今のままでいい。

 やえにそう言ってもらえたことは、紀子にとって大きな自信へつながった。

 

 だからそう。

 

 

 

 

 「ごめんごめん、お待たせ!……ってどしたの紀子」

 

 「え……?」

 

 

 「いや……顔真っ赤だしめちゃくちゃニヤけてるけど」

 

 

 少しくらい、頬が緩んでしまうのも仕方がないのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 東4局 親 紀子

 

 

 

 

 「リーチ」

 

 

 発声は、親の紀子。

 静かに場に置かれた千点棒が、卓の緊張感に拍車をかける。

 

 

 『晩成の丸瀬紀子選手、先制リーチです!晩成の中ではリーチ率は高くない打ち手ですが……これは驚きのリーチになりましたね』

 

 『いやーわっかんねー!おもしれえなこのコ!』

 

  

 第三者目線で見ている実況解説や観客はともかく、同卓している人間からすれば、この親リーチは厄介この上ない。

 

 せっかく一つ和了って勢いに乗れたと思っていた泉も、思わず顔をしかめた。

 

  

 (晩成……!目立たないのになんか打ちづらい……!)

 

 紀子の河を見てみれば、どこか違和感を覚える打牌。

 教科書通りの打ち筋が通用しないことは、チームメイトである船Qから警告を受けている。

 

 

 同巡 菫 手牌 ドラ{3}

 {②②④233445赤五六西西} ツモ{七}

 

 

 聴牌。

 ドラドラの手牌で、{西}は姫松の漫が持っているであろうことから、待ちになるように調整してきた。

 

 

 (晩成には間に合わなかったが……)

 

 リーチ者の紀子へと視線を移す。

 宣言牌は、{赤⑤}だった。

 

 

 ({赤⑤}切りリーチの場合、{①④}待ちと{⑥⑨}待ちは大本命だが……今回は私の目から{②}が全て見えている。{①④}は無い。そして染め手やチャンタが予想される河でもなく……ましてや七対子でもない。赤がかなり見えていて、ドラドラでなければ高くはない……)

 

 親のリーチに立ち向かいたくはないが、今回は条件が整っている。

 場と自分の手に赤が見えていて、残り2枚のドラを持たれていなければ高くはなさそうで、加えて{④}はリーチにはかなり通りそうだ。

 

 二家リーチとなれば安牌に困った姫松から{西}が期待できる可能性もある。

 

 

 (もしかすれば、晩成はそこまで見越してのリーチかもわからないな)

 

 姫松を削る。

 次鋒戦における暗黙の了解。

 

 少し考えた後、菫は手牌から{④}を持ち上げた。

 

 

 「リーチ」

 

 めくり合いになれば厳しいかもしれないが、姫松からの出和了りが期待できる。

 菫にとってその条件は大きかった。

 

 

 「ロン」

 

 「……!」

 

 しかし菫から放たれた{④}は、紀子に通らない。

 

 

 

 

 紀子 手牌

 {⑤⑥33789一一一二三四} ロン{④}

 

 

 「7700」

 

 

 ({④⑦}待ちだと……?)

 

 

 

 

 

 『晩成の丸瀬紀子!白糸台からの出和了で7700点の加点です!』

 

 『いやー当たるなんて思わねーよなあ。自ら打点を下げる赤切り……けどま、ツモれば同じ4000オール……なら少しでも出和了率を上げる赤切りの方が期待値は高そうって感じかねえ?知らんけど!』

 

 

 開かれた手牌に、紀子以外の3人が目を見開く。

 3人は紀子に釘を刺されたのだ。

 

 赤を切っても油断するなよ、と。

 

 

 丸瀬紀子には、高打点も、仕掛けて速攻もあるわけではない。

 

 しかしそれでも今、対戦相手には間違いなくプレッシャーがかかっている。

 

 

 

 (これが私の『攻撃』。優勝旗は、必ず私達晩成が持ち帰る)

 

 

 

 もう、あの頃観客席から眺めるだけだった丸瀬紀子はいない。

 

 強気の晩成王国の次鋒を務める2年生は、他のメンバーに引けをとらない戦術型攻撃特化の打ち手なのだ。

 

 

 

 

 

 『驚きの赤切りリーチが実り、丸瀬選手の和了!そしてなんと……!』

 

 

 

 

 

 点数状況

 

 晩成  丸瀬紀子 114200 

 姫松   上重漫 110500

 白糸台  弘世菫  93000

 千里山  二条泉  82300

 

 

 

 

 

 

 『姫松ここで一旦トップを譲ります!晩成高校が首位に立ちました!!』

 

 『いやー面白くなってきたねい!』

 

 この紀子の和了で、ついに晩成が姫松を捉える。

 

 トップから最下位までの点数が詰まってきたことで、見ている側の熱量も増していく。

 打っている側はたまったものではないが、見ている側は接戦の方が盛り上がるのが麻雀。

 

 

 そして特に。

 一番気が気ではないのは一人の選手。

 

 

 

 

 上重漫が胸に手を当てて深呼吸をしながら点数表示を見た。

 

 

 

 

 (まだ、終わってへん。次鋒戦が終わるときにウチがトップにいればええんや)

 

 落ち着け、落ち着け。そう、自分に言い聞かせるように。

 

 

 

 

 後日、漫は自分の対局を見て思う。

 

 

 この時はまだ、自分があんなことになるとは思わなかったな、と。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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第133局 高い壁

 

 

 

 インターハイ団体戦決勝次鋒戦。

 あまりにも熾烈な激戦だった先鋒戦に続き、次鋒戦は読みが交錯する見ている側も息が詰まる展開を繰り広げていた。

 

 

 『さあ、東4局1本場は流局で流れ、前半戦は南場へと入っていきます!』

 

 『今のも誰もリーチしてねえのにダマで聴牌が入っていた白糸台の待ちを読み切ってオリた晩成が流石だったねえ。このコあんま注目されてなかったけど、かなり上手なんじゃねえの?知らんけど!』

 

 

 

 南1局 2本場 親 漫

 

 

 

 東4局1本場は流局。

 やられた分をやり返そうとダマで聴牌を入れた菫だったが、勢いよく打ち出した矢は今回も空を切った。

 

 

 (晩成……想像していたよりよっぽど厄介だな……まあ、今はそれはいい。この局の目標は……)

 

 せっかくの手牌だったが、悔やんでいても仕方がない。

 前半戦も折り返し、南場に入った。まずこの南1局でやることは一つ。

 

 

 「ポン」

 

 紀子から打ち出された{中}に反応したのは、菫。

 

 河から{中}を拾い上げる様子を、漫が苦々しく見守る。

 

 

 (また流す気か……!させへん……)

 

 徹底した姫松マーク。

 

 漫を含めない点棒交換が一度挟まったところで、漫以外の認識は変わってなどいない。

 この次鋒戦の命題はただ一つ。姫松をトップで中堅に回させないことなのだから。

 

 

 ようやく漫にツモ番が回ってくる。

 

 息を吐いて手牌の上にツモって来た牌を置いた。

 

 

 3巡目 漫 手牌 ドラ{3}

{①①③④289一二七九白発} ツモ{⑦}

 

 

 (いやいくらなんでも悪すぎやろ……!)

 

 思わず顔に出しそうになるほどに手牌が悪いが、それを悟られるわけにはいかない。

 漫はこの手をどのように聴牌まで持っていくかを、必死に考え始めた。

 

 

 (状態は全然上がってへん。変に真っすぐ打ったら放銃するだけや……せめて手牌がもう少し良ければ……)

 

 と、そこまで考えて漫はブンブンと大きく首を横に振った。

 

 

 (配牌を嘆いててもなんも現状は変わらへん。先鋒戦の多恵先輩を思い出すんや。どんな時も、前を向いて最適解……!)

 

 思い出すのは、いつも自分を指導してくれていた先輩たち。

 運を言い訳にしない、強い先輩たち。

 

 漫はこの3か月間、ずっと見てきたのだ。

 今できる最善を取ろう。

 

 手牌から{白}を切り出していく。

 

 役牌を重ねられれば、和了率は上がるかもしれないが、このドラ無し赤無しの手牌で手牌を狭める行為は死に等しい。

 ならば面前で安牌を持ちつつ、冷静に聴牌を狙っていく。

 

 何も点数が完全に無くなったわけではないのだ。

 

 

 

 

 9巡目。

 

 

 「リーチや」

 

 声がかかったのは、下家の泉。

 鋭い眼光は、既に漫を睨みつけている。

 

 

 (千里山……!)

 

 現状ラス目の千里山のリーチには、どこの高校も行きにくい。

 

 菫はすぐに手牌を崩し、安牌として持っていた{東}の暗刻に手をかけた。

 

 紀子も一巡目は泉の安牌の牌を打ち出して、大人しめの進行。

 

 

 漫 手牌

 {①①②③④2389四六七中} ツモ{西}

 

 

 (なんとかここまで持ってきたはええけど……リーチに押していけるほどやない……)

 

 形は多少マシになったものの、良いとは言いづらい。最大のネックであるペン{7}の部分が既に河に2枚放たれており、ここが最終形になってしまえば勝ち目はかなり薄い。

 

 以上のことから、無スジを押していけるだけの価値がこの手牌には無いのだ。

 

 

 (けど……せやからって全てを諦める必要はないんや。とにかく聴牌だけでももぎとる…!)

 

 通っている牌である{西}を切り出す。

 先制リーチを打たれたことで、漫のこの手牌は和了することはかなり厳しくなってしまった。

 

 しかしそこからでも諦めないのが姫松の麻雀。

 粘り強く最後まで聴牌を目指すことを決めて、漫はもう一度大きく息をついた。

 

 

 

 16巡目。

 

 なかなかリーチの泉はツモれずにいた。

 泉自身、両面待ちではあるものの、場況が良いとはとても言い難い待ちだっただけに、ツモれないこと自体にそこまでの不満は無い。

 

 

 (まあ、ええやろ。ここで姫松の親を流せればとりあえずは目標達成……気に食わんけどな)

 

 泉も、感情と理性がせめぎあって、複雑な心境だった。

 同じ1年生であるはずなのに、ここまで徹底マークされる漫と、そのせいで準決勝でボコボコにされた相手に、決勝で見向きもされないという事実。

 中堅戦以降のことを考えれば、ここで姫松を落とさなきゃいけないということはもちろん分かっている。

 わかるからこそ、なにかモヤモヤとした気分が晴れなかった。

 

 

 (ま、このまんま沈んでいくだけやったら、その程度ってことやろ。……ウチの方が、強い)

 

 持ってきた牌は、和了牌ではない。

 河へと切り飛ばす。

 

 菫は盤石のオリで冷静に打牌をし、紀子のツモ番。

 紀子は小考を挟んだ後、手から{7}を切り出した。

 

 

 「……チー……!」

 

 漫がその{7}に声をかける。

 この{7}は喉から手が出るほど欲しかった急所の牌。

 

 手から{七}を切り出して。

 

 

 漫 手牌

 {①①②③④23四五六}  {横789}

 

 なんとか聴牌へたどり着いた。

 

 

 (まだ……まだ終わらせへん……!)

 

 形式聴牌で危険牌を切りだしていくのは、勇気がいる。

 自分は和了れない手牌で、相手に当たるかもしれない牌を切るのだ。そもそもからして釣り合っていない。

 

 しかし、親権維持や、着順の関係によって、時として押したほうが有利になる場面がある。

 漫はそのギリギリのラインを必死でもがきながら、最終局面でなんとか聴牌を入れたのだ。

 

 今の打牌で聴牌が入ったことをほぼ確信した泉が、表情を歪める。

 

 

 (聴牌入れられたか……。晩成もおそらく{7}しか安牌が無くなったのか……?)

 

 ここまでの対局を見ていて、そうやすやすと対面に座る晩成の打ち手が、漫の欲しい牌を切るとは思えない。

 しかしながら、親に鳴かれない牌を意識しすぎて、リーチに放銃してしまっては元も子もない。

 

 だからこそ、捻りだした{7}。泉の目には、そう映っていた。

 

 菫も少しだけ目を細めて紀子を一瞥した後、ここまで取っておいた最後の{東}に手をかける。

 

 白糸台のエースを支え続けた3年生は、オリにも無駄がなかった。

 

 そして、紀子にも最後のツモ番が回ってくる。

 

 持ってきた牌を手牌の上に載せて、紀子がもう一度小考に入った。

 

 

 (晩成……安牌が切れたのかな……?)

 

 漫からしても、紀子から鳴ける牌が出てきたことは意外だった。

 ここまで徹底した絞りをしてきた紀子なだけに、ここで聴牌を入れさせてくれるという期待はあまりしていなかったのだ。

 

 ここで現時点トップ目の晩成から、ラス目の千里山への横移動は、漫にとってはプラスでしかない。

 

 あまり手詰まり放銃を起こすようなタイプには見えないが、漫は紀子の打牌を静かに待った。

 

 

 

 

 紀子が、一つ、頷く。

 

 1枚の牌を、手牌から持ち上げた。

 

 ぎりぎりまで考えて絞り出した紀子の答え。

 

 

 その牌は。

 

 

 

 

 

 

 

 「リーチ」

 

 

 

 

 

 

 横を向いた。

 

 

 

 

 

 

 (は?)

 

 

 

 

 

 

 紀子が点箱を開ける音。

 出てきた青い1本の棒は、間違いなく『リーチ』を告げる物。

 

 残り山に目を向ける。残っているのは、1枚だけ。

 

 

 悪寒が漫の全身を襲う。

 

 

 

 

 

 

 

 『な、なんと!!!晩成の丸瀬紀子!!ツモ番無しリーチ敢行です!!!』

 

 『いやえっぐいねえ……最後の牌がただの安牌ならこの千点は無駄になる。……けど、それ以上に姫松が聴牌を維持できなくなる方を選んだってことか』

 

 

 驚いたのは、何も漫だけではなかった。

 

 泉と菫も、まさかのツモ番無しリーチに目を見開く。

 

 

 (そこまでやるか丸瀬紀子……!)

 

 卓の中央に、2本目のリーチ棒が転がる。

 

 

 (晩成……!そのリーチ棒、無駄になるかもしれないのに……!)

 

 

 歯を食いしばって、漫が最後の牌に手を伸ばす。

 

 

 (安全牌……なんなら和了り牌でもいい!海底がつけば1000オール。そのふざけたリーチ棒ごともらってやる……!)

 

 

 

 漫 手牌

 {①①②③④23四五六} {横789} ツモ{五}

 

 

 現実は、最後まで漫に厳しかった。

 

 

 

 

 『無スジ……!しかもリーチ者両名に通っていない無スジです……!』

 

 『いや、えっぐいわ……私も若干引いてるわ。しかしそれでいて天晴れだねえ晩成の次鋒。本当に効果的に相手の嫌がることができてる。こういう麻雀を貫けるってえのは、芯が強くないとなかなかできないよ』

 

 

 漫が持ってきた{五}を右端に置いて、右手で強く握りしめる。

 

 

 (……ぐ……!)

 

 到底切れる牌ではない。

 紀子のリーチが無くたって泉にはとても切れる牌ではないのだ。

 スジはかなり通ってしまっていて、両面で泉に当たるスジは2スジしか残っていない。

 その一つが、{五八}のスジだった。

 

 まんまと罠に嵌められ、紀子を睨みつける漫。

 

 しかし、ここで感情的になってこれを切り飛ばせば、それこそ意味がない。

 

 深呼吸を繰り返し、頭を冷やす。

 冷静になった頭で考えれば、これはやはり、切れる牌ではなかった。

 

 

 

 

 『流局です!!最後の最後でオリを選択せざるを得ませんでした上重漫!晩成と千里山の2人聴牌で局は進みます!』

 

 『いやー、危なかったねい。1年生とは思えないくらい冷静だったねえ。ここまでの徹底マークで相当フラストレーション溜まっているだろうし、切っちゃうかもなあって思ったんだけどねえ。知らんけど』

 

 『踏みとどまりました上重漫!最後の{五}を切っていたら千里山に満貫放銃でしたからね……!』

 

 

 泉と紀子の聴牌形を確認して、漫は海底で回ってきた{五}が本当に当たり牌であったことを知った。

 

 

 (大丈夫。まだ冷静に戦えてるはずや……先輩たちに会う前のウチやったら絶対放銃しとる。自信もって、戦うんや……!)

 

 親番は流れてしまった。

 

 しかし晩成との点数差がそれほど離れているわけではない。

 だから、まだ大丈夫。

 

 

 (せやけどやっぱり……)

 

 

 漫はこの3ヶ月で、自分の能力とも言える強みを理解し始めていた。

 そしてその能力が、劣勢に立った時に発動しやすい、とも。

 

 しかし実は、漫の能力は、運量で押し切られたり、非常に高い手を放銃したり、自らのミスで発動することが多かったのだ。

 

 今の状況は、そのどれにも当てはまらない。

 

 能力に頼るつもりは一切ないが、このジリジリと削られていく展開が、漫にとって最悪のパターンだった。

 

 

 

 自動卓が、次の配牌を用意すべくガラガラと音をたてる。

 

 

 下家の泉が卓の中央のボタンを押してサイコロを回した。

 

 漫が唾を飲み込む。

 

 

 

 (強い……これが、インターハイ決勝なんか……!)

 

 

 

 

 

 まるで表情を崩さない3人が、漫からはとても大きく見えていた。

 

 

 

 

 

 



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第134局 火をつけろ

前話の感想で、ちらほら「自身のツモ番が無い状態でのリーチはできない」という声を頂きました。
実は、ツモ番が無くてもリーチができる、というルールがあり、最近では一番大きなプロの大会でも、このツモ番無しリーチアリのルールを採用しています。

咲の世界ではそこのルールに触れている描写はなかったので、今回は「ツモ番無しリーチ」はアリ、ということで進めさせていただきます。

元々主流ではないルールなので違和感を感じるのも当然ですよね汗
説明不足で混乱を招いてしまい申し訳ありません。


では気を取り直して、本編をお楽しみください。





 

 

 漫の前半戦最後の親番が流された直後。

 南2局3本場も紀子が軽快に仕掛けて和了りを取った。

 

 南3局に漫が意地でリーチから和了を手にするものの、リーチツモドラ1の1000、2000と打点はあまり高くない。

 

 そして今、オーラス紀子の親番を迎えていたが……。

 

 

 「ロン」

 

 菫の発声と同時に、次鋒戦前半戦は終局を迎えたのだった。

 

 

 

 次鋒戦前半戦終局

 

 晩成  丸瀬紀子  118600

 姫松  上重漫   106200

 白糸台 弘世菫    94400

 千里山 二条泉    80800

 

 

 

 

 

 

 『次鋒戦前半戦終了!!次鋒戦は白糸台が有利かと思われていましたが、この前半戦を制したのは晩成高校丸瀬紀子!!派手な和了こそありませんでしたが、着実に点数を伸ばしました!』

 

 『ん~どこの高校も姫松を抑えにきてた感じがあったねえ~。んで、そういう戦法を一番得意としてたのが、晩成っぽいよねえ知らんけど。少なくとも千里山のコはかなり窮屈そうじゃね?』

 

 

 『様々な思惑が交錯してきましたこの団体決勝戦!次鋒後半戦はこのあとすぐです!』

 

 

 

 

 

 

 

 暗くなっていた照明に光が戻り、今まさに対局を行っていた4人が緊張を解く。

 

 漫はそんな中で悔しそうに点棒表示を見つめていた。

 

 

 (個人戦やったらハコやん……相手が強いとか、学年が上とか……そんなん言い訳にならん……!)

 

 他のメンバーが控室へと一旦戻る中、漫はその場から動けずにいた。

 前半戦での反省点が浮かんでは消え、浮かんでは消え……。

 確かに配牌やツモが良かったとは思わないが、反省点が無いわけではない。

 

 ずるずると悪い雰囲気のまま点数を減らしていってしまったこと。

 最後の放銃も、巡目が早かったとはいえ、自身の手と照らし合わせて、行く価値があるかどうかは微妙なところだった。

 

 漫の手に、じんわりと汗が広がる。

 

 このまま帰れるはずがない。

 

 先鋒戦であれだけの感動と共に、トップを持ち帰ってくれた多恵と。

 そして姫松の皆が、漫を笑顔で送り出してくれた。

 

 好きなように打ってきていい、と。

 

 先輩達は後がない最後の年で、1年の自分にこんなにも温かい言葉をかけてくれる。

 その気持ちに、応えたい。

 

 

 (後半戦は……後半戦は絶対……!)

 

 しかしその期待は、転じてプレッシャーにもなる。

 初めてのインターハイ。そして決勝戦。

 漫を押し潰すプレッシャーは、並大抵のものではなかった。

 

 早くなる心臓の鼓動をなんとか落ち着かせようと、漫が深呼吸を繰り返す。

 

 

 

 「なんちゅう顔してんねん」

 

 そんな漫の頭に、固い感触。

 ビクリと肩を震わせて後ろを振り向いてみれば、そこにはよく知る先輩の姿が。

 

 

 「すっ、末原先輩?!」

 

 そこには、いつものパンツスタイルで片手にバインダーを持つ恭子の姿があった。

 

 

 「すみません!あ、あの、後半戦は必ず……必ず点数増やして帰りますんで……!」

 

 「別にそんなん言いにきたわけやない……えーっとな……」

 

 反射的に頭を下げる漫に対して、恭子は困ったように額に手を当てた。

 

 

 「……このデータ、見てみ」

 

 「……え?」

 

 恭子がおもむろにバインダーを開き、一つのデータを漫へ見せる。

 そこには、晩成の丸瀬紀子の平均打点のデータが載っていた。

 

 

 「丸瀬、想像以上に厄介やったな。ウチらもめんどそうな相手やとは思っとったけど、まさかここまでとは思ってへんかった。……けど、平均打点自体はかなり低い。晩成の中やったらぶっちぎりで低いな。……せやから、惑わされることはない。いつも通りや。漫ちゃんやったらこの程度一撃で取り返せるわ」

 

 恭子に言われるがままデータを見てみれば、たしかに紀子の平均打点は非常に低い。

 この半荘を振り返ってみても、そこまでの高打点は無かったように思う。

 

 手数と打ちまわしに翻弄されて和了が遠のいていたが、そこまで絶望的な点差になっているわけでもないのだ。

 

 資料をじっと見つめる漫の肩に、恭子の手が置かれる。

 

 

 「気張らずに、いつも通りでええ。多恵も洋榎も、『漫ちゃんらしい麻雀してくればええ』って言っとったで」

 

 「いつも……通り」

 

 それが難しいことは、恭子も重々承知。

 この大舞台で1年生がいつも通りの打牌ができないことは、他でもない「凡人」である恭子にもよくわかる。

 

 それでも、この言葉を伝えたかったのだ。

 

 

 

 「あ、でも次の半荘も25000点失ったら漫ちゃんと多恵のデコの無事は保証できんな」

 

 「それはあんまりですよ?!」

 

 すこし大き目の声で突っ込んで……そこで漫は手のひらににじんでいた汗が引いていることに気付く。

 

 この目の前の少しだけ不器用な先輩が、自分を励ましに来てくれたことに、漫は感謝していた。

 

 

 (やっぱり……この先輩たちに……いや、この先輩たちと一緒に、優勝したい……!)

 

 

 この3ヶ月で、漫はたくさんの物をもらった。

 それは何も、麻雀の知識や経験だけではない。

 

 姫松の先輩たちからは、「努力は時に才能を凌駕する」ということを身をもって教えてくれた。

 

 それが漫にとってどれだけ眩しいものだったか。

 

 

 今日が、そんな先輩達に恩返しできる最後のチャンス。

 

 

 

 「あ、それとな。多恵から伝言や。『失敗しても、次の最善』やって。言えばわかるって言われたんやけど……」

 

 「……!」

 

 それは、この3ヶ月の特訓で多恵から繰り返し言われた言葉。

 

 失敗することも多かった漫は、多恵によくこう言われていたのだ。対局中は、とにかく次の最善を考えろ、と。

 反省も後悔も、終わった後でいい。大切なのは、対局中は愚直に、前へ進む道を模索し続けること。

 

 

 

 

 漫の瞳に、炎が宿る。

 

 

 

 「……はい!頑張ります!」

 

 

 その炎は、導火線に火を点けるに足りうるか。

 

 

 

 

 今できるベストを。

 

 次鋒後半戦が、始まろうとしていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 次鋒後半戦

 

 

 東家 千里山  二条泉

 南家 晩成  丸瀬紀子

 西家 姫松   上重漫

 北家 白糸台  弘世菫

 

 

 

 

 場決めが終わり、それぞれが席に着く。

 漫はまたもや紀子の下家になってしまったことに若干の焦りを覚えつつも、西家の席へと腰を下ろした。

 

 

 (けど、関係ないねん。ウチのベストをこの後半戦にぶつける…それだけや)

 

 一つ呼吸をして目を閉じれば、いつだって浮かんでくるのだ。この日のために費やしてきた研鑽の日々が。

 

 姫松で過ごしたこの3ヶ月という短い時間が、どれだけ自分にとって大切だったか。

 どれだけ自分に大きな影響を与えてくれたのか。

 

 1つ上の先輩が、どんな想いで自分にこのレギュラーの座を託したのか。

 

 

 多恵と共に教室の外からその想いに触れたことを、忘れた日はない。

 

 

 今、漫の想いは一つだけになった。

 

 

 

 『姫松高校に、先輩たちに。恩返しがしたい』

 

 

 

 

 ただ、それだけでいい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 対局室の照明が落ち、中央の卓にのみスポットライトが当たる。

 

 対局開始を示すブザーが、鳴り響いた。

 

 

 

 『お待たせしました!次鋒後半戦開始です!三尋木プロ、後半戦はどのような展開が予想されますか?』

 

 『いや~基本的には前半戦と変わらねえと思うけど……って……思ったけど~。そうはならないかもねぇ〜…知らんけど』

 

 

 扇いでいた扇子を閉じて、咏が面白いものを見つけたとばかりにモニターへ視線をやる。

 解説席に備えられたモニターには、既に各選手の配牌が映し出されていた。

 

 

 

 

 

 

 東1局 親 泉

 

 

 「チー」

 

 紀子の発声は唐突に訪れた。

 まだ5巡目であるのにも関わらず、泉が切った{①}を{②③}でチー。

 

 泉の眼光が鋭くなる。

 

 

 (晩成……また早く局を流すつもりか……?)

 

 場に役牌が出切っていない今の状況で、紀子の役を絞ることは難しい。

 別段不思議な捨て牌をしているわけでもないため、チャンタ系や染め手の仕掛けとは思いにくい。

 

 

 しかしこの紀子の鳴きの狙いは、もっと別の所にあった。

 

 紀子の表情は、この局が始まってから一度も変わっていない。

 

 その表情は前半戦のときのような読み取れない無表情でも、余裕を感じるような表情でもない。

 

 表現するとしたら、そう。

 

 

 

 「リーチ」

 

 「……!」

 

 

 

 焦り、だった。

 

 

 

 『姫松高校のルーキー上重漫!先制リーチです!強気な打牌選択でここまできましたね!』

 

 『ひゅーう!いやあ調子が良い時ってのは打牌選択に迷いがないよねえ!知らんけど!』

 

   

 明らかに前半戦とは違う雰囲気の漫からのリーチ。

 {白⑤3四六横⑦} と並んだ漫の河は、他者から見れば脅威でしかない。

 

 

 「……チー」

 

 歯を食いしばって、菫が鳴きを入れる。

 せめてもの一発消し。

 

 

 (晩成も感じ取っていたか……しかしこれも、一時しのぎにしかならんだろうな……)

 

 漫の捨て牌の違和感。そして打牌選択の迷いの無さ。

 

 これらが導き出す答えは一つ。

 

 

 

 

 

 

 

 「ツモ」

 

 

 

 

 瞬間、卓全体を爆風が襲った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 漫 手牌 ドラ{一}

 {⑦⑧⑨⑨⑨⑨七八九8999} ツモ{7}

 

 

 

 

 

 

 「3000、6000」

 

 

 

 

 

 『決まったああ!!後半戦挨拶代わりの跳満ツモ!!姫松高校上重漫!!後半戦から反撃開始です!』

 

 『っかあ!しっかり高目ツモかよ!気持ちいいねい!こりゃ後半戦面白くなってくるんじゃねえの?!』

 

 

 

 

 漫の瞳が鋭く光る。

 

 

 先輩達の想いを受け継ぎ、そしてその先輩達へ恩返しがしたいという強い想いは。

 

 

 

 

 今、この大舞台で『上重漫』という爆弾の導火線に、火を点けた。

 

 

 

 

 

 

 




気付けば総合評価が15000ptを突破していました……!
めちゃくちゃ嬉しいです!

良かったら感想高評価お待ちしております〜


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第135局 対上重漫包囲網

 

 

 

 『決まったああ!!後半戦挨拶代わりの跳満ツモ!!姫松高校上重漫!!後半戦から反撃開始です!』

 

 『っかあ!しっかり高目ツモかよ!気持ちいいねい!こりゃ後半戦面白くなってくるんじゃねえの?!』

 

  

 

 「漫ちゃんやったのよ~!」

 

 「おお!いい感じの和了りやな」

 

 次鋒後半戦が始まった直後の漫の和了りに、姫松高校の控室はにわかに色めき立っていた。

 漫の得意とする789が多い手牌。高目をツモって跳満。

 いわゆるゾーンのようなものに入ったであろうことは、控室の4人も感じていた。

 

 

 「前半戦はいい感じにおさえこまれてもうたからな……ここから頼むで、漫ちゃん」

 

 漫の元に行ってきた恭子が、抱えていたバインダーを机の上に置きながら厳しい表情でモニターを見つめる。

 漫にようやく火が点いた。それ自体はとても喜ばしいことではあったが、これはあくまでスタートライン。爆発した後は漫が蹂躙するだけであればそんなに楽なことはない。そしてそんな楽をさせてくれるメンバーが、この団体戦決勝にいるわけがない。

 

 

 「……油断はできないね。周りが漫ちゃんが爆発する可能性を考慮してないはずがないし、ここからは更に絞りが厳しくなると思ったほうがいい」

 

 「せやな。前半戦もやけど上家におるんがあの晩成のやろ~な~んかいい感じはせえへんよなあ~」

 

 多恵の言葉に賛同するのは、いつも通り椅子を逆側にして座り込む洋榎。 

 手に持ったボールペンを器用にぐるぐると手元で回しながら、浮かない顔で状況を観察していた。

 

 

 「それにな、漫ちゃんが爆発するんも、少し早ないか?」

 

 「主将も感じてましたか。実は私も感じました」

 

 「確かに、まだ後半戦始まったばかりなのよ~」

 

 漫の爆発は、何かしらのトリガーを経て爆発へとつながる。今回はいつも以上に気合が入っていたため、開幕から爆発したものと思われるが、彼女が東発から爆発した事例は未だにない。

 

 だからこそ、ここから先この状態を最後まで持たせることができるのかが、姫松のメンバーにとっての不安要素だった。

 

 

 「でも、信じるしかない。大丈夫!ここで仮に着順が落ちたとしても……洋榎がどーせ取り返してくれるよ」

 

 「あったりまえやないかい。んなんは決定じこーや。漫は気楽に打ったらええねん」

 

 洋榎がどや顔で背もたれに寄り掛かろうとして、背もたれが無いことに気付いて後ろから転げ落ちる。

 恭子が額に手をあてて呆れていた。

 

 モニター前のソファで、由子と多恵が隣合わせで座りながら固唾を飲んで漫を見守る。

 

 

 「漫ちゃんファイトなのよ~!」

 

 「……漫ちゃん、ここからが正念場だよ……!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 東2局 親 紀子 ドラ{③}

 

 

 漫以外の3人が、漫の導火線に火が点いたことを確信した。

 多恵の読み通り、この事態を想定していないチームはない。

 

 

 (やっときたか……上重漫……!)

 

 弘世菫が、その目を静かに細めた。

 

 強豪白糸台高校の屋台骨である彼女が、この程度のことでうろたえるはずもない。

 菫が静かにその右手を引く。

 弓手が、狙いを定め弓を引き絞るように。

 

 

 

 5巡目 漫 手牌

 

 {⑦⑧⑧⑨⑨899七九九白白} ツモ{八}

 

 吹き荒れる風が、卓上を襲っている。

 

 漫の手牌は数牌の上に偏り、チャンタ系や刻子系の手役が色濃く見える形になっていた。

 この手になれば、漫の手は淀みなく動く。

 

 何を選べばいいのかが瞬時にわかり、それがたとえ裏目を引く形になっても動じない。

 

 先輩である多恵からも、自分でかなり良い状態になったと思ったら一度自分の感覚を信じて打牌しても良いというお墨付きをもらっていた。

 

 漫はさほど時間を要さずに{九}を切り出す。これで一向聴。

 

 

 「ポン」

 

 それに反応したのは、やはり上家に座る紀子だった。

 

 違和感を感じるその鳴きに、卓の雰囲気が一段階引き締まる。

 

 

 漫 手牌

 {⑦⑧⑧⑨⑨899七八九白白} ツモ{②}

 

 

 嫌なツモだ。紀子の鳴きで手元に来たのは、ドラそばの{②}。流石にまだ聴牌しているとは考えにくいが、漫の良いツモを少しいじられたようで、いい気分はしない。

 あいにくそう言った流れのようなものを信じる打ち手は姫松には少ないが、逆にそれは絶対にありえない、と思考放棄をする人間も姫松にはいない。

 

 持ってきた{②}をそのまま切る。特に声はかからなかった。

 

 

 

 10巡目 漫 手牌

 

 {⑦⑧⑧⑨⑨99七八九白白白} ツモ{9}

 

 聴牌を入れていた漫の手元に、待ち変化の牌が来る。

 

 {⑦}を切ればツモり三暗刻の聴牌に取ることができるが、チャンタと一盃口が消える。

 普通に考えたらここは持ってきた{9}をそのまま切りたいところ。

 

 漫が盤面を一瞥した。

 もう早い巡目とは言えなくなってきて、上家の紀子の捨て牌も濃くなってきている。

 

 

 (晩成はタンヤオ仕掛けやし、この牌は当たらん……けど、その思考に突っ込んでくるんが……)

 

 今度はちらりと、逆側に座る菫へと目を向けた。

 菫の捨て牌は一見大人しく見えるが、中張牌が程よく切れていて、狙いを端牌に絞っているように見える。

 

 

 

 菫 手牌

 {①②③12378東東東南南} 

 

 

 (飛び込んで来い姫松。必ず捉える)

 

 菫の手牌は、やはり端牌と字牌の多い手牌になっていた。

 菫の狙いは変わらない。できる限りこの次鋒戦で姫松の点数を削ること。

 

 

 ({9}は打てない……)

 

 漫が持ってきた{9}を手中に収めて、次の選択肢を辿る。そうすると次の打牌候補になってくるのは{白}だ。白という役を手放すことになるが、チャンタと一盃口は保持したまま、安全に聴牌を確保することができる。

 

 {⑦}切りも無くはない。上の方の数牌が来ることが分かっている今の漫の状態なら、ツモり三暗刻は無理な役ではない。

 白もあることから出和了りもできるし、その選択肢は確かにあった。気がかりがあるとすれば、{⑦}が紀子に通っていないということくらいか。

 

 

 (せやったら{白}切りでええ。ツモればどっちにしろ満貫や)

 

 力強く{白}を切り出していく。

 

 瞬間、漫の真横を一本の矢が通り抜けた。

 上手く菫と紀子の当たり牌を避けて、聴牌を維持。

 

 これ以上ない結果に見える。

 

 だからだろうか。

 

 

 

 

 

 

 

 「ロン」

 

 

 

 

 

 その弓矢の後方から、懐に潜り込んできていた3人目の刺客の姿に気付けなかった。

 

 

 

 

 

 

 泉 手牌

 {③③⑤赤⑤4466五赤五六六白} ロン{白}

 

 

 

 「12000」

 

 

 

 (は……?!)

 

 

 勢いよく振りぬかれた泉の短剣に、漫の導火線が容赦なく切り落とされる。

 

 

 

 『決まったああ?!?!虎視眈々と自分の出番を伺っていた二条泉!!これ以上ないタイミングで勝負手を姫松にぶつけました!!!』

 

 『……全員の狙いが端牌に絞られて、中張牌が重なりやすくなってたねい……白糸台と晩成の河に切られている中張牌から、山に余っている中張牌を根気強く重ね続け、待ちはタンヤオを捨てて余る牌に狙いを定めた……こりゃかなり良い和了りなんじゃねえの?見直したぜ千里山の1年生』

 

 『シャープシューター弘世菫がいる卓で、まさにシャープシューターのような狙いをすませた一撃!この和了で千里山が一気に点数を伸ばします!』

 

 『低打点だった前半戦とは打って変わって跳満跳満……こりゃ後半戦は荒れるぜえ。知らんけど!』

 

 

 

 漫の目が驚愕に見開かれる。

 タンヤオの役を捨てての{白}待ち。自身が暗刻で持ち続けていたら絶対に河には出てこない牌で、泉は待っていたというのか。

 というよりそもそも、河が普通過ぎて七対子をやっているような河には見えなかった。

 

 (クソッ……やられた……!)

 

 

 

 

 

 

 東3局 親 漫

 

 漫 配牌

 {②⑧⑨⑨137899七発中} ツモ{九}

 

 

 (……くそ……もう落ち始めてる……!)

 

 変わらず数牌の上の方が多い手牌だが、東1局のような手役が色濃く見えるような手牌ではない。

 

 ここらでもう一度大きな和了りを手にしないと、勢いが完全に殺されてしまうかもしれない。

 わずかに点き続けている導火線の火を絶やさないためにも、漫は必死でこの手の可能性を追っていた。

 

 

 

 

 4巡目。

 

 

 「ポン」

 

 

 それを分かっているからこそ、菫は動く。

 役牌の{中}を漫から鳴いて、軽やかに仕掛け出しだ。手牌から{②}を切っていって、ゆっくりと手を膝の上へと戻す。

 洗練された淀みない動き。

 

 

 (させるか……!)

 

 漫も自身の手牌が厳しいことは感じている。

 しかしツモは悪くない。まだ戦える。

 

 

 11巡目。

 

 

 

 「リーチ」

 

 場に千点棒を投げたのは、泉だった。場に{3}を切り出して、強気な表情で全員を睨みつける。

 

 

 泉 手牌 ドラ{4}

 {④④⑤赤⑤⑥⑥⑦⑧22赤五六七}

 

 

 (周りが中張牌を使わないおかげで手作りがタンピン系に絞れるのはありがたいわ。この手も決める……!)

 

 

 セーラ仕込みの腰を据えた高打点手作りが、ここにきて勢いを増している。

 泉が千里山の面々から伝えられた漫の爆発対策。

 

 それは、より早く中張牌で和了れというものだった。

 

 (準決勝で身に染みてわかった。ウチはまだ弱い。それも認めて、前に進まなあかん。けどな、やっぱりウチにも譲れんもんはあるねん。同世代に負けたくないという気持ち。中学で、原村和に負けた。だからもう2度と、同じ思いはしたくないと思った。原村と対戦することはできひんかったけど……同じ1年の上重には、負けん……!)

 

 漫と他2校は漫から和了りを取るために端牌や字牌を使った進行が多くなる。

 となれば、中張牌が山に残っているかどうかは、普段よりもわかりやすい。

 

 先ほどの局はたまたま七対子になったために待ちを漫から余りそうな字牌にしたが、今度は関係なくツモりにいく。

 

 泉の胸に宿った千里山の魂が、漫の爆発によって燃え盛っていた。

 

 

 

 『勢いが止まらない二条泉!赤を2枚引き連れて先制リーチ!最高目をツモれば裏1で倍満の聴牌です!』

 

 『このへん、千里山の中堅と打ち方似てるよねえ~。タンヤオ確定の鳴きはせず、面前で高打点進行。なまじ前半戦が低打点が多かっただけに、前半戦の遅れなんかすぐに取り返せるかもしれねえぜい』

 

 

 前半戦とはまるで違う展開に、会場も盛り上がりを見せる。

 打点に比例するように、会場の熱気が上がっていく。

 

 

 

 同巡 漫 手牌

 {⑦⑧⑨⑨1378999七九} ツモ{八}

 

 

 (周りが早い……いや、ウチが遅いんか)

 

 

 

 漫の手番。先制できればカン{2}待ちという意表を突いた待ちで出和了りも期待できるかと思っていたが、こうなってしまってはその計画も白紙に戻すほかない。

 自分でツモりにくい悪待ちなど、追っかけでぶつけるには分が悪すぎる。

 

 泉は今にもツモりそうな勢いだ。

 

 泉に{13}のターツはどちらも通っている。

 周る意味も込めて、まずは{1}から切り出した。

 

 {3}は今通った牌。今後狙われる前に、先に{1}から処理していく。

 

 

 

 

 「ロン」

 

 

 か細く灯っていた導火線の炎を、容赦なく弓矢が切り裂いた。

 

 

  

 菫 手牌

 {234赤56789西西} {横中中中} ロン{1}

 

 

 

 「8000」

 

 

 

 ({147}待ち……?!)

 

 

 

 『しかし今度は弘世菫!!高目一通の聴牌、リーチ者の現物でしっかりと打ち取ってみせました!!!』

 

 『姫松は厳しいねい……これで東場の親が落ちた。あとは南場の親でどれだけ取り返せるかが大事になってくるケド……メンタルの方は大丈夫かあ?知らんけど!』

 

 

 またしても手痛い放銃となってしまった漫。

 しかし咏が危惧しているほど、漫の精神状態が悪いわけではなかった。

 

 漫が首を横にぶんぶんと振り、漫のトレードマークであるお下げが同時に揺れる。

 

 

 (くっそお……!次の最善って切り替えてはいるけど、もうそろそろあかん……!南場の親番まで……どうにか状態を保つんやウチ……!!)

 

 放銃するごとに、漫の手牌は落ちている。

 この放銃でおそらく、次の局もあまり良い手は期待できないだろう。

 

 しかしそれでも、漫は諦めない。こんなところで諦めて良いはずがない。

 

 漫は大きく息を吸い込んで、正面を睨み据えた。

 

 まだ炎は燃え尽きていない。

 

 次鋒戦も佳境。

 ここからが漫の最後の正念場だった。

 

 

 

 



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第136局 漫が信じたもの

 

 上重漫は、昔から特に秀でて麻雀が強いわけではなかった。

 

 家族に教えられるがままに麻雀を覚えはじめ、多くの少女達が思うように、強くなりたいと思った。 

 それはきっと、多くの野球少年が幼い頃にプロ野球選手を志すのと似ている。

 

 小学生の時は周りでも麻雀は強い方で、意気揚々と麻雀が強い中学校へと進学し、そこで上には上がいることを知る。

 

 時にそれは理不尽な強さであったり、理論に基づいた強さであったり。そのどちらであっても、自分より上がいることを思い知らされた。

 

 強くなりたいと願った漫だったが、その想いとは裏腹に、実は漫には大きな欠点があった。

 

 漫はおっちょこちょいだったのだ。

 理論も頭で理解できるし、ここ一番での爆発力は光るものがあるのに、たまに大きなミスを起こしてしまう。

 

 その悪癖が、彼女の成績を落とす大きな要因になっていた。

 

 姫松に入学したのも、そんな自分を変えたいという想いが一役買っていた。

 もちろん姫松はここ最近関西では負けなし。全国優勝の景色を関西で見たいと思うなら、まず最初に候補に挙がる高校。

 

 最初に姫松に行きたいといった時の周りの反応は反対の声が多かった。

 

 姫松には推薦制度がある。中学時代に数多の実績を残した面々が、この姫松に集まってくるのだ。

 部員数はゆうに100人を超え、卒業まで公式戦に出られないことなどざらにある。

 

 そういう環境に、漫は飛び込むというのだ。

 

 結局周囲の反対を押し切って、漫は姫松に入学した。

 それはやはりテレビで見た今の最強世代が全国制覇するのを見たいという想いと、その最強世代の意志を受け継いで強い姫松で自ら全国に出たいという想いから。

 

 テレビで見た姫松の選手たちは、キラキラしていたのだ。

 

 しかしまさか、入学して間もない新入生の段階で憧れに憧れていた先鋒の選手から声をかけられるとは思っていなかった。

 

 

 そこからは、激動の毎日だった。

 

 毎日課題に取り組み、実践に落とし込む。麻雀漬けの毎日が始まった。

 

 しかしそれは、漫にとって苦ではなかった。

 こんな環境にいれることこそ、むしろ光栄なこと。

 

 ここで全力で取り組まずに、いつ取り組むというのか。

 

 

 そして漫は、レギュラーの座を勝ち取った。

 未だにたまに大きなミスをしてしまうことはあるが、それ以上にハマったときの高火力が今の姫松に必要とされて。

 

 自分が入ったことでレギュラーから落ちてしまった2年生の先輩の想いに触れて、漫は覚悟を決めた。

 

 

 憧れているだけでは、もうダメなのだと。

 

 同級生と、先輩達と、姫松の全ての人間の想いを背負って、打つしかないのだと。

 

 漫の覚悟は、間違いなく彼女の麻雀力を押し上げていた。

 

 

 

 

 おそらく、インターハイに出場している全1年生の中で、漫が一番強いということはないかもしれない。

 それどころか5本の指に入るかどうかも怪しい。今年は1年生もバケモノ揃いだ。

 

 

 しかし、こと「姫松高校のメンバーに入ったとして」という点においてだけは。

 

 

 他の誰よりも上重漫が適しているのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 南2局 親 紀子 

 

 

 

 「ツモ!」

 

 

 力強く卓に牌を叩きつける音と同時に、ビリビリと衝撃が走る。

 

 

 泉 手牌

 {②③④赤⑤⑥西西} {横⑨⑨⑨} {横白白白} ツモ {①}

 

 

 

 「2000,4000!」

 

 

 燃える千里山の魂そのままに、泉が更に加点した。

 

 

 

 『決まったあああ!!!千里山の二条泉!!後半戦は暴れまわっています!!』

 

 『いいねえ!ルーキーとは思えないくらい肝が据わってるよ!晩成のリーチもなんのその。このへんは強気でいいんじゃねえの?』

 

 『そして勝負の南3局!!姫松高校上重漫は踏ん張れるか!!』

 

 『そうだねえ……おそらくこの親番が最後のチャンス。ここでかなり取り返したいところだけどねい。本人もそれはわかってんじゃね?知らんけど 』

 

 

 後半戦南3局がやってきた。

 

 ここまでの3局、漫の手牌の状態はなんとか保っている。上の数牌はきてくれるし、ツモも良い。

 しかし配牌の向聴数が遅いことから、他に先を越される展開が続いていた。

 

 菫と泉の叩きあい。

 準決勝でボコボコにされ、その雪辱に燃える泉が、むりやりにでも菫の注意を引こうと、強気に菫を睨んでいる。

 

 

 (いつまでも姫松にばかり構ってられると思うなよ……!)

 

 (千里山……準決勝の時より明らかにスジが良い……気持ちの変化だけでこうなるものか……?)

 

 

 紀子も局回しに全力を注いでいるものの、前半戦のようにうまく抑え込めず、周りのツモにじわじわと点数を削られる展開。

 しかし紀子にとって幸いだったのは、姫松が一番削られていることだった。

 

 姫松トップで中堅戦という事態を避ければ、とりあえず次にバトンを託すことができる。

 

 目立つ役は自分でなくていい。

 

 そう考える紀子だからこそ、割り切って局を進めていた。

 

 

 

 南3局 親 漫 ドラ{⑨}

 

 

 サイコロを回して出た目は9。自身の前にある山を器用に区切って、9番目の三つ隣を開けば、ドラ表示牌が現れる。

 現れたのは{⑧}。つまりドラは{⑨}だ。

 

 

 (ええドラや……使えれば高打点の種になる……!)

 

 丁寧に山から4枚の牌を手元に引き寄せ、開く。

 

 

 漫 配牌

 {⑧⑨9八}

 

 

 配る式の配牌の時、与えられた4枚ずつを開くか、全てを取り切った後に開くかは、個性が出る。

 4枚ずつ開けばそのたびに興奮があり、同時に落胆もある。

 

 そういった感情を抜きにして、全部まとめて開いてしまえば、途中経過など関係なしに平常な視点で配牌を見ることができる。

 

 漫は4枚ずつの高揚感を大事にするタイプだった。

 

 

 漫 配牌

 {⑧⑨9八⑨七白⑨}

 

 

 (……!!)

 

 ドラ3が確定した。配牌8枚までで、既にドラが3枚。

 漫の心臓が跳ねる。この手は確実にモノにしなければならない……!

 

 

 漫配牌

 {⑧⑨9八⑨七白⑨⑥2白八}

 

 

 最後の4枚を取って、役牌である{白}が重なっていることがわかる。これで役を無理に作りに行かずとも、白ドラ3で親の満貫、12000点の出来上がりだ。

 その上それが最低限保証されているというだけで、もっと高い打点まで見ることができる。チャンタはもちろん、上手くいけば対々和や三暗刻。

 様々な未来がこの手には見える。

 

 心臓が早鐘を打つ。牌を持つ右手は震え、左手も膝の上で小刻みに揺れている。

 

 

 漫 配牌

 {⑧⑨9八⑨七白⑨⑥2白八白5}

 

 

 (……!!)

 

 

 最後の2枚で白が暗刻になった!

 これで絞られる心配すらない。想像以上の配牌に、漫も思わずつばを飲み込む。

 ここまで耐えに耐え、姫松の全員の気持ちを背負って戦ってきたご褒美が、こんなタイミングで舞い降りた。

 

 手が震えているのを悟られないように、必死で理牌する。

 白が暗刻である以上、どこから鳴くかを考える必要もある。

 

 どこかふわふわとした落ち着かない気持ちの中、漫は必死で目の前の牌達と向き合った。

 

 

 漫 配牌 ドラ{⑨}

 {⑥⑧⑨⑨⑨259七八八白白白}

 

 理牌を終え、もう一度手牌を眺める。かなりの好配牌だが、油断はできない。現状ターツも足りていないし、対子が多いわけではないのでそうやすやすとポンもできない。

 カン{⑦}のチーはどうだろうか。確かに急所ではあるが、自分の特性を知っている周りが、もし仮に{⑥⑦⑧}の自分のチーを見たら、必要以上に警戒をされてしまうのではないか、という危惧はある。

 

 チャンタ系を決め打つ{九}チーは?

 上がいい感じに重なってきてくれているというのに、それはいささか消極的過ぎる。

 

 漫はこの3ヶ月で、様々な思考を巡らせることができるようになった。

 知識が豊富すぎる上級生たちのおかげで、幅広い選択肢が麻雀にはあることを改めて知ることができた。

 

 おそらく以前までであれば、ここまでの様々な可能性など考慮せず、早々と一打目を切り飛ばしていただろう。

 

 

 それが、今の漫であったから。

 

 成長するために必死で努力し続けた漫であったから。

 

 時間がかかってしまった。

 

 この長時間の極度の緊張と思考は、漫の脳に重大な負荷をかけていた。

 

 

 

 意識が配牌にだけに割かれ、心臓の鼓動だけが自らの内で響いている。

 そんな状況だったからだろうか。周りの全員の視線が自分に集まっていることに気付くのに遅れてしまった。

 

 

 (アカン、警戒させてまう前に早くツモらんと……)

 

 親が第一打を切らなければ、局は始まらない。

 あまり長いこと最初のツモをしないと、周りからも不審がられてしまうだろう。

 

 漫は少し焦り気味に、第一ツモに手を伸ばした。

 

 もう1枚、牌を補充したのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 漫 配牌

 {⑥⑧⑨⑨⑨259七八八白白白} ツモ{②}

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「え?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 思わず持ってきた牌をそのまま戻そうとして。

 

 

 警告を知らせるブザーが対局室にけたたましく鳴り響く。

 

 

 

 

 

 

 

 

 一瞬で漫の顔から血の気が引いていく。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 『こちら実況解説席です。え~……今親番の上重漫選手が、「多牌」をしてしまいましたので、大会規定に則り、この局上重選手は“和了り放棄”となります。そのまま、第一打を切ってください。以降はそのまま次の山から牌をツモってください。……以上です。それでは、試合を再開してください』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 目の前が、まっくらになった。

 

 

 「多牌」。通常の状態よりも1枚多く牌をツモってしまう反則。

 これを行ってしまうと、インターハイのルールではその局は和了り放棄……つまりロンやツモができなくなる。さらに言えば、聴牌流局すらもできなくなるため、この瞬間に、漫の最後の親番が落ちたことが決定した。

 

 

 

 『はい……今マイクをこちらに戻しましたが……これはとんでもないことになってしまいましたね』

 

 『……珍しいことじゃねえんだよな……この大舞台、高校の想いを背負って抜擢されたとはいえまだまだルーキー。初めてのインターハイで決勝。最後のチャンスに巡ってきた超好配牌。全部の要素が、上重ちゃんをいつもの状態から少しづつ外しちまった。緊張は焦りを生み、焦りは思わぬミスを呼ぶ……あたしも公式大会でチョンボしたことあるからさぁ~、これは責められねえよ』

 

 『それだけの重圧が、このインターハイという舞台にはあるんですね……。さて、上重選手がこの局和了り放棄なのは残念ですが、まだ終わったわけではありません!しっかりと最後まで次鋒戦を見届けましょう……!』

 

 

 会場がどよめきに包まれ……咏の解説からのフォローで静まった。

 インターハイでのチョンボは、別段珍しいことではない。彼女たちはまだ高校生なのだ。

 それも1年生でこの決勝戦という大舞台に立ってしまえば、このくらいのことは起こりうる。

 

 不運だったのは、それが最後の親番、それも超がつくほどの好配牌のタイミングで起こってしまったこと。

 逆に言えば、超好配牌だったからこそ、焦りを生んだともいえる。

 付け加えて、姫松にある自動卓は、自動配牌式。親番の人間は、1枚牌を持ってきてスタートという形式の自動卓だった。

 

 その慣れが、ここで出てしまった。

 

 

 

 

 

 震える手で第一打を切り出した漫を見やる菫。

 その表情からは血の気が失せ、生気を失っている。

 

 

 (……心苦しいが……これはインターハイ。手抜きをしてやれるほど、余裕はないぞ……)

 

 菫自身も数多く、こういった公式大会で反則をしてしまうシーンを見てきた。

 同じ世界で麻雀を打つものなら、誰しもが同情する所。しかし、菫もチームを背負ってこの決勝の舞台に乗り込んでいる。

 

 手を緩めるつもりは、なかった。

 

 同様に、紀子もそんな漫の様子を見つめていて。

 

 

 (姫松の上重さん……ごめんね。でもこれは大会だから。私達からかける情けなんて、むしろ彼女を冒涜することになる)

 

 漫の心中は察するに余りあるが、それでも最後まで全力でぶつかるだけ。

 そう覚悟を決めて、紀子は手牌から1枚の牌を切りだしていく。

 

 

 

 

 

 

 

 もう一度、漫の手番がきた。

 

 

 

 

 

 漫 手牌

 {⑥⑧⑨⑨⑨259七八八白白白} ツモ{③}

 

 

 悪夢だった。

 先輩たちと、姫松の人たち全員の想いを背負って、この次鋒戦に挑んだはずだった。

 それが今、どうなっている?

 

 思わず漫は、下を向く。

 

 握りしめた両拳が、膝の上で震えた。

 視界が、歪んでいく。

 

 大粒の涙が、手の甲に落ちては消えていく。

 

 

 (ウチは……ウチはなんも変わってへん)

 

 中学時代、姫松のメンバーがインターハイで躍動する姿を見て、この人達のいるチームに入りたいと願った。

 大した実績も無く、実力も伴っていなかった自分は、周囲に反対され、無謀だと止められた。

 

 反対を押し切って入学した1年目で、レギュラーに選ばれた。

 

 ものすごくうれしくて、夢のような気分だった。

 

 必死で努力して、大会までにやれることは全部やろうと息巻いた。

 

 毎日夜まで課題と実践の繰り返し……それがきっと、このチームのためになると思って。

 

 

 その結果が、これだ。

 

 結局自分はあの頃の大事なところでミスをしてしまう上重漫と、何も変わってなどいない。

 価値なんてない。

 辞退するべきだったのだ。絹恵先輩にレギュラーを譲って、自分よりもきっといい結果が出るに決まっているのだから。

 

 自分がこんなところに座っていること自体が、場違いだったのだ。

 

 こんな1年生のために、不甲斐ない自分のために、先輩達に多大な時間を使わせてしまったことに、反吐が出る。

 

 

 せっかく休憩中にだって末原先輩が励ましにきてくれたのに……。

 

 

 末原先輩……?

 

 

 

 

 

 『気張らずに、いつも通りでええ。多恵も洋榎も、漫ちゃんらしい麻雀してくれればええって言っとったで』

 

 

 

 

 時に厳しく、時に優しかった末原先輩。

 

 そして。

 

 

 

 

 

 

 『私達が背負っていかなきゃいけない。メンバーを外れた人の分も、全部』

 

 

 

 

 

 憧れていた人が言っていた。

 選ばれたからには、背負っていかなければいけないんだ、と。

 

 その強い想いは。心の燈火は。多恵から確かに受け取ったんだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 『あ、それとな。多恵から伝言や。「失敗しても、次の最善」やって』

 

 

 

 

 

 

 次の、最善。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 『ちっがあああう!!そこは{6}切りが正解!!!』

 

 『ごめんなさいごめんなさいい~!今戻しますんで!』

 

 『……いや、戻さずに行こう。実際の対局では戻すことなんてできないでしょ?麻雀は常に「次の最善」を考えるゲーム!どんなミスをしてしまっても、後悔も反省も、局が終わった後!まずは今この瞬間の「次の最善」を考えよう!』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 今、できる次の最善は?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 泉がぎょっとして漫の方を見やった。

 

 苦しむように涙をこぼしていた漫が前を向いたかと思うと、震える手で1枚の牌を切りだしていく。

 その牌は、ドラの{⑨}だった。

 

 

 (上重……心が折れたんか?……いや)

 

 次巡、漫は涙をこらえながら次の打牌を選ぶ。

 出てきたのは、もう一度{⑨}。

 

 そして更にその次巡も。

 

 

 「……ッぁぁッ……!」

 

 身を切る痛みに悶えるように苦しみながら、漫がドラの{⑨}を三連打。

 これには、周りの3人も驚きを隠せない。

 

 

 

 

 『これは……!上重漫選手、ドラの{⑨}を3枚切っていきました……!』

 

 『なんてメンタルしてんだよ……現状、手牌で一番あぶねえのはドラの{⑨}。もう和了れないことが決まってるこの局で、こんな暗刻なんか持ってても手牌を圧縮するだけ。だから先に切って、安全牌をなるべく多く確保する。いや、それは分かってるけどよ?こんな状況で、こんなことがあったあとで、そんな冷静に判断できる1年生が他にいんのかよ……!』

 

 

 

 

 

 

 

 (終わって……ない!……反省も後悔も、局が終わった後でいい……!今はただ、ただひたすらに、『次の最善』や……!)

 

 苦しくないはずがない。

 今にも吐きそうなほどに、漫の精神はズタボロだ。

 

 それでも前を向いて、涙を枯らして歩き出せるのは、姫松に入ってからの3ヶ月があるから。

 

 メンバーに選ばれる喜びも、選ばれなかった悲しみも知った。

 先輩達がどんな想いで戦ってきたのかを知った。

 

 今年にかける、絶対に優勝したいという想いに触れた。

 

 

 

 

 今自分が諦めて良い道理がどこにある?

 

 

 

 

 (終わってない……!終わってないんや……!)

 

 もうツモは上に偏ってこない。

 能力の方はとうにガス欠だ。それでも。より多くの点棒を持ち帰るために、漫は泣きながら歩を進める。

 

 止まってしまったら、あの時と何も変わらないから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 南4局 親 菫

 

 

 漫 配牌 ドラ{東}

 {⑦⑦⑨899二二四五五東東} ツモ{⑦}

 

 

 迎えたオーラス。

 ドラの{東}が対子だが、残念ながらこれはオタ風。役牌ではない。

 

 初ツモで暗刻ができたのは嬉しいが、如何せん手牌が重い。

 

 もう上への重なりは期待できない。漫の手牌はもう通常の状態に戻ってしまっている。

 

 更に厳しい要素として、いきなり紀子が{東}を初打で手放してきた。

 打点は不要と割り切った紀子が、字牌ドラを捨てにきたのだ。

 

 漫が深呼吸を2回……3回と繰り返してから、目を見開く。

 

 切り出したのは、{四}だった。

 

 

 

 

 『姫松高校上重漫選手、初打から両面ターツを壊していきましたよ?これは一体……』

 

 『狙いは七対子が本線だろうねい。暗刻手も否定したくないから重なりやすい牌と、対子には手をかけられない。思い切った良い一打なんじゃねえの?知らんけど』

 

 

 

 しかし前に進みだした漫に、更なる追い打ちがかかる。

 

 親の菫からも、ドラの{東}が切られたのだ。

 

 

 (……ッ!)

 

 

 鳴けない。鳴いたら役はほぼ対々和に絞らなければいけなくなる。

 そんな仕掛けを、許してくれるような面々でないことは、この2半荘でよくわかっている。

 

 

 

 

 4巡目 漫 手牌

 {⑦⑦⑦⑨899二二五五東東} ツモ{②}

 

 

 ドラはもうない。暗刻になる可能性はゼロ。

 赤も絡めなければ、リーチツモ七対子ドラドラの跳満が最高打点か。

 七対子の一向聴。重なる牌をマックスに残すなら、切るのは{⑦}だ。

 

 ドラの東が重ならない以上、暗刻手の成就は難しい。

 

 

 漫が目を細めて、河の状況を観察する。

 

 泉が初打に{⑨}。1枚切れてあることからも、自分が{⑦}を3枚抱えていることからも、{⑨}の場況はとてもよく見える。

 {②}は生牌だが、この時点では場況はよくわからない。

 

 漫がもう一度深呼吸をした。

 

 手が、動く。

 

 

 切り出したのは……ドラの{東}だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 姫松高校控室。

 

 

 「漫ちゃん対子のドラを切ったのよ~!?」

 

 「……!」

 

 漫が、ドラの対子に手をかけた。

 洋榎が食い入るように場況を見つめる。

 

 ドラ対子落としの、その意図は。

 

 多恵が、一つの可能性にたどり着いて、思考にふけっていた顔をハッ、と上げる。

 

 

 「まさか……漫ちゃん……!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 7巡目 漫 手牌

 {②⑦⑦⑦⑨899二二五五東} ツモ{五}

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 漫は{東}をもう一度切り出していく。

 

 最善を、選び抜く。

 

 

 

 

 

 

 

 

 9巡目 漫 手牌

 {②⑦⑦⑦⑨899二二五五五} ツモ{9}

 

 

 

 

 

 

 この牌姿から漫が選んだのは、{⑨}だった。

 場況の良さそうな1枚切れの{⑨}よりも、生牌の{②8}を残した。

 

 これは、自分がずっと持っていた上の方が重なりやすいという能力に反する行動かもしれないのに。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 『“四暗刻効率”って知ってる?』

 

 『え、多恵先輩なんですか?それ』

 

 『まあこれは条件戦とかで用いられる戦法のひとつなんだけど……七対子をやるときってさ、場況のいい牌を残すよね?』

 

 『そうですね。相手が使いにくそうなところやったりとか……』

 

 『そうだね!けど、どうしても打点が欲しい時。七対子じゃ打点が足りない時。七対子から変化する可能性のある一番打点の高い役って何かわかる?』

 

 『四暗刻ですよね!』

 

 『そう!んで、四暗刻を狙う時は、七対子と違って1枚重ねるだけじゃ足りない。2枚持ってこなきゃいけないでしょ?』

 

 『確かに……』

 

 『だから、そういう時は、場況の良い1枚切れの牌よりも、生牌を残したりする、っていうのが、四暗刻効率って呼ばれてたりするんだよね』

 

 『へえ~……けど、生牌やからって、相手が持ってへんとは限りませんよね?』

 

 『ま、そうなんだけどね!これは頭の片隅に置いておくだけで良いよ。稀に、そっちの選択肢の方が有利なことがあるってだけだから』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 漫 手牌

 {②⑦⑦⑦8999二二五五五} ツモ{②}

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「リーチ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 実況解説席の二人が、あまりの衝撃に口を開けた。

 

 

 

 

 姫松の控室で、多恵と由子が祈るように顔の前で両手を握っている。

 

 洋榎も、拳を握りしめて、いけ、と小さく呟いて。

 

 

 

 恭子が椅子を立ちあがって、モニターに向かって力の限り叫ぶ。

 

 

 「いけえ!漫!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 インターハイを見ている全ての人間の視線が、漫に集まった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 家のテレビで、インターハイを見ていたんだ。

 

 画面に映るのは、全国の舞台で躍動する姫松の選手たち。

 1年生だというのに、上級生にまったく引けをとらない闘牌。

 

 

 キラキラしていた。

 カッコよかった。

 

 こんな風になりたいと、心の底から思った。

 

 

 

 

 

 

 あの日無邪気な顔で、おさげを揺らしていた一人の少女。

 

 

 

 その姿に、姫松の制服が重なる。

 

 

 

 姫松高校全員から受けついだ想いの燈火は。

 

 

 漫の“能力”ではない。

 

 

 上重漫という『姫松高校の1年生』の心に、確かに火を点けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「ツモ」

 

 

 

 

 

 

 漫 手牌

 {②②⑦⑦⑦999二二五五五} ツモ{②}

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 最後に漫を支えたのは。

 

 この3ヶ月で誰よりも真摯に向き合ってくれた、先輩達の言葉だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 次鋒戦決着 点数結果

 

 姫松  上重漫 111100

 晩成 丸瀬紀子 103600

 白糸台 弘世菫  94600

 千里山 二条泉  90700

 

 

 

 

 

 

 



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番外編7 クラリンと裏側の男たち①

 全国高等学校麻雀選手権大会、通称インターハイ。

 高校生雀士にとって夢の舞台であるその大会は、多くの麻雀ファンを魅了し、熱狂させる。

 

 少女たちが全力で覇を競い、ぶつかり合う。3年間という短い期間の中で必死に高みを目指す姿は、時に儚く、時に美しい。

 

 そしてそんな少女達を見守るのは、麻雀ファンや、子供たちだけではない。

 

 

 これはインターハイの裏側で走り回る、とある男たちのお話である。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 時は遡り、インターハイ団体戦決勝先鋒戦終了後。

 歓声とどよめきで興奮冷めやらぬ空気の中、関係者以外は入ることのできない会場の控室と控室の間の通路で、その男2人は話し合っていた。

 

 

 「……いやそれにしても信じらんねえ……まさか本当にチャンピオン倒しちまうなんてな……」

 

 「だから言ったじゃないですか先輩!!俺たちのクラリンは絶対勝ってくれるって信じてたんですよ!!」

 

 「いやお前チャンピオンに四暗刻ツモられた時発狂しながらメモ帳床に叩きつけて半ばあきらめてたよな?」

 

 「え?そんなことしてないですよ?僕は最後までずっと信じてました」

 

 「この野郎……」

 

 

 スーツ姿に身を包んだ2人。

 先輩と思わしき短髪をツーブロックに刈り上げている男が、後輩の方の手のひらドリルに舌打ちしながら手元のメモに目を落とした。

 

 そこにはこのインターハイに出場している選手の中でも、特に注目度が高い選手がピックアップされている。

 

 

 

 「まあどうでもいい。これで他の1位指名が変わる可能性が出てきちまった。大宮はどうせチャンピオン宮永照変わらず。問題は札幌と仙台、東京の2チームが1位指名を変えてくる可能性があるっつーことだ。今まではチャンピオンを1位指名するって声が有力だったが、個人戦はまだとはいえ、最後の大会で倉橋が勝ったとあっては、考えを改める可能性があるだろ」

 

 「確かに……そうすると競合は避けられませんね」

 

 「クソッ。兵庫とだけ戦うんだったらまだ可能性はあったが、他も指名してくるとなっちゃ確率は一気に下がる。倉橋が勝ったのはシンプルに嬉しいが、俺たちにとってしてみればライバルが増えちまったってわけだ」

 

 心底めんどうだという風に頭を掻き、先輩らしき男はメモを閉じて歩き出す。

 その後ろに後輩が続いた。

 

 

 「え、じゃあどうするんですか?まさかクラリン指名をやめるとか言いませんよね?」

 

 「んなわけあるかアホ。俺らにはどうしたってあいつが必要なんだ。死ぬ気で獲りに行くさ。……ただ、そのために周りに釘刺しとく必要があるだろうな」

 

 

 この二人の職業。それは「スカウト」。この世界に存在する麻雀プロチームに、有望な選手を引き入れる仕事。

 引き入れる、というと少し語弊があるかもしれない。あくまで彼らにできるのは情報収集。結局誰を1位指名することに決めるかはあくまでチームの決定。

 今の彼らにできるのは、他のチームがどの選手を狙っているのかという情報や、選手たちに軽く接触して、その選手の性格や実力を探ること。そして選手たちにうちのチームに来て欲しいという旨の話をすることくらいだった。

 

 

 

 「げ、先輩またここですか……」

 

 「お前も一本吸うか?」

 

 「勘弁してくださいよ、僕はたばこは吸わないって決めてるんです」

 

 2人が来たのは会場に設置されている喫煙所。

 昨今は喫煙者に厳しい世の中。タバコを吸える場所は限られ、タバコの価格は日々高騰している。

 一昔前は麻雀をする者であればタバコを吸う人が多かったが……今はその限りではない。

 

 男がアイスブラストの紙タバコを一本取り出し、ワイシャツの胸ポケットに入れていたジッポを使って火を点ける。

 その間後輩は所在なさげに自分のメモ帳を見つめていた。

 

 「それにしてもすごかったですね……まさかあそこで打{一}とは思いませんでしたよ」

 

 「お前完全にはてなマーク浮かんでたからな……あれができるからこそ、俺たちはあの選手が欲しいんだよ」

 

 「普通の心臓じゃないですよ!目の前に役満が転がってるんですよ?!誰だって飛びつきたくなるじゃないですか……!」

 

 興奮冷めやらぬといった様子で、後輩がまくしたてる。

 それも無理のない話。彼は元々クラリンのファンで、昨日の記者会見で倉橋多恵がクラリンであるということが確定したのだ。

 

 そしてそのクラリンが、先ほど行われた団体戦決勝でチャンピオンを破り、一位で区間を終えている。

 

 その直後の選手と接触できるかもしれないとあっては興奮を抑えろという方が難しいだろう。

 そんな様子をため息ながらに見守っていると、2人と同じくスーツ姿の男が1人、喫煙所に入ってくる。

 その顔は、2人も知っている顔だった。

 

 

 「……これはこれは、札幌の田中さんじゃないですか。どうです?お目当ての選手とは接触できましたか?」

 

 「……君たちか……いや、君たちと同じく、記者たちに邪魔されて接触どころじゃなかったさ」

 

 「今日の試合で記者が集まらないわけがないですからねえ……」

 

 札幌グリフォンズ。北海道に本拠地を構えるプロ麻雀チーム。

 目の前の男は、そのスカウトだった。

 

 札幌は2年前からチャンピオンを指名すると息巻いているチーム。おそらくはチャンピオン宮永照への接触を試みて失敗したのだろう。

 後輩は相変わらず居心地が悪そうに会釈を繰り返すだけだ。

 

 

 「……試合結果を受けても、札幌はチャンピオン狙いは変わらないんですね」

 

 「……腹の探り合いか?……まあウチの意志は変わらないよ。今回は倉橋君にやられてしまったが、総合力では宮永君の方が上……それがウチの見解さ。……それにウチのチームのスタイルとも、彼女はよくあっている。彼女には是非、ウチのエースになってもらいたい逸材だよ」

 

 「……まあ、確かに彼女の力は恐ろしいほど強力ですからね」

 

 「……そう言う割には、君たちは宮永君を指名する気はなさそうだが?」

 

 「ウチも変わりませんよ。ウチは倉橋多恵を獲りにいきます」

 

 「……そうか。君たちも意固地だね」

 

 札幌のスカウトが、吸い終わったタバコを灰皿に押し付けた。

 その表情は、あまり優れない。

 

 去り際、チラリと札幌のスカウトがこちらを振り返る。

 

 

 「しかしあまり意固地だと……万年Bリーグを脱出するのは難しいんじゃないかな?」

 

 「……肝に銘じておきますよ」

 

 男のあまりにもあからさまな挑発にも、一歩も動じない。

 つまらなさそうに、札幌のスカウトは会場の廊下へと消えていく。

 

 

 「な、なんなんですか今の!めちゃくちゃ感じ悪い!」

 

 「……俺たちが万年Bリーグなのは事実だ。それに、札幌は結果も残してる。ファイナルシリーズには毎年のように行ってるし、毎年シーズン開幕前には優勝候補に名前が挙がる。今の実力差は歴然だろ」

 

 「それにしたって……!」

 

 あまりにも傲慢な物言いに、後輩の方は憤りを隠せない。

 

 

 「今は言わせておけ。……今年のドラフト。これに勝てさえすれば、俺たちのチームも変わる」

 

 「……!そうですね……」

 

 今年のドラフトは、間違いなく壮絶なものになる。

 まさしく10年に一度あるかないかと言われる逸材揃い。

 

 それもお飾りなんかではなく、紛うことなき最強世代。

 去年の個人戦決勝卓が全員2年生であったことが、なによりの証拠。

 

 その中でもこの男は、2年前から姫松高校の生徒に目をつけていた。

 

 麻雀に対する姿勢、実力、性格……どれをとっても唯一無二。だからこそ、ウチのチームの看板となってほしい。

 それがこの男の想いだった。

 

 

 (それがやれクラリンだ、関西四天王だで目立ちまくっちまったからな……競合は避けられねえか)

 

 彼女が有名になることが悪いことではない。

 しかしそれは同時に、他チームからも1位指名をされる可能性が高くなっていくということだ。

 

 それでも彼女の指名を諦めるという選択肢だけは、なかった。

 

 実はそれはこの2人が所属しているチームのスタイルに起因する。

 

 

 「でもなぜ先輩と上層部はそこまでクラリンにこだわるんですか?」

 

 「……最近の麻雀プロは、能力全盛期だ。正直見ているこっちがげんなりするほどの……な。確かにそれを否定はしねえ。派手だし華やかだし、ファンがつきやすいのも理解してる……けどな」

 

 能力。

 偶然では片づけられないほどの超常的な力を持った雀士が、世の中にはたくさんいる。

 それは共通の認識であり、麻雀ファンのほとんどがそれを理解している。

 

 

 「それは、『麻雀の面白さ』じゃねえ。能力だってなんだって使ったっていいが、『麻雀の面白さ』ガン無視で、麻雀が何の戦略性も無いただの運ゲーになっちまったら、いずれこの競技は人気を失っていく」

 

 観ている人に麻雀の面白さを。

 それが彼らの所属しているチームのモットー。

 

 それを現実に成し遂げられると思える人材が欲しかった。

 

 だからこそ、男にとって姫松高校というチームは、他のどんな高校よりも魅力的に映っていた。

 

 

 「能力が無いわけじゃねえ。けど、俺は初めて能力すらもねじ伏せるような効率(デジタル)を見た。あの日から、俺はこいつなら今の麻雀界を変えてくれるんじゃねえかって気がしてならねえんだよ」

 

 今でも鮮明に覚えている。

 2年前、姫松のルーキーがあまりにも恐ろしい力に押し潰されながらも、決して諦めずに、チャンピオンに最後に一太刀浴びせたあの姿を。

 くわえていたタバコを思わず落としてしまうほどの衝撃を、あの少女が持ってきた。

 

 あの日から、男は倉橋多恵の麻雀に可能性を感じていたのだ。

 

 

 「……俺たちにはクラリンが必要なんですね!!なんとしてでも我らが横浜ベッセルズにクラリンを……!」

 

 「わかったらとっとと行くぞ、狙うのは昼休憩。そこもだめなら団体戦終了後だ」

 

 「はい!」

 

 男たちが会場の廊下に消えていく。

 

 

 

 これはまだ、選手たちは何も知らない裏側のお話。

 

 

 



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閑話 姫松応援スレ (決勝次鋒戦)

【Vやねん姫松】今年こそ全国優勝 【姫松応援スレ】

 

 

 

 

1:名無しの雀士@実況板もあるよ ID:jMTWTbdi1

 

今年こそ全国制覇を目指す姫松高校の応援スレです。

 

 ・他チームであっても誹謗中傷は控えましょう

 ・関係ない雑談はほどほどにしましょう

 ・打牌批判もなるべくやめましょう

 ・前スレ→(http://*****************/329179)

 

 

 

 

2:名無しの雀士@実況板もあるよ ID:VrUVTHsVr

 >>1 スレ立て乙

 

6:名無しの雀士@実況板もあるよ ID:qP9myr1L4

次鋒戦や~

 

 

 

11:名無しの雀士@実況板もあるよ ID:ZG0iHSCgq

 

上重ちゃんきちゃ

 

 

18:名無しの雀士@実況板もあるよ ID:Ut+O3HHSx

 

頼むぞ~~クラリンの努力をつないでくれ~!

 

 

20:名無しの雀士@実況板もあるよ ID:LX4kJRBkU

 

この1年生準決勝も結構いい感じやったよな

 

 

22:名無しの雀士@実況板もあるよ ID:INJ0fbPn2

 

>>20 準決勝は区間+2200。まあまあじゃね

 

 

23:名無しの雀士@実況板もあるよ ID:La1rszKaD

 

>>22 お前1年生がインターハイ準決勝の次鋒戦でプラスで帰ってきてまあまあってマジで言ってる?十分すぎるだろ

 

 

30:名無しの雀士@実況板もあるよ ID:R9zz0Xfav

 

>>23 姫松だから、じゃね?姫松で1年レギュラーになるって、そういうことだろ

 

 

37:名無しの雀士@実況板もあるよ ID:xXqVfCg0E

 

 白糸台の次鋒結構有名よな

 

 

45:名無しの雀士@実況板もあるよ ID:RR4kkK9oi

 

 弘世菫は今年個人戦も出てるよ。つまり西東京で4強。

 

 

47:名無しの雀士@実況板もあるよ ID:lyJ3XiyyI

 

 お、ダブ東ドラドラ。めっちゃ良いやん。

 

 

51:名無しの雀士@実況板もあるよ ID:4nr666Xls

 

 これは和了りたいねえ

 

 

52:名無しの雀士@実況板もあるよ ID:rHXXP/y6M

 

 1枚目から鳴くっしょ

 

 

54:名無しの雀士@実況板もあるよ ID:fo1KVs8F/

 

 鳴いた!

 

 

58:名無しの雀士@実況板もあるよ ID:h8Tgghejv

 

 形悪いからなー。周りに圧かけつつ、手進めたいね

 

 

59:名無しの雀士@実況板もあるよ ID:Dl5Xyvz2l

 

 あれ……もしかして俺たち今、まともな麻雀を見れてる……?

 

 

67:名無しの雀士@実況板もあるよ ID:7tAmAfbL/

 

 おい晩成、手進める気ないやろ

 

 

68:名無しの雀士@実況板もあるよ ID:OAP5+DfQB

 

 この晩成の次鋒さ、準決勝もいやらしい仕掛けしてたよな

 

 

69:名無しの雀士@実況板もあるよ ID:d4eMIfbmu

 

 あー海底わざと回したりしてたやつか

 

 

75:名無しの雀士@実況板もあるよ ID:X/zQhIHCE

 

 まあ、腹黒そうな眼鏡してますしおすし

 

 

81:名無しの雀士@実況板もあるよ ID:8nsDzekCL

>>75 ド偏見で草

 

 

84:名無しの雀士@実況板もあるよ ID:Y3jj7Hk/i

 

 漫ちゃんをいじめるのはやめてください!!!

 

 

86:名無しの雀士@実況板もあるよ ID:/fx4O5yAv

 

 あれ、白糸台張ってね?

 

 

94:名無しの雀士@実況板もあるよ ID:daSQnp/Oc

 

 うわ……張ってるよ。これ2m2山?

 

 

97:名無しの雀士@実況板もあるよ ID:YciS5frC0

 

 あ……。

 

 

101:名無しの雀士@実況板もあるよ ID:AGmwBoXvt

 

 まーこれはしゃーない。ペンチャン残してても和了れる気せんかったし

 

 

102:名無しの雀士@実況板もあるよ ID:87UIq226r

 

 晩成の絞りキツスギィ!

 

 

109:名無しの雀士@実況板もあるよ ID:4vovVMRhO

 

 今回は漫ちゃん手牌あんまよくないなー

 

 

111:名無しの雀士@実況板もあるよ ID:vgDImPVTp

 

 親番流されたのいてえ~

 

 

112:名無しの雀士@実況板もあるよ ID:ZGPL+0Je5

 

 良いのは親の千里山と……今度は晩成も良いな。タンヤオっぽい手牌

 

 

119:名無しの雀士@実況板もあるよ ID:+tucnXv69

 

 さっきもこうなら絞られなかったろうに。展開が悪いな

 

 

122:名無しの雀士@実況板もあるよ ID:ziMNnIebj

 

 え、これまさかと思うけどさ、次鋒戦から姫松バカ狙われるみたいなことありえる?

 

 

130:名無しの雀士@実況板もあるよ ID:etndiAk66

 

>>122 十分あり得る。多分中堅から先の圧倒的固さは周りも分かってるだろうし、削るならここしかねえってのは、相手全員そうなんじゃね? 

 

 

133:名無しの雀士@実況板もあるよ ID:Ek6yNErg3

 

1年生相手によってたかってそんなことして恥ずかしくないんですか?!

 

 

138:名無しの雀士@実況板もあるよ ID:dy8kPCBph

 

 まあ、それがインターハイだろ。なんかこの前記事で見たわ。インターハイに出場した全選手の、学年別成績、もちろん3年が多いから母数あるんだろうけど、圧倒的に1年が悪くて、3年が良かった。

 

 

145:名無しの雀士@実況板もあるよ ID:a93ewDdLG

 

 麻雀なんて普通そんなふうにならなさそうだけど。やっぱ緊張とかあんのかね

 

 

151:名無しの雀士@実況板もあるよ ID:8vHRsliYz

 

 っておーいリーチきてもうたやんけ

 

 

155:名無しの雀士@実況板もあるよ ID:m3Chxx2x7

 

 は?ってか晩成もう張ってるやん。なんでリーチしないの?

 

 

162:名無しの雀士@実況板もあるよ ID:wMfxFUUzv

 

 うわ

 

 

164:名無しの雀士@実況板もあるよ ID:Mkp4T/rKB

 

 ま、まあ2600ですし……(目逸らし

 

 

169:名無しの雀士@実況板もあるよ ID:XEXdP5wi3

 

 いや流石にリーチ有利だろ。打点下げてくれてありがとな

 

 

170:名無しの雀士@実況板もあるよ ID:BS1YxqGbV

 

 打点下げてでも、漫ちゃん狙ってんのか?

 

 

174:名無しの雀士@実況板もあるよ ID:8Q8qMQKTy

 

 東1、東2と放銃か、良くない流れやな

 

 

177:名無しの雀士@実況板もあるよ ID:0ztLM/OZ7

 

 ヤバイ。白糸台メンタンピン赤ドラの2向聴やん

 

 

180:名無しの雀士@実況板もあるよ ID:eZ6V7b007

 

 そんなヤバくなくね?って思った俺は先鋒戦で感覚おかしくなってしまったわ

 

 

182:名無しの雀士@実況板もあるよ ID:OAJKiPJZs

 

 漫ちゃんも悪くないけど……白糸台と千里山がいいね

 

 

185:名無しの雀士@実況板もあるよ ID:MMUZ6FoaF

 

 千里山は打点欲しいはずだし三色狙っていくかもね

 

 

191:名無しの雀士@実況板もあるよ ID:HegBlov6Q

 

 うわうわうわ。3巡目でもうイーシャンテンやん

 

 

199:名無しの雀士@実況板もあるよ ID:rflUhvju9

 

 これダマられたらキツいね。白糸台の性格上むっちゃダマりそう

 

 

204:名無しの雀士@実況板もあるよ ID:xT/I4AGL9

 

 千里山も追い付いてきた……けど、これ4p残したら白糸台にぶっ刺さるよな

 

 

206:名無しの雀士@実況板もあるよ ID:06c7crNTu

 

 切ってもチーテンとられるだろな11600あるし

 

 

211:名無しの雀士@実況板もあるよ ID:nYC9M8oU6

 

 うわ聴牌入ったよ。やっぱダマか

 

 

219:名無しの雀士@実況板もあるよ ID:LlbYbze1c

 

 これ漫ちゃんの4p大丈夫?

 

 

224:名無しの雀士@実況板もあるよ ID:MeDH/c/j4

 

>>219 大丈夫じゃね?切るとしても1pやし。

 

 

230:名無しの雀士@実況板もあるよ ID:E8RSjg2kY

 

 あ、千里山流石に放銃か

 

 

236:名無しの雀士@実況板もあるよ ID:8Tf9E4P1J

 

 これはまあ、先打ちすんの難しいししゃーないな

 

 

 

242:名無しの雀士@実況板もあるよ ID:dNj3H8Lfe

 

 は?

 

 

 

250:名無しの雀士@実況板もあるよ ID:TqwdDPPrD

 

 え?なに?なんの見逃し?

 

 

258:名無しの雀士@実況板もあるよ ID:sJjuHYNqK

 

 意味わからんが

 

 

260:名無しの雀士@実況板もあるよ ID:Yw8lauLGk

 

 え、これ漫ちゃんの4pヤバイやん

 

 

 

266:名無しの雀士@実況板もあるよ ID:WBia9keNF

 

 はいクソゲー乙

 

 

270:名無しの雀士@実況板もあるよ ID:EmkvtqN1o

 

 いやこれマジ意味わからんやろ

 

 

276:名無しの雀士@実況板もあるよ ID:/khKKtr1y

 

 いやこれは狙い撃った白糸台が上手くね?

 

 

284:名無しの雀士@実況板もあるよ ID:7VlSUKMi4

 

 ・そもそも4pを漫ちゃんが持ってるとは限らない

 ・自分は親で、子からリーチが入って、その宣言牌で12000和了れる手

 ・仮に見逃して千里山にツモられたら自分は4000か6000、下手したら8000点支払い。

 

 これで見逃して上手い?バカか?

 

 

 

285:名無しの雀士@実況板もあるよ ID:83veCx7UO

 

 ホンマあったまるわこのゲーム

 

 

292:名無しの雀士@実況板もあるよ ID:Z83zrj/nh

 

 上手くいきすぎだわ

 

 

293:名無しの雀士@実況板もあるよ ID:9eqfA8YSq

 

 【速報】東3局で既に2位の晩成と4000点差

 

 

295:名無しの雀士@実況板もあるよ ID:CesQ0+co0

 

 漫ちゃん頑張ってくれ~~~~

 

 

302:名無しの雀士@実況板もあるよ ID:O6a6SMyFC

 

 白糸台手牌良すぎでは?

 

 

303:名無しの雀士@実況板もあるよ ID:I1kFNSKDb

 

>>302 ウチのエース見習ってほしいわ

 

 

305:名無しの雀士@実況板もあるよ ID:/jIHvcyLB

 

>>303 愛宕洋榎ゴミ配牌集の話?

 

 

308:名無しの雀士@実況板もあるよ ID:shHbXScTS

 

 千里山混一か。

 

 

309:名無しの雀士@実況板もあるよ ID:hq2vI3Fgw

 

 今回も白糸台と千里山が良い感じ 

 

 

313:名無しの雀士@実況板もあるよ ID:jMkM0+CdK

 

 うーん。まあこれはしゃーない。千里山よく単騎に受けたな

 

 

315:名無しの雀士@実況板もあるよ ID:13BaXE+zX

 

 漫ちゃん手牌ゴミすぎwwwwそんなとこまで先輩達見習わなくていいんだよ!!!

 

 

317:名無しの雀士@実況板もあるよ ID:yIH2kdiPW

 

 姫松の伝統芸能だから……(?)

 

 

321:名無しの雀士@実況板もあるよ ID:ZDLLd4pO6

 

 親の晩成が結構良いな。ドラドラやん

 

 

328:名無しの雀士@実況板もあるよ ID:rqbknYeb7

 

 白糸台なんなん?またドラドラ赤やん。もしかして漫ちゃんだけ手牌からドラ抜かれてる?

 

 

332:名無しの雀士@実況板もあるよ ID:1WDZOhVy4

 

 この局はオリっすねー

 

 

337:名無しの雀士@実況板もあるよ ID:M2ex/I3Jq

 

 もう基本的に一段目でも油断できねえからな……

 

 

339:名無しの雀士@実況板もあるよ ID:oKPyycKqn

 

 俺らとはやってる競技がちげえよ

 

 

345:名無しの雀士@実況板もあるよ ID:K3tfgvn46

 

 晩成先制か~。ツモられたらいてえな

 

 

353:名無しの雀士@実況板もあるよ ID:vRjiDGvct

 

 これは流石にリーチするべ

 

 

359:名無しの雀士@実況板もあるよ ID:R4EzVdBvJ

 

 え?

 

 

362:名無しの雀士@実況板もあるよ ID:U50n2VwS0

 

 なんでやwwwww

 

 

363:名無しの雀士@実況板もあるよ ID:oAjrl6qGp

 

 解説ニキ助けてくれ

 

 

365:名無しの雀士@実況板もあるよ ID:DgLkF4UH/

 

 いやこれ面白いわ。これ赤切る価値あるかも。4,7p待ちには見えない

 

 

366:名無しの雀士@実況板もあるよ ID:4JymPgf+e

 

 打点下げても赤切りの方がいいんか。面白い打ち方するなこのこ

 

 

369:名無しの雀士@実況板もあるよ ID:1UQgCaFRf

 

 あ、これ白糸台出るんじゃね?

 

 

376:名無しの雀士@実況板もあるよ ID:kpnt0SubO

 

 うわ打ち取ったよ!

 

 

377:名無しの雀士@実況板もあるよ ID:GsnbkRGPz

 

 晩成って小走やえのワンマンって言ってたやつ誰だよ

 

 

380:名無しの雀士@実況板もあるよ ID:LP8PWeW0V

>>377 いや準決勝見てそんなこと言ってるやつはニワカ

 

 

388:名無しの雀士@実況板もあるよ ID:EZA/7KC6j

>>380 ニワカは相手にならんよ

 

 

396:名無しの雀士@実況板もあるよ ID:MzjV7tC/o

 

 晩成の次鋒って準決勝成績良かったんだっけ

 

 

401:名無しの雀士@実況板もあるよ ID:jqUPOD6cn

>>396 ー14800。2回戦も微妙やったし、あんまよくないんかなあってイメージだったけど。準決勝は岩手が有名なコやったし仕方ないかも

 

 

404:名無しの雀士@実況板もあるよ ID:qKKsF2ADN

 

 配牌悪スギィ!!!!

 

 

410:名無しの雀士@実況板もあるよ ID:hA9Bck9SH

 

 草生えるわ。赤無しドラなし5向聴。

 

 

 

418:名無しの雀士@実況板もあるよ ID:afR3WxYWm

 

 まあ、他も悪いし。ここぞとばかりに人間アピールしてきてるな白糸台。

 

 

426:名無しの雀士@実況板もあるよ ID:zf2u6AtJd

 

 何事もなく親番迎えてくれえ~

 

 

427:名無しの雀士@実況板もあるよ ID:hG1nGVxnj

 

 漫ちゃんここまで無和了か

 

 

429:名無しの雀士@実況板もあるよ ID:qz+Jao/O4

 

 東パツ以外あんま手牌入ってないしな。入ってた時も白糸台と千里山が良すぎ

 

 

437:名無しの雀士@実況板もあるよ ID:l8fXs4FEG

 

 流局しそう

 

 

441:名無しの雀士@実況板もあるよ ID:J87l1cRrf

 

 全ノーか。まあまあまあ

 

 

443:名無しの雀士@実況板もあるよ ID:oHm3JeDRb

 

 よーし!親番!配牌!!!

 

 

446:名無しの雀士@実況板もあるよ ID:ODGBaABQW

 

 バイーーーーーーーーーンwwwwww

 

 

451:名無しの雀士@実況板もあるよ ID:vAb0DVe0R

 

 ねえ漫ちゃんどうしてそんなところを受け継いでしまったの……?

 

 

458:名無しの雀士@実況板もあるよ ID:JoOXtxlqE

 

 ワイそこまで詳しくないんだが、これそんな悪いの?

 

 

463:名無しの雀士@実況板もあるよ ID:4tEGlGuxI

 

>>458 ゴミやね。ほぼ和了りは難しい

 

 

465:名無しの雀士@実況板もあるよ ID:vIs9Faymt

 

 愛宕ネキってすごいんやなって。

 

 

470:名無しの雀士@実況板もあるよ ID:V8px6CjEw

 

 でもここは和了り向かったほうが良いのか?

 

 

477:名無しの雀士@実況板もあるよ ID:FYzm7Sf7m

 

 聴牌だけでも頑張ってとりいこう。

 

 

483:名無しの雀士@実況板もあるよ ID:L0HfZSX45

 

 千里山が形整ってきたか

 

 

491:名無しの雀士@実況板もあるよ ID:YeSEN3Dcm

 

 う~ん。やっぱ先制打たれるよな

 

 

498:名無しの雀士@実況板もあるよ ID:oTbpQbj/C

 

 漫ちゃん粘れるか?

 

 

504:名無しの雀士@実況板もあるよ ID:ZcSbpG97o

 

 おお!ええやん!ガンバって聴牌とりきれ!それが姫松の麻雀や!

 

 

511:名無しの雀士@実況板もあるよ ID:2Kl7rjP54

 

 だいぶ終盤に聴牌だけでも入れられてよかった。あとは安全牌を祈るのみ

 

 

517:名無しの雀士@実況板もあるよ ID:kwkScTg/m

 

 晩成さん????????

 

 

519:名無しの雀士@実況板もあるよ ID:Q21169zIQ

 

 なあにこれえ

 

 

524:名無しの雀士@実況板もあるよ ID:LEQevPNG4

 

 えげつなさすぎるやろ!!ツモ番無しリーチて

 

 

532:名無しの雀士@実況板もあるよ ID:6Mg9bPNhC

 

 うわ掴んだおわりだ

 

 

536:名無しの雀士@実況板もあるよ ID:10nWLWH/Q

 

 いや、でもこれは逆にとらえよう。リーチしてもらったからこそ、放銃回避できたわ。

 多分1人リーチのままだったら押してたかもわからん。

 

 

537:名無しの雀士@実況板もあるよ ID:CrCP+J1++

 

 それにしても安牌引けないのついてなさすぎるだろ……親番流れたし……

 

 

538:名無しの雀士@実況板もあるよ ID:N6BYxva25

 

中堅に愛宕ネキがいるとはいえ……

 

 

546:名無しの雀士@実況板もあるよ ID:AMgRSZcWH

 

 晩成変幻自在やな……この局は速攻仕掛けなのか

 

 

549:名無しの雀士@実況板もあるよ ID:4H67PSMvp

 

 晩成ってタイプは違えどやっぱみんな攻撃的な麻雀打つよな。なんかチームとしてのテーマが決まってて良いと思うわ

 

 

555:名無しの雀士@実況板もあるよ ID:DHuB6Rcyq

 

 この局は無理かあ

 

 

560:名無しの雀士@実況板もあるよ ID:A6EEt6c6n

 

 晩成にトップ奪われてるやん……

 

 

561:名無しの雀士@実況板もあるよ ID:M27Txmnae

 

 やっぱ1年に次鋒は無理あったんじゃね?

 

 

564:名無しの雀士@実況板もあるよ ID:wj2oqWxgZ

 

 愛宕ネキの妹ちゃんじゃダメだったんかね。秋大出てたけど。

 

 

571:名無しの雀士@実況板もあるよ ID:5nU11g71m

 

 お、漫ちゃん手牌良いぞ。

 

 

573:名無しの雀士@実況板もあるよ ID:0elpwOH3T

 

 いや形良いけど打点がなあ……。

 

 

578:名無しの雀士@実況板もあるよ ID:QwjotYHGG

 

 まあ先制リーチすら打てない展開続いてたんだし、多少はね

 

 

585:名無しの雀士@実況板もあるよ ID:iUuZyZMTq

 

 お、リーチや!

 

 

591:名無しの雀士@実況板もあるよ ID:8qOh3f7tf

 

 シンプルなリーチ。ツモって裏乗ってくれれば……

 

 

597:名無しの雀士@実況板もあるよ ID:VFkBMZ7ME

 

 ツモ!

 

 

603:名無しの雀士@実況板もあるよ ID:pEI2RON32

 

 裏乗らない定期

 

 

608:名無しの雀士@実況板もあるよ ID:L1pyuyNdk

 

 1000,2000かあ

 

 

609:名無しの雀士@実況板もあるよ ID:Ez9ZOWMzx

 

 まあまあ、和了れただけヨシ

 

  

 

 

 

 

 

 

 

 

 

745:名無しの雀士@実況板もあるよ ID:qgFXCnw+9

 

 後半戦はーじまーるよー

 

 

746:名無しの雀士@実況板もあるよ ID:M6whWbDsU

 

 え、おいおい配牌神ってないか?!

 

 

752:名無しの雀士@実況板もあるよ ID:6EmEtpASJ

 

 きちゃ!三色見えるやん!

 

 

 

755:名無しの雀士@実況板もあるよ ID:NTr7+tpHU

 

 河やばwwwww

 

 

757:名無しの雀士@実況板もあるよ ID:DENanLjn+

 

 えっぐい河になっとるなw

 

 

759:名無しの雀士@実況板もあるよ ID:/zOLaTq32

 

 きちゃ!!!!

 

 

771:名無しの雀士@実況板もあるよ ID:GQHxNkf1h

 

 サゼロクキターーーーーーーーーー!!!!

 

 

774:名無しの雀士@実況板もあるよ ID:2oUDWlJum

 

 よしよしよしよし!!!でかい!!!!

 

 

 

779:名無しの雀士@実況板もあるよ ID:g1wKEvqWU

 

 漫ちゃんたまにこういう和了りするの好きよ

 

 

801:名無しの雀士@実況板もあるよ ID:gMRMLBm0v

 

 ところでどうでもいいけど漫ちゃんの声アニメ声優みたい。リーチモーションカッコ良いです。

 

 

803:名無しの雀士@実況板もあるよ ID:umvdj/gBX

 

 おい、この局も配牌良い感じやぞ

 

 

 

 

 

 

 

823:名無しの雀士@実況板もあるよ ID:eKO3cQa1f

 

 ええ~千里山ズルいわそれは

 

 

 

824:名無しの雀士@実況板もあるよ ID:RiHDlqb1h

 

 まさか放銃に回らされるとは……白糸台に突っ込んだほうがまだマシだったか?

 

 

825:名無しの雀士@実況板もあるよ ID:uTWEjZcAo

 

 白糸台を警戒したんじゃね?にしても真っすぐ打っても良かったと思うけど

 

 

 

 

 

 

857:名無しの雀士@実況板もあるよ ID:S6/dI4/Yr

 

 この親番落ちたらもう次鋒戦マイナスは揺るがないな。頑張れ漫ちゃん

 

 

858:名無しの雀士@実況板もあるよ ID:MiXPh6eTG

 

 え?!めっちゃ配牌良くね?!ドラ暗刻だけ見えるぞ! 

 

 

859:名無しの雀士@実況板もあるよ ID:ctxXlfLCy

 

 えぐい!白暗刻じゃん!どうとでもなるよこの手!

 

 

 

861:名無しの雀士@実況板もあるよ ID:ZVPd5zswn

 

 どした漫ちゃん!さあ2sあたりから切るんや!

 

 

864:名無しの雀士@実況板もあるよ ID:RbyYq7yBK

 

 うわまじかよ

 

 

 

865:名無しの雀士@実況板もあるよ ID:UkA1Vyw7d

 

 え?なにチョンボ?

 

 

867:名無しの雀士@実況板もあるよ ID:jndMzdIbp

 

 最悪……

 

 

 

868:名無しの雀士@実況板もあるよ ID:TH8up4qFp

 

 和了り放棄って聴牌流局もしちゃいけないんだっけ

 

 

869:名無しの雀士@実況板もあるよ ID:MrB/Lv//2

>>868 そう。だから親流れ確定

 

 

 

870:名無しの雀士@実況板もあるよ ID:z8ECb3YG7

 

 オワオワのオワ

 

 

 

872:名無しの雀士@実況板もあるよ ID:0KwgvEqGH

 

 いやお前ら咏ちゃんの解説聞いてたか?とんでもないプレッシャーかかってんだぞこの子には。優勝を期待されて止まないチームで、先鋒で先輩が全麻雀ファンをわかせる大逆転劇をやってのけてわたされたバトン。

 普通に麻雀打てって言われてできるタイミングじゃねえんだよ

 確かにミスはミスだけど責めることなんてできねーだろ

 

 

 

873:名無しの雀士@実況板もあるよ ID:Il4bft2vu

 

>>872 いや言いたいことはわかるよ。けどガチでこれ痛すぎて言葉が出ねえ……がちで姫松に優勝してもらいたいからこそ言葉が出ねえよ……

 

 

874:名無しの雀士@実況板もあるよ ID:W2rP2COt/

 

 漫ちゃん泣いちゃってる

 

 

875:名無しの雀士@実況板もあるよ ID:OMFSYnhrf

 

 そら泣きたくもなるだろ……

 

 

877:名無しの雀士@実況板もあるよ ID:EUjNrOILz

 

 え、ドラ打ち?

 

 

 

879:名無しの雀士@実況板もあるよ ID:S6/dI4/Yr

 

 おいおいマジかよ。この子本当に1年生かよ

 

 

881:名無しの雀士@実況板もあるよ ID:MiXPh6eTG

 

 やべ。涙出てきた。すげえわ。なんて肝してんだ 

 

 

883:名無しの雀士@実況板もあるよ ID:ctxXlfLCy

 

 え、なになにこれそんなすごいことなの?教えてクレメンス

 

 

 

885:名無しの雀士@実況板もあるよ ID:ZVPd5zswn

>>377 ・自分は和了れないから、もうドラはいらない・ドラは危険だから、後の安牌に困らないためにも、先に切ったほうがいい・ドラを全体に見せることで、仕掛けやすくさせてなるべく安く流させる。

 この辺が理由なんだろうけど、この大舞台で大やらかしした後に、この選択をできる1年生は全国探し回っても多分そんないない。

 

 

 

889:名無しの雀士@実況板もあるよ ID:RbyYq7yBK

 

 俺さっきまでキレてたけど謝るわ。すげえよこの子。最後まで応援するわ

 

 

 

890:名無しの雀士@実況板もあるよ ID:UkA1Vyw7d

 

 今年はダメでも、来年またここに戻ってきてほしいね

 

 

 

 

 

 

901:名無しの雀士@実況板もあるよ ID:jndMzdIbp

 

 さ、オーラス。

 

 

 

902:名無しの雀士@実況板もあるよ ID:TH8up4qFp

 

 ドラ対子~って思ったらもう2枚切れてんのか。このへんはぬかりねえよなあ~七対子ワンチャンか

 

 

903:名無しの雀士@実況板もあるよ ID:MrB/Lv//2

 

 え、ドラ切ってくの?

 

 

 

904:名無しの雀士@実況板もあるよ ID:z8ECb3YG7

 

 諦めた?

 

 

 

906:名無しの雀士@実況板もあるよ ID:0KwgvEqGH

 

 え、これもしかして四暗刻狙い的な?

 

 

 

908:名無しの雀士@実況板もあるよ ID:Il4bft2vu

 

 え待ってこれ2m5m9s全部山だ

 

 

909:名無しの雀士@実況板もあるよ ID:W2rP2COt/

 

 嘘だろあんのか?!

 

 

910:名無しの雀士@実況板もあるよ ID:OMFSYnhrf

 

 やってくれ!!!君ならいける!!!

 

 

913:名無しの雀士@実況板もあるよ ID:EUjNrOILz

 

 5m暗刻ったんだけど?!

 

 

 

914:名無しの雀士@実況板もあるよ ID:RiHDlqb1h

 

 ある!まだ横に流れてない!全山!!!

 

 

916:名無しの雀士@実況板もあるよ ID:VrUVTHsVr

 

 9sきた!!!!え!待って落ち着けこれどっちの方がある?9p2p8s重なるのどれ?!教えてくれ上級者!!!

 

 

  

918:名無しの雀士@実況板もあるよ ID:LlbYbze1c

 

 9p切りか……!まあ確かに1枚切れてるしな……!!

 他のむどっちか重なってくれ!!

 

 

920:名無しの雀士@実況板もあるよ ID:RiHDlqb1h

 

 2p!!!!!

 

  

 

923:名無しの雀士@実況板もあるよ ID:hG1nGVxnj

 

おいおい嘘だろ!!あんのかこれ?!?!

 

 

925:名無しの雀士@実況板もあるよ ID:shHbXScTS

 

 え?!これ3山!!!ある!!マジであるぞ漫ちゃん!!!!

 

 

926:名無しの雀士@実況板もあるよ ID:hq2vI3Fgw

 

 もうわけわかんねえよ情緒おかしくなるわこんなん 

 

 

929:名無しの雀士@実況板もあるよ ID:jMkM0+CdK

 

 あ

 

 

931:名無しの雀士@実況板もあるよ ID:13BaXE+zX

 

 うわあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ?!?!!?

 

933:名無しの雀士@実況板もあるよ ID:rHXXP/y6M

 

 最高かよ……感動をありがとう

 

 

934:名無しの雀士@実況板もあるよ ID:fo1KVs8F/

 

 優勝や!!!もうこんなん優勝するしかないやろ!!!

 

 

935:名無しの雀士@実況板もあるよ ID:h8Tgghejv

 

 すげえよ……ほんとみんなすげえよ……麻雀っておもしれーんだな……おれ思い出せたわ

 

 

937:名無しの雀士@実況板もあるよ ID:Dl5Xyvz2l

 

 漫ちゃんおめでとう!!!!ホンマによくやった!!!!!胸張ってくれ!!!!!

 

 

 

 

 

 

 



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第137局 試練の中堅戦

 

 

 次鋒戦決着。

 またもやオーラスに役満が決まるという劇的な展開で幕を閉じたために、会場の興奮は一向に冷める気配がない。

 南3局での反則、しかしそこから、1年生である漫の諦めない姿勢。結果的に次鋒戦を通してのスコアはマイナスなものの、漫が観客に与えた衝撃は計り知れない。

 

 そんな劇的な次鋒戦を終えて、控室に戻る選手たち。

 

 晩成の控室に戻ってきた紀子は、やや肩を落としていた。

 

 

 「戻り、ました」

 

 「紀子先輩お疲れ様です!」

 

 紀子にまず近づいたのは、1年生2人組。

 初瀬と憧が次鋒戦を終えた紀子をねぎらう。

 

 紀子としては前半戦を自分のペースで運べただけに、後半に入ってかなり点数を失ったのは痛かった。

 大半が大きな和了のツモ削られであることから、紀子に非はないのだが、何もしなければ点棒が減っていくだけなのが麻雀。紀子は責任を感じていた。

 

 

 「紀子、お疲れ様。後半戦は荒れたから厳しかったね」

 

 「そうだね……オーラスは場を安くしたかったから初打にドラを切ったんだけど……失敗だったかな」

 

 反省点は尽きない。

 全力を出し切る覚悟で向かった決勝卓ではあったが、やはり終われば反省点も見えてくる。

 

 

 「紀子」

 

 「っ!はい!」

 

 悲嘆に暮れていたところを、最奥のソファで座るやえに呼ばれて、紀子がやえの元へと歩み寄る。

 

 

 「前半戦が完全に紀子のペースだっただけに、後半戦は悔しかったでしょ」

 

 「……はい」

 

 「でもね、私はしっかり見てたわよ」

 

 「……?」

 

 やえが真っすぐな瞳で紀子を見つめている。

 言葉の意味がわからずに、紀子は首をかしげる。

 

 

 「オーラス。最後まで緊急回避用の役アリ聴牌を組もうとしていたこと……点数が低くても、安全に和了りをとれるルートを最後まで探していた」

 

 やえの言葉に、紀子は一瞬驚き……しかしこの人ならその程度のことはお見通しだったか、と割とすぐに腑に落ちた。

 

 

 「あなたは他のウチのメンバーとは少し違う。けどね、あなたの最後の姿勢は、間違いなく『前のめり』だった。自信を持ちなさい、紀子。あなたは私の誇らしい後輩で……晩成の戦士よ」

 

 「……!はい……!ありがとうございます……!」

 

 紀子の目尻には、涙が浮かんでいた。

 泣いても笑っても、やえの下で戦える最後の団体戦。

 反省点こそあるが、後悔はない。

 

 

 

 「さて、じゃあ中堅戦以降に向けてだけど……」

 

 やえがソファから立ち上がり、全員を見渡す。

 まだ対局をしていないのは、中堅戦以降である、憧、初瀬、由華。

 

 その3人にしっかりと一人一人視線を合わせ、その意志が揺らぎないことを確認する。

 

 

 「結果的に、姫松首位のまま中堅戦に突入することになってしまった……これは私の力不足。けれど、紀子が最大限の努力をしてくれたおかげで、その点差はほぼない。この団体戦であればほぼ並びと言って差し支えないでしょう」

 

 試合前から、『中堅戦に姫松を首位にしていたらいけない』という条件は、達成できなかった。

 姫松はここから出てくる3人の防御力が異次元。生半可な攻撃では、その絶対的な防御を崩すことはできない。

 

 しかし、それはあくまで、生半可な攻撃力であった場合の話。

 

 今やえの前に立つ3人の攻撃力は、生半可などでは決してない。

 間違いなく高校トップクラスだ、と言える。

 

 

 「……今なら、あの難攻不落の姫松を落とせる。あなたたちだから、できる」

 

 「はい!」

 

 「もちろんです……!」

 

 「必ず」

 

 憧、初瀬、由華の意気込みを、熱を感じて、やえが安心したように笑みを浮かべた。

 

 

 「よし。行きなさい。……晩成の麻雀を全国に見せつけてきて」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 同刻、姫松高校控室。

 

 

 「ほんっっっっとうにすみませんでしたあ!!!!!」

 

 そこには深々と頭を下げる漫の姿が。

 

 

 「何度も何度も、部活で使ってるんと違う形式の自動卓やからって言われてたのに……先輩達の決勝戦でチョンボやなんて……!」

 

 後半戦南3局、後のない親番で、その悲劇は起きた。

 大会が始まる前から、自動卓の形式が違うというのは十二分に聞かされていたし、気を付けているつもりだった。

 しかし、好配牌で気分が高揚し、一瞬頭が真っ白になってしまったことで、あの事故は起きてしまったのだ。

 

 ただひたすらに頭を下げ続ける漫に、多恵が歩み寄る。

 

 

 「解説席の三尋木プロも言ってたけど、チョンボは誰にでもある。でもね、漫ちゃんはその後、確かに立ち直って見せた。最高の結果を、私達に見せてくれたんだよ?」

 

 「で、でも……」

 

 「でももへちまもないで!漫!ナーイスファイトや!おかげでたくさん元気もらったで」

 

 「そーなのよー!漫ちゃん超ナイスファイトよー!」

 

 洋榎が、由子が、そろって漫の頭を撫でる。

 こんな大舞台でチョンボをしてしまったのだ。普通の高校一年生なら、次の局まで引きずってあのまま次鋒戦を終えていたことだろう。

 しかし、漫は違った。最後の最後まで、姫松に入ってから教えてもらったことを貫き通してみせた。

 

 その勇姿に、姫松のメンバーは皆もう一度奮い立たされたのだ。

 

 

 そんなメンバーからの労いの言葉の最後に、バインダーを手にした恭子が漫の前に姿を現す。

 

 

 「……とはいえまあ、チョンボは反省すべき点や。次からは気をつけなあかんな」

 

 「はい……」

 

 当然だろう。結果的にいい方向に働いてオーラスの和了りこそとれたが、親番であの手牌を逃していたと思うと確かに痛い。

 もしあのまま対局が終わっていたら、と考えるだけで漫も冷や汗が止まらなかった。

 

 と、反省している漫に、多恵が耳打ちしてくる。

 

 

 「とかなんとか言ってますけど、恭子、漫ちゃんがツモった瞬間に飛び上がって喜んでたよ?」

 

 「……え?」

 

 「多恵、いらんこと言うてるみたいやなあ???」

 

 優しく胸倉を掴まれる多恵。あ、照れてる?という多恵の言葉と同時に多恵の胸元を掴む力が強くなり、ギブギブ!と多恵が言うことでようやく恭子の手が離された。

 

 え?私のチームメイト、力強すぎ?とかなんとか訳のわからないことを言って地面に這いつくばる多恵を呆れながら眺めて、恭子はもう一度漫に向き直る。

 

 

 「ま、ともかくや。最後の和了りは完璧の一言なんやけど、やっぱり今日のことを忘れへんためにも、罰は受けなあかんな」

 

 「はい!!もちろんです!!油性でもクレヨンでも墨でもなんでも受け入れますんで!!!」

 

 恭子がそう言うが早いか、待ってましたとばかりに自らのデコを差し出す漫。

 これにはこらえきれなかったのか、恭子以外の3人が声を上げて笑い出す。

 

 デコを差し出して目を閉じたまま動かない漫にむかって、恭子は微笑みながら手を伸ばした。

 

 

 「しゃーないなあ……」

 

 漫の身体に力が入る。

 

 少し間があって、デコに、感触。

 

 

 (……あれ?)

 

 何か書かれていることはわかるのだが、そのデコに当たる感触に、違和感を覚える漫。

 よし、という恭子の声を聞いて、漫がこわごわと目を開いた。

 

 恭子の手に握られていたのは、サインペンや、ましてや筆などでもない。

 

 

 (口紅……?)

 

 漫がおそるおそる鏡を見る。

 

 後ろでは姫松の先輩達全員が笑顔で漫のことを見守っていて。

 

 

 

 

 「鳴門巻き……花丸や!」

 

 

 漫のおでこには、口紅で鮮やかな花丸が描かれていたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 『中堅戦に出場する選手は、対局室に集まってください』

 

 

 昼休憩を終え、中堅戦が間もなく開始される旨を伝えるアナウンスが、会場に流れた。

 

 

 「よし……行ってきます!」

 

 晩成高校の控室から飛び出していこうとするのは、晩成の制服をオシャレに着崩している新子憧。

 両頬をパシン、と叩くと、控室の扉を開けようとする。

 

 

 「憧」

 

 ふと、呼び止められて振り返る。

 晩成のメンバー全員がこちらを見ており……その真ん中にいるやえが、ゆっくりと憧に歩み寄った。

 

 

 「さっきも言った通り……今日のあなたの相手は格上よ」

 

 「もちろん、わかってます!」

 

 中堅戦。

 準決勝ですら辛かったというのに、決勝戦は更にヤバいのがいる。

 憧が気を緩められるはずがなかった。

 

 苦戦は必至。それでも、憧は負ける気はそうそうなかった。

 

 

 「よし。いい目ね。とにかく、全力をぶつけてきなさい。昨日のミーティングで話したことをふまえて……あなたのできるベストを私に見せて」

 

 「……はい!やえ先輩のためにも、新子憧、いってきますっ!」

 

 憧が元気よく控室を飛び出す。

 その身体には、闘志がみなぎっている。

 

 

 (さあ~やってやるんだから……!準決勝はいいようにやられちゃったけど……私だって、負けられないッ……!)

 

 同級生の初瀬が準決勝では大活躍だった。

 先ほどの次鋒戦では、合宿を共にした同じ1年生の漫が最後まであきらめない姿勢を見せた。

 

 だから今度は、私の番。

 

 

 憧に課せられた使命は、姫松を玉座から引きずり降ろし、他2校の超火力型を封殺すること。

 

 両方達成できればベストだが……そう簡単にそれを許してくれるとはおもっていない。

 

 

 (白糸台の初打を全部覚えなきゃいけないのがめんどーね……)

 

 白糸台の中堅、渋谷尭深は、その特殊な能力によって、最初の打牌がオーラスで集まってくる。

 故に、なるべく親番を連荘する、されることは避けたい。

 

 最速でオーラスを迎えさえすれば、渋谷尭深に集まる牌は7牌。

 大したものは集められないのだ。

 

 

 そんなことを頭に思い浮かべながら歩いていたら、対局室の扉の前まで来た。

 ここの扉を開けば、もう後戻りはできない。

 

 もう一度、憧は自らがクリアするべき条件を再確認する。

 

 

 (姫松を1位から引きずり降ろして……渋谷尭深に勝負手を入れさせない。私の得意な速攻で、できるだけ局を流す……)

 

 

 言い聞かせながら、胸に左手を当てて……扉を開いた。

 

 眩しいくらいの照明が憧を襲う。

 物々しい階段を昇った先にある、一台の自動卓。

 

 

 そこにはもう、2人の選手が腕を組んで立っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「……また会うたな、晩成の。やえからポーカーフェイスは教えてもらえたんか?」

 

 「コイツがやえのとこの1年坊か……ええやん。おもろそうやないか」

 

 

 

 

 

 

 

 

 姫松の守りの化身と。

 

 千里山の打点女王。

 

 

 

 

 

 

 

 

 (この2人を相手にするんだ……!)

 

 

 

 ゴクリ、と憧が生唾を飲み込む。

 

 

 

 

 

 

 

 憧の最大の試練が始まろうとしていた。

 

 

 

 

 

 



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第138局 猛追

いつもご愛読ありがとうございます。ASABINです。

今日で、『ニワカは相手にならんよ(ガチ)』は、連載一周年を迎えました!
もう一年経つのかという思いと、まさか一年も書き続けるとは思っていなかったな、という驚きでいっぱいです。

みなさんの感想が作者の活力につながっています。
是非、最後までこの作品を読んでいただけたらと思います!






 

 中堅戦が始まる少し前。

 

 千里山の中堅、江口セーラが対局室に向かおうと足を組んで座っていた席を立った。よっこらどっこい、などといういかにも女子高生らしくないセリフを言いながら。

 

 

 「泉が意地見せてくれたんやし……オレもちょっと洋榎ボコしてきたるわ」

 

 「セーラ、頼むで……!」

 

 「がんばってな……」

 

 「江口先輩、ファイトです!」

 

 未だに竜華の太ももから1ミリも動こうとしない怜。

 先鋒戦の疲れが未だにあるのか、表情は余り良いものとは言えなかった。

 

 泉が次鋒後半戦を粘り強く戦ったおかげで、千里山は点数を伸ばしている。

 この点差であれば、セーラにとってみればあって無いようなもの。

 それはセーラ自身もそう思っていたし、チームメイトも全く同じ感想を抱いていた。

 

 

 「任せとき……今日は、負ける気がせえへんねん」

 

 意気揚々と、控室を後にするセーラ。

 その背中は、チームメイトにとっては頼もしいことこの上ない。

 

 

 「あーゆー時のセーラ、ほんまに調子ええのが腹立つよな」

 

 「怜、腹立つって言ったらあかんやろ……」

 

 怜の率直な感想に、竜華は苦笑い。

 

 しかし怜と同じように、千里山のメンバー全員が感じていた。

 セーラが自ら「負ける気がしない」と言った日は、本当に憎たらしいほど強いのだ、と。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 中堅戦のメンバー全員が集まり、卓を囲むように並び立つ。

 場決めを行う時刻まで、あと少しだ。

 

 決勝戦となれば、生ぬるい打ち手はもういない。

 誰もが実力を持った雀士であることは間違いないのだが、江口セーラと愛宕洋榎はその中でも一際異彩を放っていた。

 

 

 

 (この2人……雰囲気が違う……まだ始まってすらいないのに……!)

 

 始まる前から、気圧されるような威圧感。

 好戦的に笑みを浮かべたままのセーラと、静かに腕を組んでニヤリと口元を歪める洋榎。

 

 そのどちらもが、高校トップクラスの打ち手。

 憧は始まる前から改めてその事実を再認識させられていた。

 

 そのうちの1人であるセーラが、隣で集中力を高めている白糸台の中堅……渋谷尭深に声をかける。 

 

 

 「よう。一昨日ぶりやな。今日はお茶はええんか?」

 

 「……はい……今日は、そんな余裕は、なさそうですし」

 

 「ほーん……ま、なんでもええか」

 

 値踏みするように、尭深を眺めるセーラ。

 

 

 憧は準決勝のこの2人の戦績を思い返していた。

 セーラの方は大暴れ。

 他校にまったく付け入る隙を与えず高打点で荒稼ぎした後、オーラスは普段より早めに店じまいをしていた。

 

 渋谷尭深の方はセーラのツモにゴリゴリと点数を削られたものの、オーラスで和了した役満大三元のおかげでマイナスは軽微なものだった。

 

 今日もおそらく、江口セーラはお構いなしに暴れてくる。 

 

 そんな予感がしていた最中。

 

 

 「おい洋榎、ええ加減30円返せ」

 

 (……ん?)

 

 向かい合った2人、セーラから出てきた言葉は、憧は全く理解ができない一言。

 憧の耳がおかしくなっていなければ、金を返せという言葉だったが。

 

 それを受けた洋榎は、またそれか、と言うようにわざとらしくため息をつき、そして何やら顎に手を当てて過去を懐かしむかのような表情になっていた。

 

 

 「あれは……せやな、ウチらがまだガキの頃やった」

 

 「は?」

 

 「珍しく多恵に負けたウチらは、商店街で多恵への貢ぎ物を物色しとる最中やった。……が、お前の知り合いが駄菓子屋にいたもんやから、なんやかんやでその駄菓子屋でやっすい駄菓子買うて、ウチらは多恵に持ってった」

 

 「あー、確かにあったな。そんなん」

 

 “珍しく”の部分をやたら強調したな、と憧はそんなどうでもいいことを考えた。

 

 

 「もし、仮にお前がおらんかったら、ウチはあの駄菓子屋で駄菓子を買うてへん。そらそうや。ウチにとっては知り合いでもなんでもないんやから」

 

 「……まーそうなる……か?」

 

 「そしてあの時、買った駄菓子の総額は……30円」

 

 どや顔で言い放つ洋榎に対して、セーラが額に青筋を浮かべる。

 憧はなんとなく洋榎の言いたいことがわかった。

 

 と、同時に、ひどい暴論だな、とも思った。

 

 

 「……まさかてめえ」

 

 「あれでチャラやな」

 

 「んなわけあるかボケ!!!!っちゅうかあん時金出したのオレだっつーの!」

 

 「相変わらずケチくさいのお……」

 

 声を荒げるセーラに対して、飄々とかわす洋榎。

 

 

 (あ、なんか威圧感とかどーでもよくなってきた)

 

 運の良いことに、憧を押し付けるような圧力はもうこの時には感じなくなっていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 中堅戦開始

 

 

 東家 白糸台  渋谷尭深

 南家 千里山 江口セーラ

 西家  姫松  愛宕洋榎

 北家  晩成   新子憧

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 『さあ、お待たせしました!昼休憩を終え、これからインターハイ団体決勝はついに折り返し!中堅戦を迎えます!解説には三尋木咏プロ、実況はわたくし針生で引き続きお届けいたします!三尋木プロ、後半もよろしくお願いします!』

 

 『よろしくう~。ま、この中堅戦もヤバイメンツだし、目が離せないんじゃねーの?知らんけど!』

 

 

 中堅戦が始まった。

 次鋒戦が終わり、4校の点差はそれほど離れていない。

 先鋒戦で1校だけ出遅れた展開になってしまった千里山も、次鋒の泉の奮闘によって点数を持ち直し、1半荘で十分ひっくり返せる点差になっている。

 

 

 『さて、中堅戦を迎えましたが、強固な守備力を誇る姫松高校が首位のまま中堅戦に突入してしまったのが、他校からすると嫌な展開と言えますか?』

 

 『いや~知らんし。言ってもそんな点差がついてるわけじゃないしねえ?1位つったってあって無いようなもんだろ。そういう意味では、ここまでは五分五分って感じなんじゃねえの?』

 

 『姫松からすれば、首位で来たものの点差はほぼない。他校からすれば、首位で中堅戦を迎えさせてしまったものの、点差は開いていない。痛み分けのような形になりましたね』

 

 『白糸台は先鋒戦で理想的な独走展開にはならなかった……姫松も安全圏と呼べる首位ではない。優勝候補2校とも、思惑通りってわけにはいってねえってことなんじゃねえ?』

 

 『尚のこと、この後の展開に目が離せませんね!さあ、東1局開局です!』

 

 

 

 

 

 

 東1局 親 尭深 ドラ{二}

 

 

 会場にブザーが鳴り響き、対局室のスポットライトに光が燈る。

 

 憧が配牌を丁寧に理牌して、静かに深呼吸を一つ。

 

 

 (北家……オーラスの渋谷尭深を考えると、嫌な席順ね……)

 

 オーラスに強さを発揮する渋谷尭深がいる以上、北家という席順は正直いただけない。

 自身が連荘するわけにもいかないし、ツモで親被りをする可能性だってあるのだ。

 

 

 (とにかく、なるべく誰にも連荘されないように、速攻で行く!)

 

 やることは変わらない。

 自分のスタイルを変えずに攻める。

 

 

 

 6巡目。

 

 セーラが切り出した牌に、憧は違和感を覚えた。

 

 

 セーラ 河

 {1⑨西北87}

 

 この{7}は手出し。つまり{78}という両面ターツを払ってきたことになる。

 河に{9}は2枚切れているものの、別に悪いターツではない。裏を返せば残りの2枚は山にある可能性が高いということだ。

 

 であれば、何故そのターツを嫌ってきたのか。

 江口セーラという打ち手を知っていれば、おのずと答えは出てくる。

 

 

 (高打点を狙ってる……完成させるもんですか……!)

 

 セーラの狙いはいつでも高打点。

 ここでターツを払ってきたということは、手も打点が狙える形になっているのだろう。

 

 

 「ポン!」

 

 憧が尭深の切った{⑦}をポン。

 手はタンヤオか役牌かの2択。憧の中でこの牌を鳴かない選択肢はなかった。

 

 しかし次巡、セーラから切られた牌が、横を向いた。

 

 

 「んじゃ行こうか……リーチや」

 

 (は?!まだ7巡目なんですケド……!)

 

 江口セーラという打ち手は、手が重く高い分、平均聴牌速度はそれほど早くはない。

 早めに聴牌を組める手牌が来ても、高く仕上げようとするからだ。

 

 だというのに、今回は7巡目でのリーチ宣言。

 リーチを行うということは、手が完成したということ。

 

 江口セーラがかわすためのリーチを打ってくることはほとんどない。

 間違いなく本手。

 

 目を細めた洋榎の手が、一瞬止まる。

 

 その様子を見留めたセーラが、ニヤリと洋榎へ笑みを浮かべた。

 

 

 

 

 「さあ、楽しもうぜ?」

 

 「……」

 

 特に答えることもなく、洋榎が1枚の牌を切りだしていく。

 

 その牌は当たり前のように、セーラには通っていない牌。

 

 

 「……ッ!チー!」

 

 そして当たり前のように、憧が鳴ける牌だった。

 

 

 これで一発は消えた。

 しかし次巡、セーラが牌を持ってきて好戦的に笑う。

 

 

 「無駄や!ツモ!」

 

 

 

 セーラ 手牌

 {三四五五六七八九白白白南南} ツモ{七}

 

 

 

 「まずは3000、6000や!」

 

 

 一瞬でツモり上げた。

 

 

 

 

 

 『強烈な跳満ツモが決まりました!!千里山の江口セーラ!流石の打点女王は東1局からエンジン全開です!!』

 

 『迷いなく両面外し……強いヤツってのはほんっと自分のスタイルを曲げないよねい。知らんけど!』

 

 

 開幕一閃。

 洋榎と憧の一発消しもむなしく、あっさりとセーラは跳満をツモり上げた。

 

 そしてその勢いのまま、セーラが親番を迎える。

 

 

 

 東2局 親 セーラ

 

 

 8巡目。

 

 親番になっても、セーラの勢いは変わらない。

 すぐにセーラの河に、横向きに牌が叩きつけられる。

 

 

 「リーチ!」

 

 (な……!)

 

 渋谷尭深がいるという条件下において、親番のリーチは大きな意味合いを持つ。

 

 そうかもしれないとは思っていたことだったが、このリーチで憧は確信した。

 

 

 (江口セーラ……オーラスで役満和了られても良いから稼ぐつもりね……!)

 

 セーラは渋谷尭深の能力など、意に介していない。

 オーラスでどれだけの手牌が集まってしまおうが、自分の和了を優先する。

 

 親番は子番に比べて、和了打点が1.5倍。

 セーラにしてみれば、そんな大事な親番をやすやすと捨てるわけがなかった。

 

 

 (っていうか早すぎでしょ……!聞いてないんですケド……!)

 

 残念ながらこの局も憧の手牌は重い。簡単に仕掛けていけるような手牌ではなかった。憧は鳴きを得意とする打ち手だからこそ、やみくもに鳴いていって手牌を狭めるのがどれだけ愚かな行為なのかを知っている。

 

 仕掛け時は、誰よりも熟知しているつもりだった。

 

 そして仕掛ける間もなく、セーラのツモ番が回ってくる。

 回ってきてしまう。

 

 

 

 「ツモ!」

 

 

 セーラ 手牌

 {②②②④赤⑤678二三三三四} ツモ{③}

 

 

 

 「4000オールや!」

 

 

 

 『決まったあああ!!2連続12000の和了!!そしてなんと、なんとこの一瞬で!!』

 

 会場のモニターに映し出された点棒表示が、今の和了を受けて動き出す。

 

  

 

 点数状況

 

 1位 千里山 江口セーラ 114700

 2位  姫松  愛宕洋榎 104100

 3位  晩成   新子憧  96600

 4位 白糸台  渋谷尭深  84600

 

 

 

 

 『あっという間の逆転劇!!!千里山女子が一気にトップ目に立ちました!!』

 

 『このコにとっちゃあ……あの程度の点差は無いも同然だったねい。さ、こっからどーするよ。守りの化身』

 

 

 

 

 

 

 獰猛な虎が、牙を剥いている。

 

 まさしく今のセーラは、そんな状態だった。

 打点が高いのはもちろんで、それに加えて今は早さまで備わってしまっている。手がつけられない。

 

 瞳に炎を燃やしたセーラが、口角を上げる。

 

 

 千里山の控室で、チームメイト達が。

 

 晩成の控室で、一つ舌打ちをしたやえが。

 

 姫松の控室で、真剣な表情でモニターを見つめる多恵が、確信する。

 

 

 “今の江口セーラの状態は、最高に近い”と。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そしてそんなセーラを見て、守りの化身がため息をつく。

 

 「……やな」

 

 (……?) 

 

 小声で呟いた言葉は、誰の耳にも届かない。

 

 しかし何かを言ったことだけは確か。憧が、そんな様子の洋榎を見ようとして……その視線が、“自分に向いている”ことに気付いた。

 

 

 

 

 

 「おい、晩成の」

 

 「……え、私?」

 

 

 

 困惑する憧をよそに、洋榎の表情は変わらない。

 

 

 

 

 まるで世界に、洋榎と憧だけになってしまったかのように、洋榎の特徴的なたれ目は、憧の心臓を掴んで離さない。

 

 張り詰めた緊張感が、そこに横たわっている。

 

 憧の瞳から全く視線をそらさず、短く洋榎はその問いを口にした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「動けるか?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 瞬間、憧の全身を鳥肌が駆け巡る。

 

 

 

 この手牌読みに関して右に出る者がいないこの打ち手が、自分に問いかけたのだ。

 この凄まじい打点の荒波の中でも、変わらず仕掛けていく覚悟があるか、と。

 

 

 

 

 

 身震いするような感覚を全身で感じながら、しかして憧の答えは一つ。

 

 

 

 

 

 

 「……ッ!当然……!」

 

 

 

 

 

 

 試されている。

 

 憧がここで引く選択肢などあるわけがない。

 

 なぜなら憧もまた、晩成の戦士だから。晩成の魂を内に秘めているから。

 

 

 中堅戦は、早くも一つのターニングポイントを迎えようとしていた。

 

 

 

 

 



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第139局 晩成の魔法使い

大変お待たせしました。
お詫びといってはなんですが、いつもより2倍の文章量でお届けしますよ!


 「やえ先輩。私が勝つ方法教えてください」

 

 「……随分と唐突ね」

 

 

 インターハイ団体戦決勝を明日に控えたミーティングの直後だった。憧がやえに話しかけてきたのは。

 

 それぞれが散り散りになり、晩成の生徒がミーティングルームから姿を消す中で、椅子に脚を組んで腰掛けていたやえの目の前に、憧は毅然とした表情で立っている。

 

 

 「無理なお願いなのは分かってるんですけど……それでも、私はあの人たちに勝ちたいんです。やえ先輩が同レベルと認める、あの人たちに」

 

 「……憧。あんた初瀬が良い結果残したからって少し焦ってるんじゃない?」

 

 「ギクッ……それも無いと言えばうそになります……ケド!でも、一番の理由は、晩成の皆で優勝したいから。その確率が少しでも高くなるようにしたいからです!やえ先輩もさっき言ってましたよね、私と由華先輩が、この団体決勝で晩成が優勝するための鍵を握ってるって!」

 

 先ほどまで行われていたミーティング内で、確かに憧の言うように明日の決勝戦のキーパーソンは憧と由華だと言われた。

 憧と由華に共通して言えること……それはどちらも、実績上の格上を相手にすることになるということ。

 

 その中でも特に、中堅戦は顕著だった。

 

 

 「わかってます。私が普通にやって勝てる可能性があまりにも低いこと。でもだからこそ!千里山と姫松はここで点棒を落とすなんてこれっぽっちも思ってないはず!そこをもし獲ることができたら、晩成は絶対に勝てると思うんです!」

 

 「……」

 

 明日の対戦相手のデータに目を落としていたやえが、ゆっくりと憧に視線を合わせる。

 入学してきた時から変わらない、真っすぐな瞳。

 

 (自分が負けなければ、晩成は負けることが無い。本気でそう信じてるって顔ね。後ろの2人も、前の2人も信頼してるわけか……)

 

 事実、憧は本気でそう感じていた。

 自分があの面子を相手にどうにかして食らいつき、トップを獲ることができたなら、晩成は必ず優勝する。それだけ信頼できる要素が、周りのメンバーにはあるんだ、と。

 

 (その想いに、応えたい)

 

 両手を強く握りしめたまま動かない憧に、正面から相対する。

 

 「いいわ。勝つための方法……教えてあげる」

 

 「ほんとですか!!」

 

 「といっても、そんな簡単じゃないわ。そもそもそんな簡単に勝てる方法があるなら、とっくのとうに教えてるわよ」

 

 「それも……そうですね」

 

 突然身を乗り出してきたかと思えば、やえの言葉にしおらしく表情を曇らせる。

 相変わらず喜怒哀楽の激しい後輩だなと思いつつも、それを可愛らしい後輩だと思うやえもいて。

 

 「……まずはセーラだけど……たしかにあの火力バカの相手を正面からしようとするのは、得策ではないわ。一度の怪我が、とんでもない重傷を負わされることになることになるかもしれないからね」

 

 「あんなのと正面から殴り合ったらペッちゃんこになりそう……こわ……」

 

 「前にね、私達4人でタッグ打ちをやったことがあったのよ」

 

 「タッグ打ち……ようは4人で麻雀をやりながら、2人ずつのチームに分かれたってことですか?」

 

 「そう。なんてことのない、麻雀スタイルの議論の中でたまたま、ね。向こうは多恵と洋榎。こっちは私とセーラ。どうなったと思う?」

 

 そう問われて、憧はなんとなく想像してみた。

 超攻撃型の2人と、鉄壁の守備を誇る2人……。

 

 「……なんかやえさん達が圧勝するか完敗するかの極端な結果になりそうですね」

 

 「当たらずとも遠からず、といったところね。結局私達は3半荘で1度も連帯できなかった。最初の半荘なんて私とセーラを合わせて和了無し。完封ね」

 

 「ええ……」

 

 「それだけ完璧に止められたのよ。当たり牌も、勝負手も。それぐらいあの二人は阿吽の呼吸だった。悔しいくらいにね」

 

 「……」

 

 「それはタッグ打ちだけに留まらず、普通の対局をしている時もよくあることだったわ。2人の鳴きと和了の発声が、私とセーラの間隙を縫って必ず現れる。ほんっと、忌々しいったらありゃしない」

 

 「……」

 

 「それでいて、最後の最後に、多恵は洋榎を出し抜いて高い和了を決めるのよ。私達の手を封殺し、守りの化身の防御をかいくぐって、最後の最後に笑う。それが多恵の勝ちパターン。最低な性格してるわよホント」

 

 やえの昔話を聞きながら、憧は黙ったまま。

 憧は少しずつ気付いていた。今やえが何故こんな話を自分に聞かせるのか。

 

 明日、やえは憧にどんな麻雀を打ってほしいのか。

 

 「さて……もうわかるわよね。3ヶ月という短い時間だったけれど、私から教えられる攻撃の全ては、あなたたちの(ココ)に刻み込んだはずよ。その攻撃力は、局の終盤必ず活きてくる。重要なのは局の序盤。これも、この3ヶ月で教えてきたこと」

 

 

 やえは分かっていた。自分の指導だけでは、きっとこの後輩達の技術面を最大限まで伸ばしてあげることはできないと。

 しかし、やえは幸いなことに、一人ではなかった。晩成では一人ぼっちになってしまったかもしれない。けれど、彼女には記憶があった。経験があった。

 自らと共に切磋琢磨し、一緒に高みを目指そうとした最高の強敵(トモ)が。

 

 やえはためらわなかった。

 晩成のメンバーたちに、自分だけではなく、多恵や洋榎の牌譜を数多く見せて、盗めるものは全て盗めと強く言った。

 

 

 

 『ねえ初瀬これ見てよ!倉橋多恵こんなところから仕掛けてるんですケド……意味わかんなさ過ぎて無理。しんどい』

 

 『ちょっと待て憧、江口セーラこれリーチ打ってんだけど。ダマ倍満なのになんで曲げてんだ意味わかんねえ……』

 

 

 良い影響を与えるか、悪い影響を及ぼすか。

 それは彼女たちの努力次第。

 

 しかしこと「攻撃」という観点で、彼女たちは貪欲だった。

 自らのスタイルに落とし込めるものは、なんでも落とし込もうとした。

 

 生じた疑問を疑問で終わらせず、何故この行為が優位に働くのかを必死で考えた。

 

 そしてやえが憧にとって一番勉強になるであろうと思って数多く彼女に与えたのは……『倉橋多恵』の牌譜だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「『多恵』になってみせなさい。簡単なことじゃないわ。アイツの麻雀へ注ぐ情熱と、向き合った時間を知っている私だから分かる。けどね……あなたならできるはず。それがセーラの攻撃をしのぐ一番の近道。そして隙さえあれば……晩成の魂で、強引にでも和了りを勝ち取ってみせなさい」

 

 「……!はい!」

 

 勝機を見出したかのように、憧が元気に返事をする。

 その表情に、もう不安はない。

 

 

 「それとね、憧。勘違いしているようだから言っておいてあげる」

 

 「……?」

 

 

 

 

――私はあなたが“勝てない”だなんてこれっぽっちも思ってないわよ?

 

 

 

 

 

 この信頼が、いつだって晩成の後輩達を奮い立たせるのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 東2局 1本場 親 セーラ

 

 

 『江口セーラが止まらない!!千里山の打点女王が、このインターハイ団体戦決勝で大暴れです!!』

 

 『自分のスタイルを貫くことに迷いがないよねい……やられてる側としちゃあたまんねえだろーなあ』

 

 

 獰猛に笑うセーラが、今この卓を支配している。

 静かに目を細める洋榎と、手元の湯呑みに口をつける尭深。

 

 

 (止める……!使えるのはなんでも使う……!それが、守りの化身であったとしても……!)

 

 守りの化身が、「動けるか」と問うてきた。

 それはこの荒れ狂う打点の暴力の中で、それでも前に進む勇気があるのか、という確認。

 

 そんな問いに対して、憧が弱気な反応を示すことなどあり得ない。

 

 憧にも意地があるのだ。

 

 そんな中で憧は早くも訪れたピンチに、まず最初の正念場の予感を感じ取っていた。

 

 

 

 憧 配牌 ドラ{1}

 {①1377一一三七八中白南} ツモ{西}

 

 

 (いやしんどっ!!)

 

 良いとはとても言い難い配牌。

 この配牌を一目見た段階で、この状況……江口セーラの勢いが止まらないこの状況で、憧はこの手を面前で仕上げるのはほぼ無理だと直感する。

 

 そうしたら、次に憧の脳内で行われるのは、“何に役を求めるか”だ。

 

 

 「……」

 

 少考。

 この手のあらゆる可能性を模索する。

 

 憧が切り出したのは……{7}だった。

 

 

 

 『新子選手が選んだのは{7}ですか……対子の牌を崩していくこの選択……どういうことなんでしょう、三尋木プロ』

 

 『いやわっかんね~!これはマジでわっかんねえな?まあ役牌の類は手に留めておくのはわかるんだけどよ。なんでわざわざ対子の牌に手をかけたんだろーな?本線は役牌……チャンタ……ギリ下の三色か?まあそう考えるとどの役になるにせよ、{7}の対子は不要……か。字牌達は安全度で持ってる方が良いって判断なんじゃねーの?知らんけど』

 

 

 咏の解説の通り、憧の狙いはチャンタ、下の三色。または役牌。

 どれになるにせよ、{7}は対子で使うことが少ない。その上、字牌達を素直に切り出してめいっぱいに構えるほどの手ではない。

 その全てのバランスを考慮した第一打が、{7}だった。

 

 

 3巡目 憧 手牌

 {①137一一三七八中白南西} ツモ{1}

 

 

 

 『新子選手のところにはドラが重なりましたね。しかし一向に手は厳しいか……』

 

 『つーか周りが良すぎんだよな。晩成のコは知らねーはずだけど……もう周りほとんど手できてるぜ?ちょっとこの手は成就するとは考えられねえけどなあ……』

 

 

 

 5巡目 洋榎 手牌

 {⑦⑧⑨25889二四五南発発} ツモ{九}

 

 洋榎が河を眺めた。

 自身の手牌の進行は良いとは言い難い。それにセーラの河が早くも濃い。時間の猶予は、ほとんど無いであろうことを感じていた。

 

 

 (めんどいなホンマ……)

 

 そのまま持ってきた{九}をツモ切る。

 

 その牌を見て、憧が固まった。

 

 

 「チー」

 

 「……ほお」

 

 固まったのは一瞬だけ。

 憧は迷いなく右端に置いておいた{七八}の両面ターツを晒すと、洋榎の河に捨てられた{九}と共に指先で器用に右端へと運ぶ。

 そして手の内から{七}を切り出していった。

 

 

 『これは……新子選手、手にあった唯一の両面ターツをチー……!これはちょっと手狭になりすぎませんか?』

 

 『いや、河見ればもう{九}は三枚目。このターツを{七八九}で使いたいんなら、ここはもう急所だ。……まあ、是が非でも{七八九}で使いたい理由は……まだわっかんねーな』

 

 憧の鳴きに、一瞬卓の空気が変わる。

 とはいえ、対戦校の3人も憧の雀風は理解していた。遠いところからでも、十分に仕掛けてくる可能性があるということを。

 

 

 (できる限りの最大限のことをする……!さあ来るなら来なさいよ、打点女王……!)

 

 睨みつける先は、もう既に河が濃くなってきているセーラ。

 

 しかし。

 

 

 「……リーチ」

 

 

 聞こえてきたのはうるさいほど元気な声とは程遠い、か細い発声。

 

 

 (そっちかい!!!!)

 

 

 白糸台の渋谷尭深が、先制リーチを放ってきた。

 

 

 尭深 手牌

 {②②⑦⑧⑨12334四赤五六} 

 

 

 

 『先制リーチは白糸台の渋谷尭深選手!平和ドラ赤の聴牌で先制リーチです!』

 

 『今回はかなり真っすぐ打ってきたねえ……確かに配牌は良かったけれど……このコも大概察してるんだろ。今日の相手はオーラスだけでどうにかなる相手じゃねえ……ってな』

 

 

 リーチを受けた一発目、洋榎はゆっくりと尭深の現物を選ぶ。

 尭深の現物を切りながら……憧が鳴けるかもしれない牌{8}。

 

 流石の洋榎といえど、この5巡で与えられた情報で、憧の欲しいターツ全てがわかるわけではない。

 さらに言えばここからはリーチが入った影響で、いらない牌でも危ないからという理由で手に残す牌が出てくる。

 

 そうしたノイズの牌まで現れてしまっては、憧の役を絞るのは至難の業だ。

 

 

 憧 手牌

 {①117一一三中白南} {横九七八} ツモ{四}

 

 

 『新子選手リーチを受けてこれは厳しいですね。オリますか?』

 

 『そらオリだろ!これでオリるために、こういう進行してたわけだし、別にいんじゃね?これが白糸台が千里山の親落としてくれるんだったら、それはそれで』

 

 『まあ、安牌はまだありますし、確かにそうですね……』

 

 『……まあ?このまま打点女王が黙ってるんなら……な?』

 

 

 憧は深呼吸を一つしてから、現物の{7}を切っていく。

 ここで字牌にも頼らずにしっかりと安牌を選ぶ判断は、冷静さを持てている証拠だった。

 

 

 

 

 

 「リーチや!」

 

 その発声は、会場に大きく響く。

 咏の予感は、モロに当たっていた。

 

 

 

 

 セーラ 手牌

 {③③④④赤⑤224赤56六七八} 

 

 

 

 

 

 『来ました!!!千里山の打点女王江口セーラ!!今回も手牌をしっかりと仕上げて親リーチの連続攻撃!』

 

 『おいおいおい。これ決まったら6000オール……下手すりゃ8000オールまであるぞ』

 

 『勝負を決めるかのような大物手の連続!!中堅戦は既に嵐が吹き荒れています!』

 

 

 セーラのリーチに同調するかのように、会場のボルテージが上がる。

 会場は既にセーラの打点麻雀に魅せられていた。

 

 

 (まあ……そうなるわな)

 

 洋榎が心底面白くなさそうに……右端の牌を晒した。セーラの勢いを殺す一発消し。

 そして思考を深く深く沈めていきながら、2人の共通の安牌である{8}を切り出していく。

 

 

 (晩成の役は……役牌はほぼ全滅。あるとすりゃ{白}か。チャンタか……下の三色か……はたまた)

 

 しかしこの状況で、憧が2人への共通の安牌を保持している可能性は100%ではない。

 そうである以上、洋榎もまだ共通の安牌を切る選択肢を取らざるを得ない。

 

 白糸台には振り込んで良いと考えるかどうかだが、それこそ考慮に値しない。

 まだドラは1枚も見えておらず、尭深の手が安いかどうかなどわかるはずもないのだ。

 

 洋榎がデジタルに生きる者だからこそ、安易な差し込みはしない。

 

 

 憧 手牌

 {①11一一三四中白南} {横九七八} ツモ{六}

 

 

 (また通っていないとこ……江口セーラと渋谷尭深の2家リーチ……きっつー!)

 

 ここで安牌としてとっておいた字牌たちを切り出す。

 この字牌たちは、憧にとって攻撃を受けた後も自分の手を考えられる切り札。

 

 この字牌たちを河に並べる間に、自分にできることを全てやる。

 

 

 

 9巡目 

 

 

 「一発消しとかつまんねーことしてんなよなあ洋榎え!」

 

 セーラが勢いよく牌を切りだす。

 尭深には通っていない{五}。脂っこいところではあるのだが、セーラは怖がる様子も何一つなく河へと切り出した。

 

 

 ({五}……ようやく仕事できそやな)

 

 洋榎は持ってきた牌を手中に収めると、素早く小手返しをして牌を切りだしていく。

 

 その牌は、今まさに通ったばかりの{五}。

 

 

 「……!」

 

 

 憧 手牌

 {⑥11一一三四六中白}

 

 

 憧が手牌を眺めた。

 洋榎から強く切られたことで気付かされる、この手の第3の可能性。

 

 そして気付いたときには、憧の手は動き出していた。

 

 

 「チー!」

 

 素早く手の内の{四六}を晒し、右端へと持っていく。

 

 

 

 『あ、新子選手仕掛けを入れます!え?{四五六}でチー?……っということは……』

 

 『はっはっは!おもしれーなこのコ!!……一気通貫(イッツー)。{七八九}鳴いたときには一枚も無かった{四五六}使って、和了ろうとしてやがるぜ!』

 

 

 {中}を切り出して、憧は前を向く。その瞳はこのメンツを相手にしても、まったく怖気づいてなどいない。

 

 セーラが獰猛に笑った。

 

 

 「おもしれえ……!」

 

 セーラは確かに感じていた。

 昔散々負けて、それら全てを運のせいにしたがっていたあの頃。

 

 自分を幾度となくコテンパンにしたあいつの麻雀。

 

 

 それを彷彿とさせるようなリーチへの対応術。

 

 

 

 

 

 

 

 

 11巡目 憧 手牌

 {11一一三⑥白} {横五四六} {横九七八} ツモ{赤⑤}

 

 

 (赤……!)

 

 浮き牌だった{⑥}に、{赤⑤}がくっついた。これ以上ないくっつき。

 そしてそうなってしまえば、このスジの{一}を切ることにためらいが無くなる。

 手牌は満貫の一向聴だ。

 

 

 

 12巡目

 

 

 「チー!」 

 

 憧の3回目の発声が、卓に響いた。

 

 

 

 憧 手牌

 {11一三白}

 

 出ていく牌は生牌の{白}。打点を作っていると分かっているセーラや、尭深にも当たりかねない牌だ。

 

 

 手牌の{白}を手に取って、憧が大きく振りかぶる。

 

 

 

 

 (通っているスジは6……自分の打点は満貫!押し有利なのか、不利なのか……2家になっちゃったし、私にそこまで難しいことはわかんないけど。これだけはわかる!)

 

 

 押し引きの基準は、確かに勉強した。

 しかし勉強すればするほど、様々なケースを考えれば考えるほど、麻雀という物がどれだけ難しいのかがわかってくる。

 今回のように、2人からリーチを受けたこのケースなどがまさにそれだ。

 

 憧はまだ、完璧にそれらの判断を行えるわけではない。

 だから真の意味で、あの姫松の先鋒になれるかといわれたら、それは無理だろう。

 

 

 それでも、今この瞬間、この牌を押すべきかどうかだけは、わかる。

 

 

 

 そう、だって晩成(わたしたち)の麻雀は。

 

 

 

 

 

 

 (倒れるなら!!前のめりにっ!!!)

 

 

 

 

 

 

 

 

 強く、叩きつけた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 『押したっ!!押しました新子憧!!!ここまでほぼ押さずにきて、この聴牌打牌での押し!満貫聴牌を入れましたよ?!』

 

 『とんでもねー1年生だな……流石超攻撃型晩成高校……あれだけの打点を見せつけられて、この最後の1牌を押せることもすげえけど……なによりあのクソボロ配牌もらって、この聴牌にたどり着ける選手が、いったいこのインターハイに何人いるんだよ?』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 敬意をこめて、咏から語られた言葉に、一つの控室で反応する打ち手が一人。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「恭子なら、たどり着けるんじゃないかな?……ふふふ……それにしても。すごい後輩を育てたんだね……やえ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「ツモ!」

 

 

 

 憧 手牌

 {11一三} {横⑦赤⑤⑥} {横五四六} {横九七八} ツモ {二}

 

 

 

 「2000、4000は2100、4100!」

 

 

 

 

 憧のあまりにもアクロバティックな和了に、会場が沸き上がる。

 大歓声だ。

 

 

 

 

 『信じられません……!2人のリーチを搔い潜って、あのボロボロの配牌から見事満貫をもぎ取ってみせました……!』

 

 『魔法使い……か』

 

 『え?』

 

 『はっはっは!おもしれーな!晩成の1年生は魔法も使えんのか!』

 

 『ちょっと何言ってるかわかりませんが……確かにあの配牌が完成まで導かれる様は、確かに魔法のようでした……!』

 

 

 

 

 

 よしっ!と点棒を受け取る憧を、洋榎が見つめる。

 

 

 (ほーん……やえに後輩育成なんてできんやろと思っとったが……これはバカにできんな)

 

 洋榎はこっそり形式聴牌への手組を始めていた自分の手牌をパタンと閉じる。

 

 そして背もたれに体重を預け、目を閉じた。

 

 

 その表情は、とても嬉しそうに。

 

 ポツリ、と呟いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 「……おもろい麻雀になりそうや」

 

 

 

 

 

 



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第140局 三元牌

 

 

 

 点数状況

 

 1位 千里山 江口セーラ 109600

 2位  晩成   新子憧 106900

 3位  姫松  愛宕洋榎 102000

 4位 白糸台  渋谷尭深  81500

 

 

 

 

 

 『大混戦!インターハイ団体決勝戦は、中堅戦を迎えて更に混戦模様となってまいりました!白糸台高校が一歩出遅れているものの、十分に一半荘でひっくり返る点差です!……過去の決勝戦と比較しても、今年はかなり差がつまっているようにみえますね』

 

 『開催側としちゃあ美味しい展開かもしんねえなあ、知らんけど!過去の大会じゃあ決勝戦なのに大将戦までいきませんでした、なんてこともあるくらいだからねい……』

 

 『確かにそんな年もありましたね……圧倒的な選手が出てくる年というのは、そういった展開になりがちなのですが……ここまで卓越した選手が各校に多いと、こんな接戦になるものなんですね』

 

 『ま、ハッキリ言っちまえば、点差が開こうが、接戦になろうが、毎年選手たちは全力でやってる。それをこの代は盛り上がったとかこの代は微妙だったとかで片付けんのは、一番ナンセンスだと思うけどねい。知らんけど』

 

 『……この大会の中で一番三尋木プロのことを尊敬したかもしれません』

 

 『いや知らんし!あっはっは!!そうだぞもっと敬っていいんだぞ?』

 

 

 

 

 

 

 

 東3局 親 洋榎 ドラ{4}

 

 

 

 憧の満貫のツモ和了りで、セーラの親は落ちた。放っておいたらいつまででも連荘しそうな雰囲気があっただけに、この親落としは大きい。

 しかしその親を落としたとしても、この中堅戦で何度も訪れるピンチの内、1度を乗り越えたに過ぎない。

 

 憧はもう一度深呼吸をして、配牌をテキトーに理牌している上家の様子を眺めていた。

 

 (今度は守りの化身の親番……!今度はアシストなんか絶対してくれないだろうし、なんとか自力で落とす……!)

 

 憧の基本方針は、なるべく相手の親を迅速に落とし、この中堅戦を少ない局数で終えること。そして自分が細かに稼いだ点棒でトップになれればベスト。

 連荘を少なくすればオーラスで渋谷尭深の配牌に舞い降りる『種』が少なくなる上、江口セーラの高打点の被害に遭う確率も減る。

 だからこそ、自分の親番で打点もないのに無理に連荘するつもりはないし、穏便に済ませられるならそれで良いと思っていた。

 

 (それにしても……なんか変)

 

 憧の胸に去来するのは、この半荘が始まってから常に付きまとう違和感。

 江口セーラが高打点を作ってくるのは想定通り。愛宕洋榎も今はおとなしいが、あまり派手なことを開幕からするタイプではないし、対戦相手の力量を判断してリーチ基準を行っている、というのはやえから聞いていた。

 

 と、すると、今この胸に感じる違和感の正体は一体何なのか。

 

 

 「ポン」

 

 小さい発声。

 この場にいるメンバーの中で、こんな小さい発声をする打ち手は、一人しかいない。

 

 

 (渋谷尭深が動いた……?)

 

 2巡目の出来事だった。

 尭深がセーラから出てきた{発}をポンして、ポン出しは{2}。

 

 第一打に切っているのは、{南}だった。

 

 

 (やっぱりおかしい……!一番作りやすい役満をオーラスに目指すなら、対子の{発}を切り崩してでも初打は{発}のはずでしょ?!)

 

 尭深の能力……『収穫の時期(ハーヴェストタイム)』は、全ての局の第一打で切った牌が、オーラスの配牌にやってくるというもの。

 そしてその能力故に、今年のインターハイでも既に3度の役満を和了している。

 

 そして一番和了しやすい役満が、大三元だった。

 

 

 

 

 洋榎 手牌 

 {①③赤⑤2378二三四六東発} ツモ{1}

 

 洋榎が持ってきた牌を手牌の上に横向きに置き、横目で尭深の様子を伺う。

 

 

 (ポン出し{2}……ほーん……白糸台の。まるっきりデクのおたんちんかと思っとったが……そうでもないんか)

 

 ハッキリ言ってしまえば、対局開始前、洋榎から渋谷尭深への評価は高くなかった。

 油断していたわけではなく、洋榎は客観的視点から相手の力量を判断する。だからこそ、1年生で実績もあるわけではない憧の方を、どちらかといえば評価していた。

 

 それは今まで尭深がオーラスに重きを置いた麻雀をしており、オーラスに確実に良い配牌が来るような立ち回りをしていたから。

 オーラスが流された瞬間、即ゲームオーバー。その麻雀スタイルを、洋榎は「面白くない」と言い切った。

 

 

 (麻雀に絶対なんかあらへん。オーラスどんだけ良い手が来ようが、天和を作れない限り和了れる保証なんてないんや。そのオーラス頼みで、今目の前の勝負に全力を尽くせない人間なんか怖くなかってんけどな……これは少し話が変わるかもしれへんな)

 

 洋榎は少しだけ思考を巡らせた後、ポンされて用済みになった{発}を切り出していく。

 こういった安牌は取っておくべきと考える打ち手もいるが、洋榎からはもう3人に対しての安牌を確保している故に、自分の手牌で絶対に必要にならない牌を残しておく理由が無かった。

 

 

 セーラ 手牌

 {④⑤⑥24688赤五六六七東} ツモ{四}

 

 

 (白糸台は役満目指すために第一打は基本三元牌……って船Qが言ってた気するんやけどな……ま、俺にゃこまいことわかんねえし、真っすぐ行きますか)

 

 セーラが切り出したのは{東}。

 456三色が色濃くみえるセーラの手牌は、またしても高打点の予感だ。

 尭深の仕掛けに不気味さを感じながらも、セーラは自分の調子を崩さない。

 

 

 

 

 8巡目。

 

 洋榎はいつものようにツモ山から持ってきた牌の表側を親指でなぞる。

 そうした得た情報で、まだ手牌の上に重ねる前から、洋榎はあからさまに嫌そうな顔をした。

 

 

 洋榎 手牌

 {①③赤⑤⑥123788二三四} ツモ{八}

 

 

 

 「っかあ~よう掴むわあ~」

 

 急に喋り出した上に豪快に頭を掻きだすものだから、隣に座っていた憧がビクりと肩を強張らせた。

 

 

 (急に大きな声出さないでよね……!)

 

 親番ということもあって、洋榎の一挙一動に気を使っていた憧は、急な洋榎の発言に驚いてしまう。

 

 

 (しかも掴むってなによ……渋谷尭深の手出しはあの後2回だけ……それだけで当たり牌がわかるものなの……?!)

 

 憧も尭深の仕掛には警戒をしている。普段なら絶対に鳴くことのない三元牌を使って渋谷尭深が攻めてきているのだ。早いか高いか……そのどちらかは確実に要素としてあると思っているからこそ、油断はしない。

 

 しかしあのポン出し{2}から手出しは2度だけ。それだけで当たり牌がわかるとは到底思えない。

 

 (まあこの人の場合完全なホラってこともあるし……考えすぎは良くないよね)

 

 器用に小手返しをしてから洋榎が切り出したのは{①}。現物だ。

 

 

 憧も育ってきた自分の手牌を一瞥して、1枚の牌を切りだしていく。

 

 

 

 「ツモ」

 

 そしてその言葉は、唐突に告げられた。

 

 

 尭深 手牌

 {44赤567六七九九九} {発発横発} ツモ{八}

 

 

 「2000、4000」

 

 

 

 『白糸台の渋谷尭深選手!満貫のツモ和了りで点棒を回復です!』

 

 『へえ……今までの対戦だったらきっとこの{発}は切ってるだろうけど……この手は和了りに行くって基準があったのかもねい……』

 

 

 

 渡された点棒を、ゆっくりとしまう尭深。

 その時間も、憧の視線は尭深の手牌と捨て牌に向かっていた。

 

 

 (やっぱり、2回目の手出しは空切り……ってことはポンの時点で一向聴か……早いし、高かったってことね)

 

 これまでとは違う戦い方。

 相変わらず無表情な尭深を見ながら、憧は警戒心を高めた。

 

 

 

 

 

 

 

 姫松控室。

 

 

 「末原先輩、白糸台の中堅は手牌に三元牌の対子や暗刻があったとしても、一打目に切るんじゃなかったですっけ?」

 

 「……準決勝までは、そうやった。これは少し部長に情報の更新をせなあかんな……」

 

 恭子が手元のタブレットを操作しながら、漫の質問に答える。

 そのタブレットを覗き込みながら、同じく多恵も今の尭深の和了について思考を巡らせていた。

 

 

 「今の局、配牌はドラの対子と{九}の暗刻。それに役牌{発}の対子。{発}を鳴ければ和了れそうで……逆に言えば{発}が鳴けなかったら手牌の完成は遅くなり、鳴きも使えない。そこで一発目に持ってきた{赤5}でメンツ完成。少し悩んで一打目の{南}。……もしかしたら三元牌を切る基準があるんじゃないかな。例えば……『満貫以上が確約されていて、なおかつ二向聴以内なら』……とか」

 

 「まあそう考えるのが妥当なとこやろな。せやけど……今まではこれだけの条件でも大体{発}を初打に切っとった。決勝用に何か変えてきてるんか……?」

 

 今までであれば、渋谷尭深はオーラス以外は怖くない。それが姫松の認識。

 そしてそのオーラスさえも、洋榎ならばどうにかできるケースの方が多いと来ていた。

 

 局回しの達人とも言える洋榎からすれば、自分が和了る以外にも選択肢は無限にある。

 引き出しの多い洋榎だからこそ、オーラスの一局勝負でも勝率が悪いとはとても思えなかった。

 

 多恵は思案しながら、自分の対局を終えた時のことを思い出す。

 

 

 

 

 『楽しかった』

 

 

 

 

 そう言った宮永照の表情は、嬉しさ……まではいかないまでも、今まで見てきた彼女の表情(テレビを除く)で一番晴れ晴れとしていたように思う。しかしそれでいて、このままチームが負ける……といった悲壮感は微塵も感じられなかった。

 そこから導き出される答え。

 

 

 (照も、信頼してるんだね。きっと)

 

 話を聞けば、あのチームは照が選抜したと言っても過言ではないらしい。

 そうであるならば、彼女たちの実力も知っているのだろう。

 

 

 「なにはともあれ、簡単な中堅戦にはならなさそうだね……」

 

 頑張れー、と応援する漫と由子の後ろで、多恵も洋榎の様子を見守る。

 

 

 (ま、それでも洋榎が負けるなんてことはあり得ないんだろうけど)

 

 信頼という面で言えば、多恵から洋榎への信頼も絶大であった。

 

 

 

 



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第141局 鳴かされる

 

  白糸台高校控室。

 

 

 「上手くハマったな……準決勝まで手の内を見せなかったことが功を奏したか」

 

 「渋谷先輩が三元牌を仕掛けてること自体すごく珍しく感じますね」

 

 尭深が満貫のツモ和了りを決めたことで、1位から4位までの差はぐっと詰まった。先鋒戦で照がまさかの3着という結果だったものの、菫の奮闘によって白糸台はまだこの位置につけている……という表現が正しいのかもしれない。

 菫は照の敗戦を受けて少なからず衝撃を受けていたものの、他ならぬ本人から「今年は負けてもおかしくない」と聞かされていたのだ。正直、まさか。という気持ちの方が大きかったが、本当にその結果になってしまったのだから驚きだ。

 

 「準決勝まではあ~別に三元牌の対子落とししたって大丈夫な相手でしたけど~……流石に決勝でそれは無理そうですもんね~」

 

 「オーラスは絶対に逃せないが……それ以上にオーラス以外をどう切り抜けていくかも重要だからな」

 

 麻雀は何もしなければ点棒が減っていくゲーム。放銃しないというのは聞こえはいいが、放銃ナシ、和了ナシで4着など麻雀ではあまりにも多い話だ。

 

 オーラスまで静観を決め込んでいても勝てていた準決勝までとは違い、この決勝卓は猛者揃い。白糸台を除いたら優勝候補筆頭である姫松などは、中堅にエースを置くと名言しているほどなのだ。激戦は必至。

 

 いつも尭深が飲んでいるお茶を照が飲みながら、また無表情でモニターを見つめる。

 

 

 「大丈夫。尭深は、強いよ」

 

 周りが強いことは百も承知。それでも対抗できる力があると、照は信じている。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 東4局 親 憧

 

 

 東3局での尭深の和了りを受けて、この中堅戦、誰一人として油断は許されないことを確信する憧。

 あと何回肝を冷やせばいいんだとこの後の展開に気を揉みながら、憧は自動卓から上がってきた配牌を丁寧に理牌する。

 

 (ってか今更だけど私北家なのよね……絶対役満とかツモられたくないんですけど……!)

 

 忘れていたわけではないが、オーラスは必ず尭深が仕掛けてくる。今まで蒔いてきた種を使って育てた果実を、収穫しにくるのだ。

 そして仮にそうなった場合、横2人が放銃をするということは考えにくい。セーラならまだしも、守りの化身の放銃を願うなんて初瀬に対して倍満聴牌をオリろと命じるくらい無理な話だ。

 であるならば、もし尭深の和了が成就してしまうとすればツモ和了の可能性が一番高い。つまり一番被害を被る位置にいるのが、憧ということだ。

 

 まだ少し先に控えているオーラスに少し嫌気が差しながら、憧は第一打を切っていった。

 

 

 

 3巡目

 

 

 「ポン」

 

 (……また?!)

 

 またもやセーラから出てきた{白}を鳴いたのは、尭深。ゆっくりとした動作で手牌から2枚の{白}を晒すと、セーラの河から{白}を拾い上げる。そして手牌から1枚の牌を切りだした。

 一連の動作を終えてから、尭深は自前の湯呑みでゆっくりと緑茶を嚥下する。

 

 (今回は一打目に{発}を切ってるからあんまり考えてなかったけど……そりゃ{発}切って{白}鳴けるなら鳴くか……)

 

 第一打が三元牌である以上、先ほどよりは警戒度は高くならない。先ほどは自身の強みをわざわざ殺してまで、和了りをとりにきたのだから警戒もするが、今回は自分の力をしっかりと活かした上で仕掛けを入れている。

 しかしそれでも、拭えない違和感はあった。

 

 

 (ん~……白糸台は連荘してくれた方が都合がええから、自分が親やない時はおとなしくしとることの方が多いはずって船Qゆーてたんやけどな)

 

 データに無い動き。

 あまり敵の動きを気にしないセーラであっても、ここまであからさまに聞いていた情報と違うと違和感が残る。

 

 

 5巡目 洋榎 手牌 ドラ{9}

 {①②⑧⑧⑨334二四七九東} ツモ{白}

 

 (さっきっから配牌がよくならんなあ~……ま、ええか)

 

 洋榎の配牌はこの半荘始まってからイマイチパッとしない。せめて良形が残る3向聴くらいで上がってきてくれればまだ和了りを目指す気にもなるのだが、ドラも赤もなくあまり真っすぐ打つ気にならない配牌が続いていた。

 

 

 そんな配牌から進まない形を見ていた針生アナが、そういえばといった表情で手元の資料を漁る。

 

 

 『あ、これも結構面白いデータがあるんですけど』

 

 『おっ、いいねいいね、そういうの好きなんだよねい』

 

 『姫松の愛宕洋榎選手、実力者としてかなり有名じゃないですか』

 

 『そらあそーだろーな!あたしも手牌読みとか教わりてーよ』

 

 『今大会の、決勝に出ている全メンバーの配牌平均向聴数を非公式で調べてる人がいまして』

 

 『なにそれ!くっそめんどくさい作業だったろうによくやるなあ……ありがたいけどねい』

 

 『その結果がですね……まあ一番良いのはチャンピオン宮永照選手だったんですけれども』

 

 『まーそうっぽいよなあ……あ、マジ?話読めたかも。知らんけど』

 

 『お察しの通りでですねえ……この20人の内、一番配牌の平均向聴数が悪いのが、愛宕洋榎選手だったんですよねえ』

 

 『はっはっは!!それでいてこの成績とか大概バケモンだな!いやー現代麻雀に真っ向から喧嘩売りに来るスタイル、あたしは大好きだよ』

 

 

 

 

 そんな話をされているとは露知らず、洋榎の視線の先には、尭深の捨て牌。

 

 

 尭深 捨て牌

 {発8五⑦⑧}

 

 

 (白糸台は……染めっぽいな)

 

 色濃い牌の並び方になっている尭深の捨て牌を眺めて、洋榎はそう結論付ける。

 親番でもない今は安い手で和了りにくるとは考えづらい上、{⑦⑧}の両面ターツは場況的にも良いターツだ。

 

 的確に相手の手牌を読みながら、洋榎はこの後の展開をどう作っていくべきかを考える。自分が和了れない時に、どういった局を作るべきか。

 愛宕洋榎という打ち手は、そういった局運びにも異常に長けていた。

 

 

 

 

 10巡目

 

 

 「ツモ」

 

 

 尭深 手牌

 {2345699西西西} {白白横白} ツモ{1}

 

 

 「……2000、4000」

 

 結局この局を制したのは、またも尭深だった。

 

 

 

 『白糸台高校渋谷尭深選手!2連続の満貫和了で一気に点数を回復!!これは本当に勝負がわからなくなってきました!!』

 

 『配牌がかなり索子に寄ってたからねい……オーラスの一撃が決まっちまえば、白糸台が抜け出すことになる。いよいよ面白くなってきたんじゃねえの?知らんけど』

 

 

 

 点数状況

 

 1位 千里山 江口セーラ 105600

 2位  晩成   新子憧 100900

 3位 白糸台  渋谷尭深  97500

 4位  姫松  愛宕洋榎  96000

 

 

 『なんとなんと!ここで姫松が4位まで順位を落とします!中堅戦のこの時点で姫松が最下位にいるのは今大会は初めてじゃないですか?』

 

 『いやー知らんし。ま、流石の守りの化身といえどもツモでこんだけ削られちゃったら点棒は減るよねえ……まあこのまま黙っているわけはないはずだけどさ』

 

 『さあ大混戦のまま中堅前半戦は南場へと入っていきます……!』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 南1局 親 尭深

 

 

 尭深がゆっくりと息を吐き、配牌を理牌する。その所作に淀みはない。

 そんな様子を眺めながら、憧はまた警戒心を高めていた。

 

 (守りの化身と打点女王に意識が行きがちだったけど……この人も強い……!この2人がいる卓で平然と和了ってくる……!)

 

 正直憧にとってこの展開は予想外だった。

 自分が和了るのはベストだが、それ以上にセーラと洋榎の叩きあいになることが予想されただけに、オーラス以外でもこれだけ和了りを奪ってくる尭深の存在は、脅威そのもの。

 

 (それよりも意外なのは、あんだけ準決勝で暴れまわった守りの化身が大人しすぎ……って)

 

 チラリと上家に座る洋榎を見れば、配牌を眺めながら魂が抜けたように呆けた顔をしている。

 

 

 (え。なに?どうしたのこの人。あんだけ普段煽りマシーンなのにマジで生気感じられないくらい魂抜けてますケド?!)

 

 

 

 

 洋榎 手牌 ドラ{6}

 {①②⑤14一一四八九東南西} 

 

 (牌にやる気が感じられへんなあ~……)

 

 配牌に文句を言うのは弱者の思考。そうは言ってもこの半荘始まって以降一度もまともな配牌と巡り合えていないのは、単純に洋榎の運が悪かった。

 

 「なんや洋榎。大富豪で途中まで勝ってたのに調子に乗って全ベットして勝ち分全部溶かした時の顔しとるで」

 

 「……やえが爆笑してたんを思い出して腹立ったわ」

 

 流石に学校行事に麻雀卓を持っていくことはできず、代わりにトランプで駄菓子を賭けていた時のことを思い出すセーラ。

 

 (ま、コイツの場合よゆーでシャミ使ってくるもんやから油断はできんけどな……)

 

 こういった表情さえも、洋榎は自分の手札として使ってくる。今回はたまたま本当に手牌が悪いが、平気で手牌悪いフリをして捨て牌一段目辺りで和了ってくることがあるのだから、洋榎の三味線は悪質だ。

 

 

 

 5巡目

 

 

 「ポン」

 

 もう何度目になるかもわからない、尭深のポン発声に、憧の眉がピクリと動く。

 

 (そりゃそうよね……今までの局数は5……このままだと最短で8局消化後にオーラスに行くことになる……普通の相手ならそれで十分だろうケド、配牌に三元牌が無い場合がこれから先あるかもしれないワケだし、連荘は絶対にしたいはず)

 

 基本的に尭深は親への執着が強い。当たり前ではあるのだが、オーラスまでの局数がオーラスの強さにモロに響いてくるわけで、自分で連荘を狙えるのであればとことん狙ってくる。

 

 

 (でも悪いケド。鳴き仕掛けで負けて……らんないっ!)

 

 

 「それポン!」

 

 洋榎から出てきた{白}に憧が反応する。

 

 

 憧 手牌

 {②②④3赤57六七九九} {横白白白}

 

 

 切り出したのは{1}。{赤5}を使いつつ、ドラまで使えば3900点まで見える。憧にとっては絶対に鳴く{白}だった。

 その切り出しを見て、もう一度洋榎が憧の捨て牌を凝視する。

 

 

 

 

 

 9巡目

 

 

 尭深の捨て牌から脂っこい牌が出てくるようになり、警戒が必要になってくる頃合い。

 

 (渋谷尭深から中張牌が出てきた……打点は求めてないはずだし、そろそろヤバイか……?)

 

 憧の手牌は進んでいない。

 このままだと尭深に先に和了られてしまうことは必至。

 

 そんな、タイミングだった。

 

 

 

 「……」

 

 上家の洋榎が持ってきた牌を手中に収め、卓を一通り見渡した後……小さくため息を吐く。

 そしてゆっくりと……目を細めた。

 

 

 その目には一体、何が見えているのか。

 

 

 (なに……?愛宕洋榎の雰囲気が……変わった?)

 

 普段の適当さからは考えられないほどの真剣な視線が、憧の緊張感を加速させる。

 

 一九字牌だらけだった洋榎の捨て牌に急に並んだ牌は……{4}だった。

 

 

 「……ッ!チー!」

 

 憧が仕掛けを入れる。いや、入れざるを得ない。このリャンカンは急所だから。

 手牌から{3赤5}を晒し、{7}を切り捨てる。ドラの{6}が入ってくれれば最高だったが、そうも言っていられない。

 

 (な、なに、今の感じ……手を、強制的に進めさせられたみたいな……)

 

 じっとりと背中に汗が滲んでいるのを感じながら、憧は洋榎の方を見やる。

 表情は変わらない。卓の全てが見えているかのような視線は、今もまさに変わりゆく卓の状況を逐一に把握しているようで。

 

 

 またも、洋榎の切り番がやってきた。

 

 ゆっくりと出てきた牌は……{②}。

 

 またも憧の全身を駆け巡るは悪寒。

 

 

 「……!ポン!」

 

 憧がこれも鳴く。いや、鳴かされる。

 見事に急所を射抜く洋榎の牌が、瞬く間に憧に両面聴牌をもたらす。

 

 しかしそんな順調な手牌とは裏腹に、憧の感情は嬉しいとは正反対の位置にいた。

 

 

 (怖い怖い怖いこの人怖すぎるでしょ……!なんで私の欲しい牌……しかも急所をわかったように切ってくるワケ!?)

 

 いつの間にか入った両面聴牌。

 両面からの鳴きであればためらったであろうが、両面聴牌ならなんの文句もない。

 

 ひとつ言えば、{6}を切ってくれれば打点が上がったのにということくらいか……。とそこまで考えて、憧の全身からもう一度鳥肌が立った。

 

 

 

 

 (まさか……()()()安目から鳴かせたの……?!)

 

 

 

 

 考えすぎかもしれない。ただ単純に急所になりえる牌で、ドラは流石に鳴かれたく無いというだけかもしれない。

 しかしそれぐらいのことを平気でやってしまいそうな不気味さが、この打ち手にはある。

 

 

 「ロン!2000点!」

 

 「……はい」

 

 

 結局、尭深から零れた{八}を憧が仕留めて2000点の和了。

 しかし憧は、この和了を全く自分で和了った気分になれない。

 

 何事もなかったかのように卓の中央に自分の手牌と目の前に積んであった山を流し込む洋榎を見て、憧はわずかに震える自身の身体を左手で抱いた。

 

 

 

 

 (ヤバすぎる……!守りの化身……!)

 

 とてつもない和了りをされたわけでもない。

 準決勝の時のような相手をかわしきった和了りをされたわけでもない。

 

 それなのに。

 

 

 

 手牌を全て見透かされているかのような、心臓を正面から握られているかのような感覚。

 

 こちらの命は、向こう側に握られているかのようなこの感覚。

 

 

 

 新子憧は今この瞬間、ハッキリと愛宕洋榎に『恐怖』を抱いた。

 

 

 

 

 

 

 

 



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第142局 親の強み

 

 南2局 親 セーラ

 

 

 「っしゃあ親番~サイコロ回すで~」

 

 再びセーラの親番がやってきた。

 前局の洋榎にはっきりと恐怖を感じた憧だったが、こちらの江口セーラも放っておくわけにはいかない。東場ではその強さを遺憾なく発揮し、暴れまわった打点女王。

 少しでも油断を許せば一撃で点棒を奪い去る彼女のポテンシャルを考えれば、できればもう2度と和了ってほしくなどない。

 

 (どうしてこうアホっぽいのに打点作る技術だけは飛びぬけてるのよ……)

 

 そう弱気な感想ばかりも言ってられない。江口セーラは渋谷尭深の能力などお構いなしに親番で和了りを取りに来る。

 どこからでも仕掛けていくんだという強い気持ちを持って、憧は配牌を開いた。

 

 

 セーラ 配牌 ドラ{四}

 {③⑤⑥⑦⑨224二三八東南中}

 

 

 『さあ親番の江口選手の親番……一面子はあるもののドラもなければ赤もない……あまり彼女の好きそうな配牌ではないですかね?』

 

 『ん~知らんけど……逆に聞きたいんだけどさ、この配牌の完成形……どう思う?』

 

 『え、完成形ですか……ドラ辺りを引けたら嬉しいなって感じでタンピン系に私はみえますが……』

 

 『へえ……まあそれも悪くないと思うケド。打点女王はどこに打点を求めに行くのか……さっきの晩成のコとは違って打点を基準にした第一打。気になるよねえ……』

 

 『……どういうことですか……って』

 

 

 解説陣の視線の先。セーラが理牌を終えて切り出したのは、{八}だった。

 

 

 『{八}ですか……三尋木プロ、これは一体どういう意図でしょう』

 

 『意図っつーか、染め手は見てるだろ。筒子の染め手が一番高くなりそうだから、そこは残したい。字牌の重なりも痛い。んで、さっき話題に挙がったタンピン系も残したいから索子の形はいじりたくない。だから、くっついてもタンヤオが安定しない{八}切り。最速を目指す打ち手とは違った、最大手を逃さない第一打なんじゃねえの?知らんけど』

 

 セーラはいつも通りの表情を崩さない。この大舞台であっても、むしろセーラは楽しんでいる。あの洋榎とガッチガチの殴りあいができるこの日をどれだけ楽しみにしていたことか。

 

 

 (一局一局で種蒔きだあ……?上等だよ。オーラスはそん時また考えりゃいい)

 

 

 セーラ 手牌

 {③⑤⑥⑦⑨224二三東南中} ツモ{一}

 

 

 

 『江口選手、面子が完成ですが……タンヤオとドラ、どちらも同時に失ってしまいましたね』

 

 『はっはっは!そうだな!もうひとつ、筒子の染め手も目指しにくくなったわな。一面子崩すのも悪くないのかもしれねーけど……』

 

 咏が言葉を濁し、扇子を広げて他の対局者を見つめる。

 

 

 『そんなゆっくりしてて許してくれるようなメンツじゃないよねい』

 

 

 

 「チー!」

 

 迷わず動き出したのは憧。4巡目に洋榎から出てきた{6}をチー。

 

 

 憧 手牌

 {③③⑥⑦45三四四北} {横678}

 

 

 『新子選手またも両面からの仕掛けで加速します。ここの親は落としたいでしょう』

 

 『両面つっても片方はタンヤオにならねえ{9}だ。このコにとっちゃあカンチャン鳴いてるのとなんら変わりはないだろうねい。知らんけど』

 

 

 

 6巡目 セーラ 手牌

 {③⑤⑥⑦⑨2246一二三三} ツモ{①}

 

 

 『江口選手、苦しい形が残りながらも一応一向聴までこぎつけました。新子選手の仕掛けも見えてるはずですし、ここは{⑨三}の2択ですかね?』

 

 『ドラ受けを残したいなら{三}は残したいトコだけど……どうかねえ』

 

 セーラの切る牌に迷いはない。さして時間も要さずに{三}を切り出していった。

 

 

 『選んだのは{三}でしたね』

 

 『まあ今一時的に{四}を引いても裏目じゃないしねい。{一}とスライドしてドラを使えるんだし、そこは問題じゃねえんじゃねえの?……まあそれでも{二}引きとかは少し痛いワケで……それよりも{⑨}を優先して残す理由があった』

 

 『理由……それはなんでしょうか』

 

 『見てりゃわかんだろ!知らんけど!』

 

  

 

 セーラは打点を重視する打ち手。かといってどこかの旅館の娘のように、ドラが手元に集まってくるわけではない。どこかの巫女のように手牌が一色に染め上がるような何かをもっているわけでもない。

 それであるのに、これだけ平均打点が高い理由。

 

 

 7巡目 セーラ 手牌

 {①③⑤⑥⑦⑨2246一二三} ツモ{⑧} 打{6}

 

 

 

 

 8巡目 セーラ 手牌

 {①③⑤⑥⑦⑧⑨224一二三} ツモ{④}

 

 

 高打点への嗅覚。

 手役は絶対に逃さない。

 

 

 

 「リーチや!」

 

 

 

 洋榎が下家に座る憧をジト目で睨む。

 

 

 (いや私だって早く和了りたいんですケド?!)

 

 おそらくセーラも、相手の力量がもう少し低かったら、もう2手ほど待って、あるいは手組の段階から構想を変えて、更に打点を上げにかかっていたかもしれない。

 しかしセーラは今日の相手が強敵であることを理解している。だから、打点と速度の『折り合い』をつけた。

 

 

 (洋榎と晩成の1年が合わさった局回しはめんどい。白糸台のもやる気出してきてるみたいやしな。でもな、連荘を避けてる洋榎と晩成の1年。それは大きな間違いや。麻雀はなあ……)

 

 

 

 セーラがツモ山へと手を伸ばし……ニヤリと口角を上げた。

 

 

 (親番で強い奴が勝つんや!)

 

 

 

 

 「ツモ!!」

 

 

 

 セーラ 手牌

 {①③④⑤⑥⑦⑧⑨22一二三} ツモ{②}

 

 

 

 

 「4000オール!」

 

 

 『決まりました!!千里山女子の江口セーラ!!赤もドラもない手牌を12000点に仕上げてみせました!!』

 

 『ここ一番の勝負強さ……打点へのこだわり。いやあ流石だねい』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 千里山女子控室。

 

 

 「やったやった!怜!セーラがやってくれたで!」

 

 「セーラ頼りになるわあ……」

 

 相変わらず竜華の太ももから離れる気配の無い怜が、セーラを素直に賞賛する。

 

 「白糸台がデータに無い動きしてきたんは気になりますが、おおよそウチのペースではありますね」

 

 「洋榎さんが妙に静かなんも気にはなりますけどね……」

 

 セーラの親満貫ツモで、もう一度セーラが大きく点棒を伸ばした。

 大将である竜華の負担も考えた上で、なんなら副将戦も相当厳しい戦いになることが予想される。

 

 千里山陣営はここでなんとしてもセーラに点数を稼いで帰ってきて欲しいところ。

 

 「それにしても晩成の1年生も強いなあ……今年も強い1年生ばっかりや」

 

 「晩成は副将も1年生やしね……船Qには頑張って蛮族を止めてもらわんと」

 

 「蛮族って……確かにこの晩成1年コンビは厄介ですね」

 

 今大会は3年生がやはり注目を浴びているが、1年生も負けず劣らず注目を集めている。

 決勝のスタメンに1年生が5人も入っていること自体が、異例なのだ。

 

 そんな上級生の会話を聞いて、泉が手元の出場校紹介パンフレットに目を落とす。

 

 

 「大星淡……ね」

 

 白糸台のページで不敵に笑う1年生を見て、泉は少し目を細めるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 南2局 1本場 親 セーラ

 

 セーラの12000を受けて、また少しずつ縮まっていた点差が開いた。

 まだ満貫だったから良いものの、裏が1つでも乗っていたら跳満になっていたことが恐ろしい。

 

 流せなかった悔しさを感じながら次の局の理牌をする憧。

 

 

 (早く流せやみたいな顔してきおってなんなのこの守りの化身とかいう奴はあ……!)

 

 思い返せば前局、セーラのリーチがかかるまえに憧は聴牌を入れていた。例のごとく洋榎から鳴ける牌が出てきて、聴牌すればそのアシストがピタっと止まる。「聴牌は入れさせてやるが、あとは自分でどうにかしろ」とも言わんばかりのその姿勢に、憧は恐怖を通り超えて怒りを感じていた。

 

  

 (そこまで言うならやってやるわよ……!)

 

 憧も舐められたまま終われない。

 配牌を眺めて即座に鳴ける配牌かどうかを判断し、鳴く箇所を決める。

 このあたりは準決勝で洋榎にやられた経験が活きている。

 

 (安全度ばっかり考えてたら、この人達に対抗できない。できる限り受け入れは広く!)

 

 

 通常憧は、鳴きを駆使する打ち手だからこそ、手牌の防御力にも常に気を配っている。鳴くという行為は、手牌の数を少なくする行為。当然相手からのリーチに対して手詰まりを起こしやすい。

 

 それでも憧が放銃率を低い値で保っていられるのは、この鳴いた後のバランスが優れているからだった。これは、姫松の大将、恭子にも同じことが言える。

 

 しかし今憧は、手詰まりを起こすことよりも、先にセーラに和了られて失点する方が痛いと判断した。オリれば流局という線もあるが、今日の江口セーラが流局までツモれないとは考えにくい。事実今までの手もなんなくツモってきている。

 

 

 6巡目 憧 手牌 ドラ{6}

 {③③④567二三四五} {横423} ツモ{③}

 

 

 (よしっ!)

 

 広く打っていれば、こうした聴牌にもこぎつけることができる。

 いわゆるくっつき聴牌の場合は、多少無理してでも受け入れは広くとったほうが良い。

 

 

 「リーチ!」

 

 「ロン!!」

 

 今度は、セーラからの宣言牌を憧が捉えることに成功した。

 

 

 

 憧 手牌

 {③③③④567二三四} {横423} ロン{②}

 

 

 「3900!」

 

 「……やるやんけ」

 

 

 広く受けなければ、おそらくこの最終形にはならなかったであろうことを捨て牌から感じ取り、セーラが賞賛を口にする。

 

 

 (よしっ。戦えてる……あとは……!)

 

 これで恐ろしいセーラの親番を流すことができた。

 さあ、次は。

 

 

 

 「ほな、遊ぼうや」

 

 

 (ここで来るか……守りの化身!)

 

 

 

 未だ静観を貫く、守りの化身の親番だ。

 

 



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第143局 収穫の時

 『前半戦もついに佳境!勝負は南3局へと移り、姫松の誇る守りの化身、愛宕洋榎選手の親番です!かなり意外なのですが、ここまで愛宕洋榎選手の和了りが一度もないんですよね』

 

 『いや~、ここまでも存在感はたっぷりあるんだけどねい。ま、仕掛けてくるとしたら、この親番かねい。知らんけど』

 

 

 中堅前半戦南3局。

 ここまではセーラの大きな和了が3回と、尭深の満貫が2回、そして憧の細かい和了。局への影響力は大きいものの、洋榎は未だに和了りを掴めずにいた。

 しかしとうの本人はそんなことを気にしている様子は一切なく、今この瞬間も無表情に配牌を理牌している。全く焦りを感じさせないその姿勢に、会場の観客たちもどこか洋榎のこの親番に対して期待をしていた。

 

 

 「愛宕洋榎の親番……!絶対なんかあるよな!」

 

 「ってかそろそろやってくんねえと困るって」

 

 「姫松が決勝戦の折り返しでに3位とか信じらんねー」

 

 口々に感想を述べるのは、インターハイを会場で見ている観客達。彼らの目の前に用意されている大きすぎるモニターは、逐一選手たちの状況、点数、手牌などを映し出している。

 ここ観客席にいるのは、今戦っている4校の、メンバーに入れなかった者達や、その保護者。そしてそういったものとは関係なくただ純粋にインターハイを楽しみに来ている高校麻雀ファン。そして。

 

 

 「まったく……三尋木プロも勘違いしとる。麻雀はバトル漫画やなか」

 

 「部長の言う通りです!」

 

 「姫子が言ってもあまり説得力がないのでは……」

 

 ここにいる新道寺女子のように、インターハイ団体戦を終えたメンバーも、この大会の結果を目に焼き付けようと、こうして観戦に来ていた。

 

 

 「いくら気合の入ろうが、配牌の良くなるわけやなか。愛宕洋榎やって、そう思っとる」

 

 「確かに……麻雀は運が大きいゲーム……実力者やって、この局ば和了ろうって和了れるもんやなかですよね」

 

 「だからあなたがたに言われてもあまり説得力がないのですが……」

 

 「なんもかんも政治が悪い……」

 

 部長の哩と、大将を務めていた姫子の会話に辟易とするすばら先輩こと花田煌。確かに彼女たちに言われてもあまり説得力はないが、哩の言っていること自体は正しかった。

 ここまで洋榎は配牌にもツモにも恵まれず、自身で和了ることができていない。普通の人間ならむしろ空気と化している所を、彼女の超人的な読みがあって他家を使っての局回しが成り立っているだけ。

 洋榎は苦しい状態をしのいでいるに過ぎないのだ。

 

 「ばってん、愛宕洋榎が守りの化身呼ばれとるんは、攻撃ができんからやなか。……むしろ愛宕洋榎の攻撃こそ、読みば最大に活かした寸分違わぬ一撃になる」

 

 「部長……」

 

 哩の口調は、洋榎の実力を認めているが故に、真剣そのもの。洋榎が『守りの化身』などという大層な名前で呼ばれているのは、放銃しないからという生ぬるい理由ではない。正直、『当たり牌がわかる』程度の能力を持つ者なら他にもいるだろう。しかし彼女が優れているのはそこではない。自身の読みを活かし、何故その牌が当たるかのプロセスを大事にし、相手の手牌を明らかにしてしまうこと。そしてそれは決して、防御だけに使われるわけではない。

 

 「部長にそこまで言わせるとは……愛宕洋榎さん。すばらです」

 

 またしてもあまり良くない配牌を受け取った洋榎を眺めつつ、煌もまた洋榎に静かに賞賛を送るのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 点数状況

 

 1位 千里山 江口セーラ 113700

 2位  晩成   新子憧 102800

 3位  姫松  愛宕洋榎  92000

 4位 白糸台  渋谷尭深  91500

 

 

 

 

 南3局 親 洋榎 ドラ{3}

 

 10巡目

 

 

 

 「ロン!3900!」

 

 「まーたザンクかい。こまいねえ……」

 

 

 ロン発声をした直後。憧は今この瞬間、南3局が終わったことを理解した。何を言っているんだと思うかもしれないが、それほどあっさりとこの南3局は終わってしまったのだ。

 

 (守りの化身が……何もしてこなかった……?いや、できなかったの?)

 

 憧の和了形を確認した後、ゆっくりと手牌を手前に倒し、洗牌(シーパイ)を行う洋榎。その目には、特に感情の動きは見られない。

 

 

 (確かにまだ前半戦。後半戦があるから前半戦は無和了でも良い……ってこと?いやでも流石に良いわけはないよね。良いわけじゃないけど、手牌が良くなくて和了れなかったんだ。ここは素直に、ラッキーと思っておこう)

 

 この世界では、強い打ち手はブレなく強い。訳の分からない和了りもしてくるし、3、4巡目で和了られることも珍しくない。そういう打ち手ばかりを見ていたから麻痺していたが、洋榎はそういった打ち手とは一線を画す存在。素直に配牌が厳しければ控えめな打ち回しになるし、上手く配牌がかみ合えば、強い。『常に強い』のではなく、洋榎は『弱い時の打ち方が異常に上手い』のだ。

 

 (んで、これが本番……来る。南4局(オーラス)……!)

 

 

 憧、セーラ、洋榎の注目が、唯一人に集まった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 南4局 親 憧 ドラ{③}

 

 

 地道に、一つずつ。この中堅前半戦でゆっくりと種を蒔いてきた渋谷尭深。必ず帰ってきてね、と。しっかり育ってね、と。一打一打に思いを込めた尭深の想いが、この瞬間に実を結ぶ。

 

 さあ。

 

 

 

 収穫の時(ハーヴェストタイム)だ。

 

 

 

 

 

 

 尭深 配牌 ドラ{④}

 {134六発発発白白中中南南} ツモ{赤⑤}

 

 

 

 尭深は配牌をゆっくりと理牌して……小さく笑った。

 

 ここまで大切に育ててきた我が子達を愛でるように、道中引くことができなかった{中}が、偶然自分の手牌に2枚来てくれたことに感謝をしながら。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 憧がゆっくりと息を吐く。この局一番注意しなければならないのは、言わずもがな白糸台の渋谷尭深だ。

 

 

 (江口セーラのせいで、ここまでの局数は9……渋谷尭深の今までの第一打は……)

 

 

 他視点 尭深 配牌

 {裏裏裏裏3発発発白白中南南}

 

 

 憧だけでなく、セーラと洋榎ももちろん尭深のこれまでの第一打は頭に入っている。

 あとは手出しとツモ切りを見て、どう判断するか。

 

 

 (問題は2枚集まらんかった{中}やな。これを枯らすことさえできるんやったら、怖くないんやけどな)

 

 セーラも努めて冷静に状況を判断する。自分の手牌に{中}があれば一番良かったのだが、生憎無い。放銃だけは避けるかと心に決めつつ、セーラも第一打を河に放っていった。

 

 

 4巡目。

 

 「ポン!」

 

 洋榎が切り出した{⑧}にいち早く反応を示したのは、憧。

 

 

 憧 手牌

 {②②③78三三五七八} {横⑧⑧⑧}

 

 『やはり仕掛けていきました新子憧選手……しかしこれは流石に厳しい仕掛になっていますね』

 

 『いや、そうでもねんじゃねーの?いつもだったら絞られる状況かもしれない……ケド、今はオーラス。白糸台にバカみたいな配牌が入ってることはみんな分かってんだろ?そんで、晩成のコの上家は守りの化身。多少無茶でも、私は動けます、ってアピールしておいた方が、後々いいんじゃね?』

 

 『なるほど……!愛宕選手からしても、安手でオーラスが終わるのは悪いことではありませんしね!さあ、この仕掛けに対して渋谷選手がどのように立ち回っていくかも見ものです!』

 

 

 針生アナの指摘の通り、憧にとってもこれが無茶な仕掛けなのはわかっていた。しかしわかっていてなお、仕掛けていくしかなかった。

 

 (どうせ江口セーラは三元牌を絞る以外は普通に打ってくる。守りの化身は終始キツそう……ここを和了らせないためにも、私がギリギリの戦いをするしかないっ!)

 

 自分の手元に三元牌が無い以上、ある程度憧は攻めるつもりだった。自分が放銃してしまうのは元も子も無いが、もし仮に他の2人に{白中}が行っていたら2人は動けない。渋谷尭深の一人舞台になってしまう。

 

 (やるんだ……私が終わらせる!親被りなんかさせないんだから!)

 

 

 

 6巡目。

 

 

 「チー!」

 

 憧が続け様に洋榎から出てきた{六}をチー。急所を一つ埋めることができた。

 

 (やっぱり……愛宕洋榎は私に対して絞ってこない!河も中張牌だらけだし……私が鳴ける所は全部出してくれるはず!)

 

 憧の指摘通り、洋榎の河は尭深に当たりうる索子の下以外の中張牌だらけ。憧にとっては願ってもない僥倖だった。

 まだ一向聴ではあるが、尭深より先に和了れる可能性はまだある。そう思っていた。

 

 しかし憧の下家である尭深のツモ番。

 

 (うっ……!)

 

 尭深が手から出してきたのは、{1}。尭深の河に、初めて索子が並んだ。

 

 

 『さあ渋谷選手の怪物手が一歩前進……!これは各校にもプレッシャーがかかりますね……!』

 

 『そりゃこえーだろ!めちゃくちゃ上手くいってれば、もう面前で大三元聴牌が入っててもおかしくないわけだろ?たまんねーなあおい』

 

 『なぜ喜んでいるのかはわかりませんが……前半戦南4局、各校にとってここが大きな勝負所になりそうです!』

 

 

 会場もにわかにざわめきだす。渋谷尭深はこのインターハイで誰よりも多く役満を和了っている打ち手。その大きな和了がこの決勝でも炸裂するのではないかという期待と緊張が、異様な空気を作り出していた。

 

 

 10巡目。

 

 尭深の手出しという他家が行きにくくなる状況。それに追い打ちをかけるかのように、憧の手元にある牌がやってきた。

 

 

 憧 手牌

 {②③③88三三} {横六七八} {横⑧⑧⑧} ツモ{中}

 

 (うっそ……サイアク……!)

 

 憧の手元にやってきたのは、さながら地獄への片道切符。

 まだ場に{中}は1枚も出てきておらず、尭深がこの10巡の間に重ねていない保証はない。むしろまだ重ねていないという考え方は楽観的すぎるだろう。

 

 (渋谷尭深の手牌は……)

 

 尭深のこれまでの手出し情報を鑑みて、今の尭深の手牌をもう一度考える。

 しかしどう考えても、この{中}が当たりではない保証にはならない。

 

 切りたくても、切ることのできない牌。憧は恨みがましく手元の{中}を見つめて、{②}を切り出した。

 

 (どうする……自力で重ねるしかないの……?)

 

 焦りが憧の全身を支配する。このままでは尭深の役満成就は時間の問題。流局を願うにはあまりにも早すぎる巡目だった。

 

 

 

 13巡目。

 

 憧が{中}を掴んで足踏みをしている間に、時間がかかったことによって得する人間が一人いる。

 

 

 「あららあ……ええんか?俺はそんな脅しで止まる相手とちゃうぞ?」

 

 不敵に笑ったセーラが、鋭い視線を尭深に向けた。

 

 

 「リーチ!」

 

 大きな発声と共にセーラが河に叩きつけたのは{南}。

 

 「ポン」

 

 やはりか、とおそらく今日一番大きな声を出した尭深の方へセーラが視線を投げる。

 {南}は尭深の配牌に確実に入っていた牌で、河に出てきていない以上、手牌にあることが確定していた。

 

 セーラはそれを分かっていてなお、この牌を横に曲げた。

 

 

 セーラ 手牌

 {一二二二二三五五六六七九九}

 

 

 (張ってるかもわかんねえ大三元に脅えるなんてありえねえ。いいぜ。勝負だ。やれるもんならやってみな……!)

 

 

 獰猛にセーラが笑う。ダマで跳満のこの手だが、セーラの判断はリーチ。尭深の手には萬子が無いことがほぼ確定していて、憧の手の内のターツもだいぶ割れている。洋榎の河にも乱雑に萬子の中張牌が並んでおり、残りの萬子はほぼ山にあるとセーラは確信している。

 決して無謀な勝負ではない。勝てる確率の高いリーチ。

 

 

 セーラのリーチを受けて、憧はオリを選択。

 

 (リーチした以上、この局は横移動の可能性もある……江口セーラが勝つと1位との差が開くけど、白糸台に役満ツモられるよりはマシ……!)

 

 憧が捨て牌を手牌から選んだことを見て、尭深が珍しく少し息を吐いてからツモ山へと手を伸ばす。

 いかに普段温厚で物静かな尭深とはいえ、この局は譲れない。

 

 しっかりと盲牌をして……そしてその感覚に全身を強張らせる。

 

 

 尭深 手牌

 {344発発発白白中中} {南南横南} ツモ{白}

 

 

 

 役満、大三元聴牌。

 

 ドクン、と大きく尭深の心臓が跳ねる。この{3}はセーラに当たることは無い。あとは純粋に引きあい。分が悪いであろうことはわかっている。このオーラスでここまで時間をかけてしまった時点で、自分が悪いのだ。

 しかしここからでもどちらが勝つかわからないのが麻雀。もし仮に自分の{中}が山に残り1枚だけで、セーラの待ちが山に7枚のこっていようとも、先に自分か相手のツモに牌のいたほうの勝ち。これはそういうゲームだ。

 

 (私も、役に立ちたい)

 

 今まで絶対的であった存在のチャンピオンが敗戦した。そうなるかもしれないと聞かされてはいても、正直信じられていなかった。それだけチャンピオンの存在は大きかった。

 先鋒戦が終わった時、尭深は使命感に駆られた。今までおんぶにだっこだった先輩に恩返しができるとしたら、今日だと。

 チームに加えてくれて、自分を育ててくれたのは間違いなく照だ。

 

 今日照が負けた後が総崩れでは照に顔向けができない。

 

 (勝ちたい……な)

 

 自然な感情だった。相手が強いことなど百も承知。

 きっとこのセーラのリーチも、もし放銃してしまえば火傷程度ではすまされないであろう。散々その火力は見てきた。

 それでも尭深は立ち向かう。この役満を成就させれば、この後の展開も楽になる。白糸台が優勝に近づく。

 

 手牌から、強く切り出すは{3}。

 尭深は収穫しに向かう。自身が時間をかけて育てた、役満大三元という果実を。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 尭深は、仲間のため、自分のために、役満大三元を和了らなくてはいけないと思った。それ自体は悪いことではない。

 しかし、この場面は別に役満にこだわる必要は無かった。それなのに、自分が育てた果実を、最高の状態で収穫して勝ちたいと思ってしまった。

 

 

 その、ほんの少しだけの“欲”。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「ロン」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その“欲”を、姫松(常勝軍団)のエースは見逃さなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 洋榎 手牌

 {12999東東東北北北西西} ロン{3}

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 対局室が、会場が、空間ごと切り裂かれたかのような静寂。

 

 浮かれた熱を刈り取るかのような、静かな一撃。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「16000」

 

 

 

 

 

 

 

 自分の顔から血の気が引いていくのを感じながら、洋榎の捨て牌を見る。

 

 2巡前に洋榎が手出ししている牌は……{1}。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 (なん……で……)

 

 

 

 

 それの意味するところ。

 

 愛宕洋榎は、ツモり四暗刻の聴牌を()()している

 

 

 

 

 

 

 

 

 「ダブ南、小三元、混一……倍満で手打ちにしとったら、ジブンの勝ちやったかもな。あるいはウチが並の打ち手やったら、その大三元も成就してたのかもしれへん……けどな」

 

 

 

 

 「ウチを相手に、その“欲”は痛すぎるで、渋谷尭深」

 

 

 

 

 

 

 

 

 守りの化身、愛宕洋榎のあまりにも高度な『読み』は、今まさに結実し、尭深の手に収まろうとしていた大きな果実を、容赦なく横薙ぎに切り裂いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 前半戦終了

 

 1位  姫松  愛宕洋榎 108500

 2位 千里山 江口セーラ 107800

 3位  晩成   新子憧 107700

 4位 白糸台  渋谷尭深  76000

 

 

 

 

 

 



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第144局 激闘の予感

 

 

 

 『中堅前半戦決着!!!最後は、最後は姫松が誇る守りの化身によって放たれた凄まじい一撃で、全てをひっくり返しました!』

 

 『いや……えっぐいねえ……正直どこまで読みが行ってんのか、私もわっかんねー。けど、あの待ち選択にほぼ時間を使わなかったってことは、つまりそういうことなんだろうねい。知らんけど』

 

 

 中堅前半戦が終わった。

 前半戦一度の和了りも無かった洋榎がオーラスに放った一撃は、対局者全員に鮮烈な印象を与えただろう。

 絶対に、後半戦にも影響する明確なダメージ。

 

 特に……せっかくの一撃必殺に対して完全にカウンターを食らった形になってしまった尭深は、未だに信じられないといった表情で卓を見つめていた。

 その瞳は、わずかに揺れているようにも見える。

 

 「おつかれさん~後半もよろしゅうな」

 

 洋榎があっさり席を立って、対局室を後にする。

 後頭部で両手を組んで、リズミカルに階段を下っていった。

 

 

 (……)

 

 洋榎がポケットから爪楊枝を引っ張りだし、口にくわえる。

 その表情は、あまり良いモノではなかった。

 

 片手で対局室の重い扉を開き、控室に戻ろうとして……目の前に親友が来ていたことに気付く。

 

 

 「よっ!お疲れ様!」

 

 「なんや多恵か……」

 

 両手を腰に当てて笑顔で洋榎を迎える多恵。

 その混じりけの無い笑顔に、呆れたような表情で洋榎が片手を挙げた。

 

 「こういう時に限って出迎えて……出迎えるんやったらウチが役満でもぶっぱなした時にしいや」

 

 「いや、むしろ今回がベストだと、私は思ったけど?」

 

 「……ホンマ、むかつくやっちゃで……」

 

 なにか気持ちを見透かされたような多恵の発言に、洋榎は頭を掻く。

 長年の付き合いというのは、こういう所があるから嫌いだ。

 

 

 「おんぶ」

 

 「へ?」

 

 「せっかく出迎えにきたんや。おんぶせい」

 

 「ええ……(困惑)」

 

 仕方なく、多恵が洋榎に背中を見せる。

 よっこらせ……ととても女子高生が出すようなセリフではない言葉を呟きながら、洋榎が多恵の背中に乗った。

 

 「おも……」

 

 「あん?!」

 

 「あ、なんでもないです、はい」

 

 「せやな」

 

 少しふらつきながら、多恵が控室までの道のりを歩み始める。

 しばらく言葉がない時間があったが、やがて、多恵の方から洋榎に声をかけた。

 

 

 「……キツかったね。前半戦」

 

 「ホンマやで!おかしいやろなんやあの配牌!やる気あんのか!牌全部ぶちまけてやろうかと思ったわ!」

 

 「わー!上で暴れるな暴れるな!!」

 

 溜まっていた鬱憤を晴らすかのように、洋榎が好き放題暴れ出す。

 幸い周りには誰もいないおかげで、この奇妙な光景を誰かに見られることはなかったが。

 

 「別にな、多少配牌が悪いくらいやったらええねん。なんやねんなんも見えへんって。国士すら見えへんねんで?V5時代の東京にボコボコにされる大阪の気持ちがようわかったわ!」

 

 「あははは……それはちょっと違うんじゃない……?」

 

 洋榎は小学生のように癇癪を起している。

 

 別に洋榎だって、感情が無いわけではない。好配牌をもらえば嬉しいし、理不尽な和了りを受けたら怒りもする。

 むしろ幼い頃はそれが顕著だった方で、今はそのコントロールを上手い事できるようになっているだけなのだ。

 そのことを、多恵は良く知っている。

 

 

 (本当は、最後の最後までキツかったんだよね)

 

 前半戦南4局まで和了ナシなんていう展開を、洋榎が望んで作ったわけはない。

 そもそも、洋榎がアシストをする、というのも自分の手が相当悪くないとしない選択なのだ。

 普通なら自分で止める方が手っ取り早いのだから。

 

 ボロボロの配牌をもらって、それでも最善を尽くし続けた。

 それなのに、最後の親番も、まともな配牌は来なかった。

 

 オーラス、憧が和了る可能性だって十分にあった。

 最後は至高の読みで和了りを手にしたものの、前半戦和了ナシの可能性は十分にあったのだ。

 

 「……なんでウチがセーラに負けなあかんねん」

 

 「……そうだよね」

 

 結果的に、稼いだスコアで言えば洋榎はセーラに負けている。

 それどころか、洋榎は前半戦だけで言えばマイナスなのだ。晩成の新子憧にもスコア上では上を行かれている。

 この結果に、本人が納得しているはずがない。

 

 「ムカつくわあ~!後半ホンマにシメたるからな……」

 

 「うん、期待してるよ」

 

 背負った洋榎から、多恵は溢れんばかりの熱を感じていた。

 どんなにクールに、冷静に局を運んでいるように見える洋榎も、まだ高校生。

 

 感情を完璧に殺すことなんて、できないのだ。

 

 姫松の控室までたどり着いた。

 両手が空いている洋榎が、控室のドアを開けようとして……動きを止める。

 

 「……多恵」

 

 「ん?」

 

 「礼は、優勝してから言ったるわ」

 

 「……うん。そうだね」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 震えが止まらない。

 今も、最後に放たれた「ロン」の一言が脳裏に焼き付いて離れない。

 

 最後の最後。自分が得意とするオーラスの場面で、ハッキリと植え付けられた恐怖。

 その恐怖は、今も尭深の身体を支配していた。

 

 もう対局室には誰もいない。

 誰もいなくなった対局室で、洋榎の手だけが開かれている。

 完全に狙いを済ませた、確殺の一撃。

 

 (菫先輩に打ち取られた時だって……こんな風にはならなかった……)

 

 怖い。

 震える両手を握りしめて、うつむく。

 こんな状態で、後半戦戦えるだろうか。

 ただでさえ白糸台は今劣勢だ。

 

 大将にとんでもないルーキーがいるとはいえ、それもなにも安心できる材料にはならない。

 真っ暗闇に、放り出されたようだ。

 麻雀をやり始めてから今まで、こんな感覚に陥ったことはなかった。

 

 冷たい……暗い……。勝てる気が、しない。

 

 

 と、突然その両手に、温もりを感じた。

 

 「……!」

 

 「尭深。大丈夫?」

 

 尭深の両手を包んだのは、先輩である照の両手だった。

 

 「宮永……先輩」

 

 「お茶……持ってきたよ」

 

 見れば、自分の席の隣に、新しい湯呑みが置かれていた。

 淹れたてのようで、未だに湯気が出ている。

 

 「ありがとう……ございます」

 

 「……周り、強いね」

 

 「……はい」

 

 「でも、私は、尭深も負けてないと思ってる」

 

 「……!」

 

 照は、感情の起伏を読みづらいタイプの人間だ。

 それは後輩である尭深にとっても同じで。けっこうな月日を共にしてきたけれど、未だに読めないことがある。

 

 しかし、その付き合いの中で、分かっていることもある。

 それは、照が決してお世辞を言わないこと。

 

 つまり、照は本気で尭深が「負けてない」と思っているということだ。

 正直すぎる、強すぎる照の言葉だから、嘘が無いことがはっきりとわかって。

 

 

 「一人で……背負いすぎないで。後ろの2人も、心強い、仲間だから」

 

 「ありがとうございます」

 

 照が、ゆっくり手を離した。

 震えはもう、止まっていた。

 

 その状態を確認した照が少しだけ笑った。

 そしてゆっくりと立ち去ろうとする照だったが、何かを思い出したようにこちらを振り返ってきて、尭深の目を見る。

 

 尭深にとって、それは今までみたこともないような、照の表情で。

 

 

 「あ、あとね」

 

 「?」

 

 「これが、アドバイスになるかはわからないけど……」

 

 

 

 

 

 ――――能力に頼り過ぎない麻雀も、結構楽しいよ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 晩成高校控室。

 

 「新子憧!ただいま戻りました!」

 

 「アコ!おつかれ!」

 

 中堅戦で粘りをみせた晩成のルーキーの帰還を、チームメイトが笑顔で出迎える。

 憧のここまでの成績は悪くない。あの関西最強の2人を相手どって前半戦をプラスにして帰ってきたのだ。快挙と言っても差し支えないだろう。

 

 「いい感じじゃないか憧!流石だよ!」

 

 「由華先輩痛い!痛いですって!」

 

 バシバシと背中を笑顔で叩いてくる由華。

 そのいつも通りな歓迎に苦笑しながら、憧は疲労を回復すべく、ソファに腰掛けた。

 

 「いやでも守りの化身も打点女王もヤバすぎ!愛宕洋榎マジで怖いんですけど!あの人手牌透けて見えてませんか?!」

 

 「最後の和了りも……まるで切る牌をわかっているかのような感じでしたね……」

 

 憧の心からの叫びに、紀子も同意する。

 あの3s狙い打ちは、あの対局を見ていた全員を震撼させただろう。

 

 「まあ、アイツならあれくらいやってきておかしくないわ。でもね、結果だけ見れば洋榎はマイナス。憧、あなたが勝ってるのよ。前向きになりなさい」

 

 「そーだぞアコ!すごいじゃんか!」

 

 「あははーありがと……」

 

 初瀬から手渡された冷えピタシートをおでこに貼って、酷使した脳をクールダウンさせる。

 

 「セーラにあまり何回も和了られたくはないけれど……副将戦、大将戦の相性を考えたら、やはり沈めておきたいのは姫松よ。このまま洋榎を大人しく済ませるのがベスト」

 

 「……かといって、江口セーラにバカスカ和了られるわけにもいきませんよね……難しいですね」

 

 由華も厳しい表情で考察する。

 洋榎を勢いづかせてしまえば、副将、大将から点数を搾り取るのは難しい。

 なるべく洋榎にはこのままツモで削られてもらうのが一番だ。

 

 「洋榎最高に配牌悪かったからね……まあ日頃の行いが悪いからよ。ざまあみなさい」

 

 「悪い笑み出てますよやえ先輩……」

 

 ふふふと笑うやえの姿に、紀子も思わず引き気味だ。

 かつての親友といえども、今はまごうことなき敵。そのまま沈んでくれるなら、それで構わない。

 

 「憧、後半戦も基本的に同じスタンスでいいわ。セーラの大きな和了はできるだけ減らす。また洋榎の下家になるとは限らないけれど、そうでなくとも、得意の仕掛けは積極的に行って。……渋谷尭深については……まあ、あまり想像したく無いけれど、最悪のパターンになったら、昨日打ち合わせた通りにね。……じゃあ、あなたの持ち味を、存分に活かしてきなさい」

 

 「もっちろん!当然です!」

 

 憧がゆっくりと起き上がり、親指を立ててグーサイン。

 笑顔でOKサインを返してくれたやえを見て、そして後ろに振り返る。

 

 そこには、初瀬と強引に肩を組んだ由華と、紀子も笑顔で憧を見守っていて。

 

 

 「そうだぞ憧。私達はどんな時も、倒れるなら前のめりに、だ」

 

 皆の獰猛な笑み。

 だけどこれが、晩成なんだ、と強く感じられて。

 

 晩成の魂を持った若き戦士が、激戦の戦場にもう一度向かうのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 静かな対局室に、階段を上る音がする。

 その音を聞いて、少しの間目を閉じていた尭深がゆっくりとその目を開いた。

 

 「……おろ……心は折ったはずやったんやけどな。まだやれるんか」

 

 「……」

 

 上ってきた常勝軍団のエースに対して、尭深は無言で貫き通す。

 もう、恐怖はない。自分にやれることを、全力で。

 

 もう、尭深の瞳に恐怖の色はない。

 

 「……おもろそうやないか」

 

 その瞳を見て、洋榎も口角を歪ませた。

 それでこそ面白い。戦う気が無い人間のいる決勝など、つまらない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 『さあ、お待たせしました!ついにインターハイ団体決勝も折り返し!中堅後半戦が始まろうとしています!』

 

 『4校にとって、大事な中堅戦だけど……白糸台は、早くも踏ん張りどころだねい。火力お化けがいるだけに……下手をすれば、勝負が決まりかねない』

 

 『……!それほどですか。4校がどのような対策を練って後半戦に挑んできたのか。注目しましょう!間もなく、中堅後半戦です!』

 

 

 

 

 中堅戦のメンバーがそろった。

 4人が卓を囲んで、立っている。

 

 卓には、4枚の牌が裏側で並んでいる。

 

 

 席決めに基本ルールはない。

 ただ、暗黙の了解で、現在ラス目のチームの選手が最初に席決めの牌を取ることが多い。

 

 そして、現在のラス目は……白糸台高校だ。

 

 渋谷尭深が、ゆっくりと、一番端の牌に手を伸ばす。

 

 人差し指で牌の端を軽く押す。

 それだけで、牌は綺麗にひっくり返った。

 

 出てきた文字は……。

 

 

 

 

 「北」。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「ッ……!!」

 

 「……」

 

 「……へえ」

 

 

 憧が驚きに目を見開き、洋榎が目を細めて、セーラが口角を歪めた。

 

 

 尭深が、ゆっくりとその顔を上げる。

 

 

 

 この後半戦。

 渋谷尭深は……北家だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 中堅後半戦―――――開始。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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第145局 挨拶代わり

 

 インターハイ団体戦決勝前夜。

 

 

 「白糸台の中堅、渋谷尭深についてですが」

 

 「あ~、あのよく美味そうにお茶飲んどる」

 

 お気に入りのバインダーとレーザーポインターを持って、末原恭子は姫松メンバー全員の前に立っていた。

 

 いよいよ決勝ということで、準決勝で当たっていない2校の情報を全員の頭に入れるべく、姫松メンバーはミーティング中。

 逆側のブロックを偵察してくれていたデータ班から情報を受け取り、赤阪監督代行と恭子で取れる対策を考え、それを全員に伝える時間。

 高校麻雀において『情報』は貴重なのだ。

 

 相手を何も知らずに卓につくことがどれだけ恐ろしいか、恭子は身をもって知っている。

 『敵を知り、己を知れば百戦して危うからず』。常勝軍団姫松は、勝つための最善を取ることにこだわってこそだ。

 

 「基本的に中堅戦のマークは江口……それは変わりませんが、この渋谷も侮っていい相手やありません。彼女のこのデータを見てください」

 

 恭子が手元のパソコンをいじると、メンバーの前にあるモニターにとあるデータが映った。

 それを見ながら、恭子がレーザーポインターで指し示す。

 

 「これは渋谷尭深がこれまで大きな手……倍満以上を和了した局の結果を示してます」

 

 「オーラスばっかりなのよ~」

 

 「ってかほぼオーラスは全部和了ってませんか?恐ろしい能力やな……」

 

 白糸台の中堅、渋谷尭深の能力は、オーラスに真価を発揮する。

 そのことは既にメンバー全員が把握済みだ。

 

 「今大会最多の役満数、その力は伊達やありません。ただ、ここで注目してもらいたいんはもっと別のところです」

 

 恭子の言葉を受けて、全員が押し黙る。

 そうなのだ。渋谷尭深がオーラスに強いことはもう知っている。彼女の対局を見ていればそれは一目瞭然なのだから。

 では、それを踏まえて恭子が洋榎に伝えようとしていることはなんなのか。

 

 「多恵。なんか気付いたか?」

 

 「ん~……そうだな……気になるのは全部役満は32000点……つまり子の時しかないよね」

 

 「それや」

 

 恭子がもう一度エンターキーを押す。

 次に出てきたデータは、渋谷尭深の西東京予選から含めた牌譜だった。

 

 「渋谷尭深は予選含めてここまで、一度も『北家』になっとらん。つまり親でオーラスを迎えたことがないっちゅうことです」

 

 「え、いいじゃないですか。親でやられるより点数低いんですし……」

 

 「漫ちゃん、考えてみ。別に明日の決勝も北家にならんのなら別にええ。……けど、もし仮に渋谷尭深が明日北家を引くようなことがあれば」

 

 「親で役満を和了されることがあるっちゅうことですよね……あ、そうか」

 

 親が和了ると何が起こるか。漫もようやくそこで合点がいった。

 

 「連荘なのよ~!」

 

 「オーラス最高配牌のその先……何が待っているかわからないってことだね」

 

 「そういうことや」

 

 もし全ての局の一打目が配牌になるのなら……役満を和了した局の一打目も配牌に加わることになるのか。

 はたまた全く違う法則が顔を出すのか……。そこから先はデータがない以上推測でしかない。

 が、楽観視できないことは、漫も気付いたようだ。

 

 少しだけ張り詰めた空気。

 しかしそれは一瞬だけだった。

 

 

 

 「あんたの子やなし孫やなし~ウチは案じるより団子食う~」

 

 

 

 指揮棒は爪楊枝。

 愉快な歌を披露したたれ目の少女は、実に呑気に、いつも通り椅子を逆側から座っていた。

 

 「……部長、ホンマに大丈夫なんですか?」

 

 「心配性やなあ~恭子は。まったく心配あらへん。ちゅーか対策なんか元から一つしかないやろ」

 

 

 どっこいせ、と洋榎が椅子の上に立ち上がる。

 非常に行儀の悪い行動であるが、ここにそれを咎める者はいない。

 

 「とどのつまり、()()()()()()()()()()()()()()。それだけやろ?」

 

 堂々と言ってのける。

 それができれば、確かにそれ以上の対策などない。

 

 そしてそのぐらいのことをやってのける実力がある、とここにいる全員も思っているからこそ、彼女の論に反対できない。

 

 「ふふふ、そうだよね。洋榎なら、間違いなくできるね」

 

 「あったりまえ体操第三や。よ~く見とき。ウチが全部抑えつけたるわ」

 

 どや顔で言い放つ洋榎に半分呆れ顔の恭子。

 これ以上何を言っても無駄か、と早々にあきらめて、恭子は副将戦の対策に移った。

 

 

 また椅子に逆側で座り直した洋榎が、明日の対戦相手のデータを真剣に眺めている様子を見て、多恵が笑う。

 

 (油断や慢心なんかじゃない。自分の実力を誰よりもわかっているから分かる、客観的事実。それを基に判断が下せるからこそ、洋榎は強いんだ)

 

 あまりにも頼もしいチームメイトの姿。

 洋榎は絶対に負けない。

 

 姫松のメンバー全員が、それを信じて疑わない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 『さあインターハイ団体戦決勝中堅後半戦が始まります!この団体決勝もついに折り返し!ここからの5半荘で、今年の日本一の高校が決まります!』

 

 『いや~楽しみだねえ~。正直どこが優勝するかまだ全然わっかんねー。視聴者の皆も、最後までよろしくな~!』

 

 

 対局室に揃った4人が席につく。

 全体の照明が落ち、自動卓にのみスポットライトが当たれば、それが対局開始の合図だ。

 

 

 

 

 

 インターハイ団体戦決勝中堅後半戦開始。

 

 

 

 

 東家 千里山女子 江口セーラ 

 南家  晩成高校   新子憧

 西家  姫松高校  愛宕洋榎

 北家 白糸台高校  渋谷尭深

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 東1局 親 セーラ

 

 憧 配牌 ドラ{⑧}

 {②④⑦⑧⑧⑨358二八白中} ツモ{⑦}

 

 (さて……と)

 

 大きく深呼吸をしてから、憧がもう一度周りを見渡した。

 相手は超強豪校の実力者3人。自分は去年まで団体戦は1回戦敗退続きの高校の1年生。

 

 字面だけ見れば、憧が劣っていることは百も承知だ。

 どこかで見かけた事前の予想記事でも、中堅戦は晩成不利と書かれていた気がする。

 

 (ま、関係ないんですケドね!)

 

 やることは決まっている。

 すぐにでも全員の親番を流しに流しまくって、できればトップで初瀬へとバトンタッチ。これが理想だ。

 

 (渋谷尭深が北家で、もう前半戦みたいに守りの化身のアシストは期待できないとか、さっそく江口セーラの親番、とか。そーゆーのは一旦置いておいて……今私にできるコト!)

 

 席順も変わって、今度は洋榎からの手牌が透けているかのようなアシストは期待できない。

 オーラスの渋谷尭深対策も怠れない。

 

 しかしそれら全てをごちゃごちゃと考えることは得策でない、と新子憧は知っている。

 良くも悪くも、自分にできることは一つだけ。

 

 

 

 

 4巡目。

 

 「ポン!」

 

 {⑦}を河に放ったセーラの眼光が鋭くなる。

 憧のポン出しは{⑨}だ。

 

 

 憧 手牌

 {②④⑧⑧3568二二} {横⑦⑦⑦}

 

 

 

 『さあさっそく仕掛けていきましたよ晩成高校のルーキーコンビの一人、新子憧選手!後半戦もアクセル全開ですね!』

 

 『遮二無二鳴いてるように見えるかもしんねーけど、実はそうじゃねえんだよなあ。ちょっと無茶な仕掛けに見えても、打点と和了りやすさがかみ合ってることが多い。今回も{⑦⑦⑧⑧⑨}の形から鳴いたわけだけど、{⑦}はドラ表示に1枚で鳴けるのはこれがラストの牌。他の形はタンヤオ系でドラが2つ。和了りやすさを考えたらこの仕掛けはめちゃくちゃありじゃね?知らんけど!』

 

 『それにしても、こうめいいっぱい行くのは怖くないんですかね……?親はあの打点女王なわけですし』

 

 『そりゃこええだろうよ!けど{8}は親の江口セーラの安牌。まだ生牌だった字牌残すよりも、良い選択なんじゃねえの?』

 

 

 麻雀中級者ぐらいになると、『安牌を持つ』という思考が常にできるようになる。

 しかし、だからといって3枚切れの字牌をいつまでも残していては、重なることもない、メンツになることもない牌を1枚抱えているだけの、無駄な1枚になってしまう。

 

 であるから、全員の安牌があるかどうかを確認しながら仕掛けをしていくことができる打ち手というのは強い。

 鳴きを駆使する打ち手にとっては必須のスキルだった。

 

 

 

 7巡目。

 

 「ポン!」

 

 もう一度声が響く。

 今度は洋榎が切った{二}に食いついた憧。

 

 憧 手牌

 {④⑤⑧⑧568} {二二横二} {横⑦⑦⑦}

 

 (よしっ一向聴……!)

 

 打点も伴っている。

 まずは一度目の江口セーラの親番を止めるべく、憧は積極的に動いていた。

 

 (江口セーラの下家ってのも大きい。ツモ番を減らせる……!)

 

 

 

 8巡目 

 

 憧 手牌

 {④⑤⑧⑧568} {二二横二} {横⑦⑦⑦} ツモ{北}

 

 (生牌……)

 

 憧の手元にやってきたのは、生牌の{北}。

 まだ江口セーラから聴牌気配は感じず、切るならむしろ今しかない。

 

 憧はそっとその牌を河に置いた。

 

 

 「ポン」

 

 

 (え……?)

 

 

 その発声は、意外な所からだった。

 いや、北家に座っている、ということであれば意外でもないのだが。

 

 

 尭深 手牌

 {一二三赤五六八八南西西} {北横北北}

 

 自風牌を鳴いて前に出たのは、渋谷尭深だった。

 

 

 (渋谷尭深が和了りにきてる……?基本自分の親番以外は、親に連荘してもらった方が得なこともあるから静観する姿勢だったはずだけど……)

 

 そう思い、尭深の河を見れば、一打目に並んでいるのは……{④}。

 

 (渋谷尭深が三元牌でも字牌でもなく数牌を一打目に選んだ……ってコト?狙いを変えた……?気味悪い……!)

 

 ここまで尭深の河に三元牌は出てきていない。

 三元牌が手の内になかったから中張牌を切ってきた、とも考えられるが、これまでであればそれでも字牌を切っていたはず。

 明らかに今までにない行動。

 

 しかしそんなことを思考している時間は、残念ながら憧には与えられなかった。

 

 

 

 ガタン、という点棒を開く音を聞いて、憧の背筋に冷や汗が流れる。

 

 

 「リーチ!」

 

 勢いよくセーラから放たれた牌が、横を向いた。

 ビリビリと電撃が走っているかのように幻視されるそれ。

 

 自分の心を奮い立たせながら改めて、憧がセーラの河を見直す。

 

 

 セーラ 河

 {581(⑦)四三}

 {発白中横③}

 

 

 (マジで意味わかんないけどヤバすぎるでしょ……!)

 

 現物以外切りたくなくなる。

 まさにそんな河を目の当たりにして、憧の手が震える。

 

 しかし、これを見逃すほど、憧はヤワではなかった。

 

 「……チー!」

 

 素早く手の中から{④⑤}ターツを晒して、現物の{8}切り。

 これで憧も{47}待ちの聴牌だ。

 

 

 「やるんか晩成の?」

 

 「あったりまえでしょ……!」

 

 挑発気味に笑いかけてくるセーラに負けじと、憧も気合を入れ直す。

 

 全部行くつもりはないが、この両面待ちは有利であると憧は感じていた。

 索子は全体的に安く、かつ、捨て牌からしてセーラの手は対子手の可能性が高い。

 対子手ということは、待ちが単騎かシャボになりやすい。

 

 (行くところまで行ってやる……!)

 

 打点も3900ある。十分だ。

 

 

 「チー」

 

 そんなやりとりを気にも留めず、尭深が鳴きを入れる。

 洋榎がセーラの現物である{四}を切って、それを両面チー。

 

 1枚切れの{南}を切って、臨戦態勢。

 

 

 ({南}も江口セーラに対して七対子なら本線の牌なのに……!渋谷尭深、勝負にきた……!)

 

 東1局から場が沸騰する。

 それを見て、セーラが再び獰猛に笑った。

 

 「おもしれえ!」

 

 持ってきた牌を河に叩きつける。

 その牌は憧に先ほど持っていかれた{③}の代わりに横を向いた。

 

 

 10巡目 憧 手牌

 {⑧⑧56} {横③④⑤} {二二横二} {横⑦⑦⑦} ツモ{九}

 

 (うっ……!)

 

 嫌な牌だ。

 対子手が予想されるセーラには生牌のこの牌は切りにくいし、今まさに押してきた尭深は萬子模様。

 当然この牌は切りにくい。

 

 (東パツでこれはやりすぎ?……けど、他の牌だって通る保証なんてない……か)

 

 流れる汗も気に留めず、憧は思考の海に潜る。

 これを打つメリットと、打ち込んだ際のデメリットを比較して、計算する。

 

 実に微妙なライン。

 

 もう一度呼吸を整えて、憧は前を向いた。

 

 大きく振り上げて、河へ1枚の牌を切りだす。

 その牌は……{九}。

 

 憧の導き出した答えは、押し、だった。

 

 

 

 東1局から激しいぶつかり合いの様相を呈してきた中堅後半戦に、早くも会場が熱を帯び始める。

 

 

 『新子選手押しました!これは相当怖い牌だったと思いますが……!』

 

 『いや、いいんじゃねえの~!事実待ちは晩成のコの待ちが一番優秀で山に残ってそうだし、もし仮に千里山の打点女王を七対子と仮定するなら、白糸台のトコに固まってそうな萬子は選びにくいはずだしな。知らんけど!』

 

 『繊細な押し引きで聴牌キープ!新子選手、晩成高校の攻撃的な麻雀をこの決勝でも十分に感じさせてくれます!』

 

 『さあ、こうなったらこの勝負は晩成のコが有利なんじゃねえの?』

 

 『あ、いや、それがですね、実は一番優秀な待ちは晩成じゃないんですよ……』

 

 『マジかよ!単騎とシャンポン待ちの2人の方が待ちの枚数多いのかよ?』

 

 『あ、いえ、そうではなくてですね……』

 

 実況の針生アナが言葉に詰まる。

 

 実はこの状況で一番有利な待ちは憧ではなかったのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「へえ~……随分楽しそうやないか」

 

 

 

 

 

 

 

 思い出されるのは、前半戦最終局。

 

 最高潮に達そうとしていた会場の熱を刈り取ったあの和了。

 

 

 

 

 守りの化身が、ぐりぐり、と持ってきた牌を1秒ほど盲牌。

 そしてどこか満足気に、その牌を小気味よく手前に()()()()()

 

 

 

 

 

 「ウチも、混ぜてくれや」

 

 

 

 

 

 洋榎 手牌

 {⑨⑨1234赤5678三四五} ツモ{9}

 

 

 

 

 

 少しだけの静寂の後。

 

 会場は大歓声に包まれる。

 

 

 

 

 

 

 

 「4000、2000や」

 

 

 

 

 

 前半戦とは違うぞ、と。

 

 まずは守りの化身の挨拶で後半戦は幕を開けた。

 

 

 

 

 

 



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第146局 強者の戦術

 

 洋榎の満貫ツモで、中堅後半戦は幕を開けた。

 大きな手を作ってリーチと打って出たセーラと、その高打点をリスク承知でかわしに行った憧。

 そして前半戦とは明らかに違うスタイルで打ってきた尭深。

 

 それら全員の手を読みつつ、洋榎が安全に満貫を成就させてみせた。

 

 東1局の内容を振り返って、洋榎は確かな手応えを感じている。

 

 

 (前半戦よりはまともな配牌が来てくれるっちゅうことでええんやろな~)

 

 さしもの洋榎といえども、配牌がずっと悪くては戦いにくいことこの上ない。

 ふふ~んと鼻を鳴らす洋榎の表情は明るかった。

 

 

 

 東2局 親 憧

 

 洋榎 配牌 ドラ{五}

 {①⑧1457二九南西白白中} ツモ{東}

 

 

 (……あ?)

 

 ただし、明るかったのは一瞬だけだった。

 

 

 『さあ満貫の和了で点差を広げた愛宕洋榎選手!……しかしこの局は随分とまた配牌がひどいですね……』

 

 『あはははは!!ポーカーフェイスするつもりねーじゃん!めちゃくちゃイライラしてるでしょあのコ!』

 

 『ど、どうなんでしょうか……しかし厳しいですね。{二}あたりを打って、国士無双や染め手を狙うのがセオリーですか?』

 

 『ん~知らんし。けどまあ……普通ならそうしそうだよねえ』

 

 

 もう一つ字牌が重なれば、確かに索子の染め手は狙えるかもしれない。

 一応国士無双の線も見て、針生アナの言う通り、{二}あたりを切っていくのが一般的に見える手牌。

 

 洋榎は不愉快そうな表情を隠そうともせずに、親である憧の捨て牌を見た。

 憧の一打目は、{中}。

 

 (……)

 

 洋榎は少しだけ時間を使ってから、一打目を切り出す。

 

 その牌は、{5}。

 

 

 『{5}ですか……!染め手もというより、普通に和了るのはもう難しくなるような一打ですが……和了るなら国士だけということですかね?』

 

 『ん~わっかんねー。けどその前提がそもそも違うんじゃねえの?』

 

 『前提、ですか?』

 

 咏の言葉の意味が分からず、針生アナはもう一度モニターに視線を移す。

 そこには、無表情で理牌の位置を変える洋榎の姿があった。

 

 

 

 

 5巡目 憧 手牌

 {④⑥⑧224568三三赤五東} ツモ{③}

 

 (いい感じ……にしても守りの化身の捨て牌……)

 

 憧がチラリと洋榎の捨て牌を見る。

 

 洋榎 捨牌

 {54二九}

 

 (索子の両面手出し、かと思えば、今度は萬子手出しで、{九}も切ってきたから国士も考えにくい……あるとしたら筒子だけど……あの愛宕洋榎が索子の両面切り出して筒子の染め手をするの……?)

 

 違和感がぬぐえない。

 愛宕洋榎は守備力もある程度保証される混一はむしろ得意としている部類だが、それでも無茶な仕掛けはほぼしない。

 遠い仕掛けをするくらいならじっくりと面前で攻めるタイプだ。

 

 それが、こうも安直に染め手を打ってくるだろうか……?あとあるとしたら七対子か国士か……。

 と、そこまで考えて、しかしあまりそこに思考を割き過ぎても仕方がないと憧は思考を切り替える。

 

 憧の手牌は順調に育っているのだ。

 悩ましいのはこれが親番であるということだが、憧は他家からリーチがかからない限り、ある程度手は作る予定。

 {赤五}があるおかげで、打点が保証されているのが大きい。

 自分の点数を確保するためにも、親番はきっちりと使う。それが憧の出した結論。

 

 (オーラス、また渋谷尭深が和了れるとも限らないしねー……このメンツ相手だと渋谷もしんどそう)

 

 視線の先には白糸台の中堅、渋谷尭深がいる。

 恐ろしい爆弾を抱えていることは間違いないが、今日の相手はその爆弾を着火させてくれない相手だ。

 厳しい戦いは覚悟の上だろう。

 

 そして渋谷尭深も、後半戦は攻め方を変えてきているように見える。

 

 ぐるりと周りを一瞬で見渡して、憧は{東}を切り出した。

 ダブ東はもういらない。タンヤオ平和にマックスの受け入れ。

 

 晩成の、やえの教え。『攻める姿勢』だ。

 

 (負けられないっ!)

 

 

 やる気十分の憧の捨て牌を受けて、洋榎のツモ番。

 

 5巡目 洋榎 手牌

 {①③⑧17五東南西西白白中} ツモ{四}

 

 

 『さあ愛宕洋榎選手、先ほど持ってきたドラにくっつきましたが……あれ』

 

 針生アナが実況する間もなく、持ってきた{四}を洋榎はノータイムで河に放つ。

 

 『すぐ切ってしまいましたね……{白}も鳴かず、先ほどは{九}も切ってしまいましたし……』

 

 『まあ、ここまでくればもう明白だね~知らんけど』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 咏の解説を、とある一室で2人組がソファに腰掛けて聞いていた。

 

 「配牌オリ、だな」

 

 「……配牌オリ、デスか?」

 

 臨海女子の2人、辻垣内智葉とメガンは、高校の中にある麻雀部保有の一室を使って、決勝戦の映像を眺めている。

 

 メガンの今日3つ目のカップラーメンが勢いよくたいらげられていく光景に若干辟易しながら、智葉はもう一度洋榎の手牌を眺めた。

 

 「……愛宕洋榎はあの手牌を見て、『この手は和了らない』と決めた」

 

 「えー何があってもデスか?」

 

 「ああ」

 

 所謂『配牌オリ』。配牌をもらった時点で、この局の和了りをほぼ放棄するこの戦法を取り入れている高校生雀士は、ほとんどの場合、姫松のメンバーだけだろう。

 もっと言えば、プロになればほとんどこんなことをしている打ち手はいない。

 

 そもそもこの世界の麻雀という競技は、和了りに直結するシーンや、守備面でも当たり牌のビタ止めにフォーカスが当たりがちな側面があるため、このような最初から和了りを諦める、派手さもなければ面白みもあまりないような行為は取り上げられにくいのが事実。

 

 しかし知る人は知っている、この戦術が“強い”ことを。

 

 「でも、どーせ守りの化身は普通に進めてても振り込まないデスし、和了りに向かった方が得では?」

 

 「……ヤツは能力持ちではない」

 

 「……ほぼ能力持ちデスよあんなの」

 

 神業ともとれる放銃回避の数々。

 あまりにも精度の高い読み。

 

 それを能力だと言ってしまいたくなるメガンの気持ちは、よくわかる。

 

 「ヤツはあらゆる状況に対応しようとしている。河にただ危険牌を並べているわけではない」

 

 「どういうことデス?」

 

 『配牌オリ』は、文字通り配牌からオリを選択する戦術。

 なので最初から危険牌になりそうな中張牌をかたっぱしから切っていけば良いような気がしてしまうが、実はそうではない。

 

 「……ヤツの捨て牌。最初こそ索子の中張牌の両面を払ったが、その後は{二九}と手出しを入れて、この{四}も即ツモ切りしている」

 

 「そうデスね」

 

 「ただ中張牌の危険牌を先に処理するだけなら、{九}よりも手の内に残っている{7}を処理した方が良いと思わないか?」

 

 「まあ、確か二……」

 

 「ヤツはこの3巡で周りの河を見て感じ取った。ドラ色の萬子が高く、索子が安いこと。中でも江口と渋谷の捨て牌に早い段階で{8}が切られており、孤立牌だった可能性が高い。故に、{7}よりも{九}の方が危険度が高い。そう感じたんだ」

 

 「なるホド……しかしそこまで徹底する必要があるんデスかね……」

 

 ロジックを聞けば、メガンもなるほどそういうことか、と理解することはできる。

 しかし聞けば聞くほど、「そこまでやらなくてもいいのでは」と思わざるをえない。

 

 なにせ愛宕洋榎は読みの達人で、ある程度当たり牌にあたりをつけられるから。

 万全の状態にするよりも、少しでも和了れる可能性を残したほうが良いのではと思ってしまう。

 

 「そこまでするさ。それが彼女が『守りの化身』たる所以。いかに彼女が防御に優れているからといって、2巡目にかかったリーチの当たり牌を一点読みすることなど不可能だ。だからこそ、全員の現物を用意する。ほぼ配牌と変わらないリーチを読み切ることが不可能でも、巡目が進めば、河にあらゆる要素が増えてくる。 そうなってしまえば、彼女が放銃することはほぼない」

 

 「それはそうデスが……」

 

 智葉の解説を聞いて、理解はできても納得ができないメガン。

 最初から和了りを放棄するくらいなら、無理やりにでも盤面を歪めて和了りを勝ち取ってやろうと思ってしまう。

 

 そして、事実それができてしまう人間が、この世界には多すぎる。

 

 「ああ、そうだ。去年倉橋と会った時、姫松の麻雀部としての方針を聞いたら、こう言っていたよ」

 

 「?」

 

 「“常に最善を尽くすこと”だそうだ」

 

 そう言い終えると、智葉は楽しそうにティーカップを傾ける。

 

 いったい何が楽しいのかわからないまま、メガンはもう一度モニターに視線を向けるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 8巡目 憧 手牌

 {③④⑥⑧22456三三赤五七} ツモ{⑦}

 

 (よしっ!一向聴!)

 

 目一杯に受けていた憧の手牌が、また進む。

 これでタンピン赤ドラの一向聴になった。

 

 (守りの化身は受け気味、この手はできれば面前でリーチと打って出たい!)

 

 鳴きが主流になってしまっているせいでなかなかリーチ数が伸びない憧だが、憧だってリーチが有利な時もあることは心得ている。

 タンピン赤の両面両面一向聴で早い段階で鳴いたりするくらいなら、数巡待って面前でリーチを打つ。

 

 しかも大きいのは今が渋谷尭深と同卓している親番だということ。

 あまり安い点数で連荘はしたくない。

 

 赤を絶対に使い切る前提で、憧は{三}を切り出した。

 

 そして次巡、セーラから出てきた牌に、憧は息を呑む。

 

 {六}だ。

 

 

 

 「……ッ!チー!」

 

 一瞬ためらったが、憧の決断は早かった。

 素早く手牌から{赤五七}を晒し、{三}を切り出す。

 

 (ダメダメ……!ここはインターハイ団体決勝なんだ……!少しでも隙を見せたら……()られる……!)

 

 5800の聴牌は渋谷尭深がいることを考慮するとあまり歓迎できない。

 が、これをスルーして和了れるほど、周りの連中は甘くない。

 

 憧はもう一度、恐る恐るセーラの捨て牌を見た。

 

 当たり前かのように感じる、高打点の匂い。

 

 親被りを食らってセーラとの点差が離れる方が問題なのだ。

 

 

 

 

 その憧の下した判断に、セーラが笑みを浮かべた。

 

 (へえ……)

 

 

 セーラ 手牌

 {七七八九九南南北北北発発中}

 

 

 

 『晩成高校新子憧選手!ここは鳴きを選択しました!』

 

 『普段なら鳴く一手なんだろーケド……。この卓はちょっと事情が違うからねい。ためらうのも無理はないよねえ。知らんけど!』

 

 『しかしこれは好判断なんじゃないですか?渋谷選手も、江口選手も一向聴なわけですし』

 

 『いやー知らんし!ただまあ、鳴かないで後悔するよりは良かったんじゃねーかなって思うわな!』

 

 

 

 憧の仕掛け、セーラと尭深の捨て牌。

 それら全てを見て、洋榎はゆっくりと捨て牌を選ぶ。

 

 この後変化するかもしれない状況全てに、対応できるように。

 

 

 

 

 

 10巡目。

 

 「リーチ!」

 

 セーラが高らかに宣言して、牌を卓に叩きつける。

 

 しかしその牌は、憧に通らない。

 

 

 「ロン!5800!」

 

 「っかあ~!通らんか~!」

 

 

 憧 手牌

 {③④⑥⑦⑧22456} {横六赤五七} ロン{②}

 

 

 『晩成高校新子憧選手!競っている千里山女子の江口選手から和了りを勝ち取りました!』

 

 『いやー粘り強いよねい!ルーキーとは思えない働きじゃねえの!知らんけど!』

 

  

 セーラはあっけらかんと憧に点棒を渡した。

 この程度の放銃、セーラにとっては何も問題がない。

 

 一度の和了りで十分巻き返しが利く放銃だ。

 

 

 一度深呼吸したのち、憧は渡された点棒を握りしめて、対面に座る尭深を見ながら、静かに百点棒を右端に置いた。

 

 連荘は怖い。

 けれど、怖がってばかりもいられない。

 

 自分は自分の方法で、晩成優勝への道を切り開くのだ。

 

 

 

 

 



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第147局 一打目

 

 点数状況

 

 1位  姫松  愛宕洋榎 117500

 2位  晩成   新子憧 111500

 3位 千里山 江口セーラ  97000

 4位 白糸台  渋谷尭深  74000

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「ツモ」

 

 静かに手牌を開いたのは、西家に座る渋谷尭深だった。

 

 

 東2局 1本場 尭深 手牌 ドラ{③}

 {②③⑥⑦⑧⑨⑨} {白白横白} {東横東東} ツモ{①}

 

 

 

 「2100、4100」

 

 

 『白糸台高校渋谷尭深選手!満貫のツモ和了りで点数を回復です!』

 

 『ふ~ん、本当に真っすぐに混一向かって、素直に和了りを手にした感じだねえ……。このコにしたら相当珍しいんじゃねえの?知らんケド!』

 

 

 

 そんな尭深の和了り形を見て、憧は眉をひそめる。

 

 (今度は一巡目に{中}……?渋谷尭深は一体何を考えてるの……?ってか{白}鳴いてるし……)

 

 疑念は尽きないが、そうも言っていられないので憧は点箱から五千点棒と百点棒を一本ずつ取り出して、尭深の方へと差し出す。

 

 

 (ここまでの手出しは{④③中}で、三元牌は一度だけしか切り出していない……普通のメンツ手をオーラスで組むとはとてもじゃないけど考えられないし、本当になにやってるの?渋谷尭深は……まさか諦めた……ってそんなわけないよね)

 

 渋谷尭深の能力の性質上、普通のメンツ手を作ることはあまり推奨されない。

 天和狙いで普通の手を作ろうにも、最後の方になって面子手に必要な素材が配牌に来てくれる保証はないし、そしてオーラスの一歩手前にもなれば天和に必要となる素材の条件はかなり厳しくなる。

 

 だからこそ基本的に彼女は三元牌をより多く集めることで、大三元という比較的成就しやすい役満を目指しているのだ。

 それが一番効率的だし、他家にとっても脅威になりやすいから。

 

 では今回は、渋谷尭深は何を狙っているのか?

 それを憧はわからずにいた。

 

 

 

 

 

 東3局 親 洋榎

 

 洋榎が配牌を受け取り、いつものように洋榎は理牌をする前に1枚の牌を切りだしていく。

 放送対局であるからこそ洋榎は理牌をするが、プライベートで対局してる時などは、洋榎は基本理牌をしたがらない。

 

 本人曰く、『別に理牌なんかせんでもわかるし、たまに理牌で手牌を読んでくるめんどくさいヤツもおるしな』と。 

 だから彼女は最初に配られた牌をすぐさま頭の中で理牌して、第一打を切り出す。

 

 このあたりは最初から鳴く牌と手牌の方針を決める恭子や和、それこそ憧などとは違った感覚だった。

 

 南家に座る尭深が山から牌をツモって、一打目を切る。

 

 この尭深の一打目の瞬間は、この決勝中堅戦を通じて、3人全員の目が常に光っていた。

 今回の一打目は……{白}。

 

 (え?なに?どゆこと?結局本命は大三元狙いってコト?もうよくわかんなくなってきたんですけど……)

 

 1、2局目の中張牌連打から一転、今度は従来と同じ三元牌切り。

 憧は尭深がオーラスで何を狙っているのかがついにわからなくなってきていた。

 

 もし仮に前半戦と同じ大三元を狙うのであれば、先ほどまでの中張牌の切り出しはそれこそ意味不明だ。

 

 (まああんまり考えすぎるのも良くないのかな……)

 

 敵は渋谷尭深だけではない。

 初めて北家に座った渋谷尭深は脅威だが、今回の相手はそこばかりを気にしていられる相手でもない。

 

 

 11巡目 憧 手牌 ドラ{三}

 {①①②123567三三四五} ツモ{六}

 

 (うわ……嫌な聴牌しちゃったなあ~……)

 

 今回の憧の牌姿は鳴ける形でもなく、かといってドラが2枚あるので店じまいするほどでもなく。

 それなりに手を進めていたらこの巡目での愚形聴牌が入った。

 

 (河が濃くなってきてるのは渋谷で……愛宕洋榎の河もそこそこできてそうなのよね……)

 

 冷静に相手の河を分析する憧。

 リーチが危険なことは百も承知だが、流石にドラを2枚持っているのにリーチをしないのは消極的すぎる。

 

 小考終了。

 晩成で育った憧が、この手を諦めることはあり得なかった。

 

 

 憧が手牌から{②}を持ち上げる。

 

 「リーチ」

 

 「お、それや」

 

 しかし憧が千点棒を場に置くよりも早く。

 

 下家に座る洋榎から声がかかってしまった。

 

 

 洋榎 手牌

 {①③12334566一二三} ロン{②}

 

 

 「7700や」

 

 「……はい」

 

 捕まってしまった。

 しかしこの打牌に後悔はない。

 

 もう一度河と洋榎の手牌を見て、きっと何度同じ状況が来ても、この三色聴牌は読み切ることができなかったであろうと結論をつける。

 

 うん、と1つ頷いた後、点箱を開けて洋榎に点数を渡した。

 

 「まいどあり~……っと。あ、そうそう、やえんとこのおませさん」

 

 「お、おませ……?わたしのこと?」

 

 「せやせや。一つアドバイスしといたる」

 

 「……?」

 

 「……リーチするんかせえへんのかは先に決めとき。その一瞬の逡巡で愚形リーチなんやってまるわかりや」

 

 「……ッ!」

 

 「ん~愚形リーチで最終が{②}ねえ……わっかりやすいところで言えば{①}のシャボ、ペンカン{③}、カン{⑤}……なんやろなあ?」

 

 まただ、またこの感覚。

 全てを見透かされているかのような、気味の悪さ。

 

 「おい洋榎うるせーぞ!そんなんだからやえに性格の悪さナンバーワンとか言われるんやで!」

 

 「あいつが勝手に言っとるだけやろ……多恵や恭子は涙を流しながらウチの聖人っぷりを褒めてくれるっちゅうに……」

 

 「120%嘘やろそれ」

 

 セーラが卓の中央のボタンを押して、捨て牌達が自動卓に吸い込まれていく。

 

 憧はしばらく気味の悪さに寒気を感じていたが、それもほんの少しの間だけ。

 

 「……ご忠告……ありがとうございます」

 

 「おお。素直なんは好きやで」

 

 土台、この相手達に自分が実力で勝っているなんて思っていない。

 こんなことをいちいち気にしていてもしょうがないのだ。

 

 むしろこれを気にして手が縮こまってしまっては相手の思うつぼ。

 

 憧はもう一度深く息を吸った。

 

 (別に関係ないんだから……実力で負けてるのはわかってる……けど、今日の勝ちを譲るとも言ってない!)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 東3局 1本場 親 洋榎

 

 

 「ツモ!」

 

 

 憧 手牌 ドラ{四}

 {②②④赤⑤⑥⑦⑧三四赤五} {横六七八} ツモ{③}

 

 

 「2000,3900は2100、4000!」

 

 

 『晩成高校新子憧選手!失った点棒をすぐさま取り返しました!!』

 

 『いやー良い仕掛けだねい!もうあのコのなかでは{七八}の両面ターツは愚形ターツなのかもしれないねい……知らんけど!』

 

 『一気通貫も狙えそうな手形でしたが、タンヤオに踏み切りましたね』

 

 『まあ~なんかあのコは一気通貫とか三色にするときは、鳴き仕掛けと手の内で完成させて置くタイプなのが良い所だよねえ』

 

 『それは、どういうことですか?』

 

 『ほら、三色とか一気通貫ってさ、手牌と晒している所で完成していない……つまり当たり牌で完成する形だと、必ず待ちって1つだけになるっしょ?待ちの形は両面であっても、和了れるのは片方だけ……つまり片和了りの状態になっちゃってるってこと』

 

 『ああ、確かにそうですね。しかしそれがなにか問題が?』

 

 『じゃあ例えばさ、一気通貫の仕掛け、ペン{三}待ち聴牌でウキウキしてたら対面が{三}を暗槓、そしてリーチ』

 

 『ああ~……』

 

 『終わり!って感じだろ?けど、あのコは常に良い最終形で勝負しようとしてる。そこらへんも鳴きを得意にしてるってことなんじゃねえの?知らんけど!』

 

 

 咏の解説は当たっていた。

 元々鳴き仕掛けが得意だった憧が、晩成に入ってやえに指摘されてから更に意識するようになったポイント。

 

 最終形をよくして、戦う。

 ことこの決勝に関してはより一層その意識は憧の中で強くなっていた。

 

 

 

 

 東4局 親 尭深

 

 

 (さて、渋谷尭深の親番……か。本人的には是が非でも連荘したいだろうけど……)

 

 憧と洋榎がそれぞれ1度ずつ連荘したことにより、ここまでの局数は5。

 尭深としてはここで連荘をもぎ取れば最短でも10枚が保証される。

 なんとしてでも和了りに食らいついてくるだろう。

 

 (渋谷尭深は親の時はかなり押してくる。今までのデータからも、けっこう無理な押し方をしてた。安易に愚形でリーチとは行きにくい)

 

 これくらいのことは洋榎にもセーラにもデータとして入っているだろうことは予測できる。

 セーラはわからないが……洋榎は確実にこの親番を1回で終わらせようとしてくるはずだ。

 

 憧 配牌

 {④⑤⑦13赤58二四七西中白}

 

 (う~ん!微妙ね……!途中で形が良くなれば仕掛けも考えたいところだけど……!)

 

 理牌を素早く終えて、憧が鳴くべきところがあるかどうかを確認する。

 

 この形からだと、鳴けるところは無さそうだ。

 

 そこまで確認を終えて、今度は親番の尭深へと注目する。

 セーラと洋榎も、もう既に鋭い目つきで尭深の第一打を待っていた。

 

 

 (渋谷尭深のここまでの第一打は……{④③中白白}……結局大三元狙いっぽい。でも1局目に配牌で字牌をもってたことは確定してる……じゃあなんで字牌を切らずに{④}だったんだろ……)

 

 前半戦は、おそらく三元牌が無いタイミングは字牌の{南}を切っていた。

 しかしこの後半戦、渋谷尭深は明らかに意図して中張牌を切ってきている。憧にはその意図が読めずにいた。

 

 理牌を終えた尭深が、ふう、と小さく息を吐いたのが伝わってくる。

 

 走る緊張感。

 

 

 

 尭深が、ゆっくりと一打目を河に置いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その牌は……{赤⑤}だった。

 

 

 

 

 

 

 

 (ッ……?!)

 

 

 

 

 

 

 

 わからない。

 渋谷尭深の意図が。

 

 何を見ているかもわからない尭深の視線が、憧には妙に気味悪く映っていた。

 

 

 

 

 

 




【お知らせ 麻雀動画投稿始めました!】

はい!いつも『ニワカは相手にならんよ(ガチ)』を読んでくださってありがとうございます。作者のASABINです!

なんと!この度、麻雀アプリゲーム「雀魂」を使ったゆっくり実況動画を上げていくこととなりました!!
クラリン……は残念ながら出てきませんが、東方projectの霊夢と魔理沙が楽しく麻雀を打つ短めの動画となっております!
長々と半荘打っている動画ではなく、面白かった局だけ切りぬいて今後も動画をちょこちょこ上げていこうかなと思っていますので、良かったら見てください!

チャンネル登録と高評価もよろしくお願いしますね!(言ってみたかった)

URL→ https://www.youtube.com/watch?v=UEfhnoc6qus


いや、動画は興味ねえわ、って人もね、いると思いますのでこのへんで。
本作のほうの更新を疎かにすることは無いですので、あしからず……。

それでは、今後とも『ニワカは相手にならんよ(ガチ)』をよろしくお願いいたします!





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第148局 連荘の意志

前回の後書きで紹介した動画、けっこうな人に見ていただけたようで、ありがとうございます!まだ見てない人は良かったら見てみてくださいな。





 姫松高校控室。

 

 

 「初手{赤⑤}切り!?なにを考えとるんや渋谷は……?」

 

 「とっても変なのよ~……」

 

 中堅後半戦もついに佳境を迎えていた。

 東4局を迎え、親は白糸台高校の渋谷尭深。

 

 もうここから先は何か洋榎に伝えたいことができたとしても伝える方法はなく、彼女に頑張ってもらうしかないのはわかっているのだが、それでも恭子は考えることをやめなかった。

 ここまでの渋谷尭深の第一打は{③④白白中}。そして今回の{赤⑤}。

 この局、親の尭深の手には三元牌がある。

 

 今までなら南4局での大三元を狙うべく確実に三元牌を切り出していたはず。

 しかし彼女はそれをしなかった。

 

 「この{赤⑤}切りで、1面子が確定したね、渋谷さん」

 

 「せやな。せやけど今まで渋谷がメンツにこだわったことなんてない。基本三元牌、無ければ字牌。それもなかったらどれか一種類の牌。それが今回むしろ筒子をより多く切っているような感じや。天和でも狙ってるんか……?」

 

 多恵の隣で、恭子は尚も思考に耽る。

 渋谷尭深の意図がつかめない。彼女が初めて座った北家の席で、最後に何を為そうとしているのかがわからない。

 

 「けど、もうこうなったら部長を信じるしかないってことですよね!」

 

 「その通りなのよ~!」

 

 「漫ちゃん良い事言うね!」

 

 もう後は願うしかない。

 オーラス、もし渋谷尭深が役満を和了したとすれば、その後どんな展開が待ち受けているのか、あまり想像したくない。

 連荘、そして次局の配牌が、通常のものとはとても思えないから。

 

 頑張れー、と応援するチームメイト達の後ろで、あまり考えすぎても良くないか、と恭子は切り替える。

 

 (洋榎はやってくれるはずや。今までの、ウチらの3年間の努力が、無駄だったはずがないんやから)

 

 こうしてチームメイト3人の姿を後ろから見て切に思う。

 私達は、優勝するための全ての努力をしてきた、と。

 

 そう思って、恭子は自分の握りしめた拳にうっすらと汗が滲んでいるのに気付く。

 

 当たり前だ。大将の恭子に、姫松最後の命運が乗っかっているのだから。

 しかし意外なことに、恭子に焦りや不安のようなものは無かった。

 

 

 (洋榎。必ずトップで帰ってこい。したら後はウチと由子で必ず繋いで、優勝する)

 

 

 

 ふと、多恵が後ろを振り返り、腕を組む恭子を見やれば。

 

 

 

 恭子の目には、紛れもなく覚悟の炎が宿っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 東4局 親 尭深

 

 2巡目 尭深 手牌 ドラ{7}

 {①124599二白白発発東} ツモ{①}

 

 

 

 『さあ、この手牌から{赤⑤}を切っていった渋谷選手!かなり意外な一打になりましたね』

 

 『……いや、そうでもねーんじゃねえの?』

 

 『え、しかし2つ役牌があるわけですから、混一に縛らなくとも、2つ鳴いて赤が使えれば少なくとも5800……是が非でも連荘したい渋谷選手としては、この中張牌はあまり手放さない方がよさそうに見えますが』

 

 『赤を使える保証はないし、手の形的にはもう一気に混一行っちゃった方が良さそうってのと、あとはまあ……あのコなりの考えって感じかねえ……知らんけど!』

 

 『考え……ですか、よくわかりませんが、とりあえず納得しておきます。と、いうことは渋谷選手はこれどんどん鳴いていく形になりますかね?』

 

 『まーそーだろーな。その点で言うならば……残念だけど』

 

 咏が目を少しだけ細めて言葉を止める。

 

 その視線の先には、一人の雀士。

 

 

 『本当に鳴く気なら、残念だけど、そこは“死に場所”だぜ』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 東4局 4巡目。

 

 「ポン」

 

 尭深の声に反応して、憧の肩が一瞬跳ねる。

 

 自らが切った{白}を、対面の物静かな少女がゆっくりとした動作で拾っていった。

 

 (渋谷の捨て牌……)

 

 

 尭深 捨て牌

 {赤⑤①①二}

 

 

 実に派手な捨て牌。一片のためらいもなく、渋谷尭深が染め手に向かっていることがわかる捨て牌だ。

 

 (おそらくどうしても連荘したいだろうこの親番で、初手で{赤⑤}切り……マジでオーラスヤバいこと狙ってそうね……)

 

 この局の開幕で尭深は{赤⑤}を切ってきた。

 それはつまり、自分の手でこの局{赤⑤}を使うよりも、オーラスに{赤⑤}があることを優先したということ。

 

 (これで渋谷はオーラス{③④赤⑤}のメンツ確定……か。それ自体にどんだけ意味があるのかはわからないケド……)

 

 現状憧の目線から尭深の狙いは読めていない。

 単にメンツ手を狙っているというだけなら今までの三元牌切りが謎すぎる。

 

 あらゆる可能性を模索しながら、一旦冷静になって憧は自分の手牌を見た。

 

 

 憧 手牌

 {④⑤⑦3赤5688二三四五七}

 

 

 (でもま、この局は連荘させない……)

 

 絶好の手牌。憧にとっては得意なタンヤオ仕掛けができる手牌。

 尭深が染め手に向かっているのは明確で、速度が伴っているとは考えにくい。

 

 (私の方が早く聴牌できるはず)

 

 この局は絶対に連荘させてはならない。

 尭深のやっていることの目的がわからないからこそ、この局の連荘を阻止する意味は大きい。

 

 多少いつもよりも鳴きのハードルを下げてでも憧は止めに行くつもりだった。

 

 

 

 

 

 6巡目 洋榎 手牌

 {⑥⑦⑧⑨⑨378三五七九東} ツモ{発}

 

 

 『愛宕洋榎選手生牌の{発}を持ってきましたが……』

 

 『ま、切らんだろうねい。そもそも自分の手牌も大して良くない。索子はほとんど切るつもりねえんじゃねえの?』

 

 『確かにこの形から真っすぐ字牌を切りだしていく愛宕選手はあまり想像ができませんね』

 

 

 実況解説の2人の読み通り、洋榎はゆっくりと{三}を切り出した。

 

 (絞るの別に好きでもなんでもないねんけどな~めんどいし)

 

 相も変わらず、洋榎はつまらなさそうに右端の牌を小手返しで1つ左へと移動させた。

 

 洋榎だって自分が行けそうな手牌の時は押していく。

 今回はそのバランスを見て、自分の手牌に価値が無いと判断した故の絞りだ。

 

 その捨てられた牌を一瞥してから、親の尭深は山へと手を伸ばす。

 

 この上家に座る打ち手から鳴けないことは百も承知。

 それでも尭深にはこの手を絶対に和了らなければいけない理由がある。

 

 (連荘……しなきゃ)

 

 前半戦で失った点棒を取り戻すため。

 チームを勝利に導くため。

 

 勝利へ近づく最大の果実を、この手中に収めるため。

 

 

 

 8巡目 尭深 手牌

 {1234599発発東} {白横白白} ツモ{②}

 

 尭深の手は順調に進んでいた。

 洋榎からキツイ絞りを受けているのにも関わらずここまで手牌が進んだのは、急所である{3}を自力で引き入れることに成功したからに他ならない。

 できれば{発}を鳴いて四翻を確定させたいところだが、このメンツが相手ではそうも言っていられないだろう。

 

 対面の憧は一つ鳴きをいれて聴牌濃厚。

 最悪{36}が入ってのシャンポン聴牌でも良いから早く聴牌がしたいというのが尭深の本心だった。

 

 

 同巡 憧 手牌

 {④⑤⑥88二三四五七} {横4赤56} ツモ{9}

 

 (嫌な牌……まだ渋谷の手から索子が出ていないから聴牌してるとは考えにくいけど……生牌のこの{9}はポンされる可能性が高い牌……)

 

 憧の手牌にやってきたのは、自分の手には全く必要のない{9}。

 自分が聴牌であることを鑑みても、ここは切る一手ではあるのだが、尭深が親番である、という事実が憧の判断を揺らがせる。

 

 (それでも……自分の手で流すって決めたんだから……!当たり牌濃厚な牌まではいく!)

 

 憧が{9}を切り出した。

 

 

 「ポン」

 

 憧の指先が牌から離れるより早く。

 対面の尭深から声がかかる。

 

 (やっぱか……!こっから先は索子も牌によっては止めなきゃいけない……!)

 

 これで2副露。尭深から出てきたのは{東}。

 聴牌も十分にあり得る。

 

 

 ここまで尭深の副露はどちらも憧から。

 つまり対面から鳴いている。

 

 そうすると1人、少しだけ得する人物が出てくる。

 

 

 

 「ぎょーさんツモ番回ってきてくれて嬉しいわあ~」

 

 

 尭深の下家に座るセーラが、ギロリ、と尭深の方を見やった。

 

 

 「……俺は日和らんで」

 

 勢いよく右手を上げたセーラが、河に1枚の牌を横向きに投げ捨てる。

 それはこの中堅戦何度も見てきた、打点女王からの『勝負の宣言』に他ならない。

 

 

 「リーチや」

 

 セーラによって曲げられた牌から吹き荒れる緊張感。

 

 一見表情を変えない尭深だったが、その背にははっきりと冷や汗が流れていた。

 

 

 『ここでリーチに打って出ました千里山女子の江口セーラ!このリーチは他家からしたら相当脅威に映るんじゃないですか?!』

 

 『いやー間違いないだろーねい!にしてもやっぱりこのコの胆力、ほんと見習いたいよ!ダマでも十分打点はあるのに、リーチを選ぶっつーのが良いよねい!』

 

 セーラの手牌はダマでももちろん役が確定しているし、打点もそこそこある。

 が、セーラはそれで満足しない。

 

 自分の育てた手牌を考え得る最高の打点で和了らないと満足しない。

 

 それがセーラのポリシー。

 彼女が『打点女王』と呼ばれる所以。

 

 打点に対して絶対に妥協しないという意志。

 

 憧と洋榎が牌を切りだして、ツモ番は尭深へと回ってくる。

 

 徐々に上がってきた心拍数を気にしまいと、小さく呼吸をしてから、彼女は山へと手を伸ばした。

 

 そして持ってきた牌を見て……。

 彼女はその目を見開いた。

 

 

 同巡 尭深 手牌

 {12345発発} {9横99} {白横白白} ツモ{赤⑤}

 

 

 ダブル無スジだ。

 

 

 『き、厳しい牌を引かされましたね渋谷選手……!』

 

 『これもまた麻雀だよなあ……ま、今は雀頭になってる{発}が安牌として機能する。そこらへんで回るのはアリなんじゃねえの?これで振り込んだらリーチ一発赤確定。んで相手はあの打点女王。最低でも倍満くらい覚悟しねえと打てないだろ。知らんけど』

 

 

 尭深の手が止まる。

 

 咏が言ったように、これで打った時のダメージは計り知れないだろう。

 正直に言えば、これを一発で切り出す価値がこの手牌にあるとは思えない。

 

 これが、親番でなければ。

 

 

 尭深の額に汗が流れる。

 右端に置いた{赤⑤}をじっと見つめて、彼女は思考を繰り返している。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 白糸台高校控室。

 

 「尭深、迷っているな」

 

 「……そうだね」

 

 ソファに座っている照の後ろ。

 次鋒の菫が腕を組んで後輩の闘牌を見守っている。

 

 「尭深は連荘したいだろうが……一発目に{赤⑤}とはな……あの打点女王のリーチに切るのは余りにも怖い」

 

 「えーそうですかー?私ならそっこーで切っちゃうけどなー」

 

 菫の言葉に答えたのは、照ではなくその横に座る少女……大将の大星淡だった。

 

 「たっかみー先輩の能力なら、連荘にはそーとーな意味があるしー。私がたっかみー先輩の能力であそこ座ってたら、即切っちゃうけどなー」

 

 「まあ、お前の考えはわからなくはないさ」

 

 理屈はわかる。

 自分の和了りも十分に見えるのだから、連荘を優先すべき。

 

 そして淡はこうも思っていた。

 

 『別に放銃したって、オーラスでなんとかすればいいじゃん』と。

 

 その考え自体は間違っていない。

 オーラスに強みがある尭深なら、この局で手痛い放銃に回ってしまったとしても、今回はオーラスの親番がある。

 

 

 「ぜーんぶオーラスでやっつけちゃえばいいと思うけどなー!」

 

 照の肩に寄り掛かって、虚空に拳を突き出す淡。

 不遜な言い方に見える淡の発言だが、裏を返せばオーラス親番を持っている尭深の強さを知っているからこそ出る発言とも言えた。

 

 

 「でもね、淡」

 

 「んー?」

 

 そんな淡の方を向いて、照が無表情で言葉を紡ぐ。

 

 

 「押すにしても、引くにしても。その答えにたどり着くまでにどれだけたくさんのことを考えるかは、きっと尭深にとって、大きな意味があると思う」

 

 「照……」

 

 今も尚打牌選択に困っている尭深を見ながら照が発した言葉に、後ろに立っている菫は少なからず驚いていた。

 

 照は知った。

 

 何千、何万という局を重ね、その度に経験と知識を積むことの強さを。

 自分の麻雀を形作るのに、測り知れない時間を費やしてきた打ち手のことを。

 

 

 「だから、悩んで悩んで……それで前に進んで欲しいかな」

 

 「……ふ~ん」

 

 そんな照の視線の先に、自分も良く知る一人の打ち手が見えた気がして。

 

 淡はつまらなさそうに足をフラフラと揺らすのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 時間にして、30秒ほど。

 

 しかしこの静寂に満ちた空間においては、その時間は5分にも10分にも思えた。

 

 ゆっくりと息を吐いた尭深が選んだ牌。

 

 尭深にしては珍しく、パチン、と音を立てて河に並んだ牌。

 

 それは奇しくも彼女がこの局1打目に河に放った牌と同じ。

 

 {赤⑤}だった。

 

 

 『押しました!!渋谷選手ここは押しの選択です!』

 

 『……ちょっと勘違いしてたかもしれないねい。このコのこと。ここで押す勇気があるなら……まだまだこの中堅戦、どう転ぶかわかんねえなあ』

 

 『相当怖い牌だったとは思いますが!チームの想いも背負って渋谷選手、ここは強気の選択です!』

 

 『んで麻雀ってのは面白いもんよな』

 

 

 実況に熱がこもる針生アナをよそに、咏は興味深そうにモニターを見つめる。

 

 

 

 10巡目 江口セーラ 手牌

 {②③④234二三四赤五六八八} ツモ{6}

 

 

 セーラが小さく舌打ちしたことを、対局者の誰も気づかない。

 辛うじて対面に座る洋榎だけが、表情を歪めたことに気が付いたくらいか。

 

 

 

 『待ちの枚数で負けてても、勝てたりするんだよなあ。知らんけど!』

 

 

 

 

 「ロン」

 

 尭深 手牌

 {12345発発} {9横99} {白横白白} ロン {6}

 

 

 

 

 「5800」

 

 

 『決まった!渋谷選手値千金の5800の和了り!これで連荘の権利を得ました!!』

 

 『いやー面白くなってきたんじゃねえの?!中堅戦は、まだまだこれからみたいだぜい』

 

 

 

 

 百点棒が尭深の横に置かれる。

 連荘を示す黒い棒。

 

 それがそっと置かれて新しい山が上がってきたその時。

 

 

 

 

 「おもしれーじゃねえか」

 

 

 

 

 今まさに放銃に回ったはずの少女は。

 

 獰猛に、笑っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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第149局 江口セーラ

 

 

 中堅後半戦 東4局1本場 点数状況

 

 1位  姫松  愛宕洋榎 119100 

 2位  晩成   新子憧 107900

 3位 白糸台  渋谷尭深  87000

 4位 千里山 江口セーラ  86000

 

 

 

 

 『今の直撃で3位と4位が入れ替わりました!白糸台高校が3位に浮上です!』

 

 『おお~!1位から4位までの点差もケッコー縮まってきてるし、こりゃこっからどーなるかわかんねーな!』

 

 

 尭深の執念とも呼べる和了で、白糸台は3位に浮上。

 その点差は僅差で、次局に誰かが1000、2000以上をツモれば逆転してしまうような差ではあるが、まず一つ上の順位の高校を捉えた、という事実が大きい。

 1位の姫松まではまだ3万点ほどの点差があるが、それも悲観するほどではない。

 大将戦も含めまだ残り4半荘残っていることを考えれば、決して逆転不可能な点差ではないからだ。

 

 そして尭深は、自分たちの大将がどれだけバケモノなのかを知っている。

 3万点差など、あって無いようなものだ、と考えれば少し気も楽になる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 千里山高校控室。

 

 セーラが一時的にラスになってしまったものの、チームメイト達に、焦りの色は見えない。

 

 

 「竜華、セーラ、調子悪いんかな?」

 

 「んーそんなこと無さそうやけどねー?シンプルに、相手が強いんちゃう?」

 

 いっこうに竜華の太ももから離れようとしない怜と、別段それを諫めようとも思わない竜華。

 それを後ろから見守るのは、この後半戦が始まってからずっと同じ体勢で疲れないのかと別の意味で心配になっている後輩2人。

 

 「セーラ先輩、手は入ってるんですけどね」

 

 「手入ってるっていうより、手作りにいってるって方が正しい気もしますが……」

 

 後半戦に入って、まだセーラに和了りは無い。

 前半戦あれだけ暴れただけに、後半戦に入って加点が無いというのは、普通であれば焦り始めるべき場面ではあるのだが。

 

 「まあ、セーラやしな……次の親番で、どっかーんってやってくれるんちゃう」

 

 「親番じゃなくてもやりそうやね、セーラは……」

 

 勝負は東4局に移っている。

 セーラは東家であることから、次の親番が、セーラにとって団体戦最後の親番になる。

 

 いつも心底楽しそうに麻雀を打っていたセーラ。

 チームメイトとして、彼女がどれだけ頼りになるのかを、ここにいるメンバー全員が知っているから。

 

 「見守りましょう。あれだけ努力してきた人なんですし、きっとこの最後の舞台で派手なのやってくれるはずやと思います」

 

 「お、船Qがそんなオカルトチックなこと言うんは珍しいな」

 

 「……オカルトというか、ただそうであってほしいな、と思っただけです」

 

 この千里山女子で全国制覇するという夢を、セーラがどれだけ必死で目指していたか知っている。

 彼女自身の努力する姿、そしてチーム全体を盛り上げる姿を見てきた。

 

 だからそう、あの江口セーラが、このまま終わることなんてありえないのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 東4局 1本場 親 尭深

 

 

 「……ツモ!1100,2100!」

 

 憧 手牌

 {④赤⑤⑥67888二二} {四横四四} ツモ{5}

 

 

 『この局を制したのは晩成高校新子憧選手!!渋谷選手も2副露で聴牌していましたが、この局は新子選手に軍配が上がりました!』

 

 『負けはしたものの、白糸台のコも相当粘ったねえ……打点をどれだけ落としてでも、親番にしがみつく理由があった……そう見えるねい……』

 

 『さあ、これでついに中堅戦も後半戦南場に移ります!』

 

 

 東4局1本場は憧が制した。

 必死に親番にしがみつこうとする尭深の猛追をなんとか振り切り、中堅後半戦は南場へと移っていく。

 

 (危なかった……正直、渋谷尭深の上家が守りの化身じゃなかったら、連荘されてたかもしれない……)

 

 この後半戦の席順、前半戦のように洋榎からのアシストがもらえるような席順ではなくなったが、尭深の上家に洋榎が座ることで、尭深はそうやすやすと鳴くことができなくなっている。

 是が非でも連荘したいこの場面においては、このアドバンテージはあまりにも大きい。

 

 (どこに座るかで戦局が変わるとか……本当にバケモノよね)

 

 改めて愛宕洋榎という存在の恐ろしさを痛感する。

 局を支配する、という言葉の本当の意味は、こういう存在にこそ相応しいのだろうと本気で思う憧だった。

 

 

 

 南1局 親 セーラ

 

 

 (んで、またまたヤバイ人の親番が回ってくるのね……)

 

 無言でサイコロを回し始めたセーラを横目に見て、憧はもう一度息をついた。

 先ほどまでは絶対に連荘をさせてはいけない人間の局流し、そして次は、高すぎる打点を許さないための親流し。

 

 (やること多すぎて頭痛くなってきた……)

 

 憧に課された中堅戦での使命は、彼女の脳を酷使し続けていた。

 これではまずい、と卓の隣にある個人用の机からペットボトルを掴んで、水分を補給する。

 いつのまにやら相当乾いていたらしい憧の喉は、あっという間にペットボトルの水を半分ほど減らしてしまった。

 

 「ええ飲みっぷりやな」

 

 「え?!あ、恥ず……ど、どうも……」

 

 そんな様子を洋榎にガン見されていたとは知らず、赤面する憧。

 

 「アホみたいに暑いからな。水はしっかり飲んどき」

 

 「あ、ありがとうございます……?」

 

 「……こっからまた、あつくなるで」

 

 「……?」

 

 

 近所のおばさんなんかこの人は、と。

 

 その瞬間、思いがけず、幼馴染と一緒に近所の公園で遊んでいた頃を思い出す憧。

 

 (そういえば、穏乃は、皆は、見てるかな……)

 

 

 憧の幼馴染である穏乃もまた、麻雀が好きな小学生だった。

 同じ麻雀教室で学んでいた、麻雀仲間。

 

 進学先が離れて、2人の道は分かれてしまった。

 ずっと麻雀を続けていた憧とは違い、中学3年時に突如電話をかけてきたのが、穏乃だった。

 

 もっとも、その頃には憧は晩成で麻雀をやりたい、と必死に努力を始めていたため、彼女の呼びかけに応えることはできなかったが……。

 

 けれど、そうしてこの晩成に来たことに、1ミリたりとも後悔はしていない。

 

 憧がゆっくりと、配牌を受け取りに手を伸ばした。

 

 (1年生だからまだ次があるとか、そういうのは、関係ない。やえ先輩は、今年が最後なんだ。そういう意味なら、私だって最後ってコト。……今まで会ってきた全ての人達のためにも、私自身のためにも。今日必ず勝つ……!)

 

 

 南1局 親 セーラ

 

 中堅戦最後の親番が回ってきたセーラ。

 最後の2枚を手中に収めて、ゆっくりとその配牌を開く。

 

 セーラ 配牌 ドラ{八}

 {①②④⑥468二三五九東白中}

 

 (洋榎をぶちのめすチャンスやってのに、親番でこの配牌かいな……さて、どうすっかねえ……)

 

 最後の親番だというのに、あまりに配牌が悪い。

 速度はもちろんのこと、打点の種すら見えていない。

 

 (満貫になりゃ良い方か。ま、気楽にいきますかね)

 

 色の偏りもなければ、タンヤオに行きやすいとも言えない。

 苦しい形の中で、セーラは{①}から切り出した。

 

 

 6巡目 セーラ 手牌

 {②④⑥468一二三五七九東} ツモ{四}

 

 萬子の形が伸びてきた。

 一気通貫ドラ1が見えてきたセーラは、自風牌の東を残して、筒子のリャンカンへと手を伸ばす。

 

  

 「チー!」

 

 その牌に、下家に座る憧が食いついた。

 

 憧 手牌

 {⑤⑥⑧⑧⑨⑨中発西西} {横②①③}

 

 

 『この局も仕掛けました!晩成の新子選手!』

 

 『ん~いいんじゃねえの?どうせ親番の千里山は牌を絞れねえから染め手だと分かっててもある程度牌は切らなきゃいけねえし、万が一攻められた時も安牌がかなり残ってる。攻守両用で使える混一ってのは本当に良い役よなあ、知らんけど』

 

 

 咏の言う通り、この場面、セーラは憧に対してあまり絞れない。

 自身は最後の親番で、ある程度打点が欲しいし、速度も欲しい。他家の動向などを気にしている暇はない。

 

 8巡目 セーラ 手牌

 {④⑥468一二三四五七九東} ツモ{八}

 

 

 (構わず突っ込むぜ)

 

 セーラは{東}を切り出していく。

 これも憧には鳴かれる可能性のある牌だ。

 

 (一気通貫ドラでリーチ打てりゃいいが……雀頭もねえ、良形もねえ、じゃ和了れる形になるんかわからんな……)

 

 ほぼラス目でむかえる最後の親番。

 セーラはそうやすやすとオリてやるつもりはなかった。 

 

 が。

 

 

 9巡目。

 

 「ポン!」

 

 洋榎が切った{⑨}に、ポンの声が上がる。

 余った字牌を切りだしていく憧の河と手牌を一瞥した後、飄々とした態度で椅子に座る悪友をにらみつけた。

 

 「洋榎てめえ……」

 

 「お~怖い怖いなあ……そんな顔しとったら、せっかくのセーラ推し女子フォロワーが減ってまうで?」

 

 「ふざけやがって……」

 

 そもそもSNSなんてほとんどやってねえわ、とどうでも良いツッコミをしたくなるところだがグッとこらえて。

 

 冷静になってセーラは憧の河を見る。

 一向聴以上は確定だろう。 

 聴牌でもなんらおかしくはない。

 

 

 

 10巡目 セーラ 手牌

 {④⑥468一二三四五七八九} ツモ{⑦}

 

 カンチャンが両面になった。

 と、同時に、この{④}を切らなければいけなくなった。

 

 下家の憧は筒子の{①②③}で鳴いていて、{⑨}をポンしている。

 

 はっきり言って、この{④}は聴牌していればかなりの確率で当たる。

 

 セーラは少しだけ考えた後、{4}を切り出した。

 

 (洋榎が鳴かせたせいで、この晩成の1年にはほぼ聴牌が入ってるやろ。しゃーねー。少し回るか)

 

 攻めっ気が強く、打点も高いことで攻撃面に目が行きがちなセーラだったが、防御面もザルではない。

 幼少期に周りにいたトップクラスの打ち手たちの局回しや読みを間近で見ることによって、彼女の相手の手牌に対する嗅覚は一級品。

 

 それでも、自分が勝負手であれば文句なく突っ込んでいくのだが、セーラの目から、自分の手は今回そこまでの価値はない。

 自分が最後の親番であるということを差し引いても、だ。

 

 腹立たしいことこの上ないが、ここは回るしかない。

 後頭部をガシガシと何度か掻いて、どうやったらこの手を成就できるか考えようとしたその瞬間。

 

 

 「ツモ!」

 

 憧 手牌

 {⑤⑥⑧⑧西西西} {⑨⑨横⑨} {横②①③} ツモ{④}

 

 

 憧の発声で、最後の親番は瞬く間に落ちてしまった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 姫松高校控室。

 

 「よしっ!江口の親番落ちたんは大きいな!」

 

 「これでセーラちゃんの大連荘大得点はなくなったのよ~!」

 

 「配牌も良くなかったんが幸いでしたね……」

 

 今まさに、セーラの親番が落ちた。

 トップの姫松としては、これだけ嬉しいことはない。目下一番の脅威であったセーラの連荘が無くなったのだから。

 

 「……?多恵、どないした?」

 

 「いや、セーラが、ね……」

 

 

 とりあえず一安心の姫松メンバーであったが、多恵は一人、セーラの様子を真剣に見つめている。

 モニターに映っているセーラは最後の親番が落ちてしまったというのに慌てている様子があまり見受けられなかった。

 

 そして、多恵には少しだけ見えた。

 モニター越しにでもわかる。

 なんなら、打牌だけでわかるのだ。

 

 セーラが今、限りなく良い状態であるということ。

 

 

 「……強くなったね、セーラ……」

 

 多恵は少し昔のことを思い出していた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 5年前の夏。

 多恵がセーラに出会ってから、まだ1、2年ほどの時だ。

 

 「っかあ~!!ま~た~負~け~た~!」

 

 「ふんっ!まだまだねセーラ!」

 

 「お疲れさんさんさんころり~」

 

 4回目の半荘を終え、セーラはここまで4連ラス。

 ここまでの総合的な成績を見ても、他のメンバーに比べて、セーラが一歩遅れていることは明白だった。

 

 この年齢でこの結果を受けても癇癪を起こしたり、打牌が荒れたりしないのはセーラの器の大きさを物語っていたが、とはいえセーラも結果には納得していない様子。

 

 「じゃあ、今の局3着だった私とセーラで、コンビニ行ってくるね」

 

 「多恵!私はおにぎりとアイスね」

 

 「あ、ウチは焼き鳥とアイスで~」

 

 「はいはい~」

 

 卓に突っ伏していたセーラを起こして、多恵とセーラは教室を出る。

 

 階段を下りて、靴箱で外靴に履き替えて外に出てみれば、真夏の太陽が2人を出迎えてくれた。

 

 ここからコンビニまで、そこまでの距離はない。

 駐輪場に行って自転車を確保してしまえば、往復でも15分ほどだ。

 

 その駐輪場へと向かう道すがら。

 

 

 「な~んで勝てへんのや~!洋榎とやえ、ホンマムカツくわあ~!」

 

 「あはは……まあ勝負は時の運とも言うしね……」

 

 「……けど、多恵も分かっとるやろ?」

 

 「ん?」

 

 並木道のちょうど日陰になっている場所で、ふとセーラが立ち止まる。

 多恵が後ろを振り返れば、セーラはまだ浮かない顔をしていた。

 

 「俺が、一番下手や。いまんとこ」

 

 「……なんでそう思うの?」

 

 「結果見ればわかる。多恵が一番上手くて、やえも強い。洋榎も……いつの間にか、強くなってる」

 

 「確かに、ね」

 

 「俺も強くなりたい」

 

 一歩、多恵に近づいたセーラの瞳は、真剣そのものだった。

 その真剣さは、思わず多恵が気圧されるほどで。

 

 (ほんと……普通の子供じゃないよ、君たち全員)

 

 この年齢でこんなにも麻雀が好きで。

 それだけで多恵は十分だったのに、全員が全員、強くなることに貪欲なのだ。

 

 だからこそ、この4人でいる時間は、多恵にとっても最高の環境で。

 そして、全員に強くなって欲しい、そう心の底から思うのだ。

 

 

 「セーラ、最近悩んで麻雀打ってない?」

 

 「あ、やっぱバレるん?」

 

 「打ち方色々変えてみてるのかなーって思ってるよ」

 

 「多恵とか洋榎は放銃せえへんなーって思って、俺もちょっとはオリるようにしなきゃな、って思ってな……」

 

 「そっかあ……」

 

 多恵が歩き出したことによって、立ち止まっていたセーラも歩き出す。

 多恵に追い付くために駆け足で隣まで来ると、今度は逆に多恵の正面に回った。

 

 「アカンのか?!教えろ多恵~!教えるまで俺はここを動かんで!」

 

 「教えろって言われても別に私が絶対正しいわけじゃないよ?!」

 

 「それでもええんや!俺が今まで一緒に打ったことある人で、一番強いのは多恵やから、多恵の話なら、聞くわ」

 

 「そう言ってくれるのは嬉しいけど……」

 

 初めて会った時はもっと子供っぽい感じだったのにな、とセーラの成長に驚く多恵。

 それだけセーラにとって、多恵という存在が大きかったこともあるのだが。

 

 そこまで頼りにしてくれるなら、セーラもどんどん強くなって欲しい、と思うのが多恵。

 麻雀が好きで、強くなりたいという思いが、多恵は大好きだから。

 

 

 「じゃあ、考え方を変えてみよう。セーラ」

 

 「考え方あ?」

 

 「オリるのが正解とは限らないでしょ?だから、まずは、自分の手牌と相談しよう」

 

 「手牌と、相談?」

 

 「セーラ、高い手好きでしょ?」

 

 「おお!高い手和了ると気持ちええからな!」

 

 嬉しそうに笑うセーラ。

 多恵はこの感情に蓋をしてほしくなかった。

 

 オリるのはつまらない。それは仕方ない。

 オリるのが正解だということを押し付けて、麻雀そのものが楽しくなくなってしまったら本末転倒。

 

 今はまだ、彼女の楽しいと思う麻雀を尊重したい。

 その中でできるアドバイスをしよう、というのが、多恵の考え。

 

 「手牌がそんなに高くならなさそう……形も悪そう……みたいなのは、勝負されたらオリるのも考える。けど、手牌がすっごく良くて、ドラもたくさんあって、形もよさそう!なら、思いっきり勝負に出る!」

 

 「ええ~!そんな簡単でええんか?」

 

 「最初はそれでいいと思うよ!思いっきり腕振ってこられるのは、相手としても怖いしね」

 

 「それやったら今までも同じような感じやけどなあ……」

 

 「だから、そのラインをはっきりさせていこう。これから、この手でこの状態で押して良かったのかどうか、とか、積極的に聞いて?その局が終わった時でいいから。そしたらそれを皆で考えよ?」

 

 「お、おう、せやな……」

 

 「それで、最後に1つ約束!」

 

 まだ少し納得がいってなさそうなセーラに、多恵は小指を差し出す。

 

 

 「高い手になりそー!って時は、本当に1番高い手を目指してみて。その手の、最大点数。セーラは、高い手の作り方が誰よりも上手だと思うから」

 

 「誰よりも、上手……ほーん、1番高い手か……よっしゃ!それやったら得意やからな!」

 

 『誰よりも上手』と言われたのが嬉しかったのか、セーラは笑顔で多恵の小指を、自分の小指で握り返した。

 

 この時期から、既に多恵は感じていたのかもしれない。

 この江口セーラという少女が持つ才能。高打点への嗅覚。

 

 前世で出会った雀士の中にもいた。

 とんでもない高打点を、一見ひどい配牌から作ってしまうような人が。

 

 だから多恵はその人のようになって欲しいと、そう思ったのかもしれない。

 

 

 

 

 このアドバイスの後、すぐにセーラの成績が良くなることはなかった。

 

 釣り合わない放銃も何度もあったし、逆にもっと攻めて良い時にオリてしまうこともあった。

 

 何度も何度も、そんな失敗を重ねて、彼女の押し引きの精度は上がっていった。

 

 

 セーラは迷わなくなった。

 

 オリるのか、攻めるのか。

 

 この手牌の最高打点はどの形なのか。

 

 

 ずっと貫いてきたその姿勢は、武器になる。

 いつの間にやら、4人での対戦成績も徐々に良くなっていった。

 

 

 

 そしていつしか、彼女はこう呼ばれるようになった。

 

 

 『関西の打点女王』、と。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 南2局 親 憧

 

 セーラ 配牌 ドラ{三}

 {①①②⑧⑨1123一一二三} ツモ{赤五}

 

 

 セーラが、目を細めた。

 その様子を見て、洋榎が表情を固くする。

 

 

 

 5巡目 憧 手牌

 {④④赤⑤⑤⑥67五六七八八九} ツモ{9}

 

 (どうしてこう親番の時ばっか手牌が良いのよ……!渋谷尭深のオーラスを考えたら、もう連荘はしたくないんですケド……!)

 

 とはいえ、憧の手牌はかなり優秀。

 かなりの高打点に期待できる手牌。これをまざまざと見逃すのは、晩成の戦士の取る選択ではない。

 

 (やるからには、これを面前で仕上げる必要がある。鳴いたら意味ない。絶対に面前で和了るんだから……!)

 

 持ってきた{9}をツモ切って、絶対にこの手を完成させると意気込む憧。

 今の所、どの箇所も鳴くつもりはなかった。

 鳴いたらこの手の打点は2900点。

 それでは連荘する価値には至らない。

 

 が、面前なら話は別だ。満貫が色濃く見える手牌なのだから。

 

 憧の長所は、こういった場面では鳴きを抑えられる所にあった。

 

 

 

 10巡目 憧 手牌

 {④④赤⑤⑤⑥67五六七八八九} ツモ{赤5}

 

 

 (……ッ!)

 

 心臓の鼓動が明確に早くなる。

 赤が入ったことによって、ダマでも11600以上が確定した。

 筒子の中ほどは程よく切れていて、なんなら前巡に洋榎が{③}を切っている。

 

 洋榎から出たっておかしくない牌だ。

 

 (初瀬ならリーチだろうけど……私はダマ。ここは絶対に和了りをとる……!)

 

 リーチの選択肢もアリだろう。ツモれば跳満からで、偶発役が重なれば倍満まである。

 しかしこのメンツを相手にリーチを打って出てくるとは限らないし、絶対にツモれる自信のある待ちでもない。

 

 憧の選択は、ダマ。

 

 そっと{九}を縦に置く。

 憧の額を流れる汗。聴牌を悟られまいと、憧は必至に平然を装う。

 

 同巡、残念ながら洋榎から{③}は出てこない。

 流石に対子落としではなかったようだ。

 

 

 

 そんなことを気にしていたら、憧の耳に入ってきたのは、備え付けの点箱を開く音で。

 

 それが何を意味するかなど、ここまで戦ってきた憧にはすぐにわかってしまう。

 

 

 

 「リーチ」

 

 同じ巡目だった。

 上家に座るセーラから、リーチの発声。

 

 (嘘でしょ……!)

 

 残念ながら宣言牌は憧の当たり牌ではない。

 

 一つ呼吸を置いてから、憧は山へと手を伸ばす。

 願わくば、もうこの巡目でツモってしまいたいと考えながら。

 

 

 11巡目 憧 手牌

 {④④赤⑤⑤⑥赤567五六七八八} ツモ{二}

 

 自分の和了り牌でもなければ、現物でもない牌。

 憧はセーラの河へと目をやった。

 

 

 セーラ 河

 {①発⑧1赤五2}

 {⑥西4東横⑧}

 

 

 ツモ切り手出しは覚えている。

 打点を愛する江口セーラという打ち手が、どのような手順で手を作ってきたのかを、憧は瞬時に考えてみた。

 

 この{二}で、放銃する可能性がどれだけあるのかを。

 

 ({一三赤五}って仮に持っていたとして、あの江口セーラが{一三}に固定する?手役が絡まなきゃあり得ない……)

 

 大きな点は2つ。

 {赤五}を切っていること、そして現物に、{⑥}があること。

 

 ダマを続行するとしたら、リーチ者のセーラの現物に{⑥}があることはあまりにも大きい。他家からの出和了りにも期待できる。

 

 {赤五}を切っていることから、三色や純チャン等の手役が絡まなければこの{二}は当たりえない。

 そしてそれらの手役を狙っているような河には、とても見えない。

 

 以上の情報から、憧が出した結論。

 

 (これでオリてたら、晩成の皆に、やえ先輩に顔向けできない……!)

 

 誰がどう見ても、押し有利に見える。

 そしてこの一巡でもし、周りから当たり牌が出てこなかったその時は、リーチをかけてもいい。

 

 この手は、それだけの勝負手だ。

 

 憧は極めて静かに{二}を縦に置いた。

 

 

 

 

 隣に座る愛宕洋榎が、目を、手牌を、ゆっくりと閉じた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 「ロン」

 

 

 小さく、憧の身体が震える。

 

 恐る恐る、開かれた手牌を見た。

 

 

 

 

 セーラ 手牌

 {①②③⑨⑨123一一二三三} ロン{二}

 

 

 

 

 

 

 

 

 「……ぇ?」

 

 

 

 

 脳の処理が追い付いていない憧をよそに、セーラがドラ表示の下に眠る、裏ドラへと手を伸ばす。

 

 人差し指1本で牌の端を押せば、その牌は簡単に表を向く。

 

 

 

 裏ドラは……{②}。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 憧の視界が、歪んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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第150局 晩成の新子憧

 『き、決まった!!決まってしまいました!!打点女王の真骨頂!まさかまさかの三倍満で千里山女子、江口セーラが一気に2着へと踊り出ました!!!』

 

 『えっぐ~……いやあんな{二}止まるわけねえよ。晩成のコは掴んじまったことを後悔こそすれ、打牌には後悔しなくて良いよ……つっても、本人はきっとこの放銃を忘れることはできねえかもしれねえが……』

 

 『あの河で{二}が当たるとは誰も思いませんよね……。手役作り、そして河まで作りきった江口選手を賞賛すべきですね!』

 

 『ああ、んでこれでついに南3局だ。残り2局。視聴者の皆も、トイレとか飲み物取りに行くのは2局終わった後でよろしくな~!』

 

 

 後半戦南2局に、転機は待っていた。

 

 ここまで順調に局回しを進められていた晩成の憧が、三倍満放銃。後半戦和了りが無かった江口セーラの打点が火を吹いた。

 

 

 

 「憧……」

 

 「……」

 

 ここ晩成の控室は、先ほどの放銃で部屋は静まり返っている。

 初瀬がぎゅう、と力強く自らのスカートを握りしめ、由華も悔しそうに歯噛みしていた。

 

 憧が{二}を掴んだ時点で、紀子や後ろに控えていた晩成の控えメンバー達はもう目を覆っていた。

 

 あの放銃は、避けようがない。

 憧のことをよく知るメンバーだからこそ、止まることは無いと確信してしまった。

 オリて、逃げ回ることだけが防御ではないと知っているから。

 自分の待ちの方が有利であることを理解してしまえるから。

 

 数十回に一度だけ当たるような牌で止まるほど、生半可な教えをしてきていないから。

 

 ただ、今回はそれが裏目に出てしまった。

 

 一撃で持っていかれた。

 晩成のメンバーは『江口セーラ』という打ち手にただただ恐怖した。

 

 あれだけコツコツと自分の役割を果たしていた憧から、たった一度の局で全てを奪い去ったのだから。

 

 打点に対する執念。それを和了りきる力。

 関西の四天王。自分たちが敬愛する小走やえと肩を並べる打ち手であることを、理解させられた。

 

 絶望に打ちひしがれる面々。

 

 しかし、中央に座って足を組むサイドテールの少女……王者小走やえだけは、目を逸らさずにモニターを真剣な表情で見つめていて。

 

 

 「憧、諦めるのは、まだ早いわよ」

 

 「……!」

 

 そうだ。まだ中堅戦は終わっちゃいない。

 親は落ちてしまったが、残り2局ある。そして何より、最後にはバケモノじみた力を使ってくる親まで残っている。

 

 ここで挫けてはダメなのだ。

 

 「憧……!」

 

 初瀬が拳を握る力が、より一層強くなる。

 わずかに震え、その目は大きく見開かれたまま。

 

 それを見て、周りのメンバーも気持ちを切り替えた。

 そうだ。まだ終わっちゃいない。

 

 戦っている憧が局を投げだすわけにいかないのに、私達が絶望していてどうする。

 

 

 戦え。晩成の戦士ならば。

 

 

 「憧……!頑張れ!」

 

 「私の代わりに入ってるんだ!まだ諦めるのは早い!」

 

 「いけ!憧!!」

 

 少しずつ士気を取り戻した晩成のメンバー。

 

 その雰囲気を感じながら、やえは表情を変えずに、モニターの中に映る憧を見つめ続ける。

 

 

 「最後まで、前を向き続けなさい。いつだって私達はそうしてきたでしょ」

 

 放った言葉は、決して憧には届かない。

 

 けれど、短くて長かったこの3ヶ月が、きっと憧に想いを届けてくれると信じているから。

 

 

 

 いつだって、そう。

 

 

 倒れるなら、前のめりに。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 南3局 親 洋榎

 

 

 点数状況を見た。

 

 ほんの数分前までは、点数を持った状態で、なんとかオーラスを乗り越えられれば、自分の役割クリア。

 あとは後ろの2人に任せよう。そういう展開だったはず。

 

 それが今、どうなっている?

 

 

 

 点数状況

 

 1位  姫松  愛宕洋榎 117300

 2位 千里山 江口セーラ 107600

 3位  晩成   新子憧  90900

 4位 白糸台  渋谷尭深  84200

 

 

 一撃で差はひっくり返り、この中堅戦、ここまで頑張ってきた功績は一瞬で塵となった。

 

 (ははは……やっば……あたし、なにしてんだ……?)

 

 入学前、やえの姿を見て、この人の力になりたいと思った。

 頑張ってたくさん努力して、晩成に入って、レギュラーにまで選ばれた。

 

 自分と初瀬の力で、この人を優勝させるんだ、と息巻いた。

 

 晩成のチームメイト全員の想いを背負って、この場所に来た。

 やえが地獄のようなメンツに囲まれながら最後まで全力で打ち切って、点棒を持ち帰ってくれた。

 

 紀子も自分は主役じゃないから、と謙遜するが、彼女も由華と同じく並々ならない想いでこの大会に臨み、この決勝の舞台で素晴らしいバトンをつないでくれた。

 

 その晩成の命の点棒を、根こそぎ奪われた。

 

 一瞬だった。

 

 今切り替えるべき場面であることなど、わかっている。

 今自分のすべき行動が何であるかなど、わかっている。

 

 わかっている。

 

 

 (けど……ッ!!!)

 

 眩暈が収まらない。

 心臓がバクバクと音をたてているのがわかる。

 

 呼吸ができないほどに苦しい。

 

 手が……震える。

 

 自分が夢を終わらせてしまうかもしれない。

 その恐怖が、拭えない。

 

 当事者にしかわからない。

 どれだけの想いを背負っているかを、わかっているからこんなにも苦しいんだ。

 

 

 時間は待ってくれない。

 

 いつの間にやらもう次の局は始まっている。

 

 手牌は?鳴くべき場所は?……わからない。

 憧は明らかに狼狽していた。

 

 

 

 

 憧 配牌 ドラ{②}

 {②④④⑥⑨3467一一二北} ツモ{四}

 

 

 今最初のツモを持ってきてから何秒経った?

 早く、切り出さないと。

 

 

 

 憧の第一打は{北}。

 

 親の洋榎が、自分のツモに行く前に、ピクリと眉を寄せた。

 

 

 

 『新子選手、気持ちは切り替えられているでしょうか……』

 

 『……いや、第一打を見る限り、まだ切り替えられてはなさそうだねい。無理もない。この局中になんとか立て直して欲しいねい……』

 

 『先ほどは放銃に回ってしまいましたが、ここまでの功績は素晴らしいものでしたからね!まだ新子選手は1年生です!頑張って欲しいところですね……!』

 

 

 

 南3局 7巡目

 

 (早く、流さないと……!諦めるわけにはいかないんだから……)

 

 憧に前を向かせているのは、使命感だけ。

 晩成の戦士であるという誇りが、彼女をまだなんとか支えている。

 

 が、それはあくまでギリギリの場所で支えているだけ。

 

 前半戦や後半戦まで保っていた憧の鳴きのキレは、完全に失われていた。

 

 

 9巡目 憧 手牌 ドラ{②}

 {②④④⑥⑧⑧3467} {横三二四} ツモ{9}

 

 無理に埋めなくても良いカン{三}鳴き。

 ドラが使い切れるかもわからない愚形残りのまま、ここまで来てしまった。

 

 問題なのは憧の中の鳴きの基準がおかしくなってしまっていることに、憧自身が気付けていないこと。

 手の中に一つのメンツもないまま、目一杯に受けることなどこの中堅戦で一度もなかったのに、今は索子も両面とはいえいわゆる2度受けの形、筒子に至ってはカンチャンだらけ。

 防御力0。

 

 そしてそんな手が進まないまま局が進めばどうなるか。

 

 

 

 

 

 「リーチ」

 

 「……!」

 

 

 打点女王のその発声に、身がすくんだ。

 

 同じような光景。一局前の衝撃が、憧の脳内にフラッシュバックする。

 

 この発声一つだけで、ギリギリの所で保っていた憧の体勢は、脆くも崩れ去る。

 

 安牌は1枚だけ。

 

 現物の{3}を怯えるように打ち出して、もう自身の手は終わり。

 

 

 ここからはひたすら逃げ回るのみ。

 

 (やだ……!負けられないのに……!これ以上、失えないのに……!)

 

 涙が出そうになる。

 そこまで悲観せずとも、ここまでこのメンツに対して十分戦っているのだが、先ほどの一撃は憧の精神に大きすぎるダメージを与えていた。

 

 それがなまじ、ここまで格上相手に十分すぎるほど立ち回れていたからこそ。

 

 

 しかし今のこの状態では、そもそもこのリーチに対して逃げ回れるかどうか……。

 

 

 

 

 「ツモ」

 

 が、思わぬところからの発声で、憧は我に返る。

 

 

 

 

 洋榎 手牌 ドラ{②}

 {①②③⑥⑦45699五六七} ツモ{赤⑤}

 

 

 「お~赤やんラッキーやなあ。2600オールや」

 

 (そっち……?しかもなに?2600オールって……)

 

 セーラのリーチに怯える必要は無くなったものの、洋榎のこの和了りは憧からするとよくわからない。

 

 尭深以外の共通認識として、親の時は高い和了り以外は基本したくないはず。

 洋榎のこの手は元々平和赤1。リーチしなければ2900点。ツモっても3900点。

 

 高いとは言えない打点だ。

 それをダマに構えて、赤を持ってきたから2600オールになっていたものの、通常の{⑤⑧}を持ってきたり、はたまた他から出ていたらどうするつもりだったのだろうか。

 

 洋榎の手と、河を見比べて、思案する。

 

 

 

 

 と、その時。

 

 ピト、と憧の首筋に、冷たいなにかが当てられた。

 

 

 「きゃあああああ?!え、何?!」

 

 「ガハハ~!良い声で鳴くやんけえ。やっぱええなあ若いのは!」

 

 凍ったペットボトルを左手に構えた洋榎が、憧の顔をいつのまにやら覗き込んでいた。

 

 「いつまで経っても点棒渡してくれへんから、魂だけ抜けてどっか行ったんかと思ったで?」

 

 「あ、すすみません!」

 

 慌てて点箱を開けて、憧は洋榎に千点棒3本と、百点棒一本を取り出した。

 

 「見てみこれ。多恵が『今日は暑いから!冷凍ペットボトル持って行って!控室でキンキンに冷やしといたから!』って渡してくれたんやけどな?いや対局室冷房効いとるわ。全然溶けへんやんけ!こんなん飲めるかーい!!ってな」

 

 「はあ……」

 

 今度は全然五百点棒のお釣りをくれない洋榎に圧倒されながら、憧は洋榎の愚痴を聞いている。

 これ全国生放送してて良いのだろうか、と思いながら。

 

 「漫ちゃんが冷凍庫ブチ込んだらしいんやけどな?いや控室では冷やさんでええやろ。控室で日に当てて初めて丁度良い感じになるんやろがい。カッチンコッチンで飲めたもんちゃうわほんまに……あ、白糸台さんそのあっつあっつのお茶かしてくれへん?それかけたらちょおっとだけ溶ける気するんやけど」

 

 「無理」

 

 「あ、さいですか……」

 

 

 何を見せられてるんだろう。

 憧は宇宙を感じた。

 

 ようやく点箱から五百点棒を取り出した洋榎が、憧にポイ、と渡してくる。

 これで点棒の授受は完了だ。

 

 「ま、残った水でも飲み?また喉乾いてるんちゃう?……命が宿るかもしれへんで」

 

 「……は、はあ」

 

 よくわからない。

 この人とは2回も対局しているが、人をからかったり、心配したり、よくわからないという感想以外出てこない。

 ただわかるのは、麻雀というこの競技が異常に強いということだけ。

 そしてとても、楽しそうに打つということだけ。

 

 憧はとりあえず言われた通り、自分のペットボトルに入った水を飲むことにした。

 

 洋榎の指摘通り、相当喉は乾いていたようで、水はどんどんと憧の体内に入っていく。

 先ほど半分になったペットボトルは、すぐに空になった。

 

 「……んじゃ、サイコロ回すで~」

 

 のほほんと。

 楽しそうにサイコロを回す洋榎。

 

 その横顔を見ながら、憧は先ほど洋榎がふざけて話していた言葉を思い出した。

 

 

 『漫ちゃんが冷凍庫ブチ込んだらしいんやけどな?いや控室では冷やさんでええやろ』

 

 

 (漫……)

 

 姫松高校の次鋒。

 自分と同じ、1年生で姫松のレギュラーを勝ち取った、ライバル。

 

 合宿で見た時はわたわたと忙しない子だな、という印象だったのだが。

 大会で見た漫は、全く違う表情をしていて。

 

 そういえば先ほどの次鋒戦で、彼女は致命的ミスをした。

 

 チョンボ。多牌の反則。

 

 このインターハイの団体戦。その最後の親番。そして1年生という立場でチョンボをしてしまった彼女の心情は、察するに余りある。

 彼女がこの席で、どんな葛藤を抱え、そして戦い切ったのか。

 

 次鋒戦を見ながら、憧は素直に尊敬したのだ。

 涙を流しながら最善を尽くし続ける、姫松の次鋒、上重漫のことを。

 

 

 (そっか。漫は、もっと、辛かったんだよね)

 

 

 胸に手を当てる。

 目を閉じて精神を集中させた。

 

 

 ……あれだけうるさかった心臓の音は、もう聞こえない。

 

 

 (じゃあ、あたしは?このあと情けない打牌をし続けて、胸を張って晩成のレギュラーって言えるのかな)

 

 放銃を思い出す。

 きっと憧は、あのシーンが何度来ようとも、同じ選択をするだろう。

 

 だってそれが、憧が晩成で生きた証だから。

 

 

 

 (最後まで、戦うんだ!)

 

 

 憧の瞳に、再び、命が宿る。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 南3局 1本場 親 洋榎

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 勝負は、一瞬。

 

 

 

 

 「ポン」

 

 

 「ポン」

 

 

 「チー」

 

 

 

 3度の発声。

 

 誰も追い付くことのできない、神速の域。

 

 

 

 

 「ロン」

 

 

 憧 手牌 ドラ{3}

{⑦⑧白白} {横234} {9横99} {横北北北} ロン{⑨}

 

 

 

 「2000は、2300」

 

 

 

 

 

 

 『決まった!!捨て牌はわずか3巡目まで!!驚異の鳴きで新子選手がトップの愛宕洋榎選手の親を流しました!!!』

 

 『おお~!良い感じに切り替えられたんじゃねえの?そうそう。なにも責任を背負う必要なんてねーんだ。きっと先輩達も、そんなこと願っちゃいないさ。君の長所は、その柔軟で攻撃的な、鋭い鳴きだよ。ま、知らんけど!』

 

 

 

 憧がパチン、と強く自分の頬を叩く。

 

 まだ終わりじゃない。

 

 むしろ、ここが最後の砦。

 

 

 

 

 

 ()が、やってくる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――――秋が こうして かえって来た

 

 

 ――――両手をどんなに 大きく 大きく ひろげても抱えきれないほどに

 

 

 ――――こども達は言う 『赤いリンゴの夢を見た』 

 

 

 

 

 

 

 

 

 収穫する者は、ゆっくりと、その巨大な果実に手を伸ばす。

 

 

 

 

 「ふぅ………」

 

 

 

 

 

 

 

 南4局(オーラス) 尭深 配牌

 

 {③④赤⑤⑥18白白白中中発発発} 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 永遠の秋を、始めよう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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第151局 愛宕洋榎

 

 

 

 天才と呼ばれるのが嫌いだった。

 

 天才雀士達がもてはやされるこの世の中にあって、その少女は天才と呼ばれることを嫌った。

 小さい頃から大好きな競技だったが、天才が愛される麻雀は好きになれなかった。

 

 彼女に才能が無かったのか、と問われれば、それは首を横に振らざるをえない。

 才能はあった。盤面を理解し、整理し、読む力に長けていた。

 

 しかしその才能は、磨かれなければ輝かなかった。

 その才能に気付かずに、一生を終えることだって十分にあり得た。

 

 そして仮に才能に気付いたとて。

 その小さな才能に溺れ、慢心をすれば、簡単に有象無象に飲み込まれるほどに、その才能は細く、頼りない。

 

 

 彼女は慢心しなかった。

 先へ、先へ、もっと深い場所へ。

 

 知識の海へ、彼女は沈んでいく。

 

 

 そうしていつしか彼女は『強者』と呼ばれる部類に入った。

 

 誰もが羨み、賞賛し、嫉妬する。

 

 彼女は『天才』だと決めつける。

 

 彼女は『麻雀の天才なんだ』とそう片付ける。

 

 

 彼女は満足できなかった。

 どれだけ周りにもてはやされそうとも、いつも、不満気に海の底で思案し続けた。

 

 

 彼女の身体は強烈に求めていた。

 己の全てを出し切って、能力という巨大な壁を乗り越えた先にある勝利を。

 

 

 だから生まれる。

 恐ろしいほどの勝利への執念、貪欲さ、知識への渇望。

 

 

 

 その手は、この麻雀というゲームにおける()()()()に伸びていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「ねえ、今どんな気持ち?」

 

 

 聞く人が聞けば、完全に煽り文句。

 麻雀という運が常につきまとうゲームで、そんな言葉を口に出せば、旧知の間柄でもない限り相当な反感を食らうだろう。

 

 そう、旧知の間柄でもない限り。

 

 

 「洋榎あんたなんのつもりよ」

 

 額に青筋をありありと浮かべて、少女、小走やえは現在進行形で苦虫を嚙み潰していた。

 

 

 「いや、単純に気になったんやって。2位からトップ条件を満たしたリーチ打って、ラス目のウチの追っかけに一発で放銃して、ラスに落ちたやえが、リーチを打つ時はどんな気持ちで、追いかけられた時はどんな気持ちで、放銃した時はどんな気持ちやったんやろって」

 

 「あんた間違いなく性格の悪さナンバーワンね。1回引っ叩いてから答えてもいいかしら?」

 

 「なんや、ケチやなあ~、ほな多恵に聞こうっと。南3局で跳満をツモってトップに立った時はどんな気持ちやった?ほんでもってオーラス配牌が悪くてオリ気味に進行してたら2着目のやえからリーチがかかった時はどんな気持ちやった?んでもって最後にウチに全てを抜き去る倍満を和了られた時はどんな気持ちやった?」

 

 「洋榎それわざとやってるよね?!」

 

 状況が状況だけに、洋榎の質問は煽りにしか聞こえない。

 

 最後の局のドラ表示牌と裏ドラ表示牌を手に握りこみながら、洋榎は口を尖らせて不服の意思表示。

 

 

 「ほなまあーええわ。オーラスを迎える時の気持ちを聞かせてくれればええわ。セーラは?」

 

 「あ?俺?んまー3着目ゆーてもトップとさして離れとらんし、跳満ベースくらいで和了りてえなーって思ってた。あ、洋榎の陰湿ダマには気を付けてたで」

 

 「陰湿とは失礼な。戦略的ダマや」

 

 半袖短パンのセーラが備え付けのミニ冷蔵庫に飲み物を取りに席を立つ。

 それを横目に、ほーん、と一つ息をついてから、今度は隣に座るやえに目を向けた。

 

 「やえは?」

 

 「本当にムカつくわね……本当ならリーチしたくなかったけど。どーせ多恵は真っすぐ手進めてこないだろうから捕まえられないし……普通に手作ろうと思ってたわよ」

 

 「下は意識してなかったんか?」

 

 「セーラはどうせトップ狙いで高い手作ってくるって思ってたし、あんたも来るだろうことはわかってたけど。それでもトップ狙いにリーチに行った判断は間違ってたとは思ってないわ」

 

 「ふむふむ……なるほどやなあ」

 

 つまらなさそうに背もたれに体重を預けた洋榎にいら立ちを覚えながらも、いつものことだから仕方がないか、と大きくため息を吐いた。

 

 「あんたそんなことより途中の『っかあ~!これやったらトップ狙いは無理や~!』とかいう大三味線やめなさいよ。別に信じてなかったけど!」

 

 「あ、それや。それどう思った?」

 

 「え?……どうって……」

 

 意外なところで食いついてきた洋榎に、やえは思わずたじろく。

 対局中のただのやりとり。

 いつも通りの、くだらない三味線。

 

 その感想を聞かれることになるとはやえも思わなかった。

 

 「ま、まあ。本当にそうかも、が2割、8割はどうせ手作ってんだろ。ね」

 

 「……そんなもんか」

 

 少し乗り出した体勢を、洋榎がまた戻す。体重を預けられた背もたれが、ギィ、と力なく悲鳴を上げた。

 

 

 「多恵、東3局でセーラの跳満振って、点数凹んだ時どう思った?」

 

 「え、あー!あの時ね!あの時はそうだな、今の放銃手牌に見合ってたかなあ~ってずっと考えてたよ」

 

 「せやな。そんな顔しとったもんな」

 

 洋榎はどこから出したかわからない爪楊枝をくわえると、天井を見上げた。

 

 「仮に見合わない手で放銃した時、多恵はどうするんや?」

 

 「ん~。普通の時は一旦切り替えてすぐ次の局行くけど、大会とかなら引きずるかもね~」

 

 「多恵メンタルよわよわやもんな。読みやすうなって助かるで」

 

 「余計なお世話です……」

 

 あはは、と苦笑いを浮かべる多恵。

 しかし少しその表情を変え、洋榎に一つ問いを投げかけた。

 

 

 「どうしてそんなこと聞くの?洋榎」

 

 「ん?いや」

 

 なんの気もなく返す言葉。

 

 その言葉が、多恵には衝撃的で、今でもよく覚えている。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「()()も麻雀に使えんかなって」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 中堅後半戦 南4局 親 尭深

 

 

 『さあインターハイ団体戦決勝はクライマックス!勝負のオーラスを迎えます!!』

 

 『このオーラスは、本当に何が起こるかわかんねー……いやー!視聴者の皆もまばたき厳禁だぜ♪』

 

 『まずは配牌……!白糸台渋谷尭深選手の手牌には、とんでもない怪物手が入っています……!』

 

 

 

 尭深 配牌

 {③④赤⑤⑥18白白白中中発発発}

 

 

 

 

 時は満ちた。

 

 尭深は紅潮した頬に少しだけ手を当てた後、目を閉じる。

 

 (ありがとう。私の……ワガママに付き合ってくれて、ありがとう……これが、最後のワガママだから)

 

 対局前。

 自分のことを認めてくれた先輩が言っていた言葉を思い出す。

 

 

 

 『能力に頼り過ぎない麻雀も、結構楽しいよ』

 

 

 

 思わず振り返ってしまった。

 その言葉の意味を理解するのに、時間がかかった。

 

 (私ができる麻雀を、ここまで、してきた)

 

 尭深は、後半戦ここまでの全11局、第一打三元牌縛りをやめた。

 打てる時は打つが、手牌に必要だと思う時は残してみた。

 

 それでも、自然と三元牌がいらなくなる形が多かったのは、幸か、不幸か。

 

 

 そして1つ、自分の手に課したものがある。

 それは前半戦の失敗で学んだこと。

 

 『このメンバーを相手に、ターツを晒してはいけない』

 

 まず間違いなく、そこが透ける。

 透ければ、和了りはほとんど無いと思った方が良い。

 

 最速を駆けてくる打ち手と、全く怯むことなく打点を振りかざしてくる打ち手と、全てを見通す打ち手がいる。

 だから、『メンツを完成させる』ことにこだわった。

 

 打点が高くなるように、赤まで入れて。

 

 

 これで、準備は整った。

 

 

 さあ、これが、最後の仕上げ。

 

 

 最高の収穫は。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ()じゃない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 尭深 河

 {中}

 

 

 

 

 

 

 

 

 赤いリンゴは、まだ熟れる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「それでいいよ、尭深」

 

 「テルー、何がー?」

 

 「もしかしたらだけど」

 

 「うん」

 

 「この局、尭深が和了れたら」

 

 「うんうん」

 

 

 

 

 「もう、中堅戦でこの決勝戦は終わりだと思う」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 『{中}……?!し、渋谷選手、第一打は{中}!だ、大三元を拒否……というか、向聴数すら落としましたよ?!』

 

 『なるほどねい……そう来たか……』

 

 『ど、どういうことですか?!』

 

 『いや、まあ簡単な話だよ』

 

 『……?』

 

 実況を務める針生アナの驚愕は、会場の、いや、この対局を見ている全ての人の代弁。

 何故役満の可能性を消すのか。

 

 常人には全く理解のできない打牌。

 

 ただ、咏は扇子を広げてクス、と笑う。

 

 次に咏から告げられた言葉は、聞いている側はとても理解の及ばない言葉。

 

 『この局……もし白糸台のコが和了ったら……決勝戦、終わっちゃうカモね』

 

 『……は?』

 

 『いやー!冗談冗談!わっかんねー!どーなるか楽しみだねい!』

 

 中堅戦、ではなく、決勝戦?

 冗談にしては、あまりにも真に迫る声音だった。

 

 そんな感想は実況をする者としてではなく、ただ三尋木咏という人間を知っているからこその言葉だから飲み込んだが。

 

 ともかく、この局は優勝校を決めかねない重要な局であるということを、針生アナは薄々感じるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 南4局 親 尭深

 1巡目

 

 親の尭深の第一打に、衝撃が走った。

 三元牌の中切り。

 ここまでの初打を全員理解しているからこそ、その恐ろしさがわかる。

 

 

 他視点 尭深 配牌

 {③④赤⑤白白白中中発発発裏裏裏}

 

 

 この形からの、初打{中}。

 

 一見、自らこの局の大三元を拒否するような打牌。

 しかし、そんな楽観視をするような打ち手は、この場にはいない。

 

 それぞれの選手たちは、チームメイトから言われている。

 

 

 

 

 

 

 『セーラ先輩、もし仮に渋谷尭深がオーラス親で、連荘を許してしまえば……おそらく次の局も、オーラスの第一打が配牌に加わるんやと思います』

 

 『憧。オーラス、もしヤバそうなら……洋榎と手を組んででも、止めなさい。あの存在は、最悪、この決勝戦そのものを破壊しかねないわ』

 

 『部長、わかっているとは思いますが、オーラスは一度も和了を許したらダメですよ。どんなに点差が開いていても、です』

 

 

 

 これはあくまで可能性の話ではあるが。

 もしこの第一打{中}が、連荘一本場の配牌に加わるとすれば。

 尭深の次局の配牌はこうなる。

 

 尭深 配牌予想

 {③④赤⑤白白白中中中発発発裏裏}

 

 

 初手、大三元聴牌確定。

 こうなったらもう、止めるのは容易ではなく、そしてどれだけの点数を稼がれることになるか想像もつかない。

 

 

 セーラ 配牌 ドラ{八}

 {⑦⑨3一二二三四四六八九南} ツモ{七}

 

 (ハッ!わざわざ{中}落とすために2巡くれるたあ優しいやん。教えてやるよ。俺相手にその2巡は命取りだってな……!)

 

 セーラが勢いよく{⑦}を切り出す。

 確かにセーラの言う通り、この2巡の間はロンと言われる心配はない。

 仮に尭深が初手{中}切りでなかった場合、もう最初から聴牌の可能性もあったため、毎巡ロンと言われる恐怖と戦いながら打牌をする必要があったのだが。

 {中}の対子落としが確定しているこの2巡は貴重だった。

 

 

 憧 配牌

 {③⑧⑧246889三六七八} ツモ{7}

 

 (悪くない……けど、渋谷尭深の方が手牌が良いの確定してるし、ここはなんとしてでも流す……!)

 

 全員の思惑は一致している。

 この局渋谷尭深に連荘を許せば、このゲームが終わりかねない。

 

 

 北家に座る愛宕洋榎が、手牌を開いた。

 

 洋榎 配牌

 {②④赤⑤⑧35二三赤五八八西白} ツモ{一}

 

 (……)

 

 表情は、変わらないように見える。

 やる気なさげなたれ目からは、覇気のようなものを感じることはない。

 

 その目には、いったい何が映っているのか。

 

 

 

 『……愛宕選手が初打にこんな時間を使う事ってありましたっけ?』

 

 『いやー知らんし。……流石に初めて見るけどねい……』

 

 

 奇妙な静寂。

 歓声とどよめきで包まれていたはずの会場も、洋榎の一打目があまりにも打たれないことでどよめきは次第にざわめきに変わっていた。

 

 『……何が見えてる?守りの化身』

 

 咏の視線の先には、超人的な読みを持つ高校麻雀界屈指の打ち手。

 

 その視線が、卓内をじっと見つめている。

 

 

 時間にして、30秒ほどだっただろうか。

 洋榎が、一打目を切り出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 姫松高校控室。

 

 「洋榎ちゃん、大変なのよ~!とんでもない配牌が入ってるのよ~!」

 

 「あわわわわ……配牌ドラ4だーとか言ってられないですよねこれ……」

 

 洋榎が第一打を切り出すまでの間。

 ここ姫松高校の控室でもただならぬ空気が漂っていた。

 

 「恐れとった事態が……洋榎、2600オールで渋谷のスロット増やすんはリスキーすぎんか……?」

 

 南3局、親であった洋榎はツモ和了りを選択した。

 連荘するということが、オーラスの渋谷尭深を有利にするということを知りながら。

 

 「当然、理解しているはずだよ。それでも、洋榎はあの和了りを優先した。……いや、本当に優先したのは、もしかしたら別のものかも」

 

 「別のもの?」

 

 「うん」

 

 前方でわたわたと慌てる2人の後ろで、多恵は真っすぐにモニターを見つめている。

 その表情に、焦りはない。

 

 (ま……心配するだけ無駄かもしれんな……)

 

 信頼しきっている多恵の姿に、恭子も考えを改めた。

 あの飄々としてつかみどころがなく、いつもふざけてばかりの洋榎でも。

 

 この夏にかける想いと、この決勝戦にどれだけの準備をしてきたのかを知っているから。

 

 一打目を切り出した洋榎を見届けて、多恵がポツリと呟いた。

 

 

 「敵を知り、己を知れば百戦して危うからず」

 

 「なんや急に」

 

 孫氏の兵法。その格言。

 相手の情報と、自分の力量を見定めることさえできれば、百回戦っても負けることはない。

 

 麻雀というゲームにおいて、連戦連勝は難しい。

 

 けれど、『極限まで負ける可能性を下げる』ことはできる。

 

 

 「いや、まさに洋榎のためにあるような言葉だと思わない?」

 

 「……そーかもしれんな」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 4巡目 尭深 手牌

 {③④赤⑤⑥189白白白発発発} ツモ{⑤}

 

 (……来た)

 

 尭深の顔色が、僅かに喜色を帯びる。

 この牌だ。この牌を引きたかった。

 

 現状、他の3人の視点に透けているのは、筒子1面子と、{白発}の暗刻。

 他の牌を晒さないことで、何で当たるかはわからなくなる。

 

 が、あえて尭深は筒子のデキ面子の部分を待ちにすることを狙った。

 そここそが盲点になると思った。

 

 自身は前半戦で、開局から透け続けたターツを狙い打たれている。

 だからこそ、渋谷尭深は筒子をデキ面子にして、他で待とうとしている。

 

 そう思わせることができれば、勝ち。

 出和了りすら、期待できる。

 

 {1}を切り出した。

 

 

 同巡 セーラ 手牌

 {3一二二三四四六七七八九南} ツモ{一}

 

 4巡が経った。

 ここからはもういつロンと言われたっておかしくない巡目。

 

 しかしその程度で、江口セーラが止まるわけがない。

 自らの清一色を、捨てるわけがない。

 

 おかまいなしに、セーラは河に{3}を叩きつける。

 

 

 「チー!」

 

 そこに憧が食らいつく。

 先ほどの和了で復活を果たした晩成のルーキーが、絶対に和了らせてなるものかと声を上げる。

 

 中堅戦のクライマックスがここだとわかるようなボルテージの上昇。

 歓声は波のように。会場全体へと叩きつけられている。

 

 ここが決勝戦の勝負の分かれ目である、と口にせずとも誰もがわかっていた。

 

 

 憧 手牌

 {⑧⑧6788五六七八} {横324}

 

 (まだ4巡目だし、守りの化身は下家……!だけど、これでくっつきの一向聴!先に、聴牌する……!)

 

 

 

 

 

 

 5巡目 尭深 手牌

 {③④赤⑤⑤⑥89白白白発発発} ツモ{9}

 

 

 (……ッ!)

 

 収穫の時は来た。

 狙い通りの待ち。他家を止めるためにも、リーチをかけるか?

 

 いや、それこそ相手に回らせる時間を作るだけ。

 今はただ、絶対に止まらないであろうセーラや憧からの出和了りを待つ。

 

 右手が震えるのを必死に堪えて、尭深は{8}を切り出す。

 

 もうすぐそこまで、手の届くところに、赤い果実は見えている。

 

 両手を、尭深が差し伸べた。

 

 

 

 

 

 セーラ 手牌

{一一二二三四四六七七八九南} ツモ{五}

 

 打点女王が、追い付いた。

 セーラがペロリと舌なめずりをする。

 

 

 (洋榎以外の場所に{三}は無い。この手でしまいや)

 

 

 「リーチ!」

 

 

 

 『追い付いたッ!!打点女王が追い付きました!リーチ面前清一色一盃口ドラ1で倍満!!この究極の状況下で倍満の聴牌を入れました!!』

 

 『やべえだろ!!この{三}は山に2枚!白糸台のコの方が待ちは多いが……おいおいどうなっちまうんだよ?!』

 

 

 憧の手は進まない。

 焦りを含んだ顔で、憧は持ってきた牌をそのまま切らざるを得ない。

 

 (まずい……!千里山に打つほうがまだマシ?いやでも、どうせこっちも高い……!ヤバイヤバイヤバイって……!)

 

 セーラは明らかに萬子の染め手。

 打ちに行くのもありだが、そんなことをして今の手を曲げる方があり得ない。

 

 今はただ、2人から和了の発声が無いことを祈るのみ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「{③}の手出し、{三}の手出し。{9}の手出し、チー出しの{西}、ツモ切りの{4}」

 

 

 「{中}の対子落とし、{六}のツモ切り、{1}の手出し、{8}の手出し」

 

 

 「{⑦}の手出し、{⑨}の手出し、{③}のツモ切り、{3}の手出し、{南}の手出し」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「……え?」

 

 本当に小さな声だった。

 聞き取れるかどうかも怪しい、ごくわずかな声量。

 

 隣にいる憧ですら、僅かに聞き取れたのは、「手出し、ツモ切り」という言葉のみ。

 

 しかしそれだけで理解できる。

 

 この打ち手が、何をしているのかが理解できてしまう。

 

 

 あの時と同じだ。

 また恐ろしいほどの寒気が、憧を襲う。

 

 何秒経っただろうか。

 初打に時間を費やした彼女が、その時と同じがそれ以上の時間を費やして、卓上を見つめている。

 

 その目が、何度も。

 

 

 何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も。

 

 全員の河と手牌を行き来する。

 

 

 寒気を感じていたのはなにも憧だけではない。

 

 尭深も、そして旧知の仲であるはずのセーラですら、今の洋榎に恐怖を感じていた。

 

 (洋榎……何するつもりや)

 

 

 洋榎が長考を終える。

 

 

 長かった。

 

 

 中堅戦開始前の挑発、前半戦終了時の尭深への発言。

 後半戦開始時の挑発。

 

 全ては、この最終局(オーラス)、尭深の初打{中}、セーラのリーチへと導くため。

 

 

 そして、南3局。憧を無理やりにでも()()()()()()のも、この瞬間のため。

 

 

 

 条件は整った。

 

 さあ、

 

 

 

 

 「……幕引きや」

 

 

 小さく呟かれた言葉は、誰にも届かない。

 

 ハッキリと、憧を見た。

 

 気だるげな瞳が、憧を捉える。

 

 

 ビクリと肩を強張らせた憧から視線を外さずに、洋榎は手の内から

 

 {⑧}を切り出す。

 

 

 

 「……ッ!ポン!」

 

 思わず声が出た。

 

 前半戦でも感じた、鳴かされる感覚。

 

 鳴かされる?いや、違う、今のは。

 

 

 

 

 

 『今なら、鳴けるだろ?』

 

 

 

 

 

 そう、言われた気がした。

 

 

 

 (嘘……まさか……!じゃあ、さっきの和了りは……!)

 

 

 

 

 憧 手牌

 {6788五六七八} {⑧⑧横⑧} {横324}

 

 

 待ち選択。

 憧はここで、決勝を前にやえから言われた言葉を思い出した。

 

 

 『洋榎と協力してでも、白糸台を止めなさい』

 

 (思い込みかもしれない……ケド、守りの化身が、もし、本当の意味で、全てが見えているなら……!)

 

 

 憧は強く切り出した。

 選んだ待ちは{58}。

 

 渋谷尭深の、現物。

 

 

 洋榎がゆっくりと、山に手を伸ばす。

 

 

 (やえなら、言うやろーな『ウチとの共闘を選べ』ってな)

 

 それすらも、織り込み済み。

 積み重ねられたピースが、一つ、また一つ。

 

 

 さあ、これが愛宕洋榎の団体戦最後の仕事。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

  

 

 

 圧倒的な才能を前に、敗れた過去があった。

 

 どんなに努力をしても、能力という大きすぎる壁で押さえつけられるのは、とても窮屈で。

 

 

 「うーみーはひろいーなーおおきいーなー」

 

 だから彼女は、能力なんて及ばない場所に行った。

 

 知識の海。

 そこには集めきれないほどの情報がいつだって埋まっている。

 

 「お、これも使えそやな」

 

 山読み。人読み。ブラフ。効率。

 牌効率。押し引き。鳴き判断。リーチ判断。

 

 学びは、どこにでも転がっている。

 それでもまだ、足りない。

 

 「もっと、もっと欲しいわ」

 

 深く、深く。

 強大な能力に打ち勝つため。

 そのためになら、なんでもするから。

 

 膨大な時間をかけて、彼女は沈んでいく。

 

 いつか、最高の勝利という空を見上げるために。

 

 

 「……見ーつけた」

 

 

 最後に見つけたピース。

 

 麻雀という競技は、人間が行うものだから。

 だから『これ』が必ず付きまとう。

 

 

 

 焦燥、恐怖、憤り、安堵、苛立ち。

 

 因縁、情報、信頼、性格。

 

 

 たくさんの、感情。

 

 

 

 

 

 ようやく。ようやくだ。

 

 

 愛宕洋榎が、長く、長く沈んでいた場所から、ようやく水面に顔を覗かせる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 トン、と河に1枚の牌が置かれた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その瞬間。

 

 赤いリンゴは、尭深の手をすり抜けて……地面にポトリ、と落っこちた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「ロン……!」

 

 

 

 憧 手牌

 {6788六七八} {⑧⑧横⑧} {横324} ロン{5}

 

 

 

 

 「2000……!」

 

 

 

 

 

 歓声と悲鳴。

 

 全てが入り混じった轟音は、会場を揺らす。

 

 

 

 

 

 

 

 対局終了を知らせるブザーが鳴り響き。

 

 

 

 絶望で表情から血の気が失せている尭深と。

 

 勝負手を蹴られて悔しそうにこちらを睨みつけるセーラ。

 

 和了ったはずなのに、息が上がって苦しそうな憧。

 

 

 

 

 

 

 

 それら全てを見て、たった今、放銃したはずの少女は一人。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「あー……ホンマに……」

 

 

 

 

 

 

 

 右手の甲で目を閉ざしていた洋榎。

 

 

 その右手をゆっくりと真上へかざす。

 

 心地よい水面に身体をゆだねて、青空に映える太陽を見るように。

 

 

 背もたれによりかかって、ちょうど今明るくなった天井を見る。

 

 

 

 

 真上に伸ばした右手を、ゆっくりと、握った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 これが、見たかった景色。

 

 

 ……ああ、そうだ。

 これが麻雀の、醍醐味。

 心の底から思う。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「おもろいなあ……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ようやく。

 

 

 

 この瞬間初めて、愛宕洋榎は心の底から笑えるのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 中堅戦 終了

 

 1位  姫松  愛宕洋榎 123100

 2位 千里山 江口セーラ 101700

 3位  晩成   新子憧  93600

 4位 白糸台  渋谷尭深  81600

 

 

 

 

 

 中堅戦 個人成績

 

 1位 愛宕洋榎  +12000

 2位 江口セーラ +11000

 3位 新子憧   -10000

 4位 渋谷尭深  -13000

 

 

 



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第152局 狂戦士、覚醒

 

 

 様々な想いを経て、インターハイ団体戦決勝、中堅戦は幕を閉じた。

 結果だけを見れば、前評判通り関西最強の2人がワンツーフィニッシュ。他2校も最後まで食い下がったが、点数を落とす結果に。

 

 興奮冷めやらぬ会場の中で、晩成高校の控室は、少々重たい空気が流れていた。

 

 相手が格上だったのは分かっている。

 なんなら、とある新聞の今朝の朝刊に載っていた予想記事では、晩成は中堅、副将戦で3万点は失うだろうと書かれていたのだ。

 大健闘。おそらく何も知らない人間から見れば、そう映る。

 

 よくやった。

 あの面子を相手によく頑張った。

 

 そう、声をかける人もいるだろう。

 

 しかしここにいるメンバーは知っている。

 

 やえのことが大好きなあの1年生は。

 少しませていて、能天気。しかしその実、信じられないほどの努力を重ねてこの舞台にたどり着いたこと。

 やえの役に立つためにここに来たと口にして、2年生に全く引けを取らないほどこの団体戦に懸けていたこと。

 

 『1年生だから次がある』、なんてことは、口が裂けても言えない。

 

 だから先輩達も認めたのだ。

 晩成のレギュラーに足る器であると。

 

 その少女の夢は、想いは。

  

 より強い猛者によって実力で抑え込まれた。

 運否天賦などとは程遠い、恐ろしいほどの実力を見せつけられた。

 

 だから今、モニターに映っている、肩を震わせてうつむく少女になんと声をかけたら良いのかわからない。

 

 

 「……私、迎えに行きます」

 

 「……初瀬」

 

 立ち上がったのは、同じ1年生の、初瀬だった。

 彼女は次の副将戦の出場者。

 

 今までの試合も、彼女が迎えに行って、そのまま副将戦に出場する流れは多くあったため、それ自体はなにも不思議なことではない。

 が、その初瀬の表情は、いつもとは違う。

 

 そんな初瀬の表情を見ていたやえが、頬杖をついていた手を放し、中央のソファから立ち上がった。

 

 「私も行くわ」

 

 「やえ先輩……ありがとうございます」

 

 初瀬がスカートの裾を2回ほどぱんぱん、と叩き、今度は手を胸に当てて、呼吸を整える。

 戦いの場に赴く初瀬の元に、チームメイトたちが集まった。

 

 「初瀬、頑張って。あなたなら……きっとできる」

 

 「初瀬ぇ、気合入れな。私ももちろん勝つけど……晩成の勝利には、お前の勝ちがどうしても必要だ」

 

 紀子が初瀬の手を握り、由華には後ろからバシン、と叩かれる。

 いつもこの2人の先輩達は正反対で、だけど、向いている方向は一緒。

 

 良く伝わってくる。

 

 

 「……必ず、勝ちます」

 

 「よし。いいカオだ」

 

 2人に送り出されて、やえと初瀬は控室を出る。

 副将戦は、もうすぐそこまで迫っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 時は少しだけ遡り、中堅戦終了直後。

 

 対局終了を知らせるブザーが鳴り響き、対局室の照明が点いた。

 

 

 「「「「ありがとうございました」」」」

 

 席を立って一礼。

 

 対局終了後の明暗は、ハッキリと分かれた。

 だからこそ、項垂れる2人に対して、プラスで中堅戦を終えた2人は、声をかけることはしない。

 

 必要以上の言葉は、彼女らを傷つけるだけ。

 反省も後悔も、きっとこの2人なら自分たちでするだろう。

 

 尭深と憧が自分で思うよりも、セーラも洋榎も、苦戦させられていたのだ。

 最後だって、もし尭深に和了りが転がり込んでいたら、どうなるかわからなかった。

 セーラの怪物手だって、憧に流されておかしくなかった。

 

 勝負は紙一重だった。

 

 

 

 「だあ~!ま~た洋榎に乗せられたわ!ホンマムカつく!」

 

 「最後のどーせリーチいらんやろ。リー棒分助かったわ」

 

 洋榎とセーラが、軽やかに階段を下りていく。

 

 

 終始高打点狙いを貫き、要所できっちりと決め切ったセーラと。

 どこまで見えているのかわからないその目で、対局を最後までコントロールした洋榎。

 

 全く違う強さを目の当たりにして、尭深と憧は、きっちりとマイナスを食わされた。

 

 それが、尭深と憧からの視点。

 それが紙一重の差であっても、負けは負け。

 

 尭深が、フラフラと立ち上がり、ゆっくりと階段を下りだす。

 

 やがて、足音は聞こえなくなった。

 

 

 

 1人になった対局室で、憧は最後の手と、自分の点数を見つめる。

 

 「あ~あ、強かったなあ~……」

 

 守りの化身、愛宕洋榎とは2度戦った。

 今後の人生で、あれだけの打ち手と打つことは、またあるのだろうか。

 それすらわからない。

 

 負けるつもりはなかった。

 周りにどれだけ不利だと言われても、勝てると信じていた。

 

 勝たなければいけなかった。

 今年勝つことが、自分が晩成(ココ)に来た意味だから。

 

 「つよ、かった、なあ……」

 

 だから、負けちゃいけなかったんだ。

 

 最後はやれることはやった。

 あの南2局。あの放銃。

 

 何度もフラッシュバックする。

 

 きっと憧のこれからの人生で、あの瞬間を忘れることはできないだろう。

 

 

 大粒の涙が、彼女の足へと落ちる。

 

 「かち、たかった、なあ……」

 

 憧が小さく、太ももを叩く。

 

 握りしめた右手で拳を作って、トン、トン、と。

 

 

 何度も、何度も。

 

 

 嗚咽だけが、いつまでも対局室に響いていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「たかみ」

 

 「……」

 

 声をかけられて、前を向く。

 そこには、見慣れた先輩の顔。

 

 自分を見出してくれた、恩人の顔。

 

 「宮永……先輩」

 

 「お疲れ様」

 

 照の表情は、いつもと変わらないように見える。

 感情の機微が読み取り辛い、照を知らない人が見れば、無表情としか思わない顔。

 

 けれど、尭深にはわかった、その声音が、優しい色をしていること。

 そこまで長い付き合いではないけれど、確かに絆を深め合った仲だから、わかる。

 

 「流石、強かったね」

 

 「すみません……」

 

 「あの2人は、私でも、相手するのは厳しいと思う」

 

 「……」

 

 しばらく、静寂が辺りを包む。

 どちらも口数が多い方ではない。

 

 尭深は照の、チームの役に立てなかったという口惜しさで。

 照は、なんと声をかければ良いのかわからなくて。

 

 自分の口下手さを、少しだけ恨んだ。

 

 「……私、できませんでした」

 

 「?」

 

 沈黙を破ったのは、尭深だった。

 

 「宮永先輩に、休憩中に言ってもらったこと」

 

 「そっか」

 

 前半戦終了時のインターバル、照は尭深に声をかけた。

 その言葉の意味を、尭深は自分なりに考え、後半戦に活かそうとした。

 

 「手が、震えるんです」

 

 「……」

 

 「第一打を、いつもと違う牌を切ろうとすると、手が、どうしようもなく、震えました」

 

 「……うん」

 

 そう言って、尭深は右手を、自身の左手で抑える。

 あの瞬間を思い出せば、今でも身体が恐怖で震える。

 

 練習でやっていないことを実行することは、怖い。

 どんな競技だってそうだ。

 

 練習で使ったことのない戦術を、いきなり実践で落とし込むのは難しい。

 できたとして、それは付け焼刃にしかならないとわかっているから。

 

 「オーラスは和了れない、っていう気持ちで、普段を打つことはできました……けど、わからなかったんです。私は、どこへ、種を蒔いているのか。どこに向かっているのか」

 

 「うん」

 

 すぐそばにまで近づいた照が、優しく、尭深の頭を撫でた。

 尭深の身体は、まだ震えている。

 

 親番でも連荘させてくれない速度と、いつ襲い掛かってくるかわからない高打点の恐怖と、対局そのものをコントロールされているような気持ち悪さ。

 真っ暗闇の中で、尭深は懸命に種を蒔き続けた。

 

 頼れるのは、自分が磨き続けた、能力だけだった。

 

 「……ごめんね」

 

 「宮永先輩は、何も悪くないです……私が、実力不足でした」

 

 「けど、今日の試合は、きっとたかみをもっと成長させてくれると思う」

 

 「……!」

 

 照が尭深の頭から手を放し、正面から向き合う。

 

 「今日の相手の人たちから、学んで欲しい。相手は、高校トップクラスの麻雀打ちだったから。尭深はもっと……強くなれる」

 

 「……!はい」

 

 悔しくないはずがない。

 表情よりも、言葉よりも雄弁に、尭深の握った拳がそう言っているから。

 

 「だから、後は任せよう」

 

 「はい……!」

 

 まだ終わってない。

 3連覇の夢は、続いている。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 尭深が対局室を後にしてから数分後、中堅戦出場選手最後の一人が、対局室から外に出てきた。

 

 トボトボ、と廊下を歩く。

 控室に行ったらなんて言えばいいんだろうとか、先輩達に申し訳ないな、とか。

 

 脱力しきった身体で憧が考えられるのは、そのぐらいだった。

 

 

 「憧!」

 

 「……初瀬」

 

 駆け寄ってきた親友の顔を見て。そしてその後ろにいる、大好きな人の姿を見て。

 

 憧は一度大きく息を吸い込んだ。

 ダメだ、切り替えなきゃ、と。

 

 

 「ごめーん!やっぱり勝てなかったや!」

 

 「憧……お前」

 

 「いや、ホントあり得ないっての!何手先まで見えてるんだろってカンジ?ヤバすぎだわ守りの化身も、打点女王も!」

 

 大丈夫、声は震えていない。

 今は気丈にふるまわなければ。

 

 大切な親友の、戦いの前だから。

 

 しかしその覚悟も、この人の前では決壊しそうになる。

 

 

 「憧。お疲れ様」

 

 「……ッ!やえ先輩、すみませんでした、やっぱり、強かったです」

 

 「ええ。知ってるわ。けど、あんたは最後まで戦った。……あんたは晩成の誇りよ」

 

 「……!や、やだなー!ははは……ほんと……なにやってるんだろ私……」

 

 今にもこらえきれなくなりそうで。

 憧は必死に自分のももをつねった。

 

 初瀬に、余計なプレッシャーは与えたくないから。

 その一心で。

 最後まで、憧は晩成の勝利のために、尽くしたくて。

 

 憧の肩に、ポン、と手が置かれた。

 それは前を向いて歩き出した初瀬が、少しだけ置いた手のひら。

 

 しかしそれはすぐに離れて、憧の前には、やえだけが残る。

 

 

 「やえ先輩、あと、お願いします」

 

 「ええ。初瀬。分かってると思うけど……思い切り、暴れてきなさい」

 

 「……もちろんです」

 

 曲がり角を曲がる。

 

 初瀬がわからないはずがなかった。

 

 何年も共に生きてきた親友が、必死に涙をこらえていたこと。

 

 自分に責任を背負わせまいと、気丈にふるまっていたこと。

 

 

 彼女の目が……赤く腫れていたこと。

 

 

 少しだけ、立ち止まる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「やえ先輩……!私!私……!勝ちたかった!!!絶対に負けたくなかった!!勝てると思ってたのに!!!勝たなきゃ、いけなかったのに!!!!」

 

 「……うん」

 

 「やだやだやだやだ!!!!終わりたくない!!!こんな形で終わらせたくない!!!!やえ先輩を、笑顔で胴上げしたかったのに!!!!!!私が……私が!!!!」

 

 「大丈夫よ。初瀬が、由華が、あんたの想いを、無駄にはしない」

 

 

 「ひぐっ……ゔわあ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!!!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 閉じていた目を、開いた。

 

 

 

 (憧、大丈夫だ。お前の気持ちは、受け取ったから)

 

 

 

 

 

 

 

 この慟哭を、魂に刻もう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 (全員、ぶっ潰す……!)

 

 

 

 

 

 

 晩成の狂戦士に、火がついた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「まったく、天下の大エースにお迎えなしとは何事や?!ゆっくりトイレできてもうたやんけ」

 

 対局室の外でお迎えが来ていたセーラと別れ、ぽつーんと一人取り残された洋榎は、ブチギレてトイレに直行した。

 

 苦しい時は迎えが来て、勝った時は迎えに来ないのがいつもの流れなので分かっていたことではあるのだが、腹が立つ。

 しかしそう口では言いつつも、洋榎の表情は柔らかいもので。

 

 「あ~あ、ホンマにおもろかったなあ~……」

 

 両手を大きく天へと伸ばし、凝り固まった上半身をほぐす。

 息が詰まる対局は、本当に心地が良い。

 

 

 「シャバの空気は最高や」

 

 何も言わなければ、良い絵がたくさんとれる少女なのだが。

 

 

 

 そんな洋榎が、陽気に鼻歌を口ずさみながら、控室に向かう曲がり角を曲がったところで。

 

 突如、目を細めた。

 

 洋榎の視線の先から、一人の少女がこちらに向かって歩いてきている。

 

 

 あの制服は、もう見慣れた。

 

 

 

 

 「……晩成?」

 

 

 金髪の少女が、ゆっくり、一歩ずつこちらに向かっている。

 

 知れず、洋榎は自らの首筋に汗が流れたことを感じて驚いた。

 

 

 何故だ?この感じる威圧感は、何度も感じてきた強能力者のそれとはまた違う。

 

 それなのに、何故こんなにもプレッシャーを感じる?

 それに確かこの少女はまだ、1年生―――――。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「……フーーーッ……フーーーッ……」

 

 

 「……!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 横を通り過ぎた。

 

 まるでこちらなんか見えていないかのように。

 

 

 (……まるで血に飢えた獣やな)

 

 その後ろ姿に、洋榎は晩成の副将に対する考えを改めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「誰も迎えに来おへんのかいっ!!!」

 

 「おかえり洋榎~!!」

 

 「部長~!!流石ですよ~!!!」

 

 お約束のセリフを口にしながら、洋榎が控室の扉を蹴飛ばした。

 

 「部長、流石ですね。渋谷が北家引いた時はヒヤヒヤしましたが……」

 

 「あ~、せやな。もし和了られとったら、マジでゲームセットになりかねん。恐ろしいやっちゃで」

 

 帰ってくるなり、テーブルの上に置かれた皿から、チョコレートを一つ摘まみ取る。

 

 「晩成のが想像以上に強うて助かったわ」

 

 「確かに、恭子に似て良い仕掛けしてたよね」

 

 「……ウチかてあんなには鳴かんわ」

 

 姫松はここまで大方のプラン通りに進行している。

 多恵が先鋒で稼いだ点棒を、漫がなんとか中堅に繋ぎ、そして黄金リレー。

 

 4校の中で間違いなく今1番良い展開なのが、姫松だった。

 

 「さ~て、じゃあ、行ってくるのよ~!」

 

 「ゆっこ!!頑張ってね!!」

 

 「多恵ちゃん痛い、痛いのよ~!?」

 

 立ち上がって握りしめた由子の両手を、多恵が自分の両手でがっちりと握る。

 

 「ハンドパワー……!ほら!漫ちゃんも握って!」

 

 「え?あ、はい!ハンドパワー……!」

 

 「意味がわからないのよー!」

 

 漫と多恵に両手を強く握りしめられて、苦笑いの由子。

 

 しばらくしてからようやく2人の手から脱出し、由子は控室の扉に手をかけた。

 

 「由子」

 

 「?」

 

 2つ目のチョコレートを頬張る洋榎が、出ていく際の由子を呼び止める。

 

 「副将戦な、特に晩成に気をつけ」

 

 「初瀬ちゃん?」

 

 「せや。あいつ……ちょっとタイプは違うみたいやけど……あいつも間違いなくバケモンやろな」

 

 「どういうことですか?部長」

 

 副将戦の対策は、昨日のミーティングで行った。

 初瀬も十分に要注意人物だが、白糸台と千里山も曲者揃い。

 

 特別初瀬だけが要注意ということは無かったはずだ。

 

 

 「たまにおるねん。個人やとそーでもないんやけど……団体戦で、恐ろしい力発揮してくるヤツが」

 

 「……晩成の岡橋が、それだと?」

 

 「可能性の話や。元々、上級生だらけのこの大会で、あれだけの全ツッパできる時点で、まともな心臓ちゃうやろ。さっき会った時も、覚悟決まったツラしとった。間違いなく、あいつが一番厄介になる」

 

 「洋榎がそんなに言うなんて……ね」

 

 「初瀬……」

 

 同級生の漫は思うところがあるのか、顎に手を当てて初瀬のことを考えている。

 

 「うん、了解よー!張り切ってかわしてくるのよ~!」

 

 扉を開けて、由子が対局室へと向かっていく。

 

 その表情は、いつもと変わらない。

 安定感抜群の、頼れる副将。

 

 

 「部長がそこまで言うなら、しっかりウチらも前半戦観察して、由子に渡せる情報を集めましょう」

 

 「そうだね……」

 

 今までの麻雀のスタイルからしても、由子は初瀬に対して相性は悪くない。

 派手なことはしないが、大崩れは絶対にしない由子と、好不調の波が激しい初瀬。

 

 仮に今回が絶好調だとしても、由子ならば抑えられるはずだ。

 

 

 今までと、同じであれば。

 

 

 

 「由子、頑張って……!」

 

 多恵も思わず拳に力が入る。

 

 

 

 

 勝負の副将戦が、始まろうとしていた。

 

 

 

 



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番外編8 クラリンは同性婚を知らないらしい

本編とは一切関係ありません。


 

 

 

 

「多恵が同性婚ができることを知らない?」

 

 ある日の昼下がり。

 

 中学3年生になったいつもの4人衆は、授業終わりに麻雀部の教室へと集まっていた。

 多恵が委員会の集まりで遅れるらしいということは聞いていたので、多恵が来るまでの時間を何して潰すか、という話題になっていたちょうどその時。

 

 冒頭のセーラの言葉で、約一名の動きが止まった。

 

 

 「は、はあ?なにそれイミワカンナイ」

 

 「なんでカタコトやねん」

 

 麻雀卓の隣に置いてある椅子に腰かけたやえは、あたかも興味が無いですよ、と言わんばかりに窓の外を向いている。

 

 「ってゆーかそれどこ情報よ。今時プロ雀士は半分以上が同性婚してるし、じょ、常識なはずでしょそんなの」

 

 「ま、ウチらの感覚やったら、そーやろな」

 

 「……どういう意味?」

 

 「いや、なんも」

 

 麻雀卓とは少し離れた場所に置いてある、お気に入りのリクライニングチェアに腰掛けて、洋榎は今週の週刊少年誌を読んでいる。

 何かを知っているような洋榎の口ぶりには腹が立つが、今はそんなことよりも多恵の話の方が先だと思ったやえは、セーラに続きを促した。

 

 「で、なんでそういう結論になったのよ」

 

 「いや、な?アイツ元からそうやけど、俺ら以外にも人当たりええし、性格も麻雀絡まなきゃまともやん?」

 

 「麻雀絡んだら変人やからな」

 

 いやひどくない?という幻聴が聞こえた気がしなくもないが、事実なのでやえもスルー。

 

 「けどあいつみょーに男っぽいところあるからさ、男子からの人気はあんま無いんよな」

 

 「外で遊ぶような友達はぎょーさんおるけど、まあ確かに色恋沙汰になりそうな男は見たことないわ」

 

 「せやろ?俺と多恵で男どもに交ざって遊ぶことあるねんけどな、あんまそういう感じで見られてないと思うねん」

 

 セーラと多恵は休み時間等は外で遊んだりもする。

 体育の授業でも、セーラほどではないにせよ、多恵はそこそこ運動神経も良かった。

 

 本人も外で遊ぶことは好きだと言っていた気がする。

 

 「で?多恵が男から仲良い女子枠っていう可哀想な枠なのはどうでもいいから、それがどう最初の話につながるのよ」

 

 「いや考えてみ?やえ。人当たりもええ、頭もええ、運動神経もええ……麻雀でめちゃくちゃな成績出してることも、クラスのヤツらはみーんな知ってる」

 

 多恵含めここにいるメンバーは、学校ではもう既に有名人だ。

 全国大会の常連で、全国優勝も果たしているのだから、全校集会で表彰されたのも1度や2度ではない。

 

 そしてそのメンバーの中で、1番話しやすいのが多恵。

 男子からすればセーラも話しやすい部類に入るが、女子が話しかけやすいのは間違いなく多恵だろう。

 

 「最近は、多恵に麻雀教えてもらおうとする女子が増えてるって聞くしな」

 

 「は?」

 

 「いや、ウチらにキレられてもな……」

 

 突然真顔になったやえに、セーラが苦笑する。

 一呼吸置いて、ここからが本題、と言わんばかりにセーラが少しだけ身体を乗り出した。

 

 「んでな、どーせ多恵のことやから3、4回は女子から告白されてんねやろなーって思ってたんよ。俺らあんまそーゆー話せーへんやん?」

 

 「……え?そ、そうなの……?」

 

 「そらそーやろ!あんだけ優しく話しかけてもらったら、ちょろい女は多恵みたいなんにすぐ惚れるんやからな!」

 

 「……嘘……もう付き合ってたりとか……そんな……どこのどいつよ……」

 

 やえの表情から血の気が失せていることも知らず、セーラは笑い飛ばす。

 表情が青ざめていたやえだったが、しかし何かに気付いたように、ハッ、と顔を上げた。

 

 「ちょっと待ちなさいよ。それが最初の話につながるってことは……!」

 

 「せや……この前な、ついに多恵から相談されたんや。『結構真剣な感じで、女子から告白されるんだけど……』ってな」

 

 「セーラに相談するっちゅうことは、セーラも似たような経験があるかも、って思ったのかもしれへんな」

 

 「まあ俺も一応告白されたことはあるからな、普通に答えたんよ、『まあ、普通に自分が好きか嫌いかで決めればええんちゃう?』って」

 

 「セーラも初心なクセにな(ボソッ)」

 

 「セーラあんたなんてテキトーな……」

 

 「洋榎は黙れ。……したらな、多恵が、『え?女の子が女の子に告白するのって普通なの……?』って言ってきたんや」

 

 「……!」

 

 その時やえに、電流走る。

 

 

 「は~ん、つまり多恵は、『女の子は女の子に普通は告白しない』って思ってたってことか」

 

 「せや。んでなんか話聞いてたらな?『こ、恋は人それぞれだけど……流石にほら、同性は結婚できないよね……?』って言ってきたんや」

 

 「セーラ……その不愉快な物まねを今すぐやめなさい……」

 

 現代において、同性婚は普通だ。

 日本の全人口の約半数が同性婚と言われている世の中にあって、性別はさほど重要ではない。

 

 ひと昔前までは、『結婚は異性とするもの』という考えがあったらしいが、それもだいぶ前に廃れている。

 現に芸能人やそれこそプロ雀士等も同性婚の報道が毎日芸能ニュースに取り上げられているのだ。

 

 「ま、おもろいしほっとこうや。『普通はしない』と思ってる女子からの告白を真剣に悩む多恵……最高の絵面やないか」

 

 「洋榎……流石に俺でも引くくらいの最低さやな……」

 

 ケタケタと笑いながら、洋榎は手に持っていた少年誌を机に裏返しで置く。

 洋榎の性格の悪さは今に始まったことではないので置いておくとして、問題は、やえがわなわなと小さく震えていることだ。

 

 「まずい……非常にまずい……道理で多恵はあんなに無防備だったのね……」

 

 「あ~、やえ?どうかしたんか?」

 

 「い、いやなんでもないわよ」

 

 ブツブツと独り言を始めたやえを、訝し気に見るセーラ。

 一方洋榎は笑いがこらえきれないのか、もう一度少年誌を手に取って顔を覆い隠していた。

 

 そんなタイミングだった。

 麻雀部の扉が、開く音。

 

 

 「ごめーん!遅れた!……ってあれ?めくりも東天紅もしてないの?」

 

 「お~優しい優しい俺らは多恵のこと待っとったで」

 

 「全然待ってくれなくてもよかったのに!でもありがと!じゃあ始めよっか!」

 

 少し息を切らせながら教室に入ってきた多恵。

 すぐに鞄を下ろすと、腕まくりをして麻雀卓の隣の席へと移った。

 

 何事も無かったかのように4人が卓の近くに集まって、席に座る。

 

 そしていつも通りサイコロが回って麻雀が始まる……かと思いきや。

 

 

 「あ~……多恵?」

 

 「?どしたの、やえ」

 

 「……女同士でも、恋は成立するのよ?」

 

 

 「「ブッフォwwwwwww」」

 

 

 洋榎とセーラが、盛大に噴き出した。

 

 「え、え~と……どういう状況?」

 

 「あ、いや!じょ、常識の話よ!」

 

 「ダメや……お腹痛い……w」

 

 「ヒィ……無理……w」

 

 阿鼻叫喚と化した麻雀部教室。

 

 状況が一時飲み込めなかった多恵だが、一つ、思い当たることがあったのか、あ~……と声を漏らした。

 

 「……セーラ。皆に言ったでしょ……」

 

 「いやいやいや!ちゃうねん!悪気があったわけやないんや。話の流れで、な?」

 

 「まったく……」

 

 少し頬を紅潮させながらも、真剣な表情で多恵を見つめているやえと、それを見て笑いが止まらない左右の2人。

 このままでは麻雀どころではないか……と思った多恵は、観念したように背もたれに体重を預けた。

 

 「同じクラスの女の子にね、告白されたんだよ。それももう3回目。最初は気の迷いか、罰ゲームかな?と思って軽く流してたんだけど、どうやら本気みたいで……いやまさか女の子から告白されることになるとは思わなくてさ」

 

 「ふ、ふ~ん……それで、多恵はどうするつもりなの?」

 

 「どうって……う~ん、あの子のためにも、お断りした方が良いのかなあって。男の子を好きになった方が、幸せになれるだろうし……」

 

 その言葉に、やえがピクリと反応を示す。

 

 やはり多恵の中の認識は変わっていない。「女の子同士で恋愛はおかしい」まさにそう思っている口ぶりだ。

 このままではまずい。やえの中の何かがそう言っている。

 

 「で、でも、女同士の結婚は、割と普通よ?」

 

 「え、そーなの?」

 

 思わぬ言葉がやえから出てきたことで、多恵の表情が変わる。

 疑惑の視線を受けた左右の2人も、この言葉には一応賛同した。

 

 「俺も前そう言ったやんか」

 

 「ほら、有名どころの○○プロとかも、女性アナウンサーと結婚したとかこの前言ってたで」

 

 「え!そうなの?!てっきりセーラが嘘ついてるのかと……」

 

 2人の援護射撃を受けて、やえが机の下でガッツポーズする。

 よし、悪くない。このまま多恵の意識を改革していこう。「女の子同士の恋愛は普通である」と。

 そうすることで未来の自分はきっと助かるはず。

 

 スマートフォンを取り出して、多恵が調べ物をしている。

 まだ信じられなかったようで、芸能ニュースを調べているらしい。

 

 「うわ、ほんとだ……え、なんで?この違い意味ある?ま、まあ麻雀人口が違うんだし、そういうこともある……のか?」

 

 よほどショックだったのか、多恵は画面をスクロールしながら首を傾げっぱなしだ。

 

 「まあだからあれやな。性別はあんま気にせず、その子をちゃんと見てあげた方がええんやない?」

 

 「恋愛弱者がなんか言っとるで……(ボソッ」

 

 「洋榎は黙れ」

 

 セーラと洋榎のやりとりも気にせず、多恵は無言で何かを考えている。

 

 (よしっ!あと一押しね……!)

 

 やえは勝ちを確信した。

 ここをもう一押しさえできれば、あとは簡単。

 

 これから多恵との時間を長く築いていく間に、きっと自分のことも意識してくれるようになるだろう。

 考えるだけで、素晴らしい状態じゃないか。

 

 思わずニヤけそうになるのを抑えて、やえが多恵の肩に手を置いた。

 

 最後の一押しだ……!

 

 「だから……その……女でもね、同じ性別の女の子にこう……惹かれることもあるのよ。将来は、ほら、その、け、結婚も?ほ、法律上よ?法律上はできるわけだし……」

 

 「そっか……そうだったんだね」

 

 「そ、そうなのよ。だから、性別は関係ないのよ」

 

 (決まった……!!)

 

 その瞬間、やえは確信した。

 例えるならば、そう、国士無双白待ちを5巡目で聴牌したかのような高揚感。

 場にはまだ1枚も出ておらず、誰かから出てくるのはもう時間の問題。

 

 『倉橋多恵』という真っ白な存在は、今まさに将来的に自分のものになることが確定したかのような……!

 

 

 

 

 

 

 

 「じゃあ、今から、真剣にその子に返事してくるね」

 

 

 

 「……え?」

 

 

 

 

 

 『リーチ』、と隣から幻聴が聞こえたきがした。

 

 

 

 

 「うん、そうだよね。ありがとうやえ。私がまちがってたよ。真剣に、その子の話を聞いて、それで答えを出さないとだよね」

 

 「ち、ちが」

 

 「ごめんね!皆もう少し待ってて!すぐ話してくるから!」

 

 

 何かを決意したように、多恵が席を立つ。

 やえが声をかけるよりも早く、多恵は教室の出口に向かっていた。

 

 「ち、違うのよ多恵!私が言いたかったのはそういうことじゃ」

 

 「ありがとう皆!やっぱ持つべきものは友だね!」

 

 悲しいかな、やえの言葉は届かない。

 教室の扉が、ピシャリと音を立てて閉まった。

 

 一瞬で天国から地獄へと叩き落とされたやえ。

 先ほどまでの高揚感はどこへやら、やえを襲うのは得体の知れない女に多恵を取られるかもしれないという焦燥感のみ。

 

 扉が閉まってから間を空けずに、やえも跳ねるように席を立つ。

 後方へ放り出された椅子が、大きな音を立てて転がった。

 

 

 その時のやえの表情を後の晩成メンバーが見たら、きっと震えあがっていたに違いない。

 

 それほど拳を握りしめたやえの表情は憤怒に染まっていた。

 

 

 「ふっざ……ふざけんな!どこの泥棒猫よ!許さないんだからあ!!!!!!」

 

 腹を抱えて笑い転げる左右の2人を踏みつけて、やえが教室の外に駆け出していく。

 どうやら多恵の後を追うよう。

 

 ものすごい形相で、やえが出ていった後も、笑いが止まらないセーラと洋榎。

 ここまで面白い展開になるとは思っていなかったのか、洋榎も我を忘れてしばらく笑いまくっていた。

 

 

 

 翌日、学校内で追いかけっこをする2人が噂になっていたのは、また別の話。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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閑話 姫松応援スレ (決勝中堅前半戦)

1:名無しの雀士@実況板もあるよ ID:TXj189OK9

 

今年こそ全国制覇を目指す姫松高校の応援スレです。

 

 

 

 ・他チームであっても誹謗中傷は控えましょう

 

 ・関係ない雑談はほどほどにしましょう

 

 ・打牌批判もなるべくやめましょう

 

 ・前スレ→(http://*****************/329183)

 

 

 

 

 

2:名無しの雀士@実況板もあるよ ID:TXj189OK9

 

 次鋒戦終了時点点棒状況

 

 姫松   111100

 晩成   103600

 白糸台  94600

 千里山  90700

 

 中堅戦出場選手

 

 姫松高校   愛宕洋榎 (3年)

 晩成高校    新子憧 (1年)

 白糸台高校  渋谷尭深 (2年)

 千里山女子 江口セーラ (3年)

 

 

 

 

4:名無しの雀士@実況板もあるよ ID:OVts8oUxM

>>1 スレ立て乙

 

5:名無しの雀士@実況板もあるよ ID:MRRzYAjbp

中堅戦何時からだっけ

 

14:名無しの雀士@実況板もあるよ ID:u5NuXFrSO

ついに我らが愛宕ネキの出番ってワケよ!

 

 

20:名無しの雀士@実況板もあるよ ID:+bRqFUAjp

愛宕ネキが出るってだけで確定演出まである。何点プラスしてくれるかの戦い

 

25:名無しの雀士@実況板もあるよ ID:vdh/XGq/o

>>20 そんな楽じゃねえかも。同じ四天王の江口セーラおるし

 

27:名無しの雀士@実況板もあるよ ID:CPLrjd5qL

>>25 奴は四天王の中でも最弱……。

 

33:名無しの雀士@実況板もあるよ ID:yUyLZLpqR

>>27 お前それ本気で言ってる?準決勝の江口セーラ+40000点近く叩き出してますけど

 

38:名無しの雀士@実況板もあるよ ID:By3WoFzy1

正直江口セーラをどこまで抑えられるかみたいな戦いになるかもな

 

44:名無しの雀士@実況板もあるよ ID:5OfeDD5QZ

晩成のコも結構良い鳴きしてたよな

 

54:名無しの雀士@実況板もあるよ ID:x6dgPlMPb

晩成のコ可愛い

 

63:名無しの雀士@実況板もあるよ ID:d00eiJFFy

>>54 ビッチはNG

 

71:名無しの雀士@実況板もあるよ ID:eVQDMDyt2

>>63 とんでもないド偏見で草

 

80:名無しの雀士@実況板もあるよ ID:phC5aX58r

どう考えても一番可愛いの愛宕ネキだろいい加減にしろ

 

82:名無しの雀士@実況板もあるよ ID:D/gmZ3+EX

あ、うんそーだね(目逸らし

 

89:名無しの雀士@実況板もあるよ ID:OwautjQ/y

やっぱTwitter見てても姫松千里山がワンツー予想がほとんどやな

 

93:名無しの雀士@実況板もあるよ ID:fGfN1g8t6

まあ、去年も個人戦出てる面子だしねえ……。

 

94:名無しの雀士@実況板もあるよ ID:BAZRnS6hx

白糸台の中堅って全ての局の1打目に打った牌がオーラスの配牌になるらしいよ

 

102:名無しの雀士@実況板もあるよ ID:n8n9xBxVv

>>94 日本語でおk?

 

111:名無しの雀士@実況板もあるよ ID:XMIe+wJKx

>>102 事実なんだよなあ……。

 

113:名無しの雀士@実況板もあるよ ID:s81pwA/H/

まあゆーてオーラス以外は大して脅威じゃなさそうだし、気にしなくていいんじゃね

 

122:名無しの雀士@実況板もあるよ ID:D6KBdIPTW

咏ちゃん節炸裂してんな。アナウンサーの人引いちゃってんじゃんw

 

128:名無しの雀士@実況板もあるよ ID:2MFC3+n17

選手全員集まった?なんか揉めてる?

 

129:名無しの雀士@実況板もあるよ ID:e3V7T/XzU

愛宕ネキと江口セーラが軽口叩きあってるのを引いた目で見てる2人の構図にしか見えないが

 

131:名無しの雀士@実況板もあるよ ID:18CRyeQgy

>>129 さては天才か?

 

133:名無しの雀士@実況板もあるよ ID:XSpScnO1Y

はじまた

 

142:名無しの雀士@実況板もあるよ ID:WqMGTZ6WC

さー頼むぞ愛宕ネキ~~~~!!!

 

144:名無しの雀士@実況板もあるよ ID:PuyilQ66S

どんな麻雀見せてくれるか楽しみでしゃーない

 

149:名無しの雀士@実況板もあるよ ID:w0AJADIK7

トンパツは……江口セーラが良さそう?

 

150:名無しの雀士@実況板もあるよ ID:IhZOnWdMW

ま~でもこれ打点無いから染めに行くんじゃね?

 

153:名無しの雀士@実況板もあるよ ID:rI4U8biuc

うわ。白暗刻った

 

160:名無しの雀士@実況板もあるよ ID:cDS8cH0So

なんでこんな高打点になっていくんこの人

 

170:名無しの雀士@実況板もあるよ ID:RY1FZQIUP

え、メンホンイーシャンテンやん

 

178:名無しの雀士@実況板もあるよ ID:fQBeqVFXj

晩成のコ仕掛けたか。これ間に合うか?

 

187:名無しの雀士@実況板もあるよ ID:XOxyC/qju

えっぐ

 

189:名無しの雀士@実況板もあるよ ID:5CeUDJw9H

いや聴牌早すぎんだろ

 

197:名無しの雀士@実況板もあるよ ID:80YsTBKrm

愛宕さん?その6p全然通ってませんけど……

 

207:名無しの雀士@実況板もあるよ ID:dWxqpzj4i

晩成に鳴かせたのかwwwwなんでわかんだよwww

 

213:名無しの雀士@実況板もあるよ ID:HKpzwwJfZ

うわ

 

223:名無しの雀士@実況板もあるよ ID:zfwY3bb9O

いきなり跳満ツモか、いてえ

 

224:名無しの雀士@実況板もあるよ ID:HoWL8lCLp

準決勝の時も思ったけど勝負手入りすぎだろ江口セーラ

 

232:名無しの雀士@実況板もあるよ ID:zgBKQEdv9

>>224 勝負手になるように手組してるともいえる

 

241:名無しの雀士@実況板もあるよ ID:rzfGVOGDG

え、この局もはえーじゃん

 

248:名無しの雀士@実況板もあるよ ID:J1HWJ00rr

有効牌しか引かないやんこいつズルスンギ

 

255:名無しの雀士@実況板もあるよ ID:hjINX2MKh

これ4000オール?

 

258:名無しの雀士@実況板もあるよ ID:307Z8wTXk

ツモられたら捲られね?

 

262:名無しの雀士@実況板もあるよ ID:0r0SkuO0y

うわ2局で捲られたわ

 

267:名無しの雀士@実況板もあるよ ID:B9JpqM/9Y

【悲報】トップ陥落

 

275:名無しの雀士@実況板もあるよ ID:iTLusWpU3

まあまあ。最後まで打てば愛宕ネキは必ずプラスで終えてくれるさ

 

282:名無しの雀士@実況板もあるよ ID:m3s2Dhn1f

>>275 愛宕ネキプラスでも千里山にアホほど稼がれたら意味ないのでは

 

288:名無しの雀士@実況板もあるよ ID:AhzrrFRou

どうにかしてくれえ~~

 

296:名無しの雀士@実況板もあるよ ID:cm17HmPzz

安定の4シャンテンですありがとうございます

 

297:名無しの雀士@実況板もあるよ ID:zrUoMl5Gf

いや笑えねーよ!!頼むぜほんと……

 

303:名無しの雀士@実況板もあるよ ID:o6OWx4sM2

この局は白糸台が良いから白糸台に和了ってもらおうぜ

 

305:名無しの雀士@実況板もあるよ ID:A0mLllL5d

手なりでも聴牌できるだろこんなん

 

314:名無しの雀士@実況板もあるよ ID:Ppzw+wBkv

え、晩成これ鳴くの?

 

320:名無しの雀士@実況板もあるよ ID:2QJJ31CJ9

これは流石にうまぶりすぎwwww別に鳴かなくてもいいだろwww

 

321:名無しの雀士@実況板もあるよ ID:890NVupzh

初打7sは結構面白いなあっておもったけどこれはやりすぎ感あるね

 

328:名無しの雀士@実況板もあるよ ID:dz+KJdMMh

あ、白糸台てんぱった。流石にリーチか。

 

329:名無しの雀士@実況板もあるよ ID:Cct4gb5XI

江口セーラも追い付いたらリーチするんじゃねえかこれ

 

334:名無しの雀士@実況板もあるよ ID:WREgH584P

うわやべー2件だ

 

344:名無しの雀士@実況板もあるよ ID:gN4bAFLKB

愛宕ネキはもう手崩してるから、白糸台が千里山から和了ってくれるのが一番良いか。

 

348:名無しの雀士@実況板もあるよ ID:PMexTAzDC

え、鳴くの?

 

354:名無しの雀士@実況板もあるよ ID:NSu918k3w

これもしかして愛宕ネキ鳴かせにいったか?

 

359:名無しの雀士@実況板もあるよ ID:WNnfooWmr

十分あり得るね。ここは江口セーラ以外が和了ってくれるなら十分だし

 

361:名無しの雀士@実況板もあるよ ID:Ihslc473g

あの手牌から一気通貫で和了りに行くってマジ?

 

366:名無しの雀士@実況板もあるよ ID:pTWnWhoiP

え、これ赤使えたら満貫じゃん

 

373:名無しの雀士@実況板もあるよ ID:CTy3BKcIz

テンパった。めくり合い。

 

379:名無しの雀士@実況板もあるよ ID:EKDS2y/aH

うわ~!晩成勝ったよ、すげえな

 

388:名無しの雀士@実況板もあるよ ID:n7ncWEGC9

あの手牌を一気通貫で和了れんのは、もしかしたらこの子だけかもしれんね

 

392:名無しの雀士@実況板もあるよ ID:+F8cUiqql

1年生とは思えんな

 

 

 

 

 

 

 

453:名無しの雀士@実況板もあるよ ID:jBAPqWLSw

愛宕ネキ配牌悪くなる呪いでもかけられてんのか????

 

454:名無しの雀士@実況板もあるよ ID:wSw2/Vzq7

唯一まともだったのが3シャンテンって勝てるか!!!

 

455:名無しの雀士@実況板もあるよ ID:NLxbXupL5

つーかヤバくね?点差無いけど今3着目でしょ?

 

461:名無しの雀士@実況板もあるよ ID:V5gEqjhwz

なんか白糸台が普通に和了りだしたからラス落ちまである

 

468:名無しの雀士@実況板もあるよ ID:6vO4PCW+x

え、これツモられたらラス落ちやん

 

469:名無しの雀士@実況板もあるよ ID:I7ew8H1T6

マジかよ

 

472:名無しの雀士@実況板もあるよ ID:77fX8x+tk

普通にツモるねえ~。

誰だよ白糸台オーラス以外地蔵だっつったの

 

480:名無しの雀士@実況板もあるよ ID:AsktJ1x5P

親番は連荘させたくねーな

 

481:名無しの雀士@実況板もあるよ ID:XrQPxNU/a

はい、愛宕ネキ5シャンテン。終わり。

 

489:名無しの雀士@実況板もあるよ ID:Cydu/umy3

おかしいだろおがよお!!!

 

490:名無しの雀士@実況板もあるよ ID:finIa1dMR

え、なにこの4s

 

492:名無しの雀士@実況板もあるよ ID:doHtpZX15

wwwww鳴かせたのか?wwww

 

495:名無しの雀士@実況板もあるよ ID:NV3KPHhdi

晩成鳴いてなかったらドラ引いてるやん。まあこれは結果論だろうけど

 

501:名無しの雀士@実況板もあるよ ID:lpo56Tu0t

>>495 リャンカン鳴かねーやついねーだろ。ドラの方入ってたのは、結果論

 

509:名無しの雀士@実況板もあるよ ID:9d4D9fP9o

2pwwwwwww

 

513:名無しの雀士@実況板もあるよ ID:QqTip+LHX

え?もしかして愛宕ネキだけガラス牌で麻雀してる??

俺たちに見えない何か見えちゃってる?

 

520:名無しの雀士@実況板もあるよ ID:mibLAwPzk

>>513 ガラス牌ではやってないけど、俺たちに見えない何かは見えてるだろうよ

 

527:名無しの雀士@実況板もあるよ ID:V1hjB5FB7

2000点で済んだ……。

 

529:名無しの雀士@実況板もあるよ ID:exmtMnJ+n

愛宕ネキ「ほら鳴けよ。これと、これ欲しいんだろ」

愛宕ネキ「はい、聴牌ね、じゃはよ和了れ」

 

 

534:名無しの雀士@実況板もあるよ ID:+NBLI5+E4

>>529 怖すぎて草

 

535:名無しの雀士@実況板もあるよ ID:3X0ggKN6U

通しでもしてんのかってレベルで草

 

538:名無しの雀士@実況板もあるよ ID:R7JkTkrYU

実際思考とか聞きたいよな。プロの対局とかならインタビュー一人ずつあるけど、学生大会だと打牌の意図とかほぼ聞かないしな。気持ち的な話しかせん。

 

545:名無しの雀士@実況板もあるよ ID:21X2SvzY9

>>538 逆にプロの思考とかクソどうでもいいことばっかなのになww

 

547:名無しの雀士@実況板もあるよ ID:AwfbkfgL3

まーた江口セーラだよ

 

553:名無しの雀士@実況板もあるよ ID:De6lC/jW4

これ大丈夫?追い付ける?

 

559:名無しの雀士@実況板もあるよ ID:ZPtXyACfD

ってか愛宕ネキまだ焼き鳥?

 

563:名無しの雀士@実況板もあるよ ID:YEgUsuusy

愛宕ネキはいつも焼き鳥を美味しそうに食べる側の人間なのに……。

 

571:名無しの雀士@実況板もあるよ ID:2BAHeaCem

南場の親番どうにかするしかねえなこれ

 

578:名無しの雀士@実況板もあるよ ID:xcEDA1Xb9

どうにかするっつったって配牌がついてこれなきゃ意味ないのよな

 

582:名無しの雀士@実況板もあるよ ID:dtxrthHjB

頼むぞ~~~~

 

585:名無しの雀士@実況板もあるよ ID:wSBJkolX1

ゴミ配牌wwwwwww

 

586:名無しの雀士@実況板もあるよ ID:zkyZwKbKk

やってられんわ。無理無理。

 

590:名無しの雀士@実況板もあるよ ID:P2LCbbN4Z

姫松を絶対に優勝させたくないという大いなる意志を感じる。

 

593:名無しの雀士@実況板もあるよ ID:zthIJbtY4

手牌が重すぎるだろ。これどうやって和了んの?

 

597:名無しの雀士@実況板もあるよ ID:2IQrmSuGW

聴牌くらいはいれたいけどな……

 

603:名無しの雀士@実況板もあるよ ID:CgxE7dDZj

晩成がはやいな

 

609:名無しの雀士@実況板もあるよ ID:xsfGbjXHE

え、もう聴牌じゃん。無理じゃん。

 

611:名無しの雀士@実況板もあるよ ID:09qXRM+l7

はい、親番終わり。

 

619:名無しの雀士@実況板もあるよ ID:Kica5/LIi

麻雀ってマジで配牌ゲーだよな。

 

627:名無しの雀士@実況板もあるよ ID:8vuzICJD7

オーラスってなんか白糸台がヤバイんじゃなかったっけ

 

635:名無しの雀士@実況板もあるよ ID:CDrXvjw+m

は?なにこの配牌

 

638:名無しの雀士@実況板もあるよ ID:/KuSXWYcd

もはやキモイwwww

 

645:名無しの雀士@実況板もあるよ ID:yj9XK72pN

大三元やん。こんなん和了られたらたまったもんじゃないんですけど

 

649:名無しの雀士@実況板もあるよ ID:8DSgV4E/m

晩成流しちくり~~

 

655:名無しの雀士@実況板もあるよ ID:oEGwS5rtV

待ておまいら、愛宕ネキもいいぞ

 

656:名無しの雀士@実況板もあるよ ID:k3MQOnsfA

おお!今日初の好配牌!!

 

659:名無しの雀士@実況板もあるよ ID:9NfZUocBm

>>656 好配牌ではねえだろwww

 

660:名無しの雀士@実況板もあるよ ID:psCI5T/oj

もう感覚おかしくなっちまったよ

 

663:名無しの雀士@実況板もあるよ ID:oADY/3LlY

発暗刻白中対子とかありえねーだろ、運ゲー乙。

 

669:名無しの雀士@実況板もあるよ ID:Tkxck1b9b

晩成よく鳴けるな。親に48000とか打ったらこのこ泣いちゃうんじゃない

 

675:名無しの雀士@実況板もあるよ ID:OJu8T9Cmi

愛宕ネキの手牌順調!!!勝負手きた!!!

 

678:名無しの雀士@実況板もあるよ ID:B4dxKqDCc

江口セーラもヤバイ

 

682:名無しの雀士@実況板もあるよ ID:divUQMipu

江口セーラマジかwwww

 

688:名無しの雀士@実況板もあるよ ID:T4dVlvqTs

清一色張ってんのマジで草。いつの間にそんななってんだよ

 

689:名無しの雀士@実況板もあるよ ID:mWL/TH/+q

これ打ってる人たちは白糸台がバケモンみたいな手入ってんの知ってるのかな

 

691:名無しの雀士@実況板もあるよ ID:rPwwUoKx7

>>689知ってると思われ。今どき結構対戦校の研究とかするらしいし

 

696:名無しの雀士@実況板もあるよ ID:EeCVemP2N

だとしたらこのリーチヤバすぎて草。ダマでええやろ

 

699:名無しの雀士@実況板もあるよ ID:CzCxZ816E

え、待って愛宕ネキこれ四暗刻じゃね?

 

707:名無しの雀士@実況板もあるよ ID:47D1hzmBI

面前ホンイツ四暗刻ある?!

 

714:名無しの雀士@実況板もあるよ ID:hMReMPEfg

いや、愛宕ネキだから多分リーチはしないだろ。ここはとってダマだな

 

722:名無しの雀士@実況板もあるよ ID:KGTPCZptR

え?

 

730:名無しの雀士@実況板もあるよ ID:XWxHTUJPd

なんで四暗刻にしないん?

 

735:名無しの雀士@実況板もあるよ ID:RUen+XL3q

全くわからん。3sが良く見えたんかな

 

741:名無しの雀士@実況板もあるよ ID:6SHy/Zx64

え、嘘これ大三元狙ったら3s出る

 

747:名無しの雀士@実況板もあるよ ID:h85VYZ85v

うわ

 

749:名無しの雀士@実況板もあるよ ID:W9IbC+SRn

っくうううううううううううううううううううううううううううううううううううううううう!!!!!

 

755:名無しの雀士@実況板もあるよ ID:llzfmXIBw

びしょびしょ

 

757:名無しの雀士@実況板もあるよ ID:7LkabRrz7

きもちええ……

 

762:名無しの雀士@実況板もあるよ ID:V+ynv4yHM

えぐすぎだろwwwwwwなんで3s余るってわかってんだよwwwwww

 

764:名無しの雀士@実況板もあるよ ID:RpNvFQYth

愛宕ネキ優勝!!!あかん姫松優勝してまう!!!

 

766:名無しの雀士@実況板もあるよ ID:KvufVZQsQ

優勝やあああああああああああああああ!!!!

 

768:名無しの雀士@実況板もあるよ ID:qC1JOPHm1

倍満wwwwwwwwwwwwwww

 

776:名無しの雀士@実況板もあるよ ID:dcdEQpQbA

これ白糸台たまったもんじゃないだろうなwwww

 

778:名無しの雀士@実況板もあるよ ID:BwAGFA0Df

トップ取り返した!!!!!

 

782:名無しの雀士@実況板もあるよ ID:iIQM/I7Ys

これだから愛宕ネキはたまんねえよ……(恍惚

 

788:名無しの雀士@実況板もあるよ ID:ueu3sHQso

>>755 漏らすなwwwww

 

793:名無しの雀士@実況板もあるよ ID:621L1q446

こんなん惚れるわ。結婚してくれ愛宕ネキ

 

801:名無しの雀士@実況板もあるよ ID:Nj92771ou

>>793 お前じゃ無理

 

808:名無しの雀士@実況板もあるよ ID:ALSKsmLay

>>801 辛辣過ぎて草

 

809:名無しの雀士@実況板もあるよ ID:VEe+lzfO0

ガチでゴミ配牌だらけだったけど最後決めてくれたな!!!

 

816:名無しの雀士@実況板もあるよ ID:bBdMqv7o1

後半戦も楽しみや!!!!

 

 



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閑話 姫松応援スレ (決勝中堅後半戦)


表紙設定なるものの存在を初めて知りました。
つけてみたので、皆Twitterとかに読了報告してみてね。
エゴサ大好きマン作者がすぐにふぁぼりに行きます(死語)




1:名無しの雀士@実況板もあるよ ID:SIHH75yjG

今年こそ全国制覇を目指す姫松高校の応援スレです。

 

 

 

 

 

 

 

 ・他チームであっても誹謗中傷は控えましょう

 

 

 

 ・関係ない雑談はほどほどにしましょう

 

 

 

 ・打牌批判もなるべくやめましょう

 

 

 

 ・前スレ→(http://*****************/329183)

 

 

 

 

 

2:名無しの雀士@実況板もあるよ ID:04wliv8Mr

 

 次鋒戦終了時点点棒状況

 

 

 

 姫松   111100

 

 晩成   103600

 

 白糸台  94600

 

 千里山  90700

 

 

 

 中堅戦出場選手

 

 

 

 姫松高校   愛宕洋榎 (3年)

 

 晩成高校    新子憧 (1年)

 

 白糸台高校  渋谷尭深 (2年)

 

 千里山女子 江口セーラ (3年)

 

 

 

10:名無しの雀士@実況板もあるよ ID:MwuMdsz8G

>>1 乙

 

19:名無しの雀士@実況板もあるよ ID:zM/LNXTeX

びしょびしょ

 

27:名無しの雀士@実況板もあるよ ID:qQNoChBa+

>>19 まだ濡れてるやつおって草

 

28:名無しの雀士@実況板もあるよ ID:6NHyngzYn

ゆーても愛宕ネキ前半戦マイナスなのよな

 

30:名無しの雀士@実況板もあるよ ID:5xBJmwEfx

放銃してねーのにツモ削られが多すぎたわ

 

33:名無しの雀士@実況板もあるよ ID:KQz2kZIU7

まあ、オーラス以外ほぼゴミ配牌だったし、なんなら愛宕ネキ以外だったらオーラスの手牌和了れてたかもわからんし。

 

34:名無しの雀士@実況板もあるよ ID:yD+M8bbC5

後半戦そろそろじゃね

 

44:名無しの雀士@実況板もあるよ ID:rzKK1VIIj

頼むぞネキ~~~

 

45:名無しの雀士@実況板もあるよ ID:8NAhZdQ43

まずはまともな配牌をもらうことから頑張ろう

 

46:名無しの雀士@実況板もあるよ ID:rBmx+Frnk

はじまた

 

56:名無しの雀士@実況板もあるよ ID:IE0CSFNkl

お……これは配牌かなり良いぞ

 

58:名無しの雀士@実況板もあるよ ID:EHe+5WvLf

愛宕ネキの配牌に2面子ある!奇跡か。

 

61:名無しの雀士@実況板もあるよ ID:pnnYc+NaT

ゆーて周りも速そうやけどな

 

71:名無しの雀士@実況板もあるよ ID:YtRHBgK/+

晩成やばwww

 

75:名無しの雀士@実況板もあるよ ID:9i99KtUGl

晩成これ鳴くのってどうなの?咏ちゃんは擁護してるけど流石になくねーか?

 

85:名無しの雀士@実況板もあるよ ID:LJ6K81J7/

>>75 7pラストだしいんじゃね?俺も鳴かないけど。

 

90:名無しの雀士@実況板もあるよ ID:GXx1ND8/f

いっつーイーシャンテンやん!

 

96:名無しの雀士@実況板もあるよ ID:a6eNq7a/i

リーチくるよね~~~

 

104:名無しの雀士@実況板もあるよ ID:IE4y2oJsh

でかい!369s待ち!!

 

109:名無しの雀士@実況板もあるよ ID:sdvbd2K7F

9s3山じゃん

 

119:名無しの雀士@実況板もあるよ ID:80BNZtv7X

っしゃああああ~!!

 

129:名無しの雀士@実況板もあるよ ID:MKsgkRsY2

決勝でまともな和了り初じゃねwww

前半戦のオーラスはまともじゃなかったしww

 

137:名無しの雀士@実況板もあるよ ID:ozNfVJ9+v

幸先良いぞネキ

 

145:名無しの雀士@実況板もあるよ ID:yF90tJAVZ

これは前半戦とは違って好配牌の波がくる予感

 

151:名無しの雀士@実況板もあるよ ID:yeh4wyq25

はいゴミ

 

160:名無しの雀士@実況板もあるよ ID:CmotTuU/y

>>145 お前のせいだ。2度と書き込むな

 

163:名無しの雀士@実況板もあるよ ID:4LK3MTrUd

>>160 厳しすぎる

 

169:名無しの雀士@実況板もあるよ ID:FG30TpF7P

愛宕ネキwwwwwwww顔wwwwwwww

 

176:名無しの雀士@実況板もあるよ ID:ie2mgHWxd

たまにポーカーフェイスじゃないのマジで草

 

180:名無しの雀士@実況板もあるよ ID:FGclkY959

誰が見てもゴミ配牌やなこいつって思うやろwww

 

181:名無しの雀士@実況板もあるよ ID:UlWRzQfOR

まあでも皆今理牌中やし、表情見てるやつなんておらんと思うけどね

 

185:名無しの雀士@実況板もあるよ ID:mNelGLB6L

愛宕ネキ国士狙い?

 

193:名無しの雀士@実況板もあるよ ID:V3vsHoxoQ

>>185 あんまり和了る気なさそ

 

202:名無しの雀士@実況板もあるよ ID:MMAAWgNjr

>>185 愛宕ネキはほとんど国士狙わないゾ

 

210:名無しの雀士@実況板もあるよ ID:e3Dl5Vr4V

配牌オリか

 

212:名無しの雀士@実況板もあるよ ID:HfZOYtnMS

配牌オリとか死語だと思ってたわ。マジでする人おるんやな。

 

216:名無しの雀士@実況板もあるよ ID:fey3IRk4H

>>212 ネト麻だと割とポピュラーよ

 

219:名無しの雀士@実況板もあるよ ID:edEJZw0M4

確かに普通の手で和了れる気しないし、七対子ねらってもなーって感じだもんな

 

223:名無しの雀士@実況板もあるよ ID:PtgZO5/zr

ただでさえ振り込まないネキが配牌オリなんかしたら放銃率マイナスいっちまうよ

 

230:名無しの雀士@実況板もあるよ ID:YvrInKnsq

本人はおもんねーとか思ってそうだけどなww

 

234:名無しの雀士@実況板もあるよ ID:/19PyJc74

ところで江口セーラ手牌染まってるけど

 

237:名無しの雀士@実況板もあるよ ID:pzyYzptpG

江口セーラの捨て牌だけ集めてみたい。極端な捨て牌マジで多そう。

 

239:名無しの雀士@実況板もあるよ ID:Uqb6wF5Fs

打点狙い一貫してるからなあ~。

 

244:名無しの雀士@実況板もあるよ ID:DFvG+twcj

流石にチーテンか

 

253:名無しの雀士@実況板もあるよ ID:TaE5xtJPx

リャンカンは急所だからな

 

254:名無しの雀士@実況板もあるよ ID:3BJ6YoIVY

ま、もうこの局はお休みしてもろて

 

264:名無しの雀士@実況板もあるよ ID:CCDw33TMt

あぶね。晩成に和了ってもらってよかったまであるな

 

272:名無しの雀士@実況板もあるよ ID:FbQk7DB1C

さ~次々。次はまともな配牌求む

 

273:名無しの雀士@実況板もあるよ ID:UMWifjBW8

はいゴミ

 

280:名無しの雀士@実況板もあるよ ID:XkvkEkj3u

>>273 さっきよりはマシだろ

 

282:名無しの雀士@実況板もあるよ ID:gWc8fSPA9

これも和了れる気しないなあ~

 

283:名無しの雀士@実況板もあるよ ID:GSUtdKQ0k

白糸台が良いな

 

293:名無しの雀士@実況板もあるよ ID:veHV5NJ3w

あ~これ鳴いたらすぐ聴牌の奴やん

 

297:名無しの雀士@実況板もあるよ ID:eQCxLYSHo

ま、いんじゃね?白糸台ラスやし

 

307:名無しの雀士@実況板もあるよ ID:i8r6hUz1N

>>297 よくねーだろ。白糸台の大将バケモンらしいぞ

 

315:名無しの雀士@実況板もあるよ ID:gAPtrZhR8

あ~ツモられたか。ま、切り替えて親番いきましょ

 

318:名無しの雀士@実況板もあるよ ID:WG1edw/3K

お!いい感じじゃない?三色とか見えそう

 

322:名無しの雀士@実況板もあるよ ID:wG7pTX1zb

まとも配牌キタコレ ドラ両面なのいいね

 

323:名無しの雀士@実況板もあるよ ID:91jGyaFm2

メンピンドラ1とかになってくれればええな~

 

324:名無しの雀士@実況板もあるよ ID:muqn+sYUy

愛宕ネキあんま平和のみは曲げないし、ドラ1あるだけで楽よね

 

329:名無しの雀士@実況板もあるよ ID:20tZcJ9PS

お。三色っぽくね?

 

337:名無しの雀士@実況板もあるよ ID:/wq0hd+KS

三色ドラ1聴牌。愛宕ネキはダマりそうだな

 

339:名無しの雀士@実況板もあるよ ID:L+pzhfHJG

晩成から出そう

 

342:名無しの雀士@実況板もあるよ ID:P058GR99q

でけえ~!2着目からの直撃でかすぎ

 

345:名無しの雀士@実況板もあるよ ID:c3L/zErU+

煽ってるwwwwwww

 

348:名無しの雀士@実況板もあるよ ID:YvGNAQWQP

煽りスキルSSS

 

355:名無しの雀士@実況板もあるよ ID:SAkL2rSFY

ルーキーに容赦ない煽り。そうだぞ晩成の1年。これがインターハイだ(無慈悲)

 

360:名無しの雀士@実況板もあるよ ID:G4UiR9BhY

晩成にクソいい手入ってる

 

364:名無しの雀士@実況板もあるよ ID:TAIRDzlxF

煽ったから天罰が下った……?

 

370:名無しの雀士@実況板もあるよ ID:zhK331/t5

平和赤赤ドラとかでダマテン飛んできそうな手牌だなこれ

 

374:名無しの雀士@実況板もあるよ ID:k8V5oh1eH

これも鳴くんやな

 

375:名無しの雀士@実況板もあるよ ID:SPFynvYn8

>>374 これは鳴くだろ。タンヤオ行くなら最高の牌だぞ6m

 

376:名無しの雀士@実況板もあるよ ID:uq51NhEwa

>>375 いや、残ってる方も3面張で、なんなら9pで和了れないからスルーもなくはない

 

382:名無しの雀士@実況板もあるよ ID:bRQuZOeci

しっかりとツモられていくう!

 

387:名無しの雀士@実況板もあるよ ID:kc6Ri2qIc

煽ってすんませんした

 

394:名無しの雀士@実況板もあるよ ID:V47isK3gJ

白糸台染め手か

 

404:名無しの雀士@実況板もあるよ ID:ViBYTzIKc

愛宕ネキの下家で染め手やるとかいい度胸してるぜ

 

405:名無しの雀士@実況板もあるよ ID:6TXx7lX0F

絞りたくないけどここは絞るしかないやろな。手牌もあんま良くないし

 

408:名無しの雀士@実況板もあるよ ID:sHKujAIFe

うわ、自力でペン3s引いたよ。これド急所だろ

 

418:名無しの雀士@実況板もあるよ ID:5RK12MGT0

ズルばっかだよ

 

423:名無しの雀士@実況板もあるよ ID:s7sJ7rvEE

今のは江口のリーチに一発で赤押したのが良かったからしゃーなし

 

424:名無しの雀士@実況板もあるよ ID:OEVuXI9Xx

江口セーラにリーチ一発目で赤でロンとか言われたらとりあえず点箱から2万点用意するわwww

 

433:名無しの雀士@実況板もあるよ ID:cdlKtFQNe

>>424 足りない可能性が微レ存

 

438:名無しの雀士@実況板もあるよ ID:gCdFCbrEK

さ、江口セーラの親番落とそう。落ちれば流石に勝てるやろ

 

448:名無しの雀士@実況板もあるよ ID:8a132kReV

江口セーラ手牌悪いぞ!!

 

458:名無しの雀士@実況板もあるよ ID:jAVJ+W8x7

愛宕ネキも良くはないけど……晩成が速いかな?

 

463:名無しの雀士@実況板もあるよ ID:uaxXxbRRI

いけ!晩成のギャル!ヤンキー倒せ!

 

465:名無しの雀士@実況板もあるよ ID:Deke6gx7I

>>463 ギャルとヤンキーで草

 

471:名無しの雀士@実況板もあるよ ID:Wl2s5DAN+

流石にこれは晩成の方が速そう。江口セーラ絞れないしな

 

474:名無しの雀士@実況板もあるよ ID:Aliqg4X9h

お~!やっぱりか

 

483:名無しの雀士@実況板もあるよ ID:hSWUwUeZN

晩成の加点もあんま嬉しくないけどな。晩成この後2人強いよね

 

485:名無しの雀士@実況板もあるよ ID:tPzrUcAck

>>483 ノンストップバーサーカーとヤクザね

 

492:名無しの雀士@実況板もあるよ ID:cOZrJrNIE

>>485 いや草。お前消されるぞwww

 

499:名無しの雀士@実況板もあるよ ID:94J8fiQ5y

その後彼を見た者はいない……

 

503:名無しの雀士@実況板もあるよ ID:eYcC7ZYxk

はいゴミ

 

509:名無しの雀士@実況板もあるよ ID:RiMvmL3j5

お前らゴミ配牌への反応速すぎて草

 

514:名無しの雀士@実況板もあるよ ID:+iK464FeR

またこれ晩成が良いな。打点もありそう

 

518:名無しの雀士@実況板もあるよ ID:a4/2Q3/uI

江口セーラも大して良くないし、これは晩成が和了りそうやな~

 

519:名無しの雀士@実況板もあるよ ID:V/iALcGNF

えっぐいとこ引くなあ

 

527:名無しの雀士@実況板もあるよ ID:vFb5TeucR

これ鳴くまでもなく聴牌入りそう

 

528:名無しの雀士@実況板もあるよ ID:H+gmYioO5

まあ、ダマだとしても愛宕ネキがこの手牌から打つことはないだろうよ

 

536:名無しの雀士@実況板もあるよ ID:i0m7TP+r3

え、ってか江口セーラなんかジュンチャンになってんだけどw

 

539:名無しの雀士@実況板もあるよ ID:ncWZFNwsk

赤切ったしwww草wwww

 

545:名無しの雀士@実況板もあるよ ID:nv4BYgskL

これ最終形2m待ちとかになったら鬼だなwww愛宕ネキでも手牌によっては打ちかねん

 

554:名無しの雀士@実況板もあるよ ID:mb8e/aJ40

え、これガチでジュンチャンイーシャンテンやん。この捨て牌でジュンチャンとか誰が読めんの?

 

558:名無しの雀士@実況板もあるよ ID:c5SQ/Lv9G

あ、先に晩成が張った。36p

 

567:名無しの雀士@実況板もあるよ ID:3DZiEz4yH

え、これ36p全然ねえじゃん。晩成ピンチでは?

 

576:名無しの雀士@実況板もあるよ ID:D1vALGlwA

うわ張ったよジュンチャン三色一盃口。リーチじゃん。

 

577:名無しの雀士@実況板もあるよ ID:GEgOPYFD1

あ。晩成掴んだ

 

580:名無しの雀士@実況板もあるよ ID:Va6CtMfX+

パツ掴みこれ可哀想絶対止められるわけねーだろこれってか止めちゃダメなレベル

 

589:名無しの雀士@実況板もあるよ ID:zGm2peF0S

いやよくこれ考えてんな。俺ならノータイムツモ切りだわ

 

595:名無しの雀士@実況板もあるよ ID:wWq1Qc5xT

いやでも止まんないだろ

 

598:名無しの雀士@実況板もあるよ ID:OZlkz8dpT

裏のったら三倍満だぞこれ

 

602:名無しの雀士@実況板もあるよ ID:bciqSjzos

うっわえっぐ……

 

605:名無しの雀士@実況板もあるよ ID:6Q6LxRqcu

ぐにゃあ

 

608:名無しの雀士@実況板もあるよ ID:lgR7L8vpT

ギャルが殺されてしまった……

 

615:名無しの雀士@実況板もあるよ ID:3doUiFHmD

いやこれ悪くないだろ。止まる人類愛宕洋榎だけ説ある

 

624:名無しの雀士@実況板もあるよ ID:GQVzw/J+4

>>615 手牌が良すぎたね。悪ければワンチャン止まるかも

 

627:名無しの雀士@実況板もあるよ ID:PmvVMslTF

>>624 なんとでも、言えるよーんwww

 

630:名無しの雀士@実況板もあるよ ID:SBdnvtZn7

これ晩成きっついだろうな~立ち直れるか?

 

635:名無しの雀士@実況板もあるよ ID:4WVAFR6bB

目死んでね?大丈夫か?

 

639:名無しの雀士@実況板もあるよ ID:Ke4hyf7ib

なんか興奮してきたな

 

642:名無しの雀士@実況板もあるよ ID:lFqOL/xkR

>>639 はい逮捕

 

651:名無しの雀士@実況板もあるよ ID:qI+eFflJx

ツモられなかっただけ良いとしましょや。俺たちだってよその心配できるほど勝ってねえ

 

653:名無しの雀士@実況板もあるよ ID:eHTVV9on1

親番きたできたで~!!

 

658:名無しの雀士@実況板もあるよ ID:T7iuAavxv

配牌悪くないやん!ここで連荘しよ!!

 

667:名無しの雀士@実況板もあるよ ID:J78MDdLVl

え、晩成大丈夫かそれ鳴いて

 

672:名無しの雀士@実況板もあるよ ID:zuDQH9Pm0

晩成バランスおかしくなってないか?これは鳴かない方がいいんじゃ

 

678:名無しの雀士@実況板もあるよ ID:C7r1sEe7y

そらあんなん食らったら気ぃ狂うわ

 

681:名無しの雀士@実況板もあるよ ID:OZmaaROaG

いよっしゃ!テンパった!!

 

690:名無しの雀士@実況板もあるよ ID:kLVPRlG1t

え、ネキリーチせず?

 

693:名無しの雀士@実況板もあるよ ID:zk/LI7vu5

この平和ドラ1をリーチせずとは何事ね?

 

695:名無しの雀士@実況板もあるよ ID:wBd964cYC

対面の江口セーラがやべえ手してるのわかったんかな

 

696:名無しの雀士@実況板もあるよ ID:J9Ee+ECSM

いやそれにしてもこれは立直有利っぽく見えちゃうけどなあ~

 

700:名無しの雀士@実況板もあるよ ID:6AKWdQJil

うわ。リーチくるやんこれ

 

701:名無しの雀士@実況板もあるよ ID:PmhMaFVh6

これ跳満確定やん、アホか。

 

703:名無しの雀士@実況板もあるよ ID:Z7lGAmg0p

でも待ちはネキの方がある!

 

711:名無しの雀士@実況板もあるよ ID:qeb0i4X5l

よ~しよし赤ツモ!!でけえ~!

 

719:名無しの雀士@実況板もあるよ ID:pTESqJMDj

リーチしておけば……って思っちゃうけど違うのかなあ

 

726:名無しの雀士@実況板もあるよ ID:fX5BSfAHX

愛宕ネキなにしとんwwwww

 

733:名無しの雀士@実況板もあるよ ID:p8jRkhr39

ついに物理的に干渉しやがったwwwww

 

741:名無しの雀士@実況板もあるよ ID:gzi0X/Jwm

愛宕ネキって麻雀打ってる時いっつも楽しそうで好き

 

746:名無しの雀士@実況板もあるよ ID:lMDXlDy+Y

心の底から楽しんでんだろうな。

 

748:名無しの雀士@実況板もあるよ ID:9eyM9zYX2

真瀬ちゃんもそんな感じするよね

 

750:名無しの雀士@実況板もあるよ ID:X5cbSbiLS

それを引いた目で見る白糸台のこの構図よwww

 

755:名無しの雀士@実況板もあるよ ID:9ufgsL/3X

なにはともあれ連荘連荘

 

764:名無しの雀士@実況板もあるよ ID:n9u2AZtSf

お、おう?

 

766:名無しの雀士@実況板もあるよ ID:wLigvrCSk

え、もう終わったんだがwwww

 

768:名無しの雀士@実況板もあるよ ID:FeXgXNomE

末ちゃまみたいな仕掛けだったな

 

770:名無しの雀士@実況板もあるよ ID:pceXIphRy

音速で親が流されてしまった……

 

778:名無しの雀士@実況板もあるよ ID:hlFq/+7/O

オーラスかあ~~まあ、このまま終わっても別に良いって感じか

 

785:名無しの雀士@実況板もあるよ ID:1/qn/LUXe

え、いや白糸台ヤバすぎ

 

786:名無しの雀士@実況板もあるよ ID:Uz5vkP0CI

は?ナニコレ

 

787:名無しの雀士@実況板もあるよ ID:AFRI/nRAj

やっぱコイツ人間じゃねえ

 

788:名無しの雀士@実況板もあるよ ID:GoFkheWIf

1鳴きで小三ホンイツ赤で跳満。対戦ありがとうございました

 

795:名無しの雀士@実況板もあるよ ID:cwn2Otzy+

一打目に打った牌戻ってくるってガチだったんだ。なにそのエグイ能力

 

797:名無しの雀士@実況板もあるよ ID:/LUMc661H

なんかプロにも似たようなのいたよな

 

799:名無しの雀士@実況板もあるよ ID:OIuaT07IQ

>>797 あの人はもっと上位互換やけどな

 

800:名無しの雀士@実況板もあるよ ID:vHSV0zo5a

こんなん和了られたらやってらんねえよ

 

809:名無しの雀士@実況板もあるよ ID:ykDGSAvnY

え?は?中????

 

812:名無しの雀士@実況板もあるよ ID:l0iOKKCqY

……もしかして麻雀のルール変わった?河で作る的な?

 

817:名無しの雀士@実況板もあるよ ID:KcnCUULO1

ガチで意味わからんのだが。え、和了りたくないの?

 

820:名無しの雀士@実況板もあるよ ID:XHUKh6rL8

俺たち常人には理解できねえよこんなの……。

 

824:名無しの雀士@実況板もあるよ ID:5ERLtya1F

アナウンサー困惑しとるやんwww

 

827:名無しの雀士@実況板もあるよ ID:PvugQGaqh

咏ちゃんだけがなんか真実に気付いてるっぽくて草なんか意味あんのかこの中切り

 

831:名無しの雀士@実況板もあるよ ID:jHJl4Ov9i

え、なに決勝が終わるって怖すぎんだけどどういうことやねん。咏ちゃんkwsk

 

836:名無しの雀士@実況板もあるよ ID:YnKVwz7jx

とにかくここで和了らせたらガチでヤバイってことだけはわかったわ

 

838:名無しの雀士@実況板もあるよ ID:iOPOHNjgq

戦えそうなのは……やっぱ晩成?

 

842:名無しの雀士@実況板もあるよ ID:/mk489/eD

いや、ゆーて晩成もキツいだろこの配牌。江口セーラの方が速いんじゃね

 

844:名無しの雀士@実況板もあるよ ID:Wfleer0MP

【朗報】愛宕ネキ配牌ドラ4

 

851:名無しの雀士@実況板もあるよ ID:GPxPtqXY+

いや今じゃねーーーーーwwwwwwwww

 

858:名無しの雀士@実況板もあるよ ID:fkeesOc9Z

重いわ!!!和了れる気しねえよこのドラ4

 

859:名無しの雀士@実況板もあるよ ID:7VTuc62q4

なにこのイマジャナイ感

 

866:名無しの雀士@実況板もあるよ ID:qzk+X1bEf

いくらドラあったって白糸台のあの形みたら先制できる気はしません

 

871:名無しの雀士@実況板もあるよ ID:GWsL3/eK0

すげー晩成仕掛けんのか。きっとわかってんだろ?白糸台にバカみたいな手入ってんの。それで突っ込めるのマジすげえわ

 

876:名無しの雀士@実況板もあるよ ID:yW2HoXZHO

俺なら安牌無限に連打しちゃうわ

 

884:名無しの雀士@実況板もあるよ ID:4j3B+HcgU

うわテンパった!!白糸台ヤバイ

 

889:名無しの雀士@実況板もあるよ ID:Z+qGJZjS2

江口セーラも聴牌。え、これ江口セーラに和了ってもらった方がイイ的な?

 

895:名無しの雀士@実況板もあるよ ID:uwYhBHc5Y

>>889いやだるいっしょ。千里山トップ突き抜けられちゃうよ

 

899:名無しの雀士@実況板もあるよ ID:laFfbhf/v

どーすんだよ愛宕ネキ!!!

 

902:名無しの雀士@実況板もあるよ ID:n4o+RzvrU

愛宕ネキ、珍しく長考

 

911:名無しの雀士@実況板もあるよ ID:6Lq/DS9xK

え、なにこの静寂。アナウンサーさんなんかしゃべってクレメンス

 

920:名無しの雀士@実況板もあるよ ID:zD67HYDmn

なんか寒気したわ

 

924:名無しの雀士@実況板もあるよ ID:n4TYSrtLq

え、これ安牌は、あるよね?何に迷ってるのこれ

 

927:名無しの雀士@実況板もあるよ ID:76VCnRStn

白糸台鳴かせようとしてたらヤバくない?当たっちゃうけど……

 

935:名無しの雀士@実況板もあるよ ID:NP1bIPTC2

え、8p?

 

938:名無しの雀士@実況板もあるよ ID:+6nBd3mUi

え。え?

 

943:名無しの雀士@実況板もあるよ ID:/2n1qQ/EP

え、こわe

 

950:名無しの雀士@実況板もあるよ ID:wP9ILZ1ks

いやいやいやいやいやいやこわいこわいこわいこわい

 

952:名無しの雀士@実況板もあるよ ID:5X9Vn67Pm

びしょびしょ

 

956:名無しの雀士@実況板もあるよ ID:2l7KPr3o+

いやこれこえええよwwwwwなに?なにが見えてんの愛宕ネキ。愛宕ネキやっぱ透視持ってるでしょ流石に

 

958:名無しの雀士@実況板もあるよ ID:OHuwkH07t

怖すぎワロタwwwwww

 

964:名無しの雀士@実況板もあるよ ID:0ubFb6eRJ

な、なんだかわからんがとにかくヨシ!!!(混乱)

 

970:名無しの雀士@実況板もあるよ ID:jpjvtpG5g

え……晩成に8pの対子読み切って、鳴かせて、最終形まで当てて、自分の手牌にドラがあるから打点は低いと読み切って、差し込んだってこと?いや人間業じゃねえだろ

 

973:名無しの雀士@実況板もあるよ ID:ZQW9ygn4I

誰か~~~!!!誰か解説してくれ!!!クラリン!!クラリン解説してくれ!!配信で!!!!!

 

980:名無しの雀士@実況板もあるよ ID:pY2062rLO

いや俺家族で見てて、皆大興奮なんだけどさ、麻雀一応ちゃんとわかってる俺だけ恐怖しちゃってんのよ。

え。なに?これ。マジでわからんけど、とにかく、愛宕ネキガチでやべえってことだけはわかったわ。

 

987:名無しの雀士@実況板もあるよ ID:yUAp4osRB

と、とにかく勝ったからヨシ!!!次スレ頼む!!!姫松優勝やあああああああああ!!!

 

992:名無しの雀士@実況板もあるよ ID:n4AuL8IgG

Vやねん姫松!!!

 

994:名無しの雀士@実況板もあるよ ID:lhGHKkSj8

>>992 ヤメロ

 

 



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第153局 更新

 

 

 日も傾き始め、先ほどまではピークに達していた暑さも、今は多少おさまった。

 

 が、ここインターハイ会場の熱気は、冷めることはない。

 インターハイ団体戦は中堅戦を終え、ついに副将戦。

 

 テレビの画面には副将戦に出場する選手の紹介映像が流れ、現地でもモニターに同じ映像が流れている。

 

 インターハイの中でも最も注目される団体戦。

 その決勝戦は凄まじい視聴率を誇る。

 

 そして今年は特に、最高の世代とも呼ばれる『宮永世代』が3年生ということもあって、時間を問わず視聴率は高い数値を維持していた。

 

 

 

 副将戦開始時 点数状況 

 

 1位  姫松  123100

 2位 千里山  101700

 3位  晩成   93600

 4位 白糸台   81600

 

 

 『さあ、勝負は副将戦に移ります!中堅戦ではやはり、プロからも注目を集める姫松のエース愛宕洋榎選手と、千里山の江口セーラ選手が点棒を増やし、このような点数状況になりました!』

 

 『いやーおもしろかったねえ~!毎回区間ごとにこんなにおもろい試合してくれるのは解説もしがいがあるよねえ~』

 

 『愛宕選手は休憩時間でもお伝えした通り、この大会で無放銃記録が期待されていたのですが、最後におそらく差し込みという形ではあるものの……放銃となってしまいましたね』

 

 『いやーあのコがそんな記録に頓着してるわけねーだろ!頭の片隅にもそんなこと入ってなかったんじゃねえの?』

 

 『え、そういうものですか?プロのリーグとかだと少しタイトルみたいなのも意識すると聞きましたが……』

 

 『まあそーゆー人もいるだろーけどさ。まあ……間違いなくあのオーラス、あのコの目にはチームの勝利しか見えてなかった。自分の記録なんて、知りもしなかったんじゃねえのかなあ。……ま、知らんけど!』

 

 

 実況解説の2人が話しているこの時間、観客や視聴者は、それぞれが中堅戦に想いを馳せ、そしてこれから行われる副将戦がどのような展開になるかを予想し合う。

 

 朝早くから対局を見に来ている観客達はかなりの時間麻雀を見ていることになるのだが、それでも彼彼女らは疲れたような様子は一切見せない。

 

 1年に1度きりの祭典。そこにかかる熱量は選手たちも観客も同様だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 千里山女子控室。

 

 セーラの奮闘により、1位と2万点差ほどにつけた2位に順位を上げた千里山女子。

 とうの本人は全く納得いっていない様子だったが、チームメイトからしたら値千金の大活躍だった。

 

 これでセーラはこの団体戦は全戦プラス。それもこの決勝以外は全てが2万点以上のプラスを積み上げて帰ってきている。

 

 頼もしすぎるチームの大黒柱。

 

 そしてその中堅戦からのバトンを受け取る選手が、副将戦が始まるギリギリの時間までノートパソコンにかじりついている。

 そこに表示されているのは、対戦相手の特徴、注意点、弱点。何度も何度も見たものではあるものの、それでも全てが頭に入っているとは言い切れない。

 麻雀という競技は、常に偶然がつきまとう。が、その中にも必ず必然はある。

 

 彼女は自分が引き出せる必然のために、努力することは怠らなかった。

 

 『まもなく、副将戦開始です。出場選手は、対局室に集まってください』

 

 「……ここまでか」

 

 小さく呟いて、彼女はノートパソコンを閉じた。

 軽く深呼吸をした後、お気に入りの眼鏡の位置を正す。

 

 「……ほな、行ってきます」

 

 「船Q頑張ってな~!」

 

 「おー、気張りや!」

 

 今の今まで声をかけられなかったことが、チームメイトからの信頼の証拠。

 

 浩子が基本的にチームメイトの助けになるデータを集めていることを知っており、そのために自分の対戦相手の分析にかける時間が減っていることもわかっている。

 だからせめて、この直前は思う存分自分の時間に当てて欲しいという思いを浩子は感じたのだ。

 

 付け焼刃と侮ることなかれ。

 この直前に入れた情報が、役立つ時可能性は、0でない。

 

 0でないのなら、そこに時間を割く価値がある。

 

 「浩子」

 

 「?」

 

 今まさに控室を出ようとした浩子に声をかけたのはセーラ。

 彼女はづかづかと浩子の隣まで歩いてくると、勢いよく浩子に肩を組んだ。

 

 衝撃で、線の細い浩子が簡単によろめく。

 

 「なんですか……」

 

 「見せつけてこいや。こっから2時間ちょいか?この2時間ちょいだけは、ジブンが主役や」

 

 「……」

 

 ニコッと笑うセーラ。

 勢いよく背中を叩かれて、浩子は控室をつんのめるように後にする。

 

 控室からの声援を感じながら、浩子は扉を閉めた。

 

 

 (主役……ですか)

 

 正直、あまり実感はわかない。

 今までの人生、1度だって主役だったことがあっただろうか。

 

 周りにはたくさん、主役になりうる人達がいた。

 何の因果か、親戚にアホみたいに強い人がいたのだから、それも仕方のないこと。

 

 いつも比べられるのが辛いと思うほどに、突出した存在。

 更に質が悪いのは、それが『才能』の一言で片づけられないことを知ってしまっているところ。

 あれがただの『才能』だと言いきれればどれだけ楽だったかわからない。

 

 

 そしてその親戚と、いつからか一緒に暮らすようになった1人の人間。

 浩子にとってその人物との出会いは衝撃的とも言えるものだった。

 

 親の影響もあり、プロと呼ばれる人達と散々打ってきた浩子が、明確にこの人は別種だと思わせる人物。

 

 プロと打っても全く上達した気分にならなかった浩子が、初めて自分が上手くなっていることを自覚させてくれた相手。

 

 

 そしていつしか浩子は思うようになった。

 『目の前のこの存在こそ、私が目指せる“強者”なんじゃないか?』と。

 

 いつも笑顔で麻雀を打っていたあの彼女は、先鋒戦でとんでもないものを見せてくれた。あれが、主役と呼ばれる人間の麻雀だとするならば、浩子は納得できる。

 

 

 (ま、私は主役っちゅうより)

 

 もう一度、お気に入りの眼鏡の位置を歩きながら正した。

 

 少しだけうつむいているその表情は、周りからは良く見えない。

 

 その表情は、とても主役と呼ばれるようなそれではなく。

 

 (悪役(ヒール)の方が好きやけどな)

 

 

 妖しく歪んでいた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 東家 姫松   真瀬由子

 南家 白糸台  亦野誠子

 西家 晩成   岡橋初瀬

 北家 千里山 船久保浩子

 

 

 『お待たせしました!インターハイ団体戦決勝副将戦、開始です!』

 

 

 けたたましく鳴るブザーと共に、対局室の照明が落ちた。

 団体戦決勝の副将戦が、始まる。

 

 

 東1局 親 由子

 

 配牌 ドラ{西}

 {①②②④267赤五七八九東南白}

 

 

 (う~ん、洋榎ちゃん風に言うなら、とってもビミョーなのよ~)

 

 トンパツ親番は由子。

 自分の役割を十二分に理解している由子だからこそ、この配牌は判断に困る。

 由子としては、このままの点差で大将戦に行く、でも構わない。

 

 守備をし続けて点差をキープできるほど甘い相手だとは思っていない。

 かといって、無謀な攻撃をすれば、それもまた相手に反撃のチャンスを許してしまうことになる。

 常人ならば、思わず守備的に打ちすぎて点棒を減らしてしまうものだが……。

 

 

 その絶妙なバランス感覚を有しているのが、常勝軍団の副将を務める、真瀬由子という打ち手である。

 

 (ツモと相談なのよ~!)

 

 由子が選んだのは{南}。

 麻雀のセオリー。自分の下家が一番鳴かれたくないため、その風牌を処理する。

 

 とても地味だが、大切な作業。

 

 

 「ポン」

 

 しかしこれに反応したのが、白糸台の誠子。

 

 副将戦の場は、即座に緊張感で満たされる。

 

 

 『対局開始です……といったすぐさまから動きましたね!副露率実に60%を超える白糸台の亦野選手が仕掛け!役牌の南をポン発進です!』

 

 『副露率60%超えってマジかよ!普通高くても40%くらいのもんだろ?やべー副露率してんなあ~』

 

 白糸台の副将、亦野誠子の特徴は、鳴き仕掛けにある。

 晩成の憧、姫松の恭子。鳴きを得意とする打ち手は数あれど、そのどれとも違うスタイルを貫くのが、亦野誠子だ。

 

 (3副露すれば、5巡以内に必ず和了れる……わけわからん能力のように見えて、あなどれん能力やな……)

 

 (いきなり鳴かれちゃったのよ~!)

 

 同卓者ももちろん、誠子の能力については理解している。

 上家に座ってしまった由子としては、ここから先も鳴かれないことを意識しなくてはいけなくなった。

 

 (せっかくの親番やけど~……ちょっと厳しそうやね~)

 

 もう一度自分の手牌を見る由子。

 ここで誠子に3副露を許して和了られるのと、自分が和了れる可能性を少しでも高くすることのどちらを優先すべきなのかを考える。

 

 どちらにせよ、積極策は取れなさそうだな、と由子は考えていた。

 

 

 9巡目 浩子 手牌

{③④赤⑤⑦23488四五六七} ツモ{6}

 

 (メンタンピン赤のくっつき一向聴。場況というよりも、後々危険になりそうなこの牌は切っておきたいとこやな)

 

 浩子の対面に座る誠子は由子が切る牌が厳しいということもあり、まだ1副露だ。

 あまり危ない牌を残しては危険か。そう判断した浩子は今ツモってきた{6}を切りだす。

 

 

 「ロン」

 

 浩子の表情が、僅かに歪む。

 和了を意味する言葉が発せられたのは――対面だ。

 

 

 誠子 手牌

 {⑦⑧⑨45678西西} {横南南南} ロン{6}

 

 

 「3900」

 

 

 

 『副将戦最初の和了は白糸台亦野誠子!!軽やかに3900点を和了りきりました!』

 

 『へえ~……なんかこの子はやたら手牌を短くしないと和了れないのかと思ってたケド……』

 

 『確かに、亦野選手はこれまで3副露からの和了が多かったですね。1副露での和了は今大会初めてでしょうか!』

 

 『なるほどねえ……これで相手3人は釘を刺されたってわけだ。“1副露でも油断するなよ”ってな』

 

 

 

 

 浩子が点棒を渡し、手牌を倒して一つ息をつく。

 

 

 (データにない事、そらやってくるわな。まあええ。そのくらいなら、想定内や)

 

 素知らぬ顔でサイコロを回す誠子。

 白糸台かて、無策ではない。

 

 それはこれまでの戦いで十二分に分かっていたつもりだったが、まだ甘かったようだ。

 

 (情報はつねに更新を要求されるってわけや……面白い)

 

 副将戦はまだ始まったばかりだ。

 

 

 

 



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第154局 飢えた獣

 

 東2局 親 誠子 ドラ{③}

 

 トンパツの和了りをモノにした誠子だが、その顔に安堵や喜びといった感情は無い。

 ここまで誠子のチームである白糸台は厳しい戦いを強いられている。

 こんな展開は少なくとも誠子の今までの記憶にはなかった。

 

 絶対的エース宮永照が敗れ、その後の頼もしいメンバーたちも、崩れはしていないものの、現状を打開するには至っていない。

 大将に控えているのが『アイツ』だとしても、このままの点差では厳しいか。

 それが誠子の見解だった。

 

 (最初に脅しはできた……これで多少は動きにくくなるはず)

 

 開局早々、まだこの大会で1度も見せたことのなかった1副露での和了りを見せた誠子。

 今主導権はこちらにある。

 

 この親番は、最初の勝負所だった。

 

 

 誠子 配牌

 {②④⑥⑨347三四六九東東南}

 

 面子こそないものの、ダブ東が対子。これだけで手牌の価値は相当上がる。

 東の他に対子は無いが、それでも誠子は1枚目から鳴くつもりだ。

 

 雀頭くらい、後からいくらでもできる。

 そんなことよりも、このダブ東が万が一王牌に1枚あった時の方が痛い。

 

 誠子が{南}を切り出した直後、意外なことに、すぐに{東}は河に出てきた。

 これは僥倖とばかりに、迷うことなく誠子が発声。

 

 

 「ポン」

 

 誠子の{東}ポンで、また少し卓内に緊張感が走る。

 誠子でなくとも、ダブ東ポンは警戒に値するものだ。それが『白糸台のフィッシャー』こと亦野誠子に鳴かれたとあれば他家に与えるプレッシャーはかなりのものだろう。

 

 (しかしポンができないのが少し痛いか)

 

 前述の通り、誠子の手には対子が無くなった。

 つまり、ここから鳴けるとしたらチーのみ。

 しかしチーの特徴として、自らの上家からしか鳴けないというものがある。

 

 そして今、誠子の上家に座るのは。

 

 (真瀬由子……姫松の仕事人……か。この人が安易に鳴かせてくれるとは考えにくい)

 

 常勝軍団姫松の中でレギュラーに定着し、公式戦でのマイナスが未だに無い選手。

 その打ち筋も安定感抜群で、姫松のメンバーの中で言えば、守りの化身こと愛宕洋榎の次に放銃が少ない。

 あの宮永照を打ち破った先鋒の倉橋多恵よりも放銃率が低いのだ。

 

 手牌によっては、完全に絞られることを意識した方が良い。

 

 4巡目 誠子 手牌

{②④⑥347三四六六} ツモ{白} {東東横東}

 

 誠子は全員の河を一望し、小考した後に{7}を切り出す。

 

 

 『白糸台の亦野選手、この{白}を残しましたよ?これは安牌候補ですか?』

 

 『いや、違うんじゃね?このコの牌譜見たけど、鳴いた後安牌持つことあんましなかったし、{白}は生牌だぜ?どっちかっつーと重ねたかったんだろ。知らんけど!』

 

 咏の解説は当たっている。

 誠子はこの{7}が横に伸びてターツ候補になることよりも、{白}が重なって副露できるようになることの方に重きを置いた。

 

 仮に{白}が重なったとしても、このメンツが相手では鳴かせてくれるかどうかはわからない。

 が、単純にこの状況下では、チーできるターツを増やすよりも、ポン材を増やす方が得であることは間違いないのだ。

 

 6巡目

 

 「ポン」

 

 誠子が放った釣り竿の先端から、{六}が引っ張り上げられる。

 飛び散った水しぶきが、他家の表情を曇らせた。

 

 浩子がその水しぶきを浴びて、ペロリと舌なめずりを一つ。

 

 (美味いわ……その手出し、その鳴き。全てが読みにつながるデータになる……もっと鳴けや。後半戦全て殺したるわ……)

 

 これで2副露。

 先ほどの和了も頭をよぎって、通常なら手が縮こまる所だ。

 

 しかし、これで縮こまってくれるほど、決勝のメンツは甘くない。

 

 由子 手牌

 {①②③④赤⑤⑦⑧⑨99二三白} ツモ{8}

 

 一向聴の由子が、誠子の河を眺めた。

 

 (釣り人さんは、まだ一向聴やね~3副露めは、あんまりさせたないんやけど~)

 

 速度を読み切っている。

 トンパツの和了が頭に無いわけではない。が、本質はそこではない。

 今相手の手牌を見て、聴牌かどうかを判断すること。由子はそこに長けている。

 今この瞬間ロンと言われる可能性がないことを理解している。

 

 満貫~跳満まである一向聴だ。由子は聴牌打牌まで{白}を引っ張ることを決めつつ、{8}を切り出した。

 

 7巡目 誠子 手牌

 {②②34三四白} ツモ{白} {六六横六} {東東横東}

 

 {白}が重なった。

 本来なら両面両面を残してこの{白}は切り出していく場面。 

 だが、誠子は迷わず索子のターツに手をかける。

 

 全体的に萬子のターツが安く、索子が高い。

 そしてこれならばポン聴も取れる。

 

 {白}がそう簡単に出てきてくれるとは思えないが、{②}のポンでもいいのだ。

 両面ターツに必要な部分を由子が切ってくれる可能性よりも、誠子はポンができる方にかけた。

 

 2副露でも和了れることはあるが、自分の力の特性上、3副露した方が絶対的に和了率は高い。

 少しでも3副露の可能性を上げておく。

 

 そして意外にも、3副露の瞬間は即座に訪れた。

 

 「ポン!」

 

 誠子の釣り竿が唸りを上げて河へと放たれる。

 引き上げられたのは{白}。

 これで5800の聴牌。

 

 そして3副露。

 ほぼ和了りが確約されたこの聴牌。上手く行ったことに思わず小さく笑みを浮かべる誠子だったが。

 

 

 瞬間背筋を駆け巡った寒気を感じて、誠子は慌てて副露面子を確認する。

 

 

 

 引き上げた釣り竿の先。

 {白}を釣り上げたはずのその先端部分に、

 その糸を引きちぎらんとする獰猛な牙が当てられている。

 

 そうか、鳴けた牌は全て……下家からだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「リーチィ……!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 もう投げたくもない釣り竿が、強烈な勢いで引っ張られる。

 

 河の底から何者かが、自らを引きずり降ろそうとしている。

 やむなく釣り竿の柄の部分を力いっぱい握った誠子の額には、冷や汗が流れていた。

 

 (コイツ……!)

 

 河の底から顔を出して獰猛に笑うのは……戦う場所を選ばない狂戦士。

 相手がどこにいようが……西部劇の最中だろうが、河の底だろうが、彼女にとっては関係ない。

 

 目の前に現れる全てが倒すべき敵。

 

 

 『リーチ!リーチに出ました晩成の岡橋選手!!亦野選手の3副露に対してリーチに打って出たのは彼女が初めてではないでしょうか?!』

 

 『あっはっはっは!いいねいいねえ!このルーキー大好きだよほんとに!おもしれえわ!』

 

 

 誠子が流れ出る汗を拭く。

 失念していた。鳴けたのは偶然でもなんでもなく、下家に座るならず者だけは絞るなんてことをしていなかったから。

 鳴いてくれれば自分のツモ増えるしラッキーなんていう考え方で、自分の手を作ることだけ考え続けた狂戦士の前に、一瞬にして自分は立ちたくもない勝負の場に引きずりだされたのだ。

 

 (舐めるな……!こっちが有利なのは変わらない!)

 

 3副露した誠子の前にリーチをしてくる打ち手がいなかったのは、勝ち目が低い勝負に出て、リーチ棒をわざわざ献上してやる意味が無いと思っているから。

 誠子は3副露した後5巡以内に和了ることができるが、5巡以内というのは、最低でも5巡以内なだけ。ほとんどの場合3巡以内にツモ和了れるし、1巡で和了ることもなんら珍しくない。

 3副露したら基本負けない。

 それが誠子なのだ。

 

 (その舐め切ったリーチ棒もらってやる……!)

 

 山に手を伸ばす。

 この1巡で決めてしまえばなんの問題もない。

 

 誠子 手牌

 {②②34} {白白横白} {六六横六} {東東横東} ツモ{⑦}

 

 (こんの……!)

 

 こういう時に限って、安牌でもなければ自らの和了り牌でもない。

 獰猛な狂戦士の刃が、首筋に当てられている。

 

 (この程度で日和ってたまるか……!)

 

 誠子の心の中に、相手が1年生だから、という理由があったかどうかはわからない。

 が、間違いなく晩成というほとんど決勝に来たことの無いぽっと出のチームに、負けてられないという思いはあっただろう。

 

 そこが、初瀬の付け入る隙になる。

 

 

 

 

 釣り竿が大きく歪み、誠子が対岸に叩きつけられた。

 

 

 

 

 

 「ロン」

 

 

 ずぶ濡れのまま歩いてきた狂戦士の戦斧が、誠子の身体を横薙ぎに切り裂く。

 

 

 

 初瀬 手牌

 {赤⑤⑥四赤五六八八234赤567} ロン{⑦}

 

 

 

 「12000!」

 

 

 『決まったああ!!晩成の岡橋選手、跳満の和了りです!!』

 

 『ヒュ~!これはリーチに出た晩成のコを褒めるしかないんじゃねえの?知らんけど!』

 

 

 初瀬が点棒を握りしめて、点箱へ入れた。

 点数表示が増えたのを確認して……全く表情を変えずにサイコロを回す。

 

 (この晩成の1年……和了ってもまだ足りないってか……江口先輩ともまた違う、狂気的な攻撃……やりにくいわ)

 

 (初瀬ちゃん、気合十分なのよ~。洋榎ちゃんの言う通りやね)

 

 初瀬の表情に、慢心はない。

 そしてまだ、まるで満足していない。

 

 点棒に飢えた狂戦士が、決勝の地に放たれた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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第155局 仲間と来た道

 東3局 親 初瀬

 

 

 初瀬の麻雀は、鋭さを増していた。

 

 「ポン」

 

 4巡目、浩子から出た{白}をポンで発進した初瀬。

 河に別段異常はないが、それでもこの1枚目の役牌を鳴いてきたことに、卓内に緊張感が走る。

 

 (晩成……鳴きの時も打点の振れ幅が大きいんよな……江口先輩くらい高打点狙ってくれた方が対策しやすいんやけど……)

 

 (初瀬ちゃん……絶好調、って感じなのよ~……)

 

 特徴的に吊り上がった目からは、覇気のようなものまで感じられる。

 まさに攻めの権化と化している今の初瀬だが、その目は状況を驚くほど冷静に見ている。

 

 勇敢と無謀の絶妙なラインを攻めてくる彼女の攻撃は、全員にとって脅威だった。

 

 

 6巡目 

 

 「チー」

 

 誠子から出てきた{①}を、初瀬が両面でチー。

 これで2副露。

 

 浩子 手牌 ドラ{6}

 {②④④⑥3467二三四七九} ツモ{東}

 

 (晩成の点数は読めんし……ここはオり気味やな)

 

 浩子が気に食わなさそうに、手牌から現物の{②}を切り出す。

 どうにも親の初瀬に主導権を握られて動きにくい。

 

 初瀬は打点のレンジも広い。

 安くて速い仕掛けももちろんあるし、高くて遠い仕掛けもしてくるタイプ。

 そこはオーソドックスな打ち手とあまり変わらない。

 

 ただ、初瀬の強みは相手の攻めに対してギリギリまで押し返してくるという所にある。

 だからこそ、気が付いたら何故か初瀬が放銃してる、なんて場面も無くはないのだが。

 

 

 8巡目 

 

 「ツモ」

 

 手牌はあまりにもあっさり開かれた。

 

 初瀬 手牌

 {⑤赤⑤45678} {横①②③} {白白横白} ツモ{9}

 

 「2000オール」

 

 

 (きっちり5800(ゴッパー)あんのかい……)

 

 

 『岡橋選手、親の2000オールを和了って更に加点!勢いが良いですね!』

 

 『いやあなかなかこうなってくると手がつけられなくなりがちだけど……まあ流石にこのメンツが相手だ。気は抜けないよねえ?』

 

 

 点数状況

 

 1位 姫松   真瀬由子 121100

 2位 晩成   岡橋初瀬 111600

 3位 千里山 船久保浩子  95800

 4位 白糸台  亦野誠子  71500

 

 『1位の姫松との点差も1万を切りました!この親番で逆転もあり得ますよ!』

 

 

 

 

 深く、細く息を吐いた初瀬。

 己の底から湧き出る感情が、確かに力になっている。

 

 湧き上がってくる力を上手く制御して、冷静な頭で考えられている。

 自分の状態が最高に近いことを、初瀬は身体で理解していた。

 

 サイコロを回して目は6。

 浩子が手際よく山を動かし、右手の人差し指1本でドラを開く。出てきたのは{8}。すなわち、この局のドラは{9}だ。

 

 配牌を取り、自らの目の前の山が無くなっていくのに目もくれず、配牌を理牌する。

 

 (……これは……)

 

 4枚ずつ開いていても、配牌の良しあしは意外と判別がつくもの。

 初瀬は自らの元に来ているまだ未完成の配牌を眺めながら、好配牌の予感を感じ取っていた。

 

 12枚を開き、最後に、山から2枚の牌を補充する。

 

 丁寧に、理牌をした。

 

 由子が、自らの理牌もしっかりと行いながら、対面に座るそんな初瀬の様子をじっと見つめている。

 

 

 

 初瀬 配牌 ドラ{9}

 {②④⑤⑥23489六七八西西} 

 

 

 (……)

 

 迷いは一瞬。

 

 『攻め時よ』

 

 心の中で、あの人の声が聞こえた。

 

 

 手牌から{②}を持ち上げて、力強く横に曲げる。

 

 

 「リーチィ!!」

 

 

 衝撃でビリビリ、と卓に電流が走る。

 

 

 (コイツ……大概にせえよ……!)

 

 (わー……ダブルリーチ、なのね~)

 

 (晩成……ここまで厄介とはな……!)

 

 三者三様。しかしそこに、諦観は混じっていない。

 

 

 『勢いそのままに岡橋選手ダブルリーチです!!この会場の大歓声が聞こえますでしょうか!』

 

 『ま、ドラが{9}だし、ここは素直にダブルリーチで良さそうだけど~……さあ、他の連中はどうするかな?』

 

 

 

 浩子は現物の{②}合わせ。

 由子は少しだけ表情を曇らせて、最初のツモ牌へと手を伸ばした。

 

 由子 配牌

 {①①赤⑤⑥467三四七東南西} ツモ{二}

 

 (初瀬ちゃんのあの感じやと、待ちは愚形っぽいのよ~)

 

 由子は、初瀬の理牌した後の動作を見逃さなかった。

 本当に一瞬だけ、初瀬がダブルリーチを躊躇った瞬間。

 

 これが初瀬と初めての対局であったならば、そこまで決めつけはできなかっただろう。

 しかし、由子はもう既に1度初瀬と対戦している。

 芯の強い打ち手で、牌理や効率も理解していることを知っている。

 

 配牌を眺め終わった後の動作も、もう何度も見てきた。

 だからこそ、あの違和感は、由子にとって『読み』を入れられる要素になる。

 

 

 由子の第一打。

 切っていったのは{東}。

 

 

 『へえ……』

 

 『どうしました?三尋木プロ』

 

 『いや、{南}や{西}じゃねえんだな~って思ってな』

 

 『……確かに、真瀬選手の手の内には{南}や{西}がありますね。なぜわざわざ当たると痛い{東}から切っていったのでしょう』

 

 『まー多分だけど、姫松のコは、晩成のコが一瞬ダブルリーチに行くかの判断に迷ったことを見逃さなかったんだろーな』

 

 『え?迷ってましたか?』

 

 『わっかんねー!仮に迷ってたとしても、ほんの一瞬なんじゃねえの?けどおそらくそれを読み切って、{南}や{西}よりも{東}の方が放銃率が低いと考えた……ダブ{東}なら、迷わずダブルリーチをかけてくるはずだから』

 

 『なるほど……!』

 

 『んま、結局{南}も{西}も当たりじゃねえし?この別に後か先かなだけだろ、って思う人もいるかもしんねー。……けど、このコ達がやってんのは、その1巡を争う勝負だってことを忘れちゃいけねえわな。知らんけど!』

 

 

 由子が、自分の目の前にある牌を眺めた。

 このダブルリーチ。初瀬にツモられてしまうことだってもちろんあるだろう。

 

 けれど、もしそうだとしても。

 自分のできる最大限の努力は欠かさない。

 チームメイトに……麻雀に、そう誓ったから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 今年の春のこと。

 

 

 「ダブリー嫌いやわあ」

 

 珍しくパソコンに向かってネット麻雀を打っていた洋榎が、相手からのダブルリーチを受けてぼやいた。

 

 「あはは……まあ、読みも何もないからね、ダブルリーチ」

 

 「大人しく放銃してください、部長」

 

 洋榎以外のレギュラーメンバーで卓を囲み、洋榎だけがパソコンに向かってネト麻を打っている。

 何故かセットの4人よりも、ネト麻を打っている洋榎が一番騒がしく。

 

 「おお!勇敢な{白}ポン!せや!お前が行け!お前こそミスタードリラー!安全牌を開拓せよ~!!」

 

 「部長、静かにしてもらえます?」

 

 恭子が右手で頭を抱えながら、パソコンの前でついに椅子の上に立ち上がってしまった洋榎を見る。

 

 「あはは……でもホンマ、ダブルリーチだけはかわすの苦手で……つい当たったら事故やわ、って真っすぐ行っちゃいますね」

 

 最近レギュラーになったばかりの1年生、漫も洋榎の奇行に引き気味ながらも、意見に関しては同意のよう。

 

 

 「セットやったら割かし読めんこともないで、漫ちゃん」

 

 「え?」

 

 瞬間、ぐるりと首をこちらに向けてきた洋榎の発言に、漫がたじろく。

 

 「そいつがどういう麻雀を普段打つのか。ダブルリーチに迷いはあったか。目線はドラを見ていたか。……まあ、結局完璧に当たり牌分かるわけやないけど、要素は拾える。……はずがなんやこのクソゲー。ネト麻やったらホンマになんもわからんやないか!」

 

 『ロン!』という機械的音声に次いで、洋榎が声にならない奇声を上げている。

 

 洋榎の言ったことが上手く飲み込めていない様子の漫に対して、多恵が補足した。

 

 「洋榎のやってることは、かなり難しい話だけど……ダブルリーチで何もわからないから真っすぐ行く、っていうのは、全然間違ってないと思うよ。けど、毎巡通る牌は増えていくし、通ったスジも増えていく……何も考えずに押し返すよりは、これがどの程度危険で、自分の手牌にはどれくらいの価値があって、っていうのを理解しているのとしていないのとじゃ、全然違うと思うんだよね」

 

 「せや。だからこそウチら姫松に課されてんのは、『積み重ね』や。どんな事象にも、絶対はない。けど、確率を上げていく作業は、できるはずなんや」

 

 「な、なるほど……ガンバります……!」

 

 全てを理解できたわけではなさそうだが、必死に先輩達の教えから学ぶ漫を見て、隣に座っていた由子も、笑顔で頷く。

 

 (こんなんやってるの、もしかしたらウチらだけかもしれへんけどね~)

 

 由子が知っている限り、今まで由子に麻雀を教えてくれた人は、こんな考え方ではなかった。

 役と、点数の計算だけ教えてくれて、後はほとんど運と才能だから。

 そう言われたこともあった。

 

 

 しかしこの姫松に入って、洋榎や多恵、恭子に出会って。

 

 由子の麻雀観は大きく変わっている。

 

 パソコンの主電源のコンセントをぶち抜いている洋榎と、今同じ卓を囲んでいる3人を見回して、何も言わずに、由子は更に笑顔を咲かせる。

 

 (やっぱり、姫松の麻雀、大好きなのよ~!)

 

 『最善を尽くす』ただそれだけのこと。

 しかしその行為はひどく、由子の性格に合っていたのかもしれない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

  

 

 

 

 

 

 

 

 6巡目 由子 手牌

 {①①赤⑤⑥⑦4567二三四七} ツモ{九}

 

 

 『真瀬選手聴牌です!……が、これだと{7}が出ていってしまう形ですね』

 

 『いや~。このコはこれで{47}は打たないんじゃねえの?知らんけど』

 

 河を見渡せば、{八}は既に河に1枚切れている。

 由子は少し考えた後、初瀬の河に並んでいる{④}のスジである{①}に手をかけた。

 

 {1}が通っていることから、もし仮に由子が聴牌を取るとしても、切っていたのは{4}だろう。そんなことは、姫松のメンバー以外誰もわからないことではあるが。

 基本、片スジが通っている時は内側の牌を打つのが定石。

 今回のようにドラが端牌であれば、尚更。

 

 

 由子の打つ姿勢は変わらない。

 たとえ、ダブルリーチを受けたとしても、少しでも自分に『得』になるように。

 

 

 7巡目 由子 手牌

 {①赤⑤⑥⑦4567二三四七九} ツモ{一}

 

 

 『真瀬選手これは無スジですね……オリになりそうですか?』

 

 『いやー知らんし。ま、オリっつーより……回るんじゃね?』

 

 

 無理はしない。

 相手は2着目の親のダブルリーチ。

 放銃すれば、ほぼトップを譲ることになるだろう。

 

 (皆からつないでもらった点棒、大事にせなあかんね~)

 

 優しく、丁寧に。

 決勝の舞台でも、由子のやることは変わらない。

 

 

 10巡目 由子 手牌

 {①赤⑤⑥⑦4567一二三四七} ツモ{7}

 

 

 『山に3枚残っていた{7}でしたが、ここで真瀬選手の元へ!これでもう一度テンパイを目指せますか!』

 

 『ま、聴牌はとりにいくだろーよ。晩成のコも、まだ2枚あるなら勝機あるねえ~』

 

 

 

 12巡目。

 

 

 「リーチ、なのよ~!」

 

 (……!)

 

 ここまで安牌しか切っていなかった由子が無スジの{一}を横に曲げてきたことで、場は沸騰する。

 しかもそれが、あの『姫松の真瀬由子』が打ってきたリーチであるとあれば更に話は変わる。

 

 

 (流石真瀬さん……待ち、相当良いんだろうな。……けど、負けないよ)

 

 追いかけを受けた初瀬だが、その表情に焦りはない。

 こちらは打点もあるダブルリーチだ。そして仮に何度この場面が訪れようとも、自分はリーチを打つ。

 

 その信念があるから、怖くはない。

 初瀬の覚悟は、この団体決勝に来てもう常人のそれを遥かに超えていた。

 

 

 

 

 

 

 初瀬が、戦斧を大きく振りかぶる。

 ボロボロの布は既に防御としての意味をなしていないが、初瀬はそれでいいと思っていた、

 

 

 トップの座を奪い取ろうと、由子に向かって飛び上がる。

 

 振り下ろされた戦斧は……由子の前に現れた大きな盾によっていなされた。

 

 

 (……!それは!)

 

 由子がステップバックで距離を取り、それを逃さんと初瀬が前へ踏みでる。

 

 

 が、その足元に、5本の()()が突き刺さった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「ツモよ~!」

 

 

 由子 手牌

 {赤⑤⑥⑦3456777二三四} ツモ{3}

 

 

 

 「2000、4000は2100、4100よ~!」

 

 

 

 『決まった!鮮やかに回り切りました姫松の真瀬由子選手!!勢いのある岡橋選手の親番を終わらせました!』

 

 『いや~……見ごたえがあったねい。ダブルリーチの押し引き……良形の勝負手になったら、迷わずリーチ……楽しく見させてもらったわあ』

 

 

 

 

 

 由子が点棒をしまって、一つ息をつく。

 

 『最善を尽くす』

 

 不思議とその信念を持つことで、仲間達が常に後ろにいてくれるような気がするから。

 

 

 迷わず前に進もう。

 私の大好きな麻雀には、頼れる仲間がついているから。

 

 

 

 

 

 

 

 

  



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第156局 牙城を崩す毒

 東4局 親 浩子 

 

 

 「ロン」

 

 

 誠子 手牌 ドラ{③}

 {③④99} {1横11} {中中横中} {横七赤五六}  ロン{②}

 

 

 「3900」

 

 「はい」

 

 

 『白糸台の亦野選手!3副露から見事和了りをものにしました!』

 

 『いや~つってもロン和了りなのウケるねえ~』

 

 『岡橋選手は真っすぐ行きましたね……自身の手の価値の方が高いと見ましたか』

 

 『つっても普通ならこのコに対してはオリそうなもんだけどねえ……知らんけど!』

 

 

 東4局は、初瀬が誠子への放銃で終わった。

 通常、3副露入れた誠子に対してはあまり強い牌を切っていかない方がセオリーだが、初瀬にそんなものは関係ない。

 

 親の浩子が、終わってしまったこの局の自分の手牌に目を落とす。

 

 浩子 手牌

 {345677889白白発発}

 

 

 (良くも悪くも、晩成の1年にペース握られっぱなしやな……こっちの打点と速度が読めてた……っちゅうのは、流石に勘ぐり過ぎか?)

 

 初瀬の手の内はわからないが、誠子が3副露入れてからの和了率は頭に入っているはず。

 であれば、自分が相当和了りに近くない限り、この仕掛けに攻めていく必要はない。

 

 初瀬は超攻撃的打ち手ではあるが、考え無しではない。

 そんなことも理解できないようであれば、この舞台までは来れていないだろう。

 

 と、するならば、この自分の親満確定聴牌を読めていた、と考えることもできる。

 

 だが、浩子は早めにこの考えを捨てた。

 今までのデータ通りであれば、初瀬は差し込みのようなことをするタイプではない。

 そもそも差し込みであったとしても非効率的。自分の和了りを見たと考えるのが自然だろう。

 

 (それが妙にかみ合ってんねんな)

 

 結果的に、自分は勝負手を潰された。

 初瀬の攻撃的麻雀には、どうにもペースを狂わされている。

 

 (ま、私がやることは変わらへん)

 

 勝負は南場へと移る。

 

 サイコロを回し始めた由子の表情を見ながら、浩子は去年の秋のことを思い出していた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 千里山女子高校、屋上。

 

 生徒の立ち入りが基本禁止されているこの場所で、一人の女性が電子タバコの電源を入れていた。

 手元の電源ボタンを押せば、しばらくして振動する。それが、もう吸えるようになったことの合図だ。

 

 「おばちゃん、流石に高校でタバコ吸うのはあかんやろ」

 

 「んあ?」

 

 曲がりなりにもこの高校の麻雀部で監督を務めている自分に、おばちゃんなんていう呼び方をできる人物を、愛宕雅枝は一人くらいしか知らない。

 

 「それゆーたらここ生徒立ち入り禁止やで?」

 

 「おばちゃんが上っていくん見えましたから……」

 

 「おばちゃん言うな。ここでは監督や」

 

 船久保浩子。

 この高校の1年生にして、雅枝からすれば姪にあたるこの少女は、雅枝が監督を務める麻雀部に所属していた。

 

 「……レギュラーって、ホンマですか?」

 

 「なんや、辞退でも言いに来たんか?」

 

 「いえ、そうじゃないですけど……」

 

 今日の昼、新しい代のレギュラーメンバーが部室に貼りだされた。

 その中に、確かに浩子の名前が記されていて。

 

 まだレギュラー確定というわけではないが、これで練習試合を組んでいって、1軍のメンバーでたまに選手の入れ替えを行いながら、最終的なレギュラーが決まる。この段階で1軍に入れなかった者は、秋のレギュラーはほぼ絶望的だ。

 

 1軍入りも期待薄かと思っていた浩子にしてみれば、この采配は意外でしかなかった。

 だからこそ、浩子は監督である雅枝に確認したいことができた。

 

 「千里山の目標は全国制覇、そうですよね?」

 

 「当たり前や。なんやそんなこと確認しにきたんか?」

 

 「監督から見て……いえ、言い方を変えます。愛宕雅枝から見て、私は姫松に勝てますか?」

 

 「……」

 

 浩子の目は、眼鏡に隠れて良く見えない。

 

 が、雅枝は浩子の気持ちを的確に見抜いていた。

 一つ、ため息をつく。

 

 「ちゃうやろ、浩子。お前が言いたいんは、『自分が洋榎と多恵に勝てるのか』やろ」

 

 「……そうとも言います」

 

 他の部員はともかく、浩子は姫松の二大選手であり、雅枝の娘である愛宕洋榎と倉橋多恵をよく知っている。

 どれだけ彼女たちが麻雀に傾倒し、実力を高めてきたかをその目で見てしまっている。

 

 それと比べた時に、自分がとても今の段階で勝てると思えないのも、無理はない。

 データを重んじる彼女であれば、尚更だ。

 

 「……ったく……絹といい、過小評価しすぎやねんジブンらは……」

 

 雅枝から言わせてみれば、あの2人がおかしいだけだ。自らの娘にそんな言い方と思うかもしれないが、そうとしかいえない。完全に逸脱している。あの2人は高校生の枠に収まっていいレベルにはもう無いことを、雅枝が理解している。

 

 「慰めても無駄やろからな、ハッキリ言ったるわ、浩子。今のお前じゃ洋榎と多恵には勝てん」

 

 「……私も、そう思います」

 

 「けどな、お前が洋榎と多恵に勝つ必要なんてないねん」

 

 雅枝は吸い損ねた電子タバコをポケットに突っ込んで、浩子の元に寄った。

 

 「確かにな、姫松は強い。けど、お前がそれを背負う必要なんて無いんやから」

 

 「……です、か」

 

 「背負うのは、2年共の仕事や。怜とセーラには、あのバカ娘に勝ってもらわなあかん。死ぬほどシゴくつもりや。だから、その助けになれ、浩子。お前のデータと打ち方は、必ずウチらに必要になる」

 

 「……!」

 

 「それに、お前があいつらの強さ知ってる以上にな、私が知ってんねん、娘やからな」

 

 考えてみれば、当たり前のことだった。

 親であるこの人が、あの2人の実力を知らないわけがない。

 

 それでも、全国制覇は諦めていない。本気で目指している。

 

 

 

 「あいつらのヤバさ知ってるんやったら、それ以外から狙う。それがお前の役目や。……得意やろ」

 

 「はい、そーゆーんは、確かに得意です」

 

 階段を下りていく雅枝の背中を見送りながら、浩子は胸のつっかえが、少しとれたような気がしていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 南1局 親 由子

 

 浩子 手牌 ドラ{3}

 {②④⑥1337二三四七東南} 

 

 浩子の手牌はドラが対子。

 形が優秀なわけではないが、十分に戦える手牌だろう。

 

 (ハッキリ言うたら、園城寺先輩が多恵姉さんに勝てるとは思えへんかった。これは、信頼してるしてないの話やない)

 

 浩子は、データを重視する人間。

 怜のことが嫌いなわけでも、千里山が嫌いなわけでもなんでもない。

 情が無さ過ぎるのでは?と言われてもかまわない。

 

 浩子は客観的に、この決勝戦は不利な戦いであると思っていた。

 

 (泉が頑張ってくれて、江口先輩も稼いでくれた。姫松との点差は、思ったより開いてないねんな)

 

 きわめて冷静に、物事を見ることができる。

 冷めていると言われればそうなのかもしれないが、千里山の監督である愛宕雅枝は、むしろそんな浩子をかっていた。

 

 (清水谷先輩と姫松の末原さんの対面は、5分くらいやと思っとる。つまり、この副将戦が、ホンマに大事な鍵を握る)

 

 浩子に課せられた使命。

 浩子の眼鏡が妖しく光る。

 

 難攻不落と言われたこの姫松の副将を、削る。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 8巡目 由子 手牌

 {二四六②③⑤⑥⑧⑧4赤567} ツモ{④}

 

 (ん~、とっても順調なんだけど~……)

 

 由子が河を見渡す。

 開局から通じてただならぬ空気を生み出している初瀬の河が濃い。

 そしてその初瀬から誠子が1つ鳴きを入れているこの状況。

 

 (皆血気盛ん、なのよ~……)

 

 そういった打ち手をいなすこと自体は、由子は得意な方だ。

 

 だが、初瀬が怖いくらいに冷静で、どうにも調子が狂う。

 嵐の前の静けさと言うのか、そういった無気味な予兆を、なんとなく由子は感じていた。

 

 自分もメンタンピン赤の一向聴。

 {47}は誠子に通っていないスジだが、由子はこれを切り出した。

 

 

 「チー」

 

 やはり、というべきが、由子が河に放った{7}が、水しぶきを上げて釣り上げられる。

 これで、2副露。

 

 かと思えば。

 

 

 

 「リーチィ!」

 

 力強い発声と共に{赤五}が河に横向きに強打され。

 

 

 「チー」

 

 上家に座る浩子が、澄ました顔でその{赤五}をチー。

 初瀬が一発を消されたことで不機嫌そうに下家の浩子を一瞥した。

 

 

 9巡目 由子 手牌

 {二四六②③④⑤⑥⑧⑧4赤56} ツモ{五}

 

 聴牌。

 浩子は鳴かなければ黒ではあるが{五}をツモっていたことになる。

 

 (一発消し、かもしれへんね~)

 

 浩子のチー出しは、{9}。初瀬に対しての安牌だ。

 

 初瀬の河を、もう一度見る。

 

 

 初瀬 河

 {98白発4二}

 {③⑧(横赤五)}

 

 リーチ者の初瀬に対して、この{二}は安牌だ。

 が、由子の警戒にぬかりはない。一発消しだと思われる浩子に対してと、2副露の誠子に対して安牌かどうかを考える。

 

 

 (フィッシャーさんには、通りそやね~{三}の切りだしが早すぎるのよ~。役牌は全部出てるから、船久保さんの役はタンヤオ濃厚やね~せやったら、カンチャンペンチャンでは当たらへん、{二}のシャンポンも考えにくい、{三三四四}から鳴いてる可能性やけど……)

 

 浩子の河を見れば、両面ターツの手出しが入っていることが見て取れた。

 

 (その2度受け残しておくんやったら、両面と受け変えるはずなのよ~)

 

 姫松で培った読みの力。

 今この瞬間にも、活きている。

 

 そして仮にこれが浩子や誠子に対して多少危険牌であったとしても、だ。

 

 (この手は、押すのよ~!)

 

 自らがトップ目ということを差し引いても、これは行く手だ。

 その判断ができるのが、由子の強み。

 

 手牌から{二}を引き抜いた。

 

 

 「リーチなのよ~!」

 

 またも追いかけられたことに、ひるむどころか初瀬が好戦的に笑みを浮かべたその瞬間。

 

 

 「ロン」

 

 

 由子の首筋に、チクリ、と何かが刺された。

 

 

 

 

 

 浩子 手牌

 {②③④333678二}  {横赤五三四} ロン{二}

 

 

 「8000や」

 

 「……!はい、なのよ~」

 

 

 『あ、和了ったのは千里山の船久保選手!{69}のドラ3ノベタンリーチを選択せず、岡橋選手から出てきた牌をチーして現物待ちに構えました……!』

 

 『かな~り上手いこといったねえ……{69}は河にかなり切れてて、確かに和了りは見込めなさそう。つったってドラ3だから和了りたいところに、{二}現物になってる晩成からのリーチ……まあ、チー判断も早くて驚いたけどねい』

 

 『確かに我々目線からは、聴牌確定からのチーでしたから、驚かされましたね……そして姫松の真瀬選手が満貫以上を放銃したのは今大会初ですかね?』

 

 『へえ~……ま、利点は色々あったんだろうけど、一番は間違いなく』

 

 咏が、扇子を開く。

 

 視線の先には、千里山の頭脳。

 

 

 その浩子が眼鏡の位置を正している。

 

 

 (千里山の誰かが多恵姉さん達に勝てるとは思わん。……けどな、千里山の全国制覇を諦めるなんて、ひとっことも言ってないねん)

 

 客観的に実力を見れる、浩子が出した結論。

 千里山は、団体戦でなら姫松を打倒しうる。

 

 これは団体戦なのだ。

 ならば自分のやるべきことは、一つ。

 

 浩子の表情は、やはり妖しく笑っていて。

 

 

 

 

 

 

 『“難攻不落と言われた姫松の副将潰し”これだろうねい』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 由子の額に、僅かに汗が流れた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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第157局 負荷

 

 

 

 

 『さあ、1位の姫松から満貫の直撃で副将戦の行方もわからなくなってきました!』

 

 『いや~面白くなってきたんじゃね~?絶対に揺らぎないと思われていた姫松の中堅副将ラインを捉えるか……ここからの展開も目が離せないねえ』

 

 『この団体戦オーダーになってから、練習試合も含めマイナスが無かった“常勝軍団姫松の勝ちパターン”に楔を打ち込むことができるのか!』

 

 『まあでも、考えてみれば当たり前なんだけどさ。練習試合然り、このインターハイでも、準決勝までと決勝で決定的に違うことがあるよねえ?』

 

 『決定的に違う事、ですか?』

 

 咏の挑発的な笑みに、針生アナは少しだけ思考を巡らせてみる。

 このインターハイのルールで、準決勝までと、決勝で決定的に違う事。それは。

 

 『あ……2校抜けのルール、ですか?』

 

 『ぴんぽーん!大正解だねえ。今までは1位が突き抜けた時、無理して1位を狙う必要はなかった……2位でも次には行けるからねい。けど、決勝は違う』

 

 『全校が、1位を目指している、と』

 

 『その通り!まあ、つまり何が言いたいかっていうとさ……』

 

 心底面白そうに。

 最強と呼ばれたプロ雀士は笑う。

 

 

 『確実に1位は狙われる。全員が食い下がるのさ。絶対に逃がしてなるものか、ってね』

 

 

 

 

 

 

 

 南2局 親 誠子

 

 前半戦は南入している。

 せっかくの親番だったが早々に流されてしまった由子。

 

 まだ1位ではあるものの、その差はとても楽観視できるものではない。

 

 (船久保さん、狙ってきたのよ~……そーゆーことも、あるんはわかってたんやけどね~)

 

 もちろん由子もこの状況自体は想定していた。

 1位でバトンを渡されると信じていたからこそ、自分が狙われる立場になることも。

 

 それでも問題なく自分の仕事を果たせると思っていた。が、今由子を襲うのは、少しの焦燥感。

 

 (変、なのよ~)

 

 変なのは、相手か、自分か。

 思うような判断が下せないまま、勝負は南2局を迎えていた。

 

 4巡目

 

 

 「ポン」

 

 この半荘何度目かもわからない発声が、由子の下家から発せられる。

 小さく水しぶきがあがる。

 

 『この局も仕掛けていきます白糸台の亦野選手!』

 

 『ひえ~!普通なら絶対鳴かないだろそんなとこってとこから発進するよなあ……ま、このコにとってはそれがプラスなのかもしれないけどねい』

 

 誠子が仕掛けたのは{1}。タンヤオでない牌からの仕掛け。

 

 (ま、普通に考えたらバックやろな。亦野は役バックでも平気で仕掛けてくる……)

 

 (さて、役牌をどこまで絞るべきか、考えなあかんね~……)

 

 誠子の河は、別段特殊な河をしていない。

 特殊な河ではない、ということは、チャンタ系や対々和などの仕掛けには見えない、ということだ。

 であれば、自然と役バック……手牌で役牌を2枚、ないし3枚もっているであろう可能性は高くなる。

 

 6巡目 初瀬 手牌

 {①②③⑨⑨567三四七八発} ツモ{⑨}

 

 

 『晩成高校岡橋選手、手が進みました!これは{発}を切り出していくことになりますかね?』

 

 『ん~知らんし。ただ……なんとなく切らなさそうな気はするかなあ』

 

 咏の解説の少し後、初瀬は持ってきた{⑨}をツモ切る。

 

 『ツモ切り……岡橋選手、聴牌に一番広い形に受けるなら{発}切りでしたが……』

 

 『晩成のこのコ、超攻撃型だけどバカじゃない。自分の手にドラ赤共になく、打点が見込めない形。その上これで{⑨}使ったら平和まで失っちまう。そこまでして、白糸台に鳴かれるかもしれない{発}を切るのは、見合ってない、ってことなんじゃねえかなあ?知らんけど!』

 

 

 咏の指摘通り、初瀬の頭はこれ以上ないほどクリアに働いている。

 熱い感情に心は煮えたぎってはいるが、決してそれに支配されているわけではない。

 

 他家からしてみれば、今までの戦いに比べて恐ろしいほどに冷静だった。

 

 

 

 7巡目 

 由子 手牌 ドラ{4}

 {②③④357一二三六八八東} ツモ{4} 

 

 由子の手がドラを引いて進む。くっつきの一向聴である以上、受け入れはなるべく広げたい。 

 とすると、場に生牌であるこの{東}は切り出すべき。

 

 たとえ鳴かれたとしても、有利なのはこちらだ。

 

 (ごーごー、なのよ~)

 

 由子が{東}を切り出していく。

 

 

 

 「カン」

 

 水しぶきと同時に、珍しい発声が卓に響いた。

 

 

 (カンやと……?)

 

 浩子が顔をしかめる。

 誠子は澄ました顔で由子の河から{東}を拾い上げ、手牌から晒した3枚と共に自らの右へと弾く。

 

 

 『大明槓!白糸台の亦野選手大明槓です!』

 

 『面白いねい!確かにこいつも「鳴き」であることは間違いないからねい』

 

 これで2副露。

 親番の誠子は完全に臨戦態勢だ。

 

 

 と、ここで、解説席に座っていた咏が気付く。

 

 

 

 『あ。カンが入ったら話は別だぜい?』

 

 『……と、言いますと?』

 

 『見ろよ、来るぜ。“ならず者”が』

 

 

 

 

 

 

 

 初瀬 手牌

 {①②③⑨⑨567三四七八発} ツモ{赤五}

 

 

 

 

 

 

 

 

 「リーチィ!」

 

 河に放たれるは{発}。

 生牌だろうがこうなれば関係ない。

 力強く横向きにされたその牌は。

 

 「ポン!」

 

 またもや飛んできた釣り針によって引き抜かれる。

 

 誠子も、これで3副露。

 

 

 一瞬で場は沸騰した。

 

 誠子があげた水しぶきを食らってなお、何も気にしていないかのようにならず者は突貫してくる。

 再びツモ番が回ってきた初瀬は、好都合とばかりに勢いよくツモ山へと手を伸ばす。

 

 が、これは和了り牌ではなかったため、もう一度初瀬が牌を横に向ける。

 

 

 「チーや」

 

 今度は、その牌を浩子が鳴いた。

 

 初瀬が今しがた切った{③}を、{④⑤}でチー。

 

 一巡の内に様変わりした場の状況を必死で追いつつ、ようやくやってきたツモ番で由子が山に手を伸ばした。

 

 

 由子 手牌

 {②③④3457一二三六八八} ツモ{五}

 

 聴牌。平和ドラ1の聴牌だ。

 {7}は誠子には通っておらず、初瀬には通っている牌。

 

 (カンも入ってることやし、ここはリーチが有利ぽいのだけれど~……)

 

 初瀬に通っているこの{7}を軽く手に取った瞬間、由子の身体に悪寒が走る。

 前局も見た光景。

 上家を、見る。

 

 浩子 手牌

 {裏裏裏裏裏裏裏裏裏裏} {横③④⑤}

 

 (狙われてる、かもしれへんね~)

 

 由子の手の中に、安牌はある。

 そもそも、この{7}は聴牌濃厚の誠子に通っていないのだ。

 

 浩子以前に、親である誠子に放銃のリスクもある。

 

 考える。

 オリた時と、この{7}を切った時の局収支を考える。

 切ったほうが、プラスのように思える。

 

 が。

 

 由子の額に汗が流れた。

 脳裏によぎるのは、前局、浩子への放銃。

 あれは完全に自分を狙っているものだった。

 

 (う~ん……)

 

 珍しく、由子が打牌に時間を使う。

 

 

 『珍しいですね、真瀬選手がこれだけ打牌に時間を使うのは……』

 

 『それだけ重要な局面ってことだろ。親には打ちたくない。かといってカンの入ったこの場面で、対面のならず者を放置していいのかも怪しい。全ては、ベタオリがプラスではないということを知っているあのコだから、かもしれないねい』

 

 

 時間にして20秒ほど。

 由子が自分の手牌に手をかける。

 

 その牌は、ノーチャンスの{一}。

 

 

 『真瀬選手、ここは丁寧にいきましたね!』

 

 『まーここの判断は難しかったねい。リーチ者には通ってるけど、聴牌濃厚の下家に危なく、今チーした上家にも通ってない。トップ目の判断としちゃあ、間違ってなかったんじゃねえの?知らんけど』

 

 咏が、モニター越しに依然として厳しい表情を浮かべる由子を見た。

 

 (ちゃんと判断できてるなら、いいんだけどねい)

 

 

 

 由子の切り番の後、誠子が持ってきた牌をツモ切る。

 同じく、初瀬も持ってきた牌を勢いよくツモ切った。

 

 その牌は、{9}だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 9巡目。

 

 勝負を制したのは、誠子。

 

 

 「ツモ!」

 

 

 誠子 手牌 ドラ{4⑥} 

 {5678} {発発横発} {横東東東東} {1横11} ツモ{8}

 

 

 

 「4000オール!」

 

 

 

 『亦野選手のツモ和了りです!ここまでは最下位に沈んでいますが、ここで大きな和了りを手にしました!』

 

 『っかあ~!いいねい!熱い戦いだねい!負けはしたものの、晩成のコも大明槓を見るや否やリーチに打って出るこの感じ、攻撃型雀士としてしっかり自分のラインを引いてるよねえ。ほんとに1年生かあ?このコ!』

 

 

 

 

 誠子と初瀬の殴り合いに、会場も熱を帯びる。

 片や優勝候補のチームで去年からレギュラーの選手と、完全なダークホース晩成高校の、超攻撃型ルーキーの殴り合い。

 

 

 初瀬の人気は、いつの間にかインターハイ常連校のレギュラー陣と遜色ないものになっていた。

 

 

 点棒授受を行う誠子の対面で、浩子が眼鏡を少しだけ持ち上げる。

 ゆっくりと、しかし満足気な表情で、浩子は自分の手牌に目を落とした。

 

 

 

 浩子 手牌

 {⑥22六七中中中南南} {横③④⑤}

 

 手牌の左端に、強烈な違和感を放って鎮座する、{⑥}。

 この牌は、チーをした時からもちろん浩子の手牌にあった。

 

 (下家の白糸台に対して牌を絞らなければならず、2着目対面の晩成は何も気にせず突っ込んでくる。そんでもって追い打ちのこっちからの狙い撃ち……姫松の仕事人には、これまでにないほどの負荷がかかってるはずや……効いてきたんちゃうか?後半戦、大事な場面で効いてくるで、この“毒”が)

 

 

 

 大きな盾と、仲間から得た無数の短剣を携えた由子が、バランスを失い突然ガクり、と片膝をつく。

 正面には、未だ血走った目で周囲を威嚇する初瀬と、見えない固い糸で武装した誠子。

 

 

 

 由子の表情は、少しずつ青白くなっていく。

 

 

 

 遠くで見つめていた浩子が、自らの武器である針を腰につけたポシェットに戻し、愉快そうにペロリと舌なめずりをした。

 

 

 



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第158局 衝撃

 

 

 

 

 点数状況

 

 1位  姫松  真瀬由子 119100

 2位  晩成  岡橋初瀬  99700

 3位 千里山 船久保浩子  98400

 4位 白糸台  亦野誠子  80800

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 誠子の満貫ツモで、1位から4位までの点差がぐっと縮まった。

 見ている側からすれば、どこが優勝するのかわからなくなって面白い限りだが、やっている側はたまったものではない。

 

 どちらかといえばどこかが早めに脱落してくれた方が助かるというものだった。

 

 現時点でトップを走る姫松からすると、この団子状態はありがたいとはとても言えない。

 

 「あわわわわ……由子先輩、大丈夫ですかね……」

 

 珍しく満貫の放銃があった由子。

 今の局も、晩成と白糸台に押し込まれて、勝負に出ることはできなかった。

 

 モニターの目の前であわあわする漫と、その後ろで神妙な顔つきで見守る上級生3人。

 多恵が、今しがた終わった局の展開を一打一打思い返しながら、隣で椅子に座っている洋榎に問いかけた。

 

 

 「洋榎、今のどう思う?」

 

 「……浩子の鳴きか?」

 

 「それも含めて。由子のリーチ判断も」

 

 千里山の副将、船久保浩子は多恵と洋榎からしてみれば旧知の間柄だ。

 洋榎は言わずもがな。多恵も、突然現れた自分という存在を文句1つ言わずに(不思議そうな顔はしていたが)一緒に麻雀を打ってくれた浩子には感謝している。

 高校に入学してから対局することは無かったが、その強さの片鱗は、2人とも感じている所だ。

 

 その浩子が前局、手の進まない鳴き……というよりもはや、デキ面子を鳴いた。

 通常ならば、あり得ない鳴き。

 しかし、その一つ前の局があるからこそ、この鳴きは意味を成してくる。

 

 「間違いなく、由子の思考を鈍らせるための鳴き……ちゅうより、前局の残像を使った脅し。これが正しいやろな」

 

 「やっぱり……私もそう思う」

 

 「どういうことですか?部長」

 

 この副将戦、由子の脳にはかなりの負荷が掛かっていた。

 鳴きを得意とする白糸台の上家になってしまい、その鳴きでツモ番が一番増える場所に、晩成のならず者がいる。

 準決勝までとは比べ物にならないほど脳のリソースを割かなければならない状況なのだ。

 

 そこに、浩子が仕掛けてきた。

 おそらく、由子のバランスを崩すために。

 

 「リーチ判断自体はな。別にええねん。あの牌は、上下にキツすぎる……ただ、それが自信をもって判断できてるかどうかが、大事なんやないか?」

 

 「由子が、攻守のバランスを崩してる……?そんな……」

 

 「まあ、まだ仮定の話だよ恭子。もし崩れてそうだったら、休憩時間に修正しよう。……大丈夫。由子は、強いよ」

 

 浩子の打ち方からして、また今の点数状況からして、由子が狙われるということはわかっていた。

 その可能性はもちろん昨日の段階で示唆していたし、ある程度の対策も練ってはいた。

 

 だが、それが存分に活かしきれていないであろう事は、今の由子の表情を見ればわかる。

 

 いつも笑顔を絶やさない由子の表情は、少しだけ苦しそうで。

 多恵は、目を閉じて祈った。

 

 (頑張れ由子……!大丈夫、由子のことを、神様が見放すはずないんだから)

 

 今は祈ることしかできない。

 

 多恵は、いつも部活終わりに笑顔で卓の掃除をしていた由子の姿を思い浮かべて、両手を強く握りしめるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 南2局 1本場 3巡目

 

 「ポン」

 

 もう何度目かもわからない発声が、誠子からかかる。

 この親番が勝負と見た誠子が、また仕掛けに打って出た。

 

 (本当に良く鳴く……)

 

 ツモ番が回ってきてくれる分には好都合とばかりに、特に気にしてはいなかったが、ここまでくるとやはり異常だ。

 晩成は千里山や姫松ほどバックアップ体制が整っているわけではないが、初瀬も誠子のこれまでの牌譜は確認している。

 

 (ま、能力の性質上本当に遠い所からも仕掛けるし、濃い牌が出てくるまでは無視かな)

 

 初瀬の良い所は、難しく考えすぎない所にあった。

 手出し、ツモ切り、相手のタイプ、点数状況……。

 様々な情報が常に更新されていく麻雀という競技にあって、全てを考慮することは難しい。

 

 ましてや1年生である初瀬であれば猶更。

 だから初瀬の思考はいたってシンプル。

 

 (行けそうなら、とことん行く)

 

 決勝の大舞台でも、自分を曲げない。

 

 

 

 

 

 

 6巡目。

 

 「ロン」

 

 

 誠子 手牌 ドラ{⑥}

 {②③④⑥⑥89} {横東東東} {八八横八} ロン{7}

 

 

 まだ2副露だった誠子からロン発声。

 今しがた{7}を切った初瀬の動きが止まる。

 

 (なんだその形……)

 

 自身も行く形であっただけに、放銃に全く悔いはないが、誠子の手の形に強烈な違和感を感じる。

 

 

 (両面ターツを外して、ペンチャン待ち……?休憩中にこの局は牌譜要確認やな)

 

 (変、なのよ~)

 

 誠子の河には、{二三}という明確に和了りやすいターツが捨てられている。

 {二三}両方とも河にバランスよく切れていて、その外側である{一}などは絶好の待ちになりうる。

 

 だというのに、わざわざ誠子はこの{二三}ターツを払った。

 誠子の表情に変化はない。怪訝そうな表情を浮かべる初瀬と浩子に対しても素知らぬ顔だ。

 

 (何を企んでるのか知らんが……必ず後半戦までに見つけたる)

 

 この一瞬では、誠子の意図はわからない。

 だが、控室に戻ればこの対局の映像を見ることができる。

 絶対にその腹の中を覗き込む。

 

 中央に流し込まれていく牌を見ながら、浩子はそう決めたのだった。

 

 

 

 

 

 

 南2局 2本場 親 誠子

 

 誠子は親番で点数を伸ばすことに成功している。

 初瀬とのめくり合いに勝てたことも大きく、その勢いのまま1本場も制した。

 

 (まあ、今ので狙いがバレることはあまり無いだろう。バレたところで、さした影響はない)

 

 今の1本場は、誠子にとって新しい試みでもあった。

 白糸台の絶対的王者であった照から、『私がダメでも、勝てるように』と言われた。

 正直信じがたかった。誠子や尭深からしてみれば、照こそ絶対的頂点。プロを何度打ち負かしてきたかわからないこの宮永照という雀士が、負けるところが想像がつかなかったのだ。

 

 しかし、それと同時に照が嘘をつくようなタイプでないことも知っていた。

 負けることが無いと思えば負けないと言い切るし、相手が強ければ強いと認められる。

 相手の実力を測ることのできる照だからこそ、あれだけ自分の答えに自信が持てるのだろう。

 

 その照が言うのだ。『勝てないかもしれない』と。

 そして、それでも白糸台は優勝できるよ、とも言うのだ。

 

 その信頼を、無下にはできない。

 この半年間、様々なことを試し、自らの力量を押し上げるための努力をした。

 

 さきほどの試みは、その一つ。

 

 (また使える場面は必ず来る。だから今は、もうひと和了り)

 

 まだ点差はある。

 この親で、もっと点数を稼がなければ。

 

 

 

 12巡目 誠子 手牌ドラ{七}

 {②③34七七白} {⑨横⑨⑨} {南南横南} ツモ{4}

 

 一向聴が広くなった。

 {白}は共通安牌で持っていた牌だったが、誠子はためらいなくこの牌を切っていく。

 

 誠子はこういった場面で、必ず目一杯に受ける。

 単純な話で、3副露目がしたいからだ。ポン材は、多ければ多いほど良い。

 

 同巡、対面の浩子から{4}が零れる。

 これが狙い。これで3副露に至ることができる。

 

 「ポン」

 

 対面に釣り針を放りこみ、{4}を捕まえる。

 右端に器用に弾いた後、手牌から{3}を切り出した。

 

 

 が、誠子は気付けなかった。

 この{4}に、“毒”が塗られていたことに。

 

 対面の悪魔が、(わら)う。

 

 

 

 「零れるんよなあ……」

 

 船久保浩子が、小さく呟いた。

 

 

 「ロン」

 

 

 浩子 手牌

 {①②③12一一九九九中中中} ロン{3}

 

 

 「6400は7000」

 

 

 『千里山女子船久保選手!6400の和了です!この和了で、千里山女子が2位に出ました!』

 

 『手牌を読み切ったか……?面白い手順だったねい』

 

 『確かに、この{4}はあまり必要な牌には見えませんでしたが……』

 

 『いやー知らんし。ただ、聴牌したタイミングで切っていったっつーことは、ある程度親の手牌構成に当たりがついてたんじゃねえの?でもなきゃ、あまりに危険すぎる賭けだしねい。このコ、もしかしたら相当高い精度の読みをできてるのかも。ま、知らんけど!』

 

 

 誠子からの直撃で、親番を終わらせた浩子。

 同時に、自分自身も着順を上げることに成功した。

 

 (千里山……!)

 

 (目一杯はわかるんやけどな、透けるで、零れる牌が)

 

 浩子の眼鏡が妖しく光る。

 高い精度の読みを通した浩子は、索子の下のブロックで牌が余ることを読み切った。

 

 {3}が余るかどうかまではわからず、分の悪いリーチには打って出なかったが。

 

 (これであとはこの晩成の親番さえ終わらせれば……前半戦の仕事は十二分にこなせたことになる)

 

 南3局。

 初瀬の親番だ。

 

 

 

 

 

 南3局 親 初瀬 ドラ{八}

 

 3位に一時的に落ちた初瀬だったが、その表情には全く焦りはない。

 初瀬を支え続けるマインド。

 それは、自分が正しいと思った打ち方をしている限り、結果は関係ないと思えていること。

 

 これはどんな状況においても、麻雀では重要な考え方だった。

 

 (この親で、点数を稼ぐ)

 

 頭は冷静、心は熱く。

 まさに理想的な状態の初瀬が、手牌を開く。

 

 初瀬 配牌

 {①③③34二三八八九東中中} ツモ{南}

 

 面子は無い。役牌の{中}と、ドラの{八}が対子であるのが救いか。

 好都合なことに、初瀬はこの類の手が意外と好きだった。

 

 手牌から切り出すは{九}。願わくばもう1枚役牌が重なることを祈って。

 

 

 

 2巡目

 

 「ポン」

 

 いつも発声していた誠子ではなく、親番の初瀬からの発声ということで空気が変わる。

 たかだか役牌のポン一つだが、初瀬という打ち手を知っているからこそ、その厄介さもわかるもの。

 

 {中}をポンして切り出した牌は{南}。

 

 その{南}に、水しぶきがあがる。

 

 

 「ポン」

 

 初瀬と誠子の視線が、交差した。

 

 (上等だよ……!)

 

 (ひよっこが……なめるな!)

 

 

 

 『岡橋選手の切った{南}を亦野選手がポン!これは面白くなってきました!』

 

 『……なんとなく、だけどさ』

 

 『どうしました?三尋木プロ』

 

 『この局、この副将戦の勝敗を分ける一局になりそうじゃね?』

 

 『え、そうなんですか?!』

 

 咏のいる実況解説席、そして観客用のモニターにはもちろん全員の配牌が見えている。

 全員の手を見終わって、咏は予感したのだ。

 

 この南3局が、副将戦の分水嶺になる、と。

 

 

 『ま、知らんけど』

 

 口調はいつもと変わらない。

 が、その瞳には本当に予感めいた何かが見えているように、針生アナは感じた。

 

 

 

 

 

 

 6巡目 初瀬 手牌

 {①③③34二三八八東} {中横中中} ツモ{中}

 

 (……!)

 

 カン材。

 初瀬は即座に全員の河を見渡した。

 

 (千里山、姫松、共に河がそこそこ早そう、か)

 

 少なくとも、字牌と一九牌が並ぶだけの河ではない。

 それに加えて、浩子が手出しの{2}の後、持ってきた{2}をそのまま切って、{2}が2枚並んでいる。

 由子の河に{2}が1枚。

 

 ({25}ターツが厳しい)

 

 両面ではあるものの、厳しいターツになってしまっている。誠子から出てきてチーができればいいが、ここが残るのは不安だ。

 

 {東}を切って、一時的に様子見を選択する初瀬。

 

 

 

 「ポン」

 

 2回目の水しぶきがあがった。

 これで、誠子が2副露。

 

 しかし、そのポン出しは{一}。

 

 「チー!」

 

 初瀬が飛びつく。一向聴に受けられるなら、打って出る。

 

 こうなれば、もう攻撃しか考えない。

 初瀬は、そういう打ち手だ。

 

 

 

 8巡目 初瀬 手牌

 {③③34八八中} {横一二三} {中横中中} ツモ{①}

 

 

 「カン!」

 

 元々手牌にあった{中}をポンした3枚の上にのせ、嶺上牌に手を伸ばす。

 

 新ドラは{五}。残念ながら、初瀬の手牌には乗らなかった。

 

 (ここは、勝負!)

 

 嶺上牌は有効牌ではなかった。勢いよく河に切り出す。

 

 臨戦態勢になった初瀬だったが、突如、点箱を開ける無機質な音に、背筋を伸ばす。

 見上げるは、対面。

 

 

 (ここで来るのか)

 

 加槓に後悔はない。

 だが、この状況をやすやすと見逃してくれる相手ではないことを、初瀬は知っている。

 

 1度対戦した。

 大きな壁であることを知っているから。

 

 

 「リーチ、なのよ~」

 

 

 姫松の刃が、投じられた。

 

 

 『真瀬選手が追い付きました!カンの入っているこの状態でのリーチ!2副露の2人からすると苦しくなるリーチですね!』

 

 『いや~どうだろうねい……晩成のコは、苦しくなった、とは思ってねえんじゃねえの?』

 

 『あくまで、自分が点を取ることを考えますか……!』

 

 

 由子 手牌

 {②②④⑤⑤⑥⑥⑦三四五七八} 

 

 

 ダマだと{九}で3900しか無く、カンの入っている状況。

 この手でリーチをしないことは、由子には考えられない。

 

 {中}を早い巡目で切っていったのは、自分が行くことになると感じていたから。

 

 ({④六}から入ってくれれば、ダマにもできたんやけどねえ~)

 

 それでも、由子はリーチを選択していたかもしれない。この状況は、攻める一手だ。

 

 誠子のツモ番。1枚だけ安牌を残していた誠子が、手牌から安牌を切る。

 初瀬は持ってきた牌が安牌だったので、そのまま切った。

 

 浩子の打牌も、今回はおとなしい。

 

 緊張した面持ちで、由子が山に手を伸ばす。

 

 

 由子は『盲牌』をあまりしない。

 「牌のお顔を触っちゃうのは、かわいそうなのよ~」とは本人談だが、牌を丁寧に、優しく扱う由子は、親指で牌の表面をなぞる行為をしたがらない。

 だから持ってくるこの時間に、この牌が何なのかを、由子は知らない。

 

 リーチの一発目。

 由子が持ってきた牌を自分の手牌には触らせず、右端で優しく開く。

 

 

 その牌は、{白}。

 

 

 (……!)

 

 生牌だ。

 

 何故か吹き出た汗に気付かないようにして、その牌を河に並べる。

 

 由子が{白}から手を離したと同時。

 釣り針が、飛んできた。

 

 

 「カン」

 

 (?!カン、なのよ~?)

 

 誠子が手牌から3枚の{白}を晒す。

 由子が切った{白}を河から拾い、端へ寄せた。

 

 通常、リーチに対しての大明槓など、リスクばかりでリターンは少ない。

 単純な話、リーチ者には2枚の新ドラと裏ドラを与えることになり、自分は1枚だけ。

 手牌も狭まる。

 

 だが、誠子は事情が違う。

 リーチ者に対しても、カンを仕掛ける明確な理由がある。

 

 当然なのだ。3副露状態になれば、自分に分があることをわかっているから。

 

 誠子が嶺上牌から牌を補充した後、浩子が、自分の目の前にある嶺上牌の、新ドラをめくる。

 

 めくられた牌は。

 

 

 

 

 {発}

 

 

 

 一瞬、時が止まった。

 見ている全員、卓内にいる全員が、状況の確認に、2秒、いや、3秒ほどフリーズする。

 そして全てを察した後、観客は悲鳴と狂乱を。

 明らかに変わった会場の雰囲気を、卓に座る全員が感じ取る。

 

 

 

 1人を除いた全員の表情が、明確に険しくなる。

 

 

 

 (おいおいふざけるなよ白糸台……!)

 

 (……ッ!)

 

 

 ドラの決まりは、表示牌の次の牌。

 

 今めくられた{発}は三元牌で、三元牌のドラルールは{白}→{発}→{中}の順番。

 

 つまり、いま決まった新ドラは、{中}。

 

 

 

 

 好戦的な笑みが、卓に座る全員を恐ろしいほどに威圧する。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 初瀬 手牌 ドラ{八} 新ドラ{五中}

 {①③③34八八} {横一二三} {中中横中中}※加槓 

 

 

 

 

 

 

 

 

 “狂戦士”の巨大な戦斧が、今全員に向けて大きく振りかぶられた。

 

 

 

 

 



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第159局 晩成高校 岡橋初瀬

先日、このお話を読んでから麻雀を勉強するようになった、という方が、雀魂という麻雀アプリで玉の間(天鳳で言うところの特上卓かな)に到達しました、と報告がありました。
めちゃくちゃ嬉しかったです。
 
このお話で、麻雀ルールだけ知ってるけど深くは知らない。といった感じの人が、もっともっと深くまで知ってもらえるきっかけになれたと思うと、作者冥利につきます。

この作品もついに佳境ですが、最後まで楽しんでいただけたらと思います。





 

 日も傾き始め、夏休み中の校舎からはもうほとんど人がいなくなる時間帯。

 それでも、臨海女子高校の一室からは、未だに光が漏れていた。

 

 ついでに、カップラーメンの匂いも、教室の外に漏れていたが。

 

 臨海女子の先鋒辻垣内智葉と、副将メガンダヴァン。

 今日の朝から一緒にこの団体戦決勝を見届けている2人。

 

 普通なら強制的に下校を促される所であっても、今日は顧問に頼み込んでいることもあり、まだ校内の滞在が許可されている。

 

 机の上には乱雑に放置されたカップラーメンの容器と、そしてその隣にいるには似つかわしくないティーカップが2つ。

 

 「メガン、いい加減このカップラーメンの容器を片せ」

 

 「エー……今いい所なのニ……」

 

 2人が見つめる画面には、インターハイ団体決勝、副将戦の様子が流れている。

 

 よいしょ、とメガンが座っていたソファから腰を上げ、渋々と言った表情で自らが食べたカップラーメンの容器を流し台へ持っていく。

 軽く水でゆすいでから、メガンは容器をゴミ箱に捨てた。

 

 そんな作業を終えてメガンが再びソファに戻ってくると、副将戦南3局は大きく状況が変わっていて。

 

 

 「これは……」

 

 思わず智葉が呟いた。

 姫松のリーチ、白糸台の大明槓、晩成に乗った新ドラ。

 

 「ハハハ!これじゃモウハツセは止まりませんネ!」

 

 「一向聴でも、か?」

 

 「関係ナッシング!見てくだサイハツセの顔!もう一歩も引く気はありまセンネ!ジャパニーズクレイジーサムライ……自爆覚悟とはオソロシイ!」

 

 陽気に笑うメガンを、智葉が少し意外そうに見つめる。

 

 「意外だな、メガン。あの晩成のルーキー、気に入ったのか?」

 

 「なかなか良かったデスよ!彼女との撃ち合い……イエ、コロシアイ、ですか」

 

 メガンにとって、初瀬との対局は記憶に新しい。

 どんなに劣勢であってもインファイトを仕掛けてくる初瀬は、メガンにとって初めての感動を与えてくれた。

 

 「……放銃の恐怖には、なかなか抗えないもののはずだ。彼女はリーチ率和了率共に高水準だが、放銃率も決勝に残っているメンツでは断トツで高い。きっと小走は、それで良い、と指示を出してるのだろうな」

 

 「何回風穴開けても、突っ込んできますよ彼女ハ。去年逃げてしまったワタシからすれば、少し羨ましいくらいデスね」

 

 画面には、打牌に悩む誠子の姿が映っている。

 流石に初瀬に新ドラが4枚乗るのは、想定外だったようだ。

 

 智葉がソファの背もたれに体重を預け、目を瞑る。

 

 「宮永が敗れ、倉橋が勝った……中堅では、愛宕が、巨大な能力を打ち破った」

 

 副将戦も、まだ結果は出ていないが、唯一しっかりと能力と呼べるものがある誠子が、劣勢に立たされている。

 

 

 「……麻雀界は、今大きな転換期を迎えているのかもな……」

 

 

 メガンが、智葉の言葉の意味が分からず、頭の上にクエスチョンマークを浮かべている。

 

 楽しそうな智葉の表情は、この団体戦の結果を予感しているようにさえ見えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 南3局 親 初瀬

 

 副将戦は、大きな山場を迎えている。

 観戦している誰もが、この局は団体戦の結果に大きく影響を及ぼすものになる、とそう感じていた。

 

 『し、新ドラが!新ドラが{中}!晩成の岡橋選手に4枚乗っています!元々岡橋選手には2枚のドラがありますので……{中}ドラ6!跳満の一向聴になりました!!』

 

 『おいおいおい……やべえことになってきたなあ!これで晩成のコも一歩も引かなかくなった、もちろん白糸台は明槓してるくらいだから全ツッパ、本当は受けに回りたい姫松がリーチ状態……この局の結果は、副将戦だけじゃない……この団体戦の結果に直結するぜえ、知らんけど!』

 

 当然、由子のリーチが決まれば、これも高打点が期待できる。

 裏ドラが3枚めくれることになるのだ。跳満、倍満に化ける可能性すらある。

 そうなったら、姫松の優勝はグッと近づくだろう。その一方で、リーチをかけているということは、当然晩成や白糸台にどんな危険な牌でも切らなくてはいけないわけで。

 

 姿を隠すことはできなくなった。

 由子は正面からこの巨大な戦斧を、かわさなければいけない。

 

 由子の額に、汗が滲む。

 初めてだった。由子が団体戦でここまで焦りを感じるのは。

 

 

 誠子 手牌 ドラ{八五中}

 {③④九九} {横白白白白} {横東東東} {横南南南} ツモ{③}

 

 誠子の、手が止まっている。

 嶺上牌から持ってきたこの牌を、切って良いものか判断ができないでいる。

 

 (切るしかないって、分かってるのに……!)

 

 誠子にオリの選択肢はない。

 オリたのであれば、なんのために明槓までして勝負に出たのかわからないからだ。

 

 これでオリれば、むざむざと相手に新ドラを乗せただけの無能。

 そう烙印を押されても何ら文句は言えないだろう。

 

 そもそも安牌なんて無いのだ。

 {白}を自ら手放した以上、この手は、行くほかない。

 であれば、待ちは両面である{②⑤}の方が圧倒的に優秀。

 この{③}は切るのが正着。

 

 (くっ……!)

 

 わかっていても、恐怖は拭えない。

 他視点、初瀬が今聴牌であるかどうかはわからないのだ。

 

 自分の頭上に、もう既に戦斧は振り下ろされようとしているのかもしれない。

 

 (行くしか、ないだろ!)

 

 恐怖を振り切って、誠子は{③}を勢いよく切り出した。

 

 

 

 「ポン!!」

 

 

 卓内に座る全員の肩が初瀬の威勢の良い発声によって震える。

 誠子の河から{③}を奪い取って、初瀬が{①}を河に叩きつける。

 

 『聴牌!これで聴牌です岡橋選手追い付きました!!中ドラ6の跳満聴牌です!!』

 

 『枚数でいやあ、今回は白糸台も、姫松も、晩成の待ちも多くはないねえ……であれば、有利なのは白糸台、かな?』

 

 『ほ、本当ですね、特に晩成の岡橋選手の待ち……これ……』

 

 『うわ、マジか、()()のか、これ』

 

 

 麻雀においてしばしば発生すること。

 両面なのに、待ちがもう山から無くなってしまっている。

 

 ここまで勇猛果敢に突き進んできた初瀬だったが、この最終形である{25}が、もう山から無くなってしまっていた。

 河にすでに{2}が4枚、{5}が3枚見えてしまっている。残りの1枚は、浩子の手の中だ。

 浩子がここから{5}を切り出す可能性は0に等しく、初瀬の和了はほぼ絶望的。

 

 その事実に、視聴者たちは様々な反応を見せる。

 

 落胆や、安堵。応援しているチームによって180度違うこの反応は、インターハイならでは。

 ではこの局の決着はどこに落ち着くのか。

 

 枚数でも、能力面でも、有利なのは誠子。

 5巡以内が確約された意味は、あまりにも大きい。

 

 同巡 浩子 手牌

 {⑨4赤567788六六七発西} ツモ{東}

 

 (七対子で粘れるんも、もう意味ないわ。姫松に和了られたくはない。晩成なんか論外や。きっちりケツ拭けや、白糸台……!)

 

 現状2着目の浩子としては、姫松にここで大きな和了りをされるのは歓迎できない。

 自分が時間をかけて沼に引きずり降ろしてきた姫松が、勢いよくジャンプしてしまうことは許容できない。

 

 であれば、晩成→白糸台の横移動がベスト。

 その決着であれば、浩子の計画に支障はきたさない。

 

 初瀬の待ちが純カラであることを、同卓者は知る由もない。

 リーチを現在進行形でしている由子はもちろん、オリている浩子も、鳴いている誠子も。

 

 だからこそ持ってきた牌が自分の和了り牌でなければ、もちろん恐怖する。

 

 由子が、いつの間にか早くなってきた心臓の鼓動を必死に抑えながら、山へ手を伸ばす。

 いつも通り。大丈夫。やれることは、すべてやってきたから。

 

 来る日も来る日も、麻雀と共に、歩んできたから。

 

 

 由子が、持ってきた牌を手牌の横で開いて……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 その表情が、固まった。

 

 

 

 

 おぼつかない動作で、河に置かれた牌。

 それを見て、対面に座る初瀬が、目を見開く。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 去年の夏。

 

 「初瀬、あんた大丈夫なの?晩成高校って、とっても頭良いんでしょ?」

 

 「お母さんそれ耳タコ。だから今勉強してるんじゃん」

 

 時刻は夜の9時。

 初瀬の机の上には、無数の参考書と、筆記用具。

 

 受験は、夏休みが勝負。

 

 初瀬は偏差値の高い晩成高校に入学するため、睡眠時間を削って勉学に励んでいた。

 

 初瀬の母親からすると、反抗的だった娘がこんなに勉強をするようになるとは思ってもおらず、困惑しており。

 まあ、やる気を出してくれたならいっか、と、冷たい麦茶を机の上にそっと置いて、階段を降りることにした。

 

 (絶対に晩成に入るんだ。憧の奴は、ああ見えて頭良いから受かるだろうし……私が落ちるわけにはいかない)

 

 ほんの一週間前。親友である憧と、初瀬は約束した。

 

 『共に晩成に行こう。あの人を、笑顔にするために』

 

 インターハイ。奈良県代表を少しだけ見ようと思って憧と2人で見に行った。

 

 『晩成高校、無念の1回戦敗退となりました!』

 

 泣き崩れる晩成高校の面々のなか。

 ただ一人。無表情で、椅子に座り続ける晩成のエース。

 

 ひどく、心を揺さぶられた。

 その瞳には、何が映っているのか。

 落胆?失望?諦め?

 

 そのどれとも違った。

 その瞳は、まさしく燃えていた。

 静かに、静かに燃えていた。ともすれば、一人でインターハイを制覇しようとしているんじゃないかと思えるほど、その瞳はリベンジに燃えていた。

 

 (絶対に、小走先輩を勝たせたい。私なんかが、レギュラーになれるかは、わからないけど)

 

 所属している阿太峯中学では、憧と初瀬はもちろんレギュラーだが、晩成とはレベルが違う。

 2人が1年生でレギュラーになれる保証などどこにもない。

 

 けれど、今はこの衝動に突き動かされ、ひたすら勉学と麻雀に励みたい。

 

 初瀬は熱に浮かされたように、毎日勉強と麻雀を繰り返していた。

 

 

 

 

 

 

 4月。

 

 晴れて晩成高校に入学した憧と初瀬。

 もちろん麻雀部へ入部届けを出し、すぐに行われた新入生のリーグ戦で、2人ともトップクラスの成績を残した。

 

 1軍に召集され、そこでも結果を残し続けた2人が、レギュラーに選ばれることは何の不思議も無かった。

 そして2人の想いを聞いていたが故に、上級生からも反発は少なく、トントン拍子で2人のレギュラーは決まる。

 

 が、順調に成績を伸ばす憧とは違い、初瀬はどうしてもそのスタイル故に成績にムラがあり、そのことに悩むことも少なくなかった。

 

 

 「ロン。18000」

 

 「ぐぅ……」

 

 レギュラー陣での練習試合中。

 由華の親跳に飛び込んだ初瀬の点棒が無くなった。

 

 初瀬が、捨て牌と手牌を交互に見直す。

 ……と、後ろにいたやえが、初瀬に声をかけた。

 

 「初瀬。なんで今の待ち取り、ペン{7}じゃなく{9①}のシャンポンに受けた?」

 

 「え……」

 

 てっきり、リーチに行くなと言われるものだと思っていた初瀬は少し驚く。待ち取りに関しては、そこまでおかしな選択だと思わなかったのだ。

 

 「{9①}は1枚ずつ切れてますけど、場況が良いのは圧倒的に{9①}だったので……」

 

 「場況、ね」

 

 足を組んで河全体を見るやえ。

 たしかにどちらも端牌であり、山にありそうに見えなくもない。初瀬の言っていることに、間違いはない。

 

 「初瀬、じゃあ{7}はあなたから何枚見えているの?」

 

 「えっと、0です」

 

 「なら、ペン{7}にとりなさい」

 

 突き放すかのように、短く端的にやえは言い放つ。

 

 「リーチを打つのは、構わないわ。存分に、泥臭く、前のめりに打ち続けなさい」

 

 初瀬の今の局、ドラ2とはいえ愚形。親に対して向かっていくのは怖い。

 しかし初瀬は躊躇なくリーチを打った。やえは、そこを初瀬の長所だと思っている。

 

 「ただ、場況になんか振り回されるな。あんたは愚直に、目に見える枚数が多い方を和了りきれ。場況なんか語るのはね……そうね、10年早いのよ」

 

 「……!」

 

 やえの真に迫った言葉は、初瀬の心の奥深くに刺さる。

 何よりもやえの言い方が、『場況を読むことに関して誰よりも秀でている人間を知っている』かのような口ぶりで。

 

 「初瀬、その真っすぐな打ち方は、間違いなくお前の長所だ。なら、待ち取りも真っすぐ行け。うまぶって変な小細工をするのは、お前には似合わないよ」

 

 「由華先輩……」

 

 確かにそうだ、と思う。

 いくら自分がうまぶって、手牌や場況を読んだところで、本物のトップクラスには敵わない。

 全国の上級生たちには、きっと届かない。

 

 じゃあ自分にできるコトは何か?

 

 ひたすら真っすぐに。

 愚直に。泥臭く。

 

 自分の打ち方を、貫くだけ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「ポン」

 

 由子が牌から手を放して、0.2秒。

 驚くほどスムーズに、その声は出た。

 

 

 誰もが、驚愕に目を見開く。

 

 実況解説が。

 観客席が。同卓者が。

 

 

 

 

 

 

 晩成の王者がただ一人。

 小さく、拳を握る。

 

 「それでいい」

 

 と。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 初瀬 手牌 ドラ{八五中}

 {3} {八横八八} {横③③③} {横一二三} {中横中中中}

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 『は、裸単騎?!裸単騎です岡橋選手!ドラの{八}をポンして裸単騎!無かった{25}待ちを捨てて{3}単騎への受け変えです!!』

 

 『おいおいおい嘘だろ?!なんでそんな判断が一瞬でできるんだよ晩成の1年はバケモンか?!』

 

 『え、え?この{3}何枚ありますか?……え、ない。どこにもない。え?!これ全部……嘘……!』

 

 『ははははは!{3}単騎は山に3枚ってか!ホンットこのコはどこまでも……!面白いねい!』

 

 

 初瀬を中心に、会場は大熱狂に包まれる。

 

 全ての防具を脱ぎ捨て、狂戦士は荒野に立った。

 

 

 

 浩子 手牌

 {⑨4赤567788六六七発西} ツモ{②}

 

 (ふざけるな……!待ちは間違いなく{3}単騎や。分かってんねん!)

 

 余裕の表情だった浩子も、もう笑えない。

 待ちは完全に透けている。

 なのに、手の施しようがない。

 打点が見えないのだ。下家も、対面も。

 安易な差し込みは、死を招く。

 

 明確に青ざめた表情で、由子も山に手を伸ばした。

 

 (初瀬ちゃん……洋榎ちゃんが言ってたのは、このことなのよ……?)

 

 持ってきた牌は、全員に通っている。

 いっそ、誠子がツモってくれた方が良いんじゃないか。そんな考えさえ浮かんでくる。

 

 誠子が、山に手を伸ばす。

 必死に、必ずここで和了ると言わんばかりに。

 

 (ふざけるな……!そんなふざけた仕掛けに私が……!)

 

 誠子 手牌

 {③④九九} {横白白白白} {横東東東} {横南南南} ツモ{1}

 

 これも違う。

 誠子が存分に焦りをはらんだ表情で、河に{1}を投げ捨てる。

 

 初瀬が、山に手を伸ばした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 『『『『行け!!!初瀬!!!!』』』』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 私は強い。

 晩成の仲間が、私を強くしてくれたから。

 

 

 

 

 

 

 

 荒野に、初瀬が一本の旗を突き刺した。

 

 風にはためくその旗は、間違いなく晩成の旗印。

 

 

 

 

 

 

 あの日暗闇の中小さな灯りで勉強に勤しんでいた少女の背中。

 

 

 その背中は今。

 頼もしい背中となって、チームの旗を堂々と掲げている。

 

 

 高々と、掲げよう。

 

 これが私の、旗印。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「ツモ!!!!」 

 

 

 

 

 

 

 

 

 初瀬 手牌

 {3} {八横八八} {横③③③} {横一二三} {中横中中中} ツモ{3}

 

 

 

 

 

 

 

 

 「8000オールッ!!!」

 

 

 

 

 

 

 晩成高校1年生、岡橋初瀬の瞳には。

 

 

 宿った炎が、紅く燃えている。

 

 

 



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第160局 エネルギー

 

 

 

 『副将前半戦、終了~!!とんでもないことになりました!並みいる強豪を抑え、副将戦でトップに立ったのは……!』

 

 

 

 副将前半戦 終了

 

 1位  晩成  岡橋初瀬 114500

 2位  姫松  真瀬由子 113400

 3位 千里山 船久保浩子  95700

 4位 白糸台  亦野誠子  76400

 

 

 『晩成高校の1年生、岡橋初瀬選手です!!』

 

 『いや~ホント驚異的だよねえ……これがまだ1年生だって言うんだからヤバいよなあ~知らんけど!』

 

 『区間スコアも+20900……後半戦があるのでまだわかりませんが、仮にこのまま後半戦も同じスコアを稼ぎますと、決勝戦で1年生が残したスコア歴代トップまで見えてきますよ!』

 

 『マジかよ!まあ、流石に後半戦は他も巻き返してくるかもしれねえけど……期待がかかるねい』

 

 『全員をマイナスにしての一人浮き!あの親倍が決め手になりましたね』

 

 『あれを和了れるのは全国でも数人しかいなさそうだねい。後半戦も期待大!』

 

 『対して姫松の真瀬選手は、公式記録でマイナスが無いことで有名でしたが、前半戦で1万点近いマイナスになってしまいましたね……』

 

 『ま~でも後半戦で+1万点すればプラマイゼロっしょ?あのコならそれくらいやりそうだけどねい』

 

 『そんなところにも着目しながら、後半戦はCMの後です!』

 

 

 

 

 

 嵐のような副将前半戦が終了した。

 結果は初瀬の1人浮き。南3局の親倍は、団体戦全体の結果に関わる大きな和了りになったと言えよう。

 

 3人がいなくなった対局室で1人、初瀬は背もたれに体重を預けている。

 初瀬は、このままの状態で後半戦に臨むことを選択した。

 控室に戻れば、間違いなくチームメイト達は賞賛してくれるだろう。しかし、それでは気が緩んでしまう。

 この状態を保ったまま、初瀬は副将戦を走り切りたかった。

 

 (まだ、身体が熱い)

 

 ポケットに入れていたハンカチを目元に当てて、しばしの休息。

 対局前に憧の想いに触れて、初瀬の身体は過去最高に熱く燃え滾った。

 その衝動に突き動かされ、半荘を走り抜けた。

 自分でも、ここまでは良い選択ができていると思う。

 

 (大将戦は、もっとキツイはず。由華先輩のためにも、もっともっと稼がなきゃ)

 

 大将戦は激戦が予想される。

 全ての高校がエース級を揃えているし、準決勝で反対側のブロックであった2校に関しては未知数な部分も多い。

 なんなら、2校とも実力を温存しているようにさえ見えた。

 

 であれば、やはりなるべくここで離しておきたい。

 

 初瀬の頭に、個人成績のことなど微塵もなかった。

 ただ、晩成の勝利のために。

 そのために、自分はこの高校に入ったのだから。

 

 意識を深く集中させていた初瀬。

 

 その頬が、強く引っ張られた。

 

 「ふにゅ?!」

 

 「ははは!良い声出るじゃん」

 

 慌ててハンカチをどかせば、そこにはいつもの人の悪い笑み。

 先輩である由華が覗き込むようにして立っていた。

 

 「控室戻ってくんのかと思ったらそのまま対局室にいるみたいだからさ、一応伝えることだけ伝えようと思って」

 

 「あ、なんかありましたか、すみません」

 

 「いやいや、いいのよ。良い状態のまま臨みたいって気持ちはよくわかるからな」

 

 そう言って、由華は柔らかく微笑む。

 と、今度は姿勢を正した初瀬の、肩を揉みはじめた。

 

 「いい感じじゃん、やえ先輩も喜んでる。それでいいって」

 

 「よかった……ありがとうございます」

 

 「点数持ったからって日和るなよ。試合を決めるつもりで、攻め続けろ」

 

 「はい!」

 

 「よし、んじゃ伝えなきゃいけないことだが……白糸台のフィッシャー、どうやらドラを鳴きたいらしい」

 

 「……ドラを?」

 

 「3副露目にドラを鳴ける準備を、結構してた。ほら、ドラ雀頭で変な形で刺さったろ?」

 

 「ああ、確かに……」

 

 前半戦を思い返す。

 たしかに白糸台の手順にはおかしな点がいくつかあった。

 

 「ドラをポンできたら必ずツモれる、とかまあなんかあるのは知らないけど。不用意な手でドラ切りはやめといた方がいいかもな」

 

 「わかり、ました」

 

 「姫松もこのままじゃ絶対終わらないってやえ先輩が。高い手はきっちりダマに構えてくる人だから、リーチしてなくても常に速度感は測っとけって」

 

 「です、ね」

 

 それは肝に銘じている。準決勝ではきっちりプラスマイナスゼロまで稼がれたし、シンプルに上手い人だ。

 100回やったら、まあ負け越すだろうと初瀬は思っている。

 

 「けどまあ、どーやら千里山が姫松を止めてるっぽいな。お前は気付いて無さそうだけど」

 

 「え、そーなんですか?」

 

 「やっぱ気付いてないのか。ま、初瀬はそれで良い。ガンガン攻めろ。その方が、千里山も姫松もやりにくいらしい」

 

 初瀬の攻撃への執念は、浩子の計算を大きく上回っていた。

 それ故に、浩子は情報の修正を迫られている。対戦校にとって、初瀬の恐ろしいほどの局参加率は確実に脅威。

 

 「得意だろ?」

 

 「もちろんです」

 

 くるりと振り向いて笑顔を見せた初瀬に、由華もよし、と頷いてみせる。

 背もたれから少し出ている首の下くらいの位置を、由華が軽く叩いた。

 

 「じゃ、任せたぞ。思いっきり打って、後は私に任せろ」

 

 「はい!」

 

 気合は十分。必要そうなデータも受け取って、初瀬の準備は、完全に整った。

 

 

 

 「誇らしいよ……」

 

 「……?」

 

 自動卓のある場所から立ち去ろうとした由華が、帰り際に呟く。

 初瀬は思わず椅子から立って、由華の方に振り向いていた。

 

 「……副将戦(そこ)は、私が去年、守れなかった場所だ」

 

 「……!」

 

 ……知っていた。去年、由華が初瀬と同じように、1年生ながらに副将を務めていたことを。

 そして……どんな結果が待ち受けていたのかも。

 

 自分が去年守り切れなかった区間を、自らの後輩が、守り切るどころか点棒を増やしている。

 

 由華はそれがどうしようもないほどに、誇らしかった。

 

 由華が、最後にもう一度振り向く。

 既に振り向いていた初瀬と、目があった。

 

 

 「お前は強いよ。初瀬。見せつけてこい。全国に、晩成と、岡橋初瀬の強さを」

 

 「……はい……!」

 

 晩成の魂は、初瀬の胸にしっかりと受け継がれている。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 前半戦が終了してすぐ。

 

 姫松の副将、由子は、仲間の待つ控室へと向かっていた。

 

 由子は前半戦、点棒を失った。

 区間でマイナスを負ったことがない由子にとって、前半戦でマイナス1万点は痛い。

 しかしそれ以上に、自分にとって想定外のことが起きていることが、由子を焦らせる。

 

 (初瀬ちゃん、とっても強いのよ~)

 

 準決勝に続きまたしても、初瀬が暴れている。

 対局前に洋榎から注意喚起されたこともあって、初瀬には注意を払っていた。

 しかしそれでも今の初瀬は手が付けられない。

 

 まるで檻から放たれた虎だ。

 

 準決勝でも抑え込むのに苦労したが、決勝はそれ以上だ。

 通常、ルーキーが決勝の舞台にくると、縮こまって打牌選択が弱くなることが多い。

 しかし初瀬は、むしろ強くなった。この場所こそ、私が求めていた舞台だと言わんばかりに。

 

 (それに、浩子ちゃん……)

 

 千里山の浩子に関しては、完全にこちらを狙ってきていた。

 1位のチームをもし狙うつもりなら、照準は晩成に移るかもしれない。

 が、おそらくあれは、姫松を引きずり下ろすために作られた作戦だ。

 後半戦も浩子の狙いは由子に定まる。由子はそんな気がしている。

 

 自分でも様々な対抗策を考えながら、由子は姫松の控室のドアを開けた。

 

 「戻ったのよ~」

 

 「由子先輩~!」

 

 ドアを開けるとすぐ、漫が由子に飛びついてきた。

 

 「由子、今恭子と牌譜見直してるから、ちょっと待ってて」

 

 「まあまあ由子、こっち来て座ろうや」

 

 机の上にノートパソコンを開き、多恵と恭子が話している。おそらく副将前半戦のデータをまとめてくれているのであろうことが、由子にはわかった。

 

 洋榎がぽんぽん、と自らが座っているソファーの右側を叩く。

 遠慮なく、由子はそのスペースに腰を下ろす。

 

 「どや、うちの従姉妹はなかなか性格悪いやろ」

 

 「も~大変よ~」

 

 「ははは!せやろな~なんでやろな~こんな性格のええ従姉妹がおるのに、浩子はあんなになってもうたんやろなあ~」

 

 「想像つくのよ~」

 

 「はっはっは……とまあ、冗談はさておきやな」

 

 足を組んで、盛大に背もたれに体重を預けていた洋榎が、姿勢を正す。

 その目は、どこか遠くを見つめているようにみえた。

 

 「ウチらって今までぎょーーーーさん麻雀打ってきたよなあ」

 

 「せやね~」

 

 「勝ったことも、負けたこともたくさんあったよなあ」

 

 「せやね~」

 

 「たくさん打って、初めて会った時よりだいぶ上手くなったよなあ~。当たり前のことやけど」

 

 由子は、イマイチ洋榎の発言の意図を汲み取れていなかった。

 上手くなっても負けることもあるから、気にするな、ということなのだろうか、とそう思った。

 

 しかし、由子の想像は外れていて。

 

 「けどな、由子の麻雀に対する姿勢だけは、会った時からな~んも変わってへん」

 

 「……!」

 

 洋榎は覚えている。いや、洋榎だけではない。姫松の3年生は皆知っている。

 1年生から始めた洗牌、卓清掃。

 

 上級生になるにつれて皆その役目を下級生に引きついでいっていたが。

 

 由子が1年生の時に担当した卓は、今も由子が清掃と洗牌を担っていること。

 

 技術は成長する。環境は変わる。心境も変わる。

 けれど、由子の中で変わらないものもある。

 

 それは『牌を愛する心』。道具を、慈しむ気持ち。

 

 

 にぃ、と洋榎が笑顔になった。

 

 「もし麻雀の神様~なんてもんがおって、ウチがその神様やったら、由子みたいなんは見捨てへんけどなあ~大切にしてくれるし」

 

 「ふふふ、そうだと、嬉しいのよ~」

 

 漠然とした話だ。

 抽象的過ぎて、対策もなにもあったものではない。

 

 けれど、今洋榎は由子にこの話がしたかった。珍しく、姫松の部長として考えてやった行動ではない。

 必要に迫られて話したのではない。

 

 そんな洋榎の、どうということはない与太話。

 

 「ま、何が言いたいかっちゅうとな、『いつも通り』を、貫こうや。それやったらきっと、後悔せん。由子の3年間が後悔で終わるのは、ウチが許せへんわ」

 

 「洋榎ちゃん……」

 

 由子は、個人戦出場権利が無い。

 正真正銘、この団体戦が最後だ。

 

 だからこそ、洋榎は由子の高校麻雀生活が後悔で終わることを、良しとしなかった。

 洋榎が、由子の胸の辺りをドン、と強めに叩く。

 

 「大丈夫や。初めて会った日から、由子の芯はなんにも変わってへん。芯がしっかりしとったら、あとは3年間の経験が、由子を助けてくれる」

 

 「芯……」

 

 洋榎の顔をまじまじと見つめる。

 相変わらず、本心のわかりにくい、それでも暖かさを感じることのできる、不思議な笑み。

 これも、変わらない。

 

 「ふふふ……洋榎ちゃん、変な顔なのよ~」

 

 「変とはなんや!イカした顔やろがい!」

 

 「由子!ちょっと来てくれるか!」

 

 恭子の声がして、由子はゆっくりと立ち上がる。

 きっと恭子と多恵が、対策を練りだしてくれたのだろう。

 

 不思議と、由子の胸の内にあった鬱屈な気持ちは、もう無くなっていた。

 その事実に、由子は自分の単純さに可笑しくなってしまう。

 こんなにも単純なことだった。自分のやってきたこと、仲間と繋いできたこと。それを確認するだけで、こんなにも前向きになれる。

 

 それはひとえに、この姫松での3年間のおかげ。

 

 もう一度足を組みなおして、満足そうに目を閉じる洋榎。

 その姿に背を向けて、由子が小さく一言。

 

 「ありがとう、洋榎」

 

 「おん」

 

 その言葉は紛れもなく、3年間を共にした親友に向けられた言葉だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「よ~しそれじゃ、行ってくるのよ~!」

 

 「ファイトです!由子先輩!!」

 

 近寄ってきた漫の頭を撫でると、暖かな気持ちになれる。

 次鋒戦での漫の頑張りを思い出して、由子はもう一度気合を入れ直した。

 

 「由子!」

 

 多恵の声に反応してふと、顔を上げれば、3年間を共にした仲間が、並んで笑っている。

 

 「由子の強さは、私が知ってるから。頑張って!」

 

 「っしゃーいてこましたれゆっこ」

 

 「最善を積み重ねる、それだけや。結果は必ずついてくる」

 

 サムズアップする多恵と、おおげさに腕を振り上げる洋榎、そして、腕を組んでこちらを強い眼差しで見つめる恭子。

 

 改めて、すごい人達と麻雀を打ってきたんだなと実感する。

 全員がトッププレイヤーだ。

 

 それと同時に……そんなメンバーが、自分の強さを信じてくれているという事実に、由子の胸に何かが込み上げる。

 溢れて、抑えようのない気持ち。

 

 

 「……ふふふ!ありがとーなのよー!勝って、最高の団体戦に、するのよ~!」

 

 由子の笑顔が咲いた。

 

 もう焦りも、苦しさも無い。

 胸にあるのは、仲間からもらった暖かな気持ち。

 

 さあ行こう。高校生活最後の晴れ舞台。

 

 牌を愛し続けた少女が、最後の闘牌に向かうのだった。

 

 



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第161局 席順


【お知らせ】
第124局 立ち上がれ を大幅に修正、変更しました。局の結果等は何も変わっていませんので、このまま読んでいただいて何も問題はございません。





 

 

 

 倉橋多恵から見て、真瀬由子という少女は、良い意味で『異常』だった。

 

 高校で初めて出会い、数えきれないほど麻雀を打って、多くの時間を共にしてきたが、これまでの2度の人生で、麻雀牌をここまで大切に扱っている人物を、多恵は知らなかった。

 麻雀牌だけではない。彼女にとっては、自動卓すら、労わるべき対象だった。

 

 自分とて道具を大切にする方という自負はあったが、とてもではないが、由子には遠く及ばない。

 

 多恵は前世の記憶もあって、別に強打する人がいても特に何も思わない。確かにまあ、毎巡のように打牌が強いのはどうかと思うが、ここぞという場面で打牌が強くなってしまうのは、むしろ感情が乗っている証拠だし親近感が持てる。

 事実、前世でも時折感情の籠った麻雀を打つ打ち手は、ファンがよくついていた。

 

 もちろん由子にも、感情はある。勝てばうれしいし、負ければ悔しい。

 雀士なら当たり前の感情。

 

 しかし、決して由子は感情に流されて道具に当たることはなかった。

 いつも笑顔で、ツモる時も、打牌も、裏ドラをめくる時も。優しく、牌を扱う。

 どんなことがあった日も、卓清掃と洗牌を欠かしたことはなく。

 

 そんな由子に、多恵は最大限の敬意を払っていた。

 誰よりも、牌を大切に扱う人として。

 

 (だから、どうかお願いします)

 

 副将戦に向かった由子を見送って、目の前の閉じられた扉を眺めて多恵は強く想う。

 

 (力を貸してあげてとは思わないから。由子に、普段通りの麻雀を打たせてあげて)

 

 都合の良いことは願わない。

 普段通りなら、彼女は負けないと信じているから。

 

 (頑張って、由子)

 

 3年間を共にした大切なチームメイトに、多恵は想いを託したのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 『さあお待たせしました!時刻は夜の19時を回っています。このインターハイ団体戦決勝も、残すところあと3半荘!3半荘が終われば、全国の頂点に立つ高校が決まります!』

 

 『いや~……長いようで、彼女たちの1年間の努力を思えば、一瞬のことだよねえ……知らんけど!』

 

 『副将後半戦、4選手が対局室に揃いました!』

 

 由子が、胸に手を当てる。

 とくん、とくん、と小さく心臓の鼓動が聞こえる。

 

 程よい緊張感。

 

 (大丈夫。私には、皆がついてるのよー)

 

 由子の歩んできた3年間。姫松の皆と過ごしたこの時間は、かけがえのないものになった。

 今はただ、ぶつけよう。その日々の、集大成を。

 

 照明が落ちる。

 広い対局室の内、この場所だけが綺麗にくりぬかれたのではないかと錯覚するほどのスポットライト。

 

 対局相手の顔も、良く見える。

 

 (ふぁいとよ~!)

 

 由子のインターハイ最後の半荘が、始まった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 東家 亦野誠子

 南家 船久保浩子

 西家 真瀬由子

 北家 岡橋初瀬

 

 

 東1局 親 誠子

 

 

 初瀬 配牌 ドラ{⑨}

 {②④⑨⑨13赤5六八九北北白} ツモ{東}

 

 

 (ドラドラ赤……)

 

 前半戦から変わることなく、初瀬の状態は良い。

 別に配牌にドラが3つあるから、という手牌の事実だけから判別しているわけではない。それは、初瀬自身が一番良く感じている身体の状態。

 

 思考に淀みが無く、集中して打牌できているという事実。

 前半戦から続くその事実が、初瀬を更に強くしていた。

 

 「ポン」

 

 そんな初瀬が切り出した{東}に、声がかかる。

 前半戦で嫌というほど聞いた声音に、初瀬の眉がピクリと動いた。

 

 

 『東発の親番、亦野選手が仕掛けていきました!』

 

 『まあそりゃ仕掛けていくよねえ。それにしてもよく役牌持ってんなあ!』

 

 『確かに亦野選手は配牌で役牌対子を持っていることがかなり多いですね。鳴きが多いのも納得です』

 

 『前半戦は鳴いても和了れないことが多かったけど…‥ま、後半戦は事情が違うぜえ?』

 

 『……と、言いますと?』

 

 『席順、かねえ。知らんけど!』

 

 前半戦、誠子は果敢に仕掛けていってはいたものの、満足するだけの和了をできたわけではなかった。

 誠子の能力は基本的に3副露をベースにしている。それこそ、普通の打ち手なら鳴くのをためらうような手でも誠子は仕掛けていく。

 それが和了りにつながることを、彼女はその身をもって知っているから。

 

 が、前半戦は1副露の後が続かなかった。

 誠子の上家に座る鉄壁の打ち手が、簡単に鳴くことを許してはくれなかったから。

 

 『なるほど!確かに姫松の真瀬選手は引き気味の選択も多かったですし、そう簡単には鳴けなかった印象ですね』

 

 『そうなんだよねえ~!けど、後半戦は上家が変わって、今度はむしろ逆ってわけだ』

 

 笑みを浮かべながら、咏は誠子の上家に座る少女を見る。

 その少女は、いましがた浩子から切られた{北}に、迷いなく声をかける。

 

 

 「ポン!」

 

 「チー!」

 

 そうして勢いよく切り出した牌に、誠子が飛びつく。

 あがる水しぶきが、同卓者の表情を曇らせる。

 

 

 『晩成の岡橋選手も負けじと自風風の{北}を鳴いて発進です!そして切り出された{九}を、亦野選手が鳴いて2つ目の仕掛け!場は既に急加速を始めています!三尋木プロ、席順が違うとこうも展開が変わりますか!』

 

 『いや~知らんし!んま、この後半戦、白糸台のコがさっきよりも格段に鳴きやすいってのは確かなんじゃねえの?』

 

 『なるほど……!では亦野選手は前半戦よりも有利な状態で戦うことができるんですね!』

 

 自由な副露を手に入れた誠子は、一見水を得た魚のように見える。

 だが、咏は人の悪い笑みを浮かべると、針生アナのその言葉を静かに否定した。

 

 『いや?そうとは限らねえんじゃねえの~』

 

 『え?』

 

 『鳴きやすいってのは確かに良いのかもしんねーけど、鳴くっつーことは戦うっつーことだろ?麻雀ってのは手牌の中にある牌の種類イコール守備力になりやすい。ま、どこかの誰かさんみたいによほど待ちを一点読みできたら別だけど~。前半戦は、なかなか戦いに参加させてもらえなかった。なるほど?確かに不利に聞こえるわなあ。じゃあこの後半戦はどうか』

 

 咏の言葉が途切れるより早く。 

 

 「チー!」

 

 威勢の良い発声が、またもや卓内に響いた。

 そしてその切り出された牌に引っ張られるように、誠子も初瀬の切った牌に食らいつく。

 

 「チー……!」

 

 誠子が、聴牌を入れた。

 

 

 『3副露が叶って、状況的には親の白糸台のコが有利に見える。ケド、実はそんなこたーない。否応なしに、引きずり出されたんだ。勝負の場に』

 

 手牌が4枚になった誠子の額に汗が流れる。

 いつもなら絶対に感じないはずの、自分が得意とする場面で感じるプレッシャー。

 

 それは前半戦で埋め込まれた恐怖の断片。

 

 

 初瀬 手牌

 {②③④⑨⑨赤56} {横七六八} {北横北北}

 

 

 狂戦士の斧が、誠子の喉笛にあてがわれている。

 

 (ふざけるな……!有利なのは、私のはずなんだ!)

 

 それは今まで誠子が築き上げてきた実績、経験。

 白糸台のレギュラーであるというプライドが、彼女をなんとか奮い立たせる。

 

 手牌が4枚になってから1回目のツモ。

 しかしその牌は誠子の和了り牌ではない。

 

 そして、初瀬には通っていない。

 

 (そんな上手くいってたまるか!)

 

 切り出す。3副露からオリたことなどこの力を自覚してから1度もない。

 

 強く切り出したその牌が初瀬に当たらなかったことに束の間安堵してから。

 

 

 「ロンや」

 

 全く見ていなかった下家からの発声に目を見開く。

 

 

 浩子 手牌

 {①②③⑤⑥⑦⑧⑨123九九} ロン{⑦}

 

 

 「2000やな」

 

 「……はい」

 

 誠子の牌を打ち取ったのは、浩子だった。

 

 『和了ったのは千里山女子船久保選手!!静かに聴牌を入れて、ダマで和了りきりました!』

 

 

 2回しかない親番の内、1回が終わってしまった。

 そのことに焦りを感じながら、誠子が浩子に点棒を渡す。

 

 (晩成の1年は、正直コントロールできへんけど……白糸台は御しやすくて助かるわぁ……)

 

 浩子が周りからは見えないように、くつくつと笑う。

 つくづく、休憩中にもし、亦野誠子の上家が岡橋初瀬だった時のことを考えていてよかったと思う。

 

 (全部吐き出してもらうで……取り返しがつかんくらいにな……!)

 

 千里山の策士が不敵に笑う。

 

 

 誠子は……否、白糸台は早くも窮地を迎えていた。

 

 

 

 



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第162局 麻雀の王道

 

 

 

 

 

 『麻雀における王道って、なんだと思う?』

 

 『なんですかまた藪から棒に……』

 

 副将後半戦東2局が始まってすぐ、針生アナはどこかの刑事(デカ)よろしく、「またこの人の悪いクセだよ……」と見るからに嫌そうな顔を隠そうともしない。

 

 

 『はっはっはそんな嫌そうな顔すんなよ~!単なる一般論の話だよ、知らんけど!』

 

 『一般論……まあ、そうですね、王道って言ったらまあ、リーチ、とかですか?』

 

 『いいねえそーゆーのを待ってたんだよ。じゃあなんで、リーチが王道なのか説明できちゃったりする?』

 

 『なんでって……打点も基本的には高くなりやすいですし、最初麻雀習う時は、役もろくにわからないまま鳴くと役なしになっちゃいますし、まずは面前で手の作り方を覚えて、聴牌したらリーチ。これが基本だと教えられましたから』

 

 『おお~そりゃ良い人に教えてもらったねえ……麻雀の王道はリーチ!そしてツモ!ま、知らんけど』

 

 『いやそこは知っておいてくださいよ……』

 

 咏のいつものペースだ。

 あっけらかんとしていて、だがどこか憎めない。

 

 『でもさ~、最近の麻雀って、別にそんなことないと思わん?』

 

 『そんなこと?』

 

 『リーチしなくたってとんでもねー手は出てくるし、なんなら鳴いたら必ず和了れちゃう!みたいな人もいる。どんな理論もひっくり返して、邪道と言われていたものが、容赦なく王道を食い荒らす』

 

 『……三尋木プロ?』

 

 いつものペースだ、と思っていたが、どうやら何かが違う。

 少し低い声音で、しかしハッキリと、咏は思いの丈を言葉にしているように見えて。

 

 『勝てるから王道なんだ。邪道に正面向かって勝てないのは、王道なんて呼ばないのさ。じゃあ今の、王道ってなんだ?』

 

 『……』

 

 咏の鋭い眼光に射抜かれて少しだけ、間が空く。実況という立場で言えば、この間は良いとはいえないだろう。

 だが間を空けてしまった。それは実況者としてではなく、針生アナも“麻雀を打つ者”として考えることがあったから。

 

 『な~んてな!ほらほら、もう東2局はかなり進んでるぜい』

 

 『……そうですね、手牌を見ていきましょう』

 

 それぞれの手牌の進行状況を伝えながら、針生アナの思考はぐるぐると回っていた。

 

 咏の言っていた、王道。

 それはまさしく、勝つべき理論。だが確かに近年、それは覆されてばかりだ。

 

 いつの間にか“麻雀”というゲームのゲーム性は、変わり始めている。

 それは本当に、良い変化なのだろうか?

 

 そして何故、咏は今そんなことを唱えたのか?

 

 (この団体戦を、最後まで観れば、何か変わるのかしら)

 

 真意はわからない。

 しかし針生アナも、この団体戦の最後に何かが待っている気がして、言いもしれぬ興奮にその身を震わせるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 東2局 親 浩子

 

 6巡目。

 

 「ポン」

 

 この卓に座る面々がもう誠子からのポン発声に、その都度反応することも無くなっていた。

 

 誠子の2副露目。

 案の定初瀬から切られた{発}を鳴いたことに、さしたる驚きはない。

 

 仮にそれが役バック濃厚の河に対して初瀬が何のためらいもなく生牌の{発}を切っていったとしても、だ。

 

 (晩成のルーキーは狂戦士とか呼ばれとるくせに、なんでもかんでも猪突猛進なわけやない。亦野の性質も十分知っているやろし、無駄なことはせんはずや。とすれば……)

 

 ツモ牌を手牌の上に横向きに乗せた浩子の眼鏡が、光る。

 浩子の持つデータは、初瀬の手牌価値を正確に測っていて。

 

 

 初瀬 手牌 ドラ{④}

 {④④④赤⑤⑥889二三五六六}

 

 初瀬の細く、鋭い息遣いが聞こえる。

 それはまさしく、獰猛な獣のそれ。

 

 (まだ足りないってか……勘弁してくれへんか)

 

 並大抵の1年生なら、前半戦の成績だけでも十分すぎるほどの記録だろう。

 しかし目の前に座るこの野蛮なルーキーは、まるで満足していない。

 

 対局前は、そこが隙になりうると思っていた。前のめりになるがゆえに、掬える足があると思っていた。

 

 (それがなんやねんこの気合の入りようは……ブラフも効かない、オリる判断もできる。来るときは……しっかり勝負手)

 

 やりにくい。

 それが浩子の感想。

 

 愚直。故に強い。

 勝負手だと明らかにわかっている相手に対して、突っ込んでいくのは良策ではない。

 

 (こいつさえおらんかったら、この副将戦はもっと楽やったのに……!)

 

 小さく嘆息し、浩子は1枚の牌を切り出した。

 親番とはいえ、形が悪い。手牌には赤が1枚だけ。

 かといって、そういう時の戦い方を知らないわけでもない。

 

 (ちょっと、止まってもらうか)

 

 

 

 9巡目。

 

 「チー」

 

 誠子から出てきた{3}を、浩子が{24}で鳴いた。

 副露率のそこまで高くない親番の浩子が鳴いたことで、卓内に少しだけ緊張が走る。

 

 浩子は丁寧に誠子の河から{3}を拾うと、右端に弾く。

 そして自分の手牌から……{赤⑤}を切り出した。

 

 浩子 手牌

 {⑧⑧68二二四四五七} {横324}

 

 

 『千里山女子船久保選手、やけに直線的に受けましたね……?{赤⑤}は是が非でもくっつけたい牌のように思いますが?』

 

 『いやー知らんし。……ま、千里山のコ的にも?晩成のコがやる気満々だってのはわかってるだろうからね、ドラが複数枚持たれてるのは察したんじゃねえの?』

 

 『どうせくっつかないのなら、後々危険になる{赤⑤}を先に処理した……ということでしょうか』

 

 『あとはまあ……単純に威圧にはなるよな。形になってない奴からしたら、親が1つ鳴いてドラ切って来たんだ。一向聴以上……聴牌でもおかしくねえって読むのは、ま、普通じゃね?知らんけど』

 

 咏の言葉通り、浩子から放たれた{赤⑤}にほんの0.5秒ほど時が止まる。

 由子が、浩子の河に目をやりながら、ツモ山に手を伸ばした。

 

 由子 手牌

{①③⑤⑥4赤56779七八九} ツモ{発}

 

 持ってきた{発}は誠子が鳴いている牌。ポンカスだ。

 由子はしばらく河を見渡した後、{9}を切り出す。

 

 (う~ん……あんまり聴牌しているようには、見えないのね~)

 

 由子の高いレベルの速度読みが、浩子のブラフを半分看破していた。

 とはいえ、自分の手は愚形残りの一向聴。全員が初打に{①}を切り出していることから、由子の目から{②}の景色はかなり良く、ここまでほぐすことなく残してきた。

 

 しかし、問題は{④⑦}ターツ。ここが由子の目からかなり薄そうに見える。

 誠子の河に筒子が高く、初瀬も初打の{①}以降筒子が河に見えていない。

 ドラ色ということが大きいのか、とても山にたくさんいるようには見えない。

 

 これらの情報を、由子の脳が一瞬で処理する。何千、何万と繰り返してきた思考。

 

 そんな思考の海に沈んでいた由子の脳に、新しい情報。

 尤も、それは全く歓迎できるものではなかったが。

 

 由子の鼓膜に伝わるのは、振り上げられる、『斧』の音。

 

 

 

 「リーチィ!」

 

 

 横向きに曲げられた牌が、ビリビリと火花を散らす。

 獰猛な牙を剥きだしにして、晩成の狂戦士はそこに立っていた。

 

 

 『テンパったあ!!先制リーチは晩成の岡橋初瀬選手!前半戦から一貫して攻めの姿勢!これが晩成高校の麻雀ですね!』

 

 『いや~いいよねえチームカラーっての?がはっきりしてるよねえ~……ツモって跳満……さ、どうなるかな?』

 

 またも初瀬のリーチを受けて、誠子が歯噛みする。

 今回は3副露にたどり着く前に先制を打たれてしまった。

 

 先ほどと同様、役牌を鳴かされて、手牌が短くなった状況で。

 

 (終始コイツのペースじゃないか……!)

 

 冷や汗が流れる。

 何度自分はこの振りかざされる斧に撤退の選択をしなければいけないのだろうか。

 

 それほどまでに、今の初瀬の勢いは圧倒的だった。

 

 

 浩子 手牌

 {⑧⑧68二二四四五七} ツモ{西}

 

 (生半可な脅しじゃ止まらんか。ま、安牌を持ってこれたんは好都合やな。姫松は、来にくいやろ)

 

 晩成がここまでやるのは想定外。しかし浩子の戦術は由子にはしっかりと効いている。

 その実感があるからこそ、この巡目で危険牌を引かなかったのはラッキーだった。

 

 ツモって来た{西}をそのまま切ることで、こちらが聴牌しているのかどうかの判断を鈍らせることができる。

 

 

 同巡 由子 手牌

 {①③⑤⑥4赤5677七八九発} ツモ{④}

 

 

 (……!)

 

 聴牌。

 それも薄いと思っていたドラを引き入れての。

 

 これで由子の手にドラが2枚。勝負になる手牌になってしまった。

 

 

 『姫松高校真瀬選手、聴牌です!しかしこの愚形では押しにくいか……』

 

 『防御型のコだし、ここは聴牌だけ取ってダマりそうじゃない?知らんけど』

 

 確かに、チームメイトで同じく防御型である愛宕洋榎だったらリーチ選択はしないかもしれない。

 この{②}が山にあることはわかる。が、同じく浩子と初瀬の手牌の形も、ある程度予測することができるから。

 

 当たり牌を掴んだ時、的確に回ることができるから。

 

 由子もその洋榎と似た打ち手であることから、咏はそう読んだ。

 そして咏のその読みには、もうひとつ理由がある。

 

 (やりにくそうにしてたしねえ……千里山の鳴きに対しても)

 

 前半戦で、由子は浩子の鳴きに対して対応を強いられた。

 ブラフと本命がわかりにくい鳴き。明確に自分を狙われた鳴き。

 

 絶妙なバランス感覚で成り立っていた由子の麻雀を、浩子は崩した。

 その様子をみていたからこそ、浩子の鳴きが入っているこの場面はリーチがしにくいのではないか。

 

 咏の視線が、モニターに映る由子に注がれる。

 

 

 

 (私はドラが2枚、愚形聴牌。初瀬ちゃんはきっと、超、勝負手なのよ~)

 

 ビリビリと伝わってくる初瀬の気迫。

 由子の肌を焦がさんと、その熱は確かに伝わってくる。

 

 前半戦、初瀬の勝負手を止めることができなかった。

 めくりあいの勝負でも、あっけなく負けた。めくりあいというか、相手は聴牌すらしていなかったのだ。そこから裸単騎まで持ち込まれて、負けた。

 

 通常、そこまでやられれば、自然と勝負にいきたくなくなるもの。

 

 初瀬の手牌の打点が高いことは、容易に想像がつくから。

 ツモれたらラッキー。筒子は連続形。手牌が良形に変化したら、勝負。

 そういう選択肢も、きっとあるだろう。

 

 由子が、小さく息を吸って、吐いた。

 

 とくん、とくん、と心臓が鳴っているのが、わかる。

 

 (私の、3年間)

 

 目を閉じれば浮かんでくる。

 由子の3年間は、常に麻雀と、仲間達と共にあった。

 

 (私の麻雀を、信じるのよ)

 

 パタン、と右端の{発}を、手前に倒す。

 

 初瀬が、目を見開く。

 その動作を知っている。由子と準決勝でも戦ったから知っている。

 

 親指で手前に倒した牌を、器用に人差し指と中指でひっくり返す。

 

 何千回、何万回とやってきた動作故に、淀みはない。

 

 姫松の控室にいた洋榎が、頬杖をつきながら優しい笑顔で呟いた。

 

 ――由子なら、せやろな。と。

 

 

 「リーチなのよ~!」

 

 由子から放たれた牌は、きわめて静かに、流れるように横を向いた。

 

 

 『リーチです!ここはリーチに打って出ました真瀬選手!』

 

 『愚形ドラ2。ただ、自分が最初から感じていた山にありそうな牌でリーチ、か。で?何枚あんのよこれ』

 

 『え……{②}は、え~……あ、これ……!』

 

 針生アナが{②}の数を数え始め、結論に至るのとほぼ同時。

 

 初瀬が持ってきた牌に、眉をひそめた。

 

 

 斧を大きく振りかぶっていた初瀬の首元を、()本の短剣がかすめる。

 

 死角にいた由子から放たれた短剣。

 たかが1本。しかしそれは、3年間と努力と研鑽により、磨き抜かれた業物。

 

 初瀬の頬に、1本の筋が通る。そこから出血していることに気付くのに、初瀬は数秒を要した。

 

 

 

 「ロンよ~!」

 

 

 由子 手牌

 {①③④⑤⑥4赤5677七八九} ロン{②}

 

 

 「8000点よ~!」

 

 

 

 『一発で仕留めました姫松の仕事人真瀬由子!!!岡橋選手の勝負手を、同じく勝負手で潰しました!!』

 

 『いや~……気合のこもった、良いリーチだねい。これでまた、首位がわからなくなってきたんじゃねえの?』

 

 『まだまだわかりません!大混戦の様相を呈してきました副将後半戦!』

 

 熱の籠る針生アナの実況を横で聞きながら、咏は扇子でパタパタと自らの首元を扇ぐ。

 

 (当然、恐怖はあったはずだよねい。前半戦の千里山からの狙い撃ち。晩成の超攻撃型麻雀。……ケド、それをも打ち破るのは、あのコの3年間の積み重ね、か……。いいねえ……まさしく、王道そのものじゃねえの)

 

 

 点棒の授受を終えた由子が、一つ息を吐く。

 

 手痛い放銃となった初瀬の方を見れば、何一つ堪えている様子はない。

 

 頬を伝った血をペロリと舐めて、好戦的に笑う。

 晩成の狂戦士は、この程度で引き下がってはくれないようだ。

 

 

 (末恐ろしいコよ~)

 

 切実に、そう思う。

 

 しかし、由子はこうも思うのだ。

 

 

 (けど今は。今年だけは。私が勝たせてもらうのよ)

 

 

 普段の朗らかな表情とは明確に違う。

 

 絶対に負けられない戦いで、姫松の仕事人はまた静かにその身を潜めたことに、同卓者の誰も気付くことはなかった。

 

 

 

 

 

 



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第163局 愚直な意志

 

 

 

 

 由子の満貫の和了りで、姫松がもう一度トップを取り返した。

 一時的にではあるがトップを奪っていた晩成の面々は、先ほどの放銃で肩を落としている最中。

 

 「くっそ~!今の和了れてればめちゃくちゃ大きかったのに!!」

 

 「惜しかったね……」

 

 憧は制服の上に羽織った薄手のカーディガンの袖を手のひらまで引っ張って、いわゆる『萌え袖』の部分を強く握りしめて悔しがった。

 ソファの中心にやえ。その隣に憧。ソファには座らず、後ろに由華と紀子が立っている。

 

 「別に構わないわよ。手が来てる間は、全力で押す。今の放銃はリーチに打って出れた姫松が一歩上手だった」

 

 「ですね。流石姫松を陰で支える仕事人……か」

 

 対して、やえと由華は冷静。今の放銃は仕方ない。そもそも前半戦での和了り自体、――もちろんあれは初瀬の努力の結果ではあるが、幸運だったと言えるものだから。

 全ての勝負手が和了れるわけではない。今の局は素直に由子が上回ったというだけ。

 

 「でも初瀬ってやられ始めるとトんだりするし、マジで大丈夫かな……」

 

 「まあ確かに、悪い流れになると一気に悪い方向に行くやつではあるな」

 

 初瀬の雀風は極端。勝てる時にとことん勝ち、負ける時はとことん負ける。

 部内のリーグ戦でもそれは明らかだった故に、この放銃が悪い方向に振れることにならないか心配する面々。

 

 「その心配はいらないと思うわ」

 

 「……やえ先輩?」

 

 しかし準決勝とは打って変わって、この晩成を統べる王は、その心配は杞憂であると切り捨てる。

 足を組んで頬杖をついているやえの瞳に、焦りの感情は1ミリも無い。

 

 「いつもなら手が入ると周りが見えなくなる初瀬だけど……今日は全体が見えてる。突っ込むときと、引くべき時。和了れる待ちかどうか。その嗅覚が、研ぎ澄まされてる。……まったく、いつもああなってくれれば来年からも安心なんだけど」

 

 やえの目から見ても、今日の初瀬はできすぎている。怖いくらいの集中力。

 手の入り方。そしてその手に溺れない強さ。

 

 こんなに頼もしいと思ったことは無い。

 

 (……まだ及ばないけれど……タイプ的には、いつか臨海の辻垣内みたいになれるかもしれないわね)

 

 まだ粗削り。

 しかしその研ぎ澄まされた刃に、踏み込んでいい範囲を見極められる読みが身に着けば、彼女は相当な打ち手になるかもしれない。

 それこそ、自分のような攻め一辺倒だけではなく、捌くこともできるような打ち手に。

 やえは初瀬に、それほどの可能性を感じていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 点数状況

 

 1位  姫松 真瀬由子 122400

 2位  晩成 岡橋初瀬 105500

 3位 千里山 船久保浩子 97700

 4位 白糸台 亦野誠子  74400

 

 

 

 

 

 

 東3局 親 由子 ドラ{2}

 

 やえの言葉通り、満貫の放銃に回っても初瀬に焦りはない。

 あの手でリーチを打たない初瀬など初瀬ではないし、彼女自身、100回あの手が来たら100回リーチを打っているのを理解している。

 だから、関係ない。

 メンタル面も強くなった初瀬は、対戦相手にとってこの上なく厄介だった。

 

 

 8巡目 初瀬 手牌

 {12②②③④二四四赤五五八八} ツモ{一}

 

 『岡橋選手、今回も参加はできそうな手ですが、少し重いですね』

 

 『ん~そうだねい。タンヤオで行きたい気もするけど、そうするとドラターツが余計だよねえ。知らんけど!』

 

 局は中盤。河を見渡せば、明らかに索子の染め手仕掛けをしている誠子と、平和手進行ぽい河の浩子と由子。

 特に浩子からは中張牌が余りはじめていることから、そこそこ手が進んでいることが予想される。

 

 初瀬はもう一度自分の手を見て、思考を巡らせた。

 自分にできる最良の選択は何か。

 

 少考を終了し、初瀬が1枚の牌を河へ切り出す。

 その牌は、{④}。

 

 『岡橋選手、面子の一部である{④}を切り出しましたか。これは……』

 

 『ま、七対子決め打ちっぽいねえ』

 

 誠子の河に{④}が2枚。

 自分の手が重く、面子手では追い付かないと判断した初瀬は、七対子に決め打つために{④}を切り出した。

 

 『面子手と七対子どちらもが狙えそうなとき、結構打ち手の性格出ると思ってるんだけど……晩成のコは思った通り、決め打ちタイプだったねい』

 

 『あ~、わかります。どっちにも未練残して、結局和了れないこととかありますよね』

 

 『ま、私はないけどね~!』

 

 『……』

 

 明確な間が、針生アナの感情をこれ以上ないほど表現しているのは置いておいて。

 

 七対子と面子手の両天秤問題は、麻雀を打っている者の永遠の課題ともいえる。

 七対子が好きな打ち手であれば決め打ちもしやすいだろうが、七対子は役の性質上、一向聴から聴牌へ至るための牌の枚数が少なく、一向聴から動かなくなってしまうことが非常に多い手。

 さらに言えば、最終形が必ず単騎待ちになるため、最高でも山に3枚ある待ちでしか待てないというのも特徴だ。

 

 だからこそ、『七対子が上手い人は麻雀が強い』と言われたりするのである。

 とはいえ、これもあくまで、『通常の麻雀』の話ではあるが。

 

 初瀬は七対子が得意な方ではない。

 が、初瀬はとある理由から七対子をそこまで苦手としているわけでもなかった。

 

 10巡目 初瀬 手牌

 {12②②③一二四四赤五五八八} ツモ{二}

 

 初瀬の手が進む。

 あまり迷うことなく、初瀬は{一}を切り出していく。

 

 『繊細な山読みを要求される七対子ですが、岡橋選手はあまり迷わずに打牌していきますね』

 

 『ま~あのコの性格からすれば、結構当然なんじゃねえの?』

 

 『え、そうなんですか?』

 

 『晩成の岡橋ちゃんさ、めちゃくちゃ押し強いイメージあると思うのよ』

 

 『そうですね。なんか大体押してるイメージあります』

 

 『そりゃ言い過ぎだろ!まあけど、見ててさ、いやその手で押すの?って思ったことあんまなくね?』

 

 『言われてみれば、確かに……』

 

 針生アナは自分が実況を担当した以外の局でも、初瀬の闘牌を見ている。

 それは単に見ていて面白いからというのもあったし、実況するかもしれない注目されているルーキーだからというのもあった。

 

 そうして見てきた初瀬の麻雀で、押しがとにかく強いとは思ったものの、その押しが「不当」であると思ったことはほとんどない。

 しかしそれは、少し異常なのだ。

 

 『押し引きの基準ってのは人それぞれだけど……岡橋ちゃんの押し引きはわかりやすい。満貫以上あるかないかで線引きして、その上は跳満あたりで線引きしてるんじゃねえかな』

 

 『先制リーチの時は打点が伴っていないことも大いにありますが、押し返しの時は確かに打点が高いことが多いですね』

 

 『満貫以上あれば、たとえその手が一向聴だろうと強く押す。手牌の価値が高いから。でもおかしいよなあ。だとすれば、満貫以上の手が来ることが他より極端に多いのかって話になっちまう』

 

 初瀬の押し引きがもし仮に普通であるとするならば、他の打ち手ももっと押しているはずだ。

 咏は、初瀬の押し引きの根幹にある、手組に気付いていた。

 

 『あのコは、重い手の時は意図的に“高い聴牌”を目指してんだ。自分が後手に回った時、押し返しやすいように』

 

 『……!確かに、言われてみればそうですね』

 

 千里山の誇る、打点女王とは少し違う。

 初瀬は先制聴牌さえ入ればそれがたとえ愚形リーチのみでもリーチを打つタイプだ。

 

 初瀬の強い所は、自分が後手に回りそうな手組のとき……多少牌効率に逆らってでも、高い手の聴牌を組みに行くところ。

 

 

 11巡目 

 

 

 「リーチ」

 

 浩子から、リーチが入った。

 河はだいぶ前から濃く、ツモ切りが続いていたため、一向聴以上であることは周りも察していたが。

 

 同巡 初瀬 手牌

 {12②②③二二四四赤五五八八} ツモ{2}

 

 

 『ほうら、追い付いたよ。タンヤオで待てばダマハネだ』

 

 『岡橋選手聴牌!{1}も{③}もリーチには通っていませんが……!』

 

 『いやいやいや、ここまで見てきたらわかるっしょ?聴牌は絶対にとるさ。リーチに対しては、{③}の方が安全に見えそうだけど……』

 

 浩子の河には{⑥}が早い段階で切られており、{③}はそこまで当たらなさそうに見える。

 咏は初瀬の性格まで読み切って、{③}切りリーチと行くかと思ったが。

 

 「……」

 

 初瀬はその鋭い視線を浩子の河と、そして下家の誠子の河に向ける。

 そしてすぐに、{1}を縦に置いた。

 

 「……ッ!チー!」

 

 端牌とはいえドラまたぎの牌が出てきたことに一瞬動揺する誠子だったが、もう初瀬にいちいち驚いていられない。

 自身の和了りをより見るために、誠子は両面でチーを入れた。

 

 回ってきた浩子のツモ番。

 浩子は持ってきた牌をすぐに河へ捨てる。その表情は、あまり優れない。

 

 (晩成……大人しくしとけや……!)

 

 

 由子 手牌

 {⑤赤⑤⑦⑧⑨789一三四七八} ツモ{③}

 

 ({③}……ちょっと変なのよ~)

 

 由子が感じる違和感。初瀬が押してきているのは気になるが、その上浩子のリーチにも違和感を感じる。

 由子はこういった局面での危機察知能力も並外れていた。

 

 『なるほどねえ……岡橋ちゃんはきっと、千里山のコの待ちを読み切ったとか、そういうわけじゃねえと思うんよな』

 

 『え、そうなんですか?!』

 

 先ほどの初瀬の打牌に、実は会場は大いに盛り上がっていた。

 それもそのはず。

 

 

 浩子 手牌

 {①②123一二三六六六西西}

 

 

 初瀬の打牌候補だった{③}は、浩子の当たり牌。

 浩子がだいぶ前から目をつけていたペン{③}。場況の良さから、ここが待ちになったらリーチを打つことを決めていた絶好の待ち。

 

 『私はてっきり、{③}が危ないと思ったのかと……』

 

 『いや~違うっしょ!さっきも言ったけど、あのコは自分の手が高打点なら、自分の手の和了りを全力で見るタイプ。ただ、感じたんだろ』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「ツモ」

 

 

 

 

 

 

 

 『こっち(サンピン)の方が山にいるだろって』

 

 

 

 

 

 

 

 

 初瀬 手牌

 {22②②③二二四四赤五五八八} ツモ{③}

 

 

 

 「3000、6000」

 

 

 ならず者の斧が、全員が立つ地面を叩き割る。

 

 

 

 『跳満ツモ……!なんということでしょう!!リーチ者の船久保選手の和了牌を握りつぶして跳満ツモ!!先ほどの守りの化身、愛宕選手の和了りを彷彿とさせる和了りで、再びトップを奪い返しました!!!』

 

 『はっはっは!その本質は真反対だろうけどな!きっとこのコは、今持ってきた牌がもっと山にありそうな牌だったら、なんのためらいもなく{③}ぶったぎってリーチ打っただろうよ。……けど、結果は跳満ツモ。多くの人間が満貫放銃になってそうな局面で跳満をツモ和了り。この意味は、かなり大きいんじゃねえの?』

 

 

 大歓声に沸く会場。

 その和了形を見て浩子は苦虫を嚙み潰したような表情で。

 

 (コイツ……!)

 

 (初瀬ちゃん……本当に、強いのよ)

 

 和了りに対して真っすぐな意志。

 

 愚直な麻雀だけを必死に続けてきた初瀬の意志に、確実に牌が応えている。

 

 

 

 副将戦が始まる前、良くも悪くも副将戦の印象は、中堅戦からそこまで点数が変わることはないだろうという意見が大半だった。

 由子という安定感ある打ち手の存在。

 その性質故に打点が伸びにくい誠子と、搦め手を得意とする浩子。

 

 初瀬がいるとはいえ、副将戦で大局が変わることはあまりないのではないか、と。

 

 しかし、後半戦東4局までを見て、そんなことを思う人間はもういないだろう。

 

 そんな大波乱の状態を巻き起こしているのは間違いなく、去年までインターハイ1回戦負け常連の高校に所属する1年生だった。

 

 

 

 

 



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第164局 大物

 

 白糸台高校控室。

 ここ3年間で間違いなく1番苦しい状況に置かれている白糸台高校。

 

 絶対的エース宮永照が敗れ、最上級生である菫が次鋒戦でなんとかプラスで帰ってきたものの、中堅戦では尭深が完敗。前人未到の三連覇に暗雲が立ち込めている。

 

 しかしその選手たちが待機している控室の様子自体は、次鋒戦からあまり変わりがない。

 変わったことと言えば尭深が所在なさげに机の端の方でお茶を飲んでいることくらいか。

 

 「はえ~晩成の1年生随分イキがいいじゃ~ん」

 

 「お前と同じで随分大胆な打ち方をする1年だな」

 

 相変わらず、ソファの中央に座る照の横に陣取った淡が、机の上に開けられたチョコレートを1つ口に放り込んだ。

 

 「ええ~?私は和了れる保証もないのに裸単騎なんかやりたくないけどね~。ほぼ自殺行為じゃない?」

 

 「……」

 

 菫からの言葉に対しても、まったく悪びれる様子はない。

 

 「相手に明確に流れがあるのに~。そこに和了れる保証もないのに突っ込んでいくとか、かなり変じゃない?」

 

 「流れ、か」

 

 菫は少し考えるように己の右手を見つめた。

 思い出すのは自分が戦った次鋒戦。そのラス前。

 

 

 『うぅぁぁ……ッ!!』

 

 

 涙を流しながら打ち続ける1年生の迫力に、気圧された。

 もし。『流れ』というものが本当にあるのだとして。

 

 あの時、自ら好配牌を手放した彼女に、間違いなく流れは無かった。

 オーラスも、たまに彼女から発せられるような爆発的な気配は雲散霧消していたはず。

 

 菫はあの時、追い打ちをかけるように姫松から出る牌に狙いを定めていたのに。

 

 (かわされた……いや、かわすつもりさえ、無かったのだろうな)

 

 秋の大会で当たった愛宕洋榎(守りの化身)に狙いをかわされたのとは全く別。

 真っすぐ進んできているはずなのに。

 ブレない意志と、積み重ねてきた知識が、自らの狙いの上を行った。

 

 菫は己よりも2つ下の打ち手の強さに、不快よりも驚きを覚えた。

 

 (流れや力を打ち砕くのは……確かな努力による知識と経験……か)

 

 この大舞台で、菫は自分の麻雀観が変わった気がする。

 そしてもし、それが本当なら。

 

 (淡は、どうなるのだろうな)

 

 今なお、無邪気な笑顔を見せる淡。

 チームが圧倒的劣勢にありながら、焦りや戸惑いといった感情はどこにも見えない。

 照が敗北した時こそ取り乱したが、「照が最強なんだって私が証明してくるね」と言った以降、普段の様子を取り戻している。

 

 (そしてお前は今、どう思うんだ?……照)

 

 菫の視線の先。

 無表情でモニターを眺め続ける()の瞳に、今何が映っているのか。

 

 それは菫の短くない付き合いであっても、完璧には把握できなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 『いったい誰がこんな展開を予想できたでしょうか……!インターハイ団体戦決勝、その副将戦は……今年の春に高校生になった一人の少女が場を支配しています!!』

 

 『いやあ最初見た時は面白そうなコぐらいに思ってたけど……こりゃいよいよ本物だねえ』

 

 高校麻雀のトップを決める戦い、インターハイ。

 その戦いの歴史の多くは、最上級生である3年生が活躍してきた。

 

 しかし時に、その歴史を覆す存在が現れる。

 

 たとえば、10年前に、麻雀を始めて数か月の生徒が全国制覇した時。

 

 たとえば、後にインターハイチャンピオンと呼ばれる宮永照が、初めてインターハイに出場した時。

 

 たとえば、突如現れた1年生だけのチームで、大将戦で他チームを全員同時にトバすMVPが現れた時。

 

 そのどれもが、全国に衝撃を与えるには十分すぎる打ち手だった。

 

 

 『1年生がインターハイの舞台で活躍する姿は今までもありました!彼女は、それに匹敵する存在なんでしょうか!』

 

 針生アナの実況にも熱が入る。

 ここはインターハイ団体戦決勝なのだ。

 

 そんな舞台で今、一人の1年生がひたすら点数を積み重ねているのだから、そう考えてもおかしくないだろう。

 

 『いや、違うんじゃねえの』

 

 『え?』

 

 しかし、三尋木咏はそれを肯定しない。

 

 『違うから、惹かれるんだ。今会場と視聴者を取り巻く熱狂の渦は、今まで歴史に名を刻んだ名選手たちの時とは絶対的に違う』

 

 今までインターハイを沸かせた存在は数多くあれど、その感情のベクトルは、基本同じだった。

 

 『今まであったのは、畏怖。皆そういった存在が現れた時、すごいと思いながらも、どこか恐れていた。けど、今このコに向けられてる感情は、きっと違う。そこにあるのはきっと、羨望、憧れ、期待。そういうんじゃ、ねえかなあ』

 

 いつになく柔らかい表情でそう話す咏が何を思うのか、針生アナは一瞬わからなかった。

 

 だって、柔らかい表情でありながらそれはどこか――――。

 

 

 『いいねえ……かっこいいねえ……』

 

 

 羨ましそうだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 南1局 親 誠子 ドラ{7}

 

 

 副将後半戦は、ついに南場を迎える。

 

 麻雀という競技は、状況によって、ほぼトップを諦めなければいけないことがある。

 それは、この10万点持ちという普通ならあり得ないルールであるインターハイでは尚更だ。

 

 今までのインターハイでも、大将戦で勝ち目がほぼなくなったチームが和了りを諦めて、流局を願うシーンが数多くみられる。

 

 しかしそれらは必ず、自らの『親番』が落ちてからだ。

 

 逆に言えば、『親番』さえあれば、逆転の可能性は残されている。

 

 後半戦南場は、誰もが平等に残されている親番が、最後に一人ずつ与えられる機会。

 

 まず最初にその権利を握ったのが、今一番点数を欲しているチーム。

 

 

 3巡目 誠子 手牌

 {②④⑥⑧223778五六東} ツモ{⑧}

 

 役牌重なりを期待してここまで自風牌の{東}を残していたが、ここでお役御免。

 手牌はタンヤオの牌で埋めることができた。

 

 誠子は役バックも臆せず仕掛ける。

 が、基本的にはタンヤオの方が好ましい。

 

 役バックはその性質上、特定の牌を誰かに抑えられる、または王牌に2枚とも眠っていた時点で終わりだ。

 王牌に2枚だなんて、と思うかもしれない。しかしあり得るのだ。それが麻雀。

 

 誠子は残念ながら役牌バックにすれば必ず持ってこれる、といったような力は持ち合わせていない。

 あくまで3つ鳴くことが前提だ。

 

 (ドラ対子……ここで、決める)

 

 タンヤオに進む牌を全て鳴くことを心に決めて、誠子は{東}を切り出した。

 

 

 

 

 5巡目

 

 「ポン!」

 

 誠子が仕掛けた。

 上家の初瀬が切った{2}をポン。

 

 煩わしそうに表情を歪める初瀬に対して、こちらも全く意に介さず誠子は慣れた手つきで右端に牌をはじく。

 

 

 『仕掛けていきます白糸台の亦野選手!流石の副露率ですね!』

 

 『流石に白糸台のコも腹くくってるねえ。ここで和了って連荘できなきゃ、副将戦プラスは絶望的。となりゃ白糸台三連覇の夢はさらに遠のく。ここが最後の勝負所だって、わかってんだろーさ。知らんけど!』

 

 誠子の手に、他人に対する安牌はない。

 親番であることも含めて、それは当たり前だと思うかもしれないが、手牌が全て危険牌の状態で手を進めるというのは、常に死と隣り合わせ。

 更に誠子は知っているのだ。

 

 こちらを睨みつける獰猛な獣が、いつでもこちらの息の根を刈り取る準備をしていること。

 

 いつその牌が横を向いて死の宣告をしてくるか、わからないということ。

 

 

 「ポン!」

 

 もう一度、初瀬から出た牌を鳴く。

 

 頭では分かっている。

 どんなに脅したところで。どんなに聴牌だぞと言ってみたところで。

 

 この上家の狂戦士は止まらない。

 

 こちらの浴びせる水なぞ意に介せず。

 片手に持った巨大な戦斧を振り上げて。

 片目に稲妻を走らせて向かってくるのだ。

 

 そこに安牌無しで飛び込んでいくのは、怖い。

 

 しかし誠子は震える身体に鞭を入れる。

 右手を強く握りしめた。

 

 (このまま……終われるはずないだろ!!)

 

 拾ってもらった恩がある。

 絶対的な強さを持った人に。

 

 不愛想だけど、確かな芯の強さを持った人に。

 

 

 9巡目 誠子 手牌

 {②④⑥77五六} {横⑧⑧⑧} {横222} ツモ{③}

 

 (……!)

 

 聴牌。タンヤオドラ2の5800(ゴッパー)だ。

 

 しかしそこは実は問題ではない。

 狙いのドラ対子。本来なら、ここを鳴いて、単騎に好ましい牌を残すこと。

 それが誠子の狙い。

 

 誠子は大物手……とくにドラをポンできた時の平均ツモ巡目が、他の3副露より早い。

 そのことに気付いたのは、やはり照だった。

 

 {⑥}を強く切り出す。

 単騎に好ましい牌を待ちたい気持ちもあるが、この良形ターツを壊すのは自殺行為。

 

 このまま和了れるなら、和了る。

 

 そう決めた誠子の耳もとに。

 

 

 

 

 

 「リーチィ……!」

 

 

 

 死の宣告が響く。

 

 

 

 初瀬 手牌

 {③④④赤⑤赤⑤⑥345四五八八}

 

 

 

 

 振りかざされた戦斧に表情を歪める誠子だったが。

 

 その切られた牌を見て、誠子はその目を見開く。

 

 初瀬から切られた牌は、{7}。

 

 

 「ポン!」

 

 強烈な勢いで腕を引かれる。

 河の底に眠る大物の影が、誠子を引きずり込まんと垂らされた糸を強烈な勢いで引きにかかる。

 

 (逃がすか……!)

 

 足を引きずられながら、誠子は強く地面にしがみつく。

 ダサくてもいい。泥まみれでもいい。

 

 絶対に間違えられない、二者択一。

 間違えれば、自分は確実に、海の底へダイブすることになるだろう。

 

 

 

 誠子 手牌

 {②③④五六} {横777} {横⑧⑧⑧} {横222}

 

 この牌姿から、誠子は……{五}を強く切り出した。

 

 

 

 『ど、ドラポン!?亦野選手良形聴牌からドラをポンして単騎聴牌に待ち変え!!し、しかも{六}を切っていれば岡橋選手に放銃でした!』

 

 『おいおいおい……こりゃ前半で晩成のコがやってたのとは、ちょっとちげえな。知らんけど』

 

 『一旦は放銃回避ですが……!良い単騎の牌を持ってきたら、放銃になってしまうかもしれません!』

 

 『……いや、おそらくだけど……』

 

 咏が、その綺麗に整えられた目元を細めた。

 

 

 『次、はねえんじゃねえかな』

 

 

 初瀬が勢いよく牌をツモ切り、誠子が、山に手を伸ばした。

 

 (次は大星で、きっと私が持ち帰る点数には、あまり意味ないのかもしれない)

 

 誠子は自らの後に続く大将がどれだけのバケモノかを知っているから。

 

 自分がどれだけ負けようが、トビさえしなければ結果はあまり変わらないのではないか。

 そう思ってしまうこともあった。

 

 しかし。

 

 (それじゃ宮永先輩に拾ってもらったのに、たくさん教えてもらったのに!役立たずのまま終わるだけだろ!)

 

 それは言われてみれば当たり前の話で。

 亦野誠子にも意地がある。

 

 

 「ツモ!」

 

 

 この勝負は、崖際ギリギリでわずかに踏ん張った誠子に軍配が上がった。

 

 

 誠子 手牌 

 {②③④六} {横777} {横⑧⑧⑧} {横222} ツモ{六}

 

 

 「4000オールッ!」

 

 

 

 『つ、ツモったあ?!単騎聴牌から、岡橋選手のツモ牌であった{六}を食い取ってツモ和了り!!最下位の白糸台が親の満貫で食らいつきます!』

 

 『ま、王者白糸台もこのままじゃおわれないわなあ~……さてさて、面白くなってきたんじゃねえの?』

 

 

 もう一度、トップから最下位までの点差が縮まる。

 

 インターハイ団体戦の行方は、まだわからない。

 

 

 

 

 



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第165局 仕事人

 

 南1局1本場 親 誠子

 

 

 誠子の親満ツモで、トップから4位までの点差は一気に縮まった。

 

 (よし。私はまだ、戦える……!)

 

 誠子が右こぶしを握る。

 ここまでは初瀬に殴られっぱなしの展開が続いていたが、誠子は弾丸のように突っ込んでくる初瀬の攻撃を振り払い、値千金の和了りに結びつけることができた。

 

 (まだ、足りない。宮永先輩のためにも、1点でも多く!)

 

 考えてみればこのドラポンだって、照から助言を受けたものだった。

 3副露した後の平均和了巡目が、ドラをポンしている時の方が早い事。

 あの人はいつもそうだった。自分が気付かないことに、たった1局打っただけで気付いて助言してくれる。

 

 言葉数こそ少なかったが、この1年間で様々なことを教えてもらったのだ。

 

 誠子が呼吸を整えて、1本場を示す100点棒を右端に1本置いてからサイコロを回す。

 まだまだ、優勝には足りないのだから。

 

 

 10巡目 誠子 手牌 ドラ{四}

 {②③⑤赤⑤四四発発白白} {横七六八} ツモ{西}

 

 (ダブルバックで仕掛けたが……)

 

 持ってきた{西}を一旦手に留めて、全員の河を見渡す。

 上家に座る初瀬の河はおとなしい。

 こちらの鳴きに対して対応してきているように見える。

 

 初瀬の厄介なところは、手牌に価値が無ければきっちりと守備を徹底してくるところにある。

 

 他2人の河も、自分が一つ鳴いてから役牌が出てきていない。

 

 (タンヤオっぽく仕掛けたのに……バレてるか。役バックが)

 

 初瀬から出てきた{①}はスルーして、カン{七}から仕掛けた誠子。

 理由はいくつかあるが、その最たる理由は、相手に役バックだと思われないためだった。

 

 おそらく誠子の捨て牌で{①}を両面で仕掛けていった場合、役バックが透けてしまう。

 そうなることを恐れた誠子は、タンヤオの急所を鳴いたように見せかけるためにカン{七}から鳴いたのだが。

 

 どうやらここにいるメンツには通用していないらしい。

 

 かといって今から軌道修正は難しい。

 最悪{発白}のシャンポン待ちになってもいい、という覚悟で、誠子は{西}を切り出す。

 

 

 「ロン」

 

 切った瞬間にかけられた声に、誠子がわずかに委縮する。

 

 浩子 手牌

 {⑦⑦⑨⑨赤5588一一発発西} ロン{西}

 

 「3200は3500」

 

 「……はい」

 

 開かれた牌姿を見て、誠子は目を閉じた。

 

 (止められた上に、重ねられたのか……)

 

 『千里山女子船久保選手!ここは堅実に七対子字牌ダマで仕留めました!!』

 

 『リーチに行くもんかと思ったけど……まあ捨て牌は派手に七対子ですよ~って言ってるし、{西}でも出ないと思ったんかね~知らんけど!』

 

 誠子は点箱から5千点棒を出して、浩子の前に差し出す。

 その間に、残り2人の閉じられた手牌についても思考を巡らせる。

 

 初瀬 手牌

 {②④⑥899二三四七白中東} 

 

 由子 手牌

 {①①④⑧⑧6677八八白南}

 

 (役バックを選択した時点で、この局私に和了りは無かったのか……?)

 

 

 インターハイ決勝の壁は、想像以上に高い。

 

 

 

 

 南2局 親 浩子 ドラ{六}

 

 和了って親番を迎えた浩子が、配牌を丁寧に理牌する。

 その表情は、変わらない。

 

 

 浩子 配牌

 {①③24一一三五七七九白発西}

 

 (混一でも目指さんと、和了れんやろうな……)

 

 現状3着目の千里山としては、この親番でなんとか2着まで上がっておきたい。

 大将の竜華のことは信頼している。しかし大将戦は相手も揃って超高校級。

 点数はきっと、いくらあっても足りないだろう。

 

 「ポンや」

 

 動き出しは軽快に。

 萬子と字牌以外のブロックを処理しながら浩子は対面の初瀬から{一}のポン。

 

 久しぶりの誠子以外からの早いポン発声に、初瀬がジロリと浩子を睨みつけた。

 

 (怖い怖い……ホンマに殺そうとしてるんちゃうかこの1年は)

 

 その視線を適当にいなしつつ、浩子は{③}を切り出す。

 この{③}切りで周囲に{①③}のカンチャンターツを落としたことがバレた。

 おそらく周りも本線は萬子の混一だと思ってくるだろう。

 

 

 『船久保選手、だいぶ遠い所から混一で仕掛けましたね!』

 

 『いや~あの手は面前じゃ和了れないっしょ!良い判断なんじゃねえの?知らんけど!』

 

 『萬子はドラ色ですし、他家の選手はやりにくくなるかもしれません!』

 

 『いや~?それはどうかなあ~?』

 

 

 8巡目。

 

 「それもポンや」

 

 初瀬が切った{九}を、またも浩子がポン。

 

 浩子 手牌

 {三五七七白発西} {九横九九} {一横一一}

 

 

 『まだ2向聴ですが、周りからはどう見えてますかね?』

 

 『いやー知らんし。聴牌とは思わないかもだけど、一向聴くらいには見えてるかもねぃ』

 

 

 誠子 手牌

 {②③④⑨⑨35789二四六} ツモ{八}

 

 誠子の手が止まる。

 珍しく役牌もない、タンヤオも見れない手牌で面前進行を余儀なくされていた。

 

 (萬子を2枚切っていくのは、やめた方がよさそうだな)

 

 誠子の立場からすると、ようやく手が届きそうになった千里山の背中がまた遠のいてしまうのはよろしくない。

 ここは浩子の聴牌連荘にかけて、控えめに{3}を切り出した。

 

 

 

 12巡目。

 

 浩子 手牌

 {三五七七白白西} {九横九九} {一横一一} ツモ{2}

 

 (萬子引けんか)

 

 上家の誠子から萬子は零れず、進んだことと言えば{白}が重なってくれたことくらい。

 しかしこの{白}も生牌であるが故に、そうやすやすと河に出てくる牌ではないだろう。

 

 (聴牌はしたいんやけどな)

 

 最悪、流局連荘でも構わない。

 しかし、浩子には懸念があった。

 

 (岡橋が9巡目からずっとツモ切り……一向聴って考えるのがよさそうやな……いつリーチが飛んでくる?)

 

 対面の初瀬。

 河は既にだいぶ濃く、2副露の自分に対して臆することなく萬子を打ってくる。

 

 浩子の河にまだ萬子は余っていない。

 聴牌ではないと読んでいるのだろう。そしてその読みが当たっていることがまた、浩子の苛立ちを加速させる。

 

 「ポンよ~」

 

 浩子が切った{2}を、由子が鳴いた。

 由子も捨て牌はおとなしいが、この浩子の仕掛けに対して何もせず傍観しているような打ち手ではない。

 

 浩子の手のひらに、じんわりと汗が浮かぶ。

 

 

 

 16巡目。

 

 浩子 手牌

 {二三五七七白白} {九横九九} {一横一一} ツモ{⑧}

 

 (あと1回……)

 

 結局浩子はこのど終盤まで聴牌を入れることができずにいた。

 配牌の形が良くなかった故に仕方ないといえば仕方ないのだが、ここで聴牌できないのは痛い。

 

 残り1回のツモ番に、浩子は望みを託す。

 

 由子が持ってきた牌をツモ切って、初瀬の手番。

 

 初瀬が持ってきた牌を手牌の右端に置いて。

 

 

 点箱を、開けた。

 

 

 (コイツ……!)

 

 誠子のポン発声と同様に。

 もう同卓者が何度聞いたかわからない声。

 

 その派手そうな見た目から一転繰り出されるアルトボイス。

 

 

 「リーチィ!」

 

 3段目の最終盤で切られた牌は、横を向いた。

 

 初瀬 手牌

 {①②③⑦⑧⑨67六六六北北}

 

 

 『岡橋選手、残りツモ番1回で聴牌!そしてリーチをかけましたよ?!』

 

 『いや、むしろ1回だから、じゃねえの?』

 

 『え……あ、なるほど!岡橋選手の次のツモ番は……!』

 

 浩子と誠子が、残りの山に目をやる。

 残りの山は、4枚。つまり、次の初瀬のツモ番は……海底牌だ。

 

 (リーチ一発ツモ海底とか……そんなふざけたことあってたまるか!)

 

 (コイツホンマに……!)

 

 初瀬からすれば大真面目。

 手牌はドラ3で、役が無い。

 リーチする理由など、それで十分。

 

 そしてそれを貫いてきたからこそ、今の初瀬がある。

 

 またしても狂戦士の巨大な戦斧は、全員を沈めんと振りかぶられた。

 

 

 浩子 手牌

 {二三五七七白白} {九横九九} {一横一一} ツモ{東}

 

 (聴牌すらできひんかった……!)

 

 浩子の聴牌は叶わなかった。

 あとは、初瀬がツモと言わないことを祈るのみ。

 

 もう既に初瀬の麻雀は、浩子のデータを優に超えている。

 超えているというより、データが役に立たないほどに彼女は真っすぐなのだ。

 

 手牌に忠実。押し引きも明確。

 故に、やり辛い。

 

 ならば、海底だけでもズラそうかと由子が鳴ける牌を探すのだが、鳴けそうな牌はことごとく初瀬への危険牌。

 少考の後、小さくため息をついた浩子は、仕方なく{東}をそのままツモ切る。

 

 (リーチ一発ツモ海底……そんなことあるわけないっちゅうのに……コイツは、今のコイツならやりかねん……!)

 

 猛獣のような鋭い眼光。

 初瀬の視線は、最後の山牌、海底牌に注がれている。

 

 由子が振り込むとは思えないので、当たり前といえば当たり前なのだが。

 

 己の和了り牌はそこにある。

 今の初瀬はそう言わんばかりだった。

 

 ここで初瀬が跳満を和了れば、副将戦の大勢は決するといっても過言ではない。

 

 しかしそれを簡単に決してしまいそうなほど、今の初瀬は恐ろしいほどに強かった。

 確固たる意志に、牌が応えるから。

 

 

 

 だから。

 

 

 初瀬が全員の息の根を止めるべく、全力で前に進もうとしたその時。

 

 初瀬の立つ地面が、崩れた。

 

 

 

 

 

 

 

 「カンよー」

 

 

 

 

 

 だから最後の牌は、ツモらせない。

 

 

 

 

 由子 手牌 ドラ{六} 新ドラ{発}

 {赤⑤⑤⑥⑦四四白} {裏南南裏} {横222}

 

 

 

 

 

 『姫松の仕事人真瀬由子!カンできっちり岡橋選手の海底牌を潰しました!!』

 

 『ひゅう~!ま、手牌にカン材あった時点でぜってーやるんだろうなとは思ったけどねい!この辺はぬかりないよね~!』

 

 

 流局。

 

 ひとまず初瀬に大きな手を和了られなかったことに安堵する誠子と浩子。

 それと対照的に、最後のツモ番を消されて忌々しそうに由子の顔を見る初瀬。

 

 (流石真瀬さん……やってくれるね……って)

 

 由子の顔を覗き込んだ初瀬が、驚いて固まる。

 

 ノーテンを宣言して手牌を伏せた由子の表情。

 

 準決勝から同じ卓で打っていたが、少なくとも初瀬は今の由子の表情を見たことが無く。

 

 

 

 

 大きく見開かれたエメラルドの瞳。内なる闘志を強く感じる瞳。

 

 少し乱れた息遣いの中、口角を僅かに上げてこちらを見るその目は。

 

 

 (はは……はははは!)

 

 

 初瀬も感情が昂るのがわかった。

 

 由子の表情から見て取れるその感情は、奇しくも今初瀬からどうしようもないほど溢れ出している感情と全く同じ。

 

 

 

 『楽しいね』と、そう言っている。

 

 

 

 

 

 



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第166局 牌を愛し続けた少女の話

 

 

 「はえ~。このプロすっごく強いのよ~」

 

 「せやな。2巡目に国士聴牌できるんならそら強いんやろな」

 

 残暑も終わり、過ごしやすい時間帯が増えてきたことが秋という季節の到来を身体に教えてくれる。

 

 インターハイ団体戦準優勝という結果を残した姫松高校麻雀部は、今日も通常通り活動していた。

 あらかじめ録画しておいたプロの対局を見ているのは、その姫松高校のレギュラーである末原恭子と真瀬由子の2人。

 

 ミーティング用に使われる部屋だが、こうしてテレビを使っての牌譜チェック等もここで行っている。

 

 1つ対局が終わって、恭子がリモコンを手に取った。

 

 

 「多恵ちゃんと洋榎ちゃんは、今頃なにしてるんやろね~」

 

 「なにって、そら麻雀やろ」

 

 夕日の差し込む窓の方に呟いた由子に対して、恭子は簡潔に返す。

 ここに2人しかいないのには、理由があった。

 同じくインターハイ団体戦を戦った倉橋多恵と愛宕洋榎の2人は、長野のとある高校に招かれて合同練習中。 

 帰ってくるのは、翌日の月曜日だ。

 

 「んじゃ、次の奴見よか」

 

 「はいなのよ~!」

 

 亜麻色のセーターを少し長めに着ている由子が、元気よくその右手を振り上げる。

 

 「ま、これもなんも参考にならへんと思うけどな……ま、未知な力に対する対応って意味では勉強になるかもしれへんけど」

 

 画面に映る数々の録画リストから、恭子がどれを見るかを決めようと吟味する。

 

 今日、プロの対局を見ようと言いだしたのは、珍しく由子の方だった。

 今日対局はお休みの2人は、牌譜検討と後輩への指導をメインに活動。それらがひと段落して、今は小休止。

 

 無気力にソファにへたりこんだ恭子を、由子が誘ったのだ。

 

 「これは……ああ、去年のファイナルシリーズか。これでええか……いや、でもこれ想像以上の人外魔境になったんちゃうかったっけ……」

 

 「皆強すぎなのよ~!」

 

 うんざりといった表情で、恭子が再生ボタンを押した。

 恭子からしてみれば、年4回行われているネット麻雀最強を決める戦いの決勝戦を見た方が何倍も勉強になると思っているのだが、今日の由子はどういう風の吹き回しか。

 

 ぽすん、と隣に腰掛けてきた笑顔の由子に、なんとなく恭子は突拍子もない質問をしてみる。

 

 「由子は、もし生まれ変われるんならどんな力が欲しいん?」

 

 「え?」

 

 恭子の問いに、由子は目をぱちくりと瞬かせた。

 

 「いや、ほら、あるやん?こんな力欲しいわ~みたいなん。考えたことあるやろ?」

 

 「……恭子ちゃんは、どうなのよ~?」

 

 「せやな~。ほら、このプロみたいに有効牌しか引かんみたいなのは羨ましいな。100%一段目で聴牌やん」

 

 「そうね~」

 

 テレビ画面からは、熱のこもった実況と、歓声が聞こえてくる。

 しかしそれらの音声が、恭子にはどこか空虚に聞こえていた。

 

 「……今年のインターハイで、また思ったわ。ウチがもっと強かったら。そう思わんかった日はない。ウチがアホみたいに強くて、点棒アホほど稼いで優勝できてたら……せやったら、多恵に、あんな顔させへんですんだかもしれん」

 

 「……」

 

 恭子の視線は自然と下に向いていて。

 ちょうど1ヶ月ほど前。絶対に優勝すると意気込んで臨んだインターハイ団体戦。

 

 しかし姫松高校の結果は、準優勝だった。

 十分すぎる結果だと言う人もいるだろう。けれど、姫松高校の目標はあくまで全国制覇だった。

 勝たなければ、いけなかった。

 

 優勝を逃して、たくさんの取材を受けて疲れ切っていたあの帰り道。

 

 立ち並ぶビルの人工的な光。行きかう人々の喧騒。

 しかしふと、立ち止まった彼女の周囲だけが、切りぬかれたかのような静けさで。

 

 

 『私は、諦めないから。来年必ず勝つから……!負けて、仕方ないなんて、言わないでよ……!』

 

 

 目に涙を溜めてそう言った多恵の表情が、恭子の脳裏に焼き付いて離れない。

 重圧を背負わせてしまった。あの正真正銘のバケモノを相手にプラスで帰ってきた多恵に、責任を感じさせてしまった。

 

 本当は、自分が勝たなければいけなかったのに。

 

 恭子が握る拳に、力が入る。

 

 自分がもっと強かったら。

 そう思わなかった日はない。

 

 どこまでも末原恭子という少女の思考は、良い意味で凡人なのだ。

 

 

 「せやから生まれ変わったら、そやな。誰よりも早く和了れるようになれたら、ええなと思うわ」

 

 「ふふふ……友達想いな、恭子ちゃんらしいのよ」

 

 「……なんやそれ」

 

 恭子の願いが、我欲だけではないことを分かっているから。自然と由子はそんな感想が出たのかもしれない。

 由子からしてみれば、恭子も責任を感じすぎだ。大将だから、ということが大きいのかもしれないが、彼女は十分すぎるほど成績を残しているのに。

 

 「そういう由子はどうなん?」

 

 「ん~そやねえ~」

 

 未だに少し下を向いている恭子の隣に座っていた由子が、静かに立ち上がった。

 2歩、3歩と歩いてテレビ画面の前に立ち、恭子の目の前でくるりと華麗に振り返る。

 

 夕日の差し込む部屋で、可憐に振り返った由子の表情。

 

 吸い込まれそうなエメラルドグリーンの瞳。

 

 

 「私は、生まれ変わってもこのままが良い」

 

 「……!」

 

 「洋榎ちゃんと、多恵ちゃんと、恭子ちゃんがいて。みーんなで頑張って、苦しんで。れんしゅーして。色んなことを試して。……そんな大切な日々が、無駄やったなんて、思いたくないんやもん」

 

 ――――恭子が何か言おうと小さく口を開いて……やめる。

 花が咲くような由子の笑顔を、直視できなくて下を向く。

 

 

 「ずるいわ。そんなん」

 

 小さく呟いた言葉は、きっと誰にも届かないけれど。

 

 恭子が立ち上がって、テレビの電源を切る。

 かと思ったら、対局室への道を歩き始めた。

 

 「さ、練習行くで由子」

 

 「ん。はいなのよ~!」

 

 声高らかに。

 恭子の後ろにぴったりと、由子が続く。

 

 

 誰もいない廊下。

 夕日が歩く2人の影を長く伸ばしていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 南3局2本場 親 真瀬由子

 

 

 「リーチィ……!」

 

 初瀬が河に切った牌が、横を向いた。

 

 ビリビリと走る衝撃。初瀬の目に映る、確かな意志。

 晩成魂を心に燃やす少女が、今日何度目かもわからないリーチを打ってくる。

 

 『またも!またもリーチです岡橋選手!!腕が引きちぎれようとも……!声が出なくなっても……!点棒が空になるその時まで、彼女は立直を打ち続けます!』

 

 『お、珍しく良いたとえだねえ~。はっはっは……そうさな。あのコの麻雀は、どこまでも真っすぐだ』

 

 初瀬の1人聴牌で流局した直後、親になった由子が一段目で華麗に和了りきって供託を確保。

 南3局2本場へと状況は移っている。

 

 9巡目。晩成の若い狂戦士……初瀬から放たれたリーチ。

 

 (初瀬ちゃん……すごく、強いのよ~。ここまで真っすぐ打てる人は、見たことがないのよ)

 

 持ってきた牌を手牌の上に重ねて、由子が思考を巡らせる。

 初瀬の麻雀はどこまでも真っすぐ。

 いっそ気持ち良いくらいに手牌に素直なのだ。

 

 その真っすぐな麻雀がこのインターハイ団体戦決勝という舞台でしっかりと結果を残していること。

 その事実に、何故か由子は気分が高揚していて。

 

 1枚の牌を切り出す。

 初瀬の宣言牌で、由子の雀頭であった{西}を切り出す。

 

 オリではない、回れる選択肢を見出す。

 

 

 浩子 手牌 ドラ{四}

 {④1236789二四六七七} ツモ{中}

 

 浩子が初瀬の捨て牌に目をやった。

 

 

 初瀬 捨て牌

 {4⑥三白⑧七} 

 {八5横西}

 

 

 (みえみえの七対子。なのに、こうしてド真っすぐリーチを打ってくるのが、こんなにも鬱陶しい……!)

 

 これだけなりふり構わず突き進んでくる初瀬に浩子は忌々しさを覚えていた。

 自分の張った罠にも気付かず。仮に落ちたとしても這い上がってくる。

 

 (それなのに……なんでウチは……)

 

 握った拳に力が入る。

 

 浩子が物心ついて麻雀を始めた時、既に浩子の近くに、同世代で最強と呼ばれる打ち手が2人もいた。

 なんなら、よくつるんでいる人物を含めたら4人だ。

 

 そんな眩しい打ち手にボコボコにされて、浩子は自分の生きる道を模索した。

 

 どうしたら相手は打ちにくいのか。相手がやられて嫌なことは?

 自分にとって得になる選択は?

 

 様々な工夫を重ねるのが、浩子の性に合っていた。

 敵わないと思っていた人たちに認めてもらえたのが嬉しくて。

 

 自分の戦い方を見つけられたと思った。

 自分はこれでいいんだ、と。

 

 なのに。

 

 なんで目の前の少女を、『羨ましい』と思ってしまうのだろう。

 

 

 

 

 

 「ツモ!」

 

 

 初瀬 手牌 裏ドラ{9}

 {①①②②1188二二東東北} ツモ{北}

 

 

 

 「1600、3200は、1800、3400!」

 

 

 『決まった!!!またも、またしてもツモ和了り!到底出てくるような河ではありませんでしたが、しっかりと3枚あった{北}をツモり上げました!!』

 

 『はっはっは!きっと出和了りなんか期待しちゃいねーよ!全員の河見て、{北}は3枚あるって思ったんだろ!』

 

 『強烈なツモ和了り!!副将戦はルーキーの岡橋選手が終始圧倒!!トップのままオーラスを迎えます!!』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 南4局(オーラス) 点数状況

 

 1位  晩成  岡橋初瀬 122500

 2位  姫松  真瀬由子 115100

 3位 千里山 船久保浩子  90400

 4位 白糸台  亦野誠子  72000

 

 

 

 

 

 

 

 『このままいくと……1年生の岡橋選手が他選手全員を沈めての1人浮き!決勝戦でその偉業を成し遂げてしまうのでしょうか!!』

 

 『いや~知らんし!……けど、十分その可能性はあるよねい……これが1年生。全く、先が楽しみでしょーがねーよな!』

 

 

 副将戦は、ついにオーラス。

 

 ガラガラと回る麻雀卓の音が、対局室に響く。

 

 

 由子が、大きく、息を吐いた。

 

 

 個人戦の無い由子にとって、おそらく、これがインターハイ最後の局になるだろう。

 

 悔いは、残したくない。

 

 

 (最後まで。私は、私らしく)

 

 

 胸に手を当てれば、感じられる。

 皆から受け取った想い。

 

 確かに、ここにあるから。

 

 

 目を開けよう。

 手牌を見よう。

 心の底から大好きな麻雀をやろう!

 

 最後まで、笑顔で。

 

 

 

 

 《1巡目》

 

 由子 配牌 ドラ{⑨}

 {①③⑥23577赤五六九白西} ツモ{発}

 

 さあ、何を切ろうか。

 役牌重なりはまだ採用の余地がある。ならば、{西}か、{九}か。

 

 {西}を選ぼう。相手に鳴かれるかもしれない風牌は、先に処理しておくに越したことはない。

 瞬間{八}のくっつきも、{七}を引いた{赤五六七九}の形も、優秀だから。

 

 

 

 《2巡目》

 

 由子 手牌

 {①③⑥23577赤五六九白発} ツモ{②}

 

 嬉しいカン{②}ツモ!

 ありがとうね、と心の中で1つ唱えて。

 

 2枚切れてしまった{白}を切ろう。

 {発}が重なった時は、まだ保留できるから。

 守りは考えない。悔いは残したくない。全ての和了りへの道を捉えたい。

 

 

 《3巡目》

 

 由子 手牌

 {①②③⑥23577赤五六九発} ツモ{⑤}

 

 これも嬉しいツモ。これで5ブロックがほぼ完成した。

 リーチ手順を、自然に追えそう。

 1枚1枚を、丁寧に手牌に収める。

 

 我が子のように。優しく。

 

 

 

 《4巡目》

 

 由子 手牌

 {①②③⑤⑥23577赤五六九} ツモ{一}

 

 初めて、手牌に現状使いにくい牌が来た。

 打牌候補は、{一}か{九}か。

 

 どちらも横に伸びたとて採用することはほぼない。

 下の三色が見える?けれど、それは両面ターツを壊すことになる。

 そう進むことは、ほとんどない。

 

 親の現物である{一}を残して、{九}を切り出そう。

 

 

 《5巡目》

 

 由子 手牌

 {①②③⑤⑥23577一赤五六} ツモ{②}

 

 状況に変化が出た。対面が、{南}をポン。彼女もきっと、負けられないのだろう。

 これは団体戦。自分が区間で負けてしまっても、次につなぐことはできる。

 

 必死に、和了りに行っている。

 

 皆も、全力なんだよね。

 そう思うと、心に眠っていた熱い気持ちが、ふつふつとわいてくる。

 私だって、負けられないんだ。

 

 さあ、次の最善は?

 安全度比較で{②}をツモ切ろう。

 

 

 

 《6巡目》

 

 由子 手牌

 {①②③⑤⑥23577一赤五六} ツモ{1}

 

 面子ができて、手が進んだ。

 鳥さんありがとう、と決して表面をなぞることはしない由子が、優しく牌を撫でた。

 

 {5}と{一}の選択。

 {赤5}ツモもあるし、{6}ツモにも対応できる。

 

 ここはめいっぱい、いこう。

 {一}を、切り出した。

 

 

 《7巡目》

 

 由子 手牌

 {①②③⑤⑥123577赤五六} ツモ{南}

 

 これは誠子が鳴いている、安全牌。

 この安全牌を残すか、{5}を切るかの選択。

 

 一度深呼吸してから、河を見渡す。

 これも、何千、何万回とやってきたこと。

 

 誰が早そう?多恵に、洋榎に、たくさん教えてもらった。

 初めの3枚だけでも、相手の速度がある程度測れることを知った。

 

 新しいことを知るたびに、由子は麻雀が更に好きになった。

 奥深さに触れるたび、感動した。

 

 親が、早そう。{5}は全員に対して無スジ。

 めいっぱいにすることが、和了りに対する最適解じゃない。

 

 {5}を切り出そう。

 

 

 

 《8巡目》

 

 由子 手牌

 {①②③⑤⑥12377赤五六南} ツモ{7}

 

 持ってきた牌を見て、由子の胸が高鳴った。

 嬉しいツモ。いわゆる、暗刻ヘッドレスの形。

 

 これで両面ターツの牌が重なっても、聴牌になった。

 

 迷いなく、由子は{南}を切り出していく。

 

 

 

 

 

 《9巡目》

 

 由子 手牌

 {①②③⑤⑥123777赤五六} ツモ{8}

 

 由子の手が、止まった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 『徐々に場が煮詰まってきました副将戦オーラス……!おや、真瀬選手の手が止まりましたね……これは……やっぱりツモ切りが有利に見えますが?』

 

 『そうだねえ~。今の形ってめちゃくちゃ聴牌になる枚数多いし、流石にここから違う牌を切ることはねえんじゃねえかな?知らんけど!』

 

 ここまでスムーズに打牌を繰り返していた由子の手が止まったことに、会場の緊張感も増す。

 ここは聴牌枚数の多さでは{8}ツモ切り。咏の言っていることに、何も間違いはない。

 

 が。

 少しだけ考えた後、由子が切り出したのは、{⑥}だった。

 

 

 『{⑥}……!こ、これはどういうことなんでしょう?聴牌枚数は、減ってますよね?』

 

 『わっかんね~!いやマジでわっかんね~!いや確かに{④⑦}は場況良さそうにはみえねえけど……それでもなかなか両面は落とせねえだろ……?』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「綺麗……」

 

 ペンギンのぬいぐるみを抱いた少女が小さく呟いた言葉。

 その言葉に、ちょうど後ろで見ていた久が反応を示す。

 

 「和?どういうこと?」

 

 「あ、いや、すみません。真瀬さんの打牌が、とても綺麗だったので」

 

 「確かに、このコ牌の扱い方上手よね」

 

 「あ、えっと、そうではなく」

 

 和の口ぶりに、きっと牌の扱い方を言っているんだろうと思った久だったが、どうやら違ったようだ。

 

 「この{⑥}切り?私なら、{8}ツモ切りそうだけど……デジタル的にもツモ切りじゃないの?」

 

 「わしにもそう見えるが……」

 

 和の先輩で、チームメイトの中では一番デジタル寄りの打牌選択をするまこも、久の意見に同意だった。

 打{⑥}と打{8}では、聴牌枚数に違いがありすぎる。

 

 和が、エトペンをきゅっと抱きしめた。

 

 「確かに打{8}の場合、聴牌につながるのは{④⑤⑥⑦四五六七}の8種28枚。転じて、真瀬さんの選択した打{⑥}の場合、{⑤四七689}の6種22枚。6枚の差が出てしまいます」

 

 「そうじゃろ?したらやっぱり{8}切りがいいんじゃ」

 

 「一概に、そうとは言えません」

 

 キッパリとした和の物言いに、先輩2人がたじろぐ。

 

 

 「麻雀の目的は、『聴牌』ではない。『和了』なんです。真瀬さんは、どちらの選択が『和了』につながるのかを考えて、打{⑥}を選択したんです」

 

 まこと久が、顔を見合わせて首をかしげる。

 和の言いたいことがわからない。確かに『和了』が目的であるのはそうかもしれない……が、その過程に『聴牌』があるのだから同じでは?

 

 そんな疑問を感じ取った和の弁は続く。

 

 「酷似していますが、その2つはハッキリと違います。聴牌しても、和了れなければ意味が無い。そうなれば、重要になってくるのは最終形です。真瀬さんはこの{7778}の三面張に、強く和了りを見たのだと思います」

 

 「た、確かにこの三面張めちゃくちゃ山に残ってるわね……」

 

 久が、モニターに映る状況を分析する。

 そして逆に、由子が外した{④⑦}のターツは、もう残り2枚しかなかった。

 

 「先に{5}を打っているのも大きいですね。{8}の出和了率が、通常よりも上がっています。逆に、{8}を切った時の有効牌である{六}ですが、これが重なると{赤五}が出ていき、役は立直のみ。正直、これを有効牌とカウントしたくありませんよね。ですから、見た目よりも有効牌に差はないんです」

 

 「で、でもそれなら{⑥}じゃなくて{⑤}から打つべきじゃない?周りにも危なそうだし!」

 

 「……部長。それ本気で言ってますか?」

 

 和が振り返って久を睨む。

 後輩であるはずの和の迫力に、久はもう一度後ずさりした。

 

 「打{⑤}ではなく打{⑥}とした理由。それは、この瞬間だけ。山に2枚ある{赤⑤}をキャッチできることです」

 

 「……そっか……!」

 

 インターハイの大会ルールは、{赤⑤}が2枚入っている。

 普段よりも、赤受けの重要度は高い。

 

 「1枚も、無駄にしない。真瀬さんの麻雀……とても素敵です」

 

 和がモニターに向き直り、エトペンを抱きしめた。

 

 この1局だけで、十二分に感じることができる。

 

 この人は、あの先生(クラリン)が認める打ち手なんだ、と。

 

 

 「かっこ、いいな」

 

 

 

 和がいつの間にか自分の頬に流れていた涙に気付くのは、副将戦が決着した直後のことだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 《10巡目》

 

 由子 手牌

 {①②③⑤1237778赤五六} ツモ{七}

 

 持ってきた牌を優しく迎え入れた。

 聴牌。

 たどり着いた最終形。

 

 やることは決まっている。

 姫松の皆のため。自分のため。

 

 笑顔で皆のもとに帰るため。

 やれることをやりきろう。

 

 

 手牌の{⑤}を、優しく持ち上げた。

 器用に持ち上げられた牌は、空中で向きを変える。

 

 洗練された手さばき。卓に横向きで置かれる時も、音すら鳴ることはない。

 

 「リーチ」

 

 発声は明瞭に。

 これが私の、きっと、インターハイ最後のリーチ。

 

 

 直後。

 親が追いかけてきた。

 気迫のこもった、リーチ。

 

 それに対して対面が仕掛ける。それに続いて、上家も仕掛ける。

 

 めまぐるしく、状況が動く。

 全員聴牌かもしれない。

 

 ……打牌に後悔はない。自分にとって最良の選択をできた自信があるから。

 ここで和了れなかったとしても、三年間で得たことを全部ぶつけたから。

 

 けれど。

 

 この胸を熱くする感情はなんだろう。

 

 どんなことがあっても、最善を尽くす。それが姫松の麻雀。

 今日も繰り返してきた。自分にとって最良の選択。

 

 このオーラスも、選び抜いた。一番和了れると思った最終形。

 

 だからこそ。

 

 だから、こそ。

 

 

 

 

 (和了りたいよ!!!)

 

 

 

 

 胸が叫んでる。

 心臓が痛い。胸のあたりを、握りしめる。

 赤いリボンが、握りしめられて歪に形を変えた。

 

 

 

 (このまま終わりたくない!私も勝ちたいよ!)

 

 

 

 

 いつも大人しく明るい少女が。

 

 

 今は、今だけは勝利を渇望する。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 確固たる意志を持つ打ち手に。

 

 

 牌は応える。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 由子 手牌

 {①②③1237778赤五六七} ツモ{9}

 

 

 

 

 

 

 

 

 爆発する会場の歓声。

 

 うるさい心臓の音。

 

 

 それら全て周りの音が、嘘みたいに遠い。

 

 

 

 けれど、何万回もしてきたことだから。

 

 ツモったら、役を頭の中で反芻して。

 

 

 (リーチ、ツモ、平和、ドラ1)

 

 

 自然にできた。

 

 王牌に手を伸ばす。

 

 由子の細い腕が震えている。

 

 そっと、ドラ表示牌とその下に眠る裏ドラを手に持って、自らの横に置いた。

 

 

 裏ドラをめくる手が、どうしようもなく震えている。

 

 

 

 

 由子はこの時人生で初めて、公式戦で上手く裏ドラがめくれなかった。

 めくろうとした指からコトリ、と牌が離れ、横を向いた形で停止する。

 

 奇しくも、その変なめくれ方は。

 

 卓上でただ一人。由子だけに表を向いていて。

 

 

 

 

 

 

 

 裏ドラ{①}

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 麻雀の神様は最後に、牌を愛し続けた少女(真瀬由子)へ笑顔を見せた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 副将戦終了

 

 1位  姫松  真瀬由子 124100

 2位  晩成  岡橋初瀬 117500

 3位 千里山 船久保浩子  88400

 4位 白糸台  亦野誠子  70000

 

 

 

 

 



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第167局 最後の戦いへ

 

 

 『……珍しいな。お前から電話をかけてくるなんて』

 

 『……そうかも』

 

 『見ていたぞ。先鋒戦。まさかお前が同世代に負ける日が来るとはな。もしお前が負ける時があるのなら、勝つのは私でありたかった』

 

 『……やっぱり強かった』

 

 『だろうな。あいつが強いことなど、去年の個人戦決勝で身に染みて分かっていたさ。……それでも、私はお前が勝つと思っていたのだがな』

 

 『聞きたいことがある』

 

 『……聞こう』

 

 『彼女……倉橋多恵さんについて、どれくらい知ってる?』

 

 『どれくらい、とはまた抽象的な聞き方だな。お前が知っていること以上のことを、私が知っているとはあまり思えないが』

 

 『そう……』

 

 『……牌理に関して無類の強さを誇り、おそらく、超常的な力が及ばない麻雀というゲームがあるのなら、それを制するのは間違いなくあいつ。中学生の頃から動画配信を行っていて……もうその頃には今と遜色がないほどに牌理に優れていた秀才。大会においても、多面張で確実にツモ和了る力と、去年私達に見せ、そして今年もお前を相手に行使したあの“ナラビタツモノナシ”で、超人を凡人に引きずり降ろすことができる』

 

 『……』

 

 『これだけでは不服か?』

 

 『去年、あの力を……“ナラビタツモノナシ”を受けた時、どう思った?』

 

 『どう思った、か。お前とは違うかもしれないが……私は心が躍ったよ。あいつの主戦場で、本気の戦いができるのだからな』

 

 『そっか』

 

 『しかしお前相手に支配系の力が及ぶ日が来るとは思わなかったさ。一時的な強力な力にあてられることはあっても、全く無効化される日が来るとは思わなかった。……そして更に今日、それを打ち破ったお前に驚かされた。やはり、お前はチャンピオンなんだ、と』

 

 『……けど、負けた』

 

 『結果はな。最後の倉橋の手組み、見たか?九連の誘惑を断ち切って、あいつは自分の麻雀を貫いた。そこまでは、流石のお前も読めなかったんだろう』

 

 『読めない。倉橋さんは、読めない』

 

 『……お前の(照魔鏡)をもってしても、か』

 

 『初めてなの。同い年じゃなくても、プロ相手にだって、読めなかったことは無かった。それなのに、倉橋さんは、底が、見えない。見えない何かに邪魔されて、その先が見えない』

 

 『……』

 

 『去年もそうだった。彼女がどれだけの努力をしてきたのかの軌跡は見える。多面待ちにしたら一発でツモられるのかってことも、わかる。けれど……ナラビタツモノナシは、わからなかった。だから初めて受けたとき、驚いた。何も、できなかった』

 

 『……あいつの奥底に眠る力……それがナラビタツモノナシか』

 

 『うん……あと、今日わかって、私がどうしても伝えたかったことがある』

 

 『なんだ?』

 

 『多分、これは確定でいいと思う』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ―――――“ナラビタツモノナシ”には、まだ「先」がある。

 

 

 

 

 

 

 

 

 『……は?』

 

 『あれは、まだ終わりじゃない』

 

 『……あれよりも強大な力が待っている、と?』

 

 『うん』

 

 『にわかには信じられんな。ではもし仮に持っているとして、何故お前との先鋒戦で使わない?』

 

 『条件が、そろわなかったから。多分、私が付け焼刃だけど、ナラビタツモノナシの影響下でも戦えるよう、勉強したから』

 

 『……では条件が揃う、とは?』

 

 『わからないけど、もしかしたら、ナラビタツモノナシでも抑えられないほどの強力で、理不尽な力と相対した時』

 

 『……お前は力だけでなく、違った攻め方をして和了ったから、そのナラビタツモノナシの先には出会わなかった、と?』

 

 『多分、そう』

 

 『……その話が本当なら、どんな強力な力を持つ打ち手と当たったとしても、倉橋ならば勝てることになる』

 

 『多分、勝てるよ。きっと私以上に』

 

 『ナラビタツモノナシに抗うことができる力というのも想像しにくいが……それこそ鹿児島の巫女の最高の状態か、去年のMVP、長野の月の神でも連れて来れば、か』

 

 『……私にはもう1人、心当たりがあるけど』

 

 『……ん?よく聞こえなかったが……まあいい。それを私に言って、お前は何が言いたい?』

 

 『単純な話。智葉なら、倉橋さんに勝てるから』

 

 『個人戦を見据えて、か。確かに、その話が本当なら今のアイツに勝てるのは私か――――もしくは同じチームメイトのあいつくらいだろうな』

 

 『私は怖い。あれ以上の力を持っている倉橋さんという存在が』

 

 『……』

 

 『けど』

 

 『?』

 

 『もう一度戦いたい。戦って、今度こそ勝ちたいと思ってる、私もいる』

 

 『ふふふ……お前なら、そう言うと思っていたさ』

 

 『だから、個人戦は勝つ。倉橋さんにも、智葉にも』

 

 『受けてたとう。だが、去年のような共闘には期待しないことだ。私も全力で、頂点を狙いに行く』

 

 『うん、それでいい』

 

 『話はそれだけか?』

 

 『そうだね……』

 

 『では、切るぞ』

 

 『……ねえ、智葉』

 

 『……なんだ?』

 

 『倉橋さんって、()()なの?』

 

 『……!……わからないな。確かにあいつは謎が多すぎる。中学生の時からあれほどの知識量、経験。そして、何故か養子。個人的な話は、あまり聞いたことが無い』

 

 『……』

 

 『ただまあ……1つだけ分かってることがあるぞ』

 

 『なに?』

 

 

 

 『あいつは生まれながらの「麻雀バカ」で……誰よりも「麻雀という競技を愛している」ってことだ』

 

 

 『……そうだね』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 副将戦決着。

 

 興奮冷めやらぬ対局室の中で、由子は静かに呼吸を整えていた。

 

 最後の牌姿。

 {9}をツモり上げて、満貫を和了った牌姿。

 

 (なんとか……プラスで終われたのよ)

 

 深く、息を吐く。

 対局室はもう照明が点き、ライトが煌煌と照っている。

 

 背もたれに、体重を預けた。

 心地よい疲労感。

 

 「最後、やられました」

 

 そんな由子の隣に座る初瀬が小さく呟いたことで、由子は目を開ける。

 初瀬はもう、対局中の刺すような好戦的な表情は鳴りを潜め、今はただ、じっと最後の局面を見つめていた。

 

 「なに言ってるのよ~。こっちは最初っから最後まで、初瀬ちゃんにやられっぱなしよ~」

 

 「……完全にツイてましたからね……」

 

 「そんなことないのよ~。初瀬ちゃんらしい、強い麻雀だった」

 

 「……」

 

 謙遜、というわけでもなく、初瀬はただ事実を言っているように見えた。

 確かに初瀬は確率以上に和了り牌を引けてはいる。

 

 ただ、その和了り牌を引く権利を持つ者は、その莫大なリーチというリスクと心中する必要がある。

 由子は微塵も、「初瀬が運が良かった」等とは思っていない。

 

 由子が背もたれに身を預け、天井を見上げる。

 

 それは奇しくも、中堅戦の終わりに親友の愛宕洋榎がやっていた動作と同じ。

 

 「楽しかったのよ~」

 

 そしてその身を震わす感情もまた、洋榎と同じだった。

 

 

 初瀬はその隣で、開かれている由子の手牌を今一度確認する。

 

 (河の{⑤⑥}は手出し……手役が絡んでるのかもと思ったけど、ターツ選択だったのか……選び抜いたのか。最適解を)

 

 完璧にではないが、初瀬はなんとなく由子の手順を想像する。

 そして、そこにはきっと、自分が踏めない手順であることは容易に想像できた。

 

 河に{④⑦}は多くない。払う理由は、今の自分には見つけられない。

 

 きっと、自分ではたどり着けていない最終形。

 

 「最後、高そうだったのよ~」

 

 「……そうですね、私がリーチするには、十分な打点ではありました」

 

 変わらず背もたれに体重を預けている由子が、横目で初瀬を見る。

 

 初瀬は特に手牌を開くことはせず、静かに伏せた。

 和了れもしなかった手牌を開くのは、恥ずかしい気がして。

 

 初瀬も深く息をついて、席を立った。

 名残惜しい気もするが、いつまでもこうしてはいられない。

 

 (来年も、必ず来るんだ。この場所へ)

 

 階段を降りるべく、歩みを進める。

 その前に。

 

 「勉強になりました。準決勝と合わせて4半荘……ありがとうございました」

 

 座ったままの由子に頭を下げると、由子は「ほえ?あわわわわ」となんとも締まらない席の立ち方をした後。

 

 「こちらこそ、とっても楽しかったし、強かったのよ~。ありがとうございましたなのよ~!」

 

 由子から手を差し出され、初瀬が下げていた頭を上げる。

 

 自分よりも華奢で、背も低い。

 けれど、この目の前の人が3年間積み上げてきたものは、きっと想像を絶するものであるとわかるから。

 

 初瀬は、しっかりと由子の手を握り返したのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 晩成高校控室。

 

 

 「ただいま、戻りました」

 

 控室の扉を初瀬が後ろ手で閉める。

 

 帰ってきた初瀬を迎え入れたのは、晩成の全メンバー。レギュラーも、控えの選手も全員が笑顔で。

 

 そんな中で、同級生の憧が足早に初瀬へ近寄ってきた。

 

 (あれ?これもしかしてまた殴られる流れ?)

 

 準決勝の時の記憶が蘇り、とっさに腹部に力を入れる初瀬。

 しかし次の瞬間初瀬が感じたのは、柔らかい、憧の身体の感触。

 勢いよく近づいてきた憧が初瀬の身体を力強く抱擁する。

 

 抱き着いてきて数秒、憧から言葉が出なかったので、初瀬は優しい表情でそれに応じた。

 

 「……ありがと」

 

 「ばーか。お前のために戦ったんじゃないよだ」

 

 「ふふ……知ってる」

 

 しばらくして、憧が初瀬から離れる。

 後方を見れば、皆が笑顔で初瀬を待ってくれていた。

 

 そしてその中心。椅子に足を組んで腰掛けたやえが、真っすぐに初瀬を見る。

 

 

 「副将戦トータル、+23900。区間2位の姫松が+1000だから、ほぼあんたのマルエー。……本当に、よくやったわ。初瀬」

 

 「……!ありがとうございます……!」

 

 優しい笑み。

 席を立ったやえが、初瀬の肩に手を置いた。

 

 「相手も十分に強かった。けど、あんたは決して自分のスタイルを曲げなかった。私はあなたを……岡橋初瀬を……誇りに思う」

 

 「……!」

 

 涙が出そうだった。いや、ほとんど出ていたかもしれない。

 頭を下げていたからバレなかっただけで、初瀬の目尻には涙が溜まっていた。

 

 この人の力になりたいと決意して、はや一年。

 自分が一心不乱に取り組んできたこの1年間は、間違っていなかった。

 

 そう思えるだけの喜びが、今の初瀬の身を震わせる。

 

 一呼吸あって。

 

 「さて。初瀬が最高の結果を残してくれた。紀子も、憧も期待以上に頑張ってくれた。……最後は、誰の番?」

 

 全員の視線が、一点に集まる。

 

 泣いても笑っても、インターハイ団体戦は大将戦の2半荘を残すのみ。

 

 この2半荘が終わった時、それはインターハイの頂点に輝く高校が決まった時だ。

 

 

 晩成の悲願。

 小走やえを頂点に連れていくという夢。

 

 それを胸に最後に戦う戦士。

 

 去年無力感に絶望し、必ず次は勝つことを心に決めて立ち上がった戦士。

 

 

 

 

 「行けるわね。由華」

 

 

 

 

 夢は、巽由華に託された。

 

 

 

 

 目をゆっくりと開く由華。

 その目は、確かに燃えている。

 

 

 

 「必ず。優勝を届けます」

 

 

 全員が、好戦的に笑う。

 

 誰も疑っていない。

 今年優勝するのは自分たちだと、誰も信じて疑わない。

 

 

 王者の剣が、悲願達成のため、最後の戦いに赴く。

 

 

 

 

 

 

 

 



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閑話 姫松応援スレ (決勝副将戦)



Q.初瀬が決勝副将戦で投げたリーチ棒の数は何本でしょう?

A.6本
B.7本
C.8本
D.9本




【Vやねん姫松】今年こそ全国優勝 【姫松応援スレ】

 

 

1:名無しの雀士@実況板もあるよ ID:cw7TYi16F

今年こそ全国制覇を目指す姫松高校の応援スレです。

 

 ・他チームであっても誹謗中傷は控えましょう

 

 ・関係ない雑談はほどほどにしましょう

 

 ・打牌批判もなるべくやめましょう

 

 

 

 ・前スレ→(http://*****************/329187)

 

 

2:名無しの雀士@実況板もあるよ ID:cw7TYi16F

 

 中堅戦終了時点棒状況

 

 1位  姫松 123100

 2位 千里山 101700

 3位  晩成  93600

 4位 白糸台  81600

 

 

 副将戦出場選手紹介

 

  姫松  真瀬由子 (3年)

 千里山 船久保浩子 (2年)

  晩成  岡橋初瀬 (1年)

 白糸台  亦野誠子 (2年)

 

 

 

4:名無しの雀士@実況板もあるよ ID:IU/mmCk7n

 愛宕ネキに口説かれて雑に抱かれた翌日に捨てられたい

 

12:名無しの雀士@実況板もあるよ ID:er3cuf3NQ

>>4 はい逮捕

 

22:名無しの雀士@実況板もあるよ ID:0QLbWieJU

>>4 もう愛宕ネキガチ恋勢湧いてて草

 

25:名無しの雀士@実況板もあるよ ID:j3Ybv0Dt2

まあゆーて中堅副将は何も心配せず見れるから楽よ。プラス確定やもん

 

26:名無しの雀士@実況板もあるよ ID:guryYusGw

姫松中継ぎ安定しすぎ問題

 

27:名無しの雀士@実況板もあるよ ID:FJKEJlTQ5

防御率0.00な件について

 

30:名無しの雀士@実況板もあるよ ID:nPpnkNyI5

でもウチ抑えが劇場型だから……(小声)

 

33:名無しの雀士@実況板もあるよ ID:3pylgdzAE

>>30 それでもしっかり抑えてるダルォ!?

 

39:名無しの雀士@実況板もあるよ ID:pdqHgg/wM

準決勝とか1点差ノーアウト満塁だったわ

 

47:名無しの雀士@実況板もあるよ ID:0XNOF6Foj

>>39 でもそっから三者連続三振だから、多少はね?

 

54:名無しの雀士@実況板もあるよ ID:euzl2bqZm

副将ってどこがヤバイの?なんかあんま目立たない区間なイメージ

 

59:名無しの雀士@実況板もあるよ ID:ncj3ORE7b

でも意外と副将戦って点差動きがちなんだよな。見逃され気味だけど。

 

64:名無しの雀士@実況板もあるよ ID:rjVTw/9/I

>>54 晩成がヤヴァイ 色んな意味で

 

74:名無しの雀士@実況板もあるよ ID:Qd2mWoJF6

晩成の副将ってあのコかwwwww

結構好きだったわwwww

 

82:名無しの雀士@実況板もあるよ ID:53Zs2qqpY

>>74 姫松に害が及ばなければワイも好きよ

 

88:名無しの雀士@実況板もあるよ ID:G02BswY4C

はじまた

 

98:名無しの雀士@実況板もあるよ ID:qT4p8Ic+4

起家か~。起家ってなんか勝てる気しなくない?俺だけ?

 

99:名無しの雀士@実況板もあるよ ID:zokAiDW7/

配牌は普通やな

 

108:名無しの雀士@実況板もあるよ ID:80prHaPMW

白糸台鳴いたね

 

109:名無しの雀士@実況板もあるよ ID:77SLI1SxL

は、なにこれクソ早やん。2秒で親番流れそう

 

118:名無しの雀士@実況板もあるよ ID:ZCaNpxdxC

ちょっと待ってwwwwwww

白糸台の副将副露率61%wwwwwww

 

126:名無しの雀士@実況板もあるよ ID:Oei4TqVpG

>>118 そマ?

 

132:名無しの雀士@実況板もあるよ ID:BJ8BjJmgI

副露率61%とか麻雀初心者が役分かってない時の数値なんだが????wwww

 

140:名無しの雀士@実況板もあるよ ID:efF+CZ+n8

どんな麻雀してんねん……白糸台って毎年頭おかしい奴ばっかだな

 

148:名無しの雀士@実況板もあるよ ID:/jUB9vNt/

また鳴いた

 

156:名無しの雀士@実況板もあるよ ID:R+Jx7rDFN

まあこれはダブ東だしいんでね

 

166:名無しの雀士@実況板もあるよ ID:RhgNp57AI

61%も鳴いてたら麻雀になんねーよ……

 

175:名無しの雀士@実況板もあるよ ID:FVGLBXCWW

晩成からリーチ入りました

 

180:名無しの雀士@実況板もあるよ ID:/gOAQPyjL

え、ってかこのクソ鳴きの下家に晩成いるのまずくね?リーチバンバン飛んできそう

 

190:名無しの雀士@実況板もあるよ ID:wYGqYxSyw

晩成のコこええよww

 

198:名無しの雀士@実況板もあるよ ID:aebL/K7Fw

ってか打点たっけえwwww

これ白糸台タヒんだか?

 

200:名無しの雀士@実況板もあるよ ID:ZUUyvWMF7

ファーーーーwwwwww

 

201:名無しの雀士@実況板もあるよ ID:91T8/AQL3

無事死亡を確認

 

205:名無しの雀士@実況板もあるよ ID:ZksDDzoY3

またこれ荒れそうだな……副将戦

 

209:名無しの雀士@実況板もあるよ ID:1p9u3U9Li

大丈夫。俺たちのゆっこはきっとのらりくらりとプラスしてくれるはず

 

216:名無しの雀士@実況板もあるよ ID:ZCh9BQVnK

あーあー鳴き合戦だよ

 

218:名無しの雀士@実況板もあるよ ID:GBMOTZ8mc

狂戦士ちゃんリーチに限らず局参加してくるからな

 

222:名無しの雀士@実況板もあるよ ID:Bb48OT/Zr

面前にこだわってくれた方がまだ楽よ。

このバーサーカー打点たけえんだよなあ

 

225:名無しの雀士@実況板もあるよ ID:mnop7Imxe

きっちり2000オールか~

 

231:名無しの雀士@実況板もあるよ ID:TQX1G5nMt

まあまあ。これくらいならね

 

232:名無しの雀士@実況板もあるよ ID:R79v3aO2G

うわ、ダブリーやん

 

235:名無しの雀士@実況板もあるよ ID:t10iwKq/w

愚形だけどきっちいな~親には誰もいけないだろこれ

 

244:名無しの雀士@実況板もあるよ ID:T/nv8EA7L

真瀬ちゃん手牌悪くないけど……流石にオリるよなあ

 

246:名無しの雀士@実況板もあるよ ID:C691L+5gC

上手い事字牌だけ切ってたら聴牌、みたいにならんかね

 

253:名無しの雀士@実況板もあるよ ID:VdWopsegI

7s何山なのこれ

 

258:名無しの雀士@実況板もあるよ ID:w2d1Sb75U

これ聴牌入ったら真瀬ちゃん7s出て行っちゃわない?

 

268:名無しの雀士@実況板もあるよ ID:Tn5GnnETJ

あぶなーーーーーい!!!

 

278:名無しの雀士@実況板もあるよ ID:Tn4OQoUak

いや、切らんやろ

 

281:名無しの雀士@実況板もあるよ ID:jSyJcGTkL

ま、まあ流石にね。愚形残っちゃうしね

 

288:名無しの雀士@実況板もあるよ ID:fnlhoHoUl

安牌あんま増えてないし、真っすぐ行くのかとおもた

 

295:名無しの雀士@実況板もあるよ ID:I+8SWFuw+

7s重ねた!!よしよしよし!

 

297:名無しの雀士@実況板もあるよ ID:pu0iEmSvv

これ押し返しワンチャン?

 

303:名無しの雀士@実況板もあるよ ID:n3/TSpjpb

俺今からゆっこに晩成の当たり牌7sだよって伝えてくるわ

 

306:名無しの雀士@実況板もあるよ ID:AOcT4Tbyf

>>303 犯罪で草

 

308:名無しの雀士@実況板もあるよ ID:P9Xw7CV96

え、これめちゃくちゃいい形になるかもよ

 

317:名無しの雀士@実況板もあるよ ID:144u9lXN1

7s暗刻った!!!wwww

え、これ勝ちでは???

 

325:名無しの雀士@実況板もあるよ ID:MMn3Eqgmg

5面張wwww

かったわwwww風呂入ってくるwwww

 

334:名無しの雀士@実況板もあるよ ID:2GYO9Kfjt

ナイスゥ!!

 

341:名無しの雀士@実況板もあるよ ID:2/jPOVX5A

マンツモでけえ~

 

347:名無しの雀士@実況板もあるよ ID:op4k8CQ+9

流石俺たちのゆっこ格が違う

 

348:名無しの雀士@実況板もあるよ ID:enJa+c0T9

ゆっこwin!

 

357:名無しの雀士@実況板もあるよ ID:G+QvuYrhx

ま~た鳴くじゃんww

 

358:名無しの雀士@実況板もあるよ ID:mHaFVRW3L

まあデータ上は3回に2回くらいは鳴いてるわけだしな

 

362:名無しの雀士@実況板もあるよ ID:rDxDau2rD

こんな手狭にして大丈夫なの?

 

366:名無しの雀士@実況板もあるよ ID:80aiJcd8A

白糸台放銃率も14%弱あったはず

 

370:名無しの雀士@実況板もあるよ ID:ucPAScgch

ま、そりゃな。和了率で補ってんだろきっと

 

379:名無しの雀士@実況板もあるよ ID:N62ORyS7/

なんで晩成振り込んでんの……?

 

386:名無しの雀士@実況板もあるよ ID:ChzCXkgAe

気付いたら振り込んでるバーサーカーちゃん可愛い定期

 

390:名無しの雀士@実況板もあるよ ID:smYN5UWLV

いや今はただただこええよw

 

399:名無しの雀士@実況板もあるよ ID:pkcE3gDtC

ゆっこいい手入るんだけどな~

 

406:名無しの雀士@実況板もあるよ ID:1Mj0ywZAD

下家が鳴きまくるからやりにくそうやな

 

415:名無しの雀士@実況板もあるよ ID:G4O79Z3iD

また鳴かれた

 

418:名無しの雀士@実況板もあるよ ID:1XMClZzay

そしてリーチとんでくる。この無限ループ

 

427:名無しの雀士@実況板もあるよ ID:AhTBsOJ6D

見た目以上にキツそうやな

 

436:名無しの雀士@実況板もあるよ ID:9alt4phGg

千里山さん???

 

440:名無しの雀士@実況板もあるよ ID:5fOMpPhrq

え、なにその鳴き

 

442:名無しの雀士@実況板もあるよ ID:kPLZrJai9

バイーーーーーーーーーンwww

 

448:名無しの雀士@実況板もあるよ ID:zH1rypo9z

よーわからん鳴きだったな~

 

451:名無しの雀士@実況板もあるよ ID:N/p9WLLL1

千里山のこの子、愛宕ネキの親戚なんでしょ?

一昨日くらいの闘牌インターハイで見たわ

 

455:名無しの雀士@実況板もあるよ ID:ynfyA7UvR

>>451 マ?麻雀一家ってやつ?

 

460:名無しの雀士@実況板もあるよ ID:RJcEBrpnx

晩成ああ見えて打点無い時はちゃっかりオリてんの面白い

 

469:名無しの雀士@実況板もあるよ ID:o7mfVFBHn

システム化してそうだよね。何点以上なら押す、的な。打牌はええし

 

472:名無しの雀士@実況板もあるよ ID:/Oa55xPGD

打牌早いのは好感持てるわ~。フリーで長考されるとガチイライラする

 

476:名無しの雀士@実況板もあるよ ID:WFcWfndjc

え、大明槓?

 

477:名無しの雀士@実況板もあるよ ID:tPBc0Vl0I

初心者かよ白糸台困るわ

 

483:名無しの雀士@実況板もあるよ ID:MiTW0Maog

え、そしたらこれ晩成来るんじゃね?

 

492:名無しの雀士@実況板もあるよ ID:/huRE/F8+

きたよ。実質2家リーチやんか

 

501:名無しの雀士@実況板もあるよ ID:xqdzUpQcQ

真瀬ちゃん聴牌だけど……キツいか~

 

510:名無しの雀士@実況板もあるよ ID:1CYREpYIe

これは押せないっしょ。無理無理。

 

512:名無しの雀士@実況板もあるよ ID:jrJh+jmlI

いやマジで白糸台の大明槓余計だったな

 

515:名無しの雀士@実況板もあるよ ID:6erUbcGGd

んでまた鳴くんか~い

 

520:名無しの雀士@実況板もあるよ ID:TjZ2yYJnh

もうこれわっかんねえな

 

528:名無しの雀士@実況板もあるよ ID:lW1VypvtK

なんか初心者卓入った時の気分だわ

 

532:名無しの雀士@実況板もあるよ ID:ETbuO47fX

本人大真面目なんだよなあ

 

538:名無しの雀士@実況板もあるよ ID:xY+OlaxmI

ここは千里山か。いいダマやね

 

546:名無しの雀士@実況板もあるよ ID:dbb5/YaJz

そらあんだけ鳴いたら放銃もするわな。

 

553:名無しの雀士@実況板もあるよ ID:AruagFhbd

ゆっこがんばえ~

 

559:名無しの雀士@実況板もあるよ ID:GvbxHkPDD

お、配牌悪くない。親の晩成が遅そうだし、先制打てそう

 

567:名無しの雀士@実況板もあるよ ID:R1rByTxvM

晩成鳴いたね。まあドラドラあるから鳴くか。

 

574:名無しの雀士@実況板もあるよ ID:kl8ddx0tt

白糸台も鳴く、と。

 

580:名無しの雀士@実況板もあるよ ID:cHLPhjPrZ

まあ流石に先制できそう。両面入ってくれ~~~

 

581:名無しの雀士@実況板もあるよ ID:/THXRiq27

晩成中持ってきたけど

 

583:名無しの雀士@実況板もあるよ ID:sKqH+XcoK

流石にこの形から加槓はしないか

 

584:名無しの雀士@実況板もあるよ ID:j4qs5Afbl

いったん保留って感じやね。晩成このへんは流石きっちりしてる

 

589:名無しの雀士@実況板もあるよ ID:1750Ic8V8

イーシャンテンになって槓か。まあまあ、確かにそれならあるよな

 

598:名無しの雀士@実況板もあるよ ID:/N3pHdoHO

ドラ増えたのうめえ~ww

さあゆっこさんやっちまってくだせえ!

 

603:名無しの雀士@実況板もあるよ ID:RnrGWjrSj

キタ!

 

611:名無しの雀士@実況板もあるよ ID:Jh+2MiWY0

69m!4山!!

 

617:名無しの雀士@実況板もあるよ ID:fMcXLHAuj

裏ドラアチィ~2枚は乗ってほしいな

 

624:名無しの雀士@実況板もあるよ ID:4PhaacGXN

ハネツモあるで~

 

633:名無しの雀士@実況板もあるよ ID:9xfkGp8Lv

は?????

 

638:名無しの雀士@実況板もあるよ ID:j8KXR9fIr

リーチに大明槓??なにしてんこいつ

 

643:名無しの雀士@実況板もあるよ ID:GyevnqR+w

え?新ドラ中?

 

648:名無しの雀士@実況板もあるよ ID:mns4ETwaM

ふざけんな

 

658:名無しの雀士@実況板もあるよ ID:Ly8l7Suk8

うわうわやってるわこいつ

 

666:名無しの雀士@実況板もあるよ ID:2eEjTRT4D

まあラス目なんだししても良くね?

 

673:名無しの雀士@実況板もあるよ ID:TD6yiDdXT

>>666 正気か????リーチに対して安牌にもなりうる役牌大明槓て、初心者のやることだが???

 

675:名無しの雀士@実況板もあるよ ID:i+yPvbaTv

え、これで晩成に聴牌じゃん。

 

683:名無しの雀士@実況板もあるよ ID:ex+HOAyph

いや待て、晩成の待ち無いぞ

 

691:名無しの雀士@実況板もあるよ ID:jnKdAYjtc

あっぶね~~~~ガチ焦るわやめてくれ。千里山も切らないだろうし、流石に勝ったろ

 

697:名無しの雀士@実況板もあるよ ID:HzZaIDm2u

待ち残ってたら発狂してたわ

 

701:名無しの雀士@実況板もあるよ ID:EmYrwKXTT

え?

 

706:名無しの雀士@実況板もあるよ ID:cQ1E8enGs

裸単騎

 

716:名無しの雀士@実況板もあるよ ID:f3Fm7je51

まてまてまてまてやめてくれゆっこ絶対掴むなよ!!!!!

 

718:名無しの雀士@実況板もあるよ ID:gy57lhbH/

こんな理不尽な倍満当てられたら画面破壊しちゃう

 

723:名無しの雀士@実況板もあるよ ID:QphNYARrS

なんで3s全山なんだよおかしいだろ

 

728:名無しの雀士@実況板もあるよ ID:eUVsVDiPt

69mも3山。3-3か。

 

731:名無しの雀士@実況板もあるよ ID:6CyD+PqeL

もうこの際白糸台和了っていいよ。ツモってくれ

 

740:名無しの雀士@実況板もあるよ ID:f6qSI/DO6

いやエグイって

 

746:名無しの雀士@実況板もあるよ ID:5TTnzPc5c

これはやってるわ。白糸台戦犯だわ

 

747:名無しの雀士@実況板もあるよ ID:6i1+JBl4y

親倍ツモ……

 

753:名無しの雀士@実況板もあるよ ID:Z+2pUhgai

あれよくポンできたな……

 

756:名無しの雀士@実況板もあるよ ID:463+Avkql

え、これ捲られてね?

 

758:名無しの雀士@実況板もあるよ ID:D/BxDi+bZ

捲られたわ。晩成とトップ入れ替わった

 

762:名無しの雀士@実況板もあるよ ID:cvE6fX310

ふざけんなよマジで

 

764:名無しの雀士@実況板もあるよ ID:Mq8xWWCU2

理不尽なゲームだわホンマに

 

773:名無しの雀士@実況板もあるよ ID:VXoNRChcM

まあまあまあ、後半戦切り替えよ

 

777:名無しの雀士@実況板もあるよ ID:uXlQyJcKx

晩成大将も強いからここで突き抜けられるとガチでヤバイ

 

780:名無しの雀士@実況板もあるよ ID:SNZRzoNZy

晩成つええよマジで勘弁してくれ~~今年だけは姫松に譲ってクレメンス

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

236:名無しの雀士@実況板もあるよ ID:A9MDkIpIK

後半戦はじまた

 

240:名無しの雀士@実況板もあるよ ID:3fZu0jglS

なんとかトップでつないでほしいが……

 

248:名無しの雀士@実況板もあるよ ID:ohHiANBwC

西家か、まあまあまあ。

 

253:名無しの雀士@実況板もあるよ ID:bfKIdMaqI

ま~た鳴いたよ。ええ加減にせえよおい

 

258:名無しの雀士@実況板もあるよ ID:/sPE6uSpi

千里山も速そう。親に和了られるよりはいっか。

 

262:名無しの雀士@実況板もあるよ ID:Ys9NLcXlH

今回はゆっこお休みやな~

 

264:名無しの雀士@実況板もあるよ ID:2Y/tdcyom

ゆっこ以外全員イーシャンテンやん

 

268:名無しの雀士@実況板もあるよ ID:E9nZrtYaz

横移動キボンヌ

 

269:名無しの雀士@実況板もあるよ ID:WYKIRzIRJ

千里山リーチしないのか

 

270:名無しの雀士@実況板もあるよ ID:GIdOYqcEx

まあ高目なら満貫ですし

 

279:名無しの雀士@実況板もあるよ ID:4B74nnG6o

よしよしよし。その横移動はおk

 

285:名無しの雀士@実況板もあるよ ID:g9ej588dR

ゆっこ配牌悪くないぞ

 

288:名無しの雀士@実況板もあるよ ID:SziMrcItx

平和赤1くらいにまとまってくれれば……

 

295:名無しの雀士@実況板もあるよ ID:adHdDLQuy

もう鳴きとかいちいち気にしてられん

 

304:名無しの雀士@実況板もあるよ ID:FowqMi3/k

いやこれ晩成やべえ手入ってんじゃん

 

311:名無しの雀士@実況板もあるよ ID:z+M3BbI/I

これ負けたらまずいな。跳満か倍満あるぞこの手

 

319:名無しの雀士@実況板もあるよ ID:nO9I8peCx

千里山鳴いたけど……いや止まんねえよなあ

 

320:名無しの雀士@実況板もあるよ ID:yq+lg+LjE

ノンストップバーサーカーだから

 

326:名無しの雀士@実況板もあるよ ID:ZHEfBSgS4

うわえっぐい聴牌された

 

331:名無しの雀士@実況板もあるよ ID:4yWWGRRfh

リーヅモドラ4とかされたら終わりや

 

336:名無しの雀士@実況板もあるよ ID:vAWEx4HHr

やべえリーチ

 

345:名無しの雀士@実況板もあるよ ID:dwN4aY6rQ

ゆっこ張った……?

 

351:名無しの雀士@実況板もあるよ ID:vwgt/saP8

いや流石にキツいか?愚形ドラドラ聴牌

 

356:名無しの雀士@実況板もあるよ ID:rB8ebFVWj

うわいくのか!

 

365:名無しの雀士@実況板もあるよ ID:kDgZ3dWah

怖いよ~~~!!!ママ~~~!!

 

366:名無しの雀士@実況板もあるよ ID:F8iBv2tme

マジ放銃だけは勘弁……!

 

367:名無しの雀士@実況板もあるよ ID:jzlLucDFp

え、でもまてコレ2pの方があるわ

 

375:名無しの雀士@実況板もあるよ ID:K63xeLOBw

>>367 もう枚数とか信じれん

 

381:名無しの雀士@実況板もあるよ ID:MRDXKi1pR

よ~~~~~し!!!

 

382:名無しの雀士@実況板もあるよ ID:+FP36RTKQ

掴ませたのでけえ~~!!

 

389:名無しの雀士@実況板もあるよ ID:4y4PdH+8f

あれリーチいけるのすげえわ。俺ビビっちゃうよ

 

395:名無しの雀士@実況板もあるよ ID:kaVy4F5pJ

流石だぜ俺たちのゆっこ……。

 

404:名無しの雀士@実況板もあるよ ID:IqjKNBRki

配牌は~悪くはない。

 

412:名無しの雀士@実況板もあるよ ID:3ULbKa62/

まあでもどこも重そうだし、ワンチャンある

 

414:名無しの雀士@実況板もあるよ ID:32oV4OIzE

晩成のとこにドラがあるとそれだけで嫌だわ

 

423:名無しの雀士@実況板もあるよ ID:MUiYzzDm8

千里山が速そうか?

 

429:名無しの雀士@実況板もあるよ ID:OS6Z5ywEl

カンチャン埋まってだいぶ軽くなったね

 

436:名無しの雀士@実況板もあるよ ID:29X6v1qdr

あ~先制打たれたか

 

440:名無しの雀士@実況板もあるよ ID:+jESng9pA

そうするとだいぶテンション下がるやつやなこれ

 

444:名無しの雀士@実況板もあるよ ID:zY+mhag/I

晩成wwwwww

 

453:名無しの雀士@実況板もあるよ ID:eE0zeCVaW

ノータイムで無スジを押すな!

 

462:名無しの雀士@実況板もあるよ ID:em/luq9hV

あの~すいません、リーチって言ったんですケド、聞こえてないですかね……?

 

471:名無しの雀士@実況板もあるよ ID:TRYXQFm3P

バーサーカーちゃん「あ、自分そういうの気にしないんで」

 

475:名無しの雀士@実況板もあるよ ID:EVJPja/BY

こっちが気にするんじゃボケ!!

 

479:名無しの雀士@実況板もあるよ ID:oCeXmQgys

びよーーーーんwwwwww

 

484:名無しの雀士@実況板もあるよ ID:r+crqyy6d

なんでそれツモれるんだよ……

 

492:名無しの雀士@実況板もあるよ ID:7NkdOsIsO

いやちょっとこれ止められないぞ晩成

 

494:名無しの雀士@実況板もあるよ ID:kVT+O2VE6

これ1年ってマジかよ

 

496:名無しの雀士@実況板もあるよ ID:wRY/IKODj

ま~た晩成赤赤

 

501:名無しの雀士@実況板もあるよ ID:bR3PJQpm1

お願いですもうやめてくださいなんでもしますから!!

 

503:名無しの雀士@実況板もあるよ ID:c7+5w1q6+

白糸台鳴いた……

 

508:名無しの雀士@実況板もあるよ ID:JLjrEilr2

オイオイオイ 死んだわアイツ

 

512:名無しの雀士@実況板もあるよ ID:yjqJRb6Mu

>>508 ほう。遠いタンヤオ仕掛けですか。

 

520:名無しの雀士@実況板もあるよ ID:f66sNhGOn

うわメンタンピン赤赤

 

527:名無しの雀士@実況板もあるよ ID:2rZmJ9fqx

これもリーチかよ

 

536:名無しの雀士@実況板もあるよ ID:wmtVY2imT

は?ドラポン?

 

537:名無しの雀士@実況板もあるよ ID:RctDgdc6E

単騎てwwwwwさっきの晩成の奴とはわけ違うだろ。大人しく両面で待てや

 

546:名無しの雀士@実況板もあるよ ID:wLuDHrCXS

バイーーーーーーーーーン

 

555:名無しの雀士@実況板もあるよ ID:9I1uGXw+b

どうしてそれツモれるの……?

 

557:名無しの雀士@実況板もあるよ ID:4qhJO/7M/

白糸台にこっから連荘されるのもダルいな

 

562:名無しの雀士@実況板もあるよ ID:EIzH9tFw0

白糸台の大将もなんかヤバそうだったよね

 

565:名無しの雀士@実況板もあるよ ID:lbDjgtjoL

闘牌インターハイで特集組まれてたよ。新時代のエースだとさ。チャンピオンを継ぐものみたいな

 

570:名無しの雀士@実況板もあるよ ID:vKnqztQR6

末原ちゃんのためにも白糸台には沈んでいてもらわねば

 

573:名無しの雀士@実況板もあるよ ID:pnfhcNUQ+

千里山もいい和了り方するよな

 

579:名無しの雀士@実況板もあるよ ID:cyRISpf8r

このチートイだまとかいいね

 

588:名無しの雀士@実況板もあるよ ID:tLgSDXAZd

役バックなのわかってるみたいな打ち回しだったな

 

590:名無しの雀士@実況板もあるよ ID:O8cYu02nm

うわまた手牌重いよ

 

596:名無しの雀士@実況板もあるよ ID:74npuHYQv

ダブ南重なるの待ってってかんじかね 

 

600:名無しの雀士@実況板もあるよ ID:6U+hZo20f

まあゆーて今回は晩成も控えめ進行だし。親の千里山だけケアすればよき

 

604:名無しの雀士@実況板もあるよ ID:UN+ew7f+E

親はホンイツ進行か

 

611:名無しの雀士@実況板もあるよ ID:NUsiqcUr0

だいぶみんなツモがよじれてるな

 

615:名無しの雀士@実況板もあるよ ID:ZxW/k4loQ

全員欲しい牌が他のとこ行ってる感じ

 

619:名無しの雀士@実況板もあるよ ID:m7JlNFf8k

晩成最後の最後に聴牌か

 

622:名無しの雀士@実況板もあるよ ID:cLIEKSwHm

wwwwwwwwリーチすんのかよwwwwww

 

624:名無しの雀士@実況板もあるよ ID:u12BsUYSz

いやいやリーチ一発海底ツモとかないからwwwww……ないよね?

 

626:名無しの雀士@実況板もあるよ ID:h68weyAZD

まて、ゆっこがカンで消せる。

 

634:名無しの雀士@実況板もあるよ ID:UkYEWskw/

はい天才

 

636:名無しの雀士@実況板もあるよ ID:IDYf6IIl/

流石俺たちのゆっこ

 

640:名無しの雀士@実況板もあるよ ID:UqWfFqH6W

当然こういうこともできちゃうと。

 

642:名無しの雀士@実況板もあるよ ID:vZhglOtcP

ゆっこ手牌良いぞ!!

 

649:名無しの雀士@実況板もあるよ ID:HsoS9xVoH

これは手なりでもすぐ聴牌できそう

 

653:名無しの雀士@実況板もあるよ ID:XuOP71V+Z

これ東1枚目スルーしたいまであるな

 

656:名無しの雀士@実況板もあるよ ID:CSlJjOsUt

>>653 いや、流石に供託がうますぎる

 

659:名無しの雀士@実況板もあるよ ID:PZPbvdNkn

鳴いたか~~まあ良し

 

661:名無しの雀士@実況板もあるよ ID:MlMb4Ixvb

よしよしよし、ナイスう!

 

670:名無しの雀士@実況板もあるよ ID:PAC80vmO5

コツコツいこう。姫松はコツコツいくのが得意なんだ

 

675:名無しの雀士@実況板もあるよ ID:rG2HDhOXd

>>670 コツコツしかできないともいう

 

681:名無しの雀士@実況板もあるよ ID:CoRl5M06m

う~ん、今回は微妙やな

 

686:名無しの雀士@実況板もあるよ ID:ViL63cIda

晩成チートイ決め打ちか。

 

690:名無しの雀士@実況板もあるよ ID:HQ8s/oOyn

ならず者副将戦で何回七対子和了ったよ

 

691:名無しの雀士@実況板もあるよ ID:MN7yfLwNe

ドラなし赤なしチートイ聴牌。

 

697:名無しの雀士@実況板もあるよ ID:8An3WnczS

ですよね~~~

 

704:名無しの雀士@実況板もあるよ ID:/JTsuUNyj

な~んで山3なんですかねえ……

 

713:名無しの雀士@実況板もあるよ ID:/Yiu4zAij

オーラスかああ~~~~!!

 

719:名無しの雀士@実況板もあるよ ID:bLfdtAOID

え、このままだとゆっこマイナス?

 

720:名無しの雀士@実況板もあるよ ID:TEArZFR1B

ガチだ。まずい。ゆっこの公式戦マイナス無し記録が

 

725:名無しの雀士@実況板もあるよ ID:tXi8lTRsW

え、満貫和了んないと足りないじゃん

 

733:名無しの雀士@実況板もあるよ ID:0snY44yll

いまのイチロクザンニー余計だったなあ……

 

735:名無しの雀士@実況板もあるよ ID:e3iwhBJQ/

配牌は?

 

742:名無しの雀士@実況板もあるよ ID:RKtbPjJhB

う~ん。まあ、赤は、ある。

 

745:名無しの雀士@実況板もあるよ ID:1VkYzO5ol

手なりでどうにかなるか?コレ

 

747:名無しの雀士@実況板もあるよ ID:STkEvFLDL

カン2p入ったでけえ

 

750:名無しの雀士@実況板もあるよ ID:h0swuHQNy

ちょいまち晩成また高いじゃん。これホンイツ?

 

752:名無しの雀士@実況板もあるよ ID:Bhgy9r8xN

完成は遅いと願おう……ここで晩成に暴れられたら終わる。

 

755:名無しの雀士@実況板もあるよ ID:h1dsjTovI

白糸台は黙っといてくれお願いだから

 

757:名無しの雀士@実況板もあるよ ID:mb2OChYLt

真瀬ちゃん1枚1枚もってくるたび深呼吸してる。

いやマジで頑張れ……!

 

758:名無しの雀士@実況板もあるよ ID:ZLjIfGCu5

真瀬ちゃんマジで牌捌き綺麗だよなあ。今年だと1番好き

 

759:名無しの雀士@実況板もあるよ ID:gpZICcqZb

よしよし、両面両面!これあるぞ!!

 

762:名無しの雀士@実況板もあるよ ID:Nu9ur5Elv

暗刻ヘッドレスやん。なんでもいい!先に聴牌しよ!

 

763:名無しの雀士@実況板もあるよ ID:rFSoiI4ed

ドラが出てくのは嫌だな

 

764:名無しの雀士@実況板もあるよ ID:hsVDEdlm0

平和でリーチしたいけどなあ

 

766:名無しの雀士@実況板もあるよ ID:IegtczJp+

47p薄いなあ……これあと2枚しかない

 

772:名無しの雀士@実況板もあるよ ID:ITFs4o3eM

え、ゆっこなんで止まったん?ツモ切りっしょ

 

773:名無しの雀士@実況板もあるよ ID:YCERl4hSc

え、これもしかして5p6p落とすこと考えてる?

 

774:名無しの雀士@実況板もあるよ ID:fhvB/z6Q5

>>773いやでも流石にロスが多すぎるだろ

 

775:名無しの雀士@実況板もあるよ ID:rpM6fqE/T

え~!!!マジかよ!

 

777:名無しの雀士@実況板もあるよ ID:R7UbSOpxc

そこ外すんだ……頼む、上手くいってくれ……!

 

782:名無しの雀士@実況板もあるよ ID:H+Qbmtp1O

確かにこれ69s8sよくみえるわ。実際山にわんさかある

 

787:名無しの雀士@実況板もあるよ ID:XV8Zn5UTw

キタ!!!!!いけ!!!

 

790:名無しの雀士@実況板もあるよ ID:vRgA+KRJf

これ何山??6枚???

 

792:名無しの雀士@実況板もあるよ ID:AeGWDOqw7

流石に勝ったろ?!

 

793:名無しの雀士@実況板もあるよ ID:Pp19OAQm8

うわあああああ晩成やめちくり~~~~~!!

 

794:名無しの雀士@実況板もあるよ ID:JDKQ2u/sZ

流石に勝てるって勝てなきゃおかしいよ!!!

 

795:名無しの雀士@実況板もあるよ ID:PoF6BMzwo

いやったああああああああああ!!!!

 

797:名無しの雀士@実況板もあるよ ID:2yI9lrkjY

裏!!!!!裏!!!!!

 

801:名無しの雀士@実況板もあるよ ID:TkCp1M9JK

ゆっこ手震えてるやん涙出てきた

 

805:名無しの雀士@実況板もあるよ ID:7I0V33YXU

乗ったの?乗ったの??!見えん!!!

 

806:名無しの雀士@実況板もあるよ ID:mH/Gw/EGG

のったああああああああああああ!!!!!!!!!

 

808:名無しの雀士@実況板もあるよ ID:MslY7yBcv

満貫や……おめでとうゆっこ……ナイスやったで

 

810:名無しの雀士@実況板もあるよ ID:irJKnnKDm

乗ってる!!!乗ってるじゃん!!!!

 

816:名無しの雀士@実況板もあるよ ID:LKLQsiTjn

神様はおったんやな……

 

817:名無しの雀士@実況板もあるよ ID:g4wZKXAp4

トップも入れ替わった!!!マジでデカすぎる裏1だった

 

822:名無しの雀士@実況板もあるよ ID:mhFVGY+Gz

もうわけわかんねえよ涙が止まんねえよ

 

826:名無しの雀士@実況板もあるよ ID:C+Z8JLU7v

俺たちのゆっこが笑顔で麻雀してるだけで嬉しいよ俺は……

 

828:名無しの雀士@実況板もあるよ ID:yL0L0+DVl

そっか、ゆっこは個人戦出てないから最後のインターハイだったのか

 

831:名無しの雀士@実況板もあるよ ID:ZaSk0UGSA

ナイスファイトだったで!!!ゆっこ!!!!

 

836:名無しの雀士@実況板もあるよ ID:TswhkX3a8

さあ!!!!我らが大将に託そう!!!絶対優勝や!!!!!!

 

839:名無しの雀士@実況板もあるよ ID:HmN5+YZC+

今年なら絶対勝てる!!!!!頼むぞ!!!!

 

840:名無しの雀士@実況板もあるよ ID:IVpluGbZ6

家のことなんもしてないけど今日だけは許してくれ

 

841:名無しの雀士@実況板もあるよ ID:wE4gaVKQT

>>840 安心しろ俺なんか仕事さぼってる

 

842:名無しの雀士@実況板もあるよ ID:/ZVoejH/3

姫松優勝やあああああああ!!!!

 

 



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第168局 最後の大将戦、開幕

 一人の少女が、片手で頭を抑えながら廊下を歩く。

 固いローファーの踵が、リノリウムの床に甲高い音を鳴らす。

 

 「またのせんぱ~い」

 

 特徴的なソプラノボイスに、誠子が顔を上げた。

 前から歩いてくるのは、不遜な態度を隠そうともしない後輩。

 

 「大星」

 

 「あたしのためのハンデづけ、お疲れ様で~す!」

 

 「……相変わらず容赦ないな」

 

 誠子は点棒を減らしている。それは間違いない。

 だがそれをこんな風に煽ってくる後輩は、後にも先にも淡だけだろうと誠子はそんなどうでもいいことを思う。

 

 「渋谷先輩と2人でこんなに削られてるの、初めてみました~」

 

 「……普通に相手の方が強かったよ。それだけだ」

 

 「……1年生相手なのに?」

 

 「お前だって1年だろ?」

 

 「私は特別だからなあ~」

 

 私は特別、というこの言葉に、誇張はない。心の底からそう思っているであろうことは容易に想像できる。

 事実、白糸台の中で淡を正面から抑えることができるのは照ただ1人だ。

 

 そういった事実関係もあって、淡は自分が強いと思ってはばからない。

 

 (実際強いから何も言えないんだよな)

 

 生意気な後輩の頬をつねりながら、誠子は内心ため息をつく。

 

 「じゃ、頼むよ。このままじゃ私達全員宮永先輩におんぶにだっこだったって言われちまう」

 

 「言われなくてもわかってま~す。……なんか、気にくわないしね」

 

 ポンポン、と肩を叩いて再び歩き出した淡の後ろ姿を見送る。

 その背中には、既に禍々しいオーラがたちこめていた。

 

 

 「ムカつくんだよ。最強は照。それを引き継ぐのが私。誰にも、邪魔なんかさせるもんか」

 

 「……」

 

 先鋒戦が終わった後から、ずっと淡はこんな調子だ。

 気が立っていて……殺気すら感じるこの視線。

 

 (この状態のコイツを……止められるヤツなんかいるのか?)

 

 ただでさえ、普通に打っても手の付けられない怪物。

 その怪物が今、極度の興奮状態にある。

 

 おそらく、最初から手加減無しでぶつかりにいくだろう。

 その勢いは、このインターハイ団体戦を食らいつくすかもしれない。

 それができると思ってしまうほどに、大星淡はバケモノなのだ。

 

 

 

 

 「おかえり、誠子」

 

 「……!宮永先輩」

 

 淡を見送った後、重い足取りで控室に向かっていると、扉の前に照が待っていた。

 

 

 「あ、あの、すみませんでした……!」

 

 まさか外にいるとは思わず焦った誠子は、とにもかくにも、謝罪をしないとと思って頭を下げる。

 誠子は結局、区間マイナスだったから。

 

 「……謝ることなんて、ない」

 

 「え……?」

 

 「誠子の麻雀、良かったと思う。少なくとも私は、嬉しかった」

 

 嬉しかった?

 照の言葉の意味が、誠子にはわからない。

 この決勝は、狂戦士染みた攻撃をしてくる1年生を相手に、振り回されるだけの無様な麻雀だったのに……?

 

 「見届けよう。大将戦。見たら、何かが変わるかもしれないよ」

 

 「……はい」

 

 言い終えるが早いか、照は扉を開けて控室へと戻っていく。

 

 嬉しかった?何かが変わる?

 

 照の言葉の意味は、何も分からない。

 

 (見届ける、か)

 

 自分たち白糸台高校の3連覇がかかった大事な大将戦。

 誠子の予想通りなら、淡が暴れ回って、きっと3連覇を手にすることができるのだろう。

 

 しかし、照の言葉、表情。

 

 (何かが、変わるのかもしれない)

 

 誠子はそう思わずにはいられなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「ただいま、戻りました」

 

 「船Qお帰り~」

 

 「お~!おつかれさんやったな!」

 

 一方その頃浩子も千里山女子の控室へと帰ってきていた。

 副将戦の成績はマイナス。初瀬の大暴れに屈する形になってしまった。

 

 「すみませんでした。止められへんくて」

 

 「ええよ~そんなん、晩成のコ、すごかったもんねえ。セーラみたいやったよ」

 

 相変わらず竜華の太ももの上には、怜が膝枕をして乗っかっている。

 この2人はブレないなあ、と思いながら。

 

 「結局姫松トップのまま大将戦に渡すことになってもうて……なんも役割果たせへんかったなって」

 

 「そんなことあらへんよ~ウチより、点数持って帰ってきてるやん」

 

 「園城寺先輩は相手が相手ですから……」

 

 浩子は自分の弱さに嫌気がさしていた。

 結局、副将戦は大した働きもできず……そして最後に、あそこまで楽しそうに、麻雀を打つ2人を見て、羨ましいと思ってしまったこと。

 

 (おこがましい、やんな……)

 

 自分は早々に、麻雀と向き合うことをやめてしまったから。

 搦め手に手を出して、地力を伸ばす努力を怠ったから。

 

 この結果も当然なのかなと思ってしまう。

 

 

 「怜、じゃあ、いってくるわ」

 

 「……ん。竜華、頑張ってな」

 

 「っしゃあ~!いったれ竜華!!」

 

 大将戦開始時刻まであと少し。

 ギリギリまで怜の成分を摂取した竜華がソファから立ち上がる。

 

 「たっくさん竜華の太ももにパワー送っといたから、きっと勝てるで」

 

 「ははは、それは心強いなあ」

 

 すぅ、と息を吸って。

 竜華は呼吸を整える。

 

 この1年、ひたすらに努力してきた。

 姫松に文字通りボコボコにされてから、その悔しさを胸に麻雀を打ち続けた。

 

 背中に、体重がかかる。

 その重さで、誰がよりかかってきたのかを容易に判別することができるほど、2人の付き合いは濃い。

 

 

 「ウチのぶんまで、頑張ってな」

 

 「うん。行ってくる」

 

 「ぶちかましたれ!」

 

 「頑張ってください!清水谷先輩!」

 

 全員の声援を背に、竜華が控室を出ていった。

 

 あとはもう託すだけだから。

 

 

 

 バタン、と扉が閉まったのを確認して、浩子は自らが愛用するタブレットを開く。

 いつまでもうじうじしていられない。

 

 データ担当として、大将戦前半でできることをする。

 休憩中に竜華にデータを渡すために。

 

 

 「どうだったよ。インターハイ副将戦は」

 

 「……監督」

 

 そんな浩子の背に声をかけたのは、叔母であり、監督でもある雅枝。

 

 「不甲斐ない成績しかだせんくて、すみませんでした」

 

 「そんなこと言ってるわけちゃうねん。感想を聞いてるんだよ」

 

 「感想。ですか?」

 

 「そう。お前はあの場所で何を思って、何を感じた?」

 

 浩子の正面の席に足を組んで腰掛けた雅枝の瞳が、まっすぐに浩子を捉えている。

 その瞳は、真剣そのもので。

 

 だから思わず、心中を吐露してしまったのかもしれない。

 

 「……羨ましい、と思いましたね。おこがましいですけど」

 

 「ほう。それの何がおこがましいんだ?」

 

 「ウチは……強すぎる身内に嫉妬して、麻雀と向き合うことを辞めました。けど、姫松の真瀬先輩も、悔しいですが晩成の岡橋も、麻雀と正面から向き合ってた。その姿が、ウチからは眩しく見えましたね」

 

 「……」

 

 初瀬の、一点の曇りもない真っすぐ突き破る麻雀。

 由子の、真摯に麻雀と向き合い続けた丁寧な麻雀。

 

 どちらも、自分にはないもので……自分が目指すのを諦めた麻雀だった。

 

 「いつの時代も、自分にないもんを持ってるっちゅうんは、羨ましいです」

 

 「それはちゃうやろ」

 

 「……え?」

 

 頬杖をついて浩子の言葉を聞いていた雅枝が、横目にモニターを見つめながら、浩子へ言葉を続ける。

 

 「お前はお前の考えで、麻雀の打ち方を変えた。確かにそれは、王道とは呼ばれへん打ち方かもしれん。けど、それはお前の、『麻雀の向き合い方』だったと違うんか?」

 

 「……!」

 

 息を呑んだ。

 

 「多恵も洋榎も、そら強い。あんなんでも自慢の娘達だからなあ。けどな、それと幼いころからぶつかって、それでも自分の麻雀を模索し続けた浩子を、ウチは評価しとるし、負けてへんと思っとる。お前が見つけたその麻雀は、麻雀じゃないんか?ちゃうやろ。お前が頑張って探して探して、たどり着いた答えやろ。ならそれは、一つの『向き合い方』や。真瀬と岡橋にかなわんかったんは、方向性やない。その『深さ』やろ」

 

 いつの間にか、心臓の鼓動が速くなっている。

 紡がれる雅枝の言葉を、浩子は静かに聞き入っていた。

 

 「羨ましがるなんて100年早い。もっと深くなれ。浩子。それとも、ウチの買い被りすぎやったかな?」

 

 机の上に置いてあったチョコレートを1つ掴んで、雅枝は席を立つ。

 

 (そうか、ウチは、勘違いしとったんやな)

 

 自分にはできなかったことだと、思い込んだ。

 あれが麻雀の正しい姿だと、思ってしまった。

 

 けれど、違う。

 自分がたどり着いたこの方法だって、立派な麻雀への努力だ。

 

 (……あ?)

 

 そう、気付いたから。

 

 自分があのメンバーと、同じ土俵に立っていたとわかってしまったから。

 

 (くっそ……柄じゃない……っての)

 

 理解してしまえば、『羨望』は、『悔しさ』に変わる。

 

 

 

 

 

 浩子のタブレットには、大粒の雨が降っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 夜の帳は落ち切った。

 

 インターハイ団体戦決勝は、ついに大将戦(クライマックス)

 

 『大変、お待たせしました』

 

 全国の麻雀ファンが、固唾を飲んで見守る中。

 

 最後の戦いが、始まろうとしている。

 

 『全国2万人の頂点を決める戦いも、ついにクライマックス。最後の戦いに挑む4選手が、会場に揃いました』

 

 会場も、視聴者も、この大将戦がどれだけ激しい戦いになるかを予感している。

 だからこそ、異様な静けさが辺りを包んでいて。

 

 そこに響くのは、針生アナウンサーの実況のみ。

 

 

 『インターハイ3連覇へ。今日の朝、波乱が起きました。絶対的エース宮永照が敗れました。それでも尚、白糸台の夢は終わってなどいません。チャンピオンを継ぐ者として、この大将が、いる限り。……白糸台の最終兵器が、今夜ついにそのベールを脱ぎます。狙うのは、3連覇ただ一つ。西東京代表白糸台高校、大星淡!』

 

 爆発的な歓声が、会場を包む。

 決勝卓に堂々と腕を組んで仁王立ちするその立ち姿は、貫禄すら覚えるもので。

 

 (見てる?テルー)

 

 優し気な表情の中にも、狂気が孕んでいる。

 

 (全員……ボコボコにしてやるから)

 

 禍々しいオーラは、会場に来ている麻雀打ちを震撼させるほど恐ろしい。

 

 

 『インターハイ常連校。団体戦では決勝もお馴染みでありながら、その王冠に手が届かない。関西最強と謳われながら、ここ2年間は同じく関西の雄に敗れ、悔しい日々。しかし今日、その歴史を終わらせる。古豪ではなく、紛れもない強豪。そして優勝校へ。……昨年、涙をのみました。同じ地区の、同級生の前に敗れ、その目を涙で腫らしました。その涙は、間違いなく今の彼女の強さにつながっている。もう、同じ後悔はしない。北大阪代表、千里山女子高等学校、清水谷竜華!』

 

 背中と、太ももに暖かさを感じる。

 いつも一緒だった彼女の想いが、ここに残っている。

 

 (怜、私勝つから)

 

 敗れた過去がある。

 負けられない相手が、目の前にいる。

 

 先鋒戦であれだけ頑張ってくれた怜を見た時から、この身を投げうって、全力で挑もうと心に決めていた。

 

 悔いは残さない。

 3年間の努力を、全て。

 

 

 

 

 

 

 『王者の元に集まった臣下達は誓いました。……もう、王者の涙は見ない、と。孤独と戦い続けた王者は、3年を経て英雄になった。どんな時も戦い続ける姿。勇敢に立ち向かう姿。彼女の振る舞い、強さ、そして、人格に心酔した彼女たちは、今日この日を待っていました。全ては、王者に『勝利』を届けるために。先鋒戦は、惜しくも敗れました。しかし王者の最後まで戦い続ける姿は、確かに彼女の達の瞳に、心に火をつけた。だからここまで戦い抜けた。……そして最後。大将を務めるは、去年己の未熟さに身を焼いた、王者の剣。さあ行こう!後輩達が身体を張って示した晩成のあるべき姿。合言葉はそう、どんな時も、“倒れるなら、前のめりに”奈良代表晩成高校、巽由華!』

 

 

 彼女にはもう、何も聞こえない。

 瞳に宿った炎は、静かに燃えている。

 

 この炎が光を放つ時、それは、卓に座る全員を力づくでねじ伏せる時。

 

 (言葉はいらない。やえ先輩に、勝利を―――)

 

 なんのためにこの1年間を過ごしたのか。

 全ての答えを、ここに示そう。

 

 私こそが、王者の剣であると、示そう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 『“常勝軍団”彼女たちは、そう呼ばれました。しかしいつもその言葉には、条件がありました。『無冠』の常勝軍団、と。世間は言います。「時代が悪かった」「運が悪かった」「相手が悪かった」……そんな慰めの言葉は、彼女達は求めない。刺さらない。3年間彼女たちがしてきたのは積み重ね。全国全ての高校よりも努力してきた。研鑽を重ねた。全ては、自分たちの麻雀が正しいと証明するために。先鋒戦、私達は歴史の転換点を見ました。みんなが大好きな牌を愛する少女が、歴史を創りました。しかしあえてこう言いましょう。その歴史は「全国優勝」が果たされてようやく完成する、と。大将を務めるのは、誰もが認める努力の人。時に大きすぎる力に阻まれ、自分の無力さを呪い、涙した。しかし今はその『積み重ね』こそ、彼女が彼女である所以。『無冠』はもう終わりにしよう。インターハイ最後の舞台、歴史的対局に、一人の“凡人”が挑みます。南大阪代表、姫松高校、末原恭子!』

 

 

 閉じていた目を、静かに開いた。

 

 この日を、待っていた。

 多恵の涙を見たあの日。心臓を無理やり握りつぶされるような痛みに苛まれて、夜通し泣き続けたあの日。

 あの時から、この日を待ちわびた。

 

 多恵は勝った。漫は最後まで諦めなかった。洋榎は証明した。由子は向き合い続けた。

 

 だから……私の番だ。

 

 心臓が早鐘を打つ。

 手は震えている。

 

 けれど、恭子にはわかる。

 これは恐怖や、焦りによるものではない。

 

 燃え上がる感情。

 胸の内に秘めたこの想いは、多恵から受け取った種火。

 

 あまりにも明るいこの炎は、いつだって自分の行く先を照らしてくれる。

 

 両の手を、握りしめた。

 

 

 

 対戦相手全員の姿が、目に入る。

 

 

 行こう。

 頂の景色を見るために。

 

 

 頂の景色を、笑って皆で見るために。

 

 

 

 

 

 

 

 (さあ、“麻雀”しようや!バケモンども!!)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 団体戦決勝大将戦、開始――――!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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第169局 呪縛

正解発表を忘れていました。
副将戦で初瀬がぶん投げたリーチ棒の数は。

Dの9本が正解です。




 

 インターハイ団体戦決勝。

 全国全ての麻雀ファンが、競技者が見守る頂点を決める争い。

 

 会場には入り切らないほどの観客で埋め尽くされ、外の飲食店や、家屋のテレビにはライブ中継が流されている。

 

 そんな中東京都の西の外れにある自然に囲まれた一軒家に、とある団体が集まっていた。

 

 「久、来たか」

 

 「ゆみやほ~。お世話になるわね」

 

 「礼なら蒲原に言ってくれ。ここは蒲原の祖母の家だ」

 

 今日の早朝に5位決定戦を終えた清澄高校は、決勝が早く終わった場合に表彰式があるため会場にいたのだが、決勝戦がやはり長引いたことで表彰式は明日の朝に切り替わり、ホテルへと向かう手筈だったが。

 

 そこを鶴賀の加治木ゆみから久へ電話が入り、メンバーが泊っているという一軒家に招かれ、どうせなら決勝戦を見届けないか、ということで久はお言葉に甘えることにしたのだった。

 

 「ワハハ。まずは5位おめでとう。長野県民として誇りに思うよ」

 

 「あら、ありがとう。私達としては……悔しい結果だけれどね」

 

 ぞろぞろと蒲原の祖母宅に入っていく清澄メンバー。

 もう辺りはすでに暗く、部屋の明かりだけが光源になっている。

 

 「全国の壁は高かったな」

 

 「いや本当に悔しいわ……準決勝で負ける気はなかったんだけどね……」

 

 (特に、和のためにも……ね)

 

 和はこの全国大会で優勝できなければ転校させるという条件を父親から言い渡されている。

 故に、この大会は負けられなかったのだが……。結果は5位。

 全国の壁はやはり高かった。

 

 お邪魔しまーす、と声をかけ、久が清澄を代表して蒲原の祖母に挨拶をする。

 軽い世間話を終えて居間に向かえば、もうその大きなテレビには大将戦が始まる直前の映像が流れていた。

 

 「で、でかいテレビじゃの……」

 

 「タコスはないのか?!」

 

 鶴賀の面々と挨拶を終えたらしい清澄のメンバーは既に輪になじんでいる。

 ただ2人、端の方で物憂げにテレビを見つめている咲と和を除いて。

 

 「久、お前はどこが優勝すると思う?」

 

 「え?」

 

 手ごろな座椅子に腰掛けて、一息ついたところで、ゆみがこちらを見ずに問いかけてきた。

 

 「クラリンがいるんだから姫松に決まってるじゃないっすか!」

 

 「ワハハ。白糸台の1年生は未知数だからな……」 

 

 ゆみの問いに、久より早く隣にいた東横桃子が答えた。

 

 久はそうねえ、と呟き、現在の点数状況を見る。

 現状有利なのは、姫松と晩成の2校。

 

 「正直、情報が無い分白糸台が有利だと思う。……けど、姫松に勝って欲しい、とも思うのよね」

 

 「ほう。それは何故だ?」

 

 予想、というよりは希望を口にした久。

 その理由は、思ったよりも単純で。

 

 「だってここまで来たら、クラちゃんに優勝してもらいたいじゃない?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 都内のとあるホテル。

 ここでも、2つの高校が同じ部屋に集まって団体決勝大将戦が始まるのを待っていた。

 

 畳の匂いが心地よい和室には、10人が集まっても狭さを感じないほどに広い。

 

 休憩時間の間に入浴も終えた面々は、簡素な浴衣姿に着替えて座椅子に腰掛けている。

 

 「さ~って、なんかワクワクするなあ」

 

 「うんうん!ちょーたのしみだよ!」

 

 テレビの正面に座るのは、宮守女子の塞と豊音。

 そして豊音の大きい身体の中にすっぽりとおさまっているのが……。

 

 「ひめさま~心がぽかぽかします~!」

 

 「よかったですね……?」

 

 巫女ロリこと、薄墨初美だった。

 

 「あらあら~よかったんですか豊音さん、足痺れませんか?」

 

 「ぜ、全然だいじょうぶだよ~!」

 

 霞が心配して声をかけるも、豊音は平然を装う。

 足がキツくないことはないのだが、こうして誰かが自分に身を任せてくれていることがたまらなく嬉しかったから。

 

 「ふー!いいお湯でした!さて、充電充電……」

 

 風呂から上がった胡桃が、1人の少女の膝の上に着地する。

 

 「……あの」

 

 「……ああ?!間違えた?!私としたことが?!」

 

 「ダル……」

 

 いつもの定位置である白望の上に座ろうとしたはず胡桃は、隣に正座していた春の膝の上に着地してしまって慌てて白望にダイブ。

 

 

 「さあどこが勝つかなあ~。私達としては、姫松に勝ってほしいところだけど」

 

 「姫松の末原さん、すっごく強かったから大丈夫だよ~!」

 

 直接対戦している豊音は、恭子の強さを知っている。

 現状微差トップ目の恭子が、勝つと信じて疑わない。

 

 「うふふ……私は違う意見だわ」

 

 「え?」

 

 塞と豊音のとなりに、霞が腰を下ろす。

 

 「私はね、晩成高校が勝つと思う」

 

 「晩成!確かに晩成の人もちょーつよかったよ!」

 

 モニターに映るのは、集中力を高めている由華の姿。

 

 「あの時感じた想いの強さ……麻雀にかける熱量があんなに強い子は、初めてだったわ。そりゃ私達じゃ勝てないのも当然よね」

 

 「あ~、2回戦の最後、すごかったですもんね……視聴率とんでもなかったってお母さんが言ってたわ」

 

 霞は2回戦で由華と戦っている。

 あの時のオーラスが、どうしても霞の脳裏に焼き付いて離れない。

 

 「ハジマル!」

 

 「お、ホントだ」

 

 全員分の緑茶を淹れてきた巴とエイスリンが部屋に入ってきたタイミングで、開局のブザーが鳴る。

 

 「この2半荘で、決まるんだね」

 

 「……うん!」

 

 キラキラとした瞳でテレビを見つめる豊音の手には、恭子のガタガタと震えた不格好なサイン色紙が、強く握られていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 階段を昇って、息を吐いた。

 この空気も、これが何度目かわからない。それでも、この緊張感が和らぐことはない。

 

 末原恭子は今、この部屋で一番高い場所にある対局室に立っていた。

 

 「末原さん」

 

 「……!……巽か」

 

 次に現れたのは、晩成高校の巽由華。

 その表情は、今は比較的柔らかいものであれど、対局が始まったら鬼になることを、恭子は良く知っている。

 

 「今日は、よろしくお願いします。お互い、負けられませんね」

 

 「……せやな」

 

 一つ、間があって。

 

 「末原さんのこと、尊敬してます。正直、リーグ戦みたいな長期的な成績であれば、勝てる気がしません」

 

 「冗談やろ。こんな凡人尊敬したってなんもいいことないで」

 

 「『努力する凡人は天才を超える』と、私はそう思います」

 

 「……なんのことやろな」

 

 「でも、今日だけは……今日だけは、勝たせてもらいますよ」

 

 「望むところや」

 

 席決めのための4牌を、恭子が裏向きでセットする。

 

 (コイツめちゃくちゃ礼儀正しいのに対局中マジで怖いねんな……)

 

 前回対戦時を思い出して、恭子はため息が出た。

 こんなに礼儀正しい2年生であれば、今後も良好な関係を築きたいものであるのだが。

 対局中の彼女の様子が、それを躊躇わせる。

 

 準備を終えて、あとは、他のメンバーが来るのを待つだけ。

 

 「ウチも、入れてくれへん?その話」

 

 「……清水谷」

 

 気付けば後ろに立っていたのは千里山女子の大将、清水谷竜華。

 竜華も、恭子には因縁がある。

 竜華は恭子に大将として未だ勝てたことがないのだ。

 

 意志の籠った強い瞳で、2人の前に立つ。

 

 「今日は、楽しい対局になりそやね?」

 

 「どうだか……」

 

 これで、あと一人。

 

 

 「よろしくおねがいしま~す」

 

 その甲高い声は、静寂の対局室によく響いた。

 

 輝くような金髪が、白糸台の純白の制服に映えている。

 

 最後に現れたのは、白糸台の大将、大星淡。

 

 「みなさんお揃いのようでなによりで~す。なんか~今日は勝たせてもらう~とかそんなあつーい言葉が聞こえましたケド~」

 

 いつから対局室にいたのか。それは淡にしかわからない。

 最初の恭子と由華の話を聞いていたということだけは事実。

 

 媚びるような猫なで声で話していた淡が一転、底冷えするような暗い言葉ではっきりと、

 

 「それ全部無駄だから」

 

 そう言った。

 

 傲慢、不遜。 

 1年生でこれか、と恭子はもう一度ため息をつき。

 竜華はその実力の一端を知っているが故に、何も言葉を発することなく冷たく彼女を見つめ。

 

 

 そんな態度に、満足したかのようにどや顔を決める淡だったが。

 

 

 

 もちろん1人は許してくれなかった。

 

 

 

 「御託はいいからさっさと席決めろつってんだよクソガキ」

 

 「なっ……」

 

 冷たく放たれた言葉に返そうとするも、ゆっくりと近づいてきて上から見下ろされては、淡も何も言い返せない。

 由華の表情は、張り付けたような無表情。

 

 寒気がした。下手したら、命を取られるんじゃないかと思えるほどの殺気。

 

 

 2歩後ずさって、淡は渋々1枚の牌を引いた。

 

 (なんなのコイツ……!絶対ボコボコにしてやる……!)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 『さあ、お待たせしました!ついに始まりましたインターハイ団体決勝大将戦!!泣いても笑っても、この2半荘が終われば、今年の高校麻雀界の頂点が決まります!!』

 

 『いやー!早かったねい。けど、この最後の大将戦が面白くなることは間違いなしだ。最後まで、目離すんじゃねーぞー!』

 

 

 開局のブザーが鳴り響く。

 ついに、最後の戦いが始まった。

 

 

 

 

 東家 千里山 清水谷竜華

 南家  晩成   巽由華

 西家 白糸台   大星淡

 北家  姫松  末原恭子

 

 

 

 

 東1局 親 竜華 ドラ{⑧}

 配牌

 {①④⑦126三六七東南北白} ツモ{4}

 

 (……やっぱり、こうなるか)

 

 開局親番の竜華。

 配牌を理牌し終えて、対面に座る淡を見る。

 

 大星淡という打ち手の能力。

 他者全員を配牌5向聴以下に沈め、自分に軽い手が入る。

 あまりにも単純で、恐ろしい呪縛。

 

 (これだけで、ほとんどの高校の大将は相手にならへんかった。ウチがたまに破ったとしても、まるで気にしてへん様子やったし……)

 

 配牌は、それだけでこの1局を左右する重要なファクター。

 それが完全に相手有利が確定しているというのは、麻雀においてあまりにも痛すぎる。

 

 運の要素が大きく絡むゲームだからこそ、この単純明快な能力は桁外れに強い。

 

 楽しそうに笑みを浮かべている淡からは禍々しいオーラが立ち込め、その瞳は狂気に濡れていた。

 

 

 『苦しい!大星選手以外の配牌が、軒並み全員5~6向聴!対して大星選手はタンヤオ牌のみの2向聴!やはり効いてきますね!』

 

 『うっへえ~話には聞いてたけどマジかよ。こりゃキツイねえ。全員配牌5向聴にされんのか』

 

 『大星選手はここまでの対局、相手の選手全員の配牌が5~6向聴になることが確認されています!これは強烈なアドバンテージ!』

 

 『いや~そりゃ厄介だねえ~……それでそれで?』

 

 『?それで、と言いますと?』

 

 『え、いや、全員の配牌を5~6向聴に下げて、その先は?』

 

 『いやいやいや、その先って……配牌は全員悪くて、大星選手だけが良い、これだけで十分厳しいですよ?』

 

 『え?いやいやいや、まさかとは思うけど』

 

 解説の咏の扇子が、楽し気に開かれる。

 それこそ無邪気な、子供のように。

 

 

 

 

 『それだけで勝てる相手とは思ってねえよな?』

 

 

 

 

 

 

 瞬間。

 一陣の風が吹いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「ロン」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 恭子 手牌

 {発発北北} {横②③④} {八横八八} {横⑦⑥⑧} ロン{北}

 

 

 

 

 

 

 

 「2000や」

 

 

 

 

 

 

 (……は?)

 

 

 

 

 

 

 

 電光石火の剣閃が、淡の腕を切り飛ばした。

 

 

 

 

 

 



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第170局 非才の剣

 

 

 

 

 『か、開幕一閃!!大将戦まず最初の和了りを決めたのは姫松のスピードスター、末原恭子!!2000点と低打点ではありますがまず一撃決めてきました!』

 

 『いや~まあそうなるよねえ。配牌を重くされようが、幾多もの加速する術を持つこのコには、ちょっと配牌5向聴程度じゃぬる過ぎたかな?』

 

 

 ついに始まった大将戦。

 東1局の和了りを手にしたのは、電光石火の鳴きで4巡目にして聴牌を入れた恭子だった。

 

 「ふーん、まあ多恵と恭子の予想通りっぽいなこの白糸台の大将」

 

 ソファの背もたれに足をのっけて。だらしなく椅子に寄り掛かっている洋榎が、つまらなさそうにそうつぶやく。

 

 「えらい自信家ってのはなんとなく聞いてましたけど……ホンマにそうやったんですね」

 

 「強いから自信がつくのは、仕方のないことよ~!それに、本当は悪い事ばかりでもないのよ~」

 

 恭子の闘牌を見守る姫松メンバー。今はソファの真ん中に座る多恵を漫と由子が挟む形。

 そしてその後ろでふんぞり返る洋榎。

 

 「そら準決勝までこれだけで簡単に蹂躙できたんやから、全国大会ゆーてもこの程度か、って思ってもおかしないからな」

 

 「……問題なのは彼女自身ではなく、それが正しいとされている今の世の中なんじゃないかな」

 

 「ま、そーとも言うな」

 

 淡の対局映像は、予選まで含めて昨日全て確認済み。

 言動、そして打牌の端々に、慢心が見え隠れしていた。

 

 「んで?これでこの大星淡がキレた時の対応も恭子はわかってるん?」

 

 「もちろん。予選の決勝で見せてくれて助かったね」

 

 大星淡の能力は、これで終わりではない。

 元々配牌を悪くして自分だけ少し軽くなる……程度で白糸台の大将を務めるほどではないと思っていたが故に、姫松データ班は淡のありとあらゆる情報を集めた。

 そして大した苦もなく、西東京大会の決勝で怪物の片鱗を見ることができた。

 その映像を、恭子は完璧にチェック済み。

 

 「ほーん、ほなら、白糸台がそれ以上の隠し玉持ってるかどうかやな」

 

 「まあ、可能性はあるね。けどこの席順なら……」

 

 洋榎の方を振り返ることはせず。

 ただ真っすぐにモニターに映る恭子を見ながら、

 

 

 「恭子が、大星さんに負けることは絶対にないかな」

 

 

 力強く、そう言い切った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 東2局 親 由華

 

 (は?なに、今の)

 

 再び上がってきた配牌を理牌しながら、淡は脳内を整理する。

 配牌5向聴の呪いは、確かに効いているはず。

 だというのに、自分の絶対安全圏は、東1局から容易に打ち破られた。

 

 (ふーん……まあ、たまたま鳴けば早い手が入ったからって、良い気にならないでよね……)

 

 5向聴にも、種類がある。対子の牌が役牌であれば比較的手は軽くなるし、一九牌のターツが多ければ動きにくい、重い手牌になる。

 前回はたまたま恭子に比較的動きやすい手牌が入っただけ。

 そもそも役牌対子2つなど出来過ぎだ。

 

 (そう何度も上手くいくと思わないでよ)

 

 下家に座る恭子を睨みつける。

 ただまあ、まだ慌てるような時間でもない。

 

 淡 配牌 ドラ{四}

 {⑥⑦⑦⑧⑧⑧3677二四赤五} ツモ{七}

 

 (ふふん、まだ全然良いじゃん。これでまずは1回……)

 

 変わらず、淡の手はタンヤオ牌でのみ構成されている。

 ドラ赤の好形ターツばかり。良い配牌だ。

 

 大した思考も割かず、淡は{3}を切り出していく。

 

 

 「チー」

 

 (チッ、またか)

 

 反応したのは恭子。すかさず淡の{3}を鳴いていく。

 淡は、『運悪くまた自分の不要牌が鳴かれる牌か』と悪態をつく。

 

 

 由華 手牌

 {①①②⑨135二四六白白発} ツモ{①}

 

 (流石に手が重い。つーかこの白糸台の1年、まだ気付かないのか?そこにいる人は、高校No1の速度を持つ打ち手だぞ?そんなぬるい打牌で到底勝てる相手じゃない。ガキのお守りしてやるほど、こっちに余裕ないんだけど)

 

 由華は、恭子の狙いに気付いていた。

 狙い、というか自然にそうなってしまうだけなのだが。

 

 ここまでの打牌で、淡が気付いている様子はない。

 由華としては姫松に逃げ切られるわけにはいかないので、そろそろちゃんと『麻雀』を打ってほしいところだが。

 

 

 「チー」

 

 「……ッ」

 

 2枚目も、綺麗に鳴かれた。

 淡の表情に、苛立ちが見える。

 

 竜華 手牌

 {④④赤⑤89一一三五七西北白} ツモ{四}

 

 (そうか。まだなんも見えへんのは……どうあがいてもウチが和了れる未来が無いってことやんね)

 

 竜華の手も重い。

 淡の呪縛は、竜華にもしっかりと効いていた。

 

 しかしその中にありながらも、不思議と恐怖や焦りはない。

 自分の中には確かに怜がいて、自分が積み重ねてきたものもある。

 

 好機は必ず来る。

 そんな確信が竜華にはあった。

 

 とはいえ、このままだとまずいというのは覆しようのない事実で。

 

 (このままやと、前半戦は間違いなく末原さんの独壇場になる。そうなる前に……なんとか手を打ちたいんやけどね)

 

 手牌の構成力。想像力という点では、明らかに恭子が1枚上手。

 そして配牌が悪い時の動き方を心得ているのも……恭子だった。

 

 そしてなにより……淡の弱点を恭子が的確に突いていること。

 2回目の対戦である自分よりも、対策をきっちり練ってきている感がある。

 

 (元々末原さんはこのメンツの中では一番大星さんに相性良さそうだったし、ね)

 

 

 

 

 

 4巡目 淡 手牌

 {⑥⑦⑦⑧⑧⑧46777四赤五} ツモ{5}

 

 持ってきた牌を確認して、淡の表情が愉し気に歪む。

 

 そうだそうだ。いくら鳴きを入れてみようが、有利なのはこっちなんだ。

 カンチャンが先に埋まったことで、淡の気分も良くなる。

 

 散々鳴いて手牌が短くなったところに、制裁を加えてやろう。

 淡がそう意気込んで手牌から1枚の牌を持ち上げる。

 

 「リーチ!」

 

 宣言牌は{⑦}。

 その牌を見て、恭子の目が細められた。

 

 

 『今度は先制リーチと打って出ました白糸台の大星淡選手!リーチタンヤオ赤ドラで満貫が確定しています!』

 

 『あ~……まあ、あんま良くないねえ』

 

 『え?何がですか?』

 

 『まあ、大勢に影響がないといいんだけど……この手牌の場合、正着は{⑥}切りだ』

 

 『そ、そうなんですか?{⑥}の方が末原選手に対して危なく見えたとか……』

 

 『もし、本当にそう思っての{⑦}切りならいいんじゃね?知らんけど。少なくともわたしはそうは思わないけどねい』

 

 咏の解説が入っている間に、恭子から一発目の牌が切られる。

 

 {④}。危険牌だ。

 

 

 (コイツ……!)

 

 恭子の表情は変わらない。

 両手を膝の上に置いたまま、沈黙を保っている。

 

 (ちょーっと鳴きができて、私の絶対安全圏を破ったくらいで……)

 

 その姿勢が、表情が、気に食わない。

 今までの相手なら、すぐに絶望して焦った表情をするのに。

 

 

 (いい気になるなよ……ツモでもいいんだ。必ず和了る……!)

 

 一発でツモるべく、淡が山に手を伸ばす。

 

 たかだか文字通り非才の身で、凡人そのものである1人ごとき。

 アリのように踏みつぶすべく。

 

 

 

 

 淡 手牌

 {⑥⑦⑧⑧⑧456777四赤五} ツモ{⑧}

 

 

 

 (……あ?)

 

 

 

 

 赤いリボンで、髪を後ろにまとめた少女が、目の前に立っている。

 その衣服はとても豊かとはいえないボロボロの布で、道中で負った傷跡をいくつも残していながら。

 

 それでも。

 

 瞳には強い意志を湛え。

 

 一本の剣で、巨大な腕を切り飛ばし。

 

 返す刀で、淡の喉元に冷酷に剣の切っ先を突きつけた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 恭子 手牌

 {四四③④⑤⑥⑦} {横七六八} {横324} ロン{⑧}

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 (あー。もう、うざいわ。我慢の限界)

 

 

 突きつけられた剣を、淡は切り飛ばされた腕とは逆の左の手で掴む。

 手の平からは血が流れ、剣を引き抜こうとする恭子と、逃がさんとする淡の力の拮抗で、ガタガタと剣が震えている。

 

 (潰す……!)

 

 瞬間。淡の背後から、おぞましいほどの闇のオーラが暴発した。

 

 濁流に飲み込まれたかのような覇気に、思わず由華と竜華が顔を覆う。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「……これ……!」

 

 「咲さん……?」

 

 淡の変貌に、テレビで観戦していた咲の身体が震える。

 

 この他を圧倒するオーラを、知っている。

 この力がどれだけ凄まじいかを、知っている。

 

 これに対抗できるのは、私だけだ、と咲は思っていたから。

 

 これから起こる展開に、咲はなんとなく予想がついた。

 

 

 その予想が、当たるかどうかはともかくとして。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 東3局 親 淡

 

 逆立った淡の金髪が、彼女が今怒っていることを表わしている。

 

 光彩の無くなった淡の瞳には、稲光が走って。

 

 

 

 

 

 

 

 

 邪悪なオーラから放たれた第一打は。

 

 

 横を向いた。

 

 

 

 

 

 

 

 



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第171局 決壊

 

 

 

 

 

 晩成高校控室。

 

 「紀子、由華には大星淡のダブリーについて、正しく情報が行っているわよね」

 

 「はい。間違いなく」

 

 投げかけられた言葉に対して紀子はハッキリと返した。

 

 ついに始まった大将戦、直後の2局は電光石火の仕掛けを駆使した恭子が制し。

 先ほどまでも配牌は良かった淡が、ついにダブルリーチを打ってきた所。

 

 禍々しいオーラがモニター越しでも伝わってくるような淡の佇まいに、晩成控室にいる面々は思わず息を呑んでいた。

 

 「ヤバすぎでしょ白糸台の大星淡……」

 

 「全員の手牌を悪くして、自分はダブルリーチか……能力麻雀の権化みたいな力ですね」

 

 普通ならこんなことをやられたらたまったものではない。

 立ち向かえるような人間が1人もいないなかで、ダブルリーチを打たれ続ける。

 あまりにも絶望的な状況だ。

 

 「まあ、それでも種さえ割れれば大したことはないわ。予選の決勝でやってくれて助かったわね。あれだけで、だいぶ情報は集まった」

 

 「確か、途中でカンが入るんでしたっけ?それで、そのカンした牌がモロ乗り、みたいな」

 

 「なんだそれ。ダブリー裏4で跳満ってことか?ふざけ倒してるな……」

 

 西東京大会の決勝。

 そこまでは特に何もせずただ相手の向聴数を落とすだけで勝っていた大星淡が、突如纏う空気を変えた。

 

 対戦相手の表情は絶望に歪み、流れるバケモノ染みた能力の奔流に中てられて、正気を失ってしまった。

 

 「ま、全部が分かったとは思ってないけど……とりあえず、今回もしっかりとカン材はヤツの手の中にある。ってことは途中でカンは挟むでしょう。由華はとにかくそれまで……」

 

 やえが由華に授けた策。

 それはあまりにも晩成らしく、あまりにも単純。

 

 

 

 「カンが入るまで全力で押せ」

 

 

 画面内の由華が、好戦的に笑みを見せた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 東3局 親 淡

 

 淡の能力によって吹き荒れる覇気が、対局室を満たしていた。

 常人であれば気分が悪くなるどころか、正気を保つのすら難しい凄まじい暴風。

 

 しかしここに座る3人は、その悪意にのまれるほどヤワではない。

 

 『だ、ダブルリーチ?!白糸台高校大星淡選手ダブルリーチです!全員の手牌が重い中でこれは強烈……!』

 

 『うへえ~。たまんねえなあおい。これ行ける奴なかなかいねえだろ』

 

 『今の所役がダブリーのみなのが救いですかね……しかし親のダブルリーチ、これは強烈です!』

 

 淡 手牌 ドラ{⑧}

 {②②②12678二三四西西} 

 

 (いくらちょこまか飛び回ろうが、かんけーないんだよねえ。一撃で撃ち落とす)

 

 淡の本領。

 全員の向聴数を限界まで落とす支配系にありながら、自分の手を聴牌……ダブルリーチまで持っていくことができるあまりにも強力な能力。

 

 そしてその本質はまだ先にある。

 

 (んで……さて、壁牌はっと……)

 

 壁牌。全員でツモっていく山の端牌のこと。

 その端に到達した時、淡の手は完成する。

 いや、淡の支配が山牌に及ぶと言った方がいいかもしれない。

 

 (ちょっと遠いか。ま、別に大した時間じゃない)

 

 土台、こちらは聴牌で、相手は5向聴。

 そこには天と地ほどもの差がある。

 一向聴と聴牌ですら大きな差があると言われているのに、5向聴なら尚更だ。

 

 恭子 手牌

 {①①357一二四九東南西発} ツモ{⑧}

 

 (はあ……せっかく2回和了れても6000点やしなあ……今回もまたアホみたいに手牌悪いし……)

 

 当然のように、恭子は2回の和了りがあっても慢心などない。

 そも、あの程度の低打点じゃなんもならんやん、とすら思っている。

 

 淡のダブリーを見る。

 正直、ここから淡のダブリーを無視して、自分なりに最速の手組をしていくのも悪くはない。

 だが、まだ淡のダブリーには謎が多い。

 

 (今回は、少し見送ってもええかもしれんな)

 

 恭子は冷静だった。

 未知の能力には、万全の備えを。

 

 幾度も未知の能力に痛手を負い続けた恭子の経験は、確かに活きている。

 

 凡人は、凡人らしく。

 

 (どーせ、残る2人も黙ってないやろ。ここは比較的安全な牌を全巡……選び抜く)

 

 恭子には、それができる技量が備わっている。

 いくら当たり牌に関するヒントが少ないダブルリーチでも、毎巡情報は書き換えられ、安全牌は増える。

 ちょうど副将戦で、由子がやっていたように。

 

 恭子が{西}から切り出した。

 

 

 竜華 手牌

 {④赤⑤⑦167一二二七東白北} ツモ{六}

 

 (大星さんの、ダブリー。西東京大会の、決勝であったって船Qが言ってたやつやねえ)

 

 (せやなあ)

 

 (うわあ!怜急に話かけんといてよ?!)

 

 困り顔の竜華の隣に現れたのは怜の亡霊……でもなんでもなく、怜の残留思念のようなもの。

 怜曰く、竜華の太ももがむちむちなおかげや。と意味の分からないセクハラ発言をしていたが。

 

 準決勝でも、実は竜華はこの怜に助けてもらっていた。

 怜の能力は1巡先を視る……だが、この竜華に助言をくれる怜は、回数制限付きでこそあるものの、自分の手牌のゴールを教えてくれる能力を持っていた。

 

 (ほれ、竜華、今回は満貫が見えんで)

 

 (え……?そ、そう……)

 

 (……?)

 

 確かに、怜の指さした先(他人からしたらそこには虚空しかないが)には、1枚ずつこれから来る牌達。

 そして竜華の手の完成形が見えていた。

 

 しかしどこか、竜華の表情は冴えない。

 怜は心配そうに竜華の顔を覗き込んだ。

 

 (どしたん、竜華、大丈夫?)

 

 (う、ううん、なんでもないんよ!任せといて。満貫、しっかり和了ったるから!)

 

 (うん。そしたら、今回も用法容量守って、安全に怜ちゃんを使ってなーーー)

 

 怜の姿が薄れていき、やがて竜華からなにも見えなくなる。

 残されたのは、対面に座る狂気的な笑みを浮かべた淡と、無表情で淡々と竜華の打牌を待つ隣の2人。

 

 竜華は、一度拳を握りしめた。

 

 (怜……ウチは……)

 

 

 

 

 『清水谷選手も、巽選手もかなり危険な牌から切っていきました1巡目!比較的大人しめに打ち出した末原選手とは対応が対照的ですね!』

 

 『んまあ、ダブリーなんて待ちわかんねえんだから真っすぐ行くぜ、ってのと、それでも毎巡安牌は増えるから安全に行くよっていう差だわな!どっちがいいかは状況によるし、答えなんてねーけど……まあ、和了率と放銃率どっちも上がるのが、真っすぐ行く方だってのは誰でもわかるんじゃねえ?知らんけど!』

 

 

 5巡目。

 

 あたかも安全牌を切ってくるがごとくバシバシと危険牌を切られて、淡の表情から余裕が消える。

 

 (なんだこいつら……晩成はともかく、千里山は準決勝でもこんなに危険牌切ってくることなんか……)

 

 淡は準決勝ではダブリーを使っていない。

 序盤の早い段階でリーチしたことはあっても、千里山は特に無理して押してくることはなかったはず。

 

 (点数状況?いや、やけくそにはとても見えない)

 

 点数状況的に遅れている千里山が、ここで押してくるのはわからないでもない。

 が、もっと大きな理由があって押してきているような、そんな気が……。

 

 

 

 「ツモ」

 

 

 淡の表情が、またもや歪む。

 

 

 

 

 竜華 手牌

 {④赤⑤⑥赤567二二六七八白白} ツモ{白}

 

 

 「2000、4000」

 

 

 『和了りきったのは千里山女子清水谷竜華選手!満貫の和了りで加点です!しかし不思議な手順でしたね~!』

 

 『……さっさと切り飛ばしていい{白}を最後まで残して聴牌直前に重ねて結局ツモ……完成形が見えてまーすって言われたほうが納得できる和了りだったけど、どうなんだろね?知らんけど!』

 

 『大星選手は親番のダブルリーチもかわされてしまったのは痛いですね……!』

 

 結局、和了りきったのは竜華だった。

 怜が示してくれた手順通り。到底常人にはたどり着けない手順で、満貫和了。

 

 これに納得がいかないのはやはり淡だ。

 

 (ダブリーも通用しない……?いやいや。そんなことあるわけない。ちょっと油断しちゃっただけ。親番は落ちたけど……ここからは一瞬だって手は抜かない)

 

 とはいえ、準決勝で対戦した時も、千里山には変な打ち方をしていることがあった。

 照に言われて映像を確認したら、確かに、未来が視えているかのような打ち方。

 

 けれど、毎局それをやってきたわけではない。

 つまりは、回数制限がある、と考えるのが自然。

 

 (私の親番を落とすために、やってきたってわけね。いーよ。次はない……!)

 

 淡視点から見れば、一番厄介なはずの自分の親番を落とすために使ってきたというのは自然だ。

 だから、ここは一旦納得する。

 

 けれど、もう休ませてやる必要はない。ここから全局、和了りに行く。

 

 

 東4局 親 恭子 ドラ{⑤}

 淡 配牌

 {①②赤⑤2345888四五六} ツモ{2}

 

 ニヤリと、淡が嗤う。

 

 (ここから全員絶望させてやる……!)

 

 ひどく愉快気に、淡は{赤⑤}を横向きで叩きつけた。

 

 「リーチ!」

 

 

 『またまたダブルリーチ?!止まりません白糸台高校大星淡選手!今度はペン{③}でのダブルリーチとなりました!!』

 

 『……そっか。辛そうだな。白糸台のコ』

 

 『……三尋木プロ?』

 

 『んあ?いや、なんでもねーよ。いや~たまんねーなあ!ここまでダブルリーチ打たれると!周りはどう対応していくかねい!』

 

 

 勢い変わらず淡のダブルリーチ。

 嘘偽りなく、淡はここから先全ての局で和了るつもりだ。

 

 その強大な能力で。

 

 (次の壁牌は~……また少し遠いな)

 

 カンを入れられる場所が、また少し遠い。

 そのことに少しだけイラつきながら。

 

 竜華 手牌

 {①③157二三七九九東南西} ツモ{一}

 

 (重い……毎回怜を呼べるわけやあらへんし、自力で頑張りたいところやけど……それで刺さったら目も当てられへん)

 

 怜を呼べるのは毎回ではない。

 しかしそれ以上に、竜華には怜を呼べない理由があったが、それをそっと胸にしまって。

 

 とにもかくにも一度満貫は和了れたのだから、付け入る隙がないわけではない。

 チャンスはまた来るはず。そう思って、竜華は{西}から切り出した。

 

 

 

 6巡目。

 

 (よし、次の次で、カンだ)

 

 ここまでは邪魔され続けた淡の和了も、今回ばかりは邪魔はない。

 憎き姫松は一度も鳴きを入れていないし、千里山も危険牌をバシバシと切ってきているわけではない。

 

 親番である、恭子の手が止まった。

 ふと、淡はあることに気付く。

 恭子の表情に、多分に焦りが含まれていること。

 

 (ようやく怯えだしたか……)

 

 淡の気分が良くなる。

 そうだ。普通はこの強大な力に恐れをなして逃げだすのが常人。

 それくらい怯えてくれないと面白く――――。

 

 (ん?)

 

 違和感。

 恭子の視線は、確かにこちら側。

 

 しかし、視点が明らかに違う。

 

 まるで、恐れているのは、淡の手牌ではなく……。

 

 (捨て牌?)

 

 恭子の視線が、淡の捨て牌に向けられている。

 

 不審に思って、淡は自らの捨て牌をもう一度眺めた。

 

 

 

 

 

 淡 河

 {横赤⑤西南白発北}

 

 

 

 

 

 

 

 理解した瞬間、淡の背筋を悪寒が駆け巡る。

 河を確認する。

 ない。ない。誰の河にも、無い。

 

 

 

 

 

 

 

 淡の手が、震え出す。

 こんなことは、照と打った時だって……。

 

 

 

 

 

 

 

 恐る恐る、淡が持ってきた牌を手牌の上に乗せた。

 

 誰が言ったか。『リーチは天才を凡夫に変える』。

 

 道中持ってきた牌を、切りたくなくても切るしかない。

 仮に相手にとってプラスになる牌も、切るしかない。

 

 そして今もってきたこの牌がどれだけ危ないと思っても。

 

 この牌を、切ることしかできないから。

 

 

 {八}。

 

 音を立てて、転げ落ちた。

 

 

 

 

 

 

 

 「ロン」

 

 

 

 

 透き通った声だった。

 

 身も凍ってしまうような、声。

 

 

 

 

 

 

 虚ろな目で、その相手を見やった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 「ああ。よかったな嬢ちゃん、安い方だ」

 

 

 

 

 

 

 

 これが、晩成の――――。

 

 

 

 

 

 

 

 由華 手牌

 {八八北北北白白白発発発中中} ロン{八}

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「……トリプルだ」

 

 

 

 

 

 

 

 烈火の剣が、淡の身体を容赦なく焼き尽くした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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第172局 牌に愛されるということ

 

 

 

 

 

 1ヶ月前。

 

 「テルー!」

 

 快活な少女の声が、だだっ広い廊下にこだまする。

 その声に反応して振り向いたのは、表情を変えることがあまりない高校麻雀界のチャンピオン。

 

 照の元までたどり着いた少女は、正面から照に抱き着いてにへら、と笑う。

 

 「テルテルーまた勝っちゃった。部内の対局は照以外負けなしだよ~」

 

 「強いね」

 

 「でしょでしょ~?」

 

 彼女……大星淡はこの白糸台高校に入学してからというもの、照以外の打ち手にまともに負けたことが無い。

 それほど彼女の力は常軌を逸していた。

 

 淡自身も照に憧れて入っただけに、照以外に負けることをよしとしない傾向がある。

 

 「団体戦じゃなくて2人戦みたいなのがあったらよかったのに。そしたら照と私で優勝間違いなしだよ?!」

 

 「……そんなことないよ」

 

 「なんだよつまんないの~」

 

 1年生である淡から頬をつままれても、照は特に咎めたりはしない。

 そのつままれた状態のまま、照は淡の目を真っすぐに見ている。

 

 「淡……」

 

 「なにー?」

 

 にこりと笑う彼女の表情は、あまりに無邪気で。

 照は言おうとしていた言葉をそっと胸に飲み込んだ。

 

 「……?変なテルー」

 

 正直に言えば、照はこの無邪気な少女に対して何を言えばいいか迷っていた。

 

 言いたい言葉の本質はわかる。

 全国には、もっと強い人がいる。もっと、深い人がいる。そう伝えたい。

 

 だが、実際全国で負けたことの無い自分にそれはなんの説得力も持たない。

 照は負けてないじゃん、とそう言われたら返せない。

 淡は自分のようにあれば負けないと本気で思っているし、事実それがまかり通っているから。

 

 けれど照は、負けなしだなんて1度たりとも思ったことは無い。

 少なくとも去年の個人戦。照は一度敗れたと思っている。

 

 あの個人戦の決勝。最終盤。

 吹き荒れた高打点と超速度。

 途中まではいつも通り、強い打ち手との勝負。

 

 しかし、あの瞬間。あの場所からは何もかもが無くなった。

 残されたのは、麻雀卓と、牌と、自分だけ。

 

 ガラガラとやかましい卓内部の音だけが、異様にうるさかったのを今でも鮮明に覚えている。

 

 全ての武器を剥がされ、照はあの時初めて思った。

 どう打てば、良かったんだっけ、と。

 

 結局何もない無の世界で真剣に向き合う侍と騎士の一騎打ちを、遠巻きに眺めることしかできなかった。

 

 そして何故か掴んだ、王冠。

 虚無だけが、照の心に残された。

 

 (……どうすれば、伝わるんだろう)

 

 あの時の無力感を、淡に味わってほしいとは思わない。

 けれど、淡を納得させるためだけの材料を、照は持ち合わせていない。

 

 もし照がこの時ネット麻雀というものを知っていたら、あるいは何かが変わっていたのかもしれないが。

 

 「テルー!麻雀打とう!」

 

 自らの手を引いて走り出す少女に、ついぞ照はかける言葉を見つけることはできなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「私のせい、だ」

 

 ポツリ、と照の口から零れた言葉。

 誰も言葉を発さずに……いや、発せずにいたからか、嫌にその言葉が響いた。

 

 「照……?」

 

 「私が、ちゃんと、伝えられたら」

 

 照が、自らの目の前で開いた右手を見つめる。

 汗が、じんわりと手の平を湿らせていた。

 

 淡は大将戦が始まって南1局の現在。4局連続で点棒を減らしている。

 その合計、36900点。

 個人戦なら余裕でトビ終了であるし、この団体戦であったとしても、致命的な失点。

 

 淡の表情に、もはや先ほどまでの余裕はない。

 

 「まさか淡がここまでやられるなんて……」

 

 「淡ちゃん……」

 

 誠子と尭深の2年生コンビも、まさかの事態に驚愕に目を見開いている。

 菫も同じような状態だったが、照だけは、こんな展開になってしまうかもしれないという予感だけしていた。

 

 姫松の恭子の強さを知っているから。それもあるだろう。

 晩成のチームとしての強さを、先鋒のやえから感じたから。

 竜華が去年恭子に敗れて涙を流しているのを、見たから。

 

 それを伝えられなかった自分が恥ずかしい。

 今日の先鋒戦で敗れた自分の言葉は、淡には届かなかった。

 

 『大丈夫だよ。テルが最強ってことは、私が証明してくるから』

 

 そう言い残して出ていった彼女にかける言葉は、照には見つけられなかった。

 

 

 「まだ、終わってないぞ照」

 

 「……」

 

 そう、声をかけた菫の表情も、決して明るいものではない。

 苦しいのはわかっている。そう言わんばかり。

 

 「だが、あいつを大将にしたのも、信じて送り出したのも私達だ。だからこそ最後まで見届け……そしてあいつを迎える義務がある」

 

 「……そう、だね」

 

 過ぎたことを悔やんでも仕方ない。

 とにかく、今は休憩中に対局室へ行くことだけを決める、照だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 点数状況

 

 1位  晩成   巽由華 140500 

 2位  姫松  末原恭子 129000

 3位 千里山 清水谷竜華  97400

 4位 白糸台   大星淡  33100

 

 

 『だ、誰がこんな展開を予想したでしょうか!!昨年度覇者白糸台が、窮地に立たされました!!』

 

 『……まさか、だねい。トップまでは10万点差。残り前半戦の南場と、後半戦の1半荘だけで追い付くのはかなり厳しい数字だねい。知らんけど!』

 

 『白糸台だけではありません!巽選手の三倍満によって、2位の姫松は約1万点、千里山としても4万点のリードを許す展開!他校にとっても厳しい!』

 

 『……晩成のコがこれだけで止まる保証はない。もしかすると……前半戦で、終わるかもしれねーぞ、大将戦』

 

 『……!その可能性まで出てきましたか……!ここから巻き返せるのか白糸台高校!さあ、南場に入ります!』

 

 由華の三倍満。

 放心状態から返ってこれない淡をよそに、それ以上に焦る人物が一人。

 

 (まずい……!巽がこの状態入ってまうとホンマに白糸台をトバしかねん!)

 

 由華の瞳が煌煌と燃えている。

 試合前あれだけ丁寧な挨拶をしてきた少女は、今は鬼神と化している。

 

 白糸台の対策はバッチリハマったと言っていいだろう。

 それ以上に予想外だったのは、不利に回ると思っていたはずの晩成と千里山すら、白糸台を凌いできたことだった。

 

 (……焦るな。凡人にできるのは思考だけや。まだ幸い、一撃でトバされる圏内やない。冷静に、和了りを稼いで巽に追い付く!)

 

 

 

 南1局 親 竜華

 

 点棒状況を見た。

 

 震える右手で、相手との点差を確認した。

 

 これは決勝戦。順位など関係なく、優勝するかしないか。少なくとも、淡はそういう計算の元この舞台に上がってきたから。

 

 (ははは……なに、これ)

 

 対局開始時、あった点棒が7万点ちょうど。

 今持っている点棒は、その半分にも満たない。

 

 たった4局。

 たった4局で、淡の点棒は半分にまで減ってしまった。

 

 淡 配牌 ドラ{⑥}

 {②③④⑤12666三四五六} ツモ{三}

 

 配牌は、変わらない。いっそ非情なほどに、変わらない。

 ぐっ、と拳を握りしめて、淡はその点箱から一本の棒を取り出す。

 

 その音を聞いて、由華が不機嫌そうにその表情を歪めた。

 

 「リーチ」

 

 (……コイツ……)

 

 カラン、と音を立てておかれる千点棒。

 その瞳に、もはや先ほどまでの怖さはない。あるのは、狂気のみ。

 

 まるで、そうすることが当然であるかのように。

 機械のように。

 

 恭子 手牌

 {②②⑥⑦⑨135一二四七東} ツモ{①}

 

 (……向聴数が……)

 

 恭子は最初の1枚をツモってきて……その表情を変えた。

 

 

 『あれ……全員の手牌が、5向聴、ではなくなってますね!相変わらず、よくはないですが……』

 

 『……まずいね。尚更、このままだと……』

 

 ただの放銃マシーンだ、と言ってしまいそうで、咏はその言葉を飲み込んだ。

 

 

 「チー」

 

 淡から切られた牌を、恭子が鳴く。

 容赦はしない。容赦できるほど、なまぬるい相手ではない。

 

 

 (まずい……!時間をかければかけるほど、巽と清水谷が有利になる……!ウチができるのは、なるべく一段目での、早和了り!)

 

 「チー!」

 

 もう一度鳴いた。

 恭子の言う通り、有利なのは恭子に見えて、実はそうではない。

 淡の支配力が弱まっているからといって、カンされない道理はないし、向聴数が上がっていると考えるのであれば、千里山と晩成の大物手が炸裂してもおかしくない。

 

 一撃必殺を持たない恭子からすれば、これ以上の大きな和了りは致命的。

 なるべく早く、千里山と晩成の親を流す必要があった。

 

 そしてそれが、恭子の唯一の勝ち筋。

 

 「ロン……!」

 

 恭子 手牌

 {①②③⑥⑦四四} {横213} {横三一二} ロン{⑧}

 

 

 「2000や」

 

 

 『ここも末原恭子!!姫松のスピードスターここにあり!!あっという間の2000点でダブルリーチをかわしきりました!!』

 

 『……千里山も親を落とされたのは痛いねい。大量加点が難しくなっちまう』

 

 

 竜華が悔しそうに歯噛みする。

 今の局、和了りへの道は無かった。

 

 恭子の仕掛けと、淡のダブルリーチを掻い潜って和了する道は1つもなかったのだ。

 

 (末原さん……ホンマに強い……!付け入る隙が、ない)

 

 残された親番は後半戦の2回のみ。

 竜華も流石に焦りの色が見える。

 

 

 

 

 

 

 南2局 親 由華

 

 淡 配牌 ドラ{7}

 {①②123444888西北} ツモ{西}

 

 和了れない、和了れない。

 初めてだった。ダブルリーチをこれだけ打って、思い通りにならない。

 

 放心状態だった淡の心に、感情の波が押し寄せる。

 

 (なんで……なんでなんでなんでなんで!!!!)

 

 ぐしゃぐしゃと、髪を掻きむしった。

 頭が混乱する。こんなはずじゃない。こんなことあっていいはずがない。

 

 だって、最強は、私と、照の。

 

 (ありえないありえない……!最強は照で、その次がわたしで、全員蹴散らして、優勝するはず、なのに!!!!!)

 

 心の中がぐちゃぐちゃになる。

 

 ちょうど、おもちゃをとられた少女のように、訳も分からず、淡は手に余った{北}を1枚手に取って、感情のままに思い切り横向きで河に叩きつけようと―――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「いい加減にしろよクソガキ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その腕を、上家に座る由華が、無理やり掴んだ。

 

 

 

 

 

 

 対局室の、空気が止まる。

 

 

 

 「……なあ、お前今日この会場で、何を見てきたんだよ」

 

 「……は?」

 

 

 

 わずかに下を向いた由華の表情は、前髪で隠れて見えない。

 

 

 

 

 「先鋒戦で、姫松んとこの倉橋さんがとんでもない手順で和了って、私はやえ先輩が負けたってのに、感動したよ。……お前は?チャンピオンが笑顔で「楽しかった」って言った麻雀の、何を見てたんだ?」

 

 「なにを、いって」

 

 「次鋒から副将まで、1ミリも目が離せねえ最高の闘牌を、私は目に焼き付けた。きっと、この会場で見てる人も、全国で見てる人も、全員そう思ってる。この大将戦も、最高のものになるって、そう思ってたはずだ」

 

 「……」

 

 恭子も、竜華も、声が出ない。

 

 由華の迫力と、その声が、少しかすれていたから。

 

 

 

 「なのにテメエは!!!!!!!」

 

 

 

 

 淡の身体が、ビクリと強張った。

 

 

 

 

 「こんッな最高の舞台で、お前の!!!麻雀打ちとしての血は騒がねえのかってそう聞いてんだよ!!!!!!!」

 

 

 

 

 由華の右手が、淡の胸倉を掴んだ。

 ちょうど魂そのものに、訴えかけるかのように。

 

 

 

 

 

 

 

 突如、ブザーが鳴り響いた。

 

 

 

 

 

 

 『じ、実況席から警告です!!巽選手、大星選手から手を放してください!手牌を見る等の反則行為はしていなかったので警告1回になりますが、次は反則行為とみなして大会ルールにのっとり、点数から引かせていただきますので、気を付けてください』

 

 由華が淡の制服から手を離し、乗り出していた身体を戻して席に座る。

 乱れていた胸のリボンの位置を、正した。

 

 

 一度、息を吐いてから、由華は未だ呆然としている恭子と竜華に対し、頭を下げる。

 

 「騒いでしまって、すみません。お見苦しいところをお見せしました」

 

 「あ、ああ……ええけど」

 

 「だ、大丈夫やけど……」

 

 「……では……続けましょう」

 

 

 驚くほど冷静な由華に面食らう恭子と竜華だったが。

 

 それ以上に固まってしまったのは、当事者の淡だった。

 

 

 由華の言葉が、頭の中をぐるぐると回り続ける。

 

 (麻雀打ちとしての、血?は?なにそれ意味、わかんない、わけ、わからないんだけど)

 

 元々、これしか知らないのだ。

 こうやって打ってきて、勝ってきた。

 

 ダブルリーチをすれば壁牌でカンができて、和了れば裏が4枚乗せれる。

 そういうルールが、淡の中には確かにあった。

 

 それが、彼女にとっての麻雀だった。

 

 手牌をもう一度見直す。

 手に持っていた{北}を、手牌に戻す。

 

 手牌を見て、ぐるぐると回る思考の中、それでも思い出すのは、やはり、憧れの照との会話。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 『テルー!テルテルはどうやって打点作ってるの?』

 

 『……色々。ドラだったり、染め手だったり、配牌に来た牌達が、なんとなく教えてくれるから』

 

 『ふーん。変なの。私は勝手にドラ乗ってくれるから楽ちんだよ!』

 

 『……でもいつか、跳満じゃ足りなくなったらどうするの?』

 

 『あー確かに。その時はじゃあ、染めて裏乗せちゃおうかな』

 

 『……今は、それでいいよ』

 

 『……なにそれ?』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「わけ、わかんない」

 

 目の前の景色が歪む。

 自分が切らなければ始まらないのに、どうしても一打目が決まらない。

 

 本能は未だ、「北を横に曲げろ」と言っている。

 それだけで勝ててきた今までが、そうしろと叫んでいる。

 

 震えている。

 この感情は、一体何?

 

 

 

 

 

 

 『……そうだよな。初めて、自分で“打つ”のは、怖いよな』

 

 

 咏が、小さく呟いて。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「頑張れ……淡……頑張って……!」

 

 

 何も言ってあげられなかった罪悪感に苛まれながら、照が祈って。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「っくぁ……あ……!」

 

 

 

 牌に愛されし少女が“初めて”打った打牌は。

 

 

 

 

 卓に、真っすぐに。

 前を向いて置かれたのだった。

 

 

 



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第173局 最初の一歩


アンチ・ヘイトタグを追加しました。
物語の形式上、どうしても描き方に差が出てしまいます。
そのキャラクターを好きな方に不快な思いをされる方もいると思いますので、念のため。




 

 大将戦で起きた突然の騒動。

 会場は混乱によるざわめきがまだ収まっていない。

 

 騒動の原因を作った巽由華が属する晩成高校控室で、同級生の紀子が冷や汗をかいていた。

 

 

 「もう由華流石にやりすぎ……!」

 

 「ははは、由華先輩らしいというか……」

 

 これには初瀬も苦笑い。

 

 大将戦南2局。

 依然としてダブルリーチを敢行しようとする白糸台高校1年大星淡に対して由華は、おもむろにその手を掴んだ。

 当然他者の妨害にあたる行為であるし、咎められるのは当然である。大会側が以前対局中に物理的ダメージを与える打ち手がいた事例があったことからこの手のことに寛容であったのが不幸中の幸いだろうか。

 

 「でも、急にだったからびっくりしたよ……由華先輩どーしたんだろ?」

 

 「……許せなかったんだと思う」

 

 「え?」

 

 確かに大星淡の態度はこちらから見ていても不快に感じる部分はあった。傲岸不遜で自信過剰。対局前も上級生相手に喧嘩を売るような態度だったのは見て取れた。

 しかしそれだけで怒るほど、由華は子供じゃない。……厳密に言えば怒るかもしれないがこんな行為に及ぶ理由にはならないだろう。

 そう思った憧に対して答えたのは、同級生である紀子。

 

 「先鋒戦でやえ先輩が負けた時、私達皆悔しい気持ちだったけれど、それでもどこか、あの先鋒戦を終えた選手全員に尊敬っていうか……その類の感情があったと思う。きっとそれは、由華も同じ。そこからこの大将戦に至るまで、皆が全力だった。それは、白糸台の選手もふくめて。2人も、そう思わなかった?」

 

 「……確かに、全力でした。皆、この半荘に全てをかけてるんだって……」

 

 憧は思い出す。

 悩み抜いてそれでも自分の力を信じた尭深を。打ち方を曲げることなく、最後まで攻め抜いたセーラを。そして、勝利への恐ろしいほどの執念を見せた洋榎を。

 全員が全力だった。あの舞台にかける想いは、皆強かった。

 

 「由華のことだから、そういう全員の想いを踏みにじられたように感じたんじゃないかな。敵チームだけならまだ良い。けれど、自分のチームの先輩達の想いのこもった闘牌を見ても、なにも気にしていないかのような素振りだったから。それは選手だけじゃない。この大会に出場した、全国の高校麻雀打ちに対する、冒涜だって」

 

 想像だけどね、と言った紀子は目を閉じる。

 

 そう口にしながら紀子は、昨日の由華と話した内容を反芻する。

 勝利を誓い合った。最高の舞台で勝利を届けると言っていた。

 

 と、ソファの中央でサイドテールが揺れる。

 

 「ほんと、いつからあんな奴になっちゃったんだか」

 

 「……ふふふ」

 

 呆れたように背もたれに体重を預けるやえの口ぶりは、褒めるような言葉ではない。

 けれど、その表情が雄弁に今のやえの気持ちを語っていて、思わず紀子は笑みがこぼれた。

 全部あなたのせいですよ――とそう言いたいのはやまやまだが。

 

 「ま、私があそこにいてもそうしてる。籠の中にいる鳥をいじめたってなんの面白みもないわ」

 

 その時のやえの瞳は、先鋒戦のあの時のようだった。と、隣にいる憧は思う。

 

 

 「ただ、籠から出したんなら、それでも撃ち落とせると証明なさい」

 

 頬杖をついたやえの瞳に映るのは、今まさに1枚の牌を真っすぐに置いた白糸台の1年生の姿だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 南2局 親 由華

 

 恭子と竜華の気持ちは1つだった。

 この子こええ(怖い)よと。

 

 あんな騒動があった後だが、驚きこそしたものの動揺はしていない。

 と、いうのも2人とも2回戦の大将戦を見ていたのが大きかった。

 

 (2回戦の時もゴリゴリに威嚇しとったからなあ……人を舐めた態度とる1年には容赦ないってか……)

 

 (は、話には聞いていたんやけど晩成の大将さん……可愛い顔して怖すぎひん?ウチ涙出るかと思ったで……)

 

 何事もなかったかのように理牌している由華が、ただただ恐ろしい。

 これで女子高生というのはもはや嘘ではないだろうかと思えるほどに。

 

 少しして。淡から1打目が打ち出された。

 河に置かれた{①}は、真っすぐに前を向いていて。

 

 そのことに、竜華と恭子は少なからず驚く。

 

 

 『お、大星選手ダブルリーチせず!聴牌を外していきました!!これは大きな決断ですね!!』

 

 『ああ……本当に、本当に大きな決断、だねい』

 

 

 淡 手牌

 {②123444888西西北}

 

 見た目はなんら大したことない、ただ索子の染め手が見えるから聴牌を外した。それだけのこと。

 しかしたったそれだけのことを咏は、感情を揺さぶるような声音で話す。

 

 『ドラが索子で、今すぐにでも索子を持って来れば聴牌し返せそうな手牌で、ダブルリーチをしなかった。たったそれだけのこと。と思うんじゃねえぞ~。この1打には、自分の根幹をぶっ壊す覚悟が必要なんだ。さあ……面白くなってきたんじゃねえの?知らんけど!』

 

 恭子がその1打をしかと見届けて、ツモ山に手を伸ばす。

 

 (大星は確実にリーチを打とうとしてた。つまり、聴牌だったっちゅうことや。それをおそらく、外した。このままでは駄目だって、身体がわかったのかもしれへんな)

 

 恭子からすると、淡にダブルリーチを打ち続けて欲しかったかと言われれば、微妙なところだ。

 先ほどのような由華の大物手が淡を直撃してしまえば、ゲームセットまであり得るし、かといって、この前半戦淡の下家に座れた恭子が、好き勝手鳴かせてもらっていたのもまた事実。

 どちらの方が得だったかは、検証のしようがない。

 

 (……なんて、損得で考えてまうウチは、ホンマに嫌な女なんやろな)

 

 恭子の至上命題は優勝。そのためによその1年のプライドが叩き折られようが、泣きわめこうが、関係ない。

 そう思ってしまっていた。由華の気持ちはもちろんわかる。恭子かて、ここまでの戦いを見てなにも思うことがないのか、と思わなかったでもない。

 けれど、そのおかげで姫松に優勝が転がってくるなら、恭子は別にそれで良いと思った。

 

 (せやけど……こうなったからには心置きなく全力で行かせてもらう。大星、麻雀はな……向き合ってすぐ振り向いてくれるほど、優しい競技とちゃうで)

 

 その瞳が、淡を捉える。恭子の気持ちに微塵も変化はない。

 いくらその気持ちを入れ替えたところで、この舞台の優勝は絶対に譲らない。ただ、それだけ。

 

 

 

 

 

 4巡目 淡 手牌 ドラ{7}

 {②123444888西西北} ツモ{⑤}

 

 (……なにも、来ない……)

 

 淡の手は一向に進んでいない。とはいえ、3回連続で索子が来なかっただけなのだが。

 それだけで淡は焦燥感に駆られていた。周りは速度も打点も兼ね備えた打ち手達。一巡一巡と無駄ツモが続く度に、淡の額に汗が増える。

 

 「チー」

 

 「……!」

 

 淡の手から零れた牌を、恭子が攫う。その手に淀みはない。

 何の迷いもなく、恭子は和了りに向かって真っすぐに向かっている。

 

 恭子 手牌

 {⑥⑦67二二四四赤五六七} {横②③④}

 

 

 『スピードスター末原恭子仕掛けます!この2度受けの両面をチーして前進!これで両面両面の一向聴へ!』

 

 細い腕をすらりと伸ばして、恭子は華麗な内切りで牌を切り出していく。

 河に並んだのは……{6}。

 

 『えっ……す、末原選手両面両面の一向聴牌に受けず!索子を外していきます!』

 

 『っかあ……なるほどねえ……いっそ清々しいほどに、容赦ない』

 

 『容赦ない?ど、どういうことですか?』

 

 困惑する針生アナをよそに、咏はしたり顔。

 その情け容赦ない打ち筋に、咏は思わず身体を背もたれに預けた。

 

 (私としちゃあこの新しい打ち手の産声を、バケモンから麻雀打ちへの一歩を、和了りで飾ってあげたいと思ったけれど)

 

 目を、伏せる。

 

 (そう都合良くいかせてやるほど、末原ちゃんは甘くねえってこった)

 

 自分で考えて咏は、そりゃそうだと嘆息する。

 

 ここはインターハイ団体戦決勝。

 

 打ち手全員に、負けられない想いがあるのだから。

 

 

 

 7巡目 淡 

 {1234445888西西北} ツモ{8}

 

 (え……)

 

 淡が、今持ってきた{8}に目を見開く。と同時に、山牌へ目をやった。

 山は丁度、由華の目の前から無くなる、最後の牌。つまり。

 

 (壁……牌)

 

 淡の全身が、歓喜に震える。

 

 「カン!」

 

 衝動的に、言葉が出ていた。ほぼ本能で。

 

 (私はまだ、死んでない!)

 

 先ほどまで動揺で揺れていた淡の瞳に生気が戻る。淡がカンできたのはこの大将戦では初。

 南2局にしてようやくたどり着いた壁牌。

 

 淡 手牌 新ドラ{⑦}

 {1234445西西北} {裏88裏} ツモ{7}

 

 (来た……!これには裏が乗る……!まずは一撃……!)

 

 「リーチ!」

 

 リーチに面前混一色。それに裏が4枚。それだけで淡の手は倍満に昇華される。

 

 『リーチです!白糸台の大星淡選手!ここでまずは一撃決めることができるか!』

 

 『ダブリーチャンスをここまで育てたんだ。大したもんじゃねえの!知らんけど!』

 

  

 

 この時淡は、由華に言われた言葉全てを理解できたわけではなかった。

 しかしそれでも、このままダブルリーチを敢行し続けるだけでは勝てないということだけはなんとなく気付くことができたから。

 

 引き金になったのだ。一旦手を止めて考えて、一度自分の手牌を冷静に俯瞰する動作を挟むことへの。

 それは間違いなく、淡が“麻雀”を打ち始めたという証拠。

 

 牌に愛されし者は、牌と向き合うだけで大きな成果を残すことができる。たとえそれが、麻雀という競技を知って数週間、数か月であろうと、関係ない。

 そんな少女が今日初めて自ら歩み寄った。今までただ享受するだけだったものに対して、初めて自ら働きかけた。

 

 その最初の一歩。

 最終形は悪い。当たり牌は1種類しかない形。それでも、そんなのは慣れたもの。一種類だろうと、一枚だろうと、山にありさえすれば関係ない。

 

 それが愛されるということだから。

 

 ここから反撃開始。

 

 

 

 

 

 

 

 「ツモ」

 

 

 

 

 

 

 その一歩はしかし、苦い記憶となって淡に刻まれることになった。

 

 

 

 

 恭子 手牌

 {二二四四赤五五六} {横⑤⑥⑦} {横②③④} ツモ{三}

 

 

 「……1000、2000や」

 

 

 

 

 

 

 

 『せ、制したのはまたもや末原恭子!!先に聴牌を入れてしっかりと和了りきりました!!』

 

 『……和了へのルート。速度。他人の捨て牌への嗅覚。いやあ……流石、だねい』

 

 『ターツ選択を間違えませんでしたね!』

 

 

 悔しそうに歯噛みするのは淡だ。

 

 (なんで勝てない……?和了れば、こっちの方が高いのに……!)

 

 仕方なく点箱から点棒を取り出し、恭子に渡そうと―――。

 

 (こ……れは)

 

 ふと、恭子の河に目が留まる。

 おいてあるのは、{67}の並び。

 

 わずか4巡目にして、彼女はこのターツに手をかけている。

 自分のことで手一杯だった淡は手出しツモ切りなど見れてはいないが、明らかにそのターツを嫌ったことだけは、なんとなく理解ができた。

 

 周りを見る。全員の河を見る。

 何度も見ているはずなのに、この、感覚はなんだ?

 

 

 「あー、大星?点棒……」

 

 「あ……」

 

 恭子に言われて、初めて点棒を握りしめたままだったことに気付く。

 

 恭子に改めて点棒を渡してから。

 訝しむ恭子が真ん中のボタンを押して、牌が中央に流れ込むその瞬間まで、淡は全員の河を見つめていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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【祝 200話記念】短編if 心の支え

決勝大将戦の真っ最中ということもあって入れるか悩んだのですが、本作もついに200話、せっかくなので記念短編を入れさせていただきます。

前回の100話記念とは違い、本当に本編と何も関係がないです。
本編だけ読みたいという人は読み飛ばしていただいて構いません!

……ラブコメ書ける人本当に尊敬するわ……。

※一部キャラ崩壊注意




 

 

 ある夏の休日。都会のメインストリートから少し歩いた場所にその雀荘はあった。

 

 時刻は昼過ぎ。雀荘の中はガラガラとやかましい洗牌の音と、楽し気な声がこだましている。

 そこにひと昔前の殺伐とした空気はなく、ただただ麻雀を楽しむことに全力な人々の姿があった。

 何故彼らがそんなに楽しそうなのか。これには一つ理由があった。

 

 「は~い!お疲れ様でした~!では最後にオーシャンズの皆さんと集合写真とって終わりにしましょう~!」

 

 スーツ姿の女性がアナウンスする。

  

 そう。今日はプロチーム「オーシャンズ」のイベント。

 プロチームはオフシーズンにファンへの感謝を込めてこういったイベントを開催する。抽選で当たったファンの方との交流の機会を設けるのだ。

 もう既にイベントは佳境。中央にユニフォームを着たプロ選手を置いて、全員で最後に集合写真を撮る。

 

 「では今日のイベントはこれにて終了です~!ありがとうございました~!」

 

 そう宣言されて拍手が巻き起こる。そしてその拍手の音が鳴りやんだ後も、まだファンたちの興奮は収まらない。

 

 「あの、すみません!倉橋選手写真撮ってくれませんか!」

 

 「お、大丈夫ですよ~」

 

 鮮やかな青色のユニフォームを着た青年に一人の女性ファンが声をかけた。

 運営の人にスマートフォンを持ってもらって写真撮影。

 

 「ありがとうございます!応援してるんでガンバってくださいね!」

 

 「ありがとうございます!頑張りますね~!」

 

 写真を撮ってもらった女性は嬉しそうに去っていく。そんな後ろ姿を見ながら、倉橋は感慨深いものを感じていた。

 

 (こうしてファンの人達に自信を持って接することができるようになったのも……あの子らのおかげかもな)

 

 倉橋は自分に……自分の麻雀に自信を持てていなかった。『麻雀プロ』という職業は、強いことはもちろんだがそれにプラスしてファンに応援してもらえるような麻雀を見せることも重要であるとされている。そして実際倉橋の周りには、そういう打ち手が多くいたから。

 

 「倉橋プロ隅におけないですね~!今のファンの人可愛かったじゃないですか~」

 

 「おいおい倉橋はそういうんじゃないだろ?」

 

 そんな倉橋の周りに集まってきたのは、同じくプロチーム「オーシャンズ」に所属する選手2人。

 この2人もまた、ファンに魅力を伝えることができる麻雀プロ。

 

 「流石に僕はそういう感じで見られるタイプじゃないと思いますよ」

 

 「またまた~」

 

 倉橋が苦笑いでチームメイトに接していたところ。

 3人の後ろに1人の男が。

 

 「皆聞いて」

 

 「キャプテン」

 

 後ろから声をかけてきたのは、同じユニフォームに袖を通すキャプテンの姿。

 

 「本来ならこの後解散なんだけど、運営の人から打ち上げやりませんか、って言われてる」

 

 「おー!いいですね!やりましょうよ~!」

 

 「僕も行きます行きます」

 

 倉橋の横にいた2人が快く承諾する中で、倉橋だけ少し苦笑いを浮かべて首を横に振った。

 

 「すみません、僕この後ちょっと予定ありまして……」

 

 「そっか、なら仕方ない」

 

 「え~倉橋さん行かないんですか?」

 

 「あはは、すみません……」

 

 と、そんな時。倉橋の後方、雀荘の出入り口付近に一人の少女がいることを、倉橋のチームメイトの女性が見つけた。

 制服姿。学生鞄を持って、うつむきがちに立ち止まっている。

 

 「……?あれ、あの子」

 

 自らの後方を指さされていることに気付いて、倉橋は振り向く。

 そしてその振り向いた先にいた少女が視界に入って、倉橋は驚いたように目を見開いた。

 

 「ちょ……あ、ちょーっと予定思い出したんで僕、行きますね!」

 

 「あ、ちょっと!」

 

 その場から逃げ出すように、倉橋が少女の元に駆け出していく。

 その姿を見送って、チームメイトの彼女は1つの可能性に辿りついてしまった。

 

 「え、もしかして倉橋さんって……ロリコン?」

 

 「あれ、知らなかったの?倉橋はロリコンだよ」

 

 「道理でさっきのファンの女性にはデレデレしてなかったのか……」

 

 あらぬ誤解を受ける倉橋。当の本人はそんなこと気付いてはいないが。

 

 「こらこら。勝手に想像するのはやめときなよ」

 

 「でもキャプテンも知ってるんでしょ?倉橋さんが女子高生に麻雀教えてるの!」

 

 「……まあ、彼が少女趣味であるかどうかはさておき、女子高生に麻雀を教えているということは事実だね」

 

 「やっぱり!」

 

 少女の元に駆け寄って話しかける後ろ姿を、チームメイト3人は生暖かい目で見守っていたとか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 少し日が傾き始めたものの、まだ夏の暑さがアスファルトを焼いている。

 スーツ姿に着替えた倉橋は、先ほどの少女と共に都会の街並みを歩いていた。

 

 「恭子なんで来たの……駅で待っててくれれば行くからって言ったじゃんか」

 

 「すみません……せやけど、せっかくやし倉橋プロのユニフォーム姿生で見たかったっちゅうかなんていうか……」

 

 「……なんて?」

 

 「なんでもないです!!」

 

 最後の方が尻すぼみで声が小さくなってしまって聞き取れなかった倉橋が少女……末原恭子の顔を覗き込む。

 その顔はこころなしか少し紅くなっているようにもみえた。

 

 コホン、と一つ咳払いをして恭子が仕切り直す。

 

 「そもそも抽選倍率高すぎるんちゃいますか?オーシャンズくらい人気チームならもう少し大きい雀荘くらい借りれたんやないかと思いますけど!」

 

 「それは俺に言われてもなあ……え、なに恭子応募したの?」

 

 「し、してませんけど!」

 

 「そうだよね。別に恭子はいつだって俺と麻雀打てるわけだし……」

 

 「いやそういうんとちゃうんですよ、伝わらないと思いますけど……」

 

 「え、応募したの?」

 

 「してないですけど!」

 

 今時の女子高生の感情の機微はわからない……そう思う倉橋だった。

 

 ふと、恭子の姿を見て倉橋があることに気付く。

 

 「そういえば恭子今日はリボンにスカートスタイルなんだね」

 

 「ま、まあ今日はそういう気分やったので……たまたまです」

 

 「やっぱ俺はそっちの方が可愛いと思うし好きだな」

 

 「……ッ!そういうこと、気軽に言って良いもんとちゃいますよ……!」

 

 恭子の歩く速度が上がる。

 隣に並んでいたはずの彼女はいつの間にか斜め前を歩いている。

 

 (褒めたのに怒られた……)

 

 年頃の少女の乙女心は難しい。本気でそう思う倉橋であった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 イベントを開催していた駅から恭子と共に電車を乗って3駅ほど。

 目的の駅についた2人は、馴染みの雀荘に向かった。

 

 この雀荘は元々倉橋の行きつけの雀荘。小さいビルに入ってエレベーターに乗り、3階にそのフロアはある。

 

 「こんにちは~」

 

 「こ、こんにちは……」

 

 扉を開ければ、ちょうど麻雀卓が6台ほどおけるほどのスペース。

 

 倉橋はまずマスターを探そうとして……それよりも早く、一人の少女が目に入った。

 目印は、その元気なサイドテール。

 

 「倉橋プロこんにちは!!……ってなんであんたもいんのよ」

 

 「それはこっちのセリフや小走……」

 

 小走やえ。彼女もまた倉橋に麻雀を教わる女子高生の1人で、何故か恭子と仲が悪い。

 倉橋としては仲良くしてほしい気持ちで一杯なのだが。

 

 「おお、倉橋来たか」

 

 「マスターお世話になってます。今日も1卓取っていただいて……」

 

 「いいよいいよ。こっちとしてもパッとしないプロがいるって言うより可愛い嬢ちゃんが麻雀打ってるってだけで宣伝になるもんよ」

 

 「パッとしないプロって誰のことですかねえ……」

 

 ガハハ、と豪快に笑うマスターに、倉橋は思わず苦笑い。

 荷物を置いて上着をハンガーにかけて後ろを向けば、2人がもう既に準備を始めていた。

 

 「倉橋プロさっそく打ちましょ!どーせこんな奴と打っても面白くないわよ」

 

 「おい待て小走。ウチが先に約束しとったんやからウチが先に決まっとるやろ」

 

 「そもそも今日はイベントだってわかってたのに、抽選漏れしたあげく会場まで突っ込んでいくとかただの厄介ファンじゃない。身の程をわきまえなさいよ」

 

 「なっ……!小走やって後輩まで使って応募したクセに!」

 

 「そ、それは言わない約束でしょうが!!」

 

 (な、なんでこんな仲が悪いんだ……)

 

 原因が自分であるとは露知らず。

 倉橋は今日もまた2人を上手くコントロールすることに労力を割かれるのであった。

 

 

 

 

 2人と知り合ったのは、偶然だった。

 倉橋が自分の麻雀に悩んでいた頃、どうしても倉橋に麻雀を教えて欲しいと頼み込んできたのが恭子。あれはもう2年も前のことになる。

 

 『私は……倉橋プロのような麻雀が打ちたいです。どんな奴にも負けへんために』

 

 当時は自分の麻雀に不信感を覚えていた倉橋は、この恭子の願いを下げさせた。自分より適任のプロがいるから、そっちを紹介すると言って。

 

 しかし、恭子は頑なにそれを拒んだ。

 何度も何度も教えてくれと言われるうちに、倉橋の方が折れたのだ。

 

 

 逆にやえとの出会いはわかりやすい。

 とある雀荘で来店プロとして呼ばれていた倉橋が、たまたま来ていたやえと同卓したのだ。

 当時のやえは怖いもの知らずで、実際実力もあって鼻が伸びていたのだが、その日倉橋に手も足も出ないほどにボコボコにされてしまった。

 

 『もう一回!もう一回だけお願いします!』

 

 倉橋は涙ながらに頼んでくるやえの迫力に勝てず、その後も何度か対局をしたのだが……それでも及ばなかった。運の要素が強いゲームだけに1度くらいは勝てるかと思ったのだが、その全てで倉橋はやえの上を行った。

 倉橋自身は、良い経験になってくれればいいなーくらいに思っていたのだが、やえがこれで諦めるはずもなく。 

 

 次の日、別のお店で来店プロとして行った場所で、やえは現れた。

 

 『倉橋プロ対局お願いします!!』

 

 もちろん、プロである倉橋は他のお客さんとも対局しなければいけないので、やんわりと断ったが。すると今度は来店時間が終わるまで外で待っていると言いだす。

 その熱意に負けて、倉橋はやえと定期的に麻雀を打つ仲になったのだった。

 

 

 

 

 「あー、やえここは押さない方が良いと思う。残りスジも少なくて、相手の愚形率が上がってる。それにあの捨て牌は中張牌が多めで字牌が手の中にある確率が結構高くて、この1枚切れの{北}はそこそこ危ない。自分の手も聴牌だけど残り巡目少ないし、ここはオリでいいと思う」

 

 「そっか……末原のリーチに打つのもムカつきますし、これはオリればよかったわ」

 

 「どういう意味や小走ぃ……」

 

 そんなこんなで、こうして倉橋には2人の女子高生の弟子ができてしまったのだ。

 弟子……と呼ぶのかどうかも怪しいが。

 

 「キリ良いならそろそろ終わろうか、時間も時間だしね」

 

 「うわ、もうこんな時間なんか……」

 

 気付けばこの雀荘に来てから4時間が経過している。

 麻雀というゲームの恐ろしいところは、本当に気付いたら時間が経っていることだろう。

 

 「じゃあマスター、僕この子達駅まで送っていくんで」

 

 「おー。後ろから刺されないように気をつけろよー」

 

 「どういう意味ですかソレ……」

 

 マスターに挨拶をして、倉橋は店を後にしようとする。

 すると既に倉橋の上着と鞄を持って恭子がドアの前に立っていた。

 

 「ありがと、恭子」

 

 「いえ……」

 

 「そんなところでポイント稼ぎ……流石スピードスター手が早いわね」

 

 「なんか言うたか小走!」

 

 「なんでもないですー」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 時刻は夜の19時過ぎ。

 女子高生を遅くまで連れまわすのは、と思い大体倉橋はこのくらいの時間には2人を帰している。本人たちはまだ打てるというのだが、流石に夜中までは連れ出せない。

 

 「あ、すみません、私イヤホン忘れたみたいで……先に帰ってもらってて大丈夫です」

 

 「いいよいいよ。ここで待ってるから行っておいで」

 

 「ありがとうございます!……末原、私がいないからって変なことしないでよ」

 

 「せえへんわ!なんやねんそれ!」

 

 軽口をたたいてやえが雀荘へと戻っていく。

 風で揺れるご機嫌なサイドテールを見送って、恭子はため息をついた。

 

 「ホンマに小走は……」

 

 「俺としては仲良くやって欲しいところなんだけど……」

 

 「そうはいかへんです。アイツには絶対渡さん……」

 

 何を?と倉橋はシンプルにそう思った。

 

 夏とはいえ、もう辺りは暗い。

 近くのベンチに腰掛けて、恭子と倉橋はやえを待っていた。

 

 今日の反省をしていてふと、会話が止まる。

 一つ呼吸があって、恭子がこちらに改めて振り返ってきた。

 

 

 「あ、あの」

 

 「ん?」

 

 暗くてしっかりとは見えないが、少し恭子の頬が紅潮しているようにも見える。

 

 「倉橋プロって……彼女とかおらへんって、言ってましたよね?」

 

 「あー、うん。まあ、こんなんだし、流石にね」

 

 「こんなんって……倉橋プロは十分魅力的やと思いますけど……」

 

 倉橋は自分の顔を客観的に見ていわゆるイケメンという部類には入らないと思っている。

 周りの麻雀プロはどんどん結婚していくが、自分には早々そんな機会ないだろうな、とも。

 

 「それって、今も変わってない……んですよね?」

 

 「ん?彼女の話?そうだよ。なーんにも浮いた話ありゃしないよ」

 

 首をすくめて、笑って見せる。

 別に倉橋はそれで良いかなと思っていた。ようやく麻雀プロとして誇れる実績がついてきたところだし、これからかなあーと。

 

 すると恭子が、「よし、今日言うんや、うん、洋榎にもはよせえって言われたし……」となにやら小声で自分に言い聞かせている。

 倉橋が訝しむように恭子を覗き込もうとすると、逆に恭子の方から力強く振り返ってきた。

 

 「あ、あの、それやったら、えっと……あの!」

 

 「う、うん?」

 

 「う、ウチとつきあ……ぐえ」

 

 普段より5割増しくらい可愛く見えた恭子に気圧されていたその瞬間。

 恭子の頭がヘッドロックされた。

 

 「な・に・し・て・る・のかな~末原~」

 

 「こ、こばしりおま……やめ……」

 

 「まったく油断も隙もない。なーにがスピードスターじゃこのこの」

 

 「ちょ、やえそれ首締まってるから……」

 

 突然のことにフリーズした倉橋だったが、なんとかやえをなだめて引き離す。

 

 「私がいなくなったらすーぐこれよ!ホント発情の速度は全国トップクラスね!」

 

 「は、はつ……っ!小走お前今日という今日は許さへんで……!」

 

 倉橋を中心に2人のにらみ合いが始まる。

 

 (なんでこうなっちゃうんだろうなあ……)

 

 そんな2人をなんとかなだめて、倉橋は苦笑い。

 

 けれど、こうしてこの騒がしい毎日を作ってくれたのは、間違いなくこの2人だった。

 もう麻雀プロもやめようかと思っていたあの時。救ってくれたのはこの2人。

 

 2人から尊敬していると言葉で、態度で教えてもらって。あなたみたいな麻雀が打ちたいと言ってもらって。

 

 倉橋は少しずつ自信を取り戻すことができた。

 自分はこんな単純だったんだなとも思う。けれど、間違いなく純粋無垢な2人の気持ちは、倉橋に大きな影響を与えた。

 

 

 「ありがとね、2人とも」

 

 だから、感謝を。

 

 未だいがみ合ったままの2人には全然声は届いていないようだが。

 

 

 2人の少女を見て、倉橋はこっそり笑顔を見せるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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第174局 麻雀を、打つ

 

 

 うだるような暑さは、夜になってもその手を緩めてはくれない。

 日中から気温自体は下がったものの、未だ高い湿度と無風の気候が息苦しさを感じさせた。

 

 時刻は夜8時。

 夏とはいえ光源は街灯に頼らざるを得なくなってきた頃合いに。

 東京の一角にある屋敷では、5人の少女が夕飯を終えてテレビ画面に向き合っていた。

 

 「これ、白糸台負けるのかな……」

 

 「やべーな。マジでこんな展開になるとは思わなかったぜ」

 

 驚きを隠せないといった表情でおずおずと発言したのは、国広一。長野県の高校、龍門渕高校の2年生。もっとも、龍門渕高校の麻雀部員は2年生しかいないが。

 そして一の言葉に呼応するように、こちらも驚きを隠せずに感嘆の声を上げたのが、井上純。

 

 テレビ画面の横には、視聴者にわかりやすいように大きく点棒表示が出されている。優勝候補筆頭として誰もが疑わなかった白糸台高校の点数は、実に3万点を下回った。トップの晩成は14万点近く。ここからトップまで巻き返すことは、それこそ奇跡でも起こさない限り不可能に見えた。

 

 「白糸台が弱いんじゃない……他が強い」

 

 「ともきの言う通りですわね……」

 

 黒髪ロングで眼鏡な沢村智紀と、金髪お嬢様の龍門渕透華。いずれも表情は神妙。この大将戦の行方を静かに見守っている。

 未だ放心状態のように見える白糸台の大将。彼女は今何を想っているのか……。戦う気力は残されているのか。それすらこちらからではわからない。

 

 「畢竟するに――――」

 

 全員が沈黙する中。全員よりも少し背の高い椅子に腰かけた少女が口を開く。

 それは神に愛された白糸台の大将と同じ、『金』の少女。

 

 「異形の力が跋扈する麻雀という競技は……今、転換の時を迎えているのかもしれない」

 

 「……どういうことですの?衣」

 

 天江衣は無邪気に笑う。以前のような狂気に支配された『嗤い』ではなく、屈託のない笑み。

 それはある意味彼女の低い身長に合った年相応の笑み。

 

 「神によって選定されるのではない。人が人であることを理解しながら、それでもなお高みを目指そうと歩を進めることでこの競技は永遠に昇華され続ける」

 

 瞳をキラキラと輝かせて。

 椅子の上で足をぶらぶらとバタつかせながら話す衣の姿を、いつのまにやら全員が微笑みながら見つめていた。

 

 もう、一人ぼっちだった衣はいない。それがいつからか……それは今年の団体戦だったかもしれないし、もしかしたらもっと前にどこかの高校と練習試合をした時だったかもしれない。

 けれど、そんなことはどうでもいい。

 今こうして、笑顔のまま5人でこの高校雀士の頂点を決める戦いを見れていること。それだけが紛れもない事実なのだから。

 

 クスっと笑って衣は立ち上がる。

 天真爛漫、朗らかに。

 

 

 「なあ――――。麻雀というゲームは、本当に楽しいな!」

 

 

 全然答えになってませんわ、と透華が笑う。

 けれど、この衣の様子を見ただけで透華だけでなく、全員が衣の言わんといていることがなんとなくわかったから。

 

 龍門渕の面々も、この戦いを最後まで見届けようと、もう一度テレビに向き直るのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 彼女にとって、これまで麻雀というゲームは強きが弱きを挫くゲームでしかなかった。

 ルールを覚えた時から。役を覚えて、どういった手牌進行がいいのかと分かった時から。

 漠然と思った。もっと早く聴牌できたら楽なのに。最初から聴牌してれば楽なのに。欲しい牌が来てくれれば楽なのに。

 

 おおよそ、麻雀と言うゲームを理解した頃に誰しもが夢想するような事。なんでも自分の思い通りになってしまえという我儘。しかしそれがかなわないことだからこそ、プレイヤーは四苦八苦し、「確実」ではなく「最善」を目指すようになる。

 

 では、四苦八苦することがなかったら?

 思い通りの牌が来て、配牌で聴牌をすることができるようになった。同世代の子達はまるで相手にならず、年上であってもちょっと本気を出しただけで容易に蹴散らすことができてしまったら。

 努力など、するはずもないだろう。必要性が無いのだから。

 

 それほどまでに大星淡は、『愛されて』しまっていたのだ。

 

 

 南3局 親 淡

 

 

 『姫松の誇るスピードスター末原恭子が止まりません!南2局も制して一撃で前に出た晩成の背中を追います!巽選手の親を落とせたというのは、気分的にはだいぶ楽になりましたかね?』

 

 『いやあ~そんなこたあないだろうねい。この大将戦は、末原ちゃんからしてみれば、自分が和了らなければ高打点が出ちまうって確定してるようなもんだ。毎局、自分が和了るつもりでいなきゃいけない……。基本25%以下でしか和了れないはずのゲームで、その心労は測り知れねえんじゃねえの?知らんけど!』

 

 『巽選手は超火力型ですからね……それに大星選手も、清水谷選手も今大会大きな和了りを何度も記録しています!前半戦は南3局、さあ、配牌を見ていきましょうか……!』

 

 サイコロを回して、自分の山を右から5番目で区切って牌を取る。

 そんな動作の間も、淡はどこか落ち着きのない気持ちで牌を迎え入れていた。

 

 (結局和了れなかった……なのに……)

 

 前局、淡は人生で初めてダブルリーチチャンスを崩した。今まで極めて機械的に、最初の牌を横に曲げるだけで勝ててきた淡にとって、それは暗闇の中を手探りで進むの如く。

 しかしそれでも、和了りに結びつくことはなかった。

 ではやはり、ダブルリーチをかけた方が良かったのか?それを判断する材料も、経験も淡にはない。ただなんとなく。感覚でしかないものではあるけれど。ダブルリーチをかけていたとしても、淡は和了れていたとはとても思えなかった。

 

 淡 配牌 ドラ{4}

 {⑧⑧⑧224678一二三四六}

 

 またもや配牌はダブルリーチチャンス。何度も見た光景。自分が本気を出せば、いつもこのように牌は巡ってきてくれる。

 {⑧}がきっと山に眠っていて、おそらくそれをカンすれば裏が乗る。単純明快で、強力無比。

 

 じっと、この牌姿を淡が見つめる。

 

 

 『大星選手またダブルリーチチャンス!とんでもないですねこれは……!』

 

 『……けど、この牌姿、あのコにはどう見えてるかな……』

 

 {4}を横に曲げてしまえば楽だ。後は山から持ってくる牌がカンできるか当たり牌かだけを確認すればいい。

 そこに思考は介在しない。今までだってそうやって勝ってきた。きっとこの半荘を経験するまでは、一も二もなく淡はダブルリーチを宣言していただろう。

 しかし、その手はただ小さく震えているのみ。

 

 

 『たくさん悩んでいいんだぜ。何秒、何分かかったっていい。お前さんが今この瞬間牌とにらみあっているその時間が――何より大事な財産になるはずだ』

 

 

 今彼女は悩んでいる。目の前の牌とにらみ合って、頭の中を様々な思考が行き交っている。その事実が咏にはどうしようもなく、嬉しかったから。

 しばらくして淡から切られた{一}を見て、その表情を更に綻ばせた。

 

 『聴牌を外します大星選手!ここまでダブルリーチダブルリーチと来ていましたが、この大事な親番で聴牌外し!これもなかなか度胸がいる選択だったのではないですか?』

 

 『そうだねい……少し考えればそう不思議な選択でもないんだ。手牌はダブルリーチをかければ愚形ダブルリーチのみだけど、{一}を切ってしまえば他の牌は全てタンヤオ牌。タンヤオって役がほぼ確約される。それだけでダブルリーチの2翻にはもう追い付く。んでもってドラにくっつけば更に打点アップ……外すのは自然な思考だぜい』

 

 『確かに、言われてみれば外したほうが得なことが多そうですね!』

 

 『……けど、それはあくまで表面的な部分でしかない。きっとこの聴牌外しは彼女がこれまでやってきたことに、真っ向から反することなんだ。だから悩む。考える。……っはは。最高に、面白くなってきたんじゃねーの?知らんけど!!』

 

 

 淡の選択は聴牌外しだった。

 

 (イライラする……なんで……なんでこんなこと……!)

 

 握った拳は震えたまま。しかし彼女は同時に気付いていた。この感情は、怒りではあるけれど。

 それ以上に、今自分が抱えているのは明確な悔しさだ。

 

 分かってしまったのだ。今までのままやっていても、目の前の打ち手に勝てないことを。

 何かを変えなければ、手をこまねいているだけでは勝てないことを。

 

 それはまさしく、自分よりも相手が上だと認める行為だから。

 

 恭子 手牌

 {①③⑦2469二七東南西白} ツモ{発}

 

 (きっつ……大星はおそらくまたダブルリーチチャンスやった。遅かれ早かれ、リーチは来ると思っとったほうがええ。けど……これだけ役牌が手牌に多いとなると……!)

 

 恭子が顔を上げる。正面に見据えるは、晩成の剣。 

 燃え上がる炎が、その瞳に宿っている。

 

 (役牌を、全て切り飛ばして先に聴牌は厳しい。これから大星から大量に中張牌が出てくると仮定しても、それより先に巽に大物手が入ってまう。それだけは、避けなあかん……!)

 

 巽由華に大物手が入る。それは同時にこのゲームの終局につながる可能性まであるのだ。

 それだけは、絶対に避けなければならない。

 

 恭子は{9}を切り出した。役牌を重ねられれば和了りを見つつ、白糸台の出方を伺う。

 今はそれぐらいしかできることがない。

 

 

 由華 手牌

 {①⑧1389一九南南白白発} ツモ{発}

 

 由華が持ってきた牌を手牌の上に重ねて、一つ息を吐いた。

 

 (相変わらず末原さんの速度には恐れ入る……。けど。そんな簡単な状況じゃないのは、こっちも、むこうも同じはずだ)

 

 恭子からすれば由華は脅威に映ったが、それは由華も同じこと。準決勝でのあの最後の局面を由華が忘れるはずもない。

 誰にも追い付かれることなく、目にもとまらぬ速さで和了りを取り切った恭子を由華はただ見ていることしかできなかった。

 

 (ああなる前に……終わらせる)

 

 ベストは後半戦オーラスまでに圧倒的点差をつけておくこと。

 なんなら、白糸台をトバしたってかまわない。

 

 (けど……)

 

 由華はすっ、と目を細めて隣に座る淡を見た。

 瞳に宿っていた狂気はだいぶ収まっているように見えるものの。今にもはらわたが煮えくり返りそうになるほどの激情をその内に秘めていることなど、想像に難くない。

 

 (こいつはこのまま終わるだけのタマか?)

 

 正直に言えば、この大星淡という選手が今後どうなろうが、由華は興味が無かった。

 あの時、由華の頭がぷっつりと切れてしまったのは、このインターハイという舞台そのものを汚していると思ったから。

 

 先鋒から副将まで、激戦に次ぐ激戦を目の当たりにしてなお、そんな舐めた態度をとったままだったのが、どうしても気に食わなかった。

 

 河に{①}を放って、なおも由華は淡の様子を見る。

 揺れる瞳は、まだその悔しさの矛先を定められていないように感じられた。

 

 

 6巡目 淡 手牌

 {⑧⑧⑧224678二三四六} ツモ{④}

 

 あれから5巡。経過しているのにも関わらず、淡は未だ聴牌を入れられずにいた。

 

 (くっそ……!こんなことなら……)

 

 ダブルリーチしてしまえばよかった?そう思いそうになったのを、淡は飲み込んだ。

 

 前局。淡が組みなおしたリーチをかっさらっていったのは、下家に座る恭子。

 そしてその捨て牌には、索子の良形ターツが並んでいて。

 

 (私が索子を集めているのを知っていて、索子じゃ勝てないってわかったってわけ?)

 

 厳密には、淡から索子が零れないのを悟り、鳴けるターツを残したのだがそこまでは淡の頭はついてこない。

 それでも『場に悪い索子を払った』という事実だけは淡でも理解することができた。

 

 持ってきた{④}を忌々しそうに握って、顔を上げる。

 

 ふと、目に留まる。

 先ほどと同じ感覚。

 前局、恭子の河を見て感じたこと。

 それと似た感覚が、今の淡の胸にどっ、と去来する。

 

 「……あ」

 

 思わず、声が出た。

 5巡。たった5巡だ。

 ここまでに要した巡目は。

 

 それでも、この5巡で切られた河……20枚の牌達が河に並んでいる。 

 当たり前の事実。しかしこの当たり前の事実が、何故か淡の胸を強く突き動かす。

 

 (晩成が集めているのは……索子、なのか)

 

 あまりに単純。由華の河には筒子萬子が並び、索子は1枚も出ていない。

 だから、手の内には索子があるのだろう。こんな簡単な理論。

 

 それでも、それだけでも、淡にとっては、新しい発見。

 今まで自分の手だけを見ていれば勝てた淡にとって。欲しいと願えばすぐ来ることが当たり前だった淡にとって。

 

 淡は、1枚の牌を河へと切り出した。

 

 

 『大星選手ドラを切っていきました!くっつきとしてはここは残しておきたい牌ですよね?』

 

 『そうだねい。ここはフリテンになる可能性もある萬子を切りたいところだけど……ま、あのコなりに考えたんだろ。河と、自分の手を見比べてさ』

 

 (そーだよ大星ちゃん。それが、麻雀を打つっつーことだ。正解か不正解かは、後で考えりゃいいさ)

 

 

 

 

 8巡目 淡 手牌

 {④⑧⑧⑧22678二三四六} ツモ{七}

 

 ドラを切り離してから2巡。ようやく淡の手に聴牌が入る。

 それも、多くの人が切り離していそうな萬子を引き入れての、聴牌。

 自分の感覚がまちがっていなかったことを確信し、思わず口角が上がる。

 

 (よし……これで!)

 

 

 時間はかかった。しかし結果的にタンヤオがついて、良形の、聴牌。

 場に安い萬子を待ちにして。

 

 「リーチ!」

 

 淡は力強く宣言する。今日何回目になるかもわからないリーチ。

 けれど、こうやって河を睨みつけて、自分の手で手牌を作っていく感覚は。

 

 何故だろう。

 不思議と、嫌いではなかった。

 

 

 

 

 

 

 「ツモ」

 

 

 

 

 淡が行った、自分で手牌を作るという行為。

 河を見て、何が山に多くありそうで、なにが少ないかを考えることは。

 

 ここにいる全員が……いや、今日ここで対局に臨んだ全員がやっている。

 

 そしてその中でも、今ここに座るのは紛れもないトッププレーヤー達で。

 

 

 由華を警戒して役牌が切り出し辛い恭子と。

 役牌が重ならず手が進まない由華。

 

 そこに割って入れるのは。

 静かに、しかし強い意志を持って耐え続けた一人の打ち手。

 

 

 竜華 手牌

 {⑤⑤⑥⑥4477五五七七八} ツモ{八}

 

 

 

 「3000、6000」

 

 

 

 冷たく言い放った竜華の瞳に、()は無い。

 

 

 淡が考えに考え抜いた待ちはしかし。

 幾年も辛酸をなめ続けた打ち手の執念によって握りつぶされた。

 

 

 

 

 

 



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第175局 先輩

感想が2000件を超えました。
いつも感想をくれる方も、たまに感想をくれる方も、ありがとうございます。
感想をくれる方がいなかったらとっくに投稿やめてるので……。

残り僅かとなってまいりましたが、最後まで楽しんでいってくださいな!




 

 前半戦南3局が終わった頃。

 この大将戦が始まってから重苦しい空気が漂っている白糸台の控室で、姿勢正しく座っていた一人の少女が、おもむろに立ち上がった。

 

 「私、淡のところに行ってくるね」

 

 「おい照、まだオーラスがあるだろ」

 

 出ていこうとする照の右手を、菫がすんでのところで掴む。

 実際、まだオーラスが残っていて対局室に向かうのはそれからでもいいだろうというのは至極真っ当な意見だ。

 

 しかし、照はそれでも首を横に振る。

 

 「オーラスの結果も、なんとなくわかるから」

 

 「……照、お前……」

 

 菫の制止を振り切り、照は控室の扉を開けた。

 バタン、という音と共に照の姿は見えなくなる。

 

 「宮永先輩、大星にどうしても伝えたいことでもあるんですかね?」

 

 そう捉えることもできるだろう。心配そうにそう話す誠子の意見もわからないでもない。

 しかし菫は照が出ていった扉を見つめなかがら、全く別のことを考えていた。

 あの、表情。感情の起伏が乏しい照ではあるが、今出ていく寸前の照の表情はどこか……寂しそうに見えた。

 

 (照……まさかとは思うが……お前最初から……)

 

 思えば、中堅戦が始まってからずっと照の様子はおかしかった。

 普段はだいたい控室で皆の帰りを待つことが多かったのに、中堅戦では休憩中に尭深の所へ行き、副将戦では帰ってきた誠子をわざわざ出迎えた。

 他から見れば、上級生として、先輩として、またチームのエースとしてあるべき姿。褒められて然るべき態度。

 

 しかしそれは長年連れ添ってきた菫からすれば違和感として目に映る。

 

 拳を、強く握りしめた。

 菫はこのやるせない感情を、どこに向けたらいいのかわからなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 長い廊下を歩く。

 観客席からは少し離れたこの場所からも、確かに会場に充満する熱量は感じられる。

 なにせ、全国の頂点を決める戦いがクライマックスなのだ。盛り上がるな、という方が無理がある。

 

 宮永照はそんな会場の一角を、眉一つ動かさずに歩いていた。

 

 控室から対局室までは、そこそこの距離がある。何度か曲がり角を曲がって、階を移動して……。だから休憩中に控室に戻るか、そのまま対局室に残るかの選択肢が生まれるわけだが。

 

 そんな曲がり角の一つを曲がったところで、照は思わぬ人物に出会う。

 

 「ったく、言い切ったからにはもう一発くらい大きいの和了りなさいよ……」

 

 やってきた少女は、スマートフォンを横に持った画面に夢中でこちらには気付いていない。

 とはいえ、こちらから声をかけるほど親密な仲でもないので照は困った。

 

 立ち止まって、声をかけるべきか否か。

 しかしその葛藤は、サイドテールの少女がこちらに気付いたことによって解消される。

 

 「……!……奇遇ね、チャンピオン」

 

 「もうチャンピオンじゃない」

 

 「あらそう。まあ、確かにそうかもしれないわね」

 

 小走やえ。

 先鋒戦で鎬を削り合った相手。

 

 「……ってかあんたオーラス見なくていいワケ?随分と余裕かましてくれるじゃない」

 

 「……」

 

 「悪かったわね、ウチの由華が。あんたのとこの大将の1年ビビらせちゃったわね。……まあ、私が大将でも同じことしてるだろうから、あんまり説得力はないだろうけど」

 

 「……大丈夫」

 

 「?」

 

 大丈夫?

 照の言葉の意味がわからず訝しげに照を見つめるやえだったが、やがて諦めたようにため息をついた。

 

 ここで会ったということは、目的自体は一致しているのだろうことは想像がつく。

 ゆっくりと歩き出した照に合わせるように、やえも同じ場所に向かって歩き出す。

 

 特に話すべきこともないので、無言の時間が続いた。

 やえはやえで神妙な顔つきでスマートフォンを眺めているし、照も特にかける言葉は無かった。

 だからずっとこのままだろうな、とやえは思ったが、意外にも沈黙を破ったのは照の方。

 

 「小走さんは、後輩を信頼してるんだね」

 

 「……?ええ、まあ。あの憎っくき辻垣内に忠告されたからね。……今は誰よりも信頼してるわよ」

 

 そう、と小さく答えた照が、また歩き出す。その背中に、やえは違和感を覚えた。

 今の問い方、そして、今オーラスを見ていない彼女の姿勢。

 

 ……ある仮説がやえの中で成り立って、気付けばそれを口に出していた。

 

 

 「……あんたまさかとは思うけど……あの大将の1年生が負けると思ってるんじゃないでしょうね」

 

 「……」

 

 照は答えない。

 少し歩みを止めただけで、しばらくしてその足は再び動き出す。

 

 「……うそでしょ?本気で言ってるのあんた」

 

 沈黙は肯定。そう捉えたやえは、信じられないものを見たという目で照の後を追う。

 強引にその左肩を、掴んだ。

 

 「勝つと信じて送り出したのよね?あなたが負けた後も必死に戦ってる子達を、全員」

 

 こちらを無理やり振り向かせたやえの表情は、痛々しかった。

 叱責するというよりは、そうであってほしいと願うような表情。

 その表情が、嫌に照の胸に突き刺さってしまうから。

 

 照は視線を、床へと逸らすことしかできなかった。

 

 「私は、これが後輩達の成長につながればいいと思ってる。私は去年学ぶことができたけれど、あの子達は、知らなかっただろうから」

 

 「……ッ!あんたね……!」

 

 今度こそやえは、正面から照を睨み据えた。

 

 「あんたはわかってたんでしょ?今日の先鋒戦、あんたから感じた努力は、嘘じゃなかった。じゃなきゃ私が後れを取るはずないもの。ってことはあんたはもっと前から気付いてたんでしょ?」

 

 「……」

 

 照は答えない。

 答えることができない。

 

 「あんたの後輩達がどんな性格なのかとか、どんな打ち手なのかとか、詳しいことは知らないわよ。なにせ私は団体戦でここまで来ることが初めてだしね。けど……試合を見てたらわかる。全員、優勝を諦めてなんかいなかった!あんたが先鋒戦で負けて、おそらく初めての敗戦を目の当たりにしてもなお、あんたの後輩達は戦ってた!」

 

 悲痛な叫びが、照の胸を撃つ。

 わかっていた。そんなことは誰よりも。

 

 「そりゃあんただけが悪いなんて言わないわよ……指導者が、やるべきことなんだから。でも、もっと後輩達に伝えることができたんじゃないの?去年の個人戦決勝は飾り?インターハイチャンピオンになっていい気分、それだけだったわけ?!」

 

 「それは、違う」

 

 「そうでしょうね!忘れもしないわよオーラス終わった後放心状態だったあんたの表情を!じゃあ、何か、何か伝えられたんじゃないの?今も尚必死で戦い方を模索してるこの大将の1年にも!」

 

 言い返せるはずもない。

 今やえに突っ込まれた部分は、照が感じる後悔そのものだ。

 

 掴まれていた左肩から、やえの手が離れる。

 

 「あんたの目には、きっと映ってもいなかったのね……」

 

 誰のことを言っているのか、照にはわからない。

 力なく下ろされた右手。立ち尽くしたままの照を置いて、やえは再び歩き出した。

 

 「最後まで、信じてあげなさいよ。まだあのコだって、諦めちゃいないでしょ。まあ、それでも優勝はウチの由華がもらうけど」

 

  

 照を置いて、やえは前を歩き出す。

 苛立ちを隠せない乱雑な動作でスマートフォンをポケットから引っこ抜いて、インターハイ中継にアクセスし直した。

 

 「バカみたい……あんたまるで……」

 

 やえが感じたやるせなさ。

 思わず口に出してしまった、余計なお世話。

 

 何故口をついてでてしまったのか、やえは自分でわかっていた。

 

 

 

 「……去年までの私みたいじゃない」

 

 小さく呟かれた言葉。 

 

 今の照は、過去の己を見ているようで……耐え切れなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 時間は少し巻き戻る。

 前半戦南2局の開始時、淡がダブルリーチをしなかった時点。

 

 集中力を研ぎ澄ませた一人の打ち手の脳内に、信頼できる親友の声が聞こえてくる。

 

 『お~竜華、この手牌は和了れるかもしれへんで。道筋、見よか?』

 

 ふよふよと周りを飛び回っているようにすら見える怜。相変わらず可愛いなあ、と場違いなことをふと考えて。

 しかし竜華は息を吐くと、首を横に振った。

 

 『怜、大丈夫。ここは、私に任せて』

 

 『……竜華、ええの?』

 

 『そら怖いよ。勝てる保証なんてない。きっと怜が教えてくれる道筋は正しいんやと思うよ?せやけど……』

 

 竜華の脳内。

 思い出すのは、今日の昼休憩中の一幕。

 

 昼食を頬張りながら言った怜の一言。

 

 『先が見えへん麻雀も……わるないな』

 

 曇りのない笑顔でそう言った怜の表情は、竜華に衝撃を与えた。

  

 この1年、勝つためにたくさんの努力をしてきた。

 怜は一巡先が見えることを活かした努力を。竜華も自分の長所を更に伸ばす努力を。

 

 けれどこの大一番。結果的に最下位だったものの大きな疲労もなく帰ってきた怜。

 竜華にしてみればいつも無理をしすぎる怜が、無事に帰ってきてくれたことだけで十二分に嬉しいのだが。

 

 それだけでなく、あの先鋒戦を楽しかった、と言い切る彼女が、どうしても眩しく見えた。

 

 だから。

 

 

 『ウチも、胸張って帰りたい。この麻雀が、楽しかったってそう言いたい。もちろん、勝って、やけどね』

 

 『……ふふふ。竜華は欲張りさんやな』

 

 『せっかくの大舞台やで?欲張らな、ね?』

 

 『ほなら、ウチの出番は無さそやな、たま~にちょっかい出したるわ~』

 

 『ちょっかいやなくて応援てゆーてよ怜~』

 

 

 特別なことなんて無くて良い。

 怜が近くにいてくれる。

 

 それだけでこんなにも心は温かくて。

 

 スゥ、と竜華の意識は深く沈む。

 

 この1年、誰にも負けないと思って努力をしてきた。

 その集大成を、今日見せる。

 

 

 (研ぎ澄ませ。あの日の怜の涙は、無駄にはせん……!)

 

 

 正しい努力が、結果に結びつくとは限らない。

 けれど、成功する確率は努力で上げることができる。

 

 これも、この1年で磨いた力。

 自信をもって、前に出よう。

 

 怜と笑顔で、また会うために。

 

 

 

 「ツモ」

 

 

 

 

 

 

 竜華 手牌

 {⑤⑤⑥⑥4477五五七七八} ツモ{八}

 

 

 

 

 「3000、6000」

 

 

 

 

 清水谷竜華の、千里山女子の戦いは始まったばかりだ。

 

 



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第176局 主人公

 千里山女子は強豪校である。

 

 昨年のインターハイ団体戦ではベスト4に入り、個人としても江口セーラが個人戦準決勝まで駒を進めるなど、強豪と呼ばれるに相応しいだけの結果を残してきている高校だから当然のことではあるが。

 

 

 そんなチームで大将を任される清水谷竜華という少女はしかし、自己評価は決して高くはない。

 

 それはきっとチームメイトにいるセーラの存在が大きいというのもあるだろうし、そしてなにより、同地区である姫松高校のメンバーにほとんどまともに勝てた試しがないのも、彼女の自己評価の低さに一役買っていた。

 

 姫松と千里山は地区が近かったり親戚がいたりということもあって、練習試合を組むことも年に1度くらいはある。

 もちろん大会で当たる相手であるから頻繁に行って手の内を晒すようなことはしない。が、お互いにとって手軽に全国屈指の強豪校と練習ができるということが良い要素として働くことの方が多いから、練習試合自体は行われる。

 

 竜華が自分を強くないと思ったのは、それこそ1年生の時。

 1年の合同合宿で戦った相手は全員自分よりうまかった。知識も、経験も、技術も全て上。

 自分が強いだなんて、間違っても思えなかった。

 

 だから、強くなりたいと思うのも自然な流れで。

 

 

 「ん~~~っ……流石に疲れたなあ……」

 

 

 インターハイが間近に迫った夏のある日、ほとんどの部員がいなくなった部室で、竜華は一人牌譜と睨み合っていた自分の身体を伸ばす。

 外を見ればもう日は沈んでいて。

 

 「お、竜華まだおったんか」

 

 「セーラやん。先生はもうええの?」

 

 「お~、めんどいねんなこのままやと補習やぞ~!とか言われても知らんねん!今は麻雀に集中したいっちゅうのによお~」

 

 チームメイトの江口セーラが、ちょうど竜華の机の上に学生鞄を乱雑に投げ捨てた。

 そのまま椅子を引いて席に着くと、竜華が見ていた牌譜を身体ごと覗き込んで来る。

 

 「竜華は真面目やな~!」

 

 「これくらい、やらんとね。もう時間もあんまりないんやし」

 

 「せやなあ~」

 

 頭の後ろで手を組んで、セーラは椅子を前後に揺らす。

 その動作は姫松の中堅の選手もよくやる動作であったが、きっとそれを伝えれば目の前の彼女は良い気持ちはしないだろう。

 

 「はええな。もう3年のインターハイか」

 

 「せやねえ~……」

 

 時の流れとは早いものだ。

 気付けばもう、セーラと竜華が挑戦できるインターハイは、あと1回。

 

 一つ、間があって。

 

 

 「セーラは勝てると思う?」

 

 「あったりまえやろ」

 

 「言うと思ったわ」

 

 自信満々、といった表情のセーラはいつも通り。だからこそ頼りがいがあるというものではあるが。

 自分との違いをアリアリと感じて、竜華は少しため息をついた。

 

 「怜も、多恵に負けてから目の色変わったっちゅうか……ホンマになにかやってくれる気がしてんねん。今年こそ、とるで優勝」

 

 「確かに、怜もやる気満々やね」

 

 園城寺怜。竜華の大親友にして、頼れるエース。

 今日は体調の検査で学校を早退しているためここにはいないが、確かに彼女の成長には目を見張るものがある。

 

 ほんの少し前までは成績もままならず、1軍はおろか2軍にだって入れていなかったというのに。

 そんな親友の大躍進は、竜華にはそうーー。

 

 「なんか、物語の主人公みたいやね。セーラも、怜も」

 

 眩しく見えた。自分にはない、自ら輝く力。

 

 そう言った竜華をセーラはきょとん、と一瞬固まって。

 

 「はっはっは!そらええな!もしそうやとしたら、間違いなく優勝はウチらのもんやな!」

 

 「めっちゃプラス思考やん」

 

 なるほどそう捉えることもできるのかと、改めてセーラの前向きな姿勢を見習いたいと思っていたら。

 次に言われた言葉に、上手く反応できなかった。

 

 「せやったら、竜華も主人公やな!」

 

 「……え?」

 

 「え?やないやろ。あれだけ怜と一緒に毎日努力して、上目指して頑張った。それを主人公やなくて何役やと思うねん」

 

 一瞬、言葉が出なかった。

 自分は良くて脇役で、主人公だなんて思ったことは無かったから。

 

 「全員が自分が主役やと思って何が悪いねん。重要なんは……自分が主役張れるだけの努力をしてきたかどうか、そこちゃう?」

 

 到底受け入れられないと思ったセーラの言葉はしかし。

 この3年間、たくさんの時間をこの千里山女子麻雀部で過ごしてきた今の竜華に、その言葉はすとん、と呆れてしまうほど簡単に胸に落ちてきた。

 

 だから。

 

 「ふふ……セーラかっこつけすぎや」

 

 「え~!ええやんか別に~!」

 

 眺めていた牌譜をパタンと閉じて。

 

 もう一度大きく伸びをした。

 その表情は、とても晴れやかで。

 

 

 (せっかくの最後やもん、ウチも……主人公になってええんよね?怜)

 

 

 去年つかめなかった夢。

 大好きな怜と、去年2人でたくさん泣いた。

 

 

 けれど、きっと主人公ならそう。

 

 最後には、掴み取るはずだから。

 

 

 たくさん泣いた分だけ、今年は笑うんだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 南4局 親 恭子

 

 団体決勝大将前半戦は、オーラスを迎える。

 先鋒戦のような火力合戦が予想された大将戦だったが、ここまでは多くの局を恭子が制していることによって、そこまでの火力合戦にはなっていない。

 しかし由華の三倍満や、竜華の跳満。

 徐々に大将戦は、点数変動が大きくなってきて。それに呼応するように、会場の歓声も大きくなる。

 

 しかしこの対局室に座る巽由華は知っている。

 このオーラス、絶対にケアしなければいけない人物が1人いることを。

 

 

 (さあ……地獄のオーラスがきたか……)

 

 きわめて冷静に、由華はその人物を視界に収める。

 

 大き目の赤いリボンが目立つ、常勝軍団の誇るスピードスター。

 

 (末原さんに連荘はさせられない……!)

 

 目を閉じればすぐにでも思い出せる、準決勝の悪夢。

 1位通過がほぼ確実かと思われた南4局は、由華にとって永遠に続く地獄だった。

 

 (それに加えて、末原さんの上家がまるっきりの()()と来てる。死に物狂いで止める……)

 

 これは前半戦。恭子が仮に1位になっても即終了ではない。

 ならそこまで無理して止める必要もないのでは?―――そう言われたら、由華はこう答えるだろう。「末原恭子を舐めすぎだ」と。

 

 準決勝のただならぬ空気を感じたからわかる。

 あれは生半可な打ち手では誰も止められない。

 何かを犠牲にしなければ、あれを止める手立てはない。

 

 止められなければどうなるか。

 

 恭子に即座に1位を奪われて―――淡をトバされて終わりだ。

 

 由華にははっきりと見える。

 冷酷な表情のまま、恭子が鋭いレイピアの先端で淡の喉元を貫く姿を。

 

 (それだけはさせちゃいけない)

 

 

 

 

 由華 配牌

 {⑨135一三白白中中発東南} ツモ{西}

 

  

 『さあ前半戦はついにオーラス!巽選手の手牌は重くはありますがこれまた高打点が狙えそうな手が来ましたね!』

 

 『役役ホンイツ、あとはチャンタ、小三元なんてのも見えるかねえ~。このコならまだ1つも鳴かなさそうだねい』

 

 『副露率も本当に低い選手ですからね!手組に期待しましょう!』

 

 

 由華が、額に伝った冷や汗を拭う。

 この配牌への縛りが鬱陶しくて仕方ない。

 

 (けど、それは末原さんも同じはず)

 

 準決勝はほとんどが5~6巡目で決着させられた。

 しかし、今由華と恭子の条件は同じはず。

 

 

 「ポン」

 

 由華にとって、とても嫌な声が聞こえた。

 

 

 『仕掛けます末原選手!まだ2巡目ですがこの仕掛けはどう見えますか?!』

 

 『う~ん、クレバーだねえ~……もう末原ちゃんにはきっと見えてる。この手牌、和了りまでの、最短手順。そのセンスは、間違いなく全国1だ』

 

  

 

 淡 手牌 ドラ{④}

 {②②②⑥⑧3478二五五八} ツモ{3} 

 

 淡の手牌。淡はこの局ダブルリーチが打てなかった。先ほどまでは自分の意志で聴牌を外していたが、今度は違う。

 そもそも聴牌をしていなかった。

 

 (支配が、弱まってる)

 

 言われなくても分かる。

 能力を使いすぎた時に起こるはずの現象が、この前半戦オーラスで起こっている。

 

 理由なぞ、考えるまでもなく理解できた。

 

 しかし何故か、淡はそのこと自体に焦りはない。

 

 (どうせダブルリーチを打っても和了れないなら……!)

 

 打点を、作る。

 幸いカン材はある。カンまで持っていくか、その前に面前で聴牌を入れるか。

 

 そう考えて、淡は牌を切り出して。

 

 

 「チー」

 

 

 しかし前に進めば進むほど、自らの首が絞まっていく感覚が淡を蝕んでいく。

 

 (どうすれば……!)

 

 と、思った淡の手が、一瞬止まる。

 刹那の思考。ちらりと、下家に座る恭子を見やった。

 

 

 (この姫松に、和了らせないように、する?)

 

 

 しかしどうやって?

 

 大星淡には、まだ、わからない。

 

 

 

 

 

 同巡 竜華 手牌

 {③⑦⑧1178二四南南西西} ツモ{④}

 

 

 『清水谷選手も苦しい!これはどうしますか……』

 

 『まあ、前局の跳満でだいぶ点数自体は回復したけどまだ足りない。打点を作りに行きたいところだけど……もう姫松が2副露。時間は残されてないのは感じてるだろうねい』

 

 竜華の紫紺の瞳が、河を行き来する。

 

 恭子の仕掛け、切り出し。

 淡のダブルリーチせず。

 

 由華の、表情。

 

 

 

 切り出すは、{二}。

 

 

 「ッ!チー!」

 

 その牌を、由華が鳴いた。

 

 『清水谷選手{二}切り?!そしてなんと巽選手が鳴きましたよ?!副露率はかなり低いはずですが……!』

 

 『わっかんね~!なんだこれ!ターツ崩してまでなんで{二}なんか切ったんだ?』

 

 

 そして切り出される由華の{南}。

 その牌をすかさず竜華が鳴いた。

 

 「ポン」

 

 由華から切られた牌を即座に拾って、打{四}。

 竜華が鳴いたことによって与えらえる、由華再びのツモ番。

 

 由華 手牌

 {135白白中中発東西} ツモ{6}

 

 (なんだ?千里山……)

 

 由華が切り出す{西}。

 

 「ポン」

 

 これに反応したのも、また竜華。

 

 

 

 『清水谷選手あっという間に2副露です!圧倒的優位かと思われていた末原選手ですが晩成千里山が猛追!このオーラスを終わらせにかかります!』

 

 『晩成のコはきっと準決勝の最後がチラついて、早めに終わらせたくなったんだろうねい。それに呼応するように、千里山も動いた……』

 

 

 更にツモ番がやってきたことで、由華はもう一度盤面を見直して思考する。

 恭子の下家である竜華が鳴いてくれるおかげで、恭子と淡のツモ番を潰している。

 

 そこから導き出される、結論。

 

 (アシスト……?末原さんの親を流そうとしてくれてるのか?)

 

 あり得ない話ではない。

 もちろん準決勝のオーラスは見ているだろうし、恭子を止めようと思うのはなんら変な話ではない。

 恭子の下家で鳴くことで、恭子のツモ番を減らしているという可能性。

 

 

 (それなら遠慮なく……!)

 

 由華もここだけは打点にこだわらない。

 和了ることだけを考えて手牌に向き合うことができる。

 

 

 由華の推測は、半分当たっていた。

 

 竜華の鳴きの意図。それは間違いなく恭子のツモ番を飛ばすことにある。

 

 オーラス親番時の恭子の粘り強さを竜華ももちろん知っているから。

 

 

 しかし一つ、由華が読み違えたことがあるとすれば―――。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「ツモ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 竜華 手牌

 {③④11177} {西西横西} {南南横南} ツモ{⑤} 

 

 

 

 

 

 

 「1300、2600」

 

 

 

 

 

 

 由華が準決勝で刻み込まれた苦い記憶。

 

 その痛いほどの悔しさを。

 竜華は―――()()()から知っている。

 

 

 

 

 

 

 『なんとなんと!!末原選手との熾烈な2人聴牌、制したのは千里山女子、清水谷竜華選手!連荘を狙う末原選手の親番を1撃で落としてみせました!!!』

 

 『くう~!痺れるねい!末原ちゃんも最適解を踏んだ、けどこの局はツモ番が2回飛ばされてる分だけ……清水谷ちゃんに軍配が上がったかな?知らんけど!』

 

 『まだまだ分からない優勝争い!!ついに、ついにその行方は、あと1回の半荘によって決まることとなります……!!』

 

 

 

 

 

 

 

 

 恭子が歯噛みする。

 できればこの親番で、捲っておきたかったが。

 

 最善は積み重ねた。

 それでも尚、上を行かれたという事実。

 

 

 「―――私もね」

 

 

 最後に和了りを奪い去った竜華が、立ち上がる。

 その瞳はしっかりと恭子を真正面から捉えていて。

 

 

 

 

 

 

 「2度も同じ目に遭うのは、ごめんなんよ」

 

 「……上等や」

 

 

 1年前の表情とは、まるで違うそれ。

 

 

 

 

 当たり前のことだった。

 

 

 誰一人として、負けていい人間(脇役)なぞここにはいないのだから。

 

 

 

 

 

 

 



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第177局 最後の幕間

 

 

 決勝大将戦 前半戦終了時 点数状況

 

 1位  晩成   巽由華 134200

 2位  姫松  末原恭子 131400

 3位 千里山 清水谷竜華 114600

 4位 白糸台   大星淡  19800

 

 

 

 

 

 

 インターハイ団体戦決勝も、残す半荘は1回のみ。

 一日を通してしのぎを削り合った4校の決着が、もうすぐそこまで迫っている。

 

 会場も今終えたばかりの前半戦の感想を口々に言い合い、後半戦の開始を今か今かと待ちわびている。

 

 しかしそんな彼らの声に違いこそあれど、ただ一つ、似たような意見があった。

 

 

 「まだわかんねえけど流石に白糸台はもう無理だよな……」

 

 「白糸台王座陥落か……前評判は白糸台の一強だったのにな」

 

 「チャンピオンはまあ個人戦で優勝すればそれでいいんじゃね?」

 

 

 王者白糸台が沈む。

 もう残り1半荘しかない状況まで来て、トップとの点差はおよそ12万点。

 おおよそ1度の半荘では取り返すことが難しい位置まで来てしまっている。

 

 そしてなによりも大事なのはそこではない。この世界の麻雀において残り1半荘で12万点は確かに難しいが『不可能』ではない。

 では何がそこまで観客を無理だと思わせるのか。

 

 

 「白糸台の大将焼き鳥だぜ?」

 

 「え、マジかよあんなダブリー打ってたのにな」

 

 「相手が悪すぎるんでしょ。ダブリー打っても止まってくれるような相手じゃないしな」

 

 前半戦の成績。淡はついに一度の和了も手にすることができなかった。

 それゆえの、観客の反応。当然と言えば当然。準決勝で暴れまわったら淡のことをチャンピオンの再来やら超新星などと煽ったメディアが良くないといえば良くないのだが、期待が大きかっただけに落胆も大きくなる。

 

 外側の空気はどこまでも勝手で、無慈悲なのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 対局室は奇妙なほどの静けさに包まれている。

 

 先ほどまでは熱気でサウナのような状態になっていたというのに、人が3人いなくなっただけで急激に低下する温度。

 きっとそこには、科学的な『熱』では説明がつかない熱さがあった。

 

 1人。その対局室の中心に鎮座する自動卓の席に着いている少女がいる。

 後ろから見てもわかる輝く金髪の背中は、今はどこか覇気がない。

 いつも元気で、明るくて、後ろを常にくっついてきた少女の背中にはとても見えない。

 

 その姿を見て、ゆっくりと近づいていく。

 階段を上って―――やがてすぐ後ろまでたどり着く。

 

 (なんて声をかけたら、いいんだろう)

 

 宮永照は口下手だった。

 幼少の頃から今に至るまで、親しい人との会話が上手くできなかった。

 それは例えば、そう。

 

 

 (妹とすら話せないんだから、当たり前か)

 

 実の妹とすら、本音で語り合えない。

 伝えたいことがあったところで、それを正確に伝える手段がわからない。

 

 照は臆病だった。

 感情の籠った会話ができない自分を嫌だとは思わない。けれど、麻雀が強くなかったらこんな風にもてはやされる人間ではないと思っているから。

 敗れた自分がこの少女にかけるべき言葉がわからない。

 

 

 「ねえ、テルー」

 

 肩に置こうとした手を、止めた。

 先に声を発したのは、席に座る少女、淡の方。

 

 「いつから気付いてたの」とか、「大丈夫?」とか。

 かける言葉が照の頭にいくつかよぎって……全て消えた。

 一瞬の、間。

 

 「……テルーはさ、こうなると思ってた?」

 

 「……」

 

 そんなことはない。本音を言えば、淡の力が他3人を凌駕する可能性も十分あると思っていた。控室を出ていく時の淡にはそれだけの迫力があった。けれど、その一方で、こうなる可能性も、あると思っていた。

 

 どんな言葉をかけても慰めにすらならない。

 照はそう思った。

 

 「でもね、テルー」

 

 初めて淡がこちらを向く。

 その表情を見ることができる。

 

 いつも輝いていた淡の瞳には……

 

 

 

 「私は、諦めないよ」

 

 

 

 意志が籠っていた。

 

 照が、息を呑む。

 

 「私までこのまま負けたら、テルーの負けを、認めることになるでしょ?それは、許せない、から」

 

 「……!」

 

 照は感情に疎い。けれど、途切れ途切れになるその意味をわからないほどではなくて。

 気付けば、淡の身体を抱き締めていた。

 

 「……テルー?」

 

 「ごめん。……ごめん、淡」

 

 そうすることが正しいとか、どんな声掛けをすればいいとか。

 今はどうでもいい。

 

 これだけの重荷を背負わせてしまっていたのは、自分の方だった。

 それがどうしようもなく情けなくて、辛くて。

 

 やれることはもっとあったはずだった。

 淡が入ってきてからの4ヶ月弱、もっと伝えられることはあったはずだった。

 

 もっといえば、今もなお伝えなくてはいけないことがある、と頭ではわかる。

 けれど。

 

 今照は初めて感情を優先した。

 

 「なにテルー、変なの」

 

 「……」

 

 ゆっくりと、その手を離した。

 感情の整理はつかない。けれど、今この瞬間淡に伝えられること。

 

 宮永照だから、伝えられること。

 

 

 「淡、相手は、強いよ」

 

 「……そーだね。それは認めるしかない、かな。けど、べつに能力(これ)が無くたって私はテルみたいに――」

 

 「待って」

 

 相も変わらず表情は固いはずなのに。どうしてか淡には照が優しく語りかけてくれているように感じて。

 そんないつもとは違う照の言葉に、淡は一度口を閉ざした。

 

 

 「私も、そう思ってた。先鋒戦、倉橋さんに負けそうになった時。けど、違うんだと思う。大事なのは、ただ使うだけじゃダメだってこと」

 

 「……?」

 

 何を言っているのか、淡は一瞬理解できなかった。

 けれどその照の言葉を飲み込んで、かみ砕いて……。照との付き合いが長いわけではないけれども、それでも淡は照の言葉の意味を理解することができた。

 

 結局のところ、淡も照も、似た者同士だから。

 

 「考えることが、大事なんじゃないかな。どう使うかを。淡のそれは、間違いなく強い武器だから」

 

 「考える……」

 

 「きっと淡は無意識にやってた。今まではやってなかったことを」

 

 言われて、気付く。

 ダブルリーチを防がれ、他校に蹂躙されながら藻掻いていた自分。

 初めて自分以外の手牌と、河を意識した自分。

 

 最後の局面で、姫松に和了られたくないと思った自分の心。

 

 自らの手の平を少し眺めて、軽く握る。

 まるで自分の力をかみしめるように行われたそれを、照も静かに見守っていて。

 

 「わっかんない。わっかんないことばっかりだけど」

 

 未知のことばかりだ。

 今までは考えたこともないダブルリーチせずをやってみて。今まさに照に上手く使え、と言われたことも完璧に理解できている自信は無い。

 それでもなお、淡の胸に確かにあるものもある。

 

 「負けたく、ない」

 

 「……うん」

 

 当然の感情。

 しかし、淡が今までただ勝つだけだったこのゲームに、「負けたくない」という感情が生まれていること。

 

 それは間違いなく変化で。

 

 おもむろに照は淡の手をとって、その手を両手で包み込んだ。

 

 

 「最後まで、見届ける。応援、してるね」

 

 「……はははっ!テルーがそんなこと言うの初めてじゃない?やっぱり、変だよ!」

 

 徐々に、光が戻ってきた。

 あれだけの厳しい戦いの後、それでもなおこの笑みができる淡のことを、照は強いと思った。

 少なくとも自分は去年の個人戦決勝の後、数日は立ち直れなかったから。

 

 

 終わっていない。外野が何を言おうとかまわない。

 

 根底がどこか似た者同士の1年生(ルーキー)3年生(チャンピオン)が、柔らかく笑う。

 

 

 白糸台の3連覇の夢は、終わってない。

 彼女達の意志が、消えない限り。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 千里山女子控室。

 

 「竜華が戻ったで~」

 

 「怜がそれ言ってどーするん?」

 

 対局室近くまで迎えに来てくれていた怜と共に、前半戦の激戦を終えた竜華が控室に戻ってきた。その姿は、まだ元気なように見える。

 

 「竜華最後ええ感じやったな!十分トップ狙える位置やで!」

 

 「いや~……晩成のおっかない子が白糸台の子トバしかねん思ってヒヤヒヤしたわ……」

 

 「ホンマにおっかないな、晩成の大将」

 

 疲れを少しでも癒すべくソファにへたり、と座り込んだ竜華。

 その隣に怜も腰掛ける。

 

 「オーラス、よう和了りきったな!姫松も張ってたで」

 

 「まあ末原ちゃんならそーやろな……今日の末原ちゃん気合入りまくりで怖いくらいやわ」

 

 「そら向こうも絶対負けられへんって思ってきてるやろからな」

 

 千里山女子のメンバーももちろん恭子の驚異的なラス親での粘りは知っている。

 あのオーラスを制されていたら、あの親がどこまで続いたかはわからない。

 

 「清水谷先輩、ちょっと気になることが」

 

 「ん?なになに?」

 

 冷たい麦茶を机の上置いた浩子が、自らのタブレットを開いて竜華に差し出す。

 

 「薄々気付いてたかもしれませんが、白糸台の大星が、何回かダブルリーチを崩してます」

 

 「あ~やっぱりあれ張って無かったわけやないんやね。聴牌壊したんや」

 

 「サンプルが少ないんでなんとも言えませんが……おそらくダブリーを外すのは初めてやと思います。そのうえで……この局なんですけど」

 

 対局中の映像。

 そこには淡が聴牌を組みなおそうとしている姿があった。

 

 「ここ。カン材を、持ってこれているんです。ダブルリーチするとその後カン材を持ってきてカン、それが裏に乗るっちゅうんが大星の打点スタイルなはずなんですけど、リーチをかけていなくてもカン材が持ってこれている……これは頭に入れておいた方がいいかもしれませんね」

 

 「ん~、つまり仮にダブリーをせんかった後半のリーチでも、カンさえ入れば裏が4枚のっている可能性が高いっちゅうこと?」

 

 「そうなりますね。おそらく後半戦、大星は打点を作る手組を余儀なくされるはずです。その中でカン裏4枚は脅威になるかと」

 

 「でもフナQ、大星全然和了れてへんやん。前半戦末原にいいようにやられて焼き鳥やろ?」

 

 竜華と浩子の会話に割って入ったセーラ。

 セーラの言い分ももちろんわかる。淡は前半戦焼き鳥……和了り無しで、警戒するのはむしろ他2校ではないか、ということ。

 

 「それはそうですが、前半戦は席順も大星にとって苦しかったですからね。備えるのに越したことはないかと」

 

 「まあ確かに末原に下家座られんのは嫌やなあ」

 

 心底嫌そうな顔をするセーラ。

 その隣で、怜も竜華の顔を覗き込みながら、

 

 「それにな竜華、白糸台の子、全然諦めてる風やなかったで。点差はあるけど……無視はできひんよ」

 

 「……せやね」

 

 ここまで上がってきたんだ。油断などあり得ない。

 淡は能力の性質上ツモ和了りが少ない。となればある程度打点はロンでも稼ぎたいと思ってくるはず。

 その相手はきっと、誰であってもかまわない。その矛先が、こちらに向かないとも限らない。

 

 姫松晩成も死ぬ気でトップを取りに来る。

 最速を誇る打ち手と最高打点を誇る打ち手が、死に物狂いで迫ってくる。

 

 前半戦の映像を見ながら……竜華の心臓が、小さく鳴り出した。

 

 と、その時、タブレットの下に、慣れ親しんだ感触。

 

 「失礼するで~」

 

 「ちょっと怜スカートはめくらんといて?!」

 

 「やっぱ生やないと……」

 

 「言い方!!」

 

 するりとタブレットと太ももの間に潜りこんできた怜が、若干竜華の制服のスカートをめくって膝枕しに来る。

 

 「竜華にパワーチャージせんとね」

 

 「もう……」

 

 「……せやけど、もう竜華には必要ないのかもしれへんね」

 

 その言葉に、ピクリと竜華の動きが止まる。

 

 前半戦、竜華は自分の力で和了りを勝ち取った。

 怜が先鋒戦で笑顔で帰ってきたから。先の見えない麻雀も楽しいと教えてくれたから。

 

 竜華も一歩踏み出すことができた。

 

 だからこそ。

 

 「それはちゃうで、怜」

 

 優しい声音で、竜華は怜の瑞々しい黒髪を撫でる。

 

 

 「怜を近くに感じれるから、頑張れるんや。だから今こうしてれば、後でまた怜を近くに感じることができる。それだけで……ウチは頑張れるんよ」

 

 「ふふふ……竜華は大人やなあ……」

 

 「だから、たくさんチャージしといてや?どれだけ大将戦が長引いても、切れないように」

 

 「……せやな。たっくさん、入れとかなあかんなあ……」

 

 

 去年誓った全国優勝は、手に届くところまで来ている。

 あの時散々泣いた。

 だから今日は最後に―――笑う番。

 

 怜の髪を撫でながら、竜華は静かに集中力を高めていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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第178局 最後の半荘

 

 

 

 決勝大将前半戦終了時。

 

 淡だけを残して対局室から出ていく面々。その中には、由華の姿もあった。

 

 (千里山も流石にやる……後半戦はもう2、3撃は必要になりそうだな……)

 

 現状、由華はトップ目に立っている。が、それは薄氷のトップであることは点数からも、そして状況からも明確だった。

 由華の和了りは淡から打ち取った三倍満のみ。他の局は姫松と千里山に先手を許し続けている。

 

 (後半は必ず……まとめて潰す)

 

 後半戦も思うように進ませてもらえるとは思えない。

 激戦は必至だろう。

 

 

 「由華」

 

 静かに後半戦への思考に耽っていた由華を引き戻したのは、大好きな先輩の声。

 ふと顔を見上げれば、そこにはいつものサイドテール。

 

 「やえ先輩、控室で待ってくれててよかったのに!」

 

 「考え込みすぎて下手したら帰ってこないんじゃないかと思ってね」

 

 「私に会いたかったんですよねわかります」

 

 「そんなふざけた口がきけるなら平気みたいね……」

 

 嬉しそうにひっつく由華に対してやえは呆れ顔で天を仰いだ。

 

 「どう?前半戦戦ってみた印象は」

 

 「そう、ですね……」

 

 くるりと踵を返して、2人は晩成の控室に向かって歩き出す。

 

 「あ、白糸台は舐めてたんで1回シメちゃいました、すみません」

 

 「あ~……それはいいわ。私の方から宮永にも一応謝っておいたし」

 

 「ええ!?それは、すみません……」

 

 やえから照への会話を聞いていて、あれを謝罪と捉える人が何人いるかはわからないが。

 

 「千里山はもっと不思議な打ち方をしてくるものだと思っていたので意外、でしたね。かなり正統派の打ち筋です。こっちにも警戒して役牌を絞ってるっぽい感じしましたし」

 

 「そうね。清水谷は何回かあんたに役牌を降ろすのを嫌がってたわ」

 

 「オーラスなんかは逆にアシストかと思いきや……しっかり自分で和了ってきました。かなり強気に発言してましたし……簡単には、勝たせてくれなさそうですね」

 

 「ま、あっちもさんざんっぱら姫松にやられているだろうからね。同地区だし」

 

 「姫松は……末原さんは、準決勝よりも更に強いです」

 

 「そう……まあ、あんたが言うなら、そうなんでしょうね」

 

 今日の恭子には抜け目がない。

 和了れる手牌は全て和了ってやろうという強い意志が、彼女を動かしているように見える。

 

 由華からすれば、相性的にもやりづらいことこの上ない。

 

 「でも負ける気なんて、無いんでしょ?」

 

 「もちろんです。むしろ勝てるとしか、思ってません」

 

 間髪入れずに返ってきた由華の返事に、安心したようにやえが微笑んだ。

 

 「なら、いいわ。後半戦は必ずもっと和了れる機会が来る。あなたなら、できるはずよ」

 

 「はい。任せてください」

 

 由華の瞳に曇りはない。必ず次の半荘が終わった後、笑顔でこの人に会うんだと心に決めた。

 一つ息を吐いてから、由華が最後の懸念点を口にする。

 

 「あとは後半戦で、末原さんが北家に座った時、ですかね」

 

 「あ~……でも今のオーラスは千里山が和了ったわね」

 

 「そうです、が。もし仮にこのままの点数状況で行けば、白糸台と千里山にはオーラス打点を作らなければいけない可能性がでてきます。そうすると、実質1対1。私が止めなければ、止まらない」

 

 前半戦のオーラスは、竜華が止めた。

 けれど、後半戦も同じようにいくとは限らない。今由華が言ったように、おそらく後半戦のオーラスは全員に打点条件が付くはずだろう。

 そうすると千里山も白糸台もそれをクリアしないことには和了れない。

 

 となれば親の姫松を止められるのは自分だけ、という状況も容易に想像できる。

 

 少し俯きがちにそう言った由華を横目で見て、やえはその背中を軽く叩いた。

 

 「へーきよ。あんたがこの1年間やってきたことは、なにも打点を作るだけじゃないでしょ?吸収できることを全部吸収して、やれることを全部やってきた。違う?」

 

 「違わない、です」

 

 「準決勝で悔しい思いして、どうしたら先に和了れるかも考えた。やれることは、間違いなく全部やった、そうでしょ?」

 

 やえの言う通りだった。

 間違いなくこの1年間由華は様々な努力を人一倍やってきて、それでも及ばなかった昨日を受けて、更にどうすればいいかを晩成のメンバー全員で考えた。

 やれることは、全てやってきた。自信を持ってそう言える。

 

 「それにね。な~んかわかんないけど、後半戦は末原北家にならない気がするわ」

 

 「なんですかそれ」

 

 ニヤリと笑ったやえに、由華もつられて笑みをこぼす。

 やえにしては珍しい、部員全員の前ではあまり見せない、屈託のない笑み。

 

 もう控室が近づいてきた廊下で、やえは少し由華の前を行く。

 

 

 

 「だって、今年は私達が優勝するための団体戦だもの。舞台はきっと、整えられるはずよ」

 

 

 「……なんですか、それ」

 

 

 根拠なんて、ないのかもしれない。

 けれど、この人が言うと本当にそうかもしれないと思ってしまう。

 

 ここまで団体戦に前向きになれたやえを嬉しく思いつつ、やっぱり、最後はこの人に笑ってもらいたいと心の底から思う。

 

 

 「ほら、みんなもういるじゃない」

 

 「……!」

 

 気付けば控室の扉の前に、晩成のメンバーがそろっている。

 

 憧と初瀬が走り寄ってきて。

 その後ろで紀子が笑顔で手を振っている。

 

 その姿を見てやえがもう一度、こちらを振り返る。

 

 由華の視線の先には、晩成のメンバー全員が映っていて。

 

 

 

 

 「ねえ、由華――あんたも、そう思うでしょ?」

 

 

 なんのことを言っているかなんてすぐわかる。

 

 

 

 「ええ、絶対に、そうですよ」

 

 

 

 今年の団体戦は、私達晩成のものだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 由華が対局室を出るより少し前。

 足早に階段を下りて控室に向かう恭子の姿があった。

 

 (清水谷に親番潰された……!まだ晩成トップやし、点差的にも後半戦一回も和了らせるわけにはいかん……大星もなんか聴牌外したりしてるみたいやし……立ち直るのは団体戦終わってからにしてや、未来ある才能の開花にウチらを巻き込まんといてな!)

 

 前半戦オーラス、恭子は少なくとも2,3回は連荘する気でいた。

 それはトップで前半戦を終えたいというのもそうだし、由華の打点を考えればもっと引き離しておきたいと考えるのは当然のことで。

 

 (後半戦が思いやられる……メゲるな凡人……思考を止めたらそこで終わりや)

 

 対局室を出て、歩く速度が更に上がる。

 確認したいことも山ほどある。聞きたい意見もある。休憩時間でもやれることは全てやりたいと思うのが恭子。

 

 と、そんなふうにブツブツ俯きがちに呟きながら歩いていると。

 

 

 「てい!」

 

 「ったあ?!」

 

 突然手刀が頭に降ってきた。

 

 「おつかれ!」

 

 「って多恵かい……」

 

 頭を抑えつつ顔を上げてみればニコニコと笑みを浮かべる親友の姿。

 わざわざ迎えにこんでも、と思ったのをすぐに飲み込んで、恭子は時間が惜しいことに気付き、聞くべきことを聞きに入る。

 

 「大星聴牌崩しとったよな?ダブルリーチとんでこーへん時もツモ切り多かったし清水谷いつもと結構ちゃう打ち方しとらんか?オーラスなんかは早めに両面固定しとったし和了り優先って感じやなかったっちゅうか」

 

 「あ~!まてまてまてまて恭子ストップ!」

 

 つんのめりそうになるぐらい近づいてきた恭子を多恵は両手で肩を掴んで落ち着かせる。

 

 「いったん、控室いこ?きっとデータ班の人たちが録画しといてくれてるからさ」

 

 「あ、ああ、せやな……」

 

 自分でも焦っていたことに気付いたのか恭子は一旦落ち着きを取り戻す。

 

 (一見平気な顔して打っているように見えても、恭子の頭の中はいっつもぐるぐる回っているんだね……)

 

 一緒に歩き出した恭子を、多恵は心の底から尊敬していた。

 初めて会った時から変わらない、麻雀への姿勢。

 最善を尽くすという言葉が一番似合う、実直で誠実な人間性。

 

 (真面目すぎるくらいだよ。本当に……)

 

 横目で恭子を見る。

 未だ前半戦での疑問点が多いようで手は顎に置かれたままだ。

 

 この華奢な肩に、いったいどれだけの重圧がのしかかっているのかを、多恵は知っている。

 どれだけ対局のシーンではポーカーフェイスで打ち続けていても、心の内は一打一打荒れ狂っているであろうことを知っている。

 

 きっと控室に戻ったら、恭子はそこでも最善を積み重ねるのだろう。

 後半戦相手がどういう立ち回りが予想されるのかを考えて、自分はどう立ち回るべきなのかを考える。

 

 麻雀という運の要素が大きいゲームでなお、思考を止めることが無いのだ。

 

 だから、今だけは。

 

 「大丈夫だよ、恭子」

 

 彼女の心に寄り添ってあげたい。

 

 

 きょとんとした恭子に構わず、多恵は言葉を続けた。

 

 「恭子は自分で思っているより、ずっと強い」

 

 「そうは言うけどな……流石に相手が相手やし……舞台が舞台や。万が一にも、失敗は許されへん」

 

 声に震えはない。けれど、恭子の歩く速度がこころなしか速くなったのを、多恵は見逃さない。

 

 「もう少し、自分を信じてあげてもいいんじゃない?」

 

 「自分を信じる~?急に精神論やな……」

 

 「ふふふ。最後の最後は精神論だよ。私、メンタル弱いからさ」

 

 「それ自分で言うんか」

 

 「でもきっと、恭子も同じでしょ?」

 

 「まあ……せやな」

 

 きっと最後まで、恭子は最善を尽くすから。

 

 その最善を尽くすための道を作ってあげたい。

 

 「恭子はよく他の皆から学んだって言うけどさ、私達だって、恭子からたくさん学んだよ。この3年間」

 

 「量が違うやろ……ウチの方が多恵や洋榎からたくさん学んどる」

 

 「そんなことないよ。恭子は自分が思っているより、ずっと強い」

 

 「そうやろか……」

 

 「だから最後は信じてもいいと思うよ。3年間努力を続けてきた自分を」

 

 「自分……ねえ」

 

 恭子は歩きながら自分の手と、それから隣に立つ多恵を見た。

 

 どんな後半戦になるのか、まだわからない。

 けれど、最後は多恵の言う通り、自分を信じてみたい、と少しだけ思う。

 

 (なんて……ウチに精神論は似合わんな)

 

 今はただ愚直に、最善を尽くすことを。

 

 恭子はそう心に決めて、控室へと歩を進めるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「よし……こんなところやな」

 

 「末原先輩……ファイトです……!」

 

 控室に戻ってすぐ、恭子は前半戦の牌譜を流し見た。

 白糸台の行動は比較的想定通りだったし、千里山も素直に打ってきていることがわかる。

 

 後半戦はどうなるかわからないが、できることはやったはずだ。

 

 「恭子」

 

 「なんですか、部長」

 

 やれることを全て確認し終えてソファから立ち上がり、大きく伸びをしていた恭子に、洋榎から声がかかる。

 

 近づいてきた洋榎がドン、と恭子の胸のあたりに拳を当てて笑った。

 

 

 「気楽にいってこいや。恭子は自分が思っているより、ちゃんと強いで」

 

 「……!」

 

 一瞬、その言葉に驚いて。

 そのかけられた言葉が先ほどの多恵とほぼ同じだったこと。

 思わず恭子は多恵を見た。

 

 「ね、言ったでしょ?」

 

 「そうよー!恭子ちゃんはすっごく強いのよ~!」

 

 「末原先輩は最強ですよ!」

 

 もちろん、勇気づけてくれる側面はあるだろう。それでも、まさか最後の最後にかけてくれる言葉がそんなものだとは思わなくて。

 3年間一緒に研鑽を続けてきた仲間だからこそ、重い。

 簡単な言葉に見えて、その言葉は恭子の心の奥にずっしりと響いた。

 

 (ちょっとは、自信持ってもええんかもしれへんな)

 

 次の半荘で、全てが決まる。

 自分の高校3年間が終わる。

 

 その直前で、こんな気持ちになるとは思っていなかった。

 

 「よっしゃ!行ってくるか!」

 

 顔を上げて、覚悟を決めた。

 次ここに来るときは、必ず、笑顔で。

 

 恭子は控室を後にする。

 

 「末原先輩ならやれます!優勝しましょう!!」

 

 「いったれ恭子。ウチらが最強やって、示してこいや」

 

 「恭子ちゃんなら、絶対勝てるのよ~!」

 

 最高の仲間の声援を受けて。

 姫松の一員であることに誇りを持って。

 

 さあ、いざ、頂の景色を見に行こう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「ちょっと待って恭子」

 

 「ん?」

 

 控室を後にして、廊下を歩きだした恭子の後ろから、多恵が声をかけた。

 

 「なんや?なんか連絡事項か?」

 

 「ふふふ、まあ、そんなとこ」

 

 近づいてきた多恵は、恭子の真正面に立つ……ことなく、後ろに回る。

 

 

 「え、なんやなんや怖い怖い」

 

 「いいからいいから」

 

 多恵は恭子の後ろに回って……その背中に、ゆっくりと額を当てた。

 ビクリ、と恭子の身体が少し跳ねる。

 

 

 

 「先鋒戦の前、やってくれたでしょ?だから、お返し」

 

 「……!」

 

 先鋒戦が始まる前。

 確かに恭子は、多恵に勝ってほしくて……リベンジを果たしてほしくて、想いを込めた。

 ちょうど今多恵がやっているように。多恵の、背中に。

 

 

 「大丈夫。恭子なら、大丈夫」

 

 こうすることで、別にツモが良くなったりなんかしない。

 配牌が、良くなったりは、きっとしない。

 

 けれど、どうしてこんなに、あたたかい気持ちになれるのだろう。

 

 安心感を、覚えてしまうのだろう。

 

 

 

 「必ず……勝つ」

 

 「うん、“信じてる”」

 

 

 

 その言葉で、恭子は、何十倍も何百倍も頑張れる気がしたから。

 

 

 左手につけた、ブレスレットを握りしめた。

 

 皆の想いは、いつでもここに宿っている。

 

 

 

 

 

 

 これが最後。

 

 私達(姫松)が最強であると、日本中に示そう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 大将後半戦、最後の半荘が始まる――――。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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番外編9 クラリンの大ファンと一人の父親

咲最新巻読みました。
菫がカッコよかったのが印象的でしたね。
清澄勢の回想はもっと早くやってよ……と思いつつ、どうせここまでは待てなかったので仕方ないですね。

今回のお話は色々と設定でガバいところがあるかもしれませんが、ご容赦を。




 

 

 

 時刻は夜20時を回ったところ。

 日はとっくに沈んだというのに、ここ東京の街並みは暗闇を知らないらしい。

 街頭は煌煌と夜道を照らし、立ち並ぶビルからは光が漏れ、道を走っていくトラックのエンジン音が耳に響く。

 

 そんな普段となにも変わらない東京の街並みの中、一人の男が慣れない手つきでスマートフォンの画面を操作し、そして煩わしそうに画面を閉じた。

 男は仕事の関係で出張中。普段から出張が多い仕事柄、ここ東京に来るのも珍しい話ではない。

 今回の依頼主との打ち合わせを終えてさっさとホテルへと戻ろうと思った矢先のこと。

 

 「今更なんだっていうんだ……」

 

 先ほど開いていたスマートフォンに示された場所の前まで来て、男は嘆息する。

 本当なら別に来なくても良かった。旧知の仲ではあるが、ここ数年連絡なんかろくすっぽとってなかったのに。

 

 どこで東京にいるということを嗅ぎつけたのかは知らないが、迷惑極まりない。男は明日も仕事なのだ。

 

 小洒落たバーの扉を開け、「待ち合わせなんですが」と言えば、すぐに店の奥へと通される。

 通された先には、昔となにも変わらない軽薄そうな男がひらひらと手を振っていた。

 

 「久しぶりだなあ。2……いや3年振りか?」

 

 「どうでもいい。さっさと用件を話せ」

 

 「おいおい竹馬の友にそんなつれない態度ないだろ。あ、店員さんジンハイを1つ」

 

 「俺は明日も仕事なんだ、飲まんぞ」

 

 「いーからいーから。そんなかてえこと言うなよ」

 

 男は昔から目の前の男が苦手だった。集団の中にいれば口もよく回るし気もよく回る器用な奴で。

 そんな目の前の男を見ていると自分の不器用さが浮き彫りになるようで嫌だった。

 

 「東京来てるなら連絡くれよ。いつでも飲もうって言ってたじゃねえか」

 

 「いつの話だいつの……。それより用件はなんなんだ」

 

 仕方なく男はネクタイを外す。長居するつもりなど毛頭ないが、それでも首元が苦しいまま話してやるほどの人間でもない。

 

 「まあまあ、まずは乾杯と行こうぜ、ほれ、乾杯」

 

 「……」

 

 「そーいやこんちゃんの娘さん結婚したらしいぜ。知ってたか?あんな溺愛してた娘さん結婚したらあいつ泣いてるんだろうなあ」

 

 「……」

 

 「マツんとこも2人目だってよ。俺は今度挨拶行くけどよ。お前も都合つけば行ってやれよ。喜ぶと思うぜ」

 

 少しだけ顔を赤らめた目の前の男がまくしたてる。まさに立て板に水だ。

 そんな様子を見て尚更彼の意図が男にはわからない。今更呼び出して、いったい何の用だと言うのだろう。

 

 「世間話はいい。本題に入れ」

 

 「……ったく、昔より更に固くなっちまってまあ……」

 

 ふう、と息を一つ吐いた。それだけで、お茶らけた表情だったはずの彼の目が、急に鋭くなる。

 これだ。男が昔からこの目の前の彼を好きになれないのはこの『振れ幅』だ。

 

 軽薄で、お茶らけていて。全員を引っ張り、時に仲を取り持つほどの存在でありながら、真剣な表情になると急にカリスマを発揮する。

 昔から……真剣な話の時と麻雀の時だけは、この表情になる。

 

 「お前……娘さんのインターハイ観てるのか?」

 

 「……また余計なお世話か」

 

 1トーン落ちた彼の声。

 鋭くなった視線。耐え切れずに男は視線を逸らした。

 

 「余計なお世話?いや違うね。俺は若い才能が摘み取られようとしてるのを黙って見てることはできねえってそう言ってんだ」

 

 「いいや余計なお世話だ。確かにお前は娘に麻雀を教えてくれたかもしれないが、親は私だ。娘のことは、私が決める」

 

 「親バカも大概にしろよ?そこにあの子の意志はあるのかって聞いてんだよ」

 

 「それこそ関係がない。麻雀なんていう競技をやっていたって幸せになんかなれん。だからあの子の言いだした全国優勝を果たすことができれば、私は今のまま残ってもいいとそう言ったんだ」

 

 「けどお前はどこか、こう思ってたんだろ?娘に麻雀で全国優勝できるほどの才能は絶対にない。って。それは他でもない、『あの事件』があったから」

 

 「……」

 

 男は口を閉ざした。

 が、ジンハイの入ったグラスを一口呷ると、正面の男を再び睨み据える。

 

 「ああ、そうだ。麻雀はクソゲーだ。才能ある者が、才能無き者を虐げるだけのゲーム。あの時私達は皆そう思ったはずだ。なによりも――あの時一番麻雀が上手かったお前が、誰よりも分かってるはずだろ!」

 

 柄にもなく声を荒げる。

 急に呼び出されたイライラもあってか、珍しく男は感情的になっていた。

 

 「なんで今更そんなことを言いに来る!お前が一番絶望してたはずだ!見たくなかった!お前の部屋の本棚が空になっているところなど!あれから誰とも言わず麻雀をすることは無くなった!疎遠になった!結論がついたはずだ!あんな地獄に、わざわざ娘を突き落とす親がいるか!」

 

 男の主張はもっともだった。

 この2人が昔仲良かった頃……ひたすら集まっては麻雀を打っていた。それが楽しくてたまらなくて。大人になっても変わらず、時間が合えば麻雀を打った。麻雀が、全員を繋ぎ止めていた。

 

 しかしある日事件が起きた。

 友人の娘に麻雀を教えようとなったまではいい。しかし、その娘が強すぎた。小学生になって間もない少女に……誰一人として勝つことはできなかった。

 『才能』。このたった2文字に、4人の経験と知識が粉々に砕け散った。

 何十年と続けてきたゲームが、いとも簡単にひっくり返った。

 どこか分かっていた節はある。世間で活躍するのはいつも才能に愛された者で、いくら努力しようが凡人は凡人にしかなれないと。

 それでもあの現実は、受け止めるにはキツすぎる現実だった。

 

 その場では努めて明るく振舞っていた目の前の男も……内心はぐちゃぐちゃになっていただろう。見ていて痛いほどわかった。

 

 「……娘は全国優勝できなかった。だから東京の高校に転校させる。これは決定事項だ。麻雀も止めさせる」

 

 「見てんじゃねえか。娘さんのインターハイ」

 

 「……ッ!……結果を知っただけだ」

 

 これは嘘だった。仕事の合間や休憩時間に中継映像を見ていたし、なんなら録画もしている。

 男は娘が嫌いなわけではない。むしろ溺愛しているといっていい。だからこそ、麻雀という不毛なゲームにこれ以上関わって欲しくなかった。

 

 「まだ個人戦が残ってる。それを見てからでも遅くねえんじゃねえか?」

 

 「個人戦?はっ笑わせるな。あんな人外魔境の個人戦でうちの娘が優勝できるとでも?バカも休み休みいえ」

 

 「そうだな、正直優勝できるかどうかは、厳しいと思うよ」

 

 「ならそれでしまいだ」

 

 「けどな、ちゃんと見てやれ。あの子の麻雀を」

 

 「……なんだと?」

 

 ちゃんと見る?ふざけるな、と男は思った。

 娘の麻雀は、よく知っている。知っているから勝てないとはっきりと言える。

 

 なのに有無を言わせないほどに目の前の男の雰囲気が鋭くなっていて。

 

 「俺はな……救われたんだよ。一人の小さな打ち手に。現在進行形でな」

 

 「なに……?」

 

 言っていることがわからない。

 あの日あれだけ麻雀に絶望していた目の前の男が、救われた?

 誰よりも麻雀を愛し、それ故に壊された目の前の彼が?

 

 「どうしようもないほど麻雀が大好きで、麻雀を心の底から愛した打ち手に、救われたんだ」

 

 「なにを訳の分からないことを……」

 

 「あの子は証明する。麻雀の強さは『才能』では決まらないって、今年必ず証明する」

 

 「……!」

 

 

 目の前の彼が誰の事を言っているのかはわからない。が、目の輝きが、昔のそれに戻っている。

 あの日麻雀に絶望し、2度と牌を触ることはないのだろうと思っていた彼。

 どこか情熱の行き場を無くしたように見えていた彼。

 

 しかし今、彼の目には『火』が宿っているように見えた。

 

 「明日、団体戦決勝だ。知ってるだろ?」

 

 「……」

 

 「見てくれよ。先鋒戦。出るんだ。俺を救ってくれた一人の小さな打ち手が。今の麻雀界をまるごと根底から覆すくらいの熱量を持った奴が。お前にも、感じるものがあるはずだ」

 

 

 もし仮に男が娘が出場する試合以外の試合を見ていたら。今年のインターハイそのものに興味を持っていたらピンときたかもしれない。

 

 「変わるよ。麻雀界は。才能と見てくれだけの時代は終わる。麻雀プロはアイドルなんて言われる時代はもう終わる。真に麻雀を愛したヤツが、革命を起こす」

 

 「……正気か?」

 

 「大真面目さ。俺はそれを……一番近くで見たい。声を大にして世間に言いふらしたい。伝説の始まりを……自分の手で世間に知らせたい」

 

 とても冗談を言っているようには見えなくて……男は息をのんだ。

 彼の真剣な瞳が、男を射抜く。いつも本心を見透かされているようでどこか嫌厭していた瞳が、自分の心臓を掴んで離さない。

 

 「なあ、()()。お前も必ずわかる。麻雀は運だけじゃねえ。才能だけじゃねえ。俺たちが愛した麻雀は……確かにまだ生きてんだって。……それにな……娘を……()ちゃんを信じてやれよ」

 

 「……」

 

 「用件は終わりだ。いいぜ帰っても。お代は俺が払っておく」

 

 

 そう言うと男はポケットから紙タバコを取り出して火を点ける。

 

 「1本吸ってくか?」

 

 「……結婚してから禁煙したと言ったろう」

 

 「そうだったな」

 

 そう言って肩をすくめる彼は、もう普段のお茶らけた雰囲気に戻っていて。

 

 「やっぱり私は、お前が苦手だ」

 

 「おいおい初耳だぞ?やっぱりってなんだやっぱりって」

 

 「じゃあな」

 

 「あ、おい!」

 

 鞄を持ち上げて席を立つ。

 目の前の彼に奢られるのはなんか癪で、机に1000円札を1枚出して置いた。

 

 

 「娘の進路は、私が決める」

 

 「……」

 

 「……が、インターハイが終わってからでも、お前の言うその打ち手とやらを見てからでもまあ……遅くはないな」

 

 「……!」

 

 男が店を後にする。

 その後ろ姿を見届けて、満足そうに彼は2本目のタバコに火を点けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 『私に、麻雀を続ける勇気をくれて、ありがとうございます!』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 原村和の挑戦が終わった。

 

 最高の師と戦えたことを誇りに思い、それでも手が届かなかったことへの悔しさをかみしめながら。

 しかしてこの悔しさを覚えられるということは、まだ戦えることの証でもあり。

 

 しかしそれでも、一つだけ覆らないことがある。

 

 (清澄には……もういれませんね)

 

 家族と約束したのだ。全国優勝できなければ自分は東京の高校に行くと。

 

 それが果たせなかった時点で、転校は確定。

 せっかくよくしてくれた先輩達や、同級生の2人とは、お別れ。

 

 陰鬱な気持ちで、和は清澄のチームメイトのところへと帰ってきた。

 

 

 「和、お疲れ様。最後までかっこよかったわよ。クラちゃんと美穂子はやっぱり強かったわね」

 

 「はい。とても……強かったです」

 

 「のどちゃんも頑張ったじょ~!」

 

 「相手が悪かったのう……」

 

 「はい……ですがこれで……」

 

 転校することが決まってしまいました、と言おうとしたその時。

 

 和のポケットに入っている携帯が振動する。

 すみません、と前置きして和はポケットから携帯を取り出した。

 

 (え……?)

 

 スマートフォンには、『お父さん』と表示されていて。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「すみません、今戻りました」

 

 「お、おかえり。どうしたの?」

 

 会場の外で電話をしていた和が戻ってくる。

 

 走ってきたのか和は息が上がっていて、膝に手をついていた和が顔を上げたその時。

 

 目元には、涙がこぼれていて。

 

 

 「私、まだ清澄にいれるかもしれません」

 

 

 その言葉に清澄メンバーが大いに沸いたのは、言うまでもなく。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 『おいおいお前から電話かけてくるなんて今日は雪でも降るのか?』

 

 『……見たぞ。団体戦決勝と、個人戦をな』

 

 『……そうか』

 

 『正直、お前がああ言った手前信じようとは思っていたが……半信半疑だった。それくらい私たちに植え付けられた絶望は、根強かったとも言えるがな』

 

 『まあ、それに関しちゃ間違いねえな』

 

 『だが……見事だった』

 

 『……!』

 

 『変わるんだな、麻雀界は』

 

 『ああ……ああ!そうだ!変わるんだよ!今まさに、時代は変わろうとしてるんだ!』

 

 『ふふふ……お前をそこまでにさせるとはな……』

 

 『ってことはお前和ちゃんは』

 

 『まだ保留だ。家内とも話をつけなきゃいけないからな』

 

 『おいおいなんだよそりゃ!話がちげ~じゃねえかよお!』

 

 『あ~うるさいうるさい。じゃあ切るぞ。私は忙しいんだ』

 

 『なんだそれ!お前まだ東京にいるんなら――』

 

 

 まだ続きそうだった彼の言葉を、通話終了ボタンで無理やり切る。

 

 

 蝉の声が煩い夏空を、男……原村恵は仰いだ。

 

 

 

 「倉橋多恵、か」

 

 久しぶりの感覚だった。

 恵の身体が火照っているのは、なにも夏の暑さのせいだけでなく。

 

 麻雀で人の心はこうも揺さぶられるのか、と。

 

 

 

 

 

 青々とした空の遠くに入道雲が見える。

 

 

 恵は新しい時代の到来を予感せずにはいられなかった。

 

 

 

 



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第179局 満天

なんとなんと!!!
このたびファンアートを頂きました!!見て見て!!



【挿絵表示】




ドットクラリン、可愛すぎか?
匿名希望とのことでしたので、名前は伏せますが、本当にありがとうございます!
ファンアートもらうのって夢でもあったので、めちゃくちゃ嬉しいです!

モチベーションバリアップしました!

それでは、本編です。




 『さあ皆さんお待たせしました。本日最後の半荘が、始まろうとしています』

 

 『ついに決まるぜ~皆。お手洗いとお風呂はもう大丈夫か~?……こっから先は、ただの一度も見逃すことのできない半荘になるぜい……知らんけど!』

 

 

 長い一日の最後の半荘。

 

 早朝から始まった5位決定戦。そして昼前から始まった決勝。

 全てを合わせれば今日このメイン対局室で行われた対局は、実に14半荘。

 最初から最後まで会場で見届けるファンは多くないが、それでも常に満員の会場を見るだけでどれだけの注目度があるかは一目瞭然。

 

 まさしく歓喜と熱狂が渦巻く夏の祭典。

 

 そんな会場の中に、この大会を駆け抜けた高校生たちも多くいる。

 

 

 「部長、どこが勝つと思いますかね?」

 

 「……難しか」

 

 新道寺のダブルエース、鶴田姫子と白水哩も会場で最後の半荘を見守っていた。

 

 「ここまで来たけん、白糸台は厳しか戦いになっとる。あの1年生の爆発に賭けるには、相手が悪すぎっよ」

 

 「確かに……どの高校も強か選手ばかりですし」

 

 足を組んで真剣な眼差しでモニターを見つめる哩。

 その横顔は真剣そのものではあるのだが、長い、本当に長い付き合いの姫子はわかる。その表情に、一抹の寂しさがあること。

 

 「すみません、部長」

 

 「ん?姫子が謝っことなかやろ」

 

 敗退が決まったときは、それは泣いた。たくさん泣いた。

 哩と戦える最後のインターハイだったこともあって、姫子にとって今年は特別な年。

 

 願わくばこの舞台で、最後まで戦っているのは自分でありたかったと、心の底から思う。

 

 「それにな」

 

 ぽんぽん、と姫子の頭を哩が軽く撫でた。

 

 「悔いはなかよ。こうして決勝を戦っとるメンバーも、納得の顔ぶれやけん。ウチらはやれることはやったってそう思えとる」

 

 開局のブザーが鳴り響く。

 それと同時に、哩がモニターの方へと視線を移した。

 

 (倉橋……。ここまで来たら優勝せえ。倉橋の……姫松高校の麻雀が1番強いんやと証明してみい)

 

 もはや1つのチームの優勝というだけではない。

 

 ここまでで敗退したチームの想いも背負って。

 

 最後の戦いが始まった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 メイン対局室。

 そこには既に4人の選手が集まっていた。

 

 全員の表情に、絶対に勝つという意志があるからだろうか。

 ピリピリとした緊張感が、既に充満している。

 

 「んじゃ、場決めしよか」

 

 「……せやな」

 

 卓の上には、再びセットされた4枚の牌。

 竜華が先導して、その4枚をシャッフルする。

  

 それぞれが手元に1枚ずつ牌を裏側のまま引き寄せ、牌の手前側を軽く押し込む。

 それだけで、簡単に牌は表向きに裏返った。

 

 そこにははっきりと、「北」の文字。

 

 

 「北家は、私ですね」

 

 「……せやな」

 

 北家を引いたのは、由華。

 

 

 

 

 

 

 

 

 決勝大将後半戦 

 

 東家 白糸台   大星淡

 南家 千里山 清水谷竜華

 西家  姫松  末原恭子

 北家  晩成   巽由華

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 東1局 親 淡

 

 

 『さあ、泣いても笑っても最後の半荘が始まります。東家に白糸台高校大星淡、南家に千里山女子清水谷竜華、西家に姫松高校末原恭子、北家に晩成高校巽由華。この席順になりました。解説は引き続き三尋木咏プロにお願いしています。最後まで、よろしくお願いいたします』

 

 『お~!よろしくねい!』

 

 『さて三尋木プロ、この席順になりましたがどこがポイントになりますか』

 

 『いや~知らんし!多すぎて言い切れねえってのが本音かなあ?……けどま、まず間違いなく最初のポイントは』

 

 

 淡 配牌 ドラ{⑤}

 {①②③赤⑤46888一二三西西}

 

 

 

 『窮地に立たされた白糸台の親番、なんじゃねえの?知らんけど!』

 

 

 

 

 淡の手には、またもダブルリーチの手牌が入っていた。

 

 (ダブリーのみ。壁牌は……)

 

 淡が山に目をやる。壁牌は、またも数巡かかるところに置いてあった。

 

 (親番はあと2回……ここで連荘しなきゃ、そもそも始まらない)

 

 淡の追いかける点差は、実に10万点以上。

 その差をひっくり返すには、親番2回は余りにも少ない。

 

 淡の目からすると、どこかでダブリー裏4は欲しい。

 前半戦はただの1度も和了ることができなかったが、あの火力は力だ。

 照に言われたことを含めても、やはりどこかでダブルリーチは打ちたい。

 

 けれど、それがこの局なのかはわからない。

 ダブルドラの{赤⑤}が浮いている。

 こちらにくっつけば、打点は作ることができる。

 

 (どっちが正しいかなんて、今の私にはちっともわかんない。けど……自分で選ぶ!他でもない、白糸台の大将の私が!)

 

 大きく振りかぶった手。

 

 河に勢いよく叩きつけたその牌は、{4}。

 

 

 『聴牌外し!前半戦でも見られました聴牌外しをここでも行います大星淡選手!』

 

 『難しいねい……確かにダブルリーチを打ってるだけじゃ、勝てねえ相手だ。けど、前半戦と席順変わって、一番厄介だった姫松の末原ちゃんが下家にいない。どっかでダブルリーチは試したいはず。けどま、ここはダブルドラの{赤⑤}を使って良い変化を狙った。いいんじゃねえの?1年生とは思えない、肝の据わりかたしてるぜ』

 

 

 淡の一打目に、全員の注目が集まる。

 

 (大星さんは、きっとまた聴牌やったんね)

 

 (くっつきの一向聴牌に構えたって考えるのがよさそうやな)

 

 (いいね……そうじゃなきゃ面白くない)

 

 淡の目は死んでない。

 そのことを理解した3人に、油断はない。

 

 

 

 2巡目 淡 手牌

 {①②③赤⑤6888一二三西西} ツモ{⑧}

 

 {赤⑤}を使うなら、この{⑧}はおおよそ使うことの難しい牌。

 淡はこの牌を、そっと河に置く。

 

 

 「チー」

 

 (……ッ!)

 

 淡の鋭い眼光が、素知らぬ顔で淡の河から{⑧}を抜き去る竜華へと向けられた。

 

 

 竜華 手牌

 {④赤⑤⑥45二二赤五六北} {横⑧⑥⑦}

 

 

 『動いていったのは清水谷選手!これはタンヤオドラドラ赤で満貫級の手組みですね!』

 

 『っかあ~容赦ねえなあ……動けるのはなにも姫松だけじゃない。下家が変わったからって、鳴かれないと思うなよ。そう言いたげだねい』

 

 

 (ウチが動けへんとでも思った?)

 

 (……いいよ。別に。それくらいくれてやる。有利なのはまだ、私!)

 

 ツモる手に力が入る。

 

 淡の瞳はまだ戦う意志で溢れている。

 

 

 3巡目 恭子 手牌

 {①①2233一一九東南南北} ツモ{発}

 

 (清水谷に和了られるんも嫌やな……満貫2回でほぼ並び。ウチは今回七対子くらいしかやることが無くてそれでもって……)

 

 チラリ、と下家に目をやった。

 

 そこには瞳に炎を燃やす晩成の剣士が一人。

 

 (晩成に……役牌を降ろしたくはないな)

 

 人の捨て牌で加速する打ち手。

 怖がり過ぎも良くないとはわかっているものの、下手を打てば白糸台にぶつけて即死抽選なんてこともあり得る。

 それだけは、絶対にさせてはならない。

 夢を、終わらせてはならない。

 

 

 (厄介やでホンマ……)

 

 最善を尽くす。

 言葉では簡単だが、恭子はもう一度このメンバーの中でのやりにくさを感じていた。

 

 

 

 

 淡に、選択の機会が訪れる。

 

 

 

 4巡目 淡 手牌

 {①②③赤⑤6888一二三西西} ツモ{7}

 

 

 『ああ~っと聴牌し直しですが、またもダブルドラの{赤⑤}は使えない聴牌!これはどうしますか……』

 

 『流石にリーチじゃね?知らんけど。もう待てないっしょ流石に~!』

 

 再聴牌。

 待ち自体は良くなったが、それでもドラはやはり出て行ってしまう。

 これならダブルリーチを打った方がマシだったのでは?そう思ってしまいそうな、そんな聴牌。

 

 

 だが。

 

 

 

 (……)

 

 

 

 淡の目は、この卓上全てを見渡していて。

 

 

 『大事なのは、ただ使うだけじゃダメだってこと』

 

 

 脳裏に聞こえてくるのは、敬愛する3年生の言葉。

 

 (使う。使う。使う。つかう)

 

 意識が深く、沈んでいく。

 使うとは?自分が今までやってきたことの他に、使えることとは?

 

 考える考える、あまりにも少ない経験、知識。

 それでもできることがあるはずだ、と。

 

 記憶から全てを取り出す。

 引き出しを全て開ける。

 

 牌理じゃ勝てない。

 真っ向勝負じゃ、勝てない。

 わかっているから、自分に使える武器を探す。

 

 

 『……いいね。そうだ1年生。考えて考えて、悩んで悩んで。それで、あとは自分を、仲間を、信じて打て』

 

 

 咏が小さく呟いた言葉が聞こえているはずなどない。

 が、その言葉を聞いた視聴者が、会場が。

 静かにその様子を見守っている。

 

 

 

 

 対局者も、その異様な雰囲気は感じていた。

 

 

 淡のその表情があまりにも冷たく、浮世離れしているように見えて。

 

 

 

 

 

 その姿に、恭子は背筋がゾクり、と震えた。

 

 

 (……なにを、なにを見とる、大星淡)

 

 

 

 

 

 何十秒経っただろうか。

 

 淡は、{赤⑤}をゆっくりと持ち上げて。

 

 

 

 

 ()に置いた。

 

 

 

 

 

 『え?リーチせず……役がありませんよ大星選手!この手をリーチせず!そしてドラも手放しましたよ!?』

 

 『……わっかんねー……なんだ?なにが見えてる?』

 

 

 

 

 騒然とする会場。

 誰一人として、この打牌の意図が見えない。

 

 諦めたか?誰かがそう言った。

 

 

 

 

 

 

 

 否、一人だけ。

 

 一人だけわかっていた。

 

 

 

 

 

 

 「淡。そう、あなたなら……輝ける」

 

 

 

 

 

 

 

 照がそう呟いた次の瞬間。

 

 淡は次に持ってきた牌を。

 

 

 ()()()()横に曲げた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 『テルテル―見て見て~!あの星超~キレイじゃない?!』

 

 『……そうだね』

 

 帰り道。

 星空を歩いていたある日のこと。

 

 楽しそうにはしゃぐ淡の姿を、照はいつも通りの無表情で見守っていた。

 

 

 『テルはあれかな!あのいっちばん輝いているやつ!で、あれが亦野先輩で、あれがたっかみー!あれが菫先輩で~』

 

 踊るように、軽やかにステップを踏みながら楽しそうな彼女は、やはり照とは対照的。

 けれど、心の底から楽しそうな彼女を見ている事自体は、照は嫌いではなくて。

 

 『私は~あれかな!テル~の次に輝いてるやつ!』

 

 真っすぐに指さした、綺麗な星を。

 

 その姿に、小さく笑みをこぼしたのは、照。

 

 

 『違う、かな』

 

 『え?!なんでなんで?!いいじゃんいいじゃんテルーの次でも!』

 

 自分の星を全否定された淡は、抗議のふくれ顔。

 

 再び自分のもとまで走り寄ってきた淡に、照はそれでもなお小さな笑みを崩さず。

 

 

 『淡は、まだ見えない星』

 

 『え~?!なにそれ~!抗議しまーす!』

 

 『東京の空では、まだ見えない』

 

 『え?』

 

 

 

 

 

 

 ―――知ってる?東京の空には見えなくても、確かに輝いている星はあるんだよ。

 

 

 

 

 

 

 ―――それがたとえ、今はまだ、淡い光でも。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「ツモ」

 

 

 

 

 

 

 

 淡 手牌 裏ドラ{8}

 {①②③67888一二三西西} ツモ{8}

 

 

 

 

 

 

 

 「6000オール……!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――――いつか満天の星空に、変わるから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 大将戦の行方は、まだ、わからない。

 

 

 

 

 



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第180局 未知に対する

 

 

 『決まった!!白糸台高校大将大星淡選手!決勝戦最初の和了は値千金の6000オール!!裏をきっちり乗せて大きな和了りに結びつけました!!』

 

 『なるほどねい……いや、良い和了りなんじゃねえの?知らんけど!』

 

 

 白糸台に待望の和了り。

 大将戦に入ってからまだ和了が無かった淡が最初の親番で6000オール。

 まだ点差的には厳しいものがあるが、「和了れた」という事実は、見ている側にとっても「もしかしたら」を感じさせる要因になる。

 それがそう、ここまでのトーナメントで悪魔のように和了りを重ねていた淡の姿を知っている者からすれば尚更だ。

 

 だが、それでも状況は悪いと、一人の少女が言う。

 

 「まだ、足りないだろうな。相手が相手だ」

 

 「エー、こうなったら白糸台の1年生が全て持っていくかもしれませんヨ?」

 

 「ことはそう簡単でもない」

 

 臨海女子の教室から場所を移して。

 どうせだからとついてきたメガンを連れて、智葉は自室で最後の半荘を見届けようとしていた。

 

 「白糸台の1年が踏み入れたのはある意味修羅の道だ。1回和了れたから次も和了れる、というほど甘い世界ではない」

 

 「そういうものですカ……あ、サトハカップラーメンはどこですか?」

 

 「そんなもの……ああいや、お前がこの前おいていったやつがどこかにあるんじゃないか」

 

 勝手に人の部屋の戸棚を漁るメガンに辟易しながら、しかし智葉はもう一度テレビへと向き直る。

 

 

 (そのままでは足りないぞ。まだ。だが……しがみつき続ければ、何かが変わるかもしれんがな)

 

 大将戦の行方は、去年の個人戦2位の辻垣内智葉をもってしても予想のつかない方向へと向かい始めていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 東一局 1本場 親 淡

 

 会場の盛り上がりをよそに、対局室には緊張感が張り詰めている。

 

 (裏モロ乗りやと?!大星は基本カンしてできた新ドラの裏が乗るのが基本パターン。せやからダブリー来てもカン来るまでは押しても良い。そういうからくりだったはずや)

 

 (もし、カンせんでももともと暗刻の牌が裏ドラなら……ダブリーツモ裏3で跳満。ロン和了でも満貫になるっちゅうこと?)

 

 (本来ならカンできる牌を和了り牌にしたか……そうだよ。そうでなくちゃ面白くない)

 

 淡がこれまでやってきた麻雀とは全く異なる打ち筋。

 わざとリーチを1巡遅らせたのは、淡がわかっていたカンできる牌で和了れる形に仕上げたから。

 

 警戒を高める他家に対して、淡の心情も実は楽ではなく。

 

 (上手くいった……!けど、毎回そこを和了り牌にはできない、よね)

 

 先ほどの和了形は特殊すぎる。

 毎回あの形に持っていける保証などないし、それに固執していたら、今までとなにも変わらない。

 

 そう思いながら、淡は配牌を理牌した。

 

 淡 配牌 ドラ{三}

 {②④123444六七八西西北}

 

 

 『おおっと大星選手またもや配牌で聴牌が入っています!!が、ここも崩していきますかね?』

 

 『いや~どうなんだろうねい。前半戦でこっぴどくやられた記憶はまだ新しいし、ダブルリーチを打つには勇気がいりそうだけどねい』

 

 淡にとっては苦い記憶。

 前半戦、ただの一度もダブルリーチを許してもらえなかった。

 咎められた。自分にはわからない領域の経験で。

 

 またも、待ちは悪い。カン{③}というドラも、赤もない手牌。

 

 淡が逡巡する。

 しかしそこに要したのは、わずかに数秒。

 

 

 「リーチ!」

 

 淡の選択は、「曲げ」だった。

 

 

 『ダブルリーチ!!打って出ましたね!大星選手!』

 

 『いやあ~これはなかなか勇気のいる選択だったんじゃねえの?まあ、手牌的にいやあくっつきの候補も少ない、高くなる手変わりも少ない。圧倒的ダブルリーチし得な手牌ではあったけどさ。それでも、前半戦の呪縛は頭にあったはずだぜ?知らんけど!』

 

 

 淡が牌を横に曲げて、千点棒を場に置く。

 その動作が終わってから、竜華はツモ山へと手を伸ばした。

 

 (今度はダブルリーチ……せやけど、もしかしたら裏ドラが乗るようになってるかも、と思うと攻めにくいやんな)

 

 前半戦では、今までのデータから裏ドラが乗らないことを知っていたので、序盤は割と簡単に押すことができた。

 しかし今は違う。先ほどの和了りを見て、序盤に刺さっても裏ドラが乗るかもしれないという恐怖が、3人の手牌進行を阻害する。

 

 一方、リーチを打った淡はと言うと。

 

 (わっかんない!なんで裏が乗ったのかとか、カン材を待ち牌にできたのとか……!けど、私がわかんないなら、そっちもわかんないでしょ。だったら、通用するはず。『わかんない』は、怖いはずだから)

 

 淡自身の経験。

 前半戦で自分が感じた恐怖。それは未知の感覚に起因するものであると、淡は知った。

 なればこそ、その恐怖を、相手にも与えてやる、そういう考え。

 

 

 6巡目。

 

 「チー」

 

 それでも動いたのは、やはり最速を行く打ち手。

 

 

 恭子 手牌

 {⑥⑥⑦⑦五六六八八東} {横678} 

 

  

 (姫松……!私のダブルリーチは、怖くないってこと……?!)

 

 (怖いに決まっとる。とんでもなく怖いわ。……けどな、それに怯えてるだけじゃ、ここまで来れん)

 

 正面から睨んで来る淡の視線を、真っ向から受け止める。

 やすやすと親を続けさせるほど、恭子もぬるくない。

 

 (でもカンケーないね……この次で、壁牌だ!)

 

 淡の狙い。

 今回はそこまで壁牌が遠くなかったこと。

 壁牌を越えれば、跳満が確約される。

 前半戦では一度も到達できなかった場所まで、あと少しだ。

 

 8巡目 淡 手牌

 {②④123444六七八西西} ツモ{④}

 

 淡がツモ切る。

 その牌を見て反応したのは、下家の竜華。

 

 

 竜華 手牌

 {③④④⑧⑧67三四赤五七七七}

 

 {④}は、聴牌の取れる牌。 

 しかも3枚目の{④}が見えたことにより、{③}はワンチャンスの牌になる。

 

 (大星淡ちゃんはペンチャン待ちも多い……けど、どーせカンされてもうたら攻めづらくなるんや。ここは聴牌取らせてもらおか……!)

 

 「ポン」

 

 竜華が発声。

 しかしそれによって飛び出た牌は、{③}。

 

 「……ッ!ロン!」

 

 竜華の肩が小さく震える。

 

 淡 手牌

 {②④123444六七八西西} ロン{③}

 

 その和了形を見て、恭子が目を細めた。

 牌譜で何度もみた、ダブルリーチのみの形。

 だが先ほどの和了りを考えれば、楽観視はできない。

 

 注目が、淡のめくる裏ドラに集まる。

 

 裏ドラ{発}

 

 裏ドラは、乗らなかった。

 

 

 「……3900は、4200」

 

 「はい」

 

 

 『大星淡選手2連続和了!!打点こそダブルリーチのみですが、親の連荘が大きいですね!』

 

 『いやー知らんし!ただま、まだまだわからない状況になってくれた方が、視聴者としては面白いよねえ?あれ?応援してるチームがあるならそうでもない?』

 

 

 淡の2連続の和了。

 点棒は少し回復したものの、まだ到底トップまで足りる点棒ではない。

 

 (乗らなかった……これでまたダブリーのみのブラフが効きにくい、か?)

 

 今のはその前の和了を使った目くらまし。

 カンの前でも裏ドラが乗るかもしれないという恐怖を使ったちょっとしたブラフ。

 

 (どっちにしろ、全員突っ込んできた。全然、怯えてなんかいなかった)

 

 淡にはよく見えた。

 これまでダブルリーチを打ってからただツモって切る作業をしていた淡が、初めて対戦者の顔と、河を見ていたから。

 誰一人として諦めず、和了へ向かってきたこと。

 

 自然と、身体が震える。

 しかしこれは、恐怖からくるものではない。

 

 (なに、これ)

 

 わからない。

 けれど、自分の身体が高揚していることはわかる。

 いつものような、圧倒的蹂躙ではない。ないのに。

 

 何かに突き動かされる。そんな、感覚。

 

 

 

 東一局 2本場 親 淡

 

 

 淡が、サイコロを回す。

 出た目は、12。

 

 (よし……!)

 

 淡が内心ガッツポーズを作る。

 知っていた。この12という数字。下家から山を取り始めるこの出目が、壁牌が一番近くなるということ。

 

 これなら、ダブルリーチを打っても、勝算が出る。

 

 

 淡 配牌 ドラ{白}

 {⑧⑨123888五六七八発発} 

 

 淡の理牌する手が止まった。

 雀頭が役牌であることから、一旦{⑧⑨}を外して役牌のポンや、索子の連続形で新しい和了形を作りにいくことはできる。

 

 だが。

 

 (打点も、欲しいよね~)

 

 ダブルリーチを打たなければ、カンできるかどうかなどわからない。

 点差が絶望的である以上、ある程度腹をくくって前に出ることは必要だ。

 

 (だ~か~ら~……)

 

 右手を大きく振り上げた。

 

 「リーチ!」

 

 ここも、曲げる。

 

 

 『またもダブルリーチ!!手牌が重い他家からすると、やはりこれは苦しいですね!』

 

 『まあねい。それに今みたいに他家も攻めざるを得なくなった時に当たり牌が出てくることだってあるしねい。さあ、こっからどうなるかな?』

 

 

 淡のダブルリーチ選択そのものは、何も間違っていると断定できるものではない。

 ただ一つ、淡は身を支配する高揚感によって一つだけ失念していた。

 

 淡が山へ手を伸ばす。壁牌までは、あと少しという所で。

 手牌にぬるりと、嫌な感触。

 

 

 6巡目 淡 手牌

 {⑧⑨123888五六七発発} ツモ{白}

 

 (……ッ!)

 

 役牌が、ドラであるということ。

 

 背筋に走った悪寒を振り払うように、淡は持ってきた{白}を河に叩きつけた。

 

 声はかからない。

 が、声がかからないのが良いかと言われれば、そんなことは無い。

 

 恭子と竜華も目に見えて嫌そうにその牌を眺めた後。

 

 上家に座った由華が、ゆっくりと手を伸ばす。

 その牌は、やはり……。

 

 由華 手牌

 {①①①233七八九白白中中} ツモ{白}

 

 『おおっとドラの{白}ポンせずから巽選手がド級の聴牌!!流石平均打点12000の選手!ということはこれはツモり三暗刻の聴牌に組みますか?!』

 

 『……いやーどうだろうねい。この選択は、難しいところだけど……』

 

 由華が全体の河を見渡す。

 軽く息を吐いて、切り出したのは、{3}。

 

 『ここは両面に取りました!!この選択いかがでしょう三尋木プロ』

 

 『ん~見えてるねえ。普段なら迷いなくツモり三暗刻リーチ行ってそうだけど……感じたんじゃねえの?』

 

 

 恭子 手牌

 {⑥⑦⑦⑧234五六七中発発} 

 

 

 『姫松の末原ちゃんに役牌を止められてるってこと』

 

 

 

 

 

 

 

 「ツモ」

 

 

 由華 手牌

 {①①①23七八九白白白中中} ツモ{4}

 

 

 「2000、4000は2200、4200」

 

 

 淡の親を終わらせたのは、由華。

 

 

 『決まった!シャンポンに構えていたら山にはありませんでしたが、しっかりと両面でツモ!満貫のツモ和了りです!』

 

 『安目引いたって丸わかりなツモり方だったな!すげー微妙な顔してツモるじゃん晩成のコ!おもしれえなあ!』

 

 

 

 

 ぐっ、と淡が歯噛みする。

 1回目の親が、終わってしまった。

 

 対して由華は特に表情を変えずに点棒を回収する。

 

 (私が蒔いた種だ。……私が刈り取る)

 

 淡の親は、あと1回。

 

 1回の親番で捲るには、大きすぎる点差。

 

 けれど。

 

 (まだ……まだ諦めない!テルが最強だって示せるのは、私しかいない!)

 

 淡の目は、死んでいない。

 

 

 

 



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第181局 わたしのヒーロー

このお話が盛大に誤解を招いてしまったようなので、上げ直します。
このお話の冒頭部分は、今年のインターハイの話ではありません。

誤字訂正でまで突っ込まれてはもうこれほぼ伝わってないな……と反省しました。

誤解を招くような描写をしてしまい、申し訳ありませんでした。




 

 

 

 

 ―――春季関西大会決勝。

 

 

 

 東三局 親 竜華

 

 苦しい。身体が必死に酸素を求めているのがわかる。

 脳が働くために呼吸を繰り返しても、全く楽になる気がしない。

 深い闇の中にいるような、出口のない迷路に迷い込んでしまったような。

 

 それでも歩くことをやめることはできず、歩き続けなければならない。

 どこが正しい道なのかも、わからないまま。

 

 いや、表現が違ったかもしれない。

 

 正しい道なんて、そもそもあるのかもわからないまま。

 

 

 『ロン』

 

 

 恭子 手牌 ドラ{3}

 {⑧⑧33567二三四} {横四二三} ロン{⑧}

 

 『3900』

 

 振り込んだのは、自分ではない。しかしそのことに、安堵する暇などありはしない。

 

 

 東四局 

 

 親番が流された。

 姫松との点差は、とてもではないが一撃で埋まる点差ではない。この親番で、どうにかしなければいけなかったのに。

 ……後悔しても仕方ない。幸い、親番はあと1回残されている。

 

 『ツモ』

 

 竜華 手牌 ドラ{4}

 {2344赤56三三四四} {横⑦⑦⑦}ツモ{三}

 

 『2000、4000』

 

 リーチ者をかいくぐって、なんとか満貫のツモ和了。

 本音を言えば{二五}を引き入れての跳満クラスに仕上げたかった。けれど、それはかなわないことを、竜華は知っている。

 いや、教えてくれていると言うべきか。

 

 南一局 

 

 『ロン』

 

 放銃したのは自分ではないが、ビクリと肩を震わせた。

 ロン?まだ6巡目だぞ?

 

 恭子 手牌 ドラ{2}

 {①②③⑧⑨123北北} {横④赤⑤⑥} ロン{⑦}

 

 『3900、やな』

 

 早い。瞬く間の一通の仕掛け。

 

 今まで戦ってきたどの強者とも違う。圧倒的オーラもない。この世界の強者特有の圧迫感もない。

 なのに。打牌に迷いが見えない。淀みない。隙が、無い。

 

 南二局

 

 『ノーテン』

 

 パタリと、手牌を閉じた。

 早い仕掛けで全員に圧力をかけつつ、安全度の高い牌を残し続けたのだろう。

 終盤の恭子の河に、字牌が並んでいる。

 

 結局誰も聴牌にすら辿り着けず、全員ノーテンで流局した。

 この半荘が誰によって支配されているかなど、誰の目にも明らかだろう。

 

 南三局 親 竜華

 

 卓の中央のボタンを押して、息を深く吐く。

 さあ、これが最後の親番。開いてみれば、配牌は悪くない。

 

 ここは出し惜しみなどできない。勝つには、ここで連荘するしかないから。

 

 竜華は絶対的な信頼を置く親友に心の中で問いかける。

 

 さあ、私の、和了れる道はどこ?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ―――その問いに最愛の親友は。

 

 

 

 ―――悔しそうに、俯いて。

 

 

 

 ―――静かに、首を横に振った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ―――時は流れて。

 

 

 

 

 

 インターハイ決勝団体戦 東二局開始 点数状況 

 

 1位  晩成   巽由華 137200

 2位  姫松  末原恭子 123400

 3位 千里山 清水谷竜華 102400

 4位 白糸台   大星淡  37000 

 

 

 

 由華の満貫ツモでもう一度晩成が抜け出す形になった。

 とはいえ、安全圏とはとてもではないが言えない点差。そのことを、他でもない由華が一番良く理解している。

 

 (何点差あったって、安心なんかできやしない。準決勝のことを思えば、まだまだ点差はつけておきたい)

 

 4位だったはずの姫松が、南4局でトップにまで躍り出た。

 比較的安全圏だと思っていたはずの点差は、一瞬で消え去った。

 

 (だからこそ、さっきのは最低でも跳満クラスに仕上げたかったが……)

 

 出和了でも高目なら跳満。

 だからこそ由華はあの手をダマに構えた。

 それがリーチ者淡も警戒するならギリギリのライン。由華なりの線引き。

 リーチ判断に後悔はない。

 

 (さて……それでもってこっちも、油断はできない)

 

 視線を正面に移す。

 そこには、落ち着いた表情で理牌する竜華の姿。

 

 (随分と、落ち着いてる……。いや、集中してるのか)

 

 竜華の表情に、普段の穏やかな笑顔は無い。

 ただただ、その極限まで研ぎ澄まされた集中力で牌と向き合っている。

 

 

  

 

 

 

 『実はですね』

 

 切り出したのは、実況を務める針生アナウンサー。

 

 『千里山女子の清水谷選手は、姫松高校の末原選手との同卓が結構あるんですよ』

 

 『へ~まあ当然か。同地区だもんな。知らんけど』

 

 『はい。同じ大阪の高校ということもあり、公式戦で何度も対戦経験があるんですが……実は区間成績は、全て清水谷選手に軍配が上がってます』

 

 『へえ~、それはちょっと意外だねい。もちろん千里山のコも十分強いのはここまで見てりゃわかるけど……それにしても全部が全部姫松のコが負けてるっていうのは驚きだねい』

 

 針生アナの言う通り、竜華と恭子の団体戦での直接対決はもう既に何度も行われている。

 恭子が姫松の大将になった時には、既に竜華も千里山で大将を務める器になっていたから。

 

 秋季大会から春選抜、春関西大会。その全てで同卓し、そして区間スコアは微差ながら竜華に軍配が上がっていた。

 

 『ですが』

 

 そこで、針生アナは一つ区切りを入れる。

 

 

 『――その全ての試合を、姫松高校が勝っています』

 

 『ああ……なるほどねい』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 東2局 親 竜華

 

 竜華 配牌 ドラ{9}

 {①④⑤⑧2499五六七八西北}

 

 手牌を理牌して、深く息を吐いた。

 

 

 『りゅうか、あの』

 

 『ええよ。この局は――ウチにやらせて』

 

 『……うん、見守っとるね』

 

 『ありがとう。それだけで、勇気100倍や』

 

 竜華のその言葉を、怜はなんとか笑顔で受け止めた。

 

 (りゅうか、この局は……)

 

 内心は、決して穏やかと言えるものではなかったが。

 

 

 気を取り直して、竜華の配牌はドラが対子。他の形も悪くない。

 

 今の怜には、和了形が見えているだろうか、それともあの日と同じく、和了れない未来が視えてしまっているのだろうか。なんて考えつつ。

 

 (関係あらへん。ウチは、ウチの全力を)

 

 怜の助言を受けた方が、和了れるかもしれない。

 けれど、それじゃダメなんだ。怜の隣で胸張って、一緒に優勝インタビューを受けることは、それではできない。

 

 前回の対局時、竜華は恭子に言った。

 末原ちゃん、強すぎるわ、と。

 

 初めて会った1年生合宿の頃から分かっていたこと。

 自らを凡人であると言うこの少女が秘めている強さは、並大抵のものではないと。

 

 しかし目の前の彼女は何と言ったか。

 

 『え?……だいたいいつも区間スコアは清水谷が勝ってるやんか』

 

 誇るわけでもなく。

 さりとて、謙遜というわけでもなく。

 純然たる事実がそこにあるだけだろうと、そんな調子で。

 

 (区間スコアなんて、1ミリも気にしてへんくせに!)

 

 知っていた。

 自分の勝利なんてどうでもいいのだ、この打ち手は。

 点数を稼ぐのは自分ではないから。

 このリードを守り切ることだけが自分の仕事だと。

 

 割り切っている。だから、届かない。

 

 姫松の大将、自称凡人は、竜華にとっていつも越えられない壁。

 

 

 この胸にたぎる想いをなんとか静めて、竜華が字牌から切り出していく。

 

 

 

 同巡 淡 配牌

 {①③⑦⑧⑨123666二三} ツモ{二}

 

 淡の手には、変わらずダブルリーチの手牌が来続けている。

 が、これもまた、ダブルリーチのみ。淡にもう一度選択の機会がやってきた。

 

 『これは、リーチ打ちますか?三尋木プロ』

 

 『……わっかんねー。けど、もうダブルリーチのみを和了ってる余裕はねーわな。きっと打ったなら、道中で当たり牌が出たとしても、ロンとは言いにくい。それだけの点差になっちまってるからねえ。だからといって、この手が高くなるか、と言われたら……難しいねい』

 

 淡が静かに場を見渡す。

 点棒を確認する。

 

 そうすること数秒、淡は持ってきた{二}を、そのまま河に放った。

 

 『聴牌取らず……!ここも一旦聴牌を外します大星淡選手!』

 

 『……おいおい外し方もいいんじゃねえか?下の三色を見つつ、カンまでたどり着いた時のために暗刻の{6}は残す。いいねいいね。前半戦とは別人じゃねえか!』

 

 淡の額に汗が流れる。

 初めてだった、こんなにも考えて悩んで打牌するのは。

 

 

 6巡目 竜華 手牌

 {④⑤⑦⑧2499三五六七八} ツモ{九}

 

 萬子が両面に変わる。

 竜華は6ブロックになった手牌の形を変えないまま、{三}を切り出していく。

 

 「チー」

 

 (……!)

 

 これに動いたのは、またも恭子。

 

 恭子 手牌

 {⑦⑨11789七九北} {横三一二}

 

 『ここも軽快に仕掛けていきます姫松のスピードスター末原選手!ジュンチャンの仕掛けで一向聴です!』

 

 『迷いなく動いていくねい……点差は1万点ちょいあるけど、焦りはないっぽいねい』

 

 恭子の仕掛けを見届けて、竜華が河全体を見渡した。

 

 (役牌は……白と、中が見えてない、か。せやけど役牌バックは考えにくいやんな)

 

 見えていない役牌は多い。

 けれど、その所在は仕掛けた恭子というよりはどちらかというと。

 

 

 由華 手牌

 {④④赤⑤⑥⑧⑨白白発中西西西}

 

 (あっち、やね)

 

 明らかに染め手の気配が匂う由華の捨て牌。

 役牌暗刻、または対子は、あそこにあると読むのが自然だろう。

 

 

 8巡目 竜華 手牌

 {④⑤⑦⑧2499五六七八九} ツモ{9}

 

 (……!)

 

 ドラが暗刻になった。嬉しいツモではあるが、雀頭が無くなってしまう。

 竜華がもう一度河を見渡した。

 

 (筒子が高い……)

 

 明らかに筒子を集めてる由華に対して、その上家である恭子も筒子が出ていない。

 淡の河にも筒子が少なく、全員が筒子のブロックを使ってるように竜華の目からは見える。

 

 とはいえ{3}に感触があるかと言われれば、それもない。

 なにより恭子の本命はチャンタ系の手役で、特に下の三色が濃いように見える。

 

 (和了れる道は……)

 

 手を膝の上に置く。

 

 頼れる親友は、今はただ固唾を飲んで見守ってくれている。

 胸に暖かさが、残っている。

 

 竜華が選んだのは、{④}。

 

 

 『両面を壊していきましたよ?!これはどうみますか三尋木プロ』

 

 『2度受けとはいえ、両面を壊すのは勇気いるけどなあ~。なにより対面の晩成のコに筒子が間に合わなくなるのを嫌ったかな?』

 

 『更には下家の末原選手に端の牌を2枚は切りにくい。そんな側面もあったでしょうか。筒子の下のブロックを選びましたね!』

 

 集中力を、五感を、研ぎ澄ます。

 竜華の状態が、最高の状態へ仕上がっていく。

 

 

 

 10巡目 竜華 手牌

 {⑦⑧124999五六七八九} ツモ{3}

 

 絶好のカン{3}ツモ。

 これで手牌が大きく前進。

 

 (……)

 

 竜華の目が、卓全体を何度も何度も行き来する。

 脳が焼ききれそうになるくらい、回転しているのがわかる。

 

 (負けない……!あんな思いは、もうしたくない……!)

 

 竜華の心の叫びが、聞こえてくる。

 ……その想いが痛いほどわかるから、隣で聞いている怜はどんな顔をしていいのかわからない。

 

 (あかん……せやけど、この巡目で、もう……!)

 

 

 そんなことは、竜華にはわからない。わかるはずもない。

 竜華が勢いよく{4}を切り出すのを、見ていることしかできない。

 

 

 

 

 

 

 同巡 淡 手牌

 {①③⑦⑦123666二三四} ツモ{②}

 

 

 

 『ああ~っと!役なし聴牌を入れていた大星選手がここでツモ……!ツモるならダブルリーチをせめてしたかった形になってしまったのは、なんと皮肉な……』

 

 淡がまさかの和了り牌を引き入れてしまった。

 これなら、ダブルリーチでツモれたカン{②}。

 

 これでこの局は終局。

 

 

 

 

 

 

 誰もが、そう思った。

 

 

 『いや。待て』

 

 咏が、心底楽しそうに言い放つ。

 

 見てみろ、と。

 あいつの目を、今見てみろよ、と。

 

 

 『まだ、終わっちゃいねえぜ』

 

 

 大星淡の目は、まだ前を向いている。

 

 

 

 

 「リーチッ……!」

 

 

 淡が河に放った{四}が、横を向いた。

 

 

 『フリテンリーチ?!なんとなんとここで大星淡選手フリテンリーチ敢行です!!』

 

 『そうだよ、そうだよなあ!!これじゃツモのみ。今欲しいのはこんなツモじゃねえ!白糸台優勝のための点棒が欲しいんだろ?!{一}をツモれば三色だし、なによりカンできるかもしれねー。お前さんならさあ!』

 

 

 状況が加速する。

 淡の魂の籠ったリーチに、三者が目を見開いた。

 

 

 同巡 竜華 手牌

 {⑦⑧123999五六七八九} ツモ{⑥}

 

 

 『ああっとここでドラ3の清水谷選手も聴牌!これは立直ですね!あ、でもこれは……!』

 

 『流石に上の牌は切れないか……?さあ、どうするよ千里山……!』

 

 

 竜華が深く息を吐いた。

 あの日と同じように。

 涙に暮れた、あの日と同じように。

 

 

 

 嫌だ。負けたくない。

 もう十分泣いた。

 もうそろそろ、笑ってもいいはずだろう?

 

 

 

 

 

 『いけ。竜華!!!』

 

 江口セーラが、控室で叫んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 「リーチ……!」

 

 

 竜華が選んだのは、{九}。

 

 

 

 

 

 恭子 手牌

 {⑦⑧⑨11789七九} {横三一二} ツモ{南}

 

 

 (清水谷……!)

 

 

 『切った!!危険牌を切り飛ばして、リーチだ清水谷選手!!』

 

 『いややべーだろ!!唯一の正解辿れんのか?!おいおいどこが勝つんだよ!!』

 

 『大星選手がフリテンの{一四}、清水谷選手が{五八}、末原選手がカン{八}!巽選手は大物手の一向聴ですが三者聴牌は感じているでしょう!』

 

 『ここが一つ山場になるぞ!!おいおい一秒たりとも見逃せねえじゃねえか!』

 

 竜華が{九}を選んだのには理由がある。

 元々、{五八}の待ちが良いと思っていたことはもちろんあるが。

 それよりもなによりも。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――――姫松の末原さんは、片和了りの形が残っとることが極端に少ないです。意識しているかはわかりませんが、片和了りの形を自然と嫌ってるのかもしれませんね。まあ、比較的というだけで、絶対というわけではありませんが。

 

 

 

 

 ただ、後輩の言葉を、信じた。

 

 

 

 

 

 

 

 (そんな、こんな、ことって)

 

 竜華の鬼気迫る表情の横で、誰よりも驚いているのは怜。

 本来なら、この局はもう終わっているはずだった。

 

 竜華の切り順によっては恭子が。恭子の打ち方が変われば由華が。

 そしてそうでなくとも、淡が和了りを手にする。

 

 それが、この局のはじめ、怜の出した結論。

 

 しかし、これは。

 この光景はなんだ?

 

 今まさに、竜華が和了りにその手を伸ばそうとしている。

 届こうとしている!

 

 静かに、笑みを浮かべた。

 

 

 (ふふふ……やっぱり、りゅーかは私なんかよりずっと……)

 

 きっと知っていた。

 自分が病弱で、いつも助けてもらっていたあの頃から。

 目の前の少女は可愛くて強くて、カッコ良くて。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ―――りゅーかは私のヒーローやから

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「ツモ!」 

 

 

 竜華 手牌

 {⑥⑦⑧123999五六七八} ツモ{五}

 

 

 「4000オール!!」

 

 

 

 

 

 

 

 清水谷竜華の。

 千里山女子の執念が、王座への足掛かりとなる。

 

 

 

 

 

 

 



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第182局 つみかさね


前回のお話で一部誤解を招いてしまう表現があったこと、お詫びいたします。
前回投稿した日の21時に訂正を入れていますが、もし確認していない方がいらっしゃいましたら、前話をもう一度確認してから読んでいただけると幸いです。






 

 

 決勝大将後半戦 東2局1本場 点数状況

 

 1位  晩成   巽由華 133200

 2位  姫松  末原恭子 119400

 3位 千里山 清水谷竜華 115400

 4位 白糸台   大星淡  32000

 

 

 『大きな、本当に大きな和了りが出ました千里山女子大将清水谷竜華選手!!唯一と言ってもいいでしょう!素晴らしい手順での親満ツモ!これで上位との差を大きく縮めて優勝争いに加わります!!』

 

 『いや~!これはかなり大きい和了りだねい!トップの晩成まで実に17800点差。もっかい親満ツモったらもうほぼ並ぶ。これは本当に優勝がどこに転ぶかわからなくなってきたって言っていいんじゃねえの?』

 

 『恐るべし、清水谷選手の、強豪千里山女子の執念……!さあ、その清水谷選手の親番が続きます!東2局1本場、見ていきましょう!』

 

 

 竜華の親満ツモは、点数以上に大きな意味をもたらしていた。

 

 配牌をもらったタイミングで、この局に和了れる最大点数がわかる怜の能力。 

 その能力によって導き出された先ほどの局の最適解は、オリ、だった。

 和了れる道はない。だから、放銃しない可能性を最大限に引き上げる。

 少し前までの彼女であれば、怜の言葉を信じて配牌から面子を壊していただろう。

 

 しかし様々な状況がかみ合って、竜華の親満は成就した。

 本来ならば絶対にたどり着けなかったはずの親満にたどり着いた。

 

 

 3位の千里山が大きな和了りを手にしたことで、優勝争いは激化。

 

 姫松の控室では、そんな状況を前にして空気が張り詰めていた。

 

 

 「わ~?!?!ヤバイですよこれで千里山との点差は4000点……!」

 

 「竜華ちゃん、強いのよ~……」

 

 いつも通り、姫松控室に設置されたモニターの目の前を陣取るのは絶望の表情で両手で自分の頭を掻きむしる漫と、同じく慌てた様子で目がバッテンマークになっている由子のコンビ。

 感情を全面に出して応援する二人の後ろで、これまた冷静に状況を分析するメンバーも2人。

 

 「ま、後ろとの点差なんてあってないようなもんや。トップとの点差が変わってないだけ、別にかまへんやろ」

 

 「うん。恭子もそんな感じで割り切ってるように見えるね」

 

 「そ、そっか、そうですよね」

 

 姫松の目標は全国優勝ただ一つ。

 2位だろうが3位だろうが4位だろうが、それ以下の順位に意味は無い。

 彼女達は今年、頂点を獲りに来てるのだから。

 

 そう言われて落ち着きを取り戻した漫がもう一度モニターに目を移せば、確かに恭子もそこまで慌てているようには見えない。

 目の前の配牌を静かに理牌する姿は、なるほど確かにいつも通り。

 いつも通りだからこそ、その姿勢に漫は思わず息を呑んだ。

 

 「ごっつい集中してるやんけ。悪ない。こういう時の恭子は……強いで」

 

 「うん。大丈夫。恭子なら、大丈夫」

 

 そう言った多恵が静かに目を閉じて手を祈るように握りしめた。

 漫はそんな多恵の真似をして、同じように目を閉じる。

 

 (末原先輩……どうか、どうか……お願いします……!)

 

 普段の恭子を知っているからこそ。

 この数か月の恭子を、姫松のメンバーを知っているからこそ。

 

 どうか今日だけは勝利を。

 

 漫は万感の思いをその両の手に籠めるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 東2局 1本場

 

 配牌を理牌して、由華は一つ深呼吸を入れた。

 息を深く吐いてから、そういえば毎局のようにこの動作をやっているなと自嘲気味に小さく笑う。

 毎局毎局、本当に息詰まる攻防。

 現状一番有利な立場にいるはずなのに、全くもって有利な気なんてしない。

 今まさに点棒を大きく増やした竜華の表情を見る。

 

 (当たり前だけど。……この人も、最後なんだ)

 

 竜華と恭子は3年生。

 これが最後のインターハイ。今年を逃したら、次はない。

 由華だってやえが最後ということもあって、来年があるなんて思わないが。

 今の一局だけで十二分に竜華の、千里山女子の執念を見た気がした。

 

 (そうか。私にとっては昨日負けた相手だけど……清水谷さんは、もっと前からこの感情を末原さんに抱いてたんだね)

 

 ここまで来るのに、どれだけの努力をしてきたのかは分かる。

 生半可な覚悟では、ここまで来れないことを由華は去年身をもって知っている。

 

 (だから、全力で相手する。まずはこの親を、終わらせる)

 

 依然として対面に座る竜華の気迫を感じつつ、由華は自分の手牌を眺めた。

 

 

 由華 配牌 ドラ{1}

 {①①②⑥134七八九白白発}

 

 (白が早めに重なればかわし手にもなるが……)

 

 1面子1両面。役牌である{白}が『鳴ければ』ではなく『重なれば』なのがなんとも由華らしい。

 しかし、それがそう簡単にかなわぬことであることも、由華は良く知ってる。

 

 (末原さんに、絞られてるね)

 

 役牌の「絞り」。相手の手を進ませないために、自分がいらない牌であっても切らないという戦術。

 先ほどからどうも手の進みが遅いのは、恭子による絞りが効いているためだった。

 

 (けど、別に構わない。絞るなら末原さんも手が遅くなる。それなら、まだやりようがある)

 

 「絞り」は諸刃の剣。

 相手の首を絞めながら自らの首を絞めるようなもの。

 由華からすれば、準決勝の最後の時のように追い付かない速度で逃げ切られるよりはよっぽどマシだった。

 

 

 

 竜華 配牌

 {③④④赤⑤⑦145二三五七七} 

 

 (悪ない……もう一度和了って、トップ目や……!)

 

 竜華の手牌はタンヤオ系の手役が色濃く見える配牌。

 ドラの{1}は使い切れないことの方が多そうだが、別にそれもかまわない。

 タンヤオと、平和と、赤が1枚。これだけで十分な打点になる。

 

 思わぬ好配牌に、竜華は高鳴る心臓を必死で抑え込んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 同時刻。都内のとあるホテルにて。

 

 

 「流石に強豪千里山女子……これで本当にわからなくなったね」

 

 「ええ……彼女達もまた、麻雀にどれだけ深く思いを込めてきたかが伝わってきます」

 

 和風な装飾が目立つ広めの部屋に、宮守女子と永水女子のメンバーがインターハイの最後を見届けるべく集まっていた。

 テレビから一番近い場所で陣取るのは、いつものお団子頭を解いて、肩にかかるくらいの髪をそのまま後ろへ流している塞と。

 その隣で柔和な笑みを崩さず大人びた雰囲気を纏う永水の大将、石戸霞。

 

 他のメンバーもテレビを見守ってこそいるものの、エイスリンや胡桃は眠気がきたようで寝ぼけ眼をこすっている。

 

 状況は後半戦東2局。

 今の所三つ巴の様相を呈してきた決勝戦。

 

 ここにいる2校が対戦していない反対側のブロックだったこともあり、その強さを肌で感じたことこそなかったが、全国で4校しか選ばれないシード校であること。去年のインターハイも最後まで駒を進めた高校であること。

 事実を並べただけで、千里山女子の強さを証明するには十分すぎる要素が揃っていた。

 

 「配牌は千里山に軍配かな?この局も千里山が和了ったらいよいよだぞ~……」

 

 塞がワクワクを抑えきれないといった様子で興奮気味に口走る。

 その様子はまさに一定のチームのファンではない高校麻雀好きのそれ。

 

 「でも、それはどうかしら。やっぱり現状一番有利なのは、巽ちゃんな気がするけど」

 

 「あの人をちゃん付けで呼べるの人類であなただけですよ霞さん……」

 

 完全に晩成のおっかない人という認識の仕方をしている塞であった。

 

 「でも」

 

 珍しく。

 いつものハイテンションではない声。霞とは逆の隣に座っっている少女の声に、塞ははたと振り返る。

 

 「まだ、みてないよ~末原さんの、ほんっとーに強いところ」

 

 姉帯豊音がその大きな身体を前のめりにしてテレビを覗き込んでいる。

 その瞳が期待に満ち溢れていて、塞は思わず苦笑した。

 

 「豊音はすっかり末原さんのファンだねえ……」

 

 「皆ファンだけど!だけど……末原さんは、もっとすごい」

 

 準決勝で敗退した時。

 それはそれは悔しそうに泣いていた豊音ではあったけれど。

 それ以上に控室に帰ってきたときの表情が、塞はとても印象に残っていた。

 

 負けたことは悔しいけれど、それ以上にすごい人達と戦えたという達成感からくるものなのか、塞にはその時は判断がつかなかったが。

 

 今は自信を持って言える。

 

 (まあ、サインもらうくらいだし、尊敬してるんだろうな)

 

 後方の机に目をやれば、恭子から豊音がもらったサインが書いてある色紙。

 とても綺麗なサインとは呼べるシロモノではなかったが、それでも彼女が大切にしているのだから水を差すつもりもない。

 

 「末原さんのすごいのはね、だれも追い付けないんだよ。私が六曜を全部使ったって、誰がどんな力を使ったって、末原さんは止まらない。誰にも止められないんだよ~」

 

 「……豊音がそこまで言うのは珍しいね」

 

 この決勝大将戦の前半戦を思い出す。

 確かに序盤は怒涛の和了りで他を圧倒していたように見える。

 誰もがそこから仕掛けるか?と疑うようなところでも。彼女には最速が見えているかのように。

 

 豊音の言葉を聞いていた霞も、笑みを浮かべた。

 

 「そうね、不思議よね。あの子は大きな力を持っているわけでもない。なのに……何故だか気付けば前にいる。あれが幾年にもわたる研鑽の結果だとするのなら……私達が敵わないのも、当然の理かもしれないわね」

 

 それは別段悔しがる風でもなく。

 だからこそ塞からは、霞が……いや、永水女子の全員が、この決勝のメンバーを心から尊敬しているからこそ出る言葉のように見えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 5巡目。

 

 その瞬間は、唐突にやってきた。

 親の速度感は感じつつも、いざとなればかわし手を成就させるべく手を進めていた由華がその瞬間息を呑む。

 

 

 恭子 河

 {北⑨南⑨白}

 

 {白}が、河に出た。

 

 由華 手牌

 {①①⑥⑦134七八九白白発} ツモ{白}

 

 一向聴。

 今切られた白を重ねて、由華の手は大きく前進。

 だというのに、由華の表情は全くと言って良いほどに優れない。

 

 (役牌を……切ってきた……!)

 

 河に出ていない役牌は{白発}の2種類だけだった。

 由華の手牌に役牌対子があると予想するなら、この2枚はまさに絞りたいはずの牌。

 しかしその牌を5巡目にして切ってきたこと。

 

 そこから導き出されるのは。

 

 (聴牌でもおかしく、ない)

 

 慎重に手牌と、恭子の河を眺める。

 恭子自体はなにも変わらず、真剣な表情から眉一つ動かしてはいない。

 

 

 

 6巡目 恭子 手牌

 {③③赤⑤⑥⑦4568二六七八} ツモ{九}

 

 『末原選手また一歩前進!これでくっつき候補が増えましたね!くっつきの一向聴に嬉しい連続形です!』

 

 『これで平和ドラ1くらいが目指せるかなあって感じだろうねい。一番手は姫松かな?』

 

 恭子が河を見渡す。

 かかる時間はほんの数秒。鋭い眼差しで、瞬時に思考を巡らせる。

 

 思考を終えて恭子は持ってきた{九}を、そのまま河に放った。

 

 

 『え……ツモ切り。これはツモ切りなんですか?くっつきにはかなり優秀な形に見えますが……』

 

 『……わっかんねえ~……まあ確かに河に萬子の下と索子の上は安く見えて。逆に萬子の上は河に全く出てなくて情報が少ない。だから良い方の重なりに、かけたのか……?』

 

 

 

 

 

 7巡目 由華 手牌

 {①①⑥⑦134七八九白白白} ツモ{8}

 

 不要牌。

 由華は2巡目に{7}を切り飛ばしていて、竜華の河にも{7}が早い段階である。

 対子になる牌としては優秀そうに見えるが、由華は形の良い一向聴。

 ドラが使えるようになる{2}も逃したくない。

 

 {8}をツモ切った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 《――、―――――》

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 瞬間。

 由華の背筋を、悪寒が駆け巡った。

 

 

 「ロン」

 

 

 恭子 手牌

 {③③③赤⑤⑥⑦4568六七八} ロン{8}

 

 

 「2600は……2900、やな」

 

 

 

 消え入りそうな声音で告げられた点数は、決して高打点ではない。

 圧倒的強者故のプレッシャーを、感じるわけでもない。

 

 

 

 なのに、何故。

 

 何故こんなにも手が震えるのか。

 

 竜華も、淡も。恭子のそのなんてことのない倒された手牌に、息を呑む。

 

 

 

 

 

 「ようやく親番、やな」

 

 

 無機質に。

 本当にようやくだ、とそれこそため息でもつきそうなそんな風に恭子が賽を回す。

 

 

 そんな恭子に対して、周りは。

 

 

 

 

 

 (絶対に止める――!)

 

 (やらせんよ、末原ちゃん……!)

 

 (……止めなきゃ……!)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 東3局、親は恭子。

 

 

 

 

 

 

 

 今ただ一人の“凡人”に。

 

 “天才”達が挑もうとしている。

 

 

 

 

 

 



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第183局 疾風

 

 

 同時刻。

 別の放送局にて。

 

 

 『きまったああああ!!!なんとなんととりあえず聴牌をとっていた{8}で打ち取り!!千里山女子清水谷竜華選手の親番を終わらせたのは、因縁のライバル末原恭子選手!!』

 

 『とりあえずの聴牌、じゃないかもしれませんね』

 

 『へ?』

 

 相変わらずのハイテンション実況を続ける福与恒子アナウンサーと、その相棒を務める小鍛治健夜プロ。

 一見凸凹コンビに見えてお互いの呼吸が絶妙にあっているこの2人も、高校麻雀の名物実況コンビとして人気が高い。

 

 そして時折行き過ぎた実況を正すのが、健夜の務め。

 

 『末原選手は前巡持ってきた{九}を手に残しませんでした。くっつき、頭候補として優秀な形を残さず、自分の目を信じて場況の良い浮き牌を2つ残す。とても強い意志がなければ、到底できない打牌でしょう』

 

 『た、確かにそれ切っちゃうのか~って感じでしたもんね』

 

 『{③}が暗刻になっての聴牌は流石に想定外でしょうし、他の連続形にくっついた時が優秀すぎるため即座にリーチとはいけませんでしたが……それでも末原選手はこの{8}に相当な手ごたえを感じていたはずです』

 

 『なんという読みの深さ……!小鍛治プロも20年前はこんな麻雀をしていたんですか?!』

 

 『だから10年前……ってこのツッコミもなんか悲しくなってきたよ……』

 

 この軽快で愛のあるいじりが世間では受けているのだが、健夜からしてみればとんでもない誤情報が流れているようにしか思えない。

 しかし最近はもういちいち訂正する自分が恥ずかしくなってきた。

 

 (でも、そうか……10年前、か)

 

 瞬間、湧き上がったのは過去の自分。

 仮に10年前の自分があそこにいたとして。

 

 彼女達と渡り合える麻雀を自分はできていただろうか。

 少しだけ想像して……そして一人、自嘲気味に笑った。

 

 『え~少し小鍛治プロがセンチになっているので一旦CMです』

 

 『そんなことあるわけないよね?!もう東3局始まるよ?!』

 

 感傷に浸っている場合ではなかった。

 我に戻してくれた恒子に感謝しつつ、先ほど振られた話題に触れる。

 

 『でも……そうですね、私は10年前少なくとも今戦っている彼女達のような麻雀は打てていませんでしたよ』

 

 『ええ~!国内無敗を誇り基本的に日本の麻雀民を見下している小鍛治プロが?!』

 

 『ねえ本当にやめてくれる?!誤解されるから!!!』

 

 最近SNSですこやん腹黒説がまことしやかに唱えられているのを知ってしまった健夜は気が気ではない。

 アラサーはエゴサも欠かさないのだ。

 

 んん、と咳払いでお茶を濁して。

 

 『末原選手は去年も大将としてこの舞台に立っています。その時も懸命に連荘を目指す姿が印象的でしたが……本当に小さな積み重ねを大事にする打ち手ですね、彼女は。どうしても火力頼り、派手な麻雀が好まれる昨今の風潮にあって、彼女のような選手に気付かされることがたくさんあります』

 

 『ええ~小鍛治プロでも、ですか』

 

 『私に限らず、全てのプロにとって……いえ。全ての麻雀を好きな人達にとって、今年の大会は意味のあるものになっているんではないでしょうか』

 

 『す、スケールが大きい』

 

 『まだ新しい発見がある。そう思えるだけで、この麻雀という競技は本当に奥深く、面白い。少なくとも私はそう思いましたよ』

 

  

 次第に局が動き出し、また恒子がいつもの調子でハイテンション実況に戻る。

 それを横で聞きながら、また健夜は少し想いを馳せた。

 

 (麻雀界は、確実に変わっていく。この子達はその変革の世代になるのかもしれませんね)

 

 日本最強と言われながら、健夜は一度だって自分が最強だなんて思ったことは無い。

 それは高校時代の対局がそう思わせるのもそうだし、ワールドレコードホルダーの彼女のこともある。……けれどそれ以上にプロになってから気付かされた。

 『麻雀』は、一筋縄ではいかないのだ、と。

 

 

 (新しい時代が来ても、私は麻雀を好きで、いたいな)

 

 

 別に、自分が最強でなくてもいい。そう思えるようになったのはいつからだったか。

 

 新たな時代の到来を楽しみにしている自分を少しだけ誇らしく思う健夜だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 決勝大将後半戦 東3局 点数状況

 

 1位  晩成   巽由華 130300

 2位  姫松  末原恭子 122300

 3位 千里山 清水谷竜華 115400

 4位 白糸台   大星淡  32000

 

 

 

 

 

 

 東3局 親 恭子

 

 スイッチが切り替わった。

 そんなものは実際にはあるわけないのだが、もし攻撃と防御のスイッチがあるとすれば、今明確に恭子の攻撃のスイッチが押された。

 下家に座る由華はそんな感覚を覚えて思わず息を呑む。

 

 (来るか……最速の打ち手。けど、こっちも無対策じゃないし、それに……)

 

 周りを見た。今親番を蹴られた竜華も、そして絶望的な点数状況になっているはずの淡も、目は死んでいない。

 明らかに空気が変わったことは2人ともわかっているだろう。元々そういう類に敏い側の打ち手のはずだ。

 

 (全員、あなたの親を続けさせる気はないですよ……!)

 

 現状トップ目は由華とはいえ、その差は微々たるもの。

 しかしこの均衡は、誰かが親番で大きな連荘をすればすぐに壊れてしまうことを、言われずとも分かっている。

 

 由華 配牌 ドラ{3}

 {①①②②③46八九白白南南}

 

 由華の配牌は二向聴。

 かなり良い配牌であることは間違いないが、それでも油断なぞできるはずもない。

 

 (にしてもこの好配牌……まさかとは思うが……)

 

 前局から、由華には一つの仮説があった。

 前半戦に比べて、周りの速度が上がっている。親で満貫を和了した竜華もそうだし、恭子も一副露で聴牌に至っているように見える。

 

 それが、何によるものなのか。

 

 由華はゆっくりと、自らの下家に座る少女に視線を移す。

 

 

 

 淡 配牌

 {⑧⑨22389一発中東南西}

 

 

 淡の手は、もう到底ダブルリーチを打てるものではなくなっていた。

 

 反動。

 

 淡は『牌に愛されし者』としてこれまで配牌でダブルリーチを打つという恩恵を受けていた。

 が、彼女はこの半荘の間、そのダブルリーチを拒否し続けた。前半戦の時のようにたまに、ではなく、徹底的に。

 故に、淡が手にしていたはずの恩恵は消え去った。

 それは仕方のないことであったし、彼女がその道を選んだことを、白糸台の誰であっても止めることは無い。

 

 それにこれくらいの事態は、淡も織り込み済み。

 

 (いいよ。どうせダブルリーチ打ったって負けるんだ。今は……高い手を狙う……!)

 

 こんな状態であっても前を向けるのは、淡本来の性格に依る所が大きい。

 けれど、この決断をできるのは間違いなく、紛れもなく『敗北』を経験し、成長した淡だから。

 

 淡はまだ前を向いている。

 持った武器は頼りなく、周りは強者だとしても。

 

 

 

 そしてこれに呼応するように、これまで同卓者に枷としてかかり続けた配牌五向聴の呪いは。

 

 

 

 六巡目 竜華 手牌

 {④赤⑤⑤⑥⑥⑦2399六六七} ツモ{1}

 

 

 「リーチ……!」

 

 逆に好配牌を生んでいた。

 

 

 『先制は千里山女子清水谷竜華!!親こそ落ちましたがその勢いは未だ健在です!満貫の聴牌に辿り着きました!』

 

 『ツモれば跳満まである手だねい……成就すれば一気にトップまであるぞ』

 

 平和赤ドラの聴牌。

 これをリーチしない手はなく、竜華は当然のリーチ。

 

 

 「……チー」

 

 これに動いたのは、恭子。手牌から{七八}を晒して竜華の河から{六}を拾い上げる。

 

 

 同巡 淡 手牌

 {223689発発中東東南西} ツモ{④}

 

 厳しい危険牌を掴んだ淡。

 

 (私でも、これが危ないってことはすっごいわかる。わかるけど……)

 

 点棒状況に目をやれば、簡単にオリてはいけないことはわかる点差。

 竜華の河に目をやって……淡は{8}を選んで河に置く。

 

 (七対子になったら勝負……!)

 

 狙いは面混七対子一本。面子手は見切って、竜華の安牌を選択する。

 

 

 「ポン」

 

 自分が切った瞬間に声がかかったこともあって一瞬ビクリと動きが止まった淡だったが、恭子からのポン発声だったことに気付き安堵する。

 

 ……が。

 

 

 (……は?)

 

 

 出てきた牌を見て、淡は自らの目を疑った。

 

 恭子が流れるような動作でさも当然のように河に置いた牌は、{九}。

 

 

 (なん……だそれ……)

 

 

 由華もツモりに行く手がワンテンポ遅れる。

 前巡、竜華から恭子が鳴いた牌は{六}。それも{七八}を晒してのチー。

 そして今ツモ番を挟まずに淡からポンを入れて。

 

 出てきたのが{九}。

 それの、意味する所は。

 

 

 (元々{七八九}のターツ完成してたところから鳴いたのか……?!)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「恭子ちゃん仕掛けたのよ~!」

 

 「それでこそ、恭子だね」

 

 「ん~!ウチなら鳴けんなあ。別に鳴かんくても勝てるやろって思いそうや……けど最悪のケースまでケアする。負ける可能性を極限まで減らす。それが恭子の打ち方やしな」

 

 自分たちの大将に絶対の信頼を置くメンバーが、ニヤリと笑う。

 存分に見せつけている。彼女のこれまでの積み重ねを。研鑽を。努力を。

 

 今間違いなく世界が彼女を評価している。

 

 それがたまらなく嬉しくて。

 

 

 「誰も、止められないよ。そんなんじゃ。なにせ恭子の絶好調は……私達だって止められないんだから」

 

 柄にもなく不敵に笑ってみせた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 完成していた面子を、崩して鳴いたことになる。

 全く意味が分からず混乱する淡とは逆に、由華は的確にその意図を見抜いていた。

 

 そして見抜いた上で……戦慄した。

 

 わかってはいたことのはずなのに。

 今更挑まない選択肢はなく、絶対に勝つと意気込んで来た対局なのに。

 

 

 ――最速を駆ける赤いリボンの騎士がいつの間にか遥か先に走り抜けていく。

 

 

 その後ろ姿だけを見て、どうしても心のどこかで思ってしまう。

 

 

 

 

 

 

 「ロン」

 

 

 恭子 手牌

 {⑧⑧34五五五} {8横88} {横六七八} ロン{5}

 

 

 

 「2900、やな」

 

 

 

 

 

 

 

 

 ―――本当にこの人とまともにやりやって間に合うのか?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 『な、なんて手順だ末原恭子!!!絶対に止まることのないと思っていた場所からの向聴数の変わらないチー!そして聴牌、和了り!この少女に、いったい何が見えているのでしょうか?!』

 

 『ははは……やべーな、鳥肌立っちまったよ。魅せてくれるねえ……!』

 

 

 

 

 

 寂しそうに、儚げに。

 渡された点棒を黙って点箱に押し入れ。

 

 さも、こんな点数しか和了れないのか、とため息でもつくように。

 

 

 

 

 

 

 

 「……1本場、やな」

 

 

 

 

 

 

 由華の額に冷や汗が流れた。

 

 

 

 

 

 

 



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第184局 最速手順

【祝 お気に入り件数5000件突破!】

いつもありがとうございます。ついにお気に入り登録数が5000件を突破しました。
咲というジャンルでここまでお気に入り件数を重ねられると思っていなかったので、本当に嬉しいです!
そしてもう一つ、10評価の数も300を超えました!10評価が赤バーになるの、夢だったんですよね……。
もし最近お気に入り登録したよ、って方で、評価してやってもいいよ、って方は是非、高評価の方もよろしくお願いします!

いよいよ団体戦も佳境。
年末までには、終わらせる予定ですので、あと少しお付き合いいただければと思います。

それでは、どうぞ。




 

 「恭子、清一色麻雀やろうよ」

 

 「ええ~、あれ苦手やねんな」

 

 「苦手だからこそ克服するんじゃない!」

 

 

 高校2年生の頃の話。

 大会の牌譜を検討したいという恭子の意見を受けて部活の練習後に多恵の部屋に集まった二人。

 長くなった牌譜検討を終えて、小休憩。

 

 温かい紅茶を飲んで一息ついていたところで多恵からの提案。

 

 笑顔の多恵に対して恭子は思わずため息をついた。

 

 もう夜は遅い。

 こうなることもよくあったので、家には事前に連絡を入れている。

 いつも家族に生暖かい目で見送られるのは癪にさわるが、許してもらえるならまあ、どうでもいい。

 

 「ウチ結局鳴くねんな。面前清一色になんてほぼならへん」

 

 「ええ~でも上家が絶対絞るマンだったら鳴けないかもよ?」

 

 「いや誰やねんソイツ……」

 

 いそいそと準備を始める多恵を手伝ってしまっている時点で、やることはまあ決まってしまっている。

 文句を言いながらも、恭子は多恵とやる清一色麻雀が嫌いではなかった。

 勉強になるし、と自分に言い聞かせながら。

 

 なれた手つきで山を積む2人。

 サイコロは回さず、じゃんけんで勝った方が親というなんともいきあたりばったりなルールで。

 

 じゃんけんに勝った恭子が4枚ずつ手牌を手元に引き寄せる。

 

 「あ~……これは聴牌、やな。待ちは……ん~……?」

 

 全てが索子の牌で、恭子の目の前の手牌は14枚になった。

 2人は特殊ルールで理牌無しで行っているので、牌姿が非常にわかりにくい。

 

 「これが一番広いか……ほい」

 

 「それローン!」

 

 「毎回こうなってへん???なあ????」

 

 ウキウキ顔で手牌を開いた多恵の手牌を見ても、即座に待ちはわからない。

 

 「恭子の手牌見せて?」

 

 「ん?ああ~、これや。多分この{69}待ちが一番広いんちゃうかな?」

 

 「え~と……?あー!恭子選手不正解です!{8}を切った{479}待ちの方が1枚多いです!!」

 

 「なんでそんなんすぐわかるねんバケモンか」

 

 恭子は多恵の指摘を受けて渋々理牌を始めたが、もうどうせ多恵の言っていることは正しいんだろうなと思っている。

 このての指摘で多恵が間違っていたことなんてない。今まで一度もだ。

 それぐらい目の前の少女は牌姿に強い。恐ろしいほどに。

 

 「ホンマや……{7}の暗刻上手く使えんかったなあ……」

 

 「まあでも本当に1枚差なんだけどね」

 

 差が一枚とか、大事なのはそこではない。少なくとも恭子はそう思った。

 その待ちに気付けるか気付けないか。それで勝負は決まる。理牌できれば最適解にたどり着けた自信はあるが……それはただの言い訳。

 

 悔しさをかみしめながら、大きく伸びを一つ。

 

 

 「ウチが面前清一色聴牌することなんて公式戦にあるんやろか」

 

 「まあだいたいその前に鳴ける牌鳴きそうだよね」

 

 「せやな……そもそも大体狙わんしな」

 

 「混一の方が守備力あるもんね……まあでも、形に強くなるのは大切だから!」

 

 「それ言われるとなんも言えへんねんなあ……」

 

 ガチャガチャと牌を手で混ぜる音が響く。

 

 結局日付が変わるまで、その音が鳴りやむことはなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 決勝大将後半戦 東三局 1本場 点数状況

 

 1位  晩成   巽由華 130300

 2位  姫松  末原恭子 126200

 3位 千里山 清水谷竜華 111500

 4位 白糸台   大星淡  32000

 

 

 

 

 

 

 

 

 東三局 1本場 親 恭子

 恭子 手牌 ドラ{③}

 {②③⑧77789二三五七南西} ツモ{二}

 

 

 (そーいや、そんなこともあったな……索子の形が、あん時によう似とるわ)

 

 去年の記憶。

 麻雀が上手くなりたくて、とにかく多恵とともに特訓してた頃の記憶が、ふと蘇った。

 結局、公式戦でここまで面前清一色を和了った機会はない。けれど、あの頃の日々があったから、形に強くなったなとは思う。

 

 (そんなこと考えられとるくらいには、落ち着いて打ててるんやな、きっと)

 

 状況は東の3局1本場。地力で持ってきた親番で、そしてその親番で1回和了ったものの、恭子の表情は晴れない。

 

 (ホンマに親番で1回和了ったやつの点数か?全然増えてへんやんけ……)

 

 和了った点数は2900。リーチを受けたから仕方なく仕掛けられる方向へシフトチェンジしただけという恭子の感覚だが、見ている側からすればとんでもない手順をやってのけた。

 一向聴から食い変えのチー。比較的安全な牌で回れるとはいえ、なかなか思い切って仕掛けるのには胆力がいる。

 

 だからこそ周りは恭子への警戒心を現在進行形で高めているのだが、当の本人はそれを全く理解していない。

 

 (まだ、足りひんな。巽と清水谷の火力を考えたら……そして大星が万が一とんでもないのやってきた時のこと考えたら、とりあえずここでトップになっとかなあかん)

 

 油断はない。どころかまだ2位なのだ。追う立場。

 恭子は手牌から{南}を持ち上げて、内切りで切り出した。

 

 

 

 

 『麻雀における速度って難しいよなあ』

 

 『……と、言いますと?』

 

 『いやほら、がむしゃらに鳴きまくれば早いんだったら楽じゃん?手牌短くなった方の勝ち、みたいな。知らんけど』

 

 『……言い方はあれですがまあ、鳴くということは手が進んでいるんですしよほど変なことがなければ速くはなってるんじゃないですか?』

 

 『んにゃ。実はそうでもねえんだよな。聴牌に近いのはそれでいいかもしれねえけど……麻雀は和了がゴールのゲームだ。最終的に和了れなきゃ、意味なんてないんだよ。知らんけど』

 

 咏の言葉の意味を針生アナが掴みかねている間に、淡から{二}が出る。恭子の対子の牌だ。

 

 『例えば今出た{二}。ポンすれば手牌短くなるけどこれは鳴かない。タンヤオが確定していないブロックがあって、ドラも使い切れるかわからないからだよねい』

 

 『……流石にあそこから鳴く人はあまりいなさそうですかね?』

 

 

 4巡目 恭子 手牌

 {②③777889二二三五七} ツモ{③}

 

 

 『おっと、末原選手ドラが重なりましたね』

 

 『いやーいいとこ引くね。これでまた仕掛ける可能性出てきたんじゃねえの?知らんけど』

 

 直後、下家の由華から{8}。

 

 「ポン」

 

 これを恭子は軽快に仕掛けた。

 場に走る緊張感を、恭子だけは感じていない。

 

 (また……また間に合わないのか?オリ……?いやでも大星は打点狙いで遅い。清水谷さんも、捨て牌を見る限り手牌はそこまでよくない……!私が、私が前に出ないと……!)

 

 焦りは感じている。

 この永遠にも感じられる親番を乗り越えなければ、晩成の優勝はない。

 

 けれど、もう一度南場にこの恭子の親番があると考えると気が遠くなる思いだった。

 

 

 

 『{8}ポン……!今回はここから仕掛けます末原恭子選手!{69}受けがあって一盃口等の手役も狙える可能性がありそうですが、ここはポン……!』

 

 『ま~このあたりがスピードスターたる所以だよなあ。ドラの{③}が重なって打点がある程度保証された。タンヤオ未確定ブロックでもなくなった』

 

 『末原選手は副露率が高いことで有名ですが……意外と鳴き一通や鳴き三色の仕掛けは少ないんですよね』

 

 『まあ、そうだろうな。鳴き一通も鳴き三色も、絶対に必要な牌が出てきちまう。その点タンヤオは例えば必要な牌をカンされたとしても他にブロックを求めに行ける……そういう自由度の高さが、末原ちゃんの麻雀の強さだろうな。知らんけど!』

 

 

 7巡目 恭子 手牌

 {③③777二二三五七} {横888} ツモ{四}

 

 『聴牌!これでシャンポン待ちの聴牌です末原選手!早い早い。今度は先制聴牌を入れました!』

 

 『いや、ちょっと待てこれもしかすると……』

 

 恭子はあらかじめ決めていたかのごとく。

 ツモって来た{四}を手の中に収めると{二}を軽やかに切り出した。

 

 『え?!シャンポン受けに取らず!カン{六}に取りました末原選手!』

 

 『っかあ~!なるほどねい。驚くほどリアリストだわ末原ちゃん。女子高生はもっと夢見た方が良いよ~』

 

 『後半は意味わかりませんが……これでもドラの{③}を持ってきたり他から出たら痛くないですか?』

 

 『そら多少はいてえかもしれねえけど……場はドラ色の筒子がすげえ高くて、萬子と索子が相対的に安い。{二}は既に1枚切れていて残り1枚で、{六}は生牌。{③}はやすやすと場に出る牌じゃねえから、{二}1枚に頼るのは心もとない。そんでもってもし仮にドラを持ってきちまったり出た時は……ポンして{7}を切ってやればいい。そうだろ?』

 

 『な、なるほど……雀頭を取り換えられるからこその選択……!』

 

 『ま、ドラは私達はもう山にないことを知ってるからなあ。この末原ちゃんの選択は―――』

 

 

 「ツモ」

 

 

 恭子 手牌

 {③③777二三四五七} {横888} ツモ{六}

 

 「2000は2100オール、やな」

 

 

 『大正解、ってことなんじゃねえの?知らんけど!』

 

 『しっかりと山に3枚残ってました{六}……!ツモり上げて連荘です末原選手!!そしてこの和了りで……!』

 

 

 

 

 決勝大将後半戦 東3局 2本場 点数状況

 

 1位  姫松  末原恭子 132500

 2位  晩成   巽由華 128200

 3位 千里山 清水谷竜華 109400

 4位 白糸台   大星淡  29900

 

 

 

 『逆転!!!姫松が玉座を奪い返しました!!!』

 

 『さあデッドヒートだ。一瞬たりとも、目を離すんじゃねえぞ……?』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 東3局 2本場 親 恭子 ドラ{9}

 

 前局となにも変わらず。

 ただどこか寂しそうに理牌をする恭子に集まる鋭い視線。

 

 このままやられっぱなしになれば、勝負が決まる。

 いつもどおりの恭子とは違い、そんな感覚が残り3校には確かにあった。

 

 どこかで勝負する必要がある。

 どれだけ前に出てこられて、リーチがかかろうとも真っすぐに打ち抜く勝負局を作る必要がある。

 

 全員がそれを理解したうえで、一つ息を吐いてから―――手牌を開いた。

 

 

 由華 配牌

 {②②⑥11一二三白白中南南}

 

 竜華 配牌

 {⑥⑦⑧⑨45789二二四六}

 

 淡 配牌

 {③④13999六八九白発発}

 

 

 

 (((ここで止める……!)))

 

 

 

 大将後半戦は大きな山場を迎えていた。

 

 

 



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第185局 終わらせる

読者さんからご依頼がありまして、キャラの能力を忘れてしまうから能力説明回を置いておいてほしいとのことでした。
確かにほぼこの作品オリジナルのキャラクターについては、そういうのを置いておいてもいいのかなと思いまして。(時間そんなかかりませんし)

ただ、原作と全く同じ能力のままのキャラクターの能力の紹介は……いりませんよね?え、いる?いる、のだろうか……。
なので少しの期間だけアンケートをとろうと思います。




 

 恭子の親番が続いている。

 そして恭子の親番が続くにつれて、会場の雰囲気は異様なものへと変貌していた。

 例えるなら、タネのわからないマジックを延々と見せられているような。

 圧倒的な力でねじふせられるのではなく、強烈なインパクトを残すような和了りなどもなく。

 プロの対局で見るような派手さは、そこにはない。

 

 けれど、解説の咏が事細かに説明していることもあり、観客、そして視聴者が『これは偶然の産物ではない』と意識するのは当然の流れだった。

 

 配牌から誰が見ても和了れそうな状態からの和了りではなく。

 鳴いたから手牌がどんどん勝手に完成に向かっているのだ、などと思う人間は、もう誰もいない。

 

 

 「すごいわね……」

 

 「姫松の大将……超やばいですねキャプテン」

 

 都内のホテルの一室でインターハイを見守る2人。

 備え付けの浴衣のようなものに着替えた2人は、長野の名門風越女子に所属する麻雀打ちだ。

 

 「末原さんの仕掛け……全て今の常識に囚われない、前衛的なものが多いです」

 

 「確かに!あたしなら絶対鳴かないようなところから鳴いていきますよね!さっきの{六}チーなんかびっくりですよ!」

 

 片目を閉じて冷静に恭子の打牌を分析しているのが、インターハイ個人戦に出場予定の福路美穂子。そしてその応援に来ているのが、美穂子の隣でともすれば猫耳でも幻視しそうな容姿の少女。同じ風越女子2年生の池田華菜だった。

 美穂子は長野予選を個人戦トップで通過したものの、団体戦は清澄に押し切られ敗退。団体戦である同級生にリベンジを誓った美穂子であったが、それは叶わぬ夢となってしまった。

 

 けれど、美穂子は後悔していない。これから始まる個人戦に、自分の全てをぶつけるだけだ。

 

 ただ、後輩達に全国を経験させてあげたかったな、とは思う。この隣にいる華菜も、全国大会を経験できていない。

 だからせめて、自分が残せるものは全て残していこう、と美穂子は思っていた。

 

 「華菜、絶対鳴かないじゃなくて、この鳴きにはどんな意味があるのかを考えるのも立派な練習よ?」

 

 「ドキィ……。そ、そうですよね……勉強します」

 

 「ふふふ……もしかしたら、対戦してたのかもしれないのよ?華菜大将なんだから」

 

 「確かに!!どこもめちゃくちゃ強いとは思うけど……対戦するなら負けないし!」

 

 ふんす、と意気込む華菜のことを美穂子は高く買っている。県予選では後れを取ったが、その身に眠る才能は、今この決勝戦を戦っているメンバーとも遜色ないとすら。

 

 (けれど……末原さんはきっと、そんなこと(才能の有無)は考えなかったんでしょうね)

 

 テレビに映る恭子を見る。

 その表情は真剣そのもので。

 その雰囲気は昨今のプロの対局とは全く違う。

 

 思い出してみれば、今日見てきた全ての対局で全員が同じような表情をしていたように美穂子は感じた。

 絶対に負けたくないという思い。積み重ねてきたものを存分に発揮しようとする心意気。

 

 (本当に、素晴らしいですね……)

 

 自分が見てきた中でも、歴史に残る大会に今大会はなっている。そう思う。

 

 だからこそ美穂子はこの最後の舞台に、自分がいないことが少しだけ悔しくて、静かに唇を噛んだ。

 

 「……キャプテン……」

 

 そんな美穂子の心の機微を敏く感じ取った華菜が申し訳なさそうに肩を落とす。

 大将ということもあって、華菜は責任を感じてしまったのかもしれない。

 

 そんな華菜の頭を美穂子が優しく撫でる。

 

 「いいのよ。十分頑張ってくれたの、わかってるから。来年、必ずここに来るんでしょ?」

 

 「うん……うん!そうだし……!来年は、絶対……!」

 

 この熱い戦いを見て、華菜も感化されるものがあったようだ。

 それだけでも、華菜が東京に来た意味がある。

 

 美穂子はこの過去稀に見る大激戦となった団体戦がどのような決着を迎えるのかを期待しながら、この隣に座る愛する後輩と、そして何より個人戦に挑む自分への刺激になってくれれば良いと強く思った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 決勝大将後半戦 東3局 2本場 点数状況

 

 1位  姫松  末原恭子 132500

 2位  晩成   巽由華 128200

 3位 千里山 清水谷竜華 109400

 4位 白糸台   大星淡  29900

 

 

 

 

 東3局2本場 親 恭子

 

 

 『好配牌……!親番の末原選手以外の手に好配牌がやってきました!これはぶつかりそうですね……!』

 

 『ああ。3校だってこのまま姫松の親が続いたらどうなるかなんてわかってんだろ。勝負に出るはずだぜい。知らんけど!』

 

 東3局は2本場に突入した。ここまで恭子の3連続和了。

 息もつかせぬ猛攻は、点数以上に他3校の精神を削っている。

 

 そんなところで舞い降りた好配牌。

 もちろん全員自分以外に好配牌が入っているなどとは知らない。

 

 知らなければどう考えるか。

 自分がこの親の連荘を止めるしかない、と考える。

 

 

 由華 2巡目 手牌

 {①②②11一二三白白中南南} ツモ{白}

 

 由華は一つ息をついてから全員の一打目を見渡した。

 

 (末原さんは打{北}。どういった方針かはわからないけど、この局も最速の手順を辿ってくるはず。大星が打{白}……。前半戦の反応も見るに私が切られた役牌を重ねられるってことくらいはわかってるだろうから、間違いなく前に出る手牌なんだろ。清水谷さんが打{四}……ここが一番読めない。変則手なのかもしくは……極端に早いか)

 

 一打目でも得られる情報はある。

 字牌から切り出してきた恭子と淡。淡は役牌を切ってきたことから恭子よりもこの局のやる気を比較的感じる程度。

 対面に座る竜華は中張牌からの切り出しでまだ手役を狙っているか、単純に早いかはわかりにくい。

 

 (清水谷さんに和了られても点差が詰まる。ここは私が、自力で切り開く)

 

 手牌は一向聴。

 2巡目で一向聴なら自分が速度一番手であると考えるのは普通のこと。

 

 しかしこの局だけは、周りも同様に早かった。

 

 3巡目 竜華 手牌

 {⑥⑦⑧⑨45789二二六七} ツモ{3}

 

 

 『聴牌!3巡目聴牌は非常に早いですね清水谷選手!』

 

 『さっすがにこりゃ和了ったかあ……?けど晩成のコも一向聴だし、まだわかんねえか』

 

 3巡目の平和聴牌。

 竜華は持ってきた{3}を手の中に収めた後……{⑨}を縦に置いた。

 

 

 『リーチはせず!ここはダマ判断になりました!これは……?』

 

 『……さっきの末原ちゃんにかわされたのが効いてるねえ……確かに末原ちゃんの捨て牌と仕掛けはなんか気色悪いし、一旦様子を見たいのかもしれないわな』

 

 恭子は2巡目に竜華が切った{九}をチー。

 河には今のところ中ごろの牌が切られている。

 

 (リーチで素点上げにいくのも大事やけど、一旦ここは末原ちゃんの親を終わらせよか。念には念を入れて、確実に)

 

 3巡目の平和聴牌であれば、リーチが定石。 

 たとえ周りから出てこなかったとしてもツモれることが多々ある上に、打点上昇幅が大きい。

 3着目の竜華としては立直をかけたいのはやまやまだったが、そうしてかわされた記憶がどうしても脳裏によぎる。

 これ以上恭子に親を続けさせたら勝負が決まりかねない。その上での判断。

 この親番を乗り越えれば、また大きな手を和了れるチャンスは来る。

 そう信じて。

 

 

 同順 由華 手牌

 {①②②11一二三白白白南南} ツモ{③}

 

 恭子から切られた{③}をスルーして、ペンチャンを埋めた。

 これで、白、チャンタの聴牌。南の方なら満貫。

 

 (末原さんは役牌バックかチャンタか上の三色。リーチか……?)

 

 {1}の出和了りでは5200。満貫には届かない。

 けれど由華であれば、出た時にスルーして自分でツモる可能性が大いにある。

 

 少しだけ迷ってから、由華はそっと{②}を河に縦に置いた。

 

 『巽選手もダマテンに構えました!!これは清水谷選手と巽選手のめくり合いになるのでしょうか!』

 

 『いや、ダマだから他2人からの出和了りも十分ある。やっぱりなにがなんでもこの姫松の親は降ろしたいってことなんだろうねい。知らんけど!』

 

 

 同巡 淡 手牌

 {③④13999五六八九発発} ツモ{南}

 

 『ああ~っと!!ここで当たり牌を掴んでしまったのは大星選手……!これは止まりませんね?』

 

 『まー止まんないねえ。そのためのダマだからなあ~あとはこれを晩成のコが和了るかどうかって……』

 

  

 と、咏が続けようとした瞬間。

 淡は、手から{③}を切り出していた。

 

 『放銃回避、になりました。しかしこの打牌はかなり手牌を崩すことになりましたが……』

 

 『おいおいマジか……断トツラス目で是が非でも和了りてえってのに……オリ、たのか?わっかんねー!』

 

 

 淡は元々直感型。

 今まで何度も好配牌を受け取ってきた淡にとって、この配牌は決して良い方ではない。

 

 そして自分にとって最高の配牌ですら、和了らせてもらえなかった相手。

 淡は直感的に、この手はもう和了れないと見切りをつけた。

 

 (いいよ。この局は。最悪親が連荘してくれても良い。局は多い方が良いし)

 

 恭子に突き抜けられるのは淡としても歓迎はしていない。

 優勝までの道のりを考えれば、トップとの点差は少ないほうが良い。

 けれど、ここで自分がいたずらに点棒を減らすことはもっと違うのだ。

 幸い、残り1回の親番がある。

 そこで手さえ入れば、淡はまだ、戦える。

 

 

 6巡目。

 

 

 「ロン……!」

 

 竜華 手牌

 {⑥⑦⑧345789二二六七} ロン{八}

 

 「2000は2600」

 

 この局の軍配は、結局ダマを貫いた竜華に上がった。

 

 『長かった姫松末原選手の親番を終わらせたのは、千里山女子の清水谷竜華選手!!!ダマに構えて同じく聴牌を入れていた巽選手からの出和了りです!』

 

 『まー2枚山のシャンポンと5枚山の両面じゃ厳しかったねい』

 

 『まあでもこれは姫松の末原選手としたら、良い親流れということになりますか?』

 

 『……あの手牌見ればわかるだろ』

 

 

 

 由華から竜華への横移動を見届けて、恭子が手牌を静かに伏せる。

 

 

 

 恭子 手牌

 {①赤⑤⑧28一東西西発} {横九七八}

 

 

 

 

 『完全なブラフ。ひどい手牌で相手の速度に完全に追いつかないことを感じ取って……リーチを封じ込めた。考えうる限り最高の決着でもって親を流すことに成功ってわけだ』

 

 『なんという麻雀……!結果的にリーチに出辛くなった2人の横移動で東3局は決着です!末原選手は親番にもっと執着するかと思いましたが……』

 

 『これが南場の親番だったらもうちょっと粘ったかもねい。けど、一番ダメなのはせっかく積み重ねた点棒をふいにすること。末原ちゃんは示したんだ。とんでもない酷い配牌でも、やれることはある。それはさっきまでの超早和了りがあったからこその、脅しではあるけどねい。な~んかこんな麻雀中堅戦に出てた子もやってた気がするよなあ。知らんけど!』

 

 『姫松高校の麻雀……本当にできることを全部やってきますね……決勝大将戦は東4局に入ります!』

 

 

 

 東4局 親 由華

 

 由華にとっては放銃となったが、打点が高かったわけではないので恭子のあの親を終わらせたということで及第点。

 問題は、この親番。

 

 (点差はほとんどない。ここで大きいのを1つ和了れば……一気に有利な局面になる)

 

 由華の平均打点を考えれば、この程度の点差はなんでもない。

 怖かった連荘を乗り越えて、今度はこっちのターン。

 

 由華 配牌

 {①4一一二三四六九東東南白発}

 

 配牌を理牌すれば役牌対子も入っている。染め手まで伸ばせるか、どうか。

 この手の配牌は得意分野。

 最大打点に持っていくことを心に決めて、由華は第一打を切り出す。

 

 

 

 

 

 

 一つ、竜華と由華が忘れていたことがあるとすれば。

 

 麻雀は別にターン制のゲームではない。

 あなたが和了ったから、次はあなたの番。

 

 そんなことは、決して、ない。

 

 

 

 

 

 

 《――、―――――》

 

 

 

 

 

 

 「ツモ」

 

 

 由華はその単語の意味を理解するまでに数秒を要した。

 

 

 

 

 

 恭子 手牌 ドラ{⑥}

 {④⑤⑥789九九北北} {横213} ツモ{北}

 

  

 「500、1000、やな」

 

 

 先ほどまでと何も変わらず。

 

 ただただ淡々と点数申告するこの打ち手は。

 

 

 

 

 『おいおいおいマジかそりゃ……』

 

 『な、なんという速さ……!東4局はわずか4巡で決着……!』

 

 

 『皆よく聞いとけ。こりゃマジもんだ』

 

 

 咏が思わず扇子を持つ手を震えさせながら口元にあてがう。

 こんな感覚が自分に残っていたのかと半分驚きながら。

 

 

 あの表情。あの闘気。

 

 

 一瞬、咏は解説という立場を忘れて思ってしまった。

 

 

 あのコと、この状況で打ち合ってみたい、と。

 

 

 

 『末原ちゃんはこっから全員の南場の親番を蹴って終わらせるつもりだ』

 

 

 

 チャンスは、砂一粒も残さない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 恭子の和了りが早すぎたため、自動卓はまだ次の局の山を作れていない。

 ガラガラと内部で山を作る音だけが、無機質に響く。

 

 

 由華が。

 淡が。

 竜華が。

 

 ただ自らの刑を待つ罪人のように。

 

 頬に伝った汗を拭うことすら叶わない。

 

 

 

 

 南1局 親 淡

 

 

 

 

 

 姫松の誇る最速の騎士が、まず、淡の喉元に剣先を突きつけた。

 

 

 

 

 

 



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第186局 後悔

 

 

 インターハイ決勝大将戦。

 派手な打点の飛び交ういつもの大将戦になるのかと思っていた高校麻雀ファンの期待は、大きく裏切られた。

 

 「おいおいどうなっちまうんだよこれ」

 

 「ここからすぐ終わっちゃうかもしれないわね……」

 

 南北海道代表で団体戦に出場していた有珠山高校の面々も、この決勝戦の最後を見届けようと、全員でテレビの前に集まっていた。

 あまりにも予想外の展開に岩舘揺杏は思わず後頭部に手をやり、桧森誓子も心底意外そうに顎に手を当てる。

 

 「末原さんの真骨頂はコレだよね」

 

 「……?」

 

 そんな中、楽しそうに目を輝かせている爽に、成香は疑問符を浮かべる。

 いったい何が真骨頂なのか。

 

 一人真剣に大将戦の様子を見ていた由暉子が、爽の呟きに反応した。

 

 「とにかく速い。そういうことですか?」

 

 「イグザクトリー!この速度。体験してみるとほんっとーに早くてねえ……」

 

 「そんなどっかの飲食店チェーンの売り文句みたいに……」

 

 確かに誓子の言う通り、爽の表情からしても今まさに注文を終えた客のようにしか見えないが。

 そんなことは気にした様子もなく、爽は言葉を続けた。

 

 「麻雀ってさ、どんなすごい手を聴牌したって和了れなきゃ意味ないんだ。役満だろうが、ダブル役満だろうが、聴牌に意味なんてない。絵にかいた牛丼さ」

 

 「餅です。飲食店チェーンに引っ張られないでください」

 

 「そうそう餅ね、餅……。まあ何が言いたいかって」

 

 爽はいつものおちゃらけた調子で言う。

 心底楽しそうに。

 

 大きな手になる可能性のある手牌達を蹂躙する恭子の姿がたまらないと言うように。

 

 

 

 「速度は“絶対”なんだ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 決勝大将後半戦 南一局 点数状況

 

 1位  姫松  末原恭子 134500

 2位  晩成   巽由華 124600

 3位 千里山 清水谷竜華 111500

 4位 白糸台   大星淡  29400

 

 

 

 

 

 

 親番。

 それは、和了り続ける限り半永久的に続くものであり、ある意味この親番を手放さずに和了り続けることさえできれば負ける可能性は0に等しくなる、まさしく無限の可能性を秘めたもの。

 

 しかし一度他に和了りを許してしまえば、自分の親番はもう一周回ってくる以外に回ってくることはない。

 親番は全員平等に、東場で1回、南場で1回。

 

 決勝大将戦は、南場に入る。

 

 ここから先は全員が最後の親番。

 親番が終わってしまった者から、大逆転の可能性は著しく低下する。

 

 つまり。

 

 トップと10万点以上離された大星淡にとって。

 絶対に手放せない親番がやってきた。

 

 

 南一局 親 淡 ドラ{六}

 

 『インターハイ団体戦決勝大将後半戦は、南場に入ります……!この一周、この一周が終われば、全国を制する高校が決まる……!運命の瞬間は刻一刻と近づいています……!』

 

 『ああ、間違いないねい。それにさ……今さっきの局でわかっただろ』

 

 『はい。あの和了り、間違いなく……』

 

 

 恭子 配牌

 {①③⑤356二四八九九中中}

 

 

 『末原選手は、自力で引導を渡すつもりです……!』

 

 『自分の東場の親番で悪い配牌がきたとたんあっさりと諦めた。それも全て、全員にまだ親番が残っているから。自分が連荘して局数を稼ぐのはもちろん自分の点数を稼げる確率は上がるが同時に……このバケモノだらけの3人に勝負手が入る可能性を増やすことにもなる。……ところがこの南場の親番を全員引きずり降ろせば、もう逆転の芽は潰える。最後まで徹底的に、冷酷に。これが、末原ちゃんの優勝への覚悟。……ま、知らんけど』

 

 『信じる皆が控室で祈っています。真紅の優勝旗を持ち帰るのは姫松高校末原選手になるのでしょうか……!』

 

 『おいおいそれでも忘れてもらっちゃ困るぜ。まだ親番が全員残ってんだ。状況は最悪。点差は大きい。けどな……』

 

 

 淡 配牌

 {①③③⑥⑦34679四五六八}

 

 

 『諦めてなんかいねえ。さあ、根性見せろよ大物ルーキー』

 

 

  

 淡が、もらった配牌を理牌する。

 淡の心中は、自分でも経験したことのない感情でぐちゃぐちゃだった。

 

 こんなはずじゃなかった。それはそうだろう。

 前半戦から全員をねじ伏せて、絶望に叩き落して、今頃自分は心の中で高笑いをしているはずだった。

 

 けれど実際は……叩き落されたのは、自分の方だった。

 今まで見下していた打ち手達にやられ、最強だと思っていた自分も、照も、敗れた。

 

 腸が煮えくり返りそうになるほどの激情に駆られるはずの自分の状況のはずだがしかし。

 今淡の内に燃え上がる感情は、怒り、憤りといった類のものではない。

 

 (最悪。ほんっと最悪。なんかダブルリーチも打てなくなっちゃったし。この親番逃したら一位は絶望的だし)

 

 三連覇なんて当たり前だと思っていた。

 他の高校の対戦相手はどれも大したことなくて。麻雀なんて簡単なゲームだと思っていて。

 

 しかしその考えはものの見事に粉砕された。

 他でもない、目の前に座る3人の打ち手によって。

 

 (ケド……この配牌がダブルリーチじゃなくてよかったって思ってる私も、変だ)

 

 淡の能力の特性は、文字通り規格外だ。

 全員の配牌が重くなり、自分は確定でダブルリーチを打てる。

 ある一定のところまでツモが進めば、跳満の手に仕上がる。

 

 通常なら、どうやったって負けないようなその能力。

 けれど、このメンツを相手に通用しないことをはっきりと思い知らされた。

 

 だから、結局和了りまで時間がかかるダブルリーチではなく、自分で手を組める好配牌がきたことに安堵している淡がいて。

 

 (なんだろう……ほんとーにさいあくのはずなのに……ふわふわしてる)

 

 一度親の跳満を和了ったあの時からだろうか。

 緊張しているわけでも、委縮しているわけでもないのに、どこか落ち着かない。

 身体が酸素を求めるように。新しい感覚に、あの和了りの瞬間の感覚を求めている自分がいる。

 

 大きく、息を吐く。

 

 

 (……絶対、諦めない)

 

 それは照のため、自分のため。

 そして……白糸台の皆のため。

 

 

 

 

 2巡目。

 

 「チー」

 

 「……ッ!」

 

 竜華の切った{②}に声がかかる。

 恭子が手牌から{①③}を晒してチー。

 

 

 『末原選手ここから仕掛けましたよ……?!今日のお話を聞いている限りだとそこまで鳴かなくてもよさそうなところなんですがこの鳴きはいかがでしょう三尋木プロ』

 

 『ああ、確かにそこまで無茶して鳴くとこでもない気がするねい。けど、わかってんだ末原ちゃんは』

 

 『と、言いますと?』

 

 

 

 淡 手牌

 {①③③⑥⑦3467四五六八}ツモ{中}

 

 

 

 

 『今のお前さん達に、役牌止めてる余裕なんかねーよなって』

 

 

 淡が奥歯を強く噛んで、それでも致し方ないとばかりに{中}を強打する。

 

 

 「ポン」

 

 (……!別にいーよ……私のツモ番が増えるだけ!!)

 

 幸いなことに恭子の上家に座っているわけではない。

 どうせ役牌を絞る余裕なんてないのだから、自分の手を最優先に考える。

 

 淡が選んだのは、対面に座る高校麻雀界一のスピードスターとの、真っ向勝負。

 

 4巡目 淡 手牌

 {③③⑥⑦3467四五六七八} ツモ{3}

 

 淡の、手が止まる。

 

 『こ、れは……難しい牌を引きましたね大星選手。しかし対面の末原選手はもう2副露、間違えられない選択……!』

 

 『……難しいな。牌理的な正解はあるが、自分の点数も考えるとここは……』

 

 

 淡の額に汗が流れる。

 間違えられない。確かにそう。

 

 対面から伸ばされた剣の切っ先が、自分の首筋にあてがわれているのはわかっている。

 1つでも判断を誤れば、もうきっとこの剣は自分の胸を貫くであろうことは、感覚的に理解できる。

 

 だから、この究極の状態だから。

 

 

 伸ばされた剣先を、()()で引っ掴む。

 

 

 (楽しい!!!!!)

 

 

 淡の感情が、その瞬間裏返った。

 

 天高く持ち上げた{4}を、河に叩きつける。

 

 

 『切り出したのは{4}……!これは、どうなんでしょうか……!』

 

 『いや、悪くねえんじゃねえか?速度を最優先するなら打{7}がベストだろうが……それは678三色を消す打牌になっちまう。和了ることもそうだけど、なにより点数が欲しい選択としちゃあ……悪くねえはずだ。知らんけど』

 

 『打点は逃さない……!このルーキーの選択、いったいどのような結果を生むんでしょうか……!』

 

 

 最高打点を目指して。

 淡の目指す最高打点は、メンタンピンツモ三色ドラドラの倍満以上。

 

 それが絵空事ではなくできるという確信が淡にはあった。

 

 5巡目 淡 手牌

 {③③⑥⑦3367四五六七八} ツモ{六}

 

 それをできるだけの運と力が、彼女にはあるから。

 

 (もっと楽しませてよ、スピードスター!!!)

 

 淡が前半戦に発していた黒いオーラは生まれない。

 そこにあるのは、ただひたすらに他家と手をぶつけあい楽しむ……一人の少女の姿。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 白糸台高校控室。

 

 「大星!行け!!」

 

 「淡ちゃん……!」

 

 気付けば誠子が立ち上がり、尭深の手は固く強く湯のみを握りしめている。

 

 点差は絶望的。

 けれど、自分たちが招いた状況なのは火を見るよりも明らか。

 照に甘えて、全員が区間で役割を果たせなかった。

 

 それでもどこか、この1年生ならやってくれるんじゃないかと期待していた。

 勝手に期待して……彼女を壊しかけた。

 

 (本当に度し難い人間だな私は)

 

 菫は自嘲気味に苦笑する。

 勝手に期待して、彼女に寄りそうことができなかった。

 彼女は数年に一度のバケモノだから、と勝手に決めつけた。

 

 自分たちとは違う、と勝手に思い込んだ。

 

 ふとソファに座る照の方を見た菫が思い出すのは、いつも照を慕って、隣に無邪気に笑う姿。

 

 (あいつだって1年なんだ。勝手な勘違いをしていたのは……私達の方だった)

 

 もっとやれることがあったのではないか。

 教えられることがあったのではないか。

 

 後悔は、絶えない。

 

 「淡……」

 

 ソファに座った照が、小さく呟いた。

 

 モニターに映る彼女は、笑っている。

 心底楽しそうに。ギリギリの戦いを無理やり楽しむように。

 

 そんな姿を見て、照は静かに願う。

 

 

 「最後まで、楽しんで」

 

 

 その言葉は、会場の喧騒に飲まれて消えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 6巡目 淡 手牌

 {③⑥⑦3367四五六六七八} ツモ{2}

 

 関係ない。いらない。たたっ切る。

 

 

 

 7巡目 淡 手牌

 {③⑥⑦3367四五六六七八} ツモ{⑧}

 

 そう、これが、これが欲しかった。

 

 

 「リーチ!!!」

 

 

 『追い付いたっ!!追い付きました大星淡選手!!満貫は確定、積もれば安目跳満、高目倍満の超ド級聴牌!!』

 

 『きっちり仕上げたか……さあ、どうなるよ……!』

 

 

 淡の目が輝いている。

 あの日照と満天の星空を見上げたあの時のように。

 

 麻雀を初めて覚えた、あの頃のように。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 『淡、はいこれ』

 

 『なにこれ?』

 

 『麻雀の、勉強本』

 

 『え~いらな~い』

 

 『でも、私も、読んだよ』

 

 『え~……でも私べんきょー苦手なんだよね~……』

 

 

 

 

 

 

 ―――あの時、あの本を読んでたら変わってたのかな。

 ―――照のいう事をちょっと聞いて、真面目に勉強してたら変わったのかな。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「ツモ」

 

 

 

 姫松の誇る最速の打ち手に、『一巡』は重すぎた。

 

 

 恭子 手牌

 {567四五九九} {中横中中} {横②①③} ツモ{三}

 

 

 「300、500」

 

 

 

 

 

 

 

 

 剣先は、確かに淡の身体を貫いた。

 

 淡は今まさに振り下ろそうとしていた腕を、ゆっくりとおろして。

 

 

 

 

 笑いながら、泣いていた。

 

 

 

 

 

 



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第187局 ただ一撃

 

 

 

 決勝大将後半戦 南二局 点数状況

 

 1位  姫松  末原恭子 135600

 2位  晩成   巽由華 124300

 3位 千里山 清水谷竜華 111200

 4位 白糸台   大星淡  28900

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 残り3局。

 もちろん、連荘があればその限りではないが、この大将戦がもう残り短いことは全員が理解していた。

 そしてその中で、ひたすらに走り続ける恭子の姿。

 

 ともすればこの南2局も、簡単に終わってしまうのではないか。そんな展開。

 

 しかしこのとんでもない展開を作り出している恭子が楽なのかといえば、そんなはずはなく。

 

 (危なかった……大星の手は間違いなく本手。1つでも危険牌を掴まされていれば、ウチはオリざるを得なかったやろな……)

 

 淡の手から感じられる雰囲気は尋常なものではなかった。

 いかに速度に長けている恭子といえども、同じ聴牌の土俵に立たれてしまっては、あとは運。

 今回は自分の手に和了り牌が来てくれたことで助かったが、恭子の麻雀は常に綱渡りだ。

 

 (そんで、まだ終わりやない……今度は)

 

 恭子が今まさに深呼吸をしてから、卓の中央に手を伸ばしてサイコロを回す少女を見る。

 

 (清水谷が、死ぬ気で和了りに来る……)

 

 

 

 『団体戦決勝大将後半戦は、南2局を迎えます……!!ここまでは末原選手が局を支配してリードを保っていますが、まだまだわかりません!この局、親番は千里山清水谷竜華選手!ここでなんとしても一つ和了りが欲しいですね……!』

 

 『そうだねい。トップまで24000点差は、一撃で縮めるのは難しい。けど親番なら跳満ツモですぐに追いつく上に、連荘もある。ここは死ぬ気で和了りたいところだけど……』

 

 

 竜華 配牌 ドラ{⑦}

 {①③⑤268一四七九九白西発}

 

 

 『苦しすぎんだろ……!』

 

 『清水谷選手の配牌、あまりにも厳しい……!どうにかしてつなげられるか……?!』

 

 竜華の手牌は、ハッキリ言って絶望的だ。

 これがもし東一局であれば、この局は和了りは諦めて防御に徹しよう。そう思ってもおかしくないレベル。

 

 しかしそれが許される状況ではないことは、誰よりも竜華が理解している。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 千里山女子控室。

 

 「だあ~!!!なんつーゴミ配牌だよありえへんやろマジで!!!」

 

 「苦しすぎる……そんなことって……!」

 

 最後のチャンスと言っても過言ではないこの状況で入った配牌は、あまりにも残酷だった。

 思わず立ち上がって壁を殴りつけるセーラと、完全に顔が青ざめている泉。

 それも仕方のない事。

 これまで恭子の超早和了りを見せつけられて、ただでさえ速度は必須だと思わされた後にこの配牌はあまりにも厳しい。

 

 しかしこの絶体絶命の状況をそこまで悲観していない人物が1人。

 

 「いえ、まだ、わかりません」

 

 「ああ?」

 

 タブレットを操作しながら。

 千里山の頭脳である浩子が、ゆっくりとモニターを指さす。

 

 「姫松の配牌を見てください」

 

 「なに……?」

 

 画面を見れば、竜華が一打目を切ったことで映る恭子の手牌。

 

 恭子 手牌

 {②④⑦⑦⑨89一五赤五七南発} ツモ{中}

 

 「姫松もかなり厳しい配牌が入ってます」

 

 見てみれば確かに恭子の手牌も厳しい。

 先ほどまでの超速和了りはそこそこの形からの発進が多かったが、これは流石に悪すぎるように見える。

 

 この局は、恭子といえども時間がかかりそう。

 しかしそれは同時に。

 

 「……っクソ!こんな配牌じゃなけりゃ……!」

 

 竜華に好配牌が来ていれば少なくとも恭子に止められる可能性が低かったことを意味していた。

 

 なおのこと握った拳に力が入るセーラを見留めて、怜が静かに口を開く。

 

 「まあまずはまだ時間がありそうなことに喜ぼか。竜華なら、必ずもう一局を切り開ける」

 

 条件がかなり厳しくなった淡が早和了りは考えにくい。

 由華の手牌も重そうな印象。

 

 最悪、聴牌連荘でも可能性はつながる。

 千里山目線の点差で言えば、親番で一撃決めれば優勝が見えてくる点差だ。

 

 この一局を、どうにか繋ぎ止める。

 

 

 (りゅーか……頑張れ……りゅーか……!)

 

 

 祈ることしかできない。

 けれど、竜華は自分に見えなかった景色を見せてくれた。

 

 諦めない心で、あり得なかったはずの跳満を手繰り寄せた。

 運命を、変えて見せた。

 

 だから、大丈夫。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 最悪の配牌が入った竜華。

 しかしその下家に座る恭子も、気が気ではない。

 

 (ついに、やな。毎回好配牌なんか来るわけあらへん。むしろここまでやれてるのは、ツいてるからや。いつかこんな配牌は来るとは思ってた……んやけど。この状況、どうする……)

 

 竜華の配牌が悪いなどと、恭子が知るわけもない。

 一打目から字牌の切り出しだし、竜華が普通に手を作ってきているくらいの印象でしかない。

 

 恭子の目からすれば今すぐにリーチが飛んで来たってなんの文句も言えない状況。

 

 (自力で流す……?この配牌から?手にある役牌3枚を切り飛ばして?)

 

 チラリと下家を見れば、前半戦から一度も変わらない、闘志みなぎる表情で牌と向き合う由華の姿。

 彼女に対して役牌を切り出すのは常にリスクが伴う。

 そんなことは、準決勝の頃から知っている。

 

 一つ、息を吐いて。

 

 

 (大星かて、役満クラスしか和了ってくれへんやろな)

 

 対面に座る少女。

 自分の勝利の可能性はほとんど0に等しくなった。

 それでもなお、まっすぐ前を向いている。

 

 ヤケになって低打点の和了りなど、してくれるはずもない。

 あれは最後まで『麻雀』を打ち切ることを決めた顔だ。

 

 (連荘されてたら、危なかったかもしれへんな)

 

 恭子からすれば、この中で一番未知数だったのが淡だった。

 だからこそ、絶対に一番初めに可能性を潰さなければいけなかった。

 

 (今はとりあえず置いておこうか。清水谷の親番を、どう落とす……)

 

 こうなった以上、竜華の親番を蹴るのに淡の力は借りられない。

 由華が和了るのも平均打点を考えれば絶対にダメ。

 

 となれば。

 

 (ある程度は自分で行くしかない……!)

 

 状況は第三者視点で見るよりもずっと厳しい。

 それでも恭子は前に進む。

 あの時誓った優勝が、少し先に見えてきたのだ。絶対にここでなど止まれない。

 

 

 

 

 

  

 

 6巡目 竜華 手牌

 {①③⑤468三四六七九九西} ツモ{一}

 

 捨て牌一段目が終わって、未だ面子は0。

 それでも竜華は、一つの可能性に辿り着いていた。

 

 (末原ちゃん……手牌、重いんやろ)

 

 恭子の捨て牌。

 数牌からの切り出しで、いよいよ万事休すかと思ったが先ほど切り出した役牌の{発}を恭子が合わせたところで、竜華は考えた。

 

 (怜に視てもらったら、また黙って首を横に振られそうな配牌やったけど……この感じやと末原ちゃんも手が悪い)

  

 恭子も手牌がまとまっていない。

 だから、由華に対して怖い字牌が切り出せない。

 

 自分の手が苦しいのに他者の手を進ませるのは自殺行為だ。

 それを理解していない恭子ではない。

 

 ということは、役牌を切り出していくほどの手ではないのだ。

 もちろん例外はある。切れなかったのは{発}だけで、もう面子手の一向聴ということも無くはない。

 

 けれど、竜華は感じることができた。

 彼女の類まれなセンスが、恭子の手牌の速度感を読み切った。

 

 (なら、まだチャンスはあるはずや……!絶対に、絶対につなぐ……!)

 

 結局自分の切り出す牌も端に寄ることになる。

 であれば恭子は動きにくい。

 

 大将後半戦は南2局にしてようやく遅い決着を迎えそうな展開になった。

 

 

 8巡目 竜華 手牌

 {①③⑤468三四六七九九西} ツモ{二}

 

 ようやく手が進む。

 ドラもなければ赤もないが、聴牌に価値のある局面。

 リャンカンはどちらも外せない。裏目は許されない。

 

 竜華は自分都合で、{西}を切り出していく。

 

 (あまりにひどい配牌……そんで思い出したわ。昔のこと)

 

 切った後に膝の上に手を置いて、山へと手を伸ばす恭子を見る。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 1年生の夏。

 関西合同合宿の帰り道で、竜華は肩を落としていた。

 

 

 「セーラ、ウチ大丈夫かな?」

 

 「なにがや?」

 

 「いや、今日姫松と晩成にいるセーラのお友達たちに手も足も出えへんかったし……」

 

 今日の合同合宿。

 竜華は予選を好成績で抜けて上位8人の卓に残った。

 そこまでは、良かった。

 

 しかしその後相手にした……多恵ややえ、洋榎といったセーラの親友達に手も足も出なかった。

 完全に一人負け。

 

 「牌譜見たけど、配牌もツモもそこまでよくなかったしな、しゃーないやろ」

 

 「……」

 

 たかが一日の出来事。

 麻雀という競技であれば、「運が悪かった」で片付けられる。

 竜華だって本当はそれで片付けてしまいたい。

 

 けれど竜華は、その日の対局で後ろで見ていた時の恭子の打ち回しが忘れられなかった。

 

 「姫松の……末原さん、やったっけ。すごかったんよ。配牌見てあ、これは無理やろな~って思ったんやけどな?果敢に鳴いていったんよ。赤もドラもないんやで?やのに……結局、聴牌を取り切ってた」

 

 「あ~洋榎のとこの奴か。確かにあいつ良いセンスしてたよな。多恵と似てるわ」

 

 「……」

 

 普通なら、投げ出してしまいそうな配牌。

 諦めてしまいそうなツモ。

 

 それでも前を向いていた。練習試合だから、それもあるかもしれない。

 自分は凡人だから、そう言っていた。

 

 けれど、あの姿勢は、打ち筋は。

 今の竜華には眩しく映った。

 

 「気にしすぎや~竜華」

 

 「うわあ?!もうびっくりさせんといてよ」

 

 急に背中を叩かれて驚く。

 振り返ればセーラは、いつものように笑っているだけ。

 

 「じゃあよかったやんけ~今気付けて。次は竜華もできるやろ」

 

 「そっ……か」

 

 「せやせや。別に今は負けててもええやろ!……いつかあいつらと本気で戦う時が来る。そん時……見せつけてやろーぜ。……それにな、ウチはあの末原とかいう奴よりも、竜華の方が強いと思ってるで」

 

 ……きっと、励ましの意味はあるだろう。

 どこまでが本心かは、この時の竜華はわからなかったが。

 

 江口セーラという人間をもっと知ってからは、この言葉が嘘ではなかったんだと感じることができた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 (あん時は、後ろで眺めてるだけやったけど……。今はもう、同じ卓で戦うライバル、やもんな)

 

 何度も対戦した。

 負ける度、彼女の強さを痛感した。

 

 恐ろしいほど勝ちに徹していて、恐ろしいほど自分のスコアに興味がない。

 その背中を追いかけて、今同じ舞台に立っている。

 

 (ウチは末原ちゃんみたいにはなれんけど……けどな。この負けたくないっちゅう気持ちだけは……負けてへん……!)

 

 3年間の集大成。

 あの頃とは、違う。

 

 

 南2局は、11巡目に入った。

 11巡目と言えばちょうど中盤あたりではあるが、この半荘でここまできたのは初。

 どれだけ早期決着が多かったかは、わざわざ言うまでもないことだろうが。

 

 

 「チー」

 

 竜華が、動いた。

 

 

 

 竜華 手牌

 {①③⑤二三四六七九九} {横768}

 

 

 『こ……れは、タンヤオの仕掛け、ですか?』

 

 『いや……本命は形式聴牌だろうねい。自分の手牌があまりにも悪く、この手は和了っても高打点にはならない。なら、聴牌流局でもう一度親番を。ここでノーテンで終わっちまうのは、絶対に避けたいからねい』

 

 『なるほど……ちょっと早すぎる気もしますが……』

 

 『いや、そんなことねーんじゃねえの?それに、悪い事ばっかりじゃねえ。そもそも形式聴牌狙いだなんて他にはわからねーし、幸い上家は連荘してほしい側の白糸台だ。鳴かれないように立ち回ることは無いだろ』

 

 『確かに……!そこまで考えての発進ですか……!さあ、あまりにひどい配牌のスタートでしたが、なんとか夢をつなげるか、千里山女子……!』

 

 

 12巡目 恭子 手牌

 {④⑤⑦⑦89三五赤五六七南中}ツモ{8}

 

 ここまではなんとか自分での和了りを見てきた恭子。

 しかしここで竜華の鳴きが入って、手が止まる。

 

 (清水谷……捨て牌からみても相当苦しかったことはわかる。……せやけど、今ので聴牌でもおかしくはない。打点が、読みにくい……!)

 

 竜華の仕掛けは、確かに恭子に圧をかけていた。

 恭子から見えているドラは3枚。

 残りはまだ河に出ておらず、竜華の打点は読みにくい。

 放銃は絶対に避けたいところな上に、満貫なんて食らうのはもっての他だ。

 

 恭子が選んだのは{9}。

 

 和了りはギリギリまで諦めない。

 けれど、諦める可能性がある限り、役牌は切らない。

 

 恭子の綱渡りは、まだ続く。

 

 

 

 

 

 14巡目。

 

 「チー!」

 

 竜華 手牌

 {①③二三四九九} {横八六七} {横768}

 

 『聴牌!!なんとか、なんとか聴牌を入れました清水谷竜華!!これでもう一度夢を繋ぎます……!』

 

 『執念……か。結果的に鳴いてなかったら聴牌すら厳しそうだったねい。あんなひどい配牌から、よくここまで持ってきたよ。知らんけど』

 

 

 竜華の最終手出しは{⑤}。

 上手い事{八}が鳴けたことで、678三色の可能性も追わせることができる。

 

 (これで、やれることは全部やった……!一人聴牌なら最高……!次の局を願うだけや……!)

 

 以前の竜華ならこの仕掛けはできなかったであろう。

 早めに自分の手牌を見きっての形式聴牌。

 

 この千里山の3年間で、彼女が成長した証拠。

 こんなちっぽけな形式聴牌には、彼女の3年間の努力が詰まっている。

 

 

 恭子 手牌

 {④⑤⑦⑦88三五赤五六七南中}ツモ{三}

 

 (ここまで、やな……)

 

 手牌は育たなかった。

 竜華は2副露でほぼ聴牌。

 竜華の執念に、押し切られた。

 

 ここから自分が和了るのは絶望的すぎる。

 恭子は{8}を切り出して、流局を願う態勢へ。

 

 (大星が押してる……2人聴牌なら、縮まる差は3000点で済むんやけど)

 

 流局になれば、聴牌者とノーテン者で点棒のやりとりがある。

 一人聴牌なら竜華との点差は4000点縮まり、2人聴牌なら3000点。

 

 とにかく、あとは流局してくれと願うだけで――――。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 『行け』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 王者の声が、響いた気がした。

 

 

 

 

 

 

 

 「―――リーチ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 心臓が鷲掴みにされるような。

 まずいと思った時にはもう遅い。

 

 息が、止まる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 それは準決勝が終わった日の夜のこと。

 

 「……やえ先輩。私、どうすればよかったんですかね」

 

 「……オーラスの話?」

 

 やえの部屋に押しかけてきた後輩ズを追い出して、今はまた由華とやえの2人きり。

 未だパソコンのデータとにらめっこを続けるやえの隣で、由華はポツリと呟いた。

 

 「すみません、やえ先輩も明日……とんでもないのが相手なのに」

 

 「いいのよ。結局、今からできることなんて限られてるわ。由華も、そうでしょ?」

 

 ぐっ、と一つ伸びをして、やえは由華の方へ身体ごと向きを変えた。そのまま由華が話す言葉を待つ。

 

 「……私、なにもできなかったんです。末原さんの仕掛け、リーチ。あまりにも早くて……私には止められなかった」

 

 思い出すのは準決勝(今日)のオーラス。

 完全に優位な立場にいたはずの由華だったが……結局、恭子の連荘を止められずに2位通過。

 あの連荘の最中、由華は本当に何もできなかった。

 

 明日、また恭子と相対する。

 その時また今日と同じことがあったら、止められる自信が、由華にはない。

 

 言葉を止めた由華の表情を、やえが覗き見る。

 

 決して後輩達の前ではしない表情。

 心の中の不安が、見て取れる表情。

 

 去年と同じ思いは絶対にしたくない。負けられない。

 

 ……誰よりもその想いを近くでやえは聞いてきた。

 

 だから。

 

 

 「……なんにもしなくていいわよ」

 

 「え……?」

 

 やえはあえて簡単に表現した。

 

 「やることは変わらないわ。あなたらしい麻雀を打ちなさい。変に打ち方を変える方が、自殺行為よ」

 

 「……でも!」

 

 「大丈夫」

 

 「……!」

 

 思わず乗り出しそうになった由華の両肩を、やえが抑えた。

 

 「あんたがやってきたことは、全部今のあんたのココに残ってる。最後まで、貫きなさい。それが晩成の麻雀なのよ。晩成の魂なのよ。――――そうでしょ?」

 

 「……」

 

 トントン、と胸を片手で叩いてやった。

 努力してきたのは知っている。必死でもがき続けたのも知っている。

 

 ……去年、いつまでも泣いていたのを知っている。

 

 

 「……それにね、あの末原だって毎回手が入るわけじゃない。いつか必ず、悪い配牌の時は来る。焦らず……牙を研げ。そんな局、あるかもわからない。けれどあるなら一局で仕留めろ。あんたには……それができるはず」

 

 「……!」

 

 この人は、いつも欲しい言葉をくれる。

 

 由華は今自分の胸に宿った、温かな気持ちに安心感をもらった。

 

 (やっぱり……やっぱりこの人と頂点に立ちたい。優勝したい)

 

 由華も湧き上がる強い気持ちを止められない。

 

 座っていた椅子を、立つ。

 

 

 「明日勝ったら、抱き締めてください」

 

 「はあ?!」

 

 「いいですよね?」

 

 不安な表情はどこへやら。

 満面の笑みで問うてくる由華に、やえはやれやれと頭を振った。

 

 「勝ったら、ね」

 

 「やった。言質取りましたからね」

 

 そう言って小さくガッツポーズした由華は本当に笑顔で。

 

 この最愛の後輩に、勝利の味を知って欲しい。

 心の底から、やえはそう思った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 雌伏の時は、ひたすら耐える。

 来るかもわからない好機を待つのは、常人では難しい。

 こんな大舞台で、和了りを焦るなという方が難しい。

 

 

 

 けれど、彼女は待った。

 

 最愛の先輩がそう言ったから。

 

 あの人と共に頂点に立つと誓ったから。

 

 

 ツモ山に、手を伸ばす。

 

 

 

 ただ一撃。

 

 それだけあればいい。

 

 

 

 

 「ツモ!!!」

 

 

 

 

 

 由華 手牌

 {34666西西西白白白南南} ツモ{2}

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 宣言牌は{3}。

 その意味がわからないほど恭子の頭は鈍くない。

 

 この2年生はツモり四暗刻を拒否している。

 読み切ったのだ。{南}を恭子が絞っているであろうこと。{2}が、まだ山にいること。

 

 

 

 確固たる意志を持つ打ち手に、牌は応える。

 

 

 静かに由華が、裏ドラをめくった。

 

 

 

 

 

 裏ドラ{南}

 

 

 

 

 

 

 

 

 響き渡る怒号は、歓声か、絶叫か。

 

 

 

 

 

 

 

 『決まった!?!!?決まってしまった?!!?千里山女子の夢を打ち砕いたのは晩成高校大将巽由華!!!!この大将戦南2局で!!!値千金の三倍満ツモ!!!大仕事をやってのけました!!!この状況での三倍満はあまりにも大きい!!!とんでもないことが起こりましたインターハイ団体戦決勝!!』

 

 『おいおい嘘だろ……。配牌は別に良くなかった。けど、千里山が手を作る上で切らなきゃいけなくなった役牌を重ねて、決して多くなかった索子に寄せて、最後は役牌は止められてると読み切っての両面リーチ……!文句なく、最高の手組みだろ……!!!』

 

 『大きく、大きくリードを取ります晩成高校!!!!昨年涙を流した彼女はもういない!!!悲願の、悲願の初優勝が見えてきました!!!!』

 

 会場に歓声が響いている。

 由華の和了りを祝福するように。

 

 ――――優勝校が、決まったかのように。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 決勝大将後半戦 南三局 点数状況

 

 1位  晩成   巽由華 148300

 2位  姫松  末原恭子 129600 

 3位 千里山 清水谷竜華  99200

 4位 白糸台   大星淡  22900

 

 

 

 

 

 

 

 肩で、息をしていた。

 

 点数申告を受けた時は頭の中が真っ白になって、気付けばいつの間にかサイコロを回していた。

 

 どうして、こうなった?

 

 たった一局。

 わかっていたことではあった。

 この凡人の積み重ねなど、せいぜい吹けば飛ぶ程度の重みしかないこと。

 それをまざまざと見せつけられた。

 小さく、本当に小さく積み重ねてきた恭子の点棒は、晩成の想いの乗った一撃で吹き飛ばされる。

 

 切り替えなきゃいけないのに、吐き気が込み上げてきて邪魔をする。

 

 右手で作った拳で、強く太ももを叩く。

 震える自分に活を入れるように。

 痛みで我を取り戻すために。

 

 

 (まだ、親番がある……ここで絶対、連荘や。最善を積み重ねる。そうやろ!!!)

 

 

 無理やり己を奮い立たせた、

 後悔も反省もしている暇なんてない。

 

 

 

 

 今はただこの瞬間の最善を―――

 

 

 

 

 南三局 親 恭子 ドラ{九}

 

 恭子 配牌

 {①中⑨3一発5一八南③北白8}

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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第188局 意地と意地

 

 

 決勝大将後半戦 南三局 点数状況

 

 1位  晩成   巽由華 148300

 2位  姫松  末原恭子 129600 

 3位 千里山 清水谷竜華  99200

 4位 白糸台   大星淡  22900

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 『聞こえますでしょうかこの大歓声……!私達のいる実況席まで響いてきています!』

 

 『完璧な手順だったな……あれが運だけの和了りで無い事は、麻雀をちょっと深くまでやってるやつにはわかるだろうけどねい。親の千里山にも警戒しつつ防御も考えながら手を進められる混一を選んだ。手が整うまで時間はかかるが、千里山と姫松が和了れないことだってある。その瞬間を、あのコはずっと、ずっと待ってたんだ。まさしく一撃必殺。いやあ、痺れるねい……』

 

 『歓声は未だ止みません!インターハイ団体戦のボルテージは、今最高潮を迎えようとしています……!』

 

 『いやあ……そりゃ盛り上がりもするだろ……!万年一回戦負け。絶対的エースを擁しながらもワンマンチームと言われ続けた高校で。その唯一の3年生であるエースのために後輩達がここまで導いてきた。どんなストーリーだよ漫画でももうちょっと工夫するぜ!知らんけど!』

 

 『しかし、しかしまだわかりません!千里山女子は親番を落とされてかなり厳しくなりましたが、親番は、この人に移ります……!』

 

 

 南3局 親 恭子

 

 

 『こちらだって絶対に負けられないんだ!3年生4人、最高の世代と呼ばれた無冠の常勝軍団!2年連続準優勝、喉から手が出るほど欲しい優勝旗は、つい先ほどまで手の届くところにありました……!!』

 

 『親番がある限り、まだわからねえぜ。特に準決勝の連荘を見てるとねい』

 

 『ですが、ですが……』

 

 

 恭子 手牌

 {①③⑨358一一八南北白発中}

 

 

 『この手牌はあまりにも厳しすぎませんか……!』

 

 『……ああ、この最後の最後でも、麻雀の神様ってやつは……本当に、意地悪で理不尽なんだ』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 18700点差。

 それが現状における、晩成(由華)姫松(恭子)の点差だ。

 

 しかしこれが、なんの意味もなさないことを、由華は十二分に理解している。

 高鳴る心臓を抑えつけ、南3局の配牌と向き合った由華。

 

 (何点差あったって関係ない。問題は、この末原さんの親番を落とすこと……!)

 

 口で言うほど、この親落としは簡単ではない。

 もちろん死ぬ気で連荘しに来る恭子が強いというのもそうだが、下家に座る淡は役満クラスでないと和了る意味がなく、対面の竜華も同じく最低でも倍満クラスは和了らなければ意味が無いという状況。

 下手を打てば、竜華はこのタイミングに限り、恭子へのアシストすら視野に入ってくる。

 

 (私が、落とすしかない……!)

 

 もう一度自分に活を入れた。一撃大きい和了りでトップに立てた。

 ここからが、最大の難所。

 

 高校ナンバーワンの速度を持つ打ち手が死ぬ気で和了りに来るこの局の、親落とし。

 

 

 

 竜華 配牌

 {①①②③③⑥⑦124六九中}

 

 (一気に厳しくなってもうたな……)

 

 竜華は一気に厳しい状況に追い込まれた。

 由華を警戒していなかったかと言われれば、そんなことは無い。

 けれど、一番の脅威である恭子の手が出遅れていたこと、自分がひどい手牌から聴牌を取れたこと。

 あらゆる要因が、徐々に竜華の視線を由華から外してしまっていた。

 

 (警戒してたら阻止できたか、って言われたらそれは難しいんやろけど……)

 

 結果だけ見れば、竜華が切った役牌を重ねられて、由華は和了りきっている。

 だからといって切らなかったら、竜華は到底聴牌にはたどり着けていないだろう。

 

 (余計なことは考えたらあかんな。皆のためにも……最後まで頑張るんやから……!)

 

 竜華の手牌は清一色が見える。

 倍満~三倍満クラスを和了ることができれば、まだチャンスは残る。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 配牌をもらって、理牌せずの状態で開いて、頭痛がした。

 震える手で懸命に理牌をして、叩きつけられた現実に眩暈がした。

 

 恭子 手牌

 {①③⑨358一一八南北白発中}

 

 一度、二度、三度。

 いつものスパッツではなくスカートを穿いている己の太ももを叩く。

 

 (切り替えろ……切り替えるんや……!凡人が思考を止めたら、そこで終わりやろが……!!!)

 

 このまま中途半端な覚悟で、生半可な打牌はできない。

 次鋒戦、漫が絶望的なチョンボをしてから前を向いた。

 後輩が教えてくれた。自分たちがしてきた『次の最善』は間違ってなかったんだって。

 

 ここで自分が折れて、何が姫松の大将だ。

 

 暴れる心臓を無理やり抑え込んで、暴れる感情を無理やり痛みで抑え込んで、恭子は頭を回す。

 

 今までも、これからも。

 自分にできるのはこれだけなんだからと言い聞かせて。

 

 恭子が1打目を、切り出した。

 

 勝負の南3局が、始まる。

 

 

 

 

 

 

 

 3巡目 竜華 手牌

 {①①②③③⑥⑦⑦⑨124中} ツモ{⑨}

 

 順調に筒子が伸びる。

 狙いは筒子の清一色一本になりそう。そんなタイミングで、恭子の捨て牌の様子が少しおかしいことに竜華は気付いた。

 

 (役牌を絞ってる……わけではない、やんな。末原ちゃんも、ここで和了らなきゃ厳しいはずや)

 

 もう絞っている場合ではない。

 だとすれば、字牌のブロックがある……?竜華にとっては、恭子に手を進めてもらうことはデメリットだらけではない。

 竜華は少し考えてから、{中}を切り出した。

 

 

 「ポン!」

 

 声がかかった。

 

 しかしかかった声の方を見て竜華は驚愕する。

 大きなポン発声は……対面から。

 

 

 『ポ、ポン!?晩成高校巽由華選手がポン!副露率は決勝戦の全メンバーで一番少ない1桁%台の巽選手が役牌を一鳴き?!』

 

 『……なるほどねい。確かに白糸台のコが国士模様で、字牌を鳴き辛いってのもあったんだろうが……なにもポンってのは手牌が進むって意味だけじゃない時がある』

 

 『と言いますと……』

 

 『これも席順の綾、だな。晩成のコは単純に。姫松のツモ番を飛ばしたいんだ』

 

 『なる、ほど……!徹底的に……!徹底的にこの親番落としに全力を注ぎます巽選手……!そして逆にどんどんと厳しくなるのは末原選手です……!』

 

 

 

 由華 手牌

 {114赤5二四七九九白} {中横中中}

 

 (やらせるか……!この親番だけは、絶対に落とす!!やえ先輩に誓ったんだ!優勝旗は、私達がもらう!!!)

 

 準決勝の記憶が甦る。

 勝ったと思った。姫松は決勝の舞台に来れないかもな、なんて悠長に思っていた。

 

 けれど、実際は違った。

 この上家に座る打ち手の速度に、1度たりとも和了らせてなんてもらえなかった。

 

 連荘連荘連荘。

 積み重ねられる百点棒を前にして、ただ指をくわえて見ていることしかできなかった。

 

 あんな思いは、もう二度とごめんだ。

 

 

 

 「ポン!」

 

 5巡目 由華 手牌

 {4赤5二四七九九} {1横11} {中横中中}

 

 

 

 (紀子が、憧が、初瀬が。私につないでくれた。私を信じて送り出してくれた。裏切るわけには、いかないんだ!!!)

 

 自分の雀風など、今はどうでもいい。

 不格好でいい、泥臭くていい。

 

 ただただ、前を向いて。腕を振って。

 

 前のめりになって。

 

 

 

 

 

 「チー……!」

 

 

 

 

 苦し気な声が響いた。

 絞り出したかのような声はしかし、由華の表情を歪めるには十分すぎる。

 

 恭子

 {①③⑨389一一南白} {横七八九}

 

 

 『鳴いた……!姫松の大将末原恭子選手が動きました!!ペン{七}チーからの発進……!』

 

 『ああ。これ以上黙ってみてるわけにはいかねー。けど、和了れもしない仕掛けをするわけにもいかねー。ここが、落としどころ。役牌の重なりか、チャンタ。苦しいのはわかってる。けど苦しいのをそのままにして終わるなんて、このコがするわけがねえ。それが仮に針に糸を通すくらいの小さな希望であっても。可能性があるならそこに全力を尽くす。それがあのコの麻雀。……さあ、ここが本当に勝負の分け目だぜ』

 

 

 

 

 勝負をわけるのが、必ずしも大きな和了りではない。

 

 自分の雀風を捨ててまで、必死に恭子の親番を落としに行った由華。

 最後まで最善を積み重ねる麻雀を信じて、次の局へ望みを繋げようとする恭子。

 

 

 (私達晩成が、最強なんだ……!!優勝は私達がもらう!!!)

 

 (絶対に渡さん!なんのための3年間やったと思ってる!!!)

 

 意地と意地のぶつかり合い。

 お互いの高校麻雀人生をかけて。

 

 

 「ポン!!」

 

 由華 手牌

 {四四4赤5} {九九横九} {1横11} {中横中中}

 

 

 「チーや!」

 

 恭子 手牌

 {①③一一} {横南南南} {横789} {横七八九}

 

 

 

 『両者聴牌!!追い付きました末原選手!!!』

 

 『なんつー仕掛けだよ……!今大会でそもそも副露が1回か2回しかない晩成のコが必死の形相で鳴いていって3副露になって、姫松もそれに負けじと仕掛けた……!姫松が和了れば次局連荘、晩成が和了れば……もう優勝は目の前だ』

 

 このまま親が流れれば、次局はもう由華は和了っても流局手牌伏せでも良くなる。

 次の局が、紛れもなく最終局になる。

 

 会場のボルテージも局の進行に応じるように上がっていく。

 

 

 

 

 淡 手牌

 {336五五七東西西北北発発} ツモ{6}

 

 (……)

 

 淡の手は、役満には程遠い。

 由華と恭子が聴牌濃厚で、自分の和了りは見込めない。

 

 点差は絶望的で、優勝の確率は限りなく低くなった。

 

 けれど、淡の中には、今も胸を打つ感覚が残っている。

 

 (これが……インターハイなんだ)

 

 今更と、思うかもしれない。

 けれど、今まで淡の中でこれは部活動の延長でしかなくて。

 自分がたまたま得意で誰にも負けることのなかった競技の大会程度の認識しかなくて。

 

 それなのに。今まさに目の前で繰り広げられている激戦に、心を奪われる。

 息をつく暇もない。2人の気迫が、今も淡を押し潰さんほどに溢れている。

 

 (……ッ!)

 

 涙が流れそうになったのを、必死でこらえた。

 

 そうしてから、なんで堪えようと思ったのか、今の淡ならわかった。

 

 

 ―――私は泣けるほど努力なんてしていない。

 

 

 

 前を向いた。

 

 見届けよう。

 

 この最高の舞台でぶつかりあう最高の局を、目に焼き付けよう。

 

 それがきっと、未来の自分につながるから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 淡も竜華も、由華の当たり牌を絶対に切らない態勢に入った。

 あとは恭子と由華の、めくり合い。

 

 

 『枚数は巽選手の方が多いですが……!』

 

 『千里山と白糸台は姫松に打ちに行ってる。3枚差でもまだわからないぜ……知らんけど!』

 

 

 両校の想いがぶつかる。

 これを制した方が、大きく優勝に近づくことは明白。

 

 この対局を見ている全員が、固唾を飲んで見守っている。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 それでも。

 どんな局にも、終わりの時間は必ず来る。

 

 

 

 

 「……ツモ……!」

 

 

 

 

 息詰まる熱戦。

 勝負の分かれ目を制したのは。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 由華 手牌

 {四四4赤5} {九九横九} {1横11} {中横中中} ツモ{6}

 

 

 「700、1300!!」

 

 

 

 

 由華だった。

 

 

 割れんばかりの大歓声が、もう一度会場を揺らす。

 

 

 

 

 

 

 

 

 『決まった!!!制したのはまたも晩成高校巽由華!!!怖かった、本当に怖かった姫松の親番を落として見せました!!!!』

 

 『役牌一鳴きの覚悟……だねい。絶対に落とすと決めた晩成のコの執念が、姫松の速度のわずかに上を行った……か』

 

 『なんという激戦……!しかしこれで晩成の優勝は目と鼻の先!!!』

 

 『さあ皆、お祭りの最後を見届けようぜ。……南四局(オーラス)だ。』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 決勝大将後半戦 南四局 点数状況

 

 1位  晩成   巽由華 151000

 2位  姫松  末原恭子 128300 

 3位 千里山 清水谷竜華  98500

 4位 白糸台   大星淡  22200

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 目を閉じる。

 

 ガラガラとやかましい洗牌の音だけを聴覚に入れれば、いつだって甦ってくる3年間の記憶。

 

 

 

 

 『恭子~起家マークどこやっけ~』

 

 能天気な主将。麻雀はアホみたいに強いんやから、もっと主将らしく振舞ってくださいよ。

 

 

 『恭子ちゃん、おはよーなのよ~!』

 

 誰よりも道具と麻雀を愛して、真摯に向き合ってきた由子。その花が咲いたみたいな笑顔に、何度助けられたかわからんな。

 

 

 

 『末原先輩!おはようございます!』

 

 この数か月でたくましく成長した漫ちゃん。絶対直接は言われへんけど、今じゃ漫ちゃんはウチの大事な大事な後輩や。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 『恭子、おはよ。昨日はよく眠れた?』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ゆっくりと、目を開いた。

 

 

 

 

 点差。

 22700。

 

 この(オーラス)で、必ず終わる。

 

 

 

 残された条件は、倍満ツモか跳満直撃のみ。

 

 

 

 

 

 

 絶望的と言っても決して過言ではないこの状況でしかし。

 

 恭子は大きく深呼吸して……心を落ち着けた。

 

 

 

 

 

 (終わってへん……終わって、ない)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 さあ、もう一度問おう凡人よ。

 

 

 

 

 

 

 抗う術は、残されているか?

 

 

 

 

 

 

 





NEXT→12/31 18:00  インターハイ団体戦決勝編 最終話




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最終局 頂の景色

 

 

 麻雀は運のゲーム。

 

 確かにそう言われた時に反論をするのは難しいのかもしれない。

 

 最善を尽くしても勝てるとは限らないから。

 プロが相手でも、素人が勝ててしまうことがあるから。

 

 理由は、いくらでも浮かんでくる。

 

 

 

 しかしこれが仮に運だけで決まるゲームだとしたら。

 

 

――何故私達は彼女達にこんなにも引き込まれる?

 

――何故私達は彼女達の輝きに目を奪われる?

 

――何故私達は彼女達の魂の戦いに……心を揺さぶられる?

 

 

 それはきっと、彼女達が積み重ねてきた研鑽が見えるから。

 青春を謳歌したいはずの年代の彼女達が重ねてきた血の滲むような努力が見えるから。

 

 

 このゲームにかける、彼女達の“熱量”に胸を焼かれるから。

 

 

 

 年に一度だけ。

 麻雀と共に生きてきた彼女達が火花を散らす夏の祭典。

 

 

 日本の麻雀を愛する人々が口をそろえて言う。

 

 その長い歴史の中でも、今年は最高の世代であった、と。

 そして最高の大会であった、と。最高の決勝戦であった、と。

 

 

 

 

 

 

 見届けよう。

 最高の舞台の、幕引きを。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 『ニワカは相手にならんよ(ガチ)』インターハイ団体戦編最終話 「頂の景色」

 

 

 

 

 ―これはネット雀士からトッププロへと上りつめた雀士と、全国を誓い合った4人の少女の軌跡―

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 決勝大将後半戦 南四局 点数状況

 

 1位  晩成   巽由華 151000

 2位  姫松  末原恭子 128300 

 3位 千里山 清水谷竜華  98500

 4位 白糸台   大星淡  22200

 

 

 

 

 響いていた大歓声が漸く収まり始めたところで。

 会場の空気はこのお祭りの最後を目に焼き付けようという空気にシフトする。

 最後の局を一秒たりとも見逃したくない、実況解説を一言も聞き逃したくない、と。

 

 

 それはなにも会場内に限った話ではない。

 

 この大会を見ている全ての人が、この最後の局がどんな展開を迎えるのかに心を躍らせる。

 

 

 

 

 それはきっと、この大会に出場して、同じく頂点を競い合った彼女達も同じ。

 全国各地でこの戦いを見届けようとする彼女達も同じ。

 

 

 

 

 

 

 『末原に残された条件は倍満ツモか跳満直撃条件。だが、晩成とて阿保ではない。跳満の直撃など簡単に許すはずもないし、現実的なのは倍満ツモの方か』

 

 『それも全然現実的じゃナイですヨ!』

 

 

 

 

 

 

 『あちゃー、これは流石に晩成が勝ったかな?』

 

 『巽ちゃんの三倍満……本当に見事だったわね』

 

 『……まだ!!まだ終わってない!!』

 

 『……豊音……』

 

 『末原さんは……まだ諦めてないよ……!』

 

 

 

 

 

 

 

 『うわうわうわうわもーわからんですよ?!』

 

 『……倍満ツモ条件。末原の麻雀ば考えっと、厳しか条件に感じんな』

 

 

 

 

 

 

 

 

 『晩成のおっかない大将つえーじぇ!』

 

 『跳直倍ツモ条件か……どう見る?久』

 

 『そうね……姫松の大将の人は完全に速攻型っぽいし、厳しいとは思うけど……』

 

 『……けど、なんだ?』

 

 『ふふふ……なんか、私は姫松が勝つ気がするのよね』

 

 『ほう?それは何故?』

 

 『だって……分がある方が必ず勝つんだったら……麻雀なんて、つまらないじゃない?』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 姫松高校控室。

 

 モニター正面のソファに座る漫の目には、既に涙が浮かんでいた。

 

 「なんで……なんで……末原先輩……!」

 

 「漫ちゃん大丈夫よ~。まだ、終わってないのよ~?」

 

 信じていないわけじゃない。

 けれど、南2局南3局の展開は、恭子にとってあまりにも残酷な展開だった。

 そこまで好調だった配牌とツモは一気に陰り、悪意の塊のような配牌を押し付けられて。それでも恭子は目の前の牌と向き合った。

 

 その道のりがどれほど厳しいものかがわかるから。

 わかってしまうから漫はこの感情を止められない。

 

 「なんで……末原先輩は、あんなに頑張って……!」

 

 わかってる。

 こんな愚痴がなんの意味もなさないことだってわかってる。

 

 しかし漫の頭に浮かぶのは、毎日自分たち後輩を帰した後部室に残って雀卓と向き合う恭子の後ろ姿。

 

 あんなに頑張ってきた人が、ここで報われないなんておかしいって、理不尽だってどうしようもなく思ってしまう。

 

 

 「……漫ちゃん」

 

 「……多恵、先輩?」

 

 ぽんぽん、と軽く頭を撫でられて、漫は後ろを振り返る。

 そこにはいつもと何も変わらない、多恵の姿。

 

 「恭子はね、あそこにいる誰よりも努力してきたよ。私は知ってる。恭子がどれだけ頑張ってこの3年間を過ごしてきたか。私が、一番知ってるんだ」

 

 「……」

 

 「だから、私だけは何があっても信じなきゃいけない。恭子が前を向く限り、私も前を向かなきゃいけない」

 

 多恵の瞳は真っすぐに、前を向いている。

 

 漫がその多恵の姿勢に触れて、ぐっ、と零れていた涙を拭った。

 

 「せやで、漫ちゃん。恭子はな、『必ず』勝って帰ってくる。ウチらが信じひんかったら、誰が信じんねん」

 

 「……はい……!」

 

 漫が意を決して、前を向く。

 先輩達に恥じないように。最後まで前を向く。

 

 

 その後ろで多恵は、深く息を吸った。

 

 (怖いよ。私も怖い。けど……恭子はもっと怖いはずなんだ)

 

 

 じんわりと汗が滲む手の平を見れば、昨日恭子と繋いだ体温を思い出す。

 

 

 『ウチがなんとかしたる。だから思いっきり、チャンピオンに、小走に、園城寺に。ぶつけて来るんや、多恵の3年間を』

 

 

 震えていた手を握ってくれた恭子の手もまた、微かに震えていた。

 

 ぎゅう、と強く自身の手を握りしめて、多恵は強く願う。

 

 

 

 

 

 (どうかこの対局が終わった時に、恭子と笑って会えますように)

 

 

 

 それは奇しくも、昨日恭子が願ったことと同じだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 南4局 親 由華

 

 配牌を配り終えたタイミングで、条件の確認のため少しだけ時間がとられた。

 

 条件が残ったのは3位の千里山と、2位の姫松。

 千里山は役満直撃条件。姫松は、跳満直撃か倍満のツモ条件。

 

 由華が連荘をする意味は無く、ノーテンでももちろん決着。

 泣いても笑っても、この一局が最後の局。

 

 運命のオーラスが、始まった。

 

 

 『さあ、全国高等学校麻雀選手権大会団体戦、ついにその最終局を迎えることとなりました。この局が終わった時、栄冠を掴み取るのはいったいどの高校なのか……!』

 

 『トップの晩成が親だからねい。連荘はない。絶対にこの一局で勝負が決まるんだ。だから――ここから一瞬たりとも目を離すんじゃねえぜ』

 

 

 由華 配牌 ドラ{東}

 {③赤⑤⑨14778四六東東西} ツモ{西}

 

 配牌を開いてから、何度心臓の鼓動を抑え込もうと試みただろうか。

 左胸のあたりを握りしめ、何度「落ち着け」と自分に言い聞かせただろうか。

 

 晩成の、王者の悲願はもうすぐそこまで迫っている。

 優勝旗はもう目の前にある。

 

 厳しい半荘だった。

 本当に和了れるタイミングが来るかもわからなかった。

 

 けれど、由華はやえを信じて戦って、そうしてここまでたどり着くことができた。

 

 (最後まで……絶対に油断はしない……!研ぎ澄ませ……!最後の一打まで……!)

 

 点差?関係ない。

 今ここでも凄まじいほど感じるのだ。

 

 “絶対に逃がしてやるものか”という強い意志を。

 

 このままタダで帰れるかもなどと甘い考えをしていれば、一生分の後悔を味わうことになる。

 

 (二度とあんな思いはしたくないって、誓ったんだ……!)

 

 屈辱的な敗北を喫してから1年。

 あの日を忘れたことなんてない。

 

 

――小走やえ(最高の先輩)に、優勝旗を。

 

 

 

 今由華には、晩成の全員の想いが、魂が宿っている。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 恭子 配牌 ドラ{東}

 {⑧⑨899一二五六七九九九} ツモ{6}

 

 不思議と、頭は冴えていた。

 絶望的な状況に追いやられて、手牌にドラも赤も無いことを確認した今でもなお。

 

 恭子の頭は、条件を達成する道筋を選ぼうとしている。

 

 そうしているうちに、恭子はふと、思った。

 

 

 (漫ちゃんみたいな配牌やな)

 

 

 上重漫。

 恭子にとって、姫松にとって欠かせない存在になった1年生。

 

 次鋒戦での活躍は、本当に自分のことのように嬉しかったのを覚えている。

 

 

 (漫ちゃんやったら、萬子の下を払うんかな)

 

 

 漠然と、そう思う。

 調子が良い時は上の牌が重なりやすいのが彼女の特徴。

 そんな彼女の強みを活かすなら、きっとここは{一二}を落としていくのだろう。

 

 9の三色同刻、対々和三暗刻なんかついたりして。

 とても綺麗な倍満条件を、今の彼女ならクリアしそうだ。

 

 

 

 

――でもウチは、漫ちゃんのようなことはできひんから。

 

 

 

 

 選んだのは{⑧}。

 恭子が静かに、ゆっくりと河に牌を置いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 『末原選手が選んだのは{⑧}……!チャンタ三色系は諦めて、これは本線は……!』

 

 『ああ。まったく……本当に、麻雀ってのは面白いねい……狙いは、間違いなく。先鋒のクラリンの最終局と同じ、萬子の清一色だ……!』

 

 『なんという展開……!あの想いに応えたい。末原選手の目は、真っすぐ前を向いています!常勝軍団姫松の夢は、まだ、まだ終わっちゃいないんだ……!』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 2巡目。

 

 「ポン!!」

 

 

 2巡目 由華 手牌

 {③赤⑤4778四六西西} {東横東東}

 

 

 自然と、声が出た。

 この牌がドラであることに今は意味なんてないが。

 

 この字牌ドラを、鳴かないなんて選択肢はきっと、あの後輩達が許してくれないから。

 

 

 

 『由華先輩これ鳴かないのやっぱりおかしいですよ?!絶対鳴いた方が得ですって!』

 

 『ドラは鳴きましょうよ由華先輩。そしたら後は打点もついて多少何も考えなくても突っ込んで良くなるじゃないですか』

 

 

 

 生意気な後輩達。

 けれど、今はその想いが心強い。

 あの後輩達と過ごした数か月があるから、由華はこの選択を取ることができる。

 

 

 

 

 

 

 『晩成高校巽選手またもポン……!これも前に出るんですか?!』

 

 『ああ。結局他の2人は役満以外和了らない。姫松のコに条件を作られる前に、和了ってしまえば優勝なんだ』

 

 『し、しかし、跳満直撃条件もあります。前に出るのは、相当怖いはずですよね……?!』

 

 『いやー知らんし!……けどさ、もう知ってんだろ?あのコは()()の大将だぜ?最後はオリて、終わり。相手にツモ条件達成されたら、仕方ない。そんなスタンス、取るわきゃねー。……行くんだよ。最後の戦いだ。なんだっけ、ああ。そうそうあれだ』

 

 咏が楽し気に、その言葉を口にする。

 

――倒れるなら、前のめりに。そうだろ?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 5巡目 恭子 手牌

 {46899一二五六七九九九} ツモ{八}

 

 萬子の上がつながった。

 ドラも赤も無いこの手は、どうしても手役に頼る必要が出てくる。

 

 (普段の由子やったら、一通を狙いつつ赤受け残して丁寧に局を進めるんやろな)

 

 思い浮かぶのは、3年間を共にした笑顔の少女。

 感情を出すことが多くない彼女が、副将戦では和了りへの、勝利への強い意志を見せた。

 

 由子があんな顔をするんだって初めて知った。

 麻雀を愛しているからこそ、苦しみも人一倍知っている少女。

 

 どんな時も笑って、最後まで自分の麻雀を貫いた由子を、恭子は心の底から尊敬した。

 

 そんな丁寧な彼女なら、きっとここは柔軟な{9}の対子落としなんかを選びそうだ。

 

 

 

 

――でもウチは、由子みたいなことは、できひんから。

 

 

 

 

 リーチも打てて柔軟で安定感のある麻雀。

 由子の強さは、誰よりも知っている。

 

 でも今は、自分で打つしかないから。

 自分を信じるしかないから。

 

 {4}を、河に置いた。

 

 

 

 

 

 

 『萬子の清一色に向かいます……!少し時間がかかっていますが間に合うか……!晩成も和了りにきている!姫松に残された時間は長くはありません!』

 

 『おいおいおいどうなんだよマジで……!とはいえまだ晩成も2向聴。姫松から鳴ける分だけ晩成がまだ有利か……?どっちが勝つかわっかんねー!!マジでわっかんねえー!!……なあ、わっかんねーのってさ、さいっっっこうに楽しいと思わねーか?!』

 

 咏の呼びかけに呼応するように。

 最後の戦いの盛り上がりは本当のクライマックスを迎えている。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 7巡目 由華 手牌

 {赤⑤⑥4778四六西西} {東横東東} ツモ{⑤}

 

 

 手が、ピタリと止まった。

 いないはずの親友の声が聞こえた気がして。

 

 あり得ないはずの感覚に、こんな状況なのに少しだけ可笑しく感じてしまう。

 

 

 『点数いらないんだし出やすさ優先。赤切っておけばチーもしやすくなる、でしょ?』

 

 

 そうだな。

 紀子ならきっと、そうするさ。

 

 由華が手に取ったのは{赤⑤}。

 

 2年間一緒に戦ってきた親友の麻雀は、嫌というほど知っている。

 一時期成績が伸びず悩んでいたことも。一歩引いた構えをしている彼女もまた、胸の内には熱い想いを秘めていることも。

 

 紀子の想いも、由華は背負っているから。

 

 

 

 

 

 『{赤⑤}切り……!これは{④⑦}の出やすさを意識しましたか……!』

 

 『……まあ結局この場面じゃ他2校もおいそれと出しちゃくれねーし、あんま関係ないっちゃないんだけどな……それでも打点がいらない以上、そっちの方が得になることが多い。あんましたことないだろうに、晩成のコも、全てを出し尽くして和了りに向かってんだ……!』

 

 『一向聴……!残り山が少なくなっていくにつれて、晩成の勝利が徐々に近づいているのでしょうか……!勝負はまだ、まだわかりません!』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 9巡目 恭子 手牌

 {899一二二五六七八九九九} ツモ{五}

 

 目指すべき道ははっきりと見えた。

 萬子の清一色。

 倍満への手筋は、もはやそれしか残されていない。

 

 残ったターツを全て切っていくとして、恭子は、下家に座る由華の河をゆっくりと、見つめた。

 

 (洋榎なら、残ってるターツがきっとわかるんやろな)

 

 いつも呑気に構えて、つかみどころがない我らの主将のことを思いだす。

 どうして相手の手牌がそんなに見えているのか聞いてみても、理解できないことが半分以上。

 

 何度も何度も問いただして、どうしてその結論にたどり着けるのか徹夜で考えた日もあった。

 

 彼女がたどり着いた、読みの極地。

 あんな麻雀ができたら、自分もどれだけ良かったか。

 

 弱い自分に、悩んだりすることも無かったかもしれない。

 

 

――でもウチは、洋榎みたいなことは、できひんから。

 

 

 

 全部なんて、わからない。

 せいぜい索子の上は、由華に鳴かれうる牌だということくらいしか。

 

 どうせどちらも切るのなら、内側から。

 {8}を、恭子は河にそっと置いた。

 

 

 

 

 『{9}から切っていたら鳴かれていましたが、ここは{8}から……!』

 

 『どーだろな。結局切るから、同じって思いがちだが……1枚の後先が勝負を分けること、今日ずっと見てきた人たちはわかるよねい?最善を積み重ねる姫松のコの執念が、キー牌を連れてくるかもしれないぜ……!』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 11巡目 由華 手牌

 {⑤⑥四四六西西} {横978} {東横東東} ツモ{④}

 

 

 聴牌が、入った。

 

 瞬間、背中に感触。

 

 その感触を、由華は知っている。知りすぎている。

 温かくて、頼りがいがあって、口調は突き放すようであっても、いつもこちらを思いやってくれる優しい人の手。

 

 

 

 (やえ……せんぱ、い……?)

 

 

 そんなはずはない。

 そんなことは分かっている。

 

 でも今確かに、背中を押された気がした。

 

 相手の聴牌打牌を撃ち抜く絶対王者の打ち筋が、見えた気がした。

 

 (そっか、こっち、なんですね)

 

 由華の身体に、不思議な感覚が駆け巡る。

 晩成の仲間達と過ごしてきた日々が。やえと過ごした日々が。

 

 今の由華を突き動かす。

 晩成優勝への道を確かに歩いている。

 

 去年果たせなかった約束を、今年こそ果たそうと教えてくれる!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 『聴牌だ!!!聴牌が入ったのは晩成高校巽由華選手!!!和了れば優勝!晩成の夢はもうすぐそこまで来ています!!』

 

 『愚形聴牌……!けどまだわっかんねーよなあ!姫松の末原ちゃんも条件クリアの一向聴だぜ!おいおいマジでどうなってんだよこの試合はよ……!』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 12巡目 恭子 手牌

 {一二二二四五五六七八九九九} ツモ{三}

 

 

 手が、止まった。

 

 

 

 

 

 

 

 『聴牌!!!聴牌です末原選手この大一番最後の勝負で条件クリアの聴牌!!!リーチしてツモれば条件クリア!晩成から出ても条件クリア!!なんて打ち手なんだ末原恭子!!!』

 

 『まてまてまて!待ち選択がわからねえ!!こ、れは……何を切ったらいいんだ?{一五八}が候補だろ……?これ、{五}あぶねえぞ……』

 

 『ああっ……!本当です……!晩成の待ちは{五}!{五}を打った瞬間に、姫松の夢は断たれます!!しかし、しかしそれはあまりにも残酷……!』

 

 『ヤバイぞ……!見れば見るほど{五}切りが正解に見えてくる……知らんけど……!』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 いったいこれは、どれが、正解なんだ?

 

 頭が沸騰しそうだった。

 絶対に間違えられない。間違えられるはずがない。

 

 たどり着いた清一色聴牌。

 

 手が震えて、牌を上手く持てない。

 

 頭がどうにかなりそうになる。

 

 段々と、思考が真っ白になる。

 

 思考を止めちゃダメなのに。

 選ばなきゃいけないのに。

 

 再び暴れ出した心臓の鼓動と、完全に容量をオーバーして炎症を訴える頭が上手く働いてくれない。

 

 気付けば肩で息をしていた。

 

 左手につけたお守りがわりのブレスレットを右手で握りしめて、なんとか頭を動かそうと試みる。

 

 (どれや……どれが……どれが正解なんや……!)

 

 大きく見開いた目は、何度も何度も何度も何度も何度も。

 

 このオーラスの河を行き来する。

 ショートしそうな思考を必死に堪えて、最適解を探し出す。

 

 

 

 

 (……あっ……)

 

 

 その、瞬間だった。

 

 限界だったのもある。

 心労と疲労、脳は度重なる負荷に耐え続けていて。

 

 突如頭に鈍痛が走った。

 

 恭子が思わず強く目を瞑って、こめかみに手を当てて、痛みに耐えて―――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ブレスレットを握っていたはずの手が、誰かの手によって握られていた。

 その体温を、恭子はよく知っている。

 

 

 

 

 

 

 (……た……え?)

 

 

 

 

 

 

 真っ白な世界で、恭子の両手を、多恵が正面から包み込んでいた。

 

 (な……んで……って……!ちゃう、今は……!)

 

 静かに微笑む多恵に我を失っていた恭子。

 

 しかし今がどんな状況であるかを思い出した恭子は、思わず前のめりになって多恵に詰め寄った。

 

 

 「多恵!!教えてくれ!!清一色なんや!この形で、何切ったらええんかウチにはわからん……!形だけならまだしも、他の奴の手牌が読めん……!何が残ってるんか、わからないんや。頼む多恵。多恵と一緒に、ウチは勝ちたいんや!!!」

 

 

 いつの間にか、恭子の瞳には涙が溢れていた。

 状況は絶望的。

 最後の最後のチャンスでたどり着いた清一色聴牌。

 

 しかし自分が面前で清一色をやることになるなど、思いもしなかった。

 

 十分に勉強を重ねてきた自信はある。

 けれど、状況が特殊過ぎて、他者の手が読みにくい。

 

 どの牌が山に残っているか、読みにくい。

 勝ちたいという想いは誰よりも強い。絶対に負けられない。間違えられない。

 1枚でも後悔したくない。

 

 だからこそ清一色は、多恵に聞きたい。

 

 

 そんな恭子の懇願に、

 

 多恵は柔らかく笑って、

 

 

 

 

 

 

 静かに首を横に振った。

 

 

 

 

 「え……?」

 

 

 

 恭子の身体が一瞬フリーズして……その動作の意味を理解するのに、数秒を要した。

 

 

 

 「う、嘘やんな。多恵なら、わかるやろ?だって……多恵より清一色得意な奴なんか、おらんし。ウチは知っとるんや。ホンマに、すごい奴なんや。な?ウチみたいな凡人やなくて、ホンマに才能もあって努力も欠かさない多恵の選んだ牌なら、ウチは後悔せん。本望や」

 

 いつの間にか握ってくれた手を振りほどいて……多恵の両肩を掴んでいた。

 小さく、力無く、ゆする。

 けれど、多恵は少しだけバツが悪そうに、いつものような表情で苦笑いしたまま。

 

 

 「ウチは、凡人なんよ。結局この最後の最後で、自分の力じゃ辿りつけへんねん。だから、な?多恵……頼む……頼むよ」

 

 

 涙が止まらなかった。

 多恵の顔が、歪んで良く見えない。

 

 恭子の精神は、とっくに限界を迎えていた。

 

 

 

 

 そっと、流れる涙を拭われた。

 そのことに、少しだけ驚いて前を向けば……。

 

 

 いつの間にか、恭子の身体は多恵にゆっくりと抱き締められていた。

 

 

 「た……え……?」

 

 

 

 親友は、言葉を発さない。

 

 けれど、とんとんと軽く叩かれる背中の感触が、心地良い気がして。

 

 

 恭子の涙が止まったのを見計らって、多恵の身体が離れる。

 ぶらりとたれ下がった両手を多恵がもう一度握ってくれた。

 

 その、動作を、覚えていた。

 

 

 昨日の夜、恭子が多恵にしたのと全く同じだから。

 

 

 多恵の瞳が、恭子を真っすぐに捉えた。

 

 

 

 

 

 

 

 『恭子なら、大丈夫。選べるよ。だって、恭子……誰よりも努力したじゃない。……信じて。姫松の、私達の、恭子の、3年間を。――自分自身を』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 目を、開けた。

 

 幸い、少し意識を手放してからそこまで時間は経ってないらしい。

 

 こめかみに当てていた手を、ゆっくりと放す。

 

 大きく息を吸って、吐いた。

 

 (ホンマに、情けないな。ウチは……最後まで皆んなに頼ろうとしてばっかりや)

 

 自分が弱くて、情けなくて、信じられなかった。

 だからこの最後の場面で、誰かを頼ろうとしてしまった。

 

 

 けれど、もう大丈夫。

 手の震えも止まった。

 眩暈も、頭痛もしない。

 

 これでもう一度、牌と向き合うことができる。

 

 凡人の私ができることは、牌と愚直に向き合うことだけだから。

 

 

 ({一}を切れば{二四五七八}待ちの5種12牌……やけど、{七}が2枚切れ。実際は10牌や。次点の{五}切り。これが{一二三六九}待ちの5種11牌。1枚も切れてなくて、枚数で選ぶならこっち……!)

 

 

 いつだって思い出せる。

 多恵と積み重ねた牌姿の勉強。

 

 多恵のようになりたくて、けれど凡人の自分は多恵よりももっと努力が必要だった。

 

 多恵ならもっと簡単にこれを導くだろう。

 枚数の多い方、正解の道筋。

 

 これで和了れなかったら後悔はない。

 

 自分も、多恵のように。

 多面張を掴み取るべく。

 

 

 

 恭子が{五}を手に取って―――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――でもウチは、多恵みたいなことは、できひんから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「リーチや!!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 恭子の河に横向きで置かれた牌は……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 {一}だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 『放銃回避……!!なぜ、何故{一}が選べるんだ末原恭子!!待ちは{二四五七八}……ある、ある、あります!ツモれば優勝……!晩成との、めくり合いに入ります!!!』

 

 『……{五}切りが一番枚数が多かったことくらい、きっと末原ちゃんはわかってる。けど、{七}が2枚切れてて、それが聴牌を組みたいはずの白糸台と、索子の一色に向かった風に見える千里山から切られている。それも、最序盤。末原ちゃんは枚数ももちろん大きいけれど……培った読みで、こちらの待ち方が山に残っていると見極めたんだ』

 

 『なんという……!なんという読み……!この土壇場での冷静さ……!!姫松が栄冠に、手を伸ばします!!どっちだ!!姫松か!晩成か!!残りツモ番は、まだ残っています!!!』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 会場の爆発的な盛り上がり。

 誰もが全員のツモ牌1枚1枚に一喜一憂し、悲鳴と歓声を上げる。

 

 歓声がこだまして、ここ実況席までもを揺らす。

 

 そんな中。

 

 

 三尋木咏は、ぽすん、と背もたれに体重を預けて。

 

 最高の笑みを見せながら、開いた扇子を口元に当てた。

 

 

 

 

 「ああ――そうさな、じゃあ末原ちゃんに、この言葉を贈ろうか」

 

 

 

 心底楽しそうに、愉快気に。

 

 最高の舞台を見せてもらったお礼とでも言わんばかりに。

 

 

 

 「末原ちゃんみたいな打ち手はね、全国の麻雀打ちに希望を持たせる逸材なんだよ。確かに末原ちゃんは凡人だったかもしれない。けどねい」

 

 

 

 

 咏が目を閉じた。

 

 

 

 モニターの中では、1人の打ち手が、ゆっくりと手牌を開けて、和了りを宣言したところ。

 

 

 

 

 

 割れるような大歓声と、感極まって涙しながら実況する針生アナウンサーを横目に。

 

 

 咏が静かにこう唱えた。

 

 

 

 

 

 

 

 ――“凡”を極めて“非凡”に至る。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 “凡”であることを認めることは難しい。

 けれど、それを乗り越えて、最善を積み重ねて積み重ねて積み重ねて。

 

 彼女は“非凡”に至った。

 

 

 

 

 

 

 咏は静かに心の中で、凡を極めた少女に賛辞を贈る。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――おめでとさん、と。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 恭子 手牌

 {二二二三四五五六七八九九九} ツモ{赤五}

 

 

 

 

 

 

 「4000、8000……!」

 

 

 劇的な役満は和了れなくたっていい。

 奇跡じゃなくたっていい。

 

 

 それでもこれが、彼女の麻雀の集大成。

 

 

 どんな時も、最善を積み重ね続けた凡人はーーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 最後の瞬間に、笑いながら泣いていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 誰もいなくなった対局室。

 

 一つ息を吐いて、少女――巽由華は自動卓を背に階段を降りた。

 

 大歓声が遠くに響いていて、けれど、それが今はうるさいとも思わない。

 

 とぼとぼと階段を降りている途中で、対局室の扉に寄り掛かる人影が目に入った。

 いつも変わらない、トレードマークのサイドテール。

 

 

 「……待っててくれても、よかったんですよ」

 

 「……そうね」

 

 

 ゆっくりと、一歩ずつ、歩いて近づいた。

 

 

 「いやー……強かったです、末原さん。本当に。……勝てると、思ってたんですけどね」

 

 「……そうね」

 

 

 もう一歩、踏み出す。

 

 

 「絶対にやえ先輩と…皆と、ゆう、しょうしたかっ、たんですけど、ね」

 

 「……うん」

 

 

 

 踏み出す。

 

 

 

 「ほん、とうは、いまごろどうあげ、かなあ」

 

 「……」

 

 

 

 足が、止まってしまった。

 

 視界が、歪んで、ぼやける。

 

 こらえきれなくなって、

 大粒の涙が、由華の頬を伝って零れていく。

 

 

 両手で拭っても、まだ零れる。

 止まってなどくれなかった。

 

 由華の胸から溢れ出す想いが、涙に形を変えてとめどなく溢れていく。

 

 

 

 

 

 「ごめっ、ごめんな、さい。やくそく、まもっ、れなくて、わたし、やえ、せんぱいと、ゆうしょう、するって、ぜったいかつって、いったのにっ……!」

 

 

 

 

 

 

 

 負けてはいけなかった。

 後輩の想いも受け取った。

 去年誓った。絶対にこの人を優勝させるために強くなるって。

 

 負けては……いけなかった。

 

 

 

 

 

 由華の足が止まった代わりに、やえが少し、近づいた。

 

 それに気づいた由華が涙でぐしゃぐしゃになった顔を少し上げれば……。

 

 

 

 「由華……こっちに来なさい」

 

 

 

 やえが、両手を小さく広げていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

【挿絵表示】

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 約束は、果たせなかった。

 

 抱きしめてもらう約束を、こんな形で果たしてなんてもらいたくなかった。

 

 

 

 

 

 

 やえの胸の中で。

 由華の嗚咽は、それからしばらく対局室に響いていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 姫松高校控室――――には、誰もいない。

 

 

 

 

 開けっ放しにされた扉は、勢いよく開かれたのか反動で微かに揺れていて。

 

 誰かが座っていた椅子は勢いよく後方に倒れたまま。

 それに正面のモニターは、電源がつきっぱなしで。

 

 ソファにもまだ温もりがあって。

 

 今は誰もいないけれど、そこには確かに数秒前まで彼女達がいた形跡がある。

 

 

 では、今彼女達はどこへ行ったのか。

 

 

 

 

 

 

 それは、きっと、誰だってわかること。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

【挿絵表示】

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 インターハイ団体戦決勝 最終結果

 

 1位  姫松高校(南大阪)144300

 2位  晩成高校 (奈良)143000

 3位 千里山女子(北大阪) 94500

 4位 白糸台高校(西東京) 18200

 

 

 

 優勝 姫松高校(南大阪)

 

 

 

 

 

 

 

 

 




これにて、団体戦完結です。
ありがとうございました。


前回ファンアートをもらった方に、団体戦完結お祝いでもう1枚もらいました。



【挿絵表示】

とっても可愛いイラスト、本当にありがとうございます!


エピローグを年始に1つ上げて、一度この作品は完結、という形にさせてください。
やっていない個人戦準決勝以降や、その後の話は、時間ができたら書きたいとは思っていますが、今までのようなペースでは書かないと思います。良くて月に1回、程度だと思います。

なにはともあれ、ここまで来れたことに一安心です。

もし、少しでもこの作品を楽しんでいただけたなら、高評価と、楽しかったよ、と一言でも良いので感想を頂けると嬉しいです。
それだけで、きっと作者はこの作品をここまで書いてきて良かったって、思えると思うので。


改めまして、本当にここまでお付き合いくださりありがとうございました。
今この瞬間この文章を読んでくださっている皆様に感謝を!

それでは、また。
 


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近代ネット麻雀 インターハイを終えて


滲み文字読めんのかよぉ!(血涙)
18時35分編集しました泣
盛大なネタバレ食らった皆さん、すまない。
まぁ、ね。書くかもわからないからね、うん……。




 

 

 

 

 最優秀選手発表!ベスト5にはインターハイを沸かせたあの選手も!

 

 

 

 今月30日をもって、第71回夏の全国高等学校麻雀選手権大会は幕を閉じた。

 激闘に次ぐ激闘で話題を呼んだ団体戦と、大波乱によって誰が優勝してもおかしくない決勝になった個人戦。

 そのどちらもが近年稀にみる激戦であったこと、実際に見ていた方々はお分かりだと思う。

 

 そんな熱狂と感動のインターハイ記事は、我々近代ネット麻雀のコラムからもう一度感じることができる。

 是非全ての記事に目を通して欲しい。

 

 

 そんな感動から一夜明け、31日の正午に全国麻雀連盟から今年の最優秀選手、並びにベスト5の発表があった。

 本記事はそれらに選出された選手たちを祝福しつつ、どんな選手であったかを振り返っていこうと思う。

 

 

 オールルーキー

 

 先鋒 片岡優希   (長野 清澄高校)

 次鋒  二条泉 (北大阪 千里山女子)

 中堅  新子憧   (奈良 晩成高校)

 副将 岡橋初瀬   (奈良 晩成高校)

 大将  大星淡 (西東京 白糸台高校)

 

 

 1年生が選出されるオールルーキー部門には、晩成のルーキーコンビが選出された。

 中堅の新子憧選手は2回戦で区間トップ、決勝戦でも他校のエース級と戦いながら決して引かない姿勢を見せた。副将の岡橋初瀬選手は強豪並みいる準決勝と決勝で区間トップの好成績。超攻撃的麻雀を真っすぐに打つ姿は、全国の麻雀ファンの心を掴んだ。

 先鋒区間には長野代表清澄高校から片岡優希選手。準決勝で鮮烈な役満天和の和了り。2回戦でも昨年の個人戦決勝卓メンバーを相手に健闘したのが印象的だった。

 次鋒区間には北大阪代表の二条泉選手が選出。2回戦で区間トップ、大きなビハインドを背負う戦いになった決勝でも区間トップの好成績。特に決勝での強気な打牌は印象に残っている人も多いのではないだろうか。

 大将区間には、西東京代表白糸台高校より大星淡選手。

 決勝こそ大きく点棒を減らす展開になってしまったものの、準決勝、2回戦と派手な和了りを連発。鮮烈なデビューを飾った1年生が、大将区間で選出された。

 

 

 

 オールオフェンシブ

 

 先鋒   宮永照(西東京 白糸台高校)

 次鋒   弘世菫(西東京 白糸台高校) 

 中堅 江口セーラ(北大阪 千里山女子)

 副将  岡橋初瀬  (奈良 晩成高校)

 大将   巽由華  (奈良 晩成高校)

 

 攻撃面において優れた選手が選出されるオールオフェンシブ部門には、高火力選手が揃う。

 昨年のインターハイチャンピオン宮永照選手(3年)は言わずもがな。圧倒的速度と火力は今年も健在。今年も全体を通して1番多く点棒を稼いだ選手になった。同じく白糸台高校の弘世菫選手(3年)も、攻撃部門に名を連ねる。

 和了の多くがロン和了であり、その相手が削りたい相手であることも多かった。『シャープシューター』の名に違わぬ狙い撃ちっぷりは、多くの選手たちを苦しめたのではないだろうか。 

 中堅区間には、打点女王江口セーラ選手(3年)。平均打点は15000点超え。それでいて和了率も20%超えと恐ろしいの一言に尽きる。打点と速度を両立した彼女は、今後どのような活躍をしてくれるのだろうか。

 副将区間にはなんとなんとオールルーキー部門にも選出された岡橋初瀬選手(1年)。1年生の2部門受賞は一昨年の宮永選手、去年の天江衣選手と肩を並べる偉業。上記の2人に比べて派手さこそないが、魂の籠った闘牌に胸を焼かれたファンは多いのではなかろうか。

 そして同じく晩成高校の巽由華選手(2年)が大将区間にて選出。2回戦の四暗刻単騎。あの和了りを覚えている人は多いはず。決勝でも最後の最後まで高打点を諦めない姿勢が、三倍満を手繰り寄せた。

 

 

 オールディフェンシブ

 

 先鋒 辻垣内智葉 (東東京 臨海女子)

 次鋒 エイスリン  (岩手 宮守女子)

 中堅  愛宕洋榎 (南大阪 姫松高校)

 副将  真瀬由子 (南大阪 姫松高校)

 大将 清水谷竜華(北大阪 千里山女子)

 

 

 守備面で輝きを放った選手たちが選出されるオールディフェンシブ部門。

 意外と言えば意外だが、ここでようやく団体戦優勝チームから2人の選手が選出された。

 中堅の愛宕洋榎選手(3年)は、これで3年連続のオールディフェンシブ選出。卓越した読みと知識は今大会でも遺憾なく発揮されていたように思う。放銃素点記録こそ達成できなかったが、あの決勝戦での差し込みを見て、それよりも大きなものを彼女は得たのではないかと思わざるを得ない。

 副将の真瀬由子選手(3年)も守備が光った選手だった。団体戦全てで点棒を減らすことなく大将へとバトンパス。荒れる展開の多かった副将戦でこれは快挙とも言えるだろう。

 先鋒には2回戦で敗退こそしてしまったが、臨海女子のエース辻垣内智葉選手(3年)が選出。今大会では愛宕選手と同様振り込みとみられるシーンが0。相手の和了りを掠め取るようなシーンが印象に残った。

 次鋒には、宮守女子よりエイスリンウィッシュアート選手(3年)。相手への放銃を防ぐというよりは、先に和了る意識。圧巻の和了率で、オールディフェンシブでの選出となった。

 大将区間には千里山女子より清水谷竜華選手(3年)。準決勝までは盤石の打ち回し、決勝でも最後まで諦めずに戦う姿が印象的だった。準決勝までは放銃が無く、オールディフェンシブに選出されるに相応しい成績と言えるだろう。

 

 

 

 ベスト5

 

 先鋒  倉橋多恵 (南大阪 姫松高校)

 次鋒 エイスリン (岩手 宮守女子)

 中堅  愛宕洋榎 (南大阪 姫松高校)

 副将   白水哩 (福岡 新道寺女子) 

 大将  末原恭子 (南大阪 姫松高校)

 

 

 そして今大会のベスト5は以上の5人に決定した。

 優勝した姫松高校から3人。

 先鋒は今大会で一番話題になった倉橋多恵選手(3年)去年はオールディフェンシブでの選出だったが、今年はベスト5入り。牌姿への造詣が深く、清一色の待ち選択は見事の一言。準決勝では役満九連宝燈を見事に和了り、決勝ではその九連聴牌を外しての数え役満和了とまさに獅子奮迅の活躍を見せた。

 中堅愛宕洋榎選手はオールディフェンシブとのW受賞。中堅はこの選手以外考えられないだろうと言われたほどの人気ぶり。成績もさることながら、局全体を支配するかのような局回しは、もはや達人の域と言っても差し支えないだろう。

 末原恭子選手(3年)が大将のベスト5入りを果たした。個人成績で言えば好成績とは言い難いが、1位で渡されたバトンを全ての対局で1位でゴールするということは、並大抵のことではない。途中肝を冷やすようなシーンもみられたが、終わってみれば優勝。間違いなく姫松悲願の優勝を支えた選手であることは間違いないだろう。

 次鋒区間のベスト5には、こちらもディフェンシブ部門とのW受賞で、エイスリンウィッシュアート選手(3年)。それも当然と言えば当然で、1回戦では10和了、2回戦では半分を超える7和了、準決勝でも区間トップと圧巻の立ち回り。和了率はなんと全区間トップの35%超え。今後が楽しみな選手であることは間違いない。

 副将区間では、白水哩選手が選出された。チームは2回戦敗退であったものの、1回戦、2回戦共に区間トップ、個人戦でもベスト16に入りその強さを印象付ける結果となった。

 

 

 

 最優秀選手 小走やえ (奈良 晩成高校 3年)

 

 

 最後に今大会で一番優秀な活躍をみせた選手に贈られる最優秀選手賞には、晩成高校より小走やえ選手が選出。

 たった一人の3年生としてチームを団体戦準優勝にまで導いた功績は計り知れない。

 後輩達も口をそろえて小走選手を称えるように、私達もまた彼女のカリスマに惹かれたのかもしれない。

 

 

 

 

 

 

 繰り返しになるが、今大会は本当に激戦の連続だった。

 私自身、感極まってしまったシーンが何度あったかわからない。

 

 そして今年は特別、そういった人たちが多かったように思う。

 それは、彼女達の麻雀に『憧れ』を抱いたからではないだろうか。

 私達でも、この高みに到達できるのではなかろうか。

 

 そう思った麻雀打ちは、果たして私だけだろうか。

 

 そんな希望すらも感じさせてくれた大会が終わってしまったことに一抹の寂しさは覚える。

 が、彼女達の歩みはまだ止まるわけではない。むしろ今歩き始めたと言っても過言では無いだろう。

 

 

 彼女達の未来が、明るいもので溢れていると願って、本記事は締めくくろうと思う。

                       (文=ゆうゆう)

 

 

 

 

 

 




次回エピローグです。



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エピローグ ニワカは相手にならんよ(ガチ)


この度、素敵な推薦文をChijanさんから頂きました!ありがとうございます!!
「メニュー」「推薦」から閲覧可能ですので是非皆さんも読んでください。





 

 

 

 

 

 

 

 

――第71回インターハイから、約3ヶ月。

 

 

 

 季節は秋。

 全国の麻雀ファンは、この日の夕方頃からテレビにかじりつくことを余儀なくされた。

 

 それは何故か。

 

 

 『さあ、ついにこの日がやってまいりました!今日の様子を伝えさせていただきますのは私針生と』

 

 『はいは~い。咏ちゃんがやったりますよ~?』

 

 『三尋木咏プロの2人でお送りしてまいります。本日はよろしくお願いしますね』

 

 『よろしくう~。インターハイぶりかあ、懐かしいねい』

 

 『私自身は三尋木プロの対局も実況しているので懐かしさはさほどありませんが……』

 

 『おいおいそんなこと言っちゃ悲しいだろ?視聴者に寄り添っていこうぜえ?』

 

 インターハイの実況解説で会場を沸かせた二人が、今日も現場の実況を務める。

 それはつまり、インターハイに関連が深い催しが、この後行われるということに他ならない。

 

 『いやあそれにしても楽しみですね……!今日という日を待ち望んだ麻雀ファンは多いはずです……!』

 

 『いやー知らんし。まあでも、こんだけ注目されてる選手が多けりゃそうなるわなあ!私も楽しみだよ本当に』

 

 興奮を隠しきれない針生アナの隣で、咏もまた楽しそうに笑う。

 全国の麻雀ファンとは別の視点から、咏はこの日を楽しみにしていた。

 

 

 

 『いったい誰が、私のチームメイトになって、誰が私の敵になるんだろうねい』

 

 

 『あのインターハイを沸かせた少女達がどんな未来に進んでいくのか!ドラフト会議、始まります……!』

 

 

 

 

 

 

 史上最高のインターハイを沸かせた、宮永世代のドラフト会議が始まろうとしていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 奈良県 晩成高校 体育館。

 

 大勢の生徒と、マスコミがひしめく体育館は、もう夏は終わったというのに異様な熱気に包まれていた。

 壇上の目の前にはいくつものカメラが並び、フラッシュがこれでもかと焚かれている。

 

 そのカメラ達の少し後ろに位置していたマスコミ関係者が、壇上の中央に座る少女にマイクを向けた。

 

 「小走選手!!どこのチームに所属したい等の希望はありますか!」

 

 椅子に座っていたやえが軽く目配せをすれば、隣に控えていた由華がやえの元にマイクを持ってきた。

 一つ、咳払い。

 

 それだけで、がやがやとうるさかった体育館は静寂に包まれる。

 

 「私を指名してくれるなら、どこのチームでも問題ないわ。私にやれることを全力でやるだけよ」

 

 やえが話をしている間も、フラッシュが止むことはない。

 晩成高校の王者小走やえがどのプロチームに所属することになるのかに、全国の麻雀ファンは期待を膨らませていた。

 

 「では……あえて聞きます。姫松高校の倉橋選手とは、同じチームがいいですか?」

 

 ざわ、と一瞬会場の空気が変わる。

 確かに聞いてみたさはあった。インターハイを賑わせた幼馴染と、同じチームで戦いたいのか、ということは。

 

 「そうね……」

 

 由華が心配そうに、やえの表情を覗き見る。

 小さく、大丈夫よ、と由華に声をかけて。

 

 

 

 

 「本音を言えば、多恵とは戦いたい。最高の舞台で、あいつと勝負がしたい」

 

 

 

 

 おお!と会場が沸く。

 やはり因縁のライバルとは、矛を交えたいのかと。

 

 

 「でも、そうね。もし同じチームになったとしたら……それはそれで、いいものなのかもしれないわね」

 

  

 優しい表情でそう言って見せたやえ。

 その優雅な言動は余裕すら感じさせる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「やえ先輩超かっこいいんですケド?!」

 

 「プロかあ……やっぱすごいな」

 

 壇上からは少し離れた位置で、憧と初瀬、そして紀子がやえの様子を見守っていた。

 

 「そりゃどこのチームも欲しいよね。あの魔境のインターハイをあそこまで上り詰めたんだもの。本当に……すごい先輩のもと戦えたよ。私達は」

 

 「はあもう無理かっこよすぎる。写真私も撮っていいかな?」

 

 「気持ちはわかるがやめとけ……」

 

 憧れの先輩の、将来が決まる。

 その瞬間を同じ場所で迎えられることを、3人は光栄に思っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 『さあ、準備が整ったようです!この放送は、各地の記者会見会場とも繋がっておりますので、指名が入った選手のいる高校にはカメラが行くこともあります!』

 

 『さっきまでの映像で、どれだけこの世代が豊作かは伝わったっしょ?どの選手がどのチームに指名されるか。目を離すんじゃねえぜい!』

 

 

 会場にはいくつもの円卓が置かれ、それぞれにスーツ姿の女性が集まっている。

 その円卓の中央にはチームのロゴとチーム名が表記されたプレートが立っており、テレビを見ている人でもどこがどこのチームなのかがわかりやすくなっていた。

 もちろん、そんなものがなくともコアなファンは監督が誰かだけでチームがわかるファンもいたが。

 

 

 『一巡目の選択希望選手の入力が、終わったようです……!さあ、緊張の瞬間ですよ!』

 

 『いや~ドキドキしてきたねい!きっと指名される側の選手たちも、ドッキドキだろうねい。知らんけど!』

 

  

 カメラの視点は、会場中央奥に固定された巨大スクリーンに固定された。

 ここからは全12チームの指名選手が、1つずつ発表されていく運びになる。

 

 会場にいる関係者はもちろん、プロチーム側も祈るように目を閉じている人が多くみられて。

 

 そんな緊張感が張り詰めるなか、会場で司会を務めるスーツ姿の女性が一歩前に出た。

 

 

 「それでは、全チームの一巡目選択希望選手が出そろいましたので、発表させていただきます」

 

 

 しん、と会場が静まり返った。

 次の言葉を、静かに待つ。

 

 

 『さあ、来ました……!まずは大阪ウルブズから発表です』

 

 『ワクワクだねい……』

 

 

 

 

 「第一巡選択希望選手。大阪ウルブズ」

 

 

 

 

 「愛宕洋榎。姫松高校」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「んあ?」

 

 

 

 「んあ?じゃない!指名だよ指名!!!」

 

 「こんな時くらいしゃきっとせい洋榎ええええええ」

 

 姫松高校記者会見会場。

 洋榎の名前が呼ばれた瞬間どよめきが起こったにも関わらず。

 全く緊張した様子の見られない洋榎の背中を恭子がぶっ叩いた。

 

 「お、おお?ウチか?どーせ1巡目はないやろと思ってボケっとしとったわ」

 

 「言わなくてもわかるわアホ……!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 『大阪ウルブズは姫松高校の守りの化身、愛宕洋榎選手を指名ですか……!』

 

 『まあ地元ってのもあるだろうし、最近は結果出てはいないけど守りのチームだからねい。そんな気はしてたかなー!知らんけど!』

 

 『まずはインターハイ団体戦優勝校姫松高校からエース愛宕選手……!まだまだ注目選手はたくさん残っています!』

 

 

 

 

 

 

 「第一巡選択希望選手。横浜ベッセルズ」

 

 

 

 

 

 「倉橋多恵。姫松高校」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「やった……!多恵!!指名や!!」

 

 「お、おお。ありがと恭子。なんかこう、現実感ないね……」

 

 「おめっとさん」

 

 「対して洋榎は怖いくらいいつも通りだね……」

 

 

 3人に眩しいほどのフラッシュが降り注ぐ。

 いきなりの姫松高校からの2人指名で、会場は大盛り上がりだった。

 

 「そーいやベッセルズのスカウト熱心に来てたもんなあ……!ホンマよかった!」

 

 「そうだねえ……本当に、ありがたいよ」

 

 「……まあ、多恵は競合するやろ。普通に考えて」

 

 「そうかなあ……?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 『来ました!今回のドラフト目玉の1人、倉橋多恵選手をベッセルズが指名です!』

 

 『まあチームがデジタルを推してるわけだし、取らないわけにはいかないよねえ。ま、一本釣りなんてぜってえできねーだろうけどな!知らんけど!!』

 

 『そうですね……!まだ10チーム残っています!』

 

 

 

 「第一巡選択希望選手。仙台ライナーズ」

 

 「宮永、照。白糸台高校」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 白糸台高校記者会見会場。

 

 そこにはカメラに囲まれた照が、笑みを浮かべて頭を下げていた。

 

 その様子を若干引いた目で見ていた菫が、小声で呟く。

 

 「……お前これからずっとキャラ作っていくつもりか?」

 

 「……うん」

 

 「いやキツくなるだけだろ……」

 

 「そうかな、でも……」

 

 カメラからは見えないように、こっそりと菫の方を見た照が答える。

 

 

 「こういうところも、倉橋さんに勝たなきゃ」

 

 「いや有名配信者に人気で勝つのは無理だろう……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 『言わずと知れたインターハイチャンピオンがここで指名です……!仙台ライナーズは白糸台高校宮永照選手!』

 

 『やっとか、ってくらいだねい。普通なら12チーム全部が宮永ちゃんになったっておかしくなかったのに……ほんと、面白いよねい……』

 

 『さあまだ競合こそありませんが、二大目玉選手が呼ばれました!ここからは競合必至でしょう……!』

 

 

 

 「第一巡選択希望選手。福岡スパローズ……宮永照、白糸台高校」

 

 

 『やはり来ました競合になります!福岡スパローズも宮永照!』

 

 

 「第一巡選択希望選手。大宮ロケッツ……宮永照、白糸台高校」

 

 

 『ロケッツも宮永照……!早くも3チームの競合になりました!!会場がどよめいています!』

 

 『いやいや、まだ足りないんじゃねえの?知らんけど!』

 

 

 

 

 「第一巡選択希望選手。川崎ロードスターズ」

 

 『来ました、次はロードスターズですね!』

 

 『お~、さて誰が私のチームメイトになるのかな?』

 

 

 

 「江口セーラ、千里山女子高校」

 

 

 『江口セーラ選手!インターハイでもその強さを存分に示した千里山の江口選手をロードスターズが指名です!』

 

 『っは~マジっすか!本当に火力バカ大好きだねいウチの上は……ま、いいんじゃねえの?知らんけど!』

 

 

 「第一巡選択希望選手。京都スパーズ……」

 

 

 

 

 

 

 

 その後も滞りなくドラフト一巡目に獲得したい選手が読み上げられる。

 予想通り一番多く一位指名を得たのが照。

 これは彼女が1年生の頃から動き出していたチームもあっただけに当然の結果ともいえるが、その照より1つ少ないながら4チームからの指名を受けた選手がいた。

 

 

 

 『さあ全チームの1巡目指名が終了しました!ドラフト二大注目選手があわせて9チームからの指名を獲得……!やはりこうなりますか!』

 

 『いやあ~知らんし!まあさっきも言ったけど12チーム全部が宮永ちゃんでもおかしくなかったんだ。こんだけ割れたのは、やっぱり最後のインターハイが大きいんじゃねえの?知らんけど!』

 

 『そうですね……!おさらいしましょう。白糸台高校宮永照選手が昨年優勝のグリフォンズを始めとする5チームからの指名!そして一方姫松高校倉橋多恵選手が逆に去年最下位のベッセルズをはじめとする4チームからの指名で競合!ベッセルズとしては是が非でも獲得したいところでしょうか!見事獲得を決めたのは単独指名だった3チームということになりました!』

 

 『実業団選手が1人だけ、か……そんだけ今年は高校生が豊作だったってことだろうねい』

 

 『そうですね、あ、それとなんですが、それに加えておそらく1位指名確実だろうと言われていた選手が何人か呼ばれていません。なのでこれは外れ1位指名もかなり競合するような……』

 

 『あ~……?あ、ほんとじゃねえか!おいおいおいこりゃ外れ1位指名も面白くなるんじゃねえの?!知らんけど!』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ドラフト1位が読み上げられていくにつれて、場の空気が段々と重くなっていった会場がある。

 

 居合わせたマスコミは最初の頃こそそろそろ呼ばれるだろうと楽観的に見ていたものの、最後のチームが1位指名を読み上げるころには祈るように呼んでくれと懇願する始末で。

 中央に座る少女の横に控えた少女は、冷や汗をかきながらおろおろし始め。

 少し離れた場所に控えていた後輩達も、あ、これまずいかもと空気を察し。

 

 そして話題の中心にいる少女は頬杖をつきながら頬をヒクつかせていた。

 

 

 

 「へ、へえ~……なるほどなるほど……」

 

 「あ、え~っと……やえ、先輩?」

 

 

 晩成が王者、小走やえである。

 

 

 1位指名はほぼ確実と言われていたやえが、その名を呼ばれることは無かった。

 それだけならまだしも、彼女が親しくしている友人達3人は、全員その名を呼ばれた。

 

 その事実が、彼女のプライドを完全におちょくっており。

 

 張りつけたような笑顔を浮かべるやえの額に青筋が浮かんでいることをわからない後輩ズではなく。

 

 「お、おかしいわよ!ほんっっと見る目がないんだから!!」

 

 「そ、そうだよなあ!!!やえ先輩が1位指名されないなんてありえないだろ!!!」

 

 「ちょっと憧、初瀬……!」

 

 やえを慕う後輩達が異議を唱えるものの、その行為自体が更に会場の空気をいたたまれないものにしてしまっていることに気付くはずもなく。

 結果としてやえの隣に控えていた由華が頭を抱えた。

 

 

 「よく、よ~~~~~~くわかったわ……」

 

 

 小さく呟いて、やえがゆっくりと席を立つ。

 

 

 中央の巨大なスクリーンには、無事くじを終えて競合抽選を勝ち取れなかったチームが外れ一位指名を決めている。

 ここからは、抽選に敗れたチームが改めて1巡目指名の選手を発表する運びだ。

 

 

 

 『小走、やえ』

 

 

 やえがハズレ1位指名を受けて、会場に歓声が上がる。

 マスコミはカメラをやえに向け、フラッシュが眩しすぎるほど光り輝く。

 

 『小走、やえ』

 

 そこからは堰を切ったようにやえの名前が呼ばれた。

 外れ1位で6チームから競合。

 まさか残っていると思ってなかったやえが残っていたため、可能性があるなら、と多くのチームがやえを指名した格好。

 

 しかしそれでも、やえの溜飲が下がることはない。

 

 

 『決まりました!!王者小走やえは大宮ロケッツです!』

 

 会場は拍手が起こる。

 改めてマイクを向けられたやえが、一度大きく深呼吸をしてからそのマイクを受け取った。

 

 

 「……まずは、そうね、指名してくださったチームにありがとうございます、と感謝を伝えたいわ」

 

 やえが内心怒り狂っているんじゃないかと心配していた後輩ズは、やえが落ち着いた様子で話していることに一旦安堵。

 

 

 「あと、ここまで私を連れてきてくれた仲間にも感謝を。ずっと応援してきてくれた方々にも。私は一人ではここまで来ることは……絶対にできなかったわ」

 

 「やえ先輩~……」

 

 「やべえ、なんか涙出てきた」

 

 憧れの先輩の晴れ舞台を見ることができて、感極まる後輩ズ。

 

 

 「私ができる恩返しは、結果を残すことだと思うので。プロになってからも、結果で示していこうと思う。それは今までもやってきたことだから」

 

 

 背中で示す。

 それはこの晩成高校の3年間でやってきたことだから。

 

 やえが、深く息を吐いた。

 

 一つ、間があって。

 

 

 

 「……なんだけど」

 

 

 空気が、変わった。

 

 

 

 「私が……外れ1位、ね」

 

 

 

 あ、まずいかも、と、隣に控えた由華は思った。

 

 

 

 

 「ぜっっっっっったいに後悔させてあげるわ……!あいつらよりも結果を残して、私を最初から指名するべきだったって全国に示してやる……!いい?私はね、あいつらに負けてるなんて思ったことは一度もない!関西四天王(カルテット)の中でも最弱とか言われてるらしいけどねえ……!あいつらなんて私から言わせてもらえば全員ひよっこ。ニワカも同然よ!!」

 

 

 

 ヒートアップしたやえが一歩前に出る。

 

 その瞬間、晩成の生徒は全員、次にやえが口走るであろうことがなんとなくわかった。

 

 

 だからそう、一度全員で顔を見合わせて、思わず苦笑して。

 

 全員で口をそろえて言う。

 

 やえ以外は、それはそれは、とてもいい笑顔で。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 『ニワカは相手にならんよ!!!!』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ー『ニワカは相手にならんよ(ガチ)』エピローグ 麻雀を愛する少女ー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『はい、どうもみなさんこんばんは。1日1回、配牌理牌ろくにせずに切った牌が実は対子だったことに切った瞬間気付く、クラリンです。今日も麻雀配信やっていくよ!』

 

 

 

 その風景は変わりなく。

 

 インターハイが終わって4ヶ月ほどが経った。

 この2ヶ月はコクマやら国際試合やらドラフトやらで忙しかった多恵はなかなか麻雀配信ができずにいたが、ようやく落ち着いてきたこともあり久しぶりにパソコンを開いている。

 気付かない内に更に急増していたチャンネル登録者に戦々恐々としながら、それでもテンションはいつもと変わらずに配信を始めた。

 

 動画サイト内で告知をしたこともあってか、配信開始直後からリスナーの数は多い。

 コメント欄が一斉に動き出していた。

 

 ・それはアカン(あかん)

 ・絶対やらないやろwww

 ・インターハイ優勝してますよねえ?!

 ・クラリンインターハイ団体戦優勝おめでとう!!

 ・プロ入りおめでとう!!

 

 おそらくインターハイを見てから登録した人もいるようで、多恵のインターハイ団体戦優勝とプロ入りを祝うコメントが飛び交っていた。

 

 

 『あはは……とにかく、お祝いメッセージありがとう。おかげさまで私達は、インターハイ優勝することができました!!やったね!!!そしてプロにもなれそうです!やったね!!!』

 

 

 ・私達って言うのがクラリンらしいな

 ・おめでとう!!感動した!!

 ・俺たちのクラリンは最強なんや!

 ・おてては……?

 

 『ま、それでもやることはいつも変わらないっす。はいレート戦ポチー。さあ行くぞ~ドコドコドコドコ』

 

 ・いやwww速すぎるやろwww

 ・もうちょいなんかこう、あるやろwww

 ・いつものクラリンだあ(白目)

 ・麻雀狂(褒め言葉

 

 対局開始画面が現れ、東1局の配牌が現れる。

 なにも変わらない、いつものネット麻雀。

 

 けど今の多恵は、こんな誰でもできるネット麻雀をたくさんの人が見てくれていることが嬉しくて。たくさんの人が打ってくれていることが嬉しくて。

 自分がそんな人たちのためにできることは、麻雀を打つことだと思うから。

 

 今日もたくさん、大好きな麻雀を打とう。

 

 

 

 

 

 

 『あ~はいはい出た出た起家引いたら絶対跳満ツモられから始まる説ね。クラリン知ってるよ』

 

 ・い つ も の

 ・絶望のウラウラ

 ・まず1バイーンね

 ・この程度の絶望で、俺たちのクラリンが止まると思うなよ……!

 ・まあ、これくらいはね?多少はね?

 

 

 

 

 

 『は?ちょ、え?一段目に三面張のリーチしたら必ず和了れるって辞書に書いてあるんだけど。なんで追っかけられてるん?おかしいよ?なんで無スジ掴むん?一発はダメ!!ダメ!!!ダメって言ってるだるぉおおおおお!!!!』

 

 ・い つ も の(2回目)

 ・ラスは決まったな(他家目線)

 ・畳みかける2バイーン

 ・今北産業。なんでもうこの人麻雀打ってるんですかねえ……

 ・慈悲はないんですか……?

 

 

 

 

 『勝った!!このリーチは流石に勝ったでしょ!やった!今夜はドン勝だ!さってゆっくり白糸台のコからもらったお茶でも飲もうかな』

 

 ・フラグ建てすぎでは?

 ・他家に和了られる未来がみえるみえる

 ・な~んで和了れると思ったんですか?(麻雀猫)

 ・おてて……

 ・さっきの3面張和了れなかった時点で察するべき

 ・チャンピオンかな?

 

 

 

 『あっ、あーー!!いーけないんだいけないんだ。裏3は犯罪って小学生の時先生に習わなかったのかな?カナカナ?』

 

 ・あれ、残り点数3000点ですけど……

 ・決まったな(諦め)

 ・クラリン壊れちゃうよ……

 ・This is Mahjong

 

 

 『っしゃあああ魂のラス回避リーチ!!!これくらいは!これくらいは勝たせてくださいお願いしますなんでもしますから!!!』

 

 ・ん?

 ・ん?今なんでもって

 ・よくないなあよくないなあ

 ・じゃあおててを……

 

 

 

 『バイーーーーーーーーーーン!!!』

 

 ・おっ、バイーン助かるちょうど切らしてた。

 ・対戦ありがとうございました

 ・【速報】ドラフト1位選手(インターハイ優勝メンバー)トビラス

 ・悪夢をかき集めたみたいな対局でしたね。ええ。

 ・魂のバイーン頂きました。本当にありがとうございます。

 

 

 

 

 

 

 

 やんややんやと。

 

 やけにコメント欄が盛り上がった対局は多恵のラスで幕を閉じ。

 ぜえぜえと息を吐きながら、それでも多恵は心底楽しそうに笑っていた。

 

 そんな動画配信中の画面を見て、ふと多恵は思う。

 

 

 ここまで一緒に歩んできた仲間にも恵まれ。

 切磋琢磨するライバルにも恵まれ。

 こうして応援してくれる人達がこんなにもいる。

 

 

 そう思ったからだろうか。 

 多恵は少しだけ昂った感情を、ちょっとだけ抑えられずに。

 

 

 

 

 『ねえ、みんな』

 

 ・おっ、どうした?

 ・次、いきますよね?

 ・もちろん倍プッシュですよね?

 ・手は来てんだァ……!

 ・いやそれ死亡フラグ

 

 

 いつもと何も変わらないコメント欄に、苦笑しつつ。

 

 こう、聞いてみた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 『麻雀って、楽しいよね』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 心の底から、出た言葉だった。

 

 ちょっと前なら、言うことすら躊躇ったかもしれない。

 けど、今なら言える。

 

 そして皆の反応を楽しみにしている自分がいる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ・当たり前だるぉおおおん!!

 ・楽しい

 ・クラリンのおかげで、楽しくなった

 ・最近は楽しいかな

 ・クラリンの見てるのは楽しいよ 

 ・超楽しい

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ああ、そうか、と多恵は笑う。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 (私はこの光景を見るために、きっとこの世界に来たんだ)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 自分が笑っている。仲間が笑っている。

 

 

 そして何より。

 

 皆が笑っている。楽しんでる。

 

 

 

 

 『……ふふふ、よーっし!!じゃあ次行こうか!!次は負けないぞ今の下ブレだから次は上ブレ来るってクラリン知ってるんだ!』

 

 ・信頼度0で草

 ・どうしてあんなデジタル打ちなのにこんな信憑性のない言葉が出てくるのか

 ・おてて!

 ・楽しんでるクラリンが見れて俺は嬉しいよ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 倉橋多恵は今日も麻雀を打つ。

 心の底から麻雀を楽しむ彼女が、今日も笑っている。

 

 

 

 

 

 

 その笑顔がある限り。

 

 彼女が麻雀を愛し続ける限り。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 物語はきっと、まだまだ続いていくんだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 『ニワカは相手にならんよ(ガチ)』 完

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




本作は、このお話で一度完結とさせていただきます。
それにあわせて、ここまで本当に、本当に最高な挿絵を提供してくれていた神絵師友人のpixivのURLを貼らせていただきます!!見て!ホンマに神やから見て!!

https://www.pixiv.net/users/20218974

はい。本当にここまでたくさんの最高な挿絵をありがとう、とこの場を借りて感謝をさせていただきます。

最後までお付き合いいただいた皆様にも感謝を!!
なんか団体戦完結で評価めちゃくちゃ頂いて、なんと咲総合評価あと少しで1位のところまで来てしまいました!!
累計300にも入れました!夢か?
本当に、本当にありがとうございました。

気が向いたらやってない個人戦の話や、プロになった後の話でも投稿しにくるかもですが、頻度は多くないと思います。

新作きっと書くと思いますので、作者ページからたまに確認しにきてくれたら嬉しいな!


ではまた会いましょう!

ニワカは相手にならんよ!!!


2022/1/25 追記

皆さまのおかげで咲作品内での総合評価トップ&総合評価pt2万超えを達成いたしました……!!
本当にありがとうございました!!!!



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おまけ編
おまけ番外編 巽由華の不思議な一日




お久しぶりです。
今日はひな祭りなので、女の子の日にふさわしい可愛い話を書いてみました。





 

 

 

 

 

 

 肺に直接矢のように降りかかってくる煙草の副流煙。ソレによって充満した空気は最悪の一言に尽きる上、なんなら壁はその煙草が原因で少し黄ばんでいるようにすら見える。とても他人のことを思っているようには見えない男どもが何人も、下卑た笑みを浮かべながら4人ずつ卓を囲んでいるようなそんな場所で。

 

 ただ一人、制服を着た少女が浮いている。

 白いブラウスに紺色のジャンパースカート。胸についた赤いリボンが、この場で紅一点であることを強調していた。

 

 その少女もまた、その室内の一角の席に座っていて。

 

 

 「おい嬢ちゃんさっきまでの威勢はどうしたんだよ?あ??すっかり元気なくなっちまったなあ!」

 

 「ひゃははは!!この後が楽しみだぜ……なあ、楽しませてくれよ?な?」

 

 下劣漢。そんな言葉がぴったり似合う男たち3人が、少女にねっとりとした視線を向けている。

 手に持った牌を2枚重ねてかちゃかちゃと鳴らしながら。至極楽しそうに口角を上げた。

 

 

 少女――巽由華は、額に流れる汗を拭うこともできずに、自らの両の手を膝の上で強く握りしめた。

 

 どうしてこんなことになってしまったのだろうか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 インターハイ終了から数週間が経ったある日のこと。

 団体戦準優勝という快挙を成し遂げた晩成高校のメンバーは、高校の関係者や地元から多くの人達に囲まれて、忙しい日々を過ごしていた。

 

 そんな彼らの前では明るく賞賛の言葉を受け取っていた彼女達であったが、準優勝という結果にもちろん満足はしていなかった。

 目標は、もちろん優勝だったから。愛するべき一人の先輩が卒業する前に、優勝旗を掲げてもらうと誓っていたから。

 

 そして優勝ができなかったことに人一倍責任を感じているのが、大将の巽由華だった。

 

 

 「はぁ……」

 

 暑さが和らいだ秋口。道路のガードレールに寄り掛かりながら、由華はため息をついた。

 

 散々泣いた。後悔もした。反省もした……。

 

 けれど、あの夏はもう2度と帰っては来ない。

 最高の対局に身を焼いて、最高の結果を持ち帰ることは……少なくとも、自分が敬愛するあの人に持ち帰ることは、できない。

 

 

 そんな風に考えてしまっていたことが見抜かれたのだろうか。

 昨日の部活の帰り、やえから由華に声がかけられた。

 

 

 『由華、明日空いてる?ちょっと、出かけない?』

 

 『え……』

 

 普段なら、「デートですか?勝負服着てった方がいいですか?レストラン予約しますか?夜景が見えた方がすきですか?」とかのたまって頭を引っ叩かれるまでがワンセットなのだが、それすら言う元気がなかった。

 

 

 「せっかくのデート、なんだけど……」

 

 やえは何故か制服を指定した。ここから行くところがあるらしい。制服で行くところなど想像もつかないが……。

 

 なにはともあれ、今はそのやえを待っている最中。

 

 

 「……ん?」

 

 スマートフォンをいじっていた由華が、足元に気配を感じて画面を閉じる。

 

 由華の履いているローファ近くにまで来ていたのは、野良猫だった。

 

 

 「なんだお前……なにか用か?」

 

 由華がスマホを持ったままかがみこむ。

 茶色の毛並みで小柄な猫。

 

 その顎を撫でようと由華が手を伸ばした、その時。

 

 

 

 

 

 ジャンプ一番飛び跳ねた野良猫が、由華の顔面に猫パンチを繰り出した。

 

 

 

 

 「ぼごぉ?!」

 

 

 少女らしからぬ悲鳴を上げてしりもちをついた由華。

 その様子に満足したのか、猫は路地裏めがけて走りだした。

 

 

 

 

 

 一瞬の、間があって。

 

 

 

 

 「……殺す」

 

 

 

 

 

 女子高生から聞こえてはいけない声が聞こえた気がするが、きっと気のせいであると信じたい。

 由華はすぐに起き上がると、青筋を浮かべながら逃げた猫を追いかけた。

 

 

 

 

 

 

 「追い詰めたぞクソ猫……!」

 

 路地裏で追いかけっこが始まって数十分。

 人類の知恵を駆使した由華が、なんとか猫を追い詰めることに成功した。

 

 どうこの猫をこらしめてやろうかと、由華の頭がフル回転する。

 さながら安牌が無くなって手詰まりを起こした時のように。

 

 

 (全身撫でまわしの刑…?いや、なまぬるい。たかいたかいの刑……?あれ、猫って高所強くなかったっけ?ジャイアントスイングで許してやるか……私は寛大だからな)

 

 そんなことを考えながら、一歩、また一歩と猫に近づいていた、その時だった。

 

 

 

 

 

 

 「おいおい、こんな所に女子高生がいんだけど」

 

 後ろから、声が響いた。

 

 とっさに、後ろを振り向く。

 そこにはガラの悪そうな男が3人、ヘラヘラと笑ってこちらを見ていた。

 

 「あ~嬢ちゃんここがどこだか分かってきてるってことでイんだよね?」

 

 「へへっなかなか可愛い顔してんじゃん」

 

 寒気がするような薄笑い。

 由華は自分がいつの間にか路地裏のかなり狭いところにまで来ていることに気付いた。

 

 

 「……すみません、帰ります」

 

 事が大きくなる前に撤退。

 それが由華が導き出した答え。

 

 「おっと、そうはいかねえって」

 

 歩き出した由華の右手を、柄の悪い男のリーダー格らしき人物がつかむ。

 

 「離してください」

 

 キッと男を睨みつけると、由華は強引にその手をふりほどいた。

 

 「おーおー怖い怖い。でもいいのかな?こんなところに来てたってガッコにバレちゃって大丈夫?」

 

 「なにをいって……!」

 

 ヘラヘラと笑っている男の奥、もう1人の男が、由華の生徒手帳を見せびらかすように開いた。

 掴まれた時だろうか。ポケットから抜き取られたことに、気付けなかった。

 

 

 「晩成高校……知らねー名前だなあ。巽由華チャンね」

 

 「……返してもらえませんか」

 

 「返してあげてもいいけどーまあ、俺らと一緒に楽しいコトしてから、かな?なあ?」

 

 「あひゃひゃひゃひゃ!!」

 

 心底楽しそうに笑う男たち。

 

 (ゴミ共が……!)

 

 由華は静かに奥歯を嚙み締めた。

 

 

 

 

 「俺たちに麻雀で勝ったら返してあげるのとかどっすか」

 

 「バカやめろ、今時の女子高生が麻雀なんかやるわきゃねえだろ」

 

 話し声が、聞こえた。

 

 そしてしめたとばかりに、由華が声をかける。

 

 

 「できますよ、麻雀」

 

 「……ああ?」

 

 「麻雀で勝ったら、返してくれるんですよね」

 

 「……へえ、おもしれえじゃん」

 

 由華の提案がよほど面白かったのか、3人とも下衆な笑みを浮かべて由華の周りを取り囲んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そうして連れてこられた雀荘。

 

 しかしその内装は、由華が知っている物と大きく異なっていた。

 

 (タバコ臭い……!それに、酒まで……!)

 

 由華の常識では、雀荘は基本禁煙。酒類の提供は、しているところもあるが、それは少数のはず。

 子供も利用するからだ。

 

 だというのにこの雀荘は、タバコの臭いが充満していて、しかも座っている人達の行儀が須らく悪い。

 強打なんぞ当たり前。対局中に平気でタバコを吸っている。

 

 そしてなによりも。

 

 (いまどき手積み卓しかないの……?)

 

 現在の主流は、自動卓だ。

 由華も本当に昔家族に無理やり麻雀をやらされていた頃は手積みでやっていたが、中学生からはずっと自動卓。

 時間の効率が違いすぎる故に、雀荘で自動卓じゃない所なんてもう無いと思っていたが。

 

 明らかにおかしな光景に目を奪われていると、男達が受付に乱雑に話を通している最中、執事服に身を通した男性が由華のところへやってきた。

 

 「……おい嬢ちゃん、どうしてあんな連中と一緒に来た」

 

 「……生徒手帳をとられて」

 

 「っ……はあ……まーたそういう類の……麻雀、打てるのか?」

 

 「麻雀は打てます。あんな奴らには、負けません」

 

 「……へえ」

 

 由華の返事に驚いたのか、その男性は目を丸くした後、由華に微笑みかけた。

 

 「けどな、こういうとこには来るもんじゃねえ。ちょっと耐えててくれ。必ず、助ける」

 

 「……?ありがとうございます」

 

 どういう意味なのか由華はわかりかねたが、助けてくれるならそんなに嬉しいことはない。

 警察でも、呼んでくれるのだろうか。

 

 

 

 (……でも、関係ない)

 

 なんにせよ、今由華の心は変わっていなかった。

 麻雀でなら、こんな下衆共に負けは無い。負けるはずがない。

 

 (さっさと片付けて帰らせてもらう……!)

 

 ニヤニヤとした笑みを止めない連中をよそに、由華は目の前の麻雀卓に向き合った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 勝負は三半荘で行われる運びになった。

 その、一半荘目。

 

 

 「ツモ」

 

 由華 手牌 ドラ{8}

 {①①①234888999中} ツモ{中}

 

 

 「リー即ヅモ三暗刻ドラ3で4000、8000」

 

 開幕直後の一撃で、へらへらと笑っていた男達の目が、変わる。

 

 

 「へえ……なるほどな、嬢ちゃん、麻雀には自信あるってか」

 

 「……」

 

 由華は何も言わず点棒を受け取り、しまった。

 

 (言いたいことは山ほどある……けど、変にイラつかせてもっとヤバイ行動に出られても面倒だし、ここはささっと終わらせて帰る)

 

 男達も始まる前はへらへらと笑っていたが、由華の手つき、牌捌きを見て認識が少し変わったらしい。

 とはいえ、別にその目つきは勝負中のそれではなく、単に珍しいものを見る目であったが。

 

 「ちったあ楽しめそうじゃねえか」

 

 楽しそうな玩具を見つけたと言わんばかりなその態度に由華は内心のイラつきを募らせるが、由華はおくびにもださず無言で洗牌を始めるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 結果から言えば、一半荘目は由華の圧勝だった。

 

 トビアリのルールなこともあって、南場を迎えることなく、由華の圧勝。

 ルールは3半荘のトータルスコアが由華がプラスで終えることができれば由華の勝利のため、これでかなり由華は楽になったことになる。

 

 だと言うのに。

 

 

 「いや~強いね嬢ちゃん。これじゃあ負けちゃうかもなあ!」

 

 「バカヅキじゃねえか女の方がギャンブル強いって良く言いますもんねえ!」

 

 (こいつら……)

 

 その結果を見ても、なにも動じていない連中を見て、由華は嫌な予感が頭をよぎる。

 

 

 「……勝ったら、生徒手帳も返して、解放してくれるんですよね」

 

 「ああ。もちろん。俺たちゃ約束は絶対守らなきゃいけねえ所で生きてるからよそれは約束してやるよ」

 

 「……なら、続けましょう」

 

 約束を守るという言質はとった。

 ならばあとはこのまま、蹂躙するだけ。

 

 由華の右目が、稲妻のような光を帯びる。

 

 

 

 

 

 

 2半荘目。

 

 

 異変は、すぐに起きた。

 

 

 「おっ、リーチだ」

 

 3巡目。まあ、そういうことだってあるかもしれない。

 由華は自分の手牌から相手に通っている現物の牌を選んで、切り出した。

 

 「あちゃー嬢ちゃんそれロンなんだわ」

 

 「……え?」

 

 リーチを受けたのは対面から。

 しかし由華の牌でロンと言ったのは、下家だった。

 

 

 下家 手牌

 {①②③12378一一九九九} ロン{9}

 

 「純チャンドラ1……満洲だ嬢ちゃん」

 

 「……はい」

 

 まだ3巡目にしてはできすぎた手牌。

 おあつらえ向きにリーチ者の現物に{9}。

 

 嫌な予感がして、由華は対面の手を睨みつける。

 しかし対面はニヤニヤと寒気がする笑みを浮かべたまま、手牌を伏せた。

 

 「いや~和了れねえかあ俺の方が早いと思ったんだけどなあ!」

 

 

 対面 手牌

 {③⑤⑤⑦2468七七八東南}

 

 

 

 東3局 親 由華

 

 今の局、由華はなにかしら相手側で意思疎通が謀られていたことに気付いた。

 でなければ、ありえないほど出来過ぎているから。

 

 (『通し』か。姑息なマネを……)

 

 通し。メンバー内でだけ通じる合言葉や仕草を使って、自分がどんな手で、どんな待ちなのかを相手に伝える方法。

 

 由華は昔読んだ本の中で、その内容だけは知っていた。

 

 (だがそんな程度で、私が止まると思うなよ……!)

 

 しかし由華の中で合点がいったこともある。一半荘目は通しを使わず、二半荘目から通しを使う予定だったから、こいつらは余裕ぶっていたのだ。

 それがわかってしまえば、もう怖くない。通し程度でこちらが止められると思っているなら大間違いだ。

 

 

 6巡目 由華 手牌

 {1223577白白白中中中}ツモ{5}

 

 (これは決める……)

 

 「リーチ」

 

 迷いなく、由華が千点棒を取り出す。

 昔から手になじんだ感覚。手積み卓であっても関係ない。この手は、必ずツモり和了れる。

 

 下家が牌を切って、対面が山に手を伸ばす。

 

 その刹那だった。

 

 

 (……!?)

 

 違和感。一瞬のことで完全には気付かなかった。けれど。

 ツモる動作が、おかしかった。

 

 何年も麻雀を打っている由華だから。更に言えば、リーチ中で自分の手を見る必要が無くなったから。

 

 見間違えでなければ、今対面は、山からツモるのではなく。

 

 

 山に、2枚の牌を置いていかなかったか?

 

 

 

 

 

 

 「おっいいとこ入った~んじゃ、おっかけさせてもらいます~」

 

 

 上家から間髪入れずにリーチが入る。

 強烈な嫌な予感。

 

 由華は、冷や汗が流れるのを感じた。

 

 ニヤニヤと眺めている下家と対面の視線が鬱陶しい。

 

 嫌な予感を振り払うように、由華が山に手を伸ばす。

 

 

 持ってきた牌は……{発}。

 

 

 

 

 

 「お、そいつだよ」

 

 

 

 

 上家 手牌

 {①⑨19一九東東南西北白中} ロン{発}

 

 

 

 「嬢ちゃん、この役、知ってる?」

 

 

 

 

 明確に、由華の顔から血の気が引いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 時間軸は冒頭に巻き戻る。

 

 どうしてこんなことになってしまったのだろうか。

 冷静になってみれば、自分が勝てるかもしれない勝負を、こんなクズ達がしてくれるわけがない。

 

 さっきの局、やられたことは明確にわかった。

 『送り込み』。こちらがリーチに打って出たことをいいことに、自分のツモ筋に、相手側の当たり牌を設置された。

 

 さらに言えば、上家の国士無双も偶然なわけがない。

 積み込み、いわゆるイカサマだ。手積み卓ならではの卑劣な行動に、由華は拳を強く握りしめることしかできなかった。

 

 (ゴミ共が……!)

 

 と同時に、自分の浅はかさにも腹が立った。

 麻雀でなら勝てると思い込んで、勝負を受け入れてしまった。

 

 しかしこれでは勝ち筋はゼロだ。

 これだけイカサマのオンパレードをされて、いかに由華といえども、こちらはイカサマなぞできない。

 仕組みすら知識は怪しい。

 

 

 「あれ?由華ちゃんどうした?諦めたの?1半荘目トップなんだからまだ逆転できるかもよ?」

 

 軽薄な笑みは見なくても目に浮かぶ。

 その声色が、こちらの負けを確信して上機嫌になっているのが腹が立つ。

 

 (どうしたら……!……私はまた、負けるのか……!)

 

 ぎゅっと瞑った目尻に涙を溜めて、由華は怒りと悔しさに震える。

 やえに勝利を届けられず。

 こんな下劣な打ち手に対してもなす術がない。

 

 そんな自分の弱さに。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「……代わってもらおうか」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 低い、声だった。

 

 その声に、雀荘全体が静寂に包まれる。

 声量は決して大きくはない。

 それなのに、その声は良く響いた。

 

 

 由華が、顔を上げた。

 

 そこに立っていたのは、色黒で、がっしりとした体つきの男だった。

 

 

 「……ああ?なんだよ。こっちは可愛い女の子と麻雀中なんだけどナァ」

 

 「……1対3は麻雀じゃない。やるなら……2対2だ」

 

 「んなこと決まってなんか……」

 

 リーダー格の男が抗議しようとしたその時、後ろから店に入った時に少しだけ話した執事服の男がやってくる。

 

 「あ~ごめんなさいねえ~今満卓で、この人と4人で1半荘だけ打ってもらいますね~!」

 

 「んなふざけたことあっていいわけ……!」

 

 「俺がここのマスターだ。黙って従えや」

 

 「……ッ」

 

 執事服の男の迫力に、リーダー格の男が気圧される。

 

 何が起こっているのかわからないまま由華が執事服の男の方を見やると。

 

 「ごめんね、遅くなっちゃって。ま、あの人めちゃつよだからさ、全部任せてよ」

 

 「は、はあ……」

 

 小声で言われた内容は、どうやらこのガタイの良い男と麻雀を打てということらしいが。

 

 

 「……はじめよう」

 

 

 

 てっきり警察でも呼んでくれたのかと思っていた由華は、意外な助っ人の登場に呆けることしかできなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 3半荘目。

 

 由華の下家に、ガタイの良い男が座る。

 男の名は、伊桜と言うらしい。

 

 (状況は1対3から2対2になったけど……この人、信用していいのか……?)

 

 親は伊桜からだ。

 一枚の牌を握って……河に放つ。

 

 あまりに強烈に叩かれた第一打が、耳に強く響いた。

 

 (打牌うるさっ!!本当に大丈夫なのかなあ……?)

 

 とはいえ信頼するしかない。

 イカサマが横行しているのがわかった以上、頼れるのはこの伊桜だけなのだから。

 

 

 

 

 「ポン!」

 

 「ポン!」

 

 「そいつもポンだ」

 

 

 対面に座ったリーダー格の男が、仲間からのアシストを受け三副露。

 {東南発}と仕掛けて、手牌は4枚に。

 

 

 (まずいな……)

 

 由華は先ほどの2半荘目でトビ、トータルスコアはマイナスになってしまっている。

 つまり、伊桜がどう頑張ったところで、由華がトップにならなければプラスは見込めない。

 

 早い話が、仲間内だけで差し込みあって一人がトンで一人にトップをとられたら、由華は負けなのだ。

 

 3アシストから、由華の上家に座った男が笑みを浮かべる。

 

 

 (もう差し込めるのか……!)

 

 あまりにも早すぎる。

 まだ5巡。こちらにはなす術もない。

 

 由華の上家の下っ端が、リーダー格の男に差し込んで終わりだ。

 

 ニヤついた下っ端が、勢いよく河に牌を切り出す。

 

 {白}だ。

 

 

 「ロン!」

 

 終わった……!もしこれが役満なら、そこでもう終わり。

 

 

 

 

 「……ロン」

 

 しかし、低い声が、由華の下家から響く。

 

 

 

 

 伊桜 手牌 ドラ{⑧}

 {②②④④⑧⑧55三三七七白} ロン{白}

 

 

 「……クンロク(9600)

 

 

 頭ハネ。

 忌々しそうに唾を吐いたリーダー格の男が、乱雑に山を崩した。

 

 

 「クソジジイが……!」

 

 

 

 

 

 東3局 親 下っ端

 

 なんとか生きながらえているものの、由華の点数が伸びなければ意味は無い。

 

 8巡目 由華 手牌

 {①②123九九九白白発発南} ツモ{①}

 

 一向聴。

 チャンタ系の手役が見える手。

 由華は{南}を切り出していく。

 

 「ポン!」

 

 対面にその牌を鳴かれる。

 相手の男達も、今注意は下家に座る伊桜に向いているだろう。

 ツモ番を飛ばす意味合いもあったかもしれない。

 

 そうして出てきた牌は、{発}。由華が鳴ける牌だ。

 

 喉まで声が出かかって、由華は自分の左手の甲を、自身の右手で強くつねる。

 

 (バカか……!何回同じ過ちを繰り返すつもりだ……!)

 

 状況が状況で、焦りが出てしまった。

 勝たないとまずいという気持ちが発声を誘ったのだ。

 

 ふう、と一つ息を吐く。

 

 (私は決めたんだ。もう2度と、自分の麻雀を曲げてなるものかと!)

 

 

 9巡目 由華 手牌

 {①①②123九九九白白発発} ツモ{発}

 

 

 「リーチ!!」

 

 もちろん待ち選択はシャンポン。

 最高打点に仕上げる方法を、由華は知っている。

 

 

 「ツモ!」

 

 

 由華 手牌

 {①①123九九九白白発発発} ツモ{白}

 

 

 

 「4000、8000!」

 

 

 男達の表情が歪む。

 流石に由華に大きく浮かれたのは痛いのか、忌々しそうにこちらを睨みつけていた。

 

 そんな中、伊桜だけは、由華の和了形を、じっくりと眺めていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その後は、一進一退の攻防が続いた。

 

 

 「ロン。2600」

 

 「クッソが……!」

 

 差し込みは、全て伊桜によって阻止され。

 かといって由華も、それ以降大物手を和了れるには至らず。

 

 ジリジリとツモで削られながら、なんとか1位をキープする展開に。

 

 そして迎えた、オーラス。

 

 

 南4局 親 由華

 

 (伊桜さんに、守ってもらいっぱなし……!情けない、本当に)

 

 何度救われたかもうわからない。

 ゲームを終わらせかねない卑怯な手を、何度も伊桜は止めてくれた。

 

 (でも……私にだって、プライドがある……!)

 

 それは、晩成で積んだ研鑽の数々。

 このまま守られっぱなしで終わって、何が晩成の大将か。

 

 

 (最後に、捻りつぶしてやる……!)

 

 

 由華の瞳が、一段と輝いた。

 

 

 5巡目 由華 手牌

 {①東東南南西西白白白中中} ツモ{南}

 

 

 由華の手に、大物手が舞い込んだ。

 

 (よし……この手を決めて、終わらせる……!)

 

 驚くほど手牌がスムーズに進む。

 先ほどから、重なった牌から順に、伊桜が切ってくれているのだ。

 

 しかし、そんな偶然があり得るだろうか?

 

 (知り合ってまだ1半荘も経ってないのに、私の力を、理解してる……?)

 

 そんなはずはない、そう思ってはいるけれど。

 

 

 (なんだ、この感じ……!)

 

 身体中に湧き上がる高揚感。

 自分の道を進め、とそう言ってくれているような。

 

 

 

 

 

 

 

 「リーチだァ……!」

 

 

 

 その刹那、対面からリーチがかかる。

 

 狂気的に笑う対面が、場に千点棒を投げ捨てた。

 

 とはいえ由華も勝負形だ。引く気は一切ない。

 

 

 (来いよ……正面から捻りつぶして……ッ?!)

 

 

 ――瞬間。

 

 

 上家の手が動く。

 ツモ山に、牌を置かれた。

 

 『送り込み』。

 おそらく差し込みよりも優先的に由華の手を潰しにきた、相手側のイカサマ。

 2半荘目にやられたソレを、由華は良く知っている。

 

 

 

 これで由華の手牌には、対面の和了り牌が流れてくるだろう。

 

 

 対面 手牌

 {2233446688発発発}

 

 (ふざけやがって……ぜってえタダじゃ返さねえぞ)

 

 ぶっこ抜きで完成させた緑一色聴牌。

 

 これを確実に仕留めて、このふざけた勝負を終わらせる。

 

 下っ端が送り込みを遂行したのを見て、ニヤリと笑みを浮かべた。

 

 (さあ飛び込んでこいよ、クソガキ)

 

 

 そしてその瞬間。

 

 上家から切られた牌。

 

 

 それは、{東}だった。

 

 

 

 (っ……!!)

 

 

 

 

 由華の手牌は

 {①東東南南南西西白白白中中}

 

 この状態。

 東をポンして打{①}とすれば、字一色聴牌で、更に相手の送り込みもかわすことができる。

 

 絶好の、鳴き所。

 

 

 由華が、ぎゅう、と強く、より強く自分の手を握りしめる。

 

 わかってる。

 

 この状況。鳴かないことがおかしいことだって、わかってる。

 

 鳴けば役満聴牌で、送り込みもかわせる。

 対面に、ぶつけることができる。

 鳴かない理由がない。

 

 

 

 

 けど。

 

 

 (鳴く……私が、また、鳴く……?)

 

 

 

 強く、強く太ももを叩いた。

 

 あの時と同じだ。

 

 焦って、前に出て、自分の力じゃ立てなかった、あの時と同じ。

 

 

 

 

 

 

 (もう……後悔しないって、決めたんだ……ッ!!!!!)

 

 

 

 

 

 

 

 

 欲しない。

 王者の剣は、屈しない。

 

 

 

 

 自らの手で切り開く、あの王者のように。

 

 

 

 

 

 

 

 

 由華は目を大きく開いて、伊桜の目の前にあるツモ山へと手を伸ばした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 (……え?)

 

 

 

 

 

 

 

 由華 手牌

 {①東東南南南西西白白白中中} ツモ{東}

 

 

 

 

 ツモ牌は、有効牌だった。

 

 

 

 

 (なん、で……)

 

 

 てっきり、不要牌だと思っていた。

 しかしもしかしたら、この{東}こそ、対面の当たり牌なのかもしれない。

 それなら、納得がいく。

 

 

 「リーチ!!!!」

 

 

 強く曲げる。

 

 由華から出てきた牌が当たり牌ではなかったことに驚く対面と上家。

 

 リーダー格の男が鬼のような形相で下っ端を睨みつけるが、下っ端は何が起こったのかわかっていない様子で。

 送り込んだのは、確かに、たしかに{8}だったはずなのに。

 

 

 

 

 伊桜がツモり、1枚の牌を切る。

 

 

 リーダー格の男が、忌々しそうに山へ手を伸ばした。

 

 そして、その牌を見て。

 

 

 

 

 「ッ!クソ……クソガキがあああああああああああああ!!!!!!!」

 

 

 

 切り出した牌は―――{中}。

 

 

 

 

 

 

 

 「……終わりだな」

 

 伊桜が、小さく呟いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 由華 手牌

 {東東東南南南西西白白白中中} ロン{中}

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 対局が終わって。

 

 伊桜に『マスター』と呼ばれていた執事服の彼が、不良軍団3人を奥に連れて行っていた。

 なにやら、最近オイタがすぎる……とか言ってたような気がする。

 

 

 自分に何が起きたのかわからないまま、由華は麻雀卓の前に座っていた。

 

 

 

 

 「……良い麻雀だ」

 

 「!……ありがとう、ございます」

 

 煙草に火を点けた伊桜が、由華に煙を吸わせないような配慮なのか、出口の方を見ながら静かに息を吐いた。

 

 なにか言わなきゃと思って、由華がしどろもどろに言葉を紡ぐ。

 

 

 「あの、最後、なんですけど……私、あれ東、鳴くべきだったのに、なんか……あはは」

 

 自分でも何を言っているかわからなくて、曖昧な表現になってしまった由華。

 

 正直何が起こったかわからなかったし、きっと当たり牌を掴まされるのだろうと思っていたから、回ろうかとも思っていた。

 

 

 「鳴かないって、効率悪いです、よね」

 

 

 自嘲気味に、由華が頭を掻く。

 いたたまれなくて、マスターに取り返してもらった学生手帳を手に、由華は静かに立ち上がろうとした。

 

 

 

 「……あの時」

 

 

 と、その時、伊桜が小さく話し出したことで、由華がその場で立ち止まる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 「……あの土壇場で、己の信念を曲げなかった。あの時点で……お嬢ちゃんの勝ちだ」

 

 

 「……ッ!」

 

 

 

 

 

 

 その言葉が嬉しくて。

 

 認めてもらえたような気がして。

 

 

 

 

 由華は、深く、深く頭を下げた。

 

 

 「ありがとう、ございました……!」

 

 

 

 由華は外へ駆け出していく。

 その横を通り抜ける時、たしかに、伊桜が小さく笑っていたように見えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「はあ、はあ……!」

 

 勢いよく雀荘を飛び出して、大通りまで走る。

 身を包む高揚感と、達成感。

 

 最後の半荘は、本当に心が熱くなる対局だった。

 

 そして、最後に伊桜に言ってもらった言葉。

 

 

 『己の信念を曲げなかった』

 

 その言葉が、由華の脳内をリフレインする。

 

 

 

 

 「ちょっと由華!!!」

 

 「うわあ?!やえ先輩!」

 

 「あんたどこ行ってたのよ!15分も連絡しないで!」

 

 「すみませんすみません……ってえ?15分?」

 

 由華がやえの言った言葉が信じられなくて、一瞬フリーズ。

 

 そんなはずはない。

 だって今まで3半荘も打ったのだ。

 最低でも2時間近くは経過しているはずだったが……。

 

 由華が慌ててスマホを開く。

 確かに、やえとの待ち合わせ時刻から15分しか経っていない。

 

 

 「え……ええ?」

 

 「なによ。あんた変よ?」

 

 

 顔を、触ってみる。

 そういえば、盛大な猫パンチを食らったはずなのに、その痛みもどっかにいっていた。

 

 

 「ふふ……あははあはははは!」

 

 「ええ……由華あんたついに壊れた?」

 

 「すみません……!でもおかしくって……あはは!」

 

 

 思わず、笑みがこぼれた。

 

 この数時間のことは、きっと幻かなにかだったのだろう。

 

 

 でも、それでもいい。

 

 

 かけがえのない時間を、過ごせたから。

 

  

 

 「聞いてくださいやえ先輩!私、やえ先輩みたいな人と話してたんです!」

 

 「なによそれ……」

 

 

 

 

 だから、今日からまた頑張ろう。

 

 すっかり元気になった由華に困惑するやえを引っ張って、由華は走り出す。

 

 

 

 

 

 

 

 

 巽由華はもう、迷わない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 








ね?とっても可愛い話でしょ(白目


ちょっと1ヶ月ほど忙しくて執筆関係できてなかったんですが、新作のプロットが固まってきたので、近々書けるかも~となっております。

あと、感想返しも……!
本当に、たくさんの完結おめでとう感想ありがとうございました。
全て、目を通しております。
めちゃくちゃに嬉しいです。落ち着いたら、返していこうと思いますので……!




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