勇者になりたくない主人コウ~故郷への帰還を夢見て~ (時斗)
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プロローグ:異世界召喚!?

複数サイトに掲載させて頂く事に致しました。
宜しくお願い致します。

小説家になろう様の投稿させて頂いている分が無くなるまでは、毎日12時に更新していく予定です。
とりあえず10話投稿致します。


「……気持ちのいい朝だな……」

 

 僕は部屋の長椅子に座って頬杖をつきながら、今では見慣れた光景となった窓の外をぼんやりと眺めていた。空はもう明るみを帯び始め、爽やかな夜明けの光が部屋の中に入ってくるのを心地よく感じつつ、小鳥たちの囀る声に耳を傾ける……。

 

「お早いですね……、もう少しお休みになられた方が宜しいのではありませんか?」

 

 そうしていると透き通るような澄んだ声で響き、この部屋の同居人でもある金髪碧眼の女性が、淹れてくれたのであろう紅茶を用意して僕の傍にやって来た。朝の挨拶と一緒に、どうぞ、と渡される紅茶を有難く受け取りながら、

 

「ああ、有難う……。もう充分休んだから、大丈夫だよ」

「……本当ですか?コウ様の『大丈夫』はあまり当てになりませんから心配です……。お願いですからそちらを飲まれた後で少し休まれて下さい……」

 

 僕の名を呼びつつ心配そうにそう訴えてくる彼女に、ゆっくりしておくからと宥めると、納得はしていない様子ではあったが何とか引き下がってくれる……。一度決めたら中々折れる事のない頑固な僕に溜息をつきつつ、普通の人には見られない長く尖った耳を垂れ下げながら、自身も近くの長椅子に腰掛ける。

 

 ……因みに彼女は人……いわゆるヒューマン族ではない。エルフと呼ばれる、ヒューマンとは別の種族であり、外見上は余り変わったところはないが、見分け方としたらその人よりも少し長く、尖ったような耳が特徴的だろう。また、エルフという種族は、比較的に容姿が整っているらしく……、特に女性は顕著で、ほとんどの場合が美女であると聞いている。

 その中においても彼女は群を抜いて美しく、100人いたら100人が思わず振り返ってしまうくらいの飛びっきりの美女であった……。

 

「あら?起こしてしまいましたか、シウス……」

 

 彼女にくっついてきていた立派な紫色のたてがみが印象的な犬のような生物に気が付くと、そっと席を立ちそのシウスと呼ばれた生物を伴って高級そうなカーペットが敷かれたところに脚を崩して座り、優しく撫ではじめる。シウスは気持ちよさそうに彼女の傍で丸くなり、それを見て彼女も優しく微笑みながらシウスを毛づくろいするように撫で続けていた。見惚れるような彼女の笑顔にドキッとしながらも、長く一緒にいるというのに未だに彼女の魅力にやられてしまう自分に苦笑する。

 

(……平和、だなぁ)

 

 そんな彼女たちの様子を微笑ましく眺めていると、入り口をノックするような音が聴こえ、士官服を身に纏った黒髪の女性が入ってきて、

 

「もう起きていたのね。昨日の今日だし、もっと寝ていてもいいわよ。フローリアさんからも許可は頂いているから」

「ユイリ……。なんていうか……目がさえちゃってさ」

 

 ユイリと呼んだ黒髪をポニーテールに纏めた女性にそう答えると、呆れたような表情を浮かべながら彼女は、

 

「目がさえてって……。ほんとに子供のような勇者様ね……」

「勇者って……全く、僕は勇者じゃないと何度も言っているじゃないか……」

 

 勇者っていうのは僕と一緒にこの世界にやって来た、もう一人に言ってくれ……、そんなニュアンスを込めてユイリに抗議をする僕。

 

「はいはい……、でも昨日の事件の解決した事で、貴方の事を勇者と思う人も多いと思うわよ?特に事件に巻き込まれた当事者にとっては、ね……」

「……それでも襲撃してきた魔族たちを退けたのはトウヤなんだろう?そりゃあ僕たちが相手にした海賊たちも厄介だったけどさ……。別に僕一人で解決した訳でもないんだし……」

 

 昨日、僕たちに緊急の依頼(クエスト)が来て解決した『大公令嬢誘拐事件』。魔族の襲撃にあわせて起こした海賊たちの略奪に巻き込まれた大公の令嬢を救出すべく、僕たちギルドのメンバーだけで討伐に向かったのだけど……。相手も名のある有名な海賊だった事もあり、殆ど一日がかりの作戦となってしまったのだ。

 誰も犠牲を出さずに、無事に令嬢も救出でき、海賊が溜め込んでいたお宝も全て回収し作戦は大成功には終わったが……、それでも自分が勇者云々言われるという事は別の話である。

 

 そもそも僕たちの所属している王城ギルドだけで解決に導かなければならなかったのは、単純に人手が割けなかったからだ。

 『十二魔戦将』と呼ばれる者が魔族や魔物を率いて同盟国を襲撃してきたという事で、対魔王における世界同盟の間で緊急動議が発動されたのだ。

 それにより、勇者と認知されていたトウヤを始め、王国の屈強な戦士たちはそちらの救援遠征に出なければならず、僕たち以外に動ける者がいなかった。そうでなければ大公家の者が誘拐されて、そちらに人が割けないなんて事があろう筈もない。

 

「……あまりコウ様をからかうものではありませんよ、ユイリ」

「全くだよ……、シェリル、もっと言ってやってくれ……」

 

 そこで今まで黙って聞いていたエルフの美女、シェリルがそう助け船を出してくれる。流石に彼女にそのように言われて、ユイリも何処か僕をからかう様な態度だったのを改め、

 

「これは失礼致しました、姫……。でも、ここに来たばかりの時と比べて、随分と頼もしくなったとは思っているわよ?強くもなったし、今なら勇者と呼ばれても貴方自身あまり抵抗はないんじゃないかしら?」

 

 今でも私を振り回してくれるところはあまり変わらないけれど、と苦笑しながら話すユイリに、

 

「……まさか。強くなったと言っても、それは自分と身近な人を守るくらいしか出来ないよ。僕の力はあくまで自衛の為のもの、あくまで元の世界に戻る為に必要な力しか持ち合わせてはいないんだから……」

「それでも、貴方を勇者と認める人たちはいるわ。私たちもそうだし……、貴方と交流を続けているジーニスたち……、そして昨日の大公家の方たちだって、きっとそう思っていると思うわ」

 

 今度は別に揶揄っている風には感じられないユイリに、シェリルまでもが同調するかのようにこちらを見ている。そんな彼女らに、自分の胸の内を語ってゆく……。

 

「……僕は勇者じゃないよ。確かにこの世界でも何とか戦える強さだけは身に付いたけれど……、それでも僕は単なる一般人だよ……。とても勇者なんて務まるような人間じゃない。今でも、元の世界に戻れる事を願っている……、ただの一人の人間さ……」

 

 そう言いながら、僕は今までの出来事を思い返す……。この世界(ファーレル)にやって来る事になったあの時の事や、これまでの日々……。今に至るまでに起こった数々の出来事にゆっくりと思いを馳せていった……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ……タス……ケテ……!

 

「また……!一体何なんだ、さっきから……」

 

 一段とハッキリ聞こえた声らしきモノにボヤキながら周りを見渡す。当然の事ながら、ソレを発した人らしきものは見当たらない。

 

「おいおい、今度は何だ?大丈夫か、お前……」

 

 キョロキョロとする自分の姿に訝しむように同僚が声を掛けてくる。もう夜の10時をまわる時刻に、明らかにおかしな行動をとっているのだから、頭がおかしくなったのかと思われているのかもしれない。

 

「ああ……、大丈夫、だと思いたい……」

「頼むぜ、本当に……。まあ、このところ結構ハードだったからな、疲れているだろうとも思うが……」

「それはお互い様だからな……。でも今日は何だか変なんだよな……。何か声のようなものが聞こえてさ……」

 

 心配させている仕事の同僚にそう返答する。外回りをしている時も何処からともなく先程のような幻聴が聞こえてきて、幾度となく振り向いたものだった。まるで助けを求めているかのようなソレにどうしても気になってしまうのだ。

 

 しかしながら思い当たるようなモノもなく、結果的に挙動不審な様を晒してしまっている。

 

「声……?そんなもの、何も聞こえないが……」

「そうだよな……。悪い、多分勘違いだと思う……。何か今日はずっとこんな調子なんだ……」

 

 最近、仕事も一段と忙しくなり、仕事場を出るのが0時をまわっている、という事も珍しくない。まぁ、忙しくない時は定時近くに帰れる職場なので、ブラック企業というものではないと思うが。

 

「疲れてるんだよ、お前。昨日、ていうか今日になるのか……。家に帰って1時間としない内に出社してきてるだっけか?」

 

 そんなんだったらまだ家に帰らない方がよかっただろ?そのように続ける同僚の言葉を受けながら、自身の体調を鑑みる。確かに多少疲れてはいると思うが、身体は現在の状況に慣れてきている。

 

 あまりこんな事に慣れたくはないが、明日を乗り切れば休みをとれるという事もあり、気力的にも問題はないように感じる。……今日起こっている謎の声の事さえなければ。

 

「もう今日はあがれよ。ある程度目処はついてるんだろ?明日やれよ、明日!」

 

 そう言いながら同僚は帰り支度をしているようだった。正直に言うと、今日中にやっておきたい事はまだ残っているが、同僚の言うとおり帰ろうと思えば切り上げる事も出来る。どうするか少し考えて、

 

「11時前にはあがるようにするよ。確かに集中できてないのも事実だし……」

「……まあ、そう言うんなら止めないけどな……、じゃあ、お疲れ」

「ああ、お疲れ様」

 

 若干心配そうにこちらを見ていた同僚だったが、溜息をつきながらそう言って会社を出て行った。これで会社に残っているのは自分1人になる。しばらく静寂の中、キーボードの音だけが響いている状況であったが、そんな時また微かに声のようなモノが聞こえてきた。

 

『――ッ』

「ああもうっ!何なんだよ、一体!?」

 

 キーボードに思いっきり拳を叩きつけたい衝動に駆られるのを必死に我慢しながら、夜中の事務所で叫ぶ。……やはり、そんな声を発しているモノはない。そもそも現在、会社に残っているのは自分1人なのだ。他の誰もいる筈もない。

 

「……帰るか」

 

 一気に脱力感が自身を襲い、仕事をし続ける気力も失せた自分はそうごちると帰り支度をはじめるのだった。

 

 

 

 

 

「はぁ……、これが続くようなら本当に病院に行った方がいいかもしれないな……」

 

 今日の自分の奇功に対し、同僚達に幾度となく言われた言葉であったが、少しは真面目に考えてもいいのかもしれない。最も、こんな事が続くなら精神的にまいってしまう。

 

 まして、幻聴はまるで助けを求めてきているようにも感じるのだ。正体もわからず、困惑するばかりだが、仮に無視し続けるにしても気分が悪い。

 

「まあ、ウダウダ考えても仕方がない!それよりも今度実家に戻る際に何か買っていかないとな……」

 

 無理矢理考えを切り替えるように自分の両親達について思いを馳せる。既に定年を迎え、最近持病により入退院を繰り返している父親とそれを支えている母親。そしてお盆や正月などに帰省した際にたまに会う弟……。確か今回は帰ってくるって言っていたっけ……。

 

「それなら寿司でも買って帰るか……、あと、1週間頑張ればお盆休みになる……」

 

 だからこそ今が一番大変だが、ある程度区切りをつけておきたい……。そうすれば、休みはきっちり休む事が出来る。地元に帰ったら同じく戻ってきている連中と一緒に飲みに行くのもいいし……。

 

『タス―――ッ、オネ―――ッ!』

「…………またか」

 

 あと少しで家に着くという所で、また幻聴が聞こえてくる。先程よりも若干はっきりと聞こえてきたようだった。

 

「全く、本当にどうしたんだろうな……」

 

 どうせ何もない……、そう思って声の方向に足を進めてみる。自宅アパートから少し離れた先の駐車場に出る。時間も時間だからか、人通りの無い有料駐車場を見渡すも何も異常は感じられなかった。

 

「……やっぱり何もない、か。馬鹿馬鹿しい……早く帰ろう」

『おね……い!わた……を、たす……て……!』

 

 そう思い背を向けるも再び何処かからか声が聞こえてくる。それも、今日聞いた声では一番と思える程の声が……。

 

「全く、本当にどうかしている……!」

 

 駐車場の脇の路地に迷わずに入っていく。真夜中に人通りの無い通りのそれも路地裏に入るなど、普段ならば絶対にやらない行動だとも思うが、今日はずっとこの『幻聴』に悩まされたせいか、特に気にする事もなく足を進めると、やがて行き止まりとなる。やっぱり、何も変わった様子はなかった。

 

「…………一気に疲れが溜まった。もう何が起こっても帰ろう……」

 

 ガックリと肩で大きな溜息をつきながら、来た道を戻るべく振り返ろうとした矢先、足元に奇妙な紋様の方陣が浮かび上がる。

 

「なっ……!?」

 

 白い光に包まれながら、その魔法陣のようなモノに捕われた形となり、混乱する自身に、はっきりと透き通るようで、でも何処か切羽詰るような声が聞こえてきた。

 

『お願いします……、どうか、わたくし達をお助け下さい……、勇者様っ!』

 

 その声を最後に、余りの眩しさに何も見えなくなる。その光が収まった時、消えた自身の持っていた鞄だけが、その場に残されているのみであった……。

 



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第1話:見覚えの無い世界

 

 

 

「成功、なのだろうか!?」

「あ、ああ、召喚には成功されたようだが……」

 

 周りがざわざわと騒々しい……。疲れてるんだからもう少し寝かせておいてくれとボヤキながらも、1人暮らしの家で騒がしいとはどういう事だと意識を覚醒させる。

 

(な……なんだ、ここは……?)

 

 目を覚ますとそこは何時ものアパートの部屋ではなく、30畳くらいありそうな広い場所にいた。その部屋には窓も無く、何やらオカルトの儀式でも行いそうな魔法陣が描かれており、自分はそこに座り込んでいる。そして囲むように鎧を身につけたり、ローブを着込んだ者達が一喜一憂しているようだった。

 

「こんな事があるのか……」

「儀式で勇者が2人も召喚されるなんて聞いた事がないぞ……」

 

 2人……?その言葉を聞き、ふと隣を見てみると自分の見覚えのある服を着ている男性がいた。24歳になる自身よりも少し若いだろうか、ただ髪の色は日本、というか自分の世界では見られなかったディープブルーで長く後ろにポニーテールにして纏めており、顔面偏差値というものがあれば余裕で80を超えそうだ。勿論上限は100で、普通……より下の自分とは比べようも無い。身長も180cmは超えているだろうし、服装はデニムのジャケットとジーンズを着こなしている。

 

 自分はといえば、仕事帰りだった事もあり、くたびれたリクルートスーツのままだというのに……。まるで自分は彼の引き立て役のようではないか……。

 

「……皆の者、少し落ち着きなさい」

「レイファニー様ッ!」

「ははっ、失礼致しました!」

 

 そこに、透き通るような女性の声が響き、その声の主の前に周りの者達が敬礼し道を作っていく。ウェーブがかかったロングヘアーを腰のところまで伸ばし、頭上にはティアラが飾られている。その黄金の輝きは彼女の持つ薄い水色が入ったような見事な銀髪に栄え、何処と無く感じる高貴な気品も相まって彼女から目が離せない。そんな彼女が自分達の前まで来ると、そっと着ていたドレスの裾をつまみ、軽く持ち上げて天使のような微笑を浮かべながら挨拶してくる。

 

「城の者が大変失礼致しました、勇者様方。急なわたくし達の召喚に応じて頂き有難う御座います」

 

 召喚?応じた?混乱する自分を尻目にレイファニーと呼ばれていた彼女が続ける。

 

「此度の様にお二方も勇者様がいらっしゃるという事が、今までの前例が無かったもので……。勇者様をお迎えする佇まいではありませんでした。誠に申し訳御座いません」

「い、いえ、それよりもですね……」

「これはご丁寧に、王女様と思わしき方を前に膝もつかずにこちらこそ申し訳ない」

 

 自分の疑問を遮るように隣のイケメンがその言葉とともに恭しく膝をつく。……なんとなく自分も隣に倣うように膝をつく。周りの人達の反応からも、彼女がやんごとなき身分の女性という事は間違いないだろう。問題はここが何処かという事だが……。

 

「そんな……、頭をお上げ下さい。わたくし共はあくまで勇者様方にお願いする立場なのです。ましてやこちらの勝手に応じて頂いているのですから、畏まる必要もありません」

「勿体無いお言葉……、必ずや貴女の力になると約束しましょう」

 

 その言葉とともにイケメンは彼女の腕を取るとそっと口付けを落とす。……こんな意味不明な状況にあるというのに、よくそんな行動がとれるものだ。しかし見れば見るほど違和感しか湧かない建築風景だ……。外国の、それもお城ともいえる場所に行った事のない自分だけど、遠目に見てもコンクリやモルタルって感じの素材じゃないし。周りの人のコスプレのような格好といい、明らかに現代の地球上の何処にも当てはまらないような気がする。

 

「何時までもこのような場所にいては、勇者様方もお寛ぎになれないでしょうから……、今後の説明をさせて頂く事も兼ねてこちらにお出で下さいませんか」

 

 周囲の様子を伺っていた自分に向けて、王女様が話しかけてくる。戸惑いながらも立ち上がり、彼女とその傍に立つイケメンと一緒に案内されるがままに部屋を出るのだった。

 

 

 

 

 

「よく来てくれた勇者達よ、ワシはこの国の王、オクレイマン・コア・ラ・ストレンベルク14世じゃ。此度は我らが召喚に応じてくれた事、礼を言おうぞ」

 

 王女様に連れられてきた先での会食の間にて、この国の王様が労いの言葉とともに挨拶してくる。頭こそ下げはしなかったが、隣の王妃様らしき人物や自分達を案内してきた王女様も会釈している。

 

 恐らくいくら相手が勇者とはいえ、何処の馬の骨ともわからぬ自分達には過ぎた対応なのだと思う。それに召喚に応じた、か……。やはり問いただしておかなければならないかもしれない……。

 

「その事なのですが、あの、王様……」

「なんて勿体無いお言葉……、本来ならば私から名乗らねばならなかったところを……。わたくしはトウヤ・シークラインと申します。必ずや王様や王女様方のご期待に答えられればと存じます」

 

 ……何でさっきから自分の言葉に被せるようにしてくるのだろうか。それに今の名前から察するに、自分と同じところからやって来た訳では無いという事か……?

 

「わたくしこそ申し遅れました。わたくしはオクレイマンの娘、レイファニー・ヘレーネ・ストレンベルクですわ。よろしくお願いしますね、トウヤ様。それから……」

 

 自己紹介をしながらレイファニー王女が透き通るような綺麗な深い蒼色の瞳でこちらを伺うようにみつめてくる。通常ならばこちらも自己紹介するのが筋だとは思うけれど、ここはハッキリさせておきたい。色々リスクはあるけれどそれは今は考えない事にする。

 

「ご丁寧に申し訳御座いません。本来ならばわたくしも自己紹介するところだと思うのですが、突然の事に戸惑っておりまして……。少々お教え頂きたいのですが、発言の許可を頂けますでしょうか?」

「おお勇者殿、そんなに畏まらずとも良い。わからぬ事はなんなりと申されよ」

 

 王様のその言葉を聞き、今まで疑問に思っていた事をぶつける。

 

「それでは失礼して……。ここは地球ではないように思えますが、何故私はここに呼ばれたのでしょうか?」

 

 何故か先程から勇者勇者と呼ばれているが、そもそも自分は何も持たない一般人だ。そんな特別な力なんか無いのは今までの人生を生きてきて一番よくわかっている。いきなり訳のわからない状況に放りこまれて勇者なんて言われたらたまらない。

 

 一方、自分のその発言に少し戸惑った様子でレイファニー王女が問いかけてくる。

 

「ええと……、勇者様は、召喚の際に何か伺ってはいらっしゃらないのでしょうか?」

「えっ?」

 

 伺う?一体何を?

 

「この世界に呼ばれる理由……、といいますか、ご自身がこちらに来られるこの世界の大まかな内容を……」

「い、いえ、何も聞いてませんが……。というよりも何が何だかもわからないうちに、気が付いたらこの世界に来ていたというか……。だから、勇者と云われましても今ひとつピンとこなくて……」

 

 自分の発言にさらに困惑した気配が生まれる。……やっぱり何か行き違いがあったみたいだな。実際に自分はこの世界が何なのかもわかっていないし、ここに来たのだって自分の意思ではない。何か、助けを求めるような『声』は聞こえた気はするけど……。

 

「では改めて伺うが……、そなたは召喚時に娘に導かれた訳ではないと申すか?」

「王女殿下に……?いえ、私は仕事の帰り道にいきなり光に包まれて……、気が付いたらここにいた次第です……。ですので勇者の話云々や、この世界が何処で何なのかすら、正直わかっておりません……」

「それではトウヤ殿、そなたはどうじゃ?」

 

 そこで王様は自分と同じくこの世界に呼ばれたもう一人のトウヤと呼ばれるイケメンに向かって問いかける。すると……、

 

「私はレイファニー王女様の呼びかけに導かれこの世界に参りました。ただ……、具体的にこの世界でどう助けになればいいかまでは……」

「トウヤ殿には言い伝えられておる方法でこの世界に訪れなさったようじゃな……。しかしながら勇者の説明はなかったか」

「申し訳御座いません、お父様。わたくしの力不足で……」

「なに、もう数百年も使用されていなかった『招待召喚の儀』じゃ……。発動成功させただけでもお主は役割はしっかりと果たしていよう……」

 

 王様の話を聞くに、正しい召喚ならばちゃんとこの世界に喚ばれる際に来る来ないかを自分の意思で選択できたようだ……。じゃあ……自分は一体……。

 

「言い伝えの通りならば、この世界に危機が訪れた際に我が王家に伝わる儀式により、異世界より勇者となる素質がある者を召喚する事が出来るのだ。そしてその勇者は、自身の役割を理解しこの世界の脅威を排除する……。過去に何度もそうやって危機を克服してきた。そして勇者を召喚した王女は、勇者に従いその身を捧げる……。だから、今回のように2人の勇者が召喚された例がなかったのだ」

「だったら、彼が勇者では?少なくとも私は勇者ではありませんし、話を聞けば聞くほど間違って呼ばれたといいいますか……、こう言っては何ですが自分は巻き込まれたとしか……」

 

 もう1人が王女に呼ばれたというのならば、勇者は彼だろう。ならば何故自分は巻き込まれたのだろうか。

 

「いえ……、この儀式は強制的に召喚されるというものではありません。無関係の者が召喚されるという事はないのです。儀式を行ったわたくしにも召喚に応じて頂いた方との繋がりのようなものを感じておりますから……。ただ、貴方様にとっては望まれて、納得されてこの世界に降り立たれた訳ではないという事につきましては、責任を感じております……。失礼ですが勇者様、貴方様のお名前をお教え頂けないでしょうか……?」

 

 ここで直接王女様から名前を問われる。……さて、一体どうしたものだろうか。

 

「……私ごとき一般人の名前など覚える価値もないもので御座います、王女殿下」

「先程も申しましたように、勇者様。『招待召喚の儀』は決して無関係の方が選ばれる事は御座いません。必ずこの世界の脅威に立ち向かう事が出来る『能力(スキル)』をお持ちになっていらっしゃる方を、王女の呼びかけで召喚させて頂く……。貴方様は間違いなく、勇者様です」

「……ですが、私はこの度は自分で決めてこの世界に来た訳ではありません。まして今までの儀式で今回のように2人が同時に召喚されるなんて事はなかったのでしょう?」

「それは……確かにそうですが……」

 

 言葉が詰まる王女様を見て、名前の件はこれで誤魔化せたかな……?勇者云々は別としても、魔法やら儀式やらが存在するというここで、自分に直轄する情報を素直に開示できる程、まだこの世界の人物達を信用しきれていない。

 

 話を聞いている限りは、こちらに理解があるように見える王様と王女様ではありそうだが……。

 

「お話を伺っていると、彼は手違いでこの世界に呼ばれてしまったようですね。しかしご安心下さい。私が彼の分まで責務を勤め上げてみせましょう」

 

 イケメン……、いやトウヤ殿と呼んだほうがいいか。彼はそう言って王様達に仕える騎士のように答える。正直な話、自分も負わされそうになっている勇者とやらの責務を彼が全て背負ってくれるというのは有難い話だ。トウヤ殿は自分と違い自ら望んでこの世界やってきたみたいだし、ここで自分が御役御免となってくれた方が気兼ねなくこの世界を離れられる。

 

 ……最も、元の世界に戻れるかという一番大きな問題があるが……。

 

「そう言って頂けるのは大変嬉しく思います、トウヤ様。ですが……わたくしは『招待召喚の儀』によって来て頂いた勇者様を導き、お支えし、そしてお仕えする事が責務です。そしてこの召喚を通して来て頂いたトウヤ様は勿論ですが……、貴方様もわたくしにとってお仕えさせて頂く方という事に違いは御座いません」

 

 控えめながらもそう答える王女様。……心なしかこちらを見ながら訴えてくるように話をする彼女に、内心どうして自分に拘るのかと思う。

 

 明らかにパッとしない自分と、見栄えも良く強そうな印象を持つもう1人の勇者候補である彼。おまけにその勇者候補は王女様方に協力的なのだ。こんな自分を引き止めなければならないほど、『招待召喚の儀』によって呼ばれた者は重要という事なのか……?ただ、今までは複数人が呼び出された例はないというから、どちらが勇者であるか判別がつかず放り出せないという事なのだろうか。

 

(だからリスクがあるのも承知で、僕が勇者じゃないと伝えている訳なんだけどな……)

 

 向こうが望んだ勇者で無いという事がわかったら、どういう反応が返ってくるか未だわからないこの状況で、あえて勇者じゃないと主張する事は正しい事ではないと思う。ただ自分も現在、酷く混乱している最中、必死に取り乱さないよう努めている段階でなんとか導き出した結論は、いずれバレる事ならば今、呼び出されたこの瞬間に自分からバラしてしまった方が、色々都合がいいんじゃないかという事である。

 

 ましてもう1人の勇者候補が、明らかに自分より優秀そうであるし、この場で勇者でないと判明してしまえばこの世界での自分の役目はなくなるし、もしかしたら元の世界に返して貰えるかもという淡い期待もある。

 

 ……そもそも、元の世界に帰す方法はあるかという事が、最大の疑問であるし、もし帰還の方法があったとしてもすんなり帰してもらえるかもわからないのが恐ろしい事でもあるが……。

 

「……王女殿下。私は正直何も出来ませんよ。この世界の危機というのがどういったものかはわかりませんが……、それに立ち向かう力もありません。それに、私が元いた世界では、争ったり戦ったりした事もないのです。とてもお役に立てるとは思えませんが……」

「それについては……、恐らくそなた達がこの世界、ファーレルに召喚された時点で、今までの知識や経験を元にこの世界で活かせるような力が備わっているかと思う。ファーレルでは全ての者が違いがあれど『能力(スキル)』を有しておるのだ。『生活魔法』のように日常で使われる魔法も言うなれば『能力(スキル)』の一種であり、そなた達のような異世界からの勇者は、さらに特殊な能力を宿していたと文献では伝わっておる」

 

 『能力(スキル)』、か……。まるでゲームの中のような話だ……。だけど残念な事に、ここはゲームの世界じゃない事は身に染みてわかっている。この空気が引き締まった感じの緊張感、他人の息遣いや、衣擦れの音……、そして何処か期待を持って見られているような視線、そこで感じる全てが、寝不足である筈の自分の頭を現実の世界だとはっきり知覚させる要因となっている。それに……、

 

「『能力(スキル)』、ですか……。先程から気になっていたのですが、私達が王様方と意思疎通が出来ているのは、もしかしてその『能力(スキル)』というものが影響されているのでしょうか?こちらの世界と、私のいた世界の言語が共通であるとは考えづらいですし……」

「おっしゃる通りです。勇者様のご認識の通り、わたくし達の言葉と勇者様方の言葉は異なるものです。このストレンベルクの王城と、城下町には教会の結界内にあります。その結界内では意思疎通の可能な者達は、言語を通して相手に意志を伝達する事が出来るのです。これも一種の魔法ですわ」

 

 疑問に答えてくれた王女様の話を聞き、成程と思う。注意してみてみると、確かに彼女達の喋り方は日本語を話すそれとは異なるような気がする。

 

「話を割って申し訳ないですが……、王女様、その『能力(スキル)』ですが、それはどうやって確認すればいいんでしょうか。私の世界にはそういったものはなかったので確認の仕方がわからないのですが……」

「それでしたら……、念じるだけで魔法空間にご自身の状態が確認できるようになっております。生活魔法の一種ですが、勇者様方にも使用できるようになっておいでかと存じます」

 

 そこにトウヤ殿が王女様に『能力(スキル)』について問いかけ、それに応える王女様。しかし魔法空間か、また新しい単語が出てきたな。まぁ、念じるだけで出来るというので試してみると、意識が別のところにも存在するような感覚に陥り、そこに自身の本名やら、ステイタスやらが数値化されているように感じられた。恐らくこれが、魔法空間という奴なのだろう。

 

「如何でしょうか?こうして自ら知覚しステイタスを確認する事も、今お話した通り魔法の一種です。勇者様方は魔法のない世界からいらっしゃったとの事ですので、慣れるまでは少し違和感を感じられるとは存じますが……」

 

 うん、正直違和感しかない。まぁ、今までにいた日本において、魔法を使えるなんて本気で言っていたら、頭の異常を心配されてしまう程、日常生活においては無かったものであるし。取り合えずその魔法空間とやらに表示された名前の下の項目を確認してみる。

 

 

 

 JB(ジョブ):--

 JB Lv(ジョブ・レベル):--

 

 HP:67

 MP:9

 

 状態(コンディション):視力低下、栄気偏り、高ストレス

 耐性(レジスト):病耐性(一部)、睡眠耐性、ストレス耐性

 

 力   :46

 敏捷性 :40

 身の守り:50

 賢さ  :72

 魔力  :19

 運のよさ:18

 魅力  :15

 

 能力(スキル):自然体、生活魔法

 

 

 

 ……これってどうなんだろう?能力(スキル)以降も自分が使用できる生活魔法の種類やら何やらが記載されていたが、取り合えずそこまで確認して思った事がひとつある。明らかに、勇者のステイタスではない。自分が思っていた程、他のステイタスは低くはなかったが、それも比較対象がないからわからないし、そもそも能力(スキル)の自然体とか意味不明だし。

 

 何?このファーレルという世界でも自然体で過ごせますって事か?もしそうだとしたら馬鹿にしてるし、話の節々から争いやら何やらがありそうなこの世界に居続ける事は自分にとってリスクしかないという事と同義でもある。

 

(病耐性っていうのは、恐らく今までの予防接収や、病気にかかって治った際のウイルス耐性って事だろうし、睡眠、ストレスの耐性は社会人になって培われたものだと思うし……。まぁ、健康診断も受けずにこうして自分の状態がわかるというのは結構凄い事だとは思うけど)

 

 現在、重篤な病を患っていない事がわかっただけでも良かったと思う事にしよう。視力に関してはこうして眼鏡を掛けている通り、幼い頃から悪かったものだし、栄気偏りっていうのは余り考えたくないけれど自分の体格を指しているのだと思う。会社勤めであまり身体を動かさなくなって、ストレスから食生活にも支障が出てきて肥満気味となった自分を皮肉っているのだろう。

 

「大体、自分のステータスというのはわかったのですが……、強いのか弱いのかがいまいちわかりにくいですね……」

 

 ちょうど自分も思っていた感想を代弁するかのように答えてくれるトウヤ殿の言葉を受けて、

 

「非戦闘職の成人の殿方のそれぞれの平均ステータスが、大体20前後と伺ってはおりますが……、それでしたら一度トウヤ様に鑑定魔法を掛けさせて頂いてもよろしいでしょうか?他人の魔法空間に干渉して、その方が御覧になっている情報を同意を得て確認する魔法なのですが……」

「ああ……、それならば是非……」

 

 おずおずとそう提案する王女様にすぐさま是と返答するトウヤ殿。……本当に凄いな、この人。殆ど初対面の相手にこの世界では自分の生命線であるとも思える情報を曝け出せるなんて……。余程自分のステータスに自信があるのだろうか……。

 

 少なくとも自分は色々な意味で墓場にまで持って行きたい情報だけど……。魅力が15とか先程王女様が言っていた平均にもいってないし、能力(スキル)の自然体(笑)なんて絶対に微妙な顔をされること請け合いだ。ましてや魔法や儀式が存在するこの世界で名前を知られるという事は、それらの対象になる可能性だってある。

 

(もしかして王女様のテンプテーションにでも掛かっているんじゃないのか、あのイケメン……)

 

 そう疑いたくなってくる程、トウヤ殿は王女様の言葉に従順である。正直な話、王女様は凄く魅力的だとは思うけれど、それでも会ったばかりのその日に自分の情報を曝け出す趣味はない。

 

「こ、これは……!?」

 

 少しばかり不敬な事を考えていた矢先、トウヤ殿のステータスを確認したらしい王女様が驚いた様子で声をあげる。

 

「し、失礼致しました。トウヤ様のステータスがその、余りに凄かったものですから……。歴代の勇者様と比べてもはたしてトウヤ様程の方がいらっしゃったかどうか……」

 

 少々動揺した様子でそう答える王女様にどうやら相当な結果だったようだと痛感する。

 

「レイファニーよ、トウヤ殿はそれ程までに……?」

「申し訳御座いません、お父様。少々取り乱してしまいました……。ですが、トウヤ様の了承なくしてわたくしが申し上げる訳には……」

「王女様、かまいませんよ。別に隠すようなものでもないですし」

 

 王様の問いかけに躊躇っていた王女様だったけどすぐさま本人の許可がおり、それでは失礼して、とその驚きの鑑定結果が伝えられた訳だったが、あまりの結果に周りが騒然となる。

 

(いやいや凄いね……。あれだけのステータスだったならば、公表してもかまわないと思うわけだよ。なにあのステータス。僕の数倍はあるんじゃないか?)

 

 だけどトウヤ殿のステータスが発表された事で、彼が勇者でほぼ間違いないと思う。後は予定通り自分が御役御免となって、そのまま静かフェードアウトしていきたいところだけど……、

 

「勇者様、ずっと貴方様を敬称でお呼びするのも申し訳ありませんので……、せめてお名前だけでもお教え頂けないでしょうか……?」

 

 周りが彼のステータスで盛り上がっている中で、そっと王女様が自分の傍に控えられており、少し上目遣いで懇願するように話しかけてくる。そんな王女様の様子に、僕は先程から疑問に思っていた事を口に出していた。

 

「質問に質問を返す事は無礼である事は認識しておりますが……、お許し下さい。どうして王女殿下は私ごときを気に掛けておられるのでしょうか……?トウヤ殿のステータスはまさに勇者そのものであると思いますし、事実私のステータスは彼より数段劣るものでした。また既にジョブというものについている彼に比べて、私は空欄のままでしたし、能力(スキル)にしても明らかに役に立てるものではありません。召喚の経緯といい、やはり自分は間違ってこの世界に召喚されてしまったのだと思います。雲の上の存在で在られる王様や王女様方にしてみれば、わたくしなど精々の所、地上に這い蹲る獣に過ぎないでしょう。そんな私にどうして……」

 

 やんごとなきご身分の王女様に対し、こんな事を聞いてしまうのは失礼極まりないとは思ったが、それでも口に出してしまった自分に対し、彼女は目を逸らす事無く真っ直ぐに自分を見つめ、毅然とした物腰でゆっくりと口を開く。

 

「……勇者様。此度はいきなりこちらの世界にお呼びたてして、あまつさえ救援を請う形となってしまいました事、我らが王国の王にして、父に代わりまして深くお詫び申し上げます。貴方様が状況もわからず、酷く混乱されて、警戒なさっておられる事は至極当然の事でしょう……」

 

 王女様は自分に向かって静かに、そして深く頭を下げる。その姿に、自分の心が少しずつ落ち着きを取り戻していっているのを感じた。恐らく今の自分の状況を省みて謝罪をする王女様に、少なくとも自分の目には真摯に対応してくれている事がわかったからかもしれない。

 

「万が一、……たとえ貴方がおっしゃられたように勇者様でなかったとしても、その時は王族であるわたくしの名の下に、責任を持って対応させて頂きます。お望みがあれば、出来る限りの事はさせて頂く所存です。ですから……せめて貴方様のお名前を教えて下さいませ」

 

 自分の手を取ってそう懇願してくる王女様に名前を求められる事に未だ困惑するものの、ここまでこちらを尊重してくれている彼女に対し、これ以上はぐらかしたり無言を貫く事は出来なかった。

 

「……コウ、です。向こうの世界では家族や知人、親しい者達からはそう呼ばれておりました……。勿体無くも王女殿下がわたくしの名を必要とされるのでしたら……そう呼び捨てて下さい」

「コウ……様、ですね。有難う御座います!」

 

 先程の様子と打って変わり、咲き誇る満開の花のように微笑む彼女にドキッとしながらも、

 

「私には苗字もありますし、今の名前も半ば愛称なようなところも御座いますが……、今日のところはお許し下さい。今まで私がおりました世界では「個人情報保護法」なる法律が御座いまして……。普段は軽々しく名前を名乗る事は憚られていたものですから……。気持ちの整理がつきましたら、必ずや名乗らせて頂きますので……」

 

 若干誇張はしているものの、嘘はつかないようにした。どのみち、自分が元の世界に帰れるかどうかも含めて、ここまでしてくれる人間に嘘をつく事は出来ない。一度嘘をついてしまうと後で取り返しのつかない事になってしまう事もあるし、彼女達は最初から自分に強制的に命令してきたり、有無を言わさず洗脳してきたりも出来た筈なのにそれらの方法を選ばなかったのだ。

 

 それは即ち、話し合いが出来る人物達であると僕は結論付ける。

 

「それでかまいません、コウ様。ステータスに関しましても、あまり気になされる事ではありません。先程はトウヤ様の余りのステータスに思わず驚いてしまいましたが、本来伝えられている伝承によりますれば、異世界から召喚された過去の英雄様達はこちらに来られて力をつけられた方が殆どでしたので、コウ様が了承頂けましたならば明日より実際にジョブや能力(スキル)、魔法に加えてこの世界の状況等をお伝えさせて頂くつもりでした」

 

 そこでいつの間にかこちらに来ていたトウヤ殿の方を向き直り、

 

「トウヤ様は現時点においてそれだけの力を有していらっしゃるので、少々退屈かとは存じますが……、宜しければ同じようにご説明させて頂けますか?」

「それは……願ってもない事です。それも王女様御自ら手ほどきをしてもらえるとは……!」

 

 確かにトウヤ殿の言われるとおり、こちらには有難い事だ。……少しトウヤ殿の自分への視線が気になるが、ってそういえばまだ王女様に手を取られたままだったか。このままにしておくと不要な諍いが起こるかもと考えた僕はご無礼にならないようやんわりと王女様の両手を外し、己の佇まいを正しながら一礼する。

 

「……有難う御座います、王女殿下。私はそちらのトウヤ殿のような事が出来るとは思えませんが、出来る限りの事はさせて頂きます」

「コウ様、それにトウヤ様も……!本当に有難う御座います……!」

 

 王女様は再び自分の手を取りながら嬉しそうに微笑み、自分とトウヤ殿に向けて感謝の意を表す。彼女の瑞々しい温もりを腕に感じながら、折角不要な恨みを買わない様にしたのに、と内心苦笑しながらも、自分の想像していたお偉方とは随分違うんだなと思う。

 

 同時にここまでしてくれるのならば、それに応える為に出来る事をするのが筋というものだ。勿論、元の世界に戻る事を諦めた訳では無いし、それが一番の目的という事は変わらない。だけど……、少しこの世界の事を知りたい、そう思った事もまた事実であった。

 



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第2話:王族からの贈り物

 

 

 

「さて、ここで勇者殿達に渡さなければならない物がある」

 

 先程の会食の間から場面が代わり、所謂王座の間に移動した自分達に、王様はそのように告げると兵士と思われる方達が何やら箱のような物を持ってくる。王の指示でその箱が開かれ、中には大量の金貨が納められていた。

 

「これは我らから勇者殿達への支度金じゃ。このファーレルの危機を救った暁には、さらなる報酬と、何か一つ望みを叶える事を約束しよう。……最もこちらが叶えられる願いという条件はつくが」

 

 なんとこの王様、始めから大量の支度金を自分達に授けてくれると言う。僕が子供の頃にやった某ゲームの王様なんか、はした金しかくれなかったというのに……。まぁ、命がけになりそうな依頼になりそうだし、当たり前といえば当たり前なのかもしれないけれど……。

 

「これは、何とも……、有難く頂戴致します、王様」

 

 隣のトウヤ殿はすぐさま頂く事に決めたようだけど、僕は……、

 

「では、それぞれ等分するよう……」

「それなのですが王様、等分する前にお願いがあるのですが……」

 

 兵士さんがお金をわけてしまう前に、王様に申し出る事にする。

 

「先程、協力は約束致しましたが、それでもトウヤ殿と比べて、私が彼ほど活躍できるとは思えません。ですので……、それは全てトウヤ殿にお渡しして下さい。それに、その金貨は元々召喚された勇者おひとりにお渡しするものだったのではありませんか?」

「それは……確かにそうじゃが……。それではお主は何もいらんと申すのか?」

 

 困惑した様子で問いかけてくる王様に、僕は頷きながら答える。

 

「はい、何もいりません。その代わり、教えて頂きたい事があるのですが……」

 

 そう、僕には渡されるお金を放棄してまでお願いしたい事がある。自分の発言を受けて、

 

「良い、申してみよ……」

「それでは……、脅威が解決したとしまして、頂ける報酬に『元の世界に帰還する』事は含まれますでしょうか?」

 

 自分の言葉に、顔色がわずかに変わったのを僕は見逃さなかった。やはり今までこの世界にやってきた『勇者』達は全て自分の意思で来た者……。であるから誰も元の世界へ帰還するという事自体が考えられなかったのだろう。だけど、問題はその手段があるかどうかという事だ。

 

「コウ殿、それは……」

「私はあの世界に遣り残したことがあります。心残りも御座います……。せめて元の世界に自分の事を伝えられる手段でもと思っているのですが……。その『方法』はありますでしょうか?」

 

 王様達の反応から、ある程度は想像できる。だけど、こういう事は始めに確認しておく事だと思う。それに、基本的に地球からこの世界にやって来る術があるのなら、その逆だってあると考えるのが普通だ。

 

「レイファニーよ……」

「はい。わかっております、お父様」

 

 王様より促されそれに応えるように軽くお辞儀をすると、レイファニー王女がスッと前に出る。その表情は先程のような微笑を浮かべておらず、王族らしく凛としていて、それでいてどこか抵抗を許さないような強い意思を感じる。

 

「まず、コウ様がおっしゃられた『元の世界に帰還する』方法ですが、結論から申しますと現時点において特定の世界、時空間を繋げる魔法、技術はありません」

 

 はっきりと現実を突きつけられる形となったが、事実をただ事実として指摘する彼女の言葉は、何処までも透明で、悪意や憐れみといった感情は感じ取れなかった。

 

 ただ、彼女には続きがあるようで、僕は黙って王女様の先を促す。

 

「ですが、『招待召喚の儀』は次元干渉から生まれた魔法です。時間や空間、そして次元に干渉する魔法は存在しますし、日々研究もされております。事実、特定しなければ異世界自体に干渉する事は今のわたくしでも出来ますから」

「それはつまり……、対象としては選べないだけで異世界跳躍自体は不可能ではない、という事ですか?」

 

 自分の問いかけにゆっくりと頷き肯定の意を示す王女様に、少しばかりの可能性が見えてくる。少なくとも全く根拠も無く、この世界の何処かには元の世界に戻す方法はありますよ、なんて気休めを言われるよりは余程有難い情報だ。

 

「異次元を特定するには、何かその世界の特徴と申しますか……、宜しければコウ様の持ち物をわたくしにお預け下さいませんか?」

「そういう事ならば……、これを」

 

 そう言ってこのファーレルでは使えないであろう携帯端末(スマートフォン)を王女様へ差し出す。仕事鞄などはどうも元の世界に置いてきてしまったようなので、普段から身につけていた物といえば現在来ている草臥れたリクルートスーツとこれぐらいしか持っていない。

 

「私の世界では魔法が無かった代わりに科学が発展しておりまして……、通信機能を持つ機械で向こうの世界では皆、使用している物でした。これで宜しいでしょうか?」

「ええ、大丈夫です。それでは大切にお預かりさせて頂きますね。コウ様の帰還の方法につきましてはわたくし、レイファニー=ヘレーネ=ストレンベルクの責任を持ちまして研究させて頂きます」

 

 王女様は預けた携帯端末(スマートフォン)を両手で大切そうに抱え、自身の名前まで出してそう宣言してくれる。これで、自分の問題については取り合えず打てる手は打ったかな。後は、元の世界に出来るだけ早く戻る為にも、この世界の事をもっと知らなければいけない。

 

「それと……、コウ様、代わりといっては何ですが、これをお受け取り下さい」

 

 今後の事を考えようとしていた自分に、王女様は何かを手渡そうとしてきた。慌てて受け取ってみると、何やら綺麗な銀貨のようなものだった。

 

「それは『星銀貨』といいます。本来受け取って頂く予定だった支度金とは比べるべくもありませんが……、何卒、お納め下さい」

「……いいんですか?結構貴重な物なんじゃ……」

 

 王女様に渡された淡い光を放つ5枚の銀貨は、普通の、それこそ王様からの金貨とも違い、何か特殊な力のようなものも感じられる。

 

「勿論かまいませんわ。先程も申しましたけれど、本来こちらで用意させて頂いていたものなのです。その星銀貨は魔術の道具としても使用できますので、いくつか持ち歩いていたものではありますが……、貨幣としての価値も御座います。それに、勇者様を一文無しでこの城から送り出すなんて事をする訳には参りませんし……、返却なんてなさらないで下さいね?」

 

 少し困ったように苦笑しながら王女様は、そう釘をさしてきた。……この世界の人達から物を受け取りすぎると、いざ離れる時に帰りづらくなってしまうので、出来る限り受け取らないようにしようとしていた自分の思考を、もしかしたら王女様に読まれてしまっているのかもしれない。

 

「……わかりました。謹んでお受け致します」

 

 流石に王女様にそうまで言われて固辞する訳にはいかず、受け取る事にする。……でもこれ、本当はどれくらいの価値があるんだろう……。王女様もどれ位価値があるかは教えてくれなかっし……。

 

「では、今日のところはこれまでとしよう。もう日も暮れる。続きは明日にするとして、勇者殿達にはそれぞれ部屋を用意させよう……」

 

 お開き、か……。そういえば真夜中にこの世界に召喚されてきて、僕、もう何時間起きているんだろ……。そう考えると酷く疲れてくる。シャワーを浴びたいな……、この世界にあるかはわからないけど……。

 

「そこで勇者殿にはそれぞれ侍女をお付けしよう……、ベアトリーチェ!ユイリ!」

 

 王様がそう言うと、スッと2人の女性がやって来る。

 

「城の案内はこの者達にさせよう……。ベアトリーチェはトウヤ殿、ユイリはコウ殿だ。勇者殿達は何かあればこの者達に伝えて貰いたい」

 

 その言葉とともに自身と同じ色である長い黒髪を一纏めにポニーテールにした女性が僕の前に立つ。

 

「はじめまして、コウ様。本日より貴方様に仕えさせて頂きますユイリです。御用がありましたら何なりとお申し付け下さいませ」

 

 ユイリと名乗った美女は微笑を湛えながら自分に挨拶する。

 

「こちらこそ、よろしくお願いします」

「コウ様、私に対して敬語は不要です。貴方様の侍女として、遠慮なく申し付けて下さいますれば……」

 

 侍女って言われてもな……。そもそも今までの生活でそういった存在が自分につくと言われてもいまひとつ実感が湧かないし……。チラリと隣を見てみるとトウヤ殿はなかなか上手くやっているみたいだけど……。

 

「で、出来る限りやってみます」

「では少しずつ慣れて下さいませ。これより影になり日向になりてコウ様にお仕え致しますので……」

 

 クスッと笑みを湛えて軽くお辞儀をする彼女に、僕は侍女という存在がどういうものだったかを思い出そうとする。

 

(確か侍女って偉い人の身の回りの世話をする、って人だっけ……?自分の世界に置き換えるとメイド、のようなものなのかな……?でも、どう見ても彼女らは……)

 

 ユイリやトウヤ殿につけられた女性の服装を見てみると明らかに侍女のそれではなく、それぞれ仕官服のようなものを身に纏っている。それに……、素人目にだがどこか隙の無い身のこなしをしているようにも感じられた。

 

「コウ様?どうかなさいましたか?」

「いや……、何でもないよ」

 

 彼女の紫色の瞳が自分を覗き込むように見ているのを感じて、取り合えずその事を頭の片隅に放り投げる事にする。今、ここで考える事ではないし、それに恐らくは護衛、のような観点もあるのだろうと結論付ける。

 

「王様、王女様方も……。今日のところはこれにて失礼致します」

「それでは……、わたくしの方もこれにて……」

 

 トウヤ殿に倣い、自分も退出しようと王様方に挨拶しようとすると、

 

「そういえば……、コウ殿はステータスを確認された際、何か状態異常なものに掛かっておられなかったかな?」

 

 トウヤ殿に続こうとした矢先、そう王様に問いかけられる。状態異常……、あの視力低下や栄気偏りとやらの事を言っているのかな?

 

「ええ……、何やらそのような項目がありましたが……」

「やはりそうか……、では、教会に手配をしておこう」

 

 手配?一体何の手配を……?

 

「あの……手配とは一体……?教会、ですか……?」

「ああ、何も心配せずとも良い。では、コウ殿。また明日」

「ではコウ様、参りましょう」

 

 そうしてユイリさんに促され、僕はしっくりとこないまま王座の間を後にする。

 

 

 

 

 

「ここがコウ様のお部屋で御座います。ごゆっくり御寛ぎ下さい」

 

 ユイリさんに案内された場所は、王城内の一室……。その馬鹿でかい部屋の中で僕は途方に暮れていた。

 

「あの……ここは一体……?」

「ですので……貴方様のお部屋になります」

 

 隣に控える彼女にそう問いかけるも、やはり同じ言葉が返ってくる。

 

「ええと……、この部屋でどうすればいいのでしょう……?」

「……お休み頂ければよろしいかと存じますが……」

 

 自分が困惑している様子に、彼女は何を困惑しているかわからないという顔をしている。……先程も思ったが、彼女はやはり普通の侍女じゃないと確信する。エリート、もしくはそこそこ偉い人……恐らく貴族とか、そういう位を与えられている人なのだろう。だから……、普通の人の感覚がわからないのではないだろうか……。

 

「ユイリさん……」

「ユイリでかまいません。何か御座いましたか?」

 

 呼び捨てにするよう訂正されるものの、取り合えず自分の思いを伝える事にする。

 

「こんなに高級そうな場所では、僕はちっとも休まりません」

「えっ……?」

 

 何を言っているかわからない。そんな顔をしている彼女に、僕は大事な事なのでもう一度同じ事を言う。

 

「ここでは僕はちっとも休まりません。広すぎます、寝られません、心が休まりません」

「あ、あの……、それではどうすれば……?」

 

 まさかの理由で部屋を拒絶する僕に、彼女は戸惑った様子で尋ねてくる。

 

「ここよりもっと狭い部屋はないですか?布団が敷いてあるだけで後は何も入りません。何なら馬小屋でもいいくらいで……」

「そ、そんな場所にお連れするわけには参りません!ですが、そんな部屋はこの城内には……」

 

 うーん、城の中だからな……。質素な部屋などは無いか……。

 

「……仕方ない、今日一日位は寝なくても大丈夫かな……?」

「そ、そこまでですか……?わかりました、少々お待ち下さい……」

 

 そう言って彼女は小声で何やら話し出す。その様子に、恐らく携帯電話の魔法のようなものだろうと推察していると、

 

「許可が下りました。コウ様、こんな時間で申し訳御座いませんが、これより城下町の宿屋までご案内致します。そこでお休み下さい」

「……なんか、すみません……」

 

 やっぱりこれは我侭なのかな……?でも自分の感覚に嘘はつけないしな……。別に枕が替わると寝れなくなるという訳ではないんだけど……。こんな高級な部屋で寝ろと言われても眠れそうに無い。

 

「……いえ、こちらとしても勇者様に休んで頂く事が第一ですから……」

 

 そう呟くユイリさんだが、その表情は少し疲れているように感じた。ますます申し訳ない事をした気分になる。

 

「それで、コウ様。これより城下町に出る事となりますが……。その前にこれを身に付けて頂けますか」

 

 そう言って彼女は小さなイヤリングのような小物を取り出す。

 

「これは……?」

「『翻訳のイヤリング』という魔法工芸品(アーティファクト)です。コウ様は元の世界では文字の読み書きはされていらっしゃいましたか?」

「まぁ……、一通りは……」

 

 といっても日本語が主で、英語は微妙なところではあるけれど……。それにしても、魔法工芸品(アーティファクト)か。何やら凄そうな物が出てきたな……。

 

「これを身に付けていらっしゃると、読んだものはご自身の知っておられる言語に翻訳されます。また、教会の結界の外でも意思疎通が出来るようになります」

「それは……凄いですね」

 

 つまり……、これがあると世界中の何処に行っても通訳なしで大丈夫という事か。感嘆とともに僕は手渡されたイヤリングを身に付けると、

 

「それでは……参りましょうか」

 

 こうして先程の様にユイリさんに促され、僕はこの世界の城下町へと降りていくのだった……。



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第3話:城下町

 

 

 

「ここが、ストレンベルクの城下町か……」

 

 ユイリに案内されながら、僕はストレンベルクが誇る城下町を歩いていた。外は既に暗くなり、月が昇り始めている。……この世界でも『月』という名称なのかはわからないが、時刻でいったら19時頃だろうか。仕事終わりなのだろうか、結構人が行き交い活気が感じられる。

 

 一見すると下町の商店街のような町並みだが、そこには自動車や自転車はなく、代わりに時々馬車が通りかかっている。因みに城を出る際に馬車が用意されていたのだが、やんわりとお断りした。歩いて町並みを見てみたかったという事もあるが、もう一つこの世界に来て気付いた事を確認してみたかったという事情もあった。

 

 ……代わりにユイリが色々対応してくれていたが、彼女も慣れてきたのか、現在は特に何も思う事はないという様子で僕を案内してくれている。

 

(でも、やっぱり思った通り、この世界は地球に比べて重力が軽い……)

 

 確認したかった事、それはこのファーレルが地球にいた時に比べて重力はどうなっているのか、だ。地球と月の重力のように6分の1とはいかないが、それでも4分の3くらいは体感的に動けるような気がした。このアドバンテージは、結構大きいように感じる。

 

 惜しむらくは、現在身体が鈍ってしまっている為、運動をしていた全盛期に比べると体力が無くなってしまっている事だろうか。ただ、自分のステータスが思っていたより高かったのはこの事があったからだと確信する。

 

「コウさん、そろそろ宿屋に到着しますよ」

 

 人知れず重力の事を確認していた中、ユイリがそう声を掛けてくる。因みに彼女が様付けからさん付けに変わり、若干言葉がやわらかくなったのは自分がそうして欲しいと頼んだからだ。

 

 自分の傍でずっと堅苦しくされると心が休まらないと伝えたところ、それならばと彼女がそのように対応してくれるようになった。

 

 ……そのかわり、自分も彼女に対して敬語を使わないよう指摘されてしまったが……。

 

「ん……わかった」

 

 ユイリの言葉に従い、僕は案内されるままに一際大きな建物に入っていく……。

 

 

 

 

 

「どうですか?流石に、ここでも広い、とか言い出しませんよね……?」

 

 まさか反論はないでしょうね、という言外に匂わしながら問いかける彼女に苦笑しながら、大丈夫と伝える。……最もここは、ユイリの御用達の宿屋という事で、一般の宿よりも広く、受付ではほぼ彼女の顔パスのような感じでここを通されたのだ。

 

 まぁ、事前に魔法か何かで伝達していたのかもしれないが、正直な話、ここでも広いとは感じてはいるし、王宮内程で無くとも結構立派な部屋で、ビジネスホテルよりも上等な部屋のように思わなくもない。

 

 ただ、それを伝えると流石に不味いとも思うし、これくらいであれば何とか休めるだろう……。最悪、椅子で寝ればいい。

 

「それより、もう少し町の中を探索したいかな……?正直、目が冴えてしまって、まだ眠れそうにないし……」

「……呆れましたね。本当は眠る気、無い訳じゃないですよね?」

 

 若干ジト目で睨んでくるユイリに、大分打ち解けたかなと苦笑しながら、

 

「まさか、そんな訳ないよ。でも、僕の世界ではいつも寝るのは日にちを跨いでというのが殆どだったし、真新しい異世界の町に興奮して目が冴えてしまっているのは本当さ。……まぁ、今日中には眠るようにするよ」

 

 そう答えるとユイリも、興奮して眠れないなんてまるで子供みたいね、と苦笑しながら仕方がないといった感じで了承してくれる。

 

「それで?お子様の勇者様はどちらに行きたいのでしょうか?」

「からかわないでくれよ……、でもそうだな、僕が行きたいのは――」

 

 

 

 

 

「ここが、魔法屋……!」

 

 寄ってみたかった武器屋や雑貨屋はもう閉店していたので、それならばと寄った魔法屋で、僕は圧倒されていた。店に一歩入った瞬間、今までの町並みから隔離された空間に足を踏み入れたような錯覚に陥る。

 

(何だろう、この空間は……。これはまるで……!)

 

 そう、現実世界のコンピュータやネットワークの中に広がるデータ領域、電脳空間(サイバースペース)じゃないか……。魔法屋も他の店同様、人の姿はない。そのかわり、部屋の中は常に何かしらの力が働いている感じがする。

 

「店自体は閉まっているけれど、ここは他の国や町とも繋がっている空間なの。どういう仕組みなのかは完全に解明されている訳ではないけれど、この世界、ファーレルに直接接続された空間だと言われているわ」

「それはまた……。でも、凄い空間だ……」

 

 少なくともこの空間は、自分の世界よりも進んだところにあると思わざるを得ない。こんな空間があるならば、次元干渉やらが出来るというのも頷ける。

 

「まぁ、ここはまた明日も来る事になるだろうし、もう出ましょう。貴方の事だから、まだ行きたい場所もあるんでしょうし……。宿屋に向かう途中のカジノに随分御執心だったみたいだし、ね」

「ははは……、短い間に随分と僕をお分かり頂いたみたいで……」

 

 呆れられているだけかもしれないけど、ユイリとの距離感も随分近くなったな、と半ば現実逃避をしながら僕はユイリと共に魔法屋を出る事となった。

 

 

 

 

 

「ねぇ、ユイリ。あの建物は何かな?」

 

 目的のカジノに向かう途中、一段と大きな建物が目に付き、ユイリに尋ねてみると、

 

「ああ、あれは教会ね。オクレイマン陛下との話でも出てきたでしょう、『結界』を張っているって」

「あそこが教会なのか……」

 

 十字架が無いからわからなかったよとぼやきながら建物を観察する。そうか、あれが教会なのか……。そういえば、教会といったら十字架っていうのは自分の思い込みなのかもしれないな……。

 

「『聖十字』ならちゃんと教会内にあるわよ。あれも一種の魔法工芸品(アーティファクト)だしね」

「へぇ……、何か特別な効果でもあるの?」

「アンデットとかゾンビ、レイス……。所謂神の加護とは真逆の、不純な魔物には特に有効な武器ね。弱い魔物なんかは一撃で浄化できるくらい強力な魔法工芸品(アーティファクト)よ。……使い手を選ぶ武器でもあるけどね」

 

 ユイリの説明を聞く限りでは、自分の世界の十字架の逸話とほとんど同じ物かな……。だけどこの世界……、アンデットとか幽霊がいるのかぁ……。絶対に会いたくない魔物だな……。

 

「あら?勇者様ともあろうお方が、アンデッドとかが怖いのかしら?」

 

 ……少しからかうような響きのある彼女の言葉に、

 

「……僕の世界ではそもそも幽霊なんて見たこと無かったんだよ。会いたくもないし……。それにしても……ユイリ、僕をからかってくれるなんて、随分と遠慮が無くなってきたね。少しは心を開いてくれたのかな?」

「フフ……、そうしてくれって言ったのは貴方でしょ、コウ様?」

 

 わざとらしく様付けで僕を呼ぶユイリ。……本当に随分と変わったものだな。まぁ、そちらの方が僕としても気兼ねしないで付き合えるから有難いけど……。

 

「そういえば、さっき王様が明日になればわかるって言っていたけど、教会に何をしに行くの?」

「それは、明日になればわかるわよ……。最も、教会の役割を考えたらわかって来るんじゃないかしら」

 

 教会の役割?

 

「役割って……、結界を張るのが役割じゃないの?それとも……やっぱり宗教的な要素があるのかな……?」

「宗教っていうのが、どういうものかはわからないけど……。貴方の世界では教会は神の奇跡を受ける場所ではなかったの?」

 

 神の奇跡、か……。

 

「そうだね……、信じる人は信じているんだと思うよ。……僕は別の意味で神様はいると思っていたけれど。でも、実際に姿を見た人はいなかったし、奇跡といっても目の当たりにした事もないしね……」

「そう……、なら、明日にはわかるわ。ただ、ひとつ言っておくと……、このファーレルでは神の奇跡は存在するわ。人類は皆、神の存在は信じている。運命に選ばれし者であれば、死者すらも蘇るというわ。流石に私も実際に蘇った人は見た事ないけど、ね……」

 

 し、死者すらも蘇るだって!?そ、そんな事が……!

 

「出来るわけないって?でも、過去の英雄と呼ばれる方達は死の淵からも生還したという記録もあるのよ。まぁ、それが蘇ったという表現なのか、実際に生き返ったのかはわからないけれど……」

「それが、本当だったら……、この世界では勇者は寿命以外では死なないって事になるよ……。そんな事、もう人間という死すべき定めにある者という概念すらも超越した存在って事に……」

 

 そこまで僕が話すと、遮るように彼女が言葉を続ける。

 

「死すべき定め……、そうね、人はいずれ死ぬわ。エルフ族やドワーフ族のように長命でもない人は寿命には逆らえない……」

「そうさ……、それに寿命を待たなくても……、人は不意に命を落としたりする……。不治の病になったり、事故で重症を負ったり……、餓死するといった事だってある……」

 

 そこまで言って、僕は過去の事を思い出す……。幼い子供の時の……、重い病気に掛かった幼馴染のところにお見舞いに行ったあの時の事を……。

 

『お医者様がね……言ってたの。わたし……もう長く生きられないんだって……』

 

 諦めたように力なくそう呟く幼馴染をなんとか励まそうとして、結果己の無力さに涙したあの時の事を、僕は思い出す。

 

「私たちの、この世界では不治の病はないわ。それに重症を負っても、餓死寸前になったとしても……、その場に神に仕える聖職者がいれば、命を落とす事はないわ……」

「な……なん、だって……?」

 

 い……今、彼女はなんて言った……!?

 

「……ごめんなさいね、貴方にそんな顔をさせるつもりはなかったの。でも……、さっき私が言った事は本当よ。明日、貴方は身をもってそれを知る事になるわ」

 

 明日……全てがわかる、か……。もし、もしもその話が本当だったら……。

 

「何だか湿っぽい話になってしまったわね……。確かに少しくらいは羽目を外してみてもいいかもしれない……、お詫びに私が遊ぶお金くらいは出してあげるわ」

「そう、だね……。ゴメン、ちょっと昔の事を思い出してしまってね……。この話はもう終わりにしよう」

 

 今更、あの時の事を思い出しても意味はない……。もう、幼馴染はいないのだから……。僕は頭を切り替えるべく、無理にでもカジノの事を考える事にする。

 

「ユイリ、今更さっきの話は無しとか言わないでよ。取り合えず、僕が満足するまでは遊ぶからね」

「はいはい……、まぁ、お手柔らかにね……」

 

 先程までの事を頭の片隅に追いやりながら、カジノへと急ぐべく、苦笑するユイリをせかしながら歩き出していった……。

 



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第4話:闇からの接触

 

 

 

 ――某時刻、カジノにて――

 

「頼む、ユイリ……もう一回!あと一回だけ!!」

「駄目よ。貴方……賭け事には向いていないわ」

 

 沈んでしまっていた気分を払う為に、と始めたゲームであったのに、気が付けばユイリに貰ったチップが底をついてしまう程に熱中してしまっていた。

 

「でも、ユイリ。これだけ回しているんだ。確率的にはそろそろの揃う筈なんだよ……!さっきから少しずつ掠ってきているんだ、だから……!」

「それ……、先程も言っていたわよね?そう言って回し続けた結果、またチップを全て溶かしてしまったのでしょう?」

 

 僕が今やっているのはスロットゲーム『陸上物語』。現実世界におけるパチンコやパチスロのようなものらしく、物語性のあって登場人物の織り成すストーリー……、いってしまえば邪悪な竜がセーヌ姫を攫い、国が滅亡しそうな状況を1人の勇者、セロが立ち上がりお姫様と国を救う為に冒険していくものであった。

 

 こういったゲームは今まで手を出した事がなかった為、気晴らしにはいいかと思って始めたのだがなかなかどうして嵌ってしまい、現在セーヌ姫を救出すべく邪竜の洞窟に挑んでいる最中でチップがなくなってしまったという訳だ。

 

「だけど……!ほら、セーヌ姫も『勇者さま、あと少しです……!』なんて言っているじゃないか!多分……あと一回、あと一回で揃う。揃うはずなんだ!そしたら、せめて国は救えずともお姫様だけでも救出できる筈なんだ……っ!」

 

 僕の必死の訴えにも、彼女は……、

 

「……まさかとは思うけど、本気で思っている訳じゃないわよね?それは、貴方みたいな客をプレイし続けさせる為のリップサービスのようなものよ?それに、さっきだって言っていたじゃない。『ちょうど竜の洞窟に辿りついたんだ、もう一回まわせれば攻略出来る筈だ!』なんて……。仕方なくもう一回させてあげて、結果はこれでしょ?」

 

 そう言われてしまうと、ぐうの音も出ない。確かに、そんな事を言っていたような気もする。

 

「ほら……、もう行くわよ。継続確認の時間も無くなってしまったようだし……」

「えっ!?あぁ――っ!?」

 

 ユイリに言われて、スロット画面を確認してみると、確かにゲームオーバーの文字が……!そ、そんな……ここまで来たのに……!

 

 僕は彼女に促されながら、泣く泣くその席から離れる羽目になってしまった……。

 

 

 

 

 

「はぁ……、あと少しだったのに……」

「まだ言っているの……?ほら、もっとシャキっとして……。もう、まるで子守をしてる気分よ、全く……」

 

 そんな事言ったって……。こういうのって途中で中断させられた時が一番心残りになるんじゃないか……。そうブツブツ文句を言いながら、ユイリと一緒にカジノ内を歩く。

 

「でも……、本当に色々あるなぁ……」

 

 さっき自分が嵌っていた魔法屋の魔力筐体によるスロットゲームの他にも、面白そうなものは沢山ある。自分の世界にもあったようなルーレットゲームに、競馬の競走馬のかわりに魔獣を使役させた魔獣レース、同じく魔獣同士を戦わせて勝敗を予想する格闘場に、本人が体を張って挑戦できる実物大の双六ゲーム……。他にも魔力を矢に変えて的に当てていくダーツゲームのようなものや、ビンゴゲーム、宝くじ等……。姫当てゲームなんてものもあったっけ……。

 

(ただ……、トランプを使ったゲームは無いみたいだな……)

 

 元の世界ではポーカーやブラックジャックといったカジノの定番というべきゲームは無かったように感じられる。もしかしたら、トランプ自体が無いのかもしれないけれど……。それでもこの世界のカジノも負けず劣らず面白そうなゲームは沢山あった。中にはかなりの魔力がないとプレイできないゲームなんかもあって中々奥深い……。

 

(自分の世界でも、確かIRカジノ法案が通って、近く建設されるって話だったけど……)

 

 もし元の世界に戻れたとしても、カジノは行かない方がいいかもしれないな……。社会人の立場でこれは、中毒性がありすぎる……。

 

「……まぁ、この世界でも同じ事かもしれないけど……」

「さっきから何をぶつぶつ言ってるのよ。まだ、先程のスロットの事を引きずってるの?」

 

 僕の独り言に反応したユイリが、そう話しかけてくる。

 

「いや、もう考えないようにしてる。終わっちゃったものは仕方ないし……」

「じゃあ、何を考えてたのよ?」

 

 何を考えてるって、そりゃあ……、

 

「いや、色々種類があるから今日一日で回りきれるかなぁ……って思ってさ」

「貴方ねぇ……、回りきれる訳ないでしょ。今日はもう宿に戻るわよ。もう結構遅い時間なんだし……」

 

 そんな事を言い出すユイリに、

 

「えっ!?もう、帰るの!?まだ、スロットゲームしかやってないよ!?」

「仕方ないでしょ、そのスロットだけで時間使っちゃったんだから……!もう火鳥の刻をまわっているのよ……、貴方、本当に休む気あるの?」

 

 火鳥の刻って……、たしか元の世界で言う22時くらい、だったかな……?

 

 ファーレルの世界では1日が12時間で区切られているらしい。時刻を表すのはどうも幻獣、もしくは魔獣によって表されているようで、それぞれ旧鼠、雲牛、窮奇、脱兎、龍王、白蛇、天馬、未神、朱厭、火鳥、魔犬、封豕……。

 

 言ってしまえば自分の世界にあった干支のようなもので、それを壱から十弐まで補っている。ただ、こちらだと時間の概念が若干異なり、自分の世界の1分がこの世界だと100秒、1時間が100分で換算される為、元の世界の1日と比べると、幾分か長い計算となる……。おまけに1年という区分も僕の知っている365日と異なるようで、中々に覚えずらい……。

 

 それに、こうして時間の感覚が違うとこちらから元の世界に戻れたとしても、浦島太郎状態になっていないか不安でもある……。そこは魔法で、上手く時間軸を調整出来るのかもしれないけれど……。

 

(ただ……、まだ元の世界に戻れると決まった訳じゃないんだよな……)

 

 王女様も、責任を持って研究し、確立させるって言っていたけれど、疑う訳ではないけれど、それでもまだ、その方法は無いのに等しい状態だ。

 

 こうしている内にも、向こうの時間も経っていっている……。その事も出来るだけ考えないようにはしているけれど、どうしても気になってしまう。向こうの世界で家族は、両親は大丈夫なのだろうかと……。

 

「……コウ?」

「あ……ゴメン。そうだね、そろそろ戻ろうか。これ以上ユイリに迷惑かける訳にも行かないしね……」

「……そう思うのだったら、もう少し早く決断して欲しかったわ……。じゃあ、戻りましょうか」

 

 後ろ髪を引かれるような思いもあるけど、ここはユイリの言うとおり、そろそろ戻るべきと判断し、彼女に従ってカジノの出口に向かおうとしたその時……、

 

「おや、これはまた……、兄さん、随分と金の匂いがするんやないか?」

「!?何時の間に……っ」

 

 近くでそんな声がして、振り返ると目の前に背が低く、明らかに人ではない風貌の小さな男が自分の前に立っていた。

 

「……下がって、コウ。彼は……裏の世界の住人……、『裏社会の職郡(ダーク・ワーカー)』よっ!」

 

 ダーク……ワーカー……?初めて聞く単語だけど……、ユイリは裏の世界の住人と言っていた。それを元に考えると、暴力団みたいなものなのかな……?その割にはあまり怖くはないけれど……。

 

「王国のお偉さんがガードに勤めるゆう事は……、その兄さんはかなりの重要人物ちゅう事かいな?今んとこ、そないな情報は入っとらんかった思おけどな……」

 

 何処か独特な喋り方をする男に、ユイリは僕を後ろに隠しながら応対する。

 

「……これ以上、彼に絡むというのなら……、私が対応するわよ?」

「怖い怖い……、金の匂いがしたから好奇心で話しかけただけやのになぁ……。まぁ折角やし……、お近付きの証にこれだけ渡しておさらばしますわ」

 

 そう言って彼は、何かカードのような物を自分に差し出してきた。条件反射で受け取ってしまった僕を見て、横からユイリが口をはさむ。

 

「コウ……!受け取らないでっ!」

「ああ、つい、何時もの癖で……!何コレ!?受け取っちゃマズイものなの!?」

「ソイツは、招待状ですわ。……今日もそこに書かれとう場所である催しモンをやっとるから……、気が向いたら来てみなはれ……。それを見せればフリーパスで入れるによって……」

 

 その言葉とともに、彼は姿を消した……。いや、本当に居なくなってしまった……。

 

「……妙なのに絡まれちゃったわね……、全く……。さぁ、戻るわよ……って、コウ……?」

「ユイリ……、これは、参加しただけで処罰の対象とかになっちゃうかな……?」

 

 宿に戻ろうと促すユイリに、僕は訊いてみる……。それは、どうやらオークションの招待状のようだった。彼が裏の世界の住人という事なら……、これは違法オークションという事になるのか。恐らくは非合法な物を扱っているのだろう。参加するだけで犯罪行為っていう事なら首を挟みたくはないけれど、そうでないのなら見てみたい気もする。

 

「……別に参加したり……、もしくは購入したりしても処罰の対象なんかにはならないわ。……逆になってしまうのなら、この国の多くの貴族が対象になってしまうから、色々な意味で運営がままならなくなってしまうだろうし……。それに、これはあの闇商人の事だから正規のものだと思うしね……」

「……これってつまり闇オークション、って事だよね?それが正規とかってあるの?」

 

 闇オークション=違法、っていう訳ではないという事か……。それはちょっと意外だったけど……、

 

「闇商人というのは……、『裏社会の職郡(ダーク・ワーカー)』……簡単に言うと闇の職業って事だけど、その中でも上位に位置するものなの。彼らは交流を禁止されている種族との取引や非合法な物を扱うけれど、商人としての顔も持っている……。特に彼はこの界隈ではかなり有名な人物なのよ。それに……色々な貴族や権力者とのコネクションも持っているから、とてもじゃないけど彼を取り締まるなんて出来ないのが現状ね」

 

 勿論、非正規に行われている違法オークションや、犯罪を犯しているという証拠でもあれば、騎士団を指し向ける事も出来るでしょうけど、とユイリは続ける。

 

「そうなんだ……。やっぱり、どこの世界に行っても必要悪というのはあるんだね……」

 

 彼女の説明に僕はひとりで納得していると、少し真剣みを帯びた様子でユイリから尋ねられる。

 

「……一応訊いておくけど……、どうして行きたいの?そんな、明らかに怪しいお店なんかに行って、もし何かがあったとしても、正直安全は保障できないわよ?」

 

 釘をさす様にそう告げるユイリ。……確かにユイリは案内役の侍女として、僕に付いて貰っている身だ。

 

 だけど、さっきの闇商人の言葉といい、僕の考えが正しければ彼女は多分貴族か何かの出身で、あの王様の信頼を勝ち得ている人物であると思う。だから、彼女は侍女の顔を持ちながら、僕の護衛……、少し悪い言い方をすると監視するという任務も帯びているのではないだろうかと推察していた。

 

「……正直に言えば、僕はまだこの世界の事を何もわかっていない……。今日、突然この世界に呼ばれて、訳もわからないままに世界の危機を救うよう懇願されて……。そして君の案内の下、この世界の説明を受けながら実際に暮らしている町の人々の様子や賑わい……、元の世界にはなかった魔法屋や教会、このカジノを見てきた訳だけど……、人々も活気があって、豊かで……、魔法というものがこの世界に上手く溶け込んでして、何処を見ても素晴らしいものだと思う。だから、違う面も見てみたいと思ったんだ。僕のところでもそうだったけど、世の中は決して綺麗事だけではまわっていかなかったから……。良い所とそうでない所を両面観て、はじめてこの世界の事が理解できる、そう思ったから……」

 

 彼女のからの真剣な問いかけに、僕はユイリの目を見てしっかりそう答えると、彼女はひとつ溜息をつき、

 

「……わかったわよ。本当、いろんな事に首を突っ込む勇者様ね……」

「ごめん……。一度気になると細かい所まで気になってしまうのは僕の悪い癖で……」

 

 何処かで聞いた事がある台詞をこれみよがしに言うと、さらに呆れたように、

 

「何を言ってるんだか……。じゃあ、さっさと移動しましょ。そのオークション……、もう始まってしまっているみたいだし……」

「えっと……、本当だ、それなら早く行こう」

 

 明らかに行きたくなさそうな様子だけど、それでも僕に付き合ってくれるという彼女に感謝すると、招待状に書かれている店に向かうのだった……。



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第5話:奴隷オークション

 

「しかし……ここがオークション会場か……」

 

 あの闇商人から貰った招待状に描かれていた店に入ると、そこは小さな劇場のようになっていたのだ。そして今現在も、壇上では司会であるオークショニアが商品の紹介をしているけれど、それにしても……、

 

「……あまりキョロキョロしないで、目立つでしょ」

「ああ、ゴメン……」

 

 とはいうものの、僕は先程から周りが気になって仕方がなかった。……客と思われる周りの人間が皆、今まで見てきた人達とは違い、富裕層というか、貴族や富豪といった人間がお忍びでやってきている、そんな印象を受けた。

 

 ……因みに、隣にいるユイリもカジノにいた時までの服装とは違う。カジノを出る前に少し待っててと言い残すと、自分の体感でおよそ2分程で戻ってきた彼女を見ると、ポニーテールだった髪も下ろし、まるで上級階級の令嬢のような格好をしていた。

 

 いきなり雰囲気の変わった彼女にドキッとしたというか……、その格好が違和感に思わないほど自然と気品も備わっていたというか……。話がそれてしまったが、要するに何が言いたいのかというと……、

 

「……僕、なんか浮いてない?」

 

 ……そう、自分の格好だけが普通のいち一般庶民みたいで、逆に目立っているような気がするのだ。そんな僕の様子に、ユイリは溜息をつくと、

 

「……貴方の格好については取り合えず心配はいらないわ。一応、私達に隠蔽魔法(バイディング)のようなものを掛けているから」

「そ、そうなんだ……。でもそれだったら、僕だけでいいんじゃない?ユイリの格好は似合っているし……むしろそっちの方がしっくりくるというか……」

「……そういうのはいいから。今はあまり無駄話しないで。私の掛けた隠蔽魔法(バイディング)は姿を消すものじゃなくて、単純に目立たなくするってものだから。今の貴方のようにキョロキョロしたりしていると、あまり意味を成さなくなってしまうのよ」

 

 つまり……某国民的マンガに出てきたような「石○ろぼうし」のようなものか……。本当に、魔法さまさまだな。

 

「でも、それだったら完全に姿を消しちゃった方がいいんじゃない?別に僕もオークションに参加したいというより、観てみたかっただけだからさ……」

 

 事実、もし姿を消せるのだとしたら、本当に何でもありだな……。元の世界でこんな事がまかり通ったら、犯罪だらけになってしまう。

 

「……今掛けている隠蔽魔法(バイディング)がギリギリなのよ。姿を消す魔法なんて掛けたら、それこそ探知魔法に引っかかってしまうわ……。だから、今の状態にしている事が最善の選択なのよ」

 

 ……前言撤回。それは確かにそうだよな。姿を消せるという事は、それに対応する手段がある。確かに元の世界でも、仮に透明になった人間を看破する事は不可能ではないし。透明人間の映画もあったけど、それでも確かにやりたい放題といった感じではなかった覚えもある。

 

「それに……、私も事情があってあまりこういう場で目立ちたくはないの。全く……誰かさんが来たいなんて言わなかったら、こんな風に来る事も無かったのでしょうけど……」

 

 少し非難を込めた口調で、僕にそう答えるユイリ。僕は苦笑しながらも、これ以上彼女を刺激しない方がいいと判断して、手元の説明書に目を移す。そこにはこのオークションでの説明や注意点と、商品の相場について書いていた。

 

「でも、このオークションのシステムも良く出来ているね。多分自分の身の丈以上の価格で入札したりしないような防止措置かとは思うけど……」

 

 自分達の席のところに魔法で管理されているのか貨幣投入口のようなものがあって、入札するときはそこに投入しなければならなくなっている。

 

 しかも入札する度にいくらか手数料もとられ、なおかつ落札できなくとも、それが次点落札者だった場合、入札した額の10%も諸経費か何かで持っていかれてしまうのだ。

 

 だから、取り合えず入札して安く買えれば儲けもの、みたいな事は出来にくいようになっているし、そこは駆け引きが必要なのだろう。

 

 そして、商品の相場についてだけど……、

 

『続きまして、次の商品はこちら、またもエルフ族で……しかも女性!債権奴隷となった、なかなか出品される事のない逸材で御座います!』

 

 ……そう、ここは『奴隷オークション』。この国の深淵を見せられた気分になった。ここが奴隷オークションだと知った瞬間、顔色を変えたユイリに気付き、店を出ると言われる前に席を確保してそう言い出しにくくした。

 

 席に着いた僕を見て、しぶしぶ隣にやって来たユイリに自分の持っている星銀貨の価値や奴隷自体はこの国では合法なのか等を質問攻めにして、なるべくオークションから意識を逸らせるようにしたという経緯があった。そして、ふと気が付くと周りと比べてやけに自分が浮いていないかという思いに至った訳である。

 

 意識を戻して壇上を見てみると、両手足を拘束されて少女が自身に次々とつけられる金額に項垂れている様子が見えた。ゲームやファンタジーの世界に良く出てくるエルフという存在を、まさかこんなところでお目にかかる事になるとは思わなかったけど……。改めて手元の相場表を見てみると、

 

 

 

価格相場表

 

ドワーフ 大金貨3枚

人間   大金貨5枚

人魚   大金貨30枚

エルフ  大金貨50枚

巨人   大金貨100枚

竜人   大金貨200枚

天使   時価

 

その他の獣人、亜人などはその時の相場により変動する。また、ここに記載されているものはあくまで目安であり、男女によって、また種族によって価格が変わる。容姿・容貌が優れていたり、優れた知識や技術、能力(スキル)を持っていたり、そして王族や貴族といった高貴な血を引いているとなるとさらに金額も跳ね上がる。

 

 

 

(……ようは見栄えがよかったり、優れた技能を持っていたりすると価値が上がるって事か。人間やエルフは女性の方が値が上がるみたいだし、これも元の世界とか関係なく、世界共通の認識なのかねぇ……)

 

 まるで世界の縮図のような内容に苦笑すると、ちょうど壇上では先程のエルフの少女が誰かに落札されたようだった。

 

「大金貨89枚か……、正直いってまだ貨幣の価値についてはわかっていないけど、相場表に書かれている枚数よりはずっと多いね」

 

 確か大金貨1枚で普通の金貨のだいたい5倍位の価値があって、銀貨に換算すると約150枚位ってユイリが説明していたっけ。価値とかを計算して大雑把にいうと、多分大金貨一枚で元の世界でいう15万円位の価値になるのかな……?

 

 因みに……トウヤ殿が王様から貰ったお金というのが、大金貨が約500枚程あったという事だけど、それだけあれば大豪邸が建てられてお釣りがくると聞いて、この国の勇者の歓迎具合も伺える結果となった。あと……僕が頂いた星銀貨だけど、ユイリから聞いた話によれば……。

 

「その注意書きの通りそれはあくまで目安だから、そこに書かれている通りに落札できるって訳ではないわ。でも……ちょっと気になるわね……」

 

 貨幣の事を考えていたところを中断させる形で、ユイリが僕の疑問を補足してくれる。しかし、そう言いながら彼女が少し訝しむ様子になっている事に気付き、

 

「気になるって……、さっき落札された子の事?」

 

 僕がそう言うと、彼女は頷いて、

 

「さっき、奴隷制度自体はこの国でも一応合法とされているという事は説明したと思うけど、実際のところ表立って奴隷を使うっていうのは殆ど無いのよ。あっても、国主導で行う治水工事等に駆り出されるかするくらいなものじゃないかしら。まぁ個人で使うといっても、正直なところ労働者の仕事として雇うという形で人手はあるし、わざわざ奴隷を使う必要性はこの国ではないのよ」

 

 余所の国ではまだ、奴隷を主に使っているところもあるけれど、とユイリは説明する。頷く僕を見ると、

 

「……奴隷にはそれぞれ3つに種類が分別されているの。まず最初に懲役奴隷ね。盗賊や暗殺者(アサシン)なんかが犯罪行為に及んで捕えられて奴隷に落とされるケース。彼らはさっき言った国の工事といった強制労働に駆り出される事が多いわ」

 

 彼女の話を聞いて、それは恐らく自分の世界の刑務所とその受刑者といった意味合いが強いかな、と理解する。さらに彼女は続けて、

 

「次に債務奴隷。主に借金の方で奴隷にされてしまったり、後は労働者のミスで雇い主に不利益を被らせたり、貴族に奉公に出ている人が大切なものを壊して弁償できずに奴隷にされるといったケースね」

「えっ!?そ、その、例えば雇い主に不利益を被らせたって……、故意にやったんじゃなくても奴隷になっちゃったりするの?」

 

 なにそれ!?もし本当なのだとしたら超怖いんですけど!?

 

「ええ、労働者の勝手な事をしたせいで、雇い主が損をしたとしたら、当然その労働者に罪が認められるわ。その損害分を支払うか、もし支払えないならば奴隷に落とされるといった話はよく聞くわね」

「…………こわっ」

 

 ……僕、この世界じゃ絶対に働きたくないな……。仮に損失が出て、お前のせいだって言われたら証明できない事だろ!?……冤罪で奴隷になった人も結構いるんじゃないのか……?

 

「話を戻すけど……、最後が戦犯奴隷ね。国同士が戦争して、敗戦国の王族や貴族が囚われて、奴隷に落とされるケース……。ただ、ここ100年位では国同士の戦争は起こっていないし、今はそれぞれの国で同盟や盟約を結んでいるから、滅多に戦争が起こるという事は無いと思うわ。……まして、特に今は国同士で争っている場合じゃないし……」

「成程ね……。でも、今の話で何か気になる事でもあった?」

 

 ユイリのした三種類の奴隷の話の中で、しかもエルフの少女の事で何か可笑しなところでもあったかな?疑問に思った僕に答えるように、

 

「……先程からエルフの奴隷、それも女性ばっかり出品されているでしょ。それが変なのよ……」

「えっ?別に変でもないんじゃない?単純に債務奴隷にさせられただけでしょ?」

 

 まぁ、それが冤罪だったかどうかまでは、わからないけれど。そう答える僕に彼女はゆっくりと首を振り、

 

「……エルフ族はあまり人里には下りて来ないわ。大抵は森の……、エルフの王国にいて、滅多な事でもない限り私達人間の住むところには出てこないのよ。エルフは特に仲間意識も高いし、正直なところ仲間同士で債務奴隷に落として人間の店に売却するなんて事、ちょっと考えられないの」

 

 そうか……。それなのに先程から覚えている限りでもエルフの女性が3人、債務奴隷として出品されている。彼女の指摘が正しいなら、債務奴隷なんかになる筈はない……。

 

「それにね、少し前に隣国の……エルフの王国が何者かによって滅ぼされたって情報もあるの」

「ほ、滅ぼされたって……そのエルフの王国が!?クーデターで乗っ取られたとかではなくて!?」

 

 そもそも国って滅ぼされるものなの?天災によって滅びるとかならまだわかるけど、何者かに滅ぼされたって何だよ!?

 

「まだ未確認な事も多いからあまり詳しくは言えないけれど……、エルフの国、メイルフィード王国が廃墟になっている事は確かよ。通信魔法も届かないし、魔法端末も壊されていたし、王宮も森も燃やされていて……。亡命者も今のところ聞かないから、殆ど生存者もいないのではというのが上の考えのようだけど……」

「ということは……、今まで出品されてきたエルフの女性達は……!」

 

 彼女達は、滅びたエルフの王国の生き残りである可能性が高いという事か……。でも、それは……、

 

「でも……、それならどうして戦犯奴隷として出品されないの?ある一定の貴族とかじゃないと戦犯奴隷として認められないとか?」

「それもあるけれど……、そもそもメイルフィード王国のエルフが戦犯奴隷にはならないわ。戦犯奴隷は戦争を起こした国や、戦争を起こされても仕方なかった国の敗戦国がなるものだから……、彼らの国が戦犯になるという事自体がありえないのよ。そもそも、メイルフィード王国はどちらかというと、他国との交流を最低限にして、侵略とは程遠い国だったし、仮に何処かの国に宣戦布告されたとしても、この国を含めた周辺国が黙っているはずないからね。でも……メイルフィード王国は滅んだ。そして滅ぼした存在は不明で……なのにエルフの、それも高く売れる女性ばっかり奴隷として出品される……」

 

 ユイリはそこまで話すと、再び壇上へ目を向ける。またもやオークショニアによってエルフの女性が紹介されているようだった。確かに……エルフの出品が多い気がする。

 

 勿論、自分達と同じ人間や、始めて見るドワーフや狼や猫の姿をした獣人族と呼ばれる種族も何人かは出品されてはいたけれど……。

 

「……普通、こういうオークションでエルフは出品されるのは結構稀で、出品されてもせいぜい1人いるかどうか……。だから、そのリストでもエルフは他の種族に比べて高めに設定されているのよ。そして、もし出品されたとしても、先程言った三種類の奴隷に当てはまらないケースね……」

「……なんとなく、想像は出来るけど……」

 

 ……三種類の奴隷のうち、戦犯奴隷を除いて、ほとんどはその本人に何かしらの問題があって奴隷に落とされるケースだ。そして、戦犯奴隷自体は戦争などが行われなければ、増えるものではない……。それ以外に奴隷が増える事があるとするならば……。

 

「そう、盗賊なんかの人攫いにあって、戦犯奴隷のように無理やり奴隷に落とされるケースよ。『裏社会の職郡(ダーク・ワーカー)』の中には奴隷商人という職業もあってね、彼らが盗賊から購入して手に入れた者を正式な奴隷にしてしまうのよ。大抵の場合、名目上は債務奴隷という形で借金の方に……という方法を使って、ね。だから、先程から出品されたエルフ達も、そうやって非合法な手段で奴隷に落とされた可能性はあるわ。……滅ぼされたメイルフィード王国の生き残りを捕まえてね……」

 

 ユイリはギュッと自分の拳を握り締める。……俯く彼女の表情を見るまでもなく、この件に関するユイリの怒りがひしひしと伝わってくる。

 

「……王国で保護とか出来ないの?今、話してくれたように非合法な手段で奴隷にされているって言ってさ」

「…………無理ね。彼女が非合法な奴隷かどうかなんて証明できないもの。売買契約を終えた事に関して、王国が介入する事は出来ないわ。勿論、買い手を詰問するのも無理。別に奴隷を手に入れる事自体は違法でも何でもないからね」

 

 成程ね……。でも、今のユイリの話を聞いて、この国のもう一つの一面を知る事が出来た。自身の権利を他者が侵害するという……深い闇の一面を。それを知る事が出来ただけでも……ここに来たかいがあった。

 

『さて……そろそろ終了のお時間も迫って参りました……。それではいよいよ本日の目玉商品……、某国のある貴族が亡くなり、そこで囲われていたある戦犯奴隷が今回のオークションに出品されました……、女性の竜人(ドラゴニュート)の出品となります!』

 

 壇上のオークショニアは今までとは明らかに違った様子で商品の紹介をしている。恐らく……彼女が本日の最後の出品なのだろう。

 

『彼女は先々代の主人に戦犯奴隷として購入され……、ずっと大事に囲われてきた美女でもあります。教養は勿論、礼儀作法、社交儀礼としっかりと仕込まれており、さらに竜人特有の戦闘技能も有しております。ボディガード、夜のお世話と一通りの事はこなす事が出来る優れた逸材であります』

 

「ねぇ、ユイリ……、竜人って種族も初めて見るのだけど、相場表の価格の高さといい、どういった種族なのかな?」

 

 オークショニアの説明を聞きながら、また相場表を見て気になった疑問を彼女に投げ掛けてみると、

 

「竜人はその名の通り、竜と人の両方の血を持つ種族ね。今日も何人か出品されていたけれど、獣人族の突然変異のようなものと解釈して貰えればいいと思うわ。私もあまり見た事はない種族だけど、高い戦闘力と知性を兼ね備えているし、竜の血を引き継いでいるだけあって、エルフ並に長寿でもあるわね。彼女もかつての戦犯奴隷と言われていたけれど、もう百年くらい前の話だと思うし、さっき司会が説明した通り、先々代からずっと継承されてきた奴隷なんでしょう。……ここで彼女が放出されたという事は、恐らくだけどその貴族の跡継ぎのトラブルが起こっているんじゃないかしら。そうでなければ、何か問題でも起こさない限り、彼女みたいな竜人が出品されるなんて事は起こらないと思うしね……」

 

 ユイリの説明を聞いている間に、彼女の入札が開始され、あっという間に今まで以上の高額入札となっていった。

 

『おおっと、出ました大金貨200!さぁ、もう無いか!?おっと、そちらは大金貨210、さらに大金貨215も出てきた!大金貨215が出ましたよ!竜人の出品なんてほとんどないから、もう手に入れる機会は無いかもしれませんよ!!さぁ、ついに大金貨230!大金貨230が出てきました!!』

 

 あの巧みなオークショニアの誘導もあってか、青天井のようにどんどん入札金額が膨れ上がっていく……!そして……、

 

『はい、ここで終了です!女性の竜人(ドラゴニュート)、なんと大金貨350枚で落札で御座います!!』

 

 ハンマーが叩かれ、落札者が決定する。向こうの席で立ち上がり勝ち誇っている、小太りのいかにもな格好をしている成金風の男が落札者なのだろう……。彼の周りの貴族達も、何処か敬遠しているような雰囲気だし、この会場の中でもかなり有力な貴族なのかもしれない……。

 

「……さぁ、もう宿に戻りましょう。もう見るところもないでしょうし」

 

 ユイリはそう言って席を立つ。実際、今のが最後の出品だろうし、他の客達も徐々に席を立つ姿が見受けられた。僕もユイリに倣って席を立とうとしたその時、

 

「!?な……なんだ!?」

 

 突然、店内の明かりが消え、暗闇に包まれる。すぐさま傍にユイリが付き、離れないでっと周りを伺う様子が感じられた。周りの客達も何事だとざわつき始める中で、

 

『皆様!突然の暗闇に驚かれていらっしゃるかと存じますが、これは本日最後の出品、その演出で御座います……』

 

 先程のオークショニアの声が響きわたり、彼にスポットライトが当たる。な、なんだ……、先程の竜人が、今日の最後の出品じゃなかったのか……?

 

『これから出品致しますのは、恐らく今までわたくしどもが世に出し続けた商人の中でも過去最高の逸材と言っても過言ではないでしょう……。未だ出品された事の無い天使と比べても、遜色ない美の化身……、それでは紹介させて頂きましょう!!』

 

 その言葉と同時にステージにもスポットライトが照らされて、その中が露になる。そこに映し出された存在を見て、僕は一瞬で目を奪われ、そして思わず息を呑んだ。

 

『本日の隠し玉にして、極上のエルフ……、まずはその美しさを存分にご堪能頂きましょう!!』

 

 彫刻のような台座に鎖で繋がれた金髪の美女……、会場内から一切の音が消え、そのあまりの美しさに、声もなくただ静まり返るのだった……。



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第6話:絶世の美女

 

 

 

『本日の隠し玉にして、最後の商品であります、金髪碧眼のエルフの美女!今回、当店が自信を持って、過去最高の逸材と断言できる彼女の美点をひとつずつ紹介させて頂きましょう!』

 

 ……まるで、彫刻のように、美を体現したかのような美しさに、会場中の誰もが息を呑んだ。皆、彼女に見入っており、感嘆からつく溜息や、生唾を飲み込む音くらいしか聞こえない……。かくいう僕も、思わず何も考えられなくなり、彼女が欲しい……、そう思ってしまいそうになる。

 

(……駄目だ、この世界で、何かに執着するなんて事は……)

 

 何とか自制心を呼び起こそうとするが、正直あまり意味を成さなかった。それほどまでに、ステージ上の彼女の放つ、観るもの全てを惹きつけて放さない、フェロモンとでもいうような魅力……、男の理想をその身に体現させたような彼女の姿に、自分も含めた会場全ての者がやられてしまっていたという事なのだと思う……。

 

 改めてステージに目をやると、彫刻のような台座に頭の後ろで両手を組まされて、所謂セクシーポーズと呼ばれる格好で鎖に繋がれ拘束された美女の姿がそこにあった。

 

 今までに出品されていたエルフの女性ともまた一線を画した人間離れしたその美貌、それでいて何処か儚げな印象を与える容姿は見ているものを惹きつける美というべきか……。流れるような見事な金髪は彼女の腰元にまで達し、その可憐な口には自殺防止の為か、猿轡が噛まされている。

 

 また、その体勢から胸元を突き出させて強調させるように拘束されている事もあって、彼女のスタイルの良さもよくわかる。……某ゲームの言葉を借りるならば、ボンキュッボンというのであろうか、ダイナマイトボディとはまさに彼女の為にある言葉じゃないだろうか……。

 

 そんな彼女の体は、元の世界でいうアラビアの踊り子が着ているような、随分と頼りない薄布で覆われているだけで、扇情さをさらに煽っていた……。

 

『まず、ご紹介に移る前にご周知させて頂きましょう。皆様もご存知の通り……、此度の彼女のように本当に美しい娘や身分の高い令嬢は、こういったオークションではまずお目に掛かれません……。その前に大抵何処かの権力者や貴族の方々や、その道にコネクションのある大富豪が召抱えてしまいますからね……。会場中の皆様の中にも、覚えがあるのではないでしょうか?……しかし、此度、我々はある伝手より今回、こうして出品させて頂いております。つまり、今まで出品させて頂いた商品の中でも、最高価格で落札される事は間違い御座いません!』

 

 オークショニアの説明が始まると同時に、ユイリはそっと囁いてくる。

 

「……帰りましょう、これ以上ここにいても、気分が悪くなるだけよ」

「先程のユイリの話だと……、彼女は明らかに合法の奴隷じゃないんじゃないよね?おまけに……素人の僕でもわかるほど、明らかに今までのエルフの少女とは違う……。なんとか、助けられないの?」

 

 今までのエルフの少女の事は見送っておいて何を言っているんだろう。正直、自分の言っている事も結構矛盾しているとは思っているけど……、そう言わずにはいられなかった。

 

「……間違いなく彼女は非合法の手段で連れてこられた奴隷だと思うわ。さっき説明した通り、滅ぼされたメイルフィード王国の、上級階級の令嬢の誰かでしょうね……。だけど、それも先程話した理由と一緒で、今の私たちではどうする事もできないわ……」

 

 やっぱり、どうにもならないのか……。やるせない思いでステージの方に目を戻す。

 

『今はまだ主人契約をしていないので、自殺防止の為猿轡をつけさせておりますが、その可憐な唇から紡ぎ出される声は我々業者も唸らせる美声であった事は保障致しましょう……!声一つとっても、購入を決定させる要素のひとつとなる最高の逸材!美貌にしても、元々容姿端麗な種族として有名なエルフの中でも、数段上の、天使を思わせるようなその容貌は見事としかいいようがありません!』

 

 ……拘束された彼女のその翠玉(エメラルド)色を思わせるその瞳は虚空を見つめ、何者も写していない印象を受ける。何処か希薄な雰囲気を纏わせる彼女に相まっているものの、何故かその瞳が、妙に気になってしまう。いつか……、どこかで見たような……。

 

『セクシーな金髪の美女というのは最早、男の夢と言ってもいいでしょう!そして何より……御覧下さい、この奇跡のプロポーションを!さらに驚くべき事は、このグラマラスな体付きをした彼女は、まだ男を知らない純潔さを保っております。つまり……、このナイスバディの体の初めてを存分に愉しむ事が出来るわけです!我々がしたことは彼女の状態と具合を確かめただけですので……、彼女が正真正銘の生娘である事は保障致します!ですので、彼女をたっぷり堪能して味わって頂く事が可能であります!!」

 

 そのオークショニアの言葉を聞いて、そそられたのか、今までで一番会場が盛り上がる。

 

 ……この世界でもそういった男が女に抱く感情はかわらないのか……。決して綺麗事をいうつもりもないし、気持ちがわからないでもないが……、ここで聞くそれは正直にいって反吐がでる。彼女をそういう風に見られている事が自分でもわからないけど、堪らなく不愉快だ。

 

 もう一度ステージ上の彼女を見てみると、オークショニアのその言葉を聞き、その虚空を見つめた瞳から一筋の涙が流れたのがわかった。自身の貞操が競売の対象として扱われて、それを思って涙したのだろうか……。いずれにしても……、

 

(全てを諦めているようにみえても、感情はまだ残っているんだな……)

 

 それと同時に、先程彼女を見ていて感じた違和感の正体に思い当たる。あの生きる事を……全てを諦めたかのようなあの瞳は……。

 

 

 

 

 

『お医者様がね……言ってたの。わたし……もう長く生きられないんだって……』

 

 ある日、幼馴染である彼女のお見舞いに行った時に言われた事に、一瞬何も考えられなくなった。

 

『そ、それって……どういうこと?』

『…………わからないかな?』

 

 ベッドの脇に飾ってあったお花に触れながら、気だるそうにこちらを見る……。その目を見た時、僕は理解してしまった。

 

『そんな……そんな事って……!』

『ねぇ……、コウ君……』

 

 彼女が……もうすぐ居なくなる。その現実を信じたくなくて……。そう葛藤していた僕に、暫く黙っていた彼女がポツリと口を開く。

 

『もう……明日からお見舞い、来なくていいよ……』

『な、何を、言ってるの……?』

 

 急に、そんな事を言い出した彼女を問い詰めると……、

 

『貴方の顔を見るのも……正直辛いの。だから、私の事なんか忘れて、二度とここに来ないで』

『な……なんだよ……、何を言ってるんだよ……。そんな……!』

 

 彼女からの突然の拒絶に、僕は……、

 

『忘れる事なんて、出来るわけないだろ!?ずっと、小さな頃からずっと一緒にいて……!将来、僕のお嫁さんになるんだろ!?病院に入る時だって、そう言っていたじゃないか!?』

『……もう、そんな未来が来る事はないの。貴方だって……わかっているんでしょ』

『医者が何と言ったって、それが絶対な訳がない!!何が余命告知だよ!諦めなければ、奇跡だって……!』

『コウ君……』

 

 静かに僕の頬に手を伸ばす彼女に、ハッとして我に返る。

 

『だったら、私からの一生のお願い……。これ以上、弱っていく私の姿を見られたくないの……。それに、貴方を見ていると、生きたいと思ってしまう……』

『だから……!諦めるなよっ!!なんで……なんで生きる事を諦めちゃうんだよ!!』

 

 泣きながら訴える僕に、彼女も泣き笑いを浮かべ……、僕を覗き込みながら、彼女は告げる……。

 

『私の身体の事だから……一番自分がよくわかっているの。だから、これ以上私を苦しめないで……。私の事を思ってくれるのなら……お願い』

 

 ……この時の彼女の表情と言葉を、僕は二度と忘れる事が出来ないだろう。あの、生きる事を、全てを諦めてしまったかのような瞳を……。

 

 

 

 

 

『さらに彼女は精霊魔術はおろか、その他の魔術の心得もあり、教養は勿論、礼儀作法、社交儀礼、その他技能も十分に仕込まれて御座います。さらに御覧の通り、何処か上級階級の者の気品まで感じさせる、正に絶世の美女!彼女が王族か貴族かを確認出来なかった事は不思議でなりませんが、間違いなく言えることはもう二度とこれ程の美女にはお目にかかれない事でしょう。彼女が今まで出品してきた中でも最高傑作であることは間違い御座いません。また当意即妙のやりとりも心得ているようで御座いますれば、ご貴族の皆様方の妻として傍におく事もまた一興で御座いましょう。勿論……、落札した暁には、彼女を性奴隷として好きにしてもらってもいい訳で御座いますが……』

 

 オークショニアの紹介に盛り上がりも最高潮に達している中、僕はある決意を固め、そっと手元のモノを確認する。周りの様子を心底嫌そうに眺めながらユイリは、

 

「もうここにいても、私達に出来る事はないわ……。それとも……、彼女が誰かに買われていく様子が見たいとでもいうの?」

「いや、そんなつもりはないよ。でも……帰るにはまだ早い……」

 

 そう言って僕は自分の持っていたある物をそっと取り出す。それを見たユイリはハッとする。

 

「貴方……ひょっとして……彼女を買おうっていうの!?」

「……ああ、そうするつもりだよ」

「よりにもよって王女殿下からの星銀貨で……っ!さっき教えたじゃない……!星銀貨の価値をっ!」

 

 僕の取り出した物……、王女様から頂いた星銀貨を見て、彼女は激高したように詰め寄ってくる。

 

「勿論……、さっき君に聞いたばかりだし」

 

 苦笑しながら、先程ユイリが教えてくれた星銀貨の事を思い出す。星銀貨は今よりもずっと前、超古代文明と言われて現在よりも優れた魔法世界であった頃の貨幣であり、遺物の1つとしても扱われていた貴重な貨幣であるという事だった。

 

 使われている素材も銀以外特定されていない上に、貨幣としての価値だけでなく、魔術を増幅させるブースターとしても使用できるという事もあって、大金貨としての価値を遥かに上回るという。

 

 その時に応じて価値も前後するが、現時点では1枚大金貨150……いや、場合によっては200枚以上の価値はあると彼女は教えてくれた。……そして、星銀貨は魔族が特に欲しているという事も……。

 

「どの種族よりも魔力が優れている忌むべき魔族に、星銀貨が出回ってしまうリスクを……考えられないわけじゃないでしょう!?」

「……わかってる。それでも……もう決めたんだ」

 

 あの時、自分に出来る事もなく助ける事が出来なかった幼馴染と同じく、全てを諦めてしまっている彼女を見て、僕は決めた。……この行為が、あとで問題となって返ってきたとしても……!

 

『それでは……、いよいよ始めましょう……!絶世のエルフの美女……、相場の通りに破格の大金貨50枚から参りましょう!』

 

 オークショニアが開始を宣言した途端、次々と入札が入っては更新され……、あっという間に先程の竜人の落札価格までつり上がってしまう……。

 

『はい、大金貨350が出ました!他にはありませんか!?おっと、そちらは大金貨370、またそちらは大金貨380!大金貨380が出ましたよ!さぁどうだ、もうないか!?恐らくもう二度とこんな逸材はお目にかかれませんよ!』

 

 そんなオークショニアの声が響き渡る中、僕はもう一度説明書に目を通しながら入札方法の確認をしていると、その様子を見ていたユイリが静かに、それでいて感情のない声で、呟くように問いかけてきた。

 

「…………本当に、入札する気なの?そんなに彼女が気に入った?」

 

 その声色から彼女の怒りを理解しながらも、それでも僕の決意はかわらない。

 

「言い訳はしないよ、これは僕の我侭だから……、でも……ゴメン」

「……そう、なら勝手にしたら?」

 

 僕の返答を聞き、心底失望したという表情で顔を逸らすユイリ。やっぱり、勇者と言っても男なんて……、そう彼女が吐き捨てるのがわかったが、僕は入札を行うべく、星銀貨を備え付けの端末を説明書通りに操作する。

 

『な、なんと、大金貨700!これは凄い!色々な種族を出品した我々にとってもこれは最高価格だ!!相場とは比べ物にならない入札額がついてしまった!未だ出品のない天使を除いて、今までで最高の価値のある竜人、それも先程の金額を大幅に超える入札額!この金額はまさに未知の領域だ!流石にもういらっしゃいませんか!?いらっしゃいませんね!?では、大金貨700枚で……!』

 

 どうやら現在最高入札額を提示しているのは、先程の竜人を落札した人物と同じようだ。先程と同じように落札を確信しているのだろう。落札を決定する為にオークショニアがハンマーを下ろそうとする間際、僕はなんとか星銀貨の投入を終え、入札に成功する。

 

『おっと、ここからさらに入札か……?しかし、流石に大金貨700枚以上を新たに投入する時間も無かったかと思……っ!?』

 

 そこで、投入された5枚の星銀貨を見て、オークショニアの思考が固まる。一瞬の沈黙の後、なんとかオークショニアが言葉の続きを口に出した。

 

『な、なんと……星銀貨での入札です……。し、しかも5枚……っ!!』

「あ……貴方!よりにもよって王女殿下から頂いた全ての星銀貨をっ!?」

 

 オークショニアの言葉にあれだけ熱狂していた会場が、一瞬で静まり返る。ユイリにはさらに非難の言葉を受けたが、今は相手にしている時間も惜しい。先程の落札を確信していた人物も驚きの表情で端末を操作する手が止まっていた。

 

 ステージ上の入札金額を見てみると、星銀貨5枚(大金貨1000枚相当)と表示されていた。「バ、バカな……!」などと言いつつ脂汗まみれの成金の男の様子から察するに、今現在、その金額を被せるだけの大金貨は、最早無かったようだった。

 

 そして、この金額に他に対抗できる人物も居なかったようで、我に返ったオークショニアがハンマーを振り下ろす。

 

『金髪碧眼のエルフの美女、星銀貨5枚で落札ですっ!!』

 

 そして次の瞬間、会場が割れんばかりの歓声が上がったのだった。



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第7話:帰り道

 

 

 

 彼女を落札できなかった成金風の男は、何やら店側と揉めていたようだが、それも落ち着き、僕は店の従業員から渡された番号入りの球体を持って、奴隷の引渡し部屋へと足を運んでいた。

 

「…………」

 

 無言でその後をついて来るユイリに、若干薄ら寒いものを感じてはいるが、今は気にしていても始まらない。球体に描かれている部屋の前までくると、中から「どうぞお入りください」と声が掛かる。

 

「ようこそお出で下さいました。この度は当店の競売にご参加頂き、有難う御座います。わたくしはこの店のオーナーで、ハロルドダックと申します。どうぞお見知りおきを……」

「……どうも」

 

 まさかオーナー自らが対応してくるとは思わなかったけど……、僕はこの店にとって最高入札価格で……それも星銀貨で持ってもって落札した上客。そのように思われていても不思議はないかもしれない。

 

 部屋内には店のオーナーの他に、先程落札したエルフの美女も控えていた。マントのような外套を着せられているものの、先程と同じく未だ猿轡を噛まされ、両手は後ろ手にまわされて手錠を掛けられているようだった。

 

 ……まぁ、店にとって引き渡し前に自殺でも図られたら堪らないという事なのだろう。あと、先程と違うところといえば……、首元に先程は見られなかった首輪を着けているといったところだろうか……。

 

「まずは此方の商品を星銀貨で落札頂きました金額の5%は、規定の通りお客様へ返却させて頂きます」

 

 そう言ってオーナーは僕にお盆に大金貨を60枚ほどと金貨をいくつか載せて渡してきた。

 

 ……そう言えば、次点落札者は落札できなくとも手数料の他に入札金額の10%を納めなければならないかわりに、落札者に関しては落札価格の5%を返金すると書いてあったかな。

 

 でも、5%にしては大金貨の量が少し多い気がするけど……。

 

「……お客様には今後とも御贔屓にして頂きたく、少し色を付けさせて頂きました。また、次点落札者の入札金額の10%の内、一部は債務奴隷である彼女にいきますが、この金額に関しましては規約の下、主人であるお客様が没収なさる事は出来ませんので、どうかご了承の程を……。最も、流石に今回は落札金額から考えても返済できるものではないとは思いますが……」

 

 ……そういえば彼女は債務奴隷として出品されていたのか。オークショニアの説明は彼女の容姿や技能の説明だけが印象に残っていて、聞き逃していたのかもしれないけど……。

 

 まぁ、あまり僕にとっては関係ない事だろう。まぁ、ユイリの説明からも彼女達エルフは、全員戦犯奴隷でなく、債務奴隷として出品されていたと言っていたしね……。

 

「ああ……、特に問題はないよ。ご配慮、痛み入る」

「では、これより奴隷契約を執り行いますが……、その前にお客様の血を一滴でかまいませんので、このトレーに零して頂けますか」

 

 恐れく契約に必要な行為という事なのだろう。僕はトレーの上に置いてあった針を手に取ると、指先に押し当て、血を一滴零す。

 

 オーナーはそれを受け取ると何やら呪文のようなものを詠唱し始めた。するとトレーに零した血が滲み始め、紋様な物にその姿を変えると、彼女の首輪に向かって吸い込まれていく……。

 

 彼女はそれを見る事無く、ただ悲しそうに瞳を閉じたままだった。

 

「……これで無事、奴隷契約は終わりました。その契約の首輪を身に着けさせている限り、彼女は貴方に従い、命じた事にも逆らいません。自殺等の心配もありませんので、もう猿轡や拘束を解いても大丈夫です」

 

 そう言って、彼女の手錠などの鍵を手渡してくる。僕はそれを受け取ると、すぐに彼女の猿轡を外し、手錠の拘束も解き放つ。

 

 猿轡を外した際、ンッ……と少し悩ましげな声をあげるが、首輪の効力が利いているのか、彼女の様子に変わった点はなさそうだった。

 

 間近で見る彼女は先程と同じく、何処か諦めたような表情をしており、その様子にユイリも見ていられないとばかりに目を逸らしていた。

 

「じゃあ取り合えず、宿に戻ろう。君も一緒について来て」

「……かしこまりました」

 

 消え入りそうな、しかし澄んだ声で僕に従う彼女。折角だし肩を抱き寄せていきたいところだけど……不要に怖がらせる事はないし、ユイリの存在もある。ついて来る様子を確認し、僕達は部屋を出ようと入り口に向かう。

 

「またのお越しをお待ちしております」

 

 店のオーナーの言葉を最後に、エルフの彼女を連れて、ユイリと共に会場を後にした。

 

 

 

 

 

 宿へと帰路につく最中、皆一様に一言も喋る事がなかった。

 

「…………」

「…………」

(き、気まずい……。なんの罰ゲームだ、これ……)

 

 ただ只管無言が続くのは苦痛以外の何物でもない……。しかし、そうなった原因を考えると至極当然であるともいえる。奴隷契約を結ばされた彼女が主人である僕に断りもなく話す事はないだろうし、ユイリも同じく怒らせて以降ずっとこの調子であるからだ。

 

(まぁ、当然だよな……)

 

 自分に対し嫌悪感を抱いたのは間違いないだろう。自業自得でもあるから仕方ないけれど……。

 

(それでもついて来るのは……、やっぱり任務ゆえ、なんだろうな……)

 

 そうひとりごちて溜息をつくと、気を取り直して宿に向かう事にする。しかしその時、ふと違和感を覚える。

 

(…………誰か、いや複数か?僕達をつけてきている……?)

 

 時間ももう真夜中、人通りが無くなった通りに出た時、今まで隠れていた鎧を身に着けた戦士風の男達数人が姿を現してきた。

 

「運が悪かったな……、坊主。お前に恨みはねえが……、ここで死んでもらうぜ」

「そこの女は、俺たちが有効利用してやるから、安心して眠って貰っていいんだぜぇ」

「もう1人もいい女じゃねえか……。コイツは俺たちで愉しませて貰おうか、キヒヒッ」

 

 何が可笑しいのか知らないが、下卑た笑いを上げる戦士くずれ達を、僕は冷めた目で見る。

 

(何処の世界も屑は屑、か。さて……どうしたものかな……)

 

 一度、この世界でどれ程動けるのか、試してみたかった事もある。

 

(ざっと見て、10人程か……。向こうは僕を殺す気満々だけど油断しているみたいだし、何故か脅威も感じないから試してみてもいいけど……、どれだけ通用するかは正直未知数なんだよな……)

 

 普通に考えれば、重力が弱いこのファーレルでは、地球の重力で慣れている僕の攻撃は十分に通じると思ってはいる。だけど、能力(スキル)等の存在が気になっていた。その能力(スキル)自体でいくらでもそんな些細なアドバンテージを消し飛ばしてしまうかもしれない。

 

 それに、自分のステータスの力が確か「46」。相手が仮にそれ以上の身の守りを持っていればダメージは与えられない計算にもなる……。そして、そもそもの話……、

 

(……いくら向こうが僕を殺す気だったとしても、僕が相手を殺しちゃうわけにはいかないし……)

 

 自分が元の世界に戻る事が前提だとすれば、万が一、人を殺してしまったらもう「普通の人」では済まなくなってしまうだろう。

 

 こうなれば三十六計逃げるに如かずという古語の通り、それが最善とも思えるが、こちらには奴隷契約を結んだ彼女がいる為、自分1人ならまだしも逃げ切れるかわかったもんじゃない。

 

 最も、こんなところで死ぬ訳にはいかないし、自分が死ぬくらいなら相手を返り討ちにする気で戦うしかないかと腹を括ったその時、ユイリがすっと音も無く自分の前に割り込んできた。

 

「全く……、こんな時に襲ってくるなんて、間の悪い連中ね……」

 

 僕の前に庇うように立つユイリの両の手には、何処から取り出したのか、刃渡りニ尺程の、恐らく小太刀と呼ばれる忍刀を携えていた。

 

「忠告するわ……、彼を襲おうとするなら、命の保障はしないわよ?」

「なんだあ!?姉ちゃん、死にたくなかったら大人しくしてろよ……!」

 

 そんな彼女を押しのけようとして、戦士崩れの1人が手を伸ばす。しかし次の瞬間……、

 

「…………は?」

 

 その伸ばした戦士の手――その手首から先が綺麗に無くなっていた。

 

「はぁぁぁぁっ!?お、俺の、手がぁ!!?」

「お、おい!?く、くそっ、一体何をしやがった!?」

「こ……このアマッ!!」

 

 一瞬遅れて、切断された先から大量の血が噴出し、地面に崩れ落ちる仲間の様子に混乱しながら、残りの者達がユイリを取り囲むように構える。

 

「忠告はしたでしょ?……今日の私は機嫌が悪いの。死にたいのなら……かかって来なさい?」

「グッ……、こ、こいつ……!」

 

 人数差も気にする事なく佇んでいるユイリに動揺している連中を見て、内心僕は自分の考えが正しかった事を悟る。

 

(ユイリの動き……全然、見えなかったな)

 

 王様より信頼も厚いようだったし、実力者なんだろうとは感じていたけれど、まさかこれほどまでとは思わなかった。

 

 恐らく手元の小太刀で音も無く相手の手を切断してしまったのだろうが、まるで手品のように一瞬で手が消えてしまったのを見て、現実にそんな光景を目にする事になるなんてと、正直いって畏怖してしまっていた。

 

「ぜ、全員でかかるぞっ!!やばそうな奴はあの女1人なんだ!皆でかかれば……っ!」

「……残念だけど、そうは言ってられないみたいよ?」

「な……何!?」

 

 ユイリの言葉を受け、ふとそちらを見てみると……、

 

「おや……、もしやお呼びではあらしまへんかったかい……?」

「お……お前達は……っ!」

 

 この緊張した場には似合わない間の抜けたような声で、僕をあの会場へと誘った闇商人がゆっくりと話しかけてきた。その闇商人の後ろには黒い鎧を着込んだ戦士達が複数人待機しており、彼に従っている私兵のように見受けられる。

 

「……戻ってあんさんらの雇い主にゆうときなはれ……、『それは流石にルール違反やあらしまへんか?』っとな……」

「な、なんだと!?それは、俺達の邪魔をするっていう事か!?」

 

 背の低いドワーフ種族、ユイリによるとホビットと呼ばれるようだが、話の流れをみると彼らは敵ではないようだった。逆に、僕達を襲ってきた戦士崩れの男達は慌てた様子で闇商人を問い詰める。

 

「邪魔、というんやな。兄さん助ける事が邪魔いうんやったら……、そういう事になるさかいな」

「い……いいのか!?お前達店側の人間にとって、俺たちの主人を怒らせる事は……っ!」

 

 主人……か、という事はコイツ等はその主人とやらに雇われているだけで……。僕を殺そうとした黒幕はその雇い主という事か……。

 

 雇い主というからにはそれなりの権力者なのだろうし、この世界に来てまだ1日も経っていないのに命を狙われるなんてとも思ったが、傍に居たエルフの彼女をみて納得する。

 

(そういう事か……、となるとコイツ等の雇い主は大方、あの成金みたいなあの男かな……?)

 

 落札できずに逆恨みを買ってしまったか……、そういえば店側の人間と揉めていた時もこちらを睨みつけるように見ていたな……。うん、あの男でまず、間違い無さそうだ。僕の推察を裏付けるように闇商人が、

 

「確かにあんさんらの主人は我々にとっても上客や……、せやけど、別に上客の1人いうだけで、それ以上でも以下でもあらへん。他の上客に、それもあんさんら以上に上客になりそうな、そこの兄さんを潰そういうんなら……、こちらとしても見過ごせん話いうことや……!」

「グッ……こ、この……!」

 

 バッサリと闇商人に跳ね除けられ、言葉に詰まる襲撃者達。思い通りにならない事に歯痒そうな様子の彼等に、よほど今まで成金の男の権力の傘にきて好き放題にやってきた事が伺えた。

 

「さぁ、そこの倒れとるのも連れてお引取りなされ。はよう適切に対処せんと死ぬで、そいつ。……それともなんや、ワテらと一戦やらかそうっちゅう事かい?」

 

 その言葉と同時に控えていた黒い鎧の男達は臨戦体勢をとる。その様子を見ていた襲撃者達は、

 

「クソッ、覚えてろ!!」

 

 いかにもな捨て台詞を残し、1人、また1人と蜘蛛の子を散らすように逃げて去っていく。誰も負傷した男も、自分に目もくれずに逃げ出した仲間を、痛みに耐えながら追いかけていく様子は哀愁を感じたが……。

 

「……助けてもらったようだね、ありがとう」

 

 戦闘体制を解き、こちらに歩いてくる闇商人に礼を言う。

 

「いやいや、これも高額落札者へのアフターサービスいうもんや。……最も、必要なかったやろうけどな」

 

 そう言ってユイリの方を見る闇商人。彼女はというと、持っていた小太刀もどこに仕舞ったのか、何食わぬ顔をしてこちらの方に戻ってきていた。僕と目が合うと、すぐにそっぽを向かれてしまったけれど……。僕は苦笑しつつも気を取り直して、

 

「そんな事ありませんよ、でもどうしてここに?アフターサービスなんて言ってたけど……」

「その言葉どおりの意味やがな。ハロルドダック……、ああ、さっきの店のオーナーやが、奴に頼まれてここまでやってきたっちゅう訳や。もう想像ついとるかもしれへんが、兄さんに競り負けて次点になったもんが、なんや怪しい動きしてるいうてたさかい……。前にも揉めたり今回みたいんに騒動起こしおったから、念の為に護衛についとったんやが……。兄さんも災難やったな」

 

 やっぱりそうだったのか。どおりで周りの人達もあの人には近付かなかった訳だよ……。

 

「それにしても……、やっぱりワテの目に狂いはなかったようやな。まさか星銀貨持っとるとは、しかもあないにして使うてくるとは思わんかったが……。まぁ、ええ買いもんやったとは思うで?その嬢ちゃんみたいな上物は、もうお目にかかる事もないさかい……」

「それはどうも……。ああ、そうだ、これは助けてもらったお礼だから受け取ってくれないか」

 

 僕は懐から、店のオーナーから返金された大金貨を取り出し、黒い鎧を着込んだ護衛たち7人に一枚ずつ大金貨を渡し、それを纏めている闇商人にも3枚ほどを握らせる。護衛たちは受け取っていいものかと闇商人の方を伺っている事に気付いたのか、

 

「……兄さん、これは一体どういう事や?仮に謝礼言うても、この額は多すぎる。お偉さんの護衛ついても、せいぜい羽振りがよくて金貨1枚貰えるかどうかが関の山や。それも、ワテの私兵にも1枚ずつ握らせるなど……何を考えてるん?」

「それは、あくまで貴方達の基準でしょ?多分これから僕の事を調べたらわかると思うけど、僕がいたところでは、これは助けてもらったら御礼をするのは普通の事だったんだ。それに、渡せるものが大金貨だけだったから、多い少ない言われても困るし……、流石に命は金では買えないだろう?だから遠慮なく受け取って欲しいな」

 

 僕の考えを聞き、闇商人は部下達に貰っとき、と告げると彼等は歓喜して礼を言ってきた。そして、その様子を見ていた闇商人は僕の近くにやってくると、

 

「それで?兄さんは何を考えてるんや?お礼ちゅうんは解った。でも、これだけやないやろ?わざわざ部下にまで金をバラ撒いて、何かあるんやろ?」

「……正直、それ以上の事は考えてないんだけどな……。それは、本当にお礼のつもりで渡したもの。後で返せというつもりもないし、仮に僕が死んでいたらアイツらに奪われていたものだしね。それで納得できないっていうんなら、ひとつ教えて欲しい事がある」

 

 そう言うと、闇商人の顔が訝しむものから探るようなものに変わる。

 

「……何を教えて欲しいんや?」

「今回、数多くのエルフ、それも女性ばかり出品されていたね。ユイリも疑問に思っていたけど、今回のエルフの王国の滅亡と何か関係があるのかな?」

「それは、随分と核心をつく質問やな。しかし、残念やがそれについては答えられん。ワテもこの通り商人、それも闇商人や。情報は命より大事なもんもあるし、その情報源も決して明かすわけにはいかん。兄さんの質問はワテらにとっては最重要な機密事項。悪いが諦めてくれへんか」

 

 闇商人の返答を聞き、僕は確信する。今回のエルフの王国の滅亡には、闇商人たちにとっても、どの程度かはわからないが、関わりがあったという事を……。それを、目の前の闇商人は間接的に教えてくれたという事実に、

 

「そうなんだ。別にいいよ、僕としてはちょっと気になったというだけだしね。それに……、話してくれてありがとう。じゃあ、僕達はそろそろ行くよ」

 

 僕の言葉を聞き、闇商人の部下達も、自分に対して再びお礼を言ってくる事に応えながら、2人を伴い宿に戻ろうとした際に、

 

「……そう言うたら、少し前に近くの森を手入れして欲しいっちゅう依頼があったのう。兄さんは、そういった仕事に興味はあらしませんか?」

 

 宿に戻ろうとした僕に、そう投げ掛けてくる闇商人。森の、手入れ……。エルフの王国は森の中にあったと聞くし、これはもしかして……。

 

「そうだね……。正直、僕も出来そうな仕事を探していかないといけないと思っていてさ。……でも、裏の仕事とかではないよね?」

「別に闇商人の紹介する仕事が裏のモノだけっちゅう事ではないんや……。まぁ、そう思ってくれへん輩も多くおるしかまへんけど……、これはそういう話やあらへん。兄さんにはわかると思おけどな。……ほな、後でどんな仕事か書かれたもんを兄さんの泊まっとる宿に送っとくわ。よろしゅう検討してーな」

 

 振り返った僕に彼はスッと近付き、何かを渡してくる。さっき貰ったカードと似ているみたいだけど……、

 

「これは、ワテの個別商証(ライセンスカード)や。大事な商売相手になる思おたら相手に渡すもんやな……。兄さんとは長い付き合いになるかもしれんから……渡しとくで」

 

 要するに名刺のようなものかな?そう思って受け取ると、背後から「また……受け取っちゃって……」という声がする。……誰が呟いた言葉かは言うまでもない。

 苦笑しつつ個人証(プライベートカード)を見てみると、書かれている文字がすぐさま自分の解る単語へと変換されていく。これが、『翻訳のイヤリング』の効力なのだろう。闇商人ニック……、それが彼の名前のようだ。

 

「さて……、引き止めて悪かったの。まぁ、今日のところは兄さんも『おたのしみ』があるやろし、帰ってゆっくり愉しんでや」

「ああ、その事だけれど……」

 

 僕の背中を軽く叩きながら、からかうような調子でそんな事を言って離れようとするニックに、僕は小声でボソッと耳打ちする。

 

「……ホンマか?ホンマにする言うんなら……兄さんはバカやで?一体、何の得があってそんな事をするんや?」

 

 僕の言った内容が、彼にとっては考えられない事だったのか、そんな事を言ってくるニックに、

 

「僕は今、あまり損得で動いている訳じゃないんだ。究極的な目的はあるけれど、取り合えず自分のやるべき事はやっておきたい。勿論、僕が話した事は、その目的の一助になると信じている。それともどうする?バカとは付き合えないって言うんなら、これ、返すけど……」

 

 そう言って先程、彼が渡してきた個別商証(ライセンスカード)を返そうとすると、

 

「それはええ。……まぁ、ホンマかどうかは、次に会った時に確かめさせて貰うわ。渡したそれにも書かれとるけど、一応させて貰うで……。ワテはニック、闇商人のニックや……。覚えておいて貰いまひょか」

 

 ニックはそう言うと、護衛の兵士達を連れて戻っていく。それを見届けてから、僕も2人を促しその場をあとにした……。



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第8話:宿屋にて

 

 

 

「さてと、やっと戻ってこれたな……」

 

 宿屋に戻ってきて、人心地がついたとばかりに椅子に座りこむ。そんな中で、2人はというと、ユイリは壁に持たれてこちらを伺っており、エルフの彼女はというと、部屋の入り口でただ立ち尽くしていた。

 

「そんなところに居ないで……、こちらにおいでよ」

 

 その言葉に反応したように、しずしずと僕の傍まで歩いてくる。

 

「ええと……、君の事はなんて呼べばいいかな?」

「…………お好きに、お呼び下さいませ」

 

 ……そう言えば、彼女の声をはじめてまともに聞いた気がする。最も……それが何処か自分を拒絶しているような気もするけど、よく見ると彼女の体が微かに震えている事に気が付く。

 

(まぁ、それも仕方ないよな……)

 

 彼女とて好きでここにいる訳ではない……。自分の今後を考えれば、尚更だろう……。

 

 僕は彼女のにべもない返答に苦笑していると、この部屋に居たもう一人、ユイリがそっと出て行こうとしている事に気付いた。

 

「……ユイリ?」

「また明日、迎えに来ます。今日のところはこれで……」

「ちょ、ちょっと待ってよ、ユイリ!聞きたい事があるんだ!」

 

 そんなユイリを慌てて引き止める。彼女には言っておきたい事があったから……。

 

「……何でしょうか?私がここに居てはお邪魔でしょうし、気をつかって出て行こうとしたのですけど」

「…………ごめん」

 

 冷たくそう言い放つユイリに、僕は頭を下げる。

 

「ごめん……。この件に関しては、僕が全面的に悪かった。あのオークションで渡った星銀貨が原因で、もし不利益を被る事になったら……責任を持って出来る事をする。約束する……」

 

 彼女には、まずきちんと謝りたかった。今日一日、僕の都合で色々連れまわして、そしてその我侭で、ユイリに随分と迷惑をかけてしまった。

 

 星銀貨を闇商人へ流す事のリスクは彼女からの説明で充分な程、自分でもわかっており、ユイリが言っていた事、その判断は正しかったからだ。

 

 そう言って頭を下げ続ける僕に、ユイリは内面の怒りを押さえた様に、

 

「出来る事って何?勇者様の力で持って、この世界の危機を祓ってくれるとでもいうのかしら?」

「……それはわからない。そもそも、僕が勇者かどうかは自分でも解っていないし……。少なくとも今の僕には勇者だと思われそうな能力(スキル)ひとつ持っていないんだ。……だから、出来る事をするよ……」

 

 僕のその言葉を聞いて、フゥ……とひとつ溜息をつき、

 

「謝るくらいなら……もっと後先の事を考えなさいよ!!それに、あれはストレンベルクの……、それも王女殿下が所蔵していた星銀貨だったのよ!?それがもし魔族の手に渡ったりでもしたら……!それが切欠で、ストレンベルクが滅亡でもしたら、貴方にどう責任がとれるというの!?」

「……そうだね。責任、取れないかもしれない……。本当に……ごめん……」

 

 暫しの沈黙が部屋中におりる……。もう、彼女との信頼回復は望めないだろう……。これも自分の自業自得だから止むを得ないけど……。

 

「……まぁ、もう起こってしまった事は仕方ないし……、星銀貨にしても貴方が王女殿下から正式に賜ったもの。それを貴方がどう使おうと、私がとやかく言う権利も、資格もないわ……」

 

 数刻、だけど数時間のようにも感じられた沈黙を破り、少しだけ雰囲気を軟化させたユイリがそう言ってくれる。

 

「勇者様がここまで言ってくれている事だし……、貴方の『出来る事』に期待しましょうか。……それで?私に聞きたい事って何かしら?」

「あ、うん……、それなんだけど……」

 

 応えてくれるらしいユイリに感謝しながら、僕は傍に居た彼女に着けられている首輪を見ながら、

 

「あれを外す方法……ていうか奴隷契約を解消させる方法を教えて欲しいんだけど……」

「ああ、それなら……って、ちょっと!?」

 

 僕の質問に答えようとして、彼女はその内容に顔色を変える。

 

「……えっと、私の聞き間違いかしら?奴隷契約を解消させるって聞こえたのだけど」

「気持ちはわかるけど、それであっているよ。実際、店でもその説明だけは無かったからさ……。強引に首輪を外せるものかもわからないし……」

「それは……そうでしょう。誰が大金を支払って購入した奴隷を解放すると思うのよ……」

 

 それでも普通、契約の際には言っておくべきだと思うけどな……。基本的に一度奴隷契約を結んでしまえば、奴隷は反抗する事も、命じられた事に抵抗する事も、そして自傷行為も出来なくなるようだ。

 

 契約者が死ねばその契約も解消されるらしいから、死ぬ前に誰かに引き継がせる事は出来るようだけど、僕は引き継がせるのではなくて、解放したいと考えていた。

 

「……本気、なの?星銀貨を使うリスクまで知って、購入した彼女を解放するって……」

「もともと……、落札できたら解放しようと決めていたんだ。ただ……落札する事が、容易ではなかっただけで……」

 

 勿論、自分の心の中ではなんて勿体無い事をしているんだという思いもある。リスクとリターンを考えたら釣り合っていないだろうとも。だけれども……、

 

「そういう事を言っているんじゃないわ!貴方、彼女が欲しくて……、手に入れたくて、あのオークションに参加したんでしょう!?」

「うん、その通りだよ。それについては言い訳するつもりはないし……」

「だったら、何の為に貴方は……。ごめん、貴方の言いたい事が理解できないわ……」

 

 ユイリは首を振りながらそう答える。僕自身、何を言っているんだと思ってもいるけれど、彼女を解放する事は、自分の中では既に決定事項だ。

 

「……理解してくれとは言わないよ。元々、僕の我侭みたいなところもあるし、自分の中でも整理できていないんだ。でも……、彼女は解放する。その方法を、教えて欲しい」

 

 先程とは違う意味で沈黙が訪れる……。僕の真意を探るように見つめていたユイリはやがて一息をつくと、

 

「…………彼女の首輪に触れながら、魔力を言霊にのせて、自分との契約を解消する、と言えばいいわ。そうしたら、契約解消となるから……」

「魔力を……何だって?ことだま?」

 

 魔力は、なんとなく想像がつくけれど……コトダマってなんだ?

 

「……そうね、今、彼女の首輪には貴方の血によって隷属の支配を受けているから、それを解消する事に集中しながらそう述べてくれたらいいわ」

「わかった、取り合えずそのようにやってみるよ……」

 

 そう言って、彼女の方に向き直ると、明らかな動揺と怯えが見て取れた。

 

「怖いだろうけど、もう少し我慢して……。これが終われば、君は自由になれるから……」

「ど、どうして……こんなこと……」

 

 震えながら消え入りそうな声で呟く彼女。実際に何を考えているのかわからない相手に、それもどういう人物かもわからない相手に恐怖を覚えているのだろう。

 

 それを少し申し訳なく思いながら、

 

「僕が自己満足で勝手にやっているだけだから……君は気にしなくていいよ。悪いようにはしないから」

「………ッ!」

 

 僕はそう言いながら、首輪を身に着けている、彼女の首筋に軽く触れる。一際大きく身体を震わせ、ギュッと強く目を閉じる彼女を眺めながら、先程ユイリに教えられた事を呟く。

 

「……先程、彼女との間に結ばれた奴隷契約を、解消する……」

 

 次の瞬間、彼女の首輪と共に、バチッという激しい音が室内に響き出す。まるで、電気が弾ける様な音が首輪……、というよりも彼女自身から響いているような感じであるけれど……。

 

 暫くして、彼女の首筋に装着されていた首輪がガシャンという音を立てて落ちる。

 

「よかった、成功したの……か、な……」

 

 首輪が外れたという事は、もう彼女を縛っている物は何も無い。それは間違いないと思うけど……彼女の様子が、先程までと明らかに違う。

 

 儚げな印象といえば聞こえがいいが、何処か彼女を認識できないような雰囲気があったものが、首輪と一緒に取り払われてしまったように感じる。

 

 そう、今までは何処かベールがかかっていて彼女の観る者を魅了するような美貌ですら、暫く目を離すと思い出せなくなってしまう、そんな印象が彼女にはあったのだけど、今はそれが……、

 

「ま……まさか、貴女は……!」

 

 そんな時、僕と同様に驚き戸惑っていたユイリが、おそるおそる彼女に確認を求める。

 

「いえ、間違いありません……。今まで、どうして気付けなかったの……。貴女は隣国の……、滅びてしまったメイルフィード王国の、シェリル姫、ですね……?」

 

 

 

 

 

(滅びたエルフの王国の……お姫様だって……!?)

 

 奴隷契約を解消すると同時に、雰囲気まで変わった彼女に、ユイリが滅んだエルフの国の姫と呼んだ事は、自分にとっても衝撃だった。

 

 まさか落札したエルフの美女が、実はお姫様だったなんて誰が想像する……?そもそも、お姫様みたいな人が出品されるんだっけ?もう既に戦犯奴隷なんて全く出てこないとユイリも言っていたし……。

 

 自分でも大分混乱していると思っているけど、正直ユイリの方が混乱しているようだった。どうもユイリは、エルフのお姫様……たしかシェリル姫と呼んでいたか、彼女とは顔見知りだったようで、混乱から立ち直ったと思ったら、すぐさま動き、非礼を詫び、何かしらの手配をしているようだった。

 

 そして今、ユイリはシェリル姫の傍に控え、

 

「申し訳御座いません……、ここでは、大したお構いが出来ませんが……」

「……わたくしは既に、姫ではありません。国は滅び、奴隷に堕とされた身です。そのような事を受けるいわれはありません……」

 

 ユイリの言葉をそっと辞退するシェリル姫。……彼女は、シェリル姫は首輪が外れて奴隷で無くなり、お姫様だと判明しても、あの表情だけは変わらなかった。

 

 どこか、全てを諦めてしまったかのような瞳だけは……。

 

「そのような事は……!ですが、申し訳御座いません。今の今まで、貴女様がシェリル姫と気付けなかった事は、私の不明を恥じるばかりです……」

「……それは恥じる事ではありません。わたくしには……『認識阻害魔法(コグニティブインヴィテイション)』が掛けられていたのですから……。どうして解けてしまったのかは、わたくしにもわかりませんけど……」

 

 ……認識阻害魔法(コグニティブインヴィテイション)、か……。つまり、それが彼女の本質を覆い隠し、王族である事を見抜けなかった原因という事か……。どおりで王族の気品があるのに、その正体が掴めなかった訳だ。

 

「ですが姫……、どうしてこのような……、メイルフィード王国は、何故滅んでしまったのですか……?私も向かいましたが……、何処の国が攻めてきた訳ではありませんよね?仮にクーデターだとしても、国が滅びるなんてことは起こりません……。一体、何があったのですか……?」

 

 ユイリの問いかけに、暫く沈黙していた彼女だったが、

 

「……わたくしにも、わからないのです。ただ、国が滅んだあの日の夜、襲撃があったのは確かです。わたくしが目を覚ました時には既に王宮には魔物がおりました……」

「魔物!それでは……メイルフィード王国は魔物に滅ぼされたというのですか!?で、ですが……」

 

 シェリル姫の独白の内容に驚くユイリ。何か言いたげなユイリに、シェリル姫は頷きながら、

 

「ええ……、唯の魔物であれば、王宮の精鋭達であれば充分鎮圧は出来た筈です。そもそも、王宮内に魔物が侵入していた事が、わたくしも信じられませんでした……。そんな時、わたくしの部屋に深手を負ったお母様がやってきて……、すぐさま逃げるように言われましたのです。既に回復魔法も受け付けないような状態で、お父様達は既に命を落とされた事、襲撃者は魔族だったと伝え、最後の力でわたくしに『認識阻害魔法(コグニティブインヴィテイション)』をかけられて……、わたくしの部屋の隠し通路から外へと出されました……。王家に秘して伝わる使命を、わたくしに託されて……」

 

 そのまま黙ってしまうシェリル姫に、なんて言ったらいいのかわからなくなる……。彼女の話から……既に両親は命を落とされている事になる。とても聞けないが……、王族は勿論、その他に王宮に詰めていた人の生き残りも期待できない可能性が高い……。彼女はもう、一人なんだ……。

 

「結局、わたくしもヒューマン族の人攫いの手にかかり……、あのような店で奴隷となりました……。『認識阻害魔法(コグニティブインヴィテイション)』により、わたくしが誰かはわからなかったようですが……。そして今日、こうして貴方がたに購入され、ここで生き恥を晒しております……」

「姫……、生き恥なんて悲しい事、おっしゃらないで下さい……」

 

 彼女の深い悲しみ、絶望の正体はわかった……。これは、この問題は結構根深い……。だけど……、

 

「お母様より生きて使命を果たすよう言われましたが……、わたくしはもう生きてたくはないのです……、この世界に、なんの未練もないのですから……」

「姫、そんな……どうしてそんな事を……!」

「貴女もわかりますよ、ユイリ。わたくしと、同じ境遇ならば……きっと……」

 

 僕はスッと席を立つとユイリと押し問答している彼女の前に行き、

 

「な、なんですか……?近寄らないで下さいっ……!」

 

 僕に気付き、強張った様子で後ずさりしている彼女を見て、僕は彼女が男性恐怖症になっているのかもしれないと推測する。

 

 そんな彼女に触れるのは忍びないけど、これも彼女を落札した僕の責任でもある。

 

「コ、コウッ!貴方、何を!?」

 

 図らずも彼女を壁際まで追い詰めてしまっているような格好になり、ユイリが止めようとしてくるが、

 

「や、やめてっ!触らないでっ!!」

「怖がらないでって言っても無理だと思うけど……、これから君に元気になるおまじないをかけてあげる」

 

 僕はそう言うと、そっと彼女の頭に手を触れる。その瞬間、首輪を外そうとした先程のように身体がビクッと反応するのがわかった。それでも、僕は彼女の頭を優しく撫で始める。

 

「……大丈夫、怖くないよ……怖くない……」

 

 少しでも彼女の負った心の傷が癒えるように、ゆっくりと何度も頭を撫で続ける。暫く撫で続けていると、最初は強張り、硬くなっていた彼女の身体がほぐれていっているように感じた。

 

「これはね……僕の世界では『手当て』と言うんだ。傷ついたところを無意識に手を当てるという事から来ているんだって……。流石に治るとまでは言わないけれど、不思議と癒される効果がある。それに、これは僕だけかもしれないけど、頭に手を当てて、撫でられると、心が落ち着いてくるんだ……」

 

 慈しむ様に心を込めて撫でていると、次第に彼女の抵抗がなくなっていく。少し落ち着いてきたところで、

 

「……どうして、わたくしを解放したのですか。わたくしを哀れみ、情けでもかけてくれたのですか?」

「別に情けで解放した訳じゃないよ。僕は、そんな感情で君のような魅力的な人を無条件に解放できる程、お人よしじゃない……」

 

 話すつもりはなかったんだけど、ここまできたら話してしまおう。僕は彼女を撫で続けながら続ける。

 

「……君をはじめて見た時、君の美しさに惹かれたのは事実だ。手に入れたいとも思ったよ。でもそれ以上に、君の目を、全てに絶望し、生きる事を諦めてしまったような瞳を見た時、もう死んでしまった幼馴染の姿と重なった……」

「……幼馴染?」

 

 撫でられながら反応する彼女に頷き、

 

「僕がまだ子供の頃、ずっと一緒にいた幼馴染がいたんだ。だけど、ある時決して治らない病気になってしまった……。最初は励ましあって、いつか病気が治ったらまた一緒にいようなんて約束してね……。だけどある時、死期が近い事を悟った彼女が僕を突き放した。もう二度と、僕の顔を見たくないってね」

「そんな……どうして……」

 

 そう呟く彼女はいつの間にか目を開いて、僕の方をみつめていた。僕の話を静かに聴いてくれている彼女に、

 

「今の君だったらわかる筈だ。幼馴染は、もう生きる事を諦めてしまった。僕とまた一緒に居ようという未来を諦めてしまったんだ。今の君と同じだよ、シェリル姫……」

「あ……」

「勿論状況は違う。君は別に病気ではないし、幼馴染も両親を亡くしたなんて事はなかった。でも、生きる事を諦めてしまったという点では、同じなんだよ。そして、それが君を助けたいと思った理由なんだ」

 

 そして、僕はしっかりとシェリル姫の目を見返す。

 

「僕は、ずっと後悔していた。あの時、今の君と同じ目をした幼馴染をこうやって癒す事が出来れば……、生きる事に絶望した彼女をなんとか希望を見出してくれれば、また違った結末になったかもしれないってね……。だから、幼馴染と同じ目をした君を救ってあげたかった。あの時助けられなかった幼馴染のようにはなってもらいたくなかったから……。だから、これは最初に言ったように、僕の自己満足の我侭なんだ。決して同情したわけじゃない……」

 

 彼女は合わせていた目線を下に向ける。少し後ろめたくなったのだろうと、僕は彼女に語りかける。

 

「君は両親を亡くし、国も無くなって、一人になってしまった。全てに絶望し、生きる事を諦めてしまう気持ちも、今の僕なら間接的だけどわかる……。僕も、今は知っている人が誰も居ない状況で、両親どころか元の世界に戻れるかすらもわからない状況だから……。でも、ね……、諦めたらそこで全ての未来が閉ざされてしまう。それこそ死んでしまったら、全てが終わりなんだ……」

「わたくし、は……」

 

 これが最後だ。僕は彼女に自分の思いを伝える。

 

「君は、生きてる。君の使命が何なのかはわからないけれど、ご両親に託されて、今こうして生きているんだろ?それに、君はもう奴隷じゃない。自由なんだ。だから、生きる事を諦めないで……。両親の為だけじゃない、君が、幸せになる為にも……」

 

 彼女の身体の震えもおさまり、もう大丈夫だろうと彼女を撫でるのをやめ、少し距離をとる。「あっ……」と少し名残惜しそうな彼女の様子を微笑ましく思いながら、

 

「君の事はユイリがしっかりと考えてくれてるよ。この王国の人達も、君を助けてくれる筈だ。だから、もう大丈夫……」

「貴方は……助けて下さいますか……?」

 

 ポツリと呟いた言葉と共に、僕を縋る様に見つめてくる彼女に、

 

「君を落札した責任もあるからね……。もう契約は解消されたけど、出来る限りの事はするよ」

 

 僕がそう言うと、少し頬を紅く染めながら、そうですかと黙ってしまう。ただ、僕の役目はもう果たしたかなと思っていると、早速彼女より声がかかる。

 

「あ、あの……!」

「うん?どうしたの?」

「その……お名前を」

 

 ん?名前?名前って言った?

 

「……今更なのですが、貴方のお名前を教えて頂けませんか?」

 

 本当に今更だな、と僕は苦笑する。だけど、これは彼女が少しでも心を開いてくれた証でもあるだろう。

 

「訳あって苗字までは名乗れないけど、親しい者にはコウと呼ばれてたんだ。だから、名前を呼ぶなら、そう呼んでほしいな」

「わかりました……、わたくしはシェリル。シェリル・フローレンスと申します。自己紹介も遅れ、色々お手数もおかけしてしまいましたが……、これからよろしくお願いしますね、コウ様……!」

 

 彼女の咲き誇るような笑顔に、こんなの反則だとか、なんで様付けとか、色々思う事はあるけれど……、もう彼女の瞳には先程の影がない事がわかり、ひとまずホッとする。

 

 こうして、僕は彼女との遅すぎる自己紹介を交わしあうのだった。



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第9話:報告

 

 

 

「さぁ、後はもう明日にしよう……。シェリルさんはベッドを使ってね。ユイリも彼女についてあげて貰えると助かるな……。ああ、僕は椅子で休んでおくから大丈夫。それならユイリも任務を果たせるし、シェリルさんも安心するしで一石二鳥でしょう?」

 

 僕は欠伸を噛み殺しながら2人にそう提案する。そういえば僕、何時間起きてるんだろう。色々ありすぎてナチュラルハイになっていたんだろうから、今まで気にならなかったけど、眠気を自覚したら一気に睡魔が襲ってくる。

 

 コーヒーが欲しいな、なんて思いつつ半分夢の世界に旅立ちながら眠気を我慢していると、

 

「わたくしに、さん、は要りませんよ。……ただ、ベッドはコウ様がお使い下さい。ここは元々コウ様の為にとられたお部屋だと伺っておりますから……」

「君はずっと拘束されてゆっくり休めてなかったでしょ?なんなら僕、部屋を出ようか?でも、そうしたらユイリが困るか……」

「当たり前でしょ、貴方を補佐する事が私の仕事なんだから……。でもそうね、シェリル様の言うとおり、ここは貴方がベッドを使いなさい?貴方が休んでくれないと私も困るし、姫については私の方で手配しておくから」

 

 するとシェリル姫ががわたくしはここでいいとか、ユイリもそんな訳にはいかないとか言い合っているのを見て、流石に勘弁してくれという思いでいっぱいになる。

 

 もう無視して椅子で寝てしまうかと思っていると、部屋に何やら見覚えのある筐体が置いてある事に気付く。

 

「……これは、何?」

 

 その筐体に興味を引かれ、僕はお互い譲らない様子の2人に聞いてみる。

 

「ああ、それは『ガチャ』ね。元の世界では無かったかしら?」

「……玩具かカードが出てくる物なら知ってるけど、これも似たような物?」

 

 子供の頃に見た事のある筐体。最も、ソーシャルゲームなるものが出てきてからはさらに使われるようになった『ガチャ』という言葉。これも同じようなものかと思っていると、

 

「カード、というのも出ることはあるけれど、玩具ではないわ。世界の魔法空間から提供、共有されている魔力筐体で、役に立つ物が出るかもしれない。……まぁそうでない物も多いんだけどね」

「幻獣や魔物の召喚カードも入っていると聞きます。契約できれば心強いパートナーにもなってくれると思います。ですが、有料ですしそれに見合った物が出るかまでは……」

 

 ユイリとシェリル姫の説明を聞き、成程と思う。しかし、魔法空間か……。魔法屋を見た時も思ったものだけど、この世界の技術が相当優れていると感じていた。

 

 1回金貨1枚か……。確か大金貨の3分の1か4分の1位の価値があったかなと思い出す。

 

 最も、金貨一枚がどれくらいの事が出来るかまではいまいちわかっていないけど、とりあえず1回やってみようかと、あのオーナーに端数で貰った金貨を取り出すと、

 

「……貴方、引く気なの?ただでさえ王女殿下に頂いたお金を殆ど使い切ってしまっている状態なのに?」

「いや、でも有用なものを引くかもしれないし……」

「さっきも言ったけど、その有用なものを引き当てる確立より、大抵そうでないものを引く確立が圧倒的に多いのよ。金貨1枚の価値……、貴方、本当にわかってる?」

 

 ……まぁ、ユイリの話からも相当な価値がある事はわかっている。この宿屋の宿泊費についても、確かユイリが銀貨5枚位払っていた記憶があるし、その銀貨を金貨に換えようと思ったら、銀貨を相当数積まなければならないなんて言っていたような気もする……。

 

 そう考えると、自分がシェリル姫の購入に対し支払った金額は、ユイリにしてみれば考えられない行為だったのだと思う。ましてや、あの時は彼女がエルフの元お姫様とはわからなかったわけだし……。

 

「まぁそれはそれとして……、2人はあまり消極的な様子だけど……、こういうのは何が出るかわからないのがいいんだよ」

 

 そう言って僕は金貨を筐体に投入しガチャを回してみる。呆れているようなユイリを尻目に、筐体はカタカタと反応し、演出なのか綺麗に輝きはじめ……、やがてひとつの虹色のカプセルが出てくる。

 

「ね、ねぇ……それって……」

 

 驚愕している様子のユイリとシェリル姫の前で、僕は出てきたカプセルを手に取ると途端に光り出し、一つの指輪の形取る……。

 

 

 

『選択の指輪』

形状:魔法工芸品(アーティファクト)

価値:SS

効果:要、鑑定魔法

 

 

 

 ……ガチャもある意味宝くじと同じ。だけど狙って引こうとして出てきた試しの無い事が現実。だけど、この世界において何もわからず、物欲センサーとかそういったものが一切無い僕が回せば、そこそこの物が出るんじゃないか位の気持ちで引いたのだけど、これは少々出来すぎのような気もする。

 

「えっと……、選択の指輪、というものらしいんだけど、効果が『要、鑑定魔法』ってなっているね……」

「……そ、そう……。ちょっと聞きたいんだけど、その指輪、魔法工芸品(アーティファクト)じゃない……?」

 

 ユイリにそう言われて確認してみると……、

 

「うん、『形状:魔法工芸品(アーティファクト)』ってなっているね。あと、『価値:SS』だって。やっぱりこれ、凄いものなのかな?」

「効果を調べてみないとなんとも言えないけど……。ていうかガチャで魔法工芸品(アーティファクト)を出した人なんて、今まで見たこと無いから……」

 

 そうなんだ、だから彼女達が驚いているという訳か……。価値があるっていうなら、星銀貨を使っちゃった事も含めて、王国……この場合王女様か、彼女に返した方がいいかもしれないな……。

 そう思った僕は、

 

「じゃあ……はい、これ」

 

 そう言って僕はユイリにこの選択の指輪を渡す。いきなり指輪を渡されてユイリは、

 

「はい……って、どうするのよ、私に渡して……」

「効果調べて、王女様に渡してくれる?星銀貨のかわりにはならないだろうけど、って……。じゃ、よろしくね」

「あ、ちょ、ちょっと……!」

 

 僕から指輪を受け取らされて戸惑うユイリを置いて、僕は欠伸をしながら椅子に腰掛ける。

 

「い、いきなりこんな物、渡されたって……」

「……ユイリ、わたくしが鑑定魔法をかけましょうか?人物にまでは掛けられませんけど、物でしたら鑑定できると思いますから……」

「ああ……、姫は古代魔法にも秀でていらっしゃいましたね。それならお願いできますか?」

 

 2人のそんなやり取りを耳にしながら、僕は次第に意識がまどろんでいく……。この世界に来るまで約20時間位起きていて、この世界で体感12時間位だから……単純計算して32時間か……。

 

 そう考えただけで眠くなってくる。彼女達も指輪に夢中になっているしこの隙に……。そして……僕は漸く夢の世界に旅立っていった……。

 

 

 

 

 

「ユ、ユイリ……!この指輪ですが、国宝級の代物ですよ……!」

 

 シェリル様はそうおっしゃいながら、この指輪の鑑定結果を教えてくれる。

 

 

 

 

『選択の指輪』

形状:魔法工芸品(アーティファクト)

価値:SS

効果:持ち主の魔力に応じて、いくつかの選択肢の答えを知る事ができる。魔力が高ければ、それぞれの選択肢の未来の結果を知る事ができ、低ければ自身にとって良いか悪いかで選択する目安にする事が出来る。

 この指輪の効果を使用した際、その持ち主の魔力に応じてMPを使用する。但し、その結果を第三者に話したり知られると、この選択の指輪の効果は消滅する。

 

 

 

 

 

 ……それってつまり、どちらにするか迷った際に、それぞれの結果がわかるって事よね……?

 

 デメリットも正直、誰にも話さなかったらいい訳だし、事実上リスク無しで……、レイファニー様ならそれぞれの未来を知る事も可能なんじゃ……?

 

「コ、コウ……、貴方、本当に……って、コウ?」

「コウ様……?」

 

 ふと、コウの方を確認してみると、いつの間にか椅子に座り静かに寝息を立てているようだった。

 

「ちょっと、コウ!貴方、どうして椅子で……!」

「ユイリ……」

 

 彼をしっかり休めないと任務にならないのに……!そう思って椅子からベッドへ移動するよう促そうとした時、シェリル様が口元に人差し指を当て、彼を起こそうとした私をやんわりと抑えると、寝台から毛布をとってきて、寝ている彼を起こさないようにそっと掛けていた。

 

(それにしても……、本当に色々あったわね……)

 

 今日……というよりは彼が来てから、って言った方が正しいけれど……、よくもまぁこれだけの事を起こせたと思う。王宮じゃ休まらないから始まって、闇商人と邂逅し、奴隷オークションに参加する事になって……。

 

(でも、今日一番驚いた事は……)

 

 チラリとコウの傍に控えているシェリル様の方を見る。奴隷として購入されたのがシェリル様だった事にも驚いたが、それ以上に彼女を解放するといい、奴隷契約と一緒に認識阻害魔法(コグニティブインヴィテイション)まで破ってしまったという事。

 

(シェリル姫のお母様が、命をとして姫に掛けた認識阻害魔法(コグニティブインヴィテイション)。王族が使うというソレは、呪い、といったのような状態異常じゃない……。ある種の強化魔法(バフ)だから、正規の手順を踏まないと解除なんか出来ないはずなのに……)

 

 恐らくは、彼の勇者としての特質なのかもしれない。過去の英雄達に、そういった力が無かったか、一度調べて貰う様に進言しよう。そう思った矢先、シェリル様が話しかけてきて、

 

「ごめんなさいね……、貴女にも色々気を使わせてしまって……」

 

 シェリル様は申し訳無さそうにしながらそう述べられ、私は慌てて、

 

「そんな……!私こそ姫とは気付かずに、その、色々と失礼な事を……!」

「いいのですよ、そんなに慌てなくても……。それに、わたくしが貴女の立場なら、間違いなく同じことを言っていたと思いますよ。星銀貨が闇の勢力に渡る事の危険性はわかっているつもりです。……先程までわたくしは彼等に囚われていた訳ですし、身を持って思い知りましたから……」

 

 そう儚げに笑うシェリル様の姿に、心が痛むものの、私は聞かなければならない事がある……。

 

「もし、よろしければ……、先程のメイルフィード襲撃の話を、もう少しお話頂けませんでしょうか?正直な話、現時点で何もわかっていなかったものですから……。ただ、無理にとは申しません。今すぐでなくてもかまいませんので……」

 

 私がシェリル様にそう言うと、意外にもすぐに応じてくれた。

 

「大丈夫ですよ。わたくしも、おかげさまで自分の中で整理もつきましたし……。貴女もそれがお役目でしょうから……。そのかわりと言ってはなんですけど……、彼の事について教えて頂けませんか?」

「彼……、ああ、コウ殿の事ですね」

「ええ、彼がどういう方なのか、もっとよく知っておきたいと思いまして……」

 

 コウの事……と言われても、私もまだ彼を知って半日だから、わからない事の方が多いんだけど……。ただ、ひとつだけわかった事は、彼が歩けば事件にぶち当たるという事だ。

 

「わかりました……。ですが、私も彼とはまだ会って半日ですので、知っている事と言っても限られてしまいますが……」

「それでかまいませんよ。先程のお話といい、少し特殊なご事情があるようなので気になっただけですから……」

 

 そこまで話すとシェリル姫は、ですが、と前置きして、

 

「ただ正直、わたくしもさっきお話した事が全てなんですけど……。推測でよければ、襲撃者の正体も含めてお伝え致します」

「やっぱり……、『十ニ魔戦将』ですか?」

 

 恐れていた可能性の中でも最悪のものに近いかもしれない私の問いに、シェリル様はゆっくりと頷き、

 

「……そうでなければ、いかに魔族とはいえ、魔物の侵入を許すなんてありえませんからね……」

「わかりました……。ですが姫、一度お召し物をお着替え下さい。今の格好ではおつらいでしょうから……。彼が休んでいるうちにどうか……」

 

 私の懇願にようやく折れてくれたシェリル姫の着替えを手伝いながら、その後でシェリル様と意見交換をした結果、私が王に本日の報告が出来たのは深夜になってしまった……。

 

 王様は余りおっしゃらないかも知れないけれど、フローリア様あたりからは明日言われるんだろうな……。そんな事を考えながら、夜を明かす事になった。

 

 

 

 

 

「さて、こんな深夜に申し訳ないが……、今しがたユイリより報告が入った。娘であるレイファニーは既に休ませた為、ここにはおらぬが……、早速始めるとしよう」

 

 通常、かような深夜の時間に会議等、普通は考えられぬが、今は非常時、そうも言っておられん。この場に集まる主だった者達にそう告げる。

 

「ユイリからの報告は、そのまま通信魔法(コンスポンデンス)を転送した。なかなかに驚愕する事態となっておるが、ひとまず、勇者殿達の報告についてじゃ」

「これは……、わずか半日で、よくこれだけの事が……。彼女の表現も言い得て妙ですね……」

 

 早速、大臣であるアルバッハが、控えめにそう意見してくると、

 

「宮殿を出て、城下町に下りたと思えば……、闇商人と接触、奴隷オークションにて奴隷を買う、それもあまつさえ王女殿下が秘蔵していた星銀貨を使ってですか……。ここまででも驚きなのに、それでいて星銀貨で購入した奴隷をすぐさま解放し、それが滅びたメイルフィードの姫君だったなどと……」

「……おまけにその後で引いたガチャからは1回で国宝級の魔法工芸品(アーティファクト)を出し、それをそのまま王女殿下に捧げるとはのぅ……。奴隷云々に関しても言える事じゃが、彼にはあまり執着というものがないのかもしれんのう……」

 

 大賢者ユーディスが大臣の言葉を受けて、発言する。たしかに、そうかもしれん。奴隷制度自体は、わが国で全面的に禁止している訳ではないので、どうこう言うつもりはないが、闇オークションとわかった上で、それも性奴隷として出品された美女を星銀貨を投入して購入する行為はとても褒められたものではない。

 

 しかしながら、そうしてリスクを知りつつも手に入れた自らの奴隷を、その日の内に解放する等とは通常考えられん。まして、魔法工芸品(アーティファクト)自体が貴重な物という事もわかっておった筈なのに、効果を知る前から娘に渡すと、所有権を投げるとは……。

 

「……あまり、この世界に執着がないのかもしれませんね。こちらに来たばかりですから、当然の事かもしれませんが、少なくともこの世界で生きる者にとって、魔法工芸品(アーティファクト)が貴重だという事は明白です。彼の者も今はこの世界におられる訳ですから、星銀貨や優秀で価値のある奴隷、魔法工芸品(アーティファクト)と……ここまで立て続きに所有権を放棄するという事はあまりに考えられない事です」

 

 そう発言するのは宰相、フローリア。わがストレンベルク王国の『王佐の才』とも呼ばれる彼女の発言は非常に大きく、重いものである。その宰相の発言に、

 

「それはまた、随分と無欲な勇者様ですな。神に仕える者としては好感が持てますよ」

「然り……、ですがこの国としてはもっと強欲になって頂いた方がいいのですがね……。最も、もう一人の勇者殿のようにとは申しませんが……」

 

 神官長であるフューレリーとこの国の騎士団長、ライオネルもそれぞれ意見する。主にライオネルはベアトリーチェからの報告の件もあってか、若干険のあるものになってはおるが……。

 

 もう一人の勇者候補であるトウヤ殿は、コウ殿のように城は出るといった事はなかったが、彼の者もまた、色々と、それもあまり良くない方向でやらかしてくれた。

 

 授けた大金貨では足りなかったといわんばかりに、城内の魔法工芸品(アーティファクト)を勇者として必要な物とばかりに所有する事を求めてみたり、侍女として付けたベアトリーチェに誘惑魔法(チャーム)を掛けようと試みたり、終いにはあろう事か娘との謁見まで求めてきたのだ。

 

 それぞれ他にも勇者殿候補がいるにあたって、今すぐに持ち出しの許可は出来ないとして、王女は『招待召喚の儀』によって消耗し既に休んでいると丁重に遠慮願い、ベアトリーチェはその誘惑魔法(チャーム)対抗(レジスト)して事なきを得たが……。

 

 ……ベアトリーチェやユイリにはそれぞれ破邪の魔除けと呼ばれる魔法工芸品(アーティファクト)を身に着けさせておるから、通常の古代魔法であれば防ぐ事が出来るのじゃが……。

 

(そもそも、トウヤ殿に関しては城内での発言からも、信を置くには些か性格に難がありすぎる……)

 

 勇者殿たちは知らぬであろうが、この城内には真贋を図る事が出来る魔法工芸品(アーティファクト)が置かれており、それを知っている者には彼等が真実を言っておるかどうかが一目瞭然だったのだ。

 

 その結果、コウ殿は全て真実を言っておったのだが、トウヤ殿の発言には所々で虚実があったのだ。短期間の内に、これだけの事をしてくれたら普通なら国外追放処分に相当するが、彼が勇者候補であるという事と、この国の中でも一、ニを争う程の確かな実力が見て取れる事から、処分を保留しているというのが現状なのである。

 

(娘に惚れている……という所は勇者として通じているところはあるのじゃがな……)

 

 本来、『招待召喚の儀』で召喚される勇者は、いずれも儀式を行った時の王女に惹かれ、王女もまた勇者に心を許しているという記述が残されている。トウヤ殿が娘に惚れているのはその様子や夜半に面会を求めた事などから明らかである。

 

 しかしながら、娘の様子から察するに、勇者として見出しているのはトウヤ殿ではなく、むしろコウ殿に心を開いているような印象を受けた。

 

 しかしコウ殿はコウ殿で、自らは勇者ではなく、間違ってこの世界に呼ばれてしまったと本気で言い張っている。そこで、一先ずは様子を見てみるという事になったのしゃが……、

 

「確かに、彼に勇者として働いて貰うには、少々繋ぎとめるものが気薄である事は否めませんね……」

「それならばいっその事、効率的に従わせるという事は出来ないのですかな?例えば……彼がこの世界の脅威を排除しない限り、元の世界に戻る方法を現れないとするとか……」

「その言葉には、承服しかねますよ、アルバッハ大臣」

 

 宰相の言に大臣が意見をしたその時、そこに凛とした声が響き渡り、部屋で休ませていた筈の娘、レイファニーがその見事な銀髪を揺らしながら入室してくる。

 

「レイファ!貴女、起きてきて大丈夫なの?」

 

 尚書官にして、ワシの妻でもあるレディシアは娘に駆け寄る。『招待召喚の儀』によって深く消耗し、疲労が溜まっているであろう娘は母親に微笑むと、

 

「ええ、わたくしはもう大丈夫です、お母様……。お父様、わたくしを会合に呼んで頂けないとは酷いではありませんか」

「すまんな……、何分、コウ殿は随分遅くまで行動しておったようだからな……。お前にもユイリからの通信魔法(コンスポンデンス)を知らせよう……」

 

 苦笑しながら娘に通信魔法(コンスポンデンス)を届けると、少し驚いたような表情を見せながらも、

 

「……状況は把握しましたわ。ですが、アルバッハ。貴方の意見は少し危うい点があります」

 

 毅然としたレイファニーの物腰に、大臣は目を見張りつつ、

 

「……畏まりました。王女殿下の言、伺いましょう」

「まず、わたくし自身、彼に元の世界への帰還については全責任を持って対応、研究するとお約束致しました。これは、わたくしの信念においても、曲げる事は出来ないものです。そして……それを差し置いても、アルバッハの言う行動を取る事について、いくつかのリスクがあるのです」

 

 レイファニーはそう前置きすると、

 

「過去の勇者様に関する記述に、この様なものがあります。ある時代の勇者様において、時の王に危機を救うよう命令され、召喚の儀を行った王女とも引き離されてしまったそうです。恐らく、王女を勇者様に渡したくなかったのでしょう……。当然、勇者様はそんな王の命令に従うわけもなく、王女を伴い逃亡し……、王国はおろか、このファーレルは滅亡寸前間でいったそうです……」

「……ええ、その記述については私も知っております。確か、その話は一緒に駆け落ちした王女が、勇者に泣いて許しを請い……、その願いを聞き入れ危機を救ったとありますな。ですが、レイファニー様。私は何も強制的に命令しようといっている訳ではありませんよ?」

 

 娘はそう返答する大臣に対し、表情を消した威厳のある態度で臨む……。

 

「それではもし……、アルバッハ大臣の言うとおり、勇者様に元に戻る方法について偽りを述べるとして、それが勇者様に伝わってしまったら、どうするのです?唯でさえ、勇者である事すら否定的なコウ様に、此方への信頼も失ってしまったら……、貴方は責任がとれるのですか?」

「それは……!そ、そもそも、まだ彼が我々の望む勇者と決まった訳ではないではありませんか!」

 

 大臣は娘に焦ったようにそう答える。しかし、

 

「……わたくしはこの度の『招待召喚の儀式』で、確かに勇者様との繋がりを感じております。古より伝わるこの儀式において、お呼びする勇者様との架け橋となるのが、王女であるわたくしです。此度はどうしてかわかりませんが、2人の勇者候補が現れてしまいましたが、わたくしが繋がりを感じているのは……」

「レイファよ、その結論は、まだ出すべきではない」

 

 娘にとっては、ほぼ間違いない事なのかも知れぬが、今はまだ結論はだせぬ。今回は唯でさえイレギュラーな事が多いのだ。2人の勇者が現れた事にしてもやすやすと判断する事は危険に感じる。

 

「……そうですね。失礼致しました、お父様。ですが、わたくしは、勇者様に関してはこちらも誠実な態度で持って対応する事が肝要かと存じます」

「私も少々熱くなってしまいました。ご無礼の程、お許し下さい。確かに王女殿下のおっしゃる事も最もです。今の、『十ニ魔戦将』が現れたかもしれないこの状況で、勇者殿の不興を買う事は、絶対に避けなければなりませんからな……」

 

 ……そう、ユイリの報告によれば、隣国であるメイルフィード王国を滅ぼしたのは魔物を操る魔族、それも『十ニ魔戦将』が関わった可能性があるという事……。もし本当だとすれば、一刻の猶予もない……。

 

「……此度の会合はここまでにしよう。勇者殿達の扱いについては予定通り、ライオネル、ガーディアスに一任する。メイルフィードについてや、『十ニ魔戦将』については引き続き調査を命じる」

「……畏まりました」

「主のお心のままに……」

「うむ……、それではこれにて閉幕としよう……。各自、任務に邁進するように……」

 

 ワシの言葉で解散となり……、今この場に残っているのはワシと宰相であるフローリア、そして、先程の会合では殆ど発言せずに黙っていた傭兵隊長のガーディアスだけとなる。

 

「ガーディアス……、そしてフローリアも……。よろしく頼むぞ」

 

 先程はあえて結論を出さなかったが、娘の様子からも十中八九、勇者としてこの世界に呼ばれたのはコウ殿だろう。

 

 ユイリからもシェリル姫の認識阻害魔法(コグニティブインヴィテイション)を奴隷契約と一緒に解呪したのはコウ殿の能力(スキル)によるものかもしれん。ワシはそういう思いも込めて、ガーディアスにそう告げると、

 

「はい、私にお任せ下さい。我が主よ……」

「王の期待に応えられる様、最善を尽くしましょう……」

 

 我が忠実なる傭兵隊長と王佐の才である宰相に、ワシはこの国の命運を託すのだった……。



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第10話:王城ギルド

 

 

「ん……と、もう朝、ね……」

 

 結局、私も椅子に腰掛けたままうたた寝していたようで、窓を見ると日が昇りはじめている。夜も遅かったし、報告後もシェリル様と話し込んでいた為、あまり休んだ実感はないんだけど……、

 

「……結局、姫もベッドでお休みにはならなかったのね……」

 

 シェリル様も私と同じく椅子で休まれており、誰もベッドは使わなかった事になる。

 

(折角、伝手で良い部屋を探して貰ったというのに……)

 

 私はそう苦笑しながら、掛けていた警戒魔法(アラート)を解除する。すると、

 

「……朝、ですか。早いのですね、ユイリ」

 

 目覚められたシェリル様からそうお声が掛かる。あまり眠りも深くはなかったようで、休まれたのか心配したのだけど、

 

「大丈夫ですよ、ゆっくり休めましたから」

 

 私の顔に心配が出ていたのか、シェリル様は苦笑しながら、そう話される。

 

「せめてベッドでお休み下されば……。彼の言うとおり、姫はずっと休まれていらっしゃらなかったでしょうに……」

「コウ様や貴女が心配されるのもわかるけど……、本当に休む事ができましたよ。こうして、信頼する貴女や、彼が傍に居て下さるのですから……」

 

 そうおっしゃって、まだ眠っている勇者、コウの方に目を向けるシェリル様を見て、彼に随分とお心を掴まれたようだと感心する。昨日の彼の誠実な対応がそうさせたのだと思うけれど、男性不振に陥ってもおかしくない目に遭われたシェリル様が、彼に対しここまで心を砕かれるのは、とも思ってしまう。

 

 念の為、誘惑魔法(チャーム)の類とかも考えたけれど、コウがそれを使った素振りはなかったし、事実、私の身に着けている破邪の魔除けも反応した気配はない。

 

(……ご自身を奴隷から救い出してくれたという思いから、そうさせているという考えが自然かしらね……)

 

 私自身、彼への評価は結構一喜一憂している。彼のあまりの破天荒ぶりに振り回されている感はあるし、まだ姫だと気付けなかったシェリル様を奴隷として星銀貨で購入するなんて言った時には軽蔑までしたんだけど、結果的に彼の考えやその理由を聞いて、納得もしている。

 

 その事からも、感情が魔法で操作されているのではなく、彼の行動の結果によるものだという裏付けにもなっているとも考えられた。

 

「そろそろ登城の準備をしないといけないのだけど……起きないわね」

 

 まぁ、あれだけ遅くまで起きていた訳だし、気持ちはわからなくないけれど……。

 

「……もう少し、寝かせて差し上げる事は出来ませんか?」

 

 シェリル様がそう控えめに申されるものの、

 

「ですが……、そろそろ時間が迫っております。この辺で目を覚まして頂かないと……」

「そうですか……、わかりました」

 

 シェリル様はそう答えられると、何やら小声で詠唱する。それが神聖魔法の一種、目覚めの奇跡(リベイト)と理解した時、

 

「うん……、あれ、もう朝、か……」

「はい、お早う御座います、コウ様!」

 

 微笑を浮かべ話しかけられるシェリル様に、コウは少し紅くなっているようだった。それにしても……、シェリル様は神聖魔法にも通じていらっしゃる事に内心舌を巻く思いがする。

 

 才色兼備とは伺っていたけれど、まさかこれ程だったなんて……。

 

「あ、ああ、うん、おはよう、シェリルさん」

「シェリル、でかまいません、コウ様。昨日も申し上げたはずですよ」

 

 彼も余り寝起きで頭が働いていないのか、それともシェリル様の魅力に当てられてしまったのか、しどろもどろに対応するコウにシェリル様の抗議が続く。

 

「ええ、と。だけど、君はお姫様だった訳だし……。正直、さん付けだってどうかと思うのに……」

「そんな……、昨日は出来る事はして頂けるとおっしゃって下さいましたのに……。それとも、わたくしを呼び捨てるのはそこまで抵抗が御座いますか……?」

 

 シェリル様は、少し涙目になりながら上目遣いでコウを見つめる。……これ、狙ってやっていらっしゃるわけじゃないのよね?シェリル様が彼に対してそんな事をする理由はないと思うし……ねえ?

 

 いずれにしても、コウがそれに対応できる筈も無く、シェリル様に押し切られる形となった。朝からやけに疲れた表情をしている彼に苦笑しながら、2人を促す事にする。

 

「じゃ、そろそろ登城しましょう。私についてきて下さい」

 

 

 

 

 

 宿屋にて準備を済ませ、登城に向けて自分達を案内するユイリ。その彼女について行きながら、今朝の出来事を思い出していた……。

 

 ……朝から飛んだ目にあった。いや、朝起きたら傍に目も覚めるような美女が自分に微笑んできて、迫ってくるようにお願い事をされるなんてどんな羨ましい状況だよ、と思うかもしれないけど……、実際にやられると心臓に悪い。

 

 そもそも寝起きで頭がうまく回らなかったところで不意打ち気味にそれをやられたもんだから、結局のところ、シェリルさ……、シェリルに押し切られる形となってしまった。

 

(……あれは、反則だよ)

 

 特に最後の……、上目遣いでこちらを見る彼女は、どんな頑固な人間でも彼女を見たら一瞬で、借りてきた猫のように素直になってしまうのではないのだろうか。

 

 魔性の女性……、というのはもしかしたら彼女のような人をいうのかもしれない。

 

「どうかなさいましたか、コウ様?」

 

 僕の隣で並ぶように歩く彼女は、小首をかしげるようにしながら微笑を浮かべていた。そんな彼女の格好は、昨日のフード付きの外套を被り、一見エルフとは思われない格好をしているものの、通りすがりの人が彼女を見て振り返るという素振りを見せている事に気付いたのは1度や2度ではない。

 

 彼女の持つ気品溢れる雰囲気のせいか、隠し切れない彼女自身の魅力のせいかはわからないけれど、そんな彼女はあどけない笑顔で僕を見ている。

 

 まるで、朝のやり取りはもう忘れました、とでも云うようなそんな彼女に向かって、

 

「いや、別に何でもないよ、シェリル・さ・ん」

「もう……またそのような困った事を……」

 

 あえて「さん」を強調して言うと、彼女は少し困ったように苦笑しながら、僕を諫めようとしてくる。そんな彼女を横目に見ながら、ある印象を受ける。

 

(でも……よく笑うようになったな……)

 

 満面の笑みであれ、苦笑いであれ……彼女が笑っている、という事は少なくとも昨日までの心境ではないという事だ。

 

 少しでもシェリルが前向きな気持ちになってくれたら、と少し偉そうな事を言ってしまったかもしれないけれど……こうして笑えるようになってくれたのなら上出来だろう。

 

 少なくとも、僕の幼馴染のようにはならないだろうから……。

 

 あとは、彼女の僕に対する「様呼び」がなんとかなればなぁ……。そんな事を考えていた時、

 

「ん……?」

 

 何処から飛んできたのか、1匹の小鳥が僕の肩に止まる。姿かたちはまるで元の世界にいたセキセイインコのようで、大きさも一緒。黄色い身体をしたその小鳥は、肩をゆっくりと腕伝いに移動し始め、やがて僕の人差し指までやってきた。

 

「なんだろう、この小鳥……。全く、逃げる気配がないな……」

 

 この世界では普通の事なのかはわからないけれど……。なんかこの小鳥、僕の指に止まったまま羽繕いまで始め出す……。

 

「まぁ、随分とコウ様に慣れた子ですね……」

「ホントね……。小鳥が1羽だけで降りてくるなんて、凄い珍しい事だと思うし……」

 

 いや、この世界でもなかなか起こらない事らしい。僕が羽繕いしている小鳥を人差し指で頭を撫でてみると、何処か気持ちよさそうにしているのようだった。

 

 ……なんというか、見てて癒されるって思えてくる。

 

「……この小鳥、コウ様に心を開いているようです。わたくしには、残念ながらあまり話してはくれないので、何て言っているかはよくわからないのですけれど……」

「えっ?ちょっと待って?シェリルは、小鳥の言葉がわかるの?」

 

 彼女の発言に、僕が驚いて訊いてみると、シェリルは頷き、

 

「小鳥、というよりは動物でしょうか……。王宮にいた時は、窓越しに訪ねてくる小鳥とよく話していましたけど……」

 

 そういえばあの子達、元気でしょうか……、なんて話すシェリルに、彼女だけが特別なのかといった視線をユイリに投げ掛けると、

 

「種族によって、としか言えないわね。実際このストレンベルク王国にも結界が張られているけど、動物側が心を開いてくれれば意思疎通は出来るという風には云われているわ。

私には聞こえたことはないけれど、ね……」

 

 肩を竦めながらそう話すユイリ。僕は改めて、この小鳥を見てみると、その容貌からか、以前に飼っていたペットのセキセイインコを思い出してしまう……。

 

 自分が会社に入社して、一人暮らしを始めてすぐに、ペットとして購入したのがセキセイインコだった。夜中に家に帰ってきて、ペットに迎えられると一日の疲れが吹き飛ぶほど癒されたものだった。

 

 ……インコを飼い始めて3年、やはり夜中に家に帰ってきて、産卵に失敗し、血にまみれて弱ったインコを見るまでは……。

 

「……なんかこの小鳥、全然離れる気配が見られないんだけど……。このままお城に連れて行って大丈夫なのかな……」

「大丈夫でしょう。王城の庭園にだって、小鳥が来る事もあるし、一応調べてみたけど、式神とかそういう類のものでもないようだし……。折角懐いているみたいなんだから、連れてきたらいいんじゃない?……多分からかわれるでしょうけど」

 

 へぇ、大丈夫なんだ。からかわれるっていうのは気になるけど、なんかこの小鳥の仕草を見ていると始めて会ったような気がしないし、連れて行けるのなら連れて行くか。

 

 普通、僕じゃなくてシェリルやユイリに懐きそうなものだけど、折角僕に慣れてくれているみたいだし……。それに、小動物に懐かれると、何処か嬉しい気分になってくる。

 

「うん……じゃあ、連れて行こうかな?」

「いいんじゃないかしら。この子、本当に可愛いし……。だけど、王城に着いたとたん逃げられて何ともいえない思いをする、というのはやめてよね?」

 

 ……それは僕じゃなくて、この小鳥にいうべきではないだろうか。

 

 

 

 

 

 かくして王城に着き、ユイリの案内で昨日の王座の間で謁見を許される。因みにあの小鳥は……今も逃げ出す事無く、僕の頭に止まっている。

 

 ……何故頭に止まるんだ……鳥よ……。お前は僕を笑い者にしたいのか……?

 

「そなたには色々驚かされてばかりおるが……、今日は一段と驚かされたな」

 

 周りに控える騎士や兵士さん達も僕を見て、笑っている気がする。……あと、ユイリは絶対笑いを堪えている。後で覚えてろよ、ユイリ……!

 

「まぁ……それは良い。シェリル姫、そなたも随分と大変な目に遭われたのぅ。ユイリより報告は受けておるが、我がストレンベルクは出来る限りそなたの助けになろう。勇者候補であるコウ殿と同様、以前より面識のあるユイリをそなたにつけるので、困った事があれば遠慮なく申し出てもらいたい」

「……お心遣い、感謝いたしますわ。オクレイマン国王様……」

 

 懸念だったシェリルの件も、無事ストレンベルクの支援を受けられるようになったようだ。だけど、ユイリがシェリルにつく、という事は僕にはまた別の誰かがつくのだろうか……。ただ、王様はコウ殿と同様、なんて言っていた様な気もするけれど……?

 

「今日はコウ殿には、この世界での肝となる、魔法や能力(スキル)、そして神の奇跡について体験して頂こうと思っておるが……、その前に紹介したい者がいる」

 

 王様がそう言うと、その傍に立っていた戦士風の男性が前に出る。年齢は40になるかどうか、といったところだろうか。その風貌から騎士、という訳ではないみたいだけど、何処か強者の雰囲気を感じさせる何かがあった。

 

「君がコウ殿か、初めましてだな。私はガーディアス・アコン・ヒガン。長ったらしい名前だから、気軽にディアスと呼んでくれ」

 

 その雰囲気とは裏腹に、気さくな様子で話しかけてくるガーディアスさんの握手を受けつつ、僕も自己紹介する。

 

「お初にお目にかかります。コウ、と申します」

「わたくしはシェリルと申します。此方こそ、宜しくお願い致しますわ、ガーディアス様」

「シェリル姫ですね。ご丁寧な挨拶痛み入ります。貴女様のサポートも我々に一任されておりますので、何卒お含みおき下さいますようお願い申し上げます」

 

 シェリルのカーテシーでの挨拶に対し、ガーディアスさんは淑女への挨拶として胸に手を当てて応えている。そして、

 

「では、これより王城ギルドに案内しましょう……、ユイリ」

「はい、マスター。それではコウ殿、シェリル様もこちらにお出で下さい」

 

 ガーディアスさんの呼び掛けに、ユイリがそう応えると、王様に暇乞いをして彼女の後についていく。ユイリはマスターと呼んでいたようだけど……。

 

「ああ、コウ殿は『王城ギルド』という言葉を知っておられるかな?」

「王城……ギルド……?」

 

 ……ギルドって確か、ヨーロッパで昔存在していた店の集まりだっけ。それが、何で王城に……?

 

「フフフ、知らなかったか。それでは説明しよう……、と思ったが先に着いてしまったな」

 

 王城の中でも他の部屋にはない扉。その扉の手前で、ユイリは控えている。

 

「では、改めて……。私はこの王城ギルドのギルドマスターも兼任している。中には既にメンバーも控えているが……、紹介しよう」

 

 ガーディアスさんのその言葉を聞き、ユイリは扉を開く。そこは一際大きい部屋で、中には3人のメンバーらしき男女が控えていた。

 

 そして、ユイリとガーディアスさんもそこに加わり、僕とシェリルを歓迎してくれる……。

 

「「「「「ようこそ、私たちのギルド、『王宮の饗宴(ロイヤルガーデン)』へ!」」」」」



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第11話:教会

 

 

 

 広いギルドハウス内で、僕達をに待っていた彼らは、それぞれ歓迎するように出迎えてくれていた。

 

「まずは俺からだな!俺は、レン!あんた達の事は聞いてるぜ。困った事があったら、何でも言ってくれ!力になるからさっ!」

 

 最初に、黄土色の髪に琥珀色の瞳をした活発そうな青年がそう言って自己紹介をしてくれる。どこか人懐っこいような印象を与えてくれる彼に続くかたちで、

 

「次は私ですね……、初めまして勇者殿、シェリル姫……。私はグラン・アレクシアと申します。どうぞお見知りおき下さい」

 

 先程、ガーディアスさんがされていたような、胸に手を当ててこちらに敬意を表すように微笑を湛えながら、挨拶をする美青年。見事な銀髪に薄い水色の瞳を宿した彼は、一見すると優しげで柔和な感じを受けながらも、何処か気品も併せ持っている……そんな印象を覚えた。

 

 少なくとも、昨日の勇者候補であるトウヤ殿に比べても、遜色はないというか……、彼の方が自然な感じで、生まれながらの美男子、といった感じがする。

 

「お二人とも、まだこの国に来られて不明瞭なところもあるでしょうから……お申し付け頂ければ、是非ご案内させて頂きますので」

「ああ、その時は俺も一緒に案内するよっ!なっ、グランっ!」

「レン、貴方はまた……。そういう行動を控えてくれとは言いませんが……、せめて、時と場所を選んで下さい……」

 

 グランに対し、肩に手を回しながらそう話すレンに、彼は苦笑しながら同僚を窘めるように促す。まるで真逆の性格のような彼らだけど、仲の良さを感じさせた。そんな彼らを見ながら、ギルドの一番奥にいた眼鏡をかけた女性がやってくる。

 

「マスターとユイリの事はもうご存じでしょうから……最後は私ですね。私は、フローリア・デューイと申します。普段はこのギルドの受付をしております。後は取り纏めといった雑務でしょうか、そういった業務を担当しておりますね。私共『王宮の饗宴(ロイヤルガーデン)』はあなた方を歓迎致します」

 

 歓迎の意を表わす彼女は、白色の髪をストレートに下ろし、この世界で自分以外に初めて見る眼鏡を掛けた女性だ。自分の世界でいう知的でクールなインテリ美女……というイメージが浮かぶけど……。

 

 実際に、彼らを先に紹介させて、自身が最後に取り纏める様に奥から進み出てきた事からみても、かなり重要なポジションにいる人かもしれない。

 

「折角だし、私も改めまして……、ユイリ・シラユキよ。この『王宮の饗宴(ロイヤルガーデン)』の一員で……、現在は貴方と、シェリル姫のお世話というか……、侍女の役だけでなく護衛も申し受けているわね」

 

 そう言ってユイリも一緒に自己紹介する。……ん?やっぱりユイリが引き続き、僕にも就くのか……。2人も同時になんて……、まさかずっと僕をシェリルと一緒にして管理するとか……そんな訳ないよね……?

 

「一通り、メンバーの顔見せは終わった訳だが……。これが王城ギルド、『王宮の饗宴(ロイヤルガーデン)』だ。一応、俺がそのギルドマスターという事になっているから、コウ殿やシェリル姫も『王宮の饗宴(ロイヤルガーデン)』の一員として支援させて貰う事になる」

 

 つまり、僕もこの『王宮の饗宴(ロイヤルガーデン)』に所属する、という事か……。異世界にいる以上、1人で彼方此方と、勝手に行動する訳にもいかないし、させる訳にもいかない……。

 

 支援して貰えるというのは、僕にとっても有難い事だ。……そんなご厚意に対して僕が何を返せるのかわからないけれど。

 

「コウといいます。正直なところ、わからない事だらけで戸惑う事ばかりですが……、宜しくお願い致します」

 

 僕も彼らに対してそう自己紹介をして一礼する。……失礼になっていないよね?全く、こんな事になるんだったら、もっと高貴な場での社交ルールを知っておくべきだったかな?

 

 ……絶対に自分には縁の無い事だと思っていたし、よくわかっていなかったとしても仕方ないと思わなくもないけど……。

 

 そう頭を下げた僕の肩にとまった鳥が一声元気に鳴く。漸く頭からは下りてくれたけど、未だに僕から離れず自由にしている小鳥に対して、若干羨ましく思っていると、隣に控えていたシェリルが自身のフードをおろすと……、

 

「わたくしは、シェリル・フローレンスですわ。メイルフィードは既に無く、何者でも無いわたくしに対し、このような皆様からのご厚情にあずかりまして、誠に感謝の念に堪えません。至らない点も多々あるかと思いますがご指導、ご鞭撻のほど、何卒宜しくお願い致します」

 

 片足を斜め後ろの内側に引きながら、もう片方の足を軽く曲げ、背筋をしっかりと伸ばしながら、彼女は淑女の嗜みとばかりに完璧な挨拶をこなす。

 

 フードをおろしたときに、僅かに広がる美しい金髪から香るいい匂いが、僕の鼻孔につき、少しドキッとするも、肩にとまった小鳥が嘴を軽く僕の頬に擦り付け、僕の意識がこちらに戻る。ふとした事で彼女の魅力に気付くあたり、僕自身、大分彼女にやられているのだろう。

 

 最も、彼女の魅力にやられているのは僕だけではなく、シェリルの笑顔を見て、ボーっとしたように彼女に見惚れているレンをはじめ、グランも僅かに顔を紅くしている事からも彼女の笑顔の破壊力が伺える。

 

 それにしても……、この世界の容姿の基準ってどうなっているのか……。見る人会う人、容姿に優れた人たちばかりで、そういう人種しかいないのではないかと疑いたくなってくるくらいの美男美女率だ。

 

 シェリルやグランといった、見た人たちが振り返るような容姿とはいわなくとも、ユイリやフローリアさん、ガーディアスさんにレンと……、元居た世界の基準なら間違いなく容姿端麗と呼ばれる人たちである。

 

 ……こうしていると、コンプレックスを刺激されるというか、気持ちが沈んでくる……。

 

「コウ様の連れている小鳥は……、使役したものなのですか?」

 

 気落ちしている僕にお構いなく、人差し指の方まで移ってきた小鳥をみて、フローリアさんがそう問い掛けてくる。

 

「い、いえ……、ここに来る途中で、僕に懐いてきた小鳥でして……。使役ですか?そういったものではないと思いますけど……」

「ええ、この小鳥が何らかの式神や操られているものでは無い事は、私が確認しております。恐らく野鳥だとは思いますが……」

「そ、そうですか……」

 

 僕の人差し指にとまり顔を擦り付けるようにしている小鳥に、心動かされたのか、ジーっとこちらを見てくるフローリアさんに、

 

「……触ってみます?多分この子、逃げないと思うので……」

 

 そう言って、僕はフローリアさんの元に小鳥を近づけると、

 

「か、かわいい……!」

 

 恐る恐る小鳥に触れ、ゆっくりと撫でると、小鳥は元気にピュイっと鳴いて、首を上下に振って如何にもご機嫌な様子に見える。そんな小鳥のしぐさに、フローリアさんは虜になっているようだった。

 

 

 

「……お見苦しいところをお見せしてしまい、大変失礼致しました」

 

 ひとしきり、小鳥を堪能したフローリアさんが、コホンと一息つきながら、佇まいを正している。

 

 ……あんなフローリアさん、初めて見たよっ、みたいな軽口を叩いていた笑っていたレンは、彼女に一睨みされて震えあがり、結果として『私は調子に乗りました、反省しています』というプレートを首から掲げて正座する羽目になった彼に僕は同情するとともに、絶対彼女は怒らせてはいけないと心に決めながら、

 

「ところで……、この『王宮の饗宴(ロイヤルガーデン)』ですか、ここは一体何をするところなのでしょうか?」

 

 確か王城ギルドって言っていたっけ?ギルドっていうと組合とかそういうものだと聞いた事があるけれど……。

 

「一言でいえば、城下町にある冒険者ギルドや商人ギルド、職人ギルド、そして魔法(マジック)ギルドを管理している総元締めといったところでしょうか。コウ様はギルドという概念はご存じですか?」

「……店同士の組合、みたいな解釈であっているならば……」

 

 僕の回答にフローリアさんは頷き、

 

「そうですね、商人ギルドは商人同士の利益の為に組合を作り、職人ギルドはその技術の保護などを目的として作られております。冒険者ギルドは、王国に直接属さない実力者や傭兵、冒険者たちが所属する集まりで、主に王国で捌けない業務や城下町で発生した困り事、それぞれの貴族が抱える業務などを依頼(クエスト)という形で受けて、それに見合う報酬でもって成り立っているシステム。それがギルドです」

 

 ……成程、そうやってこの国の経済が回っているという事か。つまり、このギルドというのが会社のようなもので、いずれかのギルドに所属して、それぞれの方法でお金を稼ぐ事となる……。

 

 フローリアさんに詳しく聞いたところによると、商人ギルドなら、物品の仕入れで儲けを出し、単独で商品を独立して扱うといった誰かひとりが利益を貪るといった事が起こらないよう監視し、需要と供給のバランスを整える役目を担っており、職業ギルドは鍛冶士や、装飾士、家具士、仕立て職人といった特定の技術を保護する目的で作られたものとされているようで、商人達にその利権を脅かされたりしないよう、国に保護された組合であるとされている。

 

 冒険者ギルドは、早い話腕に自信を持った者たちや一攫千金を当てようとする者、そして能力(スキル)が戦闘向きで将来、王国騎士を目指す人たちが所属する組合であり、魔物と戦って手に入れた職業ギルドで使用する素材を売却したり、商人ギルドで扱う商品を割引して購入する事が出来たり、または冒険者に成りたての者たちを支援する事もギルドの仕事である。

 

 当然、依頼(クエスト)の管理もそれぞれの実力に応じて受けられるようにしたり、依頼(クエスト)自体がはたして適切であるかどうかも管理するなどしている、という話だ。

 

 最後に、魔法(マジック)ギルド。この世界に存在する魔法。それを研究したり、どうしてこの世界に魔法が存在するのか、あの魔法空間は何なのかを探求するのが、魔法(マジック)ギルドの仕事である。

 

 実際に、あの魔法空間を考察した結果、その空間を利用出来る事がわかり、魔法屋として、元の世界でいうネットワークのようなものを構築し、各地の魔法屋として連絡を取り合ったり、この世界、ファーレルにある魔法を使う素、『魔力素粒子(マナ)』というものを、やはり元の世界でいう電気のかわりに用いて、ガチャのような自動販売機や灯りといったものに利用されているというのだ。

 

 さらにはそのガチャだが、あれは別に魔法(マジック)ギルドの用意したものが封入されているという訳ではなく、あれはあくまで、この世界に繋がっている魔法空間からランダムでアイテムを召喚する魔法をガチャという端末を通して、金貨で使用できるという仕組みになっているとの事だった。

 

 だから、昨日のアイテムも全くの未知な物で何処から取り出したものかもわかっていないらしい。

 

「そして、その4つのギルドをまとめて管理するしているのが……王城ギルド、という訳ですか……」

「……理解が早くて助かります、コウ様」

 

 にっこりと笑う彼女に、どうも、と苦笑いをしながら答える。

 

 でも、そうか……、ギルドは国をまたいで提携もしているけど、原則的には各国それぞれで経営している、という事か。

 

 であるから、栄えている国にはより多い人が流れてきてくるけど、出来るだけそうならないように色々条件を出したり、場合によっては国同士で協議やら交渉をしたりして一国が突出するといった事がないようにしている。

 

 最初に感じた通り、フローリアさんは事実上、それらを管理する超エリートな人材なのだろう。

 

「でも、そんな国中のギルドを管理している王城ギルドに所属するとして、僕は何をすればいいんです?」

 

 シェリルなら何かと対処できそうだけれど、この世界についてまだまだわからない事が多い僕にはとてもじゃないが何もできる気はしない。

 

「この『王宮の饗宴(ロイヤルガーデン)』でも、受けて頂ける依頼(クエスト)はあります。まして、ここで新たに依頼(クエスト)を作り、城下町の冒険者ギルドに流したりしますから、ここにいるレンやグラン、ユイリにも依頼(クエスト)を頼むこともあります。また、ギルドにはまだ慣れていない者を育成するといった側面もありますので、コウ様にはそれで慣れて頂くところから始めましょう」

 

 ……それで、王様が言った事に繋がるという事か。魔法や能力(スキル)といったこのファーレル特有の力に慣れ、願わくば勇者として覚醒して貰いたい、そんなところだろう。

 

「わかりました……。それではこれから向かうところは魔法屋でしょうか?」

 

 昨日も行った、あの不思議な空間の魔法屋。時間も遅かったから、店自体は閉まっていたけれど、そこで職業(ジョブ)やら魔法やらを習得する……。まぁ、自分がそんな今まで見たことも出来たことがないものを使えるようになるかどうかは、甚だ疑問ではあるが……。

 

「いえ……、その前に、コウ様には行って頂きたい場所があります」

「ほら、王様もおっしゃっていたじゃない。手配をしておくって……」

 

 ユイリに言われて、そういえばと思い出す。確かに王様は、教会に手配をしておくなんて言っていたっけ……。

 

「レンとグランは一緒について行け。実際に新しい職業(ジョブ)になったり、能力(スキル)が発現した際に、ユイリだけでなくお前たちもいた方が説明しやすいだろう」

「畏まりました」

「わかりました……。それで、ディアス隊長。もう正座……大丈夫ですかねぇ……?」

 

 ガーディアスさんの命を受け、すぐさま了承の意思を示す2人。……レンはまだ正座していたらしく、恐々とフローリアさんの方を伺っていたが、お許しも出たらしい。

 

「ふぅ、失敗、失敗……。これ以上何か言われる前にさっさと退散しようぜ」

「さっきのは君が悪いよ、レン……。コウ殿にシェリル姫もこちらにいらして下さい」

 

 グランたちにそう言われて、ギルドハウスの隅にあった、何やら魔法陣のようなものが描かれているところへ導かれる。これは……、自分がこの世界に来た時のものに似ている……?

 

「折角ですので……、コウ様にお見せしましょう……。それでは、魔法陣の上にお乗り下さい」

 

 フローリアさんの言葉に従い、シェリルたちと共に魔法陣の上に立つと、何やら呪文のような言葉を小声で詠唱する彼女。すると何やら彼女と、そして魔法陣が輝きはじめ……!

 

「……それでは、行ってらっしゃいませ……!『転送魔法(トランスファー)』!!」

 

 そんな彼女の言葉を最後に、僕達は光に包まれ、何も見えなくなった……!

 

 

 

 

 

「……ここは、教会の前……?」

 

 フローリアさんが唱えたとされるワープとしか思えない魔法に半ば呆然としていた僕に対し、

 

「大丈夫ですか……、コウ様?」

 

 心配そうに僕を覗き込むシェリルに大丈夫だと返したが、強張っていた自分の様子を見逃さず、付きっきりにさせてしまう結果となる。……何て言えばいいのか、乗り物酔いした感覚に似ていて、未だ足元が定かではない状態だ……。

 

「どう?はじめての転送魔法は……?まぁ、貴方の場合、とびっきりの召喚魔法を体験しているからな。大丈夫かなって思っていたけど……」

 

 そうでもないみたいね、と苦笑するユイリ。うぅ……、ほっておいてくれ……。

 

「気持ちはわかるぜ。俺も慣れる前は今のお前と同じだったからな。足元が覚束ないっていうのか?自分でしっかりと立っている感覚がないっていうかさ」

「……だけど、便利だね。この魔法って別に教会しか転送出来ないって訳ではないんでしょ?だとしたら、こんな便利な魔法はないよ……」

 

 シェリルが何か魔法でも掛けてくれたのか、少し気分が落ち着いてきた僕は、レンに対しそう返すと、

 

「今の転送魔法は、あくまでこの城下町に、という制限はありますが……、条件さえ揃えば何処にでも移動出来るというメリットがありますね……と、来られたようです」

 

 そう補足してくるグランの言葉に、

 

「勇者コウ様御一行ですね、お待ちしておりました……」

 

 桃色の髪を肩のところまで下ろした、白を基調とした祭服を身に纏う可憐な美少女と、それに付き従うように司祭と思われる人たちが数人、出迎えてくれる。

 

「私は、当代の聖女を務めさせて頂いております、ジャンヌ・ヴィーナ・ダルクと申します。それでは早速ご案内させて頂ければと思いますが、その前に……」

 

 ジャンヌと名乗った少女はそう言って、小声で祈りを捧げるかのように呟く。すると、

 

「……!これは……」

 

 先程まであった倦怠感が、嘘のように楽になる。だけど、かわりに彼女の顔色が少し悪くなったような……。

 

「貴方様の疲労を、一時的に私に移す奇跡です。では、参りましょう」

「ひ、疲労を移したって……、貴女は……」

 

 大丈夫なのか、と問うより先に、

 

「軽い魔力酔いのようですから……、大丈夫ですよ。お心遣い、有難う御座います、勇者様」

 

 健気にもそう言葉にしながら笑う彼女に、そもそも、それは僕の倦怠感だろうとか、自分は勇者かはわからないとは言えなくなってしまう。

 

 見たところ、まだ17、18歳位の少女だというのに僕への対応だとか、周りのそこそこ格式高そうな司祭たちを束ねているような様子といい……。確か『聖女』を務めていると言っていたけど……、それに『ジャンヌ・ダルク』って……。

 

 色々と彼女の事について考えている内に、大聖堂ともいうべき開けたところまで案内される。

 

「では、改めまして……。本日はこちらまで勇者様にご足労頂きまして、有難う御座います」

「いえ、そんな……。オクレイマン王のお話によれば、本日は『神の奇跡』について、ご教授頂けるとの事ですが……」

 

 ジャンヌさんに向かい合うような形で置かれていた椅子に座りながら、僕がそう答えると、

 

「はい、国王様より承っております。今、勇者様に罹っておられる状態異常を奇跡……、神聖魔法で取り祓うようにと……」

 

 そう言って、もう倦怠感はないとばかりに立ち上がると、彼女はゆっくりと僕の前までやってくる。彼女のライムグリーンの瞳が僕を真っ直ぐに見ながら、

 

「これより、浄化の奇跡を執り行います。勇者様も初めての魔法で戸惑われるかもしれませんが、どうか身を任せて頂けますよう……」

「ちょ、ちょっと待って下さい!じょ、状態異常!?僕にっ!?」

 

 な、なにそれ?そんなものに罹っているの、僕!?

 

「勇者様をみればわかりますよ。随分長い間、罹っているものもあるようですので……、少し、強めの奇跡を願います。それではいきますよ」

 

 も、もしかして、視力低下とか栄気偏りとかの事を言っているのか!?そんなもの、治るわけが……!

 

 次の瞬間、ジャンヌさんの身体に白と金色の光に包まれる。同時に、僕の身体も同じように光に包まれて、目を開けていられなくなり……。その間にも何か熱いものが自分の身体全体を駆け巡っているようで、不思議な感覚に襲われる。

 

 自分にとっては数時間が経過したように思えたけれど、やがてその現象は治まり……、恐る恐る目を開けてみると……、

 

「!うわっ、何だ!?」

 

 目を開けた瞬間、強烈な違和感に襲われ、たまらず掛けていた眼鏡を外す。そして、気が付く……。眼鏡を外しているのにも関わらず、しっかりと遠距離まで見えているという事が……。

 

「そ、そんな……えっ!?」

 

 さらには、社会人になり、運動もあまり出来なくなって脂肪が付きすぎていた身体が、学生時代の時のような体型になってしまっていた。

 

 筋肉までは再現していないけれど、それはこれから鍛えれば、前のようになるだろうし、何より驚くべきことは、自分のコンプレックスだった髪の生え際まで、子供の頃のように戻ってしまった事である。

 

(それなら……もしかして)

 

 気になった事もあり、心の中で念じて、昨日のようにステイタスを確認してみると、

 

 

 

 HP:80

 MP:9

 

 状態(コンディション):良好

 耐性(レジスト):病耐性(一部)、睡眠耐性、ストレス耐性

 

 力   :51

 敏捷性 :62

 身の守り:47

 賢さ  :72

 魔力  :19

 運のよさ:18

 魅力  :24

 

 能力(スキル):自然体≪!≫、生活魔法

 

 

 自分の体形(又は体型)が変わった為か、力や敏捷性といった数値が、昨日確認した時より、増えている。状態も良好になっているという事は、やはりあれが状態異常だったのだろう。それこそ子供の頃からの視力まで回復してしまうとは思わなかったけど……。

 

 見た目も若干変わったからだろうか、魅力も15よりは増えている。この世界の住人たちには敵わないながらも、何故会う人皆が容姿に優れているかの原因の一端がわかったような気もするけど、僕にとってはどうでもいい。

 

 コンプレックスが解消され、心の高揚を感じていた時、能力(スキル)の自然体に何やら確認できる項目が出来ている事に気付き確認してみると……、

 

 

 

能力(スキル)が目覚める前に侵されていた、『視力低下』、『栄気偏り』、『高ストレス』は解消され、もう再び異常に罹る事はありません≫

 

 

 

 そんな内容が更新されていた。この事からやはり、この能力(スキル)は状態異常を阻害する力を持っているという事なのだろうか……。

 

「……如何でしょうか、勇者様。状態異常は解除されたと思うのですけど、何処か違和感は御座いませんか……?」

 

 違和感ならある。今までずっと、付き合っていた身体の異常が急に解消されたのだから……。

 

 だけど、これでまた一つ、この世界の為に応えなければいけない理由が増えてしまったかもしれないけれど、それでも感謝の想いの方が強い。

 

 少し不安そうにこちらを見ていたジャンヌさんを安心させ、僕の感謝を伝える為に、僕は片膝をつき、首を垂れて、自分が知る限りの丁寧な礼を心掛けながら、

 

「……有難う御座います、聖女様。貴女にして頂いたこの奇跡のお礼は、必ずや何がしかの形でお返しさせて戴く事をここに誓いましょう……」

 

 大袈裟だったかもしれないけれど、僕の気持ちを表したかった事もある。少し慌てた様子のジャンヌさんや、シェリルたちの気配を感じるけれど、別に構わない……。

 

 この世界で、僕が出来る事は何か。今まで以上に考えていく切っ掛けとなったのは、間違いないのだから……。



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第12話:職業の選択

 

 

 

「全く、やりすぎよ、コウ!聖女様、戸惑われていたじゃない!」

 

 教会を出て、次に行く魔法屋に向かう途中、僕はユイリたちより先程の対応について、苦言を呈されていた。

 

「……悪かったよ、自分の変化がどうしても信じられなかったから、つい……」

「あの儀礼は、騎士が主従の誓いをする時のものだからね……。コウが知らなかったのなら、しょうがないよ、ユイリ……」

 

 グランが上手く仲裁してくれているのだけど、なかなかユイリは納得してくれない。彼女にとっては僕が、王宮とは別に教会に忠誠を誓うように思ってしまったからかもしれないけれど、

そんなつもりはない。最も、この世界から恩を受けた事には違いないから、僕のやる事はかわらないのだろうけど……。

 

 それに、僕に苦言を呈するのは、ユイリだけじゃない……。

 

「……それにしては、随分と様になっていらっしゃいましたけど」

「シ、シェリル……」

 

 ……そう、何故かシェリルまで僕を責めるように問い掛けてくるんだ。

 

「何度も言っているけど……、今の僕のような痩せた体系になったり、視力が回復するっていうのは、僕の世界では考えられなかったんだ。痩せる事に関しては方法はあったけど、それにしたって一瞬でなんて無理だし……。あまりの嬉しさに、ついあんな形のお礼になっちゃったんだよ……」

「そうおっしゃるからには……、コウ様は知っていらっしゃったのではないですか?あの儀礼が特別なものであるという事を……」

 

 そ、それは確かに……、普通の礼じゃなかった事は知っていたし、だからこそ感謝を込めての礼だったというのもあるけれども……。

 

「……シェリルは僕の事が信じられないかな……?」

「し、信じるとか信じられないのお話では……、もういいです」

 

 ちょっと卑怯かもしれないけれど、僕はそう言うとシェリルはそれ以上は追及してこなかった。ただ、今まで彼女に感じた事のない冷たい態度を感じさせる。

 

(……彼女がそんな様子になる程の事だったのかな、あれって……)

 

何はともあれ、ユイリの方も何とか納得してくれたところで、

 

「ま、もういいだろ。そろそろ魔法屋につくぜ」

 

 次の目的地である、魔法屋に到着したようだった。

 

 

 

 

 

「……相変わらず、凄い空間だ……」

 

 昨日訪れた時と同様、不思議な空間に感嘆する僕に、

 

「まず最初に、コウの職業(ジョブ)を設定するところから始めますか。まず『職業選択所』へ向かいましょう」

 

 グランの言われるままに、昨日は開いていなかった魔法空間内の窓へと向かうと、

 

「職業選択所へようこそ。なりたい職業を選択して下さい」

 

 淡々とした声が窓より流れてくると、次に自身の魔法空間のステイタス画面に、職種が表示されているようだった。

 

 

 

・見習い戦士:Lv:1

・見習い魔法使い:Lv:1

・学者:Lv:1

・薬士:Lv:1

・商人:Lv:1

・農民:Lv:1

・飛脚:Lv:1

・話術士:Lv:1

・トレジャーハンター:Lv:1

・ラッキーマン:Lv:1

 

 

 

 ……成程。これが現在、僕がなれる職業(ジョブ)か……。『見習い戦士』や『見習い魔法使い』、『トレジャーハンター』は、戦う為の職業(ジョブ)で……、他の『学者』とか『薬士』なんかは、職人職という事なのかな……?

 

 『商人』や『農民』、『飛脚』はそのままの意味だろうし、『話術士』はなんだろう……?『ラッキーマン』に至っては意味がわからない。運のよさでも上がるのだろうか……、某漫画の主人公みたいに……?

 

 そもそも運がよかったら、こんな異世界にまで来ていないだろうし……。

 

 とりあえず、僕は傍にいたグランに聞いてみる事にする。

 

「この職業(ジョブ)って……、一度その職になると、他の職業(ジョブ)に変える事って出来るのかな?転職みたいに……」

「ええ、『職業選択所』に行けば自由に変更する事が出来ますよ。職業(ジョブ)の中には、一度その職業(ジョブ)に就けば、覚えられる能力(スキル)があったりもしますから、なれる職業(ジョブ)にはなってみる事をお薦めしますね」

 

 僕の質問に対し、そう答えてくれるグラン。それならばもう一つ、

 

「僕のなれる職業(ジョブ)の中にはちょっと不明なものもあったりするんだけど……、一度その職業(ジョブ)に就いたら変えられなくなるものとかあったりしない?」

「『裏社会の職郡(ダーク・ワーカー)』なら、そういう職業(ジョブ)もありますけれど……、例えば『盗賊』は犯罪者の烙印を押される為、罪業が消えるまでは他の職業(ジョブ)に就く事はできませんし、『奴隷』にしても、その契約が解かれるまでは同じく別の職業(ジョブ)に就くことは許されないとされています」

 

 ……そうなんだ。でも……、シェリルは『奴隷』に堕とされたんだよな……。

 

 ふとシェリルの方を見てみると、彼女は別の『職業選択所』でユイリに付き添われながら職業(ジョブ)を選択しているようだった。無事、奴隷契約が破棄されたという事だろう。

 

 ただ、一度職業(ジョブ)についても変更できるというのなら、就かない手はない。まずは、『見習い戦士』を選択して……、ステイタス画面を確認してみる。

 

 

 

 JB(ジョブ):見習い戦士

 JB Lv(ジョブ・レベル):1

 

 HP:95

 MP:19

 

 状態(コンディション):正常

 耐性(レジスト):病耐性(一部)、睡眠耐性、ストレス耐性

 

 力   :61

 敏捷性 :67

 身の守り:55

 賢さ  :77

 魔力  :24

 運のよさ:18

 魅力  :24

 

 常時発動能力(パッシブスキル):自然体

 

 選択型能力(アクティブスキル):生活魔法、戦闘の心得

 

 

 

 ……うん、基本職というか、バランス良く数値が伸びているみたいだ。新しく能力(スキル)を覚えたせいか、能力(スキル)の表示も選択できた為、試してみると『常時発動能力(パッシブスキル)』と『選択型能力(アクティブスキル)』に分けられるようで、『戦闘の心得』というのが新しい能力(スキル)のようだった。

 

 簡単に見てみると、マニュアルみたいな物のようで、後で時間がある時にでも見てみる事にする。

 

 

 

 JB(ジョブ):見習い魔法使い

 JB Lv(ジョブ・レベル):1

 

 HP:83

 MP:34

 

 状態(コンディション):正常

 耐性(レジスト):病耐性(一部)、睡眠耐性、ストレス耐性

 

 力   :51

 敏捷性 :62

 身の守り:47

 賢さ  :92

 魔力  :39

 運のよさ:18

 魅力  :24

 

 常時発動能力(パッシブスキル):自然体

 

 選択型能力(アクティブスキル):生活魔法、戦闘の心得、初級魔法入門

 

 

 

 続いて『見習い魔法使い』。先程と同じく『初級魔法入門』というのは、魔法の使い方に関するマニュアルだ。魔法を使えそうな職業(ジョブ)に就けば、何か魔法を覚えるかとも思ったけど、当てが外れる。

 

 魔法系の職業(ジョブ)だけあって、MPと魔力の数値に優れているようだけど、問題は自分が魔法を使えるセンスがあるかどうか、といったところだろう。

 

 折角だし、他の職業も試してみるかという事で、それぞれの|職業《ジョブに就いた結果、『学問のすゝめ』、『薬学の基礎』、『商才』、『商人の証』、『農業白書』、『物品保管庫』、『滑舌の良さ』、『宝箱発見率UP』、『ダンジョン探索』。それに加えて、生活魔法の一種で、『通信魔法(コンスポンデンス)』、『収納魔法(アイテムボックス)』を新たに習得する。

 

 この中でも便利なのが、『物品保管庫』と生活魔法の『収納魔法(アイテムボックス)』だろうか。それぞれ『飛脚』と『トレジャーハンター』になった際に習得したものだが、両方とも要は道具を別空間に収納できるものである。言ってしまえば「四〇元ポケット」か。但し『収納魔法(アイテムボックス)』はそんなに数は入らないし、『物品保管庫』はどんな大きさの物でも数に制限なく保管できるメリットはあるが、取り出す際はその収納している空間に入り、自分で探して取り出す必要がある。

 

 ただ、これで物を持ち運ぶという点で不自由はなくなったといえる。まぁ、この世界では普通の事なのかもしれないけれど……。

 

(さて……、後はこの職業(ジョブ)、『ラッキーマン』か……)

 

 なんていうか……、いわくつきの職業(ジョブ)みたいなんだよな……。この職業(ジョブ)になれば、間違いなく運の良さだけは上がる気はするけれど……。最も、すぐに職業(ジョブ)は変更できるから、取り合えず就いてはみるか……。

 

 

 

 JB(ジョブ):ラッキーマン

 JB Lv(ジョブ・レベル):1

 

 HP:7

 MP:7

 

 状態(コンディション):正常

 耐性(レジスト):病耐性(一部)、睡眠耐性、ストレス耐性

 

 力   :7

 敏捷性 :7

 身の守り:7

 賢さ  :7

 魔力  :7

 運のよさ:777

 魅力  :7

 

 常時発動能力(パッシブスキル):自然体、薬学の基礎、商才、滑舌の良さ、宝箱発見率UP、約束された幸運

 

 選択型能力(アクティブスキル):生活魔法、戦闘の心得、初級魔法入門、学問のすゝめ、農業白書、物品保管庫

 

 資格系能力(ライセンススキル):商人の証、ダンジョン探索

 

 生活魔法:確認魔法(ステイタス)通信魔法(コンスポンデンス)収納魔法(アイテムボックス)

 

 

 

 ……なにこれ?運の良さ以外、ゴミのようなステイタスなんだけど……!?というか、いくつかの数値、元よりも下がって「7」になってるんだけど!?

 

 こんな状態で戦闘になったら一瞬で死ぬんじゃないか……?それとも、運の良さで何とかなるとでも……?「777」という驚異的な数値だし……。

 

 ただ、新しく能力(スキル)も覚えたようで、効果を確認してみると……、

 

 

 

『約束された幸運』……危機に陥った際、必ず活路を見出す事が出来る

 

 

 

 ……前言撤回、これは使えるんじゃないか?少なくとも、一方的に人生が終了してしまうといった悲劇を防ぐ能力(スキル)かもしれない。……この能力(スキル)が発動する前に一発で死んだりしなければ、だけど……。

 

「どうだ、コウ。一通りの職業(ジョブ)には就いてみたか?」

 

 だいたいの能力(スキル)等を確認していると、レンがそう言って僕の肩を組んでくる。この気安さが、彼の魅力なんだろうと苦笑しながら、

 

「うん、一通りはね……。それぞれの職業(ジョブ)で色々能力(スキル)が増えたから、必死で覚えているところだね……」

「おっ、そんなに能力(スキル)を覚えられる程の職業(ジョブ)があったんだな。普通、2つか3つ、なれる職業(ジョブ)があれば御の字なんだけどな……。コウは一体いくつの職業(ジョブ)になれたんだ?」

 

 へぇ、じゃあ僕は結構、多い方なのかな?

 

「えーと……、10通りの職業(ジョブ)に就けたね」

「10っ!?」

 

 僕の返答に驚いたような声をあげるレン。やっぱり、最初からこんなに職業(ジョブ)に就ける人は珍しいのかな?

 

「……そんなに驚くっていう事は……、やっぱり凄い事なの?」

「ああ……、職業(ジョブ)は適性や才能によって、選択できる数が決まってくるからな……。俺だって現在なれる職業(ジョブ)は10もないぜ……?まぁ、上級職業(アドバンスジョブ)もあるけどさ……。ま、それだけコウに才能があるって事だな!」

 

 そうなんだ……。でも正直、なれた職業(ジョブ)には少し納得していた。元の世界にいた時に、何かしらの経験を積んでいた事が、そのまま職業(ジョブ)になっていたからだ。

 

 『見習い戦士』や『見習い魔法使い』、『トレジャーハンター』は別として……、教職の勉強をしていた事や、引っ越し、配達、薬局でのバイトをしていた事、実家の職業柄、農業の事も少しはわかっているつもりだし、大学までは出ているから『学者』なんて職業(ジョブ)も選択できたのだろう。……あ、『ラッキーマン』もよくわかっていなかったか……。

 

「レン、常に設定しておく職業(ジョブ)はどうしたらいいかな?確かこの『職業選択所』に来ないとマスターしていない職業(ジョブ)は変更できないんだよね?」

「そうだな……、お前がどんな職業(ジョブ)になれるのかはわからないが……、取り合えず戦闘職になれるのなら、それに設定していた方がいいと思うぜ。コウはいたところでは、そんな事はなかったかもしれないけど、ここではいつどうなるかはわからないからな」

 

 レンの言葉に僕は納得する。少なくとも、この世界に来て一度、命を狙われた事があるからだ。その事はこの世界にいる以上、受け入れなければならないし、であるならば戦闘用の職業(ジョブ)……、『見習い戦士』か『見習い魔法使い』に就いた方がいいだろうな。

 

「……『転職魔法(ジョブチェンジ)』を使えば、例えその職業(ジョブ)を極めていらっしゃらなくとも何時でも変更できますわ」

 

 その声に振り向くと僕の傍へとやってきたシェリルが話しかけてきたようで、どうやら彼女も無事、『奴隷』の職業(ジョブ)を変更出来たのだろう。

 

「そんなのがあるんだ……。でも僕は使えないよ?」

 

 新しく覚えた魔法から推察すると、その『転職魔法(ジョブチェンジ)』とやらは恐らく生活魔法なんだろうけど……、残念ながら僕は覚えていない。

 

「わたくしが使用できますから……。ですので、何時でもコウ様の職業(ジョブ)は変更できます」

「……何でも出来るんだね、凄いな、シェリルは……」

 

 今まで見た中でも、彼女は鑑定という古代魔法や、神聖魔法、他にも魔法や技能を持っているみたいだし……。色々彼女には助けられているので尊敬の眼差しを向けると、

 

「べ、別にこのくらいは王宮で学んでおりましたから……。ですので、コウ様の好きな職業(ジョブ)で過ごされて下さい」

 

 そうか……だったら……、

 

「……魔法を使えるようになった場合だけど……、やっぱりMPの最大値を増やすには『魔術師』関連の職業(ジョブ)がいいのかな?」

「そうね……、魔法を重視するのなら『戦士』系統の職業(ジョブ)よりも『魔術師』系統の職業(ジョブ)の方がいいと思うけど……。最大値を増やすという事なら普通の職業(ジョブ)でも伸ばせると思うわ。『見習い戦士』にはなれたの?なれるのであれば、その職業(ジョブ)が一番バランスがいいから私としてはお薦めだけど……」

 

 ユイリのお薦めは『見習い戦士』か……。僕が今、一番伸ばさなくてはいけないのが「MP」だと思うし、それを伸ばせる方法が職業(ジョブ)以外にあるのなら……。

 

「わかった……ユイリのお薦めのようだし……、『見習い戦士』にするよ」

 

 そう言って僕は再び『見習い戦士』に職業(ジョブ)を変更するのだった。



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第13話:模擬戦

 

 

 

「じゃあ、無事に職業(ジョブ)に就けたところで……、ちょっと慣らしてみよう。レン、お願い出来るかい?」

 

 グランの提案により、魔法屋内の訓練所を使用してさらに別空間へと転移した僕は、新たに得た能力(スキル)や力の使い方の確認を行うべく、指導を受けていたところだったけど、

 

「ああ、いいぜ。じゃ、早速構えてみてくれ、コウ」

 

 実践訓練だと言わんばかりに、かかってこい、というジェスチャーをするレン。

 

 かかってこいと言われてもなぁ……。取り合えず、職業(ジョブ)を見習い戦士にした際に、グランより渡された銅製の剣を両手で構えてみる。

 

(剣なんて、学生時代でやった剣道……それも竹刀しか持った事ないのになぁ……)

 

 苦笑しながら、僕は剣道の授業を思い出すように剣を正眼に構えると、

 

「ん、それじゃあ何処からでもいいぜ、かかってきな」

「ええ……?これ、真剣のようだけど……?」

 

 まず、間違いなく僕よりはレンの方が強いだろうけど……、如何せん此方は真剣など持った事もない戦いの素人だ。

 

 ……万が一にも、ハチャメチャに動いていたら誤って人を死なせてしまいました、とかになったら、洒落にならないんだけど……。

 

「ああ……、大丈夫、大丈夫。多分、俺には当てられないから」

 

 少し茶化すように言うレンに。……本当に大丈夫なんだろうな。

 

「それなら……いくよっ!」

 

 裂帛の気合と共に、僕はレンの肩当たりを目掛けて思いっきり銅の剣を振り下ろす。しかし……、

 

「ほら、どうした?もっと打ちかかって来いよ」

「くっ……」

 

 僕の渾身の一振りをあっさりと受け止められ、あまつさえ易々と受け流されてしまう。バランスを崩しかけた僕に対して、レンは攻撃すらしてくる素振りも見せない。

 

(これが、彼と僕の力の差か……)

 

 今、彼が隙をついて僕を攻撃していたら、間違いなく死んでいただろう……。この分では、間違いは起こりそうもない。それならば……、

 

「だったら……!」

 

 今度は連続で、剣を上段、中段、下段と叩きつけるも、

 

「ほい、はっ、よっと……、どうしたどうした?もう、終わりか?」

 

 小手先のフェイントを入れたりと攻撃を入れ続けているのに、難なく僕の剣をいなしていくレン。全く当たる気がしない……!

 

「じゃあ……、これならどうだっ!」

 

 それならばと、一旦彼から距離をとり……、この国の重力が地球より小さいからこそ出来る、スピードを全開にした高速フットワークで、レンを翻弄する戦法に切り替える。

 

「へえ……、中々速いな……!」

 

 元の世界では考えられない程、素速く動きつつ、レンの隙を探ろうとする僕だったが……、

 

(駄目だ……、隙が無さすぎる……!)

 

 死角を突こうとしても、レンは悉く対処している為、打ちかかっても通用する未来が見えない……!

 

「来ないのか……、なら此方からいくぜっ!!」

「うわっ!?」

 

 レンはその言葉と同時に、素早く動き回っていた僕に一瞬で肉薄すると、腹の辺りに当て身をまともに喰らってしまう。

 

「かはっ……!」

「コウ様ッ!」

 

 文字通り吹っ飛ばされた僕はその勢いのまま壁に叩きつけられる。その衝撃は、一瞬息が出来なくなる程激しいもので、まさか自分が漫画みたいに吹き飛ぶという経験をするなんてと思わず現実逃避するくらいだ。

 

 黙って観戦していたシェリルが悲鳴と共にすぐさま駆けつけ、介抱しながら癒しの魔法を掛けてくれる事で、痛みが和らいでいき、漸く一息つけるようになる。

 

「大丈夫ですか、コウ様……」

「うう……、有難う、シェリル……。助かったよ……」

「悪い、悪い……。結構やるものだからさ、つい熱くなっちゃったよ……」

 

 そう言いながら僕たちの方にやって来るレン。

 

「でも、駄目だったよ……。結局、君に一回も攻撃を当てる事が出来なかったし……」

「そりゃあ、当てられる訳にはいかねぇよ。むしろ初めてでこんなに動ければ上出来さ。異世界の人間っていうのは、こんな風に手合わせする事は無かったのか?」

 

 レンはそう僕に尋ねてくる。……ううんと、僕を慰めようとしてくれているのかな?それとも本気なのか……。

 

「……国によっては戦闘訓練を受けているところもあったけど……、僕のいた国では無かったな。あくまで武道はスポーツの延長でしかなかったし……」

「スポーツってのが何なのかは知らねえが……、要するに遊戯って事か?だったら、それで充分やっていけるな……。この国の一兵卒よりも全然動けていたしな」

 

 多分、本気で言ってくれているであろうレンに、苦笑しながら有難うと伝えると、

 

「有難う、レン。だいたい、わかったかな……。コウはどう?職業(ジョブ)に就いて、実際に戦ってみて、何か違和感はないかい?」

 

 僕とレンの模擬戦、というより指導を見ていたグランが訊いてくる。

 

「違和感、というより、正直な話、今までこんなに素早く動けた事はなかったんだけど……、この世界の人たちはこういう風に戦うのかな?なんかこう……、もっと能力(スキル)を使って戦ったりとかすると思っていたんだけど……」

 

 僕の独断と偏見ではあるけれど、今の戦闘では、僕としてもただ速く動いたり、うろ覚えの剣道の動きをしていただけに過ぎない。それで訊いてみたんだけど、

 

「そうだね、あくまでも自分のステイタスに合わせた動きで戦い、能力(スキル)はそのサポートで使っていく形かな。先程の模擬戦でも、最後、レンが君を吹き飛ばしたのは、体術の『気功撃』という|選択型能力(アクティブスキル)であったし、コウももう少し速く動けるようになれば、 常時発動能力(パッシブスキル)で『神速』が発動するようになると思う。そうだね、ちょっと見ていてくれるかい?」

 

 グランはそう言うやいなや、自身の武器であろう槍を何処からか取り出し、目の前で構える。小声で何かを呟いたのちに、

 

「『凍てつく槍殺(フリージング・シェイバー)』!!」

 

 明らかに必殺技らしいそれは、目にも止まらぬ速さで空間を引き裂くと同時に、空気中の水分を氷の結晶に変えて空間毎、凍り付かせてしまった……。

 

 …………嘘でしょ?こ、こんな事が……、これが能力(スキル)か……!

 

「っと、まぁ……こんな感じだね。コウも熟練を積んで、見習い戦士から上位の職業(ジョブ)に就いていけば、出来る様になるよ。この能力(スキル)は槍撃と氷結系の古代魔法とを掛け合わせたものではあるけれどね……」

「古代魔法……か。僕も、見習い魔法使いには就けたみたいなんだけど、どうやったら魔法って使えるようになるの?」

 

 職業(ジョブ)に就いただけでは覚えられなかったみたいだし、何か特別な事をしなければならないのだろうか……。使えるものなら使ってみたいのだけど……。

 

「魔法は……、見習い魔法使いに就いた時に覚える、『初級魔法入門』を見て魔法の使い方をまず覚えてもらうのだけど……。そうだな、一度戻ろうか。魔法屋にある『魔法大全』を見てもらった方が早い」

 

 

 

 

 

 訓練所より戻ってきて、次に向かったのは『魔法大全』というものが置かれてあるブース。空中に浮かんでいる分厚い本のある所に案内され、

 

「これが『魔法大全』というもので……、ほぼ全ての魔法の種類や効果について収められた物なんだ。魔法にも自分に合う、合わないといった相性が存在するから、それも含めてどんな魔法があるのか見てみるといいよ」

「因みに……、魔法に才能がねえと、使えねえからな?ま、コウは見習い魔法使いになれたそうだし、才能については心配ねえか……」

 

 レンやグランに教えられるがままに、『魔法大全』を手に取り、そっとページを開いてみる。

 

(古代魔法、精霊魔法、召喚魔法……。それに、神聖魔法に暗黒魔法、最後に生活魔法か……。しかしこれは……)

 

 想像以上に数多くの魔法が収められている『魔法大全』を見ながら、嘆息する僕に、

 

「どう?何か理解できる魔法とかはある?」

 

 そう言って覗き込んでくるユイリ。同時に模擬戦の為、シェリル達に預けていた小鳥も再び僕の肩に戻ってくる。

 

「理解できる魔法って……、これを見ただけで魔法を覚えられるって事?」

「そうじゃなくて……、全く覚えられない魔法に関しては、見ただけでこれは自分には使えないとか、わかるでしょ?私が訊いているのはそういう事なんだけど……」

 

 ええと……、ちょっと何を言っているのかわからないな……。

 

「『魔法大全』に載ってる魔法って、それぞれ効果の下に多分、使用する為の概念みたいのが書かれているよね?今の僕には、そこのところがいまいちわからないけれど……、それってその魔法は覚えられないっていう事?」

 

 そうだとしたら、僕はこの『魔法大全』に載っている魔法は覚えられないって事になってしまうけど……。

 

「ええ……?いえそれは、貴方がその魔法を理解すれば使用できるようになるという事でしょ?そうではなくて、見ただけで自分には使えそうにないとか、わかるものはない……?」

 

 見ただけで使えないとわかる……?要するに拒絶反応みたいなものが見ただけで起こるって事なのか?

 

 もう一度『魔法大全』をパラパラと捲ってみるも、そういった感覚には陥る事はなかった。

 

「嘘……。じゃあ、仮に全ての暗黒魔法なんかも、使い方を理解さえしてしまえば、使えるようになるって事……?それ、魔族が使うような反転魔法なんかも書かれていると思うけど……」

「僕も全部の頁を見た訳じゃないからさ……、もしかしたら、ユイリが言っているような使えない魔法もあるかもしれないし……」

 

 彼女の言葉が正しければ、一応は魔法を使える事が出来るかもしれないって事か……。まぁ、問題はどうすれば使えるようになるかって事だけど……。

 

「……魔法は、それがどのような原理で成り立っているか、それを理解されて、その根源にある『言霊(ことだま)』と、ご自身のMPから大気中の魔法を使用する素である『魔力素粒子(マナ)』を掛け合わせる事で、はじめて使用する事が出来ます……。もし、コウ様が精霊魔法にも適性があるようでしたら、後でお教え致しますわ。精霊魔法は、精霊を探知する事さえ出来れば、比較的に覚えやすい魔法ですから」

「……その、精霊が何処にいるのかを感知するのが、一番難しいと聞きますけど……」

 

 シェリルの助言に、苦笑しながら補足するユイリ。だけど、そう言ってくれているんだし、魔法の件はシェリルに後でお願いしようかな。その旨を彼女に伝えると、嬉しそうに「お任せ下さい」って返される。

 

「それと……、この『魔法大全』に載っていなさそうな魔法は、覚えられないのかな?」

 

 見過ごしたかもしれないけれど、この『魔法大全』には重力を操る魔法までは書かれていなかったと思う。僕が覚えられるなら、一番最初に覚えたいと思った魔法が『重力魔法』だったんだけど……。

 

「それなら……、自分で作るしかない。自分の知識が正しいもので、その原理を理解し、言霊(ことだま)を掴めれば、新しく『独創魔法』として登録できるかもしれないよ。最も……、今まで僕は『独創魔法』を使用できるという人に会った事がないから何とも言えないところだけど……」

 

 少し困ったように、話すグラン。事実、この魔法屋にも殆ど使われた事がないが、『独創魔法』を新たに『魔法大全』に登録する場所もあるみたいだし……。

 

 他にもここには、自身の持っている道具を渡してポイントに変え、そのポイントを貯めて、ここでしか手に入らない魔法の道具と交換できる『交換所』や、魔法力を回復する魔法薬(エーテル)等を売っている窓口もあり、僕も数本の魔法薬(エーテル)をグランたちから手渡される。

 

 後は、自分の武器や防具、装飾品に魔力を付与(エンチャント)出来る『魔力付与職人(エンチャンター)』もここにいるようだし、宿屋なんかにあったガチャ等を動かすのに『魔力素粒子(マナ)』を動力として管轄している部署もあるようだ。

 

 ……因みに、ガチャの筐体もある。また、引いてみようかなと思ったけど、またユイリ辺りに止められちゃうか。

 

「最後に、ここで能力(スキル)を詳しく教えてくれる『鑑定所』もある。……覚えている能力(スキル)で確認してみたいものはあれば、ここで聞くといいよ」

 

 グランはそう言って、『鑑定所』について教えてくれる。能力(スキル)の鑑定か……。とはいうものの、現在の僕の能力(スキル)でいまいちわからないものといえば……、

 

(この、『自然体』ってやつか……)

 

 他の能力(スキル)は見てみると、ある程度の解説が出てきたけれども、この『自然体』に関しては、全くわからない。僕としては、その名前から最初、馬鹿にしているのかとも思っていたけれど、先程、自身の状態異常が改善されて、その時に確認した際のあの文言、

 

 

 

能力(スキル)が目覚める前に侵されていた、『視力低下』、『栄気偏り』、『高ストレス』は解消され、もう再び異常に罹る事はありません≫

 

 

 

 これを単純に考えると、やはり状態異常に罹る事はなくなるってものだろう。それに、もしかしたらだけど、シェリルに掛っていた『認識阻害魔法(コグニティブインヴィテイション)』を解除してしまったのも、これが作用した、なんて事はないだろうか……?

 

「……コウ。気になっていたのだけど、貴方、他に何か能力(スキル)を持っていない?それも、今日新たに覚えたものではなくて……、このファーレルに召喚された際に、はじめから能力(スキル)があったんじゃない?」

 

 ちょうど、僕が考えていた事を訊いてくるユイリ。だけど、わざわざ調べて貰う事でもない気はするけど……。

 

「はじめから覚えていた能力(スキル)というと……、『自然体』の事?多分これ、状態異常に罹らないって奴だと思うよ?最初から『視力低下』や『栄気偏り』等の異常を抱えていて、何が自然体だ、って馬鹿にしていると思ったけれど、先程、聖女様に浄化して貰った際に、何かそれらしい事が表示されていたし……」

 

 僕の返答を聞き、彼女は小さく、「自然体……」と呟いていたけど、新たに調べる必要はないとグランに伝える。

 

「わかった。じゃあ、そろそろ出ようか。実はこの後、コウに顔を出して貰いたいところがあるんだ」

「顔を出して貰いたいところ?」

 

 聞き返す僕に、グランはにっこりと笑って、こう答えた。

 

「うん、この国が誇る大賢者様のところに、コウも一緒に来て貰いたいんだ」



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第14話:大賢者の試し

 

 

 

「大賢者ユーディス様、ね……」

 

 魔法屋を出て大賢者の住む館を目指す途中……、

 

「すまないね……、コウ。ただ、大賢者様も君に渡したい物があるという事なんだ」

 

 グランは僕の独り言に反応して、謝罪の言葉を口にする。

 

 渡したい物と言われてもな……。大賢者ユーディスは王女様の魔法の師とも云われているらしいんだけど、もう既に王女様からは充分過ぎる程良くして頂いているからな……。これ以上何かを貰うというのも……。

 

「着いたわ、ここが大賢者様の館よ」

 

 あれこれ考えているうちに目的の場所に辿り着いたとユイリから言われて見てみると、

 

(立派な建物だけど……、なんだろう、何処か草臥れている印象を受ける……)

 

 最も、ここに立ち尽くしている訳にもいかないので、使い古しているような趣のある大賢者の館に足を踏み入れようとしたその時、

 

「ん……何、お客さん……?」

 

 そう言って館の中から出てきた人物……、一見して大賢者の弟子なのだろうか、そう思われる女性が僕たちの前に現れた。

 

「ええと……、実は、僕たち、大賢者様に呼ばれていて……」

「ああ……、勇者様ご一行ね。ユーディス様から聞いているよ」

 

 全身を紺色のローブを頭まで羽織っている、魔術士風の女性はそう答えると、何故かその蒼色の瞳が僕をまじまじと見つめてくる。

 

「あ、あの……何かな?」

「ああ……、ちょっと聞いていた風貌と少し違っていたからね。ゴメンゴメン!」

 

 謝罪しつつローブを下ろし、その水色の髪を揺らしながら、

 

「ボクはレイア……、ユーディス様の弟子の一人だ。キミが、王女の言っていた勇者殿だろう?」

「……勇者かどうかはわからないけどね。僕は、コウ。宜しくね」

 

 王女様からどんな話を聞いていたのかは知らないけれど……、と彼女の自己紹介に答える。でも、どうしてだろう。彼女とはあまり、初対面のような気がしないように感じるんだけど……。

 

「大賢者様に挨拶に来たのだけど……、いらっしゃるかしら?」

 

 そこに控えていたユイリが、レイアに対してそう問い掛けると、

 

「ああ……ユーディス様なら今、自室に籠られている筈だけど……」

 

 少し歯切れが悪いような彼女の言葉が返ってくると、ユイリやレン、グランまで顔色が変わった気もする。

 ……うん?どういう事?部屋にいるのなら行けばいいだけでしょ?

 

「その……、大賢者様のお部屋は幾層にも張り巡らされた回廊を越えて行かないといけないのよ……」

 

 多分、貴方には辛いと思うわ、なんて呟くユイリ。

 は?何それ?辛いってどういう事?

 

 それを聞いてますます意味がわかっていない僕に、

 

「うへぇ、あそこに行くのかぁ……。魔力が少ない俺には辛いんだよなぁ……。俺、待ってていいか?」

「駄目ですよ……。魔力について慣れていないコウも行くのですよ?そんな勝手が許される訳がないでしょう……」

 

 レンとグランのやり取りを聞いて、ますます帰りたくなってくる僕。というよりも、僕が行く事が当然みたいになっているけど、それって強制なのかな?出来れば挨拶して欲しいくらいだったら日を改めたい気分なんだけど……。

 そもそもな話、何で人を呼んでおいて、そんな直ぐに行けないところで待ってるの?人を舐めているのか、大賢者。

 

「……じゃ、悪いけどボクに付いて来て。出来るだけ最短のルートを通るようにするから……」

 

 上手くとんずらできる口実を考えていた僕に対し、無慈悲にもレイアは案内すると称して、館の扉を開けてしまい、帰るとは言い出せない状況となってしまう。ユイリたちも館に入って行ってしまい、傍に控えていたシェリルも入らないのですか、というような視線を感じる……。

 

(仕方ないか……、まぁ、死ぬわけじゃないんだし、何とかなるだろう……)

 

 そう観念するように、僕もシェリルと一緒に大賢者の館へと足を踏み入れるのであった……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……これ、何時まで続くの……?」

 

 レイア曰く、『無限回廊』という大賢者への部屋を目指し、どれくらいの回廊を越えたのかわからない。1つの回廊を抜けるたびに精神を大きく削られるような感覚に襲われ、それがMPを消費しているという事がわかり、先程自分が館に入る決心をした事を早くも後悔し始めていた。

 ……むしろ、何とかなるだろうと思った数分前の自分をぶん殴ってやりたくなる。

 

「あと少しで、ユーディス様のお部屋だと思うけど……」

 

 レイアはそう言うが、先程も同じことを聞いて、既に数十回廊は抜けているような気がする。事実、レイアとシェリル以外は、MPを回復させる魔法薬(エーテル)を使用しており、特に僕とレンがいくつの魔法薬(エーテル)を使用したかはもう覚えてもいない……。

 

 MPが0になると、死にはしないものの、とても立っていられないような疲労感でまともに考える事も出来なくなる状態になる代わりに、そこからMPを全回復させると最大値を増やせると聞いてからは、敢えてMPを使い切ってから魔法薬(エーテル)を飲むようにしていたのだが、こう何度も何度も死にたくなるような感覚に襲われるのは、もうそろそろ耐えられそうになかった。

 

 再び、MPが底をつくような感覚に襲われ、魔法薬(エーテル)を取り出していると、

 

「……ごめん」

 

 そんな時、前を歩いていた筈のレイアが立ち止まり、居住まいを正しながら謝罪する。

 

「ど、どうして謝るの?別に、君が悪いわけじゃ……」

 

 悪いのは大賢者。呼び付けておきながら出て来ない礼儀知らずであって、レイアが悪い訳ではない。そう伝えるも、

 

「ううん、そうじゃない……。そうじゃなくて……、キミが、この世界に召喚されたこと……」

 

 立ち止まったまま、レイアは続ける。

 

「ボクたちが『招待召喚の儀』を行わなければ……、キミがこのファーレルに呼ばれる事もなかった。ずっと研究され続けてきた『招待召喚の儀』が今回のような結果になってしまって、ボクたち魔術士の……」

「……いいんだよ、レイア」

 

 そのまま謝罪し続けるレイアを、僕はやんわりと止める。

 

「謝らないで、レイア。それは、君が謝る事じゃない。勇者の召喚というのは、この国で、ファーレルで決められた事なんだろ?そうしなければ、世界が滅びるというのなら……『招待召喚の儀』を行うのは当然だよ」

 

 まして、本来の『招待召喚の儀』は、召喚されるべき勇者が自らの意思によってこの世界に呼ばれるという比較的健全なもののようだし、それをずっと研究し続けてきた魔術士は誇られる事はあっても、蔑まれる事はないはずだ。

 

「今回の召喚は……、ある意味で事故のようなものだ。僕としては不本意な形でこの世界に召喚されてしまったけれど、ストレンベルク王国や王女様は誠実な対応をしてくれている。元の世界に戻る方法も探ってくれると約束してくれた。だから、僕は出来る事をするだけだから……」

「……ありがとう」

 

 それでも責任を感じているのか、儚く笑うレイア。その様子が叱られてしゅんとなっている子犬のような印象を受ける。

 

 そんな彼女を慰めようと無意識にも手をレイアの頭に持っていこうとして、

 

「コ、コウ!ちょっと待ってっ!」

 

 彼女に触れるかといったところで、ユイリより慌てた感じでストップがかかる。び、吃驚した……。

 

「な、何、ユイリ、どうかしたの?」

「あ……その、用があった訳じゃないのだけど……ッ」

 

 何やら落ち着かない様子のユイリに、何事かと訝しんでいると、

 

「……ユイリ、吃驚するじゃない……。一体、どういうつもり……?」

 

 何処か気分を害したらしいレイアが、ユイリに詰問する。2人は知り合いのようで、レイアの様子も先程と少し雰囲気が違うような気もするけど……、

 

「い、いえその……、つ、着いたようですから……」

 

 そう言ってユイリは前方を指さすと、そこには今までと明らかに違う扉が、目の前に現れていた。どうやら、漸く目的地に着いたらしい。

 

「はぁーっ、やっと着いたかぁ……。きつかったぜ……」

「……ホントだね……もう、クタクタだよ……。レイア、案内してくれるかい?」

「あ、そうだね……。ごめんごめん、じゃあボクについて来て……」

 

 レンと同じく辿り着いた安堵感で、座り込みたい気分ではあったけど、さっさと要件を済ませたい事もあり、レイアに案内を頼む。

 まだ、ユイリに対し思うところはあったようだけど、僕の言葉に気を取り直してレイアは一層変わった造りをした扉に手を掛け、音を立てて開いていった。

 

 

 

 

 

「済まなかったのぉ、勇者殿……。ついつい招待したことを忘れてしまっておったわ」

 

 すまんと言いながら笑って、自分を呼んだのを忘れていたと聞き、思わずカチンときた自分を抑えつつ、いえ……、と大人の対応をする僕。

 ……やってくれたな、このジジィ。心の中で目の前の大賢者に悪態をつきながらも、話を聞くために、目の前の齢100歳は越えていそうな老人に話の続きを促す。

 

「ワシはユーディス。大賢者などと大層な名で呼ばれとるが、実際は魔法に詳しいだけのしがない隠居ジジィじゃな。あんまり畏まらんでよいぞ。堅苦しいのは好きではないし、時間も勿体ないのでな」

「そうですか……、初めまして大賢者様。僕は勇者ではなく、唯の一般人です。会う必要もないモブAで御座います。恐らく、間違えて呼んでしまわれたのでしょう。時間も勿体ないですし、もう帰っても宜しいでしょうか、ジ……大賢者様?」

 

 呼び付けておきながら、仰々しく振舞っていて、それなのに畏まるな?時間も惜しいという事だし、顔みせも挨拶もそこそこにして、さっさと切り上げよう。そう思った僕はわざと堅苦しく挨拶をする。

 ……最後、つい本音が出てジジィと呼んでしまいそうになったが。

 

「面白い奴じゃのう、お主。間違いなく呼んだのはお主の事じゃ。ワシはそんな間違いはおこさんわい」

「御冗談を……。呼び付けておきながら忘れてしまわれる老いぼれ……、コホン、大賢者様がよくそんな事を宣われますね……。20数年ですが、生きてきて初めて聞きましたよ。そんなジョークを」

 

 この国の大賢者と呼ばれる人間に対し、褒められた行動では無い事は理解しているのだけど……、なんか本音が止まらない。何とか丁重な対応をして少しでも早くこの場を後にしようと思っているのだけど……。

 

 もしかして……、何か魔法でも使われている?

 

「ふむ……思ったよりも早いのぅ。もう気付きおったか……。中々に感がさえる奴じゃ」

「……これも魔法、ですか……。流石、大賢者様とあって、油断ならない人ですね」

 

 今、自分の心を察した事といい、感情を発露させた事といい……、この世界にきて以来、僕はこの人物を最大限に警戒する。

 

「なに、誉め言葉と受け取っておこう。職業柄、相手を知る為に本音を出させる事がワシの生業となっておるからのぅ。それで、自己紹介はしてくれんのか、勇者殿?」

「……貴方のような人がいるから、本名を明かしたくないと思うのですよ。……もう知っているでしょうが、コウと名乗っております。それ以上は明かせませんよ?」

 

 僕は、溜息をつきながら、そう答える。

 もし、記憶を探られる魔法を使われていたらバレるだろうが、それはもう諦める。最も、今まで知られていない事から、その心配はないだろうけど……。

 

「随分と嫌われたものじゃのう……。まぁ、偽善に満ち溢れた者よりはいくらかマシじゃがな」

 

 ふぉっふぉっと、老人特有の笑い声をあげながら、僕を覗き込んでくる。僕はまた溜息をつくと、

 

「……僕は聖人君主ではありませんよ。出来るだけ表には出さない様心掛けてはいますが、苦手な相手とは避けるようにしてきたんです。貴方のような人とは、僕としてはあまり付き合いたくはありませんよ」

「随分と正直じゃな。この世界に来て、お主、偽りを口にした事はないのではないか?」

 

 はっきりと拒絶を伝えたのに、逆に問い掛けてくる大賢者。このやり取り、何時まですればいいんだ……。

 

「……見知らぬ世界、それも魔法という全く未知の存在があるこのファーレルで、嘘を口にするほど僕は愚かではありませんよ。それが嘘だとバレたら、自分の信用はガタ落ちになりますからね……。だから僕は、出来るだけ心をオープンにしていこうと思っているだけです」

「それは、自分が元の世界に戻る為の、お主の処世術ということか?」

 

 そこまでわかっているなら……、僕はこの老人の言葉に頷き、

 

「ええ、元の世界に帰る為に、僕は出来る事はすべてやろうと思っているだけです。巻き込まれたかたちでこの世界にやってきてしまった僕は、混乱する中でどう行動すれば自分の望む結果になるかを必死に考えました。間違って召喚された僕が元の世界に戻る方法……。それが、出来る限り相手を理解し、状況を理解して、此方に呼ばれた原因を解決し、代わりに自分を元の世界に戻してもらう……。それが、最善であると考えたのです」

 

 この世界に召喚されてまだ1日。未だ動揺し、本当に元の世界に戻れるか不安でしかないが、やれることをやるしかない。そう思って行動しているのだ。わずか1日で、色々な事があったけど……。

 

「じゃから、お主にはこの世界における執着はないのじゃな。星銀貨の件しかり、そこのエルフの姫君の事もしかり、王女に渡した指輪の事もしかり……。金、色、宝と、いずれにしてもお主は執着を示さなかった。お主の言う通り、聖人君主などはこの世に殆ど存在するものではない。人は皆、心に闇を抱えておるものじゃからな。であるからワシは……お主の事を見極めようと思ったのじゃが……」

「……いずれ元の世界に戻る僕が、このファーレルに未練を残す訳にはいきませんからね……。あの指輪がどんな価値のある物だったかは知りませんが、それならばこの世界で役にたって貰った方がいい……」

 

 それに、あれは星銀貨を闇の勢力に渡してしまったという罪悪感もあった。だから、あの指輪を渡した事に後悔はない。

 

「……そこまでして戻りたいのか?その……元の世界にさ……」

 

 そんな時、今まで黙っていたレイアが、ポツリと僕にそう問い掛ける。

 

「王女が帰還の魔法を研究しているとはいえ……、帰れるかどうかの保証は、何処にも無いのだろう?元の世界がどれだけいい世界だったのかは知らないけれど……、コウは勇者として優遇される事が保証されると聞いている。その優遇を放棄してでも……元の世界に帰りたいのか……?」

 

 レイアの言葉に、僕は目を閉じて帰るべき理由を思い浮かべる……。

 

「……元の世界は、地球は決して住みやすい場所じゃなかったよ。空気は汚いし、環境は汚染され続けて……、最近は隣国との兼ね合いも悪く、いつ最悪な事が起こるかもわからない状況だった。それに、このファーレルとは違って、病に侵されたら治ることなく命を落とすといった事もあって……、それで、僕は家族や幼馴染、友達を亡くしているし。仕事も決して楽ではないしで、毎日疲れ切った生活をしていたよ……」

「そ、そんな場所だったら……、尚更帰らなくたって……」

 

 僕の言葉を聞き、彼女が声を少し荒らげながら詰め寄ってくるのを見ながら、でも……と続ける。

 

「それでも、僕は自分の生まれた地球に帰りたいんだ。自分をここまで育ててくれた病気がちの両親、色々と公私において苦難を共にした友人たち、そして……生きたかったのに死んでしまった人たちの分まで、僕はあの世界で生き続けなければならない。まして、父は病でいつどうなるかもしれぬ身……。だから僕は、1日も早く……絶対に元の世界に帰らないといけないんだっ!」

 

 僕の心の底からの叫びに、暫く場が静まり返る……。部屋の中のいくつかの実験中だったのだろう、フラスコ内の液体がボコボコと立てている音しかしない室内。

 やがて、その沈黙を破るように大賢者が問い掛ける。

 

「主の思いはわかった。じゃが、お主が勇者として呼ばれた以上、その役目を果たすまでは帰れぬ。それはわかっておるのか?」

「……苦労して行われたのでしょう『招待召喚の儀』で、この世界の危機というものを払うまでは戻れない……。流石にそれはわかります。ですが、今回の儀式は僕を含めて2人……。だから僕は、もう一人のトウヤ殿こそが勇者であって、僕は違うと申しているのです。だから、僕の出来る事をする……。私がこの世界に来てから申し上げ続けている事です」

 

 僕の答えにも大賢者は首を振る。

 

「お主こそが勇者であるとは考えられぬのか?儀式に応じた我が弟子でもある王女は、其方こそが勇者であると信じておるかもしれぬぞ?」

「…………僕は、勇者なんて器ではありません」

 

 僕はそっと今までの自分の人生を振り返る……。

 

「……僕は自分の身の程はわきまえて居るつもりです。僕は、何か大きな事を成すような特別な人間じゃない……。王女様は、この国を王族として、また勇者を召喚する使命を帯びて今まで生きて来られたのでしょう?ここにいるシェリルだって、エルフの姫君として……、ユイリやグラン、レンに至るまで、それぞれの家庭で、今に至るまでに形成されて、このストレンベルクにおいて重要な人物となっています。ですが……」

 

 今までの人生が浮かんでは過ぎ去っていくのを心の中で儚く思いながら、

 

「僕が生まれて25年……、ごく一般の家庭に生まれ、ごく一般の生活をしてきました……。だから、ごく一般的な人生を送るのが、僕の一生であると確信しております。それが、いきなり勇者だなんだと言われても、受け入れられるものではありませんよ」

「じゃから、勇者としてではなく……、自分の出来る事をする……。そういうわけか?」

 

 問答を繰り返しているうちに、自然と大賢者に対する悪感情も無くなり、自身の胸の内を正直に伝えられるようになっていた。僕は、はいと答え、

 

「この世界は、僕に対して誠実に応えてくれました。右も左もわからない者に、多額の金銭を用意し、護衛もつけてくれ……、元の世界に戻れる可能性も示してくれました。あまつさえ、ずっとこのままだと思っていた、このファーレルで状態異常として、浄化もして貰いました。それらの恩を受けながら、そのまま帰るという訳にはいきません。『恩を受けたら必ず返せ』というのが父の口癖でもありました。だから……、私はこの世界で、自分の出来る事をするつもりです。元の世界に戻る事が、僕の一番の目的である事は変わりませんが……」

「……あいわかった。主の事、このユーディスがしかと見極めさせて貰った……」

 

 僕の返答に大賢者は頷くと、何やら手袋のような物を自分の前に出現させる。

 

「それは、『マジックシューター』と呼ばれる魔法工芸品(アーティファクト)じゃ。我が弟子たちに持たせている魔力増強の効果のある一品じゃが、其方にも与えよう……。お主には魔法の才能もあるようじゃ。それを助けるもの、そう思ってくれたらよい」

「……何故、このような物を……?先程、申しました通り、僕は勇者ではないかもしれないのですよ?」

 

 目の前の『マジックシューター』を眺めながら、そう言う僕に、

 

「お主が何と言おうと、其方には勇者の資質はある。そして、その勇者殿が出来る事をすると言うのであれば、今の状況は当然のものと思われるが?」

 

 先程までの、何処か僕を試すような雰囲気は既に感じられず、ただ僕を一人の勇者として扱う大賢者の言葉に、

 

「……わかりました。後で返せと言われても、返せませんよ?それでも、いいんですね?」

「ああ、構わない。好きに使うといい……。先程までの、非礼の詫びじゃ」

 

 そこまで言われると受け取らざるを得ない。僕は苦笑しながら、その『マジックシューター』を受け取る。

 

「身に着ければ効果は発揮されよう。……ワシの方でも、其方が元の世界に戻れるよう、研究を重ねておく。王女も自身の名前をもって誓ったようじゃから、ワシもこの大賢者の名……『ユーディス・ウル・アルファレル』の名において誓おう……」

「……有難う御座います、大賢者様」

 

 此方の非礼も詫びる様に一礼すると、大賢者は、

 

「その奥の魔法陣で、一瞬で館の入り口に戻れる筈じゃ。レイア、勇者殿たちをお見送りするように」

「は、はい……、ユーディス様っ!」

 

 弾かれる様に反応したレイアは、僕たちを魔法陣まで導くと、詠唱を始める。そんな時、僕に向かって大賢者が何かを投げてくる。咄嗟に受け取ると、何やらブレスレットのようであった。

 

「こ、これは……」

「それも持ってゆけ。ここにあっても意味のないものじゃ。同じように身に着けておけば、効果もわかるじゃろう……」

 

 その言葉と同時に、レイアの魔法は完成し、大賢者の部屋から転移する。……全く、最後まで喰えない人だ……。転移の間際に見た大賢者の表情に、僕は苦笑いを浮かべながら魔力酔いに近い感覚に身を任せた……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「レイファよ……、お主の言うように、あの者は間違いなく勇者じゃ……」

 

 コウ達が去り、誰もいなくなった部屋でひとりごちる。

 

 敢えて無限回廊に臨ませたり、あの若者を挑発するようにして本音を出させるように仕向けたのは全て彼がどういう人物であるかを見極めるため。会合で聞いた彼の行動に、どうしても全体像が見えてこなかったが故に、王より依頼された人物調査……。

 また、弟子であり、儀式の中軸でもある王女が感じているであろう勇者の資質が、確かなものかをどうかを判別する役目も担ったのだ。

 

「『招待召喚の儀』において、お主の状態からも、あの者と勇者として結びついておるのじゃろう……。しかし……」

 

 彼の者の心、その望郷の思い……。かつての勇者たちと違うただ1点の例外……。恐らくお主の想いは……。

 

「……いかんいかん。今考える事でもなかったのう。まずは、この世界の危機を排する事が先……。ついてはレイファの言う通り、帰還の魔法の研究をせねばのう……」

 

 あの若者とも約束したしのう……、そう思い直すと、ワシは今一度、大賢者の名において意識を集中させ……、部屋内のかつてない程の『魔力素粒子(マナ)』が満ちるのを感じながら、思考の渦へと落ちていった……。

 

 



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第15話:取り引き

 

 

 

「ボクも……探すよ、キミが元の世界に戻れるように……」

 

 大賢者の館から出て、ここまで案内してくれたレイアにお礼を述べた際、彼女からそのような事を言われる。

 

「……さっきは、悪かったね。キミの事情も知らないで……」

「先程から謝ってばかりだね、レイア……。大丈夫、気にしていないよ」

 

 明るく活発の印象を与えてくれる彼女から、そんな神妙な様子で謝られると、調子が狂ってしまう。僕がそう答えると、

 

「う……五月蠅いな!でも、有難う……。ボクも、何かわかったらキミに知らせるからさ。気軽に尋ねてきてよ。魔法の事だったら答えられると思うからさ」

 

 こう見えても、あのユーディス様の一番弟子だしっ!調子を取り戻したように元気よくそう告げる彼女に、

 

「わかった。その時はお願いするよ。よろしく、レイア!」

 

 僕が差し出した手を取り握手するレイア。照れくさそうにはにかみながらも、

 

「うんっ!此方こそよろしく、コウッ!」

 

 先程、魔法屋で転職して覚えた通信魔法(コンスポンデンス)で、魔法の使い方と連絡方法を教え合い、館を後にする……。

 

 

 

 

 

「さて、と、今日行くところは一通りまわった事だし……、本日は解散しようか」

 

 大賢者の館を出てすぐ、グランがそう提案する。

 

「解散って……、ギルドに戻らなくて大丈夫なの?」

 

 何といっても、今日は初日だし……。現地解散でいいのだろうか。そう思っていると、

 

「今日は色々あって疲れているだろうしね……。特にコウは初めての魔力酔いに加えて、状態異常の浄化、大賢者様のところでの無限回廊越えと、色々体験している事だし、僕から隊長やフローリアさんに伝えておくから……」

「そうしてくれると助かるぜ……。何時になっても慣れねぇ、拷問のようMP切れの連続で、もうへとへとだしな……」

 

 レンはそのまま、もう動かないぞと言わんばかりに座り込む。そんな様子を苦笑しながら、

 

「……レン、貴方は僕と一緒に戻るんですよ。座り込んでいないで、立って下さい……」

「うぇっ!?冗談はよせよ、もう動けないっつうの!」

 

 情けない声をあげながら抗議するレンに対し、フローリアさんに報告しますよと話すグラン。途端に顔色が悪くなるレンに苦笑しながら、

 

「レン、それにグランも……。今日は、有難う。それじゃ明日、直接ギルドに顔を出せばいいのかな?」

「ええ、今日はゆっくり休んで貰って……、明日の朱厭の刻には『王宮の饗宴(ロイヤルガーデン)』へ来て下さい。ユイリがお二人に付くとは思いますが、宜しくお願いしますね」

 

 朱厭の刻というと……、確か午前9時くらいの時間だったかな……?なんか、仕事に行ってるような錯覚を覚えるけど、元の世界に戻った時の事も考えると、そういう時間間隔に慣れておいた方がいいのはわかる。

 

「うう……仕方ねぇ、フローリアさんにどやされるよりはマシか……。正直、もう動きたくねぇくらい疲れたんだけどな……」

「仕方ありませんね……。今日のところは『彼』を呼びますか……」

 

 なかなか動き出そうとしないレンの様子に、グランは溜息をつくと、何処からか笛のようなものを取り出し、口に当てる。……音は聞こえないないのは、その笛が犬笛のようなものだからだろうか……。

 何を呼んだのかというと、それは直ぐに明らかになる……。

 

「うそ……、あ、あれは……!」

 

 地球には存在しなかった、空想上の幻獣……。その中でも最強の幻獣として伝えられてきた存在……。

 

「……紹介するよ。『彼』はテンペスト……。竜騎士である僕の相棒で……、飛竜(スカイドラゴン)だよ」

 

 グランの紹介とともに、低い唸り声をあげる竜に、今まで眠っていたのか小鳥が僕の服から肩へと飛び出し、驚きながら激しく羽をばたつかせていた。

 

(ドラゴン)……か。初めて見たけど……、凄いのを従えているね。この世界では当たり前の事なのかもしれないけど……」

「竜騎士は、この世界にも数える程しかいないわ……。それだけ(ドラゴン)の心を掴み、従える事は困難とされているの。レンはこの国でも3人しかいない、飛翔部隊の部隊長でもあるのよ……」

 

 グランは首を垂れながら騎乗するのを待っている竜に飛び乗って跨ると、

 

「ほら……、行くよ、レン。早くテンペストに乗ってくれないかな?じゃないと、竜に咥えて貰って運んでもらうけど……」

「じょ、冗談じゃねぇ!ったく、わあったよ……。コイツ、あまり俺を乗せるの好きじゃなさそうだから、乗り心地は悪いんだけどな……」

 

 文句を言いながらも、(ドラゴン)に飛び乗るレンに、一瞬暴れるような素振りを見せるテンペスト。そんな飛竜(スカイドラゴン)を宥める様にその空色の鱗を摩ると、落ち着いたように一声鳴いて、その大きな翼を羽ばたかせながらゆっくりと空中へ舞い上がる。

 

「じゃあ、コウ、それにシェリル姫も……!また明日、ギルドで会いましょう!」

「お、おい、グラン……!ちょっとスピード緩めろよ!?」

 

 (ドラゴン)が飛翔し、その姿は小さくなっていく……。

 しかし(ドラゴン)なんてね……。街の周りの人たちも騒いでいなかったのを見ると、グランの(ドラゴン)は認知されているのか、それとも(ドラゴン)自体が珍しい存在ではないということか……。

 

「グランはこのストレンベルクが誇る英雄でもあるからね……。彼がテンペストと共に押し寄せた魔物の群れを討伐する姿が街の住民たちにも周知されているから、崇められこそすれ、恐れられる事はないわ」

 

 僕の疑問を答えるように、そうユイリが説明してくれる。

 成程な……、『王宮の饗宴(ロイヤルガーデン)』とは別に王国の騎士団としても、席を置いていて、それも英雄に近い知名度があると……。まさしくエリートといったところだろうか……。

 彼にそんな印象を抱いていた、そんな時……、

 

「うわっ、な、なんだ!?」

 

 いきなり自分の目の前に何やらアイテムのような物が出現した。僕の驚愕した声に、ユイリやシェリルも警戒するように、自分の前に浮かんでいるアイテムを凝視する。だけど……、その後変わった様子は無い。

 

「……取れって事なのか……?」

 

 恐る恐る目の前のアイテムに手を伸ばすと、すっと手元に収まる。すると、何やらそのアイテムの名称やらが頭を過ぎる。

 

 

 

『ミスリル』

形状:素材

価値:A

効果:銀色の光沢と鉄を越える強度を兼ね備えた金属。

 

 

 

「『ミスリル』……?ゲームとかで出てくる、あの……?」

「『ミスリル』ですって!?何でそんな物がいきなり……!」

 

 僕の呟きに、驚きでもって応えるユイリ。訳が分からないのは僕も同じ事で、何でいきなりこんな物が出現したのだろうか……?

 

「……コウ様。先程、大賢者様に頂いたブレスレットを、見せて頂けないでしょうか……?」

 

 ブレスレット……?彼女の言葉に従い、身に着けた腕輪を外して、シェリルに渡す。僕から腕輪を受け取るやいなや、すぐさま鑑定魔法(スペクタクルズ)を掛けてその効果を確認し……、

 

 

 

『スーヴェニア』

形状:魔法工芸品(アーティファクト)

価値:SS

効果:装着していると時々アイテムが手に入るブレスレット。手に入る確率は運のよさに比例する

 

 

 

「……やはり、このブレスレットの効果のようですね。スーヴェニア……でしたか」

 

 ……つまり、身に着けているだけで、何かしらのアイテムが手に入る……と。特に、リスクも無しに……?そもそも、何処からアイテムが出現しているんだ……?

 再びその腕輪を身に着けると、今度はすぐにアイテムが出現した。

 

(……某漫画にあった、等価交換の原則や、質量保存の法則は一体どうなっているんだ……?まぁ、全くわかっていない魔法空間にそんな事を求めても意味はないかもしれないけど……)

 

 出現したアイテムを先程のように回収した僕に、

 

「……これって、特に手に入るアイテムに回数というか……、制限はないのですか?」

「ええ……、身に着けている限りは、永続的に手に入るのではないでしょうか?」

「……今までこんな出鱈目な魔法工芸品(アーティファクト)が存在していたなんて……」

 

 こんな物が存在していると知られたら、王国どころか世界の流通に激震が走るわ……、そんな事をぼやくユイリ。

 

「運のよさに比例する、か……。だったら試してみるか……」

 

 僕は少し考えた後、傍にいたシェリルに、

 

「ねぇ、シェリル。確かさっき、何時でも転職が出来るって言っていたけど……、今も出来るかな?」

「はい……、何か別の職に就かれたいのですか、コウ様?」

 

 どうやら本当に転職が出来るみたいだ。それなら……、

 

「うん、ラッキーマンという職に就きたいのだけど……」

「ラッキーマン?何、その職業?」

 

 聞いた事が無かったのか、隣にいたユイリが怪訝そうに問い掛けてくる。

 

「ラッキーマンというくらいだから、男しか転職出来ないのかもしれないけれど……、聞いた事ないかな?」

「……そうね、そんな職業、今まで聞いた事もないわ……」

 

 そうなのか……、もしかしたら、結構レアな職業なのかもしれないな……。

 

「わかりました、そのラッキーマンという職業に変更なさりたいのですね?」

「ああ、頼むよ、シェリル」

 

 畏まりました、とシェリルが呟き、魔法を使用する為の詠唱をすると、僕の身体が光り出す。そして、ステイタス画面を確認してみると……、

 

 

 

 JB(ジョブ):ラッキーマン

 JB Lv(ジョブ・レベル):1

 

 

 

 うん、間違いなくラッキーマンに転職出来たみたいだな……。さて、僕の考え通りだとすると……、

 

 

 

『毒除けの魔除け』

形状:装飾品

価値:C

効果:装着していると毒の状態異常を防ぐ指輪。

 

 

 

 間髪入れずに、次のアイテムが出現する。それを手にした瞬間、また次のアイテムが……。

 やっぱり、運のよさが左右するんだ、このブレスレットは……!

 

「ど、どうなっているの……?次から次へとアイテムが……!」

「運のよさがラッキーマンになると、信じられないくらい上がるから……。多分このスーヴェニアって魔法工芸品(アーティファクト)と相性がいいみたいだ……ん?なんだ?」

 

 何やらステイタス画面にお知らせのようなものが出てきて、確認してみると、

 

 

 

 JB(ジョブ):ラッキーマン

 JB Lv(ジョブ・レベル):2

 

 

 

 ……ラッキーマンの職業レベルが上がったらしい。僕としては、このブレスレットの効果でアイテムを回収しているだけなのだけど、その運の良さに影響を及ぼしているという事から、ラッキーマンという職の経験値をあげているのだろう。

 このまま、アイテムを入手し続ければ……、この職業のレベル、上限まで行くんじゃないのか……?

 

「……ここだと目立つから移動しようか。幸い、『物品保管庫』の能力(スキル)があるから、アイテムの場所には困らないだろうしね……」

 

 僕の提案に、2人がゆっくりと頷き、無限に出るアイテムを都度回収しながら、あまり目立たぬ街の路地裏へと抜けていった……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……まさか、本当にJB Lv(ジョブ・レベル)がカンストするなんて……」

 

 あれから1時間程は過ぎたのだろうか……、ラッキーマンのJB Lv(ジョブ・レベル)が50になったところで、その数値の横にMAXの文字が出て、これ以上レベルが上がらない事を示した時、僕はシェリルにお願いして職業を見習い戦士に戻して貰った。

 

 

 

 JB(ジョブ):見習い戦士

 JB Lv(ジョブ・レベル):1

 

 JB(ジョブ)変更可能:ラッキーマン Lv50(MAX)

 

 HP:95

 MP:44

 

 状態(コンディション):正常

 耐性(レジスト):病耐性(一部)、睡眠耐性、ストレス耐性

 

 力   :61

 敏捷性 :67

 身の守り:55

 賢さ  :77

 魔力  :24

 運のよさ:118

 魅力  :24

 

 常時発動能力(パッシブスキル):自然体、薬学の基礎、商才、滑舌の良さ、宝箱発見率UP、約束された幸運、絶対強運、運命神の祝福

 

 選択型能力(アクティブスキル):生活魔法、運命技、戦闘の心得、初級魔法入門、学問のすゝめ、農業白書、物品保管庫

 

 資格系能力(ライセンススキル):商人の証、ダンジョン探索、幸運の女神の寵愛

 

 生活魔法:確認魔法(ステイタス)通信魔法(コンスポンデンス)収納魔法(アイテムボックス)不可思議魔法(ワンダードリーム)

 

 運命技:イチかバチか、神頼み(オラクル)、ハイ&ロー

 

 

 

 いくつかは、見習い戦士のままでも効果がある能力(スキル)を覚えたようで、それぞれ……、

 

 

 

『幸運の女神の寵愛』……ラッキーマンでなくても常時、運命神の祝福の加護を受けられると同時に、運のよさの数値を加算する

 

『絶対強運』……ラッキーマンに就いている限り、自身に不利益は被らない

 

『運命神の祝福』……ラッキーマンに就いている限り、次の効果を得る

・運が作用する能力(スキル)の効果を底上げする

・運が作用する能力(スキル)の成功率が高くなる

・運が作用する現象で、良い結果が起こりやすくなる

・戦闘の際、自身の攻撃が急所や弱点(ウイークポイント)に当たりやすくなる

・アイテムを入手する際、レアアイテムが発見しやすくなる

 

不可思議魔法(ワンダードリーム)』……何が起こるかわからない

 

『イチかバチか』……対象に相応のダメージを与える。場合によっては自分が瀕死になる

 

神頼み(オラクル)』……1日3回まで、神の啓示を受けられる。運のよさによって、その内容は変わり、失敗する事もある。運命神の祝福を受けし者は失敗する事はない

 

『ハイ&ロー』……1日1度だけ、0~9まであるカードを2枚引ける。1度目に引いた数について、その数字よりハイかローかを選択する。2度目に引いた数が選んだ通りの数字であれば、ランダムで『銅貨』『銀貨』『金貨』『大金貨』『星銀貨』『白金貨』の中から1枚手に入る。

万が一、1度目に引いた数と2度目に引いた数が同じである場合、30日間、一切の能力(スキル)、魔法等が使用できなくなる。なお、この運命技はラッキーマンに就いている時は使用できない

 

 

 

 ……職業レベルが最大の為か、随分強力な能力(スキル)を覚えたものだ……。ユイリに聞くと、職業レベルが50もあるものは、上級職という事で、そもそもラッキーマンが基本職では無かったという事がわかった。

 

 因みに……、ラッキーマンはレベルがMAXになったところで、見習い戦士に戻したのは、色々とリスクがあると思ったからだ。結局、レベルがカンストしても、HP等の数値は7のまま変わらず、運のよさだけが77777という、到底有り得ない数値になっただけで、戦闘等には向かないと判断した為である。

 恐らくは、運のよさだけでも戦えるのだろうが、自分の分まで誰かに負担が掛かってしまう事も予想された。そもそも、絶対強運の能力(スキル)がある通り、自分に不利益が被らないという事は、即ち誰かにそのしわ寄せが行くと謳っているようなもの。

 自分1人ならまだしも……、傍にいるシェリルやユイリに自分の不運のしわ寄せがいってしまう事は論外だ。

 

(……そもそも、いくら運がよくなろうと、自分の本当の望み……元の世界に戻れないのでは意味が無いのにね……)

 

 そう思うたびに溜息が出てしまう。このラッキーマンの幸運を全て犠牲にしてもいいから、元の世界に戻してくれ……。そう思わなくもない。

 だいたい、どうでもいい所で運を使ってしまって、肝心な時に運が向かないなんてなってしまったら目も当てられない……!

 

「それにしても……、随分と色々なアイテムが増えたわね……。これ、一財産を築けるくらいはあるんじゃない?」

「……そうだね、商人の職業もあるし、それもアリかもね……」

 

 冗談めかしてそう答えながら、改めて物品保管庫に入ったアイテムの詳細を見てみると、

 

 

『高級木材』×75

『加工石』×188

『アイアン』×256

『ミスリル』×87

『シルバー』×162

『ゴールド』×54

『クリスタル』×15

『サファイア』×98

『ルビー』×101

『毒除けの魔除け』×402

『麻痺除けの魔除け』×315

『サイレンスガード』×350

『天使の像』×25

霊薬(エリクシール)』×1

回復薬(ポーション)』×1763

中級回復薬(ミドルポーション)』×242

魔法薬(エーテル)』×659

中級魔法薬(ミドルエーテル)』×33

『薬草の木』×3

『毒消し』×405

『目薬』×182

『聖水』×200

『動物の餌』×179

魔物の玉(モンスターボール)』×64

『魔法の紙飛行機』×408

『銅貨』×2698

『銀貨』×884

『金貨』×62

『金塊』×14

『虹の欠片』×23

『古びた壺』×54

 

 

 

「……しかし、本当にどうしたものかね……」

 

 この大量のアイテム……、そう言いかけた時、

 

「宿屋におらんと思ったら……、なんでこないな場所におるんや兄さん、随分と探したで……」

 

 路地裏に何処かで聞いた、間の抜けたような声が響き、そちらを見てみると、昨日の闇商人、ニックが姿を現した。

 

「ああ、昨日の……、よくここがわかったね?」

 

 彼が現れた瞬間、シェリルが怯えたように僕の後ろに隠れ、ユイリが警戒するのを尻目に、僕は何でもない感じでニックに話しかける。

 

「誰が何処におるのか……、そういうのを調べんのも、ワテらの仕事やさかい……。ま、それについてはそこにいるエルフの別嬪さんが一番よくわかっとるさかい」

 

 その言葉にビクッと反応するシェリル。そんな彼女の様子に大丈夫だよと小声で伝えて、

 

「全く……、彼女を怖がらせる為に、わざわざこんなところまで来たのかい?」

「イヤイヤ、そんな訳ないやろ……、それにしても、ホンマ驚きやわぁ……。まさか、ホンマにそこのお嬢さんを奴隷から解放したばかりか……、手も出さんかったとは……。彼女から生娘の匂いがした時は、ワテの鼻がおかしなったのかと疑ったでぇ……」

 

 心底驚いているようなニック。それを聞き、カァっと顔が真っ赤になるシェリルを横目に、

 

「……それで?昨日も言ったけど、君の考えを聞こうか。次に会った時、本当に僕が彼女を奴隷から解放していたらどうするか……、実際にそれを見て、判断させて貰うって言っていたよね?」

「コウ……?どういう事なの?」

 

 ニックへの僕の問いかけに反応したのは、彼ではなくユイリだった。

 流石に昨日の小声での会話までは聞かれていなかったか、と苦笑しながら、

 

「ユイリ、教えて欲しいんだけど……、闇商人と取り引きするってなったら……、王国的にはどうするのかな?」

「いきなり何を言って……、そんな事、国として認められる訳が無いでしょう……?彼は裏の世界の人間、『裏社会の職郡(ダーク・ワーカー)』なのよ?」

 

 予想通りの彼女の回答に、僕はさらに突っ込んで訊ねる。

 

「その『裏社会の職郡(ダーク・ワーカー)』についてもどうか教えて欲しい……。闇商人と取り引きする事自体は、昨日のオークションを見ても不可能ではない筈だ。彼らの事は王国ではどのように扱っているんだ?」

 

 ユイリは僕が本気で訊いているのがわかったのか、溜息をつきながら僕に答える。

 

「……あくまで商人がという前提だけど……、王国では、闇商人と取り引きした……、もしくは取り引きした可能性があると判断された場合、商人ギルドからの追放処分を受けるわ。『裏社会の職郡(ダーク・ワーカー)』は、その全てとは言わないけれど、殆どが闇の職業……。姫を攫った盗賊や、奴隷に堕とす奴隷商人……、さらにそれらを管理するのがその中でも上級職である闇商人と言われているの。他にも取り引きが禁止されている闇世界の種族や魔族とも付き合いがあり、扱ってはいけない物も扱ったりする……。それが、『裏社会の職郡(ダーク・ワーカー)』よ」

「ま、否定はせんよ。ワテも様々な『裏社会の職郡(ダーク・ワーカー)』を体験し……、今の闇商人となったんや。綺麗事だけでは渡っていけんこの世界で、扱えるもんは何でも扱こうてきた。やが、世界がワテらを必要としとるんも、また事実や。昨日の奴隷の競売かてそうやし、需要もあるさかい……。ワテとて、この職には誇りも持っとる」

 

 そう言って、ユイリ、そしてニックのそれぞれが説明をしてくれる。つまりは、闇商人と取り引きする事は犯罪ではないが、表立っては推奨できず、それでも王国の闇として、必要ともされているという事だ。

 

「ん……?すると、ギルドに所属した僕の身としては……、彼と取り引きするという事は追放されちゃうって事かな?」

 

 所属してわずか1日……。追放されるとしたら随分と早かったな……、そんな事を考えていると、

 

「……それより、どうして闇商人と取り引きしようなんて思ったの?そもそも何の取引を……?」

「それは勿論、情報さ」

 

 ユイリからの問いかけに間髪入れずに答える僕。

 

「情報は、この世界の事を知るのに何よりも重要な要素だ。彼は……ニックは、ユイリたちも知らない裏の情報を掴んでいた。それらは……、僕のような一般人がこの世界で生き抜く為には、何より必要なものだと思う……」

 

 そう……、シェリルのいた国、メイルフィードが滅ぼされたという情報……。その概要を殆ど掴めていなかったストレンベルク王国と違い、ニックはほぼ正確に把握しているように思えた。もしかしなくても、彼らが関わっていたという可能性はあるが、それでもそういった情報が、彼らには得る術があるという事……。

 

「やが兄さん、ワテはまだ兄さんとの取り引きに応じるかはわからんで。それだけ情報(ソレ)は、ワテらにとって生命線となり得るもんや。正直な話、ワテら闇商人が、魔族たち闇のモンと繋がっとるんは生き残る為や。その魔族らを裏切ってまで兄さんと取り引きしようとまでは流石に思わんぞ?」

「勿論それはニックに判断して貰うしかないけど……、その前に僕もニックに訊きたい事がある……」

 

 取り引き云々をする以前に、僕の方でも彼に確認しておかねばならない事、それは……、

 

「君は……、この世界が滅んでもいいとか思ってない?自分さえよければ……後はどうなっても構わないとか、考えていないよね?」

「それはそうやろ。……さっきも言うたけど、ワテは一番大切なんは命や。勿論、金も大事やが、死んでしもうたらどうにもならへん……。せやかて、世界が滅びてしもうたら、ワテひとりが生き残っても、それは実質死ぬんと変わらんやろ?」

 

 まぁ、そうだろうね……。彼の言葉に頷きながら、僕は本題を切り出す。

 

「じゃあ……、昨日君達に渡った星銀貨……。あれを君達はどう扱うつもりかな?ユイリからも聞いたけど、星銀貨は魔族にとっても貨幣としての価値よりも重要な、魔法のアイテムなんでしょう?」

「……そういう事やね。ま、支障が出ないくらいには交渉するやろな。いくら奴らの魔術にブーストが掛る貴重な星銀貨言うても、あと1枚2枚で劇的に世界の均衡が崩れるいうもんでもないやろう……。そもそもこの世界に来たばかりの兄さんはわからんやろうが……、星銀貨の数自体、そんなに絶対数があるわけではないんや。多分、このストレンベルクの王宮でも、兄さんに渡したもん以外で所有しとるかはわからんもんやぞ」

 

 そんなに貴重な物を王女様は何でもないもののようにくれたのか……。そして、調べているだろうとは思ったけど、僕が儀式でこの国に召喚された勇者候補という事も知っているようだ。

 

「……それなら、今すぐにでも星銀貨が魔族に渡ってしまうって事は無いのかな?」

「……そないにおいそれと魔族に渡せるもんと違うんやわ。誤解せんといて欲しいんやが、魔族と繋がっとるんはあくまで取り引きの一環や。仮にワテらが星銀貨を大量に持っとると知られても、強引に奪われん程度には一線を引いとる。……隙見せたら一気に滅ぼされるよってな……、エルフの国、メイルフィードのように……」

 

 ……だいたい、彼に訊きたい事は聞けたかな……?僕には彼が真実を話しているように思えたし、ユイリたちが何も言わない以上、明らかな虚偽や矛盾もないようだし……。彼なら取り合えず信用できるだろう……。

 

「有難う。僕が訊きたかった事はわかったから、後はニックにとって僕を信用できるかだけど……、その前にこれを見て貰えない?」

 

 そう言って僕は、彼に物品保管庫にあるアイテムのリストを見て貰う事にする。訝しむ様子でそれを見て、次の瞬間に驚愕するニックに苦笑しながら眺めていると、

 

「……兄さん、これは……。昨日から持って……、いや、兄さんは昨日召喚されたばかりや。なら、今日1日で、これらを手に入れたいうんか……」

「実は取り引きの一環で、これらも全て捌いて貰えないかと思ってさ。一応、僕にも商人の職業には就けるようなんだけど……、今はそれよりも死なない程度に強くなる必要があるし……。そのアイテムも色んな種類があるから、どうせ一箇所で全て売り捌くなんて出来なさそうだしさ……」

 

 一件一件交渉して、売りにまわるなんて作業……、そんな事やってる時間はないし、そもそも僕の性分でもない。

 スーヴェニアでアイテムを回収している際にも思っていたことだ。これらのアイテムを捌くのならば、本職の商人にお願いする方がずっと速いし確実だ。ある程度手数料なんかでピンハネされたとしてもいいから、信頼できそうな人を探して押し付けよう……、そう思っていた。餅は餅屋というしね。

 

「因みにこれ、全部このブレスレットのおかげなんだ」

 

 そう言いながら僕はスーヴェニアを外して、ニックに手渡す。何を言ってるんだといった様子で僕からブレスレットを受け取り、またまた彼の顔が驚愕に変わる。

 

「これは……!?ちょ、なんや、この魔法工芸品(アーティファクト)は!?こんなん反則やんけ!?」

「信じられない気持ちはよくわかるよ。大賢者様が秘蔵していた魔法工芸品(アーティファクト)みたいだね……。投げて寄こされたのが、まさかこんな反則級の代物とは思わなかった……」

 

 これこそまさに、改造とかチートとか呼ばれる物であるのだろう……。

 

 そもそもアイテム自体、無から作り出しているのか、魔法空間が何処からか持ってきているのか……、いずれにしても今すぐ判明する事じゃない。だけど、商人としてみれば有り得ないアイテムの筈だ。何せ、こんなアイテムの存在が知られたら、経済や流通の動きを滅茶苦茶になってしまう恐れがあるし……。

 

「……もし僕が、この腕輪を担保に、あの星銀貨を魔族に流す事を保留して欲しいといったら……、どれくらい待てる?」

「兄さん、本気か……?ワテにこれ、預けるいうんか……?これ持っとるだけで……、軽く一財産は築ける代物やぞ?」

 

 それはそうだろうな。実際、僕もそう思っていたし……。

 

「ああ、場合によっては……というか僕との取り引きに応じてくれるのなら、譲ってもいい」

「……また、貴方は……」

 

 僕の言葉にユイリが呆れた様子で呟くも……、昨日の星銀貨の時のような拒絶反応はない。……この腕輪そのものが、世界を滅ぼしうるものには成り得ない、そういう事なんだろう。

 

「……なら、ワテからも訊こう。兄さん、昨日も言うたな、一体、何の得があって星銀貨はたいてまで購入した奴隷を解放する言うんやと……。今は兄さんの傍におるようやが、もう兄さんにはそれを留めておくもんは何もない……。しかも彼女は滅びた国のお姫さんでもあったんやろ?それを、手も出さずに解放しただけでも信じられんのに、次はこのけったいな腕輪をワテに渡す?正直、兄さんは馬鹿や思うが、唯の馬鹿やない……。一体、何考えとる?何が目的や?こんなんして、兄さんに何の得があるんや?」

 

 おちゃらけたような雰囲気ではなく、幾分真剣みを帯びた様子で問いただしてくるニック。僕もそれに応えるべく、彼に向き直ると、

 

「……僕の望みは唯ひとつ、元の世界に戻る事……。その為なら僕は何だってするつもりだ。元の世界に戻る方法については、王女様や大賢者様たちが探してくれているから、僕は自分の出来る事をする……。自分が勇者として覚醒出来るのだったら覚醒しようとも思うし、それにしたって、まだわからない事が多すぎるこの世界の情報を集める事は、必要不可欠だとも思ってる……。勇者云々は抜きにしても、死なない程度には強くもならなければいけないし、やる事が多い僕にはそれに優先順位をつけて、必要な事から最優先に行動していくしかないんだ……」

 

 そして、僕は後ろに隠れていたシェリルの肩をそっと抱き寄せ、

 

「誤解しないで欲しいけど、僕は聖人君主じゃない……。昨日のオークションで彼女を見た時、心を奪われたのも事実だし、こういった状況でなければ、シェリルには悪いけど、奴隷から解放なんてしなかったと思うし、手も出していたと思うよ。……最も、元の世界でそんな事は、起こり得なかったし、彼女のような女性に出会う事も無かっただろうけど……、そういう意味では、シェリルに出会う切欠をくれたニックには感謝しているよ」

 

 肩を抱かれながら恥ずかしそうに俯いている朱に染まった彼女を可愛く思いながらも、ニックには本音を伝えた方がいい。そう判断してぶちまけている訳だけど……、シェリルたちからは軽蔑されるだろうな。苦笑しながらシェリルから手を放し、再びニックに向き合いながら話を続ける。

 

「そのスーヴェニアは、確かに持っているだけど巨万の富を築ける物だと思う。でも、僕の目的は元の世界に戻る事……。この世界で金持ちになる事じゃない。だから、君に渡そうというんだ。……どう?これが僕の行動理由だけど……、何かおかしな事はあるかい?」

 

 僕と彼の間に沈黙が流れる。ユイリやシェリルも口を噤んでいる為、それぞれの息遣いしか聞こえる事がない……。ニックはじっと僕を見定めるように見続け、

 

「……仮に、ワテがその腕輪を持ってとんずらせんとも限らんで……、その辺の事はどう考えとるん?」

「それは僕の見る目が無かったと思うしかないな。でも、それだけだよ。僕にとってその腕輪は、偶々手に入った掘り出し物というだけであって、何に変えても手放したくない物ではないんだ。それに……、君は正式な取り引きをしてくれたし、わざわざアフターサービスと称して、護衛までしてくれた。そんな事からも、君は取り引きに際して真摯に受け止めてくれる人物だと思うけどね」

 

 そんな僕の言葉に、ニックは溜息をつくと、

 

「ハッ……負けや負け。ワテの負けや。兄さん試すつもりが……、まさかこないに馬鹿正直に自分をさらけ出すなんて思わんわぁ……、『真贋の巻物』が1つ無駄になってしもうたやないか……」

 

 そう言って彼が取り出した巻物は、もう効力を果たしたのか、真っ白になってしまっていた。

 

「いやぁ……兄さんがバカだとは思っとったが……、これは予想外や……。こないなバカやと、ワテとしてもカモにもしにくいわぁ……」

「バカバカと言ってくれるけど……、じゃあどうする?取り引きしないなら、これ、返すけど」

 

 再び彼から貰っていた個別商証(ライセンスカード)を取り出し、ニックに返そうとすると、

 

「待たんかい……、確かにワテにとってバカはカモやった。これまでも幾人ものカモから金を集めて、今の闇商人の地位にまで至ったんや……。やが兄さん、大馬鹿となっては話は別や。何より、ああも馬鹿正直にぶちまけられてはかなわへん。兄さんの目的もはっきりしとるし、それがワテの利害と一致しとる事もわかった。これなら……、リスクはあれどリターンも期待できるによってな……」

 

 そして、ニックは懐から1枚の紙を取り出すと、

 

「これは、『遵守の契約書(コントラクト・ブック)』言うてな……、これで契約を結べば、お互いが破棄を望まん限り、永久に守られ続ける契約書や。記載するんは兄さんとの取り引き……、その膨大なアイテムを引き取り、捌いた金額の3割は手数料としてワテが貰い、ワテに何某かの情報が入ったら兄さんに伝える……。情報料は、その内容に応じて決めさせて貰うが、高くてもこれくらいにするか……」

 

 その後も、戦力が必要な際は傭兵としても動く旨や、その金額、そして星銀貨の件は、スーヴェニアを担保に魔族には融通させない事と、そのスーヴェニアを預かっている間、身に着ける事を条件に、星銀貨を1枚返して貰える事になった。

 

「……こんなもんやな……、あとワテの情報を兄さんだけでなく、ストレンベルクも通すんやったら、ワテにも見返りとして正式に王国直轄の許可証も出して貰いたいもんやな。兄さんのアイテム捌くんも、それがあるかないかで変わってくるさかい……」

「それは、僕が決められる事じゃないから、ユイリに判断して貰うしかない……。この取り引きが王国にとっても利のあるものであれば、管理しているフローリアさんも駄目とは言わないと思うけど……」

 

 一通り、契約書に目を通し、ユイリとシェリルにも見て貰う。2人もそれぞれ契約書を確認して、

 

「……『遵守の契約書(コントラクト・ブック)』、本物のようですね……。内容もおおよそ間違いのないものかと……」

「……私はこの件に関しては、何とも言えないわ。まぁ、星銀貨が魔族に渡らない事や、私たちも掴んでいない情報が手に入る筋が増えるのはメリットだとも思うけど……」

 

 少し硬い表情をしながらユイリは僕に、

 

「でも、本当にいいの?この内容だと、星銀貨を取り戻さない限りあの魔法工芸品(アーティファクト)、戻ってこないけど……」

「さっきも言ったろう……?僕にとってあのブレスレットはそこまで必要な物じゃない。大賢者の気まぐれで手に入ったアイテムだったというだけで、もう充分過ぎる程恩恵を受けたし、それで新たな価値のあるものが手に入るというなら惜しむ事ではないよ」

 

 なんなら渡してしまってもいいくらいだ、そこまで考えて、

 

「そうだな……、もし僕が元の世界に戻れる事になったら、その時には自分の持ち物をニックに全て譲ってもいいよ。そうすれば君も、いずれは自分の物になるとモチベーションもあがるでしょ?」

「それに関しては微妙なところやがな、戻る前に他のモンに色々渡してしまえばええだけさかい……、ただ、このスーヴェニアが事実上ワテのもんになるっちゅうんは悪くない事やな。ええで、その内容も盛り込むさかい……」

 

 彼はそう言うと、内容を書き加えて契約書と針を差し出す。その針で僕は指先を傷つけて、血判を押す。その後にサインをして、ニックに渡すと、彼も同じように血判を押し、契約書に書き記した。

 

「契約成立やな。ほな、兄さんにも複写を渡しとくで……。これで兄さんとは一蓮托生みたいなもんや。色々助言するさかい、よろしゅう頼んまっせ……。じゃ早速やが……、さっきの保管庫からアイテム取り出して貰えるか?ワテの『豪華な魔法鞄(ゴージャス・ポーチ)』には、レベルが高くなった収納魔法と同じくほぼ無制限に入るさかい、ちゃちゃっと移し替えるで。後、素材は少しは置いとき……、ミスリルなんかは結構貴重なんや。将来、絶対に必要になってくるによってな」

 

 彼の言葉に従い、僕は物品保管庫を開く……。心強い味方?……かどうかは正直わからないけれど……、この世界から帰還する一助になればいい……。そう思いながら、ユイリやシェリルに手伝って貰いながらも、アイテムの取り出しを進めていった……。



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第16話:新しい魔法

1日大体13000文字を目安に投稿しているのですが、今日は日曜日ですし、あと2話投稿致します。


 

 

 

「もう、貴方が何をしても驚かない自信があるわ」

 

 ニックと取り引きを交わし、泊っている宿屋まで戻ってきて早々に、そんな事を話すユイリ。

 

「それはどうも……、というより、まだ君と会って1日足らずというのにね……」

「……それだけ貴方が色んな事をしているからでしょう。全く、もう……」

 

 苦笑する僕に、さらに溜息をつきながらユイリは、

 

「兎に角、フローリアさんには話は通すけど……、どうなるかはわからないわよ。……最悪、審問は覚悟しておいてね」

 

 フローリアさんの審問……、耐えられる自信、ないなぁ……。

 早くも自分の行動に後悔し始めた僕を横目にしながら、ユイリは腰を上げて入り口まで歩き、

 

「じゃ、行ってくるわ。くれぐれも言っておくけど、勝手に出歩かないでよね……?」

 

 釘を指すようにそう言って出て行く彼女。……どこか手のかかる子供に言うような事を言って出て行ったユイリに、苦笑いをしながら僕は、少し緊張しているらしいもう一人のルームメイトに話しかける。

 

「どうしたの、シェリル?」

「い、いえ……、別に何でもありませんわ」

 

 そのように返答は来るけれど、やっぱりどこか硬い気がする……。

 

「……本当に大丈夫?どこか具合が悪いとか……」

「ほ、本当にわたくしは大丈夫ですから……!それより、コウ様、どうかなさいましたか?先程から何かを気にしていらっしゃるようでしたけど……」

 

 逆にシェリルからそう問われて、僕は自分の指に止まっていた小鳥を見る。されるがままに身体を撫でられている小鳥は、何処か眠たそうにしているように感じられた。

 

「この世界では、ペットという慣習は無かったよね。僕もまさかここまで付いてくるとは思わなかったんだけど……」

 

 そう言いながら僕は、高級木材の端を落とした小さな木片を取り出し、

 

「今からこの小鳥の止まり木を作ろうと思うんだけど……、それまでこの小鳥を預かって貰えないかな?」

「止まり木……、というのはどういうものでしょう?」

 

 ああ、そこからか……。この部屋にあった果物ナイフで、何とか加工できないものかと思っていた僕は、彼女に小鳥の止まっておける木の事を説明する。

 

「要するに……、その子の家みたいなものを作ってあげたいという事でしょうか?」

「まぁ、家っていったら大袈裟かもしれないけれど……、このまま僕の指で眠ってもらう訳にもいかないしさ。せめて止まれるものでもって思って……」

 

 僕の返答に彼女は少し思案して、

 

「わかりました、それでは木の精霊の力を借りましょう……」

 

 シェリルはそう言うと、部屋の窓を開けて、精神を集中させながら、小声で詠唱する。そして……、

 

「これは、また……」

 

 感嘆する僕の目の前で、窓の外にあった木が次々とシェリルの手元に集まっていき、集束して、やがて小さな木の小屋のようなものが完成する。

 

「ありがとう、ドリアード……」

 

 恐らくは精霊なのだろうそれにお礼をいい、パタンと窓を閉めるシェリル。

 

「これで大丈夫かしら……、気に入ってくれるといいのですけど……」

 

 彼女が小鳥の前にその小屋を持っていくと、それに気付いた小鳥がその中に入る。……暫くして、その中の止まり木の上で、小鳥は目を瞑ったまま寝入ったようであった。

 

「よかった……。気に入って貰えたようですね……」

「全く、この小鳥もなんで付いてくるんだか……。でも、凄いな……、これが精霊魔法か……」

 

 まさか、こんな事まで出来てしまうとは思わなかったよと、僕がシェリルに話すと、

 

「コウ様も、確か精霊魔法の適性があるという事でしたよね。わたくしでよろしければ、御指南させて頂きますけど……」

「有難い話だけれど、僕に出来るかな……?何せ、魔法のまの字も無い世界から来たものだから、使えるようになるのは憧れでもあるんだけど……」

 

 遠慮がちに提案してくる彼女に、僕はそう答える。子供の頃から魔法だとか必殺技を使えるようになれば、と思っていたのだ。事実、生活魔法としていくつかの魔法は使える様にはなったが、どれもステータスの確認だとか、実質、携帯電話の代わりである通信魔法(コンスポンデンス)はあまり魔法を使っている気がしない。

 ……不可思議魔法(ワンダードリーム)に限っては、何が起こるかわからないから、とても使えるものではないし……。

 

「コウ様なら大丈夫ですよ……。精霊魔法は、精霊に援助を願う魔法ですので、精霊との相性が悪ければ使えないのですけれど……、幸い、コウ様に興味を持っている子もいるみたいですし……」

 

 興味を持っている?僕に?

 疑問に思う僕に、微笑みを湛えながら再び窓を開けるシェリル。そして……、

 

「コウ様、わたくしのところに、ある精霊が来ているのですが……、お分かりになりますか?」

「シェリルのところに……?」

 

 その言葉に、彼女を凝視すると、なんとなく、シェリルの手元に生き物というには儚い、でも何らかの気配がするような……。

 

「……どうやら知覚されたようですね。さぁ……精霊がそちらに参りますよ……」

 

 シェリルが両手を僕の方に差し出すようにするのと同時に、先程の気配が僕の方に近づいてくるのを感じる。そして、その存在は……、

 

(……何だろう、僕を、探っている……?)

 

 自分の前に来た気配……、恐らく精霊であろうその存在は、僕に接近しては離れたりを繰り返している。

 

「君が……精霊なの……?」

 

 僕が呟きながら手を前に差し出すと、それに反応するように、精霊が一層強い気配を放ちながらその手に集まり、

 

(……ぼくのこと、わかる……?)

「!?い、今、声が……!?」

 

 今のは……精霊の声!?

 僕はさらに集中すると、さらに気配が濃くなり……、精霊の輪郭のようなものが見えてくる。

 

(ぼくは……かぜ……きみ、は……)

「……僕に、話しかけてくれているのか……?」

 

 途切れ途切れ聞こえる声……。僕はそれを聞き取ろうと耳をこらすも、

 

(もっと、精神を集中させるんだ……、僕に問い掛けてくる……精霊を……!)

 

 確かに語り掛けてくる精霊の声をよりはっきりさせる為、僕は精霊の存在を受け入れ、心を開く……!すると……、

 

(ぼくはシルフ……。ぼくのこえ、きこえる……?)

(……うん、聞こえるよ……。さっきよりも、はっきりと……)

 

 僕がそう答えると、精霊のどこか嬉しそうな気配を感じた。

 

(にんげんで、ぼくたちのこえをかんじてくれるのは、めずらしいよ……。かのじょにおねがいして、きみのことをすこしおしえてもらったよ……。きみは……ぼくになにをのぞむ……?)

 

 精霊の問い掛けに、僕は暫し考え……答える。

 

(僕は……君の事が知りたい……。シルフの事を、教えてくれるかい?君が知りたい事にも、出来る限り答えるから……)

(そうか、うれしいな……。きみのこと、かんさつさせてもらうよ……。ぼくも、きみがよびかけてくれたらこたえるから……いつでもよんでね……!)

 

 僕の言葉に、シルフは喜んでくれたようだった……。その言葉のとおり、シルフが僕を見守ってくれているような感覚を覚える。

 

「……シルフに気に入られたようですね、おめでとう御座います、コウ様……」

「君のおかげだ、シェリル……。君がシルフに話を通してくれたから、僕は精霊を感じる事が出来た……」

 

 シルフとの契約を感じ取った彼女の祝辞に、僕はお礼を述べると、

 

「今、コウ様の近くにシルフがおりますから……、このまま、古代魔法もお試しになられますか?」

「古代魔法も?それってどういう……」

 

 意味かと問おうとした時、シェリルは小声で何かを唱えると、彼女の周りに風が集結していくのがわかった。

 

「……はじめて古代魔法を使用される際は、傍にある確かな気配に触れた方が理解しやすいのです……。古代魔法はその名の通り、このファーレルではるか昔に栄えていた古代文明の遺物を現代に伝えた魔法……。既に言霊も確立された魔法ではありますが、その原理を理解するのが困難ですので……、まずは、わかりやすい風の気配に身を委ねて下さい。シルフのお陰で部屋内にも風の気配が集まっておりますから……」

 

 彼女の言に従い、僕は風の気配を辿る……。確かに……感じる……。近くにいるシルフの気配……、そして、精霊がもたらす風を……。

 

「そうです……、そしてその風をひとつに集めるイメージを……。わたくしのように、魔力素粒子(マナ)でもって風を集結させて、一陣の刃とする想像を働かせて下さい……。シルフと契約なされたコウ様なら出来るはずです。そのようにして完成された魔法を……わたくしにぶつけて下さい」

「シェリルに……!?そ、そんな事……」

「わたくしなら大丈夫ですから……。まずは、先程のとおり、イメージされて下さいませ」

 

 笑顔でそう言われたら、信じるしかない……。シェリルも何か考えがあるのだろうと、僕は彼女の言った通り、想像力を働かせる……。

 

(風の……刃か……。鎌鼬(かまいたち)のようなものかな……?はは……なんか、子供の頃に空想した必殺技みたいだ……)

 

 それを実際に自らの手で起こす事に、知らず知らずの内に興奮しているのかもしれない。さらに集中して自分の持つMP、魔法力でもって魔力素粒子(マナ)に働きかけようとした際に、

 

「……万物の根源たる魔力素粒子(マナ)よ……、我が言霊に応えよ……」

 

 自身の脳裏にその言葉が浮かび、自然と声に出していた事に気付く。もしかして……これが、『言霊(ことだま)』なのか……?

 その言霊を発した次の瞬間、ごそっと精神力が削られる感覚に陥る。同時に、いつの間にかシェリルへ向けた右の掌に、風が集まって凝縮されたエネルギーを感じていた……。

 

(くっ……、でもこれで……、僕のMPが、魔力素粒子(マナ)に干渉して風を一つに集めたのか……)

 

 そして、次々と浮かんでくる言霊……。魔法を使う為に必要であろうソレを、僕は復唱する。

 

「自由なりし風よ、我が刃となり、幾重にも張り巡らせて、全てを切り裂け……!『風刃魔法(ウインドブレイド)』!!」

 

 最後の詠唱を口にして完成された、僕の放つ、生まれてはじめての攻撃魔法……!それがシェリルへと向かっていき……、

 

「……全てを切り裂け、『風刃魔法(ウインドブレイド)』」

 

 一瞬遅れてシェリルの魔法も発現し、僕の風の刃と重なり合い、互いを喰らうように交わり続け……、やがて消滅する。

 

「今のが、風の系統の初級古代魔法……、『風刃魔法(ウインドブレイド)』です。如何でしょうか、コウ様。古代魔法の使用する感覚を、ご理解頂けましたでしょうか……?」

「ああ……、わかったよ。それにしても……、まさか、あのようなかたちで魔法を相殺するなんて……」

 

 驚いている僕に、微笑みを浮かべながら彼女は、

 

「コウ様の魔力に合わせて、同じ魔法を使用致しました。威力が同じであれば、同系統の魔法で相殺する事が出来ます。勿論、属性毎に相性もありますし……、魔力の大小によっては威力に飲まれたり、逆に押し包む事もありますけど……」

 

 何でもないように説明するシェリルだが、やっている事は普通ではない……。あの一瞬で、僕の魔力を見定め、同じ威力の風刃魔法(ウインドブレイド)を発動させたのだ。

 

 ……やっぱり、彼女はただのお姫様じゃない……。少なくとも、魔法に関しては、精霊魔法、古代魔法、生活魔法に加え……、神の奇跡たる神聖魔法まで扱う事が出来る……。さらにはこのように、彼女の教えに従い、精霊魔法、古代魔法と覚えてしまったけれど……、これって実は相当凄い事なのでは……?

 

「コツさえ掴めれば、他の系統の魔法も使用できるようになると思います。ですが……、コウ様も大分、魔法力を消耗されたと思いますから……、今日はもうお休みになりませんか?」

 

 そう提案してくるシェリル。確かに大賢者の館にて、何度もMP枯渇の苦しみを味わい、今もこうして、立て続けに精神を集中させたから、とても身体が消耗している感じは見受けられる……。

 

「……有難う、シェリル。だけど、何か今……とてもいい感じなんだ……。ちょっとこのまま僕が使用したい魔法の習得を目指したいのだけど……、独創魔法ってどうやって覚えるものなのかわかるかな?」

「独創魔法、ですか……。基本的には古代魔法を覚える感覚と、そう変わらないかとは思います。ただ……当然の事ながら、『魔法大全』にも確立されていない魔法ですので……、一から魔法を編み出す事になります」

 

 ですから易々と覚えられるものでは……、と控えめながらに話すシェリル。だけど、古代魔法を使用するイメージはわかった。後は……僕の知識や体験で、それを実用化のレベルに持っていくだけだ。

 

「わかった……、ちょっと試してみて……駄目そうなら明日にする。シェリルは先に休んでいていいよ」

「……そういう訳には参りませんが……、わかりました。控えておりますから、何かあればお申し付け下さい……」

 

 少し言いたい事があったようだけど、そう言って彼女は引き下がってくれる。僕の意思を汲んでくれたシェリルにお礼を言いつつも、僕は重力の事について思いを馳せる……。

 

(……といっても、僕だって重力が何なのかって言われても詳しく説明なんて出来ないぞ……。ニュートンの法則やら、万有引力の法則という名前だけは聞いた事があっても、その原理までは流石に……)

 

 一概に重力魔法を使いたいといって覚えられる訳がない……。学生の時に習った事を引っ張り出そうとも……、そもそも僕の専攻でもなかったし、自分の頭では専門外の物理の原理まで理解出来る筈もない……。

 

(それに重力には時間の概念もあったような……。確か、重力が強いほど時間が遅くなるとか何とか……。という事は、僕がこの世界にいたとしても、向こうの時間ではあまり経過していないという事になるのか……?)

 

 いや……駄目だ……。難しく考えれば考える程、訳がわからなくなる……。クソッ……やっぱり無理か……?僕はただ、自分が地球にいた頃と同じ重力に調整したいだけなのに……!

 

「ん……?そうか……それなら別に難しく考える事もないのか……?」

 

 そこまで考えて、ふとある事に気付き、僕は元の世界にいた頃の感覚を思い出そうとする……。今のような妙に浮遊感のある感覚ではなく……、つい先日まで、自分が生活していた時の感覚を……。それこそが、自分の体感していた重力そのものなのだから……!

 

「……広大なる大地よ、我が言霊を聞き届け給え……」

 

 自分が地球にいた頃の感覚に戻すだけ……。そう考えを切り替えただけで、不思議と頭もすっきりし、先程の古代魔法を使用した時のように、自然と言霊が口に衝いて出る……。

 

「此の地に宿りし引き合う力、その強弱を知れ……!『重力魔法(グラヴィティ)』!!」

 

 こうして魔法は完成し……、すぐに部屋内に変化が訪れる。この感覚……、間違いない、元の世界に、地球にいた頃と同じ感覚だ……!

 成功したんだ!そう喜んでいたのも束の間……、

 

「コ……コウ、さま……っ」

「ッ!し、しまった、シェリル!!」

 

 重力魔法の習得に夢中になる余り、僕の様子を見守ってくれていたシェリルの事を失念してしまっていた……!慌てて辛そうなシェリルに駆け寄り、『重力魔法(グラヴィティ)』の解除方法を探す。

 

(どうやって解除すれば……。僕が送り続けている魔力素粒子(マナ)への干渉を止めればいいのか……?)

 

 果たしてその考えは正しかったようで、漸く重力がこのファーレル元々のものに戻る。肩で息をしているシェリルを労わりつつ、

 

「ごめん、シェリル……。大丈夫?」

「え、ええ……、ですがコウ様、今のは……」

 

 まだ少し苦しそうな様子だったが、次第に落ち着きを取り戻してくるシェリルに僕は伝える。

 

「あれが……今まで僕がいた世界と同じ重力なんだ。このファーレルではその重力が弱くてね……。今まで妙に浮遊感があったんだ。それを調整したくて今の重力魔法を使えるようになりたかったんだけど……」

 

 元の世界に戻った時、此方の重力に慣れてしまって普通の生活に戻るのも辛くなってしまう。そんな事にならない為にも、どうしても使えるようになっておきたかった魔法でもあった訳だが、

 

「重……力……?」

「此方の世界では重力の概念はないのかな……?このファーレル自体がもたらす引力というか……。でも、次元とか時間、空間の知識は僕のいた世界よりも進んでいそうだったから、その概念がないというのは意外なんだけど……」

 

 そこが元の世界との知識のずれ、なのかもしれない。もしかしたら、星とか引力とかの概念も薄いのかな……?だけど、星銀貨という風に使われてはいるようだし、全く未知の分野という訳ではないと思うけど……。

 

「ですが……、無事に完成なされたのですね……。コウ様だけの魔法……、独創魔法を……」

「ん……そうなのかな……。でも、これで正式に『魔法大全』に加える事が出来るんでしょ?コツさえ掴めば、シェリルでも使えそうな気がするけど……」

 

 そう話す僕に、シェリルは静かに首を横に振る。

 

「『魔法大全』に記載されるといっても、それはあくまで独創魔法として、です。古代文明にも存在しなかった魔法が独創魔法なのですから……、恐らく、わたくしではコウ様の魔法を使用する事は出来ないと思います……」

「そうなんだ……。でも、かなり精神力が削られたな……」

 

 今日、何度こんな状態に陥ったのかわからないけど、その経験から恐らく自分のMP、魔法力が尽きかけているのだろう……。僕はシェリルの容態が落ち着いたのを確認し、立ち上がるやいなや、小声で先程の魔法を詠唱する。

 

「コ、コウ様……?まさか……!」

「……『重力魔法(グラヴィティ)』」

 

 今度の重力魔法(グラヴィティ)は部屋全体では無く、自分のみを対象としてかける。すぐに効力が発動し、先程よりも少し強い重力が掛かるのを確認するも、MPが切れたのか、とても立っていられなくなる……。

 

「コウ様ッ!!」

「うぅ……魔法力が、尽きたのかな……」

 

 重力魔法(グラヴィティ)の効果はかかり続けてはいるものの、完全にMPが枯渇したらしい……。咄嗟にシェリルが僕を支えてくれるものの、魔法で普段より重くなっている僕を支え続けるのは辛いはずだ。そんな僕を支えつつ、彼女は何かの魔法を詠唱してゆき……、

 

「……我が魔法の力を分け与えん……『魔力譲渡魔法(マジックギフト)』!」

 

 すぐさま彼女の魔法が発動し、その効力なのか、先程までも倦怠感が少しずつ薄れていく……。漸く自分の足で立てるようになり、支え続けてくれたシェリルに礼を言う。

 

「……今日は何度もシェリルに迷惑を掛けてしまっているね……。今のは、君が……?」

「……魔法力を他者へ譲渡する魔法です。……コウ様、あの状態で新たに魔法を使われるのは余りに無茶が過ぎます……」

 

 叱責、とまではいかないけれど、彼女の静かな抗議に、僕はごめんと素直に謝る。……今日だけで何度、彼女に助けて貰った事か……。正直ぐうの音も出ない……。

 

「……本当にごめん。でも、シェリルには悪いけれど……、ある程度魔法力が高まってくるまでは、今のような事を続けるかもしれない……」

 

 この世界での魔法力の重要性はわかった。あのMPが切れた時の感覚は未だ慣れるものではないけれど……。それでも今日1日でMPの最大値が「49」まで上がったのを確認する。

 携帯電話の充電のように、完全に無くなった状態から一気に回復させた方が、魔法力を伸ばせるというのは、今日学んだ大切な事のひとつだ。

 

「……仕方ありませんね。少し自重して頂けると助かるのですけれど……」

 

 苦笑しつつ肯定してくれるシェリルに感謝しながらも、僕は確かな達成感を感じていた。今日も色々あったけれど……、無駄な一日ではない。元の世界に戻る為の一歩を、確実に進んでいる……、僕はそう思う事にした。



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第17話:シェリル・フローレンス

 

 

 

「さて……と、そろそろ休むとしようか……」

 

 今日は何度も魔力切れを味わい、疲労もピークに達していた僕はひとつ欠伸をすると、

 

「シェリルはまたそちらのベッドを使って。僕は昨日と同じ、椅子で休……」

「……いけません、コウ様」

 

 椅子で休むからと最後まで言わせて貰えずに、シェリルに阻まれてしまう。

 

「……シェリル?」

「コウ様がベッドをお使い下さい。今日は昨日よりもお疲れの筈です。しっかりと休んで頂かないと……」

 

 そのように返答してくるシェリル。

 

「いやいや……、ベッドは1つしかないんだからさ……、それは本当にシェリルが使ってよ。君だって疲れている筈だし……」

「それには及びません。わたくしを労わって下さるのは嬉しく思いますが……、今日こそきちんとお休みして頂きます」

 

 ……なんで頑なにベッドを使わせようとするのだろうか……?年頃の女性を椅子だの何だので眠らせられる訳ないじゃないか……。

 僕はそう口に出すのを何とか思いとどまり、

 

「……ごめん、シェリル。それは譲れないからね?もし、どうしても僕にベッドを使わせたいのなら、ユイリに言ってもう一つ部屋を取って貰うしか……」

「どうしてそのような事をおっしゃるのですか……?もし、コウ様がお部屋を移られるのでしたら、わたくしもお供致しますから」

 

 ……それだと、僕が部屋を変える意味がないだろうに。何故か全く折れる気配のないシェリルに対して、

 

「……取り合えず、シャワーでも浴びてすっきりしてきなよ。少し頭を冷やしてきてくれ……。僕はちょっとユイリに伝達しておくから……」

「……わたくしが湯あみを頂いている間に、椅子でお休みになられたりするのはおやめ下さいね?」

 

 そう釘をさしてくる彼女に、苦笑しながら了承すると、シェリルが浴室に消えていく。それを確認して、僕は溜息をつきながら、ユイリに通信魔法(コンスポンデンス)を飛ばす。

 

<シェリルがベッドで休んでくれないんだけど。ユイリから説得してくれ。それでも折れないようなら、僕が部屋の外で寝るからね>

 

 これで良し、と。後はユイリからの連絡待ち……ってもう来たのか。ステイタス画面に、ユイリからの通信魔法(コンスポンデンス)が送られてきた事が通知され、確認してみると、

 

<それは止めて。警備の観点からも今日はちゃんとその部屋にいて。ベッドについては明日には対応するから>

 

 ……何だこれ。僕はちゃんとシェリルを説得してくれって言っているだけなんだけど……。

 

<それなら、彼女を説得してくれよ!そもそもな話……、何で僕とシェリルを一緒にしているんだ!?恋人でもない年頃の男女が2人って、不味いとは思わないの!?>

 

 少しイライラしながら、僕はユイリに再び通信魔法(コンスポンデンス)を送る。

 全く、何で王様も、僕とシェリルを一緒に警護しようなんて考えたのだか……。ましてシェリルは、隣国の元お姫様だぞ……。王族唯一の生き残りであるかもしれないのに、なんでそんな……。

 そんな事を考えていると、さらにユイリから返信が届き、

 

<そんな話をするなら、どうして彼女を奴隷として購入したのって話になるけれど……。貴方が決めたのでしょう?解放したから、それでさよなら……なんて考えてはいないわよね?あと、貴方と彼女を一緒に警護する云々は、貴方が勝手に椅子で休んでしまった後、姫としっかりと話しあった末の結論よ。それは、私としても姫にはしっかりと休んで貰いたいし、話はするけど、強引には進められないからね……。だいたい、ベッドで休む休まないは別にかまわないでしょう。結局そのベッドは昨日誰も使わなかったんだし……>

 

 …………は?誰も、ベッドを……使っていない……?

 

<ちょっと待って。昨日はシェリルがベッドを使ったんじゃないの!?というより……しっかり休んだのか、彼女は!?>

<……まぁ、そういう訳だから。私もちょっと忙しいから、緊急以外ではこれ以上のやり取りは出来ないわよ>

 

 僕の質問に対して答えずに、一方的に通信を打ち切ると宣言するユイリ。ちょっと待て、聞きたい事はまだ山ほどあるんだけど……!?

 

 それから何度も通信魔法(コンスポンデンス)を送るも、返事はなしのつぶて。ウザいくらいにしか思っていないかもしれない……。クソッ、本当に部屋を出てやろうか……。

 

「…………お待たせ致しました」

 

 そんな中、シェリルの声が響き、浴室から出てきたようだ。

 

「ああ、さっぱりし……た、か……い」

 

 振り返った僕が見たのは、美を体現したような女神そのものの姿だった。

 

 長いブロンドの髪をアップにし、そこから覗く艶やかなうなじは、どことなく色っぽさを醸し出して、身体も湯上り後の為か、上気肌でほんのりと桜色になっている印象を受ける。

 その部屋着なのか肌着なのかはわからない、薄い布地の緑を基調とした服は、彼女の豊満な肢体を納めるには窮屈なのか、ぴっしりと身体のラインを強調させ、胸元などは彼女の大きなその双丘の谷間がはっきりと確認でき、少し身体を屈めただけで胸が溢れだしそうな程、際どいデザインをしている。

 その服の上から掛けられた白色のショールは身体の露出を抑える為に羽織っているのだろうけど……かえってそれが、彼女のセクシーさを際立たせているようにも思える。

 さらには、その服はオールインワンのように上下は繋がっているものの、左右は大きくスリットがあり、その魅惑的な太ももが露わになっているだけでなく、あわや下着まで見えてしまうのではないか、といった状態だ。

 

 頬を赤らめながら立つ、シェリルのそんな姿を目の当たりにした僕は、何を言っていいのかもわからずに、

 

「よ、よく自分で髪を上げられたね?お姫様って、侍女とか誰かにやって貰わないと何も出来ないなんて思っていたんだけど……」

 

 余程、混乱していたのだろう。……口に出して、僕は一体何を聞いているんだとも思ったが、

 

「……これも、生活魔法の一種です。以前にして貰った状態を再現する魔法を使用致しました。……お湯を頂き、有難う御座いました」

 

 そんな事、いちいちお礼を言う事でもないだろうに……。彼女は僕の訊ねた意味不明な質問にも律儀に答えると、そっとお辞儀をする。

 彼女の揺れる胸元に目がいっていた事に気付き、目線を反らしながら、

 

「そ、そうなんだ。と、ところでシェリル、僕、急用を思い出したんだ。ちょっと出てくるから、先に寝てていいか……」

「……駄目です。ユイリにも部屋を出ないように釘をさされている筈ですよ。それに……、どうしてもと言われるなら、わたくしも共に参りますわ」

「そ、その格好で!?いや、わかった。わかったから……、シェリル、ちょっとストップ!そこで取り合えず止まろう、ね!?」

 

 僕の言い訳じみた言葉を最後まで言わせて貰えずに、こちらに歩いてくるシェリルに慌てて静止を促すようにする。

 

「……どうしてそのような事をおっしゃるのですか、コウ様……?」

 

 抗議するようにそう話すシェリルに、それは僕の言いたい科白だと、思いながら、

 

「ねえシェリル……、君、昨日はゆっくり休めた?」

「ええ、コウ様のお陰で……。ゆっくりお休みさせて頂きましたわ」

 

 ……そうなんだ、じゃあ、もっとハッキリと話すか。

 

「……ちゃんと、そこのベッドを使って休んだ?」

「…………」

 

 僕の問い掛けに、ふいっと目を反らすシェリル。

 

「……やっぱり、そうだったんだ」

 

 嘘を付けなかったのだろう、わかりやすい彼女の様子に苦笑すると、

 

「でも、お休みさせて頂いたのは事実です。先日までに比べたら……、昨日は本当に心からお休み出来ましたから……!」

「それでも……ちゃんと休んで欲しいんだよ。でも、それだけじゃ駄目だ……。ユイリに言って、部屋をわけて貰おう。それがシェリルの為だし、僕の為にもなる」

 

 僕の言葉を聞いて、彼女が悲しそうな表情をする。……うう、そんな顔なんて、見たくないんだけど……。

 

「そんな……、コウ様は、わたくしと一緒にいるのは苦痛ですか……?」

 

 ……その言葉は正確じゃないな。彼女の魅力にやられないように、耐え続けなければならない事が苦痛なのであって……。

 僕はひとつ息をつき、彼女に向き直ると、

 

「シェリルは……、僕が怖くないの?」

 

 ビクッと反応するシェリル。彼女の動きが止まるのを見て、僕は続ける。

 

「……君は、男の欲望を目の当たりにした筈だ。自分がその対象にされて、欲望にさらされて……、とても怖い思いをしたと思う。……昨日だって、最初は僕の事を警戒していたよね?それを考えたなら……僕の提案は君の為にもなる筈だ……」

 

 それなのに……、今日は一転して、僕に尽くすようになっていたと思う。その僕に対する「様付け」も、彼女の心境に現れているのだろう。今だって、そんな恰好で僕の前に現れるし、何故そんな……。

 暫く黙っていたシェリルだったが、

 

「……最初はコウ様の事も、あの店にいた殿方の一人……、そう思っておりました。ですが……貴方はわたくしの感じていた恐怖を慮り、その絶望を癒して下さいました。貴方のお陰で、わたくしは今、こうしてここに居る事が出来ているのです……」

 

 彼女のひたむきな瞳が真っ直ぐに僕を捉え、止めていた歩みをゆっくりと進み出し……、

 

「……今でも、男の方は苦手です。でも、コウ様……貴方の事は、信じております……」

 

 僕の前まで来ると、シェリルはそう言いながら僕の手を取り……、大切そうに両手で包み込む。彼女の肌の温もりを感じ、シェリルの心に打たれつつも、

 

「……僕は、君が思っているような男じゃない……。それに言っただろ、シェリルを欲しいと思った事も事実なんだ。今だって……、必死で自分を律しているんだよ……」

「ですが……、本日はずっと、コウ様のお傍におりましたが……、貴方はわたくしに対して、真摯に接して頂きました。今もこうして、労わって下さっているではありませんか……。それに、今のわたくしはとても一人で眠る事も出来ません……。あの時の恐怖を……、眠ってしまったら、襲われるかもしれないという恐怖が、忘れられませんから……」

 

 だから、わたくしを一人にしないで下さい……。潤んだ瞳で僕にそう訴えかけてくるシェリル。

 ……攫われて、囚われていた時のトラウマ、か……。それを考えたら、彼女を一人にするというのは、些か酷な話かもしれない……。

 僕の手を一層強く握る彼女に対し、

 

「……君の気持ちはわかった。確かに、ただベッドで休めというのは浅慮だったかもしれない……。だけど、シェリル……。君はもっと自分の魅力を知った方がいい……」

 

 男に恐怖を覚えている彼女に僕が手を出してしまったら、きっと今以上に絶望してしまうだろうし、シェリルを大切に思えば思うほど、彼女に手を出すべきではないと実感もしている。

 だけど、僕だって正直ギリギリのところで自分を抑えているんだ。これ以上刺激されたら、理性を保っていられる保証はない。

 

「コウ様なら……大丈夫です。貴方は、強い方ですから……。それでも……どうしてもベッドで休めとおっしゃるのなら……、コウ様も一緒に寝台をお使い下さい」

「ゑ?」

 

 …………ん?今、シェリルからとんでもない言葉が飛び出したような……?

 

「ちょっと待って、シェリル……。ゴメン、少し幻聴を聞いたようで……、もう一度言って貰えないかな?」

「ですから……わたくしと一緒に寝て下さい」

 

 幻聴じゃなかった!?はあああぁぁ!?なんだこれっ!?これって、誘われてんの!?いや……彼女の言動からして、そういう意味で言ってるんじゃないんだろうけど……!ちょっと僕の事を信頼しすぎじゃないのか!?僕、もういっぱいいっぱいなんだけどっ!?

 

「お、男と一緒に寝るって事がどういう事かわかって言ってるの!?」

「……わたくしは、貴方を信じております」

 

 ……そんな事を信じられても困る。

 

「と、取り合えず、シャワーを浴びてくるから……、君は少し冷静になってくれっ」

 

 そう言って半ば強引に話を打ち切り、僕は浴室へと向かう。シャワーを浴びながら、僕自身も少し冷静になる必要がある。シェリルに迫られて真っ赤になった顔を姿見に映しながら、僕はシャワーを使おうとした……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……結局、考えは変わらないの?」

「ええ、先にベッドに入られて下さい……」

 

 僕は諦めたようにそう言うと、予想通りの言葉がシェリルから返ってくる。アップにしていた髪も下ろし、僅かに頬を染めながらも、彼女は僕を待っていた。

 結局、シャワーも蛇口のようなものが無く、使い方がわからず途方に暮れていたら、心配したシェリルがやってきて、生活魔法で使用すると教わり、そのまま身体を流すと入ってこようとしたのだ。

 すぐ出るからと彼女に伝えるも、とても冷静に考えられる状況でもなくなり、結果、こうして僕を待っていたシェリルに促されている状況となっている……。

 

「…………本当に、いいんだね?」

「…………はい」

 

 彼女とて全くわかっていない訳ではないのだろう……。それでも、僕に対する信頼からか、そう言って整えられた寝台へ僕を促す。

 

 ……なるようになるだろう。そんな思いの中、僕はベッドの奥に横になると、すぐにもう一人が入ってくる気配を感じる。……見なくてもわかる。シェリルが入ってきたのだ。

 

(……すぐ隣から香る、凄くいい匂いが……、いかん、冷静になれ……!いや、むしろ何も考えるな……っ!)

 

 女性特有のフェロモンとでもいうのだろうか……、すぐに自分を刺激する存在に僕は身じろぎすら出来ない。

 駄目だ、このままだと変に意識してますますドツボに嵌まる……!な、なにか落ち着く方法は……そうだ、素数を、素数を数えるんだ!

 

(えーと、素数は確か……、あれ?3から始まるんだっけ?2も素数?あー、駄目だ!訳が分からなくなってきた……っ!)

 

 素数は駄目だ!じゃあ、円周率か!?今じゃあ「3」で教えられているらしいけど、えーと……3.141592……。この次は何だっけ……?僕は15桁位までは覚えた筈なのに……ッ!

 

(……いや、そもそも仮に15桁まで数えたとして、その後を数えられなければ意味が無い……。じゃあどうすればいいんだ!?このままじゃ……!)

 

 そんな中、むぅ……と悩まし気な寝息を齎すシェリルに、一段と気分が高まってしまう。

 

「……シェリル?もう、眠った……?」

 

 小声で、そう呟くも彼女からの返答はない……。眠ったのなら……、そっと抜け出して椅子かなんかで休めばいい……。少なくとも、ここにいたら眠れないし、何時までも理性を保っていられる保証もない。そう決心して、そっと寝台から身を起そうとした時……、

 

「コウ……さま……」

「うわっ!?」

 

 ベッドから抜け出そうとした僕に、抱き着く様にして腕を取られてしまう。体勢を崩してそのままシェリルと共にベッドに倒れこむ形となり……、

 

(じ、状況が悪化してるっ!?うう……シェリルの、感触が……!)

 

 僕が離れようとしている事を無意識に感じ取ったかのように、僕の右腕にしがみ付いてくるシェリル。とても、腕を引けそうになく、その際に彼女の胸の谷間が覗き、思わずごくりと生唾を吞む。

 

(ほ、本当に、このままだと……!だ、駄目だ……!彼女は……自分の欲望をぶつけていい相手じゃない……!)

 

 特別な意味で、シェリルが大切な存在になりつつあり、そう思う程、理性が自重するよう働きはするのだが、それも、もう限界に近い……。

 

(心頭滅却すれば火もまた涼し……、色即是空空即是色……)

 

 考えられる限り、精神を鎮めようと試みるも、彼女のセクシーさ、妖艶さの前には意味もなさず……、そろそろ本能に身を任せてしまおうか、そう思った矢先、ステイタス画面にある変化が訪れる。

 

(……なんだ?新しい……能力(スキル)……?)

 

 すぐに、その能力(スキル)を確認してみると……、

 

 

 

 

 

鋼の意思(アイアン・ウィル)』……決して折れないという強い意志にて、精神耐性を身に着ける

 

 

 

 

 

 その効力を確認した瞬間、僕はその鋼の意思(アイアン・ウィル)に全てを託す。先程よりも精神の負担が減少したような印象を受けるも、その鋼の意思(アイアン・ウィル)をシェリルの魅力がガンガン削っていっている事もわかった。

 

 まさか、こんな事で新たな能力(スキル)を覚えるとは思わなかったが、このままだと時間の問題……。他に何か気が紛れる事はないか……、そう思った時、僕はある能力(スキル)を思い出す。

 

(そうだ……、ハイ&ロー……。リスクが高くてとても使えないと思ったけれど、いい機会だ)

 

 普通なら使わないであろうそれを発動させると、ステイタス画面に、2枚のカードが出現し、その内の1枚がめくられる。

 

 『7』……。

 

 すぐに『ロー』を選択しようとして、考える。普通に考えたら、ここは間違いなく『ロー』だ。だけど、今は明らかに普通じゃない状況にある……。

 

(だから……、ここはあえて『ハイ』を選択するのが正解……ッ!)

 

 それが圧倒的正解、とばかりに『ハイ』を選択して……、その結果は……、

 

 『4』……。

 

 ……普通に『ロー』を選択しておけば、当たったのに……。ランダムとはいえ、上手くいけば『星銀貨』や、その上の『白金貨』なるものも手に入ったかもしれないのに……!

 

(……そもそも、同じ数を引いてしまったら、30日も能力(スキル)等が使えなくなるハイ&ローを使用した時点で普通じゃない……か)

 

 気を紛らわしているのも束の間、鋼の意思(アイアン・ウィル)もそろそろ限界とばかりに悲鳴をあげているような錯覚を覚える……。さらに……、

 

「コ……ウ、さまぁ……」

 

 再び僕を呼ぶ声に、つい振り返ってしまうと、僕はシェリルの寝顔をまじまじと見てしまった。さらには振り返った時に一瞬目に入ったスリットから覗く、彼女の健康的な脚とその下着までも……。

 次の瞬間、パリンと僕の中で何かが壊れたような音とともに崩れ落ち、僕は彼女の瑞々しい唇に釘付けになる。

 ……先程の可愛い声も、この唇から発せられたものだ。そう理解して、そっと空いている左手でシェリルの頬を撫でると……、

 

「ん……」

 

 僅かに漏れる声に、僕はむっちりとしたシェリルに抑え込まれた右手はそのままにして、彼女に向き合うと、頬に当てた手をそっとあごに持っていき、少し上向ける。

 もう彼女から目を反らせず、後はどうにでもなれと言わんばかりに、左手を自分の方に戻して、シェリルを引き寄せつつ、自身も彼女の唇へと近づけていく……。

 どんどん彼女の寝顔がアップになっていき、あと少しで唇が重なり合うといったその時、シェリルの唇が動く。

 

「おとう……さま、おかあ……さま……」

 

 その声に僕は冷静さを取り戻し、キスしようとした顔を戻して彼女を見ると、閉じられた目元が涙で膨らんでいる事に気付いた。

 

 ボフッ。その音と共に、僕はシェリルの顔を胸に押し付けると、そのまま彼女の頭を撫でる。昨日のように、優しく、慈しむように……。

 

「……早く彼女が安心して身を任せられる人を、探さないといけないな……」

 

 いくらシェリルに惹かれているといっても、いずれ元の世界に帰る自分ではその資格はない……。また、そうしないと僕の身も持たない……。

 彼女を撫で続けながら、復活した鋼の意思(アイアン・ウィル)を発動させて理性を総動員しながらも、僕はそんな事を考えていた。

 そしてもう一つ、わかっている事がある……。

 

(……多分、今日は眠れないだろうな……。何とかこのまま自分を抑えつつやり過ごすしかない……)

 

 そんな僕の予想通り、色々と葛藤しつつ、一睡も出来ないまま朝を迎えるのであった……。



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第18話:小鳥の名前

 

「……ん……む、ぅ……」

 

 チュンチュンという小鳥の囀る声が聞こえる……。誰かの温もりを感じつつ目を覚ますと、自分がコウに抱きすくめられていた。

 

「コ、コウ、様!?」

「……よく、眠れた?」

 

 私の声を聞くと同時に、彼はそっと私を解放してくれる。彼の胸から真っ赤になっている顔を離して、自身を確認してみるも、特に乱れた様子は無かった。その事にホッと胸を撫で下ろすも、

 

「ま、まさか、貴方は……っ!」

 

 そこまで声に出して気付く。彼は、ずっと起きていたのだろう……。朝の日差しが窓から差し込む中、コウの目の下にくっきりとクマがあり、疲れている様子が伺える。すぐに私は眠気覚ましと疲労回復の奇跡を願い、彼に神聖魔法を掛ける。

 

「……ふぅ、これで取り合えず大丈夫かな……」

「……申し訳御座いません、コウ様……。お休みになれなかったのは……」

 

 癒しの奇跡を願っても、彼は欠伸を隠し切れないのか、眠そうな様子のコウに謝罪する。言うまでもなく私のせいだろう。そういえば、寝覚めた時に彼の手が頭にあったような気がする。もしかすると、ずっと頭を撫で続けてくれたのだろうか。

 ……特に悪夢を見た覚えもなく、私がしっかりと眠れたのは、彼がずっとついていてくれたお陰かもしれない……。

 

「いいんだよ……。でも、よく眠れたようで、よかった……」

 

 力なくそう言って儚く笑う彼の姿に、申し訳なさと同時に、嬉しさと、愛しさがこみ上げてくる。彼は……、私が信じた通りの人だった。流石に自分が手を出されたかどうかはわかるし、寝所に異性を呼び込むという意味も、王宮で学んだ知識から理解はしている。

 

 そして……、彼が万が一、私に手を出してきたとしても……、自分はそれを受け入れるつもりであった。それが、彼に命と尊厳を救われ、付いていくと決めた、私の覚悟であったから……。

 

 だけど、彼は私を尊重してくれる誠実さだけでなく、根底にあった不安や恐怖すらも受け止め、癒してくれる慈愛の精神もあった。そんな彼に、出会ってまだ経っていないにも関わらず、少しずつ惹かれている自分に気付いていた……。

 

「それより気になったんだけど……、シェリルには恋人というか……そういう人はいなかったの?」

 

 彼に対しそう想いを馳せていたところ、コウからそんな質問が飛んでくる。脈絡がなく突然の質問に、若干戸惑っていると、

 

「シェリルは、エルフの国のお姫様だったんでしょ?……誰か、いい人とかいなかったのかなって思ってさ……」

「……一応、父の決めた婚約者(フィアンセ)はおりましたけれど……、メイルフィードの有力貴族で、次期公爵となるとされていた方で……、わたくしも何度かお会いする事もありましたけど……」

 

 彼の質問の意図がいまひとつ判らなかったものの、私が答えると、コウは「そうなんだ……」と考え込む。私に婚約者がいたと話した時、彼の表情が一瞬陰ったのをみて、嫉妬してくれたのかと思うのも束の間、

 

「じゃあ、その人を探さないといけないね……。生きていればいいけど……。ニックに言って情報を集めて貰わないといけないな……」

 

 そう思っていた私の想像の斜め上をいく彼の言葉に、私は慌てながら、

 

「こ……コウ様?何か、勘違いをなさっていらっしゃいませんか?わたくしの同胞を探して頂けるというのは有難い事ではありますけれど……」

「?勘違いも何も……、君も心配だろ?大事な婚約者の生死がわからないままじゃ……。まして、生きているのならば、向こうも君の事を探していると思うし……」

 

 やっぱり勘違いをなさってる……!私はその勘違いを正す為に、彼に詰め寄りつつ、

 

「か、彼とは何もありませんでしたからね!?そもそも、婚約者といっても、あくまで父が決めたものでしたし……、王族としてのわたくしは、もう……!」

「そうかもしれないけど……、きっと向こうも心配していると思うよ。それに……僕としても君を託したいんだ。何か、間違いが起こる前にさ……」

 

 彼の口からそんな事を聞きたくは無かった……。胸が締め付けられたようなショックを受けつつも憤りを感じながら、それでも伝えるべき事だけは話しておこうと、

 

「……もし、彼が生きていてくれて、わたくしの前に現れたとしても……、わたくしはコウ様の傍におりますからね……?」

「な、何を言ってるんだい、シェリル……?君が僕に付いているのは……奴隷から解放してくれたという恩返しみたいなところからきているのだろう?そんな事は気にすることはないんだ。君はもう自由なんだから……」

「それなら……、わたくしの意思を尊重して下さるという事ですよね?……それともコウ様は……わたくしが望まぬ事をお命じになられますか……?」

 

 思いつめた様に彼を見つめながらそう言うと、コウは目を反らしてしまう。だいたい……、私がどんな思いで彼と寝食を共にするのかという事を、彼はわかっているのだろうか……。ストレンベルク王に命じられたから、私がそれに従っているだけとでも思っているのか……。

 せめて、その想いだけでもわかって貰おうと、私が口を開こうとしたその時、

 

「……そろそろ、宜しいでしょうか、お二人とも……?」

 

 その声に私と彼が思わず振り返ると、自分の以前からの知己で、今の私のお目付け役にもなっているユイリが部屋の入口に立っているのがわかった……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……一体、何時の間に……」

 

 僕の問い掛けに対し、ユイリは溜息をつきつつ、

 

「貴方が姫に恋人云々と話していた辺りかしら?因みに……一応ノックはしたからね?まだ、休んでいるのかと思って、音もなく侵入した事は認めるけれど……」

 

 ……という事は、シェリルが起きた辺りから、もうユイリは部屋にいたという事か……?

 

「貴方も色々大変だったのは認めるけど……、昨日は随分と好き勝手に通信魔法(コンスポンデンス)を飛ばしてくれたわね……?私が忙しいと言っているのにも関わらず……!」

「それは……!ユイリだって、僕の通信魔法(コンスポンデンス)を殆ど無視していたからだろ!?」

 

 少なくとも、ユイリにその事で責められる筋合いはない。少し恨めしそうに彼女にそう反論すると、目が覚めたのか、小鳥がピィ!と一声鳴くと、シェリルが樹の精霊に命じて作らせた即席の小屋から飛んできて、僕の差し出した指に止まる……。

 

「……でも、本当に慣れているわね……。ここまで付いてくる小鳥なんて初めて見るわ。よっぽど、貴方に懐いているようね……」

「ここまで逃げないのだったら、何時までも小鳥って呼ぶのも可哀そうかな……。名前を付けてあげるか……」

 

 そう言って僕は、小鳥の名前を思案する。ユイリ達に聞いてみても、この小鳥の種類はわからないとの事だったので、取り合えずセキセイインコ(仮)として……、

 

「うーん、それなら……、よし、決めた!この小鳥の名前は、『トリィ』にしよう!」

「「「…………」」」

 

 ……その瞬間、部屋に何とも言えない沈黙がおりる……。小鳥すらも押し黙ってしまった事が何よりも印象的で……、明らかにその名前を気に入っていない事がその様子から伺えた。

 

「……コウ、いくら何でもその名前はないでしょう……。確かに珍しい小鳥だとは思うけど、鳥だからトリィって……。ペットというのは貴方が話すところによると、動物を家族のように扱うって事なのでしょうに……、そんな安直な名前を付けて、このコが可哀想だとは思わないの?一応聞いておくけど、ふざけている訳じゃないのよね……?」

「……何でそこまで言われなければならないんだ……。僕は至って真面目だよ……」

「……残念ながら、このコは気に入ってないようですわね……。先程から一声も鳴きませんし、凄く不満な様子ですから……」

 

 ……シェリルの言う通り、鳴きもせず僕をじっと見続けるその姿は、僕に抗議しているようにも見える……。

 

「……私たちで考えた方がいいかもしれませんね。コウは余り名付け(ネーミング)のセンスがないようですし……」

「コウ様には申し訳ないですけど……、確かにその方がいいかもしれませんね。どんな名前がいいかしら……」

 

 ……シェリルまでそう酷評するあたり、何か僕が名付けた事が大罪を犯してしまった許しがたい犯罪のようにも思えてしまう……。2人は僕そっちのけで、小鳥の名前を考えているし……、小鳥は小鳥で僕の方をずーっと見続けているし……。

 わかったよ、それならば……、

 

「……君の名前は、『ぴーちゃん』だ。僕が前に飼っていたインコの名前でもあるけれど……、これならどうだ……?」

 

 いくらこの小鳥が死んでしまったセキセイインコと瓜二つとはいえ、同じ名前を付けるのはどうかと思ったけれど……、やっぱりこの方がしっくりくる。

 

「……だから、貴方のセンスは……」

 

 ユイリがそう言いかけた時、僕の指に止まった小鳥はピィ!と元気に鳴くと、バサバサと喜びを表すかのように羽根をバタつかせ……、そしてそのまま僕の肩へと移り、陽気に鳴き始めた。

 

「今の名前……、とても気に入ったようですわね」

「信じられない……、まぁ、このコが気に入っているのなら、私が口を挟むことじゃないけれど……」

 

 コウが付けた名前より、今私が考えた名前の方が……なんて言っているユイリは置いておいて……、改めて小鳥、ぴーちゃんに向き直ると、

 

「今日からまた(・・)、よろしくね……、ぴーちゃん」

 

 僕がそう言うと同時に、一際甲高く鳴いたと思うと、ぴーちゃんの体が輝き出す……!

 

「な……何だ!?」

「ち、ちょっと……!?」

 

 驚き戸惑う僕たちを尻目に、輝きを放ち続けるぴーちゃんは産卵するような仕草をすると、やがて1つの黒い卵を産む……。

 

「た、たまご……なのか……?」

 

 恐る恐る僕の肩で産んだその卵を手に取ってみると、アイテムを入手した時と同様、ステータス画面にその情報が表示される。

 

 

 

黒の卵(ブラック・エッグ)

形状:その他

価値:A

効果:入手してから1日経過すると、自動的に割れて、アイテムが手に入る不思議な卵。何が手に入るかはわからない

 

 

 

 そう表示された卵の詳細を2人に話すと、

 

「このコがただの野鳥という線は消えたのかしらね……。いずれにしても、この卵を産んだのが偶然なのかどうなのか……、それを調べるのが先かしら……?」

「……わたくしの鑑定魔法は生物への鑑定は出来ませんから……。ユイリ、この国では生物への鑑定が出来る方は……」

 

 ユイリとシェリルの話を聞きながら、僕はぴーちゃんを軽く撫でる。僕の手の感触を気持ちよさそうにしているぴーちゃんの様子を見て、

 

(……まるで前に飼っていたインコの様子そのものじゃないか……。勿論、こういう仕草はペットとの信頼関係を築ければ有り得る行為ではあるけれど……)

 

 それでも、このぴーちゃんは、あまり別の個体というようには見えなかった。僕への慣れ具合といい……、まるで生き写しのように……。

 

「……コウ様……?何を……」

 

 僕の様子に気付き、怪訝そうに話しかけてくるシェリルをそのままに、僕はこの小鳥の事を知りたいと願い、意識を集中する……。ぴーちゃんを知る為に、その方法を魔法に求め……、

 

「……之を知るを知ると為し、之を知らざるを知らざると為せ。即ちこれ知れる也……『評定判断魔法(ステートスカウター)』!」

 

 昨日のように言霊を紡ぎ、発動した魔法は、小鳥の情報を僕に伝えてくる……。

 

 

 

 NAME:ぴーちゃん

 RACE:バード

 

 JB(ジョブ):???

 

 HP:10

 MP:10

 

 状態(コンディション):良好

 

 能力(スキル)奇跡の産卵(ミラクル・エッグ)

 

奇跡の産卵(ミラクル・エッグ)』……1日に一度、『白の卵(ホワイト・エッグ)』『銀の卵(シルバー・エッグ)』『金の卵(ゴールド・エッグ)』『黒の卵(ブラッグ・エッグ)』『虹の卵(レインボー・エッグ)』の何れかを産み落とす。7日に一度の周期で、『黒の卵(ブラッグ・エッグ)』を産み落とす

 

 

 

 次々と表示されるぴーちゃんのステイタスだったが……、身体、主に精神の負担が大きく、その場で膝をつく事となった。

 

「コウ様っ!?大丈夫ですか!?」

「ハァハァ……、昨日、魔法を使いすぎたのかな……?魔法ひとつ使っただけで、この有り様なんて……」

 

 昨日は初めて魔法を使い、MPをかなり酷使したからな……。それとも、徹夜した事と何か関係があるのだろうか……?ぴーちゃんの事も、かなり端折ったような鑑定結果だったし、魔法が失敗したのか……?

 駆け寄ってきたシェリルに支えて貰いながらそんな事を考えていると、

 

「……驚いたわね。まさか鑑定魔法まで使ってしまうなんて……。それに、今の魔法はその中でもかなり上級魔法だったと思うけど……」

「……でも、わからない部分が多かったし、もしかしたら失敗してしまったかも……」

 

 ステイタス画面を確認するも、MPは「45」と記載され、殆ど消費されていないにも関わらず、この消耗具合といい……。

 魔法が失敗したのかと思っている僕に、傍らで支えてくれていたシェリルが、

 

「……評定判断魔法(ステートスカウター)の魔法は、物品鑑定魔法(スペクタクルス)生物鑑定魔法(エキスパートオピニオン)、それに分析魔法(アナライズ)を併せたような上級魔法です。生物鑑定魔法(エキスパートオピニオン)のように、対象への承認や名前を知らずとも掛ける事が出来る鑑定魔法ですが……、その分自身の魔力に比例して、知覚できる情報量が変わってくると聞いた事があります……。ですから……、コウ様の魔力が高まれば、より高度な情報を得る事が出来る様になりますよ」

「そもそも、生物鑑定魔法(エキスパートオピニオン)自体、この国でも使用できるのが大賢者様と王女位しか使用できないのよ……。それを上回る上級魔法なんて……、貴方、どれ程規格外なのよ……?」

 

 うーん、そうなのかな……。まぁ、失敗したわけじゃないなら、それでいいけど……。

 

「……コウ様が消耗されていらっしゃるのは、恐らく貴方の魔力を越える魔法の数を身に着けてしまったからかもしれません……。昨日より、精霊魔法と風刃魔法(ウインドブレイド)にコウ様の独創魔法……、それに今の評定判断魔法(ステートスカウター)』とかなりの魔法を覚えられましたし……、その中でもいくつか上位の魔法もありますので、今の魔力ではこれ以上の魔法を覚えられないというサインなのかもしれません……」

 

 そういう事なら納得がいくかもしれない……。現に新しい魔法を使ってみようと思っても、先程までと違って使えるような気がしないからシェリルの指摘は的を得ている……。

 ……鑑定魔法でよかったのかな?もっと、覚えるべき魔法はなかったのだろうか……。

 

「……コウ様の覚えられた魔法は、とても効率的な魔法かと思いますよ。まして、鑑定魔法はこの世界を知るにはとても適していると思いますし、分析魔法を兼ね備えている評定判断魔法(ステートスカウター)は戦いにおいても遅れをとりません。魔力を高め、そして評定判断魔法(ステートスカウター)に慣れてしまえば、きっとコウ様のお役に立つ事でしょう……」

 

 もしよかったら、わたくしも鑑定してみてください、そう言うシェリルに僕は思案する。彼女の言う通り、相手の情報が判る事は色々と役に立つと思う。僕の現在の魔力で使える評定判断魔法(ステートスカウター)でどういう人物評が出るかを確かめる為にも、彼女の提案に従い、

 

「……『評定判断魔法(ステートスカウター)』」

 

 一体シェリルはどれ程凄いのか、そんな興味と共に僕は魔法を完成させ、彼女の情報が表示され始め……、

 

 

 

 NAME:シェリル・フローレンス・メイルフィード

 AGE :19

 HAIR:金

 EYE :エメラルドブルー

 

 身長    :159.1

 体重    :44.8

 スリーサイズ:92/52/90

 

 JB(ジョブ):精霊術士

 JB Lv(ジョブ・レベル):30(MAX)

 

 JB(ジョブ)変更可能:狩人 Lv30(MAX)

 

 HP:126

 MP:406

 

 状態(コンディション):消費MP半減、詠唱短縮(ショートチャージ)、恐怖(異性)

 耐性(レジスト):魔法耐性、混乱耐性、魅了耐性、呪術耐性、ストレス耐性

 

 力   :21

 敏捷性 :40

 身の守り:32

 賢さ  :187

 魔力  :252

 運のよさ:35

 魅力  :276

 

 

 

「ブッ!!」

「コ、コウ様!?ど、どうなされたのです!?」

「な、何でもない……!」

 

 な、なんで体重やスリーサイズなんかの情報が!?

 思わぬ情報に、僕は思わず吹き出してしまうも、何とか取り繕う。心配そうに見つめるシェリルに、僕は心の中で色々謝罪する。

 

(あ、危なかった……、危うく鼻血が出てしまうところだったかも……)

 

 この評定判断魔法(ステートスカウター)には相手の了承はいらないとしながらも、シェリルが僕に心を開いてくれているから、通常よりも情報を知り得たのかもしれない……。ちょっと彼女のプライバシーに関わる情報も見てしまった気がするが……。

 

(……心のどこかで興味があったんだろうな……。それにしても能力(スキル)は全然見えなかったのは、僕の力不足か、それとも、そっちの情報に力を入れてしまった為か……。いずれにしても、こんな事シェリルたちに知られたら間違いなく変態扱いされるよ……)

 

 何はどうあれ、彼女のナイスバディぶりが数値の暴力となって現れる結果となった。これは墓場まで持っていかなければならないだろうと決意し、未だ心配させてしまっている彼女に謝りながら、問い掛けに答えていく。

 

「本当に大丈夫ですか……コウ様……?」

「う、うん、でも、君のステイタスが余りにも高すぎて吃驚したよ……」

 

 本当に色々な意味で数値の暴力だった。MPや魔力、それに魅力が全て200を超えており、一体僕の何倍あるんだとわからされる……。これに能力(スキル)が加われば、さらにその万能さが露わになるのだろう……。

 

能力(スキル)の項目は見えなかったけれど……、これは僕の魔力や経験で、見える様になってくるわけか……」

「成程ね……、私にもその鑑定魔法を掛けてみる?」

「いや、取り合えず今は大丈夫」

 

 続けてそんなステイタスがわかってしまったら、今度は不味いかもしれない。そう思ってユイリの申し出を丁重に断りながら、

 

「それよりも、ぴーちゃんのさっきの現象がわかったよ……。やっぱり、能力(スキル)だったみたいだ」

 

 僕は先程わかった奇跡の産卵(ミラクル・エッグ)の効果をシェリルたちに説明する。

 

「小鳥が能力(スキル)なんてね……。まぁ、危険はないのかしらね、別の意味でそんな能力(スキル)を持っている事を他に知られれば、そのコが狙われる事になるだろうから、出来る限り知られないようにね?」

 

 昨日のスーヴェニアといい、貴方の周りには希少(レア)なアイテムや能力(スキル)が集まる何かでもあるのかしらね、と苦笑しながらそんな事を言うユイリ。

 

「僕としては正直卵なんて産んで欲しくないんだけど……、能力(スキル)なら大丈夫なのかな……?」

 

 前のセキセイインコを産卵の失敗で亡くしているから、一層産卵なんてやめてくれという思いから、肩に止まったぴーちゃんに向けて指を差し出すと、

 

「……頼むから余り無理はするなよ……?健康第一だからな」

 

 わかっているのかいないのか、指に移ってきたぴーちゃんは首を傾げながらもピッと短く鳴いて再びバサバサと羽ばたきだす……。それを僕たち3人が苦笑しながらも暖かい目で見守っていた……。気付いた時には既に王宮に赴く予定の時間を過ぎ、慌てふためきながらギルドに向かう事になるのは、もう少し後の話……。

 

 



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第19話:はじめてのクエスト

 

 

 

「……つまり、その小鳥の世話をしていたらここに来るのが遅れた……と。こういう事かしら、ユイリ?」

「……概ね、その通りです……」

 

 王城ギルドにて、僕とシェリル、ユイリの3人はギルドを実質管理しているフローリアさんの前で畏まっている。……主に詰問されているのはユイリではあるが。

 

 そんな僕たちの様子に溜息をつきながら、フローリアさんは、

 

「別に責めている訳ではないのですが……、時間くらいは守って貰いたいものですね。我々も遊んでいる訳ではないのですから」

「す、すみません……」

 

 縮こまったようにそう謝罪するユイリ。今は既に火鳥の刻……。ここに来る予定だった朱厭から大体一時間くらい経過してしまっていた。つまり……大幅に遅刻してしまったという訳だ……。

 

 ユイリが宿屋に来た時点で、すぐに準備を整えて出ていれば、こんな事にはなっていないのだけど……。あれから宿を出ようとした時にぴーちゃんが興奮したのか遊んで欲しいのかはわからないが、部屋中をあっちにパタパタ、こっちにパタパタと飛び回り……、捕まえるのに非常に苦労した……。

 ユイリはぴーちゃんの速さには付いて行けてたものの、下手をすれば怪我をさせてしまうという事で手出しは出来ず、シェリルも上手く魔法で捕まえようとするも、ひらりひらりと逃れてしまった……。

 そして構って貰ってすっきりしたのか、今は僕の頭の上で休憩中という訳だ……。お陰でまた、王宮の門番の兵士たちに笑われてしまったが、もうそれは正直諦めている。

 

 フローリアさんは、チラッとぴーちゃんを一瞥したあと、再び溜息をつきながら、

 

「……わかりました。本日はこれ以上は言いませんが……ユイリは後で報告書を提出するように」

「は、はい、畏まりました……」

「本当に、すみませんでした……」

「……申し訳御座いません」

 

 力なく返事するユイリに続き、僕とシェリルもフローリアさんに謝罪する。この人は怒らせてはいけない……。そう僕の中で警告する何かが彼女にはある。

 恐らくシェリルも感じ取っているのだろう、神妙な様子で謝罪の言葉を口にしていた。

 因みに、この部屋にはレンもいるが……、この件に関しては出来る限り関わらないようにしている……。何かの拍子で自分に飛び火しないようにしているのだろう。

 

「……昨日、コウ様にはこの城下町の主要な所を見て頂きましたので……、本日は依頼(クエスト)を受けて頂こうと思っております。とはいうものの、簡単な依頼(クエスト)ですから、あまり気負わないで頂いて結構です」

「わ、わかりました!」

 

 間髪入れずにそう答える僕に、フローリアさんは苦笑しながら、

 

「そう堅くならずに……、依頼(クエスト)は城下町の冒険者ギルドに常時流している薬草の収集……、回復薬(ポーション)等の薬品の原料となるものですね、そちらをこなして頂きます。とりわけ、駆け出しの冒険者が一度は受ける事になる仕事かと思います」

 

 昨日、スーヴェニアによって手に入った回復薬(ポーション)は薬草を材料に作られている訳か……。まぁ、何でもかんでも神の奇跡で治す訳にもいかないという事だろうけど……。

 

「それと……、コウ様にはギルドカードを発行致します。これは、どの国でも共通で使用されているものとなりますが……、シェリル様はもう発行されていらっしゃいましたか?」

「いえ……、冒険者登録はしておりませんでしたので……。コウ様と一緒に発行して頂ければと」

 

 畏まりました、と言ってフローリアさんがその準備に取り掛かるのを眺めながら、僕は冒険者の事を思い浮かべていた……。

 日本では少なくとも、冒険者という言葉は一般には使われていない……。同じような言葉に置き換えたとすると、探検家が一番近いだろうか。

 

「冒険者……というのは具体的にどういう事をするのでしょうか……?昨日の冒険者ギルドの説明ですと、魔物を倒したり、困りごとを解決したりと、何でも屋みたいなイメージがあるのですが……」

「概ね、その認識であっているかと……。本日こなして頂く薬草の収集から、城下町で依頼された事を解決したり、指名手配された賞金首の犯罪者を捕まえたりと色々あります。城下町を出て頂くとお分かりになるかと存じますが、様々なところでモンスター……魔物を見る事になると思います。それらを討伐するのも、冒険者がこなす仕事になりますね」

 

 魔物……か、そんなものは漫画かゲームの世界でしか見たことがないけれど……。

 

「魔物と動物は、どう違うのですか?私のいた世界では魔物はおりませんでしたので……」

「魔物はその名の通り、魔王が放つ魔力素粒子(マナ)とは別の素粒子、邪力素粒子(イビルスピリッツ)によって動物等が変質したものです。勿論、動物だけでなく、植物や無生物、不形態の物もモンスターになったりしますね。聞いた事があるかもしれませんが、幽霊(ゴースト)骸骨戦士(スケルトン)といったアンデッドも魔物として扱われます」

 

 ……うへぇ。フローリアさんの話を心の中でげんなりしてしまう僕。どうやらこの世界では、当たり前のようにゾンビやらお化けやらが存在するようだ……。

 それは聞きたくなかったな……、そう思いながらもフローリアさんの話を聞き続ける。

 

「当然の事ながら、まだ戦闘行為に慣れていらっしゃらないと伺っておりますので、ここにいるレンと、ユイリもコウ様に同行致します。危険は少ないかとは思いますが、この世界では魔物と交戦することは日常茶飯事です。非戦闘民も、魔物の被害を受ける事もあるくらいですから、コウ様には最低限、戦える術を身に着けて頂きたいと私どもは考えております」

 

 ……それは、フローリアさんの言う通りだろう。こうしてこの世界にいる以上、避けては通れない問題というのであれば仕方がない。仕方がないけれど……、

 

「……自分が生き延びる為に魔物を倒すというのはわかりましたけど……、流石に人を殺すことは出来ませんよ?僕の世界では、如何なる事があろうとも、殺人は最大の禁忌(タブー)とされていたので、何時か元の世界に帰る以上、例え命令されても僕は……」

「それは勿論です!コウ様にはこちらの勝手な都合でこのファーレルに来て頂いている訳ですから、こちらもそのような事を強制するつもりもなければ、させるつもりも御座いません。ですが……モンスターには容赦なさらないで下さい」

 

 彼女からそう釘をさされ、わかりましたと頷くも、こればっかりは見てみて体験してみなければ何とも言えない。だけど、その言葉は覚えておこうと胸に刻む。

 

「それでは早速ギルドカードを発行しましょう……。とはいえ別に難しいものでもありません、まずはこの用紙に必要事項を記入して頂き、そのあとに此方の端末でカードを発行致しますので……」

 

 文字は書く事が出来ますかと用紙を渡されつつ尋ねられ、書ける旨を伝えながら用紙を見てみると、翻訳のイヤリングの効果で僕のわかる言葉に自動翻訳される。

 

「……これ、僕の知る文字で書いても、そちらにちゃんと伝わるのですかね?」

「コウ様がその用紙に書かれている事を理解されていれば、問題ないと思います。コウ様はかなり、学識がおありのようですね。昨日、いくつかの魔法を覚えられたのに加え、独創魔法まで編み出されたと伺いました。それは学識がなければとても出来ない事です。生活魔法は特に学識は要りませんが、古代魔法の類となると、必ずや学識が必要となって参りますから……」

 

 学識……といっても、ただ大学まで出ていただけなんだけどな。それも、苦手な科目は本当に駄目だったし、今就いている仕事にだって、どれだけ活かせているかわからないのに……。

 僕がそう思っているのがわかったかのように、フローリアさんが、

 

「……この国では識字を修めているのは、貴族やこの王宮に仕える者の他には商人、そして一部の職人くらいのものですから……。恐らくは他の国でも似たようなものでしょう。なので、字が書けるというだけでも凄い事なのですよ」

「……正直、俺も冒険者に成りたての頃は全く書けなかったからなぁ……。今だって俺が普段使う文字と、王宮で学んだ簡単な言葉くらいしかわかんねぇし……。その配られた用紙だって、俺は半分もわかんねえんだぜ?」

 

 フローリアさんとレンの言葉を聞き、成程と思う。自分だって義務教育のあった日本に居なかったら、レンのように文字もわからなかったのかもしれない。そういう意味でも、今までの自分の境遇に感謝しなければと思いつつ、僕は用紙に目を通し、埋められるものを埋めて、

 

「これでいいでしょうか?住んでいる場所、というのは今滞在させて貰っている宿屋を挙げさせて貰いましたけど……。あと、名前も『コウ』でいいですか……?」

「ええ、かまいません……。成程、やはり相当学識がおありになるようですね……。尤も、それはトウヤ殿も同じでしょうけれど……」

 

 感嘆するようにそう呟くフローリアさんに僕は曖昧に答える。僕が書いたものは何てことはない、自分の名前、年齢、そして職歴や今どんな職業に就いているか、どんな技能を持っているかといった履歴書以下の文面しか書いていない。技能にしても、支障がない程度にしか記載していないし、先程言った通り、住所なんて宿屋の名前を書いただけだ。

 ……これが、このファーレルと、僕のいた日本との差なのだろう。教育という面においては、元の世界の方が上回っている……、とはいっても、それは「日本」という先進国であったからであって、地球の何処の世界でも上回っているという事にはならないかもしれないが……。

 

「……有難う御座います。シェリル様もこれで充分です。それでは……このトレーに血を一滴で構いませんので垂らして頂けますか?それに加えて此方の端末に手を差し出して頂く事で情報登録が完了致しますので……」

 

 この世界ではやたらと血が必要になるんだな……。そう苦笑しながら、僕はシェリルとともに針で指を傷つけて血を垂らすと、端末に手を差し出す。

 すると端末が光り……、僕とシェリルの魔力に反応するかのような感覚を覚えていると、トレーにあった血がそれぞれのカードに吸引されて……、やがてそれぞれのカードが作り出され、僕とシェリルの前に現れる。

 

「……どうぞ手に取ってご確認下さい。それが、コウ様、シェリル様のギルドカードとなります」

 

 そう言われて目の前に浮かぶカードを手に取ってみると、

 

 

 

 NAME:コウ

 AGE :24

 JB(ジョブ):見習い戦士

 LICENSE:商人の証、ダンジョン探索、幸運の女神の寵愛

 

 TEAM:王宮の饗宴(ロイヤルガーデン)

 RANK:F

 ACHIEVEMENT:--

 POINT:0 pt

 

 

 

 ……これが、ギルドカードか……。それぞれ表示されている内容を確認しながら、内心驚いていた。何せ書いていない筈の能力(スキル)まで記載されていたのだからどうやって知ったのかと思ったが、恐らくは魔力を干渉したあの端末か、自分の血の情報が、このカードに映し出されたのであろう。

 LICENSEと書かれている事から、資格系能力(ライセンススキル)が反映していると判断するも、

 

(いやいや……、これ1枚で僕の個人情報が凝縮されてるよ……。これがさらに全世界で共通しているというのだから恐れ入る……)

 

 ギルドカードにそんな感想を覚えていると、

 

「如何ですか?何かカードで不明な点等は御座いますか?」

「……この『POINT』というのは?評価点のようなものですか?」

 

 ACHIEVEMENTというのは恐らく依頼(クエスト)の達成リストのようなものだろうから、このPOINTもそれに紐づけられているのだろうと思っていたが、

 

「評価点と申しますか……、依頼(クエスト)達成の難易度に応じて、ギルドより支給されるお金のようなものですね。金貨や銀貨のような貨幣とはまた別の物となりますが、そのPOINTに応じて、各店で優遇が受けられたり、実際に貨幣に換算したり、POINT専門の交換屋でアイテムと交換されたりと用途は色々あります。懸賞金の掛かった犯罪者を捕まえる事でも貯める事が出来ますよ。また、そのカードの情報はその都度、魔法空間を通じて更新されますので、何時でも最新の情報がわかるようになっております」

 

 僕が思っていた以上に、POINTは実用的な価値を持っていた。聞いていて電子マネー的な印象を覚えるも、さらにこれが全世界共通で使えるという面も含めて、僕は舌を巻く思いでいっぱいだった。

 

「……大体宜しいでしょうか?それなら、早速依頼(クエスト)に向かって頂きましょう……大分時間も押しておりますので……」

 

 それでは転送致しますので此方に……と有無を言わせず魔法陣まで案内され、転送は結構ですと断る暇もなく……、城門の近くまで転送される事となった……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「おお、レン……、それに、ユイリさんも……。依頼(クエスト)でしょうか?」

 

 強制転移による魔力酔いと呼ばれるものを味わいながらもすぐに城門へ向かい、その守衛らしき兵士さんから話しかけられる。

 

「ああ、新入りの研修でちょっとな……」

「ご苦労様です。ギルドからの依頼(クエスト)で外に出ますので、通して貰えますか?」

「ハッ!畏まりました!」

 

 兵士さん達はユイリの言葉に敬礼すると、道を空けてくれる。その事からもユイリはある程度、地位が高いのかなと思いながら城門を抜けている中、レンが兵士さん達に小声で呼び止められているのを聞く。

 

「お、おい、レン!誰だよあの別嬪さん!彼女も新入りなのか!?」

「訳アリでな……、高貴な人だから失礼のないようにしてくれよ……」

「マジかよ……、いいなぁお前は……。今度話を聞かせろよ」

 

 彼らから何処か顔馴染みのようなやり取りが聞こえてくる中、話に出ていたであろうシェリルを横目にみると、フードごしからでも彼女の美しさは損なわれることはなく、兵士さん達が騒ぐのもわかる気がしていた。

 シェリルの姿を見て、思わず振り返るという光景を何度も目にしている為、余り気にならなくはなってきているけれど……。

 僕の視線に気付いたのか、シェリルが微笑みかけてくる。ドキッとしながらもそれに笑みで応えつつ、視線を外すように門を抜けた先を見てみると……、

 

「ここが……城下町の外か……」

 

 見渡す限り一面に広がる草原。遠くには山や森らしきものが見え、人工的な建設物といったものは見られない。

 あるとするのならば、街道ともいうべき少し舗装されたような道くらいなものだろうか。自分の後ろにあるストレンベルクの城壁以外は緑一杯の自然一色というのが僕の最初の印象だった。

 

「やれやれ……、あいつら、現金なもんだぜ……」

 

 僕の隣に先程の兵士さん達に呼び止められていたレンが並ぶ。

 

「さっきの兵士さん達はレンの知り合いなの?随分と親しい感じがしたけど……」

「あいつらは俺の同期でな。冒険者ギルドに席を置いていた頃からの付き合いで、城からお呼びが掛かった時もほぼ同じ時期という……いわば腐れ縁ってやつだな。今じゃ俺は王城ギルドなんて洒落たところにいるが、少し前までは同じように一兵士として門番をやってた時もあったんだぜ?」

 

 だから後で酒に付き合えって言われてんだ、そう疲れた様に話すレンにそうなんだ、と答える。

 でも……そうだとしたら、一般兵だったレンの力が認められて、王城ギルドなんてエリートの人しかいないみたいな部署に入ったという事じゃないのか……?

 恐らく貴族なのであろうユイリやグラン、フローリアさんに加え、本物の王族であるシェリル、そして僕のような特殊な事情を持つ人間が所属しているような王宮の饗宴(ロイヤルガーデン)に、その力のみでレンが入ったのだとしたら……、これは相当凄い事なのかもしれない……。

 少なくとも、僕にはそんな事とても無理そうだ、そう思っていると、

 

「2人とも、気を抜かないで……。王城周辺はそんなに凶暴な魔物はいないとはいえ、ここはもう結界の外なのだから……」

 

 僕たちの会話に混ざるように声を掛けてくるユイリに、レンがへいへいと生返事をする。

 

「全く……、貴方はその腕が認められて王城ギルドに入ったのでしょう……。頼りにしているんだから、そんなに気を抜いていて不覚なんて取らないでよね……」

「おっ、ユイリ、嬉しい事言ってくれんじゃん。今度一緒にメシ、行こうぜ!そういえばあいつらもユイリさんも連れて来いって言ってたしよ」

 

 レンはそう言うと、嬉しそうにユイリの肩に手をまわす。ユイリは苦笑しながら、

 

「遠慮しておくわ。それよりもいいの?こんな事しちゃって……」

「ん?どういう事だ?」

 

 怪訝そうな様子のレンに、ユイリが一言、

 

「レンが今、私に対してしている一連の行動を、フローリアさんに報告した方がいいかしら?」

「本当にすみませんでした、ユイリ様」

 

 先程までと180度態度を変化させながら、すぐさまユイリから距離を置き、そう謝罪するレン。……余程フローリアさんが苦手のようだ。そして、その気持ちは痛いほど理解できる。

 

「それで……、あの所々に見える動物のようなのが魔物なのかな……?」

 

 話を変える様に僕はそう言いながら、草原を眺める。その至る所に色々な生物がいて……、寛いでいたり闊歩していたりと様々だが……。

 

「そうね、街道付近にいるのも含めて、大体は魔物よ。動物は家畜以外はたいてい森や山に住んでいるものだから、こんな草原に出てきているものはモンスターと思って貰って結構よ」

「この辺の魔物はこっちから手を出さなければ襲ってこないと思うが、それを討伐して経験を積むという事もある。俺も駆け出しの時はやった事だし、お前はまだまだ戦闘経験もないからな。倒していく事も出来るが、どうする?」

 

 そんなレンの言葉に僕はどうするか考えつつも、

 

「……とりあえず襲ってくるものだけを相手にするって事でいいんじゃないかな?パッとみたところ、魔物も動物とそう変わらないようだし、城の近くで討伐されずに放置されているって事は、そんなに害がないって事でしょ?」

「そうね……、貴方の言う通り、魔物を倒しすぎて生態系を変えると、今より強い魔物が姿を表わす事もあるから、現状で問題なければあまり刺激しないというのもひとつの考え方だから……」

 

 それなら魔物は襲ってくるものだけ相手にする事にしましょう、そう話すユイリに頷き、僕たちは街道を進み始める。

 

「……僕たちが近づくと離れていく」

「魔物も動物と同じように知能もありますから……。わたくし達に敵対心がない事がわかったのかもしれません」

「私たちの力量を感じ取って、恐れをなしているという事も考えられるわね。まぁなんにせよ、襲ってこないならこちらの手間も省けるわ」

 

 薬草の収集の為、目的の森を目指す途中、シェリルたちとそんな話をしながら進んでいく。そんな時……、

 

「このまま何事もなく森に辿り着ければ……ってそんなに甘くはないか……」

 

 肩に止まっていたぴーちゃんもピッと警戒するように一声鳴く。何処からともなく遠吠えのような鳴き声と共に、その声が聞こえてきた方角から強い殺気が飛ばされてきた。

 ……やがて、その輪郭が浮かび上がってくる。8……いや9頭か……。青白い毛並みに覆われた大型の犬のような魔物が徒党を組んでこちらに向かって駆けてきた。

 

「……アサルトドッグね。彼らの縄張りにでも入っちゃったのかしら?普段、この辺りではみない魔物だけど……」

「だとしても、街道まで縄張りにするたぁ、ふてぇ奴らだ」

 

 2人はそう言うと、僕とシェリルの前に立ち、それぞれ武器を構えて臨戦態勢をとる。

 

「姫と貴方は後ろにいて……。ここは、私とレンで前に出るから」

「ああ、アイツらは1匹1匹はそんなに強くはねえが……、集団で来られると結構面倒な相手だ。戦いの素人であるお前が対応できる魔物じゃねぇ。シェリルさんと一緒に下がってな!」

 

 レンの言葉にわかったと素直に了承し、僕はその場にて警戒しながらも経緯を見守る事にする。隣を見るとシェリルは何かの魔法を詠唱しているようで、

 

「……時の流れよ、翻りてその身に刻みその鋭さと為せ……『全体加速魔法(アーリータイム)』」

 

 僕たち全員に効果の及ぶ魔法を掛けたようで、自分の感覚が研ぐすまされ、此方にやって来る魔物の動きが少し遅くなったような印象を覚える。

 

「おらぁ!」

 

 ついに僕らのところまでやってきた一番先頭にいたアサルトドッグを一刀のもとに斬り捨てるレン。しかし魔物たちはそれに怯む事なくレンやユイリに次々と襲い掛かってくる。

 

「遅いわっ!」

 

 ユイリが手にした短刀が煌めき、襲い掛かってくるアサルトドッグと交錯すると同時にその喉元を切り裂き、悲鳴をあげながらその場に倒れこむ。しかし、また別のアサルトドッグがユイリに向かって飛び掛かっていた。

 

「ハッ!」

 

 それをひらりと身を翻してかわすと、すれ違いざまにその魔物の背中を斬りつけ、傷を負ったアサルトドッグはそのままレンによって斬り上げられて絶命する。そのレンに隙を見た別のアサルトドッグが飛び掛かるも、ユイリが投げた短刀によって目を傷つけられ、怯んだその魔物をかわしがてらにレンの剣で両断された。

 

「……灼熱の嵐よ、我が前に立ちはだかりし者たちを焼き払え……『炎上魔法(ファイアストーム)』!」

 

 さらにシェリルの魔法が完成し、レン達の隙を伺っていた3頭のアサルトドッグたちを巨大な炎の嵐が包み込む。火炎の旋風に巻き込まれ焼き尽くされるアサルトドッグだったが、その内の1頭がその火炎地獄から抜け出し、それを放ったシェリルに狙いを定め、殺気をまき散らしながらこちらへと駆け出した。

 

「クッ……、ユイリっ!!」

「ッ!」

 

 交戦していたアサルトドッグの爪をその剣で防ぎながらレンが叫び、それに反応してユイリが手裏剣のようなものを炎から抜け出したアサルトドッグに向けて放つも、それをかわしながらどんどん距離を詰めてくる。

 

「コウ様っ!?」

 

 ユイリも目の前のアサルトドッグと交戦していた為、それ以上の援護は出来ないだろうと考え、僕は無防備になっているシェリルの前に立って向かってくるアサルトドッグと相対する。驚きの声をあげるシェリルをそのままに僕が手にした銅の剣を構えると、アサルトドッグも僕を邪魔者と判断したようで、その殺気を一身に僕に向かって飛ばしてきた。

 

(……これが、モンスターの殺気……!)

 

 この世界に来て、ならず者崩れのような人間に殺気を向けられた事はあったが、こんなに強い殺気を受けたのは生まれてはじめての経験だった。野生の魔物が向けてくる本物の殺気……。隙があればすぐにでも自分の喉元に喰らい付いて絶命させようという明確な殺意。目の前のアサルトドッグからはそのような感情が向けられる。

 そんな強い殺気に当てられて逃げ出したいような恐怖にかられるも、逃げたら無防備なシェリルが狙われる事になる……。逃げる訳には……いかない……!

 

(……コウ、ぼくにしてほしいことはあるかい……?)

 

 刺し違えてもシェリルを守ると覚悟を決めた僕の下に、そんな声が語り掛けてくる。この声は……シルフッ!

 

(シルフッ!僕とシェリルの周りを風の障壁を張る事が出来る!?竜巻のように……侵入する者を切り刻むような障壁をっ!)

(わかった……どこまでできるかわからないけど……やってみるね……)

 

 その言葉と共に、僕のMPがごっそり無くなる感じがすると同時に、僕たちの周りを疾風の刃のようなものが次々と渦巻いてくるのがわかる。後は……、アサルトドッグがどうするかだけど……。

 

「……来るかっ!」

 

 そんな事はお構いなしに飛び掛かってくる気配が相手から感じられ、その一撃だけは受け止める必要があると判断した僕はアサルトドッグの動きを冷静に捉える……。やがてその狙いが僕の喉元をだとわかり、飛び掛かってくるアサルトドッグの牙を銅の剣で受け止めた。

 

「コウ様ッ!!」

 

 悲鳴にも似たシェリルの声を聞こえつつ、僕はもう一方の手でアサルトドッグの紫色のたてがみを掴みつつ、手傷を負いながらも受け止めていると、

 

「グゥウウウ……ッ!!」

 

 身体を疾風の刃に切り刻まれながら悲痛な声を上げるアサルトドッグはその勢いを無くし、その場に蹲った。傷だらけのアサルトドッグに向けて僕がよろけつつも、止めをさすために銅の剣を構える。

 

「クゥゥ……ン、グウウ……」

 

 戦意喪失したのか力なく僕を見つめるその瞳は、殺される覚悟はしているものの、恐怖の色が感じられた。それがわかった時、僕は剣を振り下ろすことを躊躇ってしまう。

 

「すまねぇ、打ち漏らしてしまって……!」

「コウッ、大丈夫なの!?」

 

 相対していたアサルトドッグたちを仕留めたレン達が僕の下に焦ったように戻って来るも、無事な様子をみて安堵しているようだった。僕がアサルトドッグに止めを刺せないでいると、

 

「俺が代わりにやってやろうか?別にお前が無理して止めをさす必要はねえぞ?」

「……やっぱり、止めをささなきゃ駄目かな……?コイツ、もう戦意喪失してるみたいだし、なんか虐待してるような気分になってきてさ……」

 

 剣を振り下ろす事が出来ないでいた僕に、

 

「……モンスターは見逃しても、何時か必ず仇となって戻って来るわ……。貴方自身にかもしれないし、もしかしたら他の人たちに害を為すかもしれない……。その時に傷つくのは……貴方なのよ」

 

 窘めるように、そう言うユイリに僕はフローリアさんの言っていた言葉を思い出す……。確かに、彼女もモンスターに情けをかけるなと言っていたっけ……。

 

「まして、そいつは問答無用で襲い掛かってきた魔物だ。お前が庇わなかったら、シェリルさんが傷つけられたかもしれねぇ……。コウ、お前だって一歩間違えればどうなっていたかわからねぇんだぞ……?」

「わかってる……、それは、わかっているんだ……」

 

 ……殺気をぶつけられた時、正直生きた心地はしなかった……。下手したら死ぬ、本当に生きるか死ぬかの状況だったこともわかっている……!でも、それでも僕は……!

 

「皆様、待って下さい……。コウ様、貴方は……どうなさりたいのですか……?」

 

 その時、今まで経緯を見守っていたシェリルがそう声を掛けてくる。その言葉に、

 

「……シェリルを襲おうとしたコイツを許すのが間違っているのはわかっているんだ……でも、コイツの目を見てたら、どうしても止めを刺す事は……」

 

 僕の独白を聞くと、シェリルは僕の手傷をサッと癒した後、蹲るアサルトドッグに向き直ると……、

 

「……清らかなる生命の水よ、大いなる祝福でもって彼の者を癒せ……『癒しの奇跡(ヒールウォーター)』!」

 

 途端に傷ついたアサルトドッグを柔らかい光が包み……、みるみる内にその傷が癒されていく……。傷を治されたアサルトドッグは戸惑うようにシェリルを伺っていたが、

 

「……行きなさい」

 

 毅然としたシェリルの言葉にビクッと反応したかと思うと、こちらを振り返りながらもアサルトドッグは去っていった……。

 

「……もし、あのコが再び襲ってきたとしても……、まして、それがわたくしに禍として返ってきたしても……、それはあの者を癒したわたくしの責任です。コウ様が悩まれる事は御座いません……」

「……シェリル……」

 

 そんな僕らをみて、レンとユイリも苦笑しながら、

 

「……ま、狙われたシェリルさんがそう言うんなら、な……」

「でもコウ、どうか覚えておいて……。モンスターを逃がすという事は、常にそういう危険があるの……。今回は貴方と姫が対処された魔物だったし、今回の貴方の意思についてもこれ以上とやかく言うつもりもないわ。だけど、貴方の為にも……今後はモンスターに対して情けは持たないで……」

 

 ユイリの僕を心から心配するような真摯な言葉に、僕はわかったと頷き、シェリルによって癒された手を握りしめながら、その教訓を胸に刻みこむのだった……。

 



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第20話:死闘

 

 

 

「……これで10枚……と。あとは、どの薬草を集めるんだっけ……?」

「確か、身体が麻痺した状態を和らげるパレス草と、気付け薬に用いられる心月草ね……。これを10枚ずつ収集したら依頼(クエスト)達成よ」

 

 あれから森に辿り着くまで、特に魔物に襲われる事もなく、こうして薬草収集に専念している。

 

「……そこと、あとそこですね……、それぞれ何枚か生えているかと……」

 

 シェリルが探索魔法でも使用しているのかと思うくらい、的確に対象の薬草が生えている場所を指摘してくれる。

 

「よっと……、確かにあったぜ。これはパレス草で……こっちは心月草か。こっちに3枚と5枚あったから残りは……」

「パレス草7枚と、心月草5枚ね……。この辺りの薬草はかなり採ったから、別の場所を探した方がいいかしら……」

 

 だいたい森に入って1時間くらいは経過しただろうか……。傷を癒す弟切草をはじめ、毒素を中和する効果のあるポイソ草、痛みを和らげるギセル草、目の疲れに効く八雲草……。その他にも色々な効果のある薬草を採取していたが、ここまで効率的に探すことが出来ているのはシェリルのお陰であるといっても過言ではない。

 元々、エルフは森に住む種族という事で、とりわけ野草には滅法詳しく、何処に何が生えているか、どんな効能があるのかを完全に把握しているようで、次々と僕たちを導いてくれていた。

 ……僕も『薬学の基礎』という能力(スキル)のおかげで、ある程度の事はわかったが、それでもその知識はシェリルに及ぶところではない……。

 

「いえ……、少し進んだ先に心月草はあるかと思います。3枚くらいならば、その付近にパレス草もあるでしょう……」

 

 そのように話す彼女の言に従い、僕たちは今入手したパレス草と心月草を収納魔法(アイテムボックス)を用いて魔法空間に納めていく……。

 

 ……先程のアサルトドッグとの戦闘で見習い戦士のレベルも上がり、収納できる量が少し増えたといっても、せいぜいのところ数個のみ。

 アサルトドッグ達の牙や毛皮、肉に加え、魔物となった核ともいえる魔石を回収できるという事で、レンがテキパキとそれらを捌き、僕は片っ端からそれらを入れていったらすぐに収納量をオーバーしてしまった。

 仕方なく物品保管庫の能力(スキル)を発動しようとしたら、ユイリたちがわざわざそこに入れる必要はないと、それぞれ収納魔法(アイテムボックス)を発動させ、入りきらなくなったアサルトドッグの素材を収納していってくれた。

 

「……何かしら、近くで戦闘の気配が……」

 

 シェリルの言う場所へ移動しようとした矢先、ユイリがそう呟くと周囲を警戒するように感覚を研ぎ澄ます様子に緊張感が走る。身動きひとつせずに、耳を澄ませているユイリを見守っていると、

 

「……これは、機動性のある魔物ね……。さっきのアサルトドッグのような獣による戦闘音がするわ……」

「なら、行こう……。先程の件と関係があるかもしれないし……」

 

 僕の言葉にシェリル達は頷くと、ユイリの感覚を頼りに急いで移動する。

 

「こっちね……。音から察するに、さっきの倍以上の魔物がいると思うから心の準備だけはしといてね」

 

 ……さっきの倍、か……。約20頭以上はいる計算になるけど、心の準備と言われてもね……。苦笑しながらユイリに付いていくと、やがて森を抜け先程とは別の草原に出る。

 そして、そこから200メートルもいかない所で、大量のアサルトドックたちが3人の冒険者らしき男女を連携して襲っているのを見えた。

 

「あれか……、確かに20以上はいそうだ……ってあれは!?」

「まさか……でも、間違いないわ……」

 

 レン達の緊張した様子から、あらためて見てみると、3人を襲うアサルトドック達の後ろに、明らかにその中で異彩を放つ、血のように紅いたてがみをした、通常のアサルトドッグを1.5倍したような体格の魔物がその群れのボスのように居座っていた。

 

「……あれはデスハウンドという上級魔物です。アサルトドックを遥かに凌駕するステイタスとその特殊能力から、ケルベロスには劣りますが、最凶と恐れられているモンスターの一種です……」

 

 最凶のモンスター……。確かに遠目に見てもやばそうな雰囲気のある魔物だと思う……。思わずゴクリと息を吞んでいると、

 

「……襲われている彼らは多分、駆け出しの冒険者ね……。早く助けに入らないと手遅れになるわ……」

 

 ユイリはそう言って、右手の人差し指と中指を自身の唇を隠すように当てると、

 

「…………『影映し』」

 

 そうユイリの呟きが聞こえると同時に、彼女の姿が影より次々と実体化してゆく……!これは……分身……!?

 

「……私の魔力で影を実体化したものよ。まぁ、色々とリスクもあるんだけどね……」

 

 僕の疑問に対し、彼女が答えると、すぐに注意を魔物のいる前方へと向ける。

 

「ユイリはアサルトドッグたちの注意を惹き付けてくれ。俺はアイツとやる」

「了解。コウ、貴方と姫は彼らを救出したあと、後方支援に徹して。いい、前に出てきちゃ駄目よ?」

 

 ユイリ達がそのように打ち合わせると同時に、シェリルから先程掛けてくれた速度上昇の支援魔法が自分たちを包み込む。さらに……、

 

「……優しき光よ、邪まなる力を阻む盾となれ……『精神耐性魔法(スピリチュアルレイジ)』」

 

 シェリルが続けて詠唱していた魔法も完成し、さらなる加護が包んだ。

 

「ありがとよ、シェリルさん。これで、アイツの厄介な特殊能力にも対抗できるぜっ!」

「……それでも完全に抑えられる訳ではありません……。充分にお気をつけ下さい……!」

 

 ……シェリル達の会話を聞く限り、あのデスハウンドという魔物はそれ程厄介な特殊能力を持っているという事か……。戦慄する僕を尻目に、

 

「じゃあ、仕掛けるわ……!頼むわよ、レン……!」

「おうっ!任せとけっ!」

 

 そう呼びかけ合うと、ユイリは実体化した影と共にその場から一瞬で消え去り、レンも凄まじい速さで現場へと駆けていく……!

 

「コウ様!わたくしも援護射撃をして宜しいでしょうか……?」

「あ、ああ、お願いするよ、シェリル……」

 

 僕の了承の言葉に、何処からか取り出された立派な弓を引き絞り、前方のアサルトドッグたちに狙いを定めると……、

 

「……『魔法の矢(マジカル・アロー)』!」

 

 膨大な魔力を内包する光の矢がシェリルより放たれ、一瞬のうちに冒険者に襲い掛かっていた一匹のアサルトドッグを直撃するのが見えた。急所へと直撃したのか、崩れ落ちるそのアサルトドッグに周りの注意は矢が飛んできたこちらに向く。しかし間を置かずに複数のユイリ達が戦場に姿を現し、冒険者達から注意がそれたアサルトドッグたちに次々と攻撃を仕掛けてゆき、戦闘状態に入る。

 

「コウ様、わたくしたちも……!」

 

 ……正直、次から次へと動いていく状況に戸惑っている部分はある。初めての戦闘、命のやり取り……。先程のように直に野生の生物から向けられる殺気、その時に感じた恐怖……。また、その状況に晒される事についても色々と思うところもある……。だけど……、

 

(……迷っていたら、死ぬだけだ……!)

 

 シェリルは僕をジッとみつめてその言葉を待っている。僕の意思に対し、従うつもりなのだろう。僕は迷いを振り切り、頭を切り替えていく。

 

 身体は……動く!確かに恐怖を感じている筈だが、動かす事が出来る!

 レンが!ユイリが……!そして……なによりシェリルまでもが戦おうとしているのに、自分が怯む訳には……いかない……!

 

「……ああ、行こうっ!」

 

 僕の決意を聞き、彼女はやんわりと微笑む。僕の中にあった恐怖を見通しつつも、絞り出したその勇気に対し、嬉しそうに微笑みを浮かべながら、

 

「大丈夫です、コウ様。わたくしがお供させて頂きますから……。例え何処であっても、何処までもお供して……、わたくしが死んでも、貴方だけはお守り致します……!」

「この状況で……言ってくれるね……!でも、守るのは僕だ。僕がシェリルより弱かったとしても、僕が君を守って見せる……。だから、付いて来てくれるかい?」

「はいっ……!」

 

 シェリルのその言葉に頷くと、僕は自分に掛けていた重力魔法(グラヴィティ)を解き放つ……!流石に制限を掛けた状態で、奴らと戦う訳にはいかない。シェリルの掛けてくれている加護と相まって、万全の状態でアサルトドッグたちと戦う事が出来る。

 

「ぴーちゃん、お前はシェリルと一緒にいるんだ」

 

 僕がそう言うと、その言葉を理解したのか一声鳴くと、僕の肩からパタパタと飛び立ちシェリルの肩へと移る。

 それを見届けた僕は前線を見渡すと、ユイリと戦闘していない何匹かのアサルトドッグが、矢を射たシェリルに狙いを向けて駆けてこようとしている事を遠目に確認した僕は、それらに狙いを定め、大地を蹴る!

 先程、掛けていったレンに勝るとも劣らないスピードで、みるみるうちに目標であるアサルトドッグに迫っていく……!

 

「グ、グウッ!?ガアアアッ!!」

 

 瞬時に自身に近づいてくる存在に驚き戸惑っている様子のアサルトドッグの喉元に銅の剣をその勢いのままに叩きつけると、血しぶきをあげながらその悲鳴とともに倒れこんでいった。

 一瞬のうちに斬り伏せられる同僚に怯んでいたアサルトドッグに向けて、間髪おかずに銅の剣を振り下ろす。

 

「ガァァ!?グルルッ!!」

「……浅かった、か。でも……」

 

 致命傷とはいわないまでも、僕の振り下ろした銅の剣によって傷つけられたアサルトドッグの素早さは半減している。そうでなくてもシェリルの全体加速魔法(アーリータイム)によって感覚は研ぎ澄まされているのだ。相手の飛び掛かってくる動きに合わせて、剣をその軌道に置いておくだけで、アサルトドッグに致命的なダメージを負わせる事に成功し、その個体もやがて動きを停止させた。

 

「よし……次は……」

「ッコウ様!後ろですっ!!」

 

 二匹目を斬り伏せたところで、次の相手を探そうとした矢先、シェリルから悲鳴に近い叫びが飛んでくる。

 

「!?しまっ……」

 

 彼女の声に振り返ると、死角から僕に向かって飛び掛かってくるアサルトドッグの姿が捉えられる。咄嗟に避けようとするも知覚だけで、身体まではついてこない。

 

 のしかかられる……!そう覚悟した瞬間、

 

「……気を抜かないで、コウっ!一瞬背筋が凍るかと思ったじゃないっ!」

 

 相手がのしかかってくる寸前、そのアサルトドッグの首を斬り飛ばしたユイリが僕の背後に背中合わせのように割り込んできてくれる。それを見てシェリルがホッとしたように、3人の冒険者への癒しの魔法を再開させているのを目にしながら、

 

「ごめん、助かったよ」

「全く……、貴方には後方にいるように言っていたのに出張ってくるなんて……。まぁいいわ……、私や影映しの現身(アバター)たちで援護するから、一体一体確実に仕留めていくわよ!」

 

 背中越しにユイリからそう檄が飛ぶ。僕はその言葉に頷くと、

 

「それだけ速く動けるなら充分戦えるでしょうけど……、気持ちは切らないで!そして、出来るだけ足も止めないでね。アサルトドッグのような機動力のある相手に隙を見せたら、一瞬で喉元に喰らい付かれるわよ……!」

「了解っ!」

 

 僕がそう応えた瞬間、背後のユイリの気配が消える。正面から新たにやって来たアサルトドッグに対し、僕は冷静に銅の剣を正眼に構える。そして……、

 

「……『評定判断魔法(ステートスカウター)』」

 

 小声で呟くように詠唱し、敵であるアサルトドッグに対し、魔法を使用すると、

 

 

 

 RACE:アサルトドッグ

 Rank:43

 

 HP:180/180

 MP:30/30

 

 状態(コンディション):正常

 

 

 

(これが、敵のステイタスか……)

 

 今の自分の魔法では、HPやMPの状態しか確認できないという事がわかったが、HPだけ見ても、遥かに自分より高い。Rankという項目は初めて見るが、恐らく強さを示す指数のようなものなのだろう。本来、冒険者RANK『F』の僕が戦える相手じゃないかもしれないが……、

 

「だけど……戦えるっ!」

 

 暫く剣を構えた僕を伺っていたアサルトドッグが地面を蹴って飛び掛かってきたのに合わせて、僕は最小限の動きでその突進をかわし、すれ違いざまに剣にてアサルトドッグを切り裂く。相手の動きがしっかりと把握できてさえいれば、剣術などの戦う型を知らずとも、相手の素早い動きを利用して敵に致命的なダメージを与える事が出来る。

 何度かアサルトドッグとの戦闘をして学んだ事のひとつだ。身体を割く様に切り裂かれたアサルトドッグは悲鳴をあげながら倒れ伏す。

 

「ッ!何度も同じ手をくらってたまるかっ!」

 

 すぐ背後に気を向けると、先程のように死角から飛び掛かろうとしていたアサルトドッグを捉えると、今度はしっかりとその突進をかわし、その過ぎ去った体躯に剣を持っていない、マジックシューターを身に着けた左手を向けて覚えた言霊を詠唱する。

 

「……『風刃魔法(ウインドブレイド)』!」

 

 昨日、シェリルによって教えて貰った古代魔法をアサルトドッグに向けて発動させると、幾重にも張り巡らされた鎌鼬(かまいたち)ともいうべき風の刃が魔物を切り裂いていく……!

 

「グギャギャギャ……ッ!」

 

 ズタズタに切り裂かれたアサルトドッグにすぐさま近寄り、銅の剣で急所をついて確実にトドメを刺すと、

 

「……『朧月』!!」

 

 近くでそう呟かれたユイリの言葉が聞こえてきたかと思うと、残っていたアサルトドッグたちが不思議な霧に包まれて、そのまま消失していった……。

 

(凄いな……、ユイリ一人で一体何匹のアサルトドッグを倒したんだ……?)

 

 ユイリは現身(アバター)と呼んでいた実体化した分身を元に戻して、レンへと視線を移しているのを見て、僕は対峙しているデスハウンドに向けて『評定判断魔法(ステートスカウター)』を詠唱する。

 

 

 

 RACE:デスハウンド

 Rank:204

 

 HP:1847/3500

 MP:184/250

 

 状態(コンディション):激昂

 

 

 

(ランクが204だって……!?さっきのアサルトドッグの5倍以上……!?)

 

 HPが大分削られているのは、レンがやったのだろうか……。レンも所々傷を負っているようだけど、戦闘に支障はないのか、余り気にした様子はない。着ている鎧には腐食だったり欠けていたりと散々な状態だが、手にした長剣の輝きには刃こぼれひとつない見事な物であった。対して使用していない筈の僕の銅の剣とは比べようもない。

 

「……こっちは片付いたわ。手を貸す?」

「いらねぇ。ユイリ達は他の増援が来ねえか見張っといてくれ」

「ん……、了解」

 

 ユイリは僕を促しながらもデスハウンドからは目を離さずにゆっくりとシェリル達のところまで下がる。ちょうどシェリルは一番重傷を負っていたタンク役だったのであろう戦士の男性の治療を終えたところであった。

 

「……コウ様、あまり無茶をなさらないで下さい……。心配しましたわ……」

「ごめん……。でも、僕は大丈夫。あとは……アイツだけだ」

 

 そんな時、視線を外さずにいたレン達に新たな動きが起こる。デスハウンドが遠吠えするように叫び出したのだ。

 な、何だ……!?あの叫び声を聞いていたら……なんか息苦しく……!

 

「っ!?いけない……!コウ様っ、皆さんもわたくしの後ろに……!」

 

 シェリルはそう言うと、急いで言霊を詠唱しはじめ、

 

「……我は全てを遮断せん……!『遮断障壁魔法(バリヤーシェル)』!!」

 

 シェリルの魔法が完成すると、僕たちの周りに結界のような物が発生し、息をするのも億劫になっていた状態が和らいでいく……。今のは……一体……?

 

「……あれがデスハウンドの特殊能力である『死の叫び(デス・シャウト)』よ……。その声はマンドラゴラの叫びと同様に、聞く者をやがて死に至らしめるもの……」

「じ、じゃあ、レンは……!?」

 

 結界の外にいるレンが危ないのでは……!?思わず飛び出していこうとした僕の腕を、「待って下さいっ」とシェリルの両腕が掴んだ。

 

「レン様は先程わたくしが掛けた『精神耐性魔法(スピリチュアルレイジ)』とご自身の抵抗力で抑えていらっしゃいます……!ですが……コウ様はこの結界から出てはなりません!……いくらコウ様にも『精神耐性魔法(スピリチュアルレイジ)』を掛けたとはいえ……、『死の叫び(デス・シャウト)』に耐えられるかはわからないのですから……!……貴方達もですよ!」

 

 僕の腕を必死に掴みながら、僕と、そして3人の冒険者たちにそう訴える。

 

「……私は行くわ。あんな事言っていたけど、レン一人ではかなり辛い相手でしょうから……。コウはここに居て姫たちを守っていて……。絶対に、前に出て来ないでよ……!」

「…………わかったよ。気を付けて、ユイリ……」

 

 僕の声に頷くと、ポンと肩を叩かれたと思ったらすぐさまユイリの姿が消える。次の瞬間にはユイリがレンのところに姿を現し、デスハウンドに短刀で斬りつけていた。堪らず『死の叫び(デス・シャウト)』を解除するデスハウンドに、

 

「全く余計な事を……。俺一人で大丈夫だと言ったろ?」

「それは悪かったわね……。じゃあ、このまま一気にいくわよ!」

 

 そう呼びかけ合うとレンとユイリが息を合わせてデスハウンドを攻撃し始める。ユイリがその素早い動きでデスハウンドを牽制し、そうして翻弄された隙をついて、少しずつレンが長剣でデスハウンドの体を傷つけていく……。

 その様子を見守っていた僕に、…シェリルはゆっくりと腕を取っていた手を離しながら、

 

「……本来、デスハウンドは冒険者のランクで言うとSクラスに相当する魔物なのです……。レン様とユイリは高ランクの実力者ですから対応できておりますが……わたくし達だけでは間違っても戦ってはならない相手です……」

 

 シェリルの言葉に改めてデスハウンドのステイタスを確認してみると、

 

 

 

 RACE:デスハウンド

 Rank:204

 

 HP:922/3500

 MP:159/250

 

 状態(コンディション):激昂

 

 

 

 2人の連携により、先程よりもデスハウンドの生命力が削られているものの……それでも僕が戦える相手ではない。それは、治療を受けた3人の冒険者も同じことを考えているのだろう。

 

「あ、あの……、危ないところを助けて頂いて、有難う御座いました……」

 

 3人のうち、紅一点である僧侶のような出で立ちをした、明るく渋い青緑色の髪をストレートに下した女性が同僚に回復魔法を施しながらおずおずとそう言ってくるのに対し、

 

「まだ、アイツを倒すまでは助けられた訳じゃないよ。だから、まだ気を抜かないで」

「は……はい……!」

「それでも……礼を言わせてくれ。アンタ達が来てくれなかったら……、俺達は間違いなくやられていた……」

 

 ……僧侶の彼女より回復魔法を受けながら、片手では持てないような大剣を持つ戦士が負傷している腕を押さえつつ頭を下げてきた。3人の中では中心的な人物なのであろうか、空の色を模したようなスカイブルーの髪を持つ男性は殊勝な態度で話しかけてくる。

 

「それなら……礼はあの2人と、シェリルに言ってくれ。僕は何もできていないし、多分貴方達よりも冒険者のランクは下だろうから……」

 

 そう言って僕は自分のギルドカードを見せると、

 

「Fランク!?あれだけモンスターと戦えていたのに!?」

「それは、シェリルの加速魔法のお陰さ……。ん!?何だ……!?」

 

 僕のギルドカードのランクを見て驚愕する冒険者たちを尻目に、レン達が戦っているデスハウンドに新たな変化が訪れる。なんと、デスハウンドが激しく体を震わせたかと思うと、その身が7体に分かたれたのだ……!

 

「ま、まさか……!分身したのか!?」

「クッ……『槍衾』!!」

 

 ユイリは咄嗟に障壁のような物を張り、分身したデスハウンドの内5体までは抑えるものの、残りの2体がこちらへと襲い掛かってきた!

 

「戦うしかないか……!」

「コウ様ッ……!」

 

 僕はシェリルの前に立つと、同じように話しかけてきた戦士とタンク役の男性も一緒に前に出てきた。

 

「俺が盾になる……!アサルトドッグにも苦戦していた俺がどれだけ防げるかわからないが……」

「なら、僕が1体は翻弄してみる。デスハウンド相手にどれだけの事が出来るかはわからないけどね……」

「わかった……、1体は意地でもこちらで抑える。フォルナ達のところには行かせんっ……!」

 

 僕たちは頷きあうと、それぞれ行動を開始する。僕は向かってくる1体に狙いを定めて銅の剣を構えると、

 

(くそっ、アサルトドッグとは段違いだ……!速すぎて、上手く補足出来ない……!)

 

 それでも後方に残ったメンバーでは、僕が一番動ける筈だ。重力の制御が無くなり、いつも以上に動ける事に加え、シェリルからの支援魔法もある。何としても一体はここで抑えないと、シェリルに危険が及んでしまう……!

 僕は素早く激しい攻撃を仕掛けてくるデスハウンドの爪や牙での突進を必死に受け流しながら、タイミングを合わせて銅の剣で袈裟懸けに斬りつける。だが……、

 

「け、剣が……っ!」

 

 金属に鋸を引くような硬質の不協和音と共に、僕の手にした銅の剣がデスハウンドに手傷を負わせると同時に砕かれてしまう……!しかし、それによりデスハウンドのステイタス画面に変化が現れた。

 

 

 

 RACE:デスハウンド

 Rank:204

 

 HP:644/3500

 MP:47/250

 

 状態(コンディション):激昂、陽神

 

 

 

 チラリとシェリル達の方を見ると、シェリルも3人の冒険者たちと協力しながら1体のデスハウンドを抑えていた。心配そうに此方を伺うシェリルと目が合ったが、その前にいるデスハウンドのステイタスも見て、僕はひとつの仮説を立てる。

 

(この陽神という状態がこの分身の事を示しているようだけど……、恐らくアレは7体で1つのデスハウンドなんだ。向こうのデスハウンドも僕が与えたダメージに合わせて同じようにHPが修正されていたし、多分この内どれか一体でも倒せれば、他のデスハウンドも倒せるという事になる……!)

 

 尤も、問題はどうやって倒すかという事だ。ユイリ達だって5体に分かれたデスハウンドを相手にして余裕はないし、シェリル達だって1体のデスハウンドを防ぐのに精一杯だ、

 何より、一番不味い状況にあるのは僕自身である事が疑いようもない。唯でさえ能力差は歴然なのに、頼みの武器ですら粉々に砕け散ってしまった。何とか対抗できるかと思っていた速さでさえ、向こうの方が上である。今は何とか敵の攻撃をかわせているが、何時致命傷を負わされるかもわからない……。

 シェリルからの支援なのだろうか、先程の加護に加えて、敵の攻撃を弾く事もあるのだが、それでも圧倒的な劣勢には違いない。シェリルの悲鳴にも似た葛藤が今にも聞こえてきそうだった。

 

「あれは……まさか、増援……?」

 

 そんな中、視界の隅に此方へと向かってくる新たな魔物の姿を捉える。恐らくはアサルトドッグなのだろうが……合流されて2対1で襲われればもう防ぎきれなくなる事は間違いない。

 

(こうなったら賭けるしかないな……、もし外したら……多分死ぬ事になるけど……)

 

 でも、やるしかない……。僕はそう覚悟を決めるとデスハウンドの猛攻を必死にかわしながら、魔法の詠唱を始める。効果が効くかどうか……ましてや自分の想像通りになるかもわからないが、自身の精神を最大限に集中させ、より強く魔力素粒子(マナ)に干渉する……。

 

「……此の地に宿りし引き合う力、その強弱を知れ……『重力魔法(グラヴィティ)』!!」

 

 僕の全てを振り絞った独創魔法が完成し、目の前のデスハウンドに向けて発動させる。すると……、

 

「グルル……ッ!」

「成功……したのか……?」

 

 

 

 RACE:デスハウンド

 Rank:204

 

 HP:644/3500

 MP:47/250

 

 状態(コンディション):激昂、陽神、重力結界

 

 

 

 目の前のデスハウンドが目に見えて素早さがガクッと下がる。自分の思った以上の高重力に蝕まれているようで、一歩足を踏み出すのも容易でないような様子だった。そして、それは残り6体のデスハウンドたちにも同じような状態に陥っていた。

 

(思った通り、この陽神という状態は全ての肉体を一つとして相互互換しているんだ……。だから、1体が状態異常に陥れば他の個体も同じ状態になる……)

 

 そして、どれか1体を倒せれば、他のデスハウンドも同時に倒れる。そういう事になる筈だ……。

 そんな状態になったデスハウンドにレンやユイリが見逃す訳もなく、みるみる内に敵のHPが削られていく……。

 シェリル達の方でも、動きの遅くなったデスハウンドにはしっかりと対処できているようで、危なげなく対応しているのが見えた。

 

『……タトエ、ワレガホロビヨウトモ……セメテキサマダケハミチヅレニ……!!』

「な、なに……!?」

 

 そんな地獄の底から絞り出されるような声が聞こえてきたような気がして対峙していたデスハウンドに視界を戻すと、その口元に激しい高純度の魔力のようなものが集まっているのがわかった。

 

「あ、あれは……!?コウ、よけてっ!!それを喰らっては駄目ッ!!」

「クソッ!間に合えっ!!」

「コウ様っ!!」

 

 ユイリ達の悲鳴が聞こえてくる中、僕は目の前の状況に戦慄していた。全てのMPを使い切った僕には、もう身体を動かす事もままならず、ただただデスハウンドの強烈な殺気を当てられ続けるだけしか出来ない。

 何があろうとも、絶対に僕だけは殺す……、デスハウンドの目がそう語っているようにも思える。

 

 レンがデスハウンドの首を落とすのと、その絶望的なエネルギーが僕に向けて放たれたのは同時だった。一直線に僕に迫ってくる圧倒的な暗黒のエネルギー……。なす術もなく、ただその魔力が僕に迫ってくるのを見続けるだけしか出来なかった……。

 

(……ここで、死ぬのか……。こんな異世界で……元の世界に戻る事も出来ずに……)

 

 僕は覚悟を決めて目を瞑った。だから、目の前に割り込んできた存在に気付く事が出来なかった……。

 

「グゥワワワ……ッ!!」

「…………えっ?」

 

 予想していた衝撃が訪れず、代わりにそのような悲鳴が目前で聞こえてくる。恐る恐る目を開けてみると、こちらに向かって来ていたアサルトドッグが僕の身代わりとなってデスハウンドが死に際に放った闇のエネルギーを受けているのだと理解する……。

 

「お、お前!?何をしてっ……!」

「……グルゥ……」

 

 デスハウンドの最後の一撃をまともに受けたアサルトドッグが力なく倒れるのを、僕は慌ててその身体を受け止める。

 肉が焦げるような嫌な臭い……。その紫色のたてがみも垂れ、徐々にその生命力が失われていくのがひしひしと感じられた。でも……、

 

「まだ……まだ生きているっ!シェリル、頼むっ、すぐに来てくれっ……!」

 

 その時、腕の中のアサルトドッグが僕の手を一瞬ペロリと舐める。ハッとしてアサルトドッグを覗き込むとその瞳が魔物らしくなく……、どこか見覚えのあるかのような……!

 

「もしかして……お前、さっき見逃したアサルトドッグなのか……?」

 

 そう聞いておきながら僕は自分の中で確信する。そうでなければ、魔物がこうやって僕の身代わりになる理由がない。救われた事に恩を感じたのだろうか、僕たちの事が気になって……、危機に陥っているのを知ってここまでやって来たのだ。

 ……例え、同族と戦う事になろうとも……!

 

(それなら絶対に助けないと……!でも、このままでは……!)

 

 間に合わない……!そのように僕が感じたその時、いつか感じた柔らかい光が僕と、アサルトドッグを包み込む。これは……癒しの光だ……!

 それも先程掛けていた癒しの奇跡(ヒールウォーター)よりも強い力を感じる。僕の腕の中にいるアサルトドッグの傷が次々と塞がっていくのがわかる……。

 

「……同じ闇属性で耐性があったアサルトドッグだったからこそ、生き延びる事が出来たのでしょう……。もし、コウ様があれを受けていたら……恐らく助けられなかったと思います……」

 

 神聖魔法を掛けながら此方へとやってくるシェリルの声には覇気がなかった。血の気の引いたようなその表情に彼女の心中が推し量れるようだった。

 

「そのコは絶対に助けてみせます……。コウ様の……わたくしの命の恩人ですから……」

 

 シェリルの言葉と共により一層癒しの力が強くなるような気がした。少しずつアサルトドッグに生気が宿っていっているのがわかる……。

 

「ピィッ!」

「お前も無事だったか……よかった……」

 

 シェリルから僕の方へ飛んできたぴーちゃんがその手に止まり、癒されていくアサルトドッグに視線を落としている。もう危機的状況は乗り越えただろうか、アサルトドッグの表情も柔らかくなった時、シェリルが僕の傍までやって来た。

 

「有難う、シェリル……。もうコイツは大丈……」

 

 僕の言葉が言い終わらない内に、ボフッとシェリルが抱き着いてくる。慌てて僕は彼女を抱きとめると、

 

「シ、シェリル……?」

 

 僕の胸に押し付けている彼女からは嗚咽のようなものが聞こえる。よく見るとシェリルの体は小刻みに震えているようだった。

 

「……もう、駄目かと思いました……。大切な方が……また、わたくしを置いて……いなくなってしまうかとッ……!」

「…………ごめん、シェリル。心配かけたね……」

 

 そう言って僕はシェリルをいつかのように頭を撫でる。すると、シェリルの嗚咽は少し大きくなった。

 僕の事をそんなに心配してくれたのか……。そう思うとシェリルに対して愛しさが込み上げてくる。彼女の背中に手をまわし、幼い子にするようにポンポンとあやす。

 ……シェリルが落ち着くまで、僕はこうして彼女を慰め続けていた……。



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第21話:冒険者ギルド

 

 

「シェリル、有難う。もう大丈夫だから……」

「…………コウ様は大人しくなさっていて下さい」

 

 治ったという僕の言葉が聞こえないように、シェリルが神聖魔法を掛け続けている中、

 

「……でも、無事でよかったぜ」

「ええ……、さっきはどうなる事かと思ったわ……。貴方を危うく死なせてしまうところだった……」

 

 デスハウンド以下アサルトドッグらの後始末をしていたユイリ達も、戻って来るなりそう話しかけてくる。いつもとは違う神妙な面持ちにこちらも調子が狂ってしまう。

 

「……ユイリ達まで。さっきは確かに死ぬかと思ったけど……こうして生きているんだからさ……」

 

 黙々とかすり傷すらも癒してしまいそうなシェリルに苦笑しながらも、僕はレン達に言葉を返す。

 勿論、先程感じた恐怖はまだ消えてはいない。あと一歩のところで本当に死ぬところだったのだ。『約束された幸運』の能力(スキル)があったから、即死は無いかなと思っていたが……、考えを改めなくてはならないかもしれない。

 つい数日前までは感じる事もなかった死が現実のものとなっている自体が普通ではないが、ここは異世界、魔物が存在して常に戦闘が日常的な事となっている世界にいるのだから仕方がない。

 ……あまり慣れたくはないが、元の世界に戻るまではあり得る感覚と受け入れていくしかない。

 

「本当にごめんなさい……。貴方や姫を危険に晒す事自体、本来はご法度なのよ。いくら緊急事態だったとはいえ……、その魔物が貴方を庇わなければ今頃は……」

「それは確かに……ね。実際、もう駄目だとは思ったよ」

 

 そっと僕とシェリルの傍で大人しくしているアサルトドッグに視線を落とす。すっかり傷は癒えたようで、意識は取り戻しているもののぴーちゃんを頭に乗せながらも気にすることなく丸くなっている。

 

「だけど、魔物が人間を庇うとはな……。恐らくさっき見逃した奴なんだろうが……まさか恩返しする為にやって来たって事か?」

「……使役している訳でもない魔物、いえ魔物自体が人を庇うなんて話、聞いた事がないけれど……」

 

 このアサルトドッグが起こした行動が信じられない、といった感じの2人に僕は、

 

「……義理堅い奴だったんだよ、きっと」

「アサルトドッグは『地獄の狩人』って異名があるくらい凶暴な魔物なのよ?あまり好戦的ではない魔物もいるけれど……アサルトドッグはとても人に慣れるような魔物じゃないのよ」

 

 僕の言葉に首を振りながら答えるユイリ。

 

裏社会の職郡(ダーク・ワーカー)には『魔獣使い』って職業(ジョブ)があるけど、それだって魔物を人に慣れさせるわけじゃないわ。契約魔法でもって使役するという方法で人間の味方に付けるのだけど……、それにしたって自発的に人を庇ったりなんてしないわ。そもそも、アサルトドッグを使役するなんて話、聞いた事もないし……」

「……そうなんだ」

 

 ユイリの話を聞きながら、魔物の生態について考える。彼女の話を聞く限り、魔物は情で動くようなものではない、という事らしい。

 僕の知っている動物であれば、愛情を持って接すれば懐いてくれるという印象はあるし、子供の頃にやった某RPGのゲームでは倒したモンスターが仲間になるといった事もあったけれど……。

 

「……本当にすまない。そして……ありがとう。アンタ達が来てくれなければ、俺たちは全滅していた……」

 

 その時、僕たちを伺っていた冒険者達の中で、リーダー的存在なのであろう空色の髪の男性が改めて頭を下げる。

 

「俺はジーニス。後ろの2人とパーティを組んでいる冒険者だ。剣士の職業(ジョブ)に就いている」

 

 ジーニスと名乗った青年はそう言うと、後ろに控えていた2人もそれぞれ前に出てくる。

 

「私はフォルナと申します。まだまだ聖職者の見習いのようなものですが……僧侶の職業(ジョブ)に就かせて頂いております」

「……俺はウォートルだ。漸く重戦士の職業(ジョブ)に就いたばかりだったんだが、まさかいきなりあんなのを相手にする事になるとは思わなかったよ……」

 

 青緑色の髪をした女性がフォルナさんで……、スキンヘッドのガッチリとした体格の男性がウォートルさんか……。年齢は見たところ、僕より少し下……、20歳前後といったところだろう。

 彼らの名乗りを受けて、自分たちも簡単に自己紹介をする。

 

「……しかし、驚いたな。あんなに動けて、アサルトドッグを何体も屠っていながら、まだFランクだなんて……。まぁ『王宮の饗宴(ロイヤルガーデン)』に所属している段階で俺達とは違うんだろうが……」

「あれは、シェリルの支援魔法があったから動けたというのもあるけどね……」

 

 既に全体加速魔法(アーリータイム)の効力も切れて、重力魔法を自分に掛けなおしている為、先程のような動きは今は出来ない。

 

「謙遜しなくていいわよ、コウ……。アサルトドッグはFランクの冒険者が戦える相手じゃないから。私も貴方が戦えると判断したし……、そうでなかったら、絶対に貴方を前には出さなかったからね……」

「……デスハウンドが分裂した時は、どうなる事かと思ったけどな。実際、お前の力で弱体化したからなんとかなったが……。さっきの戦闘で、恐らくかなりの経験値が入ったと思うぞ?」

 

 レン達にそう言われて、僕は改めてステイタスを確認してみると……、

 

 

 

 JB(ジョブ):見習い戦士

 JB Lv(ジョブ・レベル):20(MAX)

 

 JB(ジョブ)変更可能:ラッキーマン Lv50(MAX)

 

 HP:118

 MP:69

 

 状態(コンディション)鋼の意思(アイアン・ウィル)、重力結界(調整)

 耐性(レジスト):病耐性(一部)、睡眠耐性、ストレス耐性

 

 力   :75

 敏捷性 :55

 身の守り:68

 賢さ  :85

 魔力  :39

 運のよさ:127

 魅力  :36

 

 常時発動能力(パッシブスキル):自然体、薬学の基礎、商才、滑舌の良さ、宝箱発見率UP、取得経験値UP、約束された幸運、絶対強運、運命神の祝福、鋼の意思(アイアン・ウィル)

 

 選択型能力(アクティブスキル):生活魔法、精霊魔法、古代魔法、独創魔法、基本技、運命技、戦闘の心得、初級魔法入門、学問のすゝめ、農業白書、物品保管庫、???からの呼び声≪1≫

 

 資格系能力(ライセンススキル):商人の証、ダンジョン探索、幸運の女神の寵愛

 

 生活魔法:確認魔法(ステイタス)通信魔法(コンスポンデンス)収納魔法(アイテムボックス)不可思議魔法(ワンダードリーム)

 

 精霊魔法:シルフ

 

 古代魔法:風刃魔法(ウインドブレイド)評定判断魔法(ステートスカウター)

 

 独創魔法:重力魔法(グラヴィティ)

 

 基本技:気合い溜め、ディフレクト、投石、応急処置、精神統一

 

 運命技:イチかバチか、神頼み(オラクル)、ハイ&ロー

 

 

 

(……『見習い戦士』のレベルが上限まで達してる……。それに、少し全体的にステイタスが上がったかな……?少し気になる項目も増えたようでもあるけれど……)

 

 力や敏捷性が上がったのは別に職業(ジョブ)のレベルが上がったからとは違うようで、自分そのもののレベルが上がったからなのだろう。自身の名前の項目を凝視すると何やら数字が浮かんできて、『27』と表示された。

 

「おお、俺も上がってる……。一気にランクが『12』から『23』まで上がったぜ……!剣士のレベルまでも……」

「わ、私も『21』まで上がった……!神聖魔法を使っただけで、殆ど戦えてなかったのに……」

「俺は『25』まで上がったな……。敵の攻撃を受け止めてただけだったんだが……」

 

 ジーニス達がそんな事が嬉々として聞こえてくる。ランクと言うのは恐らくレベルの事なんだろうけど……、『27』というのはどうなんだろうか?確か魔物にもランクがあって、さっき評定判断魔法(ステートスカウター)で確認した限りでは、アサルトドッグで40以上……。デスハウンドに至っては200を超えていたのだが……。

 そんな僕の疑問に応えるように、

 

「ランクが20を越えれば駆け出しの冒険者は卒業できるわね……。ちょっと規格外な魔物との戦闘だったから、参戦していただけでも相当の経験値が入ったと思うわ。コウや姫も大分、ランクが上がったんじゃない?」

「……わたくしは冒険者ではありませんでしたが、王宮で色々勉強させて頂いてましたから……。ですが、今の戦闘でランクは上がりましたわね……」

 

 漸く僕の治療を終えたシェリルがそう言うと、傍らにいたアサルトドッグを撫でるようにして、

 

「……貴方も、本当に有難う。コウ様を助けてくれて……」

 

 グルゥと一声鳴くと気持ちよさそうにシェリルに撫でられるままになっているアサルトドッグに、

 

「でも、本当にシェリルに懐いているな……、シェリルに癒して貰って、感謝しているのかな……?」

「……それもあるのだろうけど、貴方に命を助けて貰ったと思ってるんじゃない?だから、貴方を庇ったのだろうし、今だって貴方の傍を離れないのよ」

 

 そういえばとアサルトドッグを見てみると、確かにシェリルだけでなく僕にも懐いているようにも見える……。こうしてみると何だか魔物ではなく犬を見ているみたいで可愛くなってきたな。

 

「お前……僕たちと一緒に来るか?」

「グルッ!」

 

 僕の言葉がわかるのだろうか、アサルトドッグは元気よく鳴くと寝かしていた身体を起こす。尻尾を振って期待するような眼差しでこちらを見てくる。

 

「そうか……、なら名前を付けてあげないとな……」

 

 さて、どんな名前がいいだろうか……。アサルトドッグというくらいだから、犬の変異種なのだろうし、それなら犬の名前がいいか……。それなら……、

 

「よし……、今日から君の名前は……」

「ちょっと待って、コウ。ストップストップ!」

 

 僕が考えた名前を告げようとしたその時、ユイリから静止がかかる。

 

「貴方の事だから、また安直な名前が飛び出しそうだから……。とりあえず、今貴方が考えた名前は却下するわ」

「な、何だよそれ……!」

 

 し、失礼な!僕だっていい名前くらい付けられるぞ!

 

「そうね、貴方の考えそうな名前といえば……、『わんこ』とか『わんちゃん』とかいうんじゃない?」

 

 ……は?な、何を言っているのやら……。僕がそんな安易な名前を付ける筈が……。

 ………………なんでわかったのだろう。

 

「その顔は図星のようね……。その小鳥の名前が『ぴーちゃん』の時点で、貴方の考えそうな事じゃない……。流石にまたそんな名前を付けられたら可哀想だから……」

 

 ユイリはそう言ってアサルトドックに触れていたシェリルの方を向き、

 

「姫……、このアサルトドッグの名付けをお願いできますでしょうか……?」

「……そうですね、わかりました。考えてみます……」

 

 チラッと僕の方を見ると、シェリルが軽く頷いて片目を瞑り何やらを思案する……。

 ……一瞬僕の方を見たのは、ユイリの言葉を肯定したのではない事を信じたい……。

 

「……シウス。わたくしの今は無き王国で『守り神』の異名があった名前なのですが……、これで如何でしょうか?」

「グルゥ!!」

 

 アサルトドッグ……いや、これからはシウスか……。シウスは嬉しそうにシェリルにすり寄っていてその綺麗な紫色のたてがみを撫でさせている。

 

「フフッ、喜んでくれたようで嬉しいです……!」

 

 ペロペロとシウスに舐められながら戯れるシェリルの姿に、まぁいいかと思いなおす。でも、こうして見ていると本当に魔物とは思えないな……。

 

「でも……まさかあのアサルトドッグをこのようにさせてしまうなんて……」

「……危うく殺されかけたからな……。こんな姿を見ていると、同じ生き物なんてとても思えないが……」

 

 驚きと共にそう話しかけてくるジーニス達に同意しながらも、

 

「だけど、ジーニス達はどうしてアイツらに襲われる事になったんだ?」

「……それは俺達の方が聞きたいな。俺達は冒険者ギルドの依頼で薬草の収集の為に森に向かっている最中だったんだ。そしたらいきなりあのアサルトドッグ達に襲われて……」

「はい……、何頭ものアサルトドッグ達が同時に襲い掛かってきて……。本当にもう駄目かと思いました……」

 

 力なく話すジーニス達に僕はその状況が自分たちの時と同じだったと悟る。ただ……、彼らにとってはデスハウンドという規格外のモンスターに当たってしまったという事だ。

 

「……そもそもこのストレンベルク周辺でアサルトドッグが現れる事が普通ではないの。アサルトドッグはDクラス以上の冒険者、それも集団で襲ってきたアサルトドッグを相手にするにはCクラスはないと戦えないモンスターなのよ。そんな魔物が出ると知ったら、冒険者どころか旅人もこの付近を歩けなくなってしまうわ」

「ああ……、コウは戦えてたかもしれねえが……、まずあの速さについてけなきゃどうにもなんねぇ。武器を適当に振り回したところで当たってくれる連中じゃねえしな。でも、そうなりゃどうして奴らが、それもデスハウンドなんて物騒な奴が現れたかって事になるが……」

 

 そうしてレン達は思案する。確かにその事は気掛かりではあるけれど、何時までもここにいるものでもない。

 

「……レン、それにユイリも。それは後で考えよう。それよりも……ジーニス達は薬草の収集に来たという事だけど、もうそれは終わっているのかな?」

「いや……、森に入る前に襲われたんでな。依頼(クエスト)はまだだ……」

 

 そうなんだ、なら話は早い。

 

「じゃあ、これから一緒に森に入らない?僕たちも薬草採取の途中だったんだ。それに、一緒に居たらもしさっきのような事が起こっても、何とか対応できる筈だし……」

「……そうね。情報が掴めていない以上、ここで別れるのは危険でしょうし……」

「シェリルさんがいれば、薬草採取もすぐすむだろうしな」

 

 僕の言葉にユイリとレンも同意してくれる。シェリルも苦笑しているものの、頷いてくれるのを見て、僕はジーニス達を促す。

 

「……何から何まですまない……。この恩は必ず返す……」

「そんな事は新米が考える事じゃねえよ。将来、お前が一流の冒険者になったら、そん時一杯奢れ。それでチャラだ」

 

 ジーニスが頭を下げるのをレンが気にすんなと笑い飛ばし、7人と2匹で再び森に入っていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……やっと王城に戻って来れたな……」

 

 あれから森に入り、シェリルのおかげもあってか速やかに対象の薬草を見つけ、このストレンベルクに戻ってくる。幸いな事に、あれ以降モンスターに襲われる事はなかったが……。

 因みに……、シウスを見たら騒ぎになるかもしれないので、ユイリが『隠蔽魔法(バイディング)』のようなものを掛けてくれている。

 

「とりあえず、冒険者ギルドに向かいたいんだが……。お礼もしたいし、一緒に来て貰えないか?」

「レンも言ってるけど、お礼はいいって……。だけど、僕たちも冒険者ギルドでいいのかな?」

 

 僕らは王城ギルド、『王宮の饗宴(ロイヤルガーデン)』に所属している訳だし、まずそちらに報告するべきでは……。そう考えてユイリを見ると、彼女は頷き、

 

「『王宮の饗宴(ロイヤルガーデン)』は冒険者ギルドも管理しているから……、そこで報告すればちゃんと向こうにも情報が行くようになるわ。……まぁ、私も後でフローリアさんに連絡するから大丈夫よ」

「それなら……大丈夫か」

 

 ユイリに確認後、改めてジーニス達を見て頷くと、彼らはその冒険者ギルドまで案内してくれる。城門から暫く進んだところに一際大きな建物が現れた。

 

「ここが……冒険者ギルド……」

「ええ……、私たちの所属するストレンベルクの冒険者ギルド、『天啓の導き』です」

 

 その大きな建物には竜を模したものが天へと昇る様子が描かれた看板が掲げられている。恐らくはフォルナが教えてくれたギルド名を表したものであるのだろうと解釈していると、ジーニスがその扉を開けた。

 

「建物内もまた随分広い……」

 

 ギルド内に入るとまず正面の奥がカウンターになっていて既に幾人かが順番待ちで並んでいる。カウンターの前は大広間でそこには病院での待合室のように長椅子がいくつも置かれており、その右側には様々な依頼書や手配書のようなものが貼られていた。

 

「正面の左側は酒場になっているから、報告が終わったらご馳走させてくれ。命を助けられたんだ、せめてこれくらいはさせて欲しい」

「君も頑固だな……。そこまで言うのだったら、ユイリやレン、そしてシェリルにしてくれ。僕は特に役に立てていないんだから……」

「何を言っているんだ。君が実質あのデスハウンドに致命的な隙を作らせたんだ。そんな謙遜はしないでくれ」

 

 固辞しようとする僕にウォートルがそのように被せてくる。……そう言ってくれるのは嬉しいけれど、事実出しゃばった結果、危うく死にかけたんだ。大人しくしていればレンやユイリが上手く対処してくれただろうし……。

 そう思っていると、正面のカウンターより何やら揉めているような声が聞こえてきた。

 

「ですから……!今はそんな事を言っている時ではないんです……!」

「そんな事を言って……。またサーシャちゃん、俺らをはぐらかすつもりでしょ」

「そうそう、この間も同じような事を言って俺たちのデートの誘いを断っちゃうんだもんな。今日こそはいい返事を貰うからね」

「……っ、本当に、今は緊急事態ですので……っ」

 

 そちらの方を見てみると、何やらカウンターの一箇所で2人の冒険者風の男たちが受付嬢を口説いているようだった。

 女性は20歳前後だろうか、遠目に見ても際立っているくらい美人だとわかる。ブロンドに近い薄い茶色の髪をポニーテールにしていて、困った様子で冒険者の対応をしていた。

 周りの職員や冒険者達も助けに入りたい様子だったが、揉め事を起こしている二人に気にしてか、ただ遠巻きに状況を見守っているようだ。

 

「じゃあ、俺たちがその緊急事態とやらを解決してきてやるよ。その代わり、今日こそはサーシャちゃんに付き合って貰うからね」

「……本当に一刻を争う状況なんですっ!総出で対応しないと、大変な事に……!」

「…………お前ら、一体何してんだ。こんなところで……」

 

 気付いたら隣にいた筈のレンが見かねた様子で前の2人に話し掛けていた。

 

「……なんだてめぇ?今、いいとこなんだよ、邪魔すんじゃねぇよ!」

「そうだぜ!わかったら引っ込んで……」

「レンさんっ!戻っていらしたのですねっ!」

 

 冒険者の2人は煙たそうにレンを見て追っ払うように手を振るが、肝心の受付嬢は彼の出現にパァッと顔を輝かせていた。

 

「ああ、ちょっと報告も兼ねてな。それよりどういう状況だ?アンタも困ってるようだったから声を掛けたんだが……」

「……ええ、実は……」

 

 そう言って彼女は言いにくそうに騒いでいた冒険者達を伺う。一方でその2人は完全にレンを敵視していた。

 

「おうおう、てめぇ!俺らに喧嘩を売ってんのか!?横からしゃしゃり出て何なんだ!」

「俺たちが誰だかわかっていないらしいな!この国でも有数の高ランクの冒険者で、貴族でもあるんだぞ!」

「高ランクとか言われても、お前らなんて知らねえぞ……。まぁ、ここんとこ余りこっちに顔出せてなかった事もあるけどよ……」

 

 肩を竦めながらそう話すレンに、ますます男たちの怒りが募っている様子だった。そのままにもして置けず、彼の下に行く僕たちだったが、

 

「てめえらがコイツの連れか……ん!?」

「ほぉ……随分といい女じゃねえか……、そこのフードを被っている女を俺たちに渡すなら見逃してやってもいいぜ?」

 

 2人は厭らしい視線をシェリルに向けながらそんな提案をしてくる。興味が受付嬢からシェリルに移り、彼女が僕の後ろにサッと隠れると、今度は僕に向けて殺気にも似た怒気を向けてきた。

 ……この世界に来る前だったなら、その怒気に怯んでしまったかもしれないが、

 

(……もうこの世界に来て、何度も殺気に晒されているから、今更そんな中途半端なものをぶつけられてもな……)

 

 何より先程、デスハウンドによって本当に死ぬかもしれない目に合わされたのだ。それに比べたら目の前にいる男たちからの怒気など、つゆほども感じられない。

 

「な、何だ、てめぇ!?俺たちに向かって何てモンを放ちやがる……っ!」

「お、俺らが誰なのかわかってやってんのか!?冒険者同士の殺傷は禁止されてんのも知っててやってるんだろうな!?」

 

 ん……?何だ?僕は何もやっていないけど……?

 身に覚えのなかった僕が、目の前の男たちが感じているであろうプレッシャーの源を探そうとして、納得する。

 シェリルと僕の傍にいたシウスが、僕たちの敵と判断したのだろう。目の前の男たちを威嚇して殺気を放っていたのだ。今は『隠蔽魔法(バイディング)』によって2人、もしくはこのギルド内にいる誰からも見えていないかもしれないが、その恐ろしい殺気だけは隠せなかったのだろう。

 2人からは僕が殺気を放っていると思った訳だ。

 

「……仮にそうだとしても、先に威嚇してきたのはそっちだ。やられた事をそっくりそのまま返しているだけで、いちゃもんをつけられても困るな」

 

 むしろ、倍返しにしないだけでも感謝して欲しい。

 

「てめぇっ!!いいから黙ってその女を渡せってんだよっ!!」

 

 すると逆上した一人が僕に向かって襲い掛かってくる。

 

(さて、どうしてくれようか……)

 

 僕の目がアサルトドッグ達の動きに慣れてしまった為か、僕を払いのけて、そのままシェリルに食指を伸ばそうてしている相手の動きが手に取るようにわかる。これならその腕を捻り上げるだけで男の動きが止まるんじゃないか、と実際にその行動を取ろうとした矢先、

 

「俺を無視して何をしようとしてくれてんだ?」

「ぐおおっ!?……ぐえっ!!」

 

 僕たちの間に割って入ったレンが、掴みかかってきた男の手を無造作に掴むとそれを壁の方へと放り投げる。彼はそれに抗う事は出来ず、されるがままに放り投げられ、ギルドの壁に大きな音を立てて激突した。

 うわぁ……、凄く痛そうだな。ぐえ、とか言ってるし……。

 

「お、お前……!?一体何をっ!?」

「……貴方も動かないで」

 

 突然片割れが吹き飛ばされて、動揺しながら突っかかろうとしてきたもう一人の背後にユイリが音もなく立っていた。

 

「い、何時の間に……!?」

「……貴方達、貴族の……伯爵家の冒険者ね。随分とギルドに幅を利かせていると報告は受けていたけれど……、誰に無礼を働こうとしたのかわかってる?」

 

 ユイリが静かに男に問い掛ける。その声はいつもと違い、何処か冷たく感情のないもので、その事からも彼女の怒りが伝わってくるようだった。

 

「う、うるせぇ!!テメエら平民風情が、貴族様に逆らっていいと思ってんのかっ!?俺をこんな目にあわせやがったテメエも、ぜってえ許さねえぞっ!!」

「……確かに俺はお前の言う通り平民だけどよ……、冒険者ギルド(ここ)でんな事言うのは違うだろ?そもそも、貴族様出身だっ平民跪けっ、とか言いたいんなら冒険者ギルド(こんなとこ)に来んじゃねえよ」

 

 やれやれといった感じでレンが吹き飛ばした男の怒気を受け流す。しかしながら、却ってそれが相手の怒りを煽ってしまったようで、

 

「この野郎……!もう、許さねぇ……!このギルドごと、テメエをぶっ潰してやるぜっ!!」

「はぁ?どうやって?お前が出来んの?そんな事を?」

「俺の……俺たちの親が貴族って事は知ってんだろうが!!こんな平民風情のギルドなんて、貴族の、伯爵家の力を使えばっ……!」

「……そもそも、何故このギルドに他の貴族がいないと思ってんだ?お前より上の貴族がいるかもしれないとか考えられねえのか?」

 

 何を言ってやがる……、そう男が言おうとして、途中で止まった。ユイリに後ろを取られていた相方の男が尋常ではない程震えていたのが見えたからだろう。

 

「……あまり身分で人を屈伏させるのは好きじゃないんだけど……、貴方達のような貴族の傘に着るような人には丁度いいかしら?伯爵よりも公爵の方が位が高いのは知っているわよね?」

「こ……公……爵、だと……!?」

 

 ……この世界の爵位というものが、僕の知っているものと同じものであるとするならば、公爵は確か王の次に偉い地位じゃなかったかな?少なくとも、伯爵よりは爵位は上だと思う。しかし、貴族だとは思っていたけれど、まさかユイリが……!

 

「……まぁ、私自身はあくまでオクレイマン王に仕える親衛隊の一人でしかないけれどね……。それでも、貴方達のような思いあがった人を処分する権限は与えられているわ」

「ま、待ってくれ……、こんなの、ちょっとした冗談だろ?処分するって、そんな大袈裟な……」

 

 ユイリの身分がわかり、先程までの強気な姿勢が消えて、顔面蒼白になりながら世迷い言を宣おうとする男に、

 

「あら?確かこのギルドを伯爵家の力で潰すとか言っていたじゃない?それに、私の友人であるサーシャを随分と困らせてたようだし、何より……彼やシェリル様に手を出そうとした事はとても冗談では済まされないのよ……!」

「ヒッ……!?」

 

 彼女の迫力に言い訳じみた事を宣った男がすくみ上がり、その場に尻餅をついてしまった。もう一人の方も既に心ここにあらずといった感じのようで、そんな彼らを見ながらユイリは、

 

「……貴方達の冒険者の地位、それぞれBランクだったようですけど、本日をもって剥奪致します。また、貴方達の本家の方にもこの件は報告させて貰いますので、何らかのペナルティは覚悟しておいて下さい」

「そ、そんな……!」

「は、剥奪って……それは……!」

 

 悲鳴にも似た泣き言をもらす彼らに、ユイリは冷たい眼差しで、

 

「…………何かご不満でも?」

「い、いえ、何でもありません」

「そ、それでは俺たちはこれで……」

 

 彼女の有無を言わせぬ様子に、男たちはそれ以上何も言わずにそそくさとギルドを出ていった。それを見届けたギルドの職員、冒険者たちから喝采が巻き起こる。

 

「ユイリ様!有難う御座います!!アイツらにはほとほと困っていたんです……!」

「ああ!貴族の地位を傘に着て、俺たちに無理難題を押し付けたり、手柄を全て自分たちのものにしてしまったり……!」

「強引にパーティーを解散させられて、奴らのチームに加えさせられたりされて……!」

「私たちギルドの職員一同も、どうしたものかと困り果てておりまして……!本当に、有難う御座いました!!」

 

 皆一様にあの男たちを追い出したユイリを褒め称える。それだけ彼らが嫌われていたという事なのだろうけど……。

 最初に絡まれていた美人受付嬢の女性がユイリに対し、

 

「……ごめんなさいね、ユイリ。貴女の手を煩わせてしまう事になって……」

「いいのよ、サーシャ。私の方こそ前から話を聞いていたのに、今に至るまで対処することが出来なくてゴメンね……」

 

 申し訳なさそうに謝罪するサーシャと呼ばれた女性にユイリがそのように返事しているのを見て、二人の親密な様子が伺えた。そういえば、先程ユイリが彼女を友人と言っていたっけ……。

 そんな中、男たちから庇う為に自分の背後に隠していたシェリルが、控えめに僕の隣にやって来ると、

 

「先程は庇って頂きまして……、有難う御座いました、コウ様」

「……僕は何もしていないよ。彼らを撃退し、上手く収めたのはレンとユイリさ」

 

 ……実際のところ、僕はシェリルの前に出てくるくらいしかやっていない。絡んできた男を撃退したのはレンだし……、彼らを追い出したのはユイリだ。むしろ彼女たちがいなかったら、結構面倒くさい状況になっていただろう……。僕の代わりにアイツらを怯ましたのもシウスだしね……。

 

「それでも、コウ様はわたくしを助けて下さいましたわ。それは誰にでも出来る訳ではありません。まして彼らは高ランクの冒険者だったわけですから……。わたくしは、嬉しかったですわ」

「そ、そう……。それなら、良かったよ」

 

 溢れんばかりの笑顔でお礼を言ってくるシェリルにドキッとしながらもそう返事する。何処か照れくさくなり、視線を彼女から外してみると、ユイリだけでなくレンの下にも人が集まっているようだった。

 

「久しぶりだな、レン!お前がアイツを吹っ飛ばしてくれて、俺、凄くスカッとしたよ!!」

「ああ、流石はこの『天啓の導き』の元エースといったところだ!それにしてもアイツら、お前の事も知らなかったようだし、何だったんだろうな……」

「ちょうど、俺が王宮に入った時と入れ違いで来たんじゃないか?俺もアイツらの事、知らなかったしな。……それにしても、水くせえじゃねえか。あんな奴ら、俺に言ってくれりゃあ何時でも追い出してやったのによ」

 

 再び肩を竦めながら、そのように口にするレンに、彼らは苦笑しながら、

 

「……だから言えなかったんだよ、レン……。そんな事したら、お前が貴族に睨まれるだけだ。お前は優れた戦士だし、害される事はなかったろうけど……、今まで俺たちを助けてくれたお前に迷惑かける訳にはいかねえよ……」

「んな事いちいち気にしてんじゃねえよ、俺とお前らとの仲じゃねえか……。それにアイツら、Bランクだったんだって?あんな弱そうなBランクの冒険者、初めて見たぜ……。あんな奴らが俺の後で幅を利かせていたなんて泣けてくるぜ……」

「まぁ、お前ならそう言うよな……。でも、そこはユイリさんが収めてくれて助かったぜ。あの人なら、後で貴族達の報復も大丈夫だしな」

 

 確かにレンなら気にしなさそうだけど……。でも、彼らの話を聞いたところ、この場をユイリが解決してくれた事は良かったのかもしれない……。ユイリが公爵級の貴族出身という事には驚いたけれど、その彼女が伯爵貴族を罰するのはおかしな事ではないだろう。まして、彼らは罰せられるに値する行為を繰り返していたみたいだし……。

 そうしていると経緯を見守っていたジーニス達が静かに進み出て、

 

「今更、アンタ達がどういう人たちかわかっても今更驚きはしないが……、取り合えずギルドに報告させて貰っていいか?その後で、こちらが持つから一杯でいい、奢らせてくれ」

「貴方達……!よくご無事で……!」

 

 ユイリと話していたサーシャさんが、ジーニス達を見るなり感嘆するようにそう答えた。

 

「貴方達がギルドを出て暫くして、上から街道に高ランクの魔物が出現しているという情報が下りてきたから……。慌ててその通達をしようとしていたところをあの人たちに絡まれてしまって……。本当にごめんなさいね……」

「……別にアンタが謝る事じゃねえだろ。俺だってまさか街道にアサルトドッグやらデスハウンドやらがいるなんて思ってもいなかったしよ」

 

 謝罪するサーシャさんにレンがそのように話すと、

 

「デ、デスハウンド!?そんな、Aランク級の魔物がストレンベルクの街道にいたのですか!?」

「ああ、何とか俺とユイリ達とで協力して倒したがな……。それより、その情報は『王宮の饗宴(ロイヤルガーデン)』から下りてきたのか?」

 

 ギルドでもまさかそんなモンスターが出現しているとは思わなかったんだろう。驚愕している受付嬢にレンが脅威は排除したと伝えながら、こちらが気になっている事を質問する。

 

「……え、ええ、フローリア様より遠征していたストレンベルク山中にある『竜王の巣穴』で、竜王以下魔物を討伐したようなのですが、その山中を追われた魔物が街道に降りてきているから注意するよう連絡を受けまして……」

「竜王って……まさかあの、竜王『バハムート』を討ち取ったってのか!?あの絶対不可侵(アンタッチャブル)と云われたバハムートを!?」

「う、嘘でしょ!?確かにストレンベルク山中に遠征に行くという事は聞いていたけど……、『竜王の巣穴』に行くとは聞いていないわよ!?」

 

 サーシャさんの話を受けて、今度はレンとユイリが驚愕する番だった。会話に出てきたバハムートという言葉はゲームなんかでボスとして出てくる、あのバハムートの事なのだろうか……。

 

「竜王自身を討ち取ったかまではわかりませんが……、『竜王の巣穴』から追い払ったのは確かのようです。竜王が守っていた金銀財宝は、王国騎士団とこの世界に現れた勇者様で抑えたとの事でしたから……」

「……その話、後で詳しく聞かせてくれ……。お前らも、さっきも言ったが、今回は俺が奢ってやる。お前ら新人が俺にご馳走するなんて10年早え。お前らが1人前の冒険者になった時……、その時こそ俺たちにご馳走してくれ。いいな?」

「……わかりました。今日のところは甘えさせて貰います。ジーニスも、それでいいでしょう?」

「…………ああ」

 

 いい子だ、と笑うレンに子供扱いしないでくれと返しながらもサーシャさんに戦果と依頼(クエスト)の結果を伝えるのを見て、僕とシェリルもそれに続くべく彼らの後ろへと並ぶのだった。

 

 

 

 

 

「久しぶりの『天啓の導き』での食事だが、やっぱりうめえな」

「ちょっと……、もう少し落ち着いて食べなさいよ、レン……。皆、呆気に取られているじゃない」

 

 ……呆気に取られているというか呆然としているというか……、ああ、両方同じ意味だったか……。そんな事を気にする余裕も無いほどこの状況に困惑している自分がいる。

 ユイリは呆れ、シェリルは苦笑しているが、僕やジーニス達は唯々レンの食欲に戦々恐々とするだけだった。そもそも、彼が食べている量が尋常ではない。彼の体格より明らかに食べた量の方が多いのだ。一体それは何処に消えたのだろうかと考えている間も、次々とレンの前に置かれた皿が空になってゆく……。

 

「…………危なかった。これが俺たちの驕りだったら、破産してたかもしれねえ……」

「……こんなに飲んで喰っているのに……、何で体格が変化しないんだ……?」

 

 太らないって事なのか?すぐに栄養に変わっているって事……?今まで太っていた僕に対する当てつけか……?

 戦慄していたジーニスに対し、彼の体質に心の中で文句を言っていると、給仕の格好をしたサーシャさんが追加の料理を持ってきた。

 ……服装が変わったせいか、先程よりも彼女の大きな胸が強調されるように、そのスタイルの良さが際立っているように感じる。まさに看板娘といったように、優しげな目元にある泣きボクロも彼女の魅力を引き出されているようで、先程の男たちではないけれど、他の人たちから人気があるのもわかる気がした。

 

「お待たせしました、皆さん。こちらが追加分となります!」

「ああ、待ってたぜ!これはアンタが作ったパスタだな……、これがまた旨いんだ……!」

「言ってるそばから……。サーシャ、貴女からも言ってよ……、この人、全然聞かないんだから……」

 

 自分が言っても無駄だと判断したのか、ユイリは彼女に対しそう言うも、

 

「あはは……、レンさんの食欲は普通の方の数倍はありますからね……」

「その通り。流石にアンタは俺の事がわかってるな……。ウォートルは兎も角、コウやジーニスももっと食べろよ。そんなんじゃ大きくなれねえぜ?」

 

 サーシャさんの答えに気を良くしたのか、逆に僕たちにそんな事を言ってくるレン。

 

「こっちはアンタを見ているだけで、胸焼けしそうになるんだが……」

「……同感。まして、僕はもう成長期は過ぎたと思うから、量を食べても太るだけだよ……。確かに、このパスタは美味しいけどさ」

 

 この世界には米が存在しない。稲がないのか、それともお米を食べるという習慣がないのかはわからないが、このファーレルにやって来て以来、全くお米のご飯が食べられていない。故にパンやジャガイモ料理、そしてこの世界特有のフールと呼ばれる栄養素のある食べ物が主食となっているようだけど、正直食傷気味になっていたのだ。

 だけど、サーシャさんが作ったというこのパスタは、久しぶりの麺類という事もあって、凄く美味しく感じられた。

 因みにシウスは、僕とシェリルの間で床に置かれた皿に乗っている肉を大人しく食べている。シウスにそのまま『隠蔽魔法(バイディング)』を掛け続けていると、食事がお預けとなってしまうので、シェリルが新たに『認識阻害魔法(コグニティブインヴィテイション)』を掛けたのだ。だから、今のシウスは大きな犬というように皆には認識されている。

 ぴーちゃんは僕のテーブルに置かれたサラダを啄んだり、ぴーちゃん用に用意して貰った水を飲んだりしていた。

 

「そうだろ!?コイツはサーシャさんの家で作られていた料理らしくてな?この細い麺に味付けされていて、一度食べると病みつきになるんだよ。今ではこの冒険者ギルドの食堂の看板メニューにもなってんだぜ!?」

「……はいはい、確かにこのパスタは美味しいけどね。サーシャもちょっと休まない?少し訊いておきたい事もあるし……」

「ええ、それじゃあ少し失礼して……」

 

 そこでサーシャさんはユイリとレンの間の席に腰を落ち着ける。……ギルドの仕事は大丈夫なのだろうかと今更ながらに心配する僕を尻目に、

 

「ああ、俺も聞きたい事があったんだったぜ、さっきの続きになるが、勇者ってのは例の『招待召喚の儀』で呼ばれたっていうあの勇者様か?」

「ええ、上からはそう伺っておりますけど……。その件に関してはレンさんやユイリの方が詳しいでしょう?」

「そうね……、でも、私たちも全ての話を把握している訳ではないのよ。『竜王の巣穴』に踏み込むなんて話は聞かされていなかったし……、恐らくその勇者の傍にはリーチェが付いてるはずなんだけど……」

 

 ユイリが白葡萄(シェリー)酒を口にしながらそのように返事する。そのコップにサーシャさんが白葡萄(シェリー)酒を注ぎ、給仕の役目を果たしつつ、

 

「でも、本来はユイリが勇者様の補佐に就く予定じゃなかったのかしら?」

「……少し予定が変わってね。だけど、今も似たような任務に就いているわよ?ただ、リーチェの付いている勇者様に関しては私も直接関わっていないから……」

 

 そう言ってチラリと僕の方を見てきたユイリに、ゴホッゴホッと軽く咳払いする僕。

 ……何度も言うけれど、僕は勇者じゃないからね?そんな抗議の意味も込めてユイリを見返すと、

 

「それで、ユイリ?そちらの方々は新しい『王宮の饗宴(ロイヤルガーデン)』のメンバーさんなのかしら?何処か不思議な気配を覚えるというか……、特にそちらの女性は高貴な方特有の雰囲気を感じるのだけど……」

 

 僕の咳払いで注目を集めてしまったのか、サーシャさんが僕とシェリルについてユイリに尋ねる。さて、ユイリはどう答えるのだろうか……、そう思っていると、

 

「……初めまして、サーシャ様。わたくしはシェリル・フローレンスと申します。ユイリのご親友という事でしたら、もしかしたら何処かでお会いしているかもしれませんが……」

「え?あ、申し訳御座いません、私はサーシャ・リンスロートと申します……。シェリル様、でしたか、何処かでお会いしておりますでしょうか……?でも、その何処か気品のある佇まいに、そのお名前……!?ユ、ユイリ、もしかしてこのお方は……!」

 

 なんと、シェリルが自身で自己紹介をしてしまう。おまけにサーシャさん、気付いたようだけど、いいのかな……?

 

「……内密にしておいてね。彼女は今現在、この国のトップシークレットの1つだから……。彼も、その関係者だから……ね」

「わ、わかったわ……。そうね……、前に何処かの晩餐会でお会いしたような気がしたのよ……」

 

 ……成程ね、僕の意思を尊重して、シェリルが隣国の王族である事を匂わせる代わりに、僕の勇者云々の話を誤魔化してくれた訳か……。

 シェリルが何を言い出すのだろうと思っていたけれど……、彼女には感謝しなければいけないな。……もう何度目になるかもわからないけれど……。

 それに晩餐会というと……、サーシャさんも貴族出身、という事なのか……?

 

「も、もしかして、シェリルさんって物凄く偉い方なんですか……!?わ、私たち、ご無礼な事してないかな……!?」

「いいのですよ、フォルナさん。今のわたくしは、ただの冒険者ですから……、あまり気になさらないで下さいね?」

「す、すみませんでした。俺たち、あまり敬語も使えなくて……!」

「お、俺も……」

 

 気にするなと言われても、はいそうですかという訳にはいかないよな……。すっかり恐縮してしまったジーニス達に苦笑しながら応えているシェリルに申し訳なく思いながらも、

 

「……今まで通り接してくれと言っても難しいかもしれないけれど……、出来ればそうしてくれると助かるかな。僕もシェリル……さんも、ね……」

「……本当に難しいな。でも、出来るだけやってみるよ。アンタ達が命の恩人である事に変わりはないしな……」

「ああ……、宜しく頼むよ」

 

 僕が差し伸べた手をジーニスが取り、握手を交わし合う。それを見たレンがニッと笑って、

 

「よし、じゃあとりあえず仕切り直すか!食いもん追加でジャンジャン持ってきてくれ!」

「だから、貴方は少し自重しなさいよ!」

 

 レンの言葉により、無礼講のような状態になり、食卓にさらに次々と料理が運ばれてくる。周りの冒険者たちもその中に加わりだして、収集がつかなくなり……、やがて夜まで続くどんちゃん騒ぎとなったのであった。

 

 

 

 

 

「……ふぅ」

 

 どんちゃん騒ぎの中、僕は1人、冒険者ギルド2階のテラスで麦酒(エール)のような物を片手に佇んでいた。

 この世界に来て、初めてのお酒……、いや、元の世界においてもここのところ忙しく、久しくお酒を口にしていなかったのだ。アルコールを飲んだのはいつぐらいぶりだろうか……、そんな事を考えながら、また一口と麦酒(エール)を煽る。

 

「……皆、お酒強いな……、下ではレンがまだ呑んでいるみたいだし……」

 

 レンがジーニスにお酒を勧めすぎて酔い潰したところでユイリから注意が入ったにも関わらず、未だに止まる気配はないし、シェリルはユイリと一緒にサーシャさんにパスタの作り方を習う為に厨房に居るはずだ。酔い潰れたジーニスはフォルナが介抱しているし、ウォートルはレンに付き合わされているのだろう……。他の冒険者たちも加わって、治まる気配がない。

 僕の傍にいるのはぴーちゃんだけ。ぴーちゃんも僕が口にしている麦酒(エール)に興味を持ったのだろうか、数滴を嘴で啄み……、今では大人しく僕の肩に止まって眠っている様子だった。

 

「こちらにいらしたのですね」

 

 そんな時、下からサーシャさんが麦酒(エール)を持って上がってきた。

 

「あれ?サーシャさん……?シェリル……さんに料理を教えておられたのでは?」

「ちょうど、先程終わったところなんですよ。フフッ、本当に元王族の方とは思えない程、料理の才能も持っていらっしゃいますね、シェリル様は……。ユイリもその才能には舌を巻いていましたよ」

「……才能の塊のような人ですからね……彼女は……」

 

 本当に何でも出来てしまう。彼女に出来ない事はないんじゃないかと思うくらいに……。

 

「フフフ、でもそれは貴方にも言える事ではないでしょうか。確かコウ様、とおっしゃいましたでしょうか?」

「ええ、僕はコウですが……それはどういう意味でしょう?」

 

 ニッコリと笑う彼女に僕はコップを差し出し、サーシャさんが笑顔でそれに麦酒(エール)を注いでくれる。

 その笑顔にやられる冒険者も多いんだろうなと思いながら、彼女が持ってきた麦酒(エール)を注がれたところで、僕は彼女の言葉の意味を探るべくそのように問い返すと、

 

「どういう意味とおっしゃられましても……。コウ様もまたシェリル様に負けず劣らずの才覚を持っていらっしゃるのではないのでしょうか……勇者様?」

 

 一瞬何を言われたのかわからなかったが、次第にサーシャさんの言葉の意味が頭に入ってくる。

 ……勇者として召喚された事をユイリが話したのか?それとも……レンが?

 困惑しつつも、僕の返事を待っているであろう彼女に、

 

「……それは、ユイリ、いやレンから聞いたのかな?」

「いえ、ユイリやレンさん……、勿論シェリル様からは聞いておりませんよ。ですが……ユイリやレンさんからの様子から、多分そうなのだろうなと思っておりました。特にユイリが勇者様の補佐につく事は『招待召喚の儀』が行われるずっと前から決まっていた事でしたし、あの『王宮の饗宴(ロイヤルガーデン)』に所属されているという事からも考えられる事なんです」

 

 ようするに……カマをかけられた、という事か……。

 やられたな……、そう思っている僕を尻目に、サーシャさんの話は続き、それに……と前置きすると、

 

「最初はレンさんもシェリル様の護衛を担当されているのかなと思ったのですが……、彼の様子から察するにコウ様を何処か目を掛けているように私には感じられました。シェリル様もまた、コウ様を単なる関係者という訳ではなく、むしろ主人というように捉えていらっしゃるようでしたし……。そうした事もあって、コウ様が勇者様なのではと思った次第です」

「…………折角、シェリルが自らの地位を明らかにしてまで伏せてくれていた事だから、あまり公にはしないでほしいけど……、確かに僕はあの『招待召喚の儀』でこちらの世界に来た者だよ。……勇者、という事については僕自身は認めている訳ではないんだけどね……」

 

 流石にもう誤魔化せないと考えた僕は、サーシャさんにそう打ち明ける。それに彼女は頷き、

 

「ええ、それはわかっております……。私もストレンベルクの貴族の末端に身を置いている者でありますし、国の機関である、冒険者ギルド『天啓の導き』の一員でもありますから……。それに、ユイリがあのように言う以上、随分と複雑な状況のようですしね……。コウ様のお話から察するに、此度の『招待召喚の儀』で現れた方は、2人いるという事になってしまいますし……」

「……普通はないみたいだね、その儀式で2人も召喚される、という事はさ……。最も、僕はもう一人の勇者のように何か出来るといった事は無いはずだけど……」

 

 後で詳しく聞いてみないといけないけれど、先程の話が正しければ、バハムートを……、恐らくは僕が死にそうになったあのデスハウンドをも従えていたであろう竜王を倒したことになる……。そんな芸当は、僕には出来そうもない……。

 

「それはご謙遜かと思いますよ。今はシェリル様と歓談されているかと存じますが、本日助けて頂いた当冒険者ギルド、『天啓の導き』で期待している若手冒険者であるジーニスさん達もコウ様には随分感謝しておりましたよ。とても、冒険者になられたばかりとは思わないと」

「それは……。でも、実際にあのデスハウンドを倒し、彼らを守ったのは……」

 

 僕がそこまで言いかけて、やんわりとサーシャさんに制止される。

 

「……ユイリも言ってました。本来、護衛すべき貴方にも戦わせてしまったと……。本当ならばジーニスさん達を見捨ててでも撤退しなければならなかったデスハウンド以下アサルトドッグ達を討伐出来たのは、コウ様の力が大きかったと……。あの自信家であるレンさんも貴方がいなければ間違いなく全員無事とはいかなかったと言っておりましたから」

「…………」

 

 危うく死ぬところだったけれど、ね……。デスハウンドから晒されていた死の恐怖は、今でも思い出せる。もし、自分が勇者だったとしても……、力なき勇者に価値なんてあるのだろうか。

 ……僕はそれを認めたくなくて……自身が勇者である事を否定しているのかもしれない。勿論、元の世界に戻る事を第一としている僕が、このファーレルという世界で期待される事を拒んでいるというところが大きいのだろうけど……。

 

「レンさんはこの『天啓の導き』で冒険者をされてました……。彼が新人の時、私もちょうどこのギルドに派遣されたばかりで……。当時は色々と問題もあったのですが、彼はその実力だけでメキメキと腕を上げていきました。私も随分と彼に助けられて……。レンさんの性格もあり、彼の事を知る人たちで悪く言う者はいないくらい素晴らしい方なんです。だから、彼がAランクの冒険者に昇格し、王宮から召し抱えられる事になった際……、とすみません、今はその事は置いておきましょう……」

 

 話が逸れてしまいましたね、とコホンと一息つくと、サーシャさんは、

 

「ですから、そんな彼が貴方の事をそのように褒めて、一目置き、支えようとしている事自体が、コウ様が勇者として相応しく、その器があると認めているんだと思いました。彼の性格でしたら、例え上から命じられたとしても、自身が納得できる事でなければ従うような方ではありませんから……。勿論、レンさんだけでなく、ユイリもそうでしょうし、あのシェリル様からも慕われていらっしゃるのですから……、もっと自信を持たれてもいいと思いますよ。レンさんのようにとは申しませんが……」

「……有難う御座います、サーシャさん。皆からそんな風に思われているとしたら、素直に嬉しいですし、勿論自分の出来る事はしていくつもりではあります。まぁ……勇者かどうかは置いておいて欲しいところですが……」

 

 苦笑しながらそう話すと、サーシャさんはクスクスと笑いながら、

 

「本当に謙虚な方なのですね。シェリル様が惹かれるのもわかる気がします……。ですがご安心下さい、コウさんが勇者様であるという事は、私の胸に留めておきますから」

「そうして頂けると助かります……、まぁ、バレバレかもしれませんが、僕も貴女がレンに惹かれているという事は、自分の胸に留めておきましょう」

 

 彼女の言葉を受けて僕もそのように返すと、サーシャさんの顔がさっと紅くなってしまう。可愛く抗議するように睨んだあと、ハァと溜息をついて、

 

「……そんなに分かりやすいですか?私……これでも隠しているんですけど……」

「うーん、どうでしょうか?貴女がこのギルドの中でも人気があるという事はわかりますから、その人達には気付かれていないかもしれませんよ?若しくは、気付いていてもなお、貴女にアプローチしているか、それはわかりませんけど……」

 

 でも、サーシャさんがレンを特別に想っているという事は、彼女の節々の態度や言動から見て取れた。先程のレンの事を思い返している時も、どこか愛情のようなものが感じられたし……。少なくとも親友であるというユイリは間違いなく気付いている筈だ。

 

「……でも、私がレンさんを想っている事は事実ですし……、ですが、彼には伝えないで下さい。いずれ私が自分であの人に伝えますから……」

「わかったよ……、でも、その想いがちゃんと彼に伝わるといいね」

 

 レンにはこの世界に来て、『王宮の饗宴(ロイヤルガーデン)』に入って以来、様々な事で助けられている。少し粗野な面もあるけれど、面倒見のいいところもあって、この世界の事を知らない僕にユイリやシェリルと一緒に支えて貰っている。

 

「有難う御座います……。コウ様も……、いえ、これは私が言う事ではありませんね。ですが、一つだけ言わせて下さい……。謙虚な点はコウ様の美点かと思いますが、もう少し自信を持たれてもよろしいかと存じます。そして……どうか、御自愛下さいますよう……。これについては、ユイリもシェリル様も心配されておられましたよ」

「……ええ、肝に銘じておきます。有難う、サーシャさん」

 

 そう僕が答えると、サーシャさんはニコリと笑い、階下へと降りていった。

 

「……彼女が最後に言い掛けたことは……シェリルの事かな……」

 

 料理を講義している際に、シェリルやユイリから色々聞いたのだろう……。特にシェリルが僕に対し、主従を越えた感情が芽生え始めているかもしれない、という事も……。だけど、僕の中で変わらない事もある……。

 

(……彼女の想いがどう変わっていったとしても、僕の答えは変わらない……。元の世界に戻ると決めている以上、それに応える訳には……)

 

 物思いにふけっていると、また下から誰かが上がってくるような気配を感じる。恐らくは今思い浮かべていた人であるだろう……。僕は一息つくと、呼びに来る前に降りる準備をしておくかと、その人物を迎えるべく、静かにその場から立ち上がるのだった……。



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第22話:コウの提案

 

 

 

「お前やシェリルさんが泊っている宿が『清涼亭』だったなんてな……。ここの食堂も『天啓の導き』に負けず劣らず美味いんだけど、どうしても値段がな……」

「……そういえば僕、一度もここの食堂を使ったことがなかったな……。いつも忙しなく追い立てられるから、この宿屋は眠る時以外居る事がないから……」

 

 そうはいっても、まだこの世界にやって来て3日目だけど……、僕がそう言うと真っ先に反応してくれたのはユイリで、

 

「毎度毎度、貴方が何かしらやらかすからでしょ!?朝だって、余裕があれば食堂に行こうと思っているのに、今日も昨日も結局ギリギリになっちゃうし……!因みに遅れてフローリアさんに怒られるのは私なんだからね!?」

 

 あ……コレ、地雷だったか……。不味いな、このあたりで手を打たないと、ユイリの不満が止まらなくなってしまうかもしれない。

 

「ゴメンゴメン、今度は一緒に僕も謝るからさ。そう熱くならないで……」

「何、他人事のように言ってるのよ!?」

 

 ……却って火に油を注いでしまったかもしれない。どうしたものかと困っているとその様子を見かねたのか、傍らのアサルトドッグであるシウスを撫でていたシェリルが、

 

「まぁユイリ、落ち着いて下さい……。わたくし達がこうしていられるのは、貴女が居てくれているからですよ。本当に感謝しておりますし、その事はコウ様もわかっておられますから……」

「……姫がそうおっしゃられるのなら」

 

 彼女が助け舟を出してくれた事で、漸くユイリは矛を収めてくれる。

 なお、シウスはシェリルの傍らで丸くなっており、ぴーちゃんも昨日シェリルが作ってくれた寝床に部屋に入るなり飛んでいき……、今ではそこで寝入っているようであった。

 

「それにしても、本当にいい部屋だな。多分この『清涼亭』の中でも一番いいとこじゃねえのか、ここ」

「…………やっぱり、いい部屋なんだ。この部屋……」

 

 ……庶民暮らしの僕には立派な部屋では寝付けないと言った筈なのに……。そう思いながらユイリを見ていると、僕の視線の意味に気付いたのか、

 

「……仮にも勇者様を迎えるのに、粗末な部屋になんか案内出来る訳ないでしょ……。まして、姫もいらっしゃるのに……」

 

 それならば、何故僕とシェリルを同じ部屋にしておくんだ。そう問い詰めたくなる感情を僕はグッと抑える。ユイリが手配したのか、この部屋に戻って来てみるともう一つベッドが置かれていたし、一応は僕の意見も取り入れてくれているようだったからだ。

 

「じゃあ、簡単に済ませてしまいましょうか。貴方と姫も疲れているでしょうし、私達もこの後、城で打ち合わせがあるから……」

「この後で……?大丈夫なの?さっきギルドであんなに騒いだあとだっていうのに……。お酒も大分入ってるだろ……?」

 

 レンも一緒に普段僕たちが泊っている清涼亭の部屋にやって来たのは、王城ギルドとしての情報整理の為だ。流石にあのどんちゃん騒ぎの中で話す事は出来なかったから、終わった後でこちらに戻ってきた訳だけど、もう既に朱厭の刻が火鳥へと切り替わろうとしているところだった。

 お酒も僕とシェリルは嗜むくらいにしか飲んでいないが、ユイリとレンは相当飲んでいる筈で、特にレンは周りに付き合って常に片手に麦酒(エール)やら何やらを持っていたと記憶している……。

 因みに、このファーレルでは16歳から成人と認められるようで、まだ20歳未満であるシェリルやジーニス達もお酒を飲んでいたが……、レンによってジーニス、ウォートルは酔い潰されるかたちとなっていた。

 

「ああ、それなら大丈夫よ。生憎お酒に呑まれてしまう程には飲んでいないから」

「俺の場合はいくら飲んでも酔った事はねえしな。ま、あんくらい余裕、余裕」

 

 …………こいつら、絶対にヘンだ。特にレンはあれだけ飲み食いして、見た目には殆ど変わっていないというのは質量保存の法則に思いっきり逆らっている気がする。

 

「なら、改めて確認しておきましょうか……、デスハウンドの討伐において特に変わった事はありませんね?特にコウ、貴方は本当に大丈夫なの?あわやデスハウンドの『死に際の道連れ(ラスト・カース)』を受けそうになったんだから……」

「辛うじて、ね……、それに関しては庇ってくれたシウスのお陰だけど……」

 

 そう言って僕もシェリルの傍にいるシウスのたてがみを優しく撫でる。触れられてシウスは鼻を鳴らすが、特に嫌がる素振りも見せず変わらずシェリルの傍らで丸くなって目を瞑っていた。

 

「それにしても、まさか魔物が……、それもあの『地獄の狩人』とまで呼ばれているアサルトドッグが私たちに付いてくる事になるなんてね……。これも、貴方の力なんじゃないかと勘繰りたくなってくるわ……」

「いや、流石にこれは僕じゃないと思うよ?今だってシェリルの傍を決して離れないし……、恐らく回復させてくれたシェリルに恩義を感じてるんじゃないかと思うよ、このシウスは……」

 

 そりゃあ、見逃したのは僕かもしれないけれど、それでもシェリルが神聖魔法をシウスに掛けなければ、いずれ力尽きていたと思うし……、僕を助けたのだってシェリルの仲間だったと覚えていたからに違いない、…………多分。

 

「まぁ、そういう事にしておきましょうか……。私たちも『竜王の巣穴』でも出来事を確認してくるわ。サーシャも詳しい話までは知らないみたいだったし、本当にバハムートが討伐されているとすれば、色々情勢も変わってくるでしょうから……」

「……デスハウンド級のモンスターがあれ以降確認されていねえのが救いだな。あんなのが彼方此方で現れたら一大事だぜ……」

 

 冒険者ギルド『天啓の導き』で把握していた魔物は、僕たちで討伐したデスハウンドだけだったらしい……。付近にいたアサルトドッグたちはあの後で王宮より討伐隊を派遣し大方は討ち果たしたとユイリが教えてくれたし、一先ずは安心していいだろう。

 

「じゃ、これくらいにしておきましょうか……。貴方も今日は早く休んで頂戴ね。わざわざ朝一番で例の物も手配したのだから、明日も遅刻したなんて事はしないでね…………お願いだから」

「やれやれ……このまま帰りてえところだが、仕方ねえ。フローリアさんにどやされるなんて御免だしな……」

「あ……、それなら一つだけ聞いておいて貰っていいかな?」

 

 そのまま部屋を後にしようと準備し始めたユイリに向けて、僕は呼び止める。

 

「コウ……?何を聞いておいて欲しいの?」

 

 怪訝そうな様子で振り返りながらそう問い掛けてくる彼女に、僕は訊いてみる事にした。

 

「僕を彼の……トウヤ殿の遠征に兵士か何かとして紛れ込ませて貰う訳にはいかないかな?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「おお、ニックか……。先日は随分大きなヤマがあったそうじゃねえか。星銀貨が動いたって聞いたぞ」

 

 ストレンベルク王国の裏側を統括している(ダークネス)ギルド、『暗黒の儀礼』……。そこのギルドマスターである男よりこの間の闇オークションの事を訊ねられる。

 

「そうやなあ……、ありゃあここ数年じゃ一番大きいヤマやったさかい……。お陰さんで随分儲けさせて貰ったによってな」

「ああ、ハロルドダックも喜んでたぞ……。危ない橋を渡ったかいがあったとな」

 

 此度のエルフの王国であるメイルフィード滅亡には、魔王より選ばれし『十ニ魔戦将』が関わっている。その一人から闇ルートでまわってきた情報により、襲撃の日にちに併せて秘密裏に奴隷商人や人攫いを派遣しエルフ達を捕えてほしいとの依頼があったのだ。その中でも特に高貴な者は間違いなく捕えて性奴隷に堕とせ、とも……。

 

(今考えたぁ……間違いのう、あのシェリル(姫さん)の事を言ってたんやろうなぁ……)

 

 性奴隷として出品するまでが十ニ魔戦将(むこう)の依頼やった訳で、捕えた後の事は何も言われてなかったから高く売る為にも処女(バージン)であれば、エルフに手を出さんように厳命した。そして、依頼通りに無事シェリルを捕える事に成功し、簡単な検査の結果、処女(バージン)である事も判明したので、牢ではなく個室にて彼女を幽閉していたのだが……、あれ程厳命していたにも関わらず、囚われていたシェリルに内密に手を出そうとして処罰した部下は1人や2人ではきかない。引っ切り無しに続くので、やむを得ず来賓を迎えるような来客室を改装し、自分とハロルドダックの持つ鍵以外では開かない魔法の扉が付いている特別室へ移す事になったくらいだ。

 

(ま、その苦労の甲斐あって、過去最高金額で落札されたんやから、ワテとしてはなんも言う事はないがな……)

 

 最も、あれ程の美女であれば処女(バージン)云々関係なく高く落札されたであろうが、それはそれ。奴隷オークションで星銀貨が動く事自体が出来すぎであるのだ。

 懸念があるとすれば……、星銀貨5枚で持ってシェリルを購入した、ワテの取引相手でもあるあの青年が、彼女との奴隷契約を解消し、さらにはシェリルに手を出しておらず処女(バージン)のままである事をこちらに依頼してきた十ニ魔戦将が知ったらどうなるか、といったぐらいであろうか。わざわざ『間違いなく捕えて性奴隷に堕とせ』と言っているくらいだから何やら私怨があるのは間違いない……。

 しかし、こちらとしては間違いなくシェリルを性奴隷として出品しているのだから、購入された後で奴隷から解放されている、処女(バージン)のままだ、どうなっているんだ等と言われたとしても、ちゃんと向こうの指示通りに動いている我々からしてみれば文句をつけられる筋合いはない。

 

「それで……どうするんだ?魔族に星銀貨を流すのか?」

「それやねんけど……マスター、実はワテ、新たに取り引きする事になったんや。しかも……王宮も絡んどる」

 

 自分の言葉が信じられなかったのだろう。マスターが一瞬呆気にとられたような顔をし、その後で自分の言葉の意味がわかったようだ。

 

「……王宮絡みだと?この国の裏側である我らの存在を認めずに排除しようとしてきた、あの王宮がか?」

「正確には王宮に関わっとる、ある重要人物との取引、やな。だが、その影響力は中々のもんや、そん証拠に……ほれ、裏のモンには絶対に発行されへんかった商業許可証もこん通りや」

 

 そう言って本日、あの青年のボディガードに就いていた隠密職の貴族様より渡された許可証をギルドマスターに見せる。

 

「……信じられん、本物じゃないか……。どういう事だ、王宮が我々が表で取引する事を許すというのか?懐柔しようとしても、悉く取り合わなかったあの王宮が……!?」

「言うたやろ?王宮やない、関わっとる重要人物やと……。しかも、その人物は此度、王宮で行った『招待召喚の儀』で呼ばれとる者やさかい……」

 

 ずっと驚いてばかりだったマスターだが、それを聞いて本日一番の驚きを露わにした。

 

「『招待召喚の儀』!?それはつまり『勇者』という事だろ!?どういう事だ、最初からきちんと説明しろ、ニック!!」

「落ち着きいな、マスター……。ちゃんと説明するさかい……」

 

 そこで一連の経緯をかいつまんで説明し、彼から預かった魔法工芸品(アーティファクト)、スーヴェニアを見せる。ちょうど、スーヴェニアの効果が発動し、目の前にアイテム『サファイア』が出現した。

 

「……というわけや。この商人の常識をひっくり返しかねんスーヴェニアも預かりもんやが……実質ワテが貰ったようなもんや。今回の『招待召喚の儀』で、ワテの掴んだ情報では異世界より2人の人間が召喚されとるようやが、このスーヴェニアの持ち主は恐らく王宮でも本命なんやろう……、この商業許可証を出した事からみても影響力は強いとワテは見る」

「……成程な。しかし、リスクもあるぞ?もし、俺らが完全に王宮側についたと魔族の奴らに知られれば、どうなるかわかったものじゃねえ……。まして、『十ニ魔戦将』なんて出張ってきたら、こちらはなす術もなく潰されるぞ。それに……、ここ最近で遠征等で噂になってる勇者は、お前の言っている勇者とは別の、もう一人の方という事だろう……。今日もその遠征であの『竜王の巣穴』を攻略し、その財宝を王宮で抑えたとの情報もある。もし勇者に与するとしても、こちらの方がいいんじゃねえか?」

 

 自分の説明を聞き、その上でそう提案するギルドマスター。確かにマスターの言う事もわかる。支援したところが、あっさりと潰されでもしたら、それはこちらも危うくなるという事。もう一人のトウヤという勇者がバハムートを討伐したという情報は自分にも入ってきている。さらにそのトウヤが、色々問題も起こしていた元上客、シェリルを奪う為にコウを亡き者にしようとしたあの成金貴族を、ストレンベルク王国の転覆を計ったとして断罪し、その財産悉くを自分の物にしたという事も……。

 

(最も、あれはあのボンクラの自業自得っちゅう見方も出来るがな……)

 

 あの成金貴族に関しては、王宮でも色々問題を起こしていたようで、彼を処罰すると動いたトウヤはむしろ渡りに船だったのだろう。王宮でも特に反対する素振りを見せずに、成金貴族の没落を容認し、それが所有していた全ての財産を断罪したトウヤに引き継ぐ事を認めたという事だった。

 

「……マスターの心配はわかっとる。やが、これはもう成立しとる『取り引き』や。ワテは既にあのコウ(もん)に賭けたし、なんと言っても『遵守の契約書(コントラクト・ブック)』もかわしとる。もし、アンタが認められん言うんなら、ワテはこの『暗黒の儀礼』を出ていかなあかんくなる……」

「お前をこのギルドから追い出すつもりはねえよ……。ここの立ち上げ当初から苦労を共にしてるお前を見捨てるつもりもな。しかしなんだ、そんな取り引きに手え出すんなら一言くらいあってもよかったんじゃねえか?」

 

 肩を竦めつつも、そう言ってくれたマスターに、心の中で礼を述べながら、

 

「それは無理な相談や。アンタも知っとるやろ?『ビジネスチャンスはいつも突然に』やろうが。いちいちマスターに相談しとったら貴重なチャンスがどんどん失われてまうで」

「確かにな。ま、話はわかった。かなりのハイリスクだが、リターンもそれに見合う程でかい。『暗黒の儀礼』としてもそれを逃す手はねえ。魔族の連中には上手く誤魔化すとして、星銀貨の件はこちらでも何か考えておく。最悪、『十ニ魔戦将』に目をつけられたら、その時はそうだな、その勇者サマに責任を取って貰うか?」

 

 そいつはええ、と相打ちは打つも、そうなったら本当にコウに何とかして貰わなければならないだろう。自分はトウヤではなく、あの勇者(コウ)に賭けたのだ。コウが倒れれば自分たちも一緒に破滅するかもしれない。しかし……、

 

(ワテかて数々の死線は乗り越えてきたんや……、そしてそこで培われたカンが言っとる……、奴に賭けるべきとな。ワテはそのカンを信じた……だから、ホンマに頼んだで……コウ……!)

 

 そう思いながら、マスターと今後の件について話し合うのだった……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……それって、お忍びで、という事かしら?」

 

 何を言っているの、といった雰囲気を纏いながらそう僕に問い返すユイリに、

 

「そう……だけど、あれ?何かおかしな事を言っているかな……?」

 

 僕としては、勇者として活躍しているトウヤの様子を見てみたいという思いがあって、そう提案しているのだけど、ユイリにはどうも考えられない話だったらしい。

 

「……一応聞いておくけど、本気で言っている訳じゃないわよね……?」

「いやあの……本気、なんだけど……」

 

 僕の返答にハァーと長い溜息をつくとユイリは、

 

「また貴方は……一体何を言ってるの!?そんな事、出来る訳ないでしょう!?彼がどんな所に遠征に行っているのかわかってるの!?『竜王の巣穴』よ!?今日戦って苦戦させられたデスハウンド級の魔物がわんさかいるのよ!?」

「わ、わかったから、ユイリ、ちょっと落ち着いて……!」

 

 まさかここまで反対されるとは思わなかった僕は、ユイリを宥めようと試みるも、

 

「落ち着ける訳ないでしょう!?おまけに兵士の姿に扮するですって!?今回の『竜王の巣穴』への遠征でも多くの方が亡くなられているのよ!?貴方が死んでしまったら世界は終わりなのよ!?その自覚が貴方にはあるの!?」

「い、いや、それは流石に……。そうなったらトウヤ殿が勇者という事じゃ……」

「今はそんな事どうだっていいのよ!!兎に角、貴方の提案、いえ提案と呼べるものですらないわね……!そんな事、フローリア様にお伺いするまでもないわ、却下よ、却下!!」

 

 まくしたてる様にそう宣言するユイリ。余りの剣幕に僕が唖然としているところをレンとシェリルが宥めてくれている。

 

「ユ、ユイリ、落ち着きなさい……!コウ様も戸惑っておられますわ……!」

「そうだぜ、まぁお前の気持ちもわからねえでもねえが……、取り合えず落ち着けって……!」

 

 肩で息をしながら僕を睨み続けているユイリに、

 

「ご、ごめん……、ユイリの立場を考えてなかったよ……。本当にごめん……!」

 

 そう言って彼女に対し頭を下げる。ここまで彼女を怒らせたのは、あの奴隷オークションで星銀貨を使用した時以来だろうか……。今度は僕の事を心配しての怒りだろうから、なおのこと彼女に謝らなければならない……。

 

「……とりあえず、どうしてそんな提案するに至ったのか、話してみなさいよ……。まぁ、どんな理由があっても、それについては認められないと思うけど……」

「う、うん……実は……」

 

 僕は説明する……。自分が勇者かどうかは置いておいて、もう一人の勇者であるトウヤの強さや戦い方を直に見る事は、自分にとって学ぶことが多いだろうという事。ただ、自分が普通にトウヤの遠征についていこうとしたら、王宮側も考慮するだろうし、何よりトウヤ自身もやりづらいに違いない。ならば、お忍びで自分が勇者候補とはわからないように遠征に潜り込んだら、普段のトウヤの手腕を存分に見る事が出来るだろう。それを見る事で間違いなく、自分にも得るものがある、強いてはこの国に役に立てる事が増えるかもしれない……。

 

 そのように説明すると、

 

「成程な……。確かに、強者の戦い方を見る事は自分を高める事にも必要な事だぜ。俺もディアス隊長の強さを目の当たりにして、いつかこうなりたいという俺の目標を見つける事が出来た……。まして、トウヤはコウと同じ勇者候補。それを見れば、コウも俺みたいに何かを見つける事が出来るかもしれねえぜ……」

「……コウ様が危険な目に遭われる事に関してはとても賛成する事はできませんが……、その方の戦い方を見たいというコウ様のお気持ちはわかります……。遠征では危険すぎると思いますから、上手く演習を提案してそこに紛れ込むというのは如何でしょうか……?それならば危険も少なく、コウ様も得るものがあると思いますが……」

 

 僕の話を聞き、レンとシェリルは賛成してくれたのか、そのようにユイリに促してくれた。流石に2人からの提案も却下する事は出来なかったのだろう、ユイリは、

 

「……一応、姫のおっしゃるような演習を入れられないか提案はしてみるわ。でも、期待はしないでよ。一応、聞いてみるだけだからね……」

「あ、ありがとう、ユイリ……!無理にとは言わないから、そうして貰えると助かるよ……!」

 

 そうして、頑張ってフローリアさんを説得しろよと軽口を叩くレンに、貴方も他人事みたいに言わないでと文句を言いつつ、僕たちの部屋を後にしていった……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「また随分と無茶を言いますね、ユイリ……。勇者様同士を接触させて、もし何か間違いがあったらどうするつもりですか……!」

「そ、そうですよね……。申し訳御座いません、フローリア様……!」

 

 あ、案の定怒られてしまった……!王城ギルド内の定期会合の席にて、私はフローリア様からの叱責を受け謝罪する。

 ……何か私、ここのところフローリアさんに叱責されてばかりのような気が……。こ、これも全て彼のせいだ……!

 

「まあ、そう言うものではないぞ、フローリア。君の指摘は最もだが、コウ殿が言うように相手の事を知りたくなるという気持ちはわからないでもない……。まして、彼は『竜王の巣穴』へと遠征し、その財宝を抑えて帰還した強者であるのだからな……」

 

 そこに、王宮の饗宴(ロイヤルガーデン)のギルドマスターである、ガーディアス隊長より助け船を出してくれる。……俺は何も聞いていませんみたいに振舞って何も援護してくれないレンとは大違いだ。後で覚えていなさいよ、レン……!

 

 もう既に魔犬の刻……、この会合の席にはコウとシェリル姫を除く王宮の饗宴(ロイヤルガーデン)のメンバーに加え、レイファニー王女殿下もご参加下さっている。その理由は恐らく『竜王の巣穴』の件もあるのだろう……。

 

「まずは、ユイリ達が気になっているであろう『竜王の巣穴』での報告を済ませてしまおうか……。王女殿下は既に聞いていらっしゃるでしょうが、結論から言ってバハムートは討伐していない。討伐寸前のところまではいったのだが、逃げられてしまってな……。だが、『竜王の巣穴』の主を追い払ってしまった事は確かだ」

 

 流石に竜王バハムートの討伐にまではいかなかったようね……。それでも、あのバハムートを巣穴から追い払った事自体、信じがたい事なのだけれど……。

 

「まぁ、それによってバハムートが守ってきた莫大な財宝を手に入れる事が出来たし、ストレンベルク山を制した事で王国の領土も実質的に広げる事に成功した……。ただ、打ち漏らした魔物が王国周辺の街道にまで行ってしまった事は不覚としか言いようがないが……、レンとユイリ、お前達だけでよくあのデスハウンドを討ち果たしてくれた」

「俺にかかればあんな奴の一匹や二匹……と言いてえところっすけど……、今回はユイリやシェリルさん、それにコウの力は大きいっすね……。特に分身しやがった時は、アイツの不思議な魔法がなけりゃあ誰かしら犠牲が出てたかもしれねえ……」

 

 またレンは……、と思っていたところ、意外にも謙虚に答える彼に内心驚きを感じていた。

 

「……確かコウ様の独創魔法、ユイリの報告では『重力魔法(グラヴィティ)』でしたか……。内容を聞くにそれは減弱効果(デバフ)なのですか?」

「いえ、一概にそうとは言えないようです。場合によっては戦闘時における相手への攻勢になる事もあるみたいですし……。また、彼の言うには常に自分に付与していて、元の世界と同じ状況にしていると話していました」

 

 フローリアさんの問い掛けに対し、私はそう答える。

 ……最も、それに関しては聞いてもいまいち理解できていない。彼曰く、この世界に元々ある力が働いているという事だったけれども……。最もそれを私が理解していれば、私にも使えるようになるかもしれないし、今まで使用する者がいなかったからこその独創魔法なのだろうけど……。だけど、これだけは報告しておかなければならない……。

 

「……誠に申し訳御座いません。危うくコウを……、勇者様を死なせてしまうかもしれませんでした。私の……一生の不覚です……」

 

 あの時、デスハウンドの最後の攻撃からアサルトドッグのシウスが庇わなければ、間違いなくコウは死んでいただろう……。オクレイマン王より賜っていた最重要任務を……、世界の命運が掛かった勇者様を……、私の判断ミスで……!

 

 深く頭を下げる私に対し、王女殿下は、

 

「……頭を上げなさい、ユイリ。謝る事ではありませんよ、貴女はちゃんとお役目を果たし、彼を守り抜いているのですから……」

 

 そう言って私を労いつつ、レイファニー様は優し気な笑みを湛えながら話を続ける。

 

「そもそも城下町周辺の街道にデスハウンドが現れたこと自体が不測の出来事なのです。それを臨機応変に対応し、被害を出す事もなく速やかにデスハウンドを討ち取った貴女は讃えられこそすれ、責められる謂れはないのですよ。勿論レン、貴方もです……、よくやってくれました」

「あ……有難う御座います、レイファニー様……!」

「……俺は大した事も出来ませんでしたが、そう言って貰えるのは光栄です、レイファニー様」

 

 私とレンは、レイファニー様にそう申し上げると、フローリアさんに向き直り、

 

「しかし、魔物を仲間に……ですか。わたくしは余り存じ上げないのですが……、そのような能力(スキル)があるのですか、フローリア宰相?」

「……『裏社会の職郡(ダーク・ワーカー)』の職業(ジョブ)に『魔獣使い』というものがあるのですが、その能力(スキル)に魔物を使役するものがあるようです。ですが、あのアサルトドッグを使役しているという話は聞いた事がありませんし、そもそも今回は使役ではなく、魔物の方が懐いているという話ですから……。もしかしたら、それもコウ様の力かもしれませんが……」

 

 私が思った事と同じ話をされるフローリアさん。でも、そう思うわよね……。コウは唯でさえ面識のない野鳥を懐かせていた。シウスに関しては今はシェリル姫に懐いているとはいえ、最初は彼があのアサルトドッグを見逃した事がこのような結果となった要因であると言われても否定する材料がない。

 

「歴代の勇者様の記述でも、流石に魔物を味方につけるという項目はありませんでしたからね……。それは、今後も様子を見ていくとして……、トウヤ様の行う演習への参加、ですか……。ユイリ、貴女から見て、それはコウ様に必要な事だと思いますか?」

 

 王女殿下によって私自身の判断を求められ、考える。先程コウが言っていた事……。彼は言っていた、勇者として自覚し、活動しているトウヤを見る事は、間違いなく、自分にも得るものがある、と……。

 それをレイファニー様に伝えようとして、ちょうどその時、今思いを馳せていたばかりのコウより通信魔法(コンスポンデンス)が届く。このタイミングで……、一体何を言ってきたのかしらと確認してみると……、

 

<シェリルが僕が休むまで傍にいると言ってきかないんだ。ユイリ、なんとか説得してくれ>

 

 ……知らないわよっ!

 思わず通信魔法にツッコんでしまう私。こっちは今取り込んでいるからそっちで解決してとコウに通信魔法(コンスポンデンス)を送り、彼からの通信を一時的にシャットアウトする。というより、まだ休んでいないの、あの2人は!?また明日遅刻したなんてなったら洒落にならないのよ!?

 そもそも……、彼はよく私に、姫と同じ部屋にしておくなんて何を考えているんだ等と言っているが、私に言わせればじゃあなんで奴隷として彼女を購入したのよと問い返したくなる。結果的には滅亡したメイルフィードの姫君だった訳だけど、彼女を欲しいと思ったから星銀貨まで払って手に入れたのでしょうに……。勿論、姫が拒絶しているなら話は別だが、彼女と話し合ったところ全てコウに従うとの事だった。最も……コウのあの様子では、姫に手を出す事なんてありえなさそうだけれど……。そういう面は、もう一人の勇者候補であるトウヤよりも余程好感持てる。

 

「……ユイリ?どうしましたか……?」

 

 考え込んでいる私に怪訝そうに訊ねてくる王女殿下。いけないいけない……、気を取り直して、私は自分の意見を伝える事にする。

 

「すみません、王女殿下……。そうですね……、彼自身も言っていた事ですが、同じ勇者候補であるトウヤ殿を知る事は、間違いなく得るものがあるという事でした。ですので、ご検討して頂ければと存じます」

「そうですか……、ありがとう、ユイリ。ガーディアス隊長、トウヤ様の演習を何処かで組み入れる事は出来ますか?」

 

 私の提案を受けて、すぐさまレイファニー様は調整できるかどうかを確認してくれる。それを受けてガーディアス隊長も、

 

「トウヤ殿の予定に関してはライオネル騎士団長と彼に就いているベアトリーチェに調整を依頼する事となりますが……、なんとかなると思われます。もしトウヤ殿が拒否したとしても、王女殿下からお話頂ければ間違いなく同意するでしょう」

「……彼の好意につけ込むようで気は進みませんが……、わかりました。では、その方向で調整してみて下さい、ガーディアス隊長。もしトウヤ様が難色を示された時は、わたくしの方から懇願してみましょう」

 

 ……思ったよりも早く決まりそうだ。やはり、レイファニー様に話を通すとスムーズに進む。最も、王女殿下やここにいる王宮の饗宴(ロイヤルガーデン)のメンバーの中では、コウが勇者であるという事は共通認識の事象である。昨日、職業選択所で彼が『自然体』の能力(スキル)を持っていた事がわかった時と、大賢者ユーディス様よりお墨付きを頂いた事で、それは最早確定事項となった。正直な話、勇者である事を認めていないのはコウ本人だけだ。

 

「畏まりました、王女殿下……。しかし、色々と問題もある人物ではあるようですが、此度のトウヤ殿の『竜王の巣穴』への遠征の成功によって、彼もまたこのストレンベルクに必要な人材であるという事はわかりました。事実、強さだけで言ったら、彼は私やライオネルよりも強い実力を持っております。でなければ、あのバハムートを圧倒するなど、決して出来ないでしょう。あとは、彼とどう付き合ってゆくかですが……」

「そうですね……、その件もわたくしの方で考えておきます。……わたくしが彼を勇者と認める事が出来ればまた違ってくるのかもしれませんが……」

 

 それはリーチェより話を聞く限りだと難しいと思う。トウヤ殿の考え方はいわばコウの考えとほぼ正反対だ。自分の駄目なところ、足りないところは素直に反省するコウに対し、トウヤ殿は決して自分の間違っているところを認めようとしないようだし……。異性関係も随分だらしないだけでなく、城の女中、それも気に入ったら相手がいようと関係なく手を出すとも聞いている……。トウヤ殿を制御する為にもリーチェは任務の一環で彼とも関係を持っているようだけど、それを聞いた時、私はコウの担当で良かったとつくづく思ったものだった。

 

「では、今日はこの辺でお開きとしましょう……、また変わった事があったらお知らせ下さい」

「「「「「ハッ!」」」」」

 

 王女殿下の言葉でお開きとなる定期会合。予想よりも少し早く終わったので、シャットアウトしている間に届いていた通信魔法(コンスポンデンス)を確認しようとした時、

 

「あ……、ユイリは少し私に付き合って貰えますか?先日の件も含めて、お聞きしたい事もありますので……」

 

 ……前言撤回、今日はまだ終わらなさそうだ……。

 

「……畏まりました、レイファニー様」

 

 恐らくは日にちを跨ぐ事となる……そう覚悟を決めて、私は王女の下へ向かうのであった……。



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第23話:トウヤの兵法

「どうだ、大丈夫か、コウ?」

 

 演習先であるというストレンベルク山中を歩いている最中、隣にいるレンがそう話しかけてくる。

 

「……うん、大丈夫……。早朝での山歩きが、ちょっとキツイだけだから……」

 

 欠伸が出そうになるのを何とか噛み殺しながら答えると、レンは苦笑しながら、

 

「おいおい、本当に大丈夫かよ?そもそもお前が言い出したんだろ?トウヤ殿の演習に参加したいってよ……」

「…………わかってるよ」

 

 そう言われてしまえば、黙って従うしかないが……、それについては僕にも言い分がある。

 …………いくら何でも急すぎませんかね!?

 

 確かに同じ勇者候補として活動しているトウヤの強さをこの目で見て体験したいとは言った。言ったけれど……、まさか伝えてその日の深夜、いや日付が変わっていたから今日か……、本日早朝演習をする事に決まったから準備して、なんて言われるとは思わないじゃないか……。

 

「どうしたどうした、もうギブアップなのか新入り?」

「こんなんでへばっとるようじゃストレンベルクの兵士は務まらんぞい?」

 

 そこに声を掛けてきたのはレンと同じ時期に王宮に召し抱えられたという元冒険者あがりの4人の兵士たちだ……。謂わばレンの同僚、らしいのだがレン自身は早々と王城ギルドに引き抜かれてしまった為、元同僚なのだそうだけど……。元冒険者の元同僚……、非常に微妙な距離感だと思ったのは内緒である。

 

「いえ……、まだまだ大丈夫です。無理を言って皆さんのところに混ぜて貰っているのに、弱音なんて吐けませんよ」

「お、言いよるの、その意気や良しじゃ、新入り!確か、コウっといったかの?」

 

 そう言って僕の肩を叩いてきた背の低い人……この人は、何て言ったっけ……?

 あの闇商人のニックに似てはいるが、ホビットではなく……ドワーフであるとは聞いたような気がする。

 

「え、えーと……」

「ん、違っとったか?悪いの、今日のさっきで急にレンから話を聞いたせいか……、まだ名前を憶えられておらんようじゃ」

 

 爺言葉で頭を掻きながらすまなそうに言うこの兵士さん。小柄ながらもガッチリとした屈強な体格をしており、立派な髭をたくわえていた。

 確かハラ……いや、ハリーダ……だったかな……?早朝で頭の回転も鈍っている中に王宮に連れ出されて、レンから彼らと引き合わされて……、その時に名乗ったと思うのだけど、いまいち記憶がはっきりしない。覚えている人達もいるにはいるんだけど……。

 

「い、いえ、コウであってます……。ただ、貴方の名前が……」

「ああ、合っておったか。ワシはハリード。今度は忘れんでくれよっ!」

 

 ほっほっほ、と笑って僕の背中をバンバンと叩くハリードさん。……なんというか、随分親しみのある人だ。

 

「お、それなら俺の事は覚えていたか?」

「ならば、拙者の事もどうで御座ろう?」

「折角だし、改めて自己紹介しますか?行軍の途中ですけどね……」

 

 現在、目的の場所まで行軍している最中であるのだが、基本的にはある程度のグループがあり、それぞればらけて目的地に向かうというスタンスのようだ。僕はてっきり行軍というと、列を乱さずに長蛇の列を作って行進する、というようなイメージだったのだけど、今回は違うという事らしい。

 

「じゃ、俺から……。俺は、ヒョウだ。俺の事は覚えていたか?」

「え、ええ……、覚えて、いましたよ?」

 

 …………ごめんなさい、覚えていませんでした。

 

「ははっ、その様子じゃ覚えてなかったな?まぁ、仕方ねえよ。レンの事だ、どうせ説明もせずに行き当たりばったりに付き合わされているんだろ?」

「えっと、すみません……。結構、レンとの付き合いは長いんですか……?」

 

 話からして、かなり長いのではと思った僕の想像通り、

 

「ああ、コイツとは冒険者になる前からの付き合いだ。良くも悪くも散々付き合わされてきたからよ、何となくコイツがやりそうなことはわかるんだよ……」

「あ、ヒョウ、てめえ……、俺だって同じだよ。聞いてりゃなんか俺が付き合わせたみたいに言ってるけどよ、お前だって人の事言えねえだろ!?」

 

 すると、ああでもないこうでもないと言い合う2人。そんな彼らを見ていて、仲がいいなぁとほっこりする。

 

「では次は拙者ですな……、拙者の名はぺ……、ぺ・ルッツ……。どうじゃ、覚えやすい名前で御座ろう?」

「ええ、貴方の事は覚えていましたよ、ぺさん」

 

 名前が1文字という事で印象に残っていた方の1人だ。ただ、名前の後にさらに続くという事は……、

 

「もしかして、ペさんは貴族の方なんですか……?」

「然り。とはいっても地方貴族で末端の位も男爵であるから大した事はなかろうが……。ルッツ家なんて聞いた事もないで御座ろう?」

 

 いえ、そもそもこの世界に来たばかりの僕が、貴族の名前を聞いても有名かどうかなんてわかりようがないですが。

 

「最後は自分ですね……、自分の事はわかりますか?」

「確か……、ポルナーレさん、でしたっけ」

「そうです、よく覚えてくださってましたね……」

 

 ニッコリと笑いながらそう答えるポルナーレさん。この人も僕と同じ黒髪黒目という事で印象に残っていた。この世界では黒髪、というのは珍しいらしい。僕とユイリ以外では、彼で3人目だ。そして……彼は犬の獣人族であるという事で、その犬耳を頭に生やし、よく見ると尻尾も腰の周りにベルトのように巻き付けているようだった。

 

「では僕も改めまして……、コウと申します。レンと同じ、王城ギルド『王宮の饗宴(ロイヤルガーデン)』に所属しております。今日は訳あってレン共々、皆さんとご一緒させて頂きますが、何卒よろしくお願い致します」

 

 そうして一礼する僕に、歓迎してくれるように、

 

「ええ、よろしくお願いします。それにしても堅いですね……。もっと楽にしてかまいませんよ」

「レンと同じ王宮の饗宴(ロイヤルガーデン)っていったら……、ああっ!思い出したぞい!!レン、昨日のあの別嬪さんっ!!」

「そうだ!!誰なんだよ、あんな美人、見た事ないぞ!?お前のギルドのメンバーなのか!?」

 

 ああ……、何人か何処かで見た事があると思っていたら……、昨日依頼(クエスト)で外に出る時に守衛をしていた兵士さんだったか。僕が納得していると、レンが困ったように、

 

「……昨日も言ったが、ホントに訳アリなんだよ。シェリルさんっていうんだけど……身分もウチのギルドのユイリやグランの奴よりも上だ……。流石の俺もあの人のことを茶化す事は出来ねえし、何より俺も初めて見た時、あまりの美しさに思考が止まったからな。最も……」

 

 そう言いつつ僕を見てニヤリと笑うレン。……何だろう、物凄く嫌な予感がする……。そう思ってレンから少し距離を置こうとしたのだけれど、ガシッと肩を組まれてしまう。

 

「あの人は明らかにコイツに惹かれている。だから、お前らに紹介したくても出来ねえ!残念だが諦めてくれ!!」

「「「「な、なにぃ(なんとっ)~~!!??」」」」

 

 ワハハと高笑いするレンの言葉に、彼らの視線が集中する…………主に僕に。

 

「コウ!?どういう事なんだ!?そういえばお前……、昨日、あの人と一緒に……レン達といたよな……?」

「という事は……本当にこやつの言う通りなんじゃな!?」

 

 完全に矛先が僕に変わってしまう。レンの奴はそんな僕を見てニヤニヤしているし……!クソッ、そういう話題で彼にからかわれているという事自体、なんか納得できない……!

 

「……いや、流石に彼が大袈裟に言っているだけさ……、彼女は色々あって王宮の饗宴(ロイヤルガーデン)の預かりという事になっているらしいけど、彼女が僕に惹かれているというのはレンの勘違いであって……」

「そうかぁ?ここに来る際、色々あったと聞いているが?シェリルさんに言われたんじゃないのか?私も連れて行って下さい……ってよ」

 

 僕の逃げ道を塞ぐかのようにそんな事を宣うレン。それを受けて僕はグッと押し黙り、その時の事を思い出す……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……どうしても、駄目なのですか」

「……ええ、今回はあくまでお忍びという面が強いのです。安全面を確保する為に、昨日討伐に行ったストレンベルク山中で演習という事になったのですが、そこに紛れ込むにはあくまで参加する一般兵士に扮するしかありません……。正直、姫が行かれると間違いなく目を引いてしまって……、その目的が果たせないのです」

 

 まだ日も上がる前に演習に行くとユイリより伝えられ、その準備をしていた矢先にユイリとシェリルが話し込んでいるの姿が見えた。内容から彼女もその演習に付いていきたいと言って、それをユイリが慰留しているといった感じのようだ。

 

「ですが……!」

「昨日、姫もおっしゃられていた筈です、トウヤ殿の強さを間近に見る事は、彼にとって間違いなくプラスになる……、であれば危険の少ない演習に参加させてはどうか、と……。確かにあまりに急な決定だとは思いますが、元々こちらが無理を言って決めて貰ったものなのです。ですから……今回はご自重下さいませ」

 

 流石に付いていく事は無理だとシェリルもわかっているのだろう……、クッと堪える様にしてユイリから僕に視線を移してジッと見つめてくる。シェリルからの視線に僕は気付かないふりをしていたが、そのどこか縋るような視線を何時までも無視し続けるわけにもいかない……。僕はひとつ溜息をつき、彼女に向き直ると、

 

「今回は聞き分けてくれないかな、シェリル……。僕の我儘で、ユイリからも無理に頼んで貰ったんだ。悪いけれど、留守番をしていてくれると、僕も助かる」

「ええ、今回の演習では護衛役を一時的にレンに移行します。私はここで引き続き姫のお目付け役をさせて頂く事になりますので……」

 

 僕とユイリにそのように言われてシェリルも諦めたのか、ひとつ息をつき僕からふいっと視線を外すと、

 

「…………出来るだけ早く、戻ってきて下さいね……」

 

 わたくしの元へ……なんていう枕詞が付きそうな感じで傍にいたシウスの事をぎゅっと抱きしめながら、若干拗ねた様子でそう呟く。それを見て僕はユイリと共に苦笑しつつ、準備の続きに戻った……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「いやー、でもいいよな、コウは。あんな人から想われていて、そんな風に言って貰えるなんてよ~」

「…………レンにだけは言われたくないよ」

 

 調子に乗っているレンにボソッと呟くと、

 

「ん?どういう事だ?」

「……レン、僕の事よりも君の方はどうなんだよ。サーシャさんの……」

「待てっ!ストップだ、コウ!」

 

 僕がそこまで言うと、ヒョウさんから制止が掛かる。

 

「何だよ?彼女の事がどうかしたか?」

「いや、なんでもねえよ」

 

 ヒョウさんがレンの対応をしている内に、僕はハリードさん達に連れられてレンから距離をとっていた。

 

「……お主も知ってるんじゃな、サーシャ殿の事を……」

「え……?ま、まあなんとなく……」

「言わずともよい。彼女のレンに対する接し方、話し方を見ておれば一目瞭然で御座るでな」

 

 ……サーシャさん、貴女は隠しているつもりのようだけど……、やっぱり他の人にもバレてるみたいだよ……。

 でも、それならば何故彼女へ言い寄る者が後を絶たないのか……、その事を疑問に思っていると、

 

「そなたの考えている事はわかるで御座る……。サーシャ殿がレン殿に惚れている事は周知の事実で御座るが……、如何せんレン殿が鈍すぎるで御座ろう?サーシャ殿がどんなに距離を縮めようと試みるも、あやつはどこ吹く風で、気付く様子は皆無……。であるからにして他の御仁は、サーシャ殿に迫り熱心に働きかける事で、皆目進展が望めるべくもないレン殿より我の方がサーシャ殿を想っている、という展開を期待しているという訳で御座るな」

「最も、彼女の方もレン以外は見えておりませんから、正直アプローチをしても無駄だと思いますけど……。それでも、万が一という事も考えているんですよ。それだけサーシャさんはあの『天啓の導き』の花ですから」

 

 …………成程。要するに、色恋沙汰に関してレンにとやかく言われる筋合いは1ミリたりとも存在しないという事がわかった。

 彼女がレンに想いを寄せているのがわからないようにしているのならば話は別だが、周りからしてみればサーシャさんはレンにアプローチを掛けているのを知っており、知らないのはレン本人だけという事だ。

 

「自分たちも何度かそれとなくレンに彼女の事を伝えたりしているんですけどね……。レンのあの様子は気付かないふりをしているのではなく、本当にわかっていないんだと思います」

「……他人の事は結構察するんじゃが……。とりあえず、その件は伏せておいてくれ。流石に彼女も自分からでなく、他人から伝えられるというのは嫌じゃろうからな……」

「……了解」

 

 ペさん、ポルナーレさんからの話に了承の意を示したところで、レン達の方も話が纏まったようだ。気を取り直して僕たち6人で目的の場所に急ぐのだった……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……何だろう?」

 

 無事に演習の目的地に辿り着き待機していると、ステイタス画面に変化があった事を知らせてくる。

 

<所持している『黒の卵(ブラック・エッグ)』に変化が訪れようとしてます>

 

 黒の卵(ブラック・エッグ)……、確か昨日ぴーちゃんが産んだ……あの卵か!

 僕は急いで『収納魔法(アイテムボックス)』を使用し、黒の卵(ブラック・エッグ)を取り出す。

 

「ん?どうした、コウ……!?そいつは……!」

 

 レンは僕が取り出した黒の卵(ブラック・エッグ)を見て、さらにそれが孵ろうとしている事に驚きの表情を浮かべる。やがて、黒の卵(ブラック・エッグ)が輝き出し……二つに割れる。

 

 

 

『ミスリルソード』

形状:武器<長剣>

価値:C

効果:魔法合金ミスリルを加工して剣としたもの。鉄よりも硬く、魔法も付与しやすい。

 

 

 

「ミスリルソード、か……。今まで僕が持っていた銅の剣よりは強いかな……?」

 

 鉄より硬いってあるし、多分強いとは思うけどね……、価値もAだし……。僕がミスリルソードを軽く振ってみていると、

 

「……そいつはもしかして、ミスリル製、なのか?」

「そうだね……、名前も『ミスリルソード』ってなっているし……。でも、ちょうど良かったよ、僕の使っていた剣、昨日砕け散ってしまったから……」

 

 あのデスハウンドとの戦いで砕けた銅の剣。貰ってわずか1日で壊してしまうなんて……、もしかしたら僕の使い方が悪い……?

 

「そいつがミスリル製なら……こいつは要らなくなっちまったな……」

「それは……銅の剣じゃないね。もしかして、鉄……、いや鋼鉄なのかな?」

 

 レンが取り出した物は新品の剣だった。それも、昨日まで使っていた銅製の剣ではなく……、

 

「ああ、こいつは鋼鉄の剣だ。お前に渡すよう預かってきたんだが……」

「でも、どうして鋼鉄製になったの?僕はてっきりこの国での標準の装備って銅を基準にしてるのかと思ったんだけど……」

 

 僕がそう尋ねると、レンは肩を竦めながら、

 

「……お前が思ったよりも戦えてるからだ。戦闘経験が無いって言っている奴に最初から強い武器なんて危なくって渡せねえだろ?むしろ、あの剣でアサルトドッグやデスハウンドと戦う事自体無謀だったんだよ。昨日、お前の武器が砕け散ったのは当然の事だと思うぜ」

「そうだったんだ……」

 

 ……良かった、僕の使い方が悪かった訳じゃなくて……。

 

「このストレンベルクの一般の武器っていったらこの鋼鉄製だ。銅の武器は初めて戦闘するっていう初心者に渡される武器なのさ。だから持ちやすいし、実際扱いやすかっただろ?」

「そういえば、確かに……」

 

 そんなに重さも感じなかったし、扱いやすいっていえば確かにそうだったな……。でも、それならばどうして……、

 

「……銅の剣を使って1日で鋼鉄の武器を扱えるほど、上達したようには思えないんだけど……」

「さっきも言ったろ?戦えない奴がアサルトドッグやデスハウンドと戦って生きていられる訳ねえだろ?昨日、お前がデスハウンドと戦って、逆にお前の剣が砕け散っちまったが、あれが鋼鉄の剣であれば、致命傷とはいかなくとも、かなりの深手は負わせてたと思うぜ……。ま、少し重くなるし、同じように剣を振れていたかって問題はあるけどな」

 

 そんなもんなのかな……?まぁ僕の場合、重力のアドバンテージがあるとは思っているけれど、それにしたって剣技や戦闘の技術が身に付くという訳ではない。正直、重力解放からくる速さで振るっているに過ぎない。でも、これからはそういった技術を身につけないと、この世界では生きていられないかもしれない……。

 

「あ、あのさレン……、今度時間がある時、僕に戦い方を……」

「いやぁ待たせてしまったね、諸君。すまないすまない……!」

 

 僕がレンに話しかけている最中、それは別の声によって遮られる……。この声は、確か……!そう思いながら声のした方に振り向くと、そこには僕と同じくこの世界に召喚されたトウヤ殿の姿があった。

 

「思った以上に準備に手間取ってしまってね、待たせて申し訳なかった……。今日は急遽、王国の精鋭である諸君らに集まって貰った事を有難く思っている。さて……知っている者もいると思うが、俺は先日の『招待召喚の儀』によりこの地にやって来たトウヤという。昨日はこの山中に君臨していた竜王バハムートを討伐させて貰った者だ」

 

 彼の言葉を聞き、どよどよと騒めきが起こる。彼の言っている事は即ち、自分が勇者であるという事だ。そんな人間が自分たちの前に現れたというのだから、騒ぎになるのも伺える。それに、現れたのは彼だけではない。

 

(この前、僕のコンプレックスを癒してくれた聖女様に、ユイリと同じく護衛に当たっている女性士官……、それにトウヤ殿の傍にいる女性、か。でも、あの人も何処かで見たような……)

 

 周りは既に聖女として認知されているジャンヌさんや確かベアトリーチェさんと呼ばれていた女性士官を見て、トウヤ殿の言葉が本物であると感じたのだろう。口々に勇者様と声をあげる者も出る中、僕は漸く思い出す。

 そうだ、シェリルと出会ったあの闇オークションで、彼女の前に出品されていた竜人(ドラゴニュート)の女性!!……でも、どうして彼と一緒にいるんだ?確か、僕を襲ったとされるあの成金風の貴族に購入されたんじゃなかったっけ……?

 

 そんな疑問を抱く僕をよそに、トウヤ殿の演説は続いていく……。

 

「今日、諸君たちに集まって貰ったのは他でもない……、昨日、この山中の主を討伐してストレンベルクの領地として制圧した訳だが、その残党の魔物どもが散り散りになり、中には街道の方へ行ってしまったとも聞いている。まぁ、そいつらは蹴散らしてもう問題はないんだが……、またそんな事が起こらないとも限らない。そこで、精鋭である君たちの力を借りて残党どもを討伐しようと思ったのだが……」

 

 彼はそこでコホンと一息つくと、

 

「ただ普通に討伐するだけというのも面白くない……、そこで、このストレンベルクの次世代武器のお披露目と、新たな戦術、陣形をこの演習に取り入れてみようと思った訳だ。まずは……これを見て欲しい……」

 

 そう言って彼が取り出したのは……、元の世界、自分のいた日本においても、ある職業の人が常備していたある種最強の凶器、

 

(あ、あれは……拳銃!?な、なんでこの世界に……、まさか持ち込んだのか!?元の世界から……!)

 

 という事は、彼は警官なのか……、いや、外国では一般人も携帯しているというし……。だけど、どちらにしてもトウヤ殿は僕と同じか、近い文明世界からやって来たのだろう事がわかった。

 一方、周りの兵士たちは見慣れない物に戸惑いを感じているようだ。あれをどう武器に使うのか、見当もつかないのだろう。一見しても刃なんかも付いていないし、殴りつけるにしても小さすぎる。

 

「これは『ピストル銃』というもので、名称は色々あるんだが……、ま、これの使い方は改めて説明するとして……、こちらの方は分かりやすいだろう、現在開発中の武器、『ガンブレード』だっ!」

 

 そうして次に取り出したのは猟銃のような長い砲身にギザギザの刃が付いた武器……。それが次の瞬間、激しい振動音が鳴り響く……!

 

「な、なんだ、この音はっ!?」

「見ろっ、あれが……音を出してるんだっ!」

 

 この世界では振動音に余り馴染みがないのか、この音に動揺している他の人たちを尻目に僕はあの武器について考察する。

 

(……チェーンソーと猟銃を一緒にしたという訳か。でも、何処から電源を取っているんだ……?この世界に電気なんてなさそうだけど……)

 

「……本来は電気で……いや、別のエネルギーで動くんだが、この世界には無いようだったんで『魔力素粒子(マナ)』を代用して動かしている。エネルギーの変換に、まだまだ改善しなければならないところはあるが……それでもこれだけの力がある……!」

 

 今、電気って言おうとしたな……。勇者を名乗るトウヤ殿がそう口にした事を僕は聞き逃さなかった。あの見覚えのある形状の拳銃に、電気……。この事から連想するに、やはり彼は自分と同じ世界からやって来たのではないかと考えていると、

 

「お、ちょうどいいタイミングでやって来たな……。じゃあ諸君らにこの『ピストル銃』がいかなるものかというのを教えてあげよう……」

 

 彼がそう言ってこの演習地の唯一の出入口に拳銃を向ける。何を撃とうとしているんだと訝しむようにその方向を見てみると、森林からヌッと熊に似た魔物が姿を現して…………って、え?どういう事?

 

「うわっ!?な、なんだ、この音!?」

「み、見ろ!マーダーグリズリーがっ!!」

 

 まずその激しい発砲音に驚き、続いてマーダーグリズリーと呼ばれた魔物が血を吐きながら地面に崩れ落ちるのを見て、あの武器でこうなったのだという事を周りが理解してゆく中で、僕は別の事を考えていた……。

 この集められていた演習の場は、小さな盆地とでもいうように開けた平地となっていて辺り一面を山の斜面となる険しい断崖絶壁で囲まれたところにある。おまけにそのすぐ脇には流れの激しい渓流があり、出入口はちょうど今魔物が現れた場所しかない。

 その唯ひとつの出入口からどうして魔物が現れるのか……。僕は背筋に冷たいものが走るのを感じていた。

 

「す、すげえな……、あんな武器、見た事もないぜ……。どうだ、コウ。お前は……って、一体どうした!?」

「…………レン、この演習に僕が参加する事を……彼は、トウヤ殿は知らないんだよね……?」

 

 隣にいるレンは僕の状態に気付いたのか、慌てた様子の彼に僕はそう尋ねる。恐らく僕は今、顔面蒼白の状態になっているのかもしれない。

 

「あ、ああ……。今だってわざわざ顔を覆い隠すように兵士用に支給されたフルフェイス状の兜を被ってんだ。恐らくは気付いてねえと思うが……」

「……じゃあ、どうして僕たちは今こんな逃げ場も何も無いような場所に追い詰められているの?」

 

 見るとその出入口からは次々に魔物が姿を現しだした……。他の兵士たちもそれに気付いたのか戦闘態勢を取り始めているが……、もしあの崖の上からも敵がいて狙われたらもうどうしようもない。僕の言葉に一瞬驚いた様子のレンだったが、

 

「多分これが今回の演習目的なんだろ。退路を無くした状態で戦わせるっていうのがよ。大方、俺らがここに集まった時点で他の奴らが魔物どもをここに追い立てたってとこじゃねえか?」

「……じゃあ、あの崖の上から攻撃されたとしたらどうするの?レンはそれにも対処できるって事?……僕は絶対無理だけど……」

「……流石に俺も全方位から攻撃されたら防ぎようがねえな。まぁ、そんな事が起こる筈ねえよ……、ほら上空を見てみろ」

 

 彼の言葉に従い空を見上げると、上空を徘徊する数人の(ドラゴン)たちの姿があった。その内の一人は……僕に初めて(ドラゴン)という存在を教えてくれたグランという事がわかり、レンが言わんとする事を理解する。

 そうとなればもう崖上からの攻撃は考えないようにし、出入口からわらわらと沸いてくる魔物たちに集中する事にする。上からの奇襲はグランたちに全てを任せるしかないし、どのみちいくら考えていてもこの状況では対処のしようもない。結果、諦めるしかない、という事だ。

 

「さて……諸君らもこの状況に気付いた事だろう。そう、この場所の唯一の出入り口は魔物によって抑えられている……。周りは断崖絶壁ですぐ傍には渓流……。退路がない状況で諸君らは追い込まれているという事だ」

 

 そんな時、トウヤ殿……いや、もうトウヤでいいか。彼からの有難い説明が投げかけられる。……別に言われなくてもわかっているよ。

 ただ、その言葉の真意が何処にあるのか……、僕は彼の言葉の続きを聞き逃さない様にする。

 

「勿論、この状況は意図的に作り出したものだから安心してくれ。このように後の無い状況に追い込まれる事で……人は限界を超えて、本来持っている力を100パーセント引き出す事が出来るようになる……。こうして敢えて自分たちを苦境に立たせる事で、自分の限界に向き合い、意識を向上させるこの兵法を『窮鼠の背陣』という……!」

 

 ……何が『窮鼠の背陣』だ。そのまんま『背水の陣』じゃないか……!なんだその僕が考えた最強の陣形、みたいな説明は……!そもそもこんな所で用いる兵法じゃないだろうに……!!

 何処か自分に酔っているような彼の言葉にイライラしながらも、確かに僕を邪魔に思って排除しようとした訳ではなさそうだと確信した。……こう言ってしまってはなんだけど……、彼がもし自分を邪魔に思ったら、こんな回りくどい真似はしないような気がする……。

 

「さらに……ここにいる聖女様に諸君らへの加護を祈って貰う……。その強力な有利効果(バフ)に驚くかもしれないが、是非体験してみてくれ……!」

 

 ……有利効果(バフ)?シェリルが良く掛けてくれるような強化の事か……?彼の言葉と同時に前に出てきたジャンヌさんが詠唱を終え、その神聖魔法らしきものを完成させる。

 

「……全知全能たる我らが主よ!ここに集いし勇敢なる者たちに大いなる神の祝福をもって尖兵とならしめ給え……!『聖戦の祈り(ソングオブジハード)』!!」

 

 な……なんだ!?力が……身体中に満ちてくる……!自身が淡い光に包まれて、まるで自分の身体じゃないみたいな感覚……。そして、前方の魔物を僕たちの敵として……、滞りなく排除しようと足が向きそうになった時、

 

(何かおかしい……!?僕の意思に反して身体が勝手に……!いや違う、僕の意思自体が別の何かに上書きされるような……!)

 

 少しでも気を抜くと何かに意識が持っていかれそうになる……!その証拠に、周りは……ヒョウさん達やレンまでも魔法の影響なのか魔物たちを見据え、淡々と戦闘態勢をとっている。いつもと違うその雰囲気に、恐らく彼女の『聖戦の祈り(ソングオブジハード)』は対象者に大いなる力を与えると同時に、その人格までも影響を与える魔法という事なのか……!?

 

「さぁ……その力を存分に発揮したまえ!今の諸君らの強さは、この山中の残党魔物どもよりも遥かに上だ。聖女様もいる……傷つく事も恐れず敵を討伐せよっ!!」

 

 トウヤ殿の号令に、一人、また一人と次々に魔物たちに殺到していく……。僕の周りも、彼の言葉に従うように向かっていくのを見て、精神への干渉に抵抗しながらも不自然ではないよう自分も彼らに紛れる。力は確かに得ている。それは、自身に掛けた『重力魔法(グラヴィティ)』を解除してもあまりある力……。ともすれば敵を全て殲滅しようとしてしまう程強力なもので、レン達もその衝動になんの疑問も抱かずに行動しているように見えた。

 

「……くそっ、この精神を支配しようとする感覚……!本当に邪魔だな……。これは有利効果(バフ)というよりもむしろ不利効果(デバフ)なんじゃないのか……!?」

 

 抵抗するのも面倒くさくなり、いっそのこと、その支配しようとするそれに身を任せたくなるが、わざわざ自分から感情を放棄するのもどうかと思う。周りもどんどん交戦状態に突入していくのを確認し、僕も目の前に現れた魔物と戦うべく、慣れた様に『評定判断魔法(ステートスカウター)』を発動させる。

 

 

 

 RACE:エビルカンガルー

 Rank:38

 

 HP:171/230

 MP:19/35

 

 状態(コンディション):焦燥

 

 

 

 その名の通り、カンガルーを大きくしたような魔物で、僕が戦闘態勢を取るのを見て焦ったようにその握り締めた拳を繰り出す。聖女様の聖戦の祈り(ソングオブジハード)影響により、そのパンチもクリアに見えて、落ち着いてミスリルソードの腹の部分でそれを受け止めつつ、魔物を観察する。

 

(…………その状態の通り、明らかに動揺しているな)

 

 今まで住んでいたところを追われ……、この場所に追い立てられた事で、このエビルカンガルーと呼ばれる魔物は何とか逃れようとしている風に感じた。有袋類の特徴ともいうべき袋には子供が怯えきった様子で、それでいて親を心配そうに見ている……。そのエビルカンガルーの親子を見て、僕は本当に魔物は討伐しなければならないのかと疑問に思う……。

 

(……この状況、まるで動物虐待してるような気分になる……)

 

 別にこの魔物だけが特別なんじゃない。今、兵士たちに交戦している魔物たちも同じようの境遇のものがいるようだが、情け容赦なく討ち取られていっている。その討ち取っている兵士たちも魔法の影響なのか、特に何も感じていないようだ。

 ……最も、魔物に対してそんな感傷に浸る僕の方が、この世界ではおかしいのかもしれないけれど……。

 

「ガァァッ!!」

 

 目の前のエビルカンガルーが僕に対して次々と拳を繰り出してきた。連続拳とでもいうのだろうか、左右の拳からパンチの連打が僕の急所目掛けて放たれてくるのを僕は先程と同じように剣で受け続ける。そうやって凌いでいると、打ち疲れたのかパンチの止んだのを見計らって僕は反撃に移った。

 

「ギャッ!?」

 

 履いていた安全靴でエビルカンガルーの腹を袋に入った子供を傷つけないよう気を付けながら蹴りつける。鉄の入っている部分で、それも強化された状態で蹴りつけた為か、思ったよりも吹き飛んでしまったようだ。大木に叩きつけられて倒れ伏すエビルカンガルーに駆け寄ると、手にしたミスリルソードをその顔の傍に突き立てた。

 

「ガ、ガルッ!?」

「……そこでジッとしてろ……。僕たちがいなくなるまでな……」

 

 僕の言葉が通じたのかどうかは分からないが、その魔物はその場に死んだように蹲る。そのまま死んだふりしていろよ……、そう祈りつつ僕は次の魔物へと注意を移すのだった……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「素晴らしい!流石は選抜されし者たちだっ!!」

 

 際限なく現れる魔物たちを次々と撃退し続けると、やがて立っている魔物はいなくなった。周りの兵士たちも漸く魔法の効果も治まってきたのか、戦闘中は息ひとつ乱さず戦っていたものが、少し疲れを見せているように見える……。

 結局、あのエビルカンガルーの他にも7体の魔物を蹴散らす事となった。その内の2体はやむを得ず止めを刺さなければならなくなり、酷く後味が悪い状態に陥っている。それに、精神干渉に抵抗し続けた結果、精神的にも体力的にもかえって疲労を溜め込んだようにも感じている……。

 

「では、後始末は俺がしようか……。素晴らしい働きをした諸君らに、俺の……勇者の力をみせてあげよう……!」

 

 トウヤはそう言うと、辺りに何やら強い力のようなものが漂い始め……、雲一つない上空に雷雲のようなものが現れ……!

 

「『雷鳴招来魔法(ライトニングレイン)』!!」

 

 詠唱も無く彼は魔法を完成させると、呼び寄せた雷雲から稲妻が雨の様に倒れ伏した魔物たちに向かって降り注ぐ……!

 な、なんという……!これが……トウヤの、勇者の力なのか……!?

 暫くの間この山中に雷撃が轟き続け……、やがてそれが治まると辺りから肉の焦げたような匂いが漂い始めた。

 

「……これでこの山中に潜んでいた魔物は一掃された事だろう……。皆、ご苦労だったな。次代のこの国を担うであろう諸君らには後日、このピストル銃とガンブレードを支給する。順調に進めば近く量産に成功し、一段上の戦闘力を手にする事になるだろう。その日まで、このストレンベルクを守る戦士として、日々の鍛錬に励むよう期待している……!」

 

 それでは解散っ、という声とともにこの場はお開きとなった。

 

「あ……」

「おっと……大丈夫かい、聖女様?」

 

 壇上より離れようとしていたトウヤたちの内、聖女であるジャンヌさんがふらっとその場に崩れそうになるのを隣のトウヤが支える。

 

「す、すみません、トウヤさん!わ、私……」

「『聖戦の祈り(ソングオブジハード)』みたいな大魔法を使用した影響だろう、無理はしなくていい……。『転送魔法(トランスファー)』を使う、リーチェ、準備してくれ」

 

 そう言って彼女の肩を抱きつつトウヤがベアトリーチェさん達を引き連れて転送魔法でこの場より姿を消す。最初は聖女様が倒れそうだった事で周りも若干動揺したようだったが、暫くしてそれも収まり、徐々にこの場から離れ始める……。

 皆が一様に勇者の強さや、新たな武器、陣形からなる聖女様の神聖魔法を褒め称える中で、僕自身も体力の限界を感じその場に蹲りそうになるのを、

 

「コウッ!おい、しっかりしろっ!?」

 

 レンの言葉が聞こえたかと思うと、先程のジャンヌさんのように彼に支えられる。体力……というよりも精神力の方が削られているようで……、ふとステイタスを確認してみると能力(スキル)の『鋼の意思(アイアン・ウィル)』が発動していた事に気付く。

 ……習得した経緯はアレだったが……、この能力(スキル)、思った以上に有用なのかもしれない……。

 

「……大丈夫か?随分と顔色が悪いようだが……」

 

 すると僕を心配するようにヒョウさん達が話し掛けてくる。ふと見てみると、彼らは皆、傷一つない様子だった。……いくらジャンヌさんの強力な神聖魔法の効果があったとはいえ、他の兵士さんたちは小さな怪我をしていたりしていたけれど……。僕も戦闘しながら彼らが槍やロッド、フレイルなんかを持って戦っている姿を見たが……、素人目からも一流の戦士のように感じた。

 

(……レンの冒険者の時からの同僚という事だけれど……、それなら彼らもAランク並の実力があったという事なのかな……?それならどうして一般兵士なんかやっているのかという話になるけど……)

 

 最も僕もまだこの国の兵士や騎士の条件というか基準がわかっていないので、何とも言えないが……。

 そんな事を考えていると、レンが彼らに、

 

「……お前ら、先に戻ってくれるか?俺はコイツの容態が回復したら戻る事にするからよ……。ちょうどグランとも交えて話しときたい事もあったしな」

「……ギルド内の話、という訳じゃな。まぁよかろう、コウ、お主も無理するんじゃないぞ……」

「では、先に戻りますけど……、レン、今日の夜の件、忘れないで下さいよ」

 

 ポルナーレさん達の言葉にわーってるよっと返すレン。彼らは僕に無理しないようにと挨拶して、この場を離れていった……。

 

「ったく、相変わらずだな、アイツら……。さて、少しは落ち着いたか?死にそうな顔をしてたぜ、お前……」

「…………正直な話、体調というよりも精神力がヤバい。流石は聖女様の魔法、といったところだね……。危うく意識が持っていかれそうになったよ……」

 

 僕の返答を聞き、レンは驚いたような顔をして、

 

「……お前、まさか聖女様のあの魔法を受けて……意識を保っていたのか……!?」

「やっぱりそういう魔法なの……?力が全身から湧き上がってくるのと同時に、精神にも別の何かが僕の中に入ってくるような感じがして……自我を保つのに精神力を使い切っちゃってさ……。魔物の相手よりもそっちの方が辛かったな……」

 

 僕がそこまで話した時に、上空より飛竜(スカイドラゴン)であるテンペストに乗ってグランがこの場へと下りてくる……。彼はテンペストより降り立つと、

 

「大丈夫かい、コウ……?今にも倒れそうな顔をしていたから心配だったんだけど……」

「……コイツ、さっきの聖女様の神聖魔法に意識を持っていかれないよう自我を保っていたんだと」

 

 降りてきた彼に対しレンがそう説明すると、やはり驚いたような表情を浮かべるグラン。

 

「……そんなに驚く事なのかな……?」

「そうですね……。聖女様の加護の奇跡には、人の持つ恐怖心を払うだけでなく、精神も強靭にさせるといった効果もあるんです。まして先程の『聖戦の祈り(ソングオブジハード)』は、加護の中でもとびっきりの魔法で……、使用できる状況は限られるのですが、死をも恐れぬ勇敢な神の使徒として意識を統制する効力もありましてね……。現にレン、貴方も先程は聖女様の神聖魔法の状況下にあったのでしょう?」

 

 グランが問い掛けると、頭をかきながらもレンは首肯する。

 

「完全に自我が無かったという訳じゃねえが……、まぁ魔法の作用に任せて身体を動かしていた実感はあるな……。それよりもグラン……。お前、聞いていたのか?今日の演習内容をよ……。あんな大魔法まで使うなんて聞いてねえぞ?」

 

 レンが問い詰めるようにグランに詰め寄ると、彼は肩を竦めて、

 

「……昨日の今日決まった事だから、詳しくは知らなかったよ。この場に先乗りした際に、モンスターたちをここに追い込むように言われてさ……。まぁ、僕たちも上空から経緯は見ていたし、万が一の事が起こっても聖女様もいらっしゃるという話だったからね……。最も、貴方たちの安全は確保していたつもりですけれど……」

「……君がいてくれたから、僕は魔物だけに集中する事が出来たんだ。まぁ……崖上から襲撃を受けたら終わりだと覚悟もしていたけどね……」

 

 僕の言葉を聞き、レンが怪訝そうな様子で、

 

「そういえばお前、さっきも言ってたな……。けど、それも含めてあの勇者殿の兵法なんじゃねえか……?あの陣形で、周りもカバーできるみたいなよ……」

「……あの背水の陣……いや、何だっけ……窮鼠の……強陣?あれは本来こんなところで用いる戦術じゃない……。実際にあの崖の上から魔法や弓矢といった飛び道具で狙われたとして、どうやって対応するのさ……。レンだって言っていたじゃないか、全方位から攻撃されたら対処しきれねえって……」

 

 僕の指摘を受けてグッと唸るレン。それを見てグランが僕に問い掛けてくる。

 

「……今、背水の陣と言ってたね。君が知っているその陣形が、あの勇者殿の言っていた陣形と同じものだとしたら……、それはどういう陣形なんだい?」

 

 グランからの質問に僕は背水の陣について知る限りの事を話す。僕のいた世界で、過去の歴史に使用されていた兵法であり……、追い詰められた者たちの意識上昇を狙う事以上に、敵の油断を誘い、その隙をつく事に主眼を置いた陣形と実際に用いられた状況を伝え、何よりも兵法は相手に応じて使い分けて対応すべきものだと話したところで、

 

「……成程。そういう事ならば君が不安に感じるのもわかりますね……。崖の上からの襲撃なんて、恐らく彼は考えてなかったと思いますよ。もし万が一攻撃を受けたとして……、勇者殿たちは防げるかもしれませんが、貴方やレン、他の者たちはどうしょうもないでしょうね」

「……勿論、僕の知っている陣形と彼の陣形はまた違うのかもしれないし、僕だってこの世界にどういう魔法があるのかわからないから一概には悪手とも言えないけど……」

 

 僕はそこまで話すと漸く動けるくらいの体力が戻り……、なんとか立ち上がるとフラフラと歩きだす。

 

「お、おい……コウ、どうしたんだよ!?」

 

 レンの問い掛けに答えずに、僕はあのエビルカンガルーと戦ったところまで辿り着くと、

 

「…………ごめん、逃がしてやれなかった……」

 

 ……そこにはトウヤの魔法を受けて、黒焦げとなったエビルカンガルーが横たわっていた。恐らくは……僕と交戦し、ここに蹲っていた魔物だろう。約束、破っちゃったな……。

 

「……そのエビルカンガルーは、お前と戦っていた奴なのか?」

「……うん、子供を庇いながら必死に戦っているように見えてね……、打ち倒してここで死んだフリをしてろって……」

 

 僕を心配して付いてきたレンとグランにそう言うと、僕はエビルカンガルーの傍に座り込んでその様子を確認すると、

 

「子供が……まだ生きてるっ!」

 

 すぐさま親の袋から子供のエビルカンガルーを取り上げて、その状態を探ろうとしたものの、

 

「……まずい、どんどん息遣いが弱くなって……、このままじゃ……っ!」

 

 僕は『収納魔法(アイテムボックス)』を発動させて、そこに入れていた中級回復薬(ミドルポーション)を取り出して、すぐにエビルカンガルーに飲ませようとした。

 

「頼む、飲んでくれっ!これは危険な物じゃないから……!」

「…………コウ、無理だ。ソイツは、もう……」

 

 飲み込む力も無いのか、口元に中級回復薬(ミドルポーション)を持っていくも全く反応しないエビルカンガルーに、後ろで見守っていたレンは僕にそう告げる。

 そんなレンの言葉を振り切るようにして、中級回復薬(ミドルポーション)が駄目なら何とか別の方法をと思った時、確か自分が『魔法大全』を覗いた時にユイリから神聖魔法も覚えられると言われた事に気付き、

 

(それならここで、回復魔法を覚えれば……!昨日デスハウンドを倒してランクも上がったから、新たに魔法を覚えられる筈だ……。確か新しく魔法を覚えるには、使おうとする魔法がどのような原理で効力を発揮するのか、自分の経験と想像力を持って言霊を得るのだったか……)

 

 そこまで考えて、神聖魔法の、シェリルの使っていた『癒しの奇跡(ヒールウォーター)』を覚えようとして……僕はハッとする。そもそも、この世界で魔法により傷が癒える原理というものが、自分には全くわかっていないという事に……。人が元々持つ自己治癒力を強化して癒しているのか……、それとも、その名の通り神の奇跡によって超常的な力によって癒すものなのか……。それを理解していない以上、神聖魔法を使う為の言霊が浮かんでくる筈もない……。

 

 やっぱり神聖魔法をこの場で覚えるというのは無理がある。他の方法をと思ったところで、腕の中のエビルカンガルーの子供がどんどん弱っていくような、生命力が失われていくように感じ、僕は過去に飼っていたペットたちの死の瞬間と重ねてしまう……。

 

 

 

 

 

『おとうさん、おかあさん……ウサちゃん、しんじゃったの……?』

『お、お母さん、金魚さんが……、金魚さんが浮いちゃってるよ……!!』

『う、嘘……!脱皮、失敗しちゃったんだ……!昨日までは、元気だったのに……!』

『……誠に残念ですが……昨日お預け頂いたインコのぴーちゃんですが……』

 

 

 

 

 

 ……このままじゃ、コイツも死んでしまう……!その事が頭を過ぎりゾクッとして、中級回復薬(ミドルポーション)を飲めないならと、エビルカンガルーの身体に振りかける。直接飲ませる程の効力は無くとも、多少は効くはずだ。その1本が空になったら、すぐ次の中級回復薬(ミドルポーション)を取り出し、また振りかける。

 ……それでも、このエビルカンガルーの子供が回復してゆく兆しは見られない。

 

「……やめるんだ、コウ。残念だけど、その魔物の子はもう死んでいる……」

 

 何本目かの中級回復薬(ミドルポーション)を取り出し、振りかけようとした僕の腕をグランが掴む。……途中で、気付いてはいた。僕の腕の中で、静かに息を引き取っていたという事は。でも、僕は認めたくなかったんだ。その、事実に……。

 グランが掴んだ僕の腕がだらんと力を無くすいつの間にか流れた涙が、動かなくなったエビルカンガルーの子供にポタッと落ちる……。今まで飼っていた生き物たちの死と重ねて……僕は次々と流れる涙を、この沸き立つような強い感情を抑える事が出来なくなっていた。

 

「…………ごめん、ごめんよ……!」

 

 その亡骸を抱きしめ、僕はそう口にする事しか出来ない……。自分の無力さを、痛感せずにはいられなかった。

 グラン達のようにもっと自分が強ければ、上手くこのエビルカンガルーの親子を逃がしてあげられたかもしれない……。シェリルやジャンヌさんのように神聖魔法を使えれば、この子供だけでも救ってあげられたのかもしれない……。もし自分があのトウヤのような勇者ならば、そもそもこのような状況になる事を防げたかもしれない……。こんな、怯えて戸惑っているような魔物を虐殺するような行為を……!

 

 僕がそのように自分を責めていると、グランは僕の肩に手を置きながら「コウ……」と話し掛けてくる。

 

「……貴方のその生き物の死を……例え魔物であってもその死を悼み、涙を見せる事が出来る慈愛の心は素晴らしいものだと思うよ。だけどこのファーレルにいれば、こんな事は日常的に起こる事なんだ……。今日はモンスターだったけれど……次は僕たちかもしれない……、そんな世界に貴方はいる。だから厳しい事を言うようだけど……、割り切るんだ。でなければ……いつか貴方は壊れてしまう……」

 

 グランはそう言ってさらに続ける……。

 

「それに、ユイリ達やフローリアさんからも聞いていると思うけど……、モンスターは魔王が放つ『邪力素粒子(イビルスピリッツ)』によって動植物や無生物が変質したものだ。基本的に、魔物と僕たちは相いれない関係にある……」

「……だけど、この魔物は……!」

 

 彼の言葉に反論しようとして、その先を封じる様にグランは、

 

「勿論、全ての魔物が僕たちに対して敵対的という訳ではないですよ。そのエビルカンガルーも、こちらが縄張りを侵さなければ、あまり襲ってくる魔物ではないし、他にもそんなモンスターはいる……。でもね、邪力素粒子(イビルスピリッツ)に侵された魔物は何時僕たちに牙を向くかはわからない……。モンスターを使役する裏社会の職郡(ダーク・ワーカー)の魔獣使いだって、基本的には首輪をつけて管理していますから……」

「お前とシェリルさんが手懐けたあのアサルトドッグにも、恐らく彼女が『首輪』を付けていると思うぜ。それが魔物を俺たちが使役する為の最低限の条件だ。仮に懐いていたとしても、いつ邪力素粒子(イビルスピリッツ)に影響されるかわかんねえからな」

「……首輪って……」

 

 首輪と聞いてすぐ思い浮かんだのは、あの闇のオークションでシェリルに付けられていたアレを思い出す……。

 

「……簡単に言えばこちらに反抗する事が出来なくなる物ですね。当然ですが、シェリル嬢には了承して頂いてますよ。最初、貴方とシェリル嬢がアサルトドッグを連れてきたと聞いた時は耳を疑いましたからね……」

「それは俺たちもだぜ……。あの『地獄の狩人』を懐かせるなんて普通考えられねえからな。まぁそれはいい……、俺たちが言いたいのは、その事じゃねえ……」

 

 レンはそう言うと、僕の抱えているエビルカンガルーの亡骸へ目をやりながら、

 

「……こう言ってはなんだが、ソイツは死なせてやった方がいいのさ……。親を俺たちヒューマンに殺され……、一人でソイツが生きていく事は出来ねえ。親の仇である俺たちに心を開く事もねえだろうし、万が一生き残ったとしても俺たちに害を為すモンスターとなるのは間違いねえ。……こんな事はグランの言う通り日常茶飯事なのさ。だから、お前には慣れて貰うしかねえ……。お前からしてみれば勝手な事だとは思うけどな……」

 

 ……本当に勝手な事だとは思う。僕がこの世界に来てしまったのは、半ば事故のようなものだ。僕自身が望んでファーレルにやってきた訳ではない。だけど……、そんな事を言っても始まらない。何かが変わる訳でもない。それならば……、このファーレルにいる以上、出来る事を……ひとつひとつやっていくしかない。……二度と、こんな悔しいやりきれない思いをしない為には……。

 

「…………グラン、レン……。戻ったら……僕を鍛えてくれないか?僕は……強くなりたい……。僕の願いの為にも……二度とこんな無力さを味わう事のない為にも……!」

 

 ……今まで生きてきて、今日ほど自分の無力さに嘆く事は無かった……。幼馴染を亡くした時は、後悔があっても自身が何かできるという状況じゃなかったし、何よりシェリルがいたら死なせるような事もなかった。僕が、レンやグラン、トウヤくらい強かったら、もっと上手くやる事も出来た筈だ。

 

 僕の元いた世界だってそうだったじゃないか……。どの分野においても、言える事があった……。それが……弱肉強食の原理……。

 

 ……弱ければ何も守れない。弱いからこんな結果になったんだ……。このままじゃ、僕は元の世界に帰る前に命を落とすかもしれない……。シェリルを守ることも出来ず、レンやユイリ達と肩を並べて戦う事も出来ず……、良くして貰っている王女様やコンプレックスを取り除いてくれたジャンヌさん、お世話になっているこの国の人たちに何も返す事も出来ずに……死んでしまうかもしれない。そんなんじゃ……駄目だっ!!

 

 ギュッと握り締めた僕の手を見ながら、グラン達は応えてくれた。

 

「それは、まさに僕たちがお願いしたかった事ですよ。貴方に強くなって頂く事は『王宮の饗宴(ロイヤルガーデン)』でも急務となってましたからね。どうやってその気になって貰えるかという事で、今日の演習もその一環だった訳ですけれど……」

「本人にそう思って貰わなければ意味のない事だからな。なんだコウ、勇者としての自覚でも芽生えてきたってか?」

 

 その言葉にレン、と咎めるように言うグランに気にしてないと伝えつつ、

 

「……勇者は彼さ。さっきの力なんか、まさに勇者に相応しいものだったじゃないか。そうじゃなくて……勇者云々は別として……やはり強くないとそれだけで出来なくなる選択肢があると知ったから……。今日の件しかり、僕自身が元の世界に戻る為にも……強くなる必要がある、そう思っただけだよ……」

 

 改めて大変な世界に来てしまったな、と苦笑するしかない。最も、今までいた元の世界でも強さのベクトルが違うだけで弱肉強食の世界とも言えなくはないが……。それでは戻ろうかと話すグランに、

 

「グラン……戻る前に……この魔物を埋葬してやりたいんだけど……ダメかな?」

 

 僕のその提案に2人は何とも言えない表情を浮かべる。……そういえば昨日のデスハウンドやアサルトドッグの処理も、ユイリやシェリルが解体や魔法で念入りにしていたっけ……?

 

「……せめてこのエビルカンガルーだけでもダメかな?今日の自分が感じた無力さを忘れない為の自己満足ではあるけれど……コイツだけでも弔ってやりたくて……」

「気持ちはわかるが……モンスターをそのまま埋めるってのは無しだ。神聖魔法で邪力素粒子(イビルスピリッツ)を祓ったならまだしも、魔石も取り出さずに埋めたら間違いなくアンデットモンスターになっちまう……」

 

 ……やっぱり無理かな……?レンの言う事もわかるし、余り無茶を言う訳にはいかない。グランもレンに続く様に、

 

「そうだね……、魔石を取り出せば、大抵の魔物は原型を保てなくなるから、その前に肉や骨格、隠し持っていたアイテムを回収する事になっているんだ。コウの言うように埋葬したいなら、邪力素粒子(イビルスピリッツ)を祓える使い手を連れて来なくてはならなくなるけど……」

「だったら……自分にさせて下さい。自分は……神官戦士ですから……」

 

 別のところから聞こえてきた声に振り向くと、そこには先に戻った筈のヒョウさん達が現れる。驚く僕たちを余所に神官戦士と名乗った犬の獣人族であるポルナーレさんがエビルカンガルーのところまでやってくると、

 

「……邪力素粒子(イビルスピリッツ)を祓うのはこのエビルカンガルーだけでいいのかな?」

「あ……うん、この魔物だけでいいよ。大変だろうし、そもそも僕の我儘だから……」

 

 そう言ってポルナーレさんが言霊を詠唱し始める。ハリードさん達も遅れてこちらに歩いてきながら、

 

「……お主の事が心配でな。様子を見ておったんじゃが……話を聞くに人手もいるじゃろう?」

「然り、拙者らも手伝うゆえ……、この一帯の魔物全てとなれば……中々に骨が折れるで御座るな……」

「お前ら……、一体どこから聞いていたんだ……?まさか……」

 

 レンがやって来た彼らに詰問しようと詰め掛けるも、そこをヒョウさんが応える。

 

「……何も言うな、レン。今のは俺たちの胸に留めておく。……コウ、取り合えず魔物をこっちに集めればいいか?」

「う、うん……助かるけど、いいのかい?」

 

 僕としてはこのエビルカンガルーだけでもと思っていたんだけど……。チラリとこの中で一番権限が高そうなグランを伺うと彼も苦笑するように、

 

「……確かに骨が折れそうだね。でも乗り掛かった舟だ、早いところ終わらせてしまおう」

 

 その一声に僕たちは散らばって魔物たちを弔ってゆく……。僕の我儘に付き合ってくれる仲間たちに感謝しつつ、僕はエビルカンガルーを埋葬し、

 

(彼らに報いる為にも、もっと強くならないと……)

 

 そう強く意識を持つ。……先程ヒョウが何を聞いて胸の内に留めておいてくれたのかわからない程、僕は鈍感ではない。グラン達が僕に何を期待しているかという事も……。

 だから、僕はそれに応えるためにも、そして元の世界に戻る為にも、強くならなければならない……。

 埋葬したばかりのエビルカンガルーに誓うかのように、僕はそう決意を新たにして、手伝ってくれる仲間たちの元へ向かうのだった……。



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第24話:我慢していた不満

 

 

 

「……何処に行くつもりかしら?」

 

 僕が滞在している『清涼亭』の部屋より抜け出した僕を待ち構える様に、腕を組みながら睨んでいたユイリ。

 

「…………いくら何でも、気付くの早くないですかね……?」

 

 そんな彼女の姿を認めて、僕はお手上げとばかりにに両手を上げてユイリに話しかけると、

 

「……貴方、私の警戒網を甘く見ているの……?前に言わなかったかしら、貴方が部屋を出たり異常を感知すると、すぐに私の元に伝わるようになっているのよ」

「それはまた……。随分と優秀な警戒網で安心するよ……」

 

 僕やシェリルに対する安全は確保されているって訳か……。まぁ、その警戒網が優秀すぎて逆にこんな状況に陥っている訳だけど……。

 

「それよりも……、何処に行こうとしていたのか、まだ答えて貰ってないわよ、コウ」

 

 すぐさま厳しい詰問がユイリより飛んでくる。……別にやましい事をしようとしていた訳ではないし、正直に答えてしまうか。

 

「……ちょっと身体を動かそうと思って、その辺をランニングしようとしたんだよ。さっき、戻って来た時に言ったろう?少しでも強くなる為に身体も鍛えていきたいって……」

「そうね……、それで今日は貴方も疲れているでしょうし、明日からにしましょうと話も決まった筈よね?確か貴方も了承したと思ったけど……」

 

 すぐに退路を塞がれてしまった。……説得するのも骨が折れそうだし、こっそりと後で抜け出せばいいやと思ったとも言えず、曖昧な笑みを浮かべる僕。さて、どうしようか。なんかもう詰んでいるような気もするけど。

 

「貴方ね……、まだ自分が私たちにとって重要人物であるっていう事の認識が足りていないのかしら……。私、事あるごとに貴方に伝えてきたつもりなのだけど……」

「そうだね、僕に対して勿体ないくらいのVIP対応をしてくれているよね。大丈夫、わかっているよ、ユイリ。……僕よりももっとトウヤ殿にまわして貰ってもいいような気もするけど」

 

 ボソッと呟いた独り言のつもりだったけど、ユイリには聞こえてしまったみたいで、

 

「貴方が心配しなくても彼にもちゃんと対応させて貰っているから大丈夫よ。それで?何か言う事はないの?」

 

 仁王立ちしているユイリからそんな言葉が返ってくる。何か、言う事か……、素直に謝ればいいのか……?

 

「むむむ……」

「何がむむむよ……。まあ、私というよりも後ろの方にはきちんと話された方がいいんじゃない?」

 

 後ろの……かた?そういえば何か後ろから視線が……!?一つ思い至る事があり、恐る恐る振り返るとそこにはフードを被り外着の出で立ちをしたシェリルがシウスとぴーちゃんを従え、階段のところに立ったままジっと僕の事を睨んでいた。

 

「シ、シェリル……?」

「…………」

 

 返事もせずにただひたすらにこちらを睨んでくるシェリルに二の句が告げなくなり、その視線に耐え切れず目を逸らしてしまう。僕が視線を逸らすのを見て、彼女が僕の方までゆっくりとやって来ると、

 

「……何か言う事は御座いませんか?」

「…………ごめんなさい」

 

 思わず最敬礼で深く頭を下げてしまうくらい、今のシェリルは怖いと思った。声もいつもはある温かみが一切感じられず、本気で怒っているようで……、とてもシェリルの顔を伺えなかった。

 

「……コウ様の様子がおかしかったので少し席を外してみたら、まさか本当に出ていかれるなんて……。おちおち湯あみも頂けませんね……」

「いやあの、シェリル、さん……?」

 

 ……なんか話がおかしな方向に向かっているような……。あと、どうやら僕の態度から抜け出そうとしているのはバレバレだったらしい。

 彼女の次の言葉を慄きながら待っていると、

 

「ですので……今後はコウ様に置いていかれぬよう、常にコウ様から目を離さないように致しますから……」

「…………は、はい?」

 

 どうしてだろう、シェリルの言っている事の意味がわからない。

 

「これからはコウ様がお休みになられるまではお傍につきますから。またお湯を頂く際もコウ様と一緒に頂く事に……」

「ちょっと待って!?わかった!本当に僕が悪かったから!!それだけはやめよう?本当に取り返しがつかなくなるから……!」

 

 そんな事になったらいくら『鋼の意思(アイアン・ウィル)』を使ったとしても理性が持つはずがない。慌てて彼女を思いとどまらせようとそこで初めてシェリルの瞳を覗き込んで、気付く。

 

(あ……)

 

 彼女の美しく透き通ったエメラルドブルーの瞳からは、怒りの色だけでなく別の一面も伺えた。不安や憔悴……どこか悲愴感の色も見られ、若干潤んでいるようにも思える。彼女の心の内を訴えかける様な強い感情が、僕を見つめる瞳から読み取れるようだった。

 

「……ごめんね、シェリル……」

 

 シェリルの両肩に手を添え、今度は視線を逸らさずにきちんと彼女に向き合う。彼女の碧眼をしっかりと見据えて、

 

「まさか君をここまで不安にさせてしまうとは思わなかったんだ……。黙って出ていこうとした事は謝るよ。僕としては本当にちょっと身体を動かしたくて、外に出ようとしただけだったんだ。すぐに戻ってくるつもりだったし、それくらいだったら一々話す事もないかなって思ったから……」

「それでも……仰って頂かなければわからない事もあります……。わたくしは、コウ様ではないのですから……。もうわたくしには……家族も亡くしたわたくしには、貴方しかいないのです……。あの日、未来を考えられず絶望していたわたくしに手を差し伸べて下さったコウ様しか……。そのコウ様が黙って出ていかれて……わたくしは……!」

 

 彼女の瞳から涙が膨らんできているのをみて、思わずシェリルを抱き寄せ自分の胸に押し付ける。

 

「……これからは、ちゃんと君に話すようにするから……。自分の性分でね、どうしても今日の内に身体を動かす事から始めたかったんだ。君やユイリも反対していたし、説得も難しいなって思って……。それで出てきてしまったんだよ」

 

 思い立ったら今から始めろ。明日からと言っている奴が出来たためしがない。……厳しかった親父が口癖のように言っていた事が今では自分の習慣にもなり、やろうと思った事をすぐやらないというのはどうにも落ち着かなかった。ユイリやシェリルからも本日の外出は控える様に言われ、向こうの言い分も分かり説得は難しいと考えて、内緒で出てきてしまった訳だが、まさか泣かれるほどシェリルを不安にさせるとは思わなかった。

 自分の想像以上に彼女が僕に依存している事は懸念すべきではあるけれど、今それを言ってもはじまらない。あの闇オークションで彼女を落札したのは僕であるし、出来る限りの支援をすると言ったのも僕なのだ。

 

「……もう、このような事はなさらないで下さい……。不安で、どうにかなりそうだったんです。また、わたくしの傍からいなくなってしまうのかと……」

「約束するよ……。本当にごめん……」

 

 シェリルを抱きしめ慰めるように、透き通る絹のような金色の髪に触れつつそっと頭を撫でると、漸く落ち着いてきたようだ。自分の胸に押し当てている為彼女の顔は確認できないが、嗚咽は聞こえないし泣かせてはいないだろう。彼女の泣き顔なんて見たくないし、泣かせるなんて以ての外だ。

 足元には首輪を身に着けたシウスが控えていて、その双眸からは非難の色が見て取れた。シェリルを悲しませたことを講義するように僕を見るシウスに、悪かったよと謝罪すると、

 

「でも、どうして外に出ようとしたのよ……。貴方が強くなりたいと思ってくれている事は私にとっても異存はないわ。その為に身体を鍛えたいという事自体は歓迎すべきだとも思ってる。でも……今日は貴方も疲れているのでしょう?グランからも聖女様の神聖魔法による強制力に抵抗していた事も聞いているわ。そんな時に訓練をしても、いいパフォーマンスは得られないだろうし、一体どうして……」

「……それについては謝るしかないよ。気になったらどうしても行動しないといられないのは僕の性分だからさ……。まさか、シェリルをここまで傷つけるとは思わなかった。もう、勝手な行動はしないよ……彼女を泣かせたくもないし……」

 

 ……こうなった以上は仕方ない、ランニングは明日からにしよう……。そう思って部屋に戻ろうと彼女を促そうとした時、宿の食堂になっているところから声を掛けられる……。

 

「……話、纏まったか?」

「…………えっ?」

 

 その聞き覚えのある声に振り向くと、そこには声を掛けたらしいレンの他に、今日の演習に加え、魔物たちの埋葬を手伝ってくれたヒョウ達が滞在していた。

 

「どうしてここに……」

「見ればわかるだろ?コイツらとメシ食ってんだよ。……何故か俺が奢る事になっちまってるが……」

 

 麦酒(エール)が注がれたグラスを片手にレンが不服そうに答えると、

 

「なーに言ってやがる……。何度、今度奢るからっつって俺らを使ってきたと思ってんだ……。俺らとこうして呑んでんのだって、お前の『王宮の饗宴(ロイヤルガーデン)』入りが決まった際の打ち上げ以来じゃねえか……。おまけにあの時は俺らが出したんだぞ?なのにお前ときたら店の食材全て食い尽くしやがって……」

「……サーシャさんも苦笑してましたからね。レンの底なしの胃袋を考えて、多めに食材を用意して下さっていたのに……」

 

 その時の事を思い出したのか、苦笑いを浮かべながらそう話すポルナーレ。……この間の冒険者ギルド『天啓の導き』での一件でレンの大食いは知っていたけれど、まさかそれ程とは……。少なくとも彼と飲み食いする時は割り勘にした方がよさそうだ。

 

「コウよ、そちらの美しい御仁を、紹介しては貰えぬか?」

「そうで御座る、このような公の宿の入り口で見せつけてくれようとは思わなんだが……、その女性(にょしょう)は昨日城門でお会いした方で御座るか?」

 

 ハリード達がそう言ってシェリルの紹介をするよう促してくる。見れば食堂にいたお客さんも皆シェリルの美しさに当てられたのか、ほおっと魅入られているように此方を見ている事に気が付いた。

 

「皆様、はじめまして。わたくしはシェリル・フローレンスと申しますわ。彼と共に近頃、レン様方のおられるギルドに所属させて頂いております。本日は皆様方に大変お世話になったと伺いました。彼らに代わりまして、わたくしからも心より御礼申し上げます」

 

 何時ぞやの時と同じように身に纏ったローブの裾をつまみ軽く持ち上げて優雅に挨拶をすると、ますます周りは感嘆するようにシェリルを見つめているようだった。流石に他のお客さんの目もあるので、フードまでは下ろしてはいないものの、ヒョウ達に感謝を伝えるその姿勢は、彼女が生来持つ気品も相まって見る者を魅了するように感じる。

 

「あ、ああ……と言っても俺たちは特に力にはなれなかったですけど……」

「力になれなかったなんて、とんでもない事ですわ。本日は最後まで彼らの手助けをして頂いた聞いております。お陰様で、こうしてここにいる事が出来ているのです。あなた方には本当に、深く感謝致しますわ」

 

 そう言って心からの笑みを浮かべるシェリルに、なんとか返事したヒョウも真っ赤になって轟沈してしまった。その気持ちは痛いほどわかる。僕も彼女と過ごす様になって、1日に何度もその魅力にハッとさせられる事があるのだ。……夜は夜でなかなか眠らせてはくれないし……ね。

 ヒョウだけでなく、ハリードやペ、ポルナーレもシェリルに当てられてしまったようで、その雰囲気を破ったのは大分慣れたらしいレンだった。

 

「そうだよな、だから俺だけが奢るっていうのも変な話だ。だからコウ、お前も俺と一緒に折半しろ。それでいてコイツらに借りが返せるってもんだ!」

「……レン、貴方ねえ……。自分の貸し借りに他人を巻き込むのは感心しないわよ……」

「折半だったら……、別にいいかな?確かにヒョウたちには沢山世話になったし……。シェリルの言う通り、彼らが手伝ってくれなかったら、僕はまだ戻ってこれてなかったろうしね……」

 

 お金に関してはちょうどニックより通信魔法(コンスポンデンス)がきて、預けていた品物が大分捌けてその収入を送るという事で、ある程度は余裕がある……。この世界の銀行ともいうべき生活魔法の一種である『貨幣出納魔法(コインバンキング)』により、かなりの金額が入金されていた事もあり、それを彼らへの感謝として使う事は僕としても吝かではない。

 

「……なんでそこで認めちゃうのよ、コウ……」

「よっしゃ!折半だったら、俺も遠慮なく頼むとするか!」

 

 呆れたようなユイリの呟きを尻目に、僕もお金を払う意思がわかると予想通りの反応をするレンに、釘を指しておく事にする。

 

「……君が飲み食いした分については、折半ではなくレンが払ってよ?僕が折半するのはあくまで、君以外の分だからね?」

「なんでえ……、折角ここの料理を気兼ねなく楽しめると思ったのによ……」

 

 ……あのねえ、折半というのは僕に払わすという意味じゃないんだよ?そこのところ、レンはわかっているのかな……?

 そう思っていたら僕の後ろから声を掛けられる。

 

「あら、それなら少しサービスさせて頂きますよ!御贔屓にして貰っているユイリの連れて来られた貴方もお金を出すと言うのでしたらね!」

「え?君は……」

 

 その声に振り返ると、綺麗な朱色の髪を肩のところまで揃えたウエイトレス姿の女性が料理を乗せたお盆を片手に抱えて笑顔で立っていた。

 

「そういえばこうして顔を合わせる事はありませんでしたね。この食堂は利用されていなかったですし、初日に部屋に伺った際も既にお休みになられてましたから……。私はラーラ、この『清涼亭』のマスターの娘で……、今はこのように食堂でウエイトレスをしてます」

「ラーラさん……、先日は有難う御座いました。本当に、助かりましたわ」

 

 彼女の自己紹介ののち、隣にいたシェリルがラーラさんに頭を下げる。……先日?話し方からして初対面ではないようだけど、先日って事は……。

 そんな僕の感じた疑問に答える様に、

 

「……姫がこちらに来られて、貴方が椅子で眠ってしまった後、彼女に来て貰ったのよ。姫の外套の下はあの店で着さされていた衣装だけだったから、着替えを用意して貰ったの。……ベッドやなんかを手配してくれたのもラーラよ」

「おいおい……、ここに泊っていて彼女を知らないのかよ、コウ。『清涼亭』の看板娘、ラーラさんの笑顔を見る為に安くないこの店に通う客もいるってんだぜ……?客の相手は勿論、厨房にも入るし、部屋の整備もする……。そんな器量良し性格良しの彼女を知らないなんて、モグリもいいとこだぜ……」

 

 ……それは悪かったね。そもそも、器量はともかく、性格なんてそんなすぐにはわからないだろうに……。

 勿論、彼女の容姿も優れているし、綺麗というよりは可愛いって感じで、騒がれるっていうのもわかる。だけどこの世界にやって来て、今まで培ってきた美的感覚が次々と更新されてきてしまっているので、少し麻痺してしまっているのだろう。

 ……まして、その中でも美的レベルが飛びぬけているシェリルが近くにいるんだ。美人だから知っていて当然なんて言われても困る。

 

「お礼なんて大丈夫ですよ、シェリル様。むしろ、あんなものしか用意できなくて申し訳ないと思ってたくらいで……」

「様、なんて付けないで下さいな、ラーラさん。でなければ、わたくしも貴女の事をラーラ様とお呼びしますよ?……あのような刻限にお呼び立てしたばかりでなく、急遽色々揃えて頂いた上、今もこうしてお世話になっております事……、わたくしは忘れませんわ。このご恩は何時か必ずお返し致しますから……」

 

 シェリルのお礼を受けて謙遜するラーラさんを見て、知らないところで本当にお世話になっていたんだと知り、僕も彼女にお礼を述べる。

 

「そうだったんだ……。色々お世話になっていたのに挨拶もしていなくてすみません……。僕は……」

「コウさん、ですよね?ごめんなさい、ユイリのお客さんという事でどんな方なのかと気になっていたんです。王国よりスイートルームに滞在させるよう御達しが出て、シェリル様……シェリルさんをも従えていらっしゃる貴方に……ね」

 

 自己紹介をしようとする僕に被せる形でそのように話すラーラさん。それより……僕たちの滞在している部屋ってスイートルームだったのか……。まぁ、レンが一番いい部屋だと言っていたし、そんなところじゃないかと思っていたけれど……。

 

「……因みに、僕たちの部屋って一泊いくら位するものなのでしょうか……?」

「その辺りは気にされなくていいんじゃないかしら?もう既に王国よりユイリを通じて、代金は頂戴してますしね。先程のレンさんとの会話を聞く限り、コウさんって何となくその辺の事を気にされそうだし……」

 

 そう言う彼女に僕は苦笑いを浮かべる。事実、その通りだったからだ。この世界にやって来るまで、あくまで一般市民だった僕にとって、普段スイートルームだのVIP扱いだのは全く慣れないものだし……。

 

「……はい、どーぞぉ、おきゃくしゃまぁ」

「……え?あ、ああ、有難う……」

 

 そんな時、ラーラさんとの会話に割り込む形で、小っちゃな女の子がおしぼりを差し出された。如何にも一生懸命に渡そうとしている女の子からおしぼりを受け取ると、その子は隣にいたシェリルにも渡していた。

 

「はいっ!おねえちゃんもどーぞぉ」

「有難う御座います、リーアちゃん」

 

 シェリルがおしぼりを受け取り笑顔でお礼を返すと、えへへっとニッコリ笑うリーアと呼ばれた女の子。ラーラさんと同じ髪の色で、多分いつつかむっつ位の幼女で、恐らくは彼女の妹さんなのであろう。お姉さんを手伝っているといったところだろうか……。

 

「あー、またきてくれたんだぁ!おにーちゃんたちにもあげるぅ」

「ありがとよ、リーアちゃん。いつもわりいな」

「今日も可愛いで御座るな、リーア殿。見ていて本当に癒されるで御座る……」

 

 レンやペ……、ヒョウ達だけでなく、周りの客にもおしぼりを配っていく女の子。あの子も客から随分可愛がられているようだった。

 

「あの子はリーア。ラーラの妹で、両親や姉の手伝いをしようとああやって店に出てはお客さんに愛嬌を振舞いているの。少しでも姉たちの助けになれればって思っているんでしょうね」

「いやー本当に癒されるぜ。あんな子におにーちゃんなんて言われたらよ、また頑張ろうって気になるよなぁ。だからここには少し高くても足を運んじまうって訳だ。ラーラちゃんも可愛いしな」

 

 成程ね……。ユイリやレンの話を聞き、今までこの宿の食堂を使っていなかったからわからなかったけれど……、確かにあんな幼女が頑張っているのをみたら奮起しようと思うのもわかる。看板娘であるというラーラさんも店内を彼方此方まわって客の対応や妹のフォローをしているようだ。

 看板娘という点においてはあの『天啓の導き』のサーシャさんと同じく彼女目的でやって来る事は同じだとも思うが、パッと見たところラーラさんは17、18歳くらいで若く、美少女といった方がいいのかもしれない。おっとりとした美人という印象のサーシャさんと比べると、ラーラさんは活発な美女といったところか……。それを妹と二枚看板でこの高級宿の食堂をまわしている、という事だろう。

 

 ……それにしてもシェリルは兎も角として、レン達はおにーちゃんたちって呼ばれて、僕はおきゃくしゃま、か……。まぁ、おじさんと呼ばれなかっただけマシだが……。幼女におじさん、なんて呼ばれた日には、なかなか現実に戻ってこれなくなるからな……。

 実際に、仕事上お客さんの家を訪問したりして、小さな子供から初めて「おじちゃん」なんて言われた日は、ショックでその日は仕事に身が入らなかった事を覚えている。

 

「……と、ゴメンよ、ポルナーレ。考え事していて挨拶が遅れたね……。今日は有難う、君が魔物を祓ってくれたおかげで、ちゃんと埋葬する事が出来た……。それもあのエビルカンガルーだけでなく、結局殆どの魔物を祓って貰う事になって悪かったね」

 

 僕は犬の獣人族であるポルナーレの近くまでいくとそう彼にお礼を言う。続いて一緒に来ていたシェリルも挨拶しながらポルナーレの空いたコップにお酌してゆく。

 

「構わないよ、コウ。自分が勝手にした事さ」

「それでも……だよ。あれは、本当に僕の我儘だったのに……」

 

 このファーレルという世界において、魔物の墓を作る、という事は推奨されていない事は教えられている。倒した魔物は速やかに解体して、魔石も抽出し回収するという事が普通であるとも……。それなのに、弔ってやりたいという僕の希望を叶えてくれたのだ。神官戦士だった彼があの場にいなければ、それは出来ない事だったから……。

 

「全くだぜぇ、コウっ!ま、こうして奢って貰ってんだから文句はねえけどよっ」

「ほっほっほっ……、何を言うか、ヒョウ。元々文句も何も無かったじゃろうに……。主が特に率先して手伝っとったではないか」

 

 僕の肩に腕をまわしてきたヒョウと、ハリードがやって来る。ハリードの指摘を受けて、うるせえ、と彼に返していると、

 

「ヒョウ様に、ハリード様ですね……。本日はお疲れ様でした。どうか、わたくしにお酌させて下さいませ」

「こ、これはどうも……。貴女のような方に酒を注いで貰えるとは……!」

 

 柔らかい微笑みを浮かべながらお酌するシェリルにヒョウは真っ赤になっているのを見ていると、そっとポルナーレが囁くように話しかけてくる。

 

「……コウ、君は気付いていますか?彼女の、あの様子を見て……」

 

 シェリルが背の小さなハリードにも同じようにお酌をしているのを見ながら彼に続ける。

 

「……隠されていますが、彼女はエルフですよね?貴方は知らないかもしれませんが、本来エルフとドワーフは相容れない関係なんです。ハリードはあまりその辺の事は気にしてませんが……、シェリルさんの方も僕たちと同じように彼に接しています……」

「そうなんだ……、うん、勿論わかってるよ、ポルナーレ……」

 

 ……ここまでくれば流石にわかる。いや、もっと前からそんな気はしていた。最初は僕の自意識過剰からくる勘違いだろうと思うようにはしていたけれど……、先程の彼女とのやりとりに加え、シェリルの僕に対する様子は単純に使用人が主に尽くす……というものだけではない。ポルナーレに言われるまでもなく、今の彼女の様子からもそれは伺える。

 僕がヒョウ達に挨拶する為に席を立つと、シェリルも静かに立ち上がり僕に付いてくる。僕の代わりに麦酒(エール)を抱え、僕が彼らに挨拶すると、会釈をしながら空いたコップに手にした麦酒(エール)を注いでいく……。

 シェリルは常に僕の傍に控え、お酌をするのも基本的に仲間であるレンや、僕が挨拶する人に限定している。……まるで、人前で夫を立ててくれる妻であるかのように……。彼女の一挙手一投足を見ている人たちからしてみれば……それがわかってしまうのだろう。

 

「……どうかなさいましたか?」

 

 お酌を済ませ戻ってきたシェリルが、僕の顔を見てそう問い掛けてくる。……人前では僕を普段のように「様付け」では呼ばないシェリル。それは、出来るだけ目立たないようにしようとしている僕を気遣っての事なんだろう。気品があり、高貴な雰囲気を印象付ける彼女が、僕を様を付けて呼べば否が応でも注目されてしまうだろうから……。

 

「いや、何でもないよ……、じゃまた、ポルナーレ……」

 

 可愛く首を傾げるシェリルにそう答え、彼女の気遣いに感謝しながらもポルナーレたちに挨拶する。

 

「貴方がレンと同じでなくて良かったですよ。それではまた……」

「ほっほっ……、わざわざありがとうよ、お二人さん」

 

 ……彼女が僕に傾倒してきている事は、いずれ元の世界に戻る事を考えれば、あまり歓迎できるものではない。もうこれ以上ないくらい魅力的な女性が自分に熱中してくれるというのは、凄く嬉しいし、それに応えないという事は普通考えられない。

 初めてあのオークション会場でシェリルを見た時に、一瞬で心を奪われたのも事実だ。こうして一緒に行動して、彼女の事を知って僕自身ますますシェリルに惹かれてきている事もある。しかし彼女に惹かれれば惹かれる程、これ以上傾倒しない様に理性が僕にストップをかける。……元の世界へと戻る別れの時に、離れられなくならないように……。

 

 そんな事を考えながらシェリルを連れて元の席へと戻り、彼女が注いでくれた麦酒(エール)をチビチビとあおいでいると、

 

「ん……どうしたよ、コウ。あまり食が進んでねえじゃねえか?」

「ああ、レン……。そんな事はないよ、ちゃんと頂いているさ」

 

 僕たちの席までやって来たレンがそう言ってくるのを返す。そりゃあ、レンを基準にされたら、食が進んでいないように見えるだろうさ……。

 

「それにしたってよ……。昨日の『天啓の導き』でも思ったが……、お前食が細いのか?そりゃあフールが補ってくれっから、問題ねぇっちゃそれまでだけどよ……」

「フールって……ああ、栄養素があるっていう味を感じないアレか……。まぁ大丈夫さ、僕なりには楽しんでいるから」

 

 まさか米が食べられなくて食傷気味になっているとは言えず、苦笑しながらレンにそう話すと、

 

「……基本的にわたくしたちはお部屋で食事を頂いておりましたが……、余りお召し上がりなられておりませんよね?わたくしも気になってはいたんです」

「まぁまだ2、3日の話だから様子を見ようって思っていたんだけど……、何か苦手なものでもあるの?それともこちらの料理はあわないかしら?」

「そうね……男性の方にしたら、食が細いわよね……。何か食べたいものでもあります?出来るだけリクエストには応えるようにしますけど……」

 

 僕たちの話を聞いていたシェリルが口にした事を皮切りに、ユイリやラーラさんまでも次々に話しかけてくる。

 ……シェリルやラーラさんは兎も角、ユイリは勇者の管理しなければならないという事もあるんだろうな。そういえば僕と一緒に召喚された勇者殿はどうなのだろう。僕と同じように、食傷ぎみになっているのではないだろうか。

 

「リクエストか……、その前に1つだけ聞いておきたいんだけど……。ユイリ、僕と一緒にやって来た『彼』は食についてはどうしているのかな?僕と同じようになっていない?」

「彼?ああ……そうね、彼は初日こそ殆ど口にしなかったようだけど、今では何処からか白い食べ物を取り出して一緒に食べてるって言っていたわね……。食べてみたリーチェが言うには、不思議な味でどこか病みつきになりそうって話だけど……」

 

 気になった僕は試しにそうユイリに訊いてみると思わぬ回答が飛んできた。白い、食べ物……?それって思いっきり米の飯って事じゃないの……!?トウヤは、それを食べているって事なのか……!?

 

「そ、それって御飯の事だよね!?どういう事!?この世界にもお米ってあるの!?」

「いや、わからないわよ!貴方の言うお米って……和の国の一部で食べられているっていうあの米の事……?リーチェの話だと、そのような物じゃなかったようだけど……白い米なんて聞いたこともないし……」

 

 ……ユイリの話から察するに、一応このファーレルにもお米自体は存在する……という訳か。どうも、僕の知っているお米ではないようだけど……。そして、トウヤはどういう手段かはわからないけど、お米をこの世界に持ち込んでいるという訳なのか……?今日のあの拳銃といい……一体どうやって……?何か特殊な能力(スキル)でも持っているのか……?

 

「えっと……貴方もその……食べたいの?そのお米っていうものを……」

「……でしたら取り寄せないといけませんね。流石に『清涼亭(ウチ)』でもお米はありませんし……。そもそも和の国に問い合わせて貰ったとしても、手に入るかはわかりませんけど……」

 

 そう言って考え込むラーラさんに、

 

「いや、大丈夫だよ……。でも、そうだね……もしリクエストにのって貰えるなら……この肉を唐揚げにして貰えませんか?少し脂っこいものが食べたくなって……」

 

 正直にいうと、このファーレルで出される肉は生に少々火を通すものしか出て来ない……。レア……というには生焼けに近いもので、それに塩と胡椒なんかを申し訳程度にかかったもので出される……。最初に食べた際に見事に腹を下し……シェリルの神聖魔法によって治療して貰ったのだ。魔法があるこの世界において、食中毒というものは余り怖くないのかもしれないが、それにしたって腹を下す事に慣れようとも思わないし……。

 僕がそう思っていると、僕の注文を受けたラーラさんが何処か困惑したような様子で考え込んでいるのに気が付く。

 

「あの……、カラアゲ、というのは……どういうものなのでしょうか……?」

「えっ……?いや、肉を一口大の大きさに切り分けて、塩や胡椒なんかの調味料で下味を整えて……、小麦粉で衣をつけて油で揚げるものですけど……」

 

 パンはあるから小麦粉はこの世界にもあるだろうし……。ラーラさんからのまさかの問い掛けに僕がそのように説明しても、彼女は今一つピンときていない様子だった。……まさかこの世界には唐揚げも存在していないのか……?

 

「……肉に、小麦粉を……?それに火をかけて……?ユイリ、わかる?」

「……私も聞いた事ないわね。肉、といったらこの料理のようなものしかピンとこないけれど……」

 

 ……この世界に唐揚げ、いや揚げ物自体ないのかもしれない。少なくとも唐揚げは存在しない事がわかった。それどころか、肉の食べ方自体、このように生に近い状態で食べる方法しかないのだろう……。

 レンも言っていたが、この世界には栄養素を補えるフールという物も存在するし、余り『美食』という観点は考えられていないように感じる。最悪栄養を接種出来なかったとしても、神聖魔法で幾らでも何とか出来そうだし……。『栄気偏り』とかいう、控えめに言って肥満という状態も異常と見なされて神聖魔法で治されてしまうくらいなのだ……。

 

「えっと……材料があるのなら部屋で作ってこようか……?確かあの部屋に台所も備え付けてあったようだし……」

「いえ、それでしたら厨房を使用して構いませんよ。正直どんな食べ物か興味がありますし……」

 

 美味しかったら清涼亭(ウチ)の看板メニューになるかもしれませんし……、そう商魂逞しい事を漏らすラーラさんに苦笑しながらも、僕は席を立つ……。

 

 

 

 

 

 ……ラーラさんの許可を得たとはいえ、素人の僕を厨房に入れて大丈夫なのかとも思ったけど、意外とすんなり入れて貰えた事に拍子抜けしまう僕。清涼亭の料理長……、ラーラさんやリーアちゃんのお父さんも、唐揚げという物に興味があるようで、他の料理人さんも含めてかなり注目を浴びているような気がする……。

 

「色んな種類の肉がありますね。これは全部モンスターの肉なのかな……?出来れば鳥系の肉を使って、と……。塩、胡椒は良しとして……あと、ハーブはありますか?」

「ハーブって……薬草のこと?厨房にはないけれど……いくつか取ってきますか?どんなハーブがいいのかしら?」

 

 どんなハーブって……、バジルとか言って通じるのかな……?

 

「……何て言えばいいんだろう、少し爽やかな香りがある香草?程よい辛さと甘さが楽しめるようなハーブがいいんだけど……」

「……取り合えずいくつか見繕ってみるわ。少し待っていて」

 

 そう言って厨房をあとにするラーラさんを尻目に、僕は厨房内を一通り確認していく。

 

(……調味料が少ない。塩に胡椒……、これは、醤油かな?一応、味噌のようなものはあるけれど、あまり使われている様子もないし。……当然マヨネーズやケチャップといったものも無さそうだ……)

 

 思っていた以上に少ない調味料に人知れず嘆息すると、置かれていた肉切り包丁で、一口サイズの大きさに切り分けてゆく……。その際に肉の軟骨や骨の欠片を取り除いていると、

 

「何かお手伝い出来る事は御座いませんか、コウ様?」

「折角だから私も手伝うけど……、何をすればいい?」

 

 そこに、厨房まで付いてきたシェリルとユイリからの申し出に、ニンニク、小麦粉を用意して欲しい旨と、底の深いフライパンに油を多めに指しておいてと伝える。

 ……そこからがまた大変だった。まず、ニンニク、生姜というものがここには無いという事が発覚し、ラーラさんが持ってきた色々な種類のハーブの中より、いくつか刺激が強そうなものを探し醤油も混ぜて下処理に加えたり、ユイリが用意してくれたフライパンの油の量が少なく、加算したら油が飛ぶから危険と言われたり、下処理した肉に小麦粉をまぶしていくのを奇異な目で見られ、さらに調理台を点火しようとしたがスイッチが見つからず、結局生活魔法が必要という事でシェリルにやって貰ったりと……。

 

 さんざん思考錯誤した結果、なんとか唐揚げらしきものが完成し、味見役としてレンが実食する運びとなった。……下処理した肉を時間を掛けて置いておく事が出来なかったし、未知の材料を使った事から、味がどうなっているか不安はあるものの、こうなっては考えていても仕方がない。取り合えず見てくれは唐揚げだ。

 

「……じゃ、食ってみるぜ」

 

 初めて見るであろう食べ物に、レンは恐る恐るといった感じでフォークを突き刺し、口元へと持っていく……。そしてそれを口に放り込み咀嚼すると、

 

「う、美味え……!あんなに火を通して肉が台無しになっちまったかと思ったが……、濃厚な肉汁が口の中で蕩けて……!もっと持ってきてくれっ!こんなんじゃ足りねえよっ!」

「おい、待てレンっ!俺にも食わせろっ!!」

 

 レンが次から次へと唐揚げを放り込むのを見て、ヒョウが横から唐揚げを摘んで口にするとやはり絶賛された。そうなると、ハリード達や、経緯を見守っていた周りのお客さんも1つ、また1つと唐揚げを口にしていき……、気が付けば多めに作った唐揚げが全て無くなってしまった。

 

「いや、まさかあんな調理法があったとは……」

「それにしても驚きね……、貴方にこんな料理の技術があったなんて……」

 

 料理長さんやユイリの驚きを隠せないような言葉を受けて、

 

「……料理技術という程のものじゃないさ。一度見れば誰でも作れるようなものだし……作り続けて、調味料も色々組み合わせていけば、さらに美味しく作れるようになると思うよ」

 

 そう言いながら僕は傍にあった調味料を手に取る。この世界の人たちが最低限しか活用していなかった調味料……。味噌なんて、単純に皿に盛ってそのまま食べられていたようだし……。

 

「コウッ!お前の作った『カラアゲ』ってヤツ、ホントにうめえよっ!!もっとねえか!?これじゃ満腹には程遠いぜっ」

「レン……、いくらラーラが今日の代金はいいって言ったからって、それくらいにしておきなさいよ……、本当ならそんなにガツガツと食べられるところじゃないのよ?ここは……」

 

 使用されている材料も比較的高価なものだし……、そう呟くユイリ。確かに厨房に置かれた食材自体は豊富で、飲み物も温度管理されているらしいワインセラーのようなところに数多く納められていた。

 

「ユイリさん、我々は構いませんよ。コウさん、もし宜しければ他の料理も教えて頂けませんか?」

「他の料理……ですか」

 

 料理長さんからのまさかの提案に、僕は厨房を見渡してみる。

 

「……香草焼きなら出来るかな?折角ラーラさんにハーブを持ってきて貰ったし、様々なお肉もあるようだしね……」

「こうそうやき……?」

 

 訝しむ面々を他所に僕はいくつかの肉の状態を確認していき、その中で馴染みのある豚らしき魔物の肉を見つけて、料理人さんに使わせて欲しいと頼むと、

 

「火を起こしますか、コウ様?」

「お願いするよ、シェリル。それと、出来上がった料理にあうようサラダを用意して貰いたいな」

 

 まぁ、ドレッシングもないから生野菜がそのまま出てくるようなサラダだけどと苦笑しながらシェリルに頼み、取り分けて貰った肉に香草を何種類か選び、フライパンに添える。

 

「でも、肉をそこまで焼くなんてね。黒焦げにして肉が台無しになっちゃうかと思ったけれど……」

「……僕の世界では肉に火を少し通した程度で食べるなんて事は出来なかったからね。食中毒になっちゃうしさ……。この世界では魔法なんかで何とでもなるんだろうけど……」

 

 ウェルダンとまではいかなくとも、ミディアムくらいにはしたいところだが……、この世界の人たちは生肉に慣れているみたいだから、レアにした方がいいかな……?普段はミディアムにするから焼き加減には気を付けないと、と考えながら僕は肉を焼いていく。ここのところ仕事の帰りも遅く、夜は帰ってもそのまま寝るなど、最近あまり料理をしていなかったから大丈夫かとも思ったが、順調にいっているようで香草の香りも漂い、いい匂いがしてきた。

 

「しかしハーブを料理に使うとは……。とても私には考えられなかったよ」

「これは母から教わりました……。最近は料理も出来合いの物を買ってくる事が多くて、殆ど料理もしてなかったんですけどね……」

 

 僕の作業を横で見ている料理長さんにそう答えながら、僕は母親に料理を習っていた事を思い出す……。調理師免許も持った母には、数多くの料理を習ったものの……、僕自身はあまり料理を作る事は好きではなかった。最初は包丁を使う事も火を使うのも怖かったし、そんな自分が何とか作る料理よりも母の料理の方がはるかに美味しいのだ。一応作り方だけは覚えようとはしたし、一人暮らしになった際には自分で料理もするようになったが……、やはり母の料理は恋しくなる。

 

(本当なら、あと数日で実家に帰っている筈だったんだけどな……)

 

 お袋の味、ともいうべき料理の数々は勿論だが、その中でも母の作るハンバーグはそのソースも含めて小さい頃から大好きだったご馳走だ。それにお店で食べた料理も、美味しければ自分でそのレシピを分析して、再現してしまうという事もでき、今でも母のレシピのレパートリーの中で食べたい料理は多い……。そんな母の手料理の事を、それを作っている母の姿を……、自分がこうして料理を作っていると思い出してしまい、僕の脳裏を次々とよぎっていく……。

 

「コウ様?……どうか、なされましたか……?」

「……ああ、ごめん。何でもないよ」

 

 心配そうに声を掛けてきたシェリルにハッと我に返る僕。いけないな、少しホームシックぎみになってしまっていた。気を取り直して僕は肉の焼き加減を確認していく。うん……そろそろいいかな……。

 

 シェリルに手伝って貰いながら、完成した豚肉もどきの香草焼きを皿に盛りつけていき、一緒にサラダも添える。そのまま出すというのも味気ないので、塩や果物の果汁を振りかけて味をつける。そうして腹を空かせているレンに持っていくと……、

 

「うめえよっ!!香りも食欲を掻き立てるし、焼いた肉がここまで美味いとはな……っ」

「おい、レンっ!!お前ばっかり食うなって……!」

「拙者にも食べさせるで御座る!!」

 

 いーや駄目だ、俺が全部食う、なんて言ってレン達が取り合いしているのを苦笑しながら眺める僕に、料理長たちが自分たちも同じように作るから見ていて欲しいと言ってくる。

 ……まさか僕が料理の事で本職の人たちに教えてくれなんて言われるとはね。香草焼きの料理も好評で、他のお客さんにも振舞う為に料理人たちが僕のやっていたやり方を真似するように作っていくのを見ながら、元の世界では考えられないなと思う。

 

(……母さん。母さんが教えてくれた料理……、役に立ったよ。まさかの異世界でだけど、ね……)

 

 こうして母の事を思い出すと、元の世界での事が思い出されて一日でも早く帰りたくなってくる……。病気がちの父の事も心配だし、何より急に居なくなった僕の事に気を病んでいるに違いない……。

 

(……駄目だ、その事はあまり考えないようにしないと……。考えても今すぐ如何にかなる訳じゃないし、それにまたシェリルにも心配させてしまう……)

 

 こうしている今だって、王女たちが帰還の為の方法を考えてくれているだろうし、自分が出来る事をやっていっているという自負もある……。その為にも強くならないといけないと本日思い知り、それがいつか元の世界に戻る時の力になってくれると信じている……。そう思いなおし、感傷に浸りそうだった自分を奮起して気分を切り替える。

 

「……大丈夫そうですね、あまり元気がないようでしたので少し心配でしたが……」

「……よく見ているね、シェリル……。ああ、僕は大丈夫さ」

 

 僕を伺いながら柔らかい笑みをたたえているシェリルに、内心本当によく見ているなと舌を巻きながらそう答える。自分の事を心配してくれる彼女に感謝しながら、料理長たちの様子を伺っていく……。

 

 ……こうして『清涼亭』の新しい料理は大好評のまま幕を閉じる。レン達は勿論、その場に居合わせたお客さんから話が広がってゆき……、唐揚げも香草焼きを求めて沢山のお客さんが殺到し、さらに味噌汁など新たな料理も提供していった結果、僕はこの『清涼亭』の名誉料理人として、何時でも厨房に入れるという有難い栄誉を得る事となった。お陰で、僕とシェリル……、さらには僕らを紹介したユイリの宿泊費、並びに食費が永久的に無償となり、宿に滞在している時は料理人から教えを請われるという状況に……。

 また僕の料理の病みつきになったレンが、味見役と称して特訓が終わった際にそのまま清涼亭に入り浸る事となり……、後日それを聞きつけたサーシャさんが、彼の胃袋を掴みたいと僕に料理の教授を請うようになるのだった……。



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第25話:特訓の成果

 

 

「さあて……、じゃあかかって来いよ、コウッ!」

「ああ、今日は勝たせて貰うからね……、レンッ!」

 

 王宮内にある修練場の武舞台にて。何処か挑発するようなレンに対峙しながら僕は決意も込めてそう答える。各人との模擬戦は1日1戦という事になっているから、もう20戦目くらいにはなると思われるレンとの対戦……。

 自分の無力さを痛感し、強さを身に着けようと決意したあの日より、王城ギルドの依頼(クエスト)をこなしながら修練を重ね、この世界について色々と知識を深めてきた。レンだけでなくヒョウやハリード達、そしてたまに交流の為にやってくる冒険者ギルド『天啓の導き』所属の顔見知りとなった、ジーニス、ウォートルとも模擬戦を行い、それぞれがどのような戦い方をするのか、どんな能力(スキル)、魔法を使うのかが大分把握出来ている。

 ヒョウやジーニスたちには勝ったり負けたりしているが、流石というべきかレンには一度しか勝つことが出来ていない……。その一度の勝利も、彼があえて重力魔法(グラヴィティ)を受けてみての勝利なので、正式には勝ててはいないともいえる。

 ……因みにユイリとグランとも一度だけ模擬戦をして貰ったのだが……、あっさりと勝負がついてしまい、もう少し戦えるようになるまでは再戦は控えている……。

 

「じゃあ、2人とも準備はいい?……それでは、はじめっ!」

 

 審判役のユイリがそう宣言して、僕とレンはお互いに戦闘態勢に入る……!

 

「……我が身に流れる時の流れを研ぎ澄まし給え……『加速魔法(アクセラレート)』!!」

「チッ……、早速使ってきたか……!」

 

 舌打ちするレンを余所に、僕は加速効果をその身に付与させる。最近覚えた新しい魔法だ。以前、シェリルが掛けてくれた『全体加速魔法(アーリータイム)』の個人バージョンといったところだろうか。既に自身に掛け続けている重力は解除しており、こうすることで敏捷性に関してはレンよりも素早く行動できるようになる。

 

「行くぞ、レンっ!」

 

 その掛け声とともに僕は剣を構えたレンの元へ疾走する。重力魔法から解き放たれ、加速効果を受けた僕のスピードは元の世界の100m世界王者のそれよりも遥かに早く、それゆえに目にも止まらぬ速さで彼に迫っているのにも関わらず、レンには僕の動きが捉えられているようで、

 

「そこだっ、『地烈閃斬(アーススラッシャー)』!!」

「うわっ、と……!」

 

 レンより放たれた地を這うような斬撃に何とか跳躍して躱すも、

 

「……前に言わなかったか?空中に避けたらただの的だとよ……!」

「や、やばっ!」

 

 空中に躱した刹那、彼から忠告じみた言葉が聞こえ……、そして剣を振りかぶるとレンはトドメとばかりに僕に向かって斬撃を放つ。

 

「今日はあっけなかったな……『弧月閃斬(ムーンスクレイパー)』!!」

 

 三日月の弧を描くような綺麗な袈裟切りが僕に迫り、切り裂いた……かに見えた。

 

「な、なんだとっ!?」

 

 僕に当たったように見えた剣閃が空をきり……、驚愕しているレンの隙をつくような形で、僕は地を蹴り、レンに向けて突進しながら剣技、『疾風突き(チャージスラスト)』を繰り出す。

 

「うおっ!?あぶねっ!!」

「!躱されたかっ」

 

 レンは疾風突き(チャージスラスト)を紙一重で躱すと、同時に僕から距離をとるように離れた。

 

「……まさか残像を作り出すなんてな……やるじゃねえか!」

「くっそー……、今のは決まったと思ったのに……」

 

 再び剣を構えながら感心したように言ってくるレンに僕は悔しさを滲ませる。重力を解き放ち、加速の有利効果(バフ)を得た僕の敏捷性ならば、一瞬だけ残像を作り出す事が出来る旨をユイリから教えられ、試してみて成功したところまでは良かったのだが、レンから一本とるまでは至らなかったようだ……。

 あれで勝てないとなると……。僕は少し考え、ある魔法の詠唱に入る……。

 

「おっと、『重力魔法(グラヴィティ)』は唱えさせねえぜ……!レイヴンソードっ!!」

 

 レンはそう言うと自らの手にする魔法剣、『レイヴンソード』の力で衝撃波のようなものを飛ばしてくる。今の僕がレンから一本をとれる恐らく唯一の手段、重力魔法(グラヴィティ)を使うとみてその妨害に動いたのだ。

 

「……大地よ、我が呼び掛けに応じ彼の者への礫とかさん……!『石礫魔法(ストーンショット)』!」

 

 僕はレンから放たれた衝撃波を避けつつ、魔法を完成させる。『重力魔法(グラヴィティ)』よりも詠唱時間の少ないその魔法は、修練場内の小石や破片に干渉して浮き上がらせると、四方よりレンへと殺到するように襲い掛かった。

 

石礫(いしつぶて)かっ!?くそっ……!『円空陣』!!」

 

 襲い来る石の礫から身を守るべく彼は防御技と思しきものを発動させる。レンへと殺到した小石や破片が、見えない刃のようなもので斬り払われ、無効化されてゆく……。しかし、僕はその間に本命の魔法、重力魔法(グラヴィティ)の詠唱を完成させた。

 

「……此の地に宿りし引き合う力、その強弱を知れ……『重力魔法(グラヴィティ)』!!」

「グッ……しまった……!」

 

 円空陣を使用した反動なのか、僕の詠唱を妨害する事が出来ずになす術もなく重力魔法(グラヴィティ)を受けるレン。今その身体には、強い重力が掛かり身動きもままならないだろう。

 

 

 

 NAME:レン

 RACE:ヒューマン

 Rank:108

 

 HP:303/329

 MP:32/37

 

 状態(コンディション)戦闘時自動回復(バトルヒーリング)、重力結界

 

 

 

 念のため評定判断魔法(ステートスカウター)で必要な情報だけを確認すると、やはり重力に苛まれている事がわかる。この機を逃す手はない!僕はミスリルソードを握り締めるとレンの背後へと回り込み、攻撃を再開する。それでもレンは僕の剣撃を防いでいたが、やはり動きが鈍く隙が生まれて、その喉元に剣を突き付けられる形となった。

 

「そこまでっ!この勝負、コウの勝ちっ!!」

「やっ、たぁーっ!!ついに、レンから一本とったぞっ!!」

「ちっ……くしょおーっ!負けたぁ……っ!!」

 

 審判をしていたユイリが判定を下し、僕とレンの声が修練場に響き渡る。僕の重力魔法(グラヴィティ)を警戒し、それを使わせないようにしたレンを抑えての勝利……。事実上の初勝利であり、漸くレンに勝てたという喜びが抑えきれないっ!

 

「おー、ついにレンから一本とっちまったか……!」

「まだひと月も経っていないというのに……、随分と優秀ですね……」

 

 レンとの模擬戦を見守っていたポルナーレたちが話している言葉が聴こえる。それを聞いたレンが、

 

「いや!また明日からは俺が勝つぜっ!今日のはたまたまだ、た・ま・た・まっ!!」

「……大人げないのう、お主も認めておるだろうに……、あやつの成長は……」

 

 それとこれとは話は別だ、と喚くレン。1日1試合の為、再戦は明日となるが……、この分だと明日からはまた一段と厳しい試合となるだろうな……。

 因みに1日1試合というのはユイリやガーディアス隊長の決定である。そうした方が一戦一戦に身が入りやすくなり、成長効率も良いとの事で……、実際に体験してみてその通りだと思った。1日1試合しか出来ないからこそ、勝つために知恵を絞り、最善を尽くすようになって……、それが飛躍的な成長につながっていくのだ……。

 

「お疲れ様です、コウ様……。レン様もどうぞお使い下さい」

 

 そこに控えていたシェリルがやって来て、僕らにタオルを渡してくれる。

 

「ありがとう、シェリル……」

「ああ、助かるぜシェリルさん……!コウ、明日は覚悟しておけよ、今日のようにはいかねえぜっ!」

 

 闘志をむき出しにするレンに僕も負けじとそれに応え、

 

「負けないよ、レン!折角勝ちパターンが掴めたんだっ!そんな簡単にやられてたまるもんかっ!!」

「言ったな!?俺だってお前がどういう風に攻撃してくるか掴めたぜっ!明日勝つのは俺だっ!!」

「フフッ、勝気なのは大変結構ですけれども……、お二人とも、それくらいになさって下さいな。ユイリが困っておりますわよ?」

 

 小さく笑いながらそう言ってくるシェリルの言葉にユイリの方を伺ってみると、いつまでも武舞台から立ち去らない僕たちにイライラしている様子が見て取れた。

 

「貴方達ねえ……いい加減そこから降りてくれないと片付かないでしょうが!!この後も模擬戦は控えているのよ!?」

「あ、ああ……すまねぇ、ユイリ……」

「す、すぐに降りるよ……」

 

 彼女の剣幕に、僕たちは慌てて武舞台から降りる。それを見てユイリは全く子供みたいなんだから……、と文句を言いつつ、生活魔法の中の『再現魔法(リアピアランス)』を詠唱して、武舞台を元の綺麗な状態に戻してゆく……。確かにレンの剣圧で抉れた地面や、小石やら破片やらが散乱したあの武舞台では、次の試合は行えなかっただろう……。

 

 そんな時、修練場の扉が開いて誰かが入ってきた。

 

「……へぇ、レンを破る、か……」

 

 そう言ってやって来たのは銀髪に薄い水色の瞳をした美青年……、同じ王城ギルド『王宮の饗宴(ロイヤルガーデン)』のメンバーでもあるグランだ。

 

「あら、グラン……、今日は飛翔部隊での演習訓練があるって聞いていたけど……」

「その筈だったんだけどね……、それぞれに任務が入って、結局明日に延期する事になったんだ。それでちょうど任務も終わって、折角だからレンとでも模擬戦をしようと思ってここに来たんだけど……」

 

 武舞台を整備していたユイリからの質問に答えると、グランは僕の方を見る。

 

「……前に模擬戦をした時よりもかなり腕を上げたようだね、コウ……。どうだい?また僕と戦ってみないかい?」

「グランがそう言うのなら……お願いしたいな。前回は全く歯が立たなかったけど……今度はそうはいかない……!」

 

 僕の意気込みにお手柔らかに頼むよ、と苦笑しつつ武舞台へ上がってくるグラン。

 

「……もう少しお休みされた方がいいのではありませんか?レン様と戦われたばかりなのですよ」

「大丈夫さ、シェリル。あんまり疲れてもいないし、どちらかというと興奮の方が勝ってる。この勢いのまま、彼と戦った方がいいと思うし……」

 

 心配するシェリルにそう言って、僕も再びグランの待つ武舞台へ上がる。……コウ様の大丈夫はあまり信用できませんのに……、そんなシェリルの呟きが聴こえたような気もするけれど、取り合えず気にしない事にしてグランの前に対峙すると、

 

「シェリル嬢のおっしゃる通り……、少し休んでからでいいんじゃないかい?別にそれくらいは待つよ?」

「いや、大丈夫さ。早速始めよう……、ユイリッ!」

「……全く、貴方は……。まぁいいわ、2人とも準備はいいかしら?」

 

 僕とグランの様子を確認し、ユイリは模擬戦開始を宣言する。弾かれたように僕はグランから距離を取ると、

 

「……之を知るを知ると為し、之を知らざるを知らざると為せ……即ちこれ知れる也……『評定判断魔法(ステートスカウター)』!」

 

 

 

 NAME:グラン・アレクシア

 AGE :22

 HAIR:銀

 EYE :ライトブルー

 

 RACE:ヒューマン

 Rank:132

 

 身長:180.4

 体重:72.5

 

 JB(ジョブ):竜騎士

 JB Lv(ジョブ・レベル):38

 

 JB(ジョブ)変更可能:槍術士 Lv30(MAX)

        魔術士 Lv30(MAX)

        天空騎士 Lv50(MAX)

 

 HP:285

 MP:174

 

 状態(コンディション)戦闘時自動回復(バトルヒーリング)

 耐性(レジスト):氷属性耐性、混乱耐性、幻覚耐性、魅了耐性、ストレス耐性

 

 力   :123

 敏捷性 :112

 身の守り:108

 賢さ  :140

 魔力  :157

 運のよさ:56

 魅力  :189

 

 

 

 取り合えず彼の情報を知りたくて、あまり調整せずに評定判断魔法(ステートスカウター)を発動したところ、何やら異次元のステイタスが表示された。

 

(な、なんだこれ!?レンも強かったけれど……、グランもまた輪を掛けて化け物みたいなステータスを……!)

 

 ステイタスの数値だけでいったら、いつか見た勇者であるトウヤの数値に匹敵するんじゃないのか……!?彼のステイタスを見て恐れおののいていると、

 

「慎重だね、何時ぞやのように突っ込んでくるのかと思っていたんだけど……」

「……前にそれであっさりと終わってしまったからね。そりゃあ慎重にもなるさ……!」

 

 余裕綽々といった様子で話し掛けてくるグランに僕はミスリルソードを正眼に構えながらそう答える。

 ……以前に模擬戦で戦った際に、あっさりと終わってしまったグラン戦とユイリ戦。ユイリは開始の合図とともに背後を取られて武器を喉元に突き付けられる形となってあっさりギブアップしたのに対し、グランに関しては先手必勝とばかりに向かって行って……、気が付けば彼に槍を突き付けられていたのだ。

 

(とりあえず迂闊には近づけない……、それならばっ!)

 

 シェリルやレイアが見てくれた魔法の特訓の末、身に着けた新たな魔法……、石礫魔法(ストーンショット)に続く、初級攻撃魔法をグランにぶつけるべく詠唱してゆき、

 

「……燃え盛る炎よ、我が力となりてこの手に集え……『火球魔法(ファイアボール)』!」

 

 火属性の古代魔法にして、基本の初級魔法。元の世界においてもゲームをやっている者にとっては知らぬ者はいない火球魔法(ファイアボール)が、佇んでいるグランを飲み込むべく接近していく。

 

「……凍てつく氷よ、この手に集まりて氷塊とかさん……『氷塊魔法(アイスロック)』」

 

 冷静に言霊を詠唱し、僕の火球魔法(ファイアボール)に自身の作り出した氷塊をぶつけるグラン。火球が氷塊を飲み込むものの……、炎の勢いは収まってゆき、やがて消滅してしまう。

 というよりも……氷属性の魔法で炎属性魔法を相殺する時点で、魔法の威力はグランに軍配があがる、という事でもある。

 

「……遠距離から攻めようとしても駄目か……」

 

 それならとばかりに、レンとの模擬戦でも使用した加速魔法(アクセラレート)を詠唱し、自身のスピードアップを図る。……この間にもグランは様子を見ているだけで、一向に仕掛けて来る気配がない。

 

「……随分と余裕そうだね、僕相手なら問題ない……、そう思っているのかい?」

「まさか……、折角の模擬戦なんだし、君の力を見てみたいと思っているだけさ。……まぁ、何をしてきたとしても対応してみせようとも思っているけど、ね……」

 

 ……要するに僕相手なら対応できるって思っているって事だろうに。最もステイタスを見た限り、彼との間には大きな実力差があるからそう思われても仕方ないけれども……。

 

(それでも、レンと僕とだってかなりの差があるのに何とか一本取る事が出来たんだ。グランにだって、勝ってみせる……っ!)

 

 そう思いなおし、僕はグランを翻弄すべく彼の周りを駆け回っていった。速度の緩急をつけ、残像を残せるように動き回り……、某人気漫画のように幾重にも残像を作って、自分の位置を悟らせないようにしようと考える。しかし……、

 

「……そこだよ、『昇り飛竜』!」

 

 グランは動き回っている僕の位置を完全に把握しているようで、構えた槍を正確に僕に向けて何やら技を放つ。竜を象ったオーラのようなものが僕に迫ってくる……!

 

「くぅ……っ!」

 

 何とか躱したかと思ったが、そのオーラに掠ったらしく僕の身体に衝撃が走る……!それに耐えて立ち上がると、グランは悠然と構えていた。

 

(……駄目だ、崩せない……っ!やっぱり重力魔法(グラヴィティ)を掛けて隙をつくしか……)

 

 幸い今ならばグランはこちらの出方を伺っているように見える。それならばと僕は魔法を詠唱し始めると、

 

「すぐに詠唱の終わる魔法なら兎も角、そんな魔法を大人しく唱えさせると思う?……『流星群』!!」

 

 グランがそう呟くと同時に流れるように魔力の塊が次から次へと襲い掛かってきた。そ、そんなのアリか!?

 

「うわっと……、わわっ!」

 

 次々と流れてくるソレを僕は何とか躱していくが……、とても魔法を詠唱している余裕はない。それどころかこのままだといずれ直撃してしまう……!

 

「……サラマンダー!」

 

 そこで僕は、この間使えるようになったばかりの火の精霊に呼び掛ける。……清涼亭で料理を作っていた際に、感じる事が出来たサラマンダー……。その力を借りるべく呼び掛けると、

 

(……ナンダ、コンナトキニ、オレヲヨビカケルナド……)

(サラマンダー、力を貸してくれっ。グランの周りに小さな炎をおこして牽制して欲しいんだけど……)

 

 やって欲しい内容をサラマンダーに伝えると、彼から返ってきた言葉は……、

 

(……コトワル。ナニモナイトコロニ、ヒヲオコスコトガドレダケタイヘンカ、オマエハワカッテ……)

(やってくれたら、後で好きなだけ火をおこさせてあげるから)

(マカセロ、チイサナヒデ、イインダナ?)

 

 最初は面倒くさがって断ったサラマンダーだったが、僕の買収じみた提案に、手のひらを返したように了承してくれる。とりあえず、仕切り直さないと話にならない……。

 

「ん……?詠唱した様子は無かったようだけど……。ああ、精霊魔法か……」

 

 グランの周りにポツポツと小さな炎が発生し、少し驚いたような様子を見せる。そこで彼は『流星群』の効果を解除し、新たな魔法を詠唱し始めた。それを見てタイミングを見計らい、僕も魔法を詠唱する。

 

「武舞台の空間ごと凍って貰うよ……全てを凍らせる地獄の冷気よ、流れる風をも凍らせて選ばれし者たちを凍り付かせよ……!『吹雪魔法(ブリザード)』!!」

「そう上手くいくかな……魔法を打ち消ししものは魔法のみ……!『対抗魔法(カウンタースペル)』!!」

 

 グランの魔法の完成に合わせて、それにぶつける形で僕の魔法を完成させる。そして、その効果はすぐに表れた。

 

「なっ、魔法がっ!?くっ……!」

 

 自分の完成した魔法が、目の前でかき消され、軽い衝撃がグランを襲う。驚愕したグランは、その衝撃をまともに受けて、今まで付け入る事も出来なかった彼に初めて隙が出来る。

 

 ……この世界の魔法において、それを中断、妨害する方法は大きく分けて3つある。

 1つ目は先程グランがやったように、物理的に相手の詠唱を中断させる方法。相手の魔法を使う為の言霊を唱え魔力素粒子(マナ)に働きかけるのを妨害するやり方で、一番ポピュラーな方法かもしれない。

 2つ目は魔法を完成させる為に必要な言霊を封じるやり方……、相手を沈黙させてしまう方法。相手が沈黙する事に耐性があれば難しいが、決まってしまえば相手は解除しない限り魔法を唱える事が出来なくなってしまう。

 最後3つ目は相手の言霊、もしくは魔力素粒子(マナ)の変換の一部を干渉、妨害し魔法自体を完成させなくする方法だ。『妨害魔法(ジャミング)』とも呼ばれ、これも成功すればその魔法は完成する事なく不発に終わる事になる……。

 それぞれ利、不利があり、物理的に妨害する方法は、相手に上手く躱されて魔法を完成させてしまったら意味が無いし、沈黙させる方法も相手に通じなければそのまま魔法を受ける事になる。妨害魔法(ジャミング)を使う方法は一見隙がなさそうであるが、相手の魔法に干渉するのは中々難しく、それを使う前に相手に魔法を完成させてしまうという欠点がある。

 

 僕のグランに掛けた対抗魔法(カウンタースペル)は、それらとは別の種類の妨害方法で、相手の魔法の完成に合わせて放ち、その魔法自体を打ち消してしまうというものだ。さらに魔法を打ち消された反動とばかりに軽い衝撃を与えて物理的にも精神的にもダメージを負わせる……。相手のタイミングさえ掴めれば、ある種万能な魔法殺し(マジックキラー)であり、元の世界のあるカードゲームを参考にしたものが、僕の独創魔法としてこの世界で使えるようになった、という事だ……。

 

(この機を逃す訳にはいかない……、喰らえ、グランッ!)

 

 グランに生まれた隙をつくような形で、重力魔法(グラヴィティ)を完成させ、彼に対し重力の枷を負わせる事に成功する。

 

 

 

 NAME:グラン

 RACE:ヒューマン

 Rank:132

 

 HP:270/285

 MP:139/174

 

 状態(コンディション)戦闘時自動回復(バトルヒーリング)、重力結界

 

 

 

 先程のレンと同じように重力結界に掛った事を確認して、僕はグランに対し疾風突き(チャージスラスト)を繰り出した。一陣の風のように、グランに接近する中で、勝ったと確認したその時、僕は確かにその呟きを聞いたような気がした。

 

「…………『絶対空間』」

 

 

 

 

 

「はっ……!?」

 

 気が付いたら僕は倒れ……、その喉元に槍を突き付けられていた。

 

「それまでっ、この勝負……グランの勝ちよ!」

「ええっ!?そ、そんな馬鹿な……っ!いったい、何が……」

 

 僕は動きが遅くなったグランに疾走していた筈だ。彼に突きを入れようとしたところで……気が付いたら逆に負けていたって……!ははっ……頭が如何にかなりそうだ……。

 

「訳が分からないといった感じね。でも、気にしない方がいいわ。今の相手がグランでなければ、貴方の勝ちだったでしょうけど……」

「ああ……、まさか奥の手まで使わされる事になるとは思わなかったよ……」

 

 混乱している僕に言い聞かせるように話し掛けてくるユイリに続き、やや呆然とした様子でグランが呟くような声で答える。

 

「……今のは一体何……?絶対空間って言っていたような気がするけど……。それに、奥の手って……」

「流石にアレについて話す事は出来ないけれどね……。だけどコウ、今の勝負は君の勝ちと言っていいよ。こんな僅かな期間で、ここまで君が成長しているなんてね……」

 

 これは追い抜かれるのも時間の問題かな?……そんな事を苦笑いを浮かべつつ言うとグランは武舞台から降りて修練場を出て行こうとする。

 

「おいおいグラン、俺とは戦らないのか?」

「ええ、ちょうど部下たちも任務から戻ってきたと連絡も入りましたしね……。レン、君との模擬戦はまた後日にしましょう。それではまた……」

 

 そう答えるとグランは修練場の扉を開いて出て行った……。それをぼんやり見ていたら、

 

「お怪我はありませんか?……少し失礼致します……『癒しの奇跡(ヒールウォーター)』」

 

 座り込んだ僕にシェリルが駆け寄ると、そっと癒しの魔法を掛けてくれる。特に怪我した訳ではなかったものの、彼女の魔法により立ち上がる事が出来るくらいまで回復したのがわかり、

 

「有難うシェリル……、何かお礼を言ってばかりだけど……」

「……お礼を言って頂くような事ではありませんが……そんな事よりコウ様、わたくしはお伝えした筈ですよ、ご無理はなさらないようにと……」

 

 何処か怒っているようなシェリル。そんな彼女の様子に僅かに目を見張るものの、シェリルの抗議は続く。

 

「レン様と模擬戦を終えられたばかりで、すぐにグラン様と戦われるなんて……無茶にも程があります!」

「…………ごめん」

 

 自分としては疲れていなかったつもりだったけれど、精神的にはかなり疲弊していたのかもしれない……。何と言ってもレンは自分より格上の相手なのだ。とはいえ、それを言い出したらヒョウたちも僕よりも豊富な経験があり、自分より強い人ばかりという事になるが、毎日対戦している中で殆ど勝てなかった相手はレンだけである。そんなレンとの戦いは、知らず知らずの内に疲労を溜め込んでいたのだろう……。

 

「……どうか自身の事をもっとご自愛下さいませ……、コウ様の『大丈夫』は、わたくしからすると全く『大丈夫』ではないのですから……」

「……ごめん、本当に気を付けるよ」

 

 シェリルの言葉にぐうの音も出ず、謝る事しか出来ない……。それを見ていたユイリは、

 

「今日はここまでにしておきましょうか。それにしても、本当に強くなったわね。まだひと月も経っていないというのに……」

 

 珍しく感嘆するように言ってくるユイリに、彼女の方を見ると、

 

「今戦ったら、私も負けちゃうかもしれないし……、少なくとも前回みたいにはいかないでしょうね」

「そうだといいんだけどね……」

 

 確かに前回ユイリと戦った時よりは強くなったと思うけど……。彼女にそう言われて、僕は自身のステイタスを確認してみると……、

 

 

 

 RACE:ヒューマン

 Rank:40

 

 JB(ジョブ):剣士

 JB Lv(ジョブ・レベル):16

 

 JB(ジョブ)変更可能:見習い戦士 Lv20(MAX)

        ラッキーマン Lv50(MAX)

 

 HP:125/139

 MP:47/95

 

 状態(コンディション)鋼の意思(アイアン・ウィル)、重力結界(調整)

 耐性(レジスト):病耐性(一部)、睡眠耐性、ストレス耐性

 

 力   :82

 敏捷性 :94

 身の守り:70

 賢さ  :163

 魔力  :53

 運のよさ:137

 魅力  :46

 

 常時発動能力(パッシブスキル):自然体、薬学の基礎、商才、値段交渉、滑舌の良さ、早口言葉、宝箱発見率UP、取得経験値UP、消費MP軽減(小)、約束された幸運、絶対強運、運命神の祝福、鋼の意思(アイアン・ウィル)、一般教養、礼儀作法、社交

 

 選択型能力(アクティブスキル):生活魔法、精霊魔法、古代魔法、独創魔法、基本技、運命技、固有技、料理のレシピ、調合のレシピ、研究成果、戦闘の心得、剣の取り扱い、初級魔法入門、中級魔法特集、学問のすゝめ、研究分野の選択、料理の基礎、目指せ調合マスター、農業白書、物品保管庫、???からの呼び声≪1≫

 

 資格系能力(ライセンススキル):研究資格者、商人の証、ダンジョン探索、幸運の女神の寵愛

 

 生活魔法:確認魔法(ステイタス)通信魔法(コンスポンデンス)収納魔法(アイテムボックス)貨幣出納魔法(コインバンキング)輝石操作魔法(パイラキシーン)点火魔法(イグナイト)水温調整魔法(アジャストシャワー))、不可思議魔法(ワンダードリーム)

 

 精霊魔法:サラマンダー、シルフ

 

 古代魔法:火球魔法(ファイアボール)風刃魔法(ウインドブレイド)石礫魔法(ストーンショット)加速魔法(アクセラレート)評定判断魔法(ステートスカウター)看破魔法(インサイト)知覚魔法(プレイスラーン)

 

 独創魔法:重力魔法(グラヴィティ)対抗魔法(カウンタースペル)

 

 基本技:気合い溜め、ディフレクト、投石、応急処置、精神統一

 

 剣技:パリィ、二段斬り(ダブルスラッシュ)十字斬り(クロススラッシャー)疾風突き(チャージスラスト)

 

 運命技:イチかバチか、神頼み(オラクル)、ハイ&ロー

 

 固有技:残像★(敏捷性130以上必要)

 

 

 

 重力を解除した状態だと、敏捷性も90を越え、他のステイタスもかなり上昇した。特に、賢さについては、この世界の事がわかってくるのに従って大幅に上昇し、新たに『一般教養』、『礼儀作法』、『社交』といった能力(スキル)も発現したのだ。

 また他の職業(ジョブ)も色々レベルを上げた結果、剣士や魔術士、料理人に調合士、研究者といった新しい職業(ジョブ)にも転職出来るようになり、確実に強くなっていっている実感はあるものの……、それでもグランのような異次元の強さを目の当たりにすると、まだまだ未熟だとも思ってしまう。

 ……結局、何かの呼び声みたいな能力(スキル)は試してもいない。何時かは試してみなければならないだろうけど……。

 

「うん?通信魔法(コンスポンデンス)……?レイアからか……」

 

 そんな時、僕に通信魔法(コンスポンデンス)が送られてきて、それが大賢者の弟子であるレイアからのものだとわかり、開いてみたところ、

 

<コウ、元の世界への帰還について判明した事があるから、ボクのいる『天啓の導き』まで来られないか?>

 

 元の世界への帰還!?ついに帰れる方法がわかったのか!?僕は一気にテンションが上がり、ユイリに向き直ると、

 

「この後、冒険者ギルドの方へ行っていいかな!?レイアより通信魔法(コンスポンデンス)が来て、話したい事があるって事なんだけど……」

「話したい事?それって何時もの魔法の勉強とかそういう事ではないって事かしら?」

「帰還の事についてらしい。今日の模擬戦は終わりなんだろ?それとも行く前にフローリアさんに断った方がいいかな?」

 

 僕が尋ねるとユイリは口元に片手をやり考え込んでいたようだったが、

 

「……いえ、彼女がそう言うのであれば大丈夫でしょう。私の方からフローリアさんには通信魔法(コンスポンデンス)でお伝えするからいいわよ。……でも、どうして冒険者ギルドなのかしら?」

「さぁ?その辺の事はわからないけど……。まぁ、何時もの大賢者様の館でなく『天啓の導き』で待ち合わせというのは直接聞いてみたらいいんじゃないかな?」

 

 ……貴方は気楽でいいわよね、なんて溜息まじりに答えるユイリに怪訝に怪訝に思うも、今ここで問答していても仕方がない。

 シェリルは勿論、ユイリはお目付け役で付いてくるとして、レンも丁度冒険者ギルドに顔を出す予定があるという事で、まだこちらで訓練を続けるというヒョウたちを残し、後片付け等は彼らに任せて、僕たち4人は通信魔法(コンスポンデンス)を送ってきたレイアの元へ向かうのであった……。

 



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第26話:進捗状況

 

 

 

「わざわざ来て貰ってすまない、どうしても今日はここに来たかったからさ……」

 

 魔術師が着る紺色のローブを羽織った女性……大賢者の弟子でもあるレイアが、僕たちの姿を認めると席につくよう促してくる。ここは冒険者ギルド『天啓の導き』の待合室……ではなく、やって来た僕たちを見て、顔馴染みでこのギルドの受付嬢であるサーシャさんが通してくれたのはこの食堂だった。

 

「……で?どうしてここを……?」

「どうしてって……、コウ、知らないのか?1ヶ月に一度、今日限定で、この『天啓の導き』では『しょーとけーき』なる物が食べられるんだぞ!?」

 

 …………勿論、知っているさ。何て言ったって、そのショートケーキもどきをこの世界に来て広めたのは……僕なんだから……。

 先日より料理を学びに来ているサーシャさんに、このファーレルでは甘い料理というものが殆どなく、高級嗜好品である砂糖のかわりに、干し柿を作って甘味を求めると聞き、何か僕の知っている料理でこの世界に伝えられるものはあるかと考えたところ、何度か母親に教えられたケーキが頭に浮かんだ。

 卵、砂糖、薄力粉もどきでスポンジを、牛乳を分離させて生クリーム、バターを作り出し、それらを鍛冶で使うような窯をオーブンと見立てて使用して、試行錯誤の末に完成したのが、この『しょーとけーき』だ。

 

「いやー、まさか砂糖を使ってこんなものを作ってしまうなんてな……。ココと、清涼亭でしか公開されてないから一度食べてみたいと思ってたんだよ」

「……さいですか」

 

 因みに……、僕が伝えた数々の料理のレシピは、サーシャさんと清涼亭の皆にしか伝えていない。それらのレシピには権利だの印税が発生すると言い、そちらで自由に扱ってくれていいと伝えてもそうはいかないと固辞されて、全てユイリに放り投げているのが現状で、彼女からはその事について度々愚痴られている。

 僕としては高級宿である清涼亭での宿泊および食事がシェリル、ユイリの分までタダになっただけでも有難いと思っていた。だからそれ以外に利権が発生するから特許のようなものを登録するよう言われるも、それを僕の名前で登録するのは躊躇われたのだ。

 

 勿論、シェリルの時のような闇オークションの件もあるし、いつお金が必要になるかわからないから溜めておくに越したことはない。それはわかっているが……、いずれ元の世界へと帰る僕が利権だの特許だのを登録したとしても、中途半端になってしまうのではないかと思い、僕の代わりにユイリで特許を取ってくれとお願いしたのだけど……。

 結局その件については今でも事あるごとに権利として僕の名で特許を取るように言われ続けており、事実上棚上げ状態となっている為、それらの料理も現在はこの2店舗でしか味わう事が出来ないのだ。

 

「……どうしたんだ?まさかコウ、甘いものが苦手なのか……?」

「いや……別にそういう訳ではないんだけど……」

 

 怪訝そうな様子で訊いてくるレイアに、苦笑しながらそう答える。とりあえず席につくと、隣にシェリル、向かい合うレイアの隣にユイリがそれぞれ座る事となった。……あとレンは既に別の席についていて、既に料理の注文を入れている。一時期は清涼亭に入り浸っていたレンも、サーシャさんの努力の甲斐もあって料理の腕も一段と向上し、また『天啓の導き』へ出向くようになっていった。最も、新しいレシピを試した際は呼ばなくてもやって来るのは変わらないが……。

 

(しかし、本当に美味しそうに食べるなぁ……)

 

 サーシャさん作であるケーキが運ばれてきて、嬉しそうな様子で頬張るレイアの姿に、僕たちもそれを口にしてゆく。サーシャさん、腕を上げたな……、基本的なレシピを伝えたのち、自分でも色々作ってみているのだろう。高価で貴重な砂糖を使う事に最初は抵抗があったようだが、今では新たな甘味の料理という分野の開拓に嬉々として挑んでいるみたいだった。

 

 シェリルやユイリも、ケーキを美味しそうに食べているのを見て、この世界に伝えられて良かったと思うも、ここに来た本来の目的を思い出し、コホンと一つ咳払いをして、話を切り出す。

 

「それで……元の世界への帰還についてわかった事があるって話だったけど……」

「ああ、ゴメンゴメン、つい『けーき』に夢中になってしまって……。その話なんだけど、まずこれを見てくれないか?」

 

 そう言ってレイアはフォークをテーブルに戻すと、懐から何やら水晶のように透き通った球体の物体を取り出す。

 

「コウは……まだ見た事がなかったっけ?これは『スフィア』といって映像を映し出す事が出来るものなんだけど……。まぁ、見て貰った方が早いか」

 

 スフィアと呼ばれた水晶をテーブルに置くと、魔法を使うのか小声で言霊を詠唱するレイア。するとスフィアに何か動画のようなものが浮かび上がってくる。

 

「こ、これは……っ!」

「これ……王女から預かってきたんだけど、返しておくよ。コウの持っていたその機械に宿る残滓を魔法で辿って、漸く特定する事が出来たんだ。コウのいた世界、次元、空間、時間を今スフィアに映し出しているんだけど……。コウ、どうかな……?」

 

 聞かれるまでも無い。これは……間違いなく僕のいた世界だ。見覚えのある場所が次々と映し出され……最後はこのファーレルに来る事になった自宅付近のあの路地裏がアップとなる……。この携帯端末(スマートフォン)から魔法でここまで特定するなんて……。頼んでおいてアレだけど、まさか本当に出来るとは思わなかった……。

 

「これが……コウ様のいらっしゃった場所……」

「随分と機械が発達しているようね……。金属の物体が動いたり、飛行魔力艇のように空を飛んだりしていたけど……」

 

 スフィアを一緒に見ていたシェリル、ユイリもそれぞれが僕の世界に見入っているようだった。僕たちの様子を見ていたレイアがホッとしたような様子で、

 

「……間違いないみたいだな、よかった……」

「ああ、間違いないよ……。それで、場所や時間軸を特定できたという事は……、元の世界には帰ろうと思えば何時でも帰れるようになった……、という事かな?」

 

 最も、帰れるようになったとしても、今すぐ帰るつもりはないけれど……。何だかんだいって、この世界では色々お世話になっているし……そのまま帰って世界が滅亡しましたなんて事になったら夢見が悪い。ユイリ、レンといった大切な仲間たち……、そして何といっても自分の中で愛情が芽生え始めているシェリルがいるこの世界、ファーレルの脅威を取り除くまでは残るつもりではある。

 

 そう思っているのだけど、僕の問い掛けにレイアは少し困った様子で、

 

「……うーん、正直に言うと難しいな。異空間を越えて召喚するのにはそれだけ大量の魔力を必要とするんだ。コウが呼ばれた『勇者召喚(インヴィテーション)』……、つまり『招待召喚の儀』だけど、あの召喚魔法を使用するには100年以上かけて貯められていた魔力の大部分を消費する事になった……。恐らく帰還させるにも同じくらいの魔力が必要になるのは間違いないと思う。問題は……その魔力を何処から調達するかだけど……」

「……普通に考えたら、同じくらい年月をかけて魔力を貯めないと元の世界に帰れない……という事か」

 

 返答する代わりに頷くレイアを見て、僕は頭を抱える。……これってつまり帰れないって事が確定しただけなんじゃないのか……?そんな僕の様子を見て、レイアは慌てて、

 

「勿論、他にも方法はあるぞっ!……あまり現実的な方法ではないけれど……魔力が溜め込まれた媒体を大量に集めるという手段とか……」

「魔力が溜め込まれた媒体……?それってこの星銀貨のような……?」

 

 僕はレイアに答えながら、貨幣出納魔法(コインバンキング)を使用して、ホビットの闇商人であるニックに返して貰った星銀貨……魔術にブーストが掛るだけでなく、魔力が溜め込まれた貴重なマジックアイテムでもあるあの星銀貨を取り出して彼女に見せる。

 

「!あ、ああ、そうだ。特にその星銀貨は古代魔法文明時代に使われていた貴重な魔力媒体となるマジックアイテムだから、他の魔力の媒体に比べてとても高純度なものなんだ。今の技術では作り出す事は出来ないし、素材自体もミスリルに似ているようでわからない、今の世界には存在しないアンオブタニウムのようなものなのさ。その星銀貨よりも魔力が溜め込まれているって云われている白金貨に至っては、もはや伝説の硬貨とも伝えられているしね……」

 

 星銀貨を見て、眼を見張るように話すレイアに、やっぱり普通の金貨や大金貨とは根本的に扱いが違うのだと思いなおす。確か星銀貨一枚で、大金貨200枚くらいの価値があるという事だったか。しかしながらいざ星銀貨を大金貨で買おうとしても、そもそも星銀貨自体が出回らない。……白金貨に至っては、単純に白金(プラチナ)っていうものではなく、やはり特殊な金属の事を指しているのだろう。

 

 ……因みに僕には、可能性は低いかもしれないが、それらを入手できる能力(スキル)がある。『ハイ&ロー』……。失敗すれば暫くの間、能力(スキル)などを一切使用で出来なくなってしまうリスクはあるが……、星銀貨や白金貨が自分にとっても大事な物だとわかった以上、リスクを冒してもハイ&ローをやっていく必要があるのかもしれない。

 

「で、でも、どうして星銀貨を!?確か王女に貰ったものは全て使ってしまったと聞いていたけど……」

「ちょっと取引をしてね……、1枚だけ返して貰ったんだよ。それで、どうだろう?例えばこの星銀貨が何枚あれば……、元の世界に帰還させるだけの魔力を補えるかな?」

 

 星銀貨を持っていた事に驚愕していた彼女だったが、僕の問い掛けに対し口元に手をやって考え込むレイア。暫く考えた末に、彼女は答える。

 

「……ざっと見積もって、100枚くらいは必要かな……?それだけあれば、大体補えると思う……。勿論、白金貨があればもっと少なくて済むだろうけど……、ボクもお目にかかった事がないから本当にあるかどうかもわからないな」

「成程ね……。有難う、レイア。それでお願いがあるんだけど……」

 

 そう言って僕は手にしていた星銀貨をレイアに渡した。

 

「お、おい!コウッ!?」

「……君から王女殿下に返しておいて貰えないかな?あと、これからも星銀貨や白金貨が手に入ったら渡すようにすると伝えておいてくれ」

 

 驚き戸惑うレイアに僕はそのように伝える。自分が元の世界に帰る為に必要な事が、星銀貨、白金貨集めとなった訳だけど……、まぁ、ここまでこの世界に関わった以上、ここでさようなら、という気もないし、どうせすぐに集まるような物でもない。地道にやっていくしかないかと苦笑していると、

 

「……やっぱりお金、必要なんじゃないの?面倒くさがって、利権や特許の手続き等をせずに、関係各所からの問い合わせも私に放り投げちゃってるけど……」

「いや、それはいいよ。星銀貨を金貨や銀貨で購入できるっていうのなら話は別だけどさ」

 

 この数日、それらの事を学びながら様々なお店を見て回ったけれど、星銀貨は全くお目に掛れなかった。僕とシェリルが滞在している清涼亭の部屋に備え付けとなっているストアカタログを収納魔法(アイテムボックス)を使って取り出し、

 

「……魔法空間から提供される品物を割高で購入できるっていうストアカタログにも、星銀貨は載っていない。少なくとも意図して購入できるものではないってわかったからね」

 

 パラパラとストアカタログを捲りながらも目的のものは見出す事が出来ずに、溜息をつきながら僕はストアカタログを収納空間に戻す。顔馴染みとなったラーラさんの話では、たまにカタログに載っている製品が変わるという事だから、偶にはこうして見てみるのも悪くないのかもしれないけれど……。

 

 あと……、今何気なくストアカタログを出したが……、本当はこれ、持ち歩けるようなものではないらしい。どこの店にもあるようなものでは無く、清涼亭のストアカタログは僕たちの泊っているVIPルームにしか備え付けられていないようで、このストレンベルクの国でもあまり数はなく、基本的に持出厳禁という事だ。魔法空間を管理しているという魔法屋から配布され、なくなったりしたら再発行は出来ず、贈られた場所は一切の信用を失ってしまうという大変貴重なものなのだが、国からも信用を得ていて、色々お世話になっている僕ならば構いませんよと言われてしまった……。

 

 借り物であり、まして僕を信用して持たせてくれた清涼亭の人たちの為にも絶対になくせない逸品ではあるが、これを持ち運べるメリットは余りにも大きい。使い方も簡単で、ページに記載されたアイテムのカードを取り出すと、魔法空間へと繋がる端末が現れ、そこにカードと指定された硬貨を投入すれば、ガチャで入手した時のようなアイテムが入ったカプセルが出てくる。カプセルを開けたら購入したアイテムが手に入るという訳だ。多少割高ではあるが、いつでもどこでも目的の物を入手できるという事がどれほど有難い事かは言うまでもない。

 

「……コウのその、貴重な物をポンと渡してしまうところは、今でも慣れないよ……。聞けば大賢者様からの魔法工芸品(アーティファクト)も渡してしまったようだし……。一応聞くけど、わかっているのか?星銀貨1枚が、どれくらいの価値があるのかって事は……」

「まあ……それなりに、ね……」

 

 レイアの問いに僕は曖昧な笑みを浮かべつつ答えた。色々と関わることの多い星銀貨だ、流石にその大体の価値は覚えた。銅貨100枚ほどで銀貨一枚の価値。銀貨30枚ほどで金貨一枚の価値……。大金貨は大きく質がよくて通常の金貨よりも遥かに値打ちがあり、金貨ならば5枚、銀貨ならば150枚程の価値がある。他の売っている物の値段や相場から判断して、銅貨1枚で元の世界の10円くらいの価値があり、大金貨ともなると約15万円ほどの値がつくのではないかと僕は考えている。

 そして星銀貨だが、一概に大金貨での価値が曖昧ではあるものの、あの闇オークションでの例に挙げて敢えて値段を付けるのであれば、大金貨200枚……、だいたい3000万円の価値がある、という訳だ。

 

 ……そんな価値のある物をポンポン受け取ったり渡したりしている僕は、他人から見たら相当奇異な人間に映っているに違いない。……自分自身でも、いくら目的の為とはいえ、頭や感覚がおかしくなっているんじゃないかという自覚はある。それでも、僕は……。

 

「……ならよ、ダンジョンに潜ってみるのはどうだ?ま、この国のダンジョンはあらかた探索済みで未開拓のダンジョンはねえが……、A級以上のダンジョンなら偶に星銀貨級のアイテムや魔法工芸品(アーティファクト)が見つかる事があるって話だぜ?俺のこの『レイヴンソード』もダンジョンで手に入った物で、価値だって星銀貨並にあるんだからな?」

 

 そんな時、黙々と食べていたレンからそう提案を受ける。ダンジョンか、話には聞いていたけれど……。

 

「僕もまだ話にしか聞いていないけれど、探索済みって事は粗方宝箱だって回収したんじゃないの?まだ空いていない宝箱なんてあるの……?」

「そこは心配ねえよ。ダンジョン内は常に変化していて、度々フロアも入れ替わるんだ。出現する魔物に変わりはねえが、宝箱も新たに補填される。何処から補填すんのかまではわからねえが、大方魔法空間が関わってんだろうよ。……一説にはダンジョン内で倒れた奴のアイテムや金を取り込んでるって話もあるがな」

 

 ……本当に万能だな、魔法空間……。ストアカタログの件といい……一体どうなっているんだろうな。

 

「もっと言うと、貴方がまわして魔法工芸品(アーティファクト)が出たあのガチャも、魔法空間から生み出されたものなの。そこに蓄積されているというアイテムがランダムに手に入るのがガチャ……。ダンジョンもその魔法空間に干渉して、そのダンジョンの格にあわせたアイテムやお金が配膳されているんじゃないかって言われているわ」

「成程……うーん、奥深いな」

 

 補足してくれたユイリの説明に感嘆する僕。すると、話を伺っていたのか、サーシャさんが給仕の出で立ちで現れ、レンの席に追加の料理を配膳しながら会話に加わってくる。

 

「……ちょうどダンジョンの話をされていたみたいですね。タイミングが良いのかはわかりませんが、少々宜しいでしょうか……?」

「サーシャさん……?どうしたんです?」

 

 何かあったのだろうか……?何時もより少し慌てているような……そんな彼女の様子に、話を続けるよう軽く促すと、

 

「実は、レンさん達にお願いしたいと思っていたのですが……、コウさんは『泰然の遺跡』というダンジョンをご存じでしょうか?」

「確か……冒険者が一番最初にもぐると言われているダンジョンでしたっけ……?そういえばこの前、ジーニスたちが攻略すると言っていたような……」

 

 『泰然の遺跡』は、別名『初心者ダンジョン』とも呼ばれていて、Dランクとなりダンジョンにもぐる資格を得た冒険者たちが挑むことになる場所である。一足先にDランクへと昇格したジーニスが少し自慢げに言っていたのを僕は思い出していた。

 そのダンジョンがどうかしたのかとサーシャさんに訊ねてみると、

 

「その『泰然の遺跡』ですが……、新たな階層が出現したと報告を受けまして……、ジーニスさん方、入って来てくれますか?」

 

 サーシャさんがそう言うと、食堂に今ちょうど思い浮かべたばかりの人物たちが現れる。ジーニス、フォルナ、ウォートル……、初めてクエストで城下町の外に出た際に知り合った新米冒険者たち……。駆け出しながら近頃メキメキと腕を上げているおり、攻撃、防御、回復とバランスの取れたパーティで、冒険者ギルドの中でも注目株となっているらしい。

 

「コウ、来てたのか……」

「そっか……、新しい階層を発見した冒険者っていうのは……、ジーニスたちだったのか……」

 

 彼らとの挨拶もそこそこに、ジーニスはそこであったことを語りだす……。

 

「……先程ようやく『泰然の遺跡』のボスを倒せたんだが、その途端にいきなり壁の一角が崩れ始めてな……。恐る恐る確認してみると、そこには下に続く階段が現れたって訳だ……」

「……そうなんだ。因みに……こんな事ってよくあるの?」

 

 僕の知るRPGのゲームの中の世界には、そんな事も起こりそうなものではあるけれど……。そんな僕の呟きに、ユイリが答えてくれた。

 

「……ダンジョンは原則的には一度発生した時の階層より増える事はないわ。ダンジョン内の何処かにあると云われるダンジョンコアによって、その容量は決まっている筈だから……。だから今回の件で考えられるのは、そのコア自体がランクアップしたという可能性ね」

「ダンジョンがランクアップか……。まるで、生き物みたいだね」

 

 何気なく呟いた感想であるが、シェリルがそっと補足してくれる。

 

「コウ様、ダンジョンは生き物ですよ。そのコアは常にフロアを入れ替えて、宝箱や罠を設置し、そして魔物を生み出しております……、ダンジョンは『生きている建造物』と言い換える事も出来ますね」

「……そうなんだ。いや、僕の常識では本当に計り知れないんだな……」

 

 建造物は無機質の物質……。そこには作り手の思いとかそういう物はあったとしても心は無い、……そう思っていた僕の常識を根本から壊された。

 

「それでですね……、その新しい階層の調査を、レンさん達にお願いしたかったんです。勿論、王城ギルドにも報告はしましたが……、何せ『泰然の遺跡』はダンジョンにもぐれる冒険者であれば誰でも行く事の出来るダンジョンです。ジーニスさん達は戻ってきてくれましたが、もしかしたら探索に踏み込む方もいらっしゃるかもしれません……」

「……確か俺の跡を継いでAランクになったシーザーたちは隣国のフェールリンク自治区に依頼(クエスト)で滞在してるって事だったか……。それなら確かにすぐに動ける高ランクの冒険者はここにはいねえかもしれねえな……。ソロで動いている連中や、この国に滞在している他国の冒険者たちがどう動いてくれるかもわからねえし……」

 

 シーザーという人の事はレンから聞いた事がある。レン達が可愛がっていた後輩で、自分たちが王宮に召し抱えられる事になった際に冒険者ギルドを任せたとされている冒険者……。自信家のレンにして才能は俺以上だと言って、この国で初めてのSランク冒険者が生まれるかもしれないなんて言っていた人物だ。

 ちょうどユイリの方にもどこからか通信魔法(コンスポンデンス)が入ったらしく、何やら応対していたが、

 

「今、フローリアさんからも正式に依頼(クエスト)が下りたわ。ここにいる私たち4人で、その階層を探索するようにって……」

「……その探索ですが……、私たちも参加させて貰う事は出来ませんか……?出来れば勉強させて貰いたいのですけど……」

「前にレンさん、言ってましたよね?今度、俺たちに冒険者の心得を教えてやるって……!俺たち、早く強くなって、良くしてもらってるギルドの人たちに恩返し出来るようになりたいんすよ……!」

 

 ユイリの話を聞いて、ジーニスたちが決定権があるであろうユイリやレンに詰め寄る。それに対しレンは困ったような顔をして、

 

「……確かに言ったし、気持ちもわかるがよ……、未開拓のダンジョンってのは危険もでかいんだぜ……?D級ダンジョンの『泰然の遺跡』の延長なら、大丈夫って気もしねえ訳じゃねえが……、それにしたって何が起こるかわからねえのが実情だ」

「……レンさんの言いたい事はわかりますけど……、もしよろしかったら連れて行ってあげてくれませんか?レンさん達になら、ギルドとしても安心して彼らを託せますから……」

 

 そんなレンに対し、そう言いながら頭を下げてお願いするサーシャさん。そんな彼女を見て、ユイリも助け船を出すように、

 

「……他ならぬ彼らも行きたいと言っているのだし、連れて行ってもいいんじゃない?いずれ経験を積んで、この国を背負っていって貰う人たちになるだろうし、こういう機会を体験させるのは悪い事ではないわ。レン、貴方だって、そういう経験はあるでしょう?」

「あー……、わあったよ……。だが、少しでもヤバイと思ったらすぐに撤退するって約束できるか?唯でさえ、ダンジョン初挑戦っていうコウも連れてかにゃならねえんだ……。今のコイツならそうそう足手まといにはならねえだろうが……、それでもいざとなったらコイツとシェリルさん、それでお前らも一緒に引き上げる……。そう約束できるんなら連れてってやる……」

 

 レンは頭をかきながらそう返事すると、ジーニスたちが喜びながらお礼を述べる。そんな様子を見ていたレイアが、

 

「……ならボクも一緒に行こうか?ボクがいたら、何時でもダンジョンを脱出できる『離脱魔法(エスケープ)』を使う事が出来るし、こう見えて大賢者様の弟子だからね。邪魔にはならない筈だ」

「なっ……!?ご、ご自分で何を言っているのか……わかってます……!?」

 

 レイアの言葉に仰天するような様子でユイリが彼女に距離を詰めるようにして問い詰める。……ユイリがレイアに対して何処かやんごとなき扱いをしている事が度々見受けられたが、彼女もやはり何処かの貴族なのだろうか……。レイアももしかしたら名前のあとに続く姓のようなものがあるのかもしれない。……自分の名前すらも隠している僕が思う様な事ではないのかもしれないが……。

 

 この世界にやって来た当初は、何が何だかわからなかった事もあり、ひたすらに名前を隠したものだったが、今となってはもう明かしてもいいのではないかとも思っている。シェリルやユイリ、レン、そしてレイファニー王女をはじめ、このストレンベルクの人達には本当に良くして貰っている。こうして帰還の手段も探して貰い、今日その元いた世界の特定もして貰った。だからもう隠している意味もないと考えているのだが……一度隠してしまった手前、中々打ち明けるタイミングも掴めないでいる……。

 

 そんな事を考えていると、レイア達の話は終わったらしく、

 

「コウ、ボクも行く事になったから宜しくな!ボクの力を見せてあげるよっ!」

「うう……、どうして私が……。コウだけでも色々振り回してくれるのに……っ!」

 

 ……なんか壮絶な話し合いでもあったのか、ユイリが少し黄昏るように文句を言っている姿が気になった。彼女がこうなっている原因の1つが僕であるようでもあるので、あまり触れる事は出来ないかもしれないが……。

 ユイリが再びどこかとやり取りするのをシェリルも苦笑しながら気遣っているのが見えて、彼女に僕の分までユイリを気遣ってくれと心の中で思っていたら、

 

「それでは準備を整えましょうか……、コウさんとシェリルさんはダンジョンにもぐられるのは初めてでしょうから手続きもしないといけませんし……」

「よし、コウ……。俺が先輩として色々教えてやろう……」

「先輩って言ってもジーニスだって今日はじめてボスを倒したってところだろ!?そんなのすぐに追い抜いてやるから……!」

 

 ジーニスが僕を揶揄ってきて、負けじと言い返していると、サーシャさんがコホンと軽く咳払いする。

 

「仲がいいのは結構ですが、それは後でやってください。コウさんにシェリルさんも、ダンジョンにもぐるには資格が必要となります。通常はDランク以上でトレジャーハンターの職業に就く資格が与えられるのですが……、お二人とも今ランクはどうなっていらっしゃいますか……?」

「そういえば、Eランクにあがってから色々依頼(クエスト)もこなしたし……、そろそろDランクにはあがれるかな……?」

 

 そう思って僕はギルドカードを取り出し確認してみると、

 

 

 

 NAME:コウ

 AGE :24

 JB(ジョブ):剣士

 LICENSE:研究資格者、商人の証、ダンジョン探索、幸運の女神の寵愛

 

 TEAM:王宮の饗宴(ロイヤルガーデン)

 RANK:E《Dランクに昇格可能》

 ACHIEVEMENT:21 クエスト達成《内容確認》、指名手配討伐記録 2回《内容確認》

 POINT:10308 pt

 

 

 

(思った通り、Dランクにはあがれるようだ。それに……)

 

 サーシャさんの説明だと冒険者ランクをあげないとトレジャーハンターの職には就けないという話だったが、恐らくこれが、ダンジョンにもぐる為の資格なのだろう。

 

「このLICENSEの欄にある……『ダンジョン探索』が、恐らくその資格なんですよね?」

「えっ?あ……はい、そうです!コウさんは初めからトレジャーハンターに就く事が出来たのですね……。普通は冒険者に就かないとなることが出来ない職業なのですが……。それならランクアップだけ済ませてしまいましょう。シェリルさんはその後でトレジャーハンターの職に就いて頂き、『ダンジョン探索』を取得して下さい」

 

 わかりましたと答え、サーシャさんと一緒に席を外すシェリル。それを見届けてジーニスたちが声を掛けてきた。

 

「コウ、お前どうして最初からトレジャーハンターに就けたんだ……?」

「……わからないよ、そんな理由なんてさ……」

 

 肩を竦めながらそう答える僕だったが、トレジャーハンターは兎も角、他の職業についてはいくつか心当たりはある……。『見習い戦士』『見習い魔法使い』に関してはこの世界特有のものだとして、『学者』は大学までいった名残、『薬士』は最低限の応急処置等を学んでいたから、『農民』は知人の仕事を本格的に手伝っていた事があり作業の流れを理解していたから、『商人』『話術士』『飛脚』に関してもアルバイト等で体験した仕事に由来しているのだと考えられる……。先日新たに就く事が可能となった『料理人』はこの世界で料理した事が切欠だったし、『研究者』『調合士』だってそれぞれ学者や薬士の派生で得られた職業だ。

 ……といったところで『ラッキーマン』に関しては皆目見当もつかないが……。僕の就く事が出来る職業を伝えて、唸っているジーニスたちを余所に、レイアが僕のところまでやってくると、

 

「コウと一緒に冒険するのは初めてだから楽しみだな」

「楽しみにして貰って恐縮だけど……、僕は冒険者という事に関しては本当に初心者だよ?君の期待に添えるかはあんまり自信はないよ……」

 

 嬉しそうにそう話すレイアに僕は苦笑しながら答える。すると彼女は少し慌てて、

 

「そういう意味じゃないんだ。何て言えばいいのか……、まあいいや、兎に角よろしく頼むよ、コウッ!」

 

 レイアはそう言って上機嫌にシェリル達が戻ってくるのを待っているようだった。その後ろで未だに疲れたような表情で応対しているユイリが目に入る。……恐らくはフローリアさん辺りと連絡を取り合っているのだろう。そんな彼女を少しだけ申し訳なく思う。

 

(しかし、ダンジョン探索か……。レイアの言葉じゃないけど、確かに少し楽しみかもしれないな……)

 

 いずれにしても、元の世界では体験できない出来事だ。星銀貨や白金貨を手に入れるには避けては通れないと思われるダンジョンの探索……。幼い頃の冒険心が蘇り、ダンジョンとはどういう所なのか、そこで一体どんな事が起こるのか……そんな期待に胸を膨らませながら、シェリルが戻ってくるのを待つのだった……。

 



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第27話:ダンジョン探索

 

 

 

「ここが、『泰然の遺跡』か……」

 

 一見すると崩壊寸前の廃墟、といった印象を覚える初心者ダンジョンとも云われる建造物の前で、僕はそう呟いていた。だが、一歩ダンジョン内へと入れば出口がなくなり、挑む度にとフロアが入れ替わるという事で、まるでゲームの不〇議なダンジョンだなと思ったものだ。皆の話だと、ダンジョンは生き物であり、コアという存在があるとの事だったが……。

 

(物に魂が宿る付喪神というのは聞いた事があったけれど、まさか建物自体が生きているなんてな)

 

 そんな事を考えながら『泰然の遺跡』の前で頬けていると、この大所帯パーティのリーダーを務めるレンが皆を纏めるように、

 

「よし、みんな揃ってんな。それじゃこれからダンジョンに挑む訳だが……コウッ!」

「え……、僕……?」

 

 いきなりレンに名前を呼ばれ、何だろうと思っていた矢先、彼の口から爆弾が投下される。

 

「5階層のボスを倒すまで、お前が一人で攻略しているつもりになって進め」

 

 …………はい?今、なんて……?

 

 

 

 

 

(全く、いきなり何を言い出すかと思ったら……)

 

 こうして僕は松明を片手に掲げながら、薄暗いダンジョンを先頭に立って進んでいる。石造りになっているここ『泰然の遺跡』は、松明をつけないと見えにくい程暗く、中々に雰囲気のあるダンジョンとなっていた。

 

「おい……、そんな風に一人でどんどん進むなって……」

 

 僕に少し遅れる形で、ジーニスが僕に話しかけてくる。基本的に僕と彼が先行する形で進んでおり、シェリル達は少し離れて付いて来ているようだった。

 

「だってさ……、レンが僕の思った通りにやってみろって言うんだよ?それなら兎に角進んでみないとわからないじゃないか」

「だからといって考えなしに進むのは危ないだろ……。不安は無いのか?いくら強くなってきているとは言っても、お前、ダンジョンに挑むのは初めてなんだろ?」

 

 ジーニスの言葉に肩を竦めながら、先程のレンとのやり取りを思い起こす……。基本的にこの『泰然の遺跡』の5階層までにボスモンスターも含めて、僕に勝てない魔物はいないらしく、命にかかわるような罠も無いという事で、僕が考えて行動してみろといきなり無茶振りをされたのだ。

 それに対して流石に無茶なのではと、つい先程このダンジョンを攻略していたジーニスたちと、シェリルから反対意見がでるも、それならば助言役としてジーニスだけを僕に組ませる形で基本2人だけで5階層のボスまで倒せと言われてしまった。

 それによって目的地探索魔法(ナビゲーション)を使おうとしたレイアや、灯りを灯そうとウィル・オ・ウィスプの助力を求めようとしたシェリルをレンが抑えて……、今の状況となっているという訳である。

 

(まぁ、レンも考えての事だろうからな)

 

 ユイリが特に反対意見を出さなかったというのは、そういう事なのだろう。最も……仮にも俺を模擬戦で破ったんだから、これくらいはやって貰わないとな、というレンの妙に突っかかるような科白には苦笑せざるを得なかったが。

 

「あ、そうだ、あの魔法を試してみるか……」

 

 そう思い、僕は魔法の詠唱を始める。その魔法の特性を考えると、まさに今使うべきであると確信しつつ、それを完成させ……、

 

「……現状の認識に努めよ、己の置かれし状況を知れ……『知覚魔法(プレイスラーン)』!」

 

 知覚魔法(プレイスラーン)を唱えた瞬間、僕の魔法空間というか、ステイタス画面になにやら文字と表示が現れた。

 

 

 ―― 泰然の遺跡 B1F ――

 

 

 そしてそのメッセージとともに、何やら地図のようなものが現れる。今進んできた道が表示されており、黄色いマークがあるところが自分のいる場所を表すようだ。

 

「……どうした、コウ?」

「いや、これで満遍なく進めるようになったよ。行くよ、ジーニス……って早速、魔物が現れたかな?」

 

 これで迷う心配が無くなったと思った矢先に、小さな部屋のような場所に出ると、奥の方から魔物が次々と出現し出した。

 

「……『評定判断魔法(ステートスカウター)』」

 

 すぐさま僕は魔物たちにそれぞれ評定判断魔法(ステートスカウター)を発動させ、そのステイタスを確認してゆく。

 

 

 

 RACE:ブルースライム

 Rank:2

 

 HP:15/15

 MP:5/5

 

 状態(コンディション):正常

 

 

 RACE:ヒュージバット

 Rank:5

 

 HP:28/28

 MP:9/9

 

 状態(コンディション):正常

 

 

 RACE:ダンジョンラット

 Rank:4

 

 HP:20/20

 MP:4/4

 

 状態(コンディション):正常

 

 

 

(……確かに、今の僕の敵ではなさそうだけど)

 

 問題があるとすれば、部屋を埋め尽くす勢いで魔物がこちらに向かって来ているのに、未だに奥から魔物が次々に湧き出ているという事だろうか。青いゼリーのような物質のものがブルースライムで、僕の知る蝙蝠を大きくしたのがヒュージバット、そして、見たところほぼドブネズミだろとツッコミを入れたくなるような大きな鼠が、ダンジョンラットという魔物であるらしい……。

 

「頬けている場合じゃないぞ!これは『魔物襲来(モンスターインベイジョン)』だっ!!アイツらは大して強くはないが、早く片付けないと際限なく魔物が出現していくから……俺達も初めて遭遇した際、倒しても倒してもキリがなくて引き上げる事になったんだ!!」

「……そうなのか、じゃあ、魔物が出なくなるまで蹴散らそう!僕一人だと流石に手に余りそうだから……ジーニスも手伝ってくれっ」

 

 そうジーニスに呼び掛けると、僕は疾風突き(チャージスラスト)を発動させ、魔物の群れの中に飛び込んだ。それにより巻き込まれたブルースライムとダンジョンラットが数匹、その突撃だけで掃討されて動かなくなり、魔石を残して消滅してゆく。

 

「脆いな……っと、今度は蝙蝠もどきかっ!」

 

 取り合えず倒せるだけ倒してしまおうと、その場でブルースライムやダンジョンラットを相手どって戦っていると、今度はヒュージバットが僕に向かって飛び交ってきた。ほぼ反射的に手にしたミスリルソードを振るい、見事にそのヒュージバットを真っ二つに両断するも、他のヒュージバットたちも次から次へと僕に向かって襲い掛かってくる。

 

(結構速いけど……、でもこんなのアサルトドッグたちの方がもっと速かった!)

 

 まるで連携するかのように襲ってくるヒュージバットの猛攻を見切ろうと躱し続けていたところ、視界に魔物たちを蹴散らしながら魔法を詠唱するジーニスの姿が目に入った。

 

「……燃え盛る炎よ、我が力となりて、この手に集え……『火球魔法(ファイアボール)』!」

「ギィィィッ!!」

 

 ジーニスの放った火球魔法(ファイアボール)は正確にヒュージバットたちへと殺到し、炎に包まれた魔物が地面に転がり落ちて何匹かのブルースライムやダンジョンラットたちを巻き込む形となった。

 でも、炎を使うのは効果的かもしれない。さっきの件もあるし……、お願いするか。

 

「……サラマンダー、ここでなら好きなだけ火を起こしてくれていい……、魔物たちを燃やし尽くしてくれ!」

(ショウチシタ、スベテヤキツクシテミセヨウ……!)

 

 精霊から了承の意が伝わってきた瞬間、あちこちのブルースライムやダンジョンラットたちに次々と炎が上がりだす。……サラマンダーは火の精霊。料理の際の火力調整をしている時にその存在を感じ、助力を得る事が叶ったのだが……少し気難しげなところもあり、時折こうやって好き放題炎を起こさせてあげないと拗ねてしまう事もある。その意味ではこうして発散の場が出来て良かったかなと、魔物たちの阿鼻叫喚が辺りに轟く中、そのような事を考えていた僕の傍にジーニスが駆け付けた。

 

「いきなり突っ走るな、コウ!何かあってからじゃ遅いんだぞ!?」

 

 ……なんかユイリの代わりにジーニスが僕にツッコミを入れているような錯覚を感じつつも、比較的サラッと流すかたちでジーニスに話しかける。

 

「ゴメンゴメン……。でも、油断する訳じゃないんだけど、コイツらは大した相手じゃない。だからこそ、さっさと引き上げて貰いたいものだけど、こんな様子でも撤退する様子が見られないからさ、僕と君で迅速に駆逐してしまおう。という事で僕が半分倒すから、もう半分はジーニスが倒してね?サラマンダーも継続して火を起こしているようだし、早く倒し終わったら手伝うからさ」

 

 そう僕が軽口を叩くと、最初はポカンとした様子だったジーニスの口角が段々と上がり始め、

 

「……言ってろ、こっちが先に片付けて……、逆に手伝ってやるよ!」

「なら……競争だねっ!行くぞ、ジーニスッ!!」

 

 そうして僕とジーニスはそう気合を入れると集中し……同時にそれぞれ逆方向に疾風突き(チャージスラスト)を発動させた。突撃し、周りを斬り払いながら次々と魔物を仕留めてゆき……結局、部屋の入口に待機していたウォートルたちの手を借りる事なく、部屋にいた魔物たちを殆ど全滅させる事に成功する。

 それでも暫くは魔物が再出現(リスポーン)していたものの、漸く勝てないと悟ってくれたのか、戦意を喪失した魔物たちが僕とジーニスから逃げ出していくまで、そこから時間はあまり掛からなかった……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『5階層のボスを倒すまで、お前が一人で攻略しているつもりになって進め』

 

 そう言って俺はアイツがどのように動くのかを見守るようにして付いていっているが……、内心舌を巻く思いだった。

 

(そりゃあ確かに思うようにやっていいとは言ったが、ここまで迷いなく進まれたら俺の立つ瀬がねえな……)

 

 本当にダンジョン攻略はじめてかと疑いたくなるようなコウの判断……。普通はじめてこんな所に放り込まれてお前が判断して行動しろなんて言われたらいろいろ迷うだろうに……、そう思いながらも俺やユイリたちはやや遅れてコウの進み方向へついていく。

 

「……おい、コウ。お前、実はこの『泰然の遺跡』に来たことあるだろ?」

「何を言ってるんだよ、ジーニス。僕がはじめてここに来てるって事はギルドカードを見て確認してるだろうに……」

 

 俺と全く同じ感想を思ったのだろう、ジーニスがアイツに問い掛けると、少し呆れたように返事をしているコウ。

 

「だがお前、迷いがないぞ?ジーニスとフォルナではじめてここにやって来た時は、それはもう緊張したものだった。そんな風にスイスイと進める訳ではないんだが……」

「そ、そうですよ……、私たち3日前にはじめてこのダンジョンに来たんですけど……、ボスがいる5階層に辿り着いたのは今日なんですよ……?それに、コウさん別れ道でもほとんど迷わないで進んでますよね?その……間違えた道だったらとか、思わないんですか……?」

 

 あまりに先行して先に進むものだから、今ではほぼ後ろに付くかたちで進んでいたウォートル、フォルナにもその事が疑問だったらしく、コウにそう話しかけると、

 

「……間違えているなら戻ればいいし、立ち止まっていても仕方ないからね……。初心者ダンジョンっていうくらいだから、そんなに複雑な事も無いのかなって思っただけなんだけど……」

 

 頬をかきながら何でもないように話すコウに、半ば呆然とするジーニスたち。そうやってもう既に3階層まで降りてきているのだ。勿論、俺たちベテランがいる事で安心しているところもあるのかもしれないが、少なくともダンジョン攻略初心者が話す内容ではない。

 

 俺がはじめてこのダンジョン、『泰然の遺跡』に挑んだのは確か12の頃だ。冒険者あがりの平民である両親の長男として生まれ、剣の才能があるとわかり、4人いる弟妹たちの食い扶持を稼ぐためにもまだ子供という歳から冒険者ギルドの門をたたいたのだが……、それでもダンジョンに挑んだ時の事は覚えている。

 ダンジョン内は薄暗く、石造りの壁はひんやりとしていて何処か進む者を不安にさせるような雰囲気を漂わせた『泰然の遺跡』……。分かれ道に遭遇すればどちらに進んでいいのかもわからず、迷いに迷った挙句、自分がどうやって進んできたのかも分からなくなってしまう始末……。そんな時に現れる魔物は決して強くはないものの……数多く湧いてくるソレは恐怖以外の何物でもなく、最終的にはパニックに陥り、仲間たちとともに必死で出口を探して這う這うの体で脱出したという苦い思い出が残っている。

 そもそも、ダンジョンに入った瞬間、入り口が無くなってしまうのだ。それがまた恐怖を煽るのだが……、コウはあまり気にした様子は無かった。

 

「うん……?また、魔物が現れたかな……」

 

 そんなコウの呟きに目を凝らすと、確かに暗い影がいくつか向かってくるのを感じる。……ブルースライムとヒュージバットだ。

 

「……ジーニス、僕がある程度蹴散らすから、打ち漏らしをお願いできる?」

「何言ってんだ、ここまでやって来たんだから、俺も一緒に蹴散らしてやるよ。そっちの方が打ち漏らしも減るだろ?」

 

 ある程度戦い方にも慣れたのか、コウ達はそう言って頷きあうと、魔物の群れに突撃する。

 

 この『泰然の遺跡』に出てくる魔物はそれ程多くない。今戦っている魔物の他にはボスを除いてあとダンジョンラットというモンスターもいるが……その中でもよく現れる奴らだ。ブルースライムはその名の通り、青いゼリー状のものが意思を持って三角形におさまったスライムで、数多くいるスライム種の中で一番弱い魔物だ。弾力がありグニョグニョしてる為、打撃系統の攻撃は通じないが、その他の攻撃には滅法弱い……。もう一匹のヒュージバットは蝙蝠を少し大きくしたような魔物で、ダンジョン内を素早く飛び回り、それに翻弄される冒険者も多いが、攻撃力は殆どない。両方ともランクは2~6程と低く、Dランクの冒険者であればほぼ苦戦はしないが、手間取ると際限なく魔物が湧いてくるため、モンスターが現れたら迅速に始末する必要がある。

 

 ……運がいいのか悪いのか、最初の一階層で『泰然の遺跡』に唯一存在する罠……、ダンジョンに挑む冒険者に洗礼を浴びせるかの如く、際限なく魔物が出現する『魔物襲来(モンスターインベイジョン)』に遭遇した時は、流石に手助けしてやろう、と思ったが……、結局アイツらだけで上手く切り抜けちまったし、今更ただ遭遇した魔物どもに遅れなんぞとろう筈もない。

 

「てやっ!そこだっ!!」

「うろちょろすんなっ!この雑魚どもっ!!」

 

 コウもジーニスもヒュージバットのスピードに翻弄される事なく1体ずつ確実に仕留めていっている。……まぁアサルトドッグを相手に出来るくらいだ。今更ヒュージバットごときに苦戦する事もないだろうが……。ブルースライムに関してもヒュージバットを倒すついでとばかりに斬りつけていっており、打ち漏らし自体も殆ど出ていない。最も……、コウに関しては全力ではなかったはいえ、模擬戦において本気を出した俺を相手に一本取ってしまったんだ。こんな連中に苦戦されてもそれはそれで困るが……。

 

(だが、このまま何もしないで手をこまねいているのも飽きてきたな……)

 

 アイツらの優秀さに退屈を覚えた俺は少し前に出て小声で魔法を詠唱する。生活魔法以外に、俺が使える数少ない古代魔法の中で唯一の攻撃魔法を……。

 

「……我は求めん、紡がれし記憶を下に(つわもの)どもが軌跡、今ここに呼び起さん……『無双連舞魔法(ウェポンミラージュ)』!」

 

 魔法が完成し、奥に控える魔物たちに向かって、自身が体験したあらゆる斬撃、刺突、打撃を幻の武器でもって、襲い掛かる……。魔法にして、唯一の物理攻撃……、古代魔法というよりもほぼ独創魔法に近い『無双連舞魔法(ウェポンミラージュ)』によって、襲い掛かろうと控えていた魔物たちは1体も残らず全滅する。

 

「す、すげえよ、レンさんっ!!今のは一体っ!?」

「……レーンー……、5階までは僕に任せてくれるんじゃなかったの……?」

 

 キラキラした目で俺を見るジーニスに、ジト目になりながら俺を見るコウ……。それぞれ対照的な反応を示す2人に俺は苦笑しながら、

 

「……また今度みせてやるよ。悪かったな、コウ。余りに退屈だったもんでな……。もう手は出さねえよ」

 

 手をひらひらさせながら、俺はコウたちにそう答えて最後尾まで戻る。すると同じく後ろにいたユイリが魔法薬(エーテル)を投げて寄こしてきた。

 

「もう、こんな所で魔法を使うなんて気が抜けてるんじゃないの?唯でさえ貴方は魔力の総量も多くないのに……」

「……逆にお前は気を張り詰めすぎてんじゃねえか?もっと楽にしとけよ、アイツの事、信頼してんだろ?」

 

 受け取った魔法薬(エーテル)を飲み干し、失われた魔法力が回復してくるのを感じながら、俺はユイリにそう訊ねると、

 

「……信頼はしてるけど、コウの事だから何かやらかしそうな気もして気が抜けないのよ」

 

 そう言ってユイリは前方にいるコウを見る。まぁアイツは結構ユイリに頼りっぱなし……というよりは押し付けている事も多いから、そんな風に思われるのも仕方がねえだろう。

 

「心配もわかるが、大丈夫だろ。シェリルさんもいるんだ。まして、レイアさんまで付いてきたんだから問題なんか起こんねえよ」

「……その能天気なところ、見習いたいくらいよ」

 

 溜息をつくユイリだが、彼女としてもわかっているはずだ。レイアさんの魔法の有能さは言うまでもない。冒険者をしていた頃にも王宮から下りてくるような高難度の依頼(クエスト)をこなす際は、多くの魔法使いたちと一緒に交流する事もあったのだが、流石に大賢者様の弟子というのは伊達ではない。レイアさん1人いれば事足りたのではないかという程、高度な魔法も使いこなし、依頼(クエスト)達成に助力してもらったのは1度や2度では無かった。

 さらにコウに付き従っているシェリルさん。彼女もまたレイアさんに負けず劣らずの魔法の使い手だ。エルフという種族本来の得意とする精霊魔法は勿論、古代魔法も攻撃、防御、支援と使い分け、さらに神聖魔法まで使えるという……。ユイリの話だとそれだけではなく、職業、才能、能力(スキル)とその非凡さは計り知れないという事だった。最初、エルフっていうのは皆こんななのかと思ったものだが、どうも彼女が特別であるらしい。容貌はそこにいるだけで全てを魅了するくらい美しく、まさに才色兼備のお嬢様、といったところだろうか。いや、お姫様だったな。

 

 こんな2人がいて、不覚を取るならそれはもう国家の危機といっても過言ではない。

 

「5階層までなら問題はないでしょうね。仮に何かあったとしても、姫が上手く対処してくれるでしょうから……」

「本当にコウには勿体ない人だよな。あんなに明確に好意を寄せられたら、俺だったらすぐに応えるのによ……」

 

 はじめてシェリルさんを見た時はこんな美しい人がいるのかと雷に打たれたかと思う程、ガラでもなく緊張し心を奪われたものだった。勿論、それは俺だけでなくヒョウ達やあのグランさえも魅惑されていたぐらいで、後からあのメイルフィードのお姫様だと聞かされて驚きつつも納得したもんだ。それから彼女を見てきたが、すぐに誰を頼りにしているかはわかった。というよりも、コウ以外の男とは必要最低限にしか関わろうとせず、全く見知らぬ男とは完全に距離を置く徹底ぶり。今ではコウに寄せる信頼だけではない別の感情も、俺にもわかるくらい明確にみられるようになってきている。

 

「全く、アイツにも困ったもんだぜ」

「……コウも貴方にだけは言われたくないでしょうね」

 

 …………ん?なんだ?今、ユイリに何やら乏しめられた気がするが……。

 

「そいつは……どういう意味だ?」

「どういう意味もなにも……、貴方にも似たような事が言えるなぁって思っただけだけど?」

 

 少しジト目になって俺を見てくるユイリに、

 

「いやいや……何言ってんだよ、ユイリ!俺が?アイツのように想いを寄せられてるって!?どう見ても、シェリルさんはコウに……」

「姫の事じゃないわよ……、ハァ、もういいわ」

 

 そう諦めた様に溜息をつくユイリの姿に、俺は怪訝に思いつつ、そういえばと考える。

 

(……よくこんな事を言われんだよな、どういう事なんだよ……?)

 

 別にユイリに限った話ではない。いや、特にユイリから言われる事が多い気もするが、ヒョウといった仲間連中や冒険者時代の後輩たちからも度々聞いた台詞だ。聞かれる度に何を馬鹿な……と思っていたが、あまりにも……。

 

(俺の周りは男ばっかりだぞ……?そりゃユイリは違うけど、コイツが俺にって事はねえし、俺だってそんな気はねえ。仲間だって男だし、シーザーらだって……)

 

 それはシーザーの同僚や依頼(クエスト)で一時的に組んだ奴らの事まで挙げ出したらキリがねえが……、少なくともそんな仲になった事は一度だってない。そもそも、そんな気が起こった事自体、シェリルさんを知った時くらいで、それだって彼女の様子を見てすぐに自分の中で留めている。

 

(まあいい……、さっさとこの調査とやらを済ませて、今日もまた『天啓の導き』で一杯やりたいもんだぜ)

 

 最近、サーシャの作る料理はコウの奴に影響されてか、格段に美味いメシを作るようになっている。いや、元よりパスタ等の彼女ならではのメシで美味いと思っていたが……、チョウミリョウやら何やらがふんだんに肉や魚、野菜にまで使われていて、味というものが際立つようになってきたのだ。俺としても格調高い『清涼亭』に行くよりは、気心の知れた『天啓の導き』の方が落ち着くし、サーシャの料理の腕があがってくれる事は有難い。

 

「そういやサーシャともそろそろ10年くらいの付き合いになるか……」

「ん……、何か言った、レン?」

 

 独り言に反応したユイリに何でもねえよと答えつつ、サーシャの事を考える……。

 

 俺が冒険者ギルド『天啓の導き』に所属したほぼ同時期に、同じく新人の受付嬢として配置されてきたのがサーシャだ。このストレンベルクでは10歳になった子供は平民、貴族を問わず皆、王国で行われる才能や能力(スキル)を判別する鑑定を受ける事となり、俺はその結果、戦闘職である剣士に初めから就く事が出来るほか、それに追随する能力(スキル)や才能がある事がわかって、冒険者としてやっていく事になったが、サーシャは内務職、コンセルジュやらの才能があったらしい。聞いた話だと、どっかの貴族の令嬢であったようだが、ストレンベルクにおいても中々に稀有な才能であったようで、将来の為にも早いうちに経験を積ませたいという事で冒険者ギルドの受付嬢に抜擢されたらしい。

 

 俺も経験があったが、彼女もそうだったようで、周りが殆ど年長である冒険者たちから子供故に舐められる事が多く、辛く悔しい体験をし、人知れず泣いている場面も見た事がある。同じくガキだった俺はサーシャに親近感を覚え、また彼女も色々話してくれるようになり、冒険者につく直接の担当となった時にはお互いに信頼できる相手となっていた。

 

 そこで俺はふといつも身に着けている手製のお守りに目をやる。サーシャから貰ったお守りで、何時ぞやの魔物討伐依頼で不覚をとって瀕死の重傷に陥ったあとに貰った物だ。俺が憧れる切欠となったあのガーディアス・アコン・ヒガン隊長に助けられて……、意識が無いままの俺はそのまま冒険者ギルドに運び込まれて、ギルド所属の神官や医療士によって一命は取り留めたものの……、その時のサーシャの取り乱し様は凄かったらしい。中々目覚めなかった俺をほぼ付きっきりで看病してくれた様で、意識を取り戻した時には泣きつかれて戸惑った事を覚えている……。

 

(情けないやら申し訳ないやらで……、それで、もう泣かせないように、もっと強くなろうと思ったんだっけな)

 

 そして彼女からこのお守りを贈られて……、今まで以上に鍛錬に励むようにした。こんな思いを自分も、そしてサーシャにもさせたくなかったから……。

 その後、冒険者としてさらなる経験と力を身に着けて、自身のランクも上がっていき……、Aランクの冒険者となり『天啓の導き』での筆頭実力者となると、憧れだったあのディアスさんがマスターとなっている王城ギルド『王宮の饗宴(ロイヤルガーデン)』の時期メンバー候補として、王国の方から声が掛かり、仲間たちと一緒に一兵士として所属する事になったのだ。

 サーシャは喜んでくれると同時に……、『天啓の導き』から離れるという事には寂しさを覚えたようだったが、別に『天啓の導き』と全くかかわりが無くなる訳では無いし、そんなに今までと変わらないと伝えると、苦笑しながらレンさんらしい等と言われた事を覚えている。

 

 10歳で戦闘の才能を見出され、冒険者ではなく王宮の兵士として在籍していた奴らと混じって遠征やら任務、訓練と挑み……、ついに王城ギルドの所属となって今に至る訳だが、まさかすぐに俺の下に新入りが……、それも話しに聞く、世界の危機に現れるという伝説の勇者がこの『王宮の饗宴(ロイヤルガーデン)』に加入してくる事になるとは思わなかったが……。

 

「よし……、じゃあ今度はこっちを探索してみようか!」

「おいおい……、下に降りる階段があるのに、何でさらに探索するんだよ……」

 

 そんな風に感傷に耽っていると、前を行くコウ達の声にハッと我に返る。

 

 ……その勇者とされる人物は、俺から見ると変わった奴だった。命のやり取りがなかった世界からやって来たようではあるが、それにしても非常に甘く、自分を襲った魔物にすら怯えているからと見逃すような奴だ。ユイリに聞いたところ、王女から貰った星銀貨5枚というとんでもない大金を、シェリルさんを助けたかったからという理由で全て放出してしまったらしい。他にも国宝級のレアアイテムを手放したり、料理などで得られる筈の利権なんかも放棄しているという事で、金に興味が無いのかと思いきや息抜きに連れて行ったカジノに嵌まり、遊ぶ金欲しさに依頼(クエスト)を請けようなどと言い出すほど、本当に読めない男である。

 さらには今のやり取りのように、階段見つけたならさっさと降りればいいものの、宝箱があるかもしれないと階層全てを探索しようとしたりするなど、変な拘りもある。そして、一度決めたら妥協はしないようで、ユイリあたりが窘めても意思は変わらないという頑固なところもあり、大抵の場合ユイリが振り回されていたが……。

 

(ま、俺としたらわかりやすい分、何処かいけ好かないもう一人の勇者殿よりは好感が持てるけどな)

 

 勇者に相応しい確かな強さ、実力は認められているものの、異性関連で問題があがり、金にがめつく、偽りばかりと聞いているトウヤと比べたら雲泥の差だ。またコウは、陣形、兵法にも自身の考えを持っているようで、学者、研究者の職業にも就けるなど、学識もあるし、現時点ではトウヤに劣ると云っても才能や潜在している力は計り知れないものを感じる。一本取られたからいう訳ではないが……、いくら『重力魔法(グラヴィティ)』という、ほぼアイツ専用の反則魔法があったとしても、訓練し出して一月も経たないコウが、俺はおろか、あの英雄とも称されるグランにまで戦える力を身に着けるという事自体、普通は考えられない事なのだ。

 

(とはいえまだまだ未熟な事には変わりねえし、何処か危なっかしいとこもある。ユイリの言葉じゃねえが、放っておけないってのも頷けるな……)

 

 よく言えば人を惹き付ける何かがあるのかもしれないが……、今はそんな事を考えている場合じゃねえな。取り合えずは階段を無視して通路に向かったコウたちに続くべく、苦笑しつつも、ついていくのであった……。

 

 



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第28話:新たな階層

 

 

 

「グオオオオッ!!」

「あと少しで倒せるな……、ジーニスッ!!」

「ああ!上手く合わせろよ!!」

 

 第5階層にて、『泰然の遺跡』のボスモンスターとして配置されていたリカントと呼ばれる狼の獣人の魔物と交戦する僕とジーニスは、連携するようにしてダメージを与えていき、苦痛の咆哮をあげた魔物に対し、そのようにジーニスと示し合わせるとミスリルソードを握り締める。

 

「今だっ!『疾風突き(チャージスラスト)』!!」

「うおおおおっ!!」

 

 ふらつくリカントの胸元に狙いを定め、剣を構えると、僕は突進する攻撃技である疾風突き(チャージスラスト)を繰り出した。同じく僕を伺っていたジーニスも同様の技を発動させ、リカントに肉薄し……、

 

「グワアアァ……ッ」

 

 

 

 RACE:リカント

 Rank:18

 

 HP:0/60

 MP:18/32

 

 状態(コンディション):憔悴

 

 

 

 ボスモンスターであったリカントのHPが0になったのを確認し、膝をつきながら前のめりに倒れたそれが魔石になるのを見て、漸く僕は一息つく。

 

「漸く終わったか、もっと早くに仕留められたというのにお前らときたら……」

「そう言わないでよ、レン……、初めて戦う魔物なんだ、慎重に戦ってもいいじゃないか」

 

 やれやれとでも言いたげにやって来たレン達に僕は答えた。この5階層のリカントを倒すまで、基本的に僕とジーニスだけで攻略してきた為、レン達は全く消耗していない。これから先の新たに出現したという第6階層に挑むには理想的状況となった筈だ。

 僕とジーニスに至っても、それほど消耗している訳ではない。まぁ、魔法力は消耗しているし、無傷とはいかなかったが、ジーニスの下に来たフォルナによって、体力回復の為の治療を受けはじめており、僕の方にも……、

 

「お疲れ様です、コウ様」

 

 労うようにそう話しつつシウスを伴って僕の傍までやって来たシェリルが、すぐに神聖魔法を掛けてくれる。傷などを癒す『癒しの奇跡(ヒールウォーター)』に加え、疲れといった倦怠感を特に癒すという『疲労快復の奇跡(デファティーグ)』まで施してくれている間に、シェリルに預けていたぴーちゃんが飛んできて僕の肩に止まった。

 

「ピィッ!」

「全く、お前もこんな所までついてくるなんて……」

 

 清涼亭で待っていろと言ってもどこ吹く風に僕らについてきたこの愛鳥に苦笑していると、ユイリから魔法薬(エーテル)が渡された。

 

「飲んでおきなさい、ここから先は未知数で何が起きるかわからないから」

「ん……了解」

 

 僕はそう答えて魔法薬(エーテル)の蓋をあけてそれを飲み干し、MPが回復する実感を感じながら、先程のリカントとの戦闘を振り返る。

 

(今のは上手くいったな、確か『エックス攻撃』……だったかな?)

 

 昔プレイしたゲームにそんな連携技があったように記憶しているが、早い話は左右から接近して交差するという単純明快な技である。ただもう一人と呼吸を合わせて繰り出さないと、2回続ける突撃となる為、ある程度の意思疎通は必要となるが、5階までずっと一緒にダンジョンを攻略してきたジーニスとはタイミングを合わせやすかった。

 多少寄り道はしたが、ここまでは順序に降りて来られたとは思っており、こうして大した怪我も消耗もせずにボスモンスターまで倒せたのは、やはり彼の助言のおかげであるだろう。

 

『コイツがああいう体制になったら強烈な横なぎがくるぞっ』

『ああなったら攻撃はこなかった!今がチャンスだ!!』

 

 それ以外にもここまで来る道中に様々な助言があり、特にあの『魔物襲来(モンスターインベイジョン)』は教えてくれなければ余計に消耗してしまったに違いない。

 

「何はともあれ……、この5階層までは攻略したから、ここから先はお願いするよ、レン」

「ああ、お前らのお陰でこちらも体力を温存できた。こっからは隊列を変えるぜ……っ!」

 

 そう言ってレンは的確に僕たちの隊列を変更してゆく。先頭をレン、そのすぐ後ろをウォートルが固め、2列目にジーニス、フォルナ、レイアと続き、3列目をシェリルとシウス、そして僕……、最後尾はユイリといった隊列となった。

 

「本当なら役割から考えても、ユイリと俺の位置は変更しておきてえが……、何が起こるかわからねえし、俺がまず対処する。場合によってはユイリにも『影映し』で対処してもらうかもしれねえが、基本的には最後尾から警戒に当たってくれ。コウ、お前はその補助だ。最悪の場合は殿も努める事になるが、そこまでの状況になったら、レイアさんたちと一緒に撤退しろ。いいな?」

「……了解」

 

 その位置的に、僕は前よりも後ろからの魔物に注意するといった感じか……。何があっても臨機応変に対処できるというのがコンセプトのようだ。

 

「じゃ、行くぜ……、気を抜くんじゃねえぞ!」

 

 レンの掛け声とともに、僕たちは5階層の崩れた壁より現れた階段へと足を踏み入れたその時、

 

(っ!?な、なんだ!?今の、気配は……っ!)

 

 ゾクッと寒気にするような妙な気配に周りを見回すも、特に変化はない……。いや、僕の隣にいたシェリルはやはり何かを感じたようで、僕の服の裾をギュッと摘まむようにしていた。

 

「……どうしたの、コウ?」

「何か、おかしな気配というか……、視線を感じたんだけど……」

 

 僕の様子が気になったのだろうか、そう問い掛けてきたユイリに答えると、前を歩くレン達も僕の方を振り返っていた。

 

「俺は特に感じなかったが……、ユイリ、どうだ?」

「……私も感じなかったけれど、もしかしたら監視していたのかもしれないわね……。千里眼の類の魔法で6階層に入る者を見ていたのかも……」

 

 監視、か……。するとその相手はこの先にいるボス、という事かな?

 そんな事を考えながら、僕は隣のシェリルを伺うように、

 

「大丈夫?シェリル……」

「……ええ、わたくしも何かに見られているような気配を感じましたが……、今はもう感じません、大丈夫ですわ」

「それなら行こうか。ここで屯していても始まらないし……、6階層に降りたら『目的地探索魔法(ナビゲーション)』と『暗幕魔法(ブラックアウトカーテン)』を使用しておくよ」

 

 レイアの言葉に、僕たちは気を取り直して階段を降りきる。第6階層につくなり、今までと同じように出口が消えてしまうと、すぐさまレイアが先程の2つの魔法を使用した。

 

「わたくし達と道を照らして……、ウィル・オ・ウィスプ……」

 

 さらにシェリルがそう呟くと、僕たちを優しい光が照らした。……彼女のすぐ傍に感じる精霊が、ウィル・オ・ウィスプなのだろう。後で余裕があれば、僕も交流してみたいが、今はダンジョン攻略を優先する。

 

「……『知覚魔法(プレイスラーン)』」

 

 一応僕も先程まで使用していた知覚魔法(プレイスラーン)を使用して、ステイタス領域に地図を表示させる。……あと、やっぱりここは、『泰然の遺跡』の第6階層のようだ。

 

「……階段はこっちのようだ。ウィル・オ・ウィスプのお陰で大分視界は良くなっているが、それでもまだまだ暗いから気を付けるんだぞ」

 

 レイアの示す方向へと歩を進める僕たち。6階層は4階層までの石造りではなく、不思議な物質で作られているような迷宮であった。崩れかけた遺跡という雰囲気ではなく、何処となく荘厳な建物内を歩いているように感じられる。柱1つとってみても、匠の業を凝らしたような造りとなっていて、明らかに今までのフロアとは違ってみえた。

 

「……何か来るわね」

 

 そんな時、唐突に呟いたユイリの言葉に、警戒感を一段階引き上げると、前方よりゴソゴソと何かがやって来るような気配を感じる……。次第にガチャガチャといった擬音語を発する足音が聞こえ始め……、やがてその正体が明らかとなった。

 

「が、骸骨が……、動いてる!?」

「スケルトンナイトよっ!気を付けて!!」

 

 理科の授業で使う様な人体模型の骸骨が動いている姿に慄く僕を余所に、ユイリの呼びかけと同時に戦闘態勢に入るレン達。

 

「……ソーサラーまでいるな。気を付けろよ、コウ。アイツらは、全てCクラスに分類されるモンスターだっ!」

「俺が先に斬り込む……。ウォートルは壁に徹し、ジーニスはそこから隙を見つけて攻撃に加われっ!決して一人で戦おうとするな!コウは後方に気を付けながら、問題なければジーニスたちの援護しろっ!!」

 

 そう指示が飛ぶと同時に、前方のスケルトンたちを切り崩しに掛かるレンに、遅れまいとウォートルたちも動きだす。レイアの忠告によると、あの魔物たちはCクラス、つまりはアサルトドッグたちと同じか、もしくはそれ以上の力を持っているという事だ。僕は、前方のスケルトンたちに向かって評定判断魔法(ステートスカウター)を使っていくと……、

 

 

 

 RACE:スケルトンナイト

 Rank:55

 

 HP:252/252

 MP:38/38

 

 状態(コンディション):正常

 

 

 

 RACE:スケルトンソーサラー

 Rank:60

 

 HP:160/160

 MP:91/91

 

 状態(コンディション):正常

 

 

 

(くっ、強いな……!アサルトドッグより、ランクが高いんじゃないか!?)

 

 確かシウスのランクは今『48』だったと思ったから、通常のアサルトドッグよりは間違いなく高い。どうも骸骨が動いて気色悪いとか不気味だとか、そんな事を言っている場合ではないようだ。とりあえず、加速魔法(アクセラレート)をと思っていると、

 

「……偉大なる大地よ、見えざる結界となりて、選ばれし者たちの盾とならん……『全体堅牢魔法(ディフェンジングウォール)』!」

 

 シェリルの魔法だろうか、淡く、でもどこか心強い光に包まれる。その名前からして、恐らくは防御力を増強する魔法なのだろう。後方から魔物はやって来る様子はなく、僕はレンに言われた通り、ジーニスたちを援護すべく、加速魔法(アクセラレート)を掛けてウォートルたちの下へ急ぐ。

 

「大丈夫かっ!ジーニス!ウォートル!!」

「気を付けろ、コウ……!コイツら、ヤバイッ!!」

 

 彼らのところに駆け付けると、スケルトンナイトの攻撃を盾で必死に防いでいるウォートルからそう忠告を受ける。ジーニスも思うように攻勢に移れないようで、ウォートルの影より魔法で反撃しているようであった。すると、また別のスケルトンナイトがウォートルを狙って、手にしている湾曲した形状の刀身の剣……、確か三日月刀(シミター)と呼ばれる剣を振り下ろそうとしているのを見て、僕は間に入り、

 

「っ!悪い、助かった!!」

「コイツは僕に任せろっ!」

 

 ウォートルにそう応えると、魔物の振り下ろしてきた三日月刀(シミター)をミスリルソードで受け止めながら、

 

(……思ったり反動が少ないな、シェリルの魔法の効果だと思うけれど、これならいけるっ!)

 

 何体もいるスケルトンナイト相手に手こずってもいられない。そう思い僕は、スケルトンナイトの三日月刀(シミター)を弾く様に大きく薙いでディフレクトする。それにより、仰け反る形となったスケルトンナイトの隙を見逃さず、『十字斬り(クロススラッシャー)』を繰り出して、上下左右に斬り裂いた。

 

「グガアァ……ッ!!」

 

 僕の放った十字斬り(クロススラッシャー)をまともに受けたスケルトンナイトは、断末魔の叫びとともにバラバラと骨ごと崩れ落ちる。……アンデッドモンスターというのを初めて目にしたが、映画やゲームでの定法の通り、十字架といった聖属性に弱いのだろう。間を置かずに消滅していき魔石だけが残るのをみて、改めてそう理解していると、

 

「『光輪』っ!!」

 

 そう言ってユイリが後方より光り輝くチャクラム状の物を激しく回転させてスケルトンナイトたちの群れに放り投げていた。その光輪という物に当たり砕けたスケルトンナイトは先程と同じようにグズグズと消滅していく……。さらに、残りのスケルトンナイトを滅するべく、レイアとシェリルが同時に魔法を詠唱しており、

 

「「……灼熱の嵐よ、我が前に立ちはだかりし者たちを焼き払え……『炎上魔法(ファイアストーム)』!!」」

 

 2人の美女が放つ火炎の旋風が吹き荒れる嵐となってスケルトンナイトたちを纏めて消し炭に変えていった……。その光景に、ジーニスたちは感嘆し、

 

「す、すげぇ……」

「ボーっとしている暇はねえぞ、ジーニス!!暗黒魔法が飛んでくるぞっ!!」

 

 その声に前方を見据えると、レンが後方に控えていたスケルトンソーサラーのところまで肉薄し、レイヴンソードの一刀の下に斬り捨てるも、別のスケルトンソーサラーたちが魔法を完成させようとしているのが見えた。

 

「……コノ世ハ闇、闇、闇……、間断ナキ暗黒ノ鋼糸ニテ、余ストコロナク蹂躙セヨ……『闇網呪法(ダークウェブ)』」

「……魔法を打ち消ししものは魔法のみ……『対抗魔法(カウンタースペル)』!」

 

 その内の一体のスケルトンソーサラーの詠唱する暗黒魔法には間に合い、相殺できたものの、他のスケルトンソーサラーの魔法までは阻止する事が出来なかった……。妨害も出来ず、完成した『闇網呪法(ダークウェブ)』が僕たちに襲い掛かってくる。

 

「っ!!お前らっ!?」

 

 咄嗟にジーニスを暗黒魔法の範囲外へと強引に押し出すも、初めから壁となって受け止めるつもりだったウォートルは兎も角、ジーニスを押し出す際にバランスを崩した僕もかわしきれず、魔力で出来た黒い網状のものが身体を次々と侵食していく……。

 

「な、何だ、これっ!?」

「体力が、無くなっていく、だと……!?」

 

 一緒に魔法を受けたウォートルがガクッと片膝をつき、その顔色は悪くなっていく。真っ黒に塗り固められたような何かが心を浸蝕してくるようで、精神的にも何かしらの作用があるのだろう。闇の網に蝕まれながらも、僕は剣を持つ手を握り締め、

 

「クッ……!こんな、ものっ!!」

 

 心を奮い起こして、僕は手にしたミスリルソードを襲い来る魔力の網に向けて横薙ぎに一閃させる。淡い光を放つミスリルソードは正確に闇の鋼糸を斬り裂くと、その魔力を雲散させていった。

 

「コウッ!?ウォートルも……!大丈夫なのっ!?」

 

 先程の金色に光り輝く魔力で出来たフープをスケルトンソーサラーたちに投げつけながら、急ぎこちらに駆け付けてくるユイリ。

 

「僕は、なんとか……。でもウォートルが……」

 

 僕の言葉を受けて、すぐさまユイリが彼の状態を診る。

 

「俺も、ぐぅむ……」

「動かないで……。闇網呪法(ダークウェブ)をまともに受けたんでしょう?」

 

 ウォートルは大丈夫とばかりに立ち上がろうとするも……、足元が痙攣して立ち上がれない状態に陥っていた。

 

「コウ様っ!!」

「ウォートルッ!!大丈夫ですか!?」

 

 続いて来てくれたシェリルとフォルナに、ウォートルを診ていたユイリが、

 

「……彼、恐慌状態になっているわ。フォルナ、貴女『恐怖除去の奇跡(レリーフ)』は使えるかしら?」

「は、はい、この間覚えたばかりですが……」

 

 そう答えると彼女は、神聖魔法を詠唱してゆく。僕をも庇っていたせいで、僕よりもまともに受けたのだろう。フォルナも魔法が完成し、幾分ウォートルの容貌が和らいでいくように感じる。

 フォルナと一緒に来てくれたシェリルがひと通り僕の容態を確認して、とりあえず問題が無い事にホッとしつつも『癒しの奇跡(ヒールウォーター)』を掛けてくれていた。

 

「コウ様、大丈夫ですか……?」

「……ああ、君のお陰だよ、シェリル。君がミスリルソードに『魔力付与魔法(マジックコーティング)』を施してくれたから……」

 

 淡い青色の光を放ち続けるミスリルソードを彼女に見せながら僕は答える。『黒の卵(ブラック・エッグ)』から、このミスリルソードを手に入れて以降、シェリルが定期的に僕の剣に魔力付与(エンチャント)してくれていたのだ。

 

 どうもこの世界には、レンの持つ『レイヴンソード』のように、魔法を永続的に付与された武具が存在するという。遥か昔、このファーレルで古代魔法文明が栄えていた頃に、今は失われているという『永続魔力付与魔法(エターナルエンチャント)』を使える高名な魔力付与士(エンチャンター)が施した数々の武具は、名前付きの魔法武具として普通の物とは一線を画す価値があるらしい。

 今でも魔力付与士(エンチャンター)はいる事にはいるが、珍しい職業なのは間違いないらしく、彼らに魔力付与(エンチャント)を頼むのは中々にお金が掛かるという事だった。しかし、ストレンベルクにいる数少ない魔力付与士(エンチャンター)が舌を巻くほどの、それも下手をすれば永続魔力付与魔法(エターナルエンチャント)にも匹敵するのではないかという程の強力な魔力付与(エンチャント)が施されていると言われ、改めてシェリルの非凡な才能に驚かされたものだ。

 

 元々、ミスリルという素材は魔法と相性がいいという事だけど、それでも魔法を斬り裂くほどのものだなんてね……。

 

「まだ、気は抜くなっ!!数は減ったが、魔物どもはまだ残ってんだ、油断するなよ!!」

 

 レンがそう叫びつつ、上下に袈裟斬りを放つ剣士の技『二段斬り(ダブルスラッシュ)』を繰り出して、前方にいるスケルトンソーサラーを蹴散らすのを見て、僕は我に返りながら状況を確認する。どんどんと残っているスケルトンソーサラーを屠っていくレンに、一体ずつ暗黒魔法を使われる前に阻止しながら対峙しているジーニス、そして、シェリルに命じられたのか、彼女の下を離れて、スケルトンソーサラーに馬乗りになっているシウスを確認するも、まだそちらまで手が回らずに邪魔が入る事もなく魔法を使おうとするスケルトンソーサラーの姿も目に入ってきた。

 

(マズイッ!もう、対抗魔法(カウンタースペル)も間に合わない……!)

 

 また、あの闇網呪法(ダークウェブ)が飛んでくる……!僕は魔法に備えるよう警戒したその時、

 

「……この世は全て音無き世界、沈黙こそが答えなり……『沈黙魔法(サイレンス)』!」

「ガッ!?…………ッ!!」

 

 僕たちの後ろで詠唱していたレイアの魔法が完成したかと思うと、暗黒魔法を唱えようとしていたスケルトンソーサラーたちが一様に動揺が走る。沈黙魔法(サイレンス)……、相手の声を封じる魔法で、魔物たちの詠唱が途中で途切れたのを見逃さず、

 

「よし、一気に畳みかけっぞ!!魔法が使えなくなったソーサラーどもなんて、リカント以下の雑魚だっ!!」

 

 号令をかけるようにレンが叫ぶのに従って、ジーニスたちやユイリ、僕も加わって次々とスケルトンソーサラーを骨屑へと変えていく……。やがて、全ての魔物を倒し終わったのか、新たに魔物が再出現(リスポーン)しないのを確認して、漸く僕たちは一息つく事が出来た。

 

「全員、生きてんな……。お前らも、よく頑張ったな」

 

 レンがレイヴンソードを肩に担ぎつつ、そのように労ってくる。

 

「あれだけのスケルトンどもを倒したんだ。お前らも大分ランクが上がったと思うが……、それにしても6層でこれかよ……。とても初心者が降りられるってレベルじゃねえぞ……」

「そうね、初心者だけで挑んでいたら大変な事になっていたわ……。どうする、まだ探索を続ける……?」

 

 確認するようにしてユイリが皆を見渡すようにそう疑問を投げかけると、

 

「……とりあえず、あのスケルトンどもにはこのパーティメンバーなら対応出来るだろ。ここで戻ったところで、シーザーらもいねえ今、俺たち以上のパーティがいるとは思えねえし、早く攻略しねえと誰か犠牲者がでんぞ……。何せ『初心者ダンジョン』だかんな、ここは……」

「コウやジーニスたちも何とか戦えているしね……。姫様たち級の魔法の援護もなかなか得られないでしょうし、『全体堅牢魔法(ディフェンジングウォール)』があればスケルトンナイトからの攻撃で致命傷は受けないでしょうから……」

「……必要なら『魔法防御魔法(マジックバリア)』も使いましょうか?それならば、スケルトンソーサラーの暗黒魔法にも精神力を活性化させれば、耐えられるようになると思いますし……」

「いや、ボクが出来るだけ早く『沈黙魔法(サイレンス)』を唱えるようにするよ。支援系の魔法は魔力の消費も大きいし、シェリルの使う魔法は効果も高く、結構高度なものだし……。シェリルの魔力は回復魔法の事を考えて、温存しておいた方がいいよ」

 

 ……どうやら方針は決定したようだ。確かにレンの言う通り、レンやユイリの戦闘力に、シェリル、レイアの魔法が加わってどうにもならないならば、ストレンベルクの第一級の戦力、それこそグラン達騎士団を投入しなければならない事になる。そう思っていると、レン達の視線が僕に集まっている事に気付いた。

 

「……コウ、お前が判断しろ。お前が無理だと感じれば戻る事にする。勿論、俺たちが駄目だと判断したらすぐに撤退する事は変わらねえが……、コウ、率直に言ってくれ。どうだ?」

「…………続行しよう。レン達の言う通り、この面子なら対応できると思うし、僕やジーニスたちの経験にもなっている……。強くなる為にはこんな修羅場に近い状況も体験しないとならないんでしょ?」

 

 僕の回答を聞いて、皆、苦笑交じりに頷く。

 

「そうね……、でも、気を付けて。ここは想像していた以上に一筋縄ではいかないわ。これ以上危険な状態になったら、すぐに撤退しましょう」

「ああ、ボクは何時でもダンジョンから脱出できるように『離脱魔法(エスケープ)』の準備はしておくから……。ボクから半径5メートルの人たちに効果があるから、位置取りは注意してほしい」

 

 そんなユイリとレイアの言葉に頷いて、僕たちはダンジョン攻略を再開するのだった……。

 

 



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第29話:最奥で待ち受けし者は……

 

 

 

「……今、何層だ?色々ありすぎて、何階層降りたかも分かんなくなってきたぜ……」

「……14階層だよ、レン」

 

 ウィル・オ・ウィスプの助けを借りてもなお、何処か薄暗いような印象を受ける回廊を進みながら、前を歩くレンがぼやく様に呟いた言葉に対して答える僕ではあったけど、彼がぼやきたくなる気持ちはわかる……。新しく出来た6階層に降りて早々に、あのスケルトンたちに襲われて以来、ありとあらゆる仕掛けで、この『泰然の遺跡』の探索を阻もうとしてきているのだ。

 

 あのスケルトンたちの襲来に続いて、如何にも幽霊といった感じの、白い霧のような魔物である『ホワイトレイス』や、邪悪な意思の集合体であるという『邪霊の群集(イービルボイス)』、異臭のする腐乱死体のようなものが徘徊している『動く死体(リビングデッド)』と、実体が無かったり、既に生物の活動を終えたような魔物たちに襲われ、どうにか対処したかと思えば……今度は動く死体(リビングデッド)どもが勝手に起動させた(トラップ)によって、大量の水を浴びせられそうになったり、猛毒の瘴気や沼を発生させたりと、他にも散々な目に合わされたものだった……。

 

(続行しようなんて言っておいてなんだけど……、やっぱり戻っておけば良かったかな?)

 

 階層を降りるにつれて、ダンジョン内の雰囲気も一段と禍々しくなっている様にも感じ、6階層での判断を後悔する気持ちも僕の中で出始めている。

 

 7階層以降も同様にアンデッドモンスターに至る所で遭遇し、そんな中で発見した宝箱は、『ミミック』と呼ばれる宝箱に擬態した魔物だったのだ。新たな階層以降に見つけた初めての宝箱という事で、何かいい物でも入っているのかと期待した僕たちの心を見事にへし折ってくれた。

 そんな働きをしてくれたミミックだが、その1体だけとは留まらず、なんと見かける宝箱全てがミミックという何とも言えない嫌がらせ仕様で、もう宝箱を見かけても心躍るどころか、無表情でそれを探り、先手を打ってユイリが仕留めるといったシュールな光景が展開される事になっている。

 

 挙句の果てには、9階層で次の階段を見つけた際に、『目的地探索魔法(ナビゲーション)』を使用していたレイアが、おかしいと指摘し……、調べてみたところ『カイダンモドキ』という階段に化けたモンスターだと聞かされた時には、肉体的にも精神的にもヘトヘトになってしまっていた。

 

「……やっぱり、10階層に降りてもまだ先があるとわかった時点で、戻るべきだったかしらね」

「どうだろうね……、むしろここまで降りたからには、体力が続く限り探索しようってなったし。だって、またこんな思いするのは御免だよ」

 

 幸い、レンやユイリ達がそれらの仕掛けに対応できていたので、その時はそのまま進もうという事になったが……、むしろ、レン達が居なければ、間違いなくここまで降りられなかった事もまた事実である。

 

 レンの今までの経験則に基づく判断や、出てきた魔物を的確に倒していく戦闘力は、これまで幾度となく僕たちの危機を救ってくれたし、ユイリの固有技である『槍衾』……、別名『ファランクス』は、動く死体(リビングデッド)が自沈覚悟で起動させた、殺傷効果の高そうな矢がフロアの四方より満遍なく飛んでくるという(トラップ)に対して瞬間的に障壁を張り、僕たちを守ってくれたり、宝箱がミミックかどうかや、フロア内に(トラップ)があるかどうかを判断してくれていた。

 実際のところ、僕たちが起動してしまった(トラップ)は、ここまで1つも無く、全て動く死体(リビングデッド)たちが起動させたものだけである。……本当に、余計な事をしてくれる忌々しい魔物だ。

 

 さらにレイアだが……、そもそもな話、彼女の『目的地探索魔法(ナビゲーション)』が無ければ此処までダンジョンを降りる事自体出来なかっただろう。最短距離で階段までの道筋を探り、導いてくれる事に加え、途中で毒の沼地を切り抜ける際に使用した『浮遊魔法(フローティング)』や、魔物たちを撃退する数々の攻撃魔法は、流石は大賢者の弟子というべき強力な物で、厄介なアンデッドモンスターを倒す一助となっている。

 彼女にはシェリルと共に、模擬戦や戦闘訓練、依頼(クエスト)等の合間に、魔法について色々学んでいたから、レイアの魔法の凄さは知っていたつもりだったものの、かなり高等な炎系統、氷系統、光系統と、様々な属性の古代魔法を使いこなし、さらに使おうと思えば他の属性の魔法でさえも一通り使えるという事で、とても頼もしく思ったものだった。

 

 最後にシェリル……。彼女の存在もまた非常に大きかった。恐怖や毒、呪いといったあらゆる状態異常にすぐさま対処、治療出来る事は勿論の事、ホワイトレイスや邪霊の群集(イービルボイス)が使用してきた『ランクドレイン』という、自分たちからランクや経験値を吸収する非常に厄介な特殊能力に対し、神聖魔法で無効化してくれた事は、レン達がとても感謝していたのを覚えている。

 さらには『破魔の祈り(シャットアウト)』によって、魔物に襲われにくくしてくれたり、大地の精霊であるノームに命じて、(トラップ)を発動させようとする動く死体(リビングデッド)の動きを封じてくれたりとこれだけでも十分すぎるくらいに活躍してくれていたが、シェリルの一番のファインプレーは『魔物襲来(モンスターインベイジョン)』を回避してくれた事だ。

 12階層にて、フロアに出た途端に次々と魔物たちが湧き出すのを見た瞬間、僕たちを通路まで戻るように伝え、すぐさまその出入口に『土塊魔法(アースウォール)』を掛けて僕たちを追って来れなくしてくれた。壁をすり抜けて襲ってきたホワイトレイスには別途対応する必要があったが、無用な戦闘をする事なく、回避してくれていなかったら、今頃どうなっていた事か……。

 

「……この分じゃボスモンスターは『首無し騎士(デュラハン)』辺りじゃねえのか?とても『泰然の遺跡』の延長上のダンジョンとは思えねえよ」

「あと、何階層まであるのかも問題ね……。15階層に降りてもまだ続くようなら、一度戻った方がいいわ。間違いなく、ここはコウ達が降りちゃいけない類のダンジョンだから……」

 

 レンとユイリのやり取りを聞いて、確かにそうだ、と思う。いくら今、対応できていたとしても、今後も対処し続けていけるかどうかはわからない。ユイリの言う通り、僕やジーニスたちが対処できるレベルはとうに越えていて、いつ最悪な事が起こってもおかしくない状況である。

 

「……一応、次の階段は近いよ。次のフロアに出たら、多分すぐの筈だから」

 

 レイアも疲れた様子でそのように告げてくる。疲れているだろうな、そんな事を考えながら彼女の方を伺うと、その視線に気付いたのか、

 

「ん?どうしたんだ、コウ?今、ボクの方を見ていたか?」

「いや……疲れてそうだなって思ってさ。レイアだって、今日こんなダンジョンに挑む事になるなんて思ってもいなかっただろう?」

 

 レイアが僕たちに会いに来たのは、とどのつまり、僕の帰還に関する事を伝えに来たのが目的だった筈なのだ。

 

「まぁ、確かにね。でも、何時ボクたちにどんな依頼が来るかもわからないからさ。それこそ、王宮の騎士たちだったり、今回のようにギルドからだったり……。いつでも対応できるようにしておかないと……、って、そうだ!色々あって忘れてたっ!」

 

 そう言ってレイアは収納魔法(アイテムボックス)を操作して、何やら料理を入れたタッパーウェアを取り出し、その蓋を開ける。これは……、唐揚げ?

 

「最近、カラアゲっていう食べ物が一部の店で流行りだしているんだ……。ボクもちょっと作ってみたんだけど、一つどうだ?」

「ゑっ!?ちょ、ちょっと待って下さい!貴女が……作った!?」

 

 レイアの話を聞いて血相を変えたようにやって来たユイリが、レイアに詰め寄ると、

 

「……何だ?ユイリ、いきなり……」

「急に何を言っているんですか!しかも、こんなところで……っ!」

 

 ……何やら揉めているな。そういえばレイアとユイリは前にもこのようなやり取りをしていたっけ……。単なる知り合いといった風でもなく、結構親し気な雰囲気も感じられるし、今度聞いてみようかと思っていたのだったが、

 

「先日も水を差してくれたよね、ユイリ……。何かボクに思うところでもあるの?」

「そんなものなんてありませんけれど……!ただ、貴女は普段料理なんてしないじゃないですか!何もこんなダンジョンで出さなくても……っ!」

「いいじゃねえか、ちょうど小腹もすいたし、1つ、いいっすかねぇ、レイアさん?」

 

 2人のやり取りを聞いてきたのか、ヒョイっとレイアの持つタッパーから唐揚げ?を摘まむとそれをそのまま口に放り込むレン。

 

「あっ……!」

「ちょっと、レン!!勝手に何をっ!」

 

 もぐもぐと咀嚼するレンに、ユイリだけでなく耄けていたレイアもハッとしたように詰め寄ると、

 

「こらっ、レンッ!食べるなとは言わないけど、いきなり食べる奴があるかっ!!」

「そもそも、まだ食べられる物なのかもわかっていないのよ!?今、ここで食べて、もし何かあったら……っ!」

 

 聞いていると結構失礼な事を言っているユイリ。最も、さっきチラッと見かけた感じだと唐揚げなのかなって思う物でもあったのだけど……。

 

「……ん?それって何か、ボクが作ったカラアゲに問題があるというのか!?」

「い、今はそんな事を言っている場合では……っ!」

「モグモグ……いや、ちゃんと食べらるっす……ゴホォ!?」

 

 急にゴホゴホとむせ返すレンに、周りはシーンと静まり返る。み、水……、と呻きながら咳き込むレンとこのダンジョンの雰囲気がどうもアンバランスで……、ってそんな事を言っている場合ではないか。

 慌てて、持ち込んだ水を取り出して、レンに飲ませる。念のため、シェリルも食中毒や腹下しにも効果のあるという『解毒の奇跡(デトックス)』の神聖魔法をレンに掛けたところで、

 

「ふぅ……、口ん中が火傷するかと思ったぜ……」

「ゴ、ゴメンな、レン……、でも、何が悪かったんだろう?」

「……そもそも、ちゃんとレシピを知っていて作ったんですか?『唐揚げ』は誰かさんのせいで、レシピが公表されていないので、まだ『清涼亭』と『天啓の導き』でしか出されていない物なんです。見様見真似で作ったのなら……こんな風にもなりますよ」

 

 ジト目で僕を見ながらユイリがそう説明している。はいはい、僕のせいでしたねと心の中で彼女に応えながら、レンの様子から察するに原因は恐らく……、

 

「サ、サーシャからある程度は教わったぞ!?ま、まぁ少しはボクもアレンジをしてみたが……」

「それが駄目だったんじゃないんですか!?あのレンが(・・・・・)料理の事で撃沈するなんて普通じゃないんですよ!?」

「……多分、胡椒の使いすぎで噎せたんだよ。もしかしたら、それ以外にも辛みの元があったのかもしれないけれど……」

 

 ユイリ達の話に入り込みながら、僕も彼女のタッパーからそれを摘まみ、驚く2人を余所に口に入れてみると、

 

(辛っ!!予想以上に、激辛だ……。衣にする小麦粉に胡椒を満遍なく加えてもこうはならないぞ……)

 

 すぐさま水を飲み、口の中を綺麗にしながら僕はそう考える。これでも辛い物は比較的食べられていた僕でも、これは結構キツイ。おまけに唐揚げに使った肉も火が通りすぎてウェルダンというよりも焦げ付いてしまっている。……まぁ、食べられるだけマシといえるかもしれないけど。

 

「だ、大丈夫か……?別に、無理して食べなくても……」

「……食べ物を食べられない物にする必殺料理人とかに比べたら、君のは普通に食べられるよ、レイア。調味料とかがほとんど料理に使われていなかったこの世界で、手探りで作ったのなら、コツを掴めばすぐ上達するんじゃないかな?」

 

 ……元はといえば、ユイリの言う通り、面倒くさがってレシピを公表していない僕にも責任はあるかもしれない。この件について、何時までも放置しておくと、僕の知らないところでややこしい事になるかもしれないから、そろそろ真面目に考えるか……、そう考えていたらレイアが何やら感激したようにこちらを見ていて、

 

「じ、じゃあ、コウ!これから毎日作ってくるから、お昼時にでも味を見て貰えないかな!?」

 

 ……どうしてそうなった?あれ?僕、何かレイアからそんな事をして貰えるようなフラグって立てていたっけ……?確かに彼女とは魔法の事や、学者の延長上で就く事が出来るようになった研究者の件などで色々話す事はあったけれど……。そもそも20数年生きてきて、異性から誰彼構わず好意を持たれる能力なんて、持ち合わせていなかった筈だ。

 

「……まぁ、レイアがいいなら、僕は別に……」

「お、お待ち下さい!レイアさん、お昼は何時も、わたくしがコウ様にご用意させて頂いているんです!偶にと仰るのならばまだしも、毎日というのは……っ!」

 

 了承しかけた僕に、珍しく慌てた様子でシェリルが会話に割り込むように入ってくる。

 

「……いいじゃないか、シェリルはシェリルで作ってくればいいだろう?そこにボクが入るというだけで……」

「駄目です!唯でさえコウ様は小食ですのに、そこにレイアさんが入って来られると、間違いなくお食事が進まなくなってしまいます!もし、それでコウ様がお身体を崩されたとしたら、どうなさるおつもりなのですかっ!!」

 

 ……仕事していた時は、忙しすぎてお昼を食べない事が多かったからな……。漸く、今の生活に少しずつ慣れてきたとはいえ、食事に関しては白米が食べられていないせいか、さらに小食になりつつある事もまた事実。

 ユイリが取り寄せるよう手配してくれている、和の国の『米』というのが、果たしてどういう物なのか、期待半分諦め半分で待っているという状況ではあるけれど……。

 

「まあまあ……、シェリル、何をそんなに熱くなっているんだ?別にそれ位の事……」

「良くありませんっ!その位だなんて、仰らないで下さいっ!貴方とのそういった時間を、わたくしはとても大切にしているんですっ!!」

「は、はいっ!ごめんなさいっ!!」

 

 こ、怖っ!?いつも優しいあのシェリルが……、どうしてこんな事に!?っていうか、この2人、実はあまり仲が良くなかったのか!?

 そんな事を思っている間にも、彼女たちの会話はますますエスカレートしていく……。

 

「……これまでは君の境遇もあったから、ボクも大人しく見てたけど……!これからは言わせて貰う!」

「その仰り様はズルいです……っ!わたくしだって、レイアさんには遠慮しておりましたけれど、言わせて頂きますわっ!この間だって『近くに来たから……』等と偶然を装って、清涼亭までいらしたじゃありませんかっ!折角、コウ様には穏やかに寛いで頂いていたのに……!!」

「それ位はいいだろう!?そういう時間は、今までは全部シェリルが独占していたんだからっ!!」

「そうでしょうか!?前々からよく、わたくし達の間に入ってくる形で、レイアさんがいらしてらっしゃいましたよね!?独占なんかじゃありませんわ!!」

「「む、むぅぅ~~っ!!」」

 

 頬を膨らませながらお互いを睨み合うその姿も何処か可愛いと思ってしまう僕も僕だが、いつ何が起きるかもわからないダンジョン内で、こんな事をしている訳にもいかない。

 固まっていたレン達を促し、ユイリの力も借りて2人を説得し、後で話し合いの下、僕も出来る限り協力するという形で一先ず落ち着きを取り戻したようだった……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「とりあえず、魔物襲来(モンスターインベイジョン)はないようですね……」

 

 俺の隣を歩く僧侶服に身を包んだフォルナが、ホッとしたように声を漏らす。同じ村出身の幼馴染でもあるフォルナは、見ただけでわかる程疲労困憊しており、そろそろ限界も近いのだろう。かく言う俺も、似たようなもので、10階層を越えた辺りからもう碌に身体も動かなくなってきていた。

 

「まだ、気を抜くのは早いわよ、フォルナ……。何も魔物襲来(モンスターインベイジョン)はフロアに入った瞬間に発生する訳ではないわ。フロアに入って暫くした後に発生する事だってあるし、通路でいきなり魔物襲来(モンスターインベイジョン)が起こったという報告もあるの」

 

 すると一番後ろに控えていたユイリさんがそっと前に出てくると、フォルナに対しそう話しかけてくる。

 そろそろ15階層への階段も近いという事で、新しいフロアに出た俺たちだったが、そのフロアは入ってきた出入口以外に他の通路は見当たらなかった。そのフロアのど真ん中にはこれ見よがしの宝箱が置いてあり……、その宝箱を今までの様に探る為にユイリさんが向かう中で、先程の言葉を続ける。

 

「このダンジョンでは今まで見られなかったけれど、一応覚えておいて貰えておいてね……?そういう想定が出来ていないと、何時かは命を落とすわ。常に何が起こるかわからない、そんな緊張感だけは、無くしちゃダメよ。無茶させているのは私たちだから、あまり大きな声では言えないけれど……、あと少しだけ頑張って貰えるかしら?」

「は、はいっ!わかりました、ユイリさんっ!!」

「ありがとう、この依頼(クエスト)が終わったら、私が『天啓の導き』でご馳走するから、好きなだけ食べていいわ。さっき、私たちが食べていたケーキでも何でもね」

 

 本当ですかっ、と目を輝かせるフォルナに笑いかけるユイリさん。俺たちの所属する冒険者ギルド『天啓の導き』で自分たちを担当してくれている、俺の憧れの受付嬢、サーシャさんの親友との事だが、フォルナはすっかりユイリさんを尊敬し、憧れを抱いているようだ。

 

 普段は俺のライバルで……、メキメキ腕を上げていっているコウと同じく王城ギルド『王宮の饗宴(ロイヤルガーデン)』のメンバーであり、立場的にはコウの先輩らしいのだが……、傍から見ているとコウやレンさんといった人たちに色々と振り回されている苦労人というようなイメージが強い。このストレンベルクでは珍しい、流れるような長い黒髪を一纏めにしている綺麗なお姉さんといった感じで、遥か遠方にある和の国の女性を指す、『大和撫子』といった言葉が似合うくらい綺麗な人だ。

 

 結構面倒見が良く、姉御肌といったところもあり、俺たちのような新米冒険者にも色々良くしてくれて、サーシャさんと同じくらいに憧れている人でもある。そんなユイリさんが、中央にある宝箱の近くまで歩を進めると、今までと同じように(トラップ)がないかどうか、ミミックではないかを確認していく……。

 

「……どうせミミックでしょ?このダンジョン、嫌がらせの如くミミックしかいなかったし……」

「冒険者としてはあるまじくだが……俺は宝箱を見ただけでトラウマになりそうだ……」

 

 うんざりしている様子のコウに同調するように、もう一人の幼馴染であるウォートルが続く。キラリと光るスキンヘッドのその頭は大量の汗が滲んでおり、ずっとレンさんの隣で壁に徹し続けたウォートルは、俺たち幼馴染の中でも一番消耗しているように思えた。そんな時、一人宝箱を調査していたユイリさんが、自身の見解を述べる。

 

「……ミミックではなさそうね。私の罠探知(サーチトラップ)のレベルはそこまで高い訳じゃないから、絶対とは言えないけれど、宝箱にも(トラップ)はかかっていないようだわ」

「まさかっ!?あれだけ事ある毎にミミックで、僕たちに宝なんて渡すつもりないんだと思っていたこのダンジョンで!?」

 

 驚愕したようにそう叫ぶコウに、ユイリさんの報告を聞いて自分でも調べていたレンさんが、

 

「……俺の罠探知(サーチトラップ)でも、同じだな。ここにペの奴か、若しくはシーザーがいりゃあ確実に分かったんだが……」

「だけど、全く安全な宝箱とは言い難いわね。もしかしたら、先の通路を暴くスイッチ的な役割を果たしているのかもしれないし……」

 

 ユイリさんと同じように罠探知(サーチトラップ)を使って、判断するレンさんに、成程と思う。

 

 ……トレジャーハンターのジョブ・レベルがある程度上がると身に着ける事が出来る能力(スキル)罠探知(サーチトラップ)……。俺もこの間漸く覚える事が出来たのだが、この能力(スキル)は使えば使う程熟練度が上がる。

 基本職に就ければ誰でも習得できる『収納魔法(アイテムボックス)』と同じように、その能力(スキル)や、魔法自体にレベルが設定された特技があるが、彼らのような一流の冒険者を目指すには、それらの熟練度も鍛えていく必要があるという訳だ。

 

 それにしてもさっきのお二人の話だと、このフロア内に隠し通路でもあるみたいな話だが……。

 

「先の通路、ね……単なる行き止まり、という事はないの?」

 

 コウが俺と同じ感想を抱いたのか、そう呟くとコウの傍にいたエルフ族の中でも特に美しい容姿をされているシェリルさんが応える。

 

「……いえ、恐らくこのフロアの何処かに、階段へと繋がる通路が隠されていると思いますわ」

「ああ、そしてその先に15階層へと降りる階段がある筈だ。大まかにはそこら辺が怪しいと思うけど……」

 

 先程までの様子を感じさせずに、そう話すシェリルさんとレイアさんにそっと視線を向ける。あれだけ熱くなっていたのに、今はその軋轢のような物は全く感じられない。元よりお互いを嫌い合っている訳ではない、その雰囲気からそういった印象を受ける。

 

 ……それはそうだろう、シェリルさん達とは何度も会っているが、俺も彼女らがあのように感情をぶつけ合う姿なんて、見た事も無かったのだから。さっきのだって、仲が悪い、というよりはむしろ……。

 

「……隠蔽されし存在よ、今こそ白日の下に晒せ……『看破魔法(インサイト)』!」

「私もさっき調べてみたけれど、魔法で隠蔽されている様子はないわ。となると何か仕掛けがあるんだと思うんだけど……」

 

 軽いような様子で魔法を唱えるコウを見て、内心で俺は舌を巻く。コウが『招待召喚の儀』によってこのファーレルに呼ばれた勇者候補の一人という事は、王城ギルドの方たちの他では、俺たちやレンさんの仲間の人たちしか知られていない真実だ。

 初めて会った時はコウも戦闘の経験すらなかった新米冒険者だったのにも関わらず、今となっては先程の様に数多くの魔法も習得し、模擬戦においてもレンさん達ともいい勝負が出来ているらしい。

 コウが重力魔法(グラヴィティ)という、己に制限をかけた状態であるならば、互角以上に戦う事も出来るが、ライバルと自称している自分にとっては今の状況はあまり好ましいものではない。

 

 特に驚きなのが、コウの魔法習得に対する才能で、火球魔法(ファイアボール)石礫魔法(ストーンショット)といった魔法を、俺が使っているのを見てあっさり覚えてしまったのだ。

 古代魔法を使える才能があった俺だが、その魔法を覚えるには『魔法大全』を読み、言霊を理解して、自分がその魔法の性質、例えば火球魔法(ファイアボール)であれば、自分の掌の上で炎が球体状になっているというイメージを持てなければならない。

 それにもかかわらずに、コウがすぐに魔法の性質を覚えて使用できるようになるというのは、アイツの頭の中で完全に理解しているからだと考えられるが、普通そんな事はあり得ない。

 

(最も、コウが異世界からやって来た勇者であるから、と言ってしまえばそれまでだがな……)

 

 『招待召喚の儀』にて召喚された勇者として、こちらは既に国中に公表されているトウヤ殿は、長年絶対不可侵(アンタッチャブル)とされていた竜王『バハムート』を見事ストレンベルク山中から追い落としたとして、これまた絶対的な強さを示し、いまやストレンベルクの希望の星として、皆に周知されてきていた。

 ……まぁ俺としては、普段の様子のコウを知っている分、雲の上の存在って感じのトウヤ殿よりは、コウの方が親しみを感じてもいるが……。

 

「それでどうする、コウ?宝箱、開けるか?」

 

 俺がそんな考えに耽っていると、レンさんがコウに対し、判断を委ねていた。最初の第5階層までの指示といい、今回のダンジョン探索はコウの勇者としての成長を促す一環として捉えているのだろう。ユイリさんたちも、コウの判断を尊重しているようだった。

 

「……(トラップ)の可能性が低いのなら、開けた方がいいのだろうけど。何か嫌な予感がするんだよなぁ……」

「気持ちはわかるけどね。でも、開けないならそれでもいいわ。とりあえず、フロア内をもう少し探索してみて……、通路が見つかったのなら別に無視してもかまわないだろうし」

 

 コウの言葉にユイリさんが肩を竦めるようにそう答える。すると、フォルナがユイリさんに気になっていたであろう事を訊ねていた。

 

「ユイリさん、もし宝箱に(トラップ)が仕掛けられていたとして……、一体どんな種類の(トラップ)が存在するのでしょうか?差し支えが無ければ教えて欲しいのですが……」

「そうね……、ミミックも(トラップ)の一種と考えられているけれど、他には『中身紛失』、『大爆発』、『瓦斯噴出』……、後は『毒針掃射』、『警報発動』……。『強制転移』なんてモノもあるわね……。後は宝箱そのものに(トラップ)は無くても、宝箱を開ける事でフロア内に設置してある(トラップ)が連動するって事もあるわ。この宝箱の場合、怖いのはそっちね……」

 

 ……成程な。因みにユイリさんの罠講座はまだ続いており、『瓦斯噴出』にも色々あって、中には年齢をも変化させてしまうガスもあるのだとか、『強制転移』はフロアの何処かに移動させてしまう(トラップ)だが、下手をすると壁の中に転移させられてしまい、そうなってしまうと行方不明扱いとなり、救出できなくなるという、最も恐ろしい罠である等……、一刻も早く罠探知(サーチトラップ)の熟練度を上げる必要があるなと思ったところで……、

 

「きゃあ!!」

「な、なんだ、これ!?」

 

 突如、後ろにいたシェリルさんとレイアさんから悲鳴が上がり、慌てて振り返る。一見変わった事はなさそうに見えたが、悲鳴を上げたシェリルさん達は苦悶の表情を浮かべ、まるで何かに抗うかのような、俺達には見えない何かに捕まっているかのような印象を覚える。

 

「シェリル!?どうしたっ!!」

「コ、コウさまっ!!何かが、わたくしの足元に……!両手にも……っ!!」

「ボクの身体にねっとりと絡みついてくる……っ!ぬるぬるした粘着性のある、まるでスライムのような材質の……っ」

 

 ス、スライム!?あの1階層で見たような、あのスライム!?すぐさま駆けつけたコウがシェリルさんの容態を確認し、

 

「……クリアスライム。ランクが、88だって……!?おまけに、シェリル達を襲っているのは、元々1体で……今は分裂しているみたいだ。さらには、今までは通路を隠す壁として擬態していたらしい……」

「クリアスライム!?そんなスライム、聞いた事ねえぞ!?しかも、ランクが88もあるスライムだぁ!?」

 

 恐らくコウが使えるという鑑定の魔法を唱えたのだろう、信じがたい言葉がコウの口から飛び出してくる。ふと見ると、確かに先程まで無かった、奥に続く通路が自分たちの前に新たに出現していたが……、この、クリアスライムっての隠していたっていうのか!?

 

「う、嘘っ!私にも……!?どんどん這い上がってくるっ!?」

「くっ……、接近の気配に、気付かないだなんて……っ!!」

「フォルナッ!?ユイリさんまで……!!」

 

 クソッ、と舌打ちして俺もフォルナの下に駆け寄る。同じく駆け付けたウォートルと共に、杖を握り締めたまま小刻みに震えているフォルナを確かめると、先程レイアさんが言っていた、ぬるぬるした感触のものが、彼女の膝元まで上がってきていくのがわかった。

 ユイリさんも両手にそれぞれ長めの小刀を持って、なんとか逃れようともがいていたが、彼女の力を持ってしても振りほどけない様子だった。

 

「……『蒼炎衝斬(フレイムインパルス)!!』

 

 裂帛の気合と共に、レイアさんを襲っているスライムに向かって炎を纏った斬撃を振り下ろすも、余り効力があったようには見受けられない。

 一瞬透明になっていたところが浮かび上がったくらいで、それもすぐに元に戻ってしまう。

 レンさんの攻撃、それも焼き尽くそうと炎を纏わせたにも関わらず、それでも駄目なのか……!?

 おまけに、その一瞬浮かび上がった光景も、俺たちを驚愕させるものだった。

 

「こいつ……装備を、衣服を溶かしている……!?」

「……とんだエロスライムだな」

 

 女性陣だけを捕えている事から考えても、このスライムの目的は……っ!

 

 シェリルさんのところで色々試しているコウとアサルトドッグと同様に、俺たちも何とかフォルナを救おうと見えないスライムに攻撃を加えるが、全く効いている様子はない。

 斬撃は下手したら囚われている彼女たちを傷つけかねないと積極的に仕掛けられず、スライムの本体を探しているが、何処がそうなのかもわからず、こうしている間もフォルナ達がどんどんスライムに侵食されていっている……。

 

「炎で効果が無いなら……、コウ!レンもいいか!これからボクは、氷属性の魔法を使ってボク達ごとスライムを凍らせる!流石に凍ってしまったら、浸蝕も止まるだろうから……、その隙にボク達からスライムを引き離してくれ……っ!!」

「ッ……仕方ねえか、頼む、レイアさん!なるべく傷つけねえよう、早く助け出す!!」

 

 焼き尽くせないなら凍らせるまで、か……!彼女たちまで凍らせる事はリスクもあるが、とりあえずこのスライムを何とかする事が先決だ。フォルナたちも覚悟しているようだし、そうするしか……。レイアさんの詠唱が進む中、コウがハッとした様子で声を掛けようとする。

 

「ま、待って、レイア!!クリアスライムの状態(コンディション)に、気になるところが……っ!」

「……大気に満ちたる水の粒子よ、凍れる結晶となりて我が敵を蹴散らせ……!『細氷降屑魔法(ダイヤモンドダスト)』!!」

 

 コウの呼び掛けもむなしく、レイアさんは魔法を完成させ、彼女らを凍り付かせようとダンジョン内の空気が冷えていくのを感じる。やがて、小さな氷の結晶が生まれ、それがスライム目掛けて降り注がれようとしたその時、透明状態だったスライムの表面にキラリと輝く、鏡のような薄い光が現れたかと思うと、その氷の結晶を次々と俺たちに向かって反射させていった。

 

「なっ!?なんだ、何が起こったんだっ!?」

「ま、魔法を……跳ね返しやがった、だと……!?」

 

 レイアさんの唱えた『細氷降屑魔法(ダイヤモンドダスト)』がそのまま俺たちに降りかかってきて、その激しい凍気が身体の隅々まで覆い尽くしてくる……。その結果、スライムを凍らせる筈が俺たち4人を凍り付かせる事になってしまった。

 

「……このクリアスライムの状態(コンディション)のひとつに……、『反射』というものがあった。それが、何を指しているのかはわからなかったけど……、魔法を撃つのはマズイと思ったんだ」

 

 コウが精霊魔法でサラマンダーを呼び出したのか、凍り付いた俺たちの身体を小さな炎が灯り、徐々に極細の氷を溶かし始める……。その上でコウは、先程止めようとした理由を話し始め、

 

「……『反射』の他には、『透明化』、『すり抜け』という項目がある……。このままシェリル達を自分と同じ透明にして……、壁や床をすり抜けて連れ去ろうとしているのかもしれない……」

「た、対策みたいなモンはないのか!?弱点とかよっ!」

 

 凍傷を負った身体を何とか動かして、コウのところへ詰め寄るも、小さく首を振りながら、

 

「物理攻撃無効みたいな表記はないけれど……、レンの攻撃を受けてもピンピンしてるんだ。スライムの弾力じみた身体のせいで、攻撃が効きにくいんだろう」

「お前っ!なんでそんな冷静でいられんだよ!!フォルナが、シェリルさんだってヤバいんだぞっ!?」

「っ……冷静なんかじゃないっ!!」

 

 声を荒らげるコウを見て、ハッとする。よく見ると、コウの両手の拳から血が滴り落ちているのがわかった。

 血が滲むほど拳を握り締めているのを見て、コウも冷静を装っているだけで、目の前の何も出来ない状況をどうとかしようと、必死に考えていたのだ。そんなコウに詰め寄った自分を恥じ、俺も少し冷静さを取り戻す。

 

「す、すまねえ……」

「……皆、気持ちは一緒だ。諦めないで、方法を探そう……」

 

 ああ、と頷き俺とウォートルはフォルナのところまで戻ると、何とか彼女からスライムを引き離そうとする。しかし浸蝕は既に下半身を覆い尽くし、手にしていた筈の杖もスライムに埋め尽くされて、時折溶かし尽くされた杖の残骸が浮かび上がっている状況だ。そして、そうこうしている間にも……、

 

「ッ!あぁ……っ!」

「シ、シェリル……ッ!!」

「ううっ……ボクの肩の方まで、スライムが……っ!」

 

 シェリルさん達は両手を頭の上まで引き上げられて、最早自身の足で立っているというよりも、スライムによって立たされているような格好となっている。一段と浸蝕が進み、拘束されている彼女たちを一箇所に引き寄せ、徐々にその姿をスライムの身体で消してゆく……。フォルナ達の悲痛な声に、もう猶予は残されていないという事をわからされるも、一体どうすればいいのか皆目見当もつかない……!

 

「ッ……コウ、さま……聞いて、下さい……」

「シェリル!?どうしたんだっ!?」

 

 そんな時、息も絶え絶えな中で、シェリルさんがコウに話しかける。

 

「一か八か……、ある魔法を試してみます……。このスライムに効果があるのか、わたくしたちに影響が出ないか不透明な部分も多いのですが……、このままですと、全身をスライムが覆ってしまう事になってしまいますから……」

「それは……確かにね。もう、時間の問題だと思う……」

 

 スライムはもうシェリルさんの上半身も覆い尽くしてしまうような状況だ。シェリルさんとレイアさんは、フォルナ達よりも早く捕えられてしまっていたから、スライムの浸蝕も彼女たちより進んでいた。

 

「そうなる前に……これからわたくしは詠唱に入ります……!ですので……コウ様はそれまで、スライムに詠唱を邪魔させないよう、抱きしめて頂けませんか……?もう、ほとんどスライムに覆われてしまって、貴方の温もりも感じられないのは残念ですが、わたくしの口元までスライムが覆うのを何とか防いで下さい……!」

「わかったよ……!任せて、シェリル……!君の魔法を、スライムなんかに決して邪魔させないっ!」

 

 そう言ってコウは、スライム越しにシェリルさんを抱き寄せ、顔まで迫ろうというスライムを排除し続ける。目を瞑り、嫌悪感を耐えて必死に詠唱を続けるシェリルさんを守ろうと、スライム相手に格闘を続けるコウを、見守り続けるしか出来ない……。シェリルさんの魔法が不発に終われば……、もう俺たちにはなす術もないのだ。

 結構詠唱の長い魔法を使おうとしているようで、幾度となく彼女の口を塞ごうとするスライムをコウが抑え続け……、やがてシェリルさんの魔法が完成する……!

 

「……創造の原理を超越させし力の根源、我が魔力にて反転させ全てを暴走なさしめよ!発生させし力にて、光もささぬ無の彼方へと消し去らん……!『絶対消滅魔法(エクスティンクション)』!!」

 

 次の瞬間、フロア内を目も開けていられないような激しい光が包み込む……!スライムの声なき断末魔が聴こえたような錯覚を覚えつつ、光が収まるまでその場にて目が眩まぬように立ち尽くしていると……、やがて目を開けれるくらいまで視野が回復してくる……。そこには、スライムから解き放たれた、フォルナ達がその場へと座り込む姿があるのだった……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…………ッッ!!」

 

 クリアスライムが断末魔をあげたような気配を感じると同時に、評定判断魔法(ステートスカウター)で確認した情報も一緒に消えていく。シェリルの放った魔法の力で、クリアスライムを消し去ったと確信すると、僕はシェリルの感触を確かめる。先程の様にぬるぬるとしたスライム越しではなく、生身のシェリルの温もりを感じ、彼女も一緒に消滅していない事に安堵した。

 ギュッと抱きしめると、微かに彼女の反応を返すのを感じる。その事にホッとしつつも、僕はシェリルに話し掛けた。

 

「……大丈夫かい?シェリル……」

「コウ……さま……?ええ、わたくしは、大丈夫です……」

 

 凄く疲れた様子で、それでもシェリルは目をうっすらと開くと、傍にいる僕を見て儚くも笑う。ふと彼女の姿を見て、思わず顔を赤らめつつも、僕はこの世界にやって来て以来、身に着けていた毛皮で出来ているマントをそっとシェリルへと羽織らせる。

 クリアスライムによって溶かされてしまった彼女のローブ等は、衣服の体を成すかどうかわからず、とても際どいものとなってしまっていたのだ。同様に、ユイリやレイア達にもレンらが代わりの外套やらを纏わせているようだった。

 

「なんとか、あのスライムだけを消し去る事が出来たようですね……」

「……今は何も考えなくていい、ゆっくり休むんだ」

 

 疲れているであろうシェリルにそう言うと、そういう訳には参りませんわ、と彼女が返してきて……、

 

「……大いなる神の御力にて、凍り付きし者に暖かな温もりを与え給え……『凍傷改善の奇跡(デフロスト)』」

 

 すぐさま唱えた神聖魔法により、僕の身体に残っていた凍傷が解消されていくのを感じた。少し失礼致しますと、まだ本調子でないのにも関わらず、シェリルは名残惜しそうに僕から離れると、マントに包まりながらレイア達のところまで歩いていくと、

 

「……人によりて生み出されし錬金の深奥にて、元の形へと錬成し修復を願わん……『装備修理魔法(リペア―ド)』!」

 

 続けて詠唱したシェリルの魔法は、スライムによって溶かされたレイアの衣服や装備品を、元の状態へと戻していった。

 そんな魔法もあるのかと、半ば呆然とした僕を余所に、シェリルはユイリ、フォルナと次々と装備を修繕していき、レン達の凍傷も神聖魔法で癒した後、僕の元へと戻ってくる。

 そこで初めて自身の衣類を直していない事に気付き、顔を赤らめながらも先程の魔法を唱えてローブ等の衣類を整えていく……。

 

「お待たせ致しました、コウ様。ご心配をお掛けしたみたいで……。あと、こちらのマント……、有難う御座いました。見苦しいものをお見せしたみたいで……」

「いや、そんな……」

 

 見苦しいだなんてとんでもない!むしろ、目の保養になったというか、他の人に見せたくなかったというか……、いや、何を考えているんだ、僕は……!

 お互いに顔が赤くなりつつ、シェリルからマントを受け取って羽織り直すと、微かに彼女の温もりを感じたような気がした。

 

「でも、無事でよかった……。ユイリ達も、大丈夫のようだし……」

「姫、それに……」

 

 よろよろとユイリが僕とシェリルのところまでやって来ると、頭を下げる。

 

「申し訳御座いません……!私まであんな醜態を晒してしまい……、お守りすべき姫様方を危険に晒してしまうなど……!」

「……あれは仕方がありませんよ、ユイリ。まさか、あんなスライムがいるなんて、想像できませんから……」

「ボクこそ済まない……。ボクの魔法のせいで、逆にコウたちを……」

 

 ユイリが自責の念に苛まれているようで、かなり参ってしまっている様だった。しかし、まさかあのユイリでさえも、なす術もなく拘束されてしまうとは……。

 実際、もしシェリルがあの魔法を使わなければ……、今頃彼女たちはここにはいないだろう。スライムによって、何処かに連れ去られてしまっていた筈だ。

 レイアもレイアで、彼女の魔法によって味方である僕たちを傷つけてしまった事を気にしているようで、

 

「気にしないで、レイア。僕がもう少し早くスライムの特性がわかっていればよかったんだ。すぐに対処できなかった僕の責任だよ」

「しかし、どうする?スライムが塞いでいた通路の先に……、恐らく階段があると思うがよ」

 

 ユイリ達と一緒にやって来たレンがそう言ってくるも、既に僕の答える言葉は決まっている。

 

「……撤退しよう。あんな、レン達すら知らないような魔物がいるくらいだ。この先がどうなっているのか、もう見当もつかない。ギルドに連絡して……後日、ちゃんとした戦力を投入してダンジョンに臨んだ方がいい」

「そうね……、いい判断だと思うわ。ギルドだけと言わず、騎士団にも話を通しておくから……」

 

 僕の判断を支持するように、皆も撤退の準備を始める。特に、フォルナたちはホッとしているだろう。僕と一緒で、彼らも相当辛かった筈だ。まして、フォルナは先程までスライムに囚われていた。精神的にももう限界の筈だし……。

 

「ありがとよ。正直、俺たちはもう限界だったから、コウがそう言ってくれて助かったぜ……」

「いい経験にはなった……。だが、これ以上は身を滅ぼした筈だ」

「僕も同じようなものさ。さっきだって、危うくシェリル達を失うところだった。ここで、判断を誤る訳にはいかない……」

 

 無理して挑んだ結果、また先程のような事が起こったら目も当てられない。これは、ゲームではないんだ。駄目だったらリセットボタンを押せば元に戻るというような話ではない。不覚をとったら死ぬし……、死んだら全てが終わりだ。

 

(元の世界に戻るまで……、親父やお袋たちに会うまで、僕は死ぬわけにはいかない……!)

 

 死ねない理由を今一度思い起こしていると、レイアより声を掛けられる。

 

「コウ、一応ここを『目的地設定魔法(ダンジョンセーブ)』で目印(マーク)を残しておいた。同じ場所とはいかないだろうが、この第14階層には『目的地移動魔法(ダンジョンワープ)』で戻ってくる事が出来るようにしたよ」

「そんな便利な魔法があるのか……。『目的地設定魔法(ダンジョンセーブ)』に……、『目的地移動魔法(ダンジョンワープ)』?」

 

 レイアの話だと、一度ダンジョンから外に出ると、ボスがいるフロアを除いて、全ての階層がランダムに変化するらしい。だから、改めてこの『泰然の遺跡』に挑んだ時に、変化した後の目印(マーク)した辺りの場所に戻ってくる事が出来るようだ。

 

「あとは『離脱魔法(エスケープ)』を使うだけかしら?準備が出来たなら……」

「ちょっと待って、ユイリ。引き上げるなら、この宝箱を開けてみようかと思うんだけど……」

 

 ダンジョンからの脱出を促そうとするユイリに声を掛け、僕はフロア中央に置いてあった宝箱のところまでやって来る。これからもダンジョンの下層を目指していくのならまだしも、引き上げると決めたのだったら、この宝箱を開けてもいいのかもしれない……、そう思ったからだ。

 

「ユイリにレンも宝箱には(トラップ)はなさそうという事だったしね。正直ここまで降りて、何も良い物が見つからなかったというのも癪だしさ。別にいいでしょ?」

「……いいんじゃねえか?まぁ、仮にフロア内の(トラップ)が発動したとしても、何とかなんだろう。また、さっきのスライムが出やがったら、今度は叩き潰してやるぜ」

「確かに6階層以降は全てミミックばかりだったしな。コウ、俺も一緒に開けるぞ。最後くらい、宝物でも見つけねえと今後に影響でちまうからよ」

 

 僕の言葉にレンが了承し、ジーニスも僕の所までやって来る。それならば一緒にという事で、同時に宝箱に手を掛けたその時、レイアより制止がかかる。

 

「ちょっと待ってくれっ!その宝箱、開けちゃ駄目だっ!!」

「ど、どうした、レイア?血相を変えて……」

 

 レイアの剣幕に、宝箱を開けかけた僕とジーニスの手がビクリと止まる。レイアが僕たちのところまでやって来ると、宝箱から引き離し、

 

「さっきはスライムのせいで、ボクも余裕がなくて視れなかったけど……、コウ、駄目だ。その宝箱を開けたら……大変な事になる」

「……?どういう事?それに、視えたって……」

 

 彼女の言葉の意味がわからず、レイアに問い返してみると、

 

「『選択の指輪』の効果だ!この指輪の効力で、『宝箱を開けた時、何が起こるか』について視てみたのさ。どうなるかという結果を話してしまうと、この指輪そのものが効力を失ってしまうから言う事は出来ないが……、ボクたちにとって(・・・・・・・・)拙い事が起きるのは間違いない。ボクがギリギリ言えるのは、そこまでだけど……」

「そうなのか……。それにしても、随分便利な道具があるんだね。それがあれば、大抵の危機は回避できるっていう訳か」

 

 さっきのように不意をつかれなければ、ある程度の危機は回避できる事になる。そんな凄い道具がと思っているとレイアが続ける。

 

「この『選択の指輪』は、魔力が高ければある程度先の未来まで視る事できる……。ボクもまだ力不足で、そこまで先の未来まで視れる訳ではないし、視ようと思わなければ効果がないから万能ではないけど……」

「それでも、十分すぎるくらいの性能さ。でも、『選択の指輪』か、何処かで聞いた事があるような……」

 

 その名前、何処かで聞き覚えがあるんだけど……。確か、初めに魔法工芸品(アーティファクト)の事を聞いた際に、そんな名前が出てきたような……!

 

「そうだ、思い出したっ!あの『清涼亭』に備え付けてあった『ガチャ』を回した際に入手した、あの指輪だっ!確かアレは使ってしまった星銀貨の代わりに、王女様に贈った筈だけど……、そうか、レイアも持っていたのか」

「え!?あ……ああ!!そ、そうさ、結構貴重な魔法工芸品(アーティファクト)なんだぞ!!そ、早々こんな魔法工芸品(アーティファクト)はお目に掛れない程の……」

 

 少し吃っているレイアだったけれど……、そうか、あの指輪ってそんなに凄い道具だったのか。自分の都合で星銀貨を使い切ってしまった事、ずっと申し訳ないと思っていたけれど……、そんな規格外の魔法工芸品(アーティファクト)だったら少しは星銀貨分の補填になったかな……?

 

「でも、残念だな。折角ここまで来ておいて、結局何にも無しか……」

「……レイアさん、その『大変な事』ですが、こうする事で対処できないでしょうか……『瞬間耐性魔法(インスタントベール)』!」

 

 僕たちの会話を聞いてシェリルがこちらまで歩いて来ると、僕に対して手をかざしたかと思ったら、言霊の詠唱も無しで何かの魔法を使用したのだ。驚く僕の全身に、薄い魔力で出来た膜のようなものが覆われた事がわかり、

 

「この『瞬間耐性魔法(インスタントベール)』は、1度だけではありますが……、あらゆるダメ―ジや状態異常を弾く事が出来る魔力の防御膜になります。これを皆さんに掛けておけば、レイアさんの仰る『大変な事』の対処とはなりませんか?」

「それは……」

 

 成程な……、どんな事が起こるかはわからないけれど、このシェリルの魔法を掛けておけば、それに対処する事が出来るかもしれない。

 

「レイア、『宝箱を開けたら何が起きるか』、その結果について僕たちが知ったら駄目なんだよね?なら、それについては何も言う必要はないよ。その代わり、このシェリルの魔法でどうにか対処できそうだと思うのなら……、頷いて欲しい」

 

 僕の言葉を聞いて、レイアは暫く考えた後、僕らの方を向いて軽く頷いた。それを見てシェリルはここにいる一人一人に『瞬間耐性魔法(インスタントベール)』を掛けてゆき……、全員に掛け終わった事を確認して、僕とジーニスはゆっくりと宝箱を開ける!

 

「!ガスかっ!?」

 

 宝箱を開けた瞬間、フロア中から勢いよく瓦斯が噴出されてきて、瞬く間にフロア全体に充満してゆく……。シェリルの掛けてくれた『瞬間耐性魔法(インスタントベール)』のお陰だろうか、特に変わった事もなく済んでいるが、もしそうじゃなかったらと思うとゾッとする。

 本当にこのダンジョン、たちが悪いな……、そう思っていると瓦斯の方が少しずつ薄れ始めてきて、やがて充満していたガスが雲散霧消していった……。

 

(!シェリルの掛けてくれた『瞬間耐性魔法(インスタントベール)』が消えていく……)

 

 1度きりと言っていた通り、自身を覆った薄い膜もガスと一緒に消滅していくのがわかった。それにしても、シェリルは本当に……。

 

「コウ様、ご覧下さい!宝箱の中から、こんな物が……!」

 

 シェリルの言葉に促され、我に返って宝箱を見てみると、中から指輪が入っているようだった。

 

「これは……」

 

 取り出してすぐに評定判断魔法(ステートスカウター)を唱えると、指輪の効力が判明していき、

 

 

 

『山彦の指輪』

形状:魔法工芸品(アーティファクト)

価値:S

効果:魔力+5、魔法の詠唱速度短縮(小)

   魔法を使用した際、追加で同じ魔法を発動させる事が出来る。(全ての魔法が対象となる訳ではない)

   その際に消費するMPは1回分。

 

 

 

 つ、強い(確信)。これって例えば火球魔法(ファイアボール)を使ったとしたら、もう一発余分に火球魔法(ファイアボール)が放たれるって事だろ!?それも、1回分のMPで……!

 

「……かなり凄い魔法工芸品(アーティファクト)みたいだよ。リスクを冒してでも、手に入れた価値はあったかもしれない……」

 

 そう言いつつ僕は指輪をレンに渡そうとするが、

   

「……お前が宝箱開ける判断して手に入れたもんだ。お前が持っとけよ」

 

 レンは受け取ろうとせずに、何故か僕にその所有権を譲ろうとする。え?どうして?……普通、こういった宝物が手に入った時ってパーティのリーダーが持っておくものじゃないの……?

 

「えっ?い、いやいいよ。どちらかって言うと魔術士系の職業の人が持っていた方が効果的のようだしさ。僕もそこまで攻撃系の魔法を使う訳でもないし……」

「なら、お前が渡してやればいいだろ。そいつはもう、お前のもんなんだ。誰が使うかもお前が決めればいい」

 

 ……なんだよ、レン。まぁ、いいけどさ……。

 

「……というと、これを効果的に使える人物といったら……」

 

 脳裏に2人程思い浮かべつつひとりごちると、今思い浮かべた人物たちも、ちょうど僕の方を見ている事に気が付いた。

 

「そうなんだよな、この指輪を使える人物っていったら、君たち2人しか思い浮かばない……、シェリル、レイア。ちょっと来てくれないか」

 

 こちらを伺っていた彼女たちを呼ぶと、おずおずとこちらへやって来る。それを見て、僕はシェリル達に、

 

「シェリル、レイア……。どちらでもいいんだけど、この指輪を使わないか?君たちなら間違いなく効率的に使えるだろうし、役に立つと思うよ」

 

 そう言って彼女たちに差し出すも、2人はお互いを伺うばかりで、手に取ろうともしない。あれ?もしかして……いらなかった?

 

「えーと、必要なかったとしたらゴメンね?別に無理しなくてもいいからさ……」

「い、要らないって訳じゃないぞ!?むしろ……っ!」

「そう、ですわね……。コウ様から頂けるのでしたら、是が非でも頂きたいものですが……」

 

 うーん、どういう訳なんだ?欲しくないって訳じゃないみたいだけど……、相手の事を気遣っているのか?まぁ、一個しかないしな……。

 どうしようかと悩んでいる僕を見て、シェリルが小さくため息をつくと、意を決したようにして、

 

「……コウ様。それでしたら、レイアさんに差し上げられて下さいませ。わたくしはどちらかと言うと、補助系統の魔法を使用する事が多いですから、上手く指輪の効果を使いこなせないかもしれませんわ」

「え!?シ、シェリル!?」

「そうなのか?じゃあ、そういう訳らしいから……、レイア、貰ってくれるか?」

 

 僕の言葉を聞き、戸惑った様子のレイア。その視線は僕……、ではなくシェリルに向けられているようで、

 

「いや、でも……、いいのか、シェリル?」

「ええ、わたくしならかまいません。先程、レイアさんが仰っていた通りですわ。わたくしは……恵まれておりますし、コウ様も望まれていらっしゃいますから……」

「さ、さっきのはっ!……ゴメン、ボクも熱くなってしまって……。でも、本当にいいのか?その、ほら……」

 

 するとレイアは僕の方をチラリと見る。……何なんだ、さっきから……。

 

「……はい、勿論です。コウ様、そういう事ですので……」

「いいんだね?じゃあ、レイア……」

「…………わかったよ。この指輪、しっかりと役立ててみせる……!有難う、コウ、シェリル……」

 

 レイアは僕と、シェリルにもお礼を言い、山彦の指輪を受け取る。その顔は渋っていたとは思えない程、嬉しそうに見えて……。なんだろう、どこか照れくさい感じが……。

 

「あ、ああ!調べてみたところ、呪われていない事はわかっているから、早速、身に着けて……」

「……コウ、ちょっと……」

 

 レイアに装備してみるよう促そうとした途中で、ユイリに遮られる。何だと思ったら、彼女たちから離れるように、多少強引に連れて来られ、

 

「な、何だよ、ユイリ……」

「貴方にそんなつもりが無い事はわかっているけど……。コウ、女性に指輪を贈る意味……、貴方はわかっているの?」

 

 ………………は?はぁっ!?い、いったい、何を言っているんだ!?

 

「ちょっ、何を言って……っ!?今はそういう事じゃなくて、ただ有効的に……っ!」

「ええ、そうなんだろうって事はわかっているわ。勿論、姫もね……。でも、心の方はなかなか誤魔化せるものじゃないの。まして、貴方が指輪を贈るのは2度目だし……」

 

 そうユイリに言われて、シェリルの方を伺うと、彼女は跪いてシウスのたてがみを優しく撫でている様だった。でもその様子は何処か……。

 

「な、なら、シェリルに指輪を渡せば良かったと言うの?それに、2度目って……。レイアに贈り物をしたのは今回が初めての筈だけど……」

「ああ、今はその事は考えなくていいわ。それより姫の事を気遣ってあげて……。貴方なら、わかるでしょう?わからないと言うのなら……、これからコウの事を、レンと同じく鈍感男として扱うわ」

 

 ……それは嫌だな。レンと同じだなんて冗談じゃない……。でも、そうか。今の彼女の様子といい……。

 

(シェリルは……、本当は僕から指輪を貰いたかったんだ。例えそれが、深い意味なんてなかったとしても……)

 

 彼女の、僕に対する気持ちは知っている。その想いが、日に日に大きくなっていっている事を……。

 だから、彼女に気にして欲しくなかった。自分が、選ばれなかったなんて事を、考えて欲しくない。いつもお世話になっているシェリルに……、さっきだって……!

 

 よしっと少し気合を入れて、僕はシェリルの方へ向かい……声を掛ける。

 

「シェリル……」

「コウ……さま……?」

 

 真剣に向き合う僕の様子に、シェリルは目をぱちくりさせながら見上げているのを見て、僕はコホンと一息つき、

 

「ありがとう……、さっきの事もそうだけど、君は常に僕の事を考えて、動いてくれている。ずっと助けて貰っているのに……、僕は君に何も返してあげられていない……」

「それは……わたくしが好きでやっている事ですから……。コウ様からお礼を言われるような事では……」

 

 ……そう、シェリルはこういう人だ。見返りを求めず……常に僕の事を気遣ってくれている。だから、僕は……!

 と、これ以上はまずい。これ以上想いを高ぶらせると……、戻れなくなってしまう……。

 気を取り直して、僕はシェリルに、

 

「それでも、僕は本当に感謝しているんだ。だからさ……、ここから戻って、シェリルさえ良かったらさ、一緒に買い物にでも行かないか?それで、日頃のの感謝も込めて、君の気に入ったものをプレゼントさせて欲しい……。だから、僕に付き合ってくれないかな?」

 

 ……よくよく考えると、仲間たちの面々で堂々とデートのお誘いをしている辺り、相当恥ずかしい事を言っているという自覚はあるが、とりあえずは気にしない事にする。今は、シェリルの事が一番だ。彼女への感謝の思いがあるのは事実だし、プレゼントをしたいと思った事もまた事実。

 そんな僕の言葉を聞いたシェリルは、最初何を言われているのかわからなかったのだろう。しかし、徐々にその意味を理解していき、やがて、ぱあっと嬉しそうに、咲き誇らんばかりの満面の笑顔を僕に向けて、応えてくれた。

 

「ええ!わたくしでよろしければ、喜んでお供させて頂きますわ!有難う御座います、コウ様……!ですが、わたくしは貴方と一緒にいられるだけで十分なのです。付き合って頂けるだけで、わたくしは……!」

 

 彼女の笑顔に心を奪われそうになっているのも束の間、僕らの様子を微笑ましく見守っていた面々に気付き、先程までは気にならなかった恥ずかしさが芽生えてくる……!

 他の仲間と同じように微笑ましく、でもどこか羨ましそうに見ていたレイアが、意を決したように、

 

「話が纏まったようで良かったよ……、だけどシェリル、君に伺いたい事がある……」

 

 レイアはそう言って、真剣な様子でシェリルに詰め寄り、

 

「先程、君がスライムを滅ぼす為に使用した『絶対消滅魔法(エクスティンクション)』といい、『装備修理魔法(リペア―ド)』といい……、本来エルフという種族が使える精霊魔法だけでなく、数多くの古代魔法や神聖魔法、場合によっては独創魔法も数多く使用する事が出来るようだ……」

 

 そして、レイアの言葉を引き継ぐようにユイリも続き、

 

「私も、以前から気になっておりました。姫はそれらの魔法だけでなく、様々な能力(スキル)、才能にも恵まれていらっしゃいます。特に先程、私にも使って頂きました『装備修理魔法(リペア―ド)』は、通常『裏社会の職郡(ダーク・ワーカー)』である錬金術士独特の魔法と聞いております。それも、あそこまで破損の酷い状態から復元される程の威力も持っていらっしゃる……」

「勿論、ボクたちは君が『裏社会の職郡(ダーク・ワーカー)』の人とは思っていない。それどころか『絶対消滅魔法(エクスティンクション)』のように、既に使い手が絶えて久しいとされている魔法をも使っているシェリルに、ボクはひとつ思い当たる事がある……」

 

 ……シェリルの万能性については、今までも思うところはあった。いくら才能と言われても、天才という言葉では表しきれない程の……。

 やがてユイリがシェリルの前に跪く様にして、彼女を伺い、

 

「……あらゆる才能に恵まれ、今は存在していない魔法や能力(スキル)をも使う事が出来るという伝説。姫様、もしかすると貴女様は……」

『何だ、スライムが一向に戻らない故、何を手間取っているのかと思っていたが……、まさか蹴散らされた挙句に、罠すらも突破していようとはな。折角、我に相応しき状態に仕上げようとしたものを……』

 

 ユイリのシェリルへの問い掛けを中断させるように、何処からともなく声が聞こえてきたかと思うと、フロア全体が激しく振動し始めた……!

 

「な、なんだ!?」

「じ、地面が……っ!」

 

 ピシピシとフロアに亀裂が入り始め……、騒然とする僕たちに先程の声が響きわたる。

 

『まあいい、折角ここまで来たのだ……。我の所まで招待しようではないか……!』

 

 その言葉と同時に、僕たちのいたフロアの床が崩壊し、シェリル達の悲鳴とともに下の階層へと落とされてしまう!床が崩壊する最中に、咄嗟にレイアが唱えてくれた浮遊魔法(フローティング)のお陰で、地面に叩きつけられる事は避けられたが……、僕は急ぎ状況を確認する。

 

「み、皆、無事かっ!?」

「え、ええ……、レイアさんの魔法のお陰で、衝撃は少なかったですが……いったい……」

「ふむ、千里眼で分かってはいたが……、中々の上玉がやって来たようだな。我の捧げものに相応しい……!」

 

 僕はその言葉にハッとする。ここは14階層までと違い、何処か王城のような……、高等な印象を感じさせるフロアとなっていた。そして、その奥の玉座のようなところに優雅に居座っている何者かに気付き……、

 

「誰だ、そこにいるのはっ!!」

「手荒な招待となってしまったが、歓迎しよう、生きとし生ける者にして、死すべき定めの者よ……。ようこそ、我が城へ……、我は『災厄』の名を頂く魔神である。ククク、侵入者とは何百年ぶりのことか……!」

「ま、魔神ですって!?」

 

 驚愕し戦慄した様子のユイリに僕は、

 

「魔神!?魔族のようなものなのか!?」

「そ、そんな生易しいものじゃないわ!魔神は神の次期候補者とも言われている伝説の存在で……、それぞれ役割ともいうべき何かを担っているの!今、この魔神も名乗ったでしょ!?『災厄』って……!!」

「然り……。我は『災厄』の名を担いし王でもある。我を崇めよ、さすれば特別に慈悲をくれてやらんでもないぞ……?」

 

 な、なんだって……?神の、候補者……?そんな高尚な存在が……どうしてこんなところに……!?

 

「さて、娘たちよ、汝らは大人しく我がものとなるがいい……!他の余分な者たちには、ここで退場して貰うとしようか……!!」

 

 そう宣言した魔神から凄まじい威圧感が迸る……!その威圧感に逃げ出したくなるような心を必死に抑えながら戦闘態勢をとるものの……!

 こ、こんなのに、僕たちは勝てるのか……!?



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第30話:『災厄』の魔神

 

 

 

「久々に『扉』の結界を解いてみれば、随分と上玉が集まったものよ……」

 

 独り言のようにそう呟き、『災厄』の王と名乗った魔神は座っていた玉座から立ち上がると、警戒している僕たちに視線を向ける。

 クッ……なんだ、このプレッシャーは……!?相手はただこちらを見ただけだというのに、今まで感じた事の無い程の強烈な威圧感を感じる……!

 

「我は今機嫌が良い……、そこの娘たちを大人しく我に差し出すならば……汝らは見逃してやろう……」

「へっ、んな事出来る訳ねえだろ?魔神て奴は頭が沸いていても務まるもんなのか?」

「多分、考える脳なんてないんですよ……、出なければそんな世迷言を宣う筈もないですし!」

 

 魔神の要求を鼻で笑うかのようなレンとそれに続くジーニス。勿論、僕も同じ気持ちだ。ここで、シェリル達をあんな奴に渡せるはずがない……!

 僕達の拒絶を受けても、神徒は特に気にした様子もなく……、

 

「そうか……残念だ、ならば死ぬしかあるまい……災厄の尖兵たる我が命じる、封じられし禁断の扉よ、今こそここに開かれん……『災厄魔法(ディザスター)』!」

「!?いけないっ……『瞬間耐性魔法(インスタントベール)』!!」

 

 流れる様に言霊を詠唱していく魔神に、何かに気付いたシェリルが焦った様子で一足速く魔法を完成させる。それに少し遅れて魔神の魔法も発動し……、

 

「がはっ……!な、何だ!?これは……!?」

「うぐっ……、駄目だ、立って、いられん……!」

 

 魔神の魔法の影響か、ジーニスとウォートルが血を吐きながら蹲まってしまう……!シウスもグルルッと威嚇しているものの、やはりその場から動く事は出来ていないようだ。

 

「テメェ……、一体、何しやがった……!?」

「ほぉ、まだ動ける者もおるか……。汝がこの中で一番の強者という事かな……?」

 

 どうやら魔神が放ったのは、何らかの状態異常を引き起こす魔法のようだ……。レンは何とか動けているようだが、何らかの状態異常は受けてしまったようで、膝が震えている。

 魔神はパーティの女性以外に魔法を掛けたようで、僕以外の仲間たちは途端に動けなくなってしまった。

 僕が何ともないのは、先程の14階層でも使ってくれた『瞬間耐性魔法(インスタントベール)』の影響だろう。咄嗟に僕に対して掛けてくれたあの魔法によって、魔神の力を弾いてくれたという事か……。

 

「……はあっ!!」

 

 魔神と正面から対峙していたレンに割り込む形で、ユイリが神徒の背後から小太刀の一撃を入れようとするも、

 

「汝もなかなか強いな……。女を傷つける趣味はないが、汝にはそうも言ってられんか」

 

 ユイリからの奇襲も空しく、魔神は一瞬にしてその場を移動すると、

 

「……『双対の魔衝撃(デュアル・ストリーム)』」

 

 再び魔神に迫ろうとするユイリにヤツが手をかざすと、その掌からおぞましくも凄まじい風圧が放たれる……!それによって、ユイリは勿論、辛うじて立っていたレンも一緒に、強い力を浴びた様に吹き飛ばされてしまう。

 

「きゃああっ!!」

「うおぉっ!?」

 

 壁際にまで叩きつけられて、悲鳴を上げるユイリ達。何処かを痛めたのであろうか、すぐには動けないようでその場に蹲ってしまう2人に、僕は戦慄する。

 

(この中でも実力者の2人が、一瞬で……!)

 

 レンとユイリ……、今までどんな敵でも後れを取った事のなかったあの2人が、戦闘不能寸前にまで追いやられているという事実にゾワッとする感覚に陥るのも束の間、

 

「汝には我が災厄魔法(ディザスター)は及ばなかったようだな……。最も、この場合褒めるのはあのタイミングで『瞬間耐性魔法(インスタントベール)』を使ったエルフの娘だが……」

「クッ!?…………『評定判断魔法(ステートスカウター)』!!」

 

 何時の間に背後にまわったのか、声を掛けてきた魔神に対し、振り向きざまに詠唱していた評定判断魔法(ステートスカウター)を発動させる。

 

 

 

 RACE:魔神

 Rank:249

 

 HP:1167/1200

 MP:735/800

 

 状態(コンディション):正常

 

 

 

「……発動させたのは分析魔法の類か……。で、どうだ?己との余りの実力差に、絶望を感じるであろう?」

「グッ……コイツ……!」

 

 圧倒的なステイタスを備えて、余裕そうな様子で佇む魔神に怯みそうになるも、僕は手に持ったミスリルソードを握り締めて臨戦態勢に入る……。

 

「フッ……、剣を握り締めてどうしようというのだ?今……我が蹴散らした者たちが、汝らの中で一番の強者であった事はわかっておる。あの娘の支援魔法が無ければ、あそこで倒れ伏している者たちと同じようになっていたであろう汝に何が出来るというのだ?」

「う、煩いっ!!黙れっ!!」

 

 重力魔法を解除し、相手の挑発に乗るような形で突進する僕。魔神に肉薄して剣を一閃するも、

 

「ッ!手ごたえが無い……!?残像かっ!?」

 

 僕が払ったミスリルソードは魔神の残像を切り、無防備になった僕に向けて先程の様に掌をかざす姿が視界の隅に捉えられた。

 

「……受け継がれし禁忌の力にして、氷結地獄(コキュートス)より呼び出されし凍てつく冷気は、彼の者を終焉へと導かん、今こそここに顕現せよ!……『永久凍晶結界呪文(エターナルフォースブリザード)』!!」

「む……」

 

 先程ユイリ達を吹き飛ばした衝撃波が僕に向かって放たれる瞬間、間一髪のところでレイアの凄まじい氷の魔法が割り込んできて、ヤツの身体が大気ごと凍りつかせてゆく……。そして……、

 

「……我が呼び掛けに応えよ、偉大なる御力をもって今汝を呼び戻さん……『個体召喚魔法(サモンクリーチャー)』!!」

 

 続けてシェリルの魔法が完成し、僕の身体が何処か優しい光に包まれたかと思うと、次の瞬間に僕は彼女の下に呼び寄せられていた。そこには、安堵したシェリルと、同じように呼び寄せたのか、傷ついたレン、ユイリの姿もあった。同時に真っ先に状態異常に罹ってしまったジーニス達に必死で神聖魔法を使っているフォルナもいる。すぐさまシェリルは中断していたのであろうユイリへの神聖魔法を再開させていた。

 

「有難うシェリル……助かったよ……」

「無理をなさらないで下さい、コウ様……!あの魔神は、今のわたくし達だけで倒せる相手ではありません……!」

 

 レイアの魔法によって凍り付いた魔神から目を離さないように、シェリルはそう答えると、

 

「同感だね……今のはボクの使える中でも最高の威力を誇る、秘技術能力(シークレットスキル)の絶対魔法だけど……、それもどれだけ通用しているのかわからない。もし、足止め出来ているなら今のうちに撤退する準備をした方が……」

「……人間が唱えるにしてはとてつもなく高度な魔法ではないか……。いや、その娘の秘技術能力(シークレットスキル)だったか?並の相手ならば今の一撃で決まっていたであろうが……、相手が悪かったな。そして……、娘たちの方が状況をよく判断しているようではないか」

 

 レイアの声を遮るように、氷に覆われている筈の魔神からそのような言葉が返ってきた。

 

「なっ……あの状況でどうやって……!?」

 

 驚く僕を尻目に、魔神は自身に覆われていた何重にも張り巡らされた氷の結界を弾き飛ばしてしまい……、何事も無かったかのように悠然としていた。呆気にとられる僕を無視して、魔神は独り言のように話しているようだ。

 

「それにしても、そこのエルフの娘……。汝はただ美しい娘というだけではないようだな。エルフが本来持ちうる精霊魔法とは別に、無詠唱で使える古代魔法に召喚魔法……、さらには我の施した様々な状態異常にすぐさま対応できる聖職者顔負けの神聖魔法まで備えておろうとは……。しかも、先程使用した『個体召喚魔法《サモンクリーチャー》』はかつて使い手が途絶えて誰にも伝わらない独創魔法に近い召喚魔法の筈。それすらも使いこなすとなると……」

 

 話を聞く限り、シェリルのその類まれなる魔法の才能について思いを馳せているらしい。それは確かに僕も思うところはあったが、魔神は一人結論を出していた。

 

「……そうか、まさかと思ったが……、そなたは『伝承の系統者(レジェンド・クオリファイダー)』だな?既に失われた古代文明の伝承を存続させる為に世界の何処かに一人だけ発現するとされる伝説の継承者……!そしてその継承者はありとあらゆる才能に恵まれ、今は存在していない魔法や能力(スキル)をも使う事が出来るという……!ハハハッ、まさか実在していたとはなっ!!」

 

 レジェンド……クオリファイダー……?シェリルが……何だって……?失われた魔法や能力(スキル)を使う、だって……!?

 視界にうつる片隅でユイリやレイアが「やっぱり……」と呟いているのが見えるも、

 

「これはまたとない機会だ。エルフの娘よ、そなたを我が花嫁とするとしよう!神に近い存在である魔神の妻となれるのだ、光栄に思うが良い……!」

「何を勝手な事をっ……!謹んでお断り致しますわっ!」

 

 身勝手な魔神の決定に、即座に拒絶するシェリル。この魔神……!ふざけやがって……!!

 

「フッ……断るとな。だが、これは懇願や提案ではない、決定なのだ。残念ながら、汝の意思はこの際問題ではないのだよ……!」

 

 そう言うと、次の瞬間に魔神の瞳が怪しく輝き出す……。な、なんだ……!?何か、嫌な感じが……!

 

「ッ……フォルナさん!?これは……『眠りの魔眼』、ですか……!」

「ふむ……、かなり強めに掛けたから、周りの者に影響がでてしまったか……。しかし、流石は伝承の系統者(レジェンド・クオリファイダー)。中々高い耐性を持っているようだな。それならば……!」

 

 シェリルの傍でレンに神聖魔法を掛け続けていたフォルナが意識を失ったように倒れてしまう……!シウスまでも魔神を睨みつけながらもその場に蹲ってしまった。魔神の口ぶりからすると、何やらシェリルに仕掛けようとしたようだ。

 ……こちらを無視して……随分勝手な事を……!!

 

「お前っ!!シェリルに何をっ!!」

「……雑魚は引っ込んでいろっ……『疾空波』!!」

 

 自分に出せる最高の速さで、魔神にミスリルソードを突き立てようと飛び出した僕を、今度は先程の様にかわしたり残像を残したりする事なく真正面から迎撃してくる……。『疾空波』と呼ばれたソレは、高速で魔神に迫っていた僕に対して、まるで自動車が高速でぶつかってきたような衝撃を与え、ドゴォッという激しい音を立てて壁に叩きつけられてしまう。

 余りの衝撃に、僕は血反吐のようなものを吐いてしまい、息も出来なくなってしまった……。ぴーちゃんも心配するように僕の近くで飛び回っているが……生憎指一本動かせそうにない……。

 

「コ、コウ様ッ!?」

「やっと隙を見せたな、エルフの娘よ……光を打ち消しし闇の波動よ、選ばれし者を照らし尽くせ……『弱耐化魔法(ウイークネス)』!」

 

 叩きつけられた僕を見てシェリルが動揺した隙に魔神が何らかの魔法を完成させ……、その効果であろう不気味な光がシェリルの事を包み込む……。

 

「こ、これは!?まさか……っ!」

弱耐化魔法(ウイークネス)!?い、いけないシェリルッ!逃げっ!!」

 

 いち早く魔神の意図に気付き、レイアが注意を促すも時すでに遅く……、

 

「……呪縛を宿せし闇の旋風よ、我が前に立ち塞がりし全ての者を巻き込まん……!フハハハハッ!もう遅いっ!!『麻痺旋風呪法(パラライズウインド)』!!」

 

 魔法が完成し、シェリルを中心にフロア中を巨大な旋風が吹き荒れる……。シェリルやユイリ達の悲鳴が木霊する中、意識を失っているフォルナや、回復途中であったジーニス達、壁際で身体を動かす事すらできない僕にまで、魔神の旋風は容赦なく切り裂いてゆく……。

 ……漸く旋風が止んだ頃には、魔神の他に立っていられる者はいなかった……。レンやユイリにしても、倒れ伏してしまっている。敵の魔法の中心にいたシェリルは旋風による裂傷はほとんど見られず、意識はあるようだが……、その分遠目に見てもわかる程酷い麻痺状態に苛まれているようだった。唯一、座り込んでいるのはレイアだが、旋風に切り刻まれたダメージで戦える状態でないのは一目瞭然である。

 かくいう僕も、呼吸はなんとか出来るようになったものの、先程の『疾空波』なる技のダメージは抜けていない。それどころか、同じく旋風に切り裂かれ、どちらにしろ立ち上がる事さえ出来ない状態だった。

 

「ククク……伝承の系統者(レジェンド・クオリファイダー)といえども我が『弱耐化魔法(ウイークネス)』を受けた後では抵抗できなかったようだな……、魔法使いの娘もなんとか麻痺異常だけは免れたようだが、我が旋風に切り刻まれ、もう戦う事は出来ぬであろう……。さて、我が花嫁の具合は、と……」

 

 魔神はそう言いつつ、動けなくなった僕たちをゆうゆうと横切り……シェリルの前までやって来る。身体の自由が利かなくなり、ぐったりとしている彼女の腕に何やら腕輪を付けさせられ、そのまま彼女は魔神によって抱き上げられてしまった……。

 

「は、離して、くださっ……!下ろし、て……っ!」

「フッ……気丈だな、美しきエルフの娘よ。それでこそ我が花嫁に相応しい……。だが、今そなたに着けさせた腕輪は魔力を封じる物だ。もう魔法は使えまい……」

 

 シェリルをお姫様抱っこで抱きかかえたまま、魔神は笑いながらそのように答えつつ、ゆっくりと玉座のところまで戻ってゆく……。

 

「……テメェ……!シェリルさんを、離しやがれ……!」

「姫……っ!クッ、身体が……!」

 

 身体が麻痺しつつも何とか戦闘態勢を取るレンとユイリ。シェリルを連れ、玉座まで戻った魔神は立ち上がった2人を振り返ると、

 

「我が麻痺を受けて、立ち上がるとは中々の強者よ……。だが、既に目的の花嫁は手に入れた……汝らは見逃してやる故、そのまま消え去るがよい……」

 

 すると、魔神は再び何やらの魔法を唱え始める……。

 く、そっ……やめ、ろっ……!僕は残された力を振り絞って、何とか立ち上がるように努めるも、

 

「……許されざりし者全てを元の場所へと帰還させん……『強制退去魔法(リーブアウト)』」

「……なっ!これは……!?」

「しまっ……!」

 

 無情にも魔神の魔法が完成し、戦おうとしていたレンとユイリを含めて、この部屋にいた者は魔神に捕まっているシェリルを残して次々と消えていった……。そして……僕にも……。

 自分の体が光に包まれ……意識が真っ白になる……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あ、ああ……っ!」

 

 最後まで残っていた彼までも光に包まれて消失してしまい、この場に残されているのは魔神に捕えられた私だけになってしまった……。

 

「幾人か惜しい娘もいたが……今はそなたが優先だ、我が花嫁よ。しかし本当に美しいな……、あの『美』と『愛』を司る女神となった、ヴィーナスの化身とも言うべき美しさよ。一先ず、奴らが戻ってこれぬよう、我がフロアへと続く『扉』は遮断しておくとしよう……」

 

 私を抱き上げたまま、魔神は何事かを呟き魔力を操作し、やがて私の方を見る。

 

「これでもう邪魔は入らぬ、さぁ花嫁よ……これからゆっくりと契りを結ぼうではないか」

「い、厭ぁ、コウ、さま……!」

 

 力の入らない身体で精一杯拒絶するも、抱えられた両足を僅かに動かす事くらいしかできない。

 

「ほぉ、麻痺したカラダでまだ抵抗する気力があるか。ならば……」

 

 すると、先程の様に魔神の瞳が怪しく光り、その眼に見つめられた途端、意識が遠のいていく……。

 

「フフフ……『弱耐化魔法(ウイークネス)』を受けたそなたには最早、我が『眠りの魔眼』の魔力には抵抗はできまい……!抵抗する女の喘ぎ声を聞きながら無理矢理抱くというのも一興だが、ずっと花嫁として手元に置く以上、あまり手荒な事はさせたくない。使い捨てにする娘のように、我の子を産み落としたら死ぬ……などという事にさせる訳にはゆかぬからな。今のそなたには想い人がいるようであるし、情事の際、その美しい声を聞けぬのは残念だが……」

 

 麻痺して身体が動かせないだけでなく、瞼も開けていられなくなってきた私に気を良くしたのか、魔神の声が続く。

 

「そなたが眠りに落ちた後で、その美しい寝顔を眺めながら、たっぷりとそのカラダに我が子種を注ぎ込もう!次に目覚めた時には……喜ぶがいい、名実と共に我が妻だ。心の方はじっくりと時間を掛けてそなたの想い人の事を忘れさせてやろう。幸いそなたは長寿であるエルフであるゆえ、時間は無限にあるからな。まぁ、我が子を出産する頃には我の事しか考えられぬようになっているだろうが……」

 

 そ、そんなの、絶対にイヤッ……!

 でも、既に私は身体を動かす事自体出来なくなり、瞼もどんどん重くなっていく……。さあ、寝床に案内しようではないか、そんな魔神の笑い声と共に運ばれていく感覚を微かに感じる中、意識を闇に落とされそうになったその時、

 

「ガ八ッ!?……な、何だとッ!?」

 

 魔神に大きな衝撃が与えられたのか、私を抱く手が緩んだ隙に、魔神の腕から誰かに救い出される……。

 この気配……、抱き上げられていても何処か安心感を与えてくれるこの雰囲気は……!私は薄れゆく意識を集中させて、重い瞼を開いていくと……、

 

「コ……ウ、さまっ……!」

「大丈夫か、シェリル!?ゴメン、君を怖い目に合わせてしまって……!」

 

 霞む視界の中で、私が会いたかった彼の顔が映り込む。抱き着きたいと思うも、残念ながら私の身体は麻痺と眠気の為にもう指も動かす事が出来なかったけれど、愛しい人に抱き上げられている安堵感が私を包み込んでいた。

 

「グッ、ば、馬鹿なっ!?何故、汝がここにいられる!?確かに我が『強制退去魔法(リーブアウト)』でこのフロアより排除した筈……!!」

 

 もう意識を保っていられるのも限界だった。でも、彼になら全て任せられる……。

 

(あとは……お願い、致します……コウ……さ、ま……)

 

 彼の雰囲気に包まれながら、私の意識はゆっくりと闇に落ちていった……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……お前の魔法に巻き込まれた瞬間、僕は異空間に飛ばされた。でも、シェリルの声が聞こえた気がして、集中してみると彼女を抱いているお前の姿が見えたんだ。そうしたらまたこの空間に戻ってくる事が出来たのさ!油断しているお前に一撃入れる事は凄く簡単だった……」

「馬鹿な……、すると汝は、我が魔法を抵抗しただけでなく、破ったというのか!?麻痺もしておらぬようだし、汝もまた、ただのヒューマンではないようだなっ!先程飛ばした者たちのような実力者ではないようだが……」

 

 抱きかかえているシェリルの身体が沈み込むような錯覚を覚える。チラリと見てみると、完全に意識を失ってしまったようだ。でも、寝顔は安らかである為、眠らされた以外は何もされていないと思う事にする。

 

(しかし……どうするか。シェリルを取り戻したとはいえ、相手に致命傷を負わした訳でもないし……)

 

 あのレンやユイリですら、この魔神にろくにダメージを与えられず、この場から退場させられてしまったのだ。それどころか、まんまとシェリルを奪い、レイアの魔法も無効化して……。僕やジーニス達なんて相手にもされていなかった。そもそも、何とか身体を動かせるようにはなったが、僕自身まだあの強烈な『疾空波』のダメージが抜け切れていない……。

 そんな強敵を……僕だけで何とか出来るのか……?

 

「ふん……それでも汝はまだまだ私の敵ではない……。大人しくそのエルフの娘を返すのだ。さすれば、我に一撃を加えた事は許し、見逃してやろうではないか。だが、歯向かうというのならば……わかっておろうな?」

「……僕を信じてくれているシェリルを裏切れる訳ないだろ。このまま彼女をお前に渡すくらいなら、死んだ方がマシさ」

「……そうか、なら死ぬがよい。楽には殺さんぞ……!」

 

 僕の答えを受けて、魔神の殺気が強くなる。一体、どうすればいい……!?シェリルを抱いたまま、ジリジリと後退するしかない現状で、僕は必死に考えていた。

 そもそも、意識のない彼女を抱えたままでは剣を持つ事も出来ず、戦う事すら出来ない。かといって、彼女を床に寝かせたところで、すぐに魔神に何らかの手段で捕らえられてしまうような気がする。

 まさに八方塞がりの状況で、最早笑うしかない。

 

「ほぉ……この状況で笑う、か……。何か手があるとでもいうのか?」

「さて、どうかな……?」

 

 唯一出来る事があるとしたら、魔法を使う事くらいだが、果たして奴に通用するかどうか……。まして、魔法を使わせてくれるかもわからない。通用しなかったら万事休す……!

 それならば何処まで逃げられるかわからないが、それが一番最善か……、そう思っていた矢先、

 

「……まさか逃げられるとでも思っておるのか?唯でさえ、邪魔を入れられぬようこのフロアへと続く5階層の『扉』は既に我の魔力によって閉ざされておる。汝が辛うじて我の前から逃げおおせたとしても、脱出は叶わぬぞ?『離脱魔法(エスケープ)』も効果はない」

「さいですか……」

 

 先手を取られて逃げるという選択肢を封じられた。もう、こうなったら戦うしかない……!

 

「それでもなお、我に挑むか……。死を覚悟してまで、その娘を渡したくないか……。人間は死んだら全てが終わりだろうに……」

「……それでも、人間には譲れないものがある……。ここでお前に屈し、彼女を失ったら……、僕は絶対に自分を許せそうにない……!」

 

 一か八か、僕は『重力魔法(グラヴィティ)』を唱え始める。勿論、それを易々と許してくれそうにないみたいだ。

 

「愚か者め……!支援も無しに、我の前でみすみす魔法を完成させるのを許すと思うたか!」

 

 ダンジョン中全てが敵とでもいうように、壁から触手やらが次々と襲ってくる。辛うじてそれらをかわしながら魔力を集中させ、魔法を唱え続ける……。

 

「……此の地に宿りし引き合う力、その強弱を知れ……『重力魔法(グラヴィティ)』!!」

「……この世は全て音無き世界、沈黙こそが答えなり……『沈黙魔法(サイレンス)』!」

 

 僅かに魔神の魔法が完成したようで、僕に何か奇妙な気配が掛けられるも、気にせず魔法を完成させる。果たして……効果は……!

 

「……なんと、状態異常を受け付けない、か……。それでいて我に奇妙な効果を掛けるとは……!」

 

 

 

 RACE:魔神

 Rank:249

 

 HP:911/1200

 MP:614/800

 

 状態(コンディション):重力結界

 

 

 

 ……よし、とりあえず重力魔法(グラヴィティ)の効果は掛かったようだ。で、この状態で戦えるかどうかだけど……。

 

「成程……、汝は『勇者』か……。とすると、先程の魔法使いの娘は『時紡の姫巫女(フェイト・コンダクター)』という訳か……。どうりで人間にしては強力な魔法を使える訳だ……」

「……ちょっと待て、何を勘違いしているかは知らないが……僕は勇者なんかじゃないぞ?」

 

 まさか、こんな魔神なんかに勇者だのと言われるとは思わなかった。思わず戦闘中にも関わらずツッコんでしまったじゃないか。

 

「汝のような者が我が災厄魔法(ディザスター)麻痺旋風呪法(パラライズウインド)の効果もなく、今なお継続して戦えておる事も気になっておったが……、今の沈黙魔法(サイレンス)対抗(レジスト)した事で確信したわ。エルフの娘のように汝に弱耐化魔法(ウイークネス)を掛けたとしても、恐らく無力化してしまうだろう……。勇者の持つ固有の能力(スキル)、『自然体』によってな……」

「な、なんだって……?」

 

 初めて能力(スキル)の事を知った時、馬鹿にしているのかと思った『自然体』が……、勇者固有の能力(スキル)だって……!?

 

「……なんだ?勇者として呼ばれておきながら、未だ『界答者』として目覚めておらんという事か……?であれば、まだ我の力でもどうにか出来るであろうが……、如何せん我の力と汝の『自然体』は相性が悪い……」

「か、『界答者』……?お前は一体、何を言っている……?」

 

 初めて聞く単語に、僕は敵である事も忘れて魔神に問いただす。そもそも……、もし魔神の言う通り『自然体』が勇者固有の能力(スキル)だとしたら……、僕がこの世界に呼ばれた『勇者』だと確定してしまうじゃないか……!もしも、そうだとしたら、僕は……!

 

「……そしてこれもまた、勇者の力……、いや、勇者と結びつきし時紡の姫巫女(フェイト・コンダクター)の力、か……」

「な、何を、言って……!?」

 

 魔神がそう呟くのと同時に、奴が見ていた先の空間が歪み始める……!そして、やがて人の姿を形どり……!

 

「……ここは……、さっきのフロアかっ!?」

「どうやら……成功したみたいね……!」

「コウ……!無事なのか!?」

 

 カッと光ったかと思うと、その人影が僕の知る人物たちへと変化する……。レン、ユイリ、レイア……!それに、ジーニス達が空間から現れたのだ……!

 

「コウッ!やっぱりこっちに居たのか……!レイアさんがお前の気配を辿って、封じられたフロアに無理やり繋げて移動魔法でやって来たんだが……、どういう状況だ!?シェリルさんは助け出したようだが……」

「……とりあえず、アイツに『重力魔法(グラヴィティ)』を掛けたところだけど……、フォルナ、来て貰えるか!?シェリルが麻痺と、睡眠の状態異常にされているんだ……!」

「はいっ!シェリル様はお任せください……!」

 

 僕は駆け寄ってくるフォルナ達に、シェリルを託す。元気になったシウスもその傍で魔神を威嚇するよう睨みを利かせている。勿論僕もシェリルを任せる間、魔神から目を離さないようにしていたが……、どうも奴の戦意が薄れていっているような……。

 

「フッ……、仕方がない、今回は諦めるか。彼女を見逃すのは余りに惜しいが……、これ以上刺激して『勇者』が完全に覚醒されても困るし、それ以外に汝らも中々に骨が折れる相手であるからな」

「……それは、私たちをこのまま見逃す、という事かしら?」

 

 警戒しながらもユイリがそう魔神へと問い掛ける。魔神は小声で何かを唱えると、

 

「……先程閉ざしたこのフロアへの扉の封印を今一度解いておいた。あと、そのエルフの娘に着けた魔封じのブレスレットも取り外してやった。さぁ、我の気が変わらぬうちに立ち去るがよい」

「……アイツの言ってる事は本当みたいだ……。『離脱魔法(エスケープ)』が使える気配が戻ったよ。今ならきっと……」

 

 僕と一緒にシェリルを見守ってくれているレイアがそのように伝えてくる。ふと見ると、確かにシェリルに着けられていた腕輪も消えている。レイアはすぐさま脱出するかというように僕を見てくるけれど……、

 

「レイア……、『離脱魔法(エスケープ)』の魔法は少し待ってくれないか……?魔神……さっき言っていた事は、どういう意味だ?『界答者』だと?お前は何を知っている……?」

 

 僕の問い掛けにハッとしたような顔をしたのは、レイアとユイリだったようだけど、今の僕にはとても気付く余裕はなかった。今はただ、奴の言っていた事を理解するのに精一杯だった。

 

「……気が変わらぬ内にさっさと立ち去るようにと言った筈だ……。それに、何故それを我に問い掛ける……?そこにおる時紡の姫巫女(フェイト・コンダクター)の娘に尋ねれば良いではないか。そもそも……」

「フェイトコンダクターだか何だか知らないが、さっさと僕の問いに答えろ!!お前が言い出した事だろうがっ!!」

 

 煙に巻こうとする魔神を激昂しながらも問い詰める僕。シェリルの事を考えれば、奴の気が変わらない内に直ちに脱出する事が賢い選択だという事は僕にもわかっている。だけど……勇者の事を知る目の前の相手から、はっきりさせておきたかった。

 もしも自分が本来この世界に呼ばれる筈の勇者だったとしたら……、このファーレルで何をしなければならないのか……。それは、果たして自分に出来る事なのか……。そして……もしも僕が勇者だとして……全てを終えて後に元の世界に帰る事がはたして出来るのだろうか……。

 

「随分と余裕のない勇者だ……。しかも、自分がこのファーレルにいる理由すらも知らないときている。何故、汝がこの世界に呼ばれた理由を知らぬのか……、そして、汝を呼び寄せた者も何故その理由を隠しているのかはわからぬが……間違いなく汝は『界答者』となる器を持ちし者よ。我が数々の状態異常を打ち破りし『自然体』を備えておるのもさることながら、他の者が汝の気配を辿り、封印されたこのフロアへとやって来た事が何よりの証拠……」

「……それが、何故勇者という事になるんだ……。それに、『界答者』とはなんだ……?今まで、聞いた事もないぞ、そんなもの……」

 

 余裕のない僕を見据えながら、魔神が少し興味を持ったように、

 

「なればそのエルフの娘を置いていけ、さすれば全てを教えてやろう。貴殿の女ならばと見逃そうとも思ったが、汝が勇者である以上、この娘でなく汝には運命の者がおるはずだ」

「……そんな事が出来る筈ないだろっ!それに、一体何を言っている……!!」

 

 運命の者!?勇者であれば決まっている!?わからない……コイツは一体何を言っているんだ……!?何がなんだかちっともわからない……!

 

「その事すらも知らぬか……。まあ良い、我はこれ以上話すつもりはない……。だが、そうだな……もし汝が勇者として、『界答者』として目覚めたならば、もう一度我の元に来るがよい……。少し汝に興味が沸いた」

 

 すると、僕の前に一枚のカードが出現した。この物が突然目の前に現れるパターンはもう正直見飽きているが……、目の前に現れたそのカードを僕は手に取る。

 

「……それはダンジョンカードだ。我が管理するダンジョンコアより作り出されし物ゆえ、もし我に会いに来る時、そのカードに念じるがよい。されば我が城までの道が開こう。……汝も少しは気付いているのではないか……?汝を勇者とするべく……既に世界からの呼び声を感じておる筈だ……」

 

 ……やっぱりこの魔神がダンジョンを管理していたのか……。発見する宝箱が悉くミミックだったり、嫌らしい仕掛けの数々は全部この魔神の差し金で……、千里眼とやらでその様子を見て笑っていたのだろう。

 まぁ、レイアが見られる事の対策はしていたような気もするけれど……。

 

 それにしても、世界からの呼び声、か……。多分あの、意味不明の能力(スキル)の事なんだろな……。

 

「では、もう話す事もない……特別に我自身が出口へと繋げてやろう……」

 

 魔神はそう言うと先程レイア達が現れた時と同じように空間を歪ませて……、直接ダンジョンの外へと空間を繋げたようだ。歪な空間の先に、外の様子見て取れる……。

 

「う……っ、コウ、さま……?」

 

 そんな時、フォルナの神聖魔法を受けていたシェリルが気が付いたのか、うわ言の様に僕を呼ぶ声がする。彼女を安心させる為にも顔を見せると、

 

「コウ、様……っ!!」

 

 僕の姿を認めた途端、シェリルが僕に抱き着いてくる。そんな彼女を優しく抱きとめながら、

 

「シェリル……ユイリ達と一緒に先にここを出るんだ……」

「そ、そんな……コウ様も一緒に……」

 

 一緒に居たいと訴えてくる彼女に、ゆっくりと首を振りつつ、

 

「アイツが狙っているのは君だ……。全員出てしまった後で、君だけ何らかの方法でこのフロアに戻されてしまったらもうどうしょうもない。このフロアを最後に出るのは僕だ。皆が出られた後で……僕が最後に出る……」

 

 そんな僕の言葉にシェリルは何か言いたそうだったけど、流石にここで口論している場合ではないと察してくれたのだろう。その言葉を飲み込んでくれたようだ。

 

「…………すぐに、戻って来て下さいね……」

「コイツは俺がちゃんと見ておくから安心してくれ、シェリルさん」

「……ボクと一緒に行こう、シェリル……。待ってるからな、コウ……」

 

 そう言ってレイアが目覚めたばかりのシェリルに肩を貸しながら共に空間を潜っていく。続けてユイリがジーニス達を伴い外へ……。

 

「……先に行った奴から何も言って来ねえって事は……大丈夫だ、コウ。俺たちもいくぜ」

「……通信魔法(コンスポンデンス)も入っていないから大丈夫だとは思うけど……、レン、先に出て皆いるかどうか確認してくれ。僕は、最後に出る。それは……変わらない」

「随分と疑り深いじゃないか……。ま、好きにするがいいさ。我は気にしない」

 

 僕の意思が固いという事がわかったのだろう、レンはひとつ溜息をつくと、

 

「仕方がねえな、先に行くが……お前もすぐ来いよ。シェリルさんも待ってるんだからな」

「…………ああ」

 

 そして、レンも最後に僕の方を見て空間を潜っていった。これで、ここには僕と目の前の魔神しかいなくなる……。

 

「…………」

「先程も言ったが、我はこれ以上何も話すつもりはないぞ。さっさと行くがよい、お前を待っている者もいるだろう?」

 

 魔神はそう言うが、奴が答えるかどうかは別として、これだけは聞いておきたかった。それは……、

 

「……お前の口ぶりから、過去の勇者とも相対した事があるんだろう?その勇者たちは最後、どうなったんだ?元の世界に帰れたのか?」

「先程より汝の様子から、恐らくそうなのだろうと思っていたが……汝は元の世界に帰りたいのか?」

 

 僕の質問に対し、逆に質問を返してくる魔神。

 

「……ああ、僕は、来たくてこの世界に来たわけじゃない……。だから、勇者だなんて言われても、そんな簡単に認める訳にはいかないし、絶対に元の世界に戻らないといけないんだ」

「それは、汝が勇者として覚醒した時に全てわかるだろう……。まずは、世界からの呼び声に耳を傾けることだな。もう、汝には現れている筈だ……」

 

 魔神からの言葉に返そうとして、ユイリやシェリル、レイアから通信魔法(コンスポンデンス)が入る……。いずれもまだ戻らない僕を心配する内容だった。

 

「……わかったよ。お前の言う通り、確認してみる……。嫌な予感で胸が一杯なんだけど、ね」

「恐らく汝は再び我に会いに来ることになるだろう……。その時は先程のエルフの女のような上玉の娘を一緒に連れて来い。歓迎しようではないか」

 

 これ以上話していても無駄だと判断し、シェリル達の下に戻るべく出口に向かう僕に、

 

「おっと、忘れるところだったな……。折角、我のところまで来て手ぶらで帰すのもなんだ、ひとつ褒美でもくれてやるとするか……」

「……褒美?そんなもの……」

 

 要らないと言おうとした僕に、何やらペンダントのような物を目の前に出現させた。

 

「……我ら魔神に伝わるペンダント……『神威の首飾り』だ。魔法工芸品(アーティファクト)の一種でもあるな。呪われているかどうかはお主にもわかるだろう?その評定判断魔法(ステートスカウター)なるものでも唱えればよかろう」

「……何故、このような物を……?お前にとって、僕は招かざる者である筈だ……。どうして僕に魔法工芸品(アーティファクト)を渡そうとする……?」

 

 はっきり言って僕にはこの魔神の事をどうも信用できそうにない。シェリルに手を出そうとした事もさることながら、勇者云々の件にしても何処か僕をからかっているのではないかと勘ぐってしまう……。もしかしたら、この魔法工芸品(アーティファクト)にも何らかの細工をしているんじゃないのか……?

 

「そこまで疑われているのは正直心外だな。先程も言った筈だ。我としてみれば汝の事は興味を持っておるのだ。勿論、あのエルフの娘の事は完全に諦めた訳ではないが……、とりあえず今は手を引いたではないか?まぁ、どうしても要らぬというのなら強要はせん。かなり良い魔法工芸品(アーティファクト)だとは思うがな……」

「………………少しでも妙なところがあったら捨てるからな」

 

 僕は溜息をつくと、目の前に差し出されていた神威の首飾りなるペンダントを手に取る。確かに、僕でも感じる程の魔力がこのペンダントには備わっているようだ。身に着けるのはとりあえず鑑定を済ませた後にしよう……。

 

「賢明な判断だ。ではまた会おう、未来の勇者よ。汝に敬意を表して、我の名も伝えておこう……。我が名はパンド-ラ……『災厄』の王の異名を頂く魔神パンドーラよ!」

「……パンドーラ、ね……。僕としてはもう二度と会いたくはないけど……一応覚えておくよ……」

 

 つれない奴だと嘆く魔神パンドーラを無視し、今度こそ僕は開かれた空間を潜っていく。歪んだ空間の中で前方に広がる出口を目指して歩いていく中、僕は先程言われた事を思い出す……。

 

『まずは、世界からの呼び声に耳を傾けることだな。もう、汝には現れている筈だ……』

 

 それは、恐らく今まで見ないようにしていた『???からの呼び声≪1≫』の事を言っているのだろう。もう、現実から逃げ続ける訳にはいかない……。

 僕はそう決心した時、ちょうどシェリル達が待っているであろう出口へと辿り着くのだった……。

 

 

 



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第31話:真実

 

 

「……俺はもう、長くない」

 

 少し話があると言って2人部屋へと入り……、言われた言葉がそれだ。

 何を馬鹿な……、と言って笑い掛けようとするも父の顔を見て、それが冗談の類や気弱になって言っているのでは事がわかる。

 

「……どういう事?」

「言葉通りの意味だ。この間の精密検査の結果、医師に余命半年と宣告された。他の家族たちには黙っておいてくれと言ったからな、直接聞いた母さん以外で話したのはお前が初めてだ」

 

 ……余命告知。まさか、家族でそんな話を聞く時がこようとは……。勿論、いずれは起こる事かもしれないが……、それは思ったよりも早く訪れてしまった。

 何かハンマーか何かで頭をぶん殴られたような……、目の前が真っ暗になるというのはまさにこの事であるだろう。

 

「それで……、どうして家にいるんだよ!!体は……大丈夫なのかっ!?」

「もう手の施しようがなく、出来る手術も無いらしくてな。入院したまま延命処理をして、薬があえば少しは寿命も延びるのかもしれないが……、今更バタバタしたくないと断ったよ。最後は自宅で過ごしたいとな」

 

 力なくハハッと笑う父に、僕は憤りを感じ得ない。何故……、どうしてそんな簡単に諦めてしまうんだ……っ!新入社員として、今年社会人となった弟は兎も角……、妹はまだ学生なんだぞっ!?それなのに父親がいなくなるなんて……!それに、漸く自分も仕事に慣れ始め……、これから少しは家計の助けになるかと思ったこの時に……!

 そんな風に自分の感情が抑えきれていない僕に……、父が言い聞かせるように話してくる。

 

「それでな……、俺がお前を呼んだのは……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……夢、か……」

 

 数ヶ月前の事を思い出し、僕はひとりごちる。夢、といったが、今いるここは清涼亭のベッドの上という訳ではない。

 ……例の能力(スキル)、『???からの呼び声≪1≫』を使用した瞬間に自分の視界が歪み、先程の光景を思い出して、気が付いたらこの不思議な空間にいるという訳だ。

 

「何故こんな時に、あの時の事を……」

 

 あまり思い出したくない事であると同時に、僕があの世界に何としても帰らなければならない理由でもある。しかし、何もこれから謎すぎる自らの能力(スキル)について確認しようという時に思い起こさなくてもいいだろうに……。

 

「まぁ、嫌な予感しかしないからだろうな……」

 

 ここから先に進むことは正直言うと憚られる。でも、何時までも目を背け続ける訳にもいかない。

 意を決して前に進むと、何やら開けた空間へと出る。そう、まるであの魔法屋に入った時のような、そんな印象をそこから感じた。

 

(……何かがいる)

 

 その開けた空間の中心に、何者かの気配がする。そう意識すると、そこにいる気配が強くなっていき、やがて黒い人影のようなものが集まっていった。僕の視線に気付いたのか、そこにいる存在は笑いかけるかのようにして声を掛けてきた。

 

「……随分と遅かったね。待っていたよ、今代の勇者君」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……ふぅ、今日は……、本当に色々あったわね……」

 

 大賢者ユーディス様より与えられた屋敷の一室にて、私は今日の出来事を振り返っていた……。

 

 彼に帰還手段の伝達という名目で会いに行った最中、思わぬイレギュラーにより一緒にダンジョンを潜る事となって……、その最下層にてまさかの魔神と交戦する事になってしまったのだ。

 正直、今こうして何事もなく戻ってこれたのは奇跡に等しい。特に、魔神に目を付けられてしまったシェリルを救い出せたのは、他ならぬ彼がいたからだ。

 

(そして……、彼が勇者である事がわかった日でもある)

 

 私自身は既に確信していた事ではあるが、魔神の言葉により、図らずしも明るみとなったコウの勇者としての資質。最も、ユイリから『自然体』の能力(スキル)を保有しているようだという報告があった時点で、私たちの間では確定的な事実として、既に周知されていた事であったが。

 彼からしてみれば、突然に、しかも敵である相手から勇者である事を突き抜けられた形となってしまった訳である。

 

『自分がこのファーレルにいる理由すらも知らないときている。何故、汝がこの世界に呼ばれた理由を知らぬのか』

 

 ……そうよ、意図的に、彼には伝えないようにしていたのだから。

 今まで彼が、勇者と呼ばれる事を快く思っていなかったから、こちらからその理由を伝えるのが憚られた事もある。同時に召喚されてしまったトウヤが、こちらに来た時点でストレンベルクの中でも最強と言っても差し支えない程の強さを持っていた事も、彼が勇者であるのを否定させる要因となってしまったのかもしれない。

 

(だから、彼が強さを求めて自ずから修練に励んでくれたのは、私たちにとっても有難かった……)

 

 彼に自信をつけて貰えれば、自分を勇者として受け入れてくれるだろうと踏んで、如何にしてそう思って貰うかを思案していたところに、コウの方から打診があったのだ。

 元から強くなれる才能もあったのだろうし、また彼をみている王城ギルドの面々が優秀な事もあり、メキメキと力をつけていった彼を見て、勇者の件を切り出すタイミングを図っていたのも事実ではある。そして、彼が勇者である事を認めてくれた時に、改めて『界答者』の件や、何と戦わなければならないか、この世界の危機を救うにはどうすればいいのか等を伝えようと思っていた。

 ……そうでなければ、その事実は彼の重荷にしかならないと私が考えていたからだけど……。

 

 だからこそ、今日突き付けられてしまった事実に、彼がどう思っているのか、気になるところである。魔神が話していたところによると、彼にも既に自らが勇者であると告げる何らかの変化が訪れているという事だが……。

 

 実際のところ、魔王に施されていた封印はかなり解かれているのだろう。最近の邪力素粒子(イビルスピリッツ)は魔王の影響も受けてか、より濃く世界に反映されているようにも感じる。魔王が定めし十二魔戦将もその力を発揮し始め、至る所で侵攻をしているという話も聞いている。

 シェリルの祖国であるメイルフィードも、公国から王国になってそう間を置かずして滅ぼされてしまったが、それを指揮した者も十二魔戦将と言われているのだ。それに続く第二のメイルフィードがいつ起こっても不思議ではない……。

 

「……世界の事を考えるのなら、もっと強引にでも彼に勇者として促さないといけないのだろうけど……」

 

 ストレンベルクは代々、勇者を召喚する術を持った唯一の国であり、延々と継承し続けてきた『時紡の姫巫女(フェイト・コンダクター)』を有する、世界最後の希望と称されてきた国である。それ故に、各国からは一日も早く勇者を迎え魔王に備えて欲しいという旨を、様々の手段を用いて情報と共に救援が送られてきていた。

 

 普段、ストレンベルクはそれゆえに優遇され、世界会議の中でも特に発言権、決定権が強いという事もあり、その要請については応えなければならない義務もある。ただ、今の状況が特殊であり、勇者の召喚には成功したものの、未だ覚醒するには至っていない、覚醒には時間が必要と伝えてはいるのだが……。

 その点では、自身が召喚によりこの世界に現れた勇者であると自ら宣伝しているトウヤが、上手くコウの事を隠すカモフラージュとなっていた。強さの面も、あの『竜王』バハムートを追い払ったという話が広まっているので、覚醒は時間の問題と向こうは思ってくれているらしいのも、こちらとしては助かっている事でもあった。

 

「あら?これは、ユーディス様が置いて下さったのかしら……」

 

 そこに、開けられていたユーディス様宛の封書が自分の机に置かれていた事に気付き、内容を確かめる。宛て先は魔法学園国家ミストレシア。コウを元の世界に帰還させるのに必要な魔力を補う為に、ユーディス様にお願いして、『賢帝の研究院』があり、このファーレルで最も魔法技術が進んでいるミストレシアに親書を送って貰ったのだ。そして、その返答は……、

 

(……現存している三枚の白金貨の他に、もう一枚秘匿していた白金貨がある、ね……。それを譲ってくれるかどうかは不透明であるけれど……)

 

 他ならぬストレンベルクの、しかも大賢者として名を馳せているユーディス様の頼みとあっては、それをお譲りするのも吝かではない。しかし、当然タダという訳いかないので、それに見合った報酬は頂きたいという事だった。

 白金貨といえば、あの星銀貨の数十枚分の価値があるとされ、硬貨にして最も高価な代物ともいわれている。当然と言えば当然の話だが、そんなものの対価といわれても果たして用意できるかどうか……。一時期は私が『賢帝の研究院』の有力な魔導士に嫁げば、ストレンベルクに白金貨をなんて話もあったようだ。

 

 ……別にミストレシアに限った話ではなく、ストレンベルクとの血縁を望む国は他にもある。世界的にも一番発展している大国のイーブルシュタインでは、そこでしか生産する技術が確保できていない為に、ほぼその国でしか存在していない飛行魔力艇を進展すると言ってきたくらいで、順当にいけばその流れで話が進んでいたのであろう。

 ……魔王が復活する兆しを見せたことで、それらの全ての縁談は白紙に戻ってしまったが……。

 

 勇者を召喚した『時紡の姫巫女(フェイト・コンダクター)』には、その者に仕える義務がある。勿論私自身も、その事については何も異存も無く、むしろ望んでいるくらいだったけれど……。それにも関わらず、彼を元の世界に返す手助けをする私を見て、代々『時紡の姫巫女(フェイト・コンダクター)』として勇者を支えたご先祖様方は何ておっしゃるだろうか……。

 

「……どうして、こんな事になってしまったんでしょうね……」

 

 コウから貰った『山彦の指輪』をそっと握り締めながら、ひとりごちる。本来、『時紡の姫巫女(フェイト・コンダクター)』の求めに応じてこの世界へと召喚される勇者……。私を含め、歴代の『時紡の姫巫女(フェイト・コンダクター)』であるストレンベルクの王女が執り行った『勇者召喚(インヴィテーション)』、通称『招待召喚の儀』。これは異世界より、勇者に相応しき器の人物にして……、『時紡の姫巫女(フェイト・コンダクター)』の運命の相手を呼び寄せるものであり、私も例外ではなく召喚されたコウを見て、一目で心を奪われた。

 

 ……記録に残っている勇者様方は、助けを求める『時紡の姫巫女(フェイト・コンダクター)』の姿に魅せられ、運命を感じ、自らの意思にてこの地にやってきたとあった。それなのに、どうして私の時はそうならなかったのか……。何故、コウの他にトウヤがこの地に呼ばれたのか……。勇者を無事、この地に召喚できた事で、失敗したわけではない筈なのだ。……コウが、自らの意思でこのファーレルにやって来たわけではない事を除けば……。

 

「まして……、彼には既に、大切な人がいるみたいだし、ね……」

 

 そう呟きながら、私は滅ぼされてしまったメイルフィード……、エルフの国のお姫様であるシェリルと彼のダンジョンでのやり取りを思い出す……。

 

 

 

『それでも、僕は本当に感謝しているんだ。だからさ……、ここから戻って、シェリルさえ良かったらさ、一緒に買い物にでも行かないか?それで、日頃のの感謝も込めて、君の気に入ったものをプレゼントさせて欲しい……。だから、僕に付き合ってくれないかな?』

『ええ!わたくしでよろしければ、喜んでお供させて頂きますわ!有難う御座います、コウ様……!ですが、わたくしは貴方と一緒にいられるだけで十分なのです。付き合って頂けるだけで、わたくしは……!』

 

 

 

 コウとシェリルの関係は、少しずつ進んでいるように思える。シェリルは本日以降、一層その想いを深めていくだろうし、コウはコウで距離を置こうとしながらも、彼女をとても大切に想っている事は伺えた。魔神に捕まったシェリルを助け出そうと、勝てそうもない相手に必死に立ち向かう姿は、見ていて清々しい程だったし、かっこいいとも思ったものだ。そして同時に、そうして貰えるシェリルを羨ましく感じた。

 

(いずれは元の世界に戻るという彼を……、私は諦めるしか出来ないから……)

 

 そんな思いとともに彼から貰った山彦の指輪を己の左手の薬指にはめ直し、それを包み込むように胸に抱きしめる。

 ……何の事は無い、私はシェリルが羨ましいのだ。私と違って、コウにストレートに想いをぶつける事が出来る彼女に……、ずっと一緒にいる2人の事を思うだけでも、胸を締め付けられるような感覚が襲ってくる。

 

 ただ同時に……、シェリルが素敵な女性であるという事も、心の中で認めてもいる。

 シェリルの事はメイルフィードが公国から王国に変わる以前から、どういう方なのかは知っていた。過去の『勇者』にエルフ、ダークエルフ族ともに救われたという事で、その『勇者』と関係していたストレンベルクは、他種族と関りを持とうとして来なかったメイルフィードと唯一交流があり、王族やグラン、ユイリのような高位の貴族たちは、どこか秘匿されるように庇護されていたシェリルと何度か会っていたのだ。

 公主の令嬢として気品に溢れ、それでいて慎み深く、見る者を惹き付けるようなカリスマ性を秘めた女性……。それは現在でも変わることなく備わり続けていて、コウと共にいる今では、彼に心を許し、良く笑顔を見せ、自身の持つ溢れんばかりの才能を遺憾なく発揮してコウを立てて支えるようになっていた。

 彼の事に関しては譲れないところもあるようで、あのように言いあう事になったのは、正直私自身も驚いたものだ。とても感情を露わにしてまで自己を主張する人には見えなかった為、彼女に対する印象を変えざるを得ない程であったが……、私の心を汲み取り、指輪を譲ってくれる気遣いや優しさも変わらず残ってもいる……。

 

 いずれにしても、色々あってこのストレンベルクに身を寄せる事となり、コウと出会い彼に想いを寄せていっていると聞いた時は複雑な思いが沸き上がったものだった。容姿は非の付け所がなく、そのプロポーションは女性から見ても羨ましいと思ってしまう。数多いる殿方を夢中にさせてしまうような天性の美貌に加え、心までも美しく、才能も様々な事に通じていて、挙句にはあの伝説の『伝承の系統者(レジェンド・クオリファイダー)』であるというのだ。……今は亡きメイルフィードの王が、シェリルを出来るだけ秘匿しておこうとした心情が推し量れるようであった。

 ……シェリルの事を知れば、時の権力者も含め、挙って彼女を手に入れようとするのは間違いないだろうから……。

 

「……いけないわね。もうこれ以上集中できそうにないでしょうし、今日は戻った方がいいかしらね……」

 

 軽く頭を振って意識を切り替えると、私は重い腰を上げ立ち上がる。もう何時間も魔力を錬成するのに集中していた為、若干立ち眩みを起こすも、慣れたように自分に掛けられていた『姿変化魔法(イリュージョン)』を解除すると……、大賢者様の弟子としての『レイア』の姿から、王族としての『レイファニー』の姿へと戻っていく……。ウェーブがかかった銀色に極彩色のライトブルーが加わったような見事な髪をかき上げつつ、しっとりと汗をかいている己を自覚する。

 いったい何処の王族がこんな日付が変わるような時刻まで、愛する者との離別の為に、体力、魔力共に消耗させているのだろうかと苦笑しながら、その彼の事を想う。

 戻って欲しくない、ここに居て欲しい……、そう縋る事が出来ればとも思うが、他ならぬコウと交わした約定を違える訳にもいかない。でも、そうだとしても……、

 

「いつか、帰ってしまうとしても……、私も貴方に想いを伝えるべきなのかしら……?彼は、多分困ってしまうでしょうけれども……」

 

 まぁ、ただ振られてしまうだけかもしれないけれど、と寂しく笑う。私にとって彼は運命の相手であるけれど……、彼にとっての運命の相手はシェリルなのかもしれないからだ。

 しかし正直な所、明らかに関係が変わってくるだろうコウとシェリルに、今まで通り接する事は出来ないかもしれない。そう考えると、今日彼が『勇者』について触れる事になったのは、いい機会かもしれなかった。

 

(そうね、いつまでも、このままという訳にはいかないし……)

 

 そのように考え、私専用に設けられたユーディス様の屋敷の部屋から、王城へ戻る為の『帰還魔法(リターンポイント)』を詠唱し始める。光と共に、私の周りに転送陣が形成してゆく中、そろそろ彼に『勇者』の件を話す事を検討しつつ、私は魔法を完成させるのだった……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……僕だって、来たくて来た訳じゃない」

「フフッ、今まででそんな事を言った者は一人もいなかったよ?本当に面白いね、君は……」

 

 不思議な空間の中で、そこにある存在よりそんな言葉が返ってくるのを聞き流しながら、僕は本題を切り出す。

 

「世間話をする為にこんな所に来た訳じゃないんだ……、僕を呼んだ目的は何?」

 

 淡々と僕は目の前の存在にそう突き付ける。僕の言葉を何処か楽しそうに、

 

「目的?今更何を言っているんだい?君もこの世界に来てある程度、時も流れた。いい加減わかっている筈だよ、この『世界(ファーレル)』の事を……」

「そんな事が聞きたいんじゃない!何故、あんな能力(スキル)を発現させてまで、ここに僕を呼んだのかを教えてくれと言っているんだ!」

 

 苛立ちながら僕は目の前の存在に答えた。

 ……いや、本当はわかっている。あの魔神『パンドーラ』に言われるまでもなく、この『『???からの呼び声≪1≫』とやらが発現した時点で、これから言われるであろう事はわかっているのだ。

 

「それなら『界答者(ファーレル・セイバー)』……、この世界の勇者の事について聞かせようか。今日、あの魔神(パンドーラ)に遭遇して気になっている事だろうしね。……今までの勇者は皆納得してここに来るというのに、君は違うようだしさ。本当に面白いよ」

「……僕はちっとも面白くないよ。それで?そんな話をするって事は、僕が勇者……っていうのは間違いない事なのか?」

 

 僕の言葉にそこから?っというような反応が返ってくる。溜息でもつくような感じで、

 

「……酔狂で君をここに呼んだとでも思っているのかい?そうだとしたら随分とおめでたい頭をしているね」

 

 何処か揶揄う様な調子で話してくる目の前の存在に、僕はグッと自分を抑えつつ、

 

「……何故、僕が勇者なんだ?一緒にこの世界に呼ばれたのは2人。僕と一緒に召喚されたトウヤは勇者ではないというのか?彼は既に自分が勇者だと名乗っている。実際に強いし、勇者と名乗れるくらいの実力もある!」

 

 彼の強さは、あの演習の際に既に確認している。あの強さを見て、自分も強くならなければ何も得られはしない、元の世界に帰るという僕の目的すらも叶えられないと知る程に、それを持つトウヤの力に羨ましいと思ったものだ。だというのに、

 

「勇者は、今まで一人しか現れないとも聞いた。……ということは、彼はここに呼ばれていないという事だよね?一体何故……、僕が勇者としてここに呼ばれる?彼ほどの力も持っていない、この僕がっ!」

「そのもう一人……、トウヤといったかな?彼こそが今回のイレギュラーの原因と言ったら……君はどう思う?」

 

 …………は?今、なんて言ったんだ……?トウヤが……原因……?

 戸惑う僕に対し、目の前の存在がゆっくりと語りだす。

 

「『招待召喚の儀』……。このファーレルの地に勇者を迎える為の儀式……。この世界(ファーレル)では、決して勇者が生まれる事はない。世界(ファーレル)を救うためには勇者の力が必要不可欠であるにも関わらずに、その資質を持つ者は異世界にしか現れない……。そんな資質を持つ者に、『時紡の姫巫女(フェイト・コンダクター)』が意識を繋げて、この地に来て貰うよう助けを請う……」

 

 『時紡の姫巫女(フェイト・コンダクター)』……、確かあの魔神も言っていたな。この世界に僕を召喚した人物という事は……、レイファニー王女の事を言っているのか?

 

「大抵の場合、『時紡の姫巫女(フェイト・コンダクター)』の運命の相手である為、勇者の資質を持ちし者も運命を感じ、その求めに応じてこの世界(ファーレル)へとやって来る……。それがこの世界(ファーレル)に代々伝わる……、『招待召喚の儀』だ」

「……それは既に聞いているよ。そして、今回の『招待召喚の儀』では、何故かそのくだりが省略されて強制的にこの世界(ファーレル)に召喚されてしまったという事も……。なんで、今回はその大事な意思確認がなされなかった!?もし、それがあれば……、例え助けを請われるのが自分の運命の相手だったとしても……、僕は向こうの世界を捨ててまでこの地にやって来る事はしなかった……っ!!」

 

 いくら困っていると言われても、いきなり他の……、自分となんら関わりのない異世界に行こうとは思わない。両親家族……、知人、友人をおいて、戻ってこれるかもわからない異世界に行くだなんて、いくら何でも馬鹿げている!

 

「……意思確認が行われなかった理由、それこそが此度のイレギュラーの原因なのさ。『時紡の姫巫女(フェイト・コンダクター)』が資質を持ちし者を探っている最中に、別のところからの干渉を受けた」

「干渉……?」

 

 な、なんだそれ……。干渉って、一体誰が……。ま、まさか……!

 

「察したようだね。そう……、君の言っていたトウヤこそが、『招待召喚の儀』に干渉してきたんだよ。よりにもよって、『時紡の姫巫女(フェイト・コンダクター)』が君へと意識を繋げようとした時に、割り込むかたちでね。そのせいで、繋げようとされていた君の意思を無視して、召喚が発動されてしまった。それが今回のイレギュラーの詳細という訳さ。わかったかい、今代の勇者君?」

 

 …………まさか、そんな事が……。

 

「そ、それじゃあ、トウヤは……」

「当然、そんな奴に勇者の資質の有無なんて聞くだけ無意味だろ?資質があれば、干渉するまでもなく『時紡の姫巫女(フェイト・コンダクター)』である彼女と意識を繋げられた筈なんだからね。ま、あったらあったで面白いかもしれないけど……」

 

 可笑しそうに笑っているような印象を目の前の存在から感じながら、僕は茫然としていた。そんな僕に、話を続けてくる。

 

「勇者の資質を持つ者を召喚した際には、『時紡の姫巫女(フェイト・コンダクター)』との間に絆のような繋がりが生まれるんだ。だから、『時紡の姫巫女(フェイト・コンダクター)』である彼女にはわかっていた筈だよ。自分が呼んだ勇者は、どちらかという事はね」

 

 な、なんという事だ……。じゃあ、この世界に来た時点で……、僕が勇者という事は決まっていたというのか!?

 

「で、でも、どうして『勇者』でないといけないんだ!?この世界(ファーレル)を救うための力なんて、ただの一般人だった僕にはないぞ!?それこそ、トウヤの方が……!例え、正式に呼ばれた勇者ではないとしても、それに相応しい力は持っているじゃないか!!その力を持ってすれば、世界を救う事だって……!」

「……出来ないよ」

 

 ……な、なんだって……?僕の言葉を遮るようにして、目の前の存在が話を続ける……。

 

「出来ないんだよ。確かに彼は、この世界(ファーレル)をみても異常なくらいで、神が持っているような力もあるようだね。だけど、それだけだ。それだけで、この世界の危機は救えない……。まして、『魔王』と対峙する事すらも出来ないよ」

 

 『魔王』、か……。それらしい言葉が出てきたな。そういえば、この世界(ファーレル)の危機ってどういうものなのか、聞いた事がなかった気がする……。

 今までユイリ達にこの世界の危機に対して、自分の出来る事をすると言ってきたけれど……、具体的に何をすればいいのかまでは、考えてこなかった。

 そんな僕の思いを汲むように、目の前の存在が話し始めた……。

 

「この『ファーレル』は、他の次元、他の世界と比べても神格の高いところでね……。今では凍結されてしまったけれど、昔は『神の生まれし世界』なんて呼ばれていたんだよ」

「神、ね……。随分とスケールの大きな話だな」

 

 何やら始まった話に茶々を入れるかのように呟く。正直、そうでもしなければ受け止められそうにない。先程の話で既に頭が混乱しているというのもあるが……、どうにも嫌な予感がする。そんな僕の葛藤をよそに、目の前の存在は話を続けていた。

 

「……ある時、『神』となるのに相応しい候補者が、他の神になった者と同じように『神になる試練』に挑んだ。その者は他の候補者よりも抜きん出ており……、まさしく神になるのに何の不足もないと思われた者だったよ。誰もがこのファーレルに新たな神が誕生する……、そう信じてやまなかったけれど……」

 

 ……しかし、その『神になる試練』に失敗し……、その候補者は邪神となってしまったという。そのように、目の前の存在は話す。

 

「その……、試練に失敗して、邪神となった者って……」

「……そう、それが現在もこの世界(ファーレル)に存在する……、世界(ファーレル)を破滅に導こうとする『魔王』そのものさ」

 

 そして目の前の存在によると……、神になれず邪神になってしまったその者は、そうなってしまった原因は他の神々によるものだと考えた。自らを邪神としたのは、自分を陥れたのは、神になられては困るだろうからと……、そう考えたらしい。

 そこでその邪神は『魔王』となり、神格が高く、神を生み出せるこの世界(ファーレル)を直接支配して、その力を持って神々の住む神界に攻め込もうと企んだのだそうだ……。

 

「ちょっと待ってくれ。その話が今とどう繋がるんだ?『勇者』がこの地に召喚されたのは僕が初めてではなく、これまでずっと召喚されてきたんだろ?過去の勇者が、その邪神となった『魔王』を討伐なりしたんじゃないのか?」

「……『魔王』は邪神だよ?『神』と呼ばれし者が、死すべき定めの者に討伐されるなんて事があると思うのかい?『神』は君たちがどうこう出来るほど矮小な存在ではないんだ。例え勇者が覚醒して『界答者』となったとしても、神に対抗する事が出来るようになったとしても、討伐するには至れない……」

「な、なら、僕たちは何の為にこの世界に呼ばれるんだ!?倒す事が出来ないんじゃ……っ」

 

 意味が無い、そう言おうとした僕に突然変化が訪れる。自分の体から、淡い光が溢れだしたのだ。それを見ながら、目の前の存在は、

 

「『界答者』、ファーレル・セイバーと呼ばれしその者は、この世界(ファーレル)と神を繋ぐもの。それになる資格があるのは、勇者として呼ばれた者たちだけ。今、君の魂がその片鱗を見せているそれが、勇者としての証。……ゆえに、『界答者』と覚醒すれば、『魔王』とも対峙する事が許される。でも、邪神である『魔王』との力の差は歴然。単純な力は勿論、霊格、神格ともに、比べるべくもない……。そこで、この地に呼ばれた歴代の勇者たちは、常世より『魔王』を封印していったのだ。『界答者』に与えられた、特別な力によってな……」

「この光が……、そうだというのか……」

 

 この光は、僕自身から発しているものだ。今は淡い光であるけれど……、何処か温かみを帯びた、優しい光のように感じる。

 

「君はまだ『界答者』として目覚めていないから、今は弱い光であるけれど……。覚醒した『界答者』となれば、『魔王』と対峙するのに相応しき光となるよ。……これでわかったかな?君は、間違いなく勇者としてこの地に呼ばれたという事が……」

「……認めたくないけど、ね。こんなものを見せられたら信じざるを得ないよ。……それで?仮に僕が『界答者』とやらに覚醒したとして、その『魔王』を封じるのには命と引き換えにしなければならないとか言い出す訳じゃないよね?」

 

 目の前の存在の話を聞けば聞くほど、その途方もない力を持った『魔王』を封印するのには並大抵の事では出来ないように感じる。それこそ、自身の命を持ってしなければ封じられないとか……。

 

「フフッ、そうなったらこの世界(ファーレル)に来てくれる勇者が居なくなっちゃうじゃないか。強制的に連れてこられた君は別として……、いくら運命の相手から頼まれたとしても、自分が死んじゃうのにそれを承知で来る人はいないよ。『招待召喚の儀』は古より神が『時紡の姫巫女(フェイト・コンダクター)』の祖先より伝えてきた神聖な儀式なんだよ?勿論、そんな事はないよ。君の先代……、歴代の勇者たちは、紆余曲折はあったようだけど、皆『魔王』を封じていったよ。勇者によってその封印の期間はまちまちだけど、次の危機に備えるべく、この世界(ファーレル)の地で生を全うしていった。それは誓って言える事だよ」

「……そう、か……、じゃあ一つ心配事が減ったかな……」

 

 大切なシェリル達のいる、この世界(ファーレル)を救う為とはいえ、自分の命を犠牲にして『魔王』を封印するなんていうのは論外だ。僕はそこまでお人良しではないし、自己犠牲の精神に目覚めている訳ではない。

 ……うん、わかった。取り合えず心配事の一つは消えた。それなら次は……、もう一つの心配事を解決しよう。

 

「……聞きたい事がある。『魔王』を封印するのに、僕の命をかける必要がないという事はわかった。歴代の勇者たちも、魔王を封印したその後も、この世界で生を全うしていったという事も信じるよ……。それなら、勇者となって、『界答者』に覚醒して、『魔王』という脅威を治めたあとは……、元の僕のいた世界に帰る事は出来るのか……?」

「先程も言ったけれど、『界答者』とは世界(ファーレル)と神とを繋ぐ力を与えられた、特別な存在なんだ。それこそ、死すべき定めを一時的に曲げる程強い力を与えられた特別な、ね……」

 

 僕の問い掛けに対し、明言を避けるように伝えられたその返答を受けて、先程から感じている嫌な予感が一段強く僕に警鐘を鳴らし続ける。僕は覚悟を決めて、目の前の存在に改めて問い掛けた。

 

「そんな事は聞いてないっ!!元の世界に帰れるのか!?それとも帰れないのか!?それだけを答えろっ!!」

「…………『界答者』に覚醒すれば、君はただの死すべき定めの者ではなくなる。『神』とまではいかなくとも、特別な存在になるんだ。この世界(ファーレル)の一部となり、『魔王』の脅威を祓うまでは死をも遠ざける存在となる。『魔王』が封印され、それらの力が薄れたとしても……、一度世界(ファーレル)の一部となった事まで消える訳じゃない……。君は、死ぬまでこの世界(ファーレル)の地から離れる事は出来なくなり……、一時的に他の次元、他の世界に赴く事すら出来なくなる……」

 

 ………………それは、つまり、

 

「……『界答者』に覚醒すれば、僕は二度と元の世界に帰れなくなる……という事か?」

「そういう事になるね、残念だけど」

 

 その言葉を最後に、僕の中で全ての音が消え失せたように感じる。長く、重苦しい沈黙が支配する中で、僕は先程言われた事を反芻していた……。

 ……もう二度と、元の世界には帰れなくなる……かえれなくなる……かえレなくナル……カエレナクナル……カエレナク、ナッテシマウ……。

 永久に続くと思われた絶望の中で、やり場のない怒りが僕の中で沸き上がり、やがて沈黙を破ってその思いが爆発する。

 

「……ふざけるなっ!!なんだそれはっ!?僕は、今まで元の世界に戻る……帰る事を目的に、死にそうな目に遭いながらもやって来たんだぞ!?わかってるのかっ!?」

 

 怒鳴るように目の前の存在に訴えながらも、先程見た夢の続きを、父親とのやり取りの事が僕の脳裏をよぎる……!

 

 

 

 

 

『それでな……、俺がお前を呼んだのは……、お前に後の事を全て任せる。遺産の相続も、親族一同の関連も、お前を中心に盛り立ててくれ。ウチは本家だからな……、まだまだ未熟なお前に色々任せるのは悪いとは思うが、母さん達の事も……』

『そんなこと……っ!だからなんでもう生きる事を諦めてんだよっ!親父が言っていた事だろ!みっともなくとも、最後まで諦めるなって、ずっと親父が言っていた事じゃないか!?』

『……それでも、どうにもならん事もある。まして、俺の体だ……、自分の体の事は、俺が一番よくわかっている』

『だからって……っ!でも、延命も出来るんだろっ!?今ここで、親父に倒れられたら……っ』

『それにしたって金は掛かる……。治る可能性があるというのならば別だが……、殆ど望みもないのに延命の為だけで金を使う物じゃない。それにな……、俺は決めていたんだ。そうなった時は、綺麗に死のうとな』

『そんな……そんなの……!』

『お前が人一倍死に敏感なのはわかっている……。兄や幼馴染……、親しい友人と近しい者たちの死を目の当たりにしてきたんだからな……。それで今、俺も死の列席(ソレ)に加わるというんだ、お前の中で納得など、出来る筈もないだろうな……』

『それなら……!もっと生きる努力をしてくれよっ!!母さんは!?妹だって、雅だってまだ学生だぞ!?ここで大黒柱の親父にいなくなられたら……どうするんだっ!?』

『だから……後の事を任せると言ったんだ。そこまで大した物は残せないかもしれないが……、当面はしのげる。遺言も用意した。親族一同を纏めるには大変だろうが……、母さんは勿論、俺の兄妹、叔父さん達も力になってくれるだろう。俺のいなくなった後の事を……どうか、宜しく頼む……』

 

 

 

 

 

「僕には……、僕には絶対に帰らなければならない理由があるんだぞっ!?それなのに、帰れなくなるって……!そんなことってあるかっ!?」

 

 涙ながらにそう訴える僕に掛けられた言葉は、酷く無慈悲なものであった。

 

「それはこちらの知るところではないよ。それに嫌なら帰ればいい。この世界(ファーレル)の事など何もかも忘れて、ね……。こちらとしては、何も勇者になるよう強制している訳ではないんだよ?」

「なら、帰るさっ!!冗談じゃない!元の世界に帰れないとわかって、『界答者』なんかになるもんかっ!!」

 

 自分の激情を叩きつけるようにして、その空間から去ろうとする僕に、後ろから冷めた言葉が投げかけられる……。

 

「それなら、そうするといいよ。別に止めはしない。この世界(ファーレル)が『魔王』に支配され……、やがて世界ごと消滅する、それだけの話だし」

「なっ!?し、消滅!?どういう事だ!?」

 

 な、何で『魔王』が世界を支配する事が消滅に繋がるんだ!?一体何を言ってるんだコイツ!?

 投げかけられた言葉に驚愕しながら振り返った僕に、

 

「何を驚いているんだか……、少し考えたらわかる事だろうに。さっき言ったよね?この世界(ファーレル)は『神の生まれし世界』とも呼ばれていたって……。別に、その機能自体は『魔王』が誕生した時以降、使用されていないだけで、失われた訳じゃないんだよ?そんな世界(ファーレル)が邪神に支配されて、神々がそれを黙って見ているだけだと思うの?」

 

 そ、そんな……!それじゃあ、僕が『界答者』として覚醒しなければ、この世界は……シェリル達は……っ!か、かといって、『界答者』として覚醒すれば、二度と元の世界に戻れなくなる……!?そ、そんな事、どちらも選べる訳が……っ!!

 

「別に難しい話でもないと思うけど?君が『界答者』として目覚めるか、目覚めないか……、2つに1つでしょ?」

「ほ、他に選択肢はないのか!?そうだ、例えば……僕を元の世界に戻した後で、新たな勇者を呼び寄せるとか……!」

 

 そんな僕の提案に対し、目の前の存在は、

 

「無理だね。此度の『時紡の姫巫女(フェイト・コンダクター)』である王女は、既に君を『勇者』として絆を感じている。それに、魔力の問題もあるからね。どちらにしても、『魔王』を何とかするまでは、新たな勇者を召喚する事は出来ない」

「な、なら、『界答者』にならないで『魔王』を封印するとか!?資質はあるんだろ!?今の僕にだって!!」

 

 自分で言っていて滅茶苦茶だとも思うが、問わずにはいられない。そんな僕に冷めた様子で、

 

「……資質があるだけで、『界答者』に覚醒していない君が、強大な『魔王』を封印する?……そんな事、笑い話にもならないよ。いい加減、諦めてどっちにするか決めなって。先程も言ったじゃないか、2つに1つだって。何度も言わせないで欲しいな」

「ふ、ふざけるな!!そんな話を聞いて、どっちか選べだと!?2つに1つ!?僕の選択によっては、世界が消滅して、かといって『界答者』になれば二度と帰れない!?え、選べる訳ないじゃないか、そんな二択!!」

 

 ……何なのだろう、この状況は。どうして自分がこんな目にあわなければならないのか……。一体、僕が何をしたっていうんだ……っ!!

 僕の葛藤にどこ吹く風といった様子で、目の前の存在は語り掛けてくる……。

 

「どちらかを切り捨てればいい事じゃないか。この世界(ファーレル)を放っておけないなら、『界答者』に覚醒すればいい。皆きっと君に感謝するだろうし、英雄と称えられると思うよ。逆に帰りたいのであればこの世界(ファーレル)の事は忘れてしまえばいい。最初から関わらなかったものとして」

「……本当に、何も無いのか……?他の人に、この勇者の資質を移し替えるとか……?正直、僕より勇者に相応しい人物はたくさんいる……。レンとかグランとか……、ジーニスだって勇者として器は兼ね備えているんだ……」

「君もしつこいね……、見てて面白くもあるけど。まぁ、結論から言うと無理だよ。勇者はこの世界(ファーレル)から生まれる事は決して無い。仮に勇者の資質を移し替える事が出来たとしても、『界答者』として覚醒する事は絶対に有り得ないのさ。……もう、諦めなよ。言い忘れたけれど、『界答者』となる事で、君の願いを可能な限り一つだけ叶えてあげる事も出来るよ?選択の考慮に入るかもしれないし……、あ、でも可能な限りだからね?『界答者』に覚醒しても元の世界に戻れるようにしろとか無茶苦茶なものは無理だからね?」

 

 そんな事、帰れないんならどうでもいい……、他に何か無いのか、そう考えて僕はある事に気付く。

 

「……この世界(ファーレル)の住人には勇者の資質を移せない……、ならば、この世界(ファーレル)の住人でなければ移せる、そういう事だよね?例えば、この世界(ファーレル)にイレギュラーで現れたあのトウヤになら、可能性はあるって事か?」

「そもそも……勇者の資質自体を移す事が出来るか甚だ疑問だけどね。だけど、それも先程言ったはずだよ?彼には勇者の資質は無かったってさ?」

 

 確かにもし資質があれば、王女と意識を繋ぐ事が出来た筈だと、そんな事を言っていたのは覚えている。だけど……!

 

「質問に答えていないよ……。どんなんだ?勇者の資質自体を移す方法があったとしたら……、異世界から来ているトウヤには、移せるのか?」

 

 自分で言っておいてなんだが、これならばとも思う。恐らく僕と同じ世界からやって来ているトウヤ。どうしてあんな力を持っているのかはわからないが、むしろ神が伝えたとされているらしい『招待召喚の儀』に干渉できるくらい規格外の彼ならば、『魔王』を討伐する事すら出来るのではないか?トウヤに勇者の資質云々を移す方法はこのあと考えればいいし、とにかく今はこの《ファーレル》を破滅へと導こうとしている『魔王』を何とかし、かつ自分が元の世界に戻れる可能性を残す……、その一転に希望を見出す事が最優先だ。

 そんな僕の問い掛けに溜息をつくかのように、

 

「……まぁ、確かに君に備わっている資質云々全てをそのまま彼に移行できさえすれば……、万に一つの可能性くらいはあるかもしれないね?今まで試そうとしてきた人もいなかったし、断言なんてとても出来ないけど……」

「それなら僕が見つけてみせるさ……。トウヤにも上手く話を持っていって見せる。彼だって……、自分が本当の意味での勇者になれるとわかれば、嫌とは言わないだろうし……」

 

 取り合えず目の前の存在から否定されなかった事に安堵しながらも、どのようにトウヤに話を持っていくかを考える。下手に接触しようものなら排除される可能性もあるから失敗は出来ない。彼を上手く立てつつ、それでいて自分が彼にとって有用と思われなければならないから、蜘蛛の糸を辿るが如く厳しい道のりであるかもしれない。

 それに、目の前の存在が言うように、僕の勇者の資質ごと彼に移して、『界答者』に覚醒して貰わなければならないのだ。本当にそんな事が出来るのかについても、全く手掛かりが無い状態から始めないといけない。

 

 そんな無い無い尽くしの状況ではあるものの、それを言い出したらこの世界にやって来た時だってそうだった。何もわからない状態から始まって、手探りで探っていき、漸く今の状況まで持っていったのだ。

 帰還の手段は王女殿下たちが見つけてくれた。問題の魔力に関しても、星銀貨や白金貨という解決策がある。あとは、この勇者の、『界答者』の問題をクリアすればいいだけなのだ。それがどれだけ厳しい状況であったとしても、これまで通り乗り越えていってみせる……!

 

「じゃあ、そういう事だから……。僕は戻るよ。今度、僕の代わりにここを訪れるのは彼だから、その時にはちゃんと『界答者』として導いてくれ。多分、彼ならば喜んで『界答者』に覚醒しようとする筈だからさ」

「……好きにするといいよ。でも、これだけは言っておくよ?君は何としても方法を探してみせるっていうけれど、そんなに時間が残されているという訳ではないからね?もう、既に『魔王』の封印は解けかけている。これ以上遅くなれば、普通の方法じゃ封印すらも出来なくなる。そうなったら、例えその後で『界答者』に覚醒したとしても、消滅の道を歩むしか出来なくなるかもしれないから、そうなりたくなければ急ぐ事だね?」

 

 ……時間は、あまり残されていない、か……。わかったよ、そう目の前の存在に伝えて、僕はこの不思議な空間を後にする……。

 元の世界に戻るという当初からの目的を遂行しようとする僕としては、自分が勇者として、『界答者』に覚醒するという選択肢が消えた今、なんとしてもトウヤへ僕のそれを移さなければならない。だけど、また新たな目標が生まれた。僕の希望は、まだ失われてはいない……。

 そう思いつつ、僕は決意を新たにするのだった……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……随分と無駄な希望を抱くものだね、まぁ、だからこそ面白いのかもしれないけど」

 

 彼が自分の管理する、この魔法空間(マジックスペース)から去った後、ポツリとそう呟く。今、自分の顔を誰かが見れるとしたら……、その顔はひどく歪んでいるのかもしれない。

 

「……他の者に自らの勇者の資質を移行する?成程、普通の能力(スキル)やら魔法やらだったらそんな事も可能かもしれない……。若しくは、勇者としての資質だけを移行するというのは、もしかしたら叶うのかもしれない……。だけど、君は忘れている事があるよ……」

 

 ククッと笑いつつ、彼が残していった消え入りそうな淡い光を眺めながら、言葉を続ける……。

 

「勇者の資質……、それは君の魂から来るものだ。それを移すという事は、君の魂そのものを彼に移行する事に等しい行為だ。それが出来たとしても、どちらも自分を保っていられるかもわからないというのにねえ……」

 

 そう言ってさらに、彼の残光が何処かへと向かっていくのがわかる。恐らくは主人である彼の元だろうが、もう一箇所別の所へと向かっていこうとしていた。

 

「君は自分の勇者としての資質を移行出来るかもしれない可能性は考えられたようだけど、君を呼び込んだ『時紡の姫巫女(フェイト・コンダクター)』である王女の気持ちまでは考えられなかったようだね……。『招待召喚の儀』……、勇者の資質を持ちし運命の相手を受け継がれし召喚師が呼び寄せる、『神』が伝えし『勇者召喚(インヴィテーション)』……。そんな君の一時的な感情で覆せる程、『招待召喚の儀』は甘くはない。まぁ、精々足掻いてみるがいいさ……、そっちの方が面白くなりそうだしね」

 

 あの様子だと、この世界(ファーレル)を忘れて、一人元の世界に戻るなどという事は出来ないだろう。となると、彼の辿るべき道のりは既にわかっている。

 

「……君はまた、此処に来る事になるだろう……。その時まで、こちらを退屈させてくれるなよ?」



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第32話:王女殿下の来訪

 

 

「……まさか、本当に手に入るとは」

 

 レイアより白金貨の希少性と秘められた絶大な魔力を聞いて以来、リスクはあれど使用してきた運命技『ハイ&ロー』だったが、今しがた手に入った貨幣に僕は戦慄していた。

 

 

 

『白金貨』

形状:貨幣

価値:SSS

効果:失われし古代文明『アルファレル』にて使用されていたとされる最高位の硬貨。その素材は未知の金属で作られており、膨大な魔力を秘めた魔法の道具(マジックアイテム)でもある。

   星銀貨20枚分程の魔力が秘められているとされ、その価値は計り知れない。

 

 

 

「はは……、何なんだろうね、この運は……」

 

 とんでもない価値のある星銀貨の……、20枚分の価値だって……?大金貨にすると、大体幾らの価値になるんだろうか……?そして思った通り、未知の金属となっている以上、プラチナで作られたものではないという事もわかった。金に似ているが、金ではない。それでいて確かな光を放っており、手に取っただけでも、有り得ない程の魔力が感じられる硬貨だ。これぞまさしく、『アンオブタニウム』とでも呼ぶべきだろうか。

 そして、白金貨が手に入った事にも驚いたが、驚愕するのはそれだけではない。僕の目の前にある、何かしらの機械。この世界でこんな物は結構珍しいと思うが、昨日ぴーちゃんが奇跡の産卵(ミラクル・エッグ)の効果で産んだ卵、『虹の卵(レインボー・エッグ)』が孵った結果、手に入った魔法工芸品(アーティファクト)でもある。

 

 

 

『輝石創造器』

形状:魔法工芸品(アーティファクト)

価値:SS

効果:魔力を溜め込む事で、様々な用途を持つ『輝石』を作り出す事が出来る。

   但し、作り出す事が出来るのは1日最大で1個まで。時間を掛ける程、効果の高い『輝石』を作り出しやすいが、最大で30日分までしか魔力を溜め込む事は出来ない。

 

 

 

(『輝石』って、あの火を出したり、水を出したりする不思議な石の事だよね?そんな物を作り出す魔法工芸品(アーティファクト)なんて……、とんでもない物なんじゃ……)

 

 朝、『清涼亭』の部屋にて繰り広げられている光景に、僕だけでなく傍らにシウスを伴わせていたシェリルも半ば呆然としてしまっていた。

 

「……信じられません。わたくし、白金貨なんて初めて拝見致しましたわ……。コウ様の能力(スキル)については伺っておりましたが……」

「僕だって正直、信じられないよ……。それに、この輝石創造器だって、普通の道具(アイテム)じゃない……。価値だってSSだし、火や水、もしかしたら電気だって発生させる輝石なんか作れたら、エネルギーにも困らない事になる……」

 

 自分で言うのも何だが、僕自身の強運が怖い……。ただ、どうしてこの強運が、自分が帰還するという事に使われないのかと不満に思ったりもする。まぁ、白金貨に関しては、帰還の一助になるかもしれないが、如何せん『???からの呼び声≪1≫』から戻って来てからの数日、これといった変化はない。

 

(ニックからの情報にも、新しい進展は……ないな)

 

 僕に情報を送ってくれているホビット族の闇商人、ニックには『魔王』の件についてと、自分と共にこの世界にやってきたトウヤについて判明している事を教えて欲しいと伝えた訳だが……、

 

(現在『魔王』が封印されているところが、ストレンベルクより海を挟んではるか西にある『魔族領ロウファーライン』という場所という事と、大分封印が解けてきている事くらいしかわかっていない……。そして、世界の各地で『魔王』の直属の部下とされる『十ニ魔戦将』と呼ばれる者たちが侵攻している、か……)

 

 ニックの話によると、シェリルの故郷であったメイルフィード王国を襲い、滅ぼしたのもこの12体いるという『十ニ魔戦将』が絡んでいるらしい。何でも、ここ最近で『十ニ魔戦将』に選ばれたとされる女のダークエルフが主導したという事だけど、詳しい話まではわかっていないようだ。

 

 よくファンタジーの小説やゲームなんかでは、エルフ族とダークエルフ族は対立しているなんて話はよく聞いていたものの、この世界(ファーレル)に住む彼らは、特に対立している訳でもないらしい。メイルフィード『公』国だった数年前は、ダークエルフも国の中枢に関わっていたようだし、だからこそ『ダークエルフ』がメイルフィード襲撃の首謀者という事には一抹の疑問があったとニックも伝えてきていた。

 

(だけど、ニック達に依頼してきた『十ニ魔戦将』とされる人物は間違いなくダークエルフだった、か……。そもそも、その『十ニ魔戦将』っていうのも、いまいちわかっていないんだけどね)

 

 もうひとつ依頼していたトウヤに関する情報は、僕が掴んでいた彼の印象を変える程のものは伝わってこず、それこそ僕と一緒に召喚されてきたという事と、あの『竜王』をストレンベルク山中から追い払い、稀代の勇者として認知されている事、最後に先日のピストルやガンブレードを量産しようとしているくらいだろうか。

 

 それゆえに、未だトウヤとの接点を見い出せないでいる。下手に動けば警戒させるだけだろうし、慎重に動かなければいけないのはわかるけど、それでもあまり悠長に構えられない事も事実だ。いつ『魔王』が完全に復活し、自らが侵攻を開始してくるかもわからない中、何時までも手をこまねいている訳にもいかない。

 

 いっその事、この首飾りでも贈るかと思い、自分の首に掛けられたペンダントを見る。

 

 

 

『神威の首飾り』

形状:魔法工芸品(アーティファクト)

価値:SS

効果:全能力+10、専用装備化:コウ

   この首飾りを身に着けている限り、状態異常に罹らない。

   装備者の攻撃に『神属性』を付与する事がある。

 

 

 

 あの魔神、パンドーラに貰ったペンダントだったが、これもまた規格外の性能を誇っている。ただ、この魔法工芸品(アーティファクト)、僕の専用装備となってしまっているのが、気になるところだった。

 自分の『自然体』と何処か被っているところもあり、出来れば僕ではなくシェリル達に身に着けて貰いたいところではあったが……。

 何とかこの専用装備というものを解除する事が出来ないかと思っていたところに、

 

「おきてましゅかぁー!おにーちゃん、おねえちゃんも!」

 

 ノックと共にこの『清涼亭』の看板娘、ラーラさんの妹であるリーアちゃんが、ユイリと一緒に入ってきた。

 

「ああ、お早う、リーアちゃん!今日も元気いいね!」

「フフッ、お早う御座います、リーアちゃん」

「うん!おはよーございますぅ!」

 

 ああ……、朝から癒されるな。このリーアちゃんは、自己紹介をすませて『知らないお客さん』から『知り合い』に変化すると、僕の事を『おにーちゃん』と呼んでくれる天使である。決して『おじさん』ではない、『おにーちゃん』なのだ。

 リーアちゃんがそう呼んでくれるようになったその時から、僕はこの幼女を溺愛するようになり、今ではこうして起こしに来てくれる程にまでなった。……今日は何をあげようかな……?

 

「お早う御座います、姫。コウも起きているわね」

「ああユイリ、丁度いい所に……。ちょっと見て欲しいんだけど……」

 

 リーアちゃんにあげようと収納魔法(アイテムボックス)から買っておいた飴ちゃんを取り出すと、ユイリが挨拶もそこそこに僕たちのへとやって来る。折角だし、僕は入手したばかりの超希少な道具(レアアイテム)を見て、感想でも貰おうかと思ったのだが、

 

「コウ、悪いんだけど……、すぐに来て貰えないかしら?姫も申し訳御座いませんが……」

「ん?今日はもう少しゆっくりでいいって言ってなかった?確か大した依頼(クエスト)もないって……」

 

 僕から飴ちゃんを受け取り、「わーい、ありがとー、おにーちゃん!」と喜ぶリーアちゃんを撫でながら、何処かせわしない様子のユイリにそう答えると、

 

「実は、先日貴方がレンと一緒にお忍びで参加した演習での件で、騎士団長が話を聞きたいそうなのよ。多分、貴方がトウヤさんについて知りたいと言っていた事も踏まえての話だとも思うわ。それに……、王女殿下も一緒に同席したいという事だから……」

「王女殿下が……?」

 

 トウヤ絡みとなったら行かない選択肢はないけれど、王女様も参加されるって……。

 このストレンベルクの国の王女様というと、一人しかいない。僕をこの世界(ファーレル)へと召喚した、レイファニー・ヘレーネ・ストレンベルク殿下其の人だ。そういえば、あの『招待召喚の儀』によって会った時以来、顔を合わせていなかったな……。何故か、あまりそんな気もしないけれど……。

 

 そう思って僕は、王女様の顔を思い浮かべる……。初めてお会いした時は自分も余裕がなかった為、綺麗な人だなくらいにしか思わなかったけれど、改めて思い出すと……、

 

 

 

『たとえ貴方がおっしゃられたように勇者様でなかったとしても、その時は王族であるわたくしの名の下に、責任を持って対応させて頂きます。お望みがあれば、出来る限りの事はさせて頂く所存です。ですから……せめて貴方様のお名前を教えて下さいませ』

『コウ様の帰還の方法につきましてはわたくし、レイファニー=ヘレーネ=ストレンベルクの責任を持ちまして研究させて頂きます』

『その星銀貨は魔術の道具としても使用できますので、いくつか持ち歩いていたものではありますが……、貨幣としての価値も御座います。それに、勇者様を一文無しでこの城から送り出すなんて事をする訳には参りませんし……、返却なんてなさらないで下さいね?』

 

 

 

 笑顔でそう対応してくれた王女様の事を思い出し、どうしても顔が赤くなってしまう。とても気品に溢れた魅力的な方で……、何より自分の言う無茶も聞いてくれた人なのだ。実際に彼女がくれた星銀貨がなければ、シェリルの事も助けられなかったし、今もなお僕の帰還の為に心を砕いてくれていると聞いている。……とても足を向けて寝られる人ではない。

 

「そ、そうなんだ。それなら、急いで支度しないといけないな」

「……コウ様、何を考えていらっしゃるのです?そのようにお顔を真っ赤にされて……」

 

 その言葉と共に、隣にいたシェリルが少しジト目になって僕を見ていた。だ、だって仕方がないじゃないか!あんな綺麗な王女様が会いたがってくれているなんて言われて気にしない方がおかしい!

 

「まぁそういう訳だから……、今日は此方で食事する余裕はないわよ。姫、お支度の方、手伝わさせて頂けますか?」

「……そうですね、お願いしますユイリ」

 

 そう言って、シェリル達が着替えの為に部屋を出ていく。それを見ていたリーアちゃんが、

 

「んー?おねえちゃん、なんかごきげんななめだったぁ?」

「……うん、そうだったかもしれないね」

 

 僕は苦笑しつつリーアちゃんに答える。もしかしたら嫉妬してくれたのかもしれないけれど、と内心嬉しくも思いつつ、流石にそれくらいは許してほしいとも思う。別にシェリルと恋人同士という訳ではないのだからと思わなくもないが、そんな事を言えない程僕は彼女に助けられ続けている。むしろ、そんな寝言を言おうものなら天罰が下ってしまうかもしれない。

 ピィッ!と元気よく起きてきたぴーちゃんにリーアちゃんが喜ぶのを見ながら、僕は彼女たちの支度が整うのを待つのだった……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「お呼び立てして申し訳ありません、勇者様。ご足労頂き、感謝致しますわ」

「……ご機嫌麗しゅう存じます、王女殿下。ですが……、前にもお伝え致しましたが、私は勇者という訳ではありませんよ」

 

 王城ギルド内の一角を会議室の様にしたところに呼び出された僕は、笑顔で声を掛けてこられた王女殿下からのお言葉に際し、苦笑しながらそう答える。……こう何度も勇者勇者と言われると流石に諦めたくもなってくるが、勇者となった際に生じる事実を知った今となっては、なおの事認める訳にはいかない。

 ……ユイリもそうだが、この『王宮の饗宴(ロイヤルガーデン)』の人たちは、何度も勇者ではないと伝えてきているのにも関わらず、一緒に呼ばれたもう一人ではなく僕こそを勇者と見ている節がある。もう一人(トウヤ)のような力を発揮している訳でもない僕をそのように捉えるのは、何か理由があるのだろうか……?

 

 今この部屋には、レイファニー王女をはじめ、ギルドマスターであるガーディアス隊長以下、僕を含めた『王宮の饗宴(ロイヤルガーデン)』のギルドメンバーに加え、もう一人甲冑姿でどこか身なりの良い人物が詰めている。王女殿下の傍にいるこの人物こそが、ユイリの言っていたこの国の騎士団長であるのだろう。

 僕の視線に気付いたのか、騎士団長らしき人物が会釈しながら、

 

「初めまして、コウ殿。私はこのストレンベルクで騎士団長を務めさせて貰っているライオネル・ペネストルと申します。以後お見知りおき頂けましたら幸いです。勇者殿……、失礼、コウ殿でしたね、本日は貴方にご教授願いたくお越しいただいた次第です」

「……コウ、と申します。此方こそよろしくお願いします。ですが……、ご教授、ですか?」

 

 挨拶もそこそこに、ライオネルさんから飛び出した言葉に疑問に思う僕。……僕に教えられる事なんて何もないけれど。

 すると、フローリアさんが引き継ぐように、

 

「先日、コウ様がトウヤ様のストレンベルク山中への演習にお忍びで同行された際の報告は受けております。その際にコウ様は、彼の戦術、陣形略等にご自身の意見を持っておられたという事ですが……、その件に関してお伺いしたいのです」

 

 そう言ってフローリアさんは紙のような物の束をバサッとテーブルに乗せると、その一枚を僕の方へ送ってくる。

 

「これは……」

「それはトウヤ様が命名した『窮鼠の背陣』の用兵について記載されております。グランからの報告によると『背水の陣』とコウ様は話されていたようですが、それについても思うところがあったとか……。ここにある書類は全て、トウヤ様が考案された陣形、戦術、新しい武器における意見書となりますね」

 

 それらの書類も僕にまわされ、パラパラと目を通していく。よくもまぁ……、こんなに伝えたものだ。その陣形も僕の世界の過去の歴史において、至る所で使われていたようなものばかりであったが、ご丁寧に自分こそが考えたオリジナルであると言わんばかりに独特の命名がなされている。

 そんな書類を少し溜息をつきながら見ていた僕に、ライオネルさんが話しかけてきた。

 

「如何ですか?是非、コウ殿の忌憚ない意見を伺いたいのですが……」

「い、いきなりそんな事を言われましても……。まぁそうですね、強いて言う事あるとすれば……」

 

 ライオネルさんにそう返答しつつ、僕はその書類の中から1枚をとり、

 

「……この書類には、駄目な見本としての陣形が描かれています。『山頂に位置取ってしまった為、補給路を断たれ、結果大敗する事となる、陣形において最も駄目なもの。因みに考案者は処刑された』……みたいな事が延々と書かれてますけど……」

「……その陣形がどうかなさいましたか?」

 

 怪訝そうに訊ねてきたフローリアさんに僕は、

 

「僕が説明するよりも……、レン、君はこの陣形についてどう思う?」

「ん?俺か?俺に聞かれても、陣形云々といった難しい話はわかんねえぞ?」

 

 急に質問が飛んできて、困惑した様子で答えるレンに、

 

「別に難しい話じゃないんだ。この陣形は、見晴らしのいい山頂に陣を置き、攻めてくる敵を上から勢いに乗って迎撃する為のものなんだけど、これについてレンの意見を聞かせて欲しい」

「……皆、俺じゃなくてコウの意見が聞きたいんだと思うんだがな。まぁ、駄目って書いてあるし、駄目なんじゃねえのか?」

 

 そう答えるレンに窘めるようにして、再度問い掛ける。

 

「……この用紙に書かれている事はこの際無視してくれ。要は山頂という高いところから低いところに攻め込むのはどう思うかって事なんだけど……」

「……じゃあ別にいいんじゃねえか?そっちのが勢いづくだろうしよ、正直それが駄目って言われる理由も俺にはわかんねえ」

 

 うん……、君の、その飾らない意見が聞きたかった。

 答えてくれたレンに感謝しつつ、僕はフローリアさん達に向き直ると、

 

「有難うレン、……僕もそう思うよ。こちらの世界ではどうかはわかりませんが……、私のところでは『高きから低きを見下ろせば勢い破竹の如し』という有名な言葉があります。ですから、その陣形自体が駄目という訳ではないと思うんです」

「……トウヤ殿の陣形には承服できない、という事でしょうか?」

 

 承服できないというか、なんて言ったらいいんだろう……。

 

「……この書類には窮鼠の背陣でしたか、この山頂の陣も含めて使える戦術、使えない戦術みたいに分けられているようですけど、そもそもの話、そんなものなんて無いと僕は思うんです。これらの陣形は、その独特な名前以外は見覚えのあるものばかりですが、その状況に応じて過去の偉人が考え編み出されたものだと思います。これを使えば絶対に勝てるなんて陣形もなければ……、逆に使ったら必ず敗北するなんて陣形も存在しない筈です」

「それは、どういう意味です?事実、先程の山頂に布陣するというものも、コウ様の世界の過去において失敗したものなのでしょう?」

 

 そんなフローリアさんの意見に対し、僕は自分の考えを伝える事にする。

 

「失敗した、というのは事実です。歴史書に残されていましたからね……。ですが、それはその陣形自体が悪かったというものではありません。僕はあくまで、敗北した人物が相手の思考を読み切れなかった事にあると思っています」

「相手の、思考ですか……?」

 

 思わず呟いた王女殿下に対し、僕は軽く頷くと、

 

「自分が行動した結果、相手がどう考えてどうしようとするのか……、それに対して自分はどう動くのか。相手の思考を読み解き、それに万全と備える事が出来れば、僕はその陣をとっていても負けなかったと思います。先程の有名な言葉を残した人物はこうも言っていました。『彼を知り己を知れば百戦殆からず』と……」

 

 そこで僕は皆に伝える……。物事において一番大切なのは、相手の思考を把握する事であると。相手がどうすれば嬉しいと感じ、何をすれば怒りを覚えるのか。また普段どのような行動をとっているのか。そして、それに付随する未来の行動はどうなるのか。その相手の考えを読み、場合によって自分の都合の良いかたちへと誘導し、有利な展開へと持っていく……。それこそ相手の吐く息遣い、呑み込む唾の音、流れる血液の循環音すらも聞こえてくるような位、相手の思考を読み取る事が出来さえすれば、それも可能となる筈なのだ。それさえ出来れば、どんな相手であろうと負ける事はない。……勿論、人知を越える存在についてはその限りではないが……。

 

 僕の話を聞いて、皆静まり返ってしまったのを見て、

 

「そ、そんなに大した話をしている訳ではないんですけれど……。概念自体は、皆さんお持ちだと思いますし、ほら、レンやグラン達と模擬戦する時だって、基本的に相手がどう動いてくるかを読み合う訳じゃないですか!それと同じ事だと思うんですけど……」

「……そりゃあ戦闘とかになりゃ考えるけどよ、少なくとも俺は意識して考えてる訳じゃないぜ?せいぜい、多分こうしようとしてんな、とかそんくらいで、後は相手が動いた後に対処してる事が多いっつうか……」

「ええ……、考えたとしても、無意識レベルの話だと思いますよ。貴方が話した事は、それこそ相手の思考を全て読み取って、それに合わせて行動するといった、戦術を専門に研究する者や大軍師の考えすらも超越するようなものだと思いますが……」

 

 レンとグランがそう返答してきた事に、僕は内心驚いてしまう。これは、この世界(ファーレル)においては当たり前の話なのだろうか……?勿論、そのこと自体が全く未知の事である訳ではないのだろうが、そこまで突き詰めて考察されていないという事なのか……?

 動揺している僕に応えるかたちで、フローリアさんが話しかけてくる。

 

「『彼を知り己を知れば百戦殆からず』……、似たような文言は、過去にこの世界(ファーレル)に来られた勇者様から伝わっているものはあります。ですが、今グランたちが話したように、あくまで無意識レベルに近いものでしょう。まぁ、ここ数千年、『魔王』絡みで魔族以外の種族と戦争らしいものは行われてこなかったという事もありますから……」

 

 ……それにしたって、相手の事を考察するというのは別段珍しい話ではないと思うけれど……。こうして、フローリアさんが僕の心情を推察しながら話している事だってその一部であるし、それこそ相手を理解しようとする感情だって『彼を知る』という事である。レンとサーシャさんのような恋愛事情だって、無意識で考えている訳ではない筈だ。

 そう考えていたところに、フローリアさんの話が続く……。

 

「……いずれにしても、コウ様が話されていた事は我々にとっては思いもよらなかった事です。他者の考えを全て予想し、場合によってはその思考を縛り、自身のやりやすいかたちに持っていくとも話されてましたよね……?そんな事が出来れば確かに負ける事はないかもしれませんが……、コウ様は、貴方にはそれが出来るというのですか……?」

「まさか!僕には無理ですよ。そういう事が出来た人物こそが、数々の戦術、陣形を編み出していき、先程のような言葉を残したとされているんです。言うなれば、将棋などの戦術ゲームで何百手も先を見据える事が出来るような天才的な人物であれば、それも可能かもしれませんが……」

「ショウギ?戦術のゲーム?」

 

 うん?なんだ……?もしかして、この世界にはそういったものはないのか……?

 王女殿下が発したその言葉を聞いて、僕はそのように感じ、

 

「失礼ですが、この世界(ファーレル)では将棋や囲碁、チェスといったものは無いのでしょうか?」

「……ええ、初めて聞くものですね。ゲームというのは、カジノ等で行われているあのゲームの事を指すのでしょうけれど……、それらは聞いた事がありません」

 

 ……そうなんだ。それなら……、

 

「……先程の紙のようなものと、筆のような書く物はありますか?」

 

 僕の言葉に応じてユイリが持ってきてくれたそれらを受け取ると、将棋における駒の動き方やルールについて彼らに教えていった。僕も囲碁やチェスについては簡単な動き方とか最低限のルールしかわからないが、将棋ならば学生時代にそこそこ家族や友人たちと指していたのでわかる。授業中にボールペンで書いた紙の将棋盤に鉛筆で駒を記入して、動かしたら相手に渡すみたいな事をやっていて、友人の間では比較的強い方だと扱われていたのだ。……それでも家族内において、ルールを覚えた弟には全く勝てなくなったし、母や妹にも勝つことの方が稀だったから、強さとしては井の中の蛙みたいなものだったのだろう。……父?父は会社内で一番強いと豪語していた割に一番弱くて、家庭内ランキングでは最下位を位置しており、コテンパンにされて以来暫くの間、将棋の『し』の字も出す事が憚られるようになった事は今でもよく覚えている。

 

 そうして王女殿下たちを相手に将棋をお伝えした訳だったが、ここにいる全員が覚えたところで軽く総当たりで対局を行ってみようという流れとなった。中々駒の動き方も覚えられなかったレンやガーディアス隊長はやっぱりそれなりで、次にユイリとグラン、王女殿下がある程度指せるようになる。騎士団長であるライオネルさんやフローリアさんは流石で、もう数手先の読み合いが出来るようになり、シェリルに関しては……、次に指したら正直負けるだろうと思う程、僕の伝えた定跡を理解してしているようだ。

 ……家族内では弱い方であるとはいえ、少し父の気持ちがわかったような気がしていた。

 

「しかし、面白いものですね……。相手の思考を読み合うとは、こういう事なのですね……」

「……わかれば面白いかもしれないっすけど……、序盤ですぐ壊滅的な状況になる俺らにとっては……、ねぇ、ディアス隊長?」

「…………まさか、俺がレンと一緒にされる日が来ようとはな……」

 

 フローリアさんの言葉にレンが同意を求めるようにガーディアス隊長に話しかけ、それを憮然とした表情で受けるという比較的シュールな光景に苦笑していると、

 

「でも、面白いと思いますよ。実際に国民にも広めていけば、相手の手の読み合いや、考え方にも変化が生まれてくるのではないでしょうか?」

 

 王女殿下が僕の隣に腰掛け、笑顔でそう話しかけてくる。僕の正面にいたシェリルがそれを見て僅かにムッとした事を感じ、ゴメンと思いつつ、

 

「そうですね……、もしカジノで行われている闘技場のように誰でも参加できる将棋の大会を開くなどして、勝ちあがった一人に賞金や権利を与えるなんてしたら、効果的に広まると思いますし、王女殿下の仰る通り、国民の意識も変わってくると思います。それと……、折角ですしカジノに行った際に感じた事ですが……」

 

 そう言って僕はトランプの事も話していく。将棋と違い、さらに色々な種類の遊戯が出来る事に王女殿下だけでなく、フローリアさんも興味深く聞いているようだった。……独断と偏見になるが、僕にとってやっぱりカジノといえば、ポーカーやブラックジャックだと思うし、その他にもババ抜きや大貧民といった面白い種目もいっぱいある。これなら、種目によっては将棋の様に複雑なルールや定跡を覚えなくても出来るので、それこそ誰でも楽しんでプレイする事が出来るだろう。

 

 それらを聞いた後で、フローリアさんは、

 

「すぐにでも実用化する手配を整えましょう。権利云々はコウ様の名で取り進めますので、出来る事ならご協力頂きたいのですが……」

「それなんですけれど……、ちょっとお願いがあるのですが……」

 

 フローリアさんの要請に対し、僕は逆にお願いしたいとして彼女に返事をする。……これは、いい切欠になるかもしれない……。

 少し怪訝な様子で僕の返答を待つフローリアさんに、僕は切り出す。

 

「その権利云々の話ですけれど……、トウヤ殿の名前で取って頂く訳にはいかないでしょうか……?」

 

 ……僕の言葉によって、場が凍り付く様に静まり返った。



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第33話:限界

 

 

 

 僕の言葉によって生じた沈黙を破る様に、フローリアさんが返答する。

 

「……ユイリからも報告は受けておりましたが、コウ様はどうして彼の事を気にされるのです?」

「えっと、質問に返すようで申し訳ないのですけど……、むしろ、どうしてそのような質問をされるのですか?戦術云々は別として、あの勇者としての力は、僕にとっては眩しいものです。気にしない、というのは些か無理があると思うのですが……」

 

 まるでトウヤの事を話す事自体が禁忌であるかのようなフローリアさんの問い掛けに戸惑いつつも、僕はそのように答える。

 ……まさか彼に自分の持つ『自然体』を含めた、『勇者』の資質を移す為などと、自身が勇者であると認めるような発言は出来る筈もないが……。それにしても、フローリアさん達のトウヤに対する印象が悪いような……?

 

「……トウヤ殿に力がある事は認めます。かの『竜王』を追い落とした偉業は、彼でなければ達成出来なかったのは事実でしょう。ですが……」

 

 フローリアさんがそこで区切ると、ユイリを見やる。それに従い、ユイリは席を立ってこの王城ギルドの部屋を離れると、

 

「今、ユイリには我が国に伝わる秘匿文書を取りに行って貰いました。彼女が戻ってくるまでの間に、トウヤ殿の事をお伝え致しましょう……」

 

 そう前置きしてフローリアさんが話し出す……。トウヤがこの世界に呼ばれて、今日に至るまでどういう事をしてきたかを……。

 彼の力自体は認めるものの、彼の行動はとても褒められるものではなく、ストレンベルクでは禁忌とされている『魅了』の能力(スキル)を持っていて、それを駆使して既にこの王宮に勤めていた侍女や貴族の関係者、あろう事か王女殿下にまで掛けようとしている等、相当好き放題にやっているという事実。

 魅了を掛けられた人物たちも色々事情があり、何とか上手い具合に収まったものの、トウヤを幾度となく諫めようとも自然に発動してしまうからと聞く耳を持たず、さらには偽りばかりを話す為、とても信用できるような人物ではないという事。

 確かに未知の技術も持っていて、ピストルやガンブレードといった、今までになかった武器を伝えはするが、量産等に関しては全て丸投げで権利や印税だけを主張するといった人間性に大きな問題があるという事など、僕が想像していた以上に評判の悪いトウヤに、正直戸惑いを禁じ得なかった。

 

 そんな話を聞いていたところに、ユイリが部屋に戻ってくる。

 

「ご苦労でした、ユイリ。コウ様、此方をご覧頂けますか?」

 

 ユイリが『収納魔法(アイテムボックス)』を使い、取り出した分厚い辞典のような本を僕の前に置いた。

 

「これは……」

「……先程お見せしたトウヤ殿が考案されたという陣形ですが……、もうご承知でしょうけれど、既に我がストレンベルクに伝えられているものも多く存在するのです。その中には、コウ様が口にされた内容も乗っております。まだ魔王の脅威に晒される前、各地で紛争が行われていた時代の兵法や、今までに召喚された数多ある世界の勇者様や、不意の事故か何かでこの世界にやって来られた転移者方の伝えた戦術など……。まるで自分が(・・・)考えたかのような物言いをされていたようですが、それが偽りである事も既に『真贋判別魔法(ファクトフィクション)』にて判明しております」

 

 本を次々とめくっていくと、確かに数多くの戦術や陣形、兵法といったあらゆる記載がされているのがわかる。中には見た事も無いような策略もあり、地球以外のところからもこの地にやって来ているんだなと思いつつ、それらに目を通していると、

 

「……『魅了』の能力(スキル)は本来、それを習得していると判明した時点で国からの追放対象となるのです。『魅了』されてしまうと、本人の意思や感情さえも相手に奪われてしまう為、王族達が掛かってしまったら国の崩壊に繋がる事になりますから、それについての対策はなされておりますが……。勿論、生まれ持ってそれらの能力(スキル)や才能を得てしまう方もいますから、その場合は此方で精査します。時としてその『魅了』の能力(スキル)を封印させて貰う事もありました。もしくは、信頼できる人物として、同じく信用できる方の傍に居て貰うという方法もありますね」

 

 シェリルを見ながらフローリアさんが話すのを見て、成程と思う。彼女もただそこにいるだけで、人を魅了してしまう様な天性の美貌を持っている。だけど、それは能力(スキル)みたいなものじゃないから……、封印なんて出来る筈がない。シェリルもフローリアさんに頷くのを見て、それに自覚しているのだろう。外に出る際はフード付きの外套で覆い、エルフ族を示す耳や元の身分を隠すだけでなく、出来得る限り素顔を見せない様にしているのは、まさにそういう事だ。

 

 ……うん?待てよ?信用できる方の傍に居て貰うって……、まさか僕の事を指しているのか……?なんかこの話の流れって、あまり僕にとって歓迎する事態ではないような……。それに、よく考えると今何気なくみているこの本って、確かこのストレンベルクの秘匿文書って言っていなかったか……!?そんなモノを見せられている時点で、これは…………。

 

「……いい機会ですのでお伝えしておく事にしましょうか。コウ様、我々は貴方こそが正式な『勇者』としてこの地に参られたと推察しております。自ら勇者と触れ回っているトウヤ殿ではなく、貴方こそが待ち望んだ『勇者』である、と」

 

 今まで僕を伺っていたのか、フローリアさんがそう切り出してきた。それに伴い、周囲の雰囲気もまた変わったように感じる。

 ……何となく、そんな事を言われるような気がした。あの時……、この世界(ファーレル)に召喚された際にはわからないだらけの状況だったが、今となっては自分が『勇者』の資質、というよりも資格がある事はわかっている。だけど、認めてしまう訳にはいかない。

 

 僕は言葉を選ぶ様にして、フローリアさんに返答する。

 

「それはまた……、最初に王女殿下にもお伝えした事ではありますが、僕はそんな大それたものではないですよ。何処にでもいるような……、ただの一般人です」

「今まではそうだったのかもしれません。ですが、この地に参られてから貴方の様子は全て拝見させて頂きました。貴方の言動や振舞い……、そして貴方が積み重ねてこられた事を……。それはユイリやレン達からも報告は上がってきております」

 

 僕が、積み重ねてきた事……?なにか、やったか……?それこそトウヤが竜王を追い払い、ストレンベルクに更なる繁栄を齎したような分かりやすい成果も無いし、まして積み重ねた事なんて言われても……。

 困惑する僕に畳みかけるようにして、ユイリも口を開く。

 

「いつだったか、話してましたよね?はじめから覚えていた能力(スキル)の中に、『自然体』というものがあったと……。これは、この世界に降りられた勇者様が持つと云われる固有の能力(スキル)なのです。そして、先日の魔神も言っておりました。貴方は、勇者が覚醒せし姿である、『界答者』の器を持ちし者である、と……」

「……そんな事を言ったかな?それにあの魔神だって、僕なんかにシェリルを奪い返されて混乱していたようだったし……、あまり深い意味なんて無かったんじゃないか?そもそも、その『自然体』だって、これからトウヤ殿も得られるような後天的な能力(スキル)かもしれないし、この世界にやって来た時から持っているものとは断言できないと思うよ?」

 

 ……まさか、自分を馬鹿にしているんじゃないかと思われた『自然体』が、勇者固有の能力(スキル)だったなんて……。

 いつもと異なり、何処か他人行儀で話してくるユイリに対し、苦しい言い訳だなと我ながら思いつつも、うっかり口を滑らせた過去の自分を責めながらそう返答する僕に、

 

「『自然体』を保有している事は否定なさらないのですね。それに、『界答者』の事についても知っているご様子ですが……」

「……貴女方の仰る『自然体』と、僕の認識している能力(スキル)が異なっているかもしれません。また、『界答者』についても、あのパンドーラとかいう魔神がペラペラ説明してましたから、どういうものなのかは何となくわかっています。ただ、これだけは言えますが……、今の(・・)僕は貴女方の言っている『界答者』ではありません」

 

 フローリアさんの追及に、僕はそう断言する。

 ……一応、嘘ではない。覚醒していない僕は、まだ(・・)『界答者』ではない筈だ。敢えて『勇者』ではなく、『界答者』として答えたのはそういう訳であって、論点をすり替えて答えたから、もし嘘かどうかを見分ける能力(スキル)や魔法を掛けられていたとしても、問題はないだろう。

 

 すると次は経緯を見守っていた王女殿下が問い掛けてくる。

 

「……コウ様の仰るように、トウヤ様にも『自然体』の能力(スキル)が発現される可能性もあると思います。ですが……、現時点において、彼がその能力(スキル)を宿していない以上、勇者では有り得ないのです。それに……、今までお話しておりませんでしたが、召喚者である(わたくし)には、誰をこの地にお迎えしたのかわかるのです。勇者に相応しき人物で、(わたくし)共が望むような魂の輝きを持つ方を呼び寄せる『勇者召喚(インヴィテーション)』……、『招待召喚の儀』によって紡がれし絆を、確かに(わたくし)は感じているのです。そしてそれは……、トウヤ様にではありません……」

 

 僕を見つめながら、はっきりとそう答える王女殿下。それでは誰を召喚したのか、誰にその絆というものを感じているのか……。そんな事、改めて問うまでも無い。

 ……他ならぬ自分も、彼女に対し何かしら感じるものはあったのだ。最初は、初めて見る高貴な雰囲気を持つ、美しい王族の女性というのもあって、見惚れてしまった事からくる勘違いだと思っていたし、あの時は急にこの世界に呼ばれた困惑と緊張もあって、それどころではなかったという事もあったが……。

 そういえば、あの不思議な空間であった存在も言っていたっけ……。召喚者本人には、勇者が誰かわかっていると……。

 

「貴方は一般人であり、そのような器はないと仰いますが……、それを決めるのはコウ様、貴方ではないのです。この『招待召喚の儀』は、神がこの世界の存続の為に、先祖代々伝えてこられた究極の召喚魔法であり……、その『勇者召喚(インヴィテーション)』に選ばれし者は、その資質もさることながら、ある意味で召喚者の理想も伝えてしまうのです。(わたくし)が望んでいたものは、見た目の良し悪しではなく、内面の……、と申し訳御座いません、話が逸れてしまいましたね……」

 

 慌てた様にそう繕う王女殿下。若干顔も赤くなっているようで、告白されているような気がしないでもなかったが……、今はそれどころではない。

 召喚者である王女様が直接ではないにしろ『貴方が勇者だ』と宣言したのだ。このままでは僕は、なし崩し的に『勇者』にならなければならなくなってしまう。

 それは……元の世界に帰れなくなる事を意味する。それだけは……、絶対に認める訳にはいかない!

 

「……買い被りすぎです。僕は、自分の事しか考えていない人間ですよ?今だって、元の世界に戻る事だけを考えている……。その為だけに、僕は動いているんです。王女殿下の仰るような高尚な人間ではありませんよ」

「そうかしら?貴方が自分の為だけに動く人であるのなら……、今頃こんなところにいないのではないかしら?既に元の世界に戻れる目途はついたのだし、あとは星銀貨や白金貨集めに邁進すればいいだけの筈よ。それこそ貴方が面倒くさがっている利権や印税も利用できるだけ利用して、少しでもそれらを入手する手段を得ればいいのだし、そもそも姫の隷属の首輪を外すという選択肢もなかったでしょうね」

「ああ、それにそこで丸くなってるアサルトドッグの存在も無かった筈だぜ。先日の魔神の野郎と戦う事になった事も、お前がいなけりゃシェリルさんは助けられなかった。まぁ、あんな修羅場にだって遭う事もねえよ。良く貴族が依頼してくるが、自分は安全の場所にいて俺らに任せるって選択肢もあったろうからな。第一、あの魔神と対峙できる事自体、自分の事しか考えてねえ奴には出来ねえよ。正直、俺だって逃げ出したかったくらいだからな」

 

 僕の逃げ道を、ユイリとレンが塞いでいく。皆に認められ、喜ばしい事態の筈なのに、褒められれば褒められるほど、外堀を次々と埋められていくような錯覚に陥る。

 

 ……一体、何でこんな事になってしまったんだ?どうして僕は……ここに居る?勇者になってしまったら、二度と帰れなくなってしまうというのに……、どうして勇者である事を認めざるを得ない状況になってしまっているんだ?

 勇者としての器を認められていくのと同時に、僕の心はどんどん追い詰められていく……。考えないようにしていた元の世界での事を思い出され、今にも心が張り裂けそうになる……。

 

「……この地へお越し頂いた際に、トウヤ様のステイタスは(わたくし)の『生物鑑定魔法(エキスパートオピニオン)』で確認させて頂きました。ですが貴方に置かれましては、承諾も無くいきなり此方の世界に召喚されてしまい、(わたくし)共を警戒されていらっしゃいましたから、まずは信頼頂けるよう努めて参りました。……今でもまだ、(わたくし)共を信用しては頂けませんか?」

「それは……。いえ、そんな事はありません。今では貴女方を……信頼しております」

 

 もう、此方の世界を見捨てられない程に、僕の事に心を砕いてくれている王女やユイリたちを信頼してしまっている。このように答えたら次にどんな言葉が飛んでくるかも察してはいるが……、王女殿下からの問い掛けにこう答えるしかない……。

 やめてくれ……、それ以上は……!僕の心が張り裂けそうになっているとは露とも知らず、僕の返答を聞いて嬉しそうに王女殿下は口にする。

 

「それは何よりです、コウ様。でしたら……、あの時は教えて頂けなかった、貴方のお名前をお聞かせ頂けませんか?そして、貴方に『生物鑑定魔法(エキスパートオピニオン)』を……」

 

 それ以上続けられたら……、僕が、ボクデ……、ナクナッテシマウ……ッ!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 あの日、彼に掛ける事が叶わなかった『生物鑑定魔法(エキスパートオピニオン)』を使用させて貰う了承を取ろうとしたところで、

 

「……っ!」

 

 脳裏に浮かんできたその展望(ビジョン)に、思わず言い淀む私。今のは……一体……!?

 

「……王女殿下?如何なされましたか?」

 

 そう怪訝そうな様子で宰相であるフローリアから声を掛けられる。彼に勇者である事をわかって貰うと同時に、『界答者』への覚醒を促したいという私達の望みもあり、最初の一歩であるコウのステイタスを確認する……。その懇願の最中に言葉を詰まらせてしまった私に、彼女の怪訝は当然と言えるが、

 

「……いえ、ですが少し性急すぎましたね。本日は、ここまでに致しましょう」

「!?お、王女殿下!?それは、どういう……!」

 

 戸惑うフローリアを目で制止つつ、

 

「……いいのです、フローリア宰相。少しお願いしたい事もあるので、この後(わたくし)に付き合って下さい。ライオネル団長とガーディアス隊長も宜しいですか?」

「畏まりました、レイファニー様!」

「私も構いませんよ。お供致しましょう」

 

 2人の了承した旨を聞き、フローリアも頷いたところで、私は彼に視線を戻す。

 

「……王女殿下」

「コウ様、先程貴方が仰っていた権利等のお話ですが……、トウヤ様に一度打診しておきます。もし、彼がそれらについて御存じであったなら、トウヤ様に利権や印税が発生するように致しましょう。その際に、貴方の名前を出しておきます。そうすれば、彼への接触の切欠となるでしょうから……」

 

 彼がどうしてトウヤに接触したがっているのかはわからないが、コウであれば話を上手く持っていくだろう。そこでどんな話をするかは、後でユイリに報告してもらうとして、

 

「ですが……、彼がルール等を御存じなかったりした場合は、コウ様のお名前で登録する事はご承知おき下さい。ユイリに棚上げ状態となっている、料理関連の特許も同様です」

「……有難う御座います。それで、構いません……」

 

 よく彼を見てみると、酷く疲れているような印象を覚える。先程の展望(ビジョン)といい、どうして彼がこのような状態になっているのだろうか……。そんな彼を見ていると心がチクりと痛むような感情にとらわれそうになるが、ニコリと笑顔を見せ、

 

「本日は有難う御座いました、コウ様。とても有意義な時間を過ごす事が出来ましたわ。それでは、(わたくし)達はこれで失礼します。また帰還の件も、進展がありましたらユイリかレイアを通してお伝え致しますので……」

「……重ね重ね御礼申し上げます、王女殿下」

 

 消え入りそうな彼のお礼を聞き、私はフローリア達を伴い『王宮の饗宴(ロイヤルガーデン)』の部屋を出る。

 

「……レイファニー王女。何故先程、コウ様を鑑定させて貰う旨をお伝えしなかったのですか?トウヤ殿が勇者で無い以上、少しでも早く彼の鑑定を済ませて、その能力(スキル)を確認する事が急務となっているのは御承知の筈です……!それなのにどうして……」

「……それは言えません。言えば、折角彼が贈ってくれた貴重な魔法工芸品(アーティファクト)が、失われてしまいますから……」

 

 部屋を出て暫くすると、フローリアが訴えてきた事に対し、私はそう口にする。これだけ言えば、優秀な彼女はその意味をすぐに察してくれたようだ。

 

「それは……、つまり彼に勇者であると認めて頂こうとして、何か不都合な事が起こったという訳ですか……?」

「フローリア、貴女は今一度、過去の勇者様の記述を調べて貰えるかしら?(わたくし)も後で調べてみますけど、見落としていた何かがあるのかもしれません。ライオネル団長は引き続き、リーチェと連絡を取りつつトウヤ様の動きを注視して下さい。先程の利権等の件についても打診しなければなりませんし……。ガーディアス隊長は今まで通り、王城ギルドを纏めつつ彼の事をお願い致します」

 

 私の言葉に畏まりましたと各々の場所へと戻っていくのを見届け、自分だけとなったところで先程の光景を思い浮かべる。二度と思い出したくない、痛々しい彼の姿を……。

 

(あんな事になってしまうなんて……。貴方は一体、何を抱えているの……?『勇者』とは貴方にとって、それ程までに重いものなの……?)

 

 勇者を覚醒させ『界答者』へと導き、魔王による脅威から世界を救う……。その勇者を唯一迎える事が出来る我が国への期待は大きく、それ故にその責任も比例して大きくなっている。

 だからこそ、何処かトウヤに対して自分を比較してしまっているようなコウに自信をつけて貰う為にも、ここで『勇者』であると確定させて出来る事なら『界答者』への覚醒の助けになれれば考えていたのだが……。

 

 フローリアに伝えた通り、彼の置かれている境遇を知る必要性を感じつつ、ベアトリーチェに通信魔法(コンスポンデンス)を送るのだった……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 正直、あれからどうやってこの清涼亭まで戻って来たのか、いまいち覚えていない。

 グランに気分がすぐれないと伝え、逃げるように席を立った僕に慌てて続いたシェリルとユイリにも気を留める事なく只管に歩き続けて……。その間に2人から何か言われたような気もするが、その言葉は全く僕の耳に入ってこなかった。

 唯一覚えているのは、清涼亭の自分に割り当てられた部屋まで戻って来た際に、ユイリより「何かあったら呼ぶのよ」と言われた事くらいか。そうして僕は窓際にある椅子に腰を下ろして、完全に無言を貫いている。

 

 シェリルもそんな僕を気にして、外套を脱ぐことも無くこちらを見守っているような状況だ。僕の雰囲気を察してか、ぴーちゃんもシウスも鳴き声を発する事も無く、シェリルの傍で佇んでいる。部屋内は重苦しい沈黙に包まれ、明らかに異様な雰囲気となってしまっていたが……、今の僕にはそんな事を気にする余裕も無かった。

 

(……僕は、どうすればいいんだ……)

 

 あの時、王女が話を切り上げてくれなかったら……、僕は気が触れていたかもしれない。それ程までに自分の感情が追い付かず、持っていき場のないそれが暴走するかのように僕の中で駆け回っていた。

 勇者になるという選択肢は……無い。なってしまえば僕はもう元の世界に戻れなくなってしまう。唯でさえ、今向こうがどうなっているのかもわからず、不安でいっぱいなのだ。元の世界ではどれくらいの時が流れているのだろうか。職場は……、どうなっているのかな。いきなり消えた僕を、どう思っているだろうか。捜索願が出されているか?神隠しに遭ったとか?部屋も調べられているかな?確か忙しすぎて殆ど家に居なかったからな……。生活感がないとか言われているかもしれない。……家族も、心配しているだろうな。親父の病状も、僕のせいで悪化させてしまっているかもしれない。母さんも、どう思っているかな……?弟も新入社員となったばかりなのに……。仕事に集中できているかな?妹だって、大学に入ったばかりだというのに……。

 

 …………ドウシテボクハ、コンナトコロニイルンダロウ。

 

(……駄目だ、考えていると余計におかしくなりそうだ)

 

 一人に、なりたい。一人になって、胸の内にある感情を思いっきり吐き出したい。そう思った瞬間、僕は椅子から立ち上がる。

 

「コ、コウ様っ!?」

「……ごめん、シェリル。ちょっと出てくる。すぐに戻ってくるから」

 

 突然アクションを起こした僕に驚いた様子の彼女にそう伝えて、すぐに部屋を出ようとしたのだが、

 

「それなら、わたくしも参りますわ」

「……悪いけど、ちょっと一人になりたいんだ。君はここで待っていてくれ」

 

 ついてこようとするシェリルに、冷たく突き放す様に僕はそう告げる。いくら彼女であろうとも、今だけは一緒に居て欲しくなかった。こんな僕を見せたくなかったという事もあったかもしれないが、それ以上に自分一人だけになりたかった。元の世界の事を知る人は、ここには一人もいない。自分の事を本当の意味で分かってくれる人は、このファーレルでは一人もいないのだから……。

 

「……今のコウ様を、一人にしておくなど出来ません……。お邪魔はしませんから、どうかお傍に居させて下さいませ」

 

 しかしながら、シェリルも折れようとしない。僕の思いと裏腹に何としてもついてくるという彼女に、

 

「……僕は今、普通の状態じゃないんだ。君を、傷つけてしまうかもしれない。だから……」

「でしたら尚の事、です……。そんな時に一人になられるなんて、そんなこと……」

 

 引く様子の無いシェリルに、自分の中で暗い感情がむくむくと頭をもたげてくるが……、それを必死に押し殺しながら、僕は彼女に懇願する。

 

「お願いだから……放っておいてくれ、シェリル!本当に、どうにかなりそうな気分なんだよ。君にだって、何をするかわからないんだ……!」

「……かまいませんわ。それでもわたくしは、貴方の傍におりますから……」

 

 それを聞いて、プツンと僕の中の何かが切れてしまったような錯覚に陥る。いつもは働く理性も鳴りを潜め、僕を留めようともしなかった。

 そっか……、とポツリと呟くと、僕はシェリルの腕を掴んで強引に寝台へと歩き出す。

 

「コ、コウ様っ!?」

 

 困惑しているシェリルを余所に、僕は自分の寝台まで連れてくると、彼女をそこへと投げ出す。

 きゃっ、と小さな悲鳴を上げるシェリルに跨るようにして、起き上がろうとする彼女の両手首を掴んでそのまま寝台へと押し倒した。両手を顔の両横で封じられながら、信じられないといった感じで僕を見つめてくる彼女に少し理性が戻ってくるも、それを振り払うようにしながら次のアクションを起こす。

 

「……っ」

 

 シェリルの両手を頭の上で一纏めにし、空いた手で彼女の着ていた外套を強引にビッとはだける。止めていた留め具がはじけ飛び、その下にはいつも着ている露出の大きい部屋着が覗いていた。その豊満な胸の谷間も僕の前にさらけ出され、自分の中で性欲から来る劣情に支配されそうになる……。

 

 僕の突然の行動に息を吞む彼女だったが……、僕に出来る事もせいぜいここまでだ。これ以上の事をしてしまえば、もう自分でも止める事が出来なくなってしまうだろう。ゴクリと唾を呑み込みながら新たに湧き上がってくる感情もそれと一緒に吞み込もうとする。

 

 ……彼女を傷付ける事が目的じゃない……。いくら切れたとしても……、大切なものを壊してしまう程おかしくなっている訳ではない。シェリルに拒絶して貰う為に、あえてこんな事をしているのだ。男の恐怖に晒されて、シェリルのトラウマを引き起こさせている事に悪いと思いつつも、こうでもしなければ彼女は折れないだろう。

 

 それに……、シェリルが僕を拒絶してくれたら、それはそれで一つのケジメとなる。いつかは、離れなければならないんだし、いい機会であるかもしれない。これ以上傾倒すると、本当に離れられなくなるかもしれないから……。

 

(早く……、早く僕を拒絶してくれ……!)

 

 心でそう思いつつも、冷たく表情を作らないようにしてシェリルを見下ろす僕。戸惑った様子で僕の目を見つめている彼女だったが、やがて……、

 

「っ!?」

 

 シェリルは見つめていた目を閉じると頭を寝台へと戻したのだ。抑えている両手も解放される事を望まないかのように、僕にされるがままになり、彼女の身体も呼吸だけで僅かに動いているくらいの状態となっていた。

 一瞬抵抗を諦めてしまったのかと思っていたが、そんな感じじゃない。目もただ自然に閉じただけといった様子で、ギュッと我慢しているようなものは見受けられなかった。

 その姿はまるで……、僕に何をされても受け入れると言っているかのように……!

 

(そんなバカな!?あんなに……、怖がっていたんだぞっ!?先日までは僕にだってその恐怖は覗かせていたっ!まして今日はそれを煽るかのように押し倒しているのに……っ!一体、どうして……っ!?)

 

 僕が本気じゃないと思われているのか!?それならもう少し強引に……と言ってもこれ以上の事をすればこっちが引き返せなくなるぞ……!?

 それに……、そうしたところで彼女は受け入れてしまいそうな気がするのは僕の気のせいか!?

 

(それなら……本当にこのまま……。いや、駄目だっ!!そんな事をしたら本末転倒だし、こんな感情をぶつけるような形で相手を抱きたくなんてないっ!!ましてそれを、シェリルに……、大切な人を相手に出来る訳がないじゃないか……っ!!)

 

 どうして、なんだ……!シェリルを襲っているのは僕なのに……、どうして僕の方が追い詰められてしまっているんだ……!?このままでは……、色々な意味で本当に元の世界に戻れなくなる……!どうすれば……僕は一体、どうすればいいんだ……!?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 私は目を静かに閉じると、彼を見上げるようにしていた頭もベッドへと投げ出した。さらに体についても出来る限り緊張を解く様にし、抵抗を放棄して彼に身を任せるようにする。

 

(……この方にだったら、わたくしは……)

 

 いつからこんなにも彼の事を想うようになったのか……。彼に心を癒して貰った時から?それとも、魔神から助けて貰った時だろうか?一体いつから彼を愛おしく感じるようになったのかはわからないけれど、今は彼に何をされたとしても拒絶するような事はない。

 流石に初めて体験するであろう事に、全く緊張しないという訳にはいかない。それでも、彼から与えられる事を全て受け入れるつもりでその時が来るのを待っていると……、

 

「…………ごめん」

 

 やがてポツリとそう呟く彼の声と同時に、私を拘束していた腕を開放し、組み敷いていた状態から身を離すと、すぐさまベッドから下りて部屋から出ていこうとする。そんな後ろ姿に、私は彼の名を叫ぶ。

 

「コウ様っ!!」

「っ……!」

 

 私の声に反応するかのようにビクリと身を縮めると、彼はその場にゆっくりと蹲ってしまった。その様子を見て、私はゆっくりとベッドから身を起こし、はだけられた身なりを戻しながら彼の下へと近づいてゆく……。

 

「…………どうして、拒絶しないんだ……。君は、まだ男が怖いはずだ。それなのに……なんでこんな目にあっても、僕を拒絶しないんだ……?どうして、君は……」

「……貴方だからですわ。それに、そんな悲しそうな顔をされている貴方を……、放っておける訳ないじゃありませんか……」

 

 そっと彼の手をとり、自分の両手で包み込むようにして彼を見つめると、

 

「……『勇者』の話をされている時に、貴方の感情が張り裂けそうになっているのはわかりました。どうして、そのようになられるまでに貴方が追い詰められてしまったのか、分からないわたくし自身も悔しく思います……」

 

 彼の心と同様に、冷たくなっていた手をギュッと握り締め、その温かさを心にまで届けるように、私は訴えかける。

 

「わたくしは、コウ様が『勇者』で無くてもいいのです。『勇者』と云われる事が苦痛であると仰られるなら、二度とそのようなお話をしないようレイファニー様にお伝え致しますわ。ですからどうか……、どうかわたくしを、貴方の傍に居させて下さい……!」

「…………シェリル」

 

 揺れている彼の瞳を見据え、笑顔で答えつつ、私は握り締めていた片手を離し、そっと彼の頭に掌を持っていく。そして、心を込めるように彼の頭を撫でていった……。

 

「初めて貴方にお会いした時、わたくしにして下さいましたよね……?確か『手当て』、でしたか……。上手く出来るかはわかりませんが、今度はわたくしにさせて下さい……」

 

 あの時、私にしてくれたように、愛しさを覚えながら彼の事を撫で続ける……。彼の体から少しずつ硬さが取れてきたところで、少しずつ震えが出てきたように感じる。何処となく嗚咽を我慢しているように見受けられた彼に、私は諭すように言葉を掛ける。

 

「……泣いても、よろしいのですよ?せめて、わたくしの前では……楽になさって下さい。貴方の弱いところも含めて、わたくしに見せて下さいませ……。どんな貴方でも、わたくしは受け止めてみせますから……」

「……ッ!うぅ……っ!!」

 

 私の声を聴いて、小さく体を震わせたかと思うと、やがて嗚咽を漏らし始める。そして、その微かな嗚咽も変化しはじめ……、ついには感情を曝け出す様に声を荒げるようになっていった……。そんな彼をすっと私の膝元に横たえらせ、癒すように労わり続ける。

 

(……ずっと、お一人で溜め込まれていたのですね……。せめて今だけでも……、貴方が癒されますように……)

 

 私はそう心の中で祈ると、少しでも眠りにつけるように子守歌を歌い始める。彼の慟哭に胸が痛くなるのを感じつつ、私は彼を優しく撫でながら歌い続けると、少しずつ声が小さくなっていった。彼が眠りにつくまで……、私はそうして彼を癒し続けていた……。

 

 

 

 

 

 続いていた嗚咽が止み、漸く眠ってくれたコウの黒い髪をなぞるように撫でながら、私は考えていた。

 

(あれほど追い詰められて……、消耗されていらっしゃったのは間違いなく『勇者』関連の事なのでしょう……)

 

 初めてコウに会い、彼の事を聞いたあの日、ユイリからはコウが勇者である可能性があると聞いていた。可能性というのは、古来よりの『勇者召喚(インヴィテーション)』とは違い、2人も勇者候補の人物が召喚された上に、コウに限っては彼の意思でこの世界にやって来た訳でないので確定的でないからとも聞いている。さらに元いた世界に帰りたがっているという事も……。

 

(わたくしとしては……、連れて行って貰えるのであれば、そうして頂いてもいいのですけれど……)

 

 ただ彼としてみたら、私を連れていくつもりは今のところ無いようだったので、そういう事になるのであれば話は別である。何度か打診していた事はあるが、何れも答えは「NO」であり、どうもそれは彼の考えからきているようだった。

 

 彼は、心優しい人物だ。人の心に敏感で、嫌がっている事を決してせず、争わないですむのなら魔物であっても情けをかけるような人でもある。私と彼の傍で丸くなっているアサルトドッグのシウスがこうしてここに居られるのは、間違いなくコウの人柄のお陰であるのだろう。今も眠ったコウを伺いながら彼の身体で羽根を休めている小鳥(ぴー)ちゃんが、ここまで彼に懐いているのも、コウの優しさを感じているからに違いない。

 

 そんな彼のやさしさは、私の好きな彼の魅力のひとつでもあるけれど、同時にそれが彼を苦しめているのではないかと推察する。

 例えば……、勇者となって覚醒してしまうと、元の世界に帰れなくなる……とか。過去において、了承してこの地へとやって来た勇者方が元いた世界に戻ろうとするとは考えられず、また今回のように強制的に此方の世界へ召喚されてしまったコウの境遇を考えれば……有り得ない話ではない。

 

 でも、もし本当にその推測が正しく、勇者になりたくないのに私たちの為に元の世界に戻る事を躊躇しているのだとしたら……、それは酷く甘い考えであり、浅墓であると言わざるを得ない。

 元王族として、人の上に立つべく帝王学やそれに付随する振舞い、考え方を施された私だからそう思ってしまうのかもしれない。しかし、彼の一番の願いが元の世界への帰還であるというのであれば……、そして元の世界にて彼を待っている人たちがいるのであれば、迷わずに帰還する事を選ばなければならないと思う。

 こちらの世界の事は、彼にとっては巻き込まれた事象にすぎないのだ。それであれば初志貫徹して、元の世界に戻る事だけを優先する。私たちにとっては、勇者不在という未曽有の危機に見舞われる事になるかもしれないけれど、どちらかしか選べないというのなら自分にとって大切なものを選ぶしかない。自身の生まれた世界、そこで構築された友人たちや家族、知人たちのいる元の世界を選ぶことは、帝王学の観点から考えても至極自然な事であり、どちらも選ぼうとすれば絶対に良い結果とはならないから……。

 

 究極の二択を突き付けられたなら、どちらかを切り捨てるしかないのだ。そして、切り捨てるのであれば、それは私たちを切り捨てるべき。……もしそれが出来ないと言うのであれば、それは彼の甘さである。最も、そんな甘い彼に私は惹かれた訳だけれど……。

 

(あ……)

 

 そっとコウの横顔を眺めていると、泣きつかれた彼の目尻に残る涙の跡を見つけて、それを拭った時に彼の唇が目に入る。膝枕の位置をずらし、彼の顔が正面にくるように調整すると、ますますそこから目が離せなくなった。

 やがて、自然と引き寄せられるようにその唇に顔を寄せてゆき……、そこに重なり合う寸前にハッと思いなおす。唇への口付けはヒューマン族にとっても大切なものと聞く。流石に彼の意識が無い中で、私の都合で接吻をかわす訳にはいかない。するにしても、こんな形ではなくお互いの意思で……。そこで私は唇ではなく、耳の付け根近くの頬へと口付けを落した。

 そこに口付けを落とす事も、私たちエルフ族にとってはある意味特別な事である。その人へ一生を捧げるという一種の誓いでもあり、一方的なものではあるけれど……。

 

「貴方が許して下さるかはわかりませんけれど……」

 

 儚く笑いつつ、私は小さくそう漏らした。両親を失い、国を、全てを失った私にとって、彼だけが最後に残った絶対に失いたくない大切な人であるのだ。

 いつから彼をここまで想うようになったかはわからない。最初に私を癒してくれた時からかもしれないし、常日頃から私に誠実に接してくれているからかもしれない。先日の透明なスライムや神に等しい力を持つ魔神に捕まってしまった私を助け、命に代えても守ろうとしてくれたあの時には、完全に心が定まっていた。

 今更コウを忘れる事なんて出来ないし、離れるという選択だって自分には選べそうにない。もしも拒絶されたらなんて考えるのも恐ろしい事だが、幸いにも彼は私の好意に気付いており、それを迷惑に思ってはいないみたいだけど……。

 

 そこまで考えて私はひとつ息をつくと、部屋のドアの向こうにいる人物に声を掛ける。

 

「……もう入って来ても大丈夫ですよ、ユイリ。コウ様も、お休みになられておりますから……」

 

 私の声と同時に部屋のドアがゆっくりと開く。少しばつが悪そうな様子で部屋に入ってきたユイリは、

 

「申し訳御座いません、姫……。彼の事もお任せしてしまって……」

「いいのですよ。わたくしがしたいと思った事をしているだけですから……」

 

 ユイリに言われるまでもなく、彼が心配だからやった事だ。そして彼女には……伝えておかなければならない。

 

「……初めてコウ様の事をお話しして頂いた時、恐らく勇者としてこの地に呼ばれた彼を、わたくしさえよければ支えて欲しい……、そう話していましたね。お支えする事については頼まれずとも今後もさせて頂きますが……、勇者に覚醒させるよう促す、というのは難しいかもしれません」

「……そう話されるという事は、姫はやはり、彼が勇者に違いないと……、そう考えていらっしゃるという訳ですね?」

 

 ユイリの確認を込めた問い掛けに頷きながら、私は答える。

 

「貴女方が考えておられる通り、彼が勇者としての資質を持っているのは……、本日のコウ様のご様子から見てもまず間違いないでしょう。わたくしも人物を鑑定する魔法は使えませんので確認はできませんが……、いつか彼の話していたという『自然体』の能力(スキル)も恐らく保持されていらっしゃると思います」

 

 確かにコウと共に魔法屋に行き、『魔法大全』について話していた際に、そんな事を言っていた覚えはある。勇者の覚えているという固有の能力(スキル)までは私も知らなかったけれど、ユイリ達に聞いた『自然体』の効力は、先日の魔神との戦いから考えてみても、コウが持っているとみて間違いないだろう。

 

「その上で、彼がこのようになられている原因として考えられるのは……、勇者に覚醒する事で、彼の大事なものを失う可能性がある……、そんなところかしら?それ故に勇者である事を、覚醒する事を拒み続けているのではないかとわたくしは思います」

「……大事なものと言うと、例えば彼の居た世界に帰還できなくなる……、とかそういう事でしょうか……?」

 

 私が推察した事を話すユイリ。常日頃より、彼が自分の居た世界に戻る事を何よりも願っている事を知っているからこそ、彼女もわかっているのだろう。

 

「自身の世界での思い出や記憶といったものを全て忘れてしまう……、そんな可能性もありますね。あまり彼の世界の事はお話されませんけれど、ここまで帰られたがっている以上、向こうに大切なものがあるのでしょう。自分が生まれたところでもありますし、ご両親もそちらにいらっしゃるのでしょうから……。そんな大切なものを忘れてしまう事になったら、わたくしだったら気が触れてしまうかもしれません……」

「……確かにそう考えたら、彼の様子について説明がつきますね……。思い出や記憶を忘れてしまうなんて事になったら、帰りたがっていた理由すらも失われる事になってしまいますし……」

 

 渋い顔になってコウを見る彼女に、私はあらためて向き直ると、

 

「……ですので、コウ様を勇者へと覚醒させるというのは……、申し訳ないですけど承服できませんわ。ストレンベルクの方々にはお世話になってますし、色々良くして下さって感謝しておりますけれど、こればかりは……。例え、勇者不在となって、世界が滅ぶとしても……、彼が拒むことを押し付ける事は、わたくしには出来ません……」

「……姫のお気持ちは理解できます。私としても、彼が苦しむというのは歓迎できる事ではありませんしね……。流石に世界が滅びてもいいとまでは言えませんが……」

 

 苦笑しながらそう答えるユイリに、私は続ける。

 

「ですが、コウ様にはあの話題は暫く避けた方がいいでしょう……。彼の負担になる事も控えるようにして欲しいとも……。わたくしがそう話していたと彼女にお伝えして下さい」

「……王女殿下としても、先程の様に彼が苦しむことになるのは避けられたいと思っているでしょう……。ですが、勇者を覚醒させて『界答者』へと導くのは、ストレンベルクに課せられた世界共通の責務です。一概に、『はい、わかりました』、とはいかないでしょう……」

 

 それは……わかっている。既に国として保つ事が出来ていない私の祖国同様に、第2のメイルフィードがいつ起こるとも限らないのだ。でも、そうだとしても……。

 

「……そうだとしても、です。このままでは、彼の心が壊れてしまいますわ……。それは、レイファたちにとっても望む事ではないでしょう?」

「そうですね……、まぁトウヤ殿に接触したいという事から考えても、彼も何か考えているようですから……。先程、王女殿下より暫く様子を見るよう通信魔法(コンスポンデンス)も入って参りましたので、姫のおっしゃられる形になるかとは思います。ですが……、わかりました。確かに王女殿下にはちゃんとお伝え致します」

 

 お願いします、とそのように伝えて私は再びコウの方へと視線を戻す。最も、それについては言われるまでもなくわかっているだろう。あの時、レイファが何かを言い掛けて止めたのは、恐らく選択の指輪でその結果を視たからに違いない。それに……、

 

(……わたくしとしては、別に彼が勇者でなくても構わないのです……。わたくしにとってコウ様は、自分の心を救ってくれた勇者様であるのだから……)

 

 とは言っても、流石に世界が滅んでも、などというのは我ながら言い過ぎたと苦笑する。元とはいえ、仮にも一国の姫として、人の上に立つよう教育された自分がそんな事を言うのは問題であるだろう。いくら両親をはじめ、全てを失ってしまっているとしても……。

 でも……、その後に訪れた彼との出会いを通して、コウの事を世界の何よりも大切になってしまったというのもまた、私の偽らざる本心である。

 

 せめて今この時だけでも、彼に穏やかに過ごして貰いたい……。ユイリに見守られながら、彼が目覚めるまでの間、私は愛しさを込めてコウを見つめ続けていたのだった……。

 



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第34話:ファーレルへの干渉者

「…………ここは、何処だ?」

 

 何とも形容できない妙な空間に、気が付いたら居た。

 

「オレ、今まで何をしていたんだったか……、全く思い出せん」

 

 確か家に引き籠っていた事は覚えている。定職にも就かず、そのまま40歳を迎え、ほぼ毎日インターネットやゲームなどに勤しむ日々を過ごしていた筈なのだが……。

 

「……明らかに家じゃないしな……、そもそも何だこの空間?まるでこの世のものじゃないみたいに……」

 

 少し考え、そこで出た結論、それは……、

 

「もしかしてオレ……、死んだのか?それにしてもどうして……って別にいいか、そんな事は。ホントに碌な人生じゃなかったな……」

 

 大学を卒業して以来、就職活動も失敗してそのまま引き籠る事数十年、何か成し遂げるといった事もなく、人知れず死ぬ……。何の為の人生だったのかと自嘲していると、

 

「ああ、また誰かやって来たのか……。全く、まさか神であるわらわまで駆り出される事になるとは……」

 

 奥の空間の一部が光り出したかと思うと、その声と共に何とも形容しづらい存在が目の前に現れる。男か女かもわからない中性的な容姿で、その顔を覚えておけないような不思議な印象を覚えた。その背には神話の天使を思わせるような純白の翼があり……、それでいてそれが自然と調和しているような、何とも説明しがたいというのが最初の認識だった。

 

「……誰だ、アンタ?」

「この場だけの付き合いとなる其方に一々名乗る必要性を感じぬが……、まあ良い。わらわは『叡智』と『心魂』を司る女神、ソピアーだ。ああ、覚えぬとも良い。どうせ覚えてなどおけぬであろうし、その意味も無い。早速だが、其方には別の世界に転生して貰う」

 

 …………は?何を言ってんだ、コイツ?

 正直なところ、「お前、女神だったのか?」とか、「女神ってもっとこう、違うだろ?」とか、色々と疑念を覚える。

 そもそもな話……、神って、マジなのか……?頭がおかしい奴が、妙な事を言ってるだけなんじゃ……。

 

「随分と失礼な奴じゃ。天使どもが手が足りぬというから、仕方なくわらわもやって来たというに……。まぁ、其方も混乱しておるだけかもしれぬから、手短に説明してやろう。まずはじめに……、其方は死んだ」

「身も蓋もないな……。まぁ、そんな気はしてたけどな……」

 

 どうやって死んだかまでは覚えてないけど。

 

「魂の防衛反応だな。何度も死んだ時の事を思い出すのは辛いであろう?余程の事が無い限りは、今の其方のように、その時の事は覚えておらん筈だ」

 

 !?コイツ……、オレの心を、読んだだと!?

 

「……仮にも神であるぞ?そんな事出来て当然だ。まあ良いわ、話を戻すぞ。其方は死んだが……、本来まだ『向こう』での修練が全く足りておらぬのだ。従って、天国と地獄、どちらに行くかも定められぬ状態という訳だな」

「……天国?地獄?」

 

 オレが聞き返すと、この自称女神とかいう奴が、

 

「其方も『向こうの世界』で聞いた事があるだろう?生きとし生ける全ての存在は、死した時にその魂を閻魔大王によって判別されるのだ。だが、其方はそれを判別される以前の問題で、本当はまだこちらに来る運命ではなかったのだ」

「……それってつまり、そっちの手違いで死んだって事か?」

 

 なんかこの流れ、聞いた事あるぞ?

 そんな風に感じながら、オレは目の前の女神に問い掛けると、

 

「我らの手違い?何を言うか、其方が勝手に死んだのだろう?今回、そんな魂が非常に多いのだ。普段は全て天使どもが魂を迎えにいき、その案内をする責務を負っておるのだが、如何せん手が足らんというので、わらわのような高等な神までも、こうして駆り出されておるという事だ」

「いやいや、こっちだって死にたくて死んだわけじゃないぞ!?でも、さっき何か言ってたよな?別の世界に……転生して貰うだと?」

 

 まるで、某小説でありそうな話が出てきて、オレはワクワクする心を出来るだけ隠しながら聞いてみる。

 これは、アレだろ?貴方は手違いで死んでしまったので、好きな世界に転生させましょう。死なせてしまったお詫びにチートじみた能力(スキル)をあげるから、それでハーレムでも俺TUEEEでも何でもして下さい、って奴だろ!?

 そんな期待をしていると、女神は溜息のようなものをつきながら、

 

「転生して貰うとは言ったが……、其方の考えているようなものにはならんぞ?其方が今までいた世界は、ある意味危機的な状況を迎えておってな?其方の肉体も燃やされてしまったし、そうなると別の世界に転生して貰うしかないのだ。それを伝えに来たのだが……」

「だから転生ってあれだろ?如何にもファンタジーな世界に行って、素晴らしい能力(スキル)や魔法を使って好きにやれみたいな……」

 

 むしろそうじゃなかったら怒るぞ?手違いで死なせやがった事を訴えるぞ?駄女神って周りに広めるぞ!?

 

「……そんな事をしてどうするのだ?だいたい、其方は今の自分がどういう状態なのかわかっておるのか?」

「う、煩いなっ!いいから早く転生させろよ!!そんでもって圧倒的な力もついでに宜しく頼むなっ!!さもないと、アンタが駄女神だと訴えて……」

「…………其方の魂、完全に消滅してやっても良いのだぞ?」

「すみませんでした、少し冷静さにかけてました」

 

 こ、こわっ!!何だ、今の威圧感!!ホントに消されるかと思ったぜ……。

 

「……全く。確かに天使どもも手を焼く訳だな。まぁ、こんなのばかりとも思えぬが……」

「おい、オレをこんなのって……」

「よいから其方は黙っていろ。本当に消滅させるぞ」

「ごめんなさい」

 

 ……ク、クソ……、こんな筈では……。

 

「其方が他の世界をどう捉えておるのかは知らぬが、能力(スキル)だの魔法だのがある世界に転生してみろ?其方のような惰弱な魂がそんな厳しい世界でやってゆける訳がなかろう?比較的争いのない、命の危険もないような世界ですら、魂の修練を積めぬ者が何を偉そうに……」

「オレは退屈な世界じゃ満足できなかったんだよ!魔法も何もないつまらない世界で、オレを測れる訳ねえだろ!!」

 

 そうさ、あんな世界でオレを測ろうなんて愚の骨頂だぜ!オレという器は……、もっと冒険的な世界でだったら発揮できる筈だ……!

 そんな情熱を込めて、女神を睨みつけるようにしていると、

 

「……普通の者はみな、今までいた世界とそんなに変わらぬ世界へと転生する。所謂平行世界(パラレルワールド)のようなところにな。それが一番無雑なところであるし、転生してもまたこちらに戻ってきてしまう様な間違いも少ない。中には『作られた世界』に行きたがる者もおるが……」

「『作られた世界』だと……?」

 

 ……なんだソレ?新しい世界って事か?

 そんなオレの疑問に応えるように、

 

「其方たちの中には、書物に物語を空想する者がおるだろ?それは自分が考えたように見えて、実は何処かにある別の世界に接続しているのだ。それこそ其方の言っていた、一種の能力(スキル)だな」

「……それは『二次元の世界』のものが、実は現実に存在する世界だと言いたいのか……?」

 

 オレの好きなゲームやアニメ、漫画の世界なんかも、全て現実に存在する……?流石にそれは無いだろ……。例えばあのドラゴン〇―ルなんかの世界が現実にあるとは思えないしな……。

 訝し気に問い掛けたオレに対し、目の前の女神は、

 

「信じるかどうかは其方が決めよ。一々証明してやろうとも思わぬ。どの道、こう説明してやれば行きたがる者は居なくなる。『其方たちの知る物語とやらの人物たちが居なくなった世界になら転生する事が出来るがどうする?』と伝えたらな」

「…………は?」

 

 ……ちょっと何言ってんのかわからない。そんな感じで頬けているオレに、

 

「要は、その『作られた世界』に接続した者は全て『過去』の世界での出来事なのだ。その世界へ行こうとしても、既にその者たちのいない世界へと行く事になんの意味があると、まあこんなところだな」

「ちょっと待て、さっきの理屈だとゲームやアニメの世界は『現実に実在する』とか言ってたな?その中にはドラ〇もんのように、タイムマシンかなんかで過去未来に自由に行き来する話だってあったんだぜ?過去には行けないって言ったけどよ、その世界では時間を遡ったりしてるって事は、過去に行ったり出来るって話にならないか?」

 

 矛盾だらけじゃないかと女神に聞いてみると、少し感心したような様子で、

 

「ほぉ……、少しは頭もまわるようだな。時間の操作、時間の遡行は時空間を侵食する行為であり、神としてはその領域を禁止させたいところだが……、どうしても世界によってはその次元まで科学や魔法が発展してしまうケースがある。……正直、この話は複雑で長くなるから置いておきたいところだが……」

「……ところだが?」

 

 先を続けるように促すオレに、女神はひとつ息をつくと、

 

「長くなると言っておろうに……。簡単に言えば、わらわ達、神もその矛盾については認めておる。神界において時間は一定と定め、どの世界、どの次元から死したとしても、この場所に訪れる事となってはおる。今、其方がここに居るようにな……。しかし、こうしてわらわが対応しておるように、同時に他の魂を相手取る事は出来ん。その順番において、どうしても前後で時間の概念が出てきてしまうのだ。『時』を司りし女神ノルンも、過去だけでなく未来が存在する事は暗黙の了解で認めておる。この先の未来がどのように続き、存在しておるかを理解しつつも、あくまでこの場で対応している事を『現在』と位置づけ、その矛盾についてはあえて考えないようにしておるのだ。つまり……」

「……つまり、早い話が転生するにしても『過去』にはいけない、と事か」

 

 その通りだと答える女神に、オレは考える。色々ツッコミどころはあるが……、過去や未来の世界には行けないものと理解した方がよさそうだ。

 ゲームとかの世界に行けるってんならそれもいいかと思ったが、その話を聞いて選択肢を捨てる。だったらやっぱり、剣や魔法のある見知らぬ異世界しかないな。そして……、

 

「……やっぱり、チートな力は絶対に必要だな……。なんか無いのか?そんな能力(スキル)を得る方法とかさ……」

「…………まだそんな事を言っているのか、わらわとしてはさっさと転生する先を決めて欲しいのだがな。後もつかえておるのだ。……まぁ、全く無い訳ではないが、お薦めはできん」

 

 あるのか!?だったら、早く言えよこの駄女神め……!

 

「本当に消滅させてくれようか……?はぁ、もういい……、一応聞いておくが覚悟はあるのだろうな?」

「覚悟?」

 

 女神ソピアーは一息つくと、話を続ける。

 

「……其方のような未熟な魂を調整するには相応の代償が必要となる。其方が今まで生きてきて溜めていた魂の修練値、それを使用する事で修練値に応じた調整が出来るようになる。このようにな……」

 

 すると、オレの前の空間に何やらデータのようなものが映し出される。なんだ……これは……。

 

「それは、『神々の調整取引(ゴッドトランザクション)』という。一時的に付与してやっただけだから(限定)と入っているが、それはよいだろう。右上に数字のようなものが表示されておろう?それが、其方が『向こう』の世界で魂の修練を積んできた値だ。それを使用して、相応の能力(スキル)や能力値を調整、獲得する事が出来るようになる……」

 

 右上の数値っていうと……、この『80496』ってのがそうか。これが多いか少ないかはわからないが……。

 

「其方の年齢でいえば圧倒的に少ないな。全く……、今までどう生きてきおったのか……」

「それで?これをどのように使うんだ?」

「その前に……、本当に良いのか?其方はこの修練値があまりに低すぎるという事で転生するのだぞ?その修練値を消費し、それでまたここに来る事となったら……、良くて永久に地獄行きで、最悪の場合は魂の消滅もあり得る」

 

 ……さっきから散々脅すように言っているそれか。

 

「そんな生易しいものではないぞ?なにせ、魂の消滅は、自己の完全喪失。本能がそれを拒む究極の罰だ。ちょっとわらわが本気で其方を消滅させようとしてやろうか?そうすれば、嫌という程わかろうが……」

「いや、しなくていい……。ヤバそうなのは十分わかったからな」

 

 目の前のこの女神とやらの存在感みたいなもんが、おかしなくらい膨れ上がっている事からも、オレ自身が酷く消耗していくのがわかる……。このままいけば、自分というものが無くなってしまうのではと、本能というのだろうか、ソレがオレの中でガンガンと警鐘を鳴らしていた。

 

 こんな規格外な奴は放っておいてと……、おっと、まだこの『神々の調整取引(ゴッドトランザクション)(限定)』とやらの使い方を聞いていなかったな……。

 

「魂の消滅とやらは後で考えるから取り合えず置いて置くとして……、コレ、どうやって使うんだよ?」

「かるく考えおってからに……。まあ良いわ、後で後悔するのは其方だしな。使い方?そんなものソレで自分で調べよ。さっさと振り分けて、転生先を決めて去れ。わらわは忙しいのだ」

 

 自分で調べろだと……?なんてヤツだ、これでも神か?この駄女神め……。

 文句を言いたい気持ちを抑えつつ、その表示されたデータを適当に触ってみる。すると某通販サイトのような見慣れた項目が次々と表示され始める。

 

「これで選択したい項目を選べばいいのか……?だがどうやって……」

「……やれやれ、其方は用途すらわからぬ未知のものを適当に扱おうとするのか?普通はマニュアルなりを取り寄せる等して使い方を調べると思うがな……」

 

 マニュアルだと?オレがマニュアル(それ)について考えた途端、表示が切り替わった。

 

 

 

神々の調整取引(ゴッドトランザクション)の手引き』

消費修練値:0

分類   :神々の調整取引(ゴッドトランザクション)の拡張項目

概要   :神々の調整取引(ゴッドトランザクション)の使用方法が記載。神だからと慢心せず、きちんとこれを読むように。また、わらわより許可を得た者も同様である。これを見ずして神々の調整取引(ゴッドトランザクション)は使えぬぞ。by女神ソピアー

 

 

 

 ……煩いな。イライラしながらオレはその手引きとやらを選択する。新たに項目が追加され、その表示をクリックするように押してみると、一面にそれが表示される。

 何々……。面倒だがそれを読んでみると、だいたいこんな事が書かれていた。

 

 

 

 ・神々の調整取引(ゴッドトランザクション)は、神専用の能力(スキル)である。

 ・神々の調整取引(ゴッドトランザクション)は対象とされた者のみ、その魂の修練値で持って調整、反映させる事が出来る。

 ・魂の修練値は、その世界の価値ある物を対価として、相互依存の関係にある。

 ・神々の調整取引(ゴッドトランザクション)の所持者の寿命を魂の修練値に加算させる事が出来る。加算数値はその所持者の魂によって異なる。

 ・神々の調整取引(ゴッドトランザクション)では、特性や能力値、特殊能力等の習得、調整の他に、神界の物も含めたあらゆる世界の品物もその対価によって入手する事が出来る。また、所持する品物をその世界の対価に変換する事も出来る。但し、直接生物を取引する事は出来ない。

 ・その者の持つ、魂の修練値を越えて、それらを習得、調整、購入する事が出来る。但し、魂の修練値を大幅に越える事が出来ず、マイナスとなった修練値は『(ごう)』として扱い、一定の周期で決められた『業』を償却しなければならず、償却出来なかった場合はその魂は消滅を迎える事となる。

 

 

 

 ……こんなところか。色々気になるところはあるが、要はオレの魂の修練値とやらを使って様々な力を好きなように得られる、と……。おまけにどんなアイテムでも修練値さえ払えれば入手出来るとも書いてあるし、これもある意味でぶっ壊れのチートな能力(スキル)である事は間違いない。まぁ、限定と書かれてあるからこの場でしか使えないようだが……。

 

(……ん?だが、その世界の価値ある物を対価として相互依存にあるって事は……、この場だけしか使えないって能力(スキル)ではないって事か……?そうでなければ、こんな一文は入らないよな……)

 

 試しにオレは、この『神々の調整取引(ゴッドトランザクション)(限定)』を転生先の世界へ持ち込む方法を考えると、先程の様に表示が切り替わる。

 

 

 

『"限定"解除~お試しモードから正規能力(スキル)へ~』

消費修練値:50000

分類   :神々の調整取引(ゴッドトランザクション)の拡張項目

概要   :神々の調整取引(ゴッドトランザクション)をその者の正規の能力(スキル)とする。支払う修練値の価値はあるだろうが、死んだ時後悔する事となるだろう。返品はきかぬゆえ、考え直すなら今の内だ。by女神ソピアー

 

 

 

 5万も支払ってしまっては他の事が一気に制限される事となるが……、この能力(スキル)を持って行けるなら安い買い物だろう。迷わずオレは了承を選択し、神々の調整取引(ゴッドトランザクション)の限定を取り払う。

 

「……"限定"を取り払いおったな。余程消滅したいと見える……。ま、勝手にせい。それを渡した時点でもう、わらわから言う事は何もない。さっさと準備をすませ、転生先へ立ち去るがいい……」

「そうさせて貰うよっと……」

 

 そこでオレは『神々の調整取引(ゴッドトランザクション)』を使って次々と調整していく……。転生と言っても0歳から始まるのは御免だから20歳くらいへ調整する。省略した20年分は魂の修練値に加算させようとしたが、むしろ省略する分消費しなければならないらしく、仕方なくそれを受け入れる。

 気を取り直して、ブクブクに太った体型を標準に戻し容姿も整えて、と……オッドアイっていうのもいいかもしれないな。オレだけのハーレムを作る上で女を魅了する能力(スキル)も欲しいし……、お、この『魅惑の魔眼』ってものが丁度いいか。

 ああ、今の記憶も転生先に引き継ぐ必要もあるが……、と思ったがこれは神々の調整取引(ゴッドトランザクション)の限定を取り払った時点で決定されていた事らしい。

 ……『神々の調整取引(ゴッドトランザクション)』であれこれ調整していると結局、所持している修練値の枠に収まらず、マニュアルに描かれていた通り『業』を得て借金のような事をしてしまったが、最悪寿命を修練値に加算すれば大丈夫だろう。寿命を延ばすような方法を探せば幾らでも取り戻せるしな。

 

 さて、あとは……。そう思った時、

 

『……お願いです……私たちをどうか、お助け下さい……!』

 

 次にどんな調整を施そうかと思っていた矢先、無音のこの世界に可憐な声が何処からか聞こえてきた。

 

「な、なんだ……、今の声は……!?」

「……そうか、もうそんな時期となるのか……」

 

 驚くオレに、女神は感慨深そうに一言そう呟くと、何もなかった空間に映像のようなモノを表示させる。そこには……、

 

(うぉ!?な、なんだこのコ……!滅茶苦茶美人じゃんか!姿からして何処かの王女様ってところだろうが……、こんな美女、今まで見た事ないぞ!?)

 

 ウェーブがかかった銀色のロングヘアーを腰のところまで伸ばし、両手をギュッと組み合わせて祈りを捧げる女性が映し出され、オレは彼女から目が離せなくなってしまう。一目惚れ、といってもいいかもしれない。今までゲームやアニメ等の中で見てきたどの美女よりも輝いて見えてしまい、彼女を手に入れたいという思いが次々と込み上げてくる。

 

「……アンタは、彼女が誰なのか知っているのか?」

「まあの……、この世界、ファーレルは中々特殊なところゆえ、わらわ達も特に気に掛けておる世界なのだ。これはある周期で行われる神々の定めた儀式のようなものでな……」

 

 ……神の定めた儀式、だと……?何やら助けを求めているようだが……。

 彼女を見ながら女神の話す事を聞いていると、

 

『……勇者様、(わたくし)の声が聞こえておりますでしょうか……?どうか、呼び掛けに御応え下さい……!』

 

 勇者……?まさか、オレの事か……?彼女の呼び掛けに応えようとするも、如何せんその方法もわからない。いや、こちらが聴こえているだけで……そもそも向こうには伝わってはいないような……。

 

「其方の事ではないわ。ここが神界に近い場所ゆえ、聞こえておるだけの事。この空間におる他の者も同様だろう。これは、現世におる聞く資格のある者にしか届かんのだ。何処の世界、幾人の者に聞こえておるかはわからぬが……、召喚者の望む資格者に届き、心を捉える事でその境遇を理解し、その地へ赴くかを決める事となる。大抵の場合はすんなりと召喚される事となろうが……」

「……この呼び掛けに応えるにはどうすればいい?」

 

 女神の話を聞き流して問い掛けると、呆れた様子で、

 

「……わらわの話す事を聞いておったのか?其方では呼び掛けに応えられんと言ったのだが……。暫くすれば、召喚すべき勇者へと繋がる事に……」

「だから……!その前にオレが召喚に応じるって言ってんだよ。決めた、オレはこの世界に転生する事とする」

 

 オレがそう宣言する。彼女を見て確信した。オレは、彼女に会う為にここに来たんだ……!

 

「其方にこの世界は無理だ。未熟な其方の魂が、神格の高いこの世界に馴染める訳がない。悪い事は言わぬ。別の世界にしておくがいい」

「オレはもう決めたんだ。答えるつもりがないなら、勝手にやるまでだ」

 

 グズグズしてたらその儀式とやらが終わってしまう。オレは『神々の調整取引(ゴッドトランザクション)』を起動させ、その方法を調べると、

 

 

 

干渉魔法(インタラプト)

消費修練値:10000

分類   :魔法

概要   :対象の事象に干渉し、割り込むことが出来る魔法。古代魔法に分類される。

 

 

 

 よし、これだな……。魂の修練値で早速習得するも、何やら詠唱する必要があるらしい。そんな厨ニ病みたいな事をするつもりはなく、ライトノベルなどで大抵ありそうな能力(スキル)を探し、それと同時に使いそうなものを『業』にしながら習得してゆく。その結果……、

 

 

 

 NAME:トウヤ・シークライン

 AGE :20

 HAIR:蒼

 EYE :オッドアイ≪ディープブルー&ワインレッド≫

 

 身長:182.0

 体重:73.4

 

 魂の修練値 :0

 (ごう):241020

 

 RACE:ヒューマン

 Rank:1

 

 JB(ジョブ):ブレイバー

 JB Lv(ジョブ・レベル):1

 

 JB(ジョブ)変更可能:世捨て人 Lv20(MAX)

 

 EXTRA JB(エクストラジョブ)不規則な転生者(イレギュラー・リンカネーション)

 

 HP:268

 MP:263

 

 状態(コンディション)戦闘時自動回復(バトルヒーリング)無詠唱(ノンチャージ)

 耐性(レジスト):全属性耐性、病耐性(一部)、睡眠耐性

 

 力   :160

 敏捷性 :100

 身の守り:110

 賢さ  :155

 魔力  :160

 運のよさ:77

 魅力  :200

 

 常時発動能力(パッシブスキル):一般教養、カリスマ、無詠唱(ノンチャージ)戦闘時自動回復(バトルヒーリング)

 

 選択型能力(アクティブスキル)神々の調整取引(ゴッドトランザクション)、古代魔法、生活魔法、剣技、体術、魔技、わざ?、ファーレルといふ名の世界

 

 資格系能力(ライセンススキル)自宅警備員(ニート)歴20年越えの(つわもの)、転生者の証、ブレイバーの恩恵

 

 古代魔法:干渉魔法(インタラプト)

 

 生活魔法:転職魔法(ジョブチェンジ)

 

 剣技:集束剣(フュージングソード)烈風剣(ウィンディソード)

 体術:集気法、気功拳、跳躍蹴り、身躱し脚

 

 魔技:魅惑の魔眼

 

 わざ?:煽る、周辺監視、不意打ち、寝る

 

 

 

 ……中々いいんじゃないか?『神々の調整取引(ゴッドトランザクション)』で調整した結果、『業』がとんでもない事になっているが、取り合えず形となったな……。

 『ファーレルといふ名の世界』で予備知識を得ると賢さが急上昇した。恐らくは世界観を知る事で数値が上昇するのだろう。一般教養も追加されたという事は、記憶が反映されたって事かな?

 また、折角転生するのだから名前も心機一転その異世界に合いそうなものに変えておいた。年齢も……20歳になってるし、あれだけ容姿を調整したから魅力も見違える程高い。約15万ほど修練値をかけて他の能力値を振り分けて高くしたのだから、しっかりと役に立って貰うとしよう。

 

 あとは……、前の人生が反映されたからなのか、『世捨て人』なんて舐めた職業しかなれないようだったので、勇者らしい職業を『神々の調整取引(ゴッドトランザクション)』で新たに獲得し、これも設定しておく。別名で勇者とも言われているだけあるようで、この『ブレイバー』に就いた事で、様々な有用能力(スキル)も身に付いた。特にこの『ブレイバーの恩恵』は、力や身の守り等の上限を底上げしているようで、高くした数値にブーストする形で加わった。

 また、『ファーレルといふ名の世界』によると、どうもこの世界では転職は変更できる場所に行くか魔法で変えるようだから、一応その魔法も習得しておいた。大した修練値でもなかったしな。

 

「止めよ!その『勇者召喚(インヴィテーション)』に干渉し、取り返しのつかぬ事となったらなんとする!!」

「そんな事はオレの知った事じゃない。……まぁ、アンタの責任になるんじゃないのか?『神々の調整取引(ゴッドトランザクション)』を付与した責任者にアンタの名前があるし」

「……ハッ!?し、しまった……!そういう事になるのか……!!い、いいから止めよ!消されたいのかっ!?」

 

 消されるのは御免だ。オレはこの駄女神を無視して習得したばかりの『干渉魔法(インタラプト)』を使おうとする。無詠唱(ノンチャージ)能力(スキル)が効力を発揮し、恥ずかしい詠唱は省略して魔法を完成させようとしてくれているようだ。

 

「クッ……、やむを得ん、ここまで『勇者召喚(インヴィテーション)』に干渉している以上、下手に止めればもっと可笑しな事になるやもしれぬ……!」

「ハハッ、じゃあな駄女神様!『神々の調整取引(ゴッドトランザクション)』はオレが有用に使ってやるから安心してくれ!あばよっ!!」

 

 『干渉魔法(インタラプト)』が完成し、オレは魔法を使用している美女の下へと代わりに召喚されるべく、この不思議空間から立ち去った。立ち去る直前に、「この愚か者を送る事で、あの停滞した世界に一石投じる事にはなるか……」みたいな捨て科白を吐いていたが、気にしない事にする。

 

「お、出口のようなもんが見えるぜ!待ってろよ、王女様!!今から勇者様が助けに行ってやるからなっ!!」

 

 こうして、オレはファーレルという世界に飛び込むのだった……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……それでしたら一度トウヤ様に鑑定魔法を掛けさせて頂いてもよろしいでしょうか?他人の魔法空間に干渉して、その方が御覧になっている情報を同意を得て確認する魔法なのですが……」

「ああ……、それならば是非……」

 

 やっぱりこの国の王女であったレイファニーよりこう答えたオレだったが、ふと考える。

 ……オレがブレイバーである事は良しとして、世捨て人であった事や、『魅惑の魔眼』を所持している事まで知られるのは不味いのではないか?

 出来れば『神々の調整取引(ゴッドトランザクション)』も所持している事は隠しておきたいと思っているオレとしては、このままでは面倒な事になりかねんと考え、王女に心の準備をするので少し待ってくれと言い、急いで『神々の調整取引(ゴッドトランザクション)』を起動させる。

 

(……これだな、『隠匿魔法(プライバシー)』か……)

 

 

 

隠匿魔法(プライバシー)

消費修練値:5000

分類   :魔法

概要   :自身のステイタスにおいて知られたくない情報を覆い隠す事が出来る。但し、例外として隠匿できない情報もあるので注意。古代魔法に分類される。

 

 

 

 オレは直ちに『神々の調整取引(ゴッドトランザクション)』から魔法を習得するやいなや、ソレを自身のステイタスに施してゆく。転生者という事実や世捨て人であった事、それに付随するわざ?、魅惑の魔眼、干渉魔法(インタラプト)に習得したばかりの隠匿魔法(プライバシー)についても隠匿する。

 本当は『神々の調整取引(ゴッドトランザクション)』についても隠したかったが……、これは隠匿できない例外と当たるのだろう。まぁ、これくらいはしょうがない。これで、オレのステイタスは完全無欠の勇者としか思われない筈だ。

 

 準備が出来たので、オレは王女に鑑定魔法を掛けるようお願いする。彼女がなにやら詠唱している間に、改めてオレは一緒に召喚されたもうひとりの事を伺うと、

 

(それにしても……、『干渉』が上手くいったという事か。何処からどう見ても、コイツは勇者には見えない。なんでも普通その召喚で起こるような確認とやらも無かったようだし、全然関係ない奴が巻き込まれて呼ばれたってところか)

 

 もし、本来の勇者が呼ばれたというならば、偽者と断じて折を見て始末しようと思っていたが……、こんな頭の薄い小太りのメガネと知ってはそんな気も失せる。本人も勇者ではないと頑なに固辞している事からも、放っておけばその内居なくなるだろう。万が一邪魔になるようなら、その時考えればいい……。

 

 そんな事を考えていると、王女が驚きの声をあげる。自分の能力値を見て驚愕したのだろうが……、オレは「そんなに凄いんですかね……?」とおどけながらも、周りにもそのステイタスを伝える事を了承し、その反応から優越感に浸っていく。

 これだ……!この感じ……!!前の人生では味わえなかった、この優越感!!これこそオレが待ち望んでいたものだ……!!

 あとはハーレム、だな……。王女は当然加えるとして……、見た目麗しい者は次々とオレのハーレムに入れていきたいところだ。予備知識で得たところ、このファーレルとやらは紛れもなく剣と魔法のファンタジーな世界であるらしいし、エルフやダークエルフ、マーメイドといった種族がいるのだろう。その為にも……、

 

(……さっき、レイファニーが使ったような鑑定魔法は必要だな。相手に一々了承を求めるのは面倒だが……、いや、もっと使い勝手のいい鑑定魔法もあるかもしれないな……)

 

 ハーレム形成はもとより、人やアイテムを鑑定する能力(スキル)や魔法は、こちらで生活していく上で非常に必要なものだ。よくある異世界転生もののWEB小説やなんかでも、チートな力の次にまず求める能力であるし、オレは王女がデブメガネと話している内にもう一度『神々の調整取引(ゴッドトランザクション)』を起動し、『鑑定』で探してみると……、

 

 

 

評定判断魔法(ステートスカウター)

消費修練値:10000~100000(熟練度に応じて変化)

分類   :魔法

概要   :対象の生物、物質を鑑定する事が出来る。生物である場合、相手の了承を必要とせずに鑑定出来るが、了承を得た方がより詳しい情報を知る事が出来る。知りたい情報をピックアップする事も出来るが、能力(スキル)の詳細や弱点等を知りたいとなると熟練度を上げないと鑑定できない情報もある。古代魔法に分類される。

 

 

 

 あったあった……。今までの魔法には無い熟練度といった項目も出てくるが、消費修練値が大分違うな……。とりあえず相手の事を知れたらいいだろうと思い、1万を消費してオレはこの鑑定魔法を入手する。

 

(熟練度と言うくらいだから、使い続ければ上がるだろ。さて、早速試してみるか……)

 

 そう思い、オレは人知れず王女に向かって『評定判断魔法(ステートスカウター)』を掛けてみると……、

 

 

 

 NAME:レイファニー・ヘレーネ・ストレンベルク

 AGE :20

 HAIR:水色がかった銀

 EYE :オーシャンブルー

 

 身長    :160.3

 体重    :45.2

 スリーサイズ:84/56/85

 

 性の経験:処女(ヴァージン)

 

 HP:152

 MP:438

 

 力   :34

 敏捷性 :48

 身の守り:33

 賢さ  :180

 魔力  :264

 運のよさ:82

 魅力  :255

 

 

 

(おおっ!!こいつはいい!!結構いいカラダしてるな……、これはその時が楽しみだぜ……!しかし、まさか処女かどうかまで分かるとはな……)

 

 まさしく、オレが知りたい情報が表示された事に満足する。さっき『神々の調整取引(ゴッドトランザクション)』で探した際に、処女かどうかを判別する専用の魔法もあったようだったが……、この『評定判断魔法(ステートスカウター)』で十分事足りるようだ。

 

 王女の体も含めた情報を知り、にやけそうになるのを抑えながら、王座の間へと付いていったオレだったが、渡すものがあると言われて意識をこちらに戻す。持って来させた宝箱のような物を開かせると……、

 

(うぉっ!?金貨がギッシリ敷き詰められて……!これをくれるって言うのか!?)

 

 支度金として勇者たちに渡すというおっさんに、流石オレの見込んだレイファニーの父親だな、と内心で褒める。某ゲームの王なんてしょぼい武具とはした金しか渡してこなかったから、それに比べても上々だろう。

 金貨の価値は『ファーレルといふ名の世界』によると、前世の世界の換算で1枚およそ3万円程の価値とあったが、目の前のそれは明らかに金貨よりも大きく、恐らくは大金貨というやつに違いない。大金貨だったとしたら、15万円くらいに相当するとあったので、この世界における勇者への重要度、依存度はかなり高いと推察される。

 

 ただ同時にオレだけでなく、このパッとしない小太りのメガネと分けなければならないのかと不満に思っていたところだったが、

 

「先程、協力は約束致しましたが、それでもトウヤ殿と比べて、私が彼ほど活躍できるとは思えません。ですので……、それは全てトウヤ殿にお渡しして下さい。それに、その金貨は元々召喚された勇者おひとりにお渡しするものだったのではありませんか?」

「それは……確かにそうじゃが……。それではお主は何もいらんと申すのか?」

 

 ……前言撤回。このデブメガネ、思ったより自分の立場がよくわかっているらしい。向こうがそういう態度でいるというなら、此方からわざわざ排除に出る必要もない。評定判断魔法(ステートスカウター)で確認してみたところ、やはり大金貨だったか、それがざっと500枚ほど入っているぞ……!早くそれを『神々の調整取引(ゴッドトランザクション)』の魂の修練値とやらに換算してみたいと思っていると、

 

「……そこで勇者殿にはそれぞれ侍女をお付けしよう……、ベアトリーチェ!ユイリ!」

 

 王のおっさんの言葉に、スッと2人の女性がやって来る。どっちもレベル高いな……!先程の王女と同様に評定判断魔法(ステートスカウター)で視てみたところ、

 

 

 

 NAME:ユイリ・シラユキ

 AGE :21

 HAIR:紺色に近い黒

 EYE :パープルブラック

 

 身長    :164.5

 体重    :47.0

 スリーサイズ:82/50/84

 

 性の経験:処女(ヴァージン)

 

 HP:196

 MP:114

 

 力   :79

 敏捷性 :182

 身の守り:85

 賢さ  :175

 魔力  :96

 運のよさ:63

 魅力  :148

 

 

 

 NAME:ベアトリーチェ・ヴァリエータ

 AGE :22

 HAIR:紅

 EYE :クリムゾンレッド

 

 身長    :176.0

 体重    :52.8

 スリーサイズ:95/59/92

 

 性の経験:非処女

 

 HP:244

 MP:125

 

 力   :138

 敏捷性 :123

 身の守り:90

 賢さ  :141

 魔力  :100

 運のよさ:44

 魅力  :145

 

 

 

 正直どちらも美人で捨てがたく、いっそ2人ともオレのハーレムにと思った矢先、王からそれぞれに派遣される。案内役という事で付けられたのはベアトリーチェと呼ばれる女だった。抜群のスタイルで、ナイスバディな彼女が付くのはいいが、あの処女の美女も良かったなと思いつつ、挨拶もそこそこにその場はお開きとなった……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「うーむ……」

「……どうかなさいましたか?トウヤ様」

 

 案内された王城内の一室で、オレは早速王から貰った大金貨を神々の調整取引(ゴッドトランザクション)で換算しようとしていたのだが……、

 

「いや、何でもない。それよりさっきも言ったが……、敬語はかまわない。何となく調子が狂うからな」

「……ですが」

 

 引き籠り歴30年のオレに他人と交流なんて出来るかとも思ったので、そこは抜かりなく『社交』という能力(スキル)を獲得しておいた。これがあれば前世においてもニートという事は無かったかもしれないが……、まぁ終わった話はいい。ハーレムを形成し、ベアトリーチェをそこに入れる為にも、もう少し打ち解ける必要があると感じ、くだけた関係を作ろうとしているのだが、中々距離が縮まらない。

 

「……まぁ、いきなりやってくれとは言わないから少しずつ慣れてくれ。それで……、これを身に付けろって?」

「はい、トウヤ様をはじめもう一人の勇者様もですが……、此方の世界ではそのような軽装では何があるかもわかりません。最低でも、そちらをお召しになって頂ければと……」

 

 彼女に言われてそちらに目をやると……、鉄製の胸当てに丈夫そうな布で織られた衣服、それに皮の靴と……、あとマントのような物が用意されていた。

 

「それと、トウヤ様は能力(スキル)から剣技も習得されていらっしゃるようでしたので……、こちらもお受け取り下さい」

「ふーん……、ま、取り合えず貰っておくよ。これは……鉄の剣?」

「鉄よりも強度な物で作られた鋼鉄製の剣ですね。戦う術も既に身に付けておられるようですし、間に合わせで良いので使って頂けると……」

 

 本当に間に合わせだよな……。勇者なんだしもっと強そうな……、それこそ伝説の聖剣とかを持たせてくれてもいい気がするが……。

 それでもオレに渡してきた大金貨から見ても、優遇はされているようであるから良しとしておくか。気を取り直してオレは彼女に言われたものを身に付け、装備した後で『神々の調整取引(ゴッドトランザクション)』を起動させる。

 

 

 

大金貨 1枚 → 魂の修練値 1500

 

 

 

(大金貨が大体500枚あるから……、ざっと75万に換算できるって事か。一応、業は全て無くすことは出来るが……)

 

 それにしたって換算率は微妙だな……。大金貨1枚で日本円で15万円程の価値があるんだろ?1万円で修練値が100くらいにしかならないってどんだけだよ……。さっき習得した『社交』の能力(スキル)だって2000もしたんだが、それはつまり20万円も払ったって……。マジかよ、ボッてんじゃないのか、この神々の調整取引(ゴッドトランザクション)……。

 

 取り合えず『業』を返せないと消滅する事になるので、返済しないという選択肢はない。あの駄女神め、とボヤキながら、30万近くまでになっていた業の数値を0にして、修練値が僅かにプラスに転じたのを確認し、オレは一息つく。

 最悪、寿命を魂の修練値に加算させるしかないと思っていたから、この大金貨は本当に渡りに船であったと言わざるを得ない。流石は将来のお義父さん、と言ったところか。

 

 オレは『社交』の能力(スキル)の他に、こういった異世界で必要な収納魔法(アイテムボックス)という魔法も熟練度MAXにして40000で習得していたのだが……、それ以上に神々の調整取引(ゴッドトランザクション)を使ってみようとしたところ、『今の魂のレベルでこれ以上業を重ねる事は出来ません』なんて警告が出やがった。どうも今のオレには30万を越えて業を重ねる事は出来ないという事らしい……。

 

「今のは……、トウヤ様は『貨幣出納魔法(コインバンキング)』を習得されておられるのですか?大金貨が消えた様に感じたのですが……」

「そんな魔法もあるのか……。まぁ、多分似たような物じゃないか?」

 

 別の領域に金貨を送るってところはさ。オレのやっている事に若干驚いているようなベアトリーチェはおいといて、神々の調整取引(ゴッドトランザクション)を続ける。幸い、言語関連の問題については、結界やらの効果によって考えなくても良さそうなので、次に必要になりそうな最強の攻撃手段について探していた。

 

(どんな奴が出ても完璧に粉砕できるようなものが必要だな……)

 

 そうなるとオレの考えられる限り一番強力なものといえば……、核兵器かな?かといって一発限りの使い捨てにする訳にもいかない。出来れば魔法の様に永続的に使えるものでないとな……。

 そんなものがないかと思って調べていたら……、出てきた。

 

 

 

核魔法(ニュークリア)

消費修練値:100000000

分類   :魔法

概要   :核分裂や核融合反応による放射エネルギーを利用した、破壊、殺傷用の兵器を魔法へと転用したもの。膨大なMPを必要とする。この世界には存在しない独創魔法となる。

 

 

 

 …………いちじゅうひゃく……一億?1万円で修練値が100だとしたら……100億円だと!?こんなん購入できる訳ないだろ!何かないのか、もっとお手軽で、威力が少なくてもいいから安いやつは……!!

 約200枚の大金貨を消費した為、残された300枚、450000程の修練値で購入できそうなものはないかと検索を続ける。すると……、

 

 

 

核?魔法(ニュークリア)

消費修練値:500000

分類   :魔法

概要   :『核』といっていいのかわからない程、弱体化させた核魔法。威力、範囲共に非常に限定されているが、一応放射能も排出する。1日1回という使用制限もある。この世界には存在しない独創魔法となる。

 

 

 

 これか……。一応『業』に換算させれば購入できない事もないが……、本当に効果は期待できるんだろうな?実際に前世で使われていたような、都市丸ごと破壊するなんて事は望まないから、対象をほぼ確実に殲滅するくらいの威力は欲しいのだが……。

 色々悩んだ末に、オレは購入する事を決意する。よくよく考えたら、あまりに広範囲に渡ってしまうようだと、魔法を放つオレにまで影響を及んでしまうのは困るし、これだけ魂の修練値を消費するのだからいい加減な威力ではないだろう。

 

(……結局また『業』を背負う事になってしまったか。さっきまでのように返せない数値ではないとはいえ……)

 

 『核?魔法(ニュークリア)』を習得し、この『業』について何とかならないかと考える。寿命を伸ばせれば幾らでも修練値に換算できるから、それらの方法を調べてみても、どれもオレが手を出せるようなものではなかった。

 まぁ、手段が存在する事はわかったので、自力で入手するしかないか……。あの駄女神いわく、神格とやらが高い世界であるようだから、そういった物もあるかもしれない。

 

「……ん?確か持ち物を対価に換算させることが出来るとあったか……?」

「……トウヤ様?先程からいったい何を……?」

 

 ちょっとね……、と彼女には適当に誤魔化しながら、オレは先程渡されて着用している鉄製の胸当てに神々の調整取引(ゴッドトランザクション)の標準を当てると、

 

 

 

『鉄の胸当て』

形状:防具<体>

価値:E → 銀貨3枚ほどに換金可能

 

 

 

 銀貨三枚って確か3000円くらいか?二束三文にしかならないなと思いつつ、換金を選択すると自分の着ていた鉄の胸当てが消えて、銀貨へと変わる。それを見てベアトリーチェが「えっ!?」っと驚きの声を上げる。

 

「ト、トウヤ様!?本当に何をしているのですか!?」

「まあまあ……、次はこのマントに標準を当てて、と……」

 

 

 

『封豕のマント』

形状:魔法工芸品(アーティファクト)

価値:S → 大金貨5枚ほどに換金可能

 

 

 

 お、こいつはいい。これを換金したら『業』を完済出来るな、と思いながら実行に移そうとして、

 

「ま、待ちなさいっ!!貴方、さっきから何をしているの!?身に付けた胸当ては!?それにマントもって……、まさか売り払おうとしてるの!?その銀貨はまさか胸当てを売ってしまったって事!?」

「あー、まぁちょっとね……。正直オレ……私にこんな防具は必要ないしさ。伝説の防具とかいうのならいざ知らず……」

 

 敬語が無くなる程興奮している様子の彼女にどうどうと宥めようとするが、

 

「それでも売ってしまっていい事にはならないでしょ!?それは、あくまで王宮からの支給品であって、貴方の持ち物って訳じゃないのよ!?ましてそのマントは……、もう一人の勇者様にお渡ししている『旧鼠のマント』と同様に、干支(かんし)に準えた貴重品よ!!それを売り払おうとするなんて、とんでもない事なんだから!!」

「そう熱くならないでくれ……。勇者として呼ばれた以上、掛かる経費みたいなもんがあってさ……。だから、このマントみたいな魔法工芸品(アーティファクト)?そう呼ばれている物、他にはないか?それを貰えればオ……まあいいか、オレ、この国の為に頑張れると思うんだよね」

「だから……!そのマントも貴方のものじゃないの!売り払おうとするならそのマント、こちらに返しなさい!それは王宮で所有している物なのだから……!!」

 

 ……煩いな。タメ口をきかれるのは別に構わないが……、ここまであれこれ言われると少し煩わしくなってくる。

 

「……ああもう、それなら一度レイファニーを……王女を呼んでくれないか?彼女に直接話をするから……」

「『招待召喚の儀』を行って消耗しておられる王女殿下にお伺いを立てるなんて出来る訳ないじゃないですか!?それに呼び寄せろって……、いくら貴方が勇者で、他の世界から召喚されてこられたと言っても、不敬であるとは思わないの!?もう一方(ひとかた)のように、巻き込まれてこの世界に呼ばれてしまったり、王様からの支度金も固辞されたというのであれば、まだ解らないでもないけど、貴方はそうではないじゃない!いったい何様の……っ!」

 

 こ、このアマ……!好き放題言ってくれるじゃないか……!お前らの為に呼ばれてやった勇者のオレに向かって……!いや、待てよ……。こんな時こそ、あの能力(スキル)を使うときじゃないのか?キャンキャンと喚くこの女をオレの虜にさせて言う事を聞かせてしまえば済む話だし、その後でたっぷりとお楽しみの時間もとれる。何せ、あの中で一番いいカラダしていたし……、レイファニーの前に経験を積んでおくに越したこともないしな。

 まさに一石二鳥だと思い、オレは『魅惑の魔眼』を発動させる。普段はもう片方の眼と同じ深い蒼色の瞳が、オッドアイに調整した本来のように紅く輝いている事だろう。

 一瞬ビクッと身体を硬直させた彼女を見て、ニヤリと笑みを浮かべながらワクワクしていたのだが……、

 

「…………今、私に何かした?」

「は?いや待て、効いてないのか!?」

 

 嘘だろ!?結構高い修練値を払って手に入れた能力(スキル)だぞ!?効かないって事、あるか!?

 この後のお楽しみに胸を躍らせていたのも束の間、一転して『魅惑の魔眼』が通じなかった事に、詐欺じゃねえか、あの駄女神め、と心の中で罵るも、ベアトリーチェからの追及が続く。

 

「……効いてないって、やっぱり何かしたのね。まさかとは思うけど……、『魅了』のたぐいの能力(スキル)じゃないでしょうね?」

「ッ!?い、いや、違うっ!!つーか、オレにも良くわからないっていうか……。多分、自然に発動したんだと思う。この世界にやって来て、まだまだオレの中でもわかっていない能力(スキル)がいっぱいあってさ……」

 

 それらしい言い訳をしながら何とか誤魔化そうとしているオレに、疑惑の視線を向けているベアトリーチェが、

 

「……一応、言っておくけど、もし魅了系の能力(スキル)を隠し持っているのだとしたら……、追放対象になりますからね。それはいくら勇者様であっても例外はありません。この国に居られる事の条件はその能力(スキル)を立会いの下で封印させて頂く必要があります」

「んなっ!?だ、大丈夫だ、オレはそんな能力(スキル)は持っていないからな!ははっ、はははは……」

 

 マジかよ!?持っているだけで追放対象だと!?じゃあこの能力(スキル)、使えないじゃないか!!少なくとも表立っては使えないし、そもそもこの女に通じなかった事も気になる。上手く発動しなかったのか、それとも魅了系の能力(スキル)に抵抗できる何かがあるのか……。

 いずれにしても、ベアトリーチェの前では『魅惑の魔眼』は使えなくなった。まだ追及を続けようとするベアトリーチェにオレも疲れたからまた明日と話を切り上げさせて、その日は休むことにした……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ……思っていた以上に上手くいかないな。翌日になり、城下町を案内するという事で、先導するベアトリーチェの説明を聞き流しながら、オレはそう考える。

 予定では『魅惑の魔眼』で王女を含めたハーレムを形成していき、圧倒的な力でこの世界の危機とやらを救って英雄ライフを満喫する予定だったというのに……。まぁ、これもしっかりと説明しなかったあの駄女神のせいだ。何が『叡智』と『心魂』を司る女神だ、笑わせやがって……。

 

「あそこが魔法屋で……、て聞いてますか、トウヤ殿?」

「……ああ、聞いてる聞いてる」

「…………絶対聞いてませんよね」

 

 あからさまに溜息をつくベアトリーチェに仕方ないだろと毒づく。前世の都会を知るオレが、今更こんな数世代は遅れているような城下町とやらを見て心が躍る訳が無い。むしろ溜息をつきたいのはこっちだと文句を言いたいところだったが……。

 そんな時、案内していた魔法屋なんていう場所の脇に、何やら見慣れたような物を発見する。

 

「あの入り口の脇にあるガチャっぽい物はなんだ?」

「……ガチャっぽいも何も、『ガチャ』だけど、これがどうかしました?それとも隣の『カードダス』の事を言ってるのかしら?」

 

 ガチャにカードダスか……。両方ともガキの頃にやった覚えがあるな……。それも『ガチャ』と聞くと、オレのやり込んだソシャゲの事を思い出すが……。

 

「これも何が出るかわからないようなヤツなのか?玩具とかではなくて……?」

「玩具ではないけれど……、碌な物は出ないと思いますよ?何でも魔法工芸品(アーティファクト)なんかも出るようだけど、まずそんな価値のあるものは引けないでしょうから……。あと、隣のカードダスは魔法空間を経由している訳ではなく、単なる王国の人物や何かを紹介した物で、こちらは価値がある物ではないですね」

 

 ふむ……、カードダスの方は本当に唯のカードのようだな。値段も……、銅貨2枚、20円か。オレの知っている奴とほぼ同じヤツだな。そしてガチャの方は……、何やらこの筐体の中にカプセルのようなものが詰まっている訳ではなく、何処か別の空間に繋がっていて、そこから供給しているもののようだ。

 

(こっちはソシャゲの方の『ガチャ』の仕様のようだな。1回金貨1枚……、30000円のガチャか……。確か何枚か大金貨を崩した分の金貨があったっけか)

 

 確認してみると10枚ほどの金貨があるのを確認して、オレはガチャのところへと向かう。

 

「……止めた方がいいと思いますけど。もっとお金が欲しいとか仰るのであれば、尚更こんなものに使うべきではないのでは……?」

「大丈夫だって……!オレ、ガチャ運はいい方だからな!どれ、早速やるか……!」

 

 そう言ってオレは金貨を筐体に投入しガチャを回してみた。反対しているベアトリーチェを余所に、筐体がカタカタと反応したかと思うと、ひとつの白いカプセルをコトンと落とす。オレは出てきたカプセルを手に取るとそれが光り出し、何かの欠片を形取った。

 

 

 

魔力素粒子(マナ)の結晶』

形状:鉱物

価値:F

効果:大気中にある魔力素粒子(マナ)が結晶化し固形となった物。僅かに魔力を増幅させる効果がある。

 

 

 

 ……価値『F』ね。まぁ普通に考えてハズレかな?ほら見た事かと言いたげな顔をしているベアトリーチェを無視して、再びオレは金貨を投入すると今度は白ではなく、銀色のカプセルが出てきた……。

 

 

 

『魔法の如雨露(ジョウロ)

形状:魔法工芸品(アーティファクト)

価値:B

効果:傾ければその時点で最良の成分がある魔法の水を掛ける事が出来る、農業向けの魔法工芸品(アーティファクト)

 

 

 

 さっきベアトリーチェが言ったように魔法工芸品(アーティファクト)なる物が出てきた。オレの付けている『封豕のマント』や、城下町に出る前に渡された『翻訳のイヤリング』と同じものらしいが、価値は『B』……。『要、鑑定魔法』とあったので、評定判断魔法(ステートスカウター)を掛けて確認してみるも何とも微妙な効果だ。

 それでも腐っても魔法工芸品(アーティファクト)だ。換算すればそこそこの価値はあるだろうと、気を取り直してもう一枚金貨を投入すると……、

 

 

 

『はずれ』

形状:簡雍紙

価値:H

効果:『はずれ』と書かれた簡雍紙。その名の通りハズレです。残念でした。

 

 

 

「……こんなものもあるのね。私、初めて見たわ……」

 

 ……。…………。………………金貨1枚投入して、3万円もかけて……、いくら何でもこれはないだろう……!?

 

「誰だ、こんなふざけたもん入れた奴はっ!!責任者連れて来い……!!」

「ち、ちょっと……!さっきも言ったけれど、ガチャの筐体の中身は私たちが干渉できるものではないのよ……!責任者なんていないから……っ」

「じゃあ、誰がこんなもんを……!クソッ……」

 

 普通ならこんなもん訴訟ものだぞ……!地雷臭が漂ってきたガチャにこれ以上足を踏み入れるのは危険な感じがするが……、それでもここで止める訳にはいかないだろ……っ!

 怒りに震えながらもオレは再び金貨を投入してゆく……。そうして出てきたものは……、

 

 

 

 4回目、火球魔法(ファイアボール)の魔法書

 5回目、壊れない木の棒

 6回目、魔除けのスプレー

 7回目、収納カプセル

 8回目、使い捨て防御輪

 9回目、史莱姆(スライム)の召喚契約書

 

 

 

 ……本当に碌な物が出ないな。『火球魔法(ファイアボール)』なんて聞いただけで一番弱い魔法だろうし、ゲームの序盤で出てくるような史莱姆(スライム)を召喚したところで何になるというのか……。壊れないからって木の棒では攻撃力もたかが知れているし、他のアイテムは使い捨てのものばかりである。

 一番マシなのは……『収納カプセル』か?大きさ関係なく小さなカプセルの中に収納しておける物らしく、価値も『B』と魔法工芸品(アーティファクト)並みに高かった。

 

 それでも俗にいう『爆死』には違いなく、その様子を見ていたベアトリーチェも、

 

「……もう止めておきましょうよ。このままだとお金が無くなるまで使ってしまう事になるのよ?悪い事は言わないから……」

「こ、こんな中途半端で止められるかっ!あと、1回っ!!」

 

 止めるベアトリーチェを振り払うようにして、さらにオレは金貨を投入する。すると、ガチャが今までにない演出を見せ、筐体が輝きはじめたと思ったら、金色のカプセルが出てきた……。

 今までに無かった演出に、間違いなく希少(レア)なアイテムが出たと確信しながらカプセルを取ると……、

 

 

 

雷鳴招来魔法(ライトニングレイン)の魔法書』

形状:魔法書

価値:A

効果:読むと『雷鳴招来魔法(ライトニングレイン)』を習得できる魔法書。天から降り注ぐ稲妻を自在に操る高等な古代魔法である。

 

 

 

「そうそう、こういうのを待っていたんだよ!稲妻を操るなんて、如何にも勇者に相応しい魔法だ……っ!」

「良かったですね……、それではガチャはそのくらいにして、先に進み……」

「いやいや、何言ってんだ?漸く流れが来たんだぞ?ここで引かないでどうする?」

 

 やっと糞みたいな流れが変わって勢いがついてきたところだろうに……。ここで引かなかったら、それこそ今まで耐えてきた意味が無くなってしまう。

 気を良くしたオレがさらにガチャへ金貨を投入すると……、筐体がカタカタと揺れ始めて今までになく綺麗に輝き出すと、今までになかった虹色のカプセルを出してきた。今まで白<銀<金ときていたから、虹となると恐らくは……。オレの手の中でカプセルは形を取り始め……、

 

 

 

『星銀貨』

形状:貨幣

価値:SS

効果:失われし古代文明『アルファレル』にて使用されていたとされる硬貨。その素材は宇宙の鉱物に銀を混ぜて作られたとされており、魔術を増幅させるブースターの役目を果たす魔法の道具(マジックアイテム)でもある。その価値は常に変動し、その度に大金貨が数十枚から数百枚単位で変わってしまう事も少なくない。

 

 

 

 価値『SS』が出たか!効果を見てみても、あの大金貨が何十枚の単位で変動するってあるから、かなりの換算額が期待できるだろう。期待できるのだが……、これ、何処かで見た事あるような……。確か……、オレと一緒にこの世界にやって来た、あの頭の薄いメガネがレイファニーから数枚貰ってなかったか……?

 すぐさま神々の調整取引(ゴッドトランザクション)の標準を当ててみると……、

 

 

 

『星銀貨』

形状:貨幣

価値:SS → 大金貨200枚ほどに換金可能

 

 

 

 …………は?何、この価値?1枚でこれって……。それも、変動する今の価値でこの価格っていう事だ。……アイツ、確か3枚以上は貰ってたよな……?するとオレが貰った大金貨500枚よりも……!

 

「まさか、星銀貨がガチャから出るなんて……、昨日の『選択の指輪』といい……、もしかして今が引き時なの……?」

「……ベアトリーチェ、王女に連絡は取れるか?」

 

 何やらブツブツ呟いているベアトリーチェにそう問い掛けると、

 

「王女殿下にって……、貴方、何を考えているのかしら……?」

「決まってる。この星銀貨の件で王女に……」

「……お前なんかを購入したせいで買えなかったんでおじゃるぞっ!!どうしてくれるのだ、このクソアマッ!!」

 

 この件でレイファニーに問い詰めようと思った矢先、この店の裏手の方から、何やら怒号のようなものが聞こえてきた。何だと思って声のした方へ行ってみると、成金風のブタがスラッとした美女を手にしたステッキで殴打しようとしていた。それを見てオレは無意識に能力(スキル)跳躍蹴(ちょうやくげ)りを発動させ、デブを思いっきり蹴り飛ばす。

 

「ぐぽあっ!?」

「ヒルダブルク様……!?貴様、何をっ!?」

 

 さっきのブタのボディガードなのか、その何人かが気色ばんでオレを睨むも、虐げられていた彼女をその背に庇いながらその視線を平然と受ける。こんな雑魚ども、例え束になって掛かって来られても、所詮オレの敵ではない。吹き飛ばされたブタが他の付き人に抱えられながら立ち上がり、血走った眼を向けてきた。

 

「痛いでおじゃる!!貴様、吾輩にこのような事をして……、タダで済むと思うなでおじゃる!!」

「おじゃるおじゃると煩いぞ。てめえが彼女に乱暴してるから成敗してやっただけだろ。もっと痛い目に遭いたいのか?」

 

 そう言いながら殺気を込めると、怯んだようであったが、

 

「そ、そんな目で睨んでも怖くないでおじゃる!それに……、吾輩の奴隷をどうしようと……、吾輩の勝手でおじゃる!!それをこのような真似をしおって……、覚悟は出来ているでおじゃるか!?王宮内でも顔の利く吾輩を敵に回して……、精々後悔するがいいでおじゃるっ!!」

「てめえの……奴隷?」

 

 そこでオレは後ろの座り込む彼女をチラッと見てみると、普通の人間じゃないと知った。2本の角のようなものに加え、翼と尻尾のようなものも生やしていて、首輪のような物が付けさせられている。恐らくこれが、奴隷とやらの証という事だろう。

 それを見て、オレはムカムカと目の前の成金ブタに対して怒りが込み上げてくる。

 

「……そうか、無理やり彼女を奴隷にしている、という訳か……。許せないな、てめえは死刑だ」

「な、何を言っているでおじゃる!?別にこの国では、奴隷を持つ事は罪ではないでおじゃるぞ!?その女だって、吾輩が買った奴隷で……」

「黙れ成金ブタ。奴隷を買う等と言っている時点でてめえは悪なんだよ。奴隷を持つ事が罪ではない?そんな訳ないだろ……、勝手に人権も奪っておいて乱暴するのも自由なんて事が許される訳が無い……!グダグダ言ってないで、てめえの罪を数えろ……!」

 

 ぶつくさ言い訳を並べる成金ブタに対し、オレは貰っていた鋼鉄の剣を抜き放つ。それを見て周りのボディガード風の男たちも武器を構えて臨戦態勢に入ったようだ。

 

「な、なんという無茶苦茶な男だ!?お、お前たち!さっさとこの男を殺ってしまうでおじゃるっ!!」

「「「うおおおお……っ!!」」」

 

 成金ブタの命令で馬鹿な奴らが武器を片手に殺到してくる……。ちょうどいい、相手もオレを殺そうとしている訳だし、能力(スキル)を試すチャンスだな。オレは鋼鉄の剣を手に構えると、

 

「……『烈風剣(ウィンディソード)』!!」

 

 掛け声と共に剣を掲げると同時に強烈な疾風が巻き起こり、目の前の奴らをあっという間に蹴散らしてしまった。想像していた以上に威力が高いな……、これが剣技か。いいね、流石は剣と魔法のファンタジーの世界だ。

 殺気を向けてきたボディガード風の男たちが全員倒れ伏したのを見て、オレはニヤリと笑う。何人かは顔面を切り裂かれ、絶命しているかもしれないが……、そもそも向こうから仕掛けてきたのだ。殺そうとしてくるという事は……、当然殺される覚悟もしているという筈……。この世界ではこういった事も日常茶飯事なんだろうし、一々気にする必要もない。腰を抜かしている成金ブタの方へ剣を片手に近づくと、

 

「ま、待つでおじゃるっ!!吾輩が悪かった!!だ、だから、命だけは……っ!!」

「……今までてめえに命乞いをしてきた連中を、てめえは助けた事があるのか?どうせないだろ?生きてても無駄だろうし、潔く死ね」

「ヒッ、ヒィィィー……ッ!!」

「……はい、そこまでにして下さい」

 

 トドメを刺そうと鋼鉄の剣を振りかざすと、経緯を見ていたベアトリーチェが割って入ってくる。

 

「お、おお……!王宮の騎士か!?は、早く吾輩を助けるでおじゃるっ!!そして吾輩を殺そうとした、この男を捕まえるのだ……!!」

「……邪魔するのか?そいつ、オレを殺そうとしたんだぜ?」

「貴方が先に挑発しているように見えましたけどね……。ですが、こう見えて貴方に危害が及ばないようにはしていたんですけど……」

 

 ベアトリーチェのその言葉に、ふと倒れていた男たちをよく見てみると、皆手にした武器が壊れているようだった。

 

「へえ……、なかなかやるな。だが、それならどうしてソイツを庇う?殺しちゃいけない理由でもあるのか?」

「……一応、この人もストレンベルクの貴族なのよ。だから罪人だとしても、勝手に死なせてしまう訳にはいかないの」

 

 そう言ってベアトリーチェは成金ブタの方を見ると、

 

「な、何をしているでおじゃる!?吾輩が誰か、わかっていないのか!?さっさとその男を……っ!!」

「……ヒルダブルク伯爵ですね。貴方には要人暗殺未遂の容疑が掛けられています」

 

 成金ブタに対し、そのように断罪するベアトリーチェ。それを聞いて成金ブタが慌てた様に、

 

「な、なんの事でおじゃる!?吾輩は、そんなこと……」

「昨日の事です、忘れたとは言わせませんよ。それに、貴方には他にも余罪があるようですし、徹底的に洗ってさしあげましょう」

 

 その言葉と同時にベアトリーチェは成金ブタを拘束。冤罪でおじゃるなどと喚く口も封じ、部下らしき者を呼び寄せて連行していった。同時に、オレが蹴散らしたボディガードの奴らの処理もしてゆく。

 

「……なんか釈然としないな。単純にオレ、襲われ損じゃないか?」

「襲われ損も何も、貴方が挑発した結果だとも思いますが……、まぁ恐らく、あの貴族はお家取り潰しとなるでしょう。それだけあの貴族が犯した罪は重いものです。叩けば余罪も出るでしょうから、一家も含めて追放処分が下される事になります。ですので……、トウヤ殿には今回襲われた事と、摘発していた頂いた功績を持って、あの貴族が持っていた権利等を引き継ぐ……、という事で如何でしょうか?まあ、この国の貴族、という扱いにもなりますが……」

 

 ……それなら、別にいいか?あの成金ブタがどれ程の権力や権利を持っていたのかは知らないが、貴族というからにはそこそこの影響力はあったのだろう。ボディガードを雇ったり、奴隷を買ったりできるくらいの金はあったのだろうからな……。

 そこでオレは座り込んでいる美女に評定判断魔法(ステートスカウター)を掛ける。

 

 

 

 NAME:エリス・ヴォルナンド

 AGE :144

 HAIR:栗色

 EYE :スカーレット

 

 身長    :180.6

 体重    :55.0

 スリーサイズ:72/51/75

 

 性の経験:非処女

 

 HP:265

 MP:153

 

 力   :172

 敏捷性 :135

 身の守り:106

 賢さ  :161

 魔力  :118

 運のよさ:24

 魅力  :167

 

 

 

 うん、いいじゃないか……!オレは座り込んでいるエリスと表示された美女に手を差し伸べる。戸惑う彼女の手を取って立ち上がらせると、オレは自己紹介がてら声を掛けていく。

 

「大丈夫かい、お嬢さん。オレはトウヤ・シークラインという。もう心配はいらない、君の身柄はオレが責任を持って預かるから」

 

 もう知ってはいるが、君の名は何というのかと問い掛けると、

 

「わ、私はエリスだ。ご主人様は……捕まってしまったのか?貴方が私を預かる……?すまない、状況がよく……」

「言ったろ?あのブタとの奴隷契約はすぐに破棄される事になるから、君は何も心配する事はないってさ。ちゃんとオレがいいようにしてやるからさ……」

 

 そう言ってオレは彼女の肩を抱き寄せながらこの場を離れる事にする。……解放するんじゃないの、とかブツブツ言っているベアトリーチェの言う事は聞こえない振りをして、

 

(他の人間の奴隷になってるっていうのは有り得ないが、オレの奴隷となったら話は別さ。そもそも、オレはそんな相手の人権を無視する事はないし、多分奴隷たちも幸せだろう)

 

 魅惑の魔眼もいまいち使いずらいし、ベアトリーチェの目もある。あの成金みたいなブタの事だから、奴隷が彼女1人しかいないとも思えないし、ある意味簡易なハーレムになんじゃね?

 そんな事を考えつつ、オレはウキウキしながらエリスとベアトリーチェを伴い、目的は果たしたとばかりに王宮へと戻っていった……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 結論から言うと、あの成金のブタ貴族はお家取り潰しの上、懲役奴隷と呼ばれる奴隷の中でもかなり悲惨なものに落とされたという事だった。どうもこのストレンベルクの要人の暗殺未遂以外にも色々と悪事に手を染めてきており、王家転覆に繋がりかねない事もやらかしていたらしいのだ。

 成金ブタの後ろ盾になっていた裏の人間にも見限られたらしく、取り潰しはスムーズに進められ、罪はその家族にも及び、それぞれ幽閉処分や奴隷に堕とされるなどしたようで、他の貴族への見せしめにもなったらしい。

 元々王宮の方でも内定が進められていたらしく、本日中には名実と共に、オレはブタ貴族の後釜に座る事となったのだが……、

 

(悪事の後始末の為に財産もかなり没収となったようだが……、それでもそこそこの財産が手に入ったのは間違いない。面倒な領地経営やらは今までの経営者としてやっていた人間に任せるとして、奴隷や貴重なアイテム、魔法工芸品(アーティファクト)もオレに権利が移ったようだし)

 

 奴が持っていた違法な金、大金貨にして約800枚ほどのポケットマネーは回収されてしまったが、それを補うほどの収穫はあったと思う。こうしてオレが彼女を待っている事も、その一環だ。

 シャワーを浴びたエリスが王宮内に与えられているオレのところにやって来る。その姿はひどく扇情的で、何でも奴隷オークション時に身に付けさせられていた衣装であるという事だ。前世の世界でのアラビアの踊り子が着ているような際どい装束で、モデル並みのスレンダーな彼女を際立たせるのに一躍買っていると思われた。

 

「……こっちにおいで」

「……はい、失礼します」

 

 呼び掛けると素直に返事し此方にゆっくりとやって来る。一足先に彼女の奴隷の手続きは、あのブタからオレに無事権限譲渡が済んだらしく、戸惑っていた彼女も今では落ち着いていたものだった。幸いと言うべきか、まだあのブタには昨日購入されたばかりだったという事で、手も出されていなかったらしい。最も、エリスはその前から代々仕えていた有名なある貴族の奴隷であり、特別な奴隷でもあったらしく、その家での騒動がなければこのようにオークションに出されてあんなデブが所有する事もなかったという話だ。

 

 まぁ、そんな話はどうでもいい。大事なのは……、今、彼女はオレの忠実な奴隷であるという事、それだけでいいのだ。オレ自身はじめての経験になるのだし、ある程度わかっている娘の方が都合もいい筈だ。

 待ちきれずにオレは彼女の手を取り、華奢な肩を抱きつつ座っていたベッドの方へと誘う。昨日の生殺しの状態だったのもあって、これからの行為を想像しながら興奮しているという事もある。

 

(……やっと、オレの望む展開になってきたな……)

 

 そう思いながら、オレはエリスをベッドのところまで連れてくると、我慢できずやや強引に彼女を押し倒す。最初は慣れない事もあり、色々と手間取ってしまったが……、やがてその部屋からは嬌声が響きはじめる……。

 そのようにして……、このファーレルに来て2日目の夜を過ごしてゆくのだった……。



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第35話:トウヤの功罪

最新話、更新致します。

一部、標題の人物のの悪行が描かれているところがあります。そういう描写が苦手な方は「◇◆◇◆◇」マークの部分は読み飛ばして頂ければと存じます。



9月27日追記、小説家になろう様と同じように訂正致しました。


「……はっ、またモンスターか」

 

 兵士たちの警戒を掻い潜り、空から襲撃を掛けてきた魔物相手に、オレは剣を掲げると、

 

「……『烈風剣(ウィンディソード)』!!」

「――……ッ!!」

 

 正しく能力(スキル)の剣技が発動し、牙を向いた有翼の魔物はズタズタに切り裂かれ、あえなく地面へと崩れ落ちる。

 

「ガ……ッ!!」

 

 

 

 RACE:ストレンベルクドレイク

 Rank:50

 

 HP:0/299

 MP:19/56

 

 状態(コンディション):正常

 

 

 

 地面にへたり込んでいる魔物に剣を一閃すると、漸くその動きを止めた。評定判断魔法(ステートスカウター)で間違いなくHPが0になった事を確認して手にした長剣を納める。昨日貰った鋼鉄の剣とは違い、淡い光を帯びた魔法の長剣、『ドラゴンスレイヤー』である。本日の遠征の為に、ストレンベルク王家より借り受けた物であるのだが……、

 

「申し訳御座いません、トウヤ殿。貴方の手を煩わせてしまって……」

「……まぁ、仕方がない。中にはコイツのようにすり抜けてくる奴もいるだろうしな……」

 

 近くで指揮を執っていた、このストレンベルクの騎士団長であるという男の謝罪に、オレはそう答える。内心ではそっちで上手く対処しろよと言いたいだったが……、実力の劣る兵士たちでは仕方ないかと諦めたところで、

 

「……清らかなる生命の水よ、大いなる祝福でもって彼の者を癒せ……『癒しの奇跡(ヒールウォーター)』!」

 

 ベアトリーチェが回復魔法を掛けてくれ、烈風剣(ウィンディソード)を使用して消耗した体力を補ってくれる。……その厨二っぽい詠唱は何とかならないのかとは思うが。

 

 この世界では、魔法を使う際は『MP』を消耗し、剣技等の能力(スキル)を使う際は『HP』か『MP』を消耗する事がわかった。オレの使用できる剣技、『烈風剣(ウィンディソード)』は『HP』を消費する仕様となっているようで、さっきの魔物を倒した際に消耗した体力を回復してくれた訳だ。

 

「……別にこれくらいで一々回復魔法を掛けなくてもいいぞ。そんなに消耗してる訳ではないしな」

「……これからあの『竜王バハムート』を討伐しようとしているんですよ。慎重を期すに越したことはないでしょう」

 

 そう言って聞く耳を持たない様子でオレから少し離れたところに戻ってゆく。明らかに機嫌が悪そうなベアトリーチェにかわり、オレの奴隷にして竜人(ドラゴンレイス)族のエリスが傍に張り付いた。

 

 ……ベアトリーチェの機嫌が悪いのには訳がある。彼女が反対していたストレンベルク山中に巣食っているという『竜王バハムート』の討伐を強行した為だ。

 昨日の成金のブタ貴族の権利等を引き継ぎ、色々確認していたところ、オレが所有する事になる領地に今向かっている『竜王の巣穴』も含まれていた。その後に行われた騎士団長による簡単な模擬戦を経て、この『竜王の巣穴』の事を聞いてみると、絶対不可侵(アンタッチャブル)の存在と云われ、超古代文明から生きていると伝えられている古代龍(エンシェントドラゴン)が住んでいるという事を知った。

 誰も手を出さなかったという事で、その巣穴には超古代文面、アルファレルの時代からの莫大な財宝が蓄えられているのでは……という話を聞いて、オレはその討伐を決めたのだ。そして、それに反対したのはベアトリーチェである。

 

 彼女はわざわざ此方から絶対不可侵(アンタッチャブル)と云われているバハムートを討伐する必要が無いと主張した。別に今までバハムートからストレンベルクの国を侵攻した事も無く、下手に刺激してその怒りを買ったらどうするのか、と言うベアトリーチェにオレは言ってやったのだ、そのバハムートとやらを退治してやる、と……。

 

 その模擬戦とやらで騎士団長を名乗る男を捻じ伏せた事も大きかったのかもしれない。確かに騎士団長と名乗るだけあってそこそこ手強かったが……、オレの敵ではなく、あっさりと倒してしまった事でその主張を止める事も出来なくなった。

 そもそもオレの管理する事になる領地に、自分が赴く事について反対するなど出来る筈がないのだ。1人でも向かうぞと言い張ったところ、流石に勇者殿を1人で行かせる訳にはいかないという事で、急遽遠征が決まったという事である。

 

 ベアトリーチェとしてみても、自分の仕えるべき主人が行くと言ったら、彼女も付いて来ざるを得ない。「少しでも不利な状況になったら撤退する、これだけは約束して下さい!」と詰め寄られ、仕方なく受け入れたところ、不承不承といった感じで彼女も遠征部隊に付いてきている。……そもそも、撤退する事など有り得ないと思ってはいるが……。

 

 そして、オレの傍に控えているエリス。昨日は非常に愉しませて貰ったが……、彼女の真価はその高い実力にある。評定判断魔法(ステートスカウター)でステイタスを見た時から思っていた事だが、一介の奴隷とするには能力値が高く、竜人(ドラゴニュート)という種族もまた、人間よりも優れた身体能力を持っているらしかった。

 元々は他国の高名な一族の娘であったようだが、その国ごと滅ぼされ、戦犯奴隷としてある貴族に所有されたという経緯があり……、その家でごたごたが起こるまでは、ずっと大事にされていたという事らしい。

 

「……!ご主人様、下がって……、また魔物が来る……!」

「……また?いくら何でも抜かれすぎじゃないか……」

 

 控えていたエリスの言葉に、オレはまた剣を構える……。やって来るとしたら空から来るかと思っていたが……、

 

「うおっ!?」

「ご主人様っ!!」

 

 視界の隅に何かが映ったかと思うと、ソレは凄い勢いで突っ込んできた。死角から襲来してきたソレに対応しきれないと思った矢先、エリスが身を挺して庇ってくれた為、負傷する事はなかったものの、

 

「エリスッ!お前……」

「……かすり傷だから、お気になさらぬよう」

 

 敵の攻撃が掠めたのか、背中に傷を負ったらしいエリスを見て、オレは怒りのままにソレに視線を向け、その正体を確かめると、

 

 

 

 RACE:炙り(にわとり)

 Rank:45

 

 HP:160/176

 MP:32/44

 

 状態(コンディション):正常

 

 

 

 炙り(にわとり)だと!?ニワトリが、空を飛んできたっていうのか……?いや、さっきの感じは飛んできたと言うより……、跳んできたのか!?

 

「気を付けてっ!炙り(にわとり)は動きも素早く、強力な火炎を吐いてくるわっ!」

 

 火を吐く、ニワトリだと……!?ふざけるのは名前だけにして欲しいもんだぜ……。下手したらこちらが炙られるって訳か……。

 ベアトリーチェの指摘に舌打ちしながらその魔物を見る。確かにすばしっこく、周りの兵士も中々あのニワトリを捉えられないようで、あっちこっち跳びまわっていて……、そして一瞬その身体を膨らませたかと思うと、勢いよく炎を吐き出してきた……!

 

「あちいっ!!」

「う、うわああっ!!」

「ご主人様、アタシの後ろに隠れて下さいっ!!」

 

 近くに居た兵士たちを焼きながらこちらにまで飛び火してきそうな勢いのある炎を前に、エリスが出てそれを抑える。竜人(ドラゴニュート)族である彼女は、炎や熱に強いという耐性を持っているようで、熱そうにしながらも炎を防いでくれていた。

 

「このっ、クソ鳥がぁ!!……『斬岩剣(ロックカッティング)』!!」

「コケッ……!?」

 

 模擬戦などでランクや職業(ジョブ)レベルが上がり、新たに覚えた剣技『斬岩剣(ロックカッティング)』を発動させ、目の前の魔物を驚きの表情のまま一瞬で真っ二つにする。巨大な岩をも切断すると云われる剣技だ。凶暴化したとはいえニワトリもどきを斬り裂く事くらい訳ないだろう。

 倒した炙り(にわとり)の処理をその場の者たちに任せ、自分を庇ったエリスの様子を見やる。既にベアトリーチェが治療に当たっており、耐性もあってかそこまで酷い火傷は負っていないようであったが、

 

「エリス、無理すんな。オレも一応炎系統の攻撃に対する耐性は持ってる。そんなになるまでオレを庇う必要はないぞ」

「それは出来ません。貴方はアタシのご主人様なのですから」

「……それが奴隷と主人の関係という事だといった筈です。そんなことより……、本当にバハムートを討伐しようというのですか?はっきり言って、私たちが……、というよりもヒューマンを始めとした生きとし生ける者たちが勝てる相手ではないですよ」

 

 エリスの治療がてら、苦言を呈するベアトリーチェに、

 

「安心しろ、ベアトリーチェ。そもそも、あんなクソ鳥が何匹束になったところでオレの敵じゃない。もっと言うと、あんな魔物相手に右往左往させられている兵士たちだって、オレにとっては必要ないのさ」

「これは中々手厳しいですな。最も、トウヤ殿の実力は騎士団長である私よりも上……。そのように話される資格がある事も重々承知しておりますが、それでもあの『竜王バハムート』は想像を越えたところに存在する幻獣……。神獣といっても差し支えない存在でもあるのです。そんな存在に挑むにあたって、トウヤ殿を一人行かせたとあっては、ストレンベルクの名折れ。それは了承して頂きたい」

 

 そう言って頭を下げてくる騎士団長。コイツはオレより弱いとはいえ、そこそこの力はある男だ。オレを立てている事もあり、有能でもある為、邪魔にならない限りは一応目はかけておいている。

 

「まぁ、いないよりはマシだろうけどな。だが、まだオレの力はわかっていないようだな。その気になれば、こんな山中丸ごと破壊する事も出来るんだぜ?」

「……いくら何でも言い過ぎでは?貴方は『竜王』を知らないからそんな事が言えるんですよ……」

「ベアトリーチェ、言葉に気を付けよ。しかしトウヤ殿、油断は禁物ですぞ。あの竜王は、仮にも絶対不可侵(アンタッチャブル)と呼ばれている存在なのです」

 

 ベアトリーチェを窘めながらも注意を促してくる騎士団長だが、オレは内心で笑いながらも了承しておく。あの兵士たちもオレの能力(スキル)の威力を高める足しにはなるだろうし、何よりとっておきの手段もある。

 まず問題ないだろうと考えていたところに、声が掛かる。目的の場所、『竜王の巣穴』が見えてきた、と……。

 

 

 

 

 

「……生キトシ生ケル者ガ、ココへ何シニ参ッタ?」

 

 ……思った以上にでけえな。巣穴に押し入ってすぐに開けたところに出て、そこには竜王と呼ばれる巨大な(ドラゴン)がオレたちを待ち受けていた。

 

「何しに?武装してここまで来ているのを見たら普通わかるだろ?竜王って聞いたが……、そんな事もわからないのか?」

「ト、トウヤ殿……、相手は何百年、もしかしたら何千年以上も生きてきた竜です。もう少し言い方ってものが……」

 

 言い方?何でこんな爬虫類に羽根が生えたような生物に気を遣わなきゃならないんだよ……。ゲームでもお馴染みの『バハムート』も、敵対してくるんなら潰すのみ。これから討伐しようとしているヤツにわざわざ丁寧に接する馬鹿がいるか。

 騎士団長の苦言にそう思っていたオレの態度が気に障ったのか、憮然とした様子で片言のような言葉を投げかけてくる。

 

「高々数十年シカ生キレナイ、貴様ラ下等生物ガ、ソンナ不遜ナ態度ヲ取ラレルトハナ……。我モ舐メラレタモノダ」

「フン……、こちとら伊達に神だかに会って来た訳じゃないんだよ。もし尻尾巻いてここから消えるってんなら見逃してやらん事もないぞ?オレの目的はお前が何処からか溜め込んだ宝なんだからな」

 

 寛大にもオレがそのように提示してやったのに、目の前の竜にはその配慮がわからなかったようだ。

 

「幾星霜ノ年月ヲ重ネテ我ガ集メシ秘宝ノ数々ヲ、奪オウト言ウノカ……!コノ愚カ者共メ!重ネ重ネノ暴言、モウ許セヌッ!!死シテ後悔スルガイイ……!!」

 

 激昂するように竜がそう答えると同時に灼熱にも似た炎を吐き出してくる……!事前に竜の吐く吐息(ブレス)の対策はしていたのだが、それにしても凄まじいものがあった。

 

「流石は竜王ってとこか。耐性が無かったらヤバかったかもしれないが……!」

 

 炎の洗礼を浴びて周りの兵たちが堪らず後退する中、オレはその吐息(ブレス)を突っ切ると手にしたドラゴンスレイヤーで、バハムートの足元を斬りつける。鉄よりも固いと云われている鱗は、その剣の持つ効果もあってしっかりと傷つける事に成功したところで、

 

「……『暗黒ノ火炎(ダークヒートブレス)』ヲスリ抜ケタ上二、我ガ鱗ヲ傷付ケルカ。成程、口ダケデハ無イヨウダナ……。ダガ……!」

「うおっ!?」

 

 直ぐに鋭い爪による一閃が襲い、転がる様にソレを回避すると、続けざまにオレを押し潰そうと地団駄を踏んできた。直接の踏みつけは避けるものの、その衝撃までは躱す事が出来ず、オレは一時エリスたちの下に戻ってくる。

 

「ふいぃ……、まるで大地震だな」

「何を呑気に……!こんなに激しい『竜の怒り(レイジングインパクト)』は聞いた事もないわよ、よくここまで怒らせたわね……!」

「防御出来ぬ者は退けっ!!みすみす竜王の餌食となるなっ!!」

 

 初めの『暗黒の火炎(ダークヒートブレス)』とやらで詰めていた兵士がかなり倒され、更に与えられた衝動で(ドラゴン)に取りつく事も出来ずにいた者たちに騎士団長がそう呼び掛ける。ベアトリーチェ曰く、『竜の怒り(レイジングインパクト)』を起こし続けるバハムートを見やりつつ、確かに絶対不可侵(アンタッチャブル)と呼ばれる訳だなと思いなおす。

 

「どうするの……?ああなったら、もう止まらないわよ。私たちが撤退するまで、ずっとね……。まさかあの衝撃も掻い潜っていくと言うの?」

「それはいくら何でも無茶ですよ、ご主人様。普通の(ドラゴン)の起こす『竜の怒り(レイジングインパクト)』でも治まるまで待つしかないから……。ましてや竜王と呼ばれた者の激情は、もう止めようがない……」

 

 二人の言葉にどうしたものかと考える。バハムートは地団駄を起こしながら咆哮もあげ続けており、聞く者の心も折ろうとしているかのようだった。さながら大地震を思わせる振動に加え、音による衝撃波か……。こうなっては足止めやタンク役で連れてきた兵士たちじゃ役に立ちそうもないな。

 

「……騎士団長、兵士たちは巣穴の入口に退避させろ。一点集中で突破する。全員の魔力を使って攻撃する能力(スキル)があるから、それの準備をしておけ」

「しかし、トウヤ殿!それでは貴方が……!」

「オレがあんな攻撃でどうにかできる訳ないだろ?それじゃ、頼んだぜ!」

 

 引き留める声を振り切り、オレは再び(ドラゴン)に接近していく。そんなオレに対して爪を振り下ろしてくるが、能力値を調整した自分が避けられない攻撃ではない。バハムートの猛攻を掻い潜り、足元に張り付くと剣を持つ手を集中させる。

 

「ご主人様!!何て無茶をっ!!」

「もうっ!!何を考えているの!?怒れる(ドラゴン)に近寄るなんて、命が要らない訳なの!?」

「……ごちゃごちゃ言ってる暇があったら、オレの剣技に協力しろよ。一応、皆の力を集約させる程、威力を発揮する必殺剣なんだからさ……」

 

 口調を崩したベアトリーチェを見やりつつオレはそう答える。……言ってしまえば元〇玉か。這う這うの体で入口まで退却していった兵士たちの魔力も集まってきた。オレを追ってここまでやって来たエリスたちからも魔力を貰い、ドラゴンスレイヤーが激しく光る!

 

「くらえっ!!『集束剣(フュージングソード)』!!」

 

 振り回してきた尻尾をそれぞれ躱すと、オレはそこから(ドラゴン)の身体を伝い、比較的鱗が薄い胸元にまでよじ登ると、溜めていた『集束剣(フュージングソード)』を叩きつける。苦痛の呻き声をあげるバハムートだったが、すぐに腕を振り上げてきて、

 

「クッ……!このトカゲもどきが……!」

 

 咄嗟に剣でその爪を受け止めるも、その勢いで壁まで吹き飛ばされてしまう。激突する前にエリスが上手く受け止めてくれて為、そこまでダメージを受けなかったが、必殺の一撃でも倒せなかったことに憤りを覚える。

 

「……ヒューマンニシテハ中々強力ナ一撃ダッタガ……、ソレデ我ヲ倒セルト思ッタカ……ッ!愚カナ……!」

「もうこれ以上は無理よ……!逃がして貰えるかわからないけれど、退くべきだわ……!」

 

 オレに回復魔法を施しながら忠告してくるベアトリーチェに、

 

「だから心配するなって……。剣では倒せなかったが、オレには奥の手があるんだよ。あんなドラゴンの一匹や二匹、倒すなんて訳ないのさ」

 

 オレはそう言ってバハムートに向き直ると、

 

「これを喰らったら流石に死ぬことになるが……、どうする?この場から尻尾巻いて逃げるっていうのなら使わないでやるが……?」

「……貴様、コノゴニ及ンデ……!貴様コソトットト消エルガイイ、目障リダッ!!」

 

 その言葉と共に口から火炎弾を飛ばしてきた。すぐにエリスがオレの前に立ち、その火炎弾を相殺するのを見て、

 

「所詮は畜生、人間様の慈悲もわからなかったか……。なら、逃げ出さなかった事を後悔して、そのまま死ね……!『核魔法(ニュークリア)』!!」

「グオッ!?」

 

 オレは掌をバハムートに向けて禁断の必殺魔法を放つ。先程の『集束剣(フュージングソード)』の光とは比べ物にならない程の熱量がバハムートを焼き尽くそうと覆い尽くしていく。呻き声というよりも悲鳴に近い声が巣穴全体に響き渡りながらも、核の炎が(ドラゴン)を包み……、

 

(……これ、結果的に見れば制限された状態で入手して良かったかもな……。本物の核だったら、この場では使えなかったぜ……)

 

 目の前の光景を呆然としたように見守っているベアトリーチェたちを視界の隅に捉えながら、オレはそう思わざるを得なかった。かなり制限されたなんちゃって核、みたいな説明をしていたが、限定的な範囲をさほど変わらない威力で焼き払う事には違いない。対人戦闘においたら恐らく無敵の力を誇るだろう。

 やがて、ボロボロに焼き尽くされたバハムートが身体のあちこちで煙をあげながら、虫の息といった感じで言葉を吐き出してきた。

 

「コンナ……、コンナ魔法ガ……ッ!数千年ヲ生キシ我ヲ焼ク程ノ魔法ガ、存在スルナド……ッ!!」

「まだ息があるのか……、まさか核でも焼ききれないなんてな。流石に竜王と呼ばれるだけの事はあると褒めてやりたいところだが……、お前はもう終わりだ。既に放射能が全身をまわっているだろうし、死ぬのも時間の問題だ」

 

 いくら『核?魔法(ニュークリア)』で威力も本来の核ほど無かったとしても、伊達に世界を滅ぼしうる悪魔の兵器と呼ばれていた訳ではない。まともに喰らったコイツはもう生きる事は出来ないだろう。息も途切れ途切れに振り絞る様にバハムートが苦しそうに呟く。

 

「我ガ、何ヲシタトイウノダ……。人間(ヒューマン)ドモノ領域ヲ侵シモセズ、ムシロ世界ノ均衡ヲ守ッテイタトイウノニ……!欲ニマミレタヒューマンメ!コノ恨ミ、イツカ必ズ晴ラシテクレル……ッ!!」

「恨みを晴らすも何も……、お前はここで死ぬんだって。畜生はそんな事もわからないのか、なっ!!」

 

 弱っている(ドラゴン)に向かって手にしたドラゴンスレイヤーをその鱗に突き立てようとした瞬間、バハムートが魔力の光に包まれる。これは……。

 

「逃げる気か、テメェ!?あれだけ好き放題やっておいて……!」

 

 まさに最後の力を振り絞ったのだろうバハムートに、オレは追いすがったものの、魔力の光が収縮して転移を許してしまう。まぁ放射能に蝕まれた身体だ、いくら(ドラゴン)といえど野垂れ死ぬのは時間の問題だろうと思う事にした。

 巣穴の入口から伺っていた兵士たちも何が起こったのかわからないようだったが、やがて状況を把握していったのだろう、少しずつ歓声が沸き上がってくる。

 

「す、すげぇ!!あのバハムートを……っ!誰もが手を出せなかった竜王をっ!!」

「俺たち、とんでもない場面に立ち会っているんじゃないか!?」

「勇者様、万歳っ!!」

 

 ……ああ、かつてないほどの偉業を達成した現場に立ち会っているんだよ。立ち会ってるだけ、だけどな……。兵士たちの言葉に心の中で答えながら、オレはバハムートの守っていた財宝のところに一足先に赴く。

 

「よし、今のうちに……『価値識別魔法(レコガナイズ)』」

 

 人目が無い事を確認してオレは魔法を唱えると、目の前の財宝に情報のようなものが現れる。その中で一番価値のありそうなものを探していくと……、

 

(これだな……。何々、『白金貨』……?)

 

 この間ガチャで入手した星銀貨みたいなものかと思って調べてみたところ、驚きの情報が現れる。なんと星銀貨の20倍ほどの価値があったのだ。それも3枚も……!

 

「……トウヤ殿?そちらにおれらるのですか?」

 

 恐らくは騎士団長だろう。その声を聞きオレは迷わず白金貨を全て『収納魔法(アイテムボックス)』へ放り込む。この国の貴族となり、こうして兵士まで動員してやって来た以上、一度王国へも報告、献上する必要があるのだろう。こうなってくると煩わしくなってくる貴族という立場ではあるが、なってしまったのだから仕方がない。

 そうなるとオレの気に入りそうな秘宝や価値のある品物なんかも手にする前に没収されるかもしれないので、その前に掠めてしまおうと思い『価値識別魔法(レコガナイズ)』を習得した訳だったが……、思った以上の掘り出し物が見つかった。これらを修練値へと換算すれば……、大体の秘宝や能力(スキル)、魔法等を手に入れる事ができるだろう。

 

「いや~、こんな財宝の数々を目にしたのは初めてでして……、正直面くらってましたよ」

「それはそうでしょうとも……。なにせ、バハムートは以前に栄えていた古代魔法文明期より生きてきたとされる(ドラゴン)ですからな。我々も見た事が無い秘宝がわんさかあるでしょう……」

 

 古代魔法文明ね……。そういえば1000年以上前から生きているだの言っていたっけか。正直な所、『核魔法(ニュークリア)』がなかったら流石にオレでも勝てなかったかもしれないな。

 覚えておいて良かったぜと思いつつ、オレは騎士団長に改めて向き直り、

 

「じゃあ、ここの財宝の処理を任せていいか?ここにあるのは全て王国に献上する。……その後で多少融通してくれたら有難いが、それは王様方の判断に従いましょう」

「おお、なんと……。これだけの財宝を前に、全てを任せられると仰るのか。少しは自分の物と主張しても罰は当たりますまい」

 

 ……本当は主張するつもりだったんだけどな。この中で一番価値のある宝は既にオレが回収しているし、そう見せておいた方が自分の印象も良くなるだろう。そんな風にほくそ笑みながら、

 

「いえいえ、私もこの国の貴族とならせて頂いたばかりの新参者ですからね。そんな事は言いませんよ。……エリス、ベアトリーチェも!王国に戻るぞ」

「畏まりました、ご主人様」

「それではここをお任せします、ライオネル団長。私はトウヤ殿に付いて参りますので……」

 

 そう言ってオレは2人を伴い、ストレンベルクへと戻るのだった……。

 

 

 

 

 

 王国へと戻ったオレは、想像以上の境遇が舞い降りる事となる。なんと、今回の竜王討伐の功は殆どオレにあるからと言って、そこで手に入った財宝は好きなだけ持っていっていいと言うのだ。

 実際、オレが居なかったらバハムート討伐など出来なかっただろうが、まさかここまでの待遇を受けるとは思わなかった。数々のラノベで見たような腹黒い王族であれば、このような事はまず起こり得ない事だろう。

 そう言われた以上わざわざ固辞する必要もない。オレは財宝を見て回り、使えそうな秘宝と呼ばれる魔法工芸品(アーティファクト)や、強そうな武具に装飾品、目ぼしいアイテム等を抑えていき、それでも余りある物は王国へと献上する事とした。それだけでもかなりの価値があるだろうと考え、自分の評価が上がる事は間違いないと確信する。

 

 王女へも確保していた装飾品のひとつで、『大宇宙の指輪(コスモスリング)』と呼ばれる価値SSの指輪を送り届けると、直々にお礼の言葉を賜る。それも夜更けにわざわざ与えられている王城の一室にやって来たのだ。千載一遇のチャンスと思い、モノにしようと考えたが、生憎彼女一人ではなくベアトリーチェと騎士団長、そして見た事のある黒髪の美女に、見知らぬおっさんも一緒だったので断念するも、何やら力を貸して貰えないかとの依頼があったようだ。

 まぁ王女直々の頼みとあっては、嫌とは言えない。指輪も受け取ったようだし、その意味について知らなければ後日改めて教えてやればいいだろう。依頼内容も今日討伐したストレンベルク山中の残党が、主であったバハムートが居なくなって纏まりを失っているとの事で、その脅威を取り除いて貰いたいという話だった。

 

 最も、それくらいならば構わない。明日になればまた1発は『核魔法(ニュークリア)』も使えるようになるし、何も問題ないだろう。遠征と称して、今日連れて行かれた部隊とは別の、若い期待の新兵たちを連れて行って欲しいという事だったが、2つ返事で了承する。出来ればもう少し王女と話しつつ、口説いていければと思っていたが、その日は結局用件のみでそのままお開きとなった……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「初めまして、勇者トウヤ様。教会より派遣されて参りましたジャンヌ・ヴィーナ・ダルクと申します。当代の聖女に任命されております。遠征に同行させて頂くのは初めてで緊張しておりますが……、何卒宜しくお願い致します」

 

 司祭服を身に纏った桃色の髪の美少女がそう言ってペコリと頭を下げてくる。

 うぉっ、聖女ときたか……!こんな早朝から面倒くさいと思ってやって来たのだが、彼女を見て一気に眠気が吹き飛んだ。こちらこそ、と返したものの……、ついまじまじと見てしまう。

 

 

 

 NAME:ジャンヌ・ヴィーナ・ダルク

 AGE :18

 HAIR:桃色

 EYE :スカーレット

 

 RACE:ヒューマン

 Rank:42

 

 身長    :159.7

 体重    :45.6

 スリーサイズ:83/52/85

 

 性の経験:処女(ヴァージン)

 

 JB(ジョブ):聖乙女

 JB Lv(ジョブ・レベル):11

 

 JB(ジョブ)変更可能:僧侶 Lv30(MAX)

 

 HP:155

 MP:343

 

 状態(コンディション):神の加護

 耐性(レジスト):状態異常耐性

 

 力   :40

 敏捷性 :59

 身の守り:46

 賢さ  :167

 魔力  :211

 運のよさ:23

 魅力  :178

 

 

 

(流石に処女か……!最も、『聖女』と呼ばれる者が処女じゃなかったら、オレはちゃぶ台ひっくり返すけどな……!)

 

 評定判断魔法(ステートスカウター)の熟練度が上がった為か、今まで表示されてこなかった職業という項目があり、ジャンヌは『聖乙女』という職業に就いていた。聖女だから聖乙女なのかとツッコミを入れたいところではあったが、同時に彼女はすぐに手を出す訳にはいかないかと自嘲する。そういえば昨夜、聖女も同行するという話をしていた事を思い出し、さらに彼女は勇者と同じくらい重要な人物でもあると言っていた気がする。

 ……身体を重ねて聖女で無くなりました、というのは流石に洒落にならないか。

 

「では勇者殿、ベアトリーチェ殿も……。聖女様を宜しくお願い致します」

「はい、聖女様に危機が及ばない様には配慮して御座います。お任せ下さいませ」

「ああ、オレが付いていて危険な事はない。安心して貰いたい」

 

 それでは、と彼女に付いてきた数人の司祭のおっさんたちが戻るのを見届けたジャンヌが、

 

「……お手を煩わせて申し訳御座いません。私も正式な聖女就任の神託を受けて日が浅いもので……、まだ専任の騎士も見出されていない為に、勇者様方にご迷惑を掛けてしまって……」

「なんの、全然かまわないさ。あとそんなに畏まらなくていいから……、せめて「さん」付けで呼んでくれ。何だったら、オレがその専任の騎士とやらになってもいいですよ?」

「……聖女直属の騎士は教会の大元であるファレルム総本山にて決定されるのですよ。恐らくはもう選任された頃だと思いますよ、聖女様」

 

 オレを阻むようにそう答えるベアトリーチェ。ようはその教会とやらに決められたヤツが来るって事か。なんか面白くないな……。相変わらずベアトリーチェの奴も堅苦しいし……。既に素の彼女も見せ始めてはいるものの、何処か距離を置いているのは変わらない。

 そんなオレの心境を知ってか知らずか、促してくるように発言してきた。

 

「もう新兵たちも到着しております。先乗りした者たちも、昨日貴方が言っていた通りにこのストレンベルク山中に魔物の残党を追い込んでおりますから……」

「ん……、わかった。じゃあ行こうか」

 

 とりあえずはベアトリーチェの言われるままに、指示しておいた出入口がひとつしかない盆地へとエリス、ジャンヌを伴いつつ向かう事とする……。

 

 

 

 

 

(まあまあ思い通りにいったか……。この武器も、試作品としては及第点といったところだな)

 

 自分の考えていた通りに兵士たちを死地に近い状況へと追い込んで、さらにその状況に近い演出をするのと聖女の力を確認する為に、ここに向かう前に聞いた『聖戦の祈り(ソングオブジハード)』を使用して貰った訳だが……、期待通りに集まった兵士たちは皆、限界以上の力で持って、ここに追い込まれた魔物たちをもの凄い勢いで討伐していく。

 神々の調整取引(ゴッドトランザクション)で取り寄せた拳銃(ピストル)や、充電式のチェーンソーを突貫作業で銃剣に見立てさせたガンブレードも一応形にはなっていた。

 わざわざオレ自らが赴いて、銃を分解させてその仕組みを理解させ、チェーンソーを合体させたのだ。……起動の仕組みにこの世界特有の『魔力素粒子(マナ)』とやらを組み込んでいるようだが、結局のところバッテリーに干渉しているだけのようなので、充電が切れたらどうするかという問題もあるがそれはまた後で考えればいい。

 結構消耗も大きかったのか、肩で息をしているジャンヌを見やりつつも、とりあえずの成果にオレはひとり満足していた。

 

(……そろそろ仕上げといくか)

 

 そして最後にはオレの力を見せつけ、絶対の存在という印象を付けさせる。まぁここの新兵とやらは、将来オレの立派な駒にして捨て石となるかもしれないので、勇者のデモンストレーションは必要だろう。

 ガチャで入手したレアな魔法、『雷鳴招来魔法(ライトニングレイン)』を発動させ、息のある魔物どもを一掃させたオレを讃える兵士たちに、上手くいったとほくそ笑む。彼らはオレを世界を救う最強の勇者と認識した筈だ。

 途中ふらりとするジャンヌを抱え、役得と思いながらその華奢な身体を抱き寄せて、『転送魔法(トランスファー)』で設定していた場所へと戻る事となる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……全く、頭の固い奴らだな。オレの言った通りに動けばいいものを……」

 

 あれは出来ない、これは出来ないと声を荒げるストレンベルクの職人ギルド、『大地の恵み』から戻る最中に、思わず俺はそう漏らす。

 試作のガンブレードを造らせてから数日が経ち、いい加減量産に入って貰いたいオレの思いを裏切る様に、何かにつけては否定するジジイにウンザリし、コイツ消し飛ばしてやろうかと何度思ったかわからない。

 この国では一番優秀な鍛冶師(ブラックスミス)にして、マシ―ナリーでもあるという事から、思いとどまってやっているが、このままいくと何時どうなってもおかしくはない。少なくともジジイがこの件について放棄しやがったら、間違いなくこの世からも生を放棄する事になるだろう。

 ……拳銃(ピストル)、オレの命名で『ピストル銃』という名称となったが、それを分解して直ぐにその仕組みを理解した事から無能ではないとは思っているが、如何せん気難しいのは頂けない。

 

 ただ、その件以外では順調に事は進んでいると思う。既に兵士たちはオレを勇者と崇めているし、騎士団長をはじめとした士官たちもオレを認めている。一度はやってみたかった、「オレ、なんかやっちゃいました?」みたいな事をしても、只々感服するばかりで凄く気分がいいし、王族もオレの功績は十分理解している事だろう。

 この間披露した背水の陣をオレ流にアレンジした戦術等を、自分のわかる限りこの国へ伝えたが、それが認められて権利なりになれば儲けものだ。ますますオレの評価が高まる結果にもなる。

 

 魂の修練値に関しても全く困らなくなった。これだけ修練値が貯まっていれば、死んでも消滅やら地獄行といった事はないだろう。あの駄女神め、オレがここまでになるとは想像もしてなかったんだろうな。お陰でずっと不満だった食生活について、向こうの世界から高級料理を取り寄せたり、能力(スキル)や魔法を吟味して習得したりと出来るようになってきた。

 

(流石に神になる『神格化』や不老不死になるという『不老不死の絶対奇跡(アブソリュートイモータル)』を習得するのはまず不可能に近いからな……。まぁ『白金貨』3枚を魂の修練値に換算したら1800万くらいになったし、財宝も沢山ある……)

 

 前世と比べたら考えられないような生活に、つくづくこの世界に来て良かったと思う。レイファニー王女なんて、前世を含めても今までにお目にかかった事がないくらいの美女で、あの駄女神ソピアーの、この世界が神格が高い云々の話も彼女の存在だけで納得できるくらいには説得力がある。

 その彼女も今はストレンベルク、ひいてはこの世界に身を捧げているという事で、一緒になる云々は考える事が出来ないと言っていたが、逆に言えば世界の危機とやらを救ったら考えられるという事と同義であるのだ。今のオレに倒せない敵なんていないだろうし、惚れさせる自信もある。

 とりあえずエリス以下、あのブタ貴族から引き継いだ奴隷もいて、女にも不自由しなくなったので、何時でもレイファニーを迎えられる……、そう思った矢先に見知った声が何処からか聴こえてきた……。

 

「……ちょうど良かったと考えていれば……」

「……でも、私に気を遣って……」

 

 あれは……ベアトリーチェか。そういえば今日はオフだとか言っていたっけか。何やら婚約が破談になっただのなんだの言っているが……。

 ……一応言っておくと、もう王たちもオレの実力は嫌というほど理解したからだろう、何をするにも護衛がてらに付いてきたベアトリーチェも1日中張り付くという事は無くなった。まぁ、基本的にはエリスも付いてくるし、今の様に完全に1人になるという事は珍しいが……。そんな事よりもオレはベアトリーチェと一緒にいる女の方に目がいった。

 

 

 

 NAME:オリビア・シュテンベリル

 AGE :21

 HAIR:海緑色

 EYE :パステルグリーン

 

 RACE:ヒューマン

 Rank:13

 

 身長    :154.3

 体重    :45.0

 スリーサイズ:90/53/86

 

 性の経験:処女(ヴァージン)

 

 JB(ジョブ):侍女

 JB Lv(ジョブ・レベル):20(MAX)

 

 HP:42

 MP:73

 

 状態(コンディション):普通

 耐性(レジスト):ストレス耐性

 

 力   :25

 敏捷性 :36

 身の守り:27

 賢さ  :148

 魔力  :111

 運のよさ:14

 魅力  :169

 

 

 

 薄く綺麗な緑色の髪をアップにしてブローチで纏めている美女。髪色に似たパステルグリーンの涼しげな瞳の目元には泣きボクロがあり、それが彼女のチャームポイントにもなっているようだ。表示された職業の通り、侍女の服装をしているものの何処か気品を感じられ、それに何よりも……、

 

(ステイタス画面を確認するまでもなくわかる、あのおっぱい!服装の上からも分かる巨乳はもとより……、多分着痩せするタイプのようだな。いやー、男にとっては堪らない体型してるなこのコ……!)

 

 おまけに処女だしな……、と唸る。女に不自由はしていないとはいえ、ここまでの上玉は中々お目にかかれない。あのブタの趣味だったのか、エリスを筆頭におっぱいは控えめというか……、まぁ全然ないという訳ではないのだが……。何はともあれこんな巨乳と、しかも処女とヤる機会は今までなかったからな……。

 ……うん、気に入った。この娘はオレのハーレムに加えよう!よし、そうと決まれば……、

 

「こんな所で何を話しているんだい、お二人さん?」

「えっ……」

「トウヤ……?貴方、職人ギルドに行っていたんじゃ……」

 

 突然現れたオレに驚いた様子の2人。そんな彼女らに、

 

「いつもの通りさ、頑固なじいさんに何とかオレの要望を理解して貰おうとして、物別れに終わったところ。それよりリーチェ、隣の彼女は紹介して貰えないのかい?」

「……ああ、彼女はプライベートでの友人よ。別に貴方とは……」

「はじめまして、トウヤ様。貴方の事は聞き及んでおります。私はこのストレンベルクで侍女の仕事をさせて頂いておりますオリビアと申します」

 

 ペコリとそのように自己紹介して頭を下げる彼女にベアトリーチェは、

 

「……そういう訳だから、今は貴方の傍にはいられないのよ、わかるでしょう?」

「いいの……ですか、ベアトリーチェ様?勇者様にそのような……」

「ほら、誰かが居たらそうやって他人行儀にならざるをえないでしょ?折角私的な時間なんだから、邪魔しないでくれるかしら?」

 

 取り付く島もないベアトリーチェ。そんなにオレを彼女と合わせたくないのだろうか……。

 

「いや、邪魔するも何も、ちょっと話を……」

「それはまた明日聞いてあげるから……。行きましょ、オリビア」

「あ、ちょっとリーチェ……!すみませんトウヤ様、失礼致します!」

 

 そう言ってベアトリーチェは彼女を連れていってしまう。……相変わらずつれないヤツだ。未だにオレに靡く様子もないし、折角のおっぱいちゃんも連れ出してしまったし……。

 

「……ま、オレが目を付けた獲物だし、このまま逃がすつもりはないけどな」

 

 ひとりごちるとオレは『神々の調整取引(ゴッドトランザクション)』を起動させる。

 

「そう、この能力(スキル)だ……!今のオレなら購入できるな……、あとはコイツが思った通りに発動してくれれば……」

 

 上手くいけば彼女を……、いや、絶対に上手くいく筈だ……!オレは成功した時の事を想像して暗い笑みを浮かべつつ、それを実行に移す準備を始める……。

 

 

 

 

 

 ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

 

 

 

 

「……オリビア……」

 

 教会の介護部屋のベッドで眠る親友の姿に私は痛ましく思うと同時に、激しい怒りと後悔を覚えていた。

 

 ……急にオリビアの行方が掴めなくなり、『通信魔法(コンスポンデンス)』も届かないという異常事態に彼女を探し回って漸く見つけた時……、親友は酷い状態だった。

 衣服は破かれてただ体に掛かっているだけ、口には猿轡を噛まされ、両手は縛られていた痕と一緒に……、ドクドクと傷口から血を流し続けていたのだ……。近くに彼女が使ったと思われるナイフがあった事から、自殺を図ったのだろうと見られ……、幸い発見が早かった為一命は取り留めたものの……、私は後悔の念に苛まれていた。

 

(私は……、どうしてオリビアから、あの男から目を離してしまったの……!そして何より……、どうして彼女に目を付けられてしまう失態を……っ!)

 

 オリビアを見る目がどこか怪しいとも思ったが、まさかこんな事をしでかすなんて……!

 犯人は誰か、それは直ぐにわかった。オリビアは中途半端ではあるものの、魅了の状態異常に罹っていたのだ。今のこのストレンベルクで禁忌とされる魅了の能力(スキル)を持つ者なんて一人しか心当たりがない。

 

 ……オリビアは徹底的に犯されていた。あの男に捕まった後、何度も凌辱され続けたのであろう。軽く舌を噛んだ後もあり、それで猿轡を噛まさせられたのか……、彼女の体には激しい陵辱の跡が伺えた……。

 

「……そんなに自分を責めないで、リーチェ……」

「…………ヴィーナ」

 

 掛けられた声に振り返ると聖女であるジャンヌ・ヴィーナ・ダルクが立っていた。ヴィーナとは彼女が『聖女』に任命される前からの付き合いがあり……、人目が無い時は以前の様に『ヴィーナ』と呼んでいる。

 今回、ヴィーナには随分助けられた。オリビアを発見してすぐに応急処置と『癒しの奇跡(ヒールウォーター)』を施したとはいえ、意識は依然失ったままであり、急遽ヴィーナに連絡を入れて治療にあたって貰ったのだ。

 ……オリビアの傷や怪我の治療をはじめ……、体力の回復、体内の浄化に、魅了の解除の他、処女膜の再生に加え、恐らくトラウマになっているであろう恐怖を和らげる処置まで施して貰ったヴィーナには感謝してもしきれない。通常ここまでして貰ったらかなりの高額のお布施が必要となるが……、彼女は構わないと言う。それでも私の方で立て替えて納めて貰ったのは、オリビアへの罪滅ぼしという意味もあった……。

 

「オリビア様がこのような事になったのは非常に痛ましい事ですが……、貴女が彼女を発見できなければ最悪お命も失われていたと思いますよ」

「それでも、私がもう少し気を配っていれば……、こんな事自体起こらなかったのよ……」

 

 オリビアは公爵であるシュテンベリル家の令嬢であり、本来はお城の侍女をしているような人ではない。とある事件が起きてシュテンベリル家が没落し、紆余曲折を経てオリビアも王宮に侍女として仕える事になったのだ。ただ、オリビアは勿論、彼女の父親である当主も立派な人物であり、悪く言う人物は少ない。家族よりも他を優先し、令嬢を王宮に奉公に出してでも、仕えていた者たちを補償しそれぞれの働き口を決め、貴族としての責務をきっちり果たしたのだ。

 その事もあり今でもストレンベルクは固辞していた彼に引き続き公爵としての位を与え続けていた。オリビアもその事について受け入れており、恨み言を漏らす事なく王宮に仕え続けている姿に周りの者も感銘を受け、没落した今でも彼女を嫁に迎えたいという貴族も少なくはない。

 

(だからこそ……、ユイリがオリビアの婚約者を断罪してくれた事は、彼女の為になると思ったのに……)

 

 没落したシュテンベリル家を金銭面で全面的にサポートすると近づいてきたある成り上がりの伯爵家を内偵していたところに、今や勇者と目されているコウ殿とその彼に付き従うシェリル様への無礼を働こうとして追放され、そのまま勘当された事から芋ずる式にその伯爵家の不正も掴んだ。これで角を立てずに婚約破棄に持っていく事が出来て、彼女の為にも良かったと喜んでいた矢先に……!

 

 自分の拳が血に滲むのも構わずに握り締めていたところに、走ってくる足音とともに駆け込んだ人物がやって来る。オリビアが密かに想いを寄せていて彼が……。

 

「……リーチェ」

「…………ごめんなさい」

 

 オリビアの事を伝え、この場に駆け付けてきてくれた人物、大公家の御曹司であるグラン・アレクシアに対し私は頭を下げる。

 

「君が謝る必要はない、リーチェ。悪いのは彼女に手を出した奴と……、こんな事態になるまで何も出来なかった僕なんだから」

「……貴方はしっかりと国の貴族たちを纏める大公家の矜持を果たしていたわ。でも、折角来て貰ったのだけど……」

 

 そう言って私は未だ眠り続けるオリビアを伺う。そんな私にグランは、

 

「……このまま手をこまねいている訳にもいかない。彼女が自殺を図る程追い詰められているというのであれば……、尚の事だ」

「そうですね……、恐怖を和らげたといっても、無かった事になった訳ではありません。目が覚められたオリビア様がどんな行動をお取りになるか……、正直わかりません」

「…………そう、ね」

 

 それは……、わかっている。でも……それでも何て声を掛けたらいいのか……。

 私よりも彼の方が既に心が決まっているようで、ノックしたのち迷いなく介護部屋のドアを開ける……。

 

「う……、私、は……」

「オリビア!?気が付いたのねっ!!」

 

 ノックの音で目を覚ましたのか、オリビアが身体を起こそうとしたのを見て、咄嗟に私は彼女へと駆け寄る。

 

「…………リーチェ、なの?」

「ええ、そうよ!体は……大丈夫?」

「体……?何を……っ!!」

 

 彼女はそう言うとすぐに自分の体を抱きしめる。……恐怖の記憶が、蘇ったのであろうか。

 

「わ、私、は……っ!!あの人に……!!」

「もう大丈夫よ、オリビアッ!!ここには貴女を追い詰めるものは何もないわっ!!」

 

 全身を震わせる彼女を抱きしめながら、必死に声を掛ける。ポロポロと涙を流し続けるオリビアを抱き続ける事しか出来ない無力さに苛まれていたところに、経緯を見守っていた彼が話しかけてくる……。

 

「オリビア嬢……」

「!?グ、グラン、さま……!?」

 

 グランの声を聞いた瞬間、ビクッと反応するオリビア。その反応は恐らく……、『男』の声という恐怖と、慕い続けていた『彼』の声という安心感の両方の意味があったと思われる。

 

「こ、来ないで下さい……っ!!貴方に、今の私を見られたくないんですっ!!」

「……今までの僕だったら、君の言葉に従っていただろうけれど……、これ以上後悔したくないんだ。他ならぬオリビアの事なんだから」

 

 彼はそう言うと意を決してオリビアに近付く。

 

「や、やめて下さい……!お願い、来ないで……っ!!」

「僕の事は……嫌いかい?もしそうであるならば……、帰るよ。君を怖がらせたくないからね……」

「グラン様を嫌いになんて……、そんな事はないんですっ!でも、怖くて……っ!だからお願いです、もしグラン様が私に同情して下さっているというのなら……、どうかお戻り下さい!!」

「だったら戻る訳にはいかない。僕は同情なんかでここに居る訳じゃないからね。愛する君の事なんだ」

 

 力強くそう話すグラン。それを聞いたオリビアは目を見開き息を吞んだのがわかった。

 

「……今までは父上の、大公家の矜持から僕の感情よりも優先して考えなければならなかった。でも、君のご実家が今の様になる前から、オリビアの事は気に掛けてきたんだ。そして今この時も……。だから、苦しんでいる君を前にして、もう気に掛けるだけみたいな事はしたくないし、するつもりもない……!」

「……それでも、私はグラン様にそう思って頂く資格すら失われてしまいました。私はもう、汚されてしまったんです……。何度も何度もあの方に抱かれて……、これからも付き合うように言われてしまいました……。勇者であるあの人に、逆らう事も出来ません……。ですから私は命を絶とうとしたんです……」

 

 少しずつ彼女の震えが治まっていくように感じた。グランの心からの想いを知り、オリビアの感情が揺れ動いているのだと知った私は、ゆっくりと彼女から身を離し……、傍にまでやってきたグランに委ねる……。

 

「君は汚れてなんかいないよ……。僕が惹かれた、温かく優しい君の心は、何も変わっていない。貴族を纏める立場ゆえに、特定の貴族を助ける事も出来ず、何度歯がゆく思った事か……。君が向けてくる美しく優しい笑顔に、何度心の支えになったかわからない……」

 

 そうしてグランは壊れ物でも触れるようにオリビアを扱い、彼女が拒絶しない事を確認してそっと抱きしめる。

 

「……君さえ良かったら、僕の妻になって欲しい。アレクシア家の事はは説得するし、君のご両親にも許して貰うようかけあうつもりだ。君は何も心配する事はない……。シュテンベリル家の事も僕に任せて。貴族の見本ともいうべき誇り高き君の父君を決して悪いようにはしないから……」

「グラン……さま……」

 

 震えていたオリビアの手もゆっくりと彼の想いに応えるようにグランに回される。そこでグランが身に付けていた指輪を取り出し、彼女の薬指へと贈る。それは、アレクシア家に伝わる(ドラゴン)と月を象った家宝の指輪であった。

 

「君の事は、僕が絶対に守るから。……万が一ヤツの呼び出しを受けたとしても、取り合う必要はないよ。全部僕に任せて……。それに、アイツは勇者なんかじゃない。君のような女性が嫌がるのを無理やり襲う様な男が、代々ストレンベルクに受け継がれてきている勇者の筈がないんだ。本当の勇者と思われる人物は、コウはこんな非道な事は絶対にしないからね……」

「グラン、様っ!……グラン様ぁ!!」

 

 オリビアがグランの名前を呼びながらその胸に縋りつくようにして心を開いていく姿を見て、私とヴィーナは人知れず部屋を出ていく。

 ……傷ついたオリビアを救えるのは、ずっと彼女が慕っていたグランだけだとは思っていたが……、あそこまで心を砕き、彼女に寄り添って、あまつさえ求婚を申し出るとは……。グランの立場上、結婚は彼一人で決められるものではなく、さらにオリビアは没落した公爵家だ。決してスムーズにいかないだろうが、あのように話した以上、彼はやり遂げるだろうし、そこにグランの覚悟も感じる。その覚悟が彼女にも伝わり、オリビアも心を開いたのだ。逆に言えば……、目覚めた時の彼女の様子から察すると、そこまでしなければオリビアを救う事は出来なかったに違いない……。

 

「……あの様子なら大丈夫そうですね。ですが、暫くオリビア様にはケアが必要だと思います。『心的外傷収去の奇跡(トラウマアウト)』を施してなお、あそこまで怖がられていらっしゃいましたから……、相当酷い目に遭われたのでしょうね……」

「……ええ、そうね……」

 

 先程彼女が言っていた事を思い出し、私も自分の出来る事を確認し、決意する。グランがオリビアを癒してくれたのなら、次は私の番だ。

 

「私も定期的にオリビア様のケアに努めます。貴女もあまり思いつめないで……」

「有難う、ヴィーナ……。でも、私もやらなければならない事があるわ……。彼を見ていて、改めてその決意も固まったしね……。ここはお願いするわね、ヴィーナ」

「……何処に行くの?」

 

 教会を出ていこうとする私の背中にそう声を掛けてくるヴィーナに私は答える。

 

「……私が、行かなければならないところよ」

 

 

 

 

 

「……もう彼女に手を出すなって?」

「ええ」

 

 教会から迷いなくここへとやって来て、部屋に入るなり私はそのように伝える。

 

「いきなりやってきて何を言うかと思えば……。そもそも彼女って誰だよ?」

「とぼけないで、貴方が私の親友に……、オリビアを襲った事はわかっているのよ」

 

 とぼけるトウヤにそう詰め寄ると、頭をかきつつ、

 

「……なんの事かわかんないな。だいたい、襲うってなんだよ?」

「オリビアには想いを寄せる相手がいるのよ。それを強引に自分のものにするという行為は……、襲うという以外何て言えばいいのかしら?おまけに勇者である事をタテにしたそうじゃない」

 

 私がそこまで伝えると、トウヤはやれやれといった様子で、

 

「……一応言っておくけどよ、彼女とは同意の上でヤっているからな?その証拠だってあるし」

「……同意の上、ですって?魅了の能力(スキル)を使って、無理やり誓わせたんでしょ!?彼女、自殺を図ったのよ!?同意の上なら、そんな事をする訳ないでしょうが!!」

「自殺?……死んだのか?」

「幸い発見が早かったから一命は取り留めたわ……。これでもまだ、襲ってないって言い切るの……?」

 

 そのように問い掛けるとトウヤは……、

 

「そうか、それは良かった。まだまだ彼女は抱きたかったからな、あんないい女に死なれちゃこっちも困るぜ」

「なん、ですって……?」

 

 トウヤの言葉を聞いて、ある感情が沸き上がる私の様子を気にも留めない風に、目の前の男は身勝手な言葉を続ける。

 

「いやー、彼女は美味だったぜ?正直、侍女にしとくのは勿体ないから、オレの方で引き取ろうと思ってんだよ。その方が彼女だって幸せだろうし、オレも愉しめる。まさにwin-winだろ?ま、途中で舌を噛もうとしたのには驚いたが……、猿轡を噛ませながら後ろから突かれる様もまた……!」

「…………もう、いいわ」

 

 これ以上聞いていると、早まった行動をとりかねない。私は感情を押し殺し、

 

「もうオリビアを解放して。彼女は今度結婚するのよ」

「だからそれは出来ないな。さっきも言ったが、彼女には今後もオレに付き合うと誓わせたし、動画も撮ってある。この世界ではスフィアっつったか?オレとの情事もこの『水晶操作魔法(スフィアサイト)』の『映像録画魔法(レコーディング)』ってヤツで保存してあるんだよ。従わないなら、これが出回っちまうかもしれないな?」

 

 ……この下衆が。結婚なんて破棄させろ等と好き放題な事をのたまうトウヤに対して、

 

「……お願い、彼女は今まで苦労してきて、やっと幸せを掴もうとしているのよ。だからお願いします、親友を解放してあげて下さい。そのスフィアも消して……。その代わり、私に出来る事は何でもしますから……」

「……何でも?今、何でもするって言った?」

 

 そこでトウヤは私の言葉に食いついてくる。

 

「ええ……、私に出来る事であれば」

「なら、抱かせろって言ったら抱かれるのか?前は断ってたけどよ?」

 

 予想通りのトウヤの言葉に内心蔑みながら、

 

「構いませんよ、それでオリビアから手を引いて下さるのであれば」

「……漸くその気になったか。まぁ、そういう事なら考えてやってもいいぜ?」

 

 トウヤはニタニタ笑いながら私の肩に手を回してくる。嫌悪感を押し殺しながら、私は彼に問いただす。

 

「ちゃんと約束は守ってくれるんでしょうね?オリビアから手を引き、スフィア等も全て破棄するって」

「ああ、わかったわかった……。だから、しっかり愉しませてくれよ?彼女の分までな」

 

 私が魔法を使っている事に気付かず、軽い感じでベッドへと誘うトウヤ。

 

「へへっ、あのオリビアの肉体を味わえなくなるんだから、たっぷりと堪能させて貰わないとなっ!」

 

 ……そう言っているものの、『真贋判別魔法(ファクトフィクション)』によってまだオリビアにちょっかいを出そうとしている事はわかっている。本当に嘘ばっかりの、どうしょうもない男だ。

 だけど、こうして私が目を離さないでおけば、その分彼は彼女に手を出す事はない。オリビアより別空間のようなところで乱暴されたと聞いたので、空間干渉系の能力(スキル)も持っているのだろう。いきなりその空間に連れ去ろうとする可能性もあるので、私は勿論、グランにも、そして定期的にケアをしてくれるというヴィーナともに共有して、注意を払う必要もある。

 

(……それに、私の『本来』の任務も果たしていかなければならない)

 

 私を抱こうとするトウヤを無感情に眺めながら、私はそう決意を新たにする。

 前代未聞である、2人の人間をこの地へと呼び込んでしまった『招待召喚の儀』。初めから勇者の侍女として付く事が決まっていたユイリに加え、急遽私にもまわってきた任務。それは……、対象の人物が勇者であるか、それに相応しい人物であるかを判断するのと同時に、もしそうでないのであれば速やかに『対処』するという事。

 

(『対処』というのは、可能であれば懐柔、無理であれば国外追放……。そして、それすらも難しそうな危険人物に至っては『排除』する……。国はもうユイリの付くコウ殿が勇者であると判断しているし、今回の件で方針は定まった訳だけど、あの竜王をも討伐する力は無視できない……。ありとあらゆる手段でこの男に近付き、隙を探る。どんな耐性を持っているのか、何か弱点はないのか……。そういった情報を掴んだのちに、魅了の能力(スキル)ごと封印していく……)

 

 そうやって脅威となる力を排除していって、それが達成された暁には……。最も、脅威がなくなれば国外追放しても問題ないのかもしれないが、親友を苦しめたこの男は絶対に私の手で……!

 

 私がそう決心している事も知らずにキスしようとしてくるトウヤに、心を殺しながら、ただ事務的に対応していくのだった……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「将棋……、それにトランプ、ですか……」

「ええ、トウヤ様が御存じなのか伺いたいと思いまして……」

 

 久方ぶりに王女から利権等の件でお話したい事があると連絡を受けて来てみれば、挨拶もそこそこに切り出してきた。

 知ってるっちゃ知ってるが……、何でいきなり将棋やら何やらの話になるんだ?

 

「……我々の世界には無い文化でしたので、そこでトウヤ様をお呼びした訳ですよ」

 

 王城内の会議で使う様な一室にて、レイファニー王女の傍に居た白い長髪の女がそう話す。……この女も何処かで見た事がある。確かこの国の宰相だか言ったっけか……?

 この国では珍しいメガネをかけた知的な女って印象を受け、決してブスではなく美女ではあるのだが……、なんか年増って感じがするのでオレのハーレムにはハッキリ言って要らない。

 

「もし御存じのようでしたらトウヤ殿の名で国中に広めたいと考えておりまして……、利権の話も出てくるので伺いたかったのですが……」

「そういう事でしたか。ええ、勿論知ってますよ!」

 

 それを早く言ってくれよ。オレはそう思いつつ、この宰相さんの話に応じ、簡単なルールややり方を伝える。

 

「他にもチェスやオセロ、囲碁っていうのもあるな……。それから……」

「それならトウヤ殿、簡単に1局指して頂けませんか?何やら簡単な戦術みたいのものもあったので、試してみたくなりましてね……」

 

 そう言って宰相さんは何処で手に入れたのか、将棋盤をセットし駒を並べている。それを見てオレは、

 

「いいですけど……、今日覚えたばかりでオレに勝つことは出来ないと思いますよ?」

「それも含めて試してみたいのですよ。是非ご教授願えますか?」

 

 ……まぁ別にいいけどな。でも、折角ご教授するのならレイファニーを相手にしたいものだったが……、さっさと指して終わらせてしまうか。いくら何でもこんな初心者相手にオレが負ける筈が……。

 

 

 

 

 

「王手!……これでトウヤ殿の詰み、ですね」

「うぉぉ!?な、何故だっ!?昨日今日覚えた人に何故オレがっ!!」

 

 ば、馬鹿な……!いくら何でも有り得ないだろ!?そこまで将棋が強くなかったとはいえ、どうしてオレが負ける!?

 

「な、なら麻雀で勝負しましょう!これならオレも強いですし、こっちの方が面白いですよ!!」

「……トウヤ殿、落ち着いて下さい。別に負けたからってトウヤ殿の名に傷がつく訳でもないのですから……。ですが、わかりました。この将棋と、トランプは勇者様の名義で登録させて頂きますから」

「それならオセロやチェス、特に麻雀もお願いしますよ!!これ、絶対面白いし何せ4人同時に遊べるんですから!!」

「別に遊戯の為に広めようという訳ではないのですが……。そうですね、後日お話を伺いますのでその時にお願いしましょうか」

 

 く、くそ……。レイファニーの前でとんだ恥をかいちまった……!このアマ、マジで覚えてろよ……!

 

「落ち着いて下さいませ、トウヤ様……。そういえばトウヤ様はお料理等はされるのですか?」

「……料理?ああ、料理と言えば……、この度少々変わった美味しい料理を取り寄せる事が出来るようになりましたので、今度王女殿下にも献上させて頂きますよ」

「そ、そうですか。それはまた、凄い事だと思いますけれど、前にお話しした通り、(わたくし)に気を遣って頂かなくて宜しいですよ?今はただ、世界の為に一日も早く勇者様を覚醒させる事が(わたくし)の指名でありますから……」

 

 そう言って固辞するレイファニーに奥ゆかしさを覚えるも、既に勇者として覚醒しているんだからそこまで気負う必要も無いとは思う。オレはそう考えてステイタスを表示させると、

 

 

 

 NAME:トウヤ・シークライン

 AGE :20

 HAIR:蒼

 EYE :オッドアイ≪ディープブルー&ワインレッド≫

 

 身長:182.0

 体重:73.4

 

 魂の修練値 :14672098

 (ごう):150000

 

 RACE:ヒューマン

 Rank:36

 

 JB(ジョブ):ブレイバー

 JB Lv(ジョブ・レベル):18

 

 JB(ジョブ)変更可能:世捨て人 Lv20(MAX)

             調教士  Lv30(MAX)

 

 EXTRA JB(エクストラジョブ)不規則な転生者(イレギュラー・リンカネーション)

 

 HP:285

 MP:272

 

 状態(コンディション)戦闘時自動回復(バトルヒーリング)無詠唱(ノンチャージ)、危険察知

 耐性(レジスト):全属性耐性、病耐性(一部)、睡眠耐性

 

 力   :168

 敏捷性 :103

 身の守り:116

 賢さ  :165

 魔力  :164

 運のよさ:81

 魅力  :200

 

 常時発動能力(パッシブスキル):一般教養、社交、カリスマ、精力絶倫、ラッキースケベ、危険察知、速足、無詠唱(ノンチャージ)戦闘時自動回復(バトルヒーリング)、瀕死時HP回復、宝箱発見率UP、非戦闘時魔力回復(マジックリカバリー)

 

 選択型能力(アクティブスキル)神々の調整取引(ゴッドトランザクション)、プライベートルーム、古代魔法、独創魔法、生活魔法、剣技、鞭技、体術、性技、裏技、技能、魔技、わざ?、ファーレルといふ名の世界、学問のすゝめ、これであなたも調教の達人!、脅迫とは……

 

 資格系能力(ライセンススキル)自宅警備員(ニート)歴20年越えの(つわもの)、転生者の証、ブレイバーの恩恵

 

 秘技術能力(シークレットスキル)暗黒闘炎氷結消滅波(ダークフレイムブリザード)

 

 古代魔法:火球魔法(ファイアボール)雷鳴招来魔法(ライトニングレイン)、魔力吸収魔法《マジックアブソーブ》、戦闘力倍化魔法(エナジーストライク)魔法防御魔法(マジックバリア)睡眠魔法(スリープ)評定判断魔法(ステートスカウター)転送魔法(トランスファー)干渉魔法(インタラプト)隠匿魔法(プライバシー)制約魔法(コンストレイント)強要魔法(エクストーション)透明化魔法(トランスペアレント)開錠魔法(アンロック)真贋判別魔法(ファクトフィクション)価値識別魔法(レコガナイズ)宝回収魔法(トレジャーハント)地図魔法(マッピング)

 

 召喚魔法:史莱姆召喚(スライム)

 

 独創魔法:核魔法(ニュークリア)≪制限≫

 

 生活魔法:確認魔法(ステイタス)収納魔法(アイテムボックス)MAX、貨幣出納魔法(コインバンキング)通信魔法(コンスポンデンス)水晶操作魔法(スフィアサイト)映像再生魔法(プレイバック)映像録画魔法(レコーディング)静止絵抽出魔法(ピクチャーズ))、転職魔法(ジョブチェンジ)

 

 剣技:集束剣(フュージングソード)烈風剣(ウィンディソード)斬岩剣(ロックカッティング)、五月雨斬り、閃光返し

 

 鞭技:めった打ち、捕縛打ち、愛のムチ

 

 体術:集気法、気功拳、波動掌、跳躍蹴(ちょうやくげ)り、身躱し脚、チャージ、金剛体、ハメドる

 

 性技:黄金の右手(ゴールデンフィンガー)ハイパー性器(ジャストフィット)、精力回復

 

 裏技:掏摸(ピックポケット)、脅迫

 

 技能:予備武器変更(リバースウェポン)、お宝の匂い

 

 魔技:魅惑の魔眼

 

 わざ?:煽る、周辺監視、不意打ち、寝る

 

 

 

 ……ん?ここ最近、(ごう)を使った覚えはないんだがな?まして修練値が残っているのにどうして(ごう)が発生している……?最も、今のオレからしたら大した数値でもない為、すぐに(ごう)を修練値で償却してしまうが、何故こんな事になったかはわからない。

 首を傾げているオレに、王女が佇まいを正しながら話しかけてくる。

 

「トウヤ様……、実は今回の将棋とトランプについてですが……、コウ様から提案を受けたものだったのです。そして、それをトウヤ様、貴方の利権にするようにとの事でした」

「…………コウ?」

 

 ……誰だそれ?そんなヤツ、聞いた事もないぞ??

 そんなオレを見てレイファニーが続ける……。

 

「……トウヤ様と一緒にこの世界にいらっしゃいました、もう一人の勇者候補の方で御座います」

「ああ!あの……っ!」

 

 デブメガネと言いそうになって慌てて口を噤む。あのデブ、まだこの国にいたのか? とっくにこの国を出ているのかと思ったが……、あんな使えなさそうな奴を匿い続けるとは、慈悲深いというか……、温情のある王族たちだな……。いくら間違って召喚してしまったとはいえ、普通のラノベの世界でいったら間違いなく用済みとばかりに処分されているぞ……。

 

 まぁ、流石はオレが認めた女だなと心の中で褒めると同時にどうするか考える。とりあえず敵対している訳ではないし、内容を聞くところ中々殊勝な心がけをしているようだ。そういえばこの世界(ファーレル)に来た際も、大金貨を全てオレに譲るなどしていたっけか……。

 それならば使える使えないは置いといて一度会ってみてもいいかもしれない。あんな奴にオレをどうこう出来るとも思わないし、もし駄目だと判断したらその場で処分すればいい。万が一使えそうならば儲けものでもある。聞いていると、向こうもオレに会いたがっているみたいだしな……。

 

 そこでオレは王女に会ってやる旨を伝えた訳であるのだが……。

 

 

 

 

 

「トウヤ殿ですね、初めてこの地に来た時以来で御座いますが……、はじめまして、コウと申します。この度は此方の無理にあわせてお時間を割いて頂いたようで……」

 

 会う事を了承した翌日、城のある一室にてオレは件の巻き込まれた眼鏡デブと会っている筈なのだが……。

 

(…………誰だ、こいつ?)

 

 眼鏡もしていなければ、別に太っているという訳でもない。むしろ想像以上に戦えそうな体をしているし、頭ももっと剥げていなかったか……?

 ……少なくともこんな印象ではなかった筈だ。最初に会ったのがコイツだったら、油断できないヤツとして恐らく手を打っていただろうし……。最も、コイツ以上に目を惹かれる人物もいる。コイツの後ろに控え、フードを被った女……、全貌が見えなくとも間違いなく美人とわかる女がいるのだ……!

 

 

 

 NAME:シェリル・フローレンス・メイルフィード

 AGE :19

 HAIR:金

 EYE :エメラルドブルー

 

 RACE:エルフ

 Rank:48

 

 身長    :159.1

 体重    :44.8

 スリーサイズ:92/52/90

 

 性の経験:処女(ヴァージン)

 

 JB(ジョブ):賢者

 JB Lv(ジョブ・レベル):35

 

 JB(ジョブ)変更可能:精霊術士 Lv30(MAX)

       狩人   Lv30(MAX)

 

 HP:143

 MP:434

 

 状態(コンディション):消費MP半減、詠唱短縮(ショートチャージ)、恐怖(異性)

 耐性(レジスト):魔法耐性、混乱耐性、魅了耐性、呪術耐性、ストレス耐性

 

 力   :27

 敏捷性 :50

 身の守り:38

 賢さ  :201

 魔力  :255

 運のよさ:39

 魅力  :283

 

 

 

(これがエルフ……!しかもこの美しさ……!下手するとレイファニーよりも……っ!!抜群のプロモーションに加え、容姿端麗、才色兼備……!!まさに絶世の美女って感じだが、信じられない事に処女(ヴァージン)ときたもんだ……!!こりゃ……手を出さない理由がねぇ……!!)

 

 この女は何としても手に入れる、もし邪魔する者が居たら殺してでも奪い取る……!!最初の目的を放り出し、今までの誰よりも極上の女を前にして、オレは湧き上がってくる劣情を抑えつけながらどうやって自分のものにするかについて思いを巡らすのだった……。

 

 

 




なお、標題の人物ですが……、のちに相応の報いを受ける予定です。


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第36話:接触

最新話、更新致します。


 

 

 

「トウヤ殿ですね、初めてこの地に来た時以来で御座いますが……、はじめまして、コウと申します。この度は此方の無理にあわせてお時間を割いて頂いたようで……」

 

 王女殿下より連絡を受け、トウヤのところに会いに行き挨拶をしたのだったが、

 

(……どうも反応が薄いな。大方、シェリルに見とれている、といったところか……?)

 

 正直なところ、ここにシェリルを連れてくる事は反対だったのだが……。僕だけでなくユイリまでも反対しシェリルの説得に当たっていたが、結局シェリルの意思を変える事が出来ず、一緒にここまで付いて来てしまった。

 どうしたものかと思っていると、目の前のトウヤが行動を起こし……、

 

「えっ……!?」

 

 一瞬の内にシェリルの前にまで移動したかと思うと、彼女の被っていたフードを下ろし、顎に手をかけて自分の方に引き寄せようとしていた。咄嗟の事に困惑していたシェリルだったが、自分が何をされているのか状況を察し、

 

「厭っ!!止めて下さいっ!!」

 

 そう拒絶してトウヤを振り払ったかと思うと、僕の後ろに隠れるシェリル。トウヤを見てみたところ、蒼かった瞳の片方が一瞬、紅に染まっているのがわかった。すぐに元の色へと戻ったが、もしかしたら何かしようとしていたのかもしれない……。

 

「……邪魔する気か?まさかお前、彼女の恋人、とか言い出さないよな?」

 

 再びシェリルに歩み寄ろうとするトウヤが彼女を庇う僕に対しすごんでみせる。……この男、思った以上にヤバい奴なのではないか?僕をここへ通した目的すらも忘れてシェリルに執着する様を見て、想像以上に厳しい話し合いになりそうだと嘆息しつつ、

 

「邪魔をするも何も……、僕に用があったんじゃないのですか?しかも彼女、嫌がっているではありませんか」

「そんな事は関係ねえ。お前は黙ってオレの問いに答えておけばいいんだよ……!」

 

 ……最初に会った時や演習先での様子を微塵も感じさせず、これが本性であるかのようなトウヤの態度に心の中で嘆息する。それを見て傍に居たユイリや、彼に付いていたベアトリーチェさんもそれぞれ動き出し、

 

「この方は滅んでしまった王国から逃れてこられた姫君です!私が彼と一緒にお目付け役として付けられておりましたので、ご足労頂いただけで……」

「トウヤ殿、いくら何でも失礼でしょう……!初対面の女性に対してそのような……!おまけに貴方がそちらの勇者様候補の方をお呼びしたんですよ……!」

「だから、んな事関係ねえって言ってんだろ!!てめえも女に守られて、恥ずかしいとは思わねえのかっ!!」

 

 僕の前に出たユイリを見て、一段と憤りを募らせるトウヤ。肩を掴んで彼を止めようとしていたベアトリーチェさんを振り払おうとしているところに、

 

「貴女は確か……、あの店に連れて来られていた……」

「ん?どういう事だ、エリス?」

 

 やはり演習で見た彼女はあの闇オークションでの……。彼女を購入し、シェリルを奪おうと僕を殺そうとしたあの成金みたいな貴族が破滅したって聞いていたが、どういう因果かはわからないけれどトウヤがそのまま引き継いだ、という事なのだろう。

 彼女から経緯を聞いたトウヤが、

 

「……って事は、奴隷にされて逆らえない彼女をてめえが連れまわしてんじゃねえのか!?そこのユイリさんだったか、彼女の事もてめえがシェリルさんを奴隷にしたから一緒に付き合わせてるんじゃ……!」

「いいえ、ご主人様見て……。彼女には奴隷である事を示す首輪がない。自由意思で行動出来ているのは間違いない筈……」

 

 どこか羨ましそうにシェリルを見ながら話すエリスさん。彼女は……奴隷のままなのか……。奴隷にしているのかと憤っていた割に自分は使うって……。そしてそのトウヤは……、

 

「……よく考えれば処女って事は手を出してねえって事か……」

 

 そんな事をぶつくさ言っているトウヤを見て、僕は本当にこの男に勇者の資質を移して大丈夫かと思う。正直に言って、本性を見せているであろう今のトウヤに勇者の力を渡したとしたら……、魔王が世界を支配する以上に仲間たちにとって不幸な事になるような気がしてならない。

 

 僕の後ろに隠れていたシェリルが、そのまま近くにいるのは僕にとっても不味いと思ったのか、気分がすぐれないので部屋の隅で待機していると申し出てくる。僕はそれを受けてユイリに彼女の傍に付いていて貰うように伝えるも、こんな態度を見せているトウヤに対し僕から離れても大丈夫か懸念に思っているようだったが、

 

「大丈夫よ、ユイリ。貴女はシェリル様に付いていてさしあげて……。彼には危害を加えさせないから……」

「……わかったわ、リーチェ……。コウをお願い……」

 

 任せてと言って何かあったらすぐ対処できるところに立ってくれたが、未だトウヤは彼女が距離を取った事にも気付かずにシェリルをどうたら言っているのを見て、勇者の力について話すのは様子を見た方がいいと思っていた時、漸く納得したらしいトウヤが話しかけてくる。

 

「おほん……、一先ず話はわかった。ん?彼女はどうした?」

「……調子が悪くなったみたいで、ユイリが付いていますよ。ところで、僕に話があるとの事でしたが……」

 

 わざとらしく咳ばらいをするトウヤに呆れつつも答えると、

 

「ああ、まずそれからだな。お前、どうしてオレに利権を譲ったんだ?そんなことしてお前にどんな利点があるっていうんだ?」

「……僕は巻き込まれてこの世界へと来た身です。いずれ元の世界に戻る僕が、利権やら何やらを持っていても仕方がないではありませんか?それならば、『勇者』としてこの世界を救おうとしている貴方の名で登録された方がいいと思っただけです」

 

 用意していた台詞を話すとトウヤは少し考えているようだった。

 

「……ふん、嘘はついてないようだな」

 

 真贋判別魔法(ファクトフィクション)……、か。嘘をついていたらここで終わりだったな……。意外と注意深いトウヤに対し、一段階警戒をあげつつも、

 

「以前に嘘をついてとんでもない状況に置かれた人を見たことがありましてね……。それ以来嘘はつかないようにしているんです」

「成程な、じゃあオレに権利を譲る事に他意はないというんだな?」

「……まぁ、御存じなら教えて頂きたい事はありますけどね。他人に自分の能力(スキル)を移す方法を探しているのですが……」

 

 そう話した僕の言葉にベアトリーチェさんが反応したような気配を覚える。……僕を勇者であると半ば確信する勘がいい人たちには、僕が何をしようとしているのかとわかってしまうかもしれないが、この状況では誤魔化しようがない。流石にトウヤとサシで話そうとしても、先程のトウヤの出方を伺う限りユイリたちが許さないだろうし……。許してくれたとしても、僕自身が彼にやられてしまう可能性も否定できない。いくら強くなってきたとしても、目の前の男には敵わないと思わせる何かを感じる。

 

 それならばと僕は必死に頭を働かせていた。自分にとってより良い状況へと持っていく為に……!

 

「何か譲りたい能力(スキル)でもあるってか?それこそ持っているだけでマイナスになりそうな能力(スキル)でもよ?だが生憎だな、そんなものは知らないし、そもそも他人に能力(スキル)を渡そうなんて考えた事もないな」

「……普通はそうでしょうね。ですが、いずれ僕が元の世界に帰る際に、自分の覚えていた能力(スキル)なんかを渡したいと思いまして……。どうせ元の世界に戻ったら使えなくなるのでしょうし」

 

 ……ギリギリ嘘ではない。その思いも確かにあるが……、一番の目的は勇者の資質毎移す事にある。ただ、本当にこの目の前の男に移してもいいのだろうか……?

 

「話を聞く限り、オレとお前の利害は一致してるって訳か……。だが、これだけは言っておくぜ?今後もお前、シェリルに手を出すんじゃないぞ?それも彼女だけじゃない……、この世界のいい女は、特に処女のコには絶対に手を出すな!」

「まぁ、元より彼女とは身分も立場も違いますし、いずれ自分の世界に帰る事もあって、手を出していい方だとは思っていませんでしたが……、その処女の子というのは……?」

 

 危うく手を出しそうになったという事は黙っておこう。発現した『鋼の意思(アイアン・ウィル)』が無かったらどうなっていたかわからないが……、むしろ我慢出来た自分を褒めてあげたい気分だ。

 そんな僕の内心を余所に、トウヤは話を続ける……。

 

「決まってるだろ?この世界(ファーレル)のいい女は全員纏めてオレのもんだって言ってるんだよ!それを邪魔しないというのなら……、お前を元の世界に帰してやってもいいんだぜ?」

「……一応、元の世界に戻る方法の目途はついているんです。ただ、シェリル様を口説くのは自由ですけれど、ちゃんと彼女の心に寄り添って下さいね……?先程お話にも出た通り、一度奴隷商人に捕まって男に恐怖心を持っていらっしゃいますから……。しっかりと心を掴んでくれるというのならば……」

 

 ポコンッ。僕がそう話した瞬間、そんな音が僕の中で響き、シェリルより通信魔法(コンスポンデンス)が飛んでくる。……恐る恐る内容を確認してみると、

 

<……その人に心を奪われるなど、そんな日は絶対に来ませんから……!>

 

 部屋の隅に待機しているシェリルの方を伺うと、ムッとしながら僕の事を睨んでいるようだった。苦笑しながら僕は謝罪する旨を彼女に返すと、トウヤは得意げに、

 

「それは問題ねえよ!オレに惚れない女、落とせねえ女なんていないんだぜ?この間だって、処女だったおっぱいちゃんを堕として、その肢体の味や具合を確かめてみたばかりだし、同じく巨乳でずっとつれなかった、このリーチェだってモノにする事が出来たんだからな!」

 

 そう言ってベアトリーチェさんの肩を抱き寄せながら笑っているトウヤだったが……、心なしか彼女の反応は気を許しているソレではないように感じるのは僕だけなのだろうか……?それにこの男は確か禁忌とされている『魅了』の力を持っているとの事だけど、耐性があって効かないシェリルを惚れさせるなんて絶対に出来ない気がするし、先程の様子からも嫌悪感しか抱いていなかったようだし……。

 

 それ以前にこの男にはシェリルを任せられるという思いが1ミリも湧いてこない。聞いていたら自分の欲望しか話していないし、想像以上に吐き気を催すタイプの人間のようだ。こんな奴に勇者の力を渡したら、魔王に支配される事よりも悲惨な状況になりかねない。

 トウヤの欲望のままにシェリルやユイリたちを苦しめ、不幸にしていくなんて事になるのならば……、まだ世界が滅びた方がマシなのではないのか……。

 

 早くも僕の希望が、勇者の力を移すという願いが暗礁に乗り上げている事に眩暈を覚えそうになるも、

 

「まぁ……それだけはお願いしますね。特にシェリル様のお心だけは気を配ってさしあげて下さい……。彼女の事を任せられる方がいれば、僕も安心できますから……」

「なあに、任せとけって!それよりお前、なんだって元の世界に戻りたいんだ?多分だがお前、オレとおんなじトコに居たんじゃないのか?」

 

 お前に言ってるんじゃないよと内心思いつつも、トウヤの言った通り、何処の世界にいたかという事については気になるところではあった。

 

「……地球の、21世紀の日本。ちょうど自国のオリンピックの事で中止か延期で揉めていましたが……、これでわかりますか?」

「ああ間違いない、オレもそこにいた。最も、あの世界でのオレは死んで、この世界の勇者として召喚されるべく生まれ変わったカタチになっているがな」

「ええ……?死んで、生まれ変わった……?」

 

 ……なんだそれ?どういう事なんだ?

 疑問に思っていた僕に応えるように、彼が話し出す。

 

「言葉通りの意味だ。元の世界でのオレは死んで、女神とかいう奴に会ったんだよ。確かソピアーとか言ったか……、神だとか名乗っている割に面倒くさがりで、融通が利かずやたらと脅してくる駄目な奴だったがな……」

 

 一度死んで転生したなどと、俄かに信じ堅い話だが……、神様云々に関してはこの地に来て以来、超常的な存在に会っており、神聖魔法といった奇跡も体験している為、有り得る事と納得する。

 ……仮にも神と呼ばれし存在をこき下ろすという罰当たりな事をして大丈夫なのかとは思うが……。

 

「勇者としての力を得るのも自分でやれとかいう、神とは思えない程のぐうたら振りだったが……、なんとか特殊な力を貰って、それでこの世界を救うべく使命を帯びて召喚に応じたって訳だ」

「……そうだったのですね。それで、その召喚に僕が巻き込まれてしまった、と……」

「そういう事じゃねえか?オレにとってはどうでもいいが……」

 

 ……本当にどうでもよさそうなトウヤに、お前が王女様の召喚に干渉したせいだろ、と真実を突き付けたくなるが……、グッと僕は我慢する。

 

 同じ世界、それも日本にいたというのは、事前に調べていた情報から判断して何となくわかってはいたが……、その日本人離れした容姿はそういう事だったのか……。勇者の使命云々は嘘だろうが、転生したという話は本当の話だろうな。わざわざそこで嘘をつく理由はないし……、それにしても女神ソピアーか。意図して彼をこの地に送り込もうと思っていたのかはわからないけど……。

 

 その神様にコンタクトをとる方法でもないかなと考えていると、トウヤの傍にいたベアトリーチェさんを見ておやっと思う。口を真一文字に結び、唇をかみしめて何かに耐えるような彼女の様子に、並々ならぬ思いを感じたからだ。だが、トウヤはそれに気付いていない様子で話を続けた。

 

「そんな訳だからよ、オレは前世でのあの地球での事になんの未練もないんだよ。だからあの世界に帰りたがっているお前を理解出来なくてな?もしかしてお前、マザコンだったりするのか?」

「マザコンではない、と思いますけどね……。1人暮らしして、ホームシックにもならずやってきた訳ですし。だけど、会いたくないと言ったら嘘になりますし、いきなりこの世界に召喚されて、別れも伝えられていないんです。急に失踪した形になって、恐らく心配をかけてしまっていますし、何より父は病を患って明日をも知れない状態でしたから……」

 

 ……そうだ、それが元の世界に戻りたい一番の理由なのだ。僕が誰にも言えずに行方不明になってしまっている事で、家族の人生を大きく狂わせてしまっているのではという不安……。

 

「そうやって感傷に浸る事自体、マザコンって事だと思うが……、いや、ファザコンか?まあいい、元の世界に帰る方法は多分あるぜ?使う事はないと思っていたから調べる気もおきなかったが……、お、あったあった」

「えっと、トウヤ殿……、一応ですね、元の世界に帰る目途はたって……」

「何だこれ、結構高えな……、こんなにするのかよ……。次元を超えるって事だからこの価値も頷けるってか。だが、お試し版ってのが使えるな。600秒……、ここと時間の単位が異なるようだから、地球の時間で10分間だけ向こうに帰る事が出来るぜ?当然、タダとはいかないがな。お前、男だし」

「え……?」

 

 何かを操作しているのかと思ったら……、そんな事を提案してくるトウヤ。

 かえ……れる……?10分間だけでも……、向こうの、世界に……?

 

「ほ、本当に、帰れるの……?」

「ああ、だがさっきも言ったがタダじゃないぜ?ま、そうだな……、この世界の価値で、大金貨100枚は貰わねえとな!」

「お、大金貨100枚って……!少しの時間、戻るだけでそんな……っ!」

「……わかった」

 

 金額を聞いて驚くベアトリーチェさんだったが、僕が了承した事にさらに驚いている様子だ。だけど、こういうのは金額の問題じゃない。大金貨100枚というのは大金ではあるが……、こういう時の為に僕は使わないで貯めていたお金がある。

 先日入手した白金貨の他にも、定期的にニックから入ってきているお金や、料理を伝えてくれたお礼だとサーシャさん達に渡されたものもある。勿論、ギルドの仕事をこなして入ってくる報酬や、王城ギルドに所属しているだけで何故か給料のように収入がある事から、大金貨100枚使ってもまだ余裕もある。

 

 僕が貨幣出納魔法(コインバンキング)より大金貨100枚を引き出すと、それをトウヤへと渡した。

 

「……意外と貯め込んでるな。もっと吹っ掛けてもよかったか……」

「今更値段を引き上げないで下さいよ……?それよりも、本当に戻れるんだね……?」

「くどいな、戻れるっつってんだろ?まあいい、金も貰ったしやってやるか……。因みに、こいつは一人一回限定のようだからな。今回試したらもう出来なくなるぜ?」

「……それなら少し待ってて下さい。準備して来るんで……」

 

 早くしろよ、というトウヤを尻目に、僕はそこから席を外して向こうに戻る準備をする。1度部屋を出ようとした時、部屋の隅に待機していたシェリルとユイリもやって来て、

 

「コウ様……」

「コウ、どうするつもりなの……?」

「……ちょっと元の世界に行ってやり残した事をやってくる。600秒で戻ってくるから……」

 

 心配そうなシェリル達にそう伝えると、思い出したようにちょっと協力して貰う。物品保管庫よりいくつかアイテムを取り出し……、自身に掛けていた重力魔法(グラヴィティ)も調整して、トウヤの前まで戻ってくる。

 

「……もういいか?」

「待たせてゴメン……。もう、大丈夫だ」

「そうか、じゃあ……行ってきな……!」

 

 その言葉と同時に、僕の周りを何時ぞやの時の様な魔法陣が浮かび上がり、白く激しい光に包まれる。あの日、この世界へと呼ばれた時と同じ感覚……!そんな感覚に包まれながら、僕はこのファーレルを後にした……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「コウ、様……」

 

 光が薄れていくと、そこにはもう彼の姿はなかった。元の世界に戻る……。一時的にでも、このファーレルより彼の存在が消えてしまうという事を受け入れられていない自分を必死で抑えながら、私は彼を待つことにしたのだ。

 

(たしか600秒……。コウ様はそうおっしゃっていた……。大丈夫、彼は帰ってくる……)

 

 何はともあれ、彼は戻ってくると約束している。それに、それは決して長い時間ではない。そう思い込もうとしている私に、

 

「心配ならこっちに来たらどうだ?ここに来たらアイツの様子がわかるぜ?」

 

 ニヤニヤしながらそのような事を言ってくる男に、憤りを覚えつつも彼の様子を見られるという話に少し心が反応してしまうものの、

 

「……お気遣いは無用です。すぐに戻られるという事ですし……」

「そう?ま、オレは別に構わないが……、ん?ああ、そういう事か……、こりゃあ戻らない事も考えられるなあ~?」

 

 何を言って……、と口に出そうとして、私はそっと自分の内に留めておく。目の前にいる男と会話する必要性を感じなかった。

 今までの男たちと同じような邪まな感情を、いえそれ以上に嫌な何かを感じさせる男と話もしたくない。こんな事になるのであれば、彼やユイリの言っていた通り、別室で待機していた方が良かったと後悔の念を覚える程だ。

 ……まさか会って自己紹介も交わす前からいきなり抱き寄せようとしてくるとは思いもしなかった為、このトウヤという人物とは同じ部屋に居たくもないくらい嫌悪感を抱いていた。

 

 どうせもう少し時間が経ったら彼が戻ってくる。そう思ってわざとらしくこちらを煽ってくる男を無視し続けていたのだけれど……、

 

(どうして……!?もう、600秒は経過している筈なのに……!)

 

 いくら待ち続けても彼が戻ってくる気配が感じられなかったのだ。もしかすると……本当に男の言うように戻ってこないのでは……。そんな考えが頭に過ぎるのを必死に振り払う。

 コウが嘘をつく訳がない。彼は私にすぐに戻ってくると言ったのだ。しかし、彼の言っていた時間が経過して、なお戻られない理由がわからない。もしや……!

 

「そんな怒ったような顔も可愛いな、お姫様。だが、オレはちゃんとアイツを向こうの世界へと返したぜ?それはこっちに来れば証明できる。強情を張るのはやめて、こっちに来なって。心配なんだろ?」

 

 もしやこの男が彼を元の世界に帰すと嘘をついて、別の世界に飛ばしたのではないかと思った私にそのような事を話す。それでもトウヤの言う事には頷けず、睨み続けていると、

 

(また……!この人、さっきも可笑しな力を使ってきたというのに、また妙な魔法をわたくしに……っ!)

 

 恐らくは魅了の力であろうその能力(スキル)を使ってきた事で、警戒していた私にまた新たな魔法を掛けようとしてきたようだ。自身の魔法耐性の高さによって、抵抗(レジスト)する事が出来たが、この男は……!

 

「おや?オレの『強要魔法(エクストーション)』が効かないか……。素直になれるように魔法でこちらに来させてあげようと思ったけど……、これが魔法耐性って奴か」

「……失礼ではありませんか?初対面の女性に能力(スキル)や魔法を掛けようとしてくる殿方を信用できる訳ないでしょう?」

「オレとしたら親切心でやったのですがね。……心配なんだろう、アイツの事が……。女性を安心させようというオレの心をわかって欲しいものですが」

 

 ……なにが安心させようなのだろう。はっきり言って、この男の下に行くのは不安と 忌避感しかないというのに……。でも、コウが戻ってこないという事は変わらない。相変わらず、通信魔法(コンスポンデンス)を送ろうにも、このファーレルにいないせいなのか送る事が出来ないようになってしまっている。コウの気配が、この世界で全く感じられない状況が続いている事に、徐々に落ち着きを失ってきているという自覚もあった。

 だからなのだろう……、少しでも彼の情報を得たいという自分の心が、目の前の男の言葉に縋りつきたくなる私を感じてしまっていた……。

 

「……本当に、彼の様子がわかるのですね?」

「だから言っているだろう?ここに来たらわかるってよ?」

 

 取り乱しつつある私を、先程と同じように薄笑いを浮かべながら楽しそうに見ている男の下に行くのは抵抗を感じるものの……、他に選択肢も見当たらない。こちらに来るよう促しているトウヤの所へ向かう私に、ユイリが静かに付いて来てくれている事だけが唯一安心できる要素だった。

 

「いらっしゃい……。歓迎しますよ、お姫様?」

「……彼はどうなっているのです?早く見せて下さい」

「まあまあ、落ち着きなって……。ほら、これさ……」

 

 覚悟はしていたものの、トウヤの下に着くなり肩を抱き寄せられて、私は生理的嫌悪感に苛まれる。それを必死に我慢しながらトウヤの指定した空間を見ると、そこには確かに彼の姿が映し出されていたが……、

 

「これは……!?これではまるで……、静止画のようではありませんかっ!」

「それはオレに言われても困るな。オレは確かにアイツを元の世界に帰した。600秒で戻ってくるってのも説明に書いてあったから本当さ。ま、戻ってこないとしたら何かあったのかもしれないがね。因みに、これは最初からそうだったぞ?ところどころ場面は変わっているようだがな……」

 

 そう言うと男は私を強く引き寄せると、まるで自分の体を嗅ぐようにしてくる。

 

「っ!?……何をされてっ……!!」

「……いい匂いだ、香水とかのものではなく……エルフという種族特有の、それとも君本来の薫りなのかな?いいね、興奮してきたよ……!」

 

 本当に嗅いでいたという事実にゾワッとする。思わず振り解こうとするもトウヤはそれを許してくれず、私の金色の髪を手に取っていじり始めた。

 

「何をしているの!?嫌がっておられるでしょ!?」

「嫌よ嫌よも好きの内、ってね。君みたいなコがあんな奴を気に掛けるなんて勿体ない……。戻ってこない奴なんて忘れて、オレにしときなよ?いい思いさせてやるからさ?」

 

 そのような事を言いながら、髪を摘まんでは顔を寄せてくる破廉恥な男に、正直彼の画面を見ている余裕がなくなってしまう。

 貴方と彼を一緒にしないで……っ!そう叫びたくなる感情を必死に抑えて私は震えながら身を縮ませる。如何に自分が優れているかを話しているようだが、全く私の心に届いていない事もわかっていないようだ。

 

 ……そもそも、自分の欲望に身を任せている時点で、コウとは雲泥の差なのだ。私を邪まな目で見る男たちと同様に、自身の事しか考えていないトウヤに、彼は貴方なんかとは違うと訴えたくなる。

 コウは自分の事よりもまず、私の事を考えてくれる。それでいて、私の幸せを祈ってくれるのだ。決して自分自身を優先しようとしない。

 彼自身は自分の為と称し、自分の行動は打算によるものだと話してはいるが、そうだとしたら随分と変わった身勝手だと思う。何のかんのと言いつつ、コウは相手の事をきちんと考え、思いやるのだから……。

 唯一彼に不満があるとしたら……、それは私の幸せが彼と一緒にいる事だと恐らく察していてなお、私を誰か信頼のおける他の殿方に託そうとしている事だろうか。大切にしてくれているという彼からの想いや愛情は感じているのに、そうしようとしているのは彼が元の世界に帰ろうとし、そこに私を連れて行けない理由があるからだとは思うけれど……。

 

 だからこそ、こうしてコウが戻ってこない現実に、私は胸が締め付けられそうになる。同時に男に肩を抱き竦められながら好き勝手され、髪をいじり回されている事もあり、恐怖にどうにかなってしまいそうだ。やがて、髪を弄んでいた手を私の体、胸元へと伸ばされ……、

 

「なっ……!?」

「…………そこまでです」

 

 その声にハッと私は瞑っていた目を開けると、不快な男の下から解放され、私はユイリの所へと移動させられていた。これは、いつか彼女に教えて貰った事がある……、ユイリの『転身再起』……!

 

(ユイリッ……!)

 

 私はユイリに感謝し、ギュッと彼女の温もりを噛みしめながら、その身を寄せる。

 

「やるね、君……。どうやったのかは知らないけど……」

「……これ以上、シェリル様が怖がられるのを見てはいられません。そのような不敬、許されると思っているのですか?」

 

 そう毅然として対応するユイリに、

 

「許されるさ、オレは勇者だからね。さぁ、シェリルにはまだ用がある。大人しく彼女を……!?」

「……そこまでよ。それ以上、国賓でもあるシェリル様に何かしようとすると言うなら、王女殿下に対処して頂く事になるわよ。勇者だからと言って何でも許されるとは思わない事ね……」

 

 大体、まだ彼が勇者と決まった訳ではないと聞いていたのだけど……、当人は完全に勇者とのぼせ上っているようだ。この男の侍女となっていたベアトリーチェによって強く窘められ、

 

「……ああもう、わあーったよ!今日の所はもう手を出さねぇ!……これでいいんだろっ!?ったく……、このラッキースケベって能力(スキル)、ホントに機能してんのかよ……。彼女を抱き寄せた時に一瞬胸が当たっただけだぞ……」

「今日というより……、どうして嫌がっている女性に手を出そうと思うのよ!?シェリル様の様子をみたらわかるでしょ!?」

「だから、さっきも言ったろ!?嫌と言われて何もしなかったら、進展はねえんだよっ!オレが他の女に手を出そうとして、嫉妬してんじゃねえよ!」

「嫉妬って……っ!?いつ私が貴方に嫉妬なんかしたのよっ!?」

 

 ……彼女も随分と苦労されているようだ。同じく勇者候補としてこの地へやってきたといっても、こうも違うのか……。つくづく自分が出会った勇者がコウで良かったと思う。

 男とベアトリーチェが言い争う中、ユイリがそっと小声で私に話しかけてきた。

 

「姫……、彼は必ず戻ってくると言いました。その彼の事を、貴女が信じられなくてどうするのです……!彼が約束を破るような人物で無い事は……、貴女が一番御存じの筈です……!」

「ユイリ……。ごめんなさい、わたくしが間違っておりましたわ……。コウ様を感じられなくなって……、中々お戻りになられなくて、どうかしていたようです」

 

 その通りだ。彼は、戻ってくると話していた。ならばきっとここに戻ってくる。絶対に……!

 そう思いなおし、私は守ってくれているユイリの傍で祈り続ける……。彼を想うのならば、元の世界に戻れた事を喜ばないといけないと知りつつも、このままお別れというのだけは、どうしても認められないから……、許されないとしても願わずにはいられなかった……。

 

(お願い致します……、どうか、わたくしたちの下に戻って来て下さい……!コウ様……っ!!)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ここは……」

 

 気が付くとそこは見知った場所の一角だった。それもその筈……、この場所は僕がファーレルへ呼ばれる直前にいた、自宅近くにあった路地裏に僕は立っていたのだ。

 

(……本当にこちらに戻ってこれたようだな。それにしても……)

 

 身体が……重い……!こちらに戻って来る前に重力魔法(グラヴィティ)を軽めに調整してきた為、違和感があるものの歩く事は出来ているが……。僕に重力魔法(グラヴィティ)を掛けられた人たちの気持ちがわかったような気がした。

 

「さて……、時間も限られている。とりあえず僕の家に……」

 

 違和感のある身体を引きずる様に、僕は自宅を目指す。こちらの世界でも重力魔法(グラヴィティ)の効果が出ているという事は……。

 

(……駄目みたいだな、ステイタス画面は開けない。まぁ、当然といえば当然か)

 

 何のことはない、ここには向こうの世界の様に魔法空間といったものも無いからだろう。それでも事前に掛けていた魔法の効力を受け続けているのは、まるっきり干渉しない訳ではないという事なのだろうか……?

 自宅のアパートまで辿り着き、階段を上りながら僕は携帯端末(スマートフォン)を取り出すと、こちらに戻って来て急激に入ってきた不在着信や通知等を見て苦笑する。こちらの世界ではどれくらいの日数が経っているのであろうと自宅のドアを開き、相変わらずあまり生活感のない部屋に入ってまず時計を確かめてみた。

 

 ……部屋にある時計では、僕がいなくなってちょうど一週間程経っている。身に付けていたアナログのG-SHOCKと照らし合わせてみると、約20日以上のズレがあるという事がわかったが、思った程日にちが空いた訳ではない事に気付き、一先ずホッとする。

 

「うん?これは……、ああ、『翻訳のイヤリング』の効果という事か……」

 

 携帯端末(スマートフォン)上に表示された何気ない英単語が自分の中で変換された事に驚き、同時に向こうのアイテムもこちらの世界で作用するという事実に安堵した。それは、ファーレルから持ち込んだあるモノ(・・・・)も、恐らく効果を表してくれるだろうという事を意味してもいる。

 

「捜索願は出されたかな?といってもまだ1週間くらいしか経ってなさそうだし、事件性が無ければ部屋を探すって事はないと思うけど……」

 

 そもそもこの部屋を探しても手掛かりらしいものは何も得られないだろうなと思いつつ、僕は家族の下へと電話を掛ける……。何度目かのコールの末、相手が出た。

 

「お兄ちゃんっ!?お兄ちゃんなのっ!?」

「…………麻衣、か」

 

 切羽詰まった様子で矢継ぎ早に僕を呼ぶ妹に申し訳なさを覚えつつ、

 

「そうよ、麻衣よっ!お兄ちゃん、今まで何処に行っていたの!?会社も無断で休んで、あたしたちにも何も伝えずに居なくなって……っ!!お母さん、コウ兄さんよっ!!電話が掛かってきたわ!!」

「……ゴメン、それについては詳しく話している時間はないんだ。あと少ししたら、俺はまた向こうに戻されてしまうから……」

 

 ……自分に何が起きたかについて詳しい事は、王女殿下からレイア伝いに返却して頂いてから日記の方に記載しておいている。そろそろ充電が切れそうになっていて、どうしたものかと思っていたが……、まさかそれが役に立つ日が来るとは思わなかった。

 僕は妹に異世界に召喚された件について簡単に話す。……信じて貰えるとは思っていない。その為に、僕は携帯端末(スマートフォン)に書き込んでいたのだし、シェリル達と映った写真も撮っている。眼鏡は元より、体型等も大きく変わった僕をどう思うかという問題もあるが、その事についても書いた。

 

 ある程度の説明をしたのちに、僕は一番気になった事を聞いてみる。

 

「……詳しい事は後で俺の部屋に置いていくから、この携帯端末(スマートフォン)を見て確認してくれ。それより麻衣、母さんはそこにいるようだが……、親父はいないのか?」

「詳しい事って、正直お兄ちゃんが何を言っているのかわかんないんだけど……、お父さんは今病院よ。元から体調が悪そうだったんだけど、2日前に入院する事になって……。だからお兄ちゃん、一度こちらに戻って来て!ちゃんとお母さんたちに顔を……」

「……それは無理だ、もうそんなに時間がない。麻衣、お前はこれからすぐに俺の部屋に来て残しておく物を回収しろ!この携帯端末(スマートフォン)は元より、俺の使っていた眼鏡や証明する為の免許証、財布も置いていく。それと、向こうで手に入れた薬もある!これをすぐに親父に飲ませるんだっ!『この前2人で会話した件の病を癒す薬だから、大至急飲んでくれ』、そう伝えればわかる筈だっ!」

「え?ええっ?ちょ、お兄ちゃん!?」

 

 電話の向こうで戸惑っている妹を余所に、僕はファーレルから持ってきたものを次々と机に置いていく……。今言ったものに加え、スーヴェニアによって入手していた『霊薬(エリクシール)』も……。ユイリの話だと、この『霊薬(エリクシール)』はHPやMPを完全に回復させるのに加え、あらゆる状態異常も治療してしまう奇跡の薬であるという事だ。恐らくは父の患っている病すらも治してしまうだろう。

 さらには少しでも家族の足しになるような金塊や、異世界に行っている事を証明するための、この世界には無い魔法金属『ミスリル』をインゴット上にした物も机に置く。これだけあれば……充分であるだろう。

 

「……そろそろ時間だ。心配ばかりかけて悪いんだけど……」

「ちょっと待って、お兄ちゃんっ!……コウ兄さんっ!本当に……、本当に心配だったんだよ!?お父さんやお母さんは元より、ここにいないリョウ兄さんや……、勿論あたしだって……!お願いだからちゃんと話してっ!お母さんも、早く……っ!!」

「……こう――、本当に、貴方なの……?」

 

 母……さん……っ!本名で名前を呼ばれ……、思わず言葉に詰まる。声を聞いただけで分かる……、少しやつれたようでいて、それでも変わる事のない、お母さんの声だ。

 グッと込み上げてくるものがあるものの……、僕は何とか我慢する。ここで感傷に浸る訳には訳にはいかないからだ。

 

「……ああ、俺だよ。こう――、だ、母さん……。心配かけて……、本当にゴメン……!」

「元気、だったの?貴方、全然連絡が取れないから……心配したんだよ……。怪我とかは、してないのかい……?」

「……うん、何とか元気でやってたよ。色々大変な事はあったけど、いい人たちばかりでね……」

「そうかい……、元気なら、それでいいよ……」

 

 もっと色々話したい事はある。妹である麻衣の言う通り、顔を見せて安心させたい気持ちだってあった。だけれども……、今の僕には、それが許されていない。無情にも制限時間が刻一刻と迫りつつあるからだ……!

 

「……母さん、俺はまだ帰れそうにない……。でもいつか……、まだわからないけれどいつの日か、必ずそっちに帰るから……。待っていて、父さんと一緒に……」

「…………わかったよ、こう――。体には、気を付けるんだよ……」

「お兄ちゃん……っ!」

 

 ……そろそろ時間のようだ。自分の周りにまた……、魔法陣のようなモノが浮かび上がってくる。縋るような声を出す妹に、僕は……、

 

「……時間だ。麻衣、母さんたちを頼む……。お前も大学に入ったばかりで、心配かけて本当にすまないが……、宜しく頼む……!」

「お兄ちゃん……。わかったよ、お母さんたちの事は、任せて……!」

「……有難う、この通話が切れたら……、俺のところに来て回収してくれ。元気でな……、それじゃあ……」

「……お兄ちゃんっ、あたし……!!」

 

 最後まで妹の声を聞く事は叶わず、僕は通話を切り、向こうへ持っていかないように他の物と一緒に携帯端末(スマートフォン)を置く。もう……、向こうでは必要ないものだろう。直接会えなかったが……、一番心残りだった家族に、自分の状況を伝える事が出来た。そして、恐らく父の事もこれで一先ず解決するに違いない……。

 

 ……母さんたちの声を聞き、僕は今一度、必ずこの世界に、家族の下に帰ってくるのだと決意を固める。次にこちらに戻ってくるとしたら……、それはファーレルでの事を解決した後になるのだろう。そしてその時こそ、きちんと母さんたちに顔を見せる……。仕事の事とか色々あるだろうが……、絶対に元の日常へと戻してみせる……!

 

 そう決意を新たにしていると、自分をファーレルの世界へ連れて行くべく、再び激しい光が僕を包み込み……、やがて何も見えなくなった……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――コウ様っ!!」

 

 ……愛しく、何処か切なさを含んだような彼女の声。視界が徐々に戻ってくると同時に、涙ぐんでいたシェリルの姿が浮かび上がってくる。

 

「……シェリル?」

「…………良かったです、こちらに、戻って来て下さって……っ」

 

 ……心配させてしまったか。僅か10分間でしか向こうにはいられなかったが……、それでも僕がこの世界から消えていたというのは事実。トウヤの目があるにも関わらず、シェリルがゆっくりと僕の胸に顔を押し付けてきて……声を押し殺しながら泣いている事に、僕は彼女に相当ショックを与えてしまったと反省する。

 

「……長かったわね。600秒なんてとっくに過ぎているわよ」

「長い……?でも僕は……」

 

 ちゃんと600秒しか……、そう言おうとして、僕はひとつの可能性に思い至る。このファーレルと向こうの世界の時間は大幅にズレていた。であるならば……、向こうの600秒は、此方ではかなりの時間が過ぎていたのではないかと……。

 

「……僕、どれくらい向こうに居た事になってる?」

「ざっと一刻は居たんじゃないかしら?正直、『すぐに』という時間には当たらないと思うわよ?……心配したんだから」

 

 私というよりも姫がね、そのようにつけ答えるユイリに苦笑しつつ、僕はシェリルに謝った。

 

「……ごめん、シェリル。心配かけさせて……」

「いいんです、ちゃんと帰って来て下さいましたから……」

「…………久々の帰還、どうだったと言いたいところだが……、もういいか?茶番はよ……」

 

 僕とシェリルに割り込むようにして、トウヤが面白くなさそうにこちらを見ながら話し掛けてくる。そこで気付いたのだろう、ハッとしたようにシェリルは僕から離れ、ユイリの下に移動すると、

 

「……随分、彼女と仲がいいようだな、だがさっきオレが言った事は覚えているんだろうな?」

「…………トウヤ殿」

 

 僕は一度きちんとお礼をするべく、彼へと頭を下げる。

 

「貴方のおかげで……、僕は家族に色々伝える事が出来た。……有難う御座います」

「……おう、まあ、わかってんならいいさ。だが……」

 

 改まって礼を言われてトウヤは少し気が削がれたようだったが、

 

「忘れんなよ……、特にそこのシェリルには、絶対に手を出すんじゃねえ。今はお前に傾倒しているようだが、いずれはオレのモノにするんだからなっ!」

「……わかってる。先程も言いましたけれど、あの世界へと帰る僕には……元よりその資格はありませんから」

 

 一度地球に戻ってみて、より一層その気持ちは強くなる。僕は、あの世界の住人だ。結局のところシェリルとは……生まれも育ちも、住む世界すらも異なっている。いくら愛情を感じても、いや自分が大切に想っているからこそ、彼女と一緒になる訳にはいかない。

 シェリルの想いに応えるという事は……即ち彼女を不幸にしてしまう事に繋がってしまうから……。

 

「ふん、ならいいが……、一応楔は打たせて貰うぜ……。お前、さっきの事を『誓える』か?」

「!?コウ様、彼は魔法を……っ!」

「……ああ、『誓える』よ」

 

 ……いいんだよ、シェリル。慌てたように注意を促してくるシェリルだったが、僕の答えはもう決まっている。母さんたちの声を聞いて……、向こうに戻る決意もより固まった。そして、シェリルは僕が手を出していい人じゃない。僕では彼女を、幸せにする事は出来ないのだから……。

 

「これでもうお前は……何っ!?」

 

 僕の前で何かが弾けるような音がする。その音と同時にトウヤが随分と驚いているようであった。……恐らく、そういう事なのだろう。

 

「何故だ、何故お前に制約魔法(コンストレイント)が掛からねえ!?」

「……一種の状態異常と判断したのかもね。僕にはある能力(スキル)、というか特性かな、そのせいで一切の状態異常には掛からないようですから」

「な……なんだと……!?そんなもの、どうしてお前が……っ!?」

 

 ……君が散々公表している勇者だからだよ。心の中で僕はそう答えると同時にホッとしたようなシェリルが視界に捉える。

 

(……彼女の気持ちは嬉しいし、僕もそれに応えたいけれど……)

 

 制約魔法(コンストレイント)を掛けられるまでもなく、僕はシェリルの想いに応える事は出来ない。あの世界に戻ると決めた以上、別離は必然であるし、そして仮に付いていきたいと言われたとしても、向こうで幸せに出来るとはとても思えないから……。

 

 そんな事を考えていると、トウヤが詰め寄って来ていた。

 

「お前、その能力(スキル)……!」

「……因みに、この能力(スキル)を強奪しようとしても出来ないと思うよ。多分、『譲渡』という形でないと移す事も出来ないんじゃないかな……?」

 

 流石は『勇者』の能力(スキル)といったところか……。ありとあらゆる異常を弾くって事は、この世界にとって『勇者』はそれだけ重要なポジションという事なのだろう。正直『譲渡』だって出来るかどうかはわからない。ファーレルで生まれた者たちにはなれない『勇者』……。本当は目の前の人物にそれを移せたならと思っていたんだけど……。

 

(……お世辞にも勇者に相応しい人物とは、思えないんだよな……)

 

 一時的にとはいえ向こうに帰してくれた事は感謝しているが、お金はたんまり請求されたし、彼の口ぶりでは相当ぼられている可能性もある。まぁ、お金の問題では無かったからそれはいいとして、シェリルがここまで拒絶している相手っていうのも珍しい気がする。僕の居ない時に何かあったのかと思わなくもないが、ユイリ達がいて可笑しな事が起こる訳もないだろう。

 

 僕は溜息をつきたくなるのを何とか堪えて、

 

「……だから、さっき自分の能力(スキル)を譲渡する方法を探しているって言ったんですよ。わかって貰えました?」

「そういう事か……。チッ……、それ、オレに寄こせよ。勇者であるオレに相応しい能力(スキル)だ」

 

 こっちの気も知らないでそう言ってくるトウヤに、僕は曖昧に答えるのに留めた。トウヤとの会話を聞き、ユイリ達が何か言いたげに僕を見ている事はわかっている。その中でもトウヤの付き人でもあるベアトリーチェさんは特に訴えかけるようにしている事が気になったが、

 

「僕が嘘をついているかどうかは魔法でわかっているんでしょう?魔法を掛けて縛らなければ、不安ですか?」

「当たり前だろ?いつ裏切られるとも限らない相手に、保険を掛けるのは当然の事だろうが」

 

 ……成程、ね。今の言葉を聞いてこのトウヤという人物の根っこが、今までに聞いていた人物像と照らし合わせる事でわかってきた気がする。彼は前世と言っていたが……、あまり人とは関りを持たずに過ごしてきたのだろうか。自分以外の人間を信用しておらず、それでいて他人から崇められたいといった欲求もある。伝わっていた兵法をさも自分で編み出したかのような言動といい、全ての女は自分のものだとでも言いたげな主観といい、今まで抑えられていた本能がこの世界に来て解放されたかのような……、そういった印象を覚えていた。

 

 正直言ってあまり付き合っていきたい人物とは到底思えなかったが、現状『勇者』の力を移すとしたら彼が唯一の人間であり、なんだかんだ言っても元の世界で家族に事情を説明させて貰った件もある。合わない人物と一緒にやっていく事は今までもあった事だし、様子を見る為にもある程度の交流は必要であるだろう。

 

 それならばとばかりに、僕はユイリが探ってくれていた情報を活用していく事にした。

 

「……トウヤ殿は新しい武器となるピストル銃やガンブレードでしたっけ?その開発、量産について難航していると伺いました。頑固な職人さんが、中々うんと言わないという事も……。もしよろしかったら自分がその調整役に入りましょうか?一応、拳銃やチェーンソーといった元の武器についてもわかってますし、トウヤ殿の思う通りに進めようと考えているのですけど……」

「……お前が?ハッ……出来るのかよ?あの頑固なじいさん達を説得するのは並大抵の事じゃないぜ?それに……、ガンブレードの問題は電気で使っていた物をどのように魔力素粒子(マナ)で補うかってとこだ。お前なんかに何が出来ると……」

「無理に慣れない仕組みを取り入れるのは難しいのではないですか?この世界は電気の代わりに魔力素粒子(マナ)によって動いている物も多いですが……、見たところ様々な『輝石』に魔力素粒子(マナ)を反応させているように思えます。それならチェーンソーに使っているバッテリーを模倣した『輝石』を組み込んだ方がいいのでは?」

 

 先日トウヤが起動させていたガンブレードは、銃剣状にしたチェーンソーを電力が発生する輝石に無理やり魔力素粒子(マナ)で干渉しているものだという事が、ユイリの資料によりわかった。そしてそれを解決する方法も、既に用意してある。

 

「……知った口を利くじゃないか。ならどうすればいいってんだ?」

「これを使えばいいんですよ……」

 

 そう言って僕は、この為に『輝石創造器』でそのバッテリーに模倣した電気の『輝石』を創り出していたのだ。そこそこ時間を掛けて生成したので、自分が想像する以上の物が出来たと自負している。何より電気をただ充電し貯めておくバッテリーと決定的に違う事は、この輝石は貯めるのでなく電気を生みだし続けるものであるという事か。

 

 僕の説明を聞き、トウヤもある程度納得してくれたらしい。だけど懸念もあるようで、訝しむように訊ねてくる。

 

「……フン、確かに試してみる価値はあるかもしれんな。だが、どうしてこんな事をする?お前が手伝ったって、ガンブレードを創り出したのはオレだ。お前には1ミリも利点は無い筈だぜ?」

「利点ならありますよ。誤った知識や、このファーレルを脅かすような技術が伝わるのを防ぐことも出来ます。元の世界の技術が、全ていいものであった訳ではないでしょう?排気ガスや産業廃棄物によって大気汚染が進み、原子力化したあの技術は、むやみやたらに手を出していいものでは無いと僕は思っています。トウヤ殿も荒廃した世界になんて住みたいと思わないでしょう?」

 

 この世界を気に入っているのは、僕も一緒ですから。そのように伝えるとトウヤは、

 

「まぁいい、使えるようなら使ってやるよ。だが、裏切ったら……わかってんな?」

「……僕もまだ死ぬ訳にはいかないしね。貴方が勇者に相応しいならばその手助けをする……。このファーレルの危機を救うべく、出来る限り力を尽くすよ」

 

 彼に従うように僕は礼を尽くすが……、心の中で続ける。だけどもし、トウヤが『勇者』の力を移行するに相応しくないと見極めたその時には……、どんな手段を使っても彼を止めてみせる。僕の大切な仲間たちの脅威となる芽は、曲り形にも勇者として召喚された自分の手で摘んでおく。そう決意を新たにする。

 

(最も、身勝手な彼と職人さんたちとの調整は骨が折れるだろうけれど……)

 

 要件が済んだとばかりに僕は挨拶をして、シェリル達と一緒に部屋を後にする。ちょっかいを掛けてきたトウヤを完全に拒絶し、彼を見ようともしなかったシェリルが部屋を出るなり、「もう、あの人とは出来るだけ付き合わないで下さい……!」と僕に訴えてきて、さらにはユイリまで「さっきの話はどういう事なの!?」と詰め寄ってくる始末。

 シェリル、ユイリともにトウヤとの接触に対して否定的な様子に、よくもまあここまで嫌われたものだと逆に感心するしかない。

 そんな彼女たちを何とか宥めつつ、僕は王城ギルドへと戻っていくのだった……。



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第37話:デート?

 

 

「有難う御座います、リムクスさんっ!流石はストレンベルク一の鍛冶師(ブラックスミス)!いい仕事されてますねっ!」

「……おだてても何も出んぞ、コウよ。……今回は鋼鉄も加えて補強しておいた。全く、普及品の鉄の胸当てを短期間でここまで使い込んで、あまつさえ鉄以上の素材を加えて補強するなど……。最も、すぐに使い捨てて新しい物を求める輩よりは全然いいがのう」

 

 最初にこの世界に来た時にユイリより支給された鉄の胸当てをずっと治して使っていたのだが……、そろそろ限界のように感じていた僕にとって、きちんと補強されて戻ってきた事はとても嬉しい事であった。鍛えて貰った鉄の胸当てを身に付け、その上に使い込んでいる旧鼠のマントを纏う。旧鼠は僕の世界でいう伝説の火鼠のようなものらしく、燃えないという特性がある毛皮で編まれたマントであるようで、鍛えられた胸当てと相まって安心できる羽織り心地に、ついホクホクしてしまう。

 そこにシェリルのところに居たぴーちゃんが再びパタパタ飛んできて、僕の肩にとまる所までが何時もの流れだ。そんな僕達を見て、熟練の鍛冶師(ブラックスミス)にしてドワーフ族でもあるマルクスさんがフッと笑いながら、

 

「しかし、よくここまで鍛えられたものじゃ。普通は壊れるかして使い物にならなくなってしまうものじゃが……」

「それはリムクスさんのお陰ですよ。リムクスさんがこうして鍛え直してくださったり、簡単なメンテナンスの方法を教えて貰いましたし……。まぁシェリルにも随分助けられてますが……」

 

 僕がそう言うと、シェリルも少し嬉しそうにしてリムクスさんに軽く会釈する。僕らの様子にリムクスさんも仏頂面ながらも何処か機嫌が良さそうに感じた。

 ……僕も知らなかったのだが、このファーレルにおいてエルフ族とドワーフ族はあまり仲は良くないらしい。とは言うものの、出会ったらいがみ合うというようなものではなく、出来るだけお互いを避ける程度のものであるようで、最初はシェリルをエルフ族と察していつも以上に素っ気ない態度を隠そうともしなかった。それはシェリルも同様で、幾度となくリムクスさんの元に足を運ぶ僕を遠目で見守るといった感じだったのだけど……、いつの間にか今の様に打ち解けているようになっていたのだ。

 

「……儂よりもそこのエルフの娘に感謝しておけ。お主のその胸当ては、もはや普及している鉄の胸当てでは無い……。お主の身を守るよう魔法で強化されておったので、ここまで壊れる事なく原型を保っておられたのじゃ。儂の技術だけではここまで鍛える事は出来んかったじゃろう……」

「それでも、リムクスさんがキチンと整えてくれたから、この胸当てがあるんです。勿論、彼女の力も大きいとは思っておりますが……」

「そうですね……。そちらの剣に施されている魔力付与(エンチャント)といい……、正直自信が無くなってしまう程素晴らしいものですよ、彼女の魔力付与魔法(マジックコーティング)は……」

 

 そこにストレンベルクで唯一の魔力付与士(エンチャンター)でもあるセオドラさんが感嘆するように話に入ってくる。

 

「ここまでの魔力付与(エンチャント)を施せる者は、この国はおろか……私が魔法を学んだ国で、ファーレル最大の魔法大国である『魔法学園都市ミストレシア』でも中々お目に掛かれないのではないですかね……。古代魔法文明アルファレルにあった失われた魔法、『永続魔力付与魔法(エターナルエンチャント)』にも匹敵するかもしれませんよ」

「そんな……、買い被りすぎですわ、セオドラ様……。本来ならばわたくしごときが出しゃばらずに、本職であられるセオドラ様にお任せするのが一番ですのに……。本当に申し訳御座いません……。ですが彼の……コウ様の物に関しては、どうしてもわたくしの手で施して差し上げたくて……」

 

 今度はすまなそうにするシェリル。そんな彼女を見て、セオドラさんが慌てた様に、

 

「とんでもない!私よりも貴女の方が質が高いのは事実なのです!……お恥ずかしい話、むしろ私の方が貴女に教えを請いたいと思っているくらいですから……」

「……本当にシェリルは凄いよ。魔法使いとしても、ボクよりも優れているんじゃないかな?正直、羨ましいよ……」

 

 続く様にレイアも加わり、シェリルの事を褒め称える。それを聞いてシェリルはますます恥ずかしそうにするのだが……、そんな彼女の姿も可愛いと思ってしまう僕も大分やられてしまっているのかもしれない……。

 

 ……ここは、職人ギルド『大地の恵み』。僕は何時ものように、自分の武器や防具の具合を診てくれるリムクスさん達の仕事ぶりを見せて貰いながらも、別の用件も抱えてやって来たのだ。最初はぶっきらぼうだったリムクスさんだったが、足繁く通って武器や防具を短期間に痛めつけては、鍛えて貰うのを繰り返す内に、色んな事を話す間柄となった。

 そんなだからこそ、トウヤとの間で色々揉めているらしい事も段階的に聞いてはいたが……、職人ギルド『大地の恵み』全体を巻き込んでいるとはユイリに聞くまでわからなかった。それも……、相当無理難題を押し付けているとも……。

 

 何時だったか、この鉄の胸当ての扱い方ひとつとっても、お主と奴とでは雲泥の差じゃ、などと言われた事もある。何でも彼はどんなものも余り長く使う様な事をせず、より良い物ばかりを追って、一つの物を長く使い続けるという概念がないらしい。それについては、ガンブレードのチェーンソー部分……、いわゆる振動する刃の部分を使い捨てのように扱うところからも現れている。

 マルクスさん曰く、物を大切に扱えない者に自分が何かしてやろうとは思えない、との事だ。そろそろもう一つの用件について話をしようかというところで、今まで黙っていたユイリが僕の胸当てについて話し掛けてきた。

 

「でも、この胸当ても貴方に使って貰えて幸せだと思うわよ?リーチェから聞いた話だと、貴方と来たもう一人の方は、初日に胸当てを売ってしまったらしいから……」

「それはあのトウヤとかいう男の事か?あの男は……、勇者だか何だか知らんが物の大切さが分かっておらん!毎回毎回、無茶な事をほざいていきよるし……、そこまで言うのなら自分がやれと突き付けると役割放棄だ等とぬかしよる……。本当にどうしょうもない男だ……!」

「……彼には参りましたね。おまけにガンブレードというものを提案するのはいいものの、その動力に魔力素粒子(マナ)で補えと言って方法はこちらに丸投げなんですから……。でんりょく?というエネルギーに還元しろと言われても、何をどうすればいいのかわかりませんよ……」

 

 わーお……。これはまた、随分と無茶を言ったみたいだ。リムクスさんとセオドラさん、それぞれこの職人ギルド『大地の恵み』の中でも中核を担う方達から不満の声が次々と出てくる。しかもリムクスさん達だけではなく……、

 

「……わたくしもあの方とコウ様が接触を持たれる事は反対です。コウ様を使ってやるなどと……、それに言動もその……、ケダモノのようで、とてもコウ様が付き合われるような方では……」

「ボクも正直なところシェリルと同意見だよ。何度か会った事があるけれど……、とても勇者とは思えない。むしろ、勇者だと触れ回ってそれを免罪符に好き勝手しているようじゃないか。もし彼が本当に勇者だとしたら、世も末だよ……」

 

 ……まさか狙った訳では無いだろうけど、ユイリの一言が切欠でトウヤから預かってきたガンブレードの件で話すタイミングを失ってしまう。でも、シェリルといい、レイアにまでここまで言わせるなんて……。一体何をやらかしたんだ、あの男は……。こんなの普通有り得ないぞ……。

 

「ん……?なんじゃ、その武器は……?まさか、あの男のガンなんたらとかいう奴か?」

「……ええ、彼がリムクスさん達に随分と迷惑を掛けているようですから。少し見かねて僕の方で折衷案を探そうとした訳なんですけれど……」

 

 余程トウヤが嫌なのだろうか、彼の考案したガンブレードを見るなり、最初の頃のような仏頂面に戻ってしまうリムクスさん。一緒にいるセオドラさんも微妙な表情をしている。僕は内心溜息をつきたくなる気持ちを抑えながら、

 

「……リムクスさんがこの武器に嫌悪感を示されるのは、この使い捨て感が溢れる点ですよね?その改善策ですが……、替え刃にするという方策を出来るだけ取らなくて済むように強化するよう魔力付与魔法(マジックコーティング)するのはどうでしょう?それにマルクスさんなら、出来る限り刃こぼれするのを防ぐべく、ストレンベルク一と言われる技術でその問題を解決する事も出来る筈です。そして、恐らくセオドラさんに押し付けられていたエネルギーの問題ですが……」

 

 こうして僕は、ひとつひとつリムクスさん達と折り合いをつけながら、先日トウヤにも伝えた電力を産出できる輝石を渡し、自分の知る限るの電気の知識を伝え、その上で輝石を装着して生活魔法で上手くコントロールする方法を模索してゆく……。

 

 この国で一番の技術を誇るドワーフ族のリムクスさんに、シェリルを除けば唯一魔力を付与できる王国付きの魔術士にして、狼の獣人族であるセオドラさん。元々優秀なお二人には僕が提案した話でその完成形が見えてきたのだろう。漸くその重い腰をあげて、その改善に動いてくれた。

 

 他の職人も呼び、作業を開始し始めた彼らの邪魔にならぬよう、そっと出ていこうとした僕らに、

 

「……これでも持って行け。どうせ儂らが持っていても、使う機会もないからの」

「まぁ……作業の切欠をくれたお礼と思って受け取って下さい」

 

 そう言って渡してきたいくつかの券を受け取る。それを見て僕は、

 

「『PT変換券』……?これは……」

「魔法屋や商人ギルドにあるポイント交換屋(ショップ)で使えるものじゃ。お主もギルドに席を置いている以上、カードを持っておるじゃろう?そのギルドカードに記録されたポイントに追加させる変換券じゃよ」

「本来、我々にも付帯されるものなのですけれど……、あえて他の方に渡せるようにこうして変換券にして貰っているのです。ポイントは中々貯まるものではありませんし、少しでもその足しにして頂ければと……。ポイント交換屋は利用された事はありませんか?普通の交換屋はこの『大地の恵み』にもありますけど、アイテムのラインナップは比べ物になりませんからね……」

 

 ギルドのポイントって、確かお金では購入できないんだっけ?中にはそこでしか手に入らない貴重な武具やアイテムもあるって話も聞いた事もある。何年ギルドに席を置いていても購入できないって嘆く人もいるらしいし、あくまでこれはリムクスさん達の気持ちだろう。

 

 因みに……、セオドラさんの言う交換屋は職人さん達が使われなくなった武具を鍛え直し、独特の改良をしたアイテムを、自分達の持ち込んだアイテムとを交換してくれるところだが……、その交換には倍の価値があるものとでしか交換する事が出来ない。ただ、その価値を決めるのは職人さんであるので、要はその人に気に入られれば交換は簡単に成り立つ。

 

 僕の壊れた銅の剣に価値を見出したとして、リムクスさんとセオドラさんの作品でもある『氷のブーメラン』を代わりに渡された時は内心戸惑ったりしたものだ。『こんな短期間に何年も使い込んで壊れたような味を出した剣など中々お目に掛かれない』だなんて言っていたが、実際は彼らに援助して貰っているようなもの。

 ……本当にこのお二人には、世話になっている。

 

「有難う御座います、リムクスさん、セオドラさん!」

「……これは上手く仕上げて置いてやる。じゃがこれはお主の為では無い、少し儂の気が変わっただけじゃから思い違いはするでないぞ」

「相変わらず素直ではありませんね……。しかし、ここまで改善策を示してくれたのです。貴方の顔も立てて、しっかりと仕事させて頂きますよ」

 

 まるで一昔前に流行った特定の性格のテンプレートのような事を言うリムクスさんに苦笑しつつも、有難くそれらを受け取って『大地の恵み』を後にした……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「そういえば……先日はコウを随分と追い詰めてしまったようだな。王女も随分気にしてたよ。本当にすまなかった……、ボクからも謝らせてくれ」

「……レイア、君が謝る事じゃないよ。勿論、王女殿下にもね。あれは……自分の問題で、僕が割り切れなかった事が原因さ。だから、僕の方こそ謝らなければならない……」

 

 本来この世界を救うべく召喚された僕が、勇者になる事を拒んでいる事も含めて……、レイア達には謝らないといけない。最も、僕も自分の意思でファーレルに来た訳ではないし、元の世界に戻りたいと願う事は可笑しな事ではないとも思っているが……、ここまで世話になっている王女殿下やシェリル、ユイリ達に何も返すことも出来ずに帰還するというのも違うと感じている。

 ……それに、もしこのまま元の世界に戻ったとしても、一生後悔する事になるだろう。

 

「……まだ気持ちの踏ん切りがつかない僕を慮ってくれているのもわかってる……。深く聞かないでくれている君たちの気持ちに甘えてしまっている事も……。だから、それについてはちゃんと話すから……、もう少し待っていて貰えると有難い……」

「……それは別にいいわよ。でも、この間の件だけははっきりさせておいて欲しいわね。貴方、あの勇者と触れ回る男に力を移す云々言っていた事……、あれはどういうつもりなの?貴方のどんな力を彼に移そうとしているのかは聞かないけれど……、それだけはこちらとしても看過できる事ではないから」

 

 ユイリはそう言うと僕の方をジッと覗き込んでくる。……余程トウヤとの話が彼女の中で引っかかっているのだろう。

 あのトウヤという人物は想像以上に評判の悪い人物だった。初対面の、それも男性不振ぎみであるシェリルに迫ったり、強引に自分のものにしよう等と……。僕が向こうの世界に戻っていた時も、色々とやらかしていたようであるし、僕もいい加減に覚悟を決めなくてはならないのかもしれない。

 

「彼との話の件についても……、君達に悪いようにはしないから。今、僕がやっている事だって、別に彼の為にしている訳じゃないしね」

「……あら?そうでしたの?わたくしはてっきり、あの方の手助けをされているように思えたのですが……?」

 

 若干トゲのあるようなシェリルからの物言いに苦笑いを浮かべるしかない。恐らくは僕がトウヤに使われているような形で動いているように見えるのだろう。そして、彼女はそれを快く思っていない……。実際に僕がトウヤの発案した問題点を改善している事は間違ってはいないが、それが全てという訳ではなく……、僕はシェリルの言葉を訂正するように続ける。

 

「……正確には彼のやった事の尻拭い、かな?あの『ガンブレード』は、彼の持ち込んだチェーンソーに、元々この世界に伝わっていた技術を組み合わせた物だったけど……、拳銃(ピストル)の方はそうはいかない。あれは……この世界の技術を数世代上回るものだったから……」

 

 このストレンベルクでは余り普及してはいなかったみたいだが……、『銃』という技術、概念はこの世界にあったらしい。この国より北に位置する大国、イーブルシュタイン連合国には、日本にいた際に歴史で習った火縄銃、それもフリントロック式に近い銃が使われているらしく、それを知っていたリムクスさんがトウヤの注文に対し、その銃に振動する刃を組み込んで上手く一つの武器に仕立て上げたようだ。

 だが、トウヤの持ち込んだ拳銃(ピストル)はオートマチックの自動式拳銃だ。この世界には存在しない、数世代先の技術である為、その取り扱いには注意を払う必要がある。便利だからと段階を超えて技術等を伝える事は、この世界にとって必ずしもプラスになるとは限らないと思うからだ。

 

(全く、リムクスさんは天才だよ。一を聞いて十を知るではないけれど、彼らにとっては数世代先の技術を、見ただけで理解してしまったようだからね。だけど、それが良かった事かどうかはわからないけど……)

 

 もっと言ってしまえば……、僕たちの世界が歩んできた歴史だって、正しく進歩してきた結果とも思えないのだ。いずれ開発されてしまうかもしれないとはいえ、核技術といった世界を滅ぼしうる力を人が手にする事は果たして良かったのかと思わずにはいられない。

 

「……彼はその辺を勘違いしているみたいだけれどね。あの拳銃(ピストル)やその弾丸一つとっても、今までこの世界に存在していた銃の常識をひっくり返してしまうくらいの技術の結晶なんだ。一足先にその技術が伝わってしまった以上は、正しく出来る限る混乱が起こらない様、僕が知る限りで周知していかないと駄目だと思うから……」

「ですが……、それをコウ様がなさるとしても、今の時点でされることはないではありませんか?このままでは、コウ様が考えておられる事も含めてあの方の功績となってしまいます。……このような時は、まず問題を提起させて、如何にもならなくなった後にコウ様が介入なされた方がよろしいのではないでしょうか?」

「……そうね、これも何回も言っている事だけど……、誰が何を成し遂げたのかを正確に伝えるのはとても大事な事なのよ。今のままなら貴方が何をしたとしても、全て彼がやった事になってしまうわ。それはこの国にとっても、そして彼にとってもいい事だとは思えないけど……」

 

 ……彼女達の言う事は尤もだ。本当ならばシェリルの言う通り、トウヤでは改善できないとはっきりした時点で介入すべきだとも思う。今の僕は単純にトウヤからの依頼というか、その延長線上で対応している為、改善したとしても全て彼の功績となってしまう。それが、シェリル達にとっては容認できない事なのだろう。

 

 なによりも、トウヤの功績になるという事がかなりネックになっているようだ。ユイリを始め、フローリアさん達から聞いていたけど、実際に会ってみて関わり合いになりたくない人物という事はすぐにわかった。1回会っただけのシェリルがこんなに拒絶反応を示している事からも伺えるように……、権力を持たせたらとんでもない事になりそうなのは目に見えている。

 

 ……そんな男であっても繋がりを完全に断絶できないのは、元の世界に帰還する為の僕の事情によるものである。嫌いな相手であろうと上手く付き合っていかなければならない事なんて生きていく中では普通にあるものだし……、もしかしたらトウヤが勇者に相応しいような人物になるかもしれない。まぁ、今のところはその兆しは見られはしないが……。

 

(僕だって……、アイツの事は嫌いだよ。初対面だったシェリルを抱き寄せて無理やりキスしようとした時、思わず剣に手を掛けてしまったし……。バレなかったから良かったけど……)

 

 シェリル達に同調し、トウヤを拒絶したい気持ちはあるけれど、グッと我慢して僕は彼女たちに答える。

 

「……君たちの言う事はわかるよ。それが間違っていないという事も……。だから、彼の事については慎重に見極めるよ。勝手に自分で判断する事もしない。ちゃんと君たちの話は聞く様にするから……、今は僕の行動を見守っていてくれないかな……?勝手な事を言っているのは承知しているんだけど……」

「……そこまでおっしゃられるのでしたら、わたくしはかまいませんわ。ただ……コウ様、先程も申し上げたが、彼は貴方の付き合うべき方ではないという事だけはご承知おき下さい」

「そうですね……。姫の仰る通り、彼が勇者に相応しくない人物という事も断言できるわ。だから、もし彼が本当に勇者だったらと思うとゾッとするし、力を彼に移そうとしている事も看過できないのよ」

 

 ユイリにここまで言わせるなんて……、アイツは一体何をやったんだ……?もしかして、まだ僕の知り得ないトウヤの悪行でもあるとでもいうのか……?何か知るのが怖くなってきたんだけど……。

 ユイリ達の物言いに対して戦慄している僕に、レイアが気を紛らわせるように声を掛けてきてくれた。

 

「ほ、ほら!そうこう言っている内に着いちゃったぞ!コウ、ここが商人ギルド、『人智の交わり』だ!」

 

 助け舟を出してくれたレイアに感謝しつつ、僕は向かっていた目的地である商人ギルド『人智の交わり』を眺める。闇商人であったニックとのやり取りの為に、王城ギルド所属の自分の名で色々便宜を図って貰っていたのだが……、こうして訪問するのは初めてだ。

 建物は冒険者ギルドと同様に一際大きな造りとなっており、その入り口には人々が商談しているような様子が描かれた看板が掲げられている。レイアが僕に代わって扉を開けてくれたところ、

 

「いらっしゃいませ、『人智の交わり』にようこそお越し下さいました!」

 

 ギルドに入るとすぐに受付のカウンターがあり、入ってきた僕たちにそのように気持ちのいい元気な声が響く。それぞれギルドとしての役割が違うからなのか、若干ギルド内の間取りも異なっているようだけれど、それにしても……、

 

「……?どうかなさいましたか、お客様?」

「……コウ、初対面の女性をそんな風にまじまじと見るのは感心しないわよ?」

「え……、ああ!ごめんなさいっ、そんなつもりは……!」

 

 つい声を掛けてくれた女性の事を見入ってしまっていたようだ。慌てて謝る僕に、

 

「……最近よくこんな事がありますね。女性に見惚れてしまう事がいけないとは申しませんけど……」

「……そうなのか?コウ、いくら彼女が可愛いとはいってもだな、流石にボク達もいる中であからさまに……」

「ちょっ!?違う違うっ!僕が気になったのは……!」

 

 シェリル、レイアにまでジト目で見られ勘違いされている事に気付き、あたふたしながら弁解する。

 僕にだってシェリル達と一緒にいるのに他の女性に目移りするなんて事はこの上なく失礼だってわかっているし、そんな事をするつもりは毛頭ない。何とかわかって貰えるように必死になっていると、僕の肩にとまっていたぴーちゃんが静かに飛び立ち、パタパタと受付の彼女の所に羽ばたいていき……、

 

「わぁ……、可愛い小鳥ちゃん!フフフッ……」

 

 ぴーちゃんが自分の指にとまって嬉しそうにする受付の彼女に、僕の感じていた違和感の正体がわかったような気がした。そこで受付の彼女に向き直り、コホンと一息つくと、

 

「……間違っていたらゴメン。君はまだ中学生……というか、子供じゃないの?随分大人びているようだし、成人しているように見えなくもないけれど……」

 

 ……そう、僕が気になったのは彼女の年齢だ。大人っぽい雰囲気があるし、大学生といっても通用する体型もしているけれど……、どこかまだ子供っぽいあどけなさも残っているようにも思える。受付嬢としても美人というより、可愛いと言った方が似合う事もあって、まさか子供がこのように働いているのかと思わず凝視してしまったのだ。

 ついジッと顔を見入ってしまって、恥ずかしそうにしている彼女に申し訳なく思いながらも、僕がそのように問い掛けると、

 

「は、はい……、私はまだ14ですので、子供と言われてしまうとそうだとしか……。男性ならギリギリで大人と認められる年齢かもしれませんが、私は、まだ……」

 

 やっぱりそうか……。彼女の言葉を受けて、間違ってはいなかったとホッとするも、この国では子供でもこうして働くものなのかと内心では驚いていた。

 元の世界でも昔は元服といって、11~16歳位で一人前の大人として扱われる風習があったようだけれども……。そんな感じで驚いていた僕に、

 

「うん?コウの居た世界では子供が働く事はなかったのか?少なくともこのストレンベルクでは、その才能に応じて職に就く事は普通の事なんだけど……。ボクも彼女位の年齢で魔法の研究職に就いていたし……、ユイリだってそうだろ?」

「まぁ、そうですね……。でも、彼女のような年齢でギルドのコンセルジュを務めるというのは異例な事だとは思いますよ。仕事内容を理解していなければとても就く事が出来ない職業ですからね、コンセルジュは……」

 

 ……成程ね、ここでは割と自然な事だったか。しかし、こんな子供の内から働いているなんてな……。一見すると、彼女は子供には見られないかもしれないし、体付きはもう大人と言っても過言ではないけど……。そんな事を考えていると、僕を伺っていたのかシェリルより苦言を呈してきた。

 

「……コウ様、女性は視線には敏感ですから……、何を考えていらっしゃるかわかってしまいますからね。……申し訳御座いません、彼に代わってお詫び致しますわ……」

「えっ!?いや、ちょっと待って!?僕、別に変な事は考えていないよ!?」

 

 そりゃあ少しは年齢に似合わない彼女の体付きにセクシーさを感じていたのも事実だけど……!だけど、それはあくまで少しではあるし、男としてそれくらいは仕方がないというか……!

 ……なんかシェリル、今日は珍しく僕に厳しくないか?最も、本当は先日の『泰然の遺跡』でシェリルと約束した買い物に出ようと誘って出てきていたのだけど、ついでに済ませてしまおうと職人ギルドや商人ギルドに寄った結果、レイアとも合流した事により何時もの外出と変わらなくなってきているのもあるかもしれないが……。ん?もしかして、それが原因か……?

 

 そんな僕たちの様子を見て、クスクスと笑っていた受付の女の子が、

 

「フフッ、いいんですよ。年齢に似合わない事をしてるなぁって自覚はありますしね。たまに余所の方から『ガキの癖に』とか『いい体してるじゃねえか』等と不埒な事を言われる事もありますから……。それでも私にこんな素敵な仕事を任せて頂いているこの国には感謝しかありません」

「何を言っているんだ!君の歳でそこまでしっかり仕事をこなしてくれている人は中々いないんだ!こちらこそいつも助かってる!そんな事を言うヤツはボクが……!」

「落ち着いて下さい……。でも、貴女が立派に仕事をされているのは皆が認めるものです。このレイアの言葉ではありませんが、貴女を誹謗中傷するような輩がいたら仰って下さい。……コウ、貴方も気を付けなさい?女性に年齢を訊ねるのは、基本的に失礼に当たるからね」

 

 うぅ……、わかっているよ。僕とした事が、かなりの失態を晒してしまった……。シェリル達からの視線を痛く感じていると、

 

「これこれ、ジェシカ。その辺にして差し上げなさい。彼はこの『人智の交わり』で多大な貢献をして下さっている方なのだぞ」

「あ、お父さん……いえ、ギルド長、申し訳御座いません。それではこの方が……」

 

 髪をオールバックにして背広のような物を着こなした壮年の男性が奥からやって来ると、そう言って彼女を窘める。その男性を父と呼び、話を聞いて何処か尊敬するように僕を見てくる少女だったが……、正直なところピンとこない。

 そもそも、僕がこの商人ギルドにやって来たのは初めての事だ。彼らとも初対面であるし、貢献なんてしている筈も無い。誰かと間違えているのではないかと思ったところに、ギルド長と呼ばれた男性は軽く一礼してきたのだ。

 

「直接お会いするのは初めてですな、コウ殿。わたしは商人ギルド『人智の交わり』の責任者をやらせて頂いております、マイクと申しますぞ。娘が何か失礼をしてしまったかと慌ててこちらに参りましたが……、ホッと致しましたぞ」

「……ご丁寧な挨拶、痛み入ります。私はコウと申しますが、そちらに何か貢献したとの事……。正直、身に覚えがないのですけど、他のどなたかと勘違いをなされているのではないでしょうか?」

 

 そのように答える僕にギルド長であるマイクさんが笑みを深めると、

 

「いえいえ、貴方様で間違いありませんぞ。裏社会でも名の通っている闇商人に表の流通経路を荒らされぬよう間に入って上手く調整して頂いているばかりか、貴方が考案された数々の特許やレシピの公表も特に条件も付けず、ほぼ我々に委ねて下さっているではありませんか!貴方のお名前は『人智の交わり』において知らぬ者はおらぬほど、広く知れ渡っておりますぞ!」

 

 ……フローリアさん、だな。色々と便宜を図ってくれる白髪の女性の姿を思い浮かべ、苦笑するしかない。気が付くとジェシカと呼ばれた目の前の少女だけでなく……、ギルド内に居た他の職員も僕らの方を見て「あの方が……」なんて言っているのが聴こえてくる。

 王城ギルドに登録させて貰っている僕は、この国にある冒険者ギルド、職人ギルド、そしてこの商人ギルドにおいて、ある程度の顔が利くようになっているらしいが……、どうも僕の想定以上に利きすぎているようだ。

 

 最も、顔が知れ渡っている方がこれから進めなければならない職人ギルドとの橋渡しについて、円滑に行えそうであるから都合がいいのかもしれないけれど、何処かやりすぎのような気もしないでもない。

 

「……むしろ、こちらが貴方方にご迷惑を掛けてしまっていると思いますよ。闇商人が表の世界に介入してくる事は、商人ギルドにとっては死活問題になりかねないのではないですか?それを……」

「なに……、今までも介入自体はあったのですよ。王国で目を光らせて頂いているお陰で表立ったものはありませんでしたが……。コウ殿がそこに手綱を握って下さったので上手く線引きは為されておりますし、本当に感謝しております。それに、新型の武器の件で職人ギルドとの兼ね合いも担って頂いているとか。あの気難しい事で知られるリムクス殿にも一目置かれているという事で、頼もしい限りですぞ!」

 

 ……なんか、物凄く信頼されているような……。ギルド長自らがここまで褒め称えてくるとむず痒くなってくる。

 

「まぁ、出来る限り手は尽くしますが……、あまり期待されても……」

「コウ殿ならば大丈夫ですよ!宜しくお願いしますぞっ!いやー、是非ともコウ殿とはお近づきになりたいと常々思っていたのですよ。どうです?ウチの娘を嫁に貰っては頂けませんか?」

「お父さんっ!勝手な事を言わないで!コウさんにも悪いし、それに私には……」

「あの小僧の事か、ジェシカ。幼馴染とはいえ、それ以上の想いを持つ事は止めておくよう常々言っておるだろう!アレは冒険者として生きていく事にしたのだ。お前にはもッと良い男を探してやると……」

 

 ……駄目だな、これは……。何やら始まってしまった親子の言い争いに、僕は諦めて溜息をつくと、リムクスさん達から頂いた『PT変換券』の事を思い出し、それについて聞いてみる。「それなら……」とジェシカちゃんがぴーちゃんを連れながら案内してくれ、奥に入った先の扉に入ると、魔法屋に入った時と同じ感覚のする部屋へと通された。

 

「ここがポイント交換屋(ショップ)です。コウさんはご利用は初めてですか?」

「ええ、そこそこポイントは貯まっていたんですがね……」

 

 とりあえず貰っていた『PT変換券』をどのように使おうかと思っていると、全部僕のポイントへ加えていいとの事。それならばと視覚化されたパネルのようなものを操作してアイテムを変換すると、『70629 pt』と表示される。なんと、このPT変換券、30000pt分の価値があり、一気に自分のポイントが加算された。

 

「……かなり良さそうなアイテムがラインナップされてるね。名前を見ただけでも強そうだと判断できるし……」

「その分、高めにポイントが設定されているけどね。魔法空間に納められているものだから、それこそ伝説級の武具が期間限定で現れたりもするわ。そんな時の為にポイントを貯めている人も多い筈よ」

 

 へえ、期間限定で入れ替わるんだ。一応、自分のポイントでも交換できそうなアイテムもあるけれど、それならばもう少し貯めておいた方がいいかな?

 それならば一通り見てみようかと、僕は武器や防具等をザっと目を通していく……。

 

三日月刀(シミター)にカトラス、それにショーテルね……。剣だけでも色々と種類があるんだな……。短剣や両手で扱う剣なんかも何種類もあるようだし……」

「この世界に元々伝わっている物もありますけれど、やはり異世界よりやって来られる勇者様や転移者の方から受け継がれる物もありますわ。様々な技術、思想が混ざり合い、新たな文化として登録される物もあります」

 

 そうシェリルが補足してくれる。成程、新しい文化か……。その文化が生みだしたとされる数々のアイテムを見て回って、ある高額なポイントとの交換を要求する武器へと辿りつく……。

 

 

 

虹彼方(にじのかなた)

形状:武器<刀>

価値:SS

効果:虹を構成する七色に輝く成分のある金属で打ち出した日本刀。その美しい見栄えと共に、抜群の切れ味を保証する、名のある刀工が完成させた奇跡の一振り。

 

交換:77777777 pt

 

 

 

「7千万ポイントって……、こんなの絶対交換できないんじゃ……」

「ああ……、その刀はこのポイント交換屋(ショップ)の目玉になっている武器よ。期間限定で入れ替わる物ではないわ。噂だと和の国にいるという転移者の鍛冶師が打ったとされているけれど……、もう何年も前からこのように展示されているようだし……」

「未だ交換した者はいないとされてますね。でも、短期間に7万ポイント以上集めたコウさんなら、交換も夢ではないかもしれませんよ!」

 

 ユイリの言葉を受けて、ジェシカちゃんがそのように僕に声を掛けてくる。

 

(……とはいっても、約千回以上もこのペースでポイントを貯められるとも思えないな。まして、そのポイントの内、3万は貰いものだし……)

 

 どう考えてもこのアイテムが手に入るとは思えない。それよりも気になるのは、説明に『日本刀』と記載されている事と、ユイリの言った『転移者』という言葉……。

 そういえばフローリアさんも話していたか、「不意の事故か何かでこの世界にやって来られた転移者」と……。まして、日本刀を打ったというくらいだから、その人は日本からやってきた人物なのだろう。

 

 もし本当に『転移者』という人が居るのであれば……、その人はこのファーレルの住人ではない。それならば、別にトウヤに勇者の力を移したりしなくても、その『転移者』という人を探した方がいいのではないのか……?

 

「ユイリ、その転移者の鍛冶師って……、今もその和の国というところにいるのかな……?」

「え?うーん、どうかなぁ……。さっきも言ったけれど、その『虹彼方(にじのかなた)』って刀がここに登録されたのは相当昔の事なのよ。だから、今も居るかどうかはわからないわ。ただ、和の国では伝説とも云われる鍛冶師(ブラックスミス)がいるという噂は聞いた事があるわね」

「……和の国が秘匿しているっていう人物の事?ボクも聞いた事があるなぁ……。だけど、誰も見た事が無いんだろ?あの国に詳しいユイリがわからないんなら、多分眉唾物なんじゃないかな……」

 

 レイアの言葉を受けて、思わず唸ってしまう僕。そう上手くはいかないか……。とりあえず話を切り上げて、この奇妙な感覚のするポイント交換屋(ショップ)を後にする。

 

「あ……、コウさん、これ使って下さい」

「ん?ジェシカちゃん、これは……」

 

 戻って来る途中に思い出したとばかりにジェシカちゃんが何やら券のような物を取り出し、僕らに渡してくる。何か職人ギルドでも同じことがあったようなと思っていると、

 

「福引券です、この『人智の交わり』にいらっしゃった方にお渡ししているものなんですよ。……まぁ、全員に配っている訳じゃないんですけど……」

 

 それでも皆さんにはとニコニコしながら1人1人に福引券を渡してくれた。どうやら1人1回は引けるらしい。

 

「福引所もこの『人智の交わり』にありますから……、こっちです!」

 

 プラチナブロンドの髪を揺らしながら付いて来てと言わんばかりに案内してくれるジェシカちゃんに元気だなぁと思いながら後に続く。同じ受付嬢でも落ち着きのある『天啓の導き』のサーシャさんとはまた別の感想を抱きつつ、年相応の元気良さに僕は微笑ましく感じていた。

 やっぱりギルドの顔というか、華となる看板娘には違いない等と考えていると、福引所のあるところに着いたらしく、そこに戻っていたマイクさんが声を掛けてきた。

 

「おや、ジェシカ……。コウ殿、ポイント交換屋(ショップ)はもういいのですかな?」

「ええ、元々どんな物があるか確認しにいっただけですので……、それよりこちらで福引が引けるとの事ですが……」

「こっちです、コウさん。ここで引けますよ!」

 

 これは元の世界にあったものとほぼ同じものだな……。見慣れた福引抽選器、通称ガラポンを見てなんとなくホッとしつつ、それぞれ一人ずつ引いていく。シェリルとレイアが外れ、参加賞として回復薬(ポーション)を貰い、ユイリが4等の双六券を当てていた。何でもこの双六券、カジノにある等身大の双六で……、参加者が駒のように進めるという、ゲームの世界にあるようなもののようで、今度使ってみたらと彼女が渡してくるのを受け取り、思わずギュッと握り締めてしまう。

 

 いよいよ僕の番か……。こういうの、あんまり当たった事ないんだよな……。期待しないで適当にガラポンを回すと、何やら銀色に輝く球が出てきて……、

 

「おおっ、1等ですよ!?おめでとう御座いますっ!!」

「1等だって!?久しぶりだな、凄いじゃないかっ!」

 

 ……なんか、1等が当たったらしい。前から思っていた事だけど、僕、運が良すぎないか……?これも、絶対強運や運命神の祝福等の効果なんだろうか……?

 そう思っている僕に、職員の人が首飾りのようなものを持ってくる。

 

「これが1等商品、『魔力素粒子(マナ)のペンダント』です!お受け取り下さい!」

「どうも……」

 

 受け取ってすぐに評定判断魔法(ステートスカウター)で鑑定してみると、

 

 

 

魔力素粒子(マナ)のペンダント』

形状:装飾品

価値:B

効果:魔力の素となる魔力素粒子(マナ)が集まって結晶化したものを首飾りにした装飾品。使用すると身に着けた者の魔力を微量ながら回復させる事が出来る。結晶化した魔力素粒子(マナ)が崩れるまで使用する事が可能。

 

 

 

 こんなアイテムが確かゲームの世界でもあったな……。複数回使えてMPを回復させる某指輪なんかが……。

 色々考えた結果、僕はこれをレイアにあげる事にする。

 

「……コウ、これは君が当てたんだ。君が使いなよ」

「僕が使う事も考えたけど……、あまり使い時が無いと思うんだ。僕の魔力が尽きそうな時は、大体シェリルが魔力譲渡魔法(マジックギフト)で回復してくれるし……、いざとなったらこのストアカタログから魔法薬(エーテル)を取り寄せればいい……。それならレイアが持つのが一番良さそうだろ?」

 

 遠慮するレイアに尚もペンダントを渡そうとするも、

 

「そもそも……、ボクがここに居ていいのかとも思ってたし……。今日は、シェリルと出かける約束だったんだろ?それなのに……」

「……いいんだよ、君にも本当にお世話になってるんだから。王女様との掛け渡しもしてくれて……、有難う、レイア」

 

 そう言って感謝の気持ちと共に、固辞するレイアの首元にそっとペンダントを掛ける。流石に掛けられたソレを取り外してまで返そうとは思わなかったようで、レイアははにかみながらも受け取ってくれた。

 ただ、今日の本来の目的はシェリルの気に入りそうな物を見つけてプレゼントする事にある。そこで僕はここへ来た用事を済ませるべく、ギルド長のマイクさんと新武器の導入と流通について話をしようとした時、

 

「これって……、カードダス?隣の筐体はガチャだと思うけど……」

「その通りですな、それはカードダスであっておりますぞ」

 

 懐かしい筐体に関心を持ったところに、マイクさんが説明してくれる。このストレンベルクの人物たちをスフィアに投影してカード状にしたものを販売しているようだ。1回銅貨2枚で、殆ど僕の知るカードダスと一緒で、それに特別な効果といったものはなく、主に広報活動の一環であるらしい。

 

「ただそのトレーディング性に、カードを集めている者もチヤホヤおりますぞ。やはり中々出にくいカードとかもありましてな、中には金貨を出してでも手に入れたいカードもあります。何を隠そう、わたしも偶に引いておりましてな、若干中毒性もあるというか……、本当にコンプリート出来るのかも分からない程に種類も沢山ありまして……」

「それは……、なんとなくわかります。僕も中途半端に手に入れてしまうと、全部集めたくなってしまいますから」

「おお、コウ殿もわかりますかっ!気が合いますなあ……」

 

 どれ、ちょっと僕も引いてみるかな。お金もガチャの時ほど高くないみたいだし、とりあえず3回程……。そうしてガチャガチャとレバーを回しながらカードを引いてみると……、

 

「なっ……!?コウ殿、そのカードは……、もしかして……!!」

 

 僕の引いたカードに息を吞むマイクさん。それもその筈、僕が引いたカードは見ただけでどれも当たりとわかる程特別な加工が施されているものであった。

 

「こ、この国の王女殿下にして、一番価値のあるレイファニー様のカード……!本当に封入されているのかと集めている者達の中では疑問視されていたもので、わたしも見るのは初めてですぞ……!しかも、残りのカードもまた凄い……。大公令嬢でありながら国々を鼓舞してまわるストレンベルクの至宝と呼ばれ、歌姫であるソフィ・カッペロ・メディッツ嬢!さらには、そちらにおられるユイリ殿のカードですか……。彼女のカードにはさらに特殊な加工が施されているみたいで、表面の部分を捲るとその裏面には潜入捜査をする出で立ちのユイリ殿の姿が描かれているとか……」

 

 ふうん、そうなんだ……。ちょっと興味が出て、ユイリのカードを捲ってみようとして……、他ならぬ彼女に止められる。

 

「捲らなくていいわっ!捲ったら……わかっているわよね?コウ……!」

「わ、わかったから、その手に握った刃物は下ろしてよ、ユイリッ!」

 

 余程恥ずかしい姿でも写っているのか、断固として捲る事を是としないユイリ。いいさ、一人になった時にゆっくり見て……ってそもそも一人になる時なんて僕にあるのだろうか?

 

「高価なカードが固まっているのか……?なら次のカードは…………やはり何時もと同じく名も知らぬ男の兵士のカード……。な、なぜ連続してそんな伝説級のカードが排出されたのだ?まさか、コウ殿が引いたから……?」

「いや……、流石にそれは無いと思いますけれど……」

 

 偶々、そんな凄いカードが固まっているところに僕が引いただけだろうとは思う。試しにもう一度カードダスを引くと、次はマイクさんと同様、兵士というか冒険者風の格好をした男の子のカードを引いたようだった。

 

「ほら、見て下さい……。僕もマイクさんが引いたカードと同じようなものです。見習い冒険者、名前は……アルフィーというのかな?」

「えっ……!?」

 

 僕の声に反応してそのカードを覗き込んでくるジェシカちゃん。どうしたんだろうと思っていると、

 

「まさか……、アルフィ―、カード化されていたんですね……」

「……知っている子なの、ジェシカちゃん?」

 

 問い掛けに頷くと、彼女は教えてくれる。彼は幼馴染の男の子で、冒険者になったばかりだと言う。名前はアルフィ―。冒険者だった父の影響なのか、自分も同じ道を進むと決めたようだった。

 

「……私たちが10歳の頃に国で行われた鑑定で……、私はコンセルジュ関連の才能に、アルフィーには冒険者としての一通りの才能を持っている事がわかったんです。彼はこの『人智の交わり』で私を手伝ってくれながらお金を貯めていって……、先日ついに念願の冒険者になれたと喜んでおりました」

「わたしも別に彼に含むところがあるわけではない。むしろ、アルフィ―の父とは旧知の仲でね……、色々と頼まれている事もある。まぁ、娘との交際云々は話は別だが……、それでもあの歳で危険な冒険者としてやっていくのはと宥めておったんだが……」

 

 ……先程、親子で言い合っていたのはアルフィーという少年の事であるらしい。ジェシカちゃんは彼に幼馴染以上の感情を抱いているようだが、マイクさんがそれにストップをかけている、と……。だけど、それも彼の事が憎い訳でもなく、逆に彼を心配していて、もし何かがあった時に娘のジェシカちゃんが傷つかないようにと色々配慮している……。こんなところだろうか。

 

「ですので、その……、コウさん、もし良かったらそのカード……」

「ああ、いいよ。……大事にしてね」

「あ……、有難う御座いますっ!!」

 

 お代はというのを、プレゼントすると話したら、そのカードをギュッと大切そうに抱きしめていた。そんな彼女を見て微笑ましく思っていると、

 

「あの、コウ殿?その3枚のカードもわたしに譲っては貰えないだろうか?金貨を10枚出しますが……」

「それは……、いえ、ちょっと今は考えられないですね。僕にとっても知人ですし、1人は今この場におりますので、本人を目の前にして譲り渡すというのも……」

「そ、そうですな……。しかし、もし考えが変わったら是非教えて下さい。場合によっては、もっと金貨を出しますぞ?」

 

 あはは……と苦笑しながら、マイクさんに答える。正直、こういうのはお金の問題ではない。それにしても……、良く出来ているな、このカード……。あの王女殿下の魅力をこの1枚に見事に納められているし……。

 

「……わたくしのカードも作って頂こうかしら?最も、コウ様がそのように心を奪われるものになるかはわかりませんけれど……」

「シ、シェリル……!だから何度も言うけど……、別に心を奪われたとかではないからね!?」

 

 何処か拗ねたようなシェリルに慌ててそのように弁解する。綺麗だと思ったのは事実だが、今カードを手にして僕が考えた事は、これを何か別のゲームというか、実用性のある何かに変える事が出来ないかという事だ。元の世界では実現しなかった何か、それがここまで出掛かっていたんだけど……。

 

 ……まぁ、彼女の機嫌を損ねる訳にもいかない。今日はシェリルの喜ぶ顔が見たくて、こうして出てきたのだから……。

 

「……このカードはシェリルが預かっていてよ。ユイリも余程見られたくない姿がそのカードに納められているようだし、君が持っていた方がいいと思う……」

「そうですね……、コウが見ない様に監視するのも骨が折れますし、お願いできますか、姫……?」

 

 監視までしても見られたくないのか……。これ以上ユイリの件には触れない為にも、やはり彼女に持っておいて貰った方が良さそうだ。そんな僕たちのお願いにシェリルがカードを受け取りながら、

 

「……わかりました。ですけどユイリ、カード化の件、お話しておいて頂けませんか?……なんて言ったらいいのかわからないのですけれど、胸がモヤモヤしてしまって……」

 

 ……余程シェリルにとって、納得できない何かがあったのだろう。ユイリにそうお願いしているシェリルを余所に、僕はマイクさんと今後の話をしつつ、ついでにジェシカちゃんにもプレゼント等を探すのにお薦めの場所を教えて貰ったりして『人智の交わり』での用件を済ませていった……。

 

 

 



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第38話:シェリルへのプレゼント

なかなか執筆の時間が取れず、投稿が遅くなり申し訳御座いません。
第38話、投稿致します。


 

 

 

 商人ギルド『人智の交わり』を出て、いざシェリルへのプレゼントを探しに行こうとしたのだったが……、

 

「欲しい物、と言われましても……」

 

 ジェシカちゃんに聞いておいた、ストレンベルクの貴族御用達のオートクチュールや高級宝飾店に彼女を誘ったものの、シェリルはいまひとつ乗り気ではなく、

 

「……もし、わたくしに何かをと考えていらっしゃるのでしたら、かまいませんわ。唯でさえコウ様は先日、あの方に多額の金貨をお支払いになったのです。わたくしはこうして、貴方と一緒に居られるだけで十分ですから……」

「いや、シェリル、そういう事じゃなくてね……。あくまでこれは僕の気持ちというか……」

「……それでわたくしの為に散財して頂いても、嬉しくありませんし困ります。どうか御自重なさって下さいませ」

 

 取りつく島もなくピシャリと撥ねつけられ、それ以上何も言う事が出来なくなってしまう。僕も頑固な方かもしれないが……、シェリルも一度決めたら中々折れてくれない強情なところがある。ましてや自分自身の事となると……。

 

(散財……ね。仮にも元お姫様だったのだろうに……、高価な物は受け取りたくないって……)

 

 僕が苦笑しながら「わかったよ」と折れると、シェリルはニコッと漸く笑ってくれた。

 高貴な身分の女性らしく、美しく品があり為政者としての知性を持っている事は疑いようがないものの、一方でそんな方に見られるような世間一般にズレがあるという様子も見受けられない。メイルフィードという国で培われたエルフ族独特の感性なのか、はたまたシェリルが特別なのかはわからないが……、金銭感覚は普通であるように思えるし、僕のような一般人の知性も理解しているように感じる。

 それでいて、高価なドレスや宝飾品に理解が無いという訳でもないのだ。むしろそれが分かっているからこそ、こうしてプレゼントしたいというのを断られてしまっている。改めてシェリルの多才さを知ると同時に、何でも出来る彼女らしいとも思ってしまう。これも、『伝承の系統者(レジェンド・クオリファイダー)』とかいうものの片鱗なのかもしれない。

 

 それならば色々掘り出し物が出品されるバザー会場を見に行こうと伝えるたところ、それには了承してくれて僕の腕を取ってくる。彼女の胸が当てられ、思わず感情が高ぶってしまうが、気にしないように努めた。シェリルのこのようなスキンシップに未だ緊張してしまうものの、漸く思考停止しないくらいには慣れてきたのかな……。

 そんな僕たちの様子を見てレイアがあっと声を上げたのがわかったが、彼女もそれについて口出してくる事は無かった。レイアも今日がシェリルと約束している日だというのはわかっていて、こうして自分も付いて来ている事を気にしていた風でもあったからだろう。

 

 まさか異世界に来る事になり、複数の女性に好意を持たれるなんて日が訪れるなんてと思わなくもない。シェリルといい、レイアといい……、もしかしなくてもあの王女殿下も自分に気があるように感じる。僕にどんな魅力を見出したのかはわからないけれど……、嬉しく思う反面、自分の複雑な立場を考えると……。

 

「ほら、行くわよコウ。何時までも固まってないの。姫もお困りになっているでしょう?」

「固まってなんて……!ハァ、わかったよ」

 

 考えている事を中断し反論しようとして思い直す。今そんな事を言い合って貴重な時間を失わせる事も無い。ユイリに揶揄われながら僕はシェリルを伴い、『人智の交わり』で教えられた蚤の市のようなバザー会場へ向かっていった……。

 

 

 

 

 

「へぇ、ここがバザー会場か……」

 

 屋台の出店のような出で立ちで其処彼処に商売を展開しているのを見て、軽く感嘆の声が漏れる。商人ギルドが提供している市場であり、身元を明らかにしその人物に応じた手数料を支払えば誰でも利用できる設備になっているようで、様々な種族、人物が利用しているようで、それを見て回る人達も含めて大いに賑わっているようだ。

 

「この紙に書いてあるのが値段……ってあれ?消されて上から上書きされてる……?」

「その上書きされているものが今の値段よ。最初に書かれている最低金額から購入したい金額を入札していって、既定の時間で最新の値段が落札金額という事になるわ。『白蛇』の刻で一度締め切る筈だから、もう一刻もないわね」

 

 ユイリの説明によると、店主との折り合いがつけばその場で売買成立という事にもなるようだが、基本的には競売の体を保っているらしい。僕が目についた商品にも『銅貨10枚』と書いてあった表示が消され、新たに『銅貨30枚』と名前が書き加えられているようだった。勿論、店主自らがその商品の良さをお客さんに訴えかけているところもあるし、逆に今すぐ売ってくれと店主に掛け合っているところもある。

 中には『銅貨1枚』から『銀貨5枚』に書き換えられ、さらに多くの入札が続いている物なんかも見られ、所謂掘り出し物なのだろうかと評定判断魔法(ステートスカウター)を発動させてみたところ、

 

 

 

『ストレンベルク発行の広報カード』

形状:魔法紙(カード)

価値:F

効果:ストレンベルクが作っている広報用のカード。静止絵抽出魔法(ピクチャーズ)によって綺麗に絵柄がカード内に施されていて、その独特の技術と同時に絵柄の人物によって価値が異なる。表記された価値はあくまで技術と魔法紙によるもの。

 

 

 

 絵柄は女性士官のものであるみたいだけれど、僅か銅貨2枚で手に入るカードも人物によっては価値があるって事か……。もしそれが先程のユイリ達のカードだったなら、どうなるのだろう?この国でも1、2を争う人気のカードらしいし、そういえば商人ギルドの長であるマイクさんが金貨10枚出すとか言っていたっけ……?

 

(……それにしても、今まで何気なく使用してきたけれど、この『評定判断魔法(ステートスカウター)』ってかなり便利な魔法だよな)

 

 考えてみると『評定判断魔法(ステートスカウター)』は、索敵から始まってその情報、さらには人物、アイテムを問わず鑑定する事が出来る。通常、人物の鑑定には相手の了承が必要とも聞いているし、この『評定判断魔法(ステートスカウター)』の有用性は明らかだ。人物の鑑定はシェリルも行う事が出来ず、この国でも王女殿下とごく一部の人しか使用する事が出来ないので、その点から考えても、ぶっ壊れ(チート)な魔法と言えるのかもしれない。

 

(『評定判断魔法(ステートスカウター)』を駆使したら……、このバザー会場の掘り出し物を完璧かつ確実に見つけ出せそうだよ……)

 

 最も、そんな事をするつもりはないけどね。そうひとりごちつつ、シェリル達とともにバザー会場の喧噪を見て回っていたら、

 

「……お花、要りませんか?お花を買って下さい……」

 

 か細い声で話しかけてきた方に振り向くと、姉妹らしい少女らが花籠を片手にこちらを伺っていた。頭に動物の耳がある為、ヒューマン族ではないようだけど……。

 姉妹は設置されている屋台を利用してはおらず、直接僕たちに話しかけてくる。

 

「如何でしょうか……?1本、銅貨1枚ですが……」

「それなら……」

 

 そう言って僕がお金を取り出そうとしたところで、

 

「貴女たち……、もしかしたらラーラの……」

「え……、あたし達を知っているのですか……?」

 

 驚いたように答える少女。獣の耳がピコンと反応したところからも、ラーラちゃんの知り合いである事は間違いなさそうだ。

 この耳は……、犬の獣人族?彼らの事は見かけた事はあったけれど……、少し違和感があるかな?そんな事を考えている間に、ユイリが姉妹の獣人族について話してくれた。

 

「清涼亭で働いている狼の獣人族の従業員、その娘さんね。貴女は……イレーナかしら?ラーラとリーアのお友達とも聞いているわ。王都で住むのは大変だから、清涼亭の従業員専用の一室にと勧めているけれど断られているとも……」

「……ラーラ達の負担になる訳にはいきませんから。父もそのように話しておりますし、あたし達狼人(ライカンスロープ)族の矜持でもあります」

 

 ランカンスロープ……、他者から施される事を良しとしない……、それが彼女たちのプライドという事か。ただ、もし彼女たちがあの人の子供であるとしたら……、

 

「でも、貴族や名のある商人でもなくこの王都に住むのは色々大変な筈よ。清涼亭の従業員であればそこそこの給金は貰っていると思うけれど、それでも……」

「……清涼亭の雇主様には色々良くして貰ってます。だから、これ以上の事をして貰う訳にはいかないんです。ラーラは……、大切な友人です。妹のイヴ共々、彼女には……」

「……君達の事情はわかったよ。だったらせめて、その籠にあるお花を買わせて貰えないかな?」

 

 イレーナさんに、その妹のイヴちゃんか……。彼女たち狼の獣人族の誇りなのだろうか、『施し』といったものは受け付けられないという事なのであれば、こうするしかない。

 

「あ……、はい!有難う御座います!」

「じゃあ、その花籠のお花、全部買わせて貰うよ。これで……いいかな?」

 

 そう言って僕は金貨を数枚、彼女の手に握らせる。それを見てイレーナさんは、

 

「こ、これは……っ!言った筈です、あたし達は施しは受けないと……!」

「施しなんかじゃない、これが君に支払うべき正当な金額だよ」

「これの何処が……っ!1本銅貨1枚の花を籠ごと買って貰っても、この金額にはならないじゃないですか……!」

 

 憤りを隠さずにイレーナさんが食って掛かる。そんな思った通りの様子の彼女に苦笑しつつ、

 

「君は……、ライホウさんの娘さんだよね?」

「!?ち、父を知っているんですか!?」

 

 やっぱり彼女はあの人の……。イレーナさんの反応に間違いないと確信した僕は彼女の言葉に頷くと、

 

「……君達獣人族の郷土料理なのかな、『波浪焼き』……、生か丸焼きの二通りしかなかったこの世界の肉料理に、僕の葛藤にライホウさんは応えてくれた。本当に感謝しているんだ。これは、そのお礼の分も含まれている」

「で、でも……!それでもこの金額は……!仮にお花を1万本お売りしたとしても、金貨には届かないものです!それを……」

 

 それでも受け取るのを戸惑うイレーナさん。そんなお姉さんの様子を見つめるイヴちゃんをチラッと見て、僕は説得の方向性を変える事にする。

 

「……こうやってバザー会場に居ながら設備も使わずに、妹さんと二人で道行く人に話しかけていたんだ。随分苦労しているという事はわかる。だから……、せめてこれは受け取ってくれないかな?君と一緒にいる妹さんの為にも……」

「……イヴ……」

「お姉ちゃん……?」

 

 僕の言葉にイレーナさんが妹を見て考え込むようにしていた。この機会を逃す訳にはいかない……!

 

「君だって別にラーラさん達と居たくない訳じゃないんだろ?そうであるなら、わざわざこうしてここに居る理由もないしさ……」

「当たり前ですっ!あたしだって、ラーラと一緒に居たい!ラーラは、種族の隔たりもなく、あたしとイヴを受け入れてくれて……、仲間や家族の様に接してくれる掛けがえのない娘なんです……!だからこそ、施しは受けたくないんです。狼人(ライカンスロープ)族の誇り、という事もありますが……、あたしには返せるものもないので……」

「……別に何かを返して貰いたい訳じゃない。僕だって全然関わりのない人に情けを掛けるほどお人よしでもないつもりだ。……でも、だからこそ関わりのある人たちの事は助けたいとも思ってる。君達のお父さんの事もあるし、僕もラーラさん達にはお世話になっているんだ。だからこそ、その友達でもある君達の事をこのまま放っておくなんて事もしたくない」

 

 ……僕の自己満足かもしれないけどね。そう説得したところで漸くイレーナさんが金貨を受け取ってくれた。彼女だって、自分だけでなく妹にも大変な思いをさせたくはないだろう。僕たちの会話を少し不安そうにしていたイヴちゃんに、「大丈夫だよ」と笑い掛けながら頭を撫でてあげると、少し緊張が解れたようだった。

 

(これ、獣人族の、ランカンスロープの耳なのか……。動物みたいにモフモフっとしてて……、撫でている僕も気持ちがいいな)

 

 頭のすぐ傍にある黄色い髪がかかった獣人族特有のふわっとした耳の感触にそんな感想を抱きながらも、僕は考えていた。

 ……正当な理由を付けて、その狼人族の誇りを刺激しなければ落ち着くところに辿り着く筈……。そのように考えていた訳だけど、なんとか上手くいったみたいだ。

 イレーナさんが抱えていた花籠を受け取ると、それを無駄にしないように、僕はシェリルに花籠ごと預けて部屋に飾っておいて貰えないかとお願いする。

 

「あ……、はい、畏まりました!」

「……?どうしたの、シェリル?」

「いえ、何でもありませんわ、コウ様。このお花は、わたくしが責任を持って飾らせて頂きますから」

 

 何処か呆けたように僕たちのやり取りを見守っていたシェリルに声を掛けたが、今ひとつ反応が鈍い……?ハッとしたように僕に笑いかけてくれたけれど……、何かに気を取られる事でもあったのか?

 

「ま、まあいいじゃないか、話もうまく纏まったようだし……!」

「あ、ああ……」

 

 レイアに促されるものの……、何だろう、彼女の反応も何処かぎこちないというか……。二人とも、どうしたんだ……?何かを誤魔化そうとしているように思えるが、そんな僕の思いとは裏腹にレイアがイレーナさんに訊ねていた。

 

「それにしてもいい花だ……。これ、もしかしてパラミスの花か?」

「……ええ、そうです。私たちにとっても大切な花ですから、パラミスは……」

 

 そう言ってイレーナさんは自分の腕に着けていた花の飾りを外す。彼女の話すパラミスという花を紡ぎ合わせた腕輪を手にすると、

 

「祈りを込めながら紡いでいく事で願いが叶うと云われているパラミスの花……。あたしは、自分の人生全ての運を使っても巡り合わないような人たちに会う事が出来ました。獣人族と差別する事も無く……、ありのままのあたし達を受け入れてくれる人を……、掛け替えのない友人を……」

「それが、ラーラさん達なのか……」

 

 僕の言葉に頷くと、イレーナさんは話してくれた。このストレンベルクは、他のヒューマン主体の国で見られるような異種族の差別、迫害は少ない。それでも、全て平等かと云われると残念ながら違うのだという。異種族に対し入国税を割り増しにする事も無く、他の徴税に関してもヒューマン族と平等ではあるが、そもそも流れ着いた異種族がその徴税を納める事自体が難しい。地方の開発が進み、自然の森や草原といった住む場所を追われ……、同族達は散り散りになっていったようだ。

 

 幸い彼女たちの父、ライホウさんの料理の腕を見込まれ、ストレンベルクが誇る高級料亭と宿屋を兼ねている『清涼亭』の一コック雇われたという事だ。あまり『食』において重要視されていないこの世界(ファーレル)の中でも、貴族御用達とでもいうような清涼亭に拾って貰えたのは幸運であったといえるのだろう。狼人(ライカンスロープ)族の仲間たちの中では『裏社会の職郡(ダーク・ワーカー)』の手にかかり、奴隷に堕とされた者もいるらしく、

 

「……あたし達も森でパラミスを探している時に、襲われそうになった事がありました。その時は何とか撃退し逃げられたのですが……」

「……だから私は『裏社会の職郡(ダーク・ワーカー)』達は根絶すべきだと思ってるのよ。か弱き者たちを搾取し、魔族とも繋がりをもっている彼らは決して私たちとは相容れないから……」

 

 ユイリがそう吐き捨てるように呟く。そういえば彼女は最初に闇商人のニックに出会った時から裏社会の職郡(ダーク・ワーカー)に対して否定的だったな……。

 

「あいつらは貴族の子女にも手を出そうとするのよ。この国では一応正規な手続きでなってしまった奴隷を扱う事自体は合法ではあるけれど……、違法な事にも平気で手を出すわ。彼女が言った異種族狩りもそう……、私たちも隙あらば攫おうと狙っているでしょうね。実際に行方不明になった貴族の子女はいるから……」

「……何処の世界も裏社会の人間は同じって事か……」

 

 僕自身の感情で言えば、やはり違法な事に手を出す人とは付き合いたくはない。奴隷の事にしたって、元の世界に住んでいた自分としては人権を無視したとんでもない事だと思ってもいる。だけど、それはあくまで僕個人の感情だし、自分の正義をこのファーレルという世界にまで押し付けようとは思わない。

 ニックとの付き合いにしても、僕が元の世界に帰るには必要だと思った訳だし、彼らと出会わなければシェリルとこうして一緒にいる事もなかっただろう。まぁ、ストレンベルクと契約をしている間は、完全に黒とされるような事には手を出さないらしいし、裏の情報を得て、他の闇の組織を牽制するという意味でもそれは必要だとも思う。

 

「……これも貴方に差し上げます。あたしにとって大事な物ですけど、他に渡せるものもありませんから……」

「それはいいよ、さっきも言ったろう?これはライホウさんへのお礼でもあるんだって……」

「それでも、貰って下さい。それくらいしか、あたしにも出来ないんですから……」

 

 折れる様子のないイレーナさんにどうしたものかと考えていたが、ユイリを見て解決策を思いつく。

 

「……わかった。ならこれを……ユイリ!」

 

 そう言って僕はユイリにこの花のお守りを渡す。

 

「……私に?コウ、貴方、何を……」

「ラーラさんから聞いた事がないかな?清涼亭に支援してくれる、ラーラさん達が姉の様に慕っている人がいるって話を……」

「……それならラーラから聞いています。あたし達の事にも気に掛けてくれてるって……。まさか、その方が……!」

 

 僕は頷きユイリを紹介しつつ、

 

「君の大事なパラミスのお守りは彼女に持っていて貰う。そうすれば、ユイリにも君達を支援する切欠が出来るだろう?そして、それは君達が懸念するような施しにはならない……。大切な物を贈ってくるような知人を助けたいと思う事は、至極当然のことだし可笑しな話じゃない」

「……そういう事ね。だけど、それならいいわ……。イレーナに、イヴちゃんだったわね、この素敵なお守りのお礼に、私にも何かさせて貰えないかしら?ラーラ達から貴女たちの事は聞いていたんだけど……、どうしたものかと思っていたの。獣人族の中でも特に誇り高い狼人(ライカンスロープ)族である貴女たちやお父様が、簡単に首を縦に振る訳がないし、私の支援も受け入れて貰えないだろうと思っていたから……。私は誰にでも支援をする訳ではないわ。自分の知人や、関わりのある人じゃないと助けようなんて思わない……」

 

 ユイリはそのように優しく話し掛けながら、イレーナさんを覗き込むようにして目線を合わせると、

 

「幼い時から清涼亭には色々関りがあってね……、私にとってラーラ達は妹のようなものよ。そのラーラを、貴女が色々助けてくれているとも聞いているわ。本当に有難う……。それでも貴女がもし、支援に納得できなければ、私を助けて貰えないかしら?貴女のその狼人(ライカンスロープ)族特有の能力(スキル)職業(ジョブ)でもって、助けて欲しいの。身元の保証人なんかは要らないわ。何よりこのパラミスのお守りが、貴女がどういう人なのかを語ってくれているようにも思うから……」

「……ユイリ、様……っ!」

 

 こうしてユイリの説得にイレーナさんが心動かされ、やっと心から受け入れてくれたようだった。イヴちゃんも姉の様子に安心したのか、笑顔を見せてくれるようになり、シェリルやレイアより可愛がられている姿に上手く話が纏まって良かったと一人安堵するのであった……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(……コウ、貴方は……)

 

 あの後、ユイリが狼人(ライカンスロープ)族の姉妹を受け入れるべくいくつかの指示を出した結果、彼女たちはコウ達の滞在する清涼亭にて住まいを移す事となった。また、姉のイリーナに関しては獣戦士の素質を有していた事を活かす為、自身の直属の部下とするよう王宮にも手配をしている。

 私自身、彼女の人と成りについては見させて貰った事もあり、後で承認しておこうと思う。そして……、

 

 

 

『花のお守り』

形状:装飾品

価値:C

効果:運のよさ+5

   パラミスの花を紡ぎ、腕飾りとしたもの。深い祈りに包まれたパラミスの花は持ち主に幸運をもたらすとされている。

 

 

 

 ユイリの腕に飾られた花輪に『物品鑑定魔法(スペクタクルス)』を使ってみて驚いた。イレーナが紡ぎ、お守りとしたパラミスの花が、一種の貴重なアイテムとして成立させてしまっている事実。たまたまかもしれないが、道具創造(アイテムクリエイト)能力(スキル)も有しているのかもしれない。

 

 そして何より……、先程のコウの姉妹たちとのやり取りには心を奪われてしまった。あの誇り高い狼人(ライカンスロープ)族を納得させてしまったのだ。恐らくシェリルの様子から考えるに、私と同じだったに違いない。優しさだけでは絶対に説得できなかった筈である。不安そうにしていた妹も警戒心を解いて撫でられるがままだった事は、コウの持つ裏の無い態度、雰囲気に当てられたのかもしれないが……、それにしたって、このように話が纏まるというのは一種の才能なのかもしれない。

 

 そっと私はコウの様子を伺う。あれから場所を移し、『人智の交わり』の主催している競売会場に来ていたのだったが、少し落ち着かない様子のシェリルに話しかけているコウの姿が写った。

 

(……シェリルは少し居心地が悪そうね。まぁ、無理もないかしら……、彼女は自分自身が商品として、闇商人主催の奴隷オークションで出品されてしまった過去があるから……)

 

 掘り出し物が見つかるかもしれないと誘った競売会場だったけど、少し軽率だったかもしれない。

 

「さて、お待たせ致しました……。いよいよ本日最後の商品になります」

 

 競売を取り仕切るオークショニアの言葉に、壇上に置かれていた商品に被さっていた布を取り去る。そこに置かれていたのは……、ケースに納められていた指輪だった。

 

「これは最近、自由都市ディアプレイス連邦のダンジョンにて発掘された至高の逸品、『障壁の指輪(バリアリング)』です!魔法も込められていて『魔法工芸品(アーティファクト)』としての価値も高く、滅多にお目に掛かれないアイテムで御座いましょう!本日の目玉商品で御座います……、それでは、金貨1枚から参りましょう!!」

「金貨2枚!」

「金貨3枚!」

「なんの、こっちは大金貨で1枚じゃ!」

 

 開始の言葉より次々と入札の声がする中、私は魔力を集中させる……。

 

「……物の声に耳を傾け給え、我はその言葉を掬い上げし者也……『物品鑑定魔法(スペクタクルス)』」

 

 私の魔法ならギリギリあそこまでは射程範囲になる。壇上の指輪に焦点を当てつつ、小声で魔法を詠唱すると次の結果が出た。

 

 

 

障壁の指輪(バリアリング)

形状:魔法工芸品(アーティファクト)

価値:A

効果:身の守り+15

   身に付けるとあらゆる衝撃を和らげる事が出来る指輪。装着者の身を守るよう魔法が込められている。

 

 

 

(中々良い品物(アイテム)のようね……。これなら結構な値段になりそうだけど……)

「大金貨で3枚!」

 

 近くで発せられた言葉に振り向くとコウが手元の端末を操作して入札をしているのがわかった。それにしても……、

 

「コ、コウ……キミ、お金大丈夫なのか!?」

「……ああ、正直あんまり手持ちは無いけれど、ね……」

 

 話している間にもコウが『貨幣出納魔法(コインバンキング)』を駆使してお金を下ろしているようだったが、それを見てシェリル達も止める。

 

「待って下さい、コウ様っ!そ、それは持っていらっしゃる全財産では……!?」

「コウ!?貴方ねえ……、いくら何でも……!」

「……こういうのは後で買うとか出来ない物だ。今、この時を逃すと永遠に手に入らないかもしれない……。勿論、競り落とせなかったら諦めるけれど、そうでないのなら……!」

 

 そう言ってまた「大金貨5枚!」と新たに入札するコウ。大金貨1枚で金貨5枚分程の価値があるから、金貨25枚で入札している事になる。金貨1枚からスタートしているのにも関わらず、既に20倍以上値が高騰しているのだ。それでもまだ競っている人もいるから、何処まで金額が上がるかわからない。

 

(……ユイリの話では、コウは先日あの偽りの勇者殿に大金貨100枚も支払ったと聞いているけれど……。シェリルの言う通り、本当に全財産……!?)

 

 他の国では兎も角、ストレンベルクでは次点の入札者にも、入札した額の10%が諸経費等で支払わなければならない決まりがある。料理レシピの権利やら『王宮の饗宴(ロイヤルガーデン)』の給金等があったとしても、全てのお金を使い切ろうなんて――!

 

「金貨28枚っ!」

「ッ……なら大金貨で6枚だ!!」

「ちょっと……!本気で使い切ろうっていうの!?貴方、一体何を考えて……!」

 

 チラッと伺った限り、コウの大金貨は10枚で最後の筈……。後は細かい金貨や銀貨が数枚あるだけだろう。

 

「も、もし……プレゼントにと考えていらっしゃるのでしたら、わたくしは……!」

「……これで駄目なら……、大金貨で10枚っ!!」

 

 恐らく勝負に出たのであろう……、現在の金額から吊り上げる形でコウが入札する。急に相場が跳ね上がり静まり返る会場……。

 

「……他にいらっしゃいませんか?……それでは、大金貨10枚で落札となります!!」

 

 オークショニアが手槌を叩いて、そのように宣言する。すると会場から拍手が沸き起こった。

 

(ら、落札しちゃった……)

 

 結局、全ての大金貨をはたく形で落札する事になったようだが、本当にこれで良かったのだろうか。シェリルだって、きっと……。

 

 

 

 

 

「う、受け取れません!わたくしはお伝えしていた筈です!そのような物を頂くのは申し訳ないと……!」

 

 落札した商品を受け取り、それをシェリルにプレゼントしようとして……、案の定そのように切り出される。拒否されたコウは苦笑すると、

 

「そんな事を言わずに受け取って貰えないかな?今日だって君に日頃の感謝を伝えたくて、こうして出て来ている訳なんだからさ」

「その事でしたら一緒にいられるだけで良いとお伝えしたではありませんか!それに、わたくしの為にこんな高価な物を……!」

「高価かどうかなんて関係ないさ。この指輪を見た時、ピンときた。これならきっと、君を守ってくれるって……。結果的に大金をはたいてしまったけれど、別に後悔はしていないよ。お金はまた手に入るけれど、この指輪はもう手に入らないかもしれないから……」

 

 コウはそう話すと、シェリルをしっかりと見つめ直して自分の気持ちが伝わる様に語り掛ける。

 

「……僕、知っていたよ。毎日君が魔力付与(エンチャント)出来ない防具に対しても、僕の無事を祈る様に祝福を与えてくれていた事は……。そんな君の想いに応える為にも、何かしてあげたいとずっと思っていたんだ」

 

 ……シェリル、そんな事を……。彼女のコウに対する愛情が垣間見えるような話に、改めてシェリルの想いが伝わってくるようだった。

 

「だから、この指輪が……、少しでも君の身を守ってくれるよう、僕の祈りも込めてシェリルに渡したいんだ。日頃の感謝の意も込めてね……」

「コウ、様……」

 

 そこまで言われてしまっては、シェリルも受け取るだろう。彼女だって、嬉しくない訳ではないのだ。自分の為に大金をはたいてまで手に入れてくれた物を、大好きな人から贈られて……。

 そこでシェリルはコウよりバリアリングを受け取り……、「有難う、御座います……!」と咲き誇るような笑顔で応えていた。指輪の入ったケース毎大切そうに抱きしめながら、幸せそうに笑うシェリルを見て、

 

(……いいなぁ、シェリル。でも、彼女は決めているから……。私には、出来ない事を……)

 

 彼女は、シェリルは決めている。もし、このファーレルからコウが出ていく、つまり元の世界へと戻る際に、シェリルも一緒に彼に付いて行こうとする覚悟を……。ストレンベルクの王族として、このファーレル存続の為に『時紡の姫巫女(フェイト・コンダクター)』を継いでいる私には決して真似できる事ではない……。

 でも……、それでも……!私は……。

 

(彼への想いは……、私もシェリルに負けてない……!何時か離れる運命にあったとしても、せめてその時までは……!)

 

 私は、私の出来る事をしよう。そう決心する。チラッとシェリルを見てみると、ケースから障壁の指輪(バリアリング)を取り出すと迷うことなく自分の左手の薬指にはめていたところだった。コウは気付いていないようだったけれど、それが何を意味するのかわからない私ではない。

 無意識に私も自分の左手にはめた2つの指輪に右手を当てていた。それは2つともコウより貰った指輪……、『選択の指輪』と『山彦の指輪』だ。私の……宝物。特に山彦の指輪は彼から直接貰った物で、一番大事にしている指輪である。

 

 因みに……、『大宇宙の指輪(コスモスリング)』は身に付けていない。あの人から貰った物を、持っていたくなかったからだ。

 あの人のオリビア公爵令嬢への不埒な行いについては、到底許される事ではない。そして、報告を受けている限り、被害に遭ったのは彼女だけではないようで、禁忌とされる魅了を受けてしまっている人がいるという事もわかっている。

 本来であればすぐさま勇者としての資格も貴族の称号も剥奪してしまいたいところだったが、彼の力は本物であり、下手な事をすると国民は元よりコウにまで何をするかわからないという事もあって、今は手出し出来ない状況でもある。

 

 もしもコウがトウヤの行いを知っていれば、恐らく今やっているような橋渡し的な事もしたくなくなるに違いない。本来ならば彼に接触を試みようとした際に伝えていれば良かったのかもしれないけれど……、コウの切羽詰まったようなあの様子に断念したのだ。これ以上コウに負担を強いる事は、自分の本意では無かったから……。

 

「さ、競売も終わった事だし、次のところに行こうよ。ボクもこうやって出歩くのは久しぶりなんだ。ほら、シェリルも、ユイリもさっ」

「レイア……そうだね。折角だからレンやジーニスたちのお土産でも探そうか。最も、僕もそんなに手持ちは無くなってしまったけれど、ね……」

 

 私の提案にコウは頷くと、競売所を後にしようとする。シェリルとユイリも続き、この後もバザー会場を見て回った。自分の決意を胸に、私はコウたちと今を楽しむのだった……。

 

 

 



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第39話:女神ソピアー

第39話、投稿致します。


 

「わざわざご足労頂き申し訳ありません。トウヤは少し外出しておりまして……、私が代わりにご対応させて頂きます」

 

 何時もの如く職人ギルドや商人ギルドとの橋渡しを果たしてその報告にトウヤの下を訪れたのだったが……、対応してくれたのは彼のお付きの女騎士、ベアトリーチェさんであった。

 

「いえ、構いませんよ。むしろ、僕としてはそちらの方が有難いかもしれませんし……」

「だよなぁ?誰が好き好んで野郎に会いに来たいかってんだよ……」

 

 ユイリの代わりに僕に付いてくれているレンが溜息交じりにそう答える。でも、トウヤが居ないのであれば、シェリルが来ても良かったかもしれないな。

 今、シェリルは『王宮の饗宴(ロイヤルガーデン)』の部屋でユイリと共に待ってくれている。というよりも、彼女にしては珍しく付いてくる事を拒絶したのだ。あまり拒否する事のないシェリルがそこまでするという事に、余程トウヤは嫌われているんだなと苦笑するしかない。

 

「それにしても、トウヤ殿もお目付け役の貴女を置いて外に出るんですね……。まぁ、ユイリを置いて来ている僕が言う事でもありませんが……」

「……コウ殿とは少し事情が異なると思いますよ。貴方の場合はシェリル様に考慮したユイリが代理としてレンを付けておられますけれど……、あの人はほぼ勝手に出歩いてしまっているだけですから」

 

 何処か吐き捨てるように話すベアトリーチェさんにトウヤ達の関係性は自分のものとは違うのだと理解する。すると彼女はハッとして、

 

「御免なさい、しんみりさせてしまいましたね……」

「いや……、なんか今日のベアトリーチェさん、新鮮っすね。ほら、そんな殊勝な様子なんてベアトリーチェさんには似合わないっすよ!」

 

 次の瞬間、大きな音が轟いたかと思うとその場にレンが倒れ込む。……全く、余計な一言を言わなければいいのに……。沈黙してしまったレンは取り合えずスルーし、彼女へと話し掛ける。

 

「えっと、どうなされたのですか?少しお辛そうにされているようですけど……」

「…………コウ殿」

 

 ベアトリーチェさんは最初僕を見ながら何か迷っているようだったが、やがて意を決したような表情を浮かべると、

 

「……コウ殿、すみませんっ!貴方にご事情がある事はわかっていますっ!王女殿下からも伏せておくよう伺っておりましたが、お許しください……っ!勇者様!!」

「!?……ベアトリーチェさん、それは……」

「……流石に、どういうつもりなんだ?コイツに勇者(ソレ)を押し付ける事は控えるよう言われてる筈だぜ?」

 

 あのレンも先程までの飄々とした態度は鳴りを潜め、どこか咎めるようにベアトリーチェさんに問いただす。しかし、彼女は続けた。

 

「……わかっているっ!でも、これだけは……、これだけは聞かずにはいられないんだ……っ!勇者様っ!いえ、勇者様でなくてもいいんですっ!ですが!」

 

 そう言って彼女は僕に縋りつく様にして、訴えかける。

 

「先日、貴方は能力(スキル)の譲渡の事をあの男に話してらっしゃいました。貴方の持つ力を……あの男に譲渡するような趣旨の話も……!お願いです、どうか、どうかトウヤにだけは……、あの下衆にだけは力を渡さないで下さい……っ!」

「それは……、仮にも貴女は彼のお目付け役でしょう?僕にとってのユイリのような存在の筈……。その貴女が、何故そのような事を……?」

 

 宥める様にして僕はベアトリーチェさんに伝える。確かにトウヤは勇者にして大丈夫かという不安は隠しきれない男だ。いや、今の時点では間違いなく勇者の力を移す訳にはいかないとも思っている。シェリルがここまで徹底して避ける事といい、問題だらけの人物という事はわかっているが……、それにしてもお付きの彼女に下衆とまで言われるというのは……。

 

 しかし、次の彼女の言葉に僕は凍り付く事となる……。

 

「……私の親友は、オリビアはあの男に手篭めにされたんです……っ!!勇者だからと無理矢理に……抵抗できないよう魅了までかけて……!あまつさえ今後も付き合うように誓わされ、さらにはその時の様子を画像等に納められたようで……。彼女は、自殺未遂までしました……。ですからお願いです、勇者様っ!あの男に貴方の力を渡すという事だけは、止めて貰いたいのです……!!」

 

 涙を浮かべながら訴えてくる彼女の告発に、僕は全身の血液が沸騰するような錯覚を覚えた。手篭めって……レイプって事か……!?それを、トウヤが……!?

 

「……オリビアさん?まさか、シュテンベリル家の公爵令嬢!?貴族でありながら侍女として俺にも分け隔てなく接してくれる彼女の事だろ!?そして先日グランと婚約した……あの!?マジなのか!?」

「…………本当だ。大公家の彼が秘密裏に入籍を済ませた事も、その件が絡んでいる。結婚式なんかあげて、あの男が邪魔をしてくる可能性もあるから、それを避ける為にも……」

 

 レンもそれは知らなかったらしく、血相を変えてベアトリーチェさんに詰め寄っていた。しかし、事実であるらしい。本当に……、あの男がそんな事をしでかしたというのか……。

 

「……レン!?何処に行こうとして……!」

「決まってる、その屑野郎のところに決まってんだろ!?このままにしておけるかってんだっ!!」

「そのように突っ走りそうな者がいるから、表立って公表できなかったのがわからないのかっ!このままあの男の下に行ったとしても、返り討ちに遭って終わりだっ!悔しいが……あの男の力は本物だ!下手をするとレン、貴殿だけでなく……コウ殿にまで危害が及ぶ可能性も出てくる……。それでもいいのか!?」

「グッ!?だ、だけどよ……!このままでいい訳ねえだろっ!?そんな屑がお咎めなしで、今だって好き放題やってるかもしれねえじゃねえか!!」

 

 憤るレンをベアトリーチェさんが抑えながらやり取りしている傍らで、僕は呆然としていた。同じ世界の、恐らく同じ国の人間のやらかした行為に、僕は怒りやら悲しみやら、恥ずかしさやらで自分がどんな顔をしているのか分からずにいたのだ。

 

 婦女子への強姦という、最悪の行為をしでかしたトウヤに怒りを覚えると同時に、そんな人間である事を見抜けなかった自分に対しても腹立たしくあった。そして、そんな人物が自分と同じ世界の出身であるというのも恥ずかしい。そう、思っていた。

 

 ふと我に返ると、レンとベアトリーチェさんが僕を伺っている事に気付く。

 

「大丈夫か?何時かのように、少し危うかったぜ、お前……」

「……申し訳ありません。コウ殿に、負担を与えるつもりはなかったのですが……。どうしてもその件だけは、確認しておきたくて……」

「いいんです、それよりも……不安にさせてしまったようですね。それに、気を遣って頂いたみたいで……。本当に、すみません……」

 

 今までその事を僕に伝えてこなかったのは、先日の王女殿下たちとのやり取りにあるのだろう。あの時、僕は勇者として逃げられないプレッシャーと、二度と向こうに戻れなくなるかもしれないという絶望感に押し潰されそうだったから……。自分が壊れそうになったあの時の事もあって、僕にトウヤの件を伝えるのを躊躇われたに違いない。

 

 ……これで元の世界に戻る為の1歩である、自分の『勇者』としての力をトウヤへ移行するという話は完全に潰えてしまったが……、とりあえず今はその事は考えないようにする。今までの話から考えて、彼以外にも僕の力を移せる可能性は僅かながらもある。今、僕がしなければならない事は、あの似非勇者(トウヤ)をどうするかだ。

 

 ベアトリーチェさんが無言で僕の腕を取ると回復魔法を掛けてくれた。いつの間にか握り締めた拳から血が滴り落ちていたらしい。治療してくれた後、彼女は僕をジッと見て、

 

「……コウ殿が謝る事は何もありませんよ。むしろ、私こそ出過ぎた真似を致しました。後で、ユイリに怒られてしまいますね……」

「いえ、貴女が懸念されていた事は当然の事です。ですので……安心して下さい。あの男に僕の力を譲渡する事は、今後一切起こり得ない事は約束致します。貴女のご親友に伝えておいて下さい。彼が今後、真の『勇者』となる事は絶対に無い(・・・・・)、と……!」

 

 ベアトリーチェさんを真っ直ぐに見つめ返し、そう宣言する。……このように伝えてしまうと、ある意味で勇者は自分であると告白しているのと同じ事であるけれど……、そもそも今回の件は僕が勇者の資質を持っている事実を隠していたから起こってしまった事だ。同じ世界の人間がしでかしてしまった申し訳なさもあり、これ以上彼を勇者と増長させる訳にもいかない。僕はそう決意を込めて、2人に話した。

 

「……いいのか、コウ?お前、それを認めんのはあんなに辛そうだったじゃねえか……。そりゃあ、俺たちだってお前が勇者と認めてくれんのは有難いけどよ……」

「勇者としてこの世界に呼ばれた、という事は認めるよ。実際に覚醒するかはどうかについては……ゴメン、僕にもわからない事が多すぎる。本来の正規な『招待召喚の儀』で呼ばれた訳じゃないからね。ただ、あの男が『勇者』となる事は無い……。さっきも言ったけど、それは約束するよ」

「……良かった……っ!ずっと、その事だけが、気掛かりで……っ!あの下衆が……万が一『勇者』となってしまったら……、どうしようかと……っ!」

 

 ベアトリーチェさんはそう呟くとむせび泣きしてしまった……。彼女の中で、色々な思いが渦巻いているのだろう。親友の悲劇に、それを引き起こした者のお目付け役として支えなければならない矛盾……。そして、そんな許せない男が僕から勇者の力を受け取ってしまうかもしれない……。彼女としたら気が気でなかったに違いない。

 

「だけど、さっきベアトリーチェさんも言っていたけれど……、彼に対して仕掛けるのはリスクが高いよ、レン。残念だけど、今の僕たちの力ではアイツには勝てないと思う。レン、君も見た筈だ。雷を呼び寄せ、魔物たちを一掃した彼の実力を……」

「……ああ、わかってんだよ、それは……。だけどよ、勝てねえから戦わないとかじゃねえんだよ!許せねえ事をしでかしといて、そのまま放っておいたらますます図に乗るじゃねえか!また、そのオリビアさんのような悲劇が起こったらどうすんだ!?」

「なら……もう少し冷静になるんだ、レン。確かに貴殿の言う通り、あの男がまた同じような事をする可能性は高い……。今も部下に監視をさせているが、何らかの空間系の能力(スキル)を持っているようで、完全には足取りを把握出来ていないんだ……。先日の様子から今狙っている人物は……、恐らくシェリル様だろう……。ユイリもその事はわかってるから、シェリル様の護衛は特に気を遣っている……」

 

 そう言ってベアトリーチェさんは僕が向こうの世界に帰っていた際に起こった事を話す。口説くにしてもシェリルの心に寄り添ってくれと伝えていた筈だが、どうもそれは軽く無視されていたようだ。シェリルのあの様子(・・・・)も窺えるようであった。

 

「おい、コウ……。それなら尚の事、アイツを放置できねえじゃねえか!?もし、シェリルさんの身に何かがあったらどうすんだよ!?やっぱり、俺は行くぜ、止めんなよっ!!」

「だから落ち着いてくれ、レン……。だからこそ、確実にあの男を止める必要があるんじゃないか。中途半端な状態で仕掛ける訳にはいかない。絶対に、失敗できないんだ。失敗したら向こうにも警戒されて、それこそシェリルに危険が及んでしまう。『先に仕掛けてきたのは其方だ。それに対してオレはやり返しただけ。その女はお前の仲間だろうから、オレが預かっておく』なんて言いかねない……。トウヤに免罪符を与える訳にはいかないのさ」

「コウ殿の言う通りだ……レン。現時点で判明しているだけでも、相当規格外な力を持っている事は分かっているんだ。しかも、知られて都合の悪い能力(スキル)は『隠匿魔法(プライバシー)』で隠しているとも考えられる……。初日に私に対して禁断の魔技、『魅惑の魔眼』を使ってきた事からも、まず間違いないだろう」

 

 彼女の話を受けて、僕は気になった事を聞いてみる。

 

「ベアトリーチェさん、其方ではトウヤの使える魔法や所有している能力(スキル)を把握しているんですか?あと……僕に対してもレンと同じように接してくれて構いませんよ」

「……すまない、では失礼して……。コウ殿とあの男がこの世界に現れて……、王女殿下が『生物鑑定魔法(エキスパートオピニオン)』を使用しただろう?王女殿下はその時に診た奴のステイタスを全て覚えていて、それは既に共有されているんだ。後は私が直に見た能力(スキル)や魔法、特技を報告していっている」

 

 ……あの時一瞬診て知ったステイタスを全て覚えていたって訳か……。王女様、凄いな……。俗にいう、瞬間記憶能力って奴かな……?そう感心している僕を尻目に、ベアトリーチェさんが収納魔法(アイテムボックス)を発動させ、何やら紙束を取り出すとそれを僕に見せてくれる。

 

「勿論、ここに記載されていない能力(スキル)等もある。持っている事がほぼ確定的な『魅惑の魔眼』や、オリビアの証言から『プライベートルーム』という空間拡張系の能力(スキル)も習得していると思われるから、一応記載はしているが……」

「…………この『ニュークリア』って……、魔法なんですか……?」

 

 ザっと目を通して、独創魔法という分類のところにあった『ニュークリア』という項目に、嫌な予感がしながらも聞いてみると……、

 

「ああ……、あの竜王バハムートに瀕死の傷を負わせた魔法だ。今まで見た事が無い程の凄まじい威力だった……。不覚にも戦慄したよ……、こんなもの、人の手で使える魔法なのか、とな……」

「……その時の状況を詳しく教えて頂けませんか?」

 

 僕の願いに応えてくれる形で、ベアトリーチェさんは教えてくれた。それを聞いて、僕は確信する。

 

「……核兵器、という訳か。それを魔法として使っている、と……。それでさしずめ『核魔法(ニュークリア)』、と言ったって訳か……。思った以上に恐ろしい力を持っているようだな、トウヤは……。いや、正直人の手で勝てるってレベルじゃないぞ……」

「コウ、そのカクヘイキって奴は……、どういうものなんだ?」

「わかりやすく言えば……、世界を滅ぼす事が出来る爆弾という武器だよ。その爆発に巻き込まれれば黒焦げになって、まず死は免れない。奇跡的に死ななかったにしても、その爆発には放射能という強力な猛毒があってね……。爆死しなくても結果的には死ぬこととなる。彼はそれを小範囲限定とはいえ、何時でも自由に使えるという事だ。先日見た『雷鳴招来魔法(ライトニングレイン)』とは比べ物にならないくらい驚異的なものなのは間違いない」

 

 僕の説明を聞いて黙り込む2人。しかし、何てものを覚えてしまったんだ、アイツは……。そもそも普通、核なんて物を魔法にして習得できるなんて……、そんな事可能なのか……?

 疑問に思っていた僕に応えるように、ベアトリーチェさんが口を開く。

 

「その用紙に書かれている『神々の調整取引(ゴッドトランザクション)』という能力(スキル)があるだろう?それが恐らくあの男に力を齎す恩恵を与えているようだ。能力(スキル)の名前から判断できるように、神から与えられているかのような特別なものであるようだが……」

「神様から、ね……。そういえば転生した云々を言っていたかな……。確か、女神ソピアーとかなんとか……」

 

 一時的にとはいえ僕を元の世界に帰した事といい、特別な何かを持っている事は事実だ。もう神様という存在がいる事や転生云々についても、今更疑うつもりはない。まぁ、どうしてトウヤにそんな凄い力を授けて、この世界に送り込んだのかは聞いてみたい気もするけれど……。

 

「……ん?聞く方法は……あるか?確か僕の能力(スキル)に……」

 

 僕は確認魔法(ステイタス)を発動し、自分の能力(スキル)を確認していき……、目的のものを見つける。

 

 『神頼み(オラクル)

 

 本来は神の啓示を受けられるという能力(スキル)らしいが……、此方から神様を指名してコンタクトを取る事は可能なのではないだろうか……?最も、やってみなければわからない事ではある。今まで発動した事は無かったが、1日3回しか使えないらしいし、ダメもとでやってみるのもいいかもしれない。

 

 僕は2人に簡単に説明し、神頼み(オラクル)能力(スキル)を発動する。通常はそこから『神様』の言葉を何処からか受け取るものなのだろうが、今回は敢えて此方から送受信先を指定した。女神、ソピアーへと……。

 本来とは異なる使い方をしているせいなのか、一向に繋がる気配が感じられない。レン達も息を吞むように僕の様子を伺う中、時間だけが刻々と経過していっている。駄目か……、やっぱり僕の方からコンタクトを取るというのは無理なのか……。

 もう諦めようかとそう思った時、何やらノイズのようなものが入りだし、やがて……、

 

『………………誰じゃ、わらわに直接語り掛けてくる礼儀知らずは……』

 

 繋がった!?何処か格式の高い女性の声が聴こえてくると、僕は背筋を正してその声へと応える。

 

「突然に連絡を差し上げる非礼、どうかお許し下さい。(わたくし)はこの度、ファーレルという世界に召喚された者です。ある者から貴女様の事を伺いまして、このような手段で連絡させて頂きました」

『……何じゃと?ファーレル!?召喚されたと云ったな、まさか……勇者なのか!?』

 

 ファーレルという言葉に反応したのか、最初の気のない声が嘘みたいに変化した。何時か聞いた通り、このファーレルという世界がそれだけ特別な世界という事なのだろう。

 

「勇者かと言われれば何とも答えづらいのですが……、まぁ、この世界に伝わる『招待召喚の儀』によって呼ばれた事は事実です。今回は不測の事態(イレギュラー)が起こったようですが……」

『勇者ではないのか?其方の話す事は今ひとつ要領を得ぬ。初めからかいつまんで説明せよ』

 

 女神様にそう言われ僕はどうしてこうなったかを話してゆく……。トウヤが干渉した為、強制的にこの世界に呼ばれた事。勇者になれば元の世界には戻れなくなる為、覚醒を拒んでいる事。トウヤが勇者を自称し、好き勝手に悪行を積み重ねていっている事。そして、何故女神様は彼に特別な力を与え、勇者とは別にこの世界に送り込んだのかという事を……。それらを声には出さず、直接訴えるような形で伝えていった。

 

 一通り説明した後、ソピアー様は暫し沈黙し……、やがて呟くようにして答えた。

 

『……済まぬ、わらわの不手際ゆえ、其方は勿論、ファーレルの者にも迷惑を掛けてしまっておる』

「不手際、ですか……。何かをお考えになって彼を派遣された訳ではないのですか?彼の持つ力も、神々より与えられた特別なものだとも伺ったのですが……」

『……それ故に、わらわの不手際と言ったのじゃ。確かに『神々の調整取引(ゴッドトランザクション)』はわらわが与えたものじゃが……、転生させる為に持たせたものではない。まして、あれだけリスクの話をしたのにも関わらず、勝手に『勇者召喚(インヴィテーション)』に自ら干渉してしまったのじゃ。そこで其方の言う不測の事態(イレギュラー)が起こってしまった訳じゃな……』

「あくまで……、ソピアー様が彼を遣わせた訳ではない、という事ですか?」

 

 改めてそのように確認するも、向こうからは肯定の意しか返ってこない。すると、本当に彼が自分の意思でこの世界に来るよう干渉したという事なのか……。そんな事が一個人の意思で出来るものなのか?神が定めたとされる特別な儀式、『招待召喚の儀』に干渉する事など……。

 

『それを可能としてしまう力を渡してしまったのは事実。本来、あの能力(スキル)を使い続ける事は、後の輪廻転生を考えた上ではマイナスしかないというのに……、あの者はそのマイナスを受け入れてなお、ファーレルの世界に赴く事を選んでしまった。気付いた時には此方で奴の干渉を打ち消すと、勇者召喚(インヴィテーション)自体が失われてしまう恐れもあった故に、その場の成り行きに任せてしまった次第である。その時は永らく停滞したファーレルに変化を齎すものになるかと納得もしておったが……、やはり奴を向かわす事を許したのは誤りだったようだな。……許せ』

「……謝らないで下さい。貴女様は……神なのでしょう?僕たちの上に立つ……、絶対的な存在なのですよね?そんな神様が……、ご自身のされた事の不明を嘆くなど、あってはならない事ではないのですか?それこそ、許される筈もない……!」

 

 この世における全ての現象は皆、人の手を越えた、それこそ神と呼ばれる存在の意思によって、運命という形で進められているものだと僕は一人で納得していた。そうでなければ、とても受け入れられなかったのだ。幼馴染や友人、そして肉親が死という絶対的なもので別離させられる事になったあの時に……。

 それなのに、そんな絶対的な存在である神様から、自分のやった事は間違いだった等と言われて……、はいそうですか等と受け入れられる訳がない……!

 

『……其方の憤りは尤もじゃ。しかし、神と云っても誤りがないという事はない。何故ならば行った事に対して正しいか否かというものは、此度のように時間が経過して初めて明らかになるからだ。まして、その正否にについても一つの意で決定するものでなく、見かたに応じて変化してゆくものでもある。現時点において奴をファーレルにやってしまった事は、わらわの主観から見るには誤りだった。そう伝えておるまでの事……』

「……誤りだったから、何です?既に、アイツのせいで人生を狂わされているんですよ?このファーレルに住む人はアイツの欲望に晒されて……!僕にしたって元の世界に二度と戻れないかもしれない原因を作られたんですっ!それを……トウヤがこの世界に来ることを許したのは誤りだった……?ふざけないで頂きたい……っ!!」

 

 何処か他人事のように答える女神様に思わず僕はそう感情を露わにする。そんな謝罪が聞きたかった訳じゃない……!もし、彼がこの世界にやって来た事が何か意味があるのであれば、それを受け入れるつもりでいた。それでいて今のトウヤの愚行を伝え、ファーレルに派遣した張本人にそれを許すのが神の意思なのかと迫り、それによって彼に与えた力を引き揚げさせる等の具体的な話を引き出すのが目的だったのだ。

 しかし、あっさりとトウヤがこの世界に来ることを許したのは間違いだったと云われ……、頭の中が真っ白になってしまった。絶対的な存在であろう女神の謝罪を受けて、今まで漠然と感じていた僕の価値観を崩壊させられて、つい心情を吐露してしまう僕だったが、

 

『勿論、ふざけてなどおらぬ。誤りだったと思うからこそ、それを正さなければならぬ。しかしながらそのファーレルは、わらわ達神々としても特別な世界。そう簡単に干渉できるところではない。そういう意味では、其方がこうしてわらわに接触をしてくれた事は幸いであるとも言える……』

 

 ソピアー様はそれを気にした風でもなくそのように話すと、僕は女神様を通じて何かしらの力を感じていた。これは……何だ?

 

『……それこそあの者にも授けた『神々の調整取引(ゴッドトランザクション)』じゃ。既に使用限定は外しておる。そこにわらわの権限も加え、あの者が『神々の調整取引(ゴッドトランザクション)』で得た全てを剥奪する力も与えた。其方には悪いが、それを駆使してわらわの不明である彼の者を無効化して欲しい』

「……何故僕が?僕は力が欲しくてソピアー様に訴えた訳ではありません。彼が使ってきたこの能力(スキル)が規格外というのはわかります。僕までそれを使えるようにするというのは、第2のトウヤを生み出す事になるではありませんか!?そんな物は要りません、ソピアー様自らが、彼に与えた力を直接没収するとかは出来ないのですか?」

 

 女神様に与えられた能力(スキル)、自分のステイタス画面上に現れた『神々の調整取引(ゴッドトランザクション)』の文字を眺めながらそう訴えかけると、

 

『言ったであろう?そのファーレルという世界は特別なのじゃ。わらわとて簡単に干渉できる世界ではない。だからこそ、其方に頼みたいのじゃ。勇者としての責務とともに、あの者の対処もこのように任せるしかのぅ……』

「……先程もお話ししましたが、僕は勇者となるのを納得してこの世界に来た訳ではありません。勇者として覚醒すれば、僕はこのファーレルを離れられなくなるのでしょう?僕は元の世界に戻りたいんです。だから僕は最初、この勇者の力を同じく異世界から現れたトウヤに移行しようと考えていた……。まぁ、彼に移したらとんでもない事になりそうだと思い止まった訳ですが、それでも僕は元の世界に戻る事を諦めた訳ではありません」

『それについても、其方に与えた『神々の調整取引(ゴッドトランザクション)』が役に立つはずじゃ。見たところ其方には十分に魂の修練を積んでおるようじゃし、わらわも少し設定に手を加えた。其方の把握しておる通り、勇者の力はファーレルの外に居た者にしか機能しないものである。故に、同じく異世界の者であれば、それぞれの意向を組み、お互いの了承の末に譲り渡すのであれば、勇者の力の譲渡は可能である筈……。今まで実行した者は皆無である故、保証はしかねるがな』

 

 僕の気掛かりにソピアー様はそのように答える。女神様直々に言って貰えると、元の世界に戻れる可能性が存在する事を示してくれているみたいで少しだけ安堵する。先程、神にも間違える事はあると云われたばかりではあったが、やはり神様というのは特別な存在であるという自分の認識がそう簡単に変わるものでもない。

 

「……わかりました。然るべき時には、この与えられた力で彼を抑えます。有難う御座いました、女神様」

『礼には及ばぬ。まずは『神々の調整取引(ゴッドトランザクション)』を確認せよ。肝心の時に使えなかったというのでは困るのでな。それに、色々と強いる事になった其方に、わらわからの心付けも添えておいた』

「重ね重ねのご配慮、感謝致します。それでは……」

 

 そう言って僕はソピアー様との通信を閉じる。ひとつ息を吐くと、ずっと僕を伺っていた2人に対し、

 

「……トウヤに力を与えた女神様と交信する事が出来たよ。彼の力に対する対抗処置のようなものも頂いた。もしもの時は、抑える事も出来るかもしれない。どういうものかはこれから確認してみてからだけど……」

 

 彼についての対処手段を得た事がわかり、2人の顔が明るいものになる。

 

「よっしゃ!これでもう、奴に対処する事が出来んだなっ!」

「……良かった、それでは早速王女殿下に……」

「ああでも、ちょっと待って下さい」

 

 僕は王女殿下に伝えようとするベアトリーチェさんに待ったを掛けると、

 

「対抗手段を得たといっても、彼を無効化できるものではありません。既に力を得たトウヤに対し、例えばバハムートを抑えた『核魔法(ニュークリア)』を使われたとして、それを無効にできるといったものではないと思います。ですので、あくまで彼をどうしても排除しなければならなくなった時の最終手段としてお考え下さい。少なくとも、彼と戦えるようにならなければこの対抗手段は効果が薄いと思います」

 

 彼の持つ『神々の調整取引(ゴッドトランザクション)』を得たとしても、トウヤとの間に力の差がある事は事実であるだろう。その力の差についても『神々の調整取引(ゴッドトランザクション)』を使えば縮める事が出来るかもしれないが……、神々から授けられたという力をそう易々と使っていいとも思えない。

 

 簡単に説明を受けた時点で、『神々の調整取引(ゴッドトランザクション)』の効力は今までの生活、価値観を一変するくらい規格外のものであると気が付いていた。一度使えば麻薬のように事ある毎に使い続け……、やがてそれが無い生活は考えられない程になるという事も……。いずれ元の世界に戻り、日常の生活を送るだろう僕としては、いずれは使えなくなる『神々の調整取引(ゴッドトランザクション)』に依存する訳にはいかない。

 

 僕の話を受けて、ベアトリーチェさんは頷き、

 

「わかった、王女殿下にはその旨は伝えておく。コウ殿に強くなって貰うという事も、今まで通りだ。私は基本、あの男に付いているが……、何かあったら知らせて欲しい。私との『通信魔法(コンスポンデンス)』も繋げておいて貰えると助かる」

「へっ……、じゃあ、コウにはこれまで以上に厳しくしないとな。早くアイツに対抗できるようになって貰う為にもよ……!」

「はは……、お手柔らかに頼むよ、レン」

 

 唯でさえ、ここ最近の修練では手加減してくれていないようなんだから。僕はそう思いつつ、ベアトリーチェさんに挨拶してレンと共にその場を離れ、シェリル達の待つ部屋へと向かうのであった……。

 

 

 



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第40話:神々の調整取引

第40話、投稿致します。


「なんてものを……なんてものを食べさせてくれたんだ、レイア……!これこそまさに至高の味、僕が向こうで食べてきた白米だ……、白いご飯だぁ……っ!」

 

 清涼亭の食堂にて、レイアから齎されたご飯に、夢にまで見た白米に僕は感無量になっていた。思わず涙まで出て来てしまう程に……。

 

「これと比べてしまったらユイリが用意してくれたお米はカ……コホン、こう言ってしまっては悪いけれど、口には合わなかったから……」

 

 危うく某漫画のように暴言を吐いてしまいそうになったが、寸でのところ思い留まる。そんな事を口に出してしまったら、折角和の国から取り寄せてくれたユイリ達の苦労を嘲笑う事となり、彼女との関係にも影響が出てしまうに違いない。

 

「……悪かったわね、口に合わなくて。ただ、貴方のその様子からも、満足度が違うのはわかったわよ。味に関しても、全然違うしね」

「多分、ユイリの用意してくれたお米は土器で煮てあったんだと思う。このご飯は蒸しているんだ。それも鉄釜で、電気というエネルギーで一気に炊き上げている……。レイア、このお米はどうやって……」

 

 この世界にあるお米は恐らくユイリが取り寄せたようなものが主流であるといえる。しかも、お米自体がこのストレンベルクでは殆ど食されていないときている。じゃあどうやって入手したんだろうと考えて……、ひとつ思い浮かんだ事があった。

 

「……王女から貰ったんだ。正確に言うと、トウヤが王女に献上してきたものだったんだけど、コウが食べたがっていたと知って、私に持っていくように頼まれたんだよ。まさか、そんなに喜ぶとは思わなかったけど……」

「……成程ね。まぁ、そうじゃないかとは思ったよ。電気のエネルギーを活かす技術が存在していないのに、どうやってこんな風にお米を炊けたんだろうってね……。でも、何日ぶりだろう、こうしてご飯を食べられるのは……、しかもまさに炊いたばかりって感じだし」

 

 恐らくはこのご飯は、炊きたての物をトウヤの例の能力(スキル)で取り寄せたんだろう。だけど、それがまだこうして鮮度を保っているというのは……。

 

「それはボクの『収納魔法(アイテムボックス)』の効力ってヤツさ。この魔法は極めていくと、収納力が増えるばかりではなく、鮮度もそのままの状態で保つことも出来るようになる。時間軸を一定にしてるんだろうね」

「むむむ……、それは凄いな。この世界の技術、いや魔法かな?本当に万能の力って感じだよ……」

 

 元の世界の技術と比べると、まだまだ発展途上な面も否めないが、それを補って余りある程に優れた魔法が存在している。如何なる病、仮に腕などを無くしたとしても、再現させてしまう神の奇跡といい、場合によっては使命のある者ならば死者すらも蘇生させる神聖魔法もあると聞くし、まさに一長一短といった形と言えよう。

 いや、僕としては此方の世界の方が良かったかもしれない。この世界だったら、幼馴染や友人を亡くさずに済んだかもしれないからだ……。しかしながら、神聖魔法を使って貰うのもタダという訳ではない。それに、その場に聖職者がいなくて、神聖魔法をかけて貰えずそのまま……ということだってあり得る。それも全て踏まえて、人の運命という事か。

 

 そう一人納得しつつ、僕はご飯を頂きながら今や清涼亭の定番になりつつある唐揚げを頬張る。やはりお米と肉は良く合う。この肉もまた新鮮だ。新しいお肉でも手に入ったのだろうか。そんな僕を見て、レイアはひとつ息を吐くと、

 

「……そんなに気にいったなら、また王女に頼んでおくよ」

「いや、王女殿下だってあまり彼には頼み事はしたくない筈だ。遠慮しておくよ」

「だけど……」

 

 僕とお米を見やりながら何か言いたそうに渋るレイアに、

 

「……本当に大丈夫さ、お米自体はこの世界にも存在しているんだし、改良していけばいずれは……」

 

 そう彼女に語り掛けたその時……、自分のステイタス画面より何やら通知が入る。それも……、携帯電話の如く現在進行形で呼び掛ける何かが……。

 

(……?何だ……!?通信魔法(コンスポンデンス)じゃない、一体……!?)

 

 中途半端に話を遮った僕に訝しむレイア達を尻目に原因を探ってついに、その正体を把握する。それは、先日使用した『神頼み(オラクル)』だったのだ。

 

「神様からの啓示だとでもいうのか……?はい、僕はコウですが……」

『……おお、やっと繋がったか!?其方っ!!どうして『神々の調整取引(ゴッドトランザクション)』を使わないのじゃ!?』

 

 僕が『神頼み(オラクル)』を発動させると、矢継ぎ早に畳みかけるようにしてくる女性の声が頭の中に鳴り響く。この声は……、僕がコンタクトを取った女神ソピアー様か!?

 

「もしかして、ソピアー様ですか……?ご無沙汰しておりま……」

『そんな形式ばった挨拶など如何でも良いっ!今すぐ『神々の調整取引(ゴッドトランザクション)』を起動させるのじゃ!!さぁ、直ぐに……っ!!』

 

 有無を言わせずそのように高唱してくる女神様の勢いに戸惑いつつも、言われた通りに僕は『神々の調整取引(ゴッドトランザクション)』を起動させる。すると……、

 

 

 

 ――初回起動特典として、此方が付与されます。

 

『叡智の福音』

 

消費修練値:0

分類   :能力(スキル)

概要   :『叡智』を司る女神、ソピアーからの加護でもある能力(スキル)。如何なる不明慮な項目であっても全能たる神の見識で持って調べた事柄に答えを示す事が出来る。状態(コンディション)に設定させる事も可能で、その場合あらゆるところで能力保持者の助けとなるだろう。

 

 

 

「な、何だ、この出鱈目な能力(スキル)は……!?」

『……何とか間に合ったか。折角加護を与えたというのに、危うく付与が立消えとなるところであったのだぞ、全く……。その能力(スキル)さえあればわらわは何時でも其方の動向を知る事が出来、かような形でコンタクトを取らなくて済む……』

 

 ソピアー様はそう話すと『神頼み(オラクル)』からの接触を中断し、頭の中に直接伝えてくるようになった。しかも、それは僕だけではなく……、

 

「……!コウ様、此方は……!」

『其方たちはこの者の仲間じゃな。少なくとも、厚い信頼を寄せておる者たちのようじゃし問題もなかろう。わらわは女神ソピアーである。この者と、問題となっておる愚か者に力を与えた神じゃ』

「あの報告にあった女神様!?でも、どうして私たちにもその声が聞こえるようになったの……!?」

 

 急な出来事に戸惑いを隠せないシェリル達。かといって他のお客さんには普通にしている事から、声が聞こえているのは僕の他には、シェリル、ユイリ、そしてレイアの詰めている3人だけのようだが……。

 ユイリの挙げた疑問に応える形で、ソピアー様が続ける。

 

『……それは簡単じゃ。この者だけに伝えてもそれを実行するかわからぬ故、仲間である其方たちにも知っていて貰いたかったのでな。折角わらわが与えた加護も、危うく台無しとなるところだったのじゃ。其方たちはこの者からあのトウヤとかいう者に対抗できる手段を与えた件について、どのように聞いておる?』

「それは……、コウからは単純に対抗処置のようなものを得たとしか聞いていないな。少なくとも、ボクはそう聞いてる……」

「……私も同じですね。それについても、トウヤ殿を無効化できるものではないから、あくまでコウが彼と同じかそれ以上になるまでは待つ必要があるともリーチェから聞いていますが……」

 

 レイア達が答えた事に対し、ソピアー様が、

 

『それについては間違ってはおらぬかもしれぬ。しかし、わらわがどんな力を与えたのかは聞いておらぬのか?わらわはそのトウヤに与えたものと同じ、『神々の調整取引(ゴッドトランザクション)』をこの者に付与したのだぞ?しかも、奴に渡したものよりも格段に配慮して渡したのだ。こんな事態を招いてしまった事についての詫びも兼ねてな。その事については聞いておらぬか?』

「同じ力、ですか……?いえ、わたくし達もそこまでは……」

「ちょ、ちょっとコウ……ッ!そこまでは私も聞いてないわよ!?それって少なくとも、彼が力を得ている根源の能力(スキル)を……、あの王女殿下が判明させた『神々の調整取引(ゴッドトランザクション)』という能力(スキル)を得たって事だったの!?」

「……だから、対抗手段でしょ?後は何だったか……、彼が『神々の調整取引(ゴッドトランザクション)』で得た全てを剥奪する事も出来る権限みたいなものも預かったんだっけかな……?」

「コウッ!?それがあるのだったら……、今すぐにでも彼を抑える事だって出来るんじゃないか!?」

 

 レイアの言葉に、ユイリやシェリルまでも同調するように頷いている。

 

『そうだろう?なのにこの者ときたら……』

「……いや、ちょっと待って欲しい。確かに僕が得た対抗手段がこの『神々の調整取引(ゴッドトランザクション)』だって事を伝えなかったのは悪かったけど……、それでも今、彼と対立するのは早すぎる。ソピアー様、あの男は『核』まで持っているんですよ?」

 

 僕がそう話すと、ソピアー様の様子が変わる。流石にそこまでの力を得ているとはわからなかったのだろう。

 

「女神様であれば……ご存じですよね?僕のいた世界での悪魔と呼べるあの兵器……。それを、あの男は魔法にして使えるようです。初期の原子爆弾のようなものなのか、それとも進化した水素爆弾並みの威力があるのか……。少なくとも放射能まで実装化はしているみたいですね。そんな相手に軽々しく挑んで、全てを剥奪する前に核を放たれてやられました、では困るじゃないですか……」

『なんと……、あの男、そんなモノまで……!しかし、どうやってそれを得たのだ!?あの男の魂の修練はまるで足りていなかったのだ。だからこそ転生を命じたというのに、どうしてそこまでの力を得る事が出来る!?いくら『業』を重ねても、寿命から差し引いたにしても不可能な筈……。後はその世界の……!そうか、ファーレルの貨幣!奴がその貨幣を得る機会があったか?それも大金を得る機会というのは……?』

「それならば勇者として召喚された際に……。あと、我が国の貴族を排してその後釜に加わったともリーチェからは聞いております」

「……それにバハムートを退けた際にも、財宝の一部を掠め取っている可能性もあると思う。ボク……というより王女殿下から聞いた話によるとだけど……」

 

 ……財宝を得たら何だっていうのだろうか?そんな僕の疑問に応える形でソピアー様は語りだす。

 

『ううむ……、其方たちの勇者を迎える礼が仇となった訳じゃな。最も、それを言うなら『勇者召喚(インヴィテーション)』に干渉させたわらわの落ち度とも云えるが……。其方は『コウ』と名乗っておるか。ならばコウよ、尚の事対策を整える必要があるではないか?なのに、何故其方はすぐに『神々の調整取引(ゴッドトランザクション)』を起動させなかった?』

「……言い訳のように聞こえてしまうかもしれませんけれど、この『神々の調整取引(ゴッドトランザクション)』という能力(スキル)は、初めて見た時点で自分の分を超えたものだと思ったからですよ。過ぎた力は身を滅ぼすっていうのは、まさにこういう事を言うのだな、と……。事実、その力に取りつかれたトウヤは道を外し続けている訳ですし、必要な時以外は正直触れたくもないなとも……」

「コウ様のお気持ちはわからなくもありませんが……、此度の件に関してはすぐに確認為されるべきだったと思いますわ。あの方の本性をお知りになられ、いつコウ様に牙を向くともしれぬ者を何時までも放置しておく事は、余り宜しい事では御座いません。すぐにでも、対策を講じておくべきです」

「そうね……、貴方が彼と同じ力を得たというのであれば、相談して貰いたかったわ。女神様、彼のその『神々の調整取引(ゴッドトランザクション)』の内容を、私たちも確認する事は出来ますでしょうか?彼一人だと能力(スキル)についてそのように懸念しているようですので……」

 

僕を気遣うようにそのような提案をするユイリの言葉に、ソピアー様は少し考えた後、

 

『ふむ、そういう事であれば……これで良い。これで、其方が心を許した者であれば『神々の調整取引(ゴッドトランザクション)』の選択画面を見る事が出来るようになった筈じゃ。取り敢えずは『神々の調整取引(ゴッドトランザクション)の手引き』を確認するのだ。最低限の使用方法が分かる筈じゃ』

 

 ソピアー様のその言葉に、僕は『神々の調整取引(ゴッドトランザクション)』の選択画面を駆使してそれを選択してみる。どうやらシェリル達にも確認できているようで、僕はそこに表示された項目を確認していった……。

 

「……やっぱりこの能力(スキル)はやはり神専用の能力(スキル)だったか。ボクの思った通りだ……、それにしてもこの、『例外あり』というのは……?」

『それは別に存在する神々の調整取引(ゴッドトランザクション)の拡張項目によって変更されているものであるからじゃな。わらわの方でいくつか追加した項目も一緒に見てみると良い……』

 

 レイアの言う通り、いくつかの項目に『例外あり』の単語が表記されており、ソピアー様に指摘されてその拡張項目とやらを確認してみると、

 

 

 

『女神の寵愛』

消費修練値:0(習得済み)

分類   :神々の調整取引(ゴッドトランザクション)の拡張項目

概要   :神々の調整取引(ゴッドトランザクション)の創作者である女神ソピアーの寵愛により、神々の調整取引(ゴッドトランザクション)をその者の正規の能力(スキル)とすると同時に、対象者の消費する魂の修練値が大幅に修正される。但し、その対象者は自らの寿命を魂の修練値に加算させる事が出来ず、また魂の修練値を越えて神々の調整取引(ゴッドトランザクション)にて習得、調整、購入する事も出来ない。さらに魂の修練値をある一定以下にしようとすると警告と共に取り消されるようになる。

 

 

 

神々の調整取引(ゴッドトランザクション)の使用制限解除』

消費修練値:0(習得済み)

分類   :神々の調整取引(ゴッドトランザクション)の拡張項目

概要   :神々の調整取引(ゴッドトランザクション)の所持者の心を許した者も神々の調整取引(ゴッドトランザクション)の内容を確認する事が出来るようになる。また、所持者が心を許した者にも特性や能力値、特殊能力等の習得、調整させる事が出来るようにもなる。

 

 

 

『権限の代行者』

消費修練値:0(習得済み)

分類   :神々の調整取引(ゴッドトランザクション)の拡張項目

概要   :神々の調整取引(ゴッドトランザクション)の創作者である女神ソピアーの代行者として、対象者が神々の調整取引(ゴッドトランザクション)にて習得した全てを神々の調整取引(ゴッドトランザクション)ごと剥奪する権限を得る。剥奪にはその対象者に触れなければならない。

 

 

 

 成程な……、これが通常の神々の調整取引(ゴッドトランザクション)に加え、ソピアー様が調整した拡張項目って奴か。女神様直々に授かった能力(スキル)というだけの事はあり、使用する僕にデメリットが出ない様にしてくれているみたいだ。恐らくこの『(ごう)』ってのが積み重なっていくと不味い事になりそうだけれど、僕に対しては『(ごう)』自体が貯まらない様にしてくれているし、神々の調整取引(ゴッドトランザクション)を使用して不都合が起こらないようになっている。

 

 そこで僕はシェリル達と一緒になってトウヤが現在持っていると思われる能力(スキル)などを照らし合わせて確認していき、それに対して対策も講じていった。懸念される核についてもいくつかランクもあり、通常消費される魂の修練値から考えても、この『核?魔法(ニュークリア)』ってのを習得したと考えられる。習得に必要な魂の修練値も彼の場合は『500000』という膨大なものであるが、初日に王国から頂いた大量の大金貨を換算させれば購入できないものでもない。

 因みに僕に表記された魂の修練値は『389247』とあり、『女神の寵愛』の効果で消費修練値も『300000』となっているから習得しようと思えば覚えられるが、抑止力にはならないだろうし無駄に世界を荒廃に導くだけだ。

 

 また……、彼が僕を元の世界に戻した魔法も出てきた。

 

 

 

次元跳躍魔法(ディメンションリープ)

消費修練値:600000

分類   :独創魔法

概要   :この魔法は大量の魔力を消費する為、習得とは別に使用するに際して魔力が溜め込まれた媒体等を消費する必要がある。その為間違いを起こさないよう600秒間お試しで視察する事が可能。その視察に関して特に条件はないが、1人1回までで対象者が思い描く次元軸に波長を合わせた世界となる。細かな調整は魔法の使用者の力量に応じて変化する。

 

 

 

 ……この魔法の概要を見た時、シェリルとユイリはトウヤに対して怒りを隠し切れなかったようだ。僕が使用されたものもこの魔法のようで……、大金貨100枚を丸々ボッタくられたも同然である。仮にこの『神々の調整取引(ゴッドトランザクション)』を使用できる事によって受ける恩恵の手数料として考えたとしても、いくら何でもその金額設定は足元を見すぎている。

 大金貨1枚は魂の修練値1500に相当する事から、僕は彼に15万もの修練値を与えてしまった事になる訳だ。レイアによれば一時的にでも対象を跳躍させる事自体出来る訳では無いという話だったが、シェリル達の憤りを和らげるまでには至らなかった……。

 

「大体、こんなところかな……?これ以上のトウヤの手出しを防ぐ為にも、一度ベアトリーチェさんと被害に遭ったオリビアさんに会う必要があるな……。ユイリ、お願い出来るかい?」

「わかったわ、グランやリーチェには話しておくわ」

『あの男め……、思った以上に好き勝手しておったようじゃな。まあ良い、一先ずわらわの用は済んだ。あの男の動向は知る事が出来たし、危うく宙に浮くところであったわらわの加護も与えられた。コウよ、其方を通じて今後もこのファーレルの行く末を見せて貰おう……』

 

 そう言い残しながらソピアー様からの接続が断たれる。今後も定期的に接触を取ってきそうだな、あの女神様……。しかしながら、この『神々の調整取引(ゴッドトランザクション)』もさることながら、『叡智の福音』もかなりのぶっ壊れ能力(スキル)だ。

 試しに鋼の意思(アイアン・ウィル)と一緒に状態(コンディション)に設定してみたが……、何と自分が知らない単語や名称のものが出てくると補足説明する形で簡単な解説が為されるようになった。どうも自分の思考にリンクしているみたいで、詳しく知ろうとステイタス画面から『叡智の福音』で調べてみるとさらに詳しい情報がわかる。

 ……元の世界でも常時発動能力(パッシブスキル)状態(コンディション)に設定された能力(スキル)は使えそうでもあり、資格試験のテストは元より、長らく証明も反証もなされてこなかった難問ですらも答える事が出来るという、とんでもないものである……。

 

 こういう力を持っている人間が天才と呼ばれるんだろうな……、なんて感傷に耽っていたら、、

 

「……一通り、彼に対する対策は済んだことだし、少しは自分の為にでも使ってみたらどうだ、コウ。ソピアー様も仰っていただろう?」

「いや……、こういうのは私事で使わない方がいいと思う。『女神の寵愛』のお陰で様々なものを適正な修練値で購入、習得出来るみたいだけどさ……」

「そうかしら?使えるものはキチンと有効活用するのはいいと思うけど。それこそ貴方が泣いてまで食べていたその『お米』の事とか、ね……」

 

 ユイリにお米の事を言われ、思わず息を吞む。確かにこの能力(スキル)があれば、トウヤが取り寄せていたみたいに出来るけれど……。迷っている僕にシェリルがそっと寄り添ってくると、

 

「せめて此方で量産できるようになさったら如何でしょう?一度そのような体制を整えてしまえば、コウ様も気兼ねがなくなるでしょうし……、あんなに幸せそうにお米を頬張われる貴方を見せられたら……、何時でも食べて頂きたいと思いますわ」

「シェリル……、そりゃあ、お米は僕にとって切っても切れないものというか……、毎日食べ続けたものでもあるけれど……」

「折角、あのトウヤに関わることなく仕入れられるようになったんじゃないか。それに元の世界でずっと食べ続けたものであるんだろう?それなら遠慮する事じゃない……、コウの当然の権利でもある」

 

 シェリル、それにレイアにまで説得されて、僕は……。

 

「……わかった。正直なところ、僕もここでお米を食べさせて貰って……、これでまた食べられなくなるっていうのは耐えられそうにない……。でも、生産するとなると大変だよ?僕も知人のところで農業を手伝った事もあるけどさ……。それに、僕らで作るにしたって、何処で作るんだ?」

「そこは私に任せて。……イレーナ、いるかしら?」

「……はい、ユイリ様。あたしはここに……」

 

 ユイリの言葉に反応する形で、先日出会った狼人(ライカンスロープ)族のイレーナさんがスッとユイリの傍に現れる。

 

「……コウ様、先日は有難う御座いました。お陰様でこうして妹と一緒に、ラーラのところでお世話になっております」

「良かった、元気そうだね。ユイリは厳しくない?」

「とんでもない、ユイリ様にはとても良くして頂いております」

 

 そう言ってイレーナさんが微笑ましそうに視線を奥に向ける。僕もその方向に目を遣ると……、シウスとぴーちゃんを相手にキャッキャと戯れているリーアちゃんとイヴちゃんの姿が見えた。

 イレーナさんがユイリ直属の部下に就く事となり、それに喜んだのは彼女の父親ライホウさんだけでなく……、ラーラさん達一家も歓迎してしてくれていた。特にラーラさんはいつも固辞していたイレーナさんが清涼亭の一室に滞在するのを承知してくれた事に自分の事のように喜び、僕に対しても礼を尽くしてくれたものだ。

 

 彼女と話している僕らに優し気な眼差しを送りつつ、

 

「……イレーナ、悪いけれどこれを私の父に至急渡して貰えるかしら?そして、そのまま向かって欲しいところがあるのよ。お願いできる?」

「お任せ下さい、それではすぐに向かいます」

 

 ユイリから何らかの指示を受け取ると一礼して再びその場から姿を消す様に居なくなってしまう。そしてユイリは僕に振り返ると、

 

「さて、と……、それでは行きましょうか?多分、気に入って貰えると思うわ」

 

 

 

 

 

 ユイリに連れられる形で馬車に乗り込み、ストレンベルクの城下町を離れ、街道を進んでゆく中で、僕は前に座るユイリへと話し掛けていた。

 

「馬車か……。此方の世界に来て初めて馬車に乗ったけど……」

「……乗り心地はどうかしら?一応、すぐに出せる馬車で一番良いものではあるけれども……」

 

 そう問い掛けてくるユイリに凄く良いよと告げると、少し上機嫌な様子に見える。実際、僕の知る馬車よりも広く、楽に7、8人は乗車出来る構造になっていて、ゆったりと寛げる造りとなっていた。一緒に乗っているシェリルの足元にはシウスが丸くなっており、ぴーちゃんも今はシェリルの肩に止まって鳴いている。

 馬車を引く馬も4頭いて、一見しただけで偉い人が乗っているとわかるだろう。流石は貴族様というところか、と一人納得していると、

 

「そういえば、ユイリは確か公爵家のお偉いさんだったね。公爵って貴族の中では1番爵位が高いんだったっけ?」

「ストレンベルクでは公爵の上に大公という爵位が存在するわ。大公を戴く家は2つだけで、その大公家が実質ストレンベルクの貴族を纏める立場を担っているの。知っていたかしら?グランは若くして大公であるアレクシア家を任された当主なのよ」

「特にアレクシア家は有事の際、王国防衛の任も与えられているからな。とはいっても、もう数百年は他国とも戦争は起こっていないから、実質的には魔王率いる軍勢や魔族たちからの侵攻を防ぐ役割といった方がいいか。ボクも……というより王国だけど、グランには本当に助けられている」

 

 彼は竜騎士でもあるからね、と一緒に乗車していたレイアも何処か誇らしげに答える。そういえば、グランは街の人からも英雄だとか呼ばれているとも聞いたかな?ユイリ達の話を聞く限り、その内容は大体辺境伯のような役割も担っているという……。

 

 ……そんな人物の婚約者を襲ったというトウヤには、最早このストレンベルクでの印象は地に落ちているといっても過言ではないだろう。国民はまだ、あの竜王を追い落とした新たな英雄として期待されているようであるけれど……、確かに彼を知る者からの評判は悪い。ユイリ達、王宮勤めの者だけでなく、職人ギルド『大地の恵み』の人たちからも、彼には協力したくないなんて言っていた始末だ。

 今日、ソピアー様も交えて対策を話し合った通り、動いていかないといかないだろうな……。そう思いながらひとつ溜息を吐くと、

 

「……今向かっているのは、私の家が王国より下賜された領土で、普段は代官の領主に任せているところなの。少し辺境にあるのだけど、シラユキ家で一番農作物の栽培に成功しているから、今回の話には合っていると思う。多分先んじてイレーナが伝えていると筈だけど……」

「そうなんだ……。でも、イレーナさんはどうやって向かっているの?まさか徒歩で?」

 

 こうして馬車に乗るまで、今までの移動は大抵徒歩か、若しくは魔法陣によって決められた場所へ送られるという事が主であった為、そう聞いてみる。

 

「獣人族、それも狼人(ライカンスロープ)族は徒歩で移動するのが特に優れた種族なのよ。最も、一般的には馬を使ったりとか、簡単な距離なら魔法で移動する事もあるんだけど……」

「……魔法で移動するっていうのは高位の魔術師でないと難しいよ。転送魔法(トランスファー)を使用するにしても簡単じゃないし、転送魔法陣も絡んでくる。『目的地設定魔法(ダンジョンセーブ)』や『目的地移動魔法(ダンジョンワープ)』のようにお手軽に出来るものじゃないからね……。ボクも城下町の外で転送魔法(トランスファー)を展開した事は殆どないしな……」

 

 ユイリの言葉に続いて、レイアもそのように答える。やっぱり、移動には徒歩か馬でとなるみたいだな……。この世界には自転車や自動車が存在する訳でもないし……。

 自動車はガソリンや排気ガスの問題があるけれど、自転車くらいならこの世界にあってもいいかな……?でも、あんまり気軽に『神々の調整取引(ゴッドトランザクション)』を使うのもな……。いや、でも既にお米の関連でも『神々の調整取引(ゴッドトランザクション)』を使って色々取り寄せたんだ。それに、僕がしなくてもトウヤだって好き勝手に『神々の調整取引(ゴッドトランザクション)』を使っているんだし……。まして、僕一人で使っている訳でなく、シェリル達にも確認して貰っているんだ。問題なんて無い筈だ。……でもなぁ……。

 

 そんな風にひとり悶々と考えていたら、馬を操る馭者より、

 

「ユイリ様、見えてきましたよ。リンドの町です」

「有難う、このまま向かって」

 

 そのやり取りに、僕は前方に見えてきた長閑そうな町を見やる。何処かログハウスを思わせるような家が所々に点在し、有り余った土地には畑のように耕されているような印象を受ける。町というよりは村に近いかもしれないが、覆われている柵のようなものを見る限り、かなり広大であるようにも思える。

 

(……町として整備もされているみたいだ。それにあれは……)

 

 ふと町の入口のようなところには、見知った顔の女の子とともに、出迎えようとしてくれているらしい幾人かの姿も見えた。そうしている間にも馬車は町の方向に進んでゆき……、僕も降りる準備と行う事の確認をするのだった……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(……よかった、これなら上手くいきそうですね……)

 

 彼が出していく指示に耳を傾けながら、私はそう確信していた。ユイリの手配した町長の挨拶をそこそこに、彼はすぐにお米の栽培方法に取り掛かった。

 『水田』という、水をたたえる事が出来るようにした耕地をコウの指導の下で作ってゆき、そこに彼が『神々の調整取引(ゴッドトランザクション)』で取り寄せた『稲』と呼ばれるものから種籾を回収していく。

 『伝承の系統者(レジェンド・クオリファイダー)』として、今のこの世界では失われている魔法、『複製魔法(クローニング)』を駆使して陰ながら彼をサポートしたり、これまた高等な魔法である『時間統制魔法(タイムコントロール)』を小規模ながらレイアと一緒になって発動させて、お米が作られてゆく工程を実演を交えながら説明していったのだ。

 

 彼自身、お米作りは多少なりとも経験があるという事で、身をもってそのやり方を実演できたのも大きいだろう。種籾を苗床というらしい所に植えて、そこから育ったものをさらに水田に移し替える際に泥塗れになりながらユイリの領民たちと作業していったのだけど、それも良かったと思う。コウはあえてその水田に足を取られて泥に突っ伏す形で注意を促したりしていたが、それで領民の方たちも命じられてするというよりも、彼と一緒に物を作り出す仲間であるように受け入れられていたのかもしれない。

 町の子供たちも大人に混じりながら加わっていき、その場は笑いが絶えずに進められていく……。水田の規模にあわせて発動させた『時間統制魔法(タイムコントロール)』によって、目に見えて稲の成長がわかり、それが実った時は皆歓声をあげていた。

 

 鎌を使って稲刈りをしてゆき、それを乾燥させると『臼』という物でお米についていた『籾殻』をすり落とし……、さらにそこから『糠』というものを取り除いて漸く『お米』が完成する。それをコウ曰く飯盒炊飯なるものでお米を調理し、出来上がったご飯は皆に好意的に受け入れられていた。

 自分たちで作ったというところもあるし、炊きあがったばかりのお米は、先程レイアから頂いたものよりも美味しかった事もある。私も今後、自分で作れるようになる為にやり方を覚えていたけれど、特に難しそうな内容でもなく、それも受け入れられた理由といえるかもしれない。

 

(不思議と後を引く味ですし、毎日食べ続けても飽きないというのは魅力的ね……)

 

 エルフはあまり肉を食べる種族ではない。私がメイルフィード公国に居た際も、殆ど口にする事はなかったし、そもそも食自体も最低限しか食べない。いえ、それは別に私のいた公国だけという訳でなく……、このファーレルに住む者は皆、食に対し生きる上で必要な分しか関心が無かったのである。

 

「これ、おいしーね!たべることがたのしみになるかも」

「うん、そーだねっ!」

 

 町の子供たちがそう話しているのを聞き、コウ様がそうだろー、と嬉しそうに話し掛けていた。その様子をユイリや、彼女を手伝っていたイレーナさん、そして町の皆さまも微笑ましく見ているのを目にする。たった数時間で彼が町の人たちから受け入れられているというのを私は改めて感じていた……。

 

「コウ様、此方は如何なさいますか?」

「ああ……、発電機とその電子ジャーは閉まっておいてくれるかい、シェリル。一応準備しておいたけれど、今の時点ではお米は飯盒炊飯(これ)で炊くのが一番だ。電子ジャーで炊くのは早くて便利なんだけど、どうしても電力の問題もあるからね……」

 

 彼の言葉にわかりましたと伝えて、それらを自分の収納魔法(アイテムボックス)に納める。何はともあれ、これでお米が実用化となれば、その特許には彼の名前が挙げられるだろう。

 

 このでんりょく、というエネルギーについても、彼が陣頭指揮をとって研究開発に乗り出せば、付いて行く人も多いだろう。私もトウヤの手柄になる恐れも無くなり、気兼ねなく彼をサポートする事だ出来る。

 彼は不思議と人を惹き付ける何かがある。コウを知る王宮の人は勿論、清涼亭のラーラさん達や冒険者ギルドの方達も、そして職人ギルド、商人ギルドの方達に至るまで、彼を悪く言う人を私は知らない。あのケダモノのような男とは大違いだ。

 

(むしろ、あの人の存在がコウ様と対比されているのかもしれませんけど……)

 

 少なくとも、コウがトウヤの事を完全に切り捨ててくれたのは何よりである。気難しいリムクス様たちも彼からの案件であれば身骨を砕いて下さるに違いない。

 

 その時、あの男の……トウヤの自分を舐めまわすような欲望に満ちた視線を思い出しゾクッとする。私は胸の辺りを両手を組むようにして隠し、視姦されたような感触を振り払い、体裁を取り繕おうとしながら助けを求めるようにコウの方を見つめる。それと同時に、おぞましい記憶でもある、奴隷商人たちによって囚われていた時の事が脳裏に過ぎった……。

 

 

 

 

 

「……誰にも見られてないな?」

「ああ、大丈夫だ。早く済ませようぜ」

 

 私の囚われている個室の前で、誰かの声がしたかと思ったら、また男達が入ってきた。そして私の方を見ると、もう何度目になるかもしれない欲望に満ちた目を向けられる。

 ……私は両手を鎖で拘束され、万歳の姿勢で繋がれていた。自殺防止の為か口には猿轡を噛まされ、完全に自由を奪われており、魔法や能力(スキル)も封じられ使えそうにない。そんな状況に置かれた私に男たちがニヤニヤしながら近づいてくる。

 

「ほんと、いい女だな。手を出そうとしたアイツらの気持ちも分かるぜ」

 

 そう言って一人が私の頬に手を掛け、そのまま顎を上向けられる。相手を見ないようにしていた私を強制的に自分の方に向けさせ下卑た表情を見せつけられると、

 

「美しいエルフの処女を奪った男には幸運が与えられるって話だがな。そんな事は関係ねえ、これだけの上玉はもう二度とお目に掛かれねえだろうからな」

「へへっ……、全くだ」

 

 男たちの言葉についに体を奪われるのかと悲しみと諦めの感情に支配される。現にここに連れて来られてより、何度そんな貞操の危機を感じたかわからない。男たちの親玉は、手を出さないよう言っていたが……、私の元々持つ能力(スキル)に異性を通常以上に惹き付けてしまう力もあるらしく、そのせいもあってこのように絶えず男たちが自分のいる個室に侵入を果たしてきたのだ。

 

「さて……、時間もあまりねえぞ。流石に処女を奪う訳にはいかねえし、その猿轡を外して死なせたとあっちゃ目も当てられねえぞ?」

「心配ねえよ、その立派なおっぱいを使わせて貰えばいいじゃねえか。アイツらのミスは最上を求め続けた事だ。そんな事したら抱くのに成功したっていつかバレちまう。だからよ……、バレねえように上手くやるのよ……!」

 

 もう一人男が私の胸元に手をやり……、衣服越しに撫でながら軽く揉みしだいてくる……。

 

「むぅっ……!」

「いいねぇ……感度もいいようだし、それでは早速、始めるとするか」

 

 そして男がそのまま私の胸を露出させようと衣服に手を掛けたその時、鍵を掛けられていた筈の扉が開かれ、数人の武装した者たちが不埒な真似をしようとした男2人を取り囲む。

 

「貴様らっ!そこで何をしているっ!!」

「その場から動くなっ!!抵抗は無駄だっ!!」

「なっ!?一体どうして!?気配は無かった筈……っ!!」

「余りにも彼女のところに侵入する輩が多いのでな、此方で警戒魔法(アラート)を密かに仕掛けていたのだ。それにしても貴様らまで……!女の『傾国』や『フェロモン』等の能力(スキル)も封じている筈なのにな……」

「……ワテの方でハロルドダックに掛け合うで。放置しとったら、ここの部下共、皆居なくなってまうがな……」

 

 

 

 

 

(っ……コウ、さま……っ!)

 

 愛しさと切なさが入り混じったかのような感情に翻弄されながらも彼の事を見続ける。あの後、私は魔法の扉が付いている特別室に移され、漸く襲われる事が無くなったが……、私は男というものに対し、トラウマを覚えるまでになってしまった。

 コウを見続ける事で、少し身体の震えが治まってきたのがわかり、私はひとつ息を吐くと、その後の経緯も思い出していった……。

 

 そうして私はあの闇のオークションでコウに出会い、彼に購入され……、奴隷から解放されて……。その後も彼の事を見続けると、コウから尊重されて彼の心に触れていく内に、私はいつしか彼を愛するようになっていた。あの日、彼に押し倒された時でさえ、コウに対する嫌悪感は全くわかなかったのだ。

 

(……わたくしが彼と共に居続けさせて貰うには……、コウ様にはいくつか考えをあらためて頂かなければならないわ……)

 

 コウは頑なに私を彼のいた世界に連れていく事を拒んでいる。それを崩すには、彼の考え、価値観を変えて貰うしかない。そして今日……、彼はひとつ、自分の考えを大きく変えた。

 

『コウ様のお気持ちはわからなくもありませんが……、此度の件に関してはすぐに確認為されるべきだったと思いますわ。あの方の本性をお知りになられ、いつコウ様に牙を向くともしれぬ者を何時までも放置しておく事は、余り宜しい事では御座いません。すぐにでも、対策を講じておくべきです』

 

 彼は大きな力を持つ事を恐れるかのように、自らが得た能力(スキル)を使おうとしなかった。それに対して私はその言葉と共に異を唱え……、ユイリ、レイファからの説得の末、コウはその能力(スキル)と付き合ってゆく事を選んだのだ。

 

 コウの考えも理解はできる。力に溺れていく者を知り、自分がそうならないよう自制しようとする心は立派だとも思える。でも、大きな力を持つ者はその力に対して責任が生じるという事もコウに知って貰いたかった。

 私は世界を変える事が出来るほどの強力な力を宿す、『伝承の系統者(レジェンド・クオリファイダー)』の使命を帯びている。自分が望んだ力ではないし、『伝承の系統者(レジェンド・クオリファイダー)』に選ばれた事で親しかった幼馴染とも別離させられるなど色々あったけれど、それでも私は喜んでくれた父や母の為にもその力を自覚し、受け継いでいく事を選んだのだ。

 メイルフィードが滅ぼされ、自暴自棄になった時もあったが、今ではコウに従い、彼の為にその力を揮っていく事に何のためらいも無い。

 

 ……このようにして少しずつ、彼の考えが変わっていってくれればと思う。願わくばコウが勇者として覚醒し、この世界に留まって貰えたらとも思うけど、レイファは兎も角、私はそこまでは望まない。ただひとつ、コウがこのファーレルにおいて恋人を作るつもりがない事、いずれ元の世界に帰る彼がそういった人を作る訳にはいかないという考えをあらためて貰えればそれでいいのだ。

 

「お前も……、美味しいか?」

「ピィッ!!」

 

 彼は以前に食べさせていた小鳥の餌として、「ぺれっと」という物を取り寄せて小鳥ちゃんに与えているところだった。ぴーちゃん(あのこ)もコウの手に止まって嬉しそうにつつきながら食べているのを優しく見ているコウを見つめるレイアと目が合い……、どちらからともなく視線を逸らす。

 

 ……実際のところ、私とレイファとは彼を巡って張り合わなければならない理由はない。ファーレルの世界において、少なくともこのストレンベルクにおいては、本人同士が認めれば重婚することが出来る。今は亡きメイルフィードでもそうであったし、他の国においても大体同じだった筈である。ただ……、レイファは私のように、彼に付いていきたくとも、ストレンベルクの王族の立場から……、『時紡の姫巫女(フェイト・コンダクター)』という立場から、それは許されないだろう。彼女がその役割を放棄してしまったら……、このファーレルに未来はないから……。

 

 従ってレイファとは関係ないところで、私は彼に対しもう少し積極的に好意を伝えていかなければならないのかもしれない。幸い、彼は私の事を嫌ってはいないと思うし、大事に想ってくれていると考えているけれど……。

 それについては清涼亭で、ユイリやラーラさんに漏らした時も、基本的に同意してくれた。独りよがりでなくて良かったと思うと同時に、では彼との距離をもっと縮めるにはどうすればいいのかというところで行き詰まってしまう。

 

 いっその事、色仕掛けでもして落としてしまったらどうですか、とラーラさんに言われ、サッと頬が朱に染まったのを覚えている。あの手の人は深い関係にまでなれば責任をとろうなんて考えそうだけど……。そう言ったラーラさんをユイリが窘めているのを見ながら、流石に自分からそのような事をするのは……と躊躇したが、別にコウとそういう関係になる事についてはむしろ望むところでもある。

 彼女には、普段彼と一緒に部屋にいる時の私の装束は、男性にしてみれば結構扇情的なものであるとも指摘され、コウの自制心も並大抵のものではないとも言われていた。どうでもいい相手ならば兎も角、異性として意識する相手がそのような格好で近くにいられたら堪らない筈……。事実ユイリより彼が理性を総動員して堪えていた事も聞き、普通のやり方では彼を動かすのは至難の業かもしれないという事で、はしたないかもしれないけれど、彼を此方から誘惑するのも視野に入れる事にする。

 

 ……いくら『悩殺する肢体(メロメロボディ)』やら『美の女神の祝福』などといった能力(スキル)が備わっていたとしても、たった一人の、どうしても心を掴みたい男性と一緒にいられないようならば、私にとって何の意味も無い。もう私には……、彼と一緒にいられない事など考えられないのだ。それならば……、自分の出来る事は何でもする。そう決意して、もう一度コウの方を盗み見た。

 

(コウ様、わたくしは……、貴方のいない人生なんて有り得ないのです。ですから、どうか……どうかわたくしを、貴方の傍に……)

 

 自分のただひとつの願いを心の中で呟くと、私は小さく嘆息して意識を切り替える。今はまだ始まったばかりで、彼も少しずつ考えも変えてきている。そう思い直し私は軽く頭を振ると、何時でもコウをサポートできるよう、彼の傍に控えるのであった……。

 

 

 



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第41話:大公邸への訪問と……

第41話、投稿致します。


 

 

 

「……凄い家だね。ここがグランの……?」

「ええ、アレクシア家の本邸よ。大丈夫、話は通してあるから」

 

 僕の言葉にそう答えるユイリ。だけど僕が聞きたかったのは、こんな馬鹿でかい家にグランは住んでいるのかという事だ。

 お金持ちや有名人の邸宅というのはテレビ等で色々見た事はあったけれど、これは小さなお城という感じだ。どっちにしても自分には関わる事のない家、そう信じて疑わなかったのだけど、まさかこうしてお邪魔させて貰う時がこようとは……。

 

「……お待ちしておりました、ユイリ様。そちらが……コウ様にシェリル様ですね」

 

 大きな門の前で出迎えてくれるかのように一人の壮年の紳士みたいな方が軽く一礼した後で話しかけてくる。温厚な様子で接してくれているが……片眼鏡(モノクル)から覗く眼光は強く些細なものも見過ごさないというような鋭いものであった。恐らくはグランの執事さんなんだろうな、と納得している間に、ユイリはその人と軽く話し込むと、

 

「それでは中にお入り下さい。旦那様がお待ちで御座います」

 

 そう言ってこの広いお屋敷を案内してくれる執事さん。ここに一人で来たら絶対に迷子になる……、僕がそのような事を考えていると、やがてグランの待つ大広間のようなところに通された。

 

「……よく来てくれたね、コウ」

「グラン……」

 

 そこには既に来ていたベアトリーチェさんやレンに加え、グランの後ろには侍女の方達に付き添われている美しい女性もいた。……一目で僕は、彼女がグランの奥さんである、オリビアさんだと確信する。

 

「……本来ならもっと早くお祝いに来なければならなかったんだろうね。結婚おめでとう、グラン」

「有難う、コウ。何、構わないさ。……彼女が僕の妻のオリビアさ」

 

 グランが、彼が話していたコウだよと促し、その声にオリビアさんが前に出てくる。

 

「……お初にお目にかかります、コウ様。私は主人の妻で、オリビアと申しますわ……」

「此方こそ初めまして、オリビアさん。グランには何時もお世話になっております。この度はご結婚、おめでとう御座います」

 

 微笑をたたえながらそう挨拶してきたオリビアさんに返事するも、彼女が何処か怯えているように感じた。

 

「……無理はなさらなくていいですよ。あの男が貴女にしでかした蛮行、到底許されるものではありません。それはわかっているのですが……、それでも同じ世界の出身者としてお詫び致します。誠に、申し訳御座いませんでした……っ!」

「そ、そんなっ、頭をお上げ下さい!!主人から伺っております!貴方は、コウ様はご立派な方だと……っ!勇者に相応しい人物であると……っ!!」

 

 慌てた様に伝えてくるオリビアさんだったが……、僕は彼女を制して、

 

「いえ……、僕が中々決断できなかった事で、あの男を増長させてしまったんです。だから今日は謝罪と……、その前にこれだけはお約束致しましょう……。あの男が今後、勇者に選ばれる事は絶対にありません。勇者の特権を振りかざして貴女に何かを強制する事は勿論、グランを害するような事も起こり得ない事は……、僕の全てをかけてでもお約束致します」

「あ……」

 

 僕の言葉を聞いて、オリビアさんは口元に手を当てて驚いたように此方を見ていた。今言った不安もあったのだろう、みるみるうちにその瞳には涙がたまってゆき、彼女の侍女の方たちが労わる様に集まってくる。その様子を見ながら僕は『収納魔法(アイテムボックス)』を唱え、先日購入しておいた2つの魔法工芸品(アーティファクト)を取り出すと、

 

「……ベアトリーチェさん、お願いしていたアレ、2枚程頂けますか?1枚はシェリルに渡したいので……」

「……わかったわ、ちょっと待っていて……」

 

 ベアトリーチェさんは『水晶操作魔法(スフィアサイト)』と呼ばれるものの、『静止絵抽出魔法(ピクチャーズ)』を使用してトウヤの写真のようなものを2枚抽出してくれると、それを僕に渡してくれた。それをオリビアさんとシェリルに渡し、説明してゆく。

 

「……そんなもの見たくもないと思いますが、お許し下さい……。僕が今、手にしている鋏は『縁キラー』という魔法工芸品(アーティファクト)です。この鋏で人物の絵を切ると、それ以降その人物と関わる事が無くなるとされています……」

 

 その『縁キラー』をシェリルに渡すと、彼女はそれでトウヤの絵を切ってゆく……。そして切り終わった後でどうぞと、『縁キラー』をオリビアさんにも渡した。

 

「ただ……、『縁キラー』にも限度があるようです。魔法や特殊な能力(スキル)を用いて接触を果たそうとしてきた時は、その限りではないとありました。……グラン、あれから彼女に対してトウヤからのアクションはあったの?」

「……この屋敷には、外からの干渉を受けないように出来ている魔法の部屋がある。妻にはこの屋敷に来て貰って以来、その部屋に匿っているんだけど……、既に2度程、何らかの干渉があった事は確認している。恐らくは……」

「多分あの男ね……。私に確認してきた事があったわ。もう彼女には手を出さない約束でしょ、って言ったら出してねーよ、だなんて言っていたけれど……」

 

 その話を聞いて顔色を失うように青ざめるオリビアさんに、奥様!と侍女の方たちが支えていた。少し非難するように僕を見る侍女の人たちに一礼し詫びると、

 

「なら、これも使わないといけないだろうな……。これは『忘却思草』……。忘れさせたい内容を念じて対象に嗅がせる事で、それを忘れさせる事が出来るらしい……。今回は、オリビアさんとシェリルの事を忘れさせれば……当面手出ししてくる事は無いと思うんだけど、問題はどうやってトウヤに使うかなんだよな……」

「……それなら、私が何とかするわ。私ならアイツの『危険察知』の能力(スキル)をかわして接触出来ると思うから……」

 

 それなら……と僕はベアトリーチェさんに『忘却思草』を託す。彼女の話し方がこの間と変わっているようにも思ったが……、もしかしたらこれがベアトリーチェさんの素なのかもしれない。

 オリビアさんもシェリルと同じようにトウヤの絵を『縁キラー』で切ったようだった。僕にそれを返してきたが、すぐに『縁キラー』をユイリへと渡し、

 

「……それ、王宮で保管しておいてくれ。もしかしたら、今後も使う事になるかもしれないし。ああ、その『忘却思草』もね……」

「これ、貴方が『神々の調整取引(ゴッドトランザクション)』で手に入れたものでしょう?まぁ……何時もの事だし、深く聞こうとも思わないけど……」

 

 やれやれといった感じで話すユイリ。……僕があまり物に執着しない事を云っているのだと思うけど、それに対しては僕にも考えがあっての事なんだけどな……。弁明しようかとも考えたが……、そうする事を諦める。

 

「……あまり僕個人が使う様な性質のアイテムじゃないと思ったからさ。色々お世話にもなっているし、王家に寄贈しようと思ってる」

 

 ユイリはそう、と短く返事すると『縁キラー』を自身の『収納魔法(アイテムボックス)』に収納する。そして……その後はそのまま、僕たちを歓待するお茶会が開かれる事となった。

 

 事情が事情であり、グランとオリビアさんが結婚した事はあまり大々的にはされていなかった為、彼らを祝福しに訪れる人も殆どいなかったのだ。グランにとっても気心のしれた同僚、仲間という事もあって、アレクシア家の執事、使用人の方々からも好意的に接してくれた。

 改めてオリビアさんと話してみたが、その美しさもさることながら、とてもお淑やかな女性で旦那であるグランをたてる魅力的な人であった。その人柄から侍女からも愛されているようで、彼女の危害を与えようとするものは許さないと公言する程である。

 

 だから僕はレンと話し、ユイリ達には引き続きオリビアさんとのお茶会に参加して貰って、自分たちはお暇する事にした。女性陣に可愛がられているぴーちゃんや、借りてきた猫のようにシェリルの傍で大人しくしているシウスは置いていき、今日はレンとトウヤ対策に鍛錬するとグランに告げる。まだ異性に対し恐怖感を抱いているオリビアさんに気遣ったという事がわかったのだろう、グランからは軽く謝られると、もしトラウマになっているようなら『忘却思草』を使ってみるのもひとつの手段であると伝えた。

 

 こうして、僕とレンは大公邸宅を後にするのだった……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――某時刻、カジノにて――

 

「くぅ……、それにしてもトウヤのヤロォ……、ほんとに許せねぇぜ」

 

 王宮内にある修練場での鍛錬の後で、何故かカジノに行こうという事になり……、今はこうしてレンと共にカジノにあるバーになっているところでお酒を飲んでいたのだが……。

 

「レン……、ちょっと呑みすぎじゃない?もうずーっと飲んでいるし、呂律も少し怪しい感じだけど……」

「なーに言ってんだよ!こんなん何時もの事だろーが!お前だって、こんくらいで俺が参る訳ねえって事は知ってんだろぉ!」

「……その割にはさっきから同じ話題ばかりだけど?グランの結婚祝いでいつも以上に飲んでいるっていうのはわかるけどさ……」

「そこまで分かってんなら野暮な事を気にしてんじゃねぇって」

 

 ガハハと笑いながら背中を叩かれ、口にしていた麦酒(エール)を戻しそうになる。……駄目だ、今のレンに何を言っても聞かないだろう。溜め息を吐きながら諦める僕に、

 

「だからよ、オリビアさんってな、俺が王宮に入った時から知ってんだけどよぉ、貴族とは思えねえ程、俺みたいな叩き上げの平民にも優しく接してくれてさぁ……」

「はいはい……、それはさっきも聞いたよ……」

 

 オリビアさんに対して密かに憧れていたと口にした後で、そんな彼女に乱暴するなど絶対に許せねえと激昂する……。よっぽどトウヤがやった事を腹に据えかねているのであろう、鍛錬においてもいつも以上に激しく僕を攻め立てていた。その場にいた元レンの同僚であるヒョウさん達も、誰にも公言しないように伝えて事情を察してくれた。最も、レンの言葉からある程度分かっていたようであったが……。

 

「ほんとーに分かってんのか?どうもお前はその辺の事、わかってねえように思えんだよなぁ……。シェリルさんの事もよぉ……」

「……シェリルがどうかしたって?」

 

 再び麦酒(エール)を口にした時、急にシェリルの話題が出てきた為、訝しげにレンへと問い返すと、

 

「……お前、彼女の事どう思ってんだよ?」

「どうって……、とても大切な女性だと思ってるよ」

 

 ……それこそ、彼女が誰かと一緒になるって聞いたら……、間違いなく取り乱すくらいにはなっている。そんな僕の返答にレンは一息吐くと、彼の心の内を打ち明けてきた。

 

「今だから言うけどよ……、俺、最初に彼女を見た時は一目で心を奪われちまったもんだぜ?まぁ……彼女がお前に惹かれてる様子見て、入り込む隙間はねえなと諦めたけどな」

「そうなんだ。今は兎も角……、あの時だったら応援したんだけどね。だけど、シェリルだって最初は僕を警戒していたんだよ?最も、当たり前の話だけど、ね……」

 

 そう……、初めて会った時のシェリルは……、誰にも心を許さず、生きてゆく目的すらも感じられなかった様子だったのだ。心に傷を負った彼女を何とか癒してあげたくて……、せめて生きる希望だけでも見つけて欲しくて、自分が出来る精一杯の事をしたつもりではあったが、正直決定的な何かをしてあげれたかと言われると肯定できないものがある。

 でも、今では精神的にも立ち直り、僕や仲間を信頼してくれているシェリルに僕は安心していた。そして、彼女は……。

 

「へっ……、とてもそうは見えなかったけどな。だけどよ、実際のところどうなんだよ。お前、彼女の気持ちに応えるつもりはねえのか?」

「……無理だよ。シェリルの気持ちに応えるという事は……、取りも直さず、彼女を不幸にする事と同義だからね」

 

 僕が元の世界に戻る事を諦めない限り、シェリルと一緒になる訳にはいかない。そしてそれは……、元の世界に戻るのを諦めるという事は、僕にとって考えられないものであった。

 

「……わからねえな。前にお前が話していた通り、そこまで大切に想っている彼女を別の男に託すなんて言葉が出てくる事もそうだけどよ、なんでお前と一緒になったら不幸になんだよ?」

「……僕は元の世界に帰るつもりだ。その事は……わかっているよね?」

 

 頷くレンを見て、僕は話を続ける……。

 

「元の世界の僕は特別な人間でもなんでもない、ただのいち市民という話をしたと思うけれど……、僕はこれでも家の跡取りみたいなもんなのさ。別に仕事を継ぐとか、そういうものはないけれど……兄が死んでしまったからね」

 

 一瞬、急な病で亡くなってしまった兄の顔が頭を過ぎるも、黙って僕の話を聞いているレンに対し、続きの言葉を紡いでゆく。

 

「……あの世界では、僕が両親を含めて家族を見なければならない立場にあるんだ。仕事をしているのは僕だけだったし……、ああ、弟も働き出したから僕一人ではなくなったか……。とはいってもまだまだ新人であるだろうから、実質収入を支えていたのは僕だけだったんだよ。だから……あの世界から僕がいなくなる訳にはいかないんだ」

 

 既に起こってしまった事に「もしも」はないが……、もし正規の『招待召喚の儀』が行われ、王女殿下が直に僕に対して勇者として赴くよう請われていたら……、僕は間違いなく、断っていた。運命の女性だろうと何だろうと……関係なく。

 

「……お前がその世界に帰りてえってのはわかったよ。ずっとお前と接してきて、その事を大事にしてるってのもな……。だがよ、それとシェリルさんの気持ちに応えられねえってのはどういう関係があるってんだよ?」

 

 少し焦れたようにそう聞いてくるレン。その返答に対し、僕は……、

 

「……色々理由はあるけれど、仮に彼女の気持ちに応えたとしようか?すると、どういう事になると思う?」

「どうなる……だと?そりゃあ……」

「……僕は元の世界に帰らなければならない。だから、彼女とそういう関係になるのは、元の世界にも彼女を連れていく……という事になる」

「それは……そういう事になんだろうな……」

 

 そうだ、間違いなくそういう事になる。そして、そうなってしまえば……!

 

「レンは僕と模擬戦をして……、何度も『重力魔法(グラヴィティ)』を喰らっているからわかると思うけど……、僕の世界に来たら、シェリルは常に『重力魔法(グラヴィティ)』を受けている状態と同じになる」

「はぁ!?どういう事だ!?」

 

 ……どういう事も何も……。僕は僅かに残っていた麦酒(エール)を一気に煽るようにして飲み干すと、

 

「……この魔法を覚えようと思ったのは、そもそも元の世界の重力に合わせる事を目的としていたんだ。ファーレルの重力に慣れすぎて、元の世界に戻った時に支障が出ると困るからね。僕が常時自分に『重力魔法(グラヴィティ)』を掛け続けているのは、鍛えると同時にそういう意味もあるんだ。だから、一つの問題として、まず重力の問題が挙げられるって訳さ」

「一つの問題って事は……まだあんのかよ?」

 

 レンの言葉に頷き、僕はさらに話を続ける。

 

「二つ目に向こうの世界では魔法や能力(スキル)……、そしてステイタス画面という概念そのものが存在しない事だ。一度、向こうに戻ってみた時に、それらが使えない事は確認した。その時点で自分に掛かっている魔法や魔法工芸品(アーティファクト)は効果があったから、抜け道のようなものはあるのかもしれないけれど……。少なくとも向こうの世界で病に掛かったり、怪我をしたりしたら……、治るかどうかはわからない。場合によっては、死んでしまう事も……ある」

「と、とはいってもよ……、こっちでも死んじまう事だってあんだぜ!?それこそ聖職者に見せるまでに死んじまったり、誰でも治して貰うって訳にも当然いかねえ……」

「それはわかってる……。でも、逆に考えれば、治す手段はあるという事でしょう?僕の世界では違う……。最善を尽くしても、治せない事がある……。僕の兄や、幼馴染、友人のようにね……」

 

 それを聞いて、レンは二の句が継げなくなったようだ……。でも、僕がシェリルを連れて行けない理由はまだある……。

 

「三つ目の問題は、彼女が『エルフ族』という事さ……。ああ、彼女の美しさもある意味当てはまるかな……?」

「はぁ……?どういう意味だ?」

 

 意味が分からないという顔をしているレンだったが、

 

「……僕の世界では人間以外の異種族は存在しないんだ。だから……もし向こうの世界で彼女を見たら、間違いなく国家権力で拘束される事になるだろう。保護という名目で……最悪実験動物(モルモット)として扱われるだろうね……。そしてあの美しさだ。性奴隷のように扱われる可能性もある。表の権力者だけでなく、裏の住人にも狙われて……、それを防ごうにも、向こうの世界の僕は何の力も持たないただの一般市民だ。抵抗する事は難しい……」

「お……おいおい!仮にも勇者……みたいな力を持ってるお前が何弱気になってんだよ!そんなん、コウが守ってやれば……」

「……さっきも言ったろう?向こうでは、何の力も持たない一般市民なんだよ、僕は。此方でいくら強くなったとしても、向こうでは魔法はおろか能力(スキル)だって満足に使えない……。それなのにどうして彼女を守れるといえる?一緒になりたいからと付いて来てくれるシェリルを守ることも出来ずに、別離させられてから後悔しても遅いんだぞ……!?」

 

 僕の剣幕にレンは驚いたようで、ぐむっと黙り込んでしまった。他にも細かな理由はまだあるけれど、大体は話したか……。

 

「だからこそ……、僕は彼女と結ばれる訳にはいかない。そりゃあ、僕だって辛いさ……。彼女のような女性に想われるなんて事は、今後の人生において……、いや、来世も含めても無いだろうからね……」

 

 ……シェリルのような女性が他にもいると思える程、僕はおめでたくはない。まして、そんな人が自分に好意を持ってくれるなど……。

 でも、大切な人だからこそ、決断しなければならない。シェリルを不幸にするくらいだったら、僕は……!

 

「だから、シェリルが僕以外に選んだ人がいるのなら……、諦めるつもりでいるよ。願わくばそれがグランやレンじゃない事を祈るしかないけど……」

「何だぁ、俺たちじゃ駄目だってのか?」

「会ったばかりの頃ならまだしも……、グランは既に結婚したし、君に想いを寄せている人に悪いから……」

 

 僕は基本的に、『ハーレム』というのは受け入れられない。シェリルに出会ってから、さらにそのように思うようになったと思う。

 ……もし、僕がシェリルと恋人同士になったとして……、彼女が『逆ハーレム』として自分以外にも付き合う相手がいるという事を僕が受け入れられるものだろうかと考えてみたが……、到底それを受け入れられるとは思えなかった。

 そして、自分が受け入れられない事を自身が実行しようというのは、馬鹿げた話である。

 

「……意味がわかんねえな。俺に想いを寄せる人ってのもわかんねえが……、結婚してるから駄目だっていう事がさらにわからねえ。仮にシェリルさんがグランに惚れたとして……、その場合はグラン達が望めば結婚する事は出来るんだぜ?なんたってグランは大公家だ……。跡取りの事もあるし、オリビアさんだってグランが他にも奥さんを迎える事はわかっている筈だがな……」

「……この世界は重婚が認められているんだね。でも、そうだとしても関係ないよ。僕は彼女と一緒にいるからわかる。もし、彼女と一緒になったら、他の人は目に入らなくなると思う……。それが彼女の元々持つ能力(スキル)なのかどうかはわからないけど、そうなってしまっては他の女性が不憫だからさ……」

 

 先程会ったばかりだけど、オリビアさんがグランを心から愛している様子はわかったし、またサーシャさんのレンに対する想いも本物だ。だから理想は特定の相手がいない……、言ってしまえばシェリルの婚約者が見つかれば解決するだろうけれど……。因みに、シェリルの婚約者についてはニックにも何か情報があれば教えて欲しいと探して貰ってもいる。

 

 ……本音を言えばレンやグランなら彼女を任せるのに何の不足も無いし……、これを言ってしまうと本末転倒だが、何でここまで自分を慕ってくれるシェリルを他の男に託さなければならないんだと思ってはいる。思ってはいるけれど……、でも、この件に関しては覆す訳にはいかない。

 僕の話を聞き、大分酔いから醒めた様子のレンが呟くような声で、

 

「……お前の話はわあーったよ。だがよ、これだけは覚えておけよ?シェリルさん、もうお前と離れられねえくらい本気になってるからな?それによ……、一応シェリルさんに見惚れた男として、彼女を泣かせる事があれば……お前でも許さねえぞ」

「……心しとくよ、有難う、レン。心配してくれてるんだね」

「ケッ……、俺が心配してんのはシェリルさんだ。お前じゃねえよ……」

「そういう事にしとくよ。でもなぁ……、レンはもう少し自分の事も考えた方がいいと思うんだけど……。君の言葉じゃないけど、彼女を悲しませたら僕も許さないからね?」

「さっきも言ってたが……どういう意味だ!?俺を揶揄ってんのか!?」

 

 ……なんでシェリルの事はわかるのに、自分に寄せられた好意には気付かないんだろう……。サーシャさんの事、どうやって誤魔化すかなと思っていたところに、

 

「お前ら、折角カジノに来たってのに何時まで呑んでんだよ……」

「ヒョウ!ちょうどいい、聞いてくれよ……!コウのヤツ、生意気にも俺を揶揄ってきやがんだよっ!自分の事を考えろ……、じゃないと彼女が悲しむ……、なんて言いやがるんだぜ!?」

「……以前、伏せておくよう言ったがの……、ワシも流石にそれもどうかと思ってきたわい。いっその事、此方で話してしまおうかと思わなくもないのう……」

「まあまあ……、ここまで彼女の為に伏せてきた訳ですから」

 

 レンがそんな事を宣いながらヒョウさんに対して絡み出すのを見て、ハリードさんがそう考えを改めようかとぼやくのを僕は苦笑しながら宥める。

 

「お主らは何時まで呑んでおる?折角、カジノに来ていながら何もしないので御座るか?」

「僕としては前に来て中断させられたスロットでリベンジしたいところなんだけど……、彼が離してくれなくてさ」

「ああん?なんだぁ……、そりゃあ、俺がまるでお前に絡んでるみてえな言い方じゃねえか……!?いつ、俺がお前を離さなかった!?ちょっと俺の酒の相手をさせてただけだぞ!?」

「……それ、彼を拘束してましたと言っているようなものですよ、レン」

 

 ペさんにポルナーレさんも戻ってきながら話に加わってきた。集まってきたヒョウさん達を見やりつつ、新たにお酒を注ごうとしたバーテンダーさんにもう大丈夫と伝え、代金をテーブルに置きながら、

 

「ヒョウさん達、もういいんですか?僕らの事は気にせずに楽しんできて貰って構いませんよ?」

「……それがな、俺らはもう遊ぶ金はねえんだよ」

 

 そう肩を竦めながらヒョウさんは答えると、

 

「新たにカジノに追加された、トランプのポーカーだったか……?全然駄目だ、まるで勝てる気がしねえ……」

「相手と直接対峙する種目ですから、もう少し何とかなるかと思ったんですけどね……」

 

 苦笑しながら相槌を打つポルナーレさんにハリードさん達も合わせている。……この間加わったばかりのトランプゲームがもうカジノに採用された事にも驚いたけれど、それ以上に驚いたのは……、

 

「ポーカーで全員遊ぶ分のチップを使い切ってしまったという事ですか……?ルールってテキサスホールデム……じゃなかった、参加しているプレイヤーで競い合うゲームでしょ?それで、見事に全員負けてしまったという訳ですか……?」

「……いや、拙者たちが負けたのは相手ディーラーと1対1で勝負するタイプのもので御座る。もう少し勝敗も偏ると思っておったが、何とも……」

「ワシも熱くなってしもうたが……、気が付けばチップが無くなっとったというのが実情じゃな」

 

 ふうん……?まぁ、僕の知る限りのポーカーのルールや対戦方法は伝えていた訳だけど、ディーラーとの直接対決の手法を採用している訳か……。でも、そのルールだと完全に運任せになって、今の海外のカジノではあまり採用されていない筈……。それを敢えて採用しているのは余程勝てる自信があるのか……、まさか王国が主導する国営カジノでイカサマが行われている事はないだろうけれど……。

 

「フン、なら俺が行ってお前らの負け分ごと回収してきてやらぁ。行くぜ、コウ!お前がアレを伝えた時はギッタンギッタンに負けたが……、俺の真の力をみせてやるぜ……!」

 

 ……それは思いっきり負けフラグだよ、と僕は溜息を吐くと、今日はスロットは出来そうにないなと諦めつつ、一人突っ走るレンを追うようにヒョウさん達と一緒に付いて行くのだった……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「いやー、コウのお陰で助かったよ。いくら何でも負けが込みすぎちまったからなぁ」

「まさか、あの一発勝負で……。恐れ入りました」

「……見ての通り、まぐれだよ。もう一度やってくれと言われても出来る事じゃない」

 

 レン達と共にカジノを後にして、僕は先程の事を思い出す……。

 

 ……結局、僕とレンはヒョウ達が負けたというポーカーのテーブルに行き、レンがディーラーにコテンパンにされたところで自分が対戦する事となった。相手は表情を読み取らせないよう僕の知るところの完璧なポーカーフェイスを駆使して、あまり浸透されていない筈のトランプをちゃんと使いこなしていた様子であり、勝負が長引けば不利になるとみた僕は短期決戦を選ぶことにしたのだ。

 

 最初にレンを含めたヒョウ達の負け分を回収できるところまでのチップを賭けられるかを確認し、出来るのならば現状の、カジノホールデムポーカーでの一発勝負で決着をつけたいと提案した僕。そして大金を賭ける事になるので、お互いイカサマ防止の為にもデックのカットの際に、間に一度だけ自分にもシャッフルさせて貰いたいと伝えるとディーラーも勝負を受けてくれた。

 デックを渡された際に、万が一にもディーラーがトランプの操作をしているという事も考慮してショットガンシャッフルを披露。驚くディーラーにトランプを返却して勝負が始まったが……、運の要素が多様に作用するこのポーカーで、より良い結果が起こりやすくなるという『幸運の女神の寵愛』の能力(スキル)でも発動したのか、結果は自分の圧勝であった。

 

 最も、僕としても勝ちすぎないように、あくまで仲間たちの負け分の回収のみを目的とした為にカジノ側からもそう目くじらはたてられなかった。むしろ、ショットガンシャッフルを使った為に、カードの扱いに慣れているのかとか、ディーラーに興味はないかと何故かスカウトをされる始末。

 ……カジノに対しイカサマを使って大金をせしめようとして出入り禁止となった何処かの自称勇者殿とは雲泥の差であった。どうして、行くところ行くところで(トウヤ)のそんな顛末を聞かされるのだろう……。本当に、意味がわからない……。

 

 恐らく彼は自分の欲望に従い、他人の事など考えもしないのだろう。僕は両親より、大切な事は感謝と恩返しであり、他人を思いやる心を忘れるなと言い聞かせられてきた。自分が生きていられるのは、決して自分だけの力じゃない。様々な人に助けられて、こうして今の自分があるのだと……。

 

 トウヤも少しでいいから自分の事だけでなく、他人を思いやってくれたら……と、あんまり期待できそうにもない事を考えていたら、ヒョウさん達から声を掛けられている事に気付き、ハッとして僕は思考の海に沈んでいた意識をこちらへと戻す。

 

「折角だからこの後よ、娼館にでも行くか!お前らも来いよ!回収してくれた礼だ、ここは俺らで持つからよ!」

「また、貴方は……。先日も行ったばかりでしょうに……」

 

 しょう、かん……、商館の事か……?でも、もう『朱厭』の刻になり、こんな時間に商館が開いているのか……?

 

「コウ殿は娼館に行かれた事はおありで御座るか?」

「この国の商館って……、てっきり僕は商人ギルドがその役目を担っていると思ってましたけど……」

「ああ、勘違いしてんな。コイツらが言ってるのは娼館(・・)……、目の覚めるような娼婦たちがいる娼館の事だ」

 

 娼館……!?思わずレンを見るとニヤッとした笑みを浮かべながら肩を組んでくると、

 

「なんだ?我らが勇者殿も、そういった事はあんまりご存知でないのかな?」

「レ、レン……!揶揄わないでくれ!僕だって、それがどういうものなのかはわかっているさ!」

「これ、レンよ……。全く、仕方のないヤツじゃわい……。コウ殿、娼館というのはじゃな……」

 

 呆れたような様子でレンを窘めながら、ハリードさんは僕に娼館について説明してくれた。

 

 娼館は僕の想像していた通り、風俗のお店という事であっているようだ。それもキャバクラやスナックというより、いわゆるソープランド……。ハリードさんの説明では冒険者や職人たちが仕事の終わりに利用するという事が多いようで、王国では表立って認めてはいないものの、ある種暗黙の了解で成り立っているお店であり、女性も利用できるよう『娼夫』という職業も存在しているようである。

 

 ……何となく感じていた事だったが、このファーレルは僕のいた世界以上に情欲に対して過敏なのかもしれない。先程レンから聞いた通り、重婚が男女ともに認められているというのも、自身の跡継ぎを残すという欲求が強いからなのだろうか……。それも、より良い異性を求め、少しでも優れた血を残す為といった目的もあるようだが……。

 ……シェリルに惹かれる者が多いのも、容姿端麗な本人の美貌にというだけでなく……、彼女の才色兼備な優秀さ故に引き寄せられる人もいるのかもしれない……。娼館の役目は、その強い欲求を手軽に解消する為の施設であるらしく、そういう意味で王国も残しているのだろう。

 

 此方の世界でもこういった施設があるんだと半ば感心しながらも、流れに任せて彼らと行ってみたいと思う気持ちもあるが、気掛かりな事もあった。果たして王国預かりとなっている僕が、明らかに王国の管理外でありそうな娼館を利用してもいいのかなと躊躇する思いもあったのだ。

 

「……僕も行って、いいのかな?」

「問題ねえさ、お前だって少しは羽根を伸ばしてもいいと思うぜ。冒険者時代もよく利用してたし、この国の人間なら普通の事だしな」

 

 レンに小声で聞いてみたところに、帰ってきた返事がこれである。そりゃあ僕も毎日シェリルと一緒に居て……、彼女の前でその、何というか……、羽目を外すような行為をする訳にはいかないから、この世界に来て以来ずっとご無沙汰だったのだ。いや、元の世界に居た時も、最近仕事が忙しすぎてそれどころじゃなかったから、どれくらいぶりになるんだろうか……。

 ……流石に、娼館に行くくらいは……許されるよね?行ったら成り行きに任せる事になるだろうが……、まあ、行き摺りの人とだったらそんなに深く考えなくてもいいし……。

 

「それなら……いいか。それじゃ……!」

「…………いい訳ないでしょ」

 

 一体いつの間に!?何処からともなく掛けられた声に驚き、振り返ってみると、なんとユイリが呆れたような表情で立っていたではないか!?

 

「ユ、ユイリ!?どうしてここに!?」

「……念の為、私の影を貴方に付けていたのよ。護衛はレンで十分だとは思っていたけどね。それよりも貴方、娼館に行こうとしていたわね?それ、問題ないと本気で思っていたの?」

 

 急なユイリの出現に驚いたのはレン達も一緒のようであったが……、この状況はあまり歓迎できるものではない。別に悪い事をしに行こうという訳ではないけど……、そういった事はユイリ達には内緒にしておきたかった事もあって、後ろめたさもあったのは事実。

 何とか弁明しようと僕は彼女に対し、

 

「え、ええと……、後ろめたい事をするつもりはなかったよ?王国でも暗黙の了解で認めているって話だし……。そ、そうだよね?」

「あ、ああ……、そうだな!俺も今まで利用しても何にも言われた事も無かったしよ、コイツを連れて行っても問題はねえ筈だよな!」

 

 僕とレンの弁明に対し、彼女は腕を組みながら何処か冷ややかな様子で聞いていたところ、ヒョウさん達にチラッと視線を向けて、

 

「……貴方達は確かレンから彼の事について事情は知っているのだったわね。だったらわかると思うけれど……、万に一つも彼を危険に晒す訳にはいかないの。娼館は、王国の管理下に置かれていない施設であって、ほぼ密室にてサービスが行われる場所よ。もしかしたら、魔族が刺客として彼を害そうと送り込んでいるかもしれない……。その可能性を否定できない以上、そんなところに彼を行かせる事は出来ないわ」

 

 ……僕が懸念していた事をはっきりと告げられ、レンは暫し沈黙していたが、

 

「だ、だがよ……!コウだって男だぞ!?こっちの世界に来て、全く発散出来てねえんじゃねえのか!?」

「え!?そ、それは……」

「コイツの居た世界ではどうだったかは知らねえが、こっちはいつどうなるかもわからねえ、命がけの世界だ。もしかしたら、明日はこんな風に話す事も出来ねえかもしれねえ!だから、俺達は不安な要素を残さねえよう、常に万全の体制を維持する必要がある……。今のコイツの状態が万全だと、誰が言い切れる!?話を聞く限り、コイツはずっとご無沙汰してるみてえだし、何ならユイリ、お前が相手してやるって言うのか?」

 

 レンの方でも思うところがあったようで、僕に代わってユイリに対しぶちまけるように言葉をぶつけてゆく。……正直、他人に自分が溜まっている云々言われるのはかなり複雑な気分だが……、彼の言う事も一理ある。唯でさえ、手を出さないと決めているシェリルを前に、大分慣れてきたとはいえ、色々と理性や精神を消耗させられていっているのは事実である。

 彼の言葉を黙って聞いていたユイリだったが……、その彼女から思いもよらぬ一言が飛び出してきた。

 

「……そうね。だったらレン、貴方の言うように、私がコウのお相手をしましょうか?」

 

 ………………は?今、ユイリは何て言った……?一瞬、何を言われたのかわからなかった。

 

「な、何を言って……!相手って、どういう意味かわかってるの……!?」

「何を驚いているの?元々、私は貴方が望めばそういった事にも応じる任務になっているの。レンも言っていた通り、情欲を溜め込ませて、いざ戦闘の場で支障があっても困るし、その辺りは私も貴方の様子を見極めていたのよ。因みに、あんまり言いたくはないけれど……リーチェだって、あの男と関係を持っているわ。最も、彼女は任務として割り切っているし、今回はそれを利用して例の『忘却思草』を使用するみたいだけど……」

 

 動揺している僕に何でもないように続けるユイリだったが……。ちょ、ちょっと待ってくれ、考えが、追いつかない……!それはレン達も同じのようで、彼らもユイリの発言にフリーズしているみたいだった。

 ……今までシェリルは兎も角、ユイリの事をそのような目で見た事は無かったけれど、彼女だってとても魅力的な女性なのだ。自分と同じような黒系統で、そのポニーテールをほどけば流れるような長髪になるだろうし、元の世界でいう大和撫子を思わせる……、そんなユイリからの言葉に、僕は戸惑いを隠せなかった。

 

 同僚だと思っていた女性からのまさかの言葉を聞いて、僕だけでなくレン達も娼館に行くような気分では無くなってしまったのだろう。彼らは皆一様に消沈してしまっており、レンからは、

 

「……今日はもうお開きにしようぜ……。じゃあ、コウ、ユイリも……、また明日な。お前がいればソイツのお守はもういいだろ?」

「ちょっ!レン、こんな状況で帰ろうとしないでよ!」

「悪いが俺もお邪魔虫になるつもりはねえよ……、じゃあな」

 

 僕の引き止めもむなしく、そう言ってレンはさっさと帰ってしまった……。さらに、そんな彼に続きように、

 

「……ならばワシらもお暇させて貰うかのう」

「……ですね、それではユイリ様、自分たちもこれで……」

「ハリードさん、ポルナーレさんも……!それはないでしょ……!」

「……済まぬ、コウ殿」

「悪く思うなよ、コウ。健闘を祈るぜ」

 

 ヒョウさん達もそれぞれ引き上げてしまい……、僕は取り残されてしまう。ユイリはひとつ溜息を吐き、

 

「……それで、どうするの?」

「どうするって……!そんな事する訳ないだろう!まして……、シェリルになんて言えばいいんだよっ!彼女は基本、ずっと僕といるのに……っ!」

「そうね……、だから姫も責任を感じていらっしゃるみたいよ。貴方がこんな行動に及んだのは、ご自身のせいだって……。まぁ、私もシェリル様が貴方についていらっしゃったから、こういう事を伝えるのも控えるようにしていたんだけど……」

 

 それは、そうだろう……。僕とユイリが関係を持って、シェリルが黙っているとは思えない。まさか、ユイリがこんな事を言ってくるなんてと思っていたのだが……。

 ……………………待てよ、今、ユイリは『姫も責任を感じていらっしゃる(・・・・・・・・・・・・・・)』なんて、話していなかったか……!?

 

「ち、ちょっと待って……!ま、まさか……、まさかとは思うけど、シェリルは……この事を、知って……!」

「……私はただ、娼館に行こうとしてるのって声に出しただけ……。そうしたら姫がその事について聞いてこられたから……。経緯をお伝えしただけよ」

「それ、完全に把握してるやつだよね!?一番知られちゃいけない彼女に……!」

 

 いくら僕がシェリルと恋人というか、彼氏彼女の関係でないからといって、自分が好き勝手にやってもいいとは思っていない。シェリルは明確に自分に対して好意を伝えてきており、僕もその想いを拒絶している訳ではないのだ。……自分が元の世界に帰る以上、その想いに応えられないだけであり、そうでなければ彼女と一緒になりたいと本気で思っているのだから……!

 それなのに、彼女の想いに返答もせずに、自分ではなく他の女とそんな関係を結ぼうとしていたら……!僕はさぁーっと背筋が寒くなる思いがしていた。

 

「……後ろめたく思ってるのなら、娼館に行くなんて言わなければよかったのに……。姫のお気持ちを知っていながら、今回の件は流石に擁護出来ないわよ?」

「グッ!?そ、それは……ってこうしちゃいられない……!」

 

 とりあえず、今僕がしなければならないのは、いち早くシェリルに釈明する事だ。こういうのは時間を置けばおくほど、ややこしい事になる。とはいっても、何て言い訳……、いや、釈明すればいいんだ……?

 シェリルの待っているであろう清涼亭へと駆け出しながら、僕は必死で考え続ける。そんな僕の様子を見て、溜息を吐くユイリの並走する姿を視界に捉えるも、最早気にする余裕もない。その場のノリで娼館に行く事を決めてしまった数刻前の自分を後悔しながら、ユイリと共に、清涼亭へと向かうのだった……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「た、ただいまー……っ!?」

「……お帰りなさいませ、コウ様」

 

 清涼亭の自分とシェリルに与えられた部屋の前で暫く入室を躊躇していたが……、やがて観念してそーっと扉を開ける。小声で帰宅を告げた僕だったが、入り口で正座して出迎えてくれていたシェリルの姿を目にして、早々に出鼻を挫かれてしまった。

 

「シ、シェリル……、あの、誤解のないよう伝えておきたいんだけど……」

「……申し訳御座いませんでした」

 

 何とか誤解だと彼女に伝えようとしたところで、シェリルより何故か謝罪されてしまう。……完全に彼女のペースだ。主導権は……シェリルにある。僕はもう、成り行きに従うしかない。

 

「……わたくしのせいで、コウ様に随分辛い思いをさせてしまっていたみたいで……。その事に気付かずに、貴方に甘えて、本日まで過ごしてしまっておりました事、深くお詫び申し上げますわ」

「いや、だからねシェリル。それは君が悪いとかじゃなくて……」

「ですから……」

 

 僕の言葉を封じるようにシェリルがそう呟くと……、彼女はそっと羽織っていたローブを脱ぎ捨てて……!

 

「ちょっ!?シェリル、何をして……っ!」

「……ですから、今後はそのような事(・・・・・・)も含めて、わたくしがお相手させて頂きますから」

 

 ……羽織っていたローブの下には何時もの普段着ではなく……、彼女を初めて見た際に身に付けていた、あのアラビア衣装を思わせる非常に扇情的な装束を纏っていた。おまけに頬を朱に染め、恥ずかしがっている様子がまた、一層シェリルを艶やかに魅せているというか……!

 

「シ、シ、シ、シェリル!?一体どうして!?何でそんな恰好をっ!?それにお相手って……!?」

「……本日、コウ様が娼館に行かれようとされた事はユイリより伺いました。コウ様がそう思われた事は、先程も申しました通り、わたくしがご一緒させて頂いているせいでもありますわ。ですが……、この国での勇者様に対するスタンスは兎も角として、わたくし個人としましても、貴方が見知らぬ女性とそのような事をされるのはあまり見過ごせるものではないんです……っ!」

 

 そんなところに行かれるくらいなら、わたくしを抱いて下さい……っ!そう言われた瞬間、弾かれたように僕はシェリルを抱きしめていた。鋼の意思(アイアン・ウィル)越しからも色々と我慢が出来なくなりそうになるものの、手を出してしまったら全て終わってしまう気がしている。土下座するか迷ったが……、まずは彼女に伝えておかないといけない。

 

「……決して君を抱きたくない訳じゃない。むしろ魅力的すぎて、正直自分の理性が何時まで持つのかわからないくらいで……、それが君の望みならと本能に任せたくなりたいくらいだ。だけど……そうすると僕は誰かを裏切ってしまう事になる。君か……若しくはあの世界で僕を待っている家族たちを……」

 

 シェリルに恥をかかせないように、正直に彼女の魅力と自分の想いを伝えると同時に、それが出来ない訳を告白する。彼女のいい匂いと豊満な胸の感触におかしくなりそうになるが……それを必死に抑え込むようにして話を続けた。

 

「ですが、わたくしは貴方に我慢などして欲しくはないのです。少しでもコウ様を万全な状態を保って頂きたいのですわ。わたくしのせいで、貴方を溜め込ませる事になるなど……、わたくしは望みません……っ!」

「シェリルのせいなんかじゃない、僕が悪いんだ……。君にそんな思いをさせてしまって、本当にゴメン……。今後、そんな場所には絶対に行かないから……。君を傷つけてまで、行こうとも思わないしさ……」

 

 少しでも僕の思いが伝わる様に、言葉を選びつつ彼女へと謝罪する。心頭滅却し、理性を総動員させて、自分に歯止めをかけながら、シェリルの頭を撫でる。

 

「……私も迂闊でした。コウも本気で娼館に行きたいと思っていた訳でもないようですから、姫もその辺りで……」

「ですが……っ!コウ様に我慢を強いているのは事実です!ですが、わたくしも彼と離れる等出来ませんっ!コウ様が嫌がっておられるというのならば……、別、ですけれども……」

 

 ……ここで嫌がってます、なんて事は言えない。というよりも、心から彼女を嫌がっていなければ、そんな選択肢は選べないかのようだ。……シェリルの事を本当に考えるのであれば、ここは拒絶しなければならないのかもしれないけれど……。

 

 その後、僕は只管にシェリルに謝罪を繰り返し……、戦場で不覚をとるような事はないよう心掛ける事と、二度と娼館なんかには行かない事、そして本当にどうにもならなくなった際には、君に相談すると伝えたところで、漸く今日のところは、と彼女は矛を収めてくれた。それを苦笑した様子で見届けたユイリはまた明日、と部屋を出ていくのであったが……、彼女が出ていった後も、貴方が望むならわたくしは何でも致しますわと、さらに爆弾を投下され、危うく理性が崩壊しそうになったが……、辛うじて暴走を抑える事に成功する。

 

 そして……本日を境に、時折シェリルが誰にアドバイスでも受けているのか、此方が驚くような格好で誘惑するかのように自分に接してくるようになるのだが……、この時の僕はまだ知らなかった……。

 

 

 



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第42話:ぼくのそうぞうしたさいこうの……?

 

 

「むむむ……」

 

 与えられている清涼亭の部屋にて、僕は先日入手したレイファニー王女様たちのプロマイドのようなカードを眺めながら唸っていた。このカードを入手して以来、その価値とは別に何かを見い出すかのように頭をかまけていたのだが……。

 

(うーん、やっぱり現実的じゃないかな?でも、折角魔法という元の世界でもなかったものが存在する訳だし、組み入れられそうなものだけど……)

 

 今日は『王宮の饗宴(ロイヤルガーデン)』の活動も鍛錬も含めて骨休めにするという事で、一日休みとなったのだが、あまり出歩くような気分になれず、朝から窓際で外を眺めながらこうしてゆったりとしていた。

 

 そんな僕の様子を伺っていたのか、同じく部屋でシウスやぴーちゃんと戯れるようにしていたシェリルが紅茶のような飲み物を入れて運んできてくれる。ちょうど飲み物を口にしたかったところだと、感謝しながらそれを受け取ったところ、

 

「……余程気に入られたようですわね。カードなのか、そこに描かれた王女様や歌姫様になのかはわかりませんけれども……」

「いや、そういう意味じゃないよ。前から考えていた事があったんだけど……」

 

 彼女なりに何か思うところもあったのだろう、少し拗ねた様子で苦言を呈するように話し掛けてきたシェリルに僕はそう答える。因みに一緒に引いたユイリのカードは、彼女の強い意向もあり、シェリルに預かって貰っている。何やらユイリのカードはさらに加工されているらしく、シールのように捲ると別の姿をした彼女が描かれているようで、それを見られるのを拒んだユイリに配慮した形でそうなったのだが……、そういった面も含めて僕は考えていた事があった。

 

「……そうだね、折角だから今の時点で僕がこのカードを使って考えていた展望を聞いてくれるかい?」

 

 僕はそのように前置きして、シェリルに自分が思い浮かべていた構想を伝えていくのだった……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「そう……、(コウ)がそのような事を……」

「彼には色々驚かされますが……、これはまた随分と突飛な構想を思いつかれたものです……!」

 

 ユイリからの説明に、普段あまり感情を顔に出さない宰相のフローリアが若干興奮した様子でそう答えている。最も、それは私も同じで、もし彼の提案が実現したとしたら、多岐にわたって画期的な革新が得られる事となる。それもこのストレンベルクだけには留まらない……、そんな予感を感じさせる何かがコウの持ち込んだものにはある。

 

 ……ストレンベルクの広報用に発行されていたカードダス。そのカードに魔力付与に加え、それを媒体にした魔法の道具(マジックアイテム)として、魔力を取り込んだ人物を姿を象らせて簡易な召喚魔法と成さしめるなど……。そして、そのカードダス自体にもコウが以前に普及させた将棋等と同様に戦略性のあるゲームとして、より人々に普及させようと考えているようだった。

 

 コウの話では、カードダスに込められた魔力からその付与した人物の力を反映した簡易の召喚魔法として、戦術ゲームに反映させる事を目的としており、自衛の手段にも使えないかという事はついでの提案としているようだが……、むしろそちらの方がメインと成り得ると私やフローリアは考えている。

 そして、彼自身は気付いていないかもしれないけれど……、その簡易の召喚を誰でも使用できるようになるとすれば、これからの魔王の配下である魔族、魔物との戦いにおいて、劇的な変化が見られるかもしれないのだ。

 特に……、今まで異世界から『招待召喚の儀』によってやって来た勇者でなければ対応出来なかった事柄も、もしかしたら……!

 

 彼から話を聞き、シェリルはユイリを通じて、すぐにフローリアや私に伝えるように言ってきたようだが……、彼女の気持ちも分かる気がした。シェリルとて、魔族の急襲により自身の国を滅ぼされている。仮に急襲でなかったとしても、十二魔戦将が自らやって来ていたのだとしたら、どの道対処のしようはなかったと彼女はわかっているのだろう。

 恐らくだけど、シェリルも私と同じことを考えているに違いない。

 

「……シェリルに伝えて。彼の『神々の調整取引(ゴッドトランザクション)』で……、いえ、若しくは彼女の『伝承の系統者(レジェンド・クオリファイダー)』としての助力を請うてもかまわないわ。魔力を元にその人物を再現させ、具現化させる(すべ)を此方で構築しておくだけでも、魔法学園都市ミストレシアに話が通しやすくなるから。最も……、シェリルならその辺りの事もわかっていそうだし、既に2人で話を進めているかもしれないけれど……」

「……姫はコウの依頼であれば間違いなく協力して貰えるでしょう。わかりました、私の方でお二人にはお伝え致します」

「王女殿下、この案件は我がストレンベルクだけで取り進めるのは勿体ないと思われます。むしろ、他国も巻き込んで、より普及に努めれば努める程、ストレンベルクにとって歓迎すべき事となるでしょう」

 

 フローリアの言葉に私は頷くと、

 

「貴女の言う通りだと思うわ、フローリア宰相……。通常時であればその技術を自国のものとした方が、外交面では有利に立てるでしょうけれど……、この件に関してはその限りではないでしょうね。それで貴女は、どの国に声を掛けるべきだと思いますか?」

「……まず、魔法学園国家ミストレシアは確実に巻き込むべきでしょう。この構想はより高度な魔法の研究、技術が前提となります。我が国も大賢者殿や王女殿下を始め、魔法(マジック)ギルド『魔力の学び舎』と、魔法の分野においてはかの国に対しても引けをとらないでしょうが、それでもミストレシアは魔法大国としてファーレル一であるといえます。この国の協力は必須であると考えます」

 

 私の想像した通り、魔法学園国家ミストレシアの名前が出てきた事に納得する。確かに魔法の構築や、魔力素粒子(マナ)、魔力の研究において、ミストレシアに協力を依頼しない手はない。私の反応を伺うようにして、フローリアは続けた。

 

「そして、商業面での支援も取り付けたいので、自由都市ディアプレイス連邦にも声を掛けるべきです。後は、ストレンベルクの姉妹国で隣国でもあるフェールリンク自治区でしょうか……」

「大国でもあるイーブルシュタイン連合国には声を掛けなくていいかしら……?」

「……あそこには此方から声を掛ける事はしなくてよいと思います。機械と魔法を複合した、様々な技術を誇る大国ですので、本来ならば巻き込みたいところではありますが……、あの国は同時に色々と隠匿している事も多く、この状況では主導権を握られないとも言えません。それに……、王女殿下としましても、出来る事ならば関わりたくないところではありませんか?」

 

 そう彼女に指摘され、私は苦笑するしかない。イーブルシュタインは王政であるが、同時に議会も強い力を持っている。そこで、王政を一段と強める為に、ファーレルの希望でもある勇者を召喚する力を持つストレンベルクの、『時紡の姫巫女(フェイト・コンダクター)』の血筋を取り入れようと水面下で話が行われていたのだ。そして、イーブルシュタインの王太子である、アキラ・リンド・イーブルシュタインの許嫁としてほぼ内定しており、正式に発表しようとしたところで魔王の封印が解け始めた事がわかり、そのまま凍結される事となった。

 それ以来、イーブルシュタインとの交渉は閉ざされていた為、此方からアクションを取る事は正直躊躇われているというのが実情だ。

 

「……私が口を挟むのも憚られるのですが、それでしたら和の国にも話をして頂けないでしょうか……?」

「和の国に……?確か貴女の家の遠縁に当たる国よね?何か理由があるの?」

 

 珍しくユイリが意見を述べてきた事に少し驚きつつも、その理由について訊ねてみたところ、

 

「実は、コウより転移者についての情報を得たいと頼まれておりまして……、私の知る限り、和の国には間違いなく、最低でも1人は転移者がいる筈なのです。最も、その人物も和の国において秘匿されている方でもあるので、その取り掛かりとなればなと……」

「コウ殿の依頼となれば……、受け入れるべきでしょうね。それならば、教国ファレルム総本山にもお声を掛けてみては如何でしょう?教国の方からも別件で我が国に打診がありますし、今までの関係から無下には出来ない国です。恐らくは聖女殿の騎士に関する事だとは思いますが……、いっその事巻き込んでしまえばと……」

「……わかりました、それでは、一旦他国に関してはその辺にしておきましょう。私の方でユーディス様にお話し、他国についても一報を入れておきますが……、細かな調整はフローリア宰相、お願いできますか?」

 

 私の言葉に快く快諾してくれたフローリアに、それではとその場をお開きとする。さて、これから忙しくなりそうだ……。まずは自分の師でもあるユーディスに話を通そうと、私は大賢者様の館へと向かう準備をするのだった……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(思った以上に大事になったなぁ……)

 

 僕が提唱したカードダスゲーム(仮)は、ストレンベルク内だけで話が収まらず、他の国も交えて話し合われる事になり、自分にもその場に出席して欲しいと要請がきたのは昨日の話。そんな大袈裟なと、そちらでどうとでも決めて頂いて結構だと断ろうとしたものの、そういう訳にはいかないようで、こうしてストレンベルク側の一席に加えさせて貰っているのだけど……、

 

(……何か、場違いのような気がしてならないな……。他の国の出席者も、明らかに上の立場の人だらけって感じだし……)

 

 なんて言えばいいのか……、そう、主要国首脳会議(サミット)のような錯覚を覚えるのは、単に僕だけの独りよがりという訳ではないと思う。

 事前に説明を受けただけで、5ヵ国もの代理者が来訪しているらしく、全員が揃ったところで開催国であるストレンベルクの宰相、フローリアさんが挨拶の為に立ち上がった。

 

「……定刻となりましたので、これより会議を始めさせて頂きます。(わたくし)は司会進行役を務めます、フローリアと申します。本日は遠いところからお集まり頂き有難う御座います。只今より我が国で提唱するトレーディングカードダスゲームに関する議題を話し合いたいと存じますが……」

 

 そう前置きすると、フローリアさんは各国の代理者の前でその構想について説明していった。それを聞いていて思った事だが……、僕が考えていた以上に召喚魔法、特に魔力からその人物特有の戦闘力、特性、能力(スキル)について出来るだけ忠実に再現しようとするところに焦点が当てられているようである。……まぁ、それによって自己防衛等の手段になれば一石二鳥でもあるなとは思っていたけれど……、それでもカードダスに込められる魔力でそこまで再現させるのは難しいのではとも感じてはいるが……。

 

 因みに、魔力素粒子(マナ)に干渉して自身の魔力を物に込める、魔力付与(エンチャント)技術や、その込められた魔力から人物の特性を再現させ召喚する魔法に関しては、シェリルの助けも借りて、独創魔法として登録を行った。シェリル曰く両方とも高度な魔法であり、特に魔力から人物を象らせる技術は古代文明からの魔法と照らし合わせても類を見ないという事だった。その為、シェリルの受け継いでいる数多の魔法などの中で類似した召喚魔法を元に、『叡智の福音』の能力(スキル)で色々と調べ上げ、『神々の調整取引(ゴッドトランザクション)』で漸く形を取らせる事に成功したのだ……。

 

 これこそまさに、一から作り上げた独創魔法であるといえるだろう……。シェリルの話ではこれを誰でも使用できるように簡易形成化する事で、生活魔法にまで落とし込む魔法も存在するという話であり、今日の会議によってそれをどのように変更を加えるかを取り決める……、そう僕は聞いていた。

 

「……いやはや、魔力を道具に込める技術そのものが希少である中で、まさかそれを具現化する事にまで成功されるとは……。我々、魔法大国のお株を奪う偉業ですよ、これは……。流石は大賢者殿を有するストレンベルク王国……、と言ってしまえばそれまでですが……」

「レイファニー王女よりこの構想を伺った際はまさかとは思いましたけどね……。こうして実物を見てしまったら、信じるしかありませんけど……」

 

 魔法学園国家ミストレシアという国の代理の人からは感嘆するようにそう口にする。そりゃあ、苦労したからね……。実際、『神々の調整取引(ゴッドトランザクション)』とシェリルがいなかったら実現しなかったし……。

 彼らに続く様に自由都市と呼ばれた代理の人たちも、

 

「商業面から言っても特にありませんね。我々に声を掛けて頂けて事、本当に光栄の極みで御座いますな。先般の将棋といった遊戯といい……、これは此度の『招待召喚の儀』によって、勇者殿から齎された文化というやつですかな?」

「……その件につきましては、我が国の機密も含まれておりますので詳しくはお答えできませんが……。ですが、現在のファーレルにおける現況を鑑みましても、着実に前には進んでいると申しておきます」

「……それは良かった。此度の『招待召喚の儀』が行われたとされてから日も経っておりましたから、よもや失敗したのかと危惧していたのですが……、どうやら教主には良い返事ができそうです」

 

 レイファニー王女が勇者についての事は上手くかわすと、また別の国がそのように答える。教主というからには……、ここが教国ファレルム総本山から来たという方達かな?あの、僕のコンプレックスを解消してくれたジャンヌさんを『聖女』と定め、ファーレル中の教会を纏めるトップがいるとされている国……。

 

「おっと、話の腰を折ってしまいましたな。我らの話は後でそちらに伝えましょうぞ。何はともあれ、教国にとっても今回の話は有難い話ですよ。自衛の為とはいえ、聖職者にあまり武器は持って積極的に戦わせるという事はさせたくありませんのでね。今回の構想が是非現実のものとなってくれるのを祈るばかりです」

「我々フェールリンクにとっても、嬉しい限りです。姉妹国として出来るだけ力に慣れるよう、最善を尽くす事をお約束いたしましょう……!」

 

 教国に続いて、フェールリンク自治区というストレンベルクから独立したとされる国も恭順の意を表し、残る一国も……、

 

「和の国としても、貴国とこのような形で関われるのはありがたく存じます。まぁ、気になる事も御座いますが……、我が国で協力出来る事はさせて貰いますよ」

「……皆さまのご後援、感謝申し上げます。それでは……、トレーディングカードダスゲームの商業戦略や広報活動を決めてゆく前に……、まず此方をどなたでも使用できるようにするよう生活魔法として構築する事から参りましょう……」

 

 各国が協力を約束してくれた事を確認し、フローリアさんがそう言って、僕とシェリルが編み出した『魔力再現魔法(ソリッドヴィジョン)』について話してゆくのだった……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……大体こんなところでしょうね。この条件で、『普及浸透魔法(コモンズバリエーション)』を駆使して生活魔法に落とし込むとしましょう。『魔札作成魔法(カードクリエイション)』に関しては習得出来る者は可能な限り習得し、各国でカードを量産していく事にして……、流通に関してはディアプレイス連邦よりそれぞれの商業ギルドを通じて供給をお願い致します」

 

 ……大まかに話は纏まったみたいね。私はコウや王女殿下の護衛として、この会議に臨んでいたのだけど、何事もなく終了を迎える事が出来そうだ。

 

 一番ネックになりそうだった魔力の再現に関しても、予めコウとシェリル様が構築してくれていた事もあり、後は細かなルールを盛り込んでいくだけで済んだ。大きな変更としては、邪悪なる者の悪用を防ぐ為にも、魔力より具現化された者の攻撃は、魔族や魔物が持つ『邪力素粒子(イビルスピリッツ)』に対して有効にするという事くらいであろうか……。いずれにしても、これはストレンベルク王国のみならず、この世界(ファーレル)にとって重要な会議となった事は間違いない。

 

「『普及浸透魔法(コモンズバリエーション)』に関しては我がミストレシアもご協力させて頂きます。それと……、個々にカードに魔力付与(エンチャント)を施してゆく件ですが、『魔札作成魔法(カードクリエイション)』の書物化は成されておられるのでしょうか?」

「それは本日中に『書物作成(インスクリプション)』を行い、皆様にお渡し致します。但し、『魔札作成魔法(カードクリエイション)』はくれぐれも取り扱いにご注意下さい。ご署名頂いた通り、ストレンベルクの機密となりますので……」

 

 フローリア宰相が釘を指すようにミストレシアの代理者にそう伝える。この企画、構想はあくまでストレンベルク王国が権利を持っている。今後は本日集まった5ヵ国以外でも加入を希望する国が出てくるだろう。恐らくは、イーブルシュタイン連合国辺りはすぐに王国に打診してくるに違いないだろう。そこで、有利な交渉に持っていけるかどうかは、上の方々の手腕によるのでしょうけれど……、フローリア様がその辺りで抜かるとも思えない。

 

(……ほぼレイファニー様が許嫁として内定していたのが白紙になった事で、協議の方も中断してしまっていたけれど……、この事が切欠でまた再開できれば……)

 

 あの大国イーブルシュタインの秘匿している技術は、ストレンベルクにとって是非とも取り入れたいものだ。特に、飛行魔力艇の建造技術はイーブルシュタインの誇る唯一無二の物で、その内の一艘がストレンベルクに贈られるという話だったのだけれども……。

 

(飛行魔力艇があれば、色々出来る事も増える……。もしコウが勇者として覚醒し、この魔王の騒乱を抑える際にも、きっと役に立つ筈……)

 

 コウが提案したこのカードダスを用いる遊戯……。これは単純に戦術性を身に付けるといったものや、いざという時の防御手段として使われるだけでなく、他国との交渉や、本来の使用目的だった広報にも存分に活かされてゆくに違いない。そして……、魔力からその人物の現身として顕現させるこの魔法は、どの程度まで反映出来るかによって、その意味合いも大きく変わってくる……。

 

「……では我々はこれで。少しこのストレンベルクの商業ギルドと話を詰めておきたいのと、遊戯としてのルールも確認しておきたいので……」

「わかりました。『人智の交わり』のギルド長、マイク殿には此方からも伝えておきましょう」

 

 フローリア様がそう言うと一礼して自由都市ディアプレイス連邦の代理の方達が退出してゆく……。恐らく、コウの提唱したカードゲームは、発祥の地であるストレンベルクを中心に広まっていく事となる。それを大きく広げるのは、ファーレル最大の商業国であるディアプレイスの腕にもかかっているが……、まぁ問題はないだろう。

 そして、次にやって来たのは……、

 

「ユイリ殿……」

 

 話し掛けられて振り返ると、和の国の代理としてやって来た使節団が立っていた。その内の一人、眼鏡を掛けた一見優男風の男性は、我がシラユキ家とも親交があり、コウが希望していた米を都合してくれたりと色々便宜も図ってくれている。

 

「お久しぶりね、この間は無理を言って悪かったわね。……最も、あのおコメ、残念ながら口に合わなかったようだけど……」

「それは残念……、君がユイリ殿の言っていた人物だね?そして、この度の議題に上った魔術カードの開発者でもあるのかな……?」

 

 私の言葉に相槌を打ちつつ、傍のコウに視線を向けると彼はそう言葉を投げかけてきた。コウが答えようとする前に、私は機先を制するように、

 

「……ちょっと待って、ヒジリ殿!一体、何を言って……!」

「我の国でも伝手があってね。それについてはユイリ殿が一番よく分かっている事だろう?……初めまして、私はヒジリ・ヤマモトと申します。貴方がコウ殿……で宜しかったでしょうか?」

 

 ヒジリがそうして頭を下げると、他の使節団の者たちも倣うように続く。コウは僅かに驚き、目を見張った様子だったが、それも一瞬の事ですぐに合わせるように返答する。

 

「……コウで合ってます。僕の事は……」

「知っております……と言いたかったところですが、流石はストレンベルク王国ですね。此方でいくら諜報しても、それ以上の事は掴めなかった……。ですが、掴めないという事自体が王国において重要な機密扱いとなっているという事……」

 

 ……和の国は「忍び」という独特の集団を有している国。私もその一族の血を引いていて、職業(ジョブ)もそれに付随したものとなっている。普段は士官服に袖を通しているけれど、有事の際はある特殊な衣服に着替えるのだ。ただ……、その衣服が何とも言えないもので……、あまり人前に晒したい姿ではない。

 話を戻すと、和の国で諜報活動をしても情報を得る事が出来なかった事が、ストレンベルクにおいて最高機密であると認識しているという事であり、それはつまり『勇者』に関する内容であるのを掴んでいる……。恐らく、そういう事なのだろう……。

 

「それなら、どうして今回の提案が僕のものだと思ったのですか……?」

「……遊戯、というものを新たに作り出そうと考える人物は、このファーレルではそう多くはありません。そして、その遊戯に此度のような実益を合わせた提案をしようと思い付く者もね……。まぁ、大層な理由を付けましたけれど、早い話似ているんですよ。和の国にも、この世界(ファーレル)の外からやって来た人物がおりますからね……」

 

 その話を聞いた瞬間、コウの顔色が変わるのがわかった。そして、それを見逃す相手でもない。……やむを得ない、わね。

 

「……これは、ストレンベルクの国家機密。他言は無用です。……襲い来る魔王の脅威に対し、和の国への救援を考えなくていい、と仰られるならば話は別ですが……」

「手厳しいね、ユイリ。君と私の仲じゃないか?……しかし、少しお喋りがすぎましたね。和の国としても、ストレンベルクと事を構えるつもりはありませんよ。ですが、だからこそはっきりさせておきたかったのも事実です。貴女が和の国に今回の件で声を掛けてくれたのは、どういう意図があったのか……、という事をね……」

 

 ……見透かされている、か……。私はチラリとコウと、今まで推移を見守っていたレイファニー王女に視線を送り……、ひとつ溜息をついて答える。

 

「……さっき、貴方が話していた『転移者』の情報が欲しいの。そして出来る事なら、ここにいるコウと引き合わせて貰いたいわ。そちらに何か危害を与えたり、不利益になるような事はしないとストレンベルク王国の名にかけてお約束する準備もあります」

「……(わたくし)、レイファニー・ヘレーネ・ストレンベルクの名にかけても構いません。そちらの情報が貴国の最高機密という事もわかっております。ですのでどうか……お願い出来ませんか……?」

 

 私の言葉を引き継いで王女殿下もそのように宣言してくれた。流石に一国の王女の言葉は無視出来ないのだろう。ヒジリと彼に同行する者たちも返答に窮する様子を見せ、

 

「……この場でお約束は出来ませんが、我が帝にはお伝え致します。此度の件で恩恵を預かれる事も、和の国としましても至極光栄な事に存じます。良い返事が出来るよう、最善は尽くしましょう」

「お心遣い感謝致します、ヒジリ殿。セリカ天帝にもよしなにお伝え下さい」

 

 そして、ヒジリ達和の国の使節団はそれぞれに挨拶をして、ディアプレイスに続いて引き上げていく。気が付くと魔法学園都市ミストレシアの方達も、大賢者様に挨拶してストレンベルク王国の魔法(マジック)ギルド、『魔力の学び舎』に向かうと言って、この会議室を後にしているところだった。そして、教国ファレルム総本山も退出しようとフローリア宰相に申し出ており、

 

「それでは我らもお暇させて頂こう。……ああ、お伝えしておかねばならない事があった。近く、教国より聖女の騎士に任命された者を派遣するので、その受け入れをお願いしたい」

「……畏まりました。『神命騎士(ディバイン・ナイト)』様に置かれましては、我が国の神官長フューレリー殿に一任致しますが……、聖女様共々、責任を持ってお預かりさせて頂きましょう」

 

 そのように答えるフローリア宰相に教国からの代理も笑みを浮かべて去ってゆく。……ついに教国の抱える神殿騎士(テンプルナイト)の中でも特別な聖女専任の騎士……、『神命騎士(ディバイン・ナイト)』までも……。そう考えていた私に隣に居たコウが、

 

「……ユイリ、今のディバインナイト、というのは……」

「『神命騎士(ディバイン・ナイト)』、ね。コウも会った『ジャンヌ・ダルク』の名を戴いた聖女様をお守りする使命を帯びた騎士様の事よ。教国のトップ、教主様より直々に選出された、特別な騎士と思ってもらえたらいいかしら」

 

 成程……、と納得しているコウを横目にある事が頭をよぎるも、結局は彼に伝えずに言葉を呑み込む。……これも、今のコウに伝えるのは憚られた為だ。

 『聖女』として選ばれた者が持つ役割や使命は、『勇者』のそれとあまり変わる事は無い。むしろ、『勇者』の覚醒が遅れている現状としては、『聖女』が辿る結末はより過酷なものになる可能性があるなどと、覚醒を拒んでいるような彼を前にして誰が言えるであろうか……。

 

「……ユイリ?」

「何でもないわ。気にしないで」

 

 いけない、顔に出てしまっていたかもしれない。コウは何だかんだと言っても、色々とよく気付く。決して浅薄な人物という訳ではないのだ。

 一瞬、王女殿下とも目が合う。言葉を掛けられなくても、彼女の言わんとする事がわかり、私はこのまま口を噤む。

 

(……もしも、聖女の運命を知ったら……、コウはどう思うかしら……?)

 

 短い付き合いではあるが、コウがどのような人物であるかはわかってきている。幼い頃から召喚された勇者の補佐をするべく、命じられた私と違って、イレギュラーに備えて臨時の補佐役となっていたリーチェには悪いが、私は恵まれているのだろう。

 最も、問題ばかり起こし、今なお不穏な動きを見せているトウヤが異常であると言ってしまえばそれまでだが、コウは勇者に相応しく清廉な人物だと言えた。ずっと想像していた勇者像そのままであるとまでは言わないけれど……、むしろ所々で心の繊細さを見せられたりする今のコウの方が支えが甲斐がある。

 

 そんな彼だからこそ、もしも自分の影響で知人が過酷な運命に晒されてしまうと知ったら……、先日のようになってしまうかもしれない。彼は恐らく、自分の見知った人々が不幸になるのをただ黙って見ていられる人物じゃない。だからこそ、その心が壊れてしまわないように……、そして彼が『勇者』としての責務を放棄しないであろう事を信じて、支えていかなければならないと私は心に決めていた。

 

「……少し宜しいでしょうか、レイファニー王女」

 

 その時、最後までこの場に残っていたフェールリンク自治区の代表が話しかけてきた。他国で唯一、代表自らが訪れていた、クライン・サイトウ・ベルクその人である。

 

「これはクライン代表。わざわざ代表がお越し下さるとは光栄ですわ。それに、もう他国の目もありませんから、何時ものように呼んで頂いてかまいませんわよ?」

「ハハッ、これは失礼。だけど、いくら姉妹国とはいえ、其方にはもう少し形式ばった方がいい気もするけどな?まぁ、俺自身は堅苦しくて窮屈なのは苦手ってのもあるが……」

 

 私の髪色、というよりもコウの髪色と同様に、漆黒の長い髪を靡かせながら砕けて話すこのフェールリンクの代表は、元はこの地にやって来た過去の『勇者』の末裔であった。その時代の『時紡の姫巫女(フェイト・コンダクター)』の王女との間に出来た第一子は、神々の決め事であるかのように必ず女児が生まれ、その子供は次の『時紡の姫巫女(フェイト・コンダクター)』としてストレンベルクで引き取られる事となるものの……、その出生はストレンベルクの血を色濃く継いでいる為に、フェールリンクはストレンベルクの姉妹国と呼ばれる事となっていたのであった。

 

「……フェールリンクはまで誕生して数百年。国として認めて貰えているのは偏にストレンベルク王国が内外に発信しているからに他ならない。前は何とも思っていなかったが、正式に代表に就いてからはどうも気になってな……」

「構いませんよ、クライン兄さま。昔から(わたくし)の事を『レイファ』と呼んで、実の妹のように可愛がって下さったではありませんか。内々の間でくらいはそうして下さいませ」

「……内々、とも言い切れないところもあってな……。セレント、挨拶してくれ」

 

 クライン代表はそう答えると、控えた者の中から一人のフードを被った男性が前に出る。何処か目立たない印象を覚えていたが、その男性がフードを取ると……、

 

「エル、フ族……?まさか、『認識阻害魔法(コグニティブインヴィテイション)』を……?」

「……その通りです、レイファニー殿下。簡易ながらも『認識阻害魔法(コグニティブインヴィテイション)』を使用しておりました。わたしはセレント・エルフィンクスと申します。先日滅ぼされた祖国、メイルフィードの上級戦士にして、部隊も任されておりました。最も、肝心な時に国を空け、その場に立ち合う事も出来なかった愚か者でありますが……」

「そう言うな、セレント。彼は前から親しくしていたエルフ族なんだ。俺のところに来ている時に、メイルフィードを急襲されてな……。急ぎ戻った際には其方も知っている通りの有り様だ。今はウチの客将という扱いになっているが……」

 

 メイルフィードの、セレント・エルフィンクス……!その名前は、私も勿論知っている。彼とは他国の集まる会合の席でも会った事があるし、将軍としても優秀で、『メイルフィードにセレントあり』と言っても過言ではないくらい有名な人物だった。

 そんな彼がいながら、いくら十二魔戦将が率いていたとはいえ、みすみす魔物に国を滅ぼされてしまうのかと思いもしたが……、そうか、不在だったのか。……少なくとも彼がその場に居たら、王や王妃も落ち延びさせる事は出来たかもしれない。それに……、確か彼は……、

 

「……こうして恥を晒しながらも、生き延びているのは……、わたしの同胞たちを探す為です。特に……、わたしの婚約者であり、メイルフィードの姫君でもあられたシェリル様のご存命を信じて、そのご足跡を探る事が……、わたしの残された使命であるからです」

 

 ……そう、彼はシェリル姫の許嫁(フィアンセ)とされていた人物でもある。コウがあの闇商人を通じて探させていた人物でも……。

 そこでハッとして私はコウに視線を向けると、彼は呆気に取られているようだった。でも、いずれ我に返り、彼にシェリル姫の事を伝えようとするだろう。その前に……、

 

「ッ!?……ユイリ?」

 

 私は彼が何かを言い出す前に軽く衝撃を与えた。コウは驚き、訝しむようにその真意を伺おうとして私の方を見たところで、通信魔法(コンスポンデンス)にて彼に伝える。

 

<コウ、少しの間黙っておいて貰える?この場は私たちで対処するから>

<何を言って……!?漸く探していたシェリルの婚約者が見つかったんだぞ!?向こうもずっと彼女を探していたみたいだし、それを伝えようとするのをどうして止めるんだ!?>

<……此方は急な事で裏も取れていないのよ?まぁ、ほぼ間違いなく当人だと思うけれど、姫を狙う間者という可能性もゼロじゃないわ。まして、姫の居ないところで勝手に彼女の事を話す訳にもいかないでしょう?>

 

 そう言ったところでグッとコウが押し黙ったのを確認したところで、

 

「……シェリル姫の事についてはストレンベルクでも不確定の情報が多すぎて、整理していたところなのです。王や王妃の様に遺体も見つかっていませんし、生き延びられていると我々も思ってはいるのですけれど……」

「それでも、無事にメイルフィードの国外へと逃げきれたとも思えませんよ、王女殿下。襲撃の際に、逃げようとしていたエルフ族の多くが同時に詰めていた奴隷商人達に捕まったという情報もあります。生き延びられていたとしても、彼らの手に落ちたと見た方が……」

 

 王女殿下とフローリア宰相がそのように答えるのを見て、セレント殿も頷き、

 

「……わたしもそのように考えております。事後の報告となってしまいますが……、わたしの方で独自に同胞たちの行方を追い、それぞれ開放に向けて活動して参りました。中でも其方の貴族に奴隷として苦しめられている同胞で、いかに解放策を伝えても応じて来なかった者に関しては、実力行使で逃がしたところもあります。それについては、申し訳なくも思いますが……」

「それについては謝罪には及びませんよ、セレント殿。我が国でも正規の理由で奴隷となった者の所有は黙認しておりますが、今回のケースは明らかに含まれておりません。事実、奴隷に逃げられたという報告も受けておりませんので……。フローリア宰相、貴女は何か聞いておりますか?」

「私も聞いておりませんね。ですので、我が国としてはセレント殿の行動について、何も咎める事はありません。むしろ、もし買い戻し等に費用が掛かったと仰られるなら、お返しさせて頂きますよ。違法に奴隷を所有したその者には此方からしっかりと追及しておきますから」

 

 王女らが話すその傍らで、コウが私に対し無言の圧力を加えているのを感じる。ちゃんと大人しくはしてくれているが、明らかに納得はしていないらしい。……後でちゃんと説明するから、そんな目で見ないでよ……。

 

「……亡くなられた王妃様は、強力な認識阻害魔法(コグニティブインヴィテイション)を使用する事が出来ました。ですから、シェリル様に対し、決して姫君とバレないようにその魔法を使用されたとわたしは考えています。ですが、奴隷商人に捕まってしまった可能性は高いのです。そしてわたしは、ある闇のオークションで同胞の一人が信じられない高額で落札されたらしいという情報も掴みました」

 

 ……もしかしなくても、シェリル様の事ね。何と言ったって、星銀貨5枚という破格の金額でもって落札されたのだから……。今となってはその星銀貨が魔族に流れていないという事がわかっているものの……、あの時は私欲の為にとんでもない事をしでかしたとコウに対して失望を覚えていたものだったか……。

 セレント殿はそこでグッと拳を握り締めると、

 

「……恐らくはその同胞がシェリル様ではないかと考えているのですが……、その後の足取りが全く掴めないのです……っ!誰が購入したのかもわからず、さらにはその闇オークションを執り行った闇商人も、其方の国で正式に契約を結ばれたという事で……!そこから、彼女の足跡が途絶えてしまった……。だから、もし貴国で掴んでいる情報があったら、是非教えて頂きたいのです……!わたしの出来る事は何でも致しますので、どうか……!」

「……俺もセレントの様子は見ていられなくてな……。今回、其方から声が掛かった事で、セレントの件も伝えておきたかったんだよ。だから、レイファ。俺からも頼む。メイルフィードの事について、そしてシェリル姫についてわかっている事があったら、教えて貰えないか?」

 

 セレント殿に続き、クライン代表も頭を下げて頼み込む。特にセレント殿のそれは必死さが伝わって来て、事情を知っている私からすれば、少し後ろめたい気持ちもある。王女殿下方も同じようで、少し申し訳ないという表情もされていたが、

 

「……わかりました。確実な事がわかったら其方にお伝え致しましょう。我々がその闇商人と契約を結んだのは、向こうの魔族の事情を探る為のものであったのですが……、そこでわかったのは、今回のメイルフィードの襲撃は新しく加わった『十二魔戦将』の教唆があった事です。その者によると、襲撃の際に高貴な姫君が落ち延びてきたら確実に捕らえ……、性奴隷として売り捌くよう指示があったという事……」

「な、なんですって!?すると、今回のメイルフィード襲撃は……、シェリル様を狙ってのものという事ですか!?馬鹿な……、彼女は恨まれるような方ではないのですよ!?」

「……シェリル様に何かがあったとは王女も申しておりません。ですが、相手はシェリル様を狙って行動していた事も事実のようです。彼女を殺さないよう、魔物に関しても徹底していたようですし……。王や王妃は魔物にやられた形跡があったので、この事からもシェリル様については配慮されていたというのは間違いないと私は考えております。最も、メイルフィード公国を滅ぼすのが第一であったのだとは思いますが……」

 

 これもつい最近わかった情報だが……、やっぱり今回の襲撃はシェリル様が狙われたと考えるのが自然である。そして恐らくは私怨……。命を狙うというよりも、むしろ生き地獄を味わわせる為に性奴隷に堕とそうと考えたのか……。いずれにしても、シェリル様に恨みを持つ十二魔戦将の一人が、今回の襲撃を企てた。さらに、その新しい十二魔戦将というのが……。

 

「……あと、(わたくし)が聞いたところによると、シェリル姫を狙った十二魔戦将というのは、ダークエルフ族のようです」

「ダークエルフ!?まさか、公国の前の、王国時代にメイルフィードに居たダークエルフ族の一人だとでも……!?」

「それはわかりませんが……、ダークエルフ族の居るところと言えば限られていると思われますが……。私の知る限り、メイルフィードが公国となった際の諍いによって、その領内の森奥深くに住んでいるという事くらいしか、寡聞にして存じません……」

 

 セレント殿は次々と判明する事実に戸惑いを隠せずにいるようだった。これで、シェリル様がご存命でストレンベルク王国にて保護している事を伝えればまた違うのだろうけれど……、今のこの状況において軽々に姫の居場所を話す訳にはいかない。それに、姫の生存が知られれば当然、その身柄を引き渡しを求められるだろう。彼女はメイルフィード公国において、唯一生存している皇族。まして、相手は彼女の許嫁(フィアンセ)とされる人物だ。姫が望むのならば話は別だが……、今のシェリル様を見る限り、コウと引き離される事を良しとするとはどうしても思えない。

 

「……悪戯に情報を話す事が良いとも思いません。此方としてもちゃんと判明した事はきちんとお伝え致します。シェリル姫は(わたくし)としても、知らない方ではありません。ストレンベルク王国としても、真相究明とシェリル姫の安否につきまして、協力させて頂きますわ」

「……レイファニー殿下、有難う御座います……!何卒、宜しくお願い申し上げます……っ!」

「済まないな、レイファ。ほら、聞いだだろ?お前は少し休め、セレント。ずっと気を張りすぎて、あの日以来満足に眠れてもいないんだろ……っ」

 

 ……ここらが落としどころだろう。私は部下のイレーナに合図しつつ、

 

「そういう事でしたら……、別室にお部屋をご用意致します。クライン代表も宜しければ是非……」

「済まないな、ユイリ。ほら、セレント……。ここは好意に甘えておけ」

「……ご配慮、痛み入ります」

 

 イレーナがクライン代表らを伴い、他国の代表団が全員退出したところで……、

 

「……ユイリ、それに王女殿下。フローリアさんも……、先程のやり取りはどういう事ですか?」

「どういう事も何も……、聞いた通りよ。あの場で姫の事を話す訳にはいかないでしょ?」

「だとしても……!彼は、本当にシェリルの事を心配して、あそこまで憔悴していたんだぞ!?それなのに……っ」

「それなのに……(わたくし)共が本当の事を伝えないのはどうか……、といったところでしょうか、コウ様?」

 

 憤りを隠せないように詰め寄る彼に、レイファニー王女は毅然とした様子で向き直る。

 

「そ、そうです!彼の言った事は、恐らく間違ってはいません!それは、貴女方にもわかったでしょう!?」

「そうですね。セレント殿が話していた内容は、真実であるでしょう。彼の事も、ここで初めてお会いした訳でもありませんし、クライン兄さまがお連れした方ですもの。まず間違いという事はないでしょうね」

「それなら……、どうしてあんな言い方を……!」

 

 流石に王女殿下に対して直接的な怒りをぶつけるという事は出来ないでいるコウに……、王女殿下は彼の意見を論破するかのように冷静に話を進めていく。

 

「……逆にお聞き致しますが、あの場でシェリル姫の事を伝えたとして、もし間違いがあったとしたらとはお考えにならないのですか?唯でさえ、シェリル姫の事はストレンベルクにおいても勇者の件に次いで機密情報となっているのです。先程も申しました通り、シェリル姫が未だ敵に狙われているという可能性も否定できません。まして……、通常はあのような場で唐突に情報を求められるという事も有り得ない話なのです。それはフェールリンクの代表もお分かりでしょうし、向こうもこの場で情報が得られるとは思っていなかったでしょう」

「それでも……、それでもあの場で問わずにはいられなかったのは、それだけ余裕がなかったからとも考えられないですか!?あの通り、シェリルの安否を求めて……、それでもどうにもならなくなって、僕たちに情報を求めてきたと……!」

 

 コウも必死に訴えかけるようにして同意を得ようとしていた。彼の気持ちもわかるけど……、それでもコウは忘れている事もある。

 

「仮にそうだとしてもです。あの場で求められた情報は、シェリル姫の事でした。ご本人に話も通さず、一方的にお伝えしてしまう事について、コウ様はどのようにお考えですか?」

「そ、それは……!でも、彼はシェリルの婚約者だと……っ!」

「それを証明する事はあの場で出来ましたか?先程も言いましたが、通常であれば、事前に先方から通知が届き、それについて裏付けを取るのが普通です。そしてその際に真偽の方も確認していくのですが……、今回はそれがありませんでした。まして、婚約者であればシェリル姫の意思も無視して宜しいのでしょうか?」

 

 凛としてそのように答える王女殿下に、ついにコウは二の句が継げなくなる。王女殿下の仰ることは正論であり……、自分が感情からものを言っている事にコウも気付いたのだろう。しばらく沈黙し、やがて息をひとつ吐くと、

 

「…………そうだね、シェリル自身がどう考えているかって事を、僕は見落としていたかもしれない。ゴメン……、ユイリにも色々言ってしまって……」

「いいのよ、コウ。貴方が無茶を言ってくるのは今日に始まった話ではないし……。それに、この件については貴方の気持ちもわかるから」

「ええ、謝られる事ではありませんわ。私《わたくし》個人としてはコウ様の仰られる通り、彼の問い掛けに応えられない事については歯痒く思っておりましたもの。ですが、この件については慎重に話を進める必要があります。それだけは、ご理解下さいませ」

 

 そこで王女殿下は漸く笑みを浮かべ、少し言いすぎましたとコウに話しかけるのを見ながら、私は一息つくとシェリル様に通信魔法(コンスポンデンス)を送る。これから戻る旨とともに、フェールリンクに滞在していた為、生き延びられていた婚約者の事を彼女に伝えた。どういう返事が戻ってくるかは何となく想像できるも……、このまま何も伝えない訳にもいかなかった。

 

(本当に世話の焼ける勇者様ね……。まぁ、彼らしいと言ったらそれまでだけど……)

 

 このような調整役を引き受けるのも勇者の補佐を任じられている私の役目だ。シェリル様は一度決められたら簡単に自分を曲げないお方。それもコウの事が絡むとまず間違いなく折れないだろう。

 ……姫の生存を確認した婚約者が、そのまま今の状況にさせておくとも思えないし、かといって姫の引き渡しを拒む理由もない……。本当に、どうしたらいいのかしらね……。

 

(折れないといったら、コウも同じ、か……。似た者同士というか何というか……)

 

 それでも、私は恵まれているといえるかもしれない。幼少の頃から命じられていた、将来において勇者が召喚される事態となった際に、その者を助けるように言われ続けてきた私としては、勇者に相応しき心を持つコウを支えるのは本望であるといえる。

 初めて勇者として呼ばれた彼に会い、紆余曲折をかさねて、コウを陰日向になって支えてきたが……、今やただ王命であるというだけでなく、私個人の意思としても望むようになってきていた……。

 

「それでは、私たちも戻りましょう。この分だと、今日は忙しくなるでしょうから……」

「あ……、私《わたくし》はこのままユーディス様のところに行くわ。それではコウ様……」

 

 そう挨拶して、王女殿下は一足先に退出する。フローリア宰相もコウの様子に頷き、私もディアプレイスと『人智の交わり』のやり取りに立ち会ってきますと言って出ていかれた。

 それを見送って私がコウと会議室を出ていこうとした時にちょうど姫から返答が来る。その想像通りの内容に苦笑しながらも、私はコウを伴って、皆の待つ『王宮の饗宴(ロイヤルガーデン)』の詰所へと戻っていくのだった……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……これから王宮に?」

「ああ、何でもあのコウ殿が画期的な提案をなされたという事でな!商業大国のディアプレイスからやって来てその事で協議をしたいらしい……。いやはや、やはり私の睨んだ通りだ。彼は何か大きな事を成し遂げる者であるとな……!」

 

 いつものようにギルドの仕事をしていた私に、珍しく興奮気味の父が話しかけてくる。仕事の手を休めて内容を伺ってみると、どうやらカードを使用してのビジネスで、目算でも多大な利益を上げるもののようだ。

 

「これが実現されれば、ただ遊戯として加わるといっただけではない……!カードを媒体に召喚魔法を応用して、魔力を込めた者の姿を具現化させる上に、魔物に対し撃退可能な防衛策を講じる事にもなる!さらには、カードから召喚する方法は生活魔法という形で誰でも使用できるようにするという事だ……!」

「じゃあ……、このカードにも魔力が込められたら、その人物が簡易的にでも召喚されるっていう事?」

 

 話題にのぼる人物、コウさんから貰った大切なカードを手に取り、父に聞いてみると……、

 

「今までの広報用のカードダスにも対応するように考えているらしいな。最も、現在のカードには当然魔力が込められていない為、一度回収なりするしかないとの話だが……。しかし、それが他の国を巻き込んでの話というのも凄いぞ!その効用によっては、護衛の仕事が一部要らなくなってしまうかもしれんな……!」

 

 上機嫌でそのように話す父の姿に、こんな姿を見るのは本当に久しぶりだと思った。母が亡くなって以来、何処か仕事に逃げるかの如く、取りつかれたように業務をおこなう父。そんな父の姿を見て、何とか助けてあげられないかと思っていたところで、私は10歳の時に受けた鑑定によって、事務職の才能があった事を思い出し……、父に申し出たのだ。

 

『マイクさん!ジェシカは本気だよ!亡くなったお母さんの代わりに、自分がその仕事に就くって!だから……、認めてあげてっ!僕も……、ただ働きでも何でもいい……、何でもお手伝いするから……っ』

 

 幼馴染でずっと一緒だったアルフィーもそう説得してくれて……、私は母の就いていたコンセルジュの仕事を継ぐ事となった。最初は分からないことだらけで本当に大変だったが……、父は勿論、職員の方達も助けてくれて……。そして何よりアルフィーが私を支えてくれた事もあって、何とかやって来れたのである。

 

 そして、先日アルフィーは貯めていたお金で冒険者として必要な装備を整え、『天啓の導き』に登録を果たしたところだった。彼が居なくなってぽっかりと穴が開いてしまったような気持ちだったものの、定期的にくれる連絡を励みに頑張って来たのだけど……。

 

(このアルフィーのカードにも魔力がこもれば……、疑似的にでも彼に会う事が出来るのかな……)

 

 ギュッと大事にカードを抱きしめていると、父が思いもよらぬ事を話し出す……。

 

「ああ、彼のような人物にお前を貰ってもらえたらなぁ……」

「ちょっと、お父さん……!」

 

 私を目に入れても痛くないというように可愛がって貰っている事は自分にもわかっているが、そういう話だけは受け入れられない。抗議するように父に詰め寄る私に、

 

「ジェシカ、私はね、お前には幸せになって貰いたいんだよ……。母さんの忘れ形見であるお前には、誰よりもね……。その幸せの為には、頼りになる者と一緒になる事が一番なんだよ……」

「私はお父さんの言う事を全部聞いてきたけど……、自分と一緒になる人は私が決めたいの……!それに……、そんな話、私にはまだ早いわよ……っ!」

 

 そう言っても父は首を振ると、

 

「勿論、将来の話だ。今は取り合えず婚約という形にはなるが……。それに、ジェシカは何時も話していたろう、貴族の方に嫁ぐつもりはないと……。それであったなら、コウ殿は貴族ではないぞ?それに、お前の事もきっと大切にして下さる……!」

「貴族とかそういうお話じゃないでしょ!コウさんは良い方だと思うけど、私にはもう心に決めている人がいるの……っ!お父さんだって、知っているでしょう!?」

 

 アルフィーは、父の親友だった冒険者の方の息子だ。彼が小さい頃に魔物の集団がストレンベルクを襲ってきた事があり……、多くの兵士さんや冒険者の方が亡くなった。それは彼の父も含まれていて……、その時以来、アルフィーの家とは家族同然でお付き合いしてきた。父も彼の事は悪く思っていない筈なんだけど……、それでも私が彼のお嫁さんになるって言うと決まっていつも……。

 

「まだそんな事を言っておるのか、ジェシカ。あやつはそういう対象とは見ない様に言っておるだろう。まして……、あやつは反対しておったにも関わらず、冒険者となりおった……。あやつの父より、頼まれているというのに、アルフィーの奴は……」

「それは、お父さんが彼の事を認めてくれないからじゃない!アルフィーは事務職に向いていないにも関わらず、私を助ける為にずっと手伝ってくれていたわ!一生懸命に、他の方の信頼も得ながら……!でも、お父さんはいつも厳しく彼に当たっていたじゃないの!」

「それは当たり前だ!仕事に私情を挟めるはずがないだろう!それについては、お前にも同じように接してきた筈だ。……アイツが努力していたのは知っておる。隠れて父の形見の剣を握り締めている姿も見ておった……。だから、私はアイツに自分の後を継いでくれる事を期待したのだ。事務系の才能がなくとも、他の者の信頼を勝ち取りながら……、お前を助けるように仕事をこなしていったアルフィーにな……」

 

 少し遠い目をしながらその時の事を思い浮かべているかのように話す父だったが、すぐにそれを振り払うようにして、

 

「……まあ良い、この話はまた今度としよう……。だが、私の話も覚えておいておくれ。お前のアルフィーに対する気持ちは知っておるが……、それを私が認めるかどうかはまた別問題なのだ……。あやつの父のように……、死んだと聞かされて辛い思いをするのはジェシカ、お前なのだ……。ただでさえ母さんも亡くなり、大切な幼馴染まで亡くすとあっては、心が耐え切れなくなるぞ……」

「…………お父さん……」

 

 そんな父の話を聞き、私も俯く。父の言う事がわからない訳ではない。私だって、最初にアルフィーが冒険者になると言った時は反対したのだ。いずれはお父さんの後を継いで冒険者になるのだとしても……、今はまだ早すぎるんじゃないかと……。でも、君だって立派に仕事をしてる。早い人は10歳で鑑定を受けた時に冒険者になる人もいるくらいで、自分は遅いくらいだって笑いながらそう話す彼を……、私は止める事が出来なかった。

 

「……さて、私は王宮に行く。お前も今日は早めに上がりなさい、ジェシカ」

「……はい、わかりました。ギルド長……」

 

 そう言って父は軽く私を抱きしめた後、王宮に向かった……。暫くは受付で仕事をしていたが、今日は何だか仕事に身が入らない。

 ……久しぶりに父とアルフィーの事で話したからだろうか……。

 

「ジェシカちゃん、今日はもう上がっていいわよ!疲れているみたいだし……」

「でも……、いえ、わかりました。お心遣い、有難う御座います……」

 

 一緒に仕事をしている受付嬢の先輩の気遣いに甘え、今日はもう帰る事にする。その足で私に与えられている控室に行き、着替えながらも先程の父とのやり取りを思い出していた……。

 

『あやつはそういう対象とは見ない様に言っておるだろう!』

 

 父にそう言われるのはこれが初めてではない。父が相手を進めてくる度に私はその気がないと伝え……、決まって最後はアルフィーとの事を否定されて終わるのだ。

 ……私はもう、彼以外には考えられないのに……。

 

 普段は父も居て、一緒に帰り支度をするこの部屋は、一人だと何だか広く感じた。だから考え事をしていると、ますます深みにはまっていくような気がして……、私はいつもしているペンダントの中に収めたアルフィーのカードを取り出して、そっと胸に抱きしめた。

 

(……私は、彼と一緒になる事は出来ないのかな……)

 

 そんな事を考えると凄く悲しい気持ちになる。母を失い、父も一層仕事に向かうようになって、寂しい気持ちを埋めてくれたのが幼馴染のアルフィーだったのだ。

 いくら重婚が認められるとは言っても、全く気のない人と一緒になる方が失礼になる。万が一にその人がアルフィーとの事も認めてくれたとしても、自分にはアルフィー以外の人を想う事自体がまず考えられない。

 

 ……どうして父はその事をわかってくれないのか。いくら考えてもそれだけはわからなかった……。

 

「駄目だわ……、このまま考えてたら何時まで経っても帰れなくなっちゃう……」

 

 私は気を取り直して別の事を考えるようにする。お父さん、今日は遅いのかな……?折角だし、この間冒険者ギルドのサーシャさんに教えて貰った『唐揚げ』を作って待っていようかな……。お父さん、アレ好きみたいだし……。

 そうと決まれば『唐揚げ』の材料を買って、少し冒険者ギルドに寄ってみよう。それでサーシャさんと話して、その後で家に帰って『唐揚げ』を作る……。そう思った矢先、

 

「…………?」

 

 ふと物音がしたように感じて振り返るも……、特に変化は感じられない。それはそうだろう、ここは私と父に与えられている控室だ。他の人が訪れるにしても、ノック位はある筈……。

 気のせいだと思い直し、私は帰り支度をするが……、その時になって、さっきの物音が気のせいなんかではない事を知る事となる……。

 

「えっ?むぐっ……む、むぅ?!」

 

 突然私は後ろから口を押さえられ、驚いた拍子に手にしていたアルフィーのカードも落としてしまう。

 

「うむぅ!んーっ、むーっ!?」

 

 何!?一体何なのっ!?何が起こったのか把握する間も与えられず、助けを呼ぶ事も出来ない。おまけに口を塞がれた布からは妙な匂いがして、意識が遠くなるのを感じる。なんとか口元を塞ぐ手を剥がそうとしたものの、そんな自分の抵抗を封じるかの如く、背後の人物に拘束されるように抱きすくめられてしまった。

 

 ……どうして?どうして自分が、こんな目にあわないといけないの……?こ、このままだとわたし、は…………。

 意識が混濁し、徐々に目を開けていられなくなる中で、私は心の中で大切な幼馴染に助けを求める事しか出来なかった……。

 

(……怖いっ!助けて……、助けて、アルフィー……ッ!)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……うむーっ!んぅーっ!!」

 

 狙い定めていた目標(ターゲット)の隙を伺っていたが……、ついにチャンスが訪れた。いつもは父親と一緒に居る筈も、今日は彼女が一人だけで帰り支度をしている。『千里眼魔法(クレヤボヤンス)』にてそれを掴んだオレはプライベートルームの出口を商人ギルド内に繋ぎ、音を立てずに扉を開けて美少女の元にさっと忍び寄ると……、オレは背後より手を回して彼女の口元に麻酔薬をたっぷりと浸した布を押し当てた。咄嗟の事に驚きながらも、オレの腕をはがそうとする彼女だったが……、非力な手でオレをどうにかできる訳もない。気にせずにオレは腰にも手を回して彼女の拘束を強めながら確実にクスリを嗅がせ続ける。

 

「――っ!!んんっ!むぅぅぅっ!!んぅんっー!!」

 

 助けを呼ぼうとしているようだが、しっかりと彼女の口を塞ぐように押さえているので、微かでくぐもった声しか出す事が出来ず、誰にも聞こえる事はない。片手はカラダにも回した腕によって抑えられている為、もう一方の手で必死にオレの腕を掴んでいるのだが……、徐々にクスリがまわり始めているのか、少しずつその力が弱まっているように感じる。

 最も、本調子であっても彼女が力でオレに勝てる筈はないのだ。年齢は14歳、オレの知る基準で言えば、まだ中学生くらいのヒューマンの女の子。ただその体付きは大人顔負けではあるが……、いくら発育が良かろうとも所詮は子供の力でしかない。だんだんと抵抗が鈍くなりつつある彼女にそろそろ限界かなとほくそ笑む。

 

「む……ぅ、んっ……、っ……」

 

 ……落ちたようだな。オレの腕を掴んでいた手が下がり、ガクッと体の力が抜けた様に崩れ落ちる彼女を抱きすくめ、そのまま抱え上げる。意識を失って重く感じられたとしてもまだまだ子供であり、元の世界に換算しても中学生くらいの女の子だ。お姫様抱っこをしていても軽いものであるばかりか、目を付けた通り体の発育は非常に良く、その抱き心地はムッチリとしていて抱え甲斐があった。

 

「クックック……、ゆっくりお休み、オレの眠り姫……!」

 

 予め神々の調整取引(ゴッドトランザクション)で購入しておいたクスリの効果は抜群で、全く目覚める気配はない。……これ程の効き目だったら闇市場で高く売れるだろう。カジノで失った金の足しくらいにはなるに違いない。

 まるで眠れる森の美女(スリーピングビューティー)とも思わせる、漸く手に入れた戦利品……。強制的に眠りに落とされながらもオレの腕の中で微かに口を開き、まるでキスを待っているかのように、静かな寝息をたてて眼を瞑っている美少女の姿にニヤリと笑うと、その可愛い唇を奪うように口付ける。

 

 彼女……、確かジェシカと言ったか。商人ギルドに顔を出した際に目に留まり、その時よりずっと機会を狙ってきた訳だが……、本日漸くこうして隙を見て捕らえる事が出来た。

 その年齢に見合わぬ大人びた雰囲気を持ち、いい体してる彼女は、今の内からオレ好みの女に染め上げる予定だ。光源氏計画とでも言うべきか……、まぁ一足先にそのカラダだけは味わわせて貰おうとこうして眠らせた訳だが……。体付きは大人と言っても差し支えないとはいえ、流石にまだ子供と言える年齢の彼女に手を出すのは色々不味いかとも思ったものの、あどけない寝顔で無意識に自分を誘っているようなジェシカを前に手を出さないという選択肢はない。それに彼女が眠っている間に処女を奪うのだと考えると興奮させるものもある……!

 

 他にも、冒険者ギルドの顔というべき受付嬢も振るい付きたくなるくらいにいい女だったし、この国は本当にレベルが高いと思う。このジェシカの調教が落ち着いたら、次は彼女の番だ。あまり一人になるような事も無く、このジェシカのような隙が見つけられないのも事実だが、絶対に攫ってきて可愛がり……、いずれオレ専用の秘書にするのも悪くはない。

 

 ……さて、いつまでもこうしてはいられない。恐らくは自分を監視しているであろうベアトリーチェの部下を巻くべく、オレは作動させているプライベートルームの入口へと向かう為、部屋を後にする。

 

(全く、嫉妬なのかは知らんがオレを制限させようなんて……、リーチェにも困ったもんだぜ……)

 

 いつかあの女には某女戦士のように「くっ、ころっ……!」と鳴かせてやるつもりだ。しかし……、正直に言うとわからない事もある。オレにはとても具合がよくて、まだまだ抱き足りなかった巨乳ちゃんや、絶対にモノにしたい絶世の美女ともいうべき女がいたように思ったが……、どうにも思い出せないのだ。もしかしたらオレの抱える奴隷の女たちの中に居たかもしれないが……、それでも巨乳のコは居なかった気がするし、それにあんな目の覚めるような極上のエルフは……ってエルフ!?

 

(……エルフ、だと……!?そうだ、初めて見たエルフがあの……!クソッ、どうして思い出せない……っ!)

 

 抱きかかえているジェシカの綺麗なブロンドの髪は、どこかエルフの彼女を思わせるような……!?くそっ、誰かに何かされたのか!?だが、『危険察知』の能力(スキル)が発動していた様子はないし、特に変わった事はなかった筈だ。という事は、あの巨乳ちゃんもオレの妄想などではない……?まあ、今回捕まえたこのジェシカも年齢にしては胸も大きい方だとも思うし、処女であるのも間違いはないが……、確かに以前にもこんな事があったような気も……。

 

「…………ベアトリーチェ様……ません、見失い……。恐らくは例の……」

「彼が今狙って……。念の為、冒険者ギル……か、商人ギルドの……。確認いたし……」

「……チッ、もう嗅ぎ付けてきやがったか」

 

 オレを探していると思わしき連中が商人ギルドの外まで聞こえてきた事に舌打ちすると、オレはとりあえずその件について考えるのは止め、邪魔が入る前に引き上げる事に決める。一応、目的だったジェシカはこうして無事手に入れたのだ。勿論、まだ子供の彼女に手を出す事のリスクは承知しているが……、眠らせている間に済ませるつもりだし、バレなきゃ問題ないだろう。

 いずれはオレのハーレムに加える。きちんと育て上げれば、場合によってはレイファニーよりもお気に入りの存在になるかもしれない。今は何も考えず彼女の無垢なカラダを愉しむ事としようか……、そう思いながらオレは笑みを浮かべつつ、気を失ったジェシカを伴いながらプライベートルームへと入るのだった……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……『魔札召喚魔法(コールカード)』!」

 

 王宮の一室にて、僕は試作品のカードを片手に、生活魔法へとカスタマイズされた件の魔法を唱えると……、カードが淡く輝き出した。その輝きはやがて人物の姿を形どり……、やがて僕の目の前に自分そっくりの姿に具現化された者と対峙する。

 

「……これが、僕のカードから具現化されたものか……。姿形は本当に変わらないな……」

 

 最初は単純に、元の世界の某漫画のように……、カードの絵柄を幻像化させてゲームが出来れば面白いだろうなと思っただけだった。カードゲームのルールは自分の知る様々なゲームから調整し、その召喚された幻像が身を守る手段としても使えたら一石二鳥と比較的軽い気持ちで提案したつもりだったけれど……、蓋を開けてみたら自分でも吃驚の代物として出来上がっていたのだから、このファーレルでの魔法の力というものには恐れ入る。

 

「コウ様?シェリルです、入りますね?」

 

 自分の幻像の前にして佇んでいると、軽く扉をノックされてその声と共に彼女が入ってきた。シェリルの姿を認めたシウスがすぐに彼女の下に駆け出し、ぴーちゃんもサッと舞い上がるとシェリルの頭上を嬉しそうに飛び回っていた。

 

「……コウ様、此方もお試し頂けませんか?」

 

 シェリルはカードから召喚された僕の幻像に目を遣りつつ、そっと僕に一枚のカードを差し出してきた。

 

「これは……」

「わたくしのカードです。レイファニー王女様や大賢者様にお願いして、1枚だけ作って頂きました」

 

 1枚だけ……。一応カードゲームとして体を成すように、それぞれのカードには希少(レア)非凡(アンコモン)普遍(コモン)と三種類に分けて、その人物が有名かどうかで割り振ったのだが、そこから考えると彼女のカードはぶっちぎりの希少(レア)……、というよりもむしろプロモーションカードというような扱いになるのだろうか……。どちらにしても、シェリルのカードはゲームには組み込めないし、彼女の立場上、希少(レア)であっても世界に流通させる訳にはいかないから仕方がないと言えばそれまでである。

 

「どうぞ、同じようにお試し下さいませ」

「……わかったよ、じゃあ……『魔札召喚魔法(コールカード)』」

 

 彼女に促され、僕は先程と同じようにシェリルのカードも具現化させるべく魔法を唱える。すると、さっきと同様にカードが輝き、シェリルの姿を象ったものが召喚され……、

 

「……凄いな、本当に細部に至るまで君にそっくりで……っ!」

「どうかなさいましたか、コウ様?」

 

 そう、あまりにシェリルと同じなのだ。具現化された彼女は普段、清涼亭で寛ぐ時と同じで、妙に色気のある部屋着を身に纏っていた。あまりまじまじと見ないようにしていたけれど、こうして改めて見てみると、そのナイスバディさが際立っていて、まるで当人を見ているかのようで……!不味い、変に意識してしまう……!

 

「……何処か可笑しなところでもありましたか?」

「い、いや……、変じゃないよ。むしろ、再現しすぎているんじゃないかと思うくらいで……」

「そうですか、ちゃんと体のラインに渡るまで映し出せるように念入りに『魔札作成魔法(カードクリエイション)』を行ったのですが……、コウ様の様子を拝見する限りでは上手くいったようですね」

 

 …………それって、つまり……。

 

「シ、シェリル……ッ!」

「フフッ、申し訳御座いません。ですが、わたくしとしては大事な事だったのです。きちんとわたくしを再現させるよう、魔力から何処まで反映させる事が出来るのかは勿論ですが……、不完全な形でコウ様の前に姿を晒す訳にも参りませんから……。そして、忠実に再現されたわたくしに対し、貴方が反応して下さるのは嬉しいですし、安心もしております。……もし、貴方が何も反応して下さらなかったらと思うと、哀しくなってしまいますもの……」

 

 悪戯っぽい表情を浮かべて僕の反応を愉しんでいるような様子だったシェリルが、少し寂しそうにしてそのように話す。揶揄われたかと思った僕だったが、彼女は恐らく本気で言っていると感じ……、

 

「シェリル、前にも言ったけれど……、君は十分魅力的だよ。誰もが君に見惚れて、振り返ってしまうくらいにね……」

「他の方の評価などどうでも良いのです……。貴方に気に入って貰えない魅力などに何の意味があるのですか……」

 

 そう言って彼女は僕をジッと見つめてくる。その瞳は何かを訴えるかのような色を秘めていた。

 

「……ユイリから聞きましたわ。セレント様がいらっしゃったのですね」

「君の婚約者、だよね。僕もニックに探させていたんだ……。隣の国に匿われていたらしくてね、生きていてくれて良かったよ」

「それはわたくしも同じです。彼は……、わたくしにとっても兄のような方でした。メイルフィード公国の立派な将軍でもあって……、お父様も彼の事をとても信頼していましたわ。そしてわたくしも……、不器用ながらも大切に想って下さっているセレント様の事をお慕いしておりました……」

 

 思い出す様に呟くシェリルだったが、意を決したように僕を見上げると、

 

「……ですが、それはメイルフィード公国がまだ存在していた時の話です!メイルフィードの姫であったわたくしは、国が落ちて闇商人に捕まり、奴隷とされた際に死にました。父も母も失って、国そのものも失われてしまった際に、わたくしの心もまた冷たく凍てついてしまったのです……」

 

 ……シェリルのそんな悲痛な叫びに、彼女と出会った時の事を思い出す……。確かにあの時のシェリルは……、心を閉ざして全てを諦めていた……。

 

「あの惨劇に巻き込まれずに、セレント様が生きていて下さったのは本当に喜ばしい事です。ですが、貴方は彼にわたくしを託すために、セレント様を探しておられたと伺いました。コウ様は……、わたくしがそれを望むと本気で思っていらっしゃるのですか!」

「……それは」

「わたくしがセレント様の下に参ったら、貴方とは離れる事になるでしょう……。貴方はストレンベルク王国が召喚された、勇者の資格を有する方です。今、わたくしが貴方とご一緒させて頂けるのは、あくまでコウ様が奴隷に堕とされたわたくしを救って下さった主であると、王国でも認めて下さっているからなのです!それなのに……、コウ様は……っ!」

 

 彼女の瞳が潤んでいるのを認め、僕はまたシェリルを傷付けてしまったと知る。シェリルは本気で怒っている。彼女に相談もしないで、勝手に事を進めていた僕に対して……。

 

「わたくしの立場で貴方に好かれたいと思う事は許されないのかもしれません……。ですが、貴方のお傍にいたいという想いすらも叶わないのですか!?婚約者だった彼に任せれば、今のわたくしの想いは無視してもいいと、コウ様はそのように思っておられるのですかっ!」

「……ごめん、そういう訳じゃないんだ。決して君を傷付けようと思った訳じゃない。だけど、結果的にはこうして君を傷付けてしまった……。本当に、ごめん……」

 

 僕は彼女を慰めるべく、やんわりとシェリルを抱き寄せた。少ししゃくりあげるように嗚咽を漏らし出す彼女に、罪悪感が込み上げてくる。

 ……もう、彼女は僕から離れられる状態じゃなくなってしまったかもしれない。こうならない様に、出来る限りシェリルと距離を置こうとしていたというのに……、気が付けば彼女だけでなく、自分も離れたくないと思うようになってしまっている……。

 

(……僕だってシェリルと離れたくなんてない……!でも、それならどうすればいいんだ……。彼女を、僕のいた世界に連れて行くのか……?不幸になると、わかっていて……?そんなこと、出来る訳ないじゃないか……!)

 

 彼女の婚約者だったら、何も問題はないと思っていた。一度は一緒になると決まっていた相手であり、シェリルと同じエルフ族。それに彼と会ってみたところ、シェリルに対する愛情はそのまま残っているとも確信できた。だから、今のうちに彼女を……、とそう思っていたのに……。

 

「……シェリルはどうしてそこまで……。もし、助けられた事を気にしているんだったら……」

「好きになるのに理由などありません!最初は助けられた事で、貴方を知りたいと思っていました。ですが……こうしてご一緒させて頂く内に、気持ちを抑えられなくなっていったんです!貴方をお慕い申し上げているのです……!愛しているのです……っ!!」

 

 ……シェリルからこうして直接的に告白されるのは初めてかもしれない。それを聞いて、飛び上りたくなる程、嬉しく思う自分にも気付いている。でも、僕には……!

 葛藤する僕を余所に、シェリルの告白は続く……。

 

「……コウ様は残酷です!もしも貴方がわたくしを拒絶してくれるなら、叶わない想いと諦める事も出来ます……。ですが貴方は、わたくしの想いを受け止めてくれて……、そして貴方からの想いも感じているのに……、それなのに貴方はわたくしを遠ざけようとしています……!どうしてなのですかっ!?どうすれば貴方はお傍において下さるのですかっ!?わたくしに何か落ち度でもあるのですか!?それならば、仰ってください……っ!わたくしに出来る事は、どんな事でも致しますから……!!」

「君に落ち度なんてある訳ないよ!問題があるとすれば……それは僕にある」

 

 元の世界に帰るべきか、この世界に残るべきか……。某劇作家の言葉ではないけれど、本当にそれが問題だ……。

 

「どんな問題があるというのですか!?先程も申しました通り、わたくしはもう一国の姫ではありません!奴隷という立場は貴方が解いて下さいましたが、それでは困ると仰るなら奴隷に戻っても構いません!セレント様にもわたくしから話しますわ!」

「そういう事じゃない!そういう事じゃ、ないんだ……」

 

 シェリルが悪い訳じゃない、必死にそう言い聞かせながら彼女を慰める僕。シウスとぴーちゃんが見守っている中で、具現化された僕と彼女の幻像を前にして、いつかの時のようにシェリルが落ち着くまで一緒に居続けるのであった……。

 

 

 



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第43話:誓い

最新話投稿致します。

「◇◆◇◆◇」マークの部分については例のごとく 性描写を匂わせている為、ハーメルンではそこの部分をカット致しました。


 ――某時刻、王城ギルド『王宮の饗宴(ロイヤルガーデン)』の詰所にて――

 

「……やっぱり普遍(コモン)カードをもっと大量に発行したいところだな……。だけど、それだとどうしても魔力を込めるのが追い付かない……。さて、どうしたものか……」

 

 僕はひとり数枚のカードを手に取り、先日考案したカードゲームの改善策を考えていた。その内の一枚は先日、『魔札作成魔法(カードクリエイション)』を使用して大量に作り出した自身のカード、『クリエイター・コウ』。開発者として広く周知するという点に関しては、正直あまり気乗りするものではなかったものの、一番手に取られやすい普遍(コモン)カードが大事な存在であるという事もあり、自分をカードにするのを受け入れたのだったが……、思っていた以上に大変な作業だった。

 今までカードダスを作成していた水晶操作魔法(スフィアサイト)のひとつ、『静止絵抽出魔法(ピクチャーズ)』でカード自体を発行するのは簡単に出来たのだが、その1枚1枚に『魔札作成魔法(カードクリエイション)』によって魔力を込めてゆくのは、「過酷」の一言に尽きる。

 

 アイテムカードや魔法(マジック)カード、能力(スキル)カード等は、『魔札作成魔法(カードクリエイション)』を使用する者の裁量によって、簡易に作成する事が可能であるが、キャラクターカードになるとそうもいかない。何せこのカードゲームの目玉でもある、『魔札召喚魔法(コールカード)』によって自己防衛が出来るというキャラクターカードには、その描かれた人物が持っている魔力も込めなくてはならない為、大量に作り出す事が出来ないのだ。

 

 その件については、レイファニー王女を中心とした魔術師の方々によると、1枚作り出したらそれを複製できるような魔法をカード限定に落とし込んで、独創魔法として登録する予定との事だったが、自分のカードに関しては出来れば1枚ずつ魔力を込めて貰いたいという無茶振りをされ……、その時の状況は思い出したくもない。

 ただ、魔力が尽きたらすぐに回復……という事を何度も味わったので、自分の最大MPが増えたという事は朗報であるかもしれないが……。

 

「お疲れのようですね」

 

 その言葉と共に飲み物を持ってきてくれたのは、『王宮の饗宴(ロイヤルガーデン)』の受付役兼この国の宰相でもあるフローリアさんであった。

 

「すみません、フローリアさん。もしかして、フローリアさんが淹れて下さったのですか?」

「フフッ、随分お悩みのようでしたので気分転換になればと思いまして……。ご迷惑だったですか?」

「まさか!迷惑だなんてとんでもない!……頂きます」

 

 慌ててそのように答えると僕は紅茶に口をつける。フローリアさんも自分の向かいに腰を下ろすと、持ってきてくれた紅茶のようなものを飲む僕の様子を伺っているみたいで……。

 そういえば、珍しくフローリアさんと二人きりなのか……。普段一緒にいるシェリルは何やら王女殿下と話をしているようで席を外しており、ユイリも一緒に付いて行っている。そんな時、いつも代わりにレンやグランが僕と一緒にいる事が多いのだが……、今日に限っては2人とも別件で駆り出されている。フローリアさんが自分に付いているという事だと思うが……、今までは無かった為に少し落ち着かないというのが、今の気持ちだった。

 

「それは……、貴方のカードですね」

「……はい、少しカードのテキストを見直してました」

 

 ……自分のカードだからというつもりはないが、普遍(コモン)カードとして大量に作り出したので、ゲームとしてしっかりと機能するかを確認していたのだ。僕のカードはかなり手に入りやすくなっている分、地味に使いまわせるような性能にしておこうと決めたのはいいものの……、やはりカードゲームの調整は難しい。その調整ひとつ間違えると、一気にバランスが崩れてしまう。僕の場合は、ある程度知っているゲームのルールを組み合わせただけだというのに、一歩間違えればゲームとして成り立たなくなりそうである。

 こういったゲームを一から作る人は天才だな……、そんな事を考えていると、

 

「一枚一枚に魔力を込めて頂いたのです。此方がお願いしたとはいえ……、本当に有難う御座いました」

「ああ……、それはもういいですよ。それより、どうですか?順調に進んでます?」

 

 恐らくはその件で何か伝えに来られたのではと思い、そう訊ねてみたのだが、

 

「ええ、順調だと思います。今、シェリル姫にご助力頂きながら、カードを複製する専用魔法を開発していると伺ってますし、『魔札作成魔法(カードクリエイション)』で魔物から魔力を抽出する事にも成功したと連絡も入りました」

「それは凄いですね……!じゃあ、魔物も『魔札召喚魔法(コールカード)』で召喚できるって事ですか……!」

「そうなると思います。これでより一層、素晴らしいものになるでしょう」

 

 という事は、カード複製の目途が立てばいよいよ……!幻体化させるカードゲームの実用化は思った以上に難しく、もう少し時間が掛かりそうだと考えていた為に、それは疲れを吹き飛ばすくらい嬉しい報告であった。

 

「登録カードも問題なさそうだし……、楽しみだな。早くプレイしてみたい……!」

「フフフ、まるで玩具を与えられた幼子のようですね」

 

 フローリアさんに微笑ましそうにそう言われ、照れくさい思いをしながらも僕はカードを確認してゆく。元の世界においても時間がある時はそこそこ嗜んでいたのだ。曲がりなりにも自分が提案し開発されたカードゲーム、ワクワクしない方がおかしい。

 

 所謂希少(レア)カードと呼ばれるものも大まかには出来上がった。その対象となる人物にも一通りカードに魔力を込め終わったと聞いている。希少(レア)カードの中でも枚数が異なっており、元々カードダスが発行されていた際にも極端に少なかったものは同じようにするつもりだ。僕が当てたレイファニー王女らのカードも対象であり、多くても数枚しか発行されないものもあるという……。

 

(強い実力を持つ人たちのカードは、別の意味でも貴重になりそうだしな……)

 

 カードゲームとは別に、『魔札召喚魔法(コールカード)』によって魔物から身を守る手段ともなりうる事で、実力者の魔力が込められたカードは遊戯で使う価値とは関係なく高騰するだろう。普段から魔力をあまり持っていないと公言するレン辺りからは殺す気か等とクレームも入ったが……、正直僕が魔力を込めたカードの量に比べたら彼の枚数なんて屁みたいなものだ。……まぁ、彼には言わないけれども……。

 

「そういえば……、シェリル様のカードも登録カード扱いにされたのですね」

「……流石に1枚しか存在しないカードのテキストをつける訳にはいきませんからね……」

 

 登録カード……、数種類の決められたテキストから1つを選択してカードに当てはめるものの事で、事実上全ての人物がカードを作ればゲームで遊べるようにしたのだ。最も、『魔札作成魔法(カードクリエイション)』にて作らなければならないので、魔法を使用できる者を擁しなければいけないから、何処でもカードを創出できる訳ではない。それによって、先日ストレンベルクに集まった国以外ではどうすることも出来ないようになっていて、『魔札召喚魔法(コールカード)』で魔力を全て放出してしまった後の魔力補充についてもどうにもならないだろう。

 

 その辺は流石によく考えているなと、主導したフローリアさん達には感心するばかりだったが、

 

「それにしても……、よく思いつかれたものですね。我々の国にあったカードを利用して、それを遊戯や召喚のツールにするなど……」

「僕のいた世界に原案がありましたしね……。半分は僕の願望もありましたけど」

「そうだとしても、です。これはもしかしたら……、今までのファーレルの通念も変えてしまうかもしれませんよ」

 

 フローリアさんの物言いに大袈裟な……と思っていると、彼女から熱っぽい視線が自分に注がれているような錯覚を覚える。僕の肩にとまっていたぴーちゃんもそれを察したのか、ぱたぱたと自分に与えられた止まり木のところまで飛んでいってしまったが、フローリアさんは一瞬残念そうにぴーちゃんを見るも、すぐに僕の方へと視線を戻す。

 ……ぴーちゃんを見ていたのかと思ったけど、これは……。僕は落ち着かないような思いを感じつつも、居住まいを正すとフローリアさんは口を開いた。

 

「……正直に申し上げますと、貴方が勇者様であるかどうかに関係なく、この世界に……いえ、ストレンベルクに留まって頂きたいと思っております」

「フローリアさん、それは……」

 

 お断りした筈……、そう続けようとした僕を制するようにして、先程よりも強く、無視できないような彼女の瞳が自分を捉える。

 な、なんだ……?いつもとは違う……、なんか妙な感じが……!?

 

「コウ様、貴方が元の世界に戻られたいという事は存じ上げております。ですが……、それが分かっていてもなお、いずれ戻られる貴方をこのまま見送るのは宰相としては些か承服できないものを感じているのです。それほど、貴方がこの国に与えている影響力は大きい……」

「か、買い被りすぎですよ、フローリアさん……。僕は本当に、唯の一般人で……」

「その貴方の仰る一般人であるコウ様を、この国に迎えたいと言っているのです。待遇は出来る限り貴方の希望を叶えるように致しましょう。王女殿下も貴方に心酔していらっしゃるようですし、この国の次期王……という事だって実現は可能でしょう」

 

 そのように返答しつつ、フローリアさんから目が離せなくなっていく。こ、これは不味い……!僕は何かされている……!?

 

「……貴方が帰りたいと思われている理由は伺っております。ご家族の方を看なくてはならない、と……。であれば、ご家族の方やご関連の方々も含めたこの国に招致されるというのは如何でしょう?何一つ不自由しない待遇はお約束致しますよ?」

「……どうしてそこまでしてくれようとされるのです?まして、そんな事が可能なのですか?一人を召喚するのですら、莫大な魔力を消耗すると聞いてますけれど……」

 

 いくら何でも、そんな事が出来るとは思えない。それに、もし出来たとしてもそこまでして僕をこの世界に留めようとする理由もわからない。……勇者の件についても、一通りの解決を見るまではファーレルに留まるとも伝えてある。この世界の危機についても、僕の出来る事はすると約束しているのだ。

 それなのに、余所者の僕を国に迎えてまで囲おうとするのは何故だ……?ストレンベルク王国にしたって、当面の危機が去ったのならば、強い影響力を持った余所者がいなくなる事の方が都合が良いのではとも思えるのに……。

 

「……魔力の面については、実は一人を招致するのも複数人を招致するのもあまり変わらないのですよ。要は異世界より召喚する際に、莫大な魔力を消耗してしまうので……。それについては、他の転送魔法然り、多人数を召喚する事は可能だと思います。最も……、その際には招致する人をまとめなければならないので、どのようにするかは考えなくてはなりませんが……」

 

 それこそ貴方が元の世界に戻れるだけの魔力を確保しようとしているので、招致については問題ないとするフローリアさん。そして彼女は続ける……。

 

「後はどうしてそこまでしてくれるのか、ですか……。前から思っていた事ですが、貴方は随分とご自身の評価を低く見積っているようですね。いえ、もしかしたら危機を救ったその後の事も見据えて仰っていらっしゃるのですか?それならばコウ様が気になさることはありませんよ」

 

 フローリアさんはそう言って一息つくと、

 

「……今までがどうだったかはわかりませんが、貴方はこの世界に召喚されて以来、その優秀さを示し続けてきました。亡国の姫君であったシェリル様をお助けし、そのお心を掴まれただけでなく……、私を含めた『王宮の饗宴(ロイヤルガーデン)』の面々からの信頼も勝ち取られ……、魔物すらも味方につけてしまいました。さらには自称勇者の尻拭いに努められ、その過程で『大地の恵み』や『人智の交わり』の主だった者たちも一目を置かれているとも伺っております。ああ、『天啓の導き』でも今回のカードの件で、お名前は知られる様になったと思いますよ?そして、我が国の魔法(マジック)ギルド『魔力の学び舎』も同様に……」

「…………それは」

「王宮でも『王宮の饗宴(ロイヤルガーデン)』だけでなく、貴族の中でもわかっている者はコウ様を意識しているようです。シュテンベリル家の令嬢への対応から貴方の事が広まりつつありましてね、今や貴族となったトウヤ殿を排斥してコウ様にその座に就かせるよう嘆願する声もあるくらいです。貴方が真の勇者として呼ばれた事は隠しているのですが……、もう一人があまりに酷いせいか、それも中々難しくなってきましたけれど……」

 

 少し苦笑しながらも、彼女は純白の長い髪をかき上げてこちらを見つめた。……今、はっきりわかった。フローリアさんは僕を……。

 

「……フローリアさん、どうしてこんな事を……」

「それだけ貴方を評価している、という事です。別に変な事ではありませんよ。この世界ではより優秀な子孫を残す為に優れた異性との関係を望むのはごく普通の話です。まぁ、私程度の『誘惑』ではあまり効果は無かったようですね。……『誘惑』は注目を集めるというだけであって、別に意識を操作するというものではありませんから、自然体の能力(スキル)を有していても問題ないと思っていましたけれど……」

 

 そんなに私は魅力に乏しかったですかね、と溜息をつくフローリアさん。

 

「い、いえ、決してそのような……」

「いいのです、わかっていますから。そもそも、貴方はあのシェリル様からのアプローチに対しても己を保ち続けているのです。些か私には荷が勝ちすぎた、といったところですかね……」

 

 ……それは、確かに……。天然なのかどうかはわからないが……、シェリルの寄り添ってくるようなスキンシップは色仕掛けというレベルを超えて、自分の理性をガンガン削ってくるのだ。まして好きな娘のそれと比べてしまうと……、他の人の誘惑なんてちょっと目を引く程度のものである。

 

「ですが、先日娼館へ行こうとされたと聞いてますよ。そういう事に関心が無いという訳ではないのでしょう?行きずりの女性とされるつもりがあったのならば……」

 

 ……このまま流される訳にはいかない。先日の件の事を話しながら自分に迫ろうとしてくるフローリアさんに、顔を朱に染めながらも僕ははっきりと答える。

 

「……ええ、それでシェリルを傷付けてしまったばかりです。フローリアさん、僕はもう、間違える訳にはいかないんですよ……」

 

 僕は彼女の両肩に手を添え、窘めるように距離をおくと、

 

「貴女に魅力がないという訳ではありません。……叶うならば抱きたいとも思います。ですが……」

「……シェリル様は貴方が自分を抱いて下さるならば、他の誰となさっても何も仰らないと思いますよ?彼女は滅んでしまったとはいえ、一国の姫君。ご自身と一緒になる方が側室、妾と複数の女性を持つ事はわかっていた筈です。……私としては、貴方がシェリル様や王女殿下と関係を持たれる切欠となればと思い、このような能力(スキル)を使ってまで、貴方に迫っているのですから……」

 

 ……やっぱり、フローリアさんの狙いはそこにあったのか。であるならば、尚更僕はフローリアさんを受け入れる訳にはいかない。彼女を抱いてしまえば、僕はシェリルも抱かなくてはいけなくなってしまう。そして……、シェリルと関係を持てば……、僕はもう彼女を手放せなくなり、離れる事が出来なくなってしまうだろう。そうなってしまっては、シェリルを僕の居た世界に連れて行かなければならなくなり……、ひいては自分が想像する通り、彼女の不幸を誘発する事となる。

 ……それだけは、避けなければならない。

 

「……フローリアさん、やはり僕は軽はずみな事は出来ないんです。貴女の先程の提案……、家族をこの世界に呼ぶ話についても、この場では決める事も出来ません。僕にとって、シェリルは大切な女性(ひと)です。だから、取り返しがつかない事をする訳にはいかない……。どうか、わかって下さい……」

「…………わかりました。私とて貴方を困らせたい訳ではありません。今日はこの辺にしておきましょう。ですがコウ様、お心には留めておいて下さい。我がストレンベルク王国は、貴方を欲している事を……。そして、貴方のその信念はご立派だと思いますが……、彼女たちは貴方に愛されたいと願っているという事も、どうか覚えておいて下さいませ……」

 

 そこで漸く、フローリアさんは『誘惑』の能力(スキル)を解き、戻っていく。あのトウヤ殿にも、貴方のその信念を見習って欲しいくらいですよ……、とボヤく彼女に僕は漸く一息をついて、それに答えようとした矢先、突如詰所の扉を叩く音がする。

 

「フローリア様っ!!」

「……どうしたのです、騒々しい……。今、彼と大事な打ち合わせをしているところなのですよ」

 

 その人は確かフローリアさんのお付きの……。一体、何があったんだ……?彼は血相を変えて、フローリアさんに詰め寄り……、

 

「申し訳御座いません、フローリア様。ですが、緊急の連絡なのです……!あのトウヤ殿が……、またやらかしました……っ!!」

 

 彼の言葉に、僕はサァーと表情を無くす。頭の中が真っ白になる。トウヤが……一体何を……!?

 話を聞いたところ、これより緊急の会合が行われるという事で、僕はフローリアさんに自分もそれに加わりたいと伝える。最初、話は私たちでと言っていたが、僕にとっても他人ごとではないと伝え……、参加を許される事となった。

 

 ……僕は心底後悔していた。何故、もっと早く女神様より授かった力で、彼を止められなかったのか。オリビアさんの時とは違う……、今回の事は、防ぐ事が出来たかもしれない……!その会合に向かう際中、僕はそんな自責の念に囚われていた。そして……、被害に遭った人が誰かを知った時、その思いはさらに増幅される事となる……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(本当に……、何を考えているの、あの男は……っ!)

 

 シェリルと一緒にカードの複製の為に、既に失われた魔法である『複製魔法(クローニング)』をカード専用のコピー能力を持つ独創魔法を作り出そうとしていた矢先に、今回の事態の報告を受け、その会合に王族の代表として立ち会っていたのだったが、よりにもよって……!

 

「レイファニー様っ!此度の事は……、私は絶対に許す事は出来ませぬっ!娘に手を出したあの男に……!例え勇者といえども、決して……っ!!」

 

 ……トウヤは、また強姦事件を起こしていた。今回被害に遭ったのが……、ストレンベルク王国の商人ギルド、『人智の交わり』のマスターであるマイクの一人娘で……、まだ14歳であるジェシカであった。

 

 ベアトリーチェによる報告がなされ……、その詳細が明らかになる。それによると……。

 

 

 

 先日、商人ギルド長のマイクが商業国家ディアプレイスを交えた協議から帰宅すると、既に戻っている筈の愛娘がいない。ギルドの職人に確認したところ、今日は早めに仕事を切り上げていたとの事で、マイクは真っ青になって商人ギルドにやって来ると……、ジェシカは控室の机に突っ伏すかたちで眠っているのを発見した。

 

 娘の姿を見てホッと一安心し、彼女を起こしてそのまま連れ帰ったのだが……、翌日になってジェシカが変わってしまった事がわかる。今まで彼女が大切にしていた幼馴染の事を忘れたかのように振舞い、代わりに殆ど面識もなかったトウヤの事を話すようになったのだ。あろうことか、ジェシカの方からトウヤの下に行きたい等と言い出し、マイクが窘めると『普段お父さんは自分に縁談話をしてくるのに、どうして反対するの。お父さんの条件はトウヤ様は充たしているでしょ』と指摘される始末……。

 

 マイクが戸惑っていると、それを見計らったようなタイミングで勇者で貴族を名乗るトウヤがやって来る。トウヤを見た瞬間、嬉しそうに彼に飛び込むジェシカ。それは、今までジェシカがアルフィーに対して見せていた様子と重なり……、我が目を疑い混乱するマイクにトウヤが詰め寄ってきた。『彼女は勇者である俺を支えてくれる必要な存在だ。見ての通り、俺に従い、慕ってくれてもいる。だから、彼女は連れて行く』とジェシカの肩を抱き寄せながらそんな事を宣う。

 

 娘はまだ子供です。仮に嫁に出すとしても、許嫁という事になります。そう話すマイクに、『体は充分大人顔負けだ。アソコの具合も味わったが申し分ない。今は非常時だろう?必要なものを徴収するのは当然だ。子供だからというのは通用しない』とトウヤは聞く耳を持たない。その言葉に些か不穏なものを感じたマイクがどういう事なのか問い返すと、トウヤは軽く舌打ちしながら、『今日のところはこのまま帰ってやる。急な事だった訳だしな。だが、次に来た時はジェシカを連れて行くぞ。……ジェシカ、それまでいい子で待っていてくれ』……そう言って漸くトウヤはジェシカの額に口付けして引き下がっていった……。

 

 色々な事が起こりすぎて憔悴するマイクの下に、ベアトリーチェが接触する。トウヤの行動で幾つか不可解な事がある、娘さんについて確認させて貰いたい。ベアトリーチェの話によると、トウヤが怪しい行動をとっており、目を付けている可能性のあったジェシカの様子を確認する為に商人ギルドに訪れた際には、彼女の姿は何処にも見られなかったという事で、そもそも控室にいたというのも可笑しいとわかり、ジェシカの状態を診て貰ったところ……とんでもない事が判明した。

 

 ジェシカは……処女を失っていたのだ。ベアトリーチェの『処女判別魔法(バージンチェック)』によってそれが判明し、それを聞いたジェシカは大いに取り乱す。『そ、そんな筈は……、私、は……まだ、アルフィーと……。アル、フィー……?いえ、トウヤ様に……!?ど、どうしてそんな……っ!』『……失礼するわね。こ、これは……!』頭を抱えるジェシカに寄り添うと、ベアトリーチェは『看破魔法(インサイト)』でジェシカに隠蔽された腕輪が付けられているのを見破る。ご丁寧に装着者にしか外す事のできない物だったが、契約類のものでは無かった為、ベアトリーチェの使用出来た『解呪の奇跡(ディスカース)』で何とか取り外す事が出来た……。

 

 『ヒュプノブレスレット』……。身に付けられた者の思考を都合のいいように染められるという禁忌の魔法工芸品(アーティファクト)……。そんな物が、娘に……!正気に戻ったのか、ジェシカは己を抱きしめるようにして、すぐにペンダントからカードを取り出そうとしたところで、それが無い事に気付く。涙目でアタフタしながら探そうとする娘に落ちていたアルフィーのカードを提示すると、バッと掠め取るように受け取り、体を震わせ嗚咽を漏らしながらギュッとカードを胸に抱くその姿は……とても見ていられるものではなかった。

 

 このままにしておくと精神に支障をきたす恐れがあるとして、ベアトリーチェがジェシカに鎮静作用と睡眠を促す薬を処方し、落ち着かせたところで……、彼女から詳しい事情を聴き出し、王宮に詰めかける事になったのである……。

 

 

 

(まだ子供であるジェシカに手を出すなんて……!それも、よりによって王国に貢献し続けてきているマイク殿の愛娘を……!)

 

 彼らの事は『レイア』の姿で市井に下りている時より交流していたからよく知っている。妻を早くに亡くし、その一人娘の為に、商人ギルドの一職員としてその才能を王国に捧げてきた功労者であるマイクに加え、その父を助けるために自身の才能が判明した時点でギルドのコンセルジュとして働く事を選んだジェシカ……。そんな人達を、あの男は無茶苦茶にしてしまったのだ……!

 

「私はっ……、この国の為に骨身を惜しんで捧げてきたつもりですっ……!それなのにこんな事が……、こんな事が許されるのですか!?この世界を救う勇者だからと、娘を徴収される事も……、汚される事も……っ!」

「……ご心中お察しします。貴方がこの国に尽くしてきた事も、私をはじめ王女殿下もわかっておられます。冷静に……というのは無理な事と存じてますが、どうかお話を聞……」

「宰相殿っ!私は問答する為にこの場にやって来た訳ではないのですっ!……勇者の事については王族の……それも『時紡の姫巫女(フェイト・コンダクター)』であらせられるレイファニー王女様の管轄でしたな。レイファニー様は此度の事をどうお考えなのですか……?」

 

 はっきり答えて頂きたい、と真っ直ぐにこちらを見てくるマイク殿の瞳にはある意思が込められているように感じた。誤魔化す事は出来ない……、でも、この場で今回の『招待召喚の儀』について起こってしまった複雑な事情を、コウの事を話してしまう訳にも……。

 

 逡巡する私をマイク殿が言葉を発しようとする直前、別のところから声が上がる。そして、それを発した人物は……!

 

「マイクさん……、申し訳ありません。まさかジェシカちゃんが……、このような事になってしまうなんて……」

「……コウ殿?コウ殿もこの場に呼ばれていたのですか……。しかし、これは私と娘の個人的な事情ですので、今は……」

「……いえ、今回の件は僕も無関係ではありません……。むしろ、僕がちゃんとしていたら、今回の事は起こらなかった可能性も……」

「コウ様っ!!」

 

 コウがそこまで言ったところで、彼の傍に控えていたシェリルがストップをかけた。

 

「コウ様に責任はありませんわ!此度の事は全てあの者がやった事です!どうして貴方に関係があるというのですか……!」

「……シェリル、僕はアイツを止める力を女神様から頂いていたんだ。止める力はあったのに……それなのに奴の蛮行を許してしまった……」

「……コウ殿、それについては様子を見るように決めていた筈です。あの者の力は間違いなく本物であって、確実に抑える為にも今は様子を見て力を蓄えておく……。そのように決めたと報告は受けていますよ」

 

 シェリルに再考を請われてなお、彼が己を責めるように吐露するのを見て、私は被せるように言葉を投げかける。彼がトウヤの持つ能力(スキル)、『神々の調整取引(ゴッドトランザクション)』を女神ソピアー様に与えられた時の様子は自分もレイアとして見ていたのだ。あの時点でトウヤに仕掛けたとしても、返り討ちに遭ってしまう可能性が高かった。その為に、もう少しトウヤの力を探るのと同時に、コウの力を高めようという話となった筈だ。

 

 私たちの話を聞いていて、疑問に思ったらしいマイク殿が話に入ってくる。

 

「王女様……?それに、コウ殿も……。一体、何の話をされているのですかな……?」

「……そうですね、マイク殿ももう無関係ではないですし……。ですが……、これから話す事は絶対に他言無用でお願い致します……」

 

 ……コウ自ら話に入って来たのだ。もう彼には話すしかないだろう。……まぁ、マイク殿は周りに言いふらすような人物ではない。

 私は小さく溜息を吐くと、マイク殿に今回の『招待召喚の儀』がトウヤに干渉されたせいで不完全な形で行われてしまったという事と、トウヤが本来の勇者を排除しようと考えないように取り敢えず彼が勇者と名乗るのを黙認している事を説明する。

 

「……その話を聞いて安心しました。それならば、あの男に何があったとしても、勇者を排斥してしまうという事にはならないという訳ですな……」

「……マイク殿、貴方は……」

 

 今日、彼の目を見た時からわかっていた。マイク殿の瞳にはある覚悟の炎が灯っているのを……。この人は、きっと……。

 

「マイクさん……、早まったら駄目です……!」

「コウ殿……、いえ、勇者殿。申し訳ないが、私はもう……」

「……貴方の覚悟は、伝わってきます。例え敵わなくとも、アイツに一矢報いようとなさっているのですよね。そのお命をかけてでも……」

 

 コウの指摘にマイク殿は弁明もせずに静かに目を瞑る。……そう、彼はきっとトウヤの下に抗議をしにいくつもりなのだ。そして、彼が謝罪をしなかった時には……。

 

「……私の命よりも大切な娘が傷つけられたのです。それについて、何もしない等という事は有り得ない。……あの男が勇者でなくて良かった。これで、何も考えずに事を構えられる……!」

「それを止めて頂きたいと言っているのです……!返り討ちに遭うだけだ……!」

「それでも止める訳にはいかないのだっ!悪事を行った者は罰が下る、子供でも分かる事……!敵わないからお咎めなし等と、受け入れられる訳がない……!例え私がどうなったとしても、あの男に思い知らせてやる……っ!」

「……それで、貴方が居なくなったらジェシカちゃんはどうするんです?自分の為に父親がいなくなったのだとわかったら、彼女がどう思うのか……。貴方にはわかる筈だ……っ!」

 

 娘の話を出されて、マイク殿がグッと言葉を詰まらせる。それを見てコウは畳みかけるように続けた。

 

「トウヤに詰め寄ったとしても、アイツは何も感じる事なく、貴方を殺すでしょう。僕も一度彼の殺気をその身に受けましたが、トウヤは人を殺す事に何とも思っていないみたいですし、自分に突っかかって来た男を返り討ちにしてやった……、それくらいにしか思わない筈だ。そして、マイクさんが居なくなった後に、アイツは邪魔者が消えたとばかりに再びジェシカちゃんを襲って無理矢理にでも攫い……、手篭めにして自分のものとするでしょうね……。もう既に実行している事です、迷うなんて事はないでしょう。それでも貴方は……、あの男に復讐をすると言うのですか?」

「ならば……このまま泣き寝入りをしろと言うのかっ!娘を傷物にされて……っ、ジェシカの意識すらあの男に弄ばれてっ!それを黙って見ていろというのかっ!?抗議しても死ぬだけだからと……!?自分が何をしたかも分かっておらぬあの屑のような男にこのまま何もしないなど……、私には考えられぬっ!!」

 

 感情を露わにするマイク殿。その憤る彼をコウは真っ直ぐに受け止めていた。

 

「コウ殿に私の気持ちが分かるかっ!?傷ついた娘の気持ちが分かるのかっ!?私はもう、覚悟を決めているのだっ!今日この場にやって来たのは、例え奴が勇者であったとしても私は復讐するという事を示す為だ。それが、奴が勇者でなかったとわかり、もう何も憂いも無く決行する事が出来る……!今更命を惜しんで復讐を止める事など出来る筈もないっ!」

「そこをなんとか思い留まって頂きたいと言っているのです。貴方が居なくなって喜ぶ者なんて誰も居ません。確かに貴方の気持ちやジェシカちゃんの気持ちは……、慮る事しか出来ませんよ。実際にどれ程お心を痛められているかは想像する事しか出来ません。ですがっ、貴方も分かるのですか!?自分の事でお父さんを失うジェシカちゃんの気持ちが……、マイクさんに分かるのですかっ!」

 

 コウも負けじとマイク殿に言い返す。遠目に見て、コウが血が滲むほど拳を握り締めているのがわかった。それをシェリルが辛そうに彼を見守っている様子も……。

 

(シェリルも気が気でないでしょうね……。コウもまた自分のせいだと溜め込んでいるみたいだし……)

 

 またあの時の様になってしまったらと危惧するも、マイク殿はますます激昂してしまっており、

 

「ならどうすればいいのだっ!?コウ殿、貴方はあの屑が好き勝手しても黙ってみていろと言われるのか!?このままにしておけば、どの道ジェシカは奴に狙われておるのだ!次に来た時は娘を連れて行くと言っておるっ!コウ殿はこのまま奴が娘に手を出そうとするのを我慢しろと、見過ごせとそう言われるのか!?」

「そんな訳ないでしょう!?僕が言っているのは、貴方が奴に(・・・・・)復讐するのは(・・・・・・)止めてくれ(・・・・・)と申し上げているのです!返り討ちに遭ってしまうだけですからね……、決してトウヤの蛮行を容認しろと言っている訳ではありません……!」

 

 ここでコウは今までにないくらいの迫力でもって、部屋中にはっきりと聞こえる声でそのように宣言した。そして、呆気に取られているマイク殿に語り掛けるように続ける。

 

「……あの男をこのまま済ませるつもりはありません。因果応報……。マイクさんの仰る通り、悪い事をした者は裁かれるのが通例です。しかし、下手に仕掛けてもアイツの持っている能力(スキル)から、切り抜けさせてしまう……。ならば、それを封じれるよう立ち回り、無効化させる……。僕には、そうするだけの力を、授かっています。ですから貴方に代わり、僕がアイツに思い知らせてやりましょう……」

「コウ、殿……」

「僕は必ずあの男に報いを受けさせる……!ジェシカちゃんが受けた屈辱をっ!僕の知人が味わわされた分も合わせて……、いや、アイツの被害にあった全ての方々の分も、全部ひっくるめて、熨斗をつけて返してやりましょう……!だからマイクさん、僕に時間を下さい……」

 

 そこでコウは私の方を見る。目が合いドキッとしたのも束の間、彼は私に対し、

 

「王女殿下……、これ以上トウヤが好き勝手させない為にも、何か手を打って頂く事は出来ますか?特にジェシカちゃんの事は早急に対処しなければならないでしょう。今の僕が彼に仕掛けても、討伐できる可能性は低いと思います。よくて3割……といったところですかね。それも、まだ奴が切り札のような能力(スキル)や魔法を持っていたらその限りではありませんし……」

「……わかりました。あの者については任せて下さい。既に貴族の令嬢や、ギルド長のご息女を、しかも15歳にも満たない子供を襲っているのです。我が国の法に照らし合わせれば極刑も免れません。その辺も踏まえ、あの者には行動を制限させます。……今回の件は国の落ち度です。(わたくし)も覚悟を持って当たっていれば、あそこまで増長させる事は無かったのです……」

 

 もう同じ過ちはおかせない。私も決意を持って彼にそう伝えると、

 

「マイクさん、そういう事ですので、どうかその怒りを僕に預けて下さいませんか?そして、ご自重下さい。傷ついたジェシカちゃんを、これ以上悲しませないであげて下さい……」

「……貴方が、晴らして下さるのか……?私の怒りや、悲しみを……」

 

 マイク殿はコウの毅然とした態度と誠実な言葉に冷静さを取り戻したようであった。そんな彼の呟くような言葉を受けて、コウはそれに応える。

 

「ええ、お約束致します。僕の命にかえましても、必ずや……」

「……わかりました、貴方を……信じます。娘の受けた屈辱を……どうか晴らして下さい、勇者殿……!」

 

 マイク殿はそう言ってコウに深々と頭を下げる。お任せ下さいと言葉を掛けるコウを見ながら、最悪の事態も覚悟した今回の騒動が彼のお陰で上手く収まった事を理解する。

 勿論、王家としても動かなければならないし、やらなければいけない事も出来た。トウヤについては、自分へ向けられた恋慕や劣情の感情を利用してでも型にはめ込むつもりだ。

 

「王国としても出来る限りの事はさせて頂きます。ジェシカさんのケアは勿論、その後の事も含めてお任せ頂きましょう。ギルド全体を纏める者として、宰相としてもお約束致します。そして……、トウヤに挑む事でこの方を失うといった事態にもさせるつもりもありません。ですので、貴方は何一つ気に病む必要はありません。トウヤに相応の報いを受けさせるその時まで、娘さんの傍にいて差し上げて下さい」

「宰相殿……、それにレイファニー王女様に置かれましても……。重ね重ねのご厚意、痛み入ります……」

 

 私へも頭を下げるマイク殿に声を掛けながら、リーチェに聖女様への手配を頼む。この手の治療に関しては、彼女に任せるのが最善であるし、話が拡散する事も抑えられるだろう。また、その後にケアについても、ジェシカが本当に想いを寄せる者に任せるしかない。私はその手配も指示しながら、コウの掌を治療するシェリルの方を見る。

 

(……シェリル、彼の事、お願いするわよ……)

 

 コウはまた色々と溜め込んでしまっている。それについて、今は彼女に任せるしかない。

 シェリルにその事を託しつつ、トウヤを抑え込む為の段取りを考えながら私は部屋を後にするのだった……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(クソッ!一体、なんだっていうんだ……っ!)

 

 今朝、クランのリーダーであるシーザーさんに、王宮からの指示だ、すぐに商業ギルドに向かえ、と言われ……、オレはクランを離脱して一人、王宮を目指していた。そもそも意味が分からない。どうしてオレだけが、しかも王宮から名指しで指示が来るっていうのも変だ。

 

 ……ストレンベルク王国所属のクランの中ではトップの実績を誇る、シーザーさん率いる『獅子の黎明』……。先代よりリーダーの座を譲り受けたシーザーさんは、『獅子の黎明』の名をさらに押し上げ、王国初のSランククランにならしめた実力者で……、オレにとっては雲の上の存在といえる英雄だ。シーザーさんや彼を支えるお仲間の方達には、間違いなく王宮からお声が掛かり、騎士団の中でも中枢のポジションを任される筈と囁かれてさえいる。

 そんな凄い人たちのパーティーに、見習いとしてとはいえ所属させて貰っているオレは本当に幸運なんだろう。だからこそわからないのだ。何故、自分だけが呼び出されたのかが……。

 

(商業ギルドってのも変なんだよな……。冒険者ギルドに戻れっていう事ならわかるんだが……)

 

 王宮からの指示って事は、ストレンベルクのギルド全てを統括している王城ギルドからって事になる。クラン全体に指示が出たっていうならまだ分かるが……、どうしてオレだけが……?

(もしかして……、オレ、冒険者に向いてないから手伝っていた商業ギルドに戻れって事?……オレ、クビになるようなヘマ、やらかしたかな……?)

 

 ……新しく確立したカードに魔力を込める技術でもって、魔物(モンスター)からも魔力を抽出に挑戦せよという依頼(クエスト)が冒険者ギルドに下りてきたのが先日の話。複数のクランの魔術師がその魔法を習得し、一斉にストレンベルク内の魔物から魔力を抽出すべく行動を起こすことになった。

 『獅子の黎明』でもシーザーさんと同じ時期に入団した、彼の幼馴染でもある魔術師、セシルさんがその『魔札作成魔法(カードクリエイション)』なる魔法を覚えてきて、数多くの魔物から魔力をカードに納めてきた。

 とはいったところで……、そもそも見習いのオレは原則的に雑用係だ。戦闘にも参加はするものの、積極的に戦う訳ではない。ほぼ瀕死の魔物に止めを刺したり、死んだ魔物から魔石等を回収したりするのがオレの役目である。……その時にオレ、何かしちゃったのかな……?

 

「まぁいいか、行ってみればわかるだろ。それに、商業ギルドっていうなら、久しぶりにジェシカにも会えるしなっ!」

 

 『獅子の黎明』はストレンベルクだけでなく、他国に渡ったりもする。最も、手紙でやり取りはしていたし、オレ自身、有名になるまでは戻るつもりはなかったのだが……、こうなっては仕方がない。オレが顔を出したら、ジェシカの奴、驚くかな?いや、王宮から指示がいっているから知らないなんて事はないか。久しぶりにアイツの笑顔が見れるけど……、でも、マイクさんには顔を合わせづらいんだよなぁ……。

 ……この時のオレはそんなお気楽に考えていた。それが……まさか、最愛の幼馴染があんな事になっていたなど……、想像も出来なかった……。

 

 

 

 

 

「…………は?マイクさん、一体何を言ってるんですか……?そんな事、信じられる訳がない……」

「……事実だ」

「嘘だっ!!マイクさんっ!アンタ、オレが自分に背いて冒険者ギルドに登録した事を良く思っていないから……っ!だから、そんな出鱈目を言うんでしょう!?流石に笑えませんよ、そんな冗談はっ……!」

 

 久しぶりの商業ギルド『人智の交わり』で、オレはジェシカの父親であるマイクさんに詰め寄る。彼女の笑顔を見られると思ったら……、信じたくない残酷な話を聞かされて、オレは何も考えられなくなった。

 

「……こんな事、冗談で言える訳がなかろう。どうして娘がこの場に居ないのか……、少し考えれば私の言った事が事実だとわかる筈だ」

「やめてくれっ!嘘だ……、そんな事、起こる筈が……!大体、何でそんなに冷静でいられるんですっ!?もし本当なら、ジェシカは……っ!」

 

 オレは耐え切れなくなって、思わずマイクさんに掴みかかってしまう。そんなオレの手を静かに振り解くと、

 

「……冷静、ではない。冷静を装っているだけだ。私の腸は煮えくり返っておる。他ならぬ愛娘を傷付けられたのだ。冷静でいられる訳がなかろう……!」

「ジェシカは……っ!ジェシカは今どうしているんですっ!」

「今、ギルドの一室で聖女殿に看て貰っておる……。王宮の方で手配して下さったのだ。聖女殿ならば、体は勿論、精神面も癒して下さるだろう……」

 

 その言葉を聞き、オレはジェシカがいると思われる部屋に行こうとして……、マイクさんに止められる。

 

「今は駄目だ。ここでお前が顔を見せれば、娘に影響を与えてしまうかもしれぬ。聖女殿が出て来られるまで、ここで待つのだ」

「……ジェシカを傷付けたのは……、トウヤって奴か?巷で勇者とか云われている……?」

 

 その名前は聞いている。あの竜王バハムートを追い払い、ストレンベルク山中を完全に支配下に置いた『勇者』としての名声は……。それを聞いた時はあのシーザーさんをして、真似できないと言わしめる偉業であり、此度の勇者は随分と頼もしい人のようだなと思ったものだったが……、まさかジェシカを無理矢理自分の手中に納めようなどという蛮行に及ぶなんて……!

 

「……強い力を持っているのは確かだが、『勇者』ではないようだ。私が王宮に呼ばれた時、そのように聞いた」

「なら、殺しても問題ない……て事だな?最も、勇者だったとしても関係ないけど……」

 

 そうとわかれば……。オレは踵を返し商人ギルドから出て行こうとする。ジェシカの顔を見れないのは残念だが……、それを聞いた以上、ここでジッとしている事などオレには出来ない。

 そんなオレの肩を掴んだのは、マイクさんだった。

 

「待て、アルフィー。何処に行くつもりだ?」

「決まってるだろ、その糞野郎のところだ。……まさか止めるなんて言いませんよね、他ならぬマイクさんが……!」

 

 マイクさんに振り返ることなく、オレはそう告げる。愛娘をそんな目に遭わされたマイクさんが止める筈がない……、と考えていたのだが、予想に反して、マイクさんが俺を止めてくる。

 

「……お前が行ったところで返り討ちに遭うのが関の山だ。冒険者になりたてのお前が太刀打ちできる相手ではない。お前の父親のようになる……」

「だからってこのままにしておける訳ないだろっ!?マイクさん、アンタは何も感じないのかっ!?ジェシカがそんな目に遭わされて……なんでそんな事が言えるんだよっ!?」

「……私も命にかえても奴に一矢報いてやろうと思ったさ。しかし、この方に止められてな……」

 

 そこで、オレ達のところに幾人かがやって来る……。珍しい黒髪を持つ冒険者風の男を先頭に、王国の士官服を着た男女やローブを羽織った美女といった人たちがオレの前まで来ると、

 

「君がアルフィーだね?僕はコウだ。よろしく」

「……どうも。それで?アンタもオレを止めるのか?」

 

 挨拶もそこそこに、オレはそのように切り出す。というよりも、構っている時間が惜しい。

 

「悪いがやらなきゃならない事が出来たんだ。何を言われてもやめるつもりはないから邪魔しないでくれ」

「……それをやめさせる為に、こうして出てきたんだ。少し落ち着いて話を聞いて欲しい」

「落ち着ける訳ねえだろっ!?大事なものを傷付けられたんだぞっ!?今すぐにでもそいつをぶっ殺さなきゃ気が済まねえ!」

 

 殺気立った目でコウと名乗った男を睨みつける。なんと言ってマイクさんを説得したのかはしれないが……、オレは説得されるつもりは毛頭ない。

 

「邪魔をしようとするならぶちのめしてでも行くぞ……?オレはアンタに構っている暇はねえんだ」

「君には無くてもこっちにはあるんだ。それにいいのか……?君がトウヤに挑んで返り討ちになったら……、ジェシカちゃんは救われないぞ?」

「うるせえっ!!だからって、このままにしておけるかっ!いいからそこをどけっ!!力づくでも押し通るぞ……っ!」

 

 そう言ってオレは父親の形見である、ジャマダハルと呼ばれる特殊剣を構え、そこに魔力を通し始める……。決して脅しではない。これ以上ガタガタ言うようなら多少痛い目に遭わせてでも……。そんな事を考えていたオレに、

 

「……本当にいいのか?君が死ねば彼女も生きてはいられない……。場合によっては死ぬよりも辛い目にあうかもしれない。現状よりもさらに酷い事になるかもしれないんだぞ?」

「っ……それは、どういう意味だ……!」

「考えてみてくれ……。これはマイクさんにも話した事だけど、君が死んで一番悲しむのは誰だ?苦しむのは誰だ?そして、君が死んだら誰がジェシカちゃんを守るんだ?今、彼女が唯一傍に居て欲しいと思っている人は誰だと思う!?君のカードを大切に、今も離さずに抱きしめているジェシカちゃんを残して、勝機のない戦いを挑み、死ぬ……。それでいいのかっ!?」

 

 目の前の男の言葉が、オレの胸に刺さる……。反論できないでいると、さらに言葉が飛んできた。

 

「……アイツの目的はジェシカちゃんだった。王女殿下たちも動いてくれているけど、トウヤがそれで諦めるかどうかはわからない……。アイツは、僕の仲間の奥さんにまで手を出した。その人は、この国の公爵令嬢だ……。アイツは、自分が気に入った人はそんな事に関係なく狙ってくる……!そんな時、再び彼女が狙われたら、誰がジェシカちゃんを守るんだ!?連れ去られて、そのままトウヤの慰み者のようにされ……、その時には彼女の想う君はいない……。そんな状態で、生きていられると思うのか!?人は絶望の中で生きていく事が出来ると、君はそう考えているのか!?」

「だったらっ!……だったらどうすればいいんだよ……。オレのこの怒りは……、ジェシカが受けた屈辱は……、一体どうすれば、いいんだよ……」

 

 手に握っていたジャマダハルが零れ、カランと地面に落ちる。オレ自身、力なくその場に両膝をつき……、収まらない激情が涙となってぽろぽろと零れていく。

 コウという人物はオレの肩に手を置くと、

 

「……マイクさんと同じように、君にも誓うよ。君のやりきれないその思い、僕が預かる……。その思いの分も一緒に、僕があの男に返してやる。ただ返す訳じゃない、倍返しだっ!その為の力を……、僕は奴に力を与えた女神様から貰っているんだ。確実に成敗できる時を待ち……、必ずやり返す。そんなに待たせるつもりもない。これ以上、奴の魔の手によって不幸になる人を出さない為にも、近日中には行動を起こすつもりだ……!」

「……アンタが?そんなこと、本当に……」

「口だけでは何とでも言えるからね……。だから、これを見てくれ」

 

 するとコウは何やら能力(スキル)を発動させたのか、オレの目の前にも何やらステイタス画面のようなものが表示される……!こ、これは……!

 

「……『神々の調整取引(ゴッドトランザクション)』というんだ。女神様から付与された神の能力(スキル)……。これと同じものを、トウヤは持ってる……。僕の方は、信頼した人物にもその選択画面が見られるようにして貰った……。君がこれを見ているという事は……、僕が心を開いているという証にもなる。そして……、トウヤがこの能力(スキル)で得た全てを剥奪する力も与えられた。まぁ……、その為の条件をクリアするのが大変なんだけど、ね……」

「……じゃあ、アンタが……」

 

 オレは目の前の男性を見上げる。よく顔も見ていなかったが……、髪と同じく黒色の瞳が優しそうな眼差しで俺を見つめていた……。

 

「ああ、任せてくれ。曲がりなりにも、勇者としてこの地に呼ばれているみたいだしね。最も、あの男が干渉したせいで、本来来るはずの勇者は召喚されず、勇者の力よりも強い実力を持っている為に下手に手出しが出来なかった訳だけど……」

「じ、じゃあ……、アンタが『勇者』!?も、もしそうだとしたら、オレ……じゃない、自分は、かなり貴方に失礼な事を……!」

「そんな風に畏まらないでくれ……。今話したように、本来ならば来るはずの無かったポンコツ勇者なんだ。正直、僕が勇者だなんて思ってもいないんだけど……、現状『勇者』として呼ばれたのは間違いないみたいだし……、悔しいけどまだトウヤの足元にも及ばない事も事実だ。だから、先程の様に普通にしていてくれ」

 

 苦笑しながらそのような事を宣うコウに差し出された手を掴んで、膝をついていた状態より立ち上がる。すると、奥の一室が開き、中から当代の聖女であるジャンヌ様が出てくるのが見えた。

 

「聖女殿……っ!娘は、娘は……っ!」

「……これから説明します、マイク殿。……ヴィーナ、お願い」

「わかりました……。リーチェ、もう大丈夫です……、有難う」

 

 聖女ジャンヌ様を支えるようにして一緒に出てきた士官服を着た騎士風の女性が、そう言ってマイクさんを落ち着かせると、それを聞いて一息ついた後、ジャンヌ様が口を開く。

 

「……出来る限りの治療はしました。『生体再生の奇跡(レイズボディ)』で体の洗浄に加え、処女膜の再生も施しておきました。また、『心的外傷収去の奇跡(トラウマアウト)』でヒュプノブレスレットによる後遺症も癒しました」

「そ、それじゃあ……」

 

 希望に満ちた表情を見せるマイクさんだったが……、ジャンヌ様が軽く首を振る。

 

「それでも……、一度犯された事実が消える訳ではありません。それに……、今回は彼女が眠っている際に全てを済ませていたようですので、トラウマもないとは思いますが……、それでも彼女自身、自分が何をされたのかは本能で理解しているかもしれません。それは、神聖魔法でも治療するのは難しいでしょう……。それについては先日、ストレンベルク王国に寄進されたという『忘却思草』を用いるのがいいと思いますが……、それでも何処までの範囲を忘れさせるかは調整が必要ですし、根本の解決には成り得ません」

「そうですか……。それではやはり、当初の予定通り……」

「……それが一番かと思います。その為に、彼女の想い人を呼び寄せるよう王女殿下も手配されたようですから……。あら?そちらの方が、アルフィーさんですか?」

 

 此方に気付いたジャンヌ様が声を掛けてくる。オレはそれに答えるように、

 

「は、はい、自分がアルフィーであります!ど、どうしてオレの名前を……」

「ジェシカちゃんが夢うつつに貴方の名前を呼んでましたから……。状況から考えて、急いでやって来たらしい貴方がそうなのだろうと思いました」

 

 ジャンヌ様がそう言うと、小声で何かを詠唱する。すると、急ぎ此方に駆け付けた際に感じていた倦怠感が無くなっていくのがわかった。

 

「こ、これは……、『移し身の奇跡(サブスティテューション)』!?」

「貴方の疲労は私が引き受けます。……貴方にはこれからやって貰わなければならない事がありますから」

 

 やって貰う事……?疑問に思っていると、マイクさんが説明してくれる。

 

「今……、聖女殿に娘を癒して頂いた。しかし、話していただろう?ジェシカが乱暴された事は……、処女を失ったという事実は消えないのだ。ふとしたことで、娘がそれに気付いたらどうなる?折角忘れていても、忌まわしい記憶を思い出してしまうかもしれない。そうなれば、最悪ジェシカの精神は耐えられなくなるやもしれん……」

「……それは、確かにそうかもしれませんけど……。クソッ、やっぱりあの野郎、許せねえ……!だけど、それとオレがやらなきゃならない事と何の関係が……?」

「記憶を上塗りする必要があるのさ……。それは誰でも出来る事じゃない。ジェシカちゃんが心の底から望み、恋焦がれる人じゃなければならないし、その人も同様に彼女を想っていなければならない……。僕の言っている意味、わかるかい?」

 

 記憶を……上塗りする……?そして、それには……ジェシカに想われていなければならないし、想っていないといけないって……。上塗りするって、一体何を……!?ま、まさか……、そういう、意味なのか……!?だから、想い合う男女と……、そういう事なのか!?

 

「その真っ赤な顔を見るに……、察したようだね。そう……、これは君にしか出来ない事だ。ジェシカちゃんが無意識状態でも求める人物であって……、なおかつその命を捨ててでも、彼女の為にその屈辱を晴らそうと思う程、彼女を愛している君でないとね……」

「ちょ、ちょっと待ってくれ……!いくら何でもそれは……!だ、大体、そういう事をするのはまだ早いっていうか……!そもそも、マイクさんが……、義父(おやじ)さんが許す筈が……っ!」

「……アルフィー」

 

 言われている意味を察して戸惑うオレに、マイクさんが声を掛けてくる。どんな顔をしているのかわからず、恐る恐る振り返ると……、予想に反してマイクさんは真剣な顔をして自分を見ていた。

 

「……お前しか、いないのだ。娘がずっとお前の事を想っていた事は知っていた。私自身、お前に思うところが無い訳ではない……。私の反対を押し切り、父親と同じ冒険者となってしまったお前に対して、な……。いつ死ぬともわからぬ冒険者に、大事な愛娘を預ける等……と思ってもおる」

「…………義父、さん……」

「だがな……、私自身は娘に対してとは別の感情で、お前の事も想っているのだよ。死んだ親友の残した忘れ形見であるお前の事を、な……。だから、娘に内緒でお前がどうしているかも探らせてもいた。この国一のクラン、『獅子の黎明』に拾って貰えた事も知っておる」

 

 ……まさか、マイクさんが……、そこまでオレの事を……!もしかすると、シーザーさんがオレの加入を認めた事も……!

 

「……それはお前の実力だ。私は逆に、力を示せなければ冒険者を諦めさせて欲しいと伝えていたのだ。だが、シーザー殿は見習いとはいえお前の『獅子の黎明』入りを認めた」

「アイツは可能性を見出せなければ、絶対に加入は認めなかった筈だぜ。才能の無い奴を加入させたら逆にクランを危険に晒す恐れもある……。お前がシーザーに認められたからこそ、加入が許されたのさ」

 

 マイクさんの言葉を補足するようにそう話すアンバーの髪を角刈りのようにした、同じく冒険者風の男性……。この人、何処かで見たような……。それに、シーザーさんを……呼び捨てにするなんて……。

 しかし、オレにその疑問について考える前に、なんとマイクさんがオレに頭を下げてきたのだ。

 

「……散々娘との仲を認めなかった私が言う事ではないかもしれん……。しかし、もしお前が娘を想ってくれているのならば……、どうか!……どうか、娘を……宜しく、頼む……!」

「頭を、上げて下さい、義父さん。ジェシカは……、オレにとって自分の命よりも大事な()なんだ……!わかった……。オレに出来る事は、何だってする。アイツが拒絶しないのなら……ちゃんと応えるよ。だから、任せて下さい……。オレが、ジェシカを……!」

 

 そう言ってオレは彼女の居る部屋の扉の前に立つ……。これから自分が果たさなければならない事を思い、ゴクリと息を吞む。緊張するオレに、コウがポンと肩を叩くと、

 

「気負わなくていい。きっと、大丈夫だから……」

「……わかってる。義父さんにあそこまで言わせたんだ。オレに、任せてくれ……」

 

 オレは彼に自分に言い聞かせるようにそのように呟くと、覚悟を決めてジェシカの眠る部屋へと入っていった……。

 

 

 

 

 

 ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

 

 

 

 

 

 ……商人ギルド長のご息女の件で、コウをはじめとした人たちがここ商人ギルドで寝泊まりする事となった深夜、恐らくは起きているであろう彼の為に温かい飲み物を用意して戻って来てみると、私の推察通り、彼は一人起きている様だった。

 

「……やはり、まだ起きていらしたのですね……」

「…………シェリル……」

 

 アルフィーさんが彼女の休む部屋に入って以来、その部屋の前で待機するようにして思い思いの場所でレン様達が休まれる中、コウは一人その部屋をジッと見つめるように佇んでいた。そんな彼に、私は果実酒を差し出す。眠れない時に口にすれば心が穏やかになり、気持ちよく休めるような作用がある飲み物ではあるが……、彼に対してはあまり効果はないのかもしれない。でも、せめて休んで欲しいという私の気持ちだけでも、彼に伝われば……。そう思いコウの傍で丸くなるように眠っているシウスを撫でつつ、彼の横に腰を下ろす。

 

「……眠れないのですか?」

「そうだね……。今日はちょっと、眠れそうにない、かな……?」

 

 私の差し出した飲み物を受け取りながら苦笑するコウの姿に、私の胸は痛くなる。

 

「……ジェシカちゃんの事、まだ気になされていらっしゃるのですね……」

「…………」

 

 沈黙でもって答えるコウ。だけど、答えて貰わずともわかっている。彼は、気に病んでいるのだ。あの男を止められなかった事を……。

 

「あの方を止められなかったと思われておられるのならば……、繰り返しになりますが間違っておられますわ」

「……シェリルは、優しいね……」

「コウ様……これは優しいとかそういうお話ではなく……」

「だってそうだろ……?アイツを止められる力を持っているのは僕だけだったんだ……。オリビアさんの時とは訳が違う。それも、自分の知っている人が……、奴の被害に遭ってしまった……。誰がなんと言おうと……これは僕の責任だよ……」

 

 王女様をはじめ、国にも迷惑を掛けてしまった……、そのように自嘲するコウに、

 

「……何故、そこまでご自分を卑下なされるのです?至らぬ点を反省なさる分には構いませんし大事な事と思いますけど……、コウ様は必要以上に自虐されておられますわ。それでは、本当の意味でご自身の成長には繋がりませんし……、正直、見ていて辛くなります……」

「…………ごめん、シェリル。色々、考えていたんだ……。アイツは、僕と同じ世界にいた人間で……、今回の一連の事件を起こした事で、ずっと自分が心で感じていたものが本当だったんだなって……、何というか、ちょっと落ち込んじゃってさ……」

 

 そう言って彼はやるせないような表情を浮かべ、顔を俯かせた。

 

「……何を、考えられておられたのです?」

「人ってさ……、ああ、これはこの世界の人とはまた違うのかもしれないけど……、人の本質は悪である……って言葉があるんだ。性悪説っていうんだけどね、それをちょっと、考えてた……」

 

 コウはひとつ息を吐くと、ぽつぽつと話し出す……。

 

「人は、時に物凄く残酷になるんだ。権力を持った時や、お金を持った時。他の人より優位に立った時や欲にまみれた時にそれはよく現れる……。(トウヤ)のようにね。そして、それは何も彼だけが特別という訳じゃない……。僕だって、同じようなものなんだと思い知らされた……」

「……何故です?あの方は許されない罪を犯しました。コウ様の言われるように、己の欲望に呑まれ、他者を喰い物とし、不埒の限りを尽くしましたわ。ですが、それがどうして貴方も同じものと考えられるのですか?コウ様とあの方とでは、全然違うではありませんか」

「そうかな?さっきも話したけど……、トウヤを止める事が出来たのは同じ『神々の調整取引(ゴッドトランザクション)』を得た僕だけだった。すぐに行動を起こしておけば……、ジェシカちゃんが襲われる事もなかったんだ。それなのに、僕は今は勝てないと理由をつけて……、彼を放置した。問題を先送りにしたんだ。突き詰めるとそれは……僕の都合を優先したという事……。自分の保身に走り、他の人がどういう事になるかを考えもしなかった……」

 

 まるで自分が犯した罪だとでもいうように彼は力なく告白する。……どうして、そのように思われてしまうのですか……!反論しようと私が口を開く前に、コウは話を続けた。

 

「考えてみたら……僕はずっと、自分の事を優先して行動していた。元の世界に帰る為には手段を選ぶつもりもないとばかりに……他人がどう思うかなんて考えるよりも、僕の都合でやってきてしまった……。それではアイツと、何も変わらないよ……。場合によっては、僕の選択で都合の悪くなった人もいるかもしれない……。そんな事を考えてたら、気が滅入ってしまってね……」

「それでしたら……、わたくしも不幸になっていなければなりませんね?コウ様のされた行動によって……あの闇オークションの場を訪れられ、わたくしを購入なさいました……。コウ様の仰られるところによると、それも貴方が選び、貴方のご都合を優先されたという事ですが……。でも、おかしいですね?わたくしは今、とても幸せですわよ?」

「……シェリル?何を言って……」

 

 合点がいかないというように私を見つめる彼に微笑みかけると、

 

「ご存知の通り……、わたくしは奴隷としてオークションに掛けられました。あの会場にいた方々は、皆わたくしを見てその欲望を募らせていらっしゃいましたわ……。貴方に落札されなければ、わたくしは間違いなくどなたかの慰み者となっておりました。……そうですね、現状を考えますと……、コウ様を害そうと刺客を放った貴族が最後まで競られていた訳ですから、その者を経て此度の事件の首謀者(トウヤ)の手に落ちていた、とみるべきですわね……」

 

 あの貴族に同じく奴隷として落札された竜人(ドラゴニュート)の女性がトウヤの下にいるのだ。その可能性は高いでしょうし、そうでなくとも私は……。その先の事を考えてブルッと震えるのを抑えつつ、

 

「……そうなれば、わたくしは毎夜弄ばれ、尊厳を汚され……、死ぬことも出来ず地獄の日々を送っていた事でしょう……。少なくとも、闇商人に捕まり奴隷として売られるとわかった時はそう思ってました。そうなる運命だったわたくしを救い、奴隷から解放して下さったのは、他でもない……貴方なのですよ」

「そ、それは……!でも、それだって僕は最初、他の人と同じように君が欲しいと思って入札したんだ。こうなったのはたまたまだし、今だって君に対し劣情を抱く事だって……」

「……そうなのですか?それならば、どうして手を出されないのです?奴隷から解放されたあの時ならまだしも……、今は貴方に愛されたいと思っているのですけどね……。それについては先日申し上げた筈です」

 

 最も……、その前から私は彼に対し積極的に行動していたつもりではあったのだけど……。ただ、コウが自分を大切にしてくれているのはわかっているし、彼からの想いも確かに感じてもいるのだけど……、決してそれ以上の関係にはならないよう自分を律している事もわかっていた。私を彼の居た世界に連れていく事は出来ないという事と関係があるのだという事も……。

 それを何とか覆したくて、どうすればいいのか考えているものの……、先日彼が自分を元婚約者の下に戻そうとしている事を知り、その悲しさからコウに訴えるかたちで伝えてしまった事には少し後悔をしていた。だから……、私は今度は間違えないようにそっと彼の手をとり、両手で包み込むとコウの反応を探る。

 

(大丈夫、ですわね……、よかった……)

 

 彼が拒絶していない事にホッとしつつ、私はそれを自分の胸元の位置まで持ってくると、笑顔でコウに告白する。

 

「わたくしは、貴方をお慕い申し上げておりますわ。ずっと貴方の傍に居たい……。それは、わたくしの心からの思いです。助けられた時から貴方を見続け、そして貴方に惹かれて……、いつしか貴方を支え、お助けする事がわたくしの何よりの願いとなっておりました。貴方が傍に居て、笑って下さるのを見ると、胸が温かくなるのです。そうなったのは……貴方が素晴らしい方だからですわ」

「シ、シェリル……」

「ですから……、あまり思い詰めないで下さい。貴方の仰られる事もわかるつもりです。別にコウ様の世界だけがという訳でなく、このファーレルでも同じですから……。時に人は、悪人となります。わたくしも、その悪意と欲望に晒されましたから……嫌という程わかっておりますわ。ですが、全ての方が悪に染まるという訳ではないでしょう?第一、本当の悪人はそのような事を考えたりはなさいませんし、コウ様もここに残っていらっしゃるレン様やユイリ、聖女様方も同じように悪であるとは思っていらっしゃいませんよね?」

「それは……そうだね、ジェシカちゃん達の為にこうして待機している彼らの本質が悪だなんて考えられないよ」

 

 コウは近くで眠っているレンを見ると、少し笑顔をみせてそう呟く。そんな彼を見て私は、

 

「コウ様がそのように感じておられる様に、レン様方も貴方が悪人だとは思っておられませんよ。勿論、わたくしも……。ですから、ご自身をもっと誇りに思って下さい。貴方がここまでやってこられた事は、間違えてなどいないのだと……。大好きな貴方が、あのケダモノのような方と同じ悪人だなんて、それを貴方の口から聞くのはどうしても……っ!?」

 

 私は最後まで言葉を続ける事が出来なくなる。一瞬、何が起こったのかわからなかった。今、私がどういう状況にあるのかが……。気が付けば……私は彼に抱き締められていた。

 

「コ、コウ様……!?」

 

 驚き彼の手を包んでいた両手が緩むと、その手も私の腰に回されてギュッと強く抱かれる。突然の行為に私は顔を朱に染めた。彼の心音までしっかりと感じられる。今までこんな風に、彼から求められるかのように抱き締められた事なんてなかったので、初めての彼からの行動にカーっと顔が熱くなっていく……。

 そして、少し体を離し両肩に手を置かれると、彼の瞳が情熱的に自分を見つめてくる。激しく葛藤しているようで、両肩に置かれた手が強い力が加わっているのを感じ、そんな状況に私はドキドキしていた。

 

 ここまで強くコウに見つめられた事はない。今の自分に変なところはないかと何だか恥ずかしくなってくる。この方が彼もやりやすいだろうかと思い……、私はゆっくりと目を瞑った。

 自分の心臓の音が聞こえてくるかのように、ドキドキとその時が訪れるのを今か今かと待っていると……、やがて私の額にそっと口付けがおちるのを感じた。

 

「シェリル……」

 

 私の好きな、コウの優しい声に恐る恐る目を開ける。口付けしてくれた事に歓喜する心と共に、出来れば別の場所にして貰いたかったと思ったりもしたけれど、今は素直に心地よい感情に包まれながらコウを笑顔で見つめ返す。

 

「有難う、シェリル。君の気持ちはとても嬉しいよ。この前は……、傷付けて本当にごめん。今すぐにでもシェリルの気持ちに応えたいんだけど……、出来れば少しだけ待って貰えないかな……?いい加減な事はしたくないし……、今日フローリアさんに言われた事も、ちょっと考えたいんだ……。シェリルが笑っていてくれる方法を……、真剣に考えたい。だから……」

「……わたくしは本当に幸せです。きちんとわたくしの事を考えてくださっている……。それが、ちゃんとわかりますから……。わたくしはいつまででも待ちますわ。貴方の答えを……!」

 

 そう答えて私は控えめに、ゆっくりと彼に体を預ける。そんな私をコウは優しく抱きとめてくれた。……もう少し、コウの温かさを感じていたい。私はもう、彼のいない人生など考えられないのだから……。

 

「ただ、出来れば額でなく――……」

「え?シェリル、何か言ったかい?」

「……いえ、何でもありませんわ」

 

 そのまま唇にして下さればよかったのに。思わず口にしそうになって、そっと息を吐き心の中に納める。彼がどんな決断をしようとも、私はいつでも彼を受け入れる気持ちは出来ている。全てを捧げる覚悟も……。今、目の前の部屋で彼らは結ばれている筈だ。トウヤの毒牙にかかってしまった事については悪夢以外の何物でもないが……、恋焦がれていた人と結ばれる事だけについては、羨ましく思うところもあった。

 

 でも、彼からの愛情は感じている。だから……、コウの答えをゆっくりと待つことにした。彼に抱き締められながら、幸せな感情に浸っていると、

 

「……そろそろ休もう。シェリルもほら……」

「そうですわね……。コウ様が休まれたあとで、わたくしもお休みを頂きますわ」

「……前から思っていたけど、こんな時シェリルって引かないよね?」

「…………貴方の事ですもの。引ける訳ないではありませんか……」

 

 愛しい人の事について引ける訳がない。唯でさえ彼には無茶をしがちなところがあるのだ。ちゃんと見ていないと、なんとなく落ち着かない。

 

「……有難う。でも、君のお陰で僕も眠れそうだよ。だから、シェリルも休んで……?君が休んでいるのを見ないと、なんか落ち着かないんだ……」

 

 同じような事を考えていた事にクスリと笑うと……、少し考えて私は彼の肩にそっと頭を傾けた。

 

「……シェリル?」

「ちゃんと休みますので……、こうさせて頂けませんか?今は貴方を感じていたいのです……。駄目、でしょうか?」

「……いいよ。僕も、君と一緒にいたい気分だ……」

 

 彼の返答に嬉しくなり、そっと彼に体も寄り添わせる。密着しすぎず、それでも離れていないように……。すると、彼も私の肩を抱き寄せてくれたのだ。

 

(……コウ様、わたくしは幸せですわ……。願わくば、いつまでもこうして、貴方と……)

 

 少し眠気が傾けてくる。それでも、彼が休むのを見届けるまでは……、と思ったものの、コウは既に目を瞑っていた。

 それならば一緒に……。そう思い、私は彼の温かさを感じながら、眠りにつくのだった……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……もう朝、か……」

 

 外から聴こえてくる小鳥の囀りに、僕はゆっくりと目を開く。目を覚ました僕にすぐさまぴーちゃんがぱたぱたと飛んできて僕の肩に止まり、小さくピィッ、と鳴く。そして、もう片方の肩には……、

 

「……よかった。ちゃんと休んでくれたみたいだ」

 

 僕の肩に頭を傾けながら眠っているシェリルに安堵しつつ、ふっと優しい気持ちになってくる。

 ……こんな風に彼女の寝顔を見るのはあの時以来かもしれない。ベッドがひとつしかなくて、どちらが休むかで口論となり、結局一緒に寝る事になったんだっけ……?最も、あの時僕は寝られなかった訳だけど……、今はシェリルが一緒にいるのが当たり前のようになりつつあるのだろう。ドキドキするのは変わらないが、それでも僕は自然に彼女と接する事が出来るようになっていた。

 

(……でも、昨日は色々危なかったな……。危うくシェリルを……!)

 

 笑顔で僕に寄り添い、自分を認め、改めて想いを告白してくれた彼女の事が堪らなく愛しくなり、思わず抱き寄せてしまったのだ。自分が何をしているのかわかった時には本当に焦り、何とか自分を律しようとしていたところにシェリルは真っ赤になりながらも目を瞑ってきた。これで何もしなかったら彼女に恥をかかせる事になる……。

 そこで、最初は誘われるかのようにシェリルの唇へと顔を寄せていったのだが……、自分の置かれている状況を思い出し、また、このままいけばどうなるかわからないと最後の理性を振り絞って思い留まり、彼女の額にキスするのに留めたのだ。

 

 今まで思い募っていたシェリルへの感情が溢れてしまったのだろう。ずっと笑顔で僕の傍に寄り添ってくれる彼女の姿に愛しさが抑えきれなくなったのだ。恋人同士のそれといっても過言ではないシェリルとの距離感も一躍買っているに違いない。

 バザー会場での一幕で、彼女の衣類や装飾品を見ていた際に、似合うかどうかとはにかみながら僕に聞いてきたり、気が付いたら手を握っていたり、自然に体を寄り添ってみたりと……、スキンシップで済ませるには、些か距離が近すぎるというのは実感している。体だけでなく、心も……。

 

 彼女は自分との距離を測り、少しずつそれを詰めようとしていたのはわかっていた。そして今では恋人との距離と言って差し支えない程、彼女と近くなっているのもわかっている。そして、自分もそれを許してしまった。本当の事を言えば……、自分も望んでいたんだろう。大好きな女性が自分を慕い、その距離を狭めてくれるのだから。その心地よさにかまけて、考えていなかったのだ。自分が元の世界に帰る時の事を考えたら、それはまずかったという事を……。

 

(だけど、今更そんな事を言っても始まらない……。ここまで心を寄せてくれる女性(ひと)を、僕自身が惹かれている彼女を拒めたかというのもそうだし……、現実にこうなってしまったんだから……。後は、今後どうするかという事を考えないと……)

 

 こうなった以上、ここで彼女と距離をおくなんて事が出来る筈も無い。フローリアさんが言っていた、家族を呼び寄せるって案も視野に入れつつ、探っていかなければならないのだろう……。勿論、進んでいけばまた状況が変わるかもしれないし、どうなるかなんてわからないけれど……。でも、シェリルと約束した以上、きちんと考えていかないといけない。それが、彼女の告白に対する自分のケジメだ。

 

「ン……ッ」

 

 僕が起きているのがわかったのか、そう僅かに身じろぎすると、ゆっくりとシェリルは目を覚まし……、

 

「ッ……コウ、様っ、も、申し訳御座いません……っ!わたくしったら、コウ様の後で目を覚ますなどと……っ!」

「何を言ってるの、シェリル……。僕は逆に嬉しいよ、ちゃんと休んでくれたんだね……」

 

 珍しく取り乱すようにしているシェリルを微笑ましく思っていると、

 

「……意外だったわ。あのまま休まないのかと思っていたのだけど……。少しいい感じに吹っ切れたようね」

「ユイリ……、お早う。吹っ切れたかどうかは知らないけれど……、気分はいいかな」

「お、お早う御座います、コウ様、ユイリ」

 

 スッとユイリが姿を現し、声を掛けてくる。……彼女はもしかしてずっと起きていたのか?見られていたとするなら少し恥ずかしくも思うけど……、でもそれ以上にユイリに対しても親愛の情を抱きつつあるから、知られて困る事ではないと思っている自分もいる。

 僕とシェリルからの挨拶を受けて、

 

「お早う、コウ……。姫も昨日はお休みになられていたようで何よりです。そろそろ皆も起き出してくると思いますよ」

「おや、もう起きておられましたか……」

「……もう朝か。ちゃんと休んだのか?お前……」

 

 既に起きていたらしいマイクさんが戻ってくると同時に、レンをはじめとしてこの場に泊った人たちが次々と起き出してくる……。別室で休んでいたジャンヌさんとベアトリーチェさんもやって来ると、

 

「お早う御座います、勇者様。……ちゃんとお休みになられていたみたいで良かったです」

「ヴィーナ……、彼はそう言われるのを……」

「……いいんです、ベアトリーチェさん。お早う御座います、聖女様。昨日は有難う御座いました。あまつさえ、此方に留まって頂いて……」

 

 ……もう、隠すような事でもない。この場に居る人は皆、事情を知っているし、トウヤがああなった以上、尚更隠しておける事ではない。

 翌日、ジェシカちゃんの様子を確認し、適切な処置をとれるようにとジャンヌさんもこの商人ギルドにて滞在していた事に対し僕がお礼を言うと、

 

「私の事なら大丈夫ですよ。これも聖女としての仕事ですしね」

「……聖女殿もそうですが、他の方々も……。娘の為に、本当に有難う御座います」

 

 マイクさんが深々と頭を下げてくる。気にしないようにマイクさんに答えようとした時、

 

「……あ、あんた達!義父さんも……!ま、まさかずっとここに……?」

 

 扉を開く音が聞こえたかと思うと、中からダークブラウンの髪をした少年、アルフィーが姿を現した。僕たちを見て驚いている彼に、

 

「お早う御座います、アルフィーさん。ジェシカちゃんはまだ……?」

「え、ええ、まだ眠っています。……昨日は遅くまで無理させちゃったから……」

 

 少し赤くなりながらそのように答えるアルフィーに頷くと、ジャンヌさんはベアトリーチェさんと一緒にそっと部屋へ入っていった。ジェシカちゃんのケアについては、彼女たちに任せておけば間違いないだろう。

 

「……有難う御座いました。ジェシカはもう大丈夫だと思います……。貴方達の、お陰です。それで自分は……、自分はどうすればいいのでありますか……?何をすれば……、この恩に報いる事が出来るのでしょうか……?」

 

 アルフィーは深く頭を下げつつ、そう言った。少年ながら、彼にはわかっているようだ。施されたら施し返す……。ここまでして貰って、今まで通りという事はないという事を……。

 

「……シーザーから何か聞いてないのか?」

「シーザーさんからは直ぐに商人ギルドへ向かえとしか……。あの、昨日から思っていたんですけど、貴方はもしかして……」

 

 僕の代わりにレンが彼に訊ね、それを聞いて、

 

「俺の事はどうでもいい。だが、そうか……、ならアイツはまだ納得していないって事だな。それについては、また俺の方からアイツに話すが……、お前の進退について変更がある。……コウ、お前から伝えろ」

「……アルフィー、君は本日より、冒険者ギルドの『獅子の黎明』所属から、王城ギルド『王宮の饗宴(ロイヤルガーデン)』所属に変更となる。最も、此方でも同じように見習いという立場に近く、僕の部下として配属される事になった」

「……え?オレ、いや……自分が?王城ギルド……!?ど、どうして自分なんかが!?」

 

 彼の配属先を伝えると、アルフィーは戸惑い困惑するように問い返してくる。その事については……、

 

「……私が無理を言ったのだよ。娘と一緒になる以上、どうしても危険な冒険者として身を置かせるのは、とな。お前の父親の件もあるし、かといって、アルフィー、お前の希望という事もある。それならば……、出来れば信頼する者にお前を見て欲しいと……。勿論、シーザー殿を疑うつもりは毛頭ないが……、それでも私としてはどうしても、な……」

「正直、僕が部下を……、というのは抵抗もあるんだけど、ね。君にしてみれば不満かもしれないが……」

「い、いえ、そんな事は……!貴方は、勇者様なんですよね!?あの偽者なんかじゃなく、本物の……!オレが……自分なんかが王城ギルドの一員になっていいんですか……!?」

 

 いや、それは結構重要な事だと思うんだけどな……。レンやグランの部下というのなら問題ないけど……、どうして僕の部下なんだと思わずにはいられない。マイクさんが出来るだけアルフィーが危険な目に遭わないようにと考えているのならば、彼を見ていたシーザーさんを知っているレンに任せるのが自然なのでは、と……。

 

 まぁ、いずれにしても彼を死なせる訳にはいかない……。マイクさん、それにジェシカちゃんの為にも……。元の世界においても部下なんて持った事もないから、どうすればいいかは手探りで進めていくしかないけれど……。

 

「そんな訳だから……宜しくね、アルフィー」

「こ、こちらこそっ!よろしく、お願いしますっ!!」

 

 妙に畏まってしまった彼に苦笑しつつも、

 

「じゃあ、早速だけど修練場へ行こうか?こちらの世界では交流する際にまず実力を確認するみたいだし、君だって僕を知っておきたいでしょ?」

 

 おいおい今からかよ……と苦笑するレンやユイリに君達には言われたくないと心の中で思いながら、じゃあ早速王城ギルドへ向かおうかと告げる。最も……、マイクさんにせめて朝食だけでもここで、と言われ、ユイリからもジェシカちゃんが目覚めてからの方がいいと説得されてしまったが……、レンからは「負けんなよ?あのシーザーがこの齢で入団を認めたんだ。坊主の様子からも、結構やるぜ?」なんて言われる始末。

 ……え?まさか、負けない……よね?もしかして、僕は自分の首を絞めるような提案を行ったんじゃ……?流石に部下にする彼の方が強かったら、なんとなく示しがつかないような気がするし……、マイクさん達も不安になるのでは……?

 

 ……ヤバい、負けたら洒落にならない……、油断しないよう……ていうか本気でいこう……!大人げないとか言われても気にするもんか……!そう密かに決心する僕を見て、シェリルが苦笑するのがわかった。もしかしたら、僕の考えている事がわかったのかもしれない……。

 

 まぁ、なるようになるか……。僕はそう思い直し、ジェシカちゃんを伴ってジャンヌさん達が出てくるのを待っているのだった……。

 

 

 



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第44話:大公令嬢誘拐事件

第44話、投稿致します。


「どうしたのかしらっ!? 私はまだ本気で動いている訳じゃないのよっ!」

「……くっ、早いっ!」

 

 僕は彼女が疾走する姿を目で追おうするも、ユイリを殆ど捉える事が出来ず、ただぼやけて線が走る様にしか見えない。自分も掛けていた重力を解除しているのにも関わらず、それでもユイリに追いすがる事は出来ない事実を受け入れつつ、僕は必死に彼女の動きを追う。

 

「っ!」

「やるじゃない、これで終わりだと思ったのにっ!」

 

 咄嗟に僕はユイリの持つ2本の小太刀をミスリルソードで受け止める。何とか反応できたのは奇跡といっていいかもしれない。何とか押し返すと、ユイリはヒラリと距離をとり、再び僕と対峙する。

 

 

 

 NAME:ユイリ・シラユキ

 AGE :21

 HAIR:紺色に近い黒

 EYE :パープルブラック

 

 RACE:ヒューマン

 Rank:112

 

 身長    :164.5

 体重    :47.0

 

 JB(ジョブ):レンジャー

 JB Lv(ジョブ・レベル):35

 

 JB(ジョブ)変更可能:薬士 Lv20(MAX)

        調合士 Lv30(MAX)

        ローグ Lv30(MAX)

        くノ一 Lv50(MAX)

 

 HP:204

 MP:123

 

 状態(コンディション):危険察知、気配察知

 耐性(レジスト):拷問耐性、毒耐性、盲目耐性、混乱耐性、恐怖耐性、暴走耐性、幻覚耐性、魅了耐性、睡眠耐性、ストレス耐性

 

 力   :86

 敏捷性 :202

 身の守り:89

 賢さ  :177

 魔力  :100

 運のよさ:65

 魅力  :151

 

 

 

 ……改めて見てみても、凄い敏捷性だ。何度目かともわからないユイリとの模擬戦ではあったが、やっぱり彼女の速さは群を抜いている。流石に開始直後にやられるという事はなくなってきたものの……、それでも毎回のように翻弄されてしまう事に変わりはなかった。

 

(今のを受け止められたのだって、事前に『評定判断魔法(ステートスカウター)』を掛けていたからだし……。僕も大分素早く動けるようになってきたのになぁ……)

 

 『評定判断魔法(ステートスカウター)』を掛けておけば、その効力が切れるまでは名前等の表示は継続される。それによって、自分から一定の位置にいれば何処にいるかは大体把握できるようになる為、不意打ちは避けれるようになるのだ。最も、彼女のように速すぎる場合は、一転歩遅れて知らされる為、どうしても反応が遅れざるを得ないが……。

 

「大分、私の攻撃に対応できるようになってきたわね。なら……これはどうかしら?『春霞』……!」

「!?これは……」

 

 次の瞬間、ユイリの姿が段々とぼやけてくる。煙幕のようなものが辺りを包み……、視界が悪くなってきた。

 

「……シルフッ! 頼むっ!」

(……わかったよ、コウ。ぼくのかぜで……!)

 

 僕は直ちにシルフに命じ、この一帯に立ち込めた煙幕を風で払いのけて貰う。すぐさま霞は取り払われ……、ユイリの姿が露わになる。

 

「そこだっ! 疾風突き(チャージスラスト)っ!」

 

 その隙を逃さずに自身の最高速度でもって彼女のところに突進し……、剣を突き付けるものの、

 

「!? な、なんだ!? 手ごたえが……」

 

 まるで実体ではないかのように、ユイリの姿が揺蕩っていた。ミスリルソードを前にしても何ら動揺する気配も見せず……、これではまるで……!

 

「ま、まさか、これは……っ!」

 

 ピピッという無機質な音が自分の脳裏に響くとともに、すぐさま彼女の居場所を評定判断魔法(ステートスカウター)が示してくれるも、その方向よりユイリの声が伝わる。

 

「……『蜃気楼』。貴方の言うところの『残像』かしら?」

「っ!? ユ、ユイリ……ッ!」

 

 悪寒を感じ、振り返ろうとした僕の背に彼女の持つ武器が突き付けられる。……こうなってしまってはもうどうにもならない……。負け……だ、僕の……。

 

「ッ……! ああっ、もう……っ! また負けたっ! いつになったらユイリに勝てるんだっ!?」

「フフッ、そう簡単に勝たれたら私の立つ瀬がないじゃない。まぁ、私と同じくらいの速さを身に付けたらわからないけれど……」

「……それ言ったら、既に何度かコイツに一本取られる俺は何だって話になんだかな……」

 

 ユイリの軽口に、審判を務めていたレンがそう呟くのが聞こえる。何処か釈然としないような様子のレンに、

 

「まあまあ、レン……。僕が君から一本取れるのは敏捷性によるものだからさ」

「それで納得できる程簡単な話じゃねえんだよ。あのな?俺は仮にもAランクのクランに身を置いていたんだぜ? 中には俺よりも遥かにすばしっこい魔物とだって戦ったさ。それでも、俺はそんな奴らに後れを取った事はねえ。そうじゃなければ、命を落とすのは俺だからな」

 

 レンはじろっと僕を見つつ、溜息と共に話を続ける……。

 

「それが今や戦い始めて数ヶ月の奴に後れを取る様になっちまうなんてな……。俺もヤキが回ったもんだぜ……。ま、相手が勇者様っつうんじゃ仕方ねえと思うしかないのかねぇ……」

「おいおい……、そんなに拗ねないでくれよ、レン……。本気を出した君に勝てると思う程、僕も自惚れてはいないつもりだよ。一本取るのだって『重力魔法(グラヴィティ)』を使わないとどうにもならないし……、今じゃ魔法だって唱えさせてくれないしさ……」

 

 そう……、今ではレンと模擬戦しても魔法どころか、行動自体あまりさせて貰えないのだ。最初は僕の成長を促すべく、程よく模擬戦に付き合ってくれていたのだが、そこそこまともに戦えるようになった今となっては、レンも僕に負けたくないと思い始めたらしく、畳みかけるように攻めてくる彼に全く勝てなくなってしまっていた。

 

「そんな事を言うのなら貴方もアルフィーのように『重力魔法(グラヴィティ)』を掛けて貰ったらいいんじゃない?あれ、敏捷性を上げるには確かに効果があると思うわよ?コウだってこんな短期間に成長したのだから……」

「ケッ、俺は今のままでいいんだよ……。あんな風にろくに動けなくなるような状態でいるなんて耐えらんねえよ……」

 

 僕が自分に掛けているよりも軽めの『重力魔法(グラヴィティ)』をその身に受けながら、イレーナさんや此方に来ていた冒険者ギルド所属のジーニス達と鍛錬をしていたアルフィーがレンに言われて反応し、

 

「レンさん、素早くなって悪くなる事はないですよ! 師匠の魔法、程よく調整も出来るようですし……」

「アルフィー……、その師匠っていうの、何とかならない……?」

 

 ……あの日、アルフィーと初めて模擬戦をした時より、何故か彼から師匠と呼ばれる様になっていた僕。何処かむず痒い感じがして、何度も止めるように言っているのだけど……、アルフィーは一向に改める様子は無い。彼との模擬戦では勝ちはしたものの、思った以上にアルフィーは強く、決して楽勝だった訳では無い。むしろ、『重力魔法(グラヴィティ)』を駆使して戦ったので大人げないと言われても仕方がないものだと思っていたのだが、その『重力魔法(グラヴィティ)』を自身に掛けている事を知ったアルフィーが是非自分にもして欲しいとなったのが切欠だったかもしれないが……。

 

「そう言われても……、師匠は師匠ですから。それとも勇者様と呼ばれた方が嬉しいですか?」

「それはやめてくれ。……コウさん、でいいだろ? 最初はアンタとか言っていた訳だし……」

「あ、あれは自分も頭に血が上っていたからであって……。い、いいじゃないですか、実際に自分は師匠に師事している訳ですしっ!」

 

 彼はそのように答えて僕をキラキラとした目で見つめる。色々あったけれど……、今ではすっかり落ち着いたようだ。それを見て僕も少し安心しつつ、アルフィーに訊ねる。

 

「……まあいいよ。それより話は変わるけれど、ジェシカちゃんは元気?」

「……ええ、今ではすっかり昔のように笑ってくれるようになりました。師匠や聖女様、それに王家の人にお陰です……」

 

 ジェシカちゃんの件もレイファニー王女が上手くトウヤを言い聞かせた事もあって、一応の決着を見せていた。終始、ジェシカちゃんに固執していたトウヤだったようだが、彼女への洗脳に近い所業や眠らせた隙にヤっていた事も全て知られ、今までの暴挙も含めてこのまま同じような事をするつもりならば、たとえ誰であろうと許す訳にはいかないと毅然とした態度で接し……、紆余曲折を経て、このような事はしないと誓わせたようだ。

 

 王宮の方できちんと対応してくれた事を見届けたマイクさんやアルフィーも納得してくれ、いつか僕が先日の誓いを果たしてくれるという事も信じてくれている事もあり、今まで以上にストレンベルクに忠誠を誓ってくれた。

 

「……あの時はジェシカとの事を許してくれた義父(おやじ)さんでしたけど……、今じゃすっかり元通りっていうか……。まぁ、別れろとか言われる訳じゃないんですけどね……」

「それはマイクさんとしては、大事な一人娘をとられた感じがして面白くはないんじゃないかな?大丈夫だよ、マイクさんはもう、君以外にジェシカちゃんを渡そうとする気持ちはない筈だから」

 

 だから……、彼の事を僕に託したんだと思うし……。この国でもトップクランであった『獅子の黎明』より引き抜いたくらいだ。クランの現団長であるというシーザーさんはアルフィーを出す事に中々了承してくれなかったようだけれど……、そこは元団長であったレンが自分もアルフィーを気にかけ見ていくという事で、漸く納得してくれたらしい。

 

 上手く収まってくれて良かったと僕はそう実感していると、ふわりと優しく愛しい気配を感じ……、

 

「お疲れ様です、コウ様、ユイリも……。少し休憩なさっては如何です?」

「シェリル……、そうだね、次はレンにリベンジをと思っていたけれど……、ちょっと一息入れる事にするよ」

「ん?もうへばったか? そんなんじゃ本気の俺から一本取るなんて夢のまた夢だぜ? 何時までもシェリルさんの前でかっこわりいところを見せたくはねえだろ?」

 

 シェリルが持ってきてくれたタオルを受け取り、その提案に従おうとする僕に、レンが茶々を入れてきた。だけど、そんな言葉に反応する訳にはいかない。

 

「レンの挑発は聞き飽きたよ。それに……、本当にレンに勝ちたいと思うなら万全の状態でないと無理だろうからね」

「……へっ、分かってきたみたいじゃねえか。こう言っておけば意地でも突っかかってくるかと思ったが……、思いのほか状況を理解してやがる。……俺としてはあんまり面白くねえけどよ?」

 

 やれやれといった風にジェスチャーをするレン。

 

「大体ね……、レンが女性の事をだしに挑発してきても説得力がないんだよ。先日だってあんな分かりやすい事があったというのに……」

「……それは、確かに」

 

 普段、レンに対し憧れを持っているアルフィーも僕の言葉に同意してくれる。

 

「ああ? 何を言って……」

「……グランとオリビアさんの結婚式に参列した際、君は誰と一緒にいた?」

「シーザーさんとセシルさんも流石に苦笑いされてましたよ……。話には聞いてましたけど……、レンさん、本当に分からないんですか?」

 

 トウヤは……、今この国にはいない。同盟国よりストレンベルクに正式な救援要請があったという事で、『勇者』として国の主だった騎士団とともに遠征に向かっているのだ。そして、彼がいない間に今まで挙げられていなかった大公家の結婚式を行う運びとなって、先日参列してきたのだけど……。

 

「わかるも何も……、一体何を言ってんだ?俺はいつも通り……」

「『サーシャ』さんと居たんだよね?いつも通りに、さ……。グランからの招待状には……君達二人で(・・・・・)となっていたんだよね?」

 

 恐らくはグランもこの機にレンとサーシャさんの進展をと考えていたんだろうけど、残念ながらこの男にその気遣いはわからなかったようだ。

 サーシャさんの立場ならば、同じ貴族であり面識のあるオリビアさんやストレンベルクの貴族の筆頭でもあるアレクシア家より個々に招待が送られる筈……。それにも関わらずにレンと一緒にという形で届いた招待状に拒否する事なく参列した意味を……、レンの奴は……。

 

「……だから、何が言いたいんだ? 別に可笑しな事じゃねえだろうが。アイツと一緒に行くのは初めてって訳じゃねえんだぞ……」

「……本当にわかってないんですね。俺はてっきり、ワザとなのかと思いましたけど……。だから、シーザーさんも何も言わないのか……」

「あの人には何時も世話になってるから、俺達も応援してるんだけどな……。当の本人がこれじゃ……」

 

 アルフィーもジェシカちゃんと一緒に王宮の饗宴(ロイヤルガーデン)の一員として式に参列し、その時の事を思い出しているようだ。実際、そこで初めて僕はアルフィーをクランに迎え、レンの後輩でもあったシーザーと挨拶を交わしたりもしたんだけど……、今は取り合えずおいておく。この場に居るジーニス達から見ても、サーシャさんの想いには気付いているというのに……。まぁ要するに、何が言いたいのかというと……、

 

「「「「「「にぶちん(鈍感)……」」」」」」

「お、お前らなぁ……!」

 

 溜息交じりに僕をはじめ、アルフィーにユイリ、イレーナさんにジーニス達が一様にそう評価を下し、シェリルとフォルナがそれに苦笑する。それを不満に思ったレンが反応して……、というそんな何時ものやり取りを中断するかのように顔見知りが修練場へと顔を出した。何やら急いでいるみたいだけど……。

 

「ここにいたかっ! レンッ、それにコウも……っ! 大変な事が起こったぜっ!」

「……なんだよ、ヒョウ。邪魔すんなよ……。一度コイツらにはしっかりとわからせる必要が……」

「そんな事言ってる場合じゃねえ! ユイリさん……だけじゃねえな、取り敢えず皆来てくれ! 本当にヤバい事が起こったんだ!」

 

 確か昇進してストレンベルクの百人隊長になったというヒョウさんに対し、ユイリが、

 

「……落ち着いて下さい、ヒョウ殿。何が起こったのです?」

「他国で暴れているっつう魔族に加え、トラブルメーカー(トウヤ)もストレンベルクにはいないんだぜ? これでどんな大変な事が起こるっていうんだよ?」

「……他国を遊説、鼓舞してまわっていた帰国予定だった大公令嬢……、あの歌姫ソフィ様の乗った船が海賊共に拿捕されたっ! そのまま彼女も拉致され……、解放に関する条件の連絡がきたって話だっ!」

 

 それを聞いて、ユイリもレンも表情を変える。……大公令嬢ソフィ、聞いた事があるな。確か、この国の大公家は2つあって……、ひとつはアレクシア家の『グランデューク』、そしてもうひとつがメディッツ家が戴く『グランダッチェス』……。この前カードダスを引いて、3枚の当たりカードの内の一枚が確か彼女のカードだったか……。ストレンベルクの外交を担っているだけでなく、絶大な人気と影響力を誇る歌姫としても名を馳せている……って聞いた事があったような気も……。

 

「そいつはどういう事だっ!? 歌姫には選りすぐりの騎士団も付いていた筈だろ!? ヒョウ、詳しく話せっ!!」

「だから……、そいつを話し合う為にもこうして呼びに来てんだよっ! いいから来てくれっ、早くっ!!」

 

 ……何やら鬼気迫った事が起こっているらしい。僕は緩めていた気を引き締めると、シェリル達と共にヒョウさんに付いて行くのだった……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「一面見渡す限りの海景色……ってね、いい加減飽き飽きしてきたんだが……」

 

 ポツリとボヤいたところで何も変わる訳でもないけどな、と独りごちつつ俺は大海原を眺める。全く……、勇者ともあろう俺が何でこんなところにいるんだか……。

 

「ま、勇者だから駆り出された……とも言えるがな」

 

 思わず溜息を洩らしつつ、俺は先日の王族を交えた会合を思い出す……。

 

 

 

 

 

『オレを……追放?』

『……ええ、このままトウヤ様が暴挙を繰り返されるおつもりならば、それも止む無しと判断する事となるでしょう』

 

 突如、王族から直に話があると呼び出されてみれば……、レイファニーからまさかの言葉を聞かされ唖然とする。

 ……一体、何言ってんだ……?勇者に助けを請う為に、この世界に呼んだんだろ……?その勇者を追放するって……、正気なのか……?

 

『え、えーと、何を言ってるんです? 意味がわからないんですが……』

『……トウヤ殿、貴方がこの国の民に様々な暴挙を加えているのはわかっております。誤魔化されても無駄ですぞ』

 

 大臣と名乗る男がオレの逃げ道を封じるようにそう告げる。

 

『……侍女として働く者を無理矢理手篭めにしたり、禁呪である魅了の能力(スキル)を駆使したりと……。先日は商人ギルド長の娘にまで手を出されたそうではないか?ヒュプノブレスレットを使って心まで縛ろうとしたとも聞いております。……因みに全て証拠は掴んでおります、言い逃れは出来ませんぞ?』

『……仮にそれが本当だとしてもです。オレは……勇者だ。この国……いや、この世界を救う唯一の存在であるオレには許されるのではありませんか? 勇者である前に……、オレは一人の人間です。勇者として活動するにも、万全の状態でいつ何があっても対応できるようにしていく義務があると……オレはそう思っていたんですがね』

『では……、トウヤ殿、貴方は自分の行動が全て必要な事だった……。そう仰られるのですか?』

 

 眼鏡をかけた白髪の女が問いただす様にそう伝えてくる。コイツは確か、いけ好かない宰相だったか。

 

『ええ、オレにとっては全て必要な事でした』

『……まだ15歳にも満たない少女を眠らせて、その体を奪う事も必要な事だったと、そう仰るのですか? 何故、そんな事をしたんです?ご自分でも拙いと思ったから、眠らせてその隙にと考えられたのではないですか?……もし仮に本当にその少女の事が必要だと仰るならば、貴方がすべき事は他にあったと思いますが?』

 

 オレの言葉を被せるように、そう言ってくる宰相。クソ、この女……!王女や王様の前でなんて事を言いやがる……!

 

『……因みに、少女に手を出した事や、無理矢理女性をモノにしようとする行為……、魅了の能力(スキル)も使用したり等、全てこのストレンベルクでは罪となります。……貴方のした事は、法に照らし合わせれば極刑になるものなのですよ?』

『だ、だが、オレは無理矢理ヤった訳じゃ……! そ、そうだ! ジェシカはオレと一緒になりたいって言っていたし、同意の上で……』

『……トウヤ殿は先程、私の話した内容を聞いておられなかったのですかな?それはヒュプノブレスレットという魔法工芸品(アーティファクト)を用いて心を縛った上での事だと話した筈なのですがね……』

 

 大臣はオレが使用したブレスレットを手にしながら、此方を冷たい目で見てくる……。いや、大臣だけじゃない、王女は勿論、王や王妃もオレを何処か冷めた目で見ているような……!

 

『お、おい、本当にオレを追放する気なのか!? 勇者の力が無くなって困るのはアンタ達なんじゃないのか!?』

『……確かに(わたくし)どもは勇者様を必要としております。この世界の危機を救えるのは……勇者様だけですから』

『そ、そうだろ!? なら……』

『ですが……、それならばまた勇者様を異世界よりお呼びすればいいだけの事です。次はそのような暴挙を起こす事のないような勇者様を……。トウヤ殿もご存知の通り、(わたくし)は勇者様をお導きする姫巫女でもありますから』

 

 ……拙いな。王女がここまで言う以上、冗談ではないようだ。このままでは、オレの目的だったレイファニーを得られないばかりか、この国を追放され……、下手すると代わりとばかりに新たな勇者を呼ばれる事にもなりかねない。

 いくらオレが『神々の調整取引(ゴッドトランザクション)』の能力(スキル)を持ち、既に絶大な力を得ているといっても……、新たにやって来た奴がオレより弱いとは限らない。オレの魂の修練値では到底習得する事がかなわない奪取系の能力(スキル)でも持っていたりしたら……、オレの優位性は一気に損なわれる。そうなってしまえば……、オレは……!

 

『……わかりました。少し、勇者としての責務を思い違いをしていたようです。今後はこのような事がないよう、心に留めておきましょう』

 

 正直、ジェシカを諦めるのは納得できる事ではない。彼女のカラダは本当に素晴らしく、またすぐにでもエッチしたいと思っていたのだ。だが、あの魔道具(ヒュプノブレスレット)も外され、王女たちにも知られてしまった今となっては……、一旦引き下がるしかない。

 ……万が一にも、オレは今死ぬ訳にはいかないのだ。いくら危険察知の能力(スキル)があるとはいえ万全ではないだろうし、わざわざ新たな勇者を呼ばせて脅威を作る事も無い。

 

『勇者のしての力も、王女や王様……、この国の人々の為に使うと約束致します。ですので……、ひとつお願いを聞いては頂けないでしょうか……?』

『……何でしょう? そのお願いというものを聞いてみなければ何とも言えませんが……』

『王女様におかれましては、是非オレの妻となって頂きたい。そうすれば、オレも一層この国の為……、いえ、この世界の為に力を尽くせましょう……』

 

 初志貫徹、まずはレイファニーを自分のものとする。そして彼女をオレに夢中にさせた後に、王女から数々の禁止事項を撤廃させるようにすれば……、そうすれば今まで通りとなり、今度は邪魔者もいない……。そうほくそ笑んでいたのだが、

 

『……以前にもお話したかと思いますが、(わたくし)はこの身を世界の為に捧げております。勇者様にお仕えしサポートするのも全てはこのファーレルな為……。誰かの妻になど、今の(わたくし)がなれる筈が御座いませんわ』

『何故です? 勇者と結婚するというのであれば、その役目も果たす事ができるでしょう?』

『……先程も申しました通り、まだトウヤ殿が勇者の責務を果たされる前に、新たな勇者様をお呼びする事となるかもしれません。少なくとも、この世界の危機を払うまでは、(わたくし)はどなたとも結婚するつもりはありませんわ』

 

 ……そのように言われてしまってはどうにもならない。これ以上話を続けて、新たな勇者を呼ぶ事となり、自分が追放されてはかなわない。流石に今、この国に反旗を翻して、レイファニーを攫うとしても……、数えきれないほどのリスクもある。ここは大人しく従っておくしかないか。

 

『わかりました。では、世界を救った暁には、お約束頂けますか?それならば、何も問題はないでしょう?』

『……先の事はわからないのでこの場ではお約束致しかねますわ。そうですね……、トウヤ殿が(・・・・・)世界を救い(・・・・・)、その時にまた同じ事を仰って頂けるのでしたら……、その時はお話をお受け致しましょう』

 

 ……よし、とりあえず言質はとった。オレは今の会話を『映像録画魔法(レコーディング)』で録画録音する。そうすれば、然るべき時に持ち出す事が出来る筈だ。オレはそう考え、これでこの場の会合は終わったかと思っていたのだが……、その場でまさか遠征に帯同して勇者の責務を果たすよう言われた事は完全に予想外であった。たった今この場で約束した手前、断ることも出来ず……、あれよかれよという内に、オレは魔族の襲撃が激しい同盟国へ救援に向かう事となってしまったのである……。

 

 

 

 

 

「……ったく、どうしてオレが海を渡ってまで救援に行かなきゃならないんだか……」

 

 おまけに奴隷も殆ど連れてくる事が出来ず……、帯同させるのを許されたのは、

 

「……ご主人様、どうしたの? 気分でも悪くなった?」

「いや? 別になんともないさ。……同じ景色で飽きてきただけだ」

 

 唯一奴隷で連れてこれたのは、戦闘もこなせる竜人(ドラゴニュート)族のエリスだけだ。そんなエリスを抱き寄せると、

 

(エリスだけを抱き続けたら飽きちまうよなぁ……。ああ、この場にはリーチェも来ているし、アイツにも相手をさせるか……。ジャンヌともエッチ出来たら最高だが……、流石にそれは無理か)

 

 この遠征に帯同しているのは、ライオネル以下、騎士団の連中に加え、オレの補佐役であるベアトリーチェに、聖女のジャンヌも一緒だ。ただ……、ジャンヌには教国とやらから派遣されたという聖女の騎士が付き……、ほぼずっとその男が傍に控えていた。この男がまた一筋縄ではいかず……、攻撃力はさほどでもないが、こと防御に関してはオレの力を持ってしても打ち破れないくらいの鉄壁の能力(スキル)か特性を秘めているようで……、正直あまり事を構えたくはない。

 

 ベアトリーチェの奴はこんな時に限ってオレから離れていて近くにはいない。何時もはオレを監視するように見張っている癖に……、本当に気の利かない奴だ。今回の件も、アイツが全部証拠も纏めて王女たちに提出したんじゃないのか……?そんな疑念を抱く程、オレはイライラしていた。

 

「……まあいい、後でその体に聞いてやる。絶対『くっ……ころっ』って鳴かせてやるぜ……っ」

「ご主人様?何か、言った?」

 

 何でもねえよとばかりにエリスに答えると、何やら船の前方より叫び声が聴こえてくる。

 

「…………何だ?」

「モ、モンスターが襲ってきたっ!そ、それも、伝説級の化け物が……っ!!」

 

 転がり込むようにオレのところまでやって来るその騎士を一瞥すると、この場を離れていたリーチェやライオネルも声を聞きつけてやって来る。

 

「一体、何事なのっ!?」

「知らねえよ、コイツに聞けよ……」

「ク、ククッ、クラーケンがっ!! 海の悪魔とも言われるクラーケンが……っ! いきなり船の前方に……っ!!」

「ク、クラーケンだとっ!? あの伝説のクラーケンが現れたというのかっ!?」

 

 クラーケンねえ……。クラーケンって言うと、あの大王イカをさらに巨大化させたみたいなファンタジーの世界に出てくるあのクラーケンか……?

 

「も、もうそこまで来ていますっ! 数多くの魔物たちを引き連れながら……っ! あんなの……どう相手にすればいいのか……っ!」

「泣き言を言うなっ! 我々は誇り高き、ストレンベルクの騎士なのだぞっ! 例え何であろうと、退く訳にはゆかんっ!」

「……回避できないのなら、戦うしかないわね……。だけど……」

「…………オレがやる」

 

 纏まらないライオネル達を遮り、オレがそう呟く。そして、悠然とそのクラーケンのいるらしい前方へと歩いていくと、エリスがオレの傍に控えた。

 

「ち、ちょっと!? 貴方、何も考えずに前に出ないで……っ」

「あのまま聞いてたって何も変わらないだろうが……。ちょっと出て、そのイカ公をぶっ潰してくる。……ああ、その後はオレに付き合えよ、リーチェ……。お前には聞きたい事もあるからよ……」

 

 リーチェに対しそのように伝え、船の甲板のところまで出ると、確かに馬鹿でかいイカの化け物が海の魔物を引き連れてオレ達に襲い掛かろうとしているのが見える。

 

「フン……、どんな化け物だろうとオレの力の前には無力さ……。喧嘩を売ってきた事を後悔するがいい……、このイカ公が……っ!」

 

 あの竜王バハムートを蹴散らした時と同じ魔法……『核魔法(ニュークリア)』を放つべく、オレは魔力を集中させていった……!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ……事態は私の想像以上に悪くなっているみたいね。緊急で開かれた会合の席にはオクレイマン王やレディシア王妃といった王族方はもとより、フローリア宰相やアルバッハ大臣といった錚々たる顔ぶれが揃っているという事からも、事態の深刻さが伺える。

 

「……これがソフィ大公令嬢に付いていた騎士の一人から送られてきた能力(スキル)、『最期の刻(ダイイングメッセージ)』の内容です……」

 

 ……自らの身に起こった事を第三者に伝える能力(スキル)、『最期の刻(ダイイングメッセージ)』……。それがレイファニー王女によって明らかにされる……。

 

 歌姫としての慰労かつ、外務担当としての公的行事より帰国の途につこうとしていた大公令嬢の船が突如、大量の魔物集団に襲われた。気付いた時には最早、回避する事も出来ず、護衛の騎士たちが対処に当たっていると、何処から侵入したのか隠蔽(バイディング)していた賊が大公令嬢を捕らえ……そのまま人質にしてしまう。同時に隠密(ステルス)化されていた海賊船が姿を現し……後はもう酷い状況だった……。騎士たちは手出しが出来なくなり、魔物や海賊にやられ、ソフィのお付きの者たちも皆海賊の手に落ちていく……。そんな内容が『最期の刻(ダイイングメッセージ)』には残されていたのだ……。

 

「……ソフィ嬢が海賊共の手に落ち、そのまま拉致されたという事はわかった。それで……、奴らは彼女の解放に対しどんな要求をしてきおったのだ? その趣旨の連絡もあったと聞いたが……」

「…………それが」

「……私から説明しましょう。海賊たちがソフィ嬢の解放の条件に求めてきたのは……レイファニー王女です。身代金の類は一切求める事なく……」

「バ、バカな……っ!? そんな条件、呑める筈が……っ! 奴らは一体何を考えているのだ!?」

 

 同じくこの会合に詰めていた大賢者ユーディス様の問い掛けに対し、王女殿下の代わりにフローリア宰相が答える。それを聞いた大臣が驚きを隠せずそう口にしたが……、まさしく海賊たちは……。

 

「奴らはまともに交渉するつもりがなく……、ソフィ嬢を解放するつもりもないという事か?」

「……これは、先日我々と契約した者たちから届けられた『映像再生魔法(プレイバック)』になります」

 

 確認するようにオクレイマン王が問い掛けると、フローリア様がそっとある映像を流す。恐らくはニック達より送られたものと思われるが、その内容は……!

 

「な、なんなんだ、これは……!」

「……現状、全ての闇組織、裏の者達に流されているそうです。これが、彼らの『答え』なのでしょう……」

 

 ……そこには、目隠しをされ、布で猿轡を噛まされた女性が、寝台に四肢を大の字に固定された状態で拘束された様が映し出されていた。着衣は若干着崩され、見る者を煽るような恰好となり、その画像の下にはカウントダウンと思われる数字と、あるメッセージが施されている……。

 

『某国の歌姫令嬢の初めての相手をオークションに掛ける。我こそはと思う者は挙って参加せよ。期限はこのカウントダウンが終了するまで……。こんな機会はもう二度と起こらない。是非、この歌姫をベッドの下で存分に鳴かせてみたまえ……!』

 

 そんな煽り文句と共に、既に多数の入札が現在進行形で入っていた。その金額は既に大金貨にして200枚を超えており……、中には性奴隷として大金貨2000枚で購入したいといった趣旨の申し出まである。

 ……目隠しされているものの、彼女が本物である証拠も一緒に公開されていた。この艶姿の女性は間違いなく、ソフィ本人だ。目隠し越しに流れ続ける涙が、その痛ましさを一層感じさせるものとなっている……。

 

「おのれ、海賊共め……! 我が国の至宝とされる彼女になんという事を……っ!」

「……一刻も早く彼女を助け出さないと……。フローリア宰相、奴らは王女殿下と引き換えにと要求を出しているのでしたね? 無論、それを呑むつもりはありませんが、海賊達は何処でその受け渡しを求めているのですか?」

 

 憤るアルバッハ大臣を余所に、参列していたグランがそう訊ねる。すると、フローリア宰相は画像を切り替え、表示された地図の一角を示し、

 

「……ストレンベルクとメイルフィードの境にある海岸を指定してきてますね。既にその付近に件の海賊船が停泊しているようです。王城(ここ)からは大分離れたところにありますから、向かう時間を考えてもあまり猶予はありません」

「それも……、奴らの目的なんでしょうな。取引自体を成立させるつもりはない……と。『取引に応じなければ、預かっている歌姫の身は保証できない。貴国の至宝とも言われる彼女のあまりに変わり果てた姿を見て、後悔する事となるだろう……』などと……、好き放題抜かしよる……!」

 

 ……大臣の言うように、海賊たちは取引が成立するとは思っていないのだろう。そもそも要求する内容がまずおかしい。いくらソフィが国にとって重要な人物であったとしても……、代わりに王女を要求するなんて有り得ない。そんな事を求めたところで、取引が成立する筈がないのだから。……唯でさえ、闇の勢力に多額の身代金を払う事自体、歓迎できる事ではないというのに……。奴らは……一体何を考えているの……?

 

「……取引を成立させるさせないに関わらず……、ソフィ嬢が人質に取られている以上、(わたくし)が出て行かない事には始まらないでしょうね……」

「レイファ! 貴女……っ!」

「落ち着くのだ、レディシア……! お前の気持ちはわかるが、このまま取引を破談にさせる訳にはゆかぬ。レイファがいなければ、奴らはそのまま交渉を打ち切るだろう。そうなれば……、ソフィ嬢がどうなるかは目に見えておる」

 

 そう言って王妃を諫めるオクレイマン王……。そして王女殿下がこのように話す以上、どう行動するかはもう決めているようだ……。

 

「交渉の場にはグラン、貴方と飛翔部隊の方達に加え……、部下の騎士たちも連れてきて下さい。(わたくし)も一緒に同行しますが……、それはあくまで時間稼ぎです。その隙をつき……、敵の本拠地を叩いてソフィ嬢を救出して下さい。その役目は……ユイリ、貴女にお願いしたいのですが……」

「……畏まりました。その任務、必ずや遂行してみせます」

「待って下さい、王女殿下……。敵の本拠地といいますが……、それは何処にあるかわかっておられるのですか?」

 

 王女殿下の命に従い、私がそのように返答するや否や、私の隣に座っていたコウがそう口にする。

 

「ええ……、わかっております。正確には、ソフィ嬢が監禁されていると思われるおおよその位置、といった方が宜しいかもしれませんが……」

「……どういう事です?」

「お前さんは知らないだろうが……、このストレンベルクが秘匿しておる事のひとつに『国民探知魔法(マイナンバー)』というものがある。これは、ストレンベルク王国に登録された者の所在地を知る魔法でな……。異空間か魔法の届かない特殊な場所でない限りは、何処にいても探知する事が出来るのだ」

 

 コウの疑問に大賢者様が説明する。そしてレイファニー王女も魔法を発動し、地図上にある目印のようなものが浮かんだ。

 

「……この島に、恐らくソフィ嬢が囚われている筈です。恐らくというのは現状、彼女の位置が掴めないので、魔法の通じない特殊な場所となっているのでしょう。彼女が海賊たちに捕まってからの動きを追ったので間違いはない筈です。だから、今現在、取引場所で停泊している海賊船には、彼女が乗せられていないのもわかっているのですよ」

「そんな魔法が……。成程、方法はわかりました。ですが、他にも気になる事があります」

「コウ殿……、今は一刻を争う事態です。早くソフィ嬢を助け出さなくては取り返しのつかない事になりかねない……!」

 

 アルバッハ様が窘めるようにコウにそう伝えるも……、彼は静かに首を振り、

 

「……いいえ、行動を起こす前に幾つかはっきりさせておかなければならない事があります。……この国でも大切な存在であるソフィさんのあのようなお姿を見せられて、皆さんは冷静さに欠いておられます。お気持ちはわかりますが……、一旦落ち着いて下さい。でなければ、彼女を助け出す事はおろか、もっと深刻な事態になってしまうかもしれません……」

「……大臣、ここは彼の気になる点をはっきりさせておきましょう。コウ殿、どうぞ仰ってください。何が気になられているのですか?」

 

 王女殿下が大臣たちをやんわりと抑えるのを見て、コウは話し出す……。

 

「有難う御座います、王女殿下……。まず初めに、この海賊団は従来よりこのような襲い方をするのですか? 隠蔽魔法(バイディング)についてはわかりますが……、船まであのようにステルス化させて襲来するという……」

「……いえ、偶に商船が海賊に襲われるという事はありましたが……、あのような形で襲うという事は……」

「そうでしょうね……、先程の『最期の刻(ダイイングメッセージ)』というものを見た限りでは、騎士の方々もそれを警戒した様子はありませんでしたし……」

 

 皆が彼の話を聞き入れだすのを確認し、コウは続ける……。

 

「他にも気になる事があります。この世界では、魔物を使役するという職業(ジョブ)もあると伺っていましたが、あれ程大量の魔物を一気に嗾けさせるなんて事は可能なのですか? 僕とシェリルがこのシウスを手懐けた際にも、かなり驚かれた様子でしたけど……」

「……そうですね。『魔獣使い』という職業(ジョブ)はありますが……、あれだけのモンスターを一度に使役するというのは……。まして、統率する為の魔道具も装着された様子が見られませんし……」

「……フローリアさん、それならば彼らはどうやって魔物を嗾けたのですか? あれは、とても偶然魔物の群れに遭遇したところを急襲した……という事はありませんよ。その証拠に、海賊たちが姿を現した後も、魔物たちは襲い掛かりませんでしたからね……」

 

 コウの指摘は至極尤もなものであった……。周りが騒めき出し、会合の場が喧騒に包まれつつある中、

 

「皆、お静かに……! 確かに貴方の言う通りです。あれだけの魔物を嗾けるには……、とても人の力では難しいでしょう。まして、契約魔法の類で操っている訳ではないというのなら尚の事……。彼らは……、魔族と手を組んだのかもしれません。それも、かなり有力な魔族と……!」

 

 レイファニー王女はそのように周りを制しさせると、その事実を告げる……。隣国、シェリル姫の故郷を滅ぼした時と同様、今回の事件は魔族が絡んでいるかもしれないという事実を……。

 

「……今、他国を救援する為に、トウヤ殿以下、この国の主だった方々がストレンベルクを離れています。そんな時期に狙いすましたかのように起こった今回の事件、僕には偶然とは思えないのですよ。そして、襲撃に成功し誘拐された令嬢の艶姿を見せつけ、こちらの憤りを煽り冷静さを失わせる……。ならば当然、この後の事(・・・・・)も海賊たちは考えているのでしょう……」

「コウ殿、それは……」

 

 王女殿下が先を促す様にしてコウの言葉を待つ。皆、彼の言葉を固唾を呑むように見守っていた。

 

「……ここからはあくまで僕の想像によりますが、海賊たちが求めている王女殿下の身柄……、それは決して交渉を破談にする為だけに提唱している訳ではないのではないか……、という事です。魔族と呼ばれる者たちと手を組んだ彼らがそれを挙げるという事は、そのまま魔族が王女殿下を欲している……。今回の事件において、奴らの真の狙いは……、王女殿下、貴女かもしれない……」

 

 ……会合の席の場が静まり返る……。先程と異なり、コウの話を聞いて皆、言葉を発する事が出来ずにいた。

 これは、大公令嬢を狙った偶発的なものではなく……、真の目的はレイファニー王女そのものである、という話を、誰も否定する事が出来なかったのだ。……そして、魔族が王女殿下を狙っているという事は、ここにいる国の上層部の方々にとっては周知の事実がある。

 

「魔族が王女殿下をつけ狙う……、何かお心当たりが……?」

「……ええ、もし今回の事件がコウ殿の仰るように(わたくし)を目的としたものであるのならば……、その魔族に一人だけ心当たりがあります。ストレンベルク国にとって、決して忘れられない魔族……。十二魔戦将が一人、『魔貴公士』ファンディーク……!」

 

 ……今より数百年前、先代の勇者様が無事に魔王を封じる事が出来た時代に、その悪夢は起きた。勇者様と彼を召喚した当時の『時紡の姫巫女(フェイト・コンダクター)』だった王女が結ばれて暫く経ったある日、夫婦で国内の見聞に出ていた時に、十二魔戦将ファンディークが急襲したのだ。

 魔王が封じられると、その邪力素粒子(イビルスピリッツ)が弱まり、十二魔戦将に与えられている特別な力も封じられている為に、姿をくらますのが常という見解を覆し、直属の魔族や魔物とともに襲い掛かって来たそれに、護衛の騎士たちは次々と蹴散らされていった……。

 

 同じく魔王を封じ、『界答者(ファーレル・セイバー)』としての加護は失われていたとはいえ、勇者としての力まで失われた訳ではなかった為、徐々に優勢を取り戻していったが……、ファンディークの狙いは王妃であった……。先代様が大勢を立て直される前に二人を分断して、その隙に王妃を攫い上げてしまったのだ。そして……、彼女を抱えたまま行方をくらませてしまう……。

 

 ……もしかしたら、あの十二魔戦将は『時紡の姫巫女(フェイト・コンダクター)』の血筋を絶やす事で、新たな勇者を召喚できなくする事が狙いだったかもしれないが……、不幸中の幸いか、既に二人の間には子供が出来ていて……、既に『時紡の姫巫女(フェイト・コンダクター)』としての力も娘に引き継がれていたので、『招待召喚の儀』が行えなくなるという最悪の事態は回避する事が出来た。しかし……、先代勇者様はその生涯をかけて妻である王妃を救い出そうと懸命に手を尽くして捜索したが……、遂に見つけ出す事は叶わなかった……。

 

 そんな因縁の相手である十二魔戦将が……、今回の事件に絡んでいる……!? もしも、そうだとしたら……!

 

「十二魔戦将……ですか。そういえば先日、セレント殿がいらしていた時に伺いましたね……。確か、魔王が擁する十二体の特別な存在……ということでしたか?」

「……その通りです、コウ殿。ですが、あの者が絡んできているかもしれないとわかったからには対策を……、でも、かといってソフィをこのままにしておく訳にも……!」

 

 ……時間が、少なすぎる。でも、早く行動を決めないとソフィが……! だったら、例え罠であろうとも……!

 

「それでも……、私が敵のアジトに潜入してソフィ嬢を助け出す事に変更はないわ。彼女を助け出せさえすれば……、相手が何を企んでいたって意味が無くなる筈でしょ?」

「……なら、僕も一緒に行っていいかい? 恐らくは相手も色々備えている筈……。君の強さは自分の身をもってわかっているけれど……、流石に一人で行かせるのは凄く抵抗があるから……」

 

 コウ……、でも、貴方……。

 

「……貴方、自分が何を言っているかわかってるの? この任務、言うまでもないけれど、とても危険なものなのよ? 下手をすれば……生きては帰れないかもしれない……」

「だから言っているのさ。危険だとわかっているところに君を行かせるのは抵抗がある……。こちらの世界にやって来て以来、殆ど一緒にいるんだ。君は僕のお目付け役も兼ねているんだろう? だったら、僕が行っても構わない筈だ。それとも……僕はまだ足手纏いかい?」

 

 そう言って私に付いてこようとするコウ。私を心配してくれているであろう彼の気持ちは嬉しいけれど……。

 

「コウ……、貴方は確かに強くなったわ。全力の私のスピードにも対応できるようになってきているし、足手纏いにはならないでしょうね。でもね……貴方が来るという事は……」

「……ええ、わたくしも貴方に付いて行きますから」

 

 ……コウが行くところに、必ずシェリル姫も一緒に向かわれる事となる。彼女は伝説と云われる『伝承の系統者(レジェンド・クオリファイダー)』であり、その魔法や能力(スキル)は間違いなく助けにはなるし、条件によってはコウよりも戦えるかもしれない……。けれど、それならば海賊たちと渡り合えるかと言われたら難しいだろう。一人や二人は魔法でなんとかなるだろうが、いずれは捕まってしまう。そうなったら、姫もソフィの二の舞に……。

 

「シェリル……」

「コウ様がユイリを死なせたくないのと同じように……、わたくしやユイリも貴方を失いたくはないのです。ですから、例え危険だと仰られても、わたくしは貴方の傍に……」

 

 いくら何でも、姫まで危険に晒そうとは思わない筈……。そう思っていた私だったのだけど、

 

「……わかった、その代わり危ないと判断したら撤退して貰うよ」

「コ、コウッ!? 貴方、一体何を言って……!? 姫を危険に晒すと言うの!?」

 

 まさかのコウの発言に驚愕する私。その真意を聞く為に彼に詰め寄ると、

 

「……こうなっては何処に居たら安全なのかわからないからね。正直、この王城に留まるというのも危険な気もする。敵が王女殿下を狙っているのだとしたら……、結界を破る手段も得ているのかもしれない……」

「ま、まさか……! 偉大なる神から賜りし結界が破られるなど……っ!?」

 

 同じく会合の席に詰めていた神官長フューレリー殿が戸惑いの声をあげる。この地に魔王が誕生し、その脅威から守る為に神々より授けられた『結界』……。それを破るなんて俄かには想像できないけれど……。

 

「……絶対とは言えないけれど、起こり得ないなんて考えない方がいいと思う。あらゆる事態を想像して、対処できるようにしておかないと、いざという時に動けなくなっちゃうから……」

「それであれば……、3つに部隊を分けましょう。コウ殿、貴方とシェリル姫、それにレンはユイリに付いて下さい。イレーナやアルフィーさん、貴方達も出来たらユイリ達に付いて貰えればと思います。そして……、(わたくし)はやはり交渉場に赴きます。罠であったとしても、行かなければソフィが取り返しのつかない事になりますから……」

「……ならば私も交渉の場に向かいましょう……。そして王女殿下、万全を期すためにも、ここは例の人選を活用して下さい。……向こうとの交渉は私がやりますから。海賊たちに悟られないよう、冒険者ギルドに残る実力者にも協力して貰い事にしましょう。後は……、王城に残り、万が一敵が潜入してきた時に備える事としましょう」

 

 例の人選……、王女の影武者を用いるという事ね……。確かに海賊たちには『王女が来ている』という事実がわかればいいのだ。そうすれば、強引に交渉を打ち切るという事は出来ない筈……。フローリア宰相はそう王女殿下を説得し、それぞれの部隊について決定していく。

 

「……あの、私たちは……?」

「貴方達はコウ殿方と共に『泰然の遺跡』に臨んだのでしたね。それならば、勝手も知っているでしょうし、彼らに同行して貰っても宜しいですか? また、Sクラスのクランである『獅子の黎明』の面々も、幸いにしてストレンベルクに留まっていると聞いているので、王城に詰めていて貰う事にしましょう。それに加えて、ガーディアス隊長やユーディス様もいらっしゃれば不測の事態には備えられると思います……」

 

 こうして、一通り振り分けが済んだ訳だが……、私はどうしても不安が拭えなかった。私とほぼ同じ事が出来る妹がいればと思ったが、あの子は今任務で自称勇者(トウヤ)の下に潜入している為、この場にはいない。部下であるイレーナも潜入に関しては光る才能を持ってはいるけれど、まだまだ経験不足……。『最期の刻(ダイイングメッセージ)』でざっと見た感じだと、海賊たちはかなりの修羅場も潜ってきているようで、一筋縄ではいかないだろう事は見て取れた。

 それでも、私が一番懸念しているのは……、やはりコウとシェリル様の事だ。

 

(ソフィをあのような扱いにしている海賊たちが姫を見てどう思うかは言うまでもない事だし……、何よりコウ、貴方は人間相手に戦えるの……?)

 

 魔物を相手にでも、コウは必要以上に戦いたがらないし、まして命を奪う事を極端に避ける傾向がある。私達相手の模擬戦では、確かに戦えるようになってきたものの……、本来戦士ではないコウが命のやり取りをとなった時に果たして対応する事が出来るのか……。

 

(……私の潜入で上手くソフィを助けられたらそれでいい……。でも、もしも上手くいかなかったら、その時は……)

 

 いえ、そうならないように私が対処しなければいけない……。私は密かに彼を覗き見て、そう決心するのだった……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……まさか、あの海の悪魔(クラーケン)を一発で撃退するなんてね……。此度の勇者はそれだけ優秀という事なのかな……?」

 

 はるか上空にて、嗾けた魔物たちが悉く倒されていく様子を見ながら、思わずそう呟く。先日、瀕死の重傷を負っていた竜王バハムートに跨っていると、再びあの勇者らしき人物に対し殺気を放とうとするのを感じ、それを窘める。

 

「今この場で()り合うつもりはないよ、バハムート……。まぁそうだね……、自分をあんな目に遭わせた者を許せる筈はない、か……」

 

 そうでなければ、この『竜王』を支配下に置くなど出来なかったであろう事実に、若干過小評価しすぎた自分を反省し戒める事にする。

 

(勇者が強い事はわかっている……。我らが(あるじ)である魔王様と戦いうる実力者であるのだからな……。しかし、些か力が有り過ぎる……。あんな威力の魔法をまともに喰らえば、唯では済まない……)

 

 もしかすると、自分のやった小細工が『勇者召喚(インヴィテーション)』に影響を与えたかな……、と苦笑する。『時紡の姫巫女(フェイト・コンダクター)』さえ此方で抑えてしまえば、新たな勇者は出現できなくなると踏み、危険を冒してまで決行した拉致作戦だったが……、既に娘がおり、力が継承されていたとは思わなかったし、それによってより強力な勇者が呼び寄せられた等となっては、本末転倒である。

 

「まして、現在『時紡の姫巫女(フェイト・コンダクター)』となっているレイファニー王女は、『君』の生まれ変わりとも思わせるくらい容姿も似ているし……、本当は『勇者召喚(インヴィテーション)』が行われる前に押さえたかったところだったが……、こうなってしまっては仕方がない。計画ではこのままストレンベルクを急襲するつもりだったけど、それは部下と海賊共に任せるか……」

 

 あの厄介な『結界』も、恐らくは対応できる筈……。『魔族』を封じる神が人間どもに与えし結界も、同じ人間によって破られる事になるなど、想像も出来ないだろう。厄介な聖女もストレンベルクにはいない……。全ては上手くいく……、そう思っていたが予想以上の勇者の実力を目の当たりにし、計画を修正する必要が出てきたとひとりごちる。

 

「取り敢えずはもう少し勇者たちの方を探るか……。万が一、ストレンベルクの方が失敗しても、今勇者の問題が片付けば脅威となるものもない……。その後で『君』の忘れ形見である彼女を手に入れればいい……。よし、これでいこう」

 

 そう決めると、バハムートにこのまま勇者たちを追うように命じる。今この場で戦えない事に不満がありそうだったが……、状況によっては戦わせると伝えて宥めておく。最も、あれ程の力を持っている者に不用意に仕掛けるつもりはない。

 

(……さて、忌むべき我らが敵である勇者様の実力、もう少し見せて貰うとしようか……)

 

 そして、魔物の群れを追い払い、再び進み始めた勇者たちの船をそのまま観察したのだった……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……ここが海賊たちのアジトか……。本当にあったね……」

 

 それだけ『国民探知魔法(マイナンバー)』という魔法が正確という事か……。正直、そんな魔法があるのかと半信半疑であったけど、王女殿下の言っていた通りに指摘されていた地点にこうしてアジトがあるとなっては、最早信じるしかない。

 登録された時点で位置がわかってしまう事といい、『最期の刻(ダイイングメッセージ)』という能力(スキル)といい……、この世界で完全犯罪というのは起こらないのだろうなと場違いであるのはわかっているが、思わずそんな独り言をいってしまう。

 

 ……敵のアジトを急襲する為に、この場に集まったのはユイリを始め、僕にシェリル、レン、アルフィー、イレーナさん……。そして、冒険者ギルド経由で派遣されたジーニス、フォルナ、ウォートルの9人となる。……シウスとぴーちゃんを合わせたら9人と2匹か……。

 結局、王城ギルドの緊急依頼(クエスト)といった形でやって来る事となった訳だが……。

 

「何をそんな呑気な事を言ってるのよ、コウ……」

 

 呆れた様子で声を掛けてきたのは、僕のお目付け役であるユイリ。この孤島に来てすぐにイレーナさんと共に偵察に出て、今しがた戻って来たのであろう。

 海賊たちのアジトがあるとされた孤島まで来るのには中々骨が折れた。グラン達の飛翔部隊によって、それぞれが一緒に交渉現場までやって来ると、海賊たちに気取られないよう『隠蔽魔法(バイディング)』を掛けたユイリが単独でその孤島に向かい……、シェリルの『合流魔法(コンフルエンス)』によってユイリのところに集まる、といった手法をとったのだが……、些か強行軍だったせいか皆疲労が隠せないようだった。

 

 最も、単身で孤島まで渡ったユイリに比べれば僕たちはまだマシだろうけれど……。

 

「自然に出来た洞窟に見せているみたいだけど、間違いないわ。ここが奴らの本拠地みたいね」

「見張りはいねえみてえだが……、どうすんだユイリ? やっぱりお前ひとりで潜入すんのか?」

 

 相性の良くない竜に運ばれて、この中では一番疲れている様子レンがユイリに訊ねる。

 

「そのつもりだったんだけど……。イレーナ、私に付いて来て貰えるかしら? 潜入にも適性のある貴女だったら大丈夫だと思うし、出来れば経験を積んでもらいたいのよ……。ただ、危険でもあるわ。だから無理にとは言わない……、貴女が決めて。断って貰ってもかまわないから」

「……付いて行きます。あたしはその為にここにやって来たんですから……。できるだけユイリ様の邪魔にならないようにしますが……、もしもの時は見捨てて頂いて構いません」

 

 イレーナさんは迷うことなくそう伝える。……自分達を助けて貰ったと思っている恩義に厚い彼女のその言葉に、ユイリは苦笑しつつも、

 

「そうならないようにはするけれどね……。有難う、イレーナ……。そういう訳だからレン達はここに待機していて。救出の目途が整ったら『通信魔法(コンスポンデンス)』か何かで合図するから、その時は先程の様に姫の『合流魔法(コンフルエンス)』で追ってきて。……くれぐれも勝手に突入しないでね?」

「……わかったよ。そっちこそ本当に気を付けてよ。何かあったら呼んでくれ。その為に僕たちもここに来たんだから」

「……出来れば貴方には王城に残って貰いたかったんだけどね……。大丈夫よ、そんなヘマはしないから」

 

 ユイリはそんな調子で僕に告げると、

 

「さて……、あまり時間もないし、もう行くわ。……『早替え』」

 

 彼女がそう呟くと、彼女の衣装が光り……、変化する。着ていた士官服が紫を基調とした、俗に言う忍装束へと一瞬で様変わりするのだったが……、ただの忍装束というよりもくノ一の衣装といった風で、何処か色香を漂わせているようなユイリの姿に思わず見とれてしまう。

 

「……ちょっと、じろじろ見ないで。恥ずかしいんだから……」

「ご、ごめん……。急に衣装が変わったから驚いちゃって……」

「……『早替え』は魔法空間に収納された衣服に瞬時に入れ替えるものなのよ。潜入任務をこなす際は何時もこの恰好だから。……目立たず機敏に動けるようになるし、何より家にずっと伝わっている装束だからね……。恥ずかしいけど我慢して着ているのよ……。まぁ、相手に見られない事が前提だから、そんなに知られる事はないのだけど……」

 

 ……おっと、これ以上見とれていたらまたシェリルに何か言われてしまうな。そう思って視線を紛らわせると、ちょうどシェリルが僕を見ていたのがわかった。……なんで女の人ってそんなに視線に敏感なんですかね……。だけど、指摘される前に気付いてよかったな……。なんか小さく溜息をついているみたいだけど、それは気にしないでおこう。

 

「全くもう……。私は行くからね、イレーナ、付いて来て!」

「わかりました、ユイリ様……!」

 

 そんなやり取りと共に二人の姿がスッと消える。自分たちの姿を隠蔽(バイディング)させ、アジトに潜入していったのだろう。

 

「コウ様……」

「……ああ。後はユイリ達から連絡が来るのを待とう……」

 

 そっと寄り添ってくるシェリルに、僕はそのように答える。

 ……ああは言ったけど、あのユイリが不覚を取る事はないとは思う。ここに詰めたのは僕が心配だっただけで、恐らくは彼女一人でも上手くやれた筈だ。だけど、どうしても不安が拭いきれない。

 

(……ユイリ、本当に無理だけはするなよ……)

 

 そんな一抹の不安を抱きつつも、僕はシェリルや仲間たちと共に思い思いのところで待機しているのだった……。

 

 

 



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第45話:海賊のアジト

第45話、投稿致します。


 

「………………遅い」

 

 ユイリ達が潜入して、もう一刻程経つが……、未だ彼女からは何の連絡も入ってこない。何度目かともしれない僕の呟きにレンが、

 

「落ち着けよ、コウ。お前、さっきから行ったり来たりとよ……。正直言って煩わしいぜ」

「だけどレン、君は気にならないのか!? いくら何でも遅すぎる。例えまだソフィさんの救出に目途がたたなかったとしても……、連絡ぐらいはあってもいいだろう!?」

 

 その言葉を受けて僕がレンに言い返す。……僕としても、あのユイリが不覚を取るとは思えないけれど、それでも……!

 

「……もう、あちらでは解放に向けての交渉は始まっている筈です。その前にどのような形であっても連絡が来なかった……というのは普通ではないかもしれませんね……」

「そうだよ……っ! その為に、最速でここに来て潜入している訳だろう!? それなのに交渉が始まっても連絡すらないというのは、本当に何かあったのかもしれない……!」

 

 シェリルが静かにそう告げると、ますます僕は自分の考える通り、不測の事態が起こったのではないかと心配になってくる。

 

「……だとしても、だ。ユイリが言ってただろ? 勝手に突入するな、と……。アイツは潜入のスペシャリストだ。何かあったとしても、自分で対処できる筈なんだよ」

「でも、今回はイレーナさんも連れている……! もし、彼女が不覚をとって、それを見捨てられると思う……!? 何かが起こっていたとして、今突入すれば何とかなるかもしれないのに……、このまま手をこまねいていたら手遅れになってしまう事だってあるだろ……っ!?」

 

 だんだん僕も冷静ではいられなくなってくる。……ユイリの事は信じている。信じているけれど、どうしても、もしかしたら……、と考えてしまう。

 

「逆に突入した事によって悲惨な事になる場合もあるんだよ。俺はそれを経験上わかってる。……シェリルさん、アンタもここで突入すべきだと思うか?」

「……ユイリの事が心配なのは確かです。ですけれど、レン様の仰る通り、もう少し様子を見た方がいいと思います」

「シェリル……」

 

 シェリルを僕の事をジッと見つめると、言い聞かせるように話しかけてきた。

 

「今のコウ様は冷静な状態ではありません。そんな状況で行動を起こしても、良い結果が生まれない事はおわかりになられている筈です。……レン様はそう仰っているのですよ」

「……冷静に判断しろ、か……」

 

 シェリルに言われて、僕は一度深呼吸すると心を落ち着けて考えてみる……。すると、ごちゃごちゃしていた頭の中がスーっと整理されていく……。

 ……確かにユイリ達からの連絡が未だ入ってこないのは普通ではない。何か問題が起こった事は確実だと思う。だけど、それがユイリ達が捕まったと考えるのは早計だ。

 

(となると……、連絡できない状況が海賊のアジトで起きた……。それが捕まった等の類ではないとすると……)

 

 ……この海賊のアジト内では、通信魔法といった、いわば携帯の電波が届かないような特殊な造りになっている可能性がある……。それであれば、ソフィさんがここに連れて来られた時点で『国民探知魔法(マイナンバー)』の反応が無くなった事も頷ける。

 

「それなら一度脱出するなりしてもよさそうなものだけど、それもしないって事は……」

「……師匠? どうしたんです?」

 

 心配そうに僕を見上げるアルフィーに、大丈夫だと伝えると、

 

「……シェリル、今の時点で『合流魔法(コンフルエンス)』は使えないんだよね?」

「はい……、ユイリの場所が特定できておりませんので……。彼女からの合図は、自分の位置を知らせるという意味合いもありますから……」

 

 ……そうか、ならばやっぱり一度……。僕はそう決意すると、

 

「……アジトに潜入しよう。冷静になって考えてみたけれど、それが一番いいと思う」

「あえてユイリからの申し付けを破るってか……。いいぜ、どうしてそう思ったのか、話してみろよ」

 

 僕の提案に否定する訳でなく、レンは続きを促してくる。本当は反対したい筈のレンが、それでも僕の考えを聞いてくれる事に感謝しつつ、

 

「ユイリ達が捕まったのでなかったとすると……、やはりアジトで何か起こっていると思うんだ。ユイリかイレーナさんのどちらかが動く事が出来ない状況なのか、それとも……ソフィさんのところまで辿り着いたものの、目を離せない状況とかね……。それにもし不覚をとって捕まっちゃったとしても……、それなら助けに行く為にやっぱり潜入すべきなんじゃないかな?」

「……それが、お前やシェリルさん、それに託されているアルフィーを危険に晒す事になったとしてもか……?」

 

 そのように言われて、グッと言葉に詰まりそうになるも、

 

「……僕たちの事は最大限に注意を払うさ。シェリルは勿論、アルフィーも……、ジーニス達も含めて無事に戻って来れる様にする……。でも、それは僕たちだけじゃない、レンだってそうだし、ユイリやイレーナさんだって同じことだ。何より……海賊たちに捕まっているソフィさんを助け出す事こそ、僕らがここにやって来た最大の目的だの筈だよ。だったら……ここで二の足を踏んでいる場合じゃない」

「…………そこまで言われちゃ反対出来ねえな、仕方ねえ……」

 

 レンはそう溜息をつきながらも、アジト潜入を了承してくれた。

 

「ごめん、レン……」

「ユイリの言葉じゃねえが……、お前の無茶振りには慣れてる。アイツは怒るだろうが……、それについては心配させんなって後で言ってやればいいさ。……俺だってユイリ達を心配してない訳じゃねえんだ。だが、これだけは言っとくぜ?」

 

 一度言葉を区切った後で、僕の方に向き直ると、

 

「前に挑んだ『泰然の遺跡』でも言ったが……、俺がこれ以上は無理だと判断したら、お前とシェリルさん、それにアルフィーは『離脱魔法(エスケープ)』で撤退しろ。天然のダンジョンである可能性が高いからな……、脱出は魔法でないと難しいかもしんねえ……。ジーニス達も同じだ。お前らも色んなダンジョンに挑んで経験も積んだようだが……、あの海賊共は『最期の刻(ダイイングメッセージ)』で見た限り、かなりの手練れなのはわかっただろ? ……命を落としかねないような無謀な事だけはすんじゃねえぞ?」

「……わかったよ。シェリル、確か『隠蔽魔法(バイディング)』も使えたよね? 一応できる限りの事はして潜入しよう。無理な戦闘は避けたいところだから……」

「わかりましたわ、コウ様。皆さまにもそれぞれお掛けしますね……。シウスやぴーちゃんにも……」

 

 そう言ってシェリルは『隠蔽魔法(バイディング)』をそれぞれに施していく……。その様子を眺めながら、

 

(……ユイリ、君には悪いけど……、僕たちは行くよ。無事でいるとは思うけど、君も膠着状態に陥っている筈だ……。だから、怒らないでくれよ……)

 

 そして無事でいてくれ……。僕は祈る様に呟きながら、シェリルが皆に魔法を掛け終わった事を確認し、アジトへと乗り込んでいった……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「まだ捕まんねえのか? さっきの2人は?」

「ああ、全く網に掛からなくなったな。……ここでは隠蔽(バイディング)も通用しねえってのに、一体どうなってんだか……」

 

 管制室ともいえるような場所にて、侵入した者たちを魔力スフィアモニターで探しながら、海賊の一人が答える。

 

「獣人の女の方は手傷を負っていた筈だぞ? それなのに何で見つかんないんだよ……っ! 折角の獲物で、しかも2人とも上玉だ……。あの歌姫さんはボスがいたくご執心の様子だから、俺たちには当分下りてこねえだろうが……、だからこそ逆にこちらで好き勝手出来るチャンスでもあるんだぜ!?」

「わーってるよ! ったく、そんならお前が見つけてみろよ……。システムにも洗わせてんのに、未だ反応がねえんだ。これ以上どうしろってんだよ……」

 

 アジト内に設置された疑似ダンジョンコアに干渉してシステムをフル回転させているのに、一向に女たちの足取りが掴めない。恐らくはまだアジトに潜入したままだとは思うが……、何処に隠れているのかは見当がつかなかった。

 

「かなりの手練れだな……。普通の連中じゃすぐに袋の鼠になるのによ……。ん? また侵入者か? 今度は結構人数も多いな、あの2人の仲間か?」

「そのようだが……、野郎ばかりか。女は2人しかいねえが……!? お、おい、このフードを被った女……っ!!」

 

 侵入者たちを確認していく過程で、ある一人の女に目が留まり、皆一様に言葉を失う。フード越しからもわかる、女の魅力……。そこから覗く容貌は、それだけで極上の美女であると有無を言わせず伝えてくると同時に、その場にいないのにも関わらずその雰囲気までも感ぜられる程。

 様々な種族の者たちを拉致し、何人も奴隷へと売り捌いてきた海賊たちであったが……、その美人を前に息を吞むしかなく、暫く沈黙が部屋を包み込んでいた。

 

「へへっ……、攫うしかねえな。歌姫さんを見た時は、もうこれ以上の上玉はお目に掛かれないだろうと思ったもんだが……、まさかすぐにこんな美女が見つかるなんてよ……!」

「お頭があの歌姫さんに夢中になってる今がチャンスだな。俺たちで奪っちまおう。それで他の連中には内緒で、例の部屋に監禁して愉しませて貰おうぜ……っ! もうあの2人は取り合えず置いとけ。全てのシステムをあいつらに切り替えろ!」

「……俺も行くか。俺たちだけで愉しみたいところだが……、それで逃がすような事になったら目も当てられねえ! お頭に伝えそうな奴を除いて、応援を募っとけよ。エテ公どもを嗾けるのも忘れんなっ!」

 

 下卑た笑みを浮かべつつ、そう言って部屋を出て行く海賊。欲望を滾らせながらシステムを操作して、新たに侵入した者たちへと集中させる。早く秘密の部屋へと繋いであの美女を……!

 そんな海賊たちの劣情がモニター越しに届いたのか、対象の女性がブルっと体を震わせるのを見てニヤリと顔をあわせると、その劣情を現実のものとする為に、確実に女を捕らえるべく行動を起こすのだった……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――同時刻、大公令嬢引き渡しの交渉現場にて――

 

「だから、王女を速やかに渡せば人質は解放すると……」

「そんな事信じられる筈がないでしょう? せめて、ソフィ嬢の顔を見せて下さい。本当に無事なのですか?」

 

 こちらが本当に王女をこの場に連れてくるとは思わなかったのか、向こうは終始王女を渡せとしか言って来ずに交渉は難航していた。本来ならばすぐに交渉を打ち切り、要求を呑まなかったのは其方だとばかりに事を運ぶつもりだったのだろう。予想外の展開に、海賊共も随分と慌てているのかもしれない。

 

「……グラン隊長」

「……まだだよ。事を起こすのはユイリから連絡が入った後だ。もしくは……、向こうが強引に王女殿下を奪おうとしてきた時だね。その時までは、この場で待機だ」

 

 僕を伺う部下にそう言い聞かせる。わかりましたと言って持ち場に戻っていく部下より、再び視線をフローリア宰相たちの方に戻すと、

 

「人質ならこうして何人か見せてるだろ? コイツラが生きているんだ。一番大事な人質は無事に決まってんだろうが。現在の状態がわかるように『映像中継魔法(リアルタイム)』も見せてやってる! これ以上何を望むつもりだ!?」

「このふざけたオークション中継の事を言っているのですか? 此方はわざわざ交渉に臨む為に王女であるレイファニー殿下にこうしてお越し頂いたのですよ? ならばあなた方もせめてソフィ大公令嬢をこの場に連れてくる事が筋というものではないですか?」

「彼女をこの場に出して、汚い手を使って救出を目論んでいるかもしれないだろう!? 今だってテメエらの国の『英雄』ともされる部隊が詰めてんだ……。そんな状況で、大切な人質を簡単に連れて来れる訳ねえだろうがっ!」

「……汚い手を使ってソフィ嬢を捕らえたあなた方に言われる筋合いはありませんが。まして、ストレンベルクの王女を要求するという有り得ない要求をしてきたあなた方に応える為に、こうしてお越し頂いたレイファニー殿下を守る為にも、グラン隊長に来て頂くのは当然の事でしょう? あなた方が約束を守らず、一方的に王女殿下まで奪われるなんて事を許す訳にはいきませんしね……」

 

 そう話すフローリア宰相だったが……、そもそも王女殿下を海賊に……なんて事は普通有り得ない話だ。何処の世界に一国の王女を交渉で相手に渡すなんて話があるのか……と僕は苦笑してしまう。最も……、フローリア宰相の傍に居る王女殿下は、もしもの時の為にと国で用意している影武者である。影武者として必要な教育を叩きこまれた女性で、秘密裏に扱われている為に生半可な事ではバレる事はないだろうが……。

 

「ぐっ……、ひ、人質は間違いなくこの船に居るっ!これ以上無理を言うなら交渉は打ち切るぞっ!?」

「……あなた方は王女殿下が目的なのでしょう? ここに王女がいらっしゃるのに、交渉を打ち切るというのですか? そもそも……、私たちが求めている事はそんなに難しい事ですか? ソフィ嬢をこの場に連れてきて欲しいと言っているだけなのですよ?」

「黙れっ! お前ら、この状況がわかっていないのか? ……試しにここにいる人質を殺してやってもいいんだぜ? 確か、歌姫さんの侍女だったか……、いいのか? 俺達はやるといったら……本当に殺るぜ?」

 

 交渉についていた海賊が人質の女性にシミターを突き付ける。余計な事を喋らせない為に猿轡を噛まされていて、悲鳴は上げられないものの……死の恐怖に慄いていて、涙を流し続けているその姿に飛び出してしまいそうになるが……、ここはグッと我慢する。

 

 ……今は只管に時間を稼ぐ必要があるのだ。ソフィ嬢がここにいない事はわかっているし、それを奴らに悟らせる訳にはいかない。然るべき時が来るまで、この茶番劇を続けるしかないのだ。そこへ、今まで黙っていた王女殿下の影武者の女性が口を開く。

 

「……あなた方のお話はわかりました。ソフィ嬢をこの場に連れて来れない理由が(わたくし)たちを警戒してという事ならば、これ以上無理強いは致しませんわ。なら……、せめてそこにいらっしゃる人質を解放して頂く訳には参りませんか? 流石に(わたくし)がそちらに赴くのは、ソフィ嬢との引き換えにという事ですので、他の条件を示して下さいませ。身代金をと仰るのでしたら、ここに用意してきてあります」

 

 本物の王女と違わず、そのように語り掛ける彼女に、海賊たちは些か冷静になっていく……。『貨幣出納魔法(コインバンキング)』や『収納魔法(アイテムボックス)』にて、大量の大金貨や宝物庫の財宝を幾つかこの場に積んでいくのを見て、交渉に応じてもいいかなという雰囲気を醸し出していた。

 

(……彼女のお陰で、これでもう少し時が稼げる……。後は、ユイリ……頼んだよ)

 

 恐らくはアジト内に潜入しているであろうユイリに心の中でそう呼び掛けると、僕は再び海賊たちが暴挙に及ばないかを注意していく……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「くっ……、次から次へとっ!」

 

 海賊達のアジトへと足を踏み入れた瞬間、魔力の壁のようなもので退路を塞がれてしまうと共に、間髪入れずに猿のような魔物が僕たちに襲い掛かって来ていた。

 

 

 

 RACE:闇の類人猿(ダークラウー)

 Rank:40

 

 HP:211/230

 MP:19/19

 

 状態コンディション:普通

 

 

 

「……このっ、邪魔をするなっ!」

「ギャッ!? グゥ……」

 

 闇の類人猿(ダークラウー)と呼ばれているらしい魔物を吹き飛ばすも、すぐに他の魔物が襲ってくる。それを剣で受け止めるも、立て続けに攻めて来られては堪らない。休憩も出来ず一方的に攻め立てられて、ジリ貧になりつつあるこの状況を変えようと奥へと進んでいたが……、

 

「おらっ、この魔物がっ……!」

「ウキャッ!?」

 

 隣にいたジーニスが手にした鋼鉄製の長剣で横から援護してくれる。僕の前にいた闇の類人猿(ダークラウー)が倒れ伏すと、ジーニスが背中合わせにしながら話し掛けてきた。

 

「大丈夫かよ、コウ!? 気を抜くなよ!」

「あ、ああ……すまない、ジーニス。助かったよ……」

 

 そうしている間にまた新手の闇の類人猿(ダークラウー)達が現れ、僕たちに飛び掛かろうと隙を伺っているようだった。背後にいるジーニスと示し合わせると、それぞれ分担して魔物たちを相手取った。でも、この闇の類人猿(ダークラウー)ばかりに気を取られている訳にはいかない。何故ならば……、

 

「!? 向こうから敵が弓で狙ってきてるっ!」

「くっ、マジか……!」

 

 海賊の一員であろう男の殺気に魔法が反応し、ジーニスに注意を呼び掛ける。間髪入れずに飛んできたボウガンの矢をジーニスが斬り払い、なんとか事なきを得た。

 

 『敵性察知魔法(エネミースカウター)』……。『評定判断魔法(ステートスカウター)』を使い続けた事で新たに会得した魔法だ。評定判断魔法(ステートスカウター)のように詳しい情報までは掴めないが、敵意を察知して瞬時に伝えてくれる敵性察知魔法(それ)はさながらレーダーの役割を果たしてくれる。

 このアジトに乗り込む前に使用していたのだったが……、結果としてそれは大正解だった。

 

(……ここはどういう訳か、魔法が異常に使いづらいからな。言霊(ことだま)魔力素粒子(マナ)が上手く噛み合わないというか……。何て言ったらいいんだろう……)

 

 早く目的地に向かいたいのに、手足に重しをつけられて思ったように進めない……、そんなもどかしい感覚に似ている。さらには通信魔法(コンスポンデンス)等の連絡手段も遮断されてしまう構造となっているらしく、ユイリが連絡してこれなかった理由がわかると同時に、僕たちにとっても非常に不味い状況となってしまっていた。

 

「……大いなる神の御力にて、彼の者に蓄積されし疲労を癒し給え……『疲労快復の奇跡(デファティーグ)』!」

 

 そんな状況の中で、シェリルの詠唱が完成し、彼女から齎された神聖魔法が降り注いで、自身の疲れが和らげられていくのを感じる。続いて隣のジーニスにも魔法が掛かり、散漫になりつつあった彼の動きが見違えるようになっていた。

 若干このアジト内の影響によって、彼女にしては魔法の詠唱が何時もより遅れているのかもしれないが……、僕たちがこうして戦えているのは偏にシェリルのお陰であるのは言うまでもない。既に『全体加速魔法(アーリータイム)』や『全体堅牢魔法(ディフェンジングウォール)』、感覚を研ぎ澄まさせる『感覚強化魔法(シャープネス)』を掛けてくれている事に加え、今のように神聖魔法で回復してくれる彼女がいなければ、すぐに撤退を考えなければならなかっただろう……。そしてもう一人……、

 

「……偉大なる我らが神よ、祝福されし生命の風にて傷つきし者達を癒せ……『安らぎの奇跡(ヒールウインド)』!!」

 

 遅れてフォルナが『安らぎの奇跡(ヒールウインド)』を発動させ、僕やジーニス達が受けた傷を癒してくれる。……術者が仲間と認識した複数の者達を同時に癒す『安らぎの奇跡(ヒールウインド)』はかなり高等な神聖魔法と聞く。いわば『癒しの奇跡(ヒールウォーター)』を複数(マルチ)化そしたもので、それを使える程成長したフォルナもまた、戦線を維持させる事が出来ている証明でもある。

 

 尤も、成長したのはフォルナだけではない。ジーニスやウォートルも以前『泰然の遺跡』で一緒に探索した時とは比べようもないくらい成長している。Cランクの、今や新進気鋭の冒険者として注目されているようで、複数の冒険者やクランが参加したりする『共同依頼(ジョイントミッション)』等にも積極的に加わり、色々経験を積んでいる彼らは様々なクランから勧誘を受けているとサーシャさんから聞いていたっけ……。

 

「シェリルさん達に近付くんじゃないっ! はぁっ!!」

「グゥゥゥ……ッ! ガウッ!!」

 

 そんな声にふとそちらを伺うと、後方にいるシェリル達を守るような形でアルフィーとアサルトドッグのシウスもまた闇の類人猿(ダークラウー)と戦っていた。僕と模擬戦をした時と同じ、某国民的ゲームに出てくる『ドラゴンキラー』に似た形状の武器を腕にはめて、そこからアルフィー自身の魔力を具現化させた刃を駆使しての戦闘スタイル……。魔法に関してはここでは上手く使用できない事もあり、剣技のみではあるがしっかりと闇の類人猿(ダークラウー)と渡り合っている。

 そこにシウスも援護するように加わり、その爪で切り裂き、鋭い牙で闇の類人猿(ダークラウー)の喉元に噛み付いたりしている。何だかんだで上手くやっているアルフィー達にホッとしつつも、その先にいるレンの姿を捉えた。

 

「……邪魔な奴らめ、纏めて蹴散らしてやる……! 『撃墜剣(ブレイクダウン)』!!」

 

 裂帛の気合と共に振り下ろされたレンの剣に呼応するように、剣弾のようなものが闇の類人猿(ダークラウー)達に降り注ぎ……、それぞれに致命傷を与えていく。一瞬でかなりの魔物たちを葬っていくレンだったが、それでもゾロゾロと闇の類人猿(ダークラウー)達が奥から現れる。

 

「……やっぱり、ここはダンジョンなのか? だが、その割には出入口の封じ込め方は人為的なものをだったけど……。しかし、魔物達の出現率は、ここに住んでいるにしても腑に落ちない点が多いし……」

「おい、コウッ! 気を抜くんじゃ……って何だ!? 触手、だと!?」

「えっ!? しまっ……!」

 

 ジーニスの叫びにハッとした時には複数の触手が僕たちを目掛けて殺到してきていた。『敵性察知魔法(エネミースカウター)』に反応が無かった触手による攻撃に、思わず対処が遅れた僕の前にウォートルが割って入る。大盾を構えて立ち塞がり、自分の代わりに攻撃を受けてしまった。乱れ突きとでもいうように怒涛に押し寄せる触手を受け止めるウォートルに、僕とジーニスの声がハモる。

 

「「ウォートルッ!」」

「……大丈夫だ。全て『防御』した」

 

 僕とジーニスが慌てて駆け寄るも、何でもないとばかりに一言そう告げるウォートルにホッとするも、幾つか千切れた触手を見て、

 

(この触手、まるで生きているみたいだ……。でも、触手を伸ばしてきた生物みたいなものは見られない……。まさか、このアジト自体(・・・・・)から伸びてきているとでも言うのか!? それも意思みたいなもの持って……? そんな、馬鹿な……)

 

 それが本当だとしたら、このアジトそのものが生き物という事になる。考えついた信じられないような事実に驚いていたその時、

 

「きゃあっ!?」

「な、なに、コレ……っ!?」

「!? シェリルッ!?」

 

 聞き覚えのある声に振り返ると、複数の触手がシェリルとフォルナの方へと伸びてきていて、二人を拘束するように絡みついていた。急いで向かおうとするも、また闇の類人猿(ダークラウー)が塞ぐように湧いて出てくる。

 

「邪魔すんじゃねえ、このエテ公がっ! ……『鎌居達』!!」

「道を空けろっ!!」

 

 ジーニスに合わせて自分も『鎌居達』を放つ。『剣士』の職業(ジョブ)を鍛えている内に覚えた剣技であり、その2つのつむじ風のような鋭い刃が重なり合い、魔物たちを切り裂いてゆく……。ウォートルも『決死開通(デスぺレート・ラッシュ)』の能力(スキル)を用いて大盾で強引に道を切り開き……、彼女たちまでもう少しというところで、シェリルの身体に何やらロープ状のものが触手ごと巻き付いた。

 

「コウ様っ! ……ああっ!!」

「シェリル……ッ!!」

 

 シェリルに巻き付いていた物が鞭だとわかった時には彼女の身体が宙に舞い……、シェリルは抵抗することも出来ず、はるか後方の鞭を振るった海賊のところまで引き寄せられてしまった……。

 

「これは……『捕縛打ち』!? しかも、あんな後方から……っ!」

「くっ……! あいつ、シェリルを……っ!」

 

 何とかフォルナの下には辿り着き、彼女に巻き付いていた触手は斬り払うものの……、ジーニスの言った鞭の能力(スキル)らしいものでシェリルは海賊の手に……!

 

「っ……! コウさっ、んむぅ!!」

「おっと……へへ、捕まえたぜ。ほぅ、エルフだったか……、しかも、とびっきり極上の……! クククッ、コイツは愉しめそうだ……!」

 

 僕の名を呼ぼうとしたシェリルの口を塞ぎ、覆っていたフードを剥いでエルフである事を確認すると、鞭を手にした海賊の腕が彼女の腰にまわされ、そのまま強引に連れ去ろうとしていた。シェリルも抵抗していたが、両手の自由を奪われ、身体も浮かされる様に引きずられ少しずつ僕らから遠ざかってゆく……。

 

「くそっ……! シェリルさんを離せっ!!」

 

 シェリル達から引き離されていた元凶である闇の類人猿(ダークラウー)を倒し、自力で触手を解いたアルフィーが手にしたジャマダハルに念じると、その意思に従うかのように魔力の剣がシェリル達の下へと伸びていく……! シェリルを捕らえている海賊にあと少しまで迫るも、それを防ぐかのように触手が複数絡みつき……、目標を反らされてしまった。……やっぱり、アジト自体が意思を持っているか、若しくは操っている輩がいるのは間違いない。

 

 さらに追撃の手を繰り出そうとする僕たちに向かって、別の海賊が煙幕弾のようなものを投げつけてくる。辺り一面を煙が包み込み……、一気に視界が悪くなってしまった。

 

「っ! コイツら……っ!」

 

 それでも何とかシェリルの元に向かおうとするも……、新手の闇の類人猿(ダークラウー)達が道を阻む。奴らは匂いで僕たちを感知しているようで、この状況でも関係なく攻撃を繰り出してきた。

 それらを捌きながら早く蹴散らそうと剣を構えた僕に、『敵性察知魔法(エネミースカウター)』が反応する。何かが飛んでくるような気配を感じ、咄嗟に身を躱すと今まで身体のあった場所を矢のような物が吹き抜けてきた。

 

 

 

 RACE:ヒューマン

 JOB :海賊

 Rank:42

 

 HP:179/188

 MP:37/37

 

 状態コンディション:普通

 

 

 

 敵性察知魔法(エネミースカウター)の反応があったところを見ると、その手にボウガンのような物を手にした、先程とは別の海賊の姿を感知した。よくよく見てみると、至る所に身を隠した海賊が視界が悪い中でも僕たちを狙っているのがわかり……、

 

「アルフィー、それにレンも……! 気を付けろ!! 海賊が闇の類人猿(ダークラウー)達に紛れて僕らを狙って来ているっ!!」

「言われなくともわかってらぁ!! だが、急がねえとシェリルさんがやべえぞっ!?」

「ちくしょうっ! この視界じゃ……、狙いも定められない!!」

 

 フォルナはジーニス達に任せ、一人で多数を相手取っていたレンも戻って来たところで、一緒にシェリル救出に向かうものの……、闇の類人猿(ダークラウー)の相手をしながら海賊たちにも注意を払わなければならず、手間取っている内にシェリルが壁際まで移動させられてしまっていた。続々と海賊共がシェリルたちのところまで来ると、エレベーターのようなものが起動し上層へと運ばれていく……!

 

(このままじゃ不味い……っ! でも、どうすれば……? 自分に掛けている重力魔法(グラヴィティ)を解除したところで流石にあそこまでは飛べないし、何よりコイツらがさせてくれない……っ)

 

 だけど、今のままでは埒があかない。僕は自分に掛けていた重力魔法(グラヴィティ)を解くと、精霊であるシルフに呼び掛ける。魔法が使用できないこのアジト内では精霊とコンタクトをとる事も容易ではなかったが……、近くにいたシルフは僕の呼びかけに応えてくれた。

 

(コウ……わかってるよ、きみがたのみたいことは……)

「……頼む、シルフッ!!」

 

 シルフは僕の意を組んで、海賊の放った煙幕を吹き飛ばし、さらには風の結界のようなものを纏わせてくれる。視界が回復すると同時に……、これで海賊の飛び道具を気にしないですむ……。

 

(有難う、助かったよ!)

(……おやすいごようさ。……たのんだよ、コウ……。シェリルを、たすけてあげて……)

 

 シルフの加護を確認して、僕はミスリルソードを構えてシェリルのいたエレベーターのところに狙いを定めると、

 

「グギャ!?」

「ガッ、ギュワッ!!」

 

 僕は行く手を阻む闇の類人猿(ダークラウー)達を切りつけていきながら、神速ともいうべき速さで目標の場所まで矢のように駆け抜ける。その間にいくつもの矢のような物が僕に放たれるが、シルフによる風の加護によって、それは僕に当たる事なくあさっての方向へ飛んでいった。

 

「クッ……風の……障壁、だと!?」

「……そこだっ! ……全てを切り裂け……『風刃魔法(ウインドブレイド)』!!」

 

 僕に向かって矢を放った海賊たちを特定し、僕は古代魔法の風刃魔法(ウインドブレイド)を詠唱する。少し手間取ったが魔法が完成し、幾重にも纏った疾風の刃が海賊を襲う……!

 

「ガ八ッ!? ば、馬鹿な……っ」

 

 『風刃魔法(ウインドブレイド)』をまともに受けた海賊が、持っていた武器を落し膝をつく。他の海賊たちも僕の風刃魔法(ウインドブレイド)やレン、それにアルフィーにやられたようで、敵性察知魔法(エネミースカウター)で確認できた奴らは皆、倒れ伏しているようだった。後は……シェリルを連れて上層へと昇っていく奴らだけか……。

 

「それにしても目を付けた時から思っていたが……、コイツは過去最高レベルの上玉だな!」

「おまけにいいカラダしてやがるし……たまらねえなっ! 早く愉しませて貰おうぜ!! この機会を逃したら、こんな上玉、もう味わう事は出来ねえだろうしよ」

「ああ! どうせお頭はあの貴族の歌姫様にすっかりご執心のようだしな。隠し部屋で囲っちまえばバレねえだろう……!」

 

 シェリルの美貌に当てられた海賊共が舌なめずりするように口々に勝手な事を宣っているのが聞こえる。男の欲望に晒され、厭らしい視線を向けられているシェリルの声なき悲鳴が聞こえてくるようだった。その瞳は涙を浮かべながらも、助けを求める様に僕の方へと向けられていた。

 

「よし、着いたぜ。あとは隠し通路起動させてさっさと連れてくぞ。そうしたら、もう奴らにはどうすることも出来ねえしな」

 

 上層に着くと海賊たちは何やら隠し扉のようなものを起動させているようだった。不味い……、そこまで連れて行かれたら、簡単には追えなくなる……!

 

「んーっ! んんーっ!!」

「ぼら、もう諦めろって! 抵抗しても無駄だから大人しくついてこいっ!!」

「どれ、俺も手伝うぜ! へへっ……泪なんか浮かべやがって……興奮するじゃねえか……! 肌触りも申し分ねえし、部屋に着いたらたっぷりと可愛がってやるからな……!」

 

 別の海賊に両膝も抱えられ、抵抗も出来なくなったシェリルはなす術もなく開いていく扉のところまで運ばれてゆく……。もうほとんど猶予もないのに、あそこまで助けに行く手段も無い……! 下手に魔法を使ったらシェリルを巻き込んでしまうし、そもそも詠唱が間に合うかどうかも……。

 眼を瞑り、溢れた涙と共に必死に首を振りながら、口を塞ぐ海賊の手から何とか逃れようともがくシェリルを嘲笑うかのように、開かれた扉の奥まで連れていかれるのを、ただ見ている事しか出来なかった……。シェリルを連れ込み、身柄を確保したのを確認し海賊が扉を閉めようと操作したその時、

 

「ピィッ!!」

「うわっ、なんだ!?」

 

 ぴーちゃんがシェリルの両足を抱えた海賊の顔に飛び込むように体当たりするのが見えた。堪らずその海賊はシェリルを離し、目をこするようにして蹲る。

 

「な、何だ、コイツは!? ぐわっ!?」

 

 続けて混乱する海賊の顔にやはり飛び込むと、シェリルを拘束していた鞭を落し、顔を抑えているようだった。

 

「ッ!!」

「しまった!! 女を逃がすなっ!!」

 

 自分を拘束していた海賊たちの手を逃れ、シェリルが閉じられようとしていた扉から抜け出すと、残りの海賊たちもすぐに追ってくる。そこに……、

 

「グルルッ!!」

「なっ!? ア、アサルトドッグだと……!?」

 

 先程まで僕と一緒に闇の類人猿(ダークラウー)と戦っていたシウスが、壁伝いに上層まで駆け上がったのか、シェリルを追おうとしていた海賊に飛び掛かる。さらには2人の海賊を奇襲したぴーちゃんも飛び回りながらもシウスを援護する形で交戦していた。

 

「コウ様っ!!」

「シェリルッ!!」

 

 自分の身体に巻き付かれていた鞭を取り払いながら、自身をここまで運んだエレベーターのところまで駆け出してきて、下にいる僕に向かって叫ぶ。僕もシェリルに応えていると、その後ろから再び鞭がシェリルの左腕に巻き付かれたのが見えた。その鞭の主は……シェリルを捕え……ぴーちゃんに襲撃を受けた海賊。

 

「……アンタは逃がさねえぜ。あの糞鳥……舐めた真似しやがって。後で焼き鳥にしてやるが……まずはアンタだ……」

「ッ……シルフ!!」

 

 シェリルがそう叫ぶと彼女に絡みついた鞭が風の刃によって切断させる。捕まっていた時からシルフとコンタクトを取っていたのだろう。精霊魔法を使用する為の最後の引き金(トリガー)として精霊の名前を呼ぶと同時にシルフがシェリルの意に応えた形となった。再び彼女を引き寄せようとしていた海賊は軽く舌打ちしながら、

 

「チッ……だが、どうする? エレベーターは俺たちじゃなきゃ操作できねえ。ここまでは仲間も来れねえし、あのアサルトドッグも直に片付ける……。アンタが逃げられねえのは変わりはねえぞ……?」

「……」

 

 するとシェリルは海賊から視線を外し、僕の方を見る。ま、まさか……シェリル……!?

 

「余所見をするとは余裕だな!!」

 

 新たな鞭を手にした海賊がシェリルの身体に巻き付くのも構わず、シェリルは引き寄せられる前になんと、そこから飛び降りてしまう。

 

「なっ!? 馬鹿な……! この高さだぞっ!? 正気か!?」

「コウ様っ!!」

 

 海賊は引きずられる前に鞭を手放し、シェリルは僕の名を叫ぶ。僕は衝撃に備えるつもりでで反射的に彼女を受け止められるところまで跳躍した。飛び込んでくるシェリルを空中で受け止め、彼女を抱きかかえると落下時の衝撃に覚悟する……!

 

「グッ……!」

「コウ様……大丈夫ですか? ……助けて頂き、有難う御座いました」

 

 ジーンとくる衝撃に耐えている僕にシェリルは心配そうにしながら、控えめにそっと腕をのばして僕に掴まってくる。

 

「全く……僕が受け止められなかったらどうするつもりだったんだよ……」

「わたくしは信じておりましたから……。ちゃんと受け止めて頂けると……」

 

 海賊たちから逃れるにはそれしか方法がなかったとはいえ……10m以上の高さから飛び降りるのは並大抵の覚悟じゃ出来ない。その腕には巻き付けられた鞭の跡も残っていた。僕はお姫様抱っこの状態からシェリルを地面に下ろすと、跡になっている部分に触れようとして、何かが迫ってきているのを感じた。

 すぐさまシェリルを背に庇い、ミスリルソードを抜きはらって、迫ってきた鞭を斬り払う! 見ると上層にいた海賊が性懲りもせずシェリルに向けて先程の鞭を飛ばしてきたようだ。よくここまで鞭が届くもんだという思いよりも、またシェリルを狙ったという怒りを覚える。

 

「チィッ!! 逃がしてたまるもんかよっ!! あんな上玉を……っ!」

「……人に宿りし秘められた力よ、その力を持って我が敵を撃て! ……『掃射魔法(エネルギーショック)』!!」

 

 せめてもの抵抗とばかりに、閉まっていく扉にぶつけようと唱えていた僕の魔法を完成させると、掌から凝縮されたエネルギーの塊がシェリルを狙っていた盗賊へと一直線に向かっていき……!

 

「ぎゃっ!!」

「おい、犬っころ! そこから離れろっ!! ……『無双連舞魔法(ウェポンミラージュ)』!!」

 

 僕の魔法が海賊を貫きショックで蹲る中、追いついてきたレンがやはり詠唱していたのだろう魔法を止めとばかりに発動させた。レンの言葉に従いシウスが駆け下りてくると同時に、あらゆる斬撃、刺突、打撃等が海賊たちを襲っていた。……魔法が止んだ時には、敵性察知魔法(エネミースカウター)で確認する限り皆瀕死の状態で……、全て蹲るか倒れ伏していた。

 

「……コウ様っ!」

「無事助けられて良かったよ……。敵は君が狙いみたいだったから……」

 

 新たな闇の類人猿(ダークラウー)の増援もなく、漸く一段落したところで……、シェリルが僕に抱き着いてきた。ぴーちゃんが僕らの周りを嬉しそうに飛びまわり、シウスもこちらまでやって来る。

 ……間断なく攻め立ててきたのは、シェリルから僕たちを離そうとしていたのだろう。そして、離れたところで触手で絡めとり……、捕えるつもりだったのだ。それにまんまと嵌まってしまったが、一先ず敵の思惑を跳ねのける事は出来た。でも……、

 

「まだ気を抜くのは早えぜ……。ここはまだ、奴らの陣地内なんだ。いつまた敵がくるかもわからねえ……」

「……そうだね。シェリル、僕から離れないで……!」

 

 レンの言葉に頷き、そうシェリルに呼び掛けると、わかりましたとばかりに僕の腕をとって体を密着させてきた。一瞬ドキっとするも……、今はそんな事を気にしている場合ではない。

 

「いちゃつくのはその辺にして……早くユイリと合流しようぜ。あまり時間もねえんだ」

「……ごめん、待たせたね、みんな……」

 

 僕らを見ながら少し呆れたように話すレンに苦笑しながらも、待ってくれていたジーニス達にお礼を言って、ユイリと合流すべくアジトの奥へと進むのだった……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(……あれから敵の動きがねえな。恐らくは管制塔みてえなところからこっちの動きを把握していそうなもんだが……、もしかして泳がされてんのか……?)

 

 大分奥までやって来たとは思うが……、あれからは海賊はおろか、闇の類人猿(ダークラウー)も現れなくなる。あの触手さえ飛ばしてこない事を見ると、流石に変だと俺は思っていた。

 

(恐らくここは疑似ダンジョンコアによって、ダンジョンの様なシステムを構築した場所の筈だ……。だからダンジョン(・・・・・)の意思(・・・)で俺たちを攻撃してくる事はねえ……。だが、それを操る奴らも沈黙するってのはどういう訳なんだ……? クソ、考えたところで俺にはわからねえ……!)

 

 そもそも、そんな難しい事を考えるのはいつも他の仲間に任せていたのだ。『獅子の黎明』に所属していた時も、『王宮の饗宴(ロイヤルガーデン)』に入った時も……。せいぜい、俺が考え決める事があるとすれば……、

 

「今のところ順調に進んでいるが……、どうすんだ、コウ? このままユイリと合流するまで、ソフィさんを救出するまでここを探索するつもりなのか?」

「……レン?」

 

 ……そう、俺がリーダーの時に決めていたのは、現状を正確に認識し……、今後を判断する事だ。

 

「この場でのリーダーはあくまでお前だ、コウ。俺がお前の立場だったら……、撤退する事を考える。……ここは想像以上に厄介なところだ。魔法は上手く使えねえし、連絡を取り合う手段もねえ……。先程の様に魔物どもや海賊、おまけにアジト自身にも触手でもって絶え間なく攻撃されて、何とかシェリルさんやフォルナのサポートでやって来れたが……、そのシェリルさんだって奴らに目を付けられて狙われてるときた。さっきは辛うじて何とか切り抜けたがよ……、今度同じ事が起こっても無事でいられると断言できるか?」

「それは……、でもっ!」

 

 いきなり撤退する事を提案されても、こいつはすぐには受け入れられないだろう。そもそも連絡の途絶えたユイリを心配して、アジトへの突入を決めたくらいだ。そして一番の目的は、海賊共に囚われたソフィさんを救出する事……。その目的を果たせずして、撤退するのは抵抗もあるんだろう。だが……、

 

「……奴らの様子からも、ユイリ達が捕まったという感じはしなかった。アイツの事だ……、多分何処かに上手く潜り込んでいるんだろ。もしかしたら、既にソフィさんの捕まっている場所を特定して、救出すべく張り込んでいるのかもしれねえ……。だが、今ここでシェリルさんまで捕えられたらどうなる? おまけに海賊共はボスにすら内緒で彼女を囲おうとしやがった……。もしもシェリルさんが連れ去られていたら……、ソフィさんを助け出すだけでは済まなくなっていたところだっ!」

「……っ!」

 

 言葉が詰まるコウの後ろで、先程の事を思い出したのか息を吞むシェリルさん。……俺一人なら何とかなるだろうが、流石に誰かを守りながらとなったら厳しいと俺は思っている。コウだってわかっている筈だ。運が悪ければ、シェリルさんは奴らの手に落ちていたかもしれない……。いくらコウやジーニス達が強くなってきたといっても、地の利は明らかに海賊共にある。……ここから脱出した方がいい。

 

「ユイリ達が心配なら俺に任せておけ。俺一人なら何とでもなる」

「だけど……、出入口は塞がれたんだよ? レンは『離脱魔法(エスケープ)』を使えるの!?」

「それと同じ効果のある『帰還の巻物(スクロール)』を持っているから大丈夫だ。冒険者の時に使っていた奴の残りだがな。だから、シェリルさんの『離脱魔法(エスケープ)』でここから脱出しろ、コウッ!」

「コウ様……」

 

 シェリルさんも不安そうにコウを見上げる。アルフィーやジーニス達もコウがどのような決断を下すのか見守っていた。……コウもわかっている。シェリルさんを脱出させる事が最善であるという事は……。だけど、彼女はコウが残るのに自分を脱出させられるのは拒むだろう。従って……、コウとシェリルさんがこのアジトから脱出する必要がある。

 

「……お前が一度決めたら折れねえ奴ってのはわかってる。ユイリが心配で、ちゃんと自分で無事を確かめなければ気が済まねえって考えてんのもな……。だが、それを押し通すにはリスクがでけえって事もわかってる筈だ。……ここは大人しく退いとけ。後は……俺に任せろ……」

「レン……。僕は……」

 

 意を決したように俺を見返すコウが口を開こうとした瞬間、シェリルさんの足元の周りだけ地面が消えたのだ……!

 

「きゃっ……!」

「シェリルッ!!」

 

 突如できた落とし穴に吸い込まれそうになる彼女を咄嗟に掴むコウだったが、シェリルさんに引きずられる形でコウもその穴に……!

 

「くっ……!」

「コウッ! シェリルさん!」

 

 コウはシェリルさんの腰を引き寄せ抱えると共に、片手で何とか地面を掴み、落下を防いでいた。慌ててジーニスやアルフィーが駆け寄り、コウの腕を掴む。

 

「……シェリル、ちゃんと抱えているから君はレンに手を伸ばせっ! レンッ、頼むっ!!」

「ああ、任せろっ!!」

 

 コウの言葉に従い、手を伸ばす彼女の腕を取り、そのまま穴から引き上げる事に成功する。後はコウも引き上げればと思ったところで、

 

「……レン、僕はこのまま穴に落ちる。恐らくはシェリルを落とそうとした元凶の下に辿り着くはずだ。ユイリやソフィさんも、この先にいるのかもしれない……」

「……はっ!? お前、何を言って……」

 

 一瞬、コウが何を言っているのか理解できずにいると、さらに言葉を続ける。

 

「……下にどんな仕掛けがあったとしても、状態異常に罹る事のない僕だったら対処できる筈だ。こうなった以上、僕がユイリ達と合流してソフィさんを助ける。……レンはシェリル達を連れてここから脱出してくれ。必ず、戻るから……!」

「コウ様っ!? 一体何を仰っているのですっ!? そんな事……っ!」

「そ、そうですよ、師匠! いくら何でも無茶だ……!」

 

 シェリルさん達が思いとどまるよう説得しようとする中で、コウは俺の方をジッと見つめる。

 

「……レン、シェリルを……、後を頼む……っ!」

「お前……っ!」

 

 最後にそう伝えると、コウはジーニス達の手を振り払い、一人落とし穴に落ちていった……。突然の出来事に皆呆然とする中で、その落とし穴に自ら身を投げようとする人影に気付き、

 

「! ……シェリルさん、駄目だっ!」

「離してっ! 離して下さいっ! コウ様が、コウ様が……っ!」

「落ち着いてくれ、シェリルさんっ! このまま追ったらアイツの思いが台無しになっちまう!」

 

 慌てて俺は半泣きになりながらコウを追おうとするシェリルさんの腕を取り、自身に引き戻す。アイツに任された以上、彼女を危険な目にあわす訳にはいかない。取り乱したようにシェリルさんは涙目で俺に振り返ると、

 

「ですが……っ! もしあの人の身に何かあったら……っ!」

「アイツを信じるしかねえだろっ! アンタまで穴に落ちたら敵の思う壺だ。もっと最悪の状況になっちまう。コウも言っていたが……、アイツは状態異常には掛からねえ。少なくとも五分の状態で海賊共と戦える事が出来る!」

 

 彼女を諭すように言い聞かせながら、その美しい瞳を見据える。

 

「それに……、今のアイツはそうそう後れを取らねえ筈だ。なんたって俺とも互角に戦えるようになってきた。……それに、アイツの言ってた通り、潜伏しているだろうユイリとも合流できれば何とかなる」

「ですがっ、ですが……っ!」

 

 それでも諦めきれない様子のシェリルさんを説得する為、俺はちょっときつめに、

 

「……惚れた男の事が信じられねえかっ!? アイツが、約束を破って死ぬような奴だと、アンタはそう思ってんのか!? 俺はコウを信じる! だからアイツが願う通り、シェリルさんを安全なところまで連れて行く……。シェリルさん、アンタはどうなんだ? 戻ってくると言ったアイツのを、待つ事は出来ねえか……?」

「…………わかり、ました……。あの方の言葉を……信じ、ます……。わたくしが……、コウ様を信じないなど、そんな事……っ!」

 

 力を抜き、消え入りそうな声でそう呟いたシェリルさんを見て、俺は漸く彼女をフォルナに託す。フォルナがシェリルさんを慰めているところにアルフィー達も、

 

「……大丈夫ですよ、シェリルさん。師匠は強いですから。きっと、ソフィさんも助けて戻ってきますよっ!」

「ああ、アイツがやられる筈がねえっすよ! なんたって俺のライバルだ! ここまでも、アイツは不覚を取らなかった。ここのボスだろうがなんだろうが……、何時ものように切り抜けますよ! ましてそこにユイリさんも加わったら鬼に金棒だっ!」

 

「よし……、じゃあ一度撤退する。いつまた罠が起動するかもわからねえ……。シェリルさん、頼む」

「……はい、わかりましたわ……」

 

 こうして彼女は離脱魔法(エスケープ)を詠唱し始める。何時もより詠唱に時間が掛かる分は皆で最大限警戒しつつも、俺はボスの元に向かったであろうコウに心の中で呼び掛けた。

 

(シェリルさんの事は任せろ。お前の代わりにしっかりと守る。だから……、お前はちゃんと戻って来いよ。約束を破りやがったら……タダじゃおかねえ!)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「チッ、女は上手く逃れたか……。余計な手間を掛けさせやがって……!」

 

 舌打ちしながらそう呟くのを、私たちは天井裏で息を殺して聞いていた。……ここでは隠蔽工作(バイディング)が無効となるらしく、すぐに潜入を察知されてしまったが……、何とかソフィのいる海賊たちの船長と思わしき部屋に辿り着く事ができたのだったが……。

 

(……シェリル様が落とされなかった事は僥倖だったけど、それでも貴方が代わりに落ちる事もないでしょうに……!)

 

 そもそも勝手にアジトに潜入しない様にと釘を指してきたのに……と思わなくもなかったが、連絡できず心配させてしまったからだと考えると、彼らの事を責められなくもある。

 

 ……現在、私たちが敵の探索システムに察知されずに済んでいるのは、隠蔽(バイディング)の上位の能力(スキル)である私の固有技、『断絶』のお陰だ。『断絶』はどんな探査能力でも引っかかる事はなく、そこに居ない(・・・・・・)事とされる(・・・・・)という特性を持っている。ただ、これを展開していると行動できなくなってしまうというリスクはあるが……。

 

「下に敷き詰めていたスライム共は避けておくか。これでくたばってくれたら手間も掛からねえんだが……、全くどいつもこいつも……! 本当に使えねえっ! 何人かは俺に黙って女を囲おうとしてやがったようだし、交渉現場の方でも一体何をやっていやがるんだか……。予定ではさっさと切り上げるって話だっただろうが……! まぁ、王女が現場に現れたっつうのは予想外だったし、城に向かった筈の魔族と部下共も連絡を寄こさねえから仕方ねえところもあるとはいえ……」

 

 ……やはり城も攻めるつもりだったのね。コウの言っていた通り、か……。聞こえてきた声に、彼の見立て通りだった事に感心する。

 

 現状は手傷を負ったイレーナもいる為、そう簡単には動けない。外に伝えようと思っても『通信魔法(コンスポンデンス)』の類は使う事が出来ず、手を拱いていたというのが実情だ。『影写し』で私の分身を出て行かせる事も考えたが、思った以上に海賊たちの力が強く、無事に脱出できる保証がなかった為、実行には移せていない。

 かといって、この場から離れる事はソフィの置かれた状況を見るに出来なかった。いつ、あの海賊のボスがソフィに手を出すとも限らないのだ。もしもの時はリスクを冒してでも彼女の救出を決行するつもりでいる。

 

 そして、連絡がない事に業を煮やしたのであろうコウ達もアジトの中に侵入してしまった。さらに恐れていた通り、シェリル姫も海賊の目に留まってしまったようで……、コウが彼女を助けられなければ状況は今以上に悪化していただろう。

 

「全くむしゃくしゃするぜ……、ここは歌姫さんにこの鬱憤を晴らさせて貰うとするかな……」

 

 ニヤッと笑ってボスの男がソフィの拘束されている寝台にまでやってくる……。そして……、

 

「むぅっ!! ううんっ!!」

「へへっ……いいおっぱいだぜ。さっき測らせたところによると、確か100センチを超えてるんだったか? さぞかし貴族様らしく羨ましい生活を送っていらっしゃった賜物なのかねぇ……。ま、今後のアンタの人生はもう俺たちのもんだ。オークションも終わったようだが、凄いぜ? アンタの初めて(・・・)はなんと、大金貨300枚以上の値がついた。性奴隷としてなら3000枚出してでも欲しいという奴もいた。あの大人気歌姫様の、それもこんな立派なカラダを好き放題できるって事がそれだけの価値を見い出してんだろうな。どっちにしても、俺たちとしては有難い話だ」

 

 そう言ってソフィの胸を揉みしだく海賊のボス。

 

「だけどアンタを売り飛ばすのは勿体ねえな……。処女だって俺が奪いたいくらいだぜ。おっと、何時までも猿轡させて悪かったな。もう自死する力も入らねえだろうし、その可愛い喘ぎ声を聞かせてくれよ?」

「――はぁっ! ……っ、もう、止めて下さっ、あぁっ!! ……くぅ……」

 

 ソフィの反応に気を良くした男は、嗜虐的な笑みを浮かべつつ彼女の体をまさぐり、その蛮行を続ける……。今すぐにでもあのケダモノの首を掻っ切りたい衝動に駆られそうになるのを必死に抑えるが、

 

「どのみちカラダの具合は色々確かめなきゃならねえんだ。折角だし、アンタも愉しみなよ……!」

「いやあっ……、やめ、てぇ……っ!」

 

 もうこれ以上は……! 取り返しのつかない事になる前に突入する覚悟を決めてイレーナと頷きあったその時……、ドシンと何かが落ちてきたような大きな衝撃音が轟いた……!

 

「痛ぅ~~っ!! 何だ何だ!? 落とし穴に落とすんだったら、普通クッションみたいな緩衝材を敷き詰めておくだろ!? 仮にもシェリルを落とそうとしたんだったら……、いや、代わりに落ちたのが僕だったからこうしたってのか……」

 

 …………今の声は、彼の……! 私とイレーナは思わず顔を見合わせる。続けて彼のぼやく様な声が聞こえてきた。

 

「ああ、この端に固まっているスライムみたいなヤツで本来受け止めるつもりだったのかな……? まあいいや、さっさとこの扉みたいなヤツを……、ん? 何? 邪魔する気?」

「……落ちたくらいでは死ななかったか。全く、いいところで邪魔をしやがって……」

 

 舌打ちしながらソフィから離れ、コウの声がした部屋の入口へ向かっていくと……、なんとその扉が突然蹴破られたのだ……!

 

「っ……何のつもりだ、貴様……!」

「スライムみたいのが何やら襲い掛かってこようとしてたから、入り口毎吹き飛ばしただけさ。……お前がここの海賊共の船長か? 本当に好き勝手にやってくれたね……」

 

 やっぱり、コウだ……! でも、何時もの彼と違ってどこか……、怒気、というよりも殺気を纏っている……? そんな彼の姿を見たのは初めての事で、少し戸惑っていると、

 

「……自分が何をやったのかわかっていねえようだから、特別にもう一度聞いてやる……。一体何のつもりだ? こんな真似をして、ただで済むと思っているのか……?」

「最近、自分の欲望に忠実な奴がふざけた事ばかりしているからさ……。本当にウンザリしているんだよね……。ああ、勿論わかってるよ? そっちこそ、シェリルにまで手を出そうだなんて舐めた真似をして……、覚悟は出来ているんだろうな……!」

 

 海賊の殺気にも怯む事無く、むしろ前面に怒りを押し出すと、ベッドに拘束されたソフィに目を遣り、コウは静かに告げる……。

 

「……そこにいる女性(ヒト)を返して貰うぞ。この下衆野郎が……っ!」

「貴様ぁ……、自分が何を言っているのかわかってんのか……っ!? 雑魚の分際でこのジェイク様に敵うと……何っ!?」

 

 ジェイクと名乗った男がコウに気を取られている隙に、私とイレーナはそこから降りるとすぐにソフィの解放に向かう。そして、サッと縛めを解き放つと、イレーナに彼女を任せ、コウを援護しようと海賊の男越しに彼と目が合うと、

 

「ユイリ、やっぱり無事だったんだね……、よかった……」

「全く、私が合図するまで突入しない様にと言っていたのに……。シェリル様に何かがあったらどうするつもりだったのよ」

「…………ここまで俺をコケにする奴らは初めてだぜ。覚悟は出来ているんだろうな……貴様ら……!」

 

 私たちを遮る様に、海賊は会話に割り込んでくる。……この男? ソフィを取り返されたというのに……、焦っていない? それに、様子を伺っている時よりわかっていたけど……、流石にボスというだけあるわね……。

 

「……コウ、わかっていると思うけど……」

「ああ、わかってるよ……。奴は強いね、とても……」

「……それがわかっていて、とる態度がそれか……。俺も舐められたもんだな……」

 

 そう言うと、自分の武器なのだろう三日月刀(シミター)を静かに抜き放つ……。それもただの三日月刀(シミター)ではない……。あの刀剣の輝き、あれは恐らく魔力付与(エンチャント)された魔法の剣だ……!

 しかも……、三日月刀(シミター)を持つ逆の腕は義手だったようで、手の部分を取り外すと鉤爪のようなものが音を立てて出てきた……! そうして戦闘態勢を整えた海賊の船長は、不敵な笑みを浮かべながら悠然とコウの下へ……。

 

「ユイリ……、君はソフィさんのところに居て……。コイツ、何か企んでる……。イレーナさんは負傷しているようだし、もしもの時の為に……」

「無茶よっ! この男の実力(ちから)は、貴方一人で戦える相手じゃ……!」

「俺はどっちでもいいぜ? 貴様一人だろうが、二人がかりだろうがよ……。尤も、そこの男が死ぬことは最早決定事項だがなぁ!!」

 

 海賊ジェイクはそのように言い放つと、手にした三日月刀(シミター)を振りかざし、ミスリルソードを構えたコウへと躍りかかったのである……!

 

「コウ……ッ!!」

 

 そんな私の叫び声と共に、今回の事件を引き起こした海賊の船長と勇者の資質を秘めたコウとの戦闘が切って落とされたのであった……。

 

 

 

 



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第46話:決着

第46話、投稿致します。
次の話で、一通りの区切りとなります。


 

 

「……やめだ」

「……? どういう事です? やめ、というのは……?」

 

 王女殿下が主導となって行われていた人質交換だったが……、突如窓口となっていた海賊がポツリとそう漏らし……、

 

「やめだと言ったんだよ、王女様。……まどろっこしい事をせず、アンタごとお宝も頂いちまえば済む話だ。……大人しく、俺達に付いて来て貰おうか、王女様? 歌姫さんが心配ならな……」

「これはまた、なんとご無体な……。今まで行ってきた約束事を違えると仰るのですか……?」

 

 順調に人質となっていた者たちの引き渡しが行われた矢先、全てを御破算にするかのような話しように思わず絶句するも、

 

「……コウ殿が言っていた通りの展開になってきたで御座るな」

「ああ……、って事は少なくともソフィ様の下には辿り着いたって事だ」

 

 一緒に経緯を見守っていた同僚、ぺ・ルッツがそっと話しかけてくる。俺と同じく百人隊長として昇進し、王女殿下のいち護衛部隊に抜擢されてここにいる以上、密かに戦闘態勢を整えながら、コウが話していた事を思い出す……。

 

『もし、海賊が交渉を打ち切って強引に事を進めようとしてきたなら……、その時は無事にソフィさんを救出できたか、少なくとも彼女に接触できたと判断して貰っていいと思います』

 

 ユイリさんからの連絡も入らず、状況がわからなくなる可能性をあげて、コウが緊急会合の場でそう伝えていたのだ。一番こちらにとって不味いのは、ソフィさんに剣を突き付けられていたりと予断を許さない状況にされる事であって、それを見せられないのに強引な手段を用いてきたというのはそういう事です、と冷静に話していたコウに俺は目を見張ったが……、なるほど、本当に話していた通りの展開となってしまった。

 

 まるで未来を見通していたかのような物言い……。ストレンベルクを問わず、歌姫として誰からも愛される令嬢を不埒な状況におき、大なり小なり皆が怒りで熱くなるっている最中に、コウは一人、冷静に自分の判断を話していた。

 

(……あくまで可能性と銘を打っていたが、コウのその判断には自信があるようだった。以前に『獅子の黎明』の団長として、決断力に富んでいたレンのように……。いくら意見を求められたって前振りがあっても、あそこまで言い切れるもんなのか……? あれが、魔法や能力(スキル)などが無かった世界から来た者特有の判断力というやつなのか……?)

 

 少なくとも、コウに未来を知る魔法は使えるとは聞いていないし、『占術士』や『占い師』、予知(プレコグニション)が出来る『超能力者』でもないと聞いてはいる。しかしアイツの決断は、まるで未来を知っているかのような印象を受けたのだ。そして、そう感じたのは決して俺だけではないだろう。

 

「そもそも……、占術士だって知りたい事を確実にわかる訳じゃねえ。まして、冷静さを欠いていたら、結果は言うまでもねえしな」

「……ヒョウ? 何を考えておるんじゃ? おっと、ここでは百人隊長殿と言った方がいいかの?」

 

 そんな時、名目上は俺の部下となっているドワーフ族のハリードがやって来る。どうやらポルナーレの奴もいて、かつての冒険者の時のメンバーが揃ったようであった。

 

「……なんでもねえよ。それよりお前らも戦闘の準備をしとけ。敵さん、随分殺気立ってきてるからよ」

「まぁ、私たちの出番があるかはわかりませんけどね……。特に飛翔部隊の方々はこうなるとわかって、備えていたようですから……」

 

 ポルナーレの言葉に、俺はあの飛翔部隊の隊長でもある、あのグラン殿に目を遣ると、既に臨戦態勢に入っていた。

 

「ヒャッハーッ! 全てを奪い尽くせーっ!!」

「俺たちゃ泣く子も黙る海賊だーっ!! 人質を殺されたくなかったら……えっ!?」

 

 まだ引き渡しの完了していなかった者たちを再び人質にしようとしていた海賊だったが……、好き放題する前にその肝心の人質がいなくなっている事に気付いたようだ……。そう……、人質にしようとしていた者達は今……、

 

「……君はソフィ嬢に仕えていた直属の侍女だったね。大丈夫かい?」

「え……あ、ああ……、グラン、様……!」

 

 ……海賊共が約束を守らないであろう事はわかっていた。コウが予測していた……という事もあるが、それ以前に向こうがソフィ嬢を解放する気がないのは、あの『映像再生魔法(プレイバック)』を見てみればわかる。例えこちらが本当に王女殿下との引き渡しに応じたとしても……、奴らは嬉々として引き渡しを破棄し、王女殿下もろとも略奪していったに違いない……。

 

「な……!? 一体いつの間に……!?」

「お、おい……! 気付けば金貨や財宝なんかも無くなってんぞ!?」

「……君たちが約束を破らなければ、渡してしまっても良かったけどね。まぁ、そうなる事(・・・・・)はわかっていたよ……。その我々が、何も対策せずにこの場に臨んでいるとでも思っていたのかい……?」

 

 恐らくは、グラン殿が何らかの能力(スキル)を使ったのだろう。グラン殿が抱き上げていた彼女を下ろし、保護するよう部下に促すと、狼狽する海賊たちに向き直る。

 

「き、貴様ら……! 汚えぞっ、俺達を最初から騙すつもりだったな!?」

「……どの口が言うんだか。最初からソフィを返すつもりもなかった君達に言われる筋合いはないよ。だから、こちらも相応の姿勢で臨んだのさ」

 

 次々と戦闘態勢をとっていくグラン殿率いる飛翔部隊と付随する騎士たちに加わるべく、俺もハリード達とその場に向かう……。

 

「こ、こちらにはまだ歌姫がいる……! その歌姫がどうなってもいいというのか……!?」

「……ここに彼女がいない事も当然わかっている。居るというのなら、どうしてソフィ嬢の今の状況を映さないんだ? 彼女に刃を突き付けられていたら、それだけで僕たちは手が出せなくなるかもしれないというのに……。ソフィ嬢を人質にして、護衛の騎士たちを殺害していった時のように……」

 

 グラン殿はそう言うと、今まで隠していた殺気がその身から溢れはじめた。まだ距離もある俺たちにも届く、英雄と称えられる男のそんな殺気に晒されて、海賊共はさらに委縮したようだった。

 

「……表立って表明している訳ではないから、君達は知らないだろうけど……、ソフィ嬢は僕の婚約者(フィアンセ)でね……。同じ大公家という身分もあって、親同士が決めたものだったが、幼少時から交流は続けていた……」

「な、何だ!? 一体何の話をしている!?」

「……だから彼女の護衛に就いた騎士の内……、幾人かはアレクシア家から派遣している騎士もいた……。将来、僕の花嫁となるかもしれない彼女を守るべく、派遣された者たちがね……。お前たちの非道は『最期の刻(ダイイングメッセージ)』にて既にわかっていたけど……、それを送った騎士は僕が信頼していた者だ……。わかるかい? 僕にはお前たちに復讐する理由があるという事を……!」

 

 ……これは、俺達の出番はなさそうだな。レンよりも強いであろう、あの彼をここまで怒らせたのだ。例え彼一人だけであっても、この場を抑えられるに違いない。海賊共もそれがわかっているのであろうが……、降伏を申し出るタイミングも失われ、ただ虚勢を張り続けるしかないようだった。

 

「私情で事を起こす立場にはないが、覚悟はいいか……? せめて祈るんだね……この怒りを受けて、それでも生命が残っている事を……!」

(終わったな……。俺たちの出番も、なさそうだ……)

 

 グラン殿のその言葉と共に、俺達はこの場の海賊たちが彼によって制圧される事を確信する。そして、その考えは数分後現実のものとなるのであった……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 激しい剣戟の音が鳴り響く。流れるように斬りつけてくる敵の剣閃を弾くたびに、甲高い音と閃光が瞬いた。

 

(……速い。それに滑らかだ……。まだ、シェリルが掛けてくれていた『全体加速魔法(アーリータイム)』などの補助魔法が残ってて、『重力魔法(グラヴィティ)』も解除してるから、剣の軌道を追えてはいるけれど……)

 

 そうでなければ、こうも敵の攻撃は受け止められなかったかもしれない。そう考えている間にも鋭い剣閃が自分を捉えようと様々な角度から飛び込んでくる。

 

「……思ったよりもやるようだな。ならば、これならどうだ?」

 

 海賊の船長、ジェイクと名乗った男はそう言うと、三日月刀(シミター)を真横に斬り払ってきた。

 

「そんなもの……!? クッ……!」

 

 その剣閃を紙一重で躱した僕を、鉤爪の一撃が掠める。どうやら剣での攻撃が囮で、こちらの方が本命だったようだ。その攻撃が僕を傷付けたのを確認し、ジェイクはバックステップで自分から離れる。

 

≪『猛毒』の状態異常を感知しました。直ちに解除します≫

 

 一瞬、能力(スキル)、『自然体』よりそんな項目が現れ……、やがて消える。……どうやら敵の鉤爪には毒が仕込んであったらしい。

 

「これには致死性の毒が塗ってある。これで貴様は終わりだ」

「……」

 

 ジェイクはまだ僕が毒状態に陥ったと思っているみたいだった。僕は敵が油断している隙に小声で『重力魔法(グラヴィティ)』を唱え始める……。これが決まれば、かなり優勢に立ち回れる筈……。そう思って言霊(ことだま)を詠唱していたのだったが……、

 

「……広大なる大地よ、我が言霊を聞き届け給え、此の地に宿りし引き合う力……!?」

 

 魔法が……発動する気配がない!? 先程までは言霊(ことだま)魔力素粒子(マナ)が噛み合わず、魔法が使いにくいという状況だったのだが……、今じゃ使う事すら出来なくなってしまっていた。魔力素粒子(マナ)が全く反応する気配がないのだ。そんな僕の様子を見ていた敵は、

 

「……何故か貴様には毒が通じていないようだな。そもそも……、貴様が落ちた部屋には暫く動けなくなる程の麻痺成分のガスが充満していた筈なんだが……、それも効いていないようだ。それらに掛からない魔道具でも装備しているのかはしらんが……」

 

 僕が状態異常に罹っていないのを知り、そう呟くと続けて、

 

「魔法を唱えようとしているようだが……、無駄だぜ? この部屋ではあらゆる魔法の発動を阻害する構築がなされている……。アジト全体にも掛けてはいるが……、この部屋は特別なのさ。高かったんだぜ……? お陰で魔法のみを封じるものしか施す事ができなかったが……」

「……そんなものが」

 

 海賊の言葉に衝撃を受けていると、隙を伺っていたユイリが補足してくれる。

 

「……魔族の技術よ。隣国でも再現に成功したと言われているけど……、そこでは禁じられた行為が一切できなくなるとされているわ。まさか一介の海賊団がそんな技術が施しているなんてね……。尤も、ここも疑似ダンジョンコアによって半迷宮化しているようだし、大方魔族と手を結んだという事なんでしょうけど……」

「その通りだ……! まぁ、手を組んだというよりは魔族どもを利用しようとしているだけだがな……。そんな訳で……、ここでは一切の魔法が使えない。この部屋に対応した『阻害解除の腕輪(ジャマ―キャンセラー)』を装着した者以外はな……!」

 

 ジェイクは身に付けた腕輪を見せながら得意そうに宣うと、何やら詠唱を始める……。は……? て事はつまり……。

 

「……大気を満たす空気の渦よ、鋭き刃と化し、その身でもって激しき暴風の理を知れ……『烈風魔法(ゲイルスラッシュ)』!」

「……魔法を打ち消ししものは……っ、駄目かっ!」

 

 何時もの流れで『対抗魔法(カウンタースペル)』を掛けようとして、それが効果がない事を知り、相手の魔法に備えようと構えるも、『風刃魔法(ウインドブレイド)』を数倍強くしたような、非常に激しい風が連なって僕を切り裂こうとしてくる。

 

「くっ……!」

「ほぉ……、上手く乗り切ったか! 面白え……っ!」

 

 何とか魔法の射程範囲外に逃れ、それでも自分を傷付けようとする風の刃には瞬時に『鎌居達』を繰り出し、相殺する事に成功する。その様子を見て、相手は気を良くしたのか、次の魔法を詠唱し始める……。 

 ……こちらは魔法が一切使えないというのに、向こうは使い放題だなんて……。こんなの詐欺だと心の中でボヤキながら、僕は改めてミスリルソードを構えるも、

 

「……マグマが如き紅蓮の業火よ、命じられるがままに全てを焼き尽くす裁きとなれ……『溶岩灼熱魔法(バーニングラヴァ)』!!」

「こ、これは……!」

 

 『火球魔法(ファイアボール)』とは比べ物にならない巨大な炎の塊が僕を呑み込もうと迫る……! ヤバい……、こんなもの喰らったら、ひとたまりもないぞ……! 有名なゲームの魔法の名を借りるなら、メ〇ミ……、いや、メラ〇ーマくらいの威力がありそうだ……!

 

 全てを燃やし尽くしそうな炎から必死に身を翻すと、そこから爆炎が包み込んだ。魔法を躱して安心するのも束の間、まだ効果が継続している『敵性察知魔法(エネミースカウター)』が瞬時に反応し……、

 

「っ!? しまっ……」

「魔法剣……『火炎斬(フレイムアウト)』っ!!」

 

 海賊ジェイクが僕に肉薄し、炎が燃え盛る三日月刀(シミター)を一閃させる。咄嗟にバックステップするも、完全には躱しきれずに薄皮一枚斬り裂かれてしまった。さらには傷口から炎が侵食し、僕の身体を蝕んでゆく……。

 

「~~っ!! ぐぅっ!」

「とどめだ……!? チッ!」

 

 この機を逃さず、追撃を加えようとしたジェイクを阻んだのはユイリだ。手甲や忍装束から手裏剣を取り出し、海賊に向かって次々と投擲してくれたお陰で、自分から離れていった。

 僕は能力(スキル)の『応急処置』を発動させると、身体中をめぐる炎による蝕みを和らげ、流血を抑える作用が働く。同時に中級回復薬(ミドルポーション)を取り出して呷る様に飲み干したところで、漸く人心地ついた。

 

「……女に助けられたな。まさか『防御膜(ファランクス)』まで展開できるとは思わなかったぜ。それさえ無ければ確実にあの世に送ってやれたのにな……」

 

 ジェイクの言葉を受けて、そこで僕は自分の前に薄い防壁のようなものが張られている事に気付く。それが、何時ぞやユイリがして見せた『槍衾』の効力だとわかり、その防壁が音もなく消えていったところで、僕は彼女のお陰で命拾いした事を悟った。

 

「……有難う、ユイリ」

「やっぱり無茶よ……! この男は、貴方一人でどうにかなる相手じゃないわ。貴方だってわかるでしょう!? この男の実力が……!」

 

 

 

 RACE:ヒューマン

 JOB :バトルマスター

 Rank:101

 

 HP:312/312

 MP:129/145

 

 状態(コンディション):激昂、戦闘時自動回復(バトルヒーリング)

 

 

 

 ……改めて見ても、海賊ジェイクの実力は僕より上だ。レンやユイリ並みの実力を持ち、それが本気で殺すつもりで襲ってきている……。

 

(僕に勝機があるとすれば……、アイツが侮ってくれている事か)

 

 間違いなく奴は僕を雑魚だと侮っている。何時でも殺せる……、そんな余裕ともとれる雰囲気が感じ取れていて、それこそが付け入る隙であり、唯一の勝機といっていいのかもしれない。

 

「……忍者、いやくノ一って奴か。アンタはそこの雑魚と違って結構やるようだな。だが……、ここでは俺の方が圧倒的有利だ……! 魔法が使えないテメエらに、勝ち目はねえぞっ……!」

 

 まして……、ジェイクはそう言うと、この部屋の壁から触手が伸びてきて、ユイリやイレーナさん達を襲う……!

 

「っ! イレーナッ!」

「だい、じょうぶです……っ! ソフィ様も、無事です!」

 

 襲い来る触手を二本の小太刀で斬り払いながら、イレーナさん達の方を伺うユイリ。辛うじて振り払えたようではあるが、イレーナさんの動きが悪い……。それにしてもこの男……、やっぱりコイツの意思であの触手を操れるって事なのか……!?

 

「アンタは問題なくとも、後ろの獣人の女はそれ程でもねえようだな……。まぁ、大人しくしとけや……、アンタらは殺さねえよ。だから……、コイツが死ぬのを黙って見てろやっ!!」

「……! 来る……っ」

 

 もう少し体を回復させたいところだったけど……、そうも言っていられず僕は敵と相対するも、相手から複数の何かが自分を目掛けて飛んでくるものがあった。

 

「な、なんだ……っ!? 小斧!?」

「『自動投斧(オートトマホーク)』だっ! 魔法空間から作り出され具現化された斧が、ありとあらゆる角度から貴様を襲うのさ……! せいぜい逃げ惑えっ! 一体いつまで回避し続けられるかな!?」

 

 そんな高笑いとともに襲い掛かってくるジェイクの剣を受けながら、投げ斧(トマホーク)も開始し続けなければならなくなり、状況は極めて不利になっていた。もし脚にでも傷を負ったら、唯一勝る敏捷性でも対抗する事だ出来なくなり……、勝機が全く無くなってしまう。まして、自分の体力の問題だってあり、色々な意味で八方塞がりになりつつあった。

 

(……長期戦になったら、僕に勝ち目はない……。仕掛けるならここだ……!)

 

 まだ僕を侮っている今こそ、最初で最後のチャンス……! 僕は職人ギルド『大地の恵み』のリムクスさん達から貰った氷のブーメランを取り出すと、隙を見てジェイクに向かって投げつける。

 

「そんなものが当たるとでも……!? な、なんだとっ!?」

 

 元より投擲術を学んでいない僕がそれでダメージを与えられるとは思っていない。僕が期待したのは……氷のブーメランに込められた特殊効果だ。

 氷のブーメランに掠めた個所が少し凍り付き始める。思わぬ作用にジェイクが驚き、その僅かに出来た隙を……、見逃すつもりはない。

 

「今だっ! はぁっ!!」

「っ! 舐めるなぁ――っ! ……『斬岩剣(ロックカッティング)』!!」

 

 その一瞬で僕は神速の如き速さで海賊との距離を詰めると、それに対抗するべく剣技を繰り出してきたジェイク。僕はそれを直前まで見定め……、

 

「――!? 当たった筈……!?」

「…………後ろだ」

 

 剣が迫るギリギリのタイミングで、僕は残像をのこして相手の背後にまわると、躊躇なく肩の部分を斬り上げる……! ザンッというどこか小気味好い音とともに、鉤爪のあった腕が肩から切り離され……、地面に落ちると傷口から血が噴出した。

 

「ば、馬鹿な……! こんな、雑魚に……、この俺が……!?」

「……雑魚と侮ったその驕りがお前の敗因だ。……止血しろ、それでもって降伏するんだ……。そんなになっては、もうまともに戦えないだろ……」

 

 僕は腕を抑えて蹲る海賊に剣を突き付けながらそう通告する。

 

「……降伏、だと? 貴様、俺を殺さないつもりか? これだけの事をやった俺を……?」

「……元より僕はお前を殺す為にここにやって来た訳じゃない。攫われたご令嬢を助けに来ただけだ。勝負はついた……、これ以上は必要ないだろ……?」

「馬鹿な事を……、どのみち俺は捕まったら間違いなく死罪だ……。この場で殺すのも変わりないものを……」

「……それでも、僕はここで命のやり取りをするつもりはない」

 

 油断なく相手を伺いながらも、僕はジェイクにはっきりと伝える。……確かに、この国でも大事にされていた令嬢を攫い、あまつさえ王女まで奪おうとしていた海賊共が許されるとは思っていない。まして、この男は海賊たちの船長だ。シェリルだって、コイツらに捕まりそうになった……。僕にだって、コイツを許せないし憤っているのも事実だ。

 

 …………だけど、流石に殺す事は出来ない。そんな事をすれば……、例え元の世界に帰ったとしても、今まで通りの生活が出来なくなってしまうだろう……。

 それにそれだけではない……。幼馴染や友人、肉親と大切な人たちの死を体験している僕が、この手で命を奪うなど……、考えるだけでも身体が拒否反応を起こしてしまいそうになる……。

 

「……はっ、とんだ甘ちゃんだな。貴様のような奴が一番虫唾が走る……!」

「……」

 

 吐き捨てるようにそうボヤく海賊。嘲笑するような海賊に僕は何も答えずに、それでも剣を突き付け続ける。

 

「人を殺す覚悟も無いヤツが、敵地に乗り込んできたってか……。笑わせるぜ……!」

「……何とでも言え。それよりもさっさと投降しろ! そのまま死にたいのか?」

 

 敵の傷口から絶えず出血し続けるも、たいして気にした様子の無い海賊に、しびれを切らして通告するも……、

 

「……俺がどうなろうと、テメエには関係ねえだろ? ここまでかと思ったが……、まだ運は尽きていなかったようだぜ……!」

「! お前……、動くんじゃ……!」

「なら、とめてみろよ……! その立派な剣は飾りか?」

 

 コイツ……! 別に殺さなくとも、動けなくすることは出来るんだぞ……! 僕はミスリルソードの切っ先を変え、海賊の脚を目掛けて突き立てようとした時、

 

「馬鹿がっ!!」

「ぐっ……!」

 

 剣の狙いを変えた僅かな隙を見逃さず、ジェイクの膝蹴りが入り……、そのまま回し蹴りが飛んでくる。その蹴りは回避する事ができるも、海賊はすぐさま僕から距離をとり、仕切り直されてしまった……。

 決して油断はしていなかったというのに……。ユイリからも手裏剣等の援護の投擲も全て弾き、完全に逃れてしまった。おまけに先程の傷口に膝蹴りが入った為、ズキズキと痛みだしてしまう……。そんな僕を嘲笑うかのように見下すと、

 

「……わかるか? テメエの甘さがこういう状況を作り出したんだぜ? 実力もない癖に巫山戯た事をほざいているからだ」

「……僕が決めた事だ。それに……また同じようにしてやればいいだけだろ? 今度はそちらの腕も斬り落としてやろうか?」

「クククッ、出来ねえ事は口にしねえほうがいいぜ? 虫唾が走るからよ……! それに、テメエが思った以上に動ける事はわかった。もう同じ手は通用すると思うなよ……! 逆に俺がテメエの腕を斬り落としてやるよ……」

 

 海賊ジェイクは再び三日月刀(シミター)を手元に引き寄せ、刀身を舌で舐める……。

 

「コウ……ッ!」

 

 そんな状況にこれ以上見ている事が出来なくなったのか、ユイリが僕の傍に駆け寄ると、

 

「……いいのかい? アンタがここにいたら、歌姫さんは俺に取り返されるかもしれねえぜ?」

「そうだよ、ユイリ……! 僕たちがやらなければならないのは、ソフィさんを救出する事だ……。僕は、大丈夫だから……」

「どこが大丈夫なのよ……!? それに忘れているようだけど、確かにソフィ救出も私の任務だけど……、貴方を死なせないようにする使命も帯びているの……! これ以上貴方を一人で戦わせていたら、そうなるかもしれない……。そんな事、させる訳にはいかないわ……!」

 

 僕を睨みながら……、それでも心配してくれている事に場違いではありながらも嬉しく思う。だけど、今は……。

 

「……敵を前に雑談とは随分余裕じゃねえか……。そんなだったら、コレもちゃんと耐えられるってもんかな……?」

 

 そんな時に底冷えするような声が聞こえ、意識を再び敵に戻すと、何やら危険な雰囲気を漂わせていた……。

 な、なんだ……!? 魔力素粒子(マナ)……とは違うし、かといって邪力素粒子(イビルスピリッツ)でもない……。でも圧倒的なプレッシャーが殺気とともに僕に向けて放たれている……!

 こ、これではまるで……デスハウンド()の時の……!

 

「っ! いけないっ、伏せてぇ!!」

「……もう遅え! 長年、蓄積してきた力をその身に受けるがいい……! ――『隻腕一手』!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…………ここまで、だな」

「ば、馬鹿なっ! こ、こんな、ことが……っ!」

 

 ――ストレンベルクの城門前にて。近くに潜んでいた魔族と魔物の群れを大賢者ユーディスの魔法で看破し、片っ端から蹴散らしていき……、残ったのは目の前の魔族のみ。手にした業物の刀を構えると、その刀身に焦る魔族の姿がちらりと映し出される。

 

「何故だ、何故……我らが詰めている事がわかった!? それに、結界を解除する為に潜入している奴らも一体何をやっているのだっ!?」

「……それは、彼らの事ですか?」

「教会前で捕まえたぜ。注意して見てなかったら、侵入を許したかもしれないがな」

 

 そんな男女の声が聞こえてきたかと思うと、変装した海賊と思わしき者たちを捕縛し、魔族の前に次々と突き出された。

 

「手際が良いな、流石はこの国一番のクラン、『獅子の黎明』の面々だ」

「何を言っているんです……。これだけの数の魔物や魔族を相手に圧倒するなんて、貴方にしか出来ませんよ、ガーディアスさん」

「! あの噂になっているSランククランと、前勇者の血を引くストレンベルクの……!? どうしてここに……! いや、そもそも襲撃を見通していただと!?」

 

 騎士のようでいて、かつ冒険者の恰好をしている、『獅子の黎明』の現団長、シーザー・ウォルサムと、その右腕として彼を支え、優れた魔術師でもある副団長、セシル・ローザリア。さらにその二人に従うように幹部連中がこの場にやって来ていたのだ。

 

 コウが見抜いていた通り、敵は結界を無効化するべく(ダークネス)ギルドを通じてこの国に溶け込んでいた。それを契約の下に王国側についた『暗黒の儀礼』が秘密裏に撹乱し、あぶり出してところを王女殿下の『国民探知魔法(マイナンバー)』でもって特定していったのである。

 

 王国に残っていた騎士たちは、『王女』護衛も含めてグランにつけたので、今のこの場には私やユーディスといった数人しか実力者はいなかった事もあり、念のためにまだストレンベルクに停留していた『獅子の黎明』を主としたクランや冒険者にも『緊急依頼(プレシングクエスト)』として王都防衛に駆り出していた。その成果は今見た通りで、王宮の人員不足を補って余りある働きを示していた……。

 

 さて、そろそろ終わらせるとするか……。私は愛刀である『陸奥守吉行(むつのかみよしゆき)』を一人残った魔族に掲げ、

 

「今回の一連の事件、その首謀者を吐け……。さすればこのまま終わらせてやるが……どうする?」

「ふざけるなっ! そんな事、出来る訳なかろうがっ!」

「そうか……なら、苦しみぬく選択を選ぶのだな。まぁ、私は止めはしない」

 

 溜息をつきながら、私は刀を峰の部分で打ち据える。『烙印』も施したので死ぬことはないが……、激痛が魔族の身体を襲っているのだろう。まぁ、選んだのはこの男だ、同情はしない。

 

「か、は……っ! も、うしわけっ、……ませっ……、ファ、ファンデッ……まっ……」

「……殆ど自白しているようなモノだが、まあいい。あとで前後関係を洗いざらい吐かせるとしよう」

「これで王都襲撃を計画していた者は全て撃退したという事でしょうか……? 何はともあれ……、お疲れ様です、ガーディアス様」

 

 倒れ伏した魔族に一瞥していると、セシルが労いの声をかけてきた。『獅子の黎明』の面々が手早く生き残りの魔族を拘束したり、魔物の処理をしているのを見やりつつ、

 

「様付けなどしないでくれ、セシル嬢。私の性に合わんし、君がそう呼ぶ必要性もないだろう? 貴族と言っても殆ど名ばかりの私と、君やシーザー殿とはその格式も違うのだからな」

「傍系とはいえ、前勇者様と王家の血を引き、栄えある『王宮の饗宴(ロイヤルガーデン)』のギルドマスターでもある貴方が、名ばかりなどと言っても誰も納得しませんよ……」

 

 そう苦笑しながらシーザーが会話に加わり、現状を報告してくる。

 

「……情報通り、住民に成りすましていた海賊たちは全て捕縛しましたよ。今、大賢者殿やクランの者が他にも潜入者はいないか洗い直していますが……、取りこぼしはないでしょう。取り敢えず一段落、といったところでしょうかね」

「すまないな、シーザー殿。こちらも先程、グランが敵の海賊船を制圧したと報告があった。やはり囮だったようで、船にソフィ嬢は乗っていなかったようだが……、目星は付いている。後は、無事救出したという連絡を待つだけだな……」

 

 シーザーにそのように答えながらも、救出は時間の問題だろうとも思っていた。諜報活動のスペシャリストで、非常に優秀な人物であるユイリに、実力、判断力ともに申し分なく、元『獅子の黎明』の団長であったレンが付いているのだ。さらには、伝説とも云われる『伝承の系統者(レジェンド・クオリファイダー)』を受け継ぐシェリル姫に、敵の思惑を予見したコウまでいるのだ。

 海賊が幾ら手強かろうと、後れを取るような者たちでは無い。

 

「ガーディアス様。聞くところによると……、アルフィーもソフィ様救出のメンバーに加わっているようですね?」

「心配かね、セシル嬢?」

「レンさんや勇者様が一緒にいるんです。大丈夫だとは思っていますが……、それでも気にはなりますよ」

「『王宮の饗宴(ロイヤルガーデン)』預かりとなりましたが……、今でもアイツは『獅子の黎明』の一員でもありますからね。いくら王国からの辞令とはいえ、レンさんや貴方が居なければ、目を掛けていた大事な弟分を出向させるなんて、俺は認めませんでしたよ、ガーディアスさん?」

 

 若干責めるような目でこちらを見てくるシーザーに、私は苦笑しながら肩をすくめる。最後までアルフィーの出向に難色を示していたのだから当然と言えるかもしれないが……。

 

「私も彼の戦いぶりを見たが……、才能の塊のような少年だね。あの歳で冒険者……、それも誉ある『獅子の黎明』の入団が認められる訳だよ。まるで、レンを見つけた時のようだった……」

「……レンさんの時のように、何時かは『王宮の饗宴(ロイヤルガーデン)』に引き抜かれる事もあるかもしれませんけど……、今はまだ早すぎます。だからその件について、俺は今でも考えは変わっていませんよ? 何より、アイツにはまだまだ教えたい事が山ほどあったんですから……」

「私達だけでなく、他の団員も彼を可愛がっていましたからね。『王宮の饗宴(ロイヤルガーデン)』配属となるのはアルフィーにとって名誉な事ではありますけど……、それだけ危険な任務に就かなければならなくなります……。今回のように……」

 

 セシルの言い分はわかる。私自身、アルフィーを敵の本拠地に送り込むのは経験的にもまだ早いと思っていた。今回の海賊たちの手腕といい、私が倒した魔族や魔物たちも決して弱い部類ではなかったのだから。

 

「だが、人を成長させるのに一番即しているのはギリギリの経験を積む事だ。それは君達も十分にわかっている筈……。そして万が一がないように、ユイリやレンを付けているのだ。勇者としての資質を持つコウも、この短期間で驚くほどの実力を身に付けたのは、やはり修羅場を潜り抜けてきたからなのだよ。……勿論、本人の努力によるものでもあるがな……」

「それはわかってますけど……、まぁここまでにしましょう。ここで言いあっていても何かが変わる訳でもないですし、レンさんや勇者殿を信じてますから」

 

 ここにいるシーザーやセシルをはじめ、『獅子の黎明』のメンバーは皆、クランを立ち上げ初代団長であったレンを敬愛していた。大なり小なりレンに世話になり、アイツ自身のさっぱりした性格もあるのだろうが……、クラン内だけでなく冒険者ギルドの中でもレンを悪く言う者は殆どいないという……。

 そして話はコウの事にも及び、勇者と名乗っていたトウヤが元凶だった事もあって、警戒もしていたみたいだったが、冒険者ギルドをはじめ、職人、商人ギルドからの評判もよく、実際に会って見てその人と成りを確認して漸くシーザー達も納得した時の事を話していた。

 

 そんな感じで2人と談笑していたのだったが、ここで一人の人物が慌てた様子で駆けつけてくる。その人物とは……、

 

「ディアス隊長っ! 大変なんだっ、コウが、コウが……っ!!」

「レイファ……コホン、レイア殿……、どうしたんです? 念の為にユーディス殿の館に留まるとのお話だった筈ですが……」

 

 危うく殿下と呼んでしまいそうになるも、何とか今の姿と一致する呼び方で話し掛けた彼女は、この国の第一王女であり、海賊共や魔族にその身を狙われている、レイファニー・ヘレーネ・ストレンベルク様その人だ。周りの目をとも考えるが、幸い有力な冒険者集団『獅子の黎明』の団長、副団長にして高名の貴族でもあるシーザーやセシルは彼女の正体を知る人物であった為に大事にはならないだろうが……、少しばかり軽率でないかと自分の主君に対して苦言を呈す事にする。

 

「一通り片付いたとはいえ……、まだ魔族が残っているかもしれないのです。それに、この場にはシーザー殿達しかいないとはいえ……、貴女の正体が知られたら不味いでしょう……」

「それは後で幾らでも聞くっ! そんな事よりも……、シェリルから通信魔法(コンスポンデンス)が届いて……! それで慌ててボクの『時紡の姫巫女(フェイト・コンダクター)』の特性も利用して現状を見てみたんだけど……コウ達が大変な事に……っ! 」

 

 半泣きになりながらも、切羽詰まった様子で握り締めていたスフィアを見せようとしてくる魔術師姿の王女に、只事じゃないと思い直すとシーザー達と頷きあい、彼女の話を聞くのだった……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「『隻腕一手』は起死回生技……。普段、当たり前のようにある感覚を封じ、それを『リスク』として負荷を掛ける事で、その代償を力に変えて放つ技だ……。その蓄積された期間に応じて威力は増すというものだったが……」

「ユ……ユイリッ!」

 

 『槍衾』を展開し、僕の前で身を挺して守ってくれていたユイリが脱力するのを見て、僕は慌ててその体を受け止めた。

 

「ユイリ様っ!!」

「ユイ、リ……ッ!」

 

 イレーナさんとその彼女に介抱されているソフィさんが悲痛な声を上げる。ぐったりとしたユイリを抱えながら、僕は彼女の状態を確かめるも、

 

「っ! ユイリッ! なんて無茶を……っ!」

 

 魔法を使えない部屋なので、評定判断魔法(ステートスカウター)を発動させる事はかなわなかったが……、魔法を使うまでもなくユイリがかなり危険な状態なのはわかった。

 僕は懐にストックしてあった中級回復薬(ミドルポーション)を取り出して彼女に飲ませていると、

 

「しかし、死なずに済むとはな。その女の実力ゆえの事か、はたまた俺の『隻腕一手』の威力が中途半端だったせいかはわからんが……、ま、死ななかった事は僥倖といってもいいか。その女も上玉だしな」

「貴様っ……! よくもユイリを……っ!」

 

 ジェイクの発言に怒りを漲らせながら睨みつける僕をどこ吹く風と聞き流しながら、

 

「何を睨んでいる? そもそも、俺に対して隙を作った張本人が何を言ってんだ? 貴様があの時に俺にとどめを刺しておけば、そこの女が倒れる事もなかった……。全ては貴様の甘さが招いた事だろ?」

「……お前、本当に死にたいのか? 僕を挑発して、お前に何か得でもあるのか? ……僕だって、衝動のままに殺してしまうなんて事もあるかもしれないんだぞ……?」

 

 少なくとも、ユイリを傷付けられて、僕の心は目の前の男に対する殺意にも似た気持ちでいっぱいになってきていた。勿論、人を殺す経験なんてしたくもないが……、それでも怒りで冷静な判断も出来なくなってくる。

 もしもこのままユイリが死んでしまうなんて事になったら……、その時は……!

 

「ハッ! さっきも言ったろ!? 出来ねえ事は口にするなってなっ! 貴様には無理さ。心でどう思おうとも、身体が拒絶するようになっている甘ちゃんのテメエにはなっ! 俺にはそれがわかった……。その女も倒れた今、俺をどうにか出来る奴はここにはいねえ……。一度は死を覚悟したが……、テメエのお陰で切り抜けられるってよっ!!」

 

 そう言うと海賊ジェイクは、先程僕が斬り落とした腕を拾い上げると何やら魔法を詠唱する。すると、切断された部分が淡く光り……、傷口の止血と同時に義手がピクピクと動き出したではないか……!

 

「……今度は肩の部分から作り直さねえと駄目か。ま、操作魔法の応用でこの場は何とかなるだろ……。後はテメエをぶっ殺して歌姫さん以下、女を全て制圧すればオシマイだ……! 俺はまだまだでかくなる……。こんな一海賊団の長で終わりはしねえ!」

「……好き勝手言っているようだけど、そんな簡単にやれると思うなよ? その傷は別に回復された訳じゃない……。その操作魔法とやらを乱してやればそれまでだし、腕落としても終わらないというのなら、今度はその両足も斬り落としてやる……!」

「はっ! やれるもんなら……やってみなっ!!」

 

 海賊はその言葉と共に僕に向かって接近してくる。ユイリを壁にもたれさせると、彼女を後ろに庇いながらミスリルソードを構えるが……敵はそんなに速くはない。というよりも先程のスピードを考えればむしろ遅い……?

 

「そんなスピードでっ!」

「おっと、そのまま剣を振り切られたら、そのまま殺られちまうかもしれねえなぁ!?」

「っ……!」

 

 僕の剣の軌道に躍り出る形で身体を晒すジェイクに、咄嗟に剣筋を変える僕。そんな僕に対し海賊は、

 

「敢えて自分の隙を作り出しながら一撃必殺の技を繰り出す……。テメエにはコレは効くだろうよ……! 『諸刃剣斬(リスキーエッジ)』!!」

「くっ……」

 

 僕の懐に入り込み鋭い剣閃を繰り出してくるジェイク。これを喰らったら不味い……! 僕の本能が危険を訴えかけ、すぐさま敵の攻撃範囲から逃れるように避ける。

 

「……『烈風魔法(ゲイルスラッシュ)』!」

「! うわっ!?」

 

 海賊の剣技を躱した僕に間髪入れずに飛んできた風の刃が襲う。流石に回避しきれずに左足を傷付けられ、鮮血が迸り……、それを見た海賊ジェイクはニヤリと笑うと、

 

「これでちょこまかと動き回る事は出来ねえだろ? 手こずらせやがったが……、もうテメエは終わりだ」

「……こんな傷一つ付けたくらいで満足なのか? 僕もわかったよ……、お前は強いし大それた野望も抱いているようだけど……、決して大人物にはなれないだろうね」

 

 剣を交えて戦っていると、相手がどんな人物なのか、おおよそであるが見えてくる。

 

「…………何だと?」

「聞こえなかったかい? ならもう一度言うよ……、お前は小物さ。海賊団とはいえ、そのボスであるとは思えないくらいだよ。そんなお前がこれ以上を目指すだって? 笑わせないでくれ。そんな様子じゃ部下にだって信頼されていないんじゃないのか? 仮にも敵である僕たちがボスの部屋に侵入しているというのに、誰も助けに来ないのがいい例じゃないか」

「キ、キサマ……ッ!!」

 

 図星だったのだろうか、今までにない以上血走った目を向けてくる海賊たちの親玉に、僕は内心で苦笑する。そもそもこんな子供騙しな挑発でカッカしているようでは話にならない。

 ……ユイリも言っていた通り、実力差で言ったら悔しいけれど敵の方が強いとも思う。それは認めなければならない。きちんと自分の力量と相手の実力を見誤るようでは、勝てるものも勝てなくなってしまうから……。

 

(それならば相手が実力通りの力を出せない様にする……、兵法の基本だね。先程は僕を侮り、本気を出してはいなかった。今度は頭に血を上らせて冷静に対処できないようにしてやればいい……。まあ、こんなあからさまな挑発に引っかかるとは思わなかったけどね……)

 

 もしかしたらコイツのコンプレックスだったのかもしれないな。そう思いながら、密かに回復薬(ポーション)を服用して体力の回復を図りながらも、僕は挑発を続けた。

 

「おや? 図星かい? まあ明らかに他の海賊たちも好き勝手に動いていたようだし……。シェリルについてもお前から隠しておこう等と話していたかな? ……人望のないトップが率いる団体はいずれ崩壊すると思うけど……、ま、関係ないか。お前の海賊団、今日でもう壊滅する事になるし……」

「っ! ……減らず口もそこまでだっ! 今すぐあの世に送ってやるっ!!」

 

 視線だけで人を殺せるんじゃないかと思えるくらい憤った海賊の親玉が、三日月刀(シミター)を片手に無造作に襲い掛かってくるのを冷静に見据える。……特に能力(スキル)を使ってくるような気配もない。力任せに捻じ伏せようとしてくるだけの、単調な動き……。自分がそう仕向けたとはいえ、こんなに思い通りになるなんてと苦笑するが、自分も傷付き、体力も大分消耗している。いずれにしても、この機を逃したらコイツを倒す事は出来なくなる……!

 

「死にやがれっ!!」

 

 僕はその剣閃を最小限の動きで躱すと、すれ違いざまに足払いを仕掛けた。レン直伝のそれは正確に海賊を足を挫かせ、その隙をついて当身技を喰らわせると、身体をくの字に曲げてその場に倒れる。不意を突かれ悶絶するジェイクの両足に向けて、僕はミスリルソードを狙い違わず一閃させた。

 

「ぐわっ!!」

「次で……斬り落としてやるっ!」

「ま、待ってくれ! 降参っ、降参するっ! 俺にも家族がっ、娘がいるんだっ!!」

 

 宣言通りに両断するべく剣を振りかぶった僕に、堪らずそんな泣き言をあげた。

 

「今更何を言っている! それに安心しろ、殺しはしない……。このままだとお前は何をするかわからないからな……! さっき伝えた通り、きちんと両足を切断させてやるから……っ!」

「そ、そんな事されたら死んじまうぜ!? 一度は死も覚悟したが……、生き残れると思ったら不思議と命が惜しくなっちまった! それに……家族の事を考えたら、ますます死ねなくなっちまったんだよっ! だから頼むっ! 何でも協力するから……、助けてくれっ! 俺も魔族のクソったれどもに命令されただけなんだ……っ!」

 

 トップの外聞もなく、そう命乞いをしてくる海賊に、僕は静かに振り上げていた剣を下ろしてゆく……。コイツの言う事を信用する訳ではないけど……、家族の、娘の為と言われてしまうと、このまま剣を振り下ろす事に僅かに躊躇するものがあった。

 一応、自力で立てないくらいには斬りつけた。戦意がなくなったというのならば……、これ以上傷付ける必要はない、か……?

 

「……このまま捕まる。そう言う事か?」

「ああ、もう抵抗するつもりはねえ……! それどころか、今回の件は俺たちが計画し、押し進めた訳じゃねえんだ。魔族の偉え奴に、命令されただけなんだよっ! 俺だってこんな大それた事はしたくなかったが……、従わねえと命はないと脅されたら、従うしかねえじゃねえかっ!」

「だとしても、自業自得だろう? 魔族と接してきたから、そんな状況に陥る羽目になったんだ。そうじゃなくても、今まで海賊として好き放題やってきたんだろうし、同情は出来ないよ」

「そんな事はわかってるっ! 畜生……、目が霞んできやがった……。血を、流しすぎた、か……? 頼む……、俺にも、回復薬(ポーション)を……。無ければ、そこの、引き出しに……」

 

 ……仕方ない、自分の持っている物で……。そう思って僕が常備していた1本を取り出そうとした矢先、

 

「!?」

 

 死角から伸びてきた触手が、僕の剣を持つ方の腕に絡みつこうとしてきたのを瞬時に察し、ほぼ反射的な行動で持って辛うじて斬り払う事に成功した僕だったが、

 

「う、うぅ……」

「くっ、こんな、ものに……!」

「ああ……」

 

 気が付くとユイリや、イレーナさん、ソフィさんにも触手が絡みつき……、吊し上げられてしまっていた。

 

「クククッ、ハハハハ……ッ」

「……やっぱり、大人しく捕まるつもりはなかったか」

 

 僕自身、想定していた事であり、特に驚きもなかったが……、触手の事を忘れていたのは不覚だった。いや、忘れていた訳ではなかったけれど、一見敵が何かを指示したかのような素振りも見られなかった事もあり、まさか勝手に作動して僕たちを害してこようとは考えられなかったのだ。

 

 ジェイクは嘲笑しつつも、先程の操作魔法のようなものを駆使して両足からの血止めをするとともに立ち上がると、

 

「当たり前だろう? 何故、俺がテメエなんかに捕まらなきゃならないんだ? 雑魚の分際で、図に乗るんじゃねえよ。それにあんなチャチな話に惑わされるとはよ……、とことん甘ちゃんだな! そんな馬鹿は生きてる価値もねえ」

「……家族の話を聞いて、少しお前に同情しただけさ。その分じゃ娘がいるっていうのも嘘なんだろ?」

「満更、嘘じゃねえかもしれねえぜ? もしかしたら、過去に俺が手篭めにした女たちの中で、娘を孕んじまった奴もいるかもしれねえだろ? この世界の何処かには、俺の血を引いたガキがいるかもしれねえじゃねえか!? ヒャーハハハハッ!!」

「…………屑め、確かにお前は生きてる価値もない男のようだな……」

 

 そんな人間であっても、この手で命を奪う事に躊躇する自分にも嫌になってしまう。だけど……、怒りでこの男を殺そうと思おうとしても、その度に幼馴染や兄が死んだ時の事が頭を過ぎり……、最後の一線を越える事は出来なかった……。

 

「さて、と……」

「きゃっ! ……うぅ」

 

 どのように操っているのかはわからないが、ジェイクは触手を操作して自分の下に改めて拘束されたソフィさんを連れて来させると、その腰元を抱き寄せて、

 

「この歌姫さんを助けに来たんだろ? コイツは俺の戦利品(モン)だが……、これ以上テメエが抵抗するようなら、命の安全は保障できなくなるな? 勿論、そこで吊るされている女たちも、だ」

「……人質、という訳かい? 雑魚雑魚と言い続けた相手に、それはちょっと恥ずかしいんじゃないかな?」

「黙れよ……、これ以上俺はテメエに構ってる時間はねえんだ。……さあ、どうする? 俺はテメエと違って……殺る時は殺るぜ?」

「……あたしの事は……見捨てて、下さい……」

 

 海賊に捕えられていたソフィさんが息も絶え絶えといった感じでそう伝えてくる。

 

「もう……、あたしのせいで死んでしまう方を……、見たくないんです。それに、このまま生かされたとしても……、希望は、ありません……」

「私の事も……、見捨てなさい……。こうなった以上、覚悟も出来てるわ……。一番不味いのは……、貴方がこのまま殺されてしまう事なのよ……!」

 

 ユイリ……、ソフィさん……。ふと見るとイレーナさんも目を閉じている。彼女も覚悟が出来ているのだろう……。

 

「……尊厳も何もかも、奪われてしまうくらいなら……、このまま見捨てて……うむぅっ」

「ソ、ソフィ……、かはっ!」

「ソフィさん! ユイリッ!?」

 

 ソフィさんが途中でジェイクに口を押えられ……、ユイリには触手が首元に絡みつき締めあげているかのようだった。

 

「おいおい……、余計な事は言うなよ、歌姫さんよぉ……! それに、コイツの甘ちゃん具合はわかってんだろぉ!? 出来る訳ねえだろうがっ! そもそもコイツらはアンタを助ける為にここまで来たんだぜぇ!? 今更アンタを見捨てられる訳ねえじゃねえかっ!」

「…………貴様っ!」

「おっと動くなよぉー? 歌姫さんを抑えてるこの義手の下には毒を仕込んであるのは知ってるだろ? それに……、このままくノ一を絞め殺してもいいんだぜぇ? どうすればいいのか、わかるよなぁ?」

 

 くっ……! 状況は、極めて絶望的だ。ソフィさんだけでなく、ユイリ達まで捕まってしまい……、人質に取られてしまった。僕は、どうすればいい……? とは言っても、出来る事は限られている……。ユイリ達を見捨てるなんて……、出来る筈も無い……。

 

「コ、コウ……ッ!」

「! んんっ、んむぅーっ!!」

 

 僕がミスリルソードを捨てるのを見て、ユイリとソフィさんが悲痛な声を上げた。その絶望的な表情に胸が痛むも……、もはやどうにもならない……。

 

「偉いぞぉー! そうさ、テメエ一人犠牲になりゃこの場が収められるんだよ。さあて……、素直に従った事だし、褒美って訳じゃねえが一思いに殺してやるぜ……!」

 

 ソフィさんを伴いながら、ジェイクが三日月刀(シミター)を構えながら近づいてくる……。剣を捨てた以上、僕にはどうすることも出来ない……。ここまで、か……。

 

「ハハハッ! あばよっ!!」

 

 その声と共に三日月刀(シミター)が振り下ろされる……!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…………?」

 

 何時まで経っても痛みが訪れる様子が無かった事に疑問に思いながら目を開けると、

 

「…………何だ、ここは」

 

 何もない真っ暗な空間に、僕は一人佇んでいた。目の前に迫ってきた刃もなく、海賊やソフィさん達の姿も無い。いや、そもそもな話……、

 

「ここは、何処だ……?」

『……呑気なものだ。危うく死にかけていたというのに……』

「! ……誰? 僕以外に……誰かいるのか?」

 

 脳裏に響く様な形で掛けられた声の主に向かってそう答えると、薄っすらと自分以外の誰かが浮かび上がってくる気配を覚える。

 

『……エルシオーネが随分と気にしていたようだから、どんな男かと思いやって来てはみたが……、まさかこんな事になっておるとはな。余がいなければ、間違いなく死んでいたぞ?』

「……貴方は誰です? それに、ここは何処ですか?」

 

 何処か神秘的な……人ならざる気配はするものの、僕は再度、声の主に問い掛けると、

 

『……む? その右腕にあるものは……』

「え? 右腕?」

 

 言われて咄嗟に右腕を見てみるものの……、特に何かある訳でもない。何も無い筈なのだけど……、何て言えばいいんだろう、その右腕には何かある(・・・・)ような錯覚を覚えていた。

 でも、それも束の間、すぐにその不思議な感覚は薄れ……、元の状態に戻ってしまったようだ。

 

「……? 今のは、一体……?」

『ふむ……、もしかしたら、余計な手助けだったかな? 流石にここで退場というのも味気ないと思い、咄嗟に割って入ったのだが、な……』

「よくわかりませんけど……、どうやら助けて貰ったようですね……。有難う御座います」

 

 相手の言葉からそう判断し礼を言うと、

 

『……汝が余に礼を言うのか?』

「それは……、助けて貰ったのならばお礼くらいしますよ……。尤も、自分でも何が起こっているのか、いまいちわかりませんけれど……。ここってつまり僕の精神世界のようなものなのですか?」

 

 そう考えると不思議と納得するものがある。一度、自分の能力(スキル)によって似たような空間を体験した事から、そんな結論を導き出すと、相手は何処か興味深そうに僕を見ているような気がした。

 

『フッ……、可笑しな奴だ。余に対してそのような態度を取る事といい……、どうやら汝は余が封じていた筈の『万有引力の法』まで解放しているようではないか。彼女の言葉ではないが……、個人的にも汝に興味が沸いてくる……』

「あの……、一体何の話を……? もしかして、会った事があります……?」

『余が何者であるか……、それはすぐに分かるであろう。汝が勇者(・・)として、このファーレルに留まる以上は、な……』

「!? そ、それでは……貴方は……っ!」

 

 僕が勇者の資格を有している事を知り、尚且つこの雰囲気……! も、もしかして、この存在(・・)は……!

 

『……いつかまた相まみえよう……、その時はこんな精神に干渉するといったものではなく、直接な……』

「ま、待ってくださ……っ!!」

 

 瞬間、僕の視界が眩い光に包まれる……!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……今、何をしやがった?」

 

 ハッと我に返ると、三日月刀(シミター)を弾かれ唖然としている海賊、ジェイクの姿が僕の目に飛び込んでくる。

 

「……必殺の間合いだった。それなのに、何故剣が弾かれて……! テメエ、一体何をしやがったんだ!?」

「さぁ……としか……。僕にも何が何だか……」

 

 そんな事を言われても、そのように答えるしかない。僕だって何が起こったのかはわかっていないんだ。だけど、恐らくは……。

 

「チッ……、何処までも忌々しい奴だ。どうやって防いだのかは知らねえが……、今一度!?」

 

 気を取り直し、改めて三日月刀(シミター)を振り被ったところで、それは起きた。突如空間にヒビが入り出したかと思うと、それがピシピシと広がりはじめ……、やがて何かが割れるような甲高い音と共に人影が飛び出してきた!

 

「なっ!? 何故この場に……!?」

「…………『峰打ち・極』!!」

 

 空間の割れ目から飛び出してきた人影は、その掛け声と同時に刀の峰の部分をジェイクの人体急所に打ち込み……、返す刀でソフィさんを拘束している触手を斬り裂いて彼女を救出した。そして僕のところにやって来た人物を見て、誰がこの場への道を開いたのかを知る……。

 

「コウ……ッ! 大丈夫なのかっ!?」

「…………レイア」

 

 どうやってこの場に……とも思ったが、そういえば彼女は一度『泰然の遺跡』で同じように現れてみせた事を思い出す。ふらつく僕を支え、必死に声を掛けてくるレイアに笑い掛けながら、

 

「……僕なら大丈夫。それよりもユイリを……。彼女は、僕を庇って酷い怪我を……」

「喋るな、コウっ! お前だってボロボロじゃないかっ! ユイリ達の事は任せろっ! ディアス隊長も、『獅子の黎明』のシーザー達も来てくれたからっ!」

 

 回復薬(ポーション)回復薬(ポーション)は……! そう言ってゴソゴソと探すレイアを尻目に、そのガーディアスさんの方を伺うと、蹲る海賊ジェイクをシーザーさんに任せ、ソフィさんを傍に居るセシルさん達に預けると、その足で吊し上げられているユイリの下に向かい……、

 

「あ……」

「大丈夫か? ユイリ……」

 

 一刀のもとに斬り伏せて縛めから解放すると、そのまま崩れ落ちそうになるユイリを抱き上げた。

 

「ディアス……隊長……」

「……よくやってくれた、ユイリ。お前はしっかりと任務を果たしてくれたよ……。こんな状態になるまで、ソフィ嬢を、そしてコウの事をよく守ってくれた……」

 

 労いの言葉を掛けつつ、ガーディアスさんは僕とレイアのところまでやって来る……。

 

「……大体の事はレンやシェリル姫から聞いている。そして、奴との戦闘も一部見させて貰った……。本当にお前の成長には驚かされるよ。瞠目とはお前の為にある言葉かもしれないな……。何はともあれ……、本当によくやったな」

「……たい、ちょう……」

「はっ……、まさか疑似ダンジョンコアを用いた『魔法封じの部屋』に転移を仕掛けてくるとはな……。流石に俺も年貢の納め時、か……」

 

 『獅子の黎明』のメンバーらしき人達にイレーナさんも助け出される様子を横目に、シーザーさんに剣を突き付けられたジェイクはそう呟くも、

 

「……だが、只では死なんぜ? こうなったらテメエらも道連れにしてやるっ! ――……『自爆魔法(スーサイドボム)』!!」

「! 自爆魔法かっ!?」

 

 じ、自爆魔法!? そ、そんな魔法まであるの!? シーザーさんの漏らした言葉に警戒を強めるものの、一向に爆発が起こる気配はない……。おそるおそる目を開けてみると、困惑する海賊の姿が……。

 

「な、何故だ!? どうして魔法が発動しない!?」

「……俺の『峰打ち・極』を受けたからだ。貴様には今、『不死』の烙印が施されている……。その烙印が施されている限り、貴様は死ぬことは出来ん……」

「な、なんだと!? ……は、ははっ、王国のお偉様も、そこの甘ちゃんと同じかっ! 笑わせやがる!」

「……勘違いするな。別に貴様などこの場で斬り捨ててもいいが……、それは一連の情報を吐かせてからだ。それに、死にたいのに死ねないっていうのは辛いぞ……? それこそ死ぬ方がマシだと懇願する事になるかもしれんしな……」

 

 ガーディアスさんの話を聞き、青ざめるジェイク。……怖っ。た、確かにそれは辛いかもしれないけど、一体何をするつもりなんだろう……? それも死にたくなる程って……。

 ………………あまり考えない方がいいかもしれない。

 

「貴様にはこれから地獄の拷問を受けて貰う……。ソフィ嬢に対する狼藉は勿論、レイファニー王女殿下の身柄を要求した一連の不敬行為……。王国の騎士たちを汚い手段で殺め……、数々の非戦闘民を人質にした罪……その身をもって償ってもらおうか……」

「ご、拷問だと……!? 貴様ら王国の人間が……! そんな悪逆非道な事をするというのか!? そんな事が許されると思ってんのか!? 俺達にだって人権があるんだぞ!?」

「……どの口が言うんだろうな? 貴様の死刑は既に確定しているが……、全てを吐けば少しは手心を加えてやってもいいが……」

「全てをと言っても、俺にだって知らされてねえ事だってあんだぞ!? クソッ、ぜってえ捕まる訳にはいかねえじゃねえか……!」

 

 ジェイクはそう言って僕の方を見ると、

 

「お、おいっ! 俺はお前の事を何時でも殺せたのに殺さないでいてやったんだぜ!? だから、コイツらにお前から言ってやってくれよっ!」

「…………は? お前、散々僕の事を殺すと息巻いていたじゃないか……」

 

 ……本当に何を言ってるんだコイツ……。

 

「ば、馬鹿野郎! テメエなんて何時でも殺せたんだよ! それを俺が慈悲深くも殺さないでやったのさ! 俺との実力差はお前が一番わかってんだろ!?」

「……ほう、貴様がコウより強い……、だと? 面白い冗談だ」

 

 滑稽無比な事を宣う海賊のボスに呆れていると、ガーディアスさんがその言葉に反応する。

 

「冗談なんかじゃねえ! 俺の実力は明らかにソイツより上だ。それなのにソイツがまだ生きてんのは、偏に俺の慈悲によるもんなんだよ!」

「……ふっ、面白いじゃないか。じゃあ、改めて戦ってみるか? もし貴様がコウに勝てるのなら……、この場は見逃してやってもいいぞ?」

「えっ……?」

 

 ガーディアス、さん……? 一体何を……。ポカンとする僕に気にすることなく、隊長は続けた。

 

「貴様も傷付いているが……、コウも同じようなものだな。この状態で戦い、貴様が勝てるなら私の名において見逃してやろう……。本当にコウに勝てると思うのなら、やってみるがいい……」

「デ、ディアス隊長!? 何を言ってるんだ!? コウはもう戦える状態ではっ!」

 

 その言葉に抗議するレイアだったけど、ガーディアスさんは真っ直ぐに僕を見てくる……。

 

「コウ……、先程も言ったが遠慮する事はない。私の見たところ、お前はもう奴を凌ぐ実力を得ている……。奴の生死(・・)を気にする事は無い。思いっきりやってやれ」

「だ、だから何で彼に戦わせるんです!? ユイリがこんなになる程の相手ですよ!?」

「…………わかりました。やりましょう」

「コ、コウ……!? お前も、何を言って……」

 

 心配してくれるレイアの気持ちは嬉しいけど、コイツとの決着を有耶無耶にしたくはなかったという思いもあったから、ガーディアスさんの申し出は正直有難かった。支えてくれるレイアにお礼を言い、落としていたミスリルソードを拾うとジェイクに向かって正眼に構える。

 

「……さっきの話、忘れんなよ? あと、『勝つ』ってのは殺してもいいんだろ? ようは相手を動かなくしちまえばいいって事だよな?」

「出来るのならば、な……。貴様には無理だろうが……」

「ディアス隊長っ!!」

 

 咎めるようにガーディアスさんに詰め寄るレイアを、僕は止める。

 

「レイア……、大丈夫さ。何でかわからないけれど……、アイツに負ける気がしないから……」

「……言ってくれるじゃねえか。さっき、散々俺にやられたのを忘れてしまったらしいな……。それにしても、可笑しな奴らだぜ……。折角テメエらで助けた奴を見殺しにするとはな……!」

 

 そんな敵の言葉を受け流し、僕はまだ効果の残っていた敵性察知魔法(エネミースカウター)で相手のステータスを見てみると、

 

 

 

 RACE:ヒューマン

 JOB :バトルマスター

 Rank:101

 

 HP:86/312

 MP:38/145

 

 状態(コンディション):出血、疲労困憊、烙印『不死』、戦闘時自動回復(バトルヒーリング)

 

 

 

(アイツも傷付いてるし、条件は五分かな……? でも、どうしてだろう……、さっきまでと違って、アイツを脅威に感じないのは……)

 

 ステータス自体に変更はないし、生命力は恐らく僕も似たり寄ったりだろう。まして、相手は『戦闘時自動回復(バトルヒーリング)』という能力(スキル)も持っている……。長期戦になったら僕が圧倒的に不利になるに違いない……。でも……。

 

 シーザーさんが敵に突き付けた剣を下ろし、セシルさん達のところまで下がると、そこで海賊は立ち上がる。その様子を見て僕は、

 

「……いい加減決着をつけよう。雑魚と侮っていた僕にやられる……。それはお前にとって耐えがたいものになるだろうね。……僕が引導を渡してやる、かかってこい……!」

「俺に引導を渡す? 貴様が? この俺を? …………全く、いちいち癇に障る野郎だっ!!」

 

 そう言ってジェイクは先程と同じように三日月刀(シミター)を掲げて襲い掛かってきた。……動きはそんなに速くはない。これは先程見せた、諸刃剣斬(リスキーエッジ)ってやつを放つつもりか……?

 

「貴様にも好評だったコイツを喰らいなっ! リスキー……うおっ!?」

 

 隙を見せつける海賊に迷うことなく剣を振り抜く。ミスリルソードを何とか躱した敵に、僕は続けて追撃を放った。

 

「なっ!? 危なっ!? お、おい、ちょっと待て!? いいのか!? こんなん当たったら、俺、死ぬぞ!? わかってんのか!?」

「……お前、馬鹿か? 隊長も言ってただろ? 今、お前は何があっても死ぬことはないんだ。多分、致死ダメージを負っても死なずに済むだろうさ。だから……僕も遠慮する事はない……! まぁ、当たったら死ぬほど痛い事には違いないだろうけど、ねっ!」

 

 さっきガーディアスさんが言っていたのはこういう事だ。それなのに、わざわざ隙だらけの技を繰り出してくるとは……、よっぽど僕を舐めているんだろう……! そう考えると益々腸が煮えくり返ってくる……!

 

「そ、そうだとしても普通、戸惑うだろ!? 何でそんなに躊躇しないんだ!? これがさっき殺せないとか言っていた奴の動きか!?」

「……それは、お前の存在自体がとっくに僕の我慢の限界を超えているからだ……! 命を奪う事はどうしても出来そうにないけど……、何をやっても死なないのだったら、お前がどうなろうと知った事じゃない……!」

 

 さっきから汚い手を散々使ってくれた男だ。殺したいと思う程に腹立たしい目の前の海賊に対して、どうして僕が躊躇しなければならないんだか……。本当に僕の事を舐め腐っているみたいだ……!

 

「そのままくたばれっ! どうせ死ぬんだ、せめて僕の手に掛かって昏倒しろっ! 散々好き勝手にやりやがって……この屑がっ!!」

「がっ! くそっ! 雑魚の癖に……! この俺が、こんなっ……!」

 

 僕の猛攻に堪らず距離を置くジェイク。僕は深追いせずに、冷たい目で海賊を見据える……。

 

「……やってくれるじゃねえか。テメエのせいで、この俺のプライドもズタズタだ……。こんな雑魚に手こずるなんて事実……、断じて認める訳にはいかねえ……!!」

 

 義手の方の手に魔力素粒子(マナ)が集中していくのがわかる……。詠唱からして……多分『溶岩灼熱魔法(バーニングラヴァ)』だろう。何となく聞き覚えがある……。

 

「……コイツで終わりだ。テメエは骨も残さねえ……。消し炭となってこの世から消え失せやがれっ!……『溶岩灼熱魔法(バーニングラヴァ)』!!」

 

 先程と同じく巨大な炎の塊が創り出され、僕を燃やし尽くすべく迫ってくる……。その火球の後ろでジェイクが自らの剣に魔法を施している様子が窺えた。恐らくは避けたところを『火炎斬(フレイムアウト)』とやらで止めを刺そうって寸法か。

 

 熱気をまき散らしながら迫りくる炎の球体を前に、僕は何故か自分が酷く冷静になっていくのがわかった……。

 

(……これ(・・)はさっきの事が切欠なのかな? いや、もしかしたら、これが僕の……。どちらにせよ、対処できそうだ。問題ない……)

 

 僕には目の前の状況を打破する手段(・・・・・・)がある。どういう効果があるのかは、何故か理解している。戦闘の中で、電球が閃くかの如く……、元から使えた技を扱うかのように……。僕はミスリルソードを握り締めると、その能力(スキル)の効果を発動させて、巨大な火球を真っ二つに(・・・・・)斬り裂いた(・・・・・)

 

「…………はっ!? ななななな、何だとっ!? 俺の『溶岩灼熱魔法(バーニングラヴァ)』を……斬り裂いただとっ!?」

「……終わりだ、苦痛と共に昏倒しろ」

 

 まさかの事態に驚愕しつつも魔法剣を繰り出そうとしている海賊に合わせるように、僕は能力(スキル)の効果を付与した剣を突き出し、掛け声とともに一閃する。

 

「がはっ!! ま、まさか……、こんな、ことが……!!」

「……『零公魔断剣』」

 

 ……如何なる魔法の効果も(ゼロ)にして切り裂き、雲散霧消させる剣技。いつか、敵の『闇網呪法(ダークウェブ)』を斬り裂いた時も、最初はシェリルの掛けてくれた『魔力付与魔法(マジックコーティング)』のお陰かと思っていたけど……、もしかしたら僕のこの能力(スキル)の片鱗だったのかもしれない……。

 

 僕の剣閃をまともに浴びて、本来なら致命傷を与えられた海賊ジェイクは苦悶の表情を浮かべ血反吐を吐きつつ、そのまま昏倒していった。

 

「……おおよそはレイアの千里眼魔法で見て、負ける筈はないと確信していたが……、どうやら想像以上だったようだな……」

 

 そんなガーディアスさんの言葉に振り返ってみると、ユイリもその腕の中で僕の姿を見てホッとしているようだった。何はともあれ……、これで全てが終わったんだ……。

 僕は全身を襲ってくる疲労に耐え切れず、膝をついて剣を杖代わりに突きさしていた。

 

「コ、コウッ!?」

 

 弾かれたように僕を支えようとやって来るレイアの気配を感じつつも、猛烈な眠気が襲ってきた。身体を限界以上まで酷使した事で、多分休息を欲しているんだろう。張り詰めていた緊張も解け、僕はもうその眠気に抗う事が出来そうになかった。

 

「コウッ! しっかりしろっ! だ、誰か……! 回復薬(ポーション)を……! この部屋のせいで、『収納魔法(アイテムボックス)』が使えないんだ……!」

 

 ……大丈夫だよ、レイア。少し、眠るだけ、だから……。眠気に支配されつつある中で、慌てているレイアの温もりを感じつつ、そう心の中で呼び掛ける。

 ここには僕の頼れる仲間達しかいない……、安心して、任せる事が出来る……。そんな思いとともに、僕は完全に残っていた意識を手放すのであった……。

 

 

 



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エピローグ:勇者になりたくない『主人公』

 

 

 

「――……コウ、聞いているの? ――コウッ!」

「…………え? あ、ああ……、聞いているよ」

 

 回想に耽っていた自分を呼び起こす声に我に返る。気付くと呼び掛けていたユイリだけでなく、シェリルも僕の方を伺っているようだった。

 

「もう少しお休みになっては如何ですか……? 昨日あれだけの事があったのです、せめて今日1日くらいは……」

「……大丈夫さ、シェリル。君のお陰で身体の方は問題ないよ。……本当に迷惑を掛けたね」

 

 海賊ジェイクとの戦いの末に体力の限界が訪れて、そのまま倒れた僕はガーディアス隊長らによってアジトの外へと運び出され……、外で待機していたシェリルが泣きながら縋りつき、あらゆる回復魔法を掛け続けてくれたらしい。

 癒しの奇跡(ヒールウォーター)をはじめ、目覚めの奇跡(リベイト)復帰の奇跡(カムバック)気付けの奇跡(レリーフ)疲労快復の奇跡(デファティーグ)と数多くの神聖魔法を施してなお、なかなか目を覚まさない僕に取り乱しそうになりながら寄り添ってくれて……。漸く目覚めた僕に涙をためて抱き着いてきた時には、申し訳ない思いで一杯になったものだ。

 

「…………本当ですよ。勝手に独断専行なされて……、意識を失ったコウ様が運び込まれて……。全然目を覚まさない貴方を前に、わたくしがどれ程心配したか……、コウ様はわかっていらっしゃいますか?」

「……………………ごめん」

 

 咎めるように詰め寄ってくるシェリルに謝罪する以外の選択肢がなく……、体を縮こませる僕に彼女は溜息を吐く。

 

「……ご無事で良かったです。本当に……良かった……」

「私もまさか一人で乗り込んでくるなんて思わなかったわよ……。状況を打破するのには助かったけれど、それでも無茶だったのには変わりはないわ」

 

 そこにユイリも呆れとも安堵ともといった風に話に加わってきた。気が付くとシウスやぴーちゃんまでも同じように僕を見ているような錯覚に陥り、何も言う事が出来なくなってしまう……。

 

 ……あの僕と海賊のボスとの決闘の後、何があったのかというと……、まず僕に倒されたジェイクを捕縛し、奴が操っていたとされる『ダンジョンコア』と呼ばれるようなものを掌握しようとしたところ、グズグズと消滅していったという事だった。

 それによって、ダンジョンと化していたアジトが元の天然の洞窟に戻り、隠れてやり過ごそうとしていた残りの海賊たちも闇の類人猿(ダークラウー)によって炙り出され、全員お縄につき……、シーザーさん達とともに来た『獅子の黎明』のメンバーによって外に引っ張り出された。

 

 そして先述した通り、ガーディアス隊長やレイア達に連れられて一緒にアジトの外に運ばれた僕をシェリルがずっと付き添い看病してくれ、目覚めたら目覚めたでシェリルやレン、ユイリにまで怒られたのだ。尤も、ガーディアス隊長もこうなる状況を作ったとして、レイアらに苦言を呈されたらしく、無理をさせて悪かったと謝ってきたが……。

 

(……隊長には今度、刀の扱いについて教えてくれるって話になったんだっけ……?)

 

 海賊ジェイクをほぼ一撃で無効化し、殺さない様にする烙印と呼ばれるあの剣術……。あれは僕にとっても最適の業であるし、生まれ故郷から伝わったとされる日本刀、その剣術に憧れるという事もあって、その事については嬉しくもある。実際に、あの『峰打ち・極』がなければ、ジェイクを倒しきる事は出来なかっただろう……。

 

 ジェイクは今、激しい拷問を受けているのだという。彼自身は黒幕の名を吐こうとしているようだが、その都度死ぬほどの苦痛が襲い掛かり、気絶するのを繰り返しているらしい。烙印『不死』の効力で生かされているようだが、どうも自白しようとすると死ぬような呪いが施されているようで、同じく捕まえた魔族も同様であるという。

 明日には襲い来る魔族たちの襲撃を抑え、無事救援遠征を成功させたトウヤ達が戻ってくるという事であり、同行している聖女様に解呪して貰うまでは、地獄を味わい続けて事となるのだろう。

 今回の事件の首謀者は極刑となり、部下の海賊たちはそれぞれに応じて犯罪奴隷となるだろうとされている。どうせ死ぬことになるのならとあの場で自爆魔法(スーサイドボム)をしようとしたりするなど、自決を考えていたジェイクにとっては、今の状況は最悪といっていいのかもしれない。

 

「遠征を成功させて、明日には彼らが戻ってくるからその時も大きな……、今日の内にささやかながら、ソフィを無事救出できた事に対しての夜会があるのだけど……」

「そうなんだ。確かにトウヤが帰ってきたら色々とややこしい事にもなるか……。今回の主役は王女殿下を海賊達から守り、ほぼ一人で船を制圧したグランやソフィさんを助け出したガーディアス隊長にあるしね」

 

 聞くところによると、時間稼ぎの為に王女殿下と出向いたグランが、強引な手段に出た海賊共を返り討ちにし、王女を守った英雄として褒め称えられているという。流石はグランと思うと同時に、よくもまあ一人であの海賊たちを抑えられたものだと感嘆したものだったが、

 

「……他人事のように言っているけれど、当然貴方にも招待が来ているのよ? 海賊の親玉を倒し、ソフィ救出の立役者なんだから」

「え? 僕が立役者? 殆ど隊長がお膳立てしてくれて、君が庇ってくれなかったら死んでたであろうこの僕が? ハハッ、冗談はよしてくれよユイリ……」

「……あの男をあそこまで追い詰めたのは、他でもない貴方でしょ? 油断している事もあったんでしょうけど、私だってまだ貴方が戦える相手ではないと思っていたわ……。コウが勝っていたのは素早さくらいで、他の全ては貴方を上回っていた相手よ。戦闘経験も、潜ってきた修羅場の数も、何もかも、ね……」

 

 実際、あの男が一番負けた事が信じられないと思っているわよ、きっと……。そうユイリが締めくくると、

 

「そんな訳だから、貴方には是非いらして欲しい……、助けられた彼女本人からの要請もあるわ。今、私がここに来たのはそれを伝える為でもあるのよ」

「…………僕、どうしても出なきゃ駄目?」

 

 正直、あんまり目立ちたくはないんだけど……。なんか僕まで英雄に仕立て上げられたりすると、この世界を離れにくくなるし……。

 そんな僕の内心を知ってか、ユイリが溜息を吐きながら、

 

「今更……じゃないかしら? 救出作戦前の会合でも目立っていたし、あれで貴方に注目された方もいるんじゃない? まあ、あの偽りの勇者様も今回の遠征に成功したみたいだし、まだ知名度は向こうが上だとは思うけど……」

「はぁ……、かといって口出ししない訳にもいかなかったしなぁ……」

 

 敵の狙いが何処にあるか、それを議論しないまま救出作戦に乗り出そうとする面々に待ったをかけた事に後悔はない。それだけ、あのソフィさんが王国の人たちにとって大切な人物だったという事だったのだろうけど……。だけど、あの場には頭の切れるフローリアさんもいたし、いくら頭に血が上っていたとしても、その事に気付かないなんて事、あるのか……?

 

(……まさか、自分がそう指摘するように踊らされた? いや、いくら何でもあの場でそんな事しないだろう……。下手したら王都にだって侵入されたかもしれないし、流石にリスクが大きすぎる……)

 

 そういえばこの世界には、かなりの的中率を誇る占術や魔法があるともいうし、あの会合では何かの条件が合わなくて見通せなかったというだけだろう。それについても、敵が上手く情報操作していたのかもしれないし……。

 

 要するに、この世界は能力(スキル)や魔法に頼り過ぎている事が、今回マイナスに働いてしまった……という事なのかもしれない。

 

「……わかったよ。でも、少し挨拶するだけだ。途中で抜ける……それでいいよね?」

「ええ、勿論いいわよ。貴方もまだ療養しなければならないからとは伝えておくから」

 

 そう言ってユイリは報告の為か、一度部屋を出て行く。こうして再びシェリルと二人っきりになるものの、最初期ならばいざ知らず、今では彼女が近くにいてくれるのはむしろ自然で安らぎを感じるようになっていた僕は、シェリルの淹れてくれていた紅茶を手に取り、再び物思いに耽る……。

 

(シェリル達にはまだ言っていないけど……、あの時感じた存在は、恐らく……)

 

 ソフィさんやユイリが人質に取られ、敵の凶刃が迫った時に交流した存在……。人のものとは思えない、圧倒的な存在感……。

 

(……僕は、いや……『勇者』を継ぐべき人物は、あの人をどうにかしないといけないのか……)

 

 彼こそがこのファーレルで『魔王』と呼ばれし存在なのだろう……。仮にも勇者として召喚された僕の前にあっさりと姿を現して……、

 

『……いつかまた相まみえよう……、その時はこんな精神に干渉するといったものではなく、直接な……』

 

 …………ここで考えていても仕方がない、か。頭を切り替えるべく顔を軽く振ると、シェリルが僕の様子を伺っている事に気付く。

 

「コウ様? 何か御悩み事でも……」

「……いや、何でもないよ。強いて言えば、慣れない夜会に顔を出す事になって、どうしようかと思っていただけさ……」

 

 僕の言葉に困ったように笑うシェリル。……今はこれでいい……。いずれ、元の世界に戻るにせよ、段々と状況も変わってくる事だろう……。その時になって、決断していかなければならない案件も出てくるに違いない。だけど……、せめて今だけでも、この穏やかな時間を過ごしていたい……。

 そう思いながら、シェリルが向かいに腰を下ろして寛ぐ姿を眺めるのであった……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 件の夜会を終え、王城の自分の部屋にて、私は一連の事件についての報告に目を通していた。

 

「……まだ証言はとれていないけれど、間違いなく十二魔戦将、ストレンベルクにとって忘れられないあの『魔貴公士』ファンディークが絡んでいるようね……」

 

 王都を襲撃しようとしていた魔族の言葉といい、まず間違いない筈だ。前勇者様の妻で、私のご先祖様でもある方を攫い……、今こうしてまた姿を見せ始めた因縁の相手……。それがあろう事が、再び王家の血筋である私を狙って計画されたらしい今回の事件……。その為に我が国で愛された存在である、歌姫にして大公令嬢のソフィを捕らえ、そこから王城も襲撃し私も抑えようとした事は明らかにされた。

 

「明日にはあの人(トウヤ)と一緒に戻ってくる聖女殿の解呪ではっきりするだろうけれど……、どうしたものかしら……」

 

 そもそも同盟国を襲撃して、『勇者』と一個師団を派遣させる事からして、向こうの計算であった可能性もある。それに合わせて帰国しようとしていたソフィが拉致され、都合よく宮廷占術士の先読みの占術や超能力者による『予知(プレコグニション)』も何らかの力に妨害されるなど……、偶然と考えるには些か出来すぎていた。

 

「戦力を分断させて叩こうとした……? 向こうでは海の悪魔とも呼ばれるクラーケンが現れたとも聞いているし、こちらも結界を破って直接王都に乗り込んでこようとしていたわね……」

 

 ソフィを使って私達を挑発し、壊滅を目論んだ……? シェリルの母国である、メイルフィード公国のように……。

 いずれにしても、もし敵の襲撃が成功して私が魔族に囚われるなんて事になったら……、この国どころかファーレル自体が『魔王』が率いる魔族のものとなってしまっていたかもしれない……。

 

「……相変わらずね、レイファ……。いえ、レイファニー王女殿下とお呼びした方が宜しいかしら?」

「……今ここには私しかいないし、レイファでいいわよ、ソフィ……」

 

 聞きなれた声に顔を上げると、そこには印象的な瞳を持ち、長く見事な薄水色の髪を一つに纏めた女性……、先程終了した夜会の主役でもあり、コウによって助け出された大公令嬢、ソフィ・カッペロ・メディッツの姿がそこにあった。

 

「もう、身体の調子は平気なの?」

「……ええ、身体はね。心の方は……まだ辛いけれどね。長年、あたしを警護してくれていた騎士たちを失ったのは堪えたわ……。最後まで、あたしの身を案じてくれていた……、真の騎士と呼ぶに相応しい者たちだったから……」

 

 ……今回の救出作戦において、幸いなことに犠牲者を出す事はなかったが……、ソフィが攫われてしまった際に、海賊や魔物たちによって殉職した者たちはいる……。婚約者(フィアンセ)でもあるグランが彼女の為に派遣した騎士でもあり、ずっとソフィを守ってきた者たちだったのだ。

 グランがほぼ一人で海賊船を制圧した背景には、間違いなくこの事もあったのだろう。婚約者(フィアンセ)をあのような目に合わせ、自分が派遣した騎士を殺した海賊たちを鬼神の如き力で叩き伏せながらも、その殆どが生命を残していたのは、私情を殺して任務に全うした結果とも云える。

 

「ノックにも気付かないなんて……、少し根詰めすぎなのではなくて?」

「……そう、かもしれないわね。何分、目を通しておかなきゃならないものが多いから……。それで、貴女がここに来たという事は……」

「ええ……、『報告』よ」

 

 そう言ってソフィは姿勢を正すと、友人の顔ではなく臣下の顔に変わり、

 

「……(わたくし)が訪問した先では、各国の情勢に特に変化は見られませんでした。だけど、確実に魔族の侵攻は進んでおります。ヴァナディース共和国は正式にストレンベルクに挨拶したいとの打診も頂戴致しました」

「……そう、彼の国は世界同盟未加入だったわね……。挨拶という事はその件もあるのかしら? だけど、あの国は確か天使の加護を得ていて、こと自衛に関しては勇者の力は必要ないという話ではなかった?」

 

 報告を受けて私はソフィに問い返す。……彼女は歌姫として自国だけでなく他国に渡って活動しているだけでなく、ストレンベルクの外務官としての役割も担っている。誰からも愛される容姿や人柄もあって、その2つの顔を使いこなしているのだ。

 ソフィは私の質問に答えるように口を開くと、

 

「その通りです。ですが……近頃はその加護の力も弱まってきているだけでなく……、幾度か十二魔戦将の襲撃もあったとも聞いております、それも……、未確認ではありますけど、『天使』の十二魔戦将であったかもしれないと……」

「て、天使の十二魔戦将!? 堕天使ではなくて!? そ、そんな話聞いた事は……っ!?」

 

 もし彼女の報告が本当だとしたら……、神に仕えるとされる天使が堕とされる事なく魔王の味方についた、という事だ。天使は神々の代弁者ともされており、その魂が穢れを纏った時、堕天して魔の眷族に加わる。しかし、天使のままで魔王が率いる『十二魔戦将』に選ばれたという事は、今までの法則を無視する何かが起こっているという事でもある。

 

「先程お伝えした通り、まだ未確認情報です。ヴァナディース共和国側より連絡が入るでしょうけれど、恐らくは……」

「……わかったわ。有難う、ソフィ嬢……。これで報告は以上かしら?」

「あと、もうひとつ……、イーブルシュタイン連合国からも遠くない内に打診が来ると思います。内容は先日ストレンベルクと共同で創出されたというカードゲーム、でしたか? そちらの名目で先方に招待されるかと……」

「招待、ね……。という事はその件だけでなく、別の目論見も……」

 

 私の呟きにソフィも複雑そうな表情を浮かべている。多分、彼女もわかっているのだろう。あの国の、特に許嫁に内定していた王太子は、一筋縄でいく人物ではない。さぞや断りがたい内容を添えて打診してくるであろう招待に、私は今から頭を抱える事になってしまった。

 

「……あたしも他国に訪問、慰労活動中で正確な判断は出来なかったのだけど、『招待召喚の儀』は無事に執り行われたのよね? だったら、先方に対してもきちんとお伝えすれば解決しないの? ……でも、貴女は勇者様の遠征に帯同しなかったわね。貴女の性格ならば付いてゆきそうなものなのに……。その事と、何か関係があったりするのかしら?」

「今回はイレギュラーの事が起こりすぎて、私も未だに整理しきれていないのだけど……」

 

 ここで私は友人であり、ともにユーディス様の下で師事していた同僚でもあるソフィに、あまりにデリケートな内容の為に、軽々に伝える事も出来なかったと謝罪して、一連の顛末を話してゆく……。

 

「……そう。やっぱり、あの方が勇者様だったのね……。それで、現在遠征に出ている方は、むしろ『招待召喚の儀』に横槍を入れた咎人であると……」

「ええ……。そうでなくても、あの人は随分と好き放題にやってくれたわ……。貴女の婚約者(フィアンセ)であるグランが、オリビアを奥様に迎えた件も、あの者が関係しているのよ……」

「グラン様もオリビアも、以前から惹かれ合っていらっしゃったから、ご一緒になられた事については素直に喜ばしい事であるけどね……。一夫多妻はもとより、時として一妻多夫も認められているから、あたしとグラン様が婚約者(フィアンセ)である事にも変わりはないのだし……。でも、その事と貴女がコウ様と距離を置かれている事とどんな関係があるの?」

 

 彼女とは気の置けない幼馴染という間柄でもある為、このように踏み込んだ質問をしてくれる事に苦笑しながら嬉しくも感じていた。そんなソフィとこうして無事に言葉を交わせる現在の状況に感謝しつつ、彼女の問い掛けに答える。

 

「……彼は自分のいた世界に帰りたがっているのよ。『招待召喚の儀』が外部より介入されたせいで、通常あるべき意思確認がなされずにファーレルへと召喚されてしまったから……。だから、これ以上彼に傾倒しないように、私は……」

「レイファ……。で、でも、諦められる相手ではないのでしょう!? 『招待召喚の儀』によって召喚する勇者様は……、貴女にとって運命の相手である筈よっ! 『時紡の姫巫女(フェイト・コンダクター)』である貴女が理想とする心を持ち、勇者に相応しい尊き魂を宿した方こそが、彼なのでしょう!?」

 

 ……わかっているわよ、ソフィ。貴女が言わんとする事は……。詰め寄るソフィを宥めつつ、私は昨日、両親に言われた事を思い出していた……。

 

 

 

 

 

「……お父様。今、何と……?」

「世界の脅威を抑え、全てが終わった時……、降嫁して彼に付いて行っても良いと言ったのだ」

 

 倒れたコウが漸く目覚めたという報告があり、ホッとしている私を見守っていた父より突然そのような提案を受ける。

 

「……勿論、次代の『時紡の姫巫女(フェイト・コンダクター)』だけは残しておいて貰う必要があるが……、その娘は責任をもって育て上げよう。后と共にな……」

「寂しい思いはさせませんよ。それに……、もう会えないという訳ではありません。魔力の問題はありますが……、既に特定している世界と繋げる事自体は難しいものではないのでしょう? 一時的な帰省というものであれば、魔力の消費もそこまでではないのでしょうし……」

「お父様……。お母様も……」

 

 自分の部屋に王と王妃してではなく、両親として来てくれたお二人。私を気遣ってくれているのだろう、母が私に近付きその手を取りながら、

 

「掟とはいえ、貴女に負担をかけてしまって……。先日の件といい今日の海賊たちの件といい、もっと私の方でも助けてあげられれば……」

「……勇者様に関する運用に加え、軍を動かす案件に関しても『時紡の姫巫女(フェイト・コンダクター)』である(わたくし)の責務ですわ、お母様。お父様方の執務に比べれば、(わたくし)の執務など比べようもありませんし……」

 

 心配する母に笑みを浮かべつつ、そのように答える。本日も人員不足が原因で、結果王城ギルドにまで持ち込まれた緊急依頼(プレシングクエスト)を解決した流れの冒険者たちに王自らが感謝を伝えて追加の報酬を贈られたと聞いた。

 ……誠実な行動には此方も誠意を持って報いる。何時からかストレンベルクの王族に伝えられているそれは、優秀な人材を取りこぼさないと同時にかつて勇者様にしてしまった愚かな行為を戒めるといった意味もあるらしい。聞くところによると、その冒険者たちも王自らが労ってくれた事に感激し、暫くはストレンベルク国内に腰を下ろすとも報告があったところだ。

 

 まだまだ私では両親の足元にも及ばない……。そのように感じつつも、私は父の気になる言葉について真意を問う事にする。

 

「ですが、お父様……。先程のお言葉は一体……?」

「言葉通りだよ、レイファ。お前は……、よくやっている。今回の度重なるイレギュラーに対し、己を殺しつつ『時紡の姫巫女(フェイト・コンダクター)』としてしっかりと務めているといえよう……。それならば、事が終わったならばお前の望むように生きるのもいいと思ったのだ。親心、と言われればそれまでだが、な……」

 

 この国の王としてではなく、私の父として提案してきた事に私は少し驚きを感じていた。

 

「お父様、(わたくし)はストレンベルクの王族として恥ずかしくない様に生きてきたつもりです。そして、『時紡の姫巫女(フェイト・コンダクター)』の責務についても……。そんな(わたくし)がその責務を放棄するような事など出来る筈もありませんわ!」

「勿論、ワシもそれを願ってはおる。理想としてはコウ殿がストレンベルク……、いや、このファーレルに留まりお前と一緒になってくれれば言う事ないのだがな……。しかし話を聞く限り、彼の意思は固いのだろう?」

 

 そう、ね……。彼はもう、決めてしまっている。あのエルフのお姫様がお供したいと言うのを拒むくらいには……、コウはその断固たる意志力によって意見を左右させる事は無い。だから、私は……!

 

「レイファ、お前もあまり思いつめすぎるな。王族としての矜持、責任感を持つ事は大事だが、それによって自分の心を押し込めるのも間違っておる」

「……お父様方のお気持ちは頂いておきます。ですが……、(わたくし)ももう決めているのです。最後まで『時紡の姫巫女(フェイト・コンダクター)』として恥じる事の無きよう努める所存ですわ」

「…………レイファ、貴女……」

 

 悩ましい表情で私を見る母から眼を背けるようにしながら目の前の執務に集中してゆく……。自分の奥底にある想いに蓋をしつつ、私はその事を頭から追いやったのであった……。

 

 

 

 

 

「…………ファ! レイファッ!」

「あ……」

 

 ……いけない、ソフィと話している最中だったわね。

 

「もう……、大丈夫なの? ……疲れているんじゃない? レイファ……」

「そう、かもしれないわね……。貴女の前だから、というのもあるかもしれないけど……」

 

 コウの話となると、どうしても冷静でいられない私がいるのはわかっていた。昨日の両親の話といい、ソフィの話といい……、押し込めた想いに干渉してこられると……。

 

「……貴女は諦められるの? 後悔しない……?」

「それは、わからないわよ……。でも、今は考えないようにしてるの。でないと……」

「……そんな風に思う時点で、ダメじゃない……。さっきフローリア様も仰っていたわよ、何とか彼を引き止めたいって……。レイファは、諦めちゃうの……? あたしは……フローリア様に協力するわ。命の恩人でもあるし、それに……」

 

 僅かに頬を朱に染めながらそのように話すソフィ。普段は抑え隠している筈の、彼女の独特な虹色の瞳に魔法文字(ルーン)を浮かび上がり、私を見据える。消極的な私をもどかしく思っているのだろう、詰め寄ってくるソフィに伝えておくことにする。

 

「もう知っているかもしれないけれど……、彼の傍に居たエルフの女性は、先日滅亡したメイルフィード公国のお姫様よ」

「! シェリル姫……! やっぱり、そうだったのね……。ご無事でいらっしゃったのは幸いだけど、どうしてコウ様の傍に……」

 

 シェリルについては、我がストレンベルク王国でも『勇者』の事に次いでトップシークレットの案件だ。国外には出せなかった事情もあり、その辺の事も説明すると、

 

「……そうなんだ。あの深窓の令嬢とも呼ばれて、あまり表舞台に出て来られなかったシェリル姫が……」

「シェリル姫については秘匿しておかないといけない別の理由もあるんだけどね……。そんな訳だから、彼を思い留まらせるのは大変よ? 彼女がコウに付いて行きたいと言うのを拒むくらいだし、ね……」

「うう……、で、でも、何もしないまま諦めたくはないわね……。それにレイファ、この事は貴女にも言える事じゃないかしら? 繰り返すかもしれないけれど、コウ様は『招待召喚の儀』によって選ばれた、貴女にとっての運命の男性の筈よ。本当にこのまま諦めていいの……?」

「……ソフィ、貴女も彼と交流してみたら分かるわ……」

 

 コウがどれほどの思いを抱えているか……。そして、彼がどれだけ元の世界に戻りたいと渇望しているのか……。彼と接していればいる程、その事を思い知らされる。

 彼がこの世界に留まるのは、あくまで彼の優しさによるもの……。このまま自分だけが元の世界に帰ってしまうと、シェリルやユイリ達のいるこのファーレルが大変な事になる……。それが分かっているからこそ、私たちを見捨てられないからこそ、この世界に留まっているのだ。

 

「もしかしたら……、向こうの世界に大事な人がいるのかもしれない。ご両親を始め、既に永遠を誓う相手が……」

「…………レイファ」

 

 流石にソフィもこれ以上言ってくる事は無かった。私の言い分も理解してくれたのだろう。彼に助けられ、思慕の念を抱いたらしいソフはそれでも何か言いたそうにはしていたが、やがて溜息を吐き、軽く頭を振ると、

 

「……わかったわ。確かに、彼の事情については今のあたしにもわからない事だし、別に貴女を困らせようと思っている訳じゃないし、ね……。ただ一つ、友人として言わせて貰えば……、貴女は少し気負い過ぎよ。そのままじゃ体を壊してしまうかもしれないわ」

「フフフ……、平気よ、ソフィ。これからの事を考えれば、今なんてまだまだ無理してる内に入らないわ。それより、貴女の方こそもう少し体を労わりなさいな。海賊から解放されたばかりな事もそうだけど……、それまでも各地を慰労し、歌姫としても活動してきたのだから……」

 

 そう言うとソフィは、報告も終わったしお言葉に甘えるわ、と一礼して部屋を出て行く……。再び一人になった私は苦笑しながら執務の手を休めて席を立ち、ふと窓の外を眺める。

 

(……心配してくれて有難う、ソフィ……。お父様、お母様も……。それでも、私は……)

 

 夜の庭園を眺めながら、自分を心配してくれる者たちに感謝しつつ、今後の事を考えていった。ソフィの報告の通りなら、ヴァナディース共和国やイーブルシュタイン連合国から何かしらの打診があるだろう……。特にイーブルシュタインに関しては、少し揉めるかもしれない。そうでなくても、救援遠征に向かった先からも御礼状の類の返礼も届くだろうし、先般のカードの件についてイーブルシュタインの他の国からも色々と問い合わせもあるようだった。

 

「……コウ、貴方は……」

 

 それらの事を頭から一時的に置いておき、先程のソフィとのやり取りを思い出す……。彼女の言う事もわからないでもない。恐らくはソフィが惹かれたであろう、海賊の船長との一騎打ち……。強力な魔法を使う敵を一方的に封じ込めての勝利……。とても剣を握って数週間とは思えない、歴戦の戦士を思わせるその姿は、彼女だけでなく自分も改めて惚れ直したといっても過言ではない。

 

(もしも……、貴方が伝説の勇者なら……。『招待召喚の儀』を神々から賜った頃より、同時に言い伝えられた伝承……。その勇者が、彼であったならば……)

 

 このファーレルに伝わる伝承……。所々読めない部分はあるものの、断片的に残された聖遺物……。そこに記載された文章、それは……。

 

『幾星霜の末、世界は大いなる危機に見舞われん……。不測の事態に陥り、姫巫女の存続すらも危うくなりし時、それ(・・)は現れる……。どうにもならない絶望的な状況を祓い除けて立ち上がりし彼の者は、数多の魂に支えられ直面する脅威を打ち破らん……』

『……時が満ちたり、生きとし生ける者には決して纏えぬ雰囲気を携え、敵を悠然と見据えるその姿は……! この世界に残されし最後の希望、約束された勝利を齎す権化なり……!』

『――最期となる界答者(ファーレル・セイバー)……。神と人とを繋ぐ、世界に応えし者が、ファーレルを元の正常なる神の生まれし世界へと成さしめた時……、勇者召喚(インヴィテーション)の法はその役目を果たし、時紡の姫巫女(フェイト・コンダクター)は責務から解放されん……』

 

 ……もしも、ここに記述された通り、コウが界答者へと覚醒し、この世界の脅威そのものを排除したその時は……! 『時紡の姫巫女(フェイト・コンダクター)』の使命を終え、このファーレルの脅威を排する事が出来たその時は……! 父と母の言う通り、彼についていき――……!

 

「……やめましょう、もしもの話を考えるのは……。今はせめて、彼の事を……」

 

 顔を振り、考えても詮無き事として思考を打ち切るも、それを完全に頭から切り離す事は出来なかった。……もう、離れたくないと感じるくらいには彼を思慕してしまっている。まるで、自分の半身を追い求めてしまうかのように……。

 私は目を瞑り両手を握り締め、自分の信じる神に祈りを捧げる……。彼と出会わせてくれた事に対して……。そして……願わくば彼と一緒にいたいという淡い想いを込めて……。

 深夜、時折虫の音が響くものの、静寂な王城の一室の下で、私は祈りを捧げ続けるのであった……。

 

 

 

 

 

 第一部 巻き込まれた異世界転移   完

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「まさか、このような事になるとは、な……」

 

 自分の身体の事だ、自分が一番よくわかっている……。そう思っていた自分の予想を覆す切欠となったのは、息子が残したという薬瓶。何やら読めない文字で書かれたそれは、自分の体に巣食う病巣を全て取り除き、死を待つ状態であった自分を復帰させてしまう奇跡を齎した。

 

「医者も驚いていたな。もう手の施しようがないと匙を投げていた状態から回復したのだから当然と言えば当然だが……」

 

 何より、一番驚いているのは自分自身だ。もう駄目だ、そのように確信していたからこそ、息子に事実を告げたというのに……。

 

「お父さん! また、こんなところに出歩いて……!」

 

 そう言って自分を呼びに来たであろう義理の娘を見据える。麻衣……、身寄りの無くなった友人の娘……。それを引き取って、自分達の養女に迎えてもうどれくらいになるのか……。今では本当の家族のように溶け込んでくれている娘は、自分に詰め寄ってくると、

 

「もう! お父さんはまだ病み上がりなのよ! きちんと養生していないと駄目じゃないっ!」

「……ああ、すまないな、麻衣」

 

 回復し、医者より家内たちに自分の病状を伝えられ、それを黙っていた事を怒られただけでなく、自分を回復させた薬を齎したのが息子であり、その息子が現在行方不明である事、それもこの世界にはいない等といった事を伝えられた。

 当然、異世界云々という話は俄かに信じられない事ではあったが……、自分を回復させた薬といい、他にも置いていったという未知の金属やら、原産がわからない金塊等の類といい、それを事実を裏付けるようなものが見つかっている事からも、あながち偽りや妄想だと決めつける事は出来ない。

 

 息子は仕事先でも取り敢えず休職扱いという事になった。日頃の勤務状況から、無断で休むような事もなく、真面目に勤務していたという。ただ最近は業務過多になりがちだった事もあり、上司と名乗る者がやって来て謝罪とともに、彼が戻ってきたら何時でも仕事に復帰できるように話していったのだ。

 しかし、それについては息子より伝言も預かっていたようで、もしも自分が1ヶ月経っても戻らないようならば、退職扱いにして欲しいと残してもいた。戻って来れるようならば1ヶ月以内には戻る……。そうでなければ、不測の事態により戻れなくなったという事だから、その時は……と。半ば遺書のようなものでもあり、家族は息子が戻ってくるのを信じ、待っている状況だ。

 

「お母さんも心配してるのよ! お兄ちゃんがいなくなって……、それで、もしもお父さんもって事になったらと……」

「……すまないな。俺はもう大丈夫だ。病も消えた今、俺は何処にも行かないよ」

 

 その言葉を聞いて、ホッとしたような表情をする麻衣に心を痛める。自分は……息子に謝らなければならない。

 

「さあ、もう戻ろう? お母さんも心配してるし、身体に障ってもいけないから……」

「ああ、わかったよ……」

 

 娘にそう促される最中、誰にも聞かれる事がないような小声で誰とはなしに呼び掛ける。

 

「……いつでもいい、ちゃんと帰ってこい。謝りたい事も含め、皆お前を待っている……。我々家族だけではない、お前を心配する全ての人たちも……」

 

 独り言のようにそう呟くと、自分に呼び掛ける麻衣に従い、家内たちの下へと戻っていくのだった……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――ストレンベルク城下町にて――

 

「しかし……、噂には聞いていたけど、ストレンベルクは本当に居心地がいいな。活気もあるし、飯も美味いし……! それに何より……」

「ああ、まさかこの国の王自らがアタイ達にお礼をしてくるなんてね……! あんまり報酬は期待してなかったけど、これには驚いたよ!」

「まさかの臨時収入だ。やっぱり、ここは王城ギルドによって上手く纏められてるんだな。他の国とは違うぜ」

 

 昨日、このストレンベルク王国のある村にて、村長の娘が盗賊に攫われ、その救出を願う依頼(クエスト)が受注された。その村を治める領主である騎士も遠征に加わって不在であり、同時に起こった海賊による歌姫の拉致による影響で、さらに人手が駆り出され、冒険者ギルドに依頼するほかなかったのだ。

 依頼(クエスト)の報酬としては普通だが、盗賊の戦力がいまいち把握できない為、冒険者ギルドにおいてもそれなりの依頼難度を付けるしかなく、しかもある程度は王城守護に駆り出されてもいる。さらに、状況としては放置できる話でもなかった為に、緊急性も求められていた。

 

 そこで、冒険者ギルド『天啓の導き』は、王国内の冒険者ギルドだけでなく、王城ギルドを通じて近隣の諸外国にも緊急依頼(プレシングクエスト)といった形で流す事にした。それによって、ストレンベルクとイーブルシュタインの国境にいた自分たちが、その依頼(クエスト)を受ける事にしたのである。

 

 盗賊の討伐は思ったよりも簡単だった。そんなに大規模といった風でもなく、大した力を持った盗賊も居なかった。自称元貴族で冒険者だと名乗ったボスもあっけなくお縄につく事になり、それによって村長の娘も無事に救出する事が出来た。同じく元冒険者と話す副団長に手を出されそうになっていた事からも、結構危ういところだったのかもしれない。

 

 村長や娘からは感謝され、村全体でももてなしを受けていたところに、王城ギルドからも礼状がきたのだ。それに従って王宮に向かうとまさかの王様から直接謝礼まで頂いてしまった。こんな事、少なくとも先程までいたイーブルシュタインでは考えられない。

 

「どうだい? 懐も潤ったし、暫くこの国に滞在するというのは?」

 

 この冒険者の団体でリーダーを務める優男風の男がそう言うと、

 

「いいんじゃないかい? 飯も酒も美味いし言う事ないしねぇ……。アタイは賛成だよ」

 

 リーダーの言葉にすぐ賛同したのは、露出の高いビキニアーマーを着用した女戦士だ。そして、残り2人の男もそれに続く。

 

「ああ、何より昨日の可愛い村長の娘が俺に熱い想いを抱いているみたいだったしな。離れるのは勿体ねえよ」

「ちょっと待て!? 何言ってんだ、あの子、明らかにオレの方を見てたろ!? テメエの目は節穴か!?」

「はぁ!? 何だとてめえ、もう一度言ってみろ! 節穴なのはお前だろうが!!」

「……2人とも、落ち着け。まあ、この国に滞在する事には異論はないという事かな? あとは……」

 

 呆れた様子で2人を窘めながら、リーダーの男はここにいないもう一人を探すと、

 

「ま、待って下さい~~っ!」

 

 ちょうどそんな声が響き、この団体の最後の一人であり、荷物持ち(ポーター)兼雑用係を務める女の子で……、唯一ヒューマンではない獣人族でもある彼女が息を切らせながらやって来ると、

 

「相変わらずどんくさいねぇ……。何時も言ってんだろ? 遅れるようなら置いていくと。全く……、アンタ、俊敏で知られる兎耳(バニーレイス)族なんだろ? なのに、どうしてそうどんくさいんだい!?」

「ピッ!? ご、ごめんなさい~~!!」

「まあまあ抑えて……。僕たち、暫くはここに落ち着ける事にするから……。君もそのつもりでいてね?」

「は、はい~~、わかりましたぁ~~……」

 

 ビクビクしながらも暫くはゆっくりできる事に安堵している様子の兎耳(バニーレイス)族の少女。

 

「はぁ……、アンタも甘いねえ。ま、別にいいけどね、アタイはさ」

「おどおどした様子が可愛いよなぁ……。せめて後2、3年したら色々慰めてやれるんだが……」

「正気かお前!? 3年でもアウトだろ!? せめて5年……てか、薄々思っていたが、テメエとは一度決着をつける必要があんなぁ……!」

「……勝手にしてくれ。じゃあ暫くはここで滞在する事にしよう。各々で過ごし、連絡は通信魔法(コンスポンデンス)で行う事……、それじゃあ解散!」

 

 異議なーしと答える面々。こうしてストレンベルク王国に滞在する冒険者が一組、増える事となった……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……へえ、自力で事を治めたんだ。流石はレイファニー……、いや、流石はストレンベルクといったところかな?」

 

 報告を聞いて、思わずそう感想を述べる。その侍従を下がらせて一人になると、傍にあった上質なワインを手に取り、グラスをそっと傾けた。

 

「勇者不在の中で起こった大公令嬢誘拐事件……。残された戦力でよく魔族たちを退けたものだ……。それでこそ、僕の花嫁に相応しい……!」

 

 彼女の元婚約者として……、いや、未来の彼女の夫として……。危機を乗り越えたストレンベルクに賛辞を贈らずにはいられなかった。イーブルシュタイン連合国の王太子、アキラ・リンド・イーブルシュタインはそう言って傍らの静止スフィアに描かれたレイファニー王女の絵を見る。

 

 魔族が何やら襲撃を仕掛ける様子だという情報が入った時、本来ならば真っ先に駆け付けようと思っていた。しかし、状況を利用すればストレンベルクはイーブルシュタインに頭が上がらなくなる。そうすればレイファニーの事然り、色々と条件を呑んで貰いやすくなる……。

 幸いにして、我が国には飛行魔力艇がある。救援に関しても、何処よりも速く向かう事が出来るのだ。だからストレンベルクより打診が来るのを待ってから行動しようと思っていたというのに……、まさか自国内で治めてしまうとは……。

 

「……彼の国の英雄、グラン・アレクシアか? はたまた勇者の血筋を継いでいるという、ガーディアス・アコン・ヒガンかな? まぁ、いずれにしても……」

 

 彼女は、レイファニーは僕のものだ……! 誰にも渡さない……、勇者にも、魔族にも……!

 思惑が外れたが、ストレンベルクがイーブルシュタインの助力を得たいのは間違いない。だからこそ、あと少しで彼女の許嫁にほぼ内定していたのだ。……勇者さえ召喚(・・・・・・)されなければ(・・・・・・)……!

 

 とはいうものの……、本来ならば勇者に従属する筈の時紡の姫巫女(フェイト・コンダクター)たる彼女が、何故か遠征に追従しなかったりと不明瞭な点もある。通常ならば勇者と一緒になるという話だが、これならば自分にも付け入る隙があるのかもしれない……。

 

 ……そうとも、レイファニーは僕の妻になるべき人なんだ……! 誰にも渡すものか……!

 そうと決まれば早速ストレンベルクへ打診する事にする。表向きは此度の遠征成功と歌姫救出の慰労。そして、飛行魔力艇の進呈をチラつかせる……。彼の国が主導となって展開しているカードの召喚技術に割り込み、あわよくばレイファニーとの婚約も確約させ、時紡の姫巫女(フェイト・コンダクター)に高貴なるイーブルシュタインの血も取り入れさせる……!

 そうなれば、議員連盟に押されつつある王政の権力を確固たるものにさせると同時に、永いストレンベルクの歴史の中でも美女と名高いレイファニーを娶り、初夜で彼女を存分に……っ!

 

「おっと、それはまだ気が早いな……。女には不自由していないし、焦る必要もない……。欲しいものは必ず手に入れる。それが例え何であっても……例外はない……!」

 

 ククッとほくそ笑みながら、僕は件の手紙をしたためていった……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ふむ……、件の海賊共は全滅……。部下も皆、奴らに拘束された、か……」

「は、はい……、如何なさいましょう、ファンディーク様……」

 

 そう報告してきた部下が恐々と自分を伺いながら話す。

 

「こうなる事は想定の範囲内さ。尤も、まさか王女が海賊との交渉に直接赴くとは思わなかったし、些か読み違えた事はあったけどね」

「そ、そうなのですか?」

 

 直接、自分が王都に襲撃をかけずに部下に任せた時点でこうなるような気もしていた。だから、その点に関しては気にしていない。

 

「ああ……、彼らについては放置していていいよ。例の処置は施してあるし……、まぁ、話が漏れたところで大した事は伝えてないしね。……じゃ、君ももう用済みかな?」

「は!? ギャアアッ!!」

 

 報告の為と称して逃げかえってきた部下が炎に包まれる。その場で苦しむように藻掻いていたが……、やがて肉体が崩れ落ち、灰のみが残った。それを見届けたところで、今の情報を整理してゆく。

 

(勇者の力は私の想定以上ではあったが……、その代わりに面白い事もわかった。もしかしたら、此度こそ我が悲願を達成できる時かもしれない……!)

 

 あれから、部下を嗾けつつ勇者を観察したところ、ある事実がわかった。それならば如何に強大な力を有していたとしても、恐れるに足りない。もう一押し試してみるつもりではあるが……、まず間違いないだろう。

 

「……ならば、他の十二魔戦将たちにも呼び掛けるか……。まあ曲者揃いな奴らの事、私の呼び掛けに素直に従う連中ではないが……」

 

 それでも、魔王様に有益な事となったら無視も出来ないだろう。特に、何処かいけ好かないあの『氷雪の魔女』あたりであれば尚の事……。そう思いながら私はある一点を見つめる。永久氷に包まれ、かつての姿をそのままに残す、先代勇者の妻にして王国史上一番の美姫と名高かった元時紡の姫巫女(フェイト・コンダクター)の姿がそこにあった……。

 

「今の時紡の姫巫女(フェイト・コンダクター)、レイファニー王女は君の面影も残す美女らしいよ? 魔王様も目覚められ、力を取り戻した私に恐れるものなど何もない。無事にこの場に連れ去って来れたら、君の前で彼女を可愛がってあげるよ。おっと、それだと君が嫉妬するかもしれないから、封印を解いて一緒に愛でるというのも面白いかな?」

 

 氷の中に封じられている女性を前に、魔族の笑い声が轟く……。どこか悲し気な女性の表情に気にすることもなく……、誰も近づかない部屋にその笑い声が止む事もなく響くのだった……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 魔王が治めるという魔族領ロウファーライン……。その場所からさらに南に下ると、閉ざされて人の記憶から忘れられた大陸に辿り着く。そこは永久に溶けない氷に覆われ、とても人が住めない場所にあり……、魔族でさえも滅多に近づく者はいない。その極寒の環境に耐えうる魔物や動物たちが僅かに住み着いている……、そんな場所に敢えて居を構える者がいた。

 

「……エルシオーネ様? どうかなさいました?」

 

 純白の羽根を纏い、何処か神秘的な印象を纏わせる女性が窺うように私に話しかけてくる。

 

「……別にどうもしないわ。気にしないで、リーヴェル……」

「そうですか? ここ最近、心ここにあらずと申しますか……、あまり元気がないように思われましたもので……」

 

 宜しければ癒しの魔法を掛けましょうかとまで言われ、丁重に断りを入れると、

 

「大体、どうして貴女はワタシに敬語を使うのよ? 立場はワタシと変わらないし、そもそもの話をすれば、貴女は神に仕える天使でもあったのでしょう?」

「それでも、エルシオーネ様が私にとって恩人に違いないからです。私がこうしてエルシオーネ様と同じ『十二魔戦将』の一将魔となったのは、貴女様がいらっしゃったからなのですよ? そんなエルシオーネ様に普通に話しかけるなど……考えられません」

 

 そう言って私に頭を下げる彼女には苦笑するしかない。……私が彼女にした事など、本当に些細な事なのだ。そんな事に、天使という高尚な存在が私に対して過剰な忠誠を捧げ、魔王様直属の『十二魔戦将』にまでその姿のままなってしまった事に、正直驚きを隠し得なかった。

 しかも、彼女は魔王様というよりも、私に対しまるで部下のように接してくる。……ただのヒューマンから『十二魔戦将』になった私に、だ……。

 

「……もういいわ。どうせ、言い聞かせたところで直してくれない事はわかってるし……。でも、本当に何でもないのよ。可笑しなところなんて、何もないわ」

「私はずっと貴女様の事を見続けてきたからわかります……。そうですね、先般に彼の国において『勇者召喚(インヴィテーション)』が為されたであろう頃より、エルシオーネ様のご様子が何処か変わったような気がしております」

 

 『勇者召喚(インヴィテーション)』……。リーヴェルの口からその言葉が出てきた時、私は無意識に反応してしまう。

 

「……やはり。此度の『勇者召喚(インヴィテーション)』に何か思われる事でもあるのですか?」

「……『勇者召喚(インヴィテーション)』は我らが主、魔王様に仇なす者が新たに呼ばれる忌まわしい秘術。それはワタシにだって思うところくらいはあるわよ」

「そうかな? それにしては、前に行われた『勇者召喚(インヴィテーション)』に比べて、異様に気にしているようだが?」

「っ!? 魔王様!?」

 

 突如、思わぬ人の声がしたかと思うと、その方向より影が集まり……、一つの人影を作り出す……。その方は、私たちの主でもある……。

 

「これはまた急なご来訪ですね、魔王様。エルシオーネ様も驚いておられます。どうか次にお越し頂く時は表から参られるよう、前回もお願いした筈でしたが……」

「リ、リーヴェル……ッ! 貴女、魔王様に対してその口の利き方は……っ!」

「良い、エルシオーネ。余が許しておるのだ。でなければ、天使の姿のままで我が十二魔戦将の一将魔にする事など、許す筈もない」

「は、はい……! 魔王様がお許しになられているのならばっ……」

 

 敬意は示しているものの平然としているリーヴェルを尻目に、彼女の分もこうして頭を下げる。彼女の私に対する忠誠と同じように、私も魔王様に対して抱く忠誠、忠節がある。此方の世界(・・・・・)でもただ死を待つだけであった私を救って下さったのは、他ならぬ魔王様なのだ。

 

「……お前の気にしている者に会ってきた」

「あ……」

 

 魔王様のお言葉に、一瞬頭が真っ白になる。それはつまり……、()と……。

 

 ……私がこの世界に生を受け、いつから前世の記憶に目覚めたのかは覚えていない。ヒューマン族として死にそうになった時なのか、それとも魔王様に見出されてヒューマン族として初めての十二魔戦将に選ばれた時だったか……。はたまた、『氷雪の魔女』と呼ばれるようになって人々に恐れられるようになった時か……、いずれにせよ、今の私には前世において死ぬ時までの記憶があった。

 

『しおりちゃんっ!』

 

 ……もうすぐ訪れる死の前に拒絶した幼馴染の彼の泣きそうな顔が思い浮かぶ。出来れば最期の時くらい、彼の顔を見ていたかった自分を押し殺し、突き放した時に見た彼の表情……。それが、まるでついこの間の事のように思い起こされる……。時間にしてもう何百年も経過した筈であるというのに……。

 

「なかなか面白そうな者であったぞ? 一見すると戦士と見えず、勇者として呼ばれた者とは思えなかったが……、何か感じるところもあった。もしや、今までのファーレルに変革を齎す可能性がないともいえる……」

「……魔王様、まだ完全に復活なされていない今のそのお身体で、仮にも勇者として呼ばれた者と無造作に接触を図るなど……、何を考えていらっしゃるのです……!」

 

 私は感情を押し殺して、魔王様にそう告げる。自身の氷の魔法により、感情すらも凍らせて魔王様に申し上げると、

 

「癖のある『十二魔戦将』の中でも、余に真っ直ぐな忠誠を誓う可愛い部下の心情を慮ったつもりだったのだがな、エルシオーネ。余計な世話であったか?」

「私の心配など無用です。全ては魔王ジン様の為に……! それを僅かな可能性とはいえ、排斥されるかもしれない勇者の下に赴いてどうするのですか! 貴方様に倒れられたら……ワタシは……!」

 

 氷の仮面から漏れ出してしまいそうになる感情を必死に押し隠して魔王様に詰め寄る。そんな私の様子に驚いているようだった魔王様だが、やがて苦笑し私の頭を撫でると、

 

「……本当に余計な世話だったな。許せ、エルシオーネ……。汝のそのような容貌が見たかった訳では無いのだ。あの者が本物の勇者へと覚醒したのならば、いずれ相まみえる事もあるだろうが……、汝の言葉通り、軽率な行動は控えるとしよう……」

「…………是非、そうして下さい」

 

 私の言葉に了承を伝えながら、来られた時と同様にこの場から煙のように消え失せてしまう。我が主でありながら……、何処か捉えようの無い所があるのは初めて出会った時から変わる事がない。古よりずっと魔王として降臨されてきた方である事から、不覚を取る事など万に一つも有り得ないだろうが……、それでもヤキモキさせられてしまう。

 

「エルシオーネ様……」

「……リーヴェル、少しでいいから一人にさせて貰えないかしら? 本当に、一時だけでいいから……」

「……貴女様を困らせるのは私の本意ではありません。畏まりました。ですが……、何かありましたらすぐに私を呼んで下さい……」

 

 そう言ってリーヴェルは私に恭しく一礼すると、心配そうにしながらもそっと部屋を出て行き私一人だけとなる……。

 

「……どうして、寄りによって勇者として、貴方が現れるのよ……、『コウ君』……」

 

 かつての幼馴染に向けたその声は、誰もいない部屋内に響き渡り……、やがてやるせない思いと共に消えていった……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「駄目ですっ! 此方も突破されましたっ!」

「そんなっ! どうしてここが……っ! それも、たった一人を相手に我々がここまで……っ!」

 

 教国ファレルム総本山のある領域、とある施設内において……。総本山の張った『結界』に侵入し、次々と壊滅させられていく現状に信じられない思いで部下の報告を聞いていた。

 

「密かに研究していた『疑似勇者召喚(フォルスヒーローズ)』を何処から嗅ぎ付けたのかはしらぬが……、一番の問題は彼らであっても全く歯が立たないという事だ……! 計算上では対抗できるのではなかったのか!? 例え、あの『十二魔戦将』であったとしても……っ!」

「しかし、これが現実ですっ! 既に大半の聖騎士や疑似勇者(フォルスヒーロー)達も打ち破られ、この場所までやって来るのも時間の問題ですっ! 早く研究の成果を纏めて脱出をっ!」

「…………もう遅い」

「っ!?」

 

 その声に入り口を振り返ると、竜人(ドラゴニュート)族……、この施設に攻め込んできた十二魔戦将の一将魔である男が一人立っていた……。傍らには阻もうとしたのであろう聖騎士や疑似勇者(フォルスヒーロー)達が倒れ伏している。……どう考えても絶望的な状況だった。

 

「……仮にも我々に打倒する為の『疑似勇者召喚(フォルスヒーローズ)』とやら……。どれ程のものなのかと期待してやって来たが……とんだ期待外れだった。憑依させた者が貧弱だったからかは知らんが、こんなもの退屈しのぎにもならん……。本当に詰まらぬ相手だった。存在する価値もない」

 

 ここで纏めて消え失せよ、そう宣言すると目の前の十二魔戦将が無造作に構える。……恐らくは自分の持つ能力(スキル)、『最期の刻(ダイイングメッセージ)』によって伝わる事となるだろうが……、例え死ぬとしてもむざむざと敵に討たれる謂れはない。

 せめてもの抵抗を……、とその場にいた聖騎士と共に構えたものの、

 

「…………『無限・斬鉄剣』」

「なっ……!」

「ば、馬鹿な……っ!」

 

 閃光が煌めいたかと思うと、まさに一瞬の出来事……。最後に見たのは自分の身体がまるで別なものであるかの如く、四散させられてしまったような感覚……。次第に薄れゆく意識の中で自分に出来る唯一の事は、詫びる事しか出来なかった……。

 

(教皇様……お許し、下さい……。そしてどうか、彼の国、ストレンベルク王国に、お伝えを……。我々が研究していた『疑似勇者召喚(フォルスヒーローズ)』は……、歯が立たないばかりか、敵によって壊滅、させられ――…………)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ストレンベルクの王宮に……?」

「ええ、未確認情報ですので何とも言えませんが……。ま、十中八九間違いないでしょう……」

 

 同じ十二魔戦将の一将魔に連ねる禍々しい翼を纏った男が淡々と告げてくるのを見て、全身の血が沸騰するかのような錯覚に襲われる。

 

(シェリル……! アタシが作り上げた状況から……、性奴隷という名の生き地獄から逃れたというの……!?)

 

 あの日……、忌まわしきメイルフィード公国を攻め落とし、計画通りにあの子が奴隷商人に捕えられた事については報告を受けていた。恐らく『認識阻害魔法(コグニティブインヴィテイション)』を掛けられていたのだろうが、如何にも高貴な身分だと思われる女のエルフを捕らえ、それが天文学的な値段で落札されたという事で、さぞかし好き者の金持ちにでも買われたのだろうと思い、少しは自分の気分が晴れていたというのに……!

 

「それで、シェリルは……!?」

「……どうもこうもないですよ。普通に王城に詰めているんなら、既に奴隷という事はないんじゃないですか? 先程も言いましたけど、これはある伝手から入手した未確認情報です。後は自分で確認して下さいよ」

 

 面倒くさそうにそう話す、目の前の堕天使という存在に、一層イライラしながらも、シェリルの事を考える……。

 

 元はメイルフィード公国で幼馴染のような存在であった彼女。ダークエルフ族である私も、公国の貴族としてそれなりの地位にいた為に、シェリルと接する機会は多かった。現在のようにエルフ族と袂を分かった訳でもなく、当時はまるで姉妹のように仲が良かったのだ。

 ……あの事件が(・・・・・)起こるまでは(・・・・・・)……!

 

(……といっても、直接シェリルに何かされたといった訳では無いけれど……)

 

 それでも、私が受けた屈辱と同じだけのものを味わって貰わないと、とても気が済まない。むしろ、あれだけ仲が良かったのなら、シェリルに(・・・・・)だって同じ(・・・・・)思いをして(・・・・・)貰わないと(・・・・・)不公平だ(・・・・)……!

 

「……彼女の処遇については、一応貴女の顔を立てましたが……、わかってますよね? 彼女は、『伝承の系統者(レジェンド・クオリファイダー)』は、何としても我々の手中に納める必要があるのですよ?」

「…………わかっているわよ、そんな事は」

 

 吐き捨てるようにそう言う私にあからさまな溜息をつきながら、堕天使の十二魔戦将であるエクスロッドが忠告するように、

 

「アーシュ、わかっていますね? 彼女が処女かどうかなんて、私にとってはどうでもいい事です。今更エルフの処女を奪う事で得られるモノに興味もありません。だから、貴女の復讐にも協力しました。だから次は……、貴女が私に協力する番です」

「……わかってるって言ってるでしょ!? もう、出て行きなさいよっ! 用件は済んだんでしょうが!」

「全く……、貴女を救ってあげた私にそんな口を利くのですから……。だから、貴女ではなく、彼女が選ばれたんじゃないんですか? まあいいでしょう。貴女の口の利き方が直るとも思っていませんし。むしろ、私は貴女を心配して差し上げているというのにねえ……」

「先輩面してるつもり? アンタはアタシを救う切欠を与えただけ……。本当にアタシを救ってくれたのは魔王様よっ! いいからさっさ出て行って!! これ以上、アタシにイライラさせるつもりなら……、こちらにも考えがあるわよ……!」

 

 そこまで言うと、漸くエクスロッドはやれやれと言わんばかりに部屋を出て行く……。姿が見えなくなったところで、思いっきり扉に手元にあった魔導書を投げつけていた。

 

(……シェリル、アンタにも味わって貰うわ……! アタシが味わった屈辱……。絶望……。そして、諦念を……! 人形のように服従するようになったら……、男に汚されつくされたアンタを、アタシが飼ってあげる……! そうする事で、漸くアタシはあの男への復讐を完結させる事が出来るのよ……!)

 

 暗い笑みをたたえながら、私はシェリルの面影を思い浮かべ……、そこに向けて魔法を放つ。轟音が鳴り響くその中で、私はその情報の裏を取るべく精霊を召喚するのであった……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ……こうして複雑なそれぞれの感情が混ざり合い、やがて主人公(コウ)を巻き込んでいく事になる……。

 

 

 




ハーメルン様での掲載は、この話で以上となります。

この後も話は続きますが、ご興味がありましたらそちらの方をご覧頂ければ幸いです。


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