FAIRY TAIL~元勇者の生きる道~ (ヌラヌラ)
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LV1~さらば導かれし者たち~

 人間を滅ぼし、地上を支配しようとした魔族の上級神官の野望は勇者とその仲間によって阻止された。

 人々は彼等を称え、帰還を祝福し歓喜の声を挙げた。

 勇者の仲間はその後、1人は王宮兵士として自分の国を守り、1人は王女としてある国を治め、1人は王女に届かぬ恋心を抱いた王宮の神官として彼女を補佐し、1人は相談役としてそれを支えた。またある1人は大商人として家族と共に世界中を渡り歩き商売に励み、ある1人は踊り子として世界中を魅了し、ある1人は占い師として成功し希代の予言者となった。ある1人は魔族の王となって各国の王と人間魔族間の不可侵条約を結んだ後、恋人と平和を噛み締め過去の己の行いを悔いたとされる。

 世界中の誰もが平和を愛し、幸せに暮らした。

 世界を救った勇者一行。勇者本人を除いては。

 

「シンシア……シンシアっ!」

 

 かつて村であったのであろう地の花畑の真ん中で緑色の髪をした1人の男、勇者は叫ぶ。彼がこの世の終わりが来たかのような表情をするには理由がある。先ほどまでは自分の身代わりとなって魔物に殺された、とても愛しい人物が天から舞い降り、別れた仲間も自分の元に来てくれた。

 いや、そう思わされていた。

 愛しき人に触れた瞬間、その人物は光の粒子となって消え、同じように仲間も消滅した。全ては幻、一際の夢だった。

 

「ふっ……あはははははははははは!

そうだよな……彼女は死んだよ……あいつに殺されたんだ!俺の代わりにさぁ!

生きてるわけないよな……なんで……なんでこんな夢を見せた、マスタードラゴンっ!」

 

 勇者の胸中は絶望と憤怒で満たされた。そしてひとしきり大声を出した後、力なく倒れこみ天を仰いで瞼を閉じた。

 

「もういい……ここで果てる事にしよう……ここにはみんなが眠ってる。

思えば……天罰なのかな……みんなは……シンシアは……俺のせいで死んだんだからな……」

 

 勇者は鞘から剣を抜き、刀身を握り締める。指と掌から血が流れるが、最早痛みもなくそっと剣を振り上げ自らの胸に突き刺した。

 

「ぐっ……あああああ!!

……これ……で……いい……元より……俺が……いなければ……この村も……」

 

 激痛で混濁する意識の中、勇者が最後に見たのは、澄んだ青い空に浮かぶ一つの雲。薄れゆく意識、次に生まれるならば、あの流れる自由な雲のようになりたいと願いながら意識は闇へと落ちた。

 

 

 

 

 

 

 

『勇者よ、なぜ自害など……』

 

 何も無い白い空間にある二つの存在。一つは横たわる勇者、もう一つは巨大な体躯にそれに見合った巨大な翼の白銀の竜、マスタードラゴンである。

 

「あれを見せたのは貴様か……なぜあんな……彼女の幻影なんかを見せた?」

 

 勇者は落ち着いていた。直感でこの場所がもう自分の居た世界ではなく、また自らの命も尽きると悟っているからだ。

 

『……悪気はない。人間も体や心を癒すためにリハビリというものをするのだろう。だからお主が最も愛しく思った娘を見せ、まず心を癒してやろうとしたのだ。

……だが、お主の力が強くなり過ぎた。ワシの幻影なぞ容易く破れるほどにな』

 

「いらない世話だった。俺を眠らせてくれ、誰とも関わりたくない、疲れたんだ」

 

『ワシや、魔族の王が憎くないのか?』

 

「……憎いさ。正直、あんたは旅が終わったらぶち殺してやろうとすら考えていたさ。

……だけど、世界を回ってみて思ったんだよ。あんたやピサロを憎み、殺したところで故郷は元に戻らない、誰も生き返らない。それどころか天界と魔物、人間の関係のバランスが崩れてしまうだけだろうよ。それすら見越してんだろ、汚ねえ奴だ。

……安心しろ。復讐から始まった旅だったが、いつしか勇者と言われたんだ、人に迷惑はかけないつもりだ。どうせこんな山奥、仲間にも村の場所は言っていない。見つかるより先に俺の死体は誰だかわからなくなるだろう」

 

 勇者は立ち上がり、マスタードラゴンを睨んだ。

 

「いつまで貴様とここに居させる気だ!

俺を早く眠らせろ!」

 

『……ダメだ。今からお主は此処ではない世界へ行ってもらう』

 

「……はぁ⁉

俺は死にたいと言って居るんだ……ついに言葉も分からなくなったか。もう一度言ってやる!俺を眠らせろ」

 

 荒れげた言葉を投げかける勇者に対してマスタードラゴンは構わず続ける。

 

『そこで頭を冷やせ、手土産に装備はお主に授けてやろう。

安心しろこれから行く世界では使命など無い。お主が自由に生きるが良い』

 

「ふざけるなっ‼貴様はこれ以上俺の人生を弄ぶ気か⁉」

 

 体格の差を気にせず勇者は殴りかかろうとするが、拳を握るだけで体はピクリとも動かない。

 

『ある者から懇願されたのだ。お主を殺すなとな……向こうへ行っても、達者で暮らすが良い』

 

「……けるな……ふざけんなあぁぁぁぁ!!」

 

 勇者の咆哮とも言える絶叫は空間に響き渡るが、体が光の玉に包まれて消えると同時に静寂を迎える。

 

『この世界では生きにくいだろう。それに……お主の命は、お主が思っている以上に軽くは無いのだぞ。勇者ソロよ』

 

 マスタードラゴンはそう言い残し、消える。もはや白い空間には誰も居なくなった。



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LV2~カルディア大聖堂~

 永世中立国フィオーレ王国。その東方に位置する街マグノリア、魔法と商業の盛んな都市である。

 その街の名物は二つある。一つは街の中心に聳え建つカルディア大聖堂。

 そしてその中では1人の僧侶が神に祈りを捧げていた。

 

「あぁ、神よ。今日も我らに祝福を与えお救いください」

 

 ブロンドのロングヘアにオレンジの上下一体の服を身につけ、その上に白い十字架の入った青いローブを羽織った少女。リリカ・ホーラルは今日も祈る。人々の為、そして自分の為に。

 

「どうかお願いします神様……割ってしまった壺を神父様が気付かないでください!」

 

 僧侶として未熟であり、人間としても至らない部分の多いリカは今日も失敗をして司祭の説教を恐れていた。

 そんな時、窓の外から強い光が差したのに気がついた。

 

「ん?なんだろ、今の光」

 

 つい先ほどまで抱いていた不安も好奇心が勝り、リリカは外へと出る。しかし探せど探せど異変は見つからなかった。

 

「えっと……こっちだと思ったんだけど……なぁっ⁉」

 

 目を凝らして林の方を見ると、緑色の服を着用し、服のそれよりも明るい緑色の髪をした男がうつ伏せで倒れていた。端から見たら死体にしか思えないように。

 

「しっ……神父さまぁぁぁ!」

 

 平和なカルディア大聖堂に、リリカの声は響き渡った。

 

 

 

 

 

「全く……死人がいるなんて言うからなんだと思ったら……倒れていただけじゃないですか」

 

 青を基調とした暑苦しいような服を着た初老の男は溜息をついて呆れた声を出した。男の被った帽子にはリリカのローブと同じ十字架が刻まれていた。

 

「だっ……だってだってあんな所で倒れてたら誰だって死んでるって思うよぉ~」

 

 リリカは手をブンブンと振り、神父に訴える。その様子を見て神父はまた溜息をついた。

 

「うっ……ううっ……」

 

 1人で騒ぎ立てるリリカの声に反応したのか、倒れていた男の意識が戻り、瞼を開けた。

 

「あーっ、起きた起きた!ねぇねぇ、キミどこから来たの?なんであんなところで倒れてたの?あとねあとね」

 

 半身を起こした男に顔を近づけてリリカは質問を投げかけた。とっさの事で男は何もわからずただ、リリカの勢いに驚きを隠せずにいた。

 

「リリカ、彼も起きたばかりで状況がよくわかっていないでしょう。落ち着かせるためにお水を汲んで来てください」

 

 リリカは元気な返事を返すと、小走りで台所の方へ向かった。小気味の良い足音を残して部屋には静寂が訪れた。

 

「さて、落ち着いて話をしましょう。ここはマグノリアのカルディア大聖堂です。私は神父をしているサイラス・トレイルと申します。さっきの彼女はリリカ・ホーラル、ここで私の手伝いをしてもらっています」

 

 静寂を破ったのはサイラス神父だ。普段から悩める人の話を聴く仕事をしているせいか、どこか話し方には落ち着きがある。

 

「マグノリア……大聖堂……?

なんだよ……また金を半分分捕られて生き返らせられたのかよ?」

 

「はい?あなたはそっちにある林で何も持たないで倒れていましたが……それより、名前を伺ってもよろしいですか?」

 

 サイラス神父は男の発言に怪訝な表情を浮かべるが、記憶が混乱しているのだろうと判断する。まずは名前を思い出すかを試してみる事にした。

 

「俺は……ソロだ。神父さん、エンドールかサントハイムって国は聞いたことありますか?」

 

「いえ……申し訳ありませんが私は存じません」

 

 ソロと名乗った男はそうか、と言うと再び黙り込んでしまった。

 再び訪れた静寂を破ったのは扉をノックする音だった。

 

「お待たせー!お腹も空いてると思ったからパン持ってきたよ。さあ、食べて食べて!」

 

 リリカが言い終えるのとソロの腹の虫が間抜けな声を上げるのはほぼ同時だった。

 

「すっ……すいません、いただきます‼」

 

「ぷっ……あはははは!神父さま!この人面白いね!」

 

 照れ隠しの為、すぐさま差し出されたトレイの上のパンを急いで食らうソロ。その姿が可笑しかったのかリリカは笑ってしまった。

 

「こらこらリリカ、人をそう笑うものじゃありません。

……ソロ君、私はさっき君が言った国の事を知らないけど、"あの人"たちなら誰か知っているかもしれませんね」

 

 マグノリアの名物、もう一つは。

 

妖精の尻尾(フェアリーテイル)の人たちならね」

 

 魔導士ギルド、妖精の尻尾(フェアリーテイル)



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LV3~妖精の尻尾へ~

「それでは道案内を頼みましたよリリカ」

 

「はーい!行ってきまーす!ほら、行くよ!」

 

 リリカはサイラス神父に手を振ると、踵を返して反対の手でソロの手を握って歩き始めた。お出かけ気分のリリカの機嫌はどこか良好なようだった。しかし、同伴されるソロの表情はあまり良くはない。それもそのはず、なぜ自分は小さい子供に手を引かれて歩かなければならないのだろうと心の中で問答を繰り返しているからだ。

 

「あのさ……リリカちゃんでよかった?」

 

「うん!リリカで良いよー!君はソロ君だよね?ご飯食べてからあんまり元気ないみたいだけどどーかしたの?」

 

 ソロはこの街が自分のいた世界の街ではない事を神父との会話で確信していた。元の世界は端から端までと言えるほどに見て回ったが、この街は見た事がない。神父に元の世界の国名を訪ねても分からない。死の際でのマスタードラゴンの言葉を信用するしかなかった。

 しかしもう一つ、確信は無いが直感で分かることがある。この世界では死んでも生き返れない。

 元の世界では聖なる加護と呼ばれるものが働き方法は幾つかあるが、ソロとその仲間は生き返る事ができた。しかし、この世界ではそれが無いのだと体で感じ取れていた。

 そして至る一つの思考。

 この世界でなら死ぬ事ができる。

 

「いや……俺も子どもじゃない。場所を教えてもらえば一人でも向かうことができるんだ」

 

 この世界に来てからの縁、それをないがしろにはできない。だからリリカと別れ一人になろうとするも。

 

「……記憶喪失で、わかりやすい道があるのに大聖堂の裏の脇で飢えで倒れてるような生活力の無さそうなソロ君に道を教えただけで辿り着けると思えないんだけど」

 

 リリカの言葉がソロの心に突き刺さる。説明しても信じてもらえないだろうから記憶喪失という事にしているが、生活力のなさそうと言う言葉には少なからずダメージを受ける。

 

「ぐっ……道案内をお願いします」

 

「そうそう、分かればいいの!あっ、もしかしてーあたしがかわいいから照れてるの?」

 

 リリカは上目遣いでウインクをする。確かに整った顔立ちをしているがまだ子供。ソロにはそういった気は無いためただのマセガキにしか見えない。

 

「……それよりも、これから行く妖精の尻尾ってのは一体なんだ?」

 

「うっ、スルーされたぁ。

まず魔法を使える人の事を魔導士って言うんだけど、その人たちが集まって頼まれた依頼を解決していく組織の事を魔導士ギルドって言うの。妖精の尻尾はこのマグノリアの街唯一のギルドでフィオーレ王国で最強って言われてるギルドなの!

だからいろんな国や街に行った事ある人が多いから何かソロ君の手がかりがあるかと思ってるんだけど……っていうかソロ君は魔法使えないの?」

 

「……いくらか使えるよ、傷つける類の魔法が大半だけど」

 

 言い終えたソロは視線を落とすが、逆にリリカの目はキラキラと輝き、好奇心に満ちていた。

 

「ソロ君も魔導士なんだー!実はあたしも魔法使えるんだよ!ねぇねぇ魔法見せて見せて!」

 

「良いよ。少し離れてくれ……火球呪文(メラ)!」

 

 リリカが自分から離れた事を確認すると掌を上に向けて呪文を唱えると、直径30cm程度の炎の球体が発生する。それを天に向かって飛ばし、遥か上空に到達したら掌をギュッと握る。同時に上空の火球は音を立てて破裂し、花火のように散りじりと燃え尽きた。

 

「わぁ……ソロ君は能力(アビリティ)系の炎の魔導士なんだね!」

 

「能力系?他にも違う魔法があるの?」

 

「あれ、その辺は忘れてたのかな?

魔法には二種類あるの。さっき言った能力系と道具(ホルダー)系って言うの。能力系はソロ君みたいに覚えて身につけた魔法の事で、道具系ってのは名前の通り道具を介し使用する魔法の事なの。普通にお店で売り買いのできる物が多いから習得は簡単だけど、能力系より弱い訳じゃないよ。道具を無くしちゃったら魔法が使えないって欠点はあるけどね

あたしも一応能力系の魔導士だよ。爪魔法(ネイル・マジック)!」

 

 リリカの指先が光にが集まり形を形成する。光が消えると綺麗に切りそろえられていた爪が長くなり、華やかな模様が描かれている。

 

「見て見てー!かわいいでしょー!色替(カラーズ)って服の色を変える魔法を見て思いついたんだー!

他の人にもやってあげられるんだよ。ソロ君もどう?」

 

「似合わなそうだし遠慮しておくよ。でも、こんな楽しむための魔法もあるんだな」

 

 移動中、魔法の事を説明し終えたリリカは妖精の尻尾について話を始める。個性豊かな実力者が多い反面、問題児がたくさんいるギルドだと語る。それでも街の人間は悪くは思ってなく、むしろ誇らしく思っているそうだ。そんな事を話していると、大きな酒場のような三階建ての建物の前でリリカは立ち止まる。建物の天辺では妖精の模した紋章の入った旗がなびいている。

 

「着いたよ!ここが妖精の尻尾!お邪魔しまーす!」

 

 リリカが扉を開き、先導される形でソロは続いた。

 中に入ると鼻を刺激するアルコールの匂いが漂うが、もう夕方近いからか人は少ない。その上顔色が悪い人間が多かった。

 

「あら、いらっしゃい」

 

 カウンターの奥から綺麗な声が聴こえそちらに目をやると、スタイルの良い綺麗な顔立ちの女性が立っていた。髪は銀髪で長く、前髪を一つに結って上に上げている。

 

「あっミラちゃん。ねーねーなんで今日こんなに人が少ないの?」

 

 リリカは女性に近づいてカウンターに身を乗り出して話しかけた。

 

「昨日の夜、鳳仙花村で大宴会をやってみんな二日酔いでダウンしちゃってるのよ。たぶん今日はこれ以上人は来ないと思うわ。

えっと……そっちの彼は始めて見る顔よね。

始めまして、私はミラジェーンよ。ミラで良いわ、よろしくね」

 

 ミラジェーンと名乗った女性は笑顔をソロに向けて手を振る。恐らく世の大半の男はこの笑顔に心を奪われる事であろう。

 

「俺はソロだ。よろしく」

 

 ソロも頭を下げて挨拶を返すと、これまでの事情をリリカはミラに説明する。

 

「記憶喪失ねぇ……なにか覚えてる事は無いの?」

 

「それが……」

 

「もー!どうしてこういう時に人がいないのー!」

 

 少し不機嫌になったリカをソロとミラで宥めていると、離れた部屋の隅のテーブルで話していた女子の集団にリリカは呼ばれたので行ってしまった。爪魔法を使って欲しいとの事である。

 

「今更なんだけど、リリカも妖精の尻尾の一員なのか?」

 

「ううん、だけど年が近い子が結構多いから頻繁にギルドに遊びに来ているのよ。はい、どうぞ」

 

 ミラはコーヒーを用意してソロに座るように促した。ソロは礼を言うと座り、ありがたくコーヒーを口にした。

 

「それにしても、リリカにこんなカッコいい彼氏が出来たなんて驚きねぇ」

 

「ブブッーっ‼

ゲホっゲホっ‼あのーミラさん、話聞いてました?

俺は今日彼女と知り合ったばっかりだし、何より年齢の差があるし」

 

「ふふっ冗談よ冗談。ムキになるところが少し怪しいけどね」

 

 本当に冗談なのか真意がわからない笑顔をミラは浮かべ、ソロはコーヒーを一気に飲み干した。そしてため息を一つついて椅子から立ち上がった。

 

「ミラさんご馳走様でした。リリカは忙しそうなので俺はこれで失礼させてもらうよ……実は記憶は無くなってなんかいないんだ。恥ずかしい話なんだけど、俺は旅をしているんだが金欠で何日も食べてなくてね。カルディア大聖堂の前で倒れてしまったんだ。なかなか話し出せず、ギルドまで来てしまってごめん。リリカにも迷惑をかけてしまったよ」

 

「あらそうなの?私は別に構わないんだけど。

でもどこに行くのか知らないけれど、お金が無いのにどうするつもり?」

 

「……実は用事があるのは隣の街なんだ。そこに知人が居てね、仕事を手伝わせて貰って旅費を稼ぐつもりなんだ」

 

 ソロは少し情けないけどねと付けたして目を瞑って苦笑を浮かべて頬をかいて照れを紛らわせる。ミラはそれを見て優しく微笑む。

 

「さて、それじゃあ俺は行く事にするよ。リリカによろしく言っておいてくれ。落ち着いたら礼をしに来るとも」

 

「ええ、気をつけてね!またいつでも遊びに来てね。仕事の依頼も大歓迎だからねー!」

 

 ソロは手を振るミラにお辞儀をするとギルドから出て行った。

 ミラがソロの使ったコーヒーカップを片付て数分が経過したところでリリカが戻ってきた。人の役に立てたからか上機嫌で歩き方のリズムが良い。

 

「ふふふっみんなの爪綺麗にしてあげちゃったー!ミラちゃんもどう?」

 

「お疲れ様。そうね、私もやってもらおうかしら」

 

「うん!じゃあ手を出し……あれ、ソロ君は?」

 

 浮かれていて視野が狭まっていたリリカだがソロがいない事に気づく。その様子はどこか焦っているようでミラも違和感を覚える。

 

「どうしたの?彼なら隣町に知り合いが居るって出てったけど?」

 

「ダメっ!ミラちゃんソロ君がどっちに行ったか分かる⁉」

 

「どうしたのよリリカ、落ち着いてちょうだい。ダメって一体なんの事?」

 

「ダメなんだよミラちゃん……ソロ君を一人にしちゃダメ……だって……だって目を冷ましたとき……ソロ君すごく悲しい目をしてた……ヒグッ……あたし……見たことある……ヒグッ……」

 

 リリカの目に溜まっていた涙がついに抑え切れずに頬を伝う。ミラはハンカチでリリカの涙を拭い落ち着かせるように背中を摩る。しかしミラの胸中にも悪い予感が巡っていた。

 

「あの目……神父様の所に……ヒグッ……懺悔に来る人と同じなんだもん……自殺を考えてる人と!」

 

 

 

 

 

 

「嘘……吐いちゃったな。ゴメンなリリカ、ミラさん」

 

 マグノリアの街を見下ろせる小高い丘の上で、木に寄りかかってソロは呟く。手には街の路地裏で手に入れた長めのロープが握られている。

 それにしても良くあんなに口が回ったものだと、自嘲し、口角を釣り上げる。苦しい嘘ではあったもののなんとか誤魔化せたようだ。

 

「最後に、暖かい人と会話ができて良かった。だが忘れよう……死ぬことに抵抗を無くすために」

 

 ソロは一度全身の力を抜いて落ち着く。今日の出来事を考えないように頭の中を空っぽにするために。

 そしてソロは思い出す。自分一人のために両親を含めた故郷の村人が全員死んだことを。

 ソロは思い出す。自分の身代わりになってその命を散らした幼馴染のシンシアの事を。

 ソロは思い出す。始めて魔物(モンスター)と戦い重傷を負った時の痛み事を。

 ソロは思い出す。始めて死んだ時の直前の寒さと恐怖の事を。

 ソロは思い出す。幼馴染を殺した者は愛する者と仲良く暮らせる世界を憎んだ事を。

 そして最後にソロは思い出す。自らの人生を弄び、幼馴染が生き返る幻影を見せたマスタードラゴンへの怒りと憎悪を。

 

「もう、これでいい。思い残す事はあるが、できるかは知らねえけど残りはあの世で清算する」

 

 踵を返して森へと歩を進める。その哀しき背中を持つ男にはもはや何も聞こえなかった。鳥の囀りはおろか風が揺らす木の音すらも。心を殺した音の無い灰色がかって見える世界。それがソロが望む自殺の時の身心の状態。

 樹々の生い茂る森の奥に着くと、ソロは太い木の枝にロープを硬く結び輪を作ってぶら下げる。

 首を吊るために軽く跳び上がり、ロープを掴んだところで腰の辺りに突如衝撃が走る。空中に浮いていた時間が長く思えるが、重力には逆らえず体は地に落ちた。

 

「はぁ……間に……合った……バカっ!……ソロ君!なんでこんな事しようとしたの!」

 

「……どうして……ここに居るって……」

 

「街の人に聞いたんだよ……見かけない顔の人が歩いてなかったかって……後は走り回って見つけたんだ」

 

 聞き覚えのある声が体内に入り込みむ。声の持ち主は今日出会ったばかりの小さな僧侶の少女、リリカだった。森の中を探したのが服が所々破れているのをみて容易に想像ができた。

 

 なぜ助けた。

 ソロは理解ができない。勇者の称号無き自分をなぜ助けたのか。見ず知らずの人間の自分を助けたのか。神に仕える彼女の宿命がそうさせるのか。

 だったら放っておいてくれれば良い。生き延びる事は自分にとっては救いではないからだ。

 

「ソロ君……首をぎゅってされるの……苦しいんだよ……辛いんだよ……死ぬって怖いんだよ……ソロ君の昔のこと……あたしは何も知らないよ……でも……辛い事があったのはわかったよ……」

 

 リリカのソロに抱きついた腕の力が強まり目から涙が零れ落ちる。しかしソロにとって彼女の人を思う言葉は死の決意を鈍らせる程には届かなかった。

 

「離せよ……わかったとか言うのなら……俺を止めないでくれ……死にたいんだ……何も無いんだ……」

 

 身体を起こしてリリカを引き剥がそうとするが、リリカは離れようとはしない。ソロの身体に顔を埋めて泣き続ける。

 困惑し、どうすれば良いのかもわからないソロは力無く腕を下げる。それと同時に頬に衝撃が走り乾いた音が辺りに響いた。

 

「はぁ……はぁ……死にたいなんて……言わないで!」

 

 息を切らし風に銀髪を靡かせる女性、ミラジェーンがソロの頬に平手打ちをした音だった。何も言わないソロにミラは続けて言う。

 

「人には……どんなに小さいものでも、意味があるの。それを否定するように……死ぬなんて言わないで!」

 

 ミラの言葉にソロは自分の半生を考えた。

 自分の生まれた意味……天界人の女と木こりの男の間に生まれて幼い頃から剣と魔法の研鑽を積み、あの悲劇が起きた。そして村から出て憎しみを糧に旅を始めて仲間と出会って……。

 そこで一瞬思考が止まる。

 

「ねぇソロ君……ソロ君は生きて来て……辛い事しか無かったの?楽しい事、嬉しい事は無かったの?」

 

 灰色の世界に変化が起きる。視界の下方に色が映える。

 

「生きてて良かったって一度も思わなかったの?」

 

 蘇る記憶。

 最初に仲間になり洞窟で離れ離れになり、罠を超えて最後に自分の事を信じてくれた踊り子(マーニャ)占い師(ミネア)

 話に聞いていたよりも情けない印象だったけど自らの船を持ち、大事なところで旅を助けてくれた商人(トルネコ)

 お転婆だけど誰にでも優しくでき、人の為に行動できるお姫様(アリーナ)。その姫を思いつつも身分違い故に伝えられない、確かな回復魔法をう神官(クリフト)。姫のお転婆に国の将来を心配する誰よりも国の将来を案じる宮廷魔導士(ブライ)

 世界中の子ども達が誘拐される神隠し事件が起きた時、いち早く行動し解決した剣の達人の王宮兵士(ライアン)

 自分の故郷を壊滅させた張本人だがその裏には一つの目的があり、憎しみこそあったものの殺す気にはなれなくなった魔族の王(ピサロ)

 蘇る記憶。

 共に魔物と戦った日々、共に娯楽に楽しんだ日々、共に魔法、剣術、武術の研鑽を積んだ日々。

 蘇る記憶。

 真の巨悪を倒し、天界に残らず地上に残ると言った時の仲間達の笑顔。

 そして同時に自分は仲間を裏切ったのだ。

 自殺という形で。

 

「うっ……くっ……ごめん……リリカ……ごめん……ミラさん……ごめん……みんなっ……」

 

 仲間達への裏切りからくる後悔の念。もう少しで思い出す事すらできなくなるかもしれなかった恐怖。そして、自分が生きているという安堵感。全ての感情が目から涙となって溢れ出た。

 

「辛かったわね、怖かったたわね。でも大丈夫、あなたは生きているから。

もう大丈夫みたいね、私はもう行くわ」

 

 ミラは厳しい顔から一転し、ギルドで見せたのと同じ優しい笑顔をソロに向けると踵を返して去って行った。

 

「ソロ君……楽しかった事あったんだね……嬉しい事あったんだね……良かった……大丈夫……生きて行けるよ……楽しい事は辛い事に絶対勝てないんだから」

 

 リリカは抱きしめていた腕を解くと、涙は流れているが眩しい笑顔をソロに向けて、今度は首の後ろに手を回してソロに抱き着く。

 ミラに叩かれた頬が熱を持って痛みが取れない。リカの言葉が心に染み付いて何度も反芻する。リカに抱き着かれて身体が圧迫されるが心臓の鼓動がよく分かる。

 ソロは泣きながら天を見上げて自分を救ってくれた二人に感謝した。



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LV4〜対決!竜の魔導士と勇者〜

 蝋燭に灯った灯りがカルディア大聖堂の一室を照らす。下を向いたまま椅子に座るソロ。テーブルを挟んで反対側の椅子にサイラス神父とリリカ。

 ソロは魔族との戦いを上手く隠しつつ、世界を渡り歩いた冒険者として自分はこの世界の人間ではない事と昼間の出来事を説明する。終わった所で、少しの間の沈黙を最初に破ったのはサイラス神父だった。

 

「リリカ、良くソロ君を思いとどまらせてくれましたね。ソロ君、私は自分が情け無いです。貴方に会った時に死への決意を察せる事ができませんでした。本当に申し訳ありません」

 

 そう言うとサイラス神父はソロに向かって頭を下げる。

 

「神父さんやめて下さい、俺も悟られまいとしていたんです……貴方が俺に謝る事は何1つ無い。

むしろ俺は感謝しています。貴方がリリカを案内に着けてくれたおかげで俺は今ここにいる。礼を言わせてくれリリカ、神父さん。

……俺はこれからどうすれば良いんだろうな、馬鹿みたいに暗くなって大事な物を捨てて来ちまった」

 

「あのさ、あたしソロ君の言ってた違う世界とかって良くわからないんだけど……ソロ君が生きてさえいればまたその大事な人達に会えると思うんだ。だって世界?を越えて来れたなら戻る方法も0じゃないはずでしょ!?」

 

 リリカはテーブルから身を乗り出してソロに顔を近づける。

 

「リリカの言う通りですよソロ君。俄かには信じられない話ですが、貴方が違う世界から来たというのが本当なら文化や教養などの違いも多いでしょうが、私達も協力します。私の仕事を手伝って頂けるのならずっとここに居てもらっても構いません。せめて貴方が元の世界とやらに戻れるまで頑張りましょう」

 

 サイラス神父は立ち上がりソロの肩に手を置き、進める道は多く存在する事を語った。

 

「神父さん……リリカ……ありがとう。

だけど、……俺はもう神を信じる事なんか出来ないんだ。明日にはここを出発させてもらうよ、手に付いた職は無いけど今まで旅をして来たからなんとかなるだろう。幸い腕っ節には自信があるんだ、狩りでもすれば食うには困らないと思うしな」

 

 僅かな希望を見つけたソロは力無く、しかし生きるという意志をしっかりと持った笑顔を向けた。

 そんなソロの表情を見たサイラス神父は先程の言葉から1つアイデアが浮かぶ。

 

「腕に覚えがあるのが本当なら、1つ紹介したい所があります。そこは依頼人から様々な用件を受けてそれを達成し、報酬を得る組織。そしてこの国一番とされる実力者の揃うギルド、貴方も今日訪れた場所ですよ。明日もう一度行ってみたらどうでしょう?

大丈夫、私は今まで様々な人を見て来ました。貴方はきっと受け入れてもらえますよ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「はぁ……着いたか」

 

 妖精を模した旗が飾られた大きな酒場の前でソロは1つため息をつく。昨日の一件で迷惑をかけたミラジェーンに対して負い目を感じていたからだ。

 

「あー、ソロ君昨日の事気にしてるの?

大丈夫だよ。きっとミラちゃんも分かってくれるしみんな歓迎してくれるよ!だってソロ君は神父様のおすみつきなんだよ!」

 

「いや、少し緊張してるだけだ。というかリリカ、態々着いて来てくれなくてもよかったんだけどな、もう道も知ってるし」

 

 リリカの言葉の端々にサイラス神父に対する全幅の信頼と敬意をどこか微笑ましく思い、ソロはリリカの頭に手を置いて撫でた。リリカは嫌がる素振りを見せなかったが、目線はソロから外れて真横を向く。

 

「えーっと、デスね……実は昨日壺を割っちゃって……それが神父様に見つかっちゃって怒らないからソロ君の手助けをしなさいって言われましテ……」

 

「ふむ……そんな事があったのか。まあいい中に入ろう」

 

 壺を割ってなぜ怒られるのか分からないが、恐らくこの世界ではそれが普通なんだろうと一人で思考する。

 

「おっと、来る前にも言ったが俺が違う世界の人間だって事は黙っててくれよ」

 

「分かってるよ!変な人だって思われたくないんだよね!」

 

 リリカの真っ直ぐだが理由をキチンと理解してる物言いにソロは笑みを向けた。そしてスイングドアを開き建物の中へと足を進め、その後ろを歩いてリリカも続く。

 酒場の中は昨日と打って変わって賑わっていた。外にまで聞こえる喧騒は耳が少し痛くなりそうだが、人々の賑わいというものにソロは悪い印象を持たなかった。

 カウンターの方に足を進めると、何人もの人間がソロとリリカの来訪に気がつき様々な声をかけるがソロは聞き流し、リリカは手を振るなどして応える。

 

「あら、いらっしゃい。憑き物が取れたみたいにいい顔になったわね」

 

 昨日と全く同じ綺麗な優しい笑みを浮かべてミラはソロとリリカに挨拶をする。

 

「……すまなかった。

君とリリカのおかげで俺は今ここにいれる、ありがとう」

 

 ソロは周りの人達の声を無視していたのには理由がある。まずこのギルドに来てすべきなのはミラへの謝罪と礼だと決めていたからだ。

 

「ああ良かったね。で済ませない事だけど……もうあんなバカな事はしないって約束してくれるなら、私はもういいわ」

 

「ああ、約束するよ。俺が生きるてる意味ってやつは分からないけど、それでももう無意味にあんな真似はしない」

 

 一転して厳しい表情でソロを見つめていたミラはその言葉を聞いて眉間に寄っていた皺が無くなり、また笑顔に戻り今日は何用で来たのかを問う。

 

「……昨日啖呵を切っといて恥かしい話なんだけど、昨日嘘だって言った無一物で身寄りも無いって話は本当なんだ……仕事が欲しくて……その……」

 

「おっ、なんだソイツは!ミラとリリカの知り合いか!?」

 

 言い淀んでいるソロの背後から声が聞こえる。振り返るとそこには桜色の髪の毛と白に鱗のような模様の

黒い細線の入ったマフラーが目を引く同年代程の青年が立ち、隣には青いネコが白い翼を生やして宙に浮いている。

 

「あっ、ナツくんとハッピー。こんにちは!」

 

「いらっしゃい二人とも。ええ、と言っても昨日知り合ったばかりなのよ。それで行く所もお金も無くてギルドに入りたいみたいなのよ」

 

「ふーん、って事は新しい仲間なんだな!魔導師なんだろ、強ぇーのか!?」

 

 ナツと呼ばれた青年はソロに近づくや否や首に腕を回して顔を近づける。

 仲間、という言葉でソロの胸中は剣で刺されたような感触を覚えてすぐに言葉を返す事が出来なかった。

 

「ナツーなんかこの人ノリ悪いよー」

 

 無愛想、そう取れる反応をしたソロに対して率直なイメージを口に出したのは空を飛ぶ青いネコの方であった。本来なら空を飛び、人語を話すネコに対して驚くところなんだろうが、ソロは喋る動物のいる村を知っているし喋るドラゴンも知っているためさして物珍しく感じなかった。

 

「喋るネコか……いや悪い、少し考え事をしていた。質問の答えだが、1つ目は仕事が欲しいからそういう形になる。2つ目は、魔法を使える者の事を魔導師と呼ぶのならそうだ。そして戦闘に関しては人並み以上には戦えるはずだ。

遅くなったけど名乗らせてもらう、俺の名前はソロだ」

 

「俺はナツでこっちはハッピーだ。そんじゃあソロ、俺と勝負しようぜ!」

 

 ナツは右手で拳を作って左手に当てると乾いた良い音が響き渡り、好戦的な笑みを浮かべた。

 

「ちょ、ちょっとナツ君イキナリ何言ってんの?」

 

「腕が立つんだろ?だったらどれくらい強いのか気になるじゃねーか!」

 

 物騒な事を言い出したリリカに対してナツはただの好奇心からくるものであると伝える。そして俺の方が強いがと付け足した。

 

「……俺の強さを見てくれる試練って事で良いんだよな?」

 

「へっ、そんな堅苦しいもんでもねぇ喧嘩だ喧嘩!」

 

「フッ……良いぞ。ただの喧嘩だったら相手をしよう。外に出るぞ、机やら椅子やらを壊すわけにはいかないだろ」

 

 ソロ自身、戦いというものは好きなものではない。しかし、目の前のナツが言うには喧嘩である。自らの歩んだ半生の血で血を洗う殺し合いではないため快諾をした。加えて言えばこの世界で自分の強さがどの程度かを知りたくもあった。

 

「お前暗いかと思ったけど、なかなかノリが良いじゃねーか!」

 

 ナツはソロの返答が気に入ったのか腕を首に回してそのまま外へと連れ出した。

 

「ナツくーん!ソロくーん!……もう、なんで男の人ってすぐに喧嘩しようとするの!」

 

「あい!1人はナツだから仕方ないと思うよー」

 

「うーん、でも意外かな。ソロがナツの喧嘩の誘いに乗るなんて」

 

 中に居たギルドの面々もナツとソロの戦いに興味があるのか外へと移動する。その波に続くようにミラ、リリカ、ハッピーも外へと出て行った。

 

 

 

「おい、ナツと依頼人だかよく分からない男どっちが勝つと思う?」

 

「ナツが負けるとは思えねえな、相手がS級魔導士って訳じゃねえしよ」

 

「俺は今日来た男に賭けるぜ、なんかあいつは只者じゃない感じがする」

 

「勝った方が漢だぁー!」

 

 体を慣らすように準備運動をしているナツとソロを余所にギャラリーの面々はそれぞれの予想を、果てには賭け事まで発展していた。

 そんな中、リリカは心配そうな面持ちでソロへと近づいた。

 

「ソロ君、今日なんで此処に来たのか分かってるの!?それに、ナツ君ってスっごく強いんだよ!!」

 

「大丈夫だ分かってる。それにこれ入団試験みたいなもんだろ?

そうでなくても、売られた喧嘩は買わない訳にはいかないんだ。俺はそれなりに強いから安心してくれ、さあリリカは下がっててくれないか」

 

 笑顔で諭すように言うソロに対してリリカは何も言えなくなり、無理はしないでと呟くとギャラリーの方へと下がって行った。

 喧嘩をするのにそれは無理だと内心思いながら、ソロはリリカへと手を振った。

 

「待たせたな、この喧嘩何かルールはあるのか?武器を使ってはいけないとかさ」

 

 首を回し、手首をブラブラと揺らしてソロはナツに聞く。

 

「んなもんねぇよ!どっちが強ぇーか決めるだけだ!」

 

 拳を握り指を鳴らしながらナツは返した。

 

「そうか……なら始めようか」

 

「おう!行くぞぉぉぉ!」

 

 先に仕掛けたのはナツだった。助走を付けて勢いを乗せた拳をソロに向けて放つ。対してソロは至って冷静に右腕で拳を防ぎ、カウンターで左の拳をナツの顔面に打ち込んだ。

 ナツは拳を貰う結果になるが、とっさに受ける場所を額に変えて堪え切り、反撃の右の拳をソロの腹部に叩き込んだ。腹筋に力を込めて防ぎきれるとソロは思ったが、ナツの拳は予想よりもずっと重くそのまま後方へと飛ばされた。好機とみたナツは追撃に向かうがすぐさま体勢を立て直したソロの攻撃と交差し、2人は一度距離をとった。

 

「お前……なかなかいいパンチ打つじゃねえか!」

 

「当たり前だ!……共に旅をした奴から教わった武術だからな。そういうお前の攻撃も悪くないよ」

 

「まだまだこれからだぁ!」

 

 再度繰り返される素手での攻防、ソロが攻めては守り、またナツも同じように攻めては守る。高いレベルでの戦闘にギャラリーも初めは騒いで見ていたが、いつしか息をのんで見ていた。

 

「格闘に関しては互角ってところか?」

 

 切れた口の中に溜まった血を吐き出して服には汚れが付き、肌には青あざや傷が目立つようになったソロは言う。

 

「互角?俺はまだまだ余裕だっつの!」

 

 口では言うものの風貌はソロと同じようにボロボロのナツは強気で返す。

 

「火竜の鉄拳!」

 

 繰り出されるナツの攻撃、しかし先ほど迄とは違い拳には燃え上がる炎が纏われていた。これは喰らう訳には行かないとソロは防御ではなく避けに徹し、紙一重で躱す事ができた。

 

「手が燃えただと……お前は炎が得意なようだな?」

 

「ああ!俺は炎の滅竜魔導士(ドラゴンスレイヤー)だからな。喋ってる暇なんか無いぜ!」

 

 先の攻撃を避けたソロの判断は正しかった。ソロは知らない事であるが、ナツの習得している滅竜魔法は自身の体質をその属性の竜の物へと変換する。そのため身体能力が格段に向上し、炎を纏った先ほどのパンチの威力は計り知れない物となっている。

 

 次々と繰り出される燃える拳に対してソロは避ける事しかできない。こちらから攻撃をしようにも燃える手で受けられては攻撃を仕掛けてもダメージを負うのは自分になってしまう。魔法には魔法で対抗しようにも、ソロの使える攻撃魔法は火球呪文(メラ)爆破呪文(イオラ)のため恐らく相性が悪いであろう事を今までの経験から理解している。最も得意である呪文もまだあるが、それにナツが耐えうる存在であるかはまだ図りかねていた。

 ソロは思考を重ねながらの回避を続けるが、腹部に燃える拳を一発叩き込まれ、威力を殺しきれずに後方に飛ばされてしまう。その拳は初手の一撃よりも遥かに重い一撃であった。

 

「ぐっ……さすがに今のは……良いのを貰ったな」

 

 されど膝を付くことはなかったソロは少々フラつきながら拳を構える。

 

「お前、なんで魔法使わねぇんだよ?」

 

「あいにくだが……俺の魔法もお前と同系統だ……効き目があるとは……思えなくてな」

 

 荒れる息を必死で整えてソロは返答する。そして心の中に1つの願望が一瞬だけ遮る、せめて剣があればと。

 

 

 

 その時ソロの握られた手が光輝き、その光は1つの形を形成する。(ドラゴン)の意匠が凝らしてある塚と鍔、刀身も特徴的で剣先は一度左右に広がり、その先はまた鋭くなっているといった物だ。別れた先の鋭くなっている刀身には空に昇る竜のような紋様が施されていて中心に赤い宝玉が埋め込まれている。

 光輝き見る者全てを魅了するかの如き宝剣とも呼べる剣がソロの手には握られていた。

 

「なんでコイツが……ここに?」

 

 ソロの脳裏に自分をこの世界に送り込んだマスタードラゴンの言葉が浮かぶ、装備は授ける。確かにそう奴は言っていた。

 

「それがお前の魔法か、エルザと同じ換装使いか!」

 

「……エルザってのが誰だか、カンソウってのがなんだか俺は知らん。ただこの剣は魔法じゃない、俺の装備……天空の剣……安心しろ、コイツは使わねぇよ」

 

 そう言うとソロは手に持った剣を自分の背後の地に突き刺した。

 

「あぁん、最初になんでも有りだっつっただろ!

武器を持ったらフェアじゃあねぇってか?」

 

「そうじゃない……拳で初めた喧嘩の途中で剣を使うって事は……俺に武術を教えてくれた奴に失礼だと思えてな……行くぞっ!」

 

 呼吸の整ったソロは駆け出し、渾身ともいえる拳をナツに向かって放ち、ナツはそれを両腕で受け止める。ナツが滅竜魔法を使い始めてギャラリーの誰もがもうソロの攻撃は通用しないと思っていた。

 しかし次の瞬間、ナツの体は大きく後方へと吹き飛ばされた。地面を転がったナツはすぐに体勢を立て直すが、何が起きたか分からないといった表情だが、徐々に眉間に皺がより鋭くソロを睨みつけた。

 

「てめぇ……手加減してやがったのか!?」

 

 叫ぶナツ。せっかく出した剣を使わずに結局素手での戦闘を選んだソロ。何も状況は変わらないがソロの攻撃の威力は確実に上がっていた。そうなると答えは1つしかなくなる。手を抜かれていたと感じたのだからナツ怒り狂うのも無理は無い。

 

「……そんな訳あるか!お前みたいな奴との拳骨勝負で手加減なんかできるかよ!俺だってよく分からねぇ!」

 

 ソロの言葉に嘘は無い。序盤から手加減をする余裕なんか無くてナツが滅竜魔法を使ってからは尚更そんな事出来なかった。

 

「もしかして……天空の剣か……?

フッ……考えるのは後だ!ココは分かんねえ事だらけだが、今分かってんのは目の前には強い奴がいてそいつと戦ってる。そんで俺はそいつと殴り合いが出来る状態になった、ならとりあえずケリを付けるか!」

 

 吹っ切れたようにナツと向かい合うソロ。何かを感じ取ったのか、自然と怒りが消えてナツの口角は上がっていた。

 

「やっぱお前面白ぇな!よぉぉし燃えてきた!」

 

 ナツは両の拳に炎を纏いソロへと駆ける。対称的にソロは構えを崩す事無くナツを待ち受ける。

 2人の拳が、脚が相手を捉え、時には空を切り一進一退の攻防が繰り広げられる。

 

「良いぞー!そこだ、ナツ!」

 

「ソロ君ー!ガンバッテー!」

 

 鎮まり返っていたギャラリーも戦い振りに心が揺さぶられいつしか歓声を上げて2人の戦いを見ていた。その声は2人を鼓舞し、見えない力を与えているかのように更に2人の戦いは激しさを増した。

 されどダメージは少なく無く息を切らしながら必死に相手を倒す為に2人は拳を振るい続けた。

 

「右手と左手の炎を合わせて……火竜の煌炎!」

 

 天に掲げたナツの両手の間に大きな炎の塊が作り上げられ、ソロに叩きつけられると巨大な爆発が発生し、爆風と砂塵でこの場にいる全員の視界が遮られる。

 

「へへっ……んなっ!?」

 

 大技を放った事で勝利を掴んだと思い込んだナツの目に飛び込んで来たのは、ボロボロになりながらも砂塵を越えて自分へと向かって来るソロの姿だった。

 大技を放った事でナツに生まれた隙をソロは見逃さない。隙を生む為に負った大ダメージの代償を返さんばかりにソロは攻撃を仕掛ける。顔面に拳を一発、腹部に膝を一発。流石のナツも腹を抑えてよろめき、数歩後ろに下がる。

 

「はぁ……はぁ……さっきの……お返しだ……火炎呪文(ギラ)!」

 

 ソロの掌から帯状の超高温の炎がナツへと放たれる。

 効き目は薄いと思われる魔法をソロは敢えて選択した。ナツも人の身であるから耐性を完全に持っている訳では無いだろうし、アレだけのダメージを負っていればダメージは有ると踏んだからだ。

 

「ソロ君、ダメーっ!」

 

 リリカの声が響いたその時、ソロの放った炎は直撃し、ナツの身体は炎に包まれた。燃え上がるナツの身体だがナツは苦しんでいる様子はなく、むしろ笑っていた。

 そしてソロは自分の目を疑った。ナツを包んでいた自分の放った魔法の炎は収束されてナツの口へと移っていったからだ。そう、人間が炎を食べていたのだ。

 

「ふぅー、ごちそうさん!食ったら力が湧いて来た!

 

……美味え炎だったぜ、お礼に奥義をお見舞いしてやるよ。滅竜奥義!紅蓮火竜拳!」

 

 ナツがまた両の拳に炎を纏う。しかし今までのそれと違って最も荒々しく、すべてを燃やし尽くさんと言わんばかりの業火が揺らめいていた。

 そしてソロに接近し、業火の拳を叩きつける、一発、二発、三発、何度も何度も連続でいつしか回数など分からなくなり、最後に大きく振りかぶった渾身の一発を叩き込んだ。

 

「ぐはっ……!」

 

 口から血を吐き出しながらソロは後方へと吹っ飛ばされて壁に激突する。虫の息でありながら、壁に体重を預けてフラフラと立ち上がりナツに向き合い、拳を握り腕を上げようとするも力なく下へと下がってしまう。

 

「ナツの勝ちだ!」

 

「クッソー!でもアイツもやるな、ナツの滅竜魔法食らって倒れないんだぜ!」

 

「うおー!2人とも漢だぁー!」

 

「「ソロ(君)!」」

 

 完全にナツの勝利の雰囲気が漂い、今にも倒れこみそうなソロを見たリリカとミラは駆け寄る。リリカに至っては顔面蒼白でよっぽどソロの事が心配なのが伺える。

 

「はははっ……俺の……勝ち……っ!?」

 

 ソロに背を向けて自らの勝利を宣言しようとしたその瞬間、ナツの背筋に悪寒が走る。何事と思い、周囲を見回すとその正体はすぐに分かった。背後にいる自らが下した相手、ソロ本人である。身体はボロボロ、立っているのもやっとの状態で人差し指をナツに向けていた。何より、その瞳が死んでなく負けを認めていない。

 

「……耐え……ろ……よ……」

 

 左手の掌を駆け寄ろうとするリリカとミラに向けて2人を制止し、ナツに向かって言い放つ。執念とも呼べるソロの威圧にナツは動くことが出来ずにいた。

 

降……雷……呪文(ライデイン)……!」

 

「なっ……!」

 

 ソロが唱えた呪文を捉えたその瞬間、晴天の空から一筋の雷光が落ちる。

 そしてそれは立ち尽くすナツを捉えて地を穿ち、先の火竜の煌炎が起こしたものよりも遥かに強大な砂塵を巻き上げた。

 

「うおっ、なんだ!?ラクサスか!?」

 

「いや、違う!アイツが、あの男がやったんだ!」

 

 1人の者は同じギルドのメンバーがやって来たのかと思いあたりを見回す。しかしソロが呪文を唱えて雷を落とした瞬間を見ていた者もいたようだ。

 周囲が混乱している中、少しずつ砂塵は晴れてナツの影が見えるようになった。

 

「……んっ……だ……と……」

 

 完全に砂塵が晴れると、大きなクレーターの中にナツが倒れていた。

 ソロの炎を食べた事で体力と魔力を回復したが、ダメージまでは癒えた訳ではない。そんな時に高威力の雷の魔法を食らってしまってはいくらタフなナツでも身体を地に伏せる他無くなってしまった。

 

「フッ……引き……分けって……ところ……か……」

 

 倒れているナツの姿を見たソロは満足そうに笑みを浮かべた次の瞬間、糸の切れた人形のように力なく地に倒れこんだ。それと同時に天空の剣は光の粒子となって宙に消え入った。

 



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LV5〜元勇者の体の変化〜

「……つっ!!」

 

 ベッドに寝かされていたソロは目を覚まし、同時に全身に激痛が走る。その痛みで眠気を含んでいた頭は完全に覚醒して、ナツとの戦いが夢では無かったのだと実感する。

 自分の身体を見てみると包帯が巻かれていたので誰かが手当をしてくれた事が分かった。自分には必要無いのにと心の中で自嘲すると、枕元に自分のサークレットが置かれている事に気がついた。寝かせるのに邪魔だったであろう事は明白だったので手に取り、頭に冠る。ふと横に目をやると隣のベッドでは同じように包帯が巻かれたナツがイビキをかいて眠っていた。

 

「目が覚めたようじゃな。ナツと引き分けるとはお前さんなかなかやるのう。このナツはまだまだ未熟じゃが、それでもこの妖精の尻尾では上位の実力なんじゃぞ?」

 

 誰も居ないと思っていたソロは驚き、声のした方に目を向けるがそこには誰もいなかった。

 

「こっちじゃこっち」

 

 視線を下に向けると三頭身程しかないとても小柄な老人が立っていた。服装はとてもラフで妖精の尻尾のマークが入ったシャツを着用し、頭髪は少ない白髪で口元には同色の髭を蓄えていた。

 

「えっと……御老体、あなたは?」

 

「ワシの事はどうでもええわい。お前さん身体の具合はどうじゃ?

ナツを相手にアレだけ殴り合ってそれで済んでいるんだから頑丈じゃのう」

 

「……問題は無い、俺の傷はすぐに治せますから。

全回復呪文(ベホマ)

 

 呪文を唱えたソロの身体を薄い緑の光が包む。すると、一瞬にして顔の痣が消えて元の健康な状態になり、身体の方も同様骨も折れて全身に負われた火傷も癒えてしまった。

 

「ほう……お前さん炎と雷の魔法だけでなく治癒の魔法まで使いこなすのか」

 

「……そんなに珍しいですかね。回復の魔法なんて魔力と素養があれば比較的簡単に覚えられるじゃないですか?」

 

 失礼と付け足してソロは身体に巻かれた包帯を取り始めた。

 しかし、何気無い先ほどの言葉に老人の顔は訝しむ。

 

「回復魔法が簡単じゃと……お前さん何処から来た?

無理して話さんでも良いがなにやら訳ありそうな感じがするのう」

 

「……なぜ、そうに思われる?」

 

「伊達に歳は食ってないわい、人を見れば悩みを持っているかどうかくらいならわかる。

それに回復魔法は失われた魔法(ロストマジック)。おいそれと簡単に習得出来る魔法ではない事は魔導士ならば皆知っておる事じゃ、それを知らんという事はお前さん……どこか遠くから来たんじゃないか、少なくともこの大陸じゃないところからかのう?」

 

 戦闘後の疲れからか、寝起きであまり頭の回転が早く無かったからか、ソロは老人に指摘されて自分が迂闊な事を言ってしまった事を理解する。そして同時にこの老人の底知れなさに固唾を飲み込む。

 驚嘆の表情を隠し切れないソロをよそに老人は続けた。

 

「お前さん何故ナツと戦ってる時に回復魔法を使わなかったんじゃ、その回復量なら攻撃を受けながらでも十分お釣りがきたじゃろ?」

 

「……そいつが、喧嘩だと言ったからです。負けられない戦いや……殺し合いなら俺は当然回復はするし俺は魔法を防ぐ手段も持ってます。

殺し合いだったらそれらの限りを尽くすことになりますがなんて言うか……喧嘩でそんなもの持ち出したら卑怯だと思って、終わりがなけりゃあ喧嘩じゃないでしょう」

 

「ふむ、そうか……ミラとリリカから聞いたんじゃがお前さん、うちのギルドに入りたいそうじゃな?

1つだけ、条件がある。眠っているナツにも回復の魔法をかけてやってくれ」

 

「うちのギルド……って事は貴方は……!?」

 

 ソロは飄々とした小柄な好々爺から時々発せられる圧倒的な威圧感を感じ取っていた。そして先の老人の発言で全て合点がいく。

 

「いかにも、ワシが妖精の尻尾(フェアリーテイル)のマスター、マカロフじゃ」

 

「マっ……マカロフ老、数々のご無礼お許し下さい!貴方の組織の者と勝手に戦い傷付けてしまって申し訳ありません!」

 

 ソロは必死にマカロフに向かって頭を下げる。今までの旅の経験で数々の目上の人々と接する機会が多々あり、今日もその経験を生かしてギルドの長に対して無礼の無いようにしようと心がけていたのだが、ナツの誘いに乗ってしまいやり過ぎた事を今になってマズイと居た堪れなくなった。

 

「よいよい、大方ナツがお主に吹っかけたんじゃろうて。子供(ガキ)同士の喧嘩に口を出す親が何処におる」

 

「……そう言っていただけるなら。全回復呪文(ベホマ)!」

 

 ソロはナツに掌を向けて呪文を唱えて手を下げた。するとナツの身体をソロの傷を治したのと同じ光に一瞬包まれるが、すぐに霧散してしまった。

 

「あっあれ?もう一回、全回復呪文(ベホマ)!」

 

 もう一度ソロは掌をナツに向けて回復の呪文を唱えた。今度は手を下げずに魔力を集中させながらだ。すると光がナツを癒しみるみるうちに傷が癒え、時間にして約5秒程でナツの傷は完治した。

 

「ほう、自分の傷は瞬時に治せるが他人のものとなると些かかかるようじゃな」

 

「以前はそんな事無かったのですが……良く分かりません」

 

「うーむ、魔力のコントロールが上手くいってないのかも知れないのう。お前さんこの後時間はあるか?

少しワシが見てやるとしよう」

 

 お願いします。と再度ソロが頭を下げたと同時に、この部屋に向かって来る足音が耳に入り少しの間が空いてドアが開いた。

 

「あぁ良かった、目が覚めたのね!」

 

「ソロくーん!」

 

 最初にミラが入って来たが、押しのけるようにリリカが入って来てソロの居るベッドへと近付いた。

 

「ソロ君、怪我は大丈夫?もう痛くない?ソロ君自分で強いって言ってたけどナツ君と同じくらいだとは思わなかったよ!でも、あんなにポロポロになるまでやる必要無かったでしょ!」

 

 捲したてるような褒めてるのか怒ってるのかよく分からないリリカの言葉にソロは少し狼狽える。それを見てやれやれといった感じでマカロフが助け船を出した。

 

「これこれリリカ、心配だったのは分かるが、その辺にしてやりなさい。ソロは失われた魔法(ロストマジック)である治癒魔法を会得していたからあそこまで無茶が出来たんじゃ」

 

「貴方はあんな凄い雷の魔法だけじゃなくて回復魔法まで使えるの!?」

 

「ああ……まあな。だけどミラさんとリリカが手当をしてくれたから俺は早く目を覚ます事ができた。本当にありがとう、2人とも」

 

 どういたしまして、とミラは返すがリリカはどこかまだ不満そうな顔でソロを見ている。

 

「……悪かったよリリカ、お前の言う事を俺はガン無視してたんだからな。お詫びに俺が出来る事なら1つ何でもしてやるから勘弁してくれ」

 

「うー……ソロ君がそこまで言うならあたしも許してあげる!

でも、なんかちょっと安心したんだ。ナツ君と戦ってた時のソロ君少し楽しそうだったし、頼りない人だって思ってたけど、あんなに強いんだって分かったから」

 

 言い終えたリリカの頭にソロが優しく手を置くと、満更でもない顔でリリカは笑った。

 何とも微笑ましい雰囲気になったところで、マカロフは1つ咳払いをして話題を変える。

 

「ミラ、スタンプを持っていたらソロに押してやってくれんか」

 

「持ってきてますよマスター。ソロ、これからギルドの紋章を貴方の体か衣服に入れたいんだけどどこがいいかしら?」

 

 ミラは羽のような飾りが施されているスタンプを取り出した。

 

「体に紋章か……それじゃあここに頼む」

 

 少しの間考えたソロは自分のズボンの裾を捲って右足の脹脛を差し出した。

 

「ふくらはぎ……なんか変じゃない?」

 

「人間辛い時も立ち上がらなくちゃ行けないから足にしてみたんだが、やっぱり変かな?」

 

「そんな事は無いと思うぞ、立派な理由じゃないか」

 

 マカロフの肯定にミラも頷いてソロの望む場所へとスタンプが押され、妖精の尻尾(フェアリーテイル)の紋章が刻まれた。

 

「おめでとう、ソロ君!」

 

「おめでとうソロ、これで貴方も正式な妖精の尻尾のメンバーよ!」

 

 ソロは押された紋章を指でなぞった。ただ仕事が欲しいからギルドに入りたかっただけなのに、歓迎されている今の状況が悪くない、むしろ心地よく感じていた。

 

「お前さんも今日からギルドの一員、家族じゃ!」

 

「家族……まあ、その、よろしくお願いします」

 

 少しだけ歯切れの悪い返事を返すとソロは深々と頭を下げる。

 

「さて、それじゃあ皆に紹介といきたいところじゃが、ソロの魔法を見てやらんといかんでな。自分の実力が分からんでは危なくて仕事に行かせてやれんわい。

ミラ、ナツの面倒を頼めるか。それからギルドのメンバー(ガキ共)にはソロがうちに入った事を伝えてくれ、紹介は明日になってしまう事もな」

 

「はーい、気を付けて行って来て下さいね」

 

「ねぇねぇおじいちゃん!あたしも行っていい!?」

 

「よいよい、着いて来たいならリリカも来なさい」

 

 やったー。と喜ぶリリカを見てソロはふとリリカが道案内をさせられた経緯を思い出した。

 

「いや、リリカは帰らないとダメだ、後ろめたい事があったなら神父さんの手伝いをしないとだろ?

それから1つ頼み事で神父さんに伝えてくれないか、お礼は後でするからもう1日世話になるって」

 

「うっ、ソロ君……変な事思い出させないでよ……。

ごめんなさい……おじいちゃん、ミラちゃん。あたし神父様のお手伝いしなくちゃだから帰るね。

ソロ君、神父様に言っておくから気を付けて帰って来てね……」

 

 天国から地獄とはこの事か、肩をガックリと落としたリリカはのそのそと部屋を出て行った。天真爛漫な少女から発せられる真反対の負のオーラにミラはリリカも気を付けてと返し、マカロフは引き気味にうむ、としか言えなかった。

 

「一体リリカは何をやらかしたんじゃ?」

 

「さあ、なんでもツボを割ったのが神父さんにバレたって言ってましたが……?」

 

 マカロフとミラはああ、と納得した様子だが、ソロにはやはりその感覚は理解できなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「さて、それじゃあまず何からしようかのう」

 

 ソロはマカロフに連れられてマグノリアの街から少し離れた岩場までやって来た。そして、魔法を見てやると言っていたがマカロフ自身どうするかはあまり考えてなかった事が分かった。

 

「マカロフ老、少し試してみたい事があるんですがいいですか?」

 

「ほう、なんじゃ。やってみなさい」

 

「ええっと……こんな感じかな……はあっ!」

 

 ソロが強く念じると全身が眩い光に包まれた。

 やがて光が収まると、そこには右手にナツと戦った時に現れた剣を、左手には竜が翼を広げた様な形の白銀と緑の色の盾を、そして体には白銀で所々に金の宝玉が埋め込まれていて両肩にはそれぞれ竜の装飾が施されており翼を思わせる鎧を装備したソロが佇んでいた。

 完全武装されたソロが放つ威圧感、そして自身を軽く凌ぐであろう魔力の大きさと強さにマカロフは驚愕し同時に背筋が凍った。

 

「ソロ……それがお主の本当の力なのか?」

 

「俺の力、というか万全の状態って言った所だと思います。この剣、盾、鎧、兜は天空の装備と言って凄い強力な物なんですが……そんなに何か変わってますか?」

 

「気付いとらんのか……変わってるもなにも偉い違いじゃぞ!」

 

「偉い違いって、俺は何も変わった感じはしない……っ!」

 

 その時ソロの頭に何かが流れ込んで来て、それが情報だと分かるのは一瞬だった。マスタードラゴンが仕組んだのか、天空の装備が主人の力になるために与えた物なのかは分からない。頭に流れる情報の多さにソロは苦悶の表情を浮かべて膝をつき、やがて装備は解除されて光となり霧散した。

 だが、天空の装備が消えたと同時にソロは自分の力を、天空の装備が与える力を、そしてマスタードラゴンが自分の体に何を施したのかを理解した。

 

「ソロ!しっかりせんかい!どうしたんじゃ!」

 

 マカロフは物言わぬソロに近寄り肩を何度も叩いた。気を失っていたわけではないが、まるで夢を見ていた様な感覚でいたソロは正気に戻る。

 

「……マカロフ老すいません。せっかく時間を割いて頂いたのに不調の原因が分かりました。

正確には不調なんかじゃなかった……何故かは分かりませんが天空の装備を身につけた時に、この世界に来て俺の体に起きた変化を知ることができたんです」

 

「この世界じゃと……ソロ、お主はまさか!?」

 

「……ギルドに入れてもらう前に、身の上話をするべきでした。もし俺の話を聞いて危険と判断したなら、その時は俺はもう貴方達の前には現れません」

 

「……話してみなさい。ワシはお主がウチのギルドに入りたかったという事しか聞いておらんからの」

 

 ソロはまず昨晩カルディア大聖堂でサイラス神父とリリカに話した事と同じ事を話した。

 自分が元の世界で仲間と旅をしていたがある事に絶望して自殺をすると目が覚めた時にはカルディア大聖堂に倒れていた事。

 記憶喪失を装い、1人になった時に再度自殺を図ったがリリカとミラに止められて事無きを得た事。

 2人に大事な事を思い出させて貰って今はもうそんなつもりは無いが、同時に大事であった人達を裏切ってしまった事に気付きその罪も抱えて生きていく事を決めた事。

 無一物で仕事が欲しい自分にサイラス神父が妖精の尻尾を紹介されてギルドに行ってナツと戦った事。

 

「そして今に至るのですが……ココからはサイラス神父もリリカも知らない事です。言わなくちゃいけないんでしょうけど……昨日は言い出せなかった。

 俺は……元の世界では復讐の為に……大切な人を殺した……故郷を滅ぼした奴を殺す為に旅をしていたっ!」

 

 そしてソロは続けて語る。

 自分は普通の人間ではなくて全知全能を語る(ドラゴン)の治める空に浮かぶ城の住人だった母と地上のきこりの父の間に生まれた存在である事。

 そしてその特殊な血は勇者の素質を持っていて地上の山奥の村で血筋の事は隠されて義理の両親に育てられた事。

 勇者の素質を持っていた自分が、人類滅亡を目論む魔族に狙われて住んでいた村を滅ぼされた事。

 魔族を率いていた長を一度倒したが、進化の秘法という秘法を使って不死身の化物になっていたため殺し切れなかった事。

 

 完全に殺す為に旅を続けると千年に一度咲く人を生き返らせる花が咲いたと言う話を聞いてその花を手に入れた事。

 魔族の長が人類滅亡を目論んだのは元々人間が嫌いではあったが、愛する恋人のエルフが何度も人間に虐待されるのを見て人間の醜い部分を深く知り、挙句その恋人は人間に襲われて無惨な最期を遂げた事が進化の秘法を使って暴走する引き金となった事。

 人を生き返らせる花を使ってエルフの娘を生き返らせて魔族の長の元に連れて行くと娘の持つ特殊な能力で心も理性も破壊されて、身も心も怪物と成り果てた魔族の長が元の人型の姿に戻り心が戻った事。

 

 エルフの娘を殺したのは人間だったが魔族の上級神官がそう仕向けた事であり、未完成だった進化の秘法を長に促して暗躍していた事。

 魔族の長がパーティに加わり力を合わせて黒幕であった魔族の上級神官を倒し、魔族の長はそれまでの経緯で人間には善悪どちら側もいる事を知り、心の内が定まるまでエルフの娘と静かに共に暮らすと言って当面の間世界は平和になった事。

 

「俺達の旅は終わりました。気球という乗り物で仲間をそれぞれの帰る場所へと送り届けて……俺は……今は無いっ……自分の故郷だった所へと……辿り着いて……俺には何も無いって思い込んで死んだんだ!」

 

 ソロの顔が次第に険しい物へと変化する。息を荒くして歯を食い縛って手を握りしめて口と掌から血が垂れてきていた。

 

「ソロよ、無理して話さんでもええわい。人間、思い出したくもない記憶なんてあるじゃろ」

 

「……ありがとうございます。これで俺がカルディア大聖堂で倒れた所に繋がります。

信じてくれなんて言いません、俺の頭を疑ってくれても構いません。ただ、俺は強い力と危うい精神を持っている事だけは知ってください」

 

 ソロは口元を服の袖で拭い、深呼吸をして息を整えた。

 

「……ソロよ、お主の言った事をワシは信じよう。確かにお前さんが話した事は突拍子も無い事かもしれん、しかし竜はこの世界にもかつて存在しておったらしく、ナツも言葉や魔法を竜に教わったと言っておったわい。

勇者で世界に平和をもたらしたと言うのもさっきのお前さんの魔力を感じたら不可能では無いと思えてしまったしのう。ただ一点、人が生き返るという話だけは俄かには信じられんが……世界が違えばそういった術もあるのだろうな」

 

 全てを聞き終えてマカロフの出した結論はソロの言葉を一部を除き信じる事だった。思わぬ回答にソロは目を丸くして下げていた頭を上げる。

 

「マカロフ老……」

 

「それから、好きに呼んで良いがその堅っ苦しい呼び方は止めい。

お主の過去に何があろうとこれからはワシらギルドの全員が家族になるんじゃ、お主の帰る場所()じゃ、もっと気楽にならんかい!」

 

「あっ……では……その……じいちゃん?」

 

 ソロはミラがマカロフの事をマスターと呼んでいた事を思い出したが、その呼び方は自分が嫌っている竜の名でもあるのであえてそう呼ばなかった。幾ら何でも馴れ馴れしいと思ったが、マカロフはニコリと笑っている。

 

「うむ、その方が良い。

話は戻るがソロ、お主は自分の力がキチンと把握できたのか?」

 

 

「あっ……はい。

実感は無いんですが俺の力や魔法の威力は押さえつけられてる……封印って言えば良いんでしょうか。さっきの天空の装備を全て身につける事で力は全て解放されるみたいです。1つで10%程、2つで30%程、3つで60%といった具合になるようですが、兜だけは常に装備しているので常に10%といった具合です」

 

 ソロは身につけている兜を指差した。

 さらに補足を続ける。二つまでは魔力の消費は殆ど無いが、三つ以上からは常に体内の魔力が減っていき、全てを装備した時は更に消費が激しく最長で一分半程度しか装備していられない上に1日に二回しか出来ない事。それでもこの世界は魔力が豊富で元の世界ならゆっくりと体を一晩休めなければ体力も魔力も全快しなかったが、ここでは数時間で魔力だけなら回復できる事。

 

「なんとも窮屈な体なんじゃのう。本来の力が一分半しか出せないとはな」

 

「そうでもないです。元の世界で俺が旅で手に入れていた道具も持ってこれていたみたいです、念じれば手に現れるんですが……カンソウっていうらしいですね。

他にも例えばこの兜のおかげで全力の威力は無いにしても、俺は元の世界の一部を除いたあらゆる魔法が使えるみたいです……大半が戦う事に関する物ですが」

 

「戦うための魔法でも嘆く事なぞあるまい、どんな魔法でもお前さんの歩いて来た道の1つじゃ。

さて、この辺りは生き物も人も滅多に来ん。せっかくじゃから色々お前さん試してみたらどうじゃ?

あんまり危険なようだったらワシも止めに入ってやるわい」

 

 マカロフは少し厳しめの顔から好々爺を思わせる優しい笑みを浮かべてソロを見据えた。その笑みにソロは温かさを覚える。

 自分はこの世界に来て恵まれている。色んな人間がいるだろうが、少なくとも良い人に出会っている。犯した過ちを取り戻す事は出来ないが、それを背負って生きていく事を、そうさせてくれる人たちに出会えたのだから。

 

「はい、お願いします。じいちゃん!」

 

 ソロは手に天空の剣を手に出現させて巨大な岩に向かって構えた。



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LV6〜新しい家族〜

 

 

「神父さん、リリカ、お世話になりました。礼は必ずしに来るから期待してくれ」

 

 昨日、マカロフとの調整を終えたソロはカルディア大聖堂へと戻り、自身の生い立ち全てを二人に話した。サイラス神父は黙って聞き入れ、リリカは目に涙を浮かべていた。聞き終えた二人の思い思いの言葉を正面から当てられ、自分の事を考えてくれる人が居るのだとソロの心は満たされた。

 そして一夜明けて、ソロは世話になった二人に感謝の言葉を述べて頭を下げた。

 

「気にしないでください、迷える人の手助けをする事が私達の喜びなんです。ただ、どうしてもと言うのなら、ここの清掃などを手伝ってくれるとありがたいですね」

 

「はい、必ず来させてもらいます」

 

「ねえねえソロ君、家決まったら遊びに行ってもいい?」

 

「もちろんだよリリカ、いつでも来てくれ」

 

 そう言うとソロは踵を返して妖精の尻尾へと向かった。

 街の人々の喧騒に耳を傾けながらソロはマグノリアの街を歩く。ある商店では今日はどの品が安い、ある商店では客引き、ある商店では商品の値引きの交渉。他にも市民の人達の井戸端会議も耳に入る。

 それらの内容がどれも平凡な事であり、この街は今は平和なのだということを改めて思いながら歩いていると、気が付いたらギルドの建物である酒場の前まで辿り着いていた。

 相変わらずの酒臭さと騒がしさで耳と鼻が変になりそうだが悪い気分ではない。建物を見上げた後、ソロは一つ呼吸をして気合を入れて扉を潜った。

 

「あっ、お前!昨日俺の怪我治してくれたみたいだな。ソロつったか、お前強くて良い奴なんだなーっ!」

 

 ソロに最初に声をかけたのは昨日手を合わせた桜髪の少年、ナツだった。その後ろに今は羽が生えていないが、二足歩行で歩く青いネコが着いて来ている。

 

「おはよう、ナツにハッピーでよかったかな?

お前も良い炎の技を持ってるね、危うくやられるところだったよ」

 

「あい!でもソロはどこで治癒魔法覚えたの?

回復の魔法は失われた魔法って言われてるのにさ、それに昨日の喧嘩で使ってたら余裕でナツに勝てたんじゃない?」

 

「昨日、マカロフのじいちゃんにも同じ事聞かれた。喧嘩にそんなもの持ち出したら卑怯だと思って使わなかったんだ。まあ、次相手する時は剣は使うとするよ」

 

 ただの喋るネコなだけでなくて知識もあり、なかなか的を得ているハッピーの発言にソロは感心を覚えていると、気に入らなかったのか先ほどまで笑っていたナツの顔が怒りに歪んだ。

 

「っんだとコラハッピーっ!誰が誰に余裕だってええぇ!!」

 

 口から火を噴いて威嚇するようにハッピーに詰め寄るナツ。それに対してハッピーは悪戯に笑いながら羽を生やして頭上を飛び回ってナツから逃げ出した。

 

「……炎を食えるって事は吐き出す事も出来るのか。そういや滅竜魔導士とか言っていたっけな、後で聞いてみるか」

 

 そんな事を呑気に考えながら騒ぐ一人と一匹の隣を歩いて抜けてカウンターへと向かう。そこには見慣れたものでミラが立ち仕事をしていて、ソロの存在に気が付いたようで安らぐような笑顔を向けて手を振って来たのでソロも手を上げて応えた。その近くでは行儀もへったくれも無くカウンターに座ってギルドの長であるマカロフは樽のジョッキで酒を飲んでいた。

 

「じいちゃん、おはようございます」

 

「おう、よう来たのうソロ。

皆静まれい!新しい家族が増えたぞ」

 

 マカロフはカウンターに立ち上がり、その小さな体躯からは想像できない様な大声を発する。騒がしかったギルドの面々は長の一括により静まり返り、視線はマカロフとソロの二人に集まった。

 マカロフはソロの背中をポンと叩いてニヤリと笑みを浮かべる。

 

「……昨日からこのギルドに入れて貰ったソロだ、皆さんへの挨拶が遅くなってしまい申し訳ない。今後よろしくお願いします」

 

 ソロは敬意を込めて頭を下げて新入りとしての誠意を見せる。すると少し遅れてドッと笑い声が上がった。

 

「昨日ナツと殴り合いした奴とは思えねえな!」

 

「なかなか行儀は良いがそんなんで仕事は出来んのかよぉ!」

 

「ちょっとみんな、笑っちゃダメだよ!」

 

 それぞれが反応を示すが、その大半はソロを見て笑っている物だった。しかしその笑いも嘲笑という訳ではない、ただ珍しく面白い物を見た時のそれに近かった。そして各々よろしく、よく来たな、等の歓迎の言葉が出た後、再び酒場は騒がしさを取り戻した。

 

「昨日も言ったがお主は堅すぎる、もっと気楽にならんか。気兼ね無く語り、笑い合い、主張が異なったら喧嘩だってすれば良い。此処にいる皆細かい事は気にせん自由な奴らなんじゃ」

 

 この世界の初対面の人達に対する対応が間違っていたのかと内心不安になっていたソロをマカロフは諭すと、トイレトイレと言って歩いて行った。

 

「気を付けてみますよ……そういえば仕事ってどうすれば良いんだろうか」

 

「オイ!お前昨日あのクソ炎をボコしたらしいな。俺は仕事で見る事が出来なかったが話しを聞いてスカッとしたぜ!

俺はグレイってんだ、よろしくなソロ」

 

 ソロの言葉を遮って黒いズボンに上半身裸、首に剣を模した十字架の首飾りを身に付けたグレイと名乗る青年が話しかけて来た。

 上半身裸というスタイルだが、引き締まっているものの身体はゴツい大男という訳ではなく覆面を被っていない事に違和感を覚えるがこの世界では変わった事ではないのだろうとソロは勝手に補完する。

 どこかクールな印象だが新参者の自分に話しかけて来たグレイにソロは好印象を持つ。

 

「よろしくグレイ、敬語じゃなくても良いかな?

見るからに年上の人とかにしか使わない様にしてるんだけど」

 

「はっはっは、お前そんな事気にする必要ねーよ、俺もお前に敬語なんか使ってねぇしな!硬い事は抜きで行こうぜ仲間だろ?」

 

「ふっ、そうかありがとう。

だけど誰から聞いたかは知らないけどさっき言ってた事には間違いがある。クソ炎ってのがナツの事なら俺はボコしてないってか寧ろボコられた方だ。なんとか引き分けには持ち込んだけどな」

 

 ソロは照れ隠しに指で頬を掻きながら説明していると、言い終えた瞬間横からナツがやって来てグレイを殴り飛ばした。椅子やテーブル、樽といった物を吹っ飛ばしながらやがてグレイは止まるが、その光景からナツのパンチの威力を改めてソロは知る。

 

「俺は負けてねぇ!勝手な事言ってんな変態野郎!」

 

 テーブルの上に立ち上がりナツは叫ぶ。

 

「いきなり何しゃがんだクソ炎っ!聞いた話じゃテメエはアイツの雷魔法一発で気絶したんだろ!ボコられたってのは間違いじゃねぇだろうが!」

 

 テーブルや椅子だった木の破片を退けてグレイは立ち上がりナツへと掴み掛かる。

 そこでようやくこの二人が仲が悪い事と、この喧嘩の原因は自分である事にソロは気が付いた。そしてグレイがナツに食って掛かるという事は同程度の戦闘能力の持ち主であり酒場の中で暴れられると被害が大きと思案した結果、ソロは二人を止めなければいけないと結論付けた。

 

「やめろって二人とも、建物の中で喧嘩なんかすんなよ!」

 

「「うるせぇ引っ込んでろっ!」」

 

 喧嘩をしている筈なのに二人の息はピタリと合っていてナツは左手で、グレイは右手でソロの顔面に向かって拳を放つ。不意を突かれた攻撃だが瞬時に反応してしゃがみ込む事で回避が出来た。これも元の世界でお転婆姫と真剣な組手をして何回も傷だらけにされた成果かと思うと同時に突然の暴力に怒りが込み上げる。しかしここで自分が逆上して暴れたら被害が広がるだけだと理解して喉元まで上がって来ていた怒りを沈め込める。

 

「……少し眠れ。睡眠誘発呪文(ラリホー)!」

 

「あがっ……」

 

「んがっ……」

 

 数秒前までいがみ合っていたナツとグレイが同時に床へ倒れ込んだと思ったらイビキをかいて眠り始める。

 本来自分が使えない魔法を使えるようになっていた事を改めて再確認し、魔法が効いて眠っている二人を見て内心ほくそ笑みソロの溜飲は下がった。

 

「へぇ、アンタそんな魔法まで使えるんだね。礼を言うよ、そいつらがあんまりにも騒がしいと酒が不味くてさ」

 

 声のした方に視線を向けると、下はズボンを着用しているが上はビキニのみという一般的には刺激的な格好の長いウェーブが掛かった茶髪の女性がテーブルに座り酒樽抱えていた。その頬は紅く染まり酔っている事が伺える。

 格好といい、おそらくだが酒好きである事といいソロは少しかつての仲間の踊り子(マーニャ)の事を思い出した。

 

「効きの良し悪しはあるが本来は敵を眠らせてその間に殺る魔法だから良いもんじゃ無いさ」

 

「随分物騒な物言いじゃない、要は使い方だろ?

現にアンタは殺すつもりでその魔法を使ったわけじゃないじゃん。昔から言うだろ、バカとハサミは使い用だって。私はカナ、よろしく」

 

 カラカラと笑いながら言ったカナと名乗った女性は抱えていた酒樽を持ち上げて文字通り浴びるように中身を腹へと流し込んだ。

 

「それ中身入ってたんだな……ところでカナ、仕事に行きたいんだがどうすればいいんだ?」

 

「ぷはぁっ!あぁ仕事ぉ?そんな事よりお前も飲め飲め!」

 

「いや……飲みたくても金が無くてね、というか俺はまだ酒は飲める年齢じゃないしな」

 

「何言ってんのこの国じゃあ15から酒飲めるじゃない。細かい事気にしない気にしない、それとも私の酒が飲めないっての?」

 

 

 後にソロは知る事になるのだがこの世界の今いる国、フィオーレ王国の法律では飲酒は15歳から認められている(目の前のカナは13の時から飲んでいたが)ため何の問題も無い。

 絡み酒という事も相成ってさらに元の世界の事を思い出し苦笑を浮かべる。

 

「ああ……すまない、また今度で頼む。金が入ったら必ず奢るから勘弁してくれ」

 

 そう言うと逃げるようにカナから離れたソロは依頼板(リクエストボード)と呼ばれる多くの依頼書が貼られた板の前まで来た。

 

「おっ、なんだ仕事に行くのか?」

 

 依頼板の前に立っていた腰蓑にベストを身につけて顔には長方形のペイントを入れた男がソロに話しかけた。

 

「先立つ物が無いからな、あんたもか?」

 

「いいや、俺は吟味しているところだ、俺にしか出来ない仕事をする為にな。俺はナブだ」

 

 よろしく、と言ってナブと握手をしたソロは隣に立って貼られた依頼書達に目を通した。

 探し物から料理、古文書の解読といった物からモンスターの討伐、素材の調達といった様々な種類があるがこの世界に馴染みの無いソロに出来るものは討伐系一択である。加えてその対象がどんな物かも知らないし通貨や依頼主のいる場所も知らないが、幸い分からない単語は有るものの使われている言葉は元の世界と同じだし、報酬額は書いてある数字が大きい物を選び、場所は地図を借りれば良いと考えていた。

 

「ナブ、一つ聞きたいんだけどこの街の宿屋は幾らあった泊まることができるか分かるか?」

 

「宿?何件かあるが確か5,000から10,000J(ジュエル)もあれば泊まれると思ったぞ」

 

「なっ……そんなにするのか!?」

 

 ソロは元の世界との価格の違いに驚愕する。当たり前だが通貨はG(ゴールド)とJで違うが、元の世界では高くても1人数百Gもあれば宿屋に泊まれて同じ数字の5000Gもあれば破邪の剣さえも買えてしまう高額であったからだ。

 

「いや……そんなに高い方じゃないと思うがな」

 

「そうか、ありがとうナブ」

 

 元の世界とは違う事を再認識すると依頼書との睨めっこを再開する。

 数字で探していくと、10万、20万……60万Jというものがあるではないか。内容は、突如発生したウィンドベアーなる大型の凶暴な熊のモンスターを退治してくれとの内容だ。

 ミラかマカロフに依頼書を出せば受け付けてくれるという説明をナブから受けると、ソロは依頼書を手に取ってカウンターの向こう側にいるミラに話しかける。

 

「じいちゃん戻って来てないみたいだからミラさんこれ頼む。それから厚かましいんだけど何処に行けばいいか地図を借りれるとありがたいんだが」

 

「はーい……ってコレなかなか難易度の高い依頼じゃない!初めての仕事でコレはちょっと……」

 

「熊のモンスターを倒すだけだろ?

問題無い、俺はモンスター討伐の専門家だからな」

 

 そうは言っても、とミラは首を傾げてしまう。しかし少しの間を空けると何かを思い付いたように手を叩いた。

 

「エルフマン、ちょっと来てくれるかしら?」

 

「どうした姉ちゃんと……昨日ナツとやり合った新入りか、何か用か?」

 

 ミラの声に反応したのは黒い服を着た逆立った銀髪が特徴的な厳つい色黒の大男だった。さらにはミラの事を姉と呼んでいたため髪の色以外は似ても似つかないがおそらく姉弟なのであろう。

 

「あなた、今朝仕事に行こうかななんて話してたわよね。良ければソロと一緒にこの仕事に行ってもらえないかしら?」

 

「どれどれ……別に構わないぜ、俺は漢エルフマンだ。昨日の喧嘩見てたけどなかなか漢じゃねぇか」

 

 エルフ、その単語はソロの心に深くのしかかる言葉だった。元の世界で自分が勇者として旅をする起因となったのが魔族の長が愛したエルフの少女であったからだ。また、なんど聞いてもはぐらかされてしまったが故郷の村で愛した女性、シンシアもおそらくその容姿からエルフであったのだろう事を思い出して、ソロの表情は暗く沈む。

 

「おいどうした、これから仕事に行くなんて言い出したくせして怖気付いて気分でも悪くなったか?」

 

 エルフマンの言葉で我に返り、ソロは首を横に振った。よくよく考えれば目の前にいるのは大男だ、自分の知っているエルフの娘とは全く違う存在だと、ソロは心の中で自分に何度も言い聞かせた。

 

「いいや、変わっているがいい名前だと思ってな。俺はソロだ、よろしくエルフマン!」

 

 半ば無理をして口角を上げてソロは手を差し出し、エルフマンはそれに応えて握手をする。

 

「おう!そんじゃあ早速行くとするか、ココなら列車に乗って行けば数時間で着くな。仕事がどれくらいかかるか分からないが、夜までには戻って来れるんじゃねぇか?」

 

「ふうん、夜くらいか。ところで報酬なんだけど俺が20万で君が40万でどうかな?

悪いけどこういう時の相場が分からなくてね」

 

「何言ってんだ、そんなもの半々でいいだろうよ!俺は漢だ、そんな巻き上げるようなカッコ悪い真似できるかよ。くだらねえ事を言ってないでさっさと行こうぜ。

姉ちゃん、行ってくる!」

 

 そう言うとエルフマンはミラに手を振った後ソロの首を抱える様にして外へと歩を進めたため当然ソロもそれに追従するを得なくなる。

 

「待て自分で歩ける!ミラさん……その……行ってきます!じいちゃんにも行っておいてくれ!」

 

「ふふっ、エルフマン、ソロ、行ってらっしゃい!」

 

 妖精の尻尾の看板娘に見送られて2人の男は酒場を出た。



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LV7〜ウィンドベアーを退治せよ〜

 

「うおおお!この列車ってのは良い乗り物だなエルフマン!」

 

 ソロは初めて乗る列車に目を輝かせて興奮していた。自分の居た世界には存在しない乗り物で馬車よりも速く走り、何よりも陸地を走る乗り物で襲撃される心配が無いことに感動を覚えている。その姿は宛ら物珍しい虫を捕まえた無邪気な子供のようだった。

 

「やめろ恥ずかしい!あと窓から身を乗り出すな危ねえだろ!

……ったく、列車に乗った事どころか見た事も無いなんてお前どんな田舎出身なんだよ。そもそもどうやってマグノリアまで来たんだ?」

 

「あー……山奥の村からと言ったところか……まあその事はおいおい話すとしてギルドの事とかをもっと教えてくれないか?」

 

 エルフマンの忠告を聞き入れたソロは体を車内へと戻して窓を閉めて、風圧で乱れてしまった髪を手櫛で整えた。

 

「構わないけどよ、とりあえず帰りの列車の料金が発生はお前が持てよ。乗る前にも言ったがギルドのルールで金の貸し借りは禁止されてるからな」

 

「分かってるよ、俺も金銭で仲間に借りは作りたくない。それに帰りはアテがあるから任せてくれよ!」

 

 含んだような笑みを浮かべるソロに対して、エルフマンは少し怪訝な表情を見せた。

 

「アテ?……まあいいか。ギルドの事か、じゃあまず仕事についてだな。依頼板を見たんなら分かると思うが、仕事には色んな種類がある。だけどギルドに来てる依頼はあれで全部じゃねぇんだ。

あの酒場には二階があってそこにある難易度が高い依頼、S級クエストってのがあるんだ!

でもその仕事は年に一回の試験を勝ち抜いてマスターに認められたS級魔導士しか行く事ができねぇけどよ」

 

「へぇ、エルフマンやナツとかグレイもそのS級魔導士ってやつなのか?」

 

 何気無いソロの一言でエルフマンは閉口して難色を示す。そして暫しの間を置いてエルフマンは言葉を発した。

 

「いや……俺もそいつらも漢だけどS級じゃねえ。

今の妖精の尻尾にS級魔導士は4人、エルザ、ミストガン、ラクサス、ギルダーツだ」

 

「4人か、少ないんだな。少数精鋭って奴か、そいつらも相当腕が立つんだろ?」

 

 その後も二人の会話と列車は止まる事は無く動き続けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「良くいらして下さいました。儂がマツバ村の村長ですじゃ」

 

 列車に乗ってから数時間、そこから1時間程度歩いた所に村は在り、ソロとエルフマンは依頼主であるマツバ村の村長の家へとたどり着き、客間へと通されて椅子に座らせられて歓迎の持て成しとしてハーブティーと茶菓子が今しがた差し出された。

 

「悪いな、今回の依頼を請け負う事になった妖精の尻尾のエルフマンだ。内容はウィンドベアーの退治で良かったな?」

 

「はい……毎年この村は毎年冬に高名な魔導士様に村の周囲に術式を書いて貰っているのですが、どうやら今年は時期が悪い方にズレてしまったようで術式を張る前に範囲内にウィンドベアーが紛れ込んでしまったんですじゃ。そして前日、幸いケガ人は出ませんでしたがこの村の名産であるハーブ園の一つが荒らされてしまったんですじゃ」

 

「確かに良い香りと味のお茶ですね。申し遅れました、俺は妖精の尻尾の新入りのソロです。

……もちろん人に被害が出なかったのは良かったのですが熊のモンスターは何故ハーブの方を狙われたんでしょう?」

 

「そんなの簡単だ、ウィンドベアーってのは草食だ。飯の邪魔や自分を襲ってくる存在に対しては容赦は無いがな」

 

 出されたハーブティーに口を付けてエルフマンは答えた。彼の魔法接収(テイクオーバー)の基本は相手を知る事にあるため獣型モンスターの知識も広いのである。

 

「その通りですじゃ。しかしこの村のハーブは名産品、ハーブ無くしてこの村は存在出来ないのですじゃ。どうか、どうか御二方、ウィンドベアーの退治をお願いしますのですじゃ」

 

「任せて下さい村長さん。俺は知識はあまり無いがモンスター討伐の専門家だ!エルフマンそれ飲んだら行くぞ!」

 

 ハーブティーを飲み干すとソロはおもむろに立ち上がり、部屋の隅に置いてある壺の方へと歩き出し手に持ったかと思うと床へと叩きつけた。当然壺は良い音を立てて割れてしまい残骸が足元に散らばる。

 突然の奇行にエルフマンと村長は目を丸くし、壺を割った本人は中に何も無かった事に不服そうな表情で首を傾げた。

 

「残念、空かぁ。そんじゃあ次々っと」

 

「アホかぁっ!!」

 

 ソロが割った壺の隣の壺に手をかけたところでエルフマンがソロの頭に拳骨を振り下ろした。思わぬ痛恨の一撃を喰らったソロはその場で蹲り悶絶する。

 

「~っ!何すんだエルフマン!?痛いだろ!」

 

「お前が人ん家の壺勝手に割るからだろうがっ!」

 

「壺割ったくらいなんだってんだよ!そんなもん時間が経てば勝手に元に戻……らないのか?」

 

 慌てるエルフマンと口を開けて唖然としている村長を見てソロは事情を察した。恐らくこの世界では割った壺や樽は元に戻らないようだ。すると咳払いを一つすると掌の上に一つの砂が入った瓶が現れる。この世界の換装と呼ばれる魔法と同じくだがソロはその空間の事をふくろと名付けた。

 この砂は時の砂と呼ばれるアイテムで時間を少し戻す事が出来るが、この世界では同じ効果ではない事をソロは昨日天空の装備を装着した事で理解している。ソロの体だけでなくアイテムの効果も変化している物もあるのだ。

 

「しかし問題は無い、この中の砂をかけると割る前に戻るはずだ」

 

 そう言って瓶の蓋を開けて足元に撒くと、瞬時に壺は元の形へと戻り、いつの間にか足元に散らばったはずの砂も瓶の中に収まっている。時の砂はこの世界では物のみを少し前の状態に戻せる効果へと変化していた。

 

「ほっ……ほほ……随分と不思議な魔法をお持ちのようですじゃの」

 

「まったく……それじゃあ行くぞソロ」

 

 エルフマンは残りのハーブティーを飲み干してソロの首根っこを掴んで二人は家を後にした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「さて、お前自分で討伐の専門家なんて言ってたけど、今回の目標のウィンドベアーの事知らないでそんな事言ってたみたいだが大丈夫なのか?」

 

「その辺に関しては大丈夫だ、詳しいからではなくて必ず勝つからそう名乗らせてもらったんだ。さて、さっそく誘き出すとしようか」

 

 村からしばし離れた森の中でソロはふくろから小さい小袋を手の上に出現させた。

 

「あぁ、なんだそりゃあ?」

 

「匂い袋だ、モンスターが好む匂いを出す粉が入っている。ここに置いて木の上にでも登って標的が来るのを待とう」

 

 そう言ってソロは大きくジャンプして太い木の上に飛び乗る。身軽な奴だと呟いてエルフマンも近くの木に登り枝へと腰をかける。

 

 時間にして30分ほど経過しただろうか、エルフマンが欠伸をした時、低い唸り声が二人の耳に入ってきた。そして2メートル程の大白い体毛の巨体を揺らしながら標的のウィンドベアーがゆっくりと匂い袋に近付いて来た。

 

「……攻撃倍化呪文(バイキルト)

来たな……手を出すなよエルフマン、君の目から見て危ないって思うまではな。なあに、俺は回復魔法が使えるんだ君が手を貸してくれる前に死ぬ事はないさ」

 

 突如手に天空の剣を出現させたソロは自身を強化する呪文を唱えると枝から飛び降りる。その音にウィンドベアーも反応し、両者は相対した。

 

「タイマンとは漢だな……だけどウィンドベアーはその巨体なのに風のように速く動く事からその名前が付いてんだ。少しでも気を抜いたら殺られるぞ!」

 

 エルフマンの忠告を耳に入れるもソロは動く事はない。

 そしてその忠告通りにウィンドベアーは素早く動きソロへと詰め寄り鋭い爪を振り下ろした。だが、ソロはそれを難なく片手で持った剣で受け止めた。ウィンドベアーは力を込めるがソロは微動だにする事は無かった。

 

「……30%の状態でも攻撃倍化呪文(バイキルト)を使うまでも無かったか。

ハァァッ!!」

 

 ソロは力を込めてウィンドベアーの腕を上に弾いて腹部に一閃。

 少しの間を置いてウィンドベアーは糸の切れた人形のように力無く地面へと倒れこんだ。

 

「おおっ!やったじゃねぇかソロ!」

 

「まだだ!氷結呪文(ヒャド)!」

 

 叫んだソロは後方へと振り返り森の奥の方へと向き直り空いている手を翳す。ソロの掌には青い光が収束されそれが冷気の圧縮された物である事にエルフマンは気が付き、次の瞬間、冷気の塊は前方へと向かって射出されたが、同時に相対する方向から突風が吹き荒れ霧散してしまう。

 やがて突風が止み、森の奥から一つの影が高速で飛び出した鋭い爪がソロを襲った。

 

「……もう一頭居やがったのか!」

 

 迫り来る爪を刹那で見切り身体を翻して躱したソロは速い勢いのまま前方の木に爪を突き立てる影を見ていた。

 それの持ち主は先ほどの標的の倍はあろうかという体躯を持つウィンドベアーだった。その大きさから放たれる威圧感は並の物では無い。

 木に突きささった爪を力任せに引き抜き、木が倒れるのをみたウィンドベアーは鋭き眼光をソロに向けて振り返る。

 両者は睨み合ったまま動かない。ソロが余りの強敵に身が竦んだのだと思ったエルフマンは枝から飛び下りようとしたところでソロの怒声が響いた。

 

「来るなっ!俺は大丈夫、助太刀の条件は変更だ俺がアイツから一撃でも食らったらだ!」

 

 ソロが言い終えるのを待っていたかのようなタイミングでウィンドベアーは動き出す。疾風の如きスピードで爪を一振り、二振りと連続で爪を突き立てる。それに対しソロは最低限の動きで躱し続け、大きな一撃から身を翻し躱して再度大きく距離を取る。

 

「防戦一方じゃねぇか!」

 

「問題ない動きは見切った。おっと、デカイ攻撃が来そうだ!」

 

 ソロとの距離を保ったままウィンドベアーは両腕を高く天に掲げ、勢い良く地に向かって振り下ろす。

 同時にソロが高く跳ぶと後方にあった木が数本倒れた。ウィンドベアーの振り下ろされた爪の軌道をなぞるように真空の刃が飛んでいたのである。先ほどの氷結呪文を相殺した突風の正体も同じであった。

 しかし如何に強力な攻撃手段を持っていても相手に把握されていれば意味はない。元の世界での旅で似たような攻撃を受けた事のあるソロにとってウィンドベアーの真空波はすでに体験済みであり、攻略は容易いものである。

 

「なかなか楽しめたが、もう終わりにしよう」

 

 宙に浮いているソロは体を反転させて近くの木の枝を思い切り蹴って加速してウィンドベアーへと接近する。そしてその勢いで、大技を放った後で防御の出来ないウィンドベアーの脳天に天空の剣の腹を叩きつけた。

 辺りに鈍い音が響き、暫くの間を空けてウィンドベアーは再び腕を振り上げた。

 

「おい後ろっ!」

 

「問題ない、もう終わってるよ」

 

 エルフマンの言葉を無視するようにソロはウィンドベアーに背を向けて天空の剣をしまった。すると標的は呻き声を上げてそのまま地面へと倒れ込んだ。

 

「……お前、本当に強いんだな。なんの苦もなくあっと言う間に二頭も倒すなんてよ。でもなんで仕留めねえんだ?依頼は討伐だって事を忘れたのか?」

 

「いや、ちゃんと覚えているが……なあエルフマン、術式ってやつは結界みたいなやつでその範囲内にコイツ等モンスターが入れなくなるバリアが張られるって事で良いのか?」

 

「あん?だいたいそんな感じだが、なんでんな事を」

 

「出てこいよ、安心しろ。もうコイツ等にもお前にも何かをするつもりはない」

 

 聞きたい事だけを聞いたソロはエルフマンの言葉を遮って顔を奥の茂みに向けて言い放った。

 

「無視すんな!だいたい誰に向かって言っ……て……コイツは!?」

 

 茂みが揺れる音がしたのでエルフマンもそちらに視線を向けると、先の二頭に比べるととても小振りで大きさは最初の標的の半分にも満たない程度のウィンドベアーの子供が威嚇するように鋭い視線を2人に向けていた。

 

「知らんが恐らくあの二頭の子供か兄弟かだろうな。人的な被害が無くてあんな小さいのがいるって分かったらこの二頭を殺す気になれなくなった。術式とやらの範囲外まで二頭を運ぶ、手伝ってくれ」

 

 ソロはそう言うと小さいウィンドベアーに目線を合わせると先ほど倒した大きい方を抱えて歩き出す。

 

「オイ!依頼はコイツらの退治だって……まったく仕方ねえな!」

 

 エルフマンは溜息をついて呆れながらも残ったウィンドベアーを軽々と抱えてソロの後を追う。

 暫く歩き術式の範囲外まで辿り着くと2人はウィンドベアーを木を背もたれにして寄りかかる様に置いてソロは両手をそれぞれに向けて回復の魔法を施した。

 

「傷は治しておいてやる、お前らこのチビを守らないといけないからな。もし、術式が切れた時にまた村を襲ってみろ今度は殺す」

 

 厳しく言い放つと同時に治療が終わった。すると二頭は目を覚ましてソロ達を威嚇する。

 

「何も傷まで治してやる事は無かったんじゃねえか?

当たり前だけどあいつらやる気だぜ」

 

 エルフマンが今度は俺が倒すと言わんばかりに腕を回して準備をすると、小さいウィンドベアーは両者の間に立ち、少しの間を空けて親の元へと寄り体を登って頰を舐める。

 その行為にエルフマンは毒気を抜かれ、二頭は事情を察したように唸り声を止めて威嚇をやめる。そして二人をジッと見据えると一番大きいウィンドベアーは爪を一本折ると地面に置き、二頭と共に森の奥へと去って行った。

 

「コレは一体なんのつもりなんだろうな?」

 

「ウィンドベアーは自分よりも強者だと認めた生き物に爪を渡す習性があるって聞いた事がある。しっかし、この場合依頼はどうなるんだろうな」

 

「何も殺す事が退治って事もないだろう、起きた事を全て話す」

 

 ウィンドベアーの爪を拾いあげてソロは少し満足気な笑みを浮かべてエルフマンの肩を叩いて村へと戻ろうと誘い、二人は歩き出した。



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LV8〜ただいまとおかえりなさい〜

 

 

「村長も話の分かる人で良かったなあ。殺さずとも脅威は去ったからって報酬はそのまま貰えたしお土産に村の名産のハーブまでくれるなんてな」

 

 マツバ村から少し離れた森の中でソロは大きく伸びをしてエルフマンに話しかける。今しがた二人は報酬を分け終えて、さらに来た時の汽車代を渡して清算したところである。

 

「俺達が無傷で標的の爪を持ち帰ったのがデカかったんだろうよ。

まあ、俺は結局何もしてねぇけどな。お前の強さ、なかなかの漢だっ!そのうち俺とも勝負してくれよ!」

 

「ああ、もちろんだ!それから何もしてないなんて言わないでくれよ。君は俺が戦ってる時常に気を使ってくれていた、だから俺は思い切り戦う事が出来たんだ」

 

 二人は顔を合わせて片側だけ口角を吊り上げて拳を合わせる。二人の漢の友情が生まれた瞬間である。

 

「さて早いとこ行こうぜ。もう夕方だ、さっさと帰らねぇと真夜中になっちまう。そういえば来る時に言ってたアテってなんなんだ?」

 

「ふふふ、良くぞ聞いてくれた!まあ聞くよりも体験してもらった方が早いな!

行くぞ……高速飛行呪文(ルーラ)!」

 

 ソロが集中して呪文を唱えると二人の体は風に巻き上げられた木の葉や人の手を離れた風船のように空中へと浮かび上がる。

 

「うおっ!なんなんだ一体!」

 

「大丈夫だ、建物の中じゃないんだから痛い事は無い!」

 

 狼狽えるエルフマンにどこか間違った宥め方をするソロ、しかし次の瞬間には緩やかな上昇は一度止まり、弾丸のような超高速で二人は空へと昇って行った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「じゃあねミラ~また明日~!明日は新入りの奢りで飲むよ~!」

 

「バイバイカナ!気を付けてねー!」

 

 夕暮れ時となり、ギルドの酒場も人が疎らで家へと帰るカナをミラは手を振って見送る。そして、誰かに聞こえる訳でもないような溜息を一つこぼして視線を下げた。

 

「どうしたミラ、エルフマンとソロが心配か?」

 

 背後から声をかけられたミラは一瞬体をビクつかせるが、振り返り声の主に笑顔を向ける。

 

「いいえマスター、そんなんじゃないんです。マツバ村までは距離がありますからすぐに仕事が終わっても帰りが夜になる事は承知ですけど、いつも連絡を入れてくれるエルフマンにしては何も無いから少しおかしいかなって」

 

 妖精の尻尾のマスター、マカロフはそうかと言うと自身の顎に指を当ててミラ経由で渡された依頼書の事を思い出した。

 

「確か依頼はウィンドベアーの討伐だったかのう……今頃森の中駆け回って探しておるんじゃないか?

まあエルフマンがついておるんじゃ心配はないじゃろう。ミラ、送られて来た始末書読んでたら頭痛くなったから酒をくれんか?」

 

「はーい……ってあれ、なにかしら?」

 

 マカロフとミラが酒場に入ろうとした時、不意に外を見たら景色に不自然な黒い点が視界に入った。普段ならば目の錯覚だと気にも止めないのだが、それはいつまでも無くならない事に違和感を感じる。

 

「ううん、なんじゃ……ありゃあコッチに飛んで来とらんか?」

 

 ミラの言葉を聞いたマカロフも外を見る。

 黒い点は徐々にハッキリとして二つの影である事まで分かった。

 

「ぬうおあああああ!」

 

 酒場まであと数十mといったところで、二人には聞き覚えのある叫び声が聞こえてくる。ミラの弟のエルフマンの声そのものである。

 

「アレは……エルフマンとソロじゃ!あいつら何であんな所におるんじゃ!このままじゃぶつかるぞ!」

 

「そんな……なにかクッションになるような物は!?」

 

 高速で迫る二つの影の正体がエルフマンとソロだと分かり狼狽える二人だが、そうしている間にもグングンと近付いて来て衝突寸前であった。

 しかし、そこでエルフマンとソロの体は急停止、木の葉が舞い降りるような緩やかな速度で落下して二人の前の地面に降り立った。

 ソロは一息ついて何事も無かったかのように首を回し、叫んでいたためゼェゼェと息を切らしているエルフマンは少しの間を空けてから膝をついた。

 

「どうしたエルフマン……もしかして高い所がダメだったのか?

いや、木には昇っていたからてっきり大丈夫なものかと思っていたがすまなかった」

 

 先ほど生まれたばかりの友情にヒビが入った瞬間だった。

 

「ゼェ……ハァ……テメェ……急になにすんだ!いきなり吹っ飛ばしやがって!」

 

 エルフマンは息を整えると立ち上がり今にも殴らんとソロの襟首に掴み掛かった。その様子を見たミラは慌てて二人の間に入り込む。

 

「ちょっとエルフマン落ち着いて!それよりも二人とも何ともないの!?」

 

「姉ちゃん止めねぇでくれ!俺はコイツを一発殴らなきゃ……姉ちゃん!?なんでだ!?ココは……ギルドだと!?」

 

 つい先程までマツバ村の前に居たのに、ソロの魔法で宙に浮かされたかと思えば僅かな間にギルドの酒場の前に移動していた事実をエルフマンは受け入れられないで酷く混乱している。そしてソロの襟首から手を離し頭を抱えた。

 

「よっ、じいちゃんにミラさん。ただいま!

仕事、終わらせて来たよ。コレお土産ね、村長がくれたハーブ」

 

 何度も建物とミラとマカロフの顔を見比べているエルフマンを余所に、ソロは手に持っていたハーブの入った籠をミラへと渡した。建物の中へと入ろうとしたところでマカロフはソロを止め、エルフマンもミラが諭してようやく落ち着きを取り戻す。

 

「待たんかソロ!エルフマンも落ち着いたようじゃし聞きたいんだが、お主空を飛ぶ魔法も使えるのか?」

 

「俺達……空を飛んでたのか……でも、吹っ飛んでから少ししか時間が経ってねえぞ!」

 

「うーん、半分そうって言ったところかな。俺が使ったのは高速飛行呪文(ルーラ)って呪文で俺が行った事のある町や村までひとっ飛びで移動する魔法なんだ。自在に空を飛べるわけじゃないけど、どんなに距離が有っても時間はあまりかからない」

 

 ふとソロは、元の世界で使った時は地上から闇の世界へと世界を越える事もできた事から、昨日この世界から元の世界へ戻れるか試したがルーラが発動しなかった事を思い出した。

 

「へえ、そんな魔法が使えるなんてとても便利じゃない!今度少し遠くまでお使いに行ってもらおうかしら!」

 

「そうしてあげたいのは山々だけど、思いの外消費魔力が大きいらしいから多用は避けたいな……つーか連続の使用は無理そうだ。

……これも元の世界との違いの一つか感覚も少し違う……だけどもしかしたら出力の調整をすれば自由に空を飛ぶことも……?」

 

「アン?最後なんつったんだ?

つーかそれよりもそんな便利な魔法あるんなら使う前に言えよ!」

 

 ソロが最後に呟くように言った事は誰にも聞こえなかったようだ。その証拠にエルフマンは尤もな意見を不満気にソロへと返す。

 

「それは……まあ……黙ってた方が面白そうだったからな!」

 

 悪怯れる様子が全く無く、ソロは人差し指を立てて堂々と言い放つ。

 

「立ち話もなんだし中に入りましょう。

おかえりなさい!エルフマン、ソロ!

さっそく頂いたハーブでハーブティーを淹れるわ!」

 

「そういえば言っとらんかったのう、二人ともご苦労じゃった、無事によう帰ってきた。

ミラ、ワシは酒じゃぞ!」

 

 ふと手に持たされたハーブの事を思い出してミラは手をパンと叩いて酒場の中へと入って行き、後を追うようにマカロフも自分は酒を所望する事を強調して後に続いた。

 元の世界でも、この世界でも変わらないただ何気ないやり取りなのかもしれない。

 帰って来た時に掛けられるおかえりなさいの言葉。

 その言葉を掛けられたのはソロにとって遥か昔の様に感じられた。目的を果たし長き旅を終えて同じ言葉は何度か耳にした、しかしそれらは一つも自分に向けられる事は無く、全て共に旅をしていた仲間へ向けられていた。思えば自分には何も無いと、思い込んで生まれた小さい疎外感が募った結果がこの世界に来るきっかけだったのだろう。

 自分に向けられたおかえりなさいに戸惑いの混じった喜びを覚えるとソロは思わず立ち尽くしてしまう。

 

「俺らも行くぞ、少し休みてえ。戦ったわけでもねぇのにお前の相手をしてたらなんか疲れた」

 

 ソロを正気に戻したのは今回の仕事の相棒、エルフマンだった。エルフマンは大きく伸びをするとそのまま先に酒場へと入って行った。ソロは少し足元を見た後に建物を見上げてから正面の仲間の居る内部へと視線を移す。

 

「……なんだか懐かしいな……ただいま……妖精の尻尾(フェアリーテイル)

 

 喜びとも悲しみとも取れない表情を浮かべたソロはギルドの建物へ向かって一礼し、中へと足を進めた。

 

「それでソロよ、初めての仕事はどうじゃった?」

 

 中では早速テーブルに座ってジョッキを片手に酒が入ったせいか些かご機嫌な様子でマカロフが話しかけて来た。

 

「討伐目標は大した事なかった。殺しはしないで村から追い払ったけど依頼主は納得してくれたから報酬はしっかり貰えたよ」

 

「そうかそうか、これからも精進するがよい。

おーいミラ!ソロの初仕事達成祝いじゃ、もっと酒を持って来てくれい!」

 

 マカロフはニカッと笑うと手に持っていたジョッキの中の酒を一気に飲み干して歓喜のため息を吐き出した。その様子を見てソロは自分の事を認めてくれたのだと思い照れ臭そうな笑みを浮かべる。

 

「はい、ソロもお疲れ様」

 

 手際良くマカロフにおかわりの酒を渡すと、トレイに乗せたカップと茶菓子のクッキーをテーブルに乗せてミラはソロに椅子に座るように促す。ソロは礼を言って先に座っていたエルフマンと対面する形で反対の椅子へと腰をかけた。

 

「いただきます…………美味いな。先日のコーヒーもこのハーブティーもクッキーも」

 

「当たり前だ、姉ちゃんの料理は天下一品だからな!」

 

「あら、エルフマンの作る料理だって美味しいじゃない」

 

 見た目がゴツいエルフマンが料理をしている所を想像してソロは口の中の紅茶吹き出しかけるが、なんとか留めて飲み込んだ。

 

「ソロよ、今回の仕事の事を詳しく聞かせんかい!」

 

「ああわかったよじいちゃん」

 

 コホンと一つ咳払いをするとソロは今回の仕事の事を汽車に乗っての移動からウィンドベアーを倒してここに帰還するまでの事を、村長の家のツボを割った事を除いて事細かに話した。

 

「なるほどのぅ、確かにお主の戦う力は凄まじい物があるようじゃな。しかしソロ、依頼は討伐系だけではないぞ。それこそ家の掃除の手伝いと言った物からお主が行ったモンスターの討伐、頭を使うものでは古文書の解読なんて物もあるんじゃ。

全て一人でこなせとは言わん、仲間の力を借りて色んな仕事に行ってみろ。きっとその体験はお主の糧になる筈じゃ」

 

 そう言うとマカロフは酒を口の中へと流し込む。

 単純な戦闘能力で言えば全ての力を解放したソロの方が勝るであろう。しかしその他の全てはマカロフの足元にも及ばない。そう思わせる重みが彼の言葉にはあった。

 改めてソロは自分の入ったギルドの長の偉大さと敬意を自身の心へと刻み込んだ。

 

「でも今回の任務エルフマンは道案内くらいしかしてないのに本当に報酬は半分でいいの?」

 

「構わない。彼には言ったがエルフマンが気を張って俺の戦いを見ていてくれたから俺は思い切り戦えた。

それに元々がそう言う約束だからな、一度交わした約束とか契約は必ず守れ……世界一の商人が俺にそう教えてくれたからな」

 

 ソロは目を閉じて思い出した。元の世界の仲間の一人、見た目は冴えない太った中年の男だがその風貌と飄々とした態度からは想像出来ない程の話術と武器や防具、道具の知識を持った世界一の商人(トルネコ)の事を。

 

「世界一の商人って……お前どんな人間と知り合いなんだよ?」

 

「……おっと、もうこんな時間だ。宿の手配もしなければいけないから俺は行かせてもらうよ。その人の話はまた今度って事で。

ご馳走様また明日!」

 

 ソロはそう言うと立ち上がりそそくさと建物を出て行った。ミラは手を振り、マカロフは手を挙げてエルフマンは相変わらずのソロのマイペースにため息をついて見送った。

 

「どうしたのエルフマン、疲れたような顔して?」

 

「疲れたようなっつーか……疲れたんだよ」

 

 ふぅ、と今日何度目かもわからないため息をついてエルフマンは頭を手で押さえた。

 

「……それだけじゃないでしょ。なにかあったの、帰ってきてからなんだか浮かない顔してるけど?」

 

「……やっぱり姉ちゃんには隠せないか……俺の気のせいだったら良いんだけどよ……ウィンドベアーに最初に一撃入れた瞬間……なんつーか歪んだ笑みを浮かべてたんだ」

 

「歪んだ笑み……じゃと、なんだか穏やかではないのう?」

 

 ソロの話を肴に酒を飲んで気分が高揚していたマカロフの目が真剣になり、ジョッキをテーブルに置いてエルフマンを見据える。

 

「やっぱり見間違いだと思うぜ、その後の行動を見ててもいたって普通だったし不気味な笑いなんか無かった……ただ、だからこそ見間違えたあの顔が気になってな」

 

 3人の間に沈黙が流れる。

 だが唯一ソロの過去を聞いているマカロフだけは一つの推測を立てた。答えは単純、モンスターへの憎悪だ。故郷をモンスターに滅ぼされているのだからその闇は途轍もなく深いのだろう。

 

「まあ、気のせいかもしれんしそうじゃないかもしれんの、ワシらはその笑みを見たわけじゃないからのぅ」

 

 マカロフは事情を知らないであろう二人にはこの推測を伏せる事にした。

 

「……そうですね。エルフマン、今後もソロと一緒に仕事に行って同じ違和感を感じたらまた言ってね?」

 

「おう!……って俺はまたあいつと仕事に行かなきゃいけないのか」

 

 エルフマンの嘆きとも言える発言に2人は苦笑して、談笑を再開した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 宿の手続きを終えたソロは日が暮れたばかりの薄暗い夜の街を歩いていた。昼間の喧騒はなりを潜めて、騒がしいのは街の酒場の前を通る時くらいであった。

 しばらく歩き続けてある場所へと辿り着く、自身がこの世界に送り込まれて最初に目を覚ました場所カルディア大聖堂。

 ソロは扉を開けて中へと足を踏み入れる。

 

「こんな遅くにどなた……おや、ソロ君じゃないですか?」

 

「日が暮れてしまったのに訪れてすいません。おいのりをしたいのですがよろしいですか?」

 

 ソロを出迎えたのはサイラス神父であったが、その発言に怪訝な表情を見せる。

 

「いえ、構いませんが……君は昨日神を信じられないと言っていましたが?」

 

「訂正する、全知全能の神を騙る(トカゲ)野郎が気にくわないんだ。それと、元の世界で旅をした癖でおいのりはしないと不安」

 

「あー!ソロくん!どうしたの?お仕事失敗しちゃったの!?」

 

 ソロの言葉を遮るように、奥から長いブロンドの髪を揺らしながらリリカが走って出てくる。そして大きな声を出した事と走って来た事をサイラス神父に注意されて悪戯な反省の見えない笑みを浮かべて謝った。

 

「いいや、仕事を終わらせて宿を取ってから日課のおいのりに来たんだ。

あー……その……リリカ、サイラス神父、ただいま……」

 

 定期的なおいのりはソロの習性ではある。しかし今カルディア大聖堂に来た目的はこの二人に感謝の意を込めてこの言葉を言うためだった。

 だが、少し照れくさくて言い淀んでしまう。

 そんなソロの帰還の言葉を聞いた二人は顔を見合わせた後、笑顔でソロに向かい合う。

 

「「おかえりなさい、ソロ君(くん)」

 

 ソロは今日思い出した。

 ただいまと言ったらおかえりなさいと返してくれる尊い存在と喜びを。

 



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LV9〜緑髪と雫の耳飾り〜

 

 ソロが妖精の尻尾に加入してから早くも一週間が経とうとしていた。かつての旅で多くの人と関わった経験は無駄ではなかったようで、まだ会った事の無い人が何人もいるがすっかりギルドに馴染んでいる。

 自分の意外な社交性の高さに内心驚きながら今日もナブと並んで依頼板の前に立ち、仕事を探している。

 

「はぁ、今日も今日とて金欠だ。

うーん……なあナブ、どの仕事が良いと思う?」

 

「お前、それを俺に聞くかよ?

っつーか最初のクエストでそれなりに大金手に入れてたじゃねーか」

 

「知ってるだろう?

次の日に今日までの最低限の食費と宿代を残してカナの胃袋に入ったよ」

 

「なんつーか……ドンマイ」

 

 咄嗟に言った事ではあるがソロが自分で奢ると言ったから取り消せ無い、しかしカナが妖精の尻尾で一番のうわばみである事を知らなかった為に起きた悲劇である。次々に樽の中の酒が一人の女性の腹に消えて行くのは目の前で起きた事ではあるが未だに信じられないでいる。

 加えて言えば今日までの日を装備によって変わる己の力の幅を深く知るための鍛練とカルディア大聖堂での手伝いに費やしたせいでニ回目の仕事に行けないでいた。

 

「じいちゃんには色んな仕事をやってみろって言われたけど……おっ、これなんかいいな」

 

 ソロが手に取ったのは前回には及ばないが報酬はそれなりの運搬の仕事である。依頼書によると鉱山で取れた原石を移送したいのだが経路の治安が悪く頻繁に盗賊が現れるらしいので荷物の出し入れと護衛、そして移動は馬車で行うためにいざという時に馬の扱いが出来る事が条件と書いてある。

 馬を扱うという事で元の世界でどんな悪路にも止まる事のない力強さを持った仲間の馬(パトリシア)を思い出しながら依頼書をミラの元へと持って行く。

 

「ミラさんこれを頼むよ、あと悪いんだけどどの辺なのか教えてくれないか?」

 

 ミラに依頼書を渡すとソロはテーブルの上に先日購入したこの大陸(イシュガル)の地図を広げて羽ペンを取り出してミラへと差し出した。

 

「良いわよ、えーっと……依頼書によれば……ここね!」

 

 そう言ってミラは地図に印を付けるとペンをソロに返す。

 

「ありがとう、それじゃあ行ってくる!」

 

「ちょっと、一人で大丈夫なの?」

 

「大丈夫だ旅には慣れている。改めて、行ってきます」

 

 ソロは振り返らずに手を挙げてそのままギルドを後にする。

 

「あら?」

 

「どうしたんじゃミラ」

 

 ソロを見送ってからミラは何かを思い出したように手を叩き、マカロフはそれに気が付き声をかける。

 ミラはマカロフに近づいて先程受け取った依頼書を見せた。

 

「マスター、この辺りって確か……」

 

「おおっ確かあやつも仕事で行っとる筈じゃな!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 同日の昼下がり、仕事を終えたソロは一人不機嫌な表情を浮かべて森の中を歩く。別に目的地までたどりつのが困難だったとか仕事がうまくいかなかっただとか、報酬に関していざこざがあったという訳ではなく仕事自体は運良く噂の盗賊にも遭遇する事無く円満に完了していた。

 ただ、依頼主と会った時にほんの些細なトラブルとまでは言えない出来事があっただけだ。

 盗賊の頭は顔こそ知れ渡ってはいないものの、緑髪と雫のような形の耳飾りが被害者に印象深く残っているらしい。

 

「ったく……傍迷惑な話だ。俺と同じ髪の色とスライムピアスみたいな耳飾り着けてる盗賊なんてよ。依頼主にも最初は警戒されるし……まあ、ギルドの紋章見せたら納得してくれたから良かったけど」

 

 呆れの込もった溜息を吐いて独り言を零し、目を閉じて枝葉の揺れる音が響く森の中で耳を澄ませていると、それに混じって何かが地を踏む音も同時に耳に入る。

 

「おい、そこの者。こんな森の中で何をしている?」

 

 次に聞こえて来たのは口調の強い女性の声だ。

 ソロはそちらの方へ視線を向けると気が強そうだが端整な顔立ちと腰まである緋色の髪、そして鎧とスカートを身に付けている美女が腕を組んで立っていた。

 鎧の形から察するに相当良いプロポーションをしているなどと考えてしまったが、頭を数回振って考えを切り替える。

 

「ああ、すまない。風の音に耳を傾けていたら美人が来たから少し驚いてしまった。

俺はちょっとこの辺で盗賊を……」

 

「やはりそうかっ!!」

 

 ソロの言葉を遮り、怒気を露わにして鎧の美女はソロへと駆け寄る。そして何も持っていなかった筈の手に光が集まり一本の剣がいつの間にか握られていた。

 なぜこの女が自分に襲いかかって来るのか、なぜ自分のふくろの中身や天空の装備を出す時と同じ様な事が起きたのか、そもそも彼女は何を怒っているのか。

 思考の波がソロの頭に到来するが、まずやるべき事は一つ、彼女の攻撃を防ぐ事だ。

 咄嗟にソロは天空の剣を出して女の斬撃を受け止める。距離があった事が幸いしてなんとか防御できたが、剣の鋭さにソロの頬を一筋の汗が流れる。

 

「危ねぇな……なんのつもりだ、いきなり人に斬りかかって来るなんて!」

 

「ほう、見事な換装と反応の速さだ、加減をしたとはいえ今の剣を受けるとはな。

……近くの村でお前達が盗んだ金はどこだ、アレは国へと納める税だそうだ……死人こそいないが怪我人は大勢いる……お前達の非道、私は許す事が出来んっ!」

 

 女の剣に込める力が増したため、危険を感じたソロは剣を弾いて迫合いを止めて後方へと下がる。

  そして先程の彼女の言葉で疑問は全て解決した。彼女が手に出した剣が何度か話に聞いた換装である事、彼女が剣を向ける理由が自分が盗賊だと誤解されている事、そして本物の盗賊の行いに怒りを持った事。

 ソロ自身、こういった勘違いを無くすために盗賊を探して成敗するため森を彷徨いていたのだが、見事に裏目に出てしまい自分が一番されたくなかった誤解を受けてしまった。

 

「待て、俺は盗賊じゃない!君と同じで盗賊を退治しに来た!」

 

「……その虚言を私が信じると思うか?

先程貴様は自分が盗賊だと言ったではないか。それに何よりその髪の色と耳飾りが動かぬ証拠だ!

……怪我をした子供が泣きながら思い出してくれた手掛かりだ……貴様らは私が一人残らず捕らえてやる……覚悟しろ!」

 

 ソロに向かって再び女は剣を構える。もはや話合いで誤解を解くのは不可能だと悟ったソロも同じく剣を女へと向ける。

 相対する二人の間に一枚の木の葉が揺れ落ちたのを機に同時に動き出す。

 互いに剣を振い、時には受け止め、時には躱し激しい攻防が繰り広げられる。二人の剣速は凄まじく、刹那の時間が永遠に感じられ、辺りには風が吹き、刃と刃が触れ合う時には火花が散る。

 幾度も打ち合って現状のソロと女の剣の腕は互角であった。但し互いに剣での攻撃のみで魔法を使っていないため戦闘能力自体が互角だとは言えない。

 もっともソロは他の天空の装備を使用する気はない。やっと天空の装備二つ使用(30%の力)に慣れたところで元々手加減の苦手な自分が更なる力を出して相手を殺さない保証が無いからだ。

 

「ここじゃ狭いな……場所を変えよう、着いて来れるかな?

速度上昇呪文(ピオリム)!」

 

 ソロは迫り合いを力任せに押し返して自身の素早さを上げる呪文を唱えて女に背を向けて走り出す。

 元々ソロは足が遅い方だが重ね掛けをせずとも速さは段違いに上がり、樹々を縫うようにあっと言う間に女を後方へと置き去る。

 

「逃すか!換装、飛翔の鎧!」

 

 女の身体が光りに包まれると身に付けていた装備が消え、新たに獣を思わせる模様の耳飾りと胸当てが印象的な軽装の装備へと変化する。剣も先ほどとは別物の二振に増えている。

 飛翔の鎧、その名の通り女も素早さが向上しソロの後を追う。着かず離れず、二人の距離が変わる事はなかったが、やがて森を抜けて木々は無く拓けているが先には聳え立つ岩壁がある場所に出たためソロは足を止め、女も距離を置いて止まる。それとソロに掛かっていた速度上昇呪文(ピオリム)の効果が切れたのは同時だった。

 

「行き止まりのようだな、もう鬼ごっこはできんぞ」

 

「場所変えるって言ったはずだ、ここならお互いに自由に動けるだろ?」

 

「ほざけっ!」

 

 女は二本の剣を構えてソロへと接近する。

 

火球呪文(メラ)火球呪文(メラ)火球呪文(メラ)!」

 

 速いスピードで迫り来る女に対してソロは牽制で火球を連続で3発放つが、初弾次弾は難なく躱して三弾目を上へと弾くとソロに向かって2本の剣を振り下ろした。されど女の剣はソロの身体まで届く事は無く、天空の剣によって阻まれる。

 ソロは女の剣を上手く往なして横に大きく剣を振るうも、女は後方へと飛んで躱して再び距離を空ける。

 そして一呼吸入れると再び高速でソロに接近してすれ違い様に剣を振るい、距離を取る。それを何度も繰り返すも全てにソロは反応して剣を防ぎきる。

 あくまで速度上昇呪文(ピオリム)は移動速度、つまり足の速さのみを上げるものであり、女の攻撃の回避こそ不可能となったが移動速度以外に変化はないためソロが女の攻撃を防ぐ事は容易ではないが可能であった。

 

「換装以外にも魔法が使えるようだが……剣術と換装に比べると随分と粗末だな、それで私を倒せると思ったのか?」

 

 女は一撃離脱ではソロに有効打を与えられないと考え距離を取って剣を下げて言い放つ。

 女の指摘はなかなか的を得ている。

 そもそもソロは一人で魔法と剣を同時に使う戦い方はしない。

 元の世界では誰かが敵の注意を引きつけている所に魔法を使える誰かが魔法を放ち命中させる、または逆に魔法で敵を牽制しておいて物理的な重い一撃という役割を分担した戦法を取っていたためだ。

 並の腕の有象無象ならばそれで十分だが対峙している女は相当な手練れであり一人でかつてと同じ戦法を取るのは酷であった。

 

「確かにアンタ相手に魔法を使う余裕はなさそうだな。だがどうする、アンタも俺にダメージは与えられない状況は平行線だろ?」

 

「ふん、ならば手を変えれば良いだけの事だ。

換装、天輪の鎧!」

 

 女の身体が再び光に包まれると、新たな鎧の形を形成する。今度の装備は鉄の胸当てと肩まで覆われている手甲、大きなロングスカート。そして何より目を引くのは背にある四対の天使の翼を模した優美な装飾だ。

 より女の美しさに磨きがかかった装備にソロは目を奪われるが臨戦態勢は崩さない。

 

「舞え、剣達よ!」

 

 女が手をソロに向けて翳すと女の周囲に数十もの球体が出現し、それらはそれぞれ一本の剣の形となり切っ先がソロへと向けられている。

 

「おいおい……まさか……」

 

 ソロは無意識に剣を持つ手に力が篭り、脳内では最悪の攻撃が予想される。

 そして女の目付きが鋭くなると同時に一斉に剣がソロへと猛スピードど飛来した。

 

「ちっ……嘘だろっ!」

 

 ソロの悪い予想は的中した。しかしソロも戦闘経験は豊富であり、同時に対処法も脳内で三つ程練られている。

 一つ目は身体硬化呪文(アストロン)で身体を鉄の塊へと変化させて飛来する剣の攻撃を受け付けなくする方法。しかし硬化中はダメージを負わないが一切身動きが出来ず、解除は任意で行えないので硬化中に剣を自身の周囲に展開されれば終わりなので却下。

 二つ目は魔法反射呪文(マホカンタ)を用いて剣をそのまま跳ね返す方法。しかし、この魔法はあくまで術者が放つ魔法を反射する魔法であり、もしあの剣が魔法でできた物でなくて普通の剣で女がそれを操っている場合は何の役にも立たず剣に切り刻まれるだけなので却下。

 ソロは残る三つ目の対処法を行う事にした。

 

真空呪文(バギ)!」

 

 ソロが女の方へ手を向けて呪文を唱えると二人の間に風が吹き荒れたかと思えば、一瞬で一つの竜巻が発生する。大きさはそれ程大きくないが、竜巻によって女の放った剣は明後日の方向へと飛び、中には弾かれて地面に落ちる物も多かった。それでも勢いを殺し切れずに数本ソロへと向かってくるが、それらはソロによって地面に叩き落される。

 だが、向かってくる最後の剣を防いだ瞬間、真空呪文(バギ)による竜巻を女が右手に持った剣で切り裂いてソロへと近づき、剣を構える。

 ソロは大技が来ることを予感するも今の体勢では剣での防御は恐らく不可能だと判断し、一つの呪文を唱える。

 

天輪(てんりん)五芒星の剣(ペンタグラムソード)

 

防御上昇呪文(スカラ)!」

 

 女はすれ違いざまに両の手の剣を五芒星を描くように振るい音を置き去りにする高速の剣がソロを襲う。

 迫り来る女の剣に対してソロは守備力を上げて腕を体の前で交差させて防御体勢を取った。

 ソロの防御上昇呪文(スカラ)の効果が現れるのと女の剣がソロの身体に触れ、肉を裂いたのは同時だった。

 

「上手く致命傷は避けたようだが……その身体ではもう先ほどのように剣を振るう事は出来んだろう。観念するんだな、私とて必要以上に貴様に傷を付けるつもりはない」

 

 女はソロの方へと振り返り剣を下ろして言い放つ。

 身体中至る所から血を流し肩で息をするソロはそれでも天空の剣を手放す事なく、それどころか剣先を女の子方へと向ける。

 一般的な目で見て女がソロに与えたダメージは立つ事は不可能に思える程深く見える。しかし何度も命を落とし、それに近い怪我を負った事のあるソロにとって受けたダメージは小さくは無いが大きくも無いと言ったところであった。

 それでも、もし防御上昇呪文(スカラ)を唱えていなかったら。防御に移っていなかったらと考えると女の剣の威力は恐ろしく致命傷を負っていた事に違いは無い。

 

「それでも……防御の……上からでコレかよ……恐ろしい女だな……」

 

 ソロの口から女に対する畏怖と感嘆の入り混じった言葉が溢れる。

 腕から流れた血の雫が地面に流れ落ちた瞬間、ソロの持つ天空の剣の刀身が青く光り出した。

 

「天空の剣よ……今こそ……力を解き放て!」

 

 空いている手の人差し指を女に向けてソロが言った時、天空に剣の光がソロへと伝播する。そしてソロの指先から凍てつく波動が迸る。

 女は警戒し剣を構えるが眩しい光に包まれる。

 浴びた光に寒さを覚えると同時に女は違和感に気がつく。手に持っていた剣が、いや宙に浮いていた剣も光に飲まれるように粒子となって消失する。そしてそれは身につけている鎧にまで移り、光が収まった時には一糸纏わずに見るもの全てを魅了すると言わんばかりの体を晒していた。

 

「なっ……貴様っ!なにをしたっ!!」

 

 動揺はあるが決して恥じらう事無く、それどころか胸も股も隠そうともせずに仁王立ちで女はソロへと言い放つ。

 思いもしなかった自体にソロの方が大きく困惑して傷の痛みも忘れ女の体を魅入ってしまっていたが彼女の言葉で我に帰る。

 

「ああっ!その……すまない……こんな事になるとは思ってなかったんだ……とりあえずコレでも着てくれ!」

 

 慌ててソロはふくろから一つローブを取り出して女へと投げる。緑色で両の袖と裾に棉が着いているが、何よりも目を引いたのは首から胸のあたりに龍を思わせるような装飾がされている少し変わったデザインのローブだった。

 ソロの考えとしては天空の剣の効果で相手にかかっている魔法の効果を消し、宙に浮いていた剣の操作が出来なくなる事を予想していたのだが、まさか剣が無くなりそれどころか鎧まで無くなるとは完全に予想外なことである。

 女は少し乱暴な手つきでローブを掴み、そのまま胸のあたりまで持っていき体の正面を隠す。手には取ったが敵から受け取った物をそのまま身につける事はしない。

 

「……わからんな。盗賊のくせに私に服を渡すなどとは」

 

「だから俺は盗賊じゃない……痛たっ、とにかくお互いに一度剣を下げようか……安心してくれ、そのローブは効果はあるがアンタに害は無い」

 

 ソロに興奮で忘れかけていた傷の痛みが戻り、片手で目を塞ぎながら天空の剣を地面に突き刺して一時停戦を申し出る。

 女の方も悪態はついていたが、実は剣を合わせるうちにソロが盗賊かどうかという事に疑問が生じている。鎧を消されて屋外で全裸にされた事で印象は悪い方へ振れているもののその後の対応は盗賊とは思えない行動であった、しかし目撃者の手がかりにはピッタリ当てはまっているため女は頭を悩ませる。

 

「……分かった。貴様の提案を飲もう」

 

 そう言うとソロから受け取ったローブに体を通していく。

 布の擦れる音で女がローブを着始めて少し耳を傾けるようになってくれた事に安堵すると同時に、自分でやった事とはいえこの開けた場所で堂々と着替え始めるとはこの女には羞恥心という物が無いのかとソロは少し失礼な事を思案する。

 

「やっと落ち着いて……っ!?

速度上昇呪文(ピオリム)!」

 

 指の隙間から女の様子を見ていると、その先の茂みが一瞬光ったのをソロは見逃さなかった。

 再び体の痛みを忘れ去り速度上昇呪文(ピオリム)を唱える。

 しまったという顔をして咄嗟に拳を振るう女の攻撃を躱して横を通り過ぎ両手を広げて立ちはだかると同時にソロの腹部に一本の矢が突き刺さる。

 

「ぐあっ……姿を見せろよ……本物さん……」

 

「おい……しっかりしろ!」

 

 地面に刺さっていた天空の剣が粒子となって消失する。ソロは数歩後ろへと下がると女の体に当たり、体が地面に崩れ落ちようとするが女が支え肩を揺らす。

 

「ははぁっそんな身体でまだ動けるとはな。だがお前が妖精女王(ティターニア)のエルザの魔法を封じてくれたから問題はねぇな」

 

 ソロと女に相対する茂みの奥からボウガンを手に持った大柄な男が歪で醜悪な笑みを浮かべながら手下を数十人は引き連れて現れる。

 大柄な男は耳に白い雫のような耳飾りを着け、髪の色は緑色だが真ん中の部分のみを残して逆立てそれ以外の部分は刈り取るという奇抜な髪型をしていた。

 手下であろう男達も色は違えど同じ奇抜な髪型で統一されていた。

 

「緑の髪に……雫の耳飾り……お前は本当に盗賊じゃないのか?」

 

「だから……そう言っただろ……それより……やはり……そういう事か……さっきチラっと……紋章が見えた……あんたは妖精の尻尾(フェアリーテイル)のエルザ……話は聞いてる……俺は……新入りだ……」

 

 そう言うとソロは震える手でズボンの裾を捲り自身の脹脛の紋章を女の魔道士、エルザに見せる。

 エルザは驚愕の表情を浮かべた後すぐに怒りの表情に変わる。

 

「新人が入ったと噂には聞いていたが……お前がそうだったのか……それなのに私はっ……!」

 

 エルザが怒ったのは他の誰でもない。今度は自分自身に激しい怒りを覚える。家族とも言える同じギルド(フェアリーテイル)の仲間の言葉に一切耳を貸さず、傷つけ、事実を見抜けず重傷を負わせてしまった事の悔悟の念に胸を締め付けられる。

 

「お二人さんよお、仲良しこよしの会話劇はもう良いか?

しかし俺たちはツイてやがるなぁ!美人女魔道士の妖精女王(ティターニア)様は魔法が使えず、同じくらい強えガキはくたばりかけてやがる!」

 

「……っ!貴様ら、こいつに手出しはさせんぞ!村人達のため、こいつのため全員粛清してくれる!」

 

 男の言葉にエルザは我に返りソロを地面に寝かせると立ち上がり、盗賊の群れへと向きなおる。

 その勇ましい姿をみて盗賊供は耳が痛くなるような品の無い愚かな笑い声をあげた。魔法の使えない魔道士はただの人だと言わんばかりにエルザとソロを蔑視する。

 

「ケケケ!バカ言っちゃいけねぇなぁ!わざわざオイラ達は一味全員で来てやったんだ!この人数に敵うわけないだろう!」

 

 盗賊の三下であろう男が嘲笑いながらエルザへと言い放つ。

 

「お前達……コレで……全員なのか……?」

 

「お前!大人しくしていろ!」

 

 割って入るようにソロは言い、エルザを制してフラフラと今にも倒れそうに立ち上がる。

 

「ああ?テメエが知った事じゃねえだろぉ。まあ冥土の土産に教えてやるよ、オイラ達は52人揃って来てやった!でも最近人数が増えてきたから村を襲わなくちゃやってけなくなったんだ!ですよねボス!?」

 

 三下の男はお調子者のムードメーカー的存在なのだろう。男どもの下卑た笑い声が湧き上がるが、エルザはより不快感を露わにする。

 

「そうか……ぬうおおおおおおっっっ!!

ぐっ……全回復呪文(ベホマ)!」

 

 ソロな雄叫びのような絶叫をしながら力任せに腹部に刺さった矢を力任せに引き抜くと同時に力を込めた事で身体中の切創と腹部の傷から血が噴き出す。

 しかし瞬時にソロの体が緑色に発光し瞬時に全身の傷がと流れていた血が消え去る。

 

「はっ!!」

 

 そしてソロは手に持っていた矢を三下の男に向かって投げると男の膝の辺りに命中する。

 すると男は情け無い声を出して蹲り理解できる言葉を発さなくなった。

 

「なっ、テメエ!瀕死だったんじゃねえのか!」

 

 蹲る三下の男を見て、一瞬にして無傷の状態になったソロを見て、盗賊供もエルザですらも狼狽えてしまっていた。そしてボスの男が放った質問にソロは再び天空の剣を出してから答えた。

 

「お前バカか?人間あんな矢の一本で俺が瀕死になんかなるわけ無いだろ。

彼女の剣の方がよっぽどダメージとしてはデカかった……まあ、俺を殺したかったらお前達全員が破壊の鉄球でも装備するんだな」

 

「ぐぬぬ……だが妖精女王(ティターニア)が魔法を使えない事に変わりはねえ!野郎供、あいつは妖精女王(ティターニア)程は強くねえ!やるぞぉ!」

 

 ボスの男が鼓舞し、手下の男達はそれぞれ武器を構える。

 

「で、君はエルザで良いんだよな?

あいつら、勝手に勘違いしているけどあんた問題無く魔法を使える。さっきのアレは魔法を封じる類いのものじゃない」

 

「なんだと!?それなら私がやる、君はさっき私が傷をつけてしまったんだ。その償いを少しでも……」

 

 もう傷なんか無いのにエルザは申し訳なさそうにソロから視線を逸らした。

 ソロは優しくエルザの肩に手を置いて首を横に振る。

 

「俺の方があんたに悪い事をした。だからそんな顔はしないでくれ。

それに……あんな奴らに侮られているのも腹が立つし、アイツらに対して怒っているのは俺も同じだ。

君は俺が討ち漏らした奴をなんとかしてくれ」

 

 そう言うとソロはエルザの前に踊り出て、ふくろから一つの腕輪を手のひらの上に出現させる。

 腕輪は緑色が基本で四ヶ所に青い宝石が埋め込まれている。

 

「野郎供!行くぞ!」

 

 ボスの男の一声で手下の男達も一斉に二人に襲いかかった。

 

「星降る腕輪……元々強力な効果だったのに、この世界ではリスクがついたがもっと強力になったな」

 

 誰にも聞こえない声で呟くと、ソロは手に持った星降る腕輪を装備した。

 そしてソロの姿が全員の視界から消えた。

 

「なっ……これは……一体……」

 

 エルザは自分の目を疑う。ソロが超スピードで動き始めた所までは視えたが、すぐに見失ってしまった。しかし端から盗賊が次々と宙を舞い、地に伏し、飛ばされ木や岩壁に打ち付けられる様を見てそれはソロの仕業だということが理解できた。

 

「はぁっ……はぁっ……はぁっ……なんとか保ったな……!」

 

 盗賊の残りはボス一人という所で、姿の見えなかったソロがエルザとボスの間に現れる。ボスに背を向ける形で。

 激しい息切れをするソロは腕に装備した星降る腕輪を外すと腕輪は消え、天空の剣を地面に突き刺し杖のように寄りかかり疲労からソロは膝をついた。

 10秒とかからない時間の中で部下を全員戦闘不能に追いやられたボスはソロに恐怖し、カタカタと震えながらもボウガンをソロの背中へと向け放った。

 

「こんの……化け物があああああぁぁっ!」

 

 再びソロに向かって放たれる矢、しかしそれはソロに命中する事は無かった。

 最初に着ていた鎧と剣を換装したエルザが矢を弾き、そのままボスに向かって一閃。声すら挙げる事も無くボスは倒れ盗賊の一味は全滅した。

 当然の結果ではあった。元の世界を救った勇者とこの国一番のギルド最強の女魔道士を相手にして一介の盗賊が勝てる理由はなかったのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 盗賊の被害にあった村のはずれでソロは石に腰をかけて一人星空を見上げていた。

 あの後無事に盗賊のアジトから盗まれた金は回収できた。

 盗賊の一味はエルザの連絡で駆けつけた衛兵に引き連れて投獄される事が決まったらしい。

 ソロは金を返すためにエルザと共に村を訪れると最初は村人にとって恐怖の象徴である髪の色に恐怖を与えてしまった。しかし怪我人の怪我を回復魔法で治すとやがて恐怖は感謝へと姿を変えた。

 今しがた最後の怪我人を治したところで休憩したいと一人になっていたところである。

 

「なんだ、こんな所にいたのか」

 

 背後から声をかけられたのでそのまま仰け反って後ろを見るとエルザが腕を組んで立っていた。気が付けば鎧は身につけておらずブラウスのような服を着ていた。

 

「ああ、色々あったから少し疲れてね……良い村だな。ある村人が家を壊されたら別の村人が治すのを手伝い、怪我をした村人の手当てを無事な村人がして助け合う……当たり前の事かもしれないがそれが普通に出来ている、良い事だと思うよ。壊れた家も直そうかと提案したが断られたしな」

 

 自身も山奥の村出身だった事もありどこか懐かしさを覚えてソロは静かに笑った。そして体を起こして向きを変えてエルザに向き直った。

 

「皆、お前に感謝していたぞ。

その……すまなかった……お前を盗賊だと勘違いして言い分も聞かずに手まで挙げてしまって」

 

「いや、あんたが謝る事はなにも無い、俺があんたの立場なら同じ行動をしていたはずだからな。

……それより俺の方こそすまない。あー……鎧を勝手に外してしまって……知らなかったんだあんな事になるなんて!」

 

 エルザがソロに向かって頭を下げた後、慌ただしく説明をしながらソロも頭を下げる。

 その後しばらく二人は互いに謝り合って自分の方が、自分の方が、というやりとりを続けていた。

 

「フフフっ、すまんなんだか可笑しくなってしまったな。私の非礼を許してくれるのならお前の気にしている事は水に流そう。特に私は気にしていないからな」

 

「ああ、じゃあこの件はこれで終わりにしよう」

 

「では改めて、私はエルザ・スカーレットだ。

まだ名を聞いていなかったな、教えてくれないか?」

 

 エルザはソロへと手を伸ばすと真っ直ぐな目で見据える。

 エルザの伸ばした手をソロは掴んで頷いた。

 

「これは失礼、俺はソロだ。

これからよろしく頼むよエルザ。

しかしあんたは強いな、予想だけどあんなの手の内のほんの一部なんだろ?」

 

「それはこちらの台詞だ。盗賊を倒した時の力をなんで私の時には出さなかったんだ?」

 

「単純な事だよ、星降る腕輪(あの道具)は使うと超高速で動く事が出来るが体力の消費が激しいんだ。しかも一回の使用で10秒を超えたらぶっ倒れちまうしな。

それに剣を合わせて確証はないけどあんたがエルザなんじゃないかって思ったんだ。

ギルドのみんなから特にナツとミラさんから話を聞いていた。長い美しい髪で凄まじい換装の速さと剣の腕を持つ強い人だってね」

 

 エルザの手を離したソロは身振り手振りをしながら語った。

 

「そんな事を言っていたのか……悪い気はしないが私もまだまだなのだがな。

だが剣の腕ならソロもいい腕をしているじゃないか。私と打ち合える人物なんて随分久しい……いや、剣を合わせてみて、戦闘能力は本気を出した君の方が高いだろう……魔法も多種多様な物が使えるようだしな」

 

 歴戦の強者であるエルザはソロの強さを肌で感じていた。あの状態で魔法は弱いものしか使わなかったにしてもソロは本気で戦っていたがエルザはその先の力も感づいていたのである。

 

「ギルド最強の女魔道士にお褒めに預かり光栄だな。俺もまだまだだよ、それにあんたは武力とは別の強さも持ち合わせているだろ」

 

「それはお互い様だろう。仕事の後だったんだろう?

君も同じ行動を取っていたではないか」

 

「いいや俺は違うよ、俺と同じような格好をした奴が悪事を働いてたら俺の仕事に支障がでるからな」

 

 自分のダメだと言うソロの言葉にエルザは笑った。

 

「素直じゃないんだな、それならば私と一緒に村まで来て怪我人の傷を治したりしないだろう」

 

 ソロはバツが悪そうに頬を掻いてエルザから目を背けた。エルザはそんなソロを見て微笑み、どこか自分達は似た者同士なのだと零した。

 

「あー……もうこの話は止めよう!

それより今度ちゃんとした手合わせしてくれないか?

不謹慎かもしれないが剣を思い切り振れる相手がいて楽しいと思えてしまったんだ」

 

「フフっ私で良ければ相手をさせて貰おう。しかし見事な剣技であったな、どこで身につけたんだ?」

 

「……幼少期から剣の達人の師匠に、その後は旅に出て実践の中と、俺よりも強い戦士と手合わせの末にってところかな。その人に比べたら俺の剣技なんて子供レベルだろうな」

 

 ソロの発言にエルザは驚愕する。

 

「そんな人物がいるのか?

……世界は広い、やはり私はまだまだなんだな。詳しく聞かせてもらえないか?」

 

 ソロの魔力が戻るまで間、二人は月明かりに照らされ話をしていた。もちろんソロは元の世界の事を隠しつつ、何故かエルザはギルドに加入する以前の自身の幼い頃は話さなかったが最初に戦ったはずの二人の仲は間違いなく良いものになった。



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LV10〜文学少女とソロの日常〜

 

「はぁーあ……今日はどうしよう」

 

 青い髪に黄色いターバンを巻き、同じ色の服に身を包んだ少女、レビィ・マクガーデンはため息をつきながら一人マグノリアの街を歩いている。

 今日は仕事が無く、自室にある大量の書物でも読み耽ろうとでも思っていたがなんだか気が変わってしまいアテもなく街をブラついている次第である。

 

「ギルドにでも行こうかなー。

そういえば新人のソロって言ったっけ……凄い活躍だなぁ。初の仕事で猛獣を倒すし、次はエルザと二人で盗賊団を壊滅させるなんて」

 

 ふとギルドで話題になっていた新入りの事を思い出した。

 思えばギルドに入った初日でナツと戦って引き分けるという、ある意味鳴り物入りで入って来た人だった。レビィもそれを見ていたが後にエルザの口から自分よりも強いなんて聞いたのだから尚更驚きだった。

 しかしお互いに仕事に行ったりでタイミングが合わないのか、軽い挨拶程度はした事があったが会話と呼べるものはまだした事が無い。

 

「昨日も来てなかったみたいだし、今日もいるか分かんないな……新しい本があるかも知れないから図書館にでも行こう」

 

 誰に言ったわけでも無いが一人呟いて足を図書館の方へと進める。

 道中、町の人に何度か声をかけられて他愛もない話を一言二言交わす事をしたら早くも図書館に着いてしまい、読んだ事のない本を数冊手にとって読書スペースの方へと向かうと思わずレビィは足を止めた。

 先ほど考えていた新入りのソロが何やら真剣な面持ちで本を読んでいたのである。その上、着いている席の机の上には分厚い辞典まで用意してあった。

 戦闘の実力だけで無くて学にも明るいなんてと感嘆の念を覚えるレビィは座っているソロへと近づいて図書館なので小声で話しかける。

 

「こんにちは、何を読んでいるの?」

 

 よほど読書に没頭していたのか急にレビィが声をかけた事にソロはその見た目からは想像出来ないほど驚いたようで体をビクつかせて驚いた表情を見せた。

 

「ああっ……えーっと、君は確かシャドウ・ギアってチームのレビィだよな。奇遇だな、こんな所で」

 

 ソロが自分の名前を知っていた事にレビィは少し嬉しさを覚えて顔を若干綻ばせる。チームは中堅所だが個性的な面々の多いギルドの中では弱く、埋もれてしまいがちだと思っている自分の事を大物の新入りが知っていたのだから。

 

「私の名前、なんで知ってるの?」

 

 思わず出た言葉にソロはまるで珍しい物でも見るかのように目を丸めて答える。

 

「いや、俺達初対面じゃないだろ。

それにみんなから君達シャドウ・ギアの話も聞いているよ。リーダーをやってるレビィが上手くジェットとドロイをまとめているってさ」

 

 ソロの言葉にレビィは少し赤めらせた頰を人差し指で掻く。お世辞であってもなんでも自分が評価されている事が素直に嬉しかった。

 

「そう、なんだ……あはは、なんか照れるな〜。

私は今日は特に仕事が無くって暇だから図書館に来たんだ。それで、ソロは何を読んでたの?」

 

「俺か?

この間住む所が決まったんだが、家の中に何も無くって暇でな。ギルドに行こうかと思ったんだが少しは勉強しようと思ってな」

 

 そう言ってソロは読んでいたページの間に指を挟んで本を閉じ、表紙をレビィに向かって見せた。

 すると今度はレビィが目を丸くしてソロと表紙に書かれた文字を交互に見る。

 

「えっと……ソロ……聞きたいんだけどその机の上にある辞典は?」

 

「読んでいて分からない単語があったら調べる為の物だ」

 

「……どれくらい前からその本を読んでいるの?」

 

「うーん、昨日の夕方少し読んで今朝から再開した。何分勉強という物が苦手でね、どうしても本を読むのに時間がかかってしまう」

 

「ぷっ……あはははははっ!」

 

 レビィは真剣に答えるソロに悪いとは思いながらも思わず吹き出し、堪えてはいたが耐えきれずに声を挙げて笑い始める。

 先ほどまで文武両道を地で行くような人物だと思っていた男が、まさか『サルでも分かる魔法とイシュガルの歴史』というレビィも幼い時に読んだ本を真剣に読んでいるとは露ほども思っておらずそのギャップに笑わずにはいられなかった。

 

「おい、レビィ!」

 

 ソロは急に立ち上がりレビィの肩に強く手を置いた。

 レビィは自分が笑った事に怒ったのかと思いピタリと笑いが止まるが、表情から察するにどうやら違うようだ。そして、少しの沈黙の後でここがどういう場所だったのかを思い出す。

 近くに座っていた人達が皆自分の方に注目していた事に気がついてレビィは赤面し、思わず身を竦ませた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「まったく……図書館ってのは静かにするもんだろう。

どうかしたのか、急にあんなに笑い出すなんて?」

 

 二人は場所を談話スペースに写して向かい合うように座った。テーブルには二つカップとお茶が置いてあり、そのうちの一つにソロは口をつける。

 

「いや……その……ゴメン!

てっきり難しい本を読んでだと思ったのにあんな本を真剣に読んでたからつい可笑しくなっちゃって」

 

「えーっと……レビィは俺の事を何だと思っているんだ?

あんまり言いたくないんだが俺はあまり賢くないんだ、だから難しい本なんて読めないから分かりやすそうな物を選んだ」

 

 レビィの弁明でようやく彼女から嘲笑を買っていたという事をソロは知るが、あまり気にはしてないが流石に知らない言葉が多いとは素直に言えなかった。

 

「本当にごめんなさい。でもやっぱりその本のタイトルはズルいよ、サルでも分かるなんてさ」

 

「……それでも俺には敷居が高かったみたいだ。本を読む事に慣れていなくてどうしても時間がかかってしまう」

 

 ため息混じりにソロが言うと、レビィは一つ閃いて鞄の中に手を入れて一つの長方形の箱を取り出した。

 箱を開けるとなんの変哲も無い眼鏡が入っており、ソロへと差し出した。

 

「じゃあ、笑っちゃったお詫びにコレあげる!

風詠みの眼鏡って言ってスラスラと本が読めるようになるよ!使って使って!」

 

 強引に押し付ける様にレビィは眼鏡を渡すと、勢いに気圧されたソロは渋々眼鏡を受け取って身につけ先ほどまで読んでいた本のページをパラパラと捲った。

 するとどういう事か、文字が流れる水の如くソロの頭の中に刻まれる。結局意味のわからない単語が理解できる訳では無いので調べる手間こそ変わらないものの、この眼鏡があれば時間は大幅に短縮できる。

 

「おおっ……読める、読めるぞ!凄いなこの眼鏡は!

本当に貰っても良いのか、相当貴重な道具なんじゃないのか!?」

 

 風詠みの眼鏡の効果に感動を覚えたソロは立ち上がってテーブルから身を乗り出してレビィの方へと向き直った。

 

「何言ってるの?

風詠みの眼鏡なんて普通に市販されてるじゃん、同じ物が幾つかあるからあげるって。

……フフっ、ソロって面白いね。正直に言うとさ、少し怖い人なのかなって思ってたんだ!」

 

 玩具を手に入れた子供の様に興奮したソロの様子を見てレビィは思わず微笑み本音を語った。

 ソロは思わずボロを出してしまい、少しだけ動揺するが一つ咳払いをして頭を掻くと眼鏡を外して改めて椅子に座った。

 

「あー、それなら頂く事にするよ。ありがとう、レビィ。

人相が良くない事はよく人に言われる、エルザには初対面の時に盗賊に間違われもしたしな」

 

 

「その時の話も聞いたよ!

エルザと同じくらい強いんだって!?

盗賊もみんなソロが倒しちゃったって聞いたしホント凄いんだね!」

 

 ソロの成した事に賛辞を送るレビィだが当人の顔はあまり浮かなく、ため息を一つついた。

 

「それは話に尾鰭が付いてる。そりゃ普通の剣での打ち合いなら渡り合えたけど天輪の鎧?だったかを装備したエルザにはズタズタに斬り伏せられた。

それに盗賊だって全員俺が倒した訳じゃないよ」

 

「えー?

だってエルザ本人がそうに言ってたんだけどな……」

 

「……彼女のお世辞ってところだろうな。どこか過大評価をされているようだが、俺はそんなにご立派な人じゃない」

 

 そのまま2人は暫くの間談笑していると時間の経過は早いもので時計の針は昼時を指していた。

 

「おっと、もうこんな時間か。腹が減ったな……レビィ、食事でも行かないか?」

 

 ご馳走するよ、と付け足すとソロは立ち上がって持ってきた数冊の本を重ね始めた。

 

「えっ!そんな悪いよ!」

 

「気にするな、正直どんな食べ物があるのか知らないから教えて貰いたいんだ。奢るのはその礼だと思ってくれよ。

それに……1人の食事はどんなに上等なものでも味は半減してしまう」

 

 ソロの表情にどこか少し物悲しさをレビィは覚えたので、この街をよく知って貰うためにもと理由を付けてソロの提案を受ける事にした。

 

「それじゃあ、ご馳走になろうかな。この街の美味しいご飯屋さん教えてあげるよ!」

 

「ありがとうレビィ、それじゃこの本と辞書を借りる手続きをして来るよ。そんで俺の家に一旦寄って本を置いてから行くのでも良いかい?」

 

「もちろん、借り方は私が教えてあげるね!」

 

 慣れているせいか、レビィのおかげでソロは初めての本の借り入れを難なく終える事が出来て、二人は図書館を後にした。

 道中、ギルドの事を二人は話す。ギルドに加入して日の浅いソロは周りの人といくら話しても足りず、まだまだ知りたい事が多かった。

 ソロがレビィの事を聞けばそれに答え、反対にレビィがソロの事を聞けば答えるを繰り返していると、ソロは小柄な金髪の少女を見かけた。

 

「アレは……おーいリリカー!」

 

 ソロの声に反応したリリカは一瞬身体をビクつかせると、辺りを見回して声の主であるソロを見つけると手を振って近付いて来た。

 

「ソロ君とレビちゃんじゃん!こんにちは!

二人でどうしたの?あっ、もしかしてデート?」

 

「こんにちは、リリカちゃん。

ちがうちがう、図書館に行ったら偶然会っただけだよ!

リリカちゃんは神父さんのお手伝い?」

 

「ううん、今日は神父様は偉い人のところへお出かけしてて、教会のお掃除が終わって暇だから散歩してたんだ!」

 

 クルクルとその場で回り自慢げにリリカは語った。

 成長中の胸を張って威張る姿にレビィとソロはほほえましさを覚えて思わず顔が綻ぶ。

 

「今日は、壺を割らなかったのか?」

 

「むーっ……アレはちょっとした間違いなのっ!あたしだって失敗くらいするもん!」

 

「壺……それってなんの事?」

 

「ああ、俺がこの街に来た日にリリカは壺を割って神父さんに怒られたらしいんだ。

リリカ、良い事を教えてやる。勝手に壺を割ってはいけないんだってさ」

 

「……ソロ君の……ソロ君の……バカああぁぁっ!!」

 

 最初は体を小刻みに震えさせていたが、やがてピタリと止まるとリリカの羞恥心と憤りが言葉に変わりソロへと向けて解き放たれる。

 そして僧侶の少女は小さな手で拳を作りソロに何度も叩きつける。それがダメージになる事はないが、ソロが慌ててリリカに止めるように言うも彼女の腕は止まらない。

 困ったソロは視線でレビィにヘルプを求めると冷たい視線を返された。

 

「いや、今の言い方ソロが悪いでしょ……誰だって失敗する事があるのにそれを面白がってイジるなんてさ」

 

 ソロは別に面白がってイジっていたつもりはなく、ただこの世界で最近自分が知った事を伝えただけだったのだが、ソロが異世界の人間である事を知らないレビィがドン引きするのは無理もない事だった。

 

「なるほど、俺が招いたことか……悪い、もちろん謝らなくちゃいけないのはレビィにではないのは分かってるんだが、リリカは俺の言葉を聞いてくれないだろう。その、手を貸してもらえないか?」

 

 冷えた目で見ていたレビィは含み笑いを浮かべると仕方ないなと呟いてリリカの肩に手を置いた。

 彼女も内心では冷徹だと思ってたソロのユーモアな面が見れたので意外と満足はしていた。

 

「リリカちゃん、その辺にしておきなって。女の子がグーで殴るなんてはしたないってサイラス神父に怒られちゃうよ?」

 

「でも、ソロくんがぁー!!」

 

「分かってる、確かに今のは私もソロがイジワルだと思うよ。

そこで、これから私達はご飯食べに行くつもりだったんだけどリリカちゃんも一緒に行こ?

リリカちゃんの好きな物どんな物でもソロがご馳走してくれるからさ!」

 

「えっ?なんでも!?

……でもそんな事じゃアタシはっ」

 

 次の瞬間、リリカの言葉を遮ったのは他でも無い自身の腹部から鳴る空腹を知らせる虫の鳴き声だった。

 

「ふふっ決まりだね!」

 

 穏やかな笑みを浮かべたレビィは手をリリカの頭の上に置いて諭すように言う。

 

「むーっ……まっ、まあ、アタシの心は広いからそれで許してあげるよ!」

 

 腕を組んで得意げに言うリリカだが、頰は赤く染まり照れを隠しきれてはいない。

 その事を突こうとしたソロだが、それを察したレビィに余計な事は言うなと言わんばかりの鋭い視線を向けられて言い澱み一つ咳払いをした。

 

「ふぅ、飯で許してもらえるなら安いもんだ。

それに飯は一緒に食べる人数が多ければ多いほど美味くなる!」

 

「ソロくん……キミはちゃんとデリカシーの無いこと言ったの反省してっ!!まったくもうっ!」

 

「ぐっ、はい……。

……助かったよ、ありがとうレビィ」

 

 リリカの強い口調にソロはただ謝る事しか出来ず。頭を下げたまま、リリカには聞こえないようにレビィへと礼を返す。

 少々の騒動を終えて3人は本を置くためにソロの家へと足を進める。

 他愛も無い話を交わしていると、然程距離がある訳でもなかったのですぐに到着したが、レビィとリリカは口を開けて唖然としていた。

 

「着いたよ。つっても住み始めたのは一昨日からなんだけどな」

 

 3人は赤いレンガ造りの大きな建物の前で足を止める。立派な玄関と客人を迎え入れるように、また魔除けのように置かれている二つの置物はなかなか立派で、部屋の値段も安くはないと思わせる。

 

「ええっ!ココってこの街でも結構上位に入るとこだよ!?」

 

「なんでついこの間までお金の無かったソロくんがこんな良いところ借りられたの!?」

 

「レビィは知ってると思うけど妖精の尻尾に来る討伐系の依頼は報酬が高いものが結構多いだろ?

じいちゃんは多くの種類の依頼をこなせって言ってたけどどうしても先立つ物は必要だ。それで討伐系の依頼を何件もクリアしたらあっさり金が貯まってな。

加えて先日出先の酒場でゴロツキに絡まれてる男を助けたらココの大家の知り合いだったらしくて格安で借りる事が出来たんだ」

 

「へえー!凄いラッキーじゃんソロ!」

 

「ラッキーか……後でとんでもないしっぺ返しを喰らわないと良いけどな」

 

 ソロがポツリと零した言葉にレビィはえっ?っと聞き返すも何でもないと返した。

 

「ねえねえ!ソロ君!中見てみたいんだけど良い!?」

 

「ああ、別に構わないけど何もないぞ」

 

 そう言ってソロは歩を進めて自室の前までたどり着くと扉を開けた。

 

「ちょっとソロ、鍵をかけてないの!?」

 

「ああ、別に盗まれて困るような物は何も無いからな」

 

 ソロが手に持っていた本を玄関の棚の上に置くと、リリカはお邪魔しますと元気な声を出して廊下を進むが、部屋の扉を開けて唖然と固まってしまう。

 

「どうしたのリリカちゃ……うっ……」

 

 好奇心を駆られたのか、レビィもその後に続いて部屋の中を見ると、先程のソロの言葉通りに殺風景を通り越して本当に何も無い一室がそこにはあった。正確には隅の方に寝る為の物であるだろう、疲れなんて取れなさそうな薄いマットが一つ敷かれているのみである。

 二人とも本当に何もない部屋に言葉を失ってしまった次第である。

 

「だから、何も無いって言っただろう。さあ、食事に行こう」

 

「……ねえ、レビちゃん」

 

「……うん、多分私も同じ事考えてると思う」

 

 そう言うと、リリカはソロの腕をがっしりと掴んだ。

 

「ソロ君、お金結構持ってるんだよね?

家具買いに行こう!こんな広いお部屋なのにもったいない!」

 

「いやリリカ、俺は必要ないと思ってそういった物を用意して無いんだが」

 

「もう!ギルドの誰かがソロ君の家に遊びに来ても座る場所もないなんて失礼でしょ!それにアタシにも遊びに来て良いって言ってたじゃん!あれ嘘だったの!?」

 

「私も、一つ良いかな。多分あのマットで寝てるんでしょ?あれじゃあ疲れ取れないと思うからせめて寝具くらいはちゃんとしたの使った方が良いと思うよ?

良い家具屋さんおしえるから行こうよ」

 

 ソロは少し考える。

 今まで馬車の中や御座の宿屋にも寝泊まり出来ていた自分なのだから魔物の出ない室内に薄いと言えどもまともなマットがあれば疲れは十分に取れるのだから不要。リリカの言葉も彼女以外に自分を訪ねてくる人間なんているのか、と考える。

 それでも彼女達は自分のためを思っていってくれている。その思いは無碍にはできない。

 

「わかったわかった。家具でも何でも買うからその前に飯に行こう、いい加減腹が減った」

 

 リリカとレビィは互いに顔を合わせて笑い合うと、作戦成功と言わんばかりに喜んだ。

 ソロはまた、討伐系の依頼が暫く続くことになるなと考えつつも、これがこの世界の自分に与えられた日常なのかとも思い、悪くない気分になり皆で自室を後にした。



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