私レミリア♂紅魔館がヤバい! (たぶくむ)
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プロローグ 

『レミリア・スカーレット』

 

知るものはその名を聞くと皆震え怯える 紅魔館の主の恐ろしい吸血鬼である。

 

 

自分はかの有名な吸血鬼の始祖 ヴラド・ツェペシュの末裔だと名乗り

領主にふさわしい威厳とその実力によって辺り一帯を支配してきた。

 

 

見た目から吸血鬼の中では幼い方であると見受けられ、オーディンの槍『グングニル』と契約を交わし、その槍を振るって敵を蹂躙し、その返り血によってその身を赤く染めるため、『紅い悪魔(スカーレットデビル)』と呼ばれている。

 

 

幼い見た目だと侮るなかれ、敵には一切の慈悲を与えない奴の冷徹非情さ、冷たい眼、我ら人類には奴に抗うすべはない。奴には元来の吸血鬼の弱点とされている物が通用しない。

 

 

ただ敵として鉢合わせにならないよう願うのみである。

 

 

紅い槍をもった翼の生えた吸血鬼には注意せよ、暗闇に紛れてその身を貫かれてしまうから…………。

 

 

 

<追記> 

『レミリア・スカーレット』の姿の詳細が明らかになったため、ここに記す

 

青みのかかった髪を肩近くまで伸ばし、紅い瞳 ナイトキャップにピンクのレースの様な衣服を着用している『少女』である。

 

 

『紅魔吸血鬼伝』より

 

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

諸君、おはよう、まぁ午後5時であるから、人間からすれば、こんにちはか? まぁ私が基本的に起床している時間なのだからおはように変わりないのだが。

 

 

ところで、私は高貴で誇り高き吸血鬼、レミリア・スカーレットだ。

 

 

私の朝はモーニングティーから始まる。私の自慢のメイド長が入れる紅茶が私のお気に入りだ。

 

 

コンコン

 

 

「……入れ」

 

 

ドアの結界を解除して、ノックをしてきたメイド長に入るよう指示をする。

 

……ところで、唐突なのだが私の悩みを聞いてほしい

 

 

ガチャ

 

「失礼いたします、紅茶をお持ちしました」

 

 

大変、それもまぁ口にするにも恥ずかしいことなのだが

 

 

「ああ、ありがとう『咲夜』」

 

「身に余る光栄ですわ、『お坊ちゃま』」

 

 

ん?女じゃないのかって?馬鹿をいうな!私は生まれた時から男だ!

 

まぁ確かに名前は女っぽいが……母上から命名されたものなのだから仕方あるまい!!

 

 

……ゴホンっ!話を戻すぞ、たった今、私の部屋に入ってきたこのメイド長、『十六夜咲夜(いざよいさくや)』に関連するのだが。

 

 

「……(スンスン」

 

 

「………… どうかなさいましたか?」 

 

 

この無表情だが、仕事は一流で、かゆいところにも手が届くような、完璧なメイドが

 

 

「……咲夜、またか?」

 

 

「…………………… 何がでしょうか」

 

 

銀色の綺麗な髪で、すっきりとしていて、どこか洒落ている この瀟洒なメイドがな?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…………媚薬を入れたな?」

 

 

…………私に媚薬を入れてくるんだ。

 

 

ガタッ!!

 

 

 

彼女は何度も何度も私が飲む紅茶に必ず何かを入れてくる。

 

流石に私も馬鹿じゃない、毎度私が何を入れてきたか看破してやる。

 

 

ガシッ!!

 

 

そうそう、彼女は服薬作戦が失敗であると認識した瞬間私の手を掴んで、押し倒そうとしてくるのだ。

 

 

ほら、こんな感じに

 

……って!今は回想している場合じゃない!

掴まれてるじゃないかぁ!私はァ!

 

 

 

「き、貴様!その手を放せ!あ、主を押し倒すとは、ふ、不敬だぞ!?」

 

 

「大丈夫ですわ、しばらく私に身を委ねていただければ。ご心配なさらず、痛みは一瞬で収まりますわ」

 

話通じねぇ!!!

 

 

目は惚けたように、頬を赤く染めて、はぁはぁと荒い息を吐きながら、押し倒してこんなことを言いやがる!

 

 

咲夜は人間のはずなのにこんな時ばかり、吸血鬼である私の力以上の力を引き出してきやがる!?

 

 

単純な力では吸血鬼の方が上なのに!?

 

 

 

 

 

 

ヤバい!ヤられる!!

 

 

「……ッ!!」

 

何とか空いた片方の手で咲夜の首をトンッ とする。

 

 

こうすれば咲夜は気絶するのだ。

 

 

 

 

 

……私の朝は、咲夜の撃退から始まる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

…………………………助けて

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

ほら、見ただろう?毎日毎日、咲夜が私を狙ってやってくるのだ。(ナニをとは言わないが)

 

ドアに結界を張っているのも、ある日にふと目が覚めたら目を閉じた咲夜が目の前にいたのが理由だ

 

 

その時の悪寒はとてつもなかった……

 

 

 

 

 

役得?そんなわけあるか!突然目の前に捕食者の眼をしたやつが私の身を拘束してヤろうとして来てるんだ、身の危険を感じて恐ろしいわ!!!

 

 

 

 

 

それに…………そういうことは心に決めた人と……

 

 

 

とにかく! 悩みは咲夜だけじゃない!

 

 

タタタタッ!

 

「お兄様!お兄様!」

 

 

おっと、廊下で聞こえるこの声は、我が愛しい妹である……

 

 

「フラン!おはよう、今日も元気だな!」

 

 

「お兄様!おはよう!えへへ、いい匂い」

 

 

ああっ!この目に入れても返って気持ちいいような可愛らしい私の妹!

 

 

私の5歳下ではあるが、無邪気で、私を兄と慕って抱き着いてくるこの妹が可愛らしくて仕方がない!

 

 

「ん?……(スンスン」

 

 

ん?ほかの悩みは何だって?

 

いるじゃないか、目の前に、

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「お兄様にあの女の匂いが混じってる、ドウシテ?」

 

 

私の(フランドール・スカーレット)が時折怖いんだ……

 

 

「フ、フラン?」

 

 

「オ兄様!アノ女二毒サレテナイヨネ!?アノ女……オ兄様ガ優シクシテクレテイルカラッテ調子ニ乗リヤガッテ!殺ス……殺シテヤル!オ兄様ト私ノ間ニイル害虫ナンテ……イラナイ!オニイサマニハワタシシカイラナイ!オニイサマヲユウワクスルワルイガイチュウハワタシガコワシテヤル!」

 

 

 

 

……ほらぁぁ! 私に抱き着き付いているフランが目の焦点を無くしてブツブツ不穏な事言っているんだよぉ……

 

 

「フ、フラン?私は平気だから、何もされていないから、大丈夫、だよ?」

 

 

「ナンデ?ナンデオ兄様ガアノ女ノ肩ヲ持ツノ?……ヤッパリオ兄様ハ毒サレテルンダ、メイド長ナンデ肩書キヲ貰ッテオ兄様ヲ穢シテルンダ……

デナキャ信ジラレナイ!ネエドウシテ!?ナンデアノ女ヲ庇オウトスルノ?ナンデナンデナンデナンデナンデナンデナンデナンデナンデナンデナンデナンデナンデ!?!?!?!?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

……………………………………助けてぇ!

 

 

 

いや、まだ手はある、若干詰んだと思って白目になってしまったがまだ終わってはいない!

 

間違えるな、選択を、頭をフル回転させろ、でなきゃ、殺られる!!

 

 

 

「ち、違うんだ、違うんだよフラン、フランが人を殺してしまったら、この幻想郷中に目をつけられてしまう、そうなってしまったら、私とフランは離れ離れになってしまうかもしれない…… それに、フランにそういう悪事に手を染めてほしくはない、全て、フランが大切だから、こういっているんだ。解ってくれるね?」

 

 

「!!!!!そ、そうだよね!お兄様は私のことを思って言ってくれてるんだもんね!本当にあの女とは何もないもんね!」

 

 

「そ、そうだよ。だから、機嫌を治めてほしい、怒った顔より、笑顔でいて? 可愛い顔が台無しだよ?」

 

 

「か、可愛い……、えへへ!そうだよね!お兄様が私を裏切る訳ないもん!疑ってゴメンね?お兄様」

 

 

「解ってくれてうれしいよ、フラン」

 

 

…………ミッション・コンプリート。

 

 

…………私は果たしてうまく笑えてるのかな?引き攣ってない?大丈夫?

 

 

 

 

隣でひしっと抱き着きながら「大切……可愛い……えへへ」とにやけているフランは可愛いんだけどなぁ……

 

 

 

どうしてこうなったんだろう…………

 

 

 

 

ああ……まだ、あるんだ、悩みが、申し訳ないけど、もうちょっとだけ、もうちょっとだけでいいからさ、聞いてってくれない?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

……………………はあ…………助けて……

 

 

 




レミリア要素あんまなくないか? と思い始めました私です。

レミリア・スカーレット♂(500)

基本的に原作のレミリア様とほぼ一緒、流石に服装はレースっぽいけど、男の娘だから問題ないのかな?



まあ伝記ものの情報が現実と誤差があるのは仕方のないことだから、

ま、多少はね? 


プロローグが終わったらレミリアの生い立ちから始めようかなと思います。


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原作前 
紅い悪魔(前編)


思っていた以上にかなりのユーザー様方からお気に入り、評価をいただきました。



誠にありがとうございます! より皆様がご満足いただける小説を作っていきたいと思います。





できるだけ、原作に早く移れるように省き省きで行きたいと思います。


1503年、とある貴族家に一人の赤子が誕生した。

 

 

その貴族家は『スカーレット家』

 

 

とある険しい山脈の奥地にある一村を支配している『吸血鬼』の一族の名である。

 

 

『吸血鬼』

 

暗闇に紛れ、人の生き血を啜り、肉を食らう悪魔である。

 

人智を超えた怪力と運動能力

 

翼を生やし、風をも切り裂くほどの飛行速度

 

致死の傷すらすぐに再生してしまう再生能力

 

心臓を貫いても死なない不死の生物

 

 

 

吸血鬼とは人類に仇なす存在として、恐怖の対象とされてきた者たちである。

 

 

しかし、弱点も多いとされている。

 

 

光を浴びると灰になって死んでしまう

 

流水が弱点である

 

十字架や聖水で退けられる。

 

その他、油、薔薇、香、ろうそく、銀、塩等

 

 

嘘か誠か、吸血鬼の弱点や対策が編み出されていき、

 

 

いたるところで吸血鬼が討伐され、結果的にその姿を表にださなくなった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

……というのが人類の認識である。 

 

 

 

 

話を戻し、スカーレット家に移ろう。

 

 

1503年、この世に産声を上げ、吸血鬼の血を継いだこの幼子が『レミリア・スカーレット』である。

 

 

母と同じ青みのある綺麗な髪、吸血鬼である証拠の紅い眼、

綺麗に整って可愛らしい顔

 

そして何より、赤子にしては立派な翼である。

 

 

吸血鬼の『翼』は何よりも重大な意味を持つ。

 

 

ただ単純に空を飛ぶだけではなく、魔力の量もこの翼に影響を受ける。

 

吸血鬼の翼とは、その吸血鬼の力と威厳、偉大さそのものなのである。

 

 

 

そんな将来有望、将来美しく育つであろう赤子の誕生を両親は喜ばないわけがなかった。

 

 

両親は期待を込めて、そして神に仇なす堕天使の名を取ってこう名付けた。

 

「レミリア・スカーレット」 と

 

 

 

 

………………主に母方の熱弁で

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

こうして、スカーレット家長男 『レミリア・スカーレット』が誕生した。

 

 

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

時は流れて、数年、物心がついたころであるレミリアに父は様々な事を教えた。

 

 

狩りの仕方、戦い方、空の飛び方、貴族としての矜持、ありとあらゆることを教えていった。

 

レミリアは乾いたスポンジの如く様々な事を吸収していく。

 

彼は天才であった。

 

 

『我々スカーレット家は、我らの始祖ヴラド・ツェペシュの末裔なのだから、高名な先祖の名を汚さないよう、それにふさわしい吸血鬼となりなさい』

 

 

父から何度も何度も言われた言を胸に、レミリアはすくすくと成長していく。

 

 

 

 

 

 

 

 

さて、吸血鬼にとって必要不可欠なのは人間の血である。

 

 

生まれてから1,2年までのレミリアは、父や母が採ってきた血を飲んできたものの、この年からレミリアは自分で吸血をしなければいけない。

 

 

そのため、父と共に支配下の村、遠出の街などに外出することで、吸血と共に外の世界というものを学んでいくのであった。

 

 

 

 

 

吸血鬼は若い女性の血ばかり好んで飲む。というのは人間界の中で広まった噂である。そのため、吸血鬼の恐怖に未だ恐れる人間たちは、夜の外出を控え、しっかりとドアや窓の鍵を閉めたりして、吸血鬼の侵入を防ごうとする。

 

 

確かに吸血鬼は若い女性の血を飲む、しかし、これは人間側がある行動をしたためである。

 

 

 

吸血鬼に血を吸われると吸血鬼の眷属と化してしまう。

 

 

これも、吸血鬼を恐れる人間たちの間で広まったことである。

 

 

それを防ぐために、または吸血鬼を退けるために、吸血鬼の弱点である香をつけたりニンニクを口にしたりといったことが行われている。

 

 

が、それは人間たちが勝手に広めた単なる迷信である。確かに日光だとか事実のものもあるが、大半は嘘である。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

十字架が弱点というのも単なる迷信なので、吸血鬼にうっかり遭遇したからと言って両腕を開いて十字架ポーズをしてその場にとどまるのはやめよう。

 

吸血されるだけである。

 

 

 

ただまぁ、ニンニクを口にしておくのは効果的であるといえる。

 

理由は簡単だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

臭いからだ。

 

 

 

そりゃそうだ、タダでさえ鼻も人間より敏感な吸血鬼だ、

 

人間でも臭いと感じるニンニクがより悪臭に感じるなんて至極当然だ。

 

そんな悪臭の中で食事、吸血鬼では吸血ができようか、いやできない。

 

……気にしない人もいるだろうが、少なくとも私にはできない

 

 

そのため、吸血鬼たちはニンニクを好まない若い女性に目をつけるのだ。

 

 

 

 

 

吸血鬼たちが人間界から姿を消したのも、ニンニクの臭いが原因なのかもしれない。

 

そもそも、迷信だらけの吸血鬼の弱点で吸血鬼が死ぬわけないのだから。

 

 

 

 

 

 

 

流石のレミリアでも、ニンニクの悪臭は受け付けなかった。

 

 

「牧場の隅っこにあるものと同じ臭いに感じた」

 

と後のレミリアはそう述べた。

 

 

 

 

 

そんなこんなでレミリアが、父から、または母から、生きる術を着実に自分の物にするのにそう時間はかからなかった。

 

 

しかし未だ、自分の真の能力に目覚めていないレミリア・スカーレット。

 

 

自分自身の能力の開花の原因の発端が突如起こった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

なんとレミリアの母が第二子を懐妊したのだ。

 

 

 

 

 

 

 

それがフランドール・スカーレット

 

ありとあらゆるものを破壊する『悪魔の妹』の誕生であり、

レミリアの能力が開花する要因でもあった。

 

 

 

 

 




原作まで、あと何話ほどで行けるんだろう。






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紅い悪魔(後編)

1508年、スカーレットで第二子が誕生した。

 

父と同じ金色の綺麗な髪をした女の子、紅い瞳を持つ、吸血鬼の女の子である。

 

しかし、父はその小さな赤ん坊を見るや否や顔をしかめ、難しい顔になり始めた。

 

 

『翼』である。  

 

 

吸血鬼の力の判決材料ともなるそれが、その子には歪な、まるで、枯れ木のような、どこか不気味と言わざる負えない形容をしている。

 

 

元来の吸血鬼には見られなかった不気味な翼が、父には異様に見えたのだろう。

 

 

そんなことを知ってか知らずか、レミリアは、愛おしそうに赤子を撫でている母に、自分も抱かせてほしいとお願いをした。

 

 

赤子を抱かせてもらえたレミリア、その顔を覗き込んでみる。

 

 

すると、その赤子はレミリアのことをじっと見つめ、不意に手をゆっくりとレミリアへと伸ばしてくる。

 

 

少しだけびくっとしたレミリアだが、心なしか、目を輝かせながら手を伸ばすこの赤子に情が沸き上がり、思わず微笑んでしまう。

 

 

 

「レミリア?貴方はこの子のお兄ちゃんになるのだから、いかなる時でも、この子を守ってあげて?」

 

 

と赤子を抱いているレミリアに母は言い聞かせるようにそう言った。

 

 

 

「はい!私が兄として、この子を守っていきます!」

 

 

そう元気よく返事をしたレミリア 

 

 

この赤子は、その金色の髪と、炎のように紅い瞳、

 

この2つの特徴から名付けられた名前は

 

 

『フランドール・スカーレット』

 

 

『悪魔の妹』の誕生である。

 

 

 

第二子フランドール・スカーレット誕生という吉報の影で、

 

レミリアの母が静かに咳をしたのに気づく者は、誰一人としていなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

フラン誕生から1,2年程、レミリアは変わらず、フランを甘やかし続ける、フランもレミリアを「にーに」と呼んで懐いている様子である。

 

 

そんなフランが可愛いのだろう、レミリアは毎日の如くフランを可愛がった。

 

ある日は玩具で

 

ある日は絵本で

 

ある日は一緒に遊んで

 

 

2人が別々になる日など無いようであった。

 

 

 

しかし、そんな微笑ましい話だけではなく、あまり喜ばしくないこともあった。

 

 

 

レミリアの母がフランを出産後、急激に体調を悪くし、寝込むようになった。

 

 

使用人たちが手を尽くすものの、体調は回復せず、次第に悪化していく。

 

 

彼女は、我が子であるレミリアとフランと接することができず、自責の念にも駆られていることも、それを後押ししているのだろう。

 

 

レミリアの父も、妻の体調を気遣いながら、レミリアとフランと接してはいるものの、どこかフランにはぎこちなく、接触を避けようとしている節も見られる。

 

 

 

 

 

 

 

 

そんな日が続く中、訃報がスカーレット家に届いた

 

 

母が死亡した。

 

 

涙を浮かべるレミリアに、フランをどんな時でも守って、どんな時でもフランの味方になってあげてと遺言を残し、

 

 

レミリアとフランを抱き寄せながら、今まであまり遊んであげられなくてごめんなさいねと伝え、ゆっくりと目を閉じていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

その日は大雨であった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 

1513年、レミリア10歳、フラン5歳の時、2人の父はある決断を下した。

 

 

 

 

 

 

 

―――フランドールを地下に閉じ込める、今後誰とも接触を禁止する。

 

 

 

スカーレット家の紅魔館中にこの命令が下される。

 

 

難色を示したのは、これまでフランを可愛がってきたレミリアである。

 

 

しかし、父は「私に従っていればいい」と頑なに一点張りで取りつく島がない。

 

 

レミリアは父の命か、フランドールか、どっちを取るか悩んでいた。

 

 

悩みに悩んだ結果、レミリアは母の遺言も後押しし、フランドールを取った。

 

 

 

レミリアから見て母が亡くなってからの父はどこか、おかしい。

 

 

何かに怯えているかのような素振りを見せたと思えば、憎々しい目でフランを睨みつける。

 

 

「これではフランが危ない、父は少しご乱心なのだ。しばらくすれば父も正気に戻られよう。」

 

 

こう考えたレミリアは地下に閉じ込められてしまったフランの下に周囲に内緒で隠れるように向かうのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

地下に向かったレミリア、それを見つけたフランは喜色満面の笑みで迎える。

 

 

こんな天使みたいな妹を疎むなんてやはり父はどうかしてる。

 

 

改めてそう思いなおしたレミリア、さぞや不憫であろうとフランに話しかける。

 

 

突然の父からの非情な宣言を受けたフランは、父を恨むような素振りも見せず、お父様は少し不機嫌になっているだけ、いつかお父様もわかってくれると健気にもそう言って見せた。

 

 

 

……やはり、父上に異議を申し立てなければ。

 

 

と、心の中でそう決心したレミリア。 その夜はフランに絵本を読み聞かせるのであった。

 

 

 

 

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 

その後、何度も父にフランの待遇改善を進言したのだが、聞き入れてもらえず、父に隠れてフランの下に行く日々が続いていた。

 

 

 

ある日、ついにそれが父に露見してしまった。

 

 

レミリアを不審に思った父が、地下に向かうレミリアの後を付けていたのだ。

 

 

その後の父の怒り様はすさまじく、フランの前に立って、フランを守りながら弁明しようとするレミリアを横薙ぎで弾き飛ばし、呆然とするフラン首を掴み、そのまま絞め殺そうとした。

 

 

憤怒に表情のまま理不尽な恨み言をフランに言いながら、掴む力を次第に強めていく父

 

 

首を絞められ、苦しそうにするフラン

 

 

そんな光景を、父への横薙ぎを受けて、ぼやける視界のまま見ていたレミリアであったが、不思議な事が起こった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

見えた、これから起こりうる、偶然が、フランが殺される。フランが助かる。自分が殺される。

 

 

そんな数々の偶然が、運命が。

 

 

 

レミリアはそんな数々の偶然の中に生まれたある一つの『運命』を無意識に手繰り寄せる。

 

 

 

「兄として『どんな時でもフランを守って』『どんな時でもフランの味方でいて』」

 

 

 

『フランが助かる』  そんな運命を。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

はっと目が覚めるレミリア、目の前の光景は先ほどと変わらず、

 

 

フランが首を絞められている。

 

 

フランを守る。その意志と共にレミリアは父を止めようとその場から助走をつけて体当たりをする。

 

 

多少ぐらつかせることに成功したが、それだけだった。

 

腕を振るわれ、吹き飛ばされてしまう。

 

 

 

それでもめげずに立ち上がるレミリア、もう一度体当たりをしようと前を向いたその瞬間

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

破裂した。 

 

 

破裂音と共に父が、父だったものが。

 

フランが何か呟きながら、己の手を握り締めた瞬間

 

確実に父が破裂し、そのまま死んだのだ。

 

 

 

 

 

 

 

レミリアはその光景に呆然とした。

 

 

父上が死んだ?

 

 

誰が殺した?

 

 

フランが、、、殺した、、、?

 

 

急激に頭が冷え、思考が加速していく中、はっと気づいた。

 

 

 

 

フランが泣き出している。

 

 

 

父を、肉親を殺してしまったことに自責の念に駆られ、泣き出しているのだろう。

 

 

 

『フランは悪くはない』

 

 

『フランは父上に殺されそうになったから仕方なく殺そうとしただけだ』

 

 

『フランに罪はない』

 

 

 

 

 

そんな考えに行きついたレミリアは、泣き出すフランに居てもたってもいられず、ゆっくりと近づき、慈愛と共に優しくあやすようにフランを抱きしめた。

 

 

 

「ごめんなさい」と何度も懺悔するように言いながら泣くフラン

 

 

 

そんなフランを抱きとめ、「大丈夫、大丈夫」と慰めながら

 

 

 

フランを守っていく

 

 

 

そんな自分の決心をより固めていくのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

これが、レミリアの『運命を操る能力』の開花の瞬間である。

 

 

 




この話のフラン視点を入れてみようかなと

次の話はフラン視点です。 恐らく


省き省きだった後編の補足とかしていければなぁと思います。 



急展開ですいません。


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悪魔の妹(フラン視点 前編) 

紅い悪魔(後編)のフラン視点です。


「奥・!元・・・の・・す!」

 

「・っ!旦・・、・・・・様!ご・・・・・!」

 

 

遠くの方から何か聞こえてくる。辺りが真っ暗で、自分が目を開けているのか、閉じているのかすらわからなくなる。

 

 

身体が浮く、何かに抱きかかえられている。

 

撫でられているのだろうか、とにかく、目が見えないことには判断のしようがない。

 

目を開けようにも、不思議と目が開こうとしない

 

 

「母・!わ・・・も・・・を・・・・く・・い!」

 

 

ッ!別の何かから触れられている?

 

 

そこで、体の自由がきいたような感じがして、目を開けてみた。

 

 

 

 

………!!!

 

 

 

目に映ったのは綺麗な青だった。

 

 

こちらに顔を向け、顔が会ったと思えば微笑んでくる美しい顔

 

 

そして何より、宝石のように、輝く眼

 

 

 

 

欲しいなぁ…………

 

 

 

 

ふとそんな想いが芽生え、その紅に手を伸ばそうとする。

 

 

その手はやんわりと躱されてしまったが、その後の一つの肖像画のように神秘的で、美しいその笑みに見とれてしまった。

 

 

「・・・ア?そ・・・あ・・・・な・・・・、ど・・・でも・守・・・・い」

 

 

「・い!・・ど・・・の・・守・・・・・す!」

 

 

「ね・、・なた?・・子・・前・・・・ど、ずっ・・から・・て・の・・るの」

 

 

「あ、・・。な・・い?」

 

 

「フ・・ド・ル、そ・、こ・子・名・・ラン・-ル!ね?・い・前で・う?」

 

 

視界の隅でそんな会話が行われているのを聞いた目の前の紅が花の咲くような笑顔でこちらに顔を合わせてきた。

 

 

 

「私はレミリア、お前の兄だよ、フラン、フランドールッ!よろしく!」

 

 

 

これが、私フランドール・スカーレットと、私の兄レミリア・スカーレットの初対面だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 

………目が覚める、さっきのは、二年前の記憶だろうか、いや、そうだ。

 

 

私が生まれた時の夢を見るなんて珍しい。それほど、印象的だったのだろう。

 

 

 

 

私、フランドール・スカーレットはスカーレット家の長女として生を与えられて2年になる。

 

 

 

吸血鬼という種族に生まれ、人間という生き物の血が必要不可欠だという種族なのだとか

 

 

私は、人間という物を見たことがない。なんでも、ここ、紅魔館の外に出なければ見つけることができないのだ。

 

 

まぁそれはともかくとして

 

 

眠りから覚めた私は、少し寝ぼけてベットの上でぼけーっとしてしまう。

 

 

 

 

……コンコン

 

 

ドアをノックする音が聞こえる。

 

 

「……なに?」

 

 

「お嬢様、朝食の準備ができております。」

 

 

「そう……、いまは、いらない」

 

 

「かしこまりました。お嬢様。」

 

 

失礼しますと一声かけてから、ドアの外に控えていた使用人、眷属?が出ていく。

 

 

 

正直、私はこの館、紅魔館が好きではない。

 

 

 

……私はお父様が嫌いだ。

 

 

 

正確にはお父様に嫌われているから、嫌っているの方が正しい

 

 

前々からそうだ、何かあいつが私を見る目が周りと違うのだ。

 

 

何か、腫物を扱うように、邪魔者を見る目でこちらを見てくるのだ。

 

 

私への対応も冷たい。

 

 

勘違いではなく、確実に。

 

 

また、使用人たちの目も、何だが、私ではない私を見るように扱っている。

 

 

大方、ほとんどが、スカーレット家長女のフランドールを見ていて

今ここにいるフランドールを見ようともしていない。

 

 

それが気に障るのだ。

 

 

 

別に悲しくはない、私にはお母様とお兄様がいる。

あの二人はちゃんと私を見てくれている。

 

 

お母様は体調を崩していて、あまり対面の機会が多くない。

 

 

 

その代わり、お兄様がその分沢山私と接してくれる。

 

 

今日もこんな時間にもかかわらず……

 

 

 

コンコン

 

 

 

「フラン?起きてる?」

 

 

ほら来た!聞き覚えのある優しい声!お兄様だ!

 

 

「うん!おきてるよ!にーに!」

 

 

「今、入っても大丈夫?」

 

 

「うん!へいき!」

 

 

ガチャ…

 

 

ドアが開いた瞬間、ドアを開けたお兄様に向かって突っ込むように抱き着きにいく

 

 

「うわっ!?」

 

 

驚いたように声を挙げながらもしっかりと抱き留めてくれるお兄様

 

 

私よりも少し身長が上のお兄様だけど、抱き心地が良くて、いい匂いがして、ごつごつしてなくて、やらわかくて、とにかくすごいの!

 

 

「フラン?いきなり人に抱き着いてきたら危ないだろう?」

 

 

「はーい、ごめんなさい、にーに」

 

 

抱き着くのはお兄様だけなんだけど、でも、お兄様に怒られるのもなんだか好きだ。

 

 

そういう趣味とかではなく、ただ単純にお兄様が私を見てくれているっていうことを認識できるから。

 

 

「ほら、フラン、絵本持ってきたから一緒に読むかい?」

 

 

「うん!いっしょによむ!」

 

 

しゅんとしてる私を見かねたのか、お兄様は一緒に絵本を読もうと誘ってくる。

 

 

お兄様は私のことを気にかけてくれる。

 

この館にいる誰よりも。

 

確かにお母様も私のことを可愛がってくれるけど、最近ではお部屋で寝てばかりであまり私のお部屋に来てくれない。

 

 

私は、お兄様が大好きだ。

 

 

 

お兄様は私に新しい世界を見せてくれる。

 

 

色々な知識、外の世界、美しい情景

 

 

紅魔館の中にいたままじゃ到底知ることのない無限の可能性を私に教えてくれる。

 

 

 

 

それに、お兄様は私を愛してくれている。

 

 

お兄様だけが私を見てくれている。

 

 

父だと名乗るあいつも、仕えている使用人たちとも違う。

 

 

他の誰よりも、お兄様は私を見て、私を愛してくれる。

 

 

 

 

 

―――私だけを!お兄様が見ている!愛してくれてる!

 

 

 

 

 

………少し興奮しすぎた。

 

 

 

 

 

まぁ我ながら、『にーに』呼びと、子供のふりは少しだけ恥ずかしいけれど、そっちの方がお兄様からの受けがいいから、お兄様から良く見られるためには多少の恥ずかしさなんて何ともない。

 

 

 

「じゃあ、ベットの上で一緒に読もうか」

 

 

「うん!」

 

 

 

ベットの上で絵本を広げて、一緒に寝そべって絵本を読む。

これがまた至福の時だ。

 

 

その日は一緒に玩具で遊んだり、運動したり、一緒に寝たりした。

 

 

 

 

 

―――いい匂いでした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 

「………?にーに?どうしたの?」

 

 

「い、いや、なんでもないよ……」

 

 

今日はなんだかお兄様が暗い顔をしている。私に感づかれないように上手く隠そうとしているけど、バレバレだ。

 

 

 

 

 

 

 

――――お兄様が隠し事してるのは、何か嫌だなぁ………

 

 

 

 

 

「でも、にーに、悲しそうな顔してるよ?」

 

 

 

「……母上の体調があまりよろしくないらしい」

 

 

 

しばらく、お兄様は言うことを憚っていたようだが、決心したようにそう告げる。

 

 

 

「………………」

 

 

 

お母様がお部屋で寝たきりなのは知ってる。それも、かなり前からだ。

 

 

陰でこそこそと使用人が話しているのをこっそり聞いてみるに、あまり長くはないらしい。

 

 

 

ゴホゴホと咳をしたり、顔色がだんだん悪くなっていったり、食欲がわかなくなって、人間の血すら、喉を通さなくなっているだとか。今ではすっかり衰弱しているらしい。

 

 

 

『死』

 

 

そんな言葉が私の脳裏によぎった。

 

 

あまり良くわからないけど、本でそういう単語を見た気がする。

 

 

この世?からいなくなって、二度とその人と会うことができなくなるらしい。

 

 

 

お母様が死ぬ。

 

 

あまりピンとこないけれども、お母様がいなくなってしまうのだろうか。

 

 

………これといって感情が沸かない。

 

 

 

お母様は優しい、あまりお母様とお話したりすることは少なかったけれども、それでも私のことを愛してくれていているのは解る。

 

 

そんなお母様と会えなくなるのは寂しいし悲しいことなんだろう。

 

 

………?

 

 

解らない

 

 

『死』という概念も、お母様がいなくなってしまうというのに無感情で受け入れる私という存在にも。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――もし、お兄様がいなくなってしまったら?

 

 

………嫌だ。嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ!!!!

 

 

お兄様と会えない生活なんて信じられない!

 

 

 

手が、顔が、体が、震える、心に黒い靄がかかる。

 

 

お兄様が死んじゃいやだ!!!

 

 

 

「………ッ!?」

 

 

身体が優しく抱きしめられる。

 

 

犯人はそう、お兄様だ。

 

 

暗い顔になっていることを察したのだろう。

 

 

何も言わずに私を抱きしめている。

 

 

急速に体の震えが止まり、反対に幸福感が湧き出てくる。

 

 

 

――心地いい………

 

 

そんな時間はすぐに終わってしまう。

 

 

「よし、フラン!今日絵本を読んであげようか?一緒に遊ぼうか?」

 

 

パンッ!と手をたたいて、仕切りなおすようにそう私に言った。

 

 

 

「きょーはにーにといっしょにあそぶ!」

 

 

今日もお兄様と一緒に過ごすことが出来そうだ。

 

 

 

それにしても、あんなにお兄様が心配するなんて

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――――――ズルいなぁ………

 

 

 

 

 

 




あまり小説を書く時間が取れなくて、本当に不定期に投稿します。


出来上がり次第、上げていきます。


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悪魔の妹(フラン視点 後編)

きりが良くなるように仕上げたため、今回は短いです。


次の話も紅い悪魔後半部のフラン視点の予定です


お母様が死んだ。 侍女や使用人たちの懸命な手当ても空しく。

 

 

その日の天気は薄暗く、まるでお母様の訃報を表しているかのようだった。

 

 

お母様の状態がよろしくないという報告を受けた私たちは、お母様のお部屋に急行した。

 

 

そこにいたお母様は、前見た時よりも随分と変わっていた。顔色は青白く、食事もあまりとらなかったのだろう、痩せこけていて、みずぼらしかった。

 

 

私たちが来たことに気づいたお母様は、私とお兄様をお母様が寝ているベットに近づけさせて、かろうじて動く腕を精一杯動かして胸に抱くように私たち2人の頭をぎゅっと抱きしめて

 

 

「見舞いに来てくれてありがとう。嬉しいわ」

 

 

と、慈愛の表情でそう言った。

 

 

「母上………」

 

 

お兄様が泣きそうな顔でお母様を見る。

 

 

 

………こんな時に不謹慎かもしれないけど、面白くない。

 

 

 

私が難しい顔をしていたからだろうか、お母様が私の頬に手を当ててきた。

 

 

 

「フラン……、そんな顔をしないで頂戴?貴女は笑顔が素敵なんだから、怖い顔をしてちゃ、勿体ないわよ?」

 

 

 

おそらくお母様は勘違いしてる。そんなつもりではないのに………

 

 

 

私がそう考えていると、後ろの方でドタバタと騒がしい物音がしてくる。

 

 

 

―――あいつだ。

 

 

息を切らしながら、お母様のお部屋に来たあいつは、恐らく執務作業中に急いで来たのだろう。

 

 

着ている服からそう判断した。

 

 

「あなた……、ごめんなさいね。もう……長くないのかも」

 

 

「おい……おい! なにを勝手なことを言ってるんだ! 冗談でもそんなことを口にするもんじゃない!」

 

 

すぐにお母様に詰め寄ってきて、お母様の手を握り絞めてそうあいつは言った。

 

 

 

「お願い……します……ね、あな……た。レミ、リアを……フラ、ンを……みんな……みんな、守ってあげて……くだ、さい」

 

 

「レミ、リア……。あな……たは、お兄……ちゃんだか、ら……。フラ、ンを……守ってッ!あげて?い、い?どんな、時でも……必ずッ!フラ、ンの味方でいてあげて?」

 

 

「フラ、ン……。ごめん、なさい、ね?あまり、構ってあげられなくて……。で、も、あな、たは強い子だから……、お兄、ちゃんも、あな、たを、守って……くれる。だか、ら、強く、生きて」

 

 

そう、お母様はそれぞれにそう言っていく。

 

 

 

一人は、愛する妻の手を握り締め、肩を震わせながら顔を伏せる男性に。

 

 

一人は、今にも泣きだしそうに、しかし、兄として、泣くまいと我慢をする少年に。

 

 

一人は、お気に入りであろうナイトキャップを深く被り、顔を周りから見えないように隠した少女に。

 

 

 

あるいは任せ、あるいは託し、あるいは懺悔し

 

 

言い終わった後、お母様はふと遠くを見つめ始める。目には雫が溜まり始める。

 

 

「い、や、ま、だ死にたく、ない、ッ! まだまだ、生きて、いた、かった……。よ、にん、でいっ、しょに、過ごして、いきた、かった……。」

 

 

 

「………ッ!おい………おい!しっかりしろ!!!おい!目を覚ませ!!!目を………覚ましてくれ!」

 

 

「………ッ!…うえ………ははうえッ!!!ははうえェェッ!!!!」

 

 

そう言って目を閉じるお母様、目にたまった雫はゆっくりと目から頬へ伝っていく。

 

 

 

狂ったように、嘆声のようにお母様に呼びかけるあいつ。

 

 

堰が切れたように、泣きながらそう呼びかけるお兄様。

 

 

そんな二人の後ろで、被っていたナイトキャップを深く被り直し、肩を震わせる私。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――――――――――――――アハッ!

 

 

 

死んだ。――死んだ死んだ死んだ死んだ死んだ死んだ死んだ死んだァッ!!!!!!

 

 

 

 

ようやく死んだッ!邪魔だったお母様がッ!!来る日も来る日もお兄様にあんな顔をさせていたお母様がッ!!!

 

 

 

もう、居ない。目を覚まさない!二度と、起きないッ!!これが、『死ぬ』!!!

 

 

 

今日で『死ぬ』んだったら、今日ぐらい、お兄様の悲しむ顔を独り占めさせてあげてもいいかも♪

 

 

 

 

 

本当は、きっと、悲しいはずなんだろう、泣きたくなるほど哀しいはずなんだろう。

 

 

でも、今は……不謹慎だろう、親不孝者だろう、でも、きっと今は!

 

 

体中に溢れる多幸感、この先の未来への希望、悦び!

 

 

 

 

――嗚呼、ありがとう、お母様。

                               

 

 

 

 

 

 

 

 

死んでくれて。

 

 

 

最低で、外道で、愚図な私の最大級の悦びの感情が溢れ、とどまることが無かった。

 

 

 

……ゴメンね。お母様、貴女は生む娘を間違えたよ。

 

 

 

 

 

――――――――――――――アハハハッ!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その後、落ち着いたお兄様が未だ、深くナイトキャップを隠して、肩を震わして悲しんでいる(様に見える)私を、慰めながら、私のお部屋まで連れて行ってくれた。

 

 

 

あいつはといえば、まだお母様の亡骸に縋っている。

 

多少は治まってるみたいだけど、そんなの私には関係がない。

 

 

 

お兄様に私のお部屋まで連れて行ってもらい、お兄様と別れた今、ベットの上で、まだ感じる多幸感に酔いしれる。

 

 

ふと、カーテンと窓を開けて空を見る。

 

 

暗闇のように真っ黒な雲、とどまることをしらない水の礫。

 

 

そこから、ひょこっと顔を出した。綺麗な満月。

 

 

私は不思議とその光景に見惚れ、思わず手を伸ばしてしまう。

 

 

手のひらに水滴が落ちてきたことでようやく引っ込める。

 

 

濡れた手をかざし、しげしげと眺めながら、私は悦に浸った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――――――どうやら、私は雨が好きみたいだ。

 

 

流水は、吸血鬼の弱点とされているのに、ね。

 

 

 

今日は眠れなさそうだ。

 




次の話はフラン(5歳)の視点。

紅い悪魔(後半)の後半部フラン視点です。


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破壊の妹 (フラン視点 前編)

―――フランドールを地下に閉じ込める、今後誰とも接触を禁止する。

 

 

10歳になったお兄様と5歳となった私、そしてこの館の全使用人の前で私にとって最悪で、信じられない言葉があいつの口から放たれた。

 

 

断固として、冷静にそう私たちにそう告げた。

 

 

―――ナンデ?どういう事だ?どうして?

 

 

呆然とした私にそんな疑念がぐるぐると回転するようにせめぎ合っている。

 

 

「どうしてですか!父上!フランは何も悪いことはしていないでしょう!?」

 

 

「これは、領主命令だ。お前に何を言われようとも覆ることはない、くれぐれも、皆この命を心に留めておいてくれ」

 

 

お兄様からの抗議の言葉も、断固として聞き入れず、もう一度、念を押してあいつは退出した。

 

 

使用人達の噂声でざわざわと騒がしくなる。ある者は気の毒そうに私を見ながら、しかし声をかけようとせずに退出していったり、あるいは、領主からの命に素直に従い、呆然とする私に目もくれずに退出していく者、その他様々な反応を見せていたが、誰一人私に同情の声をかけることはなかった。

 

 

たった一人を除いて。

 

 

 

「フラン……。」

 

 

心底気の毒そうな声で私を呼び、そのまま、呆然とする私を優しく抱きしめるお兄様。

 

 

「………」

 

 

私は、お兄様の温もりを出来るだけ長く堪能し、その後、大人しく、新しい私のお部屋、地下に向かうのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

大人しく地下の私のお部屋に向かった後、前の私のお部屋と似ているベットに倒れるように飛び込む。

 

 

あいつは私のお部屋をそのまま地下に転移させたようだ。まったく仕事が早い。

 

 

 

―――この後、どうするべきか。

 

 

 

大嫌いなあいつの宣言を仕方がなく、本当に仕方がなく素直に受け入れ、地下に移った私だが、内心、あいつへの憎悪が私の中を埋めていく。

 

 

あいつの言うことを素直に聞き入れるのも癪であるのに、何より『今後誰とも接触を禁止する』ときた。

 

 

 

―――お兄様と接触すらできない?ふざけるな。

 

 

 

怒りで体が震え、手に力が入り、あまりの悔しさに歯嚙みをしてしまう。

 

 

 

―――殺す。殺す殺すコロスコロスコロスコロスコロスコロス!!!!

 

 

 

ドス黒い感情が私を埋め尽くしていくのだが、ほんの少し残った私の理性が私のこの感情を抑え込んでいく。

 

 

 

駄目だ。今、あいつに逆らってしまえば。

 

 

腐ってもあいつは吸血鬼、それも、大人の

 

 

未だ未熟で子供である吸血鬼の私では到底立ち向かうことが出来ないのは百も承知だ。

 

 

今は、力をつけていくのみ、あいつを凌駕する。圧倒的な力をつけるべきだ。

 

 

そんな決意が私に宿っていく。

 

 

 

 

 

 

―――でも、お兄様と当分会えなくなるのは、少し、いや、かなり辛いなぁ……

 

 

 

やはり、お兄様に会えなくなるのは、私にとって想像以上の痛手であったようだ。

 

 

気丈に振舞おうとしても、弱気な気持ちが私に襲い掛かってくる。

 

 

 

 

 

 

 

お母様が亡くなってから。全て私の思い通りに事が進み、順風満帆だと思っていた。

 

 

 

お兄様を独り占めにして、これ以上私とお兄様を邪魔する者が消えたと喜んだのも束の間。その3年後の今にあいつの邪魔が入った。

 

 

確かに、お母様が死んでから私を見る目に少しだけ険が入っていたのは気づいてはいたが、お母様が死んだ悦びと、お兄様を独り占めにできることへの悦びでもう誰の邪魔が入らないと油断していた。

 

 

あいつが、男だからってのもあるが……

 

 

でも、全部私の詰めの甘さから起こったことだ。どうしてこういうことで詰めが甘いんだ、私は!!!

 

 

 

考えれば考えるほど、悔しさが沸き上がり、握る力がより強くなる。

 

 

 

―――寝よう。少しだけ、頭を冷やしてすっきりさせよう。

 

 

 

私はしばらく、ひんやりと薄暗い地下の部屋で、目を閉じた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 

 

ひんやりとした地下の部屋で私は目を覚ました。

 

 

地下では、何もかもが違った。

 

 

この薄暗いこの部屋、ひんやりとしている寂しい雰囲気、私の部屋であるはずなのに、隔離されている牢屋の様な感覚だ。

 

 

 

 

―――そして、何より傍にあるはずの温もりがない。

 

 

 

そこで私はようやく、お兄様と会えないということが私にどう影響するのかはっきりと理解した気がした。

 

 

 

寂しい。ついさっき、朝に会ったはずなのに、傍らにお兄様がいないとこんなに寂しいんだ……。

 

 

 

私は傍にあったお気に入りのぬいぐるみ、テディベアと言うぬいぐるみを抱きしめて寂しさに耐えようとする。

 

 

 

このぬいぐるみも、お外から、お兄様が帰ってきたときに持ってきた物だ。私のためだけに……。

 

 

 

 

 

寂しい……。寂しいよぉ……お兄様……。

 

 

 

 

コンコン……

 

 

「……フラン?」

 

 

 

!!!!!

 

 

 

お兄様!?この声は、お兄様!!!

 

 

 

「……お兄様?」

 

 

予想外のお兄様の声にびくっ!と体を震わせたが、それがお兄様だと認識した瞬間、言葉にできないほどの喜びの感情が沸きあがってきたが、取り繕って、静かに返事を返す。

 

 

 

「フラン、大丈夫かって、うわっ!!!」

 

 

「お兄様ァ!!!おにいさまぁぁぁ!!!」

 

 

お兄様が部屋に入ってきたところでもう我慢が利かなかった。

 

 

姿を目に入れた瞬間体勝手に動いて、お兄様の胸元に飛び込んでしまった。

 

 

お兄様は驚いてはいたが、しっかりと私を受け止めてくれた。

 

 

 

ふわぁ………お兄様の匂いだぁ……

 

 

お兄様お兄様お兄様お兄様お兄様お兄様お兄様お兄様!!!

 

 

 

お兄様の胸元に顔を埋めながら、ついでに、スリスリとしていると、お兄様が何も言わず背中を撫でてくれたり、頭を撫でてくれたりした。

 

 

優しく、慰めるように。  顔は見えないけれど、きっと優しい顔をしているんだろう。

 

 

 

あぁ………。やっぱり私はお兄様がいないと駄目なんだなぁ………

 

 

 

お兄様と少しでも一緒に居れなかっただけで相当参っていたらしい。

 

 

改めて、私の中にお兄様が重大な影響を及ぼしていることを再認識した。

 

 

 

「……お兄様。どうして、ここに来たの?」

 

 

 

しばらく抱き合っていた私たちだったが、落ち着いた私がそうお兄様に問いかける。あいつから、私との接触を禁止されていたはずだったが……

 

 

「皆に内緒で黙って来ちゃった。フランが心配だったからね」

 

 

そう、いたずらのバレた子供かのように笑うお兄様。

 

 

 

私が心配だと言うお兄様に喜びのあまり少しゾクッとしてしまった。

 

 

 

「………ところで、フラン。寂しくない?あの………色々あったからさ。あの………」

 

 

 

そう言いづらそうに言いよどんでいるお兄様

 

 

 

私が地下に閉じ込められるということに何も出来なかったという自責の念にかられるのだろう。

 

 

お兄様は天使の様に優しいから。

 

 

「ううん………大丈夫。お父様は少しだけ機嫌が悪いだけだから、機嫌が治るまで、私、我慢できるよ?お兄様も会いに来てくれたし……」

 

 

 

そう、努めて健気にそう言う。

 

 

 

これでお兄様は私の為に行動を起こしてくれるから、私だけの味方になってくれる。私の為だけのお兄様になってくれる。

 

 

 

だからお兄様の前では努めて気弱に、健気に振舞う。

 

 

 

「………そっか。強いね、フランは。お兄ちゃんもフランの為に頑張らなくちゃ、ね。」

 

 

 

ほら、神妙そうにそう言うお兄様、きっと私の為に何かできることを考えているんだろう。

 

 

私の為に苦心して、私の為に悩んで、私の為に考えて。私の為だけに動いてくれて

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

………………………………カワイイなぁ。

 

 

 

 

 

カワイイし、カッコいいし、優しいし、いい匂いだし、柔らかいし、キレイだし……………

 

 

 

 

 

 

 

あぁっ………………大好き。

 

 

 

 

 

「フラン、今日も色々持ってきたんだ。フランが退屈かなって思って」

 

 

 

そう言って、お兄様が持ってきていた袋から玩具、本などを取り出していく。

 

 

「ええと………。本、本がいい!お兄様と一緒に読みたい!」

 

 

「ん、うん、いいよ。一緒に読もうか」

 

 

 

そうにっこりと笑うお兄様。

 

 

 

また、私とお兄様の2人だけの時間が、退屈で寂しかった私の心が幸せに埋まる時間が、再び戻ってきた。

 

 

 

お兄様は、どうあっても絶対に私を裏切ったりしない、絶対に守ってくれる。

 

 

私のことを見てくれているのはお兄様だけだ。

 

 

 

お兄様だけが私のことを愛してくれている。

 

 

 

私もお兄様だけを愛している。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――――――だったら、私たちの間にアイツは必要ないよね。

 

 

 

 

 

 

………………邪魔だなぁ。

 

 




紅い悪魔(後編)だけで、ここまで引っ張れることに驚いた。


しつこいでしょうが、お付き合いください。


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破壊の妹 (フラン視点 後編)

二本立てです


私が地下に閉じ込められて、何日か経った。

 

 

お兄様は前と変わらず、地下室にいる私に会いに来てくれる。

 

 

もちろん、公に私と接触することを禁止されているため、お兄様はみんなが眠り始める頃合いを見計らったりして周囲にバレないように訪れてくる。

 

 

そして、流石に私の部屋にずっといるわけにはいかない。何時間か私の部屋に滞在し、その後こっそりとお兄様は自室に戻っていく。偶に来ないときもある。

 

 

それが少し寂しくはあるが、お兄様が来てくれる。愛情を注いでくれるという事実が私を勇気づけてくれた。

 

 

 

 

お兄様はあいつに私の待遇を改善するように申し立てていたそうだが、あいつは聞き入れなかったようだ。

 

 

 

そう落胆してお兄様が私に伝えてくれた。

 

 

 

 

 

 

 

 

―――やっぱり邪魔だなぁ………。

 

 

 

 

 

 

今日もいつもと変わらない日だ。適当に、一人で自分のお部屋で暇を潰している。お兄様が持ってきてくれたり、ごはんの時間にやってくる使用人に頼んだりした本を読んだり、お気に入りのぬいぐるみで遊んだりして時間を潰しているのだが、お兄様がいないというだけで、何もすぐにつまらなくなり、飽きてしまう。

 

 

 

お兄様といる時間はすぐに過ぎ去っていってしまうのに………

 

 

 

そして、そんな地獄のような暇な時間を耐え忍べば、ついに私へのご褒美がやってくる。

 

 

 

コンコン

 

 

「フラン?起きてる?」

 

 

そう、お兄様だ。

 

 

「お兄様!うん、起きてるよ!」

 

 

 

そう言ってお兄様を迎え入れる。

 

 

 

「さて、今日はどうしたい?」

 

 

「本!本を読んで!」

 

 

私は、必ず、ほぼ必ずと言っていいほどお兄様に本を読むことをせびる

 

 

だって、そのほうがお兄様と密着できるもの。

 

 

 

この日も、お兄様と私の部屋で一緒に遊んで幸せな時間が過ぎ去り、今日という一日が終わる………はずだった。

 

 

 

「………レミリア。何をしているんだ?」

 

 

 

突如響いてきた声、さほど大きくはないはずなのに、この部屋一帯に響くように、底冷えるような低い声。

 

 

そう、お父様(あいつ)だ。

 

 

「レミリア。私は、フランとの接触を禁ずると、そう、言ったはずだが?」

 

 

 

「ッ!!!いや……こ、これは違うのです!ち、父上!!」

 

 

ゆらり、ふらふらとこちらへやってくるあいつにお兄様は青ざめながら、私を背にしてあいつに立ちふさがる。

 

 

 

私はといえば、突然のあいつの登場に呆然となり、思考が追い付かない。

 

 

 

―――バレた。まずい!!どうにかして、切り抜けなきゃ!でも、どうやって?

 

 

いくら考えてもいい解決策が思い浮かばない。

 

 

お母様が死んだ後のあいつは情緒不安定だ。

 

 

特に私への悪感情が増幅した様だ。

 

 

私を地下に閉じ込めようとしたのもそうだが、私を見る目に憎悪、悔恨、憤怒、その他さまざまな悪感情を瞳に表すようになった。

 

 

今までは親としての矜持の為か、その私情を押し殺して、私と接してきていた。

 

 

 

しかし、最近になってあいつ酒に飲まれる生活が続いている。

 

 

それ故、ブレーキが掛からなくなり、元々の凶暴性が表に表れるようになった。

 

 

だから、まずいのだ。そんな凶暴なあいつに、お兄様との逢瀬がバレる?

 

 

その後の最悪の場面、それは………

 

 

 

「残念だよ、レミリア。お前は聞き分けのいい子だと思っていたんだが………」

 

 

 

「い、いえ!ち、父上!言いつけを破ってしまったことは申し訳ありません!でも、フランが気の毒でつい………。フランは危険ではありません!気弱で、健気で、優しい心を持っている私の妹です!」

 

 

 

「違うのだ。違うのだよ。レミリア。フラン、いや、その化け物は………私達の幸せを奪いさらっていった、化け物だ。お前の母を殺したのも、そいつだ。優しい?健気?違う、そんな可愛らしいモノなんかじゃない、正真正銘私たちが憎むべき敵だ」

 

 

 

「な、何を馬鹿な事を!確かに母上は、フランを生んだ後、衰弱して亡くなられました。しかし、フランは関係ないでしょう!?自分の子を化け物呼ばわりとは、正気ではありません!」

 

 

 

こっちに向かってゆっくり歩いてくるあいつと、私を庇うように立ちふさがるお兄様。

 

 

 

お兄様の可愛い妹発言には飛び上がりたいほど悦びの感情が沸くが、今はそんな場合ではない。

 

 

しかし、私ができることは何もない、無理に私が介入して、事態を悪化させるのはよろしくない。お兄様の後ろで、私は動向をうかがうようにして黙り込んでいる。

 

 

 

「………そうだな、私は正気じゃない。そんな化け物を、我が子の様に扱い、生かしておいてしまっていたのだ。確かに正気じゃない。そんなやつを生かしておいたばかりに、妻は死に、我が子は聞き分けの良くない子に育ってしまった。………愚かだ、実に愚かだ、私は」

 

 

 

「そ、そういうことではありません!ち、父上は少しご乱心でいられます!父上は思い違いをなされているのです!どうか、どうかご賢s「邪魔だ」………ガッ!?」

 

 

 

「お兄様!?………アグッ!?」

 

 

かなり近くまで接近してきたあいつ。最後まで、お兄様はあいつを説得しようと試みたが、全て聞き入れられず、一言の下に薙ぎ払われ吹き飛ばされる。目に見えないスピードからかなり力を込めたのだろう。

 

 

吹き飛ばされるお兄様に気を取られていた私はすぐ目の前まで近づいてきたあいつに気づかず、無抵抗に首元を掴まれた。

 

 

 

「フランドール、フランドォオル!、フランドォオオオオオオオオル!!!!!!!」

 

 

 

「か、は……ッ」

 

 

 

次第に憎悪の声へと変貌すると同時に首を締めあげられる。

 

 

吸血鬼、しかも大人の力で強く締め上げられている。思わず息を漏らす。

 

 

「お前がァ、お前がァァ、お前がァァァァァァl!!!!」

 

 

 

「ぁ、ぐ……ぅぁ……」

 

 

「お前が俺の幸せを奪った。お前が俺の愛を無為に落としたァ!お前が我が妻を殺したァァ!!お前を生かしておいたがために全てが狂ったァァァ!!!」

 

 

憤怒の表情を浮かべ、心の底から溢れるように悲哀が外に出て、少女の形をした化け物に、恨み辛みの感情を全て吐き出していく。

 

 

首を絞める力を強め、手を緩めようともせずに、さらに力を込めようとする。

 

 

 

―――不味い、不味い不味い不味い不味い不味い不味い!!!

 

 

頭の中で警告が鳴らされる。

 

 

なんとかしろ、どうにかしろ、耐えろ!

 

 

そんな言葉が頭の中で復唱するが、首を絞められている今の状況で何をすればいいのか、私にはどうしようもない。

 

 

 

「殺す、殺してやるぞォォ!!フランドォル!!全ての元凶のお前をォ!俺の幸せを奪ったお前をォ!!!今、ここでぇ!」

 

 

 

私の意識が次第に遠のいてくる。手足に力が入らず、ブランとなる。

 

 

 

―――ぁ………ま、ずぃ………い、いしきが………

 

 

 

「フランから、手を放せ!!!放せよ!!!」

 

 

―――………ロセ。………ワセ。

 

 

 

「ッ!!!!!!」

 

 

視界の端に青色の髪、そして、近くで聞こえるお兄様の声、そして、頭の中で響いてきた謎の声、それらのおかげで私の意識が急激に覚醒した。

 

 

あいつの私を首を絞めている手の力が弱まり、あいつが少しだけよろめいている。

 

 

どうやら、お兄様があいつに体当たりした様だ。

 

 

助走をつけた体当たりは、あいつをよろめかせることに成功した。しかし、ただそれだけだ。

 

 

「クッ!!………邪魔だァ!!」

 

 

「ぐっ!!」

 

 

振るわれた腕がお兄様を捉える。感情に身を任せ、一切手加減をしていないその振るわれた腕は、お兄様に直撃し、お兄様を吹き飛ばす。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

……………………あ?

 

 

 

………………………コイツハ今、何ヲシタ?

 

 

 

 

お兄様に一度ならず、二度までも?手を出した?

 

 

 

………………………ユルサナイ、ユルサナイユルサナイユルサナイユルサナイユルサナイユルサナイ!!!!!!!

 

 

 

――――――コ……セ。コワ…。コロセ。コワセ。

 

 

 

…………殺す。殺す殺す殺すコロスコロスコロスコロスコロスコロス!!!!

 

 

 

お兄様に手を出した、それだけで許されざる行為なのに、それを二度までも?

 

 

即座に抱いた感情、殺意。こいつを今すぐにコロセ。

 

 

 

――――ワタシガコロサレルウンメイヲ………

 

 

 

――――オニイサマトハナレバナレニナルウンメイヲ………

 

 

 

突如、頭に浮かぶ声、それらに身を任せるように、無意識に手にナニかを掴む。

 

 

 

対象。狙い。目的。一致。

 

 

 

こいつを、私の父だったモノを、そいつの『目』を

 

 

 

………………………コワセ!

―――――――――コワセ!

 

 

 

「きゅっ………て………」

 

 

「………?なんだ、その目はァ!!」

 

 

気丈に、睨みつける。

 

 

 

――――オニイサマトワタシトノアイダノショウガイヲ………

 

 

――――ワタシタチノジャマトナルソンザイヲ………

 

 

これ以上、お兄様と私の逢瀬を邪魔しようとするならば。

 

 

 

………………………コロセ!

―――――――――コロセ!

 

 

 

「ドカ………ン」

 

 

 

手で、『目』を握り締める。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

パアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアン!!!!!

 

 

 

目の前で破裂した。

 

 

 

父だったモノ、あいつの身体が。

 

 

 

辺り一帯に血を撒き散らし、赤で壁、地面を染めあげる。

 

 

 

静粛が空間を支配する。

 

 

 

首絞めを解放された私は、その場で咳き込みながら。

 

 

現状を確認していく。

 

 

 

 

――――………『死んだ』?

 

 

 

アイツが死んだ?お兄様と私との間の邪魔な蠅虫を、殺した?

 

 

 

――――殺した、コロシタ、コロシタコロシタコロシタコロシタコロシタ!!!!!

 

 

私の心がスゥーッと晴れていくのを感じる。

 

 

 

お兄様!!見てた?ミテタヨネ!?ワタシがアノコギタナイハエムシヲコロストコロヲ!!!!!!

 

 

ふと、お兄様が飛ばされた方向を見る。

 

 

 

「ッ!!!!!????」

 

 

「………………」

 

 

 

お兄様が呆然とこちらを見てくる。

 

 

驚き一色の顔に、かすかに見える恐怖と困惑の瞳。

 

 

 

――――違う。お兄様にそういう顔をさせたかったんじゃない。お兄様に喜んでほしくて……。 恐れ?お兄様が、私を?

 

 

 

――――お兄様に嫌われる?………嫌だ。嫌だ嫌だ嫌だイヤダイヤダイヤダイヤダ!!!!!!!

 

 

 

「お、おにい……さ、ま?」

 

 

 

そんな目で見てほしくはなくて、恐れの目で見てほしくなくて、お兄様に縋るような声で呼びかけてしまう。

 

 

 

――――ヤダ。嫌わないで。私を、一人にしないで。いつものあの目で私を見てよ………。

 

 

 

「ッ!!フランッ!!!」

 

 

意識が戻ったお兄様は即座に私を抱きしめる。

 

 

「お、にい、さま、わ、わたし………」

 

 

私を嫌わないで。

 

 

そんな言葉を出そうとするが、途中で詰まり、発することが出来なかった。

 

 

 

「大丈夫。大丈夫だよ。フラン………」

 

 

「フランは悪くない………。フランのせいじゃない………」

 

 

そう、お兄様は私にささやくようにして抱きしめ、背中を擦り、頭を撫でる。

 

 

「お、にいさま。お…に…さ、ま  う、うあああああああああああああああああああああああ!!!!!」

 

 

 

お兄様に嫌われてはなかった。そんな安堵や殺されそうになった緊張から解放されたためか、お兄様の胸の中で大声で泣き叫んでしまう。

 

 

 

お兄様は泣き叫ぶ私の背中を優しく擦り、大丈夫、大丈夫だと言い続けながら、ずっと私に寄り添った。

 

 

 

――――ああ、良かった。

 

 

 

 

 

 

 

お兄様に嫌われないで。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 

散々お兄様の胸の中で泣き叫んだ後、落ち着いた私は、お兄様のお部屋にいる。

 

 

地下にある私のお部屋は血で赤く染め上げられたため、お兄様のお部屋で一先ず一晩明かすことになった。

 

 

 

スカーレット家の領主が死んだのだ。跡継ぎであるお兄様がその後始末等をしなければならないため、今は部屋にはいない状況だ。

 

 

 

「すぐ戻るから、いい子で待っていて」

 

 

と渋る私の頭を撫でそう言われてしまえば、逆らえない。

 

 

 

そう、今はお兄様のお部屋に私一人、やることはひとつだ。

 

 

私はすぐにお兄様のベットにダイブして、お兄様の香りを存分に楽しむ。

 

 

枕に顔を埋めながら、足をバタバタとさせる。

 

 

 

 

――――殺した。殺してやった!

 

 

 

――――これでもう、邪魔が入らない!お兄様と私だけの空間!!

 

 

 

お母様が死に、あいつも死んだ。これでもう邪魔者はいない!私とお兄様だけの世界!!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――――いや、まだ終わっていない。

 

 

 

足のバタバタを止める。

 

 

 

 

――――あいつに付き従っている使用人達。

 

 

 

――――あいつだけに仕えて、命令に従うゴミども。

 

 

 

 

邪魔だなぁ、邪魔だなぁ。

 

 

 

あんなゴミども、お兄様に相応しくない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――――処分、しなくちゃ、ね。

 

 

 

 

私が、お兄様を守るんだ。この『能力』で。

 

 

 

邪魔する奴を全員コワシチャエバイインダ!!

 

 

 

 

 

 

 

アハッ、アハハハハハハハハハハッッッッッ!!!!!!!!

 

 

 

 

 

そんな狂気に満ちた笑い声が、紅魔館に響いた。

 

 




随分と長くなりました。ここまで長くなるとは正直思ってませんでした。


この後、少し進みます。



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後始末

今話から、話が進みます。

レミリア視点というより、第三者からの視点で話を進めて、その話ごとに出てくる他者からの視点で展開する方がやりやすいと感じているため、今後もそういう方針で行きたいと思います。

主人公視点で展開するのは私には無理ですな。


悲しい事件から、翌日。

 

 

「父が死んだ」

 

 

そう、使用人たちを集めて、そうレミリアは告げた。

 

 

もちろん、フランが殺したということは伏せておいて。代わりの死因についてはいくらでも挙げられる。

 

 

急性アル中、心筋梗塞・狭心症等の突然死。などなど

 

 

父は妻である母が死んだ後、溺れるように酒を飲み、さらに情緒も不安定であったため、死因の一つや二つ、でっちあげるなど容易だった。

 

 

大事なのは、フランが殺したという事実を明るみにしないこと。末期はお世辞にも良き父、名君とは言えなかったものの、少なからず父に心酔して仕えている者もいる。

 

 

仕方がなかったとはいえ、心酔する主人が殺されたとなれば、フランに復讐する可能性も少なからずあるわけだ。そういう『運命』も見えた。

 

 

まぁ別にそのような輩がいくら反旗を覆しても、それを捻るだけの力がレミリアに備わってはいるものの、結果的に残るのは、肉親を殺したスカーレットの子息と息女という不名誉な体裁、紅魔館の人員不足である。

 

 

誰が、己の肉親を殺した非情な男に仕えたいものか、いや、いたとしても、到底人手不足を補えるほどの人員と質もないだろう。

 

 

 

そういった紅魔館の弱体化を恐れ、父の死を嘘で塗りつぶす必要があった。

 

 

使用人たちも、それぞれ多種多様な反応を見せるものの、レミリアやフランが父を、主人を殺したということに気付く者はいなかっただろう。

 

 

10歳と5歳の幼い息子と娘がよもや、強大な吸血鬼である自分たちの父を殺すことが出来るはずがないと考えたのだろう。

 

ある者は、自分の主人の死に嘆き

 

ある者は、突然の死に哀悼の意を

 

ある者は、野心の目をその瞳に隠そうとせず。

 

 

そんな彼らにレミリアは後を継ぐは自分だ。と、私が亡き父の後を継ぐのだ、と表明した。

 

 

不思議な事に、皆、何事もなくその意に従い、新しい領主となったレミリアに仕えることとなった。

 

 

確かに不平不満を顔に隠さない輩もいたのだが、彼らはその後行方を眩ませた。

 

 

レミリアは脈絡もなく行方を眩ませた彼らを不審に思って行方を探らせてみたが、音沙汰が全くなかったため、散々悩んだ挙句、諦めた。

 

 

その時期は特にフランの機嫌が良かったが、フランの地下室軟禁や、他者との接触禁止の令をレミリアが解禁した時期と被っているため、関係はないだろうとレミリアは判断した。

 

 

そんなこんなで、図らずとも予想外の形で、内紛無しで紅魔館中を掌握できたのだが、前述のことから退職者もおり、人員不足が今一番の課題である。いろいろとやるべきことがレミリアにありそうだ。

 

 

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 

レミリアが紅魔館の領主となってはや100を越した。

 

 

年を100ほど経ても身長はさほど変わらず、10歳ほどの見た目のまんまであった。

 

 

しかし、見た目10歳の少年とはまるで反対で、領主としての矜持、吸血鬼としての威厳、強大な力を持ち、強者としての覇気を纏った彼は、正真正銘強大な吸血鬼そのものであった。

 

 

そんな領主として成長したレミリアは一つ悩みの種があった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

人員不足である。

 

 

100年前と何ら変わらぬ理由で悩んでいた。

 

 

それは、父が亡くなった後、しばらくして人間達が討伐隊を結成し、はるばる険しい山々を登って紅魔館へ襲撃に来たためである。

 

 

紅魔館は良くも悪くも名が知れており、亡き父も名の通った吸血鬼であった。

 

 

そんな強大であった父が死んだという話が人間に伝わり、後に残るは年若い吸血鬼、紅魔館を滅ぼすは今が好機とばかりに人間達が紅魔館に襲いに来るようになった。

 

 

当初は容易に撃退でき、何ならカモがネギをしょって来たと喜んでいたが、いつの年か、銀製の武器を持って来たり、またある時には銀の弾丸を使用する鉄砲などを持って来たり。

 

 

そんな人間達の襲撃が頻繁に起こり、迎撃に出ていく使用人たちの数が次第に減ってしまったということである。

 

 

殺されるのは眷属であったり、下級吸血鬼であったりと吸血鬼としての実力は下から早いような奴らだが、使用人としての働き手がこれ以上減るのはまずいとレミリアは考え、ある年から、人間の襲撃にレミリア自らが迎撃に出るようになった。 

 

 

ついでにフランが勝手に付いてきたが。

 

 

若いといっても実力は上級吸血鬼でも上位に位置するレミリアである。

 

 

襲撃しに来た人間達を殲滅し、かつ、報復にとあらゆる都市へ襲撃に行った。

 

 

レミリアは、適当に紅魔館内の本を漁って、なんか勝手に契約できた魔槍グングニルを片手にあちらこちらへ疾走していった。

 

 

このグングニル、投げれば勝手に敵を貫いて、自分の手に戻ってくるため、レミリアは愛用していた。

 

 

その後フランがむくれて、何を思ったのかフランも『レーヴァテイン』と契約したのはまた別の話である。

 

 

そんなわけで、人間達を殲滅して回ったレミリアは人間の返り血で赤く染まる恐怖の吸血鬼『紅い悪魔』として人間達から恐れられる様になる。

 

 

さて、『紅い悪魔』と呼ばれるようになった理由について話しておこう。

 

 

人間達の見解としては、人間の返り血を浴びて体を赤く染めるから『紅い悪魔』と呼ぶようになったのだが、真相は違う。

 

 

そもそも、レミリアは綺麗好きであり、あまり衣服を汚すのは好きではない。

 

 

ならなぜ身を赤く染めてしまうのか?

 

 

答えは簡単

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

彼が小食だからだ。

 

 

レミリアは戦闘後、無性に吸血衝動に襲われる。

 

 

まぁ、小さい子供が運動後にお腹が減るのは、そういうことなんだろう。

 

 

そのため、適当に人間を捕まえて、吸血をするが、小食のため、あまりたくさん血を吸血することが出来ず、大量の血を溢してしまうためである。

 

 

血を吸われた人間は、恐怖のあまり失神してしまうこともあるが、基本的に貧血程度の症状で済む。

 

 

血を吸われた人間は吸血鬼となってしまうという噂もあり、血を吸われた人間の行方はその後、誰も知る由もないが。

 

 

そんな人間達の勘違いから、『紅い悪魔』が誕生した。

 

 

 

 

 

そんなレミリアの活躍で多少紅魔館への襲撃は落ち着いてはいるが、それでもなお命知らずの冒険者達や、熱狂的な信仰者達からなる討伐隊が所々襲撃しに来る。

 

 

最近になって、『ヴァンパイアハンター』なる奴らが依頼を受けて討伐に来るようになる。

 

 

下級吸血鬼を殺した程度で、ヴァンパイアハンターなどと自分たちを自称して、さも吸血鬼討伐のエキスパートですよ面をしている奴らはレミリアの怒りを買い念入りに殺されているようだが。

 

 

 

レミリアは何年も続く人間達の襲撃にいい加減飽きてしまい、迎撃に向かうのも面倒くさくなっていた。

 

 

かといって使用人たちに迎撃を任せていては人員不足がいつまでたっても解消しない。

 

 

レミリアは人員不足と人間達の襲撃に頭を悩ませているのであった。

 

 

そんなレミリアに吉報が訪れる。

 

 

紅魔館に訪れて、『紅い悪魔』と恐れられている吸血鬼と手合わせ願いたいという妖怪が現れた。

 

 

 

見た目は緑のチャイナドレスっぽい服を着た背の高い女性であり、いかにも華人であるという印象を受ける。

 

 

レミリアは暇つぶしにその挑戦を受けた。

 

 

結果はレミリアが危なげなく勝利したものの、かなり熟練、達人といっていいほどの武術、そして、高い運動能力と身体能力。

 

 

いつも弱い人間を相手にしてきたレミリアからすれば、久々の強敵であり、いつもより心が躍ってしまった。

 

 

そこでレミリアはその女性を紅魔館の門番として働かないかと勧誘し、無事その女性を登用することが出来た。

 

彼女なら、一人で人間達の襲撃を返りうちに出来るはずだという確信があったし、そろそろ専属メイドが欲しいと思っていたため、何となく勧誘してみたレミリアであったが、快諾してくれたのでとても喜んだ。

 

 

あまりの嬉しさに『紅』という姓を与えてしまう程には。

 

 

早速門番として彼女を雇い入れ、これでようやくレミリアは枕を高くして眠れるのであった。

 

 

 

 

 

これが、レミリアと紅美鈴の初対面である

 

 

 

 

 

 

 

 

 




つなぎなので、ある程度適当かもしれません。


次は美鈴視点になるか、その前に人間達の視点になるか。お楽しみに!


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華人小娘(紅美鈴視点 前編)

すいません、番外編を前に投稿していましたが、どう考えても蛇足にしかならず、邪魔になってしまうのではないかと判断し、削除させていただきました。


独断での判断でしたので、番外編を楽しみにしていた読者様もいらっしゃることと存じます。


誠に申し訳ありません。


従って、都合のいい話ですが、番外編の話はなかったことにしてくださると有難いです。


再び、読者様の困惑を無用に生んでしまい、誠にお詫び申し上げます。



スンッ、と一瞬の内に静寂が辺りを包む、その場の独特の緊張感に支配され、誰も言葉にできず、はっと息をのむことしかできない。

 

 

「ま、まいった………」

 

 

その一声が、尻もちをつき今まさに私に拳を顔前に突き出されている──言わば、殴られる寸前である男性の口からそう出た。

 

 

威勢よく、意気揚々と私に挑んできた男性とは到底思えない。

 

 

何とも言葉にできない無様に呆けている顔であった。

 

 

その男が出したその一声を受け、周りの野次馬達が一斉に沸き立つ。

 

 

先ほどの静寂が嘘のように一気に盛り上がり、歓声を上げる。

 

 

「勝った!美鈴(メイリン)が勝ったぞ!」

 

 

「おい!賭けに勝った奴はどいつだ?」

 

 

「チッ!!!あのアマ、また勝ちやがった!」

 

 

「………素敵。美鈴様。」

 

 

そんな声も、歓声の中に紛れていく。

 

私を称える声、妬む声。

 

 

私の勝利に様々な反応を出す。

 

 

私とあの男との腕合わせを出しに賭け事をしてたのだろう。

 

 

予想通りでほくほく顔で金を受け取る者

 

 

反対に負けに落胆する者。

 

 

大博打をして、見事に玉砕したもの。

 

 

 

同性の私に思慕の感情をだす女性。

 

 

 

 

 

………最後に関しては、私はソッチの気が無いので、勘弁してほしい。

 

 

 

その歓声の中、私はやはりどこか、満たされない空虚な感情を抱いていた。

 

 

 

今回も、『ハズレ』でしたか………

 

 

そんな落胆の声が心の中で漏れる。

 

 

今回の相手も、ある程度腕に覚えのある者だった。なかなかの武闘派で、油断ならないと感じたものだ。

 

 

しかし、蓋を開けてみれば、私の圧勝。彼が悪かったわけではない。

 

 

傲慢に聞こえるかもしれないが、私が強すぎるのだ。

 

 

それも、人間では敵わないほどの身体能力と運動能力を備えた、妖怪である私が。

 

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

私は、『美鈴』

 

 

種族もわからない妖怪だ。そこらへんに居る。名もない雑魚妖怪。

 

 

私もその一つ、だった。

 

 

私が、『美鈴』としての第一歩を歩いたのは、まだ私が幼い、人間の年で言う所の、10~14ぐらいの頃だった。もちろん、私は妖怪であるから、実年齢は少しだけ上だが。

 

 

ある日、知り合いの妖怪から、付近に、物凄く強い人間が出没したという話を聞いた。

 

 

『人間』

 

 

それは、私達妖怪より力の弱い存在。

 

 

矮小で、貧弱で、狡猾な者たち。

 

 

私達妖怪よりも、劣っている彼らはしばしば妖怪の餌にされることも多い。

 

 

まぁ私は、あまり人間という存在に無関心で。人間と基本無縁ではあった。

 

 

たまたま、道端でばったりと会って、逃げられるか、立ち向かってくるかだ。立ち向かってくる場合は遠慮なく殺しにいくが。

 

 

物凄く強い人間。

 

 

初めは、どうせそこら辺の阿保な妖怪がしくじって間抜けにもやられてしまっただけだろうと半ば戯言として聞いていたのだが、そんな人間の話が妖怪の中で広まり、あそこの妖怪が倒された。こちらの妖怪が倒された。と聞くうちに私の中でその噂の信憑性が増す。

 

 

 

 

 

………面白くない

 

 

妖怪よりも劣っている人間が妖怪を倒す?

 

 

餌としての価値しか見出さない人間が?

 

 

浅知恵だけが働く狡猾な人間風情が?

 

 

………ふざけるな!

 

 

 

そんな若かった私の妖怪としての誇りが、その人間に対する嫉妬が。

 

 

私の心を怒りに染め上げる。

 

 

出る杭は打たねば。とその人間に対する聞き込みを妖怪たちに行い、とうとうその人間の居場所を掴むことが出来た。

 

 

 

人間達が多く住んでいる場所からある程度離れているところに一人、ぽつんと暮らしているらしい。

 

 

 

私は正面からその人間に勝負を挑んだ。

 

 

私は、人間の様に卑劣な奇襲などをしない、どうせ、お前は妖怪の不意を上手くついて倒してきたのだろう。私は違う。正面からお前を打ち砕いてやる。

 

 

そんな意趣返しに正面から挑んだ。

 

 

その人間は、恐らく40ぐらいの年だろうか、皺が所々に見られ、黒一色の長い袖、長いズボン、ややゆったり目の服装をしている。

 

 

よく目を凝らしても、体格も普通で、どう見ても腕の立つ人間だとは思えない。

 

 

確かに、体格が細いように見えても力は怪力である奴は見たことある。だが、それは妖怪に限った話だ。

 

 

相手は人間、さもそのようなことはあり得ない。

 

 

………やはり噂は噂ではないか。

 

 

ただのどこにでもいる普通の人間、なんら変わったところなど見ない。

 

 

対面していてもなお自然体のまま、構えなどしない。

 

 

………何だ。勝負をあきらめているのか、軟弱者が。

 

 

私は落胆にも似たため息を吐きながら、一瞬で終わらせてやろうと一瞬でその男の懐に飛び込む。

 

 

私は若い妖怪といえども、人間の頭程度潰す程度どうってことはない。

 

 

奴はただの人間。私の動きなどどうせ見えやしない。苦しまずに殺してやろう。

 

 

助走と、妖怪の力を合わせた私の右の拳はうなりをあげて、その男の頭部へと近づいていく

 

 

 

そして頭部へ拳が到達した瞬間、男の頭部は潰れ、男は死ぬ。

 

 

 

そうなるはずだったのだ。

 

 

 

男はさっと左手を私の右ストレートに上から被せるようにパシッと受け止め、そのまま右へと受け流す。

 

 

大ぶりの右ストレートを簡単に受け流され、大きく体勢を崩した私の横腹に男の右拳が突き刺さり、そのまま振り抜かれる、さらに振り抜いた右腕を戻すように私の顔面へと肘打ちをして、私を突き飛ばす。

 

 

この一瞬の無駄のない攻撃に私は大きく衝撃を受けた。ダメージは多少あるが、それでもまだ耐えられる程度だ。

 

 

しかし、先ほどの男は何をした?

 

 

渾身の一撃は、人間には到底受け止めることさえできない右ストレートはいともたやすく受け流され、重い反撃を一瞬の内に決められてしまったではないか。

 

 

私は体勢を整えてもう一度、男をよく見る。

 

 

何かを隠し持っている様子はない。素手だ。

 

 

妖怪の力を受け止めた?全力の一撃を?こいつは本当に人間なのか?

 

 

私はその男は異体の知れないモノに見えてしまう。

 

 

そのあとは一方的であった。

 

 

攻撃を全て受け流され、鋭い一撃を貰ってしまう。

 

 

蹴りも、足を脛に軽く当てられて初動を封じられる。

 

 

掴もうとするも、するりと抜けられてしまう。

 

 

逆に、相手に掴まれ、投げ飛ばされてしまう。

 

 

男の攻撃は軽いように見えて、そうではない。

 

 

全てが体重を載せた力強い一撃となって私の急所を的確に捉える。

 

 

ならばと受け身となって相手の出方を見ようとするも、男の腕を回しながらの連打の殴打に反撃の隙すら伺えず、防戦一方となってしまう。

 

 

 

結果、私の完敗であった。最終的に一撃すら与えることが叶わず、徹底的に打ちのめされて。

 

 

 

地面に仰向けに倒れた私にその人間に対する畏怖、敬意、そして興味が沸いた。

 

 

倒れる私を尻目にその男はどこかへ去ろうとするのを呼び止め、私は彼に弟子入りを志願した。

 

 

弟子入り、当時はそのような意味合いではなかったと思う。確か、その強さについて教えてほしいといったのだろうか。

 

 

当初こそは断られていたものの、何度も何度も赴き、弟子入りを志願した結果了承を貰い、弟子入りすることとなった。

 

 

私が妖怪だということもあり、意外な目で見られていたが。

 

 

見事弟子入りした私に、師は『美鈴』という名前を与えた。

 

 

実は、当初私には名前は無かった。なぜ美鈴という名前となったのか。

 

 

それは、師の御宅へ赴いて弟子入りを了承された私が、ふと師の家に置いてあった鈴に気が付き、その鈴の心地よい音色に私が聞きほれてしまったからだ。初めての鈴の音色だった。

 

 

そんな私の様子を見て、師は私の名前について尋ねたのだが、無名であることを知ると、『美鈴』という名前を付けていただけたのだ。

 

 

師の元で数十年修行した結果、様々な事を学んだ。

 

 

師の強さの秘訣、『武術』

 

 

様々な流派が存在しており、様々な戦い方がある。

 

 

柔と剛、力には柔で対抗して、攻撃を受け流す、時に剛で相手を打ちのめす。

 

 

繰り出される洗練された技の応酬にすっかり私は魅了されてしまい、気づけば私は武術にのめりこんでしまった。

 

 

武術を極めるうえで必要である精神の修行。

 

 

「意識の拳法」たる武術に必要な「気」と「勁」

 

 

それらは物の本質を見極め、全ての過程を「意識」しなければ身につくことはない。

 

 

そんな『武』の奥深さに私は心惹かれたのだ。

 

 

それらを極めていたのはほかでもない人間達だ。

 

 

我ら妖怪は何と惜しいことだ。

 

 

他にも師は様々な事を教えてくれた。

 

 

学を、礼節を、常識を、倫理を。

 

 

そして、人間達が住んでいる街へと連れだしてもくれた。

 

 

私は妖怪ではあるが、見た目は人間とそう変わりないそうで、妖怪であるということを隠せば、すぐに人間達と打ち解けることができた。

 

 

人間達と触れ合うことで、私は人間に対する認識を改めた。

 

 

よもや、弱いだけの存在ではない、独自に文明を築き上げ、今もなお進化を遂げている存在なのだと。

 

 

 

師に弟子入りしてから数十年。

 

 

師も、年には勝てず、私を残して死んでしまわれた。

 

 

私を娘の様に扱っており、私にとっても世の全てを教えてくれたといっても過言ではない偉大な父であった。

 

 

その後の私は、さらなる高みへと昇り詰めるため、他の流派や拳法等の門戸を叩き、教えを請うた。

 

 

時に妖怪であることを悟られないために山などに何十年か修行と称して籠ったり、他の妖怪と手合わせしたり、髪型を変えたり、男装をしたりとそんなことを数百年もの年月続けていた。

 

 

そして、今現在。

 

 

様々な武を極め、達人の域まで到達した私を待ち受けたのは、強敵や好敵手が一人もいない実に空虚な生活だった。

 

 

妖怪の身体能力と運動能力、そして人間である師から学んだ柔と剛を意識の武術。 そして、『気』

 

 

全てが備わった私には、よもや敵などいなかった。

 

 

さらなる高みに登れず、焦燥しきった私は、手当たり次第に腕に覚えのある拳法家や、妖怪と手合わせしてきたが、それでも足りない。

 

 

 

もはやここには私の敵はいないのではないか。

 

 

そう考えた私はついに西へ向かうことを決めた。東は海であったので、陸続きであろう西へ向かうことにする。

 

 

 

西には私と対等、もしくは超えるような強敵がいることを願って。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そこで、私は、人生の転機が訪れることになる。

 

 

紅魔館の主、レミリア・スカーレットの存在である。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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華人小娘(紅美鈴視点 後編)

レミリア様って、♀はお嬢様だから、おぜうさま

だったら、♂だったら、何でしょうね?


どれほど西に歩いただろうか、砂の大地、無限に広がっているのかと見まがうほどの荒地を私は歩いていく。

 

 

寄り道を交えながら。フードの付いたマントを羽織って歩いていく。

 

 

ここは強風もよく吹くので、肌が荒れかねないので出来るだけ早く荒地を抜けたいのだ。

 

 

武術一辺倒でそこらへんに疎いと思われているかもしれないが。私だって妖怪といえども女だ。身なりは綺麗に、清潔にしておくに越したことはないし。汚れるのは少し気になってしまう。

 

 

まぁ、それも、元々住んでいた場所、人間達が建てた国で暮らしているときに同性の知り合いから良く言われていたことだ。

 

 

『貴女は美人さんなんだから、美容を気にかけないと損よ』

 

 

私が行きつけだった飲食店の気のいい女性から言われ続けた言葉だ。

 

 

そういうものなのかと当時は適当に考えていたのだが、今となるとすっかり美容ということの大切さに気付かされ、できるだけ欠かさず行うことにしている。

 

 

………人間というのは、やはり面白い。

 

 

妖怪で、昔はかなり尖っていた自分が、すっかり絆され、丸くなったなと感じてしまう。

 

 

私の人間に対する見方がかなり変わってきて、今では親近感すら沸いてしまう始末だ。

 

 

西へ向かう途中にも、行商人と思わしき集団と何度か接触し、人が多くおり、賑わっている都市の場所を教えてもらった。

 

 

オ………オス………なんとか帝国にあるらしい。

 

 

一先ず私はそこに向かうために歩き、今もなおその場所へ向けて歩いているのだ。

 

 

そんなこんなで、その後も何刻か歩いていると、荒地を抜け、建造物らしきものが見える。

 

 

なかなかの賑わいを見せている街であるようで、ここなら、情報収集も可能だろう。

 

 

情報収集の定番と言えば、酒場だろう。

 

 

そう当たりをつけた私は酒場へと向かった。

 

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

酒場についた私は、店主と思わしき人物に近いカウンター席に座り、一息つくためにまず一杯注文する。

 

 

あちらの国では、注文しない客は忌避する傾向にあり、その状態ではまともに情報すら入手することが出来ない。

 

 

『注文しないなら出て行ってくれ』

 

 

そんな頑固気質な店主が多いのだろう。私の偏見だからどうとは言えないが。

 

 

「店主さん、このあたりについて何か教えてもらえませんか?」

 

 

そう私は店主に何げなく聞いてみる。

 

 

「このあたりについて?なんだお客さん、ここら辺は初めて来たのかい?」

 

 

「ええ、東の方からここに歩いてきたのですが、如何せんあまり、このあたりを良く知らないんですよ」

 

 

「へぇ、東の方からかい、たった一人で来るなんて大した物好きな人だねぇ」

 

 

愛想を交えて親し気に相手に接する。容器に酒を入れながら店主はそう言う。

 

 

「そしたら、何しに西まではるばる来たんだい?」

 

 

そう、私の目の前に一杯の酒を出しながら店主はそう言う。

 

 

「少し、観光の為ですかね」

 

 

嘘だ。 本当は強敵と戦いたいがためという理由ではあるが、理由が理由なので伏せておくことにする。

 

 

 

「観光の為に来たのかい、そいつはいい。じっくり楽しんできてくれや」

 

 

そう店主は人好きのする笑顔でそう言った。

 

 

「夜に出歩くのはあまりお勧めできねぇな。ここらへんにも吸血鬼が出るっていう話だ。」

 

 

でも、と付け加えて店主は言った

 

 

「吸血鬼?」

 

 

「おうよ、人間の血を吸う危険なバケモノさ。嬢ちゃんも気ィつけな。嬢ちゃんみたいな若い娘っ子の血が好みらしいしな」

 

 

 

………なんだその変態種族は。

 

 

いや、違う。

 

 

『吸血鬼』

 

 

初めて聞く種族だ。恐らく人間ではなく、私と同じ妖怪の類なのだろう。

 

 

しかし、まったく聞き覚えのないその単語に興味が沸いてきた。

 

 

「店主、吸血鬼について、他に知っていることは無いんですか?」

 

 

「ああん?ああ、翼が生えてて、空を飛ぶ。力は怪力でなんでも持ち上げちまう。身体能力は人間を大きく超えて、人間の目には捉えられない素早さだそうだ」

 

 

「へえ………。人間には太刀打ちできないんですか?」

 

 

さらに私はそう自然に質問を投げかける。こうして、新たな情報を聞き出す。

 

 

「いんや、吸血鬼にも弱点があるそうで、太陽の光に弱いだとか、聖なる力を恐れるだとかあるそうだ。銀製の武器にめっぽう弱いそうで、それで吸血鬼を殺したなんて話もよく聞くな」

 

 

………。銀製の武器に弱い。それで、よく人間に殺されている。

 

 

しかし、怪力で素早く、空を飛ぶ。

 

 

ますます、不思議な種族だ、吸血鬼。

 

 

「いや、でもな、嬢ちゃん」

 

 

吸血鬼について思考を重ねていた私に思い出したように声をかける店主。

 

 

「いいか、嬢ちゃん。ここから、北西に進んだ先に、険しい山があるんだが、そこを超えようなんて考えんなよ?あそこは何でも強大な吸血鬼が紅魔城っていう所で暮らしてるんだ」

 

 

 

「強大な吸血鬼ですか?」

 

 

神妙そうな顔でそう言う店主。強大な吸血鬼という言葉に惹かれ、咄嗟に答えてしまう。

 

 

「ああ。その吸血鬼のことなんだがな、………。」

 

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

私は今、険しい山々を登り、目的の場所に向かっている。

 

 

場所は『紅魔城』なる所、そこに突然現れた強大な吸血鬼『レミリア・スカーレット』がいるらしい。

 

 

『レミリア・スカーレット』

 

 

酒場の店主が言うには、これまでの吸血鬼とは違ってどのような武器を用いても身を貫くことが出来ない。

 

 

吸血鬼の中でも一際格が違うことで有名らしい。

 

 

これまでに何度もレミリア討伐を目的とした討伐隊を結成するも、どの部隊も即座にレミリアによって壊滅に追い込まれている。

 

 

しかし、人間が恐れている吸血鬼の中でも最も恐れられているレミリアなる存在に興味が沸かないはずがなかった。

 

 

どれほどの腕前の者か。

 

 

これまで戦ってきた者達よりも強敵である可能性のある相手に少しばかり高揚を覚えながら、山々を登っていく。

 

 

吸血鬼の判別は紅い眼、それと翼である。そして朝には出没せず、夜行性らしい。

 

 

であれば、夜に紅魔城へ伺うのが筋だろう。それであったら善は急げだ。

 

 

そう考えた私は、昼下がりに酒場を出て、妖怪としての身体能力をいかんなく発揮して大急ぎで紅魔城へ向かっていたのだった。

 

 

山を抜け、その先の村も抜け、そしてとうとう紅魔城なる建物が見える頃にはすっかり辺りも暗くなり、かろうじて満月が辺りを照らしている。

 

 

『紅魔城』

 

 

外装は真っ赤に染めあげられており、目に悪い。

 

確かに広いが、城というより館。 紅魔館と言った方がしっくりくる。おそらく人間側の方で誇張されていたのだろう。どこか不気味な雰囲気を感じられ、血の様に真っ赤な外装で威圧的に感じる。そんな風に人間達が捉え、まるで『城』の様に感じたのだろうか。

 

 

そんなことを考えながら、紅魔城、いや、紅魔館へ歩いていく。

 

 

紅魔館の近くにいくと、やはり紅魔館の何か、異質さを感じ取ってしまう。一見時計台付きのただの館。しかし窓が少なく、その分真っ赤な色で塗りつぶされている外装。

 

 

周りの外観に対して酷く浮いている。そんな感じだ。

 

 

紅魔館の門の前で立ち止まってそんなことを考えていると、紅魔館の入り口から二つの影がこちらに来る。

 

 

「おい、にんげ……いや、人ならざる者、紅魔館に何用で参った?」

 

 

二つの影がこちらに近づき、姿が見えるところまできて、二つの影の内片方がそう声をかけてきた。

 

 

紅い眼と翼、吸血鬼の男女であろうことは理解できるが、気を探ってみるが、たいした実力は持ってないと見た。

 

 

雰囲気が剣呑としており、険しい目でこちらを警戒しているので、どう見ても歓迎しているわけではなさそうだ。

 

 

「私は美鈴という者です。紅魔館の主、レミリア・スカーレットという御方にお手合わせ願いたく参りました。お目通りを」

 

 

「は?」

 

 

「ん?」

 

 

と私がそういうと、二人は面食らったようにきょとんとした反応を見せ、互いに顔を見合わせている。

 

 

「手合わせ?倒しに来たとか殺しに来たとかじゃなくて?」

 

 

「はい、手合わせです」

 

 

「貴女、女性の方よね?」

 

 

「ええ、女性ですけど」

 

 

「こんな夜に?」

 

 

「はい」

 

 

「丸腰で?」

 

 

「はい、この身一つで」

 

 

「………」

 

 

そういうと、二人は押し黙ってしまい、また、二人で顔を見合わせる。

 

 

そして、意を決したように顔を赤く染めてこちらを向く

 

 

「………申し訳ないけど。お坊ちゃまには、まだ早いと思う。」

 

 

「はい?」

 

 

今度はこちらが困惑する番だった。

 

 

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

「ごめんなさいね。なんか変な誤解しちゃって」

 

 

「………い、いえ」

 

 

何とか説明をして、何とか取り付けることが出来た。

 

 

………なんだか変な誤解が生まれたらしい。

 

 

男性の吸血鬼の方がレミリアさんに報告しているところで、女性の吸血鬼の方と門の前で待機している状況だ。

 

 

適当に彼女と話していると、突如、大きな気を紅魔館の入り口の方から感じ取り、咄嗟にそちらへ向いてしまう。

 

 

「ようこそ」

 

 

紅い眼、大きな翼、吸血鬼。

 

 

「我が紅魔館へ」

 

 

薄いピンクのタキシード、同じく薄ピンクのズボン。天に愛されているのではないかと思う程整っている顔、青く、透き通るような綺麗な髪。

 

 

「私が、レミリア・スカーレット。この紅魔館の主だ」

 

 

まるで、男装の麗人の様に端麗で、不敵な笑みを浮かべた

 

 

 

 

 

 

………子供だった。

 

 

 

 

 

 

 

「………はえっ!?子供!?」

 

 

思わず声が出た。

 

 

思っていたよりも、何か、こう、ここまで幼い見た目だとは思わなかった。

 

 

人間でいう10歳ぐらいの子供だ。体からあふれ出る威厳とのギャップの差が激しくて、動揺してしまった。

 

 

 

「失礼な。これでも100年以上は生きているんだぞ?」

 

 

 

「あっ!?あ、いや、すみません!」

 

 

 

………失礼ですが、私それ以上生きてます。

 

 

心の中でそう思ってしまったが、そこは声に出さないが節度。

 

 

あまり、機嫌を損ねてしまったら印象が悪くなってしまう。素直に私の非を詫びる。

 

 

「お前が、私と手合わせしたいと?」

 

 

「あ、はい、貴方に手合わせを申し込みにまいりました」

 

 

しかし、彼から出る威厳とその気、かなりの実力者であるということがわかる。いかに見た目が子供と言えども、油断はできないだろう。

 

 

「ふうん」

 

 

と彼は美鈴の顔をじっと見つめ、

 

 

「いいだろう。受けて立ってやる」

 

 

そう言い、御供をしていた二人の吸血鬼を下がらせた。

 

 

「私との一騎打ちで、一回でも地面に手をつかせたら、お前の勝ちということにしてやろう」

 

 

「………余裕ですね。確かにあなたはお強いかもしれません。しかし武術を身につけた私を相手に――」

 

 

「ふん、黙れ。人の術に頼らねば生きていけぬ程度の妖怪如きに、私が負ける、いや、膝すら地に着くことすら能わない」

 

 

相手を下に見て、傲慢に取れる言葉を豪語する彼、しかし、その身から出る気、いや、それ以外の何らかの力の波が周囲を飲む。

 

 

空気がピリピリと痺れ、彼から放たれる威圧感が体を押し潰すのではないかというぐらい重くのしかかる。

 

 

傲慢から出るハッタリじゃない。彼は………本気だ!

 

 

「わかりました。その勝負、受けて立ちましょう!」

 

 

 

ふっ!と一息に、その体中にのしかかる重圧をはねのけ、美鈴は構えをとる。

 

 

対する相手はごく自然体だ。

 

 

「私もお前に合わせて、地上で戦ってやろう。空を飛ぶのは無しだ」

 

 

「相当の自信ですね。でも、よろしいのですか?」

 

 

相手の一挙一動常に気を配る。常に冷静沈着。心を乱さば、即ち身を滅ぼす。

 

 

「自信?いや、お前は同じ土俵でも私に敵わない。私という吸血鬼に敵わない。これは確信だ」

 

 

「左様ですか、後悔はなさらないことですね、美鈴、参る!!!」

 

 

――レミリアは動く気がない。ならば私から動くまで。

 

 

美鈴は地面が抉れるほど、強く踏み込み、レミリアの眼前まで一瞬の内に迫る。

 

 

その間に右の拳を引き絞り、眼前で右拳を繰り出す。だが、レミリアは左手でたやすく受け止めた。

 

 

辺りが衝撃で揺れる。地に伝わり、草木が辺りの草木が散る。

 

 

反撃とばかりにレミリアの右拳が繰り出されるが、それを半身で避け、勢いをのせ、流れるように肘打ち打ち出す。が、それも、後ろに飛び退かれて避けられる。

 

 

瞬時に体勢を整え、距離は詰めさせないと追従して迫る。

 

 

両手を腰だめに構えて力を込めて両手での掌底打ち、が、これも腕を交差させて防がれる。

 

 

渾身の力で叩き込んだ掌底打ちは、レミリアを十数メートルほど地を擦って後退させる。

 

 

「………ほう」

 

 

打撃の衝撃が収まり、レミリアは自分の前腕を見下ろして、そうつぶやく。

 

 

青く腫れている。一瞬腕が動かなくなったため、骨折もしていたのだろう。しかし、吸血鬼の再生能力で即座に治るが、レミリアをここまで傷つけるのは美鈴が初めてだ。

 

 

レミリアは強大な吸血鬼である。そのため、本来吸血鬼に弱点である物が通用しない。それは銀製の武器で攻撃されても同様である。

 

 

しかし、どうして、美鈴の全力の一撃はレミリアの腕を骨折までに追い込んだのか。

  

 

それは、美鈴の武術を極める過程で身に着けた『気』である。

 

 

気を纏いながら繰り出す一撃は、強靭なレミリアの腕に骨折を負わせる威力となった。しかし、吸血鬼の再生能力で即座に戻ってしまったが、レミリアが吸血鬼ではなければ、それ以外の相手であればその瞬間勝負が決するといっても過言ではない一撃であった。

 

 

それ故レミリアは感心した。

 

 

「美鈴と言ったか。いい一撃だ。だが、あまり調子に乗らないことだ!」

 

 

吸血鬼の身体能力に任せた乱暴な飛び込み、それは、美鈴以上の速さをみせ、気づけばレミリアは美鈴の近くで右腕を振りかぶっている。

 

 

咄嗟に美鈴は左手で受け止め、反撃に転じる、しかし、転じようと動きを見せる前に距離を放され、反撃は不可能となる。

 

 

「――――ッ!?」

 

 

美鈴は左手の違和感を感じる。青黒く痣が生じており、美鈴の気を含めた再生能力では追い付かないほどの一撃を貰った。

 

 

レミリアの魔力を纏った一撃は、美鈴の再生能力以上の威力があった。

 

 

次第に、美鈴は劣勢に追い込まれてしまう。初めは左腕が使い物がならない中善戦したといってもいいだろう。しかし、容赦なく繰り出される攻撃に受けざるをえなくなり、左腕が使えるようになるまでには右腕、片足と、ダメージを負ってしまう。

 

 

勝負は数分で決した。膝をついて荒い息を吐く美鈴とそれを見下ろして平然としているレミリア。勝敗は既に明らかである。

 

 

レミリアの吸血鬼としての格は、美鈴の磨き上げられた武術をもってしても覆すことが出来なかった。

 

 

「……参りました。完敗です」

 

 

 

そう美鈴は潔く負けを認めた。

 

 

勝者はレミリアだ。

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

私は、レミリア・スカーレットに完敗した。

 

 

それは、久しぶりの、手も足も出ないほどの完敗だった。

 

 

勝敗が決した後、レミリアさんは私を紅魔館に入れ、傷の手当をしてもらった後、客室を与えられて、一泊する様に言った。

 

 

 

――――とてつもなかった。

 

 

吸血鬼の乱暴で、激しい攻めに、武術を極めてもなお埋められなかった壁

 

 

何もかもが格が違った。あれで未だ、吸血鬼として幼い方であるから凄まじい。

 

 

ふかふかのベットに横たわり、あの戦いを頭の中で回想する。

 

 

どこで何をしたら良いか、あそこで何をすべきだったのか、自分の中で考えてみるのだが、どう小細工しても勝てそうになかった。

 

 

コンコン

 

 

「客人、起きているか?」

 

 

ドアの向こうでそんな声が聞こえる。レミリアさんだ。

 

 

「はい、起きていますよ」

 

 

そう声をかけ、レミリアさんを部屋に迎える。

 

 

「やあ、傷は完治したようで何より」

 

 

「あはは、おかげさまで」

 

 

そんな軽口を入れながら、レミリアさんは部屋に入ってくる。

 

 

「ご用件は何でしょう」

 

 

「単刀直入に言う。美鈴、紅魔館で働いてみない?」

 

 

レミリアさんが口調を崩してそう勧誘してくる。

 

 

こちらがレミリアさんの素なのだろう。見た目相応でしっくりくる。

 

 

「もちろん、お給料は出すし、休暇だってつける。どうかな?」

 

 

『紅魔館で働く』正直言ってこの話は興味深い。

 

 

レミリアさんが持つ未だ潜む可能性と、計り知れる力を見たいという興味、レミリアさんの元で仕えていれば、飽きさせないだろう。未だ会えぬ強敵にも出会える。そんな気がした。

 

 

「それに………

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

手持ち、もうないんでしょ?」

 

 

 

「あはは………。お世話になります………。」

 

 

私の懐は、心もとない。

 

 

 

「美鈴は、名前だけど、苗字は?」

 

 

「あ、いえ、苗字は私には無いんですよ。」

 

 

「ふうん、じゃあ、美鈴、君には『紅』という苗字をあげる、明日から紅魔館で働くメイド『紅美鈴(ホンメイリン )』と名乗りなさい」

 

 

 

そう言って、レミリアさん、いや、レミリア様?、お坊ちゃまが部屋を退出なされた。

 

 

 

 

 

 

――紅美鈴、か。

 

 

 

あれ?待てよ、『紅』?

 

 

紅って、赤いことを意味するんでしたよね?

 

 

 

そういえば、お坊ちゃまのお名前はレミリア。

 

 

レミリア・スカーレット………。

 

 

スカーレット、紅、紅い………。

 

 

 

 

 

 

―――――――ッ!?!?!?!?

 

 

 

 

 

―― ………フフッ、そうですか、そういうことですか。

 

 

 

 

 

 

 

 

――つまり、そういうことなんですね!!!???

 

 

 

 

 

その日はあまり寝付けなかった。




めーりん「ウフフフッ、えへへへへへへ」(モジモジ

ふらん「お兄様との逢瀬が邪魔された、ジャマサレタジャマサレタジャマサレタジャマサレタジャマサレタジャマサレタジャマサレタ」(ジー


めーりん「ファッ!?」




こんなことがあったとかなかったとか。



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美鈴とフラン

ふざけたい


「今日から、この紅魔館で働くことになりました!紅美鈴です。よろしくお願いします!」

 

 

そうみんなの前一礼し、大きな声で挨拶をした紅美鈴。服装はメイド服と呼ばれる服装を着用している。

 

 

メイド服を着用すること多少羞恥心があるのか、少しだけ頬を染めているが。

 

 

吸血鬼だらけの使用人達の中で、一人だけ、種族違いの妖怪が仕えるということに難儀を示す者がいるかと予想されていたが、存外、素直に受け入れられた。

 

 

確かにレミリアの一存で決められたため、それ故に逆らわなかっただけかもしれないが、大きな要因は美鈴の実力である。

 

 

レミリアと美鈴の決闘、結果はレミリアの圧勝という形ではあるものの、美鈴の全力の一撃が、レミリアの両腕を一瞬、ほんの一瞬ではあるが骨折までのダメージを与えたことが起因したのだろう。

 

 

彼女の人付き合いの良さも使用人たちとの打ち解けに大きく活躍し、たちまちのうちに美鈴は紅魔館の使用人、メイドの一員として認められた。

 

 

さて、そんな美鈴の役目は、レミリアの専属メイドという役割を目的として、先輩メイドによって育成をされている。

 

 

レミリアを傷つけた実力を買われ、有事の際にレミリアの護衛、襲撃者の迎撃という役割を与えられているからである。

 

 

本来、レミリアの護衛と迎撃任務だけが美鈴の仕事であるものの、レミリアに終始仕えるのだからと、メイド達が最低限メイドとしての仕事を覚えさせているのだ。

 

 

 

そのため………。

 

 

 

 

 

「美鈴!!こっちの掃除が行き届いてないわよ!!!」

 

 

「は、はいっ!!すいません!!」

 

 

 

 

 

「美鈴!!この紅茶、少し濃いわよ!!お坊ちゃまは少し薄い方がいいの!!お坊ちゃまの専属なのだから、これぐらいは覚えときなさい!!」

 

 

「は、はいぃ………」

 

 

 

 

 

「美鈴!!お坊ちゃまはレアがお好きなの!!焼きすぎよ!!」

 

 

「は、はぁ………」

 

 

 

 

「お前も、この紅魔館の吸血鬼なんだろう?ならば、流水には弱いはずだ!!これでもくらえ!!」

 

 

「う、うわっ!!つ、冷たぁ!?」

 

 

 

 

「めーりん!!お兄様と遊べなかったから、腹いせに付き合って!!」

 

 

「ひ、ひえぇぇ………」

 

 

散々である。

 

 

 

 

 

 

敬愛する主人の専属ということに妬ましく感じた先輩メイドからのいびりにも似た教育。

 

 

襲撃に来た奴らの嫌がらせにも似た迷惑行為。

 

 

フランのサンドバッグ。

 

 

特に最後は、美鈴がレミリアに勧誘された時点で不満に思っていたが、専属メイドということでより一層不機嫌になったフランからの全力の腹いせが行われている。殺されはしないから、まだ、優しい方だよ。うん………。

 

 

 

「………………」

 

 

そんなこんなで色々多忙な美鈴であり、燃え尽きたように机に突っ伏してぐったりしている美鈴の姿は紅魔館の日常茶飯事である。

 

 

しかし、美鈴は挫けずに、仕事に一生懸命取り組んでいるのには理由がある。

 

 

 

「うん、上手くレアに焼けている。パーフェクトだ。美鈴」

 

 

 

「む、ナットクいかないけど、本当にナットクいかないけど………美味しい」

 

 

 

「あ、か、感謝の極みです!」

 

 

 

こうして、自分が心身ともに疲弊してまで頑張った結果を褒められるのは存外嬉しいもので。

 

 

レミリアとフランに自分の料理をおいしく食べてくれることに達成感と悦びを感じるのだ。

 

 

 

特にフランとは、初期の時点では敵視をされていたのだが、いつの間にか仲良くなった。多少、フランが噛み付きに来るが。

 

 

あまり、人に懐かない(レミリア視点)フランがどうやって美鈴に懐くようになったのか。

 

 

美鈴に聞いてみたが、「あ、あはは、い、いえ、子供と接するの得意な方なんですよ!」 と返されるだけである。

 

 

それと別に少し前から、色々レミリアの部屋から私物が紛失することが良くあるようになったが、それと関係ないだろうとレミリアは判断する。

 

 

 

面白くなさそうにしながらも、美味しく食事をしているフランが、レミリア以外と交流を持つということはレミリア的には喜ばしいことである。

 

 

「美鈴」

 

 

そう、レミリアは食事が終わった後、美鈴を呼ぶ

 

 

 

「え、ええっ!?あ、は、はい!!」

 

 

若干顔が青くなった美鈴が返事を返し、すぐにレミリアの元へ向かう。

 

 

そして、レミリアに近づいた美鈴は首を横に倒して、レミリアに首筋を差し出す様に向ける。………もう一人の吸血鬼を見ないようにしながら。

 

 

そして、美鈴は即座に首にチクッとした痛みを感じる。

 

 

 

そう、これはレミリアの吸血行為である。血が必要な吸血鬼、吸血をする必要がある。人間の血のみしか、喉を受け付けないと人間側からは勘違いされてはいるが、それ以外の血は飲める、それは妖怪も同様である。

 

 

確かに家畜の血は飲めるが、人間の血と比べると味が良くない。

 

 

妖怪の血は案外イケる、というのはレミリアの後日談であり、今は美鈴の血を吸血することで事足りるため、レミリアは街へ行くことはなくなった。

 

 

しかし、美鈴としては今この場でのレミリアの吸血は死の危険性がある。

 

 

レミリアは小食であるため、美鈴は多少調子が落ちる程度で済み、仕事に支障はない、むしろご褒美である。

 

 

………レミリアと対面する形で向こうで、グラスを持ちながら、ギギギと歯ぎしりをしている阿修羅(妹様)さえいなければ………。

 

 

意識的に、向こうの悪鬼に目を向けないように吸血行為を甘んじて受けている美鈴。

 

 

 

パリンッ!!!

 

 

 

レミリアの吸血が終わるかという時に、何か割れるような音がする。

 

 

それと同時に美鈴の顔が真っ青になる。

 

 

「?どうしたんだ?フラン?」

 

 

割れた音、フランの方面から聞こえてきたため、レミリアはフランに安否を問う。

 

 

「ごめん!お兄様、美鈴、ちょっと、グラス落としちゃって」

 

 

てへへと申し訳なさそうに笑うフラン

 

 

割れたグラスの後始末のために、退く足を何とか動かして、割れたグラスを片付けようと動く。

 

 

 

「例の場所で、ワカッテルネ?美鈴?」

 

 

「はい………。」

 

 

顔の表情を消し光のない目で美鈴へと向きながら、近くにいる美鈴にしか聞こえない小さな声でそう言うフラン。

 

 

死んだような目をしながら、グラスを片付けていく美鈴。

 

 

しばらくして、ぴょこんと席を立ってどこかに行こうとするフラン。

 

 

「フラン?これから、一緒に読書じゃなかった?」

 

 

「あっ!ごめんお兄様!私やること思い出しちゃったから、今日は無理かも!ネッ?美鈴?」

 

 

「」

 

 

怪訝そうにしているレミリアと、死期を悟ったような顔で硬直している美鈴。

 

 

それを見た使用人たちは、静かに黙祷を美鈴に捧げていくのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

美鈴は例の場所、地下室に向かっていく。

 

 

フランとのオヤクソクを無為にするわけにはいかない。これから先のことがある程度、予想できる。

 

 

明日に支障が来ないといいんだけど………。

 

 

なんて考えながら、死地へ向かう。

 

 

そうだ、妹様の腹いせなんて慣れているじゃないか!

 

 

多少激しくなったところで、私は挫けない!!

 

 

そうだ!私は挫けない!

 

 

絶対妹様に負けたりしない!!!

 

 

 

「私はお坊ちゃまの許嫁なんだから!!!」

 

 

 

「あ゙??????」

 

 

 

「アッ………。」

 

 

 

 

明日、美鈴は仕事をお休みすることになった。

 

 

 

やっぱり妹様には勝てなかったよ。

 

 

とうわ言の様に自室で寝込んでいるボロボロになった美鈴は言うのであった。

 

 

 

 

 

 

 




ふらん「ガルルルルルルルルル!!!!」


めーりん「こ、これ、お坊ちゃまのしb………」


ふらん「許すッ!!!!!!」


めーりん「えぇ………」(チラ


せんぱい「せやで」



こんな感じ


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レミリア、友達できるってよ

美鈴が紅魔館に仕えてはや数百年。美鈴は、メイドとしての仕事をしっかりとこなすことが出来、紅魔館での仕事に慣れるのに十分すぎるほどの年月である。

 

 

特に紅魔館に変わったところは見られず、強いて挙げるとすれば、ある日から、人間達の襲撃が無くなったことである。

 

 

そのため、美鈴の仕事の量が減ることとなり、ある程度余裕をもって紅魔館の仕事に取り組めるようになったというのは彼女談である。

 

 

しかし、一途に武を追い求めていた美鈴からすれば、退屈なのも、本音の様で、レミリアやフランに組手している。………後者の方はあちらからの腹いせが大半でいつもコテンパンにされてはいるが。

 

 

しかし人間界の方ではどういう状況になってしまったのだろうか。

 

 

レミリアがこの世に生を与えられて、400年にもなる。

 

 

その頃、人間界、いや世界では、急速に科学が進歩していき、人間同士の争いが頻繁に起こるようになった。

 

 

既に人間側からすれば、吸血鬼や、紅魔館、そして、紅い悪魔『レミリア・スカーレット』の存在など、ただのおとぎ話程度にしか認識されず、年を経る度徐々に紅魔館の存在が薄れ、人間の間では空想上の存在にされているということが現状である。

 

 

そして、昔は魔術が栄えていた。

 

 

そのため、この紅魔館や、その周辺も魔術によって認識を阻害するような術も施していたのだが、ある程度魔術を嗜んでいる人間でも解けるような簡単な術式である。そのため、紅魔館の存在を認識され、襲撃に訪れることが可能であった。

 

 

しかし現在、科学が人間の間で急速に発展し、魔術は廃れ、忘れられていった。したがって、魔術を覚えない人間は、紅魔館の存在すら認識できないということだ。

 

 

そんなわけで図らずとも、人間達から忘れられ、平和な暮らしをすることになった紅魔館一行。

 

 

刺激を求めているレミリアにとっては退屈は、生き地獄である様で、どうにか解消できないかと四苦八苦している。

 

 

だが、紅魔館はいつも通りの日常を送っている。

 

 

部下の労を労ったら、フランがむくれ。

 

 

美鈴に吸血をした後、フランが首筋を差し出して吸血をせがんで来たり

(吸血鬼同士の吸血は無用だと説明したら、瞳に光を無くして『お兄様は、美鈴がいいの?』と聞いてきて怖かったため吸血したが。その時のフランは溶けたように惚けていた。)

 

 

時にフランが兄と妹が主題の本を中心に読んでいたり。

 

 

フランが一人で本を読んだと思えば、薬品欄のページばかりじっと見ていて、不気味で妖しい雰囲気が漂っていたり。

 

 

 

 

………ある意味では、命の危険を感じるような刺激的な出来事が起こっているようだが(特にフラン絡み)

 

 

そんな平和な紅魔館の日常がずっと続いていくかと思われたが、ある日、とある来客が訪れた。

 

 

『ここの館の領主に会わせてほしい』

 

 

夕暮れ時、そろそろレミリアやフランが起床する時間帯。

 

 

久しぶりに吸血鬼の退治に来る人間が来たかと美鈴が対応に当たったのだが、来客の口から出たのはその言葉。

 

 

敵意や悪意を感じられず、さらにどう見ても、戦いに来たという雰囲気が感じられない。

 

 

どうにも自分で判断をするのが、難しく、困ったような顔で美鈴がレミリアに判断を伺ったのだ。

 

 

起きたばかりで、寝ぼけている寝衣姿のレミリアを起こして、判断を伺い、レミリアはその来客と会うことにした。

 

 

美鈴が「………御馳走様です」と小さな声で呟いていたのは聞こえていなかったのだろう。

 

 

 

紫と薄紫が交互に縦の縞となっているふんわりとした衣の上に、それよりもほんの少しだけ濃い薄紫の服を羽織っている。ドアキャップ染みた、こちらもふんわりな同色の帽子には三日月の飾りがついている。

 

 

身長は一五歳前後の少女と言ったところか。長い濃い目の紫色の髪は側頭部で一部リボンでまとめられている。瞳もまた紫色と、紫一色の少女であった。

 

 

姿を現したレミリアを目にしたその少女は驚愕と疑惑が混じり合ったような目を向けてきている。

 

 

自分よりも年上であり、強大な吸血鬼の姿がこんな小さい子供の様な姿に拍子抜けしたのだろうか、はたまた驚いたのだろうか。

 

 

もしかして、性別が不明だったとか………?

 

 

レミリアはその少女に紅魔館に訪れた用事を訪ねてみる。少女は若干動揺したものの、どもりながら教えてくれる。

 

 

少女の名前は『パチュリー・ノーレッジ』

 

 

紅魔館にある膨大な魔導書を求めてやってきたのだそうだ。

 

 

どうか、それらを読ませてほしいと頭を下げてお願いした。

 

 

レミリアとしては、読ませるのはやぶさかではないのだが、もちろん無料(タダ)で教えるわけにはいかない。

 

 

パチュリーなる少女に読ませる代わりの対価を要求して見せた。

 

 

『自分の知識量には自信がある。そして、さらに自身の魔法の成果すべてを差し上げる。』

 

 

正直、魔法に関してはレミリアはなんの興味も無かったのだが、人間界の知識には少しばかり、興味がある。それに、突然やってきたフランにパチュリーが何を吹き込んだのか、フランが魔法に物凄い興味を示したため、パチュリーの要求を承認し、図書室にある魔導書を読むことを許可した。

 

 

 

 

 

 

………その後パチュリーに性別が女だと勘違いされていたことに気付き、落ち込んでいたのはまた別の話。

 

 

 

 

 

 

レミリアとパチュリー、二人は気が合うらしく、すぐに打ち解けた。

 

 

『レミィ』『パチェ』と呼び合う仲にまで進展もし、気の合う友人という関係にもなった。

 

 

レミリアとしては、対等の友人関係というのは初めてであり、新鮮であった。

 

 

ずっと紅魔館に居座るパチュリー。レミリアは家に戻らないのかと問いかけたが、パチュリーは少し前に魔女狩りとやらで親を失っていたそうだ。

 

 

そのため、レミリアは紅魔館に住まないかと提案すると、パチュリーは快くその提案を受け入れ、すぐさま、彼女の部屋を紅魔館に転移させた。

 

 

彼女の準備の速さと用意周到さから、元から紅魔館に住みつく気だったのだろうとレミリアはあきれていたが。

 

 

しかし、パチュリーを紅魔館に受け入れた後、どういうわけか、パチュリーが意図的にレミリアを避けるような動作を見せるようになる。

 

 

嫌われているわけではないことはレミリアにもすぐにわかった。だからということもあってなぜパチュリーが自分を避けているのかが解らなかった。

 

 

受け答えはしっかりできる。『レミィ』『パチェ』と呼び合っている。

 

 

嫌う素振りを見せるどころか、感情には出さないものの、好意的には見られている。

 

 

だが、お茶会等に誘うと素気無く断られる。

 

 

レミリアには到底不明瞭なのだが、まぁそれでいいかと半ばあきらめている。

 

 

そんなこんなで吸血鬼を恐れずに知識欲を満たすために単身紅魔館へやって来た少女が、晴れて新しき紅魔の住人となった。

 

 

紅魔館の主レミリア・スカーレットとその友人にして紅魔館の知識人兼魔法使い『動かない大図書館』パチュリー・ノーレッジ

 

 

こうして静かに、また一つの歴史が収束した。




ちょいと短いかもですね。


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動く魔女(パチュリー視点 前編)

「ふうっ………、ふうっ………」

 

 

息を切らしながら、私は道を歩いていく。いや、山を登っていってる。

 

 

自分自身、あまり外に出ないで、運動もしないで読書ばかりの生活が祟った。

 

 

こればかりは、自分の運動不足と能力の不足を憎まずにはいられない。

 

 

私は『パチュリー・ノーレッジ』

 

 

魔法使いという種族に生まれ、人間ではない存在である。

 

 

『魔法』を自身の原動力にしている妖怪?と言った方がいいのだろうか、生まれつきの魔法使いとはそういうようにできている。

 

 

私は基本的に、というよりほぼ毎日家に籠って本を読んで暮らしている。

 

 

そんな生活を続けてきて、15年程になる。

 

 

しかし、なぜ私がこんな無駄に険しい山をこんなに苦労して登ることになってしまったのか、それは数日前にさかのぼる。

 

 

第一に、私は家族を早いうちに亡くしている。

 

 

魔法使いという種族は、人間達から突然の迫害対象になってしまったようで、『魔女狩り』と称して多くの同族が殺されていった。

 

 

中には人間達も、その被害にあって殺されたらしいが。

 

 

私の両親も『魔女狩り』によって亡くしてしまった。

 

 

運よく私だけが、両親の機転も働いて生き延びることが出来た。

 

 

それは10年程前のことで、その時から独り立ちを強要された。

 

 

元々暮らしていた家は人間達に燃やされてしまったため、新しい住処を探そうかと森に入っていったところ、またまた運よく廃れていた一軒家を見つけることが出来、その家に移り住むことに決めた。

 

 

幸い、魔法使いは、捨虫の術によって食事と睡眠が必要のない種族であるため、ずっとそこで暮らしていく分には特段不自由はなかった。

 

 

その家は、どうやら、同族の魔法使いが住んでいたようで、数多くの魔導書がその家にあった。その家の持ち主は、10年たった今でも戻ってくる様子はないため、そういうことなのだろう。

 

 

それから、私は魔導書を読むことでしか時間を潰せなくなり、それが10年続いた。

 

 

字が読めるのかという点は問題ない、特別愛情を注いでくれなかった両親も、英才教育だけは一人前に私にやらせていたため、難しい字でも読めるほどに教養はあるつもりだ。

 

 

今では、私は魔法使いという種族に加え、研究しても終わりが見えないほどの『魔法』の魅力にひかれ、本を読むことが私の生きがいとまで言えるほどの本の虫になった。

 

 

その点については、両親に感謝してあげてもいいだろう。

 

 

だが、新しい住処にある魔導書の本数にも流石に限界があるため、10年もすれば読んでいない本など無くなってしまった。

 

 

反対に良く10年も持った方だろう。

 

 

未知にたどり着くために、新しい魔導書を探す。

 

 

そのことが私がこの険しい山を登ることになった原因だ。

 

 

ではなぜこんな険しい山を登ることになったのか、単純に魔導書を探すのならば街などで探せばいいだろう。

 

 

街に行って魔導書を探す、これは私も考えた。

 

 

しかし、街には人間しか居らず、いつ『魔女狩り』に遭うか解らない。

 

 

魔女狩りには基本的に女性が対象だ。時々、男性も対象にされることもあるが。

 

 

現在の魔女狩りの対象者は広範囲に及ぶ、独身の者、風貌が珍しい者、住所不定の者。 

挙げられるとすれば上記であるが、私にとって全て適応されかねない。

 

 

さらに、私はこれまで人間と、さらにいえば私以外の種族と会話すらしたことがない。

 

 

交流関係のない私には、命の危険を感じながら、大勢の人の中歩きたくはない。

 

 

よってこれは却下である。

 

 

他の案を、と考えたところでふとある一冊の本の存在を思い出し、急いでその本を探しに家の中を探し回った。

 

 

見つけたのは、紅魔城に関しての本である。

 

 

『紅魔城』

 

 

とある地域の険しい山を越えた先にあるとされる城の名前である。

 

 

そこには強大な吸血鬼の中でも特段力の強い『スカーレット家』の住処であるらしい。

 

 

魔法使いの間でも、その存在は有名らしく、なんでも、紅魔城の地下の図書館には膨大な本があるらしい。魔導書も、同様に。

 

 

現在、人間の方では、紅魔城の存在は無い物として扱われている。紅魔城があると思わしき場所に紅魔城はなく。建築物が建っていた形跡もない。

 

 

何百年も昔のことで、不死身の化け物も存在など架空の存在でしかありえないというのが人間の見解だ。

 

 

私も最初は、その紅魔城の話は人間側の見解とほぼ同意見であったが、次第に本を読み解いていくうちに吸血鬼と紅魔館の存在は真実ではないかという疑念が頭をよぎるようになった。

 

 

それに、人間ではない私たちの魔法使いがいたわけだ、吸血鬼の存在もいたところでおかしくはない。

 

 

吸血鬼にも、魔術を行使する個体が本に居たそうだが。

 

 

もし、紅魔城も、何らかの魔術の作用で隠蔽、もしくは転移されているとしたら………。

 

 

突如紅魔城の存在に興味が沸き、さらにその紅魔城に眠る膨大の本に惹かれ、紅魔城の存在を探すことを決意した。

 

 

そのため、今、この山を必死に登っているわけだ。

 

 

山を登り、森を抜け、広いところに出ればそこが紅魔城だ。

 

 

と本には書いてあった。

 

 

険しい山を必死で登り、休憩を挟みつつ登り続ける。

 

 

………休憩の時間の方が多かっただろうが。

 

 

何時間もかけて山を登る。山を登りきると先には森。

 

 

先があまり見えない森を今度は歩いていく。

 

 

それにもかなりの時間をかけて歩くと開けた場所に出る。

 

 

本によるとそこが紅魔城であるはずだが、目の前は何もなく、ただ自然が立ち並んでいるだけだった。

 

 

所詮は空想の逸話だったのか、魔力の流れすらその開けた場所から感じられず、多少気落ちしながら帰路につこうと振り返ったその時。

 

 

偶然、微かな魔力の流れを感知することが出来、その流れをたどっていくことにした。

 

 

最初は微かな微弱な魔力であったが、先を進んでいけばいくほどその魔力の流れは力を増していく。

 

 

まさか、もしかして、とはやる気持ちを抑えながらもその道を一心不乱に歩いていく。

 

 

………

 

 

………………

 

 

 

 

………………………あった。

 

 

 

あった。深紅に染められている建物が、壮大に見え、真っ赤に染め上げられ、威厳やおぞましさを感じてしまう。

 

 

あれが、紅魔城…………。

 

 

架空の物ではなかった。本に書いてあった通り、紅魔城は存在していた………ッ!

 

 

感動を覚えながら、紅魔城へ一歩一歩と近づいていく。

 

 

近くで見れば見るほどその壮大さが感じられる。

 

 

とりあえず入ってみよう。

 

 

そう考え、私は紅魔城の門へと近づこうとする。

 

 

「そこまでです」

 

 

そう、声がかかる。

 

 

目を向けると、どこかの国で着用されている服、華人服だろうか?、を身に着けている女性がこちらに鋭い目を向けて警戒しているようだ。

 

 

「この紅魔館に何用で参られましたか?」

 

 

言葉遣いは丁寧であるが、その目、体勢から、私への警戒を強め、私が不審な動きをすればすぐにでも臨戦態勢がとれるように構えている。

 

 

とりあえず、彼女の警戒を解くことが必要だ。

 

 

私がここに来た理由を話そうと。口を開こうとする。

 

 

 

 

 

 

 

………。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

………開こうとする。

 

 

 

 

 

 

 

 

………………………………。

 

 

 

 

 

 

 

 

………………………………開く。

 

 

 

 

 

 

 

 

………………………………初対面の人とどうやって話すべきなのかしら。

 

 

 

それに、そういえば、ここって吸血鬼の住処だったわね。

 

 

 

………………………………もしかしなくても、危険な場所だったりするのかしら。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

………………急に帰りたくなった。

 

 

 




ぱちゅりー「人間怖いから、お宝探し気分で紅魔館を見つけようとするけど、門番のお姉さん怖いし、コミュ障だから喋れんし、しかも人間よりもっと怖い吸血鬼ここにいるやんけ、帰りたい………」



だいたいこんな感じ


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動く魔女(パチュリー視点 後編)

20時投稿のつもりが、15時になってました。


レミリア様、 ♀はおぜう様だから
       ♂はおうぜ様


感想のおうぜ様案いただきまして、おうぜ様にします!


「………だんまりですか?」

 

 

そう目の前の華人服の女性が厳しい目で此方を睨みつけてくる。

 

 

10年以上程、他人と関わらなかった私には、対人能力が皆無らしい。

 

 

『魔導書を見せてほしい』

 

 

こんな要望を口に出すだけでいいのに、口が私の意図に逆らって閉じたままだ。

 

 

「………でしたら、私にも考えがあります」

 

 

そう、目の前の女性はゆっくりと動きを変え、いよいよ不味い段階まで進もうとしている。

 

 

………不味いわね。いや、これはかなり不味いわね。

 

 

自分の対人能力が自身の危機を招く。

 

 

なんで今まで、他人と関わっていかなかったのかしら………!

 

 

そんな自分に若干の嫌悪感を抱きながら、必死に頭を巡らせる。

 

 

………勇気を出すのよ、パチュリー・ノーレッジ!思ったことを口に出すことなんて、容易いものでしょう!

 

 

「………………………ぁの」

 

 

「この紅魔館に立ち入り、私達に仇なす者はこの私………」

 

 

 

 

 

 

 

 

「ここの領主様にお会いしたいのですが!!!」

「この紅美鈴が許しません!!」

 

 

 

 

「「………はえ?」」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

………びっくりしたわ。

 

 

まさか、自分の渾身のお願いがノータイムで断られてしまったかと勘違いしてしまったわ。

 

 

今、私は紅魔城、彼女の言葉から察するに紅魔館らしい、の廊下をあるいている。

 

 

「いや………あはは、先ほどはご無礼を………」

 

 

「………い、いえ」

 

 

門前の華人服の女性、紅美鈴という女性が案内として。

 

 

先ほどの華人服ではなく、今はメイド服なるものを着用している。

 

 

あの後、彼女がこの紅魔館の領主である、レミリア・スカーレットに報告した後、私の要望が聞き入れられて、紅魔館に入れてもらえることになった。

 

 

ここの領主に会わせてほしい。とは言ったものの、言った後にここは吸血鬼の住処だということを思い出し、「やっぱり帰ります」と言いたかったのだが、流石に会わせてくれと言った手前、それは失礼にあたってしまう。

 

 

機嫌を損ねたら吸血鬼は怖いのだ。それに、そんなことを言う程の度胸はもう私には残っていないのだから………。

 

 

若干青い気分で彼女の後に続くように廊下を歩いていく。

 

 

廊下を歩く先々に前に歩く紅美鈴と同じ服装をした使用人。

 

 

目が紅く、翼が生えている人………、人?

 

 

いや、あれが吸血鬼だろう。そんな彼らが怪訝な顔で此方を見ているのだ。

 

 

そんな彼らからすれば、人と同じように非力な餌がひっこり紅魔館内に入ってきたような印象なのだろう。

 

 

その時の私は言うなれば、虎の群れの中に一人歩く羊のような感じで廊下を歩いている。

 

 

…………………嗚呼、もう帰りたい。

 

 

幸い、目の前の女性、紅美鈴さんが優しい人で、見れば吸血鬼の様な容貌をしていない。

 

 

吸血鬼以外の種族で優しい人が働いていることが唯一の救いだ。

 

 

「………領主様は此方にいらっしゃいます。………お客様?」

 

 

「………あッ!は、はい………?」

 

 

ドアの前に着き、物思いに耽ってしまった私にそう呼びかける美鈴さん。

 

 

急に声がしたものだから、ビクッと反応してしまう。

 

 

「………入りますよ?」

 

 

「え、ええ」

 

 

そう言って扉を開けて先に歩く美鈴さん。

 

 

その後に続く私。

 

 

ドアの先には、先ほどの廊下も広かったが、それ以上に広い広間に出て、両サイドに燭台が灯されている。

 

「ようこそ」

 

 

一言でその場の雰囲気が変わったような気がした。

 

声は赤いカーペットが敷いてあるずっと先から。

 

 

「我が紅魔館へ」

 

 

ゆっくりと顔をあげて、その声が発せられている所へ目を向けようとする。

 

 

「私はレミリア・スカーレット、高貴な身にして誇り高き吸血鬼」

 

 

姿を確認した途端、はっと息をのむ。

 

 

その吸い込まれそうなほど紅い眼、廊下で見た吸血鬼達よりも一段と大きいその翼。

 

 

声だけでも、感じてしまう程の威圧感。

 

 

「歓迎するぞ、御客人」

 

 

数段先にある玉座、まるで、王の間と呼ぶにふさわしいほの場所で、頬杖をついているその姿は当に威厳ある領主然としている。

 

 

「………はッ………」

 

 

口から空気が抜けるように、思わず口を開けてしまう。

 

 

………ありえない、ありえない!!

 

 

頭が理解しようとしない、いや、理解することを拒んでいるように、その目の前の存在を認識しない。

 

 

誇り高き、そして強大な吸血鬼。

 

 

かの姿、まさに噂通り吸血鬼に相応しく、その体から発せられる威圧感は吸血鬼の中でも特段力のある、威厳そのものを含んだ尊大な声は当に支配者と同じ。

 

 

………でも、まさか、まさか!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

それが、10歳ほどの子供から感じるなんて………!!

 

 

「はえっ!?………こ、子供………?」

 

 

「………………………は?」

 

 

理解が追い付いた途端、頭の容量を超え、口から出たその言葉は、辺りを凍らせるのには十分だった。

 

 

 

その後、冷静になった私は、自身のその言葉を振り返り、こう思うのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

……………………………もしかしなくても、また何かやってしまったわね。

 

 

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 

「と、とにかく、この紅魔館にようこそ御客人。して、何用で参られたのかな?」

 

 

そう、微妙な雰囲気を取りなす様に、レミリアさんはそう言う。

 

 

確かに、あのレミリア・スカーレットがこんなに幼い見た目だとは思わなかったわ。

 

 

だけれど、これは好機かもしれないわね。

 

 

正体はあの恐ろしい吸血鬼だけど、とりあえず、その場で私をどうにかしようとは考えていない。領主として寛大さを擁していることは先ほどのことから認識済みだ。  

 

 

流石に死んだとは思ったけど。

 

 

……………大丈夫。相手は子供、子供よ。

 

 

 

「は、はい、紅魔館にある、本を、お、主に魔導書を、見せていただきたいのですが………………」

 

 

おどおどながらも、しっかり自分の主張を言うことが出来た。

 

 

「本………それも、魔導書、か。地下の図書館に膨大な量の本はあるし、魔導書も同様に多くあるだろう」

 

 

少し考えた後、そのようにレミリアさんは言う、そして「だが」と一言付け加え

 

 

「見せることもやぶさかではないが、無料(タダ)で、とはいかない。お前は見返りに何をしてくれる?」

 

 

「私の今後の魔法の成果をすべて差し上げます。それと、私が今現在持つ知識の全ても同様に貴女に差し上げます」

 

 

すらっと頭の中の言葉が口に出た。『魔導書が大量にある』そんな言葉をしかと耳に入れたため、私の中で何かが変わったのだろう。

 

 

先ほどまでのどもり様は何だったのかと言いたげに、レミリアさんと横にいる美鈴さんが少しだけ驚いたような表情になった気がした。

 

 

「ふーん、数十年の知識と、魔法の成果を、ねぇ?あいにくと、私は魔法などというものはあまり興味g「お兄様……………?」」

 

 

そう、レミリアさんの言葉を遮るように後ろの方から声がした。

 

 

「フラン?」

 

 

「お兄様、そこの人、だれ?」

 

さっと後ろを見ると、金色の髪をして、紅い瞳、そして、その容貌とお兄様と呼ぶ声から、レミリアさんの妹であるということが見て取れる。

 

 

その背から生えている翼は、それまでの吸血鬼とは違ってみたことのない翼をしている。それに、プリズムのようなものが翼から垂れ下がっている。

 

 

「いやなに、御客人さ、魔法使いの様で、紅魔館の魔導書を読ませて欲しいと言っているんだ」

 

 

「そうなの、魔導書、を、ね」

 

 

そうレミリアさんが妹さんにそう言うと、納得したような声を出しながら、私に近づいていく。

 

 

「貴女、名前は?」

 

 

そう、妹さんが私に名前を尋ねる。声に若干の冷たさを帯びているのは気のせいだろうか。

 

 

「ぱ、パチュリー・ノーレッジ…………です」

 

 

「そう………。ねぇ、パチュリー、魔法ってどういうことが出来るの?」

 

 

「い、色々な事が、できると思いますけど………………」

 

 

そう私が言った瞬間、妹さんの雰囲気が少し柔らかい、というより、何かを期待したような。そんな雰囲気に変わった。

 

 

「…………洗脳系とか、支配系統の魔法も………?」

 

 

そう小声で私に耳打ちする様に問いかける妹さん。

 

 

………ん?何かおかしいわね………。

 

 

「え、ええ、そういう系統もあります、けど………」

 

 

そう言った瞬間バッと妹さん、フランさんが私から離れた。

 

 

「お兄様!私、パチュリーに魔導書を読ませてもいいと思う!!」

 

 

先ほどの冷たく感じる声はどこにやら、見た目相応の無邪気な声になって満面の笑みでレミリアさんにそう告げる。

 

 

「そ、そうかい?フランがそう言うなら………それでいいんだけど」

 

 

どこか困惑した様子でレミリアさんが言う。

 

 

「じゃあ決まりね!よろしくね!パチュリーさん!」

 

 

「あ、は、はい」

 

 

「お兄様もそれでいいでしょう?」

 

 

「あ、ああ、問題ないけど」

 

 

そう、喜んだようにフランさんがそう言う。

 

 

………どうして、フランさんは魔法に興味があるのだろう?

 

 

レミリアさんと同じく、あまり魔法に興味が無さそうだったのだけれど………。

 

 

そこで、ふとフランさんの顔をチラリと見てみる。

 

 

 

 

………………………ああ、なるほど。

 

 

 

レミリアさんを見る目が、全てを語っていた。

 

 

 

………………………しかし、同性で、姉妹でそういうことってあるのね。

 

 

 

同性?姉妹? 

 

 

あら?

 

 

 

そう言えば、フランさんはレミリアさんのことを『お兄様』と呼んでいたわね。

 

 

 

 

 

 

………………………ん?

 

 

 

 

 

 

 

 

………その後、私は地下室の図書館に居座ることを許された。

 

 

私は美鈴さんにレミリアさんの性別について聞いてみたところ。

 

 

「あぁ…………」

 

 

と何とも言えない顔で納得していた。

 

 

 

 

 

 

男性の方だったのね、レミリアさんって…………………。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

「…………いつまで、この館に居るつもり?」

 

 

「…………もう少し、です」

 

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

「まだなのかい?」

 

 

「あと少し………」

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

「パチェ?」

 

 

「もうちょっと………」

 

 

「それは前も聞いたぞ」

 

 

「前はあと少しだったわよ、レミィ」

 

 

「………変わらないけど」

 

 

そう何か月も紅魔館に居座っている私、いつまでここにいるつもりかと半ば呆れたように問い続けるレミィ。

 

 

最初の頃の威圧を帯びた立ち振る舞いから一転、人付き合いのいいような笑顔で私に接してきたものだから、最初は驚いた。

 

 

こっちがレミィの素なのかと思うと納得した。見た目相応、まだまだ子供なんだなと思った。

 

 

まぁ、私よりも全然年上なのだけれど。

 

 

レミィは何かと世話焼きな性格の様で、しょっちゅう私の元に来て、こうして話しかけてくるのだ。

 

 

 

最初こそは、ギクシャクしたような感じだったけれど、いつの間にか、普通に話せるようになり、『パチェ』『レミィ』と呼び合う関係にまでなった。

 

 

私はレミィの様な親友ともいえる人が初めてで、少し新鮮だった。

 

 

表情には出さないようにしてはいるが。

 

 

それ以外にも、妹様、フランに関してもしょっちゅう私の元に来て、魔導書について講義を受けに来る。

 

 

初めから、洗脳魔法系統の魔導書を持ってきたときはどうしようかと思ったが、流石に基礎から始めることは大切だと説得して、渋々納得して受け入れてくれた。

 

 

やっぱり妹様の説得にはレミィを引き合いに出した方が楽に進むわね………。

 

 

それと、美鈴に関しては、普通に会話する程度までには進展した。

 

 

しかし、レミィと同じように頻繁に会うわけでもないので、そんなものだろう。

 

 

今では、レミィと呼んで、楽な口調で話し合って、時間を潰すとは最初の頃の私からすれば考えられないものだ。

 

 

 

「しかし、パチェはいつまでもここにいる様でいいのか?自分でいうのもなんだけど、夜にしか行動しない種族と一緒にいては体を壊す。それに、御親族も心配することだろう?」

 

 

「本を読むのに昼も夜も関係ないわ。私が住んでた家は借り物のようなものだし、両親は魔女狩りで亡くなったわよ。実家も魔女狩りの被害で焼かれたし」

 

 

そういうと、レミィは紅茶を一口飲む。

 

 

「じゃあパチェ、私の家に住んでみない? あなたの知識は役に立つ、それに、そんな境遇の友人を放ってはおけん」

 

 

「さっきまでは帰れと言っていたのに?」

 

 

「いつまでここにいるのか聞いただけだろう?で、どうなんだ?」

 

 

そういうレミィ、私はちょうど本を読み終わり、考える仕草をする。

 

 

「ええ、ぜひ、お願いするわ」

 

 

答えはもちろん決まっている。まだまだ読み終わっていない魔導書は山ほどある。これなら、何百、いや何千年も持つ、それに、ここは居心地がいい。一人でも別に気にしなかったのだけれど。やはり、他人との交流を私は望んでいたようで。帰りたくても、帰れない。体がここにいることを望んでいる。

 

 

「そう、歓迎するよ、パチェ」

 

 

「改めてよろしく、レミィ」

 

 

 

そう言って私は、紅魔館の一員になった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

余談だが、私、パチュリー・ノーレッジは魔法使いという種族である。

 

 

魔法使いは捨虫の術で老化を防ぎ、食事と睡眠の必要のない体になっているわけだ。

 

 

『食事』と『睡眠』それは、理性ある生物が持つ三大欲求の内の二つである。

 

 

それを生まれつき、捨虫の術で抑制する。

 

 

しかし、三大欲求の内、残り一つは?

 

 

 

…………………………つまり、そういうことである。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

別に誰とでも、というわけではなく、好意を寄せている相手のみにソレが急激に働く。

 

 

妹さまと美鈴、それ以外の従業員には別に作用しない、同性だし。

 

 

 

しかし、異性であり、私の唯一の友人であるレミィ…………………。

 

 

 

 

 

 

 

 

私が紅魔館の一員となった後、私は自分自身を抑えるために、また、レミィのお茶会等の誘いを断る度に、別の意味で悶々とすることになる。

 

 

それに、もちろんそんな日には誰とも会うことが出来なくなる。

 

 

一応、私は地下の図書館を管理することになったため、他者との交流もすることになる。そのため、私の代わりを務める司書役として、使い魔の小悪魔を召喚することになったのは別の話。




今回のおうぜ様は寝起きでパジャマ姿から着替えたものの、ゆったりとした服装をチョイスしたため、女の子の様に見えてしまったというオチ。



異性と愛称で呼び合う親友ポジまでに発展したんだから、好意持ってなければおかしいんだよなぁ?


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見つかった理想郷

紅魔館のメンバーのおさらい

新しい紅魔館メンバーの視点

の二点でお送りいたします。

導入につなげていければいいなぁ


パチュリーが紅魔館の一員になってから、何十年か経った。

 

 

パチュリーもめでたく100を超える魔女になり、レミリアもあと数十年で500歳になる年。

 

 

もうすでに紅魔館は人間から認識すらされなくなり、吸血鬼の存在など物語の中でしか出ず、もう人間達から忘れ去られているようになった。

 

 

20世紀ももうすぐ終わりを迎える年、人間達から忘れ去られた紅魔館内の様子を見ていこう。

 

 

まずは『レミリア・スカーレット』

 

 

ここ紅魔館の領主にして吸血鬼として400後半生きているものの、吸血鬼の中ではまだまだ年若く、現在の吸血鬼としての能力は他の吸血鬼よりも遥かに秀でており、将来性も期待できる。

 

 

最近頭を悩ますことは、フランが最近になって奇行に走るようになったこと。

 

 

遊びと称して、色々なことをレミリアに試そうとする。

 

 

あらゆる魔法、魔術をレミリアで試そうとしたりする。

 

 

幸い、レミリアの身体は何ともなかった。

 

 

真ん中に穴の開いた金貨を紐で括り付けて、レミリアの前で左右に揺らして暗示をかけようとした時は流石に意図を図りかねるとレミリアは語っていた。

 

 

 

 

 

 

続いて、『フランドール・スカーレット』

 

 

兄であるレミリアの妹にして兄の5歳下で黄金色の綺麗な髪、無邪気な性格でいつまでも兄離れが出来ない様子の元気な妹である。

 

 

フランは、兄であるレミリアに兄妹としての関係を超越した感情を抱いている。

 

 

レミリアの害になる者を徹底的に排除しようとする動きがあり、逆にレミリアに忠誠を誓うように使用人たちに洗脳にも似た教育を施したこともあるとかないとか。

 

 

最近は、美鈴を一方的に叩きのめして何らかのストレスを解消していたり、パチュリーから魔法を教わったり、積極的に使用人たちと関わったりと、どんどんと交流関係を増やしている。

 

 

フランの最近の悩みは、兄であるレミリアに洗脳魔法や、洗脳魔法系統、催眠術が全然効き目がないこと。

 

 

毎度毎度失敗するたびに、より高度な魔法を勉強しようとするため、魔法に関して全く無知なレミリアは、一生懸命でいいことだと黙認している。

 

 

レミリア自身、そんな魔法をかけられていることには気づかないが。

 

 

 

 

 

 

 

次に、『紅美鈴』

 

 

レミリアが100歳ほどの時に紅魔館にやってきて、勝負を挑んで完敗してから新しい使用人として紅魔館に働くことになった。

 

 

武術の達人であり、その時期は人間達からの襲撃も頻繁にあり、それを迎撃する任務も兼務している。

 

 

メイドして、番人もして、しかも、レミリアの専属メイドとして、様々な教育を先輩方からの妬みを加算して散々叩き込まれている。

 

 

紅魔館内で一番酷使されているのは彼女である。

 

 

そこに、レミリアの専属メイドということに一番妬んだフランに一方的にボコられていることも合わさっている。

 

 

おかげで、疲労回復の為に使用している『気』が上達したり、耐久力が吸血鬼、レミリア以上になったのだが、それは本人にも気が付いていない。

 

 

本来、武人気質であるので、時々、庭でレミリアを始め、様々な人たちと組手をしている姿をよく見かける。

 

 

最近の趣味は庭で花を咲かせたりする園芸。

 

 

最近の悩みは、女性としての自分を磨くか、武人としての自分を磨くか。

 

 

どちらが、より目を惹くようになるかなぁと悩んでいるらしい。誰のとは言わないが。

 

 

 

 

 

 

最後は『パチュリー・ノーレッジ』

 

 

100年前ぐらいに紅魔館に来て、魔導書を読ませて欲しいと頼んできた少女である。

 

 

自身の知識と魔法の研究の成果等を見返りに魔導書を読ませてもらうことになり、最終的にレミリアと意気投合して、『パチェ』『レミィ』と呼び合う友人関係にまで進展した。

 

 

そして、さらに両親を亡くしているパチュリーにレミリアが機転を利かせて、紅魔館に住ませることになった。

 

 

地下の大図書館を管理するようになり、さらに代わりの司書として使い魔を召喚したらしい。

 

 

いつから準備していたのか、前に住んでいた住処を転移魔法で転移させた。

 

 

あまり他人へ興味を示さないように見えるが、レミリアと友人関係を結んだり、その妹フランに魔法を教えたり、美鈴と偶に他愛のない話をしたりとある程度の交流関係はあり、面倒見もいいようだ。

 

 

しかし、友人であるレミリアとの接触をある程度避けているような節があり、お茶会等の誘いに断りを入れるため、レミリアは実はパチュリーから嫌われているのではないのかと落ち込んだことがあり、それで一悶着したことがある。

 

 

しかし、レミリアとの仲は以前変わりなく良好のようである。

 

 

最近の悩みは、自身の何かを抑制する魔法を試行錯誤して編み出そうとしているが、全く成果が出ないこと。

 

召喚した使い魔から何かを理解したような目で労わるように接してくるので、それが何となくムカつくこと。

 

 

 

 

 

 

そんなこんなで多種多様な悩みを抱えながらも、(半分以上同じ対象)日々、人間達から忘れ去られながらも基本平和に暮らしている。

 

 

しかし、数か月後、他からやってきた吸血鬼の生き残りがやってきて、助力を願い出てきたことから、紅魔館の新しい生活が始まることになる。

 

 

そして、その新しい生活の場所が、その生き残りの吸血鬼の口から初めて出ることになる。

 

 

 

 

 

……………忘れ去られた者たちが行きつく理想郷『幻想郷』が。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

(小悪魔視点)

 

 

皆さん、初めまして!

 

 

私、パチュリー様の使い魔をしております。小悪魔です!

 

 

元は吸血鬼と同じくらい強力な種族である悪魔なのですが、その悪魔たちの中でも弱い分類にいるので、『小悪魔』と呼ばれています。

 

 

パチュリー様からは『こあ』と呼ばれています。

 

 

私は、ここ、紅魔館内地下図書館の司書をお勤めしています。

 

 

紅魔館の領主様はレミリア・スカーレットという名前の吸血鬼さんです。

 

 

初めて名前を聞いたときは女性の方かなと思ったのですが、パチュリー様からお聞きしたところ、男性の方らしいです。

 

 

女性の名前なのに、何だ男か…………。

 

 

と思わず口にしたら、「男で何が悪い!!」と顎が砕けそうなほどの一撃を貰いそうな気がしたので、名前に関することはあまり言わないほうがいいですよね……………。

 

 

レミリアさんは、男性の方ですけど、女性と見間違えそうなほどの御容貌で、白い肌と綺麗な紅い瞳と艶のある青色の御髪をしておられます!…………………羨ましい。

 

 

性格も、人懐っこい性格をしておられ、力の弱い私にも、侮蔑の目をせずに話しかけていただきます!

 

 

そんな美少年のレミリアさん、いえ、お坊ちゃまは、使用人たちの中でも、ほぼ全員から慕われております。

 

 

そのルックスと性格、時に威厳のあるギャップによって主に女性方から高い人気があります!

 

 

その少年の見た目がお好きだという方も…………………。

 

 

 

…………もちろん、私も。

 

 

コホン、とにかく私は、吸血鬼の方が多くいらっしゃる紅魔館で司書として働いています。

 

 

吸血鬼といえば、傲慢で、弱い者を下に見下すというような噂がありますけど、ここの吸血鬼の方たちはとても私に良くしてもらってます!

 

 

私も、赤い瞳で、翼も生えているから吸血鬼の同類だと思われているのでしょうか?

 

 

噂なんて当てにならないなって改めて感じましたね。

 

 

司書という職ですので、たくさんの人と交流することもあります。

 

 

強いて挙げるとすれば、お坊ちゃまのレミリア様、お坊ちゃまの妹様であるフランドール様、そして、お坊ちゃまの専属メイドとして仕えていらっしゃる紅美鈴さん、当然ですが、私のご主人様であるパチュリー様です。

 

 

お坊ちゃまは、私のご主人様であるパチュリー様のご友人ですので、良く、図書館にいらっしゃいます。椅子に座りながら、頬杖をついて、パチュリー様とお話になるそのお姿…………………。

 

 

はぁ…………………眼福ですぅ。

 

 

あら、また逸れましたね。

 

 

図書館にいらっしゃるお坊ちゃまは私には話しかけていただきますので。ある程度、面識はあるのです。

 

 

 

フラン様は、よく図書館にいらっしゃり、幾時間かパチュリー様に魔法を教わった後、魔導書を借りていかれます。

 

 

魔導書のほとんどは、洗脳・支配系統の魔法でしたが、どういった用途でお使いになるのでしょうか…………………?

 

 

 

次に紅美鈴さん。

 

 

一番私と面識のある方で、図書館に訪れたら良く私に話しかけていただきます。

 

お優しい方で、園芸が趣味だそうです。

 

 

 

最後は私のご主人様であるパチュリー様です。

 

 

最初は冷たい方という印象でしたが、実はお優しい方でした。

 

 

フラン様に面倒がらずに魔法を教えていたりと、面倒見もいいです。

 

 

しかし、夜な夜な自室でなさられていることは…………………。

 

 

まぁ、私も女性ですので、まぁこれ以上言及しないことにしますが、

 

 

あれは、確実にお坊ちゃまですよね…………………。

 

 

「レミィ」、「レミィ」

 

 

と自室の方から聞こえてくるので…………………。

 

 

そういうことなんでしょう。

 

 

その次の日は、恐らくパチュリー様はお疲れでしょうから、何かとお気遣いしているのですが、何となくその日はきついお仕置きが多いような気がします。

 

 

しかし、最初の印象から今回は多少意外でした。

 

 

パチュリー様って意外とむっt(

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その日、小悪魔が地下図書館で吊るされている姿が確認された。




お次の話は、生き残り吸血鬼視点で行きたいかなぁと思います。


カリスマおうぜ様を描けるか心配ですね。


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幻想郷~原作前~
吸血鬼異変 ~導入~


導入部分です。
視点はないよ。


「…………………それで、この紅魔館に助力を願いに来たというわけか?」

 

 

「はっ、左様で御座います。今こそ、我ら吸血鬼の威光を再興すべきかと」

 

 

玉座に座り、その場を凍てつかんばかりに威厳のある声で言い放つレミリア。

 

それに対し、跪いて協力を願い出る翼の生えた男。彼の言葉からレミリアと同じ吸血鬼であるということが見て取れる。

 

 

彼の後方には、護衛と思われる同族の吸血鬼2名が同じように跪いている。

 

 

成人の見た目をしていることから、レミリアより断然年上である吸血鬼がなぜ頭を下げてまでレミリアに何かに対して助力を願いに来たのか。

 

 

それは、今は忘れ去られ、数を減らしていった吸血鬼の再興である。

 

 

吸血鬼は、人間達からその存在を忘れ去られて久しい。

 

 

人間達が吸血鬼という存在を恐れ、吸血鬼に支配されていたのもほんの少しであった。

 

 

吸血鬼の始祖ヴラド・ツェペシュ、その後を継ぐように力を持った串刺し公の血を引き継ぐとされるスカーレット家

 

 

当時はそういった吸血鬼達が台頭し、人間達に恐れられるようになった。

 

 

しかし、そんな吸血鬼の支配は長くは続かない。

 

 

ヴラドがある帝国との戦いで戦死、スカーレット家もレミリアの父が死亡してから人間達への影響力が弱まり、人間達に吸血鬼を撲滅せんという動きがみられるようになった。

 

 

吸血鬼に対する武器、対策が次第に開発され、人間達のゲリラ、奇襲により、吸血鬼達はその数を次第に減らしていくことになった。

 

 

そのため、吸血鬼達は恥を忍んで人間達から隠れて生活する様になり、ある者は人目の離れた辺境へ、ある者は、吸血鬼という存在を隠して人間界へ。

 

 

それは、人間という存在を見下し、家畜同然の様に扱っていた吸血鬼達にとって屈辱の極みである。

 

 

しかし、それらを耐え忍んで生活をしてきた。

 

 

だが、現在、今や吸血鬼という存在は人間達から忘れ去られ、物語上の存在として認識される。

 

 

私達の存在を嘘に塗り固められ、奴らは十字架に弱いだのニンニクに弱いだの。

 

 

強大な存在ではあるが弱点だらけで恐ろしくはないだの、ただの死体だの、根拠のない嘘の情報で吸血鬼という存在そのものが穢されていく。

 

 

ついに我慢ならなくなった吸血鬼達は考えるようになった。

 

 

『人間達に再び我らの威光を見せるべきではないか』

 

 

だが、戦力が足りない。

 

 

せいぜい生き残りの吸血鬼達を集めても、千にも満たすかどうか。

 

 

それに、我らの絶対的な指導者がいない。

 

 

人間達は人間同士対立しあってはいるものの、一国の数でさえ我らの何倍にも人口はいる。

 

 

自分たちの力は絶対的なものだと確信はしているが、流石に数が足りなさすぎる。

 

 

そこで、吸血鬼達は自分たちの絶対的な指導者と、自分たちの戦力を増強するために長年再考を繰り返し、ようやくその二つを解消する方法を見つけることとなる。

 

 

一つ目、絶対的な指導者『紅魔城のレミリア・スカーレット』

 

 

吸血鬼の中でも、スカーレット家は強力であり、レミリアは当代きっての実力者であると噂になっていた。

 

 

レミリアの父が急死してから人間達への影響力はなくなってしまったものの、レミリアの実力は歴代でも最高ではないかという見解が吸血鬼達にはあった。

 

 

弱冠500にも満たない吸血鬼ではあるが、幼い内から紅魔城をまとめ上げる統率力、人間達の魔の手を容易く打ち破る実力からレミリアに白羽の矢が立った。

 

 

そして、戦力の増強策として、とある場所の占領が挙げられた。

 

 

『幻想郷』である。

 

 

幻想郷。忘れ去られし者たちが集うこの場所。

 

 

かつて人間達から畏れられた妖怪なる存在が存在を忘れられ、幻想郷に移り住む。

 

 

妖怪は、人間を超える身体能力と運動能力を有し、人間を襲う存在である。

 

 

ここで吸血鬼達は考えた。

 

 

我ら吸血鬼がこの妖怪たちを支配すれば、我ら吸血鬼の再興に役立てるのではないか。

 

 

妖怪たちは頭が弱い。

 

 

その妖怪を凌駕する吸血鬼の力と頭脳をもってして妖怪達を支配するのは容易い。

 

 

そう考えた吸血鬼達は早速幻想郷への支配の準備を整えようとする。

 

 

そこで、吸血鬼達はあることに気が付いた。

 

 

『そうだ、幻想郷を支配するための拠点が必要だ』

 

 

それを解消するため、『レミリア・スカーレット』と『紅魔城』を必要としている。

 

 

これが、彼らが紅魔館に訪れた理由である。

 

 

正直、レミリアとしては吸血鬼の再興などあまり興味が無く、難色を示した。

 

 

吸血鬼の再興と綺麗な言葉で隠しているものの、要は人間達が調子乗っててムカつくから痛い目見せてやりたい。

 

 

そのため、幻想郷にいる妖怪達に八つ当たりして従わせよう。

 

 

ということである。

 

 

千に満たない吸血鬼で、幻想郷を支配できるほど楽なものではないだろう。

 

そうレミリアは考えているが、他の吸血鬼達は自分たちの威光を傘に自分たちがこの世界で至高の存在であるということを絶対視している。

 

 

無為に拗らせることはすべきでないと判断したレミリアはこの助力を了承した。

 

 

無謀とはいうものの、レミリアにとってこの生活が暇そのものであるということは否定できない。

 

 

日々退屈にさらされていたレミリアは、この幻想郷への侵攻を面白そうに見ていた。

 

 

適当に戦って、暇潰しできたら和平を結んで幻想郷に居座ってみようか。

 

 

それに、この提案を拒否すれば、他の吸血鬼達と面倒になる。

 

 

ならば、そいつらを殺せばいい。それも、利用という形で。

 

 

 

幻想郷での侵攻で紅魔館以外の吸血鬼達を一掃し、自身も力を見せて幻想郷に紅魔館のレミリア・スカーレットなる畏怖の存在を認識させ、幻想郷に居座ろう。

 

 

そう考えたレミリアはこの提案を快諾することになった。

 

 

それも、条件付きで。

 

 

以下がその条件である。(口語訳)

 

 

 

『幻想郷侵攻の為に自分も協力するし、拠点として紅魔館を使わせてあげるよ。でも、ここの従業員たちは戦闘経験が少ないから、後方支援役として別館の方に置いていくよ。』

 

 

というものである。

 

 

紅魔館内の従業員は戦闘経験はかつての人間達の襲撃によって積んではいるが、レミリアは嘘をついて認めさせることにした。

 

 

なんだかんだ優秀な部下であるから、失うのは忍びない。

 

 

この無謀な作戦ともいえる侵攻作戦で失うのはもったいない。

 

 

とレミリアは考えたのだ。

 

 

この条件を付けて彼らの提案を受諾し、レミリアは、生き残りの吸血鬼達と共に幻想郷への侵攻の準備を進めていった。

 

 

これが、幻想郷に大きな影響を及ぼした。『吸血鬼異変』である。

 

 

 

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

…………………というわけで、レミリアは、紅魔館内の全員に以上のことを伝える。

 

 

紅魔館で働いている同族の従業員たちに別館に移り住んで自身の帰りを待つように告げる。

 

 

しかし、難色を示す者達もいた。これが以下の会話である。

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 

「お兄様が行くんだったら、私も行く。いいよね?お兄様?」

 

 

「でも、危険だぞ?命の危険があるかもしれn」

 

 

「お兄様と一緒だから死なないよ!お兄様が死ねば、私も死ねばいいだけだもん!」

 

 

「そ、そう…………」

 

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

「専属メイドとして、御傍に控えさせていただきますよ!それに、幻想郷で実力のある妖怪と戦えそうですからね!」

 

 

「お前が言うんだったらそれでいいが………」

 

 

「………ッ!?こ、これが俗に言う夫婦の共同作業…………?が、頑張りますからね!お坊ちゃま!」

 

 

「…………………?」

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

「レミィ、私も行くわ」

 

 

「え…………?」

 

 

「私の魔法無しにどうやって幻想郷に行くのかしら?」

 

 

「い、いや、別にお前の助力は必要ないt」

 

 

「いいわね?」

 

 

「あ、ああ」

 

 

「………素直にお坊ちゃまが心配だからって言えばいいじゃないですかご主人様(ボソッ)」

 

 

「…………………こあ、黙りなさい」

 

 

 

 

 

 

こうして、レミリア達は着々と幻想郷への準備を整えていくのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

森という自然の中にとある建物が一つ。

 

 

恐らくそれは、知るものは神社と呼ばれるものだろう。

 

 

周囲には桜の木が一面に咲き、春の訪れをウグイスが告げる。

 

 

その神社の中、一人の女性が臥せている。

 

 

成人した女性を感じさせ、アンダーウェアの上に紅白の色合いをした服装に身を包んでいる。言わば、巫女服というものだ。

 

 

ストレートの艶のある美しい髪、整った顔は、大人びた女性を感じさせる。

 

 

病に侵され、苦しそうである。

 

 

「…………体調はどうかしら?」

 

 

「ああ、少し、良くなってきたみたいだ」

 

 

そこへ、何もないところから空間の裂け目が生じ、紫にフリルのついたドレスを身に着けた女性が顔を出した。神社の中であるというのに大きな日傘をさし、その女性に体調を問いかける。

 

 

病に臥せっている女性は彼女に驚くこともなく返事をしてみせた。

 

 

「…………そう、なら、安心だわ。まだまだあなたには、やってもらうことがまだ沢山あるもの」

 

 

そう、日傘をさした女性は片方の手で扇子を開き、口元を隠してそう言う。

 

 

「ははっ、これは手厳しいな。」

 

 

紅白の女性はそう笑いながらそう返す。

 

 

無理に笑った結果だろうか、すぐにゴホゴホと咳をする。

 

 

「…………、後、何年持つの?その体は」

 

 

「…………数年程、ぐらいだろうな」

 

 

「…………………」

 

 

「無理に身体を酷使しすぎた代償が、とうとうやってきたのだ、別にどうってことはないさ」

 

 

押し黙る日傘の女性にそう紅白の女性は何ともないように言って見せる。

 

 

「…………あなたは」

 

 

 

「うん?」

 

 

「あなたは、私を恨まないの?貴女の身体を壊してしまう程、過酷な運命を背負わせ、死地へと向かわせる私を………」

 

 

「…………………」

 

 

「私がいなければ、貴女は幸せな生活を享受できたでしょう。少女らしく笑っていられたのでしょう。多くの死体を見なかったでしょう。そして、大事な人達との別れも経験しなかった。そんな人生を台無しにした、この私を、憎いと、思っていないの?」

 

 

「…………いや」

 

 

そう、紅白の女性は返す。

 

 

「確かに、多くの悲劇を経験して、多くの苦痛も味わってきた。立ち直れないほどの苦しみも。でも、私がここにいることは間違いだとは思っていない」

 

 

「多くの命が救われ、沢山の人達から感謝され、助けとなることができた。私がやって来たことが、多くの人の命を救った。それは、私にとってこれ以上ない喜びで、その喜びを与えてくれたのは、お前だ」

 

 

「……………ッ!」

 

 

「お前と会わなかったら、確かに平凡な少女として暮らしていったのだろう。だけど、多くの人を救うことが出来ず、逆に多くの人の命が奪われ、一生後悔するほどの傷として、私の中に巣食うことになるだろう」

 

 

「私は、この選択に後悔はない、ましてお前を恨むことなど最もない。逆に感謝しているんだ。私にこんな大事を託してくれてありがとうと」

 

 

「…………………」

 

 

「それに、今の私は不幸なんかじゃない。満ち足りているよ」

 

 

そう、紅白の女性は心の底からの本心を打ち明ける。

 

 

日傘の女性は、扇子を口元を隠すように広げ。顔を横に向けているため、表情を伺うことは出来ない。

 

 

そんな彼女を見てふっと笑った紅白の女性は続ける

 

 

「あの娘を、『霊夢』を頼む。あまり、良く面倒を見ることが出来なくて、ほぼお前に預けてしまっているようなものだが、それでも、あの娘は私の希望。きっとあの娘は私を覚えていないだろうが、あの娘は私の幸せ」

 

 

そう紅白の女性は思い返すように話す。

 

 

神社の前で捨てられていた赤子。

 

 

生まれたばかりの赤子を捨てるなどと憤慨し、赤子の面倒を見ることになった。

 

しかし、彼女は多忙であった。一年程度しか面倒を見れず、日傘の女性へ預ける形になったが、それでも赤子との思い出は至福の時であった。

 

 

「あの娘は、強いぞ。それも、私以上に、だから、私の様に成ってほしくはない。自分の身体を犠牲にして戦い続ける私の様には、な」

 

 

だから、と紅白の女性は加えて言う。

 

 

「頼まれてくれないか?紫」

 

 

「…………ええ、任されたわ」

 

 

「そうか、なら、安心だ」

 

 

安心したように紅白の女性は微笑む。

 

 

「少し、眠る、せっかく来てくれたのに、すまないな、紫」

 

 

「いいえ、ゆっくり、眠りなさい。・・。」

 

 

こうして、眠りに入る紅白の女性、それを慈愛の表情で見守る日傘の女性。

 

 

その姿を、美しい自然と日照りが彩り、一枚の情景になっているようだった。

 

 




後半の2人の女性って誰なんでしょうねぇ?(すっとぼけ)


紅魔館内全員の従業員を別館に移させて幻想郷に行かせないのは流石にご都合入ります。


じゃないとメイド長とか成れないから(誰がとは言わない)


紅魔館以外の別館あるのもご都合。


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吸血鬼異変 ~参入~

月の明かりが辺りの暗闇を照らす。

 

 

この日、幻想郷に突然、血の様に紅く、不気味にそびえたつ館が出現した。

 

 

『霧の湖』の畔に建つ洋館。 その様子は並々ならぬ様子であり、どこか物々しい雰囲気を醸し出している。

 

 

1994年、紅魔館が幻想郷に出現。月の明かりに照らされた、一体の大きな翼を要した紅眼の少年が天高く飛び、幻想郷中に伝わるのではないのかという程の、しかし大きな声量ではなく、聴く者を恐れさせるような威厳を込めて

 

 

「我ら、吸血鬼はこの幻想郷を支配すべく参入した。畏れるものは拳を下ろし、我らの意に賛同する者はこの紅魔館の扉を叩け」

 

 

「それ以外の者は、我らの敵となること、死を覚悟しておけ」

 

 

そう、簡潔に宣言したことは、幻想郷に対する宣戦布告そのものだった。

 

 

その後の彼ら、吸血鬼達の動きは素早かった。まず見せしめにと周辺の妖怪達を力技で下し、その妖怪達を自分たちの陣営に帰順させて回った。

 

 

その素早い動き、圧倒的な力、それは、妖怪達の戦意を喪失させるのには十分であり、瞬く間に他の妖怪達が次々に吸血鬼に帰順し、吸血鬼達の勢力は一大勢力となった。

 

 

吸血鬼達は『レミリア・スカーレット』という吸血鬼を指導者としてこの幻想郷の一大勢力として君臨することになった。

 

 

元々の吸血鬼達、帰順した妖怪達、そしてさらに、『レミリア・スカーレット』の一声によって大量に召喚された悪魔達を合わせてその数は数千に膨れ上がった。

 

 

その迅速な勢力拡大は、幻想郷中の有力な妖怪たちに衝撃を与え、当初は、吸血鬼という存在を甘く見ていた妖怪達も、その認識を改めざるを得ず、幻想郷の一大事として重く事態を見ることになった。

 

 

『吸血鬼異変』の始まりである。

 

 

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

ここは、とある屋敷、ここで一人の女性が深刻な表情で目の前の光景を見つめている。

 

 

境界を弄り、ある光景を映し出す。それは、吸血鬼達の姿を映している。

 

 

その女性、髪は金髪ロングで毛先をいくつか束にしてリボンで結んでいる。 特徴的なフリルドレスを着用している女性である。

 

 

その名は『八雲紫』

 

 

この幻想郷を創り、この幻想郷を誰よりも愛している賢者の一人である。

 

 

境界を操る能力を持ち、妖怪の中でも古参の妖怪である。

 

 

彼女の目線の先にはある吸血鬼。『レミリア・スカーレット』である。

 

 

「紫様、御報告です。」

 

 

襖を開けて、一人の女性が部屋に入ってくる。

 

 

金髪のショートボブと金色の瞳、頭には二本の角の様な尖がりの帽子。

 

 

穏やかで真面目で礼儀正しいような印象を与え、ゆったりとした長袖ロングスカートの服に青い前掛けのような服を被せている。

 

 

これだけ見れば、一見普通の人間、または妖怪の様に見えるだろう。

 

 

しかし、腰から生えている九つの金色の狐の尾がなければ、だが。

 

 

『八雲藍』

 

 

八雲紫の式神であり、九尾の狐という妖怪の中でも最高峰の実力を擁している。

 

 

式神になったため、超人的な頭脳、そして強大な妖怪の特権ともいえる『式神を操る能力』によって彼女に並び立つ者がいない程の妖怪へとなった。

 

 

そんな彼女を従えている八雲紫という存在は、八雲藍以上に強力な存在とされ、彼女たちは今までこの幻想郷の均衡を保つために尽力してきた。

 

 

しかし、今回のイレギュラーと言える外からの新たな勢力の出現に苦悶の表情を隠せない。

 

 

「また、吸血鬼が勢力を伸ばし、『霧の湖』『魔法の森』への支配を強めています」

 

 

「そう………。やはり早々に手を打たないといけない様ね」

 

 

藍からの報告はやはりというべきか、吸血鬼達が勢力をさらに拡大し、幻想郷の支配を強めているという報告だ。

 

 

数日にして、霧の湖周辺を完全に支配し、魔法の森へと勢力を伸ばしていったのだ。

 

 

こうした迅速かつ急激な勢力の拡大には流石に黙って見過ごしておくべきにはいかない。

 

 

紫はこの吸血鬼達へ対応せざるを得なくなる。

 

 

「はい、して、如何にすべきでしょうか」

 

 

そう問いかける藍の言葉に対して、紫はその場で思考を巡らせる。

 

 

博麗の巫女は、今は誰も任命されていない。数か月前に限界を迎えて死亡した。

 

 

その後を継ぐ巫女は現在幼く、到底この異変に向かわせるわけにはいかない。

 

 

吸血鬼達は一大勢力だ。とてもではないが自分たちで鎮圧するのはかなり厳しい。

 

 

ならば、幻想郷中の妖怪達が一団として、吸血鬼達に立ち向かうしか他にない。

 

 

「妖怪の山に接触を図り、天狗たちと鬼達に協力を取り付けましょう。そこは藍、貴女に任せるわ。私は、少し面識のある有力な妖怪に協力をお願いしに行くわ」

 

 

「はっ、畏まりました」

 

 

そう言って、退出していく藍。

 

 

紫は吸血鬼達がこの幻想郷に進出し、数日で一大勢力となった。ことの成り行きについて少し考えることにした。

 

 

確かに吸血鬼がいかに強大だといっても、短期間で勢力を拡大するのには流石に早すぎる。

 

 

吸血鬼達が襲来する前に『博麗大結界』を敷き、幻想郷中の妖怪と人間達のパワーバランスを均衡に保つことになった。

 

 

これは、死亡した博麗の巫女、先代巫女の代から敷いたものだ。

 

 

外部から隔離され、そして、人間側に博麗の巫女という存在を作り、妖怪と人間とのバランスを保つことにした。

 

 

先代の巫女の献身的にその力を利用して人間に害を与える妖怪達を次々と退治していく。

 

 

こうして、上であった妖怪と下である人間達の力のバランスを保つ。

 

 

しかし、その代償として、巫女の退治を恐れた妖怪たちが人里の人間を襲うことをしなくなり、幻想郷の妖怪たちは存在意義を失ったことで次第に気力も衰え弱体化してしまった。

 

 

この点に関しては、妖怪と人間の関係の為にと紫は目を瞑っていたこともある。

 

 

先代の巫女が死に、博麗大結界に多少の綻びが生じてしまった。

 

 

幻と実体の境界の結界の力で吸血鬼達が流れ込み、今この現状を作り出している。

 

 

確かに弱体化しているとはいえ妖怪は妖怪。吸血鬼といえども、妖怪達の掌握には時間がかかるはずだ。

 

 

しかし、確かに妖怪達を掌握しているのは偏に『レミリア・スカーレット』の力だろう。

 

 

年若く、まだこの世に生を与えられて数百年程度。妖怪の中でもまだまだ子供の年齢だ。

 

 

しかし、あの年齢にして、あそこまでの実力と、指導者として、配下をまとめ上げる統率力…………。

 

 

…………決して甘く見てはいけない相手。油断していたら、こちらが痛い目を見てしまうだろう。

 

 

紫は、『レミリア・スカーレット』という存在をより重く見ることにした。

 

 

少し、気が進まないが、この現状を打破するためには妖怪の山の勢力だけでは少し心もとない。

 

 

強者の存在を心待ちにしている好戦的な妖怪。

 

 

紫は多少気が乗らないものの、藍にやると言った手前、やらない手はないと、ある妖怪に協力を願い出るために重い腰を上げることにした。

 

 

 

 

 

 

最後にスキマでレミリアの姿を一瞥して、その妖怪の元へと向かった。

 

 

………あちらから見えないはずだが、レミリアと視線が合った気がした。

 

 

 

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

…………あれは、なんだ?

 

 

真っ赤で、不気味で、なんだか怖くて。

 

 

そんな建物が姿を見せた。

 

 

今日もいつも通り、霧の湖を飛び回って、遊んで回るはずだった。

 

 

「・・・ちゃ・ん。・・・ちゃーん!!」

 

遠くの方で恐らく自分を呼ぶ声が聞こえるがそんなものに気を取られている場合じゃない。

 

 

あたい(・・・)の目はその真っ赤な建物にのみ向けられた。

 

 

「チ・ノちゃん!チルノちゃん!!もうっ!!こんな遠くまで・・・え・・・?なに・・・あれ・・・」

 

 

隣であたいを呼び止めて、怒ろうとしたのだろうか、目の前の建物を見て言葉を失う。

 

 

月の光で照らされたあの紅い建物。

 

 

「…………ッ!?」

 

 

 

あの建物から飛び出た一つの影、その姿があたいには鮮明に見えた。

 

 

大きな翼で空を羽ばたいて、物凄いスピードで飛んでいく青。

 

 

月明かりに照らされて見えるのは紅い眼をして青い髪をした男の子。

 

 

あたいたちとそんなに身長も変わらないのに、あいつの身体から出るおーら?からあたいたちには絶対に敵わないってあたいの身体が言ってくる。

 

 

…………身体が震える。怖いって感情があたいの身体全体が言っているみたいに。

 

 

いつの間にかあたいはその飛んでいるあいつが見えなくなってしまうまでその姿をじっと見つめていた。

 

 

怖い…………………。怖い?この、あたいが?

 

 

そんなあたいの気持ちに気付くと同時に手に力が入る。

 

 

これは、あたいにもはっきりと分かった。怒りだ。飛んでいるあいつにじゃない。あいつを怖いって感じたあたい自身に

 

 

「大ちゃん!!行くよ!!」

 

 

「……………ッええ!?い、行くって、どこに!?ちょ、ちょっと!待ってよチルノちゃん!!」

 

 

大ちゃんの手を取って私は来た道をすぐに戻っていく。

 

 

 

目的はあいつが飛んで行った方向に。

 

 

怖い………。そんなのありえない。

 

 

あたいがそんなこと感じるわけがない。

 

 

だって、あたいは………さいきょーだから!

 

 

さいきょーだから、怖いって気持ちになっちゃいけない。

 

 

さいきょーじゃないと、皆を助けてあげられない。

 

 

…………勝てないって。敵わないって。そう考えちゃ駄目だ。

 

 

大ちゃんを。皆を守るために、私がさいきょーじゃないと。いけないから。

 

 

怖がってちゃ、いけないんだ。

 

 

 

 

…………………結局、あたいは空を飛んでいたあいつの後を追うことは出来なかった。

 

 

すごく早くてとても追いつける速さじゃなかったから。

 

 

でも、後で聞いたけどあいつの名前は『れみりあ・すかーれっと』って言うらしい。

 

 

なんでも、きゅーけつきっていうしゅぞくなんだって。

 

 

れみりあ…………………。

 

 

あたいが初めて戦っても絶対に敵わないって感じた相手…………。

 

 

大ちゃんと他の友達以外に初めて覚えた名前。

 

 

絶対に倒してやるからな!!

 

 

なんて気持ちを固めて、あたいはその名前を深く胸に留めた。

 

 

 

 

 

 




チルノとの繋がりの導入かつ文字稼ぎ


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吸血鬼異変 ~前夜~

TSproject 流行りそう、流行らない?


急ピッチで仕上げたため綻びがあり、少し編集しました。


迅速に勢力を拡大させた吸血鬼達。

 

 

しかし、幻想郷の賢者八雲紫の一手によって、幻想郷中の妖怪達が一致団結し、吸血鬼勢力に対抗した。

 

 

初期こそは互角、吸血鬼達が優勢であったのだが、吸血鬼の弱点ともいえる日光の光によって吸血鬼達は朝に活動が不可能となり、逆に朝でも活発に動ける幻想郷の妖怪達が躍動し、次第に吸血鬼勢力の勢いが弱まっていく。

 

 

局地的な面でも、幻想郷の妖怪達、特に力のある天狗や鬼が驚異的な活躍を見せ、夜には八雲紫の式神である八雲藍の妖術によって吸血鬼達を倒していく。

 

 

吸血鬼勢力は次第に押され、一転不利な展開へと追い込まれている。

 

 

だが、幻想郷勢力には懸念があった。

 

 

あのレミリア・スカーレットと紅魔館の主要メンバーが動く素振りをこれまでに見せていないこと。

 

 

この状況すら打開する一手がレミリアにあるのだろうか?と未だその実力が不明瞭なレミリア・スカーレットなる吸血鬼に感じる不安は拭えなかった。

 

そんな彼らの心配とは裏腹に優勢となった妖怪達は各地でも連戦連勝を重ね、ついに吸血鬼勢力の根城である『紅魔館』へと侵攻していくのであった。

 

 

追い込まれた吸血鬼達、追い詰めた妖怪達。

 

 

この吸血鬼異変最大の戦闘が今、始まろうとしていた。

 

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

レミリアは、紅魔館の廊下を歩いていた。

 

 

吸血鬼達の聴くに堪えない作戦会議という名の度重なる敗戦の責任追及に嫌気がさしたレミリアはこっそり会議室から抜け出して自室に戻ろうとしているのだ。

 

 

一勢力のリーダーが勝手に会議室を抜け出すのはどうかとは思うのだが、意外にも吸血鬼達は誰も咎めようとしない。

 

 

結局のところ、強大で偉大な指導者が必要だと言っていても、それを傘にして自分たちの勢力を伸ばしたいだけであり、レミリア自体はさほど必要とされていなかったのだ。

 

 

事実、レミリアは各地域での戦闘に一切関与しておらず、今実、妖怪達がこの紅魔館に侵攻してくるまで蚊帳の外だったのだ。

 

 

吸血鬼一族の権威復興、吸血鬼復活とは綺麗事を口にするものの、敗戦が重なり、劣勢に追い込まれると保守に回る所は何とも愚かしい。

 

 

この点では、愚かな人間達と何ら変わりないなとレミリアは嘲笑した。

 

 

同族でありながらも保守に逃げ、窮地に追い込まれた時だけ期待するような目で自分を見つめてくる吸血鬼の恥ともいえる同族共にレミリアは見切りを付けていた。

 

 

自室に戻ったレミリアはこの後どのように動いていくか思考する。

 

 

目的は幻想郷への移住である。そのためには、どうすればいいか。

 

 

このままでは敗戦濃厚であり、こちらの要求すら通らない程侮られるだろう。

 

 

思考を巡りに巡らせたレミリアは結局のところ一つの結論へと導いた。

 

 

 

…………力を示せばいい。

 

 

敗戦は敗戦でも、印象に残るほどの恐怖をあちらに植え付ければいいだけだ。

 

 

この『レミリア・スカーレット』の存在、『紅魔館』の恐ろしさ。

 

 

明日は目一杯幻想郷に見せつけてやろう。この『レミリア・スカーレット』の名を出して奴らが恐れるほどの地獄を。

 

 

 

「お兄様……………?」

 

 

そう考えている所にレミリアにドアの向こうから愛らしい声が掛けられる。

 

 

「フラン?」

 

 

そうレミリアの愛する妹『フランドール・スカーレット』である。

 

 

ドアを少し、開け、おずおずと顔をチラリと出したフランは「入るね。」と一声かけて自室に入ってくる。

 

 

そして、バッ!!と効果音が付くのではないかという程のスピードでレミリアに飛びついた。

 

 

レミリアは何とか抱き留めるものの、スピードを殺しきれず、腰かけていたベットに押し倒される形になってしまう。

 

 

「………………ねぇ、お兄様」

 

 

「うん?どうしたの?フラン」

 

 

しばらく、レミリアの胸に顔を埋めたフランは顔を挙げないまま、そう言う。レミリアは、限りなく優しい声で答えていく。

 

 

「明日。お兄様、出て戦うんでしょ?」

 

 

「……………ああ」

 

 

「…………フランも、行く」

 

 

フランには、何となく、幻想郷との戦いに負けているということを理解していた。

 

 

そして、レミリアが最前線で戦わざるを得ないという事実も。

 

 

みすみす、いかに兄であるレミリアが強いといっても流石にあちらの方が優勢である状況で、レミリアが無傷で勝利するとは限らない。

 

 

ましてや相手は妖怪であり、軟弱で狡猾なだけの人間達とは違う。

 

 

正真正銘我ら吸血鬼にも並ぶ力を持った妖怪達である。

 

 

初めての未知との戦いにレミリアが無体満足で帰れるという保証はどこにもなく、その分戦いに赴く愛する兄への心配が拭えない。

 

 

ならば、自分も兄と一緒に出て戦う。というのがフランの主張なのである。

 

 

「駄目だよ。フラン」

 

 

そう、きっぱりとそしてフランをなだめる様な声でレミリアは答える。

 

 

「…………どうして?お兄様、死んじゃうかもしれないんだよ?」

 

 

兄からの拒否の声に内心フランは絶望へと叩き落されたような気持ちになる。

 

 

「フランを守るために死ぬんだったら、お兄ちゃんはそれでもいいかもしれないね」

 

 

「…………駄目だよ、そんなこと」

 

 

「フラン?」

 

 

そういってフランは顔を埋めたままぎゅっとレミリアの服を掴み、ふつふつと自分の感情を吐露していく。

 

 

「駄目、駄目なの。お兄様が死んじゃったら」

 

 

「お兄様は、ずっとフランの傍にいてくれたの。お兄様が私に全てを教えてくれたの。お兄様がッ、私に生きる希望を教えてくれたの」

 

 

「お兄様が………っ、私を愛してくれていた。あの時だって……っ、お父様から私を救おうとしてくれていた。お兄様だけが私の味方で居続けてくれた…………っ」

 

 

次第にフランの身体が震えていく、服を握るフランの手の力が強まっていく。

 

 

「お兄様は、何も解ってないの………っ、私にとってお兄様がどんなに大切なのか………っ、フランだけじゃない………っ、紅魔館のみんなにだって」

 

 

「………フラン」

 

 

「だからっ、お兄様が死んじゃったら………っ、駄目、駄目なの。だから………、お兄様、お願い」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「生きて、帰って」

 

 

―――私を、見捨てないで。

 

 

 

「…………うん、わかった」

 

 

ゆっくりとレミリアは上体を起こし、涙を流すフランの目をそっと拭う。

 

 

「元から、お兄ちゃんは死ぬ気なんてないよ、冗談が過ぎた。ごめんね、フラン」

 

 

「これは、紅魔館の全員の為の戦いだ。もとより私は死ぬ気なんてさらさらない。絶対に勝って戻ってくる」

 

 

「だから、この紅魔館はフラン、君が守ってくれるね?お兄ちゃんが無事に帰ってきて、安心して戻れるように」

 

 

「………うん………っ、うん!わかった、お兄様」

 

 

「約束だよ、フラン」

 

 

―――どんな時があっても、お兄ちゃんが守ってあげるから、ね?約束だよ、フラン!!

 

 

―――うん!おにーさま!!

 

 

しばらく吸血鬼の兄妹は抱きしめ合ってお互いの温もりをしっかりと感じた。

 

 

「…………ねぇ、お兄様」

 

 

「うん?」

 

 

「フランね?お兄様が好き、大好き」

 

 

「うん、お兄ちゃんもフランのことが大好きだよ」

 

 

「…………ううん、違うの」

 

 

レミリアからの愛の言葉、それはフランには自分と同じような意味合いを持たないということをはっきりと理解している。

 

 

だからこそ、今が自分の気持ちを正直に伝えるチャンスだ。兄妹の関係よりさらに向こうの感情を。

 

 

「私、フランは、お兄様が、h「お坊ちゃま!失礼します!!」」

 

 

突然、フランの声は外からの声に妨げられた。

 

 

「美鈴か、どうした?」

 

 

「はい!パチュリー様が結界の準備が整ったとのことです!これで、明日の夜までは持つだそうです!!」

 

 

「そうか、パチュリーには礼を言っておいてくれ、美鈴も、大儀だった」

 

 

「はい!それでは、失礼します!!」

 

 

異様にテンションの高い美鈴が部屋から退出していく。

 

 

恐らく、激戦が近くなっているため、久しぶりの戦いに武人としての彼女の血が騒いでいるのだろう。

 

 

元気よく部屋を飛び出していく美鈴を尻目にレミリアはフランへと目を向ける。

 

 

「それで、どうしたの?フラン」

 

 

「むーっ………、もういい」

 

 

気が削がれたフランはむっとした表情のままレミリアの胸へと再び顔を埋めるのであった。

 

 

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 

「以上が、御報告です。紫様」

 

 

「そう………、ご苦労様、藍」

 

 

ここは、屋敷、八雲紫が所有している屋敷である。

 

 

そこに、八雲紫とその式 八雲藍がいる。

 

 

「…………何か、気がかりなことでも?」

 

 

「………ええ、そうね」

 

 

「………レミリア・スカーレット、ですね?」

 

 

渋い顔をしている主人を不思議に思ったのか、そう藍が問いかける。

 

 

「ええ、レミリア・スカーレット、吸血鬼勢力のトップに位置しているのに、これまで各地に赴き手を下したことは一回もない」

 

 

「はい、ずっと紅魔館の中に」

 

 

「それが、私にとって不可解なのよ。吸血鬼達はこの幻想郷へ支配を目的に侵攻してきた。でも、そんな彼らのリーダーであるレミリア・スカーレットが何もしていないというのが。」

 

 

さらに紫は続ける。

 

 

「彼は、とてつもない、この幻想郷の中でも最高峰の実力を兼ね備えている、そんな彼の直属の配下達も皆一芸に秀でていて、どれも幻想郷でも戦えていられるくらいに。」

 

 

「…………………」

 

 

「その気になれば、すぐに幻想郷を窮地に追い込むことだって可能だったわ。でも、それをしない。いいえ、あえてしないといったところかしら、そんな雰囲気を彼から感じるの」

 

 

「しかし、今回はそうはいかない」

 

 

「ええ、きっと、彼、レミリアは何らかの手を打ってくるはずよ。未だ不可解な彼の力。それが、この幻想郷にどんな影響を及ぼしていくのか。そして、彼の理解不明なその思考。まだ計り知れない。末恐ろしいわね。あの子」

 

 

「レミリア・スカーレットにより一層の監視を強めましょうか?」

 

 

「ええ、一先ず、そうした方がいいわね」

 

 

「はい、承知いたしました。紫様」

 

 

そう言って藍は退出していく。

 

 

藍は、主人である紫がここまで危惧するレミリア・スカーレットの存在というものを改めて警戒を強める。

 

 

あそこまで紫様が悩むことなどあまりない。

 

 

今までが上手く行き過ぎた。いや、レミリアが現れていないだけだが。

 

 

しかし今回ばかりは楽にはいかないか。と藍はそう思った。

 

 

「あら、八雲のわんちゃんじゃない」

 

 

そう、不快な声が前方から聞こえた。

 

 

「何様だ。妖怪」

 

 

藍の顔が一瞬で無表情に、少しばかり、敵意と殺気を出しながら藍は目の前の女性に言う。

 

 

「あら、酷いわね、あなたの飼い主さんが私を呼んだというのに」

 

 

不敵な笑みを隠そうともせずに此方へ笑いかける女性。藍はそんな彼女に不快だという表情を隠すまでもなく向き合っている。

 

 

「それとも、飼い主の大事な御客人に牙を剥くほど、出来の悪いわんちゃんなのかしらね、あなたは」

 

 

ふっ、と笑いながらこちらを挑発していく女性。

 

 

「ふん、紫様がお呼びしたというのなら尚更、そこらの塵同然の妖怪なんぞに注意を向ける程度のことでもない」

 

そう言って藍は彼女の脇をするりと通っていく。

 

 

「だが、たかが塵、埃でも紫様に降りかかろうものなら、その時は容赦はしない」

 

 

「あら、手を出したらどうしてくれるのかしら」

 

 

その場が剣呑な雰囲気で充満する。

 

 

藍は敵意と殺気を隠そうとせず、女性は不敵な笑みでその中に敵意と殺気を醸し出しながら。

 

 

しかし、それもほんの数瞬、女性が敵意と殺気を消散させる

 

 

「冗談、冗談よ。今は違う標的がいるもの、それまで、仲良くしましょうね」

 

 

うふふと上品に笑いながら藍から離れていく。

 

 

「チッ………、戦闘狂が…………」

 

 

藍はその後姿を不機嫌そうに、悪態をつくのであった。

 

 

 

 

 




パチュリー、狙ってます。(何がとは言わない)


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吸血鬼異変 ~開戦~

お気に入り登録者数1500名突破いたしました!

想像以上に当作品を読んでいただいている読者様の多さに驚きと喜びを隠しきれません!

当作品『私レミリア♂紅魔館がヤバい!』の御愛読。また誤字報告の御報告等、皆様の御協力誠に感謝いたしまして、今後ともよろしくお願いいたします!!



※少々生々しい表現がございます。気分を害する可能性がございますのでそう言った表現に弱い方はご注意ください。


この日、満を持してその場に姿を現した『レミリア・スカーレット』を先頭に、度重なる敗戦を重ねたものの、命からがら、もしくは奮戦し生き残った妖怪、吸血鬼達が集結して、押し寄せる幻想郷の妖怪達へ立ち向かった。

 

負けに負け続けて吸血鬼勢力はその数は千、対するは八雲紫が集った妖怪達数千。

 

その数的差から、誰から見ても幻想郷側が有利であるということは一目瞭然。

 

 

追い詰められた吸血鬼勢力は根城『紅魔館』を背後に最後の抵抗をすることとなる。

 

 

既に元の世界に帰えることは叶わず、もはや決死しかない。と吸血鬼達は結論を下した。『レミリア・スカーレット』が初めて表舞台に立ったということも加え。今度こそはと以外にも吸血鬼勢力の士気は高い。

 

 

対する幻想郷勢力も、連勝に連勝を重ね、もはや敵無しという域にまで達している。

 

『レミリア・スカーレット』が参戦?何するものぞ。

 

こちらも士気は十分。

 

 

この激戦の火蓋を切ったのは…………………レミリアだった。

 

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 

さっと両手を広げて、己の真上に掲げるようにして手を挙げる。

すると魔力の塊が急速に収束していき、どんどんその塊が大きくなっていく。

 

 

かの主神が持ちし神槍よ

 

 

バチバチと魔力の塊が大きくなりながら収束していくにつれ、レミリアの周辺から魔力の雷が帯び始める。

 

 

我が血の契約を以て我が呼び声に答えよ

 

 

地面が揺れる。魔力の塊が次第に槍の様な形に変化していき、レミリアの周辺の魔力を帯びた雷はバチバチバチィ!!と次第に強さを増していく。

 

 

その異様なほど膨大な魔力量、そして、魔力の塊が槍へと形容していき、さらにその槍の禍々しさに、吸血鬼、幻想郷両勢力は先ほどとは打って変わってレミリアが起こす異様な光景に皆言葉を失っている。

 

そのまま、レミリアの姿を言葉もなしに見ていることしかできない。

 

 

全てを貫く必中の刃をして、立ちふさがる戦士たちの命を刈れ

 

 

そして、魔力の塊が槍へと形容しきったそれを、レミリアはがっしりと握り、左足を前、右足を後ろ、そして槍を掴んでいる右手を後方に限界まで伸ばしきる。

 

 

当に槍を投げる前のモーションである。

 

 

「ま、まずい!みんな、たいh」

 

 

神槍「スピア・ザ・グングニルゥ!!」

 

 

レミリアはその槍、オーディンの槍、『グングニル』を全力で投げる。

 

気付いた時には既に遅い。

 

 

『グングニル』は音速を超えるほどの速度で幻想郷勢力軍の土手っ腹、言うなれば中央を貫いた。

 

グングニルが通った先には、もう何も残らず、つい先ほどいたはずの同胞たちが消えている。その言葉通り、何も残らなかった。

 

遅れて、ヴォン!!槍が風を切りながら音速を超えるスピードで通っていく音が聴こえてくる。

 

 

「…………………」

 

その場にいる誰もが、惨状に声すら発することができない。

 

吸血鬼達も、強大である『レミリア・スカーレット』の存在が自分たちの想像を絶するほどのすさまじさを見て同様に声を発せない。

 

 

「皆、今こそ好機!私に続き、敵を打ち砕け!!!」

 

 

レミリアは後方の吸血鬼達へ激を飛ばし、突撃していく。

 

 

我すら忘れていた吸血鬼達はその一声にはっと我に返り、レミリアに遅れて突撃を開始する。

 

 

「っあ!?…………ガッ!?」

 

 

「ひ、ひいいっ!………アガッ!?」

 

 

いつの間にかに投げた神槍『グングニル』を手にしているレミリアは数瞬の内に敵陣の懐に潜り込んだレミリアは未だ呆然として油断していた妖怪、恐怖に駆られ、逃げ出そうとする妖怪を次々と突き刺していく。

 

 

レミリアの挨拶代わりのグングニルが、幻想郷勢力の出鼻をぐじき、指揮系統を一瞬の内に失わせ、あっという間に妖怪達は混乱状態になってしまった。

 

次々と突き殺すレミリアに続いて遅れてやって来た吸血鬼達が敵である妖怪達を蹂躙していく。

 

レミリアたちが混乱している敵を蹂躙しながら半刻が経過する。

 

はっとレミリアは辺りを見渡すように微かに感じる魔力、とは違う種類の力をたどるようにキョロキョロとしだす。

 

 

「……………見つけた」

 

 

その一言と共に、ニヤりと笑みを浮かべたレミリアは一目散に目線の先へと急行していった。

 

 

 

 

 

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

「…………………」

 

 

「なっ………こ、これほど、とは」

 

 

レミリアが引き起こした現状に苦虫を噛み潰したような顔になる紫と、言葉を失う藍。

 

 

この二人は後方で、『スキマ』を使ってレミリアの動向を伺っていた。

 

しかし、先ほどのレミリアが投げた槍、魔槍と言うべき禍々しい槍が多くの味方妖怪達を死に至らしめ、一瞬の内に前線が崩壊したということに驚きを隠せない。

 

 

いや、最悪レミリアが何か行動を起こすことは理解していた。だが、ここまでやれるとは、とレミリアが脅威であるとは頭では理解していながらも本能では、少しだけ驕りがあったのだろう。

 

 

「……………クッ!!」

 

 

紫は自身の本能の内に潜んだその短慮さを目の当たりにされたようで自身の考えの甘さを後悔する。

 

 

吸血鬼といえども一瞬に内にして多くの妖怪達を殺すことのできる子供がいてたまるか。

 

 

つい紫は心の中でそう悪態をつきたい気持ちになった。

 

 

その後の前線は地獄絵図であった。

阿鼻叫喚の自陣営を次々と蹂躙していく吸血鬼達。

 

手を加える暇もないまま前線は混乱状態に陥り、まともに戦えている状態ではない。

 

かといって私や藍が前線に出向いたところでどうすることもできない。

 

前線以前に今回の編成自体が天狗達が主体だ。いくら賢者である私であっても、閉鎖的かつ排他的で同族以外を信用しない彼らに何を言っても聞き入れてはもらえないだろう。彼らは大天狗の命で動いているのだ。

 

 

どうにか彼ら自身で現状を打破してもらうしかない。

 

 

「……………ッ!?」

 

 

また、目が合った。レミリアの目と。

 

 

『スキマ』越しに、あちらから私たちはおろか、『スキマ』すら確認することが出来ないというのに、目が合った。

 

 

偶然ではない、前にも数回ほど『スキマ』越しに目が合うことがある。

 

彼は偶然ではない、私が『見えている』…………………ッ!

 

 

突如、レミリアが急速に移動していく。方向は私たちの方へ。

 

 

「紫様!ここは私が!」

 

 

「………ッ藍!?」

 

 

藍もレミリアがこちらに向かっているということを理解したのだろう。

 

そう私に一声かけると同時に前に、レミリアが向かってくるであろう方向へと飛んで行ってしまう。

 

少しだけ、私は未だ悩んでいる。

 

 

藍と共にレミリアを迎撃に出ることに関して、何かしらの罠、もしくは手を打っているのではないかと。

 

今、レミリアと矛を交えるのは少し時期尚早ではないのか。

 

飛び出していく藍の背を前に私はまだそんなことを考えていた。

 

 

…………今更、そんなことを言っている暇はないわね。

 

 

そう決心した私は、藍の後を追うようにして向かうのだった。

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

「ごふっ!!」

 

 

「あー、こいつらも『ハズレ』だねぇ、あたしと同じ『鬼』の名前を持ってるってのにどいつもこいつも脆弱だ」

 

 

そう言って立ちふさがる吸血鬼達を素手で胸を貫き、片手で頭を潰し、攻撃を受けてももろともせずに歩いていく女性がいた。

 

 

金色のロングの髪、体操服の様な服にロングスカート、そしてもう片方には杯が手に取られている。

 

 

そして、その女性の両手首には手枷とそれにつながっているちぎられた鎖

 

特段に目を惹くのは、その女性の額から生えている一本の長い角。

 

 

『レミリア・スカーレット』が敵陣で散々蹂躙していた時、他よりも早く、というよりも最初から動揺すらせず、むしろ楽しそうに向かってくる吸血鬼達を迎え撃ったのは『鬼』達である。

 

 

レミリアが紫を発見し、彼女の元へ向かっている現在、未だ前線はかろうじて保たれているのは鬼達の力が一因だろう。

 

 

この女性『星熊勇儀』はその鬼の種族であり、その鬼達の中でも『姉貴』と呼ばれているほど慕われているリーダー格の鬼である。

 

 

そんな彼女は、当初、レミリアと戦う予定で、前線で暴れているレミリアの元へと向かおうとしたのだが、急にレミリアがすごいスピードで向こうへ行ってしまったため、消化不良で紅魔館の方へ向かっている途中なのである。

 

 

レミリアには折り合いがつかなかったが紅魔館にもまだ強そうなやつが数人ぐらいいそうだから。ということで紅魔館に歩きだしていたのである。

たった一人で。

 

 

たった一人で、紅魔館に手練れがいると思い、歩き出していることから彼女は好戦的であるということが理解できるであろう、それが鬼としての性である。

 

 

その都度向かってくる吸血鬼達をちぎっては投げ、ちぎっては投げと繰り返している所である。

 

向かってくる心意気は評価できる。

 

だが、もう少し骨のあるやつが欲しい。

 

 

 

そんな気持ちの彼女は歩みを止めない。

 

 

 

「止まりなさい」

 

 

歩いている彼女にそんな声が掛けられる。

 

 

そう、勇儀を止めたのはメイドの服装から本来の自分の戦闘服に着替えて門の前に立ちふさがる紅美鈴だ。

 

 

「ここは、紅魔館門前、敵方である貴女にここを通らせるわけにはいきません」

 

 

「………へぇ吸血鬼、じゃないがあんたはやりそうだねぇ。さっきまでのやつらとは断然違う」

 

 

そう言って構えをとる美鈴。その構えを見て面白そうに見る勇儀。

 

 

「うん…?武術かい?妖怪が?…あまり見たことないねぇ」

 

 

「ええ、人間の武術を少々…………。ですが、あまり甘く見ていると痛い目を見ますよ」

 

 

「へぇ、たかが、人間の知恵に頼った脆弱な妖怪風情、鬼に勝てると思ってるのかい?」

 

 

「それは、戦ってみて解ることでは?うっかり私にその御自慢の角を折られないようにすることです」

 

 

すっと目を細めてそう言う勇儀に、あくまで冷静に構えを解くことなく刺すような眼で勇儀を見据える美鈴

 

 

「その意気や良し、気に入った!あんた、名前は?私は星熊勇儀。しがない鬼だよ」

 

 

「紅魔館のメイド、紅美鈴。しがない妖怪です」

 

 

「………いいねぇその目。歴とした強者の目だ。その目が、見掛け倒しじゃないことを願うよ。紅美鈴!」

 

「いざ!参ります!!」

 

 

 

そうして、言うが早いか美鈴の懐に飛び込んだ勇儀が拳を振りかざし、美鈴は何ともないように受け流していく。

 

 

 

こうして紅魔館メイド『紅美鈴』と地底の鬼『星熊勇儀』の戦闘が今、ここで幕を開ける。

           

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

美鈴と勇儀が戦闘を繰り広げている間、また紅魔館の近くに近づいていく者がまた一人。

 

 

「あら、もう終わりかしら?つまらないわねぇ」

 

 

「…………………」

 

 

星熊勇儀と紅美鈴とは別の方向では、夜であるというのに一人の女性が日傘をさして悠々と歩いている。

 

 

彼女は、マヨヒガで藍と一触即発の雰囲気を作り出した女性である。

 

 

癖のある緑の髪、真紅の瞳、チェック柄のベストに赤のロングスカート。

 

 

その姿を知るものは彼女の姿を見て恐れ震える。

そんな彼女の名前は『風見幽香』

 

 

太陽の畑に生息している危険な妖怪である。

 

 

好戦的な性格とその性格による嗜虐性、残虐性から、彼女は周りから一目置かれるほどの危険性を孕んだ女性だ。

 

 

それは、彼女が通った道に続いている吸血鬼達の死体からも想像がつくだろう。

 

今度も、また一体の吸血鬼が殺された。素手で。

頭を潰され、瞬く間にその姿は消滅した。

 

 

その残虐性、嗜虐性からあまり他の妖怪達からも良く思われておらず。あの八雲紫も、積極的に彼女と関わろうとはしない。

 

 

そんな彼女は八雲紫の要請によって吸血鬼と戦うことになった。

 

理由は面白そうだから。という理由で快諾である。

 

 

強いものと戦うことを好んでおり、それとは別に虐殺をすることも好んでいる彼女。こんな絶好の機会はないとばかりに今回の戦いに参戦した。

 

 

「……………壁、ね」

 

 

悠々と歩いている幽香。目の前には紅い壁、門であるのだが、入り口が見当たらない。

 

 

最も、入り口は一つしかなく、今現在入り口は紅美鈴と星熊勇儀の戦闘により封鎖されているが、幽香には知る由もない。

 

 

「面倒だから、壊してしまおうかしら」

 

 

そう言って幽香は刺していた日傘を閉じ、そのまま、壁に向かって日傘の先端を向ける。

 

 

その先端から妖力を収集させ、彼女の十八番ともいえる技を繰り出そうとする。

 

次第に先端の光が縮小していき、一点に妖力が集まっていく、そしてそれが放出されようとした瞬間

 

 

……突如として、その妖力の塊が消散した。

 

 

「………………ッ!?」

 

 

それと同時に、日傘を持っていた右側の腕が爆発した。

日傘は何とか無事なものの、右の腕が手から右肩にかけて抉られている。

 

 

「まったくもう、酷いことするじゃない」

 

 

幽香は無くなった右腕があった所を見ながら、動揺するでもなく犯人の方へと目を向ける。

 

 

そこには手を前に出して握った状態でいる『フランドール・スカーレット』

 

 

眼は凍えるほど冷たい目で、幽香を見据えている。

 

 

「………ひどいこと…?貴女、今、何をしたのか解ってる?」

 

 

「…何をしているか?壁を破壊しようとしただけよ。まぁ館の方にも、手加減が難しくて届いちゃうかもしれないけれど、何か問題があったかしら?」

 

 

そう平然と言ってのけ、それでいて挑発するような声で返す幽香。

 

 

「………お兄様から、この館を守るようにって言われた。お兄様が無事に戻ってくる為に、私に、フランに、任せてくれた。それを、壊す?」

 

 

「…………?」

 

 

様子がおかしくなったフランを不思議そうに見ながら、幽香は自分の亡くなった右腕の修復をする。

 

 

彼女の右肩付近からは大量の植物が覆うようにして生え、それが次第に元合った右手付近までに到達すると、姿を変えて彼女の亡くなったはずの右肩から右手までが修復されている。

 

 

「お兄様が、私に、任せてくれた紅魔館を、壊す…。そんなこと、許さない。私が、殺す。貴女が、壊す前に、私がオマエを壊す。」

 

 

「…………あらあら」

 

 

面白そうに目を細めながらフランを見据える幽香と、より一層険しくなった表情と目つきで幽香を睨みつけるフラン。

 

 

「お兄様の、紅魔館を破壊しようとした罰を、オマエに課してやる!死んで償えェェェ!!!!」

 

 

「ふっ、アハハハハハハハ!!!!!!いいじゃない!その眼に映る狂気!殺気!!久しぶりに、大当たりが釣れたわ!さぁ!殺し合いましょう?!!お嬢さん!」

 

 

   

吸血鬼の身体能力、運動能力をフルに使い、常人の目ではもはや見えないスピードで幽香の目の前に進んだフランは、手に持っていた『杖』だったものを燃えさかる『剣』へと変え、幽香に斬りかかる。

 

 

幽香は持っていた日傘で受け止める。

 

 

吸血鬼の怪力をもろともせずに平然と受け止めている幽香。

 

 

単純な力は互角。

 

 

また門前と同じく、紅魔館付近でフランと幽香の戦いが幕を開ける。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

次々と紅魔館の住人達も、強敵たちとの戦闘を強いられるほどの激戦となった紅魔館攻防戦。

 

 

 

「はぁっ…………はぁっ………む、むきゅ」

 

 

「…………ご主人様。昨日、大魔法のせいで持病が悪化なされているのだから無理に動かなくても……」

 

 

「いいえ、きょ、今日は、調子がいい日よ、だ、だから……全然へいk…ゲホッ!ゲホッ!」

 

 

「あ、あぁっ!!??だ、誰か、誰かぁ!?ご主人様をじ、自室にぃ!?お坊ちゃまに良いとこ見せたいからってそんなに無理なされることないでしょう!?」

 

 

「う………運動不足が、た、祟ったわね……」

 

 

「そんなこと言っている場合ですか!?ああもう!!安静にしていてくださいよぉ~!パチュリー様ぁ~!!!」

 

 

………紅魔館でもまた、激戦が繰り広げられているのだ。




次回は戦闘シーンになりそうです。

戦闘シーンをがっつり一話分丸々つかっちゃおうかなぁ…。



それと、今後から投稿頻度が少しだけ落ちるかもしれないです。


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吸血鬼異変 ~終息~

「シィッ!!!」

 

 

「ふっ、遅い遅い」

 

 

藍の鋭い爪を用いた接近戦、レミリアはするすると身を切り裂こうとする藍の爪をことごとくかわしていく。

 

「………グッ!!!」

 

 

お返しとばかりに手に持っているグングニルを横薙ぎに振るう。

 

藍もその一撃を受け止めるものの、吸血鬼の力に押され、その衝撃に吹き飛ばされてしまう。

 

レミリアは追撃を仕掛けようとするも、衝撃に吹き飛ばされているまま、追撃を阻止するかのように藍が放つ妖弾を放ち。追撃は不可能に終わる。

 

そのまま、藍は距離を離しながらレミリアに妖弾を放つ遠距離からの攻撃にシフトチェンジする。

 

レミリアは、藍から放たれている妖弾をグングニルで、またはレミリアも魔弾を放って相殺させてその距離を詰める。

 

 

「そおら!」

 

 

「…………ガッ!?」

 

 

そして藍に肉薄したレミリアはそのまま藍を地面に叩き落す。

 

 

「……………カフッ!!」

 

 

想像以上の一撃を食らった藍はそのまますぐに動きだすことが出来ず、一瞬で近づいてきたレミリアに喉元を掴まれてしまう。

 

 

レミリアと藍がこのような状況になってしまったのは、数十分前にさかのぼる。

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

「止まれ!!」

 

 

八雲紫の姿を発見したレミリアはその方向へ向かって飛んだ数分後、目の前に横切るようにして現れた九尾の狐『八雲藍』と接触した。

 

 

「何用だ、狐」

 

 

「ここから先は、貴様を通すわけにはいかない」

 

 

「そうはいかん、私はお前の飼い主、八雲紫に用がある、死にたくなくばそこをどけ、式神」

 

 

……どうして こいつ(レミリア )は『八雲紫』を知っている!?

それに、私が紫様の式であることも知っている!?

 

 

「そんなことまで知っているのか。光栄だな。なら、尚更通すわけにはいかない」

 

 

そうした動揺を表に出さず、藍は無表情を努め、そう返して見せた。

 

 

「ふん、式になった程度の狡猾な狐が、誇り高き吸血鬼である私を足止めする、と。そう大言壮語するか」

 

 

「私は九尾。そして式神。貴様を殺すことなど訳もない」

 

 

「ハッ!粋がるなよ女狐!たかがペットの分際でッ!!!」

 

 

「百聞は一見に如かずってね!!!」

 

 

そこからというと、レミリアのグングニルを用いた接近戦を避ける藍は、距離を離し、遠距離からの攻撃を主体としてレミリアに立ち向かった。

 

しかし、レミリアの飛行スピードが藍を上回り、すぐに肉薄されてしまう。

 

 

そこで、藍は接近戦として鋭い爪を使ってレミリアに対抗する。そして、何合か打ち合った後、隙を見てまた距離を離していくのだ。

 

レミリアを紫へ近づけさせないための時間稼ぎ。

 

初期の段階で、レミリアとの勝負の勝ちより、時間を稼いでレミリアを孤立化させようとしているのだ。

 

レミリアをこちらの陣内に孤立させ、そのまま物量で圧してレミリアを殺そうという目的だ。

 

 

しかし、レミリアは強く、藍にも限界が訪れ、ついに藍はレミリアに掴まれてしまった。

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

「…………どうした?私を殺すのではなかったか?」

 

 

「…………ガッ!……ッカハッ!!!」

 

 

掴んでいる手に力を込めていくレミリア。

 

苦しそうに呻く藍。

 

 

「あまり、私の式においたをしないで欲しいわね」

 

 

「ッ!?」

 

 

レミリアは藍を絞め殺そうと、さらにその手を込めようとしたその時。

 

突然その声が響いたと同時に、側面から藍に当たらないようにしてレミリアを狙ったレーザーが放たれる。

 

咄嗟に手を離し、その場から距離を離してそのレーザーを回避する。すると、藍の辺りからに空間の裂け目が生じる。いわゆる『スキマ』が生じ、そこから幻想郷の賢者『八雲紫』が登場した。

 

扇子を口元で広げて、表情をうかがい知ることが出来ない。

 

 

「お初にお目にかかる、だな。八雲紫」

 

 

「あら、御立派な挨拶ね。レミリア・スカーレット。あまりにおいた過ぎるから礼儀を知らないかと思ったわ」

 

 

「何、そちらのペットがこちらに噛み付いてきて、抵抗させてもらっただけのこと、飼い主がまともで何より。しつけすらできない奴かと思っていたよ」

 

 

何げなく会話をしているが雰囲気は一触即発、互いに挑発をする。

 

 

「藍。大丈夫かしら?」

 

 

「…ケホッ!ケホッ!!は、はい、紫様。……このような失態、申し訳ありません」

 

 

「いいえ、良くやってくれたわ、藍」

 

 

レミリアから視線を外さず、藍へ安否を問いかける紫、藍は咳き込みながら返事をする。

 

 

「レミリア・スカーレット。貴方の目的は何かしら?」

 

 

「幻想郷の支配……と、言ったら?」

 

 

「なら、盛大に歓迎してあげましょう。私自らが直々、に」

 

 

そう受け答えをして、自身の周辺に『スキマ』を展開し、そこからレーザーを発射する。

 

 

レミリアはレーザーを躱し、そのまま、紫と藍へ距離を詰めようとするが、『スキマ』によって距離を離されてしまう。

 

 

「藍、まだ、やれるかしら?」

 

 

「はい、今度は失態を犯しません」

 

 

「その意気よ、藍。盛大に歓迎してあげなさい」

 

 

「はっ!!」

 

紫と藍が協力し、二人がかりでレミリアに対抗していく。

 

 

「……チッ!!」

 

 

レミリアは二人の連携された攻撃に手を焼く

 

 

どこからか現れる『スキマ』からのレーザー、かわそうとしても、藍の妖弾に追撃を受ける。

 

 

二人の距離を詰めようとしても、『スキマ』に離され。

 

 

時に藍との接近戦中に側面からの紫の攻撃によって踏み込んだ攻撃が出来ていないでいる。

 

 

大したダメージではないが、次第にレミリアの被弾が増えていく。

 

 

状況は紫と藍の有利に傾いている。これは誰しもがそう思った。

 

 

だが、次第にレミリアの動きが変化していく。

 

あくまで遠距離で戦う紫と藍に合わせて、接近戦では分が悪いと判断したレミリア。

 

自身も魔力を用いて魔弾で対抗していた。

 

 

しかし今はどうだ。

 

 

魔弾で対抗しているのは以前変わりないが、それが所々紫と藍へ向かってくるのだ。

 

『スキマ』で移動を繰り返して居場所を確定させない紫と藍。

 

それがレミリアには多方面から向かってくる弾幕の様に映っているだろう。

 

だが、『スキマ』で転々としているのに、そこに魔弾が飛んでくるようになる。

 

パターンでも読まれていたのか、と相手の意表を突こうとしても、しっかりとレミリアに読まれている。

 

そこで紫は確信した。

 

やはりレミリアは『スキマ』が見えている。と。

 

 

ふと、レミリアがグングニルと創り出す。

 

 

そして、紫と藍の元へ颯爽と突撃していく。

 

 

自身が被弾していることに目もくれず。今までに出していないスピードで。

 

 

「ッ藍!!」

 

 

「はっ!!」

 

紫は自分の式に呼びかける。

 

 

「邪魔だ!」

 

 

「……………ッあ!?」

 

 

藍は紫を守るようにレミリアの前に躍り出るが、レミリアのグングニルの横薙ぎに簡単に弾き飛ばされてしまう。

 

 

…………………藍はレミリアと何合か打ち合えたはずッ…………!

 

 

紫の想像以上を行くレミリアの進化ともいえる急成長に驚きながらも、肉弾戦は分が悪いと判断している紫は『スキマ』を使って、レミリアから距離を離そうとする。

 

 

「ッ!?」

 

 

しかし、『スキマ』を使って移動した先にはレミリアの魔弾がすぐ目の前に迫っていた。

 

突然のことで反応が遅れ、紫は被弾してしまう。

 

一瞬、ほんの一瞬目の前が見えなくなってしまう。

 

 

「!?」

 

ぱっと目の前が明快になったとき、目の前にいたのは魔槍引いた紅い眼の

吸血鬼だった…………。

 

 

「クッ!?」

 

 

咄嗟に、反射ともいえる反応で即座に身を捩る紫。

 

 

「アグッ!!??」

 

 

幸い、身を捩った効果はあり、紫の心臓を狙って穿ったグングニルは紫の右肩を貫くのみに終わり、紫は右腕を振るってレミリアを吹き飛ばし、レミリアに向かってレーザーを放つ。

 

 

「くあッ!!!」

 

 

そのレーザーはレミリアの左翼を貫いた。

 

 

「紫様!?」

 

 

吹き飛ばされた藍が紫の元に急行して、貫かれた右肩を見て悲痛そうに呼びかける。

 

 

「だ、大丈夫よ、これくらい………ッ!!」

 

 

紫は、そう言って、右肩を貫通している『グングニル』を抜いて、右肩を治療する。

 

あっという間に右肩は万全に治療し、レミリアを吹き飛ばした方向を見る。

 

 

レミリアも、貫かれた左翼を一瞬の内に再生して、その場に健在している

 

紫と藍もレミリアの動向に警戒し、レミリアは無感情でその場に立っている。

 

また、レミリアと紫・藍の激戦が繰り広げられる……

 

 

 

 

 

「……………やめだ」

 

 

「……………」

 

 

「なっ!?」

 

 

かと思われたが、レミリアの一声にてレミリアから戦意が消散した。

 

 

紫は疑わしい目で、藍は意表をつかれ、驚いたように、それぞれ反応する。

 

 

「……………何のつもりかしら?」

 

 

「いやなに、元々、私達、『紅魔館』は幻想郷への移住の為にここに来ただけのこと」

 

 

「貴方たちはこの幻想郷を支配すると、言ったはずだけれど?」

 

 

「それは他の吸血鬼共の言い分だろう?私達『紅魔館』には何も関係はない」

 

 

「幻想郷の賢者『八雲紫』、我々、『紅魔館』はこの幻想郷の移住を願い出に来た。我たち紅魔館の移住の許可をいただきたい」

 

 

その言葉を受け、紫は少し思考を巡らせる。

 

 

『紅魔館』レミリア・スカーレット。突如幻想郷に現れた存在。

 

 

幻想郷を支配ではなく移住しに来たと彼は言ってはいるが・・・。

 

正直怪しくないと言っては嘘になる。だが、彼が嘘をついている様には思えず、そんなつまらない愚物の様には見えない。

 

 

しかし、移住が目的であったこの戦いで参戦したのは自衛のためと言えるし、これまで各地での戦闘で一切関与していなかったのにも説明がつく。

 

紅魔館自体、鋭利な刃物ではあるが、扱い方によっては幻想郷を守るために利用できる。

 

 

現在、吸血鬼達との戦闘で、天狗を主体として抵抗してきたが、繰り広げられる激戦によって妖怪の山の妖怪達、天狗達に大きな被害が出た。

 

本来、幻想郷は人間と妖怪のバランスをとって成り立っているもの、この戦いで妖怪隊が大きく消耗してしまった。

 

そして、妖怪達の気力も減って、とうていバランスをとれるとは思えない。

 

そこで、新たに来たこの『紅魔館』レミリア・スカーレットを利用して、新たな妖怪勢力として幻想郷に君臨させれば、妖怪と人間とのバランスをとれるところだろう。

 

 

それに、吸血鬼達と同じように外の世界から来た勢力に対抗できるのではないか。

 

 

扱い方を間違えなければメリットの方があるのではないだろうか。

 

 

「……………解りました。『紅魔館』並びにその住人たちの移住を許可します」

 

 

「紫様!?」

 

 

「………感謝する。八雲紫」

 

 

「藍、終戦を天狗達に知らせてきなさい。講和は成った、と」

 

 

「し、しかし紫様!」

 

 

「二度は言わないわ」

 

 

「ッ!?わ、解りました」

 

 

そう言って藍はこの場から離れていく。この場に残されたのはレミリアと紫だ。

 

 

「レミリア、聞きたいことがあるのだけど」

 

 

「ああ」

 

 

「………どうして、私の右肩を貫けたのかしら。私の『スキマ』が、まるでそこに来ると解っていたかのように迷いのない、一撃だったわ」

 

 

「……………運命を操る、それが私の能力だからだ、まぁ完璧に、とは言えないが」

 

 

「ッ!?そう…………………」

 

 

レミリアはそう言って紅魔館の方へ歩き出している

 

 

紫はレミリアの言葉を聞いて戦慄したような気持ちになった。

 

 

私が、『スキマ』でそこへ行くことを最初から仕向けられていたとでもいうの?

 

 

それにレミリアは自分の能力を完全には扱えてはいないらしいが、これが完全に扱えるようになったら………。

 

 

…………レミリア・スカーレット、やはり、危険ね…!

 

 

「ああ、そうだ、紫」

 

 

「……………何かしら?」

 

 

はっと気が付いたかのように立ち止まって紫の方を向いて呼びかけるレミリア。

 

 

何を言い出すつもりなのかしら、と紫は少し警戒を強める

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……………血を、分けてくれ」

 

 

「……………え?」

 

 

言うが早いか、紫に一瞬で近づいたレミリアは紫を押さえ、紫の首筋に牙を立てて、吸血していく。

 

 

あまりの衝撃に紫は思考を止めて、呆然としてしまう。

 

 

「ん…………。助かる。ちょうど、戦闘で消費してたから血が欲しかったんだ」

 

 

「………………」

 

 

「では、約束通り、頼む」

 

 

しばらくレミリアの吸血が続き、吸血が終わった後そう言ってレミリアは紅魔館へ飛んで行ってしまった。

 

 

後に残されたのは、呆然とした顔でそこに立ち尽くしている紫のみだった。

 

 

 

 

 

…………………レ、レミリア、や、やはり危険ね…ッ!!

 

その後、紫は個人的に紅魔館への監視を強めた。

…………………恐らく私情ではないだろう、多分。

 




次は、フランちゃんと美鈴さんの戦闘シーンを2本立てで投稿します。


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美鈴vs勇儀 (吸血鬼異変)

ロストワード フランちゃんメイドコスに魂を奪われた男




「はあっ!!」

 

 

「おっと」

 

 

相手の頭部を狙った回し蹴り、それも上半身を逸らすだけで躱される。

すぐさま距離を離して、様子を伺う。

 

追撃はこの相手には悪手である。余裕綽綽そうな顔をして、実のところ反撃を狙っているのだ。

 

怪力だけかと思ったら、意外としっかりしている。

 

 

「やっぱりいい腕だ。鬼じゃないのが悔やまれるくらい」

 

 

「光栄です」

 

 

相手の軽口をさっと返す。その後「つれないねぇ」という相手の口調に呑まれてはいけない。

冗長なことは一切口にせず、ただこの戦闘のみを一心に考える。

 

 

「だが、しかし、ホントにやる。伊達に武術を極めているってのも、嘘じゃないね。鋭い突き、蹴りがそう言ってるよ」

 

 

そう言って楽しそうに、それでいて親近感すら感じさせるような声で私に呼びかけてくる。

しかし、これが鬼、ただの種族不明な一般妖怪と歴とした鬼としての純粋な格。

 

こっちは一生懸命なのに、余裕そうにまぁ…………………。

 

………ッ!今度はこっちの番だと言わんばかりにこちらに詰め寄ってくる勇儀()

 

 

「うん、あんたが生きていられたら、喧嘩相手にちょうどいいさね」

 

 

「こっちは全力でお断りさせていただきますけどね」

 

 

「えぇ?いいじゃないか、別に減るもんでもなし」

 

 

「あなたとッ!いきなり喧嘩する道理が私にはありませんので」

 

 

そう言いながら両手を振るってくる勇儀、私は上手く、それらすべてを受け流しながら防ぐ

 

 

「もったいないねぇ!いい身体してるのにッ!!!」

 

 

「くぅ!!………変な言い方するの、やめてもらえます?」

 

勇儀の鬼の力を加えた鋭い蹴り、受け流すこと叶わず、両手で受け止める。

蹴りの衝撃は受けきれず、そのまま、私は後方へ地面を擦りながら飛ばされてしまう。

 

鬼の蹴りを両手で受け止めたツケはすぐ来たようで、両腕の骨が何本か折れたようだ。

 

「しっかし、なんで、吸血鬼でもないあんたが、こんなところで働いているのさ」

 

 

折られた腕を修復していると、勇儀が問いかけてくる。

今までは骨折の修復に数十分ぐらいの時間を必要としていたが、ものの数分でできるようになったのは僥倖だった。

 

伊達に私もお坊ちゃまたちと組手したり、妹様といじめられ(鍛錬)てはいない。

 

 

「昔から、ここで働くようになっただけのことです」

 

 

素っ気なく、そう返す。お坊ちゃまとの戦いで敗北し、お坊ちゃまの提案で、紅魔館に働くようになった。

必要とされているからここにいるだけのことだ。

 

 

「ふ~ん、成り行きで、ねぇ?その気なら、すぐにでも辞めれるんだろう?」

 

 

「ええ、まぁその気になるなど最もありませんが」

 

 

「じゃあ、今、あんたを突き動かしているのは、主との絆とやらかい?それとも、惰性かい?」

 

 

「あそこは私の場所です。紅魔館で働くこと以外私の眼中にはありません。そして、私にしか出来ない。どっちであろうが、関係ありません!!」

 

 

そう言って、初めて私から仕掛けていく。修復しきった両腕を振るい、足を振るう。

 

 

「がはっ!!!」

 

「!!」

 

勇儀の腹部へのパンチを食らうと同時に、私は、顔への拳を当てる。

 

 

両者、その反動でまた距離が離れる。

 

 

「いんや、あんたは紅魔館を守りたくて守っているつもりじゃあないね」

 

 

「ッ!?馬鹿なことを!」

 

 

「鬼は嘘が嫌いさ。あんたの心の奥底で、そう感じてんだろ?なぁ認めなよ」

 

 

私は、言葉が終わる前に、勇儀との距離を詰め、猛攻を繰り出す。

 

勇儀は何とでもないように、躱し、受け止め、反撃を繰り出していく。

 

 

「あんたが紅魔館を守っているって事実がなきゃ、自分が紅魔館の一員になれないっていう不安があるから、だろ?」

 

 

「ッ!?」

 

 

勇儀の反撃が自分にクリーンヒットする。

 

 

ダメージ自体はさほどないはずなのに、想像以上のダメージを負った、そんな感覚がする。

 

 

「そんなことッ!貴女には関係のないことでしょう!」

 

 

が、そんなことを無理やりに押しとどめ、すぐさま勇儀へ肉薄していく。

 

 

「貴女にそんなことを言われる義理など、ありません!ましてや、敵なんぞに!放っておいてください!」

 

 

「うおッ!?」

 

 

そう言って渾身の蹴りが勇儀を蹴り飛ばす。砂煙を巻き上げながら、勢いよく吹き飛ばす。

 

 

目の前には砂煙が巻き起こり、勇儀の姿など確認できない。

 

 

「放っておけるか、そんな難儀なやつ」

 

 

そう砂煙の方から声がかかる。声の犯人は最初から解っている。

 

 

ゆっくりと、心を落ち着かせるように構えをとる。

 

 

「せっかく同情してやってんだ。有難く受けときなよ」

 

 

「余計なお世話です」

 

 

多少、服装がボロボロになり、ところどころ負傷の跡が出来ており、口元から一筋血を流しながらも、それ以外健全な勇儀が砂煙の中から出てきた。

 

 

「だがまぁ、自分の存在意義がないと繋ぎ止められない絆なんて、不毛なもんさ。そんなもんに囚われるあんたを解放してやるのも同情さね」

 

 

「ッ!?」

 

 

そう言って勇儀の周囲から妖力が立ち込める。

ゆらゆらと周囲が揺れる。地面が揺れているのかと思わんばかりに。

 

 

「紅美鈴って言ったね。あんたは強かったよ、誇っていい。そんなあんたに敬意を表して、私の最高の一撃で、あんたを葬ってやるよ」

 

 

ゴゴゴゴゴと地面が揺れる。破壊的な妖力が勇儀一点に集まっていく。

凄まじい存在感に美鈴は肌に張り付くような感覚に襲われる。

得も言えない圧倒的拍動が、暴力的な内圧が彼女に襲い掛かる。

 

 

そして、勇儀の右足がその場で高く上げられる。

 

 

……………ッ来る!!!

 

 

「奥義『三歩必殺』」

 

 

そう言って勇儀が高く振り上げた足をその場で下し、地面を勢いよく踏んだ時、勇儀の周りの地面が山脈の様に隆起する。

 

射状へと蜘蛛の巣のごとく亀裂が走り抜き、亀裂の隙間は眩しいほどの発光が迸る。聞こえるのは大地の軋み、ただそれだけ。

 

弾け飛んだ岩片が空に飛び立った。その数は大量で、数えきれず。

 

視界が岩で埋まる。そのまま、美鈴は自身に向かってくる岩がゆっくりと感じられた。

 

 

「………………すみません、お坊ちゃま。紅魔館を守り切ることが出来そうになさそうです」

 

 

死んだ。

 

そう、美鈴は初めて自分が死ぬのだということを認識し、自身の不甲斐なさを主であるレミリアに心の中で詫びながら、向かってくる岩をただ見ていることしかできなかった…………………

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 

 

────私はここに居ていいのだろうか?

 

 

そんな疑問はどこから湧いて出てきだたのだろう。

 

昔の私ならば、そんなことを考えることなんて一度もなかったはずだった。

ただ、武術を極め、各地を渡り歩き、戦うだけ。

 

 

ならば、私は何なのだろう?

 

 

妖怪だ。それは解る。種族は?親は?

気が付いたらそこにいて、気が付いたら『理性』が宿った。

 

 

私が私である所以は何なのだろう?種族がないただ妖怪としてこの世に生まれ、何も意味を見出さないまま生きていた。それが苦痛でもあった。

 

自分らしさを追求するために私は可能な限り多くのことをやった。

 

武術を極めたこともその一環だ。

だが、それでも自分を見つけ出すことが出来なかった。

 

それでも、私は『武』に私を見出すことが出来る。と私は『武』を追求してきた。

 

 

より強い者と、より強者と、きっとその中で『私』が見つかることを信じて。

 

『『武』で周囲に『私』を認識させたい。』

『『武』で周囲に『私』を見つけてほしい。』

 

 

しかし、それは幻想に終わった。

 

私が二度の敗北、それは、未熟だった頃の敗北とは違う。

『武』の極みに到達した頃の私が。

 

『レミリア・スカーレット』に、それも、武術を極めていない、単純な吸血鬼としての力で私の『武』が打ち破れた。

 

 

──『私』だったものが崩れ去った。

 

 

その日から、私は紅魔館で働くことになった。

 

 

当初から存外、紅魔館の生活は悪くはないものだった。まぁいびられるのは、少し勘弁してほしいが。

 

紅魔館での生活は、今までの生活とは一転していた。それが心地よかった。ずっと居たいと思う程に。

 

だが本来は、私自身の実力を買われて、元々の目的は、紅魔館を守るための門番として。

 

 

では、私に『武』という付属価値がなければ?

 

お坊ちゃまとの出会いもなかっただろうし、紅魔館に居ることすら叶わない。

 

確かに、日頃の過剰ともいえる練習は苛烈さを極めて大変だった。その結果、メイドとしての仕事も十分にこなすことができた。

 

 

だけど、年が経るにつれ、私の本来の実力を発揮するような出来事が起こらなかった。

 

これでは、ただのメイドと変わりない。

 

時代が変わるにつれ、私の価値はただのメイドであるということだけだった。

 

 

紅魔館を守れない、もしくは守る必要のなくなったら、いつか私は切られるのではないだろうか?

いつからかそんな不安に苛まれたのはいつだったか。

 

紅魔館での生活が『私』であることの重要条件にいつの間にかなっていた。

 

 

だから幻想郷に移住することは、私にとってはうれしいものだった。

新しい生活が始まり、きっと私が必要とされるときがくるだろう。

 

今回こそ、私が紅魔館に居られる、と。少々の焦りと不安を乗せて。

 

 

その私の不安定な心を突かれた。不覚だった。

冷静冷静と心の中で口にしながらも、結局冷静に成れずじまい。

 

戦闘で、不安を抱えたまま戦い、そして敗れた。

 

これでは、元よりお坊ちゃまに顔向けなどできない。

 

 

────申し訳、ありませんお坊ちゃま………

 

 

『何を言う、この程度の失敗、初めから私は上手くやれなどと言っていない』

 

 

────ッ!?

 

 

『元より、お前が武一辺倒なのは承知の上だ。これから、覚えていけばいい』

 

 

────お坊ちゃま?

 

 

『初めから自分を自分で判断するな、お前の価値は私が決める。何、本当に無理だったら、その時はお前に適している仕事をやる。…………………まぁとりあえず、塩と砂糖を入れ間違えるのをやめよう、上手い紅茶はそれからだ」

 

 

────…………………。

 

 

『美鈴!今日も地下室!付き合って!!』

 

『美鈴!ねぇ美鈴ったら!今日は、お兄様がね!!!』

 

 

 

────妹様…………………。

 

 

 

『あら、美鈴。ここの掃除ね。まぁ邪魔にならないなら。勝手にすればいいわ。…………………お疲れ様』

 

『ん…………………。まぁ、私には一切の食事は要らないのだけれど、有難くいただくわ。…………………悪くはないわね』

 

 

 

────パチュリー様…………………。

 

 

『あっ!!美鈴さん!今日もお仕事お疲れ様です!!』

 

『へぇ~、ここは、そうなってるんですね~、美鈴さんは物知りですね!それに、お強いですし、頼りになります!」

 

 

────こあちゃん…………………。

 

 

 

 

 

──────そう、そうでしたね。そうだったんですね。

 

 

勝手に自分で、自分を縛り付けて、価値を付けて、勝手に『私』という存在を創り出して。

 

そのせいで、自分で自分を苦しめて、痛みつけて、事の本質から目を背けさせたんだ…………………。

 

 

私は確かに、正体不明の妖怪だ。それがどうした。私は今ここにいる。『私』はしっかりここにいるじゃないか。

 

 

『美鈴、君には『紅』という苗字をあげる、明日から紅魔館で働くメイド『紅美鈴』と名乗りなさい』

 

 

『美鈴』という空虚な私ではなくて、『紅美鈴』という紅魔館で働くメイド、紅魔館の一員として。

 

私はここに立っているじゃない…………………!!

 

『紅』が『私』に火を灯した。

 

 

空虚な『美鈴』は今日で死んだ。

 

 

私は、『紅美鈴』紅魔館で働いている紅魔館の『一員』だ。

 

 

 

――――申し訳ありません、お坊ちゃま。

 

 

『今回の戦いには、お前の力が必要になるだろう。その時は、頼む、いや、今回『も』よろしく頼む。『紅美鈴』』

 

 

私は、もう一度、お坊ちゃまに謝罪する。

 

もう大丈夫。不安は一切ない。なら、こんなところで感傷に浸っている場合ではない。

 

 

『紅美鈴』として、紅魔館の『一員』として、やるべきことをやらないと…………………!!

 

 

『私』を見つけ出すことが出来た。そんなに気負うことは無かったんだ。

 

 

『レミリア・スカーレット』

 

紅魔館の主人であり、私を見つけ出してくれ、『私』を見つけるきっかけをくれたお方。

 

 

お坊ちゃまは最初から『私』そのものを見ていたんだ。

 

 

今更、私はそんなことに気が付くことが出来ました。

 

 

――――…………お慕いしております。お坊ちゃま。

 

 

もう、迷いません…………………!!

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 

「……………あちゃー、少し、やりすぎちまったかねぇ」

 

 

勇儀の目の前には、山のように埋もれた岩方。恐らく、その中に美鈴が埋もれているのだろう。

 

だが、この技こそ、勇儀の奥義であり、必殺の奥義である。

 

 

勇儀の、鬼としても最高である技を食らって美鈴が生きていることなど。

 

本来ならあるはずがないのだ。

 

 

「まぁ、少しは楽しめたさ」

 

 

そう言って目を背け、紅魔館へと目を向けた時、ガラガラ!!と何かが崩れるような音がした。

 

 

「ッ!?」

 

音のした方、美鈴が埋もれて死んでいるであろう岩片の山の中から勢いよく女性が飛び出してきた。

 

「ガッ!?」

 

まずは右手でアッパーを。

 

「グッ!?」

 

次に左手で腹部に鋭い突きを。

 

「ガハッ!?」

 

そして、そのまま、勇儀の頭を両手でつかみ、顔面に膝蹴りを見舞う。

 

 

そしてそのまま、体を回転させ、遠心力を利用して回し蹴りを繰り出す。

 

 

「このッ!?」

 

 

勇儀も負けじと反撃をしようとするが、難なくその攻撃は受け流されてしまう。

 

 

勇儀はその反動で体勢を崩し、美鈴は両手に力を込めて、勇儀の腹部に『掌底打ち』を繰り出す。

 

 

「つぁッ!?」

 

 

その両手からは『気』が纏い、気弾となって勇儀を吹き飛ばす。

 

勇儀を吹き飛ばし、そのあたりを土煙が覆う。

 

土煙がはれた時、そこに勇儀が立っていた。

 

所々血を流し、顔は笑顔であるものの、相当ダメージを負ったようだ。

 

 

美鈴も、いたるところに傷だらけでおり、衣服はボロボロで、同じように相当のダメージを負っているように見える。しかし、表情は余裕そのもので、しっかりと勇儀を見据えている。

 

 

「ハハッ!!やるねぇ!さっきまでとは別人だよ!…………いや、別人と言った方がいいかい?」

 

 

「ええ、おかげさまで気分が爽快ですよ。そこは、感謝します」

 

 

「いいねぇ、いいねぇ!!ここに来てよかったって初めて感じたよぉ!」

 

 

「ええ、私も、貴女と戦えて初めて良かったと感じました」

 

 

両者、そのままゆっくりと構えを取る。両者、今、この時が楽しいと言わんばかりに笑顔を浮かべている

 

 

「さぁ!続きといこうか!」

「ええ、『紅美鈴』!参ります!」

 

 

そして、美鈴と勇儀の第二ラウンドが今…………、開幕する!!

 

 

「おーい!ゆうぎー!いないのかー!」

 

 

第三者の声で一気にその場の雰囲気が消散する。

 

 

声の方向を見ると、小さな少女が走って向かってくる。

 

普通の少女ではなく、勇儀と同じように両手首に枷が付けられており、勇儀と同じく角が生えている。

勇儀と違う所と言えば、二本の長い角を生やしている所だろう。

 

 

「おっ!見つけたぞ!勇儀!」

 

 

勇儀の姿を見つけた少女はそのままこちらに走ってきた。

 

 

「………萃香……なんだってんだい、いい時に」

 

 

「ああ、この戦いは終わりだと、紫んとこの狐、藍が言ってた。吸血鬼との戦いは終わった。講話が成って戦闘は一切禁止だとさ」

 

 

「えぇ?たった今、これから盛り上がるってときだってのにかい?」

 

 

「仕方ないだろー?そういう取り決めさ」

 

 

「…………うーん。仕方ないねぇ」

 

 

少しばかり悩んでいたが、決まりとあらば仕方がないと渋々勇儀は従った。

 

 

「そういうことで、紅美鈴。この勝負はお預けだ。すまないねぇ」

 

 

「すまないな!妖怪!」

 

 

「え、ええ…………」

 

 

美鈴も些か拍子抜けしたようだ。タイミングが悪かったのだ。

 

そう言って来た道を帰ろうとする勇儀と萃香。

 

はっと勇儀が美鈴の方へ振り替える。

 

 

「改めて、あんたの名前を聞いとくよ、私は星熊勇儀」

 

 

「……………紅魔館の『紅美鈴』です」

 

 

「……………うん、その名前、覚えとくよ、一生ね。また会うことになりそうだし」

 

 

そう言って、再び、踵を返して二人の鬼は帰っていった。

 

 

 

「ふうっ…………………」

 

 

美鈴は安心する様に一息ついた。やっと人心地付いたという方が正しい。

 

そんな感じだ。

 

 

幻想郷に来てよかった。

 

そう、美鈴は改めて感じた。

 

 

「…………………どうしようかなぁ。後片付け…………………」

 

 

残されたのは、戦闘によって悲惨な変形を遂げた岩だらけの地面に、壊れている門だった。

困ったように美鈴は苦笑いした。

 

 

…………………でも、やりがいはあるなぁ!

 

 

けれど、美鈴の心は極めて明るく、その表情は喜びそのものだった。

 

 

 

 




結果 引き分け、 めーりん覚醒回。


結構、書いてて恥ずかしい気持ちになります。

次はフランちゃん回です


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フランvs幽香(吸血鬼異変)

ガキィィィィイイイイイイイイン!!!

 

固い金属のようなものが打ち合う音が激しく鳴り響く。

 

一方は燃える剣、元の姿は杖の様な物であるが、本領を発揮する際、燃え盛る剣『レーヴァテイン』へと変貌を遂げる神剣である。

 

一方は、なんと日傘である、一見、普通の日傘とも見て取れる獲物で対する神剣『レーヴァテイン』を相手取っているのだ。

 

 

『レーヴァテイン』を操るフラン。

 

フランの猛攻を日傘によって防ぐ風見幽香。

 

両者の剣戟は、力と力のぶつかり合い、まともな流派の剣術ではなく、どちらもただ力任せに振りかぶっているだけ。

 

しかし、本来の両者の持つ単純な力は妖怪というスペックも加わり、計り知れない衝撃となっていることだろう。

 

 

その証拠に、剣と傘が剣戟する際、その周囲へ衝撃の波が辺りを襲う。

 

 

「しつッ、こいなァ!!さっさと斬られロォ!!」

 

 

「あらあら、激しくて乱暴ね。そんなんじゃ、舞踏会にすらでられないわよ?」

 

 

「うるッ、さあい!!!」

 

 

吸血鬼としての怪力任せの一撃も、幽香の日傘によって楽々と受けられる。

 

幽香の方は、軽口を叩く余裕すら見受けられ、事あるごとにフランを挑発する余裕すらある。

 

 

フランが距離を離し、魔法を使用して攻撃をしても、日傘を開いて横薙ぎに払うだけでフランの魔法を打ち消す。

 

 

「チッ………。何なのよ、その日傘」

 

 

「特注の日傘よ?愛用しているの」

 

 

レーヴァテインと剣戟をすることも、魔法、それも、火属性の魔法も引火すらせずに簡単にかき消す日傘。

 

フランの攻撃という攻撃全てが日傘のみに対処され、その苛立ちからか、フランはそう口にする。

 

しかし、幽香の回答はのんべんだらりとした口調で、それが余計フランの苛立ちを増す。

 

 

「いいから、私の為に、お兄様の為に、さっさと、死ね!!」

 

 

「………さっきからお兄様、お兄様って、いい加減、兄離れしなさいな」

 

 

「うるッ、さいなァ!!!」

 

 

フランが幽香にとびかかるようにして肉薄し、レーヴァテインの猛攻を繰り出していく。苛立ちも合わさって、鋭さも増していく。

 

だが、幽香は半ば呆れたようにその鋭い攻撃すら防いで見せる。

 

 

「クッ!!」

 

 

そして、幽香のカウンターの一撃がフランに襲い掛かるが、何とかフランはその一撃と受け止め、その衝撃で後ろに後退する。

 

 

「はぁ…………………。お兄さん以外に、色々いるでしょう?」

 

 

「いない。私にはお兄様だけ。お兄様は私だけ。それでいいの。それが最善。それだけで十分」

 

 

「…………ある意味、一種の狂信ね。打つ手無し」

 

 

おどけたように肩をすくめる幽香。

 

 

「たった一人、いえ、たった一吸血鬼に過度な期待はしない方がいいわ。一人では限界があるもの」

 

 

「オマエにはッ!関係ないッ!」

 

 

「お嬢さんに過剰に期待を寄せられるお兄さんが憐れってことよ」

 

 

「うるさぁぁぁあああい!!!」

 

 

「………癇癪持ち。まるで子供ね。…まぁ子供なのだけれど」

 

 

向かってくるフランを再び、日傘で押し返す幽香。

 

 

単純な実力差では互角であるが、冷静さを失っている分フランが不利だ。

 

 

攻撃の所々に荒さが目立ち、精彩さを欠いている。

戦闘経験が豊富な幽香は、遠慮なくそこを突いていく。

 

形勢は幽香に分がある。

 

 

「まぁお兄さんにばかり固執するのは勝手だけど、それで困るのは貴女とそのお兄さんよ?」

 

 

「黙れ!!!」

 

 

「貴女自身も薄々勘付いてはいるんでしょう?このままじゃ駄目だってことに」

 

 

「…………………ッ!!」

 

 

 

最後の幽香の言葉に少しだけ、反応したが、返事は無用とばかりに無言を貫く。

 

 

「ッあ!?」

 

 

そして、幽香の日傘がレーヴァテインを弾き。フランの手元から離れていく。

 

 

「ガハッ!!??」

 

 

手元の獲物が無くなったことにフランは一瞬反応が遅れた。

その隙を幽香は見逃さず、左手でフランの首元を掴んで、そのまま締め上げる。

 

 

「まぁそんなこと、今この場では関係のないことだし、同情はしてあげるけど、今、ここで殺してあげるわ」

 

 

「…………………ッ!あッ…………………」

 

 

手の力を強めていく幽香、力が強まるにつれ、手の力が抜け頭に靄の様なものが掛かっていくフラン

 

 

次第にフランの意識も薄れていく。

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

────あれ?そういえば、なんで私、紅魔館を守ってるんだろう。

 

ふと、幽香に首を絞められて、意識が朦朧としている時にそう思った。

 

 

何で私は紅魔館を守っているんだろう?って

 

お兄様に任されたから?お兄様の場所だから?

 

 

それも、ある。でも、それだけじゃない気がする。

私としては、お兄様だけが居るだけでいい、たったそれだけで。

 

 

私にとって、『紅魔館』って何だったんだろう。

 

 

ふと、考える。

 

 

『紅魔館』生まれた時、そこは嫌な所だった。お兄様が手を差し伸べてくれたから、引き上げてくれたから。

私は乗り越えることが出来た。

 

 

それこそ、消え去ってしまいたいほどの忌々しい思い出。

 

今更になって、お母様が死んだことに喜んだ私自身を浅ましく。

父だったモノを殺した時は嬉しかったが、違う未来もあったのだろうかと思い悩むこともあった。

 

それを、感情の片隅に隠して、そこに『お兄様』への感情で隠し通してきた。

 

 

過去の『紅魔館』は私にとって最悪な場所だったはずだ。

 

 

でも、今は?

 

 

少しだけ、納得できなくて、不満な時もある。

 

 

美鈴は、お兄様の専属メイドでいい思いをしてきている。それが不満だ。

…………………だけど、いつも笑顔で、苦しいはずなのに、それを周りにみせずに、頑張ってる。屈託ない笑顔で私に接してくる。

 

 

パチェリーはお兄様の友人だって言うから不満だ。

…………………だけど私に一から魔法を教えてくれる。意外と面倒見がいい。

 

 

小悪魔は…………勝手に居座っただけだから別に不満はないけど。

いつも私にいろんな本を勧めてくる。

 

 

…………。

 

 

 

…………………。

 

 

 

……………………………………。

 

 

 

何だ。

 

 

もう、答えは簡単じゃん。

 

 

 

私が、この『紅魔館』を守りたいんだ。

 

 

お兄様の為、美鈴の為、パチェリーの為、小悪魔の為。

 

 

今、この生活を崩したくないんだ。

 

 

お兄様に甘えて、美鈴を虐めて、パチェリーに魔法を教えてもらって。小悪魔とお話しして。

 

 

そして、皆の居場所を守る為、皆の命を守る為に。

 

 

私はお兄様が好きだ。大好きだ。お兄様の為なら、他のどんなことでも捨てれるくらいに。

 

 

でも、いつの間にか。皆が好きだ。美鈴が、パチェリーが、小悪魔が。

 

狂ってる『私』に何の忌避もなく、ただ純粋に私と接してくれる『皆』が大好きなんだ。

 

 

お兄様に頼まれてるからじゃない。私が私の意志で ここ(紅魔館)を守りたがっているんだ。

 

そんな……………、簡単な事だったんだ。

 

 

じゃあ、こんなことしてる場合じゃないよね。

 

 

 

『皆』を守らないとね…………………!!

 

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

「…………………?反応がないわね?」

 

 

先ほどまで、苦しんでいたフランが急に動きを止める。

死んだかと一瞬思ったが、そんなことはない不自然だ。

 

 

「…………………!」

 

 

しかし、ピクッとフランが動き出す。

 

 

目ざとく発見した幽香は生きていることを確信し、再び手の力を込めようとする。

 

 

「グフッ!?」

 

 

突然、ザシュ!!という音と共にフランを掴んでいた左手、左腕が胴体から切断された。

それをしっかりと確認する前に、腹部に強烈な衝撃が幽香を襲う。

 

 

そして、その衝撃で後方へ吹き飛んでしまう。

 

 

「…………………なっ!?」

 

 

体勢を整え、前を向いた幽香に目を疑う光景があった。

 

 

フランが立っている。それも、掴んでいたフランと瓜二つの、2体のフランを合わせて3体のフランが目の前に立っていた。

 

 

「………参ったわね。突然、増えるなんてねッ!!」

 

 

混乱は一瞬で収まった。すぐに冷静さを取り戻した幽香はその場で、残った右腕使って日傘を閉じ、三体のフランの方へと向ける。

 

そして、即座に妖力を一点に集中させて、フラン達へと発射させようとする。

 

 

「『きゅっとしてドカアァァァァァン!!!!』」

 

 

 

「………ッ!?」

 

 

突如、その声が鳴り響き、ドカーンという爆発音とともに持っていた日傘が内部から破裂する様に砕け散る。

 

 

「アハハハハハハハハ!!!」

 

 

人際甲高い声が鳴り響く。

 

 

「ッ!上かッ!!」

 

 

すぐさま声の発生源をたどって幽香は上を見る。

 

 

気付いた時には時すでに遅い。

 

 

上空で、先ほどの三体のフランとは別のフランがレーヴァテインをこちらに向けながら突進してくる。

 

 

「ゴホッ!?」

 

 

そのまま、四体目のフランは幽香の身体を突き刺す。

しかし、突き刺されると同時に、四体目のフランへ腕を振るって弾き飛ばす。

 

 

弾き飛ばされたフランはしっかりと空中で体勢を整える。

 

 

幽香の目の前には、4体のフランがそこに立っていた。

 

 

「…………………ッ!!」

 

 

刺さったレーヴァテインを幽香は抜く。燃え盛る剣であるが、何とか剣を抜き取る。そして、目の前を向くと、4体いたはずのフランは消え去り、その場には一体のフランのみがそこにいた。

 

 

「…………………驚いたわね。とんだ隠し球を持っていたこと」

 

 

「フォーオブアカインド………今、たった今出来たわ」

 

 

「土壇場で急死一生の手を打てたってこと…………………。それも、お兄さんの想いの強さからかしら?」

 

 

「いいえ、それもあるけど、『紅魔館』の『皆』への想いが、私を救った」

 

 

「…………………へぇ」

 

 

面白そうに目を細めながら、幽香は自身の傷を修復していく。

 

 

幽香の身体に植物が巻き付く、失った左腕、貫かれた腹部。それらはうごめく植物たちが巻き付くことによって修復される。

 

 

「いい顔、してるじゃない。面白くなりそうね」

 

 

そう言って再び、二人は対峙する。

 

 

だが、その時、周囲がざわめくように、自然が揺れる。

 

まるで、何かを伝えるかのように。

 

 

「…………………そう、今回は、ここまでの様ね」

 

 

「…………………?」

 

 

「終戦。戦いは終わったってことよ。貴女と私が戦う意味はもう無いってこと」

 

 

そう言って、興味を失ったかの様に踵を返す幽香。

今も、状況が掴めないフランは突然のことに混乱するばかりだ。

 

 

「ああ、そうね。今度、貴女のお兄さんと一緒に、太陽の畑って言う場所に来なさい。歓迎してあげるわ」

 

 

「…………………どういうこと?」

 

 

「退屈しのぎに付き合ってくれたお礼よ。朝に訪れると、キレイなヒマワリが沢山咲いているのだけれど。まぁ、貴方達は吸血鬼だから、日光に弱いでしょうから、特注の日傘も2本送っておくわ」

 

 

「…………さっきまで、殺し合っていたはずだけど?」

 

 

「あら、私にとって殺しも遊びよ?それに、貴方たちに興味が沸いたし、交流を深めるもの悪くはない。そう考えただけよ」

 

 

「…………………。」

 

 

「まぁ、気が向いたら来て頂戴」

 

 

そう言って。幽香はその場から去っていった。

 

 

「…………………」

 

 

残ったのは、その場に立ち尽くしているフランのみだった。

 

 

「………様!、フ・・様!!フラン様~!!」

 

 

遠くの方からそう声が聞こえてくる。

 

 

「…………美鈴?」

 

 

遠くで美鈴がフランの名前を呼びながらこちらへ近づいてくる。

 

 

「フラン様!!お怪我は!?」

 

 

「う、ううん、別に大丈夫だけど」

 

 

「だ、大丈夫なんですね!?はぁ~、良かったぁ~」

 

 

そう言って安心したように胸をなでおろす美鈴。

 

怪我はないかとこちらに詰め寄ってきたが、逆に、傷だらけの美鈴が心配だ。衣服もボロボロだし。

 

 

「……………美鈴の方が、大丈夫じゃないように見えるけど」

 

 

「あ、あはは、ちょっと、手強い強敵と遭遇しちゃって………。でも、大丈夫ですよ!ほらっ!!」

 

 

そう言って美鈴は何ともないことをアピールしてくる。

 

 

「……………ッいてて!!」

 

 

しかし、無理していたようで、すぐにボロが出た。

 

 

「ほら、言ったじゃない。仕方がないなぁ、怪我、治してあげるから、戻るよ」

 

 

「えっ!?」

 

 

「……………何よ」

 

 

「い、いえ、あっ!な、何かいいことありました?」

 

 

「…………何それ、私だってそう言うことぐらいあるよ」

 

 

「あっ!そ、そうですよね、す、すいません」

 

 

「ふーんだ!そういうこという美鈴なんてもうし~らない!!」

 

 

「ええ!?ちょ、ちょっと待ってくださいよぉ!す、すいませんって!フラン様~」

 

 

そう言って走り出すフラン、後を縋るように追いかける美鈴。

 

 

走り出すフランには純粋な笑みが浮かんでいた。

 

 

 

 

 

 

 

 

後日、紅魔館の元に、差出人不明の荷物が送られ。

その中には二本の日傘があった。

ピンクと白の美しいスイートピーが添えられて。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 

「な、………な…………………!?」

 

 

フランは目の前の光景に声も出ず、わなわなと体を震わせる。

 

目には怒り、妬み、羨み。様々だ。それは、フランにとって受け入れがたい光景であるのは一目瞭然であろう。

 

 

 

「お兄様お兄様お兄様お兄様お兄様お兄様お兄様」

 

 

「はい!お兄様!あ~ん♡」

 

 

「…………………」

 

 

「あ、あわわわわわわ、フ、フランが、フランが三人、フランが三人!?」

 

 

大好きなお兄様名前を連呼しながらの胸に顔を埋めてスリスリとお兄様の匂いを堪能している『私』

 

 

まるで恋人を見るような眼で、フラン(本体)がしたことが一度もなかった『あ~ん♡』をやっている『私』

 

 

お兄様の隣で、恥ずかしがりながら控えめにちょこんと座っている『私』

 

 

もう、限界だ。同じ『私』ではあるが、もう限界だ。

 

 

「お兄様は私だけの物なの!!そこをどいてぇええええええ!!!!」

 

 

「ッ!?!?!?!?フ、フランが………4人!?…………………あ、あばばばばばばば!?!?!?。…………………う~☆」

 

 

「お兄様お兄様お兄様お兄様お兄様お兄様」

 

 

「お兄様…………………可愛い♡」

 

 

「…………………///」

 

 

『本体』の怒号と、キャパオーバーをして『ブレイク』するレミリア。

レミリアを見て思い思いに堪能をする『偽物』

 

 

そんな光景が後にあったとかなかったとか。




ゆうかりんは子供に優しくあって欲しい。


狂気極みフランちゃん
甘え極みフランちゃん
内気極みフランちゃん

全て偽物。全部合わさって化学反応が起こったのが本体

なお、全てお兄様ラブらしい。


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吸血鬼異変 後日談

活動報告を初投稿いたしました。

余裕のある方はそちらにも目を通していただけると幸いです。


吸血鬼異変最大の戦闘『紅魔館攻防戦』

この戦闘で、幻想郷側が危惧していた事、『レミリア・スカーレット』が参戦し、幻想郷側、特に天狗達に多くの損害が出た。

 

結果、レミリアの圧倒的な力を目の前に、天狗達の戦線が崩壊し、吸血鬼異変で幻想郷側に最大の損失を被り、そして、戦闘中の講和によって紅魔館を攻略することは叶わなかった。

 

この結果から見れば、紅魔館を守り通した吸血鬼勢力の勝利ではあるが、レミリアによる戦線崩壊後、天狗達も冷静さを取り戻して、何とか吸血鬼達とまともに戦えるようになった。

 

戦闘中のレミリアの離脱も天狗達の戦線回復に一因した。

 

この異変終了後、天狗達は大きな損害で、人間とのバランスを保つ妖怪の山に多大な影響が及ぼされた。

 

紅魔館、吸血鬼勢力も同様に、多くの吸血鬼達が死亡。そして、付き従っていた妖怪達も散開し、かつての勢力的な脅威はもはや無くなったといえる。

 

レミリアと八雲紫、両陣営の指導者が同意した講話により、吸血鬼異変は終結した。

 

 

この戦闘で、幻想郷中に大きくその名声を広げたのは、圧倒的な力を見せつけた『レミリア・スカーレット』。

 

そして、前線で戦線を立て直すまでに目覚ましい奮闘を見せた。新しく白狼天狗隊長へと就任した『犬走椛』の名前である。

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

「せいッ!!」

 

「ギャッ!?」

 

柳葉刀を振るい、目の前の吸血鬼を斬りつける。吸血鬼の頭と胴体を一刀両断する。

 

 

「はぁッ!!」

 

 

「グワッ!?」

 

返す刀で、後方に回り込んでいた吸血鬼も同様に斬りつけて殺す。

 

 

「ふッ!!」

 

 

吸血鬼が放った魔弾を片方の手で持っていた盾で防ぐ。

 

 

「やあッ!!」

 

 

「ブッ!?」

 

 

そして、その隙に近寄ってきた妖怪に盾で殴って、怯ませた隙に素早く切りつける。

 

そして、遠距離から魔法で攻撃を行っていた吸血鬼へ一瞬で近づいて斬り殺す

 

「落ち着いて!目の前の敵に集中して向き合って!!ここを脱却しますよ!」

 

そう言って、周囲に敵の影が見当たらないことを確認し、周囲の同族である白狼天狗達にそう呼びかける。

 

味方達は私の声にはっと気を取り戻したかのように、落ち着きを取り戻し、戦闘に復帰していく。

 

 

敵の吸血鬼『レミリア・スカーレット』が巻き起こした惨劇、同族の多くはあの禍々しい巨大な槍によって殺され、そのまま戦線すら崩壊するに至った。

 

しかし、ある程度レミリアは暴れまわった後、何かにふと気が付くように目を向けた先に急行していった。

 

何がともあれ、レミリアが不在の今、戦線を復帰するいい機会だ。そう考えた私は周囲に檄を飛ばして鼓舞していく。

 

ただの一兵卒である私にはもともとそんな権限は持ち合わせていないが、こんな混戦ではそんなことは関係ない。

 

私も、多くの敵妖怪、吸血鬼を斬り殺した。

だが、混乱による士気の低下により、押し返すことが出来ず、常に劣勢だ。

 

 

……くそっ!こんな時に、『あの人』は何をしてるんだ!!!

 

ふとそんな怒りにも似た感情がふつふつと沸き上がる。

 

 

いつもおちゃらけて、突拍子もないことを言ったと思えば、自分の責務も無視して、どこかふらりと行ってしまう上司。

 

こんな大事態でも姿が見えないことから、どこか転々としているのだろう

 

 

……まったく!人の気も知らないで!

 

いっつもだ!いつも不利益を被るのはいつも私達(白狼天狗)だ!!

 

くそっ!!上司だからって偉そうに!肝心な時は逃げ出すんだからッ!!

これだから鴉は嫌いなんだ!!!!

 

 

そんな沸き上がるどうしようもない怒りを理性で抑え込み、とりあえず、目の前の敵にこの怒りをぶつけてしまおうと考えた。

 

 

確かに上司の烏天狗達は好きではない。下っ端である白狼天狗達をいいように扱っている節がある。

烏天狗の中にもいい人はいる、そこは解っているが、こればかりはどうしようない。

 

申し訳ないが、この怒りは目の前の敵にぶつけて解消してしまおう。そう思って、また目の前の敵たちを蹂躙するべく、柳葉刀を強く握りなおした。

 

 

 

……。

 

 

 

…………………。

 

 

 

……………………………………。

 

 

いつの間にか、戦闘が終了した、吸血鬼達との講和が成ったらしい。幻想郷の賢者八雲紫の式、八雲藍が周囲に伝えまわっているのだから本当なのだろう。

 

 

周囲に敵の影は無し、姿も見えない。

 

 

一先ず終わった戦いに深く心を落ち着けるために一息ついた。

 

………さて、あの人に文句でも言いに行こう

 

とりあえず、心のモヤモヤは敵で解消したとは言う物の、それとこれとは話が別だ。文句の一言でも言わないと気が済まない。

 

どうせあの人のことだから

『椛は真面目ですねぇ、どうせ私が居なくても大丈夫ですよ』

 

とかなんとか無責任なことを言うだろうが。

 

自身の能力を発揮して、『あの人』の姿を探し出す。

 

 

 

 

────────!いたッ!!

 

 

そして、その姿を見つけ、見つけた方向へと飛んで行った。

 

やっぱり変なところにいてッ!!

 

そんな新しく沸き起こった怒りの感情と共に私は飛んでいった…………………。

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

「何をしてるんです」

 

 

目の前で何かに熱中している目の前の上司『射命丸文』さんにそう問いかける。

 

 

先ほどまで、前線での仕事の放棄の件で散々なじろうとしたが、周囲に目もくれず、話も聞きませんと言いたげな上司の姿に怒りを通り越して呆れの感情が強くなった。

 

 

「しっ!!静かに!!これは…………大スクープですよッ!!」

 

 

そう言って、話しかけようとする私を制して目の前に夢中にカメラを向けて何枚か撮影している様子だ。

 

 

「…………まったく。何があるって言う………ん…………です…………ッ!?」

 

 

嘘ッ!?

 

私は、目の前に映った光景に目を疑う。

 

目の前の光景には二つの影。

 

一人は子供。翼の生えている子供、吸血鬼であるということは一目瞭然、先ほどまで、前線で暴れまわった吸血鬼『レミリア・スカーレット』だ。忘れもしない。

 

でも、もう片方は女性。この幻想郷の創始者にして賢者であり、この吸血鬼異変を止めようと一番に働きかけた女性『八雲紫』だ。

 

 

確かに、どちらも高名で敵同士、激しい激戦でも繰り広げられているのなら解る。だが、目の前の光景はそんな戦闘とは無縁で、何というか…………………。

 

 

「スクープです………スクープですよ!!幻想郷の賢者と!吸血鬼のリーダーであるレミリア・スカーレットがッ!!き、キスをッ!!!」

 

 

そう言って、興奮したようにシャッターを切る文さん。

 

そう、レミリアと八雲紫が密着して、顔を近づけているのだ。

 

遠くの光景だから、何をしているのかはよく見えないが、でも、あれは…………まさしく………………キ、キ、キス………ですよね!?

 

 

私も、文さんと同じく、目の前の光景に言葉を失い、呆然と見ていることしかできなかった。

 

しばらくして、レミリアがその場から離れていき、八雲紫がその場に残された。

 

その顔は…………まぁ、確実に女性の…………いえ、止めておきましょう。

 

 

「ウフフフフフッ!!これはいい記事が出来そうですね!!」

 

 

そう言って上機嫌に笑いだす文さん。正直気味悪い。

 

 

「記事はいいですが、前線から離れて勝手な行動は慎んでください、迷惑を被るのは私達なんです」

 

 

「あやや、それはすみませんでしたね。あまりにもスクープの予感がしたもので」

 

 

そう言って悪びれもせず謝る文さん。その態度に少しばかり怒りが沸いたが、この人に何言ってもこんな感じなのだからしょうがない。

 

 

「ですが、私がここに赴かなかったら衝撃の光景も見られなかったんですよ?」

 

 

「………ッ!!で、ですが、そ、それとこれとは話が別ですよ!!そ、それに、彼女だって、し、知られたくないことだったかもしれませんし!」

 

 

「あやや、『椛』は真面目ですねぇ。今時、有名人のスキャンダルは大スクープですし、皆が求めていることですよ!!バレる方が悪いんです!!」

 

 

「ど、ド屑だ…………!!!」

 

 

「あややややや、何と言われようとも私は慣行しますよ!!それに、あの幻想郷の賢者『八雲紫』のこのスキャンダルは大スクーp「私が、どうしたのかしら?」

 

 

後ろの方でそんな声がした。聞いたことのある声、それは、今話題にしていた当本人。

 

 

「「…………………」」

 

 

ギギギと恐る恐る後ろを見る。目の前には笑顔で笑う日傘を持った秀麗な女性。『八雲紫』だ。

 

 

笑顔の裏にゴゴゴゴと効果音が付くような得も言えぬ迫力と憤怒を感じる。

 

 

「あ、あやややややや!!??こ、これは、ち、違いましてね!!??」

 

 

「あ、あ、い、いえ!?わ、私は何も見ていません!!な、ななな何も見ていませんから!!」

 

 

目の前の笑顔の阿修羅にたどたどしく弁明をする。わ、私は、文さんの後を付けていただけですし!わ、私はひ、被害者ですから!!!

 

 

「言いたいことは、それだけかしら?」

 

 

 

あ…………………あ…………………。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その後は、あまり思い出したくはない。

 

文さんの撮ったデータも、有無を言わさずに消され、文さんはかなり落胆していたようだが、正直自業自得だ。

 

 

でも、正直、本当に正直言うと、私って被害者ですよ、ね?文さんを連れ戻そうとしただけですから…………。

 

 

はあ………………文さんといるといっつもこれなんだから…………………。

 

 

憂鬱だなぁ…………………。

 

 

まぁ、今回の戦いで評価されて、新しく白狼天狗の隊長に昇格したから…………………そこは良かったのかな…………………。

 

 

 

 

…………………はぁ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 

最近、紫様がおかしい。

 

 

いや、元から、と言っては失礼かもしれないが、どこか掴みようのない人だから、おかしく思ってしまうかもしれないが。

 

 

違うのだ。ここ最近、サボり気味だった賢者としての仕事に精を出している様子なのだ。

 

 

いつもなら「私は面倒だから、藍、貴女に任せるわね~」とかなんとか言ってサボろうとするところだが、ここ最近ちゃんとお仕事をしっかりこなされるようになった。

 

特に最近出現し、異変も起こし、そして、講和をして幻想郷に移住をゆるされたあの場所『紅魔館』の監視に力を注いでいる。

 

 

まぁ単純に、新しくできた巨大勢力を危険視していると言われればそれだけなのだが、なんだかそれだけではないように思える。

 

 

『スキマ』を使って、ふとした拍子にため息をついたり、じっと何かを熱心に見つめていたり。無表情かと思えば、なんだか何かを羨むような眼を向けていたり。

 

 

まあ、後者の方は多分私の見間違いか何かだろうが。

 

 

そんな紫様を見かねた私は、『大変お疲れでしょうから、代わりに私が行いましょうか?」と一声かけたのだが。

 

 

「!!??い、いいいえ?な、なんでもないわよ?わ、私は大丈夫!元気だしほら!!」

 

 

そう言って、無理に取り繕いなさる。

 

 

嗚呼!!紫様はこれほどまで、精神的に疲弊なされるまで『紅魔館』のことを危惧なさるとは、お労しい!!

 

 

それもこれも、『レミリア・スカーレット』だ!

 

 

あの者が、幻想郷を、紫様が第一に愛してらっしゃる幻想郷に牙を剥き、決して目を逸らすことのできない損害を与え、しかも悠々と幻想郷に移住しているからだ!!

 

 

紫様は『紅魔館』の幻想郷移住をお許しになったのも、妖怪の山の天狗の被害が重大で、人間と妖怪のバランスを保つことが出来ないとお考えになったから苦渋の判断でお許しになられたのだろう!!

 

 

くそッ!!何か、何か私も紫様が悩まれる御懸案の解決に何か、お手伝いをしたい!!

 

 

私も、『紅魔館』の監視を強めて、少しでも紫様の御懸念を取り除かなくてはッ!!

 

 

そう思って私も『紅魔館』内の監視を紫様の式神となったことから同じく使用できるようになった『スキマ』で行うことにした。

 

 

『レミリア・スカーレット』よ!!私は、決してお前を許しはしないぞ!!

 

 

『お坊ちゃま、朝ですよ!!」

 

 

『……んん?…………う~。あ、あさ……………。』

 

 

決して、お前に気を許さない!!

 

 

『レミィ、ここが、こういうことになっているから、こういうことになるのよ』

 

 

『へぇ、そうだったのか!!やはり、頼りになるな!パチェ!!!」(ペカ~

 

 

『………ッ!!!そ、それほどでも、な、ないわ』

 

 

…………け、決して…………………。

 

 

『お兄様お兄様お兄様お兄様お兄様お兄様』

 

 

『あ、あばばばばばばばば、……………う~☆』

 

 

………ゆ、ゆるさ…………ブハッッッ!!!!!1

 

 

 

 

 

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

「紫様、私にも、式を使役することの許可を頂きたいのですが………」

 

 

「!?!?!?!?!?ど、どういうこと!?え、ええ!?」

 

 

「い、いえ、あ、あの、紫様に少しでも、貢献を、と」

 

 

「そ、そうなの、で、でも、どうして?」

 

 

「……………そ、それは…………………ブハッッッ!!!!」

 

 

「!?ど、どうしたの!?藍!?藍!?らああああぁぁぁぁぁぁん!!!!????」

 

 

 

 

その日、私は式を使役することを許された。

その式の名前は……………『橙』と、そう名付けた。




『バンパイアキス』(ヴァンパイアキスとも)

首筋に噛み付いて吸血をする某東方ゲームのおぜう様の技です。
キャラクターモデル的に、キスしているように見えてしまうとか。


二時間後の22:00にももう一話投稿です。


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銀色の髪の女の子拾いました。

連続で二話投稿ですよ♪


吸血鬼異変が終了し、紅魔館は幻想郷の移住を許された。

 

当初のレミリアの目的は達成でき、皆幻想郷での新しい生活に胸を躍らせた。

 

だが、一先ずの問題は、先の吸血鬼異変の紅魔館攻防戦にて損害を受けた紅魔館周辺と壊された門である。

 

吸血鬼異変の為、元々紅魔館で働いていた従業員たちは皆元の世界に置いて行き、別館で過ごさせるようにした。

 

 

そして、今、彼らを呼ぶために大がかりな魔法陣を創り出しては、幻想郷側、特に八雲紫を挑発しているようにしか取れない。先の異変を起こしたばかりなのだ。これ以上幻想郷中に変に刺激しないほうがいい。

 

かといって、今の紅魔館メンバーで後片付けをするには到底人手が足りない。

 

若干一名は恐らく、すぐに使い物にならなくなるだろうから。

 

そこで、紅魔館の修復、後片付けには人手が必要だ。そして、紅魔館の周辺で一番近いのは霧の湖だ。

 

 

ならば、霧の湖に生息している妖精達を使おう!

 

と、言うことで、紅魔館が霧の湖の妖精たちに紅魔館で働かないかと申し出た。

 

そして、妖精たちは是非紅魔館で働かせてくれと快諾したため、新しく、紅魔館には妖精がメイドとして働くことになる。

 

 

妖精特有のいたずら好きだったという面影はまるで見えず、皆、レミリアを崇拝しているようにすら見える、そのためレミリアはそんな妖精たちに崇拝されているということに首をかしげていた。

 

 

そんなこんなで、とにかく妖精たちをまともに働かさせれるようにするには、教育が必要だ。そこで、メイド経験のある美鈴をメイド長へと昇格させ、妖精メイド達の教育にあてた。

 

 

そして、妖精メイド達は美鈴の教育(スパルタ)の甲斐あって、すぐにメイドとしての仕事を覚えた。

 

 

着々と紅魔館が復興の道へと進んでいく。しかし、レミリアには少しだけ悩みの種があった。

 

 

フランである。

 

 

突然、増えたかと思えば、どれも皆色々ヤバイ。

 

必死に抱き着いて自分の名前を連呼してくるフラン。

ひたすら甘え、甘やかそうとするフラン

何も言わずに黙って、気が付いたらすぐ傍にいるフラン

 

そんなフラン達に嫉妬と怒り、羨望が限界を迎えた本体のフランが色々積極的になってきた。

 

時々目のハイライトを消して。

『お兄様は私じゃなくて、あっちのフラン達がいいの?』

なんて聞いてくるんだから堪ったもんじゃない。

 

妹に懐かれるというのは、特段嫌というわけではなく、反対に嬉しいものだ。だが、4人に増えてしまうと、色々と大変なことがある。だから、より一層、フランには言葉をよく選ぶ必要がある。

 

 

まぁ、どれも皆違って皆いいんだけどね!!

 

そう、心の底からレミリアは思った。シスコンである。

 

 

しかし、気を詰めすぎると体がなまってしまうのも確か、レミリアは散歩と称して霧の湖を飛びまわることにした。

 

 

そこで、ある一人の少女を見つけた。

銀色の髪をした、9歳ぐらいの小さな女の子。

 

そんな女の子がぽつんと立っていた。

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

「そこで何をしているのかな?お嬢さん?」

 

 

ふと声が聞こえた、上の辺りから。

 

声の後をたどっていくと、大きな木の幹の上で器用に座っている一人の…………………女の子?男の子?がいた。服装から、男の子かもしれない。

 

 

月の光に照らされている青い髪、そして、宝石のように輝きを放っている紅い眼、そして、恐ろしいほど整っている顔。

 

月を背後に、木の幹の上に座って此方を見下ろしているその姿はまるで美しい絵のような、一枚の絵の様な、そんな幻想的な光景だった。

 

ある、人間にはないはずの物を目にしなければ。

 

 

翼だ。大きな、自分の力を示さんとばかりに堂々と翼が生えているのだ。

 

 

「…………………ッ!?」

 

 

私はすぐさま手に持っていたナイフを構えた。そして、どう動かれても対処できるようにじっと構えて、目の前の子供、人間ではない物をじっと見た。

 

 

しかし、その姿は一瞬の内に靄が掛かるように消え去った

 

 

…………………消えた!?

 

 

「そんな物騒な物を向けないで欲しいな。私は少しだけ、お話をしたいだけだから、ね?」

 

 

そう後ろでそんな声がした。

 

手に持っていたナイフがするりと取られ、クイッと優しく、私の顔を後ろの方に向けさせられる。

 

目の前には優し気に微笑む美少年。

 

青い艶のある髪に、宝石の様な紅い眼、そして、口元にはチラリと見える牙。

 

そんな人間とはかけ離れた美しさに声を出すのも忘れて息をのんでしまう。

 

「しかし、こんな夜に、一人でここにいると危険だよ?怖い人に、連れ去られてしまうかも」

 

 

そうクスリとほほ笑む目の前の少年。

 

 

「お嬢さん、お家は?お母さん、お父さんは?」

 

そう優しく問いかけてくる。

 

 

「…………………」

 

 

しかし、返答することが出来ない

 

目の前の美少年に声を出すことが憚れるというのもあるが、それより大前提に帰る家も、親も居ないのだから…………………。

 

 

 

 

 

 

 

 

そもそも、私がどのようにして生まれ、そのようにして育ったのかは不明だ。

 

名前もなければ、家も無し、親と呼ばれるものもいない。

 

 

気が付けば、どこかも知れない場所で、身なりが貧しい人たちと一緒の生活を強いられてきたのだから。

 

私が陥った場所は、自分が強くなければ生きていけない世界だった。

 

誰も、子供であっても助けようとしない。弱い奴は皆死ぬだけ。そんな世界で過ごしてきた。

 

表世界で裕福な生活を送っている奴らとは反対に、私達は泥の水を啜りながら生活していくしかない。そんな環境なのだ。

 

 

肌身離さず持っていたナイフで多くの人を殺して、奪って、生きてきた。

 

豪華そうな服を着ている奴から、はたまた食べ物を持っている奴から、そして、自分から奪おうとする奴らから。

 

奪い、奪われ、殺し、そして、食べて、生きていく。そんな生活だった。

 

 

ある日、私はしくじった。

 

 

流石に子供の私だ。今までが上手く行き過ぎたのだろう。

 

奪い取ろうと男に襲い掛かった結果。見事返り討ちにされた。

そして、消え去る意識の中、何かに引き込まれるかのような感覚を感じ。

 

気が付けばこの変な湖の近くに寝ていた。

 

 

私はどこにいるのだろう?あの後、私はどうなったのか。

 

そんな様々に錯綜していく解決不可能な疑問。

おかしな場所、それも何かと幻想的で見たことないような湖で私は混乱を隠せなかった。

 

そのまま、その場で混乱して、立ち尽くしているのもなんだと思い、周りを探索することにした。

 

さっきまで、泥水を啜って生きてきた私にとって、ここは違う世界なのではないかという疑問があった。かといって、私にとってこんな世界で生きていくには知識も、能力も、足りない。

 

人から奪わずにどうやって生きていけばいいのだろうか。

 

あの地獄の様な生活から解放されて、喜びも束の間、あの地獄の様な生活でしか生きていけない私自身に絶望した。

 

 

このまま、飢えて、そのまま死んでしまおうか。

 

そう考えた時だった。

 

 

「そこで何をしているのかな?お嬢さん?」

 

 

そこで、私にとっての救世主の様な声が掛けられた。

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

「…………………」

 

 

「………そうか、辛いことを聞いたかな。ゴメンね」

 

 

そう言ってレミリアは優しく、少女の頭を撫でていく。

 

小さな少女はレミリアに身を任せ、されるがままだ。

 

 

「そうだな、だったら、どうかな?私の所に来ないかな?」

 

 

「…………………ッ!?」

 

 

そう提案するレミリアに驚いたような反応を示す少女。

 

 

「うん。悪いようにはしないさ。それに、言っただろ?夜に一人で歩いていると。攫われてしまうかも、ってね?」

 

 

おどけるようにそう言うレミリア。

 

少女は少しだけ考え、そしてコクンとうなずいた。

 

 

「じゃあ、決まりだね。それじゃあ、行こうか?」

 

 

そう言って少女の手を引くレミリア。

 

 

レミリアの後につくように少女は歩く。

 

 

それを見て、レミリアは少女の歩みに合わせるようにゆっくりと歩きだし、レミリアの翼で、少女の周辺をゆるりと囲むその姿はまるで、子を守っているかの様で、美しいものであった。

 

 

 

 

 

 

 

その後、知らない女の子を連れてきたレミリアを見て

 

『駄目!!駄目駄目駄目!!お兄様ッ!それは駄目!そういうのは私だけの特権なの!!」

 

と、意味わからないことを言うフランにレミリアは再び首をかしげることになった。



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私にとっての太陽(銀髪少女 視点)

銀髪少女………一体、何六夜なんだ!?


「はい!これで、一先ず、綺麗になりましたね!」

 

 

目の前の、メイド長のめいりん、そう、先ほどの翼の生えた男の子が言っていたが、その人が汚れ切った私の身体を拭いてくれたり、お風呂に入れてくれたり、そして、ボロボロの布の服の代わりに、彼女と同じような服装を着せてくれてた所だ。

 

 

「ごめんなさい!もう少し、まともな服があればよかったんですけれど、妖精メイド達が着用しているようなもので間に合わせになりますが、これで我慢してくださいね」

 

 

そうにこやかに話しかけてくるめいりん。

 

 

「…………………」

 

未だ、私はこの状況を掴めていないこともあるし、まだ、ここの住人たちのことをあまり信用できないということから、一言も言葉を発したことはない。

 

にも拘わらず、目の前の女性、そして、先ほどの翼の生えた男の子は忌避もせずに私の世話をしてくれる。

 

 

いや、先ほどの、翼持ちの男の子と似ている金髪で少し歪な翼の生えている女の子もいたし、私のことをあまり良く見ていない様だった。

 

しかし、私がここに入ることに関して拒絶している様ではなく、それ以外の何かしらの理由なのかもしれない。

 

 

そんなこんなで、めいりんに着替えさせられ、一通り、身なりを整えることが終了したときに、くぅという音が私のお腹から鳴った。

 

 

「あら………。そうですか、そうですもんね。お腹も空いていることですし、食事にしましょうか?」

 

 

「…………………」

 

 

そう言って、察したように私に問いかけてくるめいりん

そして、恐らく羞恥心からなのだろうか言葉を発せずにコクンと頷く私。

 

 

何か微笑ましいものでも見るかのように、手を引くめいりん

 

私は、赤い顔のまま、されるがまま、手を引かれて後をついていくのだった。

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

「おや、もう終わったか、………うん、先ほどとは見違える程になったな」

 

 

廊下より、開けた場所、細く、そしてすごく長いテーブルが真ん中に置いてある場所に出る。食事をするところなのだろうと直感で理解した。

 

そこで、先ほどの翼持ちの男の子が一足先に席についていて。

 

私達が来たことを確認すると、私を見てそう言った。

 

 

「さ、お坊ちゃま……あ~と、あの人が座っている隣に座っていてくださいね。すぐに持ってきますから」

 

 

そうめいりんは私に言い、男の子の隣に座るように促す。

 

 

私はそれに従い、男の子の隣に座る。

 

そして、隣の男の子をじ~っと見る。

 

目を閉じて、何かを考えているようにも見えるその横顔をじっと見つめる。

 

 

横顔でもはっきりとわかる整っている顔、それはまるで人形であるかのように色白で、肩辺りまで伸ばしている艶のある青い髪、見ようによっては紫にも銀色にも見えるくらいに輝く光沢も合わさって、とても、人間とは思えないくらいの美貌を誇っている。

 

 

そもそも、翼がある時点で人間ではないことは一目瞭然だが。

 

…………それにしても、どうしてこの子は私をこんなところに。

 

 

彼の善意だとしても、素直に信じることのできない私。

そもそも他人を信用してはいけない、うかつに信用しては裏切られてしまう世界で生きてきた私にとっては仕方のないことだとは思うが。

 

それでも、他人の善意を素直に受け止めれない自分の浅ましさに嫌気がさす思いだ。

 

 

「……………うん?どうした?何かあったか?」

 

 

じっと見ている私の視線を感じ、見られていることに気が付いたのだろう。

 

 

ゆっくりと目を開き、そして、顔を私に向けてそう聞いてきた。

 

 

「…………ッ!?」

 

 

彼の視線に少しだけ、見惚れ、慌てて、さっと顔を逸らした。

 

 

宝石の様に輝く紅い瞳。それが私の姿をしっかりと捉えている。

 

 

得も言えない感情が私の中で充満していき、気恥ずかしさから顔をそむけてしまった。その感情が嬉しいという感情であったことも一因している。

 

 

「………フッ」

 

 

そうした姿が可愛らしく見えたのだろう、そっと微笑む様にして笑顔を向けてくる。

 

それも、私の羞恥心を刺激し、余計顔を赤く染めてしまう。

 

 

それにしても、私と同じくらいの年なのに、いや、人間ではないだろうから私より年上なのかもしれないが。なんだろうか。

 

この見た目は完全に私と同じくらいの年の男の子ぐらいであるのに、表情、雰囲気、話し方。そのどれもが全て上品で、大人びていて、それでいて、慈愛、という物を感じる。

 

 

無条件で、気を許し、甘えたくなるような、そんな雰囲気だ。

 

 

流石に、まだあったばかりの他人である関係の身柄、そんな気持ちは押さえているが、何か、すぐに気を許したらすぐに堕ちてしまいそうだ。

 

 

「おまたせしました~!」

 

 

そう言って、めいりんがボウルを手に持ってこちらにやって来た。

 

そのボウルを私の目の前のテーブルに置く。

 

 

湯気だっているボウルの中は、赤、緑、黄色と、色とりどりの具材が浮かぶ真っ白で、とろけているような海。

 

当時の私は、貧困に苦しんでいる身であったがために知らなかったのだが、『シチュー』に目を奪われてしまった。

 

食欲を掻き立てる匂いが鼻腔をくすぐり、一瞬忘れていた空腹が先ほどより強く主張してくる。

 

 

はっと我に返って、周りを見る。

 

これを、自分が食べていい物なのだろうか、そう言った疑念を帯びた私のささなかな主張は、男の子とめいりんが浮かべた笑顔で許されたようだ。

 

 

そっとスプーンを手に取って、具材と共に液体を掬ってみる。

 

 

ポタポタと一滴一滴落ちていく。その光景すら、神聖な物の様に感じられ、その光景にすら見とれてしまいそうになる。

 

 

いけない。これでは無くなってしまう。

 

スプーンで掬ったものが全て落ちて行ってしまう。そう考えた私は、慌てるようにして口の中に入れた。

 

 

「…………ッ!!!」

 

 

口の中に入れた途端、溶けていくように広がっていく上品な味わい。

しっとりと溶けこみ、濃厚で芳醇。

 

口に入れただけで、今まで私が食べていた物よりも何十倍、何百倍も美味だと、そう感じる。

 

濃厚な匂いが食欲を刺激し、そしてスッと鼻から出る度に食欲を掻き立てるように鼻腔をくすぐっていく。

 

 

ゆっくりと、具材を噛んでみる。噛むだけでほぐれていくような柔らかい食感、柔らかい触感の中に紛れる繊維の抵抗

 

しかし、それすら、即座にほぐれ、じゅわっとはじけるように口いっぱいに広がる。

 

久しく食べていなかった肉の味だ。

 

「………ッ!!…………………ッ!!」

 

 

気付けば、体を震わせ、瞳から、一滴の雫が零れたのを皮切りに堤防が壊れ、勢いよく涙が流れ出して止まらなくなる。

 

一口、また一口と、掬って口に入れるごとに感じる味わいとこれも久しく、もしかしたら初めてかもしれない、人情の様な温かさを感じる。

 

涙を流している私を男の子はやわらかい笑顔で微笑み、頭をゆっくりと撫でる。

 

その一撫でに、涙が溢れ、自分の涙腺を刺激してくる。

 

こらえきれずに男の子に優しく抱きしめられるようにして男の子の胸に顔を埋めて、声にならない感涙を表す。男の子は優しく、それでいて何も言わずに抱き留めてくれた。

 

傍に控えるめいりんも、恐らく、何も言わずに微笑んでいたのだと思う。

 

 

親という存在をすら知らず、親の愛という物を知らない私は、その男の子の抱擁に、何か、暖かいものを感じ、そのまま、永遠に身体を委ねていたいと感じた。

 

 

もしかしたら、それが慈愛を受けるということなのかもしれない。

 

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 

食事が終わり、未だ、あの美味の名残があるが、満腹になった。

 

 

ずっと食べていたいと感じたのは初めてであり、満腹という本来喜ばしいこの現象すら、恨めしく感じてしまう。

 

 

何杯か、おかわりを貰った。

終始無言な私であったが、空になったボウルを物欲しげに見ていたのに気付いためいりんが気を利かせておかわりを持ってきてくれたのだ。

 

 

「さて、お腹も膨れたところで、君に提案、聞いてみたいことがあるんだけど」

 

 

そう言って、満足げな私を見計らって、男の子が声をかけてきた。

 

 

「この紅魔館で、働いてみない?」

 

 

「ッ!?」

 

 

その提案に、バッと勢いよく顔を挙げる。

 

 

「嫌だっていうんだったら、そこまで無理強いはしないさ。元の場所まで戻るまでに、私達がサポートをするし、でも、親御さんも、いないんだったら、ここで、働いて、一緒に過ごしてみないかな?お給料も出すし」

 

 

「!!!!!」

 

 

コクコクと勢いよく頷く。願ってもない提案だ。

 

今まで、生活するに苦難していた環境だ。働けるんだったらこれ以上願うこともない。

 

 

それに、さっきの料理も、おいしかった、めいりんも優しかった。

 

 

…………………それに、この人に、沢山、貰ったから。

 

 

私だけが、貰ってはこの人に悪い、それに何らかのお返しをこの人にしたい。

 

 

そんな意思の表れが反応に出た。

 

 

「うん、じゃあ、決まりだね」

 

 

その一言で、得も言えない歓喜の感情が私を襲う。

認められた!今日から、私はここで働ける!この人の為に、働けるッ!!

 

 

多幸感、満足感、充実感全ていっぺんに体中に沸き起こる。

 

 

「それじゃあ、君の名前は、………ああいや、無いんだったか」

 

私に名前がないことを思い出し、少しだけ遠慮気味になる男の子。

 

 

私に名前がないことがこんなにも恨めしいことだとは思わなかった。

名前があったなら、この人に名前を呼んでくれていたはずなのに。

 

 

それが、少しだけ、いやかなり残念に思う。

 

 

「じゃあ、名前をあげようか、ここで働く君の、そして、これから君が生きていく為の、その名前を」

 

 

「………っぁ!!!!!」

 

 

『名前をあげる』

 

その一言にさっきまでの杞憂はどこへやら、名付けてもらえるという喜びに喉から、絞り出すように歓喜の声を挙げてしまった。

 

そして、目を輝かせながら、その『名前』を待ち望む。

 

 

十六夜 咲夜( いざよい さくや )。私が一番好きな、満月を表す名前をあげよう。今日から、君は十六夜咲夜。そう名乗りなさい。…………………それに、昨日満月だったし

 

 

………十六夜 咲夜。

 

 

………いざよいッ!さくやッ!!!

 

 

心の中で新たな自分の名前を復唱する。

 

 

嗚呼、なんて甘美な響き。

 

 

あの人の、一番、好きな満月を表す名前。

 

 

あの人の、一番ッ!!!

 

 

 

「……ぁい、い、ざよい、ぁくや」

 

 

「そう、いざよい、さくや」

 

 

そう復唱する私に、ゆっくりと名前を伝える男の子。

 

 

そういえば、彼の名前を教えてもらってはいなかった。

 

 

「ぁの、あなたの、おなまえは」

 

 

「…………ぁあ、言ってなかったか。私の名前はレミリア。レミリア・スカーレット。吸血鬼っていう種族だよ」

 

 

「ぇみりあ………さま」

 

 

レミリア。『レミリア・スカーレット』

 

 

私は今日、私の人生の全てを捧げる相手を、見つけた。

 

 

 

私は今日から、紅魔館の一員になった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

「…………………あら、新しいメイド?こんなに小さいのに………?…………………そう、美鈴、程々にしておくことよ。あぁ、私は『パチュリー・ノーレッジ』パチュリーでいいわ、咲夜」

 

 

「はい、ぱちぇりーさま」

 

 

「まぁ、色々、知らないこともあるでしょうし、解らなかったら、そこの美鈴、もしくは私とかに聞きなさい」

 

 

「はい、かしこまりました」

 

 

「ええ、いい子ね」

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 

 

「うわぁ!!可愛い子ですねぇ~!新しいメイドさんですか?私は『小悪魔』こあって呼んでいいですよ!!」

 

 

「………こぁさん?わたしはいざよいさくやともうします」

 

 

「!!!そうです!それでいいです!!咲夜さん!!あぁ~!もうッ!可愛いなぁ~」

 

 

「…………ぁつい」

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 

「…………フラン、フランドール・スカーレット。お兄様、レミリア・スカーレットの一番の妹よ」

 

 

「…………………」

 

 

「………何よ」

 

 

「ふらん様、私はいざよい さくやです。レミリア様の一番好きな名前をいただいたメイドです」

 

 

 

「…………………」

 

 

 

「…………………」

 

 

 

「…………譲らないから」

 

 

「…………わたくしも、おなじく」

 

 

 

「?ん?ん?どうしたの?フラン?咲夜?え?え?」

 

 




晩御飯がシチューだったので、じゃあそれでいいかと思って書きました。


はえ~!!銀髪少女って十六夜咲夜さんだったんですねぇ~(すっとぼけ)

これで皆さんが待ち望んだ咲夜さんが揃って、原作『の』紅魔館メンバーは集合しましたね!!

しかし咲夜さんの年齢的に、吸血鬼異変後に紅魔館入りした方が、しっくりくるんですよね。咲夜さん。

次回は、色々掘り下げていきたいと思います!


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ある地底と神社

ゆかりん


「そこで!死んだと思ってた奴が、急にひょっこりと突進してきて、私の頬をぶん殴りッ!腹パンッ!アッパーッ!!ひっッッさしぶりに、ボッコボコにされちまったって訳さ!!」

 

 

おおっ!!と歓声が沸き立つ、異変時、吸血鬼達が起こした吸血鬼異変時の出来事を熱心に周りに熱弁しているのは一本角の生えた鬼『勇儀』

 

 

星熊勇儀であった。前の異変の美鈴との一戦が彼女にとって、久しぶりの熱戦だったのだ。当時のことを思い起こす様にして熱弁している彼女に、その取り巻きの鬼達が思い思いの反応を示す。

 

流石は姉御!!

 

姉御!!羨ましいぜ!!

 

 

等、勇儀を賞賛する声や、勇儀と戦った美鈴を賞賛する声。

 

鬼とは皆、喧嘩が好きだ。するのも、見るのも、話を聞くのも好きなのだ。

 

そんな激戦を鬼の中でも力が強い方である勇儀が熱弁したというならもう止まらない。

 

 

しかし、そんな血気盛んで、好戦的な彼らは、次第に人間界では疎まれてしまう存在となる。

 

昔なら、人間にも骨のある人間はいたものだ。一対一で、肉弾戦を申し込んできて、我ら鬼達は喜んで、そして相手に敬意を表して、相手していたというのに。

 

最近では、人間達が卑怯な手を使ってでも自分たちを倒そうとしているのだ。

 

今では地上で過ごしづらくなってしまったため、地底、旧地獄と呼ばれるところに移住していた。

 

『旧都』という所に移り住み、地上を追われた荒くれ者という名義で鬼達は暮らしている。

 

 

「勇儀、それはもう何回も聞いたぞ」

 

 

そう呆れたように言うのは勇儀と負けず劣らずの実力を誇り、勇儀と仲がいい二本角の鬼『伊吹萃香』である。

 

 

「こいつらは初耳なんさ、勘弁しとくれッ!!」

 

 

しかし、興奮状態の勇儀は止まらない。萃香へ目を向けようともせず、その続きを熱弁する。

 

 

萃香は確かに耳にタコができるぐらい、勇儀の例の話を何回も聞いてきたため、流石に飽きが来たのも確かだ。だが、その話をずっと聞いている内に、次第に羨ましいという感情が沸き立ち。聞いていられないというのが正しい。

 

 

…………私もその異変に一から参加してたってのに・・・

 

仕方がないとは言え、ズルい。

 

 

私も、紅魔館の方に向かっていればよかった。

 

前線の天狗どもが混乱してなかったら紅魔館まで進んでたはずなのに。

 

考えれば考えるほど後悔と、羨望の念が沸く。

 

 

「………そうかい、じゃあ勝手にしなよ」

 

 

「おう!!勝手にするよ!!」

 

もはや聞いてられん、と萃香はその場からすっと離れていった。

 

 

そして、萃香の中にはある考えが出た。

 

 

私も、時期を見て地上に出よう。

 

 

勇儀だけが血肉沸き踊る激戦をしているというのは何ともズルい。

 

そう思い、萃香は離れたところでしげしげと杯の酒をぐいっと飲んでいくのだった。

 

 

「そこでッ!!びっくりしたもんだから、そいつを見たらなんとッ!!まるで人が変わったようじゃないかッ!!そうさッ!!そいつの名前はッ!!………!!」

 

 

一方、萃香がその場から離れた後、勇儀は変わらず、熱弁を振るう。

 

 

熱弁を振るって場を盛り上げる勇儀。

 

その熱意に触れて熱気が移るように沸き立つ会場。

 

まるで、宴でも行われているのではないかという空間である。

 

しかし、その雰囲気はすぐに消散し、空気が凍り付くような雰囲気に変わってしまう

 

 

「………………あん?」

 

静かになったこの場に怪訝に思った勇儀は、静かになった周りを見渡し、不思議そうな顔になる。

 

 

「はぁ……………」

 

だが、その原因を見つけると納得したように、何ともいえない声を出すのであった。

 

 

目の前からゆっくりと歩いてくるのはピンクの髪をした少女。フリル付きの水色の服とピンクのセミロングスカート、赤いヘアバンドをしている一見普通の少女なのである。

 

彼女に複数のコードの様な物につながっている目、言わば『第三の目』というものがなければ、だが。

 

そう、その第三の目というものは、人間にも、妖怪にも嫌われるものの証であるからだ。

 

 

「…………あまり、騒がしくするのは容認できません。後始末等、色々面倒なことをするのは私なのですから。少しは自重していただけませんか?」

 

 

そういう彼女の顔からは、全く表情をうかがい知ることが出来ない無表情。

 

言い分的には少女が正しい様に思えるが、その憎まれ口の様に言葉を発する。

 

「おうおう、了解了解、すまないね、『さとり』」

 

 

『さとり』そう呼ばれた少女は『古明地さとり』

妖怪であり、この地底を管理している地霊殿の管理人である。

 

そんな地霊殿、並びに彼女らを総じて勇儀は『偉そうにしている奴ら』と呼んでいる。

あまりいい印象をもっていないのは確かだ。

 

その偉そうにしている奴らの一番偉い管理人が出てきたのだ。

勇儀の返答もややぶっきらぼうになってしまう。

 

「すまないと思っているのならば、尚更態度を改めるべきでは?貴女の謝罪は軽すぎる。貴女が地底で問題を起こすのもこれで何回目ですか?いい加減、悪いとしっかり反省して、自重してくれると私としてはありがたいのですが」

 

 

そう言って、憎まれ口を叩くさとり。

 

周囲で勇儀を囲って勇儀の武勇伝を熱心に聞いていた鬼達はいつの間にか蜘蛛の子を散らす様にどこかへ行ってしまった。

 

 

「はいはい、自重は、しとくよ」

 

 

「はあ………、全く貴女は、それで、一体何があったんですか?…………………なるほど、紅魔館で門番をしていた『紅美鈴』なるお方と激戦を繰り広げていたから、それを周囲に言いふらしていたと。まぁその程度、とは言いませんが、言いふらすにしても場所を考えてもらいたいものですが」

 

 

そう、一人で畳みかけるように言葉を繋いでいくさとり。

 

それは勇儀にしか知らないこともペラペラと彼女の口から出てしまう。

まるで、勇儀の出来事すべてを把握しているかのように。

 

 

そう、『古明地さとり』は心が読める覚妖怪である。

 

そのせいで、人間達はおろか、妖怪達にも嫌われる妖怪なのである。誰でも、自分の心の内すらも呼んでくる相手に良い気分はしないものだ。

だが、心を読めるということをさとり自身は誇りに思っており、その性から、周囲と馴染めず、地霊殿に実質引きこもっているのだ。

 

正直で、素直である動物たちをペットとして飼育しながら。

 

 

「ああ、もう、私の心を読んで全てを理解してくのはやめておくれ、折角、また熱が入る所だったというのに」

 

 

「それはすみませんね。私は別に貴女の武勇伝には毛ほども興味ないので」

 

 

まったくつれない。しかし、ノリが悪いわ、憎まれ口を叩くわで、少しだけ苦手なさとりではあるが、鬼であり、実力も鬼の中では申し分ない自分に対して、素直に物を言うのは好感が持てる。

 

嫌いだが、嫌いではない。

 

そんな感じだ。

 

 

しかし、冷めた空気も酒が不味くなる。何か、話題でも出して、空気を変えてしまおう。それすら、奴は読んでいるのだろうが。

 

 

「当然です。覚ですから。……………レミリア・スカーレット。吸血鬼ですか。それも、相当の実力者で、下手をすれば勇儀さんが勝てないかもしれない、と。とんだ化け物なのでしょうね。…………………妹?」

 

 

そう、また考えを読んで畳みかけようとしていたさとりだが、ある単語に言葉を止められる。

 

 

「そうさ、妹。レミリアに『も』妹がいるのさ。フランドール・スカーレットっていうらしいね。幽香から聞いたよ。なかなかのいい娘だってさ」

 

 

「…………………」

 

 

そう言うと、さとりはすっかりと沈黙する。

 

『妹』

 

それが彼女にとって重大なことなのだ。

 

 

「心配しなくてもいい、あんたの妹さんはどこかで良くやってる。きっと見つかるさ」

 

 

「……………ええ、………ありがとうございます」

 

 

少しだけ、その横顔に哀愁の表情を感じ取った勇儀は、励ます様にさとりを元気づける。

 

 

「………とにかく、これ以上、騒ぎを広げるのはやめてくださいね」

 

 

「…………ああ、わかった。肝に免じるよ」

 

 

お願いしますねと言って、さとりは去っていった。

 

 

さとりには『妹』がいる。

 

しかし、ある事件によってその『妹』は急に行方を眩ませた。それは、さとりをしても行方を判明させることが出来ない。

 

彼女はずっと『妹』の行方を捜し、心配もしているのだ。

 

 

あんな冷徹そうなやつにも、情があるのだ。そこは意外だと感じてはいるし、あそこまで心配していると、同情してしまう。

 

どうか、『妹』とやらが無事に見つかるといいんだけどね。

 

 

そう思った勇儀は飲みなおす様に杯に酒を入れ始めた。

 

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 

「…………よし!今日は、ここまでにしよう、『霊夢』」

 

 

『霊夢』と呼ばれた少女はその声がかかるやいなや、すぐさま休憩に入る。

 

呼びかけたのは九尾の狐、紫の式である『八雲藍』である。

 

現在、博麗神社にて、次期博麗の巫女として『霊夢』が博麗の巫女としての訓練を紫、藍から受けている所なのだ。

 

吸血鬼異変の様な、いや、あのような異変が何度も来るようでは流石に勘弁物だが、異変に対して、迅速に対処できるように博麗の巫女の訓練をしているのだ。

 

妖力の使い方。術の使い方、その他様々な事を紫たちは教えていく。

 

『霊夢』の天性の才能を持っていた。

 

教わったことをスポンジの様に吸収していく。

 

この調子ならば。歴代の中でも最高クラスの巫女の素質を備えている。

 

その分、紫達の期待も大きくなり、訓練にも力が入る。

 

 

「…………ん」

 

 

「うん?ああ、わかったわかった、お腹も空いているようだから、食事にしよう」

 

 

無表情でも、しっかりと主張する霊夢に藍はにこやかに返しながら、食事の準備をするために片づけを始める。

 

 

親がいない霊夢にはこうして紫や藍が母親代わりに色々世話をするのだ。

 

 

基本的に紫は多忙であるから、藍がその役割を大きく担ってはいる

 

 

藍自身は気づいてはいないが。最近の藍は変わった。

 

 

式である藍が、また、自分も式を使役したいと申し出て、式として『橙』という猫の妖怪を式にしてから、何かと世話焼きになった。

 

 

それは、橙はもちろん霊夢にも、そして、主人である紫にも世話焼きを遺憾なく発揮しているのだ。

 

 

『母性』なる物を藍は備えてしまった。

その結果、橙にも霊夢にもある程度は懐かれているのだ。

 

 

時々、橙に対して愛情が爆発して、暴走するのは紫としてはやめてほしいところだと供述していた。

 

 

「藍?霊夢はどうかしら?」

 

 

『スキマ』が開き、そこから紫が顔を出す。

 

 

「ええ、上々です。なかなか筋が良くて、教えたことは何でも吸収してしまいます」

 

 

そう藍は驚くことなく返す。

 

 

「そう」

 

満足したように、紫は頷いて見せる。

 

 

紫が、霊夢の教育に力を注いでいる。

 

理由は簡単だ。

 

 

例の場所の例の吸血鬼が、新しい住人を迎え入れ、メイドとしての教育をしているのだ。まるで、親であるかの様な振る舞いも見せている。

 

 

それも、霊夢と同じくらいの子どもに、だ。

それで、紫にも火が付いた。負けていられない、と。

 

 

しかし、自分には色々事情も重なって霊夢のことに構っていられる時間が取れず藍に任せている形になってはいるが。

 

しかし、霊夢には無理な訓練を行って、無理に負担をかけさせるのは良くない。適度に体調管理等慎重に行うべきなのだ。

 

 

一応、霊夢には気にかけているつもりだし、大事に思っている。

 

 

藍はかなり懐かれているようだけど、一応、私も霊夢との信頼関係は構築されていると思う。

 

 

それくらい、あの子と向き合ってきたのだから。

 

 

 

 

「………ッ!?れ、霊夢!な、なにをするつもりなんだ!!」

 

 

「………ん………ようかい、たいじ」

 

 

「ッああ!?ち、違う!!だ、駄目だ!霊夢!!た、確かに紫様は妖怪だけれど、ああ!?札を取り出すな!!」

 

 

 

 

「…………………あ、あら?」

 

 

その日、紫はしっかりと霊夢と向き合っていこう。そう感じた。切実に。

 

 




さとりん


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養育事情

幻想郷、紅魔館に、新しい風が吹いた。

 

銀色の髪をした10もまだいってないあどけない少女だ。

名前は十六夜咲夜。生まれた時から、家も両親も、出身も解らず、常に先が見えない生活を強いられていた。

 

自衛のためのナイフを手に、厳しい世の中を生き抜こうとし、力及ばず死にゆくと覚悟したのも束の間、いつの間にか霧の湖に倒れていた。

 

 

そんな少女をレミリアが霧の湖で見つけて、紅魔館に連れて行ってから、彼女の人生が大きく変わった。

 

今までの生活とは一変、食事に困らなくなり、汚れ事もしなくてもいい環境に置かれた。当初こそは、困惑していたものの、次第に紅魔館での生活に慣れていった。

 

しかし、ただでというわけにはいかず、咲夜はメイドとして働くことになる。咲夜も、紅魔館での生活と、レミリアの御恩の為に快諾し、紅魔館での初めてのメイドとして働くことになった。

 

 

だが、咲夜は学がなかった。それはそうだ、生まれた時から辛い環境に置かれ、親も居ないのだから。

 

字が読めない、書けない、メイドというのがどういうのかが解らない。

 

料理、掃除、洗濯の仕方など。

 

咲夜が独自でも生き抜けるような力すら備わっていない。

 

ならばとレミリアは一計を投じた。

 

 

咲夜が立派な人間として生きていけるように、メイドとして仕事をきっちりこなせるように、「紅魔館のメンバー皆で咲夜を教育しよう!」という物であった。

 

 

以下が、咲夜の教育の過程である。

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

「もう少し腰を落としてッ!!体重をかけるようにして切りつけないとまともな傷すらつけられませんよッ!!メイドとは言え、自衛の術を、お坊ちゃまの護衛すらこなせないと意味がありませんから!!」

 

 

「はあッ!!はあッ!!は、はい!!」

 

 

 

 

 

「ええ、そうです!!もう少し、角の掃除を意識して!ええ!そうです!いいですね!!素晴らしいですよ!咲夜ちゃん!」

 

 

「は、はいッ!」

 

 

 

 

「大きさは均一に!火の通りを良くするのもそうですが、大きさ等に差があると食感に違いが生まれて違和感が生まれますから」

 

 

「……………なるほど」

 

 

 

 

「色物と無地のは分けてくださいね、色移りしてしまいますから。繊細な衣服もありますからそれは優しく洗ってあげてくださいね。ええ、そうです、流石ですね!!」

 

 

「はい!」

 

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 

「…………良し。問題ないわ。日本語、ひらがなくらいはとりあえず書けるようになったわね、じゃあ、次は英語、ドイツ語、フランス語、イタリア語、どれからやりたい?」

 

 

「…………え、英語でお願いします」

 

 

「…………了解、それが終わったら次は休憩を挟んで霊力の使い方よ、出来るだけ、早く終われるようにするからしっかり取り組みなさい」

 

 

「は、はい」

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

「身に余る光栄でございます!はいッ!!」

 

 

「み、みにあまるこうえいでございます!」

 

 

「かしこまりました!はいっ!!」

 

 

「か、かしこまりました!」

 

 

 

 

「どうか、私を解雇してく「それは違うと思います妹様」……チッ!!」

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

「!もう読んだんですか!?咲夜ちゃんは凄いですね~!じゃあ、次はどの本がいいですか?」

 

 

「……んー、これ、これがいい」

 

 

「解りました~!………あっ!ついでに、この本も渡しておきますね~!」

 

 

「…………これは?」

 

 

「………ウフッ!そ、そうです、メ、メイドさんなんですから、そういった知識も身に着けるべきですよ?フ、フフフッ!!」

 

 

「…………………?」

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

「…………………」

 

 

「…………大丈夫か?咲夜?」

 

 

「はい………問題ありません」

 

 

「そんな風には見えないが・・・」

 

 

美鈴から、戦闘訓練、家事等の教育。

パチュリーから学問や霊力の使い方。

フランからはメイドとしての礼節、礼儀といった教養。

小悪魔からは本の提供による知識の向上。

 

 

これを全て一日でこなすことを強いられる。流石に子供の身にかかる負担は計り知れないものになろう。疲労困憊の咲夜を見て、心配そうにレミリアは声をかける。

 

心配を掛けさせまいと咲夜は残った気力で返して見せるが、流石に疲労の色が見て取れる。

 

 

「そうだな、今日は疲れただろう?どうだ?私が何かできることはないか?」

 

 

「お、お構いなく…………あ、い、いえ、少し、お願いしたいことがございます」

 

 

「…………………?何だ?」

 

 

「少し、御身の胸の中に埋めてもよろしいでしょうか?」

 

 

「………………まぁ、いいが………ッおぉ!!」

 

いかに、気丈に振舞っていても、流石に人の温もりが欲しくなる年頃だ。

可愛らしい提案を受け入れられる。

 

レミリアが承諾するが早いか、素早くレミリアの胸の中に潜り込んだ咲夜。

 

そのまま、じっくりとレミリアを堪能していく。

 

 

「…………よしよし。頑張ったな」

 

 

そう言って頭を撫でるレミリア。彼自身、甘えてくる子が1人から2人になった程度、造作もないことなのだろう。

 

母の様な包容力で、咲夜を包む。

 

 

「…………すうっ………すうっ」

 

 

そのまま、温もりを感じながら寝息を立てる咲夜、疲労が募って眠ってしまったようだ。

 

 

「…………しょうがないな」

 

 

そう言ったレミリアはそっと眠る咲夜の頭を撫でながら、優しく微笑み、彼女を寝室まで運んでいくのであった。

 

 

………皆に少し手を緩めるよう言っておこう。

 

 

そう、レミリアは考えるのであった。

 

咲夜は紅魔館の生活に適応していき、アメとムチによって立派なメイドになれるように教育を受けていくのであった。

 

 

 

 

 

 

「おぼっちゃま、お背中をお流しいたします」

 

 

「!?」

 

 

「こたびのしっぱいはわたくしにあります。せきにんはわたくしのからだで」

 

 

「!?!?!?!?」

 

 

「おぼっちゃま、ほんじつはわたくしのからだでごほーしいたします」

 

 

「誰だッ!!!誰がこんなことを教えたァ!!!」

 

 

 

咲夜の教育期間中、鬼の形相で何かを追うレミリアと、何かから隠れるように逃げる小悪魔が紅魔館の日常と化しているらしい。

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

一方、博麗神社の方では。

 

 

 

「……そ、そうだ、そうやって、霊力を集中させて…………………。あ、ああ、いいぞ、その調子だ」

 

 

「………………ん、次」

 

 

「……………あ、あの」

 

 

 

 

「あ、ああ!…………………そ、そうやって、手の先に集中させるようにだな」

 

 

「………それで?次は?」

 

 

「……………………………………あの」

 

 

 

 

「…………………な、なあ、霊夢、もうそろそろ」

 

 

「……………ん、早く、次」

 

 

「……………あの、お願い、無視しないでッ………………!」

 

 

 

 

「あ、あぁ!!きょ、今日のところはこれでお、終わろうか!!しっかりふ、復習しておくんだぞ?じゃ、じゃあ私は、少し席を外すぞ?」

 

 

「……………ん」

 

 

「れ、霊夢………?」

 

 

「つーん」

 

 

「……………グスッ!」

 

 

紫が霊夢と打ち解けるのはまだ当分先になりそうであった。

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

静寂な空間に響く。場所は人里のある屋敷の一部屋。

その屋敷は、由緒代々伝わる名家である。

 

 

その一部屋に、一人の紫色の髪をした着物姿の幼女が筆を走らせて何かを書いている様子だ。

 

見た目が幼女で、5,6歳ほどであるのに、達筆な字で、難しい漢字でも顔の表情を変えずにすらすらと書いて見せる。その身から発する雰囲気は、熟練した大人の様な雰囲気すら感じる。

 

 

「お嬢様」

 

 

そう、外から声がかかる。

 

 

「はい」

 

少女は筆を止めて、外からの声に返答する。

 

 

(くだん)のお客様、上白沢様がいらっしゃいました」

 

 

「そう、お通しなさい」

 

 

「承知いたしました」

 

 

そう言って、声の主が離れていく音がして、しばらくするとその音が戻ってきて今度は二重に聞こえてくる。

 

 

「こちらになります」

 

そう、外から声が聞こえ、その後、襖を開く音が聞こえる。

 

 

筆を止め、襖の方へと目を向けると、腰まで青のメッシュのかかった銀髪の女性が立っていた。

 

 

上白沢慧音

 

人里の守護者であり、寺小屋の教師を務めている女性である。彼女は純粋な人間ではなく、半人半獣、白沢と人間のハーフ(ワーハクタク)という種族である。

彼女は人間を愛し、人間の為にと人里に貢献してくれる聖人の様な人である。そのため、人里中の人間達が彼女に向ける信頼は計り知れないほどだ。

 

 

「お久しぶりですね。慧音さん」

 

 

「ああ、久しぶりだな、阿弥………、いや、阿求、か?」

 

 

「ええ、そう呼んでいただけると幸いです」

 

 

『阿求』と呼ばれた幼女。

 

彼女は人里の名家『稗田家』の人間である。

 

稗田家は代々、幻想郷に関する歴史や、妖怪への対処法など、長年、何代にもわたって書き続けている。

 

そう言った稗田家の当主となって、幻想郷に関しての文献を書く二代目以降の稗田家の者達を『御阿礼の子(みあれのこ)』と呼ばれる。

 

稗田家の著名な作品は幻想郷縁起などであり。今もなお編纂を繰り返している。

 

稗田阿礼から書き始め、今、稗田阿求の代で九代。

 

 

稗田阿求は、慧音とは初対面であった。

 

そう、阿求として、では。

 

 

稗田家は稗田阿礼から始まった。そしてその娘『御阿礼の子』である初代の「稗田阿一」から今代の阿求まで9代続いている。だが、実際は、彼女が稗田阿一本人である。

 

 

御阿礼の子は、千年にわたって、転生を繰り返していた。御阿礼の子は、そもそも体が非常に弱く、最高でも30程までしか生きられないという。

 

しかし、彼らは、代々にわたって文献を書き記すため、転生の儀式を利用して、転生を繰り返すことになる。

 

転生ごとに性別は変わるものの、今世は女性の様だ。

 

そう、彼女と慧音は見た目的には想像がつかないが長い付き合いがあるのは確かだ。

 

 

「息災なようで何よりだ」

 

 

「ええ、慧音さんこそ、何か、人里で変わったことなどありましたか?」

 

 

「いいや、ここ最近人里は平和そのものだったさ。強いて言うなら、最近、霧雨店のところの親父さんと、その娘さんが大喧嘩したっていう話は聞いたな。それも、まだ10にも満たない年齢の娘さんだそうだ」

 

 

 

「………それはそれは」

 

 

「全く元気があっていいじゃないか、そのくらいの年齢は、元気が一番だ。………………まぁ、勉学の方にもその元気を使えれば、言うことは無いんだが」

 

 

「ふふっ」

 

 

そう、肩をすくめながらそう言う慧音にクスリとほほ笑む阿求。

その場に和やかな雰囲気が立ち、しばらく彼女たちは会話に花を咲かせた。

 

 

「それで、本題に入りましょうか」

 

 

「………ああ、先の異変について、もう知っているだろう?」

 

 

「ええ、吸血鬼異変、ですね」

 

 

「ああ、吸血鬼の長、レミリア・スカーレットとその根城紅魔館、今、霧の湖付近に立ち並んでいるあの場所だ」

 

 

急に、真剣な雰囲気になって、話始める。

 

話題は紅魔館とレミリア。先の異変にて衝撃的な活躍を見せた存在である。

 

その吸血鬼達が霧の湖付近で移住しているとのことが、異変中、でも人里の方で話題になった。

 

当時は新たな妖怪の勢力が現れたとのことなので街中は大混乱だった。

 

「しかし、異変は、講和で終結したはずです。それに、紅魔館は、人里並びに幻想郷に危害を加えないと条件付きで」

 

 

「ああ、立ち会ったのが紫とレミリアだったそうだし、紫が紅魔館を挑発するような行為をしない限り危険性はないと明言している。だが、もしものことがある。人里中も警備等の充足を図り、妖怪達に対抗できるようにしていかなくてはならない」

 

 

「なるほど」

 

 

「最近、妖精たちの悪戯被害も多くなっているから、十分に注意していてくれ」

 

 

「ええ、解っています」

 

 

「それに、何があっても、紅魔館には近づかないようにな。まだあそこの安全が確証されたわけじゃない」

 

 

「ええ、解りましたよ、流石にすぐには死にたくありませんからね。十分注意しておきます」

 

 

そう言って阿求は頷いた。流石に転生の術も完備していないため、死ぬわけにはいかない。

 

紅魔館に興味があるというのも確かだ。だが、命が惜しい。

しばらく、安全であることが解ったら、行ってみよう。

 

と阿求は考えているのだが、慧音には解らない。

 

 

「ああ、そうだ、それに、もう少ししたら、お前も寺小屋に訪れてくれ。色々子供たちに教えることになるだろうからな」

 

 

「ええ、その時は、是非ご一緒させていただきますよ」

 

 

そして、しばらく彼女たちは再び会話に没頭していくことになった。

 

 



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成果とルール

咲夜が紅魔館の住人となって早数年が経った。

 

彼女は、数年ほどで、紅魔館の仕事を完璧に覚え、ほかに恥じない立派なメイドとなった。

 

戦闘面では、ナイフを主に使い、そこに霊力を交えてナイフの攻撃力を上げたり、身体能力を高めたり、霊力の弾として発射したりと多種多様な攻撃手段を覚え、様々な荒事に対応できる実力を備えることになった。

 

メイドとしては、家事全般をきちんとこなせるようになり、食事、洗濯、掃除等の仕事ぶりは完璧であった。これにはメイド長紅美鈴も太鼓判を押すほどに成長した。

 

さらに、数年前まで、無学であった影は見えなくなり、ほぼ、主要語を覚えるようになるまでの学、一通りの計算、そしてメイドとして嗜み、教養を覚えた。特に紅茶に関しては、レミリアが思わず、感嘆の声を漏らすほどになるまで成長した。

 

彼女の成長は、いかに紅魔館の教育課程がスパルタ並みといえども、目覚ましい成長力で異常と感じるほどである。

 

 

しかし、まだ成長の余地がまだまだあるというのだから驚きだ。

今日も咲夜は、自己研鑽のために、はたまた敬愛する主のために、努力を怠ることもなく毎日の仕事に励むのである。

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

「はい!今日はこれくらいでいいですよ!咲夜ちゃん!」

 

 

「ええ、ありがとう、美鈴」

 

 

今日も、紅魔館のお仕事が終わった。

メイドとして働くことになった当初より美鈴とも仲が深まり、自然な口調で会話できるまでに進展したと思う。

 

まぁそれでも、身分としてはメイド長であるあちらの方が上であるから、形式上、他の目がある上ではさすがに礼節をしっかり守らないといけないが、それ以外の場所ではある程度の仲にまで進展した。

 

 

以前の私とは比べ物にならないくらいに成長したという実感がある。

 

 

戦闘、家事、言葉遣い、礼儀、礼節、教養、学問、いろいろなことを叩き込まれた甲斐があったというものだ。

 

これも、紅魔館の皆の絶え間ないご協力のおかげだ。

自分が、メイドとして、生きていけるようになったのはこの紅魔館、そしておぼっちゃまに拾われてなければ考えられなかったことだ。

 

 

メイドとしての仕事が終わったら、次はあそこだ。

 

そう思って、私は図書館に向かう。

 

 

 

廊下を進み、地下へと降りて、図書館へと到着する、私に課されることは、メイドとしての仕事のほか、成人を見越して十分な教養を身に着けることだ。まぁそれ以外にも、まだ学問等のお勉強もあるのだが、基本的には教養を身に着けるためのお勉強だ。

 

 

「今日もよろしくお願いいたします。パチュリー様」

 

 

「…………………あら、もうそんな時間?」

 

 

私は、時間も忘れて本を読みふけっていらっしゃるパチュリー様にそうお声をかけるのであった。

 

 

 

「…………それにしても、以前と見違えるほど、成長したわね。咲夜」

 

 

そう、課題に取り組んでいる私にそう唐突に話しかけるパチェリー様。

 

 

「いえ、私などまだまだです、日々、研鑽ですわ」

 

 

謙虚ではない、ただ純粋な自分の意見である。

 

私などまだまだ、美鈴のほうがまだいい仕事をする。私も、最低でも美鈴ほどの仕事をこなさなくてはいけない。話はそれからだ。

 

だから、私などまだまだ甘いのである。

 

 

「…………そう謙遜することはないわ。それに、まだ若いのだから」

 

 

そうパチュリー様は仰る。パチュリー様によると、私の年齢は身体的に見て現在12歳ほどであるらしい。人間の年齢の観点からしたら、まだまだ若いということらしい。

 

 

「それでも、です」

 

 

「……………………そう」

 

 

年齢が若いとかどうとかは私にとって無意味に等しい。若いうちから、おぼっちゃまに奉仕できなければ、いけない。

 

人間と妖怪。そもそもの寿命が違うのだから、私が動けるうち、健在なうちはおぼっちゃまのために身を粉にして働かなくてはいけない。それが、おぼっちゃまへの最大限の奉仕であり、敬意の表れなのだから。

 

 

「…………咲夜」

 

 

「…………はい?」

 

 

しばらく間をおいて、パチェリー様が私をお呼びになる。

私が課題に取り組んでいる間。無駄なことは口に出さないはずのパチュリー様だ。

 

今回は何か、至らぬところがあっただろうか、それとも、気まぐれ化、どちらにしてもパチュリー様にしては珍しいと思いながら返答した。

 

 

「…………あなたはまだ若く、そして今後も成長の余地が見られる。それは確かよ。だから、そんなに焦ることはないわ」

 

 

「…………ええ」

 

 

「あなたはよくやってくれているわ。それはみんなが認めること。美鈴も咲夜の仕事ぶりが素晴らしいとよく私に言っていたし、レミィも咲夜についてしつこいぐらい絶賛していたわ」

 

 

 

「……………………」

 

 

「ええ、もう一度言いましょう。咲夜。あなたは、よくやっているわ」

 

 

「……………………ありがとう、ございます」

 

 

「それに、あなたにはまだ私には到底計り知れない可能性が眠っている。それが何なのか、私たちをしてもよく知らない。もしかしたら、人間の域を超えてしまうほどの可能性を、あなたは持ち合わせているのかもしれない」

 

 

「……………………」

 

 

「いろいろ言ったけど、あなたはよくやっているし、これから先もあなたに期待している。だから、自分の体には慎重に管理するようになりなさい」

 

 

「はい、承知いたしました」

 

 

そういって、また本へと目を向けて、話は終わったとばかりに読書に集中なさる。

そして、私はパチュリー様のお言葉に少しだけ、温かい気持ちになってまた課せられた課題に取り掛かっていくのであった。

 

 

そして、パチュリー様の課題を終わらせれば、次は自由な時間である。

 

もちろん行く先は決まっている。お坊ちゃまの所にだ。

心なしか、気分が弾み、廊下を歩く足も速くなっていく。

 

 

「お坊ちゃま」

 

 

「うん?ああ、咲夜か」

 

 

すぐさまお坊ちゃまのもとへと急行して、毎日紅茶を飲んでらっしゃるお気に入りであろう場所へと向かってみると、やはりお坊ちゃまだ。

 

 

しかし、思ったより、早く着いた。ふと、腰につけているお坊ちゃまからいただいた懐中時計を見てみる。時間は先ほど、図書館からこちらにくるまで、長い針が5マス分、つまり、5分でこの場についたということだ。

 

以前は10分くらいであったはずだが、いつの間にかそんなに早く移動できるようになったのだろうか?

 

体感としてはやはり10分くらいであったのだが。まぁいいか

 

と少しだけこの現象を不思議だと感じながら、お坊ちゃまへと近寄っていく。

 

 

「…………ん、よし、ほら」

 

 

「……………ッ!!」

 

 

「おう、よしよし」

 

 

そういって、いつもと変わらない慈愛の笑みで両手を広げてこちらを待つお坊ちゃま、我慢がきかない、遠慮なくお坊ちゃまの懐に飛び込んでいく。

 

勢いのついた飛び込みも、お坊ちゃまはしっかりと受け止めて、よしよしと私の頭をなでてくださる。

 

 

 

……………………嗚呼、至福の時…………!!

 

 

 

 

今回はお邪魔な方がいない。

 

時々、時間の都合が悪い時があって、お坊ちゃまのもとに先客がいる。

 

お坊ちゃまの妹様である、「フランドール・スカーレット」様である。

 

 

お坊ちゃまの懐を妹様と争うことがある。

 

 

 

「…………どきなさいよ、メイド」

 

 

「いいえ、主のお傍に控えるのも従者の務めですわ、妹様こそ、そういったはしたない行動を慎むことを進言いたしますわ」

 

 

「……ッこいつ!!私はお兄様の妹だから、兄とのスキンシップはそんなにおかしい?そっちが従者として行動は慎むべきでしょ!」

 

 

「いいえ、妹以前に、貴族としての矜持を進言しただけのこと、それに、私は『お傍』に控えているだけです。何か問題でしょうか?」

 

 

「問題だらけよッ!!やっぱり、お前とは分かり合えそうにないわね」

 

 

「ええ、残念ですが」

 

 

そういいながら、にらみ合いを続けると、見かねたお坊ちゃまが私と妹様を同時に迎え入れなさる。

 

大変、お坊ちゃまの懐の中は心地が良くて、それは妹様も同じであるようで、つい身をゆだねてしまう。

 

 

そんな姿を見て、お坊ちゃまは微笑んでこう言われるのだ。

 

 

「なんだかんだ言って、二人とも、仲いいじゃないか」

 

 

「「仲良くない(ありません)!!!」」

 

 

そうだ、決して、妹様と仲がいいだなんてありえない。そう、彼女は敵なのだから…………!!

 

 

しかし、今回はそんな邪魔者がいない。ならば、じっくりと存分に堪能するまで。

 

私は心行くまで、お坊ちゃまを堪能した。

 

 

そして、名残惜しくも、そんな至福の時は終わりを迎えることになる、私は自室に向かって、明日の仕事のために体を休めるために睡眠をとらなければいけない。

 

ああ、一日中動ければいいのに、そう考えに至るのも、これで何回目だろうか。

 

私は、小悪魔こと、こあから借りた教習本を読みながら、一日を終える。

 

教習本、小悪魔が言うには、殿方に奉仕をするためのメイドとして大切なことだとして様々な本を私に読むように勧める。

 

 

こあが薦める本はいろいろ参考になる。

 

 

そう、いろいろ、ね。

 

 

そうして、私は紅魔館の平凡な一日を終える。

 

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

ぼんやりと暗くなって、月の光だけがあたりを照らす夜。

私は空を飛んでいる。

 

面倒な訓練も終わり、その後も基本的に暇であるからこうしてあたりを飛び回っているのだ。

 

人間から見ると、空を飛ぶということは、霊力でも纏わせないと空を飛ぶことすらできない。かくいう私も人間だ。

 

 

だが、私は特別な能力が備わっているそうで、空を飛ぶことは霊力すら必要なしだそうだ。

 

そんな折角の能力なのだから、存分に利用しないという手はない。

 

今日は、あっちの方向へ飛んでみようか。

そうして私は森へと飛行を進めていく。

 

 

ゆっくり、ゆらゆらと飛行を続けながら暇をつぶしていく。

 

何もすることがないとはかくも暇なのか。

気だるげに飛行を進めていく。

 

 

「……………ッ!!」

 

 

突然嫌な予感を感じ、周囲を警戒すれば、突然横から、霊弾、いや、魔弾が飛んできた。

 

とっさに手に持っていたお祓い棒を持ってそれを打ち消し、発生源へとめを向ける。

 

 

「おぉ、あれをかき消すのか、ハクレイってのも馬鹿にできないな」

 

 

目の前には箒にまたがって私と同じように空を飛ぶ金髪の少女。年齢も私と同じような年齢だ。

 

 

片方だけおさげの金色セミロング。三角帽をかぶり、黒系の服に白いエプロン。本で読んだことがあるような気がする。

 

そんな服装、箒、ああ、魔法使いだったか。そんな感じの服装だ。

 

 

「…………いきなり、何をするかと思えば。何のつもりかしら、白黒の魔法使いさん」

 

 

「おや、魔法使いだってわかるか?へへッ!そいつは単純にうれしいぜ!」

 

 

心底嬉しそうに笑う白黒。見た目から強気そうな感じは漂ってはいたが、男口調っぽいのは意外だった。

 

 

「お前、ハクレイってやつだろ?」

 

 

「違うわ。それじゃあ」

 

 

「おっと、しらをきっちゃ困るぜ、紅白の巫女服は確かにハクレイだってこと、知ってるんだからな」

 

 

「ハクレイか」という問いかけ、面倒なことになりそうだったから否定して、その場を離れようとしたが、服装からハクレイだって確信されたようだ。だったら聞かなくていいでしょ…………。

 

 

「で、その博麗様に何の御用かしら?」

 

 

「お前、次期のハクレイってもんだから、強いんだってな」

 

 

「そうなのかしら?私は弱いほうだと思っているけれど。負け続きだし」

 

 

そう、本当だ。博麗の巫女として、訓練を施され、時々、組手等したりする、妖怪である紫と藍に。

 

まぁ、当然、人間と妖怪じゃあ身体能力に決定的な差があるし、負けて当然だと思うけど、勝ったためしがない。これは嘘じゃない。

 

 

「いんや、お前が強かろうが、弱かろうが、そんなことは関係ないね。そこまで言われてることが納得がいかない」

 

 

「知らないわよ。そんなこと」

 

 

「お前に関係なくても私に関係あるんだ。納得いかない。私のほうが強いんだ」

 

 

「ええ、そうね、あなたのほうが強いわ。これで満足?」

 

 

「ハッ!!だから、今それを確かめようって話だぜ?少しばかり、痛い目を見て、泣きを見てもらうぜ」

 

 

「はぁ…………」

 

 

戦闘する気満々の相手にこれ以上話す術なしと判断し、面倒だが、お祓い棒を構えて相手に向き合う。

 

 

多少の暇つぶしになれればいいか、と考え、体中に霊力をまとわせる。

 

 

「私は、霧雨魔理沙。ただの魔法使いだぜ、おまえは?」

 

 

「…………霊夢よ。博麗霊夢、面倒だから早く終わらせなさいよね」

 

 

「ああ、心配いらないぜ、すぐに終わるさ。……お前の負けでな!!」

 

 

今この瞬間、運命が大きく変わる出来事が今この場で起こった。

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

「紫様、少しよろしいでしょうか」

 

 

「…………ええ、いいわよ。藍」

 

 

マヨヒガで、休憩している紫の元に、今日の霊夢の教育を終わらせた藍が戻ってきてそういった。

 

 

「近隣の妖怪たちが危惧していることがあると」

 

以下、藍がいう、妖怪たちの危惧である。

 

 

先の異変、吸血鬼異変にて、多くの妖怪たちが吸血鬼たちに帰順してしまった。

これは、人間を襲うという存在意義を失った妖怪たちが大半で、みな、気力を失ってしまっている。

 

何とか吸血鬼異変は終結し、我々妖怪たちは、支配されることを免れた、これではいつ同じようなことが起こってしまってはいつも同じように対処できるとは限らない。

 

そこで、再び私たち妖怪の力が失われないための処置を考えてほしい。

 

 

というものであった。

 

確かに、人間と妖怪のバランスを保つため、両者ともども、幻想郷のバランスを保つために数を増やすことも減らすこともしなくなる。

 

 

そのため、幻想郷の妖怪たちは人里の人間達を襲うようなことがなくなり、次第に気力が失われてしまった。そのため、吸血鬼異変では、大量の妖怪たちが吸血鬼に恐れ、帰順してしまう。

 

そのため、再び、妖怪たちの気力を復活させ、力を失うことなどないような処置が必要だ。

 

しかし、そう簡単にいい案など思い浮かばない。

 

妖怪と人間とのパワーバランスを均衡に保つことなど、これ以上難しいことはない。

 

 

「そう…………少し、考えておくわ。後でそう伝えておいて」

 

 

「はい」

 

 

ひとまずは、後々じっくり考えよう

 

 

「それで、霊夢は?」

 

 

「ええ、今日の訓練も終わり、今は自由な時間です」

 

 

「そう」

 

 

とりあえず、霊夢のもとに行こう。愛でよう、最近、心を許してくれたのか、存在を認識してくれた。これほどうれしいことはない。

 

今日もラブリーエンジェルの所に行こうかしら。

 

紫はそう思って、『スキマ』を開いて、博麗神社につなげる。

 

 

「……………………?」

 

 

おかしい、いつもこの時間帯なら…………。

 

 

「藍」

 

 

「はい?」

 

 

「霊夢が、いないわ」

 

 

「……………………ッえ!?」

 

 

その後滅茶苦茶探した。

 

 

幻想郷中に『スキマ』を開き、霊夢の姿を探そうと、藍と一緒になって必死で探したのだ。

 

 

「藍!あそこ!」

 

 

「ッ!?あ、あれはッ!?」

 

 

見つけた。魔法の森の近く、紅白の巫女服、霊夢だ。

 

戦闘中で、相手は白と黒の魔法使いのような見た目をした霊夢と同じような少女。あれは、霧雨魔理沙だったかしら、たしか、父に勘当されて、霧雨店から魔法の森で、暮らしていたが。

 

 

「紫様!今すぐ、援護を!」

 

 

「……………………いえ」

 

 

「紫様?」

 

 

紫は眼を奪われる。目の前の光景に。

 

 

綺麗な霊力と魔力による弾幕。色とりどりに放たれる弾幕と、時に刺すように素早いレーザー。その幻想的で美しい光景にすっかり目を奪われてしまった。

 

 

「……………………これよ」

 

 

「え?…………ゆ、紫様?」

 

 

「藍、人間と妖怪のパワーバランスを保つための案、それは、あれだわ」

 

 

「あれ…………」

 

 

紫と藍はその場で、当の答えはあれにあるのだという答えを見つけ、目の前の弾幕の戦闘光景を最後まで見届けたのであった。

 

 

その後しばらくして、幻想郷で、かの有名な平和な決闘ルール。

 

『スペルカードルール』なるものが制定されることになる。



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スペルカードルール

少し緩やかに


「スペルカードルール?」

 

レミリアは、テーブルの紅茶を一口、口に含みながらそう言った。

 

その疑問は向かいに座って対面している女性『八雲紫』に。

 

 

「ええ。幻想郷は人間と妖怪とのパワーバランスを保つために、平和的な決闘ルールを定めます、それが『スペルカードルール』」

 

 

『スペルカードルール』

 

通称、弾幕ごっこであり、『遊び』である。

 

すべては人間と妖怪とのパワーバランスを保つために新たに制定されたルールである。長いこと、闘争のない平和な時代になり、幻想郷では人間も、妖怪も数を増やしても減らしてもいけないという風潮になってしまった。

 

そのため、闘争がなくなった幻想郷では、妖怪たちが次第に気力を失ってしまったという。

 

その結果が、皮肉にも吸血鬼異変の惨状である。

 

 

そのため、気力がまだ残っていた妖怪たちが幻想郷の賢者『八雲紫』に申し出て、妖怪の気力回復の一手を望んだ。

 

 

そのため、これらすべての問題を一気に解消できる打開の一手が『スペルカードルール』である。

 

遊びとは言っても『本気の遊び』である。

 

生死をかけて争うのではなく、疑似的に命をかけた戦いができ、妖怪たちの気力も、持ち得る力を衰えさせないための遊びである。

 

人間側も妖怪を退治しやすくなり、妖怪も人間を襲いやすくなる。

完全な実力主義をなくし、美しさと思念を追求することに勝るものはないものであるとする。

 

これが、紫の考える『スペルカードルール』なのである。

 

では、『スペルカード』での勝敗の分け方とは?

 

 

まず、弾幕を用いての戦闘を行う。もちろん、相手を死に至らしめる程度の威力ではないものとする。

 

『スペルカード」でも、同様に、弾幕を用いてその弾幕で美しさを競い合う。

 

つまり、『スペルカードルール』とは、美しさを競い、互いに争う競技なのだ。

 

 

弾幕にあたってしまったら駄目、もし、あたってしまったとするならば、余力が残っているとしてもその者の敗北である。と。

 

 

生死を問わず、平和的に争う『スペルカードルール』は、傑作ともいえる策だ。だが、それを受け入れる、浸透させるにはどうすればいいのか?

 

 

『スペルカード』での戦闘を周囲に見せてその魅力を伝えればいい。

 

 

そう、「スペルカードルール」を大々的に宣伝すればいいのだ。

 

 

「それで、その為に紅魔館に来たのか?」

 

 

「ええ、数年後、次期博麗の巫女『博麗霊夢』が就任する。ある程度時間を見たら、あなたに再び異変を起こして欲しいの」

 

 

「ほう…………」

 

 

そう、紫はスペルカードルールを宣伝するために、紅魔館に異変を起こすように申し出たのだ。

 

 

その為に、かつて敵であった紅魔館の門を叩いた。

 

 

「おや、幻想郷の賢者様が、お一人で、こんなところに来てどうなされました?」

 

 

紅魔館の門前で。紅美鈴に警戒という名の威嚇をされ。

 

 

「変な動きをしたらすぐに封じ込めるわよ」

 

 

いつもは地下で本を読んでいるだけだった魔女が珍しく廊下にいると思ったら、私の周囲に怪しげな魔法陣を構築して脅迫してきたり。

 

 

「……………………」

 

 

レミリアの妹「フランドール・スカーレット」には、手に持っていた杖だったものを剣へと変化させ、燃え盛る剣を隠そうともせずにこちらの一挙一動見ていたり。

 

 

「お坊ちゃまの敵………ッ!!」

 

 

突然私の後ろに現れたかと思えば、首筋にナイフをあてがう人間のメイド。

 

 

今、レミリアの所まで行って、お客人としてもてなすようにとレミリアが窘めてくれなかったら命まで取るのではないのかというほどの歓迎だった。

 

 

 

…………いくら敵であったとしても、武器も持っていないし、単純に話がしたいと言っているだけなのにそんなに私は信頼ないのかしら…………。

 

 

今もなお、人間のメイド、『十六夜咲夜』が後ろで待機しており、変な動きを見せてばすぐにナイフを手に持って殺しにかかるのだろう。

 

しかし、6年前とは随分『十六夜咲夜』も成長したものだ。

 

生きる術を備わっていない人間だったのに、そんな姿は見る影もなく。

 

一端のメイドとして目覚ましいくらいに成長した。

今では、美鈴がメイド長の役目を咲夜に渡すほどの成長ぶりだ。

 

 

まぁ、霊夢も負けず劣らずの成長ぶりだけどッ!!

 

散々手塩にかけて育ててきた…………藍が。

 

 

「それで?異変を起こして、博麗の巫女とやらと『弾幕ごっこ』で負けろ、と?」

 

 

「いいえ、負けろというわけではありませんわ。逆に勝っていただいても構いませんわ。その時は、霊夢がそれまでだったということですから」

 

 

「ほう、まぁ、そうだろうな、力の弱いものに負けるなど、吸血鬼として許さん。もし負けるようにと言われれば、その戯言と同時に突き殺していた所だ」

 

 

「この異変は、大々的に『スペルカードルール』を宣伝の名のもとに幻想郷中に広めることが目的です。そこで、今、幻想郷中で、最も力のある紅魔館が『スペルカード』での戦闘を行うことが重要なのですわ」

 

 

「私たちを出汁として利用するということか」

 

 

「悪く言えば、そうですわね。しかし、あなた方にもこの提案はメリットがありますわ」

 

 

「…………何?」

 

 

「あなた方は、今もなお、幻想郷中に、特に妖怪の山といった勢力から警戒をされています。そして、外からの侵略者として人里でも、不安の種であると」

 

 

「…………」

 

 

「紅魔館が、博麗の巫女が制定する『スペルカードルール』にいの一番に従えば、余計な災いを被ることがなくなります。完全に、紅魔館が幻想郷に認められることになるということですわ」

 

 

「ふむ…………」

 

 

レミリアは紫の提案を受け、少し思考にふける。

 

 

確かに、紅魔館は先の異変を起こして、警戒対象になっているらしい。

幻想郷のルールに従えば、ある程度、紅魔館が信頼における存在として認識されるのかもしれない。

 

 

それに、咲夜のこともある。

 

紅魔館のたった一人の人間であり同じ種族とのかかわりが必要になることもある。

 

紅魔館は、妖精メイド、美鈴、パチュリー、そして私たち吸血鬼と人間ではない種族しかいない。

 

そろそろ、咲夜も、同じ人との交流が必要になる時期になるだろう。それに、退屈だし。監視されながら散歩するのも煩わしい。

 

 

「わかった、いいだろう。その提案。紅魔館、レミリア・スカーレットが受け入れた」

 

 

「…………感謝いたしますわ」

 

 

「それで、異変といったか、どういったものにすればいい?」

 

 

「異変の内容等に関してはあなたにお任せしますわ。ただし、人間へと重大な悪影響を及ぼしてしまうのは遠慮いただきたいですが」

 

 

「ふむ、分かった、後々決めておくことにしておく」

 

 

「ええ、お願いいたします。では、手はず通りにお願いいたしますね」

 

 

「ああ、咲夜、客人の見送りを…………と、必要か?」

 

 

「いいえ、お構いなく」

 

 

そういって、紫は『スキマ』を使ってその場から消えた。

 

 

「お坊ちゃま、よろしかったのですか?」

 

 

「ああ、これで退屈する日々がなくなりそうだ」

 

 

そういって。レミリアはこれから先起こりうる未来を想像して楽しそうに笑う。

 

 

「…お坊ちゃま、紅茶を、淹れてまいりましょうか?」

 

 

「ん、ああ、もうなくなってしまったか、頼む」

 

 

「かしこまりました」

 

 

そういって、空になってティーカップを持って退出しようとする。

 

 

今回の紫の提案は紅魔館にとってもいい条件であった。

 

これで、多少紅魔館の表向きが良くなるだろう。

咲夜が人間達との交流もこれで容易になりそうだ。

 

咲夜が私以外に関わりを持てるようになれば僥倖だ。

 

 

「……変なものは淹れるなよ」

 

 

「……………………」

 

 

「知っているからな」

 

 

「……………かしこ、まりました」

 

 

 

…………ついでに、咲夜のこれも解消してくれればいいが。

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

「……………………」

 

 

「~~~~ッ!!!」

 

 

「あの…………紫様?」

 

 

藍は、目の前の、布団にくるまって悶えている主人を見て、そうおずおずと問いかける。

 

 

「……………話せたわ」

 

 

「…………はい?」

 

 

「やっと、話せたのッ!!レミリアとッ!!」

 

 

「……………………はあ」

 

 

キャーと、さらに悶える紫様。

 

 

その姿を見て、何とも言えない表情になる藍。

 

 

……………………生娘じゃないんですから。

 

 

と、藍は目の前の変わり果てた主人を見て、呆れながらそう思った。

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

ザッ、ザッ、と掃くような音が、博麗神社周辺に響き渡る。

 

霊夢が神社周辺を箒をもって掃いているのだ。

霊夢は、こうして、訓練のない暇な時間にだらだらしたり、掃除をしたりと、のんびりと過ごしている。

 

霊夢にとってはこの生活が日常そのものであり、少しだけ面倒くさがりな気がある霊夢にとっては案外いいものであるようだ。

 

 

だが、そんな生活はすでにどこ吹く風、ある意味、面倒で、退屈しない生活へと変貌を遂げることになる。

 

そう、天気は快晴で、家でのんびりしているのがいいのに、この時間帯になると……………。

 

 

「~~ぉぉぉおおおおおおおおおい!!霊夢ーーー!!」

 

 

ほら来た、遠くの方からこちらに向かいながらで私を呼ぶ箒にまたがるはた迷惑な白黒魔法使いさんが。

 

 

「……………はぁ、何よ」

 

 

「おう!霊夢!今日も面白いもの持ってきたぜ!」

 

 

そうにこやかに笑いながらこちらに近づいてくる魔法使い、『霧雨魔理沙』

 

 

数年前に難癖をつけて喧嘩を吹っかけてきてからというものの、何が気に入ったのか、博麗の神社まで来て何かしら変なものを持ってくるのだ。

 

 

数年前の喧嘩に関しては、お互いに全力をかけて喧嘩をしたが、結果は引き分けという形で終わった。

 

 

「…………何よそれ」

 

 

「私にもわからん!!」

 

 

「はあ?」

 

 

「だから、どういう用途なのか、確かめてみようぜ!」

 

 

「……………………」

 

 

数日前、同じようなことを言って博麗神社周辺を爆発させていた奴の言葉がこれである。まったく懲りてない。

 

 

「………せめて、どういう用途なのか解ってから来てくれないかしら?」

 

 

「それじゃあ面白くないだろ?」

 

 

こっちはどう転んでも面白くないわよ!

 

 

少しばかりそんな怒りが沸くが、もはやこうなってしまっては何を言っても無駄である。

 

こんな変な物を持ってくる暇があるのなら、食べられるキノコでも持ってきてくれればいいのに。

 

 

最近、彼女はキノコ集めに熱を出してしまったようで、魔法の森に生えてるキノコを使っていろいろ実験しているらしい。ほんとつい最近なんて『キノコ爆弾』なるものを持ってきて、また数日前の大惨事になりかけたのだ。

 

 

いろいろ破天荒な友人に、呆れてしまうが。それでも憎めないし、何かと暇にならない。

 

 

……………まったくはた迷惑な友人ね。

 

 

そう、霊夢はうんうんと悩みながら持ってきたものを解明しようとする友人を見て苦笑いしながらそう思った。




そろそろ見えてきましたね.


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弾幕ごっこ

日が隠れかける夕暮れ時、この後真っ暗闇の深夜の時間帯になるであろうこの夕暮れ時に、レミリアは起きる。

 

人間達からすれば、この時間帯は『夜』に差し掛かり、早い者は寝る時間帯にすら差し掛かるだろう。だが、この時間帯は吸血鬼にとっては一日の始まりに過ぎない。

 

夜こそ、吸血鬼の活動時間、人間達でいう『朝』なのだ。

 

レミリアはベットの上でゆっくりと体を起こし、寝ぼけたままぼ~っとする。

 

紅魔館の領主として、威厳にあふれてしっかりしているレミリアなのだが、特段寝起きには弱い。これは、吸血鬼として500歳という若さも影響しているのだろうが。

 

回らない頭が徐々に回り始め、次第に意識はしっかりしてくる。

 

レミリアはベットから完全に起き、寝巻姿から着替えようとクローゼットの前に立ち、着替えようと上着を脱ぎかけて気が付く。

 

 

「咲夜」

 

 

そう声をかける、紅魔館が誇る人間にして完璧なメイド長、十六夜咲夜の名前を。

 

 

「はい、お坊ちゃま」

 

 

そして、すぐ後ろで、咲夜からの返答が返される。

レミリアは脱ぎ掛けた上着をもとにもどし、後ろを見ずにこう言うのだ。

 

 

「いつも言っているのだが、『時を止めて』私の部屋に来てまで着替えをのぞこうとしないでくれ」

 

 

「……………………」

 

 

いろいろ突っ込みどころはあるが、所々解きほぐして説明していこう。

 

まず、『時を止める』という点についてだ。元々咲夜が時を止める。つまりは人間としての域を超えるまでの潜在能力を備えているということは一目会った時からレミリアは気が付いていた。

 

まぁ、親も家もない彼女がいささか可哀そうだなと同情の気持ちがほとんどであったが。

 

それでも、咲夜の元々のスペックの高さにいち早く気が付いたレミリアは、その咲夜の特殊能力ともいえる才能を引き出すために、『懐中時計』を咲夜に渡しておいたのだ。

 

咲夜が時を止める能力を持っているということはその時点ではまだ解らなかったが。偶然『運命』を見て、霊力、まぁ魔力と似たような力をエンチャントして渡しておいたがそれが功を奏したようだ。

 

 

咲夜は時間を操れる。

 

時間を止めれる。というわけではなく、時間の流れを遅くしたり、早くしたりできるということだ。時間も当然、空間も操れるようにもなったらしい。

 

時間と空間は密接に関係しているためであろう。

 

 

自分の能力を開花させた彼女は、一層紅魔館の為に働きたいという意欲が強くなり、空間を操って紅魔館を広くさせたり、食事、洗濯、掃除等、時を操って一瞬で終わらせたりなど、様々な面で貢献してくれている。

 

 

そして、それが後者にもつながるのだが、その能力が、咲夜の何かに拍車をかけてしまったようで、いろいろ、変態的な思考を行ったり、気が付いたら鼻血を出したと思えば「忠誠心です」の一点張りだし、時に暴走したりと、完璧であるメイドという側面『駄メイド』っぷりも出るようになってしまった。

 

 

どうしてこうなってしまったのか。

 

いや、心当たりはある、パチェの使い魔である小悪魔が何か変なことを咲夜に吹き込んでしまっていたのだ。

 

その時から、健全だった咲夜が変わってしまった。

 

 

そして今日、私の着替えを見計らって、時を操ってまで自室に侵入してくるのは、これで何回目だろうか。

 

うかつに素肌を見せようものなら、例の『忠誠心』とやらが部屋を赤く染めてしまう。

 

部屋が汚れるし、それだけはやめてもらいたい、案外私は綺麗好きなのだ。

 

 

「そもそも異性の部屋に勝手に来るのはよろしくない」

 

 

「私はメイド長として、そしてお坊ちゃまの専属ですし、護衛の任も従者としての役目ですわ」

 

 

「いいや、流石に自室にいるから護衛は必要ないだろう」

 

 

「しかし、お坊ちゃまの素肌が周囲に晒されてしまうかもしれませんわ」

 

 

「今現在進行形で素肌が晒されかけているのだが?」

 

 

「ッ!!それはどこのどいつですか!?」

 

 

「………………お前だよ」

 

 

レミリアは呆れながらそう言ってしまう。

 

 

その後、何とか説得して、渋々ながらも納得させることができ、ゆっくりと着替えることができた。

 

 

レミリアが着替えている同時間帯に、ある屋敷内が赤く染まってしまったらしいが、それはレミリアにとって知る由などないのであった。

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

さて、着替えも終わり、朝食を済ませたレミリアは、紅魔館のメンバー皆を呼び集め、前日の件、『スペルカードルール』というもの、そして、紫から数年後、異変を起こすようにといった内容を話すことにした。

 

主な目的は、異変の為に、『スペルカードルール』というものが、どういったものなのか、また「スペルカード」という決闘方法についてであった。

 

時に、異変に向けて、「スペルカード」での戦闘をやってみよう。

 

というわけだ。

 

 

概ね「スペルカード」は紅魔館メンバー内では好評であるようで、遊び感覚かつ全力で戦えるというのは、面白そうだということだ。

 

特にフランや美鈴が好色を示していた。

 

そんなこんなで始まった紅魔館内での弾幕ごっこであったが、結果的にみんな楽しめて行えたようだ。

 

弾幕ごっこは、戦っている者以外にも、見ている側にも楽しめる。

 

弾幕を用いて、美しさを競うものであるから見ていて面白いのは当然なことだ。

 

それに、弾幕を発射しているたびに各個性が現れているため、それぞれが面白い。

 

 

フランは弾幕の中に遊び心が現れており、無邪気で元気なフランらしさというものを感じる。

 

 

美鈴は七色の美しい弾幕を放ち、さらに美しい弾幕だけではなく、接近戦を組み合わせたような攻撃を放つため、目立つような隙が見当たらない万能系といったところか、それでも、弾幕戦というのは苦手であるようで、所々ぎこちないが。

 

 

パチュリーは、飾りっ気がない弾幕が多く、その精密に練られた弾幕によって逃げ道を塞いで詰ませてくるところはどこか、抜け目のなさを感じる。

 

 

咲夜はナイフと霊力の弾幕を混じらせて攻撃を行う。

時を止めて一瞬で大量の弾幕を目の前に出現させてきたり、彼女が放つ弾幕に気を取られれば、死角からの弾幕など、いやらしさを感じる弾幕である。

 

 

時にどうして大量のナイフをばら撒いていたのか不思議に思い。

 

そんなに大量のナイフはどこで調達してきた?と聞くと。

 

元々紅魔館にあったナイフをありったけ集めてそれを弾幕として利用し、時を止めて再利用しているだけだ。と何ともないような顔で言われた。

 

咲夜はせっせと投げたナイフを拾って弾幕として活用させているらしい。

 

少し、なんというか、マジックが素晴らしいと思ったら、タネがしょうもないというがっかり感をレミリアは感じてしまうのであった。

 

 

こうして、紅魔館のみんなで弾幕ごっこというものを楽しんでいったのであった。

 

ついでに言うと、パチェリーが一番多くのスペルカードを開発するという進展をみせたのだが、実戦で使ったのはたった数枚のスペルカードのみであった。

 

理由は簡単だ。すぐに喘息で戦闘どころじゃなくなってしまったからである。

 

 

そして、時に一番白熱した弾幕ごっこは咲夜とフランの弾幕ごっこであった。

 

 

時に激しく、時に自機を狙う弾幕とナイフの飛び交いを互いに交わしながら繰り広げられる弾幕ごっこは見ている側も熱狂してしまうほどであった。

 

結果は引き分けであったが、いつの間にか集まっていた妖精メイドたちが大歓声を2人に送っていた。

 

 

弾幕ごっこ中、『死ね!クソ駄メイド!!』『くたばれ!金髪害虫!!』等、二人がぶつけ合った罵詈雑言をレミリアは聞こえなかったことにした。

 

 

しかしながら、スペルカードにおいて、勝率が高かったのは、なんだかんだ言ってレミリアであった。

 

 

流石に、威厳に満ちて、領主としての矜持を持ち合わせているものの、本質的にはまだまだ少年であり、勝負事には負けたくないという考えを持ちあわせているし、勝ちが積もると、流石に有頂天になって慢心してしまう。

 

 

そんなわけで、レミリアはついその時に放ってしまった言葉を後々後悔することになる。

 

 

『皆と私で一回戦ってみないか?私に勝てれば、何か一回、なんでもしてやろう』

 

 

この一言が、紅魔館の皆に火をつけてしまった。

 

 

喘息だったパチュリーの体調が一気に回復し、調子が最高潮に達してしまったり。

 

 

美鈴が急にやる気をだし。動きにキレが増し、これ以上ないという動きを見せ始め。

 

 

いがみ合っていたフランと咲夜がアイコンタクトだけで意思を伝えあい、意気投合して急に連携が良くなったり。

 

 

 

結果、息の合った連携等でレミリアは徐々に追い詰められてしまい、結局敗北してしまったそうだ。

 

 

その時の彼女たちが課したのは、着せ替えだ。

 

 

その時のレミリアはこの経験から、こんなことを学んだ。

 

 

『碌なことは言うものではない』

 

 

至極当たり前のことを、今になってレミリアは学んだのだ。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

『レミィには、一回メイド服を着せてみたかったのよね』

 

 

『おぉ!!さすがはパチュリー様!私も一回着てみてほしかったんですよ!!』

 

 

『美鈴のチャイナドレスもなかなかのセンスじゃない』

 

 

『えへへ、ありがとうございます!』

 

 

 

 

『う~ん、どの衣装がいいか、悩むわ』

 

 

『妹様、こういうのはいかがでしょう?』

 

 

『!! それは、属に言う…………』

 

 

『ゴスロリ、ですわ』

 

 

『パーフェクトよ、咲夜ッ!!』

 

 

『感謝の極みッ!!』

 

 

 

 

『な、なぁ、ど、どうして男物じゃないんだ…………?』

 

 

 

 

 

 

 

『紫様、お食事の準備ができました……………紫様?』

 

 

 

『……………………』

 

 

 

『………!?!?ど、どうなさったのですか!?紫様!?』

 

 

 

『……………………』

 

 

 

『ど、どうしてそんなに幸せそうな顔をなされて倒れていらっしゃるのですか!?』

 

 

『……………………』

 

 

『ゆ、紫様のスキマに何が……………ッ!?!?!?ブッッッ!!!』

 

 

 

その日、紅魔館がより一層紅く染まり、とある屋敷が真っ赤になった。



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霧の湖デート

「お兄様、デートしよ!!」

 

「ああ、いいよ」

 

ことの発端は、フランの何気なく放ったこの一言と、レミリアの返答から始まった。

 

吸血鬼、レミリアとフランが起き、二人が朝食を済ませていると、フランが何気なくこの一言を放ったのである。

 

レミリアは、すぐに快諾した。これは、デートとは言うものの、ただの兄妹の散歩兼、スキンシップのようなものであるとレミリアが勝手に解釈しているのもある。

 

 

「えっ!本当に!!??」

 

 

すぐに快諾されるということは、少々、フランにとって予想外なものであり、少しだけ、驚いたものの、喜色満面にレミリアに詰め寄る。

 

 

「ああ、いいよ。どこに行くの?」

 

 

「近くの湖!」

 

 

そういって、いてもたってもいられなくなったのだろう、フランがすぐさま自室へと戻っていった。

 

 

レミリアは、そんな慌ただしい愛妹の姿をほほえましく見つめながら、未だカップに残っている紅茶を口に含み、食後のティータイムにしゃれ込むのである。

 

傍に控えていた咲夜が、フラン退出後、また別の日にレミリアと一緒のお出かけを熱望されてしまい、その熱意に押されてついでに咲夜との出かけの予定も組み込まれてしまうことになり、さらに連鎖して美鈴、パチュリーとも約束事をお願いされてしまうのはまだ別の話。

 

熱意とは言うものの、断ってしまえばあとが怖い、そして、背中に悪寒が走りかけたらしいが。もし断っていたならどうなっていたのだろうか……………?

 

 

そんなこんなで、今日はレミリアとフランの兄妹水入らずのデートである。

 

 

フランは久しぶりの兄とのデートに天にも昇るような心地で、足が勝手に弾み、ルンルン気分となってしまうのも、仕方ないのかもしれない。

 

もちろん、傍に控える咲夜も今回はいない。

 

 

『兄妹だけでお出かけしたい!』

 

 

と、可愛らしいお願いをされてしまえば、兄として断れるはずもないのだ。

 

 

「フラン、あまりはしゃぎすぎて転んだりしないようにな」

 

 

「えへへ~、だってお兄様と久しぶりにデートなんだもん!嬉しくなるのは仕方ないもん!」

 

 

ぱっと一面に笑顔の花が咲き誇るフラン、あっちこっちへうろうろしていることをレミリアに注意をされれば、今度はとレミリアの腕へと抱き着いて歩いていく。

 

純粋に、レミリアとの二人っきりのこの時間を楽しんでいるのだ。

 

美鈴も、パチュリーも、煩わしいメイドもいなければ勝手に増えた『私』も出ない。

 

今、この時間は、確かにフランにとって至福の時そのものなのである。

 

遠いところからよろしくないもの(スキマ)で見ている奴らには、私の能力でそのよろしくないものを『破壊』してやった。

 

誰も邪魔するものなどいない、ここにいるのは、私とお兄様だけだ。

 

今考えてみれば、ここ最近、フランとレミリアが二人っきりになることはなかった。

 

大体は、その場に、美鈴、パチュリー、咲夜その他がついて回っているため、アプローチともいえる行動がフランには取りづらかったということもあり、今日、勇気を出して誘ってみた甲斐があったものだと、フランは自分で自分をほめたい気持ちになった。

 

 

……今日はお兄様に散々アプローチしようっと!

 

 

そんな目標をフランはこのデートに立てていたのだ。

 

 

そう、フランにとって、この日は最高なのだ。

 

 

「やいッ!そこのきゅうけつき!」

 

 

そんな声が、二人のゆったりとした空気すらも消し去ってしまうまでは。

 

 

声の主は上空、少し顔を上げたその先にその声の主はいた。

 

 

青い服装、水色のセミショートヘアーで青い瞳、さらには青い服に、氷の羽根と、見た感じ、妖精、それも、氷を司る妖精であるということは一目瞭然である。

 

 

「ここであったがひゃくねん!れみりあ!あたいはあんたを倒すためにたくさんのしゅぎょーをしてきたんだ!」

 

 

「チ、チルノちゃん………い、今は駄目だったって」

 

 

上空で、啖呵を切りながら、レミリアにそう宣言するチルノに対し、少し後ろでチルノを制するのは緑の髪のサイドテールの妖精。『大妖精』と呼ばれ、チルノからは『大ちゃん』とも呼ばれている妖精だ。

 

妖精の種族にしては、多少頭が回り、おとなしい性質なようで、後ろで、びくびくとしながら、チルノへ静止の声を呼びかけるが全く聞き入れられない。もはや聞かれていないのかもしれない。

 

流石に、二人の和やかな雰囲気をぶち壊してしまった自分の『友達』の行動に申し訳なさすら感じているのか、どこか申し訳なさそうな顔をしながらフランとレミリアへと向けている。

 

 

「…………お兄様。知り合い?」

 

 

「いや、まったく身に覚えがないな」

 

 

せっかくの時間を邪魔されて、かなり不機嫌になったフラン。

若干言葉に棘が混じっているように感じるのは気のせいだろうか。

 

 

「なにを!さいきょーのあたいをしらないって!?あたいのことなんかどうでもいいっていうのかー!?ふけーだぞ!」

 

 

「チ、チルノちゃん……………………」

 

 

だって知らないものは知らないのだ。と、レミリアは思うものの、実は先の異変、吸血鬼異変にて、レミリアとチルノは一回、対峙したことがあるのだ、しかしあまりにも実力差が離れすぎており、すぐにチルノはレミリアから認識されることもされずに地面にたたき落されたのだ。

 

 

そういった事情を考慮しても。レミリアは知らないのも当然ではあるが、反対にチルノは怒りを募らせていくのだ。

 

 

チルノは次第に両手に氷の妖力をまとわせ始めていく。否が応でも戦闘の雰囲気を感じ取り、レミリアとフランはすぐさま警戒態勢に入る。

 

 

「……お兄様。フランがやる」

 

 

「……フラン、解っていると思うけど」

 

 

「……うん、解ってる」

 

 

「それなr「お兄様と私の逢瀬の邪魔をしたあいつを半殺し、いいえ、全消しにしてあげればいいんだよね、解ってるよ」……………ん?違うよ?」

 

思わず突っ込んでしまったが、まぁ、利口なフランのことだから、限度くらいはしっかり理解しているだろう。

 

 

あくまで、先に制定されるスペルカードルールのためだ。それに、さらに問題を起こしてしまえば、紅魔館の表向きが一気に悪くなってしまうことだろう。

 

 

だから、スペルカードルールの範囲で相手してあげる必要がある。幸い。実力差は見え透いているほどだ。普通にやっても、片手だけでも簡単にひねれるような相手だから。それほど全力で戦わなくてもいいはずだ。

 

 

「うわッ!?なんだお前!あッ!いたッ!!ひぎッ!!あぐッ!!や、やめ、やめろぉ!!」

 

 

「禁忌『レーヴァテイン』」

 

 

「うわッ!?なんだそれッ!!……あつぅぅううう!!??や、ち、近づけるなぁ!!あちッ!あちちッ!、やめてぇ!!」

 

 

形勢逆転、逃げ回るチルノを追い回すフラン、そして、その光景をただ眺めることしかできないレミリア。

 

氷の妖精に燃える剣『レーヴァテイン』はどうかとは思うが。まぁ、そこはフランだからうまくやってくれるだろう。

 

そう、レミリアは任せるという名の『放棄』をした。

 

 

「すいませんすいませんすいませんすいませんすいませんすいません」

 

 

とりあえずは、いつの間にか、目の前に近づいて、その場で土下座して許しを請う緑の妖精『大妖精』の対応をしなければ。

 

 

「………まぁ、なんだ、いろいろ大変だな、お前も」

 

 

「…………は、はい………」

 

 

「…………愚痴があるなら、聞くぞ?」

 

 

「………………あ、ありがとう、ございます」

 

 

その後、滅茶苦茶愚痴を聞いた。

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

その後、なんだかんだ言って、フランとチルノとの一戦、(フランの一方的な虐殺ともいう)が終わり、身長的にも、見た目的にも、似通うところは見当たったのだろう。

 

とりあえずは、顔を知り、ある程度話せるところまで吸血鬼たちと妖精たちとの仲は進展したといってもいいだろう。

 

フランに関しては、未だ二人の時間を邪魔されてしまったため、まだ不機嫌なままではあるが、チルノのある意味恐れ知らずな行動が功を奏したのか、フランの怒りはある程度静まった。

 

さすがは氷の妖精。

 

せっかくのご近所なのだから、仲良くしておくべきである。幻想郷に移住するのならばなおさらだ。

 

それに、現在の紅魔館の従業員はほとんど妖精だ。

 

仲良くすることに損はないはずである。

 

とりあえず、身長、見た目的に同じくらいの子と仲良くなれたことにより、フランの遊び相手が増えたとレミリアは兄ながらに思うのである。

 

さながら、小さい子の中に一人ぽつんといるお兄さん的なポジションにレミリアは甘んじているのであった。

 

 

「アハハハハハハ!!避けないと死んじゃうかもねぇ!!」

 

 

「いちちッ!!あいたぁッ!!わっ!わっ!あぶないッ!」

 

 

「ふええ~!!チ、チルノちゃんが余計な事言うからぁ~!!」

 

 

だから、こうして、フランが放つ弾幕を二人の妖精が必死になって逃げているのも、優しい目で見守っているだけなのである。

 

だから、フランが妖精のお友達と一緒に仲良く弾幕ごっこをして遊んでいるのも、必死になって逃げている光景をほほえましくレミリアは見守っているのであった。

 

 

やっぱり、兄とのデートを邪魔されたから、弾幕に勢いが増していたり、妖精は死なないからって、威力を高めて放ってなんか、フランはしてないだろう。…………多分。

 

 

まぁともかく、順調?にフランの友達が増えていくのは喜ばしいことだ。

 

フランも、当初の目的とはかけ離れてしまったものの、その場でそのストレスを解消できたのがよかった。

 

遊び疲れて、満足したようだ。

 

フランは年頃の女の子のように、遊んでいるのであった。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 

「おい!れみりあ!今度こそ!たおしてやるからな!またこいよ~!」

 

 

「あ、あのッ!ありがとうございました!」

 

 

散々遊んで、後ろからのチルノの声と、大妖精の感謝の言葉と共に、レミリアとフランは帰路につくのであった。

 

 

「楽しかったか?フラン」

 

 

「うん!楽しかった!!」

 

 

そう、満面の笑みで答えるフランにそうかとつぶやき、レミリアはフランの頭をなで、紅魔館へと帰っていくのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……………………あれ?今日って、お兄様とデート………」

 

 

 

「……………………?どうした?フラン?」

 

 

その後のフランは終始複雑な表情であった。

 

 

 

 




このまま、伸びてほしい………………。


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ママ友会話

今話で原作前は終了! 次回はとうとう原作に参ります!

それと、話のストックを貯めながら投稿するので、少しだけ投稿は遅くなります


「最近、橙がところどころ転々としていて、行方がつかめていないのです」

 

 

「そうか、大変だな」

 

ここは、紅魔館の客間室、そこにレミリアと九尾の狐、『八雲藍』がテーブルをはさみ、紅茶と茶菓子をテーブルの上に置きながら、会話しているようだ。

 

レミリアと八雲紫の会談によって、次第にレミリアとの交流の時間が増えるようになってきた八雲一家。

 

そのほとんどは紫のお忍びでの紅魔館訪問ではあるが、時々藍が紅魔館に訪ねてこうしてレミリアとのある話題についての会話を弾ませているのだ。

 

 

「しかし、橙の可愛らしさといえばッ!!それはそれはもうっ!!」

 

 

「そうか、大変だな」

 

 

藍の積もる話に対して逐一相槌を打つレミリア。

 

 

「元は猫の妖怪ではありますが、もともとの猫型の姿も愛くるしいものがありますが、ヒト型になった時の姿の可愛らしさといったら、もう、筆跡に残すことすら憚れてしまうくらいの可愛さでッ!!」

 

 

「そうか、大変だな」

 

 

「よく『藍しゃま~』となついてくるときにはもう……。しかし、基本的に放浪癖があって、よく気を引くためにマタタビを使って橙を操ることもありますが、その時の可愛さも……………」

 

 

「ソウカ、大変ダナ」

 

 

今度はゆっくりとかみしめるように思い返しながら橙との思い出を熱く語る藍。

心なしか、藍の橙トークに目が虚ろになっていくレミリア。

 

 

藍がこうして式神という立場ながら自身も式神を使役することになったというのは、彼女の『式神を使役する能力』が一因するが、もともとは、彼女の突拍子もない『式神を使役したい』という紫への申し出である。

 

それはそれはもう紫をパニックにさせるに至った申し出、それはレミリアが関係してしまっているということはレミリアも紫も知ることはなかった。

 

その為、可愛い式神を愛でたいという新しく生まれた藍の願望によって誕生したのが式神『橙』である。

 

その時の藍といったらもう、人前に見せてはいけない顔になってしまったことを紫に窘められてしまうほどであったそうだ。

 

基本常識人が堰を切れば暴走するとはよく言ったものだ。

 

普段まじめな藍が屋敷では自分の式神を溺愛するというギャップに紫は困惑を禁じえなかったのだ。

 

何かといろいろ橙には甘い藍ではあるが、紫に使役されている手前、自分の式神も間接的には紫に使役されているということと同義である。

 

そう考えた藍はよく橙に式神としての心構え等教えていくのだが、それは橙には甘い藍である。

 

あまりいい成果は得られなかった。その結果、橙は妖怪の山で放浪していたりと好きなところを転々としてしまっているのだ。

 

 

確かに橙は可愛いのが悪いが、これではどうしようもないし、紫様の手前、あまりよろしくはないだろうと考え、少し時期に咲夜を教育していたといわれているレミリアに意見を求めに紅魔館に来ることになったのだ。

 

 

しかし、紅魔館に来たはいいものの、橙に対して語っていくうちに橙への愛情が次第に増してきて、結局、レミリアの面前で橙に対する愛を告白していくというレミリアにとって地獄のような時間が始まってしまったのだ。

 

 

「………で、結局?」

 

 

「橙は可愛いんです!!」

 

 

「……………そう」

 

 

駄目だ。話になんねぇ。

 

そうレミリアは頭の中で結論をだし、苦笑いをしながら紅茶を口に含んでいくのだ。

 

 

「しかし、そのままでは不味いこともあるだろう?お前の式なんだから」

 

 

「………ええ、そうですね。確かにこのままではいけないということは重々承知しておりますとも」

 

 

「ふむ…………」

 

そうして、レミリアも橙に対しての教育等の案を考え始める。

 

といっても実際の橙という子を見たこともなければ、藍から出るのは橙に対する愛のみであるため、どういった子なのかわからない。

 

 

その為、具体的な案は出せないとこにあるのだが、と思ったところで少し考え、そして編み出した。

 

 

「………まぁ、参考になるかはわからないが、パチェの方から『猫の正しいしつけ方』とか言ったような本を貸し出してやろうと思うが。まぁ、妖怪でも元々は猫なんだろう?だったら参考になるかはわからんがそれから引用して試した方がいいだろうな」

 

 

「………ええ、解りました。感謝します」

 

 

結局は、猫なんだから猫と似たようなしつけをすればいいだろう。

そうレミリアは結論付けた。

 

 

「しかし、頼もしいですね。こういった悩みを公言できる相手がいるということは」

 

 

「………………ああ、………うん」

 

 

そう、安心したようにほっと一息つく藍にぎこちない返事を返すレミリア。

 

それはそうだ。先ほどからの橙に対する話は悩みというより、むしろ親ばk。いいや、やめておこう。

 

 

「しかし、そちらの人間、「十六夜咲夜」さんについてはどういった教育方法だったんですか?紫様がここ6年と少しで見違えるほどに成長したと仰っていられましたが。」

 

 

「……!ああ、そうだな」

 

 

今度は自分の方に会話を振ってきた。そう、6年前と大きく成長し、立派なメイド長となった『十六夜咲夜』について、どういった教育をしてきたか。

 

 

「………そうだな、毎日武芸、教養、学問、礼儀、言葉遣い。ありとあらゆる分野をじっくりと長時間覚えさせていたな」

 

 

主に美鈴、パチェ、フラン、小悪魔が。

 

 

「…………………」

 

少しだけ固まってしまった藍であったが、まぁそれくらいしていればそりゃ立派になるよなと、藍は思った。

 

 

「まぁ、長時間はやはり疲れるから、それのケアを私が重点的に行っていたさ」

 

 

「ふむ…………」

 

 

そう、レミリアがやっていることは端的に言えばアメとムチのような教育である。

 

叱るときには叱り、厳しい教育を施し、そしてそれらをこなしたらレミリアの抱擁というご褒美だ。

 

 

まぁ、咲夜の元々のスペックが高く、有能であったからこそ成り立った教育方法ではあるが、使いようによっては一般の子の教育にも使えるものである。

 

その為、藍にとっても有益な情報ではないだろうか。

 

うまくいけば、橙への教育にも使える。そう考えたからこそ藍は真摯にレミリアの話を聞いているのだ。

 

 

「しかし、まぁ、おすすめはできん、並みの妖怪であってもその教育方法は体を壊す危険性があるし、私のケースは失敗とも成功ともいえないものだったからな」

 

 

そのレミリアの釘をさす言葉にはっと我に返る藍。

 

 

…………失敗?失敗と言えば。

 

 

「咲夜が最近、紅茶に変な薬物を入れていることもある」

「最近霊夢が修行をサボるようになってしまいました」

 

 

 

「「……………………」」

 

 

「…………咲夜が私の着替えを覗こうとしてくるし」

 

 

「…………前から教えていた家事をめんどいといって放棄気味になってしまったり」

 

 

「……………………咲夜がフランと仲が悪いし」

 

 

「……………………霊夢が昔、『紫と洗濯物一緒にしないで』と言って紫様を悲しませてしまったり」

 

 

 

「……………………咲夜が自室のベットの下に本を、……………」

 

 

「……………………昔は素直で後ろをついてくる可愛い子だったのに今は……………………」

 

 

 

 

「「……………………」」

 

 

「藍」

 

 

「はい」

 

 

「橙の教育、絶対に成功させるぞ。私も惜しみないサポートを約束する」

 

 

「感謝します」

 

 

「藍!!」

 

 

「レミリアさん!!」

 

 

そういって、固い握手を交わして互いに決心をするレミリアと藍。

 

 

そう、結局はどちらも元々は育児失敗したような?身なのだ。

 

今度こそはと、互いに決意を宿らせた。

 

 

咲夜の二の舞には/霊夢の二の舞にはさせない!

 

そんな両者の思惑がそこにはあったのだろう。二人の間には何か似通った友情のようなものすら芽生えているのだ。

 

 

元々は敵同士ではあったものの、共通しているような悩みを抱え、固い契りを交わし、親交を深めていったのである。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「らんしゃま~!」

 

 

「ちぇえええええええええええええん!!!」

 

 

 

結局は橙に甘い藍である。

 

 

紅魔館で宿した決意は橙によってもろくも崩れさったのであった。

 

 

 

 

 

 

「それでですね!?やっぱり橙は可愛いなぁと!!」

 

 

「ソウカ……………………」

 

 

結局は徒労であったかと、少しレミリアは後悔するのであった。




しっかし30話も原作前でよく引っ張っていたなぁと思います。

じれったくさせてすみません!


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原作 ~東方紅魔郷~
紅霧異変 ~導入~


ここから原作行きます。


2003年、『博麗霊夢』が新しい博麗の巫女として就任した。と、同時に霊夢は幻想郷の新しい決闘法『スペルカードルール』なるものを制定した。

 

博麗の巫女。それは幻想郷を守るための存在であり、博麗大結界の維持に必要不可欠な存在なのである。

 

博麗の巫女は妖怪の退治、異変の解決を生業としており、行事の儀式、祈祷などの仕事も請け負う、幻想郷の人間達にとって希望の証だ。

 

博麗の巫女は継承制であり、霊力の強い女性を巫女へと仕立て上げることになっている。

 

そして、今代の博麗の巫女『博麗霊夢』は一際霊力の高く、才能も秀才の域に達するほどであり、前評判から彼女に対する人里の人間達の評価は高かった。

 

はずである。

 

実際に博麗に就任した霊夢は面倒くさがりという性格であり、そういった巫女としての役割をすることを嫌がっているという節がある。

 

当初、平和かつ全力で楽しめ、人間と妖怪が平和的に争うことができ、それでいて妖怪の本来の力を衰えさせないという『スペルカードルール』を制定した当初こそは、巫女としての実力以外にも頭脳も優秀だと。人里の人間達は歓喜した。

 

しかし、それ以降の霊夢といえば、妖怪退治にあまり積極的ではなく、行事等も行うことを嫌がっており、前までの博麗の巫女としては到底珍しく、ありえない姿であった。

 

しかし、ある程度、依頼を受けて妖怪退治をしたり、行事もなんだかんだ言ってしっかりやるといった巫女としての仕事はこなしているのだから文句のつけようがない。

 

 

だが、消極的かつ危機感の薄さによって、人里では、博麗の巫女『博麗霊夢』に多少の不信感すらも募らせることになる。

 

さらには霊夢の人柄にも問題があり、一見冷たいような印象を持ち、誰にでも優しくもなく厳しくもない。悪く言えば無関心、よく言えばだれにでも平等といった見方も、前までの博麗の巫女とは違っている。

 

それに、博麗神社は信仰の対象であったのだが、霊夢の怠惰的な性格が災いし、その周辺に妖怪たちがたむろうようになっていくと、すっかり博麗神社の信仰も減少していくことになってしまった。

 

まぁ、それも、あまり霊夢にとっては我関せずといった反応なのだが。

少し困るとすれば、賽銭がなくなるといった楽観的な目測なのである。

 

 

今日も霊夢はのんべんだらりといった生活を博麗神社で過ごしていくのである。

 

 

それから数か月後、2003年 夏。

 

 

ある日、突然幻想郷中に妖気を帯びた紅い霧が空を覆い、日光が遮られた。

 

人々はその妖気を帯びた霧の為に体調を崩し始め、家から外にでることができないとった問題を抱えてしまうことになる。人々は世界の終わりかと恐れおののき、家の中で震える日々を過ごした。

 

さらには、その霧は幻想郷を越え、外の世界に干渉までしてしまうのではないかというところまで広がってしまった。

 

そして、幻想郷の秩序を守る博麗の巫女がこれを危惧し、異変解決の為に動きだす。

 

これが、幻想郷初、『スペルカードルール』を用いての決闘を行うことになった異変

 

 

『紅霧異変』の始まりである

 

 

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

ザっザっと箒を持って神社境内を掃除していく霊夢。それが、毎日の霊夢の生活ルーティーンであり、これで一日が始まるという合図なのである。

 

そして、掃除が終わった後、縁側でお茶をして、また今日も霊夢の平凡な一日がまた過ぎ去ろうとした矢先のことである。

 

 

「……………………?」

 

 

突然、空が紅く染まる。

 

 

今日は快晴だったはずであり、太陽からの強い日差しも差してきていた、突然紅くなるといったことはないはずだ。

 

…………いや、霧だ。紅い霧。妖気を帯びている紅い霧だ。

 

自然現象ではない。これほどの妖気を帯びた霧。明らかに人為的な何かが絡んでいる。

 

そう霊夢は結論付ける。

 

異変だ。と

 

 

「……………はぁ」

 

 

そして、異変だと認識した瞬間、霊夢の口からため息が漏れる。

少しだけ、肌を擦り、肌寒かった自分を少しでもと暖めていく。

 

霧で日光が妨げられ、多少の暑さから解消されてきた。これはこれでいいものだ。と霊夢は考えるが。

 

 

「……………洗濯物が、乾かないじゃない」

 

こんな霧じゃ、洗濯物が乾かない。これは死活問題である。

 

 

………まったく、こんな面倒な異変を起こすのなら、時期と、私の状況ぐらい考えてよね。

 

 

と、やり場のない不満の声が霊夢の心の中から漏れ出すが、言い出しても仕方がない。

 

 

どうせこんな妖気の霧だ。私はいたって平気だが、人里の方では何らかの影響が及ぼされてしまうだろう。それならば遅かれ早かれ異変解決の依頼だってくるし、それだったら早めに解決して、人里の方から金やら野菜やらをふんだくってやろうと霊夢は考えた。

 

 

そして霊夢はお祓い棒を手に持って、宙へと浮き出す。

 

人間である彼女が空を飛べる理由、それは彼女の『空を飛ぶ程度の能力』によってのこと。

 

人間ながらにして空を飛ぶ能力を備える彼女はその能力を活用して空高くへと浮き上がり、そして、霧の出処を探ってみる。

 

 

「……………わかんないわ」

 

 

空を飛んでも辺り一面霧だらけ、そりゃ出所も見つからない。

 

 

「……………あっちかしらね」

 

 

そして、霊夢は自身の勘を頼りに、霧の湖の方面へと飛び出していくのだ。

 

 

ここが、彼女の勘の鋭さといったところか、偶然にも、霧の出どころである紅魔館へと霊夢は飛び出していくのである。

 

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

ガサガサと森の中で何かをあさっている音がする。

 

 

その音の発生源は、白と黒の衣装に身を包み、知っている者からすればまんま魔法使いのような見た目をしている金髪の少女、『霧雨魔理沙』である。

 

 

「よっしゃ!珍しいキノコだ!」

 

 

そして、勢いよく上体を起こした魔理沙はキノコを手に嬉しそうにそういうのである。

 

 

「……………………うん?」

 

 

ふと、異変を感じり、上を見上げる。

 

 

「………なんだあれ」

 

 

目の先には紅い霧、それも妖気を帯びた霧である。

 

これは自然現象ではないということは魔理沙にはすぐわかった。

 

これはただ事じゃないなと思い、すぐに隣に置いてあった箒にまたがって上空へと浮き上がっていく。

 

そして、上空へと浮き上がった彼女は、辺りを見渡していくがやはりといったところか紅い霧で辺りが良く見渡せない。

 

 

「……………………!」

 

 

そこで、より一層霧でおおわれており、他よりも強い妖気で見ている場所があった。

 

 

山麓の湖、霧の湖付近の方である。

 

魔法の森という場所で暮らしている魔理沙にとって霧の湖は比較的近くにあるので、よくわかった

 

 

「…………あそこか?」

 

 

そして魔理沙はその霧の湖周辺が異変の原因か中心地

もしくは首謀者がいるんだなと当てをつける

 

 

 

………親玉の住処となると、掘り出し物があるかもな。

 

 

・・・あいつが出てきたら、動きにくくなるぜ。

 

 

手には、愛用の『ミニ八卦炉』、そして、体をゆっくりと前傾にする。

 

 

 

「よっしゃあ!!」

 

そういって、彼女は異変の方へと勢いよく飛び出していく。

 

 

周辺で何かと活性化した妖精たちが向かってくるのを、弾幕で撃退しながら、魔理沙は進んでいくのである。

 

速度を変えずに、向かってくる妖精たちを蹴散らしながら魔理沙は思う。

 

 

「こういう気持ち、なんというか…………。」

 

 

そう、自分の中で感じる気持ち。少しだけ覚えた爽快感といった感情だろうか。

 

 

「あいつなら『気持ちがいいわね』とかいいそうだな」

 

頭に浮かべるのは、いつものんびりとしていて、他人に無関心なようで人一倍気を使える私の友人。

 

 

「まぁ、私は夜は嫌いだけどな。………変な奴しかいないし」

 

まぁ、今はいないやつのことを言ったところで関係がない。

らしくない自分に戒めるようにしてつぶやく魔理沙。

 

 

「あいたッ!………変な奴って誰の事~?」

 

 

突然目の前に黒い球体が出てきたと思ったら、木にぶつかり、黒い影から少女がそんな声をかけた。

 

幼い少女の見た目であり、目は赤、黄色のボブの髪形をしている少女、

 

白黒の洋服を身に着けておりロングのスカート。頭には赤いリボンをつけ、両手を左右に広げている。

 

 

「別にお前のことじゃ…………って、あながち間違いでもないかもな」

 

 

「あら、失礼ね」

 

 

「そういったってさ、なんでそんなに手を広げてるのさ?」

 

 

「『聖者は十字架に磔られました』って言っているように見える?」

 

 

「いんや、『人類は十進法を採用しました』って見えるな」

 

 

「貴女。人間でしょ~?夜に出歩く人間は食べてもいい人間だって言われてるけど・・・」

 

 

「だったら、私は食べてはいけない人間だな。夜だけでもなく、朝にも出歩いているからな」

 

 

「そーなのかー」

 

 

「わかったんだったらそこをどいてくれると助かるぜ」

 

 

「いやよ、人間と妖怪、巡り合ったらすることは一つ。でしょ~?」

 

 

「うーん、急いではいるんだが・・・まぁ、いいか、準備運動にもってこいかもな!」

 

 

そういって魔理沙は手に魔力を込めて、目の前の少女に向かって弾幕を放とうとする。

 

 

対する少女。『ルーミア』 『闇を操る程度の能力』

 

闇を操る妖怪であるルーミアも、手に妖力を込める。

 

 

これが、紅霧異変での初めての弾幕ごっこが始まる。

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

「これで約束事は果たしたが、満足か?」

 

 

「ええ、これでいいわ。ありがとう」

 

 

窓越しに外を紅く覆う霧を見て、紅茶を含みながら、傍にいる紫にそう言い放つレミリア。

 

同じく、ティーカップを手に持って窓越しに紅い霧をみる紫。

 

 

「それにしても、博麗が来ると聞いていたが、一匹、白黒のネズミが入り込もうとしているのは聞いてはいないが?」

 

 

「『霧雨魔理沙』ですか、『運命』を見たのね?………まぁ、彼女が紅魔館に興味を持たなくはないですが、流石に彼女までは見ていられないの。そこに関しては私の管轄外ですわ」

 

 

「ふん、詭弁だな。まぁいい、奴が向かうであろう地下にフランを向かわせた。なんら問題はない。まぁ、それより、まだ飲むか?」

 

 

「あら、それじゃあ頂きますわ。それにしても、いいの?そんなに余裕ぶって」

 

 

「いきなりメインは味気があるまい?盛大に歓迎してやろうじゃないか。その博麗とやらを。

向かってくるは美鈴、咲夜、そして最後には私自らが、なかなか面白いだろう?」

 

 

「………まぁ、それが貴方の判断だったらそれに任せるわ」

 

 

「…………くっく、さぁ来い、博麗の巫女よ。せいぜいがっかりさせないでくれよ?」

 

 

「……………………」

 

 

紫は再び注いでもらった紅茶を口に含んでこう思った。

 

 

…………案外、子供らしいところもあるのね。レミリア。

 

 

どこか、ほっとした自分がいた。

 

 




そういえば、原作のレミリアって霊夢が来た時にはお腹いっぱいらしいですね。
まぁ、そういうことなんですね。


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紅霧異変 ~1~

行く手を阻む妖精たちを蹴散らして、異変の元凶であろう紅い館が見えた。

 

 

「……………………あそこね」

 

霊夢は、目の前の紅い館から、紅い霧が生じているのをしかと目に入れる。

 

禍々しく、全面赤一色だから目に悪い。これを建てた奴はかなり趣味が悪そうだ。

 

 

それに、窓がこちらから見て、数えるほど、いいや、片手程度で事足りるほどの窓しかない。

 

 

そんなことより、人騒がせなここの館の領主さんに合わないといけない。

穏便にお話し、まぁ、ボコボコにして異変の霧をなくしてもらわないと。

 

 

そう思った霊夢は、門の前にゆっくりと降り立った。

 

 

「おや、案外、お早い到着ですね」

 

 

降り立った先で立ちふさがっている女性。華人服、緑色の帽子についている『龍』と書かれている星。

 

 

そう、紅魔館の元メイド長、現門番の『紅美鈴』である。

 

 

「あぁ、私のことを知っているんだったら話が早いわね。ここの異変の主に会わせなさい」

 

 

「フッ、断る。と言ったら?」

 

 

「言いたくなるまで痛めつけるだけよ」

 

 

「……博麗の巫女とやらは、案外乱暴なんですねぇ」

 

 

「あんたらの所の紅い霧、あれ、洗濯物が乾かないし、肌寒いし、いろいろ面倒なのよ。だから、さっさと異変を解決したいの」

 

 

「それは困りますねぇ、あの霧は日の光を遮るためのもの、私たちにとってはあの霧は大事なものなんですよ」

 

 

「そんなこと知ったことじゃないわ。ただまぁ、どうしてもというのなら、今ここでボコボコにしてやろうじゃない」

 

 

「フッ、退く気はない、ですか。ならば!」

 

 

そういって、構えをとる美鈴。対する霊夢は自然体であるが、その眼はしっかりと相手の動向を見極めようとしている。

 

 

……………………強いですね!

 

 

流石は博麗。世代最強と謳われるだけのことはある。

少々、弾幕ごっこは苦手なんですけど。まぁ、それがルールですもんね。

 

 

「私は、紅魔館門番『紅美鈴』!!私を倒さぬ限り、ここから先は通れぬことと知れ!!」

 

 

「博麗霊夢。覚えてても覚えなくてもいいわ。さっさとあんたを倒して、親玉んとこに行かないといけないんだから」

 

 

紅魔館門前、博麗の巫女と紅美鈴の対戦の火蓋が今切られた。

 

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

「氷符『アイシクルフォール』!!」

 

 

「えいッ!!」

 

 

「おおっと!!危ないぜ!」

 

 

現在、霧の湖では、『ルーミア』を倒した魔理沙がまた紅魔館に進もうとしたとき、チルノと大妖精に弾幕ごっこを仕掛けられているところである。

 

 

危なげなくルーミアを倒した魔理沙、さらに紅魔館へと進もうと霧の湖を通ろうとした時に、ちょうど氷の妖精『チルノ』に勝負をしかけられたのである。

 

 

『ここから先はぜったいにとおさないぞ!!」

 

 

『レミリアさんとフランちゃんの所にはいかせません!!』

 

 

そんな意思とともに、チルノのみならず、普段おとなしく、臆病な気もある大妖精が珍しく勇気を出してチルノと一緒に魔理沙に弾幕ごっこを挑んできたのである。

 

 

普通だったら、弾幕ごっこは魔理沙に分がある。素の実力からすでに魔理沙は2人を越えている。

 

単純な実力であれば、妖精が1匹から2匹になった程度、どうってことないのだ。

 

 

チルノの弾幕は比較的まっすぐな弾幕が多く、それ単体ならばよけることはたやすい。

 

 

現在の『アイシクルフォール』だって、目を瞑ってても躱せてしまうくらいには余裕だ。

 

 

だが、魔理沙は真剣になって、チルノのスペルカードをよけているように見える。

 

 

理由は簡単だ。『大妖精』である。

 

 

彼女はチルノのようにスペルカードは持っていないものの、チルノのスペルカードの穴を埋めるように、まっすぐなチルノの弾幕とは反対に、誘い込むような弾幕、変化を交えた弾幕など、チルノのカバーをするかの如き弾幕がチルノのスペルカードと交わって油断ならない弾幕になっているのだ。

 

しかし、必死によけるだけではない、所々反撃をしたり、的確に安置を見つけてそこに潜り込む能力は、魔理沙の勝負のうまさというものをうかがい知れる。

 

 

「チッ!あんましここじゃ使いたくなかったんだけどな」

 

 

ヒュンヒュンと、自分の周囲を通り抜けていく氷の弾幕、緑色の弾幕を避けながら魔理沙は懐から一枚のカードを取り出す。

 

 

「魔符『スターダストレヴァリエ』!!」

 

 

魔理沙も一枚のスペルカードを宣告する。

 

 

その瞬間、魔理沙の周囲に複数の魔法陣が展開され、そこから色鮮やかな星形の弾幕が、チルノたちの弾幕を打ち消しながら、チルノたちへ殺到していく。

 

魔理沙を軸に周りを回りながら、それでいて全方位に展開される星形の弾幕

 

それはまさしく彼女を象徴するスペルカードである。

 

 

「わっ!わっ!……………………わっ!?」

 

 

「大ちゃん!こっち!」

 

 

「チ、チルノちゃん………!」

 

 

多少勇気を出したものの、大妖精はもともと、弾幕ごっこでやりあえるような実力は備わってはいない。あくまでチルノのカバーという役目のみであり、弾幕を避けることはあまり上手ではないようだ。

 

 

あたふたを弾幕を避ける大妖精を見かねたチルノが大妖精の手を引いて誘導する。

 

 

しかし、それを見逃す魔理沙ではない。2匹で多少手を焼いたのだ。ここで一匹脱落させれれば戦況は有利になる。

 

 

「そこだぜッ!!」

 

 

「きゃあッ!!??」

 

 

魔理沙は手を引かれた大妖精を狙って弾幕を放つ。魔理沙の『スターダストレヴァリエ』を避けるだけで精一杯であった大妖精はよけきれずに被弾。脱落してしまう。

 

 

「大ちゃん!!」

 

 

「お友達の心配をしている暇はないぜ!

 

 

チルノは被弾した大妖精へと声をかけるが、魔理沙の言う通り、大妖精の心配をしている暇はない。魔理沙が作るはずがない。

 

 

「くッ!凍符『パーフェクトフリーズ』!!」

 

 

一瞬で劣勢に立たされたチルノ、状況を変えようとチルノはもう一枚のスペルカードを切った。

 

 

赤、黄、緑、青と色鮮やかな弾幕が周囲へと広がる

 

 

「…………おっ!!」

 

 

広がった弾幕は一瞬で氷、その場にとどまる。チルノの第二波の弾幕は魔理沙を狙った弾幕。

 

しかし、まっすぐな弾幕は通用しないとばかりに楽々躱す魔理沙。

 

そして周囲から凍った弾幕が時が進んだように動き出すが、しかしこれも余裕で躱してしまう魔理沙。

 

 

「まだまだ甘いな!そんな弾幕じゃあ、一生かかっても当てられないぜ?」

 

 

チルノからの弾幕を躱しながら弾幕を放っていく魔理沙。

 

対するチルノはやはり、もともとの実力差があり、徐々に追い込まれてしまう。

 

 

迫りくる弾幕を紙一重で躱していくチルノ、直撃はしないが、スレスレでチルノの衣服にあたってしまう。言うなれば『グレイズ』で何とか躱していくことしかできない。

 

 

「ッ!!??」

 

 

「終わりだぜ!」

 

 

そして、ついにチルノの目の前に魔理沙の弾幕が近づいてきてしまう。

 

躱した先に弾幕を予測撃ち、もう、チルノは被弾する。

 

 

 

そう思われたその時、はっと自分の中で何かアイデアが浮かび上がる。

 

自分の目標であって、印象的に目に映ったあの紅い槍を。

 

 

半ば無意識ながらも、スペルカードを一枚、提唱する。

 

 

「氷槍『アイシクル・ランス』!!」

 

 

最後の一枚を宣告する。

 

 

瞬間、チルノ周囲の弾幕は消え去った。

 

 

それと同時に、周囲に勢いよくチルノから弾幕が発射され、あっという間に広がった弾幕が凍って、魔理沙の行動範囲を縮小する。

 

 

「………………!!」

 

 

チルノの右手には氷の槍。それも、チルノの何倍も大きい槍を片手に持っているチルノがそこにはいた。

 

 

「…………ッ!!!」

 

 

チルノは思いっきりその槍を魔理沙に向けて投げる。

 

 

しかし、その槍単体だけでは容易に躱せてしまうだろう。

 

 

しかし、スピードは今までの弾幕と比べても圧倒的に早い。

気を一瞬でも抜いていたら被弾してしまいかけてしまうほどの速度だ。

 

しかも、チルノの投擲した槍が周囲で凍っている弾幕に接触し、その衝撃で弾幕が割れるように砕けはじめ、さらに小さな弾幕として分散して、魔理沙に向かって殺到していく。

 

 

「…………クッ!?」

 

 

チルノが投げる槍は一本ではない。投げたらまたもう一本と、すぐにまた大きな氷の槍を作り出し、また魔理沙に向けて思いっきり投げる。

 

 

そして周囲に凍っているままの弾幕が槍にあたり、その衝撃で砕け、小さな弾幕となってむかってくる。

 

 

徐々に、徐々に、魔理沙を追い詰めていくチルノのスペルカード。

 

 

とうとう、大きな氷の槍が魔理沙のすぐ傍で通り抜ける。

 

 

ヒュンッ!!という音が聞こえるほど、そのスピードがどれほどのものかをうかがい知ることができるだろう。

 

 

「クゥッ!?」

 

 

通り抜けた氷の槍の風圧に一瞬体制が崩れる魔理沙。

 

すぐに体勢を整えなおしたが、しかし、その一瞬の隙は弾幕ごっこにおいて命とりだった。

 

 

「…………ッ!?」

 

 

魔理沙は眼を見開いた。

 

目の前には尖りのある先端部分。

然り、チルノのスペルカード、氷の槍だ。

 

 

魔理沙はあまりのことに一瞬動くことを忘れ、そのまま動きを止めてしまう。

 

 

そのまま、チルノの大きな氷の槍は、魔理沙を襲った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

……………………

 

 

 

…………………………………………

 

 

 

 

「はあッ、はあッ…………や、やった?」

 

 

チルノは乱れた息を整えながら目の前の光景を見据える。

 

 

魔理沙に大きな槍が被弾したと思われる場所には、一層深い靄がかかり、様子をうかがうことすらできないほど濃い霧が立っている。

 

 

確実に、チルノは手ごたえを感じた。あの状況ならば、きっとあたるはずなのだ。

 

 

乱れている息を整えている間。あまりにも静かな空間があたりを支配した。

 

 

「………あ、あぶなかったぜ~」

 

 

「……………………ッ!!」

 

 

目の前の靄から聞きなれた声が聞こえる、先ほどまで戦っていた白黒の人間のものだ。

 

 

「……………………ッあ!?」

 

 

いた。そこには、五体満足の敵、霧雨魔理沙が。

 

 

箒にまたがっていたさっきとは違い、今は、箒に片手でぶら下がっている様子である。

 

 

…………一瞬の反応で『アイシクル・ランス』を避けた!?

 

 

一瞬で自分の目の前に迫ってくる槍を紙一重で体をひねり、その勢いで箒にぶら下がるような体勢になってあの大きな氷の槍を避けたのだろうか。

 

 

チルノはさっと魔理沙の様子を観察する。

 

 

所々氷の粒が衣服についているようだ。

 

 

「へッ!!『グレイズ』だぜ?」

 

 

箒にぶら下がったまま、不敵に笑う魔理沙。

 

 

いつの間にか、もう片方の手には『ミニ八卦炉』

 

 

「さすがに焦ったが、なかなかいい弾幕だったぜ!お礼に、私のとっておきのスペルも見せてやるよ」

 

 

そういって、魔理沙はミニ八卦炉に魔力を込める。

 

 

「恋符『マスタースパーク』」

 

 

ミニ八卦炉に魔力が集中して、チルノが気付いた時には、けたたましい音と共に、目の前には辺り一面レーザーの輝きに覆いつくされた。

 

 

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

「ふう、案外危なかったぜ」

 

 

魔理沙は一息つきながら、シュゥウウ……と煙立っているミニ八卦炉を軽く振って言う。

 

 

「さて、と」

 

 

そして、目の前にうっすらと見える紅い館の姿を確認して、そこへ向かう。

 

 

目の前に見える紅い館、見た目はともかくご立派じゃないか。

 

 

そう、独り言をつぶやいた魔理沙。あそこに隠されているであろうお宝に期待を胸に、飛び立っていくのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

その後、どこか遠くまで吹き飛ばされてしまった友達のチルノを探しに大妖精はあちこちへ探し回ることにもなるのだが、それは別の話だ。

 

 

ついでに、見つけたルーミアと仲良くなるのも、また別の話。

 

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 

「来たか」

 

 

と、レミリアはつぶやくようにそう言った。

 

 

「霊夢が、来たのね?」

 

 

「ああ、そろそろお前もどこかに姿を隠せ」

 

 

「ええ、直に、霊夢が近づいてくるようでしたらそうしますわ」

 

 

そして、未だ紅茶を楽しんでいる紫にそういうが、まだまだ紫は隠れる気はないようだ。

 

 

レミリアも、そのままゆっくりとティーカップを手に、また一口紅茶を含もうとする。

 

 

『レミィ、レミィ?』

 

 

すると突然、レミリアの耳元で自分を呼ぶ声が聞こえた。

 

 

パチュリーことパチェだ。

 

 

魔力を通じて、こちらに連絡してきているのだ。

 

 

『なんだ、パチェ』

 

 

レミリアもパチュリーと同じように微弱に漂う魔力の波を操って、彼女がいる場所、図書館へとつなげて、返答する。

 

 

『貴方、妹様に詳しいこと教えてなかったでしょう?』

 

 

『あ、あぁ?』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「お兄様に嫌われてるってこっちの隅でまるくなってぶつぶつ言っているのよ」

 

 

「お兄様に嫌われたお兄様に嫌われたお兄様に嫌わお兄様に嫌われたお兄様に嫌われたお兄様に嫌われたお兄様に嫌われた」

 

 

図書館の方では、隅で丸くなってぶつぶつ言っているフランと、それを見かねて、レミリアに報告しているパチュリー、そしてそんなフランにおびえている小悪魔である。

 

 

本来、一匹のネズミ、要は博麗ではない方の侵入者、『霧雨魔理沙』に対しての措置であったのだが、レミリアはこのことをフランに伝えなかった。

 

理由は、いろいろあるが、伝えると、躍起になってフランが暴走してしまう可能性があること。そしてその結果、紅魔館が大きな被害を受けてしまいそうなこと。

 

 

何とか、フランに紅魔館を弾幕ごっこのはずみで破壊してしまわないように、結界を張れるパチュリーと一緒にさせた方がいいだろうという見解であった。

 

 

しかも、フランであるならば、霧雨魔理沙にも十分対抗できるからだ。確かにパチュリーでも、十分な実力はある。ただ、持病持ちでなければの話だが。

 

 

そう考えたレミリアはフランに地下室に向かうよう伝えた。

 

 

当然、戦う気満々だったフランは不服の表情である。一緒に博麗を倒そうよ!だとかいろいろ言ってきたが、有無を言わさず地下室に向かわせた。

 

 

 

それがこの結果である。

 

 

『あ、あぁ……………………』

 

 

「………ある程度の事情は伝えるべきよ。流石に」

 

 

「お兄様お兄様お兄様お兄様お兄様お兄様お兄様お兄様お兄様お兄様お兄様お兄様お兄様お兄様お兄様お兄様お兄様」

 

 

『……………わ、わかった』

 

 

 

「ええ、そうして頂戴」

 

 

 

そういって、ぷつんと連絡を切るパチュリー。

 

 

『フ、フラン?』

 

 

「お兄様お兄様お兄様お兄様おn…………………お兄様?」

 

 

『肝心なことを伝え忘れていたが、そっちにもう一匹侵入者が来る。パチェじゃ、持病もあるし、対抗できないかもしれない。だから、フランにそっちを任せたい』

 

 

『……………………!』

 

 

『任せた。フランだけが、た、頼りだ』

 

 

『!!!!!任せてお兄様!!!!』

 

 

『お、おう……………………』

 

 

レミリアは端的に用件を伝えて、すぐに連絡を切った。

 

 

「えへへ!!!お兄様お兄様お兄様お兄様お兄様お兄様お兄様お兄様お兄様お兄様お兄様お兄様!!!!!!」

 

 

今度はさっきの虚ろな目をした時とは打って変わって目に見えるほど幸福ですオーラをまとって、満面の笑顔で立ち直るフラン。

 

 

「えへへ、お兄様には私だけ、私にはお兄様だけぇ……………………」

 

 

恍惚とした顔をするフラン。幼いながらどこか妖艶に見えてしまう。

 

 

「……………………」

 

それを尻目にパチェリーはゆっくりと本を読むのであった。

 

 




適当に、レミリアを意識したチルノによるオリジナルスペルカード。

適当な名前を付けただけ。


周囲を大量の弾幕をまき散らして凍らす。プレイヤーの動きを制限したと同時に自機狙いの大きめの槍が何本と向かってきます。

それに接触する弾幕が砕けて分散すると同時に動き出し始め、徐々にプレイヤーの動きを制限。

最終的には動きが封じられて、スピアでピチュらせるといった程度の弾幕。

なれない人でも限界まで粘ってボムで躱せてしまう。
うん、弱い!


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紅霧異変 ~2~

「せやッ!!」

 

 

「ッ!!」

 

 

「せいッ!!」

 

 

「チッ!!」

 

 

紅魔館門前、紅美鈴と博麗の巫女『博麗霊夢』が接近戦を交えながらの弾幕ごっこを行っている。

 

 

接近に持ち込もうとする美鈴と、弾幕を放ちながら距離を離し、距離を詰めさせまいとする霊夢。

 

 

美鈴の拳を、半身で、時には上、上空を使って避けていく霊夢。そして距離を離すと同時に弾幕を放つ、しかしそれらは美鈴にかき消されてしまう。

 

 

「……………面倒ね」

 

 

そう霊夢は素直に口に出した。

 

 

「ふふっ、誉め言葉として受け取っておきましょう。しかし、貴女も相当の体術を極めていると見ました。でしたら、素直に肉弾戦でもどうです?飛び道具に頼っていては勿体ないですよ?直接殴った方が気持ちがいいんですからッ!!」

 

 

そういって、また距離を詰めようと目論む美鈴。

 

 

向かってくる美鈴に少しだけ舌打ちしながら、迎撃として弾幕をばら撒くが、それすらもかき消しながら向かってくる美鈴。

 

 

向かってくる美鈴の顔からは、襲ってくる弾幕に怯み、おびえている表情を作るどころか、それらを見て、まるで、血が滾ってくるといわんばかりの笑みを浮かべながら突進してくる。

 

 

「結構よ。私ッ!痛いのは好きじゃないッ!し、一方的に殴れるのならッ、考えてもいいわね」

 

 

「あら、それは残念です、ねッ!!」

 

 

「グッ!!!」

 

美鈴の拳、蹴りを何とかよけながら軽口を叩いているが、とうとう耐えきれなかったのだろう。

 

 

美鈴の腹部を狙った蹴りをお祓い棒で受け止めざるを得ず、その衝撃で遠くまで吹き飛ばされ、体勢を崩してしまう。

 

妖怪である美鈴から繰り出される蹴りで、吹き飛ばされてしまう程度までに抑えるのは霊夢の無意識的な技術の高さではあるが、霊夢にとっては相当の衝撃を与えられたようだ。

 

 

しかし、ただ黙って吹き飛ばされている霊夢ではない。

 

 

吹き飛ばされている間でも、追撃の手を封じる、そして、相手の能力を削ぐために、複数枚の札を美鈴に投擲する。

 

 

美鈴も、その投げられたお札をひとつひとつ撃ち落としていく。

 

 

……………………全く、あまり手の内を知られたくはなかったんだけど。

 

 

と、霊夢は独り言ちる。

 

 

そして、霊夢は自身の周りに陰陽玉を創り出していく。

 

これらは、霊夢の弾幕ごっこの補助を務めるものだ。

霊夢と同様に弾幕を放って射撃を行うもの、それらを創り出したということだ。

 

 

「……………………」

 

 

美鈴はじっと相手の動向をうかがい、霊夢の周囲に『気』が増していることを確認し、とうとう実力を見せるのかと構える。

 

 

「ッ!!!」

 

 

霊夢から放たれる大量の弾幕、それは、何重にも重なり、時に札、と組み合わせて放たれる弾幕はより濃度を増しているように見える。

 

 

これでは、接近戦は困難か。とすぐに美鈴は判断を下す。

 

対して美鈴も弾幕を放って応酬していく。

 

こちらも、通常の弾幕とは別に、時計の針のような弾幕を混ぜて、弾幕を放っていく。

 

 

…………やはり、弾幕戦ではこちらが不利ですか。

 

 

「虹符『彩虹の風鈴』」

 

美鈴は一枚のスペルカードを宣告する。

 

 

美鈴から周囲に放たれるのは色鮮やかな弾幕、まるでそのスペルカード名の通り、風鈴のような回転をしながら霊夢に向かってくる。

 

 

しかし、霊夢はその弾幕を避けながら的確に美鈴を狙う弾幕を放っていく。

 

 

「夢符『二重結界』」

 

 

美鈴のスペルカードブレイクを見計らって、お返しとばかりに霊夢も一枚目のスペルカードを切った。

 

 

「ッ!!??」

 

 

霊夢の周囲に、結界が張り巡らされ、それが二重になっている。

 

霊夢が札の弾幕を放つかと思えば、不規則に結界内を移動し、気が付くと目の前に札の弾幕が殺到してくるのである。

 

 

しかし、すぐに冷静さを取り戻した美鈴は着実に落ち着いて弾幕の行方をうかがい、しっかりと避けきる。

 

 

そして、美鈴は一度勝負にでた。

 

 

「…………消えた」

 

 

霊夢がぽつりと声をもらす。先ほどまで弾幕を避けていた美鈴の姿が見えなくなった。

 

かと思えば急に姿を現して弾幕を放ってきたりと、そういった能力なのだろうと推測をたてる

 

 

「……………こっちかしらね」

 

 

そういって、何気なく、霊夢は誰もいない方角に弾幕を放つ。

 

 

「…………ッ!?クッ!!」

 

 

しかし、恐るべき霊夢の勘である。

 

 

しっかりと美鈴の場所を当てる。

 

 

 

「幻符『華想夢葛』」

 

 

そして美鈴は二枚目のスペルカードを切る。

 

 

今度は先ほどの美鈴と同じように、弾幕が突然姿を表して霊夢へと向かう。

 

 

「夢符『封魔陣』」

 

 

対する霊夢も二枚目のスペルカードを宣告する。

 

 

すると、大きな結界が生成され、それが美鈴の弾幕をかき消し、大量に連なる札と通常の弾幕が周囲に埋め尽くされるほど放たれていく。

 

 

「さすがは博麗の巫女!スペルカードの戦いは一流ですね!!」

 

 

「………すごいと思うなら、さっさとあたって頂戴」

 

 

「……………それは勘弁ッ!!」

 

 

「彩符『彩光乱舞』」

 

 

そういって美鈴は最後のスペルカードを宣告。

 

彩豊かな弾幕、まるで雨粒にも見えるその美しい弾幕が周囲へとまるで雨のように降りしきる弾幕。

 

それに美鈴はある弾幕を組み合わせる。

 

 

ばらばらに入り乱れて発射される弾幕と雨のように降りしきる弾幕、

まるで乱舞のように霊夢に襲い掛かってくる。

 

 

精巧で彩鮮やかな弾幕があたりを覆いつくす。

 

 

美鈴は弾幕を放ちながらしっかりと霊夢の姿を目視する。

 

 

「……………ッ!?消えた!?」

 

 

が、スッと霊夢の姿が見えなくなり、一瞬驚愕の色に染まる。

 

 

…………いや、違う!上だ!!

 

 

「霊符『夢想封印』」

 

バッと美鈴が上を見上げるとともに、上空に上昇していた霊夢による最後のスペルカードが宣告された。

 

ホーミング性能が備わった霊夢のスペルカードを代表する弾幕。

 

 

一瞬の隙を見せた美鈴にはもはや避ける術がなかったも同然。

 

 

そのまま、美鈴は霊夢の弾幕に覆いつくされた。

 

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 

「ふう、負けてしまいましたか」

 

 

そういって、門にもたれかかる美鈴。

 

 

「入るわね。まぁ、許可は得ないけど」

 

 

淡々と館に入っていこうとするのは霊夢。

 

 

勝敗は美鈴の負けである。

 

 

「ええ、どうぞお好きに、負けてしまったんですから私にその権限はないですからね………………あぁ、お給料下げられるかなぁ」

 

 

そういって、がっくりとしたフリをする美鈴。

 

 

実際、給料を減らされたということは一回もなく、なんとなく、霊夢を未だ引き留めようとそんなことをわざと口にしたのである。

 

相手に少なからず人情があれば、同情してくれるかなぁ、と。

 

 

そう考えての行動である。

 

 

「……………………」

 

 

しかし、帰ってきたのは無言、目を向けると、そこには霊夢の姿はなく、霊夢はといえば、すでに館の玄関前に足を踏み入れていたのだ。

 

 

「………………博麗の巫女に人の心ってあるんですかねぇ」

 

 

霊夢の後姿を見て、美鈴はそんな風に言い放って、また一仕事終えたといわんばかりに一息ついた。

 

 

「……また、修理かぁ」

 

 

目の前にはボロボロに傷んだ門。

 

弾幕ごっこによっていたるところに傷や壊れている個所がある。

 

 

しかも、紅魔館内に霊夢が入っていったことから、また紅魔館のほうでも修理が必要になるのだということは考えなくても分かった。

 

 

「……………まぁ、今は、休みましょうか」

 

 

そういって、軽く美鈴は瞑想に入った。

 

 

 

少し、心地よくて眠ってしまったというのは内緒だ。

 

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

「ふう、ここが紅魔館ってところか」

 

 

そういって、紅魔館を見ながら空を飛んでいるのは霧雨魔理沙。

 

 

霧の湖の弾幕ごっこから数十分後、ついに紅魔館前まで到達したのだ。

 

 

「さ~て、どこから入ってやろうかな…………て、げっ」

 

 

 

紅魔館を眺めながら、入り口はどこかと探そうとする魔理沙。

 

 

しかし、入り口、正門の方に目を向けてそんな声がでた。

 

 

紅い髪の中国の格好をしている人と、紅白の巫女服の友人。

 

 

博麗の巫女『博麗霊夢』である。

 

 

魔理沙が、いると動きづらいと言っていた『あいつ』である。

 

 

霊夢と遭遇しては、思い通りの行動ができなくなってしまう可能性がある。

 

 

霊夢は異変の解決、魔理沙は紅魔館の掘り出しもの目当てで紅魔館に訪れていたのだから。

 

 

……………………見つからないようにこっそりと中に入ってやろうか。

 

 

 

そう思って魔理沙は、二人が戦っているのを尻目に一足先に紅魔館へと入っていくのである。

 

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

「案外、見た目より全然広いな」

 

 

紅魔館へと入っていった魔理沙はそう辺りを見ながらそういう。

 

 

紅魔館は見た目より全然広いのには訳がある。

それはまぁ、後々になってわかるので割愛しておく。

 

 

なんだかんだで想像以上の広さで、魔理沙は迷ってしまった。

 

 

「う~ん、ここか?」

 

 

魔理沙は何気なく目の前の大きなドアに当てをつけて、ドアを開けて中に入る。

 

 

「うわッ!!」

 

 

目の前に映るは大量に並ぶ大きな本棚に、ぎっしと一つ一つの本棚に並んでいる大量の本である。

 

 

それが何階層にもなっていて、何年分。いや、一生かかっても読み切れないほどの数の本であるということは想像に尽くさない。

 

 

魔理沙は目の前の光景に目を奪われながら、ゆっくり、ゆっくりとしたに降りていく。

 

 

階層を降りても同じように大量の本があるということを認識させてくれる。

 

 

魔理沙には言いようのない高揚感のようなものが襲い掛かる。

 

 

「本がいっぱいだぁ。後で、さっくり貰っていこ」

 

 

「………勝手に家のものを持っていくのは困るわね」

 

 

「お、何だ、人がいたのか」

 

 

魔理沙が目を向けた先には紫色のゆったりとした衣服を身に着けている女性。

 

 

『パチュリー・ノーレッジ』である。

 

 

「ここに、何の御用かしら、白黒の泥棒さん」

 

 

「おっと、泥棒とは失礼だな。私は『霧雨魔理沙』 普通の魔法使いだぜ」

 

 

「……………魔法使い?」

 

 

ピクッと本を読んでいたパチュリーが一瞬反応した。

 

 

「…………貴女、捨食の術は?」

 

 

「あん?なんだそれ?」

 

 

「…………そう、そっちのほう、ね」

 

 

 

そう、パチュリーは一人、納得した。

 

 

魔法使いというのは種族名である。先天的な魔法使いは捨虫・捨食の術をその体に施している。 

 

 

自身の身体の成長が止まり、老化しなくなるものが捨虫。

食事、睡眠が必要のない体になるのが捨食である。

 

 

しかし、人間でも、捨食の術を使用して魔法使いになるというケースもある。

 

だが、魔理沙はその術を知らないということは、つまり、ただの自称魔法使いかぶれであるという判断に至ったのである。

 

 

「そういうお前は?」

 

 

「私は『魔法使い』よ、貴女とは違って純粋な、ね」

 

 

「………なんか釈然としない言い方だけど、まぁいいぜ、それなら話が早い。魔導書、あるんだろ?」

 

 

「……………………」

 

 

「よっしゃ、それなら、貰っていくとするぜ」

 

 

無言で返すパチュリーの様子に確信に変わる魔理沙。

 

目の前の持ち主に堂々と盗む宣言とは肝が据わっている。

 

パチュリーは、ふと、ここに派遣されてきた妹様、フランドール・スカーレットのことを思い出す。

 

 

『パチュリー!私、行ってくる!』

 

 

どこに、とは言わなかったが、図書館内から颯爽と姿を消してしまった妹様。

 

本来、こいつ、泥棒退治の為に派遣されてきたはずなのに。

 

 

「………はぁ、手荒事はあまり好まないのだけど」

 

 

「おん?」

 

 

「家の私物が、それも、魔導書が盗まれてしまうというなら、仕方がないわね」

 

 

「なんだ、やる気か?」

 

 

「ええ、それに、今は調子がいいの。泥棒退治ぐらいはできるでしょうね」

 

 

「失礼な奴だな、泥棒じゃない、普通の魔法使いだぜ」

 

 

「……………その減らず口も言えないようにしてあげるわ」

 

 

丁度、かぶれ者が公然と自分は魔法使いだという発言に少々カチンと来たのだ。

 

適当に痛めつけて追い出してやろう。

 

パチュリーはそう思って本を開く。

 

美鈴と霊夢の弾幕ごっこが終了した同時間帯に、紅魔館地下図書館でも魔理沙とパチュリーの弾幕ごっこが始まろうとしていた。

 

 



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紅霧異変 ~3~

「………想像以上に広いわね」

 

 

とうとう紅魔館に入った霊夢は、想像以上の、紅魔館の見た目的に中が広いということに若干の驚嘆と共に辺りを見渡す。

 

周囲は、当然といったところか、目に悪い赤一色、しかし、辺りにおいてある家具はどこか高級そうで、よく手入れされている印象を覚える。

 

 

「かなり掃除に手を込んでいるようね」

 

 

「あら?お判りになりますか?」

 

 

霊夢は唐突に、誰もいない空間に語り掛けるように声に出す。

 

 

しかし、しっかりと返答は来た。

一瞬のうちに、その場にメイド服を着用した銀髪の麗しい女性がそこにいたのである。

 

 

彼女は、紅魔館が誇る完璧なメイド長、そして、紅魔館唯一の人間『十六夜咲夜』である。

 

 

「あんたは、ここの主じゃなさそうね。」

 

 

「主の面会をご所望ですか?残念ながら、ご主人様は滅多に面会なさらないお方ですのので、お通しすることはできかねますわ」

 

 

立ち振る舞い、口調、どこか気品さを感じるが、どこか霊夢を見る目が冷たく、丁寧な言葉とは裏腹に敵意がみなぎっているような印象すら感じられる。

 

 

「そんなことは関係ないわ。さっさと案内なさい」

 

 

「………礼儀すら弁えない愚物には合わせるわけにはいかないわ」

 

 

その一言で、その場の雰囲気が一新された。

 

 

明確な敵意を感じた霊夢はいつでも動けるように、相手の動向を警戒する。

 

 

咲夜も丁寧な口調をやめ、攻撃的な口調に変貌を遂げる。

 

 

「ここら一帯に紅い霧を出しているのはそっちでしょ?あれ、迷惑だから消しなさい。何が目的?」

 

 

「日光が邪魔なのよ。ご主人様は冥い好きだもの」

 

 

「私は好きじゃないわ」

 

 

「それは私に言うことではなくて?」

 

 

「そう、なら主の所に文句を言いに行くわ」

 

 

「それを私が許すとでも?」

 

 

「ふーん、ここで騒ぎを起こせば、来てくれるのかしらね」

 

 

そういって霊夢は手に札を複数枚用意して戦闘に移行する。

 

 

「……まぁ、ゴミ掃除は、メイドとしての役目ですからね。貴方はご主人様にお会いできない」

 

 

対する咲夜は手にどこからかナイフを複数指と指に挟むように持ち、構える。

 

 

「それこそ、時間を止めてでも時間稼ぎができるもの」

 

 

その一言と共に、咲夜はナイフを投げ、霊夢も弾幕を放つ。

 

 

紅魔館玄関でも、霊夢と咲夜の弾幕ごっこが幕を開けた。

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

色とりどりな弾幕がホールを覆いつくし、咲夜へと高速で弾幕が襲い掛かる。

 

 

しかし、咲夜はそれらの弾幕をひらりひらりとまるで踊るように躱して見せる。

 

 

そして反撃とばかりにナイフと弾幕を霊夢へと放つが、霊夢もグレイズしながら躱していく。所々、衣服に刺さったナイフを引き抜きながら。

 

 

「………めんどくさいわね。それにその余裕そうな顔。笑みまで浮かべる余裕があるみたいね」

 

 

「ふふ……ええ、まるで、時が止まっているかのように、遅い弾幕ですわね。もっと上げてもいいわよ?」

 

 

当然、霊夢の弾幕は高速で放たれ、並みの妖怪ではなすすべもなく当たってしまうだろう。

 

 

しかし、咲夜は違う。放たれた弾幕をひらひらと躱していく

 

 

それが、霊夢の癇に障った。咲夜の余裕そうな顔もそのイライラを加速させる。

 

 

「なら、これならどうかしら?」

 

 

「霊符『夢想妙珠』」

 

霊夢のスペルカードが宣告される。

 

 

霊夢の周囲に虹色の弾幕が形成され、それらが咲夜へと殺到する。

 

 

「…………?こんなものかしら?」

 

 

しかし、ただ単に咲夜めがけて向かってくる弾幕程度、ただ避けるだけで終わってしまう。

 

あまりのあっけなさに、若干馬鹿を見るような目で霊夢を見ている。

 

 

「ッ!!」

 

 

しかし、その虹色の弾幕はホーミング性能付きの弾幕だ。避けた咲夜へと方向を変えてさらに咲夜へと殺到していく。

 

 

それに加えて、霊夢から放たれる通常の弾幕を付け加えて、多少厄介に映る。

 

 

「へぇ、なら…………」

 

 

「幻幽『ジャック・ザ・ルビドレ』」

 

 

咲夜は自身に霊力を集中させる。

 

 

若干のタメの時間を要したが、それに比例するほど、今までの弾幕とは一際大きい弾幕を周囲にばら撒く。

 

 

しかし、その程度、天才の霊夢から見れば平凡そのもの。

顔色変えずに躱せて見せれるだろう

 

 

「………ッ!!??」

 

しかし、その余裕もすぐに驚愕な表情に変わる。

 

 

なんと目の前には無数の、おびただしい量のナイフが目の前に展開され、それらが今、自分に向かってこようとしている。

 

 

(―――危なッ!!)

 

 

しかし、こういった場面では霊夢の人外じみた勘の良さを発揮する。

 

 

とっさの判断でお祓い棒で目の前のナイフ群を払い、即座に低空飛行で地面を擦りながら躱していく。

 

 

「あら、もう終わったのかと思ったけど、案外あがくのね」

 

 

まるで意外だとでもいいたげな口調でおどけて見せる咲夜。

 

 

「……余裕だったけど?自意識過剰にもほどがあるんじゃない?」

 

 

対する霊夢も先ほどのスペルカードに言及し、逆に挑発して返す。

 

 

「そう、なら、お次はこれよ?避けれる?」

 

 

「幻世『ザ・ワールド』」

 

 

次は大量に連なり、広範囲に広がる弾幕を放つ。

 

 

それも、霊夢にとっては余裕で避けられる程度のもの、だが、先ほどのこともあるため、霊夢は油断せずに構え、しっかりと咲夜の動向をうかがっていく。

 

 

「時よ止まれ」

 

 

そんな咲夜が独りでにつぶやくようにその言葉を口にする。

 

 

「そして、時は動き出す」

 

 

 

(……………ッ来た!!)

 

 

先ほどと同じくナイフの群、しかし、さらに量が増え、ナイフのハンドルが青一色だったものが、緑色のナイフも混じって霊夢に襲いかかる。

 

 

だが、それも先ほどのスペルカードを避けた時と同じ要領で避ける霊夢。

 

 

「…………………ッ!!??」

 

 

しかし、避けた先にも突然現れる大量のナイフ群。

 

 

とっさによけようとするも、体勢を崩してしまい、所々グレイズしきれないかすり傷がついてしまう。

 

 

「クッ!!霊符『夢想封印』!!」

 

 

ここで霊夢は2枚目のスペルカードを切った、ホーミング性能がある弾幕を放つと同時に、周囲の弾幕を打ち消す効果を持つ霊夢の能力である。

 

 

霊夢が放った夢想封印の玉のような弾幕と、札の弾幕によって咲夜の弾幕、主にナイフ全般といった弾幕を打ち消していく。

 

 

「!!」

 

 

ホーミングで追跡してくる弾幕を咲夜もかいくぐりながら、好機はここだと弾幕を放っていく。

 

 

すぐさま目の前にナイフの弾幕が突然現れ、襲い掛かってくるのに霊夢も対応せざるをなかった。

 

ホーミング弾幕を避けるだけの咲夜と、突如現れるナイフの弾幕に手を焼いて、攻撃の手が緩む霊夢。

 

 

この状況から、咲夜が大きく有利なのだろうということは見て取れる。

 

 

しかし、両者、制限時間切れでスペルカードブレイク。

 

 

地面へと着地する霊夢。

 

 

「ッ!」

 

 

しかし、反射的に顔を横に傾ける。

 

 

元々傾けなければあったであろう右頬のあたりに一本のナイフが通り抜ける。

 

 

しかし、若干反応が遅かったのか、完全によけきることはできなかったようだ。

 

 

霊夢の右頬にナイフがかすって、かすった頬から赤い雫がツウッと流れた。

 

 

「………化け物じみた反射神経ね。完全に殺ったとおもったのだけれど」

 

 

「………こればっかりは自分の悪運に感謝ね。」

 

 

目の前に降り立って未だ余裕そうな笑みを浮かべながら話しかけてくる咲夜。

 

 

霊夢はこの時、先ほどの二枚のスペルカードについて考察を行う。

 

突然目の前に展開されるナイフの群れ。それが飽きることなく次々と襲い掛かってくる現象。

 

魔方陣を展開してはいるが、一度にあんな大量のナイフを発射できるようには思えない。

 

「…………………時間停止による弾幕、いいえ、ナイフの大量設置かしら」

 

 

そう、様々な考察の結果、霊夢はそういった結論に至った。

 

 

「…………………ご名答、流石は博麗の巫女かしら?」

 

 

正解を当てられた咲夜も驚くことなく、逆に面白くなってきたと一層笑みを深めながら余裕そうな軽口を叩いて見せる。

 

 

咲夜にとっては。理屈がわかったとしても到底止められることがないという考えで、相当自分の能力に自信を持っていることが見て取れるのだ。

 

 

「………種は解った。こっからは私の番ね」

 

 

「あら、あると思っているの?解ったでしょう?貴女の時間ですら、私のもの。時間を取られた貴女に勝ち目なんてあると思う?」

 

 

「時間停止程度、何ともやるようによってはいくらでも対策できるわ。それより、これからの自分の身の振り方を考えておくべきよ」

 

 

「あら、怖い」

 

 

霊夢の警告にも軽口を叩いておどける咲夜。

 

 

「でも……………………」

 

 

と、霊夢は続ける。

 

 

「今までの分もあるけど、何か一目見た時から何か気に入らないのよね。あんた」

 

 

「…………奇遇ね。私も貴女のこと、気に入らないわ」

 

 

案外似たものどうしな両者、にらみ合う。

 

 

霊夢と咲夜、第二ラウンドが今、始まろうとしている。

 

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

「火符『アグニシャイン』」

 

 

パチュリーがそうスペルカードを宣告すると、火の渦が魔理沙を襲う。

 

まるで激しく火が渦となって襲い掛かってくるように、紅く、燃えているような弾幕だ。

 

 

「ほいっと!」

 

 

しかし、この程度は魔理沙にとっては朝飯前であったようで、持ち前の素早さで軽々と避けていく。

 

ついでに反撃も込みである。

 

 

「水符『プリンセスウンディネ』」

 

 

今度は、レーザーのような弾幕と、それに組み合わせて比較でき弾速が遅い弾幕を張ってくる。かと思えば、大きい弾幕を少しだけ早く射出していたりと、何か抜け目のない弾幕の展開をしているパチュリー。

 

 

魔理沙はその弾幕を見て、懐から愛用のミニ八卦炉を取り出す。

 

 

そして、パチュリーに向けて、かつスペルカードを打ち消すように、ミニ八卦炉に魔力を集中させる。

 

 

「恋符『マスタースパーク』」

 

 

けたたましい音と共に極太のレーザーを発射する。

 

 

マスタースパークは周囲の魔理沙に向かって襲い掛かる弾幕を巻き込みながら、打ち消し。なおかつパチュリーへと一直線に襲い掛かっていく。

 

 

「……………………」

 

 

しかしパチュリーは、そのマスタースパークに対して自身の前に結界を展開してマスタースパークを相殺する。

 

 

「………おお、マスタースパークを消す結界なんて初めて見たぜ」

 

 

「……………この程度、別に些細なことよ」

 

 

「言ってくれるぜ。まだ、手の内を残しているんだろ?見たところ、魔法が得意だってんだから相当の引き出しはあるはずだぜ」

 

 

「そうね。いろいろ試したいスペルも魔法もあるし、実験台にでもさせてもらおうかしらね」

 

 

「へぇ、面白いな!断然、ここの魔導書に興味がわいてきたぜ!相当の掘り出し物なんだろうな!」

 

 

そういって、また飛び出す魔理沙。

 

「木符『シルフィホルン』」

 

対するパチュリーもまたスペルカードを宣言する。

 

 

今度は葉っぱのような弾幕を斜め、上、右側から放ったりと、不規則的に流れに合わせて射出していく弾幕を放つ。

 

不規則的に流れていく弾幕に対し、魔理沙も特段変わらず簡単によけていく。

 

 

「おいおい、そんなに飛ばして大丈夫なのか?」

 

 

「ええ、特段健康そのものね。あいにく、今日は調子がいいし、魔力も人以上、それも並みの魔法使い以上に蓄えている自信があるの」

 

 

「へぇ、じゃあせいぜい息切れしないようになッ!!」

 

 

「魔符『ミルキーウェイ』」

 

 

お次はこっちの番だと魔理沙もスペルカードを宣告する。

 

自分を軸に、逆時計回りに星形の弾幕を射出しながら、周囲に小型の星が弾幕をばら撒いて、パチュリーの行動範囲を狭めようとしている。

 

 

「………無駄ね」

 

 

しかし、その星形弾幕も、パチュリーの結界によってかき消されてしまうようだ。

 

 

星形の弾幕を結界で打ち消すどころか、逆にレーザーを放って魔理沙の隙をついて落とそうとしている。

 

 

「くそッ!結構面倒だな、それ」

 

 

魔理沙はパチュリーの結界に対して苦言を呈するが、こればっかりはこうも言ってはいられない。

 

 

もう一度、手に持っているミニ八卦炉に魔力を込める。

 

 

………火力不足なら、さらに火力を増せばいいだけだ!

 

 

そう、それが彼女が魔理沙である所以である。

 

 

彼女の弾幕ごっこに対する意気込み、それは

 

 

『弾幕はパワー』ということである。

 

 

弾幕は火力を追求していけばいい、それが彼女の研究であり、それが彼女である。

 

 

さらに再び、さっきはかき消されてしまったが、今度は魔力は十分だ。

 

 

「恋符『マスタースパーク』ッ!!」

 

 

先ほどのマスタースパークとはさらに大きく、そして勢いよく発射されたこのレーザー。

 

 

「……………!!」

 

 

パチュリーはこのマスタースパークの異変に機敏に気が付いた。

 

 

これは、結界で 封じ込めるほどの威力ではない。と。

 

 

そう判断したパチュリーはさっさとその場から距離を離し、レーザを回避した。

 

 

「…………もっと火力を高めれるのね。少し驚いたわ」

 

 

「ああ、火力が私の自慢なんだ」

 

 

驚いたとは言うものの、表情を一切変えないパチュリー、それに対し、結界を打ち崩したことによって上機嫌にそう返す魔理沙。

 

 

「…………まぁ、少々本気でやらなきゃいけない相手だっていうことは解ったわ」

 

 

「おっ、それは光栄だね」

 

 

そう言ったパチュリーは全身に魔力を込めていく。

 

 

魔理沙も軽口を叩いている者の、雰囲気が変わった相手、パチュリーを見据えて油断なくじっと構えている。

 

 

パチュリーはおもむろに手に持っていた本を開く。

 

 

「喜びなさい。私のとっておきのスペルカード、貴女に見せてあげましょう。せいぜい、途中で被弾しないように」

 

 

「へッ!どんとこいだぜ!」

 

 

パチュリーは本を持っている右手とは反対の左手を上に高くつき上げ、突き上げた左手に魔力を込めていく。

 

 

魔力が左手の上に集結していき、それがまるで火のような激しさを帯びながら形を形成していく。

 

 

それは、まるで太陽。

 

 

先ほどの『アグニシャイン』の火とはまるで次元が違う。

 

 

それはまるで太陽の怒り。

 

 

「ッ……………………」

 

 

魔理沙も並々ならぬ雰囲気を直感的に感じたのか、息をのみ、パチュリーの次の動向について厳重に注意する

 

 

「日符『ロイヤルフレア』」

 

 

そのパチュリーの宣言と共に、太陽の怒りの弾幕が放たれた。

 

 

 

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 

「あやや、一足先に紅魔館に入っていった魔理沙さんを追っていくか、いま門の前で戦っていらっしゃる霊夢さんを密着するか、う~ん、悩むわね」

 

 

…ツンツン

 

 

「しかし、魔理沙さんの後を追っていくのもなかなか特ダネのにおいがしそうだけど、霊夢さんの方が面白そうなのよね…………」

 

 

 

………ツンツン

 

 

 

「あやや、何ですか?さっきから私の背中をツンツンしている人は。一体何の用ですk……………」

 

 

「こんにちは」

 

 

「あやややややや!!!???こ、ここここれは、吸血鬼の!!え、え~と」

 

 

「フランドール・スカーレット」

 

 

「そ、そう!フ、フランさん!し、しかし、どうしてここに?」

 

 

「貴女?」

 

 

「へ?」

 

 

「図書館に侵入しようとしている一匹の白黒ネズミさんって」

 

 

「!?」

 

 

 




案外 文さんも白黒


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紅霧異変 ~4~

咲夜は対峙している霊夢に対して持っていたナイフを数本投げて牽制する。

 

しかし、霊夢も投げられたナイフを事もなげに叩き落とす。

 

霊夢も弾幕を放つがこれも咲夜は踊るようにして避ける。

 

 

先ほどから、これの繰り返しである。

 

霊夢は先ほどのスペルカードで使われている時間停止の攻撃を警戒してか、あまり深くに踏み込むことをためらっているようにも思え、咲夜は霊夢の動きを察知してか、様子見とばかりにナイフを牽制として放っているのみであるからだ。

 

と、いうよりは、咲夜に関しては何かを狙っているかのような、そんな怪しさを霊夢は自身の勘ながらも感じているのである。

 

次は自分の番だと豪語しておきながら、思ったよりも踏み込めない。咲夜は隙のない弾幕を放っているからである。

 

 

……………………これじゃ、埒があかないわね。

 

 

「霊符『夢想封印』」

 

 

膠着状態で不利になるのは自分の方である。そう考えた霊夢は攻めることにした。

 

 

霊夢が切ったスペルカードが弾幕を構成し、ホーミング性能を備えた弾幕が咲夜へと襲い掛かる。

 

 

「フッ……………………」

 

 

しかし、咲夜は霊夢から放たれた弾幕を見て、すでにそれは見切ったといわんばかりに不敵に笑みを浮かべ、自分に追尾してくる弾幕ですらひらひらと躱してしまう。

 

 

「奇術『幻惑ミスディレクション』」

 

 

対する咲夜も対抗としてのスペルカードを宣告する。

 

 

咲夜から四方へと時計の針のような弾幕、いわばクナイ弾のばら撒く。

 

 

「………ッ!!」

 

 

しかし、それだけではない、今度は直線的であり、高速に放たれるナイフの弾幕。

 

辺りへゆっくりとばら撒かれるクナイ弾と直線的に、かつ高速で向かってくるナイフの弾幕。それらが霊夢の動きを制限していく。

 

 

しかし霊夢はしっかりと弾幕を見極め、次々に安置へと弾幕を避けながら移動していく。

 

 

「フフッ、かかったわね」

 

 

「ッ!?」

 

 

「メイド秘技『殺人ドール』」

 

 

安置へと移動した霊夢に獲物を狩る目で怪しげに笑った咲夜がそういうと、咲夜はとっておきのスペルカードを宣告する。

 

 

霊夢が咲夜の紅くなった瞳を見た瞬間、目の前にはより大量のナイフの弾幕で覆いつくされた。

 

 

時間を停止させて、配置するは大量のナイフの群、まるで逃げ道など等にない。

 

高密度に放たれたナイフは赤と青で彩られていた。

 

 

「あら、棒立ちでいいのかしら?」

 

 

「!!??」

 

 

しかし、これだけでは終わらない。また一瞬のうちに緑のナイフが配置されている。

 

 

これは高密度で直線的に配置していた赤と青のナイフとは違い、逃げ道少なからずあった逃げ道を次々と塞いでいくようにばらばらに配置されているナイフである。

 

 

 

…………避けられないッ!

 

 

もはや直感的に感じた結論をすぐに飲み込んだ霊夢は大胆な行動に移る

 

 

「霊符『夢想封印』」

 

 

「!?」

 

 

スペルカードを宣告すると同時に咲夜へと突進。

 

 

自信のスペルカードの効果で周囲のナイフの弾幕を打ち消しながら向かってくる。

 

 

「自棄にでもなったのかしら!ただただ突っ込むだけでは攻略できないわよ!!」

 

 

しかし、この奇想天外な霊夢の突撃は咲夜にとっては無駄な行為、一応想定の範囲内であるようだ。

 

 

また時を止めて、向かってくる霊夢に対してまたナイフの弾幕を再配置する。

 

 

そして、肝心の咲夜自身は、咲夜が向かってくる方向とは違う方向へと移動しながら。

 

 

(………無謀な突進は自滅になることを知りなさい)

 

 

そう、停止した世界の中で独りほくそ笑んだ咲夜は、そっと腰につけている懐中時計へと魔力を込める。

 

 

停止した世界を再び進める。

 

 

その時の錯綜の途中、ふと咲夜は霊夢へと目を見やる。

 

 

「……………ッ!?いないッ!?」

 

 

時間を停止した時には確かにそこにいた霊夢がいない。

 

 

霊夢がいたであろう場所にナイフの弾幕が通過していく。だが、当の本人がいない。

 

 

「…………見つけたわ」

 

 

「ッ!?しまッ!!」

 

 

後ろで霊夢の声がしたとたん、咲夜は自分の失態にすぐさま気が付いた。

 

 

急ぎ、時間停止をさせようと能力を発動させようとするが。

 

 

「もう遅いわ」

 

 

「霊符『夢想封印』」

 

 

能力を発動させるより、霊夢のスペルカードの宣告の方が早い。

 

 

霊夢の「夢想封印」は無防備な咲夜の背後を襲った。

 

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 

「……どうして、場所が、わかったのかしら?」

 

 

咲夜は、息絶え絶えになりながらもそう霊夢に問いかける。

 

 

先ほど、霊夢の弾幕によって撃墜された咲夜は勢いよく壁に衝突し、壁にクレーターを創り出し、めり込んでいる。

 

 

「………………勘よ」

 

 

霊夢は当の咲夜の方を見ずに、上へあがる階段へと見やりながら返答する。

 

 

「…………、勘…?その程度の。観測で、判断を下したというの?」

 

 

「……………………」

 

 

「…………まったく、化け物、ね」

 

 

そういってゆっくりと気絶するように眠る咲夜。

 

 

しかし、対する霊夢は特段興味を示さずに一段一段階段を上り始める。

 

 

「………………化け物、ねぇ」

 

 

霊夢は階段をのぼりながら誰に言うでもなくぼそっと一言放つ。

 

 

「それはお互い様じゃないの?」

 

 

「……………あら、バレてましたか?」

 

 

気絶するように眠っている咲夜へと霊夢は一瞥しながらそう言うと、気絶していたはずの咲夜はけろっとした顔で返答して見せる。

 

そして、咲夜は平然と立ち上がり、階段を上ろうとしている霊夢へと目を向ける。

 

 

手には、無防備になった霊夢へと撃ち抜く用に一本のナイフを隠し持ちながら。しかし、その企みも霊夢に見破られてしまったのだ。

 

 

「…………あんた、メイドじゃなくて、暗殺者にでもなったら?」

 

 

「誉め言葉として受け取っておくわ。一応、暗殺業とかもしていたもの」

 

 

「…………とんだ食わせ者ね」

 

 

霊夢ははあ、とため息をひとつつきながらやれやれといった表情に対し、咲夜は未だ戦意が失われておらず、これからが楽しいんだといわんばかりに好戦的な笑みを浮かべている。

 

 

「面倒ね」

 

 

「フフッ、まだまだこれから、楽しみましょう?」

 

 

好戦的な笑みを浮かべている咲夜ではあるが、実のところ能力を使い果たし、かなりの消耗をしているのは確かだ、だが、能力が使えなくても善戦して、少しでも霊夢を消耗させてやろうと考えている。

 

 

再び、階段をはさみながら。対峙する霊夢と咲夜。

 

 

人間同士の弾幕ごっこは熾烈を極め、今、ここに、第三ラウンドが開幕しようとする………………ッ!!

 

 

「……………やってらんないわ」

 

 

「なっ!?」

 

 

はずだった。

 

 

霊夢は踵を返して、咲夜とは反対方向に飛び出していく。

 

 

突然の行動に咲夜は驚愕を隠せないでいる。

 

 

「もう、勝手にあんたんとこの主の所にいってやるわ」

 

 

「ま、まちなさい!」

 

 

そういって飛び出す霊夢を追いかける咲夜。

 

 

しかし、未だ消耗も少ない霊夢とかなり消耗した咲夜。

 

 

その二人のスピード差は明らかであり、どんどん距離を離されていく。

 

 

「妖精メイド達! 侵入者よ!お坊ちゃまの元にお通ししてはいけないわ!」

 

 

咲夜の一言にこたえるように突如出現する妖精メイド達、霊夢の進行方向に立ちふさがるが弾幕を放ってくる。

 

 

「……………どきなさい」

 

 

「お坊ちゃまの元にはいかせない!」

 

 

「あのお方の元に侵入者は絶対に通さない!」

 

 

「…………はあ、面倒ね。本当に」

 

 

次々と撃墜しても新しいのが現れて弾幕を放っては足止めしようとしてくる妖精メイド達。

 

 

霊夢は自身の勘を頼りに、向かってくる妖精メイド達を撃墜しながら。

 

そして、後ろから追ってきているであろう咲夜から逃げながら。

 

当の紅魔館の主を探していくのであった。

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

「日符『ロイヤルフレア』」

 

 

魔理沙に、パチュリーのスペルカードが宣告される。

 

 

曲線上に紅い弾幕、まるで火を思わせるような弾幕がまるで広がったり、収縮したりと飛んでいく。

 

 

「クッ!!なんなんだぜ、これは!!」

 

 

時に激しく、時に緩やかに緩急をつけながら襲い掛かってくる弾幕に魔理沙は苦戦する。

 

 

「ロイヤルフレアよ」

 

 

「そんなことを聞いているんじゃないぜ!」

 

 

パチュリーにツッコミをかますくらいには余裕はあるようではある。

 

 

「あら、まだ余裕みたいね」

 

 

「正直、キツイぜ」

 

 

「そう、なら」

 

 

「月符『サイレントセレナ』」

 

 

ロイヤルフレアが急に収まって、なくなったかと思えば、次に繰り出されるは空から降ってくる粒状の弾幕。

 

 

まるで、雨かと錯覚するような水色の弾幕が降り注ぐように流れてくる。

 

 

そこにパチュリーが放つ鮮やかな水色の弾幕が高速で周囲にばら撒かれていく。

 

 

「たくッ!無駄に面倒だぜ!」

 

 

そういいながら魔理沙はイリュージョンレーザーで降りかかる弾幕を次々と撃ち落としていく。

 

 

「無駄口を叩いている暇はないわよ?」

 

 

「火水木金土符『賢者の石』」

 

 

パチュリーから次々と繰り出されるのはどれ最高級のスペルカード。

 

 

一枚目を防げばさらに連続で二枚目、そして3枚目と次々とパチュリーは息をつかせる暇はあたえないとスペルカードを切っていく。

 

 

パチュリーの周りに5つの魔法仁、そしてパチュリーを取り囲むように魔法陣が表れ、それぞれ属性が違うのか、色鮮やかな弾幕をそれぞれ射出していく。

 

一方は早く、一方はゆっくりと、それぞれに緩急をつけて襲い掛かってくるため、見極めが難しく、避けずらい。

 

 

「クソッ!まとめて吹き飛ばしてやるぜ!」

 

 

そういって、魔理沙は手に再びミニ八卦炉を持ち、魔力を込める。

 

 

できる限り、最高火力で。

 

 

周囲にパチュリーの『賢者の石』の弾幕に囲まれている現状を打破しようと、ミニ八卦炉をパチュリーに向ける

 

 

「恋符『マスタースパーク』ッ!!」

 

 

そしてけたたましい音と共にまたマスタースパークがパチュリーに襲い掛かる。

 

今までよりも火力は高いであろう。マスタースパークの音の激しさと周囲に伝えるような魔力のバチバチがそれを物語っている。

 

 

「ッ……………………!」

 

 

パチュリーも、先ほど出現させた5つの魔法陣を前方に出して、マスタースパークを受け止める。

 

 

ジジジジと魔力のぶつかり合いで周囲に激しく魔力の波が飛び散っていく。

 

 

5つの魔方陣、それに対するは大きなマスタースパークという極太なレーザー。

 

 

この二つがぶつかり合って衝撃波が周囲につたわる。

 

 

一際大きな衝撃と音が周囲をを響きならした時、魔方陣とマスタースパークは相殺しきったのか、その場に姿を表してはいなかった。

 

 

「…………あれを、消しちまうのか。私の自信作だぜ…………?」

 

 

もはや、自分の最高の一撃がかき消されてしまい、もはやたはは、と笑うしかない魔理沙に対して、パチュリーは再び魔力を込めている

 

 

「おいおい、まだあるのか…………?」

 

 

「当然、私の知識量と魔力量をなめてもらっては困るわ」

 

 

そういってパチュリーは先ほどよりも大きな魔力をその体に込めていく。

 

 

そして、その膨大な魔力によって生み出される弾幕を魔理沙へと放とうとする。

 

 

 

 

「…………………ゲホッ!!!???」

 

 

「…………………うえ!?」

 

 

突然、パチュリーが大きな咳をした。

 

 

一瞬で魔力が消散し、魔理沙は驚きのあまり変な声を出してしまう。

 

 

「ゲホッ、ゲホッ、ケホッ……………こ、こんなときに…………………ッ!!」

 

 

「あえ………………?」

 

 

一変苦しそうに咳をするパチュリーに対してポカンとする魔理沙。

 

 

「あ~、何だ、気の毒だな。同情するぜ」

 

 

なんとなく気まずい雰囲気になってしまったものの、魔理沙はそう言う。

 

 

「まぁ、とにかく、それとこれとは話が別だぜ、戦えないんだったら魔導書をもらっていくぜ~」

 

 

「……も、もってかないでー」

 

 

魔導書を探しに図書館内を移動しようとする魔理沙に、止めようとするパチュリー。

 

だが、喘息のせいで思った通りに体が動かない。

 

 

 

万事休す。

 

 

 

「パチュリー!パチュリー!!」

 

 

「……………ッ!!!」

 

 

「あん?」

 

 

パチュリーに突如、救世の声がかけられた。遠くの方でパチュリーを呼ぶ声。

 

 

ばっとパチュリーは声の方向へと目を向ける。

 

 

「捕まえたよ!!白黒の泥棒!!」

 

 

「んー!んーー!!!!!!」

 

 

「……………………」

 

 

「ん?」

 

 

白黒の泥棒を捕まえたと喜色満面の笑みで縄を手に持ちながらこっちに向かってくるフランと、捕まって縄で縛りつけられてしまっている射命丸文。言葉を発することが出来ないでいる。口にテープの様な物を付けられているからである。

 

 

それを見て何とも言えない表情をするパチュリーに状況がつかめずに?マークを浮かべながら首をかしげる魔理沙。

 

 

「あれ?パチュリー、その人は?」

 

 

また、フランはポカンとした顔で魔理沙を見ながら、パチュリーに聞く。

 

 

「ケホッ!……………………そっちが泥棒よ」

 

 

「え?」

 

 

「泥棒って………、私かッ!?」

 

 

「んーーーー!!!!!!」

 

 

図書館内は複雑な雰囲気に包まれた。

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 

「…………そろそろだな」

 

 

「………………ええ、そろそろね」

 

 

二人の何か言葉を発してはいけないような異様な空気がその一言によって消散していく。

 

 

二人はテーブルを挟んで紅茶を楽しんでおり、テーブルの上には空になったティーカップとティーポット。

 

 

「そろそろ終焉の時来る、だな」

 

 

「ええ、では、首尾の方はよろしくお願いするわ」

 

 

「ああ、………いや、しばし待て」

 

 

「…………………?どうかしたの?」

 

 

「ああ、少し失礼するぞ」

 

 

「はえ……………………?」

 

 

そういって、気が付けば紫の目の前にいるレミリア。

 

 

紫が認識しするが早いか、レミリアは牙を突き立てる。

 

 

狙いは首筋。

 

 

「……………ッ!?」

 

 

「……………ん…………」

 

 

一瞬の内に時間が止まった。

 

 

その場に流れるは何かが何かを飲んでいるような音が流れるのみである。

 

 

「…………ん、もういいぞ」

 

 

「……………なっ……………なっ!!!???」

 

 

スッと首筋に立てていた牙を抜き、口を拭いながらレミリアはそういう。

 

 

紫は首筋に手を抑えながらも突然のレミリアの行動に言葉を失っている。

 

 

「何、腹が減っては、とはよく聞く格言であろう?戦地に向かうのだ、これくらいは許せ」

 

 

そう何ともないように言い放つレミリア。

 

 

「では、お前も程を見て、姿を隠しておけよ。何しろ博麗の巫女にバレたとなれば体裁も悪かろう」

 

 

そう言って、部屋から退出していくレミリア。

 

 

部屋に残ったのは、未だ放心している幻想郷の賢者の姿ただ一人だった。

 

 

 




パチュリーのスペルカード1枚目と2枚目順番逆になってしまいました。

すいません、ご了承ください


あ、それと、おぜう様、お迎えできました。


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紅霧異変 ~5~

「ああもうっ!めんどくさいッ!!」

 

 

今、霊夢は紅魔館の廊下を駆け回っている。

 

この異変の首謀者であり、そしてこの館の主を探しに。

 

 

「待ちなさいッ!」

 

 

後ろから追ってくる紅魔館のメイド長、『十六夜咲夜』から逃げながら。

 

 

ただ、消耗しきっている咲夜と、未だ万全の状態である霊夢では飛ぶスピードに差があるため、そんな霊夢の足止めとして、咲夜は霊夢の向かう道中に自分の部下たちである妖精メイド達を迎撃にあたらせて。

 

 

しかし、天性の才能がある霊夢にとっては妖精メイド達など、敵ではないのだが、こうも倒しても倒しても次々と現れる妖精メイド達に霊夢は少しばかりの苛立ちを感じながら倒していくのだ。

 

 

「ご主人様の元には行かせないよッ!!」

 

 

「メイド長とお坊ちゃまの為に死ぬ気で止めろッ!!」

 

 

ただ、物量というのはそれだけでも驚異的であるのにここにいる妖精メイド達は異様に自分たちの主や上司を崇拝しているかのような忠誠心を持つもの達だらけの集まりだ。

 

 

死にもの狂いの妖精メイド達に霊夢は足止めをくらい、後ろを顧みずに向かってくる妖精メイド達に屈辱的ながらもスペルカードを使わせられるところまで行ってしまった。

 

 

「………ここは、こっちね」

 

 

ただ、霊夢は持ち前の超人じみた勘の持ち主であり、自分の勘を頼りに紅魔館の廊下を疾走しているのだが、どれも的確にレミリアの元へと向かっている道のり通りに進んでいる。

 

 

レミリアに近づいていくにつれ、次第に妖精メイド達の抵抗が激しくなっているということを霊夢は肌身に感じながら、異変解決の為にレミリアの元へと急ぐのであった。

 

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

「……………………」

 

 

霊夢は自身の勘を頼りに廊下を進んでいった結果、偶然にも紅魔館の屋上へと到達した。

 

 

辺りはすっかり暗くなり、月の明かりが照らしている。

 

 

霊夢はもうこんな時間になってしまったのかと思うとともにふと上空を見上げてみる。

 

 

「……………………紅いわね」

 

やはりというべきか、未だ紅い霧に覆われている空を見上げ、霊夢は思ったことを口に出すのである。

 

 

「……………ようやく来たのね」

 

 

 

「…………またあんたか」

 

 

上空をふと見上げていた霊夢に声をかけるのは、後ろから追ってきたのであろう咲夜だった。

 

 

咲夜は少しだけ、能力が回復した咲夜は一足先に霊夢を先回りしていたのである。

 

 

「………ご主人様の元へは絶対に行かせない。貴女は今、ここで…………ッ!」

 

 

「………………」

 

 

キッと霊夢をにらみつけてそう言う咲夜にはどこか鬼気迫る勢いを感じられ、それに当てられたのか霊夢は少しだけ怯む。

 

 

「あんたに構っている暇はないわ」

 

 

「…………何をッ!」

 

 

「私はあんたに話があるのよ。そろそろ姿を見せていいんじゃない?」

 

 

霊夢は咲夜の方、正確には咲夜よりもさらに向こう側を見ながらそう言っている。

 

 

「……………………ッ!!」

 

 

「館の主さん?」

 

 

咲夜ははっ、と霊夢が自分を見ておらず、自分の後ろにいるであろう誰かに問いかけているのを感じ、まさかと思う気持ちで後ろをバッと振り返る。

 

 

「ほう、私に気が付くか、流石だな」

 

 

「…………お坊ちゃまッッッ!!??」

 

 

「……………………」

 

 

霊夢の見ている方向、そこにレミリアはいた。

 

 

紅く染まっている月を背後に大きな翼を空闊とさせ、咲夜と霊夢を見下ろしている悪しき吸血鬼がそこにはいた。

 

 

咲夜はレミリアからあふれ出る威圧感をを肌一身に受け、そのプレッシャーに呑まれながらも、これまで、慈愛の表情で優しげであったレミリアの姿とは到底かけ離れているレミリアの姿を見て、驚愕と同時に圧されている。

 

 

霊夢はといえば、無表情でレミリアを見つめてはいるが、レミリアから放たれている威圧感に呑まれ、無表情を貫いてはいるものの、冷や汗を流す。

 

 

レミリアから放たれる妖気は、それこそ力のある妖怪であるということを証明し、レミリアから放たれている威圧感は、まさに強大な支配者そのものといってもいいほどであるのだ。

 

 

 

(……………これは、厳しいわね)

 

 

霊夢はそんなレミリアを見て、心の中でそうつぶやく。

 

 

霊夢も、レミリアはこれまでと格が違うということを肌に感じている。

 

 

それこそ、自分以上の実力の持ち主であるということを暗に確信までに至っているのだ。

 

だが、自分はあくまでも博麗の巫女。異変解決せねばどうして博麗と名乗れようか。

 

 

所謂、博麗の巫女としての矜持が霊夢を突き動かしているのだ。

 

 

「あんたがこの異変の首謀者ね」

 

 

「いかにも」

 

 

レミリアのその一言だけでも十分な威圧感を感じてしまうほど。

 

 

その威圧感に当てられて霊夢は冷や汗を流し、心の中で無意識的に弱気になってしまっているのだ。

 

咲夜もそのレミリアの威圧感に当てられて、十分に動く事させままならぬほどであろうか、苦しそうに、しかし倒れてはならないと苦しそうだ。

 

 

「この異変、私たちにとってはすごく迷惑なのよ、この霧を無くしなさい」

 

 

「…………無理だな、あの忌々しい太陽を無くしたのだ。お前の言葉など受け入れる気にならん」

 

 

「なら、ここから出ていってくれる?」

 

 

「うん?ここは私の城だぞ?出ていくのは侵入者であるお前だろう」

 

 

「この世から、よ」

 

 

「ほう……」

 

 

レミリアは面白そうな笑みを浮かべながら霊夢を見る。よもや人間程度が高貴な吸血鬼である自分に対してこうも豪語できるのか、と。

 

 

随分据わった肝だ。これが単に蛮勇なだけではないことを祈るが。

 

 

「…………お坊ちゃまッ!!お坊ちゃまが出るほどのことでもございませんッ!!ここは、私がッ!!」

 

 

咲夜は主の手を煩わせてはならないと、立ち上がって、レミリアにそう言って、ナイフを取り出す。

 

 

「……………………」

 

 

霊夢は向かってくるであろう咲夜に対して、自分もいつ動けるように片手にお祓い棒、もう片方に数枚のお札をもって戦闘準備を備える。

 

 

「よい、咲夜、控えろ」

 

 

「ッ!!!しかしッ!!」

 

 

「控えろ、と言ったはずだ。咲夜」

 

 

「ッ!!??」

 

 

「………………ッ」

 

 

咲夜に対して言い放つレミリア。

 

 

咲夜は一層強くなったレミリアの威圧感を受け、その場で跪く。

 

霊夢も、流れ弾でその威圧感を受けて圧される。

 

 

「………ッ!かしこ、まりましたッ」

 

 

「ここは私が引き受ける、咲夜、お前は紅魔館の後始末でもしていろ」

 

 

「……………はっ、御心のままにッ」

 

 

そう言って咲夜は一瞬の内に能力を使ってその場から離れていった。

 

 

 

「護衛であのメイドを雇っているんじゃないの?」

 

 

「ふん、咲夜は優秀な掃除係だ。おかげで首一つすら落ちていないさ」

 

 

「………あんたは……いや、聞くまでもなく強そうね」

 

 

「さあな?外にも出してもらえない箱入りなものでな、なにせ日光に弱いものだから」

 

 

嘘だ。と霊夢は心の中でそう吐き捨てるように言い放つ。

 

ここまで威圧感を放ってくる相手が箱入りの貧弱ではないくらい自明の理だ。

 

 

「だが、まぁ、今宵はこんなにも月が紅いから………本気で殺すか?

 

 

「……………ッ」

 

 

レミリアは紅い瞳で霊夢を見下ろしながらそんなことを口に出す。

 

 

さらに妖気が濃くなり、その体から発せられる威圧感も強くなっていく。

 

 

対する霊夢も自身の中に無意識的に植え付けられた恐れと怯んだ気持ちを押しこらえながらもお祓い棒を持ち直して構える。

 

 

「…………さっさと異変を解決したいの。早々に倒されてくれることを祈るわ」

 

 

「…………それはどうだろうな?」

 

 

「……………はぁ、こんなにも月が紅いのに」

 

 

 

 

 

 

「「永い(楽しい)夜になりそうね(だな)」」

 

 

その瞬間、霊夢は空へと飛び出し、レミリアは弾幕を放つ。

 

 

 

幻想郷。スペルカードルールが定まれて最初の異変、後に紅霧異変と呼ばれた異変は、とうとう終盤へと到達した。

 

 

吸血鬼『レミリア・スカーレット』

 

博麗の巫女『博麗霊夢』

 

 

この二人の弾幕ごっこが今、始まった。

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

「うわッ!!ちょっ、ちょっと待てってッ!!」

 

 

「アハハハハハハ!!!せいぜい無様に避けて見せてよッ!!」

 

 

図書館内、白黒の魔法使い並びに泥棒。霧雨魔理沙と、その泥棒退治の為に図書館内に派遣されたフランドールが弾幕ごっこを繰り広げている。

 

 

しかし、形勢的にフランが優勢なのか、魔理沙はフランから放たれる弾幕を避けるのみであり、効果的な反撃ができないでいる。

 

 

必死にフランの弾幕を避けていく魔理沙に、その姿が滑稽なのか、さらに弾幕の濃度を濃くして魔理沙を追い詰めていこうとするフラン。

 

 

愉しそうに笑いながら魔理沙を追い込んでいくフランの姿はまさしく悪魔、それも吸血鬼だと再認識するほどである。

 

 

いつもは無邪気な表情を浮かべ、子供らしい一面があるフランだが、今回ばかりは黒い笑顔で愉しそうに笑っている。

 

 

 

 

 

「……………………」

 

 

「―――ぷはッ!!た、助かりました。あ、ありがとうございます……………」

 

 

弾幕ごっこに興じている二人から離れたところに、パチュリーと射命丸文がいた。

 

 

口を塞ぐように貼られていたテープをはがしてやったパチュリーにお礼を言う文。

 

 

「し、死ぬかと思いました」

 

 

「…………まぁ、同情はするわ」

 

 

「あ、ありがとうございます」

 

 

まぁとばっちりでフランに捕まったのだ。そんな状況に自分を当てはめてもあてはめなくても十分に同情できる。

 

 

「………まぁ、無断で紅魔館敷地内に侵入したのは事実だから、それに関しては別話ね」

 

 

「…………………あ、あやや、それは………それもそうですね」

 

 

うーんと悩むそぶりを見せていたが、結局は事実であるため、力なくうなだれる文。

 

 

未だ縄はほどかれていないため、満足に体を動かすことができなければその場から逃げ出すこともできない。

 

 

「まぁ、処罰は後でここの主に下してもらうから、今は祈っておきなさい」

 

 

「…………………祈る、ですか?」

 

 

はへ? とキョトンとしてパチュリーに聞き返す文。何をどのように祈るのか。それが見当もつかないようだ。

 

 

「目の前の馬鹿2人が、ここを壊さないようにすること、よ」

 

 

「……………………………」

 

 

その言葉を聞いて文は再び青ざめる。

 

 

現在魔理沙とフランが弾幕ごっこを繰り広げているが、両者の特徴を話しておきたいと思う。

 

 

現在、両者は全力近くで弾幕ごっこを繰り広げている。

両者、火力特化型である。以上。

 

 

「………わ、私を絶対に見捨てないでくださいねッ!!??」

 

 

「………………善処はするわ」

 

 

とりあえず図書館全体に結界を張っておいてはいるのだが、いつ壊されてもおかしくはないだろう。

 

 

願わくば、どうか穏便に弾幕ごっこを終わらせてくれればと、考えてもどうしようもないこの状況にパチュリーは思った。

 

 

とりあえず、弾幕ごっこの被害を受けないようにと本棚に隠れて震えている自分の 使い魔(小悪魔 )を何とかして動かさなくては。

 

 

パチュリーは紅魔館を、特に図書館内を破壊されないように動き出すのだ。

 

 

 




けんじゃ「~~~~ッ!!!」


きつね「???ど、どうなされたのです?」


けんじゃ「放っておいてッ!!」


きつね「は、はぁ…………」


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紅霧異変 ~6~

「そら、博麗の巫女とやらの実力、見せてみろ」

 

 

空高く飛び上がったレミリアは、霊夢に向かって弾幕を放つ。

 

 

―――早いッ!

 

 

レミリアが放つ弾幕は、比較的他の紅魔館の住人たちよりも一回り大きいものだ。

 

巨大で早い弾幕は、霊夢の安置を塞いでいくように、そして霊夢自身を狙ってのものだった。

 

規則的に、かつとどまることがないその弾幕の嵐は序盤では元来繰り出されることがないであろう質の高い弾幕であった。

 

その分、霊夢もその弾幕に対して集中を高めて避けていく。

 

 

かろうじて、反撃という反撃は前方に配置してあった陰陽玉の弾幕による攻撃のみではあったが、まともに戦えているようでもある。

 

 

「さて、最初のスペルと行こうか、あっけなく落とされてくれるな」

 

 

「神罰『幼きデーモンロード』」

 

最初に攻勢に出たのはレミリアである。

 

一枚目のスペルカードを宣告する。

 

 

「…………………ッ!!」

 

すると、周囲に妖気の塊が出現する、それらが何なのかと理解する前にレミリアから眩いレーザーが射出されると同時に弾幕も放たれる。

 

 

「………………ッ!?」

 

 

霊夢は第一波目のレーザーと弾幕を避けきることには成功したのだが、息をつかせる間もなく霊夢に攻撃が繰り出される。

 

 

妖気の塊のようなものが、レミリアから放たれたレーザーを反射するかのように襲い掛かってくるためである。

 

 

「チッ!!面倒ね!」

 

レーザーを避けても反射してきて自分を狙ってくる。大胆に動こうにもそこには弾幕が襲い掛かる。

 

 

霊夢は自由に飛び回ることすらできず、回避に専念せざるを得ない。

 

 

『ホーミングアミュレット』

 

 

霊夢は手に持っているお札を数枚、襲い掛かるレーザーを避けながらレミリアに向けて投げる。

 

 

これは、スペルカードではない普通の霊夢のショットであるが、少々特別な作りになっており、お札がホーミング弾となってレミリアへと飛んでいくのである。

 

 

「……ふんッ!!」

 

 

しかし、そのホーミング弾はいとも簡単にレミリアの横なぎでかき消されてしまう。

 

 

「霊符『夢想封印』」

 

 

しかし、その一瞬できた隙を狙って霊夢も一枚目のスペルカードを宣告する。

 

複数の弾幕がホーミング性能を備え、相手めがけて飛んでいき、爆発していくというスペルカードだ。

 

 

「む!」

 

 

対するレミリアにもそのスペルカードの性能を一目で見極め、即座にその弾幕に対してレミリアも巨大な弾幕にて相殺させる。

 

 

相殺された場所は、夢想封印にて放たれた弾幕と、レミリアの弾幕の相殺によって生み出された爆発が響きわたり、その時に生じた煙で相手の姿が見えなくなってしまう。

 

 

「……………………!」

 

 

レミリアは目の前の光景の変化に即座に気が付いた。

 

 

煙の向こう側、すなわち霊夢の姿が消えたのである。

だが、レミリアは慌てることなく、冷静に構える。

 

 

霊夢が消えたのではなく、あの一瞬ですぐに行動に移したのだ。

 

おそらく、予測できるは自身の上空。

レミリアはすぐに上空を見上げた。

 

 

『パスウェイジョンニードル』

 

 

レミリアの予測は当たった。

 

 

レミリアを見下せるほどの上空までに上昇した霊夢はレミリアに向けてまた第二のショットを繰り出す。

 

 

霊夢より前方に配置した二つの陰陽玉から針のような弾幕が射出される。

 

 

退魔の力を宿した針で、相手の妖気を削いで戦闘能力を衰えさせるショット技である。

 

 

「フッ!」

 

 

レミリアは上空からの針の弾幕も何のこともなく避けて見せる。

 

顔には少しばかり笑みを浮かべて。

 

 

「獄符『千本の針の山』」

 

 

針には針を、と言わんばかりにレミリアは二枚目のスペルカードを宣言した。

 

 

大量のナイフの弾幕が放たれ、このナイフの弾幕に若干の見覚えと苦渋を飲まされてきた霊夢にとっては顔を歪ませざるを得ないだろう。

 

 

それも、咲夜の弾幕よりも高密度なのだからなおさらたちが悪い。

 

 

「……あのメイドにしてこの主人ってわけ!!」

 

 

「おや、その口ぶりと顔からするに、散々咲夜のナイフに苦しめられたようだな。それはいいことを知った。」

 

 

愉しそうに笑いながらナイフの弾幕を避けていく霊夢を眺めるレミリア。

 

 

そんな余裕そうな姿を見て霊夢は少しばかり舌打ちをする。

 

幸い、時間を停止させる能力をレミリアは持ち合わせていないために、ふいうちのようなことはしてこないようだ。

 

 

だが、この高密度のナイフの弾幕群とついでにと放たれている弾幕によってやはり霊夢にとっても苦しい弾幕の様だ。

 

 

スペルカードがブレイクしても、霊夢がナイフの弾幕に対してあまりよく思っていないのをいいことに通常の弾幕にナイフの弾幕を混ぜて弾幕を放ってくるようになった。

 

 

嫌がらせは見た目相応である。

 

 

「ほう、これも避けるか、なら、次はこれだ」

 

 

「神術『吸血鬼幻想』」

 

 

そしてレミリアは三枚目のスペルカードを切り、周囲に大きな弾幕を発射する。

 

それだけなら、簡単に避けられるであろう。

 

 

「………………ッ、ああもうッ!」

 

 

しかし、その弾幕が通った跡に、小さな弾幕が残り、それらが霊夢に向かってくるではないか。

 

 

四方八方から自分を狙ってくる弾幕に対して、霊夢は苛立ったように声を出す。

 

 

自分の行動を制限すると同時に、自分を追い詰めて、隙あらば被弾させようとしてくるレミリアの弾幕に霊夢は自分のペースの弾幕ごっこに引き込むことができないでいる。

 

 

「夢符『封魔陣』」

 

 

霊夢もたまらず二枚目のスペルカードを宣告して自身の周囲に陣を形成してむかってくる弾幕を打ち消していく。

 

 

霊夢にしては珍しく、受け身でスペルカードを宣告するのみである。

 

 

「……ハッ!、ッ!!??」

 

 

レミリアの三枚目のスペルカードも霊夢のスペルを使用してブレイクさせた。

 

 

と同時にレミリアは突然姿を消した。

 

霊夢も姿を消したレミリアに対して驚愕一色に顔を変えると同時に、レミリアの行方を探そうと左右へと首や目を走らせる。

 

 

「…………後ろだ」

 

 

「……………ッ!?」

 

 

心底愉しそうな声が後ろから聞こえ、霊夢は直感的にその場を動く。

 

 

霊夢が元居た場所からは高速に通り抜ける巨大な弾幕。

 

 

霊夢はそれを見た瞬間、第二波が来ることを本能的に理解した。

 

 

「……………………ッ!!」

 

 

急速に向きをレミリアの方へ向け、レミリアから繰り出されていく高速の弾幕をかろうじて避けていく。

 

 

そして、その高速に放たれる弾幕を打ち切ることを見計らって反撃の弾幕、ホーミングアミュレットを放っていく。

 

 

 

霊夢の弾幕が直撃するかと思うほどレミリアへ近づいた弾幕、レミリアに被弾するかと思われたが、レミリアの実体が霧となって消散していった。

 

 

「……………なッ!?」

 

 

ただ単純に霧となったのではない。

 

 

そこから何十羽になる蝙蝠の群が表れ、四方へと飛び回ってく。

 

何十羽もの蝙蝠に言葉を失って翻弄されてしまう霊夢。

 

次第に蝙蝠の群が一点に集中していき、だんだんと実体を帯びるようになっていく。

 

 

「…………ふむ、さっきは危なかったぞ」

 

 

「……………………」

 

 

その蝙蝠が集結した瞬間、レミリアが姿を現した。

 

 

平然と霊夢の方を見ながら冷静に言い放つレミリアに対して霊夢は驚きを通り越して呆れの表情へと変化していったようだ。

 

 

「……………あんた、吸血鬼?」

 

 

「む?言っていなかったか?」

 

 

「…………………ああそう」

 

 

「それより、中々やるじゃないか。博麗の巫女というのもあながち馬鹿にはできんな」

 

 

「満足したかしら?なら、異変を終わらせてくれるかしら」

 

 

「何を馬鹿なことを、本当に楽しいのはこれからではないか」

 

 

「…………………はぁ」

 

 

この弾幕ごっこの小休止を挟んで、再び弾幕ごっこの続きへと移行していく。

 

 

弾幕を再び放ち始める両者。

 

 

「紅符『スカーレットマイスタ』」

 

 

レミリアは再びスペルカードを宣告すると、勢いよく霊夢に向かって紅い弾幕が迫ってくる。

 

霊夢に向かう弾幕のほか、周囲にも同じように弾幕をばら撒いていく。

 

 

「ッ!霊符『夢想封印 集』」

 

 

霊夢もレミリアの『スカーレットマイスタ』に対抗するようにスペルカードを宣告していく。

 

 

レミリアの弾幕よりかは弾速が遅いものの、レミリアの『スカーレットマイスタ』を打ち消すに十分なスペルカードである。

 

紅い弾幕と、霊夢のお札が相殺されていく。

 

 

両者のスペルカードは全くの互角、相殺しあって、とうとう両者のスペルカードがブレイクした。

 

 

「…………面白い」

 

 

「私は全く面白くはないわよ」

 

 

ニイッと不敵な笑みを浮かべながら言い放つレミリアと少々げんなりしたように言う霊夢。

 

 

どう見てもレミリアに消耗しているような色は全く見えず、まだまだ万全の状態でやれるということを暗示しているかのようにも思える。

 

 

霊夢は、度重なるレミリアのスペルカードをあの手この手で上手く対処しているものの、すべて必死になって対処しているため、かなり疲労の色が見える。

 

 

霊夢はレミリアと自分との実力の差をはっきりと感じてはいるものの、顔には出さない。

 

 

「さて、ここまで私とやりあえたお前は賞賛に値する」

 

 

「……………………」

 

まだまだ万全であるレミリアは見た目とは裏腹に尊大に言ってのける。

 

 

「だが、お遊びは終わりだ。少々本気を出して、お前を潰すつもりで弾幕を放ってやろう」

 

 

「………………上等よ」

 

 

「せいぜい、無様は晒すなよ?」

 

 

そういって、レミリアは懐から一枚、他のスペルカードとは雰囲気や妖気が全く違うスペルカードを取り出す。

 

 

そして、レミリアはスペルカードを掲げ、告げる

 

 

『紅色の幻想郷』

 

 

その瞬間、辺りが紅い弾幕で覆われる、その量と妖気の多さは、レミリアが本気で自分を潰すつもりなのだと、霊夢は嫌でも感じることになる。

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

「待ちなさ~い!!」

 

 

「待てと言われて待つやつなんていないぜッ!!」

 

 

ドカーン、ドカーンと辺りから爆発音が鳴り響く。爆発音からは壮絶な戦闘が繰り広げられているであろうことが予測できるだろうが、実際には違う。

 

 

逃げ回っている魔理沙を追うフランによるものである。

 

 

ただしかし、フランだけが爆発音が鳴り響く元凶ではなく、逃げ回っている魔理沙にも一因する。

 

 

魔理沙がどこからか取り出したマジックアイテムのようなものが弾幕と相殺したり、フランに投げつけたり、フランに破壊されたりといろいろな用途で魔理沙のマジックアイテムが爆発していくのだ。

 

 

「……………………」

 

 

「……………………」

 

 

そう、このパチュリーの大図書館内で。

 

 

図書館内にある程度丈夫な結界を施しておいたのに、結果はフランと魔理沙の戦闘によってその結界すら破壊され、図書館内のあちこちが破壊されてしまっているのだ。

 

 

パチュリーは何も言えず、その顔からは表情をうかがい知ることができないだろうが、何か悲壮感のような感情が見え隠れしているようにも見える。

 

拘束されている文も、どこか目に光が入っておらず、死んだ目であるようだ。

 

 

図書館の司書を務め、パチュリーの使い魔である小悪魔はといえば、そもそも戦闘向きではないため、フランと魔理沙の弾幕ごっこ?に巻き込まれないように隅に隠れてブルブルと震えている。

 

 

使い魔は主を守るのが役目ではないだろうかとパチュリーは心の中でそっと思ったのだが、だが仕方がないと結論に至る。

 

 

「…………パチュリーさ、 まッッ!!??」

 

 

するとパチュリーの後方から声がかかる。

 

 

最初はパチュリーに声をかけようと、その後、目の前の惨状を見て言葉を失ってしまったかのように。

 

 

「………………咲夜?」

 

 

「…………ハッ!!は、はい、何でしょうかパチュリー様?」

 

 

後ろからかかる声はまさしく咲夜のものであると確信をもって、振り返ることもなく相手の名前を呼んだパチュリー。

 

 

それに対して、目の前の地獄絵図から引き戻されたように我に返る咲夜。

 

 

「…………美鈴を呼んで、そして目の前の馬鹿2人を止めて」

 

 

「……………………は、はぁ」

 

 

「……………なるべく急いで、図書館内が完全に破壊されてしまう前に」

 

 

「か、かしこまりました」

 

 

そういって、再び時を止めてその場から退出していく咲夜。

 

 

「……………………」

 

 

そしてパチュリーは死んだ目で再び現実逃避へと移行していったのである。

 

手に持っていた魔導書を開く手にも力が無かったが。

 

 



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紅霧異変 ~7~

『紅色の幻想郷』

 

レミリアのスペルカードが告げられた瞬間、紅色の弾幕が高密度に展開される。

 

全方位に放たれていく大弾

それらを避ければ次は細かい弾幕が襲い掛かってくる

 

細かい弾幕が大弾の穴を埋めるようにして放たれるため、列を抜けて弾幕を避けるということができず、大胆に弾幕を回避するということができなくなってしまった。

 

 

「………………ッ!」

 

 

その為、霊夢がこの弾幕を躱すには、最小限の動きで弾幕を避けざるを得なくなってしまう。

 

 

しかし、次々と向かってくる弾幕、大弾に気を取られていれば細かい弾幕が目の前までに迫り、細かい弾幕に気を取られていると今度は大弾が。

 

 

一時すら油断してしまえば即座に被弾してしまうであろうということは霊夢には痛いほど痛感しているのだ。

 

 

反撃としてホーミングアミュレットを放っても、蝙蝠となってそれら弾幕は容易に回避されてしまうため、無駄に終わってしまう。

 

 

「霊符『夢想封印 散』ッ!!」

 

 

苦し紛れに霊夢もスペルカードを宣告するが、このスペルカードは攻撃のためではなく、どちらかといえば、回避型、周囲の弾幕を打ち消して、高密度の弾幕にどうにかして避け道を作るという目論みである。

 

 

当然、守りのためのスペルカードはレミリアへの効果的な攻撃にならず、一方的にレミリアのスペルカードでも攻撃を許してしまっているという現状だ。

 

 

「蝙蝠『ヴァンパイアスウィープ』

 

 

レミリアの『紅色の幻想郷』に苦戦している霊夢を見てか、レミリアは勝負を決めにかかった。

 

 

霊夢への高密度の弾幕とは別に、ホーミング性能のついた弾幕を放っていく。

 

 

軌道を描いて6つの弾幕は霊夢へと突撃していく。

 

 

「……………クッ!!??」

 

 

高密度に圧していく弾幕にすら手を焼いているのに、今度は追尾性能付きの弾幕と来たものだ。

 

 

霊夢は未だ効果が残っている『夢想封印』を利用して周囲の弾幕を打ち消しながら、追尾してくる弾幕から逃げるように飛び回っていく。

 

 

飛び回って、『夢想封印』のスペルカードがブレイクした時には、追尾してくる弾幕に対して距離を十分にとることができたため、追尾してきた『ヴァンパイアスウィープ』の弾幕を撃ち落とす。

 

 

「まだまだ、終わりだと思ってもらっては困るッ!!」

 

 

「運命『ミゼラブルフェイト』」

 

 

「………………ッ!!」

 

 

続けざまにレミリアのスペルカードが霊夢を襲う。

 

 

次は紅色の鎖が霊夢へと襲い掛かる。

 

 

「…………早いッ!!??」

 

 

先ほどの追尾弾幕とは速度が段違いだ。

気が付けばすぐに霊夢の近くへと迫る。

 

 

霊夢も自分の飛行速度をできる限り上げて迫りくる紅の鎖から逃げ回る。

 

 

何本もの鎖、これらすべて霊夢へと向かってくる。上から来たと思えば下から、左右から、四方八方から紅い鎖が霊夢を襲う。

 

 

霊夢も向かってくる紅い鎖に対して『グレイズ』しながらも躱し、そしてその鎖から逃れるように飛び回っていくのだ。

 

 

当然、向かってくる鎖から回避するのに頭がいっぱいであり、レミリアのことなど考える暇すらない。

 

 

嫌がらせのように鎖とは別に四方から弾幕が放たれ、それらが霊夢の動きを制限されてしまい。弾幕を回避していた霊夢は気が付きば『グレイズ』の回数が多くなっていき、とうとう素肌へと弾幕や鎖がかすってしまう。

 

 

(……………………これ以上は、無理ッ!!)

 

 

必死な表情で弾幕を躱して言っているものの、それらは霊夢の人外的な直感によってのものが大半であり、迫りくる弾幕には直感が危険を告げていても身体が付いてくるとは限らない。

 

 

(………でも、そろそろスペルカードがブレイクするはずッ!!)

 

 

しかし、レミリアのスペルカードの制限時間もそろそろ終わりに近づいてくるであろう目測が霊夢がここまで必死に弾幕を回避していくことの後押しをしてくれる。

 

 

霊夢は必死に、どれだけかすり傷を負ったとしても、レミリアのスペルカードの制限時間が過ぎることをただ待つのみ。

 

 

「……………………ッ!!」

 

 

どれだけ回避していたのかもわからないほど必死で弾幕を回避していた霊夢は唐突に弾幕がなくなったことに気が付いた。

 

 

(ブレイク…………した…………?)

 

 

半ば呆然の感情が多かったものの、すぐに状況を把握していく。

 

 

(…………ッ!そうだ、あいつ(レミリア)は……………ッ!?)

 

 

気がついた時にはもう遅かった。

 

 

上空を見上げる。

 

 

一層紅く、まるで血塗られているかのように紅い月を背中に、大きな翼をした紅い瞳が霊夢を刺すように見下ろしているのだ。

 

 

「……………ッ」

 

 

その紅く、威圧的な目に霊夢ははっきりと怯えの表情を無意識的に浮かべてしまった。

 

 

霊夢を見下ろしながら、レミリアは後方の月へと右手をかざすように手を出している。

 

 

その右手からは並々ならぬ妖気が集まっていき、ある一つの物体を模っていく。

それは、まるで命を刈り取るのではないかと思うほどおぞましく紅い槍。

 

 

 

 

到底人智では覆すことのできないほどの妖気とその力。

 

 

霊夢はその光景をまざまざと見せつけられる。

 

 

「そろそろ、終わりにしてやろう。博麗の巫女」

 

 

高圧的な目で霊夢を見下ろすレミリア。口は好戦的で、そして不敵な笑みが浮かべられている。

 

まるで、自分を相手によくぞここまでやれたものだ。と格下の奮闘を賞賛し、それでいて愉しそうに。

 

 

バチバチと妖気が一転に集中しているため、魔力が膨張して、まるで雷のように周囲に巻き起こしていく。

 

 

「神槍『スピア・ザ・グングニル』

 

 

音すら置き去りにして、さらに光を超して向かってくるのではないかと思うくらい高速で向かってくるレミリアのグングニルを前に霊夢は茫然と、ただ貫かれるのを待つただ一匹の獲物に過ぎないのである。

 

 

その妖気に当てられて、気を失っていく霊夢が最後に見たものは、目と鼻の先に接近していく『グングニル』だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『グングニル』が霊夢を貫く。

 

 

その瞬間。

 

 

「――天生」

 

 

そんな声が、グングニルの方向から聞こえた。

 

 

「………なッ!!??」

 

 

そこで初めてレミリアの顔に驚愕の表情が浮かび上がった。

 

 

霊夢を貫くはずのグングニルが突然霧のように消散していき、そこにいたのは何やら神々しいオーラをまとっていた霊夢の姿であった。

 

 

そして、そのオーラを纏ったまま霊夢はレミリアへと突撃していく。

 

 

周囲にお札の弾幕を形成させながら、そしてレミリアの弾幕に負けず劣らずの速さと威力で襲い掛かってくるのである。

 

 

「………………ッ!!」

 

 

完全に攻守が交代した瞬間であった。

 

 

レミリアがいくら弾幕を放とうともすべて霊夢の神々しいオーラによって打ち消され、逆に霊夢から放たれてくる弾幕がレミリアへとものすごいスピードで向かってくるのである。

 

 

霊夢がレミリアをすっと見据えているが、その眼は先ほどまでの霊夢のけだるいような目ではなく。なんとなく言葉に表せれない雰囲気がそこにはあった。

 

 

次第にレミリアを追い詰めていく霊夢。今度はレミリアが必死になる番である。

 

 

「………………クウッ!!??」

 

 

迫りくる弾幕をすれすれで躱しながら。反撃という反撃すらできないほどレミリアは追い詰められていくのだ。

 

 

「ッ!?」

 

 

オーラを纏った霊夢がレミリアを圧倒していく中。

 

唐突に霊夢が力を無くしたように脱力して。そのまま下降していくのであった。

 

 

 

 

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『紅霧異変』

 

 

約10年前、幻想郷に侵入して『吸血鬼異変』を起こしたレミリア・スカーレットが再び起こした異変であり。

 

 

14代目博麗の巫女『博麗霊夢』が就任してから数か月後、『スペルカードルール』が初めて制定されて初めての異変である。

 

 

レミリアは太陽の光を遮断するため、太陽の光を紅い霧によって覆った。

 

 

それにより、住人の体調が不調になったり気分が悪くなったりと悪影響が及ぼされてしまうことになる。

 

 

紅霧異変は 14代目、『博麗霊夢』が住人たちの体調被害を鑑みて初めての異変解決に向かった異変として記憶に新しい。

 

 

霧の湖の妖精たちをなぎ倒し、紅魔館の門番、そしてレミリアの従者を倒していった霊夢はレミリアへと最後の弾幕勝負を挑むことになる。

 

 

その戦闘は激戦を繰り広げられ、遠くからでもその激戦が見えるほどであったという。

 

 

『弾幕ごっこ』での戦闘でありながら、激しく戦闘を繰り広げられてはいたが、見たもの皆、その激しさとは裏腹にその弾幕が彩る『美しさ』に見入るものが大半であっただろう。

 

 

 

 

 

霊夢とレミリアの弾幕ごっこは長きにわたったが、多くの者たちが固唾をのんで見守っていた激戦にもとうとう決着がついた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

激戦が繰り広げられた後、観衆はみんな歓喜に沸いた。

紅い霧がすっかり消え去っていったのである。

 

 

そして、観衆はみな、その意味を理解した。

 

 

即ち『霊夢の勝利である』

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

「…………やれやれ、ここまで、とはな」

 

 

撃ち落とされたように気を失いながらゆっくりと降りてくる霊夢をしっかりと抱きとめたのはレミリアであった。

 

 

所謂『お姫様抱っこ』である。

 

 

対面したときは気だるそうに、そして生意気そうな雰囲気と口調であった霊夢だが、この時ばかりはすやすやと整った寝息を立てて、あどけない表情で寝ているのは年相応で可愛らしいものだ。

 

 

衣服は弾幕を回避したときにボロボロになっており、所々かすり傷もできているが、霊夢の少女らしく整った顔は健在である。

 

 

対するレミリアは比較的目立つような怪我も、衣服の綻びすらないように見える。

まだまだ万全で、続いての戦闘の余力を残しているようにも見える。

 

 

……………ただ一か所、素肌を晒し、素肌からは被弾の跡らしきものが浮かび、煙だっており、衣服もぼろぼろになっている右肩を除いて、

 

 

これは、気を失って下降していく霊夢を急いで抱き留めた後、突然の肩の痛みに気が付き、できたものである。

 

 

霊夢の弾幕にいつの間にか被弾していたという事実をレミリアははっきりと理解したのだ。

 

 

「……………負け、だな」

 

 

そう自分自身に言うようにつぶやいたレミリア。

 

ただその表情は悔しいといった感情ではなく。心底愉しいとばかりの笑顔であった。

 

 

「…………まぁ約束通り、霧は晴らしてやろう。よくやったな。博麗霊夢」

 

 

そう言って霊夢の頭を親のように、なでるレミリア。

 

 

「……………………ん」

 

 

霊夢はくすぐったそうに、それでいて心地よさそうに声を漏らす。

 

 

その可愛らしい姿にふっとレミリアは聖母のような笑みを浮かべる。

それは悪魔として恐れられていた姿とは正反対である。

 

 

「………強くなれ、お前はまだまだ強くなれる。」

 

 

レミリアは言い聞かせるように眠っている霊夢に告げる。

 

 

「しかし、数奇な運命だな。これは、私の予想していた運命とは別物。それも、寸前のところで覆してしまったとは…………。」

 

 

レミリアは安心したような顔をして眠っている霊夢を撫でながら言う。

 

 

「………末恐ろしいな。 だが、楽しみでもある」

 

 

自身の絶対的な運命を覆して、勝利という運命を私からつかみ取ってしまったこの眩いほどの輝きを放つこの原石に。

 

 

 

 

 

「お前は(運命) を破ったのだ。これからも、精進しろよ。博麗霊夢」

 

 

そう言って、大きな翼は手の中にある少女を守るように優し気なものであり、慈愛の笑みを浮かべながらゆっくりと霊夢の頭を撫でるレミリア。

 

一枚の絵かと思われる光景がそこにはあったのだ。

 

 

 

それは、紫が霊夢を迎えに来るまで続いたそうな。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

余談ではあるが、何か物欲しげな表情を浮かべた紫がレミリアにとって印象的だったのは覚えている。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

「……………………逃げられちゃった」

 

 

ぽつんと大穴が開いた先を見つめながら茫然とフランが立ち尽くしている。

 

 

夜明け近くになり、太陽が顔を出すころでもあるため、魔理沙を追うことができないのである。

 

 

『逃げるついでに、これ、借りていくぜッ!!』

 

 

逃げる寸前に、どこからか持ってきたのか魔導書を手に持ちながら箒に乗って逃げていった魔理沙。

 

 

大穴を開けたのはフランでもあるため、自業自得と言ってはそうなのだが。

 

 

「……………散々、暴れてくれたわね?」

 

 

「……………………ッ!!??」

 

 

背後からかけられる声にフランは無意識にビシッと背筋を伸ばして反応する。

 

 

ギギギとぎこちなく後ろ向いた先には、笑顔のパチュリーが。

 

その笑顔には何やら威圧感が。それはレミリアの放つ威圧感すら余裕で越えてしまうほどの威圧感が放たれているのである。

 

 

「…………それに、肝心の魔導書すら盗まれる始末、と来たわね」

 

 

「……………………パ、パチュリー?」

 

 

ゴゴゴと効果音が付くのではないのかというほどの威圧感がフランを震え上がらせる。

 

 

「…………ッ!??ご、ごめッ!!」

 

 

そこではっと自分の役目を思い出したフランは青ざめた表情を浮かべてパチュリーへと謝罪の言葉を口にしようとする。

 

 

「お仕置き、かしらね?妹様?」

 

 

 

 

 

 

その後、図書館内に、吸血鬼の悲痛な悲鳴が鳴り響いたらしい。

 

 

 

 

 

「…………………に、逃げられる…………?なら、今のうちにッ!」

 

 

「……………それは無理よ」

 

 

「……………あ、あやや、あはは」

 

 

 




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紅霧異変 ~後日閑話~

「………………これは、どういうことだ?」

 

紅霧異変が終結し、レミリアが紅い霧を消滅させてから翌日。

 

何とも言えず、呆れたような顔で、頬杖をつきながら座っているレミリア。

目の前には正座している3つの影が。

 

 

「侵入者と命令違反者と職務怠惰者よ」

 

パチュリーが『射命丸文』『フランドール・スカーレット』『紅美鈴』の順に棘のある言い方をする。

 

話を聞くには、『射命丸文』は言葉通り、無断で紅魔館の敷地内に侵入してきた烏天狗の様で、フランが本来の白黒の泥棒と勘違いして捕まえてきたそうだ。

 

 

『フラン』に関しては、確かに射命丸文を捕まえてきたのはお手柄だが、本来の白黒の侵入者『霧雨魔理沙』を捕まえることができずにとり逃してしまったのだ。

いや、まぁ、それだけなら仕方がないで済む話であるが、魔理沙を追う際、無駄に戦地を広げてパチュリーの図書館内が悲惨な状況になっているのだそうだ。

 

その事実がパチュリーの逆鱗に触れてしまったのだろう。

……………………まぁ、仕方がない。

 

とレミリアは納得した。

 

 

『紅美鈴』は、博麗霊夢と戦闘後、なぜか眠りについてしまったのだそうだ。

霊夢との戦闘後、図書館内にで増援にでも来てくれていたのなら、ある程度被害を抑えられたかもしれないし、そもそも、博麗の巫女以外に簡単に侵入者に入られてしまうのはどうなのか、という咲夜の言い分によって、結果的に有罪判決になってしまったようだ。

 

額にナイフが刺さっているのは、まぁ、見なかったことにでもしておこう。

 

 

「まぁ、そこの烏天狗は置いておいて、フランと美鈴から、だな」

 

 

「う~」

 

 

「あ、あはは、す、すいません……………」

 

 

力なくうなだれて唸るフランと、心底申し訳なさそうに謝る美鈴。

 

 

「…………まぁ、フランに関しては、烏天狗を捕まえたっていう功績が」

 

 

「……………ッ!!そうだよねッ!お兄様ッ!!」

 

 

「駄目よ」

 

 

「ッ!?」

 

 

「ッ!?」

 

 

とりあえず、射命丸文の捕縛という功績があるからという言い分に同調して、一気に元気になるフランであったが、パチュリーの一言で挫かれる。

 

 

「そもそも、妹様の役目は白黒の泥棒の捕縛のはずであったし、戦闘向きではない私の護衛役として派遣したのが目的でしょう、レミィ?」

 

 

「…………あ、ああ、そ、そうだな」

 

 

「むざむざ、魔導書を盗まれて逃亡され、その逃亡経路は妹様が破壊した図書館内、大穴から。まぁ、私も本意ではあったのだけれど戦闘せざるを得なくなってしまったわ」

 

 

「…………う、うん」

 

 

「本来与えられた使命を守れずして何が功績なのかしらね?レミィ?」

 

 

「……………う」

 

「………………」

 

 

有無を言わせないパチュリーの言い分に、ぐうの音も出ないレミリアとフラン。

 

 

「そ、それで、パチェは?」

 

 

「妹様には図書館内の後片付け、それと、大穴の修復だとか、魔導書の復元といった様々なことをやらせるべきね」

 

 

「……………そ、それでいいか?フラン」

 

 

「う、うん」

 

 

「ならいいわ」

 

 

そう言って、言いたいことを言い終えたとばかりに本を開くパチュリー。

 

 

「じゃ、じゃあ、次は美鈴に関して、だが。」

 

 

「お坊ちゃま。美鈴は罪状は職務放棄に近い居眠り。それに、侵入者に侵入を許してしまったこと、それに並んで紅魔館内にかなりの被害が出ましたこと。これら全て重い罪ではないでしょうか?」

 

 

「あ、あはは」

 

 

「………………い、いや、あの、」

 

 

「そうですね?お坊ちゃま?」

 

 

「…………は、はい」

 

 

「ありがとうございます。でしたら、美鈴は紅魔館の修理を第一に、妖精メイド達を指揮して、現場で働かさせます。それに、給料を半分カットで」

 

 

「……………えッ!!??」

 

 

「……………まぁ、それで、咲夜の気が収まるんだったら」

 

 

「お坊ちゃまァァァッ!?」

 

 

信じられないものでも見たかのような目でこちらを見る美鈴、若干縋るような目でこちらを見てくるのだが、目を合わせないように目を背けておいた。

 

 

「じゃ、じゃあ、フランと美鈴に関しての処遇はもう決まった。もういいぞ」

 

そう言ってフランと美鈴を開放して、紅魔館内での刑務作業に移らせておいた。

 

我慢ならず、こちらに抱き着こうとしてきたフランを引きずりながら連れ出すパチュリーには、終始有無を言わせない凄みがあった。

 

 

美鈴は咲夜に耳を引っ張られながら、連れていかれた。

 

 

「最後はお前だな」

 

 

「…………あ、あやや」

 

 

あははと苦笑してこちらへと愛想を浮かべる烏天狗。

 

 

「お前は……………」

 

 

「…………初めまして、清く正しい射命丸文と申します」

 

 

「…………まぁ、この状況になってしまっている時点で大半が破綻しているな」

 

 

「………………あ、あはは、そうですよね…………」

 

 

「しかし、どうしてこの紅魔館なんぞに侵入するのだ」

 

 

「いやですね?私、新聞出版を生業としておりまして、何かいいネタはないかなー……と」

 

 

「………………新聞?」

 

 

ピクッと、レミリアの体が動いた。

 

 

「……………ええ、あの、『文文。新聞』という新聞を出版しているのですが…………」

 

 

「『文文。』?もしや、これのことか?」

 

 

そう言って、レミリアが取り出すのは『文文。新聞』と書かれた新聞そのものであった。

 

 

「…………ッ!?そ、それです!それが私の出版している新聞です!」

 

 

そう言って、ものすごく食いついてくる射命丸文。

 

 

「あやややや!!感激ですねぇ!よもや、レミリアさんに読んでいただけるなんて思ってもいなかったです!」

 

 

「ああ、いや、適当に散歩していたら、捨てられていたのを偶然拾っただけなんだが」

 

 

「あぁ、そうなんですか………………」

 

 

途端に元気がなくなってしまった射命丸文。

 

人里ではある程度の人気を獲得しているのだが、天狗社会の中でもさほど人気がなく。記事が薄い割には派手かつ膨大な量で割増しているし、事実ではあるのだが、どうでもいいことをわざわざ大げさに脚光したりなど、デタラメゴシップ新聞として扱われている『文文。新聞』は、こういった道端に捨てられているなど、少なくはないのだ。

 

そういった事実を認識している文は、何とも言えない顔をしてしまうのだ。

 

 

「………………まぁ、お前の新聞に関してはな、中々面白かったんだ」

 

 

「……………………ッ!?そうですか!?」

 

 

バッと勢いよく顔を上げて喜色満面にレミリアを見つめる射命丸文。

 

ただでさえ、自分の新聞を楽しんで読んでもらっている読者が少ないのだ。

予想外の大物が読んでいるという事実と、面白いという言葉に再び元気を取り戻す。

 

 

「ああ!あそこまでどうでもいいことをわざわざ大胆に演出して面白おかしくしているのは滅多にみないからな!!なかなか新鮮だったな!!」

 

 

「……………………」

 

 

「そういったのが目的のゴシップ新聞物なんだろう?」

 

 

「……………あ、あはは……………」

 

 

すっかりと取り戻した活力すら失って、燃え尽きてしまった射命丸文。

 

死んだ目になって、哀愁を帯びていることなんて、熱心に『文文。新聞』がいかに滑稽で面白いかを熱弁しているレミリアには届くまい。

 

 

そうですよ、どーせ私は才能なんてないんですよ

 

 

「………………それで、今回の異変の件も新聞にするのか?」

 

 

「…………ッ!?あ、は、はいッ!!お許しいただけるのであれば、是非!!」

 

 

「ああ、いいぞ」

 

 

「本当ですかッ!?」

 

 

レミリアの言葉を聞いてまた嬉しそうな反応を返す文。

 

 

自分の新聞が云々に関しては、まぁ無視はできないが、とりあえず置いておくとする。

 

実際に異変の張本人であるレミリアと対面して、公認で新聞を書くことを認められたのは私しかいないのではないだろうか!

 

それに、ある意味不本意だが、本当に不本意だが、レミリアの『文文。新聞』に関しての印象はいいようだし、うまくいけばスポンサー契約に取り付けることができるかもしれない。

紅魔館に独自で関係を結ぶことができれば、天狗の中でも、差をつけることができるかもしれない。

 

そういった、メリット面での恩恵が大きいということを考えても、紅魔館との関係を結ぶことは絶対だ。

 

 

そう考えた文はすぐさま行動に移すことにする。

 

 

「では、日を改めて、今度お時間が合えば、異変とは別に貴方に関しての独自取材をしてもよろしいですか!?」

 

 

「……………ん?まぁ、いいが」

 

 

「ありがとうございます!!でしたら、その日に関してのご相談とお時間をですね………………」

 

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

「本日は、本当に有意義なお時間ありがとうございました!!」

 

 

「あ、ああ、喜んでもらえたら何よりだ。」

 

 

「今後とも、『文文。新聞』をよろしくお願いいたします!!」

 

 

そう言って、勢いよく空へ飛んで行った文を見送るレミリア・スカーレット。

 

 

独自取材の日にちと時間に関しての相談を受けていたと思ったら、今度の自分の話だとか、異変に関してだとかについていろいろ聞かれてしまった。

すごい勢いでズバズバ聞いてくるため、圧されてしまった。

 

 

「………………さて」

 

 

そして、レミリアは再び自室へと戻ろうとする。

今日はどのようにして一日を過ごそうか。

 

紅魔館の修理に関しては美鈴とフランを筆頭に妖精メイド達がやってくれるのだろうし、パチェと咲夜も掃除だとかに忙しいのだろう。

 

 

「………………お坊ちゃま?お話は終わりましたか?」

 

 

すると、咲夜が突然現れて、聞いてくる。

 

 

「ああ、もう終わった。私はこれから自室に向かうところだが。」

 

 

「あら?お坊ちゃまも紅魔館の修理ですよ?」

 

 

「……………………ん?」

 

 

「お坊ちゃまと博麗の巫女の弾幕ごっこの流れ弾で、紅魔館にかなりの被害が出たのですから。…………忘れたとは、言わせませんよ?」

 

 

「…………………はい」

 

 

その後、皆で紅魔館を修理した。

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

「ッ!!クッ!!」

 

 

「どうした!霊夢!まだまだ甘いぞッ!!」

 

 

「ッ!!ま、だ、まだッ!!」

 

 

場所は変わって博麗神社。

 

 

博麗神社では。霊夢と八雲藍が弾幕ごっこを繰り広げている。

 

 

先の異変に関して、偶然とは言え勝ちを得たものの、実質的に負けていたのは自分だと。

 

 

何か、レミリアに感じるものがあったのだろう。

 

 

霊夢は珍しく、修行に意欲を出し、起きてから今まで、修行に力を入れているのだ。

 

 

「甘いぞッ!」

 

 

「あぐッ!!??」

 

 

藍の弾幕が横腹にあたって吹き飛ばされる。

 

 

多少の痛みは感じるものの、立ち上がれないほどの威力なのではない。

 

しかし、起きてから今まで修行続きである、流石の霊夢でも疲労の色は隠しきれない。

 

 

「その程度で音を上げるな!霊夢!立ち上がれるだろう!?」

 

 

「くッ!!!」

 

 

その言葉にこたえるように、立ち上がろうとする霊夢。

 

 

「…………………負けない。次こそ、負けないッ!!」

 

 

立ち上がろうとする足が震えて、まともに立っていられないであろう。疲労の色が濃くなってまともに動けないのであろう。

 

 

だが、霊夢は辛抱強く。それでいてめげることなく立ち上がる。

 

 

「……………あいつに、レミリアにッ!負けない!!」

 

 

「……………………その意気だぞ!霊夢!!!」

 

 

立ち上がって、意思のこもった目を藍へと向ける。

 

 

藍は心の底から嬉しそうに答える。

 

 

(霊夢が、ここまで変化したのも、レミリアさんが大きな理由なんだろう。レミリアさんには感謝しかないな)

 

 

藍は、未だ向かってくる霊夢へ応戦しながらレミリアへと感謝の言葉を心の中で言う。

 

 

「足が止まっているぞ!的にでもなる気か!!」

 

 

そうして、藍は今日も嬉々として怒号を飛ばすのである。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「………………あら?私の役目って…………」

 

 

すっかり自分の式に役目を奪い取られてしまった紫は、一人、ぽつんと取り残されてしまったのだ。

 

 

余談ではあるが、異変解決後一週間ぐらい、何やら幸せそうな夢を見ながら眠る霊夢がいたとかいなかったとか。

寝言で「お母さん」と口にしているのは、誰の耳にも聞こえないのであろうか。



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宴会準備

紅霧異変解決から一週間後、ある程度は紅魔館が修復され、慌ただしさから解放された紅魔館では、異変に携わった者達同士で宴会をする計画を企てていた。

 

基本的には異変解決に動いた『博麗霊夢』と『霧雨魔理沙』を招待した。

後者は、目的が魔導書?であり、悪く言えば盗人なのだが、霊夢の親友枠でもあったため、招待しないわけにはいかないだろうとレミリアは判断した。

 

今日から数日後、紅魔館で宴会を始めるため、再び紅魔館は宴会の準備で慌ただしい生活が始まるのだ。

 

 

 

 

「一班!ここが終わったら次はエントランス!」

 

「「はいッ!!」」

 

 

「二班ッ!貴方達は紅魔館の未だ修理されていない箇所の修理作業!」

 

 

「「「了解ッ!!」」」

 

 

「三班ッ!!メモに書いてある食材、飲み物、食器等、買い出しッ!!散会して協力して物事に当たる様にッ!!」

 

 

「「はッ!!」」

 

 

「四班は……………………」

 

 

当然、メイド長『十六夜咲夜』の指揮を中心に、きびきびと妖精メイド達が咲夜の指示を得て行動に移している。

 

本来、妖精メイド達は、その名の通り『妖精』という種族である。

 

基本、妖精たちはいたずら好きであり、子供っぽい性格の持ち主が多い。

 

 

だが、紅魔館の妖精メイド達は紅魔館の教育を受けて、子供っぽい性格が鳴りを潜め、皆、従者としての自覚と誇りをもって自分の上司である『十六夜咲夜』そして自分たちの主である『レミリア・スカーレット』その他、紅魔館主要メンバーに忠誠を誓っている。

 

 

メイドとして、そして戦闘面でも練度が高く。妖精たちの間では、紅魔館の妖精メイドという称号をうらやんでいる者もいるとかいないとか。

とりあえず、妖精たちの中でも妖精メイドという仕事は羨望の的のようだ。

 

彼女たちは、自分たちの主に崇拝以上の忠誠心を抱いており、吸血鬼異変後から紅魔館に仕えている者達が大半である。

ならば、基本的に新参であるメイド長『十六夜咲夜』に関して何か不満はないかと聞いたら。皆が皆、無いと答えるだろう。

 

彼女たちは自分たちの主の命令には基本従順である。

 

さらには、『十六夜咲夜』が稀代の逸材であるということを認め、自分たちよりも能力が上だということを理解している。

ならば、自分たちの上に立っていてもおかしくはない。といった考え方なのだ。

 

 

人間である十六夜咲夜の指示に素直に従うのはそういった観点からだ。

もちろん、自分たちの上に立つにふさわしくないと感じたらまた別の話になるのだろうが、ここではどうでもいいことだ。

 

 

そんなメイドとしての精鋭である紅魔館妖精メイド達は、様々な仕事に応じて班ごとに分けて物事に取り組んでいる。

 

一班は掃除、二班は修理、三班は買い出しなど。

 

その班の中でも妖精メイドの中でリーダー格のような人間が事細かに指示をしている形をとっており、上司である咲夜の命令をくみ取って自分たちで考えてより潤滑に物事に取り組んだり、行動に移す等。

各班で様々な工夫を凝らしているのだ。 …………………社会人の鑑である。

 

そんな迅速かつ正確な仕事をこなしていく妖精メイド達の様子を見ていきたいと思う。

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

ここは、紅魔館のとある廊下の一部分である。

 

ここの廊下を掃除している妖精メイド達も、班での役割である廊下の掃除を受けてここの掃除を行っている。

 

 

「………………ねぇ」

 

 

「ん~?なに?」

 

 

ここでは、2人の妖精メイドがここの廊下の掃除を担当されている。

 

彼女たちは紅魔館の妖精メイド達の中では比較的新人である様だ。

 

 

「前から思ってたんだけど」

 

 

「………うん」

 

 

「いっつもそこの窓を掃除しているよね」

 

 

「…………うん」

 

 

「どうして?」

 

 

「……………………」

 

 

新人二人、同じ時期に紅魔館に働くことになった同僚二人同士であり、二人は仲がいい。

しかし、毎日無駄口を叩くことすらできない先輩たちの雰囲気に圧されていたために、二人っきりの時にずっと聞きたいことがあったのだろう。

 

モップをもって廊下を掃除している妖精メイドが、紅魔館の数少ない窓を拭いている友人の妖精メイドへと聞く。

 

 

どうやら、窓を拭いている妖精メイドは今日が初めてではないようだ。毎日の掃除でいつもここの窓を拭いているらしい。

 

 

「………特別に教えるよ?」

 

 

「うん」

 

 

「ほら、こっちきて、あっちを見てみてよ」

 

 

「うん……………ッ!!??」

 

 

さて、二人の妖精メイド達が窓越しに見た光景。

 

それは、ベランダで、優雅に椅子に座りながら紅茶を嗜んでいる敬愛する主である『レミリア・スカーレット』本人の姿である。

 

 

「ねっ!?ここ、ベランダが見通せて、お坊ちゃまの御姿が拝見できるんだよッ!!??」

 

 

「………………ホントだ」

 

 

二人、一方ははしゃぐように、片方は、予想外の光景への驚きと尊さが入れ混じって茫然としてしまう。

 

 

優雅に外を眺めながら、ゆっくりとティーカップと持ち上げて、ティーカップに口付ける姿は正に一枚の肖像画。

 

ティーカップから口を話し、ほうっ………と息を吐く姿は何とも言えない、忠誠心が鼻から出そうな尊さを感じてしまう。

 

 

二人は、その光景に目を奪われ、自分の役目を一瞬忘れて見入ってしまう。

 

 

「…………………ねぇ」

 

 

「…………………やだよ」

 

 

モップで掃除していた妖精メイドが唐突に切り出した。

 

が、即座に返ってきたのは拒絶の一言。

 

まだ用件も言っていないが、ある程度、予測ができる。

大方、窓の掃除を変わってくれ、とでも言うつもりなのだろう。または、それと似たようなことを。

 

 

拒絶の言葉が放たれた瞬間、その場の雰囲気がピリッとしたものに変化した。

 

 

「…………………友達でしょ?」

 

 

「……………都合のいい時に、友達という関係を利用しないでくれる?」

 

 

「……………………」

 

 

「……………………」

 

 

スッと、二人は距離を離して、冷たい雰囲気のまま、両者睨みあう。

 

 

「いいじゃん!散々皆に黙っていい思いしてきたんでしょ!!」

 

 

「やだよ!!ここは私だけの特権!特別に教えてあげたけど、それとこれとは話が別だよ!!!」

 

 

「友人に、気を利かせなさいよ~ッ!!!!」

 

 

「だったら、友人に、遠慮しなよ~ッ!!!!」

 

 

「「む~~~~ッ!!!!」」

 

 

二人、エゴとエゴのぶつかりで揉み合う。

その二人の激しい攻防を繰り広げ、また再び距離を離す。

 

 

「……………これじゃあ、埒が明かないわねッ!!」

 

 

「……………望むところだよッ!!!」

 

 

両者、妖気を纏わせて、第二ラウンドが開幕されてしまう。

 

 

「こらッ!!そこッ!!何してる!!」

 

 

「「!!!???」」

 

 

そんな二人が今にも衝突するのではないかというときに、遠くからの怒号の声が聞こえ、二人体を震わせ、一瞬でピシッと背筋を伸ばす。

 

遠くから向かってくるのは、自分たちの先輩であり、この班を統括して指示する上司である妖精メイド。

己にも他者にも厳しいストイックな性格の持ち主であり、新人である彼女たちの間では、いい上司ながらも怖い人ひとだという認識がある。

 

 

「お前たちッ!!休んでいる暇はないだろう!!何してる!」

 

 

「はいッ!!すいません!」

 

「ごめんなさいッ!!」

 

 

険悪な雰囲気を醸し出していた二人は、一瞬の内にその雰囲気がかき消され、背筋を伸ばした体で90度の綺麗な謝罪をする。

散々怒られて、次第に身体に染みついた謝罪である。

 

 

「手を休ませている時間なんてないッ!ここが終わったのなら次のフロアに行けッ!!」

 

 

「「はいッ!」」

 

 

「駆け足ッ!!」

 

 

「「はいッ!!!」」

 

 

先輩の怒号でわたわたと、駆け足で次のフロアへと移動していく妖精メイド二人。

 

 

「まったくッ!!」

 

 

はあ、とため息交じりにそう言った先輩メイド、おもむろに窓の方を見る。

 

 

「………嗚呼、本日も麗しく、尊い御姿…………ッ!!??いかんッ!!!」

 

 

窓の向こうにある敬愛する主の姿を惚けた表情で見つめる先輩メイド。

そして、すぐに自分の異常に気が付いて、鼻を抑える。

 

 

こんな姿を見られてはいけないと、先輩メイドも急いでその場から離れていくのであった。

 

 

 

 

 

 

 

紅魔館内では、メイド間で、ある取引がされているらしく、メイド長である『十六夜咲夜』もその取引を黙認しているらしい。

主である。レミリア・スカーレットに内緒で。

 

その取引されるものの大半が、とある吸血鬼絡みの物であったらしいのである。

 

 

果たして、その真実は如何に。

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

「………………招待状?」

 

 

「ああ、紅魔館のレミリアから、霊夢、お前にだ」

 

 

ここは、博麗神社、霊夢と藍が修行を終え、一息ついた時に藍がある一枚の紙、それもしっかりした創りの紙を一枚霊夢に渡した。

 

 

「何これ…………宴会?」

 

 

「ああ、なんでも、異変解決後に親睦でもどうかとあちらからのご招待だ」

 

 

「…………ふーん」

 

 

霊夢は、受け取った招待状をまじまじと見つめる。

表面をじっと見た後、今度は裏面に何か書いてあるのかと、用心深く確認している。

 

ふと、霊夢は気になることがあった。

 

 

「…………『霧雨魔理沙』?なんであいつも一緒なの?」

 

 

「……………うん?一緒に異変解決に向かわなかったのか?」

 

 

「……………知らないわよ。私一人で紅魔館に向かったもの」

 

 

招待状の参加者、招待者をぱっと見て、『霧雨魔理沙』の名前があることに霊夢は疑念に思ったのだ。

 

異変解決に向かったのは、私だけであり道中、魔理沙との遭遇もなかった。

 

 

そこで、霊夢の中で一つの考えが浮かび上がる。

 

 

どうせ、変な研究ばかりしている変人だ。

紅魔館に何か面白い物を探しに潜り込んだのだろう。

 

魔法使い兼、盗人のあいつのことだ。

 

勝手に人目を盗んで侵入したのだろう。

 

 

「はあっ……………………」

 

 

霊夢はそこまで考えて、改めて自分の友人である魔理沙がいかに厄介者かというのを再認識して、ため息を吐いた。

 

 

「それで、どうなんだ?行くのか?」

 

 

「……………………」

 

 

霊夢は藍の言葉に少しだけ考える。

 

異変解決で敵として相対したばかりだ。

まぁレミリア自身、あまり気にしない性質なのかもしてないが。その従者とかがどうかは解らない。

 

霊夢自身も、ある意味ではレミリアを超えるという意思がある以上、一種の敵意の様なものを感じているのかあまり気乗りがしない用件だ。

 

 

「……まぁ、誘われたからには、行かないと失礼ね」

 

 

「そうか、なら、楽しんで来い」

 

 

誘われたからには行かなければ、とは言うものの、霊夢には別の考えがあった。

 

 

紅魔館には興味がある。特にレミリアに関して。

少しばかり、レミリアには敵意があるのだが、それとはまた別に何やら落ち着くような、不思議な感覚が最近感じるようになってしまった。

 

それに、魔理沙も来るんだったらとりあえず何とかなるだろう。そんな確信が霊夢にはあった。

 

 

……………それに、毎日油揚げ料理生活にも飽きが来たし。

 

ここ最近の食生活から脱せるんだったら、受けない手なんてないだろう。

 

霊夢は、数日後の宴会に期待をはせた。

 

 



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宴会 (前編)

何も起こらないはずもなく


今日も月明かりが眩いほどに辺りを照らしていく今宵。

その月明かりが、二つの影を捉え、二つの影を照らしていく。

 

 

「……な、なぁ?本当に行くのか?」

 

夜空に空を飛ぶ二つの影、片方の影があまり気乗りしないような口調で相方に問いかける。

 

 

「………さっきからしつこいわね。そんなに嫌なの?」

 

 

「そ、そういうわけじゃないんだが…………」

 

 

「……ほら、見えてきたわよ」

 

 

「……………う」

 

二つの影が目を向ける先には、夜でも紅々しく、見方によっては一種の恐怖を煽ってしまうような見た目である『紅魔館』がそこにはあった。

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

「ようこそいらっしゃいました。お客人の『博麗霊夢』様と『霧雨魔理沙』様ですね?」

 

 

「ええ」

 

「………………あ、ああ」

 

 

先ほどの空を飛んでいた二つの影、博麗霊夢と霧雨魔理沙が紅魔館の門前に降り立つと、そこには、異変の時の衣装とは違って、パーティにふさわしい衣装を身に着けた『紅美鈴』の姿であった。

 

 

「では、早速会場の方にご案内いたします。と、その前に、霧雨様とは初対面ですので、改めて自己紹介をいたします。紅魔館の門番をしている『紅美鈴』と申します」

 

 

「あ、普通の魔法使いの『霧雨魔理沙』だぜ………です」

 

 

目の前の案内をするといった紅美鈴の綺麗な一礼と言葉遣いに気を抜かれ、その雰囲気に圧せられ、少しだけ変な挨拶を返してしまう魔理沙。

 

霊夢はといえば、目の前の門番とは二度目ではあるが、初対面時の好戦的な一面とはかけ離れている現在の姿に少しだけ驚いたが、それより目に見えて緊張しているのがまるわかりな魔理沙の姿が新鮮に、それでいておかしく感じられ、少しだけ苦笑を浮かべてしまう。

 

 

そんな笑みを見た魔理沙が小声で「な、なんだよ」と気恥ずかしそうに言う姿もなんだか可笑しかった。

 

 

「では、会場の方へご案内いたします。どうぞこちらへ」

 

 

そう言って、門を開けて、ついてくるように促してくる美鈴。

 

 

「ほら、行くわよ」

 

 

「う、か、覚悟を決めるぜ…………」

 

 

そして、素直についていく霊夢と何やら決心したように霊夢の後ろへついていく魔理沙。

 

三人は、紅魔館の宴会会場へと足を進めていくのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

紅魔館の宴会の招待を受け、宴会に参加することになった霊夢と魔理沙。

この詳細は昨日か一昨日にさかのぼる。

 

 

その日は珍しく焦ったような面持ちで博麗神社に訪れる魔理沙の姿からだった。

 

 

「な、なぁ、霊夢、これなんだか知ってるか?」

 

 

そう言ってこちらに見せつけてくるのは一枚の紙、霊夢には見覚えのある紙だった。

 

 

「………ただ単に宴会の招待じゃない。紅魔館の」

 

 

「……………だよなぁ」

 

 

紅魔館からの宴会の招待の件が書かれてある一枚の招待状。

これに、何やら好ましくない反応をする魔理沙。

 

 

「………なぁ、お前も、これ貰って」

 

 

「ええ、貰ったし、行くことにするわ。せっかくのタダ飯だし」

 

 

「…………そっか」

 

魔理沙の問いかけにすんなりと答える霊夢。

これに対して大方予想はついていたのか複雑な顔をする魔理沙。

 

 

「魔理沙もくるんでしょ?」

 

 

「あ、いや!そ、そうだな、わ、私はその日用事が………」

 

 

「何言っているのよ、毎日、研究するか、盗みを働くかのどっちかなんだから用事なんてあるわけないでしょ」

 

 

「……………う」

 

 

「魔理沙も来なさい。せっかく招待状をもらったんだから行かないのも失礼でしょ?」

 

 

「そ、それも、そうなんだが…………」

 

 

「友人に一人で行けっていうのも酷でしょう?付き合いなさい」

 

 

「……………………あ、ああ」

 

 

こうして、なぜか渋る魔理沙を説得という名の強制によって紅魔館の宴会に行かせることにこじつかせた。

 

まぁ、霊夢にとっては、魔理沙のことはよく知っているものだから、どうせ、紅魔館で何やら後ろめたいことでもしてきたんだろうと当てをつけていた。

例え、そうであったとしてもたまには問題児である魔理沙にお灸を据えて貰おうと考えて、敢えて知らないふりをした。

 

 

なんだかんだ言って付き合いがいい魔理沙のことだから、こういう風に言っておけば付いてくるだろう。

 

長年、魔理沙と友人として付き合ってきたわけじゃない。

魔理沙の弱みを逆手にとって利用してやった。

 

 

毎度毎度 魔理沙に振り回されている霊夢にとって、今回の件は少しだけすっきりとしたひと時であった。

 

 

そんなこんなで宴会当日、やっぱりついてきた魔理沙が道中、何度もやっぱり行きたくない等、何度も言っていたのだが、結局紅魔館に到着してしまった。

それで、何だか意を決したように紅魔館へと入館していくのである。

 

 

「到着いたしました。会場はこちらになります」

 

 

そう言って、目の前の扉を開いてそういう美鈴。

扉の向こうへと一歩足を踏み入れるとそこは、とてつもなく広い会場だった。

 

 

「………ッ」

 

 

「…………ふわ~」

 

 

霊夢と魔理沙、両者様々な反応をする。

無言だが、少しだけ顔に驚愕の色を出す霊夢と、変な声で感嘆の声を漏らす魔理沙。

 

 

目の前の光景は、目を見張るものであった。

 

 

目の前は、宴会を一足先に楽しんでいる妖精メイド達。

無礼講の様で、何やら楽し気に談笑しながら、楽しんでいるようだ。

 

はしゃいでいる妖精メイドもいるにはいるが、ある程度節度を守っている様子が見て取れる。

 

しかし、大勢の妖精メイド達と、その数えきれないほどいる妖精メイド達全員が入ってもまだまだ余裕のあるこの広い会場。

そんな壮観な見た目に霊夢と魔理沙は驚愕したのだ。

 

 

「ようこそいらっしゃいました。『博麗霊夢』様、『霧雨魔理沙』様」

 

 

「……………………ッ!」

 

横から声がかかり、そちらに向いてみると、メイド服の従者。

 

 

メイド長である『十六夜咲夜』だ。

 

 

「………………あんた」

 

 

「主である『レミリア・スカーレット』はこちらでお待ちしております。どうぞこちらへ」

 

 

無表情ながら、綺麗な一礼をしてこちらについてくるように言う咲夜。

 

顔を上げた瞬間、その眼には、霊夢に対する敵意の様なものが紛れ込んでいたのを霊夢は見逃さなかった。

負けじとこちらもその一瞬の内にやり返してやった。

 

 

「………………行くわよ」

 

 

「あ、ああ」

 

 

そう言って咲夜の後をついていく霊夢と魔理沙。

 

 

霊夢はこの先に待っている奴の姿を頭に浮かべながら気を引き締める。

魔理沙も別の意味で気を引き締めるのである。

 

 

「お坊ちゃま、お客人二名をお連れいたしました」

 

 

「………………む、そうか、ご苦労だった」

 

 

咲夜の案内に従って、後についていくとそこには他よりも一段と大きなテーブルクロス、霊夢と魔理沙の名前が書かれたネームプレートと空いている2つの席。

 

その近くで片手に赤紫色の飲み物が入っているワイングラスを持ちながら空を眺ているレミリア・スカーレットの姿であった。

見た目が幼いながらも、優雅にワイングラスを手に持ちながらゆったりと座っているレミリアの姿は、何か背徳感のようなものを感じられてしまう。

 

咲夜が一声かけると、気が付いたようにこちらへと目を向けるレミリア。

霊夢と魔理沙の姿を確認すると、その場に立ち上がる。

 

 

「ようこそ、お客人たち。紅魔館へようこそ。歓迎するぞ」

 

よく来てくれたといわんばかりに喜色の笑みを浮かべるレミリア。

 

 

「………え、ええ」

 

 

「………は、はい」

 

霊夢は、異変の時の強者、言わば覇者のような風格から一変、人好きのする笑みを浮かべてくるレミリアに困惑の色を隠せない。

 

 

魔理沙に関しては、驚きの連続でもはや本来の自分の口調ではなく、珍しく敬語口調になって答えてしまっている。

 

 

「さ、立っているのも何だ。こちらに座ってはどうかな?」

 

 

そう言って 手で二人のネームプレートで示されている席へ座る様に促すレミリア。

別に二人は何の異論もないため、素直に従って席に着く。

 

 

「さて、今回は紅魔館が開催する宴会へと足を踏み入れてくれたこと、嬉しく思う。先の異変で知り合った仲なのだから、ここらで交流を深めておくのも悪くはあるまい。紅魔館の祝宴を純粋に楽しんでくれたら嬉しい」

 

 

席に座った霊夢と魔理沙に向けてそう言うレミリア。

 

「ええ、そうするわ」

 

 

「そ、そうさせていただきます」

 

 

「ところで、アルコール系、酒は飲めるか?」

 

 

「ええ、問題ないわ」

 

 

「問題ない……です」

 

確認を取る様に問いかけてくるレミリアに平然と返す霊夢と、おどおどと返していく魔理沙。

 

普段の魔理沙と今回の魔理沙とは借りてきた猫だ。

 

 

「フフッ………そう固くならなくてもいい、普段通りにしていても構わないぞ。魔理沙」

 

 

「………あ、はい。ああいや、そ、そうさせてもらうぜ」

 

 

過度に緊張している魔理沙をおかしく感じたのかどうかは知らないが、ふっと微笑んでそういうレミリアに対して、顔を赤らめて返答する魔理沙。

 

 

そんなこんなで数分、いや、数十秒もしないこの会話の間、いつも間にか霊夢の魔理沙の手元に中身が入ったワイングラスが置いてあった。

 

赤紫色に透き通る液体。ほのかに香るアルコール。それから編み出したこの液体はワインであるということが理解できる。

 

 

「………………ッ」

 

 

「………………えッ!!??」

 

 

突然現れたワイングラスに若干驚く霊夢だが、よくよく考えると、こういうことができる奴がここにいたなと納得する。

魔理沙に関しては突然出現したワイングラスに対して驚愕の色を隠せず、目を丸くしてワイングラスに目を向けている。

 

 

「すまないな、突然ワイングラスが置いてあることに驚くのは無理もない。少々、時を止めれるいたずら好きな私の従者がしでかしたことだ、許してくれ」

 

 

「フフ、申し訳ございませんわ」

 

レミリアが謝罪の言葉を口にする。

目を向けるといつの間にか咲夜が控えていた。

 

 

フフッと微笑んでいるその顔は、いたずらが成功したとでも言いたげな笑みだった。

 

「さて、ワイングラスも渡ったことだし、そろそろ乾杯と行こうか」

 

 

そう言ってレミリアは、手に持っているワイングラスを霊夢と魔理沙の方へ向ける。

 

 

その言葉を聞いて、霊夢と魔理沙もレミリアの方へ、ワイングラスを近づける。

 

 

「私たちにとって、こっち(幻想郷)で客人を迎え入れるのは初めてなんだ。いろいろ聞きたいことも多くある」

 

ワイングラスを近づけながら、レミリアはそういう。

 

「だが、出会いは異変ではあるが、これも何かの縁だ。ひとまずは、私たちのこの出会いに感謝しよう」

 

 

「そして、これからの両者の繁栄と、私たちの友好が今度も続くことを願って」

 

 

そう言って、レミリアはワイングラスを掲げる。

 

 

霊夢と魔理沙もワイングラスを掲げる。

 

 

「乾杯!」

 

 

「乾杯」

 

 

「か、乾杯!」

 

 

そうして、今宵、紅魔館の宴会に霊夢と魔理沙という華を加えた宴会が今、始まった。



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宴会 (後編)

紅魔館で始まった異変解決後の宴会。

 

 

この異変に関わった『博麗霊夢』と『霧雨魔理沙』を招き、緩やかに宴会が始まった。

 

しかし、この宴会も緩やかに、穏やかに終わるはずもなく・・・。

 

 

「あははッ!!もっとのめ~!!」

 

 

「よっしゃ!負けてられないぜッ!!」

 

 

「チ、チルノちゃん……………」

 

 

「大ちゃんだってもっと飲みなよ!あんまり飲んでないじゃん!」

 

 

「わ、私はいいよ!あっ!?ちょ!?やめてッ!!??」

 

 

「あはは~、もっとやっちゃえ~!」

 

 

 

 

 

 

 

「後片付けが面倒だし、せいぜい面倒事なんて起こそうなんて考えないことね」

 

 

「それはあんた次第ね。木偶の棒みたいにそこらへんに立っとけばいいんじゃない?」

 

 

「そういうわけにはいかないわ。メイド長の立場ながら色々やることがあるもの。………そうね、例えば、紅白色のゴミ掃除。とかかしらね?」

 

 

「…何よ、やろうっての?」

 

 

「……フッ、御所望とあらば、いつでも」

 

 

「……いい度胸じゃない」

 

 

 

 

 

 

「…………………」

 

 

「お兄様!こっちもおいしいよ!」

 

 

「………ああ!……そうだな」

 

 

「フフッ、お兄様も、美味しそう♡」

 

 

「…………………」

 

 

レミリアが目を向ける先にはいつの間にか宴会に参加していたチルノがこれもいつの間にか仲良くなっている魔理沙と一緒に飲み比べをしている光景。

 

これに『大ちゃん』と呼ばれている『大妖精』が止めに入ろうとするも、チルノによってあえなく撃沈。

 

その光景を愉しそうに笑いながら飲んでいる『ルーミア』

 

チルノが飲んでいるのはジュースなはずなんだけど、絡み方が酔っ払いのそれなことにレミリアは少しだけ疑念に思いながら目を背けた。

 

 

 

今度は霊夢の方向へと目を向ければ、咲夜と色々険悪な雰囲気を醸し出していて、堰を切ったらすぐにでも殺り合う雰囲気だ。

 

 

レミリアはそれはいけないと止めようと間に入ろうとしたのだが、霊夢と咲夜がなんだかんだあって飲み比べの競争に移行してしまったため、それはそれでいいかと席に座りなおす。

 

 

流石に場を理解している様で、レミリアは安心した。

 

 

でもなんだかんだ言って仲いいんじゃないかとレミリアは思い始めたのである。

 

 

 

 

一息ついたと思えば、隣からフランが寄ってきた。

 

 

一見普通に会話していたため、安心していたら。突然妖しい雰囲気でこちらを見るもんだからレミリアは言葉を失ってしまった。

 

 

顔は赤く紅潮しているため、酒に酔っているということはすぐにわかった。

 

レミリアの腕に擦り付けるように頬をくっつけながらレミリアに抱き着いている。

 

 

「レミリア、宴会はどう?盛り上がってる?」

 

 

困ったような表情で目の前の惨状を見ているレミリアであったが、突然その近くに『スキマ』が発生し、そこから中身の入ったワイングラスを手に持って声が掛けられる。

 

 

「………見ての通りだよ。色々な意味で盛り上がっているさ、紫」

 

 

「……あら、……えぇ、そうね。盛り上がっている様で何よりだわ」

 

 

『スキマ』からの声の主、八雲紫にそう返すレミリア。

 

紫も目の前の光景を改めてみてみると何とも言えない表情でレミリアに声をかける。

 

 

「……ところで、レミリア、そこのフランちゃんは…………」

 

 

「…………………」

 

 

「ああ、酒に酔っている様でな」

 

 

改めて紫はレミリアに向き直り、腕にひっついているフランを見る。

フランはレミリアの腕にひしっとくっつきながら、キッと紫を睨みつける。

 

紫も少しだけ、いや、特に意味はないはずだが、ムッとしてしまったので、フランを睨みつける。

 

 

「…………………」

 

 

「…………………」

 

 

「…………フッ」

 

 

「…………ッ!!」

 

 

「……?どうした?フラン?紫?」

 

 

にらみ合うフランと紫。

言葉を交わしていないがある程度両者の思惑が理解できるようで不敵な笑みを浮かべ始めるフランと悔しそうに顔をゆがめる紫。

 

 

『どうぜお前にはお兄様に抱き着くだけの度胸がないんでしょ?このヘタレ』

 

とでも言いたげなフランの笑み、いや、恐らく言葉無しにそう言っているのだろう。

 

 

「……………むう」

 

 

「…………ッ!?」

 

 

「…あぁッ!?お、おい、紫?どうした!?」

 

 

とうとう紫も我慢の限界だ。

吸血鬼の小娘に煽られる訳にはいかない。

 

 

負けじと紫もフランが抱き着いているレミリアの腕とは反対の方に抱き着く。

 

フランは少しだけ驚愕の色を見せたが、すぐに敵意剥き出しの表情に変わる。

 

 

レミリアも突然の紫の行動に戸惑いを隠すことが出来ず、両方の腕が防がれてしまったため、まともに動かすことが出来ず、なすがままだ。

 

 

「…………………」

 

 

「…………………」

 

 

フランと紫も未だ睨み合っている。

 

 

どきなさい泥棒猫。黙れ小娘。

 

とでも目で牽制しあっているのだろう。

 

 

 

「……………う、うー?」

 

 

そんな険悪な二人の間に挟まれて、困ったような表情で、しかしこれといって解決策があるわけでもない。

 

 

視線を左右へとキョロキョロと動かしていくが、これといっていい案が思い浮かぶはずもなく。

 

 

切羽詰まっている様子で思わず声にならない声が出た。

 

 

「あはは!そのていどか~!」

 

 

「へッ!まだまだだぜ?」

 

 

「あ、あはは~、お、おつきさまが見えますぅ~。ピ、ピカピカ光って……」

 

 

「あはは!やれやれ~!」

 

 

 

 

 

「………その程度で潰れるのかしら?メイド長とやらも大したことないのね」

 

 

「………あら、この程度水と同じよ。貴女こそ、もうしんどそうだけど?博麗の巫女も底が知れるわね」

 

 

「……ふん、言ってくれるじゃない。それなら、完全にあんたが潰れるまで付き合ってやろうじゃない」

 

 

「………望むところ」

 

 

そんな賑やかで、色々な場所で修羅場が巻き起こっているが、紅魔館での宴会はまだまだこれからである。

 

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

「………すー、すー」

 

 

「………うう、お酒がぁ、お酒がぁ………」

 

 

「………すう、すう、」

 

 

「………飲み過ぎたぜ」

 

 

 

 

 

「………………すー」

 

 

「……………………」

 

 

宴会もそろそろ終わりを迎え、チルノ達は疲れ切ったように眠っている、……………ただ、一人だけ、うなされてはいるようだが。

 

恐らくあちらでの飲み比べに勝ったのだろう魔理沙が痛む頭を押さえてふらふらとなっている。

 

 

霊夢と咲夜に関してはどちらも酔いつぶれてしまったようで今では仲良く眠っている。

 

 

酔いつぶれる時も両者仲良くダブルノックダウンだ。

 

 

「……ううん……おにいさまぁ」

 

 

レミリアの腕には未だ気持ちよさそうに眠ってはいるものの、抱き着いて離さないフランの姿。

紫は少し前に帰っていった。

 

「……楽しんでくれた様ね。白黒の魔法使いさん?」

 

 

「……う、あ、ああ、おかげさまで…………………ッて!?げぇっ!?お前は!?」

 

 

「………まだまだ余裕そうだから、これから私に付き合ってもらおうかしら?」

 

 

「…………あ、いや、その、あ、あはは」

 

 

「そうね、人間ではあるけど、魔法使い。一応同業の誼。貴女の魔法に関して少しだけ興味があるの。それに、魔導書に関しても、ねぇ?」

 

 

「あ、あはは、わ、私はこれで退散させていただきます、だぜ…………」

 

 

「……こぁ」

 

 

「かしこまりました!!」

 

 

「うわッ!?なんだお前!?やめッ!?ちょっ!?放せって!!」

 

 

「ええ、盛大に歓迎させていただくわ。そう、盛大に、ね。色々話したいこともたくさんあるもの」

 

 

「た、助けてくれ~ッ!!霊夢ッ!れいむ~~!!」

 

 

そう言ってパチュリーに捕まって地下室の方へと引きずらられながら霊夢に助けを求める魔理沙ではあるが、当の本人は酒に潰れて眠ってしまっている。

 

 

そんな魔理沙の悲痛な声は眠っている友人には届かず、魔理沙にとって地獄となるであろう場所へと引きずり込まれてしまった。

 

 

「……………とりあえず、運ぶか」

 

 

レミリアは酔いつぶれてしまっているチルノ達、咲夜と霊夢、フランを寝室に運んでしまおうと考えた。

 

 

そして、まずは抱き着いているフランから運んでしまおうと、フランを横抱きにして立ち上がり、フランの寝室へと進んでいく。

 

 

「……………全然、飲めなかったな」

 

 

少しだけ、残念そうな声でそんな不満の声をぽつりと漏らすのであった。

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

宴会の場で酔いつぶれてしまっている皆を寝室へと運んで行ったレミリアは、流石に全然酒を飲むことが出来なかったことに満足がいかず、夜空を見ながら一人で楽しもうと屋上へと出た。

 

 

手にはワインとグラスを持って。

 

 

「……あれ?お坊ちゃまじゃないですか!」

 

 

「……ああ、レミリアさん、こんばんは、お邪魔しています」

 

 

屋上には先客がいたようで、『紅美鈴』と『八雲藍』がそこにはいた。

 

 

「む、どこにいたかと思ったら、こんなところで飲んでいたのか?」

 

 

「はい、賑やかな所で飲むのもいいんですが、たまには静かな場所で、と思いまして」

 

 

「私も美鈴さんと同意見です。どうにも騒がしい場所は私には合わない」

 

 

「そうか、私自身、あの場所が混沌とし過ぎて碌に飲めなかったんだ。ご一緒させていただこう」

 

 

「ええ、どうぞ!」

 

 

「ええ、飲み仲間が増えるのはいいものです」

 

 

そう言って美鈴と藍はもう一人分のスペースを作る。

そこにレミリアは腰を掛けて、3人は夜空を眺めて談笑をしながらゆっくりとお酒を楽しむのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

余談ではあるが、レミリアが霊夢を寝室へと運んでいる時、霊夢を客室へと運び、ベットに寝かしつけてやったときに眠っている霊夢がポツリと『お母さん』という寝言を漏らしてしまったそうだ。

 

 

 

 

 

 

翌日、霊夢と散々飲み比べをしていた咲夜や、無礼講ではしゃいでいた妖精メイド達に関して 当初から心配していた 咲夜をはじめとする妖精メイド達が羽目を外し過ぎて、二日酔い等でまともに動けないであろうことを危惧していたレミリアだったのだが。

 

 

何ともない顔で宴会の後片付けをする咲夜と妖精メイド達の姿を見て、流石に自分の配下である妖精メイド達と咲夜の優秀さを改めて実感せざるを得なかった様だ。

 

 

魔理沙に関してはパチュリーが散々『お話』をしたと言っていた。

魔理沙の目が虚ろになっていたのが、恐らくすべてを物語っていたのではないだろうか。

 

 

しかし、流石に憐れに思ったのか、期限通りに本を返すのであれば魔導書を貸してもいいとパチュリーが魔理沙に本を借りていくことを許可したそうだ。

 

その後の魔理沙の舞い上がり方はすごかった。本当に。

 

 

 

 

こうして、レミリア達は紅霧異変と、その後の紅魔館の宴会によって、幻想郷での一つの節目を迎えたのである。



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誰もいなくなる?

快晴の青空に太陽が顔を出す。

 

辺りを強く照らし、季節は未だ夏であるということが見て取れる。

蝉が神社周辺から歓声を挙げるが如く、協和する。

 

 

「………………ズズッ」

 

 

神社の巫女、博麗神社に仕え、生活している博麗霊夢が本殿の縁側にてお茶をすすりながら外を眺めている。

 

 

陽射しが強く、まだまだ暑い季節であるため、霊夢の頬に一筋の汗が滴っている。

 

 

霊夢は一仕事、神社周辺を掃除し、やることを済ませた後、暇になった時間、この暑い季節の中でも唯一の至福の時ともいえる時間を過ごしている。

 

 

霊夢は今この時間がかけがえのない幸せな時間なのだ。

 

 

「………で、どうしてあんたはここにいるのよ」

 

 

「…………いや、すまんな」

 

 

隣にいる、レミリア・スカーレットさえいなければ、の話だが。

 

 

一息ついて、隣に座っているレミリアに声をかける霊夢。

 

 

縁側は日陰になっているようで、レミリアが持参していた日傘は折りたたまれてレミリアの傍に置かれており、今レミリアが手に持っているのは霊夢と同じ湯呑。もちろん中身も同じだ。

 

 

「謝罪はいいから」

 

 

「………ああ、それはだな……………」

 

 

レミリアが博麗神社にお忍びで邪魔している理由は、数刻前にさかのぼる。

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

「ふーっ、楽しかった!」

 

 

「……ぜぇ……………ぜぇ…。死ぬかと思ったぜ」

 

 

紅魔館の地下図書館では、満足げな笑顔を浮かべてすっきりしているフランと、どこか疲れている顔で息をついている魔理沙がいた。

 

 

以前、パチュリーと交わした約束通りに借りた魔導書を返しに来た魔理沙であったが、そこでうっかりフランと鉢合わせになってしまったのが運の尽き。

 

フランの強制という名の要望によって、なぜか弾幕ごっこをすることとなった魔理沙。

 

 

パチュリーが止めるかと思えば、むしろ推奨するくらいだ。

 

 

何でも、進化した結界の出番ね。だとか、妹様の魔法がどれくらい成長したか。

 

とかいった理由から、弾幕ごっこを推した。

 

 

逃げ場もなく、かといって逃げ出すこともできず、流されるがままに弾幕ごっこを行うことになった。

 

 

なんとかフランの弾幕を自分のスペルカードを駆使して躱していくのが何回、何回と繰り返していくうちにいつの間にかフランは満足したようだ。

 

 

 

「………ふぅ、ふぅ、もう少し手加減してくれたっていいんだぜ?」

 

 

「それじゃ、楽しくないでしょ?」

 

 

「私は楽しくなんてないぜ、毎回毎回必死だっての」

 

 

そういう魔理沙は 囲んで追い詰めてくる弾幕だったり、時計、逆時計と、弾幕の壁を張り巡らして来たりと初めて見るフランのスペルカードにかなり苦戦したが、かろうじて生き残ることが出来たようだ。

 

 

人間である身であるため、吸血鬼の弾幕を食らってしまったらどうなってしまうかわかったものじゃない。

 

 

………………死にはしないだろう。恐らく。

 

 

「もう一回する?」

 

 

「勘弁してほしいぜ、今日はもう帰るぜ」

 

 

「あら、残念」

 

 

「……それにしても、フラン」

 

 

「……?なーに?」

 

 

「なんだっけか、あの、突然姿が消えたら周りから弾幕がブワァァッて追いかけてくるスペカ」

 

 

「秘弾『そして誰もいなくなるか』のこと?」

 

 

「ああ、そう、それそれ」

 

 

秘弾『そして誰もいなくなるか』 

 

フランのスペルカードであり、フランが姿を消したと思ったら、突然追尾式の弾幕が魔理沙を追いかけてくるものだから魔理沙はたまげたものだ。

 

 

逃げても逃げてもその後をついてくる弾幕、それが次第に数を増やし、どんどんと逃げ道を防がれて、自身に迫ってくる弾幕。

 

解決策など本体であるフランが姿を消してしまっているためどうしようもなく、スペルカードブレイクを待つのみでしか効果は切れない。

 

 

所謂『耐久型』のスペルカードである。

 

 

「あれってさ、あれだろ?一人になったら~、のやつだろ?」

 

 

「あら、解るの?誰から聞いたの?」

 

 

「有名な童謡だぜ」

 

 

いろいろな場所で意味が所々変わっている所もあるが、有名な童謡で、幅広く知れ渡っている『10人のインディアン』

 

題名の通り、10人のインディアンが一人一人と姿を消してしまい、最終的には誰もいなくなってしまうという内容だ。

 

 

「私の予定だったら最後の一人は魔理沙だったんだけどね」

 

 

「へへっ、あいにく、弾幕避けは得意なもんでね…………。残念だったな、最後の一人はフランになっちゃって」

 

 

「……いいもんね。どうせ私は首を吊ったところで死なないし」

 

 

「おん?首吊りだなんて醜いぜ?本当の歌通りにしとけばいいのぜ」

 

 

「…………本当の事って?」

 

 

キョトンと目を丸くして首を傾げて魔理沙を見てくるフラン。

 

『10人のインディアン』は10人のうち一人一人事故に巻き込まれて行方不明になっていたり、途中で離脱したりとあまり好ましくない内容でもあるのだ。

 

 

そのため、最後の一人になってしまったら『首をつって自殺してしまう』という残酷で冷笑的な歌詞でもある。

 

 

しかし、魔理沙の言う通り、最後の一人になってしまった子には自殺以外にも別の解釈がされており、どうやら魔理沙はそちらの方を知っている様だ。

 

 

「ああ、それはだな…………」

 

 

魔理沙は首を傾げているフランに耳を貸す様に言う。

魔理沙はフランの耳元に告げるように口を近づけていく。

 

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

「という訳で、ねっ!お兄様!結婚しよ!結婚!」

 

 

「何がどうして『という訳で』なんだ!?全くもって意味が解らん!!」

 

 

 

 

『最後の一人は結婚して誰もいなくなるんだぜ』

 

 

『そっちの方が最後の一人になったとしても嬉しいもんだろ?』

 

 

 

レミリアが起きた時には既にフランが部屋に侵入してきた挙句、こんなことを言ってきた。

 

話を聞いていたとしてもどうしてフランと結婚しなければいけないのかということを理解できない。

 

 

「私が最後の一人だから!結婚しなきゃ!!」

 

 

「いやいやいやいや!それはおかしい!! そもそも私達は兄妹だろう!!」

 

 

「愛に血族なんて関係ないよお兄様!!」

 

 

「だぁぁぁぁぁぁ!!やめろぉぉ!服に手を掛けようとするなぁ!!」

 

 

馬乗りになって服に手を掛けようとするフラン。

それに対して必死になって抵抗するレミリア。

 

 

しかし、無情かな。ここぞという時にフランが見せたことのない力を見せてレミリアは押され始める。

 

 

「その童謡を元にして作られた長編推理小説がありまして、読んでみましたらとても興味深かったですよ?お坊ちゃま。特に、殺害方法が」

 

 

「どうして咲夜はしれっと私の部屋に入ってきているんだ!?いや、それはいいからフランをどうにかしてくれ!!」

 

 

「ええ、かしこまりました。………にしても、最後の一人は自殺でも、結婚でもなく病死なのかもしれませんね。だとしたら、本当に救いがない話ですけれど、もッ!!」

 

 

「あッ!!??」

 

 

一瞬の内にレミリアとレミリアに馬乗りになっているフランが別々に距離を離されてしまった。

 

 

「………ふぅ、助かったぞ」

 

 

「ええ、ご期待に添えて感謝の極みでございますわ」

 

 

「…………………」

 

 

レミリアとフランとの間に立つ咲夜。

 

 

フランと咲夜は両者睨み合っている。

 

 

 

「……またお前?何度も何度も邪魔しに来て……………」

 

 

「今回ばかりはお坊ちゃまの御命令ですので。まぁ、それ以外でも介入させていただきますが」

 

 

「……どきなさい、命令よ」

 

 

「私の主は後ろにおわします『レミリア・スカーレット』様ただ一人ですわ、妹様?」

 

 

「…………………お前………………!」

 

 

「オマエ、ではなく、十六夜咲夜ですわ。妹様?」

 

フランの妖気と咲夜の霊力が次第に高まって一触即発の雰囲気へと変わってしまう。

 

 

「…………………」

 

 

レミリアはしれっとその場からじりじりと離れるようにしてドアに近づいていく。

 

 

そして、ドア付近へと接近した瞬間、勢い任せに廊下へと逃げ出していく。

 

 

聞こえてくるのは自室での騒々しい音。その音で何が行われているかレミリアには理解できた。

 

 

……………できれば、可能な限り荒らさないでほしいなぁ。

 

 

後ろを顧みずに飛び出していくレミリアはふとそんなことを考えたのだった。

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

「…………………」

 

 

「…………………すまない」

 

 

時は戻って博麗神社。レミリアが博麗神社に来たことの発端を聞いた霊夢は何とも言えずにただ黙ってお茶のおかわりをレミリアの湯呑に注いでやるのみであった。

 

 

「…………………」

 

 

「…………………」

 

 

再び、二人はただ黙って蝉の鳴き声を聞きながら、お茶を啜る。

 

 

「………それで、どうするの?」

 

 

「まぁ、ほとぼりが冷めたころにまた戻るさ」

 

 

「………………そう」

 

 

あまり会話が上手でなく、あまり他人と話すということ自体あまりしない霊夢にとっては前までの話の内容が少しだけ気まずいものであるし、こういった素朴な問いかけしかできないため会話が長続きしない。

 

 

だが、しかし、霊夢にとってもレミリアに関してあることだけ興味があるものがある。

ただ、それを聞くには少しだけ勇気が必要なのである。

 

 

しかし、霊夢はこの微妙な雰囲気と、しん、とした空気を変えるため、多少勇気を振り絞って聞いてみることにする。

 

 

「………それで、結婚に関してはどうするつもり?」

 

 

「まさか、とんでもない」

 

 

霊夢にとってもすごく気になる物であり、そういった話題をふときいてみたところ。

 

即座に否定の声が入った。

 

 

「たった500年。まだ結婚という年齢でもなかろう」

 

 

「………ああ、そうだったわね」

 

 

そういえば吸血鬼の500年はまだまだ子供だということを霊夢は思い出した。

 

 

今までの雰囲気から見た目以外は全然ギャップが違うものだから忘れていた。

 

 

「…………でも、そういった事を考慮しておいてもおかしくはないでしょう?」

 

 

しかし、霊夢はより踏み込む。

 

 

霊夢は自分でもどうしてこんなに踏み込むのかはよくわからない。

 

 

しかし聞いておかないとと思ってふと聞いてしまった。

 

 

「………まぁ、そうか。いやなに、未だ私の両親が存命であれば、今頃はそんな縁談話でも舞い込んできただろうがな」

 

 

「……………………」

 

 

「当然、今ではどちらも居ないのだし、そういった事にはてんで無頓着ではあったな」

 

 

「……………なら」

 

 

「いいや、今の私は紅魔館の主。もうそんな色めいた話に構っていられる立場ではない。当分、まだまだ先だろうな」

 

 

「…………………そう」

 

 

それを聞いて霊夢は少しだけ安心したような、悔しいような、色々な感情がさざめきだつような感じがした。

 

 

しかし、それらの意味不明に沸き立つ様々な感情を抑えつけるように、無表情を貫いて、湯呑のお茶を飲みほした。

 

 

「………………あちッ」

 

 

未だ熱々のお茶を口付けて、その熱さに思わず湯のみの縁から口を離してしまった猫舌のレミリアの姿をふと霊夢は見て。

 

 

ただまぁ、それでもいいか。と納得した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

「…ふー………ふー………」

 

 

「………ッ………ッ………」

 

 

「いいわ、最低限譲歩してあげる。妾。それでどう?」

 

 

「……………ええ、いいでしょう」

 

 

「…………それじゃぁ「ただ、どちらが妾なんです?」……………」

 

 

「……………………」

 

 

「……………………」

 

 

 

「……………やっぱりッ………!」

 

 

「……分かり合えませんね………ッ………!」

 

 

「…………いつまでやっているのかしら?」

 

 

「「!!??」」

 

 




門番?寝てるんじゃないかな?


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巡り巡るは古道具屋

辺りの音を全て持ち去ってしまったかのような静けなさの中、かすかに外から小鳥が囀っている声がする。

 

………チュン、チュン

 

 

と未だ涼しさが勝っている早朝を告げる小鳥たちの囀りに『僕』は一時の眠りから覚醒する。

 

 

ゆったりと上体を起こして代わり映えのなく、ぼやけて見える周囲を見渡しながらそっと周辺を捜索するかのように手を動かしていく。

 

 

「…………眼鏡、眼鏡」

 

 

左手に目当ての物を手に取って顔にかける。

 

その瞬間、周りがはっきりと見渡せるようになり、窓越しに外を見る。

 

眠っている寝床から立ち上がり、そろそろと乱雑に物が置いてある家の中を歩いていく。

 

所々痛んでいるアンティークでできた内装を歩いていき、乱雑におかれている物を避けながら向かうはいつも通りの場所、椅子に腰かけ、目の前の机の上に置いてある本を開き、今日はどこまで読んだかなと、しおりを頼みにページを捲っていく。

 

 

遠くの窓から刺す日の光では到底明るさは足りないため、傍に会ったランプに火をつけて、本が見やすいように明るさを足していく。

 

 

ぼんやりとした光に照らされながら、静かに本を読みながら、人目から離れた場所で限りなく少ない客の来店を待つ。

 

 

『非ノイマン型計算機の未来』という題名、何巻か、は読んだ後にでも確認しておこう。

 

 

それには僕が、『森近霖之助』がまだ知らない外の世界についての本であり、ここ、幻想郷では考えられないようなことを思いつく外の世界への羨望を表している本だ。

 

 

書かれている内容は到底理解なんてできないような内容であるし、当初、今現在でも魔導書の様に感じている本だ。

 

 

少しでも理解できれば、僕がが『集めてきた外の世界の道具』の使用用途が解るかもしれない。

 

 

書かれている内容について考察を重ね、自分なりに解釈して外の世界へと想いを馳せる。

 

 

今日も、その憧れにも似た思いに突き動かされるように、目の前の『魔導書』へと向き合っていくのである。

 

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

「…………………」

 

 

はっと我に返って顔をあげてみると、外はもうすっかり日が暮れているということに気が付いた。

 

 

しかし、もうこんな時間か。

 

いつもなら、はた迷惑な魔法使いやどこぞの素敵な巫女様がどこからともなく来店してきて嵐のように部屋を荒らしてくるものだから。今日という静けさに少しだけ驚いたものだ。

 

 

だとしたら今日も来客は無し。ということになるか。

 

 

まぁ、ここ、僕の店である『香霖堂』があるのは魔法の森、人里からはある程度離れているし、そもそも人里の人間達は人里の外へ出ようとする者などいない。

 

 

決まり切ったような答えにいちいち落胆している場合ではない。これがいつも通りなのだから。

 

 

そして僕はもう来客は来ないだろうと当てを付け、再び本の世界へと没頭しようとする。

 

 

 

 

………リンリン………。

 

 

「邪魔をするよ」

 

 

カラカラ、と戸を開ける音と、来客を知らせる鈴の音、そして、すっと透き通る声が入り口の方からかかる。

 

 

「ああ、いらっしゃ…………」

 

 

と、言い切ろうとしたところで止まった。

 

 

目を向けると、小さいながらも反対に大きな翼を生やし、紅い眼をした一人の妖怪。

 

 

手には、折りたたまれている日傘を持って扉を開けていたのだ。

 

 

 

蒼く、艶のある髪、どちらかと見ると男であろうか。性別の区別が難しいほどに整っている顔立ち。

 

身なりはどこか気品を感じられ、上品さを忘れていない立ち振る舞い。

 

自分で言うのもなんだが、古ぼけている自分の店にはそぐわない、高貴さであった。

 

 

「…………?どうかしたか?主人」

 

 

「…………ああ、いや、なんでもないよ。いらっしゃい」

 

 

少しだけ訝しんだ来客に左手で眼鏡をあげながら言葉を返す。

 

 

僕の言葉に納得したのか、は定かではないが、『香霖堂』の周りをゆっくりと見渡す来客。

 

 

「……何かお探しかい?」

 

 

「………ああ、いや、何。知人にここを紹介されたものでな。なんでも珍しいものが多く出揃っていると言うものだから。見に来たのだが…………迷惑だったか?」

 

 

「……いいや、聞いただけだ。ゆっくり見て回るといい」

 

 

「ああ、そうさせてもらうよ」

 

 

そう言葉を交わすと、それっきり客人は物色に動き、僕は机にある『本』へと向き合う。

 

 

静かな空間が『香霖堂』を支配していく。

 

ページを捲る音と、ゆっくりと歩くような足音。

それらの音が静かな空間に絶妙にマッチしているように感じる。

 

 

「…………む、紅茶葉、か」

 

 

と、来客が声を漏らす。

 

 

目を向けると、紅茶葉を手に取っている来客の姿があった。

 

 

「……おや、それに目を付けるのかい?」

 

 

「……まぁ、好んで飲んでいるものでな」

 

 

そう言って、次々と紅茶葉を手に取って眺める来客。

 

アールグレイ、ダージリン、アッサムと、色々な紅茶葉を見ながらうんうんと悩んでいる様子だ。

 

 

「ふむ、様子見だけにしておこうかと思ったが、気が変わった。店主。これらを買おう」

 

 

「……ああ、毎度」

 

 

来客は三袋の紅茶を手にとってこちらに向かって来てそう言った。

 

 

「…いくらになる?」

 

 

「そうだね、…………これくらい、かな?」

 

 

「うん、買った。…………うん?…………これは?」

 

 

そろばんで計算して出した料金を掲示すると、すんなりと出した来客が、近くにある何かに興味が移ったようで、それに手を伸ばして手に取る。

 

 

子供の見た目をしている来客の手に収まるほどの大きさの細長い『ガラクタ』

 

 

確か、能力で見た時には…………

 

 

「それは『携帯電話』だね、遠くの人たちと連絡をしたり通話したりする『機械』だね」

 

 

「ふむ…………『機械』か」

 

 

『機械』という単語にピクッと反応を示した来客が物珍しそうに『携帯電話』を手に持って眺めながら出っ張っている所をそっと突いたりして弄っている。

 

 

そして、あることに気が付いたようでパカッ、と開くと細長さが二倍になったことに多少目を輝かせている様子で。面白そうに弄っている。が、どう弄っても動かないことに疑念を感じたようで、首を捻る。

 

 

「………むう?店主、これは使えるのか?」

 

 

「それは僕にも解らない、でも何も反応が無いんだから壊れているか、それとも何か必要なことがあるのかもしれないね」

 

 

「……………電池切れ、とかか?」

 

 

「…………電池、というのは何だい?」

 

 

ポツリと聞いてきた来客の言葉に返す様に僕は聞いてしまった。

 

 

『電池』というのはどういう物だろう。

 

 

「電池、か?大概こういった機械は電気で動くようになっているからな。ふむ、これを動かすため動源力、か?」

 

 

「電気?電気というと、神の力だろう?ほら、雷の。それなら、外の世界の人間達は神の力を利用できるのかい?」

 

 

そう、雷とは、神が鳴らすものであり、神鳴りとも呼ばれているのだ。

しかし、その神の力を利用できるまでに外の世界は達しているのか。

 

 

「………詳しいことは私にも知らん。だが、確かに電気というのを利用して生活を便利にしているらしい。100年前程まで外の世界に居たものでな。ある程度のことは解る。」

 

 

「……………それは興味深い。あぁ、それと、ほら」

 

 

そういった会話を交わしながら来客の三袋の紅茶葉を包んだものを渡す。

 

 

「100年前のことだ、今はもうかなり進んでいるだろうがな。あまり期待はしないでくれ。ああ、助かる、ありがとう」

 

 

そう言って客人もその包みを手に取る。

 

 

「いい所だな、ここは」

 

 

唐突に、客人が香霖堂を見渡しながらそう言う。

 

 

「確かに物が乱雑に置いてはいるが、それがいい味を出している。どこかしら落ち着く所だ」

 

 

「あぁ、誉め言葉として受け取っておくよ。ありがとう」

 

 

客人は包みと日傘を手に持って入り口へと向かっていく。

 

そして、入り口の戸に手をかける直前で止まり、こちらへと振り返る。

 

 

「気に入った。また来る」

 

 

「ああ、また来てくれ。それに、今度外の世界について知っている限りでいいから教えてくれないか?報酬は…………そうだな。一通り、気に入りそうなものをいくつか用意しておくよ」

 

 

「フッ、報酬はいらんよ。茶の誘いには尚更、な。交流には損得勘定なんてしないものだぞ、店主」

 

 

「…………そう、か。僕は森近霖之助。君は?」

 

 

「…………レミリア。レミリア・スカーレットだ。今後とも、よろしく頼む、霖之助」

 

 

「ああ、是非また来てくれ、レミリア」

 

 

そう言葉を交わすと、客人、レミリアは外へと出ていった。

 

珍しく、いや、初めてのお得意様か?

 

 

それも、何やら外の世界について見識がある妖怪だった。男同士でもあるし、色々積もる話でもありそうだ。

 

 

などと考えながら、僕はまたこの静かになった香霖堂で、本へと没頭していくのであった。

 

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

夜の空を飛んでいる一つの影。

 

 

大きな翼をして、月明かりに照らされて見えるのは紅い眼。

 

 

両手には日傘と包み。

 

 

レミリア・スカーレットである。

 

 

「…………ふう、これで当分は何とかなるな」

 

 

空を飛びながらレミリアは手に持っている包み、三袋の紅茶葉を見ながらそう口にする。

 

 

実は、紅魔館に紅茶葉が切れてしまって、レミリアはここ最近紅茶を飲むことができなくなってしまったという事態に陥ってしまった。

 

いや、紅茶が無ければ生活ができないっていう程紳士面に堕ちているわけではない。。

 

 

ただ、紅茶がない日の時のお茶が怖いのだ。

 

 

「……………………」

 

 

レミリアは、幻想郷に来て初めて嫌いになったものがある。

 

 

それは、咲夜が淹れる珍しいお茶である。

珍しい葉で淹れたお茶は何も味わいが無く。あまりにも苦みが多すぎて飲めたものではない。

 

 

この前何て福寿草のお茶なんて出されてしまったもので、当分、しっかりとした紅茶を飲めないことにとうとう我慢の限界が来てしまった。

 

しかも福寿草って毒性あるのだ。アレ。

 

 

咲夜はどこか天然は入っている様で、偶に暴走してしまうことがある。

 

 

そこでレミリアは、自身の紅茶の為に妖精メイド達を使ってまで紅茶の葉を探しに色々な商店を捜索させた。

 

 

自身も探しに行って。

 

 

そこで、知人、博麗の巫女と、白黒の魔法使いにある場所、『香霖堂』を聞いてそこに最後の希望を持って向かったのだ。

 

 

珍しいものがあると聞いたから来た。というのはそもそもそこがただの古道具屋であると聞いたため、であり。

 

 

人里に姿を晒してはいけないと考えたレミリアは他にどこにも行き場所がないため、仕方なく香霖堂に向かったのだ。

 

 

まぁ、有意義な話は聞けたし、店主との交流も持てそうだ。

 

紅茶葉も見つかったし一石二鳥、いや三鳥だ。

 

 

これで咲夜の暴走を止めることができる。

 

 

レミリアは一先ずの安全にほう、と息を吐いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

余談だが、妖精メイド達が自分たちで協力し合って、紅茶葉の製造を行ったために、レミリアの健康が安泰になったという。

 

 



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原作 ~東方妖々夢~
春雪異変 ~導入~


ここから東方妖々夢


コッ………コッ…………

 

 

紅魔館に足音が響く。銀色の艶髪をしたメイド服の少女。『十六夜咲夜』である。

 

廊下を歩いていく道中、周囲の妖精メイド達から『おはようございます』と作業の手を止めてまで挨拶に行くほどに慕われている彼女。

 

しかし『メイド長 十六夜咲夜』は、挨拶をする妖精メイド達に律儀に挨拶を返していく中、歩く彼女の顔は少しだけ焦燥を帯びている。

 

心なしか、いつもより歩くスピードも速く感じる。

 

 

「あははッ!!避けろ避けろ~!」

 

 

「くそッ!!妹様の雪玉を重警戒!来るぞ、避けろォォッ!!ふげッ!!??」

 

 

「た、隊長!!??隊長~~~!!!!???」

 

 

「隊長が被弾したッ!!総員、障害物に身を隠せッ!!」

 

 

限りある窓からふわふわと白が落ちている外をのぞくと、白が積もり積もった庭で楽しそうに雪玉を投げるフランとそれに対して避ける妖精メイド達の地獄絵図が広がって入る。

 

 

雪で壁を作ってバリケード等を作りながら避ける妖精メイドを襲うのはフランの雪玉の剛速球の嵐である。

 

次々と避けきれずに被弾していく妖精メイド達。

 

ここ最近では見慣れた光景である。

 

 

しかし、当の咲夜はそれに構っていられるほど余裕がない。

 

 

咲夜は歩みを止めることもなく、目的の場所であろうと思われる場所に到達した途端、その歩みを止め、目の前の光景にはっと息を飲む。

 

 

「……………ない」

 

 

咲夜が目にした光景に唖然として呟いた言葉は、たった一言のみであった。

 

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

「…………もう燃料がない?」

 

 

「…………はい」

 

 

時は変わって、場所はレミリアの部屋へ。

そこには、珍しくパチュリーもいた。

 

 

咲夜の言葉にふと紅茶へ伸びる手を止めて聞き返すレミリアだが、聞いた言葉は変わらなく『燃料がない』という事実であった。

 

 

「…………ふむ」

 

 

「…………燃料が無いのはかなり不味いわね」

 

 

「ええ、未だ続くこの冬を乗り切れるだけ備蓄があるかどうかどうか…………」

 

 

少しだけ、手を止め、思考に走るレミリア。

 

落ち着いた様子言いながらで紅茶を口に含むパチュリーと、それに対して答える咲夜。

 

 

「咲夜」

 

 

「はい」

 

 

「未だ続く冬、これをどう考える」

 

 

「はい、間違いなく異変かと。犯人は……わかりませんが」

 

 

「ああ、そうだな。私も異変だと考えている、だからパチェを呼んで異変について話していた」

 

 

「ええ、いくら冬が長引くといってもこの長さは可笑しい。既に終わってしまってもいい時期だもの」

 

 

異変について考えていたレミリアとパチェリー。これまで長く冬が続くなど今まで見たこともなければ四季のある幻想郷から見ても、可笑しい。

 

もう既に時期は春であるはずだからだ。

 

それに、長く続いてしまった冬の弊害で、紅魔館の燃料不足という問題も出てしまった。

 

 

「咲夜、お前にこの異変の解決を命じる。本来、博麗の巫女が解決すべき問題だが、長引くと面倒だ」

 

 

「かしこまりましたわ。お坊ちゃま」

 

 

レミリアの命に深く、上品にお辞儀をして承る咲夜。

 

 

「咲夜、これを持っていきなさい」

 

 

そして、パチュリーから声が掛けられる。

 

 

「……これは…………?」

 

 

パチュリーが渡したのは紫色の球体。真ん中に白い星マークがついている物体であった。

 

 

「私が作ったマジックアイテムよ、弾幕の補助をしてくれるわ。スペルカードには最適な道具だと思うの」

 

 

「…………なるほど……。ええ、有難く使わせていただきますわ。パチュリー様」

 

 

 

咲夜は受け取ったマジックアイテムを仕舞い。退出しようと背を二人に向けようとする。

 

 

「咲夜」

 

 

「はい?」

 

 

しかし、レミリアの一声によってその動きは止められた。

見ると、手招きをするレミリアの姿。

 

 

咲夜は少しだけ不思議に思いながらも素直にレミリアの元に近づいていく

 

 

手招きをしているレミリアは、咲夜がすぐ傍にいることを確認した途端。

 

 

「………ッ!!??」

 

座ったまま咲夜へと両手を伸ばしたレミリアは、そのまま咲夜を引き寄せ、咲夜の顔を胸の中で抱く。

 

 

「お、お、お坊ちゃまッ!!!???」

 

 

「…………」

 

 

状況が呑み込めずにただなすがままで困惑する咲夜と、ただ黙って抱きしめるレミリア。

 

 

「………フッ、解っていると思うが、無事に帰ってこい」

 

 

「は、はいっ!そ、それは、もちろんですわ、御心配なく…………」

 

 

「我が従者()を心配しない主人()がいるものか。どれだけ時間がかかろうとも、遂行できずとも、無事で帰ってこい。それが第一の命だ」

 

 

「…………はい、お坊ちゃま」

 

 

そう言って、ゆっくりと、手を離すレミリア。

 

自由になった咲夜は若干、いやかなり名残惜しげだったが、一礼して部屋から退出していくのであった。

 

 

 

 

 

 

「ふむ、マジカル☆咲夜スター…………か?」

 

 

「…………マジカル云々については良く解らないけど、参考は博麗の巫女からよ」

 

 

「…………?パチェ?少しだけ不機嫌になってないか?」

 

 

「いいえ、そんなことは無いわ」

 

 

「そ、そうか」

 

咲夜が退出した後、そんな会話が交わされているのを咲夜が知る由もなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…………………」

 

 

「…………ッ、妹様」

 

 

咲夜は装備を整えて、玄関を出ようとすると、目の前に人影が現れ、その姿に少しだけ驚いたような顔になる咲夜。

 

フランの顔はすこしだけむくれていいるような表情で、何とも話しがたい雰囲気を纏っている様子だ。

 

 

「……どこいくのよ?」

 

 

「お坊ちゃまの御命令で、この冬の調査を命じられました」

 

 

「…………そう」

 

 

そう言いながら、咲夜を通り過ぎていくフラン。

 

そのまま、咲夜の方へと向かず歩いていくフランの背中を見ながら、一礼をして外へと出ようとする咲夜

 

 

「…………無事に帰って来なさい」

 

 

「……………………」

 

 

後ろから聞こえた声に再び足を止める咲夜。

 

 

さっと後ろを振り返ってフランの姿を見る。歩む足を止めてはいるが見えるのはプリズムの翼がついた背中のみである。

 

 

「貴女が怪我をすれば、お兄様が、皆が悲しむわ。」

 

 

『それに、貴方がいなければ張り合いがないもの』

 

 

ポツリとフランが呟いた最後の言葉も咲夜はしっかりと聞き逃さなかった。

 

咲夜はフッと、少しだけ笑みが零れる。

 

 

「………………かしこまりましたわ。フラン様

 

 

「………………フンッ」

 

 

リンッ、とフランの翼のプリズムが揺れた。

 

ぶっきらぼうにまた歩み始めるフラン。

 

ふと見えたフランの顔は赤かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

玄関から外に出た咲夜は、門の前へと歩きだしていく。

 

 

「咲夜さん!」

 

 

「………………美鈴」

 

 

門まで行くと、見計らったように姿を現す美鈴。

美鈴の顔は、ニッコリと笑顔だった。

 

 

「その姿は…………」

 

 

「ええ、咲夜さんがいない間は、私が代理のメイド長をすることになりましたので!」

 

 

「………そう」

 

 

「異変解決、頑張ってくださいね。それと、寒いでしょうからこれを使ってください」

 

 

「………………ッ」

 

 

そう言いながら取り出したのはマフラーである。

 

そういえばマフラーをしていなかったなと咲夜は思う

 

 

「フフッ、代理メイド長とは言っても、咲夜さんが育てた妖精メイド達はとても優秀ですし、あまり私の出番何てなさそうですけど、せめてこれだけはやらしてください」

 

 

そう言って、マフラーを咲夜へと優しく巻き付けていく美鈴。

 

 

「よしッ!これでよし!それでは、頑張ってくださいね!」

 

 

「……ええ、有難く借りていくわ。ありがとう美鈴」

 

 

美鈴の応援を背に咲夜は空を飛ぶ、少しだけ、後ろを振り返ると、手を振って応援する美鈴と窓越しから見送るように顔を出しているレミリアが見えた。

 

 

咲夜は、心と体が温まる包み込まれる感じがしたが。それは到底マフラーだけの温もりではないだろう。

 

 

 

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

場所は変わって博麗神社。

 

神社の外はすっかり雪が積もっているようだ。

 

 

「………………さむっ」

 

 

神社の中で、霊夢はこたつに入りながら寒そうにお茶を飲んでいる。

 

長く続いている冬だというのに、それに違和感を覚えている様子すらなく、博麗の巫女として異変解決に乗り出そうとしない霊夢。

 

 

それはある意味いつも通りの霊夢であった。

 

 

霊夢は静かに、それでいてこたつの温もりを感じながら、お茶を飲んでいく。

 

 

そんな静寂な空間はすぐに破られた。

 

 

「霊夢ッ!!これは異変だぜッ!!!」

 

 

ガタッと乱暴に襖を開けて入ってくる魔理沙。

しっかりと暖かい衣服に身を包み、マフラーを巻き付けているいかにも暖かそうな恰好で手に箒を持ちながら入ってきた。

 

 

「………………何よ、うるさいわね」

 

 

「そんなこと言ってる場合じゃないぜッ!いくら何でも冬が長すぎるッ!異変だぜ霊夢ッ!」

 

 

「ふーん」

 

 

「何がふーん、だよ!霊夢!異変解決に行くのぜ!ほらッ!!」

 

 

「………いやよ、寒いし。面倒よ」

 

 

「何言ってんだ!これじゃあいつまでたっても春が来ないぜ!?」

 

 

心底嫌そうな顔をする霊夢。異変解決に乗り出す気がない友人の姿を見て、魔理沙は苛立ったように言う。

 

 

「………宴会の準備しなくていいじゃない。このまま続いたって私は構わないわよ」

 

 

「ッ!!ああ、そうかい!なら私だけでも行かせてもらうぜッ!」

 

 

「どーぞー」

 

 

いつまでも異変解決に乗り出そうとしない霊夢の姿に我慢の限界が来たのか、そういうやいなや外へと飛び出していく魔理沙。

 

 

その魔理沙の後姿を見て、霊夢は再び湯呑にお茶を淹れる。

 

 

「………………」

 

 

霊夢も、この異変に関して何も思わないわけではない。

 

 

正直、冬が続いてくれれば宴会の準備や、境内の掃除もしなくていいし、面倒ごとが無くなる。

 

 

しかし、今回の異変に関しては、霊夢の勘ながら嫌な予感をひしひしと感じ取っているのだ。

 

 

その嫌な予感がいつまでたっても拭われず、何か不吉な予感を感じながらも動き出すことを渋っているのだ。

 

 

ズズッと、お茶を飲む霊夢。

 

 

目線は、外のいつまでたっても降りやまぬ雪。その一点のみだ。

 

 

「はあ…………」

 

 

お茶を飲んだ後、ため息をつく霊夢。

 

 

「…………よっと」

 

 

そう言って、立ち上がる霊夢。湯呑の中のお茶は未だ残っている。

 

 

「…………面倒だけど、仕方ないわね」

 

 

そう言って、しっかりと装備を整えた後、お祓い棒と愛用の陰陽玉を手に遅れながらも魔理沙の後に続いて飛び出していく。

 

 

嫌な予感をひしひしと感じ取って、並々ならない異変だということは理解している。

 

 

だが、魔理沙が異変解決に行くというなら話は別だ。

 

 

友人に危険な目を合わせる訳にはいかない。

 

 

私も異変解決に乗り出さなければ。

 

 

魔理沙が異変解決に飛び出していった数十分後、博麗の巫女が後に続くように異変解決に乗り出したのだ。

 

 

終わりの見えない冬を終わらせ、本来来るべき春を取り戻すため。

 

 

これが、『春冬異変』の始まりである。




章の編集いたしました。


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春雪異変 ~1~

少しだけ休みました。


咲夜は、紅魔館の近くの森を飛んでいた。

 

この終わらない冬の異変解決といっても特にこれといって心当たりなどあるはずもなく、付近の調査兼、聞き込みから咲夜は始めたのである。

 

 

道中襲い掛かってくる妖精達と何かモコモコしてそうな妖怪。

 

まるで『毛玉』の様な妖怪が襲い掛かってくるのだが、これはパチュリーから授かったマジックアイテムが弾幕を自動的に張る為、咲夜は何もせずとも迎撃し、撃墜まで持って行ってしまう。

 

 

咲夜は、パチュリーが作ったこのマジックアイテムの性能の良さに驚愕し、何か無理をいって量産化して、妖精メイド達に常備させることを検討してみようかしらなどと考えてしまう程である。

 

 

そんなこんなで、襲い掛かってくる妖怪達を迎撃しながら、調査を進めていく咲夜であった。

 

 

紅魔館付近の森と言えば、当然あの湖からも近いということもあり、道中で、レミリアとフランに面識があるチルノに遭遇した。

 

 

チルノは、この異変の影響、まぁ、氷の妖精であるから長く続く冬の影響を受けて、かなり元気な様子である。

 

 

「おっ、さくやじゃんか!」

 

 

と、咲夜に気が付いて親しげに声をかけてくるチルノ、どうしてこんなところにいるんだなどと当たり障りのない会話をした後で、咲夜はチルノにさりげなく異変について聞き出そうとする。

 

 

「最近、ここらへんで何か変わったことはないかしら?変だなって思ったり、それぐらいでもいいわ」

 

 

という風に、咲夜はチルノに聞いてみる。

 

 

チルノは、元気よく「ない!」と答えるのだが、あっ!と何かに気が付いたような素振りを見せ、遠くの方へと指をさす。

 

 

「あっちのほーこーだけ、ふぶきがすごくつよいんだ!めもみえない!」

 

 

といったように、その方向を指さして、チルノは言う。

 

 

咲夜は、一先ずそこに向かってみるか、とチルノに礼をいって別れるのだ。

 

 

 

後方から『なんだかわからないけど、がんばれよー!!』 とチルノの声援と共に、咲夜は吹雪が強くなっているという情報を受け、そこへと向かうのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――寒符「リンガリングコールド」

 

 

 

――幻幽「ジャック・ザ・ルドビレ」

 

 

チルノが指し示す場所へと向かった咲夜は、現在、とある妖怪と戦闘している。

 

 

『レティ・ホワイトロック』

 

 

薄水色のショートボブに、ゆったりとした服装を着用している少女。特徴的なのはターバンのような帽子とマフラーであろうか。

 

 

咲夜の異変解決を止めようとちょっかいをかけた妖怪である。

事の発端は数十分前にさかのぼる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

チルノが指し示した方向を向かっていった咲夜、チルノが言っていた通り、そっちに飛んでいくにつれ次第に吹雪が強まっているように咲夜は感じたのである。

 

 

それに加え、何やら妖気の濃度が濃くなっている様で、妖精と、毛玉妖怪が何やら活性化している様子で咲夜に襲い掛かって来たのだ。

 

 

吹雪が強まり、辺りが良く見えない中、雑魚とはいえ、襲い掛かってくる妖怪達の迎撃もしなければいけない状況に咲夜は苛立ちを隠せなかった。

 

 

「ああもうッ!こんな雑魚倒しても何にもなりゃしない!」

 

 

「早く黒幕にご登場願いたいものだわ」

 

 

と、こんな愚痴を吹雪の中で漏らした咲夜だが、その瞬間、周囲に吹き荒れていた風がぱっと止み

 

 

「くろまく~」

 

 

という気の抜けた声と共に『レティ・ホワイトロック』がその場に現れたのである。

 

 

レティが出現したと同時に、周囲で吹き荒れていた吹雪と強風は突然止んだ。

 

正確には、レティと咲夜の辺りのみ、だが。

 

 

それは、レティの妖怪としての妖気によってであるのだろうか、定かではないが。

 

 

そこらへんの雑魚妖怪とは妖気が強い様子で、力のある妖怪であるということは咲夜にも伝わっている様だ。

 

 

「…………貴女が黒幕?」

 

 

「ええ、私は黒幕だけど普通よ~」

 

 

「こんなところに黒幕も普通ももないわ。ここらの吹雪の原因も貴女でしょう?」

 

 

「貴女の口ぶりからすると、貴女もこの冬を終わらせようとしているのかしら~?」

 

 

「ええ、この冬は明らかに異変だわ。長すぎる。普通じゃないわ」

 

 

「そうね~、普通じゃないわね~。フフッ、頭のおかしなメイドが一匹空を飛んでいるもの」

 

 

「…………そうね。やっぱり、貴女が黒幕の様ね」

 

 

咲夜は手にナイフを持ち、マジックアイテムに霊力を込め始めて戦闘準備に移行していく。

 

 

「フフッ、冬は私達にとって幸せ。私たちの時間。…………それを、終わらせるというのなら、全力で抵抗させていただくわ」

 

 

対するレティも妖気を身体中に滾らせていく。

 

 

そして両者、弾幕を放って、これがレティと咲夜のスペルカード勝負の始まりであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――怪符「テーブルターニング」

 

 

 

 

青色と水色の弾幕が咲夜へ迫る。多少、追尾性能を備えている様だ。

 

しかし、咲夜はそれらを危なげなく避けて、負けじと咲夜もスペルカードを宣告する。

 

 

――幻符「殺人ドール」

 

 

紅霧異変の時とは比べ物にならないほど大量のナイフがレティのスペルカードの弾幕を打ち消しながら、レティへと向かっていく。

 

 

レティは、自分の弾幕をかき消しながらこちらに向かってくるナイフの弾幕を避けようとするが、避けきれずに被弾してしまう。

 

 

その瞬間、勝者が決まってしまう。 咲夜の勝利だ。

 

 

 

「あーあ、負けちゃった。まだまだいけそうだったのだけど」

 

 

被弾して、戦意を喪失したレティは、負けたというのに、あっけらかんとしている様子である。

 

 

ゆったりと地面に降り立ったレティ、それと同じようにレティの近くへと降り立った咲夜。

 

 

「あぁ、ごめんなさいね。黒幕とはいったけど、長い冬に関しては私も知らないの」

 

 

…そろそろこの冬も終わりかしらね~。

 

 

と残念そうな口調とは裏腹に、表情は仕方がないと言わんばかりの顔であった。

 

 

「………そう、なら、次の黒幕でも探さなきゃね」

 

 

「…………なら、あっちの方向に、貴女の持っている同じような…………変な物……暖かい何か…かしらね。そんなものが集まっている様な気がするの。そこに向かうといいかもね~」

 

 

「…………? あっちね。ええ、解ったわ。ありがとう」

 

 

「はーい。じゃあ、私は春眠を貪ることにするわ。異変解決頑張ってね~」

 

 

そう言ってひらひらと手を振ってくるレティを尻目に咲夜は、新たな目的地へと飛び去っていくのであった。

 

 

 

 

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

「…………迷った」

 

 

「…………迷ったわね」

 

 

 

一方で、霊夢と魔理沙は共に行動し、共に迷っていた。

 

飛び去って行った魔理沙の後に続くように飛んだ霊夢が魔理沙に追いついた後、なんだかんだで行動を共にして、異変解決に取り掛かろうとした矢先、二人は辺りが見えぬ吹雪の影響もあってか方角も解らなくなり、あっちこっちと右往左往していた。

 

 

「なんだ、結局ついてくるんじゃないか」

 

 

と、魔理沙と合流したときに、魔理沙がムカつくニヤけ面で霊夢に絡んできたこともご愛嬌。

 

 

しかし、そんなほんわかとしたやり取りも束の間、二人は吹雪によって方角も解らぬままあちらこちらへさまよっているのみであった。

 

二人は行けども行けども同じような光景ばかりが並び、嫌でも迷っているという事実を突きつけられているのだ。

 

 

「…………まったく、あんたが所かまわずあっちこっち行くからでしょ」

 

 

「なんだ、人のせいにされちゃ困るぜ。だったら霊夢が先導すれはいいじゃないか」

 

 

「…………勘通りに行ってもいいのなら、それでもいいけど?」

 

 

「いんや、勘は勘だ。当てにならんものに信用できるわけないぜ」

 

 

「…………そう」

 

 

…………結構当たるのだけど。

 

 

と、霊夢はぼそっと呟いたが、魔理沙は聞こえていないようだ。

 

 

「…………ん?霊夢、あそこ、鳥居だぜ?」

 

 

「…………あら、ホントね」

 

 

吹雪の白で、ぼんやりとしか映っていないが、二人が目を向けた先には、鳥居の赤が見える。

 

 

鳥居へと近づき、鳥居を入って先へ進んでいくと、見覚えのない屋敷が立ち並んでいるようだ。

 

 

「…………こんなところに屋敷何てあったかしら?」

 

 

「へぇ、たいそう御立派なお屋敷じゃないか、人が住んでいるのか?」

 

 

見覚えのない屋敷に頭をひねる霊夢と、純粋に立派な屋敷に感嘆の声を挙げ、人が住んでいるものか疑問に思う魔理沙。

 

 

抱える疑問は違うが、中に入っていく二人。

 

 

「…………金目の物がありそうね」

 

 

「…………面白そうな物がありそうだな」

 

 

結局、思考的には同じようだ。

 

 

「む!人間が迷い込んだと思ったら二人も…………。どうしたの?迷った?」

 

 

そんな二人の前に少女が現れた。

 

 

緑色の帽子を被った茶色のショートヘアーの少女。

 

 

リボンのついた赤と白の長袖ワンピースを着用し、幼い見た目の少女である。

 

 

ただ、猫耳が付いており、二本の尻尾を備えている彼女は、その持っている妖気からも、妖怪であるということが見て取れる。

 

 

そこら辺の妖怪よりも断然強い妖気を持っている。

 

 

彼女は、とある九尾の狐の式神が溺愛している『橙』である。

 

 

「迷ったわ」

 

 

「迷ったんだぜ」

 

 

突然現れた橙に平然と返す二人。

 

 

「……む。 ふふん!でも残念だったね!ここは迷い家、迷い込んだら最後!ここからは出ることもできないよ!」

 

 

「…………迷い家?」

 

 

「あぁ、道理で帰り道が見えなかったわけだぜ」

 

 

「…………もう少し怖がるとかさ。いい反応してくれてもいいんじゃない?」

 

 

私妖怪だし、と気が削がれたように言う橙。

 

 

「あんた。迷い家って言ったわね?なら、ここにある物、持ち帰れば幸運になれる…………?」

 

 

「…………霊夢?」

 

 

「うん?なれるよ?」

 

 

ふと、迷い家について確認を取る霊夢と、何やら合点が言ったようで、企むような顔をして霊夢にアイコンタクトを図る魔理沙。

 

 

「「じゃあ、まずはここにある物もらっていくわ(ぜ)」」

 

 

「…………にゃ!?なんだって!?」

 

 

二人の言葉にピクッと反応を示した橙。

 

 

「帰って!ここは私達の里だよ!ここから出てって!」

 

 

「…………ここに迷い込んだら帰れないらしいし」

 

 

「…………へへ、まずはその幸運とやらにあやかってから帰らせてもらうことにするぜ」

 

 

「…………にゃ、にゃぁ!?そ、それだけはさせないよ!こうなったら実力行使で追い出してやる!」

 

 

心なしか目が金マークになっている霊夢と、悪い顔をしてにじりよってくる魔理沙を見て、怯んだ橙であったが、ここの家財を持ってかれては困るという矜持が橙を突き動かした。

 

 

「邪魔ね」

 

 

「邪魔だぜ」

 

 

いつにもまして戦う気満々な霊夢と魔理沙。

 

 

迷い家(マヨヒガ)で、二人の盗人と、盗人から家財を守る橙のスペルカード勝負が、今始まった。

 

 

 




スペルカードの宣告を少しだけ変えました。


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春雪異変 ~2~

吹雪がより一層強く吹き荒れ、辺りがより白で覆いつくされ、それに相乗するかの如く、寒さがひしひしと衣服越しでも肌に感じる。

 

 

咲夜は、より活気を取り戻したかのように襲い掛かってくる妖精や毛玉達を相手取る中、迷い込んだところは瘴気を帯びた森『魔法の森』と呼ばれる場所である。

 

 

「チッ!!鬱陶しいッ!!」

 

 

流石の咲夜も、肌越しに感じる寒さと、襲い掛かってくる妖怪達のより、平静ではいられないようだ。

 

放つ弾幕にも、やや乱暴さが混じっている様子で、その攻撃を受けた妖怪達は吹き飛ばされて蹴散らされている。

 

 

「春ですよ~ッ!!」

 

 

「邪魔っ!!」

 

 

「へッ!?きゃあッッッ!!!!!」

 

 

と、春を告げながら襲い掛かってくる妖精へと一瞥もせずに弾幕で吹き飛ばす。

 

 

吹き飛ばされた妖怪は、どんどんと遠くへと離され、かすかに豆粒程度に見える所まで吹き飛ばされたかと思えば、一瞬でその影すら見えなくなるまで吹き飛ばされてしまった。

 

 

「全く、こんなに吹雪が激しくなるって知ってたら。もう少し準備していたわ。服の替えも三着までしかないっていうのにッ!」

 

 

と、咲夜は思わず一人愚痴をこぼしてしまったが。後悔しても仕方がない。

 

 

「この寒さ、お坊ちゃまは…………いいえ、心配するほどのことでもないわね」

 

 

そこで咲夜はふと、自分の敬愛する主、レミリアの安否を心配するが、敬愛する主は、寒さというものをあまり感じないらしく、夏でも冬でもそういった暑さや寒さというものを感じにくいらしい。

 

 

夏は暖かいと言っていたし、冬は涼し気だった様子から、大丈夫だろうと主への心配を払拭する。

 

 

「…………しっかし、この寒さの中に居続けるっているのも少しだけ酷ね。…………貴女は問題無さそうだけどッ!!」

 

 

バッと後方へと振り返り、右手に持っていた一本のナイフを投げつける。

 

 

ナイフはある大きな一本の樹へと向かって行き、その樹に突き刺さる。

 

 

「…………さっきからコソコソとつけてきているようだけど、何か用件があるなら言ってくれるかしら?」

 

 

そして、ナイフが突き刺さった樹へ、詳しく言えば、その樹の後ろに隠れているであろう『何か』に声をかける。

 

 

「あら、ごめんなさいね。珍しく人間がこの森に来るものだし、何やら物々しい様子だからつい」

 

 

と、樹の後ろから一人の女性が現れた。

 

金髪の髪、ヘアバンドの様に巻かれている赤いリボン。青のワンピースの様なノースリーブにロングスカート。

 

 

そして、目を惹くのは雪と同じように映える色白の肌。華奢な見た目と、服装から一見人形なのではないかと錯覚してしまう程の容姿。

 

 

「シャンハーイ」

 

 

そして、そんな彼女に追従するのは彼女と少しばかり似たような「上海」としゃべる人形である。

 

 

「…………使い魔…………?それも人形。それ、貴女が動かしているのかしら?」

 

 

「ええ、と言っても、半自動的に動くようにはなっているわ。『上海人形』って言うの。私の自慢の子よ」

 

 

「シャンハーイ!!」

 

 

咲夜の問いかけに答える少女と、それに呼応して自慢げになる人形。

 

 

「…………それで、貴女は何の用なのかしら?私は先を急いでいるのだけど。」

 

 

「ええ、そうね。なら、貴女が持ってる『春』を貰えないかしら?魔法の研究に必要なの」

 

 

「…………春…………?」

 

 

「とぼけないでちょうだい。そこの球体にかなりの量をため込んでいるじゃない」

 

 

咲夜は、パチュリーから貰ったマジックアイテムを見る。彼女の言っている『春』というのは良く解らないが。

 

 

確かにこのマジックアイテムに関しては不思議な物だと前から薄々感じている。

 

 

襲い掛かってくる妖怪達を撃退していると、次第に力を増しているようにこのマジックアイテムが放つ弾幕の濃度が増してきている。

 

このマジックアイテムについてはかなり助けてもらっているし、パチュリー様が作ったものだからあまり深くは考えない様にはしていたが。やはりそういった効果があったか。

 

 

「…………まだあなたの言っていることについてはあまり良く解らないけど、このマジックアイテムをよこせと言うなら拒否させてもらうわ。これはかなり役立つもの」

 

 

「…………そう、なら力づくで奪わせてもらうまでよ。あまり手荒なことはしたくないのだけど、仕方がないわね」

 

 

そういうと、女性の周囲から上海人形によく似た人形たちが出現する。

 

対する咲夜も、戦闘の気配を感じ取って、ナイフを数本手に取って臨戦態勢を整える。

 

 

「私はアリス・マーガトロイド。貴女には私の子達と踊ってもらうわ」

 

 

「ダンスのお誘いかしら?…………十六夜咲夜。紅魔館で働いているしがないメイドよ。貴女は、時が止まっていてもついてこれるのかしら?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――紅符「紅毛の和蘭人形」

 

 

紅毛の人形たちが即時に展開し、四方から弾幕を放ってくる。

 

少しずつ動きながらこちらを狙い撃ってきているが、咲夜は全て楽々と躱していく。

 

 

躱しながら弾幕を放ってくる人形たちを撃ち落としていく。

そうして、弾幕が薄くなってきたところから脱出していく。

 

 

可愛らしい人形にナイフを突き刺すというのは何やら罪悪感の様な物を感じるが咲夜はそれを押し殺してアリスの人形たちに応戦していく。

 

 

――幻符「殺人ドール」

 

 

アリスのスペルカードの効力が切れたと同時にお返しとばかりに咲夜のスペルカードであるナイフの弾幕群がアリスに襲い掛かる。

 

 

それと同じく、マジックアイテムからも弾幕を放っていく。

 

 

「…………物騒ね」

 

 

対するアリスも、今度は武装した人形たちを使役して、次々と向かってくる弾幕を撃ち落としたり、盾をもった人形に防がせて弾幕を防ぐ。

 

 

「…………どこから出したのよ、その人形たち」

 

 

「企業秘密よ」

 

 

「…………企業ではないでしょう」

 

 

そんな軽口をたたきながらも二人は油断することなく弾幕を放ったり、躱したりと弾幕の応酬をしていく。

 

 

「なら、今度はこの人形たちはどうかしら?」

 

 

――咒詛「魔彩光の上海人形」

 

 

今度は上海によく似た、というより同じ種類の人形が出現し、弾幕を撃ってくる。

 

アリスの周囲に展開して弾幕を放ってくるが、先程と比べて弾幕が厚く、避けきるのは難しい。

 

 

「貴女、時を奪われる経験はしたことあるかしら?」

 

 

「…………?」

 

 

――時符「プライベートスクウェア」

 

 

咲夜も二枚目のスペルカードを宣告する。

 

 

「…………ッ!」

 

 

すると、アリスが放っていた弾幕が急に停止する。そして、人形たちも、ピタッと時間が止まったかのように動きを停止させてしまう。

 

 

「よそ見していていいのかしら?」

 

 

「…………なッ!?」

 

 

アリスは人形たちが動きを止めてしまったことに少しだけ目を見開いて驚愕する。

 

すぐに冷静さを取り戻したのだが、今の咲夜相手にその一瞬の隙ですら命とりだ。

 

 

無防備になったアリスに咲夜から多くの弾幕が向かってくる。

 

それは、球体のマジックアイテムから放たれている弾幕がほとんどである。

 

 

「…………上海ッ!蓬莱ッ!」

 

 

「遅いわ」

 

 

すぐさま人形たちを駆使して対抗しようとするが、その時には既に遅かった。

 

 

人形たちが間に合わず、アリスは咲夜の弾幕に被弾してしまった。

 

咲夜の勝利である。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…………負けたわね。残念」

 

 

「シャンハーイ……」

 

 

咲夜は試合が終わった後、残念そうではないアリスと、目に見えて落ち込んでいる上海人形へと近寄る。

 

 

「…………貴女の言っている『春』ってこれかしら?」

 

 

そう言ってマジックアイテムから取り出す様に手に取ったのは、何やら物体とは言えないような『何か』であり、『春』である。

 

 

ほんのりと暖かい『春』を手に、アリスに問いかける。

 

 

「…………ええ、それが『春』よ」

 

 

「………へぇ、なら、ほら」

 

 

「…………いいの?」

 

 

「マジックアイテム自体を奪うというなら話は別だけど、春は渡さないとは言っていないわ、これで十分かしら?」

 

 

アリスに確認をとった咲夜は手に持っている『春』をアリスに渡そうとする。

 

 

「…………ええ、これで十分よ、ありがとう」

 

 

「ええ、どういたしまして、なら、用件は終わったようだし、行かせてもらうわね」

 

 

そう言って、アリスから背を向けて離れようとする咲夜。

 

 

「…………咲夜って言ったわね。この長く続く冬を解決しに来たの?」

 

 

「…………ええそうよ、主の命令でね」

 

 

「…………それなら、空高く飛んでいくといいわ。上空に、何やらおびただしい量の『春』が集まっている。それが何やら怪しいと思うわ。『春』のお礼よ」

 

 

「…………上空?ええ、解ったわ。ありがとう。今度、紅魔館に来て頂戴。我が主の御友人に、貴女と同じ魔法使いがいらっしゃる。気が向いたらでいいから」

 

 

「…………そうね、なら、是非今度お邪魔させてもらおうかしら」

 

 

「ええ、是非来て頂戴」

 

 

そして、今度こそ、アリスと咲夜は別れていく、咲夜はアリスの言葉を頼りに上空へと飛び立っていく。

 

その背後では、その後姿を見送るアリスと、元気よく手を振って見送る上海人形の姿があったという。

 

 

ついに異変の元凶を突き止めることが出来たのだろうか、上空に飛んでいくにつれて次第に暖かくなっているのを咲夜は感じるのであった。

 

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

「へへッ!これだけありゃ、十分だぜ」

 

 

「有り難く幸運にあやからせて貰ったわ」

 

 

「…………ふにゃ~、もうこないで~」

 

 

ところ変わって場所は『迷い家(マヨヒガ)』

 

 

迷い家の家財を狙った2人の盗人に勇敢にも立ち向かった橙であったが、縦横無尽に動き回りながら弾幕を放つ橙の得意技も、弾幕ごっこに関しては人間の中でも随一の実力を誇る霊夢と魔理沙である。

 

一方は妖怪退治を仕事としている博麗の巫女、一方は弾幕に火力を突き詰め、弾幕ごっこの腕前は霊夢に劣るとも劣らぬ実力の持ち主である魔理沙。

 

 

それが二人がかりで向かってきたため、流石に橙であっても多勢に無勢、実力に関しても圧倒的に劣っているため、当然ながら負けてしまい、迷い家の家財を沢山持ってかれてしまった。

 

 

これ以上家財を持ってかれてはたまらんと、早く帰ってほしい橙は霊夢と魔理沙に迷い家の帰路を教えて、ようやく霊夢と魔理沙がほくほく顔で帰っていくところである。

 

 

「おおッ!見慣れた場所だぜ~」

 

 

「やっと出れたわね」

 

 

二人は橙が教えた帰路の通りに飛んでいくと、迷い家から出れたようだ。

 

 

「…………ところで、異変解決は?」

 

 

「…………あぁ、忘れてたわ」

 

 

目の前の吹雪の光景を見て本来の自分の目的である異変解決を思い出した霊夢と魔理沙。

 

 

しかし、これといって異変解決の糸口を見出すことが出来ず。どうしようもない。

 

 

 

「…………?」

 

 

「…………おん?どうした、霊夢?」

 

 

ふと霊夢は上空を見上げる。それを不思議に思ったのか魔理沙は霊夢に声をかける。

 

 

「…………異変の元凶よ、見つけたわ」

 

 

「おお?おいッ!ちょっと!霊夢!待てって!」

 

 

そういうが否や、上空へと飛んでいく霊夢と、その後をついていく魔理沙。

 

 

「おい!どうしたってんだよ!霊夢~!」

 

 

「黙ってついてきなさい!」

 

 

「は、春ですよ~!」

 

 

「五月蠅い」

 

 

「五月蠅いぜッ!!」

 

 

「ふえ~ん!やっぱりぃぃ~!!」

 

 

どこからともなく現れてきた春を告げる妖精を霊夢と魔理沙は吹き飛ばして上空へと飛んでいく二人。

 

 

 

なんだかんだで霊夢と魔理沙、そして咲夜は確実に異変の根源へと近づいていくのであった。

 

 

 




リリーちゃん不憫可愛い。


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春雪異変 ~3~

とうとう50話目に到達、変わりなく本編でごめんなさい!


「…………」

 

 

「…………」

 

 

「…………お、おい……霊夢。咲夜も…………」

 

 

ここは、雲の上。

 

なにやら大きな結界が上空に展開されており、どこかしら亀裂が生じている様子であり、そこから大きな妖気の様な物が感じられる場所である。

 

 

そこで、咲夜と、行動を共にしていた霊夢と魔理沙が鉢合わせになって数分後の光景である。

 

霊夢と咲夜が無言かつ無表情ながらも両者睨み合い、それを魔理沙がなだめているという状況なのである。

 

そんな両者のガンつけ合いが起こったことの発端は、少し前にさかのぼる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「上空の方が地上よりも断然暖かいなんて…………素敵すぎて涙が出そうだわ」

 

 

アリスの言葉通りに上空に昇っていった咲夜は、その上空の暖かさに感動していた。

 

 

吹雪で、辺りが見えず、それでいて服越しでもその雪の冷たさと寒さというのをひしひしと感じられる地上では、流石の咲夜も参っていた様子だ。

 

 

上空ではまるで春の様に暖かく、暖着を脱いでもいいくらいだ。

 

 

「………あの結界……不自然ね。あそこかしら」

 

 

上空に昇った咲夜は、そこで亀裂の生じている大きな結界を発見し、そこが異変の元凶ではないだろうかと当てを付けてそこに向かおうとする。

 

 

「………はぁぁぁ~!!暖かいぜ~!!」

 

 

「…………雲の上に桜が舞っている…………?あら、本当に暖かい」

 

 

結界の方へ向かおうとする咲夜であったが、下の方からそんな声がしたため、足を止める。

 

 

咲夜としても、無視できない声が聞こえてきたからである。

 

 

「…………貴方達」

 

 

「おっ!!咲夜じゃないか!久しぶりだな!」

 

 

「…………あんた」

 

 

声は、魔理沙と、やはりというべきか咲夜にとって因縁の相手である霊夢であった。

 

 

魔理沙は気さくな笑顔で此方に対して笑顔を浮かべているが、反対に霊夢の方は無表情は変わらないのだが、心なしか嫌な相手に出会ったと嫌悪の色の混じっているように思われる。

 

 

これは咲夜に関しても変わらないのだが…………。

 

 

「なんだ、咲夜もこの異変の解決か?」

 

 

「ええ、異変の解決をお坊ちゃまから命じられたの」

 

 

「そうかそうか!お前も異変解決が目的なら心強いぜ!なぁ?霊夢!…………霊夢?」

 

 

魔理沙は純粋に咲夜も異変解決に乗り出しているということを聞いて嬉しそうに霊夢に振る。

 

 

が、霊夢は魔理沙の言葉を無視したように無表情で、目では咲夜を睨みつけるように見ながら咲夜に面と向かう。

 

 

「…………何かしら?博麗の巫女様?」

 

 

「…………異変解決は私達の仕事よ、部外者は引っ込んでなさい」

 

 

「あら、そういう訳にはいかないわ。さっきの話を聞いていたかしら?それとも、理解できない凡愚なのか…………かしらねぇ?」

 

 

「…………おい、霊夢……咲夜も………落ち着けって」

 

 

無表情、冷たい目で咲夜を睨みつける霊夢と、そんな霊夢を挑発するかの様に煽っていく咲夜。 そんな彼女たちをなだめようとする魔理沙。

 

 

「あんたの飼い主の御命令?そんなこと、私が知ったことないわ。異変解決は私の仕事、部外者のあんたが来られちゃ迷惑なのよ、足手まといだわ」

 

 

「それこそ私にとってどうだっていいことだわ、そもそも、貴女が早く異変解決に乗り出してたら私が異変解決に乗り出さなくてよかったのよ?今更異変解決に躍起になるなんて、怠慢が過ぎるのではなくて?」

 

 

「…………」

 

 

「そんな怠慢な貴女の代わりに私が異変解決をしてあげようっていうのよ?迷惑者扱いではなくて、感極まって泣きながら土下座して、感謝するのが道理ではないの?」

 

 

「…………あんたねぇ…………!」

 

 

「ま、まぁまぁ!二人とも!落ち着けって!こんなところで言い争っている場合じゃないぜ?な?な?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その後、霊夢と咲夜が睨み合って現在の冷戦状態になっているのである。

きっかけがあればいつでも火蓋が切れる危うさがある。

 

 

「ふん、癪だけど、温情で異変解決についてくることを許可してあげるわ。感謝して、せいぜい足手まといにならないように隅の方でじっとしてなさい」

 

あの~すいませ~ん

 

「あら、御心配御無用。腕の方では自信があるもの、それも、貴女よりも…………ね?」

 

 

しかし無情、その二人の火蓋は切れかかる。

 

 

「…………へぇ、大した自信じゃない」

 

 

「ええ、そうね。醜態をさらした巫女様に温情で勝ちを譲られたお坊ちゃまの御墨付ですもの」

 

ちょっと~?

 

「…………なら、今ここで確かめてあげようかしら?」

 

 

「ふっ…………貴女にしてはいい案じゃない」

 

 

「ちょっと待てって!行ったそばからやり合うのはやめてくれ!!落ち着いてくれ~!!」

 

 

「す、すいませ~ん!!」

 

 

「「あ゛ぁ゛??」」

 

 

「なんだぜッ!!??」

 

 

 

「ひぃぃぃいい!!??」

 

 

 

霊夢と咲夜の言い合いと、それを必死でなだめようとする魔理沙の間に割って入って声をかけた勇気ある者は赤い服装に身を包んでいる薄茶色のショートヘアーの少女である。

 

 

勇気を出して声をかけたのはいいのだが、それに対する二人のガンつけと、少しだけ苛立っている様子のある魔理沙の返事である。

 

 

特に前者の方ではかなり恐ろしい形相になっているのだろうか、少女は目に見えて怯え、後ろに控えていた姉と思わしき薄水色のセミロングウェーブの少女に抱き着いている。

 

 

「あ、あの。わ、私達、これから花見大会の演奏があって…………そ、その…………肩慣らしに、予行演習を…………と思って、あ、あの…………」

 

 

「…………あわわわわわわ!!」

 

 

「…………だから声をかけるのはやめようって言ったんだよ、メルラン、リリカ」

 

 

三人の前で、怯えながらも必死に説明をしようとするトランペットを手に持っている薄水色の髪の少女『メルラン』

 

 

そのメルランの後ろに隠れてメルラン以上に怯えている薄茶色の少女、傍にはキーボードを備えている『リリカ』

 

 

そんな二人へ声をかけている一番冷静な金髪のストレートショートヘアーの少女、黒一色の服と手にはヴァイオリンを手に持っている『ルナサ』

 

 

姉の順から『ルナサ』『メルラン』『リリカ』の姉妹である彼女たちは騒霊という種族の『プリズムリバー三姉妹』である。

 

 

どうやら、話を聞くに、これから始まる花見大会の為に演奏をするためにやってきた妖怪達らしく、予行演習を聞いてもらうために、近くにいた霊夢たちへと声をかけたのだが、それが現在に至るのである。

 

 

「…………丁度いいわ。今ちょうどむかむかしていたところよ」

 

 

「…………フフッ、準備運動にちょうどいいわね」

 

 

「へ?え?あ、あの?ちょ、ちょっと!?」

 

 

「あわわわわわわわわ!!!」

 

 

突然合わられたプリズムリバー三姉妹に対して、先ほどの両者のガンの付け合いと煽り合いから生じたむかむかを、ぶつけてしまおうと霊力を纏わせ始める霊夢と咲夜。

 

 

それに対して困惑するメルランと怯えるリリカ。

 

 

「メルラン、リリカ、逃げるよ…………!」

 

 

「へぁ!?あ!?ルナサ姉さん!?」

 

 

「あわわわわわわわわ!!!」

 

 

「待ちなさいッ!!」

 

 

「逃がさないッ!!」

 

 

ルナサがメルランとリリカの手を引っ張って逃げ出そうと飛び出していく。

 

 

その後を追って霊夢と咲夜が後を追って飛び出す。

 

 

「…………………」

 

 

魔理沙はというと、話しかけただけなのに、難癖付けられている騒霊たちには同情するのだが、これで霊夢と咲夜の気が収まるんだったらそれでいいかと、黙って騒霊たちをボコボコにする霊夢と咲夜を見守るのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「………すっきりしたわ」

 

 

「…………………ふぅ」

 

 

「…………………これからは…………声をかける相手を…………選ばないと、ね」

 

 

「…………肝に銘じるわ…………ルナサ姉さん…………」

 

 

「人間怖い人間怖い人間怖い人間怖い人間怖い」

 

 

事が終わった後、魔理沙の目の前にあるのは、ボロボロにされているプリズムリバー三姉妹と、すっきりとした顔の霊夢と咲夜である。

 

 

三姉妹揃って演奏しているプリズムリバー三姉妹だが、弾幕ごっこでの彼女たちの連携は逸脱しており、並みの妖怪以上の力をそれぞれ持っているため、かなり霊夢たちにとっては強敵であるはずなのだが、それは今の霊夢たちにとっては関係がなかったらしい、まともにスペルカードでの対抗もできずにただ一方的に弾幕ごっこで嬲られていたプリズムリバー三姉妹。

 

彼女たちの十八番である合同スペルカードも十分に発揮できぬまま、完封されてしまった様子である。

 

 

「じゃ、先、行こうぜ。霊夢、咲夜」

 

 

「ええ、そうね」

 

 

「そうしましょう」

 

 

いがみ合っている霊夢と咲夜であったが、本来の目的は異変の解決であり、流石にいつまでも相手している場合ではないと両者感じたのか、魔理沙の言葉に二人素直に受け入れる。

 

 

魔理沙は、憐れな目でプリズムリバー三姉妹をチラリと一瞥した後、先を進むのであった。

 

 

三人は、亀裂の入っている結界へと向かい、その亀裂へと入っていくのだ。

 

 

彼女たちは、ようやく、異変の元凶ともいえる『冥界』へと足を踏み入れたのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 

 

その日は、冬のように寒く、雪が降っていた日でした。

 

 

 

私は毎年春を告げるために外に出ます。

 

いつもはその頃には温かく、草木も芽や蕾を覗かせ、まさしく春到来といった景色が広がっているのですが…、今年は違いました。

 

 

本来咲くはずの草木、芽や蕾が咲き並ぶ暖かい春の姿とは反対に、見えるのは白一色、未だ冬の姿そのものでした。

 

 

しかし、私には今は春だということを本能的に感じ取っているのです。

 

だから私は、その本能に従い、そして春を告げるという使命感と共に私は各地へ飛び出し、春を告げるのです。

 

 

「春ですよー」

 

 

最初の行先は人里へ、春は人里の人たちには始まりの季節として喜ばれる季節です。

 

だから私が春を告げに行くと、皆嬉しそうな顔をして迎え入れてくれるのです。

 

 

でも、今年はどの家も扉をしめ切って、通りを歩いている人の姿が一つも見えません。

 

 

「春ですよー!」

 

 

大声で春を告げても、それに反応を示す人なんていませんでした。

こちらに少しだけ目を向けた後、それっきり目を向けることなく足早に立ち去ってしまいます。

 

 

「春ですよー!」

 

 

 

 

「春ですよー」

 

 

 

 

「………春、ですよ?」

 

 

 

 

「………春、ですよー…」

 

 

春を告げても告げても誰も反応してくれない。自分の役目であるはずの春の訪れを誰も聞いてくれない。

 

冬の様に寒いから、皆春だっていうことがまだ解らないだけかもしれないけれど、私には、なんだか春を歓迎されていない様にも感じられてしまう。

 

 

人里から離れ、妖精や毛玉に春を告げていきますが、毛玉は基本的にそういうことには無頓着ですし、妖精はこの天気にはしゃいで聞いてなんかいません。

 

 

なんだかいつもより張り切っている妖精と毛玉が多いようにも思われます。

 

私はだんだん自分の役割を果たせない状況に苛立ってきました。

 

 

「春ですよー!」

 

 

と、半ばやけくそ気味に偶然出会った銀髪の女性の方に春を告げると、『邪魔ッ!』と弾幕を放たれて吹き飛ばされてしまいました。

 

 

吹き飛ばされた先にも人間の女性の方が二名いらっしゃっていたので、同じく春を告げても『五月蠅い』とまたまた吹き飛ばされてしまいました。

 

 

 

吹き飛ばされた先、目の前には白一色の雪の光景しか見えません、きっとうつぶせに倒れているのでしょう。

 

 

「……ッ…………ふぇッ…!!」

 

 

次第に私の身体が震え始めます。寒いのではなく、春を告げても誰も聞いてくれず。歓迎されるどころか邪魔者扱いされてしまう私自身に、悔しさと、悲しさが胸いっぱいになってしまって

 

 

「ずっと春だって…………ッ言ってるのに………何で…………ッ誰も……ッ聞いてくれないんですか…………ッ!」

 

 

泣きながら、自分の中で燻っていた本音が、悲しみと悔しさが、口から吐き出す。

 

誰にも春を告げても聞いてくれない。私の存在意義がすっかりからっぽになってしまった空虚感ばかりが今の私に襲い掛かります。

 

 

「………うん?そんなところで泣いて、どうした?」

 

 

そんな私へと声をかけ、ゆっくりと労わるように体を起こしてくれた人がいました。

 

潤んでぼやいて見える瞳に映ったのは微かに見える綺麗な顔。

 

 

透き通るような青い髪と、輝くように、燃えているかの如くきらめく紅い瞳。

 

背後に見えるのはこの人の紅い眼と同じ赤い建物。

 

 

「あぁ、ほら、涙で顔がぐちゃぐちゃじゃないか。綺麗な顔が勿体ないぞ?…………ほら」

 

そう言って、優しい笑顔で声を掛け、手に取った絹のハンカチで優しく私のぐちゃぐちゃになっている顔を拭いてくれた美しい人。

 

 

…………私はこの人を知っています。

 

 

紅い瞳に青い髪、そして力を誇示しているかの如く生えている大きな翼。

 

この人は、いいえ、この吸血鬼さんは、人里の人間達からすごく恐れられている『レミリア・スカーレット』という吸血鬼だってこと。

 

 

前に、紅霧を発生させる異変を起こしているので人里の話題から未だ冷めることがないある意味有名な人。

 

私も、恐ろしい妖怪だっていう話を人里の人から聞いていて、怖い妖怪だなって思っていました。

 

 

そんな恐ろしい私の『レミリア・スカーレット』像とは正反対で、慈愛の笑みを浮かべながら私の顔を優しく拭いてくれるレミリアさん。

 

 

「どうしたんだ?そんなに泣いて。話くらいなら聞いてやれるぞ?」

 

 

と、優しい笑顔でそんなことを言う物ですから、すっかり私は絆されてしまって、今までのことを話してしまいました。

 

 

今は春のはずなのに、春を告げても誰も聞いてくれないこと。

 

 

春を告げる妖精なのに、その仕事を全うできず、自分の存在意義という物の有無を悩んでいるということ。

 

 

全て、私の愚痴も込みで入っているのに、レミリアさんは嫌な顔をせず、うん、うん、と聞いてくれています。

 

 

話しているうちにまた思い出してきて。再び泣き出しそうになってしまったとき、レミリアさんは落ち着かせるようにゆっくりと私の身体を抱きしめて

 

 

「大丈夫さ。皆、まだ冬だって錯覚しているだけで、無視なんてしていない。長い冬はもうすぐ終わる。この長い冬が終わった後、その時に春を皆に告げてくれ。そうさな、今夜中には終わるさ。私には解る」

 

 

抱きしめながら囁いてくれるその言葉に、その温もりに、身を委ねてしまいたい気持ちに陥ってしまう。

 

本当に、今夜中に冬が終わるって確証はないけど、この人が言うんだったらきっとそうなるって思ってしまう。

 

 

「それでも、不安なら。今、ここで、私がお前の春の告げを聞こう。私がお前(の存在意義)を守ってやる。それでいいだろう?」

 

 

「…………………あ、あう…………は、はい」

 

 

レミリアさんのその言葉に、私の頬は紅潮し始めます。

雪の白色もあって、きっとレミリアさんに顔が赤くなってしまっていることに気が付かれているかもしれません…………。

 

 

恥ずかしくって、顔をふいっと背けてしまいましたけど、レミリアさんは私を抱きしめる力は何ら変わりなく、優しく頭を撫でてくれます。

 

 

レミリアさんの言葉は甘言の様に甘く、私の中に溶け込んでしまいます。

 

 

…………こ、こんな優しくて、綺麗で…………カッコいい人に、守られるなんて…………

 

 

その後も、すっかりレミリアさんに絆されてしまいましたが、元気を取り戻して、私は再び、めげずに春を告げる仕事に戻りに行きました。

 

 

レミリアさんは、「頑張れよ」と、言葉をかけて、私を見送ってくれました。

 

 

紅魔館でのレミリアさんとの会話は私にとって沢山の勇気をいただけました。

 

 

だから、私は再び春を告げるために今度は妖怪の山へと向かうことにしました。

 

 

レミリアさんのあの綺麗な顔と、慈愛の笑みを思い出しながら、私は妖怪の山へと向かうのでした。

 

 

 

 

 

 

…………今度からは、紅魔館の優しいあの人に、一番最初に春を告げにいきたいな、なんて考えながら…………。

 

 

 




リリーちゃん報われ路線


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春雪異変 ~4~

西行妖


上空に生じていた亀裂のある結界に入り込んだ霊夢たちが見たものは、終わりの見えない石段だった。

 

 

「おいおい、これ結構長そうだな、登るのに骨が折れそうだな」

 

 

「でも、ここに異変の元凶がいるはずよ」

 

 

「…………そうだな。異様な雰囲気がひしひし感じるぜ」

 

 

「………おしゃべりしている暇はないわ。早く終わらせるに越したことはないでしょう?」

 

 

「あ、あぁ、そうだな。霊夢?」

 

 

「…………………」

 

 

無駄口を叩かずに二人より先に石段を登り始めている咲夜と、その咲夜に注意を受けて後に続くように石段を登る霊夢と魔理沙。

 

 

石段を登り始めていると、上の方から桜の花びらがひらひらと落ちてくる。

 

 

「………やっぱり変な場所だな、ここ」

 

 

ポツリと魔理沙が漏らす。

 

 

彼女たちが入り込んでいる場所は『冥界』

 

死者が幽霊として過ごす場所であり、到底生きている人間が入っていい所ではないのだ。

 

 

しかし、それだけではなく、冥界に集まっている『春』の暖かさが、並々ならない妖気を帯びているようにも感じられ、不吉な何かを感じ取ってしまう。

 

 

ポツリと魔理沙が漏らした言葉ではあるが、それは暗に三人の感じている不気味さを代弁しているものである。

 

 

「ふぅ、ようやっと着いたぜ」

 

 

「………ここまで来てやったんだから、お茶の一杯ぐらいもらわなきゃ釣り合わないわ」

 

 

「あら、でも、あちらはあまり歓迎してくれないみたいよ?」

 

 

霊夢たちは、石段を登っていくと、やがて石段が途切れ、踊り場のような場所に出た。

 

周囲には石灯篭が無数に設置してあり、不気味な雰囲気を醸し出している。

 

辺りには、満開の桜が並び立っている。

 

 

霊夢たちは石段を登り切って、一旦そこで止まって足を付けて目の前に立っている『敵』に目を向ける。

 

 

「…………………騒がしいと思ったら、生きた人間ですか」

 

 

霊夢たちをキッと見据えながら手に刀を持ちながら白髪の少女はそう言う。

 

 

白髪のボブカットに、霊魂を模した柄付きの白いシャツに青緑色のベスト

腰に手に持っている刀の鞘と、もう一本の鞘付きの刀を下げている。

 

 

油断なくこちらを見据えながら、凛々しい顔立ちで立っている姿はまさしく剣士そのものと言ってよいだろう。

 

 

しかし、彼女の人間離れしている色白の肌と、華奢な体つきからは到底検討もつかない。

 

 

そんな彼女にふわふわと付き添うように白の物体、言わば『半霊』が浮遊している。

 

 

「ここは死者たちの住まう白玉楼。生きた人間が来ていい所ではないはずです。今なら見逃して差し上げましょう。帰りなさい」

 

 

一本の刀を手に、いつでも動けるような体勢を取り、淡々と警告する少女。

 

 

「そういう訳にはいかないわ、ここに冬がいつまでも終わらない異変の元凶がいるって勘が告げているの。そうやすやすと帰る訳にはいかないわ」

 

 

「………異変?…………そうか、ならば、尚更通すわけにはいかなくなった。あと少しで西行妖(さいぎょうあやかし)が満開になる。それをお前たちに防がれる訳にはいかない」

 

 

「そう、なら、力ずくで、通らせてもらうわ」

 

 

そういうと、少女はゆっくりと構えを取り、臨戦態勢を取り始める。

 

 

対する霊夢と魔理沙も、動けるように臨戦態勢を取り、スペルカードを取り出す準備をする。

 

 

「………霊夢、魔理沙。先に行きなさい。ここは私が抑えるわ」

 

 

「…………咲夜?」

 

 

「…………………」

 

 

その二人の前に立って咲夜はナイフを取り出して後ろの2人に先に行くように告げる。

 

 

魔理沙は少しだけ戸惑うように、霊夢は無表情で。さまざまに反応を示す。

 

 

「見たところ、相手は異変の元凶の従者とか、そんな所でしょう?なら、同じ従者として、思う所があるのよ。ここは私に任せなさい」

 

 

「…………いや、でもよ…………」

 

 

「ふっ、今は異変の解決を優先するべきでしょう?安心なさい、すぐに追いついて見せるわ」

 

 

「………魔理沙、行くわよ」

 

 

「……………あ、あぁ」

 

 

そうして、霊夢と魔理沙は咲夜の上空を飛び、白髪の少女の上を飛び越そうとする。

 

 

「…………ッ!させるかッ!」

 

 

当然、白髪の少女も、霊夢たちに先を進ませてなるものかと霊夢たちに弾幕を放とうとする。

 

 

「…………………ッ!?」

 

 

しかし、霊夢達に放った弾幕は、突如横から割り込むように飛んできたナイフに相殺されてしまう。

 

 

「なら…………………!!」

 

 

「させないわ」

 

 

「…………………なっ!?」

 

 

弾幕が無効化されるのなら今度は近接だと、霊夢達に接近しようとするが、突如目の前に現れた咲夜にそれも防がれる。

 

 

「…………………ふッ!!」

 

 

「…………………チィッ!!」

 

 

ガキィィィィン!!と、金属が打ち合う音が鳴り響く。

 

 

咲夜のナイフと白髪の少女の刀がぶつかり、けたたましい金属の音と共に衝撃が辺りに走る。

 

 

しかし、刀とナイフではリーチ等の面でも断然刀の方が上である。が、咲夜は刀に劣るナイフの差を補うように、マジックアイテムに弾幕の追撃をさせ、距離を詰めさせないように立ちまわる。

 

 

堪らず白髪の少女は咲夜から距離を取り、対する咲夜も白髪の少女から距離をとる。

 

 

咲夜の後ろには、先へ進もうとする霊夢と魔理沙である。

 

 

「…………………せいぜい無様にやられてこないことね」

 

 

「…………………あんたこそ、あっけなく負けて面倒ごとを増やさないことね」

 

 

背中越しに、咲夜は霊夢へ、負けじと霊夢も咲夜へ掛け合う。

 

 

その掛け合いの後、霊夢と魔理沙は先へ、『白玉楼』へと咲夜を置いて進んでいくのであった。

 

 

「…………………なんのつもりだ。お前一人で私を相手取ると?」

 

 

「そうだと言ったら?この状況、私が貴女を足止めして、異変の元凶にあの二人を向かわせることが最善だと判断したまでよ。」

 

 

「…………………ふん、私がすぐにお前を倒し、彼女達に追いついてしまえば何ら問題はない。それに、彼女たちだけでは、『幽々子』様には到底敵わない」

 

 

「あら?私は人を見る目はいいと自負しているのよ?それに、仮にも博麗の巫女、方やそれと肩を並べる魔法使い。十分に勝機はありうるわ、彼女たちは強いもの」

 

 

咲夜は、霊夢のことは快くは思ってはいないものの、その実力は認めていた。

 

自分で認めてしまうのも癪ではあるが、自分よりも霊夢の方が強いということは理解している。

 

 

そして、霊夢と仲のいい魔理沙がいる。

彼女の魔法は火力を突き詰めている制圧力の高い弾幕だらけである。

 

従って、咲夜はあの二人を異変の元凶に向かわせた方が、最善であるということをすぐに判断を下したのである。

 

 

「………それに、昔から時間稼ぎは得意なの」

 

 

咲夜は再び、懐からナイフを取り出し、目の前の白髪の少女へと向き合う。

 

 

「何せ、時間を止めてでも時間稼ぎができるのだから、ね」

 

 

「…………今は一刻も早くお前を倒し、二人を追いかけるが先決」

 

 

対する白髪の少女も、ゆっくりと咲夜に向き合い、刀を構えて睨み合う。

「構えろ、人間。私は白玉楼 庭師『魂魄妖夢』」

 

 

「紅魔館の従者 十六夜咲夜よ」

 

 

「いざ…………」

 

 

妖夢と名乗った少女はゆっくりと体を落とし、両足に力を込める。

 

 

「妖怪が鍛えたこの楼観剣に斬れぬものなど、あんまり無い!」

 

 

その一声で、妖夢の戦意を高ぶらせ、両足に溜めていた力を一気に解き放ち、その勢いと共に咲夜へと肉壁していく。

 

 

「…………………ッ!」

 

 

「………………せぇぇぇい!!」

 

 

「…………………くッ!!」

 

 

ガキィィィィン!!!!と再び金属が打ち合う音が鳴り響く。

 

 

ナイフと刀がぶつかり合い、火花が散る。

 

鍔迫り合いとなるが、武器の差と種族の違いによる贅力の差によって咲夜の方が吹き飛ばされる。

 

 

しかし、空中で体勢を整えなおした咲夜は、流れに乗ってナイフを数本妖夢に投げるが、これは妖夢によって全て地面に叩き落されてしまう。

 

 

吹き飛ばされた後、ナイフを投げることで妖夢の追撃を止めた形になり、再び両者は距離をとって睨み合う。

 

じりじりと間合いを取って睨み合うこと数分。二人は同時に動き出す。

 

 

咲夜は妖夢にナイフを数本投擲する。

対して妖夢は咲夜へと走りながら投げられたナイフを棟で器用に全て弾き、咲夜への距離を詰める。

 

 

その助走の勢いを乗せ、袈裟斬りを繰り出すが、咲夜は身を捩るようにしてその斬撃を躱す。

 

妖夢はそのまま刀を反し、横薙ぎにして斬りつけようとするが、上半身を逸らして回避される。

 

 

咲夜も、反撃として手に持っているナイフを振るうが、それを難なく受け止められてしまう。

 

 

そのまま鍔競り合いとなるが、力量差では、妖夢の方に分がある為、それを理解している咲夜は、押し返される勢いで後方へ飛んで距離をとる。

 

 

両者、距離を取り、刀を構え、一方ではナイフを自然体に構えて睨み合う。

 

 

このまま、両者深く入り込むことが出来ないでおり、膠着状態になっているが、ふと上の方で、力がぶつかり合う気配を感じ取る。

 

 

それは、霊夢と魔理沙が異変の元凶も元にたどり着き、戦闘を繰り広げているということを暗示している。

 

 

当の妖夢にとっては、これは由々しき事態であり、苦悶の表情になる。

 

 

「くっ……………もうこれ以上お前に構っている暇など無くなった。勝負を決めさせてもらう!!」

 

 

――獄神剣「業風神閃斬」

 

ふっ、と妖夢は強く息を吐いて意識を集中する。

 

妖夢は自身の半霊に、青く、大きな弾幕を撃たせ、周囲にばらまくことで咲夜の動きを制限させる。

 

 

そして、刀を振るってその斬撃から弾幕を放つ。

 

 

回避しようにも青い大きな弾幕が大胆な回避行動を阻害し、斬撃による弾幕を躱してもまた次の弾幕を放たれてしまうため、徐々に咲夜の可動範囲が狭まり始める。

 

 

「…………………ッ」

 

 

近づこうにも弾幕を放っている妖夢は、油断なくこちらの動きを見ているため、下手に近づこうものなら即座に対応されて最悪被弾してしまうだろう。

 

 

「………これは…………少し面倒ね」

 

 

妖夢の斬撃は、そのまま弾幕としてそこに残る。それも起因してか、次々と行動範囲を狭まれてしまう咲夜。

 

この状況は仕方ないとばかりに、咲夜も一枚のスペルカードを切る。

 

 

――幻符「殺人ドール」

 

 

妖夢の弾幕をナイフの弾幕で打ち消しながら、妖夢へとナイフの弾幕を撃つ。

 

 

「………ッ!!白楼剣ッ!」

 

 

迫りくるナイフの弾幕をはじくには楼観剣だけでは受け止めきれない。そのため、妖夢はもう一本腰に下げている白楼剣を抜いてナイフの弾幕を防ぐ。

 

 

二刀流となった妖夢は先ほどまでとは一変し、機敏な動きで次々とナイフを弾く。

 

 

「…………へぇ、なかなかやるじゃない」

 

 

「…………この程度、別に造作もない」

 

 

咲夜がそう妖夢に声を掛ける時には、どこも傷の様なものが見当たらない万全な妖夢と、その周囲にナイフの残骸が散らばっているのみであった。

 

 

「……………でも、結構高いのよね、それら。事が終わったら賠償でも請求しておこうかしら」

 

 

「え!?そ、それはッ!そ、そもそも貴女が投げてこなければいい話じゃないですか!!…………っあ!?」

 

 

そんな咲夜の軽口に馬鹿真面目になって思わず口調が元通りになってまで反論する妖夢。

 

 

基本真面目な性格である妖夢には、こういった冗談交じりの言葉は有効なのかもしれない。

 

 

「……ンン゛ッ!!そうして無駄話している時間なんてないッ!構えなさいッ!!」

 

 

「………………やれやれ、骨が折れるわね」

 

 

気を取り直す様にして刀を構える妖夢と、ややきだるげに残ったナイフを手に持って構える咲夜。

 

 

 

「「…………ッ!!??」」

 

 

突如、異変は起こった。

 

 

その身に嫌でも感じるほど、それでいて自分たちを圧していくほどに強く感じる威圧感と妖気。

 

 

それと同時に感じる不快かつ痛烈な違和感。

呼吸することすら許さないと妖気が咲夜と妖夢を圧していく。

 

 

得体の知れぬ危険、原始的な恐怖

 

 

動物のしての本能というべきか、咲夜と妖夢は『何か』から与えられる強烈な『死』を機敏に感じ取り、思わず恐怖に体を震わせた。

 

 

「西行妖が満開に………?でも………これは…………」

 

 

妖夢は重くなる身体が倒れこまないように必死で耐えながら、そんなことをぽつりと漏らした。

 

顔には、恐怖の色が見え、顔が青ざめ、冷や汗を流している。

 

 

目は焦点が合っていない様子で、荒く息を吐く。

 

 

それは、咲夜にも同じようで、得体の知れない『死』に体が圧せられている感覚だ。

 

 

(…………これは…………お坊ちゃまと同じ…………いいえ、お坊ちゃまのとは…………違う…………ッ!)

 

 

敬愛する主が、紅霧異変の時に発した威圧感と同じような。しかし、あの時のレミリアが放つ威圧感とはまた別の、純粋に『死』のみを告げるような不快な威圧感。

 

 

しかし、咲夜は『何か』からの威圧感に必死で堪え、重い体を叱咤して、立ち上がる。

 

 

「………一時、休戦………ッ!ね…………私は先にッ、行かせてもらうわ。これは…………普通じゃないッ…………」

 

 

咲夜は、妖夢の傍を通り抜けて、その先、霊夢と魔理沙がいるであろう『白玉楼』へと向かう。

 

 

「…………ッ、待って、ください…………私も、行きます…………ッ、幽々子様の、安否を、確かめなければ…………ッ!」

 

 

妖夢もやっとのことで立ち上がり、咲夜に続くように『白玉楼』へと向かっていく。

 

 

その先で、何が起こっているのか、確かめるために。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 

「…………………ッ」

 

 

「…………ッ………お兄様」

 

 

「あぁ……………」

 

 

紅魔館のレミリアとフランにも、この強烈に感じる不快感と、無意識的に感じる『死』を機敏に感じ取った様子で、眉を顰める。

 

 

レミリアは、窓を見上げ、未だ吹雪が吹いている上空を見上げる。

 

 

「…………………嫌な予感がする」

 

 

レミリアは、未だ吹雪が吹き荒れている外を、上空を見ながら、そう言葉を漏らす。

 

 

それは、異変解決に向かった咲夜の安否を心配するような懸念の表情を帯びているのである。

 

 

コンコンッ…………

 

 

「…………………入れ」

 

 

「失礼いたします………………お坊ちゃま」

 

 

開けたドアの先から、妖精メイドが入ってくる。

 

 

「どうした」

 

 

「御客人がお見えになっております。いかがいたしましょうか?」

 

 

「……………客人?この猛吹雪に、か?名前は?」

 

 

「………お坊ちゃまの御友人、『八雲紫』様です」

 

 

「…………ッ」

 

 

その言葉を聞いた瞬間、レミリアの目の色が変わった。

 

 

「……………そうか、解った。客室へ案内しろ」

 

 

「かしこまりました」

 

 

そう言って、妖精メイドは退出する。

 

 

「………そういう訳でフラン、ひとまず…………」

 

 

「うん………。でも、私も行く」

 

 

「…………………解った」

 

 

そうして、レミリアとフランは客室へと向かう。

 

 

突然の『八雲紫』の訪問、そして、突如感じるこの強烈な不快感。

 

 

これは、由々しき事態が起こっているのであろうということはレミリアにもフランにも理解できる。

 

 

一体、何が起こっているのか。八雲紫が説明してくれる。

 

 

幻想郷で一体、何が起こっているのか。

 

 

一抹の不安を抱えたまま、レミリアとフランは歩き出す。

 

 



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春雪異変 ~5~

「おい、霊夢。本当に咲夜を置いてっていいのか?」

 

 

「…………あいつが自分から時間稼ぎするって言ったんだから、別に私がどうこうって話じゃないでしょ」

 

 

霊夢と魔理沙は、妖夢の足止めとして残った咲夜を置いて、先の白玉楼へと飛んでいる。

 

 

飛んで白玉楼へ向かっている間に、魔理沙が霊夢に例のことを聞いてきたのである。

 

 

「でもよ、私達三人でさっきの奴を倒していった方がよかったんじゃないのか?」

 

 

「異変解決が早ければそれに越したことないでしょ。いちいち三人で戦ってれば時間がかかるし面倒だわ」

 

 

「………そ、それもそうだが…………」

 

 

「………別に心配ないでしょ」

 

 

「…………………?」

 

 

「…………あんなところで負けるような奴じゃないわよ、あいつは……。『十六夜咲夜』は」

 

 

「…………………霊夢」

 

 

霊夢の口から出た言葉に少しだけ驚いたような顔をして霊夢の方を見る魔理沙。

 

 

「何だ。なんだかんだ言って、咲夜のことをしっかり認めてるんじゃないか」

 

 

「…………………うるさいわね」

 

 

何やら微笑ましい様な顔で霊夢の顔を見る魔理沙。

 

 

霊夢は無表情ながらも、そっぽ向いて、魔理沙と顔を合わせようとはしない。

 

長年の付き合いで魔理沙は解る。これは照れており、恥ずかしさを紛らわせようとしている行為なのだと。

 

 

素直じゃない友人だ。

 

と魔理沙は微笑ましい気持ちで霊夢を見つめる。

 

 

「…………………っ、無駄話は終わりよ」

 

 

「…………………ああ、そうみたいだな」

 

 

そんな会話をしている間に、既に白玉楼へと着いたらしい。

 

 

霊夢と魔理沙が先への階段を登りきると大きな武家屋敷が目に入った。

 

江戸時代の武将が住んでいてもおかしくなさそうな大きな屋敷には、桜吹雪が舞っていた。

 

いや、桜ではない。これは形を持った春

それは桃色で淡く輝く神秘の華蝶

 

 

淡く輝くピンクの華蝶が流れてくる方向を見る。

 

 

そこには、霊夢も魔理沙も見たことがない様な大きな桜の木が。

 

 

美しく、荘厳で、嫌でも肌に感じる無意識的な、言葉にならない恐ろしさ。

 

 

その美しさは人を魅了する。それは人を拐かし、破滅を呼ぶ『美』

 

 

その荘厳さは人を圧する。それは、呼吸することすら許さない。死をもたらす『威』

 

 

その大きな桜は、自分自身の意識があるように、その大きすぎる存在感を嫌でもかと周囲に示しているかのようだ。

 

 

「………あら?こんなところに人間が迷い込んだのかしら?ここまで進んでこられるなんて、妖夢を倒してここまで来たのかしら。それも、二人」

 

 

「…………………ッ」

 

 

「おいおい…………」

 

 

その大きな木の傍に佇む一人の女性。

 

 

桃髪を携えた大和美人、大人と少女の境界を揺らがせる美の女性。

 

何げなく、会話するような口調で此方に向けて話しかけるくるが、その彼女から感じる立ち昇る圧倒的すぎるプレッシャー。

 

 

霊夢と魔理沙は、そのプレッシャーに少しだけ押される。そして確信した。こいつがこの異変の犯人だと。

 

実力は間違いなく、あのレミリアとも引けを取らない実力の持ち主であることも。

 

 

「まずはようこそ博麗の巫女、そして白黒の魔女。私の名は西行寺幽々子、冥界を管理する立場にある者として貴女たちの来界を心より歓迎するわ」

 

 

「………御託とか前置きはどうだっていい。この異変。貴女のおかげで春がいつまでたっても来ないし、こっちの桜はめっきり咲きもしないわ」

 

 

「あら、桜が見たいの?なら、こちらで満足するまでお花見するといいわ。こちらは桜がいくらでも咲き乱れているもの。冥界の桜は現世のものよりも、どこの桜よりも美しいと評判よ?」

 

 

「いいえ結構。私は顕界の人間。ならば顕界の桜を愉しみたいのよ。こんな生者が寄り付かない息苦しい場所なんかで花見してらんないわ」

 

 

「あら、そう」

 

 

西行寺幽々子(さいぎょうじ ゆゆこ)と名乗った女性は、霊夢の言葉にもクスクスと微笑みを浮かべるばかり。

 

 

霊夢は、幽々子に対して、調子が狂うやつだと感じた。得体のしれないというか、どこか掴み難い。

 

霊夢とも面識のある胡散臭い『あいつ』とそっくりだ。

 

 

睨みつける霊夢の視線に、元凶の女は口元を隠していた扇子を閉じ、瞳を閉じて口を開く。

 

 

「でも、残念ね。もうすぐ、もう少しで西行妖が満開になるというのに…………」

 

 

「西行妖?」

 

 

『西行妖』という単語に、今度は魔理沙が疑問を呈する、

 

 

「ええ、この、大きな桜。『西行妖』が満開になれば、冥界の中でも、一際美しく咲き誇るわよ?この西行妖の封印を解くためには、もっと多くの『春』が必要ですもの」

 

 

「『春』………? ………そうかい、道理でこっちで冬がいつまでたってもこないわけだぜ。………にしても、冥界の春とやらは辛気臭いんだな」

 

 

「あら、失礼しちゃうわね。ここの春だって、貴女の住む幻想郷の春よ?ここの春を毛嫌いしちゃ、可哀想よ?」

 

 

「私は好き嫌いが激しいもんでな」

 

 

「…………魔理沙。こいつに何をいっても無駄よ。こいつを倒して、春を取り戻す。単純明快ね」

 

 

「フフッ、乱暴ねぇ。でも、それでいい。単純で解りやすいのはいいことよ」

 

 

再び閉じた扇子を口元で大きく開き、私達を見据えながら口を開く。

 

それと同時に亡霊の周りがぼやぼやとぶれ始めた。

 

 

「………ッ!!魔理沙ッ!!」

 

 

「………!ああ!!」

 

 

その瞬間、霊夢と魔理沙はその場を離れる。

 

 

そのコンマ数秒後、霊夢達がいた場所に、濃厚な『死』の気配が覆いつくした。

強力な『死』の概念。

 

 

「あら?あれを避けることくらいはできるのね。ええ、それでもいいわ。無様に、それでいて必死にもがく姿でも、その命尽きる時には力強く煌めく明星にとなるでしょうから。美しく、優雅に。踊り狂いましょう?」

 

 

言い終えるや幽々子の周囲から大量の弾幕が放たれる。その圧倒的な弾幕量と、圧倒的な威圧感。

 

 

冥界の主の名に恥じぬ実力であることはその弾幕量と、威圧感から解る。

 

 

(…………でも、これくらい『あいつ』に比べたら……ッ!!)

 

 

霊夢はその身にかかる威圧感を弾き飛ばし、幽々子に弾幕を放って応酬する。

 

 

「上等よッ!!その人を侮った態度!その傲慢!全部叩き折ってボコボコにシメてやるわ!」

 

 

幻想郷の春は冥界だけのものじゃない!春を返してもらうわよ!!

 

 

霊夢は霊力を身体中に滾らせる。

 

 

 

「花の下に還るがいいわ、春の亡霊!」

 

 

 

「花の下で眠るがいいわ、紅白の蝶!」

 

 

 

 

 

 

 

 ────────────────────────

 

 

 

――霊符『夢想封印 集』

 

 

 

――亡舞「生者必滅の理」

 

 

霊夢が放ったスペルカードは、幽々子のスペルによって対抗され、幽々子の弾幕に相殺されるどころか霊夢の弾幕をかき消しても、勢い衰えずに霊夢に向かっていく

 

 

「………………チッ!!」

 

 

「ふふっ、さぁ、踊りなさい?」

 

 

霊夢の弾幕を打ち消すどころか、霊夢自身にまで向かってくる幽々子の弾幕。

その時点で、単純な力量の差が解りうる。

 

 

確かに幽々子ならば、妖夢が言っている通り、勝負に勝つには難しいのかもしれない

 

 

 

それが、一対一であるならば。 

 

「私を蚊帳の外にされちゃ、悲しいぜッ!!私も混ぜろよッ!!」

 

 

――恋符『ノンディレクショナルレーザー』

 

 

幽々子の側面に回り込んだ魔理沙は、霊夢にかまけている今が好機とばかりにスペルカードを放つ。

 

 

「……あら、そうね。仲間外れは可愛そうですものね。なら、貴女も踊ってもらえるかしら?」

 

 

――亡郷「亡我郷」

 

 

しかし、幽々子は慌てることもなく、対応する。レーザーにはレーザーを、そして周囲にばらまかれている星型の弾幕も、幽々子が放つゆらゆらと揺らめく弾幕によって霧散させられてしまう。

 

 

その両者の弾幕のぶつかり合いの果てに残るは魔理沙の弾幕を上回る幽々子の弾幕。

 

 

「……………ッ!これは………キツそうだぜッ!」

 

 

側面に回り込んで攻撃したと思えば、攻撃されていた。

 

 

自分のスペルカードを完全に無効化され、反対に幽々子のスペルカードに押されるがままになってしまった二人。

 

 

霊夢達が放つ弾幕は、ことごとく幽々子によって霧散されてしまう。

それは、放たれた弾幕に『死』を与えるが如く。

 

 

万物に等しく死を与える幽々子の能力は、生き物であろうが無生物であろうが全くの無関係。

 

 

皆訪れる者は等しく『死』。

 

 

「魔理沙ッ!!あんたのなんとかスパークとやらで、あいつのムカつく顔を撃ち抜けないッ!?」

 

 

「いいやッ!!多分無理だな!!放ったとしてもアイツの弾幕で完全に霧散させられちまう!!」

 

 

「なら打つ手なしって訳!?」

 

 

「物量で攻めたら意外と何とかなるかもなッ!!」

 

 

そんな掛け合いをする霊夢と魔理沙。

しかし、そんな余裕そうな会話とは反対に、当の霊夢達は幽々子の弾幕を必死で避けながらである。

 

 

「ふふっ、そんな無駄口を交わせるくらいなら、まだまだ余裕ね。…………なら、これなら?」

 

 

微笑みながらそう言う幽々子は、一段階ギアをあげたようだ、背後から扇子の様な物が現れ、そこから、無数の弾幕が霊夢達に押し寄せてくる。

 

 

「…………………ッ!!」

 

 

「……………くそッ!!」

 

 

――霊符『夢想封印・散』

 

 

――魔符『ミルキーウェイ』

 

 

迫りくる弾幕を迎撃しようと苦し紛れに霊夢たちはスペルカードを切る。

 

 

しかし、それらも全て無駄に終わる。

確かに周囲の弾幕はなんとか打ち消せるが、その後に迫りくる弾幕は受け止めきれず、また同じような状況に陥ることは一目瞭然だ。

 

 

「…………!霊夢、こっちだぜ!」

 

 

「…………そこねッ!!」

 

 

しかし、一瞬で来た隙間を霊夢達は見逃さなかった。

 

 

かろうじてその隙間に逃げ込むことで弾幕を回避する。

 

 

「ふふっ、そこに逃げるのね?次はどこに逃げ込むの?」

 

 

――華霊「バタフライディルージョン」

 

 

しかし、霊夢達が避けきって逃げ込む先も幽々子にとっては想定内であった。

 

 

今度は、霊夢達に追尾してくる弾幕を放ち、回避範囲を制限する弾幕も放ちながら幽々子は愉しそうに微笑む。

 

 

「ああもうッ!!これじゃあ埒が明かないわ!魔理沙ッ!!」

 

 

「うおっと!!…………何だぁ!?」

 

 

「アレだしなさい!なんたらスパークッ!!」

 

 

「マスタースパークな!!正気か!?」

 

 

「一点集中よッ!!火力を一点に集めれば流石に届くでしょ!?」

 

 

「流石に…………っておい!!!霊夢ッ!!」

 

 

そういうや霊夢は幽々子に向かって突進するのではないかと思う程の勢いで飛んでいく。

 

 

しっかり向かってくる弾幕を最小限の動きで回避しながらしっかりと幽々子へと近寄っていく。

 

 

「無茶言ってくれるぜ!まったくッ!!…………だが、お前らしい!!」

 

 

――恋符『マスタースパーク』

 

 

突進していく霊夢の後ろから、魔理沙の放ったマスタースパークが追従する様に幽々子へと向かうって行く。

 

 

そのスピードは、楽々霊夢を抜かした。

 

 

――霊符『夢想封印』

 

 

霊夢もスペルカードを宣告し、その後も幽々子への突進を止めずに続ける。

 

 

「…………………!」

 

 

一瞬だが、幽々子の表情が変わる。

しかし、すぐにいつもの余裕そうな微笑みの表情に変わる。

 

 

――死蝶『華胥の永眠』

 

 

「…………………ッ!?」

 

 

霊夢は、本能的に危険を察知したのか、その場で身体を捻り、急ブレーキをかける、そして、すぐさまその場から、幽々子とは距離を離す。

 

 

そして、霊夢は後ろを振り返ると、マスタースパークと、夢想封印の弾幕とレーザーが跡形もなく消失し、辺りにふよふよと漂う蝶。

 

 

妖力で創られた蝶である。

 

 

「おい!!霊夢!大丈夫かッ!?」

 

 

「魔理沙ッ!!近寄らないでッ!!蝶に触れないッ!!」

 

 

「…………………ッ!?」

 

 

そんな必死の表情でこちらに喚起する霊夢の姿など、魔理沙は初めて見た。

 

 

すぐさま霊夢の言う通りに、霊夢の元に近寄るのをやめ、蝶を警戒しながら霊夢を横目で確認しながら飛ぶ。

 

 

「おい霊夢!どういうことだ!?」

 

 

「あの蝶は危険よッ!絶対に触れちゃ駄目ッ!!」

 

 

「どうしてだ!?」

 

 

「勘よ!」

 

 

霊夢の言葉に、魔理沙は軽口で返すことは憚られた。

 

何しろ霊夢の表情は真剣そのもの、いつもの気だるげな霊夢とは違うのだ。

 

 

「品もなく、むやみに突っ込んでいくのは感心しないわ。もっと華麗に踊らないと」

 

 

「…………………ッ相も変わらず、ムカつく余裕顔ね!今すぐぼっこぼこに叩きのめしてやりたいくらいよ!」

 

 

「あら、女の子が下品な言葉を使ってはいけないわ?それに、悠長としていていいの?こうしている間に、どんどん『春』が西行妖に集まっていくわよ?」

 

 

「…………………ッ!!」

 

 

霊夢はバッと、西行妖へと目を向ける。

 

 

西行妖は、自分の意思で、ざわざわと動き出す様にその巨体が揺れる。

そして、その桜の木の周囲に、『春』が次々と集中していく姿がはっきりとわかる。

 

 

霊夢は、その事実をすっかりと忘れていた。

そうだ、幽々子に気を取られている内にあのでっかい桜が『春』を吸収して花が咲いてしまう。

 

 

それは絶対に許してはいけない。

 

 

だが、先ほどの弾幕で嫌でも解る。

 

『こいつ』は、レミリアと引けを取らない実力者。

西行寺幽々子を打ち崩すスペルカードが、無い。

 

 

決定的なスペルが、相手に通じる力が欠けている。

 

霊夢はギリッと、唇を噛み締める。

 

 

「………ふふっ、もう少し…………もう少しで…………西行妖の封印が解ける…………。もう少し…………ええ、もう、少しで、『貴女』に逢えるの…………よ。」

 

 

「…………………ッ?アンタ、一体、何を…………」

 

 

「ふふっ…………ええ、そうね。…………封印を解いて…………元ある所へ…………。これが最期…………。なら、最期に相応しく、盛大に咲かせてあげましょう!!!」

 

 

突如、何かに取り憑かれるように呟きだす幽々子をおかしく思ったのか、霊夢が声を掛けるが、その言葉を聞いていない様子だ。

 

 

扇子をバッと開いた瞬快、おびただしい妖気があふれ出る。

 

 

「…………………ッ」

 

 

「………………何なんだぜ、これ…………」

 

 

その妖気だけで周囲を圧するその威圧感。

お遊びはもうお終いだと言わんばかりに無数の弾幕が幽々子の周囲に展開される。

 

それも、先ほどの弾幕よりもさらに妖気が大きく、そして莫大な量で。

 

霊夢と魔理沙はこの瞬間、はっきりと理解した。

 

 

自分達が相手にしているのは、もはや人智を超えた、どうすることもできない存在であるということに…………。

 

 

その事実に気が付いた時…………それは、何を意味するのだろうか。



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春雪異変 ~Extra?~

嬢の亡骸よ、永遠に


「ふふっ、紅白の蝶、黒い魔。御喜びになって?じきに西行妖の封印が解ける…………。決して満開にならなかった西行妖が…………ッ。封印が解かれ、もうすぐに花開きッ!本来の姿に戻るときが近づいているわ!!…………嗚呼、それはきっと…………。それはもう美しく!…………だから、貴女達も足掻き、美しく散りなさいッ!!」

 

 

絶対的な強者としての威圧感。

そしてそれを証明する次第に増大していく妖気と、膨大な弾幕。

 

 

もはや幽々子の表情はまるで、待ち遠しく何かを待つ無邪気な幼子の様に、そして愉しそうに笑いながら、無慈悲に霊夢達へ弾幕を放つ。

 

 

「…………………早いッ!?」

 

 

「…………………ッ!!」

 

 

始めの時とは一変し、魅せる美しい弾幕が崩れ、ただ『死』をもたらすためだけに放たれた殺意を込めた弾幕。

 

その攻撃の激しさに、霊夢は眉をひそめ、魔理沙はすぐさまその場から飛び離れる。

 

 

「ッ!?くッ!!まったくッ!品のないのはッ!どっちよッ!」

 

 

「おわッ!?おぉッ!?おいおいッ!反撃する暇がないぜ!?」

 

 

避けても追撃の弾幕が暇もなく襲い掛かってくる。

それは、霊夢達が反撃の動作すらできないほどに激しい弾幕。

 

 

「ふふっ!もっと踊り狂ってしまって?」

 

 

――幽曲『リポジトリ・オブ・ヒロカワ』

 

 

弾幕の激しさは変わらず、幽々子五つの弾幕の円を形成する。

祝言・幽玄・恋慕・哀傷・闌曲を現したそれぞれ5つの円に回る弾幕群。

 

 

その弾幕群は、直線的に霊夢と魔理沙に向かってくる。

 

 

「…………………ッ、魔理沙ッ!こっちに来なさいッ!」

 

 

「あぁ!?こっちに来いッたって避けるのが精一杯なんだっての!!」

 

 

その直線的に向かってくる弾幕が加わり、一層に激しさを増した幽々子の弾幕。

 

 

霊夢と魔理沙は、幽々子の弾幕を避けながらもそんな会話を交わすが、霊夢と魔理沙も、幽々子の弾幕を必死に避けるので精一杯であり、互いに合流することが出来ない。

 

 

「…………………ならッ!」

 

 

――夢符『二重結界』

 

 

霊夢は、二重に連なった結界を前方に形成して、弾幕を防ごうとする。

 

 

「………チッ!!やっぱり無理ね、すぐに押し返されそうになるッ!」

 

 

しかし、霊夢が切ったスペルカードは、前方の幽々子の弾幕と衝突するやいなや、次々とその結界が打ち破られていく。

 

かろうじて、少なからず時間稼ぎ程度にはできる様だ。

 

 

「ほらッ!これで一瞬くらいは動けるでしょ!?早く来なさいッ!」

 

 

「…………ッ!これなら十分だぜッ!助かるッ!」

 

 

霊夢が稼いだ少ないながらできた一瞬の安置、魔理沙はそれを見逃さない。

 

先ほどの霊夢の指示通りに、その一瞬で来た時間を利用して霊夢へと近寄る。

 

 

「もう一枚ッ!!」

 

 

――夢符『封魔陣』

 

 

そして、もう一枚のスペルカードも連続して宣告し、再び霊夢達の前に結界を張る。

 

 

「…………………魔理沙、耳を貸しなさい」

 

 

「あ、ああ。何だ?」

 

 

そして、前方の結界が幽々子の弾幕を受け止めている時間を利用して魔理沙へと作戦を告げる。

 

 

「……………一刻も早く、この異変を解決する。これはいい?」

 

 

「………ああ、私も薄々感じてるんだが、あの西行妖っていうのか?あれ、多分危険物だ、早々に何とかしないと不味い気がするぜ」

 

 

「………………時間は稼いでやるわ」

 

 

「…………!おい、それって…………ああ、解った!」

 

霊夢達は、幽々子の後ろにそびえたつ『西行妖』を見る。

今もなお、ざわざわと『春』を吸収していく姿が目に入る。

 

 

妖気を帯びた大きなお化け桜。

きっと満開になれば到底手が付けられない大事にでも発展するはずだ。

 

 

ならば、満開になってしまう前に早急に手を打つ。

 

 

そう、二人は目で合図する、それと同時に前方に張った『封魔陣』にひび割れが生じ始める

 

 

「…………できるだけ早くしなさい!そんなに時間を稼いでられないからッ!」

 

 

「へッ!三分もあれば余裕だぜ!それくらいだったら稼げるだろ?」

 

 

「……………簡単にいってくれるじゃない!…………上等ッ!」

 

 

魔理沙は、霊夢から、そして幽々子から距離を離す様に飛び出す。

 

見方によっては戦線を離脱したともとれる、いずれにせよ、幽々子からは魔理沙の姿を確認できない状況にできたはずだ。

 

 

…………なら、今度は時間稼ぎの役目ね…………!

 

 

霊夢は懐から再び数枚の御札を取り出す。

 

 

魔を、妖怪を封印するために作られた博麗直伝の封印用のお札。

 

これが亡霊相手に効くかはこれが初めてだから解らないが、妖気を持ってはいるから多分効くだろうと思い、霊夢は取り出した。

 

 

霊夢はそのお札を投げるタイミングを待つ。

先ほどからずっと防戦一方であるため、相手が反撃を予想してないであろう一瞬の隙を、相手の弾幕を受け止め続け、破壊寸前の結界越しに、幽々子がいるであろう場所を見定める。

 

 

…………ッ!今ッ!!

 

 

パリィィィイン!!と、霊夢の封魔陣が破壊される。

その瞬間、刹那の内に幽々子の姿を確認し、咄嗟に霊夢は手に持っていたお札を幽々子へと投げつける。

 

 

「………………あら?」

 

 

投げられたお札は、それぞれ拡散し、さらに分裂して幽々子へと殺到していく。

 

 

しかし、幽々子が放つ弾幕に逆らうようにこちらに向かってくるお札には、流石に勘が付くという物だ。

 

すぐさま幽々子は投げられたお札を確認し、それらに弾幕を放って撃ち落とす。

 

 

「この程度の弾幕量では、折角の反撃も無駄に終わってしまうわよ?………………ッ?」

 

 

投げられた拡散アミュレットを全て撃ち落とした後、霊夢がいるであろう方向へと目を向けるのだが、幽々子はすぐに目の前の光景の異常に気が付く。

 

 

霊夢がその場から姿を消している。

 

 

周囲には、幽々子が放った弾幕で覆いつくされており、目の前から素早く離脱できるほど大胆に回避行動をとれるようなスペースもないはずだ。

 

 

しかし幽々子は一切動揺せず、冷静に思考を巡らせる。

 

周囲に自分の大量の弾幕で行動範囲を制限しているため、考え得るのは弾幕が薄い場所へ、無意識的に弾幕が薄くなってしまうであろう場所へと霊夢が移動したということに考え付くのは容易である。

 

 

ならば、意識外に弾幕を薄くしてしまう場所とは…………?

 

 

「………下ねッ!!」

 

 

「ご名答ッ!!」

 

 

――霊符『夢想封印』

 

 

幽々子はすぐさま目線を下に、地面付近へと目を向けると、そこには低空飛行しながらこちらに近づいてくる霊夢の姿があった。

 

 

そして、幽々子が気が付いた瞬間に、霊夢は一枚のスペルカードを切る。

 

 

「無駄よ!『死』という概念から逃れられない貴方たちには、私へと弾幕を届かせることなど不可能に近いもの」

 

 

しかし、もう少し幽々子が気が付くのが遅かったならば、結果は違っていたのだろう。

 

 

霊夢の夢想封印は、容易に幽々子の弾幕によって霧散させられてしまい、霊夢の攻撃も無駄に終わってしまう。

 

 

「残念だったわね。もう少しで当てられそうだったのに」

 

 

「………………フッ」

 

 

「………どうして笑っているの…………?…………ッ!!??」

 

 

折角の攻撃が無駄に終わり、悔しがるかと思ったが、当の霊夢は不敵な笑みを浮かべているばかり。

 

それを不思議に思った幽々子だが、霊夢が自分ではなく、さらに後ろ、『西行妖』の方を見て笑みを浮かべているということを瞬間的に察した。

 

 

…………そういえば、あの黒い魔は?

 

 

先ほど、博麗の巫女と合流して、結界を張ったきり、あの黒い魔の姿を確認していなかった

 

 

…………まさかッ!!

 

 

幽々子は焦燥を顔に浮かべ、後ろを振り返る。

 

 

「サンキューだぜ!霊夢!時間稼ぎはバッチリだッ!!」

 

 

振り返った先には、箒に乗っている黒い魔。手には魔力が込められている小型の炉が。

 

 

「………やっちゃいなさいッ!魔理沙ッ!!」

 

 

「おう!これで終わりだぜッ!!」

 

 

――恋符『マスタースパーク』

 

 

駄目ッ!!それを放ってしまっては駄目ッ!!封印が解かれてしまう!!!…………………………ッ!!!???」

 

 

 

幽々子は、思わず無意識的に出てきてしまった自分の言葉に驚愕を隠せなかった。

思わず自分の口を抑え込み、先ほどの自分が放った言葉に驚愕する。

 

 

…………どうして?私は西行妖の封印を解くために、『春』を集めていたはず。

 

 

西行妖の封印を解こうとしたのには大した動機なんて何もないはずなのに。ただ単に、西行妖が満開になった姿を見たかっただけ…………。

 

 

確かに、ここまで強烈に物事へと惹かれたのは初めてだった。

自分が認識外でナニカを感じて、それに呼応したことには深い意味がある筈。

 

 

…………その『ナニカ』って…………?。

 

 

幽々子が思考を巡らせているのを妨げるかのように、けたたましい音が辺りに鳴り響く。

 

 

「…………………ッ!!」

 

 

思わず、その思考が止まり、目の前の光景へと向き直ると、西行妖に魔理沙の『マスタースパーク』が今にも当たりそうな光景だった。

 

 

マスタースパークが西行妖に衝突する。ゆっくりとスクロールして流れていく光景を目の前に見て。

 

 

「………あ…………あ…………ああ…………ッ!!??」

 

 

幽々子の中で、何かが弾けた。

 

 

「あ、あ、あああ…………。ああああああああああああああああああああああああ!!!!!!!!!!!!

 

 

先ほどまでの気丈で、優雅であった幽々子の姿とは、まるで違う今の姿。

 

変貌ともいえるまでに崩れて、まるで悔恨の念に苛まれているかのような少女の慟哭。

 

 

西行妖を前に、急に胸のうちに込み上げてきた不安は、心を蝕む。これが何なのか、幽々子にもまるで解らない。

 

しかし、何故か自分が取り返しがつかない罪を背負わされたかのような、悲哀、憤激、悔恨、そして、懺悔。様々な念が幽々子へと襲う。

 

 

 

西行妖へと攻撃を行った魔理沙は、幽々子の異変に気が付き、急いで霊夢の元へと近寄っていく。

 

 

「ッ!!な、なんだってんだ!急にどうしたってんだ!?」

 

 

「…………ッ、私にだって解らないわよッ!急に大声で叫びだすもの…………ッあんた、西行妖はッ!!??」

 

 

「あ、ああ、目一杯食らわせてやったが…………」

 

 

あれほどの高火力のマスタースパークを食らわせてやったんだから、多少なりとも弱体化しているはずだ。

 

と、魔理沙が西行妖へと目を向ける。マスタースパークを食らって、先ほどまで活発に動き出している西行妖は、今では大人しくなっている様だ。

 

 

「あ、あぁ……いやだ。怖い、嫌だ…………ごめんなさい…………ごめんなさい…………ッ!!」

 

 

自分を抱え込んでいた幽々子の体がほんのりと妙な発光を始めた。体が薄く、希薄になってゆく。

 

 

「…………………ッ、何、これ?」

 

 

「な、なんだ?じょ、成仏でもしてるのか?」

 

 

光は拡散し、それが周囲の舞散る春の中へと紛れていく。

 

 

「ああ、い、いや……いやだ…………」

 

 

うわ言の様に、繰り返す幽々子。

 

 

次第に光の発行は強さを増し、ついには幽々子は光の粒となって消え去った。

 

 

「………消えた」

 

 

「…………消えた、な」

 

 

霊夢と魔理沙は、状況が掴めずに、困惑するのみ。

 

 

「………お、おい…異変解決…………で、いいんだよな?」

 

 

「……………知らないわよ、こんなケース、初めてだもの」

 

 

異変解決、そして妖怪退治を生業としている霊夢だが、このように、異変解決をしたとも言えない何か釈然としない空気もそうだが、異変の首謀者が突如消え去ってしまうといった摩訶不思議な事象は初めてであった。

 

 

ただ、幽々子と呼応するように、ざわざわと動き出していた西行妖だったが、今はすっかり鳴りを潜め、静かに佇んでいるのみであり、動き出そうとする気配すら感じない。

 

 

 

――――――ドクンッ

 

 

「「………………ッ!?」」

 

 

 

――――――――ドクンッ、ドクンッ

 

 

突如、どこからか聞こえてくる鼓動の音。

それと同時に感じる濃厚な『死』の気配。

 

 

いち早く察知した霊夢と魔理沙は、周囲を警戒しようと身体を動かそうとする。

 

 

「…………………なッ!?」

 

 

「…………う、動かないぜッ!?」

 

 

今まで感じたことのないざわめきにも似た警告音が、二人の中でバクバクと振動する。

 

 

これ以上は危険だ。早く離れろ。と

 

 

しかし、それとは裏腹に、強烈な威圧感が霊夢達の身体を押しつぶし、行動を阻害する。

 

 

「……………霊夢ッ!あそこを見ろッ!!」

 

 

「…………ッ!光が…………ッ!?」

 

 

霊夢と魔理沙は西行妖へと目を向けると、幽々子『だった』光の粒が西行妖へと集まっていく。

 

そして、西行妖が、先ほどの沈黙が嘘のように、息を吹き返したのかのように再びざわざわと鼓動を始める。

 

それは、先ほどまでより激しく、それでいて力強く。

 

 

空気を圧する『死』の気配は、より強く。そして、それに相乗する様に、身体を圧する威圧感も身体を押しつぶす。

 

 

…………西行妖が、動き出している。

 

 

霊夢と魔理沙に嫌な汗が噴き出てくる。

 

 

光の粒が西行妖へとどんどん集まってくる度に、ポツ、ポツ、と一つ一つ西行妖に蕾が開き始める。

 

 

「…………………ッ!?まずいッ!!」

 

 

「…………………おいおい、冗談じゃない!!」

 

霊夢と魔理沙は、重い身体を何とか動かして、何とかして西行妖へと光が集まるのを防ごうととにかく動き出す。

 

 

しかし、相手は実態のない光、どうすることもできず、そもそも身体が上手く動かないため、西行妖自体をどうこうすることもできない状況に居た。

 

 

西行妖に、光の粒が西行妖へと集まっていき、光の粒が次第に集結する。

 

 

そして、光が、西行寺幽々子が、西行妖に入った。

蕾が、開いた、一分咲。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…………………くあッッ!!??」

 

 

「…………………あぐッッ!!??」

 

 

霊夢と魔理沙は、突如として のしかかる重圧に、身体が押しつぶされるような感覚を感じて苦悶の表情へと変わる。

 

 

すぐに、顔をあげて、辺りを確認する。

 

 

「…………………くッ」

 

 

「………………これ…………は…………」

 

 

 

 さざめいていた木々の音も、春を告げる暖かな温風も、全てが死んだ。

西行妖が復活を遂げるその前兆。

 

 

『死』の重みが、重圧となって霊夢達にのしかかり、『死』の恐怖が辺りに蔓延する。

 

 

身体のいたるところから危険信号を告げる。逃げろ、と。

 

 

凄まじい死の呪いが辺りに滲み出る。

強力な呪いは辺りへと広がり、白玉楼に咲き誇っていた桜の木を次々と腐らせ、死を迎えさせた。

 

 

かろうじて霊夢たちが『死』を迎えていないのも、その身に宿している霊力と魔力のおかげであろうか。

 

 

しかし、ある程度の耐性があったとしてもその身にかかる重圧は平気でいられない程の威圧感だ。

 

 

今でもなお、胸を締め付けられそうな重圧に襲われ、心臓がバクバクと、鼓動が落ち着く暇がない。

 

 

「…………………ッ、魔理沙、一旦離れるわよ…………ッ!」

 

 

「………………あ、ああッ、そうした方が、よさそうだぜッ!…………ッ」

 

 

霊夢と魔理沙は、西行妖から放たれる威圧感と『死』の気配から逃れるように距離を取ろうとする。

 

 

 

「………貴女達…………ッ、どういう状況ッ、なのかしら?」

 

 

「……………ッ、ゆ、幽々子様は…………?幽々子様はどこに……?それに、この威圧感はッ!?」

 

 

はたして偶然か、霊夢達が退避している所に鉢合わせになるように、咲夜たちと合流を果たすのであった。

 

 

 

――――――『反魂蝶 一分咲』

西行妖は、より『春』を集める。

 

 

その先にある世界の終焉へ向かって。

 

 



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春雪異変 ~Extra 2~

「そ、そんな…………幽々子様が…………」

 

 

「…………状況は理解したけど、これからどうするつもり?解決できそうにないから手を引きます、とでもいうのかしら?」

 

 

「…………まさか、私は博麗の巫女よ。異変を解決するって言ったらするのが信条よ。めげてたまるもんですか」

 

 

「…………でもよ、あのお化け桜をどうするったって、近寄れないんじゃ話にならないぜ?」

 

 

西行妖から少し離れた場所に避難した霊夢と魔理沙は、その場で合流した咲夜と妖夢に事情説明をしている最中であった。

 

 

妖夢は、幽々子が西行妖に取り込まれてしまったことへ驚愕と、絶望の表情を隠しきれず、動揺のあまり目が泳いでいる様子だ。

 

 

あまりにも強大な西行妖。

 

 

しかし彼女たちは戦意を喪失することなく、西行妖が放つ威圧感に多少竦むものの、彼女たちの霊力、魔力からなる『気』によって多少、受ける威圧感は緩和されている様だ。

 

 

西行妖をどうにかする。

 

 

しかし、西行妖をどうにかするといっても、幽々子以上に強大な妖気を放ち、現時点でも近づこうものなら、おびただしい量の弾幕とレーザーが襲ってくることは明白だ。

 

 

まともな解決策が出ず、どうしたものかと魔理沙が苦言を呈する。

 

 

「………簡単な話よ。全員で西行妖を完全に破壊して、再封印する。たったこれだけ。どう?簡単でしょ?」

 

 

「………はぁ、まともな解決案何て大して期待はしてないけど…………」

 

 

「…………簡単に言ってくれるぜ、まったく…………」

 

 

結局はどうにかして西行妖に近づいて、完全に無力化する。

単純明快であるが、それが出来れば苦労はしないというものである。

 

 

「………ッ!?だ、駄目です!!あ、あそこには、ッ西行妖には、幽々子様がッ!!!」

 

 

だが、やはりというべきか、西行妖を完全に無力化する。いや、破壊するという案に対しては妖夢が難色を示す。

 

 

それはそうだ。今の西行妖には彼女の主である『西行寺幽々子』が取り込まれているのだ。

 

西行妖を完全に破壊して封印してしまえば、自分の主である西行寺幽々子が無事でいられる可能性が低いだろう。

 

 

「…………仕方がないでしょ、あの西行妖を放っておいたら、ここだけじゃなく、幻想郷にも被害を及ぼしかねないわ。それも、幻想郷が崩壊してしまう程の危険性を帯びている。そんな私情、捨てなさい」

 

 

「…………………ッ!!!」

 

 

霊夢のあんまりな言葉に妖夢はぐっと唇を強く噛む。

妖夢にもあの西行妖への危険性を今にはっきりと感じている所だ。

 

霊夢の言い分は正しくて、自分の主だからという理由で反対している自分の言い分が正しくないということを妖夢は理解している。

 

 

 

今まで、封印されていると言われている西行妖であった。

祖父から、あの西行妖について何かしら言われていたような気がしたのだが、幼い妖夢にはその重大性が理解できなかった。

 

ただ、主である幽々子が、なんとなく西行妖の封印を解いて、満開になる姿が見たいと言ったから、その命令通りに幻想郷から『春』を集めていただけなのだ。

 

 

…………西行妖について、その危険性を私が良く知っていれば…………ッ!!

 

 

たらればの話など、考えても仕方がない。

だが、妖夢は、当時の自分の短慮さを恨めしく思わずにはいられない。

 

 

「…………なぁ、霊夢。その幽々子ってやつと西行妖から救い出すってことは出来ないのか?」

 

 

「……………不可能ではないけど、可能性は限りなく低いわ」

 

 

「あら、可能性があるなら十分じゃない。それで?方法は?」

 

 

顔を伏せて、両手に力が入って後悔の念に苛まれている妖夢の姿を見かねて、魔理沙と咲夜は幽々子を救い出す方法を聞き出そうとする。

 

 

魔理沙と咲夜は、ただ自分の主をみすみす見殺しにしてしまうことになってしまう妖夢へ同情の心が湧いたのである。

 

咲夜に関しては自身も敬愛する主がいるため、尚更である。

西行妖に取り込まれてしまったという状況に置いて、妖夢に同情の気持ちを隠し切れない。

 

 

もし、私がお坊ちゃまを見殺しにしなければいけない状況に陥ってしまったら…………?

 

それは、今すぐにでもお坊ちゃまの後を追って殉死してしまいたいくらいだ。

 

もし自分が妖夢の立場であったら。それは筆舌に尽くし難いほどの悔しさと、情けなさ。そして己の無力さを痛感してしまうほどの苦悩だろう。

 

 

それだけに、やはり主を見捨てなければいけない妖夢の不憫さに憐みの心が湧いた。

 

 

「…………………妖夢って言ったわね。あんたの持ってるその剣で西行妖をぶった斬って、切り離すのよ」

 

 

「……………この、楼観剣、で…………」

 

 

妖夢は、一筋の希望を受けて目に光が入り、ぷるぷると震える右腕を動かし、右手にある『楼観剣』を見る。

 

 

「一振りで幽霊10匹分の殺傷力を持つ」とまで謳われたこの剣で、西行妖と幽々子様の境界を切断しなければいけないのだ。

 

 

失敗すれば、そのまま幽々子様ごと西行妖が消滅してしまう可能性もあれば、幽々子様がこの剣によって殺されてしまうかもしれない。

 

いや、その両方の方が可能性ははるかに高いだろう。

 

 

「…………やるんだったら早くしなさい。アレにこれ以上力を増させるわけにはいかない。あまりうかうかしてられる時間はないもの」

 

 

「…………………ッ、わかり、ました…………」

 

 

妖夢は、ぎゅっと楼観剣を握っている右手に力を込めて顔をあげる。

 

 

しかし、その顔は何かを決意した顔ではなく、何とか持ち直したような、酷い顔色であった。

 

 

「作戦は頭に叩き込んだわね?じゃあ…………行くわよッ!!」

 

 

霊夢のその一声によって妖夢を残して3人は一斉に西行妖へと向かっていく。

霊夢、魔理沙、咲夜の3人は標的にならないように空を飛んで注意を逸らそうと動き出す。

 

対する西行妖も、向かってくる3人の侵入者に向けて大量の弾幕と、直線的なレーザーの弾幕を放つ。

 

 

しかし、美しさもなければ、緻密に練られている弾幕でもないようで、4人にとっては簡単に避けやすい様なものだ。

 

 

「ハッ!!こんな弾幕ッ!そこらの子供でもましな弾幕は放てるぜッ!!まずはそのデカい図体に一発お見舞いしてやる!それだけデカければ当てがいがあるぜッ!!」

 

 

――恋符『マスタースパーク』

 

 

西行妖へ向けられたミニ八卦炉から、マスタースパークが放たれる。

爆音が鳴り響き、極太のレーザーが西行妖へと向かっていく。

 

幽々子の様にちょこまか動くような相手でもなければ、当てられないほどの大きさでもない。

 

 

魔理沙のマスタースパークは、特に西行妖が放つ弾幕によって霧散させられることもなく、西行妖へとまっすぐに向かっていく。

 

 

 

バチィィィィィィィィイイイイ!!!!

 

 

しかし、魔理沙のマスタースパークが西行妖に衝突する寸前に、西行妖全体を守るように大きな結界が展開され、マスタースパークが防がれてしまう。

 

 

「………………ッ、おいおい。結界かよ…………冗談じゃないぜ。当たったと思ったのに」

 

 

魔理沙は、煙立つミニ八卦炉をその場でブンブンと軽く振りながらそう軽口を呟く。

 

 

「だったら、結界ごとぶち壊すまでよッ!!」

 

 

――霊符『夢想封印』

 

 

「ふむ、意見が被るのは少し癪に障るけど………」

 

 

――奇術『エターナルミーク』

 

 

魔理沙のマスタースパークに続くように、霊夢と咲夜もスペルカードを宣告し、西行妖前の結界を破壊してしまおうと全弾幕を結界へ叩き込む。

 

 

 

――――パリィィィィィィイイン!!!

 

 

ガラスが割れたような音と共に、結界が破壊される。

 

 

しかし、霊夢達もスペルカードを切ったものの、結界を破壊するだけで終わってしまった。

 

 

「おぉ、邪魔だった結界が壊れたぜ、後は妖夢が…………いや、まだみたいだ」

 

 

「……だったら、それまで西行妖をぼっこぼこにして弱らせてやるわ。それより、アンタ、ナイフはどうしたのよナイフは」

 

 

「結界なんかにナイフなんか投げたって意味がないでしょう?結果的に結界を破壊させれたのだから結果オーライよ」

 

 

魔理沙は、西行妖の結界が破壊された後、後方にいる妖夢を一瞥するが、未だ彼女は心の整理がついていないようで、目をすっと閉じて気を落ち着かせている姿が目に入る。

 

 

その姿はまるで居合の様だ。

 

 

霊夢と咲夜に関しては、この状況に陥っているというのにやりあっている。

 

 

「…………ッ!無駄口を叩いている暇はないぜ、霊夢、咲夜。」

 

 

「……………ッ、ええ、そうね。やっぱり待ってられそうにないわ。…………やるんだったらさっさとやってほしいけど」

 

 

「…………どんどん西行妖の花が開いていってるわね。それに、妖気も増している。辛い耐久戦になりそうね」

 

 

しかし、そうこうしている間に西行妖は着々と『春』を集め、その力が増していく。

一分咲であった西行妖は、その身に『春』が集い。

さらに花開く。

 

 

それに合わせ、西行妖が放つ弾幕にも厚みが増す。

邪魔な者には死へと誘なわんとばかりに攻撃が激しくなる。

 

 

まるで、感情に例えるのならば、怒っているかの様な激しさだ。

 

 

お返しにと霊夢達も弾幕を撃つが、いつの間にか再結成したのか、西行妖を守るように結界が展開されており、霊夢達の弾幕は全て無効化されてしまった。

 

 

「だったら…………またぶっ壊してやるまでよッ!!」

 

 

──霊符『夢想封印 集』

 

 

「ハッ!上等ッ!………手が痺れるからあんまし使いたくなかったんだが。新技だぜッ!」

 

 

──恋心『ダブルスパーク』

 

 

「………………結界にナイフは通用するのかしら?………まぁ、やってみないと解らないけど」

 

 

──幻符『殺人ドール』

 

 

三人は、勢いが増した弾幕を躱し、散開してそれぞれ西行妖へとスペルカードを放つ。

 

 

彼女たちの弾幕は、結界を破り、西行妖へとその弾幕が到達する。

しかし、決定打にはならなかったものの、西行妖に所々焼き目が着くのみ。

 

霊夢達も西行妖に負けじと弾幕を放っていく。

 

 

西行妖の封印が刻一刻と解かれているこの状況、何とかしてその流れを断ち切らんと。

 

 

そして、最後の一人、『魂魄妖夢』が再起することを信じて。

 

 

 

 

 

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 

…………どうしてこうなってしまったのか。

 

 

後方にぽつんと、妖夢は目を閉じ一人自問自答していた。

 

 

西行妖に幽々子様が取り込まれ、そして今、西行妖の封印が解かれてしまうという状況。

そして、封印が解かれてしまえば、文字通り、幻想郷の終わりとなってしまうということ。

 

 

ぽっかりと空いた虚無の心。そこに悲しさ、虚しさ、無力感が続々と流れ込んでくる。

 

 

自らの剣であの西行妖を断ち切らねば、幽々子様を助け出すことが出来ない。

しかし、もしその剣が幽々子様へと届き、消滅させてしまったら?

 

 

そうこうしている間にも彼女たちが西行妖を破壊して、再び封印してしまうことだろう。

 

 

嗚呼、こんな時、祖父が、師がいれば…………。

きっと、幽々子様を救い出してしまうことだろう。

 

 

祖父が、『魂魄妖忌』がいれば…………。

 

 

…………私には、『半人前』の私に、『幽々子様』を斬れるのか…………。

 

 

幽々子様を守れずして、何が魂魄家だ。

為せばならぬ。そうだ…………為さなければ。

 

 

妖夢は自身の中に激しく沸き立つ焦燥と迷いを無理やりにでも押し込む。

はっと目を開けると、未だ封印は解かれていないが五分咲の西行妖と、未だ戦っている三人の姿。

 

 

振るえる腕をこらえ、ぎゅっと楼観剣を握る。

 

…………そうだ、迷ってはならぬ、迷っては…………。

 

 

妖夢は、三人に遅ればせながらも、西行妖へと突き進む。

 

 

「うぁあああああああああああああああ!!」

 

 

妖夢は、己の迷いをかき消すため、大声をあげながら西行妖へと走り出していく。

 

 

西行妖も、新手の妖夢に対し、近づかせまいと妖夢に弾幕を集中させる。

 

 

「フッ、弾幕から他人を守るなんて、初めてね」

 

 

──時符『パーフェクトスクウェア』

 

 

咲夜のスペルカードによって、妖夢に向かっていた弾幕が全て停止する。

 

 

「おいおい、お化け桜!!気を取られてていいのか?がら空きだぜ!!」

 

 

──恋符『マスタースパーク』

 

 

「はぁ、そろそろ潮時かしら?疲れすぎて何の感情もわかないわ」

 

 

──霊符『夢想封印』

 

 

妖夢へと弾幕を集中させていたため、他三人に対して無防備になっていた西行妖。

他三人が満身創痍であったということもあるのだろうか、完全に西行妖にとってはノーマークだった霊夢と魔理沙の攻撃。

 

 

そして、咲夜によって全ての弾幕を停止させられてしまったため、ろくな反撃もできない。

 

 

滅多にない好機、走り出していた妖夢は西行妖へと接近しており、踏み込めば一太刀浴びせられる距離にまで近づいている。

 

 

「よしッ!!やっちまえ!妖夢!!」

 

 

「…………………ッ」

 

 

妖夢は、後ろの方から聞こえる魔理沙の応援を背に、キッ、と目を開く。

 

 

西行妖から、幽々子様を救い出す。

 

 

…………幽々子様、今少しの辛抱です。必ず、お助けいたします…………ッ!

 

 

妖夢は、楼観剣を振りかぶり、そして、西行妖へと振り下ろす。

 

 

 

…………止めて…………妖夢…………

 

 

「…………………ッ!!!!!!?????」

 

 

しかし、楼観剣に西行妖が斬られる寸前で妖夢の手がピタッと止まった。

 

 

予想外の主の声。そして予想外だった主の拒絶の声。

それは懇願する様にも、助けを乞うようにも聞こえる声。

 

 

押し込んでいた自身の迷いが、一気に沸き上がった。

刀を持つ手に、震えが生じ、振り下ろしてしまえばすぐに斬ることが出来るのに、その手は一向に動かない。

 

まるで、自分の手ではないように…………。

 

 

…………止めて…………妖夢…………お願い……。

 

 

「……………ッ!」

 

 

妖夢は再び聞こえる主の声にきゅっと目を閉じる。

 

 

「何やっているの!?その声は西行妖の物よッ!!あんたの主の声じゃないわ!!早くッ!!」

 

 

「妖夢ッ!!!早くその手を下ろして斬っちゃうんだぜッ!!妖夢ッ!!!!」

 

 

「…………………ッ!妖夢ッ!!!」

 

 

後方から、焦燥を帯びた三人の声が聞こえる。

 

きっと、西行妖は今もなお、起死回生となる『春』を集めようとしているのだろう。

 

 

これが、幽々子様が発している声ではなく、この西行妖が時間稼ぎの為に主である幽々子様の声を模倣して発しているだけだ。

これは妖夢にも解る。

 

 

………けれど………けれど…………ッ!!!

 

 

「…………………ッ斬れま…………ッせん…………ッ!!」

 

 

妖夢は、西行妖からじりじりと後退し、脱力したかのように膝を着く。

 

ポロポロと、彼女の頬から雫が流れ落ちる。

 

 

「…………………ッ!!あの馬鹿ッ!!!!」

 

 

「魔理沙ッ!!近寄っては駄目ッ!!」

 

 

「………………妖夢を持ってくるッ!!」

 

 

「西行妖がまた復活するわ!!危険よ!!」

 

 

魔理沙は、西行妖のすぐそばで戦意喪失し、泣き出している妖夢の姿を見て、そうつぶやくと、急いで妖夢の元へと急行する。

 

霊夢は、その魔理沙を呼び止めようと声を張り上げる。

 

しかし、魔理沙は、その声を無視する様に一目散に妖夢へと飛び出していく。

 

 

「チッ!!咲夜ッ!!魔理沙を援護するわよッ!!」

 

 

「ええッ!言われなくてもッ!!」

 

 

霊夢と咲夜は、西行妖に向けて、弾幕を放つ。

少しでも『春』を集めるのを妨害するために。

 

 

魔理沙は妖夢の元へと近づき、妖夢を救出する。

 

 

しかし、霊夢と咲夜の弾幕が西行妖に当たる瞬間、既に遅かった。

 

 

『春』が集う。 その桜は八分咲へと

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その瞬間、傷だらけであった西行妖が完全に回復した。

焼き目は見る影もなく完全に修復され、焼き焦げた部分もすっかり治った。

 

 

八分咲になった西行妖は完全復活を遂げ、以前とはまるっきり違う人智、それも、妖怪ですら理解を超えるであろう妖気を帯び、見るものを震え上がらせるほどの威圧感と不気味な美しさを醸し出す。

 

 

満開には劣るが、それでもどうにも手の施しようのない西行妖が、そこにはあった。

 

 

「魔理沙ッ!!急いでそこから離れなさいッ!!」

 

 

叫びにも似た霊夢の声が辺りに響く。

 

 

「………あ、ああ!!…………うわッ!?くそッ!!弾幕が激しいッ!!」

 

 

「………………あ…………あぁ…………」

 

 

魔理沙は、箒の後ろに呆然となっている妖夢を乗せ、急いで西行妖から距離を離そうとするが、近くにいる分、西行妖の攻撃は激しくなる。

 

避けても避けても迫りくる弾幕に悪戦苦闘している。

 

 

「うわッ!!??しまった!?」

 

 

何とか避けていた魔理沙であったが、遂には避けきれず、またがっている箒に西行妖の弾幕が当たり、体勢を崩してしまう。

 

 

「魔理沙ッ!!??妖夢ッ!!」

 

 

体勢を崩した絶好の獲物を逃さないと、西行妖は、トドメのレーザーを放つ。

 

 

「…………………ッ!!」

 

 

「………あ…………」

 

 

西行妖のレーザーにどうすることもできず、魔理沙たちは呑み込まれてしまう。

 

 

「………ッ!!咲夜ッ!!あんたッ!!時を止めれたんでしょ!!??」

 

 

「………やっているッ!やってるわッ!!けどッ!!『能力』が発動しないのよッ!!!!」

 

 

「…………なんですって…………ッ!!??」

 

霊夢の嘆きにも似た怒号が咲夜へと投げかけられる。

しかし、咲夜も何がどうなっているか解らないと、でも言うように

霊夢に返す。

 

 

咲夜も、魔理沙たちを助けようと時間停止を発動させようとした。しかし、突然その能力が使えなくなってしまったのだ。

 

これはどうしたことかと、咲夜に動揺が走る。

 

 

しかし、その一瞬の隙が命とりであった。

 

 

「…………ッ!!咲夜ッ!!前ッ!!!」

 

 

「…………なっ!!??」

 

 

霊夢の声にはっと気が付き、前を向く。

 

 

そこには、魔理沙たちを飲み込んだものと同じ弾幕。レーザーが。

 

 

急に咲夜は視界がスローモーションになる。

しかし、それと同様に自分の身体も思うように動けず、ただ、目の前に向かってくるレーザーを見ているのみ。

 

 

咲夜は完全に今の状況を理解した。

ああ、これは避けきれない。と。

 

 

咲夜の目の前には、敬愛するレミリアの姿と、紅魔館で優しい笑顔を向けてくれる皆。そして自分を慕う妖精メイド達の姿が映る。

 

 

これが走馬灯かと、冷静になった頭で咲夜は考える。

 

 

 

 

…………嗚呼、申し訳ありません。お坊ちゃま。命令を遂行できないばかりか、多大なるご恩をお返しできずにここで散ってしまうとは。

 

 

 

咲夜は、ゆっくりと目を閉じる。ただ感じるのは、命令を遂行できない自分の不甲斐なさと、敬愛するレミリアへの後悔の念。

 

まだ、お坊ちゃまに御恩をお返しできず、志半ばで費えてしまうのかと。

 

 

咲夜は、そんな主に対する後悔を抱きながら、深く目を閉じた。

不思議と痛みは感じなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「………ふぅ、何とか間に合ったようだな」

 

 

…………嗚呼、こんな時にお坊ちゃまの御声が聞こえるなんて…………。

 

 

「……うん?どうした。咲夜。そのように目を閉じて」

 

 

…………夢………ですか。フフッ………私には勿体ない幸福ですね…………。

 

 

「何だ。笑顔など浮かべおって、まだお前に命じた異変解決は終わってはいない。ほら、目を開けよ」

 

 

…………?これは…………夢…………?

 

 

「冬を終わらせることがお前に命じたことだ。『冥界』で死ぬなど命じてはいない。ほら、さっさと目を開けよ」

 

 

咲夜は敬愛する主の声にこたえるようにゆっくりと目を開ける。

 

 

「……………あ………お坊…………ちゃ……ま」

 

 

「フッ、呼んだらすぐに応えぬか。馬鹿者」

 

 

咲夜の目の前には、美しく透き通る青い髪と、宝石の様に輝く紅い瞳。

不敵な笑みを浮かべながら、その目は慈愛に満ちたその顔。

 

 

そう…………。

 

 

長年お仕えし、そして敬愛する『レミリア・スカーレット』だった。

 

 

 

 

 

 




主 人 公 降 臨 !!

いつからおうぜ様が原作未登場シリーズに顔を出さないと決めたァ!!!
長かった。本当に長かった…………。


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春雪異変 ~Extra 3~

UA30万到達いたしました~ 7/21 

気が付けば50話以上も書いてしまいましたね。

さらに気が付けば誤字報告のページも3ページほど、報告していただいております。

誤字報告は誠に有難いです。私も誤字に気を付けないとなと思うこの頃です。




「…………この吹雪の中で、突然来訪してくるとはどういった了見だ?…………『八雲紫』」

 

 

時は戻って、場所は紅魔館。

客室には、客人である『八雲紫』と、妖精メイドの知らせを受けて客室に向かったレミリアとフランがいた。

 

両者を挟むテーブルには、それぞれティーカップが。

 

 

「…………………、協力して欲しいことがあるの」

 

 

この日の紫はどこか固い表情であった。その目は真剣そのものであり、いつもの掴みどころのない気の抜けている表情ではなく。

 

幻想郷の賢者としての立場として、そして、どこか哀愁漂う雰囲気を醸し出して。

 

 

「…………協力?」

 

 

レミリアは、スッと鋭い目を紫に向け、ティーカップの紅茶を一口含む。

 

 

「…………この異変を、解決して欲しいの」

 

 

「……異変解決には咲夜を向かわせている。そして、霊夢と魔理沙も異変解決に向かっていると報告があったが。それでも足りぬと?」

 

 

「…………えぇ。あの子では……いいえ、霊夢を含めてもあの子達だけでは無理よ」

 

 

「…………詳しく聞こうか」

 

 

「この異変の元凶…………西行妖を…………封印して…………我が友人を…………『西行寺幽々子』を助けてほしいの。幻想郷が、終わる前に…………ッ」

 

 

 

 

 

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 

「………………あ…………あぁ………」

 

 

「何を呆けている。フフッ、お前ともあろうものが……珍しいな」

 

 

突然冥界で、咲夜を横抱きにして西行妖からの攻撃から守った存在は。

予想外の紅魔館の主にして、咲夜が仕えるレミリア・スカーレットそのものであった。

 

 

咲夜も、死んだと思えば、突然敬愛する主が登場したため、あまりの予想外の出来事に、言葉が出ない。

 

 

「……お、お坊ちゃま。ど…どうして、ここに…………?」

 

 

「何、少し急用があっただけだ、それも突然の、な」

 

 

走馬灯でもない、夢の中でもない。 ここは、冥界。

はっきりと自分が生きているということを実感する咲夜。

 

 

「…………………ッ!!??お坊ちゃまッ!!翼がッ!!??」

 

 

しかし、咲夜の目には信じたくない光景が映る。

 

咲夜を寸前で救い出したレミリアには、片翼が焼けただれている光景が目に映った。それも、恐らくは背中にも到達しているのであろう。

 

 

そして、よく見てみれば、気丈に振舞っているレミリアの顔は、少しばかりの苦痛に歪み、少しばかり、脂汗が流れている。

 

 

「………なぁに、この程度、すぐ治る。何も騒ぐことでもない」

 

 

しかしレミリアは、そんな咲夜を心配かけさせないと、気丈に振舞い続ける。

 

 

「………それにッ、お前を失ってしまうという痛みに比べれば、安いものだ」

 

 

「…………………ッ!!お坊ちゃま…………」

 

 

何ともないようにそう言うレミリアに、咲夜は言葉に尽くせないほどの多幸感を覚える。

 

 

「……………ッあ!!お、お坊ちゃまッ!!魔理沙と妖夢がッ!!!」

 

 

「魔理沙、とようむ、白髪のか?ならば心配ない…………フランッ!!」

 

 

「バッチリだよ!!お兄様ッ!!」

 

 

「……た、助かった……………こ、今度ばかりは死ぬかと思ったのぜ…………」

 

 

「……………ぁ………?」

 

 

今は喜んでいる暇はない、と咲夜は魔理沙と妖夢が西行妖のレーザーに呑み込まれてしまったことを話そうとするが、レミリアは心配ないと不敵な笑みを浮かべ、レミリアの妹であるフランの名前を呼ぶ。

 

 

フランの声がした方向を見ると、フランに掴まれてぶら下がっている魔理沙と妖夢の姿があった。

 

 

「あ、あぁ、魔理沙と妖夢…生きて…………」

 

 

咲夜は、心底安心したような声を出す。

 

 

「安心するにはまだ早いさ。話は紫から聞いている。まずはあの西行妖をどうにかする。そして、その道中で西行妖の中に取り込まれている『西行寺幽々子』を救い出す。…………それで相違ないな?博麗霊夢」

 

 

「………………………えぇ、それで間違いないわ」

 

 

レミリアは、周囲へ言い聞かせるように伝え、そして後方から近付いてきた霊夢に顔を向けて確認を取る。

 

 

「………なら、皆、耳を貸せ」

 

 

そういうと、レミリアはニィッ、と不敵な笑みを浮かべ、嗤う。

 

 

「反撃の時間だ」

 

 

西行妖へと

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 

 

「そらッ!!もう一発お見舞いしてやるぜッ!!」

 

 

──恋符『マスタースパーク』

 

 

「………ッと、よく見てみれば、結構避けやすいわね」

 

 

──奇術『エターナルミーク』

 

 

西行妖の攻撃を、避けた魔理沙と咲夜は、それぞれスペルカードを放つ。

 

しかし、彼女たちの弾幕は西行妖へと到達せず、西行妖が展開する巨大な結界によって防がれる。

 

八分咲になった西行妖が持つ妖気は、やはり強大であり、そんな西行妖を守るように、ちっとやそっとの弾幕では、到底破壊することなど出来ない。

 

 

これは、火力の高い魔理沙の『マスタースパーク』も同様であり、まったくビクともしていない。

 

 

「………くそッ、やっぱり通用しないぜ。…………本当に、大丈夫なのか?『あの結界を破壊する』なんて」

 

 

「フッ、お坊ちゃまはやると仰られたことは必ずやる御方。心配せずに、私達はお坊ちゃまが仰せになられる通り『時間稼ぎ』をしていればいいのよ」

 

 

 

 

 

 

『まずは西行妖を守るあの結界を破壊する。そうすれば西行妖は丸裸だ」

 

 

『なッ!!??で、でもよ、あの結界。桜が咲けば咲くほど、強くなっていっているんだぜ?さっきまでの結界だったらまだしも、今の状態じゃ…………』

 

 

『フッ、それは私達が何とかする。咲夜、そして魔理沙。お前たちは西行妖への時間稼ぎを頼む』

 

 

『…………現時点では、西行妖の『死』が幻想郷へと流れてしまわないように紫たちが必死で押し留めている最中だ。いいか、あまり猶予はないぞ』

 

 

 

 

 

 

 

「………ッ!おっ、と。……まぁ、別に疑っている訳じゃないんだがな…………」

 

 

「なら、素直に従っておきなさい?必ずやってくれるわ」

 

 

「………大した信頼だな…………」

 

 

「ええ、従者ですもの」

 

 

「…………ハッ!!なら、その言葉に免じて、もっと足掻いてみるかなッ!!」

 

 

──恋心『ダブルスパーク』

 

 

「…………お坊ちゃま達に関しては心配はないけれど、『あの子』が再起するか、どうか。かしらね…………」

 

 

そういう咲夜の視線は、『ある一人』に向けられていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……………お兄様、そろそろだよ」

 

 

西行妖と戦闘を繰り広げている魔理沙と咲夜の姿を遠目から眺めているフランが、近くにいるレミリアに告げる。

 

 

「………そうか。なら一仕事と行くか。…………準備は?」

 

 

「フフッ!言われなくてもッ!!」

 

 

愉しそうに言うフランは、ぴょん とレミリアに近づいて、手に持っていた『杖』を手渡す。

そうだ。『レーヴァテイン』だ。

 

 

「…………楽しそうだな」

 

 

「うん!!だって、お兄様と一緒に何かをするって、なんだか新鮮でッ!!」

 

 

「…………そうか?一緒に何かをすることは初めてだったか?」

 

 

「うん!…………えへへ!初めての共同作業!!」

 

 

「…………ま、まぁ、楽しそうならそれで何よりだ…………」

 

 

少しだけ気の抜けたような表情をしたレミリアだったが、すぐに表情を引き締めなおし、フランの『杖』へと魔力を集中させる。

 

 

「ルーンが刻みし 『運命』 その必中の槍にて もたらすは 『破壊』」

 

 

瞬間、その場の空気が一瞬にして止まる。

 

 

ゴゴゴゴゴと、大地が揺れ動き、周囲から魔力を集うようにレミリアの両手の中へと集まっていき、そして『杖』へと流れていく。

 

 

バチバチバチィィィィィィィィィィィ!!!

 

 

すぐにレミリアの周辺には魔力の雷が鳴り響き、それと同時に『杖』が次第に魔力の塊に覆いつくされ、それらはやがて『巨大な槍』へと変貌を遂げていく。

 

しかし、その『巨大な槍』に込めている魔力は想像以上のものだろう。それだけに、魔力を流しているレミリアの負担も大きい。

 

レミリアの表情は苦悶に歪む。

 

 

膨大な魔力がレミリアを中心として、『杖』を媒介として流動的に流れゆく。

 

ざわざわと、周囲の草木がその圧によって揺れ動く。

 

 

グングニルか、否。それ以上の何かである。

 

 

「…………ッ!!…………フランッ!!」

 

 

「うんッ…………………ッ!?グウゥゥッ!!??」

 

 

レミリアの呼びかけに呼応し、フラン身の丈の何倍かはある『巨大な槍』を手に持つ。

が、すぐにその槍の重力によって、フランの手が地面へと押しつぶされかかる。

 

その予想外ともいえる重さに、フランは顔を歪める。

 

 

『レーヴァテイン』を媒介として創り出した『巨大な槍』

それは、かのレミリアの得意技である『スピア・ザ・グングニル』以上の魔力量と、大きさを誇る。

 

 

超高密度で、破壊力にのみに特化した『巨大な槍』 それは、怪力を誇る吸血鬼ですら満足に持てないほどの重さであることは想像に難くない。

 

当然、創り出した本人ですらその『巨大な槍』を自由に持って振り回すこともできない。

 

 

しかし、吸血鬼にも『イレギュラー』なる存在がいる。

 

 

「…………ッ!!!ウウァァアアアアアアアアアアア!!!!!!!」

 

 

『フランドール・スカーレット』である。

 

 

フランは、吸血鬼の中でも極めて異端な存在だ。

正直に言えば、兄であるレミリア以上の身体能力と、怪力を誇っており、恐らくは、これまでの吸血鬼の中でも一段と強い力を持っている。

 

 

仮に、レミリアとフランが戦ったとしたら、純粋な力量差はフランに軍配が上がるほどだ。

しかし、その身体能力差を補うためにレミリアには『経験』と『技術』がある。

 

言わば『技のレミリア』と『力のフランドール』

 

 

フランは、レミリアが『技』を以て、自分の能力以上の『槍』を創り出し、フランは、その持てる限りの『力』を使ってその『槍』をグググと持ち上げる。片手で、だ。

 

 

「………ッ、フランッ、…………『目』はッ、…………見えるな?」

 

 

「う……んッ、バッ…チリッ、…………見え、るよッ!!」

 

 

フランには、『ありとあらゆるものを破壊する程度の能力』が備わっている。

フランには、生まれた時から物体や、物質の『目』というものが見える。

 

それを、フランが握り潰すことによって容易にその物質や物体を破壊することが出来る。

しかし、西行妖には、何らかの妖気が働いており、その能力が発動されない。

 

 

ならば、直接は無理ならば、間接的にその『目』を、『核』を破壊するのみ。

 

 

「…………吾ら、真祖の流派に従い、忌み嫌いし終焉の日を、その業火によって焼き尽くさんッ!!!」

 

 

そして、レミリアの言葉を紡ぎ、『槍』を持っている右手をやり投げの要領で、構え、左足を前に踏み込む。

 

 

「ぶちかませッ!!フランッ!!」

 

 

「…………壊れロォォォォ!!! ウウウウウウウァァァァァァァァアアアアアアアア!!!!!!!!」

 

 

グググと、フランが踏み込んでいくにつれ、地面が抉れる。

そして、全身に力を込め、フランは思いっきりその『巨大な槍』をぶん投げた。

 

『槍』は、風を切り、音速を超えて、西行妖へと向かう。

勢いよく投げたフランも、その反動で立っていた地面が抉れ出てしまう程。

 

 

そして、『巨大な槍』が、空気に、そして魔力に触れ、勢いよく燃え出す。

 

 

     「「   神忌『ラグナロク』   」」

 

 

『ラグナロク』は、音速を超えて、勢いよく西行妖へと向かう

最初から、『西行妖』にしか向かわない必中の『運命』を背負った『破壊』の槍。

 

 

西行妖も、『ラグナロク』には相当の脅威に映ったようだ。

わき目もふらずに、即座に結界を展開し、『ラグナロク』を防ごうとする。

 

 

『死』と『終焉』のぶつかり合い。

 

『妖気』と『魔力』がぶつかり、その時に発する風圧等、周囲へと及ぼす影響は計り知れない。

 

 

「…………ッ!?な、なんて威力なの!?」

 

 

「…………ッおぉぉ!!??飛ばされるぜッ!!??」

 

 

西行妖に比較的近い距離にいる魔理沙と咲夜は、その『ラグナロク』と結界がぶつかり合って生じる風圧に軽く吹き飛ばされる。

 

 

「…………ッ、まったく…………嫌になるくらいの威力じゃない」

 

 

遠くに控えている霊夢でさえ、その『ラグナロク』の威力に寒気がするほど。

思わず、肌を擦る。

 

 

西行妖は、表情こそ伺えないものの、目に見えて動揺しているのが見て取れる。

必死で妖気を一か所に集め、『ラグナロク』を押し返そうとするが、終焉の槍は、深く、より深く、結界へと入り込んでいく。

 

 

『ラグナロク』が、結界深くへと突き刺さり、とうとう西行妖へと到達するかしないかの寸前

 

 

 

 

 

 

突然、ピタリと止まった。

 

 

「…………なッ!!??私とお兄様の『ラグナロク』がッ!!??」

 

 

「…………はは…………西行妖とやらは、すざましいな…………渾身の技だぞ?」

 

 

『ラグナロク』が止められたことへの衝撃は、吸血鬼兄妹にも少なくとも受けたようだ。

 

フランには、動揺を隠し切れない様子で。

レミリアは、呆れたように苦笑して。

 

 

しかし、レミリアは想定内とでも言いたげな顔だ。

 

 

「魔理沙ァ!!あと一押しだッ!!どうせ準備はしているんだろう!?」

 

 

レミリアは、特に慌てることもなく、いつの間にか自分たちの上空にいる魔理沙へと声を張り上げる。

 

 

「へへッ、さっすがレミリアだなッ!!私のことまでお見通しって訳か!!」

 

 

上空にいるであろう魔理沙に目を向ければ、既に準備していたのか、魔理沙は巨大な魔法陣を展開する。

 

中心にあるのは、魔理沙が愛用している『ミニ八卦炉』

 

 

「…………あんな凄いもの見せられたら、じっとしてられないからなッ!!」

 

 

『ミニ八卦炉』を中心に展開された魔法陣を魔理沙は、両手を前に出して、それぞれその魔法陣の左右へと移動して、そのままミニ八卦炉に魔力を込めていく。

 

 

「…………流石に、レミリアとフランの『ラグナロク』には劣るが、『火力』は私の十八番だぜ?…………負けらんないな」

 

 

ニィッと、口角を上げて不敵に笑う魔理沙だが、その目は燃えている。

 

 

「あと一押しなんだろ?だったら!!私以上に適任はいないねぇ!! これがッ!!今私が出せる全力だぜッ!!!」

 

 

──魔砲「ファイナルスパーク」

 

 

魔理沙のミニ八卦炉から放たれたレーザーは、魔法陣によって拡大し、より巨大なレーザーとなって西行妖へと、結界を貫いている『ラグナロク』の後押しとして放たれる。

 

 

ラグナロクを覆いつくすレーザーの弾幕。

その勢いよく放たれたファイナルスパークは、ラグナロクが深く突き刺した結界の破壊への後押しとなって結界へと衝突する。

 

 

「行っっっけぇぇぇぇぇっぇぇええええええ!!!!」

 

 

魔理沙が吼える。

 

 

崩壊寸前の結界が、ファイナルスパークの追加攻撃を受けて、ピキッ、ピキッと亀裂を生じ始める。

 

 

ファイナルスパークの騒音が、より大きさを増していく。

それと同時に結界の亀裂がより勢いよく発生する。

 

 

メキメキと、次第に、亀裂の音が強まっていく。

それは、結界全体に枝分かれする様に広がっていく。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…………お兄様?私達のラグナロクが防がれちゃうって、最初から想定済みだったの?」

 

 

フランは、目の前の西行妖の結界へとファイナルスパークが衝突する光景を見て、少しだけ不貞腐れたようにレミリアに問いかける。

 

 

兄妹の初めてである共同作業の必殺技。

相手は西行妖という存在であるから仕方がないかと割り切ってはいるものの、やはり満足がいかないようだ。

 

最初から解り切っていたかの様な態度をとるレミリアに多少不服の様である。

 

 

「…………まさか、流石に防がれてしまうことは正直驚いたさ」

 

 

「…………じゃあ、どうして?」

 

 

「ん?それは当然のことだ」

 

 

レミリアは、ファイナルスパークと結界の衝突を見ながら、不敵に笑う。

 

 

「『運命』からは、西行妖と言えども逃れられない」

 

 

レミリアの紅い瞳が煌めく。

 

 

パリィィィィィィィィンッッッッッ!!!

 

 

そして、西行妖の結界が壊れた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「壊れたなッ!!なら、次はお前の出番だぜ!!『魂魄妖夢』ッ!!!」

 

 

魔理沙が、破壊された西行妖を守る結界を見て、そして、後方にいる妖夢へと次のバトンを渡す。

 

 

「…………はい、解りました」

 

 

そして、西行妖へと対峙する様に、目に決意を宿した『魂魄妖夢』がそこに立っていた。

 

 

スッと、手に持っていた楼観剣を両手で構え、その切っ先を西行妖へと向ける。

 

 

「…………幽々子様は、返してもらいますよ…………西行妖ッ!!!」

 

 

決意を宿した『剣士』が今、目を覚ました。

 

 




ラグナロクは出したかった。
だってかっこいいもん…………。


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春雪異変 ~Extra 4~

気が付けば、評価数が6増えて、いつの間にか赤バーになっていた…………。

もちろん嬉しいことですが、私の稚作が赤ということに対して如何せん気恥ずかしいものがあり、かといって橙バーに戻ってほしくないという葛藤もあり。






すいません。ダラダラ言ってますが、このまま永遠に夢 見させてください…………。


魂魄妖夢は深く目を閉じて、深呼吸をする。

弾幕がぶつかり合い、そして大きな力同士が衝突し、風圧や、そこから弾ける魔力や妖力を肌に感じる。

 

 

妖夢は、ヒリヒリと頬が痛む感覚を覚えながら、先ほどの出来事を振り返る。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『私とフランが、あの西行妖の馬鹿デカい結界を破壊した、西行妖を弱らせ、霊夢が西行妖を封印という流れになるわけだが、その間に西行寺幽々子を救い出さなければならない』

 

 

大きな翼の生えている吸血鬼の御方が、周囲に、皆に伝えるような声を、当時の私は、どのような面持ちで聞いていたのだろう。

 

 

先が真っ暗になるような感覚に陥っているときに、レミリアさんの言葉はまるで自分をそのまま暗闇のそこまでに叩き落すかのように、無慈悲かつ冷徹な言葉に聞こえてしまっていたのだ。

 

 

『西行寺幽々子を救い出すのは、白髪、『魂魄妖夢』と言ったか。お前の出番だ』

 

 

そう、どうして、再び主を殺させるようなことをさせるのだろう。なぜ私に主を斬るという重荷を背負わせるのか。もう、放っておいてほしい。

 

その時の私は、きっとレミリアさんに対する憎悪で一杯になっていたはずだ。

 

 

『…………私が……ですか……』

 

 

『そうだ、お前の持っている『剣』。確か、楼観剣か。その剣には不思議な力が宿っている様だ。詳しくは解らんが、それで西行妖と、西行寺の繋がりを断ち切れるはずだ』

 

 

そんな身も蓋もなく、根拠のないレミリアさんの言葉、本来ならば、事実無根で受け入れがたい言い分だったが、不思議とそうなんだろうという感覚になってしまう。

 

 

『…………私には、無理です』

 

 

『…………?どうした?』

 

 

『無理………なんですよ…………私には……もう…………放ってください』

 

 

戦意喪失し、弱気になっている私にとって、再び西行妖を、幽々子様へと危害を加えてしまうという可能性を前に、どうしても首を縦に触れなかった。

投げやりに、そして全てを投げ出してしまうような言い方をしてしまう

 

 

───バチンッッッ!!!

 

 

そんな私は、気が付けば、突然聞こえた音と同時に頬に痛みを感じる。

はっ、と痛む右の頬を抑えて、前を向くと、キッと、厳しい目を向ける銀色の女性『十六夜咲夜』さんが。

 

 

頬を打たれたということをすぐに理解し、すぐさま苦言を呈そうと相手の目を見るが、その目は静かに、それでいて憤怒に染まっている眼であったため、何も言えずに閉口する。

 

 

『何を…………するんですか』

 

 

私は思わず弱弱しくも目をそらしながらそんな言葉を口にした。

相手の貫くような鋭い目への少しばかりの抵抗なのだと思う。

 

 

『不貞腐れるのもいい加減になさい……。貴女は何?全てを投げ捨ててしまってもいいほどに偉い身分なのかしら?それとも貴女にとって、『西行寺幽々子』はその程度の存在なの?』

 

 

『それは…………ッ!」

 

 

違う、とは私の口からは出てこなかった。

幽々子様をお守りできるなら、それ以上に越したことなんてない。

 

咲夜さんの目を見てそう思った。

彼女は私とは違う。いや、私以上に、『主』の為に身を投げているのだ。

 

彼女の眼はそう物語っている。主の為ならば、命を救うためならば、己の命を捨ててしまってもいい。と、言葉無しに眼が語っているのだ。

 

 

そんな彼女に、『違う』とはどうしても言えなかった。『従者』としての格がそもそも違っていたのだ。

 

 

『………まぁ、いいわ。私は、お坊ちゃまの命令通りに遂行するのみよ、貴女のことなんて考えてられる暇なんてないわけだし』

 

 

私は、そう言いながら、西行妖へと歩みだしていく咲夜さんの後姿をただ見ているしかできなかった。

 

 

『……………………やらないで後悔するなんて御免よ。私はどんなに苦しくても足掻いて、血反吐を吐いても、絶対に助け出すわ。それが『従者』ってものでしょ?』

 

 

そんな去り際の彼女の言葉は、深く私の心の中に入り込んだような気がした。

 

 

『なら、西行妖の封印の役目は私ってことね。じゃ、準備があるし、ここらで解散ね』

 

 

『おっし!私も咲夜と一緒に時間稼ぎにでも洒落もうかな!』

 

 

『じゃあ、私も西行妖ってやつをもっと近くで見てみよ~っと!!』

 

 

『おいおい、あんま近寄りすぎて被弾なんかするなよ?折角の作戦がおじゃんになっちゃうぜ』

 

 

そして、話は終わったというように、離れていった霊夢さんと、咲夜さんの後を追うようについて行った魔理沙さんとフランさん。

 

 

空気を読んだかのように、この場にはレミリアさんと、私しかいない。

 

 

『………まぁ、気持ちは解らんでもないがな。私は良く解らないが、『従者』とやらは難儀なものさ』

 

 

俯いている私に語り掛けるようにレミリアさんは近く、私の肩を叩いてそう言う。

 

 

『お前も良くやっているさ。主のことを大事に思わなければ、そこまで苦悩もするまい。そこまで想ってもらえる西行寺幽々子は幸せ者ではないか』

 

 

『……………………』

 

 

『私とフランがここに来たのもな、八雲紫に懇願されたからだ、それも、必死な表情でな。聞けば紫と幽々子は友人関係があったそうじゃないか』

 

 

『……………………紫様が…………?』

 

 

レミリアさんの意外な言葉に反応を示す。

意外にもレミリアさんは紫様と面識のある方だったそうだ。

 

 

『八雲紫』

 

 

私が本格的に幽々子様の『庭師』となる前、詳しくは幽々子様が生きていらっしゃったときから幽々子様と友人関係にあった妖怪だ。

 

 

どこか掴みどころのない人で、何かしら私をからかってくる。

まぁ、そこらへんは幽々子様と何ら変わりのないが、しかし、常に冷静で幻想郷を第一に考えている様な方が必死でこのレミリアさんに幽々子様の救出を懇願したというのか。

 

正直想像がつかない。

 

 

『まぁ、紫は冥界から流れてくる西行妖の『死』が幻想郷へと流出していくのを防ぐために、必死で境界を駆使して防いでいるそうだが、それがなければ幽々子を救い出そうと動き出しているはずだろうな。幻想郷の賢者の立場もあり、直接幽々子を助けれず、悔しそうだった』

 

 

『……………………』

 

 

『だが、皆、今出来ることを最善を尽くしてやっている。幽々子を救い出すのもそう、西行妖を封印するのもそうだ』

 

 

『……………………はい』

 

 

『なら、お前も幽々子を救い出すことに最善を尽くせ。お前にしか出来ないことだ。…………後悔だけはするなよ』

 

 

そう言って、レミリアさんもその場から離れていった。

 

その後、ざわざわと焦燥感の様な嫌な感覚がすっかり消え去り、現在に至る。

 

 

手に持っている楼観剣を刀身を見る。

 

鈍色の鏡には、明かりの反射で西行妖が映し出される。

 

 

思えば西行妖とは長い付き合いであったな。

幽々子様が私に向かって、西行妖が満開になればきっと美しく咲き誇るわと嬉しそうな笑顔で話しかけてきた姿を思い出した。

 

 

今度、紫たちも呼んで皆でお花見でもしましょうと楽しそうに笑っていた姿が目に焼き付いている。…………お花見のお料理やお酒を用意するのは自分なのに、勝手なことを言うんだから…………。

 

昔のことをふと思い出して、クスリと笑う。

 

 

そして、一番私の中で思い出深いのは、この西行妖の木の下で、師である祖父『魂魄妖忌』との立ち合いの一幕。

 

 

白玉楼の庭先でよく私に言い聞かせていた言葉を思い出す。

 

 

『幽々子様は、お前が命に代えてもお守りするのだ。己の身を一振りの鋼とし、帰る鞘のために最後の時まで尽くせ。……だが幽々子様は心優しき御方で、傷つきやすい御方でもある。だから悲しませてしまってもいかん。幽々子様をお守りし、そして悲しませない。これを同時に為すのは難しきこと。…………しかし、為さねばならぬ。妖夢、お主が常に幽々子様の剣となってお守りするのじゃ。これはお主にしか出来ぬこと、心に留めておくのだ、よいな?』

 

 

「…………はい、承知いたしました。お師匠様」

 

 

妖夢は、昔の記憶、妖忌の言葉を深く噛み締める。

 

 

妖夢にとって『魂魄妖忌』は祖父にして憧れの存在であった。

 

『妖忌』は剣の達人である。まさに剣豪と言うにふさわしい御方であった。

彼は、文字通り、斬れぬものは何もない。全てをその剣にて両断してしまう人であった。

 

 

『雨』を、『空気』を、そして『時』ですら、『運命』ですら、恐らくは『死』でさえも。

 

 

全てを斬ってしまう妖忌に憧れを覚え、そして無意識に遠慮していた。

そんな妖忌に比べれば自分など『半人前』であると。

そんな雲の上の存在に等しい妖忌の言い伝えが再び妖夢の中で蘇る。

 

 

「…………真実は目に見えず、耳に聞こえず、心にて見て、斬りて知るもの。斬らねば始まらぬ、さすれば剣が真実へと導かん」

 

 

そして、妖夢は楼観剣を持つ手とは反対の手に白楼剣を握り、深く目を閉じる。

 

 

「迷わずに斬れば判る。斬れば、全てが判る。…………私に斬れないものは無い………ッ。迷うな、示せ。お師匠様の伝えを守りれるだけの力と覚悟を…………ッ!!」

 

 

そして、その白楼剣を自分に突き刺す。

しかし、血は噴き出ず、代わりにあふれ出すは迷いなき覚悟。

 

迷いを断ち切る白楼剣の力にて妖夢はゆっくりと西行妖へと目を向ける。

 

 

 

西行妖の結界は魔理沙の『ファイナルスパーク』の追加攻撃を受けて今にも破壊されかかっている。

 

 

 

 

 

 

 

 

パリィィィィィィィィンッッッッッ!!!

 

 

そして、西行妖の結界が壊れた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「壊れたなッ!!なら、次はお前の出番だぜ!!『魂魄妖夢』ッ!!!」

 

 

そして、前方から魔理沙の声が聞こえてくる。魔力の使い過ぎて、ふらついているようにも見える魔理沙さんが、精いっぱいの大声で此方に伝えてきたのだ。

 

…………魔力を使い切るまでして結界を壊してくれたんだ。醜態は晒せないッ!!

 

 

「…………はい、解りました」

 

 

スウッ、と楼観剣を西行妖へと向ける。覚悟は十分、迷いなど、もう無い。

 

…………幽々子様、お待たせしました。今、お助けに参りますッ!!

 

 

「…………幽々子様は、返してもらいますよ…………西行妖ッ!!!」

 

 

仮に現在、西行妖が幽々子と一体の存在であったとしても、今までは別個の存在として確かに自分の前でそれぞれ存在していたのだ。

 

 

幽々子と西行妖の繋がりを断って、幽々子様を救い出す。

 

 

幽々子様を守り、全員を、幻想郷を守れ。

望まない『死』で、幽々子様を悲しませるな、西行妖。

 

 

『西行妖の『核』に幽々子が取り込まれて一体化している。そこから幽々子を切り離せば、西行妖は以前と同様に弱体化するだろう』

 

 

そんなレミリアの言葉を胸に、妖夢は西行妖へと駆け出す。

眼は西行妖にのみ向けられ、その足取りも、迷いがなく、一直線に西行妖へと駆け出している。

 

 

西行妖も一人駆け出している妖夢を放置しているはずもない。

近づく者に情け容赦のない大量のレーザーと弾幕が妖夢に向かっていく。

 

 

「…………咲夜」

 

 

「かしこまりましたわ。お坊ちゃま」

 

 

妖夢の姿を見て、そして西行妖が弾幕を放つ姿を見てレミリアは咲夜に声を掛ける。

 

 

「…………おい、咲夜。大丈夫なのか?時間停止が出来ないんだろ?」

 

 

「…………フフッ、出来ないわけじゃないわ。させてもらえなかったのよ」

 

 

「……………………?」

 

 

「西行妖にも、死を操れるようだけど、私の能力をその能力によって封じたわけじゃなくて、西行妖の『空間』を『殺す』ことによって時間停止という『干渉』が出来なかったのよ」

 

 

「…………どういうことかさっぱりわからん」

 

 

「簡単よ、今度はあっちの『空間』全部、私の物にしてしまえばいいもの…………さっきの借りは返させてもらうわ」

 

 

――「咲夜の世界」

 

 

咲夜は、完全に時間を停止させる。

その止まった世界の中で自分だけが動ける自身の能力『時間を操る程度の能力』の真骨頂。

 

『空間』へと干渉するのではなく、それらすべてを自分のものとして操る。

 

 

「…………あまり時間は無いけれど、このくらいだったら余裕ね」

 

 

時の止まった空間の中で、一人歩いている咲夜。

妖夢へと近づいていき、西行妖が放った弾幕とレーザーを見る。

妖夢も、西行妖も同様に時が止まっているため停止している。もちろん弾幕もだ。

 

「…………なかなかやるじゃない。正直、見直したわ。『魂魄妖夢』」

 

 

時の止まっている妖夢を、決意を目に宿している妖夢の姿を見て咲夜は素直に妖夢を賞賛する。

 

 

「…………だったら、私もやるべきことするまでよ。絶対に主を救い出しなさい、妖夢」

 

 

 

――幻葬「夜霧の幻影殺人鬼」

 

 

咲夜の瞳が紅くなる。

咲夜の『殺人ドール』以上に、霊力が込められ、威力の増しているスペルカード。

 

無数のナイフの弾幕が、一斉に西行妖の弾幕へと向けられる。

 

 

「…………そして時は動き出す」

 

 

そして、咲夜は時間停止を解除させると、すぐさま魔理沙と西行妖の弾幕が相殺し合い、妖夢へ弾幕が到達するのを防ぐ。

 

 

「…………行きなさい、妖夢」

 

 

「感謝します。咲夜さんッ!!」

 

 

時が動き出したと同時に妖夢も動き出した。

咲夜も、再び西行妖へと向き直る。

 

 

「妖夢にばかり気を向けさせるわけにもいかないの、こっちにも付き合ってもらおうかしら」

 

 

――傷魂「ソウルスカルプチュア」

 

 

西行妖へとその能力を駆使して肉薄する咲夜。

そして、西行妖へと近づいた咲夜は、高速で、西行妖へと斬りつけていく。

自分の時を早くして、高速で動きだす咲夜。

 

 

幹へ、枝へ。高速で移動しながら高速で西行妖を斬りつけていく。

霊力の込められたナイフで切り付けているため、西行妖へと多少なりともダメージは与えているはずだ。

 

苦し気に西行妖がざわざわと揺れ動く。

西行妖はこの時点で、重大なミスを犯した。

 

 

『核』へと近づいている妖夢の姿を見失ってしまったことだ。

 

 

「はあああああああああああああああああ!!!!!!」

 

 

気が付いたときには遅かった。西行妖の『核』へと近づいた妖夢が、楼観剣を振りかぶっている姿がそこにはあった。

 

 

「行けッ!!妖夢ッ!!」

 

 

「行っちゃえぇぇ!!妖夢ゥゥ!!!」

 

 

魔理沙とフランの言葉を背に、妖夢はその刀へ妖気を込める。

 

 

…………妖夢…………やめt

 

 

「もうそんなものに騙されませんッ!!!これが私の答え!!幽々子様を返してもらいますッ!!!西行妖ィィィィ!!!」

 

 

――人鬼『未来永劫斬』

 

 

西行妖の『核』へ、目にもとまらぬ速さで斬りつける。

着実に、そして着実に、西行妖の『核』を削っていく。

 

 

「やああああああああああああああああ!!!!」

 

 

そして、最後の一太刀を、西行妖へと振り下ろした。

 

 

西行妖の『核』が壊された。

 

そして、西行妖がそこから裂けるように分かれる。

 

 

「…………ッ!!…………幽々子様ッ」

 

そして、その中から眠っている幽々子の姿を見つけた妖夢は、すぐさま幽々子を抱えて離れる。

 

 

亡霊である彼女は、整った寝息を立てており、ただ眠っているようにも見る。

 

体温は、亡霊であるため冷たいが、それでも心の底が温まるような感覚を妖夢は覚えた。

 

 

「…………ッよかった…………幽々子様ッ」

 

 

ようやく救い出せた主の寝顔を見て、妖夢は心底安心したような声を漏らす。

 

 

「…………よくやったわ、妖夢。じゃあ、心置きなく、西行妖を封印させてもらおうかしらね」

 

 

――『夢想天生』

 

 

そう言った霊夢は光輝き、八つの陰陽玉を展開している何とも神々しい姿だった。

 

 

霊夢は、その陰陽玉から、封印の印を込めたお札を放つ。

 

 

『核』を失い。そして切り刻まれた西行妖に、そのお札を防ぐ手立てなどなく、ただそのお札に当たるのみであった。

 

 

西行妖に張り付けられたお札の効果もあり、急速に西行妖はその身に宿していた妖気を失っていき、次第に力を失っていく。

 

 

巨大で、妖気を帯びた西行妖は、周囲に大量の『春』を撒き散らし、その妖気を減らしていく。

 

 

西行妖は、その身に宿していた大量の『春』を失い。八分咲にまで咲いた桜の花は散り、やがて封印されてしまうのであった。

 

 

 

春雪異変の終結である。   

 

 

 

 

 



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春雪異変 後日談

今日の朝、とある誤字報告がございまして。

何だろうと思ってみてみたら、序盤の話の方で、フランちゃんの生い立ちで『次女として生まれた~』という説明をしていた件でした。

そういえば、このおうぜ様の世界線はフランちゃんは長女やん…………。とちょっと考えればこんなミスはないだろうという誤字?を序盤でしてしまい、思わずクスリと笑ってしまった今日この頃です。もちろん即座に適用させていただきました。

誤字報告していただきましたユーザー様、ありがとうございました^^:


春の時期となっても一向に冬が終わらないという異常現象、である『春雪異変』

 

 

その実態は、『冥界』の管理者である西行寺幽々子が、白玉楼にある西行妖の封印を解こうとして、幽々子の庭師である魂魄妖夢に幻想郷中から『春』を持ってくるように命じたことが事の発端である。

 

 

しかし、封印されていた西行妖は、人を『死』へと誘う危険すぎるお化け桜であったため、元々、終わらない冬を解決しようと動き出した博麗霊夢、霧雨魔理沙、十六夜咲夜、そしてレミリアとフランが全力を以て西行妖を再封印して、この異変が終わった。

 

 

この異変は、一歩間違えれば幻想郷の滅亡の危機にもなりうる危険な異変であったため、幻想郷の賢者『八雲紫』が冬眠中に飛び起き、急ぎ対処したこの異変。

 

 

霊夢達の奮闘と、八雲紫とその式たちが、『冥界』と『幻想郷』を繋ぐ『境界』を操作して必死に冥界からの『死』を防いだことによって、幻想郷への影響はなかった。

 

 

当然、幻想郷の滅亡にも関わる重大な異変を起こしてしまった西行寺幽々子には、それ相応の責任を取ってもらわざるを得なくなる。

 

 

しかし、当の霊夢達は、それといって無関心であり、西行寺幽々子への処遇はそれほど重くない処遇へとなる。 これが霊夢以下の言い分である

 

 

『私はただ単に異変解決の為に向かっただけよ』

 

 

『私もだな!愉しかったぜ!!』

 

 

『……………私はお坊ちゃまの御命令通りに異変解決を』

 

 

『咲夜を守りに』

 

 

『お兄様の付き添いで』

 

 

こういった意見?や、幽々子と紫が旧知の友という関係から、さほど重い処遇はなく、ただ単に冬が長く続いた『異変』として扱われた。

 

 

しかし、おとがめなしという訳ではなく。

 

 

・二度と西行妖の封印を解かない

 

 

・幻想郷に被害が及ぶような『異変』を起こさない

 

 

・春を遅らせた責任をとって幻想郷へと『春』を何倍にも返すこと

 

 

 

を条件に、晴れて春雪異変は完全に解決したのである。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『そういえば、霊夢、魔理沙。お前たちはとある屋敷に迷い込んだ挙句、そこに住んでいる妖怪の猫を虐めて、その屋敷の家財を盗んでいったそうじゃないか』

 

 

『……………な、なんのことかしら』

 

 

『…………さ、さぁ………な、なんのことやら』

 

 

『藍しゃま!!こいつらです!!』

 

 

『………………あッ!!!???』

 

 

『………………お、お前はッ!!??』

 

 

『…………………そうかそうか、やっぱりお前たちか。お前たちが、橙をねぇ………フフフ、何、別に難しい話をするわけじゃない。少し私と『オハナシ』をしようと思って、ねぇ?』

 

 

『……………に、逃げるわよ!!』

 

 

『が、合点!!』

 

 

『こらッ!!待てッ!!!今日という今日は許さんぞッ!!霊夢ゥゥゥゥゥ!!!』

 

 

と、珍しく九尾の狐が憤怒の表情を露にし、霊夢と魔理沙を追いかけまわしたこと以外は穏やかに異変が終わった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 

「ふぅ、ようやく落ち着いたな。一日が長く感じたぞ」

 

 

「フフッ、お疲れですか?」

 

 

「何を言う、一番疲れているのは咲夜。お前だろうに」

 

 

「従者たる者、この程度で根を上げては失格ですわ」

 

 

「やれやれ、よくも強かに育ってくれたものだな」

 

 

時は変わって紅魔館のレミリアの自室では、息を吐き、ソファーに座るレミリアと、そのレミリアへと紅茶を注ぐ咲夜の姿があった。

 

異変解決に咲夜を向かわせてから一日が経過、レミリア達がこうして紅魔館へと帰宅して、自室で二人がこのようなやり取りをしている頃には夜更け近くになっていた。

 

 

フランは、帰宅した途端に、『眠いから寝るねー』と、いうが早いかすぐに自室に向かって飛んで行ってしまった。

 

まぁ、時間が時間だから仕方のないことだが。

 

 

こうして、レミリアと咲夜は、異変終了後の一時の休息を愉しんでいる所だ。

 

 

紅魔館に帰ってきたときのみんなの反応ときたらすごかった。

 

 

紅魔館の中でもトップクラスの実力を誇る咲夜のメイド服が所々ボロボロになっており、戦闘の激しさを物語っており、それでもなお、五体満足で生きて帰ってきた咲夜の姿を見て、妖精メイド達が咲夜に憧れと仰望の視線がより熱くなった。

 

 

 

そして、これより一番衝撃であったのは、レミリアの翼に関してである。

西行妖の弾幕攻撃を受けてその片翼は見るも無残に焼けただれた痕が残っており、紅魔館は一瞬で阿鼻叫喚の地獄絵図に変わってしまった。

 

 

咲夜を守るために負った傷ではあるが、自分たちの主人が傷を負ったということは紅魔館の従者的に看過できない問題である。

 

本人は、『数日休んでいればすぐに治る』とは言っていたが、従者たちはまったく聞く耳を持たない。

 

 

『あああ!!!???お、お坊ちゃま!?『気』!!『気』ですぐに治して差し上げま…………ああッ!!??治らない!!!???』

 

 

『レミィ…………ッ!それは誰にやられたの…………ッ!?許さない…………絶対に目に物を見せてやるわ…………!!!』

 

 

『あぁ…………ああああああッ!!!???お坊ちゃまッ!!??ち、治癒魔法ッ!!!???あ、悪魔だから効かないッ!!??そうだ本です!!本はどこに!?あわわわわわわわ!!!???』

 

 

代理メイド長を務めていた門番は、泣きそうな表情に変わって珍しく狼狽えており。

 

 

レミリアの友人の魔法使いは、その傷を負わせた相手に対して激しい憤りを露にして。

 

 

その魔法使いの使い魔は、…………まぁ、予想通りというべきか、案の定パニックとなって右往左往と図書館内をあたふたしていた。

 

 

本来仕事をしっかりとこなすしっかり者の妖精メイド達にしては珍しく動揺していたようで、片翼に包帯を巻こうとしてきた。

 

そして、妖精メイド達は自主的にレミリアの護衛を願い出て、断ってもスニーキングでレミリアの護衛を勝手にやり始める始末。

逐一レミリアの起こす行動に反応しようとするし、少しでもレミリアに危害が及びそうなことをすれば泣きそうな表情でやめるように懇願するものだから困った。

 

 

幸いなことに、フランに関しては、レミリアと同行しているのもあり、レミリアの片翼を傷つけた西行妖に対しては少なからず思うことはあるが、見たところレミリアの言う通り数日程度で完治するものだったので、特に何も言わなかった。

 

 

そんなこんなでようやく事態が収束し、現在へと至る。

 

 

過保護な紅魔館の住人たちにもみくちゃにされ、多少疲労の色が見えるレミリア。

ようやく落ち着くことが出来ると、咲夜が淹れてくれた紅茶を口に含む。

 

 

「…………ふぅ、やっぱり、咲夜が淹れた紅茶は格別だな」

 

 

「…………至極光栄ですわ」

 

 

「…………どうした?浮かない顔をして」

 

 

レミリアは、咲夜の表情の変化を機敏に感じ取った。

紅魔館に帰ってきてからというものの、咲夜はどこか憂いを帯びた表情を無表情の内に隠している様だった。

 

 

レミリアは、長年咲夜と接してきていたため、咲夜の細かい表情の変化に目ざとく気が付いたのである。

 

 

「…………ッ、いえ。なんでもございませんわ」

 

 

「何でもないのであれば、そのような憂いの表情などしないだろう。…………話してみろ」

 

 

「…………」

 

 

そのレミリアの返答を最後に、その空間の中に沈黙が流れる。

 

 

…………これはしくじったか…………?

 

 

と、多少レミリアは、場を気まずくしてしまった自分の発言に後悔したが、もはや致し方ない。

 

 

「…………私は」

 

 

と、唐突に咲夜がポツリと言葉を漏らした。

 

 

「…………あぁ」

 

 

「…………お坊ちゃまに、異変解決を命じられていながら、その御命令を全うすることすらできず…………挙句には、お坊ちゃまの手を煩わせて…………その御身の片翼を…………ッ!!」

 

 

俯いた咲夜は、そう言いながら、自分の不甲斐なさと無力さに苛まれている。

両手は、自分への怒りで手に力が入る。

 

 

レミリアの従者である咲夜にとって、主人の命令は絶対であり、咲夜はその命令に全力を以て応えることが義務として感じている。

 

しかし、今回の異変では、レミリアの命令を全うできないどころか、死にかけ、その窮地を主人であるレミリアに助けられたのである…………片翼を犠牲にして。

 

 

それが咲夜にとって不甲斐なかった。主に守られる従者、本来ならば逆である。

主を御守りし、そして主の命を完璧にこなすことが従者である自分の仕事なのだ。

 

 

そのため、今回の異変で、自身の無力を痛感し、そして、ぬるま湯に浸かっていた自分自身に憤りを感じていたのである。

 

 

「私に…………ッ、もっと力があれば……ッ!!お坊ちゃまの片翼を…………ッ、いいえ、お坊ちゃまの手を煩わせることなど…………ッ!!!」

 

 

「いいや、そんなことはない」

 

 

咲夜の自身に対する呵責にも似た言葉は、すぐさまレミリアによって遮られた。

 

 

「…………ッ」

 

 

「何回も言っているが、お前は良くやってくれているよ。それも、完璧にな」

 

 

「…………」

 

 

「だがな、失敗しない者など、この世には一人として存在しない。それは私にも同義だ。失敗したことのない者など、面白みに欠けるものだ」

 

 

レミリアは、ゆっくりと立ち尽くしている咲夜へと近づいていく。

 

 

「…………しかし……」

 

 

「悩め、そして考え、次に生かし、成長しろ。お前の成長につながるのならば、たかが片翼程度安いものだ。そして、成長することがお前にできる最大限の償いだと思え」

 

 

「……ぁ……お…坊ちゃま………?」

 

 

レミリアは、咲夜へと近づいたと思えば、咲夜を屈ませ、そしてその体をゆっくりと抱きしめる。

 

 

「…………ただ、まぁ。私にも非があるさ。西行妖という存在について、良く知っていれば。そしてその危険性を十分に理解していれば。お前をそのような危険な場所に一人で向かわせることなどしなかっただろうに」

 

 

「……………………ぁ」

 

 

咲夜を抱擁しているレミリアは、咲夜の頭を撫でながら言い聞かせる親の様に穏やかな口調で話していく。

 

 

「これが、私の失敗であり片翼を失ったことが、お前を死地に向かわせてしまった私への罰だ。しかし、この程度で済んでよかった」

 

 

「……………………お坊ちゃま」

 

 

「…………………片翼を捥がれることが何だ。『片腕』を捥がれるより、数十倍もいい」

 

 

「……………………」

 

 

「済まなかったな咲夜。私にもっと物事を見る目があれば、お前を危険な目に遭わせずにすんだというのに………」

 

 

「お坊ちゃま…………」

 

 

「フフッ、もう、私は同じようなミスはしないと誓う。だからお前も、私の元から離れてくれるなよ?我が愛しき『片腕(咲夜) 』」

 

 

「……………………ッ!!!!????」

 

 

咲夜は、その言葉を受け、一瞬でレミリアの抱擁を抜け出し、顔を見せないようにバッと俯けてしまう。

 

 

「ぬぉッ!?ど、どうした!?咲夜!?」

 

 

詳しく言えば、そのレミリアの表情を見て、という方が正しいだろう。

 

 

綺麗に整った顔、宝石の如く輝く紅の瞳。

 

咲夜にとってもレミリアの顔を、まっすぐに見つめるだけでも心臓の鼓動が激しくなるのに、その顔に慈愛の笑みを浮かべながらも、哀愁を帯びた憂い顔を真正面で、それも間近で見せられてしまえばもう想像の通りだろう。

 

 

「……………………いいえ…………少しだけ…………『忠誠心』が溢れ出てしまっただけですわ」

 

 

案の定、鼻を押さえながらレミリアに返す。

咄嗟に布の様な物で鼻からあふれ出る『忠誠心』を抑え込もうとする咲夜。

 

 

「あ、あぁ、そうか、無事ならばそれでいいのだが…………」

 

 

「しかし、お坊ちゃまの御言葉、しかと胸に強く留めますわ、もう、このような醜態を晒しませんわ、お坊ちゃま」

 

 

「……………あぁ、精進しろよ、咲夜」

 

 

未だ心配そうにしているレミリアを何とか誤魔化してレミリアの部屋から退出していく咲夜。

しかし、レミリアの言葉はストンと、自分の胸に容易く入り込んで、全身をじんわりと暖かくさせてくれた。

 

時に、威厳溢れる姿。凛々しく戦うその姿。そして、家族愛、紅魔館全てを愛しているといっても過言ではない慈愛に満ちた姿。

 

 

自分は、そんな主の全てに惹かれているのだと、そして、長年から燻っていた感情が沸きあがる。

 

 

「……………………ありがとうございます。そして…………『お慕い』しておりますわ。お坊ちゃま」

 

 

咲夜は、言葉にしても言い表せない程、主への『敬愛』を表すのである。

 

 

 

 

 

 



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二度の初対面

『貴女、人間にしては面白い能力を持っているわね。人の世では疎まれてしまいそうな能力だけれど、辛くはないのかしら?』

 

 

『……………………あなたは?』

 

 

『しがない人畜無害の妖怪さんよ。お嬢さん?』

 

 

『……………わたしを、たべるのですか?』

 

 

『食べるようには見える?こんなに小さなお口をしているのに…………失礼しちゃうわね』

 

 

『フフッ…………人間を襲わないなんて、おかしな妖怪さん』

 

 

『そういう妖怪もいるってことよ。あぁ、挨拶が遅れてしまったわね』

 

 

 

 

 

 

 

 

『初めまして。私の名前は………

 

 

これは、過去の断片に残る微かな記憶。

 

 

人間と妖怪、本来交わることのない二つの存在。

しかしそれが何者の記憶なのか、それは誰にも解らない。

 

 

長い年月の中で、人間という存在に興味を示し、今こうして か弱き人間に接触してきた女性の妖怪。

 

 

そして、どこか憂いを帯び、儚い印象を与える一人の少女。

 

 

相容れない関係である二人が、後に親友と呼び合う関係になった発端の一幕であった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

少女は、伝統ある名家の生まれであった。

 

容姿端麗、尊げな仕草と息を呑むほどに惹きつけられる動作。

 

 

無意識にも人を惹きつけてしまうその少女は、どこか人外じみた美しさを誇っていた。

 

 

その美しさから、縁談の一つや二つでも来るかと思われたが、その思惑とは反対に、少女は周囲の人間達から恐れられる存在へと変わった。

 

 

少女には、『死霊を操る』能力を生まれながらにして備わってしまった。

 

死した人間を、そして死した妖怪を、もしくはその全てを操ってしまうという少女の存在は周囲からは異形の存在以外の何物でもないのだろう。

それならば、その人外じみた美しさも頷ける。

 

 

『彼女は、その美貌で人をかどわかし、人を殺め、そして死霊として使役するのだ』

 

『彼女が使役する死霊は、全て彼女に殺められた人間達である』 と

 

 

事実無根の噂が、風に流れ、そして尾びれが付くことで。

少女に対する風当たりが強くなる。

 

 

少女は、気丈に振舞っているが、それでも周囲からの陰口、そして貫くように少女を睨みつける双眸に、じわじわと心が痛めつけられる。

 

 

そんな時に出会ったのは唯一の友人と言える存在。

人間にあらず、本来人間が懼れる存在ともいえる妖怪。

 

 

しかし、その容姿は女性の人間と同じで、妖気がなければ普通に人間と錯覚してしまう程似通っていて、そして人間に対して友好的である。

 

 

そんな書簡の中で描かれている人外の恐ろしい存在である『妖怪』の伝承が嘘偽りにすら思える本物の妖怪の出会いは、少女の凍った心を一気に溶かした。

 

 

時に奇想天外な外の物語を、時には海を渡った先にある大陸に通ずる伝承を。

ある日は滑稽噺を、別の日には心揺さぶられ、心が暖まる話を。

 

 

 

やむを得ない境遇ながらも、閉鎖的な空間に自分を閉じ込めている少女にとって、その妖怪との時間は、唯一気が休まる、特別な時間であった。

 

 

 

周囲から疎まれている少女とは反対に、少女の父は多くの人間に慕われていた歌聖と呼ばれる歌人であった。

歌聖である父は多くの人間に慕われている通り人柄が良く、周囲から疎まれている自分の娘を煩わしく思うこともなく、一人の父親としてその少女を愛した。

 

 

周囲から疎まれている少女が心に深く傷を負わずにいられたのは、友人である妖怪によるものが多いが、自分を嫌うこともせずに、愛してくれていた父の存在も大きい。

 

 

少女の心の支えとなった心優しい妖怪と、父。

この心休まる一時は、突如として悲劇へと変わってしまう。

 

 

多くの人間達に慕われ、歌聖である父は病に伏せてしまう。

懸命な使用人たちや医師の看護も空しく、少女の父は永遠の眠りへと誘われた。

 

 

『願わくば花の下にて春死なん、その如月の望月のころ』

 

 

その時に、死期を悟った少女の父は、自身が愛している自然の中で、屋敷の中で見事に咲き誇っている大きな桜の木の下で眠りにつきたいという遺言を残す。

 

 

その遺言通り、少女の父は大きな桜の木の下で永遠の眠りについた。

その死を悲しみ、後を追おうと自害した多くの者と共に。

 

 

しかし、悲劇はそれだけでは終わらない。

人の精気を吸い取ったその桜は、ますます咲き誇り、そしてその美しさは人を魅了する。

その美しさに魅入られ、多くの人がその桜の木の下で永遠の眠りにつく。

 

 

いつしかその桜は、妖力を持つ桜『西行妖』へと変わる。

 

その西行妖の影響を受けて、少女が持つ『死霊を操る』能力が『死へと誘う』能力へと変わっていく。

 

 

心の支えを一人失い、そして自分の能力が人を容易に殺めてしまうという危険性を帯びてしまった心優しき少女は、嘆き苦しんだ。

 

 

父が愛した桜の木が妖怪になり、そして、多くの人たちがその桜によって殺された。

自身の能力も、人を殺める能力へと様変わりしてしまった。

 

 

この事実は、少女の心を深く傷つけるには十分だった。

 

 

少女は耐えきれず、悲嘆と苦念の内に桜の木の下で、父がかつて愛した『西行妖』と、疎ましい自分の能力を自身の命と引き換えに封印し、この世を去った。

 

 

『二度と苦しみを味わうことの無い様に 』

 

 

自ら命を絶つに至らしめた苦悶や悲嘆の内に、彼女は来世へと想いを馳せて散っていった。

 

 

『……………………ごめんなさい、 。このようなことになってしまって』

 

その死に際、少女は誰かへと、消え入るような声で詫びを告げて。

 

 

少女の死と共に、『西行妖』が二度と満開となることがなく、人を殺めてしまうこともなくなった。

 

 

人が寄り付かなくなった屋敷の西行妖の元には、どこからともなく花束が一束手向けられていた。

 

それが、何者の仕業かも解らず。

ある人は、少女の死を悼んだ御仏が。あるいは御神が手向けたのだと噂する者もいた。

 

 

そのような悲劇的な話は、後に人々から同情を誘い。

少女の父が出家時に、富士山を見て歌を詠んだことに捩って『富士見の娘 』として後世に語り継がれ、そして『忘れ去られた』

 

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 

「……………………」

 

 

女性は、桜の木々が立ち並んで咲き誇んでいる白玉楼で、一本だけ、他の桜の木々よりも一際大きく、しかし、他とは真逆で、桜の花が一本もついていない枯れ木のような桜の木を眺めている。

 

 

「………貴女も一緒に、少しだけ早いけどお花見でもどうかしら?『紫』?」

 

 

しかし、その女性は、突然誰もいない空間へ話しかける。

 

 

「………なら、御一緒させてもらうことにするわ。『幽々子』」

 

 

その空間から裂けめが生じたかと思えばそこから現れたのは幻想郷の賢者『八雲紫』

 

 

亡霊の幽々子と妖怪の紫は、昔から友人関係があり、二人で他愛のない話をしていることはしばしばあった。

 

紫は、幽々子の隣に座って、同じく枯れ木の様な西行妖を眺める。

再封印された西行妖は、膨大な量の妖力を失っている様で、満開であった姿とは見る影もない姿だ。

しかし、花が咲いていないにも関わらず、何か言葉に言い尽くせない、諸行無常の儚さを一心に表しているような美しさはやはり西行妖というべきだろう。

 

 

「…………………ッ?」

 

 

「フフッ、お花見と言ったら、お酒でしょう?ほら」

 

 

少しだけ、西行妖に目を奪われてしまった紫の視界に入ったのは、横から割り込むように映った杯。

 

 

不思議に思って隣の幽々子を見れば、クスクスと笑って杯を差し出してくる。

 

流されるままにその杯を手に取ると、幽々子は別の手に酒器をもって紫の杯に酒を注ぐ。

 

 

紫は杯に注がれた透明に透き通る酒をまじまじと眺め、チラリと幽々子を一瞥すると、幽々子はいつもと変わらぬ穏やかな笑みを浮かべ、少しだけ紫が見ていることに気が付くと、少しだけ首を傾げている。

 

 

「………ふっ、そうね。頂くとするわ。ありがとう幽々子」

 

 

「ええ、どういたしまして」

 

 

幽々子に微笑み返すと、紫は杯に口を付けて、クイッと、酒を呷る。

 

芳醇な香りが鼻をくすぐり、酒を飲めば濃醇で深みのある味が身体中にしみこんでいくような感覚を感じる。

 

身体がほんのりと暖まる。紫は一口で飲み干し、ほぅ、と息を吐いた。

 

 

「……………なかなかいいものね、これ」

 

 

「そうでしょう?」

 

 

嬉しそうに笑いながら、再び紫の杯に酒を注いでいく幽々子。

ならばこちらもと、幽々子の杯に酒を注ぎ返す紫。

 

 

二人は他愛のない談笑を愉しみながら、酒を呷っていくのだ。

 

 

 

 

 

 

「…………紫。事情は妖夢から詳しく聞いたわ。迷惑を掛けてしまったわね」

 

 

「ええ、本当に驚いたわ。それこそ、心臓が飛び出てしまう程に」

 

 

「フフッ、でも、そうね。西行妖の封印を解けば、たちまちに死へと誘うなんて…………知らなかったわ」

 

 

「…………封印が解かれなかったからいいものを、本当に封印が解かれてしまえば堪ったもんじゃないわ。もう二度と、こんなことはやめてほしいわね」

 

 

「ええ、今回の件で、西行妖の危険性は十分に解りました。もう二度とやらないわ。…………それに、貴女の好きな幻想郷にまで影響が及ぶなら尚更よ」

 

 

本当に知らなかったという口ぶりの幽々子に、もう二度と西行妖の封印を解いてしまわないように釘をさす紫。

 

 

それには、幻想郷を滅ぼしかけた幽々子に対して、幻想郷の賢者である紫が警告している姿であるが、その他に何かしら私情が混じっているようにも感じる。

 

 

「『富士見の娘、西行妖満開の時、幽明境を分かつ、その魂、白玉楼中で安らむ様、西行妖の花を封印しこれを持って結界とする。願うなら、二度と苦しみを味わうことの無い様、永久に転生することを忘れ・・・』…………ねぇ」

 

 

「……………………」

 

 

ふと幽々子は、思い出すように、記述の様な言葉を紡ぎだす。

 

 

「西行妖の封印を解けば、この下に『富士見の娘』の亡骸が眠っている…………そして、封印を解けば、彼女が生き返るって、思ったけれど、それもできそうにないわね。書架で見つけた古い記録に書いてあったのだけど…………」

 

 

幽々子は本来、冥界に存在するものは殆ど霊体である。

その為彼女は、冥界の西行妖の下に眠るとされる亡骸に疑問と興味を持ち、それでその封印を解こうと考えた。

 

 

彼女は普段、人や妖怪を死に誘う事しか出来ない。

その彼女が初めて死者を復活させようとしているのである。

 

 

千年の安穏で退屈な時間を過ごしていた幽々子は書架で古い書物を見つけた。

 

そこに書かれていた『富士見の娘』にまつわる記述を見つけ、死者のみがある冥界に実体のある亡骸があることに興味が沸いたのだ。

 

 

しかしこれが、春雪異変へと繋がることになってしまう。

 

 

「……………………」

 

 

紫は、特に何も言わず、いや、何も言えずに沈黙を続けている。

紫は、内に苦悩を宿しているのだ。

 

 

本当のことを言うべきか、しかし、本当のことを告げてもいいものか。

 

『西行妖』と、その『富士見の娘』の関連性について。

いいや、それでは『約束』を違えてしまうことになる。

 

二度と苦しまず、悩む事が無くなるようにと約束したではないか

 

 

「………………紫?」

 

 

「……………ッ」

 

 

幽々子の言葉にはっと我に返る紫。

 

 

不思議そうにこちらを見てくる幽々子の顔。それはやはり過去の面影をかんじてしまう。

 

 

「…………あぁ、少しだけ、余韻に浸っていたわ。…………でも、もう解ったでしょう?封印が解けかけると、周囲の亡霊や死霊を取り込んでしまうって。これ以上、心配を掛けさせないで」

 

 

紫はやはり嘘を積み重ねてしまうのである。

西行妖が幽々子を取り込んだのは確かだ。

 

しかし、冥界の死霊を取り込んだということはまったくない。

取り込まれたのは幽々子のみだ。

 

 

嘘に真実を練り混ぜて、紫は再び嘘を重ねる。

 

 

「…………………妖夢にも言われたわ。それも、大泣きしながらだけど」

 

 

幽々子はポツリと、嬉しそうに話す。

 

 

「それだけ、幽々子を心配していたということよ。………私もね」

 

 

「フフッ、好かれているわね、私は。……嬉しいわ」

 

 

嬉しそうに笑う幽々子。

 

 

紫は微かに昔を思い返す様に遠く。遠い過去へと振り返る。

 

 

『……………紫』

 

 

『…………なッ!?馬鹿な真似はよしなさいッ!!』

 

 

『ごめんなさい、紫。こうするしか、方法はないの』

 

 

『……………いいえ!!まだ…………まだよッ!!まだ解決策はあるッ!!』

 

 

『ううん、西行妖はこのまま力を増して、もっと凶悪になる。それに…………私の能力がどんなに危険なのかも…………』

 

 

『……………………ッ!!』

 

 

『紫、私と、西行妖を、封印して?そうすれば、西行妖が満開にならないで、多くの人に被害が及ぶのを防げるの』

 

 

『……………それじゃあ貴女がッ!!』

 

 

『…………ええ、封印されてしまえば、私の力が人を苦しめることもない。それにね?…………来世では、もう二度と苦しまないで…………生きていきたい』

 

 

『……………………ッ!?待ちなさい!!』

 

 

『……………………ごめんなさい、『紫』。このようなことになってしまって』

 

 

 

 

「……………………」

 

 

忘れもしないだろう。

長い年月を生きていた妖怪であるというのに、単身ではどうすることも出来なかった『西行妖』の存在。

 

私がいち早く、封印結界の術式を覚えていれば、習得していれば、きっと結末は変わっていたはずだ。

 

私は無力であった。自分の力ではどうしようも無いことも解っていた。

力があれば『友』を見殺しにすることもしなかったはずだ。

 

 

『友』は、彼女の希望通り、西行妖と共に封印を施した。

西行妖と共に施した封印と共に、彼女の肉体すらも封印され。

 

転生も消滅もできず、ただ亡霊となって冥界へと彷徨ってしまっている。

彼女は今、冥界の白玉楼で、のんびりと楽しく暮らしているのだ。

 

 

だが、亡霊となった彼女は、生前の記憶は全て忘れ去り、何時までも冥界へと彷徨うのだ。

 

 

もし、西行妖の封印が解かれてしまえば止まっていた時間は止め処なく流れ、それは、亡霊である彼女の『死』へとつながる。

 

自身の復活と共に、その瞬間に消滅してしまうのだ。

 

 

「……………………幽々子。もう一杯、いただけるかしら?」

 

 

「……………………フフッ、ええ、もちろんよ」

 

 

嗚呼、生前の記憶を全て忘れ去ってしまった友『富士見の娘(西行寺幽々子)』よ。

 

そして、亡霊の姫君よ。

 

 

貴女が西行妖が満開に、開花を見ることは決してない。

二度と苦しむことも、悩むこともない。

 

しかし、これで本当に正しかったのか?

 

 

 

 

 

西行寺幽々子が、亡霊となった後でも、『友』であり続けたのはなぜか?

 

貴女を救えなかった贖罪か、それとも、約束を違えかけてしまったことへの償いか。

 

 

いいや、違う。決して違うと紫は言い切れる。

 

贖罪や償いの為などではない。そのような安い理由な訳がない。

 

 

彼女が、『西行寺幽々子』が前と寸分違わない『西行寺幽々子』そのものだから、私は『友』で居続けるのだ。

 

 

失ってしまったものは、『幽々子』と過ごした時間は二度と戻ってこない。

 

 

しかし、失ってしまっても、再び取り戻すことができる。

やり直すことだってできる。

 

 

私にも、いいえ、私にしか出来ないことだ。

 

…………また、あの『言葉』から。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『……………………』

 

 

『あら、亡霊さん、そんなところでぼーっと立っていてどうしたの?』

 

 

『……………?貴女は?』

 

 

『あぁ、そうね…………まずは挨拶から…………ね』

 

 

 

 

 

 

 

 

『初めまして』

 

 

 

 

 

 

 

紫は今日も、昔も、嘘を重ね続ける。



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宴会 ~1~

この異変が終わったら…………。

紅魔館メンバーの視点を描くんだ…………。




最近になって、小説に手が付けられなくなってしまう。
如何せん、面白い動画が多いのが悪い。
モチベーションの方は未だ保っておりますのでご安心ください!


太陽が落ち、辺りはもうすぐ暗くなるであろう時間帯。

 

レミリアを含む紅魔館主要メンバーはとある場所へと空を飛んで足を進めていた。

 

 

レミリア達は目的の場所、その目印ともなる鳥居が見えてくると同時にその境内へと足をつける。

そして、そのまま神社へと足を進めていく。

 

 

「………あら、レミリア達じゃない、よく来たわね。席は事前に用意してあるから、適当な席にでも座って待っていて」

 

 

「あぁ、今宵は楽しませてもらうよ、霊夢」

 

 

「えぇ。………それと、間違っても問題を起こして神社を傷つけないことね…………特にそこのメイド」

 

 

「…………フッ、なら、私は問題を起こさないわよ?強いていうなら、問題を起こされる立場の人間ですもの。大丈夫よ、喧嘩を売るような野蛮な人さえいなくなければ、ね?巫女様?」

 

 

「……………………」

 

 

「……………………」

 

 

「………咲夜、霊夢。今日は宴会という特別な日だ。そんな無粋な事は止めておけ」

 

 

「…………………そうね。非礼を詫びるわ。メイド」

 

 

「はっ。…………いいえ?こちらこそ、申し訳ありませんでしたわね。巫女」

 

 

「…………………はぁ」

 

 

神社の方からレミリア達の来訪を確認したのだろうか、鳥居をくぐったレミリア達を迎えたのは、楽園の素敵な巫女『博麗霊夢』

 

今日の宴会の主催者であり、主催地である博麗神社の巫女である。

 

 

巡り合えば、すぐにでも剣吞になる咲夜と霊夢をなだめるレミリアであったが、それでも二人の剣呑な雰囲気は止むこともなく、謝罪の言葉を口にはしているものの、その目はそうではない。

 

 

いつでも火が付けばすぐにでも大激闘が始まってしまいそうな、そんな目だ。

 

 

こればっかりは相性の問題だからどうしようもない、しかし少しくらい仲良くなれないものか。

 

と呆れたように肩をすくめ、再び神社へと足を進めるレミリア。

 

 

「……………………ッ」

 

 

「……………ぁはは、すいません…………」

 

 

「じゃあね!霊夢」

 

 

霊夢と睨み合いながらレミリアの後をついてくる咲夜と、その咲夜の後ろに、若干の申し訳なさを含んだ美鈴の控えめな一礼と無邪気な笑みを浮かべてひらひらと手を振るフランが続く。

 

 

「…………………けほっ…………ごめん、なさい。水を頂けないかしら?」

 

 

「……………………少し待ってなさい」

 

 

「はぁ…………はぁ…………。助…………かる……わ」

 

 

ぜぇぜぇと息切れを起こしているパチュリーを見かねた霊夢は、そのパチュリーの要望を聞き入れて、霊夢は水を汲みにその場を離れていくのである。

 

 

その後、激しく息切れを起こしているパチュリーを見かねたレミリアが席へと横抱きにして連れていくのは余談である。

 

 

 

 

 

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

「宴会?」

 

 

事の発端は、昨夜にまでさかのぼる。

 

紅魔館に博麗神社から宴会の誘いが来て、それを聞いたレミリアが紅茶を淹れる咲夜へと確認を取った。

 

 

「えぇ、今回の異変解決を祝して博麗神社で宴会を開催すると。そして、せっかくだから前回の紅霧異変の解決も同時並行で行うとも」

 

 

「……………そうか」

 

 

咲夜の言葉に、納得し、紅茶を飲むレミリア。

 

 

昔から幻想郷は何かにつけてすぐに宴会を開くのが特徴だ。

異変解決の後に博麗神社で宴会を開くのは、異変で起こった因果や因縁を全て洗い流そうという意図もあると聞く。

 

 

紅霧異変では、霊夢の巫女就任初めての異変解決でもあり、それにスペルカードルールの制定から新しいこともあった。

そのため、霊夢の方は多忙の毎日であり、宴会はおろか宴会の準備にすら手につけることが出来なかった。

 

 

それを汲んで紅魔館の方で宴会の準備を行い、霊夢達を招待して宴会を開いたのだが、やはり異変解決後の宴会は博麗神社が開催するという一種のけじめの様な物があるらしい。

 

 

「お坊ちゃま、いかがいたしましょうか?」

 

 

「あぁ、別に断る理由なんてない。是非とも参加させてもらおうじゃないか」

 

 

「かしこまりました」

 

 

「……………あぁ、それと、紅魔館への折角の招待なのだから、私達とフランはもちろん、パチェと美鈴も連れていこうか」

 

 

「パチュリー様と美鈴を?」

 

 

「あぁ、折角の親睦を深めるチャンスだ。幻想郷に来て知り合いが一人もいない。互いに話す相手が少ないというものも不憫だろう?」

 

 

「………そうですね。かしこまりました。ではそのようにいたします」

 

 

と、いう訳でレミリア達が宴会に参加することとなり、レミリア達の不在時の館の警備は妖精メイド達が請け負うという形で話は纏まった。

 

 

「宴会?うん!!行く!!お兄様と一緒なんだったら断る理由なんてないよ!!」

 

 

「宴会ですか?いいですね!是非とも参加させていただきます!」

 

 

フランと美鈴に関しては異変の参加に前向きであったのに対して

 

 

「……………………嫌よ」

 

 

大方予想通りであったが、パチュリーは宴会の参加には難儀を示す。

まぁ、根が引き篭もりであり、あまり外に出ようとしないパチュリーが宴会の参加などしたくないということなど想像に難くない。

 

 

何とか説得するレミリアではあったが

 

 

・この館に誰もいないという状況にするわけにはいかない。図書館も同様

 

・顔を合わせる人間なんて今更いない

 

・そもそも私が宴会に参加することへの意義はない

 

・面倒くさい

 

 

と、後半になるにつれ色々私情が駄々洩れになっているが、断固として参加を拒否しようとするパチュリーにどうしたものかと頭を悩ませるレミリア。

 

 

しかし、その均衡を破ったのは意外な人物だ。

 

 

「折角の催しですし、参加してもいいと思いますよ?それに、妖精メイド達とこあちゃんが紅魔館と図書館の警備と管理をしっかりやってくれますし」

 

 

と、レミリアと同じように説得する美鈴であった。

 

しかしこの様な説得では、パチュリーの牙城を崩すことは出来ない。

 

 

「……………うーん、仕方がないですね。行きたくないのでしたら、そこまで無理強いはできませんね。ですがパチュリー様、――」

 

 

 

と、パチュリーの耳元に口を寄せて、囁くようにして言った言葉が、パチュリーの堅固な城は崩れ落ちた。

 

 

美鈴の言葉を聞いたであろうパチュリーは一瞬で ぼっ、と効果音が付くくらいに顔を紅潮させる。

 

 

「…………あ、貴女…………なんでそれを…………!!わ、わかったわ。わかったから…………。う、うぅ…………行けばいいんでしょう?」

 

 

そうして、パチュリーの宴会の参加も美鈴の助力で何とか取りつくことが出来た。

 

 

後に 『どうやってパチェを説得したんだ?』

 

 

というレミリアの純粋な疑問に対して美鈴は

 

 

『秘密です。ふふっ、女性には色々言えない秘密があるんですよ』

 

 

と、含みのある笑みを浮かべながら曖昧にして返すのであった。

この真相は、パチュリーと美鈴にしか知らない。

 

 

今日の朝に、咲夜たちが支度を整え、宴会が始まる夜に、博麗神社へと出発したのだ。

 

 

そんなこんなで、レミリア達も博麗神社の宴会に参加することになったのである。

 

 

 

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 

神社内へと足を踏み入れると、宴会の席が立ち並んでいる開けた場所に到着した。

見たところ、紅魔館メンバーは比較的早く来ていたようで、神社にはあまり人がいないようだ

 

 

「おう!レミリア達じゃないか!遅かったな!」

 

 

「…………貴女だって、さっき来たばかりじゃない」

 

 

先客には、レミリア達に気が付き、片手を上げてこちらに手を振ってそう言う白黒の魔法使い『霧雨魔理沙』と、そんな魔理沙に呆れながらも突っ込む魔法使いにして人形遣い『アリス・マーガトロイド』がいた。

 

 

「……………?魔理沙とアリス?知り合いだったの?」

 

 

「おっ?そういう咲夜も、アリスと知り合いだったのか?」

 

 

「咲夜とは、先の異変で少し知り合っただけよ。…………まぁ、魔理沙に関しては、腐れ縁ね」

 

 

「腐れ縁だなんて結構な物言いじゃないか」

 

 

「心配しなくてもいいわ。紛れもない事実ですもの」

 

 

「…………悲しいぜ」

 

 

そう言って、肩を竦めておどける魔理沙。

見たところ、言い方こそは辛辣そのものだが、特段不仲の様には見えないからそういうことなのだろう。

 

 

「……あぁ、自己紹介が遅れましたね、失礼しました。私の名前は『アリス・マーガトロイド』。魔法の森で暮らしている魔法使いです。どうぞ、今後とも良しなにお願いします」

 

 

「………紅き館『紅魔館』の主、『レミリア・スカーレット』だ。先の異変では、咲夜が世話になったようだな。感謝する」

 

 

先ほどの魔理沙と咲夜に対して砕けたような口調が一変し、うってかわって上品に、丁寧な口調でレミリアに挨拶をするアリス。

 

一瞬、レミリアはその洗練された仕草に感嘆したが、すぐさま挨拶を返す。

 

 

「いいえ、お世話になったのは、こちらの方です。少しばかり、こちらの諸事情に協力していただいた身ですもの」

 

 

「そうだな、是非とも機会があれば、紅魔館に訪れてくれ、歓迎する。それに、こちらの方にも博識な魔法使いがいるんだ」

 

 

「ええ、是非とも、伺わせていただきますね」

 

 

そう言って、アリスは上品に微笑んで一礼して見せる。

その丁寧な口調と、気品を感じる仕草は、まるで貴人の様な雰囲気を醸し出し、レミリアにとしては珍しく ほぉ、と感嘆の息が漏れた。

 

 

しかし、アリスは目の前の気高い吸血鬼から無意識的に放たれているオーラの様な物に圧され、内心少しばかり緊張していた。

 

そのオーラからしても完全に力量は自分よりも上だということがありありと解り、何か失礼なことがあってはいけないと、アリスは無意識にその身体を力ませいた。

 

 

レミリアから無意識的に発する威のオーラと、侵しがたい気品さは、アリスのみならず、がさつな印象を与える魔理沙でさえも初対面ではその佇まいを直すほどである。

 

 

まぁ、魔理沙はレミリアと接していくうちに、気品さの裏に見た目相応の好奇心の様な物や、無邪気さを知ったため、今では砕けて接せるようになったのだが。

 

 

「ではな、私も早めに席に座って羽根を休ませたいものでね。…………良い宴を」

 

 

「おう!またな!少ししたら邪魔しに行くぜ!」

 

 

「……………………良い宴を」

 

 

そして、レミリア達は、魔理沙とアリスと別れていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「咲夜」

 

 

「はい」

 

 

「宴会に出す料理の件なんだが、流石に霊夢一人では手が足りないだろうから、台所に行って手伝ってやりなさい」

 

 

「…………………私が、ですか?」

 

 

レミリアの命令に、少しばかり、嫌そうな反応を示す咲夜。

 

 

「あぁ、宴会の準備と言えども、たった一人で用意するにはかなり大変だろう?いくら主催者と言えども任せっきりにしていられない」

 

 

「………かしこまりました」

 

 

咲夜は一礼して、一瞬でその場から姿を消す。

大方時間を止めて台所にでも向かったのだろう。

 

 

「ふぅ……あとは…………ッ?美鈴、フラン、パチェがどこに行ったか、見ているか?」

 

 

「パチュリー様…………あっ………」

 

 

「…………?知らないよ?」

 

 

「……………………あぁ、そうか」

 

 

その後、レミリア達は、忘れられていたパチュリーを探しに向かうのであった。

無表情ながら、一人残されたパチュリーがむくれていたのは印象的だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

なんやかんや一悶着もあったが、そのまま神社内でゆったりと時間を潰していくと、次々と宴会の参加者が来訪してきた。

 

 

氷の妖精と大妖精。闇を操る妖怪。騒霊三姉妹と呼ばれている音楽団と先の異変の首謀者である亡霊と半人半霊の庭師。

 

 

そして、幻想郷の賢者と式である九尾の狐と化け猫の妖怪。

 

 

人間と妖怪が元々の因果関係なしに博麗神社という場所へと一堂に会している光景が広がる。

 

 

妖精達ははしゃぎ周り、そこに居合わせた巫女がお灸を据えたり。

 

魔法使いが三人集まり、ああでもない、こうでもないとそれぞれ魔法に関して談義していたり、そこに吸血鬼の妹が顔を出して参加していたり。

 

楽器の調整をしている騒霊三姉妹。

 

賑やかな者達がいれば、今度はお淑やかに談笑を愉しんでいる者達もいる。

 

 

先ほどまで静かだった博麗神社が、賑やかな空間へと変化し、それをレミリアは静かにその光景を眺めている。

 

 

「あー、全員揃っているわね」

 

 

そして、台所の方から声が掛けられる。

鍋を手に持っている霊夢と咲夜、そして後から来て咲夜と同じように台所の手伝いをしていた魂魄妖夢が料理の支度を終えてこちらに向かって来ていた。

 

 

霊夢達は、手に持っている鍋を即席の台に乗せ、その蓋を開ける。

蓋が開かれるといい匂いが鼻腔をくすぐり、食欲を誘う。

 

 

そして、最後の料理を運び終える頃には、皆宴会が始まるのだということを察知し、各々自由に好きな席へと座る。

咲夜は開けられているレミリアの隣に座る。妖夢も同様に自分の主である幽々子の隣の席へと座る。

 

 

「それじゃあ、始めましょうか」

 

 

霊夢が声を掛けると同時に、霊夢は酒の入った杯を手に取って掲げる。

そして、それに呼応するかの様に、皆同じく酒の入った杯を掲げる。

 

 

「異変解決を祝して、乾杯」

 

 

「「「「乾杯!!」」」」

 

 

霊夢らしい簡素な言葉で音頭が告げられ、皆それに一斉に応えて乾杯する。

 

 

少々遅ればせながらも、ようやく訪れた春へと歓喜を表すかの如く。

 

博麗神社での宴会が開催した。



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宴会 ~2~

「貴方がレミリア・スカーレットさん?でよろしかったかしら?」

 

 

穏やかに始まった宴会。

ある場所では談笑、交流、論争など皆、様々な用途で場を賑わせている時。

 

 

珍しくレミリアがワインを飲んで宴会を一人穏やかに愉しんでいる時に傍らから声が掛けられる。

 

ゆったりとして、マイペースな印象を与える声だ。

 

 

「…………ああ、私がレミリアだが。ミス・サイギョウジ、何か用かな?」

 

 

ワイングラスを傾け、声のした方向にチラリと流し目で見やれば、思った通り、先の異変の首謀者である西行寺幽々子からいた。

 

 

「いいえ。私が西行妖に取り込まれてしまったときに、色々迷惑を掛けてしまったから、それのお詫びにと」

 

 

「いいや、謝罪は不要だとも。異変には付き物だろう?」

 

 

「それでも、よ。私の不手際で紅魔館に、いいえ、幻想郷全体が危うくなりかけてしまった罪。じっとしている訳にはいかないわ」

 

 

自らが犯してしまった罪、それの責任を取り、そしてこうして宴会の場で改めて謝罪をする白玉楼の主の姿。

 

 

どこか掴みどころのない抜けたような性格をしているとは事前情報から聞いていたが、一端の主として、責任を取るその姿はレミリアの目には好印象に映った。

 

 

「…………………」

 

 

「白玉楼の、そして冥界の管理者として、先の異変にて貴方たちには多大なる御迷惑をお掛けしてしまったわ。頭を下げて許されることではないけれど、ごめんなさい」

 

 

そして、深々と頭を下げて謝意を示す幽々子。

 

 

「主である者がそう易々と頭を下げていいものではない。…………解った。西行寺幽々子。貴女の罪を私は赦そう」

 

 

「………感謝致しますわ。レミリア」

 

 

感謝の言葉を口にしながらも、頭を下げたままの幽々子。

それほどまでに自分の過ちを深く反省していることの表れである。

 

 

「……陰気臭い話は無しだ。幽々子。今日は宴会、愉しまなくては損だろう。これも何かの縁だ。一杯、お付き合いできるかな?レディ?」

 

 

ゆっくりと、頭を下げている幽々子の顎を持ち上げて顔を上げさせる。

そして顔を上げた幽々子の前に新しいワイングラスを差し出し、微笑んでそう告げる。

 

 

少々キザな感じになってしまったか?とレミリアは少しだけ気恥しくなったが、それを表には出さないようにする。

 

 

「………ふふっ、ええ、喜んで」

 

 

少しだけ呆けた幽々子であったが、すぐに微笑み返し、レミリアの誘いを受けたのである。

 

 

その後、いつの間にか紫も加わって、さらに主同士の会話に花が咲くことになった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

「……………………」

 

 

レミリアは目を疑った。

まさかこのようなことがありうるのか?と自分自身に確認を取るように問いかけ続ける。 

それほど動揺しているのだ。

 

 

あり得ない。そんなことはあるはずがない。

そんな否定の言葉が自分の中で廻転し続けるものの、目の前の光景にはそんなレミリアの苦悩を嘲笑うかのような光景が広がっている。

 

 

「あむッ!!!んぐッ!!!むぐッ!!!!!!!」

 

 

大量の料理を前にして臆することなく次々と料理を平らげていく『 モンスター(西行寺幽々子)

 

 

見るだけでも胸やけを起こしそうなほど大量にあった料理が次々と空の皿に変わっていって、幽々子の近くには積み重なった皿の山が大量にある。

 

 

「はぁ…………」

 

 

「……………こ…………これは…………」

 

 

いつもの友の姿に嘆息する紫と、目の前の衝撃的な光景に言葉を失ってしまったレミリア。

 

いや、レミリアだけじゃない、その周囲も、幽々子の異常な光景に皆言葉を奪われてしまっている。

 

 

次々と料理を平らげていく幽々子と、台所とを行き来する妖夢の姿もあった。

 

 

幽々子が『妖夢~おかわり~』と告げると、『は~い!!只今~!!』と忙しそうにあっちこっちへと行き来している。

 

レミリアはそんな妖夢の姿が不憫に映った。

 

が、忙しそうな妖夢の顔には、喜色が混じっていたため、そういう忠義もあるのだなと一人納得した。

 

 

「…………お坊ちゃまも、あれくらいの量の御食事にいたしましょうか?」

 

 

「…………やめておこう。見ているだけでも満腹になってしまうよ」

 

 

「フフッ、かしこまりましたわ」

 

 

「んぐッ!!!あら、それはもったいないわレミリア。一杯食べないと、大きくなれないわよ?」

 

 

「……………………余計なお世話だ」

 

 

やめろ、その話は私に効く。と自分のコンプレックスともいえる痛い所を幽々子に無意識ながら突かれ、少々心に傷を負ってしまったレミリアだが。

 

 

少しだけ夜風に当たろうと席を立って退席するのであった。

 

 

食事の量を増やそうか?と宴会後、悩みに悩んだが、小食のレミリアには難しく、やむなく断念したのはまた別の話。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……………………」

 

 

宴会の席から離れ、夜の涼しい風に当たるレミリア。

 

 

酒を飲んで火照った身体を夜風が冷ましてくれる。

レミリアはその夜風に当たる心地よさを感じながらゆっくりと目を閉じていく。

 

 

 

……………………?

 

 

 

そして、衣服を、服の裾を引っ張られるような感じがして、不思議に思って目を開けて後ろを振り向く。

 

 

「……………ッあ……………………」

 

 

後ろを振り向くと見覚えのある白いワンピースを着ている妖精の女の子

 

 

レミリアの視線に当てられて、ほんのりと頬を染め、恥ずかしそうにもじもじとしだす。

 

 

「…………いつぞやの。確か、春を告げる妖精だったな」

 

 

「…………ッ、覚えて、くれていたんですか…………?」

 

 

レミリアの言葉に嬉しそうに顔を上げて、目を潤ませる白い妖精。

 

 

少女は、春雪異変の時に、春の時期に春を告げる妖精であり、春を告げても誰も見向きもしてくれないと泣き出していた少女であった。

 

 

「わ、私ッ!!リ、リリー・ホワイトって言います!!あ、あの!レミリアさんに、あの…………言いたいことが…………あぅ…………」

 

 

リリーは、恥ずかしそうに、もじもじと赤面しながら言いたいことを言葉にして告げたくてもその羞恥から言葉が出ない。

 

 

「…………あの…………は、春…………です…………」

 

 

上目遣いに、潤んだ目でリリーはレミリアに春を告げる。

レミリアに言いたかった言葉を。勇気を出して。

 

 

「…………フッ、あぁ、春、だな」

 

 

「えへへ…………。一番最初に、レミリアさんに言いたかったんです。レミリアさんに勇気を貰いましたから…………」

 

 

少し照れくさそうに微笑みながら、嬉しそうにレミリアに言葉を紡ぐリリー。

 

ただ、春を伝えるだけの言葉、しかし、春を告げる妖精であるリリーにはその言葉には何か特別な意味が込められている。

 

 

「…………そうか」

 

 

「ッ!わ、私ッ!!あの、これで失礼します!!えへへ、レミリアさんに、一番に聞いて欲しくて…………春を…………告げる声を…………ッ~~~~~~~~!!!」

 

 

レミリアの笑みに見惚れたリリーは、顔を真っ赤に染め上げて、己の羞恥に耐えきれずに、逃げるようにして去っていった。

 

 

「………………戻るか」

 

 

火照った身体を冷まそうと夜風に当たっていたレミリアであったが、リリーの言葉に、多少なりとも気恥ずかしいものがあった。

 

 

ある程度冷めた身体が再び熱くなってしまう感覚に襲われ、いてもたってもいられず、レミリアが決めたのは、宴会の席に戻ろうという判断であった。

 

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 

「おい!れみりあ!あたいはとっておきのひっさつわざをかんがえたんだ!!こんどこそ!おまえをたおしてやる!!」

 

 

「チ、チルノちゃん…………止めとこうよ…………うぅ、レミリアさん、チルノちゃんがごめんなさい!!」

 

 

「………………い、いや、別に気に障ることはないんだが…………」

 

 

「………………いいにおいー」

 

 

「ル、ルーミアちゃんまで…………」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「おいレミリア~!!!わらひのおひゃけが飲めないってのか~!!??」

 

 

「………いやいや!飲んでる!飲んでるとも!魔理沙!!!ちょ!?は、離してくれ!!」

 

 

「お坊ちゃまはいつもいつもいつも!!無茶をなさっておられます!!さくやは………さくやは……………聞いておられるのですか!?お坊ちゃま!!!」

 

 

「はい!!聞いています!!…………ちょっ!!れ、霊夢!助けt…………」

 

 

「………………むぅ…………なんかムカつく…………私も抱き着く…………」

 

 

「霊夢!?」

 

 

「あらあら~、レミリアさんはモテモテね~、ねぇ?紫?…………紫?」

 

 

「…………………………」

 

 

「言ってる場合かッ!!!早く助けてくれ!!」

 

 

「「「レミリア(お坊ちゃま)!!!聞いてるの(か)(ですか)!!!!」」」

 

 

「は、はい!!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「えへへ~、お兄様~ぽかぽかしてる~」

 

 

「フラン、くっ付きすぎだぞ…………」

 

 

「えへへ、お兄様~。暖かい…………えへへ」

 

 

「………………まったく」

 

 

「ネェ、ナンデ霊夢達ニ抱キ着カレテタノ?」

 

 

「…………………あ………いや」

 

 

「オニイサマ?」

 

 

「………………助けて…………」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「………………はぁ」

 

 

「お疲れ様です。お坊ちゃま」

 

 

宴会の席に戻ってきたレミリアを襲ったのは、酔いどれ達の襲来だった。

 

 

始めの方こそまだまだ可愛い者であったが、時間が経つにつれ次第に酒に酔った者達の襲来と修羅場である。

 

 

当のレミリアは、勧められるがままに酒、特にワインの方を飲んではいるが、元々の種族からなのかまったく酔わない。

 

 

ほぼ素面のままで酔いどれどもの理不尽ともいえる絡みにじわじわと精神を傷つけられた。

 

 

その中にはレミリアの妹であるフランも混じっていたため、特段吸血鬼であるから酒に強いという訳でなくレミリア自体が酒豪であるらしい。

 

 

そんな酔いどれ達を何とかあしらい終えた時、ようやく一息ついていると、美鈴が声を掛けてきた。

 

 

「あぁ、美鈴か。いや、全くだ。これほど神経をすり減らしたのも初めてだ」

 

 

「フフッ、でも、それほどお坊ちゃまが慕われている証拠ですよ」

 

 

「身に余る光栄さね」

 

 

肩を竦めて軽口で返すレミリア。

目を向けた先には酔いつぶれて眠ってしまっている者達が映る。

 

テーブルに突っ伏して眠っている者、辺りに酒瓶が乱雑に散らかって眠っている者様々である。

 

 

しかし、彼女たちを見つめるレミリアの瞳には変わることのない慈愛の色があった。

 

吸血鬼、悪魔として畏れられていたレミリアが、人間や、妖精たちに対して向けるその目は悪魔と呼ばれ畏れられていたレミリアとは全く違ったものであった。

 

 

「………………」

 

 

思えばレミリアに仕えて長いこと数百年以上にもなる美鈴には、嫌でもレミリアの変化に気が付くものだ。

 

 

美鈴たちを初め、パチュリー、咲夜と接していくうちに悪魔の心にも変化が訪れる。

 

冷徹無慈悲な吸血鬼であったレミリアが、人との関わりを通して人を愛する様になった。

美鈴には、一人の従者として敬愛する主の変化には喜ばしいものがあった。

 

しかし、反対に寂しくもあった。

 

 

「………………お坊ちゃま」

 

 

「………………うん?」

 

 

「………………一杯、お付き合いいただけますか?」

 

 

「………………フッ、あぁ、もちろん」

 

 

しかし、お坊ちゃまがどうであれ、お坊ちゃまの命令に従い、そして最期の時までお仕えすることが私にできる全てなのだ、と。

 

 

美鈴は杯と数本の酒瓶を手に、レミリアと二人っきりで酒盛りを行うのだ。

 

 

…………いつまでも、お慕いしています。

 

 

これが、自分が出来る限りの忠義なのだと信じて。




祝宴回は話のネタが少なくなってしまいそうで怖い。


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従者の朝は早い (咲夜視点)

従者の朝は早い。

 

 

私は今日も早朝に起きて、身支度を整える。

自慢ではないが、紅魔館に仕えて此の方身体が眠気や不調を訴えたことなど一度もなく。

 

 

毎朝、早朝の時間帯にしっかりと起きることが従者としての生活サイクルの一つだ。

それが出来なければ従者として第一歩目から失格だ。

 

 

これから主人の為に、そして紅魔館で仕事を行うのに身体の不調をそのままにしておくなど言語道断、従者としての自覚が足りないのではないかというのは私の持論だ。

 

 

身支度を整え、ふと寝台の傍らに置いてある懐中時計を手に取って時間を確認する。

 

 

………………うん、大丈夫ね。

 

 

一刻にも満たない時間の内に身支度を全て整え、私は妖精メイド達の詰所へと向かうのである。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「「「「「「おはようございます!!!メイド長」」」」」」

 

 

「おはよう」

 

 

詰所へ向かえば千に近い妖精メイド達が整列して私の到着を待っている。

 

私の姿を確認すれば、皆揃って挨拶をしてくるので、私も挨拶を返して私達、メイドの仕事が始まる。

 

 

「A班は台所の掃除等、必要ならば給仕の仕事も行うように」

 

 

「はい!」

 

 

「B,C班は掃除。B班は廊下の掃除、C班は個室の掃除を任せるわ。」

 

 

「「はい!!」」

 

 

「D班は…………」

 

 

私は班別に分けてそれぞれの班に命令を下す。

それに対して命令を与えられた者はそれに応じて大きく返事を返す。

 

 

数多くいる妖精メイドの中でも優秀な妖精メイドには班ごとの班長に任命して、命令の詳細は全て班長の指示に任せている。

 

 

従って、班の失敗は班長の失敗ということにもなり得るため、班長に任命された妖精に大きな責任感が生じるし、さらなる能力向上にも役立っている。

 

 

妖精には名前を持たない者が多い。だが、班長に任命された妖精メイドにはメイド長である私、もしくは紅魔館の主であるお坊ちゃまから直々に名前を賜る。

 

 

区別をはっきりさせるための簡易的な呼び名程度の物なのだが、それはお坊ちゃまからの信頼の証にもなり、多くの妖精メイド達からの尊敬の眼差しを集める。

 

 

一般の妖精メイド達は班長に逆らうことなどしない。それはお坊ちゃまに逆らうことと同義なのだから。もちろん、私に対しても。

 

 

紅魔館の妖精メイド達は皆お坊ちゃまへの不遜を良しとしない者達の集まりだ。班長に任命された妖精メイドを謀ろうとするくだらない真似などしない。

 

 

「………………これで、班ごとの命令は出し終えたわね」

 

 

私は、妖精メイド達へ命令を下し、未だ整列している妖精メイド達へ告げる。

 

 

「いいわね?何度も言っているけれど、与えられた任務はきっちりとこなす様に、いかなる理由があっても怠惰は許さないわ。各々与えられた仕事を失敗することは、お坊ちゃまの御信頼を裏切ることと同義と知りなさい」

 

 

シンッ、と静まり返った詰所に、私の声が響く。

 

そうだ、私達は紅魔館でお坊ちゃまのご慈悲によって働かせてもらっているのだ。そのお坊ちゃまの信頼を裏切ってはいけない。怠惰も許されない。

 

 

「貴女達に与えられた任務の全てが、お坊ちゃまへの御奉仕となる。それをしっかり念頭に置いた上で、取り組みなさい。いいわね?」

 

 

「「「「「はいッ!!!!!」」」」」」

 

 

「よろしい、では仕事の時間よ」

 

 

妖精メイド達の心意気は十分。それでこそ紅魔館に仕えるに相応しい従者よ。

 

 

「全てはお坊ちゃまの為に」

 

 

「「「「「「全てはお坊ちゃまの為にッ!!!!」」」」」」

 

 

その言葉を合言葉にして、妖精メイド達は一斉に仕事場に急行していく。

 

ドタバタと慌てるようなことはせず、冷静かつ迅速に。

 

 

私はよく精錬された妖精メイド達に満足感を覚えながら、私もするべきことを為そうと執務室に向かうのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

「メイド長、今月の食費の予算を纏めてきました」

 

 

「そう、そっちに置いておいて」

 

 

「メイド長!これが紅魔館の維持費で、これが不足品の補充費用です!そしてこれが…………」

 

 

「ええ、後で確認してみるわ、持ち場に戻っておいて。ありがとう」

 

 

「メイド長!!紅魔館周辺にて敵対的な妖怪を確認しました!」

 

 

「直ちに撃退体勢に入りなさい。必要なら私を呼ぶこと」

 

 

「メイド長!!」

 

 

執務室に入った私を待っていたのは積もりに積もった重要書類と、続々と来る妖精メイド達の報告等の対処である。

 

 

基本的に紅魔館の運営は私が一任されている。

時々、お坊ちゃまが執務をなされる時があるが、基本的にお坊ちゃまは私達と違う生活リズムである。

 

簡単に言えば私達とは朝と夜の時間帯が丸っきり反対なのだ。

 

 

お坊ちゃまが起きられる頃には執務室には対応待ちの書類がズラリと並んでいることがざらではない、だからお坊ちゃまの御負担を軽減するために私がお坊ちゃまの代わりにこういった重要書類等の対応を任されている。

 

 

幸い、妖精メイド達は優秀な子達に育ってくれた為、目立ったミスなど見当たらなく。基本的に書類をざっと確認し、印を押すだけの作業になる。

 

この程度ならば、一時間程度あれば全て処理できるほどだ。

まったく優秀な子に育ってくれたものだ。

 

 

……………………あら?

 

 

「………………そこの妖精メイド、ちょっといいかしら」

 

 

「………………ッ!?は、はい!!メイド長!!」

 

 

先ほど執務室に入ってきて、書類を置いて、戻ろうとしている妖精メイドに声を掛ける。

 

 

「あなた……………………」

 

 

「は、はい。な、何か至らぬ点がございましたでしょうか……………………?」

 

 

呼び止めた妖精メイドの子は緊張している様だ。

姿勢を直し、直立不動のまま私の言葉を待っている妖精メイド。

 

顔には何かしてしまったのかと不安顔だ。

 

 

「………………あなた、先月から紅魔館に就いた新人の子よね?」

 

 

「………………ッ!?は、はい!!お、覚えていらっしゃったのですか!?」

 

 

「………………?全員の部下の顔を覚えるのが上司として当然のことでしょ?もちろん、覚えているに決まっているじゃない」

 

 

ごく普通のことを言ったのに、妖精メイドの顔は驚愕に染まっている。

 

 

 

……………………何かおかしなことを言ったかしら?

 

 

これが初めてではなくて、新人の子が執務室に入ってくるたびに聞くのだけれど皆同じ反応をするのよね。

 

 

確かに、紅魔館で働いている妖精メイド達は大勢、それも千に到達するかしないかくらいには多いだろうけど。

 

それでもメイド長として、紅魔館の運営を円滑に進めるためには全員の妖精メイドの顔を覚えているのが普通でしょう?

 

 

少なくとも顔を見れば、何時頃から紅魔館で働いている子なのかくらいは容易に割り出せるものだけど。

 

 

「………………まぁ、いいわ。貴女、紅魔館には慣れたかしら?」

 

 

「あ、はい!!先輩方から沢山お世話になりまして!おかげさまで仕事も覚えれるようになりました!」

 

 

「就任一か月にしては貴女の仕事ぶりがいいって評判よ?これからも頑張って頂戴」

 

 

「はい!!これからも頑張らせていただきます!!」

 

 

「ええ、いい心構えよ」

 

 

満面の笑みで「失礼します!」と一礼して執務室から退出した妖精メイドの子。

 

 

紅魔館全域まで手を行き渡らせるにはまだまだ人手不足だ。

募集を掛ければすぐにでも多くの妖精達が紅魔館で働くことを志願するだろうけど、彼女の様にすぐに仕事を覚えれる妖精メイドは希少な存在だ。

 

 

今後も彼女の様な存在が台頭していってほしいものだ。

 

 

「メイド長!!」

 

 

「あぁ、それはこっちに置いておいて。後で確認するわ」

 

 

そんな期待を胸に馳せながら私は妖精メイドの報告を対応しながら執務を行う。

 

 

 

 

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 

「………………フッ!!!ハッ!!!」

 

 

「………よッ!!いいですよッ!!咲夜さん!その調子です!!」

 

 

執務作業を終わらせた後、私は紅魔館の庭で美鈴に手合わせをお願いしている所だ。

ナイフを手にして美鈴に斬りかかるが、美鈴はひらりと全て舞うようにして躱していく。

 

フェイントなど入れ混ぜて攻撃しているのに、全て対応されてしまう。それも素手で。

 

 

「……………シッ!!!」

 

 

「甘いッ!!」

 

 

ナイフを投げてもそれを叩き落されて無力化される。

完全に打つ手なしだ。

 

 

弾幕での勝負なら私の方に分があるが、肉弾戦になると美鈴に勝てる気すらしない。

だからこそ、美鈴と手合わせすることが一番効果的だ。

 

 

「ふぅ、参ったわ。降参よ」

 

 

「フフッ、お疲れさまでした」

 

 

「やっぱり美鈴には近接戦で勝てる気がしないわ。流石ね」

 

 

「えぇ、これが私の取柄ですからね。でも、咲夜さんも大分筋が良くなってきましたよ?」

 

 

「いいえ、まだまだよ。最低でも、貴女にナイフを掠らせるくらいにはならないと」

 

 

メイド長であり、お坊ちゃまの従者である私は、己の鍛錬を欠かしはしない。

先の異変でも、お坊ちゃまに命の危険を掬っていただいたのだ。

 

 

本来なら従者である私がお坊ちゃまを御救いする立場であるのに、そのお坊ちゃまに逆に救われてしまうということは従者として恥ずべきことだ。

 

お坊ちゃまは気にしなくていいとおっしゃったが、異変解決の命を遂行できなかったばかりか、私の過失でお坊ちゃまに傷をつけてしまったことは決して忘れてはならない。

 

 

 

確かにお坊ちゃまはお強い御方で、まだまだ成長段階であるというのだから今後もさらにお強くなるだろう。

 

お坊ちゃまの従者として相応しく、そしていつでもお坊ちゃまの御要望に応えられるようにならなければいけない。

 

 

そんな矜持にも似た私の決意が私を突き動かす。

 

 

「……………あっ、咲夜さん、そろそろお時間ですよ」

 

 

「あら、もうこんな時間。ありがとう美鈴」

 

 

美鈴がふと時計をじっと見つめた後、そんなことを私に言う物だからつられて私も時計を見上げると、そろそろお坊ちゃま達の起きる時間が近づいているようだった。

 

 

礼を美鈴に告げ紅魔館に戻っていく、美鈴も「いえいえ」と笑顔で紅魔館に戻ろうとする私を見送る。

 

 

紅魔館に戻った私は、『能力』を駆使して汗でべたついた身体を浴室で洗い流した後、再び替えの衣服に着替えてお坊ちゃまの御部屋に向かう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

お坊ちゃまの御部屋の前に来た私は、目の前のドアをコンッ、コンッとノックをする。

 

 

「お坊ちゃま?咲夜です。起きていらっしゃいますならお返事いただけますか?」

 

 

ノックをした後、そう向こうにいるであろうお坊ちゃまに問いかける。

返事はない。

 

 

「………では、失礼いたします」

 

 

そう断りを入れてお坊ちゃまの御部屋に入室する。

中に入ると、少しばかり絵画が掛けられているばかりのあまり飾りつけのない部屋なのに、何となく気味が悪いくらいに豪華な印象を受けるお坊ちゃまの御部屋。

 

日の光が完全に入ってこないように窓をカーテンで遮断し、ランプの光がぼんやりと部屋を照らす。

 

 

お坊ちゃまが寝ていられるベットが少しだけ盛り上がっている。恐らくまだ眠っていらっしゃるのだろう。

このベットも、いかにも貴族が使うような豪勢なベットだ。

 

 

紅魔館に拾われた当初は、お坊ちゃまの御部屋は何か神聖な物に感じられて、部屋に入ることを憚られたものだが、今ではすっかり慣れたものだ。

 

 

「お坊ちゃま?もう起きられる時間ですよ?」

 

 

そう言って、ベットの方へと近寄って、眠っているお坊ちゃまに声を掛ける。

 

 

……………………ッ!!!

 

 

ベットに近寄ってお坊ちゃまの御尊顔を拝見するのは、もはや命とりにもなり得るものだ。

御尊顔を確認した瞬間、すぐさま鼻を抑える。

 

 

……………………このあどけない表情でお眠りになられているお坊ちゃまは…………凶器だ…………ッ!

 

 

すやすやと安らかに寝息を立てながら眠っているお坊ちゃまの破壊力に必死に耐えながら、私はお坊ちゃまを起こしにかかる。

 

 

「お坊ちゃま。もう…………朝ですよ。起きてください」

 

 

「……………………んぅ?…………さくやぁ?」

 

 

お坊ちゃまの御身体をゆすって起こしにかかると、ようやくお坊ちゃまが起きられた。

 

…………その御声も…………破壊的です…………ッ!

 

 

「………………ッ!!!はい、咲夜です。もう…………朝ですよ?」

 

 

「…………そう。…………もう、あさ…………」

 

 

ゆっくりと上体を起こして、ぽけー、と眠たげな瞳がぱちぱちと瞬きをしながら辺りを見渡す。

そして、少しした後、私から常温で濡らしたタオルを受け取って御顔をお拭きになる。

 

 

そう、お坊ちゃまは寝起きに弱い体質の御方なのだ。

偶に早く起きられるときもあるが、私がお坊ちゃまの御部屋に来るときは眠っている時が多い。

 

したがってほぼ毎日、私はお坊ちゃまに殺されかけている。

 

 

今この時もそうだ。

濡れたタオルで御顔をお拭きになっている時も、お坊ちゃまの翼がぱたぱたと世話しなく動いているし、垣間見えるきゅっと目を閉じて御顔を拭いている姿も。

 

 

…………………………ッ!あっ………………………………。

 

 

「………………ふぅ、おはよう、咲夜。うん?………………どうした?」

 

 

「いえ、少し。ほんの少し、忠誠心が溢れてしまっただけです…………」

 

 

その後、なんとか溢れ出る忠誠心を必死で押し留めながら、お坊ちゃまに紅茶を淹れたりなど夜までお世話をして、一日を終える。

 

 

 

 

従者の朝は早く、永いのだ。




正直咲夜さんの負担が重い様に感じますが、本人は全然平気らしいです。

基本的に咲夜さんの勤務時間はおうぜ様が起きる時間帯からなので、朝の時間帯は完全に咲夜さんの自主的残業という話。
自由時間を全て仕事と鍛錬につぎ込む従者の鏡。

それを見かねておうぜ様はなんとか休養を与えようとしても固辞して譲らないそうな。 



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魔法談義(パチュリー視点)

「貴女は基礎が足りないのよ。基礎を身につけなければ上位の魔法なんて到底使えっこないわ」

 

 

「いいや!私はそんなちまちましたものなんて御免だね。大体、子供でも分かるような初歩的な物がなんの役に立つっていうんだ?」

 

 

私は、目の前にいる頑固で利かん坊のような少女に理屈から説こうとするが、全く聞く耳を持たない。

 

私は少しばかり嘆息を漏らしかける。

 

 

頼りになりそうなもう一人の魔法使いは、我関せずと言わんばかりにテーブルに置かれている紅茶に手を伸ばし、素知らぬ顔で飲んでいる様子だ。

 

 

…………同じ理論派の魔法使いなら、少しくらい説得に協力してくれても良くないかしら…………?

 

 

そんな抗議の視線に気が付いたのかは定かではないが、彼女は少しばかり憐憫の色を含んだ視線を投げ返す。

 

 

まぁ、彼女の方でもなんとか説得はしたのだろうが、結果は見ての通り、聞く耳を持たれなかったという所か。

 

 

…………それで、面倒事をこっちに押し付けたわけね。

 

 

私が紅魔館の図書館で二人の魔法使いとテーブルを挟んでこうやって談義をしているのは少しだけ前に遡る。

 

 

いつも通りに、起床を迎えて、未読の魔導書を開いて今日も一日本を読んで終えようと思っていた。

 

 

『パチュリー様、お客様がいらっしゃいましたよ!』

 

 

使い魔のこあの声で少しばかり嫌な予感はしていた。

 

図書館に、それも紅魔館に客人として用事がある者なんて限られた者しかいない。

 

 

『おう!パチュリー!本を借りに邪魔するぜ』

 

 

そう、『こいつ(霧雨魔理沙)』だ。

何か月か前から紅魔館の図書館に訪れてくるはた迷惑な客人、元白黒の泥棒猫こと霧雨魔理沙である。

 

 

紅霧異変に乗じて図書館で本を盗んだことを宴会で少しばかり『オハナシ』した後は、ちゃんと期日通りに本を返してくれるようになったが、それでも魔法探究心は人一倍あるようで次から次に魔導書を借りようとする。

 

 

それだけなら感心物だが、彼女はというと、身の丈に合っていない上位魔法に関する魔導書にばかり関心を示すため、それを止めようとする私と、頑なに聞き入れない魔理沙で一悶着が発生するのだ。

 

 

彼女のせいで、私の大切な一日のほとんどが潰れる。

好きなようにさせておけと割り切れば簡単なのだが、何となく見過ごすことが出来ないのだから仕方がない。

 

 

『もう一人連れて来たぜ!』

 

 

『別に貴女に付いてきた訳では無いわよ。あぁ、パチュリー、お邪魔させてもらうわ。折角だから、宴会の続きでもと思ってね』

 

 

今日は少しだけ違うらしい。

魔理沙ともう一人の魔法使い『アリス・マーガトロイド』が紅魔館に訪れてきた。

 

 

アリスはと言えば、春雪異変解決後の宴会で知り合った、私と同じような理論派の魔法使いだ。相性も合うのか、宴会の場では魔法に関する話が大分盛り上がったもので、単純思考の魔理沙とは大きな差だ。

 

まだ新米の魔法使いであるというが、その素質は十分なものがある。

個人的には是非とも存分に魔法談義でもしてみたいと思っていた相手だ。

 

 

彼女は少しだけ特殊で、人形の操作に力を入れており、肝心の魔法を使うことはあまりないと聞く。

 

正直、人形に拘らなければさらに上位の魔法をも使いこなせるだろうに。

そこが少しだけ勿体ないと感じてしまう。

 

 

…………まぁ、よくも変人ばかりと知り合ってしまったものね。

 

 

…………いや、パチュリー様も似たようなものだと思うんですけど…………

 

 

………………………………こあ、後でお仕置き。

 

 

………………………………はい……………。

 

 

「そんな面倒なこと言わないで貸してくれよ!頼むよパチュリー!」

 

 

「………………そんなことを言っても駄目よ。貴女には魔法使いとして足りないものが多すぎるわ。実力も、知識も」

 

 

「………………ッ」

 

 

「今は火力ばかりの魔法で凌いでいるだけよ。今の貴女ならいくら努力しようとしてもそこまでが限度よ」

 

 

魔理沙の表情は深く被りなおされた帽子でうかがい知ることは出来ない。

正直、突き放すような言葉を言うのは好きではないが、期待を寄せているからこそ出る言葉として言い放つのだ。

 

 

私にとって魔理沙は規格外の存在であった。

 

魔法使いという種族として『捨食・捨虫の術』を己に施さなければいけない。

 

それはもともと生まれついで先天的なもの、人外となる後天的なものがあるが、人間の魔理沙であるなら長い研鑽の上、後者にならって己に術を施さなければいけない。

 

 

しかし、己に術を施さず、そしてたった十数年しか生きていない。

恐らく、魔法という物に興味を示してからはたった数年程度でしかないのに関わらず、火力重視ではあるが魔法を使いこなすほどの器量をまざまざと見せつけられたのだ。

 

 

恐らく師がいたのは確かではあろうが、独学で魔法を使いこなすまでに成長した魔理沙を奇才と言わずして誰に言えようか。

 

 

魔理沙の欠点ともいえる魔法に関する知識と実力不足を補えば、もしくは…………きっと、歴史に名を残す大魔法使いにすらなれるはずだ。

 

 

そんな期待を目の前の、人間である彼女に寄せてしまうのも性なのだろうか。

 

 

「だが、自分の長所に見合った属性を伸ばすのも悪手ではない、だろう?パチェ」

 

 

「………………レミィ?」

 

 

「………………レミリア…………」

 

 

「………………ッ」

 

 

静まり返ってしまった空間に、響く一つの声。

 

目を向けると本を両手に抱えて持っているレミリア・スカーレットの姿。

私の友人であり、紅魔館の主である吸血鬼だ。

 

 

レミリアの姿を目視した二人、魔理沙はレミリアへチラリと視線を向け、アリスはその場にスッと立ち上がる。

 

 

「お邪魔しています、レミリアさん」

 

 

「あぁ、アリスか。何、畏まる必要はないとも、是非ともゆっくりしていってくれ」

 

 

「えぇ、御厚意感謝します」

 

 

立ち上がったアリスは礼儀正しい口調でレミリアに挨拶をした後、上品にお辞儀をして見せる。

 

 

「それよりも、レミィ、貴方」

 

 

「あぁ、暇つぶしの本を粗方読みつぶしてしまってな。新しいものを探していた途中だったんだが、少し騒がしいと思っていたらパチェ達が話し込んでいたものでな、失礼させてもらうぞ」

 

 

そう言って、私達の方へと近寄っていくレミィ。

いや、詳しく言えば俯いている魔理沙へと近寄っている様だ。

 

コツ、コツと歩く音が鳴り響く。

 

 

「魔法とは不思議なものだな。火力にのみ追求して規格外の破壊力持つ魔法もあれば、属性を利用して幅広く、隙の無い魔法を編み出すこともある。正に言葉で言い表せない超常的な力だ」

 

 

「まぁ、魔法にはあまり詳しくはないが、どちらとも言わんとすることは解るさ。魔理沙もパチェもな」

 

 

「……………これは…………」

 

 

そう言って、魔理沙の前にコトンと両手に抱えていた本を置くレミィ。

 

その本は、魔導書であり簡易的な物、言わば基礎的な内容が詰まっている魔導書だ。

 

 

「だがな、何をするにしても必ず基礎知識が必要になるものだ。高位の魔法を使うにしても同様だろう?」

 

 

「………………」

 

 

魔理沙に語り掛けるように言うレミィ。

魔理沙は黙ってレミィの言葉に耳を傾ける。

 

 

「私が用いている魔術の類も元をたどれば魔法と似たようなものだ。ただ、明確な手順と原理を組まなければ効果は発揮しないがな」

 

 

「………………魔術も………?」

 

 

「あぁ、魔法よりは魔術の方が簡易であるとされてはいるが、それでも魔術でさえも基礎的な知識を収めておかなければ高度な魔術なんて使い物にすらならん」

 

 

「………………」

 

 

「………悩んでるのか?」

 

 

「………………ッ!!??」

 

 

黙り込んでいる魔理沙にスッ、と紅い眼を鋭くさせて問いかけるレミィ。

図星の様に大きく身体を揺らす魔理沙。

 

 

「大方、霊夢との実力が離されているのではないかという危惧から生まれた焦燥といったところか?」

 

 

「………………ぅ」

 

 

「言ってみろ、力になれるやもしれん」

 

 

嗚呼、この目だ。

吸血鬼でありながら人を愛することを知った無垢な慈愛の笑み。

 

 

「………………魔法の研究が上手く行かないんだ。……………どうやっても失敗ばかりしてしまう…………………」

 

 

「………………だから高度な魔導書を頼りに、か?」

 

 

「…………あぁ、そうすれば、きっと打開策があるだろうって思ってな。でも、こうでもしなきゃ、置いてかれちまう…………………」

 

 

ぽつり、ぽつりと漏らしていく魔理沙。

そこには、いつもは見れなかった魔理沙の本音の様な物が垣間見える。

 

 

日々、鍛錬に励んでいく霊夢と失敗が積み重なっていく魔理沙。

魔理沙自身にも霊夢に置いてかれるという焦燥感が襲っていたのだ。

 

 

「一朝一夕ですぐに変わる訳がないだろう?成長というのは、日々の積み重ねと、長い研鑽がもたらすもの。一晩で変化するのなら私だってそうするに決まっているさ」

 

 

「………………」

 

 

「悩め、悩んで苦しめ。その先に正解があるはずだ。すぐに結果に至ろうとするな。周囲からの声を聞き入れて、貪欲に取り込め。パチェの言っている通り、基礎知識を身に着けることも一つの手段さ」

 

 

ぽん、ぽんと魔理沙の頭を帽子越しに叩くレミリア。

 

ぽふっ、ぽふっ、とクッションを叩くような音が帽子から鳴る。

 

 

……………それ、一度もレミィにやってもらったことないわね。

 

 

「気晴らしに、この魔導書でも読んでみろ。そんな思いつめては、研究にも身に入らないだろうからな。新しく視野が広がることもあろう。何、慌てることはない、日々の努力が実を結ぶものだから」

 

 

「………………ぅん」

 

 

帽子を両手に抱えて、帽子に顔を隠す様にしてレミィに返事を返す魔理沙。

 

 

「レミリアさんって、あんな顔できるのね…………」

 

 

「………………レミィのあの顔は常套手段よ」

 

 

「………………パチュリー?ちょっと不機嫌になってる?」

 

 

「いいえ、そんなことはないわ」

 

 

「そ、そう…………」

 

 

ひそひそと、アリスが私に対して驚いたような声で話しかけてくる。

 

まぁ、吸血鬼のレミィが、聖母の様な笑みを浮かべることなんて、他所の人には考えられないでしょうけどね。

 

 

…………少し、面白くないとは思ってしまったけど、ただそれだけよ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「そういえば、アリスも魔法使いだったな。どういう魔法を使えるんだ?」

 

 

あれから数十分経ち、魔理沙もいつもの元気を取り戻した後、レミィが思い出したかのようにアリスに問いかける。

 

 

「あぁ、あまり人に自慢できるような魔法ではないです。七色を象徴とする魔法を一通り扱えるという程度ですし、人形を使役する方が身に合ってますから…………」

 

 

「…………人形?」

 

 

レミィの瞳がキラリと輝いた。

 

レミィがこの瞳をするときは、興味を抱いた時だ。

大人びているからかあまり知られてはいないがレミィは好奇心が人一倍強い。

 

不可思議な現象などに大変興味を示す傾向があるのだ。

 

 

今回も人形を使役するという話に少なからず興味が沸いたのだろう。

 

 

「え、えぇ、人形使いとして色々活動しているんです」

 

 

「人形を操ることが出来るのか?」

 

 

「ええ、もちろん」

 

 

「それは興味深いな、見せてもらえるか?」

 

 

「あ、はい。大丈夫ですよ」

 

 

アリスはそう言うと、どこから現れたのか数体の可愛らしい人形がアリスの周囲を飛び回り、それぞれ思い思いに身振り手振りを加えながら飛び回っている。

 

その姿はさながら小さな人間の様だ。

 

 

「ぉお…………!」

 

 

隣ではレミィが感嘆の声を上げながら魅入っている様だ。

大方、瞳を輝かせているんでしょうね。

 

 

魔理沙はぼんやりと人形劇を眺めているだけだし。

 

 

まぁ、吸血鬼の年齢に関して言えばレミィもまだまだ子供の域だけど、やっぱり子供っぽい所もあるのね。

 

 

レミリアは人形劇が終わるまで、じっと見ているままだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「はい、これで終了です。将来的に、この子達を完全に自立させたいのですけど、今の私ではまだこの程度でしか…………ッて、えぇ!!??」

 

 

唐突にレミィがアリスの手を掴んでその手をしげしげと眺め出した。

もちろん、突然の行動にアリスも少し狼狽えている。

 

 

「ほぅ、微弱ながら動きがあったからまさかとは思ったが、糸、か。なかなか器用な事をするな!」

 

 

「え、あの…………ちょ、ちょっと!?」

 

 

アリスの手首を掴みながらレミィは笑顔でそう言う。

 

対してアリスは少し頬を紅潮させる。

 

 

アリスが人形を手によって使役をしていた。

人形を糸越しに、それでいて指の動きを最小限にして動かしていることを気取らせないほど器用に操作するのをレミィは見逃さなかったのだろう。

 

 

「なるほど、気が付くまでに時間がかかってしまったが、そういうことか!!いやぁ、綺麗な手をしていたものだから気が付かなかったな」

 

 

「きれッ!?…………あ…………あ、あの…………ありがとう、ございます…………て、手を…………離してくれると…………あの…………」

 

 

無邪気な笑顔でアリスに笑いかけるレミィと完全に顔を真っ赤にさせたアリス。

 

 

………………………………手を掴まれたことも無いわね。レミィに。

 

 

「………………レミリアって、意外と大胆なんだな……………………」

 

 

「………………いつも通りよ」

 

 

「………………?パ、パチュリー?不機嫌に「なってないわ」………そ、そうか」

 

 

 

………………………………えぇ、不機嫌になんてなってないわ。えぇ、なってないですとも。

 

 

 




魔理沙って、♂性能高いですよね。


つまりはそういうことです………………誰かお願い。


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愛するお兄様へ(フラン視点)

「………………」

 

 

目が覚める。

 

 

寝ぼけた頭でしばらく虚空を眺め、はっとして時計を見て時間を確認する。

いつもの起床時間である午後の5時。

 

 

私は、起床の後、余韻に浸るべく寝台の傍にあるお気に入りのぬいぐるみに手を伸ばし、ぎゅっと抱きしめる。

 

 

嗚呼、今日の夢はいい夢だった。

 

 

ぎゅっとクマのぬいぐるみ、所謂テディベアを抱きしめながら、先ほど見ていた夢の回想をする。

 

 

 

 

 

 

 

 

『フラン…………おいで』

 

 

薄暗く、そして赤黒く染まっている教会の中、私はその教会の入り口に立っていた。

 

視線の奥にはお兄様が、愛おしげな笑みで私を呼び、手招きして待っている。

 

 

ゆっくりと、お兄様へと足を踏み入れていくと、誰もいない荒廃した教会の中で、ひとりでに流れていくメロディ。

 

それは、お兄様と私二人を祝う讃美歌。

 

 

遠くにいるお兄様を見つめるだけで胸の中の微熱がふつふつと沸き上がっていく。

 

一歩一歩、足を進めていくだけで激しく高鳴る鼓動。

 

祝福の讃美歌を一身に浴び、増していく幸福感。

 

 

嗚呼、これが…………夢にまで見た光景。

 

 

お兄様と私だけのチャペルを、一歩、また一歩と踏み出して、お兄様の元へと近寄る。

 

 

『フラン…………』

 

 

…………お兄様。

 

 

お兄様へと近寄ると、お兄様は唐突に私の頬にゆっくりと手を当てる。

片手で頬を撫でるように、視線で私を愛でるように。

 

 

そして、お兄様がもう片方の手で、私の頭にそのもう片方の手に持っていた何かを被せる。

 

 

ウエディングベール。

 

 

それが意味する者はただ一つだ。

 

 

『フラン、愛してる』

 

 

…………私も。お兄様を愛してる。

 

 

『フフッ…………フラン』

 

 

…………お兄様

 

 

お兄様の顔が近づいていく。

いつの間にか、お兄様の手は後ろに回り、私を抱きしめるように手をまわしていく。

 

 

私は期待と共に、ゆっくりと瞼を閉じる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そこで、目が覚めた。いや、覚めてしまった。

 

 

正直、不満と言えば不満なのだが、夢の中とは言え、あの一瞬のひとときは極上だった。

 

 

至福の時だった……………………。

 

 

その余韻を、長く浸れるようにお兄様からプレゼントとしてもらったテディベアを抱きしめているのだ。

 

 

あの時の余熱を、あの時の光景を、長く、可能な限り長く、感じ入る為に。

 

 

「お兄様…………」

 

 

ポツリと、言葉を漏らす。

 

嗚呼、大好きなお兄様、夢の中のあの世界が、正夢になったらどんなにいいことか。

 

 

ロマンチストなあの場所で、二人だけのあの場所で。

 

 

お兄様と接吻をして、そして…………その夜に…………。

 

 

「~~~~ッ!!エヘヘッ!!」

 

 

より一層テディベアを強く抱きしめて、熱に絆されて、妄想に走る。

 

 

吸血鬼としてはまだまだ子供の域にある私だが、流石に500年。詳しく言えば495年もの月日を生きている私にとって、『そういう事』ぐらいは知識として知っている。

 

 

そういった妄想に走って悶々とするくらい、別にいいではないか。

 

 

ませているだって?そりゃ500年近く生きていれば、そういう知識くらい自然と入ってくるし、そういう妄想をすることなんて普通だ。

 

 

トントン

 

 

「妹様?起きていらっしゃいますか?」

 

 

「………………ッ!」

 

 

余韻に浸っている私を冷やしたのは、ドアの向こうにいる妖精メイド。

 

 

「………………起きてるよ」

 

 

「朝食の準備が整いました。食堂へいらしてください。もちろん、お坊ちゃまもいらしますよ」

 

 

「すぐに行く」

 

 

失礼します。と言って、気配が去っていく。

 

 

はぁ~っと、私は長く息を吐いて、ぎゅっと抱きしめていたテディベアを名残惜しく思いながらも離し、身だしなみを整えて食堂へと足を進める。

 

 

起きてすぐにお兄様のお顔を見れるなんて、今日もまたいい日になりそう♪

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「おはよう!お兄様!」

 

 

「ああ、おはようフラン。今日はご機嫌だな」

 

 

食堂に入った私を迎えたのは笑顔のお兄様。

 

 

お兄様は可愛い。

 

 

今日のお兄様は少しだけ上機嫌の様で、背中の羽がぱたぱたと動いている。

 

リラックスしきった顔で、ゆったりとしているお兄様は可愛いのだ。

 

 

「うん!今日はすごくいい夢を見れたの!」

 

 

「それは何より。どんな夢を見ていたんだ?」

 

 

「すっごく幸せな夢!!だけど……エヘヘ、内緒!」

 

 

お兄様と私だけのウエディングパーティと言えればいいのだけど。

流石に恥ずかしいから夢の内容を秘密にする。

 

 

そんな私を見て、フフっと表情を緩めて微笑んでくる。

私もそれにつられて笑みを深める。

 

 

お兄様とおしゃべりしながら、席に座ると、食欲を刺激する暖かいご飯がテーブルの上に置かれている。

 

 

美味しそうな匂いが空腹を誘う。

今日も美味しそうだ。

 

 

「席に着いたか?フラン」

 

 

「うん!」

 

 

「よし、じゃあ朝食にしようか」

 

 

「「いただきます」」

 

 

そして、私達は談笑をしながら食事を堪能していった。

 

ご飯を食べている姿も、私に笑いかけてくる姿も、小食だけど残したくないからって必死にご飯をかきこんでいる姿。

 

 

今日もお兄様は可愛い。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

お兄様はかっこいい。

 

 

「失礼いたします!お坊ちゃま!経費関連の書類を纏めて来たのですが…………」

 

 

「あぁ、後で目を通しておくから、そこのテーブルに置いておいてくれ」

 

 

「かしこまりました!失礼します!」

 

 

「………………咲夜。これは?」

 

 

「ここのフロアが人員不足に陥りましたので、新しく人員補充の要請ですわ」

 

 

「………………そうか、そうだな。近々新しく妖精メイドを何人か雇用しようか、その時は咲夜。任せた」

 

 

「かしこまりました」

 

 

執務作業をしているお兄様、いつものお兄様とは違ってキリッとした表情がまたかっこいいの。

 

 

いつもは、咲夜が執務作業のほとんどを処理するのだけど、それじゃ仕事が無くなってしまうということで偶にお兄様が執務作業をするときがある。

 

 

その時は私はお兄様のお仕事の姿を眺めているのだ。

特に何をするかというわけでもないけど、お兄様を見ているだけでも十分だ。

 

 

真剣な表情で、積みあがっている書類を一つ一つ読み上げて、処理していく姿は私に感嘆のため息を漏らさせる。

 

 

永らく紅魔館の主としての手腕を発揮させるお兄様。咲夜にほとんどの仕事を奪われてしまっても、その磨き上げた手腕は衰えることなく、的確に書類を捌いていくのだ。

 

積みあがっていた書類に何の苦もなく次々と処理しているお兄様はかっこいい。

 

 

 

お兄様はかっこいいのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――紅符「スカーレットシュート」

 

 

――禁弾「カタディオプトリック」

 

 

 

お兄様のスペルカードを同じく私のスペルカードで対抗する。

 

 

お兄様が放つ高速弾を、広範囲かつ、反射して放つ私のスペルカードで対抗していく。

 

 

高速に放たれる弾幕を紙一重で躱し、スペルカードで打ち消してお兄様へと弾幕をは放つ。

 

 

しかし、それもお兄様には容易に避けられる。

 

 

 

――神槍「スピア・ザ・グングニル」

 

 

――禁忌「レーヴァテイン」

 

 

お兄様と私のスペルカードがブレイクした瞬間、同時に二枚目のスペルカードを切って、突撃する。

 

 

お兄様の手にはグングニル、私の手にはレーヴァテインが。

 

 

お兄様と私は同時に肉薄し、その手に持っている獲物を振るう。

 

 

 

ガキィィィィィィィィン!!!

 

 

金属が打ち合う音と共に、周囲に衝撃波は走り、お兄様の魔力と私の魔力がぶつかり合い、その残骸が火花となって周囲に巻き散る。

 

 

私は、炎の剣、『レーヴァテイン』を振るうが、それをお兄様は『グングニル』で容易に受け流される。

 

 

お兄様は愉しそうな好戦的な笑みで私に笑いかけてくる。

 

 

その笑みを見ているとぞわぞわとしてくるのだ。

 

 

思わず私もお兄様に笑いかける。

お兄様と同じように、好戦的な笑みを浮かべて。

 

 

やはり吸血鬼という種族は好戦的な種族であり、戦闘を好むのだ。

 

同じ吸血鬼といえども、実力的に拮抗している者同士の戦いというのは、何とも言えない快感が走る。

 

 

一応、運動がてらの弾幕ごっこであるので、さほど全力で戦ってはいないが、このように白熱する戦いは心が湧きあがる。

 

 

「やるな!フラン!」

 

 

「エヘヘ、お兄様も!」

 

 

愉しい、愉しい愉しい愉しい愉しい愉しいッ!!!!

 

 

やっぱり、お兄様は凄いッ!!

 

 

――禁忌「フォーオブアカインド」

 

 

最後のスペルカードを切る。私が4人に分身して、お兄様へと放つ弾幕を厚くさせる。

 

 

――「スカーレットディスティニー」

 

 

お兄様も最後のスペルカードを切る。

周囲にナイフの弾幕と周囲を埋め尽くす様に放つ大玉の弾幕。

 

 

それらが、分身した私達に襲い掛かる。

 

 

最初は遅い弾幕が徐々に早くなっていき、どんどんと初速が早くなっていく。

 

 

最初こそは楽々と避けていたものの、流石に分身した私は、『(本物)』よりも能力は劣る。

 

一体、また一体と弾幕に被弾して霧散していき、最後に残ったのは本物の私のみ。

 

 

ついにお兄様の弾幕を避けるのにも限界が訪れ、お兄様の放つナイフと大玉の弾幕に覆われ、被弾する。

 

 

 

 

 

…………はずだった。

 

 

「………………ッ!いない!?」

 

 

咄嗟に被弾する前にコウモリの姿になって紙一重で避ける。

 

 

一瞬、お兄様の目には姿を消したように見えただろう。

 

 

「………………いや違うッ!!」

 

 

でも、同じ吸血鬼だからお兄様にはすぐに解った。

 

 

…………でも、もう遅い。

 

 

「後ろかッ!!!…………おわっ!?」

 

 

「えへへ!お兄様!捕まえたッ!!!」

 

 

バッ、と後ろ勢いよく振り向いたお兄様に、私は覆いかぶさるように抱き着く。

 

咄嗟のことであっけにとられていたお兄様だったけど、すぐに私を受け止めてくれる。

 

 

「えへへ!今日は私の勝ち!」

 

 

「あぁ、負けた、降参だよ」

 

 

抱き着いてきた私を受け止め、私の頭をよしよしと撫でてくれるお兄様。

 

 

その心地よさに酔いしれながら、ぎゅっとお兄様を強く抱きしめ、お兄様の胸の中に顔を埋めて、お兄様を堪能する。

 

 

「すごいな、フランは。咄嗟に私の後ろに回り込むなんて。流石に反応できなかったよ」

 

 

「えへへ~」

 

 

嗚呼、やっぱりお兄様はいい匂い。

ずっと顔を埋めていたいくらいに、幸せな気持ちになる。

 

 

お兄様との弾幕ごっこはいつやっても楽しい。

勝っても負けても損はない。

 

私が勝てばこうやってお兄様を堪能できるし、少しだけ悔しそうなお兄様が堪能できる。

 

負けてしまったとしてもお兄様は褒めてくれる。

 

 

本気のお兄様には手も足も出ないだろうけど、お兄様と戦うのは本当に楽しい。

 

 

お兄様は、凄い。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…………ッ、フランか?どうだ?一緒に飲むか?」

 

 

「うん!お兄様」

 

 

お兄様は夜、夜空を眺めながら赤ワインを飲んでいる姿がすごく様になっている。

 

 

お兄様は、基本的に紅茶を好んで飲むけど、こういう日にはこうやってワインを飲んでいる姿をよく見る。

 

 

私はお酒が飲めないから、ジュースを飲むんだけど、月明かりに赤ワインを照らしながら飲むお兄様は本当に一枚の絵画の様に綺麗だ。

 

 

お兄様はお酒に異様に強いらしいけど、私は一滴もお酒が飲めない。

それが残念であるけれど、いつかは一緒にお兄様とお酒を飲む日が来るといいなと思っている。

 

 

お兄様は綺麗だ。

 

 

「お兄様」

 

 

「うん?」

 

 

「えへへ、月が綺麗だね!」

 

 

冗談交じりに、私の本音ともいえる言葉を言い放つ。

 

 

「フフッ、どこで覚えて来たんだ?そんな言葉」

 

 

ワインを飲んで少しだけ顔が紅潮しながら上品に、妖艶に笑うお兄様。

お酒を飲んでいる時のお兄様はとても色気があって、何かイケナイ気持ちになってしまう。

 

 

「そうさなぁ、フランと一緒に見ている月だから、かな?」

 

 

お兄様の言葉、きっと冗談交じりに言い放った言葉なのだろうけど、その言葉は私をドキッとさせてくれる。

 

 

「えへへ、お兄様…………」

 

 

「………?どうした?フラン。急に寄り掛かってきて」

 

 

「なんでもなーい。…………本当に、綺麗」

 

 

ふわふわとしているお兄様はとても新鮮だ。

そんなお兄様の傍に座って、寄り掛かる。

 

 

まったく甘えん坊だな。と頭を撫でてくれるお兄様に身を委ねながら。

 

 

本当に綺麗だと。ポツリとその言葉を口に漏らすのだ。

 

 

それが、何に対しての言葉なのか。

 

 

私にしかわからない。

 

 



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至福の一時(美鈴視点)

「はぁ~、今日もいい天気だぁ~!!」

 

 

燦燦と煌めく太陽の日を光を浴びながら、私はぐいっと伸びをする。

 

 

永かった冬が終わり、短いながらも盛大な春の季節ももう終わりを迎えかけたこの時期。

 

強まる日の光からそろそろ新しい季節が近づいてくるであろうことを身に感じながら、今日も私は紅魔館の門番としての仕事に移る。

 

 

「よしッ!今日も一日、頑張りますか!」

 

 

紅い紅魔館の門の前に立って、今日も私は門番としての仕事を全うする。

 

今日はどんな日になるのだろうか、そんな期待を胸に馳せながら、門の前に立つ。

 

 

清々しい一日に太陽の日の光を浴びながら、私は最近の門番生活のことをふと思い返してみる。

 

 

 

 

『レミリアに用事があって来たのだけど、今、お邪魔して大丈夫かしら?』

 

 

『あっ、はい!えぇと、紫さんですね!お坊ちゃまは多分起きてらっしゃいますよ!大丈夫です!』

 

 

『そう、ならお邪魔させてもらうわね』

 

 

『ええ!どうぞ!』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『おーっす!美鈴!今日も邪魔するぜ!』

 

 

『魔理沙さんですか!今日もパチュリー様に?』

 

 

『あぁ、そんなところだな』

 

 

『いやぁ、魔理沙さんは勉強熱心ですねぇ!どうぞ!』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『おーいもんばん!ふらんに会いに来たぞ!』

 

 

『そーなのかー』

 

 

『ちょっと!チルノちゃん!すいません、美鈴さん。フランちゃんって今いますか?』

 

 

『うん、フラン様なら、多分お部屋にいらっしゃると思うけど、入る?』

 

 

『あ、いいんですか?すいません、お邪魔させていただきます!ほら、チルノちゃん、ルーミアちゃん、挨拶して!』

 

 

『おじゃまするぞ!』

 

 

『お邪魔しまーす』

 

 

『はーい、どうぞー!』

 

 

 

 

 

 

………………………………大概の私の仕事は軽い接客程度のもので、門番らしい仕事と言えば、手で数えるだけしかないもので、少々退屈だ。

 

 

 

いや、別に手荒な事はしないに越したことは無いけれど、紅魔館を守る立場である門番として、少々襲撃者がいないっていうのも退屈なものだ。

 

 

ほぼ毎日、紅魔館に来る客人に対応して、ただ門の前に立っているだけで一日が終わるというのは味気ない。

 

 

…………………今日くらい、襲撃者が来てくれないものですかね。

 

 

少々ふしだらな考えをしているかと思うが、それくらい暇なのだ。察して欲しい。

 

 

 

…………………いや!この退屈な時間も武を極めるための修行として生かせるかもしれない!

 

 

ゆっくりと目を閉じて、深く瞑想をする。

 

身も心も無にし、精神を統一させて、極みに昇る。

 

 

 

草木が風に揺られてさざめくのを聞きながら、私は瞑想する。

 

 

 

…………心を無に。

 

 

 

………………………そう、心を。

 

 

 

……………………………………ここ…………ろ……を………。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

!!??…………………痛ッ!?

 

 

 

額に痛みが走り、目を開ける。

 

 

「美鈴。貴女、居眠りとは感心しないわね」

 

 

「………………あ、いや、あ、あはは……………」

 

 

目の前には、無表情ながら、威圧感を発しながら睨みつけてくる咲夜さん…………。

 

手には数本のナイフが握られている。

 

 

「美鈴?」

 

 

「うぅ………すいませんでした…………」

 

 

それだけで全てを察し、痛む額を抑えながら、私は咲夜さんに必死で謝ることしかできなかった。

 

 

 

………………………………でも、退屈なものは退屈なんですよ…………咲夜さん。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 

パチッ!パチッ!

 

 

今、私は何をしているのかというと、趣味の一つであり、私の仕事の一つでもある紅魔館の花壇の手入れをしている。

 

 

ガーデニング用の鋏を使って、花壇にある花を手入れして管理しているのだ。

 

 

「美鈴さん!あっちの水やりを終えました!」

 

 

「あぁ、ありがとう。じゃあ次は、そっちの方の水やりをお願いできる?」

 

 

「お任せください!」

 

 

最近では、妖精メイドの数人が花壇の手入れのお手伝いに来てくれる。

 

 

彼女たちも、花壇の手入れをしている私を見て、お手伝いさせてくださいと申し出てくれた子達だ。

 

とても心優しい妖精メイド達で、同時に優秀な子達だ。

お願い事を全てその通りにやり遂げてくれるし、私の指示を完璧にこなしてくれている。

 

 

流石は咲夜さんが直々に育成していった妖精メイド達だ。

 

 

門番として襲撃者の撃退という命令を仰せ仕っている私だが、ここ数十年間全くと言っていいほど紅魔館に害なす襲撃者が現れない。

 

 

そんなわけで、暇つぶしの一環として始めた花壇の手入れなのだが、これが妙に夢中になってしまって、今では立派な花畑へと変貌を遂げた。

 

 

これがお坊ちゃまの耳に入って、時同じくして花壇の手入れと管理を任されたという訳である。

 

 

良かれと思ってやったわけではなかったが、やって来たことを褒められるのは嬉しいものだ。

 

お坊ちゃまも花畑を絶賛してくれて、今後も頼むと、満面の笑みで私に任せてくれたのだから奮起しないわけがない。

 

 

最近では、春雪異変の時に何かの縁でお坊ちゃまと知り合ったリリーホワイトちゃんことリリーちゃんが花壇の手入れのお手伝いに来てくれるようにもなった。

 

リリーちゃんは春を告げる妖精であり、その『春が来たことを伝える程度の能力』から、花を咲かせたりといったこともできるので、よく手伝ってもらっているのだ。

 

 

よく紅魔館に来て、ガーデニングの手伝いをしてくれるため、かなりお世話になっている。

 

 

何かお礼をと思って何かできることは無いかと聞いてみると

 

 

『いえいえ、春を告げたり、花を咲かせることが私の役目ですから。…………それに、レミリアさんに、喜んでほしくて』

 

 

はにかむように笑って、その白い頬を赤く染める可愛らしい少女。

特に最後の方は小声で独り言の声量ではあったが、私の耳にはしっかりと聞こえていた。

 

 

リリーちゃんが可愛らしい事を言った後、偶然お坊ちゃまがその場に居合わせて、それに気が付いたリリーちゃんが赤く染まった頬をより赤くさせて、逃げるように去っていったのも記憶に新しい。

 

 

…………いやぁ、青春してますねぇ。

 

 

妖精に青春があるのかはわからないが、初々しいのは見てて微笑ましく感じる。

 

 

仲良くなって聞いた話だが、リリーちゃんには一人姉がいるそうだが、今度、お姉さんと一緒に紅魔館に来て欲しいものだ。

 

 

 

 

 

 

それと、私が花壇の手入れをするようになったのはもう一つ理由がある。

 

 

「美鈴!!お手伝いに来たよ!!」

 

 

「美鈴、精が出るわね。私も妹様と同じく手伝いに来たわ」

 

 

「フラン様!咲夜さん!」

 

 

こうして、手入れをしていると、フラン様や咲夜さん、時々パチュリー様と小悪魔ちゃんが手伝いに来てくれたり、見に来てくれたりする。

 

フラン様と咲夜さんは一見すると毎日お坊ちゃまを巡って争っていらっしゃるが、お坊ちゃまが絡まない所では仲が良い。

 

 

咲夜さんは、私の代わりに妖精メイド達に指示を下してくれているし、フラン様も近くの妖精メイド達と仲良さげに談笑しながらガーデニングに勤しんでいる。

 

 

私は、この光景を見ることが好きだ。

 

 

花というのは不思議なもので、見たものを穏やかな気持ちにさせ和ませてくれる。

 

 

花畑を見て癒されるのもそうだが、花のお世話をしているフラン様の笑顔や、時折見せる咲夜さんの優し気な表情を見ていると、やはり花というものがいかに素晴らしいのかを感じ入らざるにはを得ない。

 

花というのは、人を笑顔にしてくれる。

だから私は紅魔館の庭一面に花を咲かせたい。

 

 

そんな少なからず抱いた野望を胸に、私は花壇の手入れに勤しんでいるのだ。

 

 

 

「お、皆して花壇の手入れか?精が出るな」

 

 

「あっ!お兄様!」

 

 

「あら、お坊ちゃま」

 

 

「お坊ちゃま!」

 

 

三人でガーデニングをして、数十分した後、庭にお坊ちゃまが顔をお出しになられた。

 

 

日傘を差して、ゆっくりとこちらに向かって歩く姿はまるで百合…………というのは殿方であるお坊ちゃまにとっては複雑なのかもしれないが、まるで貴族令嬢の様な尊さを感じてしまう。

 

 

その場にいる妖精メイド達も作業の手を止めてお坊ちゃまに一礼したまま静止している。

 

 

日傘を差したお坊ちゃまは、そのまま花壇の方に目を向けて、ほぉっと感嘆の息を漏らす。

 

 

「いつ見ても素晴らしい花畑だ。美鈴、よくやってくれているよ」

 

 

「ありがとうございます!」

 

 

「お兄様!こっちに来て!このお花、私が育てたんだよ!」

 

 

「おぉ?それは凄いじゃないか。どれどれ…………」

 

 

嬉しそうに、お坊ちゃまを呼ぶフラン様、お坊ちゃまも、それに誘われて笑顔でフラン様の元に近寄っていく。

 

 

「そうだな、ここで、お茶会でもしようか?綺麗な花畑を見ながら紅茶を飲むのも悪くはあるまい」

 

 

しばらく花壇の花を愉しんだお坊ちゃまは、ふとそんなことを口に出す。

 

 

「いいね!お兄様!」

 

 

「いいお考えですわ、お坊ちゃま」

 

 

もちろん、断る理由などない。

満面の笑みで頷く。

 

 

「よし、咲夜、悪いがパチェ達を呼んでくれないか?折角の機会だからな」

 

 

「かしこまりました」

 

 

「そこの妖精メイド達」

 

 

「は、はい!」

 

 

「お茶会の準備を頼む、私とフランと、美鈴に咲夜、パチェに小悪魔。それと、お前たちの分もだ」

 

 

「わ、私達もご相伴に預からせてもよろしいのですか!?」

 

 

「あぁ、もちろんだ。お前たちも花壇の手入れをしてくれていただろう?お前たちも相席しなくてどうする」

 

 

「あ、か、かしこまりました!ありがとうございます!お坊ちゃま」

 

 

お坊ちゃまの御命令でパチュリー様たちを呼びに時間を止めて消えた咲夜さんと、お坊ちゃまの言葉に嬉しそうに飛び出して、お茶会の準備を整えていく妖精メイド達。

 

フラン様は、お茶会の準備が整うまで、フラン様が育てた花を愛でて、エヘヘと可愛らしく微笑んでいらっしゃる。

 

 

「美鈴」

 

 

「あ、はい!」

 

 

妖精メイド達に指示した後、流し目気味に私の方を見て私の名前をお呼びになったお坊ちゃま。

 

 

日傘を差して、影がかかった御尊顔は、どこか妖艶に見え、その紅い瞳は見るものを見惚れさせる。

 

 

「こんな素晴らしい花壇を創りあげたこと、大儀だった。礼を言うぞ、美鈴。ありがとう」

 

 

「あ、いいえ!そんな、とんでもありません!お役に立てたのなら、それだけで十分ですよ!お坊ちゃま」

 

 

「これからも頼む、信頼しているぞ、美鈴」

 

 

「はい!お任せください!お坊ちゃまの御期待に沿えるよう、精進していきます!」

 

 

 

「うん。………さぁ、そろそろ準備が整う頃だろう、行こうか。フラン、美鈴」

 

 

「うん!」

 

 

「はい!」

 

 

日傘を差したフラン様がお坊ちゃまの手を取って繋いで、仲良く歩き出していく。

 

 

お坊ちゃまは元気なフラン様に困ったように笑いながらフラン様に引っ張られるようにして歩き、その後ろを私が控える。

 

 

その後、パチュリー様と妖精メイド達を加えた庭でのお茶会が緩やかに開かれた。

 

 

短い時間ながら、その一時は、一生忘れられない一番の思い出となった。

 

 

 

 

 

 



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原作 ~東方萃夢想~
日置きの百鬼夜行 ~1~


長らくお待たせいたしましたが、只今帰って参りました!

今回から2.5章 妖々夢と永夜抄の間の物語、萃夢想に入ります。
しかし、永夜抄への繋ぎ?の様な扱いとして書くため、少しだけ短めです。


「お坊ちゃま、異変の調査に向かわせていただきます」

 

 

長かった冬も、短いながら盛大だった春も、幻想郷から過ぎ去ろうとしていた。

あれほど山を薄紫色に染めていた桜はなりを潜め、既に深い緑に包まれていた。

 

今日も変わらず普通の一日を満喫しようと起床した瞬間、目の前にはいつも変わらずメイド服の咲夜が寝起きのレミリアに向かっての唐突の一言であった。

 

 

「……………………」

 

 

そんな咲夜の一言にレミリアは無言を貫き、言葉を返さない。

言葉を交わさずに、無表情に咲夜を見つめるレミリア。咲夜はもちろん心得たとばかりに頷く。

 

言葉を交わさずともお坊ちゃまと私は理解し合える。言いようのない高揚感を覚える咲夜。

 

 

レミリアの紅い瞳を一身に受ける咲夜は、その場からすくっと立ち上がり、ドアの前まで戻って一礼して一言。

 

 

「では、失礼いたします」

 

 

「ちょ、まてまてまてまて、成り行きが解らん、成り行きが」

 

 

 

 

しかし、現実は非情である。

寝起きで唐突に告げられたレミリアにはまったく理解されなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…………なるほど、だから異変だと?」

 

 

「ええ、明らかに宴会の頻度が多すぎます。…………頻度は恐らく三日ごとの周期かと思われます。それに、宴会が終わるごとに高まっていく妖気もどこか不穏ですわ」

 

 

時は進み、テラスでは咲夜と日除けのパラソルが付けられたチェアに座り、咲夜が淹れた紅茶を口に含みながら咲夜から説明を受けているレミリアがいた。

 

 

もう春も終わりを迎え、時期は既に夏。

 

もはや宴会も鳴りを潜める時期になっているというのに春と変わらず繰り返し行われている宴会。

夏に入っても宴会を繰り返し、それに違和感を覚えない人里の人間達。

 

 

咲夜も初めは問題にすら感じていなかったのだが、どんどん妖気が高まっているというのに違和感を覚えず宴会を繰り返していく人間達や妖怪達の姿に流石に違和感を覚え、レミリアに直訴しに来たという訳である。

 

 

「ふむ…………」

 

 

レミリアは咲夜の説明を受けて少しだけ思考する。

 

人間界の事情についてはあまりよく知らないレミリアであるが、確かに夏に入っても宴会三昧で誰も問題と捉えないこの状況には少しだけ不思議に思っていた。

 

 

だが、別に紅魔館に危害が加わる程の事件ではない。それにそういうことも偶にはあるだろう、とさほど問題にしていなかったということもある。

事実、宴会は人里、または博麗神社で行われていたのだ。

 

妖気が高まっているというのも、それほど問題視しておらず、そういうこともあるのかとレミリアが一人納得していたのである。

 

 

「しかし、咲夜も今になって気付くとは珍しいな。異変だとすればすぐに察知してしまいそうなものだが」

 

 

「ええ、ですから不思議なのです。…………この時になって今更異変だと気付いたというのもおかしい話です」

 

 

しかし、咲夜が珍しくも短い周期で何回も繰り返されていく宴会に嫌な顔をせずに喜々*1として宴会に参加しているものだったから今更咲夜がこの状況を異変だと感じたのは少しばかり驚きだ。

 

 

そこで、レミリアはこの異変であるとされる今の状況を改めて危険視する。

 

自慢ではないが、咲夜は優秀だ。

いや、まぁ、多少の粗はあるのだが*2さほど問題ではなく、咲夜は完璧な従者であると自慢できるほどによくできた子だ。

 

 

そんな咲夜が今になって終わらない宴会を異変だと認識したということは、咲夜をしてもこの異変を意識外にすることのできる実力者、もしくは能力者がいるということである。

 

 

「…………なら、早めに手を打っておいた方が吉か」

 

 

レミリアは誰に言うまでもなく独り言ちる。

 

咲夜が異変に気が付くとなれば、同じくらいに霊夢達もこの状況に違和感を感じ、異変だと思って動き出してくる頃だろう。

 

 

 

…………それに、異変解決、妖怪退治は人間の役目だ。

 

 

「解った。咲夜、遅れたが異変調査を許可しよう。準備ができ次第、異変調査、可能であれば異変解決してくれても構わない」

 

 

「かしこまりま「ただし」…………?」

 

 

咲夜の言葉を遮るようにしてレミリアは続ける。

 

 

「調査中に異常だと感じたら、もしくは予想外のことが起こったら、すぐに私に伝えること。それと、暗くなったらすぐに帰ること。それだけは約束してくれ」

 

 

「…………はい、肝に銘じて」

 

 

「…………なら、これで私の話は終わりだ。いい報告を期待しておくよ」

 

 

咲夜はレミリアの言葉をしっかりと聞き遂げた後、「失礼いたします」と一礼してその場から姿を消した。

 

 

咲夜がいなくなったテラスで、レミリアは一人温くなった紅茶を口に含みながら、快晴と言わんばかりに燦燦と晴れている外を眺める。

 

 

春雪異変の二の前だけは決して踏むまい。と密かに決意を宿してレミリアはまるで我が子の帰りを待つ親の様にそこに居る。

 

 

もし必要とあらば。否、咲夜に少しでも危害が加わろうものなら、すぐにでも…………。

と、そこまで考えてふと、多少過保護が過ぎるかなとレミリアは思ったが、それほど咲夜を大事に思っているからこそだと払拭させる。

 

 

人間達から怖がられ、恐れられる存在である吸血鬼が人間を心配するとは、私も変わってしまったものだ。

レミリアはふっ、と一笑して、再び紅茶を口に含む。

 

 

「…………ッ?」

 

 

そして、レミリアは微かに、意識しなければ到底気が付かない程に微弱な妖気がこの場から消え去ってしまったのを感じ取る。

 

 

そっとテーブルにティーカップを置き、ティーポットを手に持った途端、くっ、と顔を歪めさせて咲夜が出ていったドアを眺める。

 

その目は悔恨の様な表情を帯び、レミリアが今何を思っているのか解らない。

 

 

「…………咲夜に行かせる前に、もう一回だけ紅茶を淹れて貰えばよかった」

 

 

空になったティーポットの軽さを感じながら、多少の後悔と共にそんなことを口にする。

 

 

確かに微弱になった妖気が消え去ってしまったのは少しだけ不思議だったが、そんなことよりティーポットが空になってしまったことが今のレミリアにとって死活問題だ。

 

 

妖精メイドに淹れて貰えばいいのだが、如何せん咲夜の紅茶に慣れてしまった。

妖精メイド達も咲夜が育て上げたので悪くはないのだが、咲夜の紅茶と比べてしまえばまるっきり違う。何をすれば味わい深い芳醇な紅茶が出来上がるのか。

 

 

咲夜の紅茶でなければ満足が出来ないくらいにレミリアの舌は完全に調教されてしまっている。

それほどまでにレミリアは咲夜の紅茶をどこぞの紳士の国よろしくキメてしまっていたのである。

 

 

無表情ながら、テラスでポツンと空になってティーカップを持ってドアを眺めているレミリアの後姿は元気なく垂れ下がっている翼も相まって憐憫を誘う程しょぼくれていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『鬼』

 

 

それは強さの象徴、そして、人間の天敵とされ、強さの代名詞にまでも用いられてきた妖怪だ。

昔、それも古来から人間に天狗と並び恐れられてきた存在ではあるものの、時がたつにつれてこの地から存在を消してしまい、伝説上の妖怪とされていることがある。

 

幻想郷の中でも『鬼』という存在は空想上の存在だとされることがある。

それほど、人間界での『鬼』という存在は歴史的に浅い妖怪であったのだ。

 

逆に、鬼と並んで恐れられていた天狗は妖怪の山に独自の社会を作って生活しているため、鬼とは違ってその存在をきちんと認識されている。

 

 

人里の人間達に問いかける。『地上で最も強い妖怪とはどの種族であるかと』

多くの人間は間違いなく『天狗』と答えるだろう。

 

独自の社会、それも人間達と同じように縦社会を作り上げ、人智を超えた力と秩序持って妖怪の山に居座っている存在。

 

かつては『鬼』の名がついた吸血鬼の襲撃を押し返して幻想郷を守り抜いた存在。

 

幻想郷で、長い事強大な勢力を誇り、最強格の一角として君臨している天狗であるからこそ、多くの人間達に畏怖されてきた存在であるからこそ天狗達は知っている。

 

 

何百、何千と時を生きる妖怪は知っている。

それ即ち『鬼こそが最強であると』

 

空想上の存在であるからその言い分は机上だと一笑に付されることだろう。

 

否、鬼は存在する。

 

それは不変の真理、どれほど時を経ようとも強さの枠組みの中で『鬼』を超える妖怪の種族が生まれることがあろうか。

 

吸血鬼に『鬼』が付いている通り、強さの代名詞として『鬼』があるのだ。

 

 

 

 

 

 

 

「それで、この件はだんまりって訳か」

 

 

「ええ、こういうのもまた一興。でも、珍しいわね。貴方にも幻想郷中に漂う妖霧には言うまでもなく気が付いているでしょう?それも、次第に高まり続けている。貴方なら、動くと思っていたのだけど」

 

 

咲夜が異変の調査に向かって数刻した後、紅魔館に訪れてきた幻想郷の賢者『八雲紫』とレミリアは、テーブルを挟み、紅茶と茶菓子を用意された部屋で会談していた。

 

 

「まぁ、危険性は限りなく薄いようだったから、動くほどでもないと思っていたからな。それに、こういうのは人間、博麗の巫女の役割だろう?だったら無暗に動くことなどしないさ」

 

 

「心配ではないの?」

 

 

「きちんと注意はしているよ。だからこうして紫と話している。お前がいれば危険はないだろう?」

 

 

「…………あら、そう」

 

紫は顔中から熱が上がっていくのを感じながら、それを隠す様に扇子を広げて顔を隠し、照れ隠しにティーカップを持って口に近づける。

 

 

「…………それにしても、妖霧が高まっている今になって今更異変だと気が付くだなんて、ね。一方は宴会の幹事を務めている時に妖気を感じて、一方は不吉な勘を感じたから。だなんて」

 

 

「フッ、そう悪く言ってやるな。この異変の元凶は、お前が認める実力者なんだろう?上手く妖気、いや、妖霧を隠し通せたものだ。中々に興味深いな」

 

 

「もっと鍛錬が必要かしら」と、紫は咲夜と同時期に異変と気付いた魔法使いと巫女に苦言を呈して呟く。

レミリアは、そんな紫に諭す様に言いながら、面白そうに興味深いと呟く。

 

 

「それに、最強の代名詞たる『鬼』の名を名乗っているのだから尚更な」

 

 

レミリアは、好戦的な眼をギラつかせながら、不敵に嗤って見せる。

 

レミリアは、理性を持って抑えているものの、元々の種族からも一因して、非常に好戦的である。

だからこそ、最強の名を手にした『鬼』という種族に対して並々ならぬ興味を抱いていた。

吸血『鬼』の通り、これも戦いを好む『鬼』としての性なのか。

 

戦ってみたい、とその紅い瞳が語っている。

 

 

「…………はあ…………」

 

 

紫は、そんなレミリアを見て溜息を吐く。

 

 

「貴方、仲良くやっていけそうね。アレと」

 

 

紫は呆れたようにそう漏らすのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あぁ、ところで、レミリア。貴方の所に良いお酒があったでしょう?」

 

 

「酒?まぁ、酒などあるにはあるが、どういったものだ?」

 

 

「なんだったかしらねぇ。えぇと、電気ブラン」

 

 

「ブランデー。それがどうしたっていうんだ?二人で飲み明かしたいと?」

 

 

「…………それもいいのだけれど、そのお酒を頂きに来たのよ。ほら、数日後には宴会でしょう?」

 

 

「何だ、だからこんな時間から紅魔館に尋ねに来たっていうのか。ふざけた奴め、追い返してやろうか」

 

 

「あら、それはご勘弁」

 

 

「そうさな、後で妖精メイド達に用意させよう」

 

 

「ふふ、ありがとう。レミリア」

 

 

「しかし紫よ」

 

 

「何かしら?」

 

 

「良いお酒とは、飲んでみないとわからないものだろう?」

 

 

「…………えぇ」

 

 

「仮にお前に渡すブランデーとは別に、もう数本。あると言ったら?」

 

 

「…………ふふ、なら、御一緒させてもらおうかしら」

 

 

「そうこなくてはな」

 

 

実の所、私も飲んでみたかったんだ。と愉しそうなレミリアの声が響いた。

 

*1
他の人から見れば無表情ではあるが、長年暮らしてきたレミリアにとっては微弱な表情の変化も感じ取っている

*2
時折忠誠心と言って鼻から赤色の滴を流している等




いや、吸血鬼異変の時に鬼出ましたやんって思われるかもしれませんが。

人間と妖怪達の認識のズレです。吸血鬼異変の時は人間達は人里でブルブル震えてたからね。仕方ないね。


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日置きの百鬼夜行 ~2~

紅魔館のメイド長『十六夜咲夜』が頻繁に行われている宴会とそれを不思議に思わずに宴会を享受している人間達の様子を見て、異変であると断定して異変調査兼解決に乗り出した同時期。

 

これは流石に異常だと考え、咲夜と同じく異変であると考えて調査に乗り出した者達がいる。

 

 

 

不吉な予感を感じて調査に動いた巫女。

 

宴会の幹事を務めることが多くなり、面倒と高まる妖気を感じた魔法使い。

 

人間達がいつまでたっても異変解決をしないために痺れを切らした人形使い。

 

暇つぶしの為に動き出した亡霊とその庭師であり、師匠の教えを胸に異変と向き合う半人半霊の剣士。

 

 

各者の思惑が互いに交差する時、様々な時計の針が一斉に動き出した。

 

しかし、この異変の犯人が誰かも解らなければ出所も掴めぬまま。動機もまた、不可解な事が多い。

 

 

こうなると、宴会に来る人間、妖怪、全員が怪しく見えるのも仕方がないだろう。

もちろん、その疑惑の眼差しは紅魔館にも向けられることになるのも自明の理である。

 

 

 

 

次の宴会まであと3日しかない。

 

「次の宴会までには、必ず私がこの妖気の原因を突き止めてやる!」

 

 

全員にそんな意志があるかどうかは定かではないが、皆同じような目的の為、一斉に動き出した。

 

宴会までの数日間、紅魔館で起こった出来事を少しだけ覗いてみよう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「騒々しいな。…………ん?珍しい御客人だな」

 

 

「お邪魔してるわよ~。ふふっ、これだけ動けば明日は愉しくなるわ。きっと」

 

 

「随分と能動的な亡霊だな」

 

 

「みんな、自分の意志のつもりで動いていても、今は操られている事に気が付いていない。だから今日は、自分の意志を持たせない様に自由に動いているわ。このまま行けば、明日には面白い物が見えるかもしれないわね。…………あぁ、お茶を頂けないかしら?」

 

 

「…………能動的かつ図々しいなお前は。それで、面白い物は私にも見えるものか?」

 

 

「そう言えば、新しいお茶が手に入ったのよ」

 

 

「…………へぇ、新しいお茶。新茶ねぇ。どこのお茶?」

 

 

「神社」

 

 

「言葉遊びをする程、暇じゃないんだがな」

 

 

「神の新しい茶、略してこう茶」

 

 

「はぁ、喰えん奴だよ、お前は」

 

 

「ふふっ、ありがとう。…………そういえば、貴方のところでは宴会はやらないの?個人的に楽しみにしているのだけれど」

 

 

「まぁ、どこかの幽霊のお嬢様に食糧庫を食いつぶされてしまったら堪ったものではないからな」

 

 

「あら、残念。宴会の時は誘っていただけると嬉しいわ~」

 

 

「…………まぁ、折を見て、な」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「パチュリー」

 

 

「………………………………」

 

 

「この衣装。レミリアさんに着せてみたいのだけれど、ほら、レミリアさんって人形そっくりの素材だからきっと可愛くなるわよ」

 

 

「…………それで、見返りは?」

 

 

「レミリアさんを模倣して作った人形を送るわ」

 

 

「詳しく」

 

 

「そうこなくちゃね」

 

 

「おぉ、パチェに客人とは珍しいと思ったらアリスか、ゆっくりしていくといい」

 

 

「………………………………」

 

 

「………………………………」

 

 

「…………な、なんだ。二人とも、じりじりと近寄って来て。…………………なぁっ!!??な、何をする!?ちょ、力つよッ!!!???」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「おっす!レミリア!異変調査に来たぞ!」

 

 

「……………あぁ、魔理沙か。何だ。悪魔退治に乗り出したって訳か?」

 

 

「あぁ、本来はそのつもりだったんだけどさ。さっき咲夜の奴と会って、あいつもお前の命令で異変調査してるって聞いたもんだからレミリアが異変の元凶じゃないなって解ったわけだ。だから悪魔退治は無し!!邪魔したな!!」

 

 

「そうか、それなら何より」

 

 

「…………それにしても、レミリア。何だその衣装。まるでアリスんとこの人形みたいな格好してるな」

 

 

「………………放っておいてくれ」

 

 

「………………あ、あぁ。………………さ、察するぜ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「さぁ、出てきなさい 居るのは分かってるわ」

 

 

「………また騒々しい御客人が来館したか、今度は何だ。霊夢」

 

 

「あんた。明日の宴会、何か企んでるんじゃない?」

 

 

「企んでるといえば企んでるけど……。なんで霊夢がそんなこと知ってる?」

 

 

「この辺一帯危険な妖霧が溢れてるのよ」

 

 

「妖霧? そういえば、そんな気もするが。こんなもん大したもんじゃないだろう」

 

 

「危険なもんは危険なのよ。昔からそう決まっているの」

 

 

「それに、この妖霧は私の物ではない。妖気がそもそも違うじゃないか」

 

 

「………そういえばそうね。まぁ、でも。折角来たんだから、吸血鬼退治のリベンジも兼ねてアンタをぶっ飛ばすことにしたわ」

 

 

「随分とまぁ…………………。まぁ、いいだろう。かくいう私もね。いろいろあって身体を動かしたい気分なんだ。ほんの憂さ晴らしに付き合って貰おうか」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「失礼します」

 

 

「うん?…………………あぁ、妖夢……………ッ!!??何だ何だ!?!?いきなり!!??」

 

 

「ッ!!大人しく斬られてください!!」

 

 

「いきなり来たと思えば辻斬りかッ!!??何だ!?天誅か!?」

 

 

「異変の犯人は貴方でしょう!!??どの道、これ程の妖気を持っているのは貴方以外にあり得ません!!」

 

 

「いやいやいや!!それは早計だぞ!!ほかにもいるだろう!?」

 

 

「もう貴方以外残っていないんです!!他はあらかた斬りつくしました!」

 

 

「もう調査済みだったか!?落ち着けって!!!!」

 

 

「落ち着いています!斬れば判るんです!白楼剣が真実を教えてくれる。師も『真実は斬れば判る』と言っていました!」

 

 

「絶対にお前はその師の教えとやらを勘違いしている!!!」

 

 

「先っちょだけ!!先っちょだけですから!!!」

 

 

「や~~~~~め~~~~~ろ~~~~~!!!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……………………結局、異変の首謀者と思わしき者は見つからず仕舞いだったか」

 

 

「はい……………力不足で申し訳ありません」

 

 

「いや何、気にすることはない。それより、外出の準備は整ったか?」

 

 

「はい、そちらの首尾は既に整っておりますわ」

 

 

「なら、行くか。こうも頻繁に宴会を繰り返させているのだ。意外にも犯人は宴会の場にいるやもしれん」

 

 

異変調査から数日後、幻想郷中で異変の調査に動き出した人間達であったが、次の宴会、つまりは今日の宴会まで異変の首謀者を見つけ出すことは出来なかった。

 

 

紅魔館でも異変に関して色々な出来事が起こった。それはもう記憶に残ってしまう程に。

一部は異変解決とはまるっきり関係なかった様子だったが。

 

 

咲夜たちの異変調査も虚しく。

 

一日(1st Day)二日(2nd Day)、そして、異変の首謀者の足取りが未だ掴めぬまま現在の祭日(Feast Day)まで経過してしまった。

 

 

異変であると判明こそしているが、宴会は宴会。

とりあえず気晴らしにでもと宴会を約束通り博麗神社で執り行われることとなる。

 

 

「お兄様~~!!遅いよ~!!」

 

 

「ああ、すまんなフラン。今行くよ」

 

 

「おっとっと、フラン様、あまり暴れないでくださいよ~。体勢崩して落ちてしまいますよ」

 

 

美鈴に肩車されたフランがレミリアを呼びに来る。

 

フランや美鈴たちは人間達とは違って、頻度の多い宴会をずっと前から異変だと理解していたが、別に不利益を被っている訳でもないため、フラン達は放置していた。

 

 

逆に、今更霊夢達が今更異変解決に動き出したことを不思議に思っているくらいには人間と妖怪達の間での意識がズレていた訳だ。

 

 

「パチェは?」

 

 

「パチュリー様はこあちゃんが今連れている所ですよ。後はお坊ちゃまと咲夜さんだけです」

 

 

「そうか、だったら待たせる訳にも行かないな。咲夜」

 

 

「かしこまりました」

 

 

「………………」

 

 

「お坊ちゃま?いかがいたしましたか?」

 

 

「…………あぁ、いや、少し用事を思い出した。パチェ達と一緒に先に博麗神社に向かってくれ」

 

 

「…………?でしたら、御供致しますが……………」

 

 

「いや、それには及ばん。何、別に大掛かりな事ではない。多少遅れるかもしれないからな。先に行っておいてくれ」

 

 

「……………かしこまりましたわ。お坊ちゃま」

 

 

咲夜は一瞬だけ怪訝な顔つきになったが、主の高尚な思惑を推測するという不遜はしてはならないとすぐに判断したのだろう。

 

レミリアから離れ、一礼してレミリアの部屋を去った。

 

 

「………………………………」

 

 

咲夜たちが宴会の博麗神社に向かってから少しした後、レミリアは独りで紅魔館から飛び出して、付近の霧の湖方面に向かって行く。

 

 

そして、霧の湖のある程度開けた場所に降り立つ。

 

 

「……………………そろそろ姿を現したらどうだ?お遊びはもう飽きただろう?」

 

 

そして、周囲を威圧するかのように妖気を纏わせながら声を震わせる。

 

 

レミリアの重く低い声と共に、レミリアの周囲を囲むように妖気を帯びた霧が集まっていき、レミリアの目の前で次々と(あつ)まっていく。

 

 

「あらら、もっと遊べるかと思ったんだけどねぇ。流石は吸血鬼さんと言ったところか」

 

 

どこからともなく、いや、目の前で萃まっている妖霧から声が響く。

そして萃まっていく妖霧が次第に実体を帯びてくるようになる。

 

霧が人の形を模るように形成されていく、小さな少女の形を帯び、人の頭部と思われる部分からは力を象徴する二本の長い角。

 

 

「もう長い事ほったらかしにしてやったんだ。いい加減、おいたをやめる時が来たってことだ」

 

 

「まぁ、いいか。これから、最後に一番楽しいお遊びが出来そうだし」

 

 

目の前の妖霧が萃まったナニカの口角がニィッ、と上がる。

そして、とうとう妖霧の実体が明らかになる。

 

 

白のノースリーブに紫のロングスカート

 

薄い茶色のロングヘアーを先で一つでまとめて、赤いリボンを頭に付ける。そして目を惹くのは頭部の左右から少女然とした身長からは不釣り合いなほどに長くねじれた二本の角。

左の方の角には青いリボンを巻き付けている。

 

そして、真紅もかくやというほど紅い瞳。

腰につるされているのは三種の形を模倣された分銅を結んだ鎖。

 

 

そして、周囲を覆いつくしていたレミリアの妖気を塗りつぶしてやると言わんばかりにその少女から迸る妖気。

 

 

見た目こそ小さな童の様にも見えるが、その圧倒的なまでの妖気を纏い、角を生やす少女こそ、正しく『鬼』そのもの。

 

 

「私が幻想郷に来てから、もう随分経つ。何回宴会すれば私の能力に気付くのかと思ってたんだけど、いい加減ちょっと退屈に感じ始めてきたからなぁ」

 

 

そう言って、手に持っていた紫の瓢箪をくいっ、と持ち上げ、瓢箪に口を付けて中に入っているであろう液体を飲む少女。

 

 

伝承通り、吞兵衛の『鬼』であるのなら、瓢箪の中は酒なのだろう。

少女の姿をした者が酒を飲むというのは常識的に考えれば如何なものかとは思うが。

その赤く染まっている頬は、酒に酔っぱらっている証拠なのだろう。

 

 

「幻想郷中を我が物顔で包み込んでいるというのは些か感心しないな。勝手はそこまでにしておけ」

 

 

「何言ってんのさ。少し前に大はしゃぎした挙句、紅い霧で悪戯した奴が良く言うよ」

 

 

「……………………」

 

 

『鬼』は、その紅い瞳をレミリアに向ける。

ぼんやりとしている様で、しっかりと見据える瞳にレミリアは少しだけ身構える。

 

 

「レミリア・スカーレット。名前は憶えてる。私はあんたの事を良く知っているよ。宴会では羽を休めているように見えて、一時も私から注意を逸らさなかった。それも、他には気取られないようにね。なかなか粋な事をするじゃないか。傲慢な吸血鬼かと思ってたもんだから見直したよ。細かく私を分散してたようだけど、それでもあんたは動かなかった」

 

 

「…………………」

 

 

「本当の所、人間達に気付かせたかったから。そうだろう?」

 

 

「何を今更、妖怪退治は人間の仕事だ。私が関与する問題ではなかったはずだ」

 

 

「でも、少し不安になってきたんだろう?」

 

 

『鬼』の瞳がレミリアを刺すように細められていく。全てを見透かしているかの様な口ぶりにレミリアは眉を顰める。

 

 

「余りにもみんなが鈍いから痺れを切らしてただけだ」

 

 

「嘘」

 

 

細められる眼と間を置かずに放たれた「嘘」という一言。

『鬼』の目に少しばかりの嘲笑の色が混ざる。

 

 

「余りにも相手が強大で、人間に任せては危険だと思ったから、だね?」

 

 

「………………………………」

 

 

「それも特には、自分の目にかけている従者から私を離しておきたかったようだしね。随分な溺愛ぶりじゃないか。吸血鬼はかくも丸くなるもんだね。」

 

 

「……………知ったような口を」

 

 

「言っただろう?私はあんたの事を良く知っているってね」

 

 

『鬼』は瓢箪を肩にかけ、レミリアを見つめる目線を変えずに、萃香はけらけらと愉しそうに笑う。

 

 

「今度の人間達にも、骨のある奴が多少居るみたいだし、あんたみたいな新参者がいるから退屈しなさそうだ。安心しなよ。別に人間達を取って食おうなんて考えてなんかいないよ。ちょっとばかし『人攫い』でもしようかなんてね」

 

 

「それが今回の異変とやらか?何度も何度も宴会を行わせたことがなんの意味がある」

 

 

「そんなもの余興さ。春が異様に短かったんだ。それが私にとって不満でね。異変に気が付いて私の元にたどり着く人間はさぞ力のある人間だろうし。博麗の巫女なんて大層な名前もついてる人間もいるんだから、鬼の血が騒いでしまうよ」

 

 

『鬼』のレミリアを見る目が少しばかりギラつく。

 

 

「人間の方ではスペルカードルールだなんて何とも血が騒ぐ決闘法があるみたいだけど、それは人間と妖怪との間での話。あんたと私。妖怪同士、それも同じ鬼の名を持つ者同士なら、解るだろ?」

 

 

「つまり、ここからが本当の遊びって訳か?」

 

 

「遊びになればいいけどねぇ。吸血鬼風情と私では格が違うからね」

 

 

「……………誇り高き貴族である私が、土着の民である貴様程度に劣ると?何とも面白い冗談だ」

 

 

レミリアも妖気を強めてより威圧的に返す。

しかし、『鬼』はレミリアの妖気を受けても涼しい顔だ。

 

 

「新参者のあんたには解らないようだね、『鬼』が。まぁ、見たことないんだから仕方ないけどね」

 

 

「何を言ってる。私が何と呼ばれているかわかるか?皆こう呼ぶ。吸血『鬼』とな」

 

 

「確かに、あんたは吸血鬼だけど、鬼じゃない」

 

 

「何を当たり前の事を言っている」

 

 

「いやいや、種族間の話じゃないよ。『鬼』そのものの概念自体から見ても、吸血鬼であるあんたは強さの代名詞である『鬼』足る存在じゃあない」

 

 

『鬼』はすっと、手をレミリアへと伸ばし、突きつけるようにしてレミリアに人差し指を向ける。

 

 

「鬼は嘘をつかない」

 

 

さも、それが当然であるかのように。『鬼』はレミリアに突きつけるようにして言い放つ。

 

 

「………………………クハッ」

 

 

レミリアは、笑みを堪え切れずに漏らしてしまう。

眼は紅く輝くように、それでいて好戦的な笑みを浮かべ、『鬼』を見る。

 

 

「…………なら、『吸血鬼』が『鬼』を超え得る存在だと今ここで証明してやろう。幻想郷の強者が一体どちらなのか、はっきりとさせてやろうじゃないか」

 

 

「ハハッ!!いいねぇ!その眼!久しぶりに退屈しない殴り合いが出来そうだ!………おっと、名乗りが遅れたね。私は『伊吹萃香』。鬼を超えるという身の程知らずな大言壮語。その意気や良し!!!!私の力である萃める力。それは鬼にしかなせない力…………。未知なる力を前にして夢破れるがいい!!!!レミリア・スカーレット!!」

 

 

レミリアは全身に力を込め、地面がめり込むほど力強く蹴って『鬼』。伊吹萃香に突進していく。

 

萃香は突進してくるレミリアを目で捉え、愉しそうに笑みを浮かべながらレミリアを待ち受ける。

 

 

幻想郷に昔から存在していた伝説の存在である『鬼』と、その『鬼』の名を持つ『吸血鬼』

 

スペルカードの枠を超えた、強大な力を持つ鬼同士の衝突、互いの拳と拳がぶつかり合って、衝撃波が周囲を吹き飛ばす。

 

誰の耳に聞こえているかはわからないが、霧の湖で大きな衝突音と激しい戦闘音が鳴り響くことになる。



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日置きの百鬼夜行 ~3~

バッリバリの戦闘回。どうぞ。


「……フッ!!」

 

 

「おっと」

 

 

ヒュッ、と空気を切り裂くような乾いた音と、それに遅れるようにして鳴り響くドゴォォォッッ!!と鈍い音が周囲へ衝撃波と共に走る。

 

 

しかし、レミリアの蹴りは、容易く萃香の腕で受け止められる。

怪力であるはずの吸血鬼の蹴りを受け止めても萃香の表情は揺らぐことはなく、鈍い音が鳴っているのにもかかわらず痛みに顔を歪める素振りさえ見せない。

好戦的な、かつ無邪気な笑みだけがレミリアの眼には映っているのみ。

 

 

「お返しだよッ!」

 

 

「…………ッ!?」

 

 

瞬時にレミリアが蹴りを繰り出した方の足を受け止めた腕でガシッと掴み、自身に引き寄せながら、片方の拳でレミリアへと繰り出す。

 

対するレミリアも、萃香の拳を前に腕を交差させて迎え撃つ。

 

 

「………………グッ!!」

 

 

レミリアの顔面に繰り出された萃香の拳をレミリアは両腕を前に交差させることで防ぐが、その衝撃に押され、吹き飛ばされる。

 

空中で体勢を整えて、両足を力強く地面に着けるものの、衝撃の余波によって地面をザザザと擦りながら吹き飛ばされるレミリア。

ようやく止まり、ジンジンと痛む両腕に少しだけ顔を歪めながら交差させている両腕を解く。

 

痛みに顔を歪めるレミリアだったが、両腕の痛みは吸血鬼の治癒能力によってすぐに引く。

そして、レミリアははるか遠くで佇んでいる萃香を睨む。

 

 

「……………チッ」

 

 

「レミリア。中々の一撃だったよ。吸血鬼、それも鬼と自称しているだけのことはあるね」

 

 

抉れた地面を一瞥して、思わず舌打ちをして萃香を睨むレミリアに対して萃香は愉しそうに笑顔を見せながら嗤う。

 

 

「威力も十分、そんじょそこらの鬼相手でも通用するくらいには……………………でも惜しい、私相手にはまだまだ威力不足」

 

 

「…………………」

 

 

挑発にも似た萃香の一言に、レミリアの眼光は鋭くなる。

萃香はそんなレミリアを知ってか知らずか意に介さずに続けて言い放とうとする。

 

 

「鬼相手に啖呵を切る度胸と肉弾戦をする根性は褒めてあげるよ。でもまだまだ実力不足だね。……………………って、あれ?」

 

 

自慢げに話しながら萃香が顔を上げた先に、レミリアの姿は無かった。

一瞬逃走したか疑う萃香であったが、吸血鬼、それも貴族と自称するレミリアなだけあって敵を前にして逃げるという醜態は晒すまい。

 

ならばレミリアは何処へ、と萃香は目だけを動かして周囲をキョロキョロと確認する。

 

 

「何処を見ている」

 

 

「……………ッ!!」

 

 

そんな萃香を嘲笑うかのようにどこからともなく声が響く。

その声の主は言うまでもなくレミリアそのもの、しかし、萃香を驚かせたのは別の理由にある。

 

 

「私はずっと眼前にいる」

 

 

突如として目の前に姿を現したレミリア。

レミリアの紅く輝く眼は残光を走らせながらこちらを見据えている。

 

 

「ぐはあッ!?」

 

 

しまったと萃香が察すると同時にレミリアは萃香の腹部に強烈な一撃を見舞う。

 

 

「へぶッ!!」

 

 

レミリアは萃香に腹部の一撃を見舞った後、少し身体を引き、突き上げるような衝撃を受けた萃香への追撃として、無防備になった顎目掛けて拳を振り上げる。

 

レミリアの追撃のアッパーは萃香の上半身を仰け反らせ、その勢いのまま萃香は後ろへ大の字で仰向きに倒れ込む

 

 

「侮ったな萃香。確かに力では貴様に劣っていようが、いくらでも戦い様はある。単純な力だけで実力など測れぬということだ。一つ賢くなったな」

 

 

萃香の実力不足という言葉に多少なりともレミリアにはカチンときたところがあったのだろう。

 

挑発を返すようにレミリアは倒れ伏しているままの萃香に紅い瞳で見下ろしながら言い放つ

 

 

吸血鬼という種族は人智を超えた存在であり、最高クラスの格と実力を備えている種族であるのだ。

 

純粋な力は片手で大木を持ち上げるほどの怪力を誇り

純粋な速さは瞬く間に人里を通り抜けてしまう程のスピードを持つ。

 

簡単に言うのであれば、鬼の怪力と天狗のスピードを併せ持った存在であると言える。

 

 

他には驚異的な再生能力と、他と比べて膨大な魔力量と、挙げればきりがないが。

かつての吸血鬼異変でも、自前のパワーとスピードで幻想郷中の大妖怪達に対して互角に渡り合う程だ。

 

 

如何に幻想郷で伝説と名高い鬼を前にしても、私達吸血鬼は最も誇り高く、人智を超える能力を持つ不死身の存在。

レミリアは若いながらもその中でも完全無敵の吸血鬼の王として君臨しているのだ。

 

やられっぱなしなのは癪に障る。

 

 

「フッ、アハハッ、アハハハハハハッッッ!!!」

 

 

倒れ伏したままの萃香は一際大きな歓喜の声を挙げる。

 

 

「いいねぇ、いいよレミリア!!こんなまともに一撃、いや二撃を食らったのはいつぶりだろう!!!いやぁ、効いた!いや効いたよ!酒の酔いが醒めるくらいに!!!!こんな気持ちは何年ぶりだろう!!!!」

 

 

上体を起こした萃香は心底愉しそうな笑みと浮かべてレミリアを見る。

その眼には歓喜の色を映し、高揚と興奮が見られる。

 

 

伊吹萃香は久しぶりの命を科して自分と渡り合える存在との死闘に沸き上がる激情を覚えた。

 

 

彼女は鬼という種族の中でも特に強い力を有していた。

昔ながら、幻想郷に姿を晒していた時は山の四天王の一角としてやんちゃしていたくらいだ。

 

 

昔は良かった。

命を懸けて死闘を繰り広げ、死と巡り合わせの刺激的だったあの日。

鬼に勝負を挑む命知らずな輩を、私達は嬉々として迎え撃っていたものだ。

 

だが今はどうだ。

 

人間にも妖怪にも『鬼』という存在は畏怖され、次第に鬼に勝負を挑もうとする人間も妖怪もいなくなり。

代わりに現れたのは小細工を要して愚かにも鬼を退治しようとする人間達の姿。

 

 

本来、鬼は『人攫い』という「人間との真剣勝負」を純粋に楽しんでいた。

それが次第に人間達が小細工や知謀を用いて我々を騙し、罠にかけようとする。

そんな昔と変わってしまった人間達の姿に失望したのかもしれない。

 

私達鬼は幻想郷から姿を消し、今では地底でダラダラと酒を飲んで嘆いている始末。

やれ最近の人間は骨が無いだの、やれ血肉湧き踊る死闘が無いだの。

 

私達鬼は常に死闘を恋しがっている。

されども、鬼に挑む者などいなかった。

 

 

だからこそ、この『伊吹萃香』強烈な二撃を食らわせる目の前の存在。『レミリア・スカーレット』に並々ならない激情を抱く。

 

 

歓喜すべきか、恐れるべきか。

 

忘れていた『死』の感覚を思い起こさせてくれた存在。

心にぽっかりと空いてしまった虚無感を再び埋めてくれたレミリアに。

 

 

萃香は心の底からの歓喜を身体中に表現したい気分になった。

 

 

「レミリア・スカーレット。私はあんたのことを侮ってた。詫びるよ。あんたは………………………いい漢だ!!!」

 

 

「………………」

 

 

「嗚呼…………!これほどゾクゾクする戦いなんて久しぶりだよ!こんな死闘は過去に幾つあっただろう!!!!」

 

 

萃香は背中にゾクッ、と走るナニカを感じながら、熱に絆されたかのような眼でレミリアを見据える。

 

 

「…………ッ!!!???」

 

 

しかし、萃香の目の前で再びレミリアの姿がふっ、と消えた。

今度は油断なく、しっかりとレミリアの姿を確認していたのにも関わらずだ。

 

瞬間、頬に感じるピリッとした痛み。

痛みを感じる頬を拭って、拭った指を見てみると、そこにはべったりと着いた赤の液体。

 

 

血だ。

 

 

「感傷に浸るのは結構だが、今はそんな場合じゃないだろう?」

 

 

声がする後ろを振り返れば、鋭い目でこちらを見据えるレミリア。

先ほどと違う所は、両手の鋭利に尖った爪。

 

恐らく、その爪で萃香の頬を抉ったのだろう。

 

 

「今は過去の事よりも、目の前の敵である私の事だけを考えろ。妬けてしまうだろう?」

 

 

好戦的な紅い瞳で此方を見下ろすレミリア。

爪にこびりついている赤い液体をペロッ、と舐め、妖艶に嗤う。

 

萃香はより強く背筋にゾクゾクとした感覚を覚える。

 

 

「へへへ、そう………だね。目の前のあんたを無視して考え事何て無粋だったね。ごめんよ!!レミリア!!!嗚呼、本当にいい漢だ。攫ってしまいたいくらいに!!!」

 

 

そう言って萃香は指に着いた血を舐め取り、手を高々と挙げて、その手に妖気を集結させる。

そして、その手にもとに集まるように岩が集結していく。

 

 

身の丈程に大きな岩が次々と集まって、とうとう萃香の身の丈を軽く超えるほどに巨大な岩石を作りあげる。

 

 

「もっと…………もっと愉しもうじゃないか!!折角の上玉!!遠慮なんてつまらないことは無しで行こうよ!!!」

 

 

もはや、ただの殴り合いだけでは味気ない。

己の全てを掛けて相手を叩き潰す。

 

 

――萃符「戸隠山投げ」

 

 

レミリア目掛け、萃香は巨大に作りあげた岩石を力のままにぶん投げる。

しかし、目の前のレミリアは前と同じく姿を消す。

 

 

「!!………………うあっ!?あぐっ!?」

 

 

そして、レミリアの姿が目視できないまま萃香の身体は次々と斬り刻まれるように切り傷が増える。

 

脚、腕、顔。次々と傷が増えているのに関わらず萃香は笑みを絶やさない。

 

 

(…………私の目でも姿を捉えられないッ!!!)

 

 

そう、レミリアは鬼の目、それも萃香の目でさえも姿を捉えられない程のスピードで飛び回りながら攻撃している。

 

かろうじて目視できるのは紅の残光のみ。

 

 

鬼の身体は頑丈だ。

それも、簡単には切り傷はおろか、傷の一つもつけることが出来ないくらいには。

 

それでもレミリアは容易に萃香の身体に傷をつける。

それが、萃香には新鮮で、よりゾクゾクとさせる。

 

だが、高速で動き回るのはレミリアの前にも経験済みだ。

妖怪の山で昔戦ったことがある鴉も同じように目で捉えられないスピードだった。

 

興が乗って来たと思えばあっさりと負けを認めて釈然としない気分となってしまったが…………。と余計な事まで考えてしまい、すぐさま頭の中から消し去る。

 

 

萃香は再び妖気を帯びた手を掲げて岩石を作り出そうとする。

もちろん、片手を掲げたままである隙だらけの萃香をレミリアは逃さない。

 

「…………ッ!!ふふッ!!…………くうッ!!」

 

 

切り刻まれる痛みに萃香は笑みを浮かべながら顔を歪めるものの、掲げる手で岩石を集結させるのだけは止めない。

 

そして、先ほどと同じように、巨大な岩石を作り出す。

 

だが、すぐにその岩石をぶん投げるようなことはせず、ただじっと何かを待っているかのように佇む。

その間でも高速に飛び回るレミリアの攻撃は止まない。

 

ただじっと、萃香は耐えている。

 

 

「……………………………そらッ!!!」

 

 

「………………ッ!?」

 

 

カッ、と目を見開いた萃香はギュッ、と掲げた手を力強く握る。

そして、掲げた手の上の巨大な岩石は萃香が手を握った瞬間、全方向へと岩石が分散して撒き散らされる。

 

 

今度はレミリアが驚く番だ。

全方向に撒き散らされる身の丈以上の岩石。その速度はかなり早い。

 

レミリアは、即座に上空には放たれた岩石が少ないと見て、上空へと飛び上がる。

 

しかし、その時に一瞬だけ隙が生じてしまい、ほんの少しレミリアの飛行速度を緩めてしまう。

 

上空へと飛び上がったレミリアは、突然足に強い抵抗感を感じる。

否、掴まれている。

 

 

「ふふっ…………………捕まえたよ」

 

 

「…………なッ!?」

 

下を向くと、足を掴む萃香の姿。

それだけではない。

 

 

「巨大化だとッ!?」

 

 

「正解♪」

 

 

目の前の萃香は明らかに巨大だった。

レミリアの身長をはるかに超えるほどに大きくなった萃香。

 

 

先ほどまで、レミリアとほぼ変わらない程の身長であったはずなのにいつの間にか巨大化していた。

 

 

『密と疎を操る程度の能力』。それはあらゆるものの密度を自在に操る能力。

 

物質は密度を高めれば高熱を帯び、逆に密度を下げれば物質は霧状になる性質がある。この特性を使い彼女は霧になることが出来る。

 

また、彼女はその能力を利用して、自身を巨大化させたりミクロマクロ化、分身を作り出すのも変幻自在である。

 

 

鬼符「ミッシングパワー」

その技こそ、萃香が巨大化する技そのものだ。

 

 

「ッ___!!??」

 

 

「そうらッ!!」

 

 

そして、萃香はレミリアの足を掴んだまま、地面へと力強く叩きつける。

巨大化した鬼が全力で地面へと叩きつける。その衝撃は凄まじいものだった。

 

 

「カッ___ハッ___!!!」

 

 

レミリアは、その衝撃に身体中を圧し潰されるほどの衝撃を受け、息をする事すら出来ないほどの痛みに襲われる。

 

 

メキメキと地面が罅割れる。

地面はレミリアを中心に凹み、露天掘りの様な穴が生じた。

そして、辺りを土塵が覆う。

 

叩きつけられたレミリアの姿を目視することは出来ない。

 

 

萃香は巨大化した身体はそのままに、レミリアがいるであろう土塵が巻き起こる地点に目を向ける。

 

 

「こんなんで根を挙げる奴じゃないだろうレミリア!第二ラウンドと洒落込もうじゃないか!!」

 

 

レミリアはこの程度で倒れるような奴じゃない。そんな信頼にも似た確信が萃香にはあった。

 

 

「ああ、もちろんだ」

 

 

土塵の中から信じて疑わない好敵手の声を聞いて一層笑みを深める萃香。

 

その瞬間、土塵が一気に治まり、レミリアが姿を現す。

流石に無事ではいられなかったようで、至る所から血を流しながらも、しっかりとした足取りでレミリアが立っていた。

 

 

「こんなものでは終わらない」

 

 

手には己の魔力で模った『槍』を手に、不敵に嗤う『鬼』がそこにはいた。




もう一話分使いますよ。


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日置きの百鬼夜行 ~4~

短いです


――萃符「戸隠山投げ」

 

身の丈以上の岩石がレミリアを取り囲み、覆いつくす。

レミリアを中心にして萃めた岩石はレミリア目掛けて物凄い勢いでぶつかり合う。

 

 

「――――フッッ!!!」

 

 

レミリアは一息で周囲を取り囲んでいた岩石を吹き飛ばし、その勢いのまま巨大化した萃香に突撃する。

 

飛んでくる岩石を手に持っている『槍』、グングニルで払いながら萃香へと突撃する速度を緩めない。

 

 

「……………………ッ!」

 

 

レミリアは、吸血鬼のスピードを以て萃香の周囲を飛び回り、目にもとまらぬ速さで萃香の身体を切り刻む。

萃香は、痛みに顔を歪めながらも、じっと耐え、レミリアの動きを見極めようとする。

 

 

「……はぁっ、はあっ、………そこだね」

 

 

「…………………ッ!?」

 

 

「萃めて、殴るッ!!」

 

 

レミリアの姿を目視した瞬間。そのレミリアの周囲を能力を駆使して圧縮してレミリアの動きを止める。

そして、隙だらけとなったレミリアに巨大化した鬼の一撃が襲う。

 

 

圧縮した空間は熱を発し、萃香の能力によって限界までに圧縮された空間は到底到達不可能な域にまで圧縮され、空間を捻じ曲げる。

そこに巨大化した鬼の剛拳が繰り出され、衝撃と熱波が混ざり合い、超密度の爆発が炸裂。

 

 

破裂音とともに範囲の中にあった木々岩石の全てを巻き込み、爆炎が包んだ。

 

鬼の全力ともいえる威力、久しく出せた全力の一撃に多少満足しながら、萃香は荒くなった息を整え、レミリアが吹き飛ばされたであろう方向を眺める。

 

超高温によって炭と化した草木、岩石の残骸、そしてそれを覆いつくすばかりの煙。

煙が晴れたと同時に飛来してくる何かを見つける。

 

 

「……………………くッ!?」

 

 

超高速で飛来してくる何か。それは『槍』の形と共に膨大な魔力が込められている。

 

それは、レミリアが手に持っていた『グングニル』であった。

 

 

――神槍「スピア・ザ・グングニル」

 

 

萃香は高速で飛来してくるグングニルを見つけることが出来たが、同時に自身の腹部目掛けて投げられたグングニルを躱しきることは難しいであろうと判断する。

 

 

「……………………ッ!」

 

 

そして、萃香は瞬時に腹部を霧化させてグングニルを避ける。

 

 

「なッ!?いない!?」

 

 

「上だ」

 

 

「うがッ!!!」

 

 

かろうじて避けたグングニルに息をつく暇もなくグングニルが飛来してきた方向へと目を戻したが、煙が晴れて、大きく凹んだ地面にレミリアはいなかった。

 

そして、頭頂部から声がしたかと思えばすざましい衝撃が萃香に走り、巨大化した萃香の足が離れ、地に背を着く。

 

 

「……………………まずいッ!!」

 

 

仰向けに倒れた萃香の目の前には拳を振り上げながら急降下してくるレミリアの姿が見えた。

紅い瞳の残光が妖しく輝く

 

萃香は紅い瞳に見下ろされながら、来るであろうレミリアの一撃に両手を前にして防ごうとする。

 

 

しかし、幸か不幸か萃香の「ミッシングパワー」の効果が切れ、巨大化した萃香の身体が元の身体に縮む。

 

レミリアの振り下ろされた拳は巨大化した萃香の顔面を狙ったものであり、元の大きさに戻った萃香に対しては頭部を掠めることすらできなかった。

 

その一瞬を利用して萃香は体勢を整え直して距離を離す。

 

レミリアが振り下ろした地点は地面が大きく凹み、相対して周囲の地面は盛り上がる。

 

 

拳を振り下ろしたレミリアはゆっくりと俯いている顔を上げて、萃香を捉える。

紅い瞳が萃香を捉え、その瞬間、わき目も振らずに突撃する。

 

 

「………………ッ!!」

 

 

「まったく、無茶な戦い方をする!!」

 

 

突撃してくるレミリアに向けて岩石を放つが、レミリアは避けることなく岩石を受けたまま、そのスピードを緩めることなく萃香へと一直線に突撃する。

 

肩が抉れ、血が噴き出てもレミリアは気にしない。

吸血鬼の驚異的な再生能力をフルに活性化させて、瞬時に再生して獲物を刈る凶獣の如く滑空する。

 

ズシン、と萃香の目の前で大きく地面を踏みしめたレミリアはその鋭い爪を振るって萃香を襲う。

萃香は、先ほどと同様に自身の身体を霧化させて躱す。

 

しかし、そんな動きを予測していたのか、レミリアはもう片方の手に魔力を込め、萃香に放つ。

 

 

「がっ、あああああああああああああああああああ!!!!!!」

 

 

その魔力は、あらゆるものを焼き尽くすほどの熱を帯び、萃香を容赦なく焼き焦がす。

 

 

萃香はとっさの判断で空中の水分を萃めることで温度を減衰させる。

萃めた水分が一瞬の内に蒸発し、爆発が生じてレミリアと萃香を吹き飛ばす。

 

 

「……………ふっ……ふッ」

 

 

「ふぅっ、ふぅっ!!」

 

 

レミリアは空中で体勢を整えて足に地を着けて、乱れた息を整える。

萃香も同様に体勢を整えて荒く息を吐く。

 

 

「へ、へへへ、強いなあ。まさか、私がここまでやられるとは思わなかったよ」

 

 

「私もだ、ここまで骨が折れる相手も久しぶりだ」

 

 

レミリアと萃香。「鬼」の名を持つ両社の戦いは熾烈を極めた。

鬼の全力の一撃が、吸血鬼の空間をすら切り裂くほど一撃が飛び交う。

 

 

両者、共に消耗し、流石に強大な力を持つ者同士の2人にも疲労の色が見える。

萃香は満たされているような純朴な笑顔を浮かべ、対するレミリアも疲労の色こそ隠しきれてはいないが、愉しげな笑みを浮かべている。

 

 

「宴会まで、時間が足りないからな。惜しいが、これで決着をつけさせてもらうぞ」

 

 

「望むところさ。あんたとの死闘もいいが、あんたと飲み交わしてみたくなった。さぁ、仕上げだ!盛大に暴れてやるよ!」

 

 

――「スカーレットディスティニー」

 

 

――「百万鬼夜行」

 

 

レミリアと萃香、二人の空間が、両者の妖気がぶつかり合い、一際大きな戦闘音が響き渡った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 

「異変解決と、宴会を祝って乾杯!!!」

 

 

「「「乾杯!!」」」

 

 

今回も宴会の幹事を務めていた魔理沙の一声で宴会が始まった。

 

 

博麗神社に霊夢はもちろん、魔法の森の魔法使い二人、そして白玉楼の亡霊と半人半霊の従者。

 

幻想郷の賢者とその式2匹。紅魔館と皆一堂に会して今日もまた宴会に勤しんでいた。

その場には当然、レミリアの姿もあった。

 

 

ただ一つ、いつもと違うとすれば

 

 

「お~~い!!!レミリア!飲んでるか~??」

 

 

「……………ああ、飲んでるよ」

 

 

今、レミリアに肩を組んで陽気に笑って酒を呑んでいる一匹の『鬼』の姿。

今回の異変の首謀者ともいえる彼女『伊吹萃香』が宴会の席に参加していることだろう。

 

 

「私と同じ『鬼』の名を持つんだ。酒に弱いなんて醜態は晒さないだろうねぇ?」

 

 

「試してみるか?あいにくと、私も酒には強いんだ。先に酔いつぶれないようにな」

 

 

「ははは!!それでこそだよ!レミリア!それでこそ私を負かした(・・・・ )漢だ!!」

 

 

レミリアと萃香の死闘の決着はレミリアに軍配が上がった。

とはいっても、両者全力を尽くして決着をつけようとしていたのだから、無事では済まなかったが、寸分の差でレミリアが勝利した。

 

その時の萃香の表情は負けたというのに清々しい表情そのものであった。

 

 

その後、萃香は博麗神社へふらりと霧となって飛んでいき、レミリアと戦って返す刀で霊夢達とも戦って同じように負けた。

 

霊夢達にうまく立ち回っていたが、レミリアとの戦闘が響いたのかすんなりと敗北を喫し、すぐさま人々を萃めさせていた異変が解決されたということだ。

 

 

そして現在、異変解決後の幻想郷のしきたりに則って、皆で異変解決を祝して宴会を行っている所である。

 

宴会の場で、萃香はレミリアに絡み、レミリアの肩に手を回し、一時もレミリアの傍から離れないくらいにはレミリアに執着しているのだ。

 

当然、突然現れた鬼がレミリアに親し気であるというのも何かと悶着を生むこともある

 

 

「……………………そこは私の席だ!!お兄様から離れろッ!!!」

 

 

吸血鬼の妹が激しいほどに嫉妬に狂い。

 

 

「……………………お坊ちゃまに近づく虫けらが………ッ!!!」

 

 

従者が殺気を放ちながら萃香へと威嚇をするようにしてナイフを懐から取り出していたり。

 

 

「………………………」

 

 

他にも博麗の巫女が不機嫌になっていたり、賢者がむくれていたりと、様々な反応をしているため、当のレミリアには落ち着かない雰囲気である。

 

 

「……………………フッ」

 

 

「「「………………ッ!!!!」」」

 

 

「…………………胃が痛い」

 

 

しかし、その異様に剣呑な雰囲気に拍車をかけるようにして、レミリアに寄り掛かっている萃香は不敵な笑みを浮かべて挑発をすることでより一層剣呑な雰囲気が強まり、またレミリアの胃をキリキリと痛む要因にもなるのだ。

 

 

 

 

 

 

その後、伊吹萃香は幻想郷に住み着くことになった。

萃香は博麗神社に住み着くことになり、宴会も適切な回数に落ち着いた。

 

 

萃香は頻繁に紅魔館に訪れる様になり、美鈴の組手相手やフランの遊び相手、はたまたレミリアと手合わせであったり酒を呑み交わしたりと伊吹萃香という存在は次第に幻想郷、そして紅魔館で認められていくことになる。

 

 

こうして、短くも壮絶で、そして緩やかに異変・三日置き百鬼夜行は終わりを迎えたのだ。

 




短いです


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