夢結さま誕生日SS 【最高(?)のプレゼント】 (gromwell)
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夢結さま誕生日SS 【最高(?)のプレゼント】
「あうぅ……、どうしよう」
一柳梨璃はひとり、公園のベンチでラムネの瓶を傾けていた。
シュワシュワと喉を通る炭酸の刺激が心地良いが、梨璃の表情は優れない。
「夢結さまの誕生日プレゼント、なんにも思いつかないよぉ……」
ここ数日、それとなく夢結に欲しい物を訊ねてみたりと梨璃なりのリサーチを行ってみたものの、コレといった成果はなかった。
紅茶に入れるレモンの輪切りや、角砂糖などなど、その場その場で必要だった物しか聞き出せなかったのだ。
「誕生日プレゼントがレモンの輪切り……」
いやいやと梨璃は首を振った。無い、それは無いと自身へツッコミを入れた。
それにしても困った。街であれこれとお店を見て回ったが、これといったアイデアも浮かばないし、喜ばれそうな品物も見つからない。
「紅茶の茶葉とかティーカップはもうお持ちだし……」
そもそも、梨璃はそういう物に詳しく無い。それに夢結が使うのに相応しい物をとなれば、梨璃の手の届く価格ではなかった。
「あー……、どうしよう」
梨璃はとうとう頭を抱えてしまった。
そんな風に知恵を振り絞ってうーうー唸る梨璃は、自分に近づいてくる人の気配に気づかなかった。
「もし、そこの娘。具合でも悪いのか?」
突然かけられた言葉に驚いた梨璃が顔をあげると、そこには見知らぬ女性が立っていた。剣道着の袴を短くしたような服装の女性は言葉遣い同様にキリッとしていて格好良い。
「あ、いえ、ちょっと悩み事があって……」
変なところを見られて恥ずかしいのか、梨璃が慌てて返事をする。
「そうか……。む、その制服は百合ヶ丘の……」
「え、あ、はい。私、百合ヶ丘一年の一柳梨璃といいます」
「これは失礼、名乗るのが遅れたな。私は桜ノ杜三年の宮崎火刈だ」
お互いに自己紹介を済ませた二人は、百合ヶ丘へ向かっていた。
帰って二水や楓に相談する事にした梨璃をどうにも放って置けないという火刈が同行する事になったのだ。
「ところで、いったい何に悩んでいたのだ?」
梨璃の隣を歩く火刈が心配そうに問いかけてきた。
「えっと、大丈夫ですよ。大したことじゃないので……」
「とてもそうは見えなかったがな」
「う……」
火刈の指摘に梨璃は俯いてしまう。
「会って間もない私を信頼しろとは言わない。だが、もし話せるものであるのなら、話してみないか?」
思わず梨璃は火刈の顔を見上げた。
「これでもそれなりに艱難辛苦を乗り越えてきた自負はある。何かしら手助け出来るやもしれん」
もっとも恋の悩みはどうにも出来んがな、と火刈は笑った。
「ありがとうございます。その、実は──」
意を決して、梨璃は話してみることにした。会ったばかりではあるが、火刈の誠実さは本物だと感じる。
それに、話を聞いて貰えるだけでも有り難いものなのだ。
「──というわけなんです」
「なるほど、そういう事か」
梨璃の話を聞き終えた火刈がぽつりと呟いた。
「すみません。なんだかその、大したことない悩みですよね……」
しゅんと梨璃が肩をおとして言う。
そんな梨璃の頭を火刈は優しく撫でた。
「他人にとってはそうかもしれないが、梨璃にとっては重大な事なのだろう?」
優しげな眼差しを梨璃に向けて火刈は言葉を続ける。
「その者は果報者だぞ。誕生日を祝う事にそれほど悩んでくれる者が居るのだから」
「そんなこと……」
火刈の真っ直ぐな褒め言葉を聞いて梨璃が顔を真っ赤にする。
「しかし、そうなるとなかなか難しいな」
定番の手作りの物を贈るにしても、もう当日だ。手の込んだものを用意する時間はない。
うーんと梨璃と二人、頭を悩ませる火刈の目に、あるものが飛び込んできた。
それはコンビニの入り口横に貼られたポスターだった。
「野球チームの優勝の場面ですね」
梨璃もしげしげと眺めている。
チケット販売のポスターらしいそれは、去年の優勝チームの胴上げの写真を使っていた。
「胴上げ……」
そういえば、確かたまたまニュース番組を夢結と見ていた時に、スポーツニュースのコーナーでこの胴上げの映像を見たことがあった。その時、夢結が呟いた言葉を梨璃は思い出した。
『胴上げって、されるとどんな感じなのかしらね?』
確かに、胴上げなんてあまり体験出来ない事だ。それに多少でも興味があるということは、されて嫌なことではあるまい。
「あ、あの、火刈さま。お願いがあるのですが……!」
「構わない。私で出来る事であれば協力しよう」
そんなわけで、夢結への誕生日プレゼントが決定してしまったのだった。
「なるほど、だから胴上げだったのね……」
少々乱れてしまった髪を整えながら夢結は溜め息を吐いた。
夢結にしてみれば唐突に胴上げされるという珍事に見舞われたのだから、ある種の災難といえる。
「桜ノ杜の大番役まで巻き込んで……」
梨璃といっしょに嬉々として胴上げしていた火刈をジト目で見る夢結。
「もともと私から持ち掛けた話だからな」
うちのシルトに何吹き込んでくれてんだと、文句のひとつも言ってやりたいがそこはグッと我慢する夢結だった。
「気持ちは嬉しいけれど、そんなに気を使わなくていいのよ」
自身の膝の上に座らせた梨璃の頭を優しく撫でながら夢結は言った。
「一件落着と言ったところで、私は失礼しよう」
これ以上の長居は不粋とはかりに火刈が踵を返した。その背中に梨璃が慌てて声をかける。
「あの、火刈さま。お世話になりました」
「私が好きでやったことだ。しかし、梨璃の素直さをあやつにも見習わせたいな」
ポツリとぼやきつつ、立ち去る火刈の後ろ姿を見送った。
やがてその姿が見えなくなると夢結が口を開いた。
「さて、梨璃。貴女の誕生日のお祝いは覚悟しておきなさい」
「あの、夢結さま……?」
何か怒らせてしまったのだろうかとオロオロしている梨璃を殊更優しく撫でながら夢結はそっと微笑むのだった。
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