指揮官の姉を名乗る翔鶴さん (ぐちやま)
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指揮官と翔鶴

こういったモノ書くのは初めてですので、温かい目で見てくださると幸いです。


ある母港のある執務室。そこに2人の男女がいた。1人は白い軍服を身につけた青年であり、もう1人は白い和服を身につけた女性であった。

 

「おはようございます指揮官。こちらが本日の業務日程です。」

 

そう言って女性は何枚かの紙が挟まれているクリップボードを手渡した。

 

「それとこちらは本日の艦隊の業務予定です。委託及び演習を行う方達はこちら。海域調査を行う方達がこちらです。午前中の分の業務書類はこちらの方にまとめておきました。ご確認ください。」

 

テキパキとクリップボードの中身を説明する彼女の名前は「翔鶴」。この母港が設立されてからすぐに配属されたKAN-SENだ。最初期からいるだけあって、数多くの戦場を共にくぐり抜けてきており、長く秘書艦を任せている人物である。最も頼りにしているKAN-SENと言えるだろう。そんな翔鶴さんだが1つだけ困った所がある。それは…

 

「あ、ああ。いつもありがとう翔鶴。所で…。」

 

「はい?」

 

「近くないか?」

 

「そうですか?普通じゃないですか?」

 

「いやいや!肩と肩が、顔と顔がくっつきそうな距離なんだぞ!」

 

「そうですか?普通じゃないですか?」

 

「だから…!」

 

言葉を続けようとしてやめた。彼女はこちらの話を聞く気がないらしい。そう、この翔鶴は異様に距離感が近いのだ。長い月日を経て少しずつ信頼し合ってこれならばまだ分かる。理解できる。しかし彼女のそれは最初からなのだ。更に加えて、あることを強調してくる。それは忘れはしない、彼女の着任時の挨拶。

 

『航空母艦翔鶴です。私の事はお姉ちゃんだと思って、なんでも頼ってくださいね!』

 

開口一番これである。しかもそれ以降も。

 

『おはようございます指揮官。お姉ちゃんが起こしに来ましたよ。早く起きないと…キス…しちゃいますよ…♡』

 

とか

 

『今日の夕飯はお姉ちゃん特製ハンバーグです!沢山作ったので、いっぱい食べてくださいね!あ、お野菜もちゃんと食べないと、お姉ちゃん怒りますからね~!』

 

など、ことある事に姉を主張してくるのだ意味が分からない。出会い頭にオサナナジミと言ってくるKAN-SENがいるそうだが、彼女もその類なのではと疑念を抱いた程だ。それもあってか未だに彼女のことを若干恐れている。信頼しているし信用もしているが、心のどこかに隔たりを設けていた。それ故かどうかは定かではないが、

 

「ふふっ。指揮官ってば顔を真っ赤にしちゃって可愛い…。朝からこんな指揮官を見られるなんて…これもお姉ちゃん特権ですね!」

 

今日も翔鶴に弄ばれているのだった。

 

 

 

 

 

「…」

「…」

 

それから時は進み、時刻は9時を回った所。現在は2人で書類と睨めっこをしていた。翔鶴の手際の良さは舌を巻くレベルだ。用意されていた書類は重要な物とそうでない物とが明確に区別されていたし、委託や出撃の編成も文句ない。おかげで日頃からかなり楽をさせて貰っていた。

 

「―――翔鶴。この書類は―――」

 

「―――ああ、それでしたらこちらに―――」

 

そんな事務的なやり取りが更に1時間続いた後、翔鶴が口を開く。

 

「―――はい!午前中の分はこれでおしまいです。指揮官、お疲れ様でした。今お茶を入れてきますね。」

 

「ああ、翔鶴もお疲れ様。ついでに甘い物も頼むよ。」

 

彼女は「はーい」という声と共に執務室を後にした。1人残された俺は朝に渡された紙を見て、これからの予定を確認する。

 

「10時半から見回り…。休憩して丁度いい時間か…。ま、とりあえず一息つけ…。」

 

「お邪魔しまーす!指揮官、翔鶴姉いるー!?」

 

ると思った矢先、勢いよく扉が開かれた。白と赤の服を着た女性が目に飛び込んでくる。

 

「また扉を壊す気か瑞鶴。そっと開けて入って来いといつも言っているだろう。」

 

「あはははは…。ごめんごめん。翔鶴姉は…いないのか。とりあえずお邪魔しまーす。」

 

この女性の名前は瑞鶴。翔鶴の妹であり、姉と同様この母港の古株だ。竹を割ったような性格の彼女は、その前向きさで仲間を鼓舞し、多くの戦場で勝利をもたらしてきた。それ故に艦隊の皆に慕われており、第一艦隊の旗艦を務めている。個人的にもかなり信を置いている人物だ。

 

「で、何の用だ?」

来客用のソファに腰掛けた瑞鶴に問う。まぁ、大体の目的は分かっているのだが。

 

「用がなきゃ来ちゃ駄目?」

 

「はぁ…やはり食い物が目当てか。」

 

「あはははは!流石指揮官!分かってる~!」

 

分かるも何もいつもの事じゃないかと胸中で愚痴る。というのも瑞鶴が執務室に用なく来るのは今回が初めてではない。というかかなり頻繁に来る。しかもその狙いは必ずと言っていいほど、翔鶴が用意してくる茶と菓子なのだ。

 

「翔鶴が今用意してくれている。少し待ってろ。」

 

そういうと彼女は「はーい」と返事をして支給品のタブレットを弄りだした。

 

そして数分後。ノックの音が部屋に響き、今度は優しく扉が開いた。ワゴンを引いた翔鶴がキュルキュルと音を立てて入ってくる。

 

「お待たせしました指揮官、瑞鶴。お茶にしましょう」

 

この口ぶりといい、3つ用意された湯のみと食器といい、あたかも客人がいることが分かっていたかのようだ。廊下ですれ違ったのだろうか。いやそうならば瑞鶴があのような台詞を吐くまい。つまり翔鶴は勘で妹がいることを察知したということになる。いやはや流石というべきか…感心と共に恐怖を覚える。

 

「今日のお茶請けはアップルパイです。昨日金剛さんと比叡さんが作っていたのを分けてもらいました。」

 

俺が戦慄していることなど露知らず。翔鶴は華麗な手際でパイを切り分け、お茶を注ぎ、ソファの前のテーブルに並べた。

 

「さぁ指揮官、どうぞこちらへ。味はお姉ちゃんのお墨付きですよ。」

 

「指揮官!早く食べようよ!美味しそうだよ!」

 

2人の言葉に誘われて、俺は姉妹の方へと移動する。まぁ翔鶴が凄いのは今に始まった事じゃない。今はティータイムを楽しむことにしよう。

 

「所で瑞鶴、この後暇?」

 

アップルパイが綺麗に無くなり、温かいお茶で人心地ついていると、翔鶴が唐突に切り出した。

 

「ああうん。午前中分の仕事は終えたし、時間はあるかな。どうして?」

 

「良かった。私達これから見回りなんだけど、一緒に行かない?」

 

「見回り…ああ、そうか。もうすぐ委託組や出撃組が戻って来る時間だもんね。うん!いいよ!僭越ながらこの私めが指揮官様と翔鶴様の護衛を務めさせて頂きます。」

 

わざとらしくカーテシーを行いながら瑞鶴はそう言った。

 

「ふふっ。すごく頼もしいわ。さぁ、指揮官。そろそろ時間です。食器はお姉ちゃんが片付けますので、お支度の方をお願いします。」

 

「あっ、翔鶴姉!私も手伝うよ!じゃあ指揮官。また後で。」

 

2人が出ていった執務室は静寂に満ちていた。騒がしい瑞鶴がいたからだろうか、何故だか無性に寂しさを感じた。

 

「さて、用意するか。」

 

別に一生の別れをした訳では無いのだ、寂しがってる場合ではない。見回りということは多くのKAN-SEN達と会う。ならば見てくれだけでもしっかりしないとな。俺は身だしなみを整え、貴重品を携帯した後、2人が来るのを待った。

 

 

 

所変わってドックの中。3人で委託組の出迎えをしていた。うちの「見回り」はただ母港に異常がないかを見て回るわけではない。そういうことは警備任務に割り当てられているKAN-SEN達が担当しているので、俺の出る幕ではないのだ。

では自分は何をするのかと聞かれれば、そうこの出迎えである。仕事の達成を上司自ら確認し、すぐ労う。これは艦隊の士気及び忠誠心の向上に繋がり、ひいては戦果の向上に繋がる。故に積極的に行うべしとの翔鶴からの言葉だ。ま、そんな腹心めいたことを考えなくとも、艦隊のみんなとコミュニケーションを図ることは、当然のことであり必要な事だろう。だからこそ俺は出撃した皆が帰ってきたら、迎えに行くようにしていた。

 

「あ、しゅきかん!ただいまー!」

 

我先にと睦月が走ってくる。委託が終わったばかりだというのに元気なことだ。

 

「おかえり睦月。怪我はなかったか?」

 

「うん!アメさんいっぱいもらってきたよ!」

 

「睦月ちゃん…アメさんじゃなくて『しざい』だよ…。」

 

睦月の後ろから如月や始め、共に出撃していた皆が歩いてくる。全員無事のようだな。委託とはいえ、不慮の事故というものは起きる。安全な海路のはずが、いきなりセイレーンに襲われたという話をちょくちょく耳にする

。実戦経験がないKAN-SENがよく着く任務のため、壊滅的な被害を出すこともあるそうだ。中には…。そのため俺は委託を出す際、必ず1隻は戦闘経験豊富な娘を旗艦役として同行させていた。そして今回、この艦隊でその役をお願いしていた江風が1枚の書類をこちらに差し出してきた。

 

「指揮官、今回の補充資材の報告書だ。確認してくれ。」

 

「ああ、ご苦労さま。…とくに問題はなかったか?」

 

「ああ、特筆して報告することは何も。むしろ睦月と如月が張り切って燃料を運んでくれたから、相当楽をさせてもらった。指揮官、2人を褒めてやってくれ。」

 

江風にそう言わせるとは中々なもんだな。俺は言われた通り睦月と如月の頭を撫でて「よくやったな」と言葉をかけた。2人は擽ったそうに、それでいて嬉しそうに目を細めた。和やかな雰囲気が場を包んだ。

 

「さて、書類の方も問題なし。このまま預かっておくから、皆は休憩に入ってくれ。本当にご苦労さま。」

 

無限に撫でたい気持ちを押さえ込み、指示を出す。帰ってくる娘達はまだまだいる。その娘達も迎えに行かないとな。

 

「了解した。江風委託艦隊、これより休息に入る。」

 

江風達は敬礼した後、ドックを去った。

 

その後委託から帰ってきた皆を次々と出迎える。今回も全員損傷なし。本当に良かった。さて次は海域調査に向かった艦隊達が戻ってくる頃合だ。こちらはセイレーンの目撃情報があった場所や、セイレーンがいると思われる場所の調査を行っている。無論、発見すれば交戦もやむなしの本格的な戦闘任務だ。1番危険な仕事であるため、しっかりと労ってやらねばと意気込んでいると、隣の翔鶴から声がかかった。

 

「指揮官、海域調査の方達は私が対処しますので先に執務室へと戻っててくれませんか?」

 

と突然このようなことを言い出した。

 

「何故だ?」

 

「いいですから、早くしないと…」

 

「指揮官様~!!」

 

「ああもう…手遅れですか…。」

 

疑問の答えは直ぐに出た。なるほど、今回はあいつが出撃していたのか。最初に翔鶴から渡された紙、ちゃんと読んでおけば良かった。

 

「この赤城を直接出迎えて下さるなんて感謝感激ですわ~!ああ!指揮官様の愛が!赤城を優しく包み込み!そして2人は…ふふふっ、ふふふふふふ!」

 

「姉様…。」

 

顔を合わせるなりこの様相。個人的にうちのKAN-SEN達は非常に個性豊かだと思うが、その中でも赤城は群を抜いて個性的だ。なんというか…その…愛が重い!加賀が心配そうな顔で赤城を見ているのがなんとも切ない。

そんな加賀の事など眼中にないようで、赤城のマシンガントークはまだまだ続く。

 

「さぁ指揮官様。お食事に致しましょう。昼時には少々早いですが、このくらい誤差の範囲内ですわ~。さぁ赤城の部屋で、赤城の用意した料理を、赤城と2人きりで!そして食事が済めば赤城を…ふふふっ、ふふふふふふ!」

 

「姉様…!」

 

赤城さん(・・・・)。」

 

流石に行き過ぎだと思ったのか、加賀が止めようとした時、俺の後ろから殺気のこもった声が聞こえた。その声の主は翔鶴だった。赤城がピタリと止まる。そしてようやく俺以外の方に顔を向けた。

 

「あら~、居たの?五航戦。存在感が無さすぎて全然気づかなかったわ~。」

 

「赤城さんの目は節穴のようですね。それとも腐っているのですか?目を交換しに養豚場へ行かれることをオススメします。」

 

「このっ…!言わせておけば…!」

 

2人の間に火花が散る。しかし加賀も瑞鶴もまたかという表情をするのみで、止めようとしなかった。無論俺もだ。

そう、この2人。初めてこの母港で顔を合わせてからずっとこれなのである。むしろこんなものは単なる挨拶でしかない。ヒートアップするればもっと大変なことになる。そう…。

 

「大体貴女ね、先輩に対してその口ぶりはなんなの!?先輩に対する敬意というものが感じられるないわ!」

 

「赤城さんより先に着任したので、ここでは私の方が先輩です。さんづけしてあげるてるだけでも感謝してください。」

 

「この小娘が…!表に出なさい翔鶴。言葉で分からないようなら、体で先輩に対する敬意を教えてあげます。」

 

「良いでしょう。逆に赤城さんの連敗記録が更新されるだけだということを教えて差し上げます。」

 

こうなる。白熱しすぎるとこの2人は演習を始める。いや、演習と言う名の実戦か。

 

「加賀…交戦した…?」

 

そう呆れた顔をしている妹に問う。すると加賀は頷いた後、4本指を立てた。つまり出撃中、4回戦闘を行ったということだ。となれば赤城の燃料も弾薬も底を尽きかけているはず。それなのに彼女は補給もせず再び海へと駆け出した。相手は万全の状態のうちの最強だというのに。

 

「すまん加賀。」

 

それだけで意思が通じ、加賀はため息をついて赤城の後を追った。毎回貧乏くじを引かせて本当にすまない。まぁ今回、一番の貧乏くじを引いたのは、

 

「というわけで榛名。赤城の代わりに報告書の提出、頼むな。」

 

「え!?あ、はい…。」

 

赤城と一緒に出撃していた彼女だろう。

 

残された随伴艦達が去るとドックには俺と瑞鶴のみが残された。遠くから沢山の爆発音が聞こえる。相当激しく戦っているらしい。

 

「なぁ瑞鶴。どれくらい持つか賭けないか?」

 

唐突に切り出す。

 

「ごめん、賭けにならないと思う。だってほら…。」

 

「お待たせしました。指揮官、瑞鶴。『オソウジ』完了しました!」

 

瑞鶴が指さす方向には、ものすごく可憐に笑う翔鶴が傷1つなくこちらへと歩いていた。早い、早すぎる。2人が出ていってから、10分も経っていないぞ。その翔鶴の後方を見ると、ボロボロになった赤城が加賀に背負われていた。辛うじて息はあるようだ。

 

「さ、流石だな翔鶴。消耗していたとはいえ、あの赤城をこうも容易く倒してしまうなんて…。」

 

声の震えが隠せていなかったようだが、翔鶴は全く意に介してないようで、

 

「当然です!だってお姉ちゃんですから!!」

 

またしても屈託のない笑顔をこちらに向けるのであった。




もっと書こうと思ったのですが、5千字超えたので止めました。


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指揮官と翔鶴と瑞鶴

自分の中ではまだ第1話の途中です。イチャイチャラブコメを書こうと思ったのにどうしてこうなった。


翔鶴が赤城を叩きのめしてから1時間後、俺は瑞鶴と共に食堂にいた。要件は言うまでもなく昼食を取るためである。この母港ではKAN-SENの食事は生活班に割り当てられたKAN-SEN達が作っている。というのも母港の機能自体、KAN-SEN達の手によって運営されているのだ。まぁ、それだけだと手が足りない所もでてくるので、饅頭と呼ばれる奇妙な生物の手も借りているのだが…。

何はともあれ、ここで『普通の人間』と言えるのは俺しかいない。何故そんなことになっているのか、理由はあるのだが今語ることでは無いだろう。

そんなことより今は飯だ。生きていれば何もしなくても腹は減る。少し前にアップルパイを食べたばかりだが、俺の腹はグーグー鳴っていた。それは向かいに座っている瑞鶴も同じようで、翔鶴が来るのを今か今かと待っていた。

 

「翔鶴姉遅いねー。」

 

唐突に瑞鶴から不満が漏れる。それもそのはず、昼食開始予定時間から既に20分以上経っていた。それは翔鶴が

 

『汗を流してくるので、先に食堂に行っててください。』

 

と言ってから50分経過したことになる。如何に女性の支度が時間かかるとはいえ、これは少しかかり過ぎではないだろうか。常に心に余裕を持つことを信条にしている俺でも、今回ばかりは瑞鶴に同意したくなる。おかげで他のKAN-SEN達がご飯を食べに来る時間と被ってしまうぞ。

 

「そうだなー。」

 

そんなことを思いながら、ウォーターサーバーから取ってきた水を飲み、適当に相槌をした。それから更に数分後、ようやく待ち人が食堂に現れた。

 

「お待たせしました2人とも。お色直しに手間取ちゃって…。」

 

そう言った翔鶴の呼吸は少し乱れていた。もしかして走って来たのだろうか。

 

「もー遅いよ翔鶴ねー。化粧なんてどうでもいいじゃんかー。翔鶴姉美人なんだからさ、そんなもの無くても大丈夫だって。」

 

テーブルに突っ伏して、完全に不機嫌モードの瑞鶴。

 

「瑞鶴。そう言う問題じゃないの。女の子にとってお化粧は最低限の身だしなみであり、マナーであり、エチケットで…。」

 

「ね!指揮官もそう思うよね!」

 

姉の言葉を遮って、勢いよく顔を上げて俺に同意を求めてくる。やめてくれ、こういう繊細な話題を振らないで欲しい。一歩間違えればセクハラにもなりかねない、地雷のような質問だぞそれ。

 

「あ、ああ。俺も翔鶴は美人だと思うぞ。」

 

無難な回答でお茶を濁す。この程度なら問題あるまい。

 

「だよね!」「もう…指揮官…。」

 

そんな場当たり的な言葉にも関わらず瑞鶴は嬉しそうに笑い、翔鶴の頬はほんのり赤くなった。

 

「そんな瑞鶴に合わせなくても…。」

 

「こんな嘘はつかないよ。本心から言っている。」

 

KAN-SEN達は皆可愛かったり、美しかったりするが、とりわけ翔鶴はその中でも郡を抜いていると思う。初対面のとき、その美しさに見とれたことを今でも鮮明に覚えている。

そんなことを思いながら真っ直ぐ翔鶴を見つめると、彼女は恥ずかしそうに目を伏せ、瑞鶴は更に嬉しそうに笑った。

 

「ん、んん!さて!お昼を頂く時間から時がかなり経過しています!食堂も結構混んで来ましたので、早くご飯を取りに行きましょう!」

 

急にまくし立てるように翔鶴は話をする。普段の彼女ならば、まず見ることはできない非常に焦った様子だ。

 

「指揮官の分はお姉ちゃんが取ってきますので、座って待っててください!さ、行きましょう瑞鶴!!」

 

一方的に言い切ったのち、ずけずけと歩き出した翔鶴の後ろを「待ってよ翔鶴ねぇ~!」と瑞鶴が追いかける。彼女達の向かう先、配膳を行っているカウンターの方を見てみると、既に大蛇のごとく行列ができていた。これはまだまだ飯にありつけそうにないようだ。

閑話休題、完全に1人になった俺だが、暇を持て余しているのかと聞かれればそうではない。こんな時間に俺が食堂にいることが珍しいためか、多くのKAN-SEN達が話しかけてきた。例を挙げると、

 

「あ……指揮官さん……。こんな時間に珍しいですね……。」

 

「ああ、ちょっとな。」

 

「なるほどね!『よきせぬえらー』なのね!」

 

と言った軽く挨拶程度の会話もあれば、

 

「ご主人。今度夕張達の新装備を見て欲しい。」

 

「また何か作ったのか?」

 

「ふっふっふっ。今度のは力作にゃ!目にものを見るがいいにゃ!」

 

「何でもいいが、爆発で倉庫を壊さないようにしておけよ。また蒼龍に怒られるぞ。」

 

「「うっ…!」」

 

などの雑談もあれば、

 

「指揮官さま…今なら装備箱が大変お安くなっておりますよ…。この期を逃すような大うつけでないことを妾は信じておりますから…。」

 

「あ、ああ…後でな…。」

 

こんなセールストークまで多種多様に話が出来たので、ありがたいことに退屈せず待つことができた。

 

「指揮官!雪風様の幸運の方が凄いに決まってるのだ!」

 

「いいえ!時雨様の方が凄いに決まってるわ!そうでしょ指揮官!」

 

そして現在は、いつもの雪風と時雨の幸運勝負に付き合わされていた。

 

「ええっと…どっちも凄いじゃ駄目…。」

 

「「ダメ(なのだ)!」」

 

相変わらずだが、どうしたものかと困っていると

 

「『ご歓談中』失礼します指揮官。報告書を提出しに来ました。」

 

救いの手が現れた。それはボコボコに打ちのめされた赤城の代わりに書類書きをさせられていた榛名であった。

 

「ああ、榛名。ご苦労さま。」

 

「全く執務室に居ないから『随分』と探しましたよ。ただでさえこんな貧乏くじ引かされたというのに…!」

 

榛名の不満は相当溜まっているようだ。それもそうだろう。調査報告書はセイレーンが絡む内容のため、緊急の要件であり、なおかつ機密性が高い書類に分類される。なので帰投後直ぐに作成し、俺か秘書艦に手渡すことが規則となっている。故に執務室に居ないからあちこち探し回り、ようやく見つけたと思ったら他のKAN-SENと楽しそう遊んでいる。そんな様を見せつけられた榛名の鬱憤は想像を越えるものなのだろう。言葉の随所に怒りに満ちた語気を感じられた。

不穏な空気を察したのか、いつのまにか雪風と時雨はいなくなっていた。幸運艦の面目躍如だな、とても良い勘をしている。俺も出来れば逃げ出したい。しかし立場上そういう訳にもいかないので、なんとか榛名を宥めることにする。

 

「ほ、本当にありがとう榛名!いやー凄い見やすいぞ!榛名に任せて正解だった!」

 

…これは我ながら悪手であったと思う。あからさますぎるお世辞。人を不愉快にさせるには充分な燃料だ。更に怒らせてしまったか…?榛名の様子を伺う。

 

「はぁ、もういいよ。報告書は確かに提出しました。榛名、これより休憩に入らせてもらいます。」

 

あからさますぎるおべっかに、怒り以上に呆れが来たのか榛名はそう言うと踵を返して食堂を出ていった。俺はその背に「お疲れ様ー」と言って見送るしか出来なかった…。後で金剛にフォローをお願いするか…。

2人がもうしばらく時間かかりそうなので、暇つぶしに榛名の持ってきた書類を見る。

 

『0730。s-24海域。セイレーンと遭遇。敵編成、駆逐艦7、巡洋艦4。赤城と加賀の航空爆撃により沈黙。被害0』

 

『0800。t-45海域。セイレーンと遭遇。敵編成、空母2、巡洋艦5、駆逐艦10。赤城と加賀の航空爆撃により沈黙。被害0』

 

先程言った言葉は嘘ではなく、非常に見やすい報告書だった。いつ、どこで、どんな敵と、どう戦い、誰が負傷したか。こちらが知りたい情報を短くまとめていてくれる。多くの書類と睨めっこしなくてはならない自分からすれば、とてもありがたいことだった。さて続きを読もう。

 

『0830。u-32海域。セイレーンと遭遇。敵編成、戦艦6、空母3、巡洋艦10、駆逐艦20。赤城と加賀が航空爆撃により沈黙。被害0。』

 

うん?今の敵艦隊、結構大規模だったような…。しかもさっきから赤城と加賀が航空爆撃したことしか書いていないような…。とりあえず最後まで読もう。

 

『0900。v-78海域。セイレーンと交戦。待ち伏せていた様子。敵編成、戦艦20、空母10、巡洋艦30、駆逐艦50。上位個体ピュリファイアー1。』

 

おいおいおい、大艦隊じゃないか!しかも上位個体まで!海域調査は実戦訓練も兼ねており、未熟な娘が編成されていることが多い。今回もその例に漏れず、前衛にあたるメンバーは全員初陣だった。つまり大手を振って戦える船は3隻しかいなかったのだ。大丈夫だったのか!?

 

『赤城と加賀の航空爆撃によりピュリファイアー以外沈黙。その後赤城の拳によりピュリファイアー沈黙。被害0』

 

どういう状況だー!!

 

見やすいと言った自分の言を撤回したくなる。この文章だけ読んでると、赤城と加賀が艦載機を飛ばしただけで、100を越える敵船が消し飛んだことになる。いくらあの2人が強いと言ったってそんなこと可能なわけ…。

 

『なお、赤城と加賀以外誰も発砲しなかったことをここに明記する。作成者 榛名』

 

してた!!ああ、なるほど。榛名の不機嫌は出番がなかったことも起因しているのか…。まぁ何はともあれ、これだけの敵と遭遇して全員無傷なのは良かった。

 

「またしてもお待たせしてしまって申し訳ございません、指揮官。」

 

「まったくもう、混みすぎ!お腹が減りすぎて背中にくっつくかと思った!」

 

「まあまあ。その分夕暮ちゃんがサービスしてくれたでしょ。仕方ないことなんだから文句言わないの。」

 

「それはそうなんだけどさぁ…。」

 

そんなこんなしている内に2人が戻ってきたようだ。

 

 

「流石赤城先輩。迫り来る敵艦隊を鎧袖一触かー。」

 

時刻は13時前。少し遅めの昼食を食べていた。話の種にと榛名の報告書を2人に話したところ、瑞鶴からこのような感想が寄せられた。

 

「しかも上位個体まで文字通りワンパンなんて。というかまたピュリファイアー?あの人全然懲りないねー。」

 

瑞鶴の言うことは最もである。実はピュリファイアーと遭遇するのはこれで3度目である。

1度目は今回のように大艦隊を引き連れてこの母港に攻めてきた。その時対処したのが翔鶴である。結果はと言うと…敵ながら哀れとしか言いようがなかった。翔鶴の笛の音に呼応して大量の艦載機達が縦横無尽に空を舞い、敵艦隊に爆撃や魚雷をお見舞いした。一曲吹き終えるころには動ける者はピュリファイアー1人であり、その彼女も立つのがやっとという状態だった。

 

『貴女の舞はとても醜い。舞踊をよく勉強して出直して来てください。』

 

『くっ!覚えてろよーーーー!!!!!』

 

そう捨て台詞を吐いて退却した。こうして翔鶴は1歩も動くことなく勝利したのだった。

 

2度目は鏡面海域を作ってこちらを待ち伏せた。母港への強襲が分が悪いのなら、自分に有利な状況を用意すればいいと考えたのだろう。その策事態は悪くなかった。しかしその思惑がこちらに筒抜けだったのが運の尽き、こちらの最強戦力をもって鎮圧させて貰った。俺は通信と報告のみで、どんな様子だったかは具体的には分からないが、第一艦隊として出撃した山城から

 

―――めちゃくちゃ凄かったです!!特に瑞鶴さんがピュリ…さん…?でしたっけ?その方と相対した時のことなんですけど、『てめぇら!なんでこっちの企みが分かった!』『簡単な話だよピュリくん。私たちには様々なデータを観測しているレーダーがある。そのレーダーを使えば、鏡面海域が発生したことがわかるのさ。』『何っ!?』『つまり君たちは事を興した時点で負けていたのだよ。』『くぅぅぅ!ちくしょー!!こうなったらお前だけでも道連れにしてやるー!死ねー!!』だっ!ズバッ!『またつまらぬものを切ってしまった…。』カチン。…なんてことがあって、本当にもう、ものすごく格好良かったんで…殿様?聞いてますか殿様?殿様!?どこに行くんですか殿様!?殿様ーー!!

 

なんて200%脚色された話を5回ほど聞かされた。余談だが、本人に確認取ったところ『そんな敵に情報を与える様なこと言うわけないじゃん。』と笑われてしまった。おのれ山城。

 

そして今回が3度目。全体を通しての上位個体との遭遇例は少ない。3回も会ったのはうちが初では無いだろうか。もしかして因縁付られている?詳しいことを後で赤城に聞くとしよう。

 

「まさか新人達がいる調査艦隊を狙うなんてねー。赤城先輩達がいなければどうなっていたか。」

 

「…。」

 

「そうだな。赤城と加賀には感謝しなくてはな。おかげで全員無事に帰ってきてくれた。」

 

「…ううっ。」

 

「そうだね。流石一航戦!私だったらこうはいかないかな。」

 

「…うううっ。」

 

「はははは。お前なら一人で事足りただろうに。」

 

「ふふふふ!」

「はははは!」

 

「うううっ!」

 

俺たちが歓談している隣て、翔鶴がわなわな震えていた。

 

「どうした翔鶴?」

「翔鶴姉、寒いの?」

 

「さっきから私への当てつけですか!!」

 

食堂が静寂に包まれる。

 

「ええ!そうですとも!そんなみんなを救った英雄を爆撃で歓迎しましたとも!病院送りにするくらいに徹底的にもてなしてあげましたとも!」

 

「しょ、翔鶴姉…。」

 

「だって仕方ないじゃないですか!そんな戦闘があったことなんて分からなかったんですし、あの人もあの人でいつも通りだったんですし!」

 

「お、落ち着け翔鶴。みんなが見ているぞ…。」

 

そう諭すとハッとした顔をして辺りを見渡す。全ての目が一人に集まっていた。それに気づいた翔鶴は恥ずかしそうに目を伏せ、恐るべきスピードで昼食を食べ始め、「ご馳走様でした!」と世界最速の男もびっくりするような速度で席を離れていった。

 

「どうする瑞鶴?」

「どうしようか指揮官。」

 

残された俺たちは困った顔を見合わせた。

 

夕方。午後の執務を終えた俺は赤城の見舞いに来ていた。

 

「赤城の病室はいつもの部屋にゃ。」

 

明石から場所を聞き、夕日に染まる廊下を歩く。オレンジ色に染まった廊下は、それだけで幻想的な雰囲気を醸し出していた。少しして目的の部屋の前に立ち、ノックをした。すると直ぐに扉が開く。

 

「加賀、赤城は「まぁ指揮官様~!お見舞いに来て下さるとは赤城、感激ですわ~!!」…起きているようだな。」

 

加賀に連れられて室内に入る。患者衣を着た赤城がベッドで上体を起こしていた。

 

「具合はどうだ赤城?」

 

「ええ!指揮官様をお顔を拝見出来ましたので赤城は「姉様。」…悪くはありませんわ。」

 

加賀の釘を刺すような言葉に引っかかりを覚えるが、見た感じ元気そうだ。ひとまずは安心した。加賀は俺の分の椅子を用意した後別に椅子に座り、林檎を剥き始めた。それを見た時、自分の過ちに気づいた。

 

「しまったな。そんなに果物があるなら別の物用意すればよかったな。」

 

見舞いの品の王道だと思い、果物の詰め合わせを用意してきたが、同じ考えをした人物がいたのか既にフルーツが山のように台の上に置いてあった。加賀が剥いている林檎もその中の一つだ。

 

「いえいえ、指揮官様が赤城の為に持ってきて下さったものですもの。心の底から嬉しいですわ~。ですが…。」

 

横目で台の方を見る。

 

「食べきれないほどあるのも事実。このままでは折角の果実を腐らせてしまいますわ。…加賀。」

 

言うより早く、加賀は皿に乗せた林檎を俺に差し出してきた。ご丁寧にうさぎの形に切ってある。

 

「どうぞ指揮官様もご堪能ください。…貴方様が食すならばあの娘も本望でしょう。」

 

「あの娘?一体誰のことだ?」

 

この盛り合わせを置いて行った人物だろうか。ちょっと気になる。さほど大きくもない母港なので、赤城が入院していることを知っている奴は多い。しかし彼女が病室送りになるのは「いつものこと」なので、わざわざこんなに沢山の見舞いの品を用意する者は少ない。そんな少数の中から心当たりのある人物を検索する。

 

「もしかして瑞鶴か?」

 

姉の不祥事のお詫びとしてこの山を持ってきそうではある。実際何度かお見舞いに行っているらしいし、少々度が過ぎるのが尚のことあいつの面影を感じさせる。

 

「いいえ、翔鶴ですわ。」

 

これは驚いた。まさか赤城をこんな風にした張本人からだとは。確かにあいつは根が真面目で優しい。自分のせいで誰かを傷つけたのなら、心からの詫びをするだろう。だがその対象が赤城となれば話は別だ。先程から言っているが、2人はしょっちゅう殴り合いをしている。その度に赤城は病室で一夜を過ごし、翔鶴はスッキリとした顔をしていた。

そんなもんだから、こういったアフターケアのようなことはしてないと考えていたがまさか…。

 

「もしかしてケンカの度に…?」

 

「ふふっ。それでしたら今頃赤城は菜食主義者になってますわ。」

 

疑問は大ハズレ。どうやら毎度のことではないようだ。しかしならば何故今回だけ…?

 

「…やはりお話いたしましょう。」

 

頭を捻っていると、赤城が意を決したかのように切り出した。

 

「指揮官様。榛名から上位個体と遭遇したという報告を聞いたと思います。」

 

もちろん。ここに来た目的の1つはその話を詳しく聞くためである。

 

「内容は概ね推測できます。そして書かれていることに間違いはございません。しかし…一つだけ訂正箇所がございます。」

 

「それは?」

 

「語るよりお見せするほうが早いでしょう。」

 

そう言うと赤城は服を捲った。綺麗なお腹が見え…なかった。そこには目をつぶりたくなる程に真っ赤に腫れ上がった痣があった。

 

「どうしたんだそれは!?」

 

「ピュリファイアーですわ。」

 

その言葉に俺は驚きを隠せなかった。

 

「榛名から『拳を使って倒した』と聞き及んでいることと思います。そこに訂正箇所はございません。しかし指揮官様。何故艦載機による遠距離攻撃を行っていた私が、拳なんぞを用いることになったのでしょうか?」

 

赤城の言わんとしていることを理解した。

 

「まさか…。」

 

「はい。彼奴は私と加賀の爆撃の雨を掻い潜り、接近してきたのです。」

 

赤城は当時の状況を鮮明に語る。2人がセイレーン艦隊に攻撃していた時のことを。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




まだまだ第1話は続きます。


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指揮官と翔鶴と時々赤城

これで第1話完結です。当初予定していたよりもずっと長くなってしまった…。


恍惚な表情で赤城は燃え盛る海上を見つめる。

 

『容易い。あまりにも容易いわ。セイレーンの上位個体はこの程度なのかしら?』

 

『姉様。』

 

『ええ、分かってるわ加賀。慢心は禁物でしょう?しかし艦爆に加え、魚雷による波状攻撃。この中を生きている者が…。』

 

『いるんだなそれが!!』

 

炎の海を掻き分け、何かが高速でこちらへと迫る。言わずもがなピュリファイアーであった。

迎撃しようにも艦載機は出し尽くしている。戻している余裕もない。気づいた榛名達が砲塔を向けるが、赤城が邪魔で撃てない。万事休す。対策を打てぬまま、ピュリファイアーが懐に入る。

 

『赤城!取った!!』

 

爆発音が響く。爆煙の中に赤城は消えた。

 

『姉様ー!!』

 

加賀が駆け出す。常に冷静な彼女の面影はそこにはない。姉の心配と彼女を撃った敵への憎悪。無謀な特攻を仕掛ける加賀にピュリファイアーが反応する。

 

『今度はお前か!?いいねぇ。姉妹共々あの世に送ってあげごっ!?』

 

言い切る前に4mほど横に飛んだ。いや飛ばされた。何かがピュリファイアーを殴ったのだ。あまりのことに全員の動きが止まる。

 

『…死亡確認せず余所見をするのは頂けないわねぇ。』

 

煙が晴れるとそこには赤城が何食わぬ顔で立っていた。拳を握りしめ、ピュリファイアーを睨む。

 

『姉様!』

 

安堵した表情をする加賀。対して苦虫を噛み潰したような顔をするピュリファイアー。

 

『あ、赤城!?なんで!?確かに手応えが…。』

 

『そんな豆鉄砲で私を傷付けられると思ったのかしら?だとしたら思い上がりも甚だしいわねぇ。』

 

ゆっくりと歩きながら近づく。不意の攻撃をまともに喰らったせいか、ピュリファイアーは体に力が入らなかった。

 

『くそっ!動け動け!』

 

自分の足を殴って立とうとするも悲しいかな、全く応えてくれなかった。遂に鬼が目の前に立った。

 

『私を殺したいのなら、せめて翔鶴に一太刀浴びせられるようになりなさいな。…さてと。動けない者を一方的に殴るのは趣味じゃないのだけれど…折角の衣が汚れてしまったし、お・か・え・し。しなきゃあねぇ!!』

 

そこから先は見るも無惨な暴力の嵐だった。ピュリファイアーに何発も何発も拳を打ち付ける赤城。それを加賀は嬉しそうに見つめ、榛名は新人達にこんな光景を見せまいと、3人を抱きしめた。

数分後、気が済んだ赤城は艦隊に合流した。

 

『姉様!』

 

『心配かけてごめんなさい加賀。それと貴女達も。』

 

『援護出来ず申し訳ございませんでした…。』

 

榛名は申し訳なさそうに俯く。

 

『空母であるのに前進し過ぎた私が悪いのよ。貴女が気に病むことではないわ。それより、よくこの子達を守ったわね。』

 

労うかのように頭を撫でた。

 

『さ、撤退しましょう。これ以上ここに留まる理由はないわ。』

 

『あれはどうしましょう。』

 

榛名はさっきまでピュリファイアーだったものに指を指す。どうやら辛うじて死んではいないようだ。

 

『放っておきなさい。捕虜を連行している余裕はありません。それは分かってるでしょう?』

 

燃料と弾薬が少ない一航戦と新人3人を抱えての護送。それがどれだけの危険を孕んでいるか、わからないほど榛名は馬鹿ではなかった。故に今度は砲塔を向ける。

 

『ならばトドメを。』

 

『その必要もないわ。』

 

手で制す。

 

『何故!?』

 

『彼の者はもはや意識はなく、戦える状態ではありません。そして戦意の無い者を撃つのは戦争ではなく、虐殺です。あなたは畜生になりたいのですか?』

 

ゆっくりと諭すように語りかける。榛名は言葉が詰った。

 

『それに動けない者を撃つのは、貴女の名誉を貶める行為よ。私は貴女が穢れる様を見たくはないわ。』

 

赤城はしっかりと目を見て微笑んだ。その目に榛名は何も返すことが出来ず、『…了解しました。直ちに帰投準備に入ります。』と言って新人達の状態を見始めた。

 

『姉様。』

 

ピュリファイアーを警戒しながら、一部始終を見ていた加賀が赤城のすぐ隣に侍る。

 

『加賀、あなたは甘いと言うのかしら?…ええ、そうね。以前の私ならば同じことを思ったでしょう。けどね…。』

 

赤城は言葉を止めた。

 

『姉様?』

 

『いえ、なんでもないわ。それより私達も帰り支度をしましょう。加賀、周囲の索敵をお願い。』

 

その後特に接敵もなく無事に帰投した。

 

「これが事のあらましですわ。」

 

「赤城…その時君は…。」

 

「肋骨が3本折れてました。しかも折れた骨が肺に刺さっていたそうですわ。」

 

まるで笑い事のように語る赤城に俺は怒りを覚えていた。

 

「そんな…!」

 

()()()()()()()。」

 

機先を制されて、たじろぐ。

 

「何故平気でいられたか。答えは単純、兵器であるからです。KAN-SENという兵器であるからこそ、痛みを消し、破損した部分を他の器官で代替出来、それ故に沈むまで戦うことが出来る。それが私達ですわ。この程度『そんなこと』で片付けてよいものです。」

 

赤城の言葉に自嘲はない。ただ淡々と事実のみを語っているという口調だった。

 

「この負傷も3日もすれば、何も無かったかのように治るでしょう。指揮官様もお分かりになられているはずです。KAN-SEN(私達)人間(あなた達)は違うということが。ですから…。」

 

赤城が真っ直ぐに俺の顔を見る。

 

「ですからそのような顔をなさらないで下さい…。」

 

俺は涙を流していた。

 

怒り故か、悲しい故か全然分からなかった。ただどうしてなのか目の前の女性が、こんな言葉を言うことに泣けてきたのだ。

 

「ええと…指揮官様…?」

 

「赤城。二度とそんなことを口にするな。」

 

目に見えて困惑している赤城に命令するように言い放つ。

 

「君は俺の仲間だ。それはどこにいようがどんな状況だろうが変わらない。だから…自分を大切にしないことを俺は許さない。」

 

そう言って席を立つ。大方聞きたいことは聞けた。聞きたくないことも聞けた。ここにいる用事はない。彼女の弱気な姿は見たくない。俺の涙を見せたくない。そう思って部屋を出ようとする。

 

「指揮官様…。」

 

 

「最後に聞いておきたい。何故そんな状態で翔鶴に挑んだ?」

 

 

扉を開ける前に背を向けたまま問う。そこだけが解せなかった。少しの間沈黙が訪れる。

 

「そこは…まぁ…痛みを忘れていたのでというか…ノリというか…。」

 

先程までとは打って変わって歯切れが悪い。振り返ると彼女は気まずそうに俯いていた。

 

「赤城…まさか…。」

 

「はい…完全に売り言葉に買い言葉でした…。」

 

思わず吹き出してしまった。先程まで凛々しく「自分は兵器だ。」と言っていた人物がこんなことを言うなんて、とても可笑しかったのだ。

 

「もう指揮官様!」

 

「あははは!いや、済まない。しかしなるほど。翔鶴はそこで気づいたんだな。」

 

笑って緊張が解れたためか頭が回り、当初の疑問が腑に落ちた。翔鶴がこんなにもお見舞い品を用意したのは、赤城が怪我をしたことが分かったからだ。

 

「…ええ。いつもの様に演習を挑んだものの、燃料が尽きかけていたためか痛覚が戻ってきてしまい…。顔には出さないようにはしたのですが…。」

 

「動きでバレたと。」

 

「結局彼女が出したのは爆撃機1機のみでしたわ…。」

 

つまりあの連続して聞こえた爆撃音は赤城の航空機によるものだったのか。

 

「そして一撃で意識を持っていかれたと?」

 

「正しく。手負いだったとはいえ、この体たらく。お恥ずかしい限りです…。」

 

そう言うと毛布で顔を隠してしまった。加賀が少し笑った。俺はまた扉の方を向き、取手口に手をかけた。ここで知りたいことは、今度こそ全て知った。

 

「赤城。ピュリファイアーの対策の考案を命じる。期間は1週間。事態の重要性を考慮して、その間の艦隊業務の免除を許可する。加賀はそれの補佐だ。()()()()()()()()()()()()()()()()()。ではこれで失礼する。」

 

この命令の真意をこの2人ならば理解しているだろう。そして振り返ることなく俺は退室した。その目にはもう涙は無かった。

 

 

_______________

 

「行ってしまわれたわね。」

 

2人きりになった部屋で呟く。

 

「やっぱり天城姉様のようにはいかないわね。」

 

彼には自分達がどういう存在で、どういう風に扱うべきかを知って欲しかった。その為に嫌われるのを覚悟で、あの様な話をしたと言うのに。最後の反応から察するに、あの人の対応に変化はないだろう。それ所か益々私達を人間扱いするに違いない。

 

「ねぇ加賀、あの方のあの表情見た?私が戦いの為に存在していると言えばお泣きになり、私の失態を語たればお笑いになられたわ。しかもあの様な命令まで…。」

愉快そうに話す赤城。

 

「あの方は私が兵器であることを嫌い、人間である事が嬉しいのね。ああ。なんと歪んでいるお方なのかしら…。」

 

「姉様。」

 

「そうね加賀。だからこそ。だからこそ!」

 

 

 

「この身、全てを差し出すに値するお方だわ。」

 

 

 

「さて、名目上とはいえ直々のご命令を頂いたのだし、早速…。」

 

そう言ってベッドから出ようとする赤城を、加賀は両肩に手をかけて止める。

 

「姉様。」

 

「か、加賀?…まぁそうね。今すぐに動いては、指揮官様のご好意を無駄にすることになるものね。止めておきましょう。」

 

そう言って姿勢を戻した。加賀も手を離し、椅子に座る。それから数分後。再び赤城が立とうとするので、加賀はまた止めようとする。

 

「加賀?今度のは違うのよ。その…お小水をしに行きたいの。だから手を離してくれる?」

 

「姉様。」

 

「か、加賀?何故尿瓶を持っているのかしら…?」

 

「姉様。」

 

「加賀!それだけは!それだけは私のプライドが!無理!無理よ!」

 

「姉様!!」

 

「加賀!!待って!!今…力が…!あっ!いや!」

 

「姉様ー!!」

 

「いやぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!」

 

_______________

 

 

電灯に照らされた廊下を歩く。窓の外を見れば月が出ていた。

 

「結構話し込んでしまったな…。」

 

腕に付けた時計を見れば既に夕食時を過ぎていた。やれやれ翔鶴がより不機嫌になるぞ。

昼の一件以降、翔鶴は目に見えて怒っていた。執務中は余計なことを一切喋らず、仕事の話をする際も事務的な口調であった。何をするにも翔鶴を顔色を伺わなければならなかったので、午後の執務が終わる頃には数日分の仕事をやったのではないかと疑うほど疲労していた。

そんな状況での今の時間。いつもなら3人で夕食を食べている頃合をとうに過ぎている。

 

「更に不機嫌になるかなぁ…。」

 

無論、赤城へ見舞いに行くことは伝えてある。だが、こんなに遅くなるとは言ってない。宿舎への足取りが重くなる。帰ったらなんと言われるだろうか。いや、何か言ってくれた方が気が楽だ。

 

「尻に敷かれている夫の気分だよ全く…。」

 

「誰が尻に敷いているんですか?」

 

虚空に消えると思った言葉が、思いがけず反射し驚く。声がした方を見ると、白い着物を着た女性がこちらを見ていた。

 

「…翔鶴…。」

 

「遅いじゃないですか。待ちくたびれましたよ。」

 

壁に背を預けて立っていたのは件の悩みの種、翔鶴であった。彼女は俺を確認すると、目の前まで歩み寄ってくる。

 

「あ、ああ。思ったより混んだ話をしててな…。赤城の怪我のことも聞いたよ。」

 

「へぇーあの人怪我していたんですか。それって私のせいって言ってました?」

 

「い、いや…。」

 

そこまで言って違和感に気づく。翔鶴も赤城の腹のことを知っているはずだ。なのにこの言い草…。…なるほど。不器用なやつめ。

 

「ふ…。」

 

翔鶴は赤城を庇っている。赤城は艦隊の士気を下げない為に傷を隠した。その結果、加賀以外の4人は赤城がピュリファイアーの攻撃を受けても無傷だったと思っている。それは既に多く者に知れ渡っているだろう。そんな中、実際には赤城は負傷していたと知られればどうなるだろうか?確実に動揺が走る。それ所かその怪我を見抜け無かった榛名や加賀の名誉も貶めるかもしれない。だからこそ赤城を入院させたのは自分だと振る舞う必要があると翔鶴は考えたのだ。

本当に不器用なやり方だ。そして赤城もその事を分かっていたから、あの話を最初は隠そうとしていのだ。似た者同士なのだな、この2人は。そう思うと自然と笑みが零れていた。

 

「むー。なんですかその勝ち誇ったような笑みは。お姉ちゃん、そういう子嫌いです。」

 

頬を膨らませ抗議する翔鶴。言葉に反して雰囲気に棘はない。どうやら機嫌は直っているようだ。

 

「いや…。それより夕食はどうした?」

 

笑ったまま話を変える。これ以上踏み込むのは2人の為にならない。このことは胸に閉まっておくとしよう。

 

「私も瑞鶴もまだですよ。指揮官が来なきゃ意味がないって。」

 

「そりゃ大変だ。今頃瑞鶴がまたブーブー言っているかもしれないな。急ぐとしよう。」

 

「ふふっ。はい、指揮官。今晩はお姉ちゃん特製ビーフシチューですからね!」

 

「それは楽しみだ!」

 

こうしてまた、誰も死なずに1日が過ぎて行くのだった。

 

 

 

_______________

 

「生きてる?ピュリファイアー。」

 

日が沈んだ海の上。大の字で浮かぶ女性を見下ろす女性がいた。

 

「なんとかね、オブザーバー。」

 

「あら?意外と元気そうね。」

 

「喋れるくらいには回復したよ。けど体が全然…。」

 

「そう。」

 

オブザーバーと呼ばれた女の後ろから何かが振り落とされたと思った次の瞬間、ピュリファイアーの首が飛んだ。

 

「オーライ、オーライ…。はい、ナイスキャッチ。」

 

「…もうちょい丁寧に扱ってよ。」

 

生首の状態で抗議する。

 

「貴女のメモリーさえ回収できればいいもの。脳だけにしてもいいのよ。」

 

「ナマ言ってすみませんでした。」

 

「よろしい。」

 

そう言って彼女は赤城達が去った方向と反対の方向へと進み始める。残された体は海へと沈んでいった。

 

「あの娘達には感謝しないとね。貴女を殺さなかったおかげでサルベージする手間が省けたわ。」

 

「おかげで体とはさよならバイバイする羽目になったけどね。これからどうすんのさ?私としては今すぐにでも、この礼をしたいんだけど…。」

 

「今はダメよ。音楽も物語も緩と急が大事。戦闘の後に戦闘と続いては面白くないわ。」

 

「そういうのが好きな人もいると思うけどね。」

 

「だから束の間の平和をプレゼントすることで返礼としましょう。」

 

「はいはい、オブザーバーがそういうのなら。私に異存はありませんよっと。」

 

「大丈夫よ、ピュリファイアー。」

 

 

 

「すぐに楽しいことが起きるから。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




振り返って読んでみると、拙い文が多い。けどこれも醍醐味かなと思ってます。決して直すのがめんどくさいからとかではありません。


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飛龍は瑞鶴の後輩:前編

やっぱり1話完結は無理だった。


_______________

 

二航戦は五航戦の先輩である。それは紛れもない事実であり、ぼくの誇りでもあった。

ぼくがここに配属され時、既に五航戦の2人は母港の中核であった。その真実に憤りを禁じ得ないでいた。先輩である自分が、後輩である2人より弱いということが許せなかったのだ。

 

『すぐに追い越してやる。』

 

あの時のぼくの胸には、その思いしかなかった。

 

必死の思いで鍛錬した。1日の内、最低限の食事と睡眠以外はずっと練度を上げていた。文字通り血反吐を吐く日々だった。その甲斐あってか、ぼくは短期間で調査艦隊に編成されるまでに至った。調査が目的とはいえ、初の実戦。これを足がかりに功績を重ねていって、いつか五航戦を追い抜いてやる。そんな絵に描いた餅を実現させる気でいた。

 

……現実はすぐに訪れた。ぼくの目の前に広がるは、海を染め上げる大艦隊。100や200どころの話ではない、もしかしたら500を越えていたかもしれない。対してぼく達は6人。しかもぼくを含めて4人が初陣であった。

 

ぼくは恐怖した。

 

『無理だ。こんな人数でこの大艦隊に勝てるわけがない。逃げよう。』

 

こんなことも口に出来ないほど縮み上がっていた。ああ、なんという体たらくだろうか、飛龍の名が聞いて呆れる。とにかくその時のぼくの心情は『死にたくない』。この一言に尽きた。

 

『うーん。まぁ、しょうがないかー。』

 

ぼくがガタガタと震え上がっているすぐ横で、旗艦を務めていた瑞鶴が言った。まるで近所の子どもを相手にするような呑気さで。

 

『んじゃ行ってくるから、江風ちゃんはみんなをお願い!』

 

『了解した。存分に暴れてくるといい。後、ちゃんはよせ。』

 

圧巻。その一言に尽きた。瑞鶴が艦載機を飛ばせば瞬く間に何十隻もの船に火の手が上がった。瑞鶴が一太刀振るえぱ何隻もの船が一刀両断となり沈んだ。本当に近所の子どもを相手にする如く、何百隻もの敵船を瑞鶴は蹂躙して行った。

 

『こんなものかなー。』

 

気がつけば6人以外に動く物はいなくなっていた。背伸びをしながら、こちらへと歩く瑞鶴の足取りは軽い。息は微塵も乱れてはいなかった。

 

『は、はははは…。』

 

笑うしか無かった。こんなにも力量差を見せつけられては絶望も出来なかった。『先輩』。そんなちっぽけで守る価値もない誇りは、この時粉々に砕け散った。その代わりに新たな信仰がぼくの中に芽生えていた。

 

_______________

 

「それで加賀さんが守った子達は大丈夫でしたか?」

 

母港の見回り最中に翔鶴が質問してくる。ふと気になったといった感じの口調だ。ここで赤城と言わないのが彼女らしい。

 

「ああ。扶桑がカウンセリングをした結果、異常無しだそうだ。」

 

うちの扶桑は戦場に出ることはない。しかしこうしてメンタルケアの面で艦隊を支えてくれている。

 

「初陣で大艦隊と遭遇したもんだから、PTSDとかになっていないか心配だったが…とりあえずは安心したよ。」

 

「飛龍さんの件がありますからね…。」

 

「飛龍…飛龍か…。」

 

その名前を聞くと思い出す。あの変わり果てた彼女のことを。あの日、初戦闘を終えて帰還した飛龍は、別人と疑う程に変貌していた。あの衝撃は今でも忘れられない。それ故に現在でも彼女に出撃を要請するのは躊躇いがあった。そうまさか…。

 

「押忍!瑞鶴先輩!こちらお飲み物になります!!」

 

「あ、ありがとう…飛龍…。」

 

「押忍!お言葉を頂き、感謝の極みです!!」

 

飛龍がこんな体育会系の後輩キャラになるなんて。

 

「うわぁ…今日もやってますね…。」

 

あの翔鶴が引いている。無理もない、俺もまだ慣れない。帰ってきた飛龍は瑞鶴を先輩と呼び、慕うようになった。それも今どきいない、ゴリゴリの体育会系で。瑞鶴の話によると、

 

―――

もうびっくりしたよ!皆と合流した時、いきなり飛龍先輩が、『先輩!今まで生意気なことを言ってすみませんでした!!不詳飛龍、これより心を入れ替えて、誠心誠意瑞鶴先輩に尽くさせて頂きます!!』と言い出してさ!『いや、大丈夫ですよ飛龍先輩…。』と言っても、『自分に対してそのような言葉使いは不要です!是非とも小間使いとしてお使いください!!』なんて返してくるもんだから、私もどうしていいか…。ねぇ何とかしてよ、指揮官!!

―――

 

とのことらしい。無論即座に扶桑にカウンセリングを頼み、診てもらった。しかし扶桑でもどうしようも出来ないそうだ。

 

『心身共に問題は見当たりません。本人の好きにさせるのがよろしいと思います。』

 

カウンセラーにそう言われては仕方ない。その旨を瑞鶴に伝え、飛龍をお前の後輩してやれと命令した。瑞鶴は非常に困った顔をしていたがな。そこから幾つかの悶着があって、とりあえず飛龍を対等と考えることで落ち着いている。飛龍自身は自分を後輩、もしくは舎弟と言い張っているがな。

因みに余談であるが、実は瑞鶴をこんなふうに慕うのは飛龍だけでは無い。

 

「む、飛龍!また抜け駆けをするか!瑞鶴殿!拙者のも飲んでくだされ!」

 

「げぇ!?高雄!!」

 

「むっ!邪魔をするな高雄!」

 

高雄もなのである。というか戦闘好きのKAN-SEN全般に慕われている。高雄の場合は『瑞鶴殿は拙者が目指す、武の頂だ。』という理由らしい。いやはやモテる女は辛いな。

 

「瑞鶴殿は拙者と剣の鍛錬をするのだ。離せ飛龍!」

 

「いーや、瑞鶴先輩はぼくと艦載機の整備をするんだ!そっちこそ離せ!!」

 

しばらく観察していると、2人は瑞鶴の手を掴んで取り合いを始めた。まるで大岡裁きだ。間の子どもはというと、しばらくは困った顔で流れに身を任せていたが、このままでは埒が明かないと思ったらしく、

 

「ああもう!せい!!」

 

2人を投げた。飛龍と高雄は綺麗な放物線を描き、やがて大きな水柱を作った。

 

「ぷはっ!何をするか瑞鶴殿!」

 

「瑞鶴先輩!?水中トレーニングですか!?」

 

「違う!2人ともそこで頭を冷やしなさいってこと!全く…腕が取れるかと思った…。」

 

片手で人を投げれる時点でその心配はないと思う。

 

「とにかく!私はこれから出撃だから、2人と付き合ってる暇はありません!」

 

「「ならばぼく(拙者)も!!」」

 

「駄目に決まってるでしょ!!」

 

まだやんややんやと続けている。

 

「どうする翔鶴?助けるか?」

 

「微笑ましいのでもう少し見ていたいのですが…。業務に支障が出る可能性がありますね、助けましょう。」

 

その言葉に頷き、翔鶴を連れて3人の元へと歩く。

 

「あっ!指揮官、翔鶴姉!丁度いい所に!ねぇ、2人からも何とか言ってよ!!」

 

「あー無論、そのつもりで来たのだが…。その前に飛龍と高雄を引き上げないとな。」

 

今の時期の海水が、いい湯加減とは思えないからな。

 

 

「…それで、2人は瑞鶴と共に出撃したいのか?」

 

「「無論です(だ)!!」」

 

艤装を展開させて、服と体を乾かせた後にそう問う。2人の目は本気だ。可能ならばその願いを叶えてあげたいが…。

 

「なるほど。しかし飛龍には演習が、高雄には新人達の訓練が予定として入っていたはずだ。自分の欲望に固執して、役目を疎かにするのは関心しないな。」

 

「「うっ!」」

 

ぐうの音も出ないようだった。自由勝手に予定を変更すればどうなるか、真面目な2人ならば分からないはずがない。特に最古参の1人であり、他の皆の規範となるべき存在である高雄は、

 

「申し訳ございませぬ…。拙者とした事が目の前のことに逸り、規律を乱そうとするとは…。直ぐ様己が任に戻りますゆえ、それでは…。」

 

そう言って深々と頭を下げて足早に立ち去った。残された飛龍も、

 

「ぼくも熱くなりすぎました…ごめんなさい…。」

 

深く反省しているようであった。その姿に罪悪感を覚える。もう1人の騒ぎの主、高雄は既に去っている。飛龍1人をこれ以上責めるのは良くないだろう。なので許すと言って解放してあげようと思った所で、翔鶴が口を挟む。

 

「もう一度確認しますが、飛龍さんは瑞鶴と出撃したいんですよね?」

 

「ええ…まぁ…。」

 

「瑞鶴と一緒に居たいんですよね?」

 

「はい…。」

 

「なら丁度良かった!」

 

「「はい?」」

 

全員が唖然とする。一体何をしようというのだ?

 

「いやー今回同行を予定していた山城ちゃんが、急遽長門様に呼ばれて本国に帰っちゃったんですよ。瑞鶴いれば問題ないとは思うんですが、もしもの時の為に6人揃って出撃させたいのも事実。どうしようかなと悩んでいたんです。」

 

どういう事だ?

 

「本当に飛龍さんが居て助かりました!これで6人で出撃できますね!あ、演習の方は気にしなくていいですよ。こちらで代わりの方にお願いしておくので。」

 

翔鶴の言葉を聞いて飛龍の顔は煌めき、瑞鶴は面倒くさそうにため息をついた。しかしどういう事なのだろうか。()()()()()()()()()()()()。今頃艤装の点検をしているはずだ。というかしてた。さっき遠目で確認している。

 

(どういうつもりだ?翔鶴。)

 

全く意図が読めず、辛抱たまらなくなって小声で問いかける。

 

(まぁまぁ、見ててください。それよりも指揮官、()()()()()()。)

 

翔鶴も山城がどこで何をしているか知っている。つまりこの『頼み』というのはまぁ…そういうことなのだろう。

 

「では2人共。業務の変更を行うので、一旦執務室へ来てください。指揮官は他の娘達への伝令をお願いしますね。」

 

その声でこの場は解散となり、俺は急いで山城を隠死に行った。

 

―――

あ、殿様!そんなに急いでどうなされたのですか?え?山城に会いに来た?嬉しいです!!でも山城は今、瑞鶴さんを待たなくてはいけなくて…。え?瑞鶴さんは遅れてくる?しかも山城は待機に変更?代わりに飛龍さん?え?どういうことですか!?山城何かしました!?そういうわけではない?良かった…殿様に嫌われていたらどうしようかと…。殿様?なんで手を引っ張るのですか殿様?殿様!?そういうわけではないけど、そういうことなのですか!?殿様になら山城の初めてを差し上げてもいいですけど…時と場所を…。え、違う?いらない?それはそれでショックです!!ああ!引っ張らないでください殿様!!殿様!?殿様ーーー!!!

 

―――

海上。瑞鶴を旗艦とした艦隊は調査海域へ向かって進行していた。

 

(翔鶴姉、どういうつもりなんだろう?)

 

瑞鶴は考えに耽っていた。瑞鶴にも翔鶴の思惑が分からなかったからだ。山城がいないというのが、嘘だというのはすぐにわかった。何故ならば今朝山城に会ったとき、『瑞鶴さん!今日は一緒に出撃ですね!!』って話をしたからだ。その後に呼び出された可能性もあるにはある。しかしもしそうならば、結構律儀な性格である山城の事だ、直接言いに来るはず。でもそれが無かった。

以上のことから瑞鶴は翔鶴が嘘を言っていることが理解できた。しかし何のための嘘なのかが理解できなかった。

 

「まぁ考えても仕方ないか。」

 

姉の思考は常に自分の想像を凌駕している。故に自分如きがどれほど考えたところで分かるわけない。そんなことより今は自分の役割を全うしなくてはと、瑞鶴は頭を切り替えた。

 

「飛龍、偵察機を出して。」

 

「はい!」

 

そろそろセイレーンの支配海域に入る。瑞鶴は全員に警戒態勢に入らせた。それから数十分。一行はまだ敵とは遭遇していなかった。

 

「瑞鶴先輩。やっぱり敵影は見当たりません。この辺りから撤退したのでしょうか?」

 

「そうかも。でもそうじゃないかもしれない。気を緩めないで。」

 

「了解です。」

 

とは言うものの、飛龍を含めた艦隊の皆の集中力が無くなりかけているのを瑞鶴は感じていた。当然だ。全員肩に力が入りすぎている。これでは接敵する前に疲れ果ててしまう。

 

(いつもはこんな感じじゃないのにな。)

 

疑問が浮かぶ。今回のメンバーは何度も組んだことのある面々だ。性格や戦い方などをよく知っている間柄。このような無駄な緊張感が生まれるはずがないのだが、今日に限って何故か生じている。どうしてだろうか。飛龍がいるからか?

 

(って、私何考えてるの!?)

 

そう思って直ぐに頭を振る。そんな仲間を邪険に扱うような思考、思い浮かべるだけでも万死に値する。私たちは家族同然だ。信じることが当然で、疑うことなど有り得ない。最低でも瑞鶴はそう胸に刻んでいる。しかし皆が神経質になっているのも事実。一体何故…?

 

「…ふう。全艦、進軍停止。」

 

やめやめ。考えても分からないなら、考えるだけ無駄。そう結論付けて立ち止まる。とりあえずは目先の問題を片付けよう。

 

「どうしたんですか?瑞鶴先輩。」

 

「なんか疲れちゃった。ちょっと休憩しよ。」

 

「え?わわわ!すみません!全然気づかなくて!!瑞鶴先輩の疲れを見抜けなかったとは、後輩失格です!!」

 

飛龍の慌てふためく様子に、一同から笑みが零れる。

 

(いや、後輩なのは私なんだけどね。)

 

というツッコミは既に何十回としているので、今回は見送らせてもらう。何にせよ、少しは緊張感が解れたようだ。

見晴らしいのいい海上だと見つけてくださいと言わんばかりなので、付近の小島まで移動する。それから各々が、各々のやり方で休息を始めた。海に座る者、屈伸する者、飲み物を飲む者様々だ。その様子を瑞鶴は少し離れた所で見ていた。疲れたと言ったのは自分だが、正直一番疲れていないのが自分だ。皆がリラックスしている時こそ、自分が周囲の警戒をしなくては。

 

「ん?」

 

向こうの物陰に何か動く影に気づく。ここはセイレーンの勢力内だ。もしかすると、もしかしてかもしれない。

 

「飛龍。あっちの方でなんか動いた。ちょっと気になるから見てくる。」

 

「え?なら自分も!」

 

「大丈夫、大丈夫。気のせいかもしれないし。ちょっと確認してくるだけだからさ。飛龍はみんなを見ててよ。」

 

そう言いながら瑞鶴は進み始める。

 

「わかりました。何かあったら直ぐに呼んでください!飛んで駆けつけますから!」

 

「飛ぶのは艦載機だけでいいかな…。とにかく、みんなことを頼んだよ。」

 

「瑞鶴先輩もお気をつけて!」

 

その会話を最後に瑞鶴は戻って来なかった。

 

_______________

おまけ

 

 

ぼくは一度だけ、瑞鶴先輩に「何故そんなに強いのか」を聞いたことがある。その時の答えがこれだ。

 

『私は転属艦だからかな。建造されたみんなと違ってある程度の練度を持って配属されたからね。スタートが違うんだもん、練度差があるのは当然だよ。』

 

『いや、それだけで説明つかないような…。というか転属艦なんですか!?だって転属って…。』

 

『そう。他の母港のKAN-SENが、新米指揮官の元に配属される制度。つまり私、いや私と翔鶴姉は…。』

 

 

『左遷された船なんだよ。』

 




思い描いていることを上手く文章に出来ない。


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