とある科学の超人兵士。 (バナハロ)
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プロローグ
分かりやすいヒーローがいても良いじゃない。


 学園都市、総人口230万人であり、その八割を学生が占める街である。日々、学生達は各々の「能力開発」に心血を注ぎ込み、暮らしている。

 学生が大半なだけあって、問題を起こすのも学生であり、そしてそれらを取り締まる組織もまた、学生である。

 膨大な力を手にすれば、それを使用したくなるのは人間の性質であり、能力者を取り締まるには能力者しかいない、というわけだ。

 しかし、本当に恐ろしい相手は生半可な力を持つ学生ではなく、力は無くとも権力ある大人である。そして、それらを取り締まるために、大人の組織も存在していた。

 警備員。特殊な兵装を用いて、非人道的な実験を行う科学者達を止める組織である。

 そんな組織によって停止させられた計画があった。

 その名も「超人兵士作成計画」。要するに、キャプテンに憧れた学園都市の科学者が、それを作ろうとした能力開発全く関係ない実験である。

 が、いくらキャプテンに憧れていても、やはり学園都市の科学者なわけで。肉体を無理矢理、強化するために色々な負担を掛け続けた。

 その結果、死亡した「置き去り」の数は50人を超える。その中で、唯一の生き残りがいた。

 

 ×××

 

「クソッ……! あのコスプレ野郎、よくも……!」

 

 夜の学園都市は治安が悪い。能力に溺れる学生、或いは能力に恵まれず、荒れる学生が問題を起こす。どちらのパターンにしても「お前それ普通に犯罪じゃん」という事を平然としてやってのける連中ばかりだ。

 今、逃げている男は、コンビニ強盗をやろうとした男だ。殺傷能力のある発火能力者。それが、コンビニのゴミ捨て場を燃やし、店員を追い払っている隙に、もう一人がレジの金を根こそぎもらう、という計画だった。

 かなり、周到かつ大胆な計画だったが、それがたった一人の無能力者によってご破算となった。

 既に仲間がやられ、一人でバイクに跨って逃走する発火能力者に対し、ビルの屋上を走って距離を離されずに追いかけて来る男だ。

 どういうセンスなのか分からないが、首から鼻まで覆うマスクにスキー用のゴーグルにニット帽を被り、顔を隠している奴だ。服装は全身、バイクスーツで誰がどう見たって「怪しい男」だ。腰のベルトに付いたホルスターには、ふざけたことに黒い水鉄砲が装備されている。

 その男は、生身でバイクに追いついている。地上を走らないのは、通行人を巻き込まないためだろう。あの速さでは、肩と肩がぶつかっただけでも相手に大怪我をさせてしまう。

 

「……!」

 

 バイクを走らせていると、大きな公園を見つけた。あそこなら、付近に建物はない。つまり、反撃の目はあるという事だ。

 バイクのサイドミラーから、後ろの男との距離を見定めると共に、自分のウエストポーチから、焼酎の瓶を取り出し、蓋を開けて布を突っ込んだ。

 タイミングを測りつつ、自身の指先から炎を出し、布に灯す。そして。

 

「ここッ……!」

 

 真後ろの追跡者が最後の建物から飛び降りた時、思いっきり放り投げた。

 敵の落下速度は目測になるが計算出来るし、それに合わせて点火も可能。そもそも、直撃しなくても爆発によって爆風は当たる。動きは止められるはずだ。

 能力者の演算力あっての行動だが、上手くいけばそれで良い。空中に飛んだ男に直撃するまで、3……2……1……。

 

「ッッ……‼︎」

 

 直後、爆発した。大きい爆破ではないが、足を止めるには十分な威力だったはずだ。というか、むしろ殺してしまったのではないかと思うほどだ。

 バイクの速度を緩めながら、後ろを見る強盗犯。が、思わず目を見開いた。爆炎の中から、あのコスプレ野郎は平然と出て来た。両手を眼前でクロスして、ガードしたまま地面に着地する。

 

「あの野郎‥……バケモンかよ!」

 

 再び速度を上げる強盗犯。

 だが、夜の公園は人が少ない。つまり、地上でも全速力を出せるという事だ。

 後ろのコスプレ野郎は、一気に加速した。それはもう、バイク以上の速度を誇っていると言っても過言ではない。

 あっという間に真後ろに張り付くと、水鉄砲を抜いてバイクの後輪を狙う。発射されたのは、透明の液体。ただし、水ではなく、超粘着性の液体だった。

 それが、車輪と地面を縫い付ける。後輪が動かなくなったことにより、バイクの前輪は持ち上がり、強盗犯の身体も投げ出された。

 

「うおぉああっ⁉︎」

 

 悲鳴を上げながら地面に顔面から落下しそうになった直後、後ろから高速で迫って来た男がキャッチする。

 が、キャッチしたのも束の間。着地すると、すぐに地面に手放し、水鉄砲で自分と地面をくっ付けてしまった。

 

「ぐぁっ……て、テメェ! これ外せコラァッ‼︎」

「ダメだよ。コンビニ強盗にスピード違反、バイク走行中の危険行為……というか、後半は全部、道交法違反で良いね」

「お前に言われたくねえんだよ! テメェの方がよっぽど危険じゃねぇか!」

「違う違う。俺はちゃんと道と時間帯を選んで走ってるから。……あ、もしもし風紀委員? コンビニ強盗捕えたので……はい。公園で、お願いしまーす」

 

 通話を切ると、コスプレ男は地面に倒れている男の前でしゃがんだ。

 

「せっかく能力あるんだから。こんな下らないことに使わないで、もっと人の役に立つことに使いなよ」

「うるせぇ、余計なお世話だ。バーカ!」

「コンビニ強盗やる人に言われたくないね。じゃ、ちゃんと反省して出て来なよ」

 

 それだけ言うと、その場からすぐに立ち去った。実際、自分だって人の事は言えない。風紀委員からしたら、自分も強盗と同じ粛清対象になるだろう。

 でも、やめるわけにはいかない。この街は腐っているのだから。風紀委員だけでは決してカバーし切れない悪もある。それを、学園都市が隠蔽している事すらあるのだから。

 ならば、例え犯罪者と同じ扱いを受けようとも、この街に君臨し続けてやる。

 そう決意し、少年は夜の街を駆け巡った。

 

 ×××

 

 柵川中学。至って普通の、学園都市内に設立されている中学校である。賢い、というわけでもなく、低レベルというわけでもない、とにかく普通の中学だ。

 従って、決して能力者が多いというわけでもない。かと言って、少ないわけでもなかった。

 佐天涙子は、そこの学生であった。

 

「うーいーはーるーん!」

 

 そして、スカートめくり魔でもあった。主に、初春飾利の。

 校門で唐突にスカートを背後からめくられた初春は、最初は状況すら飲み込めない。しかし、スカートの中に異常なレベルの空気が入って来たことにより、ようやく理解した。

 そうなれば、まずはスカートを抑えることから始める。それと共に、真後ろにいる犯人を睨み付けた。

 

「っ、さ、佐天さん⁉︎ またですか! またやりましたね⁉︎」

「あはは、良いじゃん。減るもんじゃないし」

「良くありませんよ!」

 

 完全に他人事な台詞である。普通に共学の学校であるため、男子だっているのだ。

 

「どうしていつもいつもめくるんですか!」

「いやー、これやらないと私の一日が始まらない気がして」

「気の所為です! やめて下さい、本当に!」

「ごめんごめん。次で最後にするから」

「今ので最後にして下さいよ!」

 

 当然なツッコミを受けつつも、全く反省していない様子の佐天だった。そう思うなら初春自身も何か対策すれば良いだろうに、そこを学ばないのがまた初春の悲しいサガでもあるわけだが。

 

「それよりさ、初春」

「それよりって……」

「見た? 今朝のニュース。また出たってよ、『二丁水銃(ウォーターガン)』!」

「ああ、あのヒーローさんですか?」

 

 最近、学園都市で噂になっているヒーローだ。青と黒のライダースーツに、スキー用のゴーグル、マスク、ニット帽と手作り感満載のコスプレをしている奴だ。

 正体は不明で、とにかく悪人を見つけてはしばき回り、特殊な液の入った水鉄砲で、犯人達を行動不能にさせて風紀委員に通報しているという輩だ。

 

「私達、風紀委員としては耳の痛い話ですが、正直、助かっています」

「やっぱり? 初春は風紀委員の腕章してても舐められそうだもんねぇ」

「う、うるさいです! 私はそういう担当ではありませんから!」

 

 主にバックアップを担当する初春は、風紀委員として問題を起こす生徒達を止める力はない。それらに立ち塞がる勇気はあっても、実際に止められるかは別問題だ。

 そういう面では、やはり二丁水銃のようなバッキバキの武闘派の存在は助かってしまったりもする。

 

「でも、白井さ……同じ風紀委員の人は良く思っていないみたいで、いつも活躍を聞くたびにプンスカと怒ってます」

「えー、そうなの?」

「はい。世間では『風紀委員より二丁水銃の方が頼りになる』という声もあるみたいで。パトロールしているとはいえ、基本的には『通報があってから動く』私達より、すぐ現場に急行できるヒーローさんの方が活躍の場が多いのは分かりますけど……」

 

 正直、悔しいのだろう。実際は風紀委員の方が多く実績を挙げている。人数が違うし、パトロールしていて犯行を見つければ、その場で捕らえる事が可能なわけだから。

 しかし、結局の所、風紀委員も介入出来るのは「問題が起きてから」である。殴る前に止めればどうとでも言い訳出来てしまうし、何なら冤罪になってしまう可能性もあるのだから。

 その点、あの手作りヒーローは上司もいないし、訴えようにも正体が不明のため、自己判断で助けに入ることが可能なため、暴行が起こる前に止められる。

 そういう意味では、世間の評価が大きく違っていた。

 

「まぁでも、結果的には良い方向に向かってるんでしょ? 平和は守られてる、みたいな」

「そうですね。ヒーローさんの通報のおかげで検挙率も上がったし、犯罪数も徐々に減って来ています。だから尚更、同僚の方の機嫌が悪くて……」

「その白井さんって人? そのヒーローさんは決して悪いことはしてないのに?」

「今のところは、ですけどね」

 

 そもそも、と初春は話を続けた。

 

「白井さん曰く、『やましい事がないのなら風紀委員に入れば良い、入らないなら何か人には言えないことがある』だそうですよ。私もそう思いますし」

「うーん‥……確かに」

 

 一人でやるメリットもあるが、確かに基本的に「学園都市の治安を守る」という点で両者の目的は一致している。

 それでも風紀委員に所属しないのは、何か理由があるからなのだろう。主に、他人に知られたくないような類いの。

 しかし、噂や都市伝説が大好きな佐天にとって、ヒーローさんの事情は知った事ではない。つまり……。

 

「でもさ、正体不明で何処の組織にも所属しないって方が、なんかカッコよくない?」

「佐天さん……」

 

 完全に他人事な意見を聞きながら、ため息をついてしまった。

 

「ちなみにさ、正体とかわかってたりするの?」

「わかってたら捕まえてますよ……」

「や、だから、こう……なんていうの? 犯人のプロファイル? って奴」

「それはー……そうですね。わかり過ぎてわからない、と言った所でしょうか」

「え、どゆこと?」

「ネットに出ていますよね、ヒーローさんの正体、のような奴」

「ああ、うん。出てるよ」

 

 ほとんどがデマやデタラメで、中には「私が正体です」なんてのもある。

 だが、それらとは逆に的を得ているものもあるわけで。例えば、ヒーローの活動時間。大体だが、平日は夕方15:30〜夜の22:00であり、土日祝日は朝から晩までずっとである。それは、中学生から高校生くらいまでを示している。

 また、彼の出現率は第七学区が一番、多いため、彼が生活しているのも第七学区だと思われる。

 さらに、目測での身長は165センチ、ニット帽からたまに漏れる髪の色は黒、などと外見についてもわかってきている。

 

「でも、そこまでなんですよね。それ以上に関しては一切の情報無し。これだけでは、大半の学生が当てはまってしまいます」

「なるほどねぇ……」

「何より厄介なのは、その辺りがバレる事を決して恐れていない、という事ですね。そこまではバレても問題ない、と理解している、という事ですから」

 

 そんな話をしながら、教室に到着した。

 

「じゃあさ、初春にとってヒーローさんはどんな感じなの?」

「私、ですか?」

「そう。脅威? 味方?」

 

 その問いに対する答えは決まっている。

 

「勿論、本当に正義の味方のヒーローさんなら、とっても素敵な話だと思いますよ?」

 

 その返事に満足したように佐天は頷くと、とりあえず自分の席に戻った。

 

 



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市民に人気でも警察には嫌われる。

 固法非色は、何処にでもいる普通の中学一年生ではない。よく言うところの「化け物」である。

 身体能力は、細かく計測したことはないが、過去の経験から具体例を挙げれば、車より速く走り、片手でトラックの横転を止めながら巻き込まれそうになった女性を抱え、ダンプカーに撥ねられても捻挫で済み、その捻挫も30分で自動的に治癒され、視界に敵がいなくても殺気で反応し、回避出来る化け物である。

 その能力は、二年前の「超人兵士作成計画」なんてふざけた実験の結果であり、従って、非色は「超人」なわけである。

 生き残りは、非色の聞いた話だと自分しかいないそうだ。施設内にいた仲の良かった奴も、みんな死んだと言う。まぁ、死んじゃったものは仕方ない。警備員に助けられた時は自分の明日もわからない状況だったし、気にしている場合ではなかった。

 で、そんな非色は考えた。あんなクソみたいな施設が、今や学園都市のそこら中にある、という。ならば、もう自分のような化け物も、実験失敗により死亡した被験者達も、両方死なせない為に、この力を活かすしかない。

 だが、風紀委員に入ったのではダメだ。あの組織も結局、学園都市が生み出した組織である。非人道的な実験を行なっている科学者どもを見過ごしている学園都市の正式な組織なんて信用出来るはずがない。

 それと、まぁ、あとは……ヒーローに憧れを抱いている、というのも無くは無い、みたいな? 

 とにかく、そんなわけだから、自分だけで動くことにした。まぁ、それも……。

 

「……はぁ、しんどいなぁ」

 

 学生生活を送りながら、になるわけだが。親にとっくに見捨てられた『元置き去り』だが、今はとある風紀委員の方の寮に居候させてもらっている。ヒーロー活動なんてしている時点でこんなこと言う資格はないのかもしれないが、その人に迷惑をかけるような事はしたくない。

 さて、そんな非色だが、こんな中堅学校にいるとは思えないレベルの成績を誇る。学校の授業はかなり退屈なものだ。

 

「眠い……」

 

 うとうとしながら机の上でぼんやりしてしまう。まぁ、授業もあと少しで終わりだ。昼休みになれば、やらなきゃいけないことがある。

 すると、授業終了のチャイムが鳴った。それにより、終業の挨拶をして、生徒達は給食の準備にとりかかった。

 その隙に、給食当番ではない非色は教室を飛び出した。今なら、全員が給食の準備でバレることもない。

 念の為、トイレに入って窓から飛び出し、壁をよじ登って化学準備室まで向かった。そこの窓を開け、中に侵入する。

 

「そろそろ、液が切れちまうからなぁ」

 

 液、とは水鉄砲の中の液体だ。トリモチと、粘着剤を参考にした捕獲用の液体。拳で殴れば大怪我をさせてしまうための配慮だ。非色は、決して人殺しにもなりたくない。

 そのための材料を取りに来た。給食準備中に材料を整え、昼休みが始まってから調合する。

 

「これと、これとこれと……」

 

 薬品を選んで机の上に並べると、そろそろ時間なので一度、教室に戻った。

 何事も無かったかのように教室の扉を開け、トレーを持ってさり気なく、給食当番からの配給を待つ列の最後尾に並ぶと、その後ろにすぐ並んだ影が声をかけてきた。

 

「固法くん、何処行ってたの?」

「っ! ……え、あ……さ、佐天さん……」

 

 後ろの席の佐天涙子だった。自分に言われたくないだろうが、中1にしてはやたら発育の良い女子中学生だ。正直、目のやり場に困る。

 そんな事よりも、だ。今はどこに行っていたかを隠さなければ。

 

「と、トイレだよ。お腹、痛くて」

「ふーん。大丈夫?」

「大丈夫大丈夫。もう、治った。すっきり」

「……食事の前なんだけど」

「……ごめん」

 

 正直、異性と話すのが得意ではない非色は、しどろもどろになってしまった。

 

「なんかあれだよね、最近はよくいなくなるよね。給食の前に」

「え、そ、そう?」

「そうじゃん」

 

 バレてた、割と。給食当番に紛れてさりげなくいなくなっていたつもりなのに。

 とりあえず、誤魔化さなければならない。あの液体は非色が開発したものだ。弱点は水で溶ける事、火で燃える事、電気でも消せる事、一時間しか保たない、などと多くあるが、とにかくワンオフ品だ。使っていることを知られれば、正体がバレてしまう。

 

「と、トイレとか……あと、トイレとか……」

「トイレばっかじゃん。‥……ま、なんでも良いけど」

 

 なら聞かないで欲しかった。とりあえず、話を逸らさなければならない。

 

「そ、それより佐天さんは……お、俺をずっと目で追ってたの?」

 

 言って後悔した。冗談、と受け取ってくれりゃ良いのだが、そう上手くもいかないかもしれない。だって、その視線はゴミを見る目だったからだ。

 

「‥……何言ってんの?」

「ごめん、冗談」

 

 だからそんな目はやめて欲しかった。まぁ、仲が良いわけでもない相手にそんなん言われても困るだけなのだろうが。

 冗談、という言葉に安堵したのか、すぐににんまりとした表情になった佐天は、すぐに言った。

 

「何々、もしかして私の事、狙ってたのー?」

「あ、いや……そんなつもりは一切無いですけど」

「ぷふっ、なんで敬語? それじゃ、ホントっぽいじゃん」

 

 そんなことを話していると、その佐天の後ろから派手な花飾りをつけた女の子が顔を出した。

 

「もう、佐天さん。あんまり男の子をからかっちゃ可哀想ですよ」

「えへへ」

 

 風紀委員の初春だった。授業中、眠ったりしていると割と起こされることがあるので、おそらく真面目な子なのだろう。

 なんて予想していたが、実際の所、初春はパトロールをサボる常習犯でもあるので、真面目とは言い難かった。

 とにかく、なるべく目を逸らして黙っておいた。怪しまれたくないし、後ろの二人は仲良しさんのようで、楽しくお喋りを始めた。

 給食の配給が終わり、食事も終わり、ようやく昼休み。給食当番以外はすぐ休み時間になるため、非色はすぐに教室を飛び出した。

 昼休みになってしまえば、生徒は廊下や校庭に出てしまうため、壁を登るわけにいかない。そのため、さり気なく化学準備室に入った。さっき窓から侵入した時に、鍵は開けておいたのだ。

 そこで、再び液体の調合を始める。順番通りに薬品を混ぜてかき混ぜ、熱し始める。

 しばらく加熱し、完成と共にお手製の水鉄砲のタンクに移し始めた。

 

「よし……!」

 

 完成した。機器の洗浄も終えて、あとは後片付けだけ……という時だった。唐突に準備室の扉が開かれ、慌てて机の下に身を隠した。

 

「本当だって、初春! ここに入って行ったの!」

「だ、だからってなんで私を呼ぶんですか……」

「良いじゃん、私達は一蓮托生!」

「いつからですか、それは⁉︎」

 

 騒がしい二人組だ。ヤバい、と冷や汗を流す。まさか、つけられるとは。

 

「だって、気にならない? いつも冴えないマッチョ固法くんが、たまに昼休みに姿を消して何をしているのか。もしかしたら、危ない兵器を作ってるのかもよ?」

「そんな言い方失礼ですよ、佐天さん。この部屋の中にまだいるかもしれないんでしょう?」

「あ、そ、そっか……」

 

 慌てて口を塞ぐ佐天だが、もう手遅れだ。だって本当にいるのだから。

 当然、二人はまだ片付けが済んでいないビーカーやアルコールランプを発見する。目に入ると「んっ?」と声を漏らす。

 

「あれ、なんだろ」

「さぁ……」

 

 その声と共に足音が聞こえてきたため、その動きに合わせて机を挟んだ逆方向に進む。ご丁寧に入口の扉を閉めてくれたお陰で、出口は元々開いていた窓しか無くなってしまった。

 

「まさか‥‥本当に兵器作り?」

「え、ど、どうしましょう……」

「いや、私に聞かないでよ。風紀委員でしょう?」

「だ、だって……兵器作りだとしたら私達じゃ捕まえられませんよ!」

「そ、そんな事言われても……」

 

 徐々に声音に恐怖の色が混ざっていく。だが、誰よりも現状を恐れているのは非色の方だった。見つかったら終わりだ。いや一応、薬品は回収できたわけだから、それさえ見せなければ「勉強をしていた」で誤魔化せる。

 でも、やはり見つからないに越したことはない。何せうまく誤魔化せる自信がない。

 

「……っ」

 

 息と気配を殺して、二人のクラスメートの対角線を動く。頼むから早く出て行くか窓際から消えて欲しかった。

 

「だ、誰かいる……?」

「いや、分からないです……」

「ていうか……やっぱやめない?」

「そ、そうですね、戻りましょう」

「先生呼んで来よう」

 

 その会話にホッとする。二人が出て行ったのを確認すると、慌てて器具を片付け、人が来ない間に準備室を出て行った。

 

 ×××

 

 放課後、非色は細心の注意を払って下校した。何せ昼休みは後ろからつけられてポカをやらかしかけたのだ。

 背後からつけられていたら、自身の正体がバレる。居候先に帰って変身して家を出た所を目撃されればアウトである。

 とりあえず付近に目撃者がいないことを確認しつつ、家に入る。普通に広いマンションを借りさせてもらっているのはラッキーだ。

 と、いうのも、非色を引き取った風紀委員のJKに気を利かせて、先生方が広めの所にしてくれた。そのお陰で、自分の部屋があるのだ。

 それがまたとても助かる。何せ、非色の部屋にはヒーローに変身するためのアイテムがたくさんあるのだから。

 

「……よし、変身しよう」

 

 部屋に到着すると、まずは制服を脱ぎ捨ててパンイチになる。窓に、中1とは思えない肉体が映るが、気にせずにライダースーツを着込む。

 首元だけ開けておくと、ピッタリするタイプのマスクで口、鼻、頬を隠し、ニット帽をかぶる。最後にスキー用のゴーグルを着けて完成だ。

 

「……そろそろ自作スーツ作ろうかな……」

 

 なんかとってもかっこ悪い気がするが、まぁ手作りなので仕方ない。デザイナーが考えたわけでもないし。

 それに、正体さえバレなければ恥ずかしくないのだ。このマスクさえしていれば全裸で街を徘徊しても恥ずかしくは……いや、それは流石に恥ずかしい。そんな事したら首を括る自信がある。

 そんな事はさておき、ヒーローの時間である。ホルスター付きのベルトを装備し、水鉄砲の中の液量を確認し、窓を開けた。住んでいる部屋は5階である。

 

「えーっと……なんだっけ。『二丁水銃』か」

 

 自分でつけたわけではない名前を言いながら、窓から飛び降りた。マンションの壁を走り、地上に到着する前に蹴って別の建物に張り付き、屋上を跳ねながら移動する。

 あたりを見回しながら屋上を散策。実はこうして屋上を使うのも、地上を歩いているとヤンキーどもが勝負を挑んでくる事や、仕返しに来ることがあるからだ。

 そんなわけで、安全な空中からパトロールをしていると、明らかに走行速度がおかしいバスが、十字路をドリフトで右折していた。

 

「……はい。問題発見」

 

 ニヤリとマスクの下でほくそ笑むと、屋上から一気に飛び降り、バスの上に着地した。

 ガタン、と何かが降って来たのを感知した車内は、人質の生徒達が小さな悲鳴を上げると共に、バスジャック犯の四人組は真上を見上げた。

 運転席に座る一人を除いて、他三人が呟く。

 

「なんだ?」

「なんだって……バスの上に降ってくる間抜けなんて一人しかいねえだろ」

「……だな。オイ、用心しろ」

 

 三人が三人とも能力者であり、各々がバスジャックに必要な能力を有している。

 さて、走行中のバスに、一体どのように仕掛けてくるつもりなのか。軽く身構えた直後だった。窓ガラスが両足揃えた蹴りにぶち割られると共に一人を窓に叩きつけた。

 蹴りは加減をしていたが、気絶させるのに適した威力だ。後部座席にまとめて座らされた乗客の前で構える。

 

「君達、運賃足りないからって駄々こねるのはダメだよ」

「テメェ……!」

「二丁水銃!」

 

 残り二人も戦闘態勢に入った。犯人との距離は3メートル弱。水鉄砲の射程内だ。空気に触れると拡大するこの水は、狭い車内で発射されれば逃げ場はない。

 一人は気絶させてしまったが、本来は痛い思いさせたくない。ならば、一発で決めるために両腰の銃を抜いて放った。この距離なら外さない……と、おもったが、その二発の水は二人に届く前に止められた。

 

「念動能力者……!」

「おら、返すぜコスプレ野郎!」

「うお、危なっ⁉︎」

 

 後方にいる方がかざした両手を振り下ろした。飛ばした水が返ってきて、慌ててスライディングで回避しつつ接近した。

 

「んぎゃ!」

 

 後ろにいた乗客が被害にあったが、一定時間身動きが取れなくなるだけで身体に害はない。

 接近した非色は、ホルスターに水鉄砲をしまいながら、前に立つ一人の股下を潜ると、ジャンプして背中に蹴りかかった。

 が、それは念動能力者によって阻まれる。

 

「この、力っ……! お前達、ただの雑魚じゃ、ないな……!」

「良いから、邪魔すんなボケ‼︎」

 

 勢いよく窓に叩きつけられ、バスから追い出された。が、割れた窓の淵を掴んで何とかしがみ付き、何とかバスから離れないようにする。

 

「ちょっと、侮り……過ぎてたかな……‼︎」

 

 が、まだ復帰できる。乗客が乗っているからバスを持ち上げる、なんて真似は出来ないが、手が打てないわけではない。

 その直後だった。バスが強引に真横に寄せられて行った。お陰で、非色の身体は歩道ギリギリを移動させられる。

 

「オラ、離れやがれ!」

「クッ……こんにゃろッ……!」

 

 さらに、強盗一味の一人が窓から顔を出し、手から水のようなものを出した。

 

「オラ、終わりだ‼︎」

 

 それが放たれ、顔面に直撃し、手が離れた。コンクリートすら抉る威力の水弾。ゴーグルに当たっていれば砕け、失明していたが、額だったので擦り傷程度で済んだ。

 それでも、手から離れたことに変わりはない。バスから離された非色は、それでも諦めなかった。

 

「ヒャははは‼︎ あばよ、コスプレヒーロー!」

 

 そんな声を聞きつつも、バスの後ろを走る。その速さは、バスの走行速度を優に超えていた。

 

「おいおい……マジかよ、あいつ……!」

「追い付かれるぞ、飛ばせ!」

「これ以上は無理だ!」

 

 走りながらバスに追いつくと、非色は再びジャンプし、バスの屋根に飛び付く。今度は、狙う相手を変える事にした。

 窓の外から飛んでくる水弾を避けつつ、あの念動能力者は最後にする。タイマンなら負けはない。まずバスの屋根の上から非色が狙ったのは、バスの車輪だった。

 屋根の上から移動し、走行中のバスが通る道に液体をぶち撒けた。

 

「! ブレーキだ!」

 

 中にいる勘が良い一人が声を張り上げると、それに従う運転手。だが、もう遅い。車は液体の上に通ってしまった。

 それにより、急ブレーキをかけられたように止められる車。元々ブレーキをかけていたとは言え、その上に粘着液なんて通ったら、そりゃ大型車も止まる。

 

「クソっ……って、うおわっ⁉︎」

「はい、二人目!」

 

 続いて、運転席のヤツも拳で気絶させた。念動能力者が相手なら、動きを封じても戦闘に参加することは可能だから、念には念を入れた。

 これで再びバスの中。顔を出すと、二人の能力者と対峙する。今度は、もう敵の能力も大雑把にだが割れている。簡単には負けない。

 

「ごめんごめん。乗車賃払い忘れたから待ってもらっちゃったよ」

「クソッタレが……!」

「おい、どうすんだ?」

「もう外に追い出しても無駄だよ。だって、バス止まってるし」

 

 すると、念動能力者が床に手をつけた。それにより、謎の浮遊感に包まれる。思わず姿勢を崩してしまうほどだ。

 が、これは敵側にとっても想定外の行動なようで、水弾操作の男が仲間に声を掛けた。

 

「おい、お前……!」

「おら、どうするよヒーローさんよ。これなら、俺を攻撃すりゃ、中の乗客も無事じゃ済まねえぞ」

 

 つまり、奴はバスを持ち上げたのだ。この能力、明らかに大能力者だ。それ程の力があって、よくもまぁ危険な真似をしようと思えるな、と軽くドン引きするレベルだ。

 

「テメェ、何しやがんだ! 俺まで巻き込んでんじゃねえよ!」

「うるせえ! だったらこれからどうするってんだよ⁉︎」

「このままじゃ、結局テメェの能力が切れるまでしか安全じゃねえだろうが! だからお前と組んでバスジャックは嫌だってんだよ!」

「今、それ言うか⁉︎」

 

 言い争いが始まったが、それは非色にとってありがたい事態だ。窓の外を眺めると、既に高さは近くのマンションの屋上くらいにまで上がっている。このまま落下すれば無事では済まないだろう。

 

「……よし、出来る。俺なら出来る……!」

 

 自分にそう言い聞かせると、あっさり二人の強盗犯を気絶させた。

 

「ゴフッ!」

「ブハッ!」

 

 シンッとする車内。え、このヒーロー何してんの? みたいな。が、その時間も長くは続かなかった。

 それにより、自由落下が始まったからだ。

 

「きゃあああああ‼︎」

 

 乗客の悲鳴が車内を包み込む中、非色は水鉄砲を乗客全員に放った。シートベルト代わりだ。

 それを終わらせると、叩き割った窓から脱出し、一足先に地上に降りる。そして、地上からバスの落下地点を探る。

 

「ぺっ、ぺっ」

 

 わざとらしく両手に唾を吐くと、力士のように四股を踏んで真上を見上げた。

 

「せー……のっ!」

 

 バスが落ちてきた直後、両手でバスを受け止めてみせた。中から聞こえてくる悲鳴。が、正直、バスが真上から降ってくる、という絵も中々、怖かったため、非色も悲鳴を上げたいくらいだった。

 まぁ、それでも受け止められた。静かにバスを下ろすと、バスの扉を無理矢理、開ける。念のため、気絶している犯人達を水鉄砲で封じておくと、風紀委員に通報しようとスマホを取り出した。

 

「風紀委員ですの!」

「げっ……」

 

 この独特の言い回しに、思わず肩が震えが上がる。自分の事を嫌っている風紀委員がやって来た。

 バスから出てきた自分の姿を見掛けると共に、その風紀委員は頬をひくつかせ、額に青筋を浮かべて聞いてきた。

 

「……またあなたですか、ヒーローもどき」

「白井黒子……!」

 

 一難去ってまた一難、という言葉が嫌というほど脳内を反復した。

 

 



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ヒーローにとってヴィランはただの敵であり、ライバルは同業者である。

 ヒーローと警察は相入れない仲である。それは当たり前のことだ。警察にとっては、結局ヒーローも市民であり、それらが法の外による制裁は私刑と何ら変わらない。特例を簡単に認めるわけにもいかないのだ。

 警察、というわけではないが、似たような立ち位置の風紀委員にとってもそれは同じである。特に、二丁水銃と活動範囲が被っている一七七支部にとっては、目の上のタンコブ的存在だ。

 

「また貴方ですか、二丁水銃!」

「げっ……ジャ、風紀委員……」

 

 最悪のタイミングだった。事件を終えた後のこの時間での遭遇。この後の展開は目に見える。

 

「今度こそ、逃しはしませんのよ!」

「うおっ……!」

 

 姿が消えると共に背後からの悪寒、慌てて避け、ジャンプして信号機の上に着地した。

 少し前までは厳重注意で済んでいた。だが、何度も繰り返すうちにそうはいかなくなってしまった。今や、問答無用で捕らえに来る様である。

 

「そこ!」

「っと、危ねぇ……!」

 

 空間転移を躱すために、信号機の上からさらに別の信号機に移る。しかし、それをさらに追ってきていた。

 一度、路地裏に逃げ込み、360度あらゆる角度から追われる、という事態を回避するためだ。それと、もう一つ狙いがある。

 

「相変わらず、ふざけた反射神経ですのね!」

「やかま、しい!」

 

 壁と壁を蹴って跳ね上がる非色と追う黒子。実際は反射神経だけでなく、敵意を感知する第六感的なものなのだが、まぁ言わぬが花だ。

 もう少しで屋上、という所で、先に黒子から仕掛けた。自身をテレポートさせる直前、金属の矢をテレポートさせた。

 カラン、という音が屋上から聞こえる。それにより、思わず反射的に後ろを見た。

 

「かかり、ましたわね!」

 

 その直後、真下から脚を掴まれた。そのまま手を振るわれ、背中を屋上の角に強打する。

 

「そこです!」

 

 その隙をついて、手錠を構えた時だった。ふと違和感、ホルスターの水鉄砲が消えている。それと共に、脇腹から銃口がのぞかれている。

 

「やばっ……!」

 

 直後、黒子の身体を液体がとらえた。勢いに負け、向かい側のビルの壁に貼り付けられる。

 

「ふぅ……危ない危ない」

「今のは公務執行妨害ですのよ!」

「はいはい。じゃ、俺そろそろ行くから」

「待ちなさい! こんなの、テレポートで……!」

「やめといた方が良いよ。それ服まで染み込んでるから、触れたものをテレポートさせる君の能力じゃ、服ごとその場に残すことになっちゃう」

「っ……!」

「ま、1時間で蒸発する薬だから、それまでおとなしくしてる事だね」

「ふぎぎぎぎ!」

 

 口惜しげに唸りを上げる黒子にピースで挨拶すると、非色はその場から立ち去っていった。

 

 ×××

 

 今日の活動も無事に終えた非色は、自宅のマンションの壁を上り、自室の窓を開けた。そーっと部屋の中に忍び込み、着替えを始める。変身スーツは、普通に畳んでタンスの中にしまっておいた。

 自分と一緒に暮らしている風紀委員の能力は何でも透視することが出来る。下手に隠すのは逆効果だ。

 その点、服ならば畳んでおけばどれも一緒に見えるし、他の物も単品で見れば持ってても不自然でないものばかりだ。何の問題もない。

 さて、そろそろ姉(ということになってる人物)が帰ってくる時間である。風紀委員の勤務時間は最長で21時。それから帰宅時間や諸々の処理を考えると22時くらいになると踏んでの行動だった。

 手早く着替えると、手洗いうがいをして晩飯の準備に入った。固法家の夕食は遅いのだ。

 

「……まぁ、俺料理できないんだけどね……」

 

 だから、大体は冷凍食品になる。姉が非番の時は普通に姉の手作りだったりするのだが。

 お米を炊いで、冷凍庫から適当な冷凍食品を取り出し、レンジでチンし、お風呂の準備をしに行くと、そのタイミングで姉が帰って来た。

 

「ただいま〜……」

「あ、お帰り。姉ちゃん」

 

 お疲れの姉が帰ってきた。

 

「お風呂沸かしてるよ」

「ありがと……ご飯は?」

「ごめん、今日も冷食」

「だよね」

 

 しかし、一年前に姉の料理を手伝おうとしてマンションを爆破した事もあるので、下手に料理を作らせるわけにはいかないのだった。

 手洗いうがいをする姉を眺めながら、レンジからチンした料理を机の上に運ぶ。

 

「ご飯はもう少しで炊けるから」

「はいはい」

「疲れてるね」

「まぁ、夏は問題起こす人多いからね」

 

 現在、7月10日。もうすぐ夏休みである。が、学生はその前に期末試験がある。

 

「試験の方は大丈夫なの?」

「大丈夫だよ」

「すごい自信ね……私なんかいつも苦労してるのに」

「ていうか、そっちこそ平気? 疲れてるみたいだけど」

「まぁねぇ……最近、風紀委員が負傷する事故があってね……」

 

 それに、非色はピクッと顔を上げる。ヒーローなだけあって興味津々だ。

 

「……どんな事件なの?」

「さっぱりよ。分かっているのは、能力による犯行って事。最初は事故だと思われたんだけど、何も無い所で急に爆発が起きたんだから」

「へぇ〜……」

「ちょっと、興味持たないでよ? 本当に怪我人も出てるし、今話したのはあなたにも気をつけて欲しいからなんだから」

「分かってるよ」

 

 分かっていなかった。明日には、その事件について調べる気満々だ。

 

「じゃあ、姉ちゃんも気を付けてね」

「分かってるわよ。……はぁ、二丁水銃の件で白井さんもゴンゴン燃えてるし、もう大変よ」

 

 その話題になると、思わず目を逸らしてしまった。何せそれは自分の所為なのだから。

 

「白井さんって……あ、あー、いつも言ってるテレポーターの子か」

「そうよ……もう、二丁水銃に対抗心燃やしちゃっててね。今日もバスジャック事件を先越されたとかなんとか」

「は、ははは……」

 

 言えない、自分がその相手とは言えない。思わず乾いた笑いを浮かべると、美偉が半顔になって聞いてきた。

 

「聞いた話だと、やっぱ二丁水銃って身体能力がとんでもないそうなんだよね」

「へ、へー……そうなんだ?」

「これは念のために確認しておくんだけど……関係、ないよね?」

「や、やだな。やめてよ……」

 

 固法美偉は、非色が「超人兵士作成計画」の被験者である事を知る数少ないメンバーだ。自分に彼を預かるよう頼んできた、じゃんじゃん言う警備員から聞いた話では「実験は受けたけど何の変化も起きていない被験者」という風に聞いていたが、実際はどうなのかわからない。

 そもそも、預かった当時の彼はほとんど廃人のような状態であったため、本当に超人になったのか確かめることも出来なかったのだから。

 現在まで、超人と思えるような反応を見たことはないが、それはあくまで美偉が見ている範囲での話だ。

 なんとか話を逸らさないと……と、思っていると、お米が炊けた。

 

「あ、で、出来たよ。食べないと」

「ええ、そうね」

 

 話を逸らして、食事をする事にした。

 やはり、言えない。今のセリフ的に十中八九反対される。何より、心配かけさせたくない。

 急に研究所を放り出されて右も左も分からない自分を、ここまで育ててくれた人だし、少なくとも自分にとっては本当の姉のようなものだから。

 でも、せっかく手にしたこの力、活かさないと勿体ない。そうなれば、やはり隠れながらでもヒーローを続ける事がベストだろう。

 

「……はぁ」

「何、悩み?」

「いや、試験面倒だから早く終わらないかなって」

「余裕って言ってたじゃない」

「受ける事自体が面倒なの」

 

 そんな会話をしながら、食事を続けた。

 

 ×××

 

 常盤台中学学生寮では、白井黒子がベッドの上で寝転がっていた。

 こう言った姿を見せるのが珍しいため、同じ部屋の御坂美琴は思わず声をかけてしまった。

 

「どうしたの? 黒子、随分とお疲れじゃない」

「あいつ、あいつですわ……」

「ああ、二丁水銃ね」

 

 噂程度には美琴も聞いていた。変な格好をしたマッチョが、各地で悪い奴をしばき回っている、と。

 

「また逃したわけ?」

「逃しましたわよ! 今回こそ、後少しだったというのに……!」

「あんたも懲りないわね。別に悪い事しているわけじゃないんだし、放っておけば良いのに」

「なし崩しに特例を許すと、他にも似たようなことをする方が増えるでしょう。そうなれば、風紀委員の立場が無くなりますの」

 

 今の所、似たような例は挙げられていない。あの男がヒーローとして活動出来るのは、変態的な身体能力を持っているから、と理解しているからなのか、それともそこまでする勇気がないからなのか。

 前者の場合はまだしも、後者はバカな奴ほど猛威をふるいそうなものだ。

 

「というか、その点ではお姉さまも同じですのよ。一般人ですのに、売られた喧嘩を全て買って……」

「私は別に自分から他人の揉め事に首突っ込んだりしていないわよ。私の場合は、あくまで正当防衛だもの」

「そう言われてしまえばその通りですが……」

「でも、あんたがどうしても勝てないって言うなら、私がそいつをとっちめてやっても良いわよ?」

「お気持ちは嬉しいのですが……彼は別に悪人というわけではないので」

 

 今日だって、命懸けでバスジャックを止めていた。一度はバスの外に追い出されさえしたというのに、それでも諦める事なく食らい付いた。という話をバスジャック被害者の方々から聞いた。

 それでも、やはり特例は見逃せない。あの力は強力だが、それを活かすのならば風紀委員に入るべき、と黒子は思わざるにはいられないからだ。

 それをしないということは、やはり表に出られない理由がある、という事なのだろう。自分の行動が正しいと確信しているのなら、顔を隠す必要なんかないのだ。

 

「ま、私は嫌いじゃないけどね。一回だけだけど、私が絡まれた時に、私の事を知らないで助けてくれた事もあったから」

 

 実際の所、学園都市に7人しかいない超能力者である美琴は、誰が絡んでこようと撃退出来る力を持っている。

 そんな有名人だと知らずに、突然、空から降ってきた二丁水銃はあっさりとヤンキー達を排除して見せた。最後に「女の子が夜道に一人でうろつくのは良くないよ」とか抜かされたのにはムカついたが。

 しかし、今のエピソードは黒子はお気に召さなかったようだ。

 

「……お姉様の露払いは私の役目だと言うのに……あのヒーロー擬き……‼︎」

「いや、あんたの役目でもないから」

 

 奥歯を噛み締める黒子に、冷たく美琴が隣からツッコミを入れた。

 

「と、とにかく! あの男はいつか私が成敗してみせますので、お姉様はお気になさらなくて結構です!」

「あっそ。怪我だけはしないようにね」

「その心配はあのヒーローごっこしているムカつく小童に差し上げて下さいな!」

 

 それだけ不機嫌そうに言い放つと、ベッドの上で再び不貞寝し始めた。自分の事を異常なほど敬愛している黒子が、こういう態度を取るのは珍しい。

 が、別にそれが不愉快に思うことはなかった。むしろ、その不満の割に楽しそうに見える黒子が、どこか微笑ましくもあった。

 

「……ホント、素直じゃないんだから」

 

 お前にだけは言われたくない、そんな呟きを残しながら、美琴も眠る事にした。

 

 



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幻想御手編
追い詰められた人間の思考回路は不可思議。


 期末試験が始まったが、非色にとっては退屈でしかない。理由は単純、簡単だから。勉強しなくても80点は固いし、したら満点取れる。

 が、あまりクラスで浮きたくないし、進学のための成績なら90点前後取れていれば問題ないため、特に勉強するつもりは無かった。

 そのため、試験期間中だけ早くヒーロー活動を出来るわけだが、試験期間は学校によって違う。だから、それに合わせて早めに出動してしまうと、周りに正体がバレてしまうかもしれない。

 ただでさえ、少なくとも一人の風紀委員に目を付けられているのだ。なるべく、今まで通りの行動を取るのが一番だろう。

 よって、試験期間中は図書室やファミレスで勉強する事にしていた。

 

「はぁ……こんな事してる場合じゃないのに……」

 

 なるべくお金を使わないように、図書室で勉強中だ。バイトが出来ればベストなのだが、生憎まだ中学生なのである。

 まぁ、試験期間中はみんな勉強なり「能力測定」やら「身体検査」やらの対策をするため、あまり事件は起きないのだが。

 

「あれ? 固法くん?」

 

 勉強に飽きたため、ペンを投げて図書室の面白そうな本を読んでいると、後ろから声が聞こえた。立っていたのは、佐天である。

 

「あ、さ、佐天さん……」

「試験勉強?」

「え? あー……というより、勉強サボり」

 

 隠すこともなく、読んでいる本を見せた。今、読んでいるのは「ポチでも分かる料理本」である。何故、ポチなのだろうか。普通は猿だろうし、悪くても犬や猫などの動物の名前だろう。

 

「いけないんだー。赤点とっても知らないからね?」

「取らないから大丈夫」

「うわ、ヤな感じ……」

 

 軽く引かれてしまったが、嘘をつくのが苦手な上に、相手が女の子だと緊張して上手く話せなくなるのは弊害である。

 しかし、まぁ謙虚にしておいて損はない。次の返答は気をつける事にした。

 

「前回の試験はどうだったの?」

「どうだったかな……点は覚えてないや」

 

 我ながら上手い返しだ、と思ったりしたが、佐天の次のセリフには少しむきになってしまった。

 

「あ、それあんま良くなかった人の反応じゃん」

「一位だけどね」

「は? 何が?」

「中間のトータル。学年一位」

 

 思わず得意げに答えてから後悔した。何を言っているんだ俺は、と。

 しかし、もう手遅れだった。本来なら向こうも「知り合いを見かけたし、声かけとくか」程度であっただろうに、余計な情報を与えてしまった所為で興味津々に自分の方を眺めてしまっていた。

 

「勉強教えて!」

「え……」

「お願い!」

 

 どうしよう、と思った次第だ。何せ、人に物を教えるのなんか初めてだから。

 上手くできるかどうか不安だが、まぁもしかしたら成績について悩んでいるのかもしれない。

 なら、自分に出来る範囲でなら協力しても良い気もする。

 

「わ、分かったよ……」

「よっし、決まり! じゃ、隣座るね!」

 

 問答無用、と言わんばかりに隣の席に座る佐天。そのまま、勉強道具を出して来た。

 思ったよりも距離が近い。肩と肩がぶつかり、思わず心臓がドキドキしてしまう。これくらい、今の中学生では普通なのだろうか? 一緒に暮らしている義姉は年上過ぎて一周回って意識とかそういうのの外側にいるのだが、同い年だとどうにも緊張してしまう。

 そんな非色の気を知る由もない佐天は、隣に座ったまま教えて欲しい教科のページを開いた。

 

「じゃ、まずは理科ね!」

「あ、う、うん……」

 

 なんかクラスメートに勉強を教えることになってしまった。

 それから、3時間ほど経過した所だろうか。もう良い時間なのでお開きになった。

 中一の理科に難しいことなんかない。定期試験ごとに化学、物理、生物と変わり、今回は物理である。

 しかし、やはり中一の物理なだけあって、単位に惑わされなければほとんど数学や算数と大差ない。単位の変換にさえ気を付ければ、何の問題もないのだから。

 その事を教えてやると、意外なものを見る目で見られてしまった。

 

「……本当に頭良いんだ」

「嘘だと思われてたのん?」

 

 しかし、この程度で頭が良いとか思われても……って感じだった。自分が武器に使っている液体なんて、混ぜて加熱するだけとは言えかなり面倒だが、化学を理解していないと作れない。

 そんなものを作れる時点で中一レベルの頭ではないのだから、その程度で褒められてもあまり嬉しくなかった。

 ……とはいえ、女の子に褒められた、という一点に関してはかなり嬉しかったりもするけれど。

 

「……」

 

 思わず赤くなった頬をぽりぽりと掻いていると、逆に全く意識していなかった佐天は、ニヤリとほくそ笑んだ。

 

「何、褒められて照れてるの?」

「ーっ……て、照れてないよ」

「うわ、うちの弟と似たような反応。意外と可愛いとこあるじゃん」

 

 佐天としても、少し不思議な感覚だった。あまり友達がいないけど、中学生離れしている体格からバッキバキの体育会系だと思っていたが、部活には入っていない。

 いつも一人でいて、たまたま席が近い自分だけが、極々たまに話すくらいの交友関係だ。

 けど、身体だけでなく頭も良いようだ。それに、人と話すのが苦手みたいで、見た目の割に気弱なようだ。

 ちょうど無能力者同士で気が楽だし、仲良くなってみても良いかもしれない。

 

「ね、試験終わった後、暇?」

「え、な、なんで?」

「もし私の成績がよかったら、お礼したいから」

「お、お礼? いや、そんなお礼を言われるようなことは……」

「ダメなら、別にいいけど」

「いや、ダメってことは……」

「じゃ、決まりね」

 

 ニコリと微笑まれては断りづらい。まぁ、ぶっちゃけ同い年の女の子とデートって考えれば悪い気はしないが。

 

「帰ろっか。スーパーの特売終わっちゃう」

「あ、うん」

 

 控えめな返事をして、とりあえず帰宅した。

 

 ×××

 

 家に帰ってからは、ヒーローの時間である。せっかくなので、図書室で料理や裁縫の本を借りて、夜に読んでみることにした。

 だから、珍しく帰宅時間を楽しみにしつつ、とりあえず今はヒーローとしての活動をしなければならない。

 特に、今、気になっているのは能力者による爆破事件だ。この前、姉から話だけは聞いていた。まだ一度めの爆破だけでは何とも言えないが、風紀委員が被害に遭った、と聞いただけでも少し不安になる。

 万に一つの可能性として、風紀委員を狙った爆破事件なら、次は姉がやられるかもしれない。そうなる前に止める。

 

「……もし、俺が風紀委員を狙うとしたら」

 

 まず予告はしない。学園都市の防犯システムは並ではない。予告から足がついたら最悪だ。

 だが、確実に風紀委員を狙えなければ意味がない。予告無しでは風紀委員は動かないため、考えられる可能性は三つ。

 一つは風紀委員のパトロールルートを完全に網羅している事。

 二つ目は、爆破のタイミングを自由に操れる事。

 三つ目は、爆破前に何か大きな信号が送られ、それを風紀委員が掴めるようになっているという事。

 

「……まぁ、二番目が一番、濃厚かな」

 

 とはいえ、まだ爆破事件は一度しか起きていないし、推測どころかただの想像の域も出ていない話だ。とりあえず、今は情報を集める他ない……と、思って屋上を跳ねていた時だ。

 

「ん?」

 

 何処ぞの高校の校舎裏、そこでカツアゲと思わしき影が見えた。数人の生徒が一人の眼鏡の生徒を囲んでいる。同じ制服を着て学校でカツアゲをしている以上、常習犯だろう。

 

「やれやれ……お金に困ってるのかね」

 

 そう言いつつ、飛び降りた。今は別件を捜査中だが、だからと言って見かけた以上は放っておけない。事件の大きさ関係なく、困っている人を助ける事こそヒーローと言える。

 

「サンキュー。じゃ、近いうち返すから」

「さ、財布返してくれよ!」

「返すっつってんだろ!」

 

 中のお札だけ抜いて、財布だけ返して立ち去ろうとする連中に、ヘッドホンを首にかけているメガネの少年は食い下がる。

 が、それを意に返さず蹴り払おうとした時だった。その脚を、変なライダースーツの男が受け止めた。

 

「君達、借金には保証人がいないと成立しないの知ってる?」

「っ! お前……二丁水銃……⁉︎」

 

 カツアゲ犯は全部で五人。楽勝だ。まず蹴りを放った奴の足を払い、転ばせると地面に水鉄砲で縫い付けて一人。

 

「テメッ……!」

 

 二人目が殴りかかって来たが、その拳を受け止めて背中に捻り上げると、校舎の方に突き飛ばし、水鉄砲で貼り付けて二人目。

 その時点で、残り三人は一斉に逃げ出した。

 

「ヒィああああ⁉︎」

「ダメだ、あんな奴に勝てるかよ!」

「逃げろ!」

「あー、ダメだよ君達。帰るなら、お金は置いていかない、と!」

 

 更に3連発、水鉄砲を放つ。狙いは身体ではなく、脚だ。足元がガクンと止められ、動けなくなる三人組。これで、もう逃げられはしない。

 のんびりと財布から金を抜いた奴の前に移動すると、ポケットの中の金を漁る。殴りかかって来ないのは、圧倒的な戦力差を理解しているからだろう。

 

「これだけ?」

「そ、それだけだよ!」

「あっそ。じゃ、今まであの人から盗ってきた総額は?」

「っ……!」

 

 そこまでやる気か? と、思ったが、それ以上はヒーローの役割ではない。本当は取り返してやりたいが、裁きを加えるのは風紀委員や警備員の役目である。

 

「冗談だよ。その辺は俺じゃなくて風紀委員に言いな。‥……今は、これだけで勘弁してあげる」

 

 それだけ言うと、お札を倒れているメガネの少年に手渡した。

 

「大丈夫?」

「っ……あ、ありがとう……」

「血が出てるじゃん。……あ、絆創膏無いや」

 

 今度から持ち歩こう、と決めつつ、とりあえず手を貸してメガネの少年をたたせた。

 

「ま、手当ては風紀委員にしてもらって。……にしても、君は強いな」

「え……?」

「どんなに殴られても、最後まで金を取り返す事を諦めてなかった。うん、良いガッツだ」

「……」

 

 そう言って、肩をポンポンと叩く。

 

「風紀委員には君が通報しておいて。それから、今まで取られたお金の総額もちゃんと伝える事。いじめの現場は十中八九、他人に見られているから、この学校にも目撃者はいてくれていると思うよ」

「え、じゃあなんでそいつらは……」

「ちくったことがバレた時の報復が怖かったんでしょ。でも、そいつらはもう捕まるし、報復される奴もいない。あんなことする奴、みんな口にしないだけで大体嫌われてるから、協力してくれると思うよ」

 

 伝えたいことだけ伝えると、すぐに立ち去ることにした。自分は元々、事件を追いかけていたのだから。

 

「じゃ、またな」

 

 それだけ言うと、ひとっ飛びで屋上まで跳ね上がって、すぐに何処かに行ってしまった。

 取り残された少年は、普段は自分を良いようにサンドバックにしてくるカスどもが、今や自分を相手に身動き取れなくなっている場面を目にした。

 一瞬、靴を脱げば脱出されてしまうかも、なんてヒヤッとしたが、抜かりなく靴だけでなく足首以下全てを地面に貼り付けている。

 そんな事よりも、だ。彼は、助けてくれた。あんなに人数がいる風紀委員ですら、今のいままで自分がいじめられていた場面を見つけられなかったというのに、たった一人しかいない彼は、自分のピンチの前に颯爽と現れて救ってくれた。

 

「……ヒーロー」

 

 思わず、ポツリと呟く。そうだ、そんな事よりも通報しなくては。そう思ってスマホを出した時だ。

 

「なぁ、おい!」

 

 いじめっ子の一人が声をかけてきた。

 

「もうこれ以上、お前から金は貰わねえ。今まで貰った分も返す。だから頼む、これ外してくれ。風紀委員の世話なんかにゃ、なりたくねえんだよ!」

「そ、そうだ。頼むわ」

「なんなら色つけて返してやっからよ!」

 

 その勝手過ぎる言い草が、少年のシャクに触った。全く馬鹿にされたものである。そもそも、今までの分はあげたわけではない。貸すと言ったわけでもない。勝手に持っていかれただけだ。

 その上、如何にもウソくさい言い分を並べ、しまいには「返してやっからよ!」だそうだ。

 そうだ、前々から気に食わなかった。自分がこんな目に遭うのは、全てこいつらが悪い。自分を守らない風紀委員に復讐するのはやめだ。あんなバカ達に何かを期待する事自体が間違っている。

 それよりも、元を叩く。ヒーローの仕事が少しでも減るように、ヒーローを手伝う。

 丁度良いことに、近くに石が落ちていた。刑事ドラマとかでよく見る、撲殺するのにちょうど良い石だ。

 

「お、おい……?」

「そんなもん拾ってどうする気だよ……?」

「決まっているだろ……?」

 

 ゆらりと石を拾い上げた少年は、身動きの取れない同級生の一人の前に立った。

 

「僕も悪を根絶やしにして、ヒーローになるんだよ」

 

 そこから先は、Rー15映画のような光景だった。全員が全員、頭を石で殴られ、気を失った。5人揃って息があるのが奇跡なほどだ。

 さて、それからどうするか。まずは、凶器の処分である。石をその辺に捨てると、その近くに鞄から出したスプーンを放った。まだ近くには、五人の人間が転がっているというのにお構い無しだ。

 

「運が良けりゃ、生き残れるかもな。クズども」

 

 それだけ言うと、その場を立ち去った。能力を発動しながら。

 背後から爆発音が聞こえるが、振り返ること無く学校を出る。こういう時に便利だ、爆発というのは。何せ、自分がやったという証拠をまとめて吹き飛ばせるのだから。

 

「まずは、スキルアウトをまとめて吹き飛ばしてやる……」

 

 ニヤリとほくそ笑むと、少年はスプーンの調達に向かった。

 

 



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偶然は重なるもの。

 アレから数日が経過した。期末試験が終わり、本日のテスト返却が終われば夏休みである。

 非色は一人、のんびりと返却された試験を見た。どれも90点以上。これなら姉に見せても心配はされないだろう。むしろ、非色にとっての心配事は別にあった。

 アレから、連続虚空爆破事件は過激になっている。というのも、狙われているのは風紀委員ではなかった。むしろその逆、スキルアウトである。

 いろんなスキルアウトが溜まる建物を見て回ったが、何処にも爆弾魔は現れない。あまり捜査は進まなかった。姉にさりげなく話を聞こうにも、疲れていてあまり話は聞かなかったし。

 何か嫌な予感がする。この手の能力者はあまり多くない。しかし、一回目の爆破と二回目以降の爆破では、余りに標的が違い過ぎる。無差別の可能性も考慮したが、二回目以降の爆破は明らかにスキルアウトを狙っている。よって、無差別は無い。

 

「……つまり」

 

 一回目は爆破の予行演習だったか、或いは何かあって標的を大きく変えたか。

 まぁ、そこは問題では無い。事情は後で聞けば良いのだ。そう、捕らえてから。

 問題は、どうやって捕らえるか、だが……まぁ、待ち伏せが一番手っ取り早いだろう。スキルアウトが確実に溜まり、その上で自分が忍び込む時間帯にはスキルアウトがいない場所。そこまで絞れれば十分だろう。

 そういう場所は、今日までに調べておいた。

 

「……はぁ」

 

 後は、読みが当たれば良いのだが……なんて考えていると、思わずため息が漏れた。そんな時だった。

 

「こーのりくんっ、何ため息ついてんの?」

「っ、さ、佐天さん……」

「あー、さては試験の点悪かったんだなー?」

 

 見当違いも甚だしかった。

 

「これは私、先生に勝っちゃったかなー?」

「それはないよ」

「言いますなー。見せてよ」

 

 言われて、無言で試験用紙を差し出した。直後、佐天は無言でその紙束を返す。

 

「……調子に乗っていました」

「別に気にしてないよ」

 

 実際、そんな事を気にしている場合ではない。どうでも良い。それよりも、爆弾魔だ。

 一応、今まで自分はヒーローとして活動する際、相手が入院するような怪我は負わせたことないし、そもそも相手に怪我させないための水鉄砲だ。

 勿論、怪我というのは物によっては一生をつけ回すものだからだ。殺人などもってのほか、それは相手がスキルアウトのような悪い奴らでも同じ事である。

 その観点から、やはり爆弾魔は見逃せない。自分の真似をされているとしたら、これほど心外な話はない。

 

「で、どうする?」

「何が?」

 

 だから、真剣に悩んでいるのだから放っておいて欲しい、というのが本音なのだが、佐天はしつこく声をかけてきた。

 

「え? だって成績上がったらお礼する約束だったじゃん」

「あ、上がったんだ。何点だったの?」

「え、いやそれは固法くんの成績を見た後に言うのはちょっと恥ずかしいというか……」

 

 まぁ本人が上がったと言うのなら上がったのだろう。前回の点数を知らない非色には比べようがない。

 

「と、とにかく上がったんだから、お礼させて!」

「そ、そんな気を使わなくて良いよ。たいしたこと教えてないし」

「約束したでしょ。嫌なら別にいいけど」

「……嫌では、ないです」

「じゃ、決まり」

 

 ですよね、と心の中で返事をする。それならば、せめて約束の時間を遅らせれば良い。爆発はこれまで夕方に行われていたし、普段よりもヒーロー活動を早めに切り上げれば大丈夫だろう。

 

「じゃあ、晩ご飯ご馳走してくれれば良いよ」

「良いよ。じゃ、私ん家ね」

「……手作り?」

「そう」

 

 やはり、まだ二人とも中学一年生だった。自分の部屋に同じクラスの異性を入れても問題ないと思っている。

 それでも、異性の手作り料理に内心、舞い上がってしまっている非色は、やはり男子なのだろう。

 なんであれ、気合いは入った。とにかく、さっさと終わらせることにした。

 

 ×××

 

 試験も身体検査も能力測定も余裕の白井黒子は、全力で頭を悩ませていた。

 連続虚空爆破事件の捜査が芳しくないからである。一回目の爆発とは打って変わって、被害現場はスキルアウトが溜まるような廃ビルや廃工場跡など。

 そこから見つかる被害者は、今の所、死者は出ていないものの、スキルアウト達が入院するレベルの怪我を負って倒れている。

 

「うーむ……」

「大丈夫? 黒子」

「いえ、大丈夫とは言い難いですわ。こうしている間も被害は増えていく一方ですので」

「虚空爆破事件ってヤツでしょ? スキルアウトが狙われてるって奴」

「はい……。書庫から学生の能力データを探してみたのですが、それでも引っ掛かる相手はいませんでしたわ」

「アルミを爆弾に変える能力者がいないってこと?」

「いえ、いるにはいるのですが、その能力者は8日前から原因不明の昏睡状態に陥っておりまして……」

 

 それでは、ここのところ毎日起こっている事件の犯人とは呼べない。似た系統の能力者はいるが、爆発の規模から推定して、少なくとも大能力者レベルの犯人であることは間違い無いはずだ。

 

「にしても、黒子が危惧していた通りね。スキルアウトを狙っている辺り、ヒーローの真似事をしてるって事でしょ?」

「おそらくは……まったく、こんな輩が現れてからでは遅いと言うのに……」

 

 早くも心配があたってしまった。スキルアウトだから大怪我をさせても良い、というわけではない。不良だって命は一つしかないし、生きる価値がないなんてことはあり得ない。

 

「こんな輩が何人も出て来ないよう、そろそろ本気で彼を止めませんと」

「……でーも、逆にここで爆弾魔を止められれば、真似をするような連中は出なくなるんじゃない?」

「そういう考え方もありますが……」

「ま、あんまり難しく考えないようにね。‥……多分、ヒーロー様も爆弾魔を止める為に動いてるんでしょうし」

「そうですわ……そこで一網打尽にしてやれば……」

「あんた、たまに黒いわよね」

 

 そこで、美琴が思いついたように言った。

 

「そうよ……一網打尽だわ」

「え?」

「スキルアウトが狙われているってわかるなら、そこで待ち伏せしたら良いじゃない?」

「……な、なるほど……!」

 

 確かに、と黒子は手を打つ。

 

「一箇所ではないでしょうが、そこは私達風紀委員が人海戦術で……」

「上手くいけば、ヒーロー様も捕まえられるかも?」

「早速、掛け合ってみましょう! お姉さま、ありがとうございます」

「いいのよ。頑張りなさいよ」

 

 少し、元気が出たようだ。いつも喧しい後輩が難しい顔をしているのは、それはそれで調子が狂う。

 早速、黒子はその案を掛け合うべく空間転移で一七七支部に向かった。

 

「固法先輩、少々ご相談が!」

「きゃあっ!」

「ひゃうっ! ……も、もう、白井さん。テレポートでここに来るのやめなさい」

 

 可愛い悲鳴をあげたのは、初春と美偉の二人だった。

 

「申し訳ありません。ですが、聞いて欲しいお話が」

「何?」

 

 早速、作戦を説明した。まぁようするに人海戦術なわけだが、たくさんのスキルアウトが被害にあっている以上、背に腹は変えられない状況と言えるだろう。

 しかし、美偉は顎に手を当てて難しい表情を浮かべる。それを見て、黒子はおずおずと尋ねた。

 

「だ、ダメですの……?」

「んー……ダメっていうか……それ、他の支部に声掛ける必要ないんじゃない?」

「え?」

「だってほら、虚空爆破の前触れは衛星から確認出来るじゃない?」

 

 そう言う通り、衛星が重力子の爆発的加速を観測すれば、それが通達されて来る。

 

「なら、今無事でスキルアウトが溜まりそうな場所をあらかじめマークしておいて、その上であなたがテレポートして急行すれば良いじゃない?」

「‥……あ、なるほど」

「じゃあ、私が衛星のハッ……観測を待ちますね」

 

 そんなわけで、作戦が決まった。

 

 ×××

 

 佐天涙子は、一人でスーパーに来ていた。今日は夜にお客が来る。そのために美味しいものを振る舞ってやる予定だから、その買い出しだ。

 さて、何が良いだろうか? 正直、彼のことはあまりよく知らない。仲が良いわけでもないし、意外な学力を知って勉強を教わったからお礼をしておきたい、と言った所だ。

 意外と子供っぽい所のある子だし、その上あの体格だから、多分大食いなのだろう。おかわりの利くもの……となると、やはりカレーしかない。

 割と得意料理なとこあるし、それに決定だ。そうと決まれば、にんじん、じゃがいも、玉ねぎは必須だ。

 

「んー……せっかくだし、少し凝った奴にしてみようかな……」

 

 顎に手を当てながら、携帯でレシピを調べる。食べられないものとかあるのだろうか? いや、無さそうだ。あってもブラックコーヒーが飲めないとかそんなレベルだろう。

 しばらく色んなものを調べていると「おっ」と声が漏れるほど良さそうなものが見えた。

 

「バターチキンカレーか……」

 

 これは良いかもしれない。なんか少し豪華に見える気もする。そうと決まれば、それ相応の食材をとりに行った。

 カゴに品物を入れてレジを通ってビニールに詰めると、両手いっぱいになってしまった。

 

「か、買い過ぎかな……節約しないと……」

 

 少し反省しつつ帰宅し始めた。そういえば、男の子を部屋に入れるのなんて小学生以来かもしれない。

 そんな事が少し新鮮にすら思いつつ、とりあえず両手の荷物が重いから早く帰ることにした。

 約束の時刻は夜8時、まだ時間に余裕はあるけど、部屋に帰って洗濯物しまったり買ったものを冷蔵庫にしまったりしていれば、すぐに時間にってしまう。

 近道、と路地裏を通ったのが悪かったのかもしれない。柄の悪い人達に囲まれてしまった。

 

「よう、姉ちゃん」

「悪ぃんだけど、ちょっと付き合ってくんない?」

 

 ×××

 

 夕方になった。ヒーロー活動をしながら虚空連続爆破事件を追っていた非色は、とある廃ビルの屋上に着地した。

 ここに何かがあると思ったわけではない。ただ、ヒーロー活動のついでに、スキルアウトが溜まりそうな廃ビルを見つけたため、そこに来ただけの話である。

 

「ここに、何かあると良いんだけど……」

 

 そう思ってしばらく見て回っていると、ビルに男達が入って来るのが見えた。それも、真ん中にクラスメートを連れて。

 

「……アレは、佐天さん?」

 

 なんでいんの? と言わんばかりの呟きが漏れた。これから爆破が起こるかもしれないって場所に、まさかのクラスメートである。買い物袋を持っていた所を見ると、買い物帰りだろうか? 

 いや、今は考えている場合ではない。助けに入らないと……と、思った時だった。ビルの別口から、一人の男が出てきた。

 

「アレは……?」

 

 見覚えのある、ヘッドホンとメガネの少年だった。というか、思い出した。この前、カツアゲから助けた少年だ。

 何故、彼がこんな所に? いや、そんな事どうでも良い。今は、佐天の助けに入らないと。

 すぐにビルの屋上から一階に飛び降り、ビルの中に入った。一階にはいないので、二階、三階と上がっていく。

 四階に到着すると、佐天がビルの中で壁際に追い込まれているのが見えた。その周りを四人の男が囲んでいる。

 三人ともこちらに背中を向けていてくれて助かった。ズボンの腰付近に武器を隠し持っていたから、まずはそこに水鉄砲を放って武器を封じた。

 

「おい、お前達! 佐天さんを離せ!」

「ああ? ……げっ、二丁水銃」

「バカ、ビビんじゃねぇ。あれ使って能力をもらっただろうが!」

「やるぜ、袋にしてやらァ」

「ヒーローが何だっつーんだよ」

 

 敵は四人。しかし、能力をもらった、とはどういう意味だろうか? 

 気になっているうちに、片方が能力を発動した。手の中に現れるのは、小さな風の竜巻だ。

 

「空力使い……」

「おら、吹き飛びな!」

 

 それが正面から出されたが、彼は喧嘩をしたことがあるのだろうか。向かい合って隙が何もない状態でそんな技をやられても当たるわけがない。

 つまり、これが布石だということは分かっていた。斜め横に避けた先に、男が立ち塞がる。それも、おそらく能力で作った、水の刃を持って。

 

「くたばれオラァッ‼︎」

「水は斬るものじゃないよ。飲んだり混ぜたりするものだからね」

 

 その斬撃を軽く回避するが、さらにその非色を追い詰めるように、真横に渦巻く竜巻が飛んで来た。空力使いが手から放ったもののようだ。

 それに巻き込まれ、壁に叩きつけられる。その隙をついて、水の刃を持つ男が斬りかかってきた。

 

「ホント、能力者って奴は……!」

 

 その刃をスライディングで回避しつつ股下を通って背後を取ると、まず一人目、と言わんばかりに殴り掛かろうとした時だった。背後から悪寒を感じ取った。

 勘だけで強引に真横に避けると、いつの間にか三人目に背後に回られていた。スライディングで股下を通った時は間違いなく誰の姿も見えなかった。

 これはつまり……。

 

「透過能力か……」

「今のだけで気付くのかよ。つか、どうやって避けたんだよ」

 

 やれやれ、厄介極まりない相手である。さて、どうやって切り崩すか……至って簡単である。一人ずつ片付ければ良い。鬱陶しいのは空力使い、でもそれをやるには透過と水の刃が立ち塞がる。

 ならば、やりやすい刃から消すのがベストだろう。もう一人いた気がするが、絡んでくるまでシカトで良いだろう。

 

「よし、やろうか」

 

 今度はこちらから仕掛けようとした時だった。自分と水の刃の男の間に、一人の少女が割って入った。

 

「風紀委員ですの!」

「げっ、白井さん……!」

 

 思わず嫌な声をあげてしまう。黒子と目が合うと共に、なんか舌打ちされた気がしたが、それどころじゃないようですぐに用件に移った。

 

「緊急事態ですわ。この廃ビルが虚空爆破事件の標的ですので、至急、退避しなさい」

「ああ⁉︎」

「ふざけんな、誰がんな事信じるかよ!」

「どうせ俺達を捕まえる気だろうが!」

「まとめて畳め!」

 

 そう言って、四人目は手に炎を出して一斉に非色と黒子に襲い掛かった。緊急事態だと言っているのに。

 唯一、まともに事態を把握した非色は、黒子に声を掛けた。

 

「白井さん、俺があいつら寝かせるから、テレポートで連れて行ってあげて」

「私のテレポート上限は私含めて三人までですわ」

「了解」

 

 つまり、今は二人で一人ずつ片付け、テレポートで二人運んでいる間に残り二人を非色が片付ける、というものだ。

 シンプルに且つ一番、効果的な作戦。そうと決まれば、まずはバイオレンスである。非色は竜巻を避けつつ透過の奴にボディブローを入れ、黒子は水の刃を空間転移で避けて、手から炎を出した男の後ろからドロップキックを浴びせた。

 

「ぐへっ!」

「ぐおっ……!」

 

 断末魔が漏れた時には、ボディブローを喰らった男の胸倉を非色が掴み、黒子の方に放り投げた。

 黒子はその男の腕を掴むと共に、自分が蹴りを入れた男の手首を握った。

 

「私が戻ってくるまでに大人しくさせておいてくださいな」

「分かってるから、爆破までに間に合わせてよ」

 

 軽口を叩き合うと、黒子は二人を連れて転移した。どこに連れていったのかは分からないが、とりあえず爆破に巻き込まれない場所だろう。

 さて、残りは風と水。人数が減れば、もはや非色に負ける要素はない。二人からの同時攻撃を避けつつ、まずは水の男の背後をとった。

 

「グッ……!」

「大人しくしていなさい」

 

 襟を掴み、一気に床に引っ張って背中を強打させ、顔面に軽くパンチを入れて意識を失わせる。

 それを見た最後の一人は、何の抵抗もせずに両手を上げた。

 

「わ、悪かった! 俺の負けだ!」

「うむ、潔し。とりあえず大人しくしてて」

「あ、は、はい」

 

 それだけ話すと、ようやく今回の一番の被害者の元に駆け寄れた。背中を壁につけて、へたり込んでいる。

 

「大丈夫?」

「あ、は、はい……すみません、助かりました……」

「怪我は?」

「ま、まだ何もされてなかったので……」

 

 咄嗟のことで混乱しているのだろう。珍しく、歯切れが悪かった。まぁ、普通はヤンキーに絡まれたらそうなるだろう。ましてや、そのヤンキーが目の前でボコられ「爆発しますわ!」なんて言われた暁には誰だって混乱する。

 

「とりあえず、白井さん戻ってきたら事情を説明して助けてもらおう」

「あ、は、はい」

 

 それだけ話した時だった。ヴンッ、と耳に響く嫌な音が聞こえたのは。それが、このビルの何処かから聞こえてくる。

 爆発の予兆、と直感的に察した非色は、慌てて気絶させた2人の男達の方へ走った。

 

「う、二丁水銃さん⁉︎」

「そこにいて!」

 

 三人も抱えてここから脱出するのは不可能。何せ、腕は二本しかないのだから。ここはビルの四階。体勢を維持できないまま三人抱えて着地した所で、確実に無事でいられるのは自分だけだ。

 そのため、まずはヤンキー達の救助だ。それを窓から放り投げ、近くに見えた街灯に水鉄砲で縫い付ける。

 その後、最後に佐天を連れて窓から飛び降りれば良い。

 

「手、掴んで!」

「え? あ、は、はい……!」

 

 佐天と手を握り、引き上げて抱えた直後だった。飛び降りる前に爆発が起こってしまった。

 

「やばっ……!」

「きゃっ、な、何……⁉︎」

「喋るな! 舌、噛む!」

 

 一階で起きた大きな爆発。それに足元から崩されていった。こうなれば外への脱出は不可能だ。いくら超人と言っても、空を飛ぶことはできないのだから。

 爆発そのものに巻き込まれる事はなかったが、足元を崩された結果、四階から一階に落下である。

 そんな中、非色は佐天を抱えつつ、同じように落下する瓦礫を足場にして静かにジャンプで一階に落ちていった。これならば佐天への衝撃は少ない……と、思った直後だった。脳天に、上から降ってきた瓦礫が直撃した。

 

「うごっ!」

「えっ?」

 

 ふらり、と頭から力が抜ける。敵意には敏感だが、自由落下してきただけの瓦礫からの攻撃を避けることは出来ない。

 

「ちょっ、二丁水銃さん? 二丁水銃さーん⁉︎」

 

 意識を失いながらも、佐天を抱えた両手の力を抜く事はなかった。

 

 



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自分のケツは自分で拭く。

「これは……」

 

 テレポートで戻ろうとした直後、ビルが倒壊した。ヤンキー達の運び場には一七七支部の前を選択して、美偉達にあのヤンキー達の保護を頼んでおいたわけだ。

 ビルの近くに戻ると、おそらく二丁水銃の仕業と思われる、二人の気絶したヤンキーが街灯に貼り付けられているのを見つけた。

 それに関してもすぐに保護をしておいて、警備員が瓦礫の周りを取り囲んでいた。

 

「全く……無事なのでしょうか、あのヒーロー様は」

 

 流石に心配になった。どんなに肉体が強靭でも、ビル一つに押し潰されて生きていられるはずがない。

 

「初春、このビルの質量は?」

『そうですね、四階建ての建物ですので、それなりにあるかと』

「もし、仮にですが、中にあのヒーロー様がいらっしゃるとしたら?」

『正直、生存していると確信は持てません。……いえ、私も二丁水銃さんの身体がどうなっているかを知っているわけでは無いので何とも言えませんが』

 

 やはりか、と改めて察した。何にしても、もし無事に引き上げられたとして、病院に誰よりも早く連れて行けるのは自分だ。その時に備えておいたほうが良い。

 本当ならヒーローの逮捕もしておきたかった所だが、スキルアウトをも助けていた辺り、やはり悪人ではない。限りなく風紀委員と近い思想を持っていると思っても良いだろう。

 だが、まぁ何にしても、何となくだが死んでいない気がする。少なくとも、身体のスペックは普通の人間ではないから。

 

「……しばらく、出て来るまで待つとしましょう」

 

 そう決めて、救出の現場を手伝う事にした。

 

 ×××

 

 目を覚ますと、瓦礫の山の中だった。押し潰されていないのはほぼ奇跡、偶然、自分の周りは瓦礫と瓦礫によって空洞になっていた。高さは、立ち上がると頭をぶつけてしまう程度の高さである。

 とりあえず身体を起こすと、隣で佐天が寝ていることに気付いた。

 

「! さ、佐天さん……佐天さん!」

 

 慌てて頬をペチペチと叩くと「んっ……」と声を漏らした。生きているようで良かった。

 

「こ、こは……?」

「だ、大丈夫?」

「……う、二丁水銃……?」

 

 そういえば、今は自分はヒーローだった。というか、佐天さんって言っちゃった。まぁ話を逸らせば良いだろう。

 

「ごめん、ちゃんと助けてあげられなくて」

「い、いえいえ! あ、私の方こそすみません……。足、引っ張ってしまって」

「いやいや、そんな事気にしないでよ」

 

 どちらかというと、自分の鈍臭さが原因だ。頭上は足元の次に注意しなければならない場所だろうに。

 

「さて、どうしたもんかな……。救助まで待つのがベストなんだろうけど……」

 

 そしたら、自分は十中八九捕まる。その前に脱出したい所だ。しかし、この瓦礫の山では下手に動かすと他の部分、全部崩れてきそうな気もする。

 自分だけならともかく、佐天がいる現状では下手に動かない方が良いのかもしれない。

 

「あ、あの……助けてもらった身分でこんな事を頼むのは申し訳ないんですけど……」

「何?」

「その……私、この後に大事な約束があるので、早めに出たいんです……」

「……」

 

 そういえば、今日はこの後に一緒に飯を食う予定だった。正直、事態が事態なために忘れていたとは口が裂けても言えない。

 しかし、自分との用事を「大事な」とまで言ってもらえるとは思わなかった。その時点で少し嬉しく思えてしまったのだが、それと同時に佐天の手足が目に入った。大した怪我ではないが、擦り傷で少し血が出ている。

 無理して料理をして欲しいとも思わない。本人とはいえ、ここはさりげなく遠慮しておいた方が良いだろう。

 

「いやいや、無理しちゃダメでしょ。怪我してるのに」

「こ、こんなの大したことないですよ」

「そういう問題じゃないよ。約束の相手だって、怪我してる佐て……ぉ、ぉ嬢ちゃんに無理して欲しくないと思うよ」

 

 お嬢ちゃん、なんて同級生に言うのはとても恥ずかしかったが、とにかく話を続けた。

 

「それに、風紀委員や警備員も事情聴取とかしたいだろうし、今日の所はお断りして、ちゃんと怪我の手当てをして、相手の子に心配させないようにしてから、その約束を果たしてあげた方が良いと思うよ」

「……そう、ですね」

 

 少し、考え込むように俯く佐天。少し説教臭くなってしまったが、今の自分はヒーローなのだ。恥ずかしくない、恥ずかしくない、と頭の中で言い聞かせる。人間、本音を言うのが一番、恥ずかしいのだ。

 さて、そんな話はともかく、だ。そろそろ真剣に事件の犯人について考えなければ。今回、現場にいながら怪しい人間を見つけることは出来なかった。

 ……いや、正確に言えば一人いたが……。

 

「へっくち」

「……寒い?」

 

 隣からくしゃみの音がして、思わず声をかけてしまった。

 

「い、いえ……」

「何か上着を分けてあげられれば良いんだけど……」

 

 ライダースーツ一丁の非色に、分けてあげられる服はない。

 どうしようか悩んでいるヒーローさんに気を使わせたくなかったのか、佐天が先に話題を変えた。

 

「あ、あの……二丁水銃さん」

「ん、何?」

「その……二丁水銃さんは、能力者なんですか?」

「ごめん、その呼び方やめて。‥‥俺がそれ名乗ってるわけじゃないし」

「え、じゃあなんて呼べば……」

「んー……そうだな」

 

 そういえば、自分でヒーローを名乗るとして、その際の名前を考えていなかった。ヒーローなら名前は欲しい所だ。

 

「……閃光四散(ライトニング・スパーキング)とか?」

「え、どの辺がライトニング・スパーキングなんですか? 電気がよく通りそうな武器で」

「ごめん、冗談。何でも良いや」

 

 よくよく考えれば、ヒーローの名前は自分で決めるものではない。周りが勝手につけるものだ。……にしても、水鉄砲に着眼点行き過ぎな名前な気もするが。

 

「で、何?」

「ウォー……ひ、ヒーローさんは、能力者なんですか?」

「あー……なんで?」

 

 というか、結局ヒーローに落ち着いたのか、と思った。

 

「いえ、私、憧れだったんです。能力を持つのが。……まぁ、身体検査であっけなく『あなたには才能がありません』なんて言われちゃったんですけど」

「能力なんてない方が良いでしょ」

「……へ?」

 

 意外な返事が返ってきた。能力者顔負けの武器を持っている人が言ったとは思えない台詞だった。

 

「……どういう、事ですか?」

「俺が今までとっちめた相手は、無能力者より能力者の方が多かったよ」

「え……?」

「結局、人間なんて力を得ると試したくなるものだからね。実際、自在に炎が出せる能力なんて抜いて狙って引き金を引く必要がある拳銃より余程強力だから」

 

 そう言われれば、確かにそうかもしれない。突破的に喧嘩になったと仮定して、なければ何も出来ない銃より、自身の力としていつでも引き出せる能力の方が危険だ。

 

「コンビニ強盗だってバスジャック犯だって、別に金が欲しいわけじゃない。自分の能力の強大さを示したいだけだと思うよ。こんな事にも使えるぞって。それなら、いっそそんなもんない方が良い」

「……そういう、ものですか?」

「経験談だからね。……もちろん、風紀委員みたいにまともな事に能力を使っている人達もいる。みんな、そういう人だと良いんだけどね」

 

 そうはいかない。人は、脆いから。自分だって、小六の時にクラスメートと喧嘩になって怪我をさせた。

 それ以来、喧嘩になる程の交友関係を作らない事にしたし、ヒーローとして活動する際は相手に怪我させないように水鉄砲を作った。

 

「勿論、無能力者だって脆い。劣等感から、能力者を排除しようとする輩だっているからね。もしくは、自分より弱い無能力者に、手をあげる奴も……」

「……?」

 

 そこまで言って、思わず顎に手を当てて考え込んでしまった。

 仮に、仮にだ。無能力者が自分より弱い無能力者をいじめていたとして、そいつが無能力者であると、どう判断するのか。

 分かり切ったことだが、能力には一長一短があるし、低能力者や異能力者の能力なんか大した強さではない。拳の方がよほど信じられるだろう。

 つまり、見た目じゃ能力者かどうかなんて分からないのだ。もし、さっきいたメガネの少年が能力者だとしたら。自分を今までいじめて来た連中や、それと似たような奴らへの報復を、自分と出会ったことで目覚めさせたとしたら。

 

「佐天さん、今の爆発事件の二件目って何処だったっけ」

「え? 確か、何処かの高校の校舎裏だったと思いますよ。奇跡的に全員、無事だったそうですけど……」

 

 何故、この事に自分は注目していなかったのか。いや、反省は後だ。とりあえず、犯人は間違い無いと思っても良いだろう。

 

「ごめん」

「何がですか?」

「やっぱり、さっさと出よう」

「え、あ、はい」

 

 今ならまだ間に合うかもしれない。事件を起こした犯人はなるべく遠くに行こうとするものだが、それは逆に目印になる。廃ビルが倒壊する威力の現場を見ようともせずに距離を置こうとしている奴がいたら、それはそれで怪しい。

 幸い、自分は高い所から人を探し回ることが出来る。

 さて、そうと決まればこの瓦礫だ。本当にザックリだが、瓦礫の山を見上げて重さや大きさを測る。崩れそうなところを見繕うと、自分の水鉄砲を放って補強していった。

 

「な、何してるんですか……?」

「脱出」

 

 大体の作業を終えると、腰に水鉄砲を戻して両手を天井の代わりになっている瓦礫に当てる。

 

「悪いけど、俺の下で頭を抱えててくれる?」

「え?」

「万が一に備えて。崩れて来たら最悪だから」

「は、はい……!」

 

 言われるがまま従う佐天。それを見ると、非色は両手の力を一気に全開まで入れると共に腰を上げた。

 その直後、ズゥンッッ……という腹に響く重低音が佐天の耳に響いたが、非色に気にしている余裕はない。

 

「フンッ……ギギッ……‼︎」

「あ、あの……無理はやめた方が……」

「黙ってて……‼︎」

 

 両手に力が入り、眉間にシワが寄る。ゴーグルとマスクを取れば、すごい顔をしている事だろう。しかし、今はそんなこと気にする時ではない。

 やんわりと止めたつもりだった佐天が、言われるがまま黙った直後だ。自分達を覆っていた瓦礫の隙間から煙や小石が落ちて来て、それと共に少しずつ天井が遠下がっていく。

 連結していない部分は地面に落ちるが、それでも重機が必要なレベルの重さなはずだ。

 

「……うそ…………」

 

 目を丸くして口を手で覆う。まだ自分が立ち上がれる程は持ち上がっていないが、まさかこの瓦礫の山を持ち上げる程の力を持っているとは。目を疑うとはこのことか。

 

「……さ、てん……さん……!」

「は、はい……!」

「すっ……少しずつ、で……いいから、奥に這って行って……!」

「分かりました!」

 

 言われるがまま這って動く佐天。それと共に、非色は自分が持ち上げている力点の位置を少しずつズラしていった。

 ジリジリと、一歩がほんの1メートルにも満たないような歩幅で進むと共に、力点をずらす事で自分達が向かっていない側の瓦礫は少しずつ地面に落ちて行った。

 

「んっ……ぐぐっ……!」

「あ、も、もう少しで出口です! 頑張ってください!」

「お、応援……どうも!」

 

 叩き付けるように言った直後だった。グラッ、と佐天の頭上の岩が揺らぐ。いち早く気付いた非色は、慌てて声を掛けた。

 

「佐天さん、上!」

「え、ひ、ひゃあ⁉︎」

「使って! 俺の銃!」

「は、はい!」

 

 ホルスターから水鉄砲を抜き、慌てて撃って補強した。揺らいだだけで落ちてこなくて良かったことに二人揃ってホッとしつつ、また移動し、ようやく到着した。

 瓦礫の山からひょっこりと佐天とヒーローが顔を出すと、救助に来ていた警備員が唖然としていた。

 

「き、君達‥‥自力で出て来たのか……?」

「あ、は、はい……」

「持ち上げて……?」

「わ、私が、じゃなくて彼が、ですけど……」

 

 そう言いかけた直後だ。のんびりしている暇がない非色は、佐天から水鉄砲を返してもらうと警備員に声を掛けた。

 

「すみません、この子お願いします」

「え? あ、ああ。分かった」

 

 それだけ言うと、すぐにその場からジャンプして街灯に飛び移り、さらに近くのチェーン店の看板の上、そしてビルの非常階段の上、最後に屋上へと辿り着いた。

 ビルは倒壊したが、その周りの風景から、メガネの少年がどの方向に出て行ったかを探す。

 そんな時だった。

 

「待ちなさい!」

 

 自分の後ろに、しつこい風紀委員が顔を出した。

 

「何、白井さん。今、急いでいるんだけど」

「犯人に心当たりがある、ということでよろしいでしょうか?」

 

 話が早い風紀委員である。助かる事この上ない。

 

「そういう事」

「特徴は?」

「身長165センチ前後、痩せ型、茶髪、丸メガネ、ヘッドホン、白い半袖のワイシャツに黒いズボンの制服」

「分かりましたわ。犯人が向かったと思われる方向は?」

「多分、この通りを真っ直ぐ向かったと思うけど……今から30分くらい前の話だし、もっと遠くに行ってるかも。最悪、帰ってる可能性もある」

「了解致しましたわ」

 

 それだけ言うと、自分の胸ポケットから通信機を手渡して来た。

 

「……これは?」

「犯人を見つけた際の連絡用ですの。‥‥本来は風紀委員、専用ですのよ?」

「壊さないようにするよ」

 

 それだけ返事をすると、非色はジャンプして犯人がいそうな方向に跳び立った。

 残った黒子は、通信機に既に繋がっている同僚に声を掛けた。

 

「初春?」

『聞いていました。今、捜索中です』

「了解。今のうちに捕えますわよ!」

 

 それだけ話すと、黒子も初春からの返事を待つ間、手当たり次第で捜索を始めた。

 

 ×××

 

 何もかもを爆破した少年は、少しは自分のおかげで街を掃除できた、といい気になっていた。

 その為、普段はしない夜の街を少し回ったのが運の尽きだったと言えるだろう。コンビニを出て、購入した揚げ鳥を口にしながら公園を通っていると、正面に憧れの人物が立っているのが目に入った。

 

「……あんたは」

「どうも、爆弾魔さん」

 

 直球だった。まるで、自分が犯人だと分かっているような言い草だ。

 

「な、何の話ですか……?」

「爆弾魔の話だよ。君だよね、犯人。……まったく、何が強い奴、だよ。自分で自分が恥ずかしくなるな。見る目の無さが」

 

 自嘲気味にそういうヒーローは、マスク越しでも苦笑いを浮かべているのが分かった。

 

「とにかく、投降してくれない? お前は、自分勝手な思想で罪の無い人を傷付けた」

「罪のない人、だと……⁉︎」

 

 その返事に少年は奥歯を噛み締めた。

 

「ふざけるな! 罪はあるだろ。あいつらこそ人を傷つけて平然と生きている。お前だって知っているだろう⁉︎」

「だからと言って、殺人未遂を犯して良いわけじゃないよ。……それに、あの現場にはスキルアウト以外にも一人、一般人がいた。お前は、それに気付かずに爆破した」

「っ、な、何……⁉︎」

「生きているよ。死んじゃいない。でも、お前の行いの所為で、その子は死にかけた」

 

 何も言い返せなくなり、再度、奥歯を噛み締めて黙り込む少年。だが、すぐに反論の内容が思い浮かび、言い返した。

 

「だまれ、正義の執行に犠牲はつきものだ! お前だってそうして来ただろう?」

「いや、一緒にしないでくんない。正義に犠牲はつきものとか、そういうセリフは犠牲者が出ない創意工夫を可能な限りやり尽くして、それでも出てしまった場合に、周りが責任者に対して掛けてやるセリフだから。自分で自分の弁明のために吐くセリフじゃないよ」

「っ……!」

「何より、俺はスキルアウトが憎くて拳を振るったことなんて一度もない。街中の事件に関しては、目の前で被害に遭っている人を守る為に戦っているから」

 

 尽く言い負かされ、もはや結論は出たと判断した非色は、ホルスターから水鉄砲を抜き、銃口をむけた。

 

「でも、お前を犯罪者にしちゃったのは俺だからね。その責任は取る。だから、抵抗はしないで出頭してくれる? ……俺に、この引き金を引かせるな」

「っ……ふざけるな。僕は、捕まらない!」

 

 そう言った直後、ブゥンッと少年の背負っていた鞄に黒く丸い渦が出来る。

 それと共に少年は鞄を上空に大きくぶん投げた。当然、非色は水鉄砲を放ち、まずは少年の動きを封じ、続いて爆弾の処理である。

 

「! 白井さん!」

「分かってますわ!」

 

 予め近くに潜んでいた黒子が転移し、爆弾の元まで駆け上がる。爆破直前の鞄に触れると、黒子は可能な限り空高く転移させた。

 直後、空高く大きな爆発。あの高さなら、地上への被害は無いだろう。

 ボンヤリと一発だけの花火を眺め、歩いて爆弾魔の前に歩く。

 

「……ちっ、仲間がいたのか……!」

「仲間? いやいや、向こうにとっては商売敵だよ」

 

 自分としては仲良くしたいのだが、まぁ難しいだろう。

 

「僕を、捕まえるのか?」

「もう通報してある。……ま、自分でやったことの責任は自分で払って」

「っ……」

 

 悔しげに奥歯を噛み締める少年。まぁ、人間、誰でも過ちは犯す。それを取り返すには多くの努力が必要だが、何もしないよりはマシだ。

 

「……もし、本当にスキルアウト達を止めたいってんなら、あんたも風紀委員に入れば良い」

「……!」

 

 自分にだけは絶対に言われたくないであろうセリフを残すと、非色はジャンプして立ち去った。

 そろそろ帰らなければならないが、姉はまだ帰らないだろうし、のんびりしていても問題はない。

 建物の屋上に座って街を見下ろしていると、後ろに空間転移して来た音が聞こえた。

 

「……まだ何か用?」

「用ならたくさんありますのよ」

 

 当然と言えば当然だ。何度も逃しているわけだから。

 

「悪いけど、俺もう今日は相手する気力ないよ」

「いえ、そうではなく。私も今からあなたを追い回そうなんて思っていませんわ。一応、あなたのおかげで爆弾魔を捕まえられましたから、礼は言っておこうと思いまして」

「最近はよくお礼言われるなぁ……。でも、あの人をああしちまったのは俺だよ。カツアゲされてて、勇気づける為に余計な事を言っちゃったみたいだし」

「それでも、ですのよ。1件目の爆発だけは被害者の中にスキルアウトはいなかった。私の勝手な推測ですが、あの後は風紀委員が狙われていたと思うんですの」

 

 確かに、あの一件目の被害者で狙われる心当たりがありそうな連中はいなかった。だとすれば、何もしてなくても恨まれやすい風紀委員が狙われた可能性は十分にある。

 すると、非色のスマホが震えた。佐天からメッセージが届いた。今日の夕飯は今度にしてくれ、と。

 

「話はそれだけです。では、失礼致しますわ」

「はいはい」

 

 何となく察した白井黒子はテレポートした。

 これからは、被害者が加害者になるような言動には気を付けないと、と心に決めて、とりあえず非色も帰宅した。

 

 



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身バレの前に顔バレするの本当怖い。

 夏休みに突入した。本当は早朝から活動したい非色だったが、少なくとも姉が出掛けるまでの間は家を出るわけにはいかない。基本、友達がいないことはバレているので、出掛けるなんて言ったら怪しまれるかもしれない。

 そんなわけで、午前中はのんびりとゴロゴロしているしかない。

 

「はーあ……おはよー……」

「あ、おはよう。姉ちゃん」

 

 姉が起きてきて、とりあえずソファーから起き上がった。パジャマは普通に第二ボタンまで外され、その上にノーブラな為、胸の谷間までしっかりと見えていたが、不思議と非色は興奮したりしなかった。

 まだ異性にはっきりした興味があるわけでもない、というのもあるが、三年も一緒に暮らしていれば見慣れてしまうものだ。後は、そもそもそれまでは研究所暮らしで普通の情緒が育っていない、というのもあるが。

 

「顔洗って来たら。俺、朝飯準備するから」

「火事になるから大人しくしてて」

「い、いやいや。パン焼くくらい出来るって」

 

 寝ぼけてる割にハッキリと否定してきたが、パン焼くくらいは出来る、というセリフを信じてくれたのか、特に何も言わずに洗面所に引っ込んだ。

 その間に、言った通りにパンをトースターに突っ込んだ。味噌汁くらい作れたら良かったのだが、まぁその辺は弁える事が大事だろう。

 目を覚ますついでに着替えも済ませてきた美偉は、キッチンに立った。味噌汁に火を通しながら、牛乳を入れて、マーガリンとサラダの準備をする。

 その手伝いをして朝飯の準備を終えると、二人で席についた。

 

「いただきます」

「いただきます」

 

 適当な挨拶をして、パンをかじった。

 

「どうだったの? 成績」

「え、普通に学年トップだったけど」

「そ。良かった」

「そっちは? 爆弾魔」

「捕まえたわよ。白井さんがヒーローさんと共闘したんだって」

「へー。あの二丁水銃をボロクソに言ってた人だよね」

「犯人への説教を聞いて、少し感心してた。かと言って、次はやっぱり捕まえる気らしいけどね」

 

 そうなんだ、と非色はパンをかじりながら他人事のように心の中で返事をする。

 ま、アレくらいで和解出来たとは流石に思わない。向こうも自分も、お互いが正しいと信じて行動しているし、極端な話がヒーローが捕まるか、それまでに向こうが風紀委員をやめるかまで続くだろう。

 

「ね、姉ちゃん的にはどうなの? 二丁水銃」

 

 良い機会なので聞いてみた。万が一、バレた時の言い訳も考えられる。

 

「まぁ……今の所は半々ね。悪さをしているわけでもないし、相手が悪人だからって大怪我させる程の力も出していない。昨日の事件を見た限りだと、ビルの瓦礫を全部持ち上げる程の腕力があるのに、それを上手くセーブしてる」

「……!」

「……でも、風紀委員としては見過ごせないのよね。現場を抑えることが出来たら、やっぱり捕まえるべきかもって思う。だから、半々」

「……」

 

 まぁ、積極的でないって分かっただけでもラッキーだと思っておこう。思わず、小さくため息が漏れた。

 

「にしても……あの体格は何処かで見たことあるんだよねぇ……」

「ーっ⁉︎」

 

 だから、その不意打ちには思わずギョッとしてしまった。慌てて平静を装ったが、その隙を見逃すような透視能力ではない。

 

「何、心当たりがあるの?」

「ええっ⁉︎ い、いや無いよ! 俺、まだ中学生だし、あんな人……ま、まずあんな背高のっぽも見たことないし!」

「……そう。御馳走様」

 

 食べ終えた美偉は、手早く食器を片付けに行った。その後に続いて、非色もさっさと食事を終える。

 その後、二人揃って歯磨きを終えると、美偉は鞄を持って出勤の準備をした。

 

「じゃ、私もう行くからね」

「気を付けてね」

「うん。大丈夫」

 

 それだけ言うと、姉は部屋を出て行った。さて、それが確認出来れば、自分も弟ではなくヒーローになる時間だ。

 ‥……そう思ったのだが。

 

「あれ、佐天さんからだ」

 

 メールが来ていた。何事かと思って開いてみた。

 

『こんにちは! 今日は予定あるかな?』

 

 ……これは、どういう意味なのだろうか? 助けたお礼? いやそれはヒーローの自分だし……などと勝手に悩みつつ、とりあえず返事をした。

 

『暇だよ』

 

「……すこし、淡白過ぎるかな……いや、でも他に余計な情報をつけてお礼を催促してると思われたくないし……」

 

 勝手に小声で悩んでいる。ちょうどその頃、財布を忘れてとりに戻った美偉が玄関にいたのは、不幸中の不幸だったが、非色は知る由もない。

 すると、すぐに返信が来た。

 

『じゃあ、試験のお礼をしたいから、お昼に待ち合わせしない?』

 

 ああ、なるほど、と頭の中で理解する。遠回しに「治してから行こうね」と言ったつもりだったのに、全然通じてない。

 もしかしたら、自分との約束なんて、早めに終わらせたい、と思われているのかも……。

 

「はぁ……」

 

 た、ため息⁉︎ 携帯見ながら⁉︎ と、美偉は黙ってその様子を覗き見するが、非色は気付かずにとりあえず返事をした。

 

『別に、無理にお礼しなくても大丈夫だよ。昨日、事件に巻き込まれたんでしょ?』

 

 一応、気を利かせたつもりだ。純粋に怪我が心配だし、それに本当はお礼をしたくないとしたら、断る良い機会だ。

 非色としては別に行きたくないわけではないしむしろ佐天のような可愛い女の子にご飯を手作りしてもらえるならそれはそれでありがたいのだが向こうに無理させたくないし……。

 

「〜〜っ」

 

 なんかソワソワしてる……と、そろそろ出ないと遅刻してしまう美偉は、可愛い弟の様子を眺めながら思った。

 その弟の携帯には、また返信が戻ってきた。

 

『そんな事ないよ! とにかく、12時に校門の前で集合だから!』

 

 そんな事ない、という一言で元気になってしまうのだから、やはり男の子は単純だ。

 

『分かった』

 

 思わずにやけながら返事をする。今日はヒーロー活動は午後半休だ。

 その弟を見て、美偉はほぼほぼ確信する。これは、女の気配だ。

 

 ×××

 

 さて、11時半。冷静になって思ったが、非色に同級生と外出する、という経験はない。何か持っていったほうが良いのだろうか? 例えば、こう……お土産的な? 

 調べてみることにした。本気で走れば、ここから一分かからずに待ち合わせ場所に着くから時間はある。

 

「……なるほど」

 

 つまらないものですが、と言って渡すのがベストのようだ。喜ばれるのはお菓子だそうだ。

 

「行く時に買って行こうか……」

 

 事前に調べておいて良かった。他人の家にお邪魔する際、お菓子を持っていかないのは失礼だそうだ。

 さて、他にも決めるべきことはある。例えば、服の下にライダースーツを着て行くかどうか。いや、流石にそれはいらないが、せめてもしものためにマスク、ゴーグル、ニット帽くらいは必要かもしれない。

 また、水鉄砲はどうするか。やはりヒーローたるもの、いつでも備えておくべきか否か……。

 しかし、万が一に職質されて鞄の中を見せなければならないとなったとき、水鉄砲はあるだけで正体がバレてしまう。

 

「マスクとゴーグルだけにしておこう」

 

 と、いうわけで、お土産を買う為に少し早めに家を出た。

 

 ×××

 

「遅いから」

「ご、ごめん……」

 

 既に待っていた佐天が、むくれた表情で言った。結局、お土産選びに苦労して遅くなった。

 これを渡すのは家に着いてからがベストらしいので、とりあえず鞄の中で眠っててもらうことにする。

 

「それでー……食べるのはお昼ってことで良いの?」

「あーうん。そうなんだけど……その、ごめん。実は昨日、材料買った帰りに事件に巻き込まれたから、食材全部ダメになっちゃって……今日、また買い直しなんだ。お金は私が出すから手伝って欲しいなって……」

「あ、ああ……なるほど。え、いやじゃあ俺もお金出すよ」

「え? い、いやこれお礼なんだし……」

「で、でもほら……一人暮らしだし、そんな余裕ないでしょ? お礼とか、気にしなくて良いから出させてよ」

「っ……良いの?」

「良いの」

 

 流石に全額出してもらうのは申し訳ない。それに、ヒーロー活動ばかりしている非色は、お金を使うこと自体があまり無い。

 

「……じゃあ、わかった。ごめんね」

「いいって」

 

 それだけ話して、二人でスーパーに向かった。とりあえず、公園の真ん中を通って行く事にした。

 ハッキリ言って、ソワソワして落ち着かなかった。他人と出掛けることがここまで、精神的に疲れると思わなかった。隣を歩くだけでも「何か話したほうが良いかな」とか気を使ってしまう。

 普段、中学生はどんな話をしているのだろうか。部活? 勉強? ファッション? 

 

「……わからん」

「何が?」

「えっ? あ、あー……えっと」

 

 しまった、声に出てたか、と今更になって反省する。どんな話をしたら良いか、なんて本人に言えるわけがない。

 なんとか誤魔化そうと辺りを見回していると、公園内にちょうど屋台のかき氷屋さんがあった。

 

「……あ、か、かき氷食べない? 奢るよ」

「ホント? ラッキー。行こう」

 

 そう言って、二人でカキ氷を食べに行った時だった。

 

「あれ、佐天さん?」

「え……あ、み、御坂さんに、白井さんに初春?」

「……えっ」

 

 近くの花壇に腰を掛けたJCが三人でかき氷を食べていた。思いっきり知っている三人組である。

 御坂美琴は言わずもがなのレベル5の有名人、初春飾利は同級生、そして白井黒子に至っては目を合わすのも気まずい間柄である、マスク越しの関係であったが。

 

「こんにちは。佐天さん。そちらは?」

「え、あ、えっと……」

 

 デカい図体している癖に、佐天の背後に隠れてしまった。流石に異性四人相手は持たないようだ。特に、最初に声をかけてきたのが天敵である白井黒子なら尚更の話だ。

 その様子に、この中では一番、関わりのある佐天ですら「?」だったが、とりあえず紹介した。

 

「あ、この人は固法非色くん。同級生です」

「……固法?」

「黒子、知ってるの?」

「もしかして、固法先輩の弟さんですの?」

「えっ、そ、そうなんですか⁉︎」

「なんで初春が驚いてるの……いや、私も知らないけど、そうなの?」

 

 最後のは佐天に聞かれ、非色は遠慮気味に答えた。

 

「……いや、まずその固法先輩って人知らないし……」

 

 とはいえ、大体の想像はつくが。同じ苗字で、風紀委員である黒子に先輩と呼ばれている時点で分かってしまう。

 

「ああ、失礼致しましたわ。固法美偉、私や初春の先輩で、一七七支部の風紀委員の方ですの」

「あー……それなら俺の姉です」

 

 血の繋がっていない、という点を丸々カットして言った。

 

「そうだったんですかぁ⁉︎ 教えてくれればもっと早くご挨拶したのに!」

「いえ、初春は風紀委員に見えないし仕方ないんじゃない?」

「酷いです佐天さん!」

 

 いつも通り、仲良しクラスメート同士でじゃれ合う横で、黒子がジト目で非色を睨む。

 

「どうしたのよ、黒子」

「いえ、彼どこかで見たような気が……」

 

 ギョッとして慌てて目を逸らした。相変わらず勘が良い子だ。だって、本当はほぼ毎日のように鬼ごっこしている関係なのだから。

 一人、気まずそうにしている非色を気遣ってか、一番年長者の美琴が改まって聞いた。

 

「それで、佐天さんはどうしてこの人と一緒にいたの? ……まさか、デート?」

「いやいや、違いますよ。ただ、期末試験の勉強で少しお世話になったので、お礼に手料理をご馳走しようと思って」

「え……手料理って、佐天さんの部屋で?」

「そうですよ?」

 

 一足早く思春期が来ている美琴は、思わず頬を赤く染め上げた。しかし、なんで急に照れてるのか分からない佐天と非色は、思わず眉間にシワを寄せる。

 

「なんでですか?」

「あ、いや……その……二人は、そういう関係?」

「そういう?」

「な、何でもないのよ。あはは……そ、それより、それなら私達もご一緒して良いかしら? お昼まだなのよ」

「良いですわね。……異性同士が一つ屋根の下など、中学生では早過ぎますので」

「あ、じゃあ私も」

 

 え、なんでそうなるの? と言わんばかりに表情が凍りつく非色。元々リア充的存在の佐天もノリノリになってしまっていた。

 

「良いですね! ちょうど、今からその食材を買いに行く所だったんですよ!」

「じゃあ、みんなでいきましょうか」

 

 との事で、非色にとっては胃に穴が空きそうなほど緊張する半日がスタートした。

 

 ×××

 

 買い物を終えた一行は、そのままの足で佐天の部屋にやって来た。料理組は女子四人。

 唯一、料理ができない非色は一人、食卓で待たされていた。

 

「……場違い、だよなぁ……」

 

 何故、自分がこんなとこにいるのか分からない程度には気まずかった。相変わらず小心者のヒーローである。

 暇なので、部屋の中を見回す。こうして眺めると、やはり自分の部屋と女の子の部屋は割と違う。物が多いし、家具の趣味も全くの逆だ。なんか良い匂いするし。

 

「っ、と……」

 

 ふと、頭上に敵意を察知し、落ちてくる前にキャッチした。手の中に包まれたのはスプーンだ。

 

「女性の部屋をジロジロ見るのは感心致しませんわ」

「し、白井さん……」

 

 テレポートで飛ばして来たのか。遅れて本人が、非色が座ってる居間に歩いて来た。

 

「えっと……白井さんは一緒に作らないんですか?」

「お姉様の分に媚薬を入れようとしたら怒られましたの」

「……ビヤク?」

「なんでもありませんわ。……それよりも」

 

 ジロリ、と目を細める。

 

「随分と反射神経が良いのですね。初見でテレポートの攻撃を見切られたのは初めてですわ」

「え、そ、そう?」

 

 ていうか攻撃するな、と思ったのは言うまでもない。

 しかし、確かに迂闊だった。あまり元の姿では自身の能力を表に出すのは良くないのかもしれない。

 

「すみません、なんか……」

「いえいえ、怒っているわけでもありませんし」

 

 そう言う割に、視線そのものは完全に疑いの目だ。

 

「それより、頭が良いんですってね。佐天さんから聞きましたわ」

「え、そ、そうでもないと思いますけど……」

「学年トップだと言うのに?」

「……」

 

 まぁ、良いと答えるべきだろう。それに、その頭の良さは生活に全然、活かされていない。料理とかいまだに出来るようにならないし。

 

「でも、レベル0ですし……」

「レベルは関係ありませんの。能力者でもバカは犯罪を平気で犯しますので」

「ああ、それは俺も思う」

「……それで、固法先輩の弟さんですのよね? それを見込んでお聞きしたいのですが……」

 

 弟だから何なのだろうか。そもそも血が繋がってもないのに、性格に似ている部分も類似点もあったものではない。

 

「……あなたは、二丁水銃をどう思います?」

「えっ」

「あのキザで口の減らないヒーローごっこしている人ですの! どう、思われます⁉︎」

 

 さて、また困った事になった。なんて答えれば良いのかまるで分からない。いや、それは分かる。自分が正体です、とバレなければ良い。

 問題は、どう答えたら自然か、だが……まぁ、思い浮かんだのは黒子の好みの答えを言ってやれば良いだけだ。

 

「俺は好きじゃないですね。ただの人間がヒーローを名乗るなんておこがましいですよ」

「分かっていらっしゃるようで安心致しましたわ! 今日は色々と語り明かしましょう!」

 

 急に元気潑剌になった黒子のテンションに軽く引きながら、とりあえずカレーの完成を待った。胃をキリキリと痛めながら。

 

 



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同盟とは、裏を返せば利用し合う関係。

「へぇ〜……じゃあ賢いのね、固法くんって」

「い、いやぁ……ははは」

 

 学園都市第三位に褒められて、半分嬉しいがそれ以上に気まずい非色は、思わず目を逸らしてしまった。

 というか、何故自分の話になるのだろうか。いや、まぁこの四人は知り合いらしいし、唯一いつもいない自分に白羽の矢が立つのは分からないでもない。

 でも、正直、勘弁して欲しかった。

 

「……ていうか、固法くんって呼び方、固法先輩と被りません?」

「そうですわね。非色さん、とお呼びしましょうか」

「なんでそこで『さん』なのよ……。非色くんで良いんじゃない?」

 

 しかもなんか距離が近くなってきた。やはり中学一年生にこの状況は緊張する。せっかく手作りカレーを食べているのに、味を感じない程に緊張していた。

 

「あ、じゃあさ、黒子。あの話、相談してみたら?」

「あの話? ……ああ、爆弾魔のレベルの話ですの?」

「そうそう。頭良いんなら、案外分かるかもよ?」

「しかし……部外者にお話しするようなことではないのですが……」

「私には話したのに?」

 

 それを言われたら弱い黒子は、仕方なさそうに尋ねた。

 

「非色さん、爆弾魔の事件はご存知ですの?」

「あ、は、はい。知ってますよ。この前犯人捕まりましたよね?」

「はい。威力は大能力者並だったのですが、書庫に載っているレベルは異能力者……どういう事だと思われます?」

「……え?」

 

 その話には、少し興味が出た。何せ、自分も経験した威力だったから。

 

「あ、あの威力で……レベル2?」

「‥‥現場を見たんですの?」

「え? あ、あーいや……爆発現場を通り掛かったってだけで……」

 

 誤魔化しつつ、顎に手を当てる。正直、無能力者の自分に出来る助言があるのか、といった所だが、思い当たる可能性だけ聞いてみた。

 

「近くに爆発物があったり、とかは?」

「いえ、ありませんでしたわ」

「もしくは、建物自体にガタが来てたとか……」

「使われていないビルでしたが、簡単に壊れるような造りではありませんでした」

 

 二つ目の問いには初春が答えた。

 

「能力者の能力はなんですか?」

「アルミを爆弾に変える、というものです」

「じゃあ、近くに空き缶のゴミがあったりとか……」

「いえ、ガソリンやオイルとは違いますので、能力を使ったとて誘爆はしませんよ。そもそも、実際に爆発したと思われるスプーンは鞄の中に入っていましたし」

 

 それもバツ。なら他には。

 

「犯人は一人じゃないとか?」

「いえ、1人ですの。本人から聞きましたわ」

 

 黒子に首を横に振られた。どうやら、全部考えられた可能性のようだ。答えを出そうにも情報が少な過ぎる。

 そんな時だった。今まで黙っていた佐天が口を開いた。

 

「あ、じゃああれは? 『幻想御手(レベルアッパー)』」

「……え、何それ」

 

 思わず素で聞くと、佐天は丁寧に答えてくれた。

 

「簡単にいうと、能力者は簡単にレベルを上げられて、無能力者は能力者になるっていう何かのことだよ」

「え、何それ。チート?」

「みたいなものだと思う。私も噂で聞いた程度なんだから」

「ふーん……」

 

 なるほど、と顎に手を当てて唸る非色。道理で最近、能力者の犯罪が増えているわけだ。バスジャックの時とか思ったより苦労した事を思い出した。

 

「なるほどね……確かにそれなら納得はいくけど……そんな都合の良いアイテムあるのかしら?」

「ですが、実際の犯行に使われた能力と書庫のデータが違う例は今回が初めてではありません。幻想御手(レベルアッパー)というのを一度、調べてみるのも悪くないかもしれませんよ」

 

 初春のセリフで、黒子はさらに顎に手を当てた。そんな眉唾物の話に乗るのは癪だが、確かにこう続けてポンポンと書庫との食い違いがあれば、一度は探ってみるのも悪くない。

 

「問題は、それをどう探すか、ですの。ネットの噂程度のものを探すにも限度がありますわ」

「だったら、実際に手に入れたって書き込みを片っ端から漁ってみたらどうですか?」

「……デマを書き込んだ人にも一々、会うことになりますわよ」

「あ、じゃあ俺も手伝いますよ」

 

 非色が声を掛けると、四人が一斉に顔を向けた。その勢いに思わずヒヨッてしまった。何故、自分が発言するとみんなして反応するのだろうか? 

 

「え、なんですか」

「いえ、意外と協力して下さろうとしてくださるとは」

「普通、こんな話聞いたら関わろうとしないわよ」

「あ、いや……こう見えて俺、喧嘩強いからさ。手伝えることがあればなーって……」

「こう見えてって……どう見てもそうですよね」

 

 初春の冷静なツッコミが炸裂した。実際、滅茶苦茶強くてヒーローをやっているわけだから、仕方ないと言えば仕方ないのだろう。

 だが、ここは混ざっておきたいところだ。ヒーローにならずに情報収集出来るのであれば、それはそれでありがたい話だ。

 

「ていうか、それ以前に一般人のお力を危険な捜査に巻き込むわけには参りませんわ」

「え、でも俺、多分、そこらの能力者より強いですよ」

「‥……言いますのね?」

 

 あ、やべっ、と心の中で呟く。そういえば、目の前にいるほとんどが能力者だった。

 

「……あ、いや勿論、大能力者や超能力者には敵いませんよ? 相手が間抜けなら戦いようがありますけど、万全の状態で来られたら……まぁ、今の俺じゃ手も足も出ませんから」

 

 そう、今の非色では。武器があればなんとか渡り合えるだろう。……いや、超能力者は勝てそうにない。

 

「大丈夫ですよ。足は引っ張りませんから」

「……どうします?」

 

 初春が黒子に尋ねた。

 

「……いえ、ですから少し喧嘩が強い程度でしたら……」

「岩を握力で握り潰せますよ」

「‥……握力が強くても」

「サッカーグラウンドの端から端までボール蹴り飛ばせます」

「だとしても……」

「バイクに跳ねられても小さめの青タン一個で済みます!」

「……え、人間?」

 

 しまった、と頬に汗を流す。流石に情報を与え過ぎた。普通の人間の身体の基準がわからないため、思わず正体がバレそうなヒントを与えてしまった。

 

「……さ、流石にそれは盛りましたが」

 

 なので、退く事にした。しかし、この退き方は一度しか使えない。次以降の戦力自慢は一回もしくじれない。

 と、思ったのだが、さっきのテレポート攻撃を防いだのを見た黒子は、確かにただの喧嘩バカでない事も理解している。事情があるのかは知らないが、とりあえず仲間に入れてやるのも良いかもしれない。

 

「……分かりましたわ」

「やったぜ」

「ちょっ、白井さん。良いんですか?」

「固法先輩の弟さんですし、この体格ですし、話を聞くだけならば問題無いでしょう。……もちろん、条件は付けさせていただきますが」

「え、いや俺は俺のやり方で……」

「生意気言わないで下さいまし。まず、向こうから手を出してこない限り暴力は禁じます。それから、私達の使っている通信機を使う事。任務が終わるまで、外す事は許しませんの」

「あ、はい。分かりました」

 

 それくらいなら覚悟はしていた。何の問題もない。

 そんな中、唯一取り残されていた女子が一人、おずおずと手を上げた。

 

「あの……ちなみに私は」

「佐天さんは何かする必要はありませんわ」

「部外者だからね」

「危険過ぎます」

「ですよね……」

 

 女子三人から止められ、大人しく引き下がった。

 

 ×××

 

 とりあえず、初春、黒子は一七七支部に戻った。普通に風紀委員の仕事もあるし、あまりのんびりはしていられない。

 で、残った佐天、美琴、非色は。とりあえず、部屋でのんびりしていた。何故、佐天の部屋でのんびりしているのか分からないが、要するに選択を間違えたのだ。

 風紀委員の二人が帰ると言い出したので、てっきり自分と同じ一般人の美琴も帰るものだと思っていた。しかし、帰らずに「佐天さん、もう少しお話していっても良い?」「良いですよ」となり、帰るって言い出せずにこうなった。

 

「へぇー、佐天さんって普段、こういう服着てるんだ」

「可愛いですよね? この前、セブンスミストで買っちゃいました」

「良いなぁ。私は校則で休みの日も制服着用でさ」

「やっぱり厳しいんですね、常盤台」

 

 しかも、割と男が混ざりづらい会話をしている。非色は思わず一人でぼんやりしてしまっていた。というか、徐々に意識が薄れていった。というか、お昼寝を始めてしまった。

 二人で佐天のタンスに眠っている服を見ていると、心地良さそうな寝息が耳に届いた。

 

「……?」

「……あ、寝ちゃった……」

 

 二人して顔を見合わせて、眠っている唯一の男の子の顔を覗き込む。

 

「少し悪いことしちゃったかしら? この子、男の子だものね。退屈させちゃったみたい」

「あ、あはは……そういえば、今更ですけど、さっきまで女四人に男一人でしたもんね」

「……で、どういう関係なの? この子と佐天さん」

 

 唐突にやってきた直球に、思わずギョッとする佐天。

 

「ど、どういう、とは……?」

「つっ、つつ……付き合ってるの?」

 

 可愛い年上である。からかう気満々だった癖に、自分で照れているのだから。これが学園都市に7人しかいない超能力者の第三位なのだから、本当に人は見かけによらない。

 

「そういうんじゃないですよ。私にも非色くんにも、まだ恋愛は早いなって感じますから」

「そ、そういうもの?」

「そうですよ。特に、非色くんはまだまだお子様ですからね」

 

 何せ、女の子と目も合わせられないのだから。身体は大きくても気は小さいのだろう。

 

「ふーん……でも、良い子じゃない」

「はい。あまり誰かといるところ見たことなかったから分かりませんでしたけど、面倒見は良いし運動神経も良いし頭も良いし度胸もありますし……中一とは思えませんよね?」

「あ、うん。それは私も思った」

 

 二人揃って、寝息を立てている少年に目を向ける。特に、岩をも砕きそうな両腕の上腕二頭筋だ。

 

「‥……少し、筋肉見てみない?」

「ですね」

 

 寝ている男子中学生の服をめくる女子中学生の絵が、そこにはあった。

 

 ×××

 

 一方、その頃。風紀委員の二人組は、支部に戻りながら呑気に話し始めた。

 

「しかし、非色くんが固法先輩の弟さんだったなんて‥‥今だに信じられません」

「確かに、あまり似ていませんの。顔つきも大人っぽい固法先輩に比べて、かなり子供に見えますし」

 

 まぁ、筋肉の分を比較すると、やはりつい最近までランドセルを背負っていた子供には見えないが。

 

「何か事情があったりするんですかね?」

「あまり首は突っ込まないほうが良いと思いますわよ。固法先輩が話さない、という事はそういう事でしょう」

「……まぁ、そうかもしれませんけど」

 

 確かに、その辺は放っておいた方が良いのかもしれない。そんな話をしながら支部に入った。

 ……すると、そのお姉さんが机の上で両手で顔を覆っているのが見えた。

 

「……まさか、非色に好きな人が……? いや、でもそんなまさか私の部屋に来た時は口もまともに利かなかった子なのに……その好きな人のおかげ……? 喜ぶべきなのかしら……」

 

 なんかすごいぶつぶつ言ってた。思わず引いてしまうほどに。

 

「こ、固法先輩……?」

「どうかいたしましたの?」

「‥……あ、ああ、二人とも。いや、ちょっとね……。弟がね」

「「お、弟?」」

 

 ついさっき知り合ったばかりの少年の顔を思い浮かべる。しかし、こうして見た後も顔は全然、似ていない。

 

「そう。……あ、弟がいるって話、したことなかったっけ?」

「あ、はい。聞いていませんけど……」

「弟がいるんだけど……なんか、今日携帯見ながら百面相してたのよ。‥‥アレは絶対、好きな子がいると睨んでいるんだけど、どう思う?」

 

 目がマジだった。そんな事で悩んでいるのか、私達の先輩。と言わんばかりに。

 

「いえ、知りませんが」

「だって! 携帯見ながらソワソワしてたのよ⁉︎ ため息ついて、なんかもう……色々と! こんなの、普通気になるでしょ!」

「いえ、私は一人っ子なので」

 

 そんなに気になるのだろうか? 姉が弟に好きな人がいると知ったときは。

 

「と、とにかく、気になるの! その相手が誰なのか、そして弟は変な女に引っかかってないのか!」

「……」

「え、えっと……どうしましょう、白井さん?」

「その方なら、初春のクラスメートですのよ」

「し、白井さぁん⁉︎」

 

 面倒な空気を察した黒子は、早くも切り離し作業に取り掛かった。

 もはや弁解する時間も与えずに速攻で初春の両肩を掴んだ美偉は、ガクガクと揺すりながら聞いた。

 

「そうなの⁉︎ どういう事⁉︎」

「え、えっと……ていうか、弟さん……非色くんも同じクラスで……」

「下の名前で呼んでる⁉︎ どういう関係なの⁉︎」

「せ、説明させてくださーい!」

 

 涙目で説明した。

 

 ×××

 

 さて、その日の夜。非色は早速、仕事に取り掛かる。コスチュームは勿論、いつもの服だ。元の服装のまま戦闘力を見せるのはなるべく避けたいから。そういうのは顔バレのリスクが高まる。

 着替えを終えて、部屋の窓からこっそりと出て行こうとした所で、スマホが震えた。

 

「さ、佐天さん?」

 

 なんだろ、と思いつつ、とりあえず電話に出た。

 

「もしもし?」

『……あ、非色くん?』

「う、うん」

 

 クラスメートに下の名前で呼ばれると、やはり背中がむず痒くなる。それ以上に、いまの服装で名前を呼ばれること自体がなんか変な感じだが。

 

『これから行くの?』

「うん、今から家出るとこ」

『そっか……じゃあ、気を付けてね。それだけ』

「え、そ、それだけ?」

『うん。……なんか、私も一緒にいたのに、さっきは「一緒に行く」って言えなくて‥‥サイトの向こうの人、なんか不良っぽいというか、怖そうだったから……』

「気にしなくて良いよ。行くって言っても止められてたと思うしね」

 

 そんなこと言い出せば非色も止めた事だろう。

 

『と、とにかく、気を付けてねっ。ホント、怪我だけはしないように』

「大丈夫だよ」

『じゃあね』

「うん」

 

 挨拶だけして電話は切れた。心配されるのはやはり慣れない。いらない心配なら尚更だ。不安にさせて申し訳ない、と頭の中で謝りつつ、とりあえずビルから飛び降りた。

 通信機を耳に付けると、夜の街の屋上を駆け巡りながら、通信の向こうの風紀委員に声を掛ける。

 

「もしもし、白井さんですか?」

『あ、いえ初春です。私がここから指示を出しますね』

「了解。で、どうしたら良い?」

『とりあえず、指定するポイントに向かって下さい』

「はいはい」

 

 それだけ聞いて、ふとひとつの疑問が浮かんだ。そういえば、姉も風紀委員の同じ支部にいるはずなのだが、何も言わないのだろうか? それとも、ずっと黒子と話しているテイで話を進めているのだろうか。

 何にしても、ギリギリの綱渡りだ。何せ、姉にバレたら絶対に怒られるのだから。

 

「上手く、やらないとな」

 

 そう呟くと、とりあえず目的の場所に向かった。

 

 



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楽して手に入る力にロクなものはない。

 情報収集を終えた非色は、自分の部屋に窓から戻る。そこで着替えをしながら、通信機で初春に報告をしていた。

 

「うん、そう。サイトの隠しページからダウンロードしたんだって」

『そうですか……。ありがとうございます。大きな進歩です』

「いやいや、大したことないよ。白井さんの方はどうだった?」

『それが……邪魔が入ったみたいで空振りに終わりました』

 

 なるほど、と非色は頭の中で頷く。まぁ、黒子はともかく美琴は脳筋っぽいし、うまく聞き出せなかったんだろう。

 

『でも、非色くんが上手くやってくれたので良かったです。……どうやったんですか?』

「あ、あはは……それはー……ねぇ?」

 

 電話なのに目を逸らしながら着替えを進める。尋問の際は通信を切った。名前を言われるだけで台無しになるのだから。

 暴力沙汰にならないよう、まずは水鉄砲を置き、その上で慎重に取引した。捕まえに来たわけではないことを伝え、自分の力を見せる。具体的には、近くに落ちてたドラム缶を素手で引き裂いて。

 その後に質問すると、快く教えてくれた。

 

『とにかく、ありがとうございました。通信機は明日、返していただければ結構ですので』

「分かった。じゃ、またね」

『はい』

 

 それだけ話して電話を切った。着替えはすっかり終わり、何食わぬ顔でリビングに顔を出すと、既に美偉が帰って来ていた。

 

「う、うわっ⁉︎」

「きゃっ⁉︎ ……ひ、非色。いたの……?」

「え? あ、うん。か、帰ってたんだ……」

 

 風紀委員が支部にいる間はてっきり姉もそこにいるものだと踏んでいた。

 

「じゃあなんで無視したのよ。さっきノックしたのよ? 返事無いんだもの」

「あ、え、えっと……ね、寝てたんだよ」

 

 上手い言い訳が思いつかなかった。というか、それくらいしか言えない。

 しかし、美偉の視線は明らかに疑っている。ジト目中のジト目、という奴だ。それにより、非色は思わず目を逸らしてしまう。

 

「まさかとは思うけど、非色ってもしかして……」

「な、何……?」

 

 聞いたらまずい、とわかっているのに反射的に聞いてしまった。嫌な冷や汗が背中を伝る。夏だから心地よい、とはいかなかった。むしろ胃がねじ切れんばかりである。

 そんな非色の気を知ってか知らずか、美偉は遠慮気味に聞いた。

 

「……好きな子が出来たの?」

「……はい?」

 

 緊張の糸が蒸発していくのを感じた。何を言っているのか理解できない、と言わんばかりに眉間にシワを寄せる非色。

 

「な、何言ってんの?」

「今日、クラスの子の家でカレー食べたんだって?」

「た、食べた、けど……」

「それに、朝は携帯見ながらソワソワしてたじゃない! 好きな子が出来たんでしょ⁉︎」

「え、み、見られてたの⁉︎」

 

 なんか恥ずかしい。携帯を見てソワソワしていたのは、なんかとても恥ずかしかった。

 

「で、どうなの? 変な子に引っかかってない?」

「そ、そんなことないよ! ていうか、別に好きな子でもないから!」

「本当に? いきなり部屋に招待して手作り料理作るような子でしょ?」

「佐天さんは変な子じゃないよ! 今日の料理だって、試験勉強の面倒を見てあげたお礼ってだけで作ってくれたんだから!」

「あ、ムキになってる! やっぱ好きなんだ!」

「ちっがーう!」

 

 お互いに随分と下らない事でヒートアップするものだった。

 

「と、とにかく、佐天さんは友達だから! 変なことは一切ないんだから!」

「とも、だち……?」

「そうだよ!」

 

 すると、唐突に黙り込む美偉。何事かと非色が眉間にシワを寄せた直後だった。

 美偉の眼鏡の奥から、きらりと光り輝く水滴が流れた。

 

「はぁ⁉︎ な、なんで泣くの⁉︎」

「非色に、友達……ぐすっ。良かった、全然友達と遊びに行かないし、そういう話、しないし……浮いてるんだろうなって、心配だったから……。でも、私からは聞けないし……」

「い、いやいや! 落ち着いてよ……」

 

 知らない所で心配をかけてしまっていたようだ。苦笑いを浮かべつつ、とりあえず姉を落ち着かせる。

 

「わ、悪かったよ……。ごめんね?」

「‥‥別に、謝ることないわよ。とにかく、その佐天さんって人とは友達なのね?」

「う、うん」

「なら、大事にしなさい。何があっても裏切らないこと。良い?」

「は、はい!」

 

 なんか変なことで、姉弟の絆が深まった。

 

 ×××

 

 翌日、今日も元気にヒーロー活動……と行きたい所だった非色に一本の電話がかかってきた。

 かけてきたのは、佐天涙子。最近、知り合ったクラスメートだ。

 

「もしもし?」

『あ、非色くん⁉︎ 今日、暇?』

 

 ‥‥正直、昨日ヒーローの半休とったから今日は仕事したいのだが……ただ、断れば怪しまれる気がしないでもない。

 その為、とりあえずOKすることにした。

 

「良いよ」

『やった! 実は、報告しておきたい事があったんだ』

「あ、そう……」

 

 報告、とか言われても、多分ロクな事じゃないだろう。昨日の夜も、真剣な顔をした姉から馬鹿な話を聞かされ、何故か少し絆が深まったくらいだ。

 とはいえ、姉から友達は大事にしろと言われたばかりだし、とりあえず付き合っておかなければならない。

 

「で、何処に集合?」

『んー……じゃあ、喫茶店で!』

「了か……あっ、待った」

『どうしたの?』

 

 そういえば、通信機を返さなければならないことを思い出した。

 

「悪いんだけど、風紀委員に寄ってからで良い?」

『なんで?』

「通信機を返さないといけないから」

『分かった。じゃあ、先に行って涼んでるね』

 

 またコスチューム以外でのお出掛けである。とりあえず、ゴーグルと帽子とマスクを鞄の中に詰め込んで部屋を出て行った。

 外を歩きながら、今度は初春に電話を掛ける。

 

「もしもし、初春さん?」

『あ、非色くんですか?』

「通信機返したいんだけど……どうすれば良い?」

『あ、じゃあ今から支部の方に来れます?』

「え、し、支部に行くの?」

『何か不都合がありました?』

「や、その……姉がいるから……」

『……あー』

 

 なるほど、と、初春は頭の中で理解する。多分、心配掛けさせたくないのだろう。

 

『でも、私も幻想御手(レベルアッパー)の調査でここを離れられなくて……』

「白井さんは?」

『あ、白井さんでしたら今、病院にいますよ』

「なんで?」

『爆弾魔が昏睡状態に陥ってしまいましたので』

「え、どうしたの。睡眠薬過剰摂取とか?」

『詳しいことは私も……』

「じゃ、白井さんに連絡して合流すれば良いかな?」

『あ、はい。それで大丈夫だと思います』

「了解」

 

 それだけ話して、通話を切った。このままだと佐天との約束をまた遠回しにしなければならない。

 

「……うーん、白井さん許してくれるかなぁ」

 

 不安に思いながら、三人目に電話をかけた。

 

『もしもし、非色さんですか? 申し訳ございませんが、今は……』

「あー……タイミング悪いですか?』

『はい。また改めて……』

「了解です」

 

 そこで電話を切った。まぁ自分が報告した事は初春越しに伝わっているだろうし、通信機の一つくらいそんなに焦ることないのだろう。

 結局、先に佐天さんとの約束を果たすために、再び電話をかけて、今度こそ移動した。

 

 ×××

 

 近くの喫茶店で、佐天と二人でコーヒーを頼んだ。もちろん、ブラックは飲めないのでお砂糖たっぷりミルク入りである。

 

「で、何の用?」

「いやー、初春は忙しいみたいだったからさぁ。見てよこれ」

 

 言いながら見せつけてきたのは、音楽プレイヤーだった。すぐに合点がいった。つまり……。

 

「ああ、手に入ったんだ。幻想御手」

「え、リアクション薄くない……?」

「昨日、見つけられたから。使用者を締め上げ……じゃない、聞いたから幻想御手(レベルアッパー)の入手方法」

「あ、そうなんだ……。ちぇーっ」

 

 もう少しリアクションを大きくした方が良かったのだろうか? 

 

「使ったの?」

「ううん、まだ」

「辞めた方が良いよ。証拠があるわけじゃないけど、聞くだけでレベルが上がるチートアイテムにデメリットが無いとは思えない」

「……そうなの?」

「だと思うよ。確証はないけどね」

 

 実際、あの爆弾魔の、原因不明の昏睡状態。どうにも、幻想御手(レベルアッパー)と無関係とは思えない。

 

「そもそも、真っ当なアイテムなら正式に発表するでしょ。こんなもんが出回ってる理由なんて、まだ試作段階で裏サイトに出回らせて使う、というのが一番それっぽい」

 

 勿論、他の狙いという線もあるが。

 

「……そっか。そうなんだ。でも、私……やっぱり能力に憧れてるんだ。それを使えるようになりたくて、学園都市に来たんだもん」

 

 そう言う佐天の目は、どこか寂しそうに見えた。それは、普通の人ならそうだろう。

 非色は自分がかなり特殊であることを理解していた。もうここに来た理由なんてかまるっきり覚えていないし、親の顔も知らない。学園都市が真っ当でないことを理解している。だから、能力が欲しいとは思わない。

 しかし、普通の家庭で生まれ、如何にもな理由でここに来た生徒なら? 能力に憧れるのも分からなくはない。

 

「じゃ、佐天さんはそれ使いたいの?」

「……正直に言うと」

 

 肯いて答える佐天。まぁ、確かに現状では幻想御手がどれだけ危険なものか分からないし、昏睡状態に陥った爆弾魔一人では「幻想御手を使って昏睡状態に陥った」とは断言出来ない。

 でも、やはりおいしい話には裏があると思うので、止めておこうと思った時だ。

 

「あら、非色さんに佐天さん?」

「え、あ、白井さんと……御坂さん!」

 

 思わぬ来客が入った。現れたのは御坂美琴、白井黒子、そしてなんか目が死んでるお姉さんだった。

 勿論、異性に囲まれると何も話せなくなる非色は黙り込んでしまったので、佐天が声を掛けた。

 

「その人は……?」

「木山春生先生ですの。現在、起こっている幻想御手(レベルアッパー)の捜査にご協力いただいております」

「よろしく。君達は……」

「あ、佐天涙子です」

「こ、固法非色です……?」

「……風紀委員、なのかな?」

「いえ、このお二方は一般の方ですわ」

「じゃ、別の席にしようか。デートの邪魔になってしまう」

「「えっ」」

 

 木山が気を利かすと、二人は思わず固まった。微妙に頬を赤く染めたまま。非色はともかく、佐天はすぐに脳を機能させ、弁解した。

 

「違いますよー。私と非色くんはそういう関係じゃないです」

「そうなのか?」

「そうだよ。ね?」

「っ、そ、そうですね。それに、幻想御手(レベルアッパー)の話ですよね? 聞かせて欲しいです」

 

 非色が声を掛けると、黒子が首を横に振った。

 

「いえ、関係ない方に話すと巻き込んでしまうことも……」

「あ、あー……いやいや、俺は幻想御手(レベルアッパー)のサイトを聞き出した張本人ですよ? 関係ないってことは……」

「ですが、一般人でしょう」

「それなら御坂さんだってそうですよね?」

「っ、そ、それは……」

 

 チラリ、と美琴を見る黒子。ずっとぼんやりしていた美琴は急に話を振られてハッとしたが、すぐに答えた。

 

「あ、あー……良いんじゃない? 話くらい」

「お姉様……まぁ、協力を一度、許可してしまった以上は仕方ありませんわね」

「やったぜ」

「ただし、ひとつお聞かせ願いますか?」

「え」

 

 急に鋭い目で見られ、思わずドキリと胸が跳ね上がる。黒子が聞いてくる内容は大体、理解していた。

 

「何故、そこまでこの事件に執着するので?」

 

 やはりか、と頭の中で相槌を打つ。しかし「ヒーローとして動きたいからです」とは言えない。何せ二丁水銃と分かれば確実に黒子は襲いかかって来るのだから。

 どう言い訳をしようか考えていると、佐天が目に入った。そうだ、これを使えば良い。

 

「じ、実は…… 幻想御手(レベルアッパー)の入手方法を知っている友人がいまして……その人に、幻想御手(レベルアッパー)を使った際の副作用を聞かれているんです」

「……!」

「……なるほど。そういうことでしたか」

 

 上手い言い方である。佐天の事を言わずに、入手している、とも言わず、あらゆる可能性を考えた上でギリギリ、こう言った。

 自分の事を庇ったような言い方に、佐天は目を丸くして非色を見る。いや、庇ったわけではない。一先ず事情を聞き、その上で自分で判断しろ、ということなのだろう。

 

「では、失礼して相席させていただきますね」

 

 それだけ話して、一緒に座る事になった。とりあえず全員、飲み物を注文して改めて話を続けた。

 

「で、話をまとめると、ネット上で噂の幻想御手(レベルアッパー)なるものがあり、君達はそれが昏睡した学生達に関係しているのではないか、と」

「はい。その上で、現段階では公表を前から、実態を調査することになりましたの」

「ふむ……なるほど」

 

 まだ可能性の域を出ていない話ではあるが、やはり昏睡と幻想御手は関係あるように考えられている。その時点で、昏睡状態に陥ったのは爆弾魔以外の幻想御手の使用者も同じのようだ。

 チラッと佐天を見ると、大きく声を掛け出した。

 

「あ、あの……! 昏睡? 状態になった人って回復した人は……!」

「いませんの。例外なく皆、昏睡が続いております」

「そ、そうですか……」

 

 どうやら、まだ決めあぐねているようだ。顎に手を当てて考え込む佐天を他所に、黒子は話を進めた。

 

「実は、幻想御手(レベルアッパー)を入手する目処は立っておりますの。そちらを木山先生に調査していただきたいのです」

「ほう……そうなのか。それを見つけたのが、彼だと?」

「はい。今、風紀委員の同僚がダウンロードしている所ですわ」

「分かった。では、早速そちらに……」

「あ、あの!」

 

 そこで、再び割り込んだのは佐天だった。美琴、黒子、木山が一斉に顔を上げる中、非色は俯いたまま激甘コーヒーを飲んでいた。

 ゴクリ、と唾を飲み込んだ佐天は、勇気を振り絞って音楽プレイヤーを差し出した。

 

「まだ使っていないので本物か分かりませんが、これを使って下さい!」

「佐天さん……良いの?」

「は、はいっ! ……いえ、正直ちょっと名残惜しいですが……! わ、私の気が変わらない内に……!」

「分かった。では、ありがたく借りさせてもらおう」

 

 木山が佐天の手から音楽プレイヤーを受け取った。

 

 



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わかる人にはわかる。

「……」

 

 佐天は、自室でのんびりしていた。というのも、少し考え事をしていたからだ。

 なんというか、もったいない事をした気分だった。友達に唆されたのと、昏睡状態に陥った人達が目を覚さない、というのにヒヨってつい提出してしまったが、能力はこれでまた手に入らなくなってしまった。

 

「……はぁ」

 

 一度で良いから、能力を使ってみたくて、それで学園都市に来たのに、結局は無能力者。ほんの一瞬だけ火花を散らすことも出来やしない。

 ここから先、何があっても能力は自身の身につかないのか。周りが徐々に能力を開花させていく中、自分だけ置いていかれてしまうのか。想像すればするほど、嫌な方向に転がっていく。

 そもそも、才能なんてみんな平等じゃない。その差を埋めるのに、少しズルする事の何がいけないのか。

 

「そうだよ……今からもう一回、ダウンロード……!」

 

 そう思ってパソコンに向かって立ち上がった時だった。ポトっと自分のポケットから何かが落ちた。

 お守りだった。学園都市に行く前に、母親からもらったもの。「あなたの体が何より一番大事なんだから」と言われて渋々、受け取ったもの。

 それが、何かを自分に語りかけている気がした。

 

「……そっか、そうだよね……」

 

 もし、昏睡状態に陥った時、二度と目を覚ますことがなかったら? それこそ、このお守りをくれた母親への裏切りなのではないだろうか。

 あのヒーローさんも言っていた。能力者の方が多く犯罪を犯す、と。自分がそれと一緒になってどうするのか。

 やめておくことにして、やっぱりのんびりする事にした。

 

 ×××

 

 一度、帰宅した非色は、とりあえずもらった情報を頭の中で繰り返しながら街をかけていた。

 やはり、幻想御手と昏睡状態は無関係ではない。十中八九、セットでついてくるものだろう。ならば、やはり幻想御手は危険なものだ。佐天が踏みとどまって捜査に協力してくれたのはとても助かったと言える。

 

「そろそろ本格的に洗うか……」

 

 やはり幻想御手についてネットで洗うべきなのだろうが、自分のパソコンを持っていない。姉のパソコンは姉の部屋にあるのだ。

 従って、やはりいつも通りにパトロールし、犯罪を見かけたらとっちめ、ついでに吐かせるのがベストだろう。

 そんな時だった。早速、派手な電撃が目に入った。

 

「ほら見ろ。早速一件」

 

 そう呟き、ホルスターの水鉄砲をクルリと回し、一気に急降下した。

 

「ってコラァ‼︎ ざけんじゃねーぞアンタァッ‼︎」

「なぁっ⁉︎」

「ふざけんじゃねーぞ、は君の方」

 

 そう言って、水鉄砲を放ちながら攻撃された少年の前に立ち塞がる。これで終わりのはずだった。が、その水鉄砲は直撃する前に電気によって燃え尽くされる。

 

「……は?」

「な、何よあんた……って、二丁水銃?」

「おお! ヒーローじゃねぇか!」

「あ……み、御坂さ……御坂美琴」

 

 しまった、と言わんばかりに冷や汗が出る。まさかの超能力者だ。攻撃されたツンツン頭の少年のレベルは分からないが、おそらく無能力者だろう。

 

「ほら見ろ、ビリビリ! お前が派手に騒ぐからヒーローに目をつけられたぞ!」

「え、いや……あんま煽らないで……」

「へぇ? あんたが代わりに相手をしてくれるってわけ?」

「そ、そういうんじゃ……」

 

 というか、この二人かなりフランクな関係なんじゃないだろうか? 軽口を叩き合っているように見えるし。

 

「……もしかして俺、お邪魔だった?」

「そうよ」

「いやいや、絡まれてたの俺だろ! 助けろよあんた!」

「怪我したくなかったら退きなさい」

「今までなんで俺だけ助けてくれねーんだとか思ってたけど、今なら分かる。さぁ、やっておしまいなさい!」

「……」

 

 どうにも判断しづらい。何なのだろうか、こいつらの関係は。面倒臭くなったので、思わず投げやりな態度を取ってしまったのが、運の尽きだった。

 

「……痴話喧嘩なら俺、帰るけど」

 

 その一言は割と地雷だった。ピリッ……と、目の前の超能力者から殺意が放たれる。それも、紛れもない大きなものだ。

 自身に危機が近づいている事をすぐに察し、それはツンツン頭の方も同じだった。

 故に、二人は同時に思った。これは、巻き込まれる、と。

 

「誰と、誰が痴話喧嘩だコルァァアアアッッ‼︎」

 

 直後、放たれた電撃に、非色は慌てて一瞬で後方に飛び退きつつ、ツンツン頭の少年の襟を掴んで回避しようとする。

 が、結果的にそれは必要なかった。何故なら、ツンツン頭の人が右手で電気を打ち消したからだ。

 

「……は?」

「っぶねぇ〜……完全に死ぬ威力だったんだけど……」

「え、今……」

 

 何をした? と聞こうとした時だった。近くから機械音声が響いた。

 

『エラーNo100231-YF。電波法に抵触する攻撃性電磁波を感知』

「「え」」

 

 警備ロボが煙を吐いて転がっていた。一発で嫌な予感がしたツンツン頭の少年は、慌ててその場から駆け出し、美琴はその後を追いかけて行った。

 取り残された非色は、どうしたら良いのかも分からず、とりあえずもうあの二人は追わずに別の現場に向かうことにした。

 

 ×××

 

 翌日、白井黒子は街の中を見回っていた。と、言うのも、幻想御手(レベルアッパー)は業者に連絡して裏サイトを閉鎖したものの、金銭で売買する人間が増えたため、それらを一件一件見て回っている次第だ。

 

「……そういえば、最近ヒーロー様を見ませんわね」

 

 夏休みになったら絶対に向こうも動くと思ったのに。いや、目撃情報はあるため、おそらく動いているのだろうが。

 あの人は幻想御手(レベルアッパー)の情報を掴んでいるのだろうか。だとしたらどの程度……。

 

「いえ、今は取引現場に集中しましょう」

 

 金銭を用いて、なんてする輩は絶対にロクな奴がいない。そう思って顔を出したのだが……。

 

「あ、し、白井さん……」

「あれ、佐天さん? ちょうど良かった。この辺りに幻想御手(レベルアッパー)の取引をしていた輩は……」

「その、さっきまでいたんですけど……」

 

 佐天が指差す先では、三人揃って水鉄砲によって壁に張り付けられている。こんな事できる輩は一人しかいない。

 

「一応、警備員には報告するよう言われていたのでしておきましたけど……」

「……また勝手にあの人は……」

 

 まぁ、手間が省けたと思って良いだろう。今のうちに、気絶している連中のポケットをまさぐる。音楽プレイヤーかUSBの類いを探すためだ。

 

幻想御手(レベルアッパー)、回収してるんですか?」

「ええ。人が昏睡状態に陥ってる以上は、やはり危険物だと思われますので。場合によっては、所有者を保護することになると思いますわ」

「た、大変ですね……? でも、それならさっきヒーローさんが持って行っちゃいましたよ」

「え、そ、そうなのですか?」

 

 聞かれて肯く佐天。

 どうするつもりなのだろうか。まさか、自分だけのものにして売るつもり? いや流石にそれはないだろう。

 とりあえず考えても分からないので、気になったことを聞いた。

 

「ところで、佐天さんは何故ここに?」

「あ、はい。散歩してたら、まさにその取引をしようとしていた人達を見つけてしまって……揉め出したので思わず、仲裁しようとしたら、あのヒーローさんが助けてくれて」

「……なるほど」

 

 顎に手を当てた黒子は、感心したように呟いた。

 

「お心遣い感謝致しますわ。……ですが、次からは警備員に通報して下さいな」

「は、はい!」

「では、失礼致します」

 

 そう言って、黒子は別の現場に飛んだ。

 しかし、何処の取引現場も片付いている。犯人は一人しか思い浮かばない。それも、USBや音楽プレイヤーは全て回収済みだ。

 明らかに、幻想御手(レベルアッパー)が危険物であることを分かっている対応だ。通りすがりの人に盗られないようにするための配慮だろう。

 徐々にフラストレーションが溜まっていく。まるで、駆けつけた時には全てが終わっている警察官のような自分に、だ。

 自分にはテレポートがあるのに、それでも追い付けない。徐々にムカついてきた。

 そんな時だ。初春から通信が入った。

 

『白井さん。すみません』

「なんですの? まだ現場を一箇所も抑えられていませんの」

『それが……一七七支部の窓に変な飛来物がありまして……』

「飛来物? 鳥のフンですの?」

『いえ、それが……と、とにかく一度、引き返してもらえませんか?』

 

 まぁ、そう言われては仕方ない。ため息をついてテレポートで引き返した。支部の中に入ると、初春と美偉が窓の外に張り付いている物を眺めていた。二丁水銃の水鉄砲から出る液体によって貼られている。

 

「これですの?」

「そうなんだけど……とりあえずとってくれる?」

 

 美偉に言われ、紙を一枚手に取るとテレポートさせ、ビニール袋を切り裂いて中身を回収した。

 そこに入っていたのは、音楽プレイヤーやUSBだった。

 

「え、これって…… 幻想御手(レベルアッパー)?」

「ですかね?」

 

 美偉と初春が「ラッキー」と言った顔をしている中、黒子は一人、奥歯を噛み締めていた。

 

「……上等ですわ。その喧嘩、買って差し上げましょう……!」

 

 何故か闘志を燃やした黒子は、そのまま別の現場に向かっていった。

 

 ×××

 

 あれから二日が経過した。非色は今日もヒーローとして街を駆ける。ここ最近、幻想御手(レベルアッパー)の悪用によって能力を悪用する輩が増えている。

 そのたびに止めに入っているわけで、怪我も増えていった。勿論、軽い怪我程度はすぐに修復されてしまうわけだが。

 まぁ、まだまだ活動できる。こうした一件一件を片付けても事態の収束には結び付かないが、それでも目の前の悪事を許すつもりはない。

 

「……でも、そろそろ元を叩きたいんだよなぁ」

 

 音声ファイル、の時点でコピーは可能だ。これを収束するには、元を叩いた上で幻想御手(レベルアッパー)のリスクを公的に公表した上で使用者を減らすしかない。

 でも、それらを探すには圧倒的に人数が足りない。風紀委員と連携するのがベストなのだが、黒子が自分と組もうとするとは思えない。

 正体を隠して、というのも考えたが、喫茶店で話して以来、黒子や初春と顔を合わせていない。今から固法非色として幻想御手(レベルアッパー)事件に首を突っ込むのは不自然だ。

 そんな時だ。また事件が目に入った。

 

「……はいはい。出勤ターイム」

 

 そう小さく呟き、また首を突っ込みに行った。近くの取引現場で、また売る側がつけ上がって値を上げているのだろう。

 近くの路地裏に顔を出した。

 

「そ、そんな……! 30万なんて聞いていない!」

「そりゃそうだ、今上がったんだからよ」

「良いから払えねえなら帰れカス」

「カスは君達の方だよ」

「「っ⁉︎」」

 

 相手は二人。そろそろ、水鉄砲も通用しなくなってきた。能力には敵わない程度の銃だし、拳の方が速い。

 まず一人の背中を蹴り飛ばし、転ばせるともう一人に拳を振るう。が、そいつの手から赤いレーザーのようなものが放たれ、慌てて回避した。脇腹を掠め、ライダースーツが破れて血が漏れる。

 しかし、それも気にせずに顎にアッパーを叩き込んだ。浮き上がった身体に踵落としを放ち、最初に背中を蹴った奴の上に叩き落とし、そこでようやく水鉄砲を使う。

 

「ふぅ……終わり。そこの君、通報しておいてね」

「あ、は、はい……!」

 

 それだけ話して立ち去ろうと、路地裏から出ようとした時だった。

 

「あ、まっ、待って下さい!」

 

 路地裏の入り口から、見覚えのある花飾りが顔を出した。

 

「あっ、初は……じゃない。ま、待つ? ドユコト?」

 

 なんかテンパってよく分からない返事をしながら、とりあえず隣に着地する。初春がどういうわけかそこにいた。

 

「あの……二丁水銃さん、ですよね?」

「他に誰に見えるの?」

「その……お願いがあって来たんですけど……」

 

 風紀委員の君が? とマスクの下で片眉を上げると、初春は付近を見回す。罠に嵌めようとしているのだろうか? 今の風紀委員にそんな暇は無いと思うのだが。

 身の安全の確保を終えたのか、改めて説明した。

 

「あの……白井さんの事、助けてあげてくれませんか?」

「? 捕まってるの?」

「い、いえ……ただ、能力者の犯罪が激増して、白井さんの傷も日に日に増えているんです。‥……こんな協力の申し出、白井さんに知られては怒られてしまうのですが……どうかお願い出来ませんか?」

 

 ああ、そういうコト、と非色は頷く。確かに自分の生傷は治るから良いが、普通の人なら一度、傷を負うと治るのに数日が掛かる。

 

「そう言われても……あの人、俺のこと見かけたら速攻で捕まえに来るよ」

「ですから、可能な限りで良いんです。現場を多く抑えるだけでも構いません。少しでも白井さんの傷が減るようにお願いします」

「まぁ、考えておくよ」

 

 そう返事した直後、電話が鳴り響く。初春の携帯だった。

 

「もしもし?」

『初春、どこで何をしておりますの?』

「わ、わぁ、ごめんなさい! ちょっと飲み物を買いに……すぐ戻ります!」

『全く……』

 

 それだけ話して、電話を切った。

 

「話はそれだけです。では」

 

 ぺこり、と礼儀正しくお辞儀だけして走り去っていった。

 自分を見つけたのは、取引現場を一箇所マークした上でそこで張っていたのだろう。このクソ暑い中、よくもまぁ外で待機出来たものだ。

 よく分からないけど、黒子は同僚に心配かけさせてしまうほど頑張っているのだろう。

 

「……ま、少しくらい気にかけておくか」

 

 そう呟くと、ジャンプしてまたパトロールについた。

 

 ×××

 

 ヒーロー活動を終えた非色は夜中にもう一度、出掛けることにした。理由は、犯罪が増えているので何となく美偉が心配になったからだ。

 それと、最近は風紀委員も忙しそうなので、たまには自分がご馳走しようと思い、コンビニスイーツでも買ってあげることにした。

 サプライズにしたいので、先にコンビニに入って冷蔵コーナーを眺めていると、見覚えのある顔がアルコールをカゴに入れているのが見えた。

 

「おや、君は……」

「あっ、えーっと……木坂先生?」

「……木山だ」

 

 見覚えのあるお姉さんと顔を合わせた。

 

「君も、こんな時間に買い物かい?」

「あ、はい。姉が風紀委員なので、たまには労おうかと……」

「そうか……だが、君も大分、疲れているように見えるが?」

「え?」

 

 ドキリ、と心臓が跳ね上がりそうになる。疲れを見抜かれる事なんて姉にもされたことないのに。

 

「何、昔は私も教鞭を振るっていたからね。子供の変化は見逃さないものさ」

「……そ、そうですか?」

 

 まさか、ヒーロー活動までバレている、なんて事はないだろうか? 割と鋭い人のようだし、あまり一緒にいない方が良いかもしれない。

 

「じ、じゃあ俺はこの辺で……」

「まぁ、待ちたまえ」

 

 呼び止められ、さらにビクッとする。そもそも、この街の研究者、という時点で割と苦手な部類だ。その辺の連中の実験動物だったのだから。

 

「私からの労いだ。私が出そう」

「え、いやそんな……」

「気にするな。……それに、私は君に興味がある」

「え……?」

「中学一年生にしては、随分と体が出来ているな」

 

 その一言で、非色の表情は変わる。もちろん、平静を装ってはいるが、何を言われるか分かったものではない。

 この女は、自分を何処まで知っているのか。ヒーローをやっている事ではない。それのさらに前の段階、あの人体実験についても知っているのだろうか。

 

「それに君の目、この前喫茶店で話をした他の子達とは違う。……この街の闇を、知っている目だ」

「っ……闇? この街の夜は明るいですよね?」

「君は、どんな闇を体験したんだろうね?」

 

 心臓が嫌に高鳴りしている間に、いつのまにか自分の正面に回られ、頬に手を置かれていた。ゾッとして、思わず距離をとってしまう。

 まさかとは思うが、この女は関係者なのだろうか? あの計画の。だとしたら、ここで捕らえた方が良いか? いやでも、今力を振るえば正体がバレる。それ以前に、店内で戦うのは危険だ。

 考えがまとまらず、心音だけが激しくなっていく中、木山は小さくフッと微笑んだ。

 

「……なんて、冗談さ」

「はえ……?」

「すまないね。お詫びに、私がご馳走しよう」

「あっ……」

 

 手に持っていたスイーツを取られ、お会計を済まされてしまった。

 二人でコンビニを出ると、去り際に木山は声を掛けてきた。

 

「では、私はこれで」

「あ、はい。また……」

「……なるべく、私は君に会いたくないが、な」

 

 どういう意味だ? と、眉間にシワを寄せている間に、木山は立ち去ってしまった。

 

 



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タイミングの悪さは天下一品。

 風紀委員の支部では、黒子が身体に包帯を巻いていた。ここ最近の連戦で身体にガタが来ている。が、やめるわけにはいかない。

 午前中も一通り暴れてきた所だが、あのヒーロー様とやたらと出会したため、微妙に不機嫌である。助けられたのだから尚更だ。

 とにかく、今すべき事は三つ。幻想御手(レベルアッパー)拡大の阻止、昏睡した使用者の回復、そして幻想御手開発者の検挙だ。

 なんかもう普通に参加している美琴が、周りにいる黒子と初春に聞いた。美偉は表でパトロール中である。

 

「そういえば、彼は手伝ってないの? 非色くん」

「あー……やはり、彼は無能力者なので最近は協力要請は致しておりませんわ」

「ふーん……あんなに協力してくれようとする人、中々いないと思うけどなぁ」

「でしたら、まずは風紀委員に入っていただかないと」

 

 美琴は例外中の例外である。それだけ超能力者というのは強力な力があるのだ。

 

「意見聞くくらい良いんじゃない? ほら、爆弾魔の時に意見聞いた時だって、ポンポン可能性を浮かべてたじゃない。全部、捜査し終えた話だったけど、知恵借りるくらいなら良いんじゃないの?」

「……お姉様、まさかとは思いますが、彼の事を気に入っているんですの?」

「少しね。幻想御手(レベルアッパー)が手に入るサイトを見つけた時といい、自分に出来ることを精一杯やってる感じがあるからさ」

「……」

 

 これはー……あの男も要注意人物として頭に入れておくべきなのかもしれない。

 

「……まぁ、お姉様がそう仰るなら、聞くだけでも」

「そう言う割に不満そうねあんた……」

 

 そう言いつつ、黒子は電話をかけ始めた。

 

 ×××

 

 非色は、廃工場に来ていた。ここは元液体金属を使った工場である。今は廃墟だが、実はここは設備がまだ生きている。

 そのため、学校以外で液体を作る場所のカモにしている。ここ最近、液体を作れていなかったから良い機会だ。

 何人か警備の人間がいるが、この程度なら潜入の邪魔にはならない。

 既に液体の作成は完了し、片付けも終えたので後は帰宅するだけ。通気口を通って這って動いている。

 通気口から見える警備達は警備員とは違う裏の人間だろう。でなければ、こんな廃墟に配備される理由がない。本当はボコボコにしてやりたい所だが、今はそうもいかない。

 さっさと帰って、またヒーロー活動に戻らないと……と、思った時だった。ピロロロロロッと電話の音が鳴り響いた。

 

「えっ」

「! なんだ今の音は?」

「誰かいるぞ!」

 

 やってしまった。普段、他人から連絡来ることなんてないから、マナーモードにするのを忘れていた。

 携帯に表示されている名前は「白井黒子」。本当に何処までも苦手なタイプの人間である。とりあえず、慌てて切ろうとしたのだが、間違えて通話ボタンを押してしまった。

 

『もしもし、緋色さんですの?』

「っ、し、白井さん……あの、今は……」

「上だ!」

「やれ!」

 

 直後、マシンガンを放たれ、強引に通気口から出た非色は、持ってきたゴーグルで目だけ隠して移動を始めた。顔が完全にバレるのだけはごめんである。

 

『……何事ですの? なんかガガガガッて音が聞こえますわよ?』

 

 言えない、銃声だなんて言えない。ましてや、それを避けながら逃げてるなんて口が裂けても言えない。

 だが、今更電話を切ることもできなかった。今「後でかけ直します」なんて言ったら怪しまれる。

 

「工事現場の近くなんです! それより、何かご用ですか⁉︎」

『そうでしたわ。あなたは幻想御手(レベルアッパー)の仕組みについてどう思われますの?』

 

 なぜ自分に聞く、と思いつつも後ろからの弾丸を回避しつつ、当たりそうな奴はキャッチして別の方向に投げつける。

 

「とりあえず、パッと思い浮かぶのは、使用者が一人では機能しないということ!」

『その心は?』

「不特定多数にばら撒く意味がないから! 関係者は少なければ少ないほど良いものなのに……!」

 

 と、言いかけた所で別部隊が回り込んでいた。それにより、銃弾を避けるために壁を走りながら加速した。

 

「やれ! 撃て!」

「奴をただの人間と思うな!」

「能力者かもしれん!」

 

 銃弾を回避しながら目の前の敵の間に入り込むと、ジャンプしながら空中で回し蹴りを三人にほぼ同時に放つ。

 

『……なんか「撃て」という声が聞こえますが』

「バッティングセンター近いから!」

『ただの人間と思うな、とは?』

「おお! あれは第七位さんかな? あの人、身体能力も折り紙つきの化け物らしいね!」

 

 何とか言い訳を並べて誤魔化しながら、とりあえず聞かれたことに答えた。

 

「えーっと……どこまで話したっけ」

『関係者が少ないほど良い、という所ですわ』

「ああ、そうだ。それで……」

『いえ、言いたい事は分かりましたわ。その他に何かあります?』

「あとはー……そうだな。っと、危なっ!」

 

 背後からの銃撃を宙返りで回避しつつ、その辺に落ちてる瓦礫を足で蹴り上げ、殴った。それが背後からの追撃者に直撃させる。追ってが来なくなったのを確認すると、近くの壁を思いっきり殴った。

 大きな穴を開けると、そこから外に出た。

 

『……今の衝撃音は?』

「え、えーっと……ば、爆弾が爆発した?」

『それは流石に無理ありますの』

「ぎ、銀行強盗! 銀行強盗!」

『バッティングセンターで第七位さんが銀行強盗とかどんなカオス⁉︎』

「あるだろ! そういうことも!」

『ありませんわ!』

 

 せっかく外に出られたのに、慌ただしいなんてものではない。とにかく、これは電話だ。やろうと思えば切れるのだ。

 

『吐きなさい! ……まさか、勝手に幻想御手(レベルアッパー)の捜査をしているのではないでしょうね?』

「し、してません! と、とにかくご心配無く!」

『心配はしますわ! 佐天さんのお友達でしょう⁉︎』

 

 面倒になってきた。半眼になった非色は、耳元から携帯を離す。

 

「あっ、なんか電波の調子が……」

『あ、待ちなさい!』

「わー充電切れだあ」

 

 そこで通話を切った。さて、後は追っ手を撒いて帰るのみである。

 

 ×××

 

「……」

「どうだった?」

 

 怪しみが深まった黒子は、美琴に聞かれて、とりあえずそれは置いておくことにした。今は、幻想御手である。

 

「非色さんから聞けた話はあくまで彼の推測ですが、一つでは機能しないとのことです。ネットから不特定多数にばら撒いた意味がないから、と」

「……なるほどね。その上で、幻想御手(レベルアッパー)はレベルを上げる手伝いをしている事を併せると……」

「能力が発現しない、或いは育たない人の一番の要因は能力の処理能力です。幻想御手(レベルアッパー)は、聞いている人達で処理能力を共有するものだとしたら……」

 

 問題は、音楽プレイヤーのみでどうやって学習装置と同じ働きをさせるか、だが。

 

「荒削りですが、無い可能性ではありませんわね」

「でも、それだと全く別系統の能力者でも機能することになるわよ?」

 

 美琴の説明に「確かに」と黒子は頷く。だが、まだ専門家の意見を聞いたわけではない。

 

「……とにかく、木山先生にご連絡して聞いてみましょう」

「そうね。じゃあ、その線で動いてみましょう」

 

 それだけ話し、とりあえず行動開始しようとしたが、その前に美琴が怪訝な顔をしながら聞いた。

 

「そうだ。そういえば、非色くんは大丈夫なの?」

「え?」

「なんか、撃たれたとか第七位がどうとか……」

「そうでしたわ。早急に確認しませんと」

 

 ×××

 

「ふぃい……なんとか撒いた、と」

 

 自宅に戻った非色は、調合した液体を水鉄砲に移す。さて、これからどうするか、もちろんヒーロー活動である。

 しかし、まさかマシンガンを持っているような連中が警備しているとは、あの工場は中々、きな臭い。流石に工場を出た後は撃って来なかったが、しばらくつけられていたようだし、今度、蹴散らしてしまおうか。

 

「そんなことより、と」

 

 それと、次に黒子と会った時はどんな顔をすれば良いのだろうか。絶対に怒られる気がする。

 まぁ、ベストなのはこの事件が終わるまでは会わないことだろう。勿論、元の姿では、だが。ヒーローとしては助けてやると初春と約束してしまったし、そっちの姿では会うことにするが。

 そう決めた直後だった。電話がかかってきた。

 

「……うげ」

 

 黒子からだった。出るべきか否か。いや、出ない方が良いパターンだろう。だって、絶対にさっきの続きだから。

 無視することに決めて、今度こそ部屋を出ようとすると、着信が止んだ。

 

「……」

 

 これはこれで心が痛い。友達、と呼んで良いのか分からないが、知り合いからの電話を無視してしまったのだ。今度、謝ろう、と思っていると、また電話がかかってきた。今度は、御坂美琴の文字。

 

「もしもし?」

『あ、出た。今何してんの?』

「え、家に帰ってきたとこですけど……」

 

 帰ってきたのは10分前だが、まぁ嘘ではないだろう。

 

『あ、そう。じゃあ聞き方変えるわね。なんで黒子からの電話に出ないの?』

「……え」

 

 安易だった。まさか、一緒にいるとは。いや、大丈夫。こういう事だって、ない事はないのだから。

 

「た、たまたまですよ! さっきタッチの差で出れなくて、かけ直そうとしたら御坂さんから電話が……」

『……』

「……かかって、来て……」

 

 なんだろう、この電話越しの圧は。吐きそうなくらいだ。

 

『逆探知できましたよ。本当にご自宅にいるみたいです』

 

 初春の声が聞こえてきた。わざわざ真偽を確かめていたようだ。この人達、忙しいんじゃなかったのだろうか? 

 

『……まぁ、無事なら良いですわ』

『無事なら良いって。でもあんたあまり心配かけさせるんじゃないわよ』

「あ、はい。すみません……」

『じゃ、またね』

「失礼します……」

 

 次からはマナーモードにしよう、と心に固く誓った。

 さて、出発するのが遅くなってしまったが、今度こそ出撃した。適当にほっつき歩いて、目に入った悪事を懲らしめつつ、情報を集める。やるのはそれしかない。

 

「よし、行くぞ……!」

 

 部屋の窓から一気に飛び降りた。

 

 ×××

 

 初春飾利は、木山春生の所に訪れていた。あの後、共感覚性に気づいた美琴と黒子は病院に行って幻想御手を楽譜化して波形パターンの分析をしている。

 気づいた、というよりほぼほぼ確定と見て動いていた。

 

「……なるほど。それで、君以外の二人は何やらイライラしていたわけだな」

「は、はい……なんか、非色くんのハッキリしない態度がイライラくるみたいで……」

「まったく……第三位も風紀委員もまだまだ子供だな。人間、余裕がある方が良い」

「あ、あはは……でも、やっぱり彼は少し普通じゃない気がします。体格も頭の回転の早さも」

 

 実際、少なくとも自分よりは賢い。試験の点数、二回連続学年トップも偶然では片付けられない。それも佐天に勉強を教えながら、だ。

 しかし、必要以上に告げ口するつもりのない木山は、椅子から立ち上がって初春の肩に手を置いた。

 

「君は君で彼を気にかけてやれば良いさ。今は、幻想御手(レベルアッパー)に集中した方が良い」

「は、はい……」

「コーヒーでもいれて来よう。少し待っていてくれ」

 

 そう言って、部屋を後にする木山。

 正直、初春は非色についてあまり心配はしていない。非色の事はよく知らないから。

 だから、割と冷静なまま辺りを見回した。そこで、たまたま棚からはみ出ていた資料が目に入ってしまった。

 

 ×××

 

 時同じくして、幻想御手(レベルアッパー)の被害者が無理矢理、脳波をいじられている事が分かった。その脳波と、人間の脳波をキーにするロックが一致した。その登録者が、木山春生であることが分かった。

 

「ダメですわ、お姉様! 木山春生の所に行った初春と連絡が取れませんわ!」

「っ……まずいわね」

 

 すぐに助けはいかなければならないが、事こうなれば警備員への通報が先である。

 黒子が通報している間に、美琴は幻想御手(レベルアッパー)の詳細を医者に聞いていた。要するに、幻想御手(レベルアッパー)の本来の目的は使用者の能力を引き上げるものでは無い。同じ脳波のネットワークに取り込まれる事で、能力の幅と演算能力を一時的に上げてはいるが、それが目的なわけではなかった。

 だが、その目的は未だ見えない。いや、今はこの際、目的はどうでも良い。とにかく止める必要がある。

 

「お姉様、警備員が木山の研究所に到着したようですが、木山も初春も消息不明だそうです」

「他の職員は?」

「木山の目的も行き先も分からないそうですわ。これから捜査を開始するそうですが……」

「……何も、出て来ないでしょうね」

 

 そんなドジ踏んでる女が、ここまで自分の目的を隠し通せて来たとは思えない。

 おそらく、データは持ち逃げされているか、或いはアクセスした直後に消されたか……何にしても、叩いても埃は出ないだろう。

 ならば、内容を得るにはひとつだ。本人を捕らえて締め上げる。

 

「お姉様!」

 

 出ようとした美琴に、黒子が声を掛ける。

 

「何?」

「警備員が、木山春生と初春を捕捉しました!」

 

 その報告に、思わず美琴は嫌な予感がする。どうにも、木山がこうなった場合の対処方法を考えていないとは思えない。

 それこそ、一介の研究者に過ぎない木山が、警備員に対抗するための力を隠し持っている、そんな予感がしていた。

 

 ×××

 

 高速道路で走行中だった木山は、そのブレーキを踏まざるを得ない状況に陥った。

 前方に、盾と警備ロボットを構えた警備員隊が止まっていたからだ。

 

『木山春生だな! 幻想御手(レベルアッパー)散布の被疑者として勾留する。直ちに降車せよ!』

 

 リーダーと思わしき男が、スピーカーを持って叫ぶ。

 助手席に座らされていた初春が、隣の木山に声を掛けた。

 

「どうするんです? 年貢の納め時みたいですよね」

「ふふ……どうする、か。悪いけど、まだ納めるつもりはないよ」

「どういう事です?」

幻想御手(レベルアッパー)は、人間の脳を使った演算機器を作るためのプログラムだが、同時に使用者に面白い副産物をもたらす物でもあるのだよ」

 

 そう言う木山の目は、らしくなく好戦的に煌めいていた。ニヤリとほくそ笑むと、自分の車から大人しく降りた。

 それに合わせてアサルトライフルを向ける警備員。フルフェイスマスクの下の目に、微塵の油断もない。人質がいる以上、慎重にならざるを得ない。

 

『両手を頭の後ろに組んで、その場でうつ伏せになれ』

 

 その木山を遠巻きにオペラグラスで観察する隊員がリーダーらしき男に声をかける。

 

「拳銃を所持している模様。人質の少女は無事です」

「うむ。確保しろ」

 

 それにより、慎重に距離を詰めていく警備員達。その直後だった。部隊の真ん中にいた男のライフルが、突如として仲間に向けられていった。

 

「なっ……!」

 

 そして、まだ引き金に指をかけていないにも関わらず、仲間の背中を撃ち抜いた。

 それにより、他の警備員はその男に銃口を向ける。

 

「⁉︎」

「貴様、一体何を……!」

「ち、違う! 俺の意思じゃ……!」

 

 弁明した男の目が見開かれる。それにより、他の隊員たちもその視線の方向を向いた。何故なら、木山の手に風が集まっていたからだ。

 

「なっ……!」

「バカな、学生じゃないのに……能力者だと⁉︎」

 

 能力開発を受けていない人間が能力を使うなどあり得ない。一瞬、パニックになったその隙に、その風の一撃は放たれた。

 明らかに避けられるタイミングではない。仲間の裏切りと想定外の事態に誰もが呆気に取られたその時だった。

 直撃間際に、盾を持った男がその風を討ち払った。

 

「なっ……!」

「お前は……!」

「……ほう」

 

 威力から見て、盾一枚では絶対に払える威力ではない。盾を持つ腕が、相当な馬鹿力ではない限りは。

 真夏のニット帽、季節外れのスキー用ゴーグル、誰が見たって暑そうなマスクとライダースーツ、唯一、季節にマッチする腰の水鉄砲。

 颯爽と現れたのは、二丁水銃だった。

 その男は、手に持ってる盾をクルクルと回しながら正面に構えると、その場にいた警備員に告げた。

 

「はい。全員、撤収ー!」

「……?」

 

 何を言っているのか分からない。この状況で撤退する警備員はいない。

 だが、本当に状況を理解しているのは、非色の方だった。

 

「ここから先は、ヒーローの出番だよ」

 

 そう言うと、盾を構えた二丁水銃は突撃した。

 

 



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ヒーローは敵を倒すだけでなく人を守るもの。

 初めてそいつの存在を知ったときから、気にはなっていた。やり方も実力も、まるで作り物の特撮ヒーローのような存在だったから。

 自らヒーローを名乗り、困っている人々の前に颯爽と現れ、被害者だけで無く加害者の命まで考えて成敗する。皮肉にも、この街のド外道な研究によって生み出されたものが、この街のヒーローとなってしまっていたわけだ。

 みんながみんな、彼のように立派な志を持っていれば、自分もこんな真似をする必要はなかったのだろう。

 だが、そんな事を思っても仕方ない。現実にはそうならなかったのだから。それに、結局そのヒーロー様も、あの子達を守ってはくれなかったのだから。

 

「……まさか、君が絡んで来るとはね」

 

 目の前で、盾を持ったまま突撃してきた少年に、水流操作で迎撃しながら声を掛けた。

 その水を盾で受け、真後ろの警備員の方へは流さないよう斜め後ろに流しつつ、横に逸れて壁を走って接近する。

 

「まさかって、俺はみんなのヒーローだよ? 首突っ込まないわけないでしょ」

「にしては、随分と到着が早かったな」

 

 そう言いつつ、左手を非色に向け、先端からレーザーを出した。非色が足場にしている壁に大きな穴が開いたため、それを避けるためにジャンプして回避し、空中で一回転しながら着地し、再度接近する。

 

「それに関してはたまたまだよ。散歩してたら警備員が急行してたから、後を追ってみたら面白いことになってた」

「……なるほど。ヒーロー体質、というものか」

「いやその言葉は知らない。……でも、正直嬉しい」

 

 手に持っている盾を投擲する。ブーメランのように曲線を描いて飛ぶ盾が木山に向かうが、届くことなく水によって弾かれる。

 それと共に非色は一時、ジャンプして木山の頭上を飛び越えて背後を取った。しかし、恐らくだが木山に死角はない。よって、下手に手を出すことはしなかった。

 車の扉を開けて、中の初春を連れ出した。

 

「う、二丁水銃さん⁉︎」

「どうも。助けに来たよ」

「は、はぁ……どうも」

 

 その直後だ。警備員達による一斉射撃が木山に向けられる。それを見ると共に、非色は強引に初春を引っ張って両手でお姫様抱っこをした。

 

「ひ、ひゃあっ⁉︎ あっ、ああああのっ、私強引なのは嫌いじゃないですけど私まだあなたのこと何も知らなくて……!」

「ごめん、舌噛むから黙ってて」

「え?」

 

 その直後、木山のスポーツカーを持ち主に向かって蹴り飛ばした。正面からは銃弾、背後からはスポーツカーによる突撃、高速道路で横は壁。逃げ場はない。

 そう踏んでいたのだが、木山は自分の付近にドーム状のシールドを張って塞いで見せた。勿論、爆発炎上したが、中の本人は涼しい顔をしている。

 

「っ、うおっ……!」

 

 あれはシールドではない。付近に破壊作用を起こす事で爆発も何もかもを相殺させたようだ。その破壊は、道路にも広がった。

 

「なっ……さ、さっきと全然、違う能力⁉︎」

「だからお口バッテン! 舌噛むって!」

 

 道路の亀裂は警備員の前衛や非色の足元にも広がった。巻き込まれた全員、道路の下に落下していく。

 

「うっ、お……!」

「やばっ……!」

 

 道路から地上まではそれなりに高さがある。落下すれば無事では済まない。勿論、落下すれば、の話だが。

 

「初は……お、お嬢ちゃん。しっかり掴まってて」

「え? わひゃあ!」

 

 瓦礫の上を踏み台にした非色が高速で移動し、落下する警備員に接近する。一人目の手首を掴むと、まだ道路まで距離が短いため、道路の上に放り投げた。

 

「うおあああ……!」

 

 さらに二人目も放り投げる。これから先は下で受け止めるしかなさそうだ。落下しているのは残り四人。ギリギリ両手に抱えられる人数だろう。

 三人目をキャッチしながら初春と三人目を小脇に抱える。さらに四人目は肩の上に乗せ、五人目を反対側の肩に乗せた。各々が非色の身体にしがみ付いているため、ギリギリ落ちていなかった。

 

「後一人……!」

 

 もうほとんど地面ギリギリだったが、ギリギリ足を伸ばし、足首に引っかかると上に蹴り上げ、自分の頭上に乗せた。

 

「ぐえっ……!」

「着陸致します。シートベルトをご確認下さい」

「「「「「どこだよ‼︎」」」」」

 

 全員からツッコミが炸裂したが、何とか地面に着地した。流石に両足に痺れが響いたが、2秒待てば治る。その隙に全員を降した。

 

「す、すまない」

「恩に着る」

「礼はいいからこの子連れて引っ込んでて」

「いや、我々も手伝うぞ」

「一人で相手にするには……!」

「賢明な判断だな、ヒーローくん。今ので全員を守りきったのは流石と言わざるを得ないな」

 

 口を挟んだのは、木山だった。その周りには瓦礫が浮かび上がり、臨戦態勢と言った感じだった。

 

「あんたが手を出して来なかったからでしょ。助けてる最中に能力使われてたら終わってたよ」

「私は、別に警備員を蹂躙したいわけじゃないし、大きなテロ行為を目論んでいるわけでもないからね」

 

 その会話で、警備員は理解してしまった。確かに、自分達がいると足手まといになってしまうかもしれない。情けない話だが、目の前のヒーローに任せた方が良いのかも……と、思ってしまう程だ。

 

「……我々は、付近一帯の封鎖に尽力する」

 

 警備員のうちの一人が言うと、周りの四人はハッとしてそいつを見たが、気にせずに続けた。

 

「学生一人を犠牲に立ち去ったとあらば、我々はクビだ。絶対に死ぬんじゃないぞ」

「ヒーローは生きて帰るからヒーローなんですよ」

「……言ってろ」

「よし、全員まずは本隊と合流するぞ!」

 

 その一言で、全員が動き出した。勿論、初春も同じだ。少し心配そうに非色を見ていたが、ヒーローはこちらに目も向けなかったため、とりあえず警備員の後に続いた。

 その様子を見て、木山は一言、ポツリと呟いた。

 

「……健気だな」

「何が?」

「君のその力も、この街の非人道的な実験の賜物だろう。何故、そんな街で治安維持しているつもりになっている連中を守ろうと思える?」

「……何故、か」

 

 ポツリと呟き、非色は顎に手を当てる。その仕草は如何にもわざとらしかったが、木山は何か言うことはなく返答を待った。

 

「……確かにそうだよ。この身体は学園都市のバ科学者達に改造されたもんだ。施設にいる間に何人も子供達が死んで行ったし、俺自身、ヒーローなんているわけないって思ったもの」

「なら、何故だ?」

「何、簡単なことだよ。『ヒーローがいないなら、ヒーローになっちゃえば良いじゃない』って事」

 

 思わず呆れてしまいそうなものだった。いつも眠たげにしている目をさらに細くし、木山は尋ねた。

 

「……そんな理由で、命をかけるというのか?」

「逆に聞くけど、こんな化け物の身体、他に何に使えって言うのさ。出る杭は打たれる人間の社会じゃ、俺は生きていけない。なら、いっその事、出るとこまで出てやるよ」

「……青いな」

「まだ思春期だからね」

 

 口が減らない二人だったが、それ以上の言葉は不要だった。その直後、非色は足元に落ちている板状の瓦礫を蹴り上げて浮かすと、それを掴み、放り投げた。

 それは木山にレーザーで弾かれ、それと共にその倍返しをするように浮かした瓦礫を飛ばしてくる。

 それらを足場にしながら接近していく非色は、腰の水鉄砲を抜いて放った。

 その液体を炎で燃やすと共に、自身の背後から鉄を伸ばし、浮いている瓦礫を砕きながら非色に向かった。

 空中で身を捩りながら回避するが、それでも躱し切れない奴は両手で掴んでガードするしかない。

 それはつまり、動きを止めたことになる。正面から非色の胸に向かって水球を飛ばした。

 

「ウッ……!」

 

 ボディに直撃し、後方に飛ばされて道路を支える壁に背中を強打した。が、すぐにその壁を走って駆け上がると、まだ崩れていない道路を踏み台にし、また接近した。

 

「まったく厄介な能力だな。その場に応じて使い分けてくる」

「それが多才能力者(マルチスキル)の強みだからね」

 

 浮かび上がる瓦礫がまた飛んでくるが、それをまた回避しながら、今度は木山の周りを飛び回った。撹乱作戦のつもりのようだ。

 

「で、あと何種類くらいあるわけ?」

「言うはずないだろう。……が、まぁそれではハンデが過ぎるから教えておいてあげよう。私の能力は、約一万だ」

「いち……」

 

 思わず言葉を失ったが、それでもスピードが落ちていないのは流石だ。正直、目では追い切れない。ただし、追う必要がないから追ってもいないのだが。

 背後をとった非色が水鉄砲を4〜5発放った直後だ。その液体を木山は自身の周りに炎を放つ事で全て燃やし尽くしつつ、瓦礫の下から水を移動させ、非色の真下を捉えて放った。

 

「のあっ……⁉︎」

 

 ギリギリ、回避したものの、その球は真上に上がって行って、さっきの高速道路の真上に上がっていった。

 

「! いたぞ!」

「撃て!」

 

 直後、その穴から警備員が射撃を始めた。それに対し、木山は近くの瓦礫を浮かせて弾丸を弾く。

 

「やれやれ、ヒーローが逃げろと言ったのだから逃げれば良いものを……まぁ、攻撃して来るからには容赦はしない」

「っ……マズい!」

 

 そのガードに使った瓦礫を、そのまま反撃に使った。警備員達に向けて一斉に下から放つ。射撃戦は上を取った方が有利だが、圧倒的な破壊力の前にはそんな物関係ない。

 勿論、非色が黙っているはずがない。ジャンプして先回りし、道路の端に両手で掴まると、飛んでくる瓦礫を蹴りで砕き続けた。

 しかし、見落としていた。その瓦礫の最後の一発の下に、アルミ缶が隠されていた事を。

 蹴り返す前に突如、爆発し、爆発に巻き込まれて道路が大破した。

 

「ゴアっ……‼︎」

「うおっ、な、なんだ⁉︎」

 

 また巻き込まれる警備員達。今回は落下しそうになった奴は一人だった為、ギリギリキャッチする事が出来たが、その直後に足場そのものが崩れ始める。

 

「ま、マジ⁉︎」

 

 他の警備員達は退避したが、警備員の車両や警備ロボ達は落下していく。非色はギリギリ端に掴まり、警備員を離さないようにしていた。

 

「っ、あ、ああ……!」

 

 無理矢理、身体を引き上げ、警備員だけでも道路の上に持ち上げた。

 

「す、すまん……!」

「いやいや、これもヒーローの役わ……」

 

 直後、自分が掴まっている道路からピシッと嫌な音がする。「えっ」と口から漏れたのもつかの間、一気に崩れて非色だけ落下し始めた。

 

「マジかぁああああ⁉︎」

 

 実際、落下しても軽い怪我で済むし、その怪我もすぐに治る。でも、痛いものは痛いのだ。

 何とか少しでも衝撃を和らげる方法を考えていた直後だ。自分の身体を、黒い霧のようなものが包んだ。

 

「なんだこれ……砂鉄?」

「ご名答」

 

 やがて、その砂鉄に引き寄せられるように地面に着地した。引き寄せた張本人、御坂美琴がそこに立っていた。

 

「み、御坂さん⁉︎ なんでここに……!」

「こっちのセリフよ。なんであんたがここにいんの?」

「そりゃヒーローだからだけど……」

「ったく、ヒーロー気取りも結構だけど、他人にまで気を回してたら勝てる相手にも勝てないわよ」

「? 他人に気を回すからヒーローなんでしょ?」

「……」

 

 面倒くさそうな顔をする美琴。

 

「まぁ良いわ。私があの人の相手をするから、あんたは引っ込んでなさい」

「は? いやいや、俺が相手するから御坂さんこそ引っ込んでてよ」

「バカ言うなっつーの」

「バカ言ってんのはそっちだよ。一般人置いて逃げるヒーローが何処にいんのさ」

「あんたも一般人って括りだから、悪いけど」

 

 そんな話をしている時だった。正面にいる木山が口を挟んだ。

 

「やれやれ、君まで来てしまったか……。超能力者が相手となると、私もそれなりに覚悟が必要になるな」

「ほら見なさい。あんたは蚊帳の外なのよ」

「い、いやいや。俺まだ本気じゃなかったから。これからだから」

「まぁ良い。邪魔をしてくるなら、私は容赦なく叩き潰すだけだ」

 

 そう言うと、木山は自身の周りに瓦礫を浮かび上がらせる。それを見て、美琴も自身の身体に電気を帯びて、非色は構えを取る。

 

「あいつの能力は幾つ把握してるわけ?」

「瓦礫を浮かせている念動力、手からのレーザー、発火能力、水流操作、なんかドーム状の範囲攻撃、アルミ缶の爆破、風をかき集めて飛ばしてくる奴、くらいかな?」

「そう。要するに、幻想御手(レベルアッパー)の使用者の能力って事か……」

「おまけに同時に使って来ることもあるし、コンボや合成技まで考え出すとさらに強力になるよ」

「分かったわ。足引っ張らないでよね」

「はいはい」

 

 それだけ話すと、二人は一気に突撃した。正面から瓦礫を迎撃する美琴と、真横に移動して撹乱しにかかる非色。

 正面からの電撃を瓦礫でカバーしつつ、横からの非色の攻撃にも目を離さない。後ろからの殴打を、念動力で止めると、そのまま遠くに吹っ飛ばした。

 

「うおおおぉぉぉぉ……」

 

 遠くに吹っ飛ばされた非色を無視して、砂鉄を全方位から飛ばす美琴。

 それらを瓦礫でガードしつつ、手から風の大玉を放った。

 その一撃を、電磁石のようにして固めた金属の盾で防ぎつつ、両手の間に電気を集め、一気に正面から放電した。

 その電気をドーム状にバリアを張って分散させて受け流しつつ、自身の周りから水球を複数出現させ、一気に強襲させた。

 それらを、端から電撃を流して一つずつ片付けていく。さて、このままでは埒が明かない。何処かで崩せれば良いのだが、それはおそらく向こうも同じ考えである。

 

「……向こうに搦手を出させた上で、油断させるのがベストかしら?」

 

 そう思った直後だ。ふっと、木山に影がさした。何事かと二人が上を見上げると、警備員の車が上から降って来ていた。

 

「……!」

「車⁉︎」

 

 非色が強引に投擲したものである。勿論、能力者である木山にそんなものは通用しない自身に届くまでに爆発させた。

 その爆破の中からさらに降り注いだのは、車の中に敷き詰められた警備ロボット達だった。ガションガションガションッとそれぞれが木山を取り囲むように着地し、一気に捕獲用ネットを吐き出す。

 

「やれやれ、そんなおもちゃで今の私を止められると思っているとは……」

 

 しかし、それらのネットは片っ端から炎で焼き尽くされていった。木山の周辺は炎に囲まれるが、水流操作も可能な木山には何の問題もない。

 さっそく、視界が潰れないうちに消火しようとした時だ。自分の足元に、ピチャッという不快な音が聞こえた。下を見ると、液体が自分の足と地面を接合するようにくっ付いている。

 一瞬、水流操作をミスったのかと思ったが、違った。炎によって壊した警備ロボットの一つの下から、銃口が覗かれている。

 

「っ、まずい……!」

 

 初めて焦りを見せる木山。その警備ロボから姿を現したのは、二丁水銃だった。安っぽい服装をしたヒーローが中から飛び出し、最短コースで距離を詰めてくる。

 明らかに間合いが近過ぎる。その上、普通の運動能力ではない非色の方が有利だ。避けようにも、足は固定されてしまっている。

 

「このっ……!」

 

 付近に出現させたのは、大量の水だ。それで一気に押し出そうとした。が、非色は近くにあった車の扉を盾にして強引に押し除けて接近する。

 

「化け物め……!」

「ちょっと、痛い目を見てもらうよ」

 

 懐に潜り込んだ非色が拳を構えた直後だった。唐突に、木山の涙腺が緩んだのが見えた。

 

「……ヒーローが、女を殴るの……?」

「……えっ」

 

 その一瞬の怯んだ隙を突かれた。直後、真上から瓦礫が降ってきて、頭を叩き潰すようにダンクされ、一気に地面に叩きつけられる。

 

「ふっ……まさか、女の武器まで使わされることになるとは思わなかったよ」

 

 流石にヒヤリと肝を冷やしたが、それでも負けはしない。最後の最後では、やはり男より女の方が強いものだ。

 しかし、一人を片付けたと思い込んだ事が、大きな隙を作った。背後から肩にヒタリと手をおかれた事で、再びゾクっと背筋が伸びる。

 

「ようやっと捕まえたわよ。あんたの隙」

「っ……!」

 

 直後、肩越しに電撃使いの一撃が流れ込む。手加減はしたが、これで戦闘不能なはずだ。

 

「ギャー!」

「あ、ごめん」

 

 真下にいたヒーローさんも巻き添えを食った。その時だった。

 

『センセー』

「⁉︎」

『木山センセー』

 

 子供の声と姿が、頭の中に流れ込んできた。

 

 



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一番強いのは頭脳派の脳筋。

「い、今のは……!」

 

 美琴が見たのは、置き去りの子供達がモルモットにされた実験だった。それも、一年間木山が面倒を見た生徒達だ。

 

「やっぱり、そういうことね」

 

 身体を起こしたのは、二丁水銃だった。

 

「何かあると思ったよ。この街の科学者にしては、あんたは真っ当過ぎた。何か狙いがあったんだろ」

「あ、あんた……」

「見られてしまったか……しかし、やはり君も分かるようだな」

 

 フラフラと身体を起こす木山は、能力を使って非色に攻撃しようとするが、ズキンと脳に痛みが走り、すぐに動けなくなる。

 

「あの実験の正体は『暴走能力の法則解析用誘爆実験』。能力者のAIM拡散力場を刺激して暴走の条件を探るものだった。……あの子達を、使い捨てのモルモットにしてね」

「人体、実験……だ、だったら、それこそ警備員に……」

「無理だね。警備員自身に自覚があるかは知らないけど、基本的にあいつらはこの街の犬だ」

「その通りだ……。私は23回、あの子達の快復手段を探るため、そして事故の原因を究明するシミュレーションを行うために『樹形図の設計者』の使用を申請して却下された」

 

 つまり、統括理事会がグルなわけだ。警備員が動けるはずがない。

 木山は非色を睨んだ。その瞳はさっきまでの冷静な顔では無く、感情的に真っ直ぐと見据えていた。

 

「君になら分かるだろう! その力は……!」

「あ、待って。その話はあんま大声で……」

「もはや、この街の発展にも無関係な、科学者どもの軽いノリと思い付きで化け物にさせられた君なら分かるはずだ!」

「……言わ、ないで……」

「あんな悲劇、二度と繰り返して良いはずがない!」

 

 ジロリと非色を見る美琴と、目を逸らす非色。確かにさっきまでの戦闘を見て思ったが、彼の強さは自分達のような能力者は全く違う力だ。過去に、何かあったのだろうか? 

 後で問いただそうと思った直後だった。木山が、唐突に頭を押さえて悶絶し始めた。

 

「ギッ……ああああああああ‼︎」

「っ、な、何?」

「さがれ!」

 

 思わず木山から距離を置く美琴と非色。

 

「ガッ……ぐ、ネットワークの……ぼ、暴走? ……いやっ、これは……AIM、の……‼︎」

 

 直後、木山の頭から、何かが産み落とされた。

 

 ×××

 

「静かに、なった……?」

 

 周辺の交通制限を手伝っていた初春は、ふとさっきの落雷の方向に目を向けた。あの一撃は、自分もよく知っている超能力者の一撃だろう。

 御坂美琴が来てくれた。正直、あのヒーローだけで何とかなる相手には見えなかったため、ホッとした。

 しかし、何故だか全てが片付いたとは思えなかった。嫌な予感がする。

 

「……お、おい。アレはなんだ?」

「え……?」

 

 警備員の一人が指を差した方向に目を向ける。そこから見えるのは何本も生えている光の触手……そして、その中心には胎児のような形をした生物だった。

 

「何、アレ……」

 

 その直後だ。自分達の横に何かが降って来た。ドゴン、バゴンッと転がってガードレールに背中を強打する。

 

「ってぇ……でも、守ったぞ」

 

 そこから現れたのは、二丁水銃だった。そして、その両手に抱えているのは木山春生。今回の容疑者だ。

 

「う、二丁水銃さん⁉︎」

「やぁ、どうも。転がってるこの人を助けようと思ったんだけど……殴られただけで吹っ飛ばされてきたわ」

 

 そう言いつつ、立ち上がる。警備員の一人が、その木山に手錠を掛けた。

 

「木山春生、現行犯で逮捕する!」

「あ。まった」

「なんだ、今度は⁉︎」

「あの化け物見える?」

「ああ。今から俺たちが……」

「やめといて。アレと今、やり合ってんのは御坂美琴、常盤台の超電磁砲だよ」

「あの超能力者の、か……?」

 

 聞かれて、非色は頷いて答える。

 

「だけど、何をしてもあの化け物は再生しちまう。俺もすぐ戻るけど、普通の人間が行っても足手纏いになるだけだ」

「なら、どうすりゃ良い?」

「それは俺には分からない。……けど、この先生なら何か分かるはずだ」

 

 今は気絶してしまっているが、確かに起こせば何か分かるかもしれない。

 

「今のこの人には、もうさっきみたいに暴れる力は残ってないと思う。だから、締め上げるなり何なりして、あれを何とかする方法を吐かせてくれる?」

「……わかった」

 

 こういう時、素直に聞いてくれるのは助かる。

 首を回し、手首をプラプラさせた非色は、初春の方を見た。

 

「えーっと……君、名前は?」

「え? う、初春です」

「そっか。初春さん、君も木山先生と一緒にいてあげて」

「……え?」

「その人、子供好きだから。警備員じゃダメかもしれないけど、子供の君になら何か話すかもしれない」

「わ、分かりました」

「じゃ、よろしくね」

 

 続いて伸脚をする非色に警備員の男が再度、声を掛けた。

 

「おい、二丁水銃。これを持っていけ」

 

 手渡されたのは、通信機だ。

 

「そいつで何かわかれば連絡する」

「はいはい」

「それと、ひとつ頭に入れておいてくれ」

「何を?」

「あそこの建物、アレは原子力実験炉だ」

「……マジ?」

「マジだ」

 

 ×××

 

「あーもうっ、どうすりゃ良いのよこいつ!」

 

 胎児のような化け物を前に、美琴は電撃を浴びせ続けるが、表面を撫でるだけですぐに再生されてしまう。

 電撃も砂鉄による切断も効果なし。どんなに出力を上げて殴っても何一つ変化は起きていなかった。

 このままでは、いずれ電池切れになるのは自分の方だ。

 どうしたものか考えていると、触手による殴打が飛んで来る。避けようとする前に、非色が現れてその触手をキャッチし、殴って打ち払った。

 

「どうも。お待たせ」

「戻って来なくても良かったのに」

「いやいや。そんな冷たいこと言わないでよ」

 

 それだけ言うと、非色はまず共有すべき情報を伝えながら、その辺に落ちている金属片を拾って手に持つ。

 

「こいつの情報は俺が聞く。警備員……いや、どちらかと言うと初春さんが弱点を聞き出して教えてくれると思うから、それは口頭で伝える」

「そう。ありがと」

「それともう一つ、あそこのここから一番近くの建物見える?」

「ええ」

「あれ、原子力実験炉だって」

「……は?」

「アレには絶対寄せないよう、気張って行こうか」

 

 その直後だ。二人に一斉に触手が襲いかかってきた。美琴が電撃で相殺している間に、非色は避けて触手の上に乗っかり、さらに触手の上を移動して顔面まで接近する。

 

「今回は化け物相手だし、加減なんて必要ないよね」

 

 そう呟くと、顔面に飛び膝蹴りを放った。後ろによろめく化け物に対し、顔面を掴みながら背後に飛び降りつつ、背中に両足を揃えた蹴りを放つ。

 怯んだ所を、さらに掴んでいる両手に力を入れて腕力だけで上に跳ね上がると、脳天に踵落としを叩き込んだ。

 怯んだ隙に、後頭部に金属片を水鉄砲で固定して離脱した。

 

「避雷針!」

「ナイス」

 

 直後、その金属に美琴が落雷を落とした。勢いに負け、地面に叩きつけられる胎児。

 美琴の隣に着地した非色に、美琴は感心したように声をかけた。

 

「あんた、良い仕事するわね」

「それほどでもある。むしろそれ以上でもある」

「それが、科学者の軽いノリによる実験の成果ってわけ?」

「……あんまその話して欲しくないんだけど」

「それは失礼」

 

 そう言いつつ、地面から身体を起こして再び暴れ始める化け物。あれだけ殴りつけたというのにまるで応えていない。

 その直後、化物の周りから液体が浮かび上がった。能力まで使い始めた。

 

「あーあ、純粋なパワーゲームの方がやりやすいってのに」

「あんたのその力は無尽蔵かもしれないけど、私はちゃんと限界があるのよ。バカ言わないでくれる?」

「え、何。もう疲れたの?」

 

 そのセリフに、美琴はカチンと来る。確かにルームメイトが気に食わないのも頷けるような台詞だ。

 

「……上等よ。初春さんが木山先生から情報を聞き出すまで、どっちが多くダメージを与えられるか」

「競争だ」

 

 揃ってニヤリとほくそ笑むと、再度、突撃した。

 

 ×××

 

 停車している護送車の中で、警備員が木山の取り調べをしていた。

 

「吐け! あの化け物を止める方法は無いのか⁉︎」

「化け物、ね。確かにアレが私の頭から出てきたとは思えないな。学会で発表すれば表彰ものだ」

 

 もう、あれが木山から離れた以上は、ネットワークを使うことはできない。子供達を取り戻す術も無くなってしまったわけだ。

 その上、木山が嫌っている統括理事会の犬どもに、教えてやる事なんて何も無い。

 

「……もう全て終わりだ。私は別に、このままアレ……そうだな。AIMバーストとでも名付けようか。アレがこの街を滅ぼして回っても構わん」

「ふざけるな! あの建物は原子力実験炉だ。貴様自身も巻き込みかねんぞ⁉︎」

「結構だ。子供達を元に戻す事が叶わなくなった今、私に生きる理由もない」

「っ……!」

 

 奥歯を噛み締める警備員。そんな時だった。護送車の中に初春が入って来た。

 

「あ、コラ。君!」

「木山先生、お願いです。アレを止める方法を教えて下さい!」

「君は……そうか。そういえば、巻き込んでしまっていたな。すまなかった」

「い、いえ! 今は、そんな事よりも、アレを止めないといけないんです!」

「……」

 

 黙り込む木山。その木山に、初春は頭を下げ続けた。

 

「お願いします、木山先生。今、二丁水銃さんと御坂さんが抑えてくれています。でも、それも長くはもちません」

「ふっ、子供に任せっきりか。警備員も顔負けだな」

「貴様……!」

 

 頭に来た警備員を、もう一人が片手で制する。その間に初春が聞いた。

 

「……だが、まぁあの子達が戦っているのなら、教えてやるのも良いかもしれないな」

「! じ、じゃあ……!」

「……ただし、警備員。お前達には出て行ってもらおう」

「何……⁉︎」

「ふざけるな! 貴様、何を企んでいる⁉︎」

「何も。企もうにも、私には何も出来ない。だが、私の子供達を助けられないお前達を、私が助けるつもりはないという事だ」

「何の話を……!」

「警備員さん」

 

 警備員に、初春が声を掛けた。

 

「私に、任せて下さい」

「しかし、危険だぞ。武器も押収したが、何をしてくるか……!」

「大丈夫です。木山先生は、嘘をつきませんから」

「っ……」

 

 目の前に犯罪者がいるというのに、あまりにまっすぐな目で見られてしまった。そんな顔で見られては、警備員も引き下がらざるを得ない。

 

「……わかった」

「隊長⁉︎」

「我々が無理にここで居座って適当なことを言われても困る。‥……君、これを」

「?」

 

 手渡されたのは、通信機だった。

 

「これは……?」

「二丁水銃に繋がっている。聞き出した方法を彼らに伝えてやってくれ」

「分かりました!」

 

 それだけ言うと、警備員達は車から出て行った。

 

「……ここまでしておいてなんだが、私もアレの正体を正確に知っているわけではない。それでも良いのか?」

「はい」

「……そうか」

 

 根拠なく人を信じる人間が多くて困る、そう心の中で呟きながら、自身の見解を述べ始めた。

 

 ×××

 

「おい、超電磁砲! 押し切られてんじゃん!」

「私に言わないでくれる⁉︎ こっちだって電気で誘導したり、色々と……!」

 

 直後、二人の間にズバッと衝撃波が走り、地面を破るように突き破る。お互いに別方向に回避し、慌てて後ろのAIMバーストを眺める。

 もう、研究施設まで距離あまりない。入り口の門は破られているくらいだ。

 

「ちょっと、初春さんから情報はまだなわけ⁉︎」

「俺に言われても困るよ! なんなら、そっちが向こうの様子見てきてくんない?」

「……良いのね?」

「嘘ごめん冗談」

 

 そんな話をしている時だった。美琴の脚に、触手が巻き付く。それにより、グンッと足元から引きずられた。

 

「やばっ……!」

 

 その引き込まれる先で待っていたのは、先端を尖らせた別の触手だった。電撃で迎撃するが、すぐに再生してしまう。

 反射的に両腕でガードしようとした時だ。その間に、非色が割って入り、引き込む触手を水鉄砲で固定した上に、その攻撃は右手で掴んで食い止めた。

 尖った触手の先端は、非色の耳にギリギリ食い込むか食い込まないかの所で止められ、グググっと押し込もうとして来ている。

 

「っ……!」

「早く抜けろ!」

「わ、分かってるわよ!」

 

 触手を焼き切って距離を置いたのを確認すると、非色は自身の頭を貫こうとする触手を反対側の手で殴り付け、緩ませるとその隙に距離を取った。

 

「ごめん、助かったわ」

「いやいや……てか、なんか大きくなってきてない?」

「そうね。そろそろ出し惜しみしてる場合じゃ無くなってきたかも」

 

 何せ、もう原子力実験炉の敷地には入ってしまっている。確かにこのままではジリ貧だ。

 そんな中、非色は自分の耳から通信機を外し、美琴に放った。

 

「ちょっと、何よこれ?」

「警備員から情報が入ってくるはずの通信機だよ。あんたはそれで次に備えておいて」

「……はぁ?」

「どんな弱点でも、御坂さんの方が応用が効くはずだから」

「あんたはどうする気?」

「何、強引にあいつを押し戻すだけさ」

 

 そう言いつつ、非色は両手の指をゴキゴキと鳴らし、クラウチングスタートの姿勢をとった。

 直後、地面を蹴って、正面から一気に押し込みに向かった。襲い来る触手は美琴が電撃で撃ち払い、非色はAIMバーストの本体にしがみ付いて後退させる。

 が、勢いが強過ぎて身体を突き抜けてしまった。しかし、それこそ読み通りと言わんばかりに突き抜けた非色は、触手を掴みながら地面に着地し、両腕でAIMバーストを引っ張った。

 

「何する気……⁉︎」

 

 美琴が呟いたのも束の間、非色は一気に両腕に力を込めた。どれだけの質量を持つ相手かは分からないが、一万人のAIM拡散力場と思念の集合体である。大きさも、4〜5メートルを超え、全長はもっとありそうなものだ。

 その巨体が、引っ張られて微妙に揺れる。その揺れは徐々に大きくなり、右側にグラリと転がり始めた。

 

『ギニィィイイイイ‼︎』

 

 鳴き声と共に自分の身体を引っ張る男に攻撃を仕掛けるが、それらは美琴が電撃で撃ち落とす。

 徐々に、徐々にAIMバーストの巨大が横に回り始めた。その中心点にいるのは、二丁水銃だ。その勢いは増していき、CG映像のようなハンマー投げが目の前で展開される。

 グルングルンッと引っ張り回された直後、AIMバーストは実験炉と真逆の方向に一気に放り投げられた。

 

「はっ、はぁっ……はっ」

 

 両手の筋肉が軋み、流石に両腕の痺れを感じつつも、なんとか立って堪えている非色。

 が、ここで手を緩めては意味が無い。すぐに戻って来られる。さっきまで踏ん張っていた両脚を無理矢理、動かし、突撃した。

 勿論、AIMバーストもやられっぱなしでは無い。周りの瓦礫を浮かせて飛ばすが、非色は近くに落ちてる警備員の盾を拾い、弾きながら接近し、身体を捻ってサイドスローのように盾を放る。

 先端がAIMバーストの一部に突き刺さり、悲鳴が響き渡る。抉っても再生してしまうかもしれないが、異物が突き刺さり、そこに残れば再生は出来ないだろう。

 さらに襲ってくる触手を回避し、動きが散漫な一発をキャッチし、地面に思いっきり叩き付ける。それをさらに踏みつけて、水鉄砲を放ち、地面に固定してやった。これでしばらくは、動かせないはずだ。

 他にも、切断面に水鉄砲を放って再生を封じたり、同じように切断面に瓦礫をねじ込んだりと、全力で攻略しにかかる非色を眺めながら、美琴は思わず感心してしまった。

 戦闘において、あのツンツン頭のバカ以外に感心したのは初めての事だった。

 

「まったく、最近のレベル0は……」

 

 呆れ気味に呟いた時だった。耳元からゆるふわボイスが届いた。

 

『う、二丁水銃さん! 聞こえますか?』

「あ、う、初春さん? ごめん、私、御坂よ」

『そ、そうですか。AIMバースト……あ、その怪物を止める手が分かりました!』

「本当⁉︎」

 

 待ってました! と言わんばかりに声を張り上げた。

 

『はい。今から幻想御手(レベルアッパー)をアンインストールするソフトを流します。それにより、AIMバーストに何らかの影響を及ぼすはずです』

「そこで叩けば良いのね?」

『いえ、それでも再生速度が弱まっても再生が止まる事は無いそうです』

「じゃあどうするの?」

『AIMバーストの身体を削れば、中に核のようなものが見えてくるそうです。そこを狙って下さい!』

「……わかったわ」

 

 偶然にも、この役割分担は完璧なようだった。非色では、あの巨大な身体の核が見えるまで削ることはできない。そこはむしろ自分の役割だ。

 攻撃の機会を窺うため、美琴も前で戦うヒーローに加勢する事にした。

 丁度、非色に向かってくる触手を電気で痺れさせながら隣に降り立つ。

 

「二丁水銃。報告よ」

「お、なんか分かった?」

「ええ。……っと!」

 

 伝えようとした直後、目の前で竜巻が起こったように瓦礫が渦を巻いて持ち上げられていく。

 

「……ちょっと、どうなってんのよこれ?」

「なんかこいつにも一応、学習能力みたいなのがあるみたいで、新技覚えちゃった」

「強くしてどうすんのよ!」

「そんなつもりはなかったんです!」

 

 そんなやり取りをしながらも、勢い良く降り注ぐ岩石群を避け続ける。

 

「そんなに余裕がないからザックリ説明するわよ!」

「はいよろしくどうぞ!」

「今、幻想御手(レベルアッパー)をアンインストール中なの。それに伴って目の前のこいつの身体にも変化が生じるから、それまで相手をしてて! とどめは私が刺すわ!」

「さっきから相手してると思いますが⁉︎」

「つまり、現状維持ってこと!」

「結局それか」

「大丈夫よ。今度は私も手伝うから」

 

 それだけ話して、再びAIMバーストに向かって行った。

 

 



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掘り返した土は埋める。

 それからしばらく殴り続けた。電気を流して切断して拳で殴って瓦礫をダンクして車を落として爆発させて……などととにかく色々やった。

 そろそろ体力の限界も近い、といった所で、AIMバーストの再生速度が落ちて来ているのに気づいた。

 

「そろそろか? 御坂さん!」

「ええ、ここからは私の仕事ね」

 

 元気よく美琴は言い放つと、右手に稲妻を帯びる。

 

「え……何その禍々しい電気……」

「押し返すわよ。あんたは引っ込んでて」

「え、いや俺も……」

「感電しても知らないわよ」

 

 そう言われてしまえば、非色も引き下がるしかない。

 直後、溜めていた電気を一気に放流する。何ボルトなのか想像もつかない高電圧が、一気にAIMバーストの表面を削り散らして行く。

 

「……ええ」

 

 思わず引くほどの威力だ。非色が手出しする必要なんか何処にもないくらいの。

 直後、AIMバーストも負けじと無理矢理、触手を伸ばして美琴に反撃しようとする。それに備え、非色はその触手に殴り掛かろうとしたが、手出しするまでも無く触手が焦げていった。

 

「……ええ」

 

 これが人間一人の出力とは思えない。確かに、一人で一軍隊並みの力は持っていそうなものだ。

 焦がし尽くした直後だ。AIMバーストの中心に、三角柱の形をしたようなものが見えた。おそらく、あれがコアだろう。

 それにより、美琴は一時的に放電を止めつつ、ポケットからコインを取り出した。

 

「おお……それが、噂の……」

「そ。超電磁砲よ」

 

 コアを撃ち抜き、AIMバーストは崩れ去って行った。

 ようやく、無限に再生する化け物との戦闘に終止符が打てた。木山も警備員に引き渡され、ようやく全部片付いたと言えるだろう。

 美琴もホッと一息ついて、隣にいたヒーロー様に声を掛けた。

 

「……ふぅ、終わったわね……あれ?」

 

 しかし、その姿はもうどこにも無かった。相変わらず格好つけた男である。お礼も挨拶も無しに帰られてしまった。

 

「……ったく」

 

 その直後だ。テレポートで直後、見覚えしかない後輩が現れた。

 

「お姉様ー!」

「ぎゃー!」

 

 突然、現れて抱き締められる。迎撃しようと思えば出来たが、そんな気力はなかった。代わりに質問して諌めた。

 

「一応、聞くけど、二丁水銃見た?」

「いえ、見ていませんわ。……いらっしゃったのですか?」

「あいつが初春さんを助けて木山先生を警備員に確保させて逃がしてくれたからね。私なんかよりよっぽど命懸けだったかも」

「……そうでしたか」

「ていうか、警備員の助け方も中々、頑張ってたわよ」

 

 顎に手を当てる黒子。おそらく、見直しているのだろう。今まで、二丁水銃は決して正しい事をしていない、そう決め付けて突き進んでいたのだから、当然と言えば当然だ。

 だけど、警備員まで守って、主犯である木山まで守り抜き、同僚である初春も救った。これなら、少しは認めてやっても良いかも……なんて思った時だ。

 黒子の元に、一通の電話がかかって来た。

 

「? 初春から?」

「何かあったの?」

「さぁ……」

 

 一応、電話に出た。任務完了の報告かもしれない。

 

「もしもし、初春? こちら、敵の沈黙を……」

『し、白井さん……大変です!』

「! 何かありまして?」

『……う、二丁水銃さんが、木山先生を乗せた護送車を襲撃しました』

「はぁ⁉︎」

 

 思わず声を張り上げた黒子に、美琴が怪訝な顔をする。

 

「そんなバカな⁉︎ 二丁水銃さんが木山を捕獲した張本人ですのよ⁉︎」

『そ、そのはずなんですが……』

「まぁ、話は分かりました。今、どこにいるかはわかりますの?」

『私の携帯のGPSを追ってください!』

「! ……分かりましたわ。只今、向かいます」

 

 そこで電話を切り、ポケットに携帯をしまう。その黒子に、美琴が尋ねた。

 

「どうしたのよ?」

「二丁水銃が、警備員の護送車を襲撃したようです」

「え……?」

「とにかく、後を追います」

「私も行くわ」

「ええ」

 

 それだけ話すと、二人はテレポートで移動を開始した。

 

 ×××

 

 襲撃、と言われては言い過ぎな気がする、と非色は護送車に何故か一緒に乗っている初春に、頭の中でツッコミを入れた。

 ただ、後ろから護送車の上に飛び乗って窓を蹴り割って中に侵入し、中に乗っている初春と木山以外の警備員を殴って気絶させただけである。話を聞かれるわけにはいかないから。

 まぁツッコミを入れるような、そんな時間はない。一緒に乗っている連中の動きは封じても、運転手は封じていない。通信機で仲間を呼ばれたら手間が増える。

 

「私に何か用か? ヒーローくん」

 

 声を掛けてきたのは、木山春生だ。自分に用があると分かっているようだ。

 

「よく分かったね。……俺の用事は一つだよ」

「なんだ?」

「まだ、先生の生徒達は生きてるんでしょ?」

「……」

「その子達を助けて、ようやく今回の事件は解決すると思うんだけど……先生はどう思う?」

 

 聞くと、木山は試すように問い詰めた。

 

「警備員に通報しようとは思わないのか?」

「そこは先生もご存知の通りだよ。この人達の上司は学園都市だし、例え目を覚したとしても、それらが没収と言えば没収される」

「……なるほど。君がヒーローをやっている理由はよく分かったよ」

 

 つまり、闇を知っているからこそ、組織に所属すること無く自身の判断で動くことが出来る。その代わり、決して公的な行動とは言えなくなる。

 

「俺なら、木山先生の、唯一の味方になってあげられる。子供達を助けるのに尽力すると誓うよ。……どうする?」

「……私をここから逃してくれる、と言うのか?」

「それは出来ない。一応、あんたは牢に放り込まれるだけのことはしているから」

「じゃあどうすると言うんだ?」

「代わりの奴を、あんたとの面会に寄越す。そこで、あんたの指示を聞くよ。当時の実験の詳細を知らない俺が無闇にその子達にタッチしたら危険でしょ?」

「……」

 

 黙って非色を眺める木山。素顔こそ晒さないものの、その下の目は真っ直ぐに自分を見据えていた。

 

「その代わりの者、というのは誰の事だ? 信用出来るのか?」

「え? あ、あー……うん。信用は出来るよ」

 

 自分の事である。これでは十中八九、木山に正体がバレるだろうが、まぁその時はその時だ。

 

「なるべく、早く返事をくれると嬉しいな。初春さんが俺のことバラしちゃったし。風紀委員に厄介なテレポーターがいるのは知ってるでしょ」

「……わかった。なら、まずは冥土返しとコンタクトをとってくれ。詳しい話はそれからだ」

「はいはい」

 

 それだけ聞くと、続いて非色は初春に声を掛ける。

 

「ね、君」

「な、なんですか……?」

「悪いんだけど、気絶したふりしててくれない?」

「……はい?」

「白井さんに後を追われると困るから。ね?」

「そのまえに教えてください。木山先生の生徒、とは何の話ですか?」

「それは言えない」

「な、なんでですか⁉︎」

 

 ムキになって聞いてくる初春に、非色は平然と答えた。

 

「言うわけにいかないからだよ。君や白井さん、御坂さんまで巻き込んじゃうから」

「な、何に……」

「じゃね」

 

 軽く挨拶して、非色は強引にその場を後にした。

 割った窓から身体を出し、護送車に張り付いたまま外を見る。通っている道は橋の上を通っているので、ちょうど飛び降りれば下は川だ。

 

「迷惑かけてごめんなさいね」

 

 軽く警備員達に挨拶すると一気にジャンプし、橋の上から出て行った。

 ギリギリ、川沿いに着地すると、そのままの足で今日は帰宅する事にした。もう疲れてしまったし、流石に限界だ。

 ……だと言うのに、自身の第六感が危機を感知した。もうすぐ敵意が降りてくる。

 

「止まりなさい」

「逃さないわよ」

 

 それも二つだ。厄介な事に、美琴と黒子の二人組だ。

 

「なんか用?」

「なんか用? じゃないわよ。あんた、警備員の護送車を襲ったって?」

「元気にあそこ走ってるよ」

「なんであれ、犯罪行為を行った以上は逃すわけにいきませんの」

「それなら、まずは被害確認して来たら?」

 

 それを言うと、黒子と美琴は頷き合う。その場から離脱したのは黒子の方。車に追いつくにはテレポーターの方が有利だから、当然と言えば当然だ。

 

「……で、何か用?」

「どういうつもりなの?」

「どうも何もないよ。今回の事件の後片付けをするだけ」

「はぁ? 犯人はもう……」

「まだ残ってるでしょ。救われてない子達が」

 

 そう言うと、美琴はハッとする。木山の脳内と繋がったときの子供達のことだろう。

 

「俺は、あの子達を助けに行く。ヒーローだから。止めるなら、死んでも逃げるだけだよ」

「っ……そ、それなら私も……」

「いやいや、ダメだよ。こういう裏の仕事もヒーローの役割だから。ボランティアちゃんはまたいつもの日常に戻りなさい」

 

 その言い草が、美琴の神経に触るのだった。本当に黒子が気に食わないと毎日のように憤慨するのも肯ける程の失礼さだ。

 

「あんたより私は強いわよ!」

「いや、強い弱いの話じゃないんだけど……」

「大体、私だけ見てみぬふりは出来ないわ。見てしまった以上は、私にだってできる事が……!」

「じゃあ、分かりやすく説明してあげるよ。それで納得してくれる?」

「え……?」

 

 捕まえに来たはずが、いつのまにか説得される側になっている事にも気付かずに、美琴は困惑したまま耳を傾けた。

 

「現状、御坂さんは動かない方が良い」

「どういう意味よ」

「俺はこれから木山先生に接触するけど、それは当然、学園都市にも伝わる。木山先生はムショ入りしているわけだし、犯罪者を閉じ込める設備を学園都市側が把握していないはずがない」

「それは……そうね」

「木山先生は今、学園都市にとって自由に扱える駒になった。おそらく原理的に違うとは言え、理論上不可能とされる多重能力者にもなり得たわけだし。その上、木山先生はこの街で一番、実験動物になりやすい『置き去り』の子供達を複数人確保している。科学者の何人かに確保しておきたい奴もいるだろう」

「それが何よ」

「あんたが木山先生とコンタクトを取ると、学園都市は必ず注目する。今はまだ見つかってないかもしれない、木山先生とその生徒達にも危険が及ぶかもよって事」

「……推測だらけじゃない」

「推測しないと、敵の予測はできない」

 

 まるで戦い慣れた戦士のような言い分だった。もしかしたら、戦いの経験は自分よりも上なのかもしれない。

 

「……あんたの言い分は分かったわ」

「なら、引っ込ん」

「でも嫌」

「は?」

「このまま見て見ぬふりをしたら、私も加害者と同じじゃない」

「……」

 

 面倒臭い、と非色はマスクの下で嫌そうな顔をする。これだからプライドの高い奴と話すのは疲れる。今分かった。黒子も美琴も、普通の人よりもプライドが高い。

 なんか色々と面倒臭くなって来た非色は、もう強引な手を打つことにした。

 

「あー!」

「え?」

 

 直後、水鉄砲を抜いて引き金を引きながらジャンプして鉄橋の上に着地した。

 それに気付いた美琴が再度振り向いたときには、もう遠くにいる。

 

「あっ、コラ! 待ちなさい!」

 

 慌てて後を追おうとしたときには、足元に放たれていた水鉄砲の液体を踏んでしまう。

 

「んがっ……こ、これ……!」

 

 電気で液体を焼き切って改めて追おうとしたが、二丁水銃の姿は何処にもない。

 

「……くっそ、本当にあいつ……!」

 

 奥歯を噛み締めながら、八つ当たり気味にその辺の石ころを踏み付ける。そのタイミングで、黒子が戻って来た。

 

 ×××

 

 慎重に非色は自分の部屋に戻ってきた。今日は流石に身体の傷が多い。帰宅までに全て治ることはなかった。

 とはいえ、まぁこのくらいなら一日はかからない。後はどれだけ、姉に自分の素顔を隠せるか、だ。

 

「……ま、大丈夫か」

 

 どうせ夜まで帰ってこない。今はもう夕方だが、それまでには治るし、最悪、部屋に篭っていれば良い。

 そう思っていた時だった。携帯がヴーッヴーッと震え始める。出ている名前は、佐天涙子。というか、戦闘中で気づかなかったが、着信が10件以上来ていた。

 

「?」

 

 何か用があるのだろうか? こんなに大量に電話をかけてくる程。とりあえず電話に出ることにした。気付いていなかったとはいえ、ここまで無視してしまったのは事実だから。

 

「もしも……」

『やっと出たー!』

 

 キーン、と。キーンと耳に響いた。死ぬかと思った。

 

「な、何……?」

『なんで電話出ないの⁉︎ 高速道路で大きな事故とか、幻想御手を使った人が苦しみ出すとか、結構パニックだった時に!』

「え、あ、ご、ごめん……」

 

 そんな事になってたのか、と非色は思わず顎に手を当てて唸ってしまう。

 

「そんな大騒ぎだったの……?」

『え? あーいや、私は私で何か動けることないかなって思って……それで、固法先輩に会ってお手伝いしてたの』

 

 いつのまにか姉とコンタクトを取るコミュ力は恐ろしさすらあった。

 

『そっちは何してたのさ』

「え? あ、あー……」

 

 また会おう、なんて言われたら面倒だ。ここは会っても問題ない答えを言っておこう。

 

「け、喧嘩してた」

『はぁ⁉︎ みんなが大変な思いしてたって時にあんたは……』

「ごめんごめん……ちょっと、やばい奴と会っちゃって」

 

 嘘は言ってない。嘘が苦手な非色は、こうして本当のことを言うしか無いのだ。

 

『で、怪我は?』

「あー……そ、そこそこ」

『……もう、みんなが大変な時に下らないことで怪我しないで』

 

 言えなかった、その中心になって犯人を捕まえたなんて。

 

『じゃ、今から非色くんの家に行くね』

「えっなんで?」

『なんでって……固法先輩からお招きいただいたからだけど?』

「……なんで呼ぶの」

『……え? あ、そうですか。はい、分かりました』

 

 急に口調が変わった。何事かと片眉を上げると、続いて声が聞こえてきた。

 

『なんか明日、白井さんや御坂さんや初春も呼んでお疲れ様会やるって。だから部屋片付けておいてね、だってさ』

「……え」

 

 まず最初に浮かんだのが、どうやって逃走を図るかだった。

 

 



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テレス編
自分だけが敵同士だと知っている。


 死にたい、と口に出す奴のほとんどが死ぬつもりのない奴だ。特に人前で言う奴は絶対、死ぬ気がない。逆に、独り言で「死にたい……」とつい口から出てしまった人は要注意である。

 が、今はそんなことどうでも良い。問題は、死にたいと口に出さずに心の中で呟く人だ。それは本当に大変なのだろう。口に出したら心配される、とか、相談する相手が誰もいない、とかそういう感じなのだから。

 今の非色が、まさにそんな感じだった。

 

「あーあ、もう……何、喧嘩って能力者と?」

「そういう時は警備員に通報なさいな。こんなに怪我をしていては仕方ありませんのよ」

「ていうか、火傷とか裂傷痕とかあるけど、何人の能力者と喧嘩したのよ」

「よく無事でしたね……一人で戦ったんですか? というか、勝てたんですか?」

「うう……非色、こんなにたくさんのお友達に、心配してもらえて……」

 

 上から佐天、黒子、美琴、初春、美偉の台詞である。男女比1対5、キャバクラでもここまではいかないだろう。

 だからこそ、男子中学生である非色には厳しかった。すごく精神がもたない。姉の前で女性が四人とか、さっき死闘になりかけた相手がいるとか、傷口を五人がかりで手当てしてもらってるとか、その所為で上半身裸にさせられた上に筋肉を突かれてるとか、色々と思う所はあったが、何よりマズいのはヒーローセットがバレることである。

 姉の美偉は絶対に自分の部屋に勝手に入り込んだりしないが、他のメンバーはそうとは限らない。

 よって、今は屋上の柵の下に鞄の中に入れたヒーローセットを水鉄砲で貼り付けている。これなら外側からは高過ぎて見えないだろうし、屋上に来た人は柵の下に貼り付けられてるから見えない。

 

「……はぁ」

 

 とはいえ、アレは一時間で溶けてしまう。つまり、一時間おきに様子を見にいかなければならないのだ。これでは、一時も気が休まらない。ちゃんと時計をチェックしていなければならないから。

 

「ちょっとー、何ため息ついてんの?」

「え……あ、いや……お腹空いたなって……」

 

 佐天から不満げな声が聞こえ、思わず誤魔化すと美偉が涙を拭きながら答えた。

 

「ぐすっ……あ、ああ……そうだったわね。今、用意するから座ってて」

 

 いつまで泣いてんだあんた、というツッコミを飲み込み、とりあえず手当てを終えてもらった。筋肉をいつまでも突いてる佐天と美琴を退かしつつ立ち上がった。

 

「あ、手伝うよ。姉ちゃ……み、美偉」

 

 思わず張った見栄が、その場にいる全員を凍り付かせた。勿論、本人を入れて、だ。

 美琴、黒子、初春、佐天はニヤリとほくそ笑み、美偉は微妙にイラついたように頬をひくつかせた。

 まず動いたのは美偉だった。非色の頬をつねり、ぐいーっと真横に引っ張り上げる。

 

「へぇ? いつから私を呼び捨てするような生意気小僧になったのかしら?」

「いふぁふぁふぁふぁ!」

「いつものように呼びなさい。女友達の前だからってかっこつけない」

「ふ、ふふぃふぁへん!」

 

 悲しいかな、これが泣く子も黙る学園都市を守るヒーロー、二丁水銃の私生活である。完全に姉の尻に敷かれている。

 手を離されたと思ったら、今度は他の四人から小突かれるわけで。

 

「何、カッコつけたの?」

「ふふ、やはり男の子ですのね」

「で、普段はなんて呼んでるの?」

「私達の前でよろしくどうぞ」

「……」

 

 自分の迂闊さを呪った。反射的に、とは言え何故カッコつけようとしてしまったのか。もう自分が分からなかった。

 しかし、言ってしまったものは仕方ない。頬を赤く染めつつ、目を逸らしながら姉に声を掛けた。

 

「ねっ……ね、姉ちゃん……」

「……なあに? ひっくん?」

「い、いつもと違う呼び方するな!」

「だってよ、ひっくん」

「ダメですのよ、姉にそんな口を聞いては。ひっくん?」

「そうだよ、ひっくん」

「さ、夕食の準備をしましょう、ひっくん」

「お前らもうるせえ!」

 

 いいようにいじられた。

 

 ×××

 

 今日の晩飯は、なんと真夏に鍋。みんなで摘める、という利点がある反面、とにかく暑い。クーラーがあるとは言え、汗をかく食べ物をよくもまぁ用意したものだ。

 で、その鍋を合計6人で摘む。箸で肉やら野菜やらを取り合い、取り皿に乗せ、口に運ぶ。

 

「で、どうだったの? 今回の幻想御手事件って」

 

 実はあまりタッチできなかった美偉が声を掛ける。幻想御手が流行っているからって、そればっかりにかかりきりになるわけにもいかないのだ。ちゃんと他の現場も見て回ったり、本来の風紀委員の仕事をする必要がある。

 

「大変でしたのよ……。レベルが上がった能力者を締め上げて音楽プレイヤーを没収して……おかげで日に日に生傷が増えていくばかりでしたわ」

 

 おそらく一番、働いた黒子がぼやいた。ちなみに本来、風紀委員は校内の仕事に限られているため、外で暴れると始末書を書かされるのだ。

 

「本当だったわね。最後の木山先生との戦闘、アレだって結構、しんどかったもの。私一人じゃ危なかったかも」

「あら、御坂さんでも手を焼いたの?」

「はい。……いや、手を焼いたと言うかちょっとてこずったと言うか……まぁ、大したことなかったですけどね?」

 

 よく言うわ、と非色は内心思った。お互いに助け助けられのまま戦っていたが、決して余裕ではなかった。特に、AIMバーストはかなり手強かった。未だにあんな化け物が実在していた、ということが信じられない。

 

「そう言えば、ヒーローさんは来なかったんですか?」

 

 佐天がふと思い出したように声をかけた。直後、黒子と美琴の目から光が消える。それに、非色は思わずゾッと背筋を正してしまった。

 

「あの野郎ね……本当、次会ったらブッ飛ばす」

「そうですわね。次こそは捕らえてみせますの」

「え、ど、どうしたんですか?」

 

 思わず聞く佐天だが、非色は聞きたくなかった。何せ、自分だから。

 

「ちょっと詳しい話は出来ないけど……あいつ、結局は完全に良い奴ってわけじゃないのよ」

「そうですの。警備員の護送車を襲撃したと思ったら、木山とお話だけして何もせずに帰ったそうですわね」

「あ、あはは……まぁまぁ、お二人とも。それはヒーローさんなりの気遣いがあっての話ですから」

「それが気に食わないのよ! 私より弱い癖に!」

「本当ですわ! 木山の生徒さんの話、初春やお姉様から聞かなかったらこのまま見過ごしていた所ですの!」

 

 え、言ったの? と、非色は反射的に初春を見る。が、ヒーローの正体が非色だと知らない初春からしたら「なんか急にこっち見られた」と言う感覚なわけで。

 

「? なんですか?」

「い、いや……」

 

 なんで言うんだよ……と、思いつつ、当時の自分のセリフを思い出す。

 

『悪いんだけど、気絶したふりしててくれない?』

『白井さんに後を追われると困るから。ね?』

『言うわけにいかないからだよ。君や白井さん、御坂さんまで巻き込んじゃうから』

 

 うん、誰にも言うな、とは言ってなかった。自身の迂闊さをこれでもかと言うほどに呪うしかない。

 ていうか、最後のセリフで察して欲しかった。普通、巻き込む巻き込まないの話なら、誰にも言わんでしょ、と言わんばかりだ。

 

「はぁ……」

「どうかした? 非色」

 

 ため息をつくと、美偉が声をかけてくれたので慌てて誤魔化した。ふと時計を見ると、もうすぐ1時間なので一時退席しなければならない。

 

「ごめん、トイレ」

「あ、うん」

 

 それだけ話すと、非色はトイレに行くフリをして音を立てずに玄関を出て、屋上に向かった。

 一方、唯一その話を知らされていない佐天は、四人に声をかけた。

 

「何の話ですか?」

「ああ、今回の犯人は木山先生だったのは知ってる?」

「はい。ニュースで見ました」

「その動機は?」

「ニュースでは自分の研究成果を示したかったとかなんとか……」

「本当は、木山先生が昔、面倒を見ていた生徒さん達のためだったのよ」

「え、そ、そうなんですか?」

 

 説明してくれた美琴に、佐天は意外そうな声をあげた。

 

「その子達を助けるために、なんかこれから代理人を使って木山先生と面会するとかなんとか……って、言ってたのよね、初春さん?」

「はい。そういう趣旨のことを仰っていたと思います」

「それで、私の事を足手纏い扱いしたのよ⁉︎ 危険が及ぶとかなんとか!」

「大体、あの方には高位能力者に頼ると言う発想が無さすぎますわ」

 

 なんて話をしながら、サクサクと鍋を摘む。そんなときだ。ふと美偉がトイレの方を見ながら呟いた。

 

「あれ? そういえば、あの子遅くない?」

「そう言えばそうですね」

「もう食べ終わっちゃうわよ?」

 

 なんて話をしているときだ。初春の携帯が震えた。

 

「あれ、誰からだろ」

 

 画面に映されていたのは、固法非色の文字だった。

 

 ×××

 

 一方、その頃。屋上に貼り付けておいた変身セットを拾った非色は、とりあえず間に合ったことにホッと一息つく。

 だが、安心している場合ではない。すぐに戻らないと怪しまれる。一応、外側から一円玉を使って鍵を閉めてはおいたのだが、それも時間の問題だ。姉の能力に掛かればすぐにバレる。

 

「……ふぅ、神経使うなぁ」

 

 打ち上げが全然、楽しくない。こういう面でも、友達を作ったのは失敗だったのかもしれない。

 今からでも距離を置いたほうが良いのだろうか? 幸い、今ならまだ大した思い出はない。一緒にカレーを食ったくらいだろう。それも、思わず途中で寝てしまったくらいだ。

 

「……」

 

 しかし、そんな友達がいない自分を姉は心配してしまっている。なるべくなら、やはり引き取ったからには普通に暮らしてほしいのだろう。高校出たら一人暮らしを始めるため、あと2年ちょいの付き合いとはいえ、家族になったからには親身になってくれている。

 そんな姉を不安にさせるようなことは避けたいものだ。

 

「……戻るか」

 

 そう呟いて部屋に戻ろうとしたときだ。見通しの良い屋上から、女子生徒がスキルアウトに路地裏に連れて行かれるのが見えた。

 

「……やれやれ」

 

 どうやら、今はただの中学生に戻る時ではないようだ。言い訳を考えるのが難しくなるが、だからと言って見過ごせない。

 とりあえず時間が無いので、ライダースーツは鞄の中に入れたままにして、マスク、ゴーグル、ニット帽と水鉄砲を持って突撃した。

 あとは、今、鍋をしているメンバーに言い訳をしておかねば。内容は「デザート買ってくる」で良いだろうが、姉は「え、いつもそんなことしないけどどうしたの?」となりそうだし、佐天は電話をかけて来そうだし、美琴と黒子もなんか面倒臭そうだし、ここは初春がベストだ。

 

「よし、行くか」

 

 メールを終えると、二丁水銃(ver.私服)はすぐに飛び降りた。

 壁を蹴って別のマンションに飛び移り、ジャンプしながら問題の路地裏に飛び込んだ。

 突然、現れたヒーローの姿に、不良だけでなく中心で襲われていた常盤台の少女も肩を震わせた。

 

「や、どうも。こんな所でかごめかごめ?」

「なっ……テメェは⁉︎ ……なんかラフだな」

「ダメダメ、まず中心の子はしゃがんでないと」

 

 そう言うと、常盤台の子は反射的にしゃがんだ。その隙に水鉄砲を放つ。狙いは、非色から見て一番遠くにいて、しゃがんだ少女の頭を超えて後ろの男の動きを封じる。

 

「うおっ……!」

「てめぇ!」

 

 二人がかりで挑んでくるのに対し、ホルスターに水鉄砲をしまって身構えた。

 殴打を回避し、さらに次の蹴りも回避しつつ、ジャンプして壁を蹴って頭を超えて背後を取ると、片方の脇腹に蹴りを入れ、水鉄砲で壁に貼り付けた。

 

「グォッ……!」

「このっ……!」

 

 残った一人が殴りかかって来たが、その足元に水鉄砲を撃った。

 

「っ!」

「あと一人だけど、どうする?」

「わ、悪かった! もうこの女には手を出さねえから……!」

「……この女には?」

「え、こ、このお嬢様には?」

「違うよ。今後、人の迷惑になるようなことはしない。良い?」

「ああ⁉︎ テメェ、調子乗ん……」

 

 直後、壁が壊れる音がした。実際、ヒビが入った。素手でコンクリのビルに亀裂を入れた。

 

「……わ、分かりました。善処します……」

「うん、よろしい」

 

 それだけ言うと、あとは女の子に声を掛けた。

 

「大丈夫?」

「あ、ありがとうございます……」

 

 常盤台の少女、その時点で非色的には苦手な部類だったりするのだが、助けないわけにはいかない。

 

「あ、あの……何かお礼を……」

「いいよ。そう言うつもりじゃないから」

「そ、そういうわけには……!」

「じゃ、またね!」

 

 それだけ言って、非色はジャンプでビルの上に駆け上がっていった。さて、今日はどうしようか。本当はヒーロー活動に戻りたいのだが……デザート買ってくる、なんて言ってしまった以上はそうもいかない。

 ビルの屋上に登ると、マスクとゴーグルとニット帽と水鉄砲を鞄にしまい、背負った直後だった。

 

「あ、こんな所にいましたわ」

「アイヤー!」

 

 後ろから黒子の声が聞こえ、思わず変な悲鳴が漏れた。

 

「っ、ど、どうしましたの?」

「え、あ……いや、ごめん。ビックリして……」

「それは失礼致しましたわ。デザートを買いに行かれた、と聞いたので探していましたのよ」

「え?」

「お手伝いに参りましたのですが……何故、屋上に?」

 

 マズい、と非色は冷や汗を流す。ヒーロー活動を終えた後、なんで死んでも言えない。

 

「お、俺は高い所が好きで……あ、あと、あのヒーローもどきもビルの上を移動するって聞いてたから……見つけたら、とっちめてやろうと」

「……お気持ちはお察ししますが、それをやればあなたもしょっ引かねばなりませんの。それに、相手は曲がりなりにも強敵ですし、下手な手出しはお控え願います」

「あ、あははー……すみません」

 

 信じるんだ、と思いつつ、とりあえず話を逸らす事にした。これ以上、この話題を掘り下げられたら誤魔化せる自信がない。

 

「じ、じゃあ……早い所行きましょうか」

「キチンと地上から参りますのよ。何処かおすすめのお店はありまして?」

「いや、俺はあまり食べた事ないから……」

「でしたら、一緒に参りましょう。黒子やお姉様がたまに行くお店がありましてよ」

 

 なんか、知らない間に宿敵と二人で出掛けることになってしまった。

 

 



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好敵手は近くにいる。

 さて、黒子と二人並んでケーキを買いに来たわけだが。その間の会話がとても気まずいものだった。なぜなら……。

 

「で、もし次に二丁水銃さんと出会った時の作戦を考えてありますのよ」

「へ、へー……そうなんですか」

「ええ。彼の優れた所は運動性能ですよ。その点を超えるには、やはりテレポートを上手く使いこなすしかありませんわ。奇襲からの攻撃も不可能となると、単発で使うのではなく、誘い込むようにブラフと混ぜてテレポートを使わなければ……」

「あ、あはは……なるほど?」

 

 気まず過ぎて目を逸らしながら相槌を打っていた。それ、本人に言ってしまって良いんですか? と言った具合だ。これはバレた時が怖いというものだ。

 

「し、白井さんなら勝てますよ。相手は所詮、無能力者でしょう?」

「それがそうもいかないんですの。壁をよじ登ったり、ビルとビルの間を平気で跳ねたり、素手でバスを受け止めたり、中々、人とは思えない力を持っていますの」

「へぇ〜……やっぱ、アレですかね。そんな力持っている人は、人の社会じゃ溶け込めませんかね?」

 

 良い機会なので、控えめに聞いてみた。この先、普通の人間のふりをして生きる事にしたわけだが、どうやって生きたら良いのか分からないから。そもそもヒーローを続けるべきなのかも分からない。

 なるべく自由にいられて、その上で生活するのに必要なお金を稼げる仕事なんて深夜勤のアルバイトしか思いつかない。

 しかし、黒子は首を横に振った。

 

「そんな事ありませんわ。他の人と違う部分があるのは皆同じです。大事なのは、中身でしょう」

「……え、そ、そう……?」

「ええ。あの方も恐らくは悪い人ではないと思いますのよ。けど、人一倍子供っぽい面がある、だからヒーローなんてやっているんだと思いますわ」

「……」

 

 驚いた。まさか自分をこんな風に思ってくれているなんて。それと共に子供で悪かったな、とツッコミが浮かんだが。

 

「でも、今ヒーローさんがやっている事は決して公的に認められるものではありませんわ。その上、あのおちゃらけたような態度は本当に腹が立ちますの。絶対にお縄につかせてやりますわ」

「あ、あはは……」

 

 軽口に関しては申し訳ない。普段、人と話さない分、仮面をつけると饒舌になってしまうのだ。なんかSNS上でだけ陽キャラになる陰キャラみたいでかっこ悪い事は自覚しているのだが、なんだか恥ずかしい。

 

「……まぁ、頑張って下さい。俺に手伝えることがあれば手伝いますから」

「お気持ちだけ受け取っておきますわ」

 

 バッサリと断られてしまった。こういう所は割と嫌いではない。まぁ社交辞令のつもりだったし、本気で手伝うことは不可能だから良いけど。

 そんな風に話しながら歩いている時だ。

 

「あら、白井さんと……あら、あなたは!」

「え?」

「?」

 

 振り返ると、黒い髪の女の子が立っていた。しかも、常盤台の制服を着て。というか、さっき助けた女の子だった。

 

「さ、先程は助けていただいてありがとうござ」

「ワンダああああああフェスティバルうううううううッッ‼︎」

「ひゃあっ⁉︎」

「きゃっ……ち、ちょっと! 非色さん?」

 

 慌てて白井さんに脇腹を突かれ、とりあえず黙った。

 

「何を急にシャウトしてますの⁉︎」

「ご、ごめんなさい……」

 

 危なかった、早速バラされる所だったので、つい止めに入ってしまった。止め、というか邪魔だが。

 改めて、コホンと黒子は咳払いし、目の前の同級生に声をかけた。

 

「えーっと……非色さんに助けられましたの?」

「い、いえ……人違いでしたわ。服装が同じだったもので……」

「そうでしたか」

 

 そこで話が終われば良いのに、さらに続けるのだ。女子というものは。

 

「はい。先ほど、二丁水銃さんに助けていただきましたのよ」

「……あの似非ヒーローに?」

「まぁ、似非などではありませんわ。事件の大小構わずに助けてくれる方はそうはいませんの」

「いえ……しかし、あの方はいつもライダースーツでしょう?」

「それが、今日の所は私服だったんですわ。それも、ちょうどこちらの方に似たような服……あら?」

 

 声を掛けられた非色は、慌てて上に着ていたシャツを脱ぎ、近くの路地裏に投げ捨てた。お陰で、半袖半ズボンとわんぱく坊主のような服装である。

 

「……気の所為、でしょうか?」

「え、非色さん。さっきの上着はどうしたんですの?」

「い、今鳥の糞かけられてそこのゴミ箱にダンクしてきました!」

 

 たまたま、近くにコンビニのゴミ箱があったので指さした。割とどうでも良いことだったのか、黒子は「そうですか」とあっさり流してくれたが。

 それよりも、いまだ紹介していなかった事に気づき、黒子はすぐにハッとして紹介してくれた。

 

「ああ、ご紹介がまだでしたわね。失礼致しました。こちら、泡浮万彬さん。クラスメートですわ」

「よろしくお願いしますわ。……して、白井さん。こちらの殿方は……その、ご伴侶の方でしたり?」

「ち、ちがいますの! この方は私のお友達の友達の方ですわ。或いは先輩の弟です。固法非色さんですわ」

「あ、え、えっと……どうも」

 

 控えめに頭を下げる非色の頬をつねる。

 

「どうも、ではなくて、よろしく、ですわよ!」

「よ、よほひふ……」

「い、いえいえ……お気になさらず……」

 

 まるで姉弟のようなやり取りに、思わず苦笑いが漏れてしまった。まぁ外見はどう見ても兄妹だが。

 そんな中、泡浮の視線が非色に向けられる。

 

「な、なんです?」

「……同い年、なんですよね?」

「は、はぁ……」

「……それにしては、体格が良いような……」

「そうですのよねぇ……私にもこれくらい身長があれば、まだ戦いやすいのですが……」

 

 ぎくっ、と非色は肩を震わせる。言えない、実は超人です、なんて言えない。

 

「それに……何処となく体格が二丁水銃さんに似ているような……」

「……言われてみれば確かに……」

 

 これはまずい。逃げるべきか弁解すべきか頭を悩ませている時だった。キキーッという耳に響く甲高い音が聞こえた。

 三人揃ってそっちを見ると、黒い車が明らかに法定速度を超えて動いていた。中には、覆面を被った男達が運転している。

 

「泡浮さん、非色さん。退がっていて下さいな」

「は、はい。行きましょう、固法さ……あれ?」

「どうしましたの?」

「固法さんが……」

 

 二人が辺りを見ましたときには、もう非色の姿は無かった。

 

 ×××

 

 路地裏に投げ捨てたシャツを羽織って、鞄の中のマスクやゴーグルを装着しながら、非色は屋上から車を追っていた。

 相変わらず退屈しない街だ。大きな事件を解決したからって、しばらく周りがおとなしくしているとは限らない。むしろ、幻想御手が手に入らなかったスキルアウトどもが調子に乗り始めている。

 

「まったく、元気だなぁ」

 

 そう呟きつつ、車の前に一気に飛び降りた。ギリギリブレーキをかけられるタイミングで降りると、車のボンネットに両手を置き、強引に力技で押し返し始めた。

 

「うおっ⁉︎ 二丁水銃……あれ、なんか格好がラフだな」

「本物か? こいつの顔だけなら簡単に作れるし偽物じゃね?」

「偽物が車と腕力で競えるか! おい、アクセル踏め!」

「良い勘してるね。君には百点満点をあげよう。ただし、他二人は落第だ!」

 

 そう言うと、強引に車を持ち上げた。いかにアクセルを踏んでも、タイヤが地上から離れては意味がない。

 

「シートベルトをご着用の上、席を離れないようご協力をお願い致します!」

 

 叫びながら、車を横にして地面に落とした。エアバッグが作動すると共に、中でパニックになっているのかタイヤが止まった。たまたま、ブレーキを踏んだらしい。

 その隙に、非色は上を向いてる側面の扉を開け、水鉄砲を抜いた。

 

「んなっ……!」

「はい、二人終わり」

 

 運転席と助手席の二人を封じ込めた直後だ。バガンッと車の後ろの扉が吹っ飛ぶと共に、中から強盗の1人が出てきた。両手には氷によって作られた二刀が構えられている。

 

「クソが……! テメェは俺が片付けてやる!」

「いやいや、投降しなさいよ。片付けられるのはそっちだって」

「うるせぇ!」

「まったく……まだ幻想御手に手を出した人達の方が可愛く見えてくるな」

 

 そう言いつつ、両手のコンボを非色は緩やかに回避する。右からの攻撃を下がって回避すると、左手の横振りをしゃがんで避ける。今度は右手の縦切りを斜め横にジャンプして回避しつつ、外灯に掴まってターンしつつ落ち着き、斜め上から水鉄砲を放った。

 が、両手の刀を消した男はその液体を凍らせてその場に落とす。

 

「お」

「バカが!」

 

 さらに、非色に向かって拳を突き出した。その先端から氷が作られ、パンチが飛んで来る。ジャンプして避けると、外灯が叩き折られた。

 要は、周囲の液体や水蒸気を凍らせる能力だろう。ただし、その凍らせられる範囲は決して多くない。

 

「今の季節に適した能力だね。羨ましいや」

 

 そう言いつつ、折られた外灯を掴んで投擲した。それの狙いは、延長された腕そのものだ。地面に縫い付けるように突き刺さり、氷を貫通する。

 ガクンッと姿勢が崩れたその一瞬の隙をついて、蹴りを胸に放った。空中に飛び上がり、背中を近くのビルに強打する。そこに水鉄砲を放ち、身体を壁に縫い付けた。

 

「だから言ったのに……ああああ!」

 

 片付いてから絶望的な声を上げる。シャツが氷の刃によって微妙に切り裂かれていたからだ。

 

「あーあ……まぁ、さっきぶん投げた奴だし……でもまた服の金が……」

 

 これからは私服で戦うのやめよう、そう思った時だ。後ろから敵意を感じ、慌てて回避した。

 自信が立っていた足のあたりに、金属矢がカランと落ちる。誰がどう見ても黒子の攻撃だった。

 

「あ、やばっ……」

「見つけましたわよ、二丁水銃!」

「逃げろ!」

「ここであったが、百年目ー!」

 

 逃げる非色と追う黒子。テレポーター相手に逃げられる実力があるのだから、やはり周りで見ている人から見たらあのヒーローは普通ではない。

 

「ちょっ、俺を追うよりやる事あるんじゃないの⁉︎」

「知りませんわ、そんなの!」

「犯人の通報! あの能力者なら俺の水鉄砲凍らして砕けるんだから!」

「っ……し、仕方ありませんわね……!」

 

 仕方なく引き返す黒子を眺めつつ、そのうちに非色は逃げ出した。路地裏に入り、マスクとゴーグルを外して、帽子と破れたシャツを脱いで鞄にしまうと、何事もなかったように路地裏から顔を出す。すると、泡浮とちょうど良いことに目があった。

 

「あ……固法さん! 探しましたのよ?」

「え、さ、探してたんですか?」

「お怪我はありませんか? 巻き込まれたりとか……」

「だ、大丈夫ですよ。あはは……」

 

 苦笑いを浮かべつつ、軽く会釈する。そんな二人の間に、黒子が降りてきた。

 

「通報は終わりましたわ。……あら、非色さん。何処で何してたんです?」

「す、すみません……巻き込まれたら嫌だなって逃げちゃいました」

「……そうですか」

 

 微妙に疑いの目になっているが、ちょうど警備員が到着し、犯人達の確保を始めた。

 

「さ、それよりデザート買いに行きましょうよっ」

「……そうですわね。お姉様もお待たせしていることですし」

「では、白井さん。私はこれで」

「ええ、また」

 

 挨拶だけして、泡浮と別れた。

 二人でそのままケーキを買いに行く。非色としては、やはり気まずい。何せ、さっきまでやり合っていた相手だ。正体を知らない黒子が少し羨ましくもあった。

 

「それにしても……また逃げられましたわ……!」

「え?」

「あのムカつくヒーロー様です。今日こそ捕まえてやろうと思っていましたのに……!」

「あ、あはは……」

 

 めっちゃ悔しがってる、と心の中で呟きつつ、苦笑いを浮かべる。

 

「今日は警備員への通報の隙を突かれましたわ。……考えてみれば、目撃者の中の他の方が通報はしていたでしょうし、私があの方の言うように通報することはなかったのでしょうか?」

 

 相当、ショックなのか、普段なら口走らないようなことを抜かした。思わず非色は首を横に張って答える。

 

「いや、それは違うでしょう。通報は、気付いた人がするべきだと思いますよ。特に、一般人ではスキルアウトの恨みを買うことを恐れて見て見ぬ振りをする人もいますから、悪い人の恨みを買うことを恐れない風紀委員の方が通報するのが正解だと思います」

「……非色さん」

「白井さんなら、あんな似非ヒーローは必ず捕まえられると思いますから、そんなに焦らないで下さい」

 

 ただ思った事を口にしただけだった。実際、非色もいつまで逃げられるかなんて分からないから。特に、黒子が超能力者になったら、もう逃げ切れないだろう。自分と追いかけっこしているうちに強くなる、なんていうのは十分あり得る話だ。

 しかし、黒子はとても意外なものを見る目で非色を眺めた。

 

「……さっき、女性二人を置いていの一番に逃げた割に、ちゃんと相手を気遣えるのですね?」

「……褒められてる気がしない」

「ま、そこまで言うのでしたら、いつかあの似非ヒーローを打倒してもよろしいですわよ?」

「……」

 

 そう微笑む黒子の顔は、普段、鬼の形相で追ってくるとは思えないほど綺麗に見えた。思わず心臓が高鳴ったほど。

 

「さ、早くデザート買いに参りますわよ」

「あ、う、うん……」

 

 控えめに返事をすると、微妙に頬が紅潮したまま黒子の後に続いた。

 

 ×××

 

「お姉様ー! 私と愛の間接キスを……!」

「喧しい!」

「ギャー!」

 

 ……どうやら、さっきのは何となく風邪っぽかっただけのようだ。

 

 



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バイオレンス過ぎて怖い。

 拘留所の面接場、そこに非色は顔を出した。勿論、素顔で。代理人を立てる、など不可能だ。顔を隠して他人にやらせるのも出来ない。雇う金もないし、コミュ力が無くて交渉もできない。何より、交友関係が狭すぎて信用できる人間がいなかった。

 だから、本人が代理人のふりをして来たわけだ。この際、木山に正体がバレるのは覚悟の上だ。学園都市の裏の顔を知っている以上、口は固そうだし、そういう意味じゃ一番信用できる。

 

「……やはり、君か」

 

 面会室で待機していると、奥から木山が現れる。やはり、と言われた時点で既にバレているのだろう。

 

「どうも、木山先生」

「君も、面白い男だな。あの実験を生き抜いただけの事はある」

「知ってるんですね?」

「学園都市で優秀な科学者をやっていれば、それなりに色んな情報が入ってくるものさ」

 

 自分を優秀と言った辺りはスルーした。実際、優秀だし、非色も自分が他の同級生より勉強が出来る自覚がある。

 

「あの水鉄砲は自作かい?」

「そうですよ。水鉄砲自体も、中の液体も」

「ほう……それは驚かされた。しかし、何故水鉄砲なんだ? 剣とかの方が武器としては役に立つんじゃないか?」

「剣なんか作るよりも、俺の拳の方が強いよ。それに、殴打は加減が利くけど、斬撃は優しくあたっても相手に怪我させちゃうでしょ」

「……相変わらず甘い男だな、君は」

 

 そう言う割に、その表情は決して不愉快そうには見えない。むしろ、楽しげな顔に見えた。

 

「で、まずは何したら良いですか?」

「そうだな……。冥土返しには会ってきたか?」

「うん。あのカエルみたいな顔の人でしょ。会ってきました」

「そうか。では、あの子達とは会えたのか?」

「いや、別の施設で面倒を見ているみたいで会えませんでしたよ」

「正解だ」

 

 今のは本当に会ってきたかのカマかけだったのだろう。これだから科学者は油断ならないというものだ。

 

「……作ってもらいたいものは『ファーストサンプル』だ」

「何それ?」

「彼女らの頭に打ち込まれたウイルスをアンイストールするためのプログラムだ」

「俺、プログラムは組んだことないよ」

「だから、冥土返しと共に私が言ったことをそのままやってくれれば良い。必要なものがあれば、君が調達してくれ」

「了解です」

 

 やることは決まった。とりあえず、今は木山によるガラス越しの授業である。

 

 ×××

 

 一方、その頃、一七七支部では、黒子と美偉と初春が新たな事件を追っていた。

 

「能力者狩り?」

「そうですわ。そのような事件が多発しておりますの」

「そんなの、ヒーローさんがいの一番に食いついて来そうな話じゃないですか」

「初春、あなたはあの似非ヒーローさんに任せるとでも言うつもりですの? 仮に彼が正義の側であったとしても、まずは我々のような公的な立場の者が出るのが正しい形でしょう」

「そ、そう言うわけじゃないんですけど……」

 

 ただ、幻想御手事件が収束した直後に能力者狩りだ。おそらく犯人は、幻想御手が手に入らなかったスキルアウト達だろう。推測の域を出ない話ではあるが、それらが能力者を倒す力を得たのだとしたら、今、黒子達が出るのは危険だ。

 

「もう少し、事態を見守ってから動いた方が良いのではないですか?」

「そうね……正直、今の事件は私も慎重に動いた方が良いと思うわ」

「何故ですの?」

「嫌な予感がするのよ。能力者を率先して狙うも何も、まずどうしてその人が能力者だと分かったのか、とかね」

 

 常盤台のようなエリート校ならともかく、他の学校では制服だけじゃ能力者の見分けはつかない。

 

「しかし、被害者が増え続けるようでしたら、我々も動かないわけには」

「だからこそ慎重に動かないといけないのよ。私達が被害者になるのだけは避けないと」

 

 それはその通りだ。「風紀委員でも負けた」なんて一般人に思われたら終わりだろう。

 理解はしても、納得はしなかった。かといって、勝手に動くほど間抜けではないが。こう言う時、あのヒーローの立場が少しだけ羨ましかったりする。

 

「……では、まずは情報を集めに参りましょうか。私は被害者と会ってきますわ」

「じゃあ、私はネットの情報を漁ってみます」

「とにかく、色々と洗ってみましょうか」

 

 そう決めると、まずは黒子が空間移動でその場から消えていった。

 

 ×××

 

 木山との面会を終えた非色は、欠伸をしながら眠たげに歩いていた。これから先、忙しくなる。夏休みなのに学校に通っていた時より忙しい。

 

「うーん……このあとどうしようかなー」

 

 ヒーローセットは家に置いてある。あまり持ち歩くと正体がバレるからだ。しかし、これだとすぐにヒーロー活動に移行できない。困っている人を見掛ければ助けに行くが、流石にこのままビルの上を跳ねて助けにはいけない。

 

「……なーんか、変身アイテムが欲しいなぁ」

 

 思わずそんな言葉を口走った時だ。目の前で、常盤台の少女が廃ビルの中に連れ込まれていくのが見えた。

 

「……よく見るな最近、この光景」

 

 さて、助けにいくか、と気合を入れた。後を追って廃ビルの中に入り、そいつらの後を追う。なるべくなら、人数も把握しておきたいところだ。

 

「あなた方、この私を婚后光子と知っての狼藉ですの? 今のうちに開放してくだされば、許して差し上げても構わなくてよ?」

「はっ、流石、常盤台のお嬢様だ。そいつは立派な能力をお持ちなんだろうな」

「こっちこそ教えてやる。今のうちに金だけ置いていけば命は助けてやるよ」

「やれやれ……では、少々痛い目になってもらうとしましょう」

 

 その一言の直後だ。パチン、と言う指パッチンがスキルアウトから響いた。直後、キイィィィンっと耳に響く音が鳴り響く。非色としては「うるせーな」って感じでそれ以上でもそれ以下でもなかったが、婚后とやらは違った。急に頭を押さえて蹲ってしまった。

 

「なっ……こ、これは……⁉︎」

「はっ、残念だったな。能力が使えなきゃ、常盤台のエリートさんもただのガキよ」

 

 そう言いつつ、婚后に男のサッカーのような蹴りが迫った時だ。飛び出した非色が婚后の襟を掴み、自分の後ろに引き寄せると共に蹴りをガードした。

 

「なっ……!」

「え……?」

「わぁ! Jリーガーもビックリなトウキック! シュートを撃ちたかったらインステップで捉えよう!」

 

 間抜けな返しと共に、強引に片腕で脚を掴んで壁に放り投げる。

 

「てめっ、誰だコラ⁉︎」

「え? あ、あー……風紀委員の知り合い兼風紀委員の弟兼常盤台の超電磁砲の……し、知り合い兼クラスメートの友達?」

「長いし多いし全部肩書きでもなんでもねぇだろうがコラァッ‼︎」

「お前ら、やれ!」

 

 ビルの中には5〜6人いたようで、一斉にかかってくる。しかし、たかだか人間6人では、超人の相手は務まらない。

 殴打を回避し、肘を鳩尾に叩き込んで退がらせると、逆側からかかって来る相手に裏拳を放つ。怯んだ隙に両足で飛び蹴りを放ちながら宙返りしつつ、蹲る婚后を狙った奴の肩に着地した。

 

「あ?」

「ダメダメ、女の子から狙うなんて最低だよ」

 

 そう言いつつ足で頭を挟む。それと共に、肩の上で膝を曲げて腰をかがめる。まるで、予備動作のように。

 

「回りまーす!」

 

 そう言うと、宙返りしながら近くにいたスキルアウトに叩きつけた。その衝撃を利用してさらに宙返りして着地すると、慌てたような声が聞こえてきた。

 

「おい、ヤベェ奴が来たぞ!」

「仲間を呼んで来い! 能力者じゃねえんなら数で囲めば勝てる!」

「金属バットもあんだろ!」

「あと、アレだけは絶対壊されんなよ! 最悪、それだけ持って逃げろ!」

 

 おっかない話だ。どこから持ってきたのか。なんにしても、油断は出来ない。バット程度じゃ死なないが、痛いもんは痛い。

 その上、身動き取れない婚后が後ろに控えている。簡単にはいかなさそうだ。水鉄砲があれば楽に行けるが……まぁ、上手くやるしかない。あと、なるべくヒーローだとバレないように。

 自身の周りにいるメンバーは10人を超える。油断大敵と行こう。お陰で最後の「アレ」を気にする余裕はなかった。

 

「えーっと……権藤さん?」

「こ、婚后光子ですわ!」

 

 下の名前は聞いていないのに答えてくれた。ご丁寧な人である。

 

「そのまま動かないで。……で、なるべくなら、目を閉じてて」

「え……?」

「次に目を開けた時には、終わってるから」

 

 とはいえ……だ。敵にも味方にも怪我を負わさないように戦うには厳しい状況……そう思った時だ。ガシャンッと、ビル内の窓が蹴破られる音がした。

 予想外の音に、非色も他のメンバーも音のする方向へ顔を向ける。現れたのは、黒い革ジャンの男だった。フワフワな茶髪、片手にムサシノ牛乳を持った男だ。

 

「なっ……!」

「あ、あいつは……⁉︎」

 

 現れた男に周りが動揺した直後だ。非色は近くに居た男の肩に手を置いた。

 

「ダメだよ、他所見しちゃ」

 

 力づくで肩を引き込み、後ろに放り投げる。壁に仲間が叩きつけられたことにより、革ジャンの男に気を取られたメンバーは非色の方を向いた。囲んでいるはずなのに、前門の虎後門の狼のような気分である。

 窓から侵入した男がスキルアウト達を殴り飛ばし、一気に非色の背中の婚后の前に立つ。

 

「誰だか知らねえが、良い根性してんじゃねぇか。こいつら相手に退かねぇとはよ」

「それはどうも。所でなんでムサシノ牛乳?」

「半分、任せるぞ」

「無理しないように。能力者じゃないんでしょ?」

「無能力者だからって弱ぇとは限らねえ」

「知ってる」

 

 それだけ話し、二人は一切に周りの男達に突撃した。身軽さを活かした非色と、拳と拳でどちらかが倒れるまで殴り合うインファイトスタイルの革ジャン、その二人が組めば、助けられない相手はいなかった。

 

 ×××

 

 30分後、黒子と美偉は能力者狩りがあったと思われる現場に来ていた。起こったのは廃ビル。現場はもう地獄絵図だ。何せ、不良とその武器と思われる金属バットや廃材がその辺に転がっており、何箇所かには血が付着している。

 

「あーあ……なんですの? これ」

「本当ね……狙われた被害者の能力者が強力過ぎた、ということかしら?」

「いえ……それにしては、スキルアウト達の怪我が能力の跡には見えませんの」

「……確かにそうね。どちらかというと、スキルアウト同士の抗争の後、と言った感じ」

 

 被害者の女性には初春が事情聴取を聞いている。

 

「まさか……二丁水銃?」

「いえ、液体がないわ。第三者の介入があったのは間違い無いけど、彼ではないと思う」

「……ですね。でも、だとしたら何者が……」

 

 こんな真似できる奴はそうはいない。敵なのか味方なのか測り兼ねる所だ。

 そんな時だ。初春から電話がかかって来た。

 

「もしもし?」

『あ、白井さんですか?』

「被害者の方から何か聞けましたの?」

『はい。被害者……というか、婚后さんが……』

『ちょーっ! う、初春さん⁉︎ 白井さんに言うのだけはやめていただけます⁉︎』

『え? なんでですか?』

『なんでもです!』

 

 それを聞いて、黒子は小さくほくそ笑んだ。ライバル、という言葉が一番しっくりくる婚后光子は、詳細は分からないが無能力者にやられそうになった、ということだ。

 が、今はからかう時ではない。とりあえず、初春の報告を聞くことにした。

 

「で、何かわかりまして?」

『あ、はい。まず能力が使えなかった件について。それは、ビルに入ったらスキルアウトの一人が指を鳴らすと、何処からか耳に響く音がして、それによって能力を使えなくなった……と言うことだそうです』

「……なるほど」

 

 ヒントは音か……と、黒子は顎に手を当てる。

 

『それで、助けてくれた人なんですけど、片方はやたらと身軽な少年だったそうです』

「複数人いた、と言うことですの?」

『と言うか、二人ですね。それで、もう片方の方が黒い革ジャンにムサシノ牛乳を持った人、だそうです』

「え……」

 

 その報告を聞いて、動揺したのは美偉の方だった。普段、冷静な先輩が動揺する姿は中々、見れない。

 怪訝に思った黒子は、片眉を上げながら美偉に声を掛けた。

 

「……固法先輩?」

「まさか……先輩、なんですか?」

「え……?」

 

 どうやら、心当たりがあるようだ。その事が意外で、思わず黒子も固まってしまった。

 

 



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バレる嘘はつくな。

 外で食う飯というのは、割と美味く感じるものだ。開放感という名の新鮮さが味を引き立たせる。割とそういうのが味覚に影響を及ぼすことはあるのだ。

 それが、例え夏場であっても、屋台で食べるラーメンというのはとても美味いものなのだ。

 

「っはぁ、美味かったー! ごっそさんです!」

「だろ? 暑い中、暑いもん食っても美味いもんは美味いんだよ」

 

 非色は、革ジャンの男、黒妻に行きつけの屋台を紹介してもらい、ご馳走してもらっていた。

 

「なんかすみませんね、奢ってもらっちゃって」

「年下に奢られる男がどこにいんだよ。それに、さっきの喧嘩もお前さんのお陰で大分、やりやすかったぜ」

 

 結局、何人かは逃してしまった。と、いうのも、逃げ出した時点で必要以上に傷つけるような真似を非色がしなかっただけだ。水鉄砲があれば無傷で捕らえることも出来たが、素手では怪我をさせてしまうから。

 ブロロロッと車を走らせたので、生身のまま走って追いつくわけにもいかなかった。

 

「いえいえ、俺なんて所詮、ただの中学生ですから」

「人の頭を足で挟んでバク宙する奴の何処がただの中学生?」

「……すみません。まぁ、少し特殊な訓練を受けた、ということにしておいてくれます……?」

「おう」

 

 本当に気さくな人だ。深く突っ込んでこないあたり、人付き合いも上手なのだろう。

 

「……な、えーっと……固法、だっけか?」

「あ、はい。なんですか?」

「なんで逃げたんだ? 風紀委員が来た直後に」

「あー……その、実はですね……あの後から来た風紀委員に知り合いがいまして……」

 

 というか、どっちも知り合いである。

 

「喧嘩した、なんてバレたら面倒な事になるんですよ……」

「奇遇だな。俺もあの中に知り合いがいたんだ。それも、バレたら面倒になる、というのも同じだ」

「ええっ⁉︎ ど、どっち⁉︎」

 

 姉か黒子か、どちらにしても究極的に気になる話である。

 

「いやいや、言わないって。言ったろ? バレたら面倒なことになんだよ」

「誰にも言いませんから!」

「俺が面倒になるんじゃなくて、向こうがなるんだよ。だから言わない」

「っ……むぅ」

 

 そう言われれば引き下がるしかない。正直、死ぬほど気になるが。姉は姉でこんなスキルアウトみたいな人とどんな関係なのか知りたくなるし、黒子に至ってはあの百合百合しさだ。こんな男とどんな関係なのか知りたくならない方がおかしい。

 すると、今度は黒妻が質問してきた。

 

「それよりさ、俺も気になってたんだけど……お前なんであの中に入って行ったんだ?」

「え、なんでって……助けるためですけど?」

「……」

 

 至極当然、と言わんばかりに非色が答えると、黒妻は愉快そうに微笑んだ。中学生にしては、なかなか根性がある。

 

「……お前、自由な奴なんだな」

「え?」

「お前はただ、素直にやりたいことやってるって感じするわ。まだ出会って一日も経ってないけど、お前ほど素直な奴は見たことないな」

「え、そ、そうですか?」

「ああ」

 

 微妙にうろたえてしまう。確かにあまり感情を隠すようなことはしない。というより、隠すも何もそういう相手がいないから。ただ、秘密だけは割と多いけれど。

 

「さ、そろそろ行くか」

「あ、はい。ホント、ご馳走様です」

「気にすんな。また、何かあったら連絡くれ。特に、今のスキルアウトが何かやらかしたら教えろよ」

「? なんでですか?」

「あいつら、ビッグスパイダーっつって俺が元々、いた組織なんだ」

 

 その言葉に、非色は思わず驚いてしまった。そんな感じは一切しなかったし、目の前の男から殺意や敵意が向けられることもなかったから尚更だ。

 

「だから、今回の件に関しちゃ俺がカタを付けてぇんだ」

「……分かりました。考えておきます」

「おう」

 

 それだけ言うと、連絡先だけ交換して別れた。

 いっぱいになったお腹をさすりながら歩きつつ、とりあえず冥土返しと合流して木山に言われたファーストサンプルを組み上げることにした。

 

 ×××

 

「すみません、初春さん。大したことありませんのに、わざわざ病院まで」

「いえいえ。これも風紀委員のお仕事ですから」

 

 婚后と初春が、二人並んで病院の廊下を歩いていた。実際、怪我はなかったわけだが、どちらかと言うと能力を使えなくなる音を貰った事による後遺症を調べるためものものだった。

 結果は異常無し。能力も普通に使えるようになっていて、何も変わった所は見られなかった。

 

「でも、良かったです。怪我も何もなくて」

「本当ですわ。婚后家の跡を継ぐこの私に何かあったとあれば、お父様が何を言うか……」

「あ、あはは……そ、そうだ。その助けてくれた二人の男性とやらは本当に名前も言わずに去ってしまったんですか?」

「は、はい。白井さん達が来た直後に慌てて逃げてしまわれましたわ」

 

 つまり、風紀委員に後ろめたいことがある、ということだろう。もしかしたら、本当にスキルアウト同士の抗争だったのかもしれない。無能力者でも強い奴は強い、というのは、二丁水銃を見れば分かる。

 武道を喧嘩のために習う人もいる、と聞くし、喧嘩素人相手なら二人でも無双出来るのかもしれない。

 

「えーっと……一応、その方達の情報を聞いてもよろしいですか?」

「あ、はい。一人は黒い革製のジャンバーを着た方で、ムサシノ牛乳を片手に持っていました」

 

 そっちは、美偉が心当たりがあるようなので心配はしていなかった。しかし、あの様子だと話してくれるかは別問題ではあるが。

 

「それで、もう片方の方は?」

「見た目は、かなり鍛えてある筋肉に、黒いシャツに膝くらいまでの短パンを履いた方でしたわ。正直、大きな特徴は……」

「あんな感じの、ですか?」

「あ、はい。あんな感じの……ん?」

 

 初春が指差す先を視線で追うと、婚后は眉間にしわを寄せて目を凝らす。やがて、間違いないと言わんばかりに声を張り上げた。

 

「ていうか、あの方ですわ!」

「え? そうなんですか?」

「はい! あの、そこの方!」

 

 声を掛けながら早歩きで後を追い始めたので、初春も続いた。初春には、声を掛けられた少年がどことなく見覚えがあった。あの筋肉は間違いないと思うのだが……。

 

「あなたですわよ!」

「えっ?」

「……あ、非色くん」

「……げっ」

 

 見つかって早々、嫌そうな顔をする少年に、婚后は不満げな声を漏らした。

 

「ちょっと、女性に声をかけられてその反応は失礼じゃありませんこと?」

「あ、す、すみません……」

 

 素直に謝られてしまったので、婚后もその後をとやかく問い詰めるつもりは無くなった。

 その後に続いて、初春が非色に声を掛ける。

 

「非色くん、何してるんですか? こんな所で」

「え? あー……えっと、ちょっと散歩に……」

「病院ですよここ? 正気ですか?」

「あ、じゃなくてえっと……」

 

 相変わらず嘘が下手な男だった。なんで言い訳しようか考えているのか、頭をぐるぐる回しているクラスメートを見て、初春はさっさと核心をつくことにした。

 

「非色くんが婚后さんを助けたんですか?」

「っ⁉︎ ち、チガウヨー?」

「違くありませんわ! 私は確かにあなたに助けられました!」

 

 非常に迷惑な女だった。初春に知られれば黒子に知られる。黒子に知られれば姉に知られる、と連鎖的に悪いことが起きるのは目に見えている。

 

「ひ、人違いじゃないかな?」

「そ、そんなはずありませんわ! 確かにあの謎の音波で蹲っておりましたが、顔が見られなかったほどではありません!」

 

 正直、そこは助かった。ノリノリでいつもの戦法でやってしまったため、あの化け物じみた動きが見られていないのは幸運だ。見られていたら本当に終わりだから。

 しかし、まだ油断は出来ない。そうなれば、次にやるべきは口止めである。

 

「……あー、その初春さん。この事、他の人には……」

「もしもし、白井さん? はい。協力いただいた方を見つけました。非色くんで……非色くん⁉︎」

 

 もうダッシュで逃げ出した。

 

「病院は走らないで下さい!」

「はっ、い、いっけね!」

 

 慌てて早歩きに戻る非色。その非色の目の前に、黒子が転移してきた。

 

「どこへ行かれるのですか? 非色さん」

「……」

「さて、ではお話を伺いましょうか」

「あの……お願いが。今回、危ない事に首を突っ込んだ件は謝るので、姉には言わないでいただけると……」

「お話次第です」

 

 との事で、とりあえず支部でお話をすることになった。

 

 ×××

 

 なんだかんだ、初めて一七七支部に入る非色は、物珍しそうに支部の中を見回した。姉は、何やら調べたいことがあるとかで表に出ている。

 

「キョロキョロしないで下さいな。コーヒーですの」

「……砂糖入ってます?」

「固法先輩からお話は伺っていますわ。砂糖とミルク入り、ですのよね?」

「はい!」

「ふっ……お子様ですわね」

「あ、あはは……」

 

 目を逸らしながらコーヒーを飲んだ。否定できないからだ。ブラックが飲めるようになりたいが、あと三十年は砂糖入れないと無理だと自覚している。

 

「それより気になったんですけど……なんで御坂さんや佐天さんもいるんですか?」

 

 非色の指摘通り、何故か支部の中には関係ないはずの人達も混じっていた。

 

「え? だって……ねぇ?」

「みんなで集まるのがなんか当たり前みたいになってるし」

「なっていませんわ。……まぁ、お手伝いいただける、というお話でしたので通しましたが」

 

 実際、何やら書類のようなものを片付けたり、能力者狩りと書かれた資料に目を通したりしていた。

 今度は佐天が、非色に質問した。

 

「ていうか、非色くんこそなんでここに?」

「え、あー……俺は、その……ちょっと色々あって……」

「……色々?」

「暴行罪ですの」

「暴行⁉︎」

「人聞きが悪すぎてビビるな……」

 

 しれっと出鱈目を言う黒子に、ため息をつきながらツッコミを入れる非色。 その非色に、美琴が改まって聞いた。

 

「で、何があったのよ」

「あ、いやスキルアウトに絡まれてた子がいたから助けたってだけです……」

「はぁ? あんたが?」

「は、はい……」

 

 疑い深そうな目で非色を睨む美琴。非色も思わず目を逸らしてしまった。

 

「……どうやってよ?」

「あ、あー……」

 

 どうしたものか、と非色は頭を悩ませる。無能力者なのはバレているし、黒妻にも自分のことは口止めされているので、一人でやったことにしなければならない。しかし、武器を使って殺人未遂ギリギリ、なんてことにされたら最悪だ。

 

「え、えーっと……あの、すみません……夢中で両手を振り回していただけなので……あんまり覚えてないんです」

「そんなことあるわけ?」

「あーなんかそういう人たまにいますよね。高校デビューとかしてヤンキーの真似したら、本物に絡まれちゃって、夢中になってるうちに全員、倒しちゃうの」

 

 おそらく無意識だろうが、佐天が助け舟を出してくれた。しかし、初春が余計なことを言う。

 

「それ、漫画の話ですよね? 何処の三橋さんと伊藤さんですか?」

「えへへ、バレた?」

 

 ネタバラシはやくね? と思ったのは言うまでもない。

 

「と、とにかく……あまり覚えてないんです。ホント、死ぬかと思って夢中で……そのまま逃げちゃったんですから」

 

 嘘は言っていない。ただし、その場が怖くなったわけではなく、風紀委員から逃げたのだが。

 

「……まぁ、事情は分かりましたわ。しかし、なるべくならそういった場合は通報してくださったほうが……」

「いやいや、それじゃ遅かったんで。俺が首突っ込んでないと、婚后さん怪我してましたよ?」

「……あなた、本当にテンパっていましたの?」

「て、テンパってたよ!」

 

 冷静かつ客観的な意見に勘繰られ、思わず焦って弁解してしまった。

 徐々に、自分なんかに時間をかけている場合では無い、と思ったのか、黒子はため息をつきながら結論を出した。

 

「……まぁ良いですわ。とにかく、今は注意ということで」

「あ、あはは……ありがとうございます……」

「それよりも、です。能力が使えなくなった、というものに関しての情報をいただきたいのですが」

 

 むしろ、そっちが本命のようだ。しかし自分に聞かれても困る、と言うものだ。

 

「婚后さんが言ってたことが全部ですよ。俺は無能力者だから喧しいだけでしたし、よく覚えてません」

「しかし、現場にその音を出したと思われる機械がありませんでした。でなければ、他の能力者の能力ということに……」

「あー、そういやなんか『アレだけは絶対壊されんなよ!』とか言ってましたね。俺達も全員、倒したんじゃなくて何人か車に乗って逃げられちゃったんで、もしかしたらそういう機械があるのかもしんないですね」

「……そうですか。わかりましたわ。ありがとうございます」

 

 お礼を言う黒子。話を一区切りした所だ。そろそろ帰ろうかと、非色は席を立った。

 

「じゃ、俺帰りますね」

「え、も、もう帰るの?」

 

 佐天に声を掛けられ、思わず怪訝な顔をしてしまった。

 

「え? だってもう用ないし」

 

 今日はもう木山との約束も果たしたし、あとはヒーローとして活動するのみである。一つの事件に執着して、自分の本来の仕事を疎かにはできない。

 

「せっかく来たんだし、手伝ってってよ」

「え、いや俺はこの後用事が……」

「無いでしょ?」

「……無いけど」

「なら良いじゃん。ほら、早く」

「……」

 

 佐天に、半ば強制的に手伝わされ、結局その日のヒーロー活動は無くなった。

 

 



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要は、身体の使い方。

「はぁ……疲れた」

 

 雑務を手伝わされた非色は、つかれた脚を引きずって帰宅した。本当に疲れたのだ。何せ、女4対男1の現場だ。これに慣れる事はまず無いのだろう。

 いつもとは違う疲れを感じつつ、とりあえず手洗いうがいを済ませる。美偉の教育の成功例の一つだ。

 

「……姉ちゃん、まだ帰ってないのかな」

 

 部屋の中が暗い以上はそういう事なのだろう。そういえば、表で何してるのだろうか。何か調べ物とか聞いていたが……。

 が、すぐに姉なら平気だと思うことにして夕食の準備に入った。冷凍庫の冷凍食品の準備と白米の準備だ。あとお風呂。

 自分に出来る家事をなんとかこなしていると、美偉が帰ってきた。

 

「ただいま〜……」

「あ、おかえり」

 

 珍しく疲れている姉の姿に、非色は片眉を上げた。

 

「どうしたの? 何かあった?」

「う、ううん。何でもないのよ」

「あ、そう。ご飯、今からチンするから」

「ありがと」

 

 それだけ話して電子レンジのスイッチを入れた。心なしか、美偉は何処かヤツれて来ているように見える。例の能力者狩りの捜査、かなり切羽詰まっているのかもしれない。

 にしても、美偉には別の思惑があるのかもしれないが……とりあえず、気にしない事にした。

 

「……何かあったら相談してね。俺は姉ちゃんがピンチになったら絶対に助けに行くから」

「ありがと。気持ちだけもらっておくわ」

「むぅ……さりげなく断られた……」

「当たり前よ」

 

 まぁ、それはそうだろう。非色も悩みの種となっているスキルアウトの組織達に関しては先にバチバチ殴り合ったので、ただの弟と思われている自分の協力を遠慮するのは当然だろう。

 

「でも、無理はしないでね」

「分かってる」

 

 非色の心配に対し、美偉はつれなく答えると、レンジの料理完成を意味するチーンという音が鳴り響いた。

 

 ×××

 

 翌日、一七七支部では今日も能力者狩りの捜査を進める。と言うのも、被害者はやはり増える一方だからだ。ヒーローが割と食い止めてくれているものだと思っていたが、ほかの事件を追っているのか、何かしてくれている様子はない。

 固法は相変わらず単独で捜査しているし、残されたメンバーは尚更、頭を抱えてしまっていた。

 

「……やはり、能力が封じられる、という点以外のものは出てきませんわね」

「そうね。こうなったら、奴らの根城に突っ込んで締め上げるしかないんじゃないかしら?」

「強行的ですが……それしかないかもしれませんわね」

 

 婚后が危ない目に遭いかけたと知って、美琴はかなりご立腹のようだ。友達思いな所は結構だが、相手は能力を封じる何かを持っている。迂闊に飛び込むのは賛成できない。

 

「お姉様、あくまで話を聞きに行くだけ、というのを念頭に入れておいて下さいますか? 現場の近くで聞き込みをして、付近のスキルアウトから話を聞く、という体で行きますわ。……暴力は最終手段ですの」

「わ、分かってるわよ! 私だって蛮人じゃないのよ?」

「その後でも敵討ちは出来ますので」

「分かってるってば!」

 

 まぁ、流石にここまで言われれば分かってくれるだろう。第三位でも、暴力的なだけでない事を知っている。

 そんな二人に、初春が心配そうに声をかけた。

 

「でも、大丈夫ですか? もし、向こうが問答無用で襲って来たら……」

「その時こそ、心配なのは向こうの方よ」

「常盤台中学は、能力が無くても戦えるよう武の心得も教えているのですわ。何より、怪しい真似をする前にとっちめて差し上げますとも」

 

 それだけ言って、二人はテレポートしていった。どこと無く初春は嫌な予感が胸を占めていたが、まぁあの二人なら大丈夫、と無理矢理、思い直すことにした。

 

 ×××

 

 佐天涙子は、することがなさ過ぎてぶらぶらと街を歩いていた。なんかみんな忙しそうにしているし、非色も電話に出ない。

 そのため、鼻歌なんて歌いながら歩いている時だった。ふと近くで見覚えのある人達が走って行くのが見えた。

 

「……あ、御坂さ……」

 

 開きかけた口が塞がって、慌てて近くの電柱に身を隠す。何故なら、その二人はスキルアウトに囲まれていたからだ。

 とんでもない場面に出会してしまった、と思わず手で顔を覆った。どういう状況だか知らないが、穏やかには見えない。

 

「……だ、大丈夫かな……」

 

 自分が、戦闘においてあの二人を心配するなんて烏滸がましい気もするけど、やはり心配と言えば心配だ。特に、今は能力者狩りなんて流行っているわけだし。

 そんな佐天の心配を他所に、二人は強気に聞き込みを始めた。

 

「ちょっと、ここらで能力者狩りしてるっていう連中に用があるんだけど、あんたら知らない?」

「教えてくだされば、今はとりあえず見逃してあげますのよ」

「……はっ、随分と態度がデカいねぇ。その制服、常盤台か?」

「てことは、能力者だな? さすが、強い力を持つ奴は強気だな」

 

 そんな風に嫌味を言われても、二人としては腹が立つだけである。腹が立つということは、つまり……。

 

「良いわ、投降する気は無いってことね?」

「少し痛い目を見てもらうしかありませんのね」

 

 その沸点の低さと喧嘩っ早さは佐天と通信機越しの初春も呆れる程だ。

 周囲に「音」にまつわる兵器も見えないし、そもそもこいつらがビッグスパイダーとは限らない。

 そう判断し、即座に二人が能力を発動しようとした直後だった。何処かから、耳に響く嫌な音が聞こえる。

 直後、二人はその音に対して耳を塞ぎ、蹲ってしまった。

 

「えっ……」

 

 思わず、佐天は目をむいてしまう。あのスキルアウトが100人いても敵わないあの二人が、簡単に制圧されている。

 

「なっ……何これ……!」

「まさか……あなた方が……!」

「良いモンもらっちまったな。常盤台のお嬢様だろうが、スイッチひとつで跪かせられる」

 

 スイッチひとつ、の時点で間違いなく何かの機械を使ったのだろう。しかし、それにしても想像以上の効果だ。能力を封じる、のではなく能力者を封じる、と表現するのが正解のようだ。

 

「よっしゃ、お前ら。上玉だぜ」

「連れて行くぞ」

「っ、ざけんな!」

「お姉さま……!」

「ふざけんなはテメェらだよ!」

 

 二人に蹴りが入り、そのまま気絶させられてしまった。それを遠くから見ていた佐天は、どうすることも出来ずに立ち止まってしまう。

 助けた方が良い、と頭の中で警笛が鳴っていたが、しかし自分が行っても何も出来ない。同じ無能力者同士が相手でも、人数も体格も腕力にも差があり過ぎる。

 

「……こんな時、ヒーローさんがいてくれたら……!」

 

 と、呟いた時だ。そうだ、もし自分がヒーローさんならどうするか? や、ヒーローさんなら突撃してボコって通報して終わりだが、そこではない。ヒーローさんは、自分の出来ることをしているだけだ。

 ならば、自分も出来ることをしよう。そう決めて、連行されている2人の後をつけながら、携帯で初春に電話を掛けた。

 

『もしもし、佐天さん?』

「う、初春……」

『どうしました? 今、ビッグスパイダーの情報収集を……』

「白井さんと御坂さんが、捕まっちゃった……」

『ええっ⁉︎』

 

 ガタッと席を立つ音が聞こえる。電話で良かった。スピーカーなら音が漏れていたかもしれない。

 

「……私の携帯の位置情報から辿って、場所を教えるから……ヒーローさんを呼んで」

『呼んでって言われましても……』

「もしくは非色くん。喧嘩強いんでしょ? この前も、婚后さんを助けたとか何とか……」

『分かりました。で、でも佐天さん。無茶はやめて下さいね?』

「了解……」

 

 ヒソヒソ声のままそう言うと、慎重に跡をつけた。

 

 ×××

 

 一方、その頃。非色は今日も冥土返しと共に仕事をしていた。ファーストサンプルとやらの開発を、木山に言われた通りに行う。正直、プログラミングは初体験だが、目の前で眠っている子供達のためだ。一からでも学び、必ず助ける。

 

「しかし、君も変わった子だね?」

「え?」

 

 パソコンの前で指を弾く非色の姿を見て、冥土返しは声を掛けた。

 

「何故、わざわざヒーローなんだい? 学園都市には似たような事をしている子が多くいるけど、君が一番、面白いよ?」

「え、お、面白い?」

「ヒーロー、と一言で伝わる腕力……僕はあの実験のことは知っているけど、力を得た過程もヒーローっぽいよね? 何より、ヒーローっぽさのためにコスチュームまで使っているのは、君くらいのものだろう?」

「……変ですか?」

「まぁ、そうだね? 変だよ?」

 

 変かぁ……と、非色は肩を落とした。そろそろ変じゃなくてカッコ良いコスチュームが欲しい所だ。

 それはともかく、とりあえず返事をすることにした。

 

「ヒーローって、カッコ良いじゃないですか」

「そうだね?」

「要は、そういう事です。使える力を使ってみんなを守るってとてもカッコ良い気がして」

 

 力の事を知っているなら、別に誤魔化す事はない。出来ることをしようと思っただけだ。

 

「なるほどね……? まぁ、君にしても彼にしても通ずる話だけど、あまり若い子に無茶はして欲しくないね?」

「大丈夫ですよ。俺の身体は医者いらずですから」

 

 少しずつとは言え、自動修復も可能だ。そんな時だ、携帯に一本の電話がかかって来た。

 

「もしもし?」

『あ、ひ、非色くんですか⁉︎』

「そうだよ」

 

 この甘ったるい声は初春のものだ。やたらと焦っているが何かあったのだろうか? 

 

「どうしたの? またお手伝い?」

『そうではなくて……! 御坂さんと白井さんが、ビッグスパイダーに捕まってしまいました!』

「……は?」

『位置情報を送るので、助けに行ってもらえたりしませんか?』

 

 なるほど、と非色は頭の中で相槌を打つ。そりゃ確かに一大事だ。

 

「了解。今から行くよ」

『お、お願いします。それと、佐天さんが現場にいるので、なるべくなら早く到着してあげて下さい』

「はいはい」

 

 それだけ話して、通話を切った。その非色に、冥土返しは尋ねた。

 

「何かあったかい?」

「ヒーローの時間」

「……そうかい? まぁ、気をつけて行くんだよ?」

「はいはい。……あ、そうだ。冥土返しさん」

「? なんだい?」

「なんか、隙間時間にで良いんで、変身アイテムみたいなの作れたら作って欲しいんですよ。せめて頭だけでも変えられると嬉しいです」

「……考えておくよ」

 

 今度こそ、施設を出て出撃した。街の屋上を跳ねながらマスク、ゴーグル、帽子を被り、初春からもらったGPSの位置を確認して突っ込んだ。

 

 ×××

 

「クッ、ソ……!」

 

 ビッグスパイダーの溜まり場で、美琴と黒子はいたぶられていた。その周りにいるのはビッグスパイダーの連中。そして、その頭目と思われる男、蛇谷が倒れている二人の前で立っていた。

 

「ハッ、能力がなきゃ、テメェらもただのガキだな」

「あ、あんたらァッ……!」

「特に、そっちのツインテール。風紀委員にゃ、俺達もひでぇ目に遭わされてたんだ。ここらで仕返ししても、罰は当たらねぇだろ」

「っ……!」

 

 倒れている黒子に、もう意識はない。美琴も限界だ。何とか能力は出せるが、制御も出来ず、狙った場所に放つことすら不可能だ。

 その様子を後方で控えて見ていた佐天は、尚更、どうしたら良いのか分からなくなった。ヒーローはまだ来ない。自分には、黙って二人が殴られている様子を見る事しか出来ない。

 でも、自分が出ていけば、ほんの僅かでも時間は稼げるんじゃないだろうか? しかし、その後にまだヒーローが来ないのなら、100%一緒にタコ殴りにされる。

 

「……でも」

 

 自分に出来ることは最大限やったつもりだ。おそらく、ここで助けに入ったとしても、後で黒子に怒られるだろう。その上、待っていればヒーローは来るはずなのだ、

 ……だからと言って、友達が無抵抗に殴られているのを見て、黙っていられるほど薄情ではない。

 

「ま、待ちなさいよ!」

 

 姿を現した。

 

「さ、佐天さん……⁉︎」

 

 なんでここに、と聞こうとする前に、佐天はツカツカと輪の中に入っていく。

 

「わ、私の友達にこれ以上、手を出しゃないで!」

 

 噛んでしまったが、言おうと思ったことは言った。勿論、ただでは済まない。それを聞いた男達は、ジロリと佐天を睨んだ後、立ち上がった。

 

「……なんだ? テメェは」

「一緒に殺されてえの?」

「っ……!」

 

 まずい、と美琴が能力を使おうとするが、後ろから背中を踏みつけられる。

 その横を、蛇谷がツカツカと歩いて通り過ぎ、佐天の前に立った。

 敵のボスが目の前にきて、今すぐにでも逃げ出したいが、足が震えて動かなかった。

 

「……良い度胸だ、嬢ちゃん」

「っ……」

「だが、死ね」

「え」

 

 直後、拳が振り下ろされた。反射的に目をつむり、両手で頭を抱えてしゃがんだ時だ。その拳を、肘から掴んで止めた男がいた。

 

「よーう、久しぶりだなぁ。蛇谷」

「っ、て、テメェは……!」

 

 その男は革ジャンを羽織り、片手にムサシノ牛乳を持っていた。それに気付き、慌てて距離を置く。

 美琴も佐天もあらわれた男、黒妻に目を向けるが、無視して蛇谷が聞いた。

 

「なんで、テメェがここに……!」

「なぁに、俺が抜けた後もしつこく組が続いてるって聞いてな。しかも、随分とこすい事してるもんだから、ちょっとお仕置きにな」

「ハッ……やってみやがれ。今の俺達は、テメェがいた頃とは違うってとこを見せてやるよ!」

 

 直後、周りから武器を持った男達がゾロゾロと姿を表す。廃材や鉄パイプなんてものもあれば、ナイフや銃を持っているような奴らもいた。

 それに対し、佐天の口から小さく「ひっ……」という言葉が漏れる。その佐天に、黒妻は優しく声をかけた。

 

「嬢ちゃん、動くなよ」

「……え?」

「あと、あそこで寝てる嬢ちゃん達と合流してくれ」

 

 それだけ言うと、黒妻は革ジャンを脱ぎ捨てて一気に突撃した。まずは一番近くの奴、そいつの顔面に容赦なく飛び蹴りを放つと、手放した武器をキャッチし、遠くにいる奴の顔面に投げ付ける。

 着地とともに別の奴からの攻撃を避けると、襟を掴みながら腰に膝蹴りを放り、崩れた隙を突いて強引に襟を引っ張り回して近くの奴に叩き付けた。

 その後、別の奴からの攻撃を拳でガードすると、ボディにアッパーを叩き込み、一撃で沈めつつ次の獲物に向かう。

 

「ば、バケモンだ……」

「スゲェ……!」

 

 思わず、挑む前の連中が声を漏らす。佐天や美琴もポカンとしてしまっていた。あれは自分達とは違い、無能力者だ。あの二丁水銃とも違って、変態的な身体能力ではない。普通の人に比べたら十分高いが。

 そんな男が、武器も持たずに複数の男達を制圧している。感心してしまったのが、一瞬の隙だった。

 

「動くなッ‼︎」

 

 突如、大声が聞こえて来た。

 近くで気絶していた黒子の首に手を回した男が、こめかみに銃口を突きつけて立っていた。

 

「黒子!」

「白井さん!」

 

 二人して声を掛けるが、黒子に反応はない。

 

「こいつを殺されたくなけりゃ、動くんじゃねえ」

「っ……はっ、冗談だろ? 俺はその子と何の関係もねえ」

「そんじゃ、動けば良いだろうが」

「……チッ」

 

 言われた通り、黒妻は動きを止めた。しかし、渋々というわけではない。心強い援軍が到着したのが見えたからだ。

 

「よーっし、動くなよ」

「お前は動いた方が良いんじゃね?」

「は?」

 

 直後、その男の後頭部に拳が炸裂する。一撃で意識が飛んだ男が倒れかけた事により、同じように倒れ込みそうになった黒子の身体を慌てて受け止めたのは、二丁水銃だった。

 

「! に、二丁水銃⁉︎」

「どうも。やー、すごいパーティだね」

 

 気軽に手を振るう非色の腕の前で、黒子が薄らと目を開ける。

 

「……ひーろー、さん……?」

「あ、白井さんおきました?」

 

 そう聞いた直後だ。非色のセンサーに引っ掛かる影が背後から迫る。黒子を抱き上げたまま、後ろにそり身して回避した。

 直後、目の前に振り下ろされたのは金属バットだった。

 

「きゃあっ⁉︎」

「ストライク、バッターアウッ!」

 

 呑気な事を言いながら、顔面に高回し蹴りを放って気絶させた。

 

「黒づ……そ、そこの君、手伝おう!」

「おうよ! お前さんがいりゃ、百人力だぜ」

 

 それだけ話しながら、二人は不良達の猛攻を避ける。腕の上にいる黒子が、慌てて声をかけた。

 

「ち、ちょっ……二丁水銃さん⁉︎ なんなんですのこの状況⁉︎ 何故ここに……!」

「喋ると舌噛むよ、お姫様」

「……ひ、ひひっ、姫ぇ⁉︎」

 

 軽口を叩きつつ黒子を肩の上に担ぐと、スキルアウト達に言い放った。

 

「よーしお前らぁ、降参するなら今のうちだぞ!」

 

 そう言った直後、黒妻と共に黒子を両手に抱えたまま暴れ始めた。背後からの攻撃をしゃがんで避けると、足を払って一瞬だけ抱える腕を外して肘打ちを放つ。

 身体をくの字に曲がった相手の身体を見た直後、黒子を両腕の前から肩に担ぎ上げ、顎に軽く蹴りを当てた。

 その非色の背後から、別の男が廃材を横に振りかぶる。それに気づいた非色は、肩に担いだ黒子を自分の脇の下に抱えるように下げつつ、しゃがんで回避し、真上を通った廃材を持つ腕を掴んだ。

 

「ふんぐっ……!」

 

 強引に腕力だけで遠くへ放り投げると、さくっとその場で立ち上がる。

 

「ち、ちょっと! レディを抱えておきながらスリル満点過ぎるのでは⁉︎」

「もっとスリルを味わってみる?」

「はぁ⁉︎ きゃあっ!」

 

 直後、黒子は唐突に真上に投げられた。高さにして、およそ15メートルほど。能力が使えないテレポーターであれば、悲鳴を上げるのは当然だ。

 どういうつもりなのか、と真下にいるヒーローを見ると、三方向からの攻撃を両腕と右足で止めていた。

 

「は……?」

 

 直後、ガードしていた手を緩め、いなして同士討ちさせた。その後に、落下してくる黒子を再度、キャッチする。

 何が起きたのか分からない。というか、人間技に思えない。そんなことが可能な人間、いるのだろうか? 

 

「ははっ、やるなぁ。ナントカガン!」

「生活習慣病みたいな言い方やめろ!」

 

 そんな話をしながら、2人の最強の無能力者は片っ端から敵を片付けていった。

 

 



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男友達が出来た。

 周りに散らばっているのは尸(生きてるけど)の山、近くで音を発生していた装置も破壊され、最後に黒妻が蛇谷を殴り飛ばした。

 

「ふぅ……終わりかな」

「お疲れさん、ヒーロー」

 

 黒妻と軽くハイタッチした後、ようやく黒子を地面に下ろした。

 

「黒子!」

「だ、大丈夫ですか?」

 

 慌てて駆け寄る佐天と美琴の方に、髪がボサボサになった黒子は直す気力もなく振り返った。

 

「……大丈夫? ……大丈夫か、ですって……?」

「え?」

「大丈夫なわけありませんわ! あんな気まぐれなジェットコースターに乗せられて! 目が回って今も少し虹が見えているほどですの!」

 

 そんなに大変だったんだ……と、二人が思ったのは言うまでもない。一方、そのジェットコースター張本人は、黒妻とハイタッチをしている。

 で、黒妻は二丁水銃に声を掛けた。

 

「で、こいつらどうする?」

「ん、まずは動きを封じる」

 

 そう言うと、今回は黒子抱っこしてて両腕が塞がっていたため、出番のなかった水鉄砲を取り出し、倒れているメンバー全員に放った。地面や壁に縫い付けられ、動けなくなったのを確認している時だ。

 

「な、何の音……って、せ、先輩⁉︎」

「あ? ……あ、美偉?」

「え」

 

 振り返ると、美偉の姿がある。それにより、非色は思わず黒妻の背中に隠れてしまうが、黒妻は堂々としたものだった。

 

「よう、美偉。久しぶりだな」

「……なっ……どうして……」

 

 その美偉の反応に、非色は思わず片眉をあげる。この二人は知り合いなのだろうか? 

 グルリと周りで死屍累々とした状況を見回した後「ま、いっか」とだけ呟いて美偉に声を掛けた。

 

「……こいつらはこれで終わりだし、まぁ良いわな」

「? な、何がですか……?」

「出頭するよ。お前にゃ、すべてを話す必要があるだろうしな。これは、いわばスキルアウト同士の抗争だ。それなら、俺もお縄についた方が良いだろ」

 

 そう言って、黒妻は両手を合わせて美偉に差し出した。しかし、美偉はまだ納得いっていない。何故、ここにいるのかは大体わかる。自分が元にいた組織だし、けじめをつけるつもりなのだろう。

 黒子も助けてもらった手前、捕まえるとは言いづらかった。そんな空気の中、非色は一切、関係なく黒妻に水鉄砲を放った。

 

「「「「は……?」」」」

「悪いね、みんな。ちょっとこの人、借りて行くよ」

 

 それだけ言うと、非色は黒妻の身体を担ぎ上げる。

 

「ちょっ……ま、待ちなさい!」

「じゃあね」

 

 美偉が止めかけるが、非色は無視して立ち去ってしまった。大きくジャンプし、ビルの上に駆け上がって、その上をさらに跳ねて移動する。

 これで、残されたのはいつものメンバーだけ。美偉はしばらく立ち尽くした後、全員に声を掛けた。

 

「とりあえず、警備員に通報しましょう」

「そ、そうですわね」

 

 それだけ話すと、それぞれで行動を開始した。

 

 ×××

 

「お、おい! 俺をどこに連れて行くってんだよ!」

 

 黒妻を持った非色は、テキトーな所で降りて黒妻から手を離した。

 

「や、何処でも良いんだけど……とりあえずこの辺」

「お、おう……」

 

 何処でも良いんかい、と思ったが、話があるだけならばそれも分かる。特に、何処にでも平気でジャンプで移動出来る奴なら尚更だ。

 

「ふぅ〜……いや、ビックリしたよ。まさか、姉ちゃんにスキルアウトの知り合いがいたなんて」

「……何?」

「で、何企んでるの?」

 

 そう言う非色の声音は、普通より遥かにピリピリした緊張感に溢れる声だった。

 

「俺の姉ちゃんとどんな関係? 洗いざらい吐いてもらうまで逃さないよ」

「ハハッ、美偉に弟がいたのか。じゃあ、こっちも聞かせてもらうぜ」

 

 そう言うと、凄みは非色の倍以上の殺気を放ち、黒妻は怯む事なく睨み返す。

 

「……美偉に弟なんていねぇ。テメェこそ何を企んでる? ヒーロー」

「あ?」

「あいつは三年前までは俺の女だった。兄弟も姉妹もいねえのは知ってる。……つまり、テメェが偽物の弟って事もな……」

「ニセモノ?」

「もし、テメェがあいつを利用してんだとしたら……殺すぜ」

 

 ヒーローとスキルアウト、立場は真逆でも、ついさっきまで共闘していた仲の二人だが、やはり相入れない仲なのか。

 二人の殺気だけがメキメキと育ち、今にも両手を真っ赤に染める正面からの殴り合いが始まりそうなオーラを醸し出していた。

 

 ×××

 

 通報を終え、後処理をとりあえずこなした一同は、一七七支部に戻って来ていた。

 とりあえず、怪我を負った黒子と美琴の傷を治療する。特に黒子は、どちらかと言うとあのヒーローに持ち上げられていた時の方がトラウマになっているようで、さっきから「次は絶対に捕まえる……」とかなんとかブツブツ呟いていた。

 

「それにしても、よく佐天さんは出てきてくれたわね」

 

 美琴が声を掛けたのは、佐天だった。一応、無傷とはいえ、かなり怖い思いをしただろうに。

 

「あ、あはは……いや、たいした事ないですよ」

「そんな事ないわよ。普通、あの場面じゃ出て来られないわよ」

「出て来る?」

「ああ、黒子は気絶していたものね。佐天さんが、私達が連れ去られた時に後をつけてくれて、初春さんに連絡してくれたみたいよ。多分、あの二丁水銃がここに来たのもそういう経緯があったからじゃない?」

 

 その一言に、黒子はキッと初春を睨み付ける。

 

「初春……あなた、まさかあのムカつくヒーローに助けを求めたんですの?」

「ち、違いますよ! 私が助けを求めたのは非色くんです! そもそも、あのヒーローにどうやって連絡を取れと言うんですか⁉︎」

「ちょっと初春さん? あなた私の弟を巻き込んだわけ⁉︎」

「ひぃ!」

 

 どう逃げても誰かを怒らせる結果になってしまい、初春の目尻には涙が浮かんだ。

 

「だ、だってぇ……非色くん、強いから……。能力を封じられるって話は聞いていましたし……」

「……強い?」

「は、はい。この前、婚后さんを助けてくれたのが、非色くんなんです」

「もう一人は多分、黒妻さんだよね」

「……そう、あの子が、強いの……」

 

 顎に手を当てる美偉。脳裏に浮かんでいるのは、警備員の黄泉川から聞いていた報告。「超人兵士作成計画」の実験には失敗している、という話だったはずだが、もし、成功しているとしたら……。

 

「先輩?」

 

 初春に声を掛けられ、ハッとして顔を上げる。

 

「な、なに?」

「どうしました? 暗い顔をされていましたけど……」

「な、なんでもないわ」

 

 まぁ、今、結論を出すべき所ではない。とりあえず考えるのはやめておいた。

 

「それより、あの黒妻という男と固法先輩はどのような関係なのですか?」

 

 黒子に聞かれ、美偉は仕方なさそうに答えた。

 

「実は……先輩は、あの人は私の元カレなのよ」

「「「「も、元カレ⁉︎」」」」

 

 美偉から聞いた話は、あまりに意外な答えだった。あの真面目を絵に描いたような風紀委員の代表、固法美偉がスキルアウトと関わりを持っていたことに驚きだ。

 

「そうよ。私も、昔は自分の能力に限界を感じて伸び悩んだ時に、気晴らししていた時に出会ったのが、先輩だった」

「先輩にも、そんな時期が……」

 

 思わず黒子はそんな事を呟いてしまう。

 

「その時に先輩が所属していて、その上でトップに立っていたのが、ビッグスパイダーだったのよ。だから、私は十中八九、先輩が絡んでると思って、今回の事件を追っていたの。……あまり関わる事なく終わっちゃってたけどね」

「……そ、そうですか」

「当時のビッグスパイダーは、今ほど悪い人達じゃなかったのよ。先輩なんて、他のスキルアウトに襲われている女の子を助けたりなんてしてたし。とにかく、自由気ままな生活をしている先輩がとても羨ましくて……だから、あの時はとても楽しかったわ」

 

 そう言う美偉の目は、過去の思い出話をしているような、そんな瞳をしていた。本当に、その生活が楽しかったのだろう。

 

「でも……先輩は、死んだって聞いていたのに……どうして」

「……」

「……」

 

 まだ恋愛や恋人、というものが分からない黒子や美琴達も、一つだけわかることがあった。それは、美偉にとって黒妻という男はとても大事な人だという事だ。

 ならば、ここは一つ、一肌脱ぐのが後輩の役割というものだろう。

 

「ならば、先輩!」

「あのムカつくヒーローを捕まえて、その黒妻とかいう人と会いに行けば良いでしょう!」

「え……?」

「大事な人なら、ちゃんと想いを伝えなきゃダメです!」

「そうですわ。それが久々にあった人なら尚更ですの!」

「あなた達……」

 

 そうだ、せっかく生きて会えたんだ。ならば、せめて1日だけでも、一緒にいられる時間が欲しい。

 

「分かったわ、協力してちょうだい!」

「「「「はい!」」」」

 

 四人は元気よく返事をした。

 

 ×××

 

「「あっはっはっはっはっ!」」

 

 一方、その黒妻は。ヒーローから非色に戻った少年と公園に来て飲み物を飲んでいた。

 

「いやー、まさか義理の弟とはな! 子供を引き取るなんて、面倒見の良いあいつらしいわ!」

「そっちこそ、何? 姉ちゃんの元カレだったんですか? マジかよ! 姉ちゃんにそんな時期あったんだ!」

「「あっはっはっはっはっ!」」

 

 二人でラーメン屋で爆笑していた。と、いうのも、お互いに美偉のことを知っているから、完全に意気投合してしまったわけだ。仲良さそうで何よりである。

 

「いやー、てかヒーローの正体が、まさかの弟とはなぁ……」

「簡単に見抜かれたからビビったわ。『素直に話さないと美偉にチクる』と言われた時は本気で死ぬかと思いました」

「まぁ……スキルアウトなんてやってるとな、仲間だと思ってた奴が変なお面かぶって闇討ちしてくる事だってあるからな」

「あー……なるほど、そういう事ですか」

 

 大変なんだなーと他人事のように思いながら、飲み物を飲む。

 

「で、お前は言ったの?」

「何を?」

「ヒーローやってることを、美偉に」

「言ってませんよ。言ったら、心配かけちゃいますし」

「……そうか。でも、俺は言ったほうが良いと思うぜ」

「え、な、なんで?」

「そういうのって、いつかは必ずバレる事だからな。……ま、今すぐじゃなくても良いから、考えておけよ」

「……」

 

 なるほど、と非色は頭の中で理解する。どうせバレるなら、不可抗力よりは自分から言った方が良いと、そういう事だろう。

 でも、正直、止められるのはわかっているので言う勇気はない。特に、自分は姉の部下である黒子に嫌われているし、割と普通に無理な相談でもあった。

 そんな時だ。二人の真後ろにヒュッとテレポートの音が聞こえた。飛んで来たのは、黒子と美偉だった。

 

「……げっ、白井さん……」

「美偉……⁉︎」

「どうも、非色さん?」

「……先輩」

 

 まず、現れた美偉が歩み寄ったのは、非色だった。自分の方まで近づいて来て、耳元で声をかけてくる。

 

「……あなた、勝手に喧嘩したそうね?」

「っ」

 

 ビクッと非色の方が震え上がる。

 

「しかも、それを私に隠して……あとでお説教よ。覚悟しておきなさい」

「は……はひ……」

 

 それだけ話すと、美偉は続いて黒妻の方に向かった。その間、黒子は空気を読んで非色の手を引いた。

 

「ほら、来なさい。お邪魔虫は退散ですのよ」

「……白井さん、今日、君の家に泊めて」

「うちの寮は男子禁制ですわ」

 

 なんてやっている間に、美偉は黒妻と向き合った。

 

「……先輩」

「美偉……悪ぃな、さっきはヒーロー様に連れていかれちまってよ」

「い、いえ……」

 

 お互い、微妙な空気が流れる。死んだと思っていた元カレが現れたのだ。誰だって気まずくなる。

 

「……先輩、先程は出頭されようとしましたよね」

「ああ……」

「でも、私は……それは困ります。せっかく、こうして会えて……さっきは弟とも仲良くしてくれて……空いている日があれば、また二人で遊びに行きたいです」

「……」

 

 どう答えるべきか、と黒妻は悩む。正直、立場的には自分と美偉は関わるべきではないのだろう。

 しかし……と、さっきの弟を見て気が変わった。彼はヒーローという危うい立場のまま、風紀委員の弟、という立場を貫き通している。

 ならば、自分も美偉とまだ関係を持つのは許されるのだろうか。

 

「……美偉、連絡先は変わってねえか?」

「は、はい……!」

「なら、何かあったら呼べよ。俺は、いつでも駆け付けるぜ」

「分かりました!」

 

 それだけ話すと、黒妻は立ち去って行った。その背中を眺めながら、非色と黒子は少し離れた場所でポカンとする。

 

「……良いんですか? 白井さん。スキルアウト、野放しで」

「……まぁ、彼は特例ですの」

「そうすか」

 

 意外と融通利くんだなこの人、と思いつつ、ならば二丁水銃も見逃してよ、という感想もちょこっと。

 そんな非色を、黒子はジト目で睨んだ。

 

「……にしても、あなた。今日はヒーロー様と同じ服装していらっしゃいますのね」

「え?」

「もしかして、あなた……」

 

 ヤバい、と思った非色は、慌てて誤魔化すことにした。

 

「そ、それよりも、白井さん……怪我してるけど、何かあったんですか?」

「え……?」

 

 そう言いつつ、頬の絆創膏に手を当てる。

 

「ダメですよ、女の子が無茶したら。親御さんからいただいた大事な身体なんですから、大切にうえっ?」

 

 直後、視界が一転して空中にいた。顔面が地面に向かっていて。そのまま落下し、鼻を地面に強打した。

 

「ふごっ⁉︎」

「せ、セクハラですのよ⁉︎ つっ、つつっ、つぎやったらしょっ引きますの! 良いですわね⁉︎」

 

 それだけ言って、黒子は立ち去った。何故怒られたのか分からないが、とりあえず非色はそのまま美偉に連行された。

 

 




思ったより一期の内容覚えてなかったです。すみません。


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回り回っても、重なり合った未来がある。

 白井黒子は、困っていた。最近、自身のプライドをズタズタに引き裂かれるような出来事があった。あの憎き二丁水銃に、助けられたのだ。経緯はどうアレ、あの男にお姫様抱っこをされた上に「姫」なんてふざけた呼び方をされた。

 

「ムッキィイイイイイイ‼︎」

 

 悔しい。考えただけでも自分を絞め落としたくなる。もう本当に腹が立つ。自分で自分が情けない、とはこの事だ。

 

「ま、まぁまぁ黒子、落ち着いて……」

「これが、落ち着いて、いられますか! あんなヒーローに……まさか、助けられるなんて……一生の不覚ですのおおおおお!」

 

 一人、全力で悶える黒子を美琴は宥めるが、そう簡単にはいかないようだ。

 

「うう……だって、だってぇ……」

「まぁ、気持ちは分かるけど」

 

 ムカつく馬鹿な男子高校生を追い掛けて負けている美琴としては、本当によく分かる話だ。

 何より腹立つのは、向こうに競う気が一切ない、という事である。これには闘争本能の高い人ほど腹を立てるものだ。

 これで、もう簡単には「あのヒーローもどき叩き潰す」とは言えなくなってしまった。

 とりあえず、今はもうあのヒーローのことを考えるのはやめておこう。それよりも、不可解なことがある。

 

「そういえば、お姉様。少し気になる事が」

「何よ?」

「固法非色についてですの」

「ああ、あの子。何、好きなの?」

「違います!」

 

 なんでそうなるのか。自分があなたにメロメロである事は知っている癖に。

 

「そうではなくて、ですね。昨日、実は少し引っかかることがございまして……」

「あの子と昨日会ったっけ?」

「はい。固法先輩を追っていた時に、黒妻さんと一緒にいました」

「え、な、なんで?」

「そこなんですの。あの後、黒妻さんは二丁水銃に連れ去られました。その後に、何故か非色さんと仲良く公園におられます。その上、うろ覚えですが、非色さんの服装は二丁水銃と一緒でしたわ」

「え、あのラフな奴?」

「はい」

 

 確かに気になる。勿論、全て状況証拠に過ぎない。その上、友人を疑う事になってしまうため、下手に叩いて埃を出す事はできない。

 

「……なるほどね。でも、もし非色くんが二丁水銃なら?」

「……その時は……彼の、弁解次第でしょうか」

「弁解?」

「どういう信念を持って活動しているか、ということですの。……まぁ、お姉様が不良を撃退するのと同じような理由ですし、釈明の内容によっては大目に見てあげないこともない、と言うことですわ」

「ふーん……」

 

 正直、美琴は自分と二丁水銃が似たようなものとは微塵も思っていなかった。自分だって見てしまったら困っている人を見過ごすような真似はしないが、彼の場合は自分から事件を探して回り、首を突っ込んでいる。

 他にも、なるべくなら悪人にすら怪我をさせたがらないとか色々と相違点はあるし、黒子もそういう面には気付いているはずだ。

 その上でこう言うのなら、非色の事を多少なりとも気に入っているのだろう。

 

「あんた、ほんと可愛いわね」

「な、なんですの急に⁉︎ お姉様にお褒めにいただけるとは……!」

「はいはい。いいから寝るわよ。もうこんな時間だし」

「お姉様〜!」

「だーもう、うるさい!」

 

 迂闊に褒め言葉を使うべきではなかった。特に「可愛い」など自分のキャラではない。

 そんな時だ。ほんの軽い気持ちでこんな事を言ってみた。

 

「あんまり変態的なことをしてると、非色くんに言っちゃうわよ!」

 

 言ってから後悔した。だからなんだ? と。しかし、予想以上の効果があったようだ。黒子は、一瞬だけ体を硬直させて顔を若干、青くした。が、すぐにハッとしたのか顔を上げる。

 

「な、なんであの方が出てくるんですの⁉︎ い、いいい、意味が分かりませんわ⁉︎」

「え、あんたまさか」

「な、なんですの?」

「い、いや……」

 

 いや、黒子に限ってそんな……そう思いつつ、とりあえず今はからかえるだけからかっておいた。

 

 ×××

 

 さて、翌日。非色は今日も木山と面会に来ていた。

 

「でさぁ、ヤバいんだよ。正体とかバレそうで……というか、不測の事態があまりに多くて、中々上手く隠せなくてさぁ」

「バラせば良いだろう」

「やですよ! せっかく出来た友達をまたなくす事になりますし……何より、俺の正体を知った人の方が危ないって!」

 

 特に、佐天や初春は戦闘力のない一般人だ。スキルアウトから嫌われている非色に仕返ししようと人質をとってもおかしくない。

 

「……しかし、今のままではもうバレているかもしれないだろう?」

「や、でも正体を隠すために助けられる人を助けないんじゃ、それはヒーローじゃないでしょう」

「そういう男だったな、君は……」

 

 しかし、それでヒーローが続けられなくなっても困る。少なくとも、木山としては自分の教え子達を助けられるまでは捕まってもらいたくない。

 

「……なら、こうしようじゃないか」

「? なんですか?」

「ちょうど、私も相談したい事があってね。その結果次第では、私が君に新たなアイテムを渡そう」

「アイテム?」

「例えば……そうだな。君の望む、変身アイテムとか。作らせてもらおう」

「マジで⁉︎」

 

 それはかなり嬉しいが……しかし、すぐに冷静になった。

 

「いや、あんた塀の中でしょ。どうやってよ」

「それが相談の内容だよ」

 

 そう言うと、少し真剣な顔をした木山が説明する。

 

「実は……私は近々、釈放されるのかもしれない」

「……どういう事?」

 

 非色も難しい顔で片眉を上げる。明らかに普通じゃない処置だ。

 しかし、木山は難しい顔をして首を横に振る。

 

「詳しいことは私にも分からない……。だが、そういう話を持ちかけられているんだ」

「……」

 

 非色は顎に手を当てる。何か裏がある、と思わずにはいられなかった。幻想御手を開発したとはいえ、その開発者を釈放する理由が分からない。それを使って何かきな臭い事を考えているとしたら、木山に詳細が知らされていないはずがない。

 つまり、木山が「詳しいことは分からない」というのが嘘なのか、或いは、自分が木山と接触したのがバレ、子供達の事を知られたか……何にしても、自分と木山がこれ以上、関わっている所を見られるのはマズいかもしれない。

 

「……木山先生、釈放の話は飲んで下さい」

「何故だ? 君は反対すると思ったが」

「勿論、木山先生は牢屋に叩き込まれるだけのことはしました。……が、それをする事で救えない命が出て来るとなれば話は別です。ただし、子供達を匿っているラボには来ないように」

「……分かった」

 

 これは用心のためだ。後をつけられれば一発アウトである。木山に関しては「仮釈放」という処置を取れば、警備員を使って尾行させてもなんら不思議ではない。

 

「それと、今日からここに来るのは控えます。だから、必要な事があれば、今俺に全てを伝えて下さい」

「……今、か?」

「はい。可能な限り多く」

「それは構わないが……メモも厳禁である事を忘れていないな? 覚え切れるのか?」

「本気出せば、大学の教科書一冊くらいなら、一発で中身丸暗記出来ますよ」

「……私は、頭の良い子供は好きだよ」

 

 そう言って、非色は木山から話を聞く事にした。

 

 ×××

 

「……お、お姉様ったら……違うと言っているのに……」

 

 黒子は、手元に持っているチケットを見下ろして歩いていた。握られているのは、盛夏祭のチケット。常盤台中学女子寮で開かれる夏祭りだ。

 一般人が参加するには、招待チケットが必要である。で、このチケットを持っている理由は一つ、美琴のお節介である。

 

『非色くんでも誘っちゃいなさいよ!』

 

 らしい。実際、黒子にそんな気はない。それは勿論、知っている男性の中では一番好ましい。だが、そもそも黒子の知り合いの男は少ない。だから、ある意味一番好ましいのは当たり前なのだ。

 別に恋している、とかではないし、顔を見ればドキドキと心臓が高鳴るということもない。この前、変な反応をしたのは自分でもよく分からないが……。

 

「……まぁ、適当に初春や佐天さんを誘えば良いでしょう」

 

 そう決めて、どっかでパトロールをサボっている初春を探しに行った。サボりだとしたら、十中八九、佐天も一緒だろうし。

 そんな時だった。また嫌なタイミングで目に入るのである。あのヒーロー擬きが。ビルの上を元気に跳ねて移動していた。相変わらずの身のこなしだ。

 

「……」

 

 背丈も非色と同じくらい……と思ったところで首を横に振った。今は非色の事はなるべく考えたくない。

 それに、なんかあのヒーロー様も急いでいる様子だし、今日は見逃してやる事にした。

 

「……そんな事よりも、佐天さん達と合流しましょう」

 

 そう決めて、おそらくいつものファミレスにいると思われる場所にテレポートした。

 到着すると、案の定というかなんというか、のんきにパフェを頬張っている。

 

「わー、きたきた。来ましたよー!」

「好きだねぇ、甘いもの」

「私みたいに頭脳労働がメインな人は、糖分を摂取しないと生きていけないんです。白井さんみたいな脳筋さんは話が別でしょうけどね」

「……あ」

「なんですか? 一口ですか? 仕方ないですねえ。このパフェの魅力の前では、例えダイエット中の人であっても手を伸ばしてしまう代物なのですから」

「一口と言わず全部差し上げたら如何ですの?」

「いやいや、それは流石に……ですの?」

 

 さっさと一口だけでも食べれば良いものを、と佐天は呆れ気味に鼻息を漏らす。

 ギギギっと、壊れたロボットのように後ろを振り返る初春の視線の先には、黒子が立っていた。

 

「良いご身分ですのね、初春? 仕事をサボってパフェで一服とは、流石、頭脳労働がメインなだけありますわ」

「し、白井さん……」

「私のような脳筋とは立場が違いますものね」

「わぁ〜! ご、ごめんなさいぃ〜……!」

 

 涙目で頭を抱える初春。本来なら頭グリグリの刑だが、今日はそんな事をしなくても良いだけの脅迫材料がある。

 

「所で、佐天さん。盛夏祭ってご存知ですの?」

「もちろん知っていますよ! お嬢様達がもてなしてくれるお祭りですよね⁉︎」

「はい。実は、それが近々、開催されまして」

「ま、待って下さい、白井さん。なんでその話を佐天さんだけにするんです?」

 

 話の流れ的に嫌な予感がした初春だが、黒子はそんな事知ったことではない。

 

「良かったらいらっしゃいません? 招待チケットがあるんですの」

「良いんですか⁉︎」

「待って下さい! 私にも是非……!」

「勿論、構いませんよ? もう一人、招待できるので、固法先輩とかお友達辺りでも誘って、ご一緒にどうですの?」

「鮮やかな無視ですか⁉︎ こ、ここに、ここにもう一人いますよー!」

「行きます!」

「佐天さん、私達、友達ですよね⁉︎」

「さ、初春。仕事に戻りますわよ」

「白井さん⁉︎ 私まだ返事を聞いてな……あ、待っ……せ、せめて一口ー!」

 

 連行された。

 

 ×××

 

「うーん……誰を誘おうかな……」

 

 パフェを食べた佐天は、招待チケットを見下ろしながら歩いていた。勿論、領収書をもらった上に、名前は「初春飾利」にしておいたが。

 さて、これからどうするか、だが、まぁまずはせっかく何人か一緒に行けると書いてあるし、友達に声を掛けるのがベストだろう。

 そう思って携帯をポケットから出した時だ。ふと前を見ると、如何にも柄が悪そうな男達が三人立っていた。

 

「ねぇ、お嬢ちゃん」

「それ盛夏祭の招待券じゃない?」

「俺達に譲ったほうが良いんじゃねえの?」

 

 ストレートな連中である。勿論、渡したくは無いが……かと言って、痛い目に遭うのも嫌だ。

 ……けど、この人達を連れて行ってお祭りをめちゃくちゃにされる、と思うと痛い目を見るより嫌だ。

 

「っ……!」

 

 何も言わずに走って逃げ出した。180度真逆を向いて走り始めたわけだが、まぁ男と女だ。それも、ほとんどスタート位置に距離はない。あっさりと肩を掴まれてしまった。

 

「待てよ!」

「それ寄越せってんだよ!」

「はーなーしーてー!」

 

 そんなことをやっている時だった。その佐天の肩を掴んだ手を、一人の男が掴んだ。

 

「まったく……何やってんですかあんたらは」

「ああ⁉︎」

「え……?」

 

 口を挟んだのは、佐天も見覚えのない男の人だ。やたりとツンツンした髪、高校生くらいの少年が、まっすぐとスキルアウトを見据えている。

 

「よってたかって歳下の女の子に絡むとか恥ずかしくねーのか?」

「ああ?」

「俺らだってそんなガキに興味はねえよ」

「欲しいのは紙切れの方でな」

「尚更、ダサいですことよ。常盤台の能力者に喧嘩も売れねえって事だろ?」

「テメェ……!」

 

 すごい、と佐天はその男の人を前に目を丸くした。能力者なのかそうでないのか分からないが、三人相手に割って入れるのは並みの度胸ではない。

 

「死ぬ覚悟できてんだろうな?」

「まとめてかかって来やがれ。三人くらいなら何とかなるだろ」

 

 そんなことを言った時だ。

 

「よーう、ケンタくん!」

「何してんだ? こんなとこで」

「えっ」

 

 自分達の後ろから、呑気な声が聞こえた。振り返ると、再びスキルアウトが四人ほどやって来た。

 

「おう、中島」

 

 どうやら、前の三人の知り合いのようだ。つまり、前門の虎、後門の狼である。

 

「何してんだ?」

「いや、なんかこのガキが喧嘩売ってきてよ」

 

 しかも自分から売ったことにされてしまった。完全に腰が引けた佐天は、ツンツン頭の少年に聞く。

 

「ど、どうするんですか……?」

「ど、どうしよう……」

「え? 能力は……」

「上条さんは無能力者です」

「……え?」

 

 まさかの自分と同じだった。目の前のスキルアウトは、指をバキボキと鳴らしながら距離を詰めてくる。

 

「よし、じゃあ少し痛い目見てもらおうか」

「く、クソッ……やるしかないか……!」

 

 一応、上条と名乗ったツンツン頭の人が身構えた時だ。急に真上から液体が降って来て、それが不良の足に掛かる。

 

「……あ?」

 

 直後、今度は本人が降ってきた。

 

「何、お祭り? 俺も混ぜてよ」

 

 現れたのはヒーロー様だった。思わず、佐天はホッと胸を撫で下ろす。

 

「てめっ……ウォーター……!」

 

 声を上げかけた不良が後ろに吹っ飛ぶ。隙だらけだったため、上条が殴ったのだ。

 

「おい、あんた! そっち任せるぞ!」

「え? あ、はいはい!」

 

 助けに来たはずが役割をふられてしまった。四人の方を二丁水銃、一人減って二人になった方を上条が相手にする事になった。

 四人を相手にしながら、上条の方に目を向ける。無能力者のようで、拳で語るインファイトスタイルのようだが、中々、悪くない。他の二人の顔面に綺麗なストレートやフックを叩き込む。

 

「……へぇ」

 

 思わず感心しながら、とりあえず自分も与えられた仕事はこなす。足を払って転ばせると、水鉄砲を放って身動きを取れなくした。

 その調子で、お互いに三人ずつ片付けた時だ。一番後ろにいた奴が、手首を上にスナップする。直後、手の上に浮かんだのは電気だった。

 

「テメェら……これならどうだ!」

 

 手先から、目に見える稲光が放電される。狙われたのは、佐天だった。佐天に攻撃を避けるスキルはない。つまり、どちらかが壁になれば、どちらかは倒せるというわけだ。

 勿論、その一発で倒れるほどヒーローは脆くない。痛いけど、耐えられる。すぐにガードしようと手を伸ばした。

 が、それより早く、上条が動いた。非色の前に立ち、右手を伸ばして電撃を打ち消した。

 

「……は?」

「なっ……!」

 

 それを見るのは二度目のはずの非色も驚いた。そういえば、そんな能力を持っていた。

 ましてや不良の方は尚更だ。その隙を突いて、上条は一発、顔面に拳を叩き込んだ。一撃しか殴っていないにも関わらず、見事に顎にクリーンヒットさせ、気絶させる。

 驚いている非色に、上条は軽くお礼を言う。

 

「ふぅ……あんた、誰だか知んないけど助かったわ」

「え? あ、いや……むしろ余計なことしちゃった?」

「そんな事ねえよ。俺一人ならボコボコにされてた」

 

 確かに、人数差は明確だ。どんな能力を使ったのか知らないが、あの電気を消すまであの能力を使った様子は無かったし、多分、普段は無能力者と変わらないのだろう。

 

「あ、あの……!」

 

 そんな二人に、佐天が声を掛けた。

 

「すみません、ありがとうございます。助けていただいて」

「気にしなくて良いから」

「そうだよ。俺じゃなくて助けたのはこの覆面の人だし」

「いえいえ、お二人に助けていただかなかったら……」

 

 そう言って頭を下げる佐天。こういうお礼をもらうのはヒーローの役目じゃない。さっさと立ち去ろうと思った時だ。その前に佐天がポケットから招待チケットを取り出した。

 

「これ、良かったらどうぞ。お礼に……」

「? 何これ」

「常盤台中学女子寮盛夏祭の招待チケットです。……なんか、私が持ってるとまた絡まれそうなので……」

 

 本当は行きたいが、お礼をしないわけにもいかない。そう思ってチケットを差し出したのだが……上条は首を横に振った。

 

「いやいや、俺もそれ知り合いにもらったからいいよ」

「え、そ、そうなんですか?」

「てか、そろそろ補習だから。じゃな」

 

 それだけ言うと、上条は走って立ち去ってしまった。さて、残ったのはもう一人のヒーローさんだ。

 

「じ、じゃあ……ヒーローさんに……」

「え? いや、俺はそれもらってもアレだし……」

 

 正直、忙しくてそんなの行ってる場合ではない。今だって、子供達を助けるために必要なものを取ってくるよう、冥土返しにお使いを頼まれた所だし。

 

「俺なんかより、君が友達のために使いなよ。じゃ!」

「え? あっ……!」

 

 こっちにも逃げられてしまった。最近の男というのは、格好付けるのが流行なのだろうか、なんて助けてもらっておきながら失礼な事を思ってしまった。

 しかし、こうなってしまっては仕方ない。わざと襲われて助けを待ってもっかい渡すわけにもいかないし……。

 

「……あ、一人いたなー。誘ってみても良い子」

 

 そんなわけで、その子に連絡を取ってみた。

 

 ×××

 

「……」

「どうしたんだい?」

「……いえ、こうなるかぁ……と」

 

 施設で作業をしていた非色の携帯には、佐天涙子から「一緒に盛夏祭行こうよ!」という誘いのメールが入っていた。

 

 



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場違いの場に行った人は大体、食ってばかりになる。

 なんでこうなるの……と、非色は涙目になっていた。今、乗っているのはバス。それもただのバスではなく、これから御嬢様校の寮に向かうバスだ。

 なんでこうなったのか、それは隣で座る同級生のお陰である。

 

「いやー、楽しみだね、非色くん」

「……そうね」

 

 冥土返しに相談しても「君はヒーローである前に学生だよ? たまには羽を伸ばしてきたらどうかな?」との事で、止めてはくれなかった。

 そんなわけで、仕方なく参加する事にした。せっかく友達に誘われているのに、断るのは申し訳ない、という理由で。

 

「てか、男が行って平気なの? 捕まったりしない?」

「招待されてる人が他にもいるらしいよ。この前もそういう人と会ったし」

 

 そういえばそうだった、と上条の事を思い出す。ああいう正義感の強い男の人は非色は大好きなので、是非とも友達になりたいものだ。

 そういう意味じゃ、ここにきた意味はある。あの男の人を探して友達になってみたい。

 

「……ちなみに、非色くん」

「何?」

「盛夏祭だと、常盤台生はみんなメイド服らしいよ」

「へぇ〜……え、それって……御坂さんや白井さんも?」

「そうだよ?」

 

 少し想像出来ない。ただでさえ校則で私服も着れないというのに。

 

「でも……メイド服ってイマイチ、どんなのか思い出せないんだけど」

「嘘でしょ⁉︎ それでも男か!」

「な、何急に……?」

「メイドって言ったら男の人にとってはロマンでしょ⁉︎ 可愛い女の子がフリフリの制服を着て『お帰りなさいませ、ご主人様♡』って笑顔で出迎えてくれるんだよ⁉︎」

「ご主人様って……」

 

 そんなに力説されても、知らないものは知らない。そもそも、そういうオタク文化に興味が無かった。

 まぁ、せっかく来たわけだし楽しむつもりではあるのだが、どちらかというと旨い飯があるかの方が重要だった。

 

「それよりもさ、フライドポテトとか揚げ鷄とかあるかな。俺、ああいう揚げ物好きなんだよね」

「え……」

 

 言うと、今度は佐天が微妙な顔をする番だった。

 

「なに?」

「あの、非色くん……これからどこに行くか分かってる?」

「え? 常盤台でしょ? ……あ、あと俺海老フライとか食べたいんだよね」

「無いよ! 多分! あるとしたらフォアグラとかでしょ⁉︎」

「……ふぉあぐら?」

「マジかこの子……」

 

 価値観がまったく逆の二人がやって来てしまった瞬間だった。少し誘ったことを後悔しつつある佐天だったが、まぁ行けば何があるか分かると思うので、今は黙っておく事にした。……とはいえ、あんまり恥ずかしい真似をするようだと離れて行動させてもらうが。

 

「……そういえば、佐天さん」

「何?」

「初春さんは一緒じゃなくて良かったの?」

「……あー、初春はね……うん」

 

 何かあったのだろうか? もしかしたら、あまり気にしちゃいけない所なのかもしれない。

 そう思った時だ。後ろの席から聴き慣れた甘ったるい声が聞こえてきた。

 

「呼びました?」

「わっ、う、初春⁉︎」

「へっへーん、私を甘く見ないで下さい。お嬢様への憧れは佐天さん以上ですよ?」

「それ『私はあなた以上の庶民です』って言われてるだけなんだけど……」

 

 普通に初春が来ていた。イマイチ、状況が飲み込めない非色は、不思議そうな顔で二人のやりとりを眺める。

 

「佐天さんが非色くんを誘っちゃったから、苦労しましたよ。他に招待されてる人を探すの」

「なんて意地汚い真似を……大体、あれは仕事サボった初春の自業自得じゃん」

 

 大体、理解した。黒子が仕事をサボって佐天と遊ぶ初春を見つけ、わざと佐天にだけチケットを渡したのだろう。

 もう一人連れて行けるので、佐天は自分を誘い、初春は他の招待されている人を探した、というわけだ。

 

「で、誰に誘ってもらったの?」

「私よ」

 

 そう言うのは、固法美偉だった。普通に初春の隣に座っていた。

 

「……え、姉ちゃん?」

「非色ったら全然、私に気付かないんだもの」

「ご、ごめん……」

 

 なるほど、と大体の経緯を察する。要するにいつも通りの人が集まっているわけだ。ちなみに、黒妻はいないようだ。まぁ、あの人が来たがる所にも思えない。

 

「ていうか、非色さぁ。私に今日『盛夏祭に行く』なんて一言も言わなかったよねぇ?」

「うっ……いや、それは……」

「弟が冷たくて、お姉ちゃん悲しいなぁ……」

「だ、だって! 姉ちゃん割とブランド品にガメついじゃん! 絶対に代わってって言われると思ったから……」

「そーいうことを後輩達の前で言わない!」

「いだだだだ!」

 

 耳を後ろから引っ張られ、悲鳴を漏らす。超人でも、姉には全く頭が上がらなかった。

 その二人を無視し、初春が佐天に声をかけた。

 

「とにかく、せっかく合流できたんですし、一緒に回りませんか?」

「良いよ」

 

 との事で、四人で回る事になった。

 

 ×××

 

 はい、非色だけ逸れた。まぁ、もうそんなのも慣れたものだ。それに、あの子達と一緒だと、食べ物よりも財布や時計とかの小物とか、生け花や利き茶とかの文化面ばかりに目移りしている。

 それなら、食べ物を食べた方が良い。そんなわけで、バイキングに来た。

 

「……」

 

 しかし、困っていた。並んでいるものは見たことがないものばかりだ。いや、あるにはある。例えばパスタなら、いつも食べてるたらこスパゲティとかではなく「なんか高級そうなパスタ」みたいなのが並んでいるわけで。

 他にも、めちゃくちゃ綺麗に盛り付けられたハムとアスパラの何かとか、よくわからん具材が乗ってるピザとか、そんなんばかりだ。

 どれを食べたら良いのか……と、勝手に悩んでいると、そんな非色に声が掛けられた。

 

「何をビビっておりますの?」

「え?」

 

 振り返ると、黒子が隣に立っていた。それもメイド服姿である。

 

「あ、白井さん……」

「あなたも来たんですのね……」

「……」

 

 じーっと非色の視線が突き刺さり、思わず黒子は片眉をあげる。

 

「……何ですの? 私の顔に何かついていて?」

「いや『お帰りなさいませ、ご主人様』って言わないのかなと……」

「何処のお店と勘違いしておりますの?」

 

 あ、言わないんだ、と非色は目を逸らす。なんか怒られそうだったので、もう一言、本音を言っておいた。

 

「それとー……メイド服、とてもお似合いだな、と……」

「へっ? そ、そうですの……?」

「あ、は、はい……」

 

 言われて、黒子は微妙に頬を赤く染め、少し目を逸らす。が、すぐに薄い胸を張って答えた。

 

「ま、まぁ、そうですわね。私に似合わない服はありませんの!」

「でも、他の人に比べて何処か寂しいような気も……」

「へ?」

 

 そう言う非色の視線は、別のメイドに向かっていた。その先にいるのは、泡浮万彬と湾内絹保の二人。非色自身、無自覚だった。何が足りないのかは直感で思ってるだけで分かってはいない。

 しかし、女性である故に、黒子には何が足りないのか分かってしまった。一気に不愉快になり、脇腹に指を突く。

 

「ひゃふっ⁉︎」

「すけべ。……まったく、これだから殿方は」

「な、なんですか急に……」

「それより、こんな所で突っ立っていられても、他のお客様に迷惑ですわ。食べないのなら別の場所に移動してくださる?」

「あ、いやすみません……。そうだ、その……食べ物について教えて欲しいんですけど……」

「……はい?」

「これ、なんですか?」

 

 まず非色が指さしたのは、ピザだった。

 

「それはピザですの」

「や、それはわかりますけど……」

 

 まぁ、聞き方が悪かった。改めて質問した。

 

「そうじゃなくて。この白いのはなんですか?」

「チーズですの」

「この黄色いのは?」

「それもチーズです」

「じゃあこの緑がかった黄色いの」

「それもチーズです」

「……え、具が全部チーズなんですか?」

「そうですわ。これは四種のチーズといって、パルミザーノ、モッツァレラ、ゴルゴンゾーラ、カマンベールを使ったものですの」

 

 マジか、と非色は戦慄する。まず今聞いたチーズの名前の中で聞き覚えがあるのがモッツァレラしかないという点。そして、チーズの名前は全部カッコ良い、という点。ヒーローの名前も、そういう感じが良かった。

 

「……これ、どう取れば……」

「一切れ、お皿に盛り付ければ良いでしょう」

「あ、そ、そっか……」

 

 言われて、手を伸ばした。

 

「ちょっ、待ちなさい! 手で取るつもりですの?」

「え……ダメなんですか?」

「お皿の手前にトングがあるでしょう!」

「あ、ホントだ……」

「まったく……危なっかしくって見ていられませんわ」

 

 そう言うと、黒子はトングを手に取った。ピザを挟むと、非色の皿を手に取る。

 

「失礼致しますわ」

「え? あ、は、はい……」

 

 皿を受け取ると、そのうえにピザを一切れ乗せてくれた。それを手渡すと、スカートの裾を摘み、頭を下げる。

 

「恐れながら、お取りさせていただきましたわ。どうかお召し上がり下さい、ご主人様」

「……」

 

 その破壊力に、思わず見惚れてしまった。口を半開きにし、頬を赤く染め、目を見開く。普段の狩る者の形相とは真逆の対応だ。

 手から皿が落ちそうになって、ようやく正気に戻った。ハッとしてギリギリ、手の上の皿を持ち直し、その上のピザを手に取る。

 

「……あ、す、すみません。いただきます」

「ちょーっ! ば、バカですの? 席についてから召しあがりなさいな!」

「あ、そ、そっか……すんません」

「他に食べるものはありませんの?」

「あ、あります。取ってきます」

 

 少し慌てた様子で、非色は料理をとりに行った。その背中を見ながら、黒子は顎に手を当てる。やはり、二丁水銃と同一人物には思えない。あまりにキャラが違いすぎる。

 さっき、冗談でメイド喫茶の物真似をしてみたものの、かなり動揺していたし。

 

「……っと、いけませんわ。今はもてなす側なのですから」

 

 そう呟いて、とりあえず非色の方に顔を向けた。非色は相変わらず、田舎者っぽく料理を皿に盛り付けていく。

 

「……」

 

 黒子としては、いろんな意味で目が離せなかった。なんか知らない間に両手で7皿持っている。どうやって持っているのか分からないくらいだ。

 周りからの視線はすごく集めているし、メイドですら近付こうとしない。普段、彼はどんなものを食べているのだろうか。少し心配になるほどにがっついていた。

 

「……まったく、仕方ありませんわね……」

 

 小さく呟くと、黒子は再び非色の方に向かおうとした。が、その前に入り込む影があった。

 

「こ、固法さん!」

「? ……あ、えーっと……こ、婚后さん?」

「はい、婚后光子ですわ」

 

 そういえば、前に非色は婚后を助けていた事を思い出した。お礼も拒否して逃げ出したらしいわけだが、まさかこれからお礼でもするつもりなのだろうか? 

 

「な、何か用ですか……?」

「この前助けていただいたお礼をと思ったのですが……まずはお皿をお持ちしますわ」

「あ、す、すみません……」

「……というか、どうやってこれ盛り付けたんですの?」

 

 との事で、お皿を持ってもらう。確かに不思議である。皿は持てたとしても盛り付けはどのように行なっていたのか。

 って、そんなことよりも、だ。何となくだが、イライラしてきた。あれが婚后だからだろうか? 

 羨ましい、というわけでも、嫉妬している、というわけでもない。でも、なんか面白くない。

 

「……お待ち下さい、婚后光子?」

「え……し、白井さん?」

「……何か御用ですか? 白井さん」

「お皿は私が転移させますわ。その方が安全でしょう?」

 

 そう言って、非色のお皿に手を伸ばす黒子。しかし、婚后も譲らなかった。

 

「何を仰っておられますの? 普通に手で持った方が安全でしょう。私でも三枚は持てますわ」

「いえいえ、それでしたら私が三枚お持ちした上で二枚テレポートさせれば、私も非色くんも無理なく運べますのよ?」

「七枚持てる方が四枚運ぶ事を無理だと感じるとお思いですか?」

「無理だと感じるかではなく、落とす可能性を少しでも減らすための処置ですの」

 

 なんか雲行きが怪しくなってきた。思わず黙り込んでしまうほどに。そんな非色に構わず、二人はヒートアップする。

 

「そもそも何なんですの? 私が最初に彼をエスコートしておりましたのよ?」

「そのあなたが近くで彼を見てあげないから、私は出て来たんですわ。何をしていらしたのか知りませんが、役目を放棄しておいて後からのこのこと顔を出すとは図々しいんじゃありません?」

「放棄って、少し離れて場所で見守ることが放棄でしたら、初めてのお使いだって育児放棄ではありませんこと?」

「それとこれとは話が別ですわ。現に彼は両手でお皿を持つ程、困っておられましたのよ?」

「ほんの1〜2分の間にあれだけ料理を持てるなんて誰が思えるんですの?」

 

 ……これは、立ち去ってはいけないのだろうか。いけないんだろう。二人が手を添える皿は、なんかミシミシいってる。

 どうしたものか悩んでいると、自分の隣に白い小さなシスターが立っているのが見えた。

 

「美味しそうなんだよ……!」

 

 目を輝かせてよだれを垂らしている。女の子とは思えない顔だが……なんであれ、良い所に来てくれた。

 

「……食べたい?」」

「うん!」

「じゃ、食べよっか。……このお皿持って、あの机に座ってくれる?」

「分かったんだよ!」

 

 二人が取り合っている皿を残して、二人で一席まで移動した。本来なら仲介したい所だが、まぁ黒子は風紀委員だし能力を使った喧嘩には発展しないだろう……と、思う事にしたわけだ。もしそうなったら、自分が止めれば良いし。

 

「さて、じゃあ一緒に食べようか」

「うん!」

 

 知らない女の子とがっつき始めた。文字通りの意味で。

 

「あなた、優しいんだね! こんなにご馳走してくれるなんて……!」

「いやいや、俺の奢りってわけじゃないから」

「んん〜……にしても、美味しいんだよ……」

 

 話の移り変わりが激しい子供だったが、まぁ実際、美味いのだから仕方ない。非色も思わず至福の時間のように味わっていた。

 が、まぁこの二人が食べればたった七皿などすぐに空になってしまうわけで。すぐに二人で皿に盛り付けに行った。

 そんな事を繰り返して、10分後。とりあえず二人は食休みする事にした。目の前には、白い皿の山が築かれている。

 

「ふぅ……で、お嬢ちゃん、迷子? 親御さんは?」

「迷子じゃないんだよ! あんまり良い匂いがしたから、つられて来ちゃっただけかも」

「迷子じゃん……知り合いでも探しに行こうか?」

「大丈夫なんだよ。どうせ当麻は家事の道具のセールに釘付けだろうし」

「ふーん……」

 

 当麻って言うのか、と思いつつ、とりあえず食事を続けていた時だ。そのシスターの少女の後ろに、ツンツン頭の少年が立っているのが見えた。

 

「インデックス、やっと見つけたぞ」

「え? ……あ、当麻⁉︎」

「お前なぁ……勝手にいなくなるんじゃねーよ。探し回っただろ?」

「ふんっ、当麻がいつまでも家電のセールに食いついていたのが悪いのかも。私はおなかへったって言っていたのに」

「それは悪かったよ……」

 

 なんてやっていると、当麻が非色に顔を向けた。

 

「あんた、インデックスと遊んでくれてありがとな」

「え? いや、全然そんな……」

「ちょっと当麻⁉︎ 私を子供みたいに言わないで欲しいかも!」

「今度、お礼するから。……ほら、行くぞインデックス」

「あ、ま、待って欲しいかも! まだ腹八分目なんだよ!」

「その辺でやめとけよ!」

 

 なんて騒ぎながら二人は食堂から立ち去っていった。なんだか不思議な組み合わせだった。というか、せっかくツンツン頭の人に会えたのに、あまりお話できなかったが……まぁ、顔は覚えてもらえたかもしれないし、もし何かあったらまた今度、声を掛けるとしよう。

 さて、じゃあそろそろ自分も退散を……と、思った時だ。そんな非色の後ろに、二人の女性が立っていた。

 

「……非色さん? 二人の女性があなたを取り合っていたというのに」

「他の女性と食事なんて良いご身分ですのね……?」

「……」

 

 めちゃめちゃ怒られた。

 

 



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見通しの甘さは人間性を決める。

 非色が普段、研究所に向かう際は、人通りの少ない道を選んでいた。理由は単純、後をつけられないためだ。つけられれば、全てがおじゃんとなるから。

 だが、最近は誰かの視線を感じることが増えた。その度に遠回りして追跡者を撒いて移動しているのだが、中々にしつこい。

 その程度のことは問題じゃない。それよりもマズいのは、自分が置き去りの子供達の元に向かう、という事がバレているということだ。

 一度、相手になるべきか。しかし、向こうが悪事を働いている、とハッキリした証拠が上がるまではなるべく、派手な真似はしたくない。

 とりあえず、屋上からの移動は目立ち過ぎるため、地上に降りた。路地裏の間に降り立ち、一般人に紛れるためマスクを外そうとした時だ。

 

「……よう、ヒーロー様よぉ」

 

 声を掛けられた。顔を向けると、辺りにいるのはスキルアウト達だ。それも、手元には銃や刃物など、明らかに違法の武器を握っている。それが、4〜5人ではなく15〜20人はいた。

 

「何、君達。こんな所でそんな物騒なもん持って。自作映画の撮影ですか?」

「ほざけバーカ。状況分かんねえのか?」

「分かるのは、あんたらが余程のバカってことだけだよ。なんで勝てない相手に自分から挑むかな?」

「言うじゃねえか。……ただまぁ、いつまでも調子に乗られちゃ不愉快って事だよ」

「ここいらで、痛い目に遭って自重してもらおうか」

「……」

 

 ここで、ただのオラついたバカだと思うほど非色はバカではない。多分、唆した奴がいる。そして、唆すことが出来るだけの武器を与えたということも、想像がつく。

 

「ま、文句があるならかかっておいで。拳でお応えするよ」

「上等だコラ‼︎」

「畳め!」

 

 突然、襲いかかって来た不良達に対し、非色は軽く身構えた。一斉に向けられるのは銃口。ご丁寧にサイレンサーがつけられ、街中に銃声は響かないようにされていた。

 それらの銃弾を全て壁ジャンプで回避しつつ、まずは一人ずつ片付ける事にした。下肢のホルスターから抜いたのは水鉄砲。一発放ち、敵の元へ向かっていくが、そいつは傘をさした。

 

「……!」

 

 対策を練られている、そう判断した非色は少し力を入れる事にした。大人数戦の場合は、下手に手心を加えるとこっちが命取りになる。

 壁ジャンプで動き回りながら、壁についている窓を一枚、ひっぺがした。それを、思いっきり投げ下ろす。

 

「!」

「やべぇ、離れろ!」

 

 この弾は、傘では防げない。銃で撃っても穴が開くだけで解決にはならない。わざと人が密集している方向に投げたため、慌ててそいつらは避ける。まったく半分に分かれたわけでなく、おおよそ7:3くらいだろうか。

 ならば、まずは3の方からである。6人の背後に着地すると、一人目の背中を蹴り飛ばした。

 

「グッ……!」

「テメェ!」

 

 釘バットを振り回されるが、それをしゃがんで回避し、足を払ってその足を掴み、遠くに放り投げる。これで2人終わりである。こっちサイドは残り四人……と思ったが、ガラス窓を投げた程度の分断では、大した威力にならない。

 すぐに残りの人数が押し寄せてきた。

 

「……こういうの久しぶりだな」

 

 それだけ呟くと、一気に残りの人数との戦闘を再開した。躱して殴って、また躱して殴るの繰り返し。今回ばかりは怪我人も出てしまうが、まぁ自業自得の正当防衛だろう。

 

 ×××

 

「と、いうわけで、私の新しいルームメイトの春上さんです!」

「は、初めましてなの……」

 

 ファミレスにて、集められたのは黒子、佐天、美琴の三人。そして、その向かいの席に座るのは初春と紹介された少女、春上衿衣だ。

 

「へぇ……ルームメイト、ですの?」

「はい。二学期から私と佐天さんと同じクラスに転校してくるんです」

「そうなんだ」

 

 となれば、挨拶しないわけにいかない。

 

「私、佐天涙子。よろしく」

「私は御坂美琴よ。よろしくね」

「白井黒子と申します以後、お見知り置きを」

 

 各々、三者三様の挨拶をする。それに対し、春上は笑顔で答えた。

 そのメンバーの中で、佐天がふと声を漏らす。

 

「あれ、非色くんは?」

「電話に出ないんです」

「あー、たまにそういうことあるよね。あの人」

 

 そういう佐天と初春に、春上は小首を傾げた。

 

「誰なの?」

「同じクラスの子です。私と白井さんの先輩の姉弟なんですよ」

「しかも、男の子」

「へぇ〜……」

 

 あまり興味なさそうな春上に、黒子はため息をつきながら言った。

 

「いなくて正解だと思いますわ。彼、見てくれはかなりガタイが良い方ですし。怖がらせてしまうかもしれませんもの」

「そんなこと言って。本当は彼をとられる可能性を少しでも減らしたいとかじゃないの?」

「なっ、何を仰っておられますのお姉様⁉︎」

「聞いたわよ。婚后さんと非色くん取り合ったんだって?」

「え」

「え」

 

 その美琴の密告に、佐天と初春が意外そうな顔をする。

 

「え……あの御坂さんに狂ってた白井さんが……?」

「恋話ですか⁉︎ しかも一番、ありえない白井さんの⁉︎」

「あーもうっ、うるっさいですの! そういうんじゃありませんわ⁉︎」

「だって、取り合ったんでしょう?」

 

 ……取り合ったが、あれはそういうんじゃない奴だ。まったくこういう時ばっかり嬉々として攻めてくるのは本当に面倒臭い。

 そんな時だ、一人怒る黒子とからかう三人の間に、控えめな笑いが割り込んできた。

 

「ふふ……よく分からないけど、皆さんとその非色さんって方、とっても仲良しさんなの」

「……え、そ、そう?」

「そう言われたら、そうかもしれませんけど……」

「や、仲良しって程じゃ……」

「私も別に……」

 

 全員、微妙な顔をする。実際、いつも一緒にいるわけじゃないし、大きな事件を解決した時とかも、ほとんど姿を見せない。代わりにいるのはヒーローだ。

 

「……と、とにかく、みんなで一緒に遊びにいきましょう!」

「そ、そうですわね」

 

 いない人の話をしても盛り上がらない。そんな事よりも、今は主役は春上だ。五人はファミレスを後にすると、遊びに行った。

 

 ×××

 

「ふぅ……疲れたな……」

 

 全員一人残らず警備員送りにした非色は、ようやく研究室に到着した。ここ最近、やはり油断できない生活が続いている。そのスリルはそれはそれで楽しいものだが、いい加減にして欲しいというのもある。

 

「お疲れ様、ヒーローくん?」

 

 出迎えてくれたカエル顔の医者は、コーヒーを淹れてくれる。

 

「すみません、ありがとうございます」

「うん。……誰かにつけられたりとかは?」

「あったら第六感が反応しているので、大丈夫のはずですよ」

「なるほどね」

 

 仮にドローンでつけられたとしても反応できる。便利なものだ。

 

「……それより、どうですか? 進行具合は」

「まぁ、ボチボチだよ? 僕1人で作業することの方が多いからね?」

「すみませんね。俺ももっと参加できりゃ良かったんですけど」

「あ、いやそういう意味じゃないよ? 君はまだ中学生だしね? 普通の中学生は、もっと夏休みを満喫するものだしね?」

「普通じゃないのでそこは気にしないで下さい」

 

 所詮、自分は化け物だ。友達は最近、出来てきたが、その輪の中にはいかない。自身で一線を引いている。それに、彼女達だって化け物と友達なんてごめんだろう。

 ……何より、ヒーローは孤独の方がカッコ良いとかも少し思ってみたり。っと、のんびりはしていられない。それよりも仕事を進めなければ。

 

「やりましょうか」

「そうだね」

 

 そう言って、作業を始めた時だ。微妙な揺れが研究所を襲った。物が倒れるほどの大きさじゃないが、立っていても感じる程度には揺れている。

 

「……地震?」

「最近、多いっすねー」

 

 呑気な話をしつつ、非色はふと思ったことを聞いた。

 

「そういや、木山先生から連絡とか来ました?」

「何故だい?」

「あ、いやなんか釈放の話が来てたみたいなんで。ここには来るな、って言ってあるんすけど、やっぱり来てませんか?」

「来ていないね?」

 

 良かった、と非色は胸を撫で下ろしつつ、小さく伸びをする。さて、そろそろ受けに回っている場合ではない。目を付けられている以上、反撃の必要がある。

 でなければ、この子供達が目を覚したとしても、狙われ続ける事になる。

 

「……敵の事、そろそろ探すか」

 

 そう決めつつ、今は作業に集中している時だ。冥土返しが「あ、そうだ?」とふと思い出したように漏らした。

 

「そういえば、君に言われていたものを用意したよ?」

「あ、あれですか?」

「正直、専門じゃないから、調整は自分でやって欲しいけどね?」

「は、はいはい」

 

 言われて出してもらったのは、水鉄砲だった。それも、かなりコンパクトなタイプ。近未来の光線銃のような形がしていて、本来の銃のハンマーの部位には、何かネジがカチカチと回すギアのようなものがついている。

 

「これは?」

「そこで、弾丸のバリエーションを増やせるようにしたよ? 今、赤い線がついてる状態がデフォルト、つまりこれまで通りの液体が飛び出すけど、それを左に捻ると、射程が伸びる。逆に、右に捻ると縮むように出来ているよ?」

「へぇ〜、なるほどね」

 

 水鉄砲の射程は基本的に短い。と、いうのも、相手の動きを封じる為に、普通の水鉄砲のように細長く直進するのではなく、発射されると共に徐々に広がっていくようになっているが、当然、無限に広がるわけではなく途中で途切れて失速し、地面に落下する。

 が、今回作ってもらった改造型なら、飛距離によって液体の広がる面積と射程が反比例するそうだ。

 

「ちょっと撃ってみて良いですか?」

「大事な機材には当てないようにね」

 

 そう言われて、水鉄砲を使った。まずは短い飛距離から。最短にしてみると、わずか1メートルで霧吹きのように視界を覆った。もうこれでは捕獲は出来ないが、多人数戦での目眩しには使えるかもしれない。

 あまり汚してはいけないと思い、続いて今度は射程最大にしてみる。とりあえず、施設内の端から端を狙うことにした。

 直後、銃口から発砲されたのはいつもより遥かに細い液体が、1メートルほどの細長さで飛んで行った。施設の広さは縦に15メートルほど。その壁から壁の間をくっつけて見せた。

 その代わり、拘束できる範囲は少ない。足の甲の範囲程度のものだ。遠くから狙って撃って、拘束可能なのは片腕や片足だけ、と言った所だろう。何れにしても、使い分けが出来るのはありがたい。

 

「ありがとうございます。無理な注文を……」

「ただ、さっきも言ったけど僕の専門じゃないからね? 細かい調整は自分でやるか、専門の人に聞いてね?」

「はいはい」

 

 そう言いつつ、自分でやる気満々だ。前に使っていた銃だって自分で作ったわけだし、何の問題もない。

 少し次の戦闘にワクワクしつつ、とりあえず作業を再開した。

 

 ×××

 

 翌朝、目を覚ました非色はいつものようにいそいそ着替えと準備を始める。今日は、少し遠回りする予定だ。

 と、いうのも、そろそろ子供達を狙っている相手のことを調べておかなければならない。それに、自分をマークし始めた時点で、簡単に研究所に到着すれば、それはそれで怪しい。もしかしたら、非色でも気付かないレベルの尾行をされている可能性もある。

 ならば、ここはこちらがいつまでも受けに回っているわけでは無いと思わせる良いチャンスだ。

 

「……うしっ、行くか」

 

 そう決めた時だ。携帯に電話がかかってきた。名前は、佐天涙子。

 

「も、もしもし……?」

『あ、もしもし。非色くん? 今日暇?』

「え?」

『今から、うちのクラスに転校してくる子と遊びに行くんだけど、白井さんと初春がー……なんだっけ、乱雑解放? のことで会議でさ。代わりにどう?』

 

 まさかの遊びの誘いである。どうしたものか、と非色は悩んでしまった。何せ、友達からのお誘いである。絶対に行きたい。

 ……のだが、冥土返しにも「敵について調査するんで夕方くらいから遅れて行きます」と言ってしまった。

 何より、その乱雑解放とやらの事件にはとても興味がある。

 

「……あー、ごめん。実は俺、今日予定が……」

『えー、そうなの? 何?』

「え? えーっと……上条さんと、ラーメンを食べに」

『友達?』

「う、うん。この前、盛夏祭で知り合って……」

『そっかー、分かった』

 

 心が痛かった。嘘をついて断るとか……なんというか、普通に胸が痛い。なので、思わず考えもせずに言葉が出てしまった。

 

「う、埋め合わせするから!」

『え?』

「あ、いや……」

『じゃ、今晩は空いてる?』

「え?」

『みんなでお祭り行くの』

「……」

 

 もう少し考えてから言うべきだった。今晩……夕方に作業を開始し、大体19時過ぎまで。行ける、と見通しの甘さで判断してしまった非色は頷いて答えた。

 

「分かった。19時以降ならなんとか……」

『りょうかーい。じゃ、詳細はまた後でね』

 

 それだけ話して電話は切れた。非色は小さくため息をついて、思った。今日はハードになりそうだ、と。

 

 



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もうちょい隠せよ。

 その日の夜、非色は悩んでいた。とりあえず、風紀委員と警備員とMARとかいうよく分からない組織の会議を通気口の中から盗み聞きした後、その足で研究施設まで向かい、全力で作業中である。

 問題は、その作業が終わらないと言う事だ。その後に佐天とのお祭りがあると言うのに。だが、だからと言って適当な仕事は出来ない。人の命が掛かっているのだから。

 全力でキーボードを叩きつつ、時計を見る。残り、あと10分で待ち合わせ場所に行かないといけない。

 

「だーもうっ……!」

 

 仕方ない、先に連絡だ。携帯を取り出し、佐天に連絡を取る。

 

『もしもし?』

「あ、佐天さん? ごめん、30分くらい遅れるかも……」

『分かった。じゃ、御坂さん達と先に遊んでるね』

 

 それを聞いて、初めて二人きりではないことを知ったが、まぁそれならそれで助かった。ずっと待たせるハメにはならないから。

 かと言って、やはりあまり待たせるのは、やはり良いことではないだろう。

 

「……はぁ、なんだかなぁ……」

 

 ヒーローとは中々、世知辛いものだ。まぁ元々、自分の身体が普通じゃない時点で生きづらいものではあるのだが。

 とにかく、今は正確に早く手を動かすしかなかった。

 

 ×××

 

「非色くん、遅れて来るってさ」

 

 佐天が言うと、黒子が「そうですか」と呟く。その後輩の姿を見て、美琴がニヤニヤしながら聞いた。

 

「何、黒子。ショック?」

「ち、違いますわ!」

 

 顔を真っ赤にして怒る黒子。最近、立場が逆転して来ているのが、黒子の悩みでもあった。

 

「もう……いいから参りましょう」

「そうですね。せっかく来たんだし、楽しみましょう」

「うん。お祭り、楽しみなの」

 

 早めに誤魔化した黒子に、初春と春上が続く。せっかくのお祭りなのに、変態をいじめるのは時間の無駄だ。それはまたの機会にしたい。

 そんなわけで、五人はお祭りに混ざった。

 のんびりと歩きながら、まずはわた飴の屋台の中を覗き込んだ。その屋台の看板を見て、春上が首を傾げる。

 

「わた、あめ……?」

「春上さん、知らないの?」

 

 佐天が聞くと、春上は控えめに頷く。

 

「私……お祭り初めてなの」

「え、そ、そうなの?」

「うん」

「それなら、今日はうんと楽しまないとね」

 

 美琴がまとめるように言うと、春上は笑顔で頷いた。

 全員でわた飴の屋台の前の行列に並び、のんびり待機する。そんな中、春上がふと気になったように呟いた。

 

「そういえば、皆さんは『二丁水銃』って知ってるの?」

 

 それにいち早く反応したのは、やはり黒子だった。

 

「あら、春上さんも気になっておりますの? あの下品な男のことを」

「うん。知ってるの。困ってる人を助けてくれる、ヒーローさんって」

「春上さんも、ヒーロー肯定派なのね」

 

 美琴が口を挟むと、黒子の背中を叩きながら言った。

 

「あんたもいい加減、素直になりなさいよ」

「何の話だか分かりかねますわ。私が素直になるべきポイントが見当たりませんの」

 

 相変わらず、ヒーローを認める気は無いようだ。ここまでくると逆に可愛げがあるものだ。

 そんな二人のやりとりを見て、春上がキョトンと小首を傾げた。

 

「白井さん……ヒーローが嫌いなの?」

「え、あ、いや……」

「どうしてなの? あんなに人のために命をかけてるのに……」

「そ、そう言われるとそうですが……」

「もしかして、白井さんは悪い人なの?」

「……」

 

 純粋な瞳でそう言われると、黒子も強く反論しずらかった。流石に初対面に等しい相手に、強く言い返す事ができずに黙り込んでしまうと、隣から初春がニヤニヤしながら声をかける。

 

「ふふ、どうしたんですか? 白井さん。いつもみたいにムキーッと言い返さないんですか?」

「喧しいですの」

「……てことは、白井さんも実は二丁水銃のファン?」

「それは絶対にありませんわ!」

 

 佐天にも言われ、今度は強く言い返した。

 実際、この前のビッグスパイダーの一件で、佐天と美琴の中の株がバカ上がりしていた。それが、黒子には気に食わなかった。

 三人でからかい合ってる絵を見ながら、初春は春上に声を掛けた。

 

「ちなみに、春上さんはヒーローさんの何処が好きなんですか?」

「え?」

 

 この中で一番、ヒーローに対して興味がない初春は、正直、今までもどうでも良かった。

 しかし、これからのルームメイトが好きというのなら、少しくらい知っておいた方が良いと思った次第だ。

 

「実は……前に、ヒーローさんの活躍を見たことがあるの」

「そうなんですか?」

「その時のヒーローさん、とてもカッコ良かったの。敵が発火能力者なら、近くの噴水を利用して対応して、電撃使いなら近くの車のタイヤをつかって反撃して、水流操作ならガードレールで打ち返してたの」

「……最後のは意味あったんですか?」

「さぁ……」

「水流操作によって操作すべき水を分散させる為ですわ。高位能力者でない限り、飛び散った水を再びくっ付けるのは手間がかかりますので」

 

 戦闘分野も得意な黒子が解説した。他にも、地面が水を吸い込めばその水は使えないとか色々と理由はあるが、要するに隙を作るためだ。

 

「とにかく、そういう能力者相手にも怯まずに足掻く所がカッコ良いの」

「なるほど……今度、監視カメラの記録をハッキングして探してみようかな……」

「初春……?」

 

 佐天が心配そうに初春の顔を覗き込んだ。この見た目からは想像がつかない意外なじゃじゃ馬は何をする気なのだろうか。

 そうこうしていると、屋台の列が空いて自分たちの番になった。

 

「お、来たわね」

「こういうのもたまには悪くありませんわね」

「そういえば忘れてましたけど……白井さんも御坂さんもお嬢様なんですよね……」

 

 お嬢様が、お祭りに並んでわた飴を食べる……よくよく考えたらすごいことだなぁ、と思いつつ、とりあえず購入した。

 

 ×××

 

「よし、終わった!」

 

 まるで夏休みの宿題を終えた子供のようにそう叫ぶと、慌てて荷物を引き出した。

 

「もう行くのかい?」

「すみません、あとお願いします!」

「気を付けてね?」

 

 ヒーローと学生の両立は大変である。研究所を飛び出すと、ジャンプして電柱の上に乗り、さらにそこから大急ぎでお祭りの会場に向かう。

 とりあえず連絡をしなければならない。屋根の上を移動し始めた。今は夜だし、ほとんどの人がお祭りに向かっているため、マスクはつけなかった。

 とにかく必死に走りながら佐天に電話をかけた。流石に楽しんでる間は出ないか……と思ったが、すぐに応答があった。

 

「もしもし?」

『あ、非色くん? 遅いよ、何してんの? もう8時過ぎてるよ?』

「ご、ごめん……! 思ったより手間取って……今向かってるから!」

『良いけど……今から、花火だから。なるべく急いでね』

「了解!」

 

 そう言ったので電話を切ろうとした時だ。向こうから「え?」という聞き返す音が聞こえた。

 

「何?」

『あ、ううん。白井さんが迎えに行ってくれるって』

「え」

『位置情報送ってくれる?』

「いや、いいよ! 自分で行くから!」

『いやいや、もうホントすぐ始まるんだから。早く送って』

「うっ……は、はい……」

 

 自分の弱さが情けなかった。仕方なく位置情報を送りながら、ビルの上から飛び降りる。路地裏に着地すると、また向こうから声が聞こえた。

 

『今、白井さんが行ったよ』

「はいはい」

『……ていうか、場所遠いね。こんな所で何してたの?』

「ち、ちょっと、ね……」

 

 言えない、子供を助けてたなんて言えない。

 

「じ、じゃあ、待ってるから。とりあえず切るね」

『うん』

 

 それだけ話して、とりあえず立ち去ろうとした時だ。自分が降り立った路地裏の奥から、ガラと頭の悪い声が聞こえてくる。

 

「おい、兄ちゃん」

「痛い目見たくなかったら金出しな」

 

 ……もうホントいい加減にして欲しかった。こうなった以上は、口を出さないわけにいかない。

 

「まったく、ここから動いちゃいけないって時に……!」

 

 とりあえず、出動した。

 

 ×××

 

「もう、何処に行ったんですの? あの方は!」

 

 到着したのに誰もいない路地裏で、黒子は辺りを見回していた。本当に落ち着きのない人だ。こういう時は本当に「やっぱあの方を好きではありません」と宣言できる気がする。

 

「全く……引き返しましょうか……」

 

 と、思った時だ。路地裏の奥から、バギッという鈍い音が響く。それにより、一瞬で目の色を変えたのはさすがと言うべきか。すぐに奥へ進んだ。勿論、浴衣姿であるためうまく戦えない。

 そのため、念のために持ってきておいた数本の金属矢を手にしている。が、用心する必要はなかった。奥から姿を現したのは、見知った顔だったから。

 

「ふぅ……終わっ……あっ」

「……何してますの?」

「いや、奥で絡まれてる人がいたから……」

「……」

 

 呆れて黙ったわけではない。単純にジト目になった。二丁水銃を否定しておきながら、やってる行動はヒーローと同じ、その事に本人が気づいていないはずがない。

 黒子は、ふと初めて会った時の会話を思い出した。今思えば、あの時の会話は「二丁水銃を嫌っている」と言うより「二丁水銃を嫌っている自分に合わせた」ように見える。

 それに、この体格……今更になって声も似ている気がしてきた。もしかして、やっぱりこの人……と、思った時だ。

 

「白井さん、行かないんですか?」

「あ、す、すみません。参りましょうか」

 

 純粋な目で問われてしまった。そうだ、今はお祭りが大事である。とりあえず、非色の手を取ってテレポートを始めた。

 あまりにも場所が遠かったため、何箇所かを刻んでテレポートして移動する。こうして空を飛ぶのは中々に新鮮な感じがした。

 そんな油断し切っている非色に、黒子がカマをかけるように聞いた。

 

「……ちなみに、非色さん?」

「何ですか?」

「今日はこんな時間まで何を?」

「え?」

「中学生がお一人で夜の街を徘徊するのは、あまり感心しかねますの」

 

 それを聞いて、非色は思わず目を逸らす。大きくて要らないウドの大木の様なお世話だが、それ以上の懸念がある。まさか、事件に首を突っ込んでいることを疑われているのだろうか? と。

 しかし、その可能性は頭の中で振り払う。疑われている、と思うのは実際に首を突っ込んでいるからだ。つまり、あくまで自然な対応をしないといけない。

 自然に……自然に……。

 

「え、な、なんで? どゆこと? ホワーイ? 意味わからないなー聞いている意味が?」

「……」

 

 あからさまに怪しい。まぁ、怪しいと思っただけでも大きな収穫だ。また油断した時に問い詰める事にした。

 花火を見物する場所に到着すると、その場所は、まるで花火を見るための場所のような高台だった。

 その絶好のスポットに女の子が四人、浴衣姿で待っていた。そこでようやく、非色はハッとして黒子を見た。今更だが、浴衣を着ている。

 

「……あ、白井さん。浴衣、お似合いですよ?」

「ーっ!」

 

 今更か、と頭に来たのと、唐突に褒められたことによる羞恥心が複合した黒子の反応は早かった。速攻で非色の肩に手を置くと、テレポートさせて高台から落とした。

 

「ええええぇぇぇぇ…………ッッ‼︎」

 

 落下していく男一人を見て、その場で全員が軽く沈黙する。その直後、花火が上がった。あまりのタイミングに、全員が一周回って笑いそうになった。

 

「……あの白井さん」

「あんた何やってんの?」

「見に行って参りますの」

 

 初春と美琴にジト目で睨まれ、慌てて下に跳んだ。

 そんな話はさておき、だ。残った四人は花火をのんびりと見上げる。学園都市の技術によって様々な色や形の花がほんの一瞬だけ咲き誇る。それらが舞い散っては、また新たな花が咲くその様子に、その場にいた全員が心を奪われた。

 

「綺麗ね……」

「はい……目の前で殺人未遂が起こらなければもっと……」

「いや、落ち着きすぎでしょ……」

 

 まぁ、何となく平気な気がしてるから落ち着いているわけだが。

 そんな時だ。ずっと黙っていた春上に、初春がふと顔を向けた。何か様子がおかしい。

 

「春上さん?」

「……なの」

「え?」

「昔、皆と一緒に花火を見たの……」

「……」

 

 それを聞いて、初春は黙り込んでしまう。その「みんな」が誰なのか知らないが、大体の察しはつく。要するに、自分とルームメイトになる前の友達だろう。

 そんな時だ。春上がそのままの様子でふらふらと歩き始めた。

 

「……春上さん?」

「何処……何処なの……」

 

 直後、足元が小さくグラつき始めた。

 

 ×××

 

 高台の真下に降りた黒子は、非色を迎えに行ったのだが……平気な顔で立っていた。

 

「いってて……な、何するんですかいきなり……」

「ぶ、無事ですか……良かった」

 

 ホッと小さい胸を撫で下ろす黒子。すると、ドドォンッと胸に響く音が遮った。ふと顔を見上げると、木に隠れて見えないが花火の光だけが目に届いた。

 

「ああ……始まっちゃったよ……」

「も、申し訳ありません……つい、気が動転して……」

「良いですよ。そもそも遅れた俺が悪いんですし」

 

 そう言いつつも、微妙に肩を落としているのが丸分かりだった。流石に申し訳なく思い、黒子は非色に手を差し出した。

 

「さぁ、戻りますわよ」

「あ、はい……」

 

 そう言って跳ぼうとしたときだ。黒子の携帯に電話がかかって来た。名前を見ると、支部で居残って情報収集をしている固法美偉からだった。

 

「もしもし?」

『あ、白井さん? 例の乱雑解放の件で一つ、分かったことがあったの』

「! なんですの?」

『ここ最近の乱雑解放と多発する地震……これって、何者かが誘発している可能性があるって話なんだけど……』

 

 と、美偉が言いかけた直後だった。二人の足元がグラリと揺れる。いち早く気付いたのは非色だった。すぐに動こうとしたが、徐々に揺れは大きくなり、さっきまで上にいた高台に亀裂が走る。

 

「ヤバい……!」

「非色さん、下がっ……ちょっ⁉︎」

 

 浴衣が動きづらい、というのは見れば分かった非色は、近くにいた黒子を担ぎ上げた。その上で、崩れてくる瓦礫の上に飛び移りながらジャンプして行く。

 

「っ、く、黒子!」

「非色くーん!」

 

 その途中、見かけた美琴と佐天の手を掴んでいき、さらに自分の上に引き上げた。両肩に二人と、その上にさらに一人を担いでいる。

 

「ふんぐっ……お、重たい……!」

「「「誰が?」」」

「言ってる場合か! 残り二人は⁉︎」

「あそこ!」

 

 佐天が指差す先には、初春と春上が座り込んでいる。瓦礫の落下に巻き込まれてはいなかったが、その二人の上に街灯が倒れ込みかけている。ここから助けに行くには、非色ならひとっ飛びでいけるが、両肩にいる三人が無事でいられる保証はない。

 

「白井さん!」

「お任せあれ!」

 

 直後、黒子は佐天と美琴を連れて安全圏までテレポートした。おかげで両肩が軽くなった非色は一気に加速する……が、非色が助ける前に、イカつい鎧がその瓦礫を打ち払い、二人を庇うように現れた。

 

「っ……!」

 

 加速してしまった非色は、何とかその二人と駆動鎧を避けて着地する。

 

『大丈夫?』

 

 機械音声が聞こえ、初春と春上は顔を上げる。駆動鎧のマスクから顔を出したのは、若い女だった。

 

「あ、MARの隊長さん……!」

「テレスティーナ、で結構よ。風紀委員のお嬢さん」

 

 MAR、と言えば、この前、非色が通気口から盗聴した風紀委員と警備員の会議に参加していた組織である。

 聞いた話によれば、MARとは警備員の先進状況救助隊で災害時に出動する組織らしい。今は乱雑解放と地震において尽力している……との事だが、何処となく胡散臭い。特に、隊員全員に駆動鎧を支給している辺りが。

 

『あなたも、協力感謝するわ』

「いえ、別に……」

 

 小さく非色は返事をして顔を背ける。今はあまり馴れ合うべきじゃない。

 その様子を眺めていた黒子は、ほぼほぼ確信した。あの動き、どう足掻いても無能力者には無理である。ただ一人を除いて、だ。

 

「……」

 

 だが、今は問い詰める時ではない。また助けられてしまったわけだし、それに巻き込まれた以上はまず乱雑解放の捜査からである。

 そう決めると、とりあえず佐天と美琴の安否を確認した。

 

 



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女の子はデリケート。

 花火を鑑賞する絶好のスポットは、一転して事故現場となってしまった。その現場を、非色はなるべく巻き込まれないように遠巻きに見ていた。

 まずは瓦礫を退ける作業からだが、それらは全て駆動鎧によって行われている。改めて、異常な光景だ。学生を守る警備員なら当然と言えば当然かもしれないが、MAR隊員、全員にあの鎧を配布している、というのは明らかに異常だ。まずその資金はどこから来るのか。資金があっても、駆動鎧を作る素材だって無限ではない。

 ここまで学園都市が資金をかける組織、なんて信頼に値するはずがない。

 とりあえず油断しないようにしていると、後ろから美琴が声をかけて来た。

 

「ねぇ、非色くん」

「? あ、み、御坂さん」

「さっきはありがとう、助かったわ」

「い、いえ……別に大したことは……」

「大したことよ。……重いって言ったのはいただけないけど」

「す、すみません……」

 

 本当、自分の身体能力を活かす場があると口が軽くなるのは悪い癖だ。いつか、痛い目を見そうな気もする。

 

「でさ、MARの隊長さんがお話聞きたいって」

「え、な、何で俺に?」

「それは、あなたが私達の代わりに生徒を助けてくれたからよ」

 

 別の声が割り込んできて、ふと顔を上げた。そこにはメガネの美人さんが立っていた。

 

「初めまして、固法非色くん。私はテレスティーナ・ライフラインよ。よろしくね?」

「あ、はい。……え、何で俺の名前を?」

「ふふ、これでも警備員だもの。特徴のある生徒の名前は大体、覚えているわ」

 

 その特徴、とは何が基準なのだろうか? 自分は目立つ真似はしていないはずだ。少なくとも、警備員に注目されるような真似は記憶にない。元々、胡散臭い組織なのだ。バックに学園都市の上層部が絡んでいるとしたら、超人兵士作成計画も知っていておかしくない。

 つまり、あの実験は成功していて、その上で自分が二丁水銃の正体であるという結論を出し、今はカマをかけられているのかも……飛躍のし過ぎかもしれないが、そう思うと大ピンチだ。

 

「……そ、そうですか……? 俺、特徴あります?」

 

 とりあえず、そう聞きつつ美琴の背中に隠れた。こういう時のすっとぼけた演技は出来ない。それなら、第三者を混ぜてカマかけをしづらくさせるのがベストだ。

 

「非色くん?」

「……あら、怖がらせちゃったかしら?」

「……」

 

 目を逸らす。すると、テレスティーナは小さくため息をついた後に、微笑んだまま言った。

 

「ふふ、ごめんなさいね。事故にあったばかりだものね。また今度、お話ししましょう」

 

 それだけ言うと、テレスティーナは立ち去って部下の元に戻っていった。その背中を眺めながら、非色は美琴の背中から顔を出す。

 

「ふぅ……」

「どうしたの?」

「いや……初対面の人は苦手で……」

「あー……」

 

 そういえば、自分と初めて会った時もなんかよそよそしかった気がする。本当にデカイ図体して気が弱い子だ。

 

「とりあえず、今日はもう帰りますね。俺、疲れましたし」

「え、ええ、そうね。……というか、私も帰らないと……寮監に、バレる前に……」

「え?」

「な、なんでもない! 黒子?」

「はい、戻りましょう」

 

 そう決めると、近くで眠ってしまった春上に付き添った初春と佐天も頷いた。

 

「そうですね。そろそろ帰らないと」

「春上さんは……どうしましょうか?」

「MARの人達が言うには寝てるだけって言うし……今日は寮で寝かせてあげたら?」

「あ、そ、そうですね」

「では、私がお送りしますわ」

 

 初春の力では、女の子を長距離おんぶしていく事は出来ない。そのため、黒子が名乗りを挙げたのだが……その黒子に美琴が口を挟む。

 

「ちょっ、ダメよ黒子。今の騒ぎで、もし私達の事が寮監に知れたら……」

「……」

 

 返事をするまでもなく、黒子は顔を真っ青にした。この流れは、もうこれしか無いだろう。

 

「じゃあ、俺が運びましょうか?」

「……良いのですか?」

 

 非色が声を掛けると、黒子が片眉をあげる。

 

「大丈夫ですよ。俺、こう見えて力持ちですし」

「いや、それ割と見たまんま」

「本当ね」

 

 佐天の的確なツッコミと、美琴の同意が炸裂し、非色は気まずげに目を逸らした。

 

「じゃあ……すみません、お願いします」

「うん」

 

 頷くと、非色は春上に手を伸ばす……が、その手が止まった。それを見て、4人とも小首を傾げる。

 

「……どうしました?」

 

 初春に聞かれて、非色は微妙に赤くなったままな顔で答えた。

 

「あの……お、女の人って……どう持ち上げれば良い、のかな……」

 

 要するに、どこを持てば良いのか、という話だ。「……」という沈黙が頭上に表示されそうなほど、四人は黙り込む。

 やがて、まず呆れたように口を開いたのは佐天と黒子だった。

 

「……別に、変な目で見ないから好きなとこ持ちなよ」

「さすがに胸やお尻はどうかと思われますが……」

「え、そ、そう……?」

「場合が場合ですからね」

 

 初春もウンウンと頷く。言われるがまま、非色は緊張気味に喉を鳴らしつつ、脇腹に手を置いた。グイッと持ち上げようとする前に、女の子特有の柔らかさが手に伝わる。

 

「っ……」

 

 これはー……どう持てば良いのだろうか? 背中に背負ったり正面から抱き上げたりすれば、確実に今持っている脇腹以上に柔らかい部位が身体に当たる。

 しばらく考え込んだ結果、強引に持ち上げて肩に担ぎ上げる事にした。

 

「「「「いやいやいやいや」」」」

 

 当然、他の四人からストップが入る。

 

「女の子をその持ち方はないでしょ」

「春上さんを備品のような持ち方しないで下さい!」

「デリカシーってご存知ですの?」

「うん、流石にそれはね……」

 

 総袋叩きである。正直、少し不貞腐れそうになった。が、まぁ言わんとしていることは分かるので、別の持ち方をする事にした。

 しかし、他にどう持てば……と、思った結果、今度は左脇腹と左腕で挟むように抱えてみた。

 

「だーかーらー! 物扱いするなっつーの!」

「いい加減にして下さい! 人見知りにも限度があります!」

「あなた、バカなんですの? それとも学習能力が無いんですの?」

「非色くん、女の子はモノじゃないんだよ?」

「じゃあどうすりゃ良いの!」

 

 二度目には思わず言い返してしまったが、そもそも女子に男子が口で敵うはずがない。

 

「何逆ギレしてんの⁉︎ 逆にあんたがそういう持たれ方したらどう思うのよ!」

「そうですよ! 普通、おんぶとか抱っことか……子供の時にご両親にされた持ち方があるでしょう⁉︎」

「他人の目というものがありますの! 寝ているから良いとか、そういう問題ではありませんわ!」

「それとも思春期なの? そんなに女の子を抱っこするのが恥ずかしい?」

 

 そんなこと言われても、置き去り上がりで親の顔も覚えていない非色には難しい事だ。

 小さなため息を漏らした非色は、もう泣きそうになりながら持ち方を悩ませると、一つだけあった。この前、別の人にやったばかりのあの持ち方だ。

 思いつくと、春上の身体を胸前に移動し、背中と膝の後ろに手を回して持ち上げた。所謂、お姫様抱っこだ。

 

「あら」

「まぁ」

 

 佐天と美琴が思わず口に手を当てる。さっきまでとは一転してニヤニヤを抑えるような笑みを浮かべる。

 この人達、情緒不安定? と非色が眉間にシワを寄せた時だ。

 

「うん、まぁそれなら良いんじゃない?」

「初春もこれなら文句ないでしょ?」

「は、はい……」

 

 初春も控えめに頷いた。まぁ、結論は出たようなものだ。

 

「えーっと……じゃあ、帰ろうか。初春さん。佐天さんも一人じゃ危ないから一緒に帰ろう」

「は、はい……」

「ありがと」

「お姉様私達も帰りましょう秒で」

「あ、うん。……え、秒で? あんたほんとに黒子?」

 

 そう言いつつ、二人の常盤台生は消えた。そんなわけで、柵川生達も帰宅を始める。

 

「そういえば、非色くん。こんな遅刻するまで何してたの?」

「え? えーっと……」

 

 どうしたものか、と悩みながら非色は目を逸らす。言えない、子供達の事は。

 

「ち、ちょっとね……」

「ちょっとなんですか?」

 

 初春も小首を傾げる。なんとか誤魔化そうと考えていると、佐天は畳み掛けるように言った。

 

「そう言えば、最近たまにちょいちょい連絡取れなくなるよね」

「あー分かります。もしかして、部活か何かですか?」

「バイト……は無いか。中学生だもんね」

「……もしかして、何か危ない事してるんですか?」

「え、えっと……」

 

 ダメだ、やはり女性は苦手だ。コンビを組まれると返す言葉が見つからないし、そもそも返す隙も与えてくれない。

 そのため、リアリティのある嘘をつく必要があるのだが、そんな都合良くは……あ、いやあった。

 

「じ、実は最近、上条さんとか黒妻さんと遊んでて……」

「あ、友達と?」

「そ、そう! そうなの。だから……」

「もしかして、今日もですか?」

「き、今日も!」

 

 そっかー、と二人とも納得してくれて、とりあえずホッと息を吐く。なんか、友達関係も築くのが疲れて来た。遊ぶ分には楽しいけど、嘘をつく胸の痛みが激しい。

 ……こんな事なら、距離置こうかなぁ、なんて思わず考えてしまうほどだ。まぁ、距離の置き方なんて分からないわけだが。

 とりあえず、今は話題を逸らすべきだろう。そう決めて、非色はそもそもの話をした。

 

「……ていうか、さっきから気になってたんだけどさ」

「何ですか?」

「この子、誰なの?」

 

 聞かれて、思わず佐天も初春もズッコケかけた。そういえば、まだ紹介していなかった。

 

「す、すみません! まだ言ってませんでしたね。こちらは春上衿衣さん、私の新しいルームメイトで、秋から同じ柵川中学に通う一年生です」

「あ、そうだったんだ……」

「ホントはちゃんと紹介したかったんだけどね。非色くんの事はまだ紹介出来てないし……」

「……」

 

 正直、これ以上、正体を隠す対象が増えるのはごめんなのだが……まぁ、佐天はどうだか知らんけど、初春はどうせしばらくはお互いに忙しくなるのだ。気にする必要はないかもしれない。

 それ以上に気になる事がある。この時期に転校生、それもルームメイトとして捻じ込まれている。親の都合、という事はない。だって一人暮らしの初春の部屋に越して来るのだから。

 考えられる一番高い可能性は、自分のような置き去り出身という事だ。

 

「……」

 

 ならば、その辺は触れない方が良いだろう。そう決めると、とりあえずのんびりと初春の部屋に向かった。

 

 ×××

 

 一方、その頃。寮監からこってり縛られた二人は、とりあえず部屋で浴衣を脱いでパジャマに着替える。

 相変わらずムカついているのか、黒子はむすっと難しい顔をしたままだ。

 

「あんたねぇ、少しは機嫌なおしなさいよ」

「いえ、少し考え事をしていまして……固法非色と二丁水銃について」

「また?」

「もう決まりですわ。……正体は、おそらく固法非色ですの」

「なんで?」

 

 聞くと、黒子は今日あったことを話した。迎えに行ったら見知らぬ人のために戦っていた事。そして、その後に美琴や佐天、自分を助けた身体能力、全てが物語っている。

 話を聞いて、美琴は顎に手を当てる。

 

「……うーん、まぁわからなくもないけど……でも、だとしたらどうするの?」

「今は、どうもしませんわ。乱雑解放についての方が先ですし。……ただ」

「ただ?」

「そうなると、最近の固法非色の行動が気になりますの。今日も、待ち合わせ時間が過ぎても来なかったりと、忙しなく動いている。という事は、私達に知られてはいけないことをしている、という事でしょう」

 

 なるほど、と美琴は頷いた。

 

「悪いことしてる、って事?」

「いえ、それは無いでしょう。証拠はありませんが、流石にヒーローなんてしている身で悪事に手を染める事は無いでしょう」

 

 少なくも、ヒーロー活動には真摯に打ち込んでいる様子だし、問題無いはずだ。あっても、正体を掴んだ今、通報すれば済む話だ。

 

「それよりも、何をしているのか、という所ですの。非色さんはAIMバースト後に警備員の護送車を襲撃し、木山春生の子供を助けると約束していますわ」

「つまり、非色くんがしてるのって……!」

「ええ、その事でしょう」

「なら、私達も……!」

「申し訳ありませんが、私にはそれは出来ませんの。乱雑解放の事件を追わなければなりませんから」

 

 それを聞けば、確かに美琴も頷かざるを得ない。

 

「……あ、乱雑解放といえば、一つ気になることがあるわよ」

「え?」

「さっきの地震の直前、春上さんの様子がおかしかったのよ。急に遠い目をしたと思ったら『どこ……どこなの……』って呟きながら歩き出して……」

「地震の、直前に……?」

「そう。その後、気絶しちゃうし……様子も普通じゃなかったし、少し気になったわね」

「……」

 

 顎に手を当てて悩む黒子。美偉からは乱雑解放は何者かに引き起こされている、という情報もあったし、もしかしたら……。

 そう思った時だ。美琴が微笑みながら声をかけた。

 

「じゃ、こうしましょう? 私が非色くんについて調べるわ。だから、黒子は乱雑解放について調べる」

「よろしいのですか?」

「良いの良いの。どの道、私も木山先生の生徒については気になってたしね」

「……では、そうしましょうか」

「うん」

 

 そう言うと、二人はとりあえず眠る事にした。

 

 



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鬼ごっこは賢い奴が勝つ。

 翌日、黒子は美偉と一緒に書庫で春上の記録について調べていた。が、目新しい事は何も書かれていない。能力は精神感応のレベル2ということだけ。

 

「うーん……違うんでしょうか」

「でも、乱雑解放が起こる前に彼女の様子がおかしくなったのは間違い無いんでしょう?」

「はい。お姉様から聞いた話ですが……」

 

 自分が実際にその場にいればもう少し詳しく状況を把握できただろうに……と、少し後悔していた。

 

「そういえば、白井さん。昨日は弟と遊んでくれてたんだって?」

「え?」

「ありがとね。あの子、いい歳して友達もいないんだから」

「い、いえいえ……」

 

 言えない、花火の最中に能力使って落としたとは言えない。

 

「でも、それなら私も行けば良かったなぁ……」

「次回からはご一緒しましょう。多分、非色さんもそれを望んでいますし」

「ふふ、ありがと」

 

 そういえば、姉の美偉は非色がヒーローかもしれない、という事を察しているのだろうか? いや、知らないとしたらどう思うのだろうか。

 気になるところだが、聞かない。もしかしたら、姉弟間に亀裂を生む事になるかもしれないから……。

 少し悩ましく思いながらデータを読んでいる時だ。

 

「白井さん、これ……!」

「え?」

 

 美偉が指差す列には「特定波長下においては、例外的に能力以上の力を発揮することもある」と書かれていた。

 

「先輩……まさか」

「……ええ、この線で調べてみましょう」

 

 そう決めると、とりあえず行動方針は決まった。

 

 ×××

 

 一方、その頃。美琴は非色の事を尾行していた。前の鍋会で家は抑えていたので、後はマンションの前で張り込んでいれば出てくる、と睨んでのことだった。

 非色はリュックを背負ってマンションの入り口から出て来て、そのまま街を歩く。その後ろを、少量の砂鉄を操り、靴の中にいれて発信器代わりにして後をつけた。

 砂鉄は常に自分の手元に残しておき、非色の居場所を辿れるように道を作る。残りが少なくなるほど遠くにいるということが分かるわけだ。

 

「……」

 

 今の所、彼に目立った動きはない。のんびりと街を歩いているだけに見える。コンビニに立ち寄って揚げ鶏と飲み物を購入して食べ歩きしたり、図書館に立ち寄って化学の本を読んだり、と普通の事をしている。

 ……いや、普通ではない。行動自体は普通だが、本当に今日、これをやる予定だったのか? と問われれば微妙な所だ。まぁ、今日はテキトーにプラプラ歩く、という予定であったのなら、やはりおかしなところは無いが。

 本棚に本を戻すと、非色はトイレに向かう。午前中から揚げ鷄の食べ歩きなんてするからそうなるのだ。

 流石に中には入れないのでしばらく待機する。せっかくなので、図書館にもある漫画を読むこと10分が経過した。

 

「……」

 

 遅過ぎる、と思うのと、発信器代わりの砂鉄の数がかなり少なくなっていた。

 

「マズい……!」

 

 奥歯を噛み締めて、まずは女子トイレに入る。窓から出た、というのは考えるまでもないことなので、自分も窓から出た方が早い。

 隣の男子トイレの窓から砂鉄が続いていたため、砂鉄を回収しつつ後を追う。運動神経は普通の学生以上である自覚があった美琴だが、非色はそれよりも早い。あの体格だから不自然な事ではないが、このままでは砂鉄が無くなってしまう。

 そのため、道に落ちてる砂から砂鉄を作り出しながら走った。

 

「クッ……どこいったあいつ……!」

 

 とにかく砂鉄を追いながら悪態をつく。というか、尾行に気付かれている事に驚いた。砂鉄があったから一定以上の距離は置いていたし、なるべく視線も送らないよう細心の注意を払っていた。まさか気付かれるなんて思っていなかった。

 このままでは引き離される……と、思った直後だ。ふと手元の砂鉄を見ると、量がそれなりに多くなっているのが見えた。どうやら、非色は「撒いた」と判断したのか、足を止めたようだ。

 スピードを緩めているのか、それとも目的地に着いたのか分からないが、とりあえず砂鉄の回収を止めて慎重に後をつける。

 路地裏に入り、しばらく歩いていると、砂鉄が建物の中に入って行った。

 

「……セブンスミスト?」

 

 まさか、まだ尾行されている事に気付いているのだろうか? 流石にあれだけ距離を離されても尚、尾行に気付いていているとなるとお手上げなのだが……いや、大丈夫のはず、と思いつつ、セブンスミストに入った。

 中を歩き、慎重に砂鉄を追う。無いとは思うが、念には念を入れて奇襲を警戒した。電磁波によって奇襲など通用しないが、万が一にも彼の殴打をもらえば一発で気絶する。

 その砂鉄を追って曲がり角を曲がった時だ。ちょうど、そのタイミングで非色が曲がり角から出て来た。

 

「わっ……み、御坂さん?」

「っ……!」

 

 あっさりと尾行対象が姿を現し、思わず身構えてしまった。

 

「何してるんですか? こんな所で……」

「え……えっと……か、買い物! 買い物しようと思ってて……」

「そうですか……」

 

 慌てて砂鉄を隠しながら作り笑いを浮かべる美琴。

 

「ひ、非色くんはどうして?」

「や、なーんかつけられてた気がするんですよ、マンションから。だから犯人が罠にかかるまで待ってたんですけど……」

 

 ドキリ、と美琴の心臓が高鳴った。多分、自分じゃなかったらバレていた。知り合い補正が働いて、自分が犯人だと思われなかったのだろう。

 

「……あれ、でも今は視線を感じないや」

「あ、あはは……」

 

 何という感覚。第六感と言っても過言がないレベルで嗅ぎつけていた。

 まぁ、こうなったらこうなったで、問い詰める方法はいくらでもある。美琴はすぐに作戦を切り替えた。

 

「そ、それよりさ、今暇なの? 暇なら、私の買い物に付き合ってくれない?」

「えっ……あ、いや……暇では……」

 

 すると、急に目を逸らす非色。やはり、これから何かヒーローとして活動するつもりなのだろう。誤魔化すのが下手で助かる。

 

「暇じゃなかったら何なの?」

「い、いや、その……ひ、人と会う約束してて……」

 

 コミュ障の癖に、中々良い断り方をする。だが、想定内だ。

 

「それいつ終わるのかしら?」

「えっ、えーっと……えーっと……」

 

 なんかもう必死になって言い訳を探している姿は愛嬌すら感じるものがあった。その姿を見て、小さく頷いている時だ。

 そんな時だった。非色の携帯がピリリリっと鳴り響く。電話のようだ。

 

「す、すみません……」

「ううん」

 

 非色は携帯を耳に当てて離れる。勿論、美琴は後をつける真似はしなかったが、軽く電波を飛ばした。電話の盗聴は正直、気が引けるが、非色に協力者がいると思うと、やはり話を聞かないわけにはいかなかった。

 

「……あ、もしもし、木山先生ですか?」

『ああ、私だ』

 

 木山、の名前が出た直後、美琴の表情は強張る。捕まったはずの彼女が、何故、もう出所しているのか。

 実際、非色もその話を聞いたのは昨日の夜中だった。寝る前に電話がかかって来て、とりあえず今日、落ち合う事にしたのだ。

 

『何をしているんだ? もう待ち合わせの時間を過ぎているぞ』

「……すみません。ちょっと俺自身も立場を危うくしているみたいで、つけられてました。撒いたと思ったら、今は御坂さんに見つかって……」

『そうか……やはり、この子達を欲している連中がいる、という事だな?』

「おそらく……何に使うつもりかは分かっていませんが」

『……チッ』

 

 木山は小さく舌打を放つ。子供を実験動物にしようなど、正気の沙汰ではない。この街の科学者は何処まで腐敗しているのか。

 

「それで、考えたんですけど……とりあえず、木山先生は子供達のいる施設に向かってください」

『……大丈夫なのか?』

「大丈夫かは、正直分かりませんけど……俺でも二丁水銃でも、今はマークされています。なら、木山先生が冥土返しさんと一緒に『元脳医学者』という体で行動してくれた方が怪しまれませんし、安全だと思います」

 

 少なくとも、学生と医者が一緒に歩いているよりは自然だろう。それも、頭の中まで筋肉に見えるガタイを誇る学生なら尚更だ。

 

「勿論、細心の注意は払って下さいね。おたくの赤いポルシェなんかで移動したらガッツリ目を引きますし」

『あ、ああ、分かってる。では、失礼する』

「はいはい。勿論、俺に出来ることがあれば協力しますよ。多少、荒っぽい事でも」

『ありがとう』

 

 そこで電話を切った。ふぅ、と非色は息を吐く。敵も中々、侮れない。学園都市は科学者の味方なのだ。ならば、いっその事、学園都市自体が敵だと思った方が良い。

 とりあえず、このままの足でMARの事を調べようと思った時だ。

 

「ねぇ」

「ひえっ⁉︎」

 

 急に声を掛けられ、肩が震え上がった。

 

「今の会話はどういう事かしら?」

「か、会話? 何の話?」

「私、電話から盗聴も出来るのよ」

 

 そう言いつつ、人差し指と親指の間に稲妻を走らせる美琴。だが、そんな事は美琴にとってどうでも良い。それよりも重要な事がある。

 

「あんた、まさか……」

「違うよ?」

「何が? まだ何も言ってないけど」

 

 言われる事を予知していたような返しだ。美琴の視線はさらに鋭くなる。コレはまずい、と思った非色は、さっきまでの会話で何を言ったのかを反復させた。

 ……そうだ、まだ「自分=二丁水銃」という事は明言していない。ならば、こうする他ない。

 

「え、えっと……アレだ。実は……俺、二丁水銃と知り合いなんですよ!」

「……はい?」

 

 俺でも二丁水銃でも、今はマークされています。というセリフがネックだった。それでも、同一人物とは言っていない。ここをうまく使えば良い。

 

「二丁水銃さんに聞いた話だと、木山春生さんの生徒を助けるために奮闘していますが、そのためには木山先生と面会する必要がありました。が、面会にあの格好では行けない、とのことで俺に代理人を任せたんです」

「……なんであんたなのよ」

「そ、それは……そう。前に婚后さんを助けた時の喧嘩を見てたみたいで……!」

 

 微妙に整合性は取れていないが、それならあの時から面会に行っていた事にすれば良い。そもそも、ヒーローだって本当に自身の代理人を選ぶつもりならそれなりに時間はかけるだろうし、むしろリアリティがあるかもしれない。

 ……だが、それ以上に美琴の直感が「嘘を言っている」と告げた。まぁ、証拠もないのに友達を疑う事に気が引け、すぐにため息をついた。

 

「はぁ……まぁ、それならそれで良いわ」

「ほっ……」

 

 あからさまに目の前でホッとしている。この子、本当に隠すつもりあるのだろうか? 

 

「……でも、その話には混ぜなさい」

「……はい?」

「だって、私だって木山先生の過去を見てしまったもの。それに、彼女が釈放されているって事も気になるし……無関係ではないわ」

「どうしても?」

「どうしても!」

「……」

 

 美琴は真っ直ぐと非色を見据える。逆に、非色は目を逸らしてしまった。正直、嫌だ。いや、美琴を信用していないとかではなく、単純に敵にテレパシーが使える能力者がいたらバレるということだ。そういう意味でも、やはり知っている者は少ない方が良い。

 そんなわけで、強引な手を使う事にした。

 

「あ────ーッッ‼︎」

「……えっ?」

「っ!」

「あっ、コラ!」

 

 遠くを指差し、釣られた直後に逃げ出した。おかげで、美琴は遅れて非色を追い掛ける。が、そもそもの地力が違った。

 研ぎ澄まされた感覚と五感で一般客をスイスイと躱して行く非色だが、美琴はそうはいかない。砂鉄での尾行をしようとしたが、もう距離が離され過ぎている。

 

「あ、あいつ〜……!」

 

 奥歯を噛みしめ、怒りのあまり電気を髪の毛の先から漏らしかけた時だ。ピリリリッと携帯が鳴り響く。表示されている文字は、白井黒子の文字だった。

 

「あ、黒子? ごめん、逃げられた」

『あ、いえ、その話ではなく。また乱雑解放が発生致しました』

 

 何処となく強張った声だが、今は気にしている場合ではない。

 

「……何処で?」

『また、初春と春上さんが巻き込まれたみたいなのですが……』

「無事なの?」

『ええ。……それで、やはり直前に春上さんの調子がおかしかったみたいですの。明日以降、私と固法先輩で事情を伺って来ますわ』

「え、初春さんは?」

『……さぁ?』

 

 あ、これは……と、美琴は一瞬で察した。何かあったな、と。まぁ、寮で聞けば良いかな、と、思う事にして、とりあえず返事をした。

 

「私はいいわ。……明日こそあんにゃろうを捕まえてやる」

『え……そちらは何があったのですか?』

「何もないわよ!」

『は、はぁ……』

 

 電話の向こう側の黒子も困惑していた。

 

 




そろそろDVD見返さないと内容思い出せなくなって来たんで、明日借りて来ます。


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子供との鬼ごっこは疲れるし腹立つ。

何日待っても返却されないので、展開を大幅に変えることにしました。こういう事すると明日には戻って来てるんだよな。


 翌日、朝起きた非色の元に、一本の電話がかかって来た。発信元は木山春生。子供達に何かあったのだろうか? と、眉間にシワを寄せながら電話に出た。

 

「もしもし……?」

『私だ』

「ふぁい……」

『ああ、起こしてしまったかな?』

「あ……いえ。なんですか?」

 

 用件を聞きながら、ベッドから降りて部屋を出た。

 

『君、随分と進めてくれていたんだな。子供達の事を』

「え? あ、はい」

『お陰で、明日には全てが終わりそうだ』

「そうですか……え、そうなの?」

 

 ていうか、木山の仕事の早さに驚いた。出来る範囲でやっただけのつもりだったが、やはりこの人は天才なのだろう。

 

『彼女達の目を覚ます際、君にも立ち会ってほしい』

「えっ、俺もですか?」

『君の尽力があってこそだ。是非、紹介させて欲しい』

「それは良いんですけど……その、正体とかは……」

『分かっている。顔を出すなら君の名前を言うし、出さないのならヒーローの方を紹介しよう』

「あ、ありがとうございます」

『なにを言っている。お礼を言うのはこちらの方さ』

 

 そう言われると、非色も少し照れたように頬をポリポリと掻く。やはり、他人に感謝されるのは気持ち良いものだ。正直、それもヒーローをやってる理由の一つに入っているわけで。まぁ、カッコ悪いから絶対に誰にも言わないが。

 

「では、準備が出来たら教えて下さい」

『ああ。分かった』

 

 それだけ話すと、とりあえず通話を切った。だが、無事に起こせたとしても、まだ安心はできない。学園都市を味方としている敵が、どういう手段で来るかを考えた場合、まず思い浮かぶのは「犯罪者の木山が作ったワクチンでは身体に害があるかもしれない」と言って子供達を検査の名目で掻っ攫うパターン。

 だとしたら、防ぐ方法は他にない。それまでに、敵が本当に悪い事をしている、という証拠が欲しい所だ。

 

「……調べに行くか」

 

 そう呟き、とりあえず窓から外を見下ろすと、やはり視線を感じる。また美琴が張り込んでいるのだろう。

 仕方なく、変身セットを鞄の中に詰め込んで昨日と同じように玄関から出て行った。

 マンションの自動ドアを開くと、今度は正面から待っていた。

 

「ちょっと良いかしら?」

「良くないんで失礼します」

「『超人兵士作成計画』」

 

 それを聞くと、非色の目の色が変わった。ジロリ、と美琴を睨む。その形相は、如何にレベル5と言えど多少、怯むほどの迫力があった。

 

「……その話題、俺にとってどれだけデリケートな話題だか分かってる?」

「それは……」

「続く言葉は、慎重に選べよ。俺はまだ、本気で怒ったことがないんだ」

「……」

 

 ……これは、マズい話の入り方をしてしまった、と少し美琴は後悔した。別に彼を怒らせたかったわけじゃない。ただ、話を聞きたかっただけだ。

 とりあえず、降参と言うために両手を掲げる。

 

「……悪かったわよ。これに関しては、単純にハッキングしてあんたの事を調べたってだけ。……よく、あんな実験を耐えて生きていられたわね」

「たまたまですよ」

 

 それに関しては本当のことだ。美琴が調べた範囲では、生き残った被験者は50人中2人、それももう片方はその後にどうなったのか全く分かっていない。

 こうして普通の子供のように日常に戻れている時点でかなり運が良かったのだろう。……結果、ヒーローなんて日常ではないことをしてしまっているが。

 

「なんでそんなに俺に付き纏うんですか?」

「決まっているでしょ? あんたのやろうとしている事に混ぜてもらうため」

「……」

 

 残念ながら、明日で仕事は終わりである。もう手伝ってもらうことなど何も無いのだが……しかし、それを言うわけにはいかない。誰が聞いているか分からないから。

 なので、打てる手はひとつだ。

 

「あ────ッ!」

「もう無理よ」

 

 無理だった。

 次はどうしよう、なんてひよっている間に、バチバチっと美琴が少量の火花を散らす。

 

「言っておくけど、あんたがただの無能力者じゃないことは分かってるから。多少、電撃ぶっ放しても平気って解釈してるから」

「……え、いや流石にそれは痛いと思うんですけど……」

「痛い、で済むなら良いじゃない」

 

 流石、レベル5である。やはり基準がぶっ飛んでいる。こうなれば仕方ない、非色としても痛いのはゴメンである。

 

「分かりましたよ……話しますから、とりあえずカフェに入りません?」

「ああ、立ち話も何だものね」

「おすすめのカフェが駅の方にあるんですよ。行きましょう」

「あら、良いわね。駅って……」

「あっちです」

「ああ、あっちか」

 

 非色が指差した先に釣られて顔を向ける美琴。が、駅は全くの真逆である。怪しいと思って非色の方に顔を向けると、ダッシュで遠くに離れていた。

 

「んがっ……あ、あんにゃろう……! 待ちなさーい!」

 

 大慌てで追い掛けるが、非色は聞く耳持たず。耳を両手で塞いでドンドン距離を離していく。

 とうとう、美琴はプッツンいってしまった。確かに、これは黒子がイライラするのも頷ける。自分なら何回、雷撃を行っているか分かったものではない。

 

「待て……っつってんだろうがコルァァァァッッ‼︎」

 

 思いっきり素を出しながら地面に足を踏み込むと共に、そこから電気を飛ばした。どんなに足が早くても、電気の速さには追いつかない。

 下から稲妻が自分を上回る速度で接近してくるのに対し、いち早く察知した非色は前方に受け身を取りながら回避した。

 その時の動作が、美琴の怒りセンサーに引っ掛かった。あの実験については美琴も把握している。失敗した、とされているが、一応、実験を耐え抜き、こうして超人的な力を発揮している以上は、少なからず成功しているのだろう。

 つまり、彼が本気で走れば車より早く走れるはずなのだ。それをすれば、その上、あの第六感である。追い付くのは難しいし、如何に美琴がレールガンを撃っても、隙もクソもない今の状態では恐らく躱されるだろう。

 しかし、今の非色の速度は良いとこ自転車と同じレベルである。つまり、レベル5に追われているにも関わらず、他人に超人である事をバレないための配慮を行なっているわけだ。

 

「その余裕……絶対にぶっ壊してやるわ」

 

 久々にあのバカ以外の強敵に当たった、と美琴はニヤリとほくそ笑んだ。とてもお嬢様の顔ではない。

 足の裏に大量の砂鉄を集めながら、磁力を持ってして近くの街灯の上に登り、天辺に砂鉄をつけた足の裏をつけた直後、電磁石を発動し、一気に加速した。もう割とかなり遠くに離れていた非色の前に一気に先回りし、ズザザッと着地する。

 

「っ……は、早っ……!」

「超能力者を、ナメんな!」

「おわっ、と……!」

 

 回り込んで、そのまま電撃を飛ばしてくる。真横に側面飛びして回避しつつ、距離を置く。

 

「あっぶないなぁ!」

「どうせ当たっても死なないんでしょうが!」

「いや死ななきゃ良いとかいう問題なわけ⁉︎」

「どいつもこいつも無能力者はー!」

 

 その台詞、そっくりそのまま「どいつもこいつも常盤台生はー!」とアレンジしてお返しする。

 飛んでくる電撃を回避しつつ、とりあえず他人を巻き込まないために行先を変更した。目指す場所は廃ビルの中で良いだろう。

 

「……も〜、なんで俺ばっかこんな目に……」

「あんたがちゃんと話さないからでしょうが〜!」

 

 せめて進捗状況を話せるなら、向こうも諦めてくれただろう。が、今はそうもいかない。目的達成の前だからこそ、気は抜けないのだ。

 後ろからの電撃を、まるで体操選手のような受け身を繰り返しながら回避しつつ、廃ビルの中に逃げ込む。

 遮蔽物を利用して逃げ切るつもり、と美琴は一発で非色の作戦を看破する。確かに効果的だ。街中でビルごと吹っ飛ばすような真似は出来ないし、それでも仕留められるかは微妙なラインだ。

 だが、同じ手で二度も撒かれる程、超能力者は甘くない。

 

「……ふぅ」

 

 集中すると、自身の周りに纏っている電磁波の範囲を広げた。精度は落ちるが、ビルの中にたった一人しかいない人間が何処に向かっているのかくらいは分かる。

 その上で、さらに電気を利用して隣のビルの屋上まで駆け上がった。大体、非色の作戦は理解出来る。普段、屋上を移動しているのは、他人にぶつからないための他に、上からの方が地上を見下ろせる、とかあるだろうが、何より人目につきにくい。従って、犯罪を見掛けたら必ず先手を打てるのだ。

 それは、突然、逃走にも応用出来る。

 

「ほら来た♡」

「げっ……さ、先読み⁉︎」

「もらったァッ‼︎」

 

 放たれたのは電撃、屋上の出口の扉を吹っ飛ばす威力で放たれ、非色はギリギリで回避する。その回避した先に、美琴は回り込んでいた。

 

「チェイサァァァァッッ‼︎」

 

 自販機仕込みの必殺の回し蹴りが放たれた。人にはやらないが、非色には大したダメージにはならないことは分かっている。だが、姿勢を崩す事くらいは可能だ。

 そこから電撃を……なんて考えていたが、甘かった。その脚を、非色は平然と片手で受け止めたから。

 

「おー怖っ……女の子の蹴りじゃないよねこれ……」

「か、片手で……⁉︎」

「ていうか、なんで短パン履いてるんですか? 夏なのに暑くないの?」

「う、うるさいわよ!」

 

 自販機を壊す威力を誇る廻し蹴りを片手で受け止められるとは……まぁ、想定内だが。そうなれば、足から電流を流すだけだ。

 

「あ、やべっ」

「遅い!」

 

 攻撃を察知した非色は慌てて手を離したが、遅かった。モロに電撃を喰らい、反射的に両手をクロスして頭を庇うように構えつつ下がった。

 

「い、痛い……電気マッサージは望んでないんだけど……」

「もっと強めのコースもあるわよ? 次はどのツボを押しましょうか?」

「いやもう延滞料金もまとめて返すから逃して……」

「じゃあ、話しなさい。今、どうなってるの? 本当に子供達は平気なの?」

「それは無理」

「なんでよ⁉︎」

 

 仕方ない、と非色はため息をついた。こうなれば、もう説明する他ない。情報を共有できない理由を。

 

「単純に情報漏洩防止のためだよ」

「誰にも言わないわよ!」

「白井さんにも?」

「それは……く、黒子だって秘密は守るわよ?」

「ほらだめじゃん」

「だ、か、ら、理由を説明しろっての!」

 

 ビリビリと再び放電を始めたため、非色は慌てて説明した。

 

「だ、だから! 二人が仮に口を閉ざしていたとしても、敵に精神感応の能力を持ってたら? もしくは拷問に慣れた相手なら? 情報を持っている、というだけでも危険かもしれないし、そうでなくても否応なしに情報を盗られるかもしれないって事!」

「っ……」

 

 美琴に言い返す術はない。実際、自分には無意識に放っている電磁波があるから、その手の能力は通用しない。しかし、黒子にとっては効果抜群だろう。

 

「そんなわけで、情報は渡せません! 信用とか信頼とか……そういう問題では無いので!」

 

 まぁ、正直、その可能性は低いと踏んでいるが。そうで無ければ、自分にちょっかい出したり、木山を釈放する理由が無いから。

 とはいえ、そうなると拷問という手段もなくはないので、やはり言わないことがベストだ。

 これは、美琴も諦めた方が良いかも……と、思いかけた時だ。

 

「分かった? 物覚えの悪いお嬢ちゃん。分かったら、回れ右180度回転して帰りなさい」

「……」

 

 いつの間にか口が軽くなったヒーローモードによる勝ち誇ったような余計な一言で、美琴はやっぱり何があっても協力してやる、と心に決めるハメになった。

 

 



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知らない間に事件を呼んでる。

 一方、その頃。テレスティーナは部下からの報告書に目を通していた。非色の後を部下につけさせたが、御坂美琴が乱入して、ミッションは失敗に終わると思ったが、追いかけているうちに二人が話し合いを始めたのが良かった。すぐに盗み聞きする事が出来たからだ。

 テレスティーナこそが、木山の生徒達を狙う張本人、フルネームで木原テレスティーナ・ライフラインである。

 報告書を読んで確信した。やはり、あの非色とかいうガキは木山の持つモルモットについて知っている。それも、かなりの所まで。

 だが、その時点で彼はすでに情報源として使える事が分かった。ちょうど、超電磁砲との信頼関係も完全なものではないようだし、今こそ、こちらの切り札を使う時だろう。

 

「おい、お前」

 

 部屋の中にいる、自分の用心棒に声を掛けた。

 

「……なんだ?」

「仕事だ。固法非色、こいつの始末を頼む。報酬は100万でどうだ?」

「了解した」

 

 二つ返事でOKを出してくれるあたり、やはり使える暗殺者である。

 

「あまり大事にはするな。奴はおそらく、人気の少ない道を選ぶ。お前の把握できる範囲で人がいなくなった時を狙え。おそらくだが……奴は超電磁砲と行動を共にしているはずだ。超電磁砲は逃しても構わん。お前は固法非色を足止めしろ」

「足止め? 仕留めても良いのか?」

「出来るならな。……もし、こちらの予定外の動きをするのであれば、その後の行動は任せる。ただし、必ず超電磁砲が接触する時を待て。明日、絡んで来ないようであれば後日に回しても構わない」

「……わかった」

 

 それだけ話すと、依頼を受けた男はアサルトライフルを担いで部屋を出て行った。

 さて、こちらも色々と準備をしなければならない。

 

 ×××

 

 翌日、目を覚ました非色は木山からのメールに目を通した。一応、追手を最警戒して、子供達を起こすのは夜にするそうだ。

 それまでの間は、ヒーロー活動に専念することにしたわけだが……その前に来て欲しい……との事で、木山に呼び出された場所へ向かった。

 その場所は、冥土返しの病院の一室だった。指定された病室に入ると、木山は上半身、下着姿だった。

 

「ふぅ……暑いな……」

「失礼しまー……ふぁ⁉︎」

「ああ、来たか。座りたまえ」

「し、失礼しました!」

 

 大慌てで引っ込み、扉を閉める。が、その扉はすぐ開かれてしまった。

 

「何故、隠れる? 入ってきたまえ」

「む、無理です! まず服を着て下さい!」

「なぜだ? 暑いだろう」

「良いから着ろー!」

 

 無理矢理、見ないようにしながら背中を押して病室に叩き込み、扉を閉めた。突然のハプニングにバックバクの心臓を手で抑える。頼むからそういうのは勘弁してほしい。家では割と薄着でいることが多い姉がいるとはいえ、家族以外の裸には慣れない。

 

「どうぞ」

 

 改めて招かれ、中に入ると、今度はちゃんとブラウスを着ていた。

 

「ふぅ……もう、やめて下さいよ、そういうの」

「すまないね。あまり夏に衣服を着るということに慣れていないもので」

「原始人ですかあんたは。……で、何の用です?」

 

 ツッコミ続きになる気がしたので、早めに話題を逸らした。自分はああならないようにしよう、と心に固く誓いつつ聞くと、木山はポケットからサングラスを取り出した。

 

「こいつだよ」

「? なんですかそれ?」

「一言で言うなら、変身アイテムって奴だ」

「え、も、もう?」

「もう、だよ。釈放されてから子供達に会えなかった期間に作った」

 

 なるほど、と非色は理解する。

 木山はこちらが聞くまでもなく説明してくれた。

 

「ま、こいつは頭しか包めないんだがね。コスチュームの方はまだ準備中だ。もう少し待っていてくれたまえ」

「すみませんね、なんか」

「いや、君に世話になっている分を考えたら当たり前のことさ。それより、早く試してみないか?」

 

 どうやら、一番はしゃいでいるのは木山のようだ。小さくため息を漏らしつつ、とりあえずサングラスをもらう。

 

「まずは普通にかけてみたまえ」

「あ、はい」

 

 言われて、サングラスを掛ける。レンズの色は黒なのに、視界が無色なのがかなり不思議だったが、木山の説明が続いた。

 

「サングラスのブリッジ……ああ、真ん中の部分についているボタンを押してみたまえ」

「は、はい」

 

 言われて押した直後、サングラスのフレームのあらゆる箇所から顔を覆うように布が形成され、顔を包み込んだ。頭に完全にフィットしているのに、ちゃんと息も出来るようになっている。

 

「す、すごい……! どうですか⁉︎」

「いや、私服姿だから流石に似合うとは言えないな。むしろ、感想をもらいたいのはこちらの方だ」

「あ、そ、そっか……! えっと、とても良いです!」

「息が苦しかったりしないか?」

「いえ、ちゃんと呼吸できますし、目も見えます。特に不快な所はないです」

「そうか。なら、良かったよ。じゃあ、続いてテンプルのあたりについてるボタンを押してみてくれるか?」

「あ、はい」

 

 何かそこにも機能があるのだろうか? と思って押してみると、目の前にあった木山の顔が目前にまで迫って来る。

 

「うわっ……⁉︎」

「遠距離もそいつで見物する事も出来る。長押しで最大、2キロ先まで見れるぞ」

「そんなにですか⁉︎」

「あと、反対側のテンプルのボタンは熱源感知も出来る。それと、隣のボタンで携帯にかかって来た電話をサングラスで応答する事も可能だ」

「す、すごい……」

 

 なんかかなりハイテクなものをもらってしまった。こんなものを作れるなんて、この人やっぱり天才だ、と思わざるを得なかった。

 と、そこでふと思った事を聞いた。

 

「これ外す時はどうしたら良いんですか?」

「同じ場所を押せば良いさ。あ、でも二回押さなければならないがな」

「え、なんでです?」

「一回だと、敵に殴られた拍子に押してしまうかもしれないだろう」

 

 なるほど、と納得しつつ、二回押した。それにより、変身が解除されて元に戻る。これなら、姉に部屋を物色されてもサングラスにしか見えないだろう。

 

「すみません、わざわざ」

「何度も言うが、お礼を言うのは私の方だ。ありがとう」

「いえいえ」

「とりあえず要件は以上だ。……ああ、あと夜の件、頼むぞ」

「はい」

 

 それだけ話して、とりあえず解散となった。木山が部屋を出て行ったのを眺めつつ、ソワソワしたまま、非色はサングラスを胸ポケットにしまう。

 

「……やばい、どうしよう」

 

 めちゃくちゃサングラスを使いたかった。もうヒーローになって暴れたいが、変身シーンを誰かに見られるわけにもいかない。

 

「そ、そうだ……とりあえず夜だ。それまで待たないと……!」

 

 うん、それまで我慢だ。そう、なるべくこういうハイテク機器は日常でいじらない方が良い。

 そう決めたので、とりあえずイメチェンという程で装着した。考えている事と行動が真逆である。

 外見が今までのスキー用ゴーグルとほとんど同じなのが、また最高だ。違う所と言えばゴムで後頭部まで括るタイプか耳にかけるタイプか、という点だ。と、いうのも、耳にかけるタイプだと戦ってる途中で落ちる恐れがあったから。

 が、このサングラスなら戦闘になる場合はマスクで顔を覆うのだから何の問題もない。

 

「ふへっ、ふへへっ……」

 

 気持ち悪い笑みが漏れた時だ。携帯に電話がかかってきた。ちょうど良い機会なのでサングラスで応答する事にした。

 

「もしもし?」

『……あ、非色くんですか?』

 

 初春からだった。自分が最近、絡んでる友達の中で初春から電話がかかって来るのはとても珍しい事だ。

 

『少々、ご相談したいことがあるのですが……今、大丈夫ですか?』

「大丈夫だけど……」

『では、ファミレスで待っています。御坂さんもご一緒です』

「え、み、御坂さんも……?」

 

 浮かれている場合じゃないくらい深刻であることはわかった。もしかして、超人兵士作成計画のことをバラされたのだろうか? だとしたら非常に厄介極まりないが……かと言って、行かないのも不自然だ。

 

「了解。じゃ、後で」

 

 それだけ話して、電話を切った。さて、また気を引き締めなければならない時間だ。

 病院を出てファミレスに向かおうとすると、またまた電話がかかって来た。同じようにサングラスで応答すると、今度は黒子からだった。

 

『……あ、非色さんですの?』

「あ、はい。なんですか?」

『少々、お話ししたい事があるのですが……よろしければ、お時間もらえませんか?』

 

 お前もか、と心の中でツッコミを入れた。まぁ、でも黒子が自分を頼るのは中々、珍しいし、応対するくらいは良いだろう。

 せっかくの相談なら、答える人間は多い方が良いかもしれない。

 

「分かりました。では、ファミレスで」

『ええ。ありがとうございますの。佐天さんもお呼びしております』

「あ、そうですか。了解です」

 

 それだけ話して、今度こそファミレスに向かった。

 

 ×××

 

「ねぇ、あんたバカなの? なんて事してくれるわけ?」

「お、俺の所為ですか……?」

「当たり前じゃん……なんで意図せず爆弾同士を引き合わせてるの?」

 

 目の前にいるのは話好きで友達思いの女子中学生が四人。だが、空気はかなり重かった。

 何故なら、初春と黒子の相談、というのはお互いと喧嘩した、という内容だったからだ。や、本当にやらかした。よりにもよってその二人が向かい合っているのが、もはやギャグの領域である。

 

「……」

「……」

 

 空気が重い。誰も何も話さない。一応、初春の隣に美琴、黒子の隣に佐天と非色が座っているが、この五人がいて会話が盛り上がらないのは初めての経験だった。

 まぁとにかく、こうなってしまった以上は仕方ない。一番、年長者の美琴が全員に声をかけた。

 

「と、とりあえず何か頼もっか?」

「いえ、ドリンクバーを頼んでありますので」

「大丈夫です」

 

 摘みを頼む、という意味で聞いたのだが、当の二人は連れない返事をするだけだった。美琴が気圧されるのは珍しい事だ。

 

「……そ、そうだ。初春! 今、ヤシの実サイダーとコラボしたパフェ出てるらしいよ!」

「別にお腹空いてないので」

「あ、う、うん……」

 

 佐天が聞くも、玉砕。すると、砕かれた二人組は非色を睨んだ。その目は「自分達は頑張った、あとはお前だ」と言わんばかりのものだ。

 仕方なさそうに非色はため息をつく。自慢ではないが、自分はバスジャックも解決してきた男だ。女子中学生二人の喧嘩くらい、なんとかしてみせよう。

 そう決めると、とりあえず聞いてみた。

 

「で、なんで喧嘩してるんですか?」

「「ぶふっ!」」

 

 直球だった。喧嘩中の二人には絶対に言ってはいけない一文。美琴も佐天も吹き出してしまった。当然、他二人はジロリと非色を睨む。

 

「喧嘩? 何を言っておりますの? 公私混同している花飾りが勝手にがなり立てているだけですわ」

「疑われる気持ちも分からない人が何か言っていますね。そんなんだから非色くんにも怖がられるんです」

 

 まるで要領を得なかった。頼むから一から説明してほしい。

 

「分かんないから。一からちゃんと教えて。……あ、まず白井さんからね」

「私からですか?」

「初春さんは口挟まないで。とりあえず白井さんの説明が終わるまで」

「な、なんでですか⁉︎」

「口挟むと、徐々に『あーでもない』『こーでもない』って話がズレるでしょ」

「……わ、分かりました……」

 

 そんなわけで、大体の話を聞いた。黒子が言うには、乱雑解放の件に関しては春上が何かのトリガーになっている可能性があるという。と、いうのも、乱雑解放が起こった時、ほとんど春上が近くにいた事、そしてその予兆のように春上の様子がおかしくなったという点。それと、乱雑解放は何者かが引き起こしている、という点、そして春上の能力は時に能力以上の力を引き起こす、という点からだ。

 しかし、それを聞いた初春は黒子に「春上を疑っているのか」と反発し、今に至るらしい。

 説明が終わった、と判断すると、初春に目を向けた。

 

「初春さん、何か反論は?」

「いえ、特には……」

「……」

 

 さて、非色は何を言い出すのか、と佐天と美琴は息を飲む。なんだかんだ、少なくとも自分達よりはよくやってくれたものだ。もしかして、この手の問題を解決するのに慣れているのだろうか? 

 ソワソワしながら待っていると、非色は佐天と美琴を手招きして顔を寄せた。

 

「えっと……これでなんでここまで話が拗れるの?」

「だから、割と二人とも意地っ張りなのよ!」

「そこまでやったんなら、非色くんが何か言ってあげないと!」

「え、でも俺あんま二人と仲良く無いし……俺よりはお二人みたいな、初春さんや白井さんの親友の人達に何か言われた方が納得いくんじゃ……」

「女々しい!」

「そこは頑張ろうよ!」

 

 なんてヒソヒソやっている時だった。初春が、肩を落としたまま声を掛けた。

 

「……春上さんを、疑っていたわけではないんですか?」

「いえ……厳密には、疑っておりましたの。余りにも、条件が揃っていたので。……ですが、友達であれば目を逸らすよりも、疑いを晴らす事に尽力するのは当然でしょう」

「白井さん……」

 

 少し照れたように、黒子は頬をかきながら答えた。

 自身の思慮の浅さに、初春は心底恥じた。やはり、まだまだ目の前の同期の風紀委員には敵わない。同い年なのに、何故、自分とここまで違うのだろうか。羞恥の中に、悔しさもあった。

 

「……すみません、でした……白井さん」

「別に、謝る必要はありませんわ。春上さんも、自分が何かしてしまった、という自覚はあるようですし、あなたまで私と同じように疑ってかかったら、彼女が保たなかった事でしょう」

「え……」

「今後の捜査も、あなたは春上さんの側にいてあげなさいな」

「は、はい……!」

 

 そう言われ、初春は涙ぐみながらも笑顔で頷いた。

 さて、そうと決まれば、こうはしていられない。自分達には、風紀委員としてやるべき事がある。

 ……いや、でもその前にわざわざ集まってくれた人達にお礼を言わねばならない。

 

「すみません、非色さん。ありがとうございました!」

「ええ、今回は感謝致しますわ」

「だーかーらー! 俺はもう十分、役割は果たしました! そもそも友達もいたことない人に喧嘩の仲裁させんなよ!」

「あんたが二人を引き合わせたんでしょうがァァァァッッ‼︎ 荒らすだけ荒らして逃げるんじゃないわよ!」

「そうだよ! 私達もできる限りフォローするから! だからもう少しがんばろうよ!」

「「……」」

 

 何故か、今度はこっちサイドが揉め始めていた。

 

 ×××

 

 なんかよく分からないうちに解決していた帰り道、非色は美琴と佐天の三人で、まずは佐天を送っていた。

 すでに日は傾いていて、ビルに挟まれて太陽が見えない箇所は、夜と遜色ない暗さとなっている。そんな道を通るのが近道、という佐天に続いて、美琴と非色は後ろをついて歩いていた。

 

「にしても、早く仲直りしてくれて良かったですね」

 

 佐天が微笑みながら呟いた。

 

「このまま喧嘩が続くと、捜査なんて全く進みそうにありませんでしたしね」

「そうね。……まぁ、二人とも割と意地っ張りだから」

「ですよね。初春もアレで割と頑固な所があるし……」

「頑固、と言えば……非色くんも相当よね?」

「えっ」

 

 急に自分の話になり、声を漏らしてしまう非色。急に何だろうか、なんて思うまでもない。やはり、まだ木山の子供達の件についてだろう。

 割としつこいレベル5である。が、まぁそのしつこさが無ければ努力でレベルを1から5まで上げられないのだろう。

 

「どういう意味ですか? 御坂さん。非色くんも頑固……って事ですか?」

「ふふ、どういう意味でしょうね?」

 

 そう言いつつ、ニヤリと微笑みながら非色を見上げる美琴。ホント、いけ好かない相手には性格が良いものである。

 まぁ、流石に戦う力のない佐天にまで情報をバラすような真似はしないだろうが……何にしても、この場では何も言えない。

 話題を逸らすために何か周りに無いかと辺りを見回すも、通っているのは薄暗い駐車場と、ラブホテルの間の為、何も見えない。そのため、何となく携帯を見下ろすと、時刻はあと30分で木山との約束の時間だった。

 

「げっ……もうこんな時間……」

 

 と、言いかけた直後だった。ほんの僅かだが、しかしハッキリと自身の胸を突き刺すような殺気を感じた。それにより、ほぼ反射的に壁沿いに身を寄せて隠れた。

 直後、美琴の電磁波が異物を検知し、佐天を庇うように身を隠した。

 

「危ない!」

「っ……!」

 

 狙われたのは佐天ではないが、流れ弾が当たる可能性を危惧しての行動だった。

 直後、非色と、佐天と美琴の間に一本の透明の線が走る。そのわずか先の地面に減り込んだのは、銃弾だった。

 ライフルでの狙撃、それにより、非色の脳はフル回転する。

 暗殺者、しかもこのタイミングでの一撃。今の今まで、自分が一切、気付かなかったのが最重要ポイントだ。つまり、いつから尾けられていたのか分からない。

 万が一、病室での木山との会話が聞かれていたとしたら、今日の夜に木山が「何かをする」事と、自分が行かないとそれを始められない、ということがバレてしまう。

 この狙撃は、おそらく自分を足止めするための一撃。つまり、暗殺者は狙撃を失敗すると踏んだ今、直接攻撃を仕掛けてくる可能性が高い。

 あの暗殺者が足止めだとしたら、危険なのは木山達だ。

 そこまで読み切った直後、非色はサングラスを掛けて狙撃位置をサーチすると共に美琴に言った。

 

「御坂さん、佐天さんを連れて今から俺の指定する場所に急いで下さい!」

「どういうことよ⁉︎」

「説明は通話しながらします。急いで!」

「あんたはどうする気⁉︎」

「今の狙撃手を抑えます!」

「……分かった。絶対、戻って来なさいよ」

「当然ですよ」

 

 そう告げた直後、美琴は佐天の手を引いて移動を始めた。狙撃ポイントをサーチしている直後だ。

 銃弾が地面に減り込んだ位置からして、あまり遠くからではない。おそらく、サングラスで追える射程内のはず……と、踏んで探している直後だった。

 今度は、全く包み隠すつもりのない殺気が真上から感じ取れた。

 

「っ!」

 

 今度はライフルではなく、サブマシンガンの連射音が耳に響いた。立体駐車場の上から、大量の銃弾の雨が降り注がれた。

 その場でバク転やらロンダートやらの体操技と受け身を併用させた回避を行いつつ、ジャンプして壁を蹴って銃弾を避けながら跳ね上がって行った。

 駐車場の屋上まで跳ね上がると、そこにいたのは白銀のマスクを着け、髪をポニーテールに束ねた男がサブマシンガンを構えて立っていた。

 

「……」

「……」

 

 何処の誰だか知らないが、良い度胸だ。自分に対し、銃に頼るような奴が敵うはずないというのに。

 着地すると、非色はサングラスの中央のボタンを押した。布製のマスクが徐々に広がり、非色の顔を包み込む。

 そのマスクを着けて、初の戦闘だ。水鉄砲もコスチュームも無いが、人間一人が相手なら十分だろう。

 

「や、どうも。マスク仲間だね」

「……」

「挨拶されたら挨拶しないと。ママに礼儀は大事だって、教わらなかった?」

 

 そう言いつつ、非色は殴り掛かった。殺さないように、なおかつ怪我をさせないように、それでいて気絶する程度のパンチだ。普通の人間に、これを防げる奴はいない。

 が、そのマスクの男は、片手で正面から受け止めた。

 

「……え?」

「死ね」

 

 サブマシンガンを放り捨てたその男は、左脚を思いっきり振るった。非色はそれを腕でガードするが、威力を殺し切れず、身体は大きく飛ばされてラブホテルの屋上まで蹴り飛ばされた。

 

「うあっ……⁉︎」

 

 ゴロン、ゴロンと転がりながらも受け身をとり、マスクの男を睨み付ける。ガードした腕は、まだ痺れている。普通の人間が食らえば折れている威力だろう。

 自分と殴り合いで互角……いや、現状では互角以上の相手、そんな奴と対峙したのは初めてだ。

 

「……お前、誰だ……?」

「……」

 

 非色の中で、過去に無い緊張感が走った。

 

 



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裏の裏をかかれた系男子。

「み、御坂さん! 一体、何がどうなって……!」

「説明は後! ……ていうか、あいつなんで出ないのよ……!」

 

 非色に電話している美琴は、スマホを耳にあてがいながら佐天の手を引いて走っていた。

 それに、気になる。非色対策で美琴の電磁波の範囲は大きく広がったが、それに何人か引っ掛かっている。つまり、つけられているわけだ。

 それが何者なのか、そして目的が何なのか分からないが、このままなのは良くない。

 そんな時だ。ようやく応答があった。

 

「もしもし⁉︎」

『わっ、とっ……ほっ。そらっ!』

「聞いてる?」

『聞い、てる、けど! こいつ……! オラ!』

 

 どうやら、戦闘中のようだ。引き返そうとも思ったが、とりあえず指示を待った。

 

「どうしたら良いの⁉︎」

『木山、先生の研究施設に、行ってください! 子供達を起こそうとしています!』

「子供達……え、もう起こせるわけ?」

『はい! ですが……っと、しつこい!』

「あ?」

『あ、いえそっちではなくて……っと、このっ……! 敵が、木山先生のラボに、来るんで……ガードを!』

「分かったわ。死なないでよね」

『分かってます!』

 

 そこで、通話を切った。さて、そうと分かれば、まずは追手である。今は相手をしている場合ではない。つまり、撒くしかない。

 

「佐天さん、ちょっと失礼」

「え……きゃっ!」

 

 佐天を引き上げると、自分の両腕の上でお姫様抱っこをした。直後、両足の裏に再び砂鉄を集めると、ジャンプして街灯の上に降り、磁力を利用して大きくジャンプした。

 その磁力を使った高速移動によって、さらに先へ進んでいく。電磁波の包囲網から追手の姿が消えたのを確認すると、一先ず一息ついた。

 

「ふぅ……こんなものかしら?」

「御坂さん……やだ、惚れそう」

「そういうのは黒子だけで十分よ……」

「えへへ、冗談ですから……」

 

 実際、佐天にまであんな風になられたら、もう何も出来ない。黒子と違って丈夫ではないかもしれないし、遠慮なく電撃は無理な話だ。

 

「それで、何がどうなってるんですか?」

「え? あ、あー……」

「どうして、非色くんが狙われているんですか?」

 

 目を逸らした美琴が言いづらそうに口をつぐむ。なんて説明したら良いのだろうか。どんな風に説明しても長くなってしまう。

 とりあえず、要点だけを何とかまとめて言ってみた。

 

「えーっと……実は、非色くんと二丁水銃が木山先生に手を貸しているの。木山先生の子供達を助ける為に」

「え、ひ、非色くんとヒーローさんが⁉︎」

「けど、今はその子供達が危ないから、助けに行く所って事」

「な、なるほど……」

 

 一応、正体はバラさないでおいた。これは後で貸しだ、と思いつつ、速度を上げた。

 

「少し飛ばすわよ。しっかり掴まってて!」

「は、はい……!」

 

 ちなみに速度を上げた理由は、それ以上質問をされないためだったりする。

 

 ×××

 

 電話のために逃げに徹していた非色だが、ようやく本領を発揮した。目の前から来るナイフを構えた暗殺者を前に、拳を構えて対応した。

 立体駐車場の屋上から中に入って殴り合いを続ける。攻めているのは暗殺者の方だが、非色も押されているわけではない。

 ナイフを手にした猛攻を、回避と両手でガードし続けた。

 顔面に突き刺しに来る右手のナイフを左手でガードすると、手に持っていたナイフを落として左手でキャッチし、再び首を落としに来る。それを反り身で避けると、まるで避けられることを予期していてように同じナイフでもう一度払って来た。

 それをガードすると、今度は顔面に普通のパンチが来る。モロに喰らったものの、大きなダメージはなく前を向くと、今度はナイフがまた顔面に来ていた。

 それを届く前にガードすると、今度は右足で左膝の外側からローキックを放たれた。

 

「ッ……!」

 

 ガクンとしゃがみ込んでしまった。隙ができ、容赦なくナイフを突き刺しに来るが、ナイフが刺さる前に突進を仕掛け、足を持ち上げて掬い上げた。

 暗殺者は前方に転がるが、すぐに立ち上がって非色にナイフを振った。

 同じように前方に転がって受け身をとっていた非色は、そのナイフを持つ手に手刀を放ち、ナイフを手離させる。が、暗殺者の蹴りが正面から直撃し、後ろに蹴り飛ばされ、壁に背中を強打した。

 

「ぐあっ……!」

 

 手放されたナイフを空中でキャッチした暗殺者は、太もものホルスターから拳銃を抜き、壁まで蹴り飛ばした非色に発砲した。

 

「あぶっ……!」

 

 真横に転がりながら回避しつつ、近くに止まっている車の影に隠れる。その後も、銃による射撃が続く。車に銃弾がめり込んだ直後、ガソリンが漏れていることに気付いた。

 

「やばっ……!」

 

 直後、爆発。爆風にやられ、さらに後方にまで吹っ飛ばされ、背中で別の車のフロントガラスを叩き割ってしまったものの、下半身を強引に振り上げて車の上で受け身を取りつつ、隙だけは作らないように対応した。

 予想以上に強い。おそらく、自分とは違って本格的に武道なり暗殺術なりを習ったのだろう。

 

「……こんな事なら、俺も風紀委員に入れば良かったかな」

 

 そんな心にもない独り言を漏らしつつ、次の一手を警戒した。幸い、サングラスの熱源感知のお陰で、暗殺者が何処にいるかは暗闇でも分かる。

 

「……ふぅ、はぁ……」

 

 深呼吸をして、警戒したまま胸に手を当てた。

 今の今までの戦闘は、能力に頼ったバカ達を殴るだけの作業だった。そもそも、能力を戦闘に応用するには、まず自身の戦闘力を鍛えなければ意味がない。何せ、能力とは切り札でもあるのだから。

 美琴ほどの能力なら、むしろ能力を軸に戦闘を行うのは当たり前だが、手元に炎を出す程度の能力者が最初から火を出して戦うなど、それだけで素人臭がするため、簡単に制圧できた。

 が、目の前の男は自分と同等レベルの力を持っている上に、今の今まで能力を使って来ていない。つまり、自分がタイマンで負けるかもしれない相手、ということだ。

 負け=死に繋がるというのに、何処か非色の胸は高鳴っていた。ピンチが、これから「戦い」を始められるという自覚が、高揚感を感じさせていた。

 

「……面白くなって来た」

 

 そう呟くと、今度は非色から攻めた。自身が隠れている車を、思いっきり蹴り飛ばした。それが暗殺者に直進する。

 その車をジャンプして天井にナイフを突き刺して張り付いて躱し、抜きながら天井を蹴って突撃した。その一撃に対し、非色は上半身を後方に倒しつつ、両脚を振り上げてオーバーヘッドシュートのように自分の後ろに暗殺者を蹴り飛ばした。

 駐車場の外に蹴り飛ばすと、すぐに追撃を行った。自分も駐車場から飛び出し、ラブホテルの壁に背中を強打した暗殺者に飛び膝蹴りを放つ。

 その膝をキャッチし、脇腹に拳を叩き込んで非色を殴り飛ばす暗殺者。立体駐車場の壁に背中を打ちつけながらも、壁の上を転がるというよく分からない受け身を取りつつ、構え直して次の一撃に備えた。

 そのまま、空中戦が展開され始めた。立体駐車場とラブホテルに挟まれた地形から抜け、別のビルの屋上に移った。

 

「……だーもうっ! しつこいったらない!」

「……」

 

 しかもお喋りに付き合ってもくれない分、退屈さが増した。実際、戦闘中にお喋りするような奴はいないが。

 暗殺者の武装は残り、ハンドガンとナイフのみ。ライフルもマシンガンも駐車場に捨てて来た。が、それでも十分、厄介だ。

 ハンドガンの銃弾を回避しつつ、近くの変電設備に身を隠す。銃弾がめり込み、バチバチと稲妻が走り、爆発した。

 その直後、非色は爆発の中に突っ込み、炎の奥にいる暗殺者にタックルをかました。

 

「っ……!」

 

 勢い余って、屋上から二人揃って落下した。壁に2〜3回、バウンドして落下した。

 一気に地面まで落ちた二人は、すぐに向かい合って構える。が、暗殺者からプルルルルっという呼び出し音がする。非色がマスクの下で眉間にシワを寄せるのと、暗殺者が耳元の通信機のスイッチを入れるのが同時だった。

 

「なんだ? ……了解」

 

 暗殺者が構えを解いたのを見ると、非色は怪訝な顔をする。直後、目の前で暗殺者はボールを地面に叩きつけた。それが、ボフンと音を立てて大量の煙に変わる。

 だが、煙幕は今の非色に有効とはとても言えない。煙の中であっても猛然と一直線に走る。

 

「逃すか!」

「チッ……鬱陶しい奴め……!」

「それが売りだからね」

「だが良いのか? 俺にばかり構っていて。うちのボスが、お前の仲間に王手をかけたらしいが」

「えっ……?」

 

 非色の動きが止まる。その一瞬の隙を突いて、今度は閃光弾を叩き付けた。閃光弾となれば、サーモグラフィーは関係ない。何せ、暗闇で見えないとか遮蔽物で見えないとか、そんなレベルの視覚阻害ではないから。

 

「さよならだ、116号」

「ーっ……!」

 

 そう言い放つと、暗闇の中から暗殺者は消えていった。追おうと思えば追える……が、追っている場合ではない。慌てて木山達の元に向かった。

 

 ×××

 

 一方、その頃。施設に到着した美琴と佐天は、勢いよく扉を開けた。直後、木山は慌てて顔を向ける。冥土返しの姿は無かった。

 

「……何故ここが?」

 

 声を掛けられ、答えたのは美琴だった。

 

「非色くんの代理で来たのよ。佐天さんは成り行き」

「代理だと……? 君達は我々が何をしているのか分かっていて言っているのか?」

「子供達を起こそうとしてるんでしょ? けど、悪いんだけどそれは中止してくれる?」

「どういう事だ?」

「非色くんは今、敵に襲われて戦っている。その仲間がここに向かってるかもしれないって彼が……」

「あら、それは誰の事かしら?」

 

 新しい声が聞こえて後ろを見ると、テレスティーナが部下を引き連れて後ろに立っていた。

 

「て、テレスティーナさん⁉︎」

「何で、あなたがここに……?」

 

 佐天と美琴が驚きの声を漏らし、木山は奥歯を噛み締めてしまう。

 そんな三人を見て、テレスティーナは実に余裕の笑みを浮かべていた。

 

「つけていたのよ。あなた達をね」

「……どういう事かしら?」

「固法非色が『幻想御手事件主犯、木山春生』と接触しているのは分かっていたから、その彼をつけていたの。その後、あなたに命令を出したのを聞いたから、尾行したのよ」

 

 まずった、と美琴は奥歯を噛み締める。非色の読みでは、既にこの場所を敵が特定したと見た上で、今日、起こすことも理解していたのだろう。それを阻止するために暗殺者に足止めを頼んだ……と見ていた。

 しかし、実際はあの暗殺者も囮。分断させ、非色よりも尾行しやすい自分達を追って来た、ということだ。

 いや、まだ慌てる事はない。そもそも非色の言う「敵」がテレスティーナとは限らない。

 

「……何故、木山先生を追い回しているんですか?」

「答えるまでもないわね。彼女は今、異様なスピードで釈放された上に、置き去りの子供達を確保し、一部からの情報によればキャパシティ・ダウンを作って武装集団に渡した、なんて噂もあるのよ?」

「キャパシティ・ダウンを……?」

「……何の話だ、それは?」

 

 木山が片眉を上げると、テレスティーナはニヤリと薄く微笑んだ。

 

「簡単な話よ。私達が掴んでいる情報によると、特殊な音によって能力を封じる『キャパシティ・ダウン』を開発し、スキルアウトに渡したのはあなたである可能性が高い、と聞いているの。『音』によって『能力』を惑わす物の開発者であるあなたをね?」

「なっ……よ、よくもそんなデタラメを……!」

「そういう情報が来ている、というだけよ。勘違いしないでくれるかしら」

 

 木山からのセリフも封殺してしまう。が、木山もここで引くわけにはいかない。

 

「そもそも、君はこの子達をどうするつもりだ?」

「勿論、検査するつもりよ。幻想御手事件の主犯であるあなたが子供達を使って何をするつもりなのか知らないけれど、犯罪者に何かされようとしているその子達を保護しないわけにはいかないもの。警備員として、ね」

「クッ……!」

 

 そんな二人の言い合いは、もう美琴も佐天も完全に蚊帳の外だ。

 こんな修羅場に佐天を巻き込んでしまった美琴は、少し申し訳なく感じつつ、どちらにつくべきかを考えていた。

 片方はMARの隊長であり、初春と春上を助けてくれた張本人。乱雑解放の事件に尽力している方だ。

 もう片方は、以前の幻想御手をひき起こし、異常なスピードの釈放、そしてMARの人が言うには厄介極まりなかったキャパシティ・ダウンの作成だ。怪しいことには怪しい。

 

「っ……」

「あの……」

 

 どうしようか悩んでいると、隣の佐天が口を挟んだ。

 

「私は、木山さんが悪事に手を染めているとは思えません」

「へぇ、根拠は?」

 

 テレスティーナが挑戦的に聞くと、佐天は真っ直ぐな瞳を向けて言い返した。

 

「非色くんと、ヒーローさんが協力しているからです」

 

 それを聞いて、思わず美琴はハッとして目を見開いた。その通りだ。非色であれヒーローであれ、いつも彼がしている行動は正しい。なら、少しは信じてみるべきなのかもしれない。何せ、自分の友達を何度も助けてくれているのだから。

 

「ふふ、それは根拠とは言えないわよ。あなたが信じたい方、でしょ?」

「うっ……そ、それは……そうですね……。あ、いえ別にテレスティーナさんを疑ってるわけじゃないんですよ⁉︎ ただ、非色くんとヒーローさんも同じくらい信用できる、というか……」

 

 何も分かっていない佐天は、アワアワと言い訳を始める。能天気なのも困りものね、と美琴は内心で毒づきながら、テレスティーナに言った。

 

「悪いけど、私も非色くんを信じるわ。……この子達は、渡せない。どうしてもって言うなら、まずは木山先生の治療を受けてからね」

「御坂くん……」

「へぇ……?」

 

 テレスティーナが、ほんの一瞬だけ好戦的に笑ったのを、美琴は見逃さなかった。この女は、間違いなく敵だ。

 

「悪いけど、力づくにでも出て行ってもらうわよ」

 

 ようやく戦の始まりか、と言わんばかりに、美琴はニヤリと微笑んで身体から電気を発するが、テレスティーナの余裕の表情は崩れない。

 

「残念ながら、そうはいかないわ。あなたの能力をここで使えば、どうなるかくらい分かるわよね?」

「舐められたものね。私が周りに感電しない程度の加減が出来ないとでも?」

「ええ。だからこうするの」

 

 直後、嫌に耳に残る音が脳にまで響き渡った。つい最近、こいつの威力を身をもってして味わった最悪の兵器だ。

 キャパシティ・ダウン。能力者の行動を封じる音響兵器だ。

 その直後、美琴は頭を押さえて蹲ってしまう。

 

「うぐっ……あ、あんたぁああああッッ‼︎」

「運び出せ」

 

 美琴を無視して、テレスティーナは部下に命ずる。このままでは子供達は連れ去られてしまう。佐天もテレスティーナも動けない。

 が、これはもはや、本性を出したと言っても良いだろう。木山が奥歯を噛みしめながらテレスティーナを睨んだ。

 

「これがキャパシティ・ダウンか……!」

「そうよ? スキルアウトが持っていたものを回収して、組み直したの。もしものために持ってきて良かったわ」

 

 完全にすっとぼけているが、誰が見たって「元々、持っていたものを持ってきた」ようにしか見えない。佐天ですらそう思ったくらいだ。

 しかし、そういう事になっている以上、証拠はない。ましてや、向こうは警備員だ。テレスティーナの部下は駆動鎧を着込んでいる。下手には動けない。

 

「貴様ぁああああっっ‼︎」

「き、木山さん⁉︎」

 

 しかし、激情に駆られた木山はテレスティーナに突っ込んだ。思いっきり掴みかかるが、ぬるりと躱され、ボディに膝蹴りをもらう。見事に鳩尾に入り、その場で咳き込んで倒れてしまった。

 

「フグっ⁉︎ ゲホッ、ゲホッ……!」

「今の『公務執行妨害』は大目にみてあげるわ」

「ク、ソ……!」

「早く連れ出せ」

 

 そう言って、クリスティーナの指揮の元、子供達は運ばれてしまう。その間、佐天が美琴と木山を担いで壁際に寄った。

 子供達が回収され、研究所内は一気にガランと寂しくなってしまった。唯一、無事でいられている佐天も、駆動鎧が何人もいるようでは抵抗のしようがない。パンチしても自分の手が折れるだけだ。

 全て回収され、去り際。テレスティーナは残された三人に顔を向けた。

 

「じゃあな、ガキども。あの世で、永久にヘラヘラ笑ってろ」

「っ!」

 

 そう言った直後、近くにいた駆動鎧が銃口を三人に向けた。咄嗟のことで、佐天が思わず目を強く瞑った時だった。

 ヒーローが、研究所の天井を壊して舞い降りて来た。

 パラパラと瓦礫が落ちて来て射撃者の視界を塞ぐと共に、佐天達の前に立ち塞がる。瓦礫にかまわずに乱射を始めた直後、落ちてきた中で一番大きい瓦礫を掴み、盾にして三人をカバーした。

 

「ひ、ヒーローさん……!」

「このまま待ってて」

 

 盾を構えたまま、非色は突撃した。盾が崩れないまでが勝負だが、直線移動なら2秒かからずに敵に突撃出来る。盾ごとタックルをかまし、駆動鎧を突き飛ばした。ふと横を見ると、もうそこにテレスティーナの姿は無かった。

 逃げられたか、と息を巻いたのも束の間、目の前の駆動鎧は非色に拳を叩き込んだ。それを、非色は右手で受け止める。

 

「っ……あっぶな! そっか、人間じゃないのか……」

『死ねッ!』

「やだね!」

 

 ストレートにお断りしながら、ゼロ距離から乱射されるガトリングガンを上に向けさせつつ、駆動鎧のボディに思いっきりアッパーを放った。

 

『ッ……‼︎』

 

 メキメキっ、と鋼鉄のボディを突き抜けて衝撃が走り、身体がふわっと浮き上がる。鉄で身を包んだ身体が、天井に殴り上げられた。

 一撃で気絶させることが出来たが、非色は右手の拳をプラプラと振った。

 

「ってて……かったいなぁ……。あのリクルートスーツ、どこの会社に就職するためのもの?」

「ひ、ヒーローさん!」

「や、佐天さん。怪我ない?」

「な、ないですよ」

「よかった。ナイスガッツ」

 

 佐天の頭に優しく手を置く非色。本当に仮面をつけてると雄弁な奴である。お陰で佐天は頬を赤らめ、嬉しそうに「えへへ」とはにかんでしまった。

 

「ひ、非……二丁水銃! 奴らを追って!」

「分かってる。御坂さん、復帰したら二人を風紀委員の支部で保護してあげて」

「わ、分かったわ」

 

 すぐに非色は追跡を始めた。

 

 



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すごく読みにくくてすみません。

 一七七支部では、春上について調べていた。やはり、春上の能力が何かのきっかけに触れて乱雑解放を引き起こしている、と見て間違いは無さそうだ。

 だが、彼女自身が自覚して起こしているわけではない以上、彼女を探っても何も出ないだろう。解決すべきは、何が引き金となっているか、だが……。

 

「黒子! いる?」

「っ、お、お姉様?」

 

 電子ロックを能力で解除した美琴が唐突に乗り込んできた。入って来たのは、木山と佐天と美琴の三人だ。

 

「佐天さんと……木山春生まで⁉︎」

「ど、どういう状況ですか⁉︎」

「ご、ごめん……! とにかく、待って……!」

 

 説明するにも、呼吸を整えさせて欲しい。割と修羅場を抜けてきたばかりなのだから。

 椅子に座り、コーヒーを入れてもらい、ようやく落ち着いた。

 

「ふぅ……ありがとう……」

 

 木山はお礼を言うと、すぐに携帯を取り出して立ち上がった。

 

「すまない、私は二丁水銃に連絡を取る。説明は任せて良いか?」

「わ、分かりました……」

「二丁水銃に⁉︎」

「黒子、初春さんと固法先輩も、良いから聞いて」

 

 疑問点を置いといてもらって、とりあえず話を進めることにした。今、あったことを、ヒーローの正体をバラさない範囲で説明した。

 それを知るなり、黒子と初春が顎に手を当てて深刻な顔をする中、美偉がガタッと席を立った。

 

「え、ひ、非色が暗殺者に襲われたって……大丈夫なの⁉︎」

「え? あ、あー……」

 

 しまった、と美琴は目を逸らす。非色は二丁水銃なので大丈夫です、と言えれば良いのだが、それはそれで問題がある。

 

「だ、大丈夫だと思いますよ? さっき家に帰ったって言ってたし……」

「ごめん、みんな。私、心配だから先帰るね」

「え、ちょっ……そうなる⁉︎」

「それはそうよ! 私、これでもあの子の親代わりなんだから!」

 

 まずった、と美琴は奥歯を噛み締める。確かに想像出来たことだ。だが、今帰られるわけにはいかない。

 

「……と、とにかく! 落ち着いて下さい!」

「落ち着いてるわよ。だから帰るの」

「っ、そ、そうですけど……!」

 

 ダメだ、誰がどう考えても帰るのが正しい。引き留める術などない。そう諦めかけた時だ。木山が戻って来た。

 

「……おかしい。彼が出ない」

「え?」

「何をしているんだ……?」

 

 木山の表情が曇る。後を追ってもらったのは、子供達を取り返すためではない。敵の場所を把握するのと、可能な限り情報を集めてもらうためだ。

 しかし、その彼もやられてしまったのだとしたら、これは困った事になる。もう木山がやり返す戦力は無い、ということだ。

 

「……クッ、何をしている……!」

「ごめん、遅くなった」

「え?」

 

 一七七支部の窓に、見覚えが無いのにすぐにあのヒーローだと分かるマスクの男が貼り付いていた。その背中には、何故か婚后の姿もある。

 

「う、二丁水銃⁉︎」

「婚后光子まで……!」

「ごめーん、開けてー」

 

 窓をノックされ、とりあえず黒子がその窓を開けた。

 

「こんばんは、皆様」

「こんばんは、ですわ!」

「どうも〜」

「何故、あなたがここに? 特に、ヒーローさん。ここはあなたのような無法者が来て良い場所ではありませんのよ」

「ん、いや何。木山先生に会いに」

「私は、たまたま戦闘中のヒーローさんを見掛けたので、助太刀しただけですわ。ついでにここまで送ってもらいましたの」

 

 そう言いつつ婚后を風紀委員の支部の中に下ろすと、周りのメンバーに目を向ける事もなく木山に声を掛けた。

 

「子供達の居場所、わかったよ」

「ほ、本当か……⁉︎」

「うん。俺は今日は休んで、明日、取り返しに行く事にする。それだけ」

「へぇ、それで場所は何処なんですの?」

 

 黒子に聞かれるも、非色は小首を傾げる。

 

「教えないけど?」

「……は?」

「だって、あんな駆動鎧がバカみたいにある所、教えられるわけがないじゃん。ああいう悪の組織を相手にするのはヒーローの役目だから。君達は引っ込んでなさい」

 

 ビキッ、と。黒子と美琴の眉間にシワが寄る。本当に人の神経を逆撫でするのが上手い奴である。

 

「ふざけないで下さいます⁉︎」

「そうよ! 私達だって……!」

「はい、閉店ガラガラ」

「なっ……!」

 

 窓を閉めると、非色は問答無用で帰宅した。その背中を見て、美琴も黒子もビキビキと額に青筋を浮かべる。

 

「あんにゃろう……!」

「本当にあの方は……!」

「ま、まぁまぁ、二人とも……」

 

 佐天がやんわりと二人に声を掛けるが、その怒りは収まりそうにない。

 

「とりあえず、今後のことが決まったら教えてくれる? 悪いけど、弟が心配だから私先に帰るから」

「あ、はい。お疲れ様です」

 

 美偉が出て行くのを眺めつつ、木山は子供達に声を掛けた。

 

「それで、どうするつもりだ?」

「私達は明日、行くわよ。二丁水銃一人で手に負える相手だと思えないもの」

「当然、私も参戦いたしますわ」

「私も行きます!」

「わ、私も!」

「君達……」

 

 みんな来るつもりのようだ。本当にバカな子供達だ。お人好しにも程がある。だが、問題は他にある。

 

「では、どうやって奴らの居場所を見つける?」

「ヒーローの後をつけるのがベストでしょう」

「でも、ヒーローの尾行なんて難し過ぎないですか?」

 

 初春の言い分はもっともだ。美琴なら後をつけることも出来るが、それは正体をバラす事と同意だ。それは流石に気がひける。彼が自分達に正体を隠している理由は、普通に納得できる内容だったから。

 

「……なら、私に任せたまえ」

「え?」

 

 手をあげたのは、木山だった。

 

「君達の事は、彼は巻き込みたがらない。でも、私なら当事者だ」

「なるほど……しかし、どのように説得をするおつもりですの?」

「何、簡単なことだ。……彼の弱点は、女の武器だからね」

 

 そのセリフに、中学生四人は小首を傾げた。

 

 ×××

 

 その頃、非色は帰宅した。サングラスを外し、引き出しにしまい、一息つく。今日は私服でヒーローをやっていたので、着替える必要は無かった。割とこのお手軽感は嫌いじゃなかった。まぁ、マッハで正体がバレそうなので乱用は出来ないが。

 そんな事はさておき、だ。あの暗殺者、あいつのことが頭から離れない。

 

「……あいつは、多分……」

 

 十中八九、同じ実験の被験者の生き残りだろう。元々の被験者ナンバーを言ってきたあたり、間違いない。

 その上、格闘の訓練を受けた奴だ。銃器の扱いにも優れ、確実に勝てる、と言えるような相手ではないだろう。それに追加し、駆動鎧軍団……どう考えても簡単に勝てる相手ではない。正面からぶつかれば、数の暴力で蹴散らされるのは目に見えている。

 

「なるべく戦闘は避けていかないと……」

「非色!」

「ひゃいっ⁉︎」

 

 直後、玄関が開かれる音と共に美偉に名前を呼ばれ、肩が震え上がる。非色が何かアクションを取る隙も無く、美偉はサクサクと部屋の中に入ってきた。

 

「非色! 無事⁉︎」

「ぶ、無事って……?」

 

 美偉の目に入ったのは、唇が切れ、頬に青痣があり、何箇所からも血が流れている非色の姿だった。

 直後、何も言えなくなった美偉は、目尻に涙を浮かべながらも、拭くこともせずに非色を抱き締めた。

 

「っ、ね、姉ちゃん⁉︎」

「良かった……生きてて……!」

「な、何の話……?」

「あなたが暗殺者に襲われたって聞いたから心配してたのよ! こんな大怪我して……!」

「あ、暗殺者……?」

 

 マズイ、と非色は冷や汗を流す。恐らくだが、正体がバレたとかではなく、美琴が全部、説明したのだろう。正体をバラさない範囲で。

 正直、いらない心配ではあるのだが、そんな事は口が裂けても言えない。何せ、心配かけさせてしまっているのだから。

 

「ご、ごめん……でも、大袈裟だよ。暗殺者じゃなくて、普通にスキルアウトだったから」

「え、そ、そうなの……?」

「そうだよ。だから、心配しないで」

「それでも心配するわよ! スキルアウトのタチの悪さはあなたより私の方が知ってるんだから!」

 

 確かに、風紀委員と普通の生徒ならそうかもしれない。しかし、非色は普通の生徒ではない。姉は普通だと思っているが。

 つまり、ここは心苦しくても嘘をつくしかなかった。

 

「……そもそも、あなた木山先生に協力してるって聞いてんだけど?」

「あ、うん。それは二丁水銃に『正義のために手伝え』って言われて……」

「……私の弟を変なことに巻き込むなんて……絶対、許さない」

 

 まさかの姉に、自分のために恨まれる瞬間だった。これはもう死んでも正体をバラすわけにはいかないだろう。

 

「でも、とにかくこっちに来なさい。怪我、ひどいから」

「え、そ、そう?」

「そうよ」

 

 言われて、美偉に手を引かれてリビングに来た。消毒液とティッシュを持ってきて、頬や腕の切り傷をチョンチョンと触れられる。

 

「あーあーもう……少しはやり返したんでしょうね?」

「勿論。こう見えて俺、喧嘩強いんだから……」

「バカなことしてるんじゃないの! 相手を怒らせるような事するくらいなら、逃げて助けを求めなさい!」

「ご、ごめんなさい……!」

 

 こういう時、姉の考えは中々に読めないものだった。どう答えれば怒られないか、予想することもできない。

 そんな時だ。非色と美偉の携帯が、ほぼ同時に鳴り出した。

 

「もしもし?」

「もしもし?」

 

 ほぼ同時に応答しながら、とりあえず席を外した。

 

『あ、もしもし。固法先輩ですの?』

『もしもし、二丁水銃くんかい?』

 

 電話の相手は、黒子と木山だった。

 

『非色さんは大丈夫でした?』

『怪我は大丈夫かい?』

「ええ、平気みたい。よかったわよ、ホント……。なんか青痣とか擦り傷とか作ってたけど、大したものじゃないから良かったわ」

「大丈夫なんですけど……敵も侮れませんでしたね。俺、今までの敵から受けた傷は大体、家に帰るまでに怪我は治るんですけど、今回はまだ癒えてなかったみたいで姉に見つかりましたもん」

 

 まずはそんな挨拶代わりの愚痴から入り、続いて本題に入る。

 

『そうでしたか。良かったですの。……それで、子供達の奪還作戦について、ですが』

『そうか。お大事にしてくれ。……明日、子供達を取り返しに行くつもりなんだろう?』

「……ええ、聞かせてちょうだい」

「そうですよ? ……あ、風紀委員の人達は連れていけませんからね。危ないし。せめて、御坂さんまでです」

『二丁水銃の後をつけることになりましたわ。そのため、木山先生に彼と行動を共にしてもらいます』

『私も、一緒に連れて行ってくれないか?』

「なるほどね……。分かったわ。なら、明日は何時頃に集まれば良いのかしら?」

「ダメ」

 

 微妙に雲行きが怪しくなって来たが、2組の話は続く。

 

『彼と木山先生が行動を始め次第……つまり、早朝には一七七支部に集合しますの』

『そう言うと思ったよ。……けど、私はこれでも彼女達の先生なんだ。私が命をかけないで、一体、誰が命をかけると言うんだ?』

「了解したわ。ちなみに、木山先生に追いつく足はあるの?」

「……」

 

 怪しい所を聞く美偉と、黙り込む非色。

 

『問題ありませんわ。……大変、癪な話ですが、婚后光子に協力していただくことになりましたの』

『あの子達は……グスッ、私が命に変えても守らなければならない、生徒達なんだ!』

「……分かった」

「分かりました。……でも、教師の役目は生徒達を教育する事。生徒も先生も命をかけて守るのは、僕の役目です」

 

 二人ともほぼ同時に了解すると、そこで電話を切った。

 再びリビングに戻ると、二人は携帯をポケットにしまう。

 

「ごめん、非色。お姉ちゃん、明日も仕事だからお風呂だけ入ってもう寝るね」

「うん。分かった」

「じゃ、おやすみ」

「うん」

 

 挨拶だけすると、美偉は風呂場に入り、非色も自室に戻った。各々、同じ戦場に立つための備えをしながら。

 

 



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決戦の地は3箇所にバラける。

 翌日、ようやく最終決戦の日となった。非色は朝早くサングラスマスクを掛け、コスチュームに身を包み、水鉄砲を両腰のホルスターに挿すと、木山との待ち合わせ場所に来て、車に乗って出撃した。その上空を、婚后家のヘリに乗って美琴、黒子、佐天、初春、美偉、婚后の6人は出撃する。

 

「にしてもすまないね、私のわがままに付き合ってもらってしまって」

「いえいえ。気持ちは分かりますから」

 

 実際、自分の姉が誘拐されたら、自分が助けたいと思うだろう。そう考えると、まぁ女性の一人くらいは守れなければ、この先ヒーローとして何も守ることはできない……とも考えられる。

 

「でも、俺の言うことには従って下さいね。じゃないと、守れるもんも守れませんから」

「わかっているさ。現場に着いてからは、プロの指示に従うよ」

 

 そう言ってもらえると助かる。

 車は高速に差し掛かり、坂道を駆け上がって普通の道路より高い道を走る。直後、非色の第六感に引っ掛かるものが背後から迫っていた。

 

「……来たか」

「来た?」

「木山先生、何があってもスピードは緩めないで」

「あ、ああ! 分かった」

 

 そう言うと、非色は窓から身体を出し、車の上に乗った。車の後ろを見ると、数台のトラックが木山の車を追いかけて来る。

 そして、トラックの中から現れたのは武装された駆動鎧だった。それに合わせ、まず非色は車から降りて、高速道路のガードレールを毟り取り、再び車の上に乗ってそれを構える。

 

「はは、団体様のお着きだ!」

 

 そう言うと、非色は改良型水鉄砲を向けた。射程の設定は今まで通りにしておいて、それらを敵が通ろうとする足元に向ける。それにより、相手のトラックや駆動鎧は足止めを余儀無くされた。

 

「はい、一丁あがり!」

 

 ちょろい物だ。向こうはライフルを構えるが、それらの弾は全てガードレールで弾き落として行った。

 直後、今度は合流口から二台のトラックが現れ、再び駆動鎧が出現する。

 

「ひ、ヒーロー!」

「大丈夫」

 

 木山の声に応えるように、非色は車から大声を出して返事をしつつ、まずはガードレールを振るってトラックそのものの動きを止めると、非色も飛び降りて駆動鎧達を相手にした。

 射撃を回避しつつ、まずは銃口を手刀で叩き折り、ボディに蹴りを入れ、怯んだ所で強引な投げ技を使って別の敵に叩きつける。

 そこで、車はすでに追いつけないギリギリの位置まで走ってしまっていたので、非色も慌てて走って離脱すると共に、車の上に乗った。

 

「……ふっ、こんなもんか」

「ふぅ……しかし、君は本当に強いな。何故、スポーツカーに走って追いつける?」

「な、何故でしょうね……? そ、それよりも急いで下さい。奴ら、俺と木山先生の位置を完全につかんでいます」

「あ、ああ。了解だ」

 

 そう言った直後だった。高速道路だと言うのに、同じ車線の反対側から、駆動鎧を乗せたトラックが走ってきているのが見えたのは。

 

「……やば」

「クッ……! どうする⁉︎」

 

 進行方向に敵がいれば、何があっても止められてしまうのは明白だった。増してや、そのトラックも駆動鎧の展開を終え、もう完全に銃弾を撃ち込む気満々である。

 それに対し、非色が対応しようとする前に、前方の敵の頭上から雷が降り注いだ。

 

「ッ……!」

「ほら見ろ、やっぱあんた一人じゃ無理じゃない」

 

 そう言いつつ、木山の車の上に飛び降りたのは、御坂美琴だった。両脚に磁力を流す事で、その場に留まっている。

 

「げっ……み、御坂さん……」

 

 思わず引きつった笑みを浮かべてしまう。もちろん、マスクの下でだが。

 

「……相変わらず、カッコつけね。あんた」

「喧しい」

「ああん?」

「あ、いえなんでもないです……」

 

 凄まれ、思わず目を逸らしてしまった。例え顔を隠していても、この人にタメ口はやめようと思った次第だ。

 

「とりあえず、五秒で片付けましょう」

「もう片付いてるわよ」

「いや、進路から退かさないと」

「あ、そういう事。……まぁ、見てなさい」

 

 直後、電気を流した強力磁石によって、あっさりと道は開かれた。

 

「……あーらら」

「ふんっ、楽勝ね」

 

 まぁ、結果オーライなのでよしとすることにした。スィーっと正面にいた敵を素通りしつつ、ふと上を向いた。婚后の文字が書かれているヘリがついてきている。

 

「……敵だと思ってたんだけど、味方のヘリだったんだ」

「そりゃそうよ。私達だもん」

「他に誰がいるんですか?」

「黒子と初春さんと佐天さんと婚后さんと固法先輩」

「はぁ⁉︎ これからどこいくか分かってんですか⁉︎」

「分かってるわよ。だから、戦力を増やしたの」

「危険度も増えるでしょ!」

 

 せめて佐天と初春は置いてこい、と思わないでも無かった。でもまぁ、あんな風に上空にいられるのなら、それはそれで……と、思った直後だ。ヘリにミサイルが飛んできて爆発した。

 

「ええええ⁉︎ 爆発しましたがっ⁉︎」

「ふぅ……危ない所でしたの」

 

 そんな二人の真下で、落ち着いた声が聞こえた。そこにいるのは、黒子と初春と佐天の三人だ。

 あ、なるほどテレポートね、とはならない。他に二人と操縦士がいるはずだ。が、上に咲いたデッカイ花火の後から、パラシュートが二つ開いた。片方が操縦士、そしてもう片方は、バイクだった。その上に跨っているのは、固法美偉と婚后光子の二人。

 

「おいおい……パラシュートでバイクって……」

「さぁ、皆様! 参りますわよ!」

 

 高らかに婚后が宣言すると共にバイクは着地し、一斉に突撃した。バイクの上には美偉と婚后、そしてスポーツカーの中に木山、黒子、初春、佐天の四人、さらにその上に、非色と美琴が立っている。

 勿論、追撃の手は緩まれない。さらに前方、そして後方から敵の手が迫って来る。

 

「おーおー、うるさいのがわらわらと……」

 

 非色が呟くと、隣のバイクの美偉が敵戦力を分析する。

 

「奥に駆動鎧が二〇人! 後ろからは一五人来てるわよ!」

「なんて数……動きは完全に読まれてると思った方が良さそうですね」

 

 車の中の初春も呟いた。そんな中、落ち着いた非色に美琴が聞いた。

 

「どうするの?」

「強行突破」

「そうじゃなくて。あんまり時間かけてると……」

「だから、時間をかけずに強行突破」

「へぇ、上等」

 

 ニヤリと笑うと、二人は一斉に車から飛び出し、車やバイクより早く敵の中に突っ込んだ。

 直後、車とバイクに乗ってる六人に聞こえてきたのは、パチパチビリィッチュドーンドゴォッという轟音のみ。その後は、駆動鎧達がズタボロになって出て来た。

 

「す、すごい……」

「ていうか、あの二人が組むと誰も止められないんじゃ……」

 

 さて、残りは後ろの駆動鎧である。

 前で暴れていた二人は、自分達に追いついた車の上に再び飛び乗って後ろを見る。

 

「どうする?」

「俺が相手します。御坂さん達は先に行ってて」

「了解」

「あ、キャパシティ・ダウンに気を付けて」

「気を付けてって……どうしろってのよ」

「耳を塞ぐとか?」

「適当過ぎよ!」

 

 そんな話をしながら、非色は車から飛び降りて一気に距離を詰めた。まずは一人目、顔面にアッパーを叩き込むと、スライディングして股下を通り、背後を取ると背中を掴み、別の奴に放り投げる。

 その後、今度は別の奴が銃を向けたので、その銃口に最大まで細く厚くした水鉄砲を放つ。それにより、銃弾は少なからず詰まるはずだ。

 ガチャンっと銃の異変を感じた隙に接近し、ボディに拳を叩きつけ続けた。

 

「ガッ……!」

「ってぇ……どんだけ硬ぇんだ、このボケナス……!」

 

 しかし、衝撃はしっかりと中まで伝わったようで、顔を守るガラスのマスクに胃液が飛び散っていた。

 その駆動鎧にとどめを刺すように、非色は後ろ廻し蹴りを放って別の奴に当てた。

 これでも、まだ敵は大勢いる。あと11人。そんな時だ。いや地響きが耳に響く。ふと後ろを見ると、他の駆動鎧より遥かにデカい、もはやロボットと呼べるものが出て来た。

 

『ぃよぉぉぉ! ヒーロー様ァッ! あんなクソガキどものためにせっせとご苦労なことだなオイ!』

「この声……テレスティーナさん? 奇遇ですね、こんな所で」

『ハッ、軽口たたけんのも今のうちだ、クソガキが。テメェらがどう足掻こうと、キャパシティ・ダウンさえあればまともな戦力はテメェだけだ。テメェさえ殺せば、あいつらなんざ蚊帳の外なんだよ』

「確かにそうかもね。でも、その前提が無理だから」

『言うじゃねえか』

「言うよ、そりゃ」

 

 簡単にやられるわけにはいかない。それに、余計なことを言うつもりはないが、キャパシティ・ダウン程度、あの人達なら何とか出来るはずだ。

 そう信じつつ、付近に目を向けた。自分を取り囲む駆動鎧軍団と、巨大テレスロボ。相手にとって不足はない。

 

「……全員、朝食をそのまま吐き出す覚悟は出来てるね?」

『ガキが……ナメた口聞いてんじゃねえぞ』

 

 正面からぶつかった。

 

 ×××

 

「二丁水銃さん、大丈夫でしょうか……」

 

 車の中では、初春が心配そうな声を漏らす。あの敵の数の後に、かなり大きな敵の姿が見えた。アレを相手にするのは美琴でも骨が折れそうなものだ。

 

「大丈夫でしょう。それより初春、あなたは自分の仕事に集中しなさいな」

「は、はい……」

 

 仕事、とはこれから向かう施設の見取り図を得るためのハッキングである。キャパシティ・ダウンに気をつけるには、やはり発動前に無効化するしかない。

 ならば、音響兵器をいじくれそうな部屋を割り出し、そこを壊してから子供達を救うのがベストだろう。それが見つからなければ、最悪スピーカーを壊せば良い。

 

「……そうだ、初春くん。それと、佐天くんもだ」

「なんですか?」

「これを、君達に預けておこう」

 

 車のハンドブレーキ付近の棚から、二丁の水鉄砲を出した。

 

「え、これって……」

「二丁水銃が、私の自衛用に渡してきた旧式モデルだ。君達が使うと良い」

「でも……そしたら、木山先生は……!」

「問題ないさ」

 

 佐天の懸念に、木山は懐から銃を見せた。そっちは水鉄砲ではなく、実銃だ。それを見て、佐天も初春も唾を飲み込む。

 木山は懐に銃を戻すと水鉄砲について説明した。

 

「しかし、その水鉄砲も扱いは決して簡単なものではない。それに、弾はその貯水タンクの中だけだ。君達が戦わねばならない時以外はなるべく温存しておきたまえ」

「……は、はい……!」

 

 返事をしつつ、二人が水鉄砲を受け取った時だった。ガタンッ、と木山の車が突如、バランスを崩した。まるで、タイヤの空気を突然、抜かれたように。

 

「なっ……⁉︎」

「きゃああっ⁉︎」

「木山先生、ブレーキ!」

 

 美琴に言われて慌ててブレーキを踏み、車を回転させながらも何とか停車する。エアバッグが作動し、木山と初春はクッションに顔面を打ちつけ、車の上に乗っていた美琴は投げ出されつつも、何とか受け身を取る。

 隣を走っていた美偉と婚后も何とかバイクを止め、慌てて付近で何が起こったのかを確認する。

 が、それをするまでも無かった。上空を飛んでいた一台のヘリから、一人の男がアサルトライフルを担いで飛び降りて来たからだ。

 

「っ……!」

 

 直後、美琴と黒子の動きは早かった。黒子は車の中から木山と初春と佐天を転移させる。

 美琴は、一気に降りて来たマスクの男に襲い掛かった。電撃を拡散させて逃げ場を塞ぎつつ、本命の一撃である砂鉄剣を振るう。

 が、その合計四つに伸びた雷撃を、マスクの男は全て回避しつつ、スモーク弾を叩き付けた。

 

「……っ!」

 

 それにより、全員の視界が煙に覆われる。その隙に、暗殺者は姿を消した。電磁波を身に纏っている美琴は、すぐにそこから男が移動したことがわかった。どっかのヒーローのように超人的な速さで姿を消し、自分達の強力な助っ人の後ろで、ナイフを構えている。

 

「! 婚后さん、後ろ!」

「えっ……?」

 

 声をかけられ、反射的に避け掛けた婚后の脇腹を、銀色の刃が抉る。痛みが全身に走り、奥歯を噛み締める。脇腹をやられた、と理解し、自身の身体に能力をかけ、全力で距離を置こうとする。

 突き刺しに向かった暗殺者は、それが読めていた。握られているナイフを手の中で逆手に持ち替え、まず一人目にとどめを刺そうとする。

 その前に、視界の阻害を唯一、キャンセルしていた美偉の足刀が暗殺者の脇腹を捉えた。

 

「っ……!」

 

 その隙に、婚后は能力によって後方に大きく跳ぶ。

 仲間が離脱したのを視認すると、煙の中で美偉が追撃する。顔面に拳を叩き込み、それを防がれると反対側の手でアッパーをかます。

 そのボディに来た拳を暗殺者は右膝で受けつつ、左足を振り上げた。その飛び廻し蹴りが美偉の顔面に向かう。右手でガードしようとする前に、黒子が空間転移でドロップキックを顔面にかまして来る。

 

「チッ……!」

 

 全体重を乗せた両足の蹴りが綺麗に決まったはずなのに、若干、よろけた程度で踏ん張っている。

 その暗殺者に、美偉と黒子が二人がかりで攻めた。決して暗殺者の正面には回らず、能力で動きを先読みした美偉と、黒子の空間転移を兼ねた猛攻を、男は平然と凌いでいた。

 

「クッ……!」

「こ、こいつ……!」

 

 ならば、と言わんばかりに二人は強引に決めに掛かった。黒子が暗殺者の背後に転移しながらの肘打ちと、美偉の足元へのローキックが全くの同時に迫った。

 風紀委員として訓練を受けた二人の全く同時の一撃。格上相手であっても直撃すれば無事では済まない完璧な同時攻撃だったはずだ。

 それを、暗殺者は左肘と右膝でガードしてみせた。むしろ、攻撃した二人の手足の方が痛かったくらいだ。

 

「ッ……!」

「しまっ……!」

 

 直後、美偉は目を見開く。男がガードに使っていない右手には、ハンドガンが握られている。その銃口の先は、自分だ。

 ようやく一人目、と言わんばかりに引き金を引こうと人差し指に力を入れた時だ。それより早く、美偉の後ろから伸びた手が自身のボディに添えられる。

 そこから局所的な突風が発生し、一撃で後方に吹き飛ばされ、高速道路の壁を突き破って落下した。

 

「グッ……!」

「こ、婚后さん!」

 

 大慌てで美偉が後ろのお嬢様の前で膝をつく。脇腹からの出血は無視できない量のものだ。

 

「も、申し訳ありませんわ……皆さん……!」

「血が……!」

 

 慌てて美偉が、自分のハンカチを傷口に当てる。もう少し深く入っていれば、脾臓に命中していた。

 

「黒子、婚后さんを病院に連れて行って!」

「は、はい……!」

「固法先輩、佐天さんと初春さんと木山先生を先に連れて行って下さい!」

「分かった!」

 

 徒歩だと時間が掛かるが、それ以外に手はないのだから仕方ない。

 

「え、なんでですか?」

「御坂くん、君は……!」

 

 初春と木山が聞いた直後、暗殺者が戻って来た。確かに、このままいても足手まといになるだけだ。ならば、先に行って子供達の救出をした方が良い。せめて、美琴や黒子が来るまでにキャパシティ・ダウンの破壊くらいは済ませておきたいものだ。

 

「行くぞ!」

「は、はい……!」

 

 木山が声を掛けると、初春と佐天は走り出し、美偉もバイクに再び跨った。勿論、そう簡単に暗殺者が逃すはずがない。

 ホルスターから銃を抜き、一番近くにいた初春に向ける。……が、発砲される前に美琴が砂鉄剣で銃口を斬り払った。

 

「っ……!」

「やらせるわけないでしょ」

 

 若干、後ろに下がる暗殺者。目の前には学園都市最強の電撃使い。どうやら、簡単には追わせてもらえなさそうだ。

 だが、先に向かったメンバーの中で戦えるのはあのメガネの風紀委員のみだ。ならば、自分は目の前の超電磁砲を足止めし、依頼人から借りている駆動鎧に追わせた方が良い。

 そう決めて、ポケットから通信機を出した時だ。ボフッと、通信機から黒い煙が漏れる。

 

「仲間は呼ばせないし、私の仲間も追わせないわよ」

「……チッ」

 

 小さく舌打ちする暗殺者。こんな向かい合った状態で、隙もクソもあったものではない。逃げる隙も無ければ、そのための乗り物もない。

 その上、目の前の超能力者は、やる気満々と言わんばかりに指をコキコキと鳴らした。

 

「……やるしかないようだな」

「当たり前でしょ」

 

 暗殺者も、覚悟を決めたようにホルスターの銃に手を掛けた。

 

「言っておくが、俺をあの辺の駆動鎧と一緒だと思わない事だ。あのおもちゃがいくらあろうと、俺一人の相手にもならない」

「あんたみたいな奴、知ってるから大丈夫よ。……というか」

 

 そこで言葉を切った時だ。ゴロゴロ……と、突然、空が鳴り響いた。さっきまで快晴であったはずなのに、積乱雲が寄せられ、日の光を塞ぎ始める。

 なんだ? と暗殺者は片眉を上げて空を見上げる。10秒で雲一つない青空に積乱雲が寄せられるなんてあり得ない。

 が、途切れた集中力は、稲妻を纏い始めた目の前の少女によって、再び引き寄せられた。

 

「あんたこそ覚悟出来てるんでしょうね……! 私の友達に傷をつけておいて、ただで済むと思うな」

「……」

 

 面倒な相手だ、と思いつつも、暗殺者は油断なく美琴を見据えた。

 

 



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切り札は最後まで取っておけ。

 駆動鎧の武装は決してヤワではない。元々、災害救出用のものであるため、頑丈さは勿論、ある上に剣やライフル、そしてデカいロボットにはロケットパンチと盾が格納されている。簡単に出し抜ける相手ではない。それが複数ともなれば、能力者でもない限り相手には出来ない。

 だが、今日の相手はそう簡単にもいかなかった。鋼鉄の体に、拳一つで穴を開ける相手だからだ。

 駆動鎧軍団のライフルが、ヒーローに向けられる。ガガガガッ、と耳に響く射撃音を心底、鬱陶しく思いながら、非色は攻撃を回避し続け、水鉄砲を構える。狙うは、駆動鎧のマスクだ。

 水鉄砲の液体は若干、薄い青色に濁っており、視界を塞ぐことが可能だ。それを受けた駆動鎧は、鎧の中でカメラワークを切り替える必要がある。その隙に、接近して思いっきり蹴りを入れた。

 蹴り飛ばす方向は、敵の一人がいる所、その一撃で二人分に隙を作ると、他の敵が攻めてくる。

 その攻撃をまた回避し、距離を置くと、今度は高速道路の壁を足場にして大きく飛び上がり、空中から水鉄砲で視界を塞ぎに行く。

 

『させっかよォッ‼︎』

 

 が、その攻撃をテレスティーナの巨大な腕が防ぐ。それとほぼ同時に、反対側の巨腕で非色を殴り飛ばした。

 

「うおあああ危なっ⁉︎」

 

 殴り飛ばされつつも、近くの外灯に水鉄砲を最大まで細くして飛ばす。細さと範囲が反比例する水鉄砲は、捕捉した場合に最大の長さは1メートル。

 つまり、発射された液体が1メートルに満たないで獲物に当たれば、ワイヤーのように使えるのだ。

 それにより、外灯の周りをグルリと回ると、水鉄砲を手放して巨大ロボに殴り返した。

 

「全然効かないね、パンチってのは……こう打つ!」

 

 その巨大ロボに、勢いのまま殴り返した。ガクンっと大きくロボは後ろに仰け反るが、装甲自体には傷一つ見えない。

 

『ヒャハハハハッ! どれがパンチだって⁉︎ 今、何かしたのかも分かんねえな!』

「カッッッテェ……!」

『ったりめぇだ! こいつは超電磁砲を相手にする事を備えて作ったもんだ。テメェなんざ、はなから眼中にもねえんだよ!』

「俺も、あんたみたいな子供に眼中はないよ」

『ああ⁉︎』

「俺の眼中に映ってるのは、子供達だから」

 

 そう返しつつ、一丁になった水鉄砲をもって、敵の周りを跳ね回る。敵の攻撃を回避しつつ、蹴りで駆動鎧同士を引き合わせ、液体の範囲を広げた水鉄砲でくっ付ける。

 

『ハッ、いくら雑魚どもを蹴散らした所で、私を倒せなきゃテメェは先に進まねえぞ⁉︎』

「声大きい! 進めないのはそっちもだから!」

 

 そう言いつつ、テレスティーナの攻撃を避けながら駆動鎧をくっつけて行く。巨大ロボが暴れることにより道路が破壊されていくので、その辺の瓦礫もくっつけて行った。

 そして、駆動鎧達を全てくっ付けた後、同じように紐状にした水鉄砲をくっ付けた。巨大モーニングスターの完成だ。

 

「よっしゃ、これなら……どうだ!」

 

 最後に、大きくジャンプすると正面から叩き込みにいった。それに対し、テレスティーナはひらりと回避してみせた。

 

「っ!」

『バーカ、そんな分かりやすい手……気付かねえわけねえだろ!』

 

 そう言いつつ、着地してガラ空きになった非色に腕を叩き付けた。片腕でガードするが、高速道路の方が耐えられなかった。亀裂が非色を中心に響き渡り、そのまま道路は陥没する。

 非色どころか、テレスティーナの機体も落下した。

 

『ヒャハハハハハッ! ガキの考えなんざ、手に取るように……!』

「分かって、ないじゃん……!」

 

 巨大ロボの拳にガードした手で掴まっている非色が、ニヤリと微笑む。予定通り、と言わんばかりにその捕まっている手で自分の身体を強引に振り上げた。

 

『何っ……⁉︎』

「これで、どうだッ……!」

 

 上を取った非色は、巨大モーニングスターをテレスティーナの片足の関節の裏に振り下ろした。上からの衝撃と、叩き付けられた落下時によるダメージが重なり、機体にほんのわずかな稲妻が走る。

 だが、それでも走れない程のダメージをもらったわけではない。すぐに立ち上がろうとした直後だ。さらに関節にダメージが入った。後ろから、崩れた瓦礫の中に混じった外灯を非色が突き刺しにかかったのだ。

 

「これでっ……!」

『このっ……無駄なんだよ!』

 

 直後、ロケットパンチが飛んで来た。それを正面から非色は受けて、後方に大きく殴り飛ばされる。高速道路を突き破り、壁に背中を強打した。

 

『ハハハハ! 切り札ってのは、最後まで取っておくもんなんだよ!』

 

 そう言いつつ、飛ばした腕をパージする。このロケットパンチ、伸ばしたら戻さず、捨てるしかないのだ。

 仕留めた、そう判断したテレスティーナは、とりあえずコクピットから機体を動かそうと試みる。が、外灯は見事に関節に突き刺さっていた。関節部は装甲が薄いとはいえ、人に突き破られるほど脆くはない。

 とりあえず、立ち上がるために突き刺さった外灯を抜かねばならない。腕を動かして抜こうとした時だ。センサーに反応があった。

 

『……化け物め』

 

 高速道路から自分を見下ろしているのは、二丁水銃だった。ボロボロの身体を引きずって、サングラスに手を当てている。

 

「……警備員ですか? こちら、二丁水銃。置き去りの子供達を使った非人道的な実験を行おうとする主犯格をおさえました。証拠は今から押さえます」

 

 それだけ言うと、非色は水鉄砲を向ける。何発か放ち、テレスティーナの動きを完全に止めた。脱出機能があったのだが、それすらも封じられた。万事休す、と判断したが、実験を諦めるかは話が別だ。

 非色が駆動鎧の剣を奪って二丁水銃からはみ出てぶら下がっている糸を斬り、立ち去ったのを見ながら、とりあえず脱出は諦めた。

 

 ×××

 

 美琴は、奥歯を噛み締めていた。非色と同じ身体能力の持ち主、というだけなら、本気でやれば楽に勝てるものだと思っていた。

 だが、そう甘いものでもない。先読みしているとしか思えない回避力、一発貰えば無事で済まない拳、かと言って距離を置きすれば忍者顔負けの気配遮断による奇襲……などと、中々、やりづらい。

 高速道路のような平坦な道ならいくらでもやりようがあると思ったが、銃器があるのも中々、厄介だ。

 その結果、道路から落下して河川敷で戦闘を続けている。

 

「……流石だな、常盤台の超電磁砲。俺が獲物に5分以上、粘られたのはお前を含めて三人目だ」

「あら、意外と多いのね。たいしたことないわ」

 

 そう言いつつ、電撃を再び放電する美琴。その範囲外に回避しつつ、銃を撃つ暗殺者。それを電磁波で他所に誘導しつつ、再び砂鉄剣を作った。

 しかし、それを作った所で何か策があるわけでもない。お互い、攻撃を仕掛ける以上に、なるべく受けに回っている。何故なら、お互いの攻撃力はお互いの防御力を遥かに上回るから。

 例えレベル5でも、超人の突きや蹴り、或いは銃弾やナイフをもらえばタダでは済まないし、逆にレベル5の電撃を一発でも喰らえば、ピリッと痺れた、では終わらない。

 そうなれば、今度はスタミナが切れた方が負ける。それは、確実に電池切れがある美琴の方だ。

 ならば、覚悟を決める他ない。

 

「……よし、行くわよ」

「……」

 

 何か策がある、というのは考えるまでも無かった。問題は、何を企んでいるのか、だが。

 ひとまず、油断なく腰に挿してあるナイフを握ると、超電磁砲は短くした砂鉄剣を両手に持って近接戦を挑んで来た。

 今まで、肉弾戦は避けて来ていた。当然だ、暗殺者の方が分があるから。

 その一線を回避すると、それを読まれていたのか、反対側の砂鉄も振るって来た。その一撃を後ろに身体を逸らして避けた直後、その砂鉄が微妙に延長された。

 

「ッ……!」

 

 今度は、強引に体を屈めて避けた。流石に無策ではなかったが、今の程度で殺せると思っていたのなら甘い。

 回避と共に握り拳を作った暗殺者は、美琴の懐に潜り込む。

 直後、真下から悪寒を感じる。反射的にバックステップをすると、地面から砂鉄の刃が生えて来ていた。

 

「クッ……!」

 

 距離を置きつつ、ホルスターからハンドガンを抜く。が、今度は背後からも殺気を感じた。大きなバク宙で回避すると、自分の真下を砂鉄の刃が三方向から通った。

 空中に舞いながら、今度こそハンドガンを向ける。美琴も同じように片手を向けて来ていた。その先からは、バチッと僅かに稲妻が漏れていた。

 ほぼ同時にお互いの攻撃が発射される。銃弾は美琴の頬を掠めるだけで終えたが、電撃は直撃した。充分な威力ではなかったが、動きが鈍くなってもおかしくない威力のはずだ。

 すぐに美琴は追撃した。今度は、片手に伸縮自在の砂鉄、もう片手には普通に稲妻を込めて。砂鉄を避けられても、電撃で確実に仕留められるように、の二段構えだ。

 

「そこ!」

 

 砂鉄が膝を突いている暗殺者に向かう。完全に突き刺しにかかった。その砂鉄に対し、暗殺者は手を添えた。普通なら、手を貫通する。たとえ超人であっても。

 しかし、手に砂鉄が触れた直後、美琴は自身の演算に狂いが生じた事を察知した。美琴の砂鉄剣は、砂鉄を電磁石で振動させ、チェーンソーのような斬れ味を誇る。

 その振動どころか、電磁石としての働きを狂わせるどころか、逆流するように電流が流れて来る。

 

「っ……⁉︎」

 

 そう思った時、慌てて能力を解除しようとしたが、遅かった。美琴の指先から稲妻が体内に響き渡る。神経が麻痺する前に、体内の電流を電流で打ち消した。

 

「こいつ……!」

「悪いな。実は、無能力者ではないんだ」

 

 そう言った直後、拳を構えて腹にアッパーを繰り出す。慌ててバックステップをして回避しようとしたが、代わりに胸の浅い谷間に掠める。掠めた程度なのに、身体は後方に大きく吹っ飛んだ。

 

「ッ……何処、触ってんのよ……この変態!」

「……? 何かに当たったか?」

「ぶっ殺す!」

 

 頭に来た美琴は、身体中から一気に放電をかます。しかし、それこそ暗殺者の思う壺だ。派手な攻撃の影から、本命を繰り出すのは暗殺者の常套手段だから。

 範囲外に避けつつ、近くの道路の瓦礫の影に隠れて手榴弾のピンを抜き、転がした。

 

「っ……やばっ」

 

 手榴弾に気付いた美琴が、慌てて近くの瓦礫を使って即席の盾を作り、ガードする。

 そのガードの範囲外から、暗殺者はサブマシンガンを構えた。電磁波にさえ引っかかっていなければ狩れる、そう確信して発砲しようとした直後だ。

 高速道路から一人のヒーローが飛び降りて来た。

 

「……!」

 

 そちらにサブマシンガンを向けるが、ヒーローが水鉄砲を放つ方が早い。射程内に入ったことで細くした液体でサブマシンガンを捕らえると、引っ張って奪いつつ顔面に蹴りを叩き込んだ。

 

「グッ……!」

 

 蹴りの後に着地する非色。カラン、と暗殺者の顔から、マスクが落ちた。その顔は、非色にも見覚えのある顔だ。

 

「……被検体116号……」

「君は……117号?」

 

 知っている間柄だった。番号が近かったから、すれ違ったり挨拶したりする程度の仲だが、知らないわけではない。というか、昔から割と明るい奴だった非色は、話しかけるきっかけをいつも探していたくらいだ。無かったが。

 そんな話はともかく、だ。薄々勘づいてはいたが、やはりあの実験の生き残りだ。自分以外は死んだと聞かされていたのに、何故ここにいるのか? 不思議で仕方なかった。

 が、向こうにとって自分はどうでも良い存在のようで、すぐにスモークを叩き付け、離脱してしまった。流石に美琴とヒーローを同時に相手するのは分が悪いと踏んだのだろう。

 

「ごめん、助かったわ」

「……」

「……非色……二丁水銃?」

「っ、あ、ご……ごめん。何?」

「助かったわって……」

「あ、いやいや……てか、意外と手こずったんだ?」

「まさか、向こうが能力者だと思わなくてね。次はもう負けないわよ」

「……そう」

 

 どうやら、相当あの男のことを考え込んでいるようだ。自分との話が頭に入っていない様子だ。

 気持ちは分からないでもないが、このままこうしているわけにもいかない。ボーッとしてから暇はないのだから。

 

「二丁水銃!」

「っ、え……?」

「行くわよ。時間が無いんだから。ヒーローなんでしょ?」

「あ、は、はい……!」

 

 そう言って、改めて二人が目的地に向かおうとした時だ。ちょうど良いタイミングで黒子が戻って来た。

 

「あら、お姉様と……二丁水銃」

「ちょうど良かった。黒子、行くわよ」

「……あの男は?」

「逃げたわ」

 

 それだけ話すと、黒子と二人は手を繋いで一気にテレポートした。

 

 



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ほとんど後日談。

 テレスティーナが逮捕され、117号を撃退したことにより子供達はすぐに回収できた。

 佐天、初春、美偉、木山は二丁水銃から借りた水鉄砲と美偉の武力によって子供達を上手いこと、奪い返した。というのも、さっさと研究所内に忍び込み、美偉の能力で敵の様子を索敵しつつ、邪魔な相手は奇襲を仕掛ける形で気絶させ、最後に身動きを封じた。

 その調子で、まずは監視室を襲撃し、敵の目を封じてからスピーカーを破壊し、最後に子供達を取りに行った。

 その後、警備員が到着し、研究所の職員を全て逮捕すると共に、木山と共に子供達を起こして無事に解決した。

 その日の夜、黒子は寮で美琴と話していた。

 

「ふぅ……何とかなりましたわね……」

「そうね……。枝先さん達が無事で良かったわ……」

 

 自己紹介は一応、終えていたため、これからまた友達が増えそうである。

 しかし、事が収まったと見たヒーローの奴は、すぐにテレスティーナの護送車の上に乗って追撃を警戒していたため、自己紹介には不参加だった。それが少し気に食わない。

 

「それで、お姉様。結局、あのヒーローの正体は……」

「あー……ど、どうだったかしら……」

 

 ポリポリと頬をかきながら目を逸らす美琴。結局、違うという話に落ち着いてはいるが、あれは「その通りだけど誰にも言うな」ということだ。それを今、破るわけにはいかない。

 

「と、とにかく気にしない方が良いわ。彼は、ヒーローじゃないから」

「そ、そうなんですの……?」

「でも、あんたに『ヒーロー嫌い』みたいなこと言ったのは嘘らしいわ。だから、少しドギマギしてるみたいよ」

「……な、なるほど……?」

 

 そう言われつつも、黒子は微妙に納得できない。というか、出来るはずがない。少し前まで同じ意見だった人にそんな風に言われても。

 

「……とにかく、あのヒーローの正体には言及しない方が良いわ。誰のためにもならないから」

「わ、わかりましたの……」

 

 そんな黒子を見透かしたように言う美琴は、とりあえず微笑みながら頭を撫でてあげた。

 

「大丈夫よ。彼は、悪い人じゃないわ。少しムカつくだけで」

「……は、はぁ」

 

 それは大丈夫なのか少し心配になる所だが、まぁお姉様の言うことだ。危険がないことに関しては信じておくことにした。

 ……とはいえ、だ。非色が危ない事に首を突っ込んでいるなら、それはそれで見過ごしたくない。

 

「……」

 

 明日あたり、とりあえず非色に会いに行こう。そう決めて、今夜はゆっくりすることにした。

 

 ×××

 

「え、今から?」

『そうだ。君、結局すっぽかしたろう』

 

 電話の向こうから聞こえてくるのは、木山の声だ。自分が強敵を相手にしている間に子供達を友達と連携して助けたらしい。

 これで全部終わり……と思いたい所だったが、念のために117号の動向を確認しておこうと思っていた矢先に電話がかかって来たわけだ。

 

「……や、でも俺これから……」

『何か用事があるのかい?』

「い、一応……」

 

 まぁ、あの117号はおそらく、テレスティーナの手下というよりは雇われた殺し屋、という感じがしなくもなかったので無視しても問題は無いのだろうが。

 いや、何れにしても何故、あの実験に生き残りがいるのかはいつか調べなければならない事ではある。

 

『そっか……わかったよ。じゃあ、この変身アイテムは必要ないかな?』

「すぐ行く」

 

 簡単に釣られるヒーローだった。それで良いのかと不安になるほどに。

 とりあえず、ライダースーツだけ着てヘルメットを装着して部屋を飛び降りた。

 とりあえず見かけた事件を片っ端から片付けながら、木山の施設に入った。勿論、入口からではなく通気口から。

 こそこそと中を進むと、一際騒がしいフロアを見かけた。中では、子供達がワーキャーとはしゃいでいる。

 

「……」

 

 入りづらかった。あそこに自分がいて良いのかと。呼ばれている以上は行かざるを得ないのだが……何というか、ヒーローショーみたいな絵になりそうで怖かった。

 

「……すぅー、はぁー……」

 

 深呼吸をすると、とりあえず覚悟を決めた。とりあえず、普通に扉から入るために、通気口から廊下に出て、それから中に入った。

 

「こんちはー」

「っ! ……あ、ヒーローさん⁉︎」

 

 目覚めたばかりでニュースなど見たことがないはずなのに、不審者ではなくヒーローだと認識されていた。誰がバラしたか、など考えるまでもない。あの中坊四人と木山だろう。

 リアクションに困っている間に、子供達はパタパタと駆け寄ってくる。

 

「ほんとだー! ヒーローだー!」

「すっげー! マスク以外だっせー!」

「なんでライダースーツ?」

 

 微妙に貶されている気がするが、まぁ目覚めたばかりの子供達を相手に怒るなんて大人気ないことはしない。同年代だが。

 

「はいはい、どうも……」

「ほら、君達。からかう前に言うことがあるんじゃないか?」

 

 木山がそう言うと、子供達はハッとしたような顔になり、みんなで目の前にズラリと並んだ。何かと思った非色はマスクの下で怪訝な顔を浮かべてしまう。

 が、すぐに子供達の要件はわかった。揃って、頭を下げられたからだ。

 

「「「助けてくれて、ありがとうございます!」」」

 

 言われて、思わず固まってしまっな。何が? と思ってしまうほどに。だが、改めて目の前の子供達は「自分が助けた」と認識出来た。こうして改めて面を向かってお礼を言われると、やはり少し照れ臭いものだ。ポリポリと頬を掻こうとしたが、マスクを被っているので首筋をかいて誤魔化した。

 

「いや……別に俺は何もしてないし……実際に助けたのは、木山先生だから……」

「ふふ、言うと思ったよ。それでも、お礼は素直に受け取りたまえよ」

「……」

 

 木山に言われ、余計に照れ臭くなってしまう。あまりこういうのに慣れていない非色は、どうしたら良いのか分からず居心地悪そうにしてしまった。

 それを察した木山は、すぐに助け舟を出した。

 

「ふふ、みんな。ヒーローさんは割と忙しいらしい。今日は解散にしよう」

「「「はーい」」」

「え、ちょっ……変身アイテムは?」

「そんな簡単に出来るはずないだろう。完成したら、すぐに連絡するよ」

「……」

 

 うまく釣られた事を悟り、非色はさっさと研究所を出て行った。

 さて、今日はこれからどうしようか。まぁ、いつもと同じ様にヒーロー活動だろう。どんなにでかい敵を相手にしたとしても、小さい敵が減るわけじゃない。休みの日、なんてものはないのだ。

 再び、昼間の学園都市を跳ねていると、微妙にお腹が減ってきた。

 

「……先にお昼にしよう」

 

 こういう時、変身アイテムがあると一々、着替えに行かなくて済むのだが……まぁ、その辺の手間は仕方ないと諦める他ない。それに、もうすぐ変身アイテムが出来るわけだし、焦る事はない。

 一度、帰宅して着替えてサングラスだけ持って玄関から出て行った。さて、何処で食べようか。そろそろ自炊も覚えたい所だが、姉がいない間に部屋を火事にするのも良くないだろう。

 そんな時だった。携帯に電話がかかって来た。名前には「白井黒子」の文字。

 

「……げっ」

 

 さて、再びどうしたものか、と悩む場面だ。……いや、今は割と暇しているんだし、出ても良いかもしれない。最近は忙しくて、つい「どう断ろうか」なんて考えるようになってしまっている。

 

「もしもし?」

『あ、非色さんですの?』

「はい」

『よろしければ、これからお昼をご一緒しません?』

「え、お、お昼……?」

 

 まさかの女の子からのお誘いだった。いや、割と過去にそういうのはあった気もするが、こういう何もない時に来るのは想定外だった。困ったことに、普通に嬉しい。

 しかし、向こうはどういうつもりなのだろうか? 最近、黒子はやたらと自分を見て頬を赤らめることが多い。ついていって平気なのだろうか? 

 いや、でもやっぱ女の子に誘われるのは嬉しかったので受けることにした。

 

「い、良いですけど……あまり高いのは……」

『普通にファミレスなら問題ないでしょう?』

「あ、はい。それなら助かります」

『では、今からお迎えに上がります。どちらにいらっしゃいますの?』

「いや、お迎えなんて良いですよ。ここからファミレスまで10分かかりませんし」

『テレポートした方が楽でしょう?』

「まぁ、そうですが……」

 

 正直、スタミナも超人の非色にとって、ここから埼玉まで走ったとしても息は全く上がらない。近くのファミレスに行くくらい、部屋で漫画を読んでいるのと同じくらい疲れないわけで。

 とはいえ、だ。ここまで善意を出してくれているのであれば、それに応えた方が良いだろう。

 

「じゃあ、お願いします。玄関の前にいるので」

『かしこまりましたわ』

 

 直後、目の前に飛んできた。このマンションは自動ドアと認証キーにより建物内に入る事もできないというのに。

 

「こんにちは、非色さん」

「……こうしてみると、泥棒し放題なんだよなぁ」

「結構なご挨拶ですのね」

「いふぁふぁふぁふぁ!」

 

 正直な感想を漏らしすぎて、頬を引っ張り回されてしまった。ビンッと手を離されると、改めて手を繋がれた。急に手を繋がれ、思わずドキッとしてしまう。

 

「え、な、何……?」

「何って……テレポート致しますのよ」

「あ、そ、そっか……」

「さ、行きますのよ」

 

 この時の非色は知るよしもなかった。黒子がわざわざテレポートして来たのは、ほんの僅かな時間であっても手を繋ぐためであった事を。

 ひゅんっとその場から姿が消えて、気がつけばファミレスにいた。席に案内してもらい、とりあえず注文する。

 

「……」

 

 なんか、一人で緊張してしまう非色。女の子と二人で食事なんて中々ないことだから。というか、他に誰かしらいないのかと思ったりもしてしまった。この人なら美琴やら初春やら佐天やら呼んでいるものだとばかり思っていたが。

 

「非色さん、折り合って聞きたいことがあるのですが」

「な、何……?」

「あなた、私達に何か隠していませんの?」

「えっ⁉︎」

 

 思わずドキッと胸が跳ね上がった。

 

「……え、な、何のこと?」

「正確に言えば、危ないことしていません?」

「し、してないよ!」

「……」

 

 黒子は思わず呆れてしまった。こんなに嘘が下手な人間がいるものなのかと。

 

「分かりましたから、本当の所は?」

「な、なんですかホントの所って?」

「……」

「……」

 

 なんてこった、と非色は冷や汗を浮かべる。料理を注文してしまった以上、逃げるわけにもいかない。完全にはめられたわけだ。

 ジッと非色を睨む黒子。目を逸らし続ける非色。

 

「では、最近、木山先生にお会いになられましたの?」

「キヤマセンセイ? だ、誰だっけ……?」

「テレスティーナ、強敵でしたわね」

「外国の人と戦ってたんですか?」

「お姉様を襲った暗殺者……次会ったら叩きのめしますわ」

「暗殺者って……外国の映画じゃないんだから」

 

 うまくかわしているつもりの非色だが、態度があまりにしどろもどろなので嘘がモロバレしていた。なんだか一周回って嗜虐心すら芽生え始めて来た黒子だが、とりあえず仕事中なので何とか抑えた。

 

「……非色さん。私は、あなたの事が心配なんですの」

「え?」

「もし、危ないことをしているのでしたら、風紀委員として……そして友人として放っておくわけにいきませんわ」

「し、白井さん……」

 

 思わず、感極まってしまう。こんな風に自分のことを考えてくれる人は、姉以外にいなかった。

 だから、涙腺は緩みそうになるし目頭は熱くなる。友人関係は、ただどちらかがどちらかに気を遣えば良いっていうものではない。お互いがお互いを信頼し、守り合う仲を指すものだ。

 だからこそ、非色は真顔を維持して答えた。

 

「でも、何の話だかわからない」

「……むきー!」

 

 ポコポコと叩く黒子と、それが当たらない距離まで背もたれに背中を預けて逸らす非色。その後、しつこいくらいに尋問されたが、なんとか全部の質問をかわし続けた。

 

 




なんか半端な形で終わってしまいました。
次から一方通行編です。


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一方通行編
なんだかんだ一緒にいて楽しいのは同性の友達だから。


 固法美偉は、完璧超人と言えるレベルの学生だ。炊事洗濯家事全般、全てできる上に、能力者でありながら、風紀委員に所属して戦闘力も高い。運動も勉強も出来るのだ。

 そんな彼女は、当然料理の腕も抜群だ。

 

「んー……美味っ」

「そう? それは良かった」

 

 美偉の手料理を毎日のように食べられる非色は、とても幸せだった。忙しいので決して毎日とはいかないが、それでもこの世の誰よりもそれを食べる機会は多い。

 

「そうだ、姉ちゃん」

「何?」

「そろそろ、俺も手料理の一つくらい作れるようになりたいんだけど」

「電子レンジがあるじゃない」

「や、そういうんじゃなくて……」

「あと給湯器もあるわよ」

「だからそういうんじゃなくて! てか、分かってて言ってるでしょ⁉︎」

 

 そう言うが、前科がある自分を料理に関しては信用出来ない気持ちはよくわかってしまった。

 

「良い? 非色。人には得手不得手があるの。無理して出来ないことをして大きな被害を及ぼすより、できることをして行きましょう?」

「料理は如何に才能がなくても、いつか出来るようになるでしょ!」

「……」

 

 確かに、得手不得手があると言っても限度はある。肉と野菜を適当に炒めるくらい、誰にだって出来るものだ。

 しかし、それで自分の家に被害が出るのはゴメンだ。特に、夏場はどうしてもエアコンの利用で電気代が重なるというのに。

 

「うーん……じゃあ、せめて他の人と特訓でもして来たら?」

「え?」

「佐天さんとか、白井さんに教わって来たら良いじゃない。私はいろいろ忙しいからね」

「うーん……」

「せっかく、出来た友達なんだから、少しは遊んで来なさいよ。頼ったり頼られたりするのも、立派な友人関係よ?」

 

 そんな風に言われれば、非色としても頷かざるを得ない。友人が出来たことのない非色は「そういうものなのか?」と納得しかけていた。

 ただ、非色的には最近、異性とばかり一緒にいたから、なるべくなら同性と友人関係を深めたいと思う所もあった。

 

「うーん……あ、そうだ」

「どうしたの?」

「一人いた、男友達」

 

 そう言うと、非色はスマホをポケットから取り出す。

 

「あら……そうなの?」

「友達って言って良いのか分からないけど……」

「……ぐすっ、あなたにも……友達がたくさん……!」

「だから泣かないで⁉︎」

 

 もう少し友達を増やした方が良いのかも……そんな風に思えてしまう非色だった。

 

 ×××

 

 さて、その男友達と連絡を取り、待ち合わせした。なんか補習があるとかで午前中は無理らしいので、午後にお昼を兼ねて、部屋にお邪魔することになっている。

 で、手土産だけ購入して、今は待ち合わせ時間になったので、高校の前で待機している。少し早めに着いてしまったが、まぁ待つのには慣れているし問題無いが。

 10分ほど待っていると、その男が出てきた。

 

「あ、固法。待たせちまったか?」

「上条さん! すみません、急なお話で」

「いやいや、気にしないで良いですことよ。インデックスが前に世話んなったしな」

 

 世話、という程ではない。たまたま一緒に飯を食べただけだ。それも、常盤台でのただ飯だから、本当に世話ではない。

 

「あ……これ。つまらないものですが」

「え、何?」

「姉に、お世話になる時は茶菓子を持って行きなさいって言われたので……」

「や、そんな気は使わなくて……」

「ポテチを買って来ました!」

「あれ? それ茶菓子……? や、受け取るけど」

 

 取り敢えずお菓子を手渡すと、上条家に向かった。二人で並んで歩きながら、とりあえず気になったので非色が聞いた。

 

「上条さんって、勉強苦手なんですか?」

 

 ピシッと固まる上条。どうやら、地雷だったようだ。

 

「そうですよ……上条さんは、万年補習常連のダメな高校生ですよ……」

「あ、いやそんなつもりで言ったんじゃなくて……!」

「良いんですことよ。分かってるから……」

 

 これは、死んでも自分が超成績優秀であることは話さない方が良さそうだ。苦笑いを浮かべながら目を逸らしつつ、とりあえず話を続けた。

 

「で、でも料理は出来るんですよね? 俺は出来ないから羨ましいです」

「料理なんて誰でもできるだろ」

「いや、そんな事ないですよ。い、いくら学年トップでも、料理で家を火達磨するようじゃ世話ないですからね!」

「……へぇ、学年トップ」

「……あ」

 

 本当に学力が活きない中学生である。戦闘と勉強にしか応用できないのか、とツッコミを入れられそうなものだった。

 いや、まだ諦めるのは早い。自分が学年トップとは言っていないのだから。

 

「い、いや俺じゃなくてね⁉︎ 黒井白子さんっていう人がいて!」

「お、おう……すごい名前の人だな」

 

 モデルは言うまでもない相手だし、ちょうどどこかで見たテレポーターがパトロールしている所を通り掛かったが、非色は気付かずに続ける。

 

「その人がもうホント応用力無い人で、なんかヒーローを捕まえようとしてるらしいんですけど、もう半年近く追いかけていまだに捕まえらんないらしくて」

「ああ、いま話題になってるやつ?」

「そうそう。前に二丁水銃とその白井……じゃない、黒子……でもなくて、黒井さんとの戦闘を見たんだけど、そりゃもうボッコボコに逃げられてて……」

「へー。二丁水銃って無能力者なんだろ? やるなぁ」

「いやいや、黒井さんの頭が弱々なだけで……」

「へぇ? 面白いことおっしゃいますのね。今度、その黒井さんという方のお話、私にも聞かせてくださる?」

 

 唐突に、首筋に氷水を首筋にぶっかけられたようにヒヤリとした。今、一番聞きたくない声が聞こえた気がする。いや、でもまさかこんなタイミングで漫画みたいなことあるはずないでしょ……と、思いながらも大量に汗を流しながら振り返ると、いた。黒井白子さんが。

 

「げ……し、白井さん……」

「え、何? 友達?」

「はじめまして。黒井白子ですの」

「あっ……(察し)」

 

 全てを察した上条は、そっと非色の肩に手を乗せ、その場を後にした。

 

「じゃ、俺は近くの自販機の前で待ってるからな」

「置いて行くんですか⁉︎」

「痴話喧嘩は、上条さんの知らないところでどうぞ」

「痴話喧嘩じゃな……!」

 

 この後、こってり絞られた。

 

 ×××

 

「わっ、ひいろ! 久しぶりなんだよ! ……でも、頬が腫れてるんだよ?」

「……気にしないで良いから」

 

 インデックスの元気な挨拶に、憂鬱気味に答える非色。超人である非色の頬を腫れさせるとは。やはり女性が一番、力を発揮する時は男性に怒らされた時である。

 

「じゃ、固法は手を洗ってこい。インデックス、悪いけど昼飯少し遅くなる」

「ええー! どうして?」

「固法に料理教えるからだよ」

「りょうり? ひいろ、できないの?」

「出来ないの」

「ふーん……そんなにムキムキなのに?」

「筋肉関係ないから」

 

 ムキムキなだけでなんでも出来るなら、この世の人間は全員、筋肉ダルマになる事だろう。

 

「でも……確かに筋肉すごいな……ほんとに中一?」

「いやぁ……あはは」

「っと、悪い。料理だよな。手を洗おうか」

 

 そんなわけで、手を洗いに行った。

 まずは清潔さが一番、とのことで手や野菜、調理器具を洗う事を教わり、包丁の使い方、冷凍した肉の解凍、炒める際にフライパンに投入する食材の順番など全てを教わった。

 元々、地頭が良いだけあって、覚えるのはすぐだった。それどころか、上条が「まぁ何が先に火が通りやすいかはやってりゃ覚える」と言ったのに対し、非色は「にんじんとかじゃがいも系は火が通りにくいわけですね?」と経験せずにカンパして見せた。

 今回はほとんど上条が作ってしまったわけだが、大体覚えた。後は家で練習あるのみだ。

 

「わぁ! おいしいんだよ!」

「それは良かった。……作ったのはほとんど上条さんだけどね」

「いやいや、俺は塩と胡椒まぶしただけだよ。フライパンを振ってたのも油を敷いたのも全部、固法だろ?」

「うん、ひいろが作ったご飯、おいしいんだよ!」

「そ、そう……?」

 

 少し嬉しいものだ。料理を褒めてもらう、というのも中々、悪くない。

 とにかく、今はお礼を言うところだ。

 

「いやー、ありがとうございました。上条さん。おかげで、これから先、もう少し姉に楽させてあげられると思います」

「気にしないで良いですことよ。上条さんもこういうお手伝いなら大歓迎」

「こういうお手伝い?」

「や、何でもない。さ、食おうぜ」

 

 非色にとっても、久々に安堵してお昼を食べることが出来た。やはり、一緒にいて楽なのは男の人だ。今度、疲れた時はまた上条に構ってもらうことにして、とりあえずそのまま昼食を続けた。

 

 ×××

 

「あー! むかつきます、むかつきますのー!」

 

 荒ぶっているのは、やはり白井黒子。そしてそれを聞かされているのは、初春飾利だ。

 本当は、口を挟みたくない。しかし、聞かないと延々に「むかつく」という言葉を連呼され、それはそれで鬱陶しいのだ。

 

「また何かあったんですか?」

「ありましたわ! あの男、私のいない所で私の陰口を仰っていましたの! 私の! 陰口を!」

「あー……」

 

 これは非色くんやらかしたな、と心の中で察する初春。実際、あの子が黒子をどう思っているのかは分からないが、多分、悪い感情を抱いている事はないだろう。

 それでいて悪口を言ったのは、話の流れでそうなったのか、あるいは照れ隠しか……何れにしても、本心ではないのだろう。

 

「……こうなったら、とことん調べてやりますわ……!」

「え、何をですか?」

「あの男が、ヒーローの正体だという証拠を掴んでやりますの……!」

「ええ……」

 

 なんか急に闘志を燃やし始めていたので「手伝ってくださいな」と言われる前に逃げる事にした。さりげなくいじっていたパソコンの画面を消し、携帯と財布を持って席を立つ。

 

「お手洗い行ってきまーす……」

 

 あくまでしれっとさりげなく告げて、扉の外に出た。さて、ここから先はダッシュでなるべく遠くへ……! 

 

「逃がしませんわよ。手伝いなさい?」

「……」

 

 そろそろ本気で下克上を考えようか、なんて思いながらも、とりあえず手伝ってしまう初春だった。

 

 



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噛み付く相手は考えろ。

 ヒーローと言っても、中身は普通の中学生と大差ない非色にも、当然「マイブーム」に近いものがあった。それは、例えば戦闘においてどのように現れるか、とか、どうスタイリッシュなセリフを言おうか、とか。仮面をつけているから出来ることではあるが、これが実行出来ると中々、心地良い。

 で、今のマイブームは、家を出る際に、窓から飛び降りる直後にマスクを装着することである。落下しながらの変身、これは誰だって憧れるものだ。あとは戦闘しながら変身などもカッコ良いが、それをやると正体がバレるので無し。

 そんなわけで、早速、飛び降りながらヒーローに変身した。空中で展開されていく木山お手製のマスク。もうこれだけで嬉しいのに、それが空中展開なんてもう……うっほー! と、言わんばかりにテンションが上がった。

 さて、切り替えてヒーロー活動である。街の中を駆け巡り、犯罪を探す。しばらく走っていると、見つけた。空き巣である。

 学生寮の一室の窓を破り、侵入している覆面の男達がいた。すぐにその場へ急行する。

 

「君達、真夏にフルフェイスマスクって暑くないの?」

「ああっ⁉︎ ……げっ」

「ひ、ヒーロー……!」

 

 直後、手を出して来たのは一人の能力者だった。念動能力により、椅子が飛んでくるが、それをしゃがんで避けてカーペットを引いた。それにより、足元を崩された強盗三人は全員、後ろにひっくり返る。

 

「え、今ので全滅?」

「んなろ……! 死ね!」

 

 再び念力で部屋の中にある家具を飛ばしてくるが、それらも軽々回避すると一気に距離を詰めた。

 

「よっこいせっ、と!」

「ガハッ!」

「ゴフッ!」

「ゲハっ!」

 

 空中で一回転しながら三人の顔面、肩、二の腕に蹴りを繰り出す。ほんの軽く蹴ったつもりなのだが、一番気持ちよく当たった肩の相手は、一発で窓の外に弾き飛ばしてしまった。

 

「うわ、やっば!」

 

 慌てて蹴った相手を追いかけ、ベランダから落ちる前にキャッチする。間に合わなければ死んでいたかもしれない。

 と、いうよりも、だ。なんだか頭より身体が軽い気がした。その上で、いつも以上の力が出ている。

 

「……?」

 

 とりあえず、男達を床に水鉄砲で貼り付けてから自分の拳を開いて握り、また開く。まさか、肉体が日々、強くなっているのだろうか? 筋トレをした覚えはないので、あり得る可能性としては「超人の修復力はただ身体を癒すだけでなく、強化して治す」といったあたりか。

 確かに、ここ最近は木山春生(マルチスキル)、AIMバースト、117号、テレスティーナのよう分からん巨大ロボと強敵が多かったし、従ってそれだけ怪我を負っては治してきた。

 

「……あんまり嬉しくないなぁ」

 

 この説が正しかったとして、それだけボコボコにされている、ということだ。それだけではなく、殴られ過ぎるといよいよもって人として生きられなくなる。玄関を開けようとしてドアノブ壊しました、なんてことになったり、友達を軽く小突いたら怪我をさせてしまったり、なんてことも起こりそうだ。

 

「……」

 

 最近は友達が出来て、久々に楽しい期間を味わえたというのに、知りたくもない情報を得て、また友達を失わなくてはならないようだ。何処までも足手まといな体である。

 実際の所、強い奴と戦わなければ良いのかもしれない。強い奴と戦う機会なんて滅多にないのだから。

 しかし、それでも自身の身体が危険であることに変わりはない。

 美偉や佐天、初春、木山、上条などと喧嘩する事はまず無いが、黒子、美琴、黒妻などは喧嘩、或いは共闘する事もある。その際、自身の攻撃に巻き込んでしまう可能性は大いにある。

 

「……はぁ、仕方ない……」

 

 まぁ、元々友達なんていなかったんだし、友達を減らすくらいどうって事ない。

 とりあえず警備員に通報した後、引き続き今はヒーロー活動に専念しようと思った時だ。サングラスに着信があり、応答した。

 

「もしもし?」

『木山だ』

「あ……こんにちは」

 

 自分の正体を知る数少ない人間の一人だった。実は、この人からの電話はずっと楽しみだったりする。なぜなら……。

 

「出来たんですか⁉︎」

『ああ。出来たとも』

「すぐ行きます!」

 

 例の変身アイテムが完成したようだ。一気にご機嫌になった非色は、その場からまるで瞬間移動をしたかのように消え去り、一気に研究所まで走った。ビルの屋上を跳んで走ってすぐに建物の中に入った。

 

「こんちはー!」

「早いな!」

「走りましたからね!」

 

 強化された肉体を早速、使いこなしていた。そんな話はさておき、だ。とにかく今は変身アイテムである。

 

「で、どれですか⁉︎」

「落ち着きたまえ。そんなに嬉しいのかい?」

「そりゃそうですよ! このライダースーツ、着るのも手間だし、暑苦しいし、姉に見つかるわけにはいかないから洗濯する時コソコソしないといけないし……もう散々ですよ」

「そうか。だが、こいつがあればきっとその手間も省くことが出来るさ」

 

 そう言いつつ木山は、近くにある机に置いてあるアタッシュケースを開く。中から取り出したのは、六角形の板で、真ん中に拳銃が銃口をクロスさせて描かれている。大きさは掌と同じくらいのものだ。

 

「これは……フリスビー?」

「すまないね。流石に何かに擬態させることは出来なかった」

「いえいえ、これこそ『特殊アイテム』って感じするでしょう!」

「そ、そうか……」

 

 元気いっぱいにアイテムを受け取る非色を見て、木山はやれやれと笑みを浮かべる。この前、自分の生徒と挨拶した時は大人びているように見えたが、こうしてはしゃいでいる姿を見ると、やはり彼も子供なのだと再認識させられる。

 そんな子に街を守ってもらっているのだから、学園都市の大人も情けないものだ。

 

「で、これどう使うんですか?」

「胸の上に当てて、ボタンを押したまえ。それで、その胸当てから首元から足の先まで覆うスーツが出て来る」

「早速……!」

「あー待ちたまえ。それは使った者を覆うように布が六角形、全体から現れ、背中で再び布と布がくっ付くまで止まらない仕組みだ。ボタンを押したら、足の裏に布が到達する前にジャンプすること」

「な、なるほど……。え、でもそしたら頭も覆ってしまうのでは?」

「大丈夫。前のマスクの布は覆わないように作ってあるからね。……それと、服の上から使えば、その服もスーツの下に包まれる。使うなら、服を脱いだ方が良い」

「わかりました」

 

 元気よく返事をすると、非色はマスクで付近に自分と木山以外の人がいない事を確認すると、ライダースーツを脱いだ。

 

「……意外と平気で脱ぐんだな?」

「え、どういう意味です? てかそれ、木山先生が言います?」

「いや、中学生と言えば思春期だろう。上半身だけならともかく、パンツまで見せてもなんとも思わないとは思わなかった」

「あー……そういえば、あんま気にした事ないですね。研究所にいた時は女性研究者もいましたけど、普通に着替えとか見られてましたから」

 

 それを聞くと、木山は後になってその話題を選んだ事を後悔した。そういえば、彼もこの街の不当な実験の被害者なのだ。人格に、他の中学生とは違うズレがあっても決しておかしくない。

 そういうズレは、木山が修正するしかない。一応、これでも元教師なのだ。

 

「ヒーロー……いや、非色くん」

「え、なんですか?」

「私は大人だから良いけど、友達の風紀委員の子や御坂くん、佐天くんの前で服を脱ぐのはやめておきたまえよ」

「え?」

「中学生はちょうど、異性の身体について学び、興味が出る時期だ。男性が女性に欲情してしまうのと一緒で、女性も男性に欲情してしまうこともある。それを刺激するような真似はやめた方が良い」

 

 木山なりに、なるべく直接的な表現にならないように遠回しに告げようとしていた。

 しかし、非色は眉間にシワを寄せたまま「脱ぎ女が何言ってんの?」と言った顔になる。

 

「いや、木山先生に言われたくないんですけど。暑いからって服を脱ぐ人がどうしたんです? 暑さでやられました?」

「……」

 

 頭に来た。せっかく人が忠告してやっているのにこのガキは……といった具合である。

 いや、実際の所、日頃の行いがこれでもかと言わんばかりに浮き彫りになった結果なのだが、頭に来てしまったものは仕方ない。仕返しの時間である。

 

「……分かったよ、非色くん」

「何がですか?」

「君、生物学に興味はあるかい?」

「あります! あんまり得意じゃないので。この前も生物だけ90点だったんですよ。他は95以上とったのに」

「なら、ヒトの身体について教えよう」

「本当ですか⁉︎ 助かります。特に、人体の何処を殴れば比較的に相手にダメージも後遺症も残らないかを……」

「良いとも」

 

 この後、驚く程、生々しい表現で性教育を受けた。勿論、座学で実演はない。

 

 ×××

 

 性教育後は、悶々とする頭を壁に打ち付けて何とか煩悩を打ち払った。実際に図解で教わったわけではないので、想像力には限界があったのが救いだ。

 そのため、なんとか落ち着くことができた。で、落ち着いてからは早かった。研究所の中で変身を終えた非色は、改めて自分の姿を見る。エッチな話のインパクトで危なかったが、とりあえず改めて、ようやくヒーローっぽくなった自身の姿を確かめる。

 

「ふふ……よっしゃ、しっくり来る……!」

 

 色々あったが、やはり木山には感謝しないといけない。このスーツがあれば、もう毎回、家で変身する必要もない。着替える環境がない場所でも、服の下から胸に当ててボタンを押せば、服の中でスーツは展開される。便利なものをもらってしまった。

 

「っしゃ、行くぞ! 新・ヒーロー出撃!」

 

 元気よくそう言うと、研究所の屋上から飛び降り、夜の街を駆け巡った。

 まるで新しい自転車を買ってもらった子供のように、全速力で街の屋上を走り回る。地上にいる人からは姿もほんの一瞬しか映らないほどの速さだ。

 しかし、人間ははしゃぎ過ぎるとロクな事にならない。それが如何に良い事があったとしても、冷静さと理性だけは損なってはならないものだ。

 気がつけばそれなりに遠くへ来ていた非色は、早速事件を見掛けた。場所は、橋の下に建てられた貨物列車庫。そこで、一際大きな爆発が見えた。

 遠くからでも、優れ物のサングラスによって事件を見ることができる。黒いTシャツに白髪の少年が、どこかで見た覚えがある常盤台の制服を着た少女を追いかけ回していた。

 

「……少し、急ぐか」

 

 そう呟くと、一気にその場から全速力で走り出した。

 

 



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目指せ、ジャイアントキリング。

 御坂美琴がその場に居合わせたのは、偶然では無かった。自分と同じ容姿を持つ少女を見つけ、なんやかんやで一緒に遊び、プレゼントまでしてあげて別れた後、イカれた実験のことを知り、追いかけて来たのだ。

 が、せっかく見つけた彼女が瀕死である事は明らかだった。何故なら、片足をもがれて地を這うようにして動いていたのだから。

 そして、それを追うのは白髪の少年。自分と同じくらい……いや、下手したら自分より華奢な体格をしたその少年は、線路の上に足を置いた。

 その線路は、唐突にベギン、ガゴンッとへし折れ、近くに止まっている電車を大きく殴り上げる。

 

「なっ……!」

 

 舞い上がった電車の落下点にいるのは、自身のクローン。もはや逃げる時間はない。

 それを悟ってか、そのクローンは美琴が渡したプレゼントを胸前でギュッと握りしめた。

 そんな人間らしい仕草が、逆に美琴の胸を引き裂くような痛みを走らせた。

 しかし、そんな感傷に浸る前に、無慈悲にも列車はクローンの上に落下……とは、言わなかった。

 

「……?」

 

 地面に落下する前に、真下で何者かが受け止めている。それも、片腕で。

 その姿は、もう自分が何度も目にしたヒーロー……とは微妙に服装が違うようだが、中身は一緒だと即座に理解できた。

 自分よりも弱い男だが、いざこうして助けられてみると、ここまで頼りになるのか、と思わず感心してしまった。

 が、まだ安心できない。何故なら、相手の能力もまだ分かっていないのだから。

 

 ×××

 

「あ……なた、は……?」

「……」

 

 太腿から下をもがれている。出血多量で、もうこの子は助からない。自身のうかつさを大きく呪った。こんな事なら、もっと早くここに来れば良かった。

 奥歯を噛みしめつつ、真下に倒れる少女を見下ろすと、その顔は見知った顔だった。

 

「……え、み、御坂さん……?」

「……え?」

 

 あの、超能力者の少女だ。共に戦って来た事もあり、彼女の強さはよく知っている。

 そんな超電磁砲がここまでズタボロにされている……というのは、この際、問題なかった。

 問題なのは、誰であっても、自身の友達がこうしてボロカスにされていた、ということだ。

 頭の中が真っ白になり、真っ黒になり、夏の暑さではなく頭に熱があがる。

 怒りに身をまかせながら、ジロリと犯人と思われる少年を睨みつけた。

 

「おいおい、実験の管理はどォなってンだァ? 部外者が紛れ込ンでンじゃねェか」

「……もう喋るな」

「ア?」

 

 らしくなく低い声を発し、持ち上げている列車を下ろす。優しく御坂美琴と同じ顔を持つ少女の額を撫でると、腰のホルスターから水鉄砲を放った。距離がそれなりに近いため、広範囲に短く広がる拡散型で。

 それにより目をくらました直後、その場から人間ではありえない速度で移動し、自分の撃った液体の隙間を抜け、液体より速く白髪の少年に距離を詰めた。

 少年に拳を振りかぶるフリをしてジャンプでそれを飛び越えて背後を取ると、蹴りを背中に放った。一時的でかなり強引な挟み撃ち。反応できる奴はいない。

 しかし、今回の相手は反応する必要がなかった。

 

「痛っ……⁉︎」

 

 まるで、拳と拳が衝突したような痛みが、非色の右腕全体に響いた。

 

「ほォ、折れてねェのか」

「な、何を……⁉︎」

「だが、終わりだ」

 

 ニヤリとほくそ笑んだ白髪の少年は軽くジャンプして宙返りをする。その下を通って非色に巻きついたのは、水鉄砲の液体だ。広範囲型だからこそ、避ける間もない上に、自身の攻撃だから第六感にも感知されなかった。

 

「クソっ……!」

「おい、ヒーロー。テメェにありがてェ言葉をくれてやる。……『策士、策に溺れる』だ」

「っ……!」

 

 奥歯を噛み締める。悔しさで返す言葉も出やしない。

 だが、文字通り手も足も出ない状態だ。噛み付こうにも、身動きが取れなかった。

 そんな非色に、トドメを刺そうと白髪の少年が手を伸ばした時だ。その二人の元に雷撃が降り注ぐ。

 

「離れなさいよあんたァ────ッ‼︎」

「チッ……なンだァ? 連戦か?」

 

 襲い掛かったのは、御坂美琴。鉄橋の上から飛び降りて強襲しに掛かった。

 相手になってやっても良かったが、もう今は気分ではない。騒ぎが広がって人が集まってくるのも面倒だ。

 ……それに、どちらかというとこのヒーロー様の方に興味がある。明らかに人間以上の身体能力の持ち主。初めてやりあうタイプの相手だ。

 電撃を反射して他所に飛ばしながら、倒れているヒーローの頭を踏みつける。ギリギリの反射の強度を増させて、地面に圧迫していく。しかし、潰れていくのは頭ではなく、頭の下のコンクリートだ。やはり、こいつはただの人間ではない。

 

「オレは一方通行、能力は『ベクトル操作』だ」

「あ……?」

「テメェにその気があンなら、いつでも相手してやる」

 

 つまり、宣戦布告だ。ヒーローである自分に対し、余程、自信があるのだろう。それはそうだ。一方通行と聞けば、学園都市第一位の能力者だ。早い話が、この街で一番強い奴、ということになる。

 その場で地面を蹴って大きく跳ね上がった一方通行は、そのまま何処かへ立ち去った。

 その後、慌てて非色の元に美琴が駆け寄って来た。

 

「あ、あんた! 大丈夫⁉︎」

「え……?」

 

 目の前に映ったのは、さっき死んだ少女と同じ顔をした少女だった。

 

「ぎゃあああああ! お化けえええええ! 助けられなくてすみませんでしたああああああ‼︎」

「ちっがうわよ馬鹿! 本物よ!」

「え……じゃあ、さっきのがお化け? 呪わないでえええええ!」

「だから違うってば! あーもうっ……頭良いのか馬鹿なのか……!」

 

 落ち着くまでに30分掛かった。

 

 ×××

 

 液体を電気でこがしてもらって、改めて話を聞く。あの少女は美琴のクローンである事。そして、あの学園都市第一位はレベル6に上がるためにこんな実験に加担しているということの二点だ。

 

「……なるほどね。こいつはぶっ飛んでる」

「ええ。……正直、私とあなたが2人がかりで挑んでも勝てないわ。攻撃が、全部跳ね返ってしまうんだから」

 

 一方通行、と言う能力に関して詳しいわけではないが、今までの敵の誰と比べても桁違いに厄介なのは間違いない。

 さて、どう倒すか……と、非色が頭を巡らせていると、美琴がそれを遮るように口を開いた。

 

「あなたは関わるのをやめなさい」

「……はい?」

「今回の件は、私が一人で片付ける」

「……何言ってんの?」

「私があの馬鹿な研究者たちにDNAマップを提供した結果なのよ。関係ないあなたは巻き込めない」

「今まで散々、自分が関係ない件に首突っ込んでおいて何言ってんですか。俺も止めます」

 

 直後、急激に頭に血が上ったように、美琴は非色の胸ぐらを掴む。

 

「ふざけないで! 今までのどの相手よりも厄介なのはあんたも分かるでしょ⁉︎ 引っ込んでいなさい!」

「嫌です。知ってしまった以上は、ヒーローとして戦うしかありません」

「何がヒーローよ! ごっこ遊びみたいなものの癖に!」

「……」

 

 言われて、非色は黙り込んでしまう。まぁ、それを言われたらその通りだ。ボランティアにもならないから。

 しかし、そこまでストレートに言われると、やはり少し傷つくものはある。それを美琴も察してか、俯いてしまった。

 

「……ごめん」

「別に良いです。……とにかく、俺は俺で動くんで」

「あんた……まだ……!」

「安心して下さい。白井さんも姉ちゃんも誰も巻き込むつもりはないので」

「そういうことじゃ……!」

 

 しかし、それだけ話した非色はさっさとその場から立ち去ってしまった。

 とりあえず、作戦を決めないといけない。無策で勝てるのは格下だけだからだ。格上を倒すには、戦略と戦術が必要になる。

 ……とはいえ、だ。あと何回も実験が行われるのなら、ヒーローとして一人でも多くの犠牲者を減らさなければならない。

 その為には実験の度に顔を出し、敵の弱点を戦いながら探る必要がある。

 

「……ふぅ」

 

 窓から帰宅し、スーツとマスクを解除し、パジャマに着替えて居間に出た。姉はすでに帰って来ていて、微笑みながら片手を上げて挨拶して来た。

 

「あら、いたの?」

「うん。おかえり」

「ただいま」

 

 本来とは真逆の挨拶をしながら、手洗いうがいをした。顔を踏みつけられ、メキメキと圧迫させられたにも関わらず、姉が何も言ってこないあたり、おそらく顔に傷一つ残っていないのだろう。良いマスクをもらえたものだ。

 

「ご飯は?」

「……いらない」

 

 とても食欲などない。厳密には知り合いではなかったとはいえ、知り合いと同じ容姿を持つ人が片足をなくして倒れている場面を見てしまったのだ。思い返すと、あまり良い気はしない。

 

「何かあった?」

「え?」

「いつもより元気ないみたいだけど」

「そ、そう?」

 

 流石、姉をやっているだけあってわずかな非色の変化も見逃さなかった。自分のことをよく見てくれている証拠だ。

 しかし、だからこそ巻き込めない。美琴が自分を巻き込みたがらない理由も分かるのだ。

 

「なんでもないよ」

「……そう? 何かあったら、ちゃんと相談しなさいよ。私はあなたの姉なんだから」

「うん。ありがとう」

 

 それだけ話しつつ、お風呂に入った。さて、どう戦うか。まずは人命第一ということでミサカクローンを逃し、その上で一方通行を足止めする。いや、倒さなければならないだろう。逃げられると言う保証はない。

 まず、あの反射がどう言うものなのか、だ。無条件に何でも反射するなら勝ち目はない。恐らくだが、触れたもの限定で反射するのだろう。

 それにより何でも遠距離から攻撃できる上に、それを警戒して近距離で挑めば、もっと重たい攻撃を貰うことになる。

 

「……」

 

 ならば、試すのは一つ。あの反射がどの程度の速さまで対応できるか、だ。全速力で殴り、反射が機能する前に衝撃だけでも与える。

 そんな事を考えながら、とりあえずシャワーを浴びた。

 

 



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対抗策はなるべく完璧に。

 一方通行という強敵と戦うことになった今、これからは一戦一戦が命を取られかねない大きな戦いとなる。

 だが、見捨てるわけにはいかない。クローンだか何だか知らないが、実験に付き合わされて命を落とす人を見捨てたくない。

 その為にも、まずは準備だ。早く殴る、が通じるとしても、超能力者相手に隙もない段階では攻撃は当たらない。

 あの能力なら、触れるだけで物をこちらに高速で飛ばせる。列車が銃弾以上の速さで飛んで来るとか、少し考えたくない。

 先読みをいつも以上に鋭くさせないと避け切れないわけだが、そこはもう自身の第六感を信ずるしかない。

 それよりも、今のままの水鉄砲で勝てるのか、ということだ。おそらく、液体も反射される。この前のように自身に巻き付くような真似はできないが、撃てばそうなる。自分なら避けられるかもしれないが、ただでさえ向こうは多種多様な弾丸を永遠に撃ち続けられるのだ。余計なものは避けたい。

 

「……仕方ない」

 

 新しい武器を作るしかない。正確に言えば、新しい弾だ。相手を捕獲するためのものではない。

 そのためには、色々な機材が揃っている木山の研究所を借りるしか……。あの実験のペースがどう行われているか分からないが、あんな大掛かりな戦闘を常に行われているとは思えない。昼間なんて、特に夏休みに突入した学生で溢れ返っている。

 ……つまり、行われるとしたら、最短で今夜。

 

「遊んでる暇はない」

 

 そう決めて窓から飛び降りた直後だ。携帯が震えた。画面には「白井黒子」の文字。一応、出ないと後が面倒な気がするので、移動しながら応答した。

 

「もしもし?」

『あ、非色さんですの? 実は……その、佐天さん達とこれから買い物に行くのですが……よろしければ』

「すみません、忙しいんで無理です」

『あ、ちょっ……』

 

 そこで電話を切った。申し訳ないが、構っている暇はない。恐らくだが、佐天と一緒ということは、初春も一緒の可能性は高い。携帯から自身の居場所を探知される前に、電源を切っておきたい所だ。

 が、その前に電話をする必要がある。

 

「もしもし、木山先生ですか?」

『ああ、君か。どうした?』

「研究所をお借りします」

『構わないよ。私は子供達といるから、いつも通り通気口なり何なりと潜入してくれ』

「はい」

 

 それだけ話して、電話を切り、電源もオフにした。親しき仲にも礼儀あり。一応、許可は取らなければならない。

 

 ×××

 

「……」

 

 自分の携帯を黙って眺める黒子。その様子を不審に思った初春が片眉を上げた。

 

「どうかしましたか? 白井さん」

「……切られましたの」

「あちゃー。もしかして、予定でもあったんですかね?」

 

 実際、この前のように上条から何らかの指導を受けていたように、知り合いと約束がある可能性はゼロではない。

 しかし、それ以上に不可解だった事があった。

 

「いえ……ですが、こんな風にきっぱりと断られたのは初めてですの」

「と言いますと?」

「何やら、真に迫っているような印象を受けましたわ。それどころではない何かがある……とでも言わんばかりの何かが……」

「……え、でも最近は平和ですよね?」

 

 確かにそう言う通りだが、また何か事件にでも首を突っ込んでいるのだろうか? あの少年はかなりのお人好しだ。

 

「で、でも……もしかしたら本当に何かのっぴきならない理由があるかもですし」

「はい。また後で連絡を取ってみれば良いんじゃないですか?」

「……そう、ですね」

 

 とりあえず、今はせっかく遊びに来たのだし、向こうが来れないのなら仕方ない。何とか胸騒ぎを抑えて、深呼吸する。

 そんな黒子の様子を見て、佐天と初春はにやりとほくそ笑む。それが気に食わなくて「何?」と視線で問うと、二人はまるで打ち合わせしていたかのように答えた。

 

「わかるわかる。好きな人が心配なんですよね」

「何か事件に巻き込まれていたら、いてもたってもいられないんですよね」

「ちっがいますの! あんなバカ、どうなったって知った事ではありませんわ⁉︎」

「はいはい」

「はいはい」

「むっきー! な、生意気なー!」

 

 怒って追いかける黒子と、笑いながら逃げる佐天と初春。周りから見たら、かなり微笑ましい女子中学生達の兼ね合いに見えた。

 

 ×××

 

 夜。どこかのビルの路地裏で、ミサカは一方通行と対峙していた。実験時刻まであと5分程度。実験場のポイントへの移動も終え、残りは時刻を待つのみである。

 そんな中、ミサカの脳裏に浮かんだのは、あの変なコスプレ仮面である。すぐに意識を失ってしまったが、あの男は一体、何だったのだろうか? いきなり現れたように見えたが。

 何しに来たのかも分からないが、どうなったのだろうか? 何にしても……あの仮面、カッコ良いと思わないでもないから、貸して欲しい、とか思ってみたりもした。

 別のミサカなら、その悲願も叶えてくれるかもしれない。

 

「時刻になりました。これより、実験を開始します」

 

 アサルトライフルを手に持ち、発砲しようとした直後だった。コロン、コロコロコロ……と、乾いた音が耳に響く。自分だけでなく、一方通行もそっちに目を向けた。

 転がったのは、一方通行の真後ろ。白い球が、6個転がっている。

 

「……?」

「アン?」

 

 直後、3つの球は破裂し、そこら一帯に液体を撒き散らかし、残りの3つは煙を吐き出した。

 それと共に、ミサカの背中に糸のような液体がくっ付き、上に引き上げられる。その先は、屋上につながっていた。

 下に撒かれた液体はもちろん、煙も、全て粘着性のもの。煙は物に付着した時に、その場に粘着性質が移り、ものがそこに当たると動かなくすることができるものだ。

 しかし、それを説明している時間はない。

 

「えーっと……御坂さんの妹、で良いのかな?」

「あなたは何者ですか? と、ミサカは……」

「ヒーロー。俺のことなんて良いから逃げて」

「いえ、そうはいきません。現在、ミサカは実験の最中で……」

「っ……!」

 

 こうなる事は想像していた。だからこそ、手は打ってある。自身のマスクを外し、ミサカの顔に装着させた。

 そのまま携帯を起動し、自身で作成したアプリを開く。

 

「自動操作モードオン。マスクを指定のポイントへ強制移動」

 

 音声入力でそう伝えると、マスクに引っ張られる形でミサカは移動を始める。

 

「⁉︎ こ、これは……?」

「大丈夫、ヒーローに任せておけよ」

 

 そのままミサカが移動を開始した直後、非色は予備のサングラスを装着した。予備、というより木山の施設で発見したプロトタイプだ。通信機能はついていないが、熱源感知はついている。それさえあれば十分だ。

 背後に一方通行が現れる。当然のように、身体には一滴の粘着液もついていない、綺麗なままだ。

 

「へェ、そンな機能ついてたのかよ。そのマスク」

「……」

 

 腰から水鉄砲を抜き、一方通行に向ける。いつものように軽口を叩く余裕はない。

 

「動くな」

「無駄だっつの。テメェのそのオモチャじゃ、オレの動き一つ止めらンねェよ」

「……」

 

 引っかかるのは、あまりにも一方通行が余裕過ぎること。このままでは、自分を倒せても実験は中止になるだろうに。

 まぁ、それでも構わない。とにかく、今は目の前の男を止める。

 改造した水鉄砲を放った直後、そこから飛び出したのはBB弾サイズの弾。それが一方通行に直撃した直後、跳ね返ることなく破裂し、煙幕となった。何かに直撃すれば破裂する仕組みなので、こちらに巻き付くことはない。

 その隙に、移動を開始しながら煙玉を撒き続けつつ、ビルの中に入った。屋上の一個下に移動し、熱源感知で一方通行の真下に移動すると、殴り上げて天井を破壊した。

 

「あん?」

 

 自由落下する一方通行。今なら、付け入る隙がある。何でも反射してしまうのならば、一方通行は基本スタンスは宙に浮くことになってしまう。

 逆に、唯一、反射が働かないのは足の裏だ。足元がなくなった一瞬の隙に、一方通行も気付かない速さで足の裏を殴り抜く。複雑骨折させてしまうかもしれないが、ミサカの命がかかっている為、やむなしだ。

 

「ッ……!」

 

 常人では目で追えない速さで拳を振り抜いた直後だ。一方通行はニヤリとほくそ笑んだ。

 それが目に入った時には、拳は足の裏に触れている。直後、自身が拳を振り抜いた速度以上の速さで拳は跳ね返され、ビルの床を全て突き抜けて一気に一階まで落下した。

 

「ゴフッ……‼︎」

「ヒャハハハハッ! ヒーローともあろうものが、随分とオレを簡単に倒せると踏ンでたモンだなァ!」

「っ……!」

 

 笑いながら、最上階から降りてくる一方通行。すぐに立ち上がろうとしたが、その辺の瓦礫を掴んで飛ばされ、地面に叩きつけられる。

 

「あンま、ナメてンじゃねェぞ。オレは、第一位だ。それが能力だけじゃなく、頭脳もだって事、忘れてンじゃねェだろうな」

 

 言いながら自分の横に降りてくる一方通行。身体が動かない。恐怖からではなく、ダメージが大きすぎる。治るまでに数時間、掛かりそうだ。

 だが、十分、時間は稼げたはずだ。あの子も今頃……と、思っていると、一方通行は自身のホルスターのポケットについている携帯を取り出した。

 

「こいつだよな、さっきいじってたヤツ」

「っ……か、返……!」

「うるせェ」

 

 履歴を見れば、何処に逃したかはバレてしまう。

 

「じゃあな、次のチャレンジを、お待ちしておりまァす」

 

 まるで煽るようにそう告げた後、一方通行は一気にその場から立ち去った。

 奥歯を噛み締める。悔しさで何も言えない。涙も出てこなかった。……いや、まだあの子は無事なのかもしれない。戦闘中に介入出来れば、まだ間に合う。

 

「ッ……フゥッ、クッ……!」

 

 無理矢理、身体を起こし、何とか移動を開始する。少しずつだが、早く歩けるようになってきた。修復が進んでいる証拠だ。

 そのままの脚で、強引に一方通行とミサカがいる場所に走った。

 

 ×××

 

「……遅い」

 

 固法美偉は、自宅で時計を眺めていた。現在、深夜の0時を回っているが、未だに弟は帰ってこない。

 何かあったのだろうか? いや、あったと確信出来る。こんな事は今まで無かったからだ。

 非色の部屋を見てみたものの、誰もいない。まぁ、最近は友達ができて楽しそうにしていたのは分かるので、少しはっちゃけるのも分かるが、連絡の一本くらい欲しい所だ。

 

「……」

 

 黒妻に連絡して探してもらおうか? いや、さすがに日付が変わっているのにそれは出来ない。いっそ、自分で探しに行こうか……と、思った時だ。玄関が開く音がした。

 

「! 非色!」

「あ……た、ただいま……」

 

 スーツを格納した姿の非色が帰って来た。しかし、身体中が傷だらけで、とても無事とは言えない。

 

「な、何があったの⁉︎ そんな怪我、今まで負ったこと……!」

「す、武装集団に絡まれただけ」

「……」

 

 許し難いことだ。それが、本当なら。

 

「……ねぇ、非色。私に、何か隠してない?」

「ない」

「本当に?」

「本当に」

「……そう。とにかく、手当てしてあげるから。こっちおいで」

 

 手招きされて、ソファーの上に座らされる。姉が救急箱を取りに行っている間、非色は額を手に当てた。

 結局、間に合わなかった。到着した時には、ミサカの亡骸の上に自分の携帯とサングラスが置かれているだけだった。

 自分の所為で人が死ぬことが、ここまで胸をえぐると思わなかった。

 

「っ……」

 

 ハッキリ言って、勝てるビジョンが全く思い付かない。それ程までに、あの能力は反則じみている。

 何とかしなければならない。何か考えなければならない。どんなに卑怯な手段であっても勝つにはどうするか……。

 そんな難しい表情で考え事をしている非色を見て、美偉は確信した。やはり、何か難題を抱えている。

 

「……」

 

 とにかく、明日あたり聞いてみた方が良いだろう。いつものメンバーに、弟の様子について。

 

 



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全部は守れない。

「そんなわけで、あの弟は何かを隠しているわ」

 

 開口一番、一七七支部にいる美偉は、黒子、初春、佐天をあつめて語り出した。最後の一人は部外者だろうに、もう普通に支部内でお話ししていた。

 

「探しましょう。あの愚弟を」

「ですわね。私も賛成ですの」

「は、はい……! 彼が困ったことになっているのであれば、助けたいです!」

「う、うん……! 私もお手伝いします!」

 

 四人とも意外とノリノリで会議を始めていた。が、そんな中でも一人だけ見当たらないメンバーがいる。

 

「ところで……御坂さんは?」

「お姉様は、何やら忙しいようでして……断られてしまいましたわ」

「御坂さんが? 珍しいですね」

 

 実際、美琴はかなり暇な人間だ。部活に参加もしていないし、風紀委員というわけでもないので、予定があることの方が少ないはずなのに。

 

「初春さん、監視カメラであの子を探して」

「は、はい……!」

「白井さんは外回り、佐天さんは彼に連絡を取ってみて」

「「了解!」」

 

 全員が動き始める中、外回りとなった黒子は彼と出会う方法を何となく考えてあった。それは、単純。事件の起きている方に向かえば良い。そうすれば必ず、あの少年は現れる。

 正体に関してなんとなく察している黒子ならではの手だ。何があったのかは知らないが、姉に心配をかけるなんてあの男が一番、したくないことのはずだ。問い詰めなければ気が済まない。

 

「……絶対に逃がしませんわよ……!」

 

 奥歯を噛みしめながら、事件に片っ端から首を突っ込んでいった。

 

 ×××

 

 夜、実験の開始時刻となった。一方通行は、柄にもなくワクワクしていた。あのヒーローもどきは今日も来るのだろうか? と。9千回も繰り返した実験、そろそろ飽きてきた所だったから、ああいったイレギュラーは大歓迎だ。

 今日の場所は駐車場。開けた場所で人気の少ない場所で、あのヒーローもどきはどう対処するのだろうか? 

 とりあえず、時間となった以上は始まるしかない。目の前の人形に攻撃しようとした直後だった。聞き慣れない風を切る音が聞こえる。ふと真上を見た直後だ。

 

「……あ?」

 

 落ちて来ているのは、トラックだった。貨物車両のトラック。あんまりな光景に、思わず唖然としてしまうが、あの程度はまるで効かない。無視しようとしたが、ふと違和感に気づく。

 いつの間にか、足元や近くの車やベンチに糸のようなものが繋がれている。これには見覚えがある。あのヒーローもどきの水鉄砲だ。

 直後、それらに火が燃え移る。囲んでいる糸、全てが燃え盛った。それらが、糸を沿って自身の方に燃え移ってくる。

 

「ハッ、バカが」

 

 まさか、炎なら反射できないとでも思ったのだろうか? それなら、期待外れも良いとこだ。結局、奴もその辺の脳が溶けたスキルアウトと変わりない。さっさと居場所を割り出してボコす……と、思った時だ。

 上からトラックが降ってくる。落下点は自分より少し外れていて、真横に落ちる。衝撃で粉々に砕かれ、爆発する。

 一方通行自身が「反射」と思うまでもなく、勝手に衝撃や炎を弾く。こんな派手な真似をして、本当に隠蔽出来るのだろうか? 

 モクモクと上がる煙を眺めていると、そこでようやく狙いに気付いた。

 

「野郎……!」

 

 あのヒーローの狙いは、酸欠だ。一方通行も人間だ。呼吸が出来なければ死ぬ。実際、窒息死するまでにかかるのは4〜5分。昏睡状態に陥るまで1分。反射で肺に火が入る恐れは無いとはいえ、それをするなら空気も反射する必要がある。

 とにかく、どれだけの範囲が燃えているか分からない以上、早く動くに越した事はない。

 

「とはいえ、だ……!」

 

 近くにミサカがいる以上は、大きな範囲で爆破はしていないはず……と、予測し、真っ直ぐ移動していると、後方から何かが直撃する音がした。後ろから小石を投げられたようだ。

 勿論、反射してやったわけだが、位置が分かった以上は襲いかかった方が良い。すぐに後ろにターンして移動したが、ヒーローもミサカの姿も見えない。

 今度は、真横から石が飛んできた。

 

「そっちか……!」

 

 急転換してそっちに向かっても、やはり敵の姿は視認出来ない。そろそろ呼吸に限界がある。

 奥歯を噛み締めた直後、またもはめられた事に気付いた。奴はこの場に自分を止める為に、効かないと分かっている攻撃を放ってきていたわけだ。

 

「雑魚が、ナメたマネしやがって……!」

 

 だが、それならば遠慮はいらない。というより、最初からこうすれば良かった。自身に触れている空気全てのベクトルを、一気に真逆の方向へ弾き飛ばした。

 突然、強風が吹き荒れ、炎も瓦礫も何もかもが一撃で消し飛ぶ。

 そんな中、唯一吹き飛ばなかったものが見えた。そこには、二丁水銃とミサカの姿があった。

 

「下らねェ真似してくれやがって」

「バケモノかよ……」

 

 マスクの下で、奥歯を噛み締めているのが分かった。それは、逆にもう打つ手がない事を示していた。

 

「ようやく会えたな、ヒーロー」

「こっちは見たかなかったけどね」

「イイ線行ってたが、まだ足りねェな」

 

 非色は奥歯を噛み締め、ミサカを胸前に抱えながら一歩、後ずさる。

 そんなヒーローの姿を見て、一方通行はニヤリとほくそ笑んだ。

 

「イイ事教えてやる、ヒーロー」

「あんまり知りたくないなぁ」

「オレの能力に、制限はねェ。テメェがオレを止めたきゃ、まずは反射をなンとかしてみろ」

「ッ……!」

 

 直後、非色は付近に水鉄砲でミストをバラまく。その隙に、ミサカを連れて逃げるためだ。こうなれば、ミサカだけでも逃すしかない。

 ダッシュで距離を置こうとした直後だ。その非色の速度をさらに超えた速さで、煙を弾いて一方通行が迫って来た。

 

「ッ……!」

 

 ミサカを狙いに来た、と思った非色は自身からミサカを離しつつ、身構える。しかし、一方通行の狙いは非色自身だった。

 

「じゃあ、ヒーロー。次の挑戦を待っててやる」

「ッ……!」

 

 一方通行の拳が直撃した。その一撃は仮面を突き破り、顔面に直撃。そのまま上空に思いっきり殴りあげられた。

 あまりの威力に、如何に強化された肉体といえど、非色の意識を一発で吹き飛ばした。

 そのまま非色の身体は野球の遠投のように街を超え、近くを流れている川の中に思いっきり突っ込んだ。

 成人男性以上の肉体が川に降ってきたことにより、水飛沫が付近に飛び散り、大きな音が辺りに響き渡る。

 それが偶々、近くを歩いていた少女を呼び寄せた。

 

「な、何の音ですの……?」

 

 ヒュンっと音を立てて音のした方に現着した少女は、川を見渡すと、流されていく一人の男が見えた。見覚えのないコスチュームだが、もう何度も見た体格が全てを物語っている。

 

「っ……!」

 

 慌ててその男の元へ駆け寄る。ブチ破られたマスクを外し、中を見ると、そこにあった顔は見覚えのある顔だった。

 どうするべきか悩んだが、とりあえず彼を連れて自身の寮に帰る事にした。

 

 ×××

 

 そもそも、白井黒子がそこにいたのは偶然だった。片っ端から事件現場を当たったが、全く彼は現れないので、代わりに自分が介入した。放っておくわけにはいかないから。

 その結果、色んな支部から「自身の支部の敷居を守れ」と怒られてしまい、今に至る。お陰で、ヒーローの気持ちがわかってしまった。ルールを守ってばかりじゃ、守れない被害者もいる。

 帰りが遅くなり、寮の門限を完全に過ぎてしまったわけだが、そんな中で聞こえたのが、ヒーローが降ってきた音だ。

 顔を見てビックリだ。いや、むしろ腑に落ちた、というべきか。やはり、固法非色だった。

 本当は病院に連れて行くべきだったのだろうが、正体はばれたく無いだろうし、何より傷口が徐々に治っているのを目の当たりにしては、とりあえず自分の寮で良いか、となって、今に至る。

 

「うっ……ん……?」

「あら、目が覚めましたの?」

 

 あくまで余裕を保って声を掛けた。いざ、本当にヒーロー=固法非色を認識するとうろたえてしまいそうになる。

 

「……しらいさん……?」

「ええ。私ですわ」

 

 身体を起こしつつ、自身の身体を見下ろす非色。スーツのままだ。つまり、今はヒーローなのだと判断し、慌てて飛び上がった。

 

「っ、や、やばっ……!」

「今更、慌てたって無駄ですの」

「へ?」

 

 向けられた鏡を見ると、自身の顔は剥き出しになっていた。スーツ姿のまま。

 真っ青に染まっていく非色の顔。ヤバい、と思うことすらなく頭の中がぐちゃぐちゃになる。

 が、すぐに冷静さを取り戻した。大丈夫、まだ誤魔化しようがある、と手遅れにも関わらず思うと、眉間にシワを寄せ、不自然に口元を釣り上げた。変顔、というやつである。

 当然、黒子は不審者を見る目になった。

 

「……何してますの?」

「……こ、固法非色じゃないですよー?」

「……いや、無理がありますの」

「……」

 

 ダメだ。逃げられない。本当は窓から抜け出したかったが、それをしたほうが正体がまずいことになる気がした。

 全てを見透かしたような顔で、黒子は非色に声をかける。

 

「一応、確認ですわ。あなたが、二丁水銃ということでよろしいですわね?」

「……」

「固法先輩に電話しても良いんですのよ?」

「……そ、その通り、です……」

 

 項垂れて告白するしか無かった。

 

「はい、よく言えました」

「……あの、俺どうなっていました……?」

「川に流れていましたわ。その前に何があったかお聞きしても?」

 

 言われて、非色は頭を捻る。微妙に記憶が混濁していたが、思い出そうとすればすぐに思い至った。

 ……そう、一方通行に負けたのだ、自分は。あの後、ミサカがどうなったかなど、想像するまでも無い。

 

「……」

「色々と言いたいことはありますが、今あなたが何に首を突っ込んでいるのか話なさいな」

「それは、出来ません」

 

 言えるはずがない。間違いなく、一方通行の討伐に協力すると言い出すだろう。だが、アリが二匹になった所でゾウには勝てない。何より、学園都市の闇に触れさせるわけにはいかない。

 しかし、黒子だってそんなので納得出来ない。すぐに切り札を切った。

 

「……お姉さんに報告しますわよ?」

「お好きにどうぞ」

「……!」

 

 その時は姉に家を追い出されるだけだろうが、それで黒子を巻き込むのは、結局、自分可愛さに友達を巻き込む、という事と同じ意味になる。

 

「何故、話してくださらないんです?」

「言いたくないからです」

「ですが、あなたがそこまでズタボロにされた相手がいらっしゃるのでしょう? ご友人がひどい目に遭わされているのを、私に見過ごせと言うのですか?」

「そうです」

「っ……」

 

 奥歯を噛み締める黒子。この男はどこまで頑固なのか。

 思わず近くにある机を叩き、声を荒げてしまった。

 

「何故ですの⁉︎ あなたは、赤の他人のために手を尽くせる人間であると、私は承知しています。風紀委員としてでも、私はあなたを逮捕するつもりはありませんの! それでも話せませんか⁉︎」

「話せません」

「っ……」

「そもそも、今回の件は白井さんになんの関係もない」

 

 胸ぐらを掴もうとしてしまったが、非色の表情を見ればそれは止められてしまう。相当、悲痛な表情を浮かべていたからだ。

 それは、彼がそれだけ辛い目に遭っている裏返し、と見るべきだろう。

 やはり、彼が何に首を突っ込んでいるのか分からないが、見過ごせない。いや、見過ごしたくない。

 

「友達が、友達の力になりたいと考えるのは当たり前ですわ! あなたがどうお考えなのか分かりかねますが、私の気持ちを汲む事も出来ませんの⁉︎」

「っ……」

 

 非色も奥歯を噛み締める。黒子の言う事は分かるからだ。何故なら、自分も散々、色んな人のために力を尽くして来たからだ。実際、自分一人の力ではあのクローンの命は助けられないかもしれない。

 かと言って、だ。友人が手伝ってくれたからと言って、助けられるとも限らないのだ。少なくとも、今回の相手はそれだけの相手だ。

 ちょうど、前々から自分は友達を作ってはいけないんじゃ無いか、と思っていた所だ。

 

「……じゃあ、友達やめよう」

「え……?」

「もう、俺と白井さんは赤の他人で……」

 

 直後、パァンっと豪速球がミットに叩きつけられたような音が響いた。ジンジンと熱が残っているのは、自身の頬。

 しかし、痛みには意識が行かず、代わりに非色の瞳に映っていたのは、涙目になった黒子の顔だった。

 

「そこまで仰るのなら、もう結構ですわ……!」

 

 何かを言う間もなく、黒子の手が触れた直後、非色の身体は表に飛ばされた。

 場所はさっきの河原。芝の上に寝転がったまま、身体を動かす気にはなれなかった。

 

「……」

 

 初めて、人を泣かせた気がした。今更になって、取り返しのつかないことをしてしまったのでは無いか、と言う虚無感が胸を満たした。

 それでも、今は立ち上がらないといけない。一方通行を止める。そのためにも、今は家に……いや、帰る必要はない。帰れば、黒子と同じように姉との縁も切る必要があるかもしれない。

 まずはスーツを格納すると、木山の研究所に向かいながら姉に「佐天さんのとこに泊まる」と嘘連絡だけしておいた。

 

 




罪悪感がすごい。シリアス書いてる人ってすごいね。


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信頼できる者を失えば、皆行動を変える。

「それで、しばらくここに住みたいと」

「ダメ、ですか……?」

 

 木山の研究所で、非色は大体の事情を説明した。一方通行と対峙している所は「強敵」と隠して。そんな事を話せば、万が一にも「私も協力する!」なんて言われかねない。

 だが、まぁ木山なら無闇に聞いてくることはないだろうと踏んでのことだ。お互いに信頼関係はあるが、友達でも家族でも無い。

 

「まぁ、構わないよ」

「ありがとうございます! 流石に野宿は厳しいので」

「ただし、条件がある」

「なんですか?」

「本当の事を、話したまえ」

「……」

 

 そうでもなさそうだ。彼女も、結局はお人好しのようだ。

 

「じゃあいいです」

「なっ……ま、待ちたまえ! そこは話す所だろう?」

「いえ、巻き込めないので」

 

 さっさと立ち去ろうとする非色の肩を、慌てて木山は掴む。

 

「君、何故そこまで意地を張るんだ。話すだけなら巻き込むことにはならないだろう?」

「なりますよ。それほど危険な相手なんですから」

「……」

 

 その気持ちはわかる。分かってしまう。自分も誰も信用できず、一人で動いていたのだから。

 でも、それを止めてくれたのも目の前の少年だ。やはり力になりたい。

 

「分かった。詳しくは話さなくて良い」

「えっ……?」

「ただし、私に必要なことがあれば遠慮なく言いたまえ」

「……良いんですか? そんな都合の良いこと……」

「構わないよ。君の力にはなりたいが、君の足を引っ張るのはゴメンだからね。それに、私は知った所で戦闘面での力にはなれない」

 

 さすが、大人といった感じだった。そういうことなら、お言葉に甘える他ない。

 

「……すみません、いつか埋め合わせします」

「埋め合わせなら、もうしてもらえたさ。今度は、私が助けたいってだけだ」

 

 とりあえず、当面の寝床と協力者を手に入れた。

 

 ×××

 

 それから、二日が経過し、学園都市にはとある噂が流れた。

 それは「ヒーローが死んだ」という噂だ。昼間や夜に出現していた二丁水銃が突然、姿を消した。それに伴い、学園都市での犯罪は増加傾向となっていた。

 ヒーローが死んだなら何をしても良い、という調子に乗ったスキルアウト達が多いのだ。

 そのため、当然、一七七支部も忙しくなり、美偉、初春、そして黒子は活躍していた。もう、それこそヒーローを探す暇もないほどに。

 それは、非色にとっては好都合だった。今は彼らの面倒を見ている暇はない。まぁ、そもそも非色は昼間は木山の研究所で引き篭もって研究、夜は出撃しているため、外の情報は完全に遮断してしまっているわけだが。

 しかし、そんな非色の気も知らない佐天は、単純に非色が心配だった。何をしているのか分からないが、流石に死んだなんて思ってはいない。とはいえ、あの後に黒子と顔を合わせた時の様子が気になる。

 

『あんな男、もう知りませんわ。密やかに健やかにくたばってくれれば結構ですの』

 

 あんな毒がぶち撒けられたのは初めてで、軽く引いてしまったほどだ。そう言ってしまった以上は、割と頑固な黒子はもう非色の捜索はしないだろう。

 ならば、手が空いている自分が探すしかない。とはいえ、真夏なのでアテもなく表を歩くのはしんどい。

 

「……はぁ、どうしたら……非色くん、何してるのかな〜……」

「え? 非色?」

「え?」

 

 通りすがりの人に、独り言を反応されてしまった。その男の人は、ツンツン頭の高校生だった。

 

「あ、す、すまん。非色って名前の友達、俺もいるからさ」

「そ、そうですか……もしかして、固法非色くん?」

「そうそう。……あ、君も友達なのか?」

「は、はい。実は今、彼行方不明で……みんな、心配してるんですけど……」

「あいつが……?」

 

 少年の目が微妙に鋭くなる。一先ず、と思った少年は、たまたま近くにあったカフェを指さした。

 

「とりあえず、ちょっとそこで話さないか? 固法は、俺の友達でもあるんだ」

「あ、は、はい。良いですよ」

 

 それだけ話すと、二人はカフェに入った。

 まずは自己紹介を済ませた後、大体の話を佐天がすると、ツンツン頭の高校生、上条当麻は顎に手を当てる。

 

「そうか……家にも帰ってないのか、あいつ」

「はい……。少し、心配で……」

「分かった。じゃあ、俺が探しておくよ」

「本当ですか?」

「ああ見えて、俺にとっては弟みたいなもんなんだ。危ない目にあってるなら、見過ごせないからな」

「ありがとうございます!」

 

 誰だか知らないが、割と良い人のようで安心した佐天は、笑顔で頭を下げた。

 何故か頼りになる空気を纏った少年だし、一先ずホッと胸を撫で下ろしている佐天とは真逆に、当麻の表情は曇ってしまう。何処となく、不安が胸を満たしていた。何か、嫌な予感がしないでも無い。

 

 ×××

 

 その日の夜、非色はいつものように出撃した。木山に作り直して貰ったマスクを装着し、改めて夜の街を駆け巡る。

 さて、今夜の実験場は何処か……と、サングラスの機能をフル活用して移動していると、ふと第六感が反応した。誰かに、監視されている。

 

「……」

 

 足を止め、付近を見渡す。だが、見当たらない。少なくとも熱感知が可能な範囲にいない事は確かなようだ。

 まず間違いなく能力者。その上で、自身の視界に入らない距離となると、相当な追跡能力を持っている。

 さて、どうするか。言うまでも無い。どこの誰だか知らないが、もし黒子以外の風紀委員(最悪の想定だと姉)だとしたら、一方通行との戦闘には巻き込めない。

 建物内に誘い込んで、水鉄砲で動きを止める。

 そう決めて、近くの研究施設に潜り込んだ。

 

「……」

 

 息を潜め、熱感知の精度を再び上げる。案の定、追跡はされていたようで、合計で四人分、女のシルエットが施設の前に立っていた。

 さて、あれは何者なのか。佐天でも初春でも美偉でも無いのは明らかだ。黙ってどう来るか考えていると、一番、背が高い女の熱がやたらと上がっていく。

 最初は体温かと思ったが、そうでもなさそうだ。サーモグラフィーでは見たことのないほどに明るい色に染まっていく。……というか、これは……。

 

「やばっ……!」

 

 反射的に回避した直後、緑色のビームが壁も何もかもを薙ぎ払って一直線に飛んできた。

 ジャンプして回避しつつ、敵の動きを見る。いつのまにか、四人中二人の姿がなくなっているが、さらにビームが飛んでくるため動きを追う余裕はない。

 

「この能力は……!」

 

 過去に一度、顔を合わせた覚えがある。その時は戦闘にはならなかったが、それは向こうが「めんどくせ」とか言って帰ったからだ。あのままやり合っていたら死んでいたのは自分だろう。

 学園都市第四位『原子崩し』麦野沈利。何故、そんな相手が自分に絡んでくるのかがわからなかった。

 

 ×××

 

 一日前、暗部組織アイテムはいつものように車の中に集まっていた。スピーカーの女から、今日の依頼を耳にする。

 

「へぇ……ヒーローの?」

『そ。ヒーロー、二丁水銃の始末』

「あー! あの少し前から出てきた、軽口叩くムカつくヒーロー気取り? 私、始末しておきたかったってわけよ!」

 

 テンションを上げたのは、フレンダだった。能力者では無いが、爆弾と格闘術でターゲットを追い詰める使い手で、十分な実力者である。

 

「フレンダはヒーローが超嫌いなんですか?」

 

 同僚の絹旗最愛が声を掛ける。

 

「当たり前っしょ。あんなヒーローごっこした痛いヤツ、好きなわけないってわけよ」

「ふーん……超そうですか」

「で、ヒーローの正体は分かってるわけ⁉︎」

『それが、分かってないの。そもそも依頼主からも「実験の邪魔だから追い出して」みたいなことしか言われてないし』

 

 なるほど、と麦野は顎に手を当てる。

 

「要するに、この街お得意のクソッタレな実験ってわけね」

『コラ、依頼主について必要以上に追求しない。あなた達は、引き受けた以上は仕事をこなしてくれればそれで良いの』

「分かってるわよ」

『相手のことは分かってないけど、色々とデータはあるから』

 

 そう言いつつ、画面の女はツラツラと語り始めた。

 

『彼の肉体スペックは、最近のデータを見た時点でスポーツカーよりも速く、ジャンプ二回で高さ20メートルはあるビルの屋上まで跳ね上がってる。ハッキリ言って人と思わない方が良いかも』

「うわぁ……超化け物じゃないですか。窒素装甲を纏った私でも勝てなさそうですね……」

「どんな化け物だって、爆破すれば一発ってわけよ」

『多分、効かないと思うけど。それこそビルひとつ吹き飛ばす威力の爆弾じゃないと』

「私達の存在を知られるわけにもいかないし、そんな爆弾は使っちゃダメよ、フレンダ?」

「ちぇー、了解ってわけよ」

 

 そこを注意してから、麦野はその場にいる一番、ぼんやりした少女に視線を移す。

 

「滝壺、ターゲットのAIM拡散力場は覚えてる?」

「うん。前に顔合わせた時に覚えた」

「じゃ、あとはいつも通りやるわよ」

『あー待った待った。もう一つ覚えておいて』

「何よ」

 

 鬱陶しそうに聞かれ、声の女からさらに大きな声が聞こえる。

 

『こいつと来たらー! せっかく人が親切で有益な情報を教えてあげようとしてるのに』

「分かったから言いなさいよ。何?」

『彼の戦闘のデータを見た感じ、明らかに死角からの攻撃も普通に避けたりしてるの。もしかしたら、少し先の未来が見えるとかの能力者かもしれない』

「……なるほどね」

 

 確かに有益な情報ではあった。それと共に、自分達に依頼が転がり込んできた理由も分かる。アイテムの攻撃力でないと、このヒーローは倒せないかもしれない。

 

「じゃ、改めてやるわよ。各自、準備しておくように」

「「「了解」」」

 

 リーダーの号令に、三人は立ち上がった。

 

 ×××

 

「あーらら、本当に避けるのね。死角からの攻撃も」

 

 現在、壁越しから放った攻撃もあっさりと避けられ、麦野は眉間にシワを寄せる。

 だが、それは想定内だ。そのために絹旗とフレンダを先行させた。今の麦野の仕事は、ここからビームを撃ち続ける事だ。

 何発も何発もぶちかまし、壁に穴が空いてもお構いなし。その度に、壁の向こうにいる二丁水銃は回避し続けた。

 

「本当によく避けるわね、あいつ。まぁ逃がしゃしないけど」

「むぎの、平気?」

「何が?」

「この建物、壊しちゃって」

「大丈夫でしょ。全部、あいつがやったことにするから」

 

 中々にブラックな事を言いながら、攻撃する手を休めない。すると、滝壺が「ん?」と小首を傾げる。

 

「どうしたの?」

「逃げ出しちゃった」

「は?」

「こっちの狙いがバレたみたい」

「ふーん……どこに向かってる?」

「きぬはたの方」

「絹旗、そっちに行ったわ。急ぎなさい」

 

 指示も出しつつ、麦野も滝壺を連れて移動し始めた。何もかもを貫くビームは撃てるが、滝壺の言う通り何でも壊してしまうと施設の爆発物に起爆してしまう可能性もある。

 それを回避するために、ビームを撃ちながら、この施設の見取り図を手に入れる必要がある。

 

 ×××

 

「ふぅっ……しんどいな……!」

 

 ビームを避けながら、非色は出口に向かう。こちらの居場所がどういうわけかバレている以上は、建物内での戦闘は不利だ。なるべく見通しの良い場所……例えば公園とかに移動しておきたかった。

 走ってスライディングしてジャンプして、を繰り返しながら移動していると、ふと殺気が目の前の曲がり角から発生する。

 そっちを注視していると、その角から一人の幼女が顔を出した。

 

「……!」

「死ね」

 

 ドゴンッと、バトル漫画のような轟音がその場を支配した。少女から繰り出されたとは思えない一撃を、非色は片腕で受け止める。

 

「すごいね、君のパンチ。少しだけ左手が痺れたよ」

「それは、超どうも!」

 

 たんっ、と地面を蹴った少女……絹旗は、全体重を乗せた廻し蹴りを叩き込んだ。その蹴りも、非色は右手で受け止める。

 

「けど、こんな時間に女の子が集会開くのは感心しないな」

「ご安心を。集会では超ありませんので」

 

 直後、第六感に再び悪寒が走る。ビームが飛んで来る。

 

「っ……!」

 

 両手で受け止めた少女を強引に遠くに投げながら、宙返りで回避する。その隙に、非色は別の方向に走り出した。

 こんな所で足止めされるわけにはいかない。ミサカの命が掛かっているのだから。

 絹旗では追いつかない早さで移動を開始しながらビームを避けつつ、壁と壁を蹴って移動する。

 そんな時だ。不自然なテープが目に入った。壁にやたらと張り巡らされている線が、遠くに結ばれている。

 とりあえず、近くにいたらヤバいと踏んだ非色は一旦、着地する。その近くに、ぬいぐるみが配置してあるのが見えた。

 

「ボカン」

 

 どこからか声がした直後、そのぬいぐるみが爆発した。衝撃で後方に吹き飛ばされつつ、飛んでくるレーザーを水鉄砲による糸を使って回避する。

 地面に着地しながら、熱源感知を入れた。よくよく見れば、爆薬を秘めたぬいぐるみが、いつの間にか大量に設置されていた。

 

「チッ……!」

 

 そのぬいぐるみを避けて、再びルートを変えると、正面から絹旗が殴り掛かって来る。

 あの拳は間違いなく能力によるものだ。じゃないと、あの威力は説明がつかない。

 だが、自身の身体に傷がつくほどでは無い。その一撃を受け止めようとした直後だ。絹旗は空中で姿勢を変え、自身の胸に足の裏をつけ、思いっきり蹴り込んできた。

 

「ッ……!」

 

 地面に追突させられると共に、上から大量のぬいぐるみを落とされる。さらに、真横からは壁越しにビームが放たれる。

 直後、爆発、炎上した。研究所内で起こったにしては大き過ぎる規模の爆破に、絹旗は一歩引いて眺める。その隣に、爆弾を仕掛けたフレンダが戻って来た。

 

「平気? 絹旗」

「ええ、問題は超ありません」

「流石に今のコンボで死んで無かったら、もうヒーローどころか化け物ってわけよ。それも、麦野を超える化け物かもね〜」

『フ、レ、ン、ダ、ちゃ〜ん……? 誰が化け物だって?』

「oh……」

「……通信、切ってなかったんですか……。超バカですね……」

 

 なんて勝手に漫才をやっている時だった。絹旗が、ふと片眉を上げた。どうも嫌な予感が拭えない。

 

「麦野……超倒したと思いますか?」

『いいえ、気を抜かないで。まだそいつ、ピンピンしてるわよ』

「……嘘……」

 

 煙が晴れ、爆炎の中で姿を現したのは、臨戦態勢に入ったヒーローだった。

 

 



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何位であっても超能力者は厄介。

 実験開始時刻まで、残り5分。ミサカと一方通行は、既に対峙して後は待つだけとなっている。

 そんな中、ミサカは夜空を眺めた。今日で、自身の命は尽きる。とはいえ、今日の経験は別のミサカに引き継がれる。何も悲しむ必要などないのだ。

 今までは、ただぼんやりとこの時間を待つだけであったが、最近は余計なことを考えるようになっていた。

 それは、今日はあのヒーローはどのような手で一方通行と渡り合うのか、という事だ。まぁ、基本は渡り合えずにボロカスにされているだけなのだが。

 

「そォいやよォ、オマエらさ」

「なんでしょうか?」

 

 珍しく、実験開始前に声をかけてきた一方通行に、ミサカは相変わらず無機質に聞く。

 

「アイツのことどう思ってンだ? あのヒーローもどき」

「どうも思っていませんが」

「……フーン、つまンねェ返事だな」

 

 どうでもよさそうに一方通行は相槌を返す。最近、一方通行はあのヒーローもどきが来る事に苛立ちを覚えていた。

 何なのだろうか、あいつは。今まで絡んできた連中のどいつとも違う。そもそも、そいつらは一度、ボコされたら絶対に立ち向かって来ない。一方通行の気まぐれ次第では殺していたから、と言うのもあるが、何より絶対的な恐怖を植えつけていたからだ。

 だが、あのヒーローはどんな目に遭わされても、必ず別の手を考えて突撃して来る。いい加減、鬱陶しかったりするものだ。

 

「……ですが、最近はこうも思っています」

「アン?」

「彼が助けに来てくれる事が、嬉しいと感じることも少なくありません」

「……チッ」

 

 それを聞いて、一方通行は小さく舌打ちをする。あいつに助けられるはずもないと言うのに、呑気なクローンだ。やはり、目の前のこいつは人形に他ならない。

 

「……時間です」

「オォ」

 

 時刻になり、とりあえず一方通行は「今日来たら殺すか」と決めながら、その前座戦を開始した。

 

 ×××

 

「ッ……!」

 

 三人がかりの猛攻を、非色は一人で凌ぐ。いや、滝壺も合わせたら四人がかりとも言えるだろう。ビーム、拳などをとにかく回避し続け、距離を置く。

 

「ちょっと君達! 人に向かって危ない事しちゃいけません!」

「うるっせぇんだよクソガキがァッ! 避けられてるからって調子こいてんじゃねェぞ!」

「いやいや、調子に乗れないでしょ、この手数! ていうか、せっかく綺麗なのにそんな言葉使いじゃモテないよ?」

「……うわあ」

 

 相変わらず軽口を叩く非色を眺めながら、麦野と共に移動していた絹旗は引き気味に呟いた。あの男、麦野が完全に嫌うタイプの人種である。

 口が軽くて、それでいてピョンピョン逃げ続けて、ストレスばかり与えてくるムカつくタイプ。この仕事、絶対にしくじれない。

 

「……フレンダ。そろそろ施設中に爆弾は仕掛けられました? 麦野、超機嫌悪いです」

『終わったよ! 三人が気を引いてくれたお陰で!』

「だそうです、麦野」

「滝壺、指定したルートを使って施設から出なさい。後は私達だけでやるわ」

「え……?」

 

 最初から全開でやればさっさとカタをつけられる、と踏んでいたが、あのヒーローの能力は想像以上だった。そのため、序盤から「体晶」を飲ませてしまったのは間違いだったわけだ。

 それをカバーするために、途中からフレンダを別行動させ、爆弾を設置させた。サポートに徹しさせ、起爆によって居場所を知らせる役目だ。

 いわば、擬似的な滝壺の役割。勿論、精度は大幅に下がるが、奴を目視出来る上で拳が届かない位置から離さないようにすればカバー出来る。

 絹旗は、万が一、近付かれ過ぎた時の肉弾戦役だ。……まぁ、今の戦闘の様子を見ている感じだと、必要なさそうではあるが。

 

「よし、じゃあやるわよ」

 

 そう言ってビームをぶっ放そうとした直後だ。予想外のことが起きた。暗闇から、ヒーローが自ら顔を出しに来た。

 

「……何あんた。自殺願望でもあんの?」

「いや? ただ、逃げきれそうも無いし、もうさっさと済ませた方が早いと思っただけ」

「ちょっ、あんたお願いだから口に超気をつけて下さいよ……」

 

 絹旗がヒヤリと肝を冷やしたのとほぼ同時のタイミングで、麦野の額に青筋が立つ。

 

「小便くさいガキが……もしかして、本気でやれば私に勝てるとか思ってんの?」

「思ってない」

「ア?」

「ただ、それでも勝たないといけない。この後に、一方通行との戦いが待ってるから」

「はァ? 一方通行だ?」

 

 眉間にシワを寄せる麦野。目の前のヒーローは自分達の後にもまた超能力者とやるつもりのようだ。

 

「その前に一つ、なんで俺を狙ってるわけ?」

「仕事。そんだけ」

「……って言うと、殺し屋的な?」

「そんなとこ。さ、もう良い?」

「……」

 

 黙ったまま、非色は腰に手を当てて下を向く。何かに失望しているようなその仕草に、麦野は片眉を上げた。

 

「……なんだよ?」

「あんたら、学園都市に何か弱みでも握られてんの?」

「あ? 別にそんなんねェよ」

「じゃあなんでそんな事してんの?」

 

 もう聞くのも嫌、と言わんばかりに隣の絹旗が耳を塞ぐ中、麦野も下を向く。綺麗な長髪を前に垂らし、ガシガシと頭をかきながら、口元を大きく歪めた。

 

「くっ……かはっ、プハハハハっ! なんだお前! もしかして、私達に同情とかズレた事してんじゃねェだろうな⁉︎」

「してるよ」

「なら、テメェは想像を超えたバカだな! 暗部の仕事に良いも悪いもねェんだよ! 心の根っこは良い奴だとか、話せばわかるだとか、そんな甘っちょろく出来てねェんだよ、この街は!」

 

 大声で笑いながら続く麦野の台詞を、非色は黙って耳を傾ける。

 

「テメェが今、何に関わってんのかなんて知らねェが、テメェみたいなお子様に、この街の闇がどうにか出来ると思ってんのかァ⁉︎」

「思ってるよ」

「……ア?」

「俺だって、この街の闇に触れてきた。ていうか、俺のこの力が闇から貰ったようなもんだ」

 

 言いながら、非色は近くにある壁を軽く殴る。軽く殴った程度なのに、その壁に穴が空いた。

 

「でも、こうしてヒーローをやってる。どんなに酷い目に遭わされても、もう人として生きれない身体にさせられても、やっぱり良心は捨てられないんだ」

「……」

 

 非色の言葉を聞きながら、絹旗は隣の麦野を見上げる。その表情は、今まで見たことのない顔をしていた。

 

「あんたらが殺しを強要させられているなら、俺が力になる。あんたらがしたく無い事をさせられているのなら、俺がそれをやめさせる。だから……」

「もォいい」

 

 ピリッとした声が、非色のセリフを遮った。その冷たさは、隣にいる絹旗、さらにはその場から遠くにいるフレンダの背筋も伸ばすほどだ。

 

「ゴチャゴチャとガキが偉そうにズレた事言いやがって……! テメェ、五体満足で生きて帰れると思うなよ」

「……」

 

 その場で、ビームが思いっきり拡散した。

 

 ×××

 

 御坂美琴が二丁水銃と決別してから、四日が経過していた。その間、何もしていなかったわけでは無い。絶対能力者計画に加担している研究所を片っ端から潰していた。

 今日であと二箇所、畳めば終わりだ。その一箇所を終えた所だった。ブロックとか言う連中が茶々を入れてきたが、たいした事なかったのであっさりと返り討ちにして撤退させた所である。

 ……さて、これからもう一箇所に顔を出しに行く。そこで全てが終わるはずなのだから。

 

「……」

 

 そういえば、あのヒーローもどきは何をしているのだろうか? なんか死んだとか言う噂が流れていたが。

 黒子に心配をかけさせるとは良い度胸している、と自分を棚に上げて苛立つ。

 まぁ、正直どうなっても知ったことでは無いが。と、いうのも、何となくだが彼は生きている気がする。生命力だけで言えばゴキブリ並みなのだ、あの男は。

 それよりも、今は自分がやってしまった事への責任を取らなければならない。こんなクソみたいな実験、一秒でも早く止めなければならない。

 そのために、次の研究所に向かった。

 

 ×××

 

 研究所は、外から見たら丸い形をしていて、中はやたらと広くなっていた。実際の施設は地下の方にあり、上半分は通路や階段がやたらとあって入り組んでいて、何を研究するのかわからない施設となっている。

 勿論、地下以外にもチョイチョイ、小部屋があったりしているが、人は何故か全員、地下にいて上がってくることはなかった。

 だから、と言うわけでも無いが、存分に暴れている麦野の指先から、ドドドドッ、と派手な衝撃音が研究所内に響き渡された。緑色の光線が乱射され、施設内に幾つもの穴を空けていく。

 一発でも当たればアウトの威力の物が大量に飛んでくる中、非色は冷静に対処していく。

 一先ず、ビームよりも先に位置情報を知らせてくる奴をなんとかしないとどうしようもない。

 

「まったく……ここはライブ会場じゃ無いでしょうに……!」

 

 まるでアイドルのライブのように辺りを照らす緑色の光線を眺めながらそんなことを呟きつつ、熱源感知で自身にひっついている奴の位置を探った。

 まぁ、大体探るまでもなく予測は出来るが。そもそも自分と普通の人間では速さが違う。それでもついて来れている以上は、この円形の建物の内側にいるのだろう。

 その上で、全体が見渡せる上の方を陣取っているのはすぐにわかった。

 

「……ビンゴ」

 

 そこから熱源感知を成功する。まずはそいつからだ。

 壁を蹴って階段をショートカットしつつ、一番真上に到着すると、非色の動きに気付いていたのか、フレンダは逃走を開始していた。向こうも、双眼鏡か何か使っているのだろう。

 そのために、まずは敵の視線を切るために小部屋に入った。一時的に、麦野達からもフレンダからも視線を切ると、非色は小部屋の中を見回した。棚を見つけたので、中を開ける。そこには、白衣が入っていた。

 

「……よし」

 

 それを視認すると、胸の板を押してスーツを格納し、マスクも解除する。その上で、白衣を羽織り、水鉄砲を懐に隠した。

 直後、小部屋の壁を椅子で殴って破壊した。椅子も粉々になったが。その後は、壁にもたれかかって尻餅をつく。直後、麦野のビームによって、部屋に大きな穴が空けられた。

 

「超当たりました?」

「当たってないわね。多分、逃げられたか引きこもってるか……ん?」

 

 その穴の中から、麦野と絹旗が入って来る。その二人の視線に止まったのは、研究員の格好をした非色だった。

 

「ねぇ、あんた。ここにヒーロー来なかった?」

「ひ、ヒーローでしたら……か、壁を壊して……外に……」

「あっそ。フレンダ。この穴から誰か出て行った?」

『穴? 分かんないけど、ここからそこは死角ってわけよ』

「了解。追うわよ」

「わかりました。そこの人、ここは危険です。超逃げて下さい」

「は、はい……!」

 

 バタバタと小部屋を出て行った非色は、そのまま走って研究所内を回る。白衣を途中で脱ぎ捨てると、壁をよじ登ってフレンダが篭っている監視場に向かった。

 その途中で、マスクとスーツを装備する。

 

「う〜……やばいやばいやばいってわけよ……! 早くあのエセヒーローを見つけないと、麦野に怒られるってわけで……!」

「もう遅いよ」

「っ……!」

 

 直後、非色が後ろから飛び降りる。それに気付いたフレンダも、テープに着火した。

 足場もろとも爆発が起こり、非色もフレンダも落下する。真下に通路はあるがこの高さから落ちたら普通の人は死ぬ。

 

「あんた、正気⁉︎」

「この仕事に命かけてんの! あんたに殺されるくらいなら、一緒に死んでやるってわけよ!」

 

 そうは言いつつも、フレンダはちゃんと片手にロープを握っている。繋がっている先は天井だ。

 頬に汗を浮かべながら、水鉄砲を糸状にして放ち、結びつけると自身の方に引き寄せた。

 

「なっ……何を……⁉︎」

「俺は、あんたらを殺すつもりなんかないよ」

 

 胸前に抱えると、自身の背中を下にして着地する。大きく凹んで変形する通路。

 助けられてしまったが、フレンダにとって標的であると言う点は変わっていない。この男が気を抜いた直後に叩きのめす……と、思ったのだが、非色はその敵意を敏感に感じ取っていた。

 すぐに自身の上から退かすと、水鉄砲でくくり付けた。

 

「なっ……⁉︎」

「よし、一丁あがりっ」

 

 そう言った直後だった。正面からビームが飛んで来る。それを非色は宙返りで回避し、敵の方を睨んだ。そこにいるのは麦野一人だった。

 

「間一髪だったわね、フレンダ」

「む、麦野〜!」

「待ってなさい。すぐに片付けるから」

 

 一本道なら、原子崩し以上に使える能力はない。その確信は間違ってはいなかった。

 だが、今回の相手は人では無い化け物である。非色は、平然と通路の上から飛び降りた。下は底が見えないほどの奈落であるにも関わらず。

 しかし、麦野の顔色に油断はない。下から来ると分かっているからだ。

 

「っ……!」

「読めてんだよガキがッ!」

 

 通路の下をウンテイのような要領で移動してきた非色が跳ね上がり、空中に跳んだのとビームを放ったのがほぼ同時だった。

 非色はビームを避け切り、非色が空中から放った液体は麦野の両足を床に固定した。

 

「っ……!」

「チッ……クソガキが……ネバネバした白濁液ぶちまけやがって早漏野郎……!」

「そうろうって……何?」

「本当にガキかテメェは、よォ‼︎」

 

 脚を固定された麦野は、さらにビームを乱射する。それらを欄干を使って跳ね回りながら避け続けた。

 普通の人間に、自身の原子崩しがこうも簡単に避けられるはずがない。前から人と違う力を持っているとは思っていたが、これは流石に予想外だ。

 これでは、まるで超能力者である。それも未来視、肉体強化と二つの能力を兼ね備えたような、そんなパワーだ。

 それだけに、解せない点が多過ぎる。

 

「おい、テメェ」

「何?」

「なんで、攻撃して来ないわけ? どこまで私達をナメてんの?」

「なんでって……女の子を殴るヒーローがいる?」

 

 近くにいたフレンダが、思わずギョッとしてしまった。目の前の凶悪な超能力者の逆鱗に、何故そこまで触れられるのか。もう天才だった。

 

「人をナメんのも大概にしろよ粗チ○野郎ォオオオオッッ‼︎」

「そち……? って、うおわああ⁉︎」

 

 怒りの極太ビームをヒラリと躱した割に、大袈裟な悲鳴を上げながら距離を置く非色を見て、尚更、麦野は眉間にシワを寄せた。

 

「絹旗ァッ‼︎ 絶対そいつ逃すな! マジでブチ殺す!」

『ち、超了解です』

 

 殺意が高まったリーダーに、絹旗もフレンダも肝を冷やすしかなかった。

 とりあえず、仕事をしないと自分達が殺されかねない。非色の移動先を先読みした絹旗が、一気に強襲を仕掛ける。

 その拳を、非色は回避して距離を置いた。

 

「危なっ……!」

「あなたに恨みはありませんが……超逃がしません」

「君は……小学生? 感心しないなぁ、そんな子がこんな時間にウロウロするなんて」

「殺す」

 

 また地雷をぶち抜く非色だった。トサカに来た絹旗は、一気に猛襲を開始。顔面に殴りかかり、それを避けられると廻し蹴りを放つ。

 それもガードされると、今度は逆の手でアッパーを放つが、後ろに反り身で回避されてしまう。

 

「超避けンなァッ‼︎」

「いや、避けるでしょ」

 

 冷静に言い返しつつ、絹旗の攻撃を捌く。それがまた腹立たしい絹旗は、フルパワーでぶん殴ろうと拳に力と窒素を込めた。

 地面を蹴って一気に叩く……と、思ったが、足が何かに引っ張られる感覚。ふと下を見ると、水鉄砲から飛び出た液体が床に散らばっていた。

 

「っ、い、いつの間に……⁉︎」

「そこ」

 

 その直後、非色はあっさりと絹旗の後ろに回り込むと、膝の後ろを軽く蹴って後ろに引き倒し、両腕とお腹を水鉄砲で固定する。

 

「こ、こンなもの……!」

「やめた方が良いよ。それやってまず千切れるのは洋服の方だから」

「っ……!」

「はい。二人目……」

 

 と、思った直後だった。背後から悪寒が走る。振り返るのと両腕をクロスしてガードするのがほぼ同時だった。

 麦野の蹴りが迫って来て、ガードで受け切る。その後にできた隙を、逃さずビームで追撃して来るが、水鉄砲で糸を出して壁の方に避けた。

 

「む、麦野……すみません。超やられました」

「気にしなくて良いわ。正直、侮ってたから。……あの軽口のムカつき度も」

「……」

「私がこの手で直々にブチ殺すから」

 

 いいながら、麦野は自身の周りに光の球を浮かべた。

 

 



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勝負は時の運。

 自身の肉体にダメージが入り、治る程、身体は強くなる、そのような肉体である事に気付いた直後、一方通行との戦闘が始まった。

 科学の街にいる以上、運命なんてものは信じていないタチである非色だが、少しそう言った何かを感じ取ってしまった。最強の超能力者と戦い、負ければ負けるほど身体は強くなる。

 その肉体を試す暇もなかったので、今はどれだけの性能があるか分かってもいなかった。

 その上、今日の相手は今まで戦っていた一方通行と比べると、遥かに格下。つまり、余りにも心に余裕があった。

 

「ほっ、よっ、と……」

「ちょこまか逃げてんじゃねェぞ! それでも男か、アア⁉︎」

 

 恐ろしい事を怒鳴り散らしながら後を元気に追ってくる。

 脚を地面と固定させたはずなのに、どうやってあそこから抜け出して来たのだろうか? なんて考える余裕まであった。

 

「……って、そんなの考えるまでも無いか」

 

 おそらく、あのビームだろう。出力を調整すれば、糸だけ焼き切ることも可能だ。微妙に破れている私服が良い証拠だ。

 ……さて、ここからどうするか。このまま相手をしてやっても良いが、そもそも本来の目的はここではない。ならば、ここで止めて通報した方が良いだろう。

 

「……さて、問題はどう戦うか」

 

 殴るのは論外、かと言って、暴力無しに勝てる相手では無い。とりあえず、まだあの能力に関しての情報が足りない。

 幸い、殴る蹴る以外にも封じる手はある。顔に水鉄砲をぶちまければ、視界を潰せて終わりだ。

 ……だが、顔面を潰すにはやはり隙が必要だ。能力を使い切らせてダウンさせれば隙もクソもあったものでは無いが、それでは実験の方が終わってしまう。

 

「一方通行戦まで取っておきたかったけど……」

 

 小さく呟くと、マスクの機能をオンにした。木山が作り直してくれたマスクには、新たな機能が追加されている。

 それは、対能力者用モードである。能力者が相手の時にのみ使える視界制御で、他人が能力を使う直前のAIM拡散力場を視認して、非色の第六感では分からない「能力を何処に使うつもりか」を視認する力だ。今回の相手にはもってこいの機能である。

 ただし、制限時間があり、3分が限度だ。だからこそ、非色は気に入っていた。制限時間付きのパワーアップはかなり燃える。それ故に、そのモードの名前まで考えていた。

 

「『対超能力者(スキルハンター)モード』……!」

 

 二丁水銃という名前に文句をつけた割に、同じレベルだった。麦野を視界にとらえると、壁を走って一気に急接近する。

 

「お、やる気になったかァ?」

 

 好戦的に微笑んだ麦野は、光線を連射する。それを発動する前に回避しつつ、壁を蹴って反対側の壁に飛び移り、さらに別の壁に着地しながら水鉄砲を放つ。

 

「あ?」

 

 その液体を、麦野は手で円を描き、能力によってシールドを張る。液体を燃やし尽くし、反対側の手からビームを放つ。それが正確に非色の方に飛んで来たが、それが読めていた非色は糸状にした水鉄砲で壁際に避ける。

 水鉄砲を再度放つ。今度は煙幕だ。

 

「煙幕なんてつまんねェマネが通用するかクソガキが!」

 

 能力で片っ端から薙ぎ払うが、目の前に非色の姿が無くなっている。直後、背後から液体が足に飛んできた。また正確に両足を地面と縫い付ける。

 

「チっ……! 聞いてたスペックと全然、違ェぞクソがッ!」

 

 さらに、回り込んで水鉄砲を5発放つ。それらを麦野は迎撃するが、2発は抜けてさらに両手足を拘束した。

 

「テメェ……!」

「悪いけど、助けたい人が待っているんだ。君達に構っている暇は無い」

 

 最後に、顔面に銃口を向けた時だった。ふと、背後から悪寒が走る。慌てて横に避けた直後、フレンダと絹旗の同時攻撃が自身のいた場所を空振りした。

 

「あっぶな……!」

「本当に超予知能力でも持ってんですかあいつ⁉︎」

「麦野、平気⁉︎」

「二人とも……どうやって……!」

「わたしがたすけた」

「滝壺⁉︎」

 

 後からやってきたのはジャージ姿の少女だった。手にはライターを持っている。ヒーローの液体は火や電気に弱い。弱火でじっくり炙っていけば、外すことはできる。勿論、服は多少なりとも燃えてしまうが。

 下着が破れた服から微妙に見えてしまっていて、非色は微妙に視線を逸らす。

 滝壺に麦野が声を掛けた。

 

「あんた、なんでここに……!」

「だいじょうぶ、わたしはまだやれるよ」

「そうじゃなくて……」

「私の居場所、ここだけだから……」

「っ……」

 

 それを聴き、麦野は少し黙り込んでしまう。だが、これ以上は無理させられない。これがアイテム壊滅の瀬戸際とかであれば話は別だが、所詮は一仕事である。

 

「よくやってくれたわ、滝壺。でも、もう平気よ」

「でも……」

「これ以上、あんたに働かせるのは割に合わないの。今回の仕事を失敗したら私達、処罰されるとかそんなんじゃないんだし、無理はしない事」

「むぎの……」

 

 それだけ話すと、絹旗とフレンダに声を掛ける。

 

「二人とも、あのヒーローを逃さないようにしなさい。決してまたあの液体に捕まらない事。引き気味に距離を取って戦いなさい。私がここから抜け次第、本気で潰しに掛かるから。私が来たら、あなた達も撤退して良いわよ」

「え、ほ、本気で……?」

「今の今まで、所詮、無能力者だとナメてたわ」

 

 そう言って笑う麦野の表情は、今まで見た笑みのどれよりも凶悪なモノだった。

 一方、その標的である非色は。面白くなさそうにその様子を眺めていた。なんていうか、まるで自分の方が悪役のようで納得がいかなかった。

 ぼんやりしている間に、対超能力者モードが切れ、通常時に戻ってしまう。

 

「……」

 

 その直後だった。絹旗が正面から殴りかかって来た。それを回避するが、その後を追うように絹旗は攻撃を仕掛けて来る。

 

「ねぇ、そろそろ帰ったら? 俺、これ以上は時間取れないんだけど」

「超そうもいきませんね。私達にも意地がありますので」

「俺は別に君達の敵ってわけじゃないんだけど……」

「私達にとっては敵です」

 

 絹旗の攻撃を避け続けながら後ろに距離を置きつつ、地面に水鉄砲を撃つ。が、絹旗はそれを踏む事なく飛び越えた。

 

「何度も同じ手が通用すると超思うな!」

 

 そのまま廻し蹴りが脇腹に飛んで来るが、ガードしながら真横に飛んで威力を殺した。

 直後、遠くから小さなロケットのような爆弾が飛んでくる。それを、非色は壁を蹴って回避し、着地する。その着地した先に、再び絹旗が攻めてきた。襲い来る猛襲を捌きつつ、距離を離して水鉄砲を構える。

 が、絹旗はその射線から外れて距離を置きつつ、近くの壁を殴った。粉々になった瓦礫を持ち上げると、非色にぶん投げた。

 背面飛びでそれを回避しつつ、瓦礫をキャッチする。それを使い、後方から飛んでくる爆弾に投げつけて相殺した。

 

「……攻めが慎重になってきたな」

 

 水鉄砲の射程内に入らず、遠巻きに攻めて来る。中々、やりづらい。だが、このままでは敵もこちらに決定打を与えられないのは分かっているはずだ。

 多分、この後に……。

 

「絹旗、フレンダ。下がりな」

 

 緑色の太いビームが、非色の真横に飛んで来た。まるでわざと外すかのように放たれ、非色も足を動かすことはなかった。

 

「来ちゃったか……」

「来てあげたわ」

「もう一回、聞くけど……見逃してくれるわけにはいかないんだよね?」

「いくわけねェだろ。ここまで私らをおちょくっておいてふざけてんじゃねェぞ」

 

 麦野が現れるなり、絹旗とフレンダは撤退していく。その表情はさっきまでとは大きく違い、油断も何もない。もう今までと同じように翻弄するのは難しいだろう。

 

「ふざけてなんかない。本当に、もう時間が無いんだ」

「あ?」

「一方通行が実験で絶対能力者になるため、2万人の人を殺そうとしている。俺は、それを止めたいだけだ」

「……」

「実験が終わってから、いくらでも相手してあげる。だから、今は……」

「だから、それがふざけてるってんだよ」

 

 その返事に、非色は片眉を上げた。

 

「お前一人が足掻いた所で、その実験が止まるわけねェんだよ。テメェのその能力で一方通行に勝てると思ってんのか? その実験以外だけじゃねェ。この街には腐った科学者どもが好き勝手に人体実験を繰り返してやがる。それ全部、テメェだけで止められる気でいやがんのか?」

「それでも戦う」

「あ?」

「無理だと決めて何も足掻かないままじゃ、何も変わらない。せっかくこんな力が備わったんだ。これで助けられる人がいるなら、助けたいでしょ」

「……」

 

 正面から麦野を見据えて言う。

 麦野は、内心では思わずうろたえた。おそらく、こいつもクソみたいな実験の被害者のはずだ。何度も日常的に地獄を見てきたはずなのに、何故ここまで前を向けるのか。

 学園都市の犬として働いている自分が、とても情けなく映るほどに。それが異常に腹立たしくて、奥歯を噛み締めた。

 

「偉そうに、ゴチャゴチャと……本当にむかつく野郎だ」

「……」

「もう良い、消えろ」

 

 直後、正面からビームをぶっ放された。それをバク宙で回避すると、正面から殴りかかって来た。

 それに対し、非色も身構える。なんか知らないが、また怒らせてしまったようだ。ならば、こちらももう女だから殴らないなんて言っていられない。世の中、殴らないと分からない奴だっているのだから。

 正面からの殴打を反り身で避けた直後、拳の先端が薄らと光っているのが見えた。

 

「あぶなっ」

 

 ビームがさらに延長して伸びて来る。その直後、廻し蹴りが非色の脇腹に直撃した。

 大したダメージではないが、普通の人にしては中々の威力だ。姿勢が崩れた直後、ビームが真上から飛んできた。

 

「っ、と……!」

 

 それをジャンプして壁に着地したが、そこにもビーム。それすらも反対側の壁に避けて、水鉄砲を放つ。それを麦野がビームで迎撃している間に後ろを取り、軽めの足払いで足を浮かせ、足の先端を掴むと大きく奥に投げ飛ばす。

 が、空中で受け身をとりながら壁に向かってビームを放ち、衝撃を殺した麦野は、壁に着地すると距離を詰めて来る非色を視界に移す。

 

「オラァッ、溶けろ溶けろ溶けろォッ‼︎」

 

 その非色に三箇所からのビームを連続で放っていく。その3連射を壁を使って回避しながら、非色は距離を詰めていく。

 そして、残り距離が5メートルを切った直後、麦野の顔面に照準を合わせて水鉄砲を放とうとした時だ。麦野は壁にビームを放ち、勢いをつけて蹴りを非色の顔面に叩き込んだ。

 

「ッ……!」

 

 完璧に顎に入ったわけではないが、綺麗に頬に決まり、非色の身体は後ろに反り返り、落下する。

 間違いない。ビームとビームの隙間と間隔を調整し、非色はそこに誘い込まれた。

 

「そこだボケがァッ‼︎」

 

 上をとった麦野は、さらに真下に落ちた非色の上半身に向かってビームを叩き込む。が、非色は背筋を伸ばして両腕を地面につけながら避けると、肘を伸ばして身体を浮かし、麦野の肩に蹴りを叩き込んだ。

 

「チッ……!」

 

 蹴り飛ばされながら、麦野も苦し紛れにビームを放つ。それが非色の太ももを掠める。二人とも床に落下するも、すぐにお互いに顔を向けた。

 

「クソがッ……ヒーローもどきがァァァァァァッッ‼︎」

 

 麦野は懐から拡散支援半導体を取り出す。何をするつもりか、直感的に把握した。ヤバい、と離れようとしたが、後ろは壁で左右どちらにせよ一本道である。逃げ道はない。

 直後、ビームが大量に放たれ、拡散した。とにかく強引に避けようとしたが、そのうちの一発が脇腹を貫いた。

 

「ーッ……‼︎」

 

 自然治癒力強化が無ければ死んでいた。無数のビームが貫通したことにより壊れた壁の奥に投げ出された非色は、研究所から弾き出され、地面に落下した。

 だが、麦野からの攻撃の手は止まらない。その穴からすぐに顔を出し、ビームを連続して放って来る。

 

「寝てる暇はねェぞクソヒーローがよォッ‼︎」

「っ……!」

 

 それを慌てて回避しながら横に転がる。このまま離れればジリ貧だが、あんな風にビームを拡散されれば、近づくスキがない。

 それを予見していたから、投げ出される直前に罠を仕掛けておいた。

 一方通行戦で使った、時限式煙幕玉。それが一気にボフンと煙を吹いた。

 

「なっ……⁉︎」

 

 一気に視界を奪われた麦野は、ビームを放つ手を緩める。煙を一気に吹き飛ばす直前、煙幕が効かない非色からの攻撃が直撃する。

 糸が自身の身体に触れ、前に引っ張り出される。

 

「クソがッ……!」

 

 頭から落下した時だ。煙の中から非色の両足が飛び出してきて、自身の胸を蹴り込んで壁に叩きつけられた。

 

「ゴフッ……!」

 

 それと共に後ろに宙返りしながら水鉄砲を放たれ、両手両足を壁に繋がれる。原子崩しで糸を切ろうものなら、頭から地面に落下する。

 

「く、クソッ……!」

「……勝負あり、だよね」

「ふざけやがって……!」

 

 身体を起こした非色が、下から麦野を見据える。

 

「テメェ、タダで済むと思うなよ……! 絶対に殺してやる……!」

「その気迫を、なんで学園都市に歯向かうことに使えないんだよ」

「ッ……!」

 

 黙り込む麦野。あくまで非色も、正面から麦野と向かい合っていた。

 

「もう時間も無いから俺は行く。まだ一方通行を止められていないから。……もし、あんた達が今の境遇に嫌気が差す時が来たら。少しでも自分の今から抜け出したいと思う時が来たら。俺はいつでも力を貸す」

「ッ……が、ガキが……!」

 

 言い負かされた麦野は、そのまま黙り込み、立ち去る非色の背中を眺めた。脇腹に穴が空き、太ももからも血が漏れているにも関わらず、そいつはこれから自分より強力な超能力者と戦うつもりのようだ。

 もはや狂気すら感じてしまう。何故、他人のためにそこまで体を張れるのか分からない。

 

「っ……」

 

 初めて負けを感じながら、麦野はとりあえず助けを呼んだ。

 

 



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抱え込んでも上手くはいかない。

 御坂美琴は、あっさりと目的を終えた。というのも、研究施設内で二丁水銃が高位能力者との戦闘が職員の気を引いていたため、美琴はさっくり終わらせ、見かけた以上は二丁水銃の援護を、と思っていたのだが、駆けつけた時には終わっていたようで、何やら怪しげな連中が撤退の準備を進めていた。

 そいつらの事も気になりはしたのだが、とりあえず今は非色の方が重要だ。そんな中、見つけたのはデカい壁と血痕。それを電磁波によって追跡すると、随分と遠くまで移動したようで、何処かの公園まで繋がっていた。

 そこで見つけたのは、倒れている非色の姿だった。

 

「ってわけで、御坂くんが君をここまで運んでくれたんだよ」

「……そう、ですか」

 

 昨日も、非色は一方通行を止められなかった。ギリギリで滑り込んだものの、傷口も塞がっていない、水鉄砲の中の液量も残りわずかの状態で、一方的にボコボコにされた。

 気を失った後、美琴が再び一方通行と相見えたかは知らないが、そうなっていないことを願うばかりだ。

 

「……御坂さんは、どんなご様子でした?」

「ああ。何やら晴れやかな表情をしていたな。君と話がしたいと言っていたよ」

 

 という事は、何かを成し遂げた、という事だろうか? 何であれ、他の人ならともかく美琴からの情報は聞く価値がある。

 

「そうですか。何時に集合とか聞いてます?」

「13時に公園で待っているそうだよ」

「今何時ですか?」

「13時半だ」

「起こして下さいよ!」

 

 大慌てで研究所を出て行った。

 

 ×××

 

「遅い!」

「すみません!」

 

 スーツとマスクだけ収納して、美琴と合流した。顔を見ると、思わず非色はひよってしまった。美琴の顔色が、明らかに悪かったからだ。

 自分が一方通行と戦っている間、彼女が一体、何をしていたのか分からないが、自分と同じくらい働いていたのだろう。

 その割に声音は元気そうだったので、そこはホッとしたが。

 

「随分、無茶してたみたいね。あの一方通行と何度もぶつかってたんでしょ」

「全部負けましたけどね」

「当たり前よ、バカ」

「次こそ勝てますから!」

「次なんてないわよ」

 

 どういう意味? と言わんばかりに眉間にシワを寄せる非色に、美琴は続けて説明した。

 

「私が、計画を潰したから」

「え、ど、どうやって?」

「あの実験に関わっている施設を全て潰したわ。これで、奴らはクローンを作ることは出来ない」

「……それで?」

「いや、分かるでしょ。それで実験は終わりよ。2万体ものクローンを作ることは出来ないんだから」

「……」

「だから、もう終わりよ。あんたも、無駄に命を捨てるような真似はしなくて良いわ」

 

 思わず、非色はポカンとしてしまった。この子は何を言っているんだ、と。随分と楽観的な意見で、非色は思わず否定しそうになってしまった。

 実際、絶対能力者を生み出す実験ならば、その程度の事じゃ中止はされない。他の施設と連携して強引に実験を動かす事だろう。

 それくらい、考えればわかりそうなものなのだが……美琴の顔色、目の下のクマ、全てがそれを口にすることを止めてしまった。

 相当、神経をすり減らしたのだろう。そんな美琴に、推測に過ぎない事は言えない。

 

「……そっか。じゃあ、良かった」

「ええ。だから、あんたも安心して……」

「じゃ、俺帰りますね」

「ちょっ、待ちなさいよ。せっかく一仕事片付いたんだから、少しくらい祝いなさいよ」

 

 どうやら、本気で終わったと考えているようだ。しかし、非色としては祝う気にはなれない。何故なら、実験は全く終わっていないから。

 

「ちょっと、祝いなさいってば」

「無理です。時間無いんだから」

「何の時間よ? ていうか、あんたの予定もなくなったの知ってるんだからね?」

「あーもう、うるせーなーうるせーなー」

「あんた先輩になにその口の聞き方?」

「ごめんなさい」

 

 なんて馬鹿なことやってるときだ。二人の元に「あっれー? っかしーなー……」という聞き覚えのある声が届く。何かと思ってそっちへ行くと、顔見知りのツンツン頭が見えた。

 

「あれ、上条さん!」

「? あ、固法! ……と、ビリビリ中学生?」

「御坂美琴って言ってんでしょうが! ……え、知り合い?」

 

 ヒーローの姿では、御坂と上条の現場に居合わせたことはあったが、非色の姿では初めての事だ。

 きょとんとしてる美琴に、上条が声を掛けた。

 

「あ、ああ。固法は友達なんだ。……一緒にいて一番、疲れない相手というか何というか……」

「あっそ。……で、何かあったわけ?」

「ああ。この自販機にお金入れたんだけど……飲み物が出て来なくてな……」

「ああ、この自販機。コツがいるのよ」

「はぁ? 自販機にコツってどういう……」

「ちぇいさぁああああああ‼︎」

 

 思わず言葉を失った。見事な廻し蹴りが自販機に炸裂する。聞きたくない音が耳に響き、上条も非色も耳を塞いだ。何という暴力的なJCなのだろうか? 

 その後、ゴトンゴトンゴトン、と3本の飲み物が落ちて来る。それを見て、美琴は「おっ」と声を漏らした。

 

「ラッキーね。三本はなかなか出ないわよ」

「いや……何してんの?」

「前にボラれた分だけ出させてんのよ。あと8000円分はあるはずだから気にしないで」

「するよ!」

「するだろ!」

 

 どう見たって強盗である。自販機強盗って一体、なんなのだろうか? 

 

「ほら、あんた達の分」

「俺はちゃんとお金を払います」

「律義ねー」

 

 わざわざ自販機に受け取った分の金を入れて、三人で近くのベンチに座った。

 

「ふぅ……ていうか、御坂さんと上条さんこそどんな関係なんですか?」

「「え?」」

「いや、接点無さそうなのに、仲良さそうだなって」

「ど、どんなって……」

 

 上条はチラリと美琴を見る。その様子を見て、そんな説明しづらい関係なのか? と、思った直後、美琴が立ち上がって怒鳴り散らした。

 

「あ、ん、た、は! 私に何度も勝ってるでしょうが!」

「は……? お、俺が……女子中学生相手に、何に勝つの?」

「勝負よ、勝負! ……いや、私も一発ももらってないから五分って言えば五分なんだけど……!」

「???」

 

 その台詞に、非色は思わず困惑するとともに以前のことを思い出した。前に上条は、美琴の電撃を片手で掻き消していた。

 もしかして、この人は凄い能力者なのかもしれない。とりあえず、あの右手への興味が尽きない。

 

「上条さん、右手出してもらえます?」

「? こう?」

「えいっ」

 

 殴ってみた直後、メキッて音がした。上条の手から。

 

「いってええええ! い、いきなり何すんだ固法⁉︎」

「あれ? かき消せるんじゃないの? ダメージを」

「なわけあるか! 俺が消せるのは異能の力……この街だと能力だけだ! てか、お前力強っ⁉︎」

 

 本気ではないにせよ、強化された肉体で殴ってしまったのだから、それなりにダメージは入ったはずだ。折れていないか不安になったが、割と平気そうに手首をプラプラと振っているので、多分大丈夫だろう。

 そんな非色を眺めながら美琴がポカンとしてるのが見えた。図上に「?」を浮かべて眺めると、非色の左手を掴んで電気を流してきた。

 

「えいっ」

「あばばばば!」

「あ、ごめん」

「な、何するんですかいきなりー!」

「いや、私が勝てない相手に平気で勝たれたもんだから腹立って……」

「八つ当たりじゃねえか!」

 

 心底、困ったように左手をプラプラと振っている非色に、ふと上条が思い出したように声をかけてきた時だった。

 

「あ、そうだ。固法、そういえば佐天さんって人が……」

「お姉様〜! こんな所で何を……!」

 

 一番、聞きたくない声が飛び込んで来た。近くの階段からパタパタと降りてきて、非色に視線を移す。

 

「あら、黒子」

「げっ……」

「……興が削がれましたわ」

「え……?」

 

 すぐにテレポートでその場から消えてしまった。非色の方に顔を向けたのは、美琴だった。

 

「あんた……黒子と何かあったの?」

「……何も、無いです……」

「何もないって反応? あれ」

「あー……いや、なんだ……」

 

 ヤバい、と非色は冷や汗を掻く。今、美琴は実験は停止したと思い込んでいる。と、いうことは、今は自分の大切な後輩が傷ついている事を最優先に心配に思う事だろう。

 

「じゃ、俺用事あるんで」

「あ、コラ……!」

 

 すぐに非色はその場を後にした。ダッシュで立ち去り、公園を後にしようとした直後だった。ふと、見覚えのある少女とすれ違う。

 独特のゴーグル、無機質な無表情、その癖、最強の電撃使いと同じ顔の少女。

 やばい、と非色は戦慄する。このままこの少女が歩いていけば、美琴と上条の元に合流してしまう。そうなれば、美琴はまた動き出してしまうだろう。

 

「っ……!」

「?」

 

 思わず、慌てて肩を掴んでしまった。グイッと自身の方に引き込み、足を止めさせる。

 

「……あなたは……」

 

ミサカにとってもこの顔は見覚えがあった。確か、マスクを一度、外して自身に装備させてくれたヒーローだ。生で顔を合わせるのは久々な気がした。

 

「頼む。ここから先に行くな」

「……はい?」

「御坂美琴がいる。お前には分からないかもしれないけど、御坂さんは君のために精一杯、動いた後だ。今は、それを終えて一安心している所なんだよ」

「お姉様が……ミサカのために、ですか?」

「あー……知らないのか。まぁ、知られたくないよね。とにかく、結果が出たと思い込んでる。そんな中で、実験が終わっていないなんて知ったら、何をしでかすか分かったものじゃないでしょ」

 

 この何日か、美琴は相当、無理して動いていたはずだ。顔を見れば分かる。それなのに、その努力が全て無駄だったと思わせるわけにはいかない。自棄になられたら、それこそ黒子や初春、佐天達との日常に戻せなくなるかもしれない。

 

「……よくわかりませんが、わかりました。別の道へ迂回します」

 

 立ち去っていくミサカを眺め、非色はホッと胸を撫で下ろす。で、自分をヒーローの姿へと変身させるアイテムであるプレートとサングラスをポケットから出し、見下ろした。

 今回は、運が良かっただけだ。先に自分が美琴より先にミサカと出会したから、こうして未然に防ぐことができた。

 が、これから先に、美琴がミサカと出会うことがあったらどうなるのか、想像もしたくない。遅くなればなるほど、暴走する反動も大きそうだ。

 つまり……。

 

「……今夜中に片付けた方が良い」

「何をだ?」

 

 横から声をかけられ、ビクッと肩を震わせる。隣を見ると、上条が立っている。慌てて変身アイテムをポケットに隠した。

 

「か、上条さん……? あ、いや、夏休みの課題ですよ」

「え、まだ終わってないのか? いや、上条さんが言えた話じゃないんだけど」

「は、はい……」

 

 苦笑いを浮かべながら、さりげなく後ずさった。ちなみに夏休みの課題は初日に終わったのは内緒だ。

 

「み、御坂さんは?」

「友達と遊びに行ったよ。……てか、さっきお前と話してた子、ビリビリによく似てんな」

「え……そ、そうですね。まぁ、似てる子なんて世界中にいますから。はい」

「お、おう……?」

 

 とりあえず、上手くごまかせたと胸を撫で下ろした。さて、こうしている場合じゃない。さっさと戻って次の実験に備えなければならない。

 足早に立ち去ろうとした非色に、上条が後ろから声をかけた。

 

「お前、何か隠してねえか?」

「っ……か、隠してないですよ⁉︎」

「……ほんとか?」

「本当!」

「なら良いけど……」

「じ、じゃあ……俺、このあと予定あるんで!」

 

 それだけ話して、非色はさっさとその場を後にした。

 

 



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遠慮なしに図星をつくのはやめたげて。本当に。

 非色は、一人で木山の研究所に篭って準備を整えていた。マスク、スーツ、水鉄砲……などと、いつものメンバーを調整し、自身の身体もストレッチなどをして整える。今回は今までとは違う。一方通行の能力を調べ、一つの可能性を見出した。

 そんな非色の横に、木山がコーラを入れて置いた。

 

「今日も、行くのかい?」

「行きます」

「そうか……無理はしないように」

 

 言っても無駄なのは、木山も分かっている。彼は他人には厳しい癖に自分には甘いタイプだ。つまり、他人の無理は許さない癖に、自分の無理は許容する男だ。

 だからこそ、不安は拭えなかった。一応、今日まで帰ってきてくれてはいるものの、それがいつ途切れてもおかしくない。

 教員なら、やはり彼が何に首を突っ込んでいるのかを把握するべきだ。彼は戦闘面に関しては度胸もあり、力もあり、精神力もあるが、日常生活においてはまだまだ子供なのだから。

 しかし、それを聞き出せば、彼はここを出て行ってしまう。力になれないのだ。

 中々にずるい男だ。

 

「……木山先生」

「なんだ?」

「すみません。今まで、迷惑掛けて」

「ど、どうしたんだ急に?」

「……いえ。では……」

 

 準備を終えた非色は、すぐにその場から立ち去った。その背中を目で追いながら、木山は額に手を当てた。

 

「……」

 

 やはり、何かした方が良いのだろうか? そんなジレンマだけが後に残っていた。

 

 ×××

 

 一方通行は、表を歩きながらぼんやりしていた。最近、何度も顔を出しに来るあのヒーロー。奴は何故、何度も邪魔をしに来るのだろうか? 

 最初は最強の首をとりにきた命知らずとも思ったが、そうでもないようだ。そんな奴は、最初に負かせばすぐに折れるが、奴は何度も何度も抗ってきた。手を変え、武器を変え、作戦を変え、ありとあらゆる武器を使って幾度も幾度も。

 あの必死さ、あの無鉄砲さ、それらを見る度に一方通行の中に一つの懸念が生まれた。

 妹達は、本当に人間じゃないのか? と。

 

「……ちっ」

 

 それを思うたびに、一方通行は頭の中で否定した。人形に決まっている。頭のネジが緩んだ科学者どもは皆、人形だと言っていたし、事実、ボタン一つで作れる模造品だ。

 なら、人間であるはずがない。壊しても何の問題もないはずだ。

 そう強く心底から思わないと、自分が今まで何をしていたのかを考えてしまう。

 何にしても、もうあのヒーローが来たら容赦するつもりがない。あいつが来ると、不愉快に感じるようになってきた。今日で殺す。

 

「……」

 

 そろそろ、実験の時間だ。現場に向かわなくてはならない。おそらく、というか100%あのバカタレは来る。今日でまた、いつもの実験の日々に戻る。

 

 ×××

 

「ああ、うん。あいつ、割と元気そうっちゃあ元気そうだったよ」

 

 上条の電話の先にいるのは、佐天涙子。非色を無事に見つけられたので、それについて報告している所だった。

 

『あ、そ、そうですか……』

「? 何かあったのか?」

『いえ……その……あ、そういえば上条さん、公園で御坂さんと非色くんと会ったんですよね?』

「ああ、そうだけど……」

『実は、私達も近くにいたんですよ』

 

 そうだったのか、と上条は妙に納得してしまった。多分、あのツインテールで前に非色と修羅場っていた常盤台の女の子も友達なのだろう。

 

『その時、分かります? 白井さんっていうツインテールの子』

「ああ、前に固法と修羅場ってたな」

『あ、じゃあ白井さんが非色くんのこと好きなのも知ってます?』

「やっぱそんな感じなのか……」

 

 大体、察してはいた。ハッキリとは知らなかったが。

 

「それで?」

『その白井さんが皆さんの所に行って、あからさまにテンション下がって帰って来たので……その、何かあったのかなって』

「何も無かったぞ。固法と顔を合わせてすぐに行っちまったし」

 

 それは逆に、非色の顔を見ただけで立ち去ってしまった、という事を示していた。何かあった、というより余程、タチが悪い。

 

『はぁ……本当は非色くんの事、大好きな癖になぁ〜……なんか、敢えて非色くんの話出さない感じが逆に拘ってる感じがして……』

「あー……なるほどな。ちなみに、その二人は何があったんだ?」

『よく分からないんですけど、非色くんの方から「友達やめよう」って言い出したそうで……』

「……」

 

 喧嘩は当人同士で解決させるのがベストなのは分かるが、あの非色がそこまで相手を傷つけると分かっている台詞を吐くとは思えない。あいつは割と気を使うタイプだから。

 

「……じゃあ、これからちょっとあいつと話して来るよ」

『え、でももう夜ですよ?』

「こういう話は早いほうが良いだろ?」

『じゃあ、私も探すの手伝いましょうか?』

「いやいや、女の子は危ないから」

『なんか……すみません、何もかもやらせてるみたいで。でも、非色くん私からの電話出ないから……』

「気にしなくて良いよ」

 

 それだけ話すと、上条は電話を切った。そんな話をしていると、後ろから同居人が声を上げる。

 

「とーまー! おなかへったんだよー!」

「悪い、インデックス。少し出かけてくるから」

「ええー⁉︎ こんな時間から⁉︎」

「固法の奴、少し探して来るだけだよ。すぐ帰って来るから」

「うー……分かったんだよ」

 

 それだけ話すと、部屋を出て行った。

 

 ×××

 

 非色は実験現場に向かう前に、一七七支部に顔を出していた。顔を出していた、というか、窓の外から部屋の中を覗き込んでいた。

 中では、白井黒子と固法美偉が二人で何やら作業をしている。そもそも顔を出す資格もないので、こうして覗いているだけにしてあるわけだが。

 どういうわけか、二人の顔を見ておきたかった。一方通行と戦うための手は考えてある。通用するかは正直、賭けだが、それでも不可能ではない作戦だ。敵がこちらをナメ切っている今ならいけるはずだ。

 だが、今日で決めると決めた以上、自分も無事では済まない。最後に、一目見ておきたかった。

 

「……」

 

 いつまでもそこにいたかったが、バレる可能性もあるし、決心が揺らぐのでさっさと立ち去った。

 移動し、今日の実験現場であるコンテナ倉庫へ向かう。川沿いにあるその場所の近くには、大きな橋がある。そこで、非色は待機していた。あと少しで一方通行との戦闘が始まる。

 そのため、一度、深呼吸して精神を整える。なるべくなら、肌で風を感じたかった。今回こそ、負けるわけにはいかないのだから、少しでもリラックスしておきたかったから。

 

「……」

 

 死ぬかもしれない……というか、割と高確率で死ぬというのに、非色は気を楽にして落ち着いていた。

 黒子とは縁を切り、姉とも佐天とも初春とも連絡を取らなくなり、木山にもお礼を言えて、割と身辺整理は終えた非色は、どこか晴れやかだった。上条には挨拶出来ていないけど、まぁ機会を失った以上は仕方ない。

 ここで、一方通行と刺し違えることが出来れば良い方だろう。

 

「……よし、行こう」

 

 橋の上を歩きながらスーツを着て、サングラスを装備し、顔を覆った。

 

 ×××

 

「あいつ、何処で何してやがんだ……?」

 

 上条は街中を駆け回っていた。非色が中々、見当たらない。まぁ、連絡も無しに見つけるのは正直、厳しいし、会えなければ明日にでも会えれば良いと思っていた。

 なので、そろそろ帰らないとインデックスがうるさいかも……なんて思った時だった。前を見覚えのある少女が歩いているのが見えた。

 

「あ、おーい。ビリビリ!」

「はい?」

 

 振り返ったのは想像通りの少女だ。しかし、何故かゴーグルをしていて、いつものように感情をあらわにして電撃をお見舞いして来ることはなかった。

 

「こんな時間にお嬢様が何してんだよ」

「あなたは誰ですか? ……と、ミサカは突然、話しかけてきた不審者を前に不安を露わにします」

「は? お前あれ……御坂美琴じゃねえの?」

「ミサカはお姉様ではありません。お姉様の軍用クローン、通称『妹達』……ミサカ10034号です。……と、ミサカは不審者への警戒は解かず質問に答えます」

「……はい?」

 

 そこで上条の脳裏に浮かんだのは、昼間に非色と話していた御坂美琴そっくりの少女。まさか、あれはクローンだったと言うのだろうか? 

 色々と聞きたい事はあるが、とりあえず今は用件を済ませた方が良い。

 

「ま、まぁ良いや。とりあえず……固法は何処にいるか知らないか?」

「固法……?」

「昼にお前が話してた奴だよ! 公園で……」

「……あの少年は、固法というのですか。と、ミサカは今の今までミサカを助けようとしてくれたヒーローの名を胸に刻みます」

 

 今のセリフだけで、色々と引っ掛かる言葉が入って来る。名前も知らないのに助かるだなんだと言い、終いにはヒーローなどと言い出す。

 上条は混乱直前だが、何とか脳を整理しつつ質問を続けた。

 

「助けようとって……な、何か知っているのか?」

「あの少年でしたら、現在は戦闘中です」

「戦闘……?」

「学園都市最強の能力者兼、絶対能力者計画被験者、一方通行との戦闘です。と、ミサカは補足情報を追加します」

 

 それを聞いて、上条はトラブルの臭いを感じ取り、実験について問い正そうとしたが、少女は説明する事なく立ち去って行く。

 その背中を眺めながら、上条はとりあえず常盤台の女子寮に向かった。あそこなら、クローンの大元になった奴がいるはずだから。

 

 ×××

 

 実験現場では、ミサカは一方通行と向かい合っていた。あの少年は、今日も来るつもりなのだろうか? 昨日の夜は、特にひどいやられ方をしていた。

 もう何度もヒーローと一方通行の戦闘を見てきたが、昨日の二丁水銃は来る前からズタボロだったのは何かあったのだろうか? 脇腹に空いた穴を強く踏みつけられていたシーンはあんまりだった。

 もしかしたら、今度こそ彼は来ないかもしれない……そんな風に思った時だ。

 

「チッ、またきやがったか」

 

 目の前の一方通行が不愉快そうに声を漏らした。その視線が向けられた先は、自分の後ろ。二丁水銃が正面から歩いてきている。

 

「どうも。一方通行さん」

「もう不意打ちは無しかよ?」

「あんたにそんなことしても無駄なのはよく分かってるから」

「カハッ、かと言って正面からかよ。随分、ナメられたモンだなァ」

 

 ザッザッザッ、と砂利道を歩いて近づいて来る非色は、ミサカの隣を通り過ぎる。

 

「何故ですか?」

「何が?」

「何故、あなたはこうもミサカに構うのですか? と、ミサカは……」

「決まってるでしょ。……ヒーローだから」

 

 ミサカの台詞を遮ってそう告げると、非色はミサカの肩に手を置き、自分の後ろに押し退ける。

 その非色に、一方通行も続けて問い掛けた。

 

「よォ、オレも聞きてェ事あンだけどよ。オマエ、何なンだ?」

「ヒーロー」

「ンなの、ごっこ遊びの延長だろォが。なンで、ンなことしてやがンだ? 正義感が許さねェってか? それとも、人より強ェ力を手に入れてはしゃいでンのか?」

「聞きたい事はこっちにも山ほどあるんだ。……あんたこそ、なんでこんな事してんの?」

「……ア?」

 

 一方通行の質問を全く無視して、非色はまっすぐと聞き返した。

 

「こんな事して、強い力を手に入れて、それでどうしたいの?」

「どォ、ってなァ。絶対的なチカラを手にする為」

「……」

「レベル5だとか、学園都市で一位だとか、そンなつまンねェモンじゃ足りねェ。オレに挑もうと思うことすらが許さねェ、無敵が欲しィンだよ」

 

 その話を聞いて、ヒーローは何も言い返して来ない。その様子を見て、一方通行はニヤリとほくそ笑んだまま続けた。

 

「ハッ、もしかしてオレの人間性にでも……」

「要するに」

 

 が、それを非色は遮った。

 

「もう誰も傷つけたくないから、さらにその上を目指してる……ってわけね」

「……」

 

 シンッ、と一方通行の頭の中が真っ白になる。まるで、大昔に思い浮かべ、長らく忘れていた図星を突かれたように。

 その結果、大きな怒りと迷いが具現化したように一方通行の能力が自動で周辺に影響を及ぼした。

 一方通行を中心に、地面には大きな亀裂、周囲には突風が発生し、大きなクレーターを形成する。

 ミサカの身体が思わず後方に飛ばされる中、非色はその場で姿勢を低くして身構えて堪えた。

 そのヒーローに対し、一方通行は過去、類に見ない眼光で告げた。

 

「殺ス」

 

 大きなクレーターを形成したということは、一方通行の身体は一瞬だけ浮いていたことになる。

 その足の裏が地面に着いた直後、一気にベクトルの方向を目の前のヒーローに向けた。

 

 ×××

 

 常盤台中学女子寮に訪れた上条は、美琴に部屋に入れてもらっていた。妹達の件について、と言われてすぐにピンと来た。

 

「で、あの子達の何を聞きたいわけ? 実験なら……」

「終わってねえよ」

「……え?」

「あいつは、まだ戦ってる。……お前、実験の何を知ってるんだ?」

「待って……実験って……私が施設を潰して、全部……」

「続いてるんだよ。一方通行とかいう奴とあいつは、未だに戦っている」

 

 思わず美琴の心臓はドキリと跳ね上がった。まさか、あの実験が続いてるとは思わなかった。あらゆる企業を潰し、実験に加担しそうな研究施設も破壊した。あの少年だって、全てが終わったと言うと決して否定はしなかったのに……。

 それなのに、何故、実験が続いているのか。

 

「どう、して……」

「……教えてくれ。実験の内容を。俺は固法を助けに行きたいんだ」

「……」

 

 そうだ、今嘆いていたって仕方ない。無理矢理、気持ちの整理をつけると、美琴はジロリと上条を睨み付ける。

 が、上条も美琴を正面から見据えていた。相変わらず、世話焼きでお人好しで、それでいて愚直なくらい真っ直ぐな視線を自身に向けている。

 思わず、揺らいでしまった。このバカに、全てを委ねてしまいたくなるくらい。

 だが、ダメだ。ここに来て非色の気持ちがすごく分かってしまった。人に何か情報を与えることは、それだけで巻き込むことになりかねない。それが、全く関係ない人間を犠牲にする結果に繋がるかもしれないのだから。

 

「……ダメ、あんたまで巻き込むわけにはいかないわ。今回の件、元はと言えば全部、私が……」

「お前がどうとか、固法がどうとか、一方通行がどうとか、そんなの何だって良い。俺が知りたかったのは、あいつが今、何処で戦っているのか、それだけだ」

「え……?」

 

 そのセリフに、美琴は目を見開く。

 

「お前だって嫌なんだろ。こんな実験が平然と続けられてんのが。なら、止めるしかない」

 

 何故、そこまで他人に親身になれるのだろうか。今回の実験について何も知らない癖に、非色はどうだか知らないが、自分は毎度毎度、この男を見つけては襲い掛かっていたのに。

 

「ダメ……ダメよ……元々、今回の実験の発端は、私がDNAマップを提供した事なの……! こんな私なんかの所為で、あんたが殺されるようなことが……」

「どうでも良いっつってんだろ!」

「っ……」

 

 急に声を荒げられ、美琴はビクッと目を見開く。上条は真顔のまま続けた。

 

「俺にとって重要なのは、固法と御坂妹が今、殺されかけてるって事。そして、お前がそんな今にも死にそうな顔をしてるって事だけだ」

「……っ……」

「教えろ、今日の実験場は何処だ⁉︎」

 

 言えなかった。まだこんな風に自分を想ってくれる人がいて、思わずこんな状況で嬉しさがこみ上げてしまった事。

 思わず、目尻から涙が溢れ出してしまった。その場で膝を床につき、項垂れてポツリポツリと実験の全容を漏らし始めた。

 この少年に助けてもらいたい、そんな風に思ってしまった。

 

 



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だから図星はつくなっつの。

 ベクトル操作とは、触れたモノであれば何でも動かせる力だ。重力を無視し、自身が飛ばしたい方向へ、飛ばしたいものを飛ばせる。

 その力は当然、戦闘にも応用可能で、長距離、中距離、近距離、全て賄える上に、防御力ですら絶対的なモノとも言える。

 そんな完全無欠な能力を前にすれば、誰だって逃げ出したくなるはずだ。増してや、何度も挑もうなんて絶対に思うはずがない。

 

「オラ、どうしたよ三下ァッ‼︎ いつまでも逃げてンじゃねェぞ⁉︎」

 

 近くのコンテナに触れ、一気に加速させて非色の元に向かわせる。が、それを躱すだけでなく踏み台にして移動されてしまった。コンテナの中身は小麦粉のようで、地上は白い粉が舞い上がっていた。

 あの身軽さ、あの身体能力、そしてあの反射神経の動体視力、どう考えたって普通の人間ではない。

 だが、それでも自分の相手にはならない。のんびりと地面を歩きながら、コンテナをさらに連続で発射させていく。

 ただ殺すだけなら簡単だ。が、あのクソヒーローは絶対に自分の手で殺す。その為に、今は隙を作っている所だ。

 

「あんた、本当は他人なんか傷つけたくないんでしょ⁉︎」

「るせェッ‼︎」

 

 避けながら飛んでくる台詞に、一方通行は怒鳴り返す。

 

「それなのに、何で真逆のことを繰り返してんの⁉︎ 何回も、何千回も!」

「黙れっつってンだろボケがァッ‼︎」

 

 本当に鬱陶しいヒーローだ。人が聞きたくないことを、こちらに正面からぶつけて来る。

 その割に、脳裏に浮かぶのは最近の出来事だ。最強の座を目指し、大した能力もないくせに喧嘩を売ってくるバカどもの光景だ。

 

「アンタほどの頭脳が何言われたのか知らないけどさ、何簡単にバカ達に乗せられちゃってんの⁉︎」

「ッ……!」

 

 奥歯を噛みしめ、ヒーローの声を遮るようにコンテナを飛ばして轟音を掻き立てる。これ以上は聞きたくない。一気に勝負をつけることにした。

 連続で飛ばし続けたコンテナの中に紛れて、一方通行も空高く飛び上がった。自身のベクトルを操作すれば、浮かび上がることも可能だ。

 コンテナを回避する非色の動きを先読みすれば、隙を突くことも可能だ。一気に急接近し、拳を顔面に向けて構える。

 非色も同じように、拳を構えた。

 

「バカが、このままだと死ぬのはテメェだけ……ブッ⁉︎」

 

 直後、お互いの顔面にお互いの拳がぶつかり合った。ベクトルに押され、非色の拳は威力が大分減ったが、それでも超人の右フックだ。それなりに聞き、一方通行は鼻から血を噴き出す。

 そのまま二人は地面に落下し、尻餅をつく。

 

「グッ、ガァッ……!」

 

 初めてもらったパンチ。口の中に血が滲み、鼻から出る赤い液体を拭った。

 一方、非色も尻餅を着きながら、起き上がるのに時間が掛かった。思いつきではあったが、上手く行った。今のでも、まだタイミング的には50%と言えるだろう。

 

「て、テメェ……な、何しやがった……!」

「パンチ」

「ンなこと聞いてンじゃ……!」

「分かった? 妹達の痛み」

 

 言いながら、ヒーローはそのまま距離を詰めてくる。このままではまずい。どんな芸か知らないが、距離を詰められるわけにはいかなくなった。

 足の裏からベクトルを強く放ち、正面に砂利を噴出しつつ、後ろに下がって距離を置いた。

 が、そもそも非色の身体は人間レベルではない。スポーツカー以上の速さで走り、砂利道から遠回りして一方通行の真横に移動すると、裏拳を放って来た。

 

「ッ……!」

 

 それを反射的に両腕をクロスしてガードするが、しっかりと痛みが自身の腕に響き渡り、後方に弾き飛ばされる。

 確かに、演算に狂いはない。能力は発動している。実際、非色の腕にダメージが蓄積されているのは確かだ。

 だとしたら、考えうる可能性は……。

 

「テメェ……まさか……ブフッ!」

 

 が、非色はそれを考えさせなかった。正面から突撃し、ボディに蹴りを叩き込む。

 非色は、一方通行の皮膚の表面にある反射の膜に触れた直後、拳を引っ込めているのだ。その引いた拳のベクトルを内側に反転させ、一方通行を叩きのめしていた。

 もちろん、容易なことではない。タイミングの調整がかなりシビアであり、AIM拡散力場を視認できるマスクと非色の身体能力が無ければ、あとは一方通行の能力や、一方通行自身について熟知している人間でないと、まず出来ないことだ。

 その上、完璧なタイミングを見極めなければ殴った非色側にもダメージが働くため、かなり身を削った攻撃であることに変わりはない。

 

「グッ、クソ……ガッ⁉︎」

 

 マスクの機能は三分しか保たない。一気にカタをつける。

 そのために、普段の非色からは考えられない猛攻をこなしていた。殴り、蹴り、また殴って蹴る。それらのコンビネーションが、確実に一方通行の身体にダメージを与えていく。

 

「このッ……クソッタレが……ゴッファ‼︎」

 

 痛みと、的確に脳を揺らす急所を狙われているため、思考もままならない。このままでは、間違いなくやられる。

 

「調子にッ……乗ってンじゃねェぞクソヒーローがァァアアアアッッ‼︎」

 

 ならば、もう演算など関係ない。360度あらゆる角度に超強力な衝撃波を飛ばしてやれば良いだけの話だ。

 轟ッ、と爆弾でも爆発したのか、と思うような衝撃がその場全体に走り、煙と小石やコンテナ、小麦粉が舞い上がる。小さな竜巻にも見える衝撃がその場全体を一瞬だけ支配した。

 が、それこそ非色にとっては思い通りの展開だった。非色のマスクに、煙幕も何もかも意味をなさない。

 

「本当は、分かってるでしょ! そんな事したって、あんたは益々、孤独になるだけだ!」

「ッ……!」

 

 竜巻の中、抜けてきた非色の拳が、自身の顔面に炸裂した。完全にタイミングを見切られたようで、完璧に直撃する。

 

「本当に他人を傷つけたく無いのなら、あんたがするべき事はこんな事じゃ無……」

「偉そうに綺麗事、ばかり……抜かしやがって……!」

「綺麗事を言うから、ヒーローでしょ!」

 

 言いながら、非色は再び一方通行へ歩みを進める。

 

「だからもう、やめろよ」

「ッ……」

 

 奥歯を噛み締める一方通行。あと一歩の力で絶対的な力が手に入るというのに、何故こんなところでこんな奴に邪魔されなければならないのか。

 ……いや、元々は自分が蒔いた種だ。最初に出会った時に、殺しておくべきだった。普通に妹達を処理するのも飽きて来た所で、良いタイミングで挑んで来て、遊び半分で生かしておいた結果だ。

 ならば、こいつを乗り越えてこそ、絶対的な力を手に入れるにふさわしいのではないだろうか? 

 

「黙れってンだよ、三下がァァァァッッ‼︎」

 

 一方通行はさらに近くのコンテナに手を付け、浮き上がらせた。それが空中から落ちて来るのを見向きもせず、非色は再び一方通行の方へ走って拳を構える。

 

「ッ……!」

 

 それに対し、非色は逃しはしない、と言わんばかりに水鉄砲を放つ。それが、一方通行の足元に付着した。

 足の裏は、意識しない限り反射は働かない。初歩的な罠に掛かり、一方通行は足を止める。

 

「クソッ……!」

「終わりだ」

 

 こうなれば、一方通行も何かしらアクションを起こすしかなく、非色に殴り掛かった。

 お互いの拳が交差し、顔面に直撃する直前だった。舞い上がったコンテナが地面に落下し、火花を噴いた。

 それがきっかけで粉塵爆発が発生し、横から小石やコンテナの破片が飛んで来る。非色の拳は威力が殺された。それでも振り抜いた拳は、一方通行の顔面に突き刺さる。

 一方通行の拳も、非色の顔面にあたり、後方に吹き飛ばされた。

 

「ッ……!」

 

 これで終わらせられる、と油断した。次の一撃で決める、と非色が身体を起こした時だ。ふと違和感が視界全体に広がっていた。

 一方通行のAIM拡散力場が見当たらない。まだ制限時間まで1分はあったはずだ。まさか、今の一撃でマスクの機能に故障が生じたのだろうか? 

 

「っ……!」

 

 マズい、と非色は一方通行の方に目を向ける。奴の意識が飛んでいるかは分からないが、それくらいしてやらないと勝ちの目は無くなる。

 一気に距離を詰めて拳を構えた時だ。仰向けに倒れている一方通行の前髪の隙間から、無機質な赤い瞳が覗いているのが見えた。

 

「来るンじゃ、ねェよ‼︎」

 

 飛んで来たのは小石。それと共に、一方通行は身体を起こして後方に大きく下がった。

 

「逃すか……!」

「テメェの間合いには、もう入らねェよ!」

 

 さらに、絶え間なく小石が飛んでくるのを、横に回避しながら、水鉄砲を使ってコンテナに張り付け、一気に移動しようとする。

 しかし、その水鉄砲の糸に、一方通行は石をぶつけた。糸が大きくたわみ、非色の姿勢も崩れた。その隙を逃さず、石片を飛ばし続けた。

 

「ッ、ゴヴッ……⁉︎」

 

 身体にベクトル操作によって加速した石が身体全体に直撃し、後方に飛ばされる。それでも強引に空中で受け身をとり、片腕と片膝を地面につけて姿勢を正した直後だ。今度はコンテナが飛んで来て、上半身に直撃した。

 その直撃したコンテナの後ろから、さらにコンテナが連続して飛んで来て、非色の身体は別のコンテナの山に突っ込まされる。

 ガラガラと重なっていたコンテナが崩れ、完全に生き埋め状態になってしまった。

 

「ッ……!」

 

 視界が真っ暗になり、何も見えなくなる。サングラスの故障だろうか? とりあえず、マスクを取らないと呼吸もうまく出来ない。

 強引に身体を起こし、まずはマスクを外そうとした直後だ。第六感が危機を告げていた。

 

「っ……!」

 

 強引にコンテナを持ち上げて立ち上がったが遅かった。顔面に石が飛んで来て、サングラスをぶち抜いて目に直撃する。それにより、再びひっくり返って持ち上げたコンテナが落ちて来る。

 

「アガッ……!」

「……どうしたよ、ヒーロー。寝てンじゃねェぞ‼︎」

 

 近寄ってきた一方通行が、その埋もれた非色を引き抜いて地面に叩きつけると、背中を踏みつけて強引に腕を引き抜いた。

 

「オラ、立てよ。オレを止めンだろ? ヒーロー」

「ッ……」

「今から、億倍返しにしてやるからよ!」

「アアッ……⁉︎」

 

 左手の手首から先が捥がれた。鮮血が吹き出し、非色はその場で身悶えする。傷や怪我程度なら治せるが、失った身体の一部まで戻るわけではない。

 初体験の痛みに、全身が痙攣した。

 

「……おお、困ったなオイ。もう、オレを殴れねェ。けど、テメェも俺の左腕を折ったンだ。おあいこだろ」

「っ……はぁ、はぁ……!」

「まだ死ねると思うンじゃねェぞ。結局、テメェの説教なンざ、口だけだって事を教えてやる」

 

 さらにギリギリと踏みつけた背中のベクトルを強く真下に向けた時だ。非色は、右手でその辺にある石を掴み、一方通行に投げた。

 

「……」

 

 まだ抗う気か、と一方通行は眉間にシワを寄せた。絶望し、命乞いさせてやろうと思ったが、どんなに痛めつけてもこれは無理そうだ。

 ……ならば、だ。もっと残酷な方法で心を折る。

 

「なら、そろそろ実験でも始めるとするか」

「っ……⁉︎」

「元々、そのつもりで来てるしな」

「や、やめ……!」

 

 二人してミサカが立っていたはずの場所に顔を向けると、一方通行にとっては見覚えのない、非色にとっては見覚えしかない少年が立っていた。

 ツンツンしたハリネズミのような髪型、何処にでもありそうな学生服を着た少年。それが、ミサカを庇うようにして立っているのが見えた。

 

「……誰だアレ」

「……れろ」

「ア?」

「固法から、離れろっつってんだよ! 聞こえねェのか三下ァッ‼︎」

 

 上条の怒号は、河原中に響き渡った。

 

 



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一人より二人。

 現場には、上条と美琴の二人で向かうことにした。と、言うのも、十中八九、非色はボロカスにやられていると判断したからだ。

 美琴では逆立ちしても一方通行にダメージを与えられない。しかし、上条の右手なら話は別だ。

 従って、美琴に任されたのは非色と御坂妹の回収。そして、上条が一方通行を倒す。

 その上条が現場に到着し、見た光景は一瞬で自身の怒りの沸点を超えた。マスクをぶち割られ、片手を捥がれた後輩がその場に倒れていたのだから。

 

「固法から、離れろっつってんだよ! 聞こえねェのか三下ァッ‼︎」

 

 その怒号は、後方で待機している美琴にも聞こえた。実際、美琴にも倒れている非色の姿は視認できる。思わず口を片手で覆ってしまった。

 とりあえず回収しないといけないが、一方通行自身もかなり傷ついている。片腕はおそらく折れているのだろう。是が非でも非色を殺しておきたいだろうに、そんな中に突っ込むのは危険だ。

 

「……つーか、誰だオマエ。何勘違いしてんのか知らねーけど、コイツからオレに喧嘩売って来たンだぜ」

「黙れよ。お前がふざけた実験の被験者だってことは知ってんだ。さっさとそこから退けよ」

「……」

 

 なンだってンだ今日は、と一方通行は奥歯を噛み締める。ゴリ押しのようなやり方でヒーローがようやく自分にダメージを与えてきたと思ったら、顔も名前も知らない奴が絡んで来た。

 厄日、なんてものがあるとは思っていなかったが、確かに運気が落ちる日というのは少なからずあるようだ。

 

「チッ……面倒臭ェ……あ?」

「っ……!」

 

 その直後だった。強引に立ち上がった非色が一方通行に殴り掛かる。反射できるかわからない以上、一方通行は後ろに退がって避けるしかない。

 その代わりに、足元から砂利を噴出させた。直撃し、後ろにひっくり返る非色。

 

「どンだけ頑丈なンだオマエ」

「固法……!」

 

 ひっくり返った非色の頭を掴むと、ベクトルの操作により地面に一気に叩きつける。

 顔面が地面に直撃し、完全にサングラスが割れ、布も引き裂かれた。その非色を、一方通行は蹴り飛ばし、上条の横を通り抜けさせ、コンテナ群に突っ込ませた。

 

「固法、無事か⁉︎」

 

 いや、無事なわけがない。慌てて駆け寄ったが、その身体はあまりに痛々しいものだ。

 そんな中、非色は手を伸ばし、何かを触るような仕草をする。何をしようとしているのか上条が片眉を上げて聞こうとしたが、非色が触れたのは自分の顔だった。目の辺りの。

 

「や、やべっ……こ、固法じゃないですよ?」

「いや、もう遅ぇし、言ってる場合でも無いだろ」

 

 立ち上がろうとする非色だが、身体がふらりとよろけてしまう。

 

「無理するな。あとは任せろ」

「全然元気だから。ほら、左手以外は割となんでも……」

「良いから引っ込んでろっつってんだろ!」

 

 大声を上げられ、非色は思わず肩を震わせる。

 

「お前のやろうとしてたことはすげぇよ。尊敬もしてる。超人的な力があるからって、普通はできる事じゃない」

「……」

「けど、そのために友達と縁を切って、必要のない嘘をついて、こんなズタボロになって腕まで失って……格好ばっかつけてんじゃねぇぞ‼︎」

 

 尻餅をついたまま、非色は唖然としてしまう。

 

「……とにかく、説教は後だ。お前は身体を休めろ」

「や、でも俺、自動で体の傷も修復されるから……」

「良いから来なさい」

 

 ぐいっと後ろからさらに引っ張られる。後ろには美琴が待機していた。

 

「後頼むぞ、ビリビリ」

「それはこっちのセリフよ」

 

 それだけ話すと、美琴は非色と御坂妹を連れて撤退した。

 その背中を眺めながら、一方通行は小さく舌打ちをして、折れていない方の手で自身の頭を横に倒し、首を鳴らした。

 

「アーア……いい加減、今日の実験は終わらせてやろうと思ってた時にこれかよ……で、オマエはどうすンの?」

「決まってんだろ。お前をぶっ飛ばす」

「あっそォ……一応、言っとくぞ。さっきオレが殴られてンのを見てた上で、ンな寝言をほざいてンならやめとけ。あいつがオレに触れられたのは……」

「そんな事、関係ねーんだよ」

 

 自分のセリフを遮って、目の前の無能力者はそのまま続けた。

 

「ただ、お前は何人もの妹達を殺して、固法をボコボコにして、御坂を傷つけた。それだけだ」

「……クッ、ククッ……あっそ。それが、テメェが死ぬ理由で良いンだな?」

「誰が死ぬかよ」

 

 その言葉が火蓋として切り落とされた。超能力者と無能力者が、正面からぶつかり合った。

 

 ×××

 

 一度、美琴が引き返したのは近くの橋の付近だ。そこで、非色と御坂妹を置いておく。

 一先ず、非色は腰を下ろす。捥がれた左手の止血も進み、他の傷口も徐々に塞がっていく。もう少し休めば、すぐに上条の援護に行ける。

 いくら片腕を折ったとはいえ、一方通行の能力は例え両手足が折れていても機能するものだ。上条一人で何とかなるとは思えない。

 いつ行くかを考えていると、左手を控えめに触られる感覚が走った。顔を向けると、美琴が声をかけてきていた。

 

「ごめん……」

「何が?」

「私の所為で……片手、無くなって……」

「平気ですよ。俺の身体、強過ぎるからそれでもハンデが足りないくらいですし。てか、そもそも御坂さんの所為でもありませんし」

「……」

 

 しかし、美琴は気にしてしまっているようで、肩を落としたまま俯いている。

 

「本当に気にしないで。御坂さん」

「……無理よ。あんたがどこまで知ってるのか知らないけど、今回の発端は、私が……」

「違うよ」

 

 美琴の言葉を、非色は正面から否定する。

 

「一番、悪いのはこの実験を提唱した奴です。それさえ分かれば、俺はそれで結構です」

「でも……固法先輩にも、あなたの親御さんにも、なんてお詫びしたら良いのか……」

 

 確かに、左手が無くなっているのは大きな障害だ。学園都市であれば新たな義手は作れるかもしれないとはいえ、それでもこれから先、普通に暮らせるわけではない。

 しかし、非色はそれにも首を横に振って答える。

 

「大丈夫ですよ。知ってると思うけど、俺と姉ちゃんは義理の姉弟です。俺は元々、置き去り出身で親もいませんし、身体だって元々、人間の身体ではありませんから」

「っ……」

 

 確かに、普通じゃ無い。力強さ、早さ、硬さだけでなく、回復の早さもだ。これではまるで能力者だ。

 今なら、少しくらいどんな実験であったのか、詳しく聞いても良いのだろうか? そんな事を思った時、御坂妹が口を挟んだ。

 

「何故、ですか?」

「「?」」

「あなた方は、何故ミサカにそこまで構うのですか? と、ミサカは素朴な疑問を投げかけます。ミサカは、所詮は作り物の身体、あなた方とは違い、ボタン一つで完成する品物です。どうして……」

「……そんなの、決まってるでしょ」

 

 美琴は、少し覚悟を決めるように答えた。

 

「私は、あんたの姉だからよ」

「ですが……」

「分かってる。同じお母さんから生まれたモノじゃない。私の所為であなた達は今まで散々、地獄を見てきたのもわかってるわ。だから、今更こんなことを言う資格は無いのかもしれないけど……私に、あなた達を守らせて?」

「……」

 

 そんな風に正面から言われた時だった。ふと、御坂妹が辺りを見回す。それに気づき、美琴が片眉を上げた。

 

「どうかした?」

「あの……少年は……?」

「へ?」

 

 非色がいたはずの場所には何もいない。代わりに、破けたマスクだけがそこに残されていた。

 

「あのバカ……何も分かってない……」

 

 ×××

 

「はっ、はぁっ……!」

 

 上条は、上から降って来る鉄骨を回避していた。

 その様子を眺めながら、一方通行は「はっ」と笑みを溢す。どんな奴が代理で来たかと思えば、自分に近づくことさえままならない雑魚だった。

 まぁ、それならそれで結構だ。今はこいつの相手などしてる場合では無いのだから。

 

「チッ、雑魚が粘ってンじゃねェよ」

「ッ……!」

 

 一方通行は熱くなった頭を冷やし、冷静に付近を見渡す。あのヒーローが、このまま撤退したとは思えない。

 奴が自分を殴れた理由は想像がついている。反射を逆手にとられたわけだが、それなら反射の方向を調整すれば良いし、何より近づかなければ問題ない。

 後は、奴が来た時に備えて警戒しておくだけで良い。

 

「……」

 

 そんな余裕まんまな一方通行を見て、身構えながら、上条は頭を回す。奴にとって今の所は遊び程度でしか無いのだろう。何とか近付きさえすれば右手で殴れるのに。

 どう近づくかを考えなければならない。だが、自分は所詮、右手以外は普通の男子高校生。何でも反射できる相手にどう近づけば良いのか……なんて考えている時だ。

 

「上条さん、俺があなたを奴の元に届けます」

「?」

 

 その直後だ。空から大量に物が落ちてきた。コンテナやボロボロになった車が上条と一方通行の間を遮るように落下して来る。

 ズンッ、ズン、ドスンッ、と腹に響く音を立てて地面に突き刺さる。

 やっと来たか、と一方通行はニヤリとほくそ笑む。上から降って来た以上、奴は上空にいる。

 

「コソコソしてねェで出てきやがれ、ヒーロー! 今度こそ、愉快なオブジェにしてやるからよ‼︎」

 

 さらに上から物が落ちて来るが、一方通行に直撃はしない。ランダムにドスドスと周りに落ちてきた。

 最後に、マスクをつけていないヒーローが降りて来る。

 

「よォ、ヒーロー様がレベル0のザコを置いて逃げるとは、随分だな」

「こっちだって不本意だったよ」

「……」

 

 いいながら、一方通行は眉間にシワを寄せる。ヒーローの傷がほとんど塞がっている。流石に左手だけは戻っていないが、それでも傷の多くが塞がっている。

 

「テメェ……肉体再生の能力者か?」

「違うよ。……似たようなもんではあるけど」

「ま、どうでも良いがな」

 

 建物の上から飛び降りて着地する。

 

「そっちこそ、逃げなくて良かったの? もう随分、疲弊してるみたいだけど」

「ハッ、認めてやるよ。確かにテメェはよくやった。このオレにこれだけダメージを与えてくれたンだからな」

 

 言いながら、一方通行はニヤリとほくそ笑み、折れていない右手を開いてコキコキと鳴らす。

 

「だから、いい加減楽になれ」

「それは、自分に言ってるの?」

「最後まで、口の減らねェ野郎だな」

 

 その台詞を最後に、非色が右手の拳を振りかぶって突撃し、一方通行は距離をとって右手を前に向ける。空気のベクトルを操り、風圧で一気に吹き飛ばす。

 後方に非色の身体は吹き飛び、コンテナもろとも巻き込んで倒れた。

 直後、一方通行は、コンテナの隙間から突撃してきた上条の方に振り返った。

 

「!」

「バカが、気付いてねェとでも思ったか?」

 

 コンテナの投擲は上条の姿を隠すと共に接近させるためのバリケード。非色の突撃は、自身に視線誘導するため。トドメは上条に殴らせる作戦だった。

 一方通行の能力を超えて殴る技術は簡単に出来ることでは無い。さっきの戦闘の様子を見るに、あのツンツン頭は所詮、素人だ。自身を殴っても向こうの手が折れるだけだ。

 が、それでも念には念を入れ、一方通行は足元の砂利を上条に向けて飛ばす。わざわざ全力でやらなくても、あの超人以外はこれ一発で倒せる。

 そう踏んでいた一方通行だが、上条はその攻撃を姿勢を思いっきり低くして回避していた。

 

「……チッ、雑魚の癖に……!」

 

 殴られる、その恐怖心が一方通行の身体を後ろに逸させかけたが、所詮はただの拳。反射できる。そう踏んで、殴らせた上で次こそ確実に足元の砂利を叩きつける。

 だが、ここで一方通行の視界は暗転した。全体重を乗せた顎へのアッパーカットが、完璧に炸裂した。

 

「ゴフッ……⁉︎」

 

 これでも喧嘩の場数はかなり踏んで来た上条の拳は、素人にしてはかなり重たいものだ。油断はしていなかったが、当たると思っていなかった一撃が完璧に入り、一方通行の身体は宙に浮かび上がる。

 

「なっ……て、テメェ……一体……⁉︎」

「無能力者だよ、最弱の」

 

 宙に浮いたまま、上条の顔を薄っすらと視界に収める。あのヒーローもどきも、目の前のこいつも、一体何故、こんな自殺行為に等しいことが出来るのか。

 何度も殴られた自分は、学園都市の頂点に立つ第一位だ。あらゆる攻撃を弾くベクトル操作が可能で、普通に考えれば勝てるはずがない。

 そんな自分に、何故ここまで食い下がろうと思えるのか。何度叩きのめされても、何度殺され掛けても、真っ直ぐとこちらを見据えて。

 これではまるで、あの人形達が人間で、それを守るために戦っていたみたいではないか。

 地面に落下し、一方通行は目を閉じる。まだ、意識はある。が、立ち上がる気にはなれなかった。もう、立つ気力もない。多分、もう直ぐ気を失うだろう。

 

「……おい、テメェ……」

「?」

「なンで、あの人形達のために……ここまでする……?」

「決まってんだろ。妹達は人形じゃなくて、人間だからだ」

 

 正面からさっきまで思っていた事と真逆の事を言われ、今度こそ一方通行は意識を底に置いてきた。

 

 



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何事も最強は攻めの守り。

 四日が経過した。病院の前で、美琴は御坂妹と公園に訪れていた。美琴の奢りで缶ジュースを購入し、ベンチの上に腰を下ろす。

 一応、御坂妹は無傷で回収出来たが、一応病院で診てもらっている。人形、というわけでは無いが、やはり普通の人間とも言い難い。定期的に検査が必要だ。

 

「……不思議です」

「? 何が?」

「昨晩の実験で、ミサカは死んでいるはずなのに……今、こうして生きている事が、とても不思議な感覚です」

「……」

 

 美琴は何も言えない。その感覚は、おそらく実験動物として生を受け、死を回避して生き延びた者にしかわからない感覚だろう。

 

「『学習装置』であらゆる知識は兼ね備えていますが、今のミサカに生きる上での目的も、生きて行くのに必要な費用を入手する為のアテもありません。……と、ミサカは将来の不安を露わにします」

「……」

 

 その不安は、美琴自身も懸念していた。これから先、御坂妹が一般社会へ溶け込むための障害はあまりにも大きい。

 

「ごめん……安心して、なんて無責任なことは言えないわ。私だって精一杯、協力するつもりだけど……」

「ですから、ミサカにも生きるということの意味を見出せるよう……これからも一緒に探すのを手伝ってください。……と、ミサカは精一杯のわがままを言います」

「……うん。もちろん」

 

 二人で握手をして、とりあえず飲み物を飲む。

 

「ところで、お姉様」

「何?」

「あのヒーローさんとツンツンした頭の少年はご無事なのでしょうか? と、三日前から聞きたかった話をここに来て出します」

「あ、ああ……あいつらね……」

 

 一応、上条は病院に行かせた。非色が合流するまでの間、防戦一方で決して無傷というわけではなかったから。

 で、非色は、一方通行に吹っ飛ばされてから、その姿を消していた。本来なら病院に運ばれるべきだというのに、気が付いたらいなくなっていた。

 

「どうなったかは分からないわ。探してはいるんだけど……」

「……そう、ですか」

「ま、無事だと思うし、あのバカは『気にしないで』ってカッコつけると思うから、あなたは気にしなくて良いと思うわよ」

「まだ、ミサカはお礼も言えていません」

 

 それくらいは言って然るべき事だろう。まぁ、正直、美琴もあの少年がどこにいるのかは大体、見当がついている。未だに家に帰っていない理由は一つしか思い当たらない。

 

「会いたい?」

「はい」

「じゃ、いきましょうか」

 

 そう言って、美琴は御坂妹と共に木山の研究所に向かった。

 

 ×××

 

「おお〜……す、すごい! 本物の手みたい!」

「ふふ、だろう? 流石に私一人ではなく、冥土返しに協力してもらったがね」

 

 木山の研究所で、非色は義手を装着していた。一応、試運転のつもりで手術したのだが、既に絶好調のようだ。

 

「ふむ……異常も見られないかね?」

「はい! ……微妙なラグもありません。……いえ、少しありますけど……この程度なら慣れると思います」

「ふむ……調整するよ?」

「いえ、その……姉に怪しまれる前に早く帰りたいので……」

「ああ、なるほど?」

 

 カエル顔の医者はそう言うと、鞄を持って立ち上がった。

 

「じゃあ、僕はこれで失礼するね?」

「すみません。病院で手術したくない、なんて俺のわがままで……」

「構わないよ? もし、調整が必要になったら、いつでも病院に来てね?」

「は、はい」

「それから、その義手の細かい機能については木山くんに聞いてね?」

 

 それだけ言うと、冥土返しは仕事に戻った。腕が良いだけあって、忙しい人である。

 今度、改めてお礼をしないと、と思いつつ、木山に聞いた。

 

「機能って何の話ですか?」

「薄々、勘付いていたかもしれないが、それは勿論、ただの義手ではないよ」

「と、言いますと?」

 

 木山が説明をしようとした直後だった。研究所のインターホンが鳴った。何かと思ってモニターに顔を向けると、美琴と御坂妹が立っていた。

 

「うげっ……み、御坂さん……」

「? どうした?」

「いえ、これ言うまでもなく用件俺ですよね……」

 

 間違いなく、黒子の件だろう。事件が解決した今、もう黒子と仲直りしろ、というのが向こうの考えだろう。

 しかし、非色としては、そもそも黒子だけでなく佐天や初春とも縁を切ったほうが良いかも、とは考えていたのだ。肉体的に少しずつ強くなっているし、誤って怪我をさせてしまう可能性もある。

 あと、その……あれだ。普通に謝りに行くのが少し恥ずかしくて、怖かった。

 

「……逃げても良いですかね?」

「ダメだろう」

「お願いします! 見逃して下さい!」

「ダメだ。……勝手な私の気持ちではあるが、私は君に協力者でありながら、息子にも近い感情を抱いている。そもそも、君が今回の件、私に話してくれなかった、というだけでも少しシャクに触っているのだがね」

「え、いやそれは……」

「君は頑固な所があるし、私は戦闘面において役に立てないから一方通行の件についてはこちらが折れたが……白井くんの件で君を甘やかす気はない」

「う、うー……」

 

 割と正面から言われ、非色は目を逸らす。実際、黒子と縁を切ったことが正しかったのか、正直、疑問は残っていた。巻き込まない為にはこのままの方が良いのだろうが、黒子が泣いてしまったときの顔は今でも忘れられない。

 頭の中であれこれ考え、何が正解で何が正しいのかを頭の中でぐるぐると回す。いや、実際は正解は出ているのだから、あとは行動すると決めるだけなのだ。

 ……だが、やはり謝りに行く勇気が出ない。

 

「か、考えておきます!」

「あ、コラ!」

 

 排水口から逃げ出され、木山は慌てて研究所の入り口を開けた。こうなったら、美琴に捕まえてもらう他ない。

 すぐに姿を現した美琴に声を掛けた。

 

「こんにちはー。非色くんいます?」

「今、逃げた! 追いたまえ!」

「逃げ……?」

「何故ですか? と、ミサカは素朴な疑問を投げかけます」

「白井くんに謝らなければならないのをヒヨったんだ」

「……」

 

 イラリ、と美琴は眉間にシワを寄せる。その用件ではなかったが、その用件も思い出した。

 ならば、全力を持って捕らえるしかない。まずは、電磁波によって捕捉することにした。まだ通気口を通っている所のようだ。

 

「あんたはここであいつが戻ってきた時に備えておきなさい」

「捕獲すればよろしいのですか?」

「そう。殺すつもりで掛からないと、あいつには勝てないわよ」

「了解しました。と、ミサカはお姉様との初連携プレイに胸を躍らせます」

「っ、い、良いから待機!」

 

 美琴は電磁波によって通気口が繋がる道と非色の移動ルートを逆算しながら出て行った。少し照れながら。

 その背中を眺めていた御坂妹は、鞄からアサルトライフルを抜いて構える。

 

「すまないが、銃器は勘弁してくれないか? 機器が台無しになる」

「了解しました」

「……君が、妹達かい?」

「はい」

 

 武器をしまいながら、木山の質問に頷いて答える。目の前にいる無表情な少女は、おそらくクローンだろう。でないと、御坂美琴は双子だったことになる。

 それに、以前に「量産型能力者計画」という資料をちらっとだけ見たことある。彼女は、その名残だろう。

 

「……良かったな、助けてもらえて」

「……はい」

 

 そう返事をした時だった。通気口からビリビリビリッという電気が流れる音がした。

 

 ×××

 

 御坂妹からお礼をもらい、木山に怒られ、現在。美琴と手を繋いで移動していた。勿論、逃げられないようにするために手を繋いでいる。

 

「そういやあんた、その左手は何?」

「義手です。木山先生とカエル先生が」

「早いわね、随分……」

「試作品みたいなんですけど……急いでつけてもらいました。普通に生活する分には困らなさそうだったので」

「どうして? そういうのって、慎重にやるべきなんじゃ……」

「姉に心配かけさせたくないからですよ」

 

 なるほど、と美琴は心の中で納得する。今の今まで部屋に帰っていなかったのはそういう事なのだろう。

 自分だって、妹達を黒子や佐天、初春に紹介するつもりはない。

 

「……ねぇ、非色くん。聞いても良い?」

「何を?」

「『超人兵士作成計画』について」

「……」

「あ、いや……詳細について聞きたいんじゃなくて……その、なんでアレだけの実験を経験して、そんなに真っ直ぐでいられるのかなって……」

 

 そういう意味か、と非色は頭の中で頷く。まぁ、自分が人間じゃないと分かったところで、美琴ならドン引きすることはないだろう。

 

「……俺なんて、そんな大した奴じゃないよ。本当に」

「誤魔化さないで」

「本当だって。ただ『この力を使えば助けられる人がいるなら、それを見過ごしたく無い』ってだけ」

「……」

 

 なるほど、と美琴は内心で納得する。口にすればシンプルな内容だが、それは難しい事だ。口にするだけであればシンプルだからこそ、彼はそれを守っていられる。風紀委員とかの堅苦しいルールより余程、分かりやすいから実行出来る。

 何より、自分の中で自分に定めたルールだから守れるのだろう。

 

「……でも、それだけ?」

「え?」

「そのために黒子と縁を切った、っていうのはやり過ぎな気がしないでも無いけど」

「あ、あー……そ、そうですか?」

「そうよ。……まぁ、今回の件は確かに軽はずみに巻き込める事じゃなかったけど」

「……」

 

 言われて、非色は目を逸らす。はい、何か隠してる事確定、と判断した美琴は、繋いでいる手に少しずつ電気を流していく。

 

「あ、あの……御坂さん? 手がピリピリして来たんですが……」

「……で、どうして縁まで切ったのかしら?」

「あの……なんか、痺れが強くて、痛みが……」

「詳しく教えてくれないと、このまま体内から焦がしちゃおうかしら」

「分かりました! 白状します!」

 

 やはり、所詮は子供である。少し恐怖を与えればすぐに吐いてしまう。

 

「だ、だって、その……俺の身体は、人と違うし……この前知ったんだけど、ダメージを負った際の修復力で……肉体強化にも作用されるんです」

「で?」

「今の俺は……正直、どの程度加減すれば、普通の人を怪我させないで制圧できるかわかりません。……万が一にも、それが白井さん達に危害を及ぼしたらと、思うと……」

「……はぁ、あんたねぇ……」

 

 今度は全開で呆れられてしまった。思わず、非色はドキリと心臓が跳ね上がった。

 

「馬鹿じゃないの?」

「え」

「一緒にいるだけで怪我させるかも、て言うなら、私こそ一緒にいられないわよ。超能力者だし、電撃の威力もそこらの能力者とは比べものにならないもの」

「つまり、御坂さんはガサツって事ですか? あ、いや嘘です。電気流さないで」

「とにかく、そんなこと気にしないの。……本当、変なとこがガキなんだから……」

「ゲコ太趣味の人に言われたく……ごめんなさい」

「ったく……一応言っておくけど、あんたには感謝してる。それ以上に、少し怒ってるんだからね」

「え?」

「黒子、すごくショック受けてるから」

 

 言われて、非色は少し肩をすぼめる。確かに、彼女には一番、酷いことを言った。一番苦手でもあったが、それと同時に一番、仲良かった相手でもあるのだから。

 そうこうしている間に、一七七支部に到着した。ここにいるのは、白井黒子に固法美偉に初春飾利、多分、佐天涙子もいる。

 正直、気が重い。特に姉と黒子には何を言われるか分かったものではないから。殴られる事も覚悟するしかないない。まぁどうせ効かないが。

 が、そんな非色の気まずさなど知る由もない美琴は、さっさと非色の手を引いて階段を上がった。

 

「そういえば、入口にはロックが掛かっているのでは?」

「私の能力はハッキングも可能だから」

 

 ダメだった。サクッと解除した美琴は、扉を開ける。

 

「ほら、行くわよ」

「ちょっ……まだ心の準備が……」

「一方通行に何度も喧嘩売ってた奴が何にビビってんの?」

「それとこれとは話が……あ!」

 

 前に押し出され、倒れ込む形で支部の中になだれ込んだ。前に膝をつき、恐る恐る顔を上げると、美偉、初春、佐天がこちらを見下ろしている。このシンッとした空気がまた怖かった。黒子だけいないようだ。

 

「げっ……あ、ど、どうも……?」

「……非色!」

 

 駆け寄って来たのは美偉だった。正面からカバッと抱き締められる。それに、非色は思わず顔を赤くしてしまった。

 

「ね、姉ちゃん……他の人が見てるから……」

「関係ないわよバカ! 何日も連絡寄越さないで何してたわけ⁉︎」

「え、えっと……筋トレ……」

「黙ってて! 大人が、お話ししてるの!」

「え、高校生じゃ……」

「非色」

「あ、はい。黙ります……」

 

 ギューっと抱き締められ、非色は微妙にきょどってしまう。こういう時、どうしたら分からないあたりがダメな弟なのだろう。

 

「ま、まぁでも……今後はこういう事ないと思うからさ……だから、そんな心配しないで……」

「誰が信じるのよ、そんな言葉」

「そーだそーだ」

「非色くん、今回の件は酷過ぎますよ。お姉さんを心配させて、白井さんと絶縁なんて……せめて何があったか説明してくれないと、信用なんて出来ませんよ」

 

 佐天と初春が続けて捲し立て、非色は目を逸らす。その視線の先には美琴がいる。

 

「あー……実はね、非色くんって二丁水銃なのよ」

「「「……え?」」」

「おおおおおい! 何を言ってんだお前コラァッ‼︎」

 

 大慌てで美琴に掴みかかるが、美琴はぬるりと回避して非色と肩を組む。

 

「こうするのがベストよ。どの道、今回の件でヒーローである事は話すべきだわ」

「ど、どうして……! そんな事して、もし精神系能力者にバレたら……」

「いや、この際だから言っておくけど、みんな大体、勘付いてるわよ。てか、あんた隠すの下手過ぎ」

「え、そ、そうなの……?」

「そうよ。三人の顔、見てみなさいよ」

 

 言われて、チラリと佐天や初春、美偉の顔を見る。驚いてはいるが、腑に落ちているのも確か、と言った感じの表情だ。要するに、驚きが足りない。

 

「あんたがヒーローだって知られたら心配かけるかもしれないけど、バレてなくても心配かけさせてるじゃない」

「うぐっ……」

「むしろ、正体をバラした方が動きやすくなるだろうし、今までヒーローの活躍を見てきた皆なら、むしろ多少の無茶は許容されるかもしれないし、ここは正直に話しなさい」

「うっ……う〜……」

「何、これだけ言ってもまだ何か嫌なの?」

 

 美琴の言うことは尤もだ。流石に一方通行と戦ったとかは言わない方が良いが、どの道、心配をかけさせているのなら、その心配を抑える方向に沈めた方が良い。

 それくらい、非色は分かっているはずなのだが……何を渋る事があるのか? と美琴がイライラしながら片眉を上げると、ポツリポツリと少しずつ漏らすように言った。

 

「いや……その……ヒーローの正体って……秘密の方が、カッコ良いかなぁ……って……」

「そんなわけだから、ヒーローの活動でこいつ連絡取れなかったのよ」

「何で無視するの⁉︎」

 

 あっさりと自身の考えをスルーされ、非色が唖然としている間に、美偉が慎重に聞いて来る。

 

「ほ、本当なの……?」

「え? あ、あー……」

 

 言われて、非色は目を逸らす。固法美偉は超人兵士作成計画を知っている。失敗した、と聞かされていたはずだが、それが成功し、今の今まで化け物と生活していたと知ったらどう思うだろうか? 

 もうこうなった以上は、正体を隠す事はできない。ならば、何処まで情報を隠せるかに賭けた方が……。

 

「非色……」

「……あー、うん。俺が、まぁ……その、ヒーロー?」

 

 ダメだった。姉に不安そうな表情で見られては、これ以上は嘘をつけない。

 

「……そう、なの……」

「や、ホント心配しないで! 俺ちょっと他の人より頑丈だから!」

「あんた……」

 

 そんな話をしている時だ。一通の電話がかかって来る。初春が応答した。

 

「もしもし、風紀委員一七七支部……え、カツアゲ現場? 場所は……はい。公園の裏にある廃ビルの中で……分かりました。すぐに伺います。固法先輩!」

「ええ。佐天さん、非色、御坂さんはここで……あれ?」

「行ってきまーす」

 

 美偉が外に出る前に、非色は窓の淵に立ち、リュックから変身アイテムを取り出すと、鞄だけ支部内に置いた。

 

「ちょっ、非色くん⁉︎」

 

 佐天からかけられた声を無視して、サングラスを目に装着すると、ジャンプして屋根の上へ飛び移り、そこからさらに身体にスーツを纏いながら移動し始めていた。

 本当に、非色がヒーローである事を認識させられつつ、とりあえず美偉がその後を追った。

 

 




次で一方通行編終わりです。


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生まれ持った性質は不治の病。

 非色が急行した現場は、既に荒らされていた。圧倒的な実力者が蹂躙したのだろう。倒れている全員は、袖やら裾を金属の矢で壁に縫い付けられている。

 それだけで誰が荒らしたのか分かってしまった。想像通りの奴がやったのなら、近くにいるはず……。

 

「あら、こんな小さな事件に興味が無くなったのではないんですの?」

 

 熱源感知機能を使う前に、背後から声を掛けられる。中1にしては大人びた声だった。

 振り返ると、そこに立っていたのは白井黒子だった。

 

「……白井さん。久しぶり……」

「二度と会わないと思っていましたが」

 

 うっ……と嗚咽が漏れそうになったのを強引に押し殺し、なんとか話しかけた。

 

「俺、実は……」

「何も言わなくて結構ですわ。私はあなたと何かお話するつもりはありませんの」

「あー……やっぱり怒ってます、よね……?」

「……言われなきゃわかりませんの?」

 

 まったくだった。さて、どう言えば良いのだろうか? 考え込んでいると、黒子の方から話し始めた。

 

「あなたがどこの誰が相手かも分からない相手に夢中になっている間、学園都市がどうなっていたかお分かりですの?」

「いや……」

「学生による犯罪行為……特に、武装集団達が調子に乗り始め、事件が増える一方でしたわ。……あなたがいなくなった、というだけで」

「え……」

 

 それは、非色にとっても予想外だった。いや、冷静に考えればあり得る話だ。むしろ、一方通行にかかりきりになっていた自身の迂闊さを習った。

 

「ご、ごめん……」

「ごめん? 何があったかは知りませんが、友達であった私に何一つ相談もせず、それどころか『友達やめよう』なんて最低の毒まで吐いて人を切り捨てた人が今更、何が『ごめん』ですって? 謝れば済むと思っているんです?」

「う、うぐっ……」

「で、その結果がこの治安ですの。あなたの無責任な行動がこれを引き起こしたんですわ。そんな男に何を言われたって……」

「……」

 

 とうとう、何も言わなくなってしまった。反論の手立ても何もかもがない。まさか一方通行のことまで言うわけにもいかないし、ましてや美琴の事なんてもってのほかだ。

 

「……あー、でも……白井さん」

「まだ何か?」

「……勝手な言い分かもしれない、けど……それでも俺は、白井さんと仲直りしたくて……」

「……はい?」

 

 ジロリと睨まれ、非色の背筋は伸びてしまった。やっぱり、今話しても火に油を注ぐだけかもしれない。正直、ここで黒子と出会ったのだってイレギュラーだった。

 

「……」

 

 いや、だとしても、だ。言わなければならないだろう。美琴が言っていたのだ。黒子が傷ついていたと。

 なら、少なくとも自分は黒子にとって、それなりに無くすには惜しい友達と思われていたのだろう。

 こうして相対したからには、もう傷つけたくない。そう思うと、非色は思い切って頭を下げた。

 

「ごめん、白井さ……」

「警備員だ! 動くな……と、ヒーローと風紀委員の子か」

「……」

「……私が通報した風紀委員ですの」

 

 思わぬ邪魔が入った。おもわず非色はため息をついてしまう。黒子も職務中だった事を思い出し、警備員に事情を説明しながら、非色の横をすれ違う。

 

「……キチンとお話しするのであれば、後ほどお話を伺いますわ」

「っ!」

 

 それだけ言うと、黒子は事情の説明に移ってしまう。仕方ないので、非色も一旦、その場を後にした。

 

 ×××

 

 その後、黒子から時間の指定が来た。夕方17時に一七七支部で、との事だ。

 それまで非色は一七七支部に戻り、改めてヒーローをやっている経緯を説明し、美琴と佐天という部外者と一緒にファミレスに戻った。

 

「本当に信じられない……なんとなく想像してたとはいえ……非色くんが、本当に……」

「そ、そう……?」

「うん……いや、まぁ確かに強そうには強そうだけど……」

 

 ジロジロと眺められ、非色は目を逸らす。

 

「で、黒子とはいつお話しするの?」

「17時」

「ふーん……じゃ、その時までに何言うか考えないとね」

「そうですね。……なんて謝るの?」

 

 それを言われて、非色は顎に手を当てる。どう謝れば良いか、なんて考えてなかった。

 

「うーん……なんて謝るかな……」

「普通に言いたい事言いなさいよ。伝えたい気持ちをぶちまけるのが一番よ?」

「そうだよ。特に謝罪なんて、自分が本当に思ってること伝えないと意味ないからね」

 

 確かに、と非色は頭の中で納得した。……が、問題はそこではなく、どう上手く真実を隠すか、という所だ。絶対に絶対能力者計画の事を話すわけにはいかない。それとこれとは話が別だ。

 それを理解した上でか、美琴が提案した。

 

「……ものすごい悪党と戦ってたことにすれば良いじゃない。具体的な相手は口にしなきゃ良いのよ」

「……」

 

 ものすごい悪党、という言葉を聞いて、非色は複雑そうな表情を浮かべる。実際、一方通行は悪党ではあった。だが、あのアホみたいな実験に参加したのは、結局彼も「唆された」だけだった。それだから許される、というわけではないが、根は悪い奴ではないのだろう。

 まぁ、そんな事は美琴には言えないが。なんであれ、妹達を1万人も殺された事実は消えないから。

 しかし、自分ならそんな一方通行の味方にもなれる。そんな事を思いながら、とりあえず非色は頷いた。

 

「そうだね。……まぁ、考えておくよ」

「何が『考えておくよ』よ。偉そうに」

「偉そうにって……御坂さんに言われたくな」

「あ?」

「いえ……偉かったですね……すみません」

 

 少なくとも年上ではあった。すぐに萎縮する非色と、その非色を小突く美琴を見ながら、佐天は小さく呟いた。

 

「……なんか、二人とも仲良しになりましたね?」

「「え、そ、そう?」」

「うわ、息もピッタリ……何かあったんですか?」

「いやいや、何もないって」

「それ。別に仲良くなってないから。……むしろ、こいつの生意気さが毎日、腹立たしいわよ」

「もしかして、前に私の家でクッキー焼いて渡したのって非色くんですか?」

「え?」

「いや、違っ……あ、そ、そうよ! あんたにもお礼にクッキー買ってあるのよ。ごめんなさい、今日、急に会いに行くことになったから忘れてたわ」

 

 そんなお礼なんていいのに……と言う前に、聞き捨てならない言葉が聞こえた。

 

「え、手作りのクッキー作ったんですか?」

「え、あ、いや……」

「そうなんだよ、非色くん。御坂さん、誰に渡したんだろうねー?」

「良いなぁ……俺も女の子の手作りクッキーとか食べてみたかった」

「え、そこ?」

 

 微妙に恋愛感情というものがまだ育っていない非色の呟きに、佐天は反射的に反応してしまった。

 

「本当にあんた……まぁ良いけど」

「俺にも渡す予定だったってことは……上条さんに差し上げたんですか?」

「ちょっ、あんたいきなり……」

「え……上条さんって……上条当麻さん?」

「しかも知り合いだった!」

 

 唐突に蹴られたコーナーキックを、意外な選手からヘディングで決められたような感覚だった。

 

「え、佐天さんって……あ、あいつと知り合い、なの……?」

「そうですよ? 非色くんを探してもらってまして……」

「え、俺?」

「言わなかったけど、結構みんな心配してたんだからね。御坂さんの事も、様子がおかしいって白井さんが言ってたし……でも、音信不通になった非色くんの方が大事だったんだから」

「あー……ご、ごめんね?」

「ごめんじゃないから、ホント」

 

 ボロクソに怒られ、非色は観念したように肩を下ろす。そんな様子を見て、佐天はクスッと笑みを溢した。

 

「? 何?」

「いや……なんか、こうして改めて見るとヒーロー感ゼロだなって」

「……どういう意味?」

「情けないって意味」

 

 よくもまぁ当事者を前にそんなこと言えるものだ。そろそろ泣いてもおかしくない頃だろう。

 

「ていうか、非色くんって本気で怒ったことあるの?」

「え? あ、あー……無いかも」

 

 本気で怒ったのは、最初に一方通行と出会った時だけだが、あの時の記憶がさっぱり抜け落ちていた。頭が真っ白になるほどだったからだろうか? 

 隣に座っている美琴はそのシーンもしっかり見ていた為「あれ?」とも思ったが、自分が怒ったシーンなど思い返したくもないだろうと思い、黙っておくことにした。

 そんな時だ。レジの方から大きな悲鳴が聞こえた。

 

「きゃああああ!」

「うるせぇ、騒ぐな! 金を出しやがれ!」

 

 強盗のようだ。手にはピストルを持っている。美琴と佐天は慌てて背もたれに身を隠した。

 

「ちょっ……強盗? ファミレスに?」

「あり得ない話ではないわ。能力者がいるこの街に限ってはね」

「ど、どうしましょう……」

「天井、見てみなさい」

 

 言われて佐天が上を見ると、非色がいつのまにかマスクとスーツを着て、天井を這って移動していた。

 

「……ええ、いつのまに……」

「ほんと、便利よね。変身アイテム」

 

 そのまま非色はカサカサと天井を進み、レジの上に移動すると強盗をさっくりと蹴って撃退する。

 その様子を見た佐天が「やっぱりヒーローなんだなぁ」と改めて実感させられている中、美琴の中に一つの懸念を芽生えさせた。

 

 ×××

 

 さて、夕方。美琴と佐天と別れ、黒子とメールで待ち合わせた場所に向かっていた。

 そんな時だった。ふと視界を横切ったのは、一台のトラックだった。しかも、窓から見えたのは口を縛られた女の子の姿だ。

 

「……まったく、この街は……!」

 

 黒子との待ち合わせに遅れるわけにはいかない。何せ、向こうは頭に来ている相手であるこちらに合わせてくれているのだから。

 だからと言って、誘拐されている子を見捨てる事はできない。遅れる、とだけ連絡をしようとした時、後ろから肩に手を置かれた。

 

「待ちなさい。……どうせそうなると思ったわ」

「えっ……み、御坂さん……?」

 

 美琴が後ろに立っていた。帽子を目深に被り、服装は半袖短パンの私服姿だった。

 

「なんでここが……」

「砂鉄」

 

 足下を指差す美琴に釣られて下を見ると、足元に薄くなった砂鉄が道を作っていた。

 

「って、そんな場合じゃないんだけど。かまって欲しいならまた今度……」

「殺すわよ。そのマスクとスーツ、私に貸しなさい」

「え……?」

「今晩は、私がヒーローになってあげるから。……だから、あんたは黒子のとこに行きなさい」

「え、でも……」

「少しは自分の事も考えなさい。黒子、自分にも他人にも厳しい人だから、どんな理由があっても遅刻は許してくれないわよ」

 

 何より、と美琴はさらに畳み掛ける。

 

「例え仕方ないことでも、自分の事より他人が優先されるのは気に食わないと思うわ」

「……そ、そうですか?」

「そうなの。良いから、早くスーツとマスク取って、黒子の所に急ぎなさい。……言っておくけど、次に黒子を泣かせたらタダじゃ置かないわよ」

「わ、分かりました……」

 

 渋々、非色はスーツを格納し、マスクを外し、水鉄砲も手渡した。

 使い方を説明すると、美琴は早速、装備する。マスクの機能をフルで使い、熱源感知で車を見据える。

 

「あ、新機能で、目標にピン刺すとマスクが勝手に動いて、自動で対象を追ってくれますよ。それから……」

「自分で追うからいいわ。良いからあんたは早く行きなさい」

「すみません、ありがとうございます」

「気にしないで。あんたには、本当にお世話になったから」

「……今日だけですからね。その変身セットは俺のですからね」

「いいから行けっつーの!」

 

 そんなわけで、早く黒子の元へ走った。

 待ち合わせした場所は、黒子に拾われた土手沿い。最後に黒子に飛ばされたのはそこだったから。

 移動を済ませると、黒子はまだ来ていなかった。

 

「……ふぅ、しかし……結局、なんて話せば良いのかな……少し、練習してみようかしら」

 

 さて、なんて言うか、だ。まぁそこは自分の正直な気持ちを伝えようと思っている。

 コホン、と咳払いして、目の前に仮想黒子を作る。

 

「シラキさん……あ、やべっ。噛んだ」

 

 そこを噛んではまずい、と思い直し、改めて練習し直した。

 

「白井さん、この前は本当に申し訳ないことを言いました。巻き込みたくない、という想いが表に出過ぎて、酷いことを言ったと思います。自分から絶交を切り出しておいて勝手な話ですが、またお友達に……」

 

 ……なんか微妙な気がする。何処か、嘘が混じっているような、そんな感覚だ。

 

「……白井さん、先日は大変失礼致しました。勝手な話ですが、やっぱり俺は白井さんとまた友達に……」

 

 やはり、何か違う。何処に嘘が混ざっているのだろうか? 真剣に顎に手を当てながら、最近の事を考え込む。

 そもそも、他人とこういう真面目な話をする事自体が初体験だ。もしかしたら、それ故に自分の正直な気持ちが分からなくなる程度には混乱しているのかもしれない。

 

「……うーん、何が変なんだろ……」

 

 引っ掛かるのは「友達」という部分。前々から……というより、テレスティーナの一件あたりから、黒子に対する見方や考え方が変わって来ている自覚はあった。

 にこりと微笑まれただけで心臓が爆発しそうになったり、メイド服を着ていた姿が他の常盤台生とは全く違って見えたり。

 

「……なんだろ、これ……」

 

 木山から性教育を受けた時と、似て異なる動悸に襲われている。聞いた話だと、ああいった行為は好きな人としかしないらしい。その時に感じた動悸と黒子を見た時の動悸が似て異なるのは、それはまるで……。

 

「俺、白井さんの事が好きなのかなぁ……」

「え?」

「いや、え? ってなるのも分かるけど……でも、俺もまだ分からないんだよ。初恋とかよく……え?」

 

 急に背後から声が聞こえる。振り返ると、たった今、テレポートして来た黒子が、目を丸くして立っていた。

 その表情は、徐々に赤く染まっていく。勿論、非色もだ。

 

「あ、いや……違っ」

「え……あ、え……? あなたが、私を……え?」

 

 あ、やばい。と非色は大量に冷や汗を掻く。何とか訂正しないと「気持ち悪いですわ!」「ふざけないで下さいまし!」「今の自分と私の関係わかっておりますの?」「無神経の極みですわ!」「二度と私と関わらないで下さいますの⁉︎」とボロカスにされる未来がよく見える。

 頭が中途半端に回ったまま、とりあえず言い訳を募った。

 

「ち、違うんです! い、今のは愛の告白的な感じではなくて……! い、いえ……白井さんのことは好きですがっ、そ、そういう意味ではなく……そ、そもそも俺は好きとかそういうのがっ、分からなくて……! あ、でも白井さんの笑顔より素敵な笑顔は見た事なくて……って、俺は何言って……!」

「お願いですから黙りなさい」

「っ……」

 

 嫌われた、と思ってしまったが、黒子が顔を真っ赤にしたまま俯いていたので、多分、嫌われてはいないのだろう。

 何を考えているのか分からないが、黒子は喋らない。俯いて自分の顔の前に片手をかざしたまま、フリーズしている。目も頭もグルグルと回ってしまっていた。

 が、まるで「な○でも鑑定団」の金額のように急にピタリと目が真ん中で止まると、ジロリと自分の方を睨みつける。

 

「あ、ああああなた!」

「え……な、なんですか……?」

「ま、まず聞きますが……私と仲直りしたい、という事でよろしいんですの?」

「そ、それは……その、はい。白井さんとまた、仲良くさせてもらいたい、です……」

 

 正直、黒子と会えない間に「寂しい」と思うようなことはなかった。そんなことを思う余裕もなかったから。

 しかし、やはり久々に黒子と顔を合わせた昼間の感情には、気まずさ以外に嬉しさも含まれていたと思う。

 

「……今回の件、何が悪かったか分かった上で、ですの?」

「う、うん……その、どうしても白井さんに話せない事情だったとはいえ……『友達やめよう』は無いな、と……」

 

 どうしても話せない事情、については黒子も美琴に聞いた。いや、実験の内容ではなく「彼には彼の背負う物があるから、どんな事でも強引に問いただすのはやめなさい」という事だ。

 完全には納得できないが、自身がなるべく風紀委員の仕事に美琴や佐天を巻き込むべきではないと考えているのと同じだと思えば理解できる。

 さて、ここからが本題だ。

 

「そ、それでぇ……その……わ、私の事が……?」

「あ、あー……えっと、好き……あ、いやでも俺、恋愛的な好きとか、よくわからなくて……」

「ならば、わかりやすくして差し上げますわ」

 

 そう言うと、顔を真っ赤にしたまま一気に問い詰めた。

 

「じ……女性の中では、私が一番好きだと?」

「え? え、えーっと……は、はい!」

 

 人をランキングするのは好きではないが、美琴や佐天、初春などへの感情とは少し違う自覚はあった。

 

「ほ、本当に……?」

「ほ、本当です! 姉ちゃんと同じくらい好きです!」

「……」

 

 一気に、一気に熱が下がったのを、非色は敏感に察した。それと共に、黒子の顔の赤さがさっきまでと全く違う意味の赤さになっている事に気が付いた。

 やらかした? なんて思った時には遅かった。黒子は自身の肩に手を置き、頭にき過ぎて逆に冷静になったような口調で言った。

 

「出直して来なさいな」

「え」

 

 直後、川の上にテレポートさせ、どっぼーんと沈んでいる間に黒子は寮に引き返した。

 

 



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夏休み編
ヒーローにも休息が必要。


「うう……うううう〜……!」

 

 基本的に、御坂美琴は黒子に迷惑かけさせられる事が多い。彼女と出会い、仲良くなってから、次第にエスカレートして行く変態行為。それらを受け止めていたのは、それでも黒子が悪い奴ではない事を理解していたからだ。

 その上で、学校では基本的に「超能力者」というだけで浮いてしまっていた美琴だが、黒子は決してそれが理由でやたらと敬遠して来ることはなかった。

 つまり、あの程度の変態行為は可愛いものとして受け止められているのだが、ここの所はその行為の頻度も減りつつあった。

 特に、最近は全くない。今日は、自分に構って来る様子もなく、ベッドで枕に顔を埋めて足をバタバタさせていた。

 

「……黒子、何かあったの?」

 

 まぁ、だいたい、何があったのかは理解しているが。今日、非色とヒーローを代わってあげたわけだが、その理由が黒子だから。

 

「いえ……なんでも、ありません……の……」

「なんでもないって感じじゃないでしょ。いいから話しなさい」

「し、しかし……お姉様に、そのような面倒は……」

「バカね、こういう時のための、お姉様でしょう?」

 

 とても一方通行に関してずっと抱え込んでいた人のセリフではない。

 が、黒子はそれに関してツッコミを入れる余裕はなかった。それより、今はあのアホヒーローの事だ。

 

「……実は、その……私……」

「恋ね」

「まだ何も言ってませんが⁉︎」

 

 しかし、全部わかってる美琴としては、さっさと先に進めて欲しかった。

 

「どうせ非色くんの事でしょ? 何、また喧嘩した?」

「い、いえ……その……ち、違いますわ! そもそも、あの男には非常に腹が立っておりますの! 普段、マスクをつけている時はペラペラと歯が浮くような事をほざき散らす癖に、マスクを取ったら要領を得ない、しどろもどろな事ばかり抜かして……! その上で上げて落として……ホント、腹が立ちますの!」

「……」

 

 美琴は呆れ顔で黒子を眺めた。素直になれば良いのに、と。勿論、どのツラがそんな呆れ顔を浮かべられるのか、という感じだが。

 コホン、と咳払いした美琴は、黒子に偉そうに説教を始めた。

 

「あなたね……もう少し、素直になりなさい? (素直になれなくて電撃ばら撒く人)」

「そ、それは……」

「人間は万能じゃないんだから……特に彼の場合は鈍感でまともな情緒で育っていなさそうだし、ちゃんと気持ちを伝えないと何も伝わらないわよ(上条にヌルヌルと躱され、未だに気持ちも伝えられていない人)」

「お、仰ることはわかりますが……」

「ただでさえ少し前までは反目してた仲なんだから、何なら少しは優しくしないと怖がられちゃうかもしれないわよ? (ビリビリ女とかいう変なあだ名を付けられるほど怖がられてる人)」

「……わ、分かりましたわ。少し、考えさせていただきます」

 

 説得力など、その人の実態を知らなければ何も問題ないのかもしれない。

 

 ×××

 

 アイテムは、比較的にチームメイト同士の仲が良い。女性しかいない、というのもあるが、麦野の機嫌さえ良ければプライベートで食事や映画に行く程度には仲が良かった。

 だが、その要である麦野の機嫌は最近、とても悪かった。いや、悪いだけならまだ良かった。何せ、シャケ弁を食べさせるなり、愚痴を聞いてやるなり、シャワー浴びるなりすれば直るから。

 だが、今回のは長い。何をしても元には戻らなかった。その癖……。

 

「ひ、ひいぃぃ……た、助けてくれ! もう、私は何も……!」

「……チッ、うるせぇ!」

 

 ターゲットを殺す際、微妙に躊躇うようになって来ていた。結局は殺すのだが、特に命乞いをされるとビームを放つ際の手が少し、震えている。

 今の所は影響無いが、これがどのように転ぶのか、分かったものではない。

 仕事が終わった日、シャワーを浴びながら絹旗とフレンダは相談していた。

 

「……超どう思います?」

「十中八九、あのヒーロー様の所為ってわけよ」

「ですよね……」

 

 何より、大きく変わったのは作戦そのものだ。フレンダや絹旗は基本的に援護のみ、危険な場所に飛び込むのは麦野がやることが多くなった。滝壺の体晶の使用頻度も大きく減った。

 まるで、自分達のリスクを減らすような作戦が増えたわけだ。

 

「はぁ……どうしましょうか」

「ま、私は今のままでも構わないけど……」

「……もし任務失敗が増えたら、私達が超消される可能性もあるんですよね……」

 

 特に、この街は容赦が無い。それは、絹旗とフレンダもよく分かっていた。

 

「……とりあえず、しばらく様子を見るってわけよ」

「そうですね……」

 

 なんだかんだ、仕事をこなしている。もし影響が出るようなら、殴られることも承知の上でお話した方が良い。

 

 ×××

 

 一方通行の事件にかかりきりになってしまっていたが、ようやく通常運転に戻った。「なんかヒーローが装備整えて戻って来た」とすぐに噂が広まり、増えていた事件も再び減りつつあった。

 夏休みなだけあって、事件の数もそれは多かったが、一方通行に袋叩きにされたおかげでパワーアップしてしまった非色にとっては全く苦ではない。

 美琴に返してもらった装備を身に纏い、事件を探して駆け巡った。

 

「あ、事件発見」

 

 自分がいるマンションの真下で起こっているカツアゲ。路地裏で、小さなフードを被った女の子が男達に囲まれている。

 その真ん中に非色は舞い降りた。

 

「何々、ロリコン? もしかして、あんたら歳が近い人に相手にされないタイプ?」

「なっ……て、テメェは……!」

 

 直後、非色は掌を構え、目の前の男の肩を軽く押し出す。その勢いに負け、後方に吹っ飛ばされた。

 

「や、やべぇ……逃げるぞ!」

「こんなバケモンに敵うはずねぇ!」

「ダメダメ! 逃げるならちゃんと心を改めてくれない、と!」

 

 逃げた二人の後を追い、一人を捕まえる。手首を掴んで肘を曲げ、背中に回して捻りあげると、声を掛けた。

 

「人のお金をとっちゃダメでしょ。お金が欲しかったらバイトでもして人間性と社会性を育てなさい」

「い、いだだだ! 分かった、分かったよ悪かったって!」

「……能力者とか高位能力者が偉いとか、そんなん無いから」

「う、うるせえ! 離しやがれ!」

「返事」

「わ、分かった! 心入れ替えます!」

「お仲間にもそう伝えてくれる?」

「わかったっつの!」

 

 それだけ話すと、手を離して逃してやった。さっき押し出した奴も同じように逃げて行った。

 こんな感じで、最近は1〜2発だけで敵を追い払えるようになって来た。あの生徒達が本当に改心したのかまでは分からないが、それでも事件が減りつつあるのは確かだ。

 前より余程、労力は減った。

 

「君、大丈……」

「またあなたですか……ヒーロー」

「げっ……」

 

 しかし、今回ばかりは口を出したのは失敗だったかもしれない。何故なら、目の前にいたのは暗部の少女だったからだ。

 

「ちょうど良いです。少し、超付き合ってもらえます?」

「少し、超……?」

「良いから来い」

「俺、忙しいんだけど。まだこの街には困ってる人がたくさんいるから」

「超知りません」

「今の自分の境遇を抜けたいって話なら付き合うけど……」

「違います。良いから来て下さい」

「……そういう話じゃないなら、ここで捕まえとこうかな。君、割とあの仕事慣れてるでしょ」

 

 言われて、絹旗は奥歯を噛み締めて一歩下がって臨戦態勢に入る。と言っても、勝てる気はしない。自分の殴打を片手で受け止める化け物だ。その上、この前は麦野にも勝った男だ。

 

「……私を捕らえても、超無駄ですよ。私の代わりなんて、いくらでもいますから」

「でも、君は救われる」

「……は?」

「殺しに慣れてるだけで、殺しがしたいわけじゃないでしょ」

「……」

 

 麦野から、二丁水銃の話は聞いていた。あの男はあの男で、自分達と違う所が狂っている、と。

 それを、改めて実感した。お人好しとか、そんなレベルの事じゃない。

 

「……超厄介ですね……他の人が殺しをするのは超構わないって事ですか?」

「そんな事、言ってないでしょ。他の人が代わるなら、また俺が止めるだけだよ」

「っ……」

 

 下手な真似をしてしまった、と絹旗は後悔する。どんな理由があれど、こいつは簡単に関わるべきではなかった。被害者のフリをしてさっさと逃げれば良かった。

 そんな時だった。路地裏の後ろを明らかにスピード違反の車が通っていた。その後ろを、警備員の車が追っている。

 

「悪い、話はまた今度!」

「あっ、ちょっと……!」

 

 速攻でその場からいなくなってしまった。ジャンプして、壁を蹴って反対側の壁を蹴って、左手を伸ばした。そこから糸状の液を出し、カーブして車を追っていった。

 

 ×××

 

 作ってもらった左手の義手は、液体を掌から放つことが出来る。それを日常生活と戦闘用で使い分けるために、三つのモードがあり、手首のスイッチで切り替える。

 一つ目が液を放たないための通常モード。掌の穴が塞がり、液が出ないタイプ。

 二つ目が、マスクをつける前に糸を放つ必要が出た時。放てる液は二つのみ。それを使い分けるには、立てる指によって変化する。人差し指と親指の二本を立てた時に糸が出て、人差し指と親指と中指の三本を立てた時に捕獲用の通常モードが飛び出す。

 三つ目は、音声入力で放つモードで、放てる液の種類は四種類。マスクと連動していて「ミスト」で煙幕を放ち「ワイヤー」で糸を吐き「グレネード」で球状の弾ける液を飛ばし「キャプチャー」で通常の敵を捕獲する液を撃つ。

 

「……これだけの機能をよくほんの数日間でつけたな……」

 

 やっぱり、木山も冥土返しも化け物である。しかもまだまだ機能を追加してくれるつもりのようだ。

 その機能を数日で使いこなしている非色も非色だ。現在、その機能を存分に使い、先頭を走っていた自動車を止め、警備員に引き渡し、去った所だ。どうやら、銀行強盗だったらしい。

 

「ふぅ……」

「お疲れ様ですわ」

 

 マンションの上に腰を下ろしていると、後ろから声を掛けられる。立っていたのは、黒子だった。

 

「あ、どうも」

「その手は?」

「え?」

 

 しまった、と非色は固まる。ヒーローが自分だとバレるということは、義手を存分に使い過ぎると、本当の手でないことがバレてしまう。

 さりげなくスイッチを切って、苦笑いを浮かべる。

 

「あー……実は、俺……能力者で……」

「……」

「……す、すみません……嘘です。実は、少し前に……取れちゃって……」

「取れちゃってって……あなたねぇ……」

 

 呆れたように呟く黒子。

 

「ま、まぁでもほら、全然思い通りに動くし、むしろ水鉄砲だった時より使いやすいですし……!」

「そういう問題ではありませんわ。……この事、固法先輩には仰ったんでしょうね?」

「……言ってないです」

「参りましょうか」

「わー! 待って待って! 姉ちゃんには内緒にして! ヒーロー辞めさせられちゃう!」

「……」

 

 実際、未だに美偉はヒーローを続けて欲しくなさそうにしている。そんな中「実は手が取れてました! しかもそれを隠してました! 許してちょんまげ☆」なんて言えば確実にヒーロー変身セットを没収され、木山と関わるのも反対される。

 

「……本当は、やめた方が良いのでは?」

「やめない! 自分可愛さに周りの困ってる人を見捨てるってことになるでしょ!」

「……」

 

 仕方なさそうに黒子はため息をついた。

 

「……仕方ありませんの」

「良かったぁ……白井さん、ホント良い人……」

「っ……や、喧しいですの! どうせ固法先輩の次に、でしょう?」

「うん」

「バカ!」

「ごふっ! な、なんで……!」

 

 小突かれ、思わず変な声が漏れてしまった。理不尽な……と、思わず言いそうになったが、今度はテレポートさせられるかもしれない。

 

「……あの、非色さん」

「なんですか?」

「夏休みの間、あなたは何をしていらしたのですか?」

「え、戦って、戦って……戦って……あれ?」

 

 何もしていなかった。遊び関係は。いや、まぁそれがヒーローたる所以だと思えば頑張れるが……。

 

「……良いんですの? そのまま夏休みが終わって」

「い、良いんです! それがヒーローですから!」

「そうですか。素直に仰るのでしたら、1日2日くらい私がお付き合いしようと思ったのですが……」

「え?」

「ヒーロー様なら仕方ありませんわね」

「あー……ま、待った!」

 

 思わず大慌てで引き止めてしまった。

 落ちたな、と速攻で理解した黒子は、ニヤリとほくそ笑み、声を掛けた。

 

「で、どこに行きます?」

「……え、行ってくれるの……?」

「ええ。考えてみたら、あなたと二人で遊びに行く機会など今までありませんでしたもの」

「……じ、じゃあ……行きましょうか」

 

 言われて、黒子はクルッと回り、背中を向ける。微妙にプルプルと肩を震わせている。非色からは見えない位置で、顔を赤くしたまま小さくガッツポーズを浮かべた。

 

「では、このまま参りましょう」

「え、今ですか?」

「どうせ、暇でしょう? 私も、たまには羽を伸ばしてこいと、固法先輩よりお休みをいただいていますの」

「き、急に言われても……」

 

 だが、まぁ今遊びたいというのならそれはそれで良いだろう。非色だって、ヒーローとして何かしなければならない事があるわけでもない。いや、あるにはあるのだが……まぁ、今日じゃなくても良い。

 そう思うことにして、マスクとスーツを引っ込めた。

 

「……すごいアイテムですのね。すぐ変身できるようになって……」

「でしょ? 木山先生に作ってもらったんです。……カッコ良いでしょう?」

「ええ。まぁまぁ、カッコ良かったですの」

「ふぁっ……」

 

 にこりと微笑まれ、非色は思わず言葉を失った。変身アイテムが褒められたのは分かっていたが、まさかそこまで素直に「カッコ良い」と言われるとは思わなかった。

 ドキリ、と心臓を高鳴らせながら、とりあえずお礼を言っておいた。

 

「あ、ありがとう……」

「で、どこで遊びましょうか? こういう時は、男性が手綱を引くものですのよ?」

「わ、分かった……!」

 

 さて、遊びと言えばまず頭に浮かんだのが、小学生の頃、転校したてだった時、クラスメートに誘われたあの遊びだ。

 

「鬼ごっこ!」

「は……?」

「じゃあ缶蹴り!」

「……本気で言っていますの?」

 

 ダメなの? と言った表情をする非色に、黒子はため息をつく。やはり、こいつ普通じゃない。

 

「……とりあえず、私の買い物に付き合いなさいな。その途中、あなたが寄りたいお店等があれば、寄り道するとしましょう」

「あ、わ、分かった……?」

 

 二人で、とりあえず街並みを歩き回った。

 

 



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中学生のデートは途中から友達と遊んでるだけになる。

 街を回る、と言っても、基本的に第七学区から出る事はない。二人で出かけることが決まった事自体が急な話であったし、非色があまり金を持っていないので精々、ウィンドウショッピングくらい。

 さて、そんなわけで二人はセブンスミストで、洋服を見ていた。……のだが、中身が普通の中学生よりも幼い非色は、すぐに退屈してしまった。

 そんな非色に、黒子はニコニコしながら洋服を手に取って自身の体に当てて聞いた。

 

「どうです?」

「え? 何が?」

「これです。似合うとお思いですの?」

「常盤台って私服禁止なのでは?」

「……」

 

 ジロリ、と非色の顔を睨みつける黒子。その通りだが、そういう話をしたいわけではない。

 

「似合っているかどうかを伺っているんです。それに、これは寝巻きですのでご心配なく」

「え、えーっと……どうだろ。白井さんが制服じゃなかった事がないから、あんまりピンとこないというか……」

「……あなた、そんな事では女性に好かれませんのよ?」

「じ、じゃあお似合いです」

「じゃあ⁉︎ 一番、女性とのデート中に言ってはいけない言葉ですわ!」

 

 それを聞いて、非色は思わず黒子から目を逸らす。面倒臭ぇ、と。とはいえ、まぁ黒子につまらない思いをさせたいわけではない。それなら、向こうに合わせる必要もあるのだろう。

 せっかくなら、自分も楽しめるように振る舞った方が良いだろう。

 

「白井さんなら、こっちの方が良いと思いますよ」

 

 そう言いながら非色が手に取ったのは、子供用のフリフリした寝巻きだ。何処かのお姉様が好きそうなデザインだ。

 だが、非色は決してそんなつもりはなかった。実際に似合いそうなものを選んだだけのつもりだったが、黒子の表情は不機嫌そうになっていく。

 

「……どういうつもりで言っておりますの?」

「え? なんで?」

「それは子供用ですわ!」

「だ、ダメなんですか?」

「もう中学生ですのよ? そんな子供用なんて……!」

「だって、白井さん小さいじゃないですか」

 

 それは、あくまでも身長のことを言っていた。中学一年生なんて、所詮はまだ去年……というより、数ヶ月前までランドセルを背負っていた学年。非色の見立てだと、黒子はちょうど中一の平均身長くらいだから特別大きいわけでもない。

 よって、子供用の服もまだ着れても決して恥ずかしくないと思っていた。

 しかし、非色は失念していた。中学生は、思春期の入り口であることを。女性に対する「大きい」が、人によっては身長ではなく身体の一部と認識される恐れがあることを。

 

「せ、セクハラですか⁉︎ 最低ですわ!」

「え……セクハラ? なんで……?」

「はぁ……もう結構ですの。洋服はここまでにしましょう」

 

 なんだか分からない間に見限られてしまった。このままでは、この前とは別の意味で嫌われてしまうかもしれない。

 ヒヤリと背筋に冷たい汗が通ったので、とりあえずフォローだけでもしておくことにした。

 

「……あ、でも白井さん、人としては大きいよね?」

「何言ってますの?」

 

 全く通じていなかった。不機嫌そうにプリプリと怒る黒子の後ろを、肩を落としてついて行くしかなかった。

 黒子としても、一緒に出掛けた所でこうなるのではないか、と何となく予想はしていた。彼と自分の価値観は大きく違うし、そもそも非色が割と普通に学生として過ごせている事が奇跡なのだから。美偉にホント尊敬の念が浮かぶほど。

 まぁ、彼と遊ぶのなら、こちらが大人になるしかないのだ。

 

「それより、非色さん。あなたは行きたい所とかありませんの?」

「え、俺ですか?」

「そうですの。流石に鬼ごっこやら何やらはご勘弁願いたいものですが……そうですね。ゲームセンターやカラオケなど如何です?」

「え……あんま行ったことない……」

「え、げ、ゲーセンやカラオケに、ですか?」

「一緒に行く友達も、行くためのお金もありませんし……」

「……」

 

 少し同情してしまう黒子。中々、不憫な人生を送っている。超人になった事などないから分からないが、超人には超人の悩みがあるのだろう。

 だからこそ、自分が色々と教えてあげるべきだろう。この子は、ヒーローとしてかなりの徳を積んでいる。少しくらい、人生を楽しませてあげた方が良いだろう。

 

「……では、私がエスコートして差し上げますわ。色んな所に連れ回してあげますので、お金がなくなることも覚悟しておいて下さいな」

「っ……」

 

 そう言って微笑むと、非色は頬を赤らめて俯いてしまった。本当に可愛いヒーローである。自身の容姿の良し悪しは分からないが、少し微笑むだけでここまで照れてしまうとは。

 まぁ、そんな純粋さがあるから、ヒーローなんて続けていられるのだろうが。

 

 ×××

 

 そんな二人がまずやって来たのは、ゲームセンターだった。様々なプライズやアーケードゲームが並んでいる中、まず黒子が目をつけたのはプリクラだった。というより、それ以外にあまり興味がない。

 

「さ、入りましょう?」

「これ、なんですか?」

「プリクラ……主に女学生間で人気の写真を撮る機会ですわ。撮った写真に落書きをすることが出来ますの」

「え、普通に携帯で撮るんじゃダメなんですか? 落書きするアプリなんていくらでもあるでしょ」

「思い出として『データ』ではなく形として残すためのものですの。こういう機械を使うのと、携帯でいつもと同じ方法で撮るのとでは、風情も記憶の残り方も違うでしょう?」

 

 なるほど、と非色は納得する。そういう事なら、まぁ分かる。そもそも思い出を残した事がないので、理解し難い事ではあったが。

 

「でもこれ……男が入って平気なんです?」

「平気でしょう。恋人同士で入る方もいらっしゃるのですよ?」

「っ……」

 

 また照れた。本当に可愛い男である。まぁ、黒子に相手を照れさせて楽しむ趣味はないわけだが。何より、言っておいて自分も照れているので、今はとりあえず何も言わないでおく。

 しばらくプリクラが空くまで待機していると、ようやく二人の少女が出て来た。

 

「……あ、白井さんと……えーっと……」

「こんにちはー!」

 

 元気よく挨拶して来たのは、春上と枝先の二人だった。木山の生徒で、非色と黒子が助けた二人である。

 問題は、二人とも非色がヒーローであることを知らないことだ。春上が非色と顔を合わせたのは気絶している時だし、枝先も素顔の非色とは会った事がない。

 それを、黒子が把握していないと、非常にまずいことになる……と思って顔を向けると、黒子は微笑みながら二人に声をかけた。

 

「こんにちは、お二人とも。こちらは固法非色さん、固法先輩の弟さんですの」

「は、初めまして……」

「はじめまして!」

「あ……あなたが非色くんなの? お祭りの時、私を寮まで運んでくれたって……」

「あー……は、はい」

 

 目を逸らしながら返事をする。元々、初対面の女の子は苦手なのだ。せめてマスクをしていれば軽口を叩けるものを。

 そんな非色に、枝先がグイグイと声を掛ける。

 

「佐天さんと初春さんから聞きました。非色さんなんですよね?」

「うぇっ⁉︎ な、何が⁉︎」

「私達と同じ中学の男の子です」

「あ、そ、そっちか……」

 

 心底、ホッとしてしまった。なんやかんやで正体を(美琴が)バラしてしまったわけだが、流石に「友達の友達なら友達だよね!」というわけでどんどん連鎖式に知られるのはゴメンだし危険だ。

 

「それより気になるのは……白井さん、固法くんとどんな関係なの?」

「え?」

「そういえば……二人きりで男の子とプリクラって……あっ(察し)」

 

 枝先の反応に、黒子は微妙に頬を赤らめる。それで全てを察した枝先は、微笑みながら春上の腕を引いた。

 

「? 絆理ちゃん、どうしたの?」

「行こう。邪魔しちゃ悪いよ」

「ち、違いますからね⁉︎」

「ごゆっくり」

「???」

「違いますってば!」

 

 ニヤニヤしたまま帰られてしまった。まったく、と黒子は毒づきつつ、隣の非色を見上げた。相変わらずすっとぼけた何も分かっていない表情を浮かべている。

 

「……」

「ひょふっ⁉︎ な、何⁉︎」

「何でもありませんわ」

 

 なんとなく腹立ったので、脇腹だけ突いてプリクラ機に入った。

 

 ×××

 

 それから、二人でとにかくゲーセンの中を回った。プリクラを撮って、クレーンゲームで景品をとって、レースゲームで競い合い、リズムゲームで非色がやたらと音痴だったり、と、とにかく遊び尽くした。

 非色にとっては、これは初めての経験だった。こんな風に楽しいのは初めてだ。思わず、今後もずっとこうしていたいと思う程に。

 だが、そうもいかない。ヒーローである以上は、友達と遊べる機会も減ってしまう。

 だからこそ、今日くらいはしっかりと楽しまないと損……と、思っていると、ゲーセンの出入り口の前を通った車が目に入った。窓から、枝先と春上の口を縛って。

 

「……やれやれ」

 

 休日出勤なんて聞いていないが、こうならば仕方ない話だ。

 小さくため息をついた非色の腕を、黒子が掴んで引く。

 

「非色さん、次はあれを……!」

「あー、ごめんなさい。白井さん」

 

 セリフを遮られ、黒子が頭上に「?」を浮かべて振り返る。

 非色は、少し残念そうに苦笑いを浮かべて、懐からサングラスを取り出した。

 

「仕事だ」

「え……?」

 

 それを見せたと思ったら、黒子の前から走り去って、ゲーセンの横の路地裏に入り、ジャンプしながらマスクを装着し、車をマスクで追跡する。

 どう見てもアレは誘拐事件だ。その目的が金を強請る気なのか、それとも二人の交友関係への仕返しなのか分からないが……最悪の想定は、テレスティーナ関係だ。一番濃厚である事がとても厄介だ。

 何にしても、誘拐という事は他に仲間がいてもおかしくない。

 

「犯人の数は?」

「ザッと見た感じ、運転席に一人、助手席に一人、後部座席に一人で三人……だけど、連行する先に仲間がいると見てる」

「そうですか……で、その場に到着するまで泳がすつもりで?」

「そのつもり。ああいうバカ達は根絶やしにする他ないか……つーか俺誰と喋ってんの?」

 

 ふと振り向くと、黒子が後ろにいた。

 

「私もお付き合い致しますの」

「……いやいや、ヒーローの仕事には巻き込まないから……」

「ホント、やっぱり何も分かっていませんのね」

「え……?」

「私は、私の知らないところであなたが傷つくとがとても嫌なんですの。例えば、その左手のように」

「……」

 

 言われて、非色は黙り込んでしまう。

 

「今後は、私は隣で戦います。……よろしいですわね?」

「本当に危ないよ。今回も、もしかしたら……」

「承知で言っております」

「……でも、怪我とかしたら……」

「それとも、あなたは私を守りながら戦う自信がないんですの?」

 

 クスッと非色は微笑んでしまう。まぁ、確かに彼女の気持ちを汲んで、相手が大した連中で無いなら力を借りても良いかもしれない。

 

「……じゃ、ついて来るなら勝手にしてね。怪我しても俺は知ってるから怪我させた奴マジぶっ殺す」

「……そこは『怪我しても知らないから』と言うところでは?」

「白井さんに怪我させた奴、許すわけないでしょ」

「……行きますわよ」

 

 二人は、屋上を蹴って車の追跡を始めた。

 

 



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秘密がバレると自由はなくなる。

 非色が規格外なだけであって、実は白井黒子もかなり人にしては強い方にいる。合気道系の柔術に、小さな身体をめいいっぱい使ったテレポートによる強襲、自身の知恵を振り絞った地形を利用する奇策。つまり、能力だけで戦うスタイルなわけでなく、自身の身体をメイン武器とし、能力によってアシストして戦っているわけだ。

 そんな彼女が超人と組めば、相手が余程の規格外でない限り負けることなどあり得ないわけで。

 

「おい、人質を連れて来たなら電話だ」

「固法非色への復讐を……」

「了解です!」

「「「あ?」」」

 

 テレポートにより、人質となった枝先と春上を縛っている椅子と誘拐犯のリーダー格の間に二丁水銃が現れた。

 

「なっ……⁉︎」

「き、貴様は……!」

 

 反応される前に、非色はその男に回し蹴りを放つ。身体が浮いたのを確認すると、足を掴んで他の敵にぶん投げた。

 

「ぐおっ……⁉︎」

「き、貴様……!」

「ダメダメ、君達。女の子を椅子に縛って良いのは手品の時だけだよ。『グレネード』」

 

 言いながら、能力を使おうとした遠くにいる敵に左手を向け、グレネードの形をした白い球を放つ。

 それは転がった直後に爆発し、男を散らばった液体によって貼り付けた。

 その隙に、黒子が非色の元にテレポートし、春上と枝先の周りに纏わりついている縄をテレポートで外した。

 

「あ……し、白井さん……!」

「お待たせ致しましたわ。……私はこの方達を救助します」

「はいはい。もし、怖かったらそのまま戻って来なくて良いからね?」

「ほざきやがって下さいまし」

 

 そう言うと、黒子はそこから姿を消す。さて、敵の数をザッと見回す。およそ10人くらいだが、少なく過ぎる。こちらを警戒してか、全員距離を置いて様子を伺って来ているが、まぁ非色にとっては警戒に値しない。

 何処から切り崩そうか考えていると、黒子が戻って来た。

 

「あら、まだ全然、片付いてないではありませんか。随分とのんびり屋さんですのね?」

「ん、いや何。みんなヒーローを相手にするのなら少しでも長く意識を保っていたいと思って気を使ってるんだよ」

「口の減らない殿方ですこと」

 

 それだけ話すと、二人は圧倒的な人数差を前に、一気に突撃した。

 

 ×××

 

 全部片付き、警備員に放り込み、二人は近くのビルの屋上で一息つく。今回、敵が非色に狙いを定めていたのは、非色が変身する前に軽く捻った連中が相手だったからだ。

 変身アイテムがなかったときは、家に帰る前に事件に遭遇することもあったため、非色のまま敵をボコったことも多々ある。

 

「まったく……逆恨みも大概にして欲しいものですわね」

「慣れてるよ」

 

 そう返しつつ、非色はマスクとスーツを解除する。その表情は、どこか悩ましげであった。

 やはり、中身が子供なだけあって、他人に嫌われるのは決して良い気がしないのだろう。しかも、今回はヒーローではなく非色本人を狙われていた。そういった点でも、やはり気にしてしまっているのかもしれない。

 なら、黒子が非色を守らなければならない。その心が、壊れてしまわないように。

 

「……ねぇ、白井さん。相談なんですけど……」

「な、なんですの?」

 

 早いな、と思わないでもないが、この前話したことを理解し、自分を頼ってくれているのなら良いことだ。耳を傾けることにした。

 

「……そろそろ、軽口を叩いたりとかしないで、普通にもう少しこう……カッコ良い事言いながら戦いたいなって思いまして……」

「……はい?」

 

 何を言っているのか分からない、と言った表情を浮かべる黒子。

 

「いやほら、なんか軽口叩くのって……要するに癖みたいなもんなんだけど……軽口叩くヒーローっていないでしょう?」

「ど──────っでもいいですの」

「辛辣⁉︎」

 

 まさかの答えに、非色は思わず大声をあげてしまう。

 

「な、なんでそんなこと言うんですか⁉︎」

「それよりも、再び遊びに戻りましょう?」

「むー……じゃあいいですよ。佐天さんとか姉ちゃんに相談しますし」

「お待ちなさい!」

 

 携帯を取り出した非色の手を、慌てて黒子は掴む。何? と、視線で聞くと、黒子は少しうろたえた表情のまま尋ねた。

 

「少しくらいで良ければ、私がそのご相談に乗りますわ」

「え、なんで急に……」

「良いから!」

 

 突然、怒ってどうしたのだろう……と、不思議に思いつつも、とりあえず聞いてもらえるなら素直に話すことにした。

 

「で、とにかくです。ヒーローの時と普段の俺、違う人格にしたいんです」

「私から見れば大分、違いますけれど……」

「え、そ、そうですか?」

「はい」

 

 思わぬ真実をしれっと告げられ、非色は目を逸らし、微妙に頬を赤らめる。少し自覚はあったものの、他人にもそれを知られているとは思わなかった。

 

「……な、なんか恥ずかしくなって来た……」

「結構、恥ずかしいことも言っていますのよ、あなた」

「え、た、例えば?」

「例えば……そ、その……わ、私の事を……ひ、姫とか……」

「え……う、嘘……」

「本当ですの!」

 

 二人揃って頬を赤く染めてしまった。普通に恥ずかしくなってしまっている。

 

「……キャラ、変えようかなぁ」

「もう勝手にして下さいな……」

 

 黒子としては、正直何でも良かった。正直、姫と呼ばれるのも悪い気はしなかったし。……とはいえ、他の人が言われるのは、それはそれで困るのだが。

 

「もっと、こう……どうせやるならカッコ良くなりたいな……決め台詞とか……」

「……いつまでするんですの? この話」

 

 とりあえず、そろそろ嫌がられているのを察したので黙ることにした。とりあえず、引き続き二人での遊びを楽しもうと思った時だ。

 黒子が、微笑みながら非色に声を掛けた。

 

「別に、取り繕う必要などありませんのよ?」

「え?」

「あなたは……二丁水銃は、一々キャラを作る必要など無い程度には、カッコ良いと思いますわ」

「……え?」

「では、そろそろ失礼致しますの」

 

 それだけ言うと、黒子はテレポートしてその場を後にした。カッコ良い、なんて直で言われたのが初めての体験だった非色は、しばらくそのまま動けなくなった。

 

 ×××

 

「はぁ、ただいま……」

「あら、おかえりなさい」

 

 家に戻ると、美偉が既に帰宅していた。

 

「あれ、姉ちゃん今日早いね」

「なるべく早く帰るようにしてるの。……あなた、今まで結構、遅くまで外にいたみたいだし」

「え……?」

「窓から帰って来てたんでしょ。今まで」

「あ、あはは……」

「まったく……」

 

 いろいろな嘘がバレた非色は、大量の汗をかいて苦笑いをするしかない。

 

「座りなさい。色々と話したいことがあるし、ご飯よ」

「あ、は、はい……」

 

 とりあえず、姉に言われるがまま席についた。食卓に盛られていたのは、唐揚げとお味噌汁とサラダと白米。非色の大好物ばかりだ。

 

「うまそ」

「というより、美味しいわよ」

「だよね。姉ちゃんの飯で不味かったものないし」

「ふふ、召し上がれ」

 

 話しながら、二人は食事を始めた。丁寧に挨拶をし、箸で摘んだ唐揚げをサクッと齧る。

 

「ん〜……美味い。肉汁が溢れて来る……」

「ふふ、ありがとう」

「でも、なんで急に唐揚げ? いつもは、揚げ物は面倒だって言うのに……」

「ん、非色と約束するため」

「?」

 

 何の? と眉間にシワを寄せたのも束の間、美偉は微笑みながら言った。

 

「あなたが、ヒーロー続ける上でのルールよ。保護者として、本当はそんな危ない行為、止めたい所なんだから」

「うっ……」

「まず、夕方18時までに帰宅すること」

「早いよ! そんなの何もできないよ!」

 

 それは流石に反論されると理解していたのか、美偉はすぐに代案を出した。

 

「冗談よ。夜の21時までに帰って来ること」

「そ、それなら良いけど……え、それでも早くない?」

「もうダメです。言質はとりました」

「ええっ⁉︎ ず、ずるい!」

「ヒーローなら、このくらいの罠に引っ掛かるんじゃないの……」

 

 最初に無茶な条件を否定させておいて「さっきよりマシだけどよくよく考えたらそれも無理」という条件を次に提示し、すんなりと言質を取る方法だ。

 ……とはいえ、我が弟ながら心配になるチョロさではあったが。

 

「とにかく、21時以降は認めません。そもそも、未成年はみんな21時以降の深夜の徘徊は禁じられているんだから」

「えー……」

「破ったらー……そうね、どうしようかしら……」

 

 まぁ、どんな条件を突き付けられても、実際に人を助ける為なら目の前の姉は許してくれるだろう、と何となく察していた。実際「じゃあ見捨てて良いの?」と聞けば向こうも「うん」とは言いづらいだろう。

 だから、油断していたとも言える。美偉は、常に非色の一歩先を見据えているのに。

 

「私が警備員の方に始末書を書くわね」

「はえ?」

「私には、あなたをキチンと高校入学まで育てる責任があるの。なのに、ヒーローなんてやっているのを黙認しているだけでも問題なのに、その上で夜遅くまで徘徊させてるとあったら、流石に始末書ものだもの」

「……」

 

 非色に、例え本人に「ヒーローグッズ没収」「1週間ご飯抜き」「木山先生との接触を禁止する」などと言ったところで無駄なのは美偉も分かっていた。

 何せ、逆を言えば、それは「ペナルティを負えば許される」と判断するからだ。自分がペナルティを負って他人が傷付かずに済むのなら、それはそれで良い事だ、と考えるのは分かっていた。

 だから、ペナルティを負うのも他人にすれば、非色は必ず言うことを聞く。

 

「……わ、分かったよ……」

「もし遅れるなら、キチンと21時までに連絡すること。内容によっては、21時半までに部屋に到着すれば多めに見てあげる」

 

 美偉も「20時55分に事件を見つけた場合」を込みで言ってくれていた。

 

「姉ちゃん、なんだかんだ俺に甘いよね」

「まだ条件は言い終えてないわよ?」

「え?」

「もし大きな事件に首を突っ込むのなら、必ず私に相談する事。メールでも電話でも良いから、一報寄越しなさい」

「あ、う、うん」

「それから、その力を悪用しないこと。……まぁ、あなたに限ってそれはないと思うけど、自棄になったり怒りに身を任せたりしないで、あなたが『戦うべき』と判断した時に力を使う」

「わ、分かった」

 

 とにかくスラスラと予め考えていたような内容を告げると「最後に」と美偉は念を押した。

 まだあるのか、と非色が肝を冷やしたのも束の間、その条件を聞いて、すぐに気を引き締めた。

 

「もう二度と、友達を傷つけないこと」

「……」

 

 おそらく、黒子の事を言っているのだろう。確かに、あの時に「友達やめよう」と言った時の、自分の胸の痛みも相当なものだった。

 けど、やはり断言は出来ない。もし、自分が暗部に狙われるようなことがあれば、場合によっては縁を切る必要も出て来るのかもしれない。

 ここは、前向きな返事をしておくべきだろう。

 

「……善処するよ」

「は?」

「約束します!」

 

 強引に約束させられた。満足そうに美偉は頷くと、笑顔に戻って食事を続けた。

 

「さ、食べましょ?」

「う、うん……」

 

 そのまま、姉弟で仲良く食事を続けた。

 

 



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オフの日くらいは力を抜け。

 超人兵士作成計画試験体117号……柔条否菜(じゅうじょうひな)は、超人である。超人兵士作成計画後、昏睡状態で回復の見込みがなかったことから死亡したと思われ、唯一、生き残った固法非色を除いて一番新しい被検体であった為、サイボーグにして何かに使えないかと回収された。

 が、その回収された研究所に雷が落ち、本人が電撃使いであった事もあってか、その衝撃で心臓が動き出し、たまたま同じ研究所にいた学園都市第二位、垣根帝督の能力で損傷した臓器を修復し、生き返った。

 そこから先、否菜は超人として学園都市に使われる事になった。訓練を受け、あらゆる銃器、刃物、格闘術を叩き込まれ、垣根との模擬戦を幾度と無く繰り返させられ、メキメキと実力をつけ、学園都市に存在する最高機密クラスの暗部「マッスル」として活動している。ちなみに、命名したのは否菜と垣根の二人である。

 暗部を組む以前から、垣根と意外と仲が良く、本当は「スクール」の一員になる予定であったが、基本的に一人で何でもできる否菜が入ると、スクールのメンバーにいる若干一名の存在意義がなくなり、全力で拒否されてしまったので、一人で暗部をやるハメになった。

 しかし、その実力は下手な暗部1部隊以上。垣根との模擬戦を重ねた結果、能力に対する耐性が身体に備わった上、自身もレベル3の電撃使いで隙のない人材である。

 さて、そんな否菜だが、今日は任務がない。任務がない日は、基本的にヘッドホンを首から下げて、ゲーセンで時間を潰している。特に、クレーンゲームが好きで、景品はどうでも良いが、何かを取るというのがとても楽しい。上手くはないが。

 

「……ふぅ、よし……」

 

 千円かけてようやく一つのぬいぐるみを落とし、満足していた。

 が、満足と欲望は表裏一体。もっと満足したい、と思ってさらに別の筐体に手を伸ばす。

 しばらくゲーセンでプライズを乱獲していると、ふと視線を集めていることに気付いた。横を見ると、そこにはどこかで見た気がするセミロングの少女が立っている。

 

「うわー……すごい……」

「……」

「あ、す、すみません……つい見入ってしまって……でも、すごいですね! そんなにたくさん景品取れるなんて!」

「……」

 

 少し嬉しいな、と思わないでもなかった。まぁ、その分、金をかけているわけで、決して上手に取れているわけではないが。

 

「何か、コツみたいなものがあるんですか?」

「……まぁ、少しは」

「どんな感じですか⁉︎」

 

 なんだろう、この子……と、否菜は一歩引く。初対面で大分グイグイ来る。

 しかし、だ。こうして「なんかクレーンゲームうまい!」みたいに思われるのは嫌ではない。初体験だからか、本当に嫌ではない。とても嫌ではない。

 

「……まずは、ゲーセンによってクレーンのアームの強弱が違う。片方のアームだけ強くしてたり、両方弱くしてたり、逆に両方強くしてたり。その癖を見抜くことが大切だ」

「おお……なんかカッコ良い……!」

「あとは、そもそも基本の取り方を動画とかで学んでおくこと。それ知っておかないと一生取れないこともあるし」

「わかりました!」

「そんなわけで、まずはこいつでお手本」

 

 素直に返事をされ、調子に乗り始めた否菜は、さらにスラスラと話しながら近くの筐体に100円を入れた。

 幸い、ここのゲーセンのクレーンの癖は抑えた。

 

「……ここだ」

「え、アームの片方が景品落とすとこに引っ掛かってますけど……」

「良いんだよ。引っ掛けて、もう片方は景品にかけて、アームが縮むのを利用して落とし口に寄せる」

「な、なるほど……」

「で、少しずつ寄せて……こう」

「おお……!」

 

 何度か繰り返し、最後にフィニッシュ。見事に700円で景品を獲得した。やり方を知っている割に結構かかったのは黙っておく所である。

 

「ふっ、楽勝……!」

「すごいですね……! ありがとうございます」

「すごい? 知ってる。当たり前のことだ」

「よっ、日本一!」

「それどころか世界一……!」

 

 なんてやってる時だった。ふと我に返った否菜は、ピシッと固まる。自分は一体、何をテンション上げているのか、と。

 裏の人間は表の人間に関わり過ぎてはいけないのは当然だというのに。

 

「……」

「って、急にどうして方向転換を⁉︎」

 

 唐突に回れ右して、景品も取らずにゲーセンの出口に歩き始める否菜の後を、慌てて少女は追った。

 

「ど、どうしたんですか⁉︎ 私、何かしちゃいました?」

「別に」

「ど、どうかしたんですよね? だって……」

「気にするな。そしてついて来るな」

「で、でも……」

「殺すぞ」

 

 ジロリ、と睨まれる。その瞳からは、冷酷な殺意が異常なほど放たれていた。まるで、今まで何人もの人間を平気で殺して来たような、そんな目だ。

 流石にそんな目で見られれば、少女も引き下がるしかない。

 一歩引いて、小さく項垂れる少女を眺めて、否菜はゲーセンから出て行った。少し、迂闊だったと自省しながら。

 が、すぐに引き返す羽目になる。景品を忘れていた。

 取りに戻ると、なんかさっきまで一緒にいた少女が二人の男に絡まれていた。

 

「さっき、なんか男にふられてたっしょ?」

「俺達ならあんな思いさせないって」

「い、いえ、あの……」

 

 見捨てても良かったが、話の内容的に自分にも責任があるようなので、助けてあげることにした。

 

「おい」

「え?」

「あ? あ、お前さっきの……!」

「退け。殺すぞ」

 

 威圧的に言うと、殺気に気づいたのか男二人はそそくさと退散した。その背中を眺めながら、否菜は少女の横を通り過ぎる。

 

「あ、あの……!」

「礼はいい。忘れ物を取りに来ただけだ」

「え?」

 

 言いながら、否菜は少女の横を通り過ぎ、クレーンゲームから景品を取り出した。両手いっぱいの袋には、もう景品は入らない。

 なので、小脇に抱えることにした。ゲコ太のぬいぐるみを。

 

「あ、あの……!」

「なんだよ」

「そのぬいぐるみ、私の先輩が好きな奴で……せっかく見つけたし、取ってあげたいんですけど……」

「取れよ」

「と、取れる自信がないんです! やり方を教わったとはいえ! だから見てて下さい!」

「……」

 

 面倒なことをほざき始めた。というか、なんか勝手に親近感のようなものを芽生えさせているんじゃないだろうか? 

 さっき、殺意の波動をぶつけられたばかりだというのに、なかなかのメンタルである。

 色々と面倒くさい空気を悟り、もうさっさととらせてやることにした。

 

「分かった。見ててやるから早くしろ」

「やった! ありがとうございます!」

 

 無駄な時間を過ごすことになるが、元はと言えば自分が撒いた種と言えなくもないので、とりあえず気にせずにクレーンゲームを眺める。

 

「あ、私は佐天涙子って言います!」

「……山田太郎だ」

 

 暗部に名乗るなよ、と思いつつ、とりあえず偽名を名乗っておいた。

 

 ×××

 

 早く終わらせるためならば、多少は献身的になっても良い。そう思い、リングの横に立つコーチの如きサポートを始めた。まぁ、そんな事をすればどうなるかは普通なら分かるものだが。

 で、大体、30分が経過した頃、ようやく……ようやく景品をゲットした。

 

「「よっっっしゃあああああああ‼︎」」

 

 再びゲーセンモードに戻っていた否菜は、佐天と仲良くハイタッチしていた。思いの外、時間が掛かったのは、割とミステイクも多かったからだ。

 

「……やっと一つ取れたー……」

「お前が下手くそだからだろ。本当なら700円で取れてた」

「あ、ひどい! 山田さんだって間違ったアドバイスしてたくせに!」

「うるせーよ。俺は間違って良いんだよ。第一、俺の金でもないし」

「このー!」

「喧しい」

 

 佐天のヘロヘロパンチを回避し、デコピンを放った。思わぬ威力に、思わず尻餅をつく佐天。

 

「ったいなー……」

「先に仕掛けてきたのはお前の方だ」

「そんな硬く捉えなくても……まぁ良いや。それより、連絡先、教えてもらえませんか?」

「あ?」

「また一緒にゲームしたいので!」

「……」

 

 そこで、ようやくハッと正気に戻った。まさか、こんな短期間で同じミスを二度もすることになるとは思わなかった。自分もつくづく学習能力がない。

 だと言うのに、不思議とそれを拒否する気にはなれなかった。もしかしたら「楽しかった」なんて思ってしまっているのかもしれない。

 幸いというかなんというか、プライベート用と仕事用の携帯は使い分けている。

 

「……良いだろう」

 

 まぁ、今日が終われば連絡先だけ交換してシカトを決め込めば良い。そう決めると、アドレスだけ交換して別れた。

 肩まで伸びた黒い髪を揺らしながら走って帰宅していく少女の背中を眺めながら、自分もゲーセンから離れて行った。

 自宅でありアジトでもあるマンションに帰宅しながら、ボンヤリと空を眺める。

 

「……」

 

 良い子だった。自分が普通じゃないのも分かっていただろうに、普通に接してくれて、その上で一緒にいて楽しかった。こんなことは初めての経験だ。

 いや、そもそも他人と遊ぶ事自体が初めてかもしれない。精々、垣根とたまにラーメンを食べに行くくらいだ。

 だから「楽しかった」なんて感情自体が初めてかもしれない。

 

「……ちっ」

 

 だが、所詮自分は暗部の人間。あの子と関わり合って良いはずがない。どこかで会った気がしないでもない奴だったが、とにかくそんなのは気にしている場合じゃない。

 楽しかったは楽しかった。が、向こうにどんな思いをさせたとしても、必要以上に関わるべきではない。何故なら、結局悲しむのもあの女の子の方だから。

 

「……必要とあったら、殺すしかないか……」

 

 そう心に秘めた直後だ。携帯に電話がかかって来た。仕事用の携帯の方だ。直後、脳内でスイッチが切り替わったように目の色が変わった。いや、目の色だけではない。脳内の思考も殺し屋用の冷徹な顔へと変換し、声音すらも変えて声を掛けた。

 

「仕事か?」

『ええ、その通りです』

「詳しく聞こう」

 

 まるで従順な犬になったかのような態度で声を掛けると、そのままの足で近くの路地裏に入り、ジャンプする。ビルの屋上に立つと、首から下げているヘッドホンを装着する。それにより、目、鼻、口を覆うようにカーボン製のヘルメットが出現し、顔を覆った。

 それと共に、上半身のシャツを脱ぎ捨てた。その下から出て来たのは、仕事用の戦闘服(夏仕様)だ。

 

「……了解した」

 

 任務を受諾し、一気にその場から姿を消した。

 

 



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強者を引き寄せる体質。

 もうすぐ夏休みも終わり、そんな時期だが、夏休みの宿題など秒で終わらせた非色は焦る様子を一切見せなかったので、美偉としては可愛げがなかった。というか、学力だけ見れば自分よりも賢いんじゃないか、と思える。

 そんな非色だが、今日は勉強会に参加していた。自分の勉強は終わっているが、同級生はそうとは限らないのだから。

 

「もおおおお! 夏休みなのに宿題出過ぎー!」

「……だから手伝ってるじゃん……」

「なんで非色くんは終わってるの⁉︎ ずるい!」

「ごめんね。優秀で」

「むかつくー!」

 

 からかいながら、佐天と二人で木山の研究所にて勉強していた。

 

「ていうか、どうして俺なの?」

「御坂さんや固法先輩は学年違うし、白井さんは『宿題は自分でやりなさい!』って言いそうだし……」

「初春さんは?」

「言ったんだけど……『スカートめくらないって約束するなら手伝ってあげます』だそうで……」

「え、いつもスカートめくってるの?」

「え? うん」

 

 そんな「当然」と言わんばかりに返事をされても、非色としては困るばかりであった。

 

「あ、もしかして……目の前でめくって欲しい?」

「え、いやそんなことは……!」

「良いよ? 何なら、白井さんのでも」

「えっ……あ、いやだからそんな事ダメだって……!」

 

 ニヤニヤしながら迫られ、非色は目を逸らす。佐天にとっても、こんな純情な少年が未だにヒーローだなんて信じ難かった。

 良い機会だし、非色があんまりにも有能過ぎて宿題の進みがえげつない事を加味して、聞いてみることにした。

 

「ね、非色くん」

「な、何?」

「ぶっちゃけ、いつもつるんでるメンバーの中で誰が一番好き?」

「え……み、みんな良い人だと思うけど……」

「そういうんじゃなくて……誰が、女の子として好き?」

「え、女の子って……」

 

 グイグイと攻められ、非色は慌てて後ずさる。

 

「あるでしょ、そういう……好みみたいなの。見た目でも中身でも良いからさ」

「な、ないよ」

「あるでしょ、そういう好みみたいなの。見た目でも中身でも良いからさ」

「やり直し⁉︎」

 

 正しい選択肢を選ばないといけないのか、と非色は冷や汗を流す。

 

「本当に、無いよ。そもそも……俺は人のこと言える容姿じゃないし……」

「そんなことないよ! 可愛い顔してるよ! ……筋肉を見ると、少しアンバランスだけど」

 

 実際、歳の割には幼い顔をしているが、身長は中一にして160センチを超え、服を脱いで力を入れれば大胸筋、腹筋、背筋が全て剥き出しになる。間違っても、去年までランドセルを背負っていた学生の身体ではない。

 

「と、とにかく俺に好みとかそういうのはありません!」

「むー……強情な……」

「ていうか、勉強は?」

「後で!」

 

 人を勉強に付き合わせておいて、この言い草である。まぁ、困っている人間を助けると思えば嫌な気はしないが。

 

「……でも、本当に好みとか……考えたことも無いから」

「えー、面白くなーい。強いて言うなら?」

「う、うーん……」

「じゃあ、まず髪型!」

「髪型……うーん、長い方が良い、かなぁ……」

 

 朧げに、何となく惹かれる人を思い浮かべる。

 

「茶髪で髪が長くて、それを束ねてて……」

「白井さんじゃん」

「ち、違うよ!」

「身長は自分より低くて、体型は年相応で、元気な子がタイプ?」

「うん、まぁ……」

「白井さんじゃん」

「だ、だから違うって!」

 

 そもそも、初恋が分からない非色にとって、好みの女の子とか、可愛い子はどんな子か、とか分からない。そんな話を急にされても、戸惑うばかりだ。

 

「た、確かに笑顔は素敵だし……そ、それに可愛……き、綺麗とも思うけど……で、でも……」

「うん、もう無理だよ。認めよう? 好きなんでしょ?」

「やだ!」

「やだって言っちゃってるし……」

 

 呆れ気味に「やれやれ……」と佐天はため息をつく。何故そこまで意地を張るのか、と不思議なくらいだ。

 

「何より……俺みたいな化け物に好きになられた所で、白井さんは困るだけでしょ……」

「バケモノ?」

「ほら……その、何? 普通の人ではないじゃん」

「……」

 

 実際、生物兵器のようなものだ。学園都市に利用されないのが不思議なくらいだ。

 少なくとも、非色と一緒にいても先は無い。高校でも、大学でも、社会人になってもヒーローは続けるつもりだし、仮に付き合ったとして、ヒーローが理由で二人きりのデートの時も途中で抜けてしまうかもしれない。

 危険も多く付き纏うし、心配も掛けさせる。友達として付き合う分にも少し、負い目を感じているというのに。

 しかし、佐天はそんな非色に対し、あっけらかんとした表情で聞いた。

 

「そんなの、誰も気にしてないよ?」

「え?」

「……ていうか、さっきすこーしからかっただけでドギマギする人を、化け物だなんて言われてもなぁ……」

「うっ……」

 

 それはその通りだ。少々、異性に対する耐性が無さすぎる。万が一にもハニートラップなどがあった時には……。

 

「……ちょっと不安だなぁ」

「? 何が?」

「いや、別に。さ、勉強に戻ろう」

 

 明らかに何か企んでる表情のまま、とりあえず勉強に戻ろうとペンを持った。そんな佐天に、非色が少し不安げに声を掛けた。

 

「……あの、本当に超人って……その、ペナルティーにならないと思う?」

「え?」

「……」

 

 それが、恋愛のことを言っているのか、友情に関する話なのかはわからない。いや、話の流れ的には恋愛の話でないとおかしいが、非色に限って言えば頭が色々とおかしいので友達間に関する話である可能性も否めなかった。

 何であれ、その質問は少し可愛らしさを感じてしまった。

 

「大丈夫だよ。少なくとも、私も白井さんも、初春も御坂さんも何も思わないって」

「……そ、そっか……」

 

 嬉しそうに微笑むと、そのまま勉強を続けた。

 

 ×××

 

 勉強会を終えた非色は、そのままヒーロー活動に向かい、佐天は一人で帰宅していた。

 そんな中、携帯が震え、メッセージを送信した相手との待ち合わせ場所に向かい、今に至る。

 

「あ、あの……佐天さん。私はどうしたら良いのでしょう……非色くんと……」

「……」

「やはり、その……この気持ちは、恋心と表現しても差し支えないのでしょうか……」

 

 面倒臭い、と思わないでもなかった。なんで私に相談するの? と。

 もう面倒なので、さっさと真実を告げることにした。

 

「……どういう事です? 今更」

「い、今更ってなんですの⁉︎」

「いや、今更でしょう。あんなにわかりやすくて……」

「んなっ……⁉︎」

 

 カァッと顔を真っ赤にする黒子。本来なら友達同士の恋愛とか興味津々だが、今日は少し疲れた。さっきまでその相手と勉強をしていたのだから、尚更だ。

 

「ど、どういう……!」

「いや、もう良いんで、そういうの」

「テキトー過ぎではありませんの⁉︎」

「ていうか、なんで私に聞くんですか?」

「だ、だって……佐天さんは、その……そういう殿方との経験も、多くありそうですし……」

「いや、全然そんなことありませんけど」

 

 普通に話したりすることができる程度で、彼氏なんていたこともない。

 

「ていうか、そんな相談されても、私は白井さんが非色くんとどうなりたいのか分かりませんし……」

「私は別にあの男とどうこうではなく、あの男と一緒にいる時に発生する胸の痛みをどうにかしたいだけですの!」

「告れば良いじゃん」

「コクっ……⁉︎」

「だって好きなんでしょ?」

 

 もう投げやりとも思える口調に、黒子は腹を立てつつも何も言い返せない。つい先日、ツンデレ先輩にも「素直になれ」と言われたばかりなこともあって、否定しづらかった。

 

「……す、好きというか……放っておけないというか……別に、恋人になりたいとも思っていませんし……私は、今のままでも……」

「ふーん……まぁ、白井さんがそう言うなら良いけど……でも、非色くんの方から告白して来たらどうするんですか?」

「非色さんから、告白……?」

「え?」

 

 急に目の前から怒気を感じた。何をそんなに怒る事があったのか……なんて思った時には遅かった。

 黒子は、自分に捲し立ててきた。

 

「あの男、この前私になんて告白したか分かっていて仰っていますの?」

「え、告白されたんですか?」

「『女性の中では一番好きです、お姉ちゃんと同じくらい』だそうで」

「え、ええ……」

 

 さすがの一言に、佐天も大きく引いた。

 

「お姉ちゃんと同じって……」

「もう少し言い方があると思いません⁉︎ あの告白……今、思い出しても腹立たしいですわ!」

「うん、それは、うん……」

 

 佐天も、同情するように頷いた。その口説き文句はない。それと共に、非色が黒子のことが大好きであることを察した。あの子的には、一番の口説き文句であったのだろう。

 

「でも……もし、もしだよ?」

「はい?」

「非色くんに、もし恋人が出来たら、少しは無理とかしなくなると思うけどなぁ……」

 

 それを聞くと、黒子は顎に手を当てる。確かに、心配になる面は多々ある。少し前だって、片手を無くしてきた所なのだ。

 そのことを知らない佐天だが、非色がヒーローということを知れば、今までAIMバースト、テレスティーナを相手にしてきたという事になる。中々に無茶苦茶をして来ていたので、少しは無理してもらうのはやめて欲しい所だ。

 

「……」

 

 そのためならば、少し考えてみよう、そう黒子は思い、飲み物を口に含んだ。

 

 ×××

 

 その日の夜、非色は時間ギリギリまで活動するため、今日も元気に夜の街を跳ね回っていた。

 そんな時だった。コンビニ前で廃材や金属バットを持った男達が誰かを囲んでいるのが見えた。非色が足場にしている街灯からは被害者の姿は見えないが、明らかに穏やかな雰囲気では無い。すぐに加勢することにした。

 

「よぉ、最強」

「お前、どっかの無能力者にのされちまったらしいな?」

「君達も無能力者にのされるんだよ?」

「「「あ?」」」

 

 頭上から声が聞こえた直後、先頭にいた男が蹴散らされる。

 

「なっ……て、テメェは⁉︎」

「どうも。……あ、いや違くて……えーっと、わ、我は貴様ら悪事を働かんとせし者どもを打ち砕……」

「死ねオラァッ‼︎ 邪魔すんな!」

「危なっ⁉︎ 人が話してる時に殴りかかって来ない!」

 

 別方向からの廃材による殴打を右手で受け止めつつ、左手の平から液が射出され、後方に吹き飛ばされた。それにより、さらに後ろの男も巻き込んで倒れる。

 手に残った廃材を、さらに別方向の敵に投げ付け、さらにバウンドさせ別の敵をダウンさせ、敵の群れが怯んだのを確認すると、距離を詰めて群れの真ん中に入った。

 一人の方に飛び蹴りを放つと同時に踏み台にし、別の敵に蹴りを放つ。そのまま数十人いた敵を一瞬で制圧すると、最後に華麗に着地し、後ろにいた少年に声を掛けた。

 

「さ、終わったよ。大丈……じゃない。無事かい? 少年」

「よォ」

「あっ……」

 

 襲われていたのは、一方通行。学園都市最強の能力者であった。マスクの裏で、大量の汗をかき始めた。

 

 



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寛容さは時に狂気を感じる。

「待ちやがれコルァアアアアッッ‼︎」

「絶対に待たないいいいいいッッ‼︎」

 

 全力で追う一方通行と、全力で逃げる非色。前方を走る非色は街の中のダッシュを人とぶつかる前にビルの壁に飛び移り、壁を走る。

 その後ろを一方通行は能力を使い、空を飛んで移動する。背中に風を操った翼で後を追った。

 移動しつつもクレバーな一方通行は、移動しながら非色に狙いを定める。実験のバックアップがない今、下手に街を破壊するわけにはいかない。

 そのため、人とビルの少ない場所で攻撃を開始する。

 目の前の非色はビルの壁を蹴って反対側のビルに移り、左手から糸を出して屋上にくっ付けると、一気に屋上まで跳ね上がった。

 

「チッ……!」

 

 垂直への移動。真後ろをつけていた身としては面倒だ。だが、奴と違って自分は能力による飛行。演算さえ間違えなければ、急上昇も簡単な話だ。

 グンッと空に跳ね上がり、マンションの屋上に登り切って前を見ると、非色の姿は無かった。

 

「……」

 

 さて、これからどうするか。弱者になった事のない一方通行は、ヒーローの思考をトレースし、自分が追われる立場ならどう動くかを想像した。

 夜の街は足音が響きやすい。特に、ビルとビルの間の路地裏などは、音が反響してよく聞こえる。自身の耳に音による振動が届けば、そこから逆算して位置が割れる。

 その事を、あの小賢しい非色が知らないはずがない。つまり……。

 

「……よォ」

「……」

 

 ビルの淵に掴まってやり過ごそうとしているのはすぐに分かった。

 

「あ、あはは……」

「テメェに用があ……」

「あ──────!」

「……ア? あ、テメェっ……!」

 

 後ろを指差され、なんとなく見てしまったのが運の尽きだった。逃げられた。

 そこからまた、鬼ごっこ再開。

 非色の背中を追っている中、一方通行は奥歯を噛み締めた。この構図、気に喰わない。何故、そもそも自分はあの男を追っているのか。

 あいつとツンツン頭の奴らにやられてから、自分の様子はどこかおかしくなった。

 絡んできた奴を殺さずに逃したりと、とにかく今までの自分とは思えない事をするようになった。

 

「……チッ」

 

 そんな自分が、何故だか無性にイライラする。腹立たしい事この上ない。何故かは分からないが、とにかく苛立ちが酷い。苛立ちが酷いのに他人をボコボコにする気にもならず、その矛盾が尚更、一方通行を苛立たせていた。

 とにかく、自分をこんなんにしたのはあのツンツン頭と目の前のヒーローだ。責任は取らせる。

 そんな中、目の前のヒーローは公園に降りた。人の姿は見当たらない。つまり、足を止めるなら今だ。

 

「待て、っつってンだろォがッ‼︎」

「ふおおおおおおおおおおお‼︎」

 

 背中の翼を叩きつけた。小さな竜巻が振り下ろされ、慌ててダイビングして回避するヒーロー。前方に転がりつつ、両手を地面につけ、跳ね上げて近くの街灯の上に乗った。

 

「ち、ちょっと! この前そんなんしてなかったじゃん!」

「負けりゃ新技くらい考えるに決まってンだろ!」

「意外と可愛い事言うね」

「殺されてェのかテメェ⁉︎」

 

 怒鳴りながら、一方通行も地上に降り立つ。

 ポケットに手を突っ込み、ジロリと自分を見上げて来る様子から攻撃して来そうな空気は感じない。……が、そもそも能力的に、例え両腕がなくても100を超えるパターンの攻撃を生み出せるので、油断はできない。

 

「テメェに話があるっつってンだろ」

「は、話……? 辞世の句的な?」

「違ェっつの。……とはいえ、頭上で会話させられンのも腹立つけどな。降りて来い」

「え、あ、うん。分かった」

 

 あっさりとヒーローはその場から降りて、自分の前に立った。

 

「えっと……何? 拳で語り合う的な話?」

「違う」

「俺としてはもうあんたと話すことなんか無いんだけど……」

「ア? ……てか、テメェだってオレに言いてェことあンじゃねェのか」

「? 無いよ?」

「……」

 

 この男は、自分に片手を引きちぎられた事を忘れているのだろうか? いや、ヒーローとしての矜持が、無理をさせている可能性も否めない。目の前のこいつは、少なくともただのコスプレ野郎では無いのだから。

 

「で、話って何?」

「……」

 

 話、とは言ったものの、まだ何を言えば良いのか定まっていない。まさか「お前の所為で雑魚を蹂躙する気も起きなくなった」なんて言えない。言えば、またバトルが始まる。

 それはそれで構わないが、今の自分には目の前の男を相手にする気力が無い。何とか、頭に浮かんだ言葉を絞り出した。

 

「……てか、テメェなンで足を止めた?」

「え、止めさせた癖に何言ってんの……?」

 

 この言い草は頭に来るが、今はとりあえず無視する事にした。

 

「そうじゃねェ。殺されると思わなかったのか」

「いや、だって……公園で力を使ってきた割に、追いかけて来てる時は仕掛けて来なかったし……なんか前と違うなって思って。戦うにしても戦わないにしても人気の少ないとこに行かないといけないから、この公園に出るわけにもいかないし……」

 

 戦うことも可能性として置いておいた上で、自分をここまで誘導してきていたようだ。本当に頭悪いことをしているのに頭が悪く無いよく分からない奴である。要するに、読めない男だ。

 そんな中、非色はふと思い出したように「あっ」と声を漏らした。

 

「そういえば、一方通行って友達が欲しかったんだっけ? なんか、こう……誰も傷つけたくないとか何とか……」

 

 デリカシーの無さは、一方通行の能力を貫いた。プチッ、と何かが切れた一方通行は、その場で足元に能力を使用する。

 甲高い耳に響く音と共に足元はひび割れ、一方通行を中心に亀裂が走る。ヤバい、と思った非色は足元からの奇襲を警戒したが、本命は一方通行の竜巻のような翼だった。

 

「現代アートみてェになりやがれ‼︎」

「あああああああああ……!」

 

 思いっきりぶっ飛ばしてやった。多分、あの程度では死にはしないだろうが、追撃をする気にもならなかった。ただし、次に遭遇した時はブッ飛ばす。

 そう誓いながら、とりあえず帰宅する事にした。随分と無駄な時間を過ごした気がする。

 その場でクルリと背中を向け、自分の暮らしているマンションに向かおうとした時だ。

 

「おーい……おーい!」

「ア?」

 

 近くを見渡すと、ボロボロの毛布に身を包んだ幼女が、自分に大きく手を振っていた。

 

 ×××

 

 天井亜雄は、半ば自暴自棄になっていた。元々は量産型能力者計画の責任者であったが、その実験は失敗に終わり、その後は絶対能力進化実験にも参加していたが、どっかの無能力者とヒーローのおかげで計画は台無しになり、このままでは自身の身の危険を感じていた。

 ならば、残った妹達と「最終信号」を使い、外部組織を利用してクーデターを起こそうと考えていた。

 だが、その最終信号に逃げられ、現在は足取りが掴めなくなっている。そのため、プロに仕事を依頼することにした。

 

「君が『マッスル』の構成員で良いんだな? ……マッスルってなんだ?」

「御託はいい。仕事はなんだ」

 

 目の前に立っている、怪しげなマスクとスーツを着た男に声を掛けたが、つれない返事が返される。

 

「この少女を、連れてきてくれ。ギャラはその時に払う」

「……手段は問わなくて良いんだな?」

「ああ、任せる。期限は8月31日……つまり、明日の夜までだ。……なるべく、目立たないように頼む」

「了解した」

 

 それだけ言うと、その男はすぐに施設から姿を消した。割と無茶苦茶な注文であった気がしないでも無いが、それでも文句一つ言わずに了承する姿は、天井にとってとても頼もしかった。これから、何が起きるか知りもしないというのに。

 

「ふっ……所詮は学園都市の犬だな」

 

 そう呟いて、自身も自身のすべき事を進めた。

 

 ×××

 

 最終信号……打ち止めに勝手についてこられた一方通行だが、特に追い払うこともせずに、そのまま自分の部屋で一泊することになった。

 目の前で寝息を立てる、妹達の中でも一際、若い少女を見て、一方通行はため息をついた。

 聞いた話通りなら、目の前の少女だって妹達の一人だ。ならば当然、自分が何をしてきたのかも分かっているはずだ。

 

「……チッ、ったく……なンだってンだ……」

 

 そもそも、追い出していない現状が分からない。さっさと叩き出しておけば良かったのに、何故、部屋に泊めているのだろうか? 

 妹達への贖罪のつもりなのか、それともヒーローやツンツン頭の真似事でもしたくなったか。何にしても、そんな自分に反吐が出る。

 今日だって、あの男に直球で言われた事がやたらと頭に残り、八つ当たりしてしまった。まるで、図星を突かれて激情に駆られたように。何であれ、今の自分はかなりみっともない気がしてならない。

 そもそも、あのヒーローは何なのだろうか? 普通、手を千切られた相手とまともに話そうなんて思えるのだろうか? 自分なんかより余程、イカれている気がする。

 

「……」

 

 だが、あの男なら、自分と……なんて、思った時だ。パリン、とやけに小気味良い音が響いた。

 

「アン?」

 

 顔を向けると、窓を割って自身の部屋に転がって来ていたのは、一つのグレネードだった。いや、形が普通のグレネードとは違う気がする……。

 なんて思った直後、その予想はピタリとハマった。玉の中から、白いガスが漏れ出した。

 

「チッ……何処のバカだ……!」

 

 何者か知らないが、消しに現れたようだ。その対象が自分なのかこのチビなのかは分からないが、どちらにせよ、催涙弾なんて撃ってくるような相手はロクなもんじゃない。スキルアウトとは別の意味で。

 空気のベクトルを変えて催涙ガスを一気に窓から追い出した。が、その後に続いて、さらに2個、3個とグレネードが飛び込んで来る。

 

「チッ……」

 

 自分は問題無いが、近くで寝ているアホ毛チビは別だ。仕方ないので、ため息をついてあほ毛を持って撤退することにした。

 

「おい、起きろチビ」

「えっ……って、毛布を取らないでええええ! もしかして、あなた意外とロリコンさん?」

「殺すぞ。早くしろ」

「せめて毛布だけ持って行かせて〜!」

「……チッ」

 

 舌打ちをして、仕方なく一方通行は打ち止めと毛布を担いで部屋を出て行った。

 

 ×××

 

 グレネードランチャーを構えた、暗部組織「マッスル」唯一の構成員、柔条否菜は、携帯を取り出した。通話先は、依頼人の天井だ。

 

『もしもし?』

「おい、一方通行が護衛なんて聞いていないぞ」

『な、何? 一方通行だと? 何故だ!』

「俺が聞いている」

 

 どうやら、向こうも把握していなかったようだ。なんであれ、現状の報酬では割りに合わない。

 

「報酬は倍だ。増えた分は前金として、今すぐ口座に振り込め」

『チッ……分かった』

 

 携帯で送金されたのを確認すると、電話を切って再び追跡を始めた。一方通行を倒せ、なんて無茶な依頼でない限り、何とかなると踏むしかない。

 

 



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短気は損気。

 一方通行は毛布に包んだ打ち止めを抱えたまま、マンションから飛び降りた。

 

「ちょっー! ミサカに何をするつもりなのー⁉︎ ってミサカはミサカは……!」

「黙ってろ!」

 

 さて、ここからどうするか。奴らが一人で挑んで来ているとは考えにくい。ならば、建物の中に身を潜め、ゲリラ戦で一人ずつ減らしていくのがセオリーだ。

 が、それは普通の人間同士の場合だ。広域殲滅を容易くこなす一方通行にとっては、むしろ開けた場所で待ち受けた方が良い。

 

「ど、どこまで行くの〜⁉︎」

「舌噛むから黙ってろ」

 

 そう言いつつ、高速での移動を開始する。序盤での催涙弾以外で、武器を使用してこない。つまり、一方通行の能力を把握しているということだ。それが、二丁水銃のように反射を攻略する程、把握しているかは分からないが、それくらいは想定しておくべきだろう。

 開けた場所は、一番近くだった河原まで来た。ここならこの時間は人通りも少ないし、多少は派手にやっても問題はない。掛かってくるなら返り討ちにしてやる所だ。

 

「ね、ねぇ……そろそろ寝てる乙女をこんな人気のない所に連れて来た理由を説明して欲しいかも……って、ミサカはミサカは不安げに尋ねてみたり……?」

「黙ってろ。……それと、絶対に離れンな」

「と、突然の告白⁉︎ わ、悪く無いけど……ミサカとしてはもう少し男らしい人に惹かれてみたい……それこそ、あの途中でイメチェンしたヒーローさんみたいに……なんてミサカはミサカは腰をくねくねさせながら……」

「次喋ったらダイビングさせンぞ」

 

 川を促され、打ち止めは慌てて両手で口を塞ぐ。

 さて、何処から仕掛けて来るか。大した使い手のようで、気配も足音も一切、掴ませない。僅かにその場を照らす外灯だけが、影を揺らしていた。

 直後、パキンッと音がした。それと共に、外灯の明かりが消える。

 

「……そう来やがるか」

「っ……!」

 

 わっ、何何? ってミサカはミサカは混乱してみる! と言いそうになったが、川に投げられるので慌てて口を塞いだ。

 さらに狙撃が続き、川沿いの灯りが次々に消えて行く。この暗闇に乗じて仕掛けて来るつもりだろうが、例え自分を殴る物が超業物の刀であっても傷一つ負わせられない。

 打ち止めはキチンと近くにいるし、暗闇に目も慣れてきて、何があっても対処は可能だ。

 そう思っていた直後だった。ジッ、と唐突に前方にフラッシュが発生する。

 

「アアッ⁉︎」

 

 そのフラッシュの最中、一瞬だけ視界に映ったのは、暗殺者のマスクだった。

 

「ダレだ、テメェ?」

「お前に用はない」

 

 そう言った直後、隣から「ひゃっ!」と声がすると共に、ダンッと大きく踏み込んで遠くにジャンプしたような音が聞こえた。

 

「! 打ち止め!」

「さ〜ら〜わ〜れ〜る〜……!」

 

 あっさりと連れ去られてしまった。油断があったとはいえ、完全に気配を消すスキルの高さ、全てが自身の想定を超えていた。

 

「チッ……」

 

 所詮、自分は悪党。誰かを助けるなんて出来やしない。特に追うこともせずに、チカチカした目が元に戻って来たので、部屋に戻ることにした。

 土手沿いに上がり、帰路につこうとした所で、ふと近くを見覚えのある奴が通る。

 

「……えーっと、この辺?」

「はい。この辺りで、ミサカの中でも一番、大事な個体が連れ去られています。と、ミサカは焦りを表に出さずに助けをこいます」

「って言われてもなぁ……見つけるから、お願いだから姉ちゃんに一緒に謝ってよ?」

「……ダサいヒーローですね、とミサカは本音を露わにしつつ鼻で笑います」

「やかましい!」

 

 見覚えのある二人組だった。というか、あのヒーローはまだ帰っていなかったのか、とため息を漏らす。

 ちょうど良い。あの個体について詳しくは知らないが、任せるならヒーローだろう。

 

「オイ」

「? げっ……あ、一方通行……!」

 

 失礼な反応をしつつも、ヒーローは御坂妹を庇うように前に出た。殺すつもりがないと分かっていても、トラウマがフラッシュバックする可能性もある。 相変わらず甘いヒーローだが、そういう奴ほど利用しやすい。

 

「あのチビを探してんのか?」

「どのチビ?」

「はい。ミサカ達の司令塔とも呼べる個体です」

「そいつなら、さっき変な仮面をつけた野郎に連れて行かれた」

「……え?」

「方向までは暗くて分からなかった。後はテメェが何とかしろ」

 

 言われて、非色はマスクの機能を使う。熱源感知で付近を見渡すと、近くで幼女を抱き抱えて移動している男の姿が見えた。

 

「……いた。ちょっと行って来る!」

「見つけたのか?」

「一方通行は……あ、いや、なんでもない」

 

 御坂妹さんをお願い、と言おうとしたのを堪えた。今の所、トラウマが再発している様子は見えないが、元々、表情が読み取りにくい子なのだ。無理している可能性は否めない。

 

「よし、一緒に行こう。御坂妹さん」

「え、一緒に、ですか……?」

「着いたら近くに隠れてて。終わったら病院まで送るから」

 

 明らかに無理をした意見に、一方通行は小さくため息をついた。この男は何処まで自分だけで背負うつもりなのか、と。

 

「チッ、バカが……」

「え、な、何?」

「こいつはオレが病院まで送る。それでイイだろ」

「え、でも……」

「ミサカなら問題ありませんよ」

 

 懸念のある御坂妹の方を見ると、頷いて返事をする。

 

「……じゃあ、頼むよ? 何かしたら、一方通行。ボコボコにするから」

「ハッ、やってみやがれ」

 

 それだけ言うと、非色はその場から立ち去った。その背中を眺めながら、一方通行は自宅に向かう。病院とは正反対だ。

 

「? 送っては下さらないのですか? と、ミサカは正反対の方向に歩き出すあなたの方向音痴説を疑います」

「バカ言え。テメェだってオレに送られる義理はねェだろ」

「しかし、あなたが……」

「どンな神経してやがンだ。テメェ、オレが怖くねェのか?」

 

 言われて、御坂妹は小さく俯く。ほら見たことか、と思った一方通行は、もはや結論は出たと言うようにその場で背中を向けて帰ろうとした。

 

「確かに、怖く無いと言えば嘘になります」

「そォかよ。じゃあな」

「しかし、それでもあなたと対峙した際の状況を思い浮かべます。毎回、あなたは私を脅すようなセリフを言っていました。まるで私に『やめて』と言わせるように」

「……」

 

 足を止めてしまう一方通行。それに、続けて御坂妹は言った。

 

「そもそも、ミサカ達はあなたがいなければここに存在しませんでした。あなたのお陰で、ミサカは日々を生活出来ています。……だから、ミサカもあの助けてくれたヒーローを見習い、恐怖心を振り払って、あなたとのコミュニケーションを望みます。……と、ミサカはとりあえず知ったかぶりのボクシングスタイルで構えてみます」

「……チッ、ウゼェ野郎だ」

 

 それだけ吐き捨てると、一方通行はまた180度回転した。歩き出したのは病院の方角だ。

 

「前まで送るだけだ。そこから先は自分で帰れ」

「ありがとうございます。……と、ミサカは素直じゃないあなたの脇腹を突……」

「ダイビングさせんぞ」

 

 黙ってついて行った。

 

 ×××

 

 打ち止めを追跡する非色は、バイクで移動するマスクの男の後を追う。街の屋根の上を飛び跳ね、ショートカットを繰り返しているにも関わらず、簡単に追いつけない。

 つまり、こちらの動きをさらに先読みされている。逃げ慣れているのか、それとも単純に賢いのか。

 

「……ゴリ押しじゃ無理そうだな」

 

 ならば、知略には知略である。あの男の狙いが単なる誘拐なのかは知らないが、自分でも追いつけない程の知能を持って移動しているやつが誘拐なんてバカな真似をするとは思えない。

 つまり、暗部の誰かと見るべきだろう。仮にこの前のアイテムのような連中が相手なら、奴らの協力者と能力を警戒した上で「暗部ならヒーローである自分からどう逃げるか」を考えた方が良い。

 ここまで逃げ切れている以上、こちらがヒーローとバレている前提で動いているのなら、ヒーロー対策のつもりで動いているだろう。

 二丁水銃は人との衝突事故を防ぐため、地上を走らない。その代わり、空中を移動するからショートカットも信号も効かない。

 つまり……。

 

「こっちか……!」

 

 信号が少なく、建物も無くて人が通る場所……つまり、駅前やバス停付近がベストだ。夜とはいえ、まだ21時過ぎ。夜遊びが好きな学生や、研究所帰りの研究者達もいる。

 次に通りそうな場所の先読みを完了すると、移動を開始した。

 

 ×××

 

「……?」

 

 後ろからバカ正直に追ってこないところを見ると、手段を変えたようだ。

 一応、打ち止めは薬で眠らせている。暴れられることはないと思うが、騒がしい娘だし、起こしておく方が面倒臭そうだ。

 さて、奴はどう来るか。待ち伏せか、道を塞いで誘導して来るか、或いは……。

 いや、なんであれ備えておけば奇襲を凌げる。そう身構えながら、駅付近のトンネルを潜った時だ。

 

「っ?」

「女の子の回収に来たよー」

 

 直後、真上を影が通ると共に、糸のようなものが自身の背後に乗せていた打ち止めを引き上げた。

 

「何?」

 

 顔を上げると、二丁水銃がトンネルの上で待ち構えていた。

 

「おい、そこは線路だぞ」

「線路を仕切る金網の上だからセーフ」

 

 それだけ言うと、非色は打ち止めを抱えて立ち去った。が、そのまま逃すような否菜ではない。

 線路を飛び越えて逃げ出す非色に、思いっきりバイクを投げ付けた。直撃し、落下しながらも打ち止めの事を庇うように背中から着地するヒーローの方へ、さらに追撃を仕掛けようとしたが、すでに立ち上がり、臨戦態勢に入っていたため、不用意には仕掛けなかった。

 

「バイクは投げるものじゃないんですけど?」

「お前に用はない。その娘を寄越せ」

「ねぇ、会話する気ある? 聞いてんの?」

「抵抗するなら、今度こそ殺すぞ」

「バーカバーカ。キャッチボールもできないのかバーカ」

「10秒やる。さっさとそこから立ち去れ。バカ」

「お前がバカ」

「お前とそこの小娘はなんの関係もないだろう。アホ」

「お前がアホ」

「……」

「……」

 

 徐々に、徐々に二人の間に確執が生まれていく。近くにいた打ち止めが泣きそうになる程度には、超人同士の空気の悪さは圧があった。

 

「「ブッ飛ばす」」

 

 互いにそう告げると、一気に踏み込んで、二人仲良く電車に撥ねられた。

 

 



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ヒーローの宿敵は大体、上位互換。

 翌日、一方通行は研究所から出て来た所だった。何故、ここまで来たのか自分でも分からなかったが、要件はきちんとあった。

 それは、妹達と打ち止めのこと。芳川桔梗から大体の話を聞き出した。これから起こり得る事も全部。

 ミサカネットワークに流されたウイルスを食い止めるべく、天井亜雄と打ち止めのデータを持って。

 考察するまでも無いことだが、あのマスクのグレネード野郎は、天井亜雄に雇われた殺し屋だろう。手口から推察するに、自身の能力についてはバレている上に、暗殺も手慣れたものだ。

 が、あのあとはヒーローが追いかけていった。曲がりなりにも最強の自分を倒したヒーロー様なら、打ち止めの確保は出来ているだろう。

 ならば、自分もそのヒーローと合流するのがベスト……と、思っていた時だった。

 

「あ、一方通行! 良い所に!」

「ア? ……二丁水銃。テメェ打ち止めと一緒じゃねェのか」

「逸れちゃったんだよ! 探すの手伝って?」

「……テメェはホントにオレの想定通りいかねェ野郎だな……」

 

 逸れた理由は言えない。目の前の敵と一緒に電車に追突されてから、そのまま顔を合わせていないなんて口が裂けても言えなかった。

 

「テメェには伝えておくが、あのクソガキは絶対に回収すンぞ」

「え、なんで?」

「経緯は省くが、あいつはミサカネットワークの司令塔みてェなモンだ。それに、ウイルスが流される。そうなりゃ、この学園都市も血の海に沈むぞ」

「……大事になってる、って事ね?」

「そういう事だ。オレらが探すべき相手は二人だ。打ち止めと、研究者の天井亜雄」

 

 一方通行が写真を見せると、非色はそれにサングラスを向ける。またも追加された新機能で、マスクの下で瞬きを二回連続ですれば、写真として記録することができる。

 

「それと、携帯の番号を教えろ。見つけ次第、互いに連絡するぞ」

「はいはい」

 

 携帯番号を登録すると、非色から「ふふっ……」と小さな笑い声が漏れる。それに、一方通行は微妙にイラッとした。

 

「テメェ……状況わかってンのか? それとも、頭湧いてンのか?」

「あ、ごめん。いや、俺の携帯にも色んな人の番号が増えて来たからさ。……なんか、友達が増えたみたいで」

「……バカな事、抜かしてる暇があンなら、さっさと散りやがれ。それとも、無理矢理、学園都市一周させてやろうか」

「わっ、ご、ごめんって! じゃ、そっちもよろしく!」

 

 言うだけ言うと、二丁水銃はすぐに立ち去り、街中を駆け回った。

 

「……チッ、どいつもこいつも……」

 

 本当にどんな神経をしているのか。自分とあのヒーローが友達になんてなれるわけがない。そもそも、どのツラを下げてそんな親しい関係になれ、と言うのだろうか。

 何より腹が立つのは、最後の「よろしく!」だ。丸々、信頼され切っているような言い方だ。

 

「……危なっかしい野郎だ」

 

 そう呟いてから、自分も行動開始しようとした時だ。早速、ヒーローから電話がかかって来た。まさか、もう見つけたのだろうか? 

 一応、応答する事にした。

 

「なンだ?」

『あ、もし良かったらなんだけど……これが片付いたら、俺の姉ちゃんに一晩帰らなかった事、一緒に言い訳して欲し』

「ゴチャゴチャ言ってねェで真面目に探せ‼︎」

『ご、ごめんなさい!』

 

 やっぱりこんなバカが友達なんて、こっちから願い下げだ。

 そう思いつつ、とりあえず自分も捜索に向かった。

 

 ×××

 

「……そんな怒らなくても良いのに……」

 

 愚痴りながら、付近を見渡しながら非色は街を跳ねる。と言っても、闇雲に街を回って見つかるものではない。

 そのため、機能を使う事にした。打ち止めと呼ばれる、あのちっこい御坂美琴のような少女はサングラスを通して写真を撮っておいた。あんな殺し屋が出て来る時点で、万が一の保険をかけておいたわけだ。

 

「あとはこれを初春さん、いや木山先生にでも送れば……」

 

 監視カメラをハッキングし、映像から割り出せる……と思ったが、やっぱり美琴も打ち止めや妹達の事は周りに知られたくないだろう。

 

「……御坂さん、ハッキングとか出来るんだっけ……」

 

 だが、本人ならむしろ知りたい所だろう。自分の知らない所で、ちっこいミサカがいる、なんて好ましくないはずだ。

 早速、電話をかけようとした時だ。電話がかかって来た。姉からだ。

 

「うげっ……」

 

 どうするべきか……いや、出た方が良いのは分かっている。でも、怒られるのも分かっている。勇気が出ない。悩んでいるうちに、呼び出し音は切れてしまった。

 

「……後が怖い……」

 

 いや、そんなの良いから探しに行かないといけない。とりあえず電話を……と思っていると、また電話がかかってきた。今度は白井黒子の文字。

 

「あ、もしもし、白井さん? 悪いけど、俺今取り込み中で……」

『あなた、昨日は帰らなかったそうですのね? 何故、固法先輩からの電話には出ないんです?』

「……」

 

 少し考えれば、この時間差での電話なんて同じ場所にいてもおかしくないというのに。前にもこんなことがあった気がする。

 

「え、いや……取り込み中で……」

『喧しいですわ。吐きなさい。今、どこにいますの?』

「あれっ、通信障害かな?」

『あ、コラ! 後で怒りますわよ、切ったら⁉︎ 良いんですのね⁉︎』

「何も聞こえなーい」

 

 通話を切った。今度こそ美琴に連絡しようとした所で、今度は良いタイミングな事に美琴からかかって来た。

 

「……」

 

 冷静に考えれば、これはまず間違いなく罠だ。美偉→黒子→とくれば、美琴である可能性は十二分にある。

 つまり、美琴のハッキングは使えないわけだ。

 

「うん、もう足で探そう」

 

 そのまま非色は学園都市の街並みを跳ね始めた。

 

 ×××

 

 一方、その頃……。

 

「あのバカ、なんで出ないのよ……!」

「どうです? 御坂さん。自分と乗馬でも……」

「あいつ今度ぶっ飛ばす……!」

 

 美琴は黒子と一緒にいたわけではなく、海原に言い寄られていて、代理の彼氏役を一番、気安く接することが出来る非色に頼もうとしていた。

 そんな中、ちょうどその場面にデルタフォースが通り掛かったのは、また別の話。

 

 ×××

 

 一方通行も同じようにビルの屋根を移動していた。

 何故、ヒーローはこんな道を選ぶのか不思議だったが、使ってみるとよくわかる。地上を見渡せるし、スピードも出せる。信号にも引っかからないし、移動するには持ってこいだ。

 

「チッ……あのバカガキ、どこに行きやがった……!」

 

 そんな中、ふと下を見ると見覚えのあるゴーグルが見える。ちょうど良い。ネットワークを利用しよう。

 

「おい、テメェ力貸せ」

「うわお! と、唐突に飛来して来た一方通行に、ミサカは驚愕の声を……」

「黙って力貸しやがれ。打ち止めは何処だ?」

「上位個体はー……先程まで、お姉様を探しに行っていたご様子ですが、それが何か?」

「常盤台の学生寮か?」

「その近くのようです」

 

 ミサカネットワークというのも便利なものだ。すぐに再びビルの屋上に上がりつつ、携帯を取り出した。

 

「おい、聞こえるかヒーロー」

『あ、一方通行? 助かったぁ……』

「イイから黙って聞け。常盤台の学生寮付近を探せ」

『あ、ここから近い。了解です』

「もォ敵の手に落ちてる可能性もあるから、怪しい車とか乗り物があったら片っ端から叩け」

 

 それだけ話すと、一方通行は高速で常盤台の学生寮の方へと走った。

 

 ×××

 

 先に到着したのは非色だった。付近を見回したものの、打ち止めの姿はない。確か、全身毛布で包んだだけの姿であったはずだ。

 だからすぐに見つかる……と、思った直後、白い車に毛布の少女がぐったりした様子で乗り込まされているのが見えた。

 

「! ま、待べへっ……!」

 

 が、その非色にタックルが降り注がれる。自分を後方に弾き飛ばしたのは、マスクの暗殺者……否菜だった。

 

「っ、やってくれたなバカ……!」

「お前が言うな、バカ」

 

 面倒な邪魔が入った。その隙に車は発進してしまう。このまま追いかけたいが、目の前の男がそれを許さないだろう。

 

「一方通行、車に乗って連れて行かれた。敵は天井亜雄一人だけ。黄色いスポーツカーに乗って西に逃走中」

『テメェ、何あっさり逃してンだコラ』

「足止め食らってる。悪いけどそっち追っておいて」

『チッ……使えねェ野郎だ』

 

 それだけ話すと、とりあえず非色は目の前の男に集中する。すると、否菜の方から声を掛けてきた。

 

「ひとつ、聞かせろ」

「? 何?」

「お前は、何故この街のために戦い続けられる? あの子供も、あの天井亜雄とかいう研究員も、お前には何の関係もないはずだ」

 

 言わんとしていることは分かる。過酷な実験で同じ肉体に改造されたからこそ不思議なのだろう。

 それに対し、非色は真顔のまま答えた。

 

「そんなの、決まってんじゃん。ヒーローだからだよ」

「だから、何故ヒーローなんかやっているのかを……」

「てか、この街のために戦い続けているのは、そっちも一緒でしょ」

「……」

 

 言われて、否菜は思わず黙り込む。確かにその通りだ。金のためとはいえ、学園都市の暗部として生きている。それが当然の流れになっていた人生だった為、何故と聞かれても返答に困る。

 

「……まぁいい。とりあえず、任務の邪魔をするのはこれっきりにしてもらおう」

「こっちのセリフだよ。もう二度と、あんたに誰も殺させやしない」

「やってみろ」

 

 それだけ話すと、まず手を出したのは否菜の方だった。左手でホルスターの拳銃を放ちつつ、右手で背中に背負っているサブマシンガンを抜き、乱射する。

 その射撃をアクロバティックに回転しながら非色は避けると、近くにある電柱に身を隠し、否菜の方へ蹴り倒した。

 電柱が倒れてきたのを横に回避しつつ、常盤台の学生寮の壁の上に飛び乗って銃を向けたが、非色が左手の平を向ける方が早かった。

 キャプチャーという通常の液を吐き出し、それを否菜は横に飛びながら回避し、近くの電柱に捕まり、回転しながらサブマシンガンを乱射する。

 その銃撃をしゃがんで回避しつつ、折った電柱を蹴り上げて否菜の方へ飛ばす。

 回避した直後、目の前に非色が迫って来ていた。右拳のアッパーを、塀から降りる事で回避し、サブマシンガンの銃口を向ける。

 その射撃を、塀を大きく蹴って道の反対側のガードレールに着地して回避した。

 

「『ワイヤー』」

 

 手から糸を射出し、否菜の真横を通して壁にくっ付けると、グンっと引っ張りつつ地面を蹴り、急接近して右拳を否菜の顔面にぶつけた。

 

「ッ……!」

 

 左手の糸を切断すると、左拳も構えて顔面に放るが、さすが超人なだけあって、右肘を立ててガードされる。

 逆の左拳をボディに向けられるが、非色はそれを右膝でガードし、軽く飛んで左足を振り上げた。その蹴りをしゃがんで回避しながら非色の後ろに回り込むと、否菜は後ろから非色の左手を掴み、強引に背中を通らせて前に移動させ、蹴りを放った。

 塀に背中をぶつける非色に、太ももについているケースからナイフを抜き、突き刺しにかかる。

 

「っ……!」

 

 そのナイフを避けると、塀に思いっきり突き刺さる。その割れ目に左手で液を出し、ナイフと拳を丸々固定すると、顔面に裏拳、ボディにアッパーを叩き込む。

 さらに膝蹴りをお見舞いしようとした直後、ヂヂッと耳に響く音と共にフラッシュが視界を遮った。

 

「っ⁉︎」

 

 何かと思って距離を置くと、張り付けた液体が焼け焦げている。まるで、電気を流されたかのように。

 

「電撃使い……⁉︎」

「御坂美琴程ではない。しかし、奴と違って研ぎ澄ましている」

 

 そう言うと、否菜はナイフを捨てて急接近して来た。顔面に来る拳を横に避けると、逆側の拳がボディに来る。

 それを対角にある手で受けた直後、足払いが来たのでジャンプして回避。そのジャンプした先に、第六感で顔面への攻撃を予期する。

 その後に続いて、ヌルリと拳を差し出される。それに目を引かれた直後、反対側の拳が顔面に直撃した。

 

「ッ……!」

「それは、能力以外に格闘技もだ」

 

 アゴは避けたものの、鼻の頭に見事に当たり、微妙にクラリと目眩がする。空中にいた非色の身体は後方にそのまま飛ばされそうになったが、浮き上がった足を掴まれる。

 それを引き込まれ、腹から電気を流された。

 

「ッ……ッ……!」

「どうした? いつもみたいに何か言って見ろよ」

 

 その場に落ちる自分の腹に、さらに蹴りが入り、後方に飛ばされた。ガードレールに身体を強打し、突き抜け、さらにその後ろに止まっていた車も突き抜け、さらに後ろの木に直撃し、ようやく身体は止まった。

 

「っ……いってぇ……」

 

 身体を何とか起こす。電撃で緩んだ隙をついて、見事に鳩尾に爪先を当ててきた。

 かといって、のんびりしている場合ではない。すぐに臨戦態勢を整えないと……と、思った直後だ。頭上で第六感が働く。

 

「休んでいる暇はないぞ」

「っ……!」

 

 踏み潰すように降りてきて、慌てて転がって回避した。が、その踏み込みは避けさせるための一手だった。踏み込みの際、微妙に浮かび上がった瓦礫を掴み、非色に投げ付けた。

 それをも回避して距離を置いたが、否菜は逃さない。追撃を掛け、距離を詰めて拳を繰り出した。

 それを左肘を曲げてガードしながら躱す非色は拳を繰り出すが、それを避けてガードしながらボディに拳を叩き込み、若干怯ませると、避けた非色の腕を持って一本背負いを放った。

 

「うわっ……!」

「お前とは、格闘技の経験が違う」

 

 背中を強打しそうになった非色だが、何とか足の裏を地面につけて耐えてみせたが、後ろに引き倒され、結局は背中を地面につける。

 その非色の顔面に、否菜は拳を振り下ろした。横に転がって避けるが、追いかけるように拳をゴンゴンと叩き込んでいく。

 が、途中で追うのをやめた。何故なら、非色の身体は車道に飛び出したから。

 

「っ……!」

 

 車に思いっきり撥ねられてしまった。身体はさらに大きく遠くへ投げ出され、大きく転がる。

 その非色に、運転手が慌てて駆け寄った。

 

「お、おいヒーロー! 何やってんだあんた……」

「引っ込んでて!」

 

 手で制して、運転手の男を止めつつ、身体を起こす。さっきまでいた場所には、否菜が立っていた。その姿を見て、非色はマスクの下で笑みを浮かべた。

 

「超人の力に自惚れたお前では俺に勝てない。分かったら、諦めて殺されるなり、手を引くなりしろ」

「……よほど、自分の力に自信があるんだな……」

「……何?」

 

 フラフラしながらも、余裕の態度を崩さずに立つ。

 その非色を見て、否菜はおそらく身体の自動修復を待っていると推測する。あの余裕はハッタリで、会話で時間を稼いでいるのだろう。

 最後の車はともかく、否菜の拳や蹴りは砲弾以上の威力がある。それが何度も直撃すれば、非色とてタダでは済まない。

 だから、回復には時間が掛かる。それに、敢えて否菜は乗ることにした。何故なら、まだ自分のポケットには超小型のショットガンが眠っているから。

 

「何が言いたい?」

「いや、確かにあんたは俺よりも強いよ。……というより、思い知らされた。あんたみたいに俺と同格の肉体を持つ奴が出てきたら、俺はかなりの苦戦を強いられる」

「その通りだな」

「まぁ、それは今後の課題として……でも、あんたはあんたで自惚が過ぎる」

 

 言いながら、非色は左手を向けた。それに合わせ、否菜もショットガンを抜く。

 

「早撃ちで俺に勝てると?」

「お互いに先読みがあるでしょ。勝負は、避けてからじゃない?」

「尚更、理解不能だな。お前、まだ身体の修復が終わっていないだろう」

「試してみろ」

 

 そこから先、言葉は不要だった。お互いにお互いの飛び道具を放つ。当然、二人揃って回避をしようとしたが、否菜の足の裏は動かない。

 

「⁉︎」

 

 何かと思って下を見ると、いつの間にかヒーローの放つ液体を踏ん付けていた。転がりながら回避していた時に仕掛けていたようだ。

 

「貴様……!」

 

 すぐに電気を流して足の裏の液体を焼き切る。その直後、飛来した液体は身体を傾けて強引に回避する。が、その先にはさらに液体が来る。非色は、右手に水鉄砲を握っていた。

 パシュッパシュッと何度も両手から連射され、回避し続けるも、液体は弾丸以上の威力を持つ為、毎度、全力の回避を強いられる。

 水鉄砲からの一撃を避けた直後、左手の平からの液体が放たれ、回避する。

 

「精度は悪くないが……射撃のプロに所詮、素人が当てられると思うな」

「分かってるよ」

「何……ングっ⁉︎」

 

 非色が返事をしながら左手を引くような仕草をした直後、後方から硬い何かが飛んできて後頭部に直撃した。

 

「なっ……⁉︎」

 

 ふらつくのを抑えつつ振り向くと、左手から放たれた糸が壊れたガードレールを引き込んでいた。

 その確認作業が、さらに大きな隙を生んだ。非色はすぐに距離を詰め、右拳を構える。

 戦闘技術も武器の扱いも全て負けているが、唯一、非色に勝っている面もあった。それは、肉体スペックの差である。垣根帝督に鍛えられた否菜は、主に能力に対する耐性が鍛えられたが、一方通行にボコボコにされた非色は、さらに肉体的なスペックが向上されていた。

 何とか否菜もフラつきを抑えつつ、拳を構える。カウンターを放つように電気を溜め込んだ拳を放った。

 お互いの拳が交差し、顔面に直撃し、後方に弾き飛んだ。

 

「「ッ……‼︎」」

 

 何とか体を起こしつつ、お互いにお互いを睨みつける。非色の拳は顎に入り、否菜の拳は急所にこそあたらなかったものの、電気が込められていて脳が痺れる。

 それでも、お互いにお互いを油断なく睨み付けていた。

 さて、まだ倒れないとなると、ここから先は泥仕合の可能性も考慮しなければならない……と、覚悟した時だった。お互いの携帯に連絡が入る。

 

「もしもし?」

『一方通行が彼女を除いて最後に連絡を取ったのが君だったから、君に連絡したよ?』

「……冥土返しさん?」

『一方通行は脳を負傷したけど、天井亜雄の企みは阻止されたよ?』

「一方通行が……⁉︎」

『これから、彼も手術だからね?』

「わ、分かりました……」

 

 その連絡を聞いた直後、否菜も携帯を切る。

 

「……雇い主が倒れた以上、お前はもう標的ではない」

「……そう」

 

 とりあえず、ほっとしておいた。泥仕合は非色もあまりやりたくない。

 

「だが、覚えておけ。お前は必ず、俺が殺す」

「……やってみろバカ」

「お前がバカ」

 

 それだけ話すと、否菜はその場を後にした。

 とりあえず、非色も自身の回復がある程度まで進み次第、病院に向かう事にした。

 

 



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どんな強者でも姉には勝てない。

 一方通行は、死を覚悟した。それと共に、すべてを後悔した。

 

『考えが甘すぎンだよ……。誰かを救えば、もう一度、やり直すことが出来るかもしれねェだなンて……』

『所詮、オレに……人助けなンて、出来やしねェンだ……』

『ったく……このオレ様が……あンな下らねェヒーロー様に、当てられたなンて、な……』

 

 そう強く思いながら、意識を手放したのが、最後の記憶だった。それが、自分の最後の思考になると思っていた。

 が、そうはならなかった。自分の身に何が起こったのかは分からないが、病院で病人服に身を包み、ベッドで寝ていた以上は、しぶとくも生き残ったということだろう。

 耳と首には見覚えのないイヤホンのようなものとチョーカーが付けられている。

 

「ンだ、これ……ア?」

 

 身体を起こして横を見ると、椅子に座ったまま見覚えのない男が寝息を立てていた。いや、よくよく思い出せば見覚えがある。確か、二丁水銃の素顔だったはずだ。

 

「チッ……お人好しにもほどがあンだろうが……テメェの腕を捥いだ奴の見舞いかよ……」

 

 そう言いつつも、小さくため息をつく。しかし、自分にも、まだお見舞いに来てくれる人がいると思うと、もう少し生きてやるか、とも思える。

 ……とはいえ、その間抜けヅラは少し腹が立ったので、結局起こしてしまうが。

 

「オイ」

「痛いっ⁉︎」

 

 デコピンして無理矢理、叩き起こした。

 

 ×××

 

「そんなわけで、芳川さんと打ち止めも無事。芳川さんは病室で寝てるし、打ち止めは調整してる」

「そォかよ……」

 

 打ち止めの報告をすると、一方通行は真顔のまま外の景色を眺めた。内心、ホッとしているのは内緒だ。

 

「にしても一方通行が撃たれたって聞いた時は焦ったよ。どうやったら撃てるのか分からないもの」

「うるせェ。てか、テメェこそ随分、てこずったみてェだな」

「まぁ、ちょっとね……」

 

 超人が相手だったことは言うべきじゃないのだろう。

 話を濁したのを察し、一方通行は続けた。

 

「ったく……虫唾が走るぜ。このオレが、ガキ一人を助けるためにこンなモンがなきゃ生活できねェ身体になるとはな。焼きが回ったモンだ」

「でも、それほど助けたかったんでしょ?」

「……ア?」

「それが、妹達への贖罪でも罪滅ぼしでも詫びだったとしても、立派だと思うよ。『やり直す』のは大変なことだし『どうすればやり直した事になるのか』なんてまともな答えもないものだけど、それでも腐らずに一歩踏み出せたんだから」

「……チッ」

 

 正面から説教臭く言われ、一方通行は舌打ちをする。年下の癖に、随分と達観している奴だ。いや、もしかしたら子供だから故の純真さから来ているのかもしれない。

 

「オマエ、よくウザいって言われねェか?」

「言われないよ! どういう意味だ⁉︎」

「なンでもねェよ。オマエの周りにはイイ奴が多いンだな」

「だからどういう意味⁉︎」

 

 とりあえず、そう言ってからかいつつ、一方通行は寝返りをうった。

 

「しばらく入院生活が続くンだ。オマエみたいなウザいのにいられりゃ、傷に響く。さっさと帰りやがれ」

「はいはい……」

 

 この純真さは、必ず何処かに危うさが含まれる。特に、この街の科学者にとってはカモでしかないかもしれない。

 なら、このヒーローの弱点となり得る点は自分が補う。そう心に決めつつ、一方通行は、とりあえず一眠り……と、思ったのだが、窓がカラカラと開く音がした。何かと思って目を開くと、非色が窓から逃げようとしているのが見えた。

 

「……何してンだ?」

「帰るんだよ」

「なンでそこから?」

「廊下に姉ちゃんと白井さんがいるから、逃げるの。ただでさえ、無理言って説教は待ってもらってるんだから……」

「……」

 

 本当に割とダメな奴なのかもしれない。

 ため息をついた一方通行は、非色に手を差し出す。握手だと思った非色がそれに応じた直後だ。

 

「じゃ、怒られて来い」

「え?」

 

 直後、電極のスイッチを入れる。グンっと手を引っ張られ、非色の身体は病室の扉に投げつけられた。

 勿論、電極自体も完成品とは言えないので、エラーが発生して一方通行も死にかけた。

 

 ×××

 

 そんなわけで、いきなり約束を破った非色は美偉と黒子に雷を落とされた。黒子までセットで付いてきた辺り、もうダメかもしれない。

 8月31日までに片が付いたのは良かったが、明日から新学期である。

 

「はぁ……夏休みも終わりかぁ……なんか、全然休んだ気しないんですけど」

「そりゃそうよ。あなた、ずっと働いてたわけだし」

 

 自宅で、美偉と非色は食事をしながら、愚痴を漏らす。

 

「学校かぁ……あんま行きたくないな……」

「? どうして? 佐天さんや初春さんみたいな友達も出来たじゃない」

「いやー……女の子同士の中に入るの、あんま好きじゃないし……勉強も正直、簡単過ぎるし……体育は手を抜かないと怪我させちゃうし……」

「……」

 

 確かに、と美偉は目を逸らす。

 

「上条さんも一方通行も黒妻さんも学校違うしなぁ……」

「学年もね。……え、一方通行?」

「え? あ……」

「あ、あなたそんなすごい人と友達なの?」

「まぁ、うん……御坂さんには言わないでね」

「あら、どうして?」

「いや、まぁ……なんていうか、どうなるか分かったものじゃないから……」

 

 つい口を滑らせ、非色は止めるべき栓を閉めておくことにした。それを向こうが聞いてくれるかは別だが、まぁ大丈夫だろう。

 

「本当に頼むよ。御坂さんにだけは絶対内緒で」

「ど、どうして?」

「すごく仲悪いから」

 

 仲悪い、なんて単語で言い表せるものではないが、まぁそう言うなら美偉としても断る理由はない。わざわざ嫌っている人の名前を挙げる事もないだろう。

 

「わ、分かったわ……」

 

 納得してくれたので、とりあえすホッと一息ついた。

 

「そういや、姉ちゃんも明日から学校でしょ?」

「ええ、そうよ?」

「ヤンキーとかいない? 大丈夫?」

「平気よ。私だって風紀委員で訓練を受けたし、そこらの能力者には負けないわ」

 

 それを言われれば、その通りだろう。能力だけ強ければ喧嘩も強くなるわけではない。

 

「でも、何かあったら俺を呼んでね。そいつには生まれてきた事を後悔させてあげるから」

「何をする気よ……そういうことするのはよしなさい」

「あ、訓練と言えばさ、姉ちゃん」

「? 何?」

「俺に格闘技教えてくれない?」

 

 直後、美偉の手がぴたりと止まる。

 

「あ、あなたそれ以上、強くなる気?」

「あー……いや、うん。まぁちょっとね……」

「……何かあったの?」

 

 あったにはあった。が、それは言えない。言えば、狙われるかもしれないから。

 特に、あの男は自分を殺すと宣言してきた。おそらく、どんな手を使ってでも殺しに来るだろう。人質を取られたりすれば最悪だ。

 

「……ダメ。ちゃんと話しなさい」

「え……でも、割と危険な……」

「ダメです。あなたと私は家族よ? 可能な限り話しなさい」

「……知ったら死ぬかもしれないよ?」

 

 何せ、学園都市から公的に認められていると思われる殺し屋だ。その上、数少ない……というか、何なら世界に二人しかいない超人だ。

 多分、自分が消されないのも、二人目の超人という価値があるからだ。

 そんな話を聞けば、流石の美偉も微妙に冷や汗を流してしまう。この弟は、一体何を知っているのか、と。

 流石に脅かすつもりがなかった非色は、微笑みながら誤魔化すことにした。

 

「まぁ、相性が悪い相手がいた時のためだよ。てか、いたし。もしかしたら、世界には俺なんかより余程、とんでもない肉体を持ってる奴がいるかもしれないし」

「想像したくないわね、それは……」

「そういう時のために、せめて効果的な殴り方くらい覚えておきたいってだけ」

「……」

 

 なるほど、と美偉は理解したように頷く。要するに、その自身の肉体と同じレベルの超人と言える相手がもう一人いて、そいつと何かあったのだろう。

 上手く濁して伝えてくれたので、とりあえず把握は出来た。

 

「ま、教えるだけなら良いわよ。と言っても、風紀委員で習う技なんて合気道とか少林寺拳法みたいな護身術系の技だからね」

「それで十分だよ」

「あと、私厳しいからね。途中で音を上げないこと」

「楽勝でしょ」

「じゃ、今日からね」

「え、今日から?」

 

 このあと、泣かされるに泣かされた。

 

 ×××

 

「はぁ……疲れた……精神が特に」

 

 湯船に浸かりながら、非色は天井を眺めた。すごいスパルタだった。型を崩せば、崩した部分を叩かれ、怒鳴られ、また叩かれる。まぁ、少なくともどのような型かは頭に叩き込めたが。

 なるべくコンパクトに且つ、体全体を使って突きを放つ事で、最小限の動きで最高の威力を繰り出せる。

 有意義ではあったが……やはり、あの姉は怖かった。

 

「はぁ……疲れたなぁ……」

 

 どちらかと言うと、動きより理屈を知りたかった。技が使えなくても、知っていれば凌げるかもしれないから。明日からは、ボクシングや柔道、空手、CQCなども調べてみるつもりだ。

 とりあえず、風呂から上がって寝間着に着替えると、美偉がリビングで立っていた。

 

「あー……ねぇ、非色」

「? 何?」

「良かったら、一緒に寝ない?」

「良いけど……どうして?」

「あ、うん。……その、何? あなたがしばらく外で泊まってた時から思ってたんだけど……あなた、いついなくなるか分からないから……なるべくなら、一緒にいたいと思って……」

 

 言われて、非色は控えめに俯く。確かに、ヒーローなんてやっていればいつ死ぬか分からない。なるべくなら、普通の姉弟として過ごしていたいものだ。

 

「……うん。じゃあ、一緒に寝よっか」

「ありがと。……覚えてる? あなたがこの部屋に来たばかりの時は、ベッドじゃ寝付きにくくて床で寝てたの」

「その話はいいよ……」

「ふふ、ごめんごめん」

 

 そんな話をしながら、美偉の部屋に入った。二人でベッドの中に入り、二人で手を繋ぐ。

 床の方が寝やすい、なんてひどい癖がついていた非色だったが、強引に美偉が一緒に寝ることでその癖を治した。

 直ってからは、余りにも寝相が酷かったので部屋を分けたわけだが。

 

「久しぶりね、一緒に寝るの」

「うん」

 

 懐かしい感情に浸りつつ、少し、申し訳なさが芽生えてきた。

 

「……ごめん。姉ちゃん」

「? 何が?」

「心配ばかりかけて。……内緒で、ヒーローなんてやって……」

「……そうね。友達は中々、作らないし、と思ったら隠れてヒーローなんてやってるし、ホントに心配ばかりかけさせられてるわ」

「うぐっ……」

 

 でも、と言葉を継ぎつつ、美偉は身体を横にして非色の方を向いた。

 いつもと違って眼鏡を外している綺麗な姉の笑みが、まっすぐと自分を見据えて、頬の上に手を当てられた。

 

「でも……それがあなたのやりたい事、なんでしょ?」

「あ、うん……」

「なら、謝らないで最後までやりなさい。……必ずこの部屋に戻って来る、それを約束してくれれば、好きにやって良いわ」

 

 それを言われると、非色は思わず頬を赤らめる。そんな風に言ってもらえるとは思わなかった。応援されると、少し嬉しくなってしまうのだ。

 

「ありがと……姉ちゃん」

「うん。じゃ、寝ましょう。とにかく、明日から学校だからね」

 

 それだけ話すと、二人で手を繋いだまま目を閉じた。

 

 




超電磁砲メインって言ったけど、多分シェリーとかオリアナとかとも戦っちゃう。超電磁砲本編が一方通行から大覇星祭まであきすぎなのよ。


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正体不明編
そんなんだから舐められるんだってマジで。


 夏休みが明けると、憂鬱な学校が始まる。今日は始業式なのですぐに終わるわけだが、その終わるまでをとても長く感じるのは、やはり退屈だからかもしれない。

 まだ朝のホームルームも始まらない教室で、非色はぼんやりと空を眺める。しかし、最近はそんな非色の一人の時間も許さない人物が現れた。

 

「非色くーん!」

「元気でしたか?」

 

 佐天涙子と、初春飾利の二人だ。クラスの中でも特に可愛い二人が絡んで来ていて、正直、他の男子達の視線が痛い。まぁ、いじめが始まったとしても、全員、非色とは喧嘩にもならないわけだが。

 

「どうも。佐天さん、初春さん」

「どう? ヒーロー活ど……」

「はいちょっとおいで佐天さん」

 

 突然、手榴弾を投げ込まれたので慌てて廊下に叩き出した。そのまま屋上まで運び、非色は佐天に言う。

 

「正体は秘密って分かるよね? 何をいきなり抜かしてくれてんの?」

「あー……ご、ごめんね?」

「ごめんねじゃないから! もしバレたら佐天さんを人質に俺に仕返しにくる奴とか現れるかもしんないんだからね⁉︎」

 

 すごく捲し立てると、何とか理解してくれたのか「てへっ」と舌を出しながら苦笑いを浮かべた。可愛いのが腹立たしかった。

 

「全くもう……とにかく、次から気をつけて」

「はいはい」

「ひ、非色くん……足速いです……!」

 

 後から初春がついて来ていた。そんなわざわざついて来ることなんてなかったのに。

 

「ああ、ごめん。走らせちゃったか」

「そういえば、もうすぐ大覇星祭じゃん? 非色くんがいれば、かなり良い所までいけるんじゃないの?」

 

 佐天が思いついたように言うと、初春も呼吸を整えながら頷いた。

 

「そう言えば、そんな時期ですね」

「そこらの能力者より非色くん強いし、うちの『THE・普通』な中学にも勝ち目が出て来るんじゃない?」

「いや、俺出ないよ」

「「へ?」」

 

 言うと、二人は唖然としてしまう。

 

「いや、そりゃそうでしょ。俺が出たら怪我させちゃうし、そもそも超人な事を他人にばらすようなものだよ」

「加減すれば良いじゃん」

「車に撥ねられてもピンピンしてる男だよ? 不意打ちをもらっただけでもバレるって」

 

 それを言われると、確かに、と佐天も初春も目を逸らすしかない。そこらの能力者より強い無能力者だからこそ問題だ。ヒーローだとバレれば、それこそ終わりである。

 

「そっかー。非色くんがいれば、勝てると思ったのになぁ……」

「いやいや……まぁ、そうね。本気を出せばまず負けないね」

「自信あるなぁ……」

 

 自信がないとヒーローはやっていけない。流石にレベル5を相手に出来ると思っているほど自惚れてはいないが。

 

「……」

 

 いや、しかし実際、レベル5と割と渡り合っている。麦野とも一方通行とも戦いになっていた以上は、少しは自信を持って良いのかもしれない。

 

「佐天さん、初春さん。俺って強いと思う?」

「え? わ、私よりは?」

「なんです? 急に」

「ごめん、なんでもない」

 

 冷静になる事にした。考えてみれば、姉に頭が上がらずに強いなんてことはないのだから。

 そんな中、初春がふと思い出したように声をかけて来た。

 

「そういえば、非色くん。今日、春上さんと枝先さんが転校して来る日なの、知っています?」

「あ、今日なんだ。……てか、そりゃ今日か」

「楽しみだねー。みんなと同じクラスって」

 

 正直、非色としては微妙な感じだ。何せ、ヒーローに憧れている二人組な上、非色がヒーローであることを知らない。

 万が一、佐天や初春を含めた四人で食事の時、うっかり口を滑らさないか不安な所だ。

 

「……大丈夫かなぁ、なんか不安」

「え、何が?」

「いや、これから先の学園生活が」

 

 胃に負担がかかりそうだ。胃薬の購入も考えてしまう程度には。

 

 ×××

 

 始業式が終わり、非色はさっさと教室を出ようとした。……が、その非色に後ろから初春が声を掛ける。

 

「あ、非色くん」

「何?」

「途中まで一緒に帰っても良いですか?」

「え? 春上さんと枝先さんと遊びに行かないの?」

「私は風紀委員ですから」

 

 なるほど、と非色は頷く。代わりに、佐天が自分の友達も一緒に連れて、みんなで集まっているのが見えた。

 

「大変だね」

「いえ……もう慣れましたよ」

 

 今までにも、何度かこういう事があったようだ。まぁ、それを承知で風紀委員に志願したのだろう。だから、友達との遊びに行けなくても、笑顔を浮かべられている。

 廊下を出て、下駄箱から靴を出しながら、初春がふと思い出したように声をかけて来た。

 

「そういえば、白井さんとはどうですか?」

「? どうって?」

「仲良くやれてます?」

「怒られてばかりだよ。この前だって、泊まりで友達の助けに行ったら怒られたし」

「それは連絡をしなかったからでしょう?」

「ああ、知ってるの……」

 

 正直、一人くらい愚痴を聞いてくれる味方が欲しかったのだが、黒子の周りにいるメンバーを味方に取り込むのは無理だ。

 

「白井さんは……いえ、固法先輩もみんな、非色くんが心配なんですよ?」

「分かってるけどさぁ……同級生とか姉に怒られてビビりまくってるヒーローって何?」

「あ、あはは……ショボいですね」

「……」

 

 この子も意外と毒あるな、と軽く引いていると、初春は続けて言った。

 

「とにかく、白井さんを悲しませないようにして下さいね」

「悲しませるって……もう友達やめるとかは……」

「いやいや、ですから、非色くんの身に何かある、とかです」

「え……あ、あー……」

 

 そう言えば、そんな話をした事も思い出した。黒子も美偉も、ある意味では街の平和以上に自分の身の安全を心配しているのかも……と、思ったところで、非色は「ん?」と声を漏らした。

 

「どうしました?」

「いや、白井さんって……なんで俺のことそんなに心配してくれるのかなって……」

「え?」

「だって……なんか姉ちゃんと同じレベルで心配してくれてるし……怒られるし、でも嫌われてるわけでもなさそうだし……」

「……!」

 

 その反応に、初春は思わず瞳を輝かせる。まさか、この超人にも普通の中学生と同じ感性があるのだろうか? 

 だとしたら、今の現状は決して良くない。何故、よりによって佐天が一緒でない時に限ってそういう事を思うのか。自分では、うまく言葉で自覚させられる気がしない。

 

「なんか、白井さんって……」

「し、白井さんって……?」

 

 なので、非色が言うことに耳を傾けることにした。キラキラと目を煌めかせて、次の素顔のヒーローの言葉を待つ。

 

「口うるさい妹みたい」

「……」

 

 一気に落胆した。そこでまさかの身内のような評価である。何故、妹という感想になるのか。やはり、普通の感性ではないようだ。

 もうなんかどうでも良くなった初春は、苦笑いでニコニコしながら続けた。

 

「……し、白井さんが下なんですね……」

「そりゃそうでしょ。俺の方が背も高いし」

 

 身長でその辺を決めてしまう辺り、弟なのはあなたの方では? とは言わないでおいた。

 これは白井さん、苦労しそうだなぁ……と、初春がしみじみ思っていると、非色が呟くように声を漏らした。

 

「……でも、俺にとっても白井さんは……こう、大切な人だから……」

「え?」

「あの人も、ヒーローに向いてる気がするんだ。風紀委員に属しているとは言え、風紀委員の活動範囲を超えて行動してるでしょ。本当は能力者同士の喧嘩に介入するのは警備員の役目なのに」

「……そうですね。それで、生傷作って始末書書いて……」

「うん。俺とは違うから、怪我すれば治すのに時間かかるし、場合によっては傷跡も残る。だから、俺が守ってあげないと」

「……」

 

 実はこの二人、恋愛とかそんな器に収まっていないんじゃないだろうか? 守るし守られる、の関係って、初春の知る限りでは3パターンしかない。戦場での部隊、諜報部員のコンビ、そして夫婦である。

 ……いや、割とどれも当てはまる節はある。

 

「……白井さん、幸せ者だなぁ」

「え、な、何が?」

「いえ、なんでも。……あ、そういえば一つ、非色くんに情報を」

「情報?」

 

 話を逸らすと、見事に食いついた。チョロいヒーローである。

 

「はい。学園都市に侵入者が入ったようです。何者か分かりませんが、注意するように、と」

「……特徴は?」

「写真を送ります。白井さんは早速、追っているみたいですが……」

「ま、この街に侵入できてる時点でタダモノじゃないよね」

 

 大体の話を理解した非色は、初春と共に人気の少ない路地に入った。一七七支部への近道だ。

 隣を歩きながら、非色は鞄から六角形のプレートを取り出し、胸に当てる。スイッチを押すと、非色の身を包むように布が現れた。

 最後に、サングラスを掛けて、フレームのボタンを二回押す。それと同時に、路地裏を抜けた。

 

「すごい……本物のヒーローみたい……」

「ヒーローだよ」

「そうでしたね。では、気を付けてくださいね」

「はいはい」

 

 そのまま別れ、出動した。

 

 ×××

 

 駅周辺で、白井黒子は携帯を手に歩いていた。そこに映されているのは、金髪で黒いゴスロリで黒人の外国人だ。

 それと思わしき人物が、黒子の前を歩いている。

 

「見つけましたわ。間違いなさそうですの」

 

 それだけ話すと、黒子は堂々とその人物に声をかける。

 

「あなたですのね? この街に侵入した部外者とは」

「……?」

「この街の治安維持を務めている風紀委員、白井黒子といいますの。動かないで頂けますこと?」

 

 腕章を見せながら、声を掛ける。学園都市の外に能力者はいない。能力者である上に、風紀委員として鍛えている自分の方が有利……と、思いたいが、目の前の女の落ち着き、どうにも嫌な予感がする。

 油断なく睨み付けていると、金髪の女が呟いた。

 

「探索中止。手間かけさせやがって……」

 

 それを言った直後、金髪の女はチョークを取り出し、コンクリートの地面に文字を綴った。

 何をしているのか分からないが、とにかくヤバいと察した黒子は、空間移動をする。直後、自身の真下に巨大な岩石の腕が掴みかかって来ていた。上半身のみしか見えないが、およそ5メートルほどだろうか? 

 

「! 能力者……⁉︎」

「テキトーにあしらっとけ」

「チッ……逃がしませんわ!」

 

 すぐに空間移動をこなし、金髪の女の背後をとり、拳を構えた。が、その目の前にも岩の壁が出て来る。いや、壁というより掌だ。

 

「っ……!」

 

 直感で、近くに見えた街灯の上にテレポートする。直後、地面からようやく姿を現したのは、一体の巨大な岩だった。

 

「きゃああああ!」

「や、やべぇ、逃げろ!」

「能力者同士の喧嘩か⁉︎」

 

 周りにいた生徒達も大慌てで逃げ出す。目に入ったのは、地面から巨人が出て来たことにより、道路が割れて落下しそうになっている生徒だ。

 すぐに転移し、その少女に手を当てて飛ばす。他にも巻き込まれそうになっている生徒を助けに動いた。風紀委員として見過ごせない。

 ……が、それはゴーレムにとって的でしか無かった。

 次に黒子が助けそうな相手を先読みし、そこに向かって手を伸ばす。

 

「しまっ……!」

 

 テレポートした先に掌が見え、思わず身構えた時だ。その一撃が当たる前に、一人の影が入り込んだ。手のひらのサイズが人間一人分の大きさの一撃を、非色は両手で受け止める。

 

「やっほー。元気?」

「あなた……!」

「ほらほら、早く飛んで」

 

 言われて、黒子はその場からテレポートする。その直後、非色の身体をゴーレムが握り込んだ。

 

「!」

 

 直後、ギリギリと力が込められる。車でも秒で二次元になってしまいそうな威力だ。しかし、非色の身体から、メキメキ、とも、バキボキ、という耳に響く事はなかった。

 むしろ、バギッと何かが欠けるような音がしたのはゴーレムの手の方だ。

 

「……オイオイ」

「すげぇ……!」

 

 遠くで見物している避難中の生徒から歓声が上がる。

 非色は、巨大な親指と掌に両手をつけ、徐々に自身の身体から引き剥がしていた。

 直後、非色の左手からバチっと耳に響く音と共に稲妻が走った。義手に限界がきているようだ。

 丁度、親指の相手をしているのは右腕だったので、ほんの一瞬、手を抜くと、自身の身体を親指が包む前に、下から親指を右拳で殴り砕いた。

 それと共に左手が支えてある掌の方に右手を掛け、ジャンプして飛び越えると、手の上に乗り、走ってゴーレムの顔面の方に走った。

 

「いやー、良い圧力マッサージだったよ。……あ、いや違う。ヒーローっぽいキャラで……フッ、悪くないマッサージチェアだったな。ん? チェア?」

 

 避けつつ接近すると、反対側の拳が飛んで来た。それを、右手で水鉄砲を放ち、糸状にしたまま拳を放った方の肘に貼り付け、空中を漂いながら水鉄砲を手放し、顔面に両足を揃えた蹴りを叩き込んだ。

 

「ふっ、遅いな。そんな速さでは蚊だって潰せない」

 

 蹴り込まれ、後ろにひっくり返るゴーレム。大きくジャンプをし、左手の様子を眺めながら街灯の上に飛び乗った。

 まだ使えそうだが、音声入力モード以外に切り替えられなくなった。

 

「どうしよう……姉ちゃんに義手ってバレる……」

 

 そう言いつつ、左手を確認していると、ゴーレムの右拳が飛んできて、非色が止まっていた外灯を叩き折った。

 

「うおっ、と……!」

 

 直後、非色は別の街灯に左手で糸を伸ばしつつ、右手で折れた街灯を掴み、宙を舞いながらゴーレムの後ろを取りつつ、右手でクルクルと折れた街灯を回す。

 

「おまっ……じゃないや。貴様が散らかしたもんだ、返すぞ‼︎」

 

 作った台詞を叫びながら、街灯をゴーレムの後頭部から顔面を貫いた。

 そのまま正面に降りると、左手を向けたまま足を止めた。連続でグレネードを放ちながらゴーレムに接近する。

 顔面を吹っ飛ばしたにもかかわらず、片腕で殴りかかって来るが、グレネードが破裂し、ゴーレムの動きが徐々に鈍る。

 

「『キャプチャー』」

 

 弾の種類をチェンジし、関節部に液の塊を放ち続けた。ゴーレムをさらに液で動きを封じる。

 茶色と黒と灰色の巨人が、徐々に真っ白に染まっていく。直後、その岩の塊が、突然、力が抜けたようにその場で崩れ落ちた。液体によって固定されているものの、岩の内側は崩れたようでガラガラと音がする。

 直後、非色の後ろから新たなゴーレムが形成されていく。そのまま拳を張り抜けるように構えた状態で。

 

「……しつこいなぁ……あ、いや、しつこい奴め。まだボコられ足りないか?」

 

 身構えた直後だった。さらにゴーレムの後ろから稲妻を纏った青白いビームが、一撃でゴーレムを吹き飛ばした。

 

「うひゃあ! 危なっ⁉︎」

 

 これには見覚えがある。常盤台の超電磁砲、そのものだ。流石の威力で、ゴーレムは一撃で灰となり、崩れ落ちた。

 

「どうも、ヒーロー。苦戦したみたいね?」

 

 人の形から上半身が削り取られ、煙を上げている奥から声がする。余裕そうな声、強気な笑み、見慣れた茶色い学生服……御坂美琴本人だった。

 

「く、苦戦なんかしてないよ! ……あ、いや違う。苦戦? 何の話だ? まさか、この私があの程度の木偶に……」

「そのキャラ、やめた方が良いですわよ」

「……」

 

 隣に黒子がテレポートして来て、普通に忠告される。

 

「そ、そう? でも、この方がヒーローっぽくない?」

「私は、普段のあなたの方が好きですの」

「えっ……え?」

 

 ドキッと心臓が跳ね上がり、マスクの下で頬が赤くなる。

 

「助けてくれて、ありがとうございます。ヒーローさん」

「え、あ、いや……その……うん。まぁ、なんだ……べ、別にその……」

「ふふ、照れなくても良いんですのよ?」

「え、いや……うん。ごめん……いや、うん……」

 

 戦闘後とは思えないほど甘酸っぱい空気になっていた。

 

 ×××

 

「おいおい……マジか」

 

 遠くから、金髪の女……シェリー=クロムウェルが眺めていた。自分の魔術を一撃で吹っ飛ばした女じゃない。あの変な格好の男の方だ。……いや、男かも分からないが。

 

「学園都市に、聖人でもいやがるってのか……?」

 

 いや、だとしても問題はない。奴はこちらが明らかに魔術を使ったのに対し、魔術も能力も使わず、身体能力だけで抵抗していた。

 聖人である事に気付かずあの歳まで成長したのか、或いは学園都市の何かしらであの肉体になったのか……なんにしても、警戒しておくべきだろう。

 

「さて、続けるか」

 

 そう言うと、自身の目的のためにシェリーは動き始めた。

 

 




シェリーの所って正体不明編って言うんだ。


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情報が足りない時の推理は穴だらけ。

「なるほど……テロリスト、ね」

「はい。ですから、非い……ヒーローさんは」

「逃げないよ」

 

 大体の事情を聞いたので、非色は首をコキコキと鳴らした。しかし、黒子としては複雑だった。何故なら……。

 

「じゃ、私も協力して良いわよね?」

「お、お姉さま……」

 

 こうなるからだ。やはり、なるべくなら一般人に首を突っ込んで欲しくなかった。

 美琴としては、面倒ごとに首を突っ込みたいわけではなく、自分のクローンが万が一にでも巻き込まれる事があるなら、見過ごすわけにはいかない。

 

「まぁ、お話は分かりましたわ。では、参りましょうか」

「場所は?」

「まだ判明しておりませんが……」

『白井さん、聞こえますか?』

 

 黒子がつけている通信機から、初春の声がする。

 

『監視カメラから、次にターゲットが向かったポイントを割り出しました!』

「何処ですの?」

『地下街です!』

「了解しましたわ。お姉様、二丁水銃さん。地下だそうです」

「「了解」」

 

 三人でのんびりと歩いて地下に向かった。

 

「あ、その前に待って。白井さん、ビルの屋上まで連れてって」

「? なんでです?」

「スーツを格納したい。ヒーローのままだと目立つでしょ?」

「分かりましたわ」

「いやいや、そんな真似しなくても良いわ。合図したら瞬時に着替えなさい」

「え?」

「はい、今!」

 

 直後、美琴を中心に大きなフラッシュが発生した。その場にいた全員が目を隠す中、第六感によって何が起こるのか分かっていた非色は、ボタンを押して瞬時に学生服に戻る。

 

「な、なるほど……」

「流石ですわ、お姉さま」

「さ、行くわよ」

 

 三人で地下への階段に向かった。とは言え、あまりのんびりはしていられない状態だが。

 

「で、まずは地下にいる生徒の避難誘導で良いんですか?」

「いえ、それは既に風紀委員が行っていますのでご安心を」

「じゃあ、俺もそれ手伝いますよ。俺なら最大で10人くらい運べますから」

「……良いですの? 呉々も無理はなさらないように」

「しませんよ」

 

 信用ならなかった。だって、無茶ばかりする人だから。過去にどれだけのことをやらかしているのか、自覚があるのか問いただしたい所だ。

 とはいえ、まぁ一緒に生徒を避難させるのであれば、問題ないだろう。

 

「でも、不思議な能力者だったわね。あの……土の魔人? みたいなの出して」

「そうですわね。外部からの侵入者に能力者がいるとは思いませんでしたが」

「非色くんがこなかったら、黒子も危なかったかもね?」

「いやいや、そんな事ないですよ。あいつの握力、見た目ほど大したことなかったですし」

「……それはあなたの耐久力がおかしいだけですの」

 

 まぁ、その通りだった。非色の麦野、一方通行、否菜と戦って来た非色の身体は、もはや新幹線に跳ねられても無事でいられるだろう。

 そんな話をしながら、非色はふと思い出したように聞いた。

 

「……でも、テロリストがなんで地下街なんですかね?」

「そんな事、私に申されても……」

「いやいや、考えましょうよ。そうすれば、敵の狙いが分かりやすくなるから」

「それは私達の仕事ではありませんの。今回の件には、警備員も出動して連携を図っています。私達、風紀委員がすべき事は、一般生徒の無事を確保する事です。警備員の方々が作戦を考えている間、私達はなるべく多くの生徒を外に出すべきです」

 

 徐々に二人の間に流れる空気が険悪になっていく。美琴の頬に冷や汗が流れる。

 とりあえず、歳上として落ち着かせようと口を挟もうとした時だ。先に非色が声を発してしまった。

 

「……随分と警備員を信用してるんですね」

「どういう意味ですの?」

「いえ、別に。じゃ、俺は別行動しますね」

「え、ちょっ……な、なんでよ?」

「なんでそうなりますの⁉︎」

 

 二人して声を掛けて来るが、非色は真顔のまま答えた。

 

「いや、だってなんか考え方が違うみたいですし。俺は、警備員の会議なんてチンタラ待ってないで、テロの標的を自分で考えて動いた方が良いと思います。俺の方が頭良いし」

「だからって……ていうか、どうしてそんなに警備員を信用できないわけ?」

「そうですの。あの方達、ボランティアで街の治安を維持しようとして下さる方々ですのよ?」

「いや、だってあいつらのトップは結局、学園都市でしょ」

 

 それを聞くと、黒子は眉間にシワを寄せたが、美琴はピンと来たように目を丸くする。学園都市外部から来た能力者。学園都市のイカれた連中が興味を持たないはずがない。

 自分達の街の能力者とどちらが強いか、能力の根幹は何か、それらを把握するために、わざと泳がせる可能性も低くない。それこそ「作戦会議」という名目を持って。

 

「そんなわけで、俺は別行動を取ります」

「い、意味が分かりませんの! キチンと説明しなさいな!」

「黒子、落ち着いて。とりあえず、私達は救助に向かうわ」

「お姉様まで……!」

 

 学園都市の黒い部分を、何も知らない子には知らせるべきではない。それがどう転ぶか分かったものではないから。

 しかし、黒子としては、それが何だか気に食わなかった。二人の間で、何か伝わり合っているのが、とても腹立たしい。

 

「な、何なんですの⁉︎ 二人してその感じ!」

「いや、何なんですって……」

「黒子は知らなくて良いことよ」

「わ、私だけ仲間外れですの⁉︎ お願いですから、大事なことなら教えて下さいな!!」

「うーん……まぁ、大事だけど、仲間外れってことで良いですよ」

「聞き分けなさい」

「うー! わーたーくーしーもー!」

 

 こういう時、割と子供っぽくなるあたり、やはり黒子も中学一年生だ。非色が黒子を「妹」と言い切る所以でもあったりなかったり。

 

「てか、それより早く行きましょうよ。避難させないと」

「そうね。黒子、こんな所で喚いている暇は無いわよ」

「うう……お姉さまばかり非色さんと秘密を共有して……」

「誤解を招く言い方はやめなさい……。……どちらかと言うと、私はあいつとそういう関係に……ゴニョゴニョ……」

 

 何故か急に自滅し始める先輩を放っておいて、非色はさっさと動くことにした。

 

「じゃ、俺は俺で動きますね」

「ま、待ちなさいな! せめて私と一緒に動いて下さい!」

「何でですか?」

「そ、それは……!」

 

 頬を赤らめたまま、黒子はその場で俯く。その黒子に、非色は何も分かっていない様子で言った。

 

「じゃ、とにかく行きますね」

 

 それだけ言うと、非色はジャンプしてその場から立ち去ってしまった。

 その背中を眺めながら、黒子は小さくため息を漏らしてしまう。

 

「……はぁ」

「黒子。彼の言うことは決して間違いじゃないのよ。でも、私と共有してる秘密はあんたが思うようなロマンチックなものじゃないの」

 

 実際、美琴と非色の間だけで共有している事は多い。妹達、学園都市の黒い部分、超人がもう一人いることなど……少し前まで、非色が超人であるという事も、美琴しか知らなかった。

 

「それに、非色くんは賢いんだし、彼のことを信じましょう。あなたの言った事だって、決して間違っていないんだから、お互いに成すべきことをしましょう?」

「お姉様……」

 

 優しく頭を撫でながら言われ、黒子は涙目で美琴に飛びついた。

 

「お姉様ー! 私、やっぱりお姉様に一生、ついて行きますわ!」

「そんなこと言うと、非色くんが嫉妬するわよ?」

「あのバカ男に嫉妬なんてまともな情緒、あるとは思えませんわ」

 

 中々、酷い言われようだった。まぁ、たまには愚痴に付き合うことにして、とりあえず二人で地下街に入った。

 

 ×××

 

「はぁ……白井さんと地下街で遊びたかったなぁ……」

 

 勿論、遊びではなく避難勧告だが。なんであれ、人命が掛かっている以上はキチンと仕事はしなければならない。

 

「左手は……うん。何とか動くね」

 

 本調子ではないので、やはり今日は終わったら木山の所へ行かなければダメそうだ。特に、美偉には義手であることはバレたくないし、最悪21時までに帰れない事も視野に入れないと……。

 

「……」

 

 そこで考えるのをやめた。また今晩、怒られる時のことなんて考えたくもない。

 さて、敵はどう来るか? そもそも何故、学園都市に容易に侵入できる奴が、監視カメラに地下へ入られる所をあっさり見られたのか。科学の街で無くとも、監視カメラのことくらい知っているであろうに。

 その答えは単純だ。わざと見られたからだ。奴の能力を完璧に把握したわけではないが、ゴーレムを召喚した辺り「ゴーレムを召喚する能力」なのか「大地をある程度、操作する能力」辺りだろう。

 どちらにせよ、地下では不利だ。

 

「……テロリスト、と言うが……それはおそらく学園都市側から、捕獲する為に付けられた悪党の烙印だ」

 

 単機でテロを行うバカはいない。と言うより、テロのつもりであれば、あの場でもっと暴れてもおかしくない。

 つまり、何か目的がある。そう判断するのがベストだ。学園都市に、あのゴスロリ女が仕留めたい、或いは誘拐したいと考えている誰かがいるはずだ。

 

「まぁ……インデックスさんだろうな」

 

 非色の知る限り、外部から来ていそうな人物は彼女だけだ。何故かいつも身に纏っているシスター服、インデックスという偽名にしか聞こえない名前、全てが外部の人間っぽい。

 

「けど、それなら地下に行った理由が無くなる」

 

 ここから先は戦術を考える時間だ。仮に、外部の人間同士で他人を辿れる何かしらがあるとして、インデックスが地下にいるとゴスロリ女が知っていたとする。

 だとしたら、まずは表で騒ぎを起こし、監視カメラに映り、その上で地下に行くシーンを見せ、風紀委員を地下に集合させつつ、一般生徒を地上に避難させる。

 その後、自身の能力を使い、地下をシャットアウトし、地上には治安維持できる戦闘能力の低い生徒達を集め、その中にいるインデックスを叩く……というのが敵のシナリオだろう。

 まぁ、全部「多分」とか「おそらく」とか「仮に」とか可能性だけで辿った考えなので、穴だらけではあるのだが。

 

「よし、とりあえず、俺は地上に残ろう」

 

 そんなわけで、避難されている生徒達を上から眺めた。

 

 



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ホント恋する乙女って面倒臭い。

 黒子は、後悔していた。何にって、目の前の光景に、である。

 

「何あんた。このちっこいのと残りたいって言いたいわけね?」

「とうまはこっちのガサツな短髪と残りたいんだ?」

 

 事の発端は、地下の生徒を地上に出している時だった。急に電気が落ち、付近が見渡せなくなる。

 なので、携帯の電気でしばらく歩いていると、上条当麻、インデックス、そして風斬氷華と遭遇。テロリストが徘徊しているため、地上に逃げるよう注意喚起をしたわけだが、一度に移動できる人数は二人が限界。

 上条はテレポート出来ないため、インデックス、風斬、美琴が先に撤退することになったのだが……まぁ喧しい。

 側から見ても「他の女とコイツが二人になるのは許せない」と言った感じなのが見え見えだ。

 

「非色さんがいれば……」

 

 少なくともあの人がいて、ここに残れば、二人きりにはならないわけだから、さっさと撤退できたわけで。

 ……そもそも、あの人はこの事態を把握できているのだろうか? 地下にいるのかどうかも分からない。

 いや、今は寂しがっている場合ではない。とにかく、脱出が最優先だ。

 

「はぁ……お姉様は、私と救助活動の手伝いに来てくれているのでは?」

「……!」

「何者かが地下で蠢いている以上、戦闘能力のない方々を優先したい所ではあるのですが」

「そ、そうよね! ほらみなさいよ。私とこいつは別の出口から行けば良いのよ!」

「う、うう〜! そ、それなら私にだって言い分があるかも! 相手は魔術……」

「おおいインデックス少し待とうか!」

 

 大慌てで上条がインデックスの口を塞いだ。

 

「魔術師がどうとか言うなよ。どうせ信用されないだろうし、ややこしくなるだけだから」

「で、でも私だけ仲間外れなのは気に食わないかも! 実際、あの短髪より私の方が役に立てるかもしれないんだよ!」

「あー……じゃあ、インデックス。お前は外を見張っててくれ。もし、外で何かあれば必ず俺が駆け付ける」

「うぐっ……なんか、言いくるめられてる気がするかも……」

「違うっつの。こうなっちまった以上、風斬を守れるのはお前だけだ」

「ーっ……! ま、任せて欲しいかも!」

 

 そんな風に言われれば、すぐにインデックスは嬉しそうな顔になってしまう。例え、避難させられているとわかっていても。

 しかし、そんなことを目の前で言われれば、やはり気に食わない人がいるわけで。

 

「ち、ちょっと待ちなさいよ! 相手が誰だか知らないけど、私よりそのちっこいのを頼る気⁉︎」

「だーもううるせーな!」

「そ、そうかも! 私が任されたんだから、短髪はここで大人しくしてれば良いのかも!」

「んだとコラァッ‼︎ あんた、私より強いつもりかー!」

「あ、あの皆さん……少しは落ち着いた方が……」

「まったく……これでは避難どころではありませんわ……」

 

 ぼやきながら、携帯を取り出し、何処かへ電話する黒子。

 その隣で、三人の言い争いは加熱されていった。

 

「どの道、全員外に出るんだから、誰が残ったって良いだろ!」

「良くないわよ! あんた少しはこっちの気を察しなさいよ!」

「そもそも、とうまがもう少し乙女心を理解してくれていれば、こんな言い争いには発展していないんだよ!」

「俺の所為になるのかよ!」

「あ、あの……私が残れば済む話なのでは……」

「風斬はダメだろ」

「ひょうかを危険には晒せないんだよ!」

「レベル幾つだか知らないけど、一般人を置いてレベル5が逃げるわけにいかないわよ!」

「う、うう……」

 

 ありがたいやら嬉しいやら照れるやらで、正直困ってしまった。こんな自分を、こんな風に気遣ってくれる人達がいる、と。

 そんな時だ。五人の元に地響きが伝わって来る。

 

「! これは……!」

「始まったか……!」

 

 もう小競り合いをしている場合ではない。

 

「お前ら、早く行け!」

「ツインテール! 氷華と一緒に連れてって欲しいかも!」

「黒子、私とこの人連れて行って!」

「あ、あの……私は後でも……!」

「白井、もうお前が決めてくれ!」

「了解しましたわ」

 

 言うと、黒子は風斬とインデックスの肩に手を置いた。

 

「えらいんだよ、ツインテール!」

「ちょっ……黒子⁉︎ お姉さまを裏切る気⁉︎」

「お姉様」

 

 キラキラと瞳を輝かせるインデックスと、顔を真っ赤にして怒る美琴を前に、黒子は冷静な口調で告げた。

 

「そこの類人猿をお願いします」

 

 直後、二人の間の形成が逆転し、インデックスが顔を真っ赤にして怒気を露わにし、美琴が「満更でもないかも……」と言った顔をする。

 

「ちょっ……ツインテール、やっぱ待っ」

「任せなさい。さ、行くわよあんた!」

「では、行きましょう」

 

 黒子は風斬とインデックスを連れて表に出た。

 残った上条は、真剣な表情で美琴に声を掛ける。

 

「御坂、お前は先に出口へ向かえ」

「な、何言ってんの? 私だって戦えるわよ!」

「あいつらを守ってくれ。相手は……詳しく言えねえけど、とにかく何をしてくるか分からない奴らなんだ」

「無理ね」

「なっ……お、お前なぁ!」

「あんたとあのちっこいのがどんな関係だか知らないけど、あの子に代わってここに残った以上、私は私で仕事をこなすわ」

「っ……」

 

 そんな風に言われれば、上条も無闇に拒否するわけにいかない。その上条に、美琴は畳み掛けて言った。

 

「ていうか、あんた超能力者を舐めてない? あんたと一緒に戦ったのは一方通行以来だけど、この街の第三位なんだからね」

「だーもうっ、勝手にしろ! 無理はするなよ!」

「あんたに言われたくないわね」

 

 そう言うと、二人は地下街で音のする方に走った。

 

 ×××

 

「はい、表で油を売っていたヒーローさん? お二人の保護をお願いしますわ」

「……」

 

 予想が外れた非色は、黒子に呼び出され、それはもう攻められていた。いや、未だテロリストの狙いがはっきりしていない以上、ハズレと言い切れないが、何にしても周りから見ればサボっていただけだろう。

 

「わぁ、二丁水銃だ! カッコ良いんだよ!」

「あ、ありがとう……」

 

 インデックスにキラキラした目で見られ、非色は思わず目を逸らす。知り合いにこうして見られるのは少し苦手だ。

 が、その目を逸らした先には、風斬が同じようにニコニコ微笑んでいた。

 

「あ、私も知っている……というか、何度か活躍を見たことがあります……!」

「そうかい? もしかしたら、どこかですれ違っていたのかもね」

 

 しかし、知らない人とは普通に話せる。相変わらず、マスクを被っていれば饒舌な奴だ。

 

「いつも、学園都市を守ってくださっていますよね? 活躍、応援してますよ」

「ありがとう。そう言ってもらえると、力が出るよ。特に、あなたのような綺麗な方に応援されると本当に」

「き、綺麗……ですか?」

「むっ、二丁水銃! ひょうかをナンパしちゃダメなんだよ!」

 

 まるで風斬を庇うように両手を広げて前に出るインデックスの頭を、非色は優しく撫でた。

 

「そんなつもりはないよ。俺は、ヒーローだから、彼女みたいに綺麗な人も、君みたいに可愛い子も、ムカつくイケメンも、童顔な子も、いじめられてそうなブサイクな子も、みんな平等に守るよ」

「な、なら良いけれど……え、か、かわいい?」

「うん」

「え、えへへ……かおりに自慢しちゃおう。学園都市のヒーローに褒められたって」

 

 なんてやっている時だった。隣にいるツインテールの少女に、足の甲を踵で踏み抜かれたのは。

 

「ーっ⁉︎」

「ナンパヒーロー。そう言うなら、もう少し仕事をしては如何ですの?」

「な、なんで踏んだの? てか、だからナンパなんてしてなくて……!」

「誰がなんと言おうと、あなたがなんと誤魔化そうと、今のは歴とした性犯罪ですの」

「ナンパじゃないのかよ⁉︎」

 

 怒る黒子と、何故怒られているのかわからない、と言う感じで慌てるヒーロー。そんなやり取りを見て、インデックスは既視感を抱いた。このヒーロー、何処かの誰かに似ている。

 

「えっと……くろこ、で良いのかな?」

「ええ。なんです?」

「苦労してるんだね……私、少し気持ち分かるかも」

「分かってくれますか……あなた、お姉様と喧嘩していた割に見所ありますのね」

「ちょいとちょいと。俺が苦労かけさせてる、みたいな言い方やめてくれない? むしろ、俺は苦労してる人を助けてる人で……」

「「あなたも同類ですの(なんだよ)」」

「なんで⁉︎」

 

 なんてやってる時だった。三人の隣で、クスッと微笑むような声がする。隣を見ると、風斬がクスクスと控えめに笑みを浮かべていた。

 

「どうしたの? ひょうか」

「ご、ごめんなさい……なんだか、みんなが楽しそうで……ふふっ」

「ちょっと……別に楽しくはありませんの! 不愉快なだけですわ、特にこの男は!」

「痛たたた……くはないけど、ちょっと小突かないで」

 

 ドスッドスッと黒子に脇腹を突かれる様子を、さらに風斬は笑って眺めているときだった。

 地中から、ゴーレムが姿を現した。

 

 ×××

 

 ほんの数分前、上条と美琴は音のする方向に歩いていた。

 

「で、相手はどんな奴なの?」

「俺も知らねえよ。ただ、この街の能力者みたいに能力は一つ、って事はないかもしれない」

「はぁ? どういうこと?」

「学園都市の能力者とは訳が違うってことだ。気を抜くなよ」

 

 それを言われ、美琴の表情も自然と引き締まる。確かに……:特に今年はありえない奴がよく相手になることが多い。

 

「じゃ、私はあのゴーレムを相手にするわ。あなたは、それを召喚した奴をお願い」

「大丈夫か?」

「さっき一体、レールガン一発で吹っ飛ばして来たところよ」

 

 それを聞いて、上条は一先ず信用しておくことにする。すると、今度こそ暗闇の奥から、巨大な何かの影が歩いて来るのが視界に入った。

 

「……なんだぁ? 禁書目録もあの女狐もいないじゃねえか」

 

 そう言ったのは、巨大な影の足元にいる金髪のゴスロリ女……シェリー=クロムウェルだった。

 

「アレが術者か……!」

「とりあえず、一発ぶっ放すわよ」

「え? ちょっ」

 

 止める間も無く、キィーン……と、コインを弾く音が隣から響いた。ヤバい、と上条が思ったのも束の間、目の前のゴーレムが急に地中に潜るようにして姿を消した。

 それにより、美琴は跳ね上げたコインをキャッチする。

 

「お前らとやり合うのも面白そうだが、あんたら二人相手は面倒なのよね」

「逃げられると思ってるわけ?」

「無理矢理にでも逃げてやるよ」

 

 そう言いつつ、シェリーはニヤリと微笑みながらチョークを地面につける。何のつもりだ? と二人が思う間もなく、そこからシェリーの真下が爆発し、さらに地下へと潜って行った。

 

「クソッ……狙いはインデックスともう一人かよ⁉︎」

「追うわよ!」

「いや、御坂。お前はインデックス達の方を頼む!」

「あんたはどうするの?」

「俺は、あの魔術師を追う」

「あんた一人で平気なの?」

「平気、と言うよりそうするしかないだろ。ゴーレムはおそらくインデックスを追ったが、あいつ自身がそうとは限らない。このまま俺と御坂があいつの後を追えば、インデックスの方が無防備だ」

 

 かと言って、術者本人であるシェリーを追わなければ、無限にゴーレムを作られてしまう。

 

「分かったわ」

「じゃあな」

 

 それだけ話し、上条は穴の中へ、美琴は地上に戻るために黒子へ電話を掛けた。

 

 



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隣のクラスでも外国人でも異種族でも異星人でも、気が合えば友達。

 ゴーレムが突如。地中から現れたにも関わらず、非色と黒子の動きは早かった。黒子はインデックスと風斬をワープで移動させ、非色は上から振り下ろされる岩の拳を両腕でガードする。

 

「重っ……!」

 

 が、咄嗟の一撃であったことで、ズシンと自身の足元の道路が陥没しかける。ビシビシっ……と、足元に亀裂が走り、道路にクレーターが形成される。

 左手から、再び稲妻が走る。流石に酷使しすぎたか……と、奥歯を噛み締めた直後、横からゴーレムのもう片方の拳が自身の身体を捕えた。

 

「うお何事おおおおおっっ⁉︎」

 

 よりにもよって、掴まる物が何もない開けた場所に飛ばされたため、為す術なく飛ばされてしまう。

 戦わずに上手くあしらったゴーレムは、辺りを見回す。が、離れた場所に学生達が走って逃げているのが見えた。その中には、インデックスと風斬の姿もある。

 その後を追おうとした直後、左拳の指にマンホールが差し込まれ、切断される。

 

「……やはり、私の能力では指一本が限界ですのね」

 

 黒子が近くの地面に手を置いていた。あのヒーローが何をしているのかは知らないが、どうせすぐ戻ってくる。それまでは自分が相手をするしかない。

 さて、相性は最悪だがどうするか? 単純だ。マンホールをテレポートさせ続け、面積を削る。

 

「これでどこまで保つか……」

 

 良くも悪くも、自身の能力は応用が効く。それは攻撃にもサポートにも、そして何より逃走にも。無理はしない範囲で動くしかないのだ。

 

「……」

 

 油断なくゴーレムを睨んでいると、一気に拳を繰り出してくる。改めて受けると、とんでも無い速さだ。この巨体から繰り出されるとは思えない速度の拳だ。

 テレポートでなければ避け切れない。

 

「面倒な相手です、のね!」

 

 背後に回り込んで回避しつつ、道路のマンホールに手を添える。それが飛ばされ、ゴーレムの指をさらに切断した。

 が、いくら指を潰しても、出来なくなるのは「掴めなくなる」だけ。殴るだけなら指なんかいらない。

 それは、黒子も理解していた。

 

「……まったく、面倒な相手ですの」

 

 回避を最優先で、しばらく敵の攻撃を見切る。しかし……キリがない。このままでは、やはりジリ貧だ。どうしたものか……と、悩んでいる時だ。

 

「……ゅ────ん…………ドッカァ────ーン‼︎」

「……」

 

 幼稚な轟音と共に、車が降って来てゴーレムに叩き付けられた。爆発と共に大きく身体が削れるゴーレム。

 衝撃によって亀裂が入り、足元までひび割れていく。バランスが保てなくなり、崩れかけた。

 

「もう一ぱーつ!」

 

 さらに、折れた道路標識が肩に突き刺さる。その肩にぶら下がり、グンッと体重をかける。その後に続いて、黒子もテレポートして同じように道路標識にぶら下がった。

 それにより、岩の身体は大きくえぐられ、肩は破壊される。完全に機能が停止したのか、それとも魔術を解いたのか、そのままドシャッとその場に崩れ落ちた。

 

「あれ……終わり?」

「あなた、随分と簡単にぶっ飛ばされましたのね」

「うるさいなー。いくら超人でも、飛ばされたら簡単には戻って来れないの」

「ヒーローなら空くらい飛べるようになりなさいな」

「いやそんな無茶言われても……それに近いことできるってことで許してよ」

「あれは飛んでいるんじゃなくてぶら下がるって言うんですの」

 

 ……まったくだった。テレポートを繰り返して空中を維持している黒子の方が余程、飛んでいるように見える。

 

「で、どうです?」

「? 何が?」

「敵は周りにいます? 私よりも索敵能力は高いでしょう?」

「あ、はい。一応……うん。付近に脅威は迫って無さそう、かな?」

 

 何となく辺りを見回して確認する。第六感に引っかかる何かも無いし、遠くからこちらを見学されている、と言う感じもしない。

 

「うん。じゃ、俺は召喚者を……」

「ダメですの」

「は? なんで……」

「とぼけてはいけませんの。あなたの左手、故障していますわね?」

「えっ……な、なんで?」

 

 ドキッと胸が跳ね上がる。何故それを知っているのか。

 

「見ていれば分かりますの。微妙に左手を庇っていますし、拳を防御する際も右手の下に左手を重ねていたのが見えていましたわ」

「……よく見過ぎでしょ……」

「犯人の方はお姉さまが追っておりますし、一先ずゴーレムも撃退しました。あなたは一時、退却して左手を直して来なさいな」

「……いや、ヒーローとして一般人を置いていくわけには……」

「ヒーローも一般人ですの!」

「なっ……⁉︎」

 

 今のは聞き捨てならない。ヒーローが一般人と呼ばれるのは我慢ならなかった。

 

「俺は一般人じゃないよ! ヒーローの世界じゃ、警察の方が一般人だから!」

「なっ……わ、私が一般人と⁉︎」

「そうだよ!」

「あったま来ましたわ! あなた、逮捕しますの!」

「やってみろバーカ!」

 

 犯人そっちのけで、鬼ごっこが始まった。

 

 ×××

 

「……なんかよく分かんないけど、いなくなったみたいね」

 

 ゴーレムが破壊されたことを知り、その場を魔術で覗くと、ちょうど厄介な二人がいなくなったようだ。

 さて、本日三機目の親友を生み出す。都合が良いことに、障害がいなくなったのだ。聖人もどきを相手にすると思った時は肝が冷えたが、いなくなったのなら仕事は容易い。

 

「……さて、やるか……」

 

 そう呟くと、再びエリスを召喚し、動かした。ゴゴゴゴッと地鳴りと共に地中から目標の元へ移動する。

 とはいえ、真面目な話、自身の目的を抜きにしてもあの聖人(仮)は無視出来ない。イギリスに戻れたら、報告の必要がある。

 最悪の想定は「学園都市が聖人に近い生き物を生み出そうとし、それが叶った」という事。神の力の一端をどう再現したかなど知らないが、放っておけば強大な力となり得るわけだ。

 あのスパイのチャラチャラした金髪は、この事をイギリス清教に伝えてあるのだろうか? 少なくとも、自分は聞いていなかったのだが。

 いや、何にしても今はもう忘れよう。それよりも、そろそろ……。

 

「よう」

「……来たわね。幻想殺し」

 

 こちらはこちらで敵がいる。恐らく自身のゴーレムを、触れるだけで瓦解させられる能力の持ち主だ。

 だからこそ、ここは自分が相手にすることにした。自身の魔術の弱点と言える部位を、逆に武器にする方法で。

 ゆっくりと歩いてくるツンツン頭の男は、拳を構えながら声をかけて来た。

 

「テメェ、一体何考えてこんな事をしでかしてやがんだ……! 科学サイドと喧嘩したいってのか?」

「そうよ。科学と魔術は相容れない存在。手を取り合うなんてバカはさせない。境界線を引き、もう二度とこちらに来れないようにする」

「二度と、だと?」

「聞いたことない? 超能力者が魔術を使うと。肉体が壊されるって」

「……!」

 

 言われて脳裏に浮かんだのは、土御門元春。クラスメートで、つい最近、自分も魔術師だと分かったサングラスの男だ。

 

「私の親友もそれによって血塗れになった。もう二度と、そんな悲劇を繰り返させない為にも、私達は住み分けするべきなのよ!」

「クソッ、噛み合わねーな。お互いを守るためにそれを言ってんのなら、なんで戦争をおっ始めようってなんだよ!」

 

 そこで、ハッとして上条はその矛盾に気づく。

 

「……そうか。テメェの理屈なら、本当に戦争を起こす気なんかねえよな。『戦争が起きそう』って状況を作るだけで……!」

「! 買い被ってんなよクソガキが!」

 

 直後、上条の周りの壁や天井に光のサークルが写る。

 

「何を……⁉︎」

「私の魔術じゃ、エリスをいくつも組み上げる事は出来ない。無理に作ろうとすれば、その場を生き埋めにしちまう。けどな、そいつも使いようなんだよ!」

「馬鹿野郎が……!」

 

 奥歯を噛みしめ、襲いかかってくる瓦礫を前に、上条は身構えた。

 

 ×××

 

 一方、インデックスと風斬は、ゴーレムに追われていた。

 

「も〜……! 全然、頼りにならないんだよ、あの二人!」

「い、インデックスちゃん……大丈夫?」

「大丈夫では、ない……かも!」

 

 涙目になって走っていた。そもそも、こんな風にガッツリ追いかけっこすること自体、得意ではないというのに。

 魔術に干渉し、混乱させてゴーレムの動きを乱すにも限界があった。もう完全に逃げるしかないのだが、身体の大きさが違う。逃げきれそうにない。

 そんな時だった。ゴーレムが振るった拳が近くのビルに直撃し、瓦礫が落ちて来た。

 その落下点にいるのは、インデックス。

 

「! 危ない!」

「え?」

 

 直後、インデックスの顔面を覆ったのは、ふにッとした柔らかい感触。後になって、それが胸だと分かった。

 とりあえず、そんなことはどうでも良いのでお礼を言わなければならない。

 

「いたた……だ、大丈夫? インデックスちゃん……」

「あ、ありがとうなんだよ。ひょう……」

 

 が、顔を上げたインデックスの口が止まった。何故なら、目の前で友人の顔が半分、削れていたからだ。

 

「ひ、ひょうか……顔……」

「え……?」

 

 言われて、風斬は自身の顔に手を当てる。そこには、大きな穴が空いている。

 

「え……な、なにこれ……」

「! ひょうか!」

 

 が、今はショックを受けている場合ではない。後からのゴーレムによる殴打に、今度はインデックスが庇う番だった。

 だが、二度目は避けられない。微妙に放心状態になっている風斬を庇うようにインデックスが前に出た直後だった。ゴガッと、鈍い音がする。

 

「な……?」

「ごめんごめん、ちょっとアホの子がしつこくて遅れた。俺もまだまだだね」

 

 そこに立っていたのは、右腕を折り曲げてガードして立っていたヒーローの姿だった。

 グググッと、ゴーレムは力を入れるが、二丁水銃は踏ん張る。微妙に足元がグリグリと押され掛けているが、そんな事よりも風斬とインデックスが気になるようで目をそちらに向けている。

 

「『グレネード』」

 

 左手をゴーレムに向け、弾を二発、射出する。それがゴーレムの右腕の関節に減り込み、暴発し、それによって怯んだほんの一瞬の隙で、ガードしている右手を外して後ろに下がりながらインデックスと風斬を庇いつつ、思いっきり空振りさせて横転させた。

 身体を起こす前に、二人の体を担いだまま近くの壁沿いに身を寄せる。二人の顔を見ると、インデックスが食いかかってきた。

 

「ひ、ヒーローの癖に来るのが遅いんだよ!」

「わ、悪かったよ。三体目が作られる、とか考える前に喧嘩になっちゃってな……」

「まったく、やっぱりとうまの方が頼りになるんだね」

 

 それはどうだか分からないが、とりあえず今は黙っておいた。言い返す立場にないから。

 それよりも、だ。風斬の方が気になる。欠けた顔から覗かれる三角柱の何かは見覚えがある。AIMバーストの核にそっくりだ。

 何となく事情を察した非色は、徐々に修復されていく少女の顔に手を当てると、小さく頷いた。

 

「……うん。やっぱり綺麗だ」

「え……?」

「良い? 君達は逃げて。君の正体がなんであっても、俺にとっては守るべき市民だから。友達同士なんだろう?」

「う、うん……」

 

 インデックスは控えめに頷いて答えた。

 

「よし、なら早く行きなさい」

「……うん! いこう、ひょうか!」

「あ……うん!」

 

 それだけ言うと、インデックスは風斬の手を引いて立ち去った。

 さて、あとは目の前の化物と、その召喚者を叩き潰すだけだ。サングラスの位置を調整し、首をコキコキと左右に捻り、軽くジャンプしながら呼吸を整えると、立ち上がるゴーレムを前に身構え、一気に突撃した。

 

 



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血が繋がっていないからこその優しさがある。

 さて、アレからゴーレムの召喚者は追い返された。風斬がたとえ人間では無いとしても、上条とインデックスは友人として受け入れ、めでたしめでたし……とはならなかった。

 何故なら、黒子も美琴もとっても激怒しているからである。

 まず、黒子。ヒーローを逃した挙句、敵も実はまだ攻撃する手を緩めておらず、その事で非色に八つ当たりしていた。

 美琴に至っては論外。外に出ようとしたが、どこからも出れなくて大回りして迷子になりかけている間に全部終わっていたから、なんか腹立たしくて上条に八つ当たりしていた。

 この先輩にしてこの後輩あり、である。

 

「ははは、モテる男というのは大変だね」

「いやモテてませんよ別に」

 

 木山の研究所で、非色はダラダラしながら愚痴を吐いていた。

 

「にしても、岩の巨人、か……面白い話が聞けたな」

「そうですか?」

「君も、戦う相手に応じて装備を変えた方が良いかもしれないな。相手が人間でないのなら、殺すつもりでやっても構わないのだろう?」

「まぁ、確かに……」

「それなら、武器の一つくらい持ってても良いんじゃないか? 例えば、そうだな……警棒とか」

「いやいや、その時々で現場にあるもの使うんで大丈夫ですよ」

 

 実際、その辺にある街灯やガードレール、車などを使って殴り飛ばしている。それはそれで器物破損な気がしないでもないが、非色は壊れた器物しか武器にしていないのでギリギリセーフだろう。

 

「そうか? それにしては、この前は義手を壊して来たな」

「うっ……す、すみません……」

「いやいや、仕方ない事だ。……けど、だからこそ左手の負担を減らすためにも、用意したらどうかな?」

「うーん……」

 

 やはり、あまり乗り気ではないようだ。まぁ、そもそも性格が好戦的な方ではないし、他人を傷つけるためだけの道具が好きではないのかもしれない。

 

「……気乗りしないのは分かるよ。でも、だからって君が傷ついて良いというわけでもない。これから先、片腕を機械で補うことになった以上、この義手も立派な君の体だ。自分を守るため、と思えば、少しは賛同してくれる気にはならないかな?」

「……」

 

 正面からそう言われると、非色は納得いかなさそうにしながらも少し頬を赤らめる。

 

「……まぁ、考えておきます」

「よろしい。こちらは勝手に色々と作っておこう」

「楽しんでません?」

「気のせいだ」

 

 なんか木山に持ってはいけない趣味を抱かせてしまった感じがあった。

 

「ところで……今日はヒーロー活動の方は良いのかい?」

「あ……そ、そうですね。そろそろ行かないと……」

「そうか。無理しない程度に頑張りたまえ」

「ありがとうございます」

 

 それだけ返事をすると、非色は研究所を後にした。

 

 ×××

 

 数日後、もうすぐ大覇星祭ということもあり、学校はそれの準備期間に入っていた。

 柵川中学でも、誰がどの種目に出るかを決める会議を行なっていた。もちろん、出るつもりのない非色には無関係のイベントである。

 机に伏せて爆睡したのが運の尽きだった。そもそも、どう説明して欠場にするかを考えていなかった非色は、とりあえず「何にも参加しません」と言えば不参加になると思っていた。

 その結果、佐天と二人三脚になった、

 

「なんで⁉︎」

「私がそうしといた!」

「何余計なことしてくれちゃってんの⁉︎ 俺、周りの人を怪我させたくないから出ないって言ったよね⁉︎」

「いやいや、私考えたんだけどさ、能力者が多数出る運動会だから、みんな怪我は覚悟の上だよ」

 

 それを言われると、それは確かにと言わざるを得ない。最大限の注意をして万全の安全策をとっているとは言え、それでも能力者の数だけ能力がある。100%はない。怪我人も出るだろう。

 

「ちょっと身体が強いってだけで、学園都市の学生時代でしか経験できない行事を逃すのはもったいないよ!」

「で、でも……正体がバレるかもだし……」

「能力を応用させれば、非色くんの運動能力くらい再現できるよ。念動能力者、肉体強化能力者、風力能力者……応用すれば何だって言い訳はつくから」

「……で、でも……」

「じゃあ何? 非色くんは大覇星祭、出たくないの?」

「っ……」

「別に、勝てなくても良いんだよ。ただ、みんなで楽しめればそれで良いの」

 

 それはその通りだ。柵川中学は決して優勝を狙うような学校ではないし、同じ色の他校からも期待されてなどいない。

 何より、普通に考えれば能力者のほとんどは遠距離攻撃をして来るばかりなので、フィジカルが問題で怪我をさせる事は少ないのだ。

 

「……わ、分かったよ。じゃあ、頑張る」

「うん、よし。早速、今から練習ね?」

「え、今から?」

「みんな外でやってるよ」

「まぁ、良いけど……」

 

 そんなわけで、校庭で練習するハメになった。

 まぁ、別に非色も出たくないわけではない。それに、黒板に書いてある出場欄によると、自分の出番は1種目だけだ。何の問題もないだろう。

 仕方ないので、体操着に着替えて校庭へ出た。ヒーロー活動は遅れてしまうが、佐天の純粋な優しさは無駄にしたくない。

 

「とりあえず、私達だけでも優勝目指す?」

「だね」

 

 そう決めて、校庭に出た。広い方ではないが、それでも割と大勢の生徒が表に出ている。皆、やることはやるということなのだろう。これは佐天や非色も負けていられない。

 まずは足元。専用の紐で足を結び、解けないように固定する。

 さて、続いて肩を組んで……。

 

「はい」

「え……?」

 

 ふと、非色は体を止めてしまう。何故なら、肩を組むということは当然、身体が密着してしまうわけであって。特に、佐天は中一にしてはかなりの発育だ。

 

「あ〜……いや、その……か、肩組むの?」

「二人三脚だからね」

 

 気付いていないのか、それとも分かっているけど気にしていないのか。何れにしても、佐天は平然としている。

 なのに、自分があたふたするのはカッコ悪い。無理して強引に肩を組んだ。柔らかい感触が、自分の右半身に走り、少し胸が高鳴る。

 

「っ……!」

「非色くん?」

「な、何? 何でもないよ?」

「いや何も言ってないけど……」

 

 すごかった。何がって、女の子の身体は思ったよりも柔らかかっ……じゃなくて! と、途中で首を横に振るう。練習中に何を考えているのか、自分は。

 

「じゃ、まずはお互いに外側の足からね?」

「そ、ソトガワ?」

「なんでカタコト?」

 

 とにかく、頭の中で煩悩を殴り続け、正常な意識に戻す。と言っても、初めての感触にとても戻りそうにないわけだが。

 

「じゃ、せーのっ……1、2! 1、2……」

「い、いち……ニっ、位置、煮っ……はうっ⁉︎」

「ひ、非色くん⁉︎」

 

 走ってる時にも、胸が揺れて自分の胸に当たったりあたらなかったり……お陰で結んだ脚はそのままにしたまま、身体を真横に逸らしてしまった。

 

「な、何してんの⁉︎」

「ご、ごめん……ちょっと、休ませて」

「まだ始まってもいませんが⁉︎」

 

 思春期に入りつつある少年に、二人三脚はハードルが高過ぎた。ちなみに佐天が何とも思っていないのは、夏休みに入る前、自身の自宅で開かれたパーティーの時に、御坂と一緒に身体を突いた経験があったからであったり。

 とにかく、その日の訓練は足を引っ張るに引っ張った。

 

 ×××

 

 今日のヒーロー活動は休み。と言うのも、もう単純に半身に残った感触がいつまで経っても消えなかったからだ。

 部屋に帰っても、ソファーの上で丸まったまま、ずっと右半身を撫で続けていると、いつの間にか姉が帰って来る時間になっていた。

 

「ただい……まぁ⁉︎ ひ、非色⁉︎ お、お腹でも痛いの?」

「……姉ちゃん……」

 

 ボロボロになった表情で姉を見上げる非色。この超人である弟がここまでになるなんて、余程のことがあったに違いない。まさか、ヒーロー活動中に超能力者にでも襲われたのだろうか? だとしたら……。

 

「俺なんて死んじゃえば良いんだ……」

「何言ってんの⁉︎」

 

 どうやら違うようだ。いくら敵に負けても「死んじゃえば良い」とはならない。

 

「ちょっと、どうしたの? 話しなさいよ」

「……」

 

 言われて顔を上げる非色。言えるわけがない、唯一の肉親に異性の体について、なんて。

 

「……言わない」

「どうして⁉︎」

「俺みたいにえっちで下劣な触り魔は死んじゃえば良いんだああああ!」

「本当に何が⁉︎」

 

 非色には全く無縁だと思っていた言葉が飛び込んできて、思わず美偉は割と本気で心配になってしまう。

 

「とにかく落ち着いて! 何があったとしても、あなたが死んじゃえば良い、なんて事は無いんだからね⁉︎」

「……それは姉ちゃんが、俺が何したのかを知らないから言えるんだよ」

「……何したの?」

「言いたくない! 姉ちゃんのこと好きだし嫌われたくないから!」

「めんどくさい!」

 

 そう言いつつも「やだこの弟可愛い」と思ったのは、言うまでもない。

 

「嫌わないから言ってごらんなさい? 私はあなたが例えスキルアウトになっても、絶対に見捨てず正しい道に引き摺り返すと誓うわ」

「……スキルアウトの方がまだマシなことだし……」

 

 本当に面倒だった。普段、善性が溢れているから尚更のことだ。

 しかし、そういう真っ直ぐな子供だからこそ、懐柔する方法はいくらでもあるわけで。

 

「じゃあ何? 非色は仮に私が、あなたの言う『嫌われるような事』をしてしまったら、私のこと嫌いになるの?」

「っ、そ、それは……」

「さっき『好き』と言ってくれたのは嘘だったのね……」

「う、嘘じゃないよ! 何があっても、俺は姉ちゃんが……!」

「じゃあ、私も一緒って言えば、話す気になる?」

「……」

 

 言われて、非色は顔を真っ赤に染めて黙り込む。やはり、巷を騒がすヒーローであっても、所詮は中学生だ。姉には敵わない。

 頬を赤く染めたまま、非色はポツリポツリと呟くように答えた。

 

「そ、その……実は、俺……」

「うん」

「佐天さんのおっぱいを触ってしまいました!」

 

 言い方。

 

「謝って来なさい!」

 

 当然、部屋を叩き出されるのだった。

 

 ×××

 

「いや……お前言い方ってもんがあるだろ……」

「ですよね……」

 

 スキルアウト御用達のラーメン屋の屋台、そこで黒妻と晩ご飯を共にしていた。

 

「二人三脚で横乳が当たっただけで『おっぱいを触ってしまいました!』は大袈裟だろ……」

「いえ、大袈裟ではないです! 触れたことには変わりないんですから!」

 

 五感が発達している非色にとって、触れるだけでもそれなりの感触は楽しめてしまうのだ。体操着越しの山が二つ、その下のブラジャーと、大きいと言っても所詮は中学生なので、ある程度の硬さと張りがある胸の感触が、全て楽しめてしまう。揉んだらどうなってしまうんだ。

 

「……まぁ、お前が反省してんならそれで良いだろ。別に、練習で多少、そういう事が起こるのは仕方ない事だし、ちゃんと美偉の誤解を解いてやれよ」

「でも、姉ちゃんって一度、怒ると中々、許してくれなくて……」

「あー……なら、その時は言ってやれよ」

「? 何を?」

「『姉ちゃんだって一年くらい前は黒妻さんのを握ってた癖に!』って」

「何を?」

「決まってんだろ? チ……」

「先輩?」

 

 後ろから声が掛けられ、二人は揃って肩を震わせた。振り向くと、後ろには文字通り話題の女が立っていた。

 

「ね、姉ちゃん……お、俺実はまだ佐天さんに……」

「あ、ええ。あなたはいいの。さっき佐天さんに電話して大体、聞いたから。私こそちゃんと話聞いてあげなくてごめんね?」

「あ、ううん」

 

 意外なことに、もう全く怒っていないどころか誤解まで解けていた。

 

「けど、気にしてたら佐天さんにも気を使わせちゃうから。なるべく意識しないようにしてあげること。良い?」

「わ、わかった!」

「じゃ、もう夜なんだし帰りなさい。どうしても慣れなかったら、私も何か協力するから」

「ありがとう!」

 

 それだけ話すと、非色は帰ることにした。やはり、頼りになる姉だ。正直、解決するには女の子の身体にベタベタ触るしかないような悩みにも協力してくれるそうだ。

 とりあえずホッとしていると、ふと気になったことがあったので聞いてみた。

 

「あ、ところで姉ちゃん。姉ちゃんは黒妻さんの何を握ったの?」

「帰ってなさい? ご飯できてるから先食べてて」

「え? いや……」

「……」

「あ、はい。帰ります」

 

 その後、黒妻がどうなったのか、非色は知らない。

 

 



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大覇星祭準備編
即効性を求めるには荒療治が必要。


 さて、それから二日が経過した。佐天と共に、大覇星祭に向けて特訓しないといけない。それは、作戦会議でも同じ事だ。

 丸一日、お休みをもらった非色は、ヒーロー活動のついでに情報収集をして来た。

 

「敵の情報、探って来たよ」

「ほほう。聞かせてもらおーか、固法軍曹」

「え? あ、うん」

 

 唐突な軍人のノリについていけないが、とりあえず報告した。

 

「ヒーロー活動しながら、他の『二人三脚』の出場メンバーを洗って来た」

「どうやって?」

「まず、運営委員会の本部に潜り込んで、パソコンを覗いて来たから間違い無いよ」

「本気過ぎる……」

「いやいや、メンバーを見たらそうも言っていられないからね」

 

 正直、フェアじゃない気がしないでもなかったが、無能力者二人で挑む時点でフェアなんて言葉はない。

 

「まず藍鈴女子高校、能力は接触しているものを自在に操る能力と、触れたものを原材料に分解する能力者……まぁ、念動の厄介さは言うまでもないし、もう片方は触れるだけで俺達はただのタンパク質に戻されるから気をつけて」

「怖い事言わないで⁉︎」

「続いて、羽場跳高校の男子チーム。この人達は、触れたものの摩擦係数をゼロにする能力と、空気中の水分を手に集めて分解・燃焼させる能力者」

「なんかあんまレースと関係ない?」

「いやいや、あるから。足の裏で地面に触れつつ、燃焼によるブーストをすれば加速するでしょ」

「な、なるほど……」

 

 その上、非色は水鉄砲なしである。殴り合いならともかく、レースをするにはきつい相手だ。

 

「最後の一校は?」

「……聞く?」

「聞くよ。とにかく、作戦を考えないと」

「いや、作戦って言ったって、俺達のする事は変わらないよ? インコースを取ってとにかく速く走るってだけだし……」

「それでも対策とかあるでしょ」

「……」

 

 まぁ、それなら仕方ない。当日まで黙っていてモチベーションを保とうとも考えたが、直前にやる気を失せられる方が困る。

 

「常盤台」

「え?」

「御坂さんと婚后さんのペア」

「……マジ?」

「マジ」

 

 しばらく、沈黙が続いた。あ、やばい、と思った非色はとりあえず何とか声を掛けることにした。

 

「ま、まぁでもほら、ルール無しのガチンコバトルじゃない分、勝ち目はあるから……」

 

 なんとか捲し立てるが、まぁ勝てる可能性は正直、低い。でも、ゼロではない。特に、攻撃や仕掛けを察知して回避し、後はとにかく走れば勝てるかもしれない。

 それを理解してか……いや、多分、全く理解していないんだろうけど、佐天はニコリと微笑んだ。

 

「大丈夫、むしろなんか『ダメで元々』って言う捨て身感が増したよ」

「いや、やけになられたら勝てるもんも勝てないんだけど……」

「いやいや、そういうんじゃなくてさ。とにかく、なんでも言って! なんでもするから!」

「うん。じゃあまずは……小細工を覚える所から始めようか」

 

 それを言うと、非色はルーズリーフを一枚、佐天に手渡した。

 

「? 何これ?」

「試合中に使う小技だよ。全部、覚えて」

「え……」

 

 そこに並んでいるのは、ザッと見て20個ほどの項目がある。

 

「な、なんでそんな勉強みたいなことを……」

「今回の戦いだと、俺達のチームが切れるカードは他より圧倒的に少ない。けど、それを多く見せるのが勝つ為に大きな効果を及ぼすんだよ。……まぁ、一言で言うなら『ブラフ』って奴」

「ああ、ポーカーとかブラックジャックみたいな?」

「そゆこと」

「でも、どうやって?」

 

 ブラフを使え、なんて言うのは簡単だが、どう使うかを考えるのは難しい所だ。スポーツであれ喧嘩であれ、戦いに慣れていない者なら尚更だ。

 

「例えば……さっき話した『掌の空気を分解・燃焼させる能力者』っていたでしょ?」

「うん」

「こいつのキモは、掌限定って所なのよ。自分の能力が掌限定って点で、掌に敏感になりやすい。つまり、もし何かこっちにして来ようものなら、こっちも向こうに掌を向けるだけで、ほんの一瞬でも隙を作れる」

「でも……掌を向けただけじゃ、すぐにバレない?」

「まぁ、お互いに冷静ならバレるかもだけど、同じ走者には御坂さんがいるから。レース終了まで一定以上の緊張感は絶対に保たれる」

「な、なるほど……」

 

 逆を返せば、美琴と婚后のペアにブラフは効かない。そもそも、その二人は自分たちが無能力者である事を把握しているため「実は能力者かも?」なんて通用しないのだ。

 まぁその対策も出来てはいて、全て紙に記されている。

 

「……これ、全部覚えるの……?」

「もっと増えるよこれから」

「ええ……ま、まぁ頑張るけど……」

「覚えようとしなくて良いよ。勉強と同じで『覚えよう』と思うと覚えらんないから。理屈を理解した方が良い」

「わ、分かった」

「わかんないとこあったら言ってね。教えるよ」

 

 平然とそう答えるパートナーを前に、佐天は「この子、ガチ過ぎるでしょ……」と、軽く引きかけた。まぁ、佐天としてもその方が楽しいが。競技とはいえ、能力者に無能力者が勝てば、それなりに自慢できる。

 

「よし、頑張るぞ!」

「じゃ、とりあえず各チームへの対策を読んでおいて。それから、ヒーローだとバレない範囲で俺も身体能力をそれなりに活用するから、三半規管も鍛えておいて」

「いやそれはちょっと理解できない……」

「よし、頑張ろう!」

「……」

 

 とりあえず、作戦を理解する所から始めた。

 

 ×××

 

「え……これ全部、当日までに理解するんですか?」

 

 佐天は、初春と春上とファミレスに来ていた。二人に見せたのは作戦の概要。その量と内容の本気さに、二人とも引いてしまった。

 

「うわあ……非色くん、かなり本気なの……」

「そうなんだよー。ま、私も能力者に勝てると思えば頑張れるし、今も勉強しちゃってるんだけどね」

 

 佐天が説明する前で、初春は作戦書に目を通す。書いてある事はどれも間違っていないし、有効なものばかりだ。「いやこれ無理でしょ」という点では、すべて非色がカバーできるようになっている。

 

「しかし、御坂さん達に勝つのでしたら、これくらいやらないと、ですよね」

「うん。……でも、私勉強は苦手だから……」

「でも、やっぱりこれでも御坂さん達に勝つのは厳しいような……」

「まぁ、ダメ元だからね。他の能力者の人達に勝てるだけでも、私としては嬉しいから」

「さ、佐天さんっ。頑張ってなの!」

「うん。応援よろしく」

 

 春上からのエールを聞きながら、握り拳を作って頷く佐天名前で、割と興味津々に初春は手元の資料に目を落とす。

 敵の事を深く調べたわけではないのだろうが、能力と競技のルールを兼ね合わせてどのように攻めて来ると思われるかが書いてある。能力を持つが故の狡猾さなどもだ。流石、今まで能力者を相手にして来ただけの事はある。

 とりあえず、どうしても気になったので、初春は佐天の耳元で尋ねた。

 

「でも、これ大丈夫ですかね……ヒーローだってバレませんか?」

「どうだろ……でもほら、鍛えてる人はみんなすごいじゃん? 体操を独自で習ったって事にすれば平気でしょ。……って、本人は言ってたよ」

「非色くんが置き去り出身であることは、調べれば分かる事ですよ?」

「そんな個人情報を調べられるのは初春だけだよ……」

 

 少なくとも、またこうして普通の学校生活(表向きは)に戻れている非色の過去は、書庫に載せる事はしないだろう。

 ヒーローの強さは抜群の運動神経以外にも怪力、速度、防御力など色々とある。何とかその辺を誤魔化すことが出来れば「あいつ能力者に勝った→ヒーローだろ」とはならないだろう。

 

「? 二人ともどうしたの?」

「「な、なんでもないよ」」

 

 唯一、事情の知らない春上に聞かれ、二人は慌てて首を横に振った。とりあえず、今はそれ以上の話をするのは危険だ。

 とりあえず、せっかく非色が作ってくれた資料なので、帰ったら読み込むことにした。

 

 ×××

 

 偉そうなことを言った割に、いまだに女の子の身体と接触することに慣れない非色は、特訓することにした。

 どのように特訓をするのか? 一昨日、それを黒妻に聞く予定だった。だが、姉に「しばらくあの人と会っちゃダメ」と言われたから無理。

 しかし、別れ際の一言が頭に残っている。目の前に姉がいるのに放った言葉。

 

『良いか、非色。……男はみんなすけべだ』

 

 イマイチ、何を言いたいのか分からなかった。というか、自分は男だけどすけべじゃない、と弁明しようとしたら、姉の回し蹴りが炸裂して気絶させられていたが。

 冷静になった今、考えてみれば、あれはつまり「異性の身体に興味があるのは仕方ない」という事なのだろう。

 だからといって開き直るつもりはないが、変に意識するのはやめる決心はついた。後は、その方法である。

 そんなわけで、とりあえず「男はみんなすけべ」という言葉を信じて色んな人に助言をもらうことにした。

 

「一方通行、女の子の身体と密着するの慣れたいんだけどどうしたら良いと思う?」

「死にたくなけりゃ死ぬかくたばるか消え失せるかしやがれクソヒーロー」

 

 ゴリゴリに怒られたので、一方通行から話を聞くのは諦めた。となると、知り合いはあと一人しかいない。

 言い方も考えなければいけないのを忘れていたので、そこも反省して再度、聞いてみた。

 

「上条さん、二人三脚で佐天さんと組むことになったんだけど……女の子の体と密着するの慣れなくて……どうしたら良いと思います?」

「なんだその羨まけしからんシチュエーション……お前、リア充だったのか?」

「違いますよ。付き合ってる女の子もいませんし……そもそも、こんな化け物を恋愛対象として見る人はいないでしょう」

「……」

 

 まぁ、前みたいに「嫌われる」と思っていない限りは進歩したのだろう。とりあえず、今はそこにツッコミを入れず、上条は続けた。

 

「まぁ、お前が男としての門を開きたいなら、上条さんは付き合いますことよ」

「本当ですか?」

「もちろん。例えば……そうだな。クラスメートを一人、紹介してやるよ。……そいつすごいから。胸が」

「え、あ、いや……その、あんまり過激なことは……」

「そんな事しねえよ。そいつ、風紀にめっちゃ厳しい奴だから、むしろエロい事、言おうものなら頭突きをもらうぞ」

「それはやめて下さい。向こうの頭が壊れちゃいます」

 

 そういう忠告は求めていなかったが「確かに」と思ってしまったので何も言わない。

 とりあえず、上条がそこまで言うのなら、信じてみても良いのかもしれない。

 

「分かりました。じゃあ、その方にお願いを……」

「おし、聞いてみる」

「え、今ですか?」

「? なんで?」

「向こうにも色々と予定があるんじゃ……」

「平気だろ。どうせ高校生なんだし」

 

 意外とこの人デリカシーないな……と思いつつ、とりあえず従う事にした。

 

 ×××

 

 翌日、非色は高校のグラウンドに来ていた。目の前には上条と、上条が言うようにスタイル抜群の高校生がいた。

 

「はじめまして。吹寄制理です。この朴念仁デリカシー皆無脳味噌空っぽ条から話は聞いたわ」

「は、はぁ……あ、はじめまして。固法非色です。お忙しい中、ありがとうございます」

 

 電話が良くなかった。「吹寄、お前、明日暇? ちょっと前に話した後輩が頼みあんだけど良いか?」と言っていた。これはない。誰でもキレる。

 ……しかし、だ。本当にスタイルが良い。学生服越しでも分かる、ボンッキュッボンッというひょうたんのようなフォルム……思わず目を逸らしてしまうほど。

 その上、かなりの美人さんだった。そんな美人さんは、自分を眺めたあと、上条を見る。

 

「……ホントに上条の後輩? 随分と礼儀正しいじゃない」

「どういう意味だよ……いや、まぁ後輩っつーか、友達って言った方が正しいんだけどな。中学が一緒とかじゃないし」

「なるほどね。納得」

 

 この二人、実は仲が悪いのだろうか? 

 そんな非色の疑問など無視して、吹寄は確認するように声をかける。

 

「で、二人三脚の練習だそうね?」

「あ、はい。……その、異性の方に相談するのは恥ずかしいんですが……」

「大丈夫よ」

 

 上条が実際にどのように交渉したのかは分からない。非色が聞いている前での電話では、一度、予定を確認しなければならなかった為、返事は保留。いつ来るか分からなかったので、一度、帰宅してから改めて連絡があったのだ。後から聞いた話だと、大覇星祭の実行委員だったらしい。

 

「運動音痴に性別は関係ないわ。それに、練習すればちゃんと成長するものだもの。……まぁ、本当ならパートナーと練習できた方が良いんだけど……」

「あ、あはは……え?」

「あら、違うの?」

 

 どういう事? と、非色は上条を見る。

 

「普通に二人三脚の練習だろ?」

「ちょっ……お、俺と……吹寄さんが、ですか⁉︎」

「吹寄と並んで走れば、中学生の身体と密着するくらいどうって事なくなるからな」

「まさかの荒療治!」

 

 一気に顔が真っ赤になる非色。この人はなんていう手を考えるのだろうか? 

 そんな二人のやりとりを見て、吹寄は不審に思ったのか、上条に片眉を上げて尋ねる。

 

「ちょっと、どういう事よ? 二人三脚の練習って言うから、てっきりこの子リズム感なり運動神経なりが悪いのかと思ってたけど……違うの?」

「あー……いや、運動神経はこの世の誰よりも良さそうなもんなんだが、男女ペアで走る時に身体が密着するのが緊張しちまうって話らしくてな……」

「そういう意味だったの? 貴様はいつも言葉が足りない」

「悪い悪い」

 

 高校生くらいになれば、競技で少し身体がくっつくくらい気にしない人が多いが、中学生となるとそうもいかない。

 

「え、あ……でも、おれと……吹寄さん、が……?」

「別に、硬くならなくて良いわ。私は気にしないもの」

「いや、そうではなく……そ、その……普通に、気恥ずかしいし……」

「良い? 私は当日の実行委員なの。同じ走者には、あの御坂美琴さんの名前もあったわ。照れてる暇があるなら走らないと勝てないわよ?」

 

 意外と厳しい人だった。いや、それも聞いていた通りだし見た目通りでもあるが。

 

「私は実行委員としての仕事もあるから、中々、時間は取れないの。つまり、今日中に女の子の身体に慣れるわよ」

「無理だー!」

「無理じゃありません!」

 

 その日、非色は一段と大人になった気がした。

 

 




9月編なんてねーよ、と思うかもしれませんが、大覇星祭までの繋ぎなので許して下さい。


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小さな一歩でも前進は前進。あとは積み重ね。

 吹寄に比べれば、女子中学生の体型は未発達な方、というあんまりな作戦によって、非色は徐々に佐天と体をくっつけることに慣れていった。

 勿論、ヒーローとしての活動に穴もあけられない。そのため、ここ最近はずっと多忙だ。

 それでもちゃんと治安も練習の約束も守っている辺りは、やはり流石と言えるだろう。

 今日も、一人で活動中。とりあえず誘拐犯を捕らえ、能力者同士の喧嘩を押さえ込み、順調に活動しているときだった。

 大覇星祭の準備中なのだろうか? 競技で使う道の測量を行なっている実行委員の中に、見覚えがある生徒の姿があった。

 名前は吹寄制理。普通に路上で競技をすることもあってか、そのための下見をしているようで、他の実行委員と協力して何かをしている。

 この前はお世話になったし、挨拶しておくことに……と、思った直後だった。

 

「えっ……?」

「危ない!」

 

 近くをバスが徐行しようとし、実行委員が一時的に道を譲ろうとした直後だった。

 小学生がボールを追いかけるように飛び出して来た。直後、他の生徒が呆然とするしかない中、吹寄はその小学生の方へ走る。

 

「ちょっ……バカ……!」

 

 ビルの屋上から非色は飛び降りて、まずは吹寄と子供の前に立ち塞がった。

 バスは徐行をしていたおかげがあってか、微妙に横に軌道を逸らす。その隙に、子どもと吹寄を横に逸らそうとしたが、バスの後ろには乗用車が一台、通りかかって来ていた。

 

「マジ⁉︎」

 

 子供を歩道に追いやる隙はあったが、二人目は無理なため、吹寄の身体を抱き抱えながらジャンプした。

 

「ひ、ヒーロー⁉︎」

「吹寄さん、舌噛むから黙ってて!」

 

 そう告げると、左手の平から近くの看板に糸を出し、ぶら下がりながら、吹寄の身体を、自身の身体と挟むようにして抱えている右腕の先に握っている水鉄砲の銃口を向け、乗用車の足元に向ける。

 パシュッパシュッパシュッと捕獲用の液を出し、まずはタイヤを止めると、続いてバスの方へ目を向ける。ガードレールに突っ込み、折れた金属片の上にタイヤが乗っかり、パンクしている。

 

「チッ……!」

 

 ビルの壁に足の裏をつけ、一気に蹴り込んだ。

 

「きゃああああああ⁉︎」

「大丈夫、落ち着いて! あと全力でしがみついて!」

 

 そう言いながら、吹寄を自身の背中に移動させつつ、バスの前に移動した。言われるがまま、吹寄は非色の背中に抱きつき、ギュッと力を込める。

 

「ッ……‼︎」

「よし、良いよ。そのままね」

 

 そう言うと、非色は両腕に力を込め、バスの正面から両足をつけ、水鉄砲と左手の平から糸を放ち、ビルに貼りつけ、全身で止めにかかった。

 

「グッ……おおっ……重たい……!」

「だ、だいじょうぶですか⁉︎」

「平気平気。見た目ほど重くないから。ただ液が切れそう」

「ダメじゃないですか!」

「念の為、背中から降りて横に逃げてくれる? 何とかそれまで止めるから……」

 

 と、言いかけたときだ。バスの運転手が顔を上げる。頭から血が出ている。おそらく、頭部外傷により気絶していたのだろう。

 

「ブレーキ!」

「! は、はい……!」

 

 酷なようだが、指示を出すしかない。直後、トラックは鳴りを潜め、動きを止めた。それにより、非色はそのまま足を振り上げてバク宙で受け身をとって着地する。

 

「ふぅ……あ、危なかった……」

「は、はぁ……」

 

 後ろでヘナヘナと腰を抜かす吹寄。助かった、と改めて実感したのだろう。

 

「大丈夫? 危なかったね」

「あ、はい……助かり、ました……」

「子供を助けようとした勇気は賞賛に値するけど、無理しないようにね? それをして良いのは、ヒーローだけだから」

「……」

 

 そう言って非色は吹寄の頭をポンポンと撫でる。あいかわらず仮面をつけていると何でも言えちゃう子供である。情けないと言えば情けないが、まぁその程度の度胸はないとヒーローなんて出来ないのだろう。

 

「なんか……何処かで見たような……?」

「うえっ?」

「最近、会いませんでした? 私と……」

 

 思わず腰を抜かしそうになってしまった。意外とこの娘、勘が良い。

 

「な、何のことです? 全然、意味が……」

「そういえば、先ほど私の名前を言ってたような……もしかして、私の……」

「あ、え、えっと……えーっと……!」

「何をしていらっしゃるのです? ヒーローさん」

 

 後ろから聞き慣れた声が聞こえた。振り向くと、誰かが呼んだのか、風紀委員の少女の姿があった。勿論、白井黒子だ。

 

「あ、し、白井さん! 良いところに! 俺、この人の知り合いじゃないですよね⁉︎」

「なんです? 藪から棒に……」

「いやだって今日が初対面ですし俺に女子高生の知り合いは姉ちゃんしかいませんし多分過去に助けたことがあるだけですよね?」

「所でヒーローさん。また事件に首を突っ込みましたね?」

 

 大体、事情を察した黒子は、話題を逸らしてやることにした。今のよく分からない弁明のうちにもわりと情報を出していたので、これ以上、話をさせるのは危険だ。

 

「あ、いやそれは……」

「今日こそ捕まえてみせますの!」

「ちょっ、すみませんでした!」

「待ちなさいな!」

 

 意図を理解した非色は逃げ出し、その後を追う黒子。その背中をぽかんと眺めながら、一先ず吹寄はスルーすることにした。自分は別にヒーローの正体に興味はない。ただ、とりあえず今日助けられたって事は、クラスメートに自慢しよう。

 

 ×××

 

「ふぅ、ありがとうございます。白井さん」

 

 一先ず、近くのビルの屋上で、非色はマスクを取って黒子にお礼を言った。

 

「別に、このくらいお安い御用ですの」

 

 黒子は首を横に振る。そんなことよりも、だ。問いたださなければならない事がある。

 

「それより、先程の高校生とどう言ったご関係で?」

「え? あ、あー……」

 

 どうしたものか、非色は悩む。何せ、相手は御坂美琴であり、なるべくなら自分が出るという情報は漏らしたくない。

 しかし、目の前にいるツインテールの少女はお姉様大好き症候群を患っているため、間違いなく言ってしまうだろう。

 ここは、上手いこと誤魔化した方が良い。

 

「上条さんのクラスメートの方なんです。少し顔を合わせたことがあるってだけですよ」

「そうですか。……綺麗な方ですのね?」

「うん。……でも、厳しい人なんですよ。上条さん、かなり怒られてましたし」

「……」

 

 何処か、黒子は面白くなさそうだ。何故? なんて聞くまでもなく、黒子は続いて聞いて来た。

 

「ひ、非色さんは……歳上のああいう方が、好きなのですか?」

「え?」

「なんていうか……その……お姉さんのような方が好み、みたいな……あ、もちろん恋愛的な意味で、ですの」

 

 珍しく歯切れの悪い言いようだが、一応は伝わったため、非色は顎に手を当てる。好きな女性のタイプ、というのはあまり考えた事ないが、どうだろう。中身は、わざわざ自分のために時間を作ってくれたあたり、とても良い方なのだろうと分かる。

 見た目も綺麗な方だけど……ただ、あそこまでスタイルが良いと、慣れるまでに大変だし、目のやり場に困る。

 ……そう言う意味では……。

 

「……? なんですの?」

「いや……」

 

 目の前の少女くらいスレンダーな方が自分には合っているかもしれない。なので「恋愛的な意味」という部分を完全に忘れて平然と答えた。

 

「俺は白井さんの方が好みだよ」

「はうっ⁉︎」

 

 一気に顔を真っ赤にする黒子。この男は本当にもうこの男は、と黒子の頭の中は真っ白やら真っ赤やらに染まり、グチャグチャのスパゲティのように絡まる。

 

「あ、ああああなたは! そう言うことを平気で……!」

「あ、ご、ごめんなさい……?」

「そもそも、そういうことを言うことが一体、どんな意味なのか分かっていらっしゃいますの⁉︎」

「え、えーっと……友情の証?」

「むしろ愛情ですのよ⁉︎」

「え、ええっ⁉︎ あ、愛情って……それは、確かに白井さんの事は好きだけど……そ、それは姉ちゃん見たいと言うか、むしろ妹みたいというか……お、俺には恋愛がどうとか分かんないし……」

「はいもう本当黙りなさいな」

「は、はいっ……!」

 

 色んな意味で、目の前の男に口で勝てる気がしない。とりあえず、照れを落ち着かせるために、黒子は胸に手を当てて深呼吸する。よし、落ち着いた。

 

「さて、じゃあ俺はそろそろ仕事に戻りますね」

「え、も、もうですの?」

「はい。最近は大覇星祭の準備やらで忙しいんですよ。活動できる時は進んでやらないと……」

「え、出るんですか? 出ないと仰っていたではありませんか」

「佐天さんが無理矢理ね……一応、俺も納得したし、バレないように上手くやるつもりですから」

 

 勝ち負けは関係ない、楽しめればそれで良いのだ。

 

「競技は何に出るんです?」

「内緒」

「な、なんでですの⁉︎」

「んー……ほら、当日は一応、敵同士だし?」

「む、むぅ……」

 

 それを言われると、黒子も悔しげに黙り込むしかない。

 しかし、表情が納得いかなさそうにしているのを察したので、さっさと話を変える事にした。

 さて、どんな話題にするか、だが……そういえば、練習に夢中で当日の空き時間のことを考えていなかった。

 

「そうだ、白井さん。もし、時間があったらで良いんですけど……」

「はい?」

「大覇星祭、一緒に回りませんか?」

「えっ……ふ、二人で、ですの? って、そんなわけありませんよね。皆さんで、ですよね」

 

 学習したように言う黒子。実際、非色もみんなで楽しめればそれで良い、そう思っていたので頷いて答えようとした。

 が、不意にその口が止まる。何となくだが、二人きりで回りたい、そう思ってしまった。

 

「いや……その、何? 白井さんさえ良ければ……二人で、とか……」

「はいはい。固法先輩にお姉さまに佐天さんに初春に……え?」

「あ、いや……嫌ですよね……二人きりなんて。忘れて下さい」

「あ、ま、待って!」

 

 大慌てで黒子は非色の手を握る。

 

「あっ……あの、是非二人でお願いしますわ!」

「え、い、良いんですか?」

「もちろんですの。つまり、デートということですのね?」

「で、でーと……うん、まぁ……そ、そういうこと、かな……よく分かんないけど……」

「ふふっ、楽しみにさせていただきますわ。当日までに『怪我してやっぱり無理』のようなことにならないようにしてくださいな」

「あ、う、うん……え、それ俺に言ってんの?」

「そうでしたわね」

 

 それだけ話すと、今はとりあえず各々の仕事に戻った。勿論、寝る前に二人とも布団を被って枕を抱いてゴロゴロ転がるしかなかった。

 

 



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アホほど準備をした奴が勝つ。

 さらに数日が経過した。アホほどの特訓を繰り返し、二人はガンガン実力をつけていった。まぁ二人三脚の実力なのだが。

 だが、それでも特訓の日々は当日が来るまで終わらない。

 

「念動能力者の対策は?」

「非色くんの合図次第で、宙返りして回避する事もあるため、フォームを作る」

「敵にリードを許されたときは?」

「慌てず焦らず、自分達のペースで走る。加速する手段がないため、堅実な走りが一番の利をもたらす」

「今回、有効と思われるブラフを全て答えよ」

「手をかざすなどの能力者の素振り、敵に焦っていることを悟られないように表情は固定する事、敵に『そこに罠がある』と思わせるように意味もなくジャンプしたり、潜るような仕草を取る事」

 

 現在、9月14日。大覇星祭まであと二週間ほど。

 教員が休みを取ったその日の数学の自習中、速烈で課題を終わらせた非色は、佐天の課題も解き方を教える事で秒で片付け、次の大覇星祭の対策の復習をしていた。

 

「……テスト前ですか?」

 

 初春から当然のツッコミが飛んできて、佐天は首を横に振る。

 

「違うよ。二人三脚の対策」

「なんか私の知ってる二人三脚対策と違うんですけど……」

「そりゃ相手が能力者だからね。私、ポーズだけなら宙返りも出来るようになったよ?」

「え、なんでそんな事……」

「能力者の妨害を回避するには、超人並みの動きが必要だからね。実際は非色くんが私の身体を持ち上げてくれるんだけど、形だけでも私もバク宙とかロンダートとか出来ないとって事で」

「ほ、本気過ぎる……」

 

 引き気味に初春は非色を眺めるが、非色は頭上に「?」を浮かべてキョトンとしている。よくそんな顔ができるものだ。

 

「当たり前でしょ。やるからには絶対に勝つ」

「そ、そうですか……でも、事前に情報収集するのはアンフェアな気が……」

「ジャイアントキリングで必要なのは情報だよ」

 

 それに、ルールでは禁止されていない。何より、自分の能力に自信がある奴ほど、そう言う細かい準備を怠るものだ。そこにつけ入る隙があると、非色は睨んでいた。

 

「よし、じゃあ続きね。佐天さん」

「うん!」

 

 ノリノリで当日に備える二人は、それはそれで楽しそうではあった。ダメ元だから、と言うのもあるのだろうが、気負わずに格上に挑む機会を得られるのはとても羨ましい。思わず、初春も混ざりたくなる程度には。

 しかし、まぁ残念ながら自分は風紀委員の仕事があるため参加は出来ないが。

 

「ふふ、頑張って下さいね。二人とも」

「「うん」」

 

 それだけ話すと、とりあえず勉強に集中する二人を、初春は黙って眺めながら「これは白井さんには話せないなぁ……」としみじみ思った。

 

 ×××

 

 さて、放課後。今日も大覇星祭の練習。佐天と非色は二人で肩を組み、一緒に走る。

 まずは普通に走る……のだが、佐天が全速力で走ってもバランスを崩さないくらいにはなった。

 続いて、まずは念動能力者の攻撃を回避するシュミレーション。非色が危機を察知し、組んでいる肩をトントンと叩く。

 直後、走っている方向を向いて非色を前に佐天は横に並びながら、小さく屈伸する。

 

「よっ……!」

 

 両足を振り上げ、頭を軸に空中を一回転する。実際は非色が佐天の身体を支えて跳んでいるわけだが、フォームは完璧だ。

 着地すると、再び外側の足から走り始める。続いて、今度は空中で前方に身体を倒して一回転し、着地する。

 などとシンクロ体操のような事を連続してこなしていた。周りの生徒から見たら「あいつら何の練習してんの?」と言う具合だろう。

 で、距離分を走り、ようやく一息つく。

 

「ふぅー! 疲れたぁ……!」

「お疲れさま」

「うん。……でも、このままならいけそうだね!」

「いや、これが出来てようやく勝負が出来るってだけだよ。基本的に、勝負は時の運だから」

「あ、なるほど……じゃあ、今スタートラインに立った所?」

「正確に言えば、スタートラインより一歩前かな。対策も一応、考えているわけだし」

「つまり……私達がリードしてる?」

「他のグループが、俺達の想定を超えていなければね」

「? ……あ、そ、そっか」

 

 徐々に話が難しくて分からなくなってきたが、なんとか理解が追いついた。要するに、当日になるまで結局、準備が万端かどうか分からないということだ。

 

「なんか……ドキドキしてきたよ……!」

「スポーツ選手はみんなこのドキドキを楽しんでるんだよ」

「も、もっと練習しようかな……」

「あ、いや過剰な練習は身体に負担かけちゃうから。程々にね? 苦労して練習したのに試合当日までに怪我して出場もできないなんて嫌でしょ?」

「あ、そ、そっか……分かった」

 

 とりあえずそこは止めておかなければならない。ここまでやったからには、非色だって勝ちたいものだ。

 まぁ、逆に言えば身体を壊さない程度になら練習しても良いということだが……それは良いだろう。とりあえず、楽しめれば良いのだから。辛い思いをしてまでやることではない。

 なので、必要以上に強要するのはやめようと、練習を再開しようとした直後だ。

 その非色に、佐天が聞いた。

 

「ところでさ、非色くん」

「? 何?」

「当日、白井さんとデートしないの?」

「な、なんでそれを⁉︎」

「あ、するんだ」

「っ……!」

 

 思わず滑らせた口を、非色は慌てて塞ぐ。が、もう遅い。

 

「へぇ〜? 白井さんと?」

「あ、うん……ま、まぁ……」

「なーんだ。白井さんを誘うようにけしかけようと思ってたのに……」

「な、なんでそんな事……」

「いや、見てるこっちとしては、かなりジレったいから」

「何がさ⁉︎」

 

 全然、話が見えない……と言わんばかりの反応をする非色だが、佐天から見ればむしろ白々しい。

 

「いやいや、白井さんのこと大好きなくせに……もう無理だよ」

「だ、大好き⁉︎ あ、いや好きだけど……」

「そういうんじゃなくてさ。正義感が強くて、時には規則を破る芯もあって、その上で自分にも優しく厳しくしてくれる白井さんを見てると、胸がドキドキするくらい緊張するんでしょ?」

「っ……う、うん……」

 

 顔を赤くして頷いて答えるしかない。基本的に嘘が苦手な非色は、この手のことを隠すことができないのだ。

 

「非色くんはヒーローやってるんだし、本当の気持ちを伝えられないまま白井さんと離れ離れ……なんて事になったら、後から後悔するかもよ?」

「え、は、離れ離れって……?」

「ほら、前に音信不通になったことあったじゃん。あんな感じでしばらく連絡取れなくなったりだとか……」

 

 そういう意味か、とホッと胸を撫で下ろしつつも、よくよく考えればほっと出来る事ではない。一方通行との一件、あれこそ上条と美琴が助けに来てくれたから無事に帰れたものの、あのまま一人だったら死んでいただろう。

 それに、ついこの前だって学園都市外部からとんでもない能力者が現れたし、万が一もあり得る。

 

「……で、でもぉ……告白は恥ずかしいしぃ……」

「……本当に悪人と戦ってるヒーロー?」

「う、ううううるさいな! 良いでしょ、もう! さ、続きやろう」

「まぁ、そうだよねぇ。女の子の身体にも弱いヒーローだもんねぇ」

「や、喧しいー!」

 

 その後、とりあえず強引に練習に戻った。まぁ、告白するにしてもなんにしても、もう少し勇気を振り絞らないと無理だ。何せ、向こうにキモがられたら最悪だ。「え、ヒーローだからってモテると思ってる?」「それともモテるためにヒーローやってた?」「死ねば?」と思われるのが怖い。

 いや、実際、黒子がそんな風に思うかはわからない。だが……どうしても悪かった時の想定が拭えない。

 もう少し女性に慣れたら……なんて、おそらく一生、告白できないんだろうな、というヘタレを発揮していた。

 

 ×××

 

「まったく……どう思います⁉︎ 俺、そんなに白井さんのこと大好きそうに見えます⁉︎」

 

 練習後、非色は木山の元で愚痴っていた。

 嫌な事があるとすぐ自分を頼ってくれるのは嬉しいが、愚痴を言えるような友達が、まさか十いくつも歳が離れている自分しかいないのだろうか? と、木山は少し不安になってしまう。

 まぁ、非色の場合は生い立ちが少々、特殊なため、仕方無いとは思うが。木山としても、世話になった少年を邪険にするつもりはない。

 何はともあれ、今の質問に対する答えを提示してやらねばならない。コーヒーを一口、口に含むと、一息ついてから答えた。

 

「とても分かりやすいよ、君は」

「ええっ⁉︎ そ、そんな……!」

「どれくらい分かりやすいかと言うと、夕飯前にお腹が膨れた少年に対して『お菓子食べ過ぎたでしょ』と言えるくらい分かりやすい」

「なんでそんな幼稚な例えなんですか⁉︎」

「君が幼稚だからだ」

「ひどい!」

 

 あんまりなセリフに、思わず悲痛なセリフを漏らしてしまう非色。しかし実際、幼稚なのだから仕方ない。

 そんな分かりきったこと、木山にとってはどうでも良い。それより気になるのは、その先の話だ。

 

「それで、しないのかね? 告白」

「えっ、こ……告白、ですか……?」

「分かっているのだろう? 君は死と隣り合わせの生活をしているわけだし、生きているうちに言うべきことは言った方が良いことくらい」

「……そ、そうなんですけど……うう……」

 

 恥ずかしさのあまり、そのまま俯いてしまう。告白、なんて自分には一番縁のない話だと思っていた。今年はやはり特殊な年だ。

 

「まぁ、告白するかしないかは君に任せるよ。するのであれば、ちゃんとシチュエーションを考えるように」

「え、ど、どういう事ですか?」

「私もそういう経験が多いわけでないから何とも言えないが……例えば、そうだな。他人にプロポーズを迫る際、フランス料理の店とラーメン屋……どちらが良いと思う?」

「ラーメン屋が良いです。フランス料理食べたことないし」

「……もう少し告白するかは考えた方が良いかもしれないな」

「何故ですか⁉︎」

「ああ、そうだ。君に渡しておきたいものがあった」

「聞いてました⁉︎」

 

 驚く程、あからさまに無視して強引に話を逸らした木山は、棚の中から一つの箱を取り出した。さらにそこから出したのは、腕時計だった。

 

「? なんですかそれ?」

「義手につける腕時計だよ」

「何故、腕時計?」

 

 まぁ、不思議だろう。普段、非色は腕時計をつけないし、義手限定なことも謎だ。

 それを見越していたように、木山は一から説明し始めた。

 

「やはり、その義手の弱点は接続部だ。この前のゴーレム戦でも、そこがやられかけていた」

「ああ、強化パーツって事ですか? でも、なんで時計?」

「戦闘時に、時計を押してみるんだ。そうなれば、左手を覆うように鋼鉄のグローブが出て来る。……ああ、掌の砲門は空くように出来ているから安心してくれたまえ」

「なるほど……あ、ありがとうございます!」

「使えるかどうかは実戦で試して欲しい。一応、ライフルの銃弾程度なら弾ける硬度にしておいた」

 

 言われて、非色は時計を受け取り、腕につけてみた。色は青と白。そのキザな色合いがまた、非色の心をくすぐる。見た目は完全に普通の腕時計だ。

 

「でも……普通の人と戦う時はこれ使ったら殺しちゃうかもですね」

「まぁ、その辺の使い分けは君の判断に任せるよ」

 

 目を輝かせながら腕時計を眺めているときだった。研究所のインターホンが鳴り響いた。

 

「? お客さんかな?」

「敵なら俺が叩き潰しますよ!」

「今の私に敵はいないから、落ち着きたまえ」

 

 腕時計で試しにグローブを作ってシャドウボクシングをし始めた中学生を落ち着けた木山は、そのまま応答する。向こうにいるのは、御坂美琴に瓜二つの少女だった。

 

「妹達? 何か私に用かい?」

『夜分遅くに失礼します。こちらに、ヒーローさんはいらっしゃいますか? と、ミサカは恐れながら要件のみを伝えます』

「いるよ」

『助けていただきたい事があるので、代わっていただけますか?』

「ああ、分かったよ。立ち話もなんだ、入りたまえ」

 

 そう言うと、木山は研究所の扉を開けた。数秒後、御坂妹が中に入って来る。

 

「あ、妹さん。どうしたの?」

「時間がないので、要件のみで失礼します。ヒーローさん」

「何? 今の俺、ご機嫌だから大概のことはオーケーしちゃうよ」

「ミサカ達に再び危機が迫っています。現在、お姉さまの後輩と思わしき方が交戦中ですので、移動しながらの説明を推奨します。……と、ミサカは提案を……」

「行こうか」

 

 すぐに黒子のことを言っている、と理解した非色は、頷いて立ち上がる。木山に挨拶をして研究所を飛び出した。

 唐突に危機が飛び込んでくるパターン……なんと無く嫌な予感がしつつ、変身して現場に向かった。

 

 




章タイトル色々変えましたが、今のに落ち着きました。


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死ぬ時は悔いがないように。いや、悔いがあっても死んで良いわけじゃないけど。

 黒子は、床に這いつくばるように倒れていた。結局、あの自分と同じ系統の能力者を捕らえるには至らなかった。

 それどころか、今の自分はただ殺されるのを待つのみだ。何故なら、真上にかなりの質量を持つ何かがテレポートさせられようとしている。

 

「逃げな、ければ……!」

 

 奥歯を噛み締めながら何とか動こうとするが、身体は動かない。戦闘で全てを出し切ったため、テレポートさせることも出来なかった。

 奥歯を噛み締める。死ぬのが怖いんじゃない。いや、怖いけど今の感情は別の所にあった。

 あのヒーロー様なら、あの女を叩きのめした上で改心させられたんじゃないか、そう思ってしまう。結局、このままでは自分には何も出来なかった、という事実が残るだけだ。

 悔しさで奥歯を噛み締める。正義を貫くのも楽ではない。あのヒーローが他人を巻き込みたがらない理由が、今にして分かった気がした。

 

「非色さん……お姉様……!」

 

 ふと、上を見る。テレポートされていくものが、徐々に形を成して来ていた。

 ダメだ。こうなれば、もうどうする事も出来ない。

 ここで死ぬくらいなら、最後にあのヒーローに素直な気持ちを伝えれば良かった……と、思わずキュッと目を閉じた時だ。

 真下から、超電磁砲によって床がぶち抜かれた。黒子から見えた範囲で、そこにいたのは二丁水銃と御坂美琴だ。

 

「黒子!」

「! お姉さまに、非色さん⁉︎ 来てはいけません! ここは……!」

 

 と、言いかけた時だった。真下から、バビュンッと何かが射出される。非色が強引に投げつけたのは、上条当麻だった。

 その身体は一直線に黒子の真上に向かい、右手一つでその脅威を消し去ってしまった。

 

「って、お、おお……! 着地着地……!」

 

 なんてやっている間に、遅れて非色がジャンプしてきて、上条を小脇に抱え、黒子の横に着地する。

 

「さ、サンキュー。固法」

「白井さん、大丈夫?」

「え、ええ……ありがとう、ございます……」

 

 ふと、二丁水銃は自分に目を向ける。最初は何を見ているのか分からなかったが、すぐに理解した。自身の傷口に目を向けている。

 

「いやー、間一髪だったな」

「まだ終わってませんよ、上条さん」

「あ、ああ。そうだな。残骸を回収しないと……」

 

 そう言いつつも、上条は非色の様子が少し気がかりだった。どうにも、声に含まれた怒気が強い気がする。

 

「白井さん。何処に行ったか分かる?」

「な、何がです?」

「君をそんなにしたカス」

「っ……」

 

 まずい、と黒子は助かったのに冷や汗をかく。普段、この人から「カス」なんて言葉は出て来ない。

 冷静に考えれば、このヒーローが本気で怒った所を見た事がない。その結果がどうなるか分からない以上、今はそれをさせてはダメだ。

 そう判断し、黒子は非色に抱きついた。

 

「うえっ……し、白井さん……⁉︎」

「申し訳ありません……少し、このままにさせて下さいな……」

「……あ、う、うん……」

 

 控えめに頷きつつ、非色はその黒子を抱きかかえた。微妙に、怒りが沈静化し、徐々に落ち着いてくる。

 その抱き締めた黒子は、そのまま上条に指で指示を出す。犯人を捕まえて、との事だ。

 上条も、非色の様子が普通じゃないことを理解したので、従う事にした。

 なるべく足音を立てずに出て行く上条を眺めていると、非色が黒子に声を掛けた。

 

「ごめん」

「? 何がです?」

「こんな怪我するまで、駆けつけられなくて」

「い、いえ……私こそ、申し訳ありませんの。初春に、言われてはいましたわ。一度、敗北した時点であなたに声をかけた方が良い、と。ですが、それは出来ませんでしたの。ヒーローに、頼りきりになるわけにはいかないと思って……」

「……いいよ、そんなの。ヒーローは、警察や軍には嫌われるものですから」

 

 そう言うと、非色は一度、黒子を離し、正面から言った。

 

「とにかく……次から、必ず約束します。白井さんはもう、絶対に傷つけさせない。もし、そういう事態に陥ったら、傷つけた奴は絶対にタダじゃおかない」

「……」

 

 この時、黒子は初めて目の前のヒーローが恐ろしく思えた。悪い人じゃないのは分かっている良い人じゃなきゃ、ヒーローなんてやっていない。自身の人とは違う力を人のために使う、という行動原理も立派なものだ。時には規則を破ってでも、自身にとって重要なものへの優先度を測り、判断している。

 そんな彼にも、完璧では無い面があるようだ。友達が傷つけられた時の憎悪が大き過ぎる。

 

「後半はともかく、前半はよろしくお願いします」

「うん。任せて」

 

 とりあえず、冗談半分の言い方で返しておいた。

 

 ×××

 

 翌日、白井黒子が入院しているのを聞き、非色と美偉はお見舞いに行った。勿論、白井黒子の、なのだが……。

 

「あ、ごめん姉ちゃん。俺、知り合いがお見舞いしてるからそっちも見てくね」

「あら、そう。じゃあ先に行ってるわよ?」

「うん」

 

 それだけ言うと、別の病室に向かっていった。世話になってる人がいるのは嘘では無いし、挨拶しておきたいのは本当の話だ。

 けど、本題は別にあった。思い出せば思い出すほど、胸が痛くなり、自身が嫌になる。何故、自分はここまで気が小さいのか、と。こんな小ささでは、街の治安を守るなんて夢のまた夢だ。

 どうしたら良いのか、と相談に乗って欲しいものだ。

 

「というわけで、助けて一方通行! 女の子に抱き締められて、昨日の夜から一睡もできないんだ!」

「テメェふざけンなよ⁉︎ まさか、ンなくだらねェ理由で昨日、あの三下逃したンじゃねェだろうな⁉︎」

「何の話⁉︎ てか、くだらないって何さ!」

 

 当然の反応に逆ギレする非色だが、まぁ中学生なので致し方ないと言えば致し方ない。

 そんな非色に、パタパタと同室の打ち止めが走ってくる。

 

「ヒーローさんだ! こんにちは!」

「こんにちは。打ち止めちゃん!」

「二丁水銃?」

「「イェーイ!」」

「……チッ」

 

 仲良く打ち止めとハイタッチする中坊を見て「喧しくなりそう」と一方通行は舌打ちを漏らす。

 

「ヒーローさん、女の子に抱き締められたの?」

「マスクしてない時にヒーローさんはやめてね。身バレ待った無しだから」

「わっ、ごめんなさい……って、ミサカはミサカは割と素直に謝ってみる……」

「ううん。次から気をつけてくれれば良いからね」

「うん!」

 

 頭を撫でられ、元気よくにこりと微笑む打ち止め。その様子を見て、一方通行は口を挟んだ。

 

「つーか、オマエは何しに来たわけ? クソガキとイチャつきてェンなら、表でやりやがれ」

「ち、ちがうから! だから、昨日、抱きつかれた子のお見舞いにきたんだけど……その、恥ずかしくて。どうしたら良い?」

「だから知らねェッつってンだろ! てか、こっちは昨日、テメェのケツ拭いてやってンだ。騒ぐなら出て行きやがれ!」

「え、何の話?」

 

 昨日は一方通行と顔を合わせていないはずだ。そんな風に言われても心当たりがない。

 

「テメェが昨日、残骸を追ってたンじゃねェのか。けど、途中で風紀委員のガキに気を取られ、結局、逃したンだろ」

「え、なんで知ってるの……」

「ミサカネットワークって知ってるか? ……ったく、テメェが出たって聞いたからのンびりしてたってのによォ。結局、出向いて残骸も本物の残骸にしといてやった」

「あー……それはありがとう。ごめんね? 入院中に」

「まったくだぜ」

 

 そう言いつつ、ゴロンと寝返りを打つ一方通行。昨日、どうにも白井黒子と顔を合わせてから、気がつけば抱き締められていたまでの記憶がない非色は、微妙にピンとこなさそうな表情でいた。

 

「そんな事言ってるけど、出て行く時は割とノリノリだったよ? ヒーローさんみたいにわざわざ窓から飛び降りてたし。って、ミサカはミサカは傷心気味のヒーローさんをフォローできる情報をそっと付け加えたり」

「え、なに。もしかして俺の真似とかしちゃってた感じ?」

「してねェよ! 窓からの方が他の人に見られなくて楽だってだけだ!」

「いやー、割と嬉しいもんだよ? ヒーローのモノマネされんの。誰に許可取ってんのか知らないけど『ヒーロー水鉄砲』とかいうグッズも発売されてるからね。それで子供達が遊んでるの見るの、割と嬉しくて……」

 

 それを聞いた直後、打ち止めが唐突に目を輝かせ、一方通行の方に顔を向ける。

 

「えー⁉︎ ほんとに⁉︎ ミサカも欲しい! って、ミサカはミサカは自分のミーハーっぷりを隠さずに吐露してみたり!」

「バカどもが……オレは買わねェぞ」

「えーなんでー?」

「何が悲しくてこンなヤツのグッズなンざ買わなきゃいけねェンだ」

 

 アイドルやらアーティストやらなら百歩譲ってわかるが、ヒーローのグッズはどう考えても無理だった。というか、本当に誰から許可を得ているのだろうか? 

 そんな一方通行のセリフを無視して、非色は続けた。

 

「他にも『二丁水銃マスク』とか売ってたっけ。あれは少し恥ずかしい」

「ね、次に出撃する時は、あなたもマスクと水鉄砲持っていったら? って、ミサカはミサカは見てみたいだけの案を提示してみる!」

「オイ、いい加減にしとけよテメェら」

「だって、あなた病院の待合室にあるテレビのニュース、二丁水銃の見出しがやってる時だけ足を止めるじゃん」

「……」

「え、ほんとに?」

 

 それを聞いて、非色は目を丸くして一方通行を見る。人は無言の時ほど恐ろしい感情を秘めている、というのに、打ち止めも非色も気付かずに話を進める。

 

「うん。間違い無いよ。って、ミサカはミサカはニヤニヤしながら当の本人を見上げてみる」

「い、いやぁ……あの一方通行がファンだなんて、これはこれで少し嬉しいけど……あ、ヒーローの相棒とかやってみる?」

「良いかも! 二代目二丁水銃とかカッコ良い!」

「いや、ヒーローはバラバラの個性が噛み合って初めてかっこよさが出るからなぁ……あ、それこそ能力名のまま『一方通行』で良いんじゃない? 二人のヒーローの名前に数字が入ってるとかアツ過ぎでしょ」

「それだと、ヒーローさんが二番手みたいだけど……と、ミサカはミサカは真剣な表情で問題点を定義してみる」

「あ、それは嫌だな。というか、個性を出すには名前の被りも嫌だし……アクセラホワイト仮面とか?」

「ぶはっ! そのセンスのなさにミサカはミサカは吹き出して……」

「オイ。オマエら」

「「何?」」

 

 唐突に口が挟まれ、二人は揃って顔を向ける。直後、硬直した。何故なら、一方通行の表情から殺気が漏れているからだ。

 

「覚悟はできてンだろうな?」

 

 問いながら、二人に両手をゆっくりを伸ばしている辺り、返事を待つつもりはないようだ。

 苦笑いを浮かべたまま微妙に震えている二人に、容赦なく制裁が下された。

 

 ×××

 

「追い出されたね……」

「追い出されちゃった……」

 

 非色と打ち止めは、頭にたんこぶを作ってそのまま二人でのんびりと病院の廊下を歩いていた。

 さて、そろそろ黒子のお見舞いにいかなければならない。しかし、どうにもあんなことがあった後だからか、勇気が出ない。

 

「で、ヒーローさんは勇気がないの?」

「だからヒーローはやめてね。非色で良いから」

「あ、ごめんなさい。じゃあ、非色は会いに行かないの?」

「あ、呼び捨てなんだ……」

 

 そこにツッコミを入れつつ、非色は続けた。

 

「まぁ、その……何? その女の子に抱きつかれたばかりだから……恥ずかしくて……」

「ヒー……非色はあの一方通行に何度も向かって行ったのに?」

「うん。そういうのとは違うからね」

 

 殺されるかもしれない場所で戦うのと、好きな子の元へ気まずいまま行くのは別問題である。

 

「じゃあ、分かった!」

「何が?」

「ミサカが先に行って様子を見てきてあげる! って、ミサカはミサカは将来、バインバインになる胸を張ってみる!」

「……はい?」

 

 何言ってんのこの子? と思ったのも束の間、それはまずいとすぐに判断した。何せ、病室には御坂美琴もいるだろうし、それとほぼ同じ顔をした少女が、姉と黒子に顔を合わせるのはまずい。

 

「ちょっ……ダメ!」

「えー! なんで⁉︎」

 

 慌てて手首を掴んだ。急発進する直前だったようで、ギリギリだった。

 

「ダメだって! どう説明したら良いのか分かんないし……!」

「大丈夫! こう見えてミサカは一万人のミサカを統べる上位個体なんだから!」

「関係ないから!」

「とにかくまかせてー! 助けられた恩を返したいのー!」

「助けた恩が仇となって返って……!」

 

 なんてやってる時だ。ふと耳に聞き覚えのある声が届いた。

 

「あの……すみません。うちの弟見ませんでした?」

「え? さ、さぁ……」

 

 ヤバい、と非色は冷や汗を流す。姉が自分を探している上に、そこの曲がり角にはもういる。向こうから災難がやってきた。

 これ以上、打ち止めが騒げばおそらくこっちに来るだろう。かと言って、ここは病院、強引に立ち去るわけにもいかない。

 

「っ……ら、打ち止めちゃん、ごめん」

「? 何……わわっ⁉︎」

 

 打てる手は一つ、自身の変身マスクを装備させるしかない。

 幸いにも、今自分達がいる廊下に人影はないし、防犯カメラも自分の身体が死角になって打ち止めの姿は映っていない。

 それを把握した直後、打ち止めにサングラスをかけ、マスクを起動した。それにより、打ち止めの顔は二丁水銃のマスクに包まれる。

 

「き、急に何かなこれ⁉︎ って、ミサカはミサカは軽くパニックに……」

「話し合わせてくれたら、マスクと水鉄砲買ってあげる」

「任せて! って、ミサカはミサカは自信満々にガッツポーズしてみる!」

 

 直後、姉が曲がり角からやってきた。非色とすぐに目が合い、頬を膨らませる。

 

「あ、いた! あんた何してたのよ?」

「ごめんごめん。この子に懐かれちゃって……」

「こんにちは!」

「はい、こんにちは」

 

 挨拶され、美偉も微笑みながら返す。が、すぐに眉間にシワを寄せた。

 

「? その子のマスク……」

「なんか俺もさっき知ったんだけど、二丁水銃のグッズとか売ってるんだって」

「あら、そうなの。うちも買う?」

「やめてよ……恥ずかしい。迷子みたいだから、一緒に連れてっても良い?」

「ええ、もちろん」

「えー、ミサカ迷子じゃ……痛たた⁉︎」

「え、ミサカ?」

「気の所為だよ、姉ちゃん」

 

 打ち止めの手をつねってから、黒子の病室に向かった。もう事こうなった以上、覚悟を決める他ない……のだが、どちらかと言うと打ち止めの正体がバレないかの方が心配だ。

 とにかく、向こうに着いたら上手いこと誤魔化しながら、早めに病室を出るしかないと、思いながら、病室に入った。

 

「入るわよ」

「どうぞ」

 

 美偉がノックし、中に入る。幸いにも、中にいるのは黒子と美琴だけだった。

 

「お邪魔しまーす」

「遅くない?」

「この子ったら、迷子を保護してたらしいのよ」

「す、すみません……」

「あー! お姉様だ! って、ミサカはミサカは……あっ」

「は?」

「「……お姉様?」」

 

 開幕で魚雷が命中したような衝撃に、非色は固まるしかなかった。本当にこれだから子供は苦手だ、と悪態をつきたくなる。

 さて、どうするか……だが、美琴が自分にアイコンタクトを送っているのに気づいた。

 

『……妹達関係?』

『そうです』

 

 顔を隠している事と「お姉様」の呼び方だけで全てを察してくれる頭の回転は、やはり超能力者だと認めざるを得ない。

 

「もしかして、この前、鞄を届けてあげた子かしら? 黒子、失礼するわね」

「日常的にも誰かを助けてあげているなんて……さすがはお姉様ですわ!」

「はいはい。さ、行くわよ」

「あ、あはは……」

 

 ぎこちない動きで美琴は打ち止めを連れて病室を出て行った。とりあえず、一難去ったか、と非色はホッと胸を撫で下ろしつつ、黒子に声をかけた。

 

「怪我は平気ですか?」

「ええ。明日にでも退院できるそうですわ」

「良かったよ」

 

 そんな話をしながら、非色は黒子のベッドの横に椅子を用意して座る。姉の分も出したのだが、美偉が座ることはなかった。

 

「私、何か飲み物買ってくるわね」

「え?」

「じゃ、ごゆっくり」

 

 それだけ言うと、さっさと病室を出て行ってしまう。これで、黒子と非色は二人きりだ。

 とりあえず、非色から聞きたかったことを聞いた。

 

「じゃあ、大覇星祭では遊べる?」

「ええ、もちろん。……とはいえ、車椅子になってしまいますが」

「大丈夫、俺が押してあげるから」

「ふふ、ありがとうございます」

 

 そんな話をしていると、黒子が頬を赤らめたまま、非色の方へ体重を預ける。

 

「っ、な、何……?」

「いえ……その、本当はこんなつもりなかったのですが……」

「え?」

「今回、死にかけてハッキリわかりましたの。自分の気持ちが」

「……え?」

 

 話についていけない非色は、知るよしもなかった。自分が遅れている間、黒子が美琴と美偉に何かの相談をしているなんて。ましてや、その内容が自分の事だなんて想像もついていなかった。

 予想外のことが起き続け、みっともなく動揺している間に黒子は非色の手を握った。

 

「私は、固法非色さんの事が好きです。お付き合いして下さいな」

「はえ……? おつきあい……?」

「はい。お付き合い、です」

「え、それって……買い物に付き合う、的なことじゃなくて……」

「私の、恋人になる、という意味ですの」

「……」

 

 固まる。頭が真っ白になる。いや、真っ赤だ。ついでに顔も真っ赤になる。何が何だか分からない。そういえば、昨日抱き締められたような……いや、でも今はそんなことどうでも良くて……いやよく無くて。というか、今何を言われたっけ? と、頭の中が銀河の彼方にすっ飛んでいくような感覚に陥った。

 それも想定内だったのか、黒子は微笑みながら言った。

 

「お返事は……今は無理そうですわね。また後日で結構ですの」

「ヘンジ……? 環状遺跡がどうしたの?」

「……とりあえず、今は落ち着いて下さいな」

 

 本当に情けなく、非色はとにかくその場で狼狽えていた。

 

 



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大覇星祭編
ヒーロータイムは唐突に。


 大覇星祭、それは学園都市で毎年、七日間に渡って開催される行事である。一般的な運動会とは異なり、学園都市の全生徒が学校単位で参加。しかも、その様子はテレビによって世界に配信され、生徒の父兄には学園都市の内部が一部開放される。

 何よりの違いは、すべての種目が能力者達によって競われることにある。

 さて、そんなイベントの初日、つまり開会式の日、非色は遅刻ギリギリで街を走っていた。理由は単純、ついいつもの癖で、学生服で登校しようとしたからだ。

 大慌てで部屋に引き返すが、このままでは間に合わない。そのため、ヒーロースーツに着替えていた。こういう時、コンパクトな変身アイテムはとても助かるものだ。

 開会式といっても、現地に赴くのは学園都市の中でも、常盤台や霧ヶ丘のような名門校だけで、柵川中学のような一般的な学校はそれぞれの校舎にのみ集まる。

 従って、非色もそれに従っていたのだが……。

 

「おいおい……なんだあれ?」

「学園都市にはあんなヒーローのコスプレしてる奴もいるのか?」

「能力者なのか素なのか知らねーけど、すごいな」

 

 当然、一般客がいる以上は注目が集まってしまう。悪い気はしないが、正直、居心地も悪い。何より、このまま移動すれば、さらに多くの人に見られ、柵川中学生がヒーローである事がバレる。

 

「……遅刻を覚悟するしかないかな」

 

 そう呟くと、近くのビルに侵入し、装備を解除した。そのまま窓から飛び降り、シュタッと着地する。サングラスだけ装備したまま、最短ルートを検索しようとした時だ。

 

「こんな所でサボりかしらぁ? そういうの、いけないんだゾ?」

「っ⁉︎」

 

 慌てて振り返ると、そこには綺麗な金髪の少女がいた。……いや、スタイル的には少女じゃない。思わず、目を逸らしてしまうほど。

 

「え、あ……い、今の見てた?」

「ん? 何のことかしらぁ? 私、今来た所だしぃ」

「そ、そっか……」

 

 とりあえずホッと胸を撫で下ろしながら、サングラスを外す。

 

「えっと……君も遅刻じゃない?」

「私は良いのよ。操作力でどうとでもなるしぃ……」

「操作? よく分かんないけど……俺、送ろうか?」

「大丈夫。それより、早く行かないと遅刻確定だゾ?」

「あ、うん。じゃ、またね」

 

 それだけ話すと、引き続き非色は人に気付かれにくいルートから学校に向かう。

 その背中を眺めながら、金髪の少女……食蜂操祈はニヤリと唇を歪ませた。

 

「ふふっ……素直で良い子じゃなぁい。それだけに、危険かもしれないケド」

 

 そう言いつつ、自分も目的地に向かった。ギリギリの時間ではあるが、全然間に合う。これから、開会式での開会宣言だ。

 

 ×××

 

 開会式が終わり、白井黒子は早速、初春飾利と行動を共にしていた。と、言うのも、怪我を負った黒子は出場不可な上、車椅子に乗らなければならない。従って、出場者でない人に力を借りる他ないのだ。

 

「はぁーあ……別に、車椅子なんて必要ありませんのに……」

「念には念を入れるためですよ、白井さん。……多分、無理させないようにっていう意味があってのことだとも思います」

「はぁ……まぁ、確かにこの前の件は反省しておりますが……」

 

 そう言いつつも、やはり車椅子生活というのは少し窮屈だ。自由に動けないし、誰かに押してもらわないと小回りも効かない。

 ……というか、あの男はどうしたのだろうか? 自分が告白した相手。未だに返事をよこさず、催促しても「え、いや、あの……ちょっと恥ずかしいので……もう少し待って……」とか濁す男らしくない奴。あれは何してるのだろうか? 

 それに、佐天の姿がないのも気になる。……もしかして、あの二人は既に付き合っているのだろうか? だから、自分の告白の返事も濁しているんじゃ……なんて少し不安になっていると、初春が声をかけてきた。

 

「あ、白井さん。あのモニター、御坂さん達の競技みたいですよ」

「見ましょう」

 

 速烈でモニターの方を振り向いた。競技は二人三脚。ちょうど、アナウンスが続いていた。

 

『さらに第三コース、常盤台中学所属……御坂美琴、婚后光子ペア!』

「お姉様……あの憎き婚后光子と……うぎぎっ!」

「ま、まぁまぁ白井さん。どの道、怪我してしまったんですし、仕方ないですよ」

『最後、第四コースは柵川中学所属、佐天涙子、固法非色ペアだ!』

「……は?」

 

 最後のセリフに、黒子はポカンと口を開ける。知っていた初春が思わず吹き出す程度には面白い声と顔だった。

 モニター上には、確かに佐天と非色の姿がある。

 

「……なんで?」

「出場するそうですよ? 聞いてないんですか?」

「あ、あなた、知ってて黙っていましたわね⁉︎ ……あ、まさか固法先輩がいないのは……!」

「生で見に行っているからです」

「意外とブラコンですわよね、あの方……」

 

 そう呟きつつも、黒子の怒りは別の人に向かっていた。その対象は、固法非色。多分、告白する前から決まっていたこととはいえ、告られた子に返事もしていないのに、他の子とあんなに密着するだろうか。

 ……まさか、それこそ本当に佐天と付き合っているとか……。

 

「……」

「一応、言っておくと、非色くんと佐天さんは付き合ってませんよ?」

「べ、別にそんな事で不安になどなっていませんの!」

「そうですか」

 

 冷たく返しつつ、とりあえず試合を観戦する事にした。

 

 ×××

 

「なんであんた達いるわけ……?」

「そりゃ勿論、勝つためですよ!」

 

 美琴のげんなりした表情に、佐天はピースを使って答えた。まるでいたずらが成功した子供のようである。

 能力者の中に、たった二人だけ無能力者だが、美琴は油断出来ない。何故なら、非色がいるからだ。

 

「まさか、このような所で固法さんと相対することになるとは……しかし、私も負けられませんの。手抜きはしませんわよ?」

「あ、あはは……お手柔らかに」

 

 婚后に言われ、非色は苦笑いで応える。随分と久しぶりに顔を合わせた相手だが、ほぼ初対面に等しいのでコミュ障を発動してしまう。

 さて、そろそろスタート時間だ。各走者達は、一斉にスタートラインであるアーチの下に並び、構える。

 直後、ふと非色は敵意を感知。耳元で、すぐ佐天に指示を出した。

 

「開始直後、垂直跳びね」

「! 了解……!」

 

 そう告げた直後、アナウンスの声が聞こえる。

 

『さて、このレース……やはり常盤台が堅いと見て良いのかな?』

『能力をぶっ倒れるまでぶつけ合うならそうだろうけど、レースというルールがある上で勝ちを競うのなら、戦術次第で大番狂わせもあるかと!』

『と言うと……それこそ唯一の無能力者ペア、柵川中学の二人も?』

『まぁ、参加することに意義がありますから。無理だと諦めて何もしなかったら、何も起こりません』

 

 少なくとも、佐天にとってはカチンと来る実況である。非色は苦笑いで受け流しているが、もちろん内心は穏やかではない。

 何も知らないアナウンスは、そのまま声を掛ける。

 

『さぁ、間も無くレーススタートです』

 

 審判が、耳に手を当て、ピストルを空に向ける。それにより、走者全員の表情が引き締まった。

 パンッ、という乾いた発砲音の直後、全走者がスタート……とはならなかった。第二走者の二人組、藍鈴女子の片方の身に纏われている包帯、それと道路の舗装の一部が四散した。

 

「おおおおおおッ⁉︎」

「んんっ⁉︎ な、何事で……!」

 

 襲いかかる対象は、他の三組の走者。それらの身体に巻き付き、全員が身動きが取れなくなる。

 

『あーっと、スタート同時に藍鈴女子高校の選手の包帯が、ヘビのように絡み付いたァッ‼︎』

『いや、一組だけ逃れていますね』

『えっ?』

 

 そう言う通り、柵川中学の二人組は、垂直にジャンプし、スタート位置の印であるアーチに掴まっていた。

 

『おおーっと! 意外や意外、まさかの無能力者ペアだけ、今の攻撃を逃れたようです!』

『しかし、藍鈴女子の二人はすでにスタートしています。逃れただけでは意味がないでしょう』

 

 そう言う通り、差は少しずつ開いている。佐天が「どうするの?」なんて聞くまでも無く、非色から指示が出た。

 

「身体を大きく振って、一気にジャンプするよ。佐天さんはポーズだけ真似してくれれば良いから」

「了解!」

 

 そう言って、2、3回ほど体を振った直後、大きくジャンプした。それこそ、リードを許した二人組に並ぶ位置まで。

 

「げっ……ま、マジ⁉︎」

「胸を借りますよ、先輩」

 

 そう言うと、非色と佐天は地味に走り始めた。

 

『おーっと! 柵川中学コンビ、一気にトップ争いを繰り広げた!』

『身体能力だけであれやった、という事でしょうね。二人とも中学生にしては良い体格していますし、不可能ではないのでしょう』

『いや、にしても二人三脚であんな綺麗に着地できる?』

『とにかく、これでレースは大きく二組に分かれた事になります。このままトップの二組が勝ち上がるのか、後半組が巻き返すのか、波乱の展開となりました!』

 

 そのアナウンスを背に、非色と佐天は隣からのアスファルトを利用した妨害を回避しながら進んだ。

 

 ×××

 

「よし、抜けましたわ! さぁ、参りますわよ、御坂さん!」

「……」

「御坂さん?」

 

 能力から抜け出した婚后は、隣の美琴に声を掛ける。……が、その表情は婚后ですら鳥肌が立つほどの怒りを蓄えていた。

 

「ど、どうかされましたの?」

「婚后さん、さっきの非色くんの顔、見た?」

「え?」

「口パクでこう言ったの。『お先に失礼します』って」

 

 ピキッ、と、婚后の額にも青筋が浮かぶ。

 

「年上として、教えてやらないとね」

「そうですわね。目上の者への態度というものを」

 

 それだけ言うと、二人は一気に走り出した。絶対に負けたくない。あの生意気な後輩には。

 

 ×××

 

「もう……! 何なのよこいつら……!」

「全然、当たらない!」

 

 藍鈴女子の二人組が、直接的なものでは無く足元のアスファルトを緩め、捕らえに行っているわけだが、非色の反応速度による回避以外、全て走りに捧げているため、徐々に差が開いていく。

 そんな時だった。そんなトップ争いをする二人組に、もう一組の影が迫る。

 

「行くぜオラアアアア!」

「退け退け退けェッ‼︎」

 

 足元の摩擦係数を無くし、手元に火を出して加速している男組が距離を詰めて来ていた。

 

「チッ……! もう来た……!」

 

 見事なコントロールで、舗装道路の崩れた部分を回避しながら距離を詰めていく。

 その二人組がまず目をつけたのは、藍鈴女子の二人だった。まずは地面そのものを無茶苦茶にしてくる奴らをリタイアさせないといけない。

 速度なら負けないので、妨害の手段がない無能力者組など無視で良いのだ。一気に藍鈴女子達を追い抜く。

 しかし、その抜かれた二人はニヤリと微笑んだ。

 

「念動能力者の前を走るなんて、愚の骨頂!」

 

 そう言って、能力を起動しようとした時だ。ツルッと足を滑らせた。

 

「なっ……⁉︎」

「悪ぃな、俺達はトップに躍り出れば、もう抜かれる事はねぇんだ」

「き、きゃああああ⁉︎」

 

 足を掬われ、そのままツルツルとクッションになっている壁に衝突する。さて、これで前を走るのは無能力者の二人だけだ。

 

「普通に出し抜ける相手だが……」

「念には念を入れさせてもらうぜ」

 

 そう言うと、一気に距離を縮めていった。その後ろで、砂鉄による紐が繋がれていて、水上スキーのように常盤台組がついてきているのも知らずに。

 楽をしている二人のうちの電撃使いが、風力使いに声をかけた。

 

「そろそろ良いんじゃない? 勢いついたし、道も作ってくれたし」

「ですわね。では、参りますわよ」

 

 直後、突風が発生した。それにより、二人の体は一気に前進する。ピッタリと前にいた男二人の後ろを追って。

 

「げっ……ま、マジかよ⁉︎」

「さて、まずはあいつらから抜くわよ」

「ええ」

 

 そう言った直後、美琴は近くの街灯に電気を伸ばし、ぶら下がると大きくジャンプして男子組を追い抜いた。

 さて、前を走る残る一組は無能力者組の二人だけだ。チラッと非色に目を向ける美琴。向こうも同じように自分を見据えている。

 

「上等よ……行くわよ、婚后さん!」

「ええ!」

 

 そのまま二人で走り出した。ほぼ走る速さは一緒だが、差が1メートルほど開いていて簡単には追いつけない。

 だが、美琴には余裕があった。何故なら、キチンと非色限定の対策は考えておいたから。彼には能力など使う必要もない。たった一言で動きを止められる。

 一方で、非色にも美琴への対策は出来ていた。おそらくだが、これで勝てるはずだ。

 ゴールまでもうあと5メートルを切った。あと3秒もせずにゴール出来る、という点で、非色と美琴は同時にお互いの反対側の観客の方を指さした。

 

「あっ、上条さんが応援してる!」

「あっ、黒子が応援してる!」

「「ええっ⁉︎」」

 

 二人揃って動揺し、パートナーを巻き込んで転び、ほぼ同時にゴールテープを切った。

 

 ×××

 

「まったく……汚い真似を……」

「あんたが言いますか」

「どっちもですよ……」

「しかし、良い勝負でしたわ」

 

 四人で歩きながら、転んでついた体操服の汚れを払う。

 

「あーもう、私これからまだ競技あるのに……!」

「とりあえず、着替えて来たらどうです?」

「そうね。一度、寮に戻るわ」

「私も泡浮さん達と合流しませんと」

 

 との事で、とりあえず四人は解散した。結果は、一応同率一位ということで、無能力者コンビとしては大金星である。

 満足した佐天は、非色に声をかけた。

 

「で、この後どうする? とりあえず、二人で打ち上げでも……」

「ごめん、用ができた。それ明日からでも良い?」

「え?」

「さっき序盤でジャンプした時、なんか見えたから」

 

 大きくジャンプし、距離を稼いだ時だった。非色の視界には、路地裏で怪しくたむろする黒い服の神父と、金髪グラサン体操服が何かを話しているのが見えた。まず間違いなく堅気の人間ではない。

 

「あ、あー……もしかして……」

「白井さん達には内緒にしておいて」

 

 言いながら、非色は路地裏に入り、ポケットから変身アイテムを取り出す。それによって身を包むと、そのままビルの屋上に跳ね上がった。

 

 



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追跡ゲームは情報と推測が命。

 ステイル=マグヌスは、魔術師である。今は、上条当麻の知り合いということで、外部から観光客として学園都市に来ていた。以前から、インデックスの件やら何やらでちょくちょく学園都市に出向いている。

 そのステイルは土御門元春と、上条当麻と話をしていた。

 

「魔術師が……?」

「ああ。この街に潜入して、厄介な代物を取引しているんですたい」

 

 中途半端な博多弁で土御門に説明され、上条は表情を引き締める。

 

「それで、ステイルもここに来てるってのか?」

「じゃなきゃ、好きにタバコも吸えず、機械の目に二十四時間も監視されるような街に、わざわざここに近寄る理由もないね」

「いかんな〜ステイル。フリでももっと楽しそうにできんもんかにゃー? 表向きは旅行者なんだぜい?」

「ふんっ」

 

 そう言われても、気に入らないものは気に入らない。せめて、喫煙くらいは好きにさせて欲しいもの、というのがステイルの主張だったが、そもそも日本では二十歳未満のタバコは厳禁である。

 

「なら、神裂は来ないのか? 一応、知り合いだし……あいつ聖人とか言ってめちゃくちゃ強いんじゃなかったっけ?」

「ダメだ。神裂は使えない。何しろ、取引される霊装が霊装で……」

「どうも。こんな所でいじめの相談? 俺も混ぜてよ」

 

 唐突に、明るい声がかけられ、ステイルと土御門は声のする方を見て応戦体制に入る……が、遅かった。既にその男は、自分達の真ん中に割り込んでいる。

 

「って、二丁水銃⁉︎ ま、待て……!」

「待ちません」

「チッ、面倒な……!」

 

 ステイルが魔術を使用するよりも早く、非色が拳を振るう。裏拳がステイルの顔面に直撃し、壁に背中を強打する。

 

「お、おい待て固法!」

「は? ……あ、か、上条さん⁉︎」

 

 慌てて声をかけた上条により、土御門の顔面にも迫っていた拳はピタッと制止した。

 

「ふぅ……危なかったな……」

「ステイル、無事か⁉︎」

「何とか、ね……」

 

 よろけたまま身体を起こすステイルは、ジロリと割り込んできた覆面の男を見る。

 

「何者かな? 君は」

「ヒーロー」

「……バカにしているのか?」

「それはこっちのセリフだよ。学園都市の人間でも無ければ、生徒の観戦に来た奴でもないよね。そんな奴が『何者』なんて聞く権利あると思ってんの?」

「チッ……話にならないな」

「まぁ待て、ステイル」

 

 間に入ったのは土御門だ。お互いの立場を一応、知っているため、こういう場合の話の整理は自分がするべきだろう。

 

「こいつは一応、ヒーローで名前が通ってる。名前は二丁水銃。ふざけた格好をしてるけど、実力はある」

「ふざけてないよ! 木……協力者の人が作ってくれた大事なスーツだよ!」

「はいはい。で、ヒーロー。こいつはお前の言う通り学園都市の人間でもないし、観戦が目的で来てもいない。けど、この街の脅威になる為に侵入したわけでもない」

「信用できると思ってんの? 言っとくけど、あんたも十分怪しいからね」

「待てよ、固法」

 

 更に口を挟んだのは上条だった。

 

「本当にこいつらは悪い奴じゃない。インデックスの友達だ」

「そうなんですか? あと、あの……この格好してる時に名前で呼んで欲しくないんですけど……」

「あ、ああ、そっか。とにかく、むしろこいつらは今、学園都市に紛れ込んだ本当の敵を探しに来てる」

「て言うと……この前のゴーレムみたいな?」

「そうだ」

 

 言われて、とりあえず非色は構えを解く。上条がそう言うのなら、とりあえず従っておいても良いのだろう。

 

「なんだ、それならそうと言ってよ〜。あ、大丈夫? 頬腫れちゃってるな……湿布いる?」

「必要ない」

 

 そう言いつつ、ステイルはジロリと非色を見下ろす。

 

「とにかく、君には関係のない話だ。さっさとそのヒーロー活動とかいうのに戻りたまえ」

「そうはいかないよ。学園都市に敵が紛れ込んでいるんでしょ? なら、俺も働かないわけにはいかない」

「……魔術師がどういう相手か分かっていないのか? 君のようなサークル活動とはわけが違う」

「君と同レベルな相手なら何の問題もないよ」

 

 ピクッ、とステイルは片眉をあげ、上条と土御門は冷や汗を流す。この二人、まさか相性悪いのだろうか? 

 とにかく、今はこんなことで遊んでいる場合ではない。

 

「おいおい、ステイル。とにかく今は言い争いなんかしている場合じゃないぜい?」

「……そうは言うがね」

「ヒーロー。協力したいと言うのなら、まずはそれを証明してもらおうかにゃー?」

「土御門、本気かい? 僕はこんなの信用できないんだけどね」

「分かってる。こいつは俺達の味方じゃない。けど、敵でもないんだぜい? 使えるものは利用しておかないと、止められるもんも止められんぜよ」

「……」

「それに、固の……二丁水銃は普通に良い奴だ。新聞やニュースで活躍している所も報じられているし、インデックスも助けてもらった事がある。悪い奴じゃねえよ」

 

 上条にまでそんな風に言われれば、ステイルも頷くしかない。ある意味では上条当麻以上の最悪な初対面であったから、気に入らないのだが。

 

「で? どうする?」

「その運び屋を捕まえることで証明するよ。そいつの特徴は?」

「名前はオリアナ・トムソン。外見の見た目は分かっていないが、強いて言うなら、デカいものを持っている」

 

 その説明には、上条が片眉を上げる。

 

「どういう事だよ?」

「さっきも言ったぜ、カミやん。こいつは……」

「運び屋だからって事だよね。それなりに大きなものを運送している、ってとこ?」

「そういう事だにゃー。外国人の女で、さらに何か大きなものを運んでるとなれば、それなりに縛られるだろ?」

「了解」

「そうだ、土御門。それでなんで神裂は無理なんだよ?」

 

 思い出したように上条が聞くと、土御門とステイルは微妙に神妙な顔になる。上条は当然、神裂も知らない非色は頭上に「?」を浮かべる。

 

「その霊装の名前は『刺突杭剣』って言うんだぜい。そいつの効果はな、あらゆる聖人を一撃で即死させる、だ」

「!」

「せーじん?」

「詳細は省くぜい。それを説明してやる時間はない。そういうメチャ強人種がいると思え。刺突杭剣は、その聖人を一撃で葬られる。距離に関係なく、切先を向けられただけでな」

 

 なるほど、と非色は顎に手を当てる。その聖人がなんだか分からないが、そんなものがあるのなら確かに危ない。それが聖人であれなんであれ、人の命がかかっているのであればヒーローの出番だ。

 

「分かった。とりあえず外国人の女で大きな荷物を持ってる奴、ね?」

「ああ」

「じゃ、とりあえず上から見て回るよ。……あ、連絡先」

「ほいほい」

 

 土御門と連絡先だけ交換すると、非色はその場でジャンプし、ビルの屋上に移動した。その背中を眺めながら、土御門は上条に声を掛ける。

 

「……で、カミやん。とりあえずお前さんはインデックスの方を頼む」

「どういう事だ?」

「今回の件、とりあえず禁書目録は巻き込まない方が良いってことですたい。この学園都市は魔術的真空地帯だが、それをよく思っていない連中は常に学園都市に監視の目を置き、学園都市へ乗り込む大義名分を手に入れようとしている」

「マジかよ……」

「逆に、そんな連中の目をインデックスに向けさせておけば、俺やステイルが多少、暴れても見過ごされる可能性がある」

「君の本来の仕事だな。なるべく、彼女の側にいてやれ。魔術さんが起こりそうなものなら、こちらから連絡するからさりげなく遠ざけておいてくれ」

「わ、分かった」

 

 それだけ話すと、上条はとりあえずその場から離れる。残ったのは、ステイルと土御門。

 二本目のタバコに火をつけながら、ステイルは土御門に声を掛けた。

 

「……で、土御門。あのヒーローとかいう奴、本気で信用するつもりか?」

「まさか。手は増やすけど、こちらから連絡は渡さんぜい。何せ、あっちはカミやん以上に魔術師について何も知らないからにゃー。無意識にでもこちらの情報や戦力をバラされる事もある」

「だろうね。なら良かったよ」

 

 この町でどれだけ信用されていようが、それが自分達まで信用できる、ということにはならない。

 

「ただ……ステイル。あのヒーローは確かに使える男だぜい? 何せ、今見ただけでもとんでもない跳躍力だ」

「……能力者ではなかったのか?」

「だよな、普通はそう思う所だが、無能力者なんだにゃー」

「まさか先日、戻って来たシェリー=クロムウェルが話していた『聖人もどき』とは……」

「そう、あいつの事だ」

 

 なるほど、とステイルは相槌を打つ。

 

「色んな事情があるにせよ、あいつはあいつで自分の青臭い正義に従って動いている。少なくとも、オレ達がこの街で問題を起こさない限りは、あいつが敵に回ることはない……と、思って良いですたい」

「……分かった。必要以上に邪険にするのはよそう」

 

 そう言いつつ、二人もその場で動き始めた。

 

 ×××

 

 早速、動き始めたヒーローは、ビルの屋上を跳ねながら移動していた。一般客だけで無く生徒からも注目されるが、今朝と違って気にしている余裕はなかった。

 さて、このクソ広い学園都市の中でたった一人の人間を見つける……やはり、簡単ではない。特徴があるとはいえ、それはあくまで人間単位で見られる特徴だ。それこそ、さっきの神父レベルの特徴が欲しいものだ。

 

「とりあえず……推理してみるしかないか……」

 

 その物をどこに運ぶか分からない以上、通りそうな場所を推測するしかない。

 おそらくだが、素人ではないのだろう。何せ、学園都市に「侵入」という形で来ているのだから。

 その上、追われている自覚もあると考えて良いだろう。運び屋、と言っていた以上、そう考えるのが自然だ。

 大きさはかなりの大きさ、というが人間が運べるものの大きさなど、自分の身長と同じくらいのものが限界だ。そうでないと、戦闘が起きた時に対処出来ない。いや、それより小さいかもしれない。戦闘の際は、せめて片手だけでも空けなければならないから。

 そこそこな大きさで、片手で持てる荷物を運ぶ際、自分ならどういう道を運ぶか。

 

「ビルの上……って、ダメダメ」

 

 自分が超人であることを抜きにして考えなければならない。

 となると、やはり人混みに紛れつつ、走っても運んでいるものが他人にぶつからない程々な場所がベストだろう。学園都市外部の人間にそれが選べられるとは思えない。地図くらいは提供されているのだろうが、そこから分かるのは「ここなら運ぶのにちょうど良さそう」くらいのものだけだ。

 なら、自分もそこへ向かえば良い。何箇所かあるが、20分粘って来なければ他の場所へ移る。時間がかかり過ぎるが、これしかないだろう。

 

「……」

 

 一瞬、初春に協力してもらうのも考えたが、それはダメだ。今頃、車椅子の黒子と一緒に行動しているだろうし、何より年に一度のお祭りを自分の都合で邪魔したくない。

 しばらく移動をしていると、電話がかかって来た。応答すると、白井黒子からだった。

 

「もしもし?」

『あ、非色さんですの? 見ましたわ、あなたの競技』

「え? あ、それはどうも」

『お姉様のペアと互角とは流石ですわ。……それで、その……良かったら、佐天さんも一緒に打ち上げとかは……』

「ごめん今忙しいから無理」

『え? いや……』

「じゃーね」

 

 一方的に電話を切ってしまった。今、非色にとって重要なのは、学園都市の敵だけだ。もちろん、そんな断り方をすれば、つい先日、告白したばかりの少女は反感を抱くわけで。

 

『ちょっ、あなた本気で切る気……!』

 

 あっさりと切ってしまった。そのまま、街をしばらく駆け巡って最初のポイントにつくと、ふと視界に入った。金髪の髪、大きな布で包んだ荷物を持った女性が。

 

「見つけた……!」

 

 ニヤリとほくそ笑むと、追跡を開始した。

 

 



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当たらなければどうということはない。

 オリアナ=トムソンは、そこそこ名が知られた魔術師だ。運び屋としての才覚は本物で、追跡から逃れるのを得意としている。

 その道の熟練者であるからこそ、研ぎ澄まされた感覚というものがあった。学園都市内を彷徨きながら、ふと足を止める。

 

「……見られている?」

 

 そう思う感覚が確かにあった。殺気はないが敵意は秘められているし、どんなに移動しても必ずその視線はついて回る。

 だが、場所は割り出せない。と言うより、簡単に見つけられる距離にいないということだ。それなのに、どんなに撒こうと動いても決して撒けない。たいした相手だ。

 だが、それは逆に別の可能性もあり得るわけだ。

 

「まさか、空から……とかかしら?」

 

 もしくは、上から。この追っ手が、仮にこの街の能力者であれば可能な話だ。学園都市について詳しいわけでは無いが、能力によっては空を飛んだり、地中を移動したりも出来るのだろう。

 まぁ、地下もあるこの街で地中からの追跡はあまり考えられないので、とりあえず上を警戒するが。

 

「……」

 

 上からの追跡者を撒くには、室内に入るのが手っ取り早い。例えば、駅の地下通路と繋がっている場所や、下水道と繋がるマンホールがあるトンネルの中などがベストだろう。

 それは、撒くことが前提の話ではあるが。しかし、空から見張っているとしたら、そう何人も同行しているとは思えない。多くて二人だろう。相手が聖人でも無い限り、例え二人が相手であっても負けるつもりはない。

 

「ふふっ……お姉さん、疼いて来ちゃった」

 

 邪魔する奴は、可能な限り誰が相手でも叩き潰す。その方が追手はいなくなるし、他の追手がいたとしても下手に手出しして来なくなる。鬼ごっこはしつこく追われる方が、逃げる側としてはしんどいと言うのに。

 ペロリと、唇の渇きを舌によって潤すと、とりあえず地図を見ながら迎撃できそうなポイントに走った。

 

 ×××

 

「ここに入ったと?」

「そう」

 

 とある自律走行バスの整備場にオリアナが逃げ込んだのを見て、非色は一応、土御門達に連絡をし、来るまで待っていた。

 

「オリアナは出ていないか?」

「出てないね。熱源感知で見張ってたけど、この施設内に何かを仕掛けるように動き回ってた」

「……なるほど。ステイル、どう思う?」

「奴本人が待ち構えつつ、僕らが複数人で来ていることも織り込み済み、と言った所かな。その上で、可能なら迎撃、無理そうでも逃走路の確保も考えている、と見て良いだろう」

 

 それを聞いた直後、非色はすぐに作戦を決めた。

 

「なら、簡単だね。俺が正面から突破する。二人は建物を囲むように配置して逃さないようにして」

「おい……何を勝手な事を言っている」

「よし、それで行こう。ステイル、配置につけ」

「土御門……!」

「まぁ待てよ、ステイル。ここは、ヒーローのやる気を見せてもらう良い機会だぜい?」

「それに、万が一俺が犠牲になっても敵の手がノーリスクで手に入る良い機会、でしょ?」

「……!」

 

 それを追加され、土御門は思わず非色の方を向いてしまう。確かにそれも思っていたが、まさか自分から言い出した上で了承するとは思わなかった。

 

「大丈夫。ヒーローは他人を犠牲にしてはいけないから、その役割も俺の仕事だよ」

「そ、そうか……」

「じゃ、行ってくるね。配置に着いたら連絡して。逃げられたら意味ないし」

 

 言うと、非色は両手をぷらぷらと振りつつ、軽くジャンプして入り口に立った。

 さて、相手は未知の魔術師とやら。どんな事をしてくるのか、少しワクワクしていた。もしかしたら、自分も割と戦いが嫌いでは無いのかもしれない。

 そんな非色の元に通信が入る。

 

『二丁水銃、配置についた』

「はいはい」

『一応、言っておくが、学園都市の能力者と同じと思うなよ』

「どういう意味?」

『相手は魔術師と言って、系統一つに縛られない。火も水も電気も使ってくると思え』

「了解。そんな奴とは、戦った事あるからね」

 

 非色の記憶に残っているのは、夏休みに入った直後の相手。今は自身の協力者となった方だ。

 

「じゃ、行くよ」

 

 そう言った直後、非色は左手の腕時計をひっくり返すように変形させ、グローブを装着すると一気に突撃した。

 

 ×××

 

 一番奥のバスの影に隠れて待機しているオリアナは、自身の仕掛けた最初の罠が作動した事で、すぐに監視魔術を仕掛けた。敵の様子次第で、すぐに新たな罠を作動させるためだ。

 

「ふふ、一体どんな子がお相手なのかしら?」

 

 そう呟きつつ様子を見ると、思わず眉間にシワを寄せてしまった。何故なら、如何とも形容し難い外見をしていたからだ。サングラスから生えた布のマスクに、全身もタイツか何かのように包まれた格好な上、左手だけ何故か鋼鉄のグローブを嵌めている。

 その男は、序盤のビームを前転ローリングで回避したので、別の罠を作動する。正面からトゲの生えた鉄球が転がす。が、それを糸で掴むと壁に思いっきり放り投げた。

 その後、今度は真横から金属矢が飛ばす。その罠を大きくジャンプして回避されたので、身動きが効かない空中を狙い、光のレーザービームを放つ。それに対し、ヒーローは天井に糸を放ち。ぶら下りながら移動して回避する。

 

「っ、こ、こいつ……! なら……!」

 

 直後、今度は天井からの攻撃だ。巨大な木槌を振り下ろさせた。少々、派手が過ぎるが、この回避能力は普通では無い。回避出来ないほど広範囲なものならば無事では済まないだろう……と、思ったが、今度は水鉄砲から糸を放ち、壁に突っ込んで退避した。

 その壁から、炎の柱を出す。それをいち早く察したのか、壁の上で側転で回避しながら、壁を蹴って再び宙に乗り出す。そのヒーローを追うように炎の柱を大量に出現させるが、緊急回避と天井や壁への乗り移りで片っぱしから回避していった。

 自分への距離は確実に近づいて行っている。

 

「ッ……面倒な相手ね……!」

 

 残り距離は10メートルない。だが、最後の一手を放つ他ない。自身が隠れているバスを、猛スピードで飛ばした。地面に着地するタイミングで放ったので、避けられるはずがない一撃に対し、コスプレ男はバスの運転席を真横に殴りつける事で凌いだ。

 だが、なんとかされることは想定済み。その後に発動した大型の魔術をしようした。巨大な波を起こし、整備場丸々飲み込みに行った。

 オリアナ自身の視界も飲まれ、何も見えなくなる。整備場内のバスや設備が全て流され、都市のど真ん中で津波が起こったような衝撃、少なくとも自分なら確実に入り口まで押し戻される威力だ。

 この隙に、予め選んでおいた逃走経路から逃げ出そうとした時だ。波の中に異変が起こる。

 まさか、と思った時には遅い。バスの扉を盾にしたヒーローが、波を強引に突破して来た。

 

「ば、バカな……こんな事が……!」

「ようやく会えたね、運び屋さん」

「ッ……そうね、ならサヨナラよ!」

 

 無理矢理、余裕の笑みを作り、口で英単語帳のような原典「速記原典」を裂き、新たな魔術を行使する。

 自身の周囲に電気を放った。これに当たれば、倒さないまでも身体は大きく痺れる。これで逃げる時間を作るつもりだ。

 

「これなら、どうよ⁉︎」

 

 その一撃に対し、非色は正面から突っ込んだ。電撃が直撃し、身体が痺れる。それでも、超人たる非色にとっては耐えられない事はない。

 

「御坂さんの電撃の方が痛い」

「ーっ……!」

 

 直後、非色から放たれたのは廻し蹴り。狙いはオリアナが持つ布の包みだ。それが見事に包みを貫通する。

 

「化け物……!」

「はい、捕獲」

「っ……!」

 

 そのオリアナに向けられているのは、手の平。さっきの戦闘の様子を見た限りだと、そこから糸が放たれていた。逃げないと、と思った時には、そこから液の塊が放たれた。

 

「ーっ……!」

 

 反射的に身体を後ろに逸らして避ける。元々、胸元しかボタンを留めて来なかったのもあって、そのボタンは破裂し、大きな乳房が露わになる。だが、そんな事で恥ずかしがっていては、この仕事はやっていられない。

 奇跡的に避けられたこの攻撃、活かさない手はない。そう思って廻し蹴りを放とうとした時だ。

 唐突に、目の前のマスクを被った男は後ろにひっくり返った。

 

「……は?」

 

 まだ蹴りは当たっていないはずだ。感触がなかった。まさか、死んだフリ? いや、そんなはずない。体術は自分の方が若干上でも、肝心のフィジカルの差は歴然だ。

 恐る恐るその少年の方を見ると、微妙にマスクから血が出ている。特に、鼻の部分から。

 

「……持病でも出たのかしら? 何にしても、助かったわ」

 

 こんな化け物に見つかるなんてついていなかったが、この出血は間違いなく致死量だ。

 

「さよなら、せっかくの良い男だったけど……死んじゃったのなら、仕方ないものね」

 

 それだけ言ってウインクし、地下の下水道からオリアナは出て行った。

 

 ×××

 

 数分後、ヒーローに電話しても全く応答がなかったため、土御門とステイルが整備場内に入ると、ヒーローが血まみれで倒れていた。

 

「! これは……!」

「土御門、こいつを見ろ」

 

 ステイルが拾い上げたものは、オリアナが運んでいた布だ。穴が空いているが、中身はアイスクリーム屋のただの看板だ。

 

「なんだと……⁉︎ まさか、すり替えられたのか⁉︎」

「分からない。……だが、仮にすり替えられたとして、バスの整備場にアイスクリーム屋の看板があるのか?」

「……と言うと、ハナっから本物なんて運んでいなかったってことか」

 

 つまり、ブラフだ。ならば、代わりに何を運んでいるのか、だ。

 

「一度、最大主教に連絡をとってみた方が良いかもね」

「だな。そっちはステイル頼む」

「君は?」

「一応、このヒーローを診てやりますにゃー。カミやんの友達っぽいし、早期に刺突杭剣が偽物と分かっただけでも、良い働きをしてくれたぜい?」

「……ふん、勝手にしろ」

「いや、俺なら平気だよ。血は止まった」

「……は?」

 

 ちょうど良いタイミングで、非色が身体を起こす。

 

「なら、良かったにゃー。一体、何をされたんだ?」

「何をって……それは……うん。ちょっと……」

 

 目を逸らす非色。堂々と答えられないようだ。まぁ、その辺の情報は後で聞けば良い。

 

「とりあえず、今はそのナントカって人の情報待ち……で良いのかな?」

「そういうことですたい」

「じゃ、何かあったら連絡してね」

 

 それだけ話すと、非色はその場を後にした。近くのビルの上で休みながら、マスクを解除する。鼻血がマスクにまで染み込んでいた。

 

「あーあ……最悪……」

 

 だが、反則だ。あんなに大きい胸……それこそ、吹寄や美偉のレベルでは無い。黒子や美琴の張り合いが自転車を飛ばし合う小学生だとしたら、吹寄や美偉は高速を走る乗用車、さらにそれを嘲笑うかのようにスポーツカーが過ぎ去った、そんな感覚だ。

 

「大体あの人、なんで下着つけてないのさ……!」

 

 悶々としながら、非色は自身の額を拳で軽く殴る。一先ず心を落ち着けながら、とりあえず木山の研究所にマスクのスペアを取りに行った。

 

 



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大きなお胸は男子高校生の夢。

 情報待ち、とのことで、非色は一先ずヒーロースーツを解除して、のんびりと学園都市内を歩く。お昼にはまだ早いが、かと言ってそれまですることも無い。一先ず、どうせ暇してる一方通行と遊びにでも行こうか……と、思った時だ。

 

「見つけましたわ!」

 

 聞きたいけど聞きたく無い声が聞こえ、思わず肩を震わせる。ギギギっ……と、ぎこちなさの極みのような動きで後ろを見ると、白井黒子が佐天、初春に車椅子を押してもらっていた。

 

「し、白井さん……どうしたの? こんな所で……」

「どうしたの? ではありませんわ! そちらこそどうかしたんです?」

「え、な、何が?」

「分かるでしょう! さっきの電話ー!」

 

 言われて、非色は顎に手を当てる。そういえば、さっき電話がかかって来た気がする。

 

「あ、ああ……そのことか……いえ、あれはちょっと急いでた、から……」

「何にです?」

「え? えーっと……えーっと……」

 

 本当に言い訳が下手な男の子である。じとーっと黒子に睨まれ、非色は大量に冷や汗をかきながら目を逸らす。

 その非色に追撃するように、佐天が冗談めかして口を挟んだ。

 

「あー、もしかしてエッチな本でも拾ったんでしょー?」

「っ、え、エッチな……本……?」

 

 それを言われると脳裏に映るのは、先程の光景。ブルジュ・ハリファが2本並んでいる光景だ。

 思わず、頬を真っ赤に染めて俯いてしまう。

 

「そ、そんなわけ……ないじゃん……」

「え」

「え」

「なっ……⁉︎」

 

 当然、つい最近、告白してから未だに返事をもらっていない黒子は、顔を真っ赤にして怒るわけで。車椅子の上からテレポートし、非色の目の前で手のひらを振りかぶった。

 

「っ……こ、この変態男!」

「うわっ……⁉︎」

 

 その一撃を、非色は身体を逸らして回避した。

 

「な、なんですか⁉︎ 違うって言ってるでしょ!」

「今の反応で違うと思う奴はいませんの!」

「よ、よく見てよ! 今の俺、手ぶらじゃん!」

「体操服を脱ぎなさい! ズボンの間に挟んでるかもしれませんわ!」

「変態はどっちだー!」

 

 なんてやり始めれば当然、周りの人の視線は集まってしまうわけで。佐天と初春は離脱作戦に入った。一言で言えば、他人のフリである。

 それにも気付かず、ヒートアップした黒子はさらに口々に追撃する。

 

「そもそも、あなたは人に告白された自覚がおありですの⁉︎ もう一週間も返事を保留にしていますが、どういうつもりなんです⁉︎」

「あ、いやその件はほんとに悪いと思ってるけど……」

「それなのにエッチな本のために用件すら聞かずに電話を切るとは何事ですの⁉︎」

「だ、だからエッチな本なんて知らないって!」

「これだから殿方は嫌なんです! すぐに女性をそういう目で見て……!」

「なっ……なんですかそれ⁉︎」

 

 言われて、非色は黒子の身体を見下ろす。さっき、エベレストを見たからだろうか? 目の前の砂山を前に、思わず鼻で笑ったような息が漏れた。それが、さらに黒子の怒りにニトログリセリンをぶっかけた。

 

「なんですか今の笑いはああああああ‼︎」

「わ、笑ってません! 笑ってませんってばー!」

 

 そのまま二人は鬼ごっこ開始。非色は変身していないので、大きくビルの上を駆け上がるとか無理。従って、路地裏を利用する事にした。

 すぐにビルとビルの間に入り、走って逃走する。

 

「もー! 勘弁してよー!」

「喧しいですわ! 覚悟しなさい、この変態朴念仁どすけべ男ー!」

 

 テレポートされてくる金属矢を避けて躱して回避してまた避ける。しかし、大ジャンプも水鉄砲も封印されている今は、流石にテレポートを全て避け切るのは難しい。

 それを理解している黒子は、確実に追い詰めるために先回りした。

 

「いっ……⁉︎」

「捕らえました、わよ!」

 

 そう言って、非色から見て12時の方向にある看板の上に着地しようと思った直後だ。足をつけた直後、ズキッと傷口から痛みが走る。その結果、足を看板から踏み外した。

 

「しまっ……!」

 

 ヤバい、と思った頃にはもう遅い。黒子の身体は地面に落下していく。ここで逃げれば、間違いなく逃げ切れるのだろうが、そんなのヒーローとしての矜持が許さない。

 人の限界を遥かに超えた速度で、非色は黒子をキャッチした。膝の後ろと背中に腕を添えて抱き上げ、キュッと目を瞑っている少女を見下ろす。

 

「平気? 白井さん」

「はえ……?」

「ダメだよ、怪我してるのに暴れちゃ」

 

 そう優しく上から近距離で告げられ、黒子の顔は一気に真っ赤に染まる。その結果……。

 

「ってえっ⁉︎ な、何するんですか⁉︎」

「う、ううううるさいですの! そもそも、誰の所為でこうなったと思っているんです⁉︎」

 

 ヒュッ、パァンッ! と、鞭で引っ叩いたような音で非色を殴り飛ばした。

 

 ×××

 

 頬に大きな紅葉を作った非色は、ヒリヒリする頬を押さえながら土御門から連絡があった場所に向かっていた。

 そんな中、背後からまた声がかけられる。

 

「あ、固法!」

「ん? ……あ、上条さん」

「大丈夫か? 魔術師探しの方は」

 

 そういえば、この人も話だけは耳にしていた。一応、インデックスの方担当という名目で最前線から外されてはいるが。

 なんであれ、たまたまオリアナでも見つけて追いかけられたら困る。情報の共有だけ済ませておくことにした。

 

「はい。一応、見つけて刺突杭剣は壊しました」

「なんだ、もう終わったのか?」

「いや、それがどうも話は単純じゃないみたいでして……刺突杭剣じゃなかったので、土御門さんとステイルさんが調べてくれています」

 

 正直、魔術師の方がどうという話は、非色にはさっぱりだ。この街に魔術について調べる術はないだろうし、何もすることが無い。

 とはいえ、その土御門に今は呼び出されているわけだが。おそらく情報が得られるのだろうが、それを上条に伝える気はなかった。ヒーローは一般人を巻き込まない。

 

「そうか……何か分かったら言ってくれ。何でも手伝うからな」

「はい」

 

 テキトーな返事をすると、一先ず上条と別れて待ち合わせ場所に向かう。嘘をつくのは良心が痛むが、それも上条のためであり、上条と一緒に大覇星祭を楽しむクラスメートやインデックスのためだ。

 

 ×××

 

「と、いうわけで、あれがヒーローだにゃー、カミやん」

 

 走って土御門の指定した場所に向かう非色の背中を眺めながら、土御門は上条と話していた。

 土御門は、上条を呼び出していた。現状を伝えると共に、少しヒーローについて気掛かりがあったため、上条と合流させた。

 そのために、わざわざ少し遠い場所を待ち合わせ現場にしたわけだ。

 

「あのバカ……一方通行の時から何も成長してねえ」

「こんな感じで、他人は巻き込まない、でも自分は巻き込まれにいく、そう言う考え方みたいだぜい」

「あの野郎、本当に……」

「で、あれが俺やインデックスから見たカミやんだにゃー」

「……」

 

 それを言われると、上条としても何も言えなくなってしまう。つい最近も、法の書の件で、ステイルやインデックスだけ退場させて自分はオルソラを助けに行こうとした事もあった。

 

「俺は別にヒーローがどうなろうと知った事じゃないが、カミやんはいなくなられたら困る。もう少し他人に頼ることを覚えても良いんだぜい?」

「わ、悪かったよ……」

「俺に謝られても困る。他に謝る相手はいるんじゃないかにゃー?」

「わ、わかった。わかったから。……で、俺はどうしたら良い?」

「とにかく、今は会議に集まって、話だけでも聞いておいてくれ。……ああ、今の話をした後で悪いが、やっぱり今回、禁書目録を巻き込むのは無しだからな」

「ああ。分かってる」

 

 それだけ話すと、二人も集合場所に向かった。

 

 ×××

 

 さて早速、会議の時間。結局、上条と一緒になったわけだが、一先ず情報共有を優先した。オリアナの写真や能力を各々出し合った上で、イギリス清教からの情報を土御門が三人に説明を開始した。

 

「そんなわけで、奴らの企みはこの街に使徒十字を刺す事。そうなれば、この学園都市の生徒は何が起こっても幸せに感じるようになる」

「と言うと?」

「だから、まぁ……簡単に言えば、この街がローマ正教の支配下に陥る、と言った所か。それが学園都市で起これば、世界のパワーバランスが崩れる」

「……(いまいちピンと来てないと言う顔)」

 

 まぁ、非色には難しい話に感じるし、なんならその話の信憑性も無い。

 しかし、逆に上条はそのセリフが決して妄言でないことを理解していた。ただでさえ、錬金術師に吹っ飛ばされた片腕が生えて来たり、天使が降って来たり、ローマ正教と天草式の小競り合いに巻き込まれたりと、中々、波瀾万丈な経験をして来た為、信じてしまう。

 

「固法、ありえない話じゃないんだ」

「え、そ、そうですか……?」

「そうだ。それに、魔術師はこの街の能力者より戰上手で狡猾な上、容赦もない」

「一方通行より?」

「いや流石にそこまでじゃねえけど、少なくとも普通の能力者程度じゃ戦いにもならないと思う」

 

 そんなに? と、非色は土御門を見る。

 

「その通りですたい。魔術師の霊装もピンキリだが、デカいのだと本当に街一つ征服するくらいのものはあるぜい」

「ふーん……まぁ、それは分かったけどさ、学園都市になんでそんなもん刺すわけ?」

「この街で育って来たお前さんにゃ馴染めねえのかもしんないけど、魔術の世界にとって科学のこの街はかなりタブーに近い立ち位置にあるんだぜい? それに相性も悪くて、俺はこの街の能力開発を受けて、魔術を使うと身体に大きな負担をかけちまう」

「ふーん……まぁ、とにかくあながち嘘ってわけじゃないのね」

「その通りだ」

 

 まぁ、判断するに当たって材料になる情報もないし、信じる他ない。

 

「勿論、それを起動するにゃ、それなりに厳しい条件が必要ですたい。それは、今はイギリス清教に調べてもらっている所ぜよ」

「じゃあ、また結果待ち?」

「いや、それまでに俺達は少しでも進展させておきたい。やるべきは二つ、オリアナとリドヴィアを捜索する」

「リドヴィア? 誰?」

「今回、学園都市に潜入しているもう一人の魔術師だ。こいつらを締め上げ、少しでも情報を得る」

 

 なるほど、と非色は控えめに頷いた。逆に、現状で打てる手はそれしかないということだ。

 そのリドヴィアとか言う方はともかく、オリアナなら非色には情報に当てがある。

 

「なら、俺がオリアナの方をやるよ」

「バカ言わないで欲しいね」

 

 しかし、それをステイルが拒否した。

 

「? なんで? 魔術とか言うのがどんなもんだかよく分からないけど、あの量の罠を一度に使って来れる相手は、俺しか相手に出来ないんじゃないの?」

「相手に出来ていないだろう。あっさりと血塗れにされた君を信用しろ、と言うのはあまりにも無理な話だとは思わないかい?」

「そうだぜい、ヒーロー。何をされたのか知らないけど、簡単にのされたお前さんに任せるわけにはいかんにゃー」

「あ、いやあれは……」

「固法がそんなにやられたってのか?」

 

 上条と土御門にも話に入られ、非色は思わず目を逸らす。だが、情報にアテがあり、一人でなんとかなると考えている以上、そこに必要以上の人員を割くのは賢く無い。ただでさえ、学園都市の命運がかかっているというのに。

 こうなれば、恥を忍んでも言うしか無い。軽蔑される覚悟を持って、告白した。

 

「もう……じゃあ言うよ、説明する。あの時に何が起こったのか」

「ほう? お前さんがあそこまでやられた相手だ。敵の術式がどんなのか知って……」

「……そ、その……俺の、攻撃を避けて体を逸らしたオリアナの……ふ、服のボタンが取れて……それで……胸が見えて、鼻血が……」

「「「は……?」」」

 

 キョトンとする三人。こいついきなり何言ってんの? といった感じの顔だ。とにかく、すぐに気を取り戻したのはステイルだった。心底、小馬鹿にしたような顔で、非色を見下ろした。

 

「ハッ、心底情けないな。その程度で気絶するなんて。尚更、君にあとを追わせるのは……」

「ずるいにゃー! あの巨乳を生で見るとは、けしからんにも程がありますたい!」

「と、年上のお姉さんのチャックボーン⁉︎ お前それでもヒーローか! 羨ま……犯罪ですことよ⁉︎」

「う、ううううるさいな! 別に見たくて見たんじゃなくて……てか、そんな事が言いたいんじゃなくて! 俺は喧嘩で負けてああなったわけじゃ無いから……」

「「そんなにもう一度あの巨乳が見たいかー!」」

「違うわー!」

「バカどもが……」

 

 所詮、男子高校生だった。

 

 



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戦った相手と仲良くしていられる人間はそういない。

 さて、どのようにして非色はオリアナを追うのか、そんなの決まっている。顔を見ればサングラスがその顔をブックマークして記憶し、自動で追跡出来る。

 それにより、非色は追跡を始めた。さて、今度は向こうも本気で殺しに来るだろう。油断なんかしてくれないはずだ。

 だが、こちらも元より油断なんてしていない。

 

「さて、行くか……!」

 

 そう呟くと、非色は軽くジャンプしてビルの上に登る。

 

「おい、待て。勝手に動くな」

 

 が、その非色に下からステイルが声を掛ける。

 

「行くなら僕も一緒に、だ。相手が君の言う通りの特徴だとしたら『速記原典』を持つ危険な相手だ。土御門が『動くなら二人一組』と決めた以上、それに従う方が良い」

「あーそうですかー分かりましたよー」

「なら、早く引き上げろ。例の糸があるだろう」

「はいはい」

 

 言われて、非色は屋上から水鉄砲を向け、糸を放つ。それにステイルは掴まり、引き上げられる。

 

「ふん、よくやったと褒めてあげるよ」

「さっさと行くよ。居場所は割り出してる」

「その前に、この糸を外してもらえないか?」

「外れないよ。電気か火かで燃やすか、水で溶かすかしないと」

「チッ……面倒な」

 

 あっさりとルーンカードを取り出し、糸を断ち切る。

 

「なんだ。切れるんだ」

「切れないと思って手を貸したのか⁉︎」

「言っとくけど、あんたら普通に怪しいからね。今回の件、あんたらの組織はローマ正教の陣地拡大を阻止するために動いてる、と言う見方も出来るし、俺は正義の味方とも思ってないから」

「……なんだと?」

「学園都市が狙われている、と言えば俺はとりあえず敵には回らないからね。協力は取り付けられる。上条さんが信頼してるみたいだから今は手を貸してるけどね」

「……」

 

 ヒーローなんて馬鹿な真似をしているのでもっとアホかと思っていたが、予想以上に頭は回るようだ。土御門が仕掛けそうな罠を大量に含んだ話術を理解した上で、協力して来ている。

 逆に、自分達が学園都市で問題さえ起こさなければ、彼も信頼に足る人物ということだろう。

 

「ふんっ……君は思った以上に煩わしい男だな」

「あんたが言うな」

「まぁ良いさ。とにかく、僕らの任務はオリアナの捕獲と尋問だ。その間、土御門と上条当麻はリドヴィアを探す。その間にイギリス清教から情報が来た場合は、その内容次第で現行の作戦を中止して別任務に切り替える。それ以外の余計な情報は考えるな」

「あっそ」

 

 それだけ話すと、二人は今度こそ動き始めた。オリアナは油断できる相手ではない。今度こそ、確実に仕留める。

 

 ×××

 

 人気のない道で着替えを済ませたオリアナは、堂々と歩いて移動していた。早くも運んでいたブツが偽物とバレた時点で、自身の働きは大きく変わる。

 とはいえ今のところ、視線は感じないし、誰かにつけられている感じはしない。

 そんな中だ。ふと大きめの公園に通りかかった。そのセンターステージでは、ついさっき相手をしたヒーローが主人公のショーをやっていた。

 

「あら……もしかして、私が相手した子、結構人気な子だったのかしら?」

 

 そう言いつつ、とりあえずオリアナはショーを素通りする。しかし、変な格好だった。今思い出しても面白い。それだけに、あんな不本意な最後は流石に同情せざるを得なかったが。

 救急車くらい呼んでやった方が良かっただろうか? いや、でもあの出血量は明らかに死んでいるはずだし、やはり無駄なことはすべきでは無い。

 そんな中だ。ふと視線を感じる。

 

「……!」

 

 まさか、もう見つかった? 探知魔法からの攻撃を逆探知、防御、迎撃をやってのける術式を展開しているのに、それに反応はない。

 いや、どう見つかったか、など大した問題では無い。それより早急にしなければならないのは、追っ手を撒く……或いは殺すことである。

 

「さて、まぁ他人を巻き込むのはお姉さんの主義じゃないし……少し誘導しましょう」

 

 何処で戦うか? そんなの決まっている。人払のルーンを撒き散らした使われていない廃ビルだ。相手が多人数の場合は、遮蔽物と罠を利用したゲリラ戦を仕掛けるべきだ。

 セオリーに従い、一先ず人気の少ない廃ビルを探し出し、追ってきている敵を誘い込む。先手を取られることは避けたい。

 

 ×××

 

 数分後、オリアナが入ったと思われる建物にステイルと非色が到着した。廃ビルだから人の気配はない……というわけでなく、ご丁寧にも人払いのルーンを貼ってあるのだろう。

 

「迎撃の準備は済ませてあるみたいだね」

「ステイルくん、で良いのかな?」

「くん付けはやめてくれないか、気持ち悪い」

「じゃあステイルさん」

「同じだ」

「ステイルどん」

「燃やすよ?」

「一気に突入して中に入るから、君はバックアップね」

「いや、前と同じで良いだろう。僕は外側から敵が逃げないかを見張る。君は、足止めを頼む」

「え、良いの?」

「ああ」

 

 生返事をしながら、ステイルはルーンカードを取り出し、ビルの外側に貼り付ける。

 

「何してんの?」

「何、監視の魔術だよ。僕は君と違って、360度見張ることも高い位置を取ってビル全体を眺めることも出来ない」

「了解。じゃ、まぁ吉報を待ってて」

 

 それだけ言うと、非色はビルの中に突入した。

 

 ×××

 

「驚いたわ。あの出血量で生きていたのね。ていうか、何があったの?」

「朝、チョコレート食べ過ぎちゃってね」

 

 適当な誤魔化しをしつつ、罠を全部回避してオリアナの元へたどり着いた。奇襲を仕掛けることもなく、非色は正面から目標を見据える。

 オリアナもまた、目の前の不審者にしか見えない少年を睨み返した。

 

「にしても、あなた何者? 何故私を追い回すの?」

 

 そこが一番わからない。検討はついている。学園都市の追手だろう。現在大覇星祭が行われている今、周りに不信感を与える事なく自分を追わせられる最強の単騎だ。

 だが、それにしても微妙に違う気がする。これは理屈から来るものではなく、直感的なものだ。まだ会話なんてしたことも無いが、学園都市に命令されて動いているような奴が、グッズの販売までされるほど人気を得るとは思えない。

 だから、一先ず時間稼ぎでも無ければ気を逸らすためでもなく、ただ単純に会話をしてみたい、と思って声をかけてしまった。

 さて、彼からはどのような返事が来るのか? 少し期待していると、そこから飛んできたのは、予想外の返事だった。

 

「? ヒーローですけど?」

「…………はい?」

 

 さも当然、と言わんばかりに告げた言葉は「ヒーロー」と聞こえた気がしたが、気の所為だろうか? 

 

「なんですって?」

「だから、ヒーロー」

「正義を守る?」

「正義を守る」

「悪と戦う?」

「悪と……うん、まぁ悪とも戦う」

「正体不明の弱き者の味方……」

「ちょっ、さっきからそんなに褒めないでよ、照れる」

 

 ほめてねえよ、と柄にもなく口調が荒れそうになったが、今はグッと我慢する。

 

「そう。妄言ね、あなたに興味が出た自分が恥ずかしいわ」

「こっちもあんたに聞きたいことがあんだけどさ、なんでこんな事してんの?」

「なんで、とは?」

「いや、正直、俺はあんたらの事なんか何一つ知らないんだけどさ、何がしたくて学園都市を支配しようとしてんの?」

 

 言われて、オリアナは心底つまらなさそうな顔でヒーローを見る。そんなありきたりな質問、答えるだけ無駄だ。

 

「ソレを聞いてどうするの? 話せば、お姉さんの好きにさせてもらえるのかしら?」

「どうだろ」

「は?」

「俺、この街がローマ正教に支配されるとどうなるとか、聞いてないのよ。なんか上手く誤魔化されちゃって。元々、学園都市は腐り切ってる。あんたらがこの街に手を出す事でこの街が良くなるのなら、少しでも理不尽な思いをする奴が減るのだとしたら、あんたの側についても良い」

「……」

 

 またも、ガラにもなくポカンとしてしまう。マスクをしているから表情は見えないとはいえ、考えがここまで訳の分からない奴は初めてだ。

 しかし、それならこちらも利用出来る。どうやら、追っ手側はヒーロー(自称)の信頼を得るのに失敗しているようだ。

 

「支配、と言う言い方をするから悪いことに聞こえるのよ。お姉さん達は、何もこの街の子達を家畜や奴隷にしよう、なんて考えてるわけじゃないわ。決して、使徒十字は悪さをするものでは無いもの」

「と言うと?」

「ただ、どんな事が起こっても、そこにいるみんなが幸せに感じる、という事よ。仮に交通事故で友達が亡くなったとしても、悲しむ事なく前を向いて生きていけるようにね」

「……ふーん」

 

 まるで興味なさそうな相槌に、少しイラっとする。聞いといてその態度……まるで子供を相手にしているようだ。

 

「つまり、人を人でなくす最悪の兵器って事ね。ブッコロ決定」

「やっぱりそうなるんじゃない。……けど、それが本当に良くないことかしら? 友達を失い、後を追うような子が出るくらいなら、悲しむ間も与えず先を見させた方が」

「良くないね」

 

 そのセリフに、非色はキッパリと反論する。思わず、オリアナが狼狽えて眉を吊り上げる程度には、ハッキリした反抗だった。

 

「事故で友達を失って、悲しみから後を追うのは間違ってる。……でも、その悲しみを忘れちゃうのも間違ってるよね」

「なんですって……?」

「悲しいなら悲しめば良いでしょ。それを乗り越えるのに時間は掛かったって良い。けど、それらを感じずに前に進むのは、電源を切って最後のセーブ地点に飛んで、事象そのものを無かったことにするのと同じだよ。それは、前進じゃなくて逃げだ」

「……ふふ、言うわね。存外、イイ男なのかしら?」

 

 ニヤリと唇を歪めた割に、瞳から発される殺意は一段と強くなる。眉間に川の字ができる程のシワが寄せられると共に、英単語帳を噛み切った。

 ゾッと背筋が冷たくなった非色は、反射的に回避行動を取る。

 

「いや……あなたみたいに何の苦労も知らず、綺麗事ばかり抜かすガキが、イイ男なわけないわよねッ‼︎」

 

 直後、放たれたのは紫色の電気を帯びた球体だった。それが非色がジャンプした真下を通る。

 その非色に、さらに新たな魔術を生み出したオリアナは、伸縮自在の影の剣を伸ばした。

 

「あなたには分からない! この世界には絶対的なルールとも呼べる基準が必要なのよ!」

 

 その一刺しを、首を横に捻って回避する。頬と布が避け、血が噴き出すが、非色は無視して天井に糸を伸ばし、張り付いて次の攻撃に備える。

 

「ルールだ?」

「そうよ。あなたみたいな分かりやすい人助けをしたって、本当にその相手が救われるとは限らない!」

 

 次は、複数の銀色の球が迫って来る。速度は無いが、間を通り抜ける隙間も無い程の数だ。

 それらに対し、天井に穴を開けて上の階に移動し、窓を叩き割って同じ部屋に戻り、水鉄砲を向けた。

 それを読んでいたように、オリアナはさらに次の魔術を使用する。透明な手裏剣だ。それを六つ飛ばす。

 

「ッ……!」

 

 第六感で回避するにも限度がある。避けられたのは四発まで、残りの二発を腕と腹にもらった。

 それは、オリアナにとって好機でしかない。

 

「世界の全員が幸せになれる、そんなルールを私達が作る! その邪魔をするなら、例え人気者のヒーローであっても容赦するつもりはないわ!」

 

 直後、魔術と共に正面からジャンプで接近した。床を巻き込んだ砂地獄。傷口をもらいながらも、ジャンプして躱されるだろう。

 そこを捉えにいった。ヒールでの飛び蹴りが、ヒーローの腹に空いた穴に直撃する。ブシッと出血と傷口が大きく広がるが、それを踏みつけるように蹴りの方向を変えた。

 その先は、砂地獄だ。

 

「あなたに、腐り切った親からDVを受け、家に帰りたがらない子供が救える?」

 

 ズブズブと砂地獄に埋まって行く身体に、さらにヒールがズブズブと埋まっていく。

 

「あなたに、これからテロに巻き込まれるであろうバスに乗り込む老婆が救える?」

 

 魔術を徐々に解き、足元をコンクリートに戻し、埋められたヒーローはコンクリートの中に埋め込まれた。踏み付けていたヒールを脱ぐと、最後にもう一度、英単語帳を裂き、ヒーローが埋まっているコンクリートの上に落とした。

 

「あなたに、あなたの想像もつかないようなこの世の理不尽が全て救えると言うのなら、やってみなさいよ‼︎」

 

 直後、目の前が爆発する。爆風に巻き込まれ、後方に飛びつつも、受け身をとってオリアナはすぐに立ち上がった。

 あれだけ手痛い目に遭わせてやってまだ生きていたら、流石にもう人間ではない。もっと何か別の生き物だ。

 それでも、完全に死体を見るまで気が抜けない。何せ、一度は死んだと思って見逃したのだから。

 肩で息をしつつも、片手に英単語帳を構えたまま油断なく煙の方を眺めた。モクモクと上がる爆煙、大きく陥没したビルの床と、衝撃によってひび割れた床や天井、今にも崩れそうなものだ。

 流石に仕留めたと思いたい。そんな風に強く願ったからだろうか? 

 

「……もしかして、今の話は君の思い出か何かかな? だとしたら嫌なこと思い出させちゃったね」

 

 その呑気な声が聞こえ、思わず凍りついた。

 煙の中から放り投げられたのは、一足のヒール。それが、数回バウンドして自分の前に落ちる。

 

「けど、それでこの世に基準点が必要って言うのは、やっぱり違うよ」

 

 煙の中の一部が、人の形を象るように濃くなっていく。それは、こちらに歩いてきているように見える。

 

「その現場にあんたが居合わせたのか、それとも被害者だったのかは知らないけど、その時にどうするべきか、という模範解答はない」

 

 片手を振るい、煙を払うように姿を現したのは、やはりというかなんというか、変な格好のヒーローだった。

 

「あんたがするべきだったのは、後悔が残らないように『自分で自分の中に定めたルール』に従い、行動するべきだった」

「ッ……!」

「結局、自分を律することができるのも、自分がどう行動を移すかを決めるのも自分だけだ。……なら、ルールでも基準点でも、自分流を作るのは自分だけだ。他人にそれを委ねるな」

 

 マスク越しでも分かる。あのヒーローは、オリアナを真っ直ぐを見据えている。思わず、こちらが目を逸らしてしまう程、真っ直ぐだ。

 

「俺のルールは『困ってる人は助ける、間違った奴は正す、殺しはしない』。この三つだ。それに則り、今からあんたを正しい道に戻してあげる」

「ッ……『礎を担いし者』‼︎」

 

 魔法名、魔術師が「相手を殺す」と決めた際に名乗る名。それを宣言すると共に、オリアナの頭上に黒い球体が出現する。

 そこから降り注がれるのは大量の鋭利な刃物。それに対し、非色は正面から歩いた。頭を庇うように構えるのは左腕。ただし、鋼鉄の手袋はせずに突っ込んだ。

 刃物を回避しつつも、かざした左手首に突き刺さり、義手がその場に落とされる。

 

「ッ……!」

 

 直後、オリアナは硬直する。その落ちた手首の断面は、機械で出来ていたからだ。

 その一瞬の隙を、非色は逃さなかった。オリアナの足の間をスライディングして通り、よろめかせると共に後ろをと、背中に液体を発射して一気に捕らえた。真下に英単語帳が転がり、それをつまみ上げる。

 

「しまっ……!」

「動かないで。その液、すごくネバネバするから、転んだら床にも張り付いて動けなくなるよ」

 

 それを注意され、オリアナは両手を動かそうとするが、動かない。確かに、これは腕力で切るのは無理そうだ。

 それでも、油断なくヒーローの方を睨む。まだ足技がある。

 

「ちなみにその液、俺が作ったんだ。俺の攻撃力だと、相手を怪我させて最悪、殺しちゃうから。相手に何の後遺症も与えないために、捕獲して警備員に引き渡すには、こいつが必須だったんだ」

 

 対抗しようとするオリアナに、非色は静かに言い聞かせながら、続けて落ちている義手を拾った。

 

「この左腕は、夏休みに機械になったんだ。学園都市第一位を止めるために払った代償だ。あの時は苦労したよ、ほんとに」

「……」

 

 目を丸くして黙って聞き入るオリアナ。自身の先ほどのセリフを、思わず恥じてしまった。

 

「お姉さんだって、俺なんかよりよっぽど強い力を持ってるじゃない。それなら、もっと良い事にその力を使いなよ。人間、素直なのが一番なんだから」

 

 そう言い聞かされ、オリアナは反論する気も失せた。まさか、こんな得体も知らない奴に言い負かされる日が来るなんて思いもしなかった。口でも戦闘でも、完全に負けた。

 目を閉じてそんな風に思った時だった。非色の元に電話がかかって来る。

 

「もしもし?」

『なんだ、生きていたのか』

 

 この出端からご挨拶な感じ、間違いなくステイルだ。

 

「何? 今ちょうど終わった所だよ」

『そうか。なら、なるべくゆっくりして来ると良い』

「は? なんで?」

『僕の方は、ルーンを貼り終えて魔術を発動した所だ。オリアナがまだこの中にいるなら、今から火葬にしてやれる』

 

 直後、非色は真顔になる。

 

「なんでそれでゆっくりすることになるんだよ⁉︎」

『まとめて燃えてくれた方が、僕としてはスッキリするからね』

「ふざけんな! え、それ止められないの?」

『無理だ』

「この野郎おおおお‼︎ お前初めからこのつもりだったな⁉︎」

『一応、静かになるまで待っていたんだよ。だが、激しい魔術の轟音やら、その余波やらはこちらに届いてきた直後に静かになったものだから、君は既にやられたのかと……』

「うるせーよ! もう切るよ!」

 

 たしかに、さっきオリアナが吹っ飛ばした穴の真下からは、新たな火が出ているのか、目に悪いオレンジがパチパチと揺れている。

 こうなれば、もう時間がない。オリアナの前でしゃがむと、持ち上げようと手を伸ばすが、それが空中で止まる。急に脳裏に浮かんだのは、さっきの胸だ。

 

「っ、な、何? やるなら一思いに……!」

「うえっ……あ、いや……その、下から今……炎が出てるんだけど……まぁ、その……俗に言う火事?」

「え、な、なんで?」

「で……窓から逃げないといけないんだけど……この高さから落ちたら、オリアナさん怪我するよね?」

「そうね?」

「だから俺が担ぐしかないんだけど……ど、どこを持ったら良い……ですか?」

「坊や、ひょっとして童貞?」

「どーてい?」

「エッチな経験無い?」

「っ、あ、あるわけないじゃないですか!」

 

 直後、オリアナはニンマリと表情を歪める。上半身を拘束されているとは思えない態度だ。

 

「そうねぇ……まず、女の子は丁重に扱うコト。基本的に女性の身体は敏感でデリケートなの。気を付けられる?」

「あ、は、はいっ……!」

「本当はおんぶなりなんなりしてくれれば良いんだけど、今はこの坊やの白濁液でドロドロになっちゃってるし……やっぱり足かしら?」

「は、白濁液って……そ、それは粘着液です!」

「あら、白濁液で何を示しているのか分かっちゃうお年頃なのね」

「ーっ……!」

 

 マスクの下で顔が真っ赤に染まる。やかんのように湯気が出そうになっていた。

 

「と、とにかく足を持てば良いんですね⁉︎」

「ええ、それが一番、身体を密着させずに済むかもね? ……あ、でもそれだと……どう足掻いてもお姉さんの下着、高い所から大サービスする事になっちゃうわね」

「だ、ダメダメダメですそんなの! 外に俺の知り合いの男が一人いますし!」

「あら、私に気遣ってくれるの? 優しい子はお姉さん好きよ?」

 

 またも心臓が跳ね上がる音がする。この人、何なんだろう。

 一方で、からかう側のオリアナはニヤニヤしたまま非色に歩み寄り、左脚を伸ばして上げた。

 

「まぁでも、命には変えられないものね。どうぞ? 私の足を持って?」

「い、いえでも……そんな女性の方に恥はかかせるなって姉ちゃんが……」

 

 なんてモタモタやっている時だった。火の周りが激しくなり、ガタンと足元が揺れる。片足立ちになっていたオリアナは勿論、バランスを崩し、非色に正面からもたれかかった。

 

「あら……これはちょっと想定外」

「ちょっ……な、何やってんですかあんた⁉︎」

「ふふ、お姉さんと密着しちゃったわね」

「いやっ……液体のお陰で何の感触も感じませんよ!」

「あら、何が言いたいのか分かっちゃうなんて……えっちな坊や」

「ーっ……!」

 

 顔が真っ赤に染まる非色。この二人、こう見えて戦闘を終えて決着がついた直後である。

 

「も、もうこうなったら仕方ない……このまま出ますよ!」

「優しくね?」

「わ、わわっ……分かりましたから! しっかり掴まっててくださいね⁉︎」

 

 そう言うと、オリアナは非色にしがみつく。非色は自身の左手首と英単語帳を持ったままビルから飛び降り、ステイルの真横に移動した。

 

「なんだ、戻って来……」

「ふぅ、スリリングだったわね、坊や」

「ふ、太ももをすりすりさせないでください!」

「……この下衆が」

「ち、違うからね⁉︎ と、とにかく話は後! 近くで噴水浴びれる所探して!」

「もしもし、土御門かい? オリアナを捕獲した。……ああ、わかった。可能な限り、情報を集めるとしよう」

「シカトしないでってー!」

「ふふ、お姉さんとくっついているのは嫌なの?」

「あんたは黙ってろ!」

 

 どちらが勝ったのか、イマイチ判断しづらかったが、一先ず情報源を得ることには成功した。

 

 



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タイミングの悪さマジで大概にしろ。

 とりあえず、身体をくっつけた状態のまま尋問を開始。と言っても、オリアナは拷問されるまでもなく自身の知る情報を漏らした。と言っても、ローマ正教についてではなく、使徒十字についてだけだが。

 それだけでも、土御門達にとってはありがたい。それで残りのリドヴィアの行動を予測することも可能というものだ。

 さて、一先ずまた待ち時間になり、非色は。

 

「で、どうする? この状況」

「とにかく、剥がすしかないでしょう」

 

 まだオリアナとくっ付いていた。土御門もステイルも上条でさえもガン無視されてしまったわけで。羨ましそうに。

 

「この液は水に浸からせれば溶けますので、近くの噴水にでも……」

「あら、このまま人目につくところで一緒にお水に浸かるの? 意外と大胆なのね」

「え、ま、まずいんですか……?」

「ただでさえ、お姉さんはスリットの効いたお洋服を着ているし、あなたはヒーローでしょう? 注目されちゃうんじゃないかしら? 私は構わないけど」

「あの人払い? とか言うのは……」

「無理よ。お姉さんの魔術道具、全部持っていかれちゃったし」

 

 マジか、と非色は冷や汗をかく。このままでは確実に目立ってしまうが、自宅もダメだ。魔術師に自宅を教えることになるから。

 

「じ、じゃあとにかく、学校に入りましょう! 今なら大覇星祭のお陰で空いてるはずだし、蛇口で少しずつ洗い流すしかないでしょう」

「その辺はお任せするわ。お姉さん、この街について詳しくないし。……このままでも良いのよ?」

「む、無理です!」

 

 何せ、まず顔が近すぎる。その上で、上半身はともかく下半身の感触はばっちり伝わって来るので、このままだとまた鼻血が出る。

 

「すみません、俺片手で自分の義手持ってるので、近くの学校調べてもらえません? 携帯なら調べられるはずなんで」

「はーい。……えーっと、まずは北西に向かってくれる?」

「了解!」

 

 直後、非色はビルの上に飛び乗る。オリアナを抱っこしたままだと言うのに、一っ飛びで屋上まで移動してしまった。

 

「あなた、何なの?」

「ヒーロー」

「いやそういうんじゃなくて、生物学的な意味で」

「ヒーロー」

「あなたたまに人をかなりイラつかせるわよね」

「え、そ、そうですか?」

 

 そんな気はなかっただけに、微妙にショックを受けてしまう。

 一先ず、なるべく人目がつかない道……というより、ビルの上を選び、オリアナの案内する場所へ移動する。

 どこかで見た事あるような道のりな気がしたが、正直、それを気にする余裕がない。何せ、目の前には見てくれだけは超絶美人の外国人がいるのだから。

 

「はい、そこを左」

「ここを左……よっ、と。え、これ」

 

 しかし、左と言われた方向を見ると、目の前は大きく広がっていた。何故なら、そこにあるのは大きな川とそれを跨ぐように掛けられた橋だけだった。

 

「あら……川を越えないといけないのね。どうする? 迂回する道を探す?」

「なんで?」

「こんな開けた道じゃ、注目浴びちゃうでしょう? お姉さんも、立場的にはなるべく目撃者を減らしたいのよ」

 

 何故なら、万が一にも他の魔術師がこの学園都市に潜んでいたら、それはそれで厄介だからだ。学園都市のヒーローと仲良くしている、なんて知られたら、自身の運び屋としての信用は失われる。

 

「要は、他人に顔さえバレなきゃ良いのね?」

「そう言う事だけど……何か手があああぁぁあああぁあっッっ⁉︎」

 

 直後、猛スピードで二人の体はビルの屋上から投げ出された。いや、性格に言えば非色が勝手に飛び降りた、と言うべきか。それも、自由落下に身を任せたのではなく、思いっきり地面を蹴って川へ急降下する。

 その速さは、時速60キロ……つまり、標識のない一般道を通る車と同じ速さ程で急降下した。

 どんな魔術師でも、その速さでの移動を経験しているはずがない。

 

「ちょっ、ううう嘘でしょ⁉︎ なんでいきなり自殺⁉︎」

「なわけないでしょ。てか、舌噛むよ」

 

 そう言うと、非色は水鉄砲を糸にして鉄橋の真下に張り付ける。そこを中心に水面を滑りながら移動し、遠心力によって一気に身体は下から上に振り上げられる。

 

「ぎゃあああああああ‼︎」

 

 悲しいかな、油断している人間が死に直面すると、誰でもこんな悲鳴を上げてしまうのである。それが、例え歩く18禁であったとしても。

 そのまま舞い上がった二人を待つのは、再び自由落下である。それも、ただ垂直に降りるのではなく、さっきの勢いがついた上での落下だ。

 

「いやああああ! いい加減にしてええええ‼︎」

「だから舌噛むってば!」

 

 川に突っ込む……かと思いきや、また糸で身体を宙に持ち上げ、一気に川の反対側に聳え立つビルの屋上に移動してしまった。その間、僅か10秒。しかし、オリアナには一時間以上は飛んでいたような気がした。

 

「ふぅ……あの速度で橋の下を移動したし、多分、誰にも見られてないでしょ」

「ーっ……ーっ……!」

「あれ? どうしたの?」

「あんた……いつか殺す……!」

 

 虫の息になっているオリアナに、確かな殺意を向けられてしまった。

 

 ×××

 

 しかし、実際は「いつか」なんて待つまでもなく殺されるハメになったわけで。

 

「近くの学校って常盤台かよ!」

「何よ、文句あるわけ?」

 

 紹介され、現在二人がいるのは常磐台中学の屋根の上だった。

 まさかの唐突な死に、免れる余裕も無かった。まぁ、今は大覇星祭をやっているから平気とは思うが、それでもやはり心臓に悪い。

 

「あ、あの……ここ女子中学校なので……なるべく、避けた方が……」

「そんなにお姉さんと長くくっついていたい? 案外、ヒーローもえっちなのね?」

「わ、分かりましたよ! ただし、絶対に他の生徒にバレないようにしてくださいね。万に一つも無しです!」

「はいはい」

「ここ、エリート校ですから、不法侵入してるってバレたら殺す気でかかって来ますよ」

「あら、そうなの。それでもさっきのジェットコースターよりマシよね」

「そんなに怖かったんですか? ゴフッ⁉︎」

 

 思いっきり足をヒールで踏みつけられた。

 

「な、何するんですかー!」

「大人を揶揄わない!」

「揶揄ってませんけど⁉︎」

「あんまり生意気言ってるようだと、お姉さんも怒るわよ⁉︎」

「生意気って……だってまさかあんなんでビビると思ってなかったから……」

「このクソガキ!」

「痛っ、ちょっ……やめっ! 痛いってば! 蹴らないで!」

 

 なんてバタバタやっている時だった。まぁ、こんだけ騒げば当然、そこに誰かしらの生徒が駆けつけてしまうわけで。

 

「風紀委員ですの! 不審者が常盤台の屋上で騒いでるとの通報が……」

「「あっ」」

「……」

 

 最悪の魔王が召喚された。好きな人が……それも、告白の返事を保留にされている人が、スタイル抜群のバインバインお姉さんと抱き合っている絵を見て、黒子の熱は一気に上がった。

 紫と黒のオーラを身体から漏れ出させ、普段ひょこひょこと揺れているツインテールは徐々に持ち上がり、目元に影がさす。

 それと同時に、両手に金属矢が三本ずつ構えられ、胸前でクロスする。

 

「じ、風紀委員って確か……学園都市の治安を維持する組織じゃ……」

「あ、あはは……ダメじゃない、白井さん……怪我してるのに無理して出て来ちゃ……」

「こんのォ……クソッタレ男……‼︎」

「え……坊や、知り合いなの……?」

「この前、その……告白された相手で……」

「え」

「なんでそう他人にホイホイ言うんです⁉︎」

 

 そんなツッコミが漏れた直後だった。グスッ、と黒子は思わずしゃくり上げてしまう。

 それにより、非色もオリアナも目が点になる。何今の音? といった感じで。

 カラン、と音がした。黒子の手から金属矢が落ちる音だ。何事だろうか? と二人揃って訳がわからないまま固まっていると、黒子の目尻から一粒の水滴が頬を伝って流れ落ちるのが目に入った。

 

「えっ、ちょっ……し、白井さん⁉︎ どうしたんです⁉︎」

「もう……この男嫌ですの……女の子の気持ちとか全然、分からないし……平気で他の女性とくっつくし……デリカシーとか、そう言うのと無縁だし……」

「え、ええええ⁉︎ そ、そんなつもりは……!」

「ちょっと坊や! あなたこの子に今までどんな仕打ちをして来たの⁉︎」

「どんなって……何も変な事はしてませんよ⁉︎」

「そんなわけないでしょ⁉︎ 泣いちゃってるのよ⁉︎」

「その距離で他の女性と言い合いを続行している時点で何も分かっていませんわ!」

「っ……」

 

 言われて、非色は口を塞ぐ。確かに、おそらく黒子が気に食わないのは、他の女性とくっついているという現状だ。なら、さっさとこれを解くべきだ。

 とにかく、過去の経験から自分はうだうだ言うと相手をイラつかせてしまうみたいなので、ストレートに用件のみを伝えることにした。

 

「あ、じゃあ白井さん! プールの場所教えて!」

 

 しかし、それを直で伝えれば、やはり誤解させてしまうわけで。冷静じゃない女性にそんな事を言えば、これからその女とプールで遊ぶつもりかと思われてしまう。

 

「……プールでしたら校舎の向こうですの」

「ありがとうございます!」

「この子本物のバカだ……」

 

 何も分かってない非色の元気な返事に、オリアナは心底呆れてしまった。

 

 ×××

 

「坊や、あれは良くないわ」

「え?」

 

 何とか水を溶かし、水浸しになりながらもようやく分離できたと思ったら、さっきまで敵だった女性に怒られてしまった。

 

「あの子、あなたのこと好きなんでしょ? それで告白までされたって話だったわよね?」

「は、はい……恥ずかしい話ですけど……」

「そのピュアっぷりと幼さは可愛いけど、憎たらしくもあるわね。だからあの子も今日まで本気で怒らなかったのね……」

「?」

 

 イマイチついていけない非色は、頭上に「?」を浮かべたままキョトンとしている。

 

「まぁ良いわ。とりあえず、私は解放される……ということで良いのかしら?」

「良いんじゃないの。イギリス清教? とかいうとこから何も言われてないし、もう二度と学園都市に変な真似しないって言うなら」

「ええ」

 

 こんな子供に諭された、と思うと自分が情けなく感じるオリアナだが、片腕が機械になってもここまで真っ直ぐでいられる子がいるのなら、自分ももう少し正直に生きよう、そんな風に思えた。

 

「じゃ、またね。ヒーローくん」

「あ、はい。また」

 

 それだけ挨拶すると、非色はとりあえずオリアナと別れた。まずやるべきは、左手を直してもらう事。自身の左手を持って、木山の研究所に急行していると、土御門から連絡が届いた。

 

「もしもし?」

『俺だ』

「オレオレ詐欺ですか? 効かないよ俺そういうの」

『俺俺、俺だよ。俺だって』

『土御門、乗らなくて良いから本題に入ってやれよ』

 

 上条が注意する声が聞こえ、改めて本題に入る。

 

『こちらは片付いた。仕事は終わりだ』

「あ、そうですか?」

『お前がオリアナを捕らえ、情報を得られたおかげだ。礼を言うぜい』

「いやいや、ヒーローとして当然なことをしただけだよ」

『そう言うと思ったよ。……ところで、左手を失ったと聞いたが……』

「ああ、それは平気。今から直しに行くところ」

『そうか。お前とは貸し借り無しの仲にしておきたい。報酬を支払いたいんだが……』

「いらないよ。そんなんもらったら、その時点で俺はヒーローじゃ無くなっちゃうじゃん」

 

 そのセリフも想定通りなのか「そうか」と短い返事がくる。

 

『なら、お前の身に何かあれば言え。その時は力を貸す』

「うん。ありがとう」

『じゃあ、またな』

「はいはい」

 

 それだけ言って電話を切ると、ひとまず事件が解決した事に、ホッと胸を撫で下ろした。

 さて、とりあえず今日の所はやすみたい……そんな風に思った時、ふと脳裏に浮かんだのはさっきの黒子の泣き顔だった。

 ……とりあえず、左手が直ったら、黒子に謝りに行かないといけない。

 

 ×××

 

「……はぁ、もう疲れましたわ……」

 

 お疲れ気味の黒子は、再び車椅子に戻り、初春や佐天と行動を共にしていた。

 

「お疲れ様、白井さん」

「大変でしたね……まさか、泣かされるなんて……」

「うるさいですの、そこの二人」

 

 しかし、本当にあの男はなんなのだろうか? 左手がなくなっていた以上、間違いなく何かに巻き込まれたのだろうが……やはり、あの謎の女とくっ付いていたのは今思い返しても腹が立つ。

 ……というか、あの女も何なのだろうか。あの格好、どう考えても痴女だ。それに、あの佇まい……おそらく只者ではない。

 仮に、仮にあの女がヒーローの協力関係だとしたら……それはそれでムカつく。何故、自分ではなくあの女を頼るのか。

 何が気に食わないって、ヒーローの身体で隠れていたのに大きいと分かる巨乳だ。やはり胸か、結局、男は胸か、と。

 

「チッ……あのクソ男……!」

「白井さん、漏れてる。殺意が漏れてる」

「あの……ごめんなさい。風紀委員の方々ですか?」

 

 そんな中、声をかけられ、三人はハッとして顔を上げた。今は一般客も多いのだ。個人的な理由で殺意を漏らしてる場合ではない。

 

「はい、何か御用で……あっ」

「ふふ、さっきぶりね。お嬢ちゃん」

 

 そこに立っていたのは、さっきヒーローと一緒にいた金髪グラマーだった。

 

「……何かご用ですの?」

「ふふ、そう邪険にしないで? 私は誤解をときにきたの。あの子と、何故ああいう状況になってしまったのか」

「……」

 

 あの場であっさりと告白した事を本人にばらされた為、この人が気を遣いたがるのも分かるが、やはり何処かただの一般人には感じられないオーラを前に、油断は出来ない。

 特に、佐天と初春が一緒である以上、自分がなんとかするしか……と、警戒する中、オリアナは「その上で」と続きを言った。

 

「ああいう、バカな子を手玉に取る女のテクニックを、あなたに伝授しちゃおうかな?」

「師匠と呼ばせてくださいまし」

 

 また非色の胃を締めつけるような関係が繋がってしまっていた。

 

 




次回から超電磁砲の大覇星祭です。


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成長の方向が間違ってる。

「ふぅ……すみません、簡単に何度も腕を壊しちゃって」

「いや、構わないよ。私も君をサポートする、と決めた以上、面倒に巻き込まれるのは覚悟の上だ」

 

 そんな話をしながら、直してもらった手の様子を確かめる。不具合も損傷もないし、微妙なラグもない。

 

「にしても、相変わらず無茶をしているようだね。怪我をするのは、やはり決して褒められたものではないよ」

「あ、はい。すみません……」

「ま、言っても聞かないのは分かっているがね」

 

 嫌味ったらしく言われたが、それが「無茶するのを分かっている上で協力している」という意味で言っているのは分かっていた。本当に、生徒のために命を賭けていただけあって良い先生である。

 

「しかし……驚いたな。左腕が壊されるなんて。あの追加武装を貫いた、と言う事なのだろう? 仮に日本刀で斬られても耐え得る硬さにしたはずなのだが」

「あ、ああ、いえ。使わなかったんです。あの時計は」

「何故だ?」

「俺の片手が義手って分からせるためです。口で言っても止まってくれそうに無かったので。やっぱほら、ヒーローは敵を倒すだけじゃなくて、心を改めてもらわないといけないから」

「……なるほど」

「とはいえ、切断までされるとは思いませんでしたけどね」

 

 もう少し敵の強さ見誤らない審美眼が欲しい。とはいえ、それはもはや経験を積むしかないわけだが。

 

「……だが、よく考えたまえよ、非色くん」

「え?」

「君は、何もかもを抱える悪癖がある。自分の身体より他人への説教、心配かけさせまいと親代わりの姉に腕の事も隠し、自身の戦闘に戦闘力が高い友人であっても巻き込もうとしない……全て悪いことではないが、いい加減、君が傷つく事を良しとしない人がいる事を覚えるべきではないかな?」

「分かっていますよ」

「分かっていないね」

 

 思いのほか、強い反論が返って来て、非色は思わずひよってしまう。

 

「……その左腕、もし君のお姉さんに知られたら、おそらく泣き出してしまうだろう」

「え、そ、そうですか?」

「そうだとも。君が傷ついてしまった事、片腕を無くしたと言う事実、そして何より、今までそれに気づかなかった事、それらが全てのしかかって来る。罪悪感と後悔としてね」

「……」

「子を預かる、というのはそう言う事だ」

 

 逆に言えば、それらを一切感じずに実験動物にしているこの街の科学者は本当にラリラリラーなわけだが、それはさておき、話を続けた。

 

「勿論、君が間違っている、なんて言うつもりはない。実際、正しい事をしているのは分かるからね。それでも、大事な人を傷つけてしまっていたら、本末転倒だろう。理想と現実を弁えないといけないな」

「いえ、理想を追い求めるのがヒーローで……」

「その理想に、お姉さんや白井くんは含まれていない、ということかい?」

 

 そう言われると「確かに」も納得して思ってしまう。

 

「……分かりましたよ。もう少し慎重にやります……」

「うん。分かれば良い」

「なんか……木山先生ってお母さんみたいですね」

「あと口にも気をつけた方が良い。私がそんな年齢に見えるかい?」

「え、な、なんでですか……?」

「……なんでもない」

 

 そんな話をしつつ、一先ず解散した。

 

 ×××

 

 さて、翌日。今日も大覇星祭。非色は、美偉と一緒に行動していた。

 

「非色。今日はどうするの?」

「ん、クラス対抗の競技に出て、のんびりするかな」

「白井さんに告白の返事はしたの?」

「うっ……そ、そうだった……どうしよう」

 

 どうしようって……と、美偉は呆れる。そんなの、美偉が知るわけがない。

 

「あなたの好きに返しなさいよ」

「え……で、でも……」

「あのねぇ、女の子からの告白の返事をズルズル引き伸ばす男なんて聞いた事ないわよ? ビシッとしなさい。あなたも白井さんが好きならOKして、そういう気持ちがないならお断りする。ヒーローとして戦えるくせに、どうして告白の返事は決められないの?」

「う、うう……」

 

 まったくである。ヒーローをやっている割に、恥ずかしいことは本当に苦手なようだ。

 と言うよりも、そもそもマスクをしていると女性が相手でも饒舌になる、という点でも中々、ダサい。

 

「とにかく、早めに返事をしなさい。あなたも白井さんのこと好きなんでしょう?」

「う、うん……姉ちゃんと同じくらい」

「それ、本人に絶対、言っちゃダメよ?」

 

 もう既に言っていることは黙っておいた。

 

「なら、ビシッと返事をして、お付き合いを始めなさい。向こうも、断られるかも、って不安になってるんだからね?」

「……わ、分かった」

 

 とりあえず、今日のお昼頃に連絡をとって返事をする。そうだ、せっかく向こうからアプローチ(というかむしろ1オン)してくれているのだ。それに答えなければならない。

 今のうち、シミュレーションしておいた方が良いだろう。例えば、こう……「こ、告白の返事なんだけど……」……。

 

「あら、固法先輩。おはようございますわ」

「おはよう。白井さん、御坂さん」

「おはようございます」

「ええええっ⁉︎」

 

 シミュレーションの隙すら与えてもらえなかった。まさかのフライングで、非色は挨拶も出来ずに大声を出す。

 その非色を見て、黒子はニコリと頬を赤らめて微笑んだ。

 

「あら……坊や、おはようございますの」

「あ、し、白井さ……今なんて?」

 

 驚きのセリフに、非色だけでなく、美偉と美琴も黒子に目を向ける。しかし、その時にはもう、彼女は車椅子の上にはいなかった。

 代わりに出現したのは、非色の真後ろ。両肩に両手を乗せ、浅い胸の谷間に非色の腕を挟み、太ももで非色の太ももをスリスリと擦り付ける。

 

「ひうっ……⁉︎」

「あら、どうか致しましたの? 可愛い子……」

「ちょっ、黒子……?」

「白井さん……? な、何してるのかしら……?」

 

 お淑やかな彼女らしからぬ行動に、二人とも頬を引き攣らせる。非色なんか、完全に固まってしまっていた。

 しかし、黒子はニヤついた小悪魔のような笑みを浮かべたまま言った。

 

「ただの、私の告白の返事をいつまでも返さない、悪い子への挨拶ですわ」

「あ、挨拶って……」

「それとも……あれは焦らしプレイのつもりでしたのでしょうか? だとしたら、本当にイケナイ方ですのね……♡」

「……」

 

 明らかに様子がおかしい。何かあったの? とは聞けないレベルで。固まったままの非色の顔は、徐々に真っ赤に染まっていく。

 その非色の身体を、黒子はベタベタと触れる。あくまでやらしく、焦らすように。

 ここから告白しろ、なんて無理な話である。というか、こんないつの間にか、やらしくなった女の子とのお付き合いなんて、姉として美偉の方が許すわけにはいかない。

 

「白井さん……? 人の弟にナニをしているのかしら?」

「いけずなお方に、告白の返事を急かしているだけですわ」

「そういう不純異性交遊をするつもりなら、お付き合いなんて許さないわよ?」

「あら、それは非色さんが決めるべきことではありませんの?」

 

 二人の間に、稲妻が走った気がした。このままではマズイ、と思った美琴は、一気に黒子の頭から雷を落とす。

 それにより、一撃で気を失ってしまった。

 

「固法先輩、今のは……」

「ええ、見逃すわ」

 

 平然と生徒への能力の使用を許可すると、美偉は弟に声を掛ける。

 

「だ、だいじょうぶ? 非色」

「え……あ、あうう……」

「非色⁉︎」

 

 ダメだったようだ。真っ赤に顔を染めたまま後ろに鼻血を出してひっくり返った。朝から飛んだ災難である。

 とりあえず、気絶した二人の中一を、美偉と美琴はそれぞれ、おんぶして担ぎ上げ、黒子は車椅子に座り直させた。

 

「……とりあえず、この二人は分けておきましょう」

「そ、そうね。落ち着かせないと……何か分かったら……」

「はい。連絡します」

 

 そのまま別々の方向に歩き出した。結局、まだおつきあいには至れないようだ。

 

 ×××

 

「まったく……面倒な……」

 

 ただでさえ、御坂妹が湾内の体操着を貸りて、その返却が済んでいないと聞き、胸騒ぎがしている中、これである。

 優先すべきことは妹達の方だが、後輩の問題も知っておかなければならないというのに……。

 

「あ、御坂さん!」

「おはようございます」

「あ、佐天さん。初春さん。ちょうど良かったわ」

 

 そこで、良い所に後輩が来てくれた。黒子だけに黒焦げで気絶している黒子を見て、初春が聞いた。

 

「白井さん、どうかしたんですか?」

「それ、私が聞きたいんだけど……この子、何かあったの? なんかやたらとエッチな雰囲気で非色くんを誘惑してて……どうかしたの?」

「あー……昨日のお姉さんですね」

「ああ、あの胸の大きい」

 

 二人には何か覚えがあるようだ。

 

「白井さん、昨日、やたらと胸の大きいお姉さんに、男の子を誘惑する方法を教わってて」

「返事をいつまで経ってもくれない非色くんが悪いから気持ちは分かるけど……それ、やったんだ。白井さん」

「そういうことね……」

 

 ひとまず、話は理解した。一部始終を聞いていたのなら、話は早い。

 

「なら、悪いんだけど……元に戻してあげてくれる? 私、行く所あるから」

「良いですけど……どうやって?」

「いっぱい殴っちゃって良いから。この子、頑丈だし」

「そんな物騒な……」

「あと、その誘惑する方法、後で詳しく」

「え?」

「じゃ、またね」

 

 それだけ話すと、黒子を二人に預けて忙しなく走っていってしまった。

 その背中を眺めながら、初春と佐天はぼんやりとしてしまう。

 

「御坂さん……何かあったのかな?」

「さぁ……」

 

 その様子は、いつもの感じじゃない。まぁ、そんな大変な事にはならないだろうが。

 とにかく、二人で黒子の車椅子を押した。

 

 ×××

 

「はぁ……もう、ホントなんなのよ……」

 

 美偉は、疲れた様子で、救急テントの中で鼻にティッシュを詰めて眠っている弟を見た。まったく、世話が焼ける弟と後輩だ。こっちが勇気を出したと思ったら、今度は向こうが壊れていた。

 ……とはいえ、手が掛かる子ほど可愛い、という気持ちも分かってしまったが。

 二人とも、要するにお互いのことが好きなのだ。黒子は、それで相手を自分のものにするべく、そして非色は、自分とくっついて本当に良いのかを考え、不器用なまますれ違っている。

 しかし、そのまま結ばれないかもしれない、と考えると、それはそれで切な過ぎる。特に、二人とも美偉にとっては可愛い弟と後輩だ。そんな二人が傷つく姿は見たくない。

 ならばいっそ、自分が力を貸してしまおうか……なんて、思った時だった。

 

「すみません」

「はい?」

 

 声を掛けられ、顔を上げると常盤台の制服を着た少女が立っていた。すごい縦ロールの女性である。

 ……しかし、気の所為だろうか? どうにも機械的な目をしているように見えるのは。

 

「そちらのティッシュ、私にも分けて下さいますか?」

「あ、はいはい」

 

 言われて、弟の鼻に詰めるので独占してしまっていたティッシュに手を伸ばす。

 隙は、ほんのそれだけであった。にも関わらず、ピッという電子音の直後、身体が硬直する。

 

「ーっ……⁉︎」

 

 分からない、何が起きたのか。能力も使えないし、指一本、動かせない。

 

「さ、帰って大丈夫だゾ☆」

「かしこまりました。女王」

 

 縦ロールの少女がテントを出ていき、その代わりに、金髪の少女が歩み寄って来る。身体が動かせない自分と弟に向けられたのは、リモコン。

 この少女は……と、名前を頭に浮かべる前に、トドメを刺すようにリモコンを押される。

 そこから先の記憶は曖昧だ。だが、気が付けば、目の前から少女はいなくなっていた。

 

「……あれ、私……?」

 

 なんで、ここにいるんだっけ……? と、思いながら、ふと横を見る。すると、そこではちょうど、弟が身体を起こしていた。そうだ、弟の鼻血の治療をしてたんだ。

 

「あれ……姉ちゃん?」

「ああ、非色。大丈夫?」

「うん。平気……あ、し、白井さんは……?」

「白井さんならいないから、安心しなさい」

 

 さっきまでの黒子は、一周回って怖かったようで、身体を身震いさせている。

 

「さ、鼻血が止まったなら、早く行くわよ。競技が始まる前からここにお世話になる人なんて、普通いないんだからね?」

「う、うん。ごめん」

 

 非色の身体をさすってあげながら、ベッドから身体を起こしてやる。その時だった。

 するっ、と非色のポケットから、サングラスが落ちる。それにより、一瞬、非色は足を止める。

 

「……? なんだっけ、これ……?」

「非色? どうしたの?」

「あ、いや……なんでもない」

 

 とりあえず、誤魔化しながら、自分のポケットから落としたものなら、自分のもの、と思うことにし、そのサングラスを回収した。

 

 



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大事なことに限ってなかなか思い出せない。

 姉と別れた後、非色はそのままの足で適当に歩き回っていた。どうにも、何かおかしいという感覚だけが頭に残っていた。大切な事を、何か忘れてしまっているような、そんな感覚だ。

 何が足りないのだろうか? それを補うのは、おそらくポケットの中のこれだ。サングラスと、六角形のプレートのようなもの。これは一体、何なのだろうか? サングラスも自分の趣味ではないし、プレートに至っては何をするためのものなのかもわからない。

 

「……ま、いっか」

 

 忘れた以上、大したことではないのだろう。なら、気にしても仕方ないというものだ。

 それよりも、今はこれからどうするかを考えるべきだろう。急に、やることがなくなった感じだ。競技に参加するわけにもいかないし……というか、何故、競技に参加してはいけないのだったかも思い出せない。ただ、漠然とそう感じるだけ。

 しかし、他にすることなどない。予定と言う予定がさっぱりなくなってしまったような感覚だ。自分がどうしたら良いのか、わからない。

 

「どうしようかな……」

 

 ボンヤリと街を歩きながら、ふと隣の道路を見る。生徒達が競技に励んでいた。みんな楽しそうに、能力と運動神経を使って、ゴールに突き進んでいる。その速さも能力もかなりのものだが、不思議と非色は真顔で見れてしまった。

 何だか、もっと近くで似たような能力を体験したような、そんな感覚だ。

 

「……」

「あ、非色くーん!」

「……?」

 

 顔を上げると、佐天涙子と初春飾利、そして白井黒子が手を振っている。直後、ビクッと肩を震わせてしまった。白井黒子とはついさっき、恐怖の象徴のような態度で接され、思わず頬をひくつかせてしまう。

 そんな非色の態度を見て、車椅子に座る黒子は微妙に傷ついたような表情を見せる。

 

「……うっ、やはり相当気にしていますの……」

「そりゃそうだよ……。あの子、ヒーローやってる時と素顔は別人だから」

「かなり気味悪かったと思いますよ?」

「うぐっ……」

 

 さっき何があったのかを大体、聞いていた初春と佐天は、普通に黒子を説教した。そういうのは、せめて付き合ってからだ、と。少なくとも、非色にやるべき事ではない。

 

「とにかく、謝らないと」

「そうですよ。こればっかりは私達にはどうにも……」

「わ、分かっていますの」

 

 コホン、と咳払いをすると、黒子は少し羞恥が篭って赤くなった頬のまま聞いた。

 

「あの……非色さん?」

「お、俺トイレ!」

「って、ちょっ……!」

 

 直後、非色は逃げ出してしまった。相変わらず人間とは思えない速度のまま、歩道を走って退避して行く。

 

「あーあ……あれは少し時間かかるね……」

「はい……。相当警戒してしまっています」

「……」

「白井さん、あんまり落ち込まないで……」

「いえ、違いますの」

 

 黙り込んでいる黒子に佐天が声を掛けたが、真剣な表情で首を横に振る。

 

「じゃあどうしたの?」

「彼が歩道をあの速度で走るとは思えません。万が一、衝突事故にでもなったら、他人に怪我をさせてしまいます」

「あー……だから、彼は普段、建物の屋上でパトロールしてるんですね」

「何かおかしいですの……。ちょっと、後を追った方が……」

「ダメですよ。様子がおかしくても、今、白井さんが行けばどの道、話なんて聞けそうにありませんから」

 

 初春に止められ「確かに」と黒子は変に納得してしまう。初めて、自分のアホな行動に、本気で後悔した。

 

「今は、時間を置きましょう」

「そうですわね……」

 

 何となくだが、黒子の中には引っ掛かりがある。それが、後々大変な事態に及ぼしてしまうのではないか、そんな風に思える綻びがあった。

 

 ×××

 

 逃げ出した非色は、人気のない水辺の公園でふと足を止める。自分は今、どれだけの速さで走って来たのか? 普通に、ここまで来るのに5分かかっていない。

 何より、その速さで動いて来たのに息一つ乱れていない。まるで、自分が普通の人間ではないようだ。

 いや、そもそも、左手にも違和感がある。なんというか……自分のもの、という感触がない。神経は通っているし、開こうと思えば指は伸びるし、閉じようとすれば拳を作る。

 だが、ほんの僅かだがラグを感じる。もっと言うと、手に熱を感じない。手首に巻いている腕時計も謎だ。こんな気取ったもの、買った覚えがない。

 

「……」

 

 何かおかしい、そんな風に思った時だ。

 

「あら、えーっと……固法さん、でしたか?」

「えっ?」

 

 何となく聞き覚えのある声がして振り返ると、常盤台の体操服を着ている少女が二人、立っていた。

 

「え、えーっと……」

「突然、お声かけをして申し訳ありません。普段、よく白井さんとご一緒されている方ですよね? 私、泡浮と申します」

「あ、あー……そういえば、前に病院で……」

「はい。婚后さんを助けてくれた方、ですよね?」

 

 そういえば、見たことあるようなないような……と、頭を巡らせている中、もう一人が口を挟んだ。

 

「まぁ、婚后さんを? それはありがとうございます。私、婚后さんのお友達の湾内と申します」

「あ、ど、どうも……えっと、固法非色です」

「よろしければ、少しご一緒してもよろしいですか? 色々と、お聞きしたいこともございますし」

「あ、は、はい」

 

 正直、初対面に近い女性は苦手な非色だが、それでも今は何となく気を紛らわしたかった。まぁ、そもそも断る事自体が苦手なので、了承せざるを得ないわけだが。

 

「どこかのんびり出来る所は……あら、あそこにベンチがありますわ」

「良いですね。そこでどうです?」

「あ、はい」

 

 まあ同じ返しばかりになってしまっていたが、こればっかりもコミュ障の弊害である為、仕方ない。

 ひとまず、泡浮が見つけたベンチに腰を下ろす。……何故か、非色を挟むようにして。

 

「え……なんで俺が真ん中?」

「? いけませんか?」

「たまたま流れで……お話ししたいこともたくさんありますし」

 

 緊張が跳ね上がった。こんなキャバクラみたいな感覚、思春期の少年には耐えられない。

 ただでさえ、二人とも中一とは思えないくらい発育が良いコンビだ。緊張度は跳ね上がる。

 

「それで、白井さんとはどのようなご関係で?」

「え、い、いきなりですか……?」

「ふふ、クラスでは常磐台生の中でも、特に厳しく律されている方が乙女にしてしまう、という殿方が気になるのです」

「お、乙女にするって……」

 

 そんな大袈裟なものではないし、ついさっきは乙女どころかビッチになりつつあった。せっかく、こちらから返事をしようと思っていたのに。

 

「別に、普通にまだ友達です」

「「まだ?」」

「え、あ……は、はい……まだ、です……」

 

 お互いの気持ちを知り(黒子は知らないままだが)、黒子の頭が元に戻り次第、もう一度、勇気を振り絞るつもりだ。

 しかし、そんなことを言えば、人の恋バナが大好きな女子組は頬を赤く染めるわけで。「ひゃ〜……」と口元に両手を添えて、小さな悲鳴を漏らす。

 

「い、一体どのようにして⁉︎」

「何故、常盤台の中でも頭の硬さは別格の白井さんと仲良くなれたのですか⁉︎」

「ええっ⁉︎ え、えーっと、えーっと……」

 

 あまりの勢いに「何でそんなこと教えなきゃいけないの?」という疑問すら浮かばられず、説明しようとする。

 しかし、その記憶がでてこない。黒子との出会いが、すごく曖昧だ。頭の中では、佐天と二人で飯を食べる、となった時に偶然、黒子、初春、美琴と出会い、四人で揃って食事にしたのがファーストコンタクトだったはずだ。

 しかし、何となくそれよりもっと前から顔を合わせていた気もする。それこそ、二人でずっと競い合っていたような、そんな記憶が。

 

「……思い出せない」

「「……はい?」」

「多分、佐天さんの部屋で一緒にご飯食べたのが最初だと思うんだけど……もっと前にも、会ってた気がする……」

「それはつまり……」

「『お前とは、初めて会った気がしないな』的なアレですか⁉︎」

「いやそのセリフをまず知らないんだけど……」

 

 というか、半年近く経ってからその感覚に陥るのは、時差があるにも程があるというものだ。

 しかし、流石に非色はそれに違和感を覚えない程、アホではない。自分の間に何か起きたのは間違いないだろう。

 

「あの……固法さん?」

「大丈夫ですの?」

「っ……あ、ああ。平気です」

 

 深刻な顔をし過ぎた所為か、二人から少し心配されてしまう。

 気を使った湾内が、話題を変えることにした。

 

「そ、そういえば、固法さんは『二丁水銃』をご存知ですか?」

「え? あ、ああ……ニュースで見た事ありますよ。あのヒーローごっこしてる人でしょう?」

「ええ。実は私、ヒーローさんが活躍する場を目撃したことがありまして……それから、もうとってもファンになってしまったんです」

 

 湾内が両頬に手を当てながら言うが、非色は真顔のまま「ふーん……」と言わんばかりに頷き返す。

 

「湾内さんったら、もういつもその話なのですよ? ……まぁ、私もその気持ちは分かりますが」

「泡浮さんも一緒に見ましたものね?」

「だからと言って、二丁水銃水鉄砲までご購入なさるのは如何です? もう中学生ですのに」

「お、同じ水を使う者として、少しくらい親近感を覚えたって良いではありませんか!」

 

 冷たく言われ、握り拳を作って言い返す湾内。どうでも良いが、自分を挟んでその話はやめて欲しい。

 

「固法さんはどの時のコスチュームが好きです?」

「え?」

「ほら、ヒーローは徐々にスーツを変えておられるじゃないですか。最初の第一世代はヘルメットにライダースーツ、その後に第二世代でマスクだけ変わり、その次の第三世代はスーツも一新されました。今の第四世代は左手だけ水鉄砲そのものになっています」

「せ、世代とかあるんだ……」

「私は、やはり今のが好きですね。特に、胸の六角形の胸当てがとてもカッコよくて……」

「あ、あはは……」

 

 やたらとテンション高く語る湾内に、乾笑いで返す。正直、ついていけない。

 そんな中、泡浮に口を挟まれた。

 

「固法さんは、どの世代が好きです?」

「え、お、俺は……そもそもヒーローが好きではないというか……」

「……へ?」

「いや、まぁ……生で見たことなくて、ニュースとか動画でしか活躍を見てないからかもしれませんけど、明らかに人と違う身体能力を持ってるじゃないですか。要するに、それを使って暴れる口実が欲しいだけな気がするんですよ。そういう事してると真似するような人も出て来るかもしれませんし、あまり応援は……」

「「……」」

 

 なんて言っている非色を、他二人は引き気味に眺めた。

 固法非色が、食蜂操祈に奪われた記憶は「ヒーローと超人であった記憶」ともう一つ。今の非色に、ヒーローとしての矜持は無かった。

 

 ×××

 

 一方、その頃。美琴は御坂妹の捜索に熱を注ぎ過ぎ、見張りをつけられることになった。

 そのメンバーは、食蜂の派閥メンバー。強引に振り切ろうと思えば振り切れるが、それでは追われながら情報を集めることになってしまう。それはさすがに厳しい。

 そんな中、見覚えのある三人が一緒に行動しているのが見えた。迷惑が掛からない範囲で、力を貸してもらえる。

 

「黒子、ちょっと頼みたいことが……!」

 

 と、言いかけた直後だ。その黒子は、ジロリと美琴を見上げる。その目は、普段の鬱陶しい熱愛とは明らかに違う。

 

「何ですの? 人の名前を気安く呼ばないでいただけますか?」

「……え?」

 

 まるで、他人のような言葉。少なくとも、あの熱愛がなかったとしてもルームメイトから受ける言葉ではない。

 嫌な予感が一気に脳内を駆け巡り、初春と佐天の方も見上げる。が、二人も似たような目で美琴を見上げるばかりだ。

 

「白井さんのお知り合いですか?」

「いえ、うちの学校の御坂美琴という先輩ですわ」

「わー、有名人じゃん」

「……」

 

 すぐに、合点があった。犯人の顔が頭に浮かぶ。名前は、自分と同じ超能力者であり、今、自分の見張りをしている派閥のトップ。

 慌てて、もう一人しかいない味方に電話をかける。彼がダメなら、もはや自分に力を貸してくれる人物はいない。

 1コール、2コール……と、鳴った後、その人物は応答した。

 

『も、もしもし?』

「非色くん⁉︎ あなた、今どこ⁉︎ 出来たら探して欲しい人がいるんだけど……!」

『や、その前にあなた……本当に御坂美琴さん? どこで俺の番号知ったんですか?』

「っ……」

 

 ピシッ、と頭の先から凍りつく。まさか、そこまで手が回されているとは。となると、その姉もダメだろう。

 思わず、奥歯を噛み締めてしまう。これはもう悪戯では済まされない。もし、次に食蜂を見掛けたら、タダではおかないと、怒りを胸に秘めた。

 

 



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高性能機も慣れないと使いこなせない。

 一先ず、美琴は大人しくするしかなく、婚后と共に競技に出場した。お腹の間にボールを挟んで歩くアレ。

 その途中、婚后から色々な話を聞くことが出来た。

 

『私ももしかしたら、食蜂操祈に操られている可能性があります。私からの情報はあてにしないよう』

『可能であれば、私が御坂さんの妹さん本人を連れて参ります』

『とにかく現状、御坂さんは下手に動かないようお願い致します』

 

 それを聞いて、一先ず美琴は胸を撫で下ろす。婚后は一応、レベル4。戦うだけの力はあるだろうし、簡単にはやられないだろう。

 とはいえ、食蜂の方はともかく、御坂妹は学園都市の闇から生まれた存在。それが行方をくらましている以上、少なくともそっちの件は闇が絡んでいるとしか思えない。

 

「……」

 

 美琴の携帯に表示されているのは、固法非色の文字。さっきの反応的に自分に関する記憶はない。しかし、ヒーローとしての記憶が無いとは限らない。

 彼がそのままの人格でヒーローをやっているのなら、それを伝えれば力は貸してくれるだろう。

 けど……やはり、自分に対して何の感情も抱いていない相手に協力を要請するのは気がひける。

 

「はぁ……」

 

 一先ず、連絡するのは婚后が帰ってきてから決める事にした。あまり多くの人間を関わらせるべきではない。

 それに、今の今までヒーローとして働いて来た非色を休ませるには、今は良い機会だ。

 

 ×××

 

 湾内と泡浮が、たまたま近くを婚后が通りかかった事により別れ、再び一人になった非色は、のんびりと街を歩く。

 この後、どうしたら良いのかわからない。いや、分かる。分かるが、それをしようとすれば恐らく、面倒に巻き込まれる。そう直感が告げていた。

 

「自分の記憶について調べる、か……」

 

 やりようはある。まずは初春と連絡を取り、記憶を操る能力者を探し、そいつに当たり、自分の記憶を見てもらう。その記憶が封印されているのか、それとも抜き取られているのかによって対応が変わるが、いずれにしても自分が何者かを知る。

 ……というのを考えたが、そもそも、自分の記憶を封印したやつの目的が分からない。考えられる可能性は三つだが、誰もピンこないのだ。

 一つ、何か重要なものを見てしまい、それで封じられた。二つ、自分は何かヤバい組織に目をつけられていて、仕返しで封じられた。三つ、これから起こり得る事件に巻き込ませない為に封じた。

 

「……」

 

 三つ目はない、と思いたいが、自分の身体にも異変を感じている以上は、その線も無視できない。

 しかし、なんであれ、面倒が目前に迫っているのなら、なるべく避けたい。問題を起こさないことが、自分を引き取ってくれた姉への恩返しというものだ。

 だが、そう思うと共に、御坂美琴の事が脳裏にチラついていた。

 多分、この女は自分の記憶について何か知っている。だからこそ、自分を頼ってきた。そして、超能力者に頼られた以上、自分にも何かしらの特技があるということだ。

 その特技がわからないと言うことは、それは自分の記憶に関係している特技というわけでもある。

 

「……で、これだ」

 

 ポケットに入っているのは、サングラスとプレート。何に使うものなのか分からないが、それらの答えになっている気がする。まぁ、ハッキリ言って何の根拠もない推理だが。

 ……一度、このアイテムを使ってみるのも良いかもしれない。まずは分かりやすいサングラス。かけてみるが、特に何か起きるわけでもない。……少し、大人っぽくてカッコ良い気がする。

 

「ん?」

 

 何か、ブリッジのあたりにボタンがついていることに気づいた。何となく押してみた直後だ。シュウィンッと顔を覆うように布が出現した。

 

「っ⁉︎」

 

 まるで顔面にサランラップを巻かれたような気がして、後ろにひっくり返る。半分、パニックになりながら顔からマスクを引き剥がそうとするが、ひっくり返った表紙に頭をレンガにぶつけ、そっちの方が痛い。

 

「おごっ……⁉︎」

 

 その場で頭を抱えながら転がる。なんかもう色々とパニックになっていると、近くの水の中にドボンと落下した。

 ゴボゴボと底まで沈んでいく身体。マズイ、と思ったのも束の間、視界が、あまりにもクリアだった。

 

「……?」

 

 まさか、サングラスのおかげだろうか? それしか考えられないが、今は浮上することが最優先である。

 一気に明かりのある方に向かって両手を掻き、水面から顔を出す。

 

「えほっ、げほっ……ふぅ、ビックリした……」

 

 そう言いながら、自身の身体を陸にあげる。息を整えつつ、岸に上がって、周りに人がいないことを確認してから、体操服を脱いだ。本当はマスクも外したいが、外し方が分からない。

 ぎゅうっと絞って体操服から水気を払いつつ、ふと水面を見た時だ。反射して映っていた自分の顔は、二丁水銃のものだった。

 

「……え?」

 

 おかしい。さっき、自分はいつのまにかポケットに入っていたサングラスをかけ、そのボタンを押したら、マスクが出て来て自身の顔を覆った……それでは、まるで……このサングラスは、ヒーローの変身グッズのようではないか。

 そして、それを持っていた自分は、まさか……。

 

「い……いやいやいや……それは無いって……」

 

 自分はヒーローなんてやれるほど立派な人間ではない。おそらく、これは拾いものなのだろう。

 そう思い込むことにしつつ、もう一つの変身アイテムである、プレートの方にも目を向ける。今思えば、これは二丁水銃が胸につけているものに酷似しているような、そんな気がしてならない。

 

「いやいや……いやいやいやいや……」

 

 一人、勝手に首を横に振っていると、公園に一人、見覚えのある女性が、黒い猫を抱えたまま男と歩いてくるのが見えた。

 

 ×××

 

 公園にまで婚后を誘い出した男は、馬場芳郎。学園都市暗部の少年で、能力こそ無いが、特殊なロボを操る技術に長けている。

 御坂妹の件についてしばらく話した後、やはりというか何というか、交渉は決裂。そのまま戦闘になった。

 T:GDという犬型のロボの攻撃を回避しつつ、婚后は猫を抱えたまま距離を取る。

 公園の敷地は、広々としていて、池を越えるように木製の橋が架けられているだけ。そのため、婚后がフルに能力を発揮できる環境では無かった。

 ロボット達の攻撃を回避しつつ、自身を噴射口にして後方へ大きく飛び、近くにある巨大なアンテナの前に降り立つ。

 しかし、それを読んでいたようにT:GDを回り込ませていた。

 

「逃がさないよ? 君の能力については既に調べがついている。だから、この地形に誘導した。ここに、君の武器になりうる物はない」

 

 これで、完全に囲まれた。180度、あらゆる角度を見てもT:GDの姿がある。

 

「今すぐ、涙を流して鼻水を垂らしながら地面に這いつくばって謝罪し、情報をよこすというのなら許してあげよう。でなければ、生きている事すら後悔させてあげるよ?」

「……笑止、ですわ。後悔するのはあなたの方です」

「強がりを言うのは、自身の現状を理解してからにしたらどうかな?」

 

 そう言いつつ、一斉に飛びかかって来るT:GDに対し、婚后は。

 子猫を地面に下ろし、両手を地につけた直後、地面を砕いて突風が出現した。それらがT:GDを粉砕し、吹き飛ばす。

 

「なっ……⁉︎」

「あなたは随分と勘違いをなさっていましたわ。私の能力にとって、馬鹿にならないものなどございませんわ!」

 

 そう言った直後、今度はガタンと大きな音が響く。何かと思い、馬場が顔を上げた直後、視界に映ったのは、その場所に追い込んだはずのアンテナが傾いている。

 

「ま、まさか……!」

「それ、発進です」

 

 傾いたアンテナが突っ込み、さらにT:GDは蹴散らされる。もはや数で押せる相手ではない。殲滅力はかなり大きな能力だ。

 見誤った、と馬場は奥歯を噛み締める。これほどの出力を持っているとは思わなかった。時間をかければ勝ち筋はあるのだろうが、そんな時間はない。大覇星祭中の上に、今は真っ昼間だ。こんな派手な真似をされれば、いつ人が来てもおかしくない。

 

「チッ……どうする……ここは、一度引いた方が……いや、でもようやく見つけた情報源だ。逃す手は……」

 

 何て損得勘定を頭の中で弾いていると、ふと視界に入ったのは子猫だ。あれは使える、と策士としての直感がすぐに働き、T:GDともう一つのロボ、T:MQを動かした。

 

 ×××

 

「……!」

 

 婚后がやられたのを見て、非色は手で口を覆う。子猫を庇おうとした婚后の腕に、なんか小さい蚊みたいなのが飛来して何かを差し込んだ。何だか分からないが、毒かウイルスと考えるのが自然だろう。身動きひとつ取れず、その場で蹲っている。

 さて、どうするか? 決まっている。逃げるのが最適解だ。自分に出来ることなんて何も無い。精々、ヒーローの変身アイテムを持っているというだけだ。

 

「……というのに、なんで……」

 

 動けない。両脚が固まっている。少しでも逃げようとすれば、脚が折れるんじゃないかと思う程、足が言うことを聞かない。

 むしろ、こう言われている気がした。お前が戦え、と。

 だが、過程はどうあれ、大能力者がやられた相手だ。自分なんかが、太刀打ちできるはずがない。

 

「……」

 

 ……でも、それでも……逃げられない。逃げたくても、逃げちゃいけない。そんな考えが、頭の中を支配した。

 自分はこれから……というか、近いうちに白井黒子と恋人になる。その時、ここで逃げるような男が、白井黒子から好かれるだなんて、到底思えない。そう思えば、勇気を振り絞ることができた。

 何より、もう事こうなって身体の方が心よりも早く反応している時点で、もう全ての答えが出ていた。

 

「俺が……ヒーローだ」

 

 そう決めた直後、非色はサングラスをかけ、プレートを取り出し胸に当てた。

 

「……そういえば、これはどう使えば……?」

 

 なんかボタンがついているが、押せば良いのだろうか? と思ったのも束の間、押してみたらそこを中心に布が自身の体を覆った。

 

「うほっ! すごい!」

 

 しかも、体操服の上から来ているのに全然、きつい感じがしない。このスーツ、誰が作ったのだろうか? 

 気になる所だが、今はそんな場合ではない。シュルシュルと足元にまで向かう布をぼんやり眺めていると、足の裏にまで到達した布が地面にまで広がり始めた。

 

「え、あれ……ちょっ……!」

 

 ヤバい、と慌てて胸のスーツのボタンを押すと、まるで巻き戻ししたようにスーツは格納されていった。どうやら、変身の時は軽くジャンプしてからでないとダメなようだ。

 改めてスーツを着込み、婚后と馬場の方を見た。太った男は、倒れている婚后を足蹴りにしていた。

 

「っ……!」

 

 どこのどいつだか知らないが、知り合いがあんな風にされては、やはり許すことなんて出来ない。

 奥歯を噛み締めると、一直線に地面を蹴って走り出した。

 

「……えっ」

 

 しかし、非色は自身が超人であることも忘れている。そんな身体での全力疾走は、新幹線を越す速さで突撃するわけで。

 

「う、うわっ……うわわわわわっ⁉︎」

 

 途中でついていけなくなって転び、ガッ、ゴッ、ドゴッ、ゴロンッと楽器のような音を立てながら転がり、馬場の真後ろを通り過ぎる。

 

「……?」

 

 何事? と怪訝そうな顔をする馬場に反応する余裕もなく、倒れた巨大なアンテナの中に突っ込み、ようやく身体は静止した。

 

「い、いでで……な、何事……?」

 

 そう呟きながら身体を起こすと、自分の周りには、T:GDが大量に配置されている。逃げ場なんてない、と思い知らされる程、完璧な配置だ。

 

「チッ……よりによってお前か、ヒーローごっこ野郎」

 

 馬場は荒くなった口調のまま、非色を見据える。たかだか無能力者の割に、まるで人殺しに何の躊躇目なさそうなその目に非色は「ひっ……」と声を漏らしそうになる。

 早くも、助けに来たことを少しだけ後悔しかけていた。

 

 



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牧場に腹を空かせたケルベロスが解き放たれた瞬間。

 どうしたものか、と美琴は冷や汗をかく。周りにいるのは、食蜂派閥のメンバー。風船を取るついでに、タイミングよく走り出した電車に乗って逃走を図ったが、さすが、常盤台生というか、余裕で追いつかれ、見張りは減ったものの結局、身動きは取れない。

 電車を降り、再び上手いこと逃げる手段を探してキョロキョロしていると、ふと知り合いが視界に入った。そこにいたのは、佐天と湾内と泡浮の三人だ。

 彼女達がきっかけになるかは置いておいて、一先ずせっかく知り合いを見かけたので、声を掛けることにした。

 

「さ……湾内さん、泡浮さん」

「あら、御坂さん」

「こんにちは」

 

 一応、佐天の名前はやめておいた。さっき黒子に冷たい反応をされたのが少しこたえているのか、なんとなく気兼ねなく名前を呼ぶことに抵抗を感じてしまった。

 その二人の目に入ったのは、自分と行動を共にしている食蜂派閥の二人だ。

 

「? その方々は……?」

「あー……気にしないで」

 

 自分の見張りです、なんてバカ正直に言う勇気はなく、適当に誤魔化してしまった。幸い、常磐台生の中身は美琴より大人な面子が多い為、お互いに笑顔で会釈だけして挨拶を終える。

 

「そうだ、御坂さんは婚后さんの行方、ご存知ではありませんか?」

「え?」

「先程から姿をお見せにならず、佐天さんにも協力していただいて探しているのですが……」

「一向に足取りが掴めず……」

 

 それを聞くと、美琴は少し心配そうな表情を浮かべる。その用事を頼んだのは自分だが、それを言えば妹達の情報が幅広く出回ってしまうし、何より二人の身が心配だ。

 今回の件、おそらく食蜂が黒幕と考えられるわけだが、彼女の能力ではミイラ取りをミイラにする事など容易い事だ。

 

「心配なら、頼れる奴を紹介しましょうか?」

「え?」

 

 自分は今、動けない。しかし、他人のために、例え相手が超能力者であっても喧嘩を売れるバカを知っている。

 

「ま、私から連絡してみるから、少し待ってて」

 

 そう言いながら、美琴は携帯を取り出した。もっとも、ヒーローとしての記憶があるかどうか、そこだけは賭けになるが。

 

 ×××

 

 薄れゆく意識の中、婚后の視界に映ったのは、ほぼ隕石に等しかった。遠くからものすごい勢いでやってきたと思ったら、足を滑らせて転び、何処かに勝手に突っ込んでいった大うつけ、という感じだ。

 一体何しにしたのか知らないが、ここにいては危険。すぐに知らせようと目を凝らした時だ。

 

「いでで……俺いつの間にか靴にスラスターでも仕込んでたのかな……」

 

 呑気な声と共に砂煙の中から姿を表したのは、現状において最も頼りになる男の姿だった。

 無能力者という弱点を持ちながら、それを補う身体能力をほこり、オリジナルの水鉄砲を持って戦う相手への気遣いすら忘れない能力を持つ正義の味方。

 

「どうも。いじめの現場はここかな?」

「……へぇ、君の出る幕かい? ヒーロー」

 

 二丁水銃がそこにいた。……右腕が、あり得ない方向に曲がっているヒーローが。

 流石の馬場も、思わず半顔になってしまう。

 

「……その腕、どうしたの?」

「あー……えっと……今折れた。勢い余って」

 

 何せ、全速力で転んだのだ。それも、超人の速さで。無傷で済む方がおかしい。

 

「い、痛いいいい! 骨折ってすごい痛い!」

「いや、知らないけど」

「え、俺って本当にヒーロー⁉︎ なんでこんなあっさり腕折れてんの⁉︎」

「いや、知らないけど」

「救急車ああああああああ‼︎」

「お前何しに来たの⁉︎」

 

 それは、婚后が一番、言いたいセリフだった。意外なことに、馬場はツッコミ役として優秀なようだ。

 知りたくない情報を知ってしまったことに後悔すらしながら、婚后は少しずつ地を這って馬場から離れようとする。

 しかし、その婚后の脚を馬場は踏みつけて止めた。

 

「あぐっ……⁉︎」

「動くなよ。お前は貴重な情報源だ」

「! や、やめろ!」

 

 そのセリフに、馬場は片眉を上げる。ヒーローの活躍は動画で見たが、馬場の見立てでは「言葉よりも行動派」に見えた。実際、少なくとも説得なんて手段とも呼べない手段を使うより、余程、先に手を出した方が良い。

 それが、今のザマはなんだ? 目の前の男は、もしかしたらヒーローではなく、その真似事をした奴の可能性もある。あの足の速さは能力による再現か? 何れにしても、勝ち目がないわけではなさそうだ。

 

「やめろ? 君のような恥ずかしい真似している奴が、僕に命令する気か?」

「え、は、恥ずかしい? やっぱりヒーローって恥ずかしい?」

「そりゃ恥ずかしいだろ。普通、その他のものに憧れるのは小学生まで……いや、この街の学生なら低学年までかな」

「で、でもスーツ自体はカッコ良くない?」

「全然?」

「……そ、そっか……」

「うん」

「……」

「……」

「……」

「どんだけ落ち込んでんの⁉︎ てか、そうじゃなくてだな!」

「あ、こ、このマスクはカッコ良くない?」

「良くない! 何なんだお前は、調子狂うな⁉︎」

 

 一々、会話が疲れる。緊張感が足りないのか、それとも余裕があるのか。余裕があるのだとしたら、この女は人質になり得ない。それよりも、身を守りつつ、切り札の準備をした方が良さそうだ。

 一先ず、T:GDを周りに配備しつつ、声を掛けた。

 

「ヒーロー。この女を離して欲しいのか?」

「そりゃまぁ」

「……な、なら取引だ。この女には、ウイルスを打ち込んである」

「ああ、やっぱりあの蚊っぽい小さい奴、ウイルスだったんだ」

「……見てたのか?」

「見てたけど?」

 

 やはり、どうもこのヒーローは違う気がする。ニュースに映っているようなヒーローなら、戦闘中であっても介入しているはずだ。

 しかし、それでも不思議なのは、T:MQが目視できるということ。普通、あの戦闘の中で蚊の大きさで動くものなんか見えないはずだ。超人的な能力で言えば、やはり本物にも感じるが……。

 本来なら、ここで婚后に打ち込んだウイルスの解熱剤を盾にフルボッコにしてやるつもりだったが、そんな必要は無さそうだ。

 自分がやるべきは、もっと単純な手。ポケットから解熱剤を取り出すと、ニヤリと好戦的に微笑んだ。

 

「こいつは、その女に打ち込んだウイルスの解熱剤だ」

「ちょうだい!」

「気持ちが良いほどストレートな奴だな。良いよ、くれてやる。その代わり、僕のことは見逃してもらうよ? 今、君とやり合うつもりはない」

「良いよ!」

「……」

 

 本当にヒーローなのかすら怪しく思えてきたところだが、もうどうでも良い。手に持った解熱剤をヒーローに見せつけ、軽く宙に放り投げ、ヒーローがそれを取ろうと視線を移した直後だ。

 

「この女と解熱剤、好きな方を選べ」

 

 馬場の一番近くにいたT:GDが、婚后を殴りつけて別の方向へ飛ばした。

 

「⁉︎」

 

 さらにその直後、他のT:GDが動き出し、婚后を狙って襲い掛かる。一気に硬直し、動けなくなるヒーロー。

 が、すぐに人命優先と判断したのか、婚后の方へ走り出した時だ。その背中に、T:MQがくっ付く。

 

「⁉︎ な、なんかついた⁉︎」

「気付いたか……でも、もう遅いよ」

 

 直後、ちくっという感触の後、フラリと目眩が襲い掛かる。その場に倒れ込みそうになるのを必死で踏ん張ったが、脇腹をT:GDに殴られ、木に叩きつけられた。

 殴り飛ばされた婚后は、別のT:GDがキャッチした。投げられた解熱剤は池の中に沈んで行ってしまう。

 

「なんかよく分かんないけど、想定より遥かにチョロいな、ヒーロー。そんなんで誰かを守れると思ってんの?」

「ッ……!」

 

 まさかここまで上手くいくと思っていなかった馬場は、さっきより遥かに強気に嘲笑いながら、ヒーローへ距離を詰めた。

 

 ×××

 

「あーあ……何やってんだか」

 

 自身のとある目的のために暗躍していた食蜂は、たまたま通りかかった公園でその一部始終を眺めていた。

 しかし、予想外だ。まさか、ヒーローどころか超人である事を忘れさせたにも関わらず、コスチュームだけを身に纏って再び戦いに向かうとは。その結果、ああして無様を晒しているのだから、本当に呆れたものだ。

 元々、彼の記憶を消したのは、木原幻生を捕らえるため。ヒーローを動かさない為に記憶を消したのも、木原幻生に警戒させない為だ。

 

「……けど、流石にこうなっちゃったら、記憶を戻す他ないわよねぇ」

 

 彼の頭の中を覗いたとき、本当に驚いた。

 どうせヒーローとか言っても、名声やら何やらが欲しいだけ。他人のために無償で動く人間がいるはずない、そう思ったのだが……もう本当に引くほど、人助けしか頭にない。どんなに敵が現れても、どんなに強者が立ち塞がっても、自身の美学と信念のために、道を譲るつもりはない男だ。

 少し、良い男、と思わないでもなかったが、生憎、先約がいるようなので下手なちょっかいはかけないようにしたが。

 木原幻生が姿を消したら困るが、それでも今、彼と婚后が死ぬ……或いは、妹達の情報を漏らすよりはマシだ。

 

「今の現状も、元はと言えば私がしでかしたわけだしね。記憶を戻す以上は、絶対に負けちゃダメだゾ☆」

 

 そう言うと、食蜂はリモコンのスイッチを押した。

 

 ×××

 

 まったく、馬場の言う通りと思ってしまった。何故、助けに入るなんてトチ狂ったことをしてしまったのか。こうなる事は、目に見えていただろうに。ロボ達にタコ殴りにされながら、全力で後悔していた。

 例えヒーローのコスチュームに身を包もうと、中身は無能力者の自分。こんな機械達に敵うはずがない。素直に警備員なり風紀委員なりを呼ぶべきだった。

 ウイルスを打ち込まれ、ロボにメッタメタにされ、何故、自分がこんな目に遭わないといけないのか。考えれば考えるほど、自分が嫌になる。

 

「ひ、ヒーローさん……!」

「ほら、何してんだよヒーロー! 立てよ、じゃないとお前、死ぬだけだぞ⁉︎ ……てか、本当に何しにきたのお前」

 

 何より、普通に恥ずかしい。助けに来た奴が足を引っ張っていたら世話は無い。こんな所を黒子に見られたら、幻滅され、前の告白など無かったことにされてしまうだろう。

 

「さて、そろそろ終わりにするか。こっちも暇じゃないんでね」

 

 そう言うと、馬場は軽く指を鳴らす。顎に一発、犬の一撃を入れられ、身体は瓦礫の間に叩き込まれ、動けなくなる。

 そして、複数の犬型ロボットが、その自分に一斉に飛びかかって来た。その時だった。

 

「ーっ……⁉︎」

 

 唐突に、世界が止まって見えた。記憶が何者かに流されるように脳内に刻まれ、全てがクリアに映る。それとほぼ同時に、身体は勝手に動き出した。

 自身を取り囲む敵は0時の方向に一機、2時の方向に二機、4時の方向に一機、6時の方向に一機、9時の方向に二機。

 それらに対し、非色は左手首の腕時計をひっくり返してグローブにしつつ、足元の瓦礫を蹴り上げた。それを掴むと、まずは正面の敵に投げつける。直撃し、粉々に砕きながら、次の標的を見据える。

 

「ダメだよ、ワンちゃん。犬ならボールくらいキャッチしないと」

 

 言いながら、別の奴に手を伸ばし、足を掴んで別の奴に叩きつけつつ、左手の鋼鉄の拳で別の奴を砕く。

 直後、別が後方から迫るが、バク宙で回避して真上から踏み潰して両断すると、真っ二つになった破片を掴み、残り二体に投げた。

 

「なっ……⁉︎」

 

 さっきとはまるで別人の動きに、距離と離そうとしていた馬場は冷や汗を流す。ここからが本番というわけだろうか? 

 目の前で、堂々と立ち塞がり、犬達の残骸の中央でまっすぐ自分を見据える男を見て、馬場は後退りながら奥歯を噛み締めた。

 

 



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これで次からはウイルスも効かなくなってる。

 さっきまでの醜態が嘘のように気が晴れた非色だが、残念ながら万全とは言えない。なんか変なウイルスを打ち込まれ、体調が優れないからだ。超人である非色は、体調を崩した事などない。しかし、さすがに直接注入されれば効いてしまう。

 身体の異常を確かめる。頭痛、節々の痛み、吐き気、高熱、そして第六感も機能していない。身体はガタガタだ。

 とはいえ、だ。ヒーローとしてこのまま引き下がるわけにはいかない。知り合いが目の前で拘束されているのなら尚更のことだ。

 

「ねぇ、そこのデブ」

「あ?」

「少し強めに殴るけど、我慢してね」

「!」

 

 直後、非色は左手を突き出し、液を飛ばした。それを読んでいたように、T:GDが庇い、液を受ける。

 その隙に、非色は距離を詰めた。体調が悪くなるのが初体験だからか、微妙に動きが鈍いが、それでも機械に負けるほどではない。

 馬場の周りを蠢くT:GDの二匹目に、蹴りを放ちつつ、左手を背中の後ろから回し、糸を放った。

 

「……!」

 

 それが、さらに三匹目に直撃、引き込むと、顔面を拳に叩き込む。

 あっという間に、残り一匹に減らされてしまった。噂通りの化け物っぷりを見せられ、馬場は後退りする。このままでは任務どころではない。

 だが、まぁヒーローの行動は読める。ヒーローであるからこそ、まずは人命第一だろう。

 

「やれ、T:GD」

 

 直後、婚后を持っている犬型は池の方へ飛び込んだ。

 

「! このやろっ……!」

 

 一切の迷いなく、非色も池に飛び込む。やはり微妙に脳がグラつく。息苦しいし、身体の関節にも痛みが走る。

 水中でも戦える様、サングラスは防水機能もついているし、水中眼鏡としての機能もある。

 熱源感知機能を使い、婚后の場所を漁る。発見すると、そっちへ一気に泳いでいった。犬型のロボットが、婚后を連れてとにかく水中の奥へ沈んで行っていた。

 

「っ……!」

 

 慌てて接近し、犬を殴り壊して水面から脱出した。婚后を連れたまま、ひとまず岸に上がって呼吸を整える。

 

「婚后さん、婚后さん……! 起きて!」

「っ……」

 

 返事がない。ヒーローモードとして集中力を高めている非色は、余程のことがない限り異性であっても意識をしない。それこそ、爆乳が突然、ポロリというかボロンしない限りは。

 従って、全く何も意識することなく、婚后の胸に耳を埋めて心音を確認する。心臓は動いているようなので、生きてはいるようだ。

 

「え、えーっと……こういう時は……!」

 

 とりあえず……飲んでしまった水を吐き出させる必要があるのだろう。そのために、人工呼吸をするしかない。気道を確保し、マスクを解除して唇を口に近づけつつ、胸の動きが見えるように視線を送……。

 

「ゲホッ、ゲホッ……!」

「わっぷ……!」

 

 が、婚后が急に水を吐き出したため、顔面にその水が掛かった。

 

「婚后さん……よ、良かった……!」

 

 安堵しつつ、サングラスから布を排出して顔を包む。呼吸を吹き返したのなら、人工呼吸の必要はない。なら、今は顔を隠さないといけない。

 

「んっ……あ、あなたは……?」

「え? あ、あー……えっと、ヒーローです」

「……そう、でしたか……お久しぶり、ですわね……」

「うん」

 

 多分、夏休み以来だろう。適当な挨拶をしつつ、さっきまで自分達がいた池の上の橋を見る。あの敵の姿はないが、正直、助かった。今は婚后がいるし、自身も人生初の高熱に冒されている。このまま深追いは危険な気がする……と思った時だ。

 ズシンッと、地響きを感知する。顔を上げると、思わず目を疑った。視界に映ったのは、以前に相手をしたテレスティーナのパワードスーツと同じくらいの大きさを誇るロボの姿だ。

 

『フハハハッ! そこまでだな、ヒーロー! 今からお前をバラバラに切り刻んでやる!』

「何あれ……カマキリ?」

 

 眉間にシワを寄せて、巨大ロボを見上げる。T:MT、強大な破壊力を誇るカマキリ型の、遠隔操作型ロボ。右腕はハサミ、左腕は鎌となっていて、鹵獲でも情報収集でもなく、ただ破壊をするためのもののようだ。

 その様はまさに「悪のロボット」の名をほしいままにしているような風貌に、非色は目を輝かせた。

 

「ロ、ボ、だ────!」

『……ヒーローって割と馬鹿なのか?』

 

 高熱を発しているとはとても思えないテンションだが、冷静になればやはり窮地に立たされていることは理解してしまう。

 さて、チラリと自身の後ろにいる婚后を見る。意識は取り戻したものの、その瞳に映っているのは情けなくヘロヘロのヒーローと、絶望とも呼べる巨大なカマキリの姿だろう。

 不利だが、見捨てられない。見捨てたら、ヒーローをやめる。そう言い聞かせ、キッとロボを睨んだ。

 

『ハハハハッ! なんだその目は⁉︎ お前はT:MQが打ち込んだウイルスによって、派手な動きは出来ないだろう! その上、その女を庇いながらやる気か? 戦況が読めていないバカだから、ヒーローなんて恥ずかしい真似を平気でやっていられるんだろうなぁ!』

「……」

『覚悟しろよ、すぐには殺さない! その女とセットで鹵獲し、この世に生まれてきた事を後悔させてやる! ネットで世界中に晒して、心も体も壊した上に社会的にも抹殺してやる!』

 

 聞くに耐えない大声がスピーカー越しから届き、意識が定まっていない婚后ですら耳を塞ぎたくなるものだ。下劣極まりない癖に、悪知恵だけは働く小賢しい男の罠にハマった事を、心から恥じた。

 が、目の前に立っている男は、真っ直ぐとロボを見据えて静かに言い返す。

 

「戦況が分かってないのはあんたの方だよ、百貫デブ」

『何?』

「ヒーローを相手にした時点で、あんたの負けは決定されたようなもんだ」

 

 よくぞ、と、婚后は目を見開く。この状況で、そのような啖呵を切れるのは本当にすごい、と感心してしまった。精神力、なんて軽い言葉では言い表せない力強さを感じてしまった。

 

『ハッ、そう言うのなら、守ってみせろ! 出来なきゃ、死ぬより屈辱的な目に遭わせてやるから!』

 

 そう言って、まずは鎌を振るう。それに対し、しゃがんで回避すると、今度は正面からハサミを開いて突っ込ませてきた。しゃがんだ姿勢のまま、婚后を抱えて横に回避しつつ、本体に糸を飛ばしてジャンプしながら後ろをとる。

 避けたハサミの方を見ると、地面の中を大きく抉り込み、ハサミが地中にまで埋まってしまっている。おそるべき切れ味だ。

 婚后を背中に乗せながら、自身の腰と婚后を貼り付ける。これで手に持つ必要はなくなった。

 非色がそのまま立ったのは、カマキリの背中。そこで、左手の腕時計をひっくり返して鋼鉄のグローブを作り、後頭部を殴りつける。

 

『チッ……! 汚い足でこいつの頭に触れるな!』

「あんたよりは、清潔だよ!」

 

 背中に振るってきた鎌を回避しながら、首元に手を添えて空中逆上がりのように体を振り上げて移動し、鎌を後ろから蹴り付けようとしたが、それを読んでいたようにハサミを振るってくる。

 

「うおっ……!」

 

 慌てて後方に下がったが、そうなれば身体はカマキリから離れてしまう事を意味する。

 遠距離戦は避けたい所なので、糸を放ち、背中につけて接近する。が、その背中の糸を鎌で断ち切られてしまった。

 

『触るなと言ってるだろ!』

「このやろっ……液だってタダじゃないのに!」

 

 さらに、ハサミでの殴打が迫る。それに対し、両腕を折り曲げて婚后を庇うようにガードする。空中に身を投げている為、後方に殴り飛ばされてしまう。

 

「っ……!」

 

 攻撃を受けると、脳が揺れるような感覚に陥る。だが、超人である自分はまだいいが、背中の婚后はそうもいかない。だが、手放せば狙われてしまう。せめて、誰かもう一人来てくれれば預けられるのだが……。

 まぁ、無い物ねだりしても仕方ない。

 

「婚后さん、平気?」

「……(再度失神)」

「大丈夫そうだね」

 

 少なくとも、酔うことは無さそうだ。それに、多少無茶をしても、外傷さえなければ知らぬが仏である。

 ぶっ飛ばされながら横をすれ違った街灯に手を伸ばし、ターンすると覚悟を決めて、一気に接近した。

 

 ×××

 

「バカが、そう来ると思った!」

 

 馬場はニヤリとロボを遠隔操作しているトラックの中で、ヒーローにハサミを正面から飛ばす。それに対し、ヒーローは息を吸い込むと、左拳を振りかぶった。空中で右足を振り上げ、左手を真下にまで振り上げすぎて下げつつ、タイミングを測ると一気に拳を振り抜いた。

 鋼鉄の拳と、巨大なハサミが正面から衝突する。面積が小さいのは拳。その為、両サイドから刃に挟まれつつも正面から突っ込む。

 

「ハハハハッ、死ねええええええッッ‼︎」

 

 馬場の機械音声が響き渡った。両刃の間に突っ込むなど、もはやヤケになったとしか思えない。

 勝利を確信したように馬場はニヤリと遠隔操作出来るトラックの中でほくそ笑んだ。加減をすれば、背中の女は断ち切らずにあのバカだけ消せる、そう確信していた。

 そんな馬場の耳元に届いたのは、スパッという心地良い音ではなく、ガキリという鈍い音だ。

 

「……は?」

 

 乾いた笑いを浮かべたまま、思わず目を見開く。何だ、今の音は? と、目を剥き、モニターを食い入るように覗き込む。

 直後、目を疑った。ハサミの奥で、拳がビチバチッと火花を帯びながらも、切断されずに堪えていたからだ。

 意味がわからない。鉄であっても両断できるはずのT:MTのハサミが、あんなただのふざけたパンチに止められるはずがない。

 

「な、なんだあの拳は……!」

 

 もしかしたら、加減し過ぎたのかもしれない。何にしても、このまま力を入れれば確実に消せる、そう決めて今度こそ真っ二つにしてやろうと思った直後だ。

 バギンッ、という聴き慣れない音が耳に響く。モニターを見ると、反対側の拳でハサミを破壊するヒーローが写っていた。

 

「っ、こ、このっ……!」

 

 十分な強度で作ったはずのハサミが、こんな簡単に叩き壊されるのは驚いたが、それでも馬場は暗部の人間。すぐに手を打った。

 反対側の鎌で、ヒーローの顔面を刈り取りにいった。ズバンッと、今度こそ爽快な音がした。モニター上では、今度こそ見たかった鮮血が飛び散り、唇を再び歪ませる。

 殺した、そう確信し、宙を舞うヒーローを見た。が、それでも動く。破壊したハサミのアームの上に乗ると、破壊されて砕け散ったサングラスの奥から、半分は自分の目、もう半分はヒーローの瞳のまま、こちらを睨みつけていた。まるで、メインカメラ越しに自身へ狙いを定めるように。

 

「ひっ……!」

 

 気迫に押され、そんな呟きが漏れた直後、ヒーローはそのまま腕の上を走り、接近する。その右手には、いつの間にか破壊されたハサミが握られている。

 

「さ、させるか!」

 

 怯えながらも、再び鎌のアームを振るうが、実に冷静にヒーローはそちらに目を向ける。そして、右手に持つハサミを投擲し、鎌の腕を切断した。

 

「しまっ……!」

 

 誘われていた、と思った時には遅い。ヒュンヒュンっと回転しながら空中を舞う鎌をキャッチし、そのまま突っ込んできた。

 

「か、回避しろ!」

 

 そう指示を出したが、遅かった。メインカメラ越しに、自身のヤイバによってT:MTの頭部を破壊し、行動不能に見舞われた。

 巨刃が、まるで自分の顔面に突っ込んできたような感覚に襲われた馬場は、その場で泡を吹いて失神した。

 

 ×××

 

「……いでで、終わった……」

 

 巨大ロボを何とか撃墜した非色は、ひとまずその場で腰を下ろそうとするが、まだ早い。確か、あのデブは池の中に解熱剤を放っていた。

 非色は一度、池の中に身体をつけて液を溶かすと、婚后と自身を剥がして岸に寝かせておいた。

 

「っ……!」

 

 微妙に視界も悪い。顔面にきた鎌が掠めたからか、フラフラする。血を流し過ぎたのかもしれない。目眩もするし、頭痛も酷い。

 だが、打ち込まれたウイルスがなんなのか分からない以上、解熱剤を手に入れるしかない。

 そのために、池の中に飛び込み、解熱剤を探しに向かった。

 

「……」

 

 寒いし頭痛いし怠い。でも、やらなければならない。記憶だけを頼りに「あの辺で投げてたよな」というのを思い出しながら移動する。

 しばらく泳いでいると、見覚えのある形の四角い箱を見かけた。

 見つけた、と思い、手を伸ばすが、指先に当たってさらに奥に行ってしまう。

 

「っ……!」

 

 慌ててジタバタと手を伸ばすが、徐々に頭のフラつきが大きくなり、目も良く見えなくなってきた。

 身体から力が抜け、指先の感覚がなくなっていく。関節を動かそうとすると痛みが走り、どうにも動かない。このままじゃ息も出来ない。水の中から上がろうとしたが、身体が言う事を聞かない。

 

「……」

 

 そのまま目を閉じ、力が抜けた身体はそのままぷかぷかと水面に浮き、両手足は脱力したように真下を向く……と、その時だった。意識を失う直前、ふわっと身体が移動する。わずかに残された視界が捉えていたのは水中だったはずだが、地上が見える。

 

「ーっ?」

「何をしていますの? ヒーローが良いザマですわね」

 

 その声は聞き覚えがある。というか、聞き覚えしかない。いや、だが今はそれよりも優先すべき事がある。

 

「……げねつ、ざいを……こんご、うさん……に……」

「他人のことより、今は自分を心配しなさいな。……佐天、固法先輩! 池の中で解熱剤を下さいな!」

「了解! 非色くんは無事なの⁉︎」

「救急車は二台で良いのよね?」

「いえ、彼は私が運びますわ!」

 

 そんな会話を最後に、非色は意識を手放した。

 

 



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ヒーローに約束は無意味なもの。

 木山春生の研究は夏休み前半に打ち切られたが、研究所は今でも活用されている。理由は単純、二丁水銃の支援の為である。

 時には隠れ家として、そして時には義手を装着するための医療施設として、他には、二丁水銃の武器を作るラボとして、様々な用途に使われている場所だ。

 その中で、今回の用途は隠れ家と医療施設の役割として、使われていた。機械で出来た左手が故障した上に、本人の体調も未知のウイルスを直で打ち込まれたから、目を覚ますこともなかった。

 

「っ……」

「一応、容態は安定している。後は目を覚ますのを待つのみだよ」

 

 心配そうな表情でヒーローが眠っている所を見る黒子に、木山が横から口を挟む。正確に言えば、容態は安定どころか引くほど回復・活性化していっているのだが、同じ事だろう。

 

「だと、良いのですが……」

「なら、そんな今にも死にそうな顔をするのはやめたまえ。彼が目を覚ました時、むしろ心配されてしまうよ?」

「そう、ですわね……」

 

 とは言うものの、心配は晴れない。彼の事だから、おそらく負けてはいないのだろうが、犯人の特定は厳しいだろう。あの辺に転がっていたロボの残骸を見ても分かるように、かなり特殊な技術を使っている連中だった。犯人の特定は難しいだろう。

 

「っ……」

 

 いや、難しいかどうかなど、どうだって良い。必ず彼をこんなにした奴は捕まえなければならない。

 奥歯を噛み締めつつ、一先ず目の前の少年の頭を撫でてあげる。考えてみれば、もうずっと戦ってきている彼のこんな緩んだ顔を見るのは初めてのことだ。

 

「彼には、こういうのも良い薬さ。私が知る限りでも、AIMバーストから何度も強敵とぶつかってきたんだからね」

 

 木山も同じ意見のようだ。過労というものは、何も身体だけに影響を及ぼすわけではない。精神的にも蝕まれるものだ。

 

「そうですわね。たまには……しっかり休んで下さいな」

 

 そうつぶやいた時だ。木山の研究所のインターホンが鳴り響いた。

 

「おや、お客さんかな?」

 

 応対しに行ったのは木山。カメラを見ると見覚えのある顔だったので、ゲートを開けた。

 数秒後、入って来たのは御坂美琴だった。

 

「非色くん! ……と、黒子?」

「おや、御坂くんか」

「また貴女ですの?」

 

 そう聞く黒子の口調の厳しさを、木山は聞き逃さなかった。あの同性愛者かと思うほど御坂美琴を敬愛していた黒子から出たとは、とても思えないほど厳しい口調だったから、驚いてしまった。

 そんな木山を差し置いて、美琴はベッドの方へ歩み寄る。

 

「大丈夫なの? 彼は……」

「身体の方は平気さ。後は、意識が戻るかどうか、と言ったところだね」

「っ……」

 

 奥歯を噛み締める。彼の記憶も、確か操作されていた。それにより、戦力が低下した所を、敵に狙われた……或いは、偶然、敵と呼べる奴と相対したか。

 何れにしても、とても許せる話ではない。

 

「ちょっと、貴女。なんなんです? 非色さんと何の関係をお持ちなんですの?」

「あ……ご、ごめん。好きな人に別の女が食い付いたら嫌よね」

「んなっ……な、なんでそれを⁉︎ あなた本当に何なんですの⁉︎」

 

 赤の他人だと思っていた人に突然、自身の恋心を見抜かれ、思わず顔を真っ赤にしてしまう。

 が、美琴は気にした様子なく引き返した。邪魔しちゃ悪いと思ったのだろう。

 

「非色くんによろしく伝えといて。じゃ!」

「あ、ま、待ちなさいな!」

 

 黒子の制止も虚しく、美琴は研究所を後にした。

 その背中を眺めながら、黒子は小さくため息をつく。あの女は何なのか知らないが、非色とも仲が良いようだ。まさか、カレカノなんて事はないでしょうね……なんて、無邪気に眠っている自分が告白したはずの男の鼻を摘みながら、不機嫌そうに眺める。

 

「……君、御坂くんと喧嘩でもしたのかい?」

「はい?」

「いや……なんか、仲悪そうだったから」

「喧嘩も何も、あの方と私は接点も何もない他人ですの」

「……?」

 

 どういう事だ? と、木山は怪訝に思い、眉間にシワを寄せる。喧嘩をしたのか、或いは能力者に何かされたか。何れにしても、何も言わない方が良いだろう。

 

「……すまない。変なことを言ったな。コーヒーでも淹れてこようか?」

「あ、いえ。大丈夫ですわ。すぐ、ここを出ますので」

「もう出るのかい?」

「私がこうしている間にも、街では問題が起こっている可能性があるので。逆に、ずっとここにいても彼が早く目を覚ますことはありませんわ」

「……なるほど」

 

 何せ、彼をこんな風にした奴は、まだ外にいるはずだから。野放しにはできない。

 

「彼でも、立場が逆ならそうすると思いますので」

「無理だけはして欲しくない、というのも同じだと思うからね?」

「わかっています。では」

 

 そう言うと、黒子は再び非色を見下ろす。目を閉じ、規則正しく呼吸を繰り返す。

 すると、ふと片眉を上げた。なんと言うか、食えない男だ。

 

「それと、木山先生。よーく見張っておいてくれます? その男」

「おや、どうしてだい?」

「少しは休まないと、いくら超人と言っても厳しいでしょう。……万が一にも動いたら、お姉さんとセットで会いに行くとお伝え下さい」

「ああ、分かったよ」

 

 それだけ話すと、黒子はテレポートで立ち去っていく。残ったのは、木山と非色。

 コーヒーを淹れながら、木山は独り言とは思えないような言い方で告げた。

 

「だ、そうだよ。非色くん?」

「……なんでバレたんですかね……」

「君は人を欺く事が下手過ぎるんだよ」

 

 ずっと起きていたわけではない。途中から起きていた。だから、黒子も気付いたのは最後に見下ろした時だ。

 

「……まぁ、俺もまだ身体ダルいですし……今日の所は、ゆっくりしますよ」

「良い心がけだ。彼女も御坂くんも、君が心配なのだから」

「へいへい……」

 

 とはいえ、途中で降りる気はない。小休止のつもりだ。ま、これを言えば100%反対されるわけだが。

 

「コーヒー飲むかい?」

「もらいます。あ、お砂糖とミルクも」

「了解」

 

 そんな話をしている時だった。再びインターホンが鳴り響いた。何かと思い、木山はそれを覗く。

 

「お客さんか?」

「誰です? 姉ちゃん? 佐天さん? 初春さん?」

「いや……彼女は、確か……」

『すみませーん☆ こちらにいるヒーローさんにお話があるんですけどー』

 

 引くほど直球且つぶりっ子を混ぜたような口調、一度だけ会話した覚えがあった。そして、自分の記憶をいじった相手でもある。まだ本人の口から聞いたわけではないとはいえ、確信があった。

 

「……どうする?」

「俺が行きますよ。どうせ、今開けないと別の高位能力者か、警備員あたりを操作して強引にこじ開けるだけです」

「物騒だね」

「そういうもんですよ。人より強い力を持ってる奴なんて」

「君以外はね」

「……からかわないで結構です」

 

 それだけ話しながら、非色はベッドから起き上がりつつ、降りた。

 

「一応言っておくが……」

「言われなくてもわかってますよ。無理はしません」

「分かってるなら良い」

 

 それだけ話し、非色は出入り口から出ていった。研究所のゲートを開くと、目の前にいたのは金髪の美少女。普段なら異性が相手だと緊張してしまう非色だが、相手が油断ならない相手だからか、真顔のままだ。

 

「どうも」

「こんにちは☆ 今、平気かしらぁ?」

「平気じゃなくても頭弄るつもりでしょ。ここで良けりゃ聞くよ。今の所、周りに人の気配もないし」

「女の子に立ち話させる気なのぉ?」

「中はダメ」

「ま、良いけど」

 

 そう言いつつ、食蜂はまず頭を下げた。

 

「まずは、ごめんなさい」

「? 何が?」

「結局、私の所為でそんな大怪我するようになっちゃって」

「ああ……いや、それは俺より婚后さんに言ってあげて」

「……そうね」

 

 それよりも、非色には聞きたいことがあった。

 

「で、何に困ってんの? 力貸すよ」

「あら、良いのかしらぁ?」

「良いよ。あのタイミングで俺の記憶戻したってことは、あのロボットの組織と敵対してるって見て良いんでしょ?」

「意外と冴えてるじゃなぁい」

 

 冴えてるというか、当たり前のことを言ったまでだ。結果的に利用された形になったとはいえ、食蜂の弊害となるロボットを撃破出来た。ぶっちゃけ、それなら最初から協力していれば良かっただけの話だが。

 

「一応言っておくけど、白井さんやあなたのお姉さんの記憶も戻せるけど、どうする?」

「消したままで……というか、俺に関する記憶も消しといて。巻き込みたくないし……あ、元に戻せるんでしょ?」

「ええ、可能だけど……」

 

 正直、引いた。この切り替えの速さと合理的な判断力は、ある意味じゃヒーローに向いている。

 

「あなた……色々と切り替え早いのねぇ……?」

「切り替えが早くないと無理でしょ。ヒーローなんて」

「……まぁ、そうねぇ」

「まず、どこまでわかってんのか教えてくんない。俺が掴んでること……言うてあんま無いけど、教えるから」

「ええ、情報交換といきましょう」

 

 そんなわけで、まずは色々と話を聞いた。分かったのは、あのカマキリのロボを操っている組織。メンバーとかいう学園都市の暗部で、雇われで妹達の身柄を欲している上に、御坂美琴の排除を行っている、というのは食蜂の推測だ。

 それらの親玉が、木原幻生。絶対能力進化計画の提唱者だ。その辺の話を聞いて、顎に手を当てて考え込む非色に、食蜂は続けて言った。

 

「今からそこにカチコミに行くんだけどぉ……あなたはどうする?」

「……うーん、なんか……違くね」

「あら、何がぁ?」

「まず、えーっと……食蜂さんで、良いのかな」

「良いわよ? あ、なんなら操祈でも……」

「え……いや、女の子を下の名前で呼ぶのはちょっと……」

「……」

 

 からかいたい、という衝動に駆られた。今時、こんなウブな男の子は希少種と言えるが、今はそんな場合ではない。

 

「食蜂さんは、まず絶対能力進化計画から今回の件を知ったって事で良いんだよね?」

「ええ」

「話を聞いてた感じだと、その爺さんは用心深くて自分から手を下さずに他人を動かすタイプで、倫理観に欠けたサイコパス」

「そうね」

「そのジジイが妹達を欲しがってる。……それなのに、なんで大覇星祭の日に暗部の人間を使って動いたわけ? 目撃者も増えるし、学園都市の学生にとっては自由な時間も増える。学校に通っていない妹達を手に入れるなら、平日に捕らえた方が安全でしょ」

 

 慎重な爺さんが取る行動ではない。

 

「ていうか、御坂さんの排除なんてそれこそあり得ないね。暗部を使っても、あんなオモチャに頼ってるような連中に御坂さんは倒せない。俺の見解だと、むしろ奴らは御坂さんと妹達、両方を欲しているように見えるけど」

「……ミサカネットワークだけじゃなく、御坂さんまで欲しがってるって? どうして?」

「知らんけど……もしかしたら、一方通行の次は御坂さんをレベル6にするつもりだったり?」

「あり得なくもないけど……その辺はどうせ考えても分からないわねぇ……」

 

 顎に手を当てたまま考え込む食蜂に、続けて非色は言った。

 

「ていうか、食蜂さんはあんま動かない方が良いと思うよ」

「どういう事よ?」

「木原幻生が神出鬼没だったのは、追われている自覚があったから。学園都市にとって、レベル5以上の注目の的はないわけだし、多分、食蜂さんが動いていたのもバレてるよ」

「……それはあなたも一緒でしょお? あなたのカラダ、世界中探してもいないレベルの肉体よ?」

「いやもう一人いるから。とにかく、今更動きを止めても意味無いかもしんないけど、食蜂さんには情報収集に徹してもらって、直接殴り込みに行くような真似は避けて欲しいかな」

「……」

 

 言われて、食蜂の視線がキュッと鋭くなる。記憶をのぞいた時にも思ったが、この男は確かに能力者を腹立たせる天才だ。

 

「……あなた、この私も巻き込まんとしてるでしょお?」

「……そ、そんな事ないヨ?」

「……」

「……」

 

 やっぱりダメだ。この男、信用できるようで信用できない。すぐにリモコンを取り出したが、早撃ちでは非色の方が早い。瞬間で身体を液に拘束され、リモコンを落としてしまった。

 

「きゃっ……!」

「遅い遅い! じゃ、何処に幻生がいるか教えて?」

「ふ、ふざけないで! あなたに何が出来るってのよ⁉︎」

「平和を守ること」

 

 言いながら、非色は食蜂の携帯を鞄から取り出し、データを拝見する。

 

「ち、ちょっとお! 女の子の携帯を勝手に見る気⁉︎」

「プライバシーを侵害するようなものは見ないから」

 

 言いながら、非色は自身のアドレスを打ち込み、データを送信する。それを完了すると、携帯を鞄に戻した。

 

「じゃ、俺行くね」

「待ちなさい! 無能力者一人で行ったって勝ち目なんかないわよ⁉︎」

「超能力者一人の方が無理だよ」

「はぁ⁉︎」

 

 ムカッと来て食蜂は食い掛かるが、非色はどこ吹く風。食蜂の頭に手を置き、微笑みながら言った。

 

「いくら能力を持ってても、何も能力を持っていない大人にとっては、所詮子供なんだよ。自分の動きは全部バレてると思った方が良い」

「なっ……何を……⁉︎」

「じゃ、サクッと終わらせてくるから。学生らしくお祭りを楽しんで待ってなさい」

 

 言うと、非色は装備を取りに研究所の中に戻った。

 その背中を眺めながら、食蜂は心底、イラッとした。あの男は、本当に腹が立つ。美琴とは一生、相容れない仲だと思っていたが、あの生意気な歳下も同じのようだ。

 帰って来たらボコボコにする、そう思いながら、とりあえず足だけで鞄の中をいじり、携帯を取り出すと協力者を呼ぶ事にした。

 

 



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嵌められれば、ヒーローでも倒せる。

「食蜂サン! こ、これは……⁉︎」

 

 声をかけたのは、食蜂操祈の協力者であるカイツ=ノックレーベン。身体を液体で拘束された食蜂を見て、拳銃を取り出して周囲を警戒しつつ駆け寄る。

 

「遅いわよ!」

「一体、何が……⁉︎」

「良いからこれ何とかしてくれる⁉︎ 水かければ落ちるから!」

「わ、わかりまシタ!」

 

 たまたま手に持っていた飲料水を掛け、拘束液を溶かす。

 自由になった食蜂は、すぐに立ち上がって携帯を取り出した。送信履歴から、ヒーローの携帯を割り出す。が、メールアドレスしか登録されていなくて、電話は掛けられない。

 

「一体、何があったのデス?」

「あの男、この私から情報だけ聞き出して一人で片付けに行っちゃったのよ! ホント、油断したわ……!」

「手柄を横取りしたとか?」

 

 今回の件の手柄とは、おそらく名声や名誉のことだろう。悪を下したヒーローと言う事で名が広がれば、一層、支持者は増える。

 しかし、その考えに食蜂は首を横に振るう。

 

「いえ、頭の中を覗いたけど、そんな男ではないわぁ。間違いなく『他人を巻き込むのはヒーローとして失格』みたいな考えで動いてるのよ!」

「まったく……面倒デスね……」

「まったくよ。けど、私達じゃあの男に追いつけないわぁ。何とかしないと……!」

「彼の見解は聞けたのデスか?」

「聞けたわぁ。あの男は、微妙に私達とは意見が違うみたいよぉ?」

「なるほど……では、どうされマス?」

 

 その問いに、食蜂はすぐに答えた。

 

「とりあえず、あの男が派手にやれば、幻生は再び姿を消すわ。けど、止めようがないならバックアップに回るしかないわねぇ……。仕方ない、私も現地に向かってビルの制圧をするわぁ。あなたは念の為、隠れ家であの子を護衛しなさぁい」

「分かりまシタ」

「それと、御坂さんにも注意しておいてくれる?」

「オリジナルの、デスカ?」

「そう。一応、ヒーロー様の意見も汲んでおく必要があるわ。否定する根拠も理由も無いし」

 

 むしろ、冷静に考えれば、彼の考えの方が正しい気さえする。あの老人が、絶対能力者を生み出す彼岸を、未だに追いかけていたとしたらあり得ない話じゃない。

 

「途中までお送りしまショウカ?」

「平気よ。適当に捕まえるから」

「では、くれぐれもお気を付けて」

「分かってるわよ。じゃ」

 

 それだけ言うと、二人は別々の現場に向かって行った。

 

 ×××

 

「え、もうですの?」

『ああ、もうだ』

 

 白井黒子の元にかかって来たのは、一本の電話。もう、固法非色がいなくなったという、木山からの連絡だった。

 

「どうしたの? 黒子」

「あなたには関係のないことですの」

 

 その黒子に質問したのは、御坂美琴。現在、二人は佐天と一緒に一七七支部にいる。

 先ほど、敵側にいると思われる液体金属を操る能力者に、美琴の母親と初春を人質に取られ、黒子と連携して救出し、気絶させられた二人の容態を見るため、連れてきた次第だ。

 で、突然、電話が来たので聞いてみたのだが、つれなく首を横に振られてしまった。

 

「……分かりましたわ。後でお灸を据えるとして、見かけたら連れ戻しますの」

『ああ。助かるよ』

「では、失礼いたします」

 

 そこで電話を切ると、改めて調査を開始した。探すべきは、食蜂操祈。黒子と佐天、そして初春の記憶をいじった張本人だ。そして、御坂妹を攫ったと思われる奴でもあるわけで。

 

「それよりも、これからどうやって食蜂を探すかよね。今の所、全く手掛かりはないんでしょ?」

「ええ。それに、私としては食蜂操祈よりも、あの液体金属を扱う能力者について調べたいくらいですわ。正直に言って、私達の記憶が操作されている、という話も半信半疑ですので」

 

 猫の記憶を読み取れる能力者から、佐天が得た情報の中に、食蜂っぽい人影と男の人影、そしてもう一つ、聞き覚えのある都市伝説サイトの名前が出て来た。

 そこから、仮に初春がサイトの中身を見たとして、それに気付いた食蜂が一七七支部に出向いて記憶を消した……という仮定を軸に、美琴の能力でパソコンのデータを復元させると、食蜂の写真が出てきた。

 

「……あの場所に行ってみるしかないわね……」

「食蜂操祈を探すのなら、私達はお手伝い出来ませんわ。私は、まずあの液体金属の能力者を探すべきだと考えていますので」

「分かってるわよ」

 

 そのサッパリした返事に、黒子は内心、狼狽える。「え、わかってるの?」と言った具合に。

 逆に、顔にしっかり出ている佐天が代わりに聞いた。

 

「え、一人で追うんですかっ?」

「ええ。元々、妹の件は、黒子達には関係ないし、まだ食蜂が私の妹を攫ったと決まったわけでもないしね」

 

 そう言いながら、苦笑いにも近い笑みを浮かべる美琴。相手も自分と同じ超能力者である事に薄々、勘づいている以上、手強い相手である事に間違いは無いのだ。

 特に、食蜂は隠蔽工作や隠密活動、索敵能力に長けた能力を持っている。複数で挑んで仲間を取られるくらいなら、一人で追った方が良い。

 

「じゃ、黒子、佐天さん。マ……お母さんと初春さんをよろしく!」

 

 そう言うと、美琴は支部から飛び出して、その場所に向かった。まだ確定出来ないが、その場所に御坂妹はいる。何のつもりだったのかは知らないが、自分の友達に手を出したことは許せない。

 何より、妹達を利用して何かを企んでいるようなら、死んでも止めなければならない。

 そう心に強く決めて、少しでも早く移動するために、砂鉄を使って、空中をぶら下りながら移動することしばらく、ふと自身の電磁波による索敵の中で、やたらと後ろをくっついてきている車がいることに気付いた。

 

「……」

 

 つけられている、とすぐに理解した。何者か知らないが、食蜂の居場所を追ってからの尾行……まず間違いなく、食蜂操祈の手のものだろう。

 ならば、なるべく被害が出ない所まで引きつけて、一騎討ちを……と、思ったのだが、美琴と目があった直後、その車はライトを二回、点灯させた。

 

「……?」

 

 その後、狭い道に入り、曲がっていく。おそらく「来い」ということだろう。敵対したいわけではないのか、それとも罠のつもりか……いずれにしても、何か情報を握っている。

 後を追うと、誘導されたのは近くの河辺だった。そこで車を止め、運転席から降りて来たのは、外国人の男だ。

 

「初めまシテ。御坂美琴サン、デスね?」

「その通りだけど、あんたは?」

「名乗る程の者ではございマセン。デスガ……妹達を保護している者、とだけ伝えておきまショウ」

 

 それを聞き、パリッと髪の毛の先から稲妻が漏れる。怒りが漏れそうになったが「保護」という言い方をしている以上、無闇に敵とも判断できない。

 

「それは脅しのつもり?」

「違いマス。長話をしている暇はないため、単刀直入に言わせていただきマスガ……あなたが狙われている可能性がありマス」

「は……?」

 

 何を言い出すのかと思えば、素っ頓狂な内容だった。

 

「どういう事?」

「あくまでもヒーローのご意見デス。我々が現在、追っている敵があなたを狙っているとすれば、あなたに動かれるのは危険と言わざるを得マセン。デスから……」

「あのバカは、私が敵に負けるとでも言いたいわけ?」

「え、いやそういうわけではないと思われマスが……」

「ていうか、私が狙われているかどうかなんてどうでも良いのよ。まず、あなた達があの子を誘拐した理由は何?」

 

 美琴にとって重要なのはそこだ。聞いている話だと、この男はヒーローと結託している様子だが、妹達の身柄を取られている以上は、まずそちらが重要である。

 

「ミサカネットワークを利用しようとしているのは、我々ではアリマセン」

「我々って?」

「……私と、食蜂サンです」

「あいつが……?」

「ハイ」

 

 薄々、その予感はしていた。食蜂が御坂妹を持っているのに、妹達を探している連中がいたから。

 とはいえ、食蜂という人間が、ハッキリ言って嫌いな美琴は、簡単に気を許すことはできないわけだが。

 

「……まぁ良いわ。で、狙われてるからどうしろっての?」

「敵があなた程の能力者を、どのように使うつもりなのかは分かりまセン。ですから、食蜂サマの隠れ家に向かうにしても、用心していただきたいのデス」

「それだけ?」

「ハイ」

「……」

 

 実際、目の前の男は無能力者どころか能力開発さえ受けていないのだろうし、美琴の護衛には美琴自身が一番であることを理解しての忠告だろう。

 それはありがたく受け取っておくとして、やはりどうしても確認しておくべきことがある。

 

「分かったけど、とりあえずあの子の所に連れて行って」

「あの子?」

「私の妹よ」

「……分かりまシタ。ですが、軍用ウイルスにやられ、絶対安静デス。くれぐれも、その辺りをお気をつけて」

「分かってるわ」

 

 それだけ話すと、車に乗って移動を始めた。

 

 ×××

 

 木原幻生がいると思われるビルの前に到着した非色は、ぼんやりとそれを見上げる。

 さて、これからどうするか、だが。まぁ、正面突破だろう。武器も揃ってるし、手も直してもらったし、護衛に変な奴さえいなければ楽勝だ。

 のんびりと歩きながら自動ドアの方へ向かうと、警備員の中でも、闇に理解がありそうな連中がこちらに銃を向けてくる。

 

「! 貴様、二丁水銃か⁉︎」

「止まれ!」

「はいはい」

 

 言われて、非色は両手を上げて降参のポーズを取る。しかし、二丁水銃と呼ばれる故の銃口の一つは、左手の平にあるわけで。

 パシャっと一人の身体に巻き付き、後ろに吹っ飛ぶ。

 

「貴様……!」

 

 敵の鎮圧用と思われるゴムボール弾を射出されるが、それを右手で簡単に受け止めた。

 

「はっ……⁉︎」

「ヘイヘイ、ピッチャー。ナイスピッチングだけど、重みと速度とコースが悪いよ」

「え、それどの辺がナイスピッチ……ヘブッ⁉︎」

 

 ボールを手首のスナップだけで返した弾をボディに打ち付ける。防弾チョッキをつけているのに、体の芯にまで痛みが響き渡った。

 一気に二人ダウンさせると、近くに止まっている車を見つけた。こいつは良い、と思ったが最後、非色はその車の方へ走っていった。

 

「おい……あいつ、何する気だ……?」

「まさかとは思うが……」

 

 倒れている二人が、脳裏にヒヤっとするような、嫌な予感を浮かべた直後だ。非色はその予感通り、車を持ち上げる。そして……。

 

「きーはーらくんっ、あーそーぼー!」

 

 思いっきりビルに投げ込んだ。4〜5階あたりに直撃し、爆発、炎上。燃え広がることはなかったが、中は一気にパニックである。

 その直後、非色は自ら開けた穴の中に飛び込み、中を移動する。騒ぎを起こしたわけだから、当然、中には多くの警備員が集まって来ていた。

 

「よーし、みんな。無駄な抵抗はやめて投降したまえ!」

「撃てー!」

 

 再びゴム弾が飛んでくるのに対し、全て拳と足で弾き飛ばすと共に、全警備員に直撃させた。

 後方にひっくり返るメンバーを眺めながら、非色はすぐにその場から抜け、マスクの機能を使う。瞬時にビルの構造を理解すると共に、熱源感知で人間がいる場所を把握する。

 そんな中、どう見ても出入り口が無さそうな部屋で引きこもる老人のフォルムが目に入った。

 

「みっけた」

 

 直後、天井を殴り壊しながら急接近していく。派手にやりすぎかもしれないが、敵の姿を捕捉している以上、何の問題もない。

 そのまま一直線でて、屋根裏部屋に隠れているジジイを補足し、床を打ち砕いた。瓦礫が、老人が座っている床を砕き、殴りあげた。座っていた爺さんは、天井に頭をぶつけ、減り込んだ。

 

「あ、ごめん」

 

 返事がない。とりあえず、慌てて天井から引き抜いた時だ。思わず顔を顰めてしまった。出てきた顔は、半分は老人の顔。だが、その皮が文字通り剥がれ、別の顔が半分、目を剥き出して出ていたからだ。

 

「……は?」

 

 一瞬、ポカンとしてしまったが、すぐに把握した。影武者だ。やはり、ここへの襲撃に備えられていた。

 だとしたら、ここにいるのはマズい。撹乱と動揺を誘うつもりだった、さっきの派手な突入が裏目に出た。すぐにここへ敵が……。

 

「動くなッ‼︎」

 

 直後、この部屋の隠し扉が開き、そこから警備員が複数人出て来る。銃をこちらに向け、指一本でも動かせば発砲されそうだ。

 なので、すぐに行動を起こした。真下の床を強く踏みつけた。破壊しながら来たことにより、ボロボロになっていた足元が一斉に崩れ出す。

 

「チッ……撃て!」

「ッ……!」

 

 同時に足元が崩れた警備員達だが、瞬時に銃口を向けたのは流石だ。それも、落下点を把握した上で引き金を引いている。

 しかし、非色は天井に糸状の液を放ち、ぶら下がって回避している。

 

「! こ、こいつ……!」

 

 全員が動揺した隙に、足を振り上げて、さらに上の階に逃げ込む。下から発射される弾丸が、天井を打ち付け、破壊し続けるが、それらをものともせずに回避し続ける。

 ひとまず、あとは窓から飛び降りるだけで逃げられるが、問題はそのあとだ。木原幻生がいない。つまり、奴は今、フリーだ。美琴の動きを捕捉しているのか、それともこの罠は食蜂を嵌めるためのものか……。

 いや、とりあえず今は逃げないと……と、思って、この階の窓に飛び込み、糸を使って慎重に降りようとした時だ。自身の真上の屋上に、巨大なスピーカーのようなものを構えている男達が見えた。

 

「……っ!」

 

 違った。この建物に、自分が来ることさえ、読まれていた。

 真上に構えられているのは、音響兵器。大気を揺るがす超巨大な超音波が、自身に向けて一気に放たれる。

 

「っ……‼︎」

 

 慌てて耳を塞いだ事により、両手は使えなくなる。形容し難い大音量が重圧のように襲い掛かり、非色の身体は真下へ叩きつけられていく。

 

「っ……るっ、せぇな……!」

 

 さらに、耳を塞いだくらいじゃ凌ぎ切れない音量と威力と圧力。耳から神経を伝って、脳に響くようで頭がクラつき始める。

 ビルの高さは20階。その一番上から落とされれば、受け身が取れない今では、流石に身体がもたない。耐え切れれば、更に強化されて復帰出来るが、生き残れれば、の話だ。

 こうなれば、片耳の鼓膜が破れてでも途中で止まった方が良い。そう判断すると、途中で拳を壁に打ちつけ、中に突破した。

 左耳から血が出た気がしたが、気にせずにビルの中で休もうとした時だ。敵の兵士達が、真横に並んで銃を構えている。さっきまでのゴムボール弾ではなく、本物のライフルだ。

 

「撃てェッ‼︎」

 

 指揮官と思わしき男の怒号で、一斉にライフルが火を吹いた。この一本道では、さすがに避け切れない。

 すぐに窓から飛び降り、さらに音響の元へ身を晒す。銃弾が二発だけ掠めたが、この程度ならすぐに治る。

 

「クソッ……!」

 

 一気に真下へ急降下し、もう地面まで時間がない。思わず覚悟を決めた時だ。

 

『四階のフロアに飛び込みなさぁい?』

「!」

 

 反射的に、ちょうど真横を過ぎ去ったフロアが四階であることを把握し、糸を飛ばして飛び込んだ。中に入ると、やはり兵士達がライフルを構えている。

 やるしかない、と思い身構えた時だ。その男達を、ゴムボール弾が打ちつけ、気絶させられる。構えていた敵の後ろには、目がやたらと光っている兵士達が銃を構えていた。

 そして、その中央に立っているのは、学園都市最強の精神系能力者である超能力者第五位、食蜂操祈。

 らしくなく、頬をひくひくさせ、イラついている事を隠そうともせずに腕を組んで立っていた。

 

「え……な、なんでここに……?」

「あなたに、言い訳力はあるのかしら? ヒーローさぁん?」

「……」

 

 その顔は、間違いなくキレている。それはもう、今にも射撃命令を下しそうな程。

 だから、下手なことは言えない。謝った方が良いのだが……その前に、聞いておかないといけない事がある。

 

「今なんて?」

 

 鼓膜が破れかけているのだから、いまいち何を言っているのか聴こえていなかった。

 が、それは端的に言って地雷だった。

 

「撃って良いわよぉ?」

「え、だからなん……危なっ⁉︎ ちょっ、何を……ぎゃあああああ‼︎」

 

 ボコボコにされた。

 

 



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秘密を知りたがる人は大抵、悪趣味。

「ごめんなさいは?」

「ご、ごべんばばい……」

 

 車の中、まんまと逃げおおせた二人だが、食蜂のゴムボール弾乱射により、非色の顔面はズタボロだった。

 涙ながらに謝ると、食蜂は満足そうに頷いた。

 

「うむ、よろしい」

「……はぁ、まぁすぐに治るから良いけどさ……」

「で、何か分かったのかしらぁ?」

 

 とりあえず、色々と息苦しかったため、非色はマスクを取る。それを見て、思わず食蜂は目を丸くする。あれだけボロカスにしてやったのに、本当にほとんど傷が消えていた。

 

「耳の方は、もう少しかな……」

「そういえば、あの迷惑力の高い音はなんだったのかしらぁ?」

「音響兵器だよ、俺対策の。音ってのは、空気の振動。だから、大きな振動を発生させることを主軸にした大音量によって、俺に振動と音の両方をぶつける作戦だったんでしょ」

 

 リモート操作だったのか、あるいは強力な耳栓をした人間があそこにいたのかまでは分からない。何れにしても、厄介極まりないが、周りへの被害を考えると簡単に使えるものではない。ビルの屋上だから使えたものだ。

 

「なるほどねぇ……」

「……」

 

 そう言いながら、トラックの中で壁にもたれかかり、伸びをする食蜂。そこから、非色は控えめに目を逸らす。

 なんというか……彼女は本当に中学生なのだろうか? と思わんばかりだ。特に、周りにいる中学生がビリビリとかテレポートなので、なおさらそう思ってしまう。

 

「で、木原幻生がいなかったっていうのはどういう事なのかしらぁ?」

「っ、あ、そ、そうだった。多分、あいつの計画は既に進んでるんだよ」

 

 自身の煩悩を誤魔化すように非色は続けて言った。

 

「御坂さん、御坂妹さんはどうしてる?」

「私の協力者に保護を頼んでるわ。……とはいえ、御坂さんが素直に従うとは思えないのよねぇ」

「うん。俺もそう思う」

 

 あの割とバカのくせにプライドだけは一丁前の女は、他人に従うことをやたらと嫌がる。

 

「とにかく、私の隠れ家に向かいましょう?」

「俺に教えちゃって良いの?」

「私はあなたの人間性については信用しているつもりなのよぉ? ……その他人を巻き込まんとする頑固力もね」

「拘束したのは謝るから、そう言わないでよ……」

 

 割とボロクソに言われ、非色は小さくため息をつく。

 実際、信用と言っても、頭の中を覗いたから出来る事であった。その上で、一方通行に何度も挑んだ粘り強さと根性が気に入った。妹達についても知っているようだったし、頭の中が見られない美琴と組むよりは信用できるというものだった。

 

「けど、一つ言っておくわぁ」

「何?」

「もし、万が一にも、私の隠れ家で私の秘密を知ることになった時は、誰にも言わない事を、ここで誓いなさい」

 

 食蜂の脳裏に浮かんでいるのは、外装代脳。食蜂の大脳皮質の一部を切り取って培養、肥大化させた巨大な脳だ。

 表向きは自身の『心理掌握』を拡張するブースターと言われてはいるが、実は登録した人間に、心理掌握の行使を可能とするための装置である。

 その事は他人に知られるわけにはいかない。しかし、万が一、知られたら、その時は……。

 

「いや、なんの事か知らないけど、そんな事になったら、記憶消してくれれば良いよ」

「……は?」

 

 誰にも漏らさない、なんて誓いは信用できない。知られたら記憶を消す……と、思う前に、同じ事を言われてしまった。

 

「あなた……他人に頭をいじられる事に抵抗とか無いの?」

「え? いやまぁ少しはあるけど……でも、別に俺、食蜂さんの秘密とか知りたくないし……」

「や、そういうことを言ってるんじゃなくて……」

 

 何故、他人をそんなに信用できるのだろうか? 頭をいじる際、もしかしたら他の事もされるかもしれないのに……と、思った時だ。

 ガクンっと、車が停まる。

 

「な、何……?」

「渋滞だね」

「はぁ……⁉︎」

 

 急に……それも大覇星祭の日に渋滞というのは異常だ。間違いなく、何かあった。

 それと同時に、自分達が乗っている車が走っている高速を渋滞させた、という時点で、何かある感じが丸分かりだ。

 

「急ごう。食蜂さん、俺先に……」

「あなた、隠れ家の場所知らないでしょ。言っておくけど、また置いて行かれるから言わないわよぉ?」

「うぐっ……」

「行くなら……そうねぇ。私を連れて……」

 

 私を連れて行きなさい、と言おうとした所で、食蜂の口が止まる。彼の頭を覗いたとき、外国人の女を連れて空中をバカみたいなルートで移動していたのを思い出した。

 あんなので移動したら、自分の体力が一気に消耗されてしまう。向こうに辿り着いたら、戦闘の可能性だってあるのに。

 

「……仕方ないわねぇ」

「え、行かないの?」

「嬉しそうに生意気力を発揮したのはこの口かしらぁ?」

「り、リファフォンをグィグィひふぁいへぇ……」

 

 頬にリモコンを押し付けた後、食蜂は小さくため息をつく。

 

「あなた、場所は電話しながら私が伝えるから、別々で行きなさぁい」

「え、俺を先行させるの?」

「そうよ。今から力を使うけど、他人に見られたくないから」

「……わかった」

 

 続いて電話番号も登録すると、非色はトラックの扉を開け、上に飛び乗る。そこで電話を繋いだ。

 

『行くわよ?』

「いつでも」

 

 非色は耳元の案内を聞きながら、高速で空中を移動していく。

 それを眺めながら、食蜂は一度だけ深呼吸をして、小声で呟くように言った。

 

「『エクステリア』……一三対目以降の任意逆流開始……!」

 

 直後、左右に分けられる車の長蛇。その間を一気に駆け抜けた。

 

 ×××

 

 一方、御坂美琴はカイツの案内で御坂妹の所まで来ていた。ここはつまり、食蜂操祈の隠れ家。ビルの屋上に設置されている小屋の前だ。

 一応、中では御坂妹が治療を受けている為、美琴は付近を警戒中である。

 あの外国人の男が言うには、自分は何処かの誰かに狙われているらしい。それならば、ここにいると巻き込んでしまう可能性もあるのだが、御坂妹がいる以上、離れるわけにもいかない。

 そんな中、一人の老人が、建物の中から出てくるのが見えた。どうにも、何処かで見た気がする爺さんだ。

 

「こんにちは、お嬢さん」

「あんたは?」

「二丁水銃に、ここに治して欲しい人がいると聞いて来た木山幻生という医者だよ」

 

 それを聞いて、少し美琴は警戒を緩める。木山、という名前を聞いて、木山春生関係の人だと思ってしまったからだ。

 その上、二丁水銃の紹介と聞いてしまえば、気が抜けてしまうのも仕方ないといえば仕方ない。

 

「患者さんは何処かな?」

「ああ、あそこの建物の中だけど、少し待っ……」

 

 そこで、美琴の携帯が鳴り響く。応対し、耳にあてがう。固法非色からの電話だった。

 

「もしもし? 非色くん?」

『御坂さん、今どこいます?』

「妹の所よ」

『一応、そこから離れた方が良い。そこに変な爺さんが出て来たら、すぐにでも……!』

「え……爺さん?」

 

 嫌な予感が脳裏を過ぎる。まさか、今のジジイは……と思って後ろを見ると、中で警護をしていたはずのカイツが入り口から叩き出されていて、小屋の中から黒い稲妻が生えるように出現していた。

 

「! まさか……!」

『もしもし? どうしたの?』

「後でかけ直す!」

 

 すぐに電話を切って、美琴は中を除く。そこにいたのは、リモコンを手に握っているさっきのおじさんだ。

 その顔を見ると、明確にどこで見たのかを思い出す。夏休み前、木山春生の記憶の中で見たじいさんだ。置き去りの子供達を使った実験に加担していた老人。

 直後、一気に頭の中が真っ赤に染まっていく。嘘を見抜けなかった自分に腹を立てつつ、一気に放電する。

 

「あんた、その子に何をしたァアアアアッ‼︎」

「ほっほっ、元気なお嬢さんだね。如何にも、実験マウスに相応しい」

「なっ……⁉︎」

 

 さらに、黒く宙に舞い上がった稲妻のようなウイルスが、自身の元に吸い込まれていく。

 ビルの屋上で、巨大な雷撃が空に向かって突き刺さり、天を割った。

 

 ×××

 

 佐天涙子と上条当麻がそこに居合わせたのは偶然だった。

 佐天の方は、何かしらの廃工場の中に入り込み、捕まったが、中の女性に助けてもらえたので、外まで案内してもらった所だ。

 上条は、佐天を探していた。前に顔見知りになれたこともあってが、借り物競走のお守りを貸してもらえたので、返すためだ。

 その二人が偶然、出会えたことにより、敵の目的を聞き入れることができた。

 

「奴らの真の狙いは、御坂美琴だ」

「え……御坂さん、ですか……?」

「佐天さん!」

 

 慌ててその場に上条は駆け込む。

 近くにいる女性は、上条を見た直後、キュッと目を細める。

 

「あ、上条さん。どうしてこんな所に……」

「いや、借り物競走のお守りを返そうと思って。ありがとな」

「いえいえ」

 

 お守りを手渡すと、真面目な表情で、もう一人の女に聞いた。

 

「で、どういう事だ? なんでビリビリが狙われてるんだ?」

「……さぁな。私も詳しい事は知らん。今のも、あくまで推察だ」

「っ……」

「私は失礼するぞ」

 

 それだけ言うと、その女性はその場から立ち去っていく。その背中を眺めつつ、上条は佐天に声を掛けた。

 

「ビリビリ……じゃない、御坂はどこか分かるか?」

「いえ、それがわからないんです」

「クソッ……また何か起こってるってのかよ……!」

 

 そう毒づいた時だ。急に、空が暗くなる。ふと上を見上げると、近くのビルの屋上から、黒い雷が出ているのに気が付いた。

 

「……どうやら、あそこみたいだな……!」

「わ、私……風紀委員とヒーローに友達がいるので、電話してみます!」

「分かった。俺は、あそこに行く」

「ええっ⁉︎ き、危険ですよ!」

「御坂は友達なんだ。俺が止めないわけにはいかない」

 

 そう言うと、上条はそのままビルの方へ走っていく。その背中は、何処かの無鉄砲な超人にとてもそっくりで、思わずボンヤリ眺めてしまう。

 が、今は呆けている場合でもない。すぐ、黒子に電話をかけた。

 

「もしもし、白井さん⁉︎ 敵の狙いが分かったよ! え、どうやって? 敵の基地みたいなところに乗り込んで……あ、いや危険なのは分かってたけど! わー! 怒らないで……っていうか、そんな場合じゃなくて……え、非色くんと一緒に説教⁉︎ それは勘弁してよー!」

 

 話が進まなかった。

 

 ×××

 

 屋上に到着したのは、まず非色が一番乗りだった。目の前にいるのは、変な爺さん、倒れた外国人と御坂妹、そして、全身に稲妻を浴び、禍々しい羽衣のようなものを身に纏った御坂美琴の姿だった。

 

「御坂さん、見つけたよ」

『そう。すぐに行くわぁ』

「こっちも、すぐに止める」

 

 それだけ言うと、通話を切った。さて、まずはあの怪しげな爺さんからである。

 

「ほっ、ヒーローくんか。世界に二つ以上、サンプルが存在するものはつまらんものだよ。興味ないね」

「あんた、木山先生の記憶に出てきた爺さんだよね。爺さんだからって加減してもらえると思うなよ」

 

 そう決めると、あの爺さん……木原幻生に向けて糸を放つ。その直後、その真横から放たれた雷撃に包まれ、二丁水銃は屋上から追い出された。

 

 



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頼ることを覚えた。

 現場から、少し離れた場所にあるビルの屋上。そこにいるのは、黒髪の下で鉢巻を巻き、ジャージを羽織った少年だった。

 不敵な笑みを浮かべ、指をコキコキ鳴らし、自分がいる場所から少し離れたビルを眺める。そこは、屋上から空に向かって、雷が生えていた。

 

「おーおー、すげぇ根性だな」

 

 あの威力と閃光の大きさ、自分が行かないわけにはいくまい。

 そう勝手に自分の中で思うと、そのビルからヒュッと飛び降りた。

 

 ×××

 

 食蜂は一足遅れて、自身の隠れ家に到着した。車よりも速いというあのヒーローのデタラメさ加減をしみじみと味わったが、今はそんな場合ではない。

 遠くから見えた、あの黒い稲妻と、空を掻き分けんばかりの雷は、間違いなく御坂美琴に何かあったのだろう。

 まさか、本当にあのヒーローの読み通りだった? いや、何にしても今は急いで……と、思ってトラックから降りようとした時だ。

 そのトラックに、真上から何かが降って来た。

 

「きゃあっ⁉︎」

 

 思わず悲鳴が漏れる。完全に不意打ちだったからだ。荷台の天井をぶち抜き、そのまま真下にまでめり込み、コンクリートにまで打ち付けられたのは、黒く焦げた人影だった。

 

「ウッ……ぐっ……」

 

 真下から、嗚咽にも近い何かが漏れる。まだ息がある。助けないと、と思い手を差し出そうとした時だ。

 

「痛ってェなァッ‼︎」

「きゃあぁああっ⁉︎」

 

 微妙に苛立った声と共に、地面から飛び出て来た。直撃する寸前、スーツとマスクを解除したのか、焦げているのは肌と体操服のみ。

 懐から、変身アイテムを取り出しつつ、ビルの屋上を睨みつける非色に、思わず食蜂は文句をぶちまけた。

 

「ち、ちょっと! 驚かさないでよ⁉︎」

「ん? あー悪い。でも、少し引っ込んでて」

「はぁ⁉︎」

「あの金髪の外国人さん、食蜂さんの協力者でしょ?」

「ええ。上にいるの?」

「いる。それも、多分、あの上にいる木原幻生にやられたんだと思う」

 

 フィジカルを見て、幻生にあの男が素手でやられるとは思えない。つまり、何かしらの奥の手があって下したのだ。

 スーツに再び身を包みながら、非色はサングラスの機能を使ってビルを見上げる。

 

「この建物に生体反応はない。食蜂さん一人じゃ何も出来ないでしょ」

「あなた、本当に人をカチンをさせるのが好きなのねぇ? 一周回って好ましくすら思えてきたわ」

「え……ど、どういう事?」

 

 なんて話している時だった。ビルの真上から、さらに雷撃が降り注がれてくるのが見える。

 

「! ヤバっ……!」

「きゃっ、ちょっ……どこ掴んでるのよ⁉︎」

 

 直後、運転手の男と食蜂を連れて、その雷撃を回避する。トラックは爆発、炎上。

 ギリギリ、三人は巻き込まれずに済んだわけだ。

 

「あなた、さっさと逃げなさい!」

 

 その命令を聞いて、運転手はその場から離れていく。

 なんとか立ち上がった二人は、緊張気味に唾をごくりと飲み込み、立ちのめる炎の中を睨む。

 そこからゆっくりと歩いてくるのは「雷神」という異名がついても相違ないオーラを纏った、御坂美琴の姿だった。

 

「あれ……ほんとに御坂さんなわけぇ……?」

「多分……」

 

 なんて言ってる側から、さらに二人に雷が襲いかかる。二人とも、慌てて真横にヘッドスライディングした。

 

「「ぎゃああああああっ‼︎」」

 

 食蜂は普通にヘッドスライディングなのに対し、非色はちゃんと受け身をとりにいったのが、運の尽きだった。

 二人とも盛大に転んだものの、休んでいる暇はない。すぐに立ち上がる必要がある。

 

「痛たた……もう、最悪よぉ! なんであんなの連れてくるわけぇ⁉︎」

「まさか追ってこられると思わなかった! あの爺さん、俺のこと興味ないみたいなこと言ってたのに!」

「とにかく逃げないと!」

「分かってる!」

 

 なんとか立ち上がろうとする食蜂だが、グラっとバランスを崩す。腕が引っ張られるような感覚だ。

 

「ちょっ……な、何が……!」

「大丈夫? クラつくの?」

「いえ、そういうんじゃなくて……」

 

 何かと思いながら、二人で手を見ると……食蜂のカバンのチェーンが、二人の手を巻き込んで絡まっていた。

 

「「────ーッ‼︎」」

 

 二人して口をあんぐり開けるしかないのも束の間、背後から、すぐに電撃が降り注がれる。

 

「「ぎゃああああああッ‼︎」」

 

 再びヘッドスライディング。回避しつつ、二人は起き上がる。

 

「どうして⁉︎ どうしてこんなことになるのよ⁉︎ どんな偶然力⁉︎」

「こっちが聞きたいわああああッ‼︎ ……あ、このカバンのチェーン鉄製か。俺の左手も金属だし……もしかしたら、あの高電圧の所為で強力電磁石が完成したパターン?」

「ふざけないでくれる⁉︎ 腕取りなさいよ!」

「取るのなら鞄のチェーンの方じゃね⁉︎」

「嫌よ! この鞄、お気に入りなの!」

「命より物かあんたは……⁉︎」

 

 直後、なんか真横が眩しい。顔を向けると、また電撃が飛んで来ている。

 

「きゃああああああ! 今度こそ当たっ……!」

「食蜂さん、失礼!」

「何よ⁉︎ きゃっ……!」

 

 非色は食蜂の 足元を引っ掛けると、強引に転ばせつつ、左手で右手だけは支えておき、身体を捻る。

 それと共に思いっきり下半身に力を込め、タイミングを図ると、全速全開で腰を回転させ、更に肩を回し、最後に右の拳を振り抜く。

 直後、電撃に拳が直撃した。

 

「フンッ、ギギッ……ンガァッ‼︎」

 

 動物のような雄叫びと共に、右拳にさらに力を込め、そして弾き返した。電撃に肉体が勝つ、なんてあり得ない。

 間近で見ていた食蜂は、思わず驚いたような声を漏らしてしまう。

 

「うそ……」

 

 が、驚いている暇はなかった。何故なら、今ので非色にとってはギリギリの辛勝だったが、美琴にとってはジャブに過ぎないのだから。

 さらに迫ってくる二発目。非色は腕の痺れが全身に回り、動けなくなっていた。

 

「クッ……!」

「危ない!」

「へぶっ⁉︎」

 

 今度は、食蜂が非色の足を蹴り飛ばし、転ばせて躱させる。二人揃って、戦場のど真ん中で寝転がっていた。

 

「やばい、やばいって!」

「まだ動けないわけぇ⁉︎」

「大丈夫、もう動ける!」

 

 直後、二人で身体を動かし、再び逃走を始める。二人で手を繋いだまま走る。割とスイスイ走れていることに、食蜂は目を丸くする。

 

「あなた、もっと脚早いんでしょ? ……どうしてこんなにっ……わ、私に合わせられるの、かしらぁ?」

「俺、二人三脚2位だったんだよ」

「あ、なるほど……ねぇ……?」

 

 なんて話している時だった。徐々に、食蜂の元気が無くなっていく。何かと思い、隣の少女に目をやると、割と大量の汗をかいていた。

 

「し、食蜂さん……?」

「い、言って……おく、けど……! 運痴とかじゃ……ない、から……!」

「……」

 

 まさかのスタミナ切れだった。本当に困った少女だ、このレベル5は。転ぶ前に手を差し出そうとしたが、遅かった。食蜂は徐々に項垂れていく。

 そんな中、また雷撃が後ろから迫ってきていた。

 

「後ろ! やばいって!」

「弾き、っ……ひぃ、ぜぇ……返しなさい、っ、うぇっぷ……よ……」

「まだ右手の修復終わってないから! 次やったら、手、取れちゃう……!」

 

 なんて言っている間に、後ろから電撃が迫る。こうなったら、もうガードして一か八か耐えかねるか、試すしかない。

 そう覚悟を決め、食蜂の前に立って右手を盾にガードしようとした時だ。その前に、さらに右手を構えて立ち塞がる影があった。

 

「!」

 

 異能の力を全てかき消す右手。幻想殺し。そして、それを持つ人間は世界に一人しかいない。

 

「上条さん……!」

「え?」

「よう、固法。……あれが、ビリビリって事で良いんだな?」

「はい……!」

 

 知り合いなの? と、食蜂は非色に視線で聞き、非色は頷いて返す。

 

「分かった。……で、なんでお前はこんな所で、常盤台の美少女と二人三脚をしているのでせう?」

「わざとじゃないんだって! 左手と鞄のチェーンがくっついちゃって、取れなくなっちゃって……!」

「引きちぎれるだろ?」

「このおばさんが、鞄壊されるのは嫌なんだって」

「だ、れ、が、おばさんよッ‼︎」

「いだだだだ! 髪の毛引っ張んなっつーか元気じゃん、あんた!」

 

 なんてまたバカやってると、また電撃が襲いかかって来て、上条はそれを掻き消した。

 

「とにかく、お前は一旦逃げろ! その手、なんとかしたら戻って来いよ⁉︎」

「わ、分かりました! 行きましょう、食蜂さん!」

「え、ええ!」

 

 背中に後輩二人を庇った状態で、上条は電撃を凌ぎ続ける。右手一本でしばらく攻撃を掻き消していると、後ろから情けない声が聞こえた。

 

「上条さ〜ん……」

「どうした⁉︎」

「食蜂さん、足釣ったって……」

「ええええっ⁉︎ 不幸だー!」

 

 まさかのグダグダ加減だった。もう抱っこして運ぶべきか、と思い、非色が食蜂の足に手を伸ばした時だ。ふと、巨大な影が三人を包み込む。

 顔を上げると、宙に浮いていたのは、巨大な岩石だった。美琴が普段からやる、電磁石による即席の岩石弾。それが、およそ半径10メートルほどの大きさで浮かんでいる。

 

「「「ええええええええッッ⁉︎」」」

 

 完全に殺す気できている。せめて食蜂と繋がっていなければ殴り砕くなり、押しのけたりしたが、それも出来ない。

 今度こそ潰される、そう思った時だ。またも、新たな人物が乱入してきた。右拳を構え、大きくジャンプして接近して来たそいつは、その拳を岩石弾に向かって振り抜く。

 

「すごいパーンチ!」

 

 たった一発のパンチが、爆発を呼んだ。巨岩は一気に弾け飛び、粉々になって至る場所に落下するが、直撃は免れた。

 それを引き起こした張本人は、三人の元に着地する。学園都市にたった七人しか存在しない超能力者のうちの、第7位。しかし、原石と呼ばれる能力が故、本人さえも理解し切れていないその力は、超能力者である事を実感してしまう威力を誇るものだ。

 

「よう、大丈夫か? お前ら」

 

 降り立ったのは、削板軍覇。誰を助けるつもりできたのか、よく見ていなかった軍覇は、全員を見て顔を顰める。

 

「……」←普通の高校生

「……」←変なマスクとスーツ

「……」←巨乳金髪椎茸の常盤台生

 

 それらを見て、思ったことを口に出した。

 

「なんだお前ら。変な奴らだな」

「「「お前が言うな」」」

 

 当然の返事だった。特に、食蜂は開会宣言を台無しにされたからか、割と不機嫌そうな感じが出ていた。

 しかし、軍覇はそれを気にも止めず、まず視界に入れたのは非色だった。

 

「てか、お前のことは何度か見たことあるぜ。結構、感情入った奴だと思ったんだが……」

 

 言いかけた軍覇の視界には、敵の目の前で女子中学生と手を鎖で繋いでいる絵が目に入った。

 

「そういう趣味か?」

「「どういう意味で言ってるの⁉︎」」

「いや、割と際どいとこあるんだなそれが。この前も、外国人の巨乳を見たとかなんとか」

「上条さぁん⁉︎」

 

 なんてやってる時だ。またなんか眩しい気がした。ふとそっちを見ると、電撃が一気に襲いかかってきている。コース的に、四人をまとめて消し飛ばすものだ。

 すぐに回避しようと、食蜂の身体を持ち上げようとする前に、上条は右手で電撃を掻き消し、軍覇は左手で電撃をはたき落とした。

 

「なんなんだよ、この人たち……」

 

 自分が必死に殴りつけて、ようやく凌いだものを、ここまで容易くあしらわれるとは。ヒーローの立つ瀬が無かった。

 しかし、もっと立場のない能力者が、すぐ近くにいるわけで。

 

「いや、あなたも割と同類よ? 真っ当な超能力者の私の方が、余程、足を引っ張ってるしぃ……」

「真っ当……(失笑)」

「あなた、そろそろ廃人になる?」

「嘘です、ごめんなさい」

 

 そんな事をやってる場合ではない。すぐに、上条が非色に声を掛ける。

 

「とにかく、固法。お前らはさっさと退避しとけ! 御坂をこんな風にした奴が、まだ中にいんだろ?」

「……うん。いる」

「なら、御坂は俺とこの……」

「削板軍覇だ」

「軍覇に任せろ! お前は中を頼む!」

「はいはい!」

 

 それだけ話すと、非色は走ってビルの中に向かう。

 その様子を眺めながら、軍覇はニヤリとほくそ笑み、指を鳴らしながら上条に声を掛けた。

 

「お前、名前は?」

「上条当麻だ」

「そうか、カミジョー。足引っ張んなよ」

「こっちのセリフだ」

 

 そう言うと、お互いに双極の位置にある能力を持つ二人は、目の前にいる学園都市最強の電撃使いを睨む。

 おそらく、単体での戦闘力は自分達よりも遥かに上だ。どちらかが欠けても勝てはしない。

 二人で顔を見合わせて頷き合うと、一気に突撃した。

 

 ×××

 

「ふぅ、ひぃ、ぜぇ……」

「大丈夫? 食蜂さん」

「ぇっ、べいぎよ……!」

 

 全然、大丈夫では無さそうだ。何言ってるか分からないし。

 とりあえず、建物の中に逃げ込んだ二人は、一先ず壁に背中を預け……ようとした所で、ふと非色の第六感が作用する。

 殺気を全身で感じ取り、反射的に食蜂の手を引いて回避する。直後、自分達がいた壁が真っ二つに裂けた。

 

「っ……な、なんだ⁉︎」

「もうっ……ちょっ、休ませ……」

 

 正面から食蜂を抱き抱えながら顔を上げると、そこに現れたのは銀色の不気味な人形の何か。驚くべきは、触手のようにしなっている腕の切れ味だろう。

 

「こ、これ……」

「知ってんの?」

「っ、ひっ、ひっ、ふー……気をつけ、ぜぇ、ひぃ……なさぁい。彼女も、木原、ぐぇっ……幻生の、手の者ぉ……」

「いや、気をつけて欲しいのはそっちなんだけど……」

 

 そうつぶやいていると、にゅるりと移動する銀色の人形がクスクスと微笑み始める。

 

『あれれぇ? 有名人が二人も……てか、何してんの? その手……』

「「放っておいて」」

『いやいや、気になるでしょ。え、ここまでそんなことになるような事あった?』

「素の対応やめなさいよ!」

「そ、そうだよ! 好きでこんなことになったんじゃない! 人の気持ちとか考えたことないの⁉︎」

 

 なんか別の事で説教され始めたわけだが、そんな軽口に付き合っている暇はない。

 

『ま、運が尽きたと思いなよ。抵抗しなければ、一思いに行かせてあげるからさ』

 

 そう言いながら、高速で両手の触手を振るわれる。それに対し、非色は左手を引き上げて食蜂を左肩に担ぎ上げると、右腕を縦に差し出した。

 それに、人形の触手が突き刺さり、貫通する。

 

「はっ⁉︎」

 

 食蜂が声を漏らした直後、右手に力を込める。筋肉を締め上げることで抜けなくすると、自分の方に引き込み、顔面に蹴りを叩き込んだ。

 まるで水を蹴り込んだように弾け飛ぶわけだが、人形の再生に時間が掛かる。その隙に、距離を置いた。

 

「ちょっと、無茶苦茶力を発揮し過ぎよ⁉︎」

「大丈夫、すぐ治るから」

「そういう問題じゃないでしょうに……!」

「それより、あの人形何?」

「……私だって知らないわよ。まだ出会った事のない相手だし……」

『そーそー。言っとくけど、初見じゃこの子は倒せないよ?』

 

 しかもおしゃべり機能付き、と非色はマスクの中で奥歯を噛み締める。

 

『君、ヒーローだよね? 嫌いなんだよなぁ。救える人間ばかり目にかけて、本当に苦しい思いしている人に気付かず、ヒーローを気取って大衆に支持されてるようなヒト』

「ああ?」

『今が絶好のチャンスみたいだし、私のストレス発散に使わせてもらおうかな?』

「……」

 

 再度、ヒュンヒュンっと両手の刃を振り回しながら迫ってくるのに対し、非色は正面から身構える。腰の水鉄砲は、おそらく使えない。左掌も使えない。

 つまり、完全なステゴロだ。それも、いくら殴っても意味がないと思われる人形に対し、だ。一人なら良いが、食蜂がいる今は厳しい。

 

「……仕方ないな」

 

 深呼吸すると、非色は右手で手刀を作る。それを、自身の左手首の上に当てて場所を定めると、一思いに……。

 

「いやいやちょっと! 何するつもりよ⁉︎」

「手首取るんだよ。じゃないとこのままじゃ負けちゃうでしょ?」

「ダメよ! その後はどうする気⁉︎ あの化け物相手に片手無しは……!」

「何、楽勝だよ。こう見えて、俺はなんだかんだ最後には勝ってきた男だし、この手も義手だし……」

「ダメよ! おそらく、この後の相手の木原幻生は……!」

 

 なんて話しているときだった。その非色の手首が、後ろからガッと掴まれる。何? と思って後ろを見ると、非色のストッパーになり得る女性の顔があった。

 

「その通りですわ。こんな所で何をされていますの?」

「げっ……し、白井さん……」

 

 この世の誰よりも怖い女が来た。……いや、美偉の方が怖い気もするが、その辺は言わぬが花だろう。

 

「それにしても、また他の女性と繋がれているんですか。ホント、人に告白された自覚あります?」

「え、いや……そ、それは……」

「え、告白されたのあなた?」

「ホント、いい加減にしてもらえます? そもそもあなたに、私は木山先生の所で安静にするよう言っておいたはずですよね?」

「あ、うん。だからそれは……」

「それなのにこんな所で油を売っているなんて、一体全体どういうつもりですの? 本気で怒られたいんです?」

「……」

 

 すごい、と食蜂はキャラに合わず感激した。あの軽口の減らない、自分に対して失礼な言動を繰り返してきた男を、完全に言い負かしている。

 しょぼんとしている非色を前に、黒子はふんっと鼻を鳴らすと、前で待機している人形に目を向けた。

 

「本来なら、ここでとっちめてやりたい所ですが、一先ず今はあれが先ですわね。さっさと行って下さいな。そして、その不愉快な手錠を早く外しなさい」

「はっ、え? 白井さん、一人でやる気?」

「今のあなたにいられても迷惑ですので」

「や、でも今の俺だって戦えるって!」

「いいから行くわよぉ。私達はまず、こっちを外すのが先決なんだから!」

 

 食蜂にまで腕を引かれてしまった。これで2対1。だが、それでも子供は折れないものなのだ。

 

「やだ! 白井さんが心配!」

「あなたねぇ、子供じゃないんだから。白井さんだってそこまで過保護にされたら引……」

「そ、そんなこと言われたって嬉しくもなんともありませんわよ!」

「私、今日という日をこれほど憎んだの初めてよ……?」

 

 間に挟まれた食蜂が思わずげんなりしてしまった時だ。その二人と一人の間に、巨大な触手振り下ろされる。

 それにより、床がばっくり割れてしまう。

 

『なんか野望とかそういうの抜きでグチャグチャにしたくなって来た』

 

 恐ろしいことを言いながら迫ってくる人形を前に、非色は大声で叫ぶ。

 

「やっぱりダメだって! こんなの一発でも受けたら、白井さん……!」

「当たらなければ良いんですの!」

「やーだー! 俺も一緒に戦うー!」

「めんどくせぇですの」

 

 黒子がそう呟いている間に、食蜂は鞄からリモコンを取り出す。操作した方が早いと踏んだからだ。

 しかし、その前に。黒子がテレポートし、駄々をこねる非色の真横に飛び、頭を撫でた。

 

「それとも……私は、あなたの信頼を得るに、足りない女性ですか?」

「……」

 

 思わず、頬を赤らめる。思い人からそんな事を正面から言われれば、ヒーローであっても、折れざるを得ない。

 

『だからイチャイチャすんなっつってんだろうがクソリア充どもがあああああッッ‼︎』

 

 さらに飛んできた刃を前に、非色は黒子の肩を右手で抱き抱えつつ、右脚を横に振ってその一撃を払い除け、大きくジャンプした。

 建物の吹き抜けを大きく飛び上がり、5階あたりに着地する。

 黒子から手を離すと、サングラスと水鉄砲を外して手渡した。

 

「白井さん、これ持ってって」

「え……?」

「使い方は……いつも見てるよね。呉々も、怪我をしないように」

「……ありがとうございますわ」

 

 その様子を見て、食蜂はリモコンを鞄の中に戻す。どうやら、操作力は必要ないようだ。

 直後、自分達のあとを追ってくる人形。獲物を見つけたように接近して来るのを前に、食蜂は黒子にリモコンを向ける。

 

「彼女の能力に対する私の考えよ。ちゃあんと聞いておいてね?」

「っ……言っておきますけど、彼にもしものことがあれば、あなたが相手でも容赦しませんので」

「はいはい」

 

 それを聞くと、黒子はその場からテレポートしていく。黒子があの人形の気を引くには、本人を狙う必要がある。

 元々、黒子はあの能力者…… 警策看取を追っていたため、色々と情報を握っている。

 しかし、それを向こうに自覚させるには、やはり短時間とはいえ時間が必要なわけで。

 

「行くわよ、ヒーローさん?」

『逃がすわけないじゃん』

 

 人形が動き出す前に、食蜂が逃げようとしたが、非色は真っ直ぐと人形を見据える。何してんの? と、食蜂が聞こうとしたが、その口は止まっていた。

 その形相は、さっきまでの女に怒られて情けなく狼狽えていた男とは思えないほど、殺気に満ち溢れていた。

 思わず、人形も動きを止めてしまう殺意の波動を放っている。

 

「あんた、白井さんに怪我でもさせてみろ。ほんとに殺すから」

 

 シンプルに、ストレートに、メチャクチャなことを言った。敵を殺すなと言うのだろうか? この男は。

 しかし、逆らう気にはなれないほどの、圧力が襲い掛かってきている。能力を通じて、それを浴びていた。

 

「そんだけ。じゃ、行こう。食蜂さん」

「え、ええ……」

 

 その二人のあとを、警策看取が追うことはなかった。

 

 



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実験は最低限、想定される危険は排除して行いましょう。

「やっぱ無理だってこれ。力入れすぎると結局、腕もチェーンも壊れちゃう」

 

 壁に隠れながら、非色が言うと、食蜂は小さくため息をつく。確かに、困ったものだ。このままでは、戦いになった時に困る。

 なんとか悪戦苦闘している非色を前に、食蜂は隣で声をかけた。

 

「今のうちに、この施設のこと教えておくわぁ」

「え、何?」

「言ったでしょお? ここは、私の隠れ家。私の誰にも知られたくない秘密もある。だから、迎撃力が高いシステムもあるのよ」

 

 なるほど、と非色は心の中で相槌を返す。

 

「木原幻生にまわせる戦力は、現在、私とあなただけなのよ。元々、私はあのじいさんを捕まえるつもりで今回、動いたの。このままなら、まずはあなたに協力してもらうわよ?」

「良いよ。というより、そうする他ないでしょ」

「分かっているなら良いわぁ。その上で、一つだけ可能性の話として進言するわぁ」

「? 何?」

 

 珍しく真剣な口調で言われ、非色も真面目な顔で聞き返す。

 

「この事態を引き起こしたのは、まず間違いなく木原幻生。ミサカネットワークにウイルスを打ち込み、強大な力を生み出し、御坂さんに流したと仮定するわよ」

「あの最初の黒い電気みたいなの?」

「そう。けど、問題はどうやってそれを実行したのか。理屈は一つしかないわぁ」

 

 落ち着いて考え込んだ結果、出て来た唯一の可能性。それでもまだ疑問は残るが、今はそれしか考えられない。

 

「あのじいさんは今、私の能力を使える」

「は? 私のって……心理掌握?」

「そうよ。どうやってるのかは知らないけど……」

 

 それを聞いて、非色はふと思い出したように言った。

 

「俺は心理系の能力がどうとか、その辺はさっぱりだから何とも言えないんだけど……前に木山先生……ああ、幻想御手の人ね。あの人の頭と繋がった時、木原幻生の顔が見えた」

「……なるほどねぇ。つまり、幻想御手を利用して、同じ脳波に調律されたってワケ……お陰で、ほぼ確信したわぁ。やはり、私の能力を使えるのに間違いはないみたい。そこで、本題に入るわね」

 

 そう言うと、食蜂は非色にリモコンを向けた。一瞬、ビクッとしたが、すぐにどういうつもりかを察した。

 

「あなた、私に操作されなさい」

「……良いよ」

「察しが良くて助かるわ」

 

 つまり、木原幻生に操作されるのを防ぐためだ。既に操作されている人間は操作されない。

 

「あなたの意識は残しておくし、あなたが好きに動けるように調整もさせておくわぁ。戦闘になった時、私よりあなたの方が反射神経も動体視力も上だもの。でも、私の意識を少なからずあなたに刷り込ませておく。いざという時、許可なく操作するから、そのつもりでいるんだゾ☆」

「わかった」

 

 まったく、可愛げがないくらい、操られる事に躊躇がない男である。まぁ、今みたいな非常事態には助かるわけだが。

 

「……で、今、幻生はどこにいんの?」

「近くよ。今、確認してるから……」

 

 言いながら、食蜂は手元の端末をいじり、施設内のカメラを漁っていた時だ。ふと、非色が攻撃色を察知し、食蜂の身体を掴んで真横に飛んだ。

 直後、壁を貫いて二人に襲い掛かったのは、形容し難い色をした丸い球体。それらが、自分達が立っていた場所を通り過ぎて後ろの壁にも穴を開けてしまう。

 

「やぁ、どうも。こっちが先に見つけちゃったよ?」

「木原、幻生……!」

「てか、能力⁉︎」

 

 姿を表したのは、小突くだけですぐに死んでしまいそうな爺さん。だが、顔に張り付いたニヤけた表情は、それらのハンデがまるで窺えなくなるほど不気味なものだった。

 非色も、油断なく見据えながら、さりげに食蜂を庇うように前へ出る。

 

「君は敏感なのか鈍感なのか、わからない子供だね。さっきの食蜂くんの話を、聞いていなかったのかな?」

「あ?」

「幻想御手よ。つまり、あのじいさんは多才能力。あらかじめ、拉致か何かしておいた置き去りを使ってる」

「拉致なんて人聞きが悪いな。保護して、力を少し拝借しているだけだよ」

「だから、言ったでしょ? 油断するなって……」

 

 言いかけた、食蜂の口が止まる。何故なら、隣の男が急に憤怒を顔に表したから。

 その形相は、今にも目の前の爺さんを殺しそうな程、憎しみに溢れている。幸か不幸か、ギリギリの所で踏み止まっているのは、自分と手錠で繋がれているからだろう。

 

「あんた、誰に断ってその力使ってんの?」

「ん? 違法な力を使うのに、誰かの断りが必要なのかい?」

「必要に決まってんだろ、バカかあんた。そいつは、木山先生が自分の生徒を救うために作った力だ。あんたみたいな寝小便してそうなジジイが使って良い力じゃない」

 

 そういう事か、と食蜂は頭の中で理解する。協力者関係である木山春生を、彼はある意味では美偉や黒子と同じくらい信頼している。

 そんな彼女の、過去の過ちを他人の私利私欲のために使われるのが許せない、だから頭に来ているのだろう。

 しかし、その手の感情はこの街の科学者にとってなんでもない。何なら、利用されるだけだ。

 

「そっか。じゃ、僕は木山くんの恩師だし、師匠特権って事で」

 

 直後、ザリッと地面を蹴る寸前の音を聞き逃さず食蜂がリモコンのボタンを押したのは、ファインプレーと言えるだろう。

 すぐに、非色は足を止めた。それと共に、頭の中に食蜂の声が流れてくる。

 

「っ……!」

『落ち着きなさぁい。今、あなたが飛び出せば、あの爺さんの思う壺よぉ? 奴に目にモノ見せるつもりなら、落ち着きなさい』

 

 それを聞き、ひとまず非色は自分を落ち着かせる。

 

「ごめん。ありがと」

「お礼は後で聞いてあげるわ」

 

 そう言いながら、非色はあらためて木原幻生を睨む。今の自分は、マスクはなくてもヒーローなのだ。怒りに飲まれるわけにはいかない。

 

「……何だ、君意外とおとなしいんだねぇ」

「うるせーバーカ加齢臭くたばれ」

「黙ってて」

「はい」

 

 黙らされ、改めて話を進める。

 

「あなたの方から現れてくれるなんて、ありがたい話だわ」

「まぁね。僕も、科学の発展を邪魔するバグは、排除しないといけないから」

「バグはお前らの方だろクソジジ……」

「ステイ、ハウス」

「わん……」

 

 一々、喋り出すバカ犬を黙らせ、再び幻生を睨んだ。

 

「とにかく、私達はここであなたを捕らえて、この馬鹿げた実験を止めてみせるわぁ」

「ふふ、それはごめん被るね」

 

 言いながら、幻生の周りに現れたのは、さっき壁を破壊して出てきた球体。それに対し、食蜂をお姫様抱っこして身構えたのは非色。

 回避しながら走り出した。

 

「ほっ、逃げるのかい?」

「無視しなさぁい」

「分かってるよ」

 

 そのまま二人は逃げ出した。正面からぶつかることは避け、絡め手で戦うしかない。

 

 ×××

 

 黒子はサングラスを掛け、水鉄砲を手に移動していた。サングラスの機能を早速、使用する。

 人物検索。警策看取。サングラスに映った人物を自動で特定。まぁ、視界に映る範囲にいるとは思えないので、おそらく無駄だが。

 その上……。

 

「ー!」

 

 たまに奇襲してくる液体金属の人形を相手にしなければならない。この人形、液体であるだけあってこちらの攻撃は通らない。全てすり抜けてしまう。

 攻撃をテレポートで回避しながら、大きく距離を置く。

 実際の所、あの液体金属は奇襲にもなっていない。何せ、サングラスのサーモグラフィーモードで壁越しにも敵の居場所が分かるからだ。

 

『んー……おかしいねぇ。完全な奇襲も、まるで見えてるみたいに避けるじゃない?』

「完全だと思っているのはあなただけですのよ。私には全て見えています」

『ふーん? もしかして、あの彼氏くんからもらったダサいサングラスの所為かな?』

「本人にそれ言っちゃダメですわよ。あの子、このサングラスカッコ良いと思っていますので」

 

 実際のところ、黒子も少し羨ましい、と思わないでもなかったのは黙っておく。非色がどうこうではなく、単純に正義の味方に憧れている身として、特殊なアイテムへの憧れは少なからずあったりなかったり。

 

「で、さっさと居場所を教えてくれるつもりはありませんの?」

『あるわけないじゃん?』

「ですよね。ヒーローに勝てるわけない、なんて当たり前のことが分からないような方ですから」

『は? あんた、自分をヒーローだとでも思ってるわけ?』

「まさか。私は目の前の人を一人、目の前の悪党を一人捕らえるので精一杯ですの。……あのお馬鹿さんの真似なんて、したくても出来ませんわ」

 

 じゃあ、どういう意味? なんて警策が聞くまでもなかった。黒子は続けて言った。

 

「あなたは彼を敵に回した、その時点で負けは確定しているということです」

『……ふーん?』

 

 言ってくれる、ガキのくせに、と、遠距離から少し腹を立てた。殺すつもりは無かったが、あの子を奪ったこの街を守ろうなんて考えている奴は捨て置けない。

 

『で、遺言は終わりで良いのかな?』

「そちらこそ、シャバ最後の会話は終わりでよろしいので? 次は少年院で大人しくしていてもらいますわよ」

『やってみなよ』

 

 直後、目の前の液体金属は即座に鞭状の刃を振るう。それを回避しながら、近くにある瓦礫をテレポートさせ、腕を貫かせる。

 切断には成功したが、人形はその腕に触れる事で吸収し、新たな体積としてしまった。

 書庫によると、彼女の能力は比重二〇キロ以上の液体を操作するもの。その中で大きさ的に使いやすかったのが液体金属、ということだろう。

 それならば……。

 

「……!」

『およ? 何々、観念した感じ?』

「まさか」

 

 足を止めた黒子は、人形を前に水鉄砲を構える。この水鉄砲、実は扱いが難しい。射程は短く、弾速も遅く、その上、大量のギミック付き。それなりに頭と戦闘経験が無ければ扱い切れるものではない。

 しかし、黒子はその両方を持ち得る。特に、テレポーターは11次元演算。この程度のオモチャを扱うだけの能力はあった。

 

「そこ」

 

 パシュッ、パシュッと二発放つ。液体は人形の左腕と左肩に吸い込まれる。直撃した箇所は、微妙に白味がかかって変色する。

 正面から突撃してきた人形の一撃をテレポートで回避し、後ろを取ってさらにもう一発、右脚へぶち撒けるが、それも吸収されてしまう。

 代わりに仕返しと言わんばかりに、伸びる後ろ廻し蹴りを放たれ、それも回避して再び近くに落ちている瓦礫を手にした。

 

『液体には液体を、とでも思ったのかな? 目には目を、が通用するのはハムラビ法典の中だけだよ!』

「それはどうでしょうか?」

 

 ニヤリと微笑みながら、鉄パイプを飛ばした。切断したのは左腕。ボトッ、と腕が落ちた。

 

『もしかして知らなかったのかな? 人の身体には、腕は2本あるんだよ!』

 

 攻撃する手を切り替え、右腕を振るって来るのに対し、黒子は後ろを取るようにテレポートする。

 少し、肩で息をしている黒子を見て、警策は切断された腕を再び取り込みながら、おちょくったような声を漏らす。

 

『そんなに能力を多用しちゃって大丈夫? 集中力切れて来ちゃうんじゃない?』

「問題ありませんわ。それより、ご自分の心配をされたらどうです?」

『……?』

 

 形は後から作れば良いので、腕を取られたからと言って、腕で吸収する必要はない。

 だから落ちた左腕を足で踏んで吸収しようとしたが、足が動かない。液体金属の中に、異物が取り込まれている。ヒーローの液体だ。

 

『!』

 

 説明をする事もなく立ち去る黒子。実験がうまくいったことさえ分かれば満足、と言った感じだ。

 そのままテレポートをして周囲を探索する。

 ヒーローの液体は、物体に触れると強い粘着力を発揮する。外すには時間経過を待つか、水をかけて溶かすかしかない。

 では、液体金属ではどうなるか? 完全な液体ではなく固体としての性質を含んでいる中に水鉄砲の液体が混ざると、特に何か起こるわけではなかったが、混ざった部位が物体に触れると、そっちにくっ付き、金属のその部位は自切するしか無くなる。

 推測の域を出ない話だったが、うまく行ったようで何よりだ。

 

「……とはいえ」

 

 あの女がスペアの液体金属を持っていないとは限らない。彼女の能力は「液体を操る能力」であって「液体を生み出し、操る能力」ではない。

 つまり、今の戦法で体積を削ったとしても、根本的な解決にはならないのだ。

 それを達するには、やはり能力者を捕らえるしかない。

 人型でしか操っていない、切断された部位を別の人形として使わずわざわざ吸収している、「人の身体には、腕は2本あるんだよ!」というセリフから取っても、液体の遠距離操作には、ある程度の人の形を保つ必要がある二体以上の人形を同時操作は出来ない、と見て間違いない。

 

「今のうちに手がかりを見つけなくては……!」

 

 そう呟くと、携帯を取り出して、自身の相棒に電話をかけた。どれだけの範囲が遠距離操作の射程かは知らないが、そう遠くはないはず。範囲が絞れている段階での人探しなら、そいつの右に出る者はいない。

 

 



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とりあえず作戦は瞬殺で。

 非色と食蜂は、一時的に幻生を撒き、奥へ歩みを進める。とはいえ、見つかるのも時間の問題。非色がサングラスを渡してしまったお陰で、正確な位置も食蜂が携帯を見ないと分からないほどであった。

 だが、それよりも食蜂には確認したい事があったらしく、仕方なく非色は同行していた。

 

「食蜂さん、どこ向かってるの?」

「良いかしらぁ? これから見るものは、決して他言しないようになさぁい」

「え? ドユコト?」

「本当は、私が死んでも見られたくないものなのよ。それこそ、女王なんて呼ばれてる私も、以前まではあなたと同じ実験動物に過ぎなかったってことを示すものだから」

「や、まぁ約束は守るよ」

「……あなたの場合、本音かどうかわざわざ見るまでも無いから助かるわぁ」

 

 そんな話をしながら、奥の部屋に到着した。扉の奥にあったものを見て、思わず非色は唖然としてしまう。

 その奥にあったのは、巨大な培養器に漬かった脳みそだったからだ。それも、巨大な培養器に漬け込んであるだけあって、中身も大きなもの。

 

「レプリカだ、博物館展示用の」

「私がそんな可愛いものを、必死に隠すと思うのかしらぁ?」

「いやぁ、気持ちは分かるよ。脳味噌を作るなんて趣味、普通ならあり得ないからね。ホームズかって感じだよね」

「良いから黙ってなさぁい。無理して和ませようとしなくて結構よ」

 

 言われて、非色は口を塞ぐ。真剣な顔をしているので、これ以上は何も言えなかった。

 

「これが、エクステリアよ」

「あ、噂のね。分かりやすい強化パーツだこと」

「……でしょう?」

 

 そんな冗談を言い合いつつ、食蜂は非色に声を掛ける。

 

「良い? これ、今回で破棄するわよ」

「え、破棄?」

「ええ。正直に言っていらないもの。確かに普通以上の力は得られるけど、それ以上に隠蔽力の手間、管理費、今回みたいな乗っ取りで、もうデメリットの方が大きいのよねぇ」

「ふーん……じゃあ壊す? 俺なら、多分ワンパンで壊せるよ」

「いや、震度5以上の地震にも耐え得る構造になってるし、そもそも下手に外部から影響を与えたら、エクステリアの使用者にも影響が来るわ」

 

 なるほど、と非色は相槌を打つ。確かにそれは下手に手出しできない。

 

「……でも、勿体無いなぁ」

「何、あなたもこういう実験に興味あるわけぇ?」

「いやいや、そういうんじゃなくてさ。これがあれば、ヒーローの活動で二次被害とか……少なくとも人命には出なさそうだからさぁ」

「ああ、そういうコト……悪いけど、私はそこまでお人好しじゃないのよぉ? 誰だか知らない人を守るより、自分を守るので精一杯だもの」

「ふーん……」

「いっそ、この機会にこれ捨てちゃいたいのよねぇ」

 

 ここまで大きな騒ぎになれば、まず間違いなく他の組織にもエクステリアについては知られた事だろう。もうこれから先、守り切れるかどうかすら危ういものだ。

 

「よし、分かった。じゃあ、諦めよう」

「一応、私の中にプランは出来てる。……けど正直、貴方邪魔なのよねぇ」

「え、そんな事言わんといてよ」

「そうは言われてもねぇ……」

 

 そのプランを実行するには、あくまでも食蜂一人の方がやりやすかったのだろう。

 

「ちなみに、そのエクステリアとかいうのを捨てるにはどうしたら良いの?」

「自壊コードを入れれば一発よ。ただ、今はエクステリアへのアクセス権限があの爺さんにあるから……」

「それの書き換えは?」

「あの爺さんの頭の中を覗ければ出来るけど? ……というか、頭の中を覗けるなら、そのまま自壊コードを打ち込むわぁ」

「ふむ……なるほどなるほど」

 

 満足げに頷く非色を前に、食蜂は怪訝そうな表情を浮かべる。何と無く、嫌な予感がしたからだ。

 

「……何?」

「よし、食蜂さん。こんなこと出来る?」

「却下」

「最後まで聞いて!」

 

 ×××

 

「ふふ、久しぶりだね。初春くん、佐天くん」

 

 そう言うのは、木山春生。挨拶された二人は、元気に手をあげる。

 

「はい、こんにちは!」

「すみません、早速ですが……」

「ああ、白井くんから話を聞いているよ」

 

 聞いている話というのは、黒子に頼まれた事だ。サングラスの機能が思ったより多くて使いこなすのが大変そうなので、敵の能力者の場所を割り出すためと、使い方を知るため、木山の力と知恵を借りよう、という事になった。

 

「私が非色くんのためだけに作ったアイテムを平気で貸してもらえた彼女の手助けだろう?」

「え、拗ねてます?」

「拗ねてなどない」

 

 拗ねてる人の反応だった。二人とも苦笑いを浮かべつつ、パソコンをいじり始める。夏休み以来、会っていなかったから、少し気まずい。

 そんな中、黒子から通信が入る。

 

『初春? 準備はよろしくて?』

「あ、はい。バックアップの準備は万端です!」

 

 何せ、ここには変態的ヒーローのサポーターが根城にしている施設だ。風紀委員の設備を上回るものが数多く揃っている。

 

「聞こえるかな? 白井くん」

『あ、はい。木山先生ですの? お久しぶりですわ』

「ああ。どうかな? マスクの使い心地は」

『あ、いえ。サングラスの機能だけ拝借していますわ。良い物ですのね?』

「……そうか」

 

 あ、少し残念そう、と佐天も初春も思ったが、口には出さないでおく。禍の元である。

 

「そのサングラスの機能は、人探しにはもってこいだが、戦闘をしながら使いこなすには慣れが必要だ。今はそんな時間がないため、サングラスの遠隔操作はこちらでやる」

『助かりますわ』

「初春くん、君には白井くんが犯人の元に向かう最短ルートを割り出して欲しい。佐天くんには、白井くんを逐一、監視カメラで追い、周囲を警戒したまえ」

「「はい!」」

 

 二人揃った元気が良い返事を聞き、満足げに頷いた木山は、パソコンをいじり始めた。

 

「さぁ、みんな。ヒーローのために、頑張ろうか」

 

 その言葉と共に、再び警策看取を追い始めた。

 

 ×××

 

 木原幻生は、ゆっくりと食蜂の隠れ家を歩く。こうして見ると、中々に用心深い子供だ。中はトラップや迎撃システムのオンパレード。落とし穴、睡眠ガス、扉塞ぎなど様々なバリエーションの物が数多く襲い掛かってくる。

 だが、それもマルチスキルを持ってすれば片付けられない程ではない。何食わぬ顔で、片っ端から罠を捌き、破壊していった。

 

「さて、そろそろ動きがあっても良いと思うんだけどね?」

 

 何せ、敵にいるのは食蜂だけでなくヒーローもだ。このまま攻められるだけ攻められて反撃しないとは考えにくい。それこそ、まるで痺れを切らしたように……。

 と、思った直後だ。自分が通りかかった真横の部屋の扉が外れ、足の裏が飛んで来た。

 

「ほっ……!」

 

 しゃがんで回避しつつ、距離を置いて能力を起動する。まるで異次元を体現した色を持つ球体をいくつか飛ばす。

 躱されるだろうから次に備えていたが、その構えを一瞬、解いてしまう。何故なら、飛び込んできた非色は眠っている食蜂をお姫様抱っこで突っ込んできたからだ。

 

「ほ?」

 

 何があった? と、頭の中をフル回転させる。あり得る説としては「食蜂の身に何かあり、勝負を焦った」だろう。作戦の途中である可能性もあるが、地の利があり、施設によるトラップも利用できる中で、片方が辛そうなまま突貫、と言うのはあり得ない。

 おそらく、非色と手を繋いでいる電磁石に何らかの影響が及ぼされ、やられ、食蜂の身に何かあったのだろう。ただでさえ、その電気の元は実験中でどんな結果が出るか分からない御坂美琴が発信げんの上、食蜂操祈自身も身体能力は人並み以下。あり得なくはない。

 およそ0.2秒でそこまで思考すると、ニヤリとほくそ笑んだ。

 

「ならば、その隙は十分利用させてもらうよ?」

 

 躱される前提で放たれた球体の背後から、さらに空気爆発を起こす。これにより、回避した直後にそれを起こし、ヒーローの背後にある球体に当てる。

 そう狙い、ニヤリとほくそ笑んだ時だ。ふと、ゾクっと背筋が伸びる。目の前のヒーローが、自分に対し、とてもヒーローから放たれているとは思えない程、凍る視線を向けて来たからだ。

 

「悪いけど、時間が無いんだ。一気に片付けるよ」

 

 時間が無い、と言う言葉に引っ掛かった。というか、すぐに読みがわかった。

 直後、ヒーローの姿が消える。いや、消えたと見間違うほどの速度で距離を詰めて来た。

 慌てて、現在、保護(という名の拉致)している学生の能力のうちの一つ、テレポートを拝借した。

 時間が無かった為、元々ヒーローが立っていた場所の後ろに回る。ヒーローはこちらに来ようとしていたし、テレポートを見せるのも初……簡単にはこっちに来れまい、と思い、さらに別の能力を使おうとした時だ。

 テレポートをした眼前に、ヒーローの足の裏が迫っていた。

 

「……ひょ?」

 

 リアクションを取る間も無く、目がめり込む勢いで蹴りを貰い、そのまま背中を壁に強打して失神した。

 その様子を見ながら、ヒーローはつまらなさそうに唾を吐き捨てる。ふと痛みが走り、手元に目を落とすと、義手と手首を繋ぐポイントが消失していた。あの弾幕の隙間は、無傷では済まなかったようだ。

 まぁ、お陰で手首は解放されたわけだが。とりあえず、食蜂を床に下ろしておく。

 そんな事、気にした様子もなく、口から胃液を漏らして気絶している爺さんに冷めた口調で告げた。

 

「バーカ、こちとら今まで、テレポーターとどれだけ鬼ごっこして来たと思ってんだ。加齢臭ジジイが俺に挑むなんざ、百億年は……」

 

 と、言いかけた所で、非色も突然、電源が抜けたように眠りに落ちた。

 

 ×××

 

「んっ……もう時間かしらぁ……?」

 

 まるで非色と入れ替わるように目を覚ましたのは食蜂操祈。そして、ふと近くに倒れている非色を目にした。

 今回の作戦、如何にもヒーローらしい単純なものだった。決められた時間後、非色が活動し、その時間になったら非色が眠りに落ち、食蜂が活動を再開する。

 わざわざ非色まで寝かせる事ないと思ったが、エクステリアを廃棄するところを他の誰かに見られたくないでしょ? という気遣いがあった。

 

「ホント、生意気なんだから……」

 

 言いながら非色の頬をムニっと人差し指で突いた時だ。ふと、赤い水溜りが目に入る。

 

「え……」

 

 何かと思って非色を見ると、左手首が無くなっていた。というか、今更になって自分と非色が離れられていることに気づいた。

 

「ちょっ、何があったのよ⁉︎」

 

 慌てて、眠っている非色の頭の中を覗き込む。もしかしたら、幻生にやられて気絶している可能性もあったからだ。

 映されたのは、さっきまでの爺さんとの戦闘。形容し難い色の球体を回避しながら、爺さんのテレポートを先読みして蹴りを放った際、食蜂に直撃コースのものを一つ、庇っていた。

 

「……まったく、ホントこの子は……」

 

 小さく息を漏らしながら、自分の体操服を少しだけハサミで切って、止血しておいてあげた。まぁ、彼の再生能力なら必要も無かったかもしれないが。

 さて、自分の仕事をしなければならない。幻生の頭の中を覗き、コードを入手。それと同時にこの爺さんを二度と復活させない為、廃人にしておいた。

 

「ほら、起きなさい」

 

 ピッ、と、リモコンを押してヒーローを起こす。ゆっくりを体を起こしたヒーローは、食蜂を見上げた。

 

「あれ? もうエクステリア捨てたの?」

「いえ、もう手が空いたし、あなたを寝かせておく必要もないでしょ?」

「あ、そうだね」

 

 エクステリアを捨てる所を見られたくないが、手を繋がれている。よって、入れ替わりで眠ることにしたのだから、手が離れた今は起こしても問題ない。

 

「じゃ、俺行くね」

「どこへ?」

「外」

 

 言いながら、片腕がついていない左腕の肩を伸ばす非色。

 それを見て、思わず食蜂は声を荒げてしまった。

 

「ちょっ、無茶よ! 何言ってるのぉ⁉︎」

「だって、御坂さん友達だし。俺が止めないとダメでしょ」

 

 当然のように言いながら、非色はストレッチを続ける。

 その非色の無くなった手首を掴んで持ち上げ、眼前に見せつけた。

 

「この手でどうやって戦うってのよ⁉︎ 相手はレベル6になろうとしてる、肩書きだけなら一方通行よりも上の相手なのよ⁉︎」

「大丈夫、上条さんや削板さんもいるしさ。だから、そんな心配しないで」

「は、はぁー⁉︎」

 

 急に心配するな、なんて言われ、思わず顔が赤くなる。いまの今まで、他人にそんなこと言われたのは初めてだったからだ。

 

「心配なんかしてないから! バカにしないでくれるぅ⁉︎」

「え、してないけど」

「一応、知らない仲じゃないあなたに死なれたら嫌だって言ってるだけだしぃ! 勘違いしないでよね⁉︎」

「心配じゃんそれ」

「ーっ、こ、この……!」

 

 段々、ムカついて来た。思わずリモコンを構えてしまった。が、非色はそのリモコンの上に手を置く。

 思わず安心してしまう程に、にへらっとした笑みを浮かべた非色は、そのまま食蜂の頭に手を置いた。

 

「大丈夫、俺は死なないよ。ヒーローだからね」

「っ……!」

「それより、早くエクステリアを処分して逃げなさい。ここも、多分危ないから」

 

 似ている、あの先輩に。自分の命など省みず、他人のために死力を尽くせる、ツンツン頭の男の人。それが、なんだか悔しくて、腹立たしくて、それでいてやっぱり腹立たしい。

 頬を膨らませ、思わず膝を蹴ってしまった。

 

「う、うるさいわよ! 調子に乗らないでくれる⁉︎ 年下の癖に!」

「痛っ……くはないや。むしろ大丈夫?」

「うるさいってば!」

 

 言いながら、食蜂はリモコンを引っ込めた。鞄の中にしまうと、そのまま非色に背を向ける。

 

「……死ぬんじゃないわよ。白井さんが、待ってるんでしょう?」

「分かってるよ」

 

 それだけ言うと、非色は外で戦闘中の男達の元に向かった。

 

 



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最後の最後は、諦めるか否かだから。

 木山春生が開発した「幻想御手」は、欠陥品である。能力向上が目的で作られたものでは無いとはいえ、使った後に昏睡状態に陥り、能力向上も一時的なものであれば、ドーピングとなんら変わらない。

 しかし、それ故に使える方法というのもある。その一つが、木原幻生が利用したやり方。実験が成功したら自分も吹っ飛ぶ、そしてその実験を守る必要がある、それならば「どうせ吹っ飛ぶ」上に「実験を守るための能力」を手早く得るために、幻想御手は非常に良く役に立つ。

 つまり、悪党にほど使えるものになってしまったのだ。

 木山春生は、あの行動にこそ後悔はしていないものの、幻想御手を作ってしまった事には後悔していた。

 

「……」

 

 白井黒子と通話をしながら、高速でパソコンを操作する木山春生は、今になって当時のことをふと思い出した。

 あれから、まだ三ヶ月ほどしか経過していない。その癖「若い頃は無茶したなぁ……」という変な感覚が心の中に残っていた。自分よりもっと若い子が、もっと無茶を続けているにもかかわらず。

 少し懐かしみながら、木山はマグカップの取っ手を指でつまむ。

 

「あっ」

 

 パキッ、という乾いた音の後、パリィンっと甲高い音が響いた。それにより、施設内にいる二人が自分の方を振り向いた。

 

「すまない、コーヒーを落としてしまった」

「だ、大丈夫ですか? 火傷とか……」

「平気さ。それより、私に構っている暇はないんじゃないか?」

「は、はあ……」

 

 取手の部分が折れ、床に落下してしまったのだ。

 幸い、熱々のコーヒーというわけでもない。膝に掛かってしまったので、とりあえずタイツを脱ぎ始めた。

 

「こいつさえ脱いでしまえば、とりあえず今はなんとかなるからね」

「「えっ」」

 

 直後、近くにいる二人は一斉に顔を真っ赤に染めた。

 

「な、なんでいきなり脱いでるんですか⁉︎」

「ほ、ほんとですよ!」

「いや、コーヒーがかかってしまっただろう。ちょうどここは私の研究室だし、ここでなら脱いだって……」

「「私達がいますので!」」

「いやしかし、白井くんがだな……」

 

 なんて話している時だった。三人のもとに通信が入った。

 

『あの、すみません。こちらに集中していただきたいのですが……』

 

 仕方なく、そのまま戦闘を再開した。

 

 ×××

 

 白井黒子は液体金属からの猛襲を回避しつつ、距離を離していた。敵は一人のように見えて二人……なのだが、どうにも様子がきな臭い。さっきから、同じことを繰り返しているだけだ。

 こちらが距離を離すと、しばらく捜索する間が出来るが、見つかれば液体金属による急襲。奴らの近くに来た時にだけ襲いかかってきているのか? とも思ったが、場所を思い返してみてもそんな感じはしない。見つかったら見つかったで良いか、と言う感じが見て取れる。

 

「……」

 

 それは、逆に言えば何か向こうは、何か奥の手があると言うことではないだろうか? 

 だとしたら、このまま追跡して大丈夫かが気になる。何か、危ないような気もするが……。

 

「……っ、と……!」

 

 そんな中、再び猛襲に遭い、回避する。水鉄砲の液もあまり残っていない。ボケっとしてると狩られるのは自分の方だ。

 そんな中、木山から音声通信が流れて来る。

 

『さて、ようやく見つけたよ。敵の姿を』

「! 本当ですの?」

『うん。……まぁ、考えてみれば、そこにいて当然、という場所にいたよ。あらゆる場所に移動出来て、能力を使う際にもバレずに移動できる場所』

「そんな場所が……⁉︎」

『ああ。まぁ下水道の事なんだが』

 

 それを聞いて、確かにと黒子は合点がいく。そこなら、例え地下室がない建物の中であっても、他人にバレず人形を動かす範囲を広げ回れるというものだ。

 

「了解しましたわ。どの地点か場所は……」

『すぐに送る。手早く片付けた方が良い……が、注意してもらいたい』

「? 何をです?」

『彼女の能力は比重20以上の液体を操る能力……本人に接近すれば勝てる能力ではあるが、それを補う手を彼女自身が考えていないとは思えない』

「そうですわね?」

『おそらくだが、下水道で待ち構えているのもその一つだろう。手元に、どんな武器を隠し持っているか分からない。用心はしておくことだ』

 

 ……確かにその通りだ。ただでさえ、少なくとも彼女と組んでいる木原幻生の性格がかなり用心深いという事は、食蜂操祈から聞いている。彼女も同じである可能性は高い。

 何より、液体金属の人形の方もついてこられては厄介だ。逃げ場がないのは自分の方になる。

 そこで、ふと黒子は何かに気がついたようにハッとして、木山に声をかけた。

 

「……木山先生、一つ宜しいですの?」

『どうした?』

「彼女はランダムに動いてる私をどうやって毎度、突き止めていますの?」

『それは……確かにそうだな?』

「もしかしたら彼女、監視カメラをハッキングしているのでは……?」

『……なるほど。あり得る話だな。……しかし、だとしたら余計に危険だ。鼠取りに飛び込むようなものだぞ』

「初春、そちらにおりますわね? 代わっていただけますこと?」

 

 言われて、電話の向こうで「初春くん、白井くんが代わって欲しいとの事だ」

「あ、はーい」というやり取りが聞こえる。

 

『もしもし? どうしました?』

「初春? 少し、頼まれてもらえます?」

 

 ×××

 

 現在の御坂美琴は、自身の意思で動けていない。ミサカネットワークを巧みに悪役し、深層心理を操り、誘導されていた。

 つまり、行動は全て単純且つシンプルな命令に従っている。

 

『あなたを邪魔する悪い虫だよ。そんなの全部、追っ払っちゃえ!』

 

 だが、それに必要な物はエクステリアと心理掌握。その両方が失われた今、御坂美琴を誘導することはできない。

 あとは止めるだけ……だが、どうやらそうもいかない様子だ。既に最終段階にまで差し掛かった美琴の出力は、幻想殺しと原石であっても抑え切れていなかった。

 

「ッ……! 軍覇、動けるか⁉︎」

「ああ。問題ねぇ。根性いれりゃ、血は止まるし骨だってくっ付く」

「さっき頭の中で響いてた、どっかの誰かさんの目論見通りになったのかもしれないんだが……どうにも、もう御坂自身にも止められる状態じゃないらしい」

「なるほどな……手はあんのか?」

「結局……こいつをぶちまかしてみるしかねえ」

 

 そういう上条は、自身の右手をかざして構えている。特攻をかませば、たしかに効果があるかもしれないが……まず近づく事さえままならないだろう。

 軍覇が援護すれば或いは……と、思っている時だ。その二人の後ろから、気取ったような声が届く。

 

「なんだ? まだ片付いてなかったんだ。二人揃って随分とのんびりさんだな」

「あ?」

「! 固法、終わったのか?」

「うん。あとは、白井さんの所と、御坂さんのとこ」

 

 言いながら、非色はシュタッと二人の横に降りる。その耳には、イヤホンが付けられていた。

 

「御坂さんの意識は戻りつつある。後は、何とかするだけだよ」

「それは分かってるんだが……」

「なんか手があんのか? ヒーロー」

 

 そう聞くのは、軍覇だ。それに対し、非色は小さく頷く。

 

「でも、あの能力だって、今は御坂さんの能力でしょ? なら、本人にだって何とか操る事はできるはずだよ。……御坂さんに、その気があればね」

「そんな根性もねえ奴だから、簡単に操られてんだろうが」

「根性はあるよ。それを、俺が今から呼び覚ますから、後はよろしくね。二人とも」

「……は? どうする気……つーか、さっきから何聞いてんだよそれ?」

「ん? あ、しまい忘れてた。これはー……夏休みの思い出ってことで」

 

 言いながら、非色はイヤホンを外し、その辺に放り投げた。

 

「おい、危ねえぞ!」

「助けなくて良い。俺が切り開くから」

 

 軍覇のセリフを無視し、非色は歩いて御坂美琴のもとに向かう。原理は分からない。ただ当時と同じ条件を整えただけだ。検証をする暇はないし、もしかしたら失敗に終わるかもしれない。

 それでも、ヒーローが犠牲者を出し、自分だけ生きて帰る事は許されないのだ。例え死んでも、最後は平和にする。

 そう改めて決心し、美琴の前に立って手を広げた。こんな事をすれば、後で必ず木山にも黒子にも美偉にも怒られるが……まぁ、仕方ない。

 直後、真上から雷撃が降り注ぎ、非色の意識は遠のいた。

 

 ×××

 

『〜〜〜ッ!』

 

 意識を取り戻した美琴は、自身の力ではない何か越しに、自身から出た電撃が恩人を撃ち抜くのが見えた。

 地面に伏した後は、もうピクリとも動く様子はない。それは当然だろう。如何に超人でも、元々の力を大きく上回る今の電撃をまともに喰らって、生きていられるはずがない。

 

『あっ……ああっ……』

 

 思わず、地に膝をつく。自分が、友達であり恩人……そして、大切な後輩の想い人を穿った。

 その事実に、吐き気さえ催してしまい、口に手を当てた時だ。

 

『どうしたの、御坂さん。食中毒?』

『……は?』

 

 なんか、呑気な声が聞こえた。頭の中に、直接響いてくるような、そんな声だ。

 直後、目の前に広がったのは、固法非色の記憶の中だった。スーツは着ているがマスクはしておらず、片手の義手がなく、イヤホンが耳につけられている。……というか、ついさっきのような景色だ。

 

『今、目の前に広がっている景色は、俺がついさっき上条さん達と出会う前に、頭の中に残した独り言の記憶ですよ。どれだけ持つか知らないけど、言いたい事は言いますね』

『ち、ちょっと待ちなさい! まず、これ何なの⁉︎ どうやってこんな事……』

『あ、今「どうやって?」って聞いてます? はは、分かりやすいなぁ。まぁ、なんだかんだそれなりに多く一緒に戦って来ましたからね。単純バカ』

『……』

 

 イラッとしたのは置いといて、もう耳を傾けた。何か言えば先読みを喰らってしまう気がした。

 すると、記憶の中の非色は音楽プレイヤーとイヤホンを差し出してくる。

 

『何それ? って今、思ってますね? 分かりやすっ。これ、幻想御手です』

『……!』

 

 夏休み前のアレか、とすぐに合点がいく。それと同時に、これが何を意味しているのかも分かった。

 

『木原幻生から拝借した。夏休み前、御坂さんの電撃が幻想御手使用者だった木山先生の記憶と繋いでくれたよね。あれを能動的に起こしたんだけど……これもいつまで保つか分からないし、さっさと本題に行くね』

 

 そう言うと、すぐに語り始めた。

 

『自分の能力を抑えきれずに諦めかけてるなら、甘ったれんなよ』

『え……』

 

 非色らしからぬ強い言葉に、思わず黙り込んでしまった。

 

『目の前の有様は、どんな理由でアレ御坂さんから発されてるものだ。意識を誘導されたのも分かる、やろうと思ったんじゃないのも分かる。でも、こうなっちゃったものは仕方ない。なら、自身に考え得る最善手を活かして、力を止めろ。出来なければ抑えろ。それも無理なら出力を少しでも落とせ。周りが助かる道を0.0000001%でも引き上げろ。……後悔や反省は、その後で良い。少なくとも、俺も上条さんも、そうして来たから』

『ッ……!』

 

 脳裏に浮かんだのは、ツンツン頭の少年。あの高校生も、目の前の少年も無鉄砲だが、僅かな可能性に賭けて行動し、結果勝利してきていた。自分は、少なくともそれを見てきた。

 

『あんた。最強の電撃使いでしょ。それくらいやってみせなさいよ』

『っ……な、生意気な……!』

 

 そう言いつつも、口元は笑みが溢れている。彼には、本当に年下とは思えないくらい、毎度いろんなものを教わってしまっていた。

 

『元気出た? 出たなら、さっさと行動に移す!』

『分かってるわよ! だからあんたも……』

『これでも元気出てなかったら……そうだな』

『?』

 

 なんか流れが変わった? と、思ったのも束の間、すぐにまた生意気言い始めた。

 

『……さっさと何とかしないと、上条さんが好きなこと本人にバラすよ』

 

 死んでも何とかする事にした。

 

 ×××

 

「っ、お、おい固法! しっかりしろ、おい!」

 

 一度、非色を回収した上条が、非色の頬を叩くが、反応がない。まるで永遠の眠りについたように静かだった。

 その横で、軍覇も奥歯を噛み締めながら言った。

 

「チッ……何がしたかったんだ、このヒーローは⁉︎ 死んでも助ける、と自殺志願者は違ぇぞ!」

「とにかく、病院に……!」

 

 と、言いかけながら上条が顔を上げた時だ。彼を打ち倒した張本人の電撃が、さらに弱まっていくのに気がついた。

 

「……おい、軍覇。これ……?」

「なんだ……?」

 

 いや、弱まっていない。少しでも小さくなるように調整している様子だ。その分、弾けた時の反動は大きそうだが、弾けさせなければ良いだけの話だろう。

 

「……軍覇、勝負に出るぞ」

「どうするんだ?」

「分かんねえ。けど、とにかく何とかするしかねえ。チャンスがこの先来るとも限らないだろ」

「……だな」

 

 小さく頷くと、軍覇は姿勢を落とし、両拳に力を込める。まるで漫画やアニメに出てくる「気」のように集められていくそれは、おそらく今日一番の攻撃となるだろう。

 

「カミジョー。合図したら走れ」

「ああ!」

 

 そう言った直後、一気に力を解放する。周りの電撃や砂鉄を弾き落とすように放たれたそれにより、一直線の道が出来上がる。

 

「今だ!」

「おう!」

 

 返事をしながら、上条は右拳を握りしめた。全ての幻想を破壊し尽くす、その特殊な右手を。

 

 



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仕事を終えた後のイベントは最高。

 さて、まぁいつもの如く黒子、美偉、木山に怒られるに怒られた非色だが、もう次の日にはピンピンしていたので手に負えない。

 翌日からは、何事もなく大覇星祭が始まり、非色は佐天、初春と学校の応援に励んだ。

 そして、何も応援だけではない。全校生徒参加の競技をサボる予定だったが、参加してみる事にした。

 競技の内容は……例えば竹取物語。グラウンド中央に置いてある竹を両校が走り込んで取り合うもの。

 

「位置について、よーい……」

 

 パンっの合図で、非色は目立たないように佐天、初春と一緒に行動。なるべく相手校が取ろうとしていない奴を選び、初春と佐天が掴んだ直後。敵の能力により竹は引っ張られる。

 

「わっ、ちょっ……!」

「取られちゃいます〜!」

「二人とも、フリで良いから力入れて」

 

 後から非色が竹を手にした直後、一緒に引っ張っているはずだった佐天は後にこう語った。

 ──まるで、虚無を引いたようであった。と……。

 

「……大人げないことして」

「まぁ、まだ私と同じ中学一年生ですし」

 

 というのは、モニターでその様子を見ていた美琴と黒子の呟きだった。

 続いて、お昼ご飯。何処で食べるか探し回っている非色、佐天、初春、黒子、美琴の5人の元に、見覚えのある大きな影が二つあった。

 

「お弁当持ってきたわよ」

「わっ、固法先輩と、黒妻さん!」

「よう。ひさしぶり。非色、競技見てたぜ。うまく誤魔化してたな」

「あざっす!」

 

 残念ながら競技に参加出来ない黒妻であったが、こうして祭りに参加することはできた。

 

「今、ご飯食べるところ探してるんですけど……」

「非色さん、ジャンプしてその辺漁ってきて下さいな」

「いやどういう扱いしてんの、ヒーローを」

「いや、悪いけどあんた普段はヒーロー感ゼロよ」

「ただのヘタレなマッチョにしか見えませんもの」

「あんたら俺のこと嫌いなんですか?」

 

 なんて話している中、黒妻が手を叩いていった。

 

「それなら、俺が良い場所知ってるぜ」

 

 そう言って、ついていって先は……高いビルの屋上だった。もう使われていないからかボロボロだが、見晴らしは最高である。

 

「良い場所だろ?」

「そうですね……周りにスキルアウトが気絶していなければ……」

「食事の前の良い運動にもなりましたものね」

「いやそういう意味じゃなくて」

 

 顔パスでいけるから、俺を信じろよ。と、黒妻は言ってビルに入ったが、佐天や初春と言った可愛いけど弱々しい女子を見つけて、スキルアウト達は突撃して来たので、掃除した。

 お昼が終わった後は、さらに各々、競技へ向かう中、非色は別行動をした。マスクを被る時間などではなく、大覇星祭に参加出来ないメンバーを思い出したからだ。

 

「ったく……メンドくせェな……」

「ミサカはお祭りではしゃげて嬉しいかも! って、ミサカはミサカは誘ってくれたヒーローさんに喜びの舞を披露してみる!」

「はしゃぐのは結構ですが、周りの人にぶつかりそうです。と、ミサカは己の幼少期の容姿をした幼い個体に注意します」

「出店でご飯食べるだけでも参加する事になるから」

 

 そう言いながら一方通行、打ち止め、御坂妹を連れ回していた。

 そんな中、不機嫌そうな白髪が舌打ちしながら言った。

 

「何より……なンでオレがテメェのコスプレしながら歩かなきゃいけねェンだ」

 

 そう言う一方通行の目には、非色のサングラス(マスク収納済み)が掛けられていた。

 

「だって、御坂さんに見つかりたくないでしょ? ……言っとくけど、それ貸しだから。あげてないから」

「ンなモン、誰が欲しがンだよ! マジブッ殺すぞクソガキ!」

「でもねでもね、ミサカが欲しいって言ったらこの人、二丁水銃なりきりセット買ってくれたんだよ! って、ミサカはミサカは内緒の情報を自慢してみる!」

「オイ、ガキ」

「ほう……それは羨ま……興味深いです。一度、貸してもらえませんか? と、ミサカは上位個体の聞き捨てならない情報に探りを入れます」

「いや、俺のグッズとかホント誰に許可取ってんの……あと、俺の前でそれしないでね。恥ずかしいだけだから」

 

 そんな話をしていると、打ち止めが「おっ」と声を漏らす。

 

「たこ焼き! 美味しそう! って、ミサカはミサカは良い香りを漂わせている屋台を指差してみたり!」

「アン? 仕方ねェな……おら、買ってこい。オマエ、ついて行ってやれ」

「了解しました。……と、ミサカはさりげなく二人分のお金をくれるツンデレに……」

「殴るぞ」

「行ってきます」

 

 二人の姉妹にしか見えない姉妹が買いに行くのを眺める非色に、一方通行が隣から声を掛ける。

 

「オマエ、また無茶したらしィな」

「え、そんなのしてないよ」

「誤魔化すな」

「……耳が早いね」

 

 誰に聞いたんだか……と、思ったが、元々今回の件には妹達が絡んでいる。一方通行が、そのことを知らないはずがない。

 

「理想を追うのも結構だが、あンまそればっか追ってると、いつか保たなくなる時が来ンぞ」

「大丈夫だよ。俺、頑丈だし……」

「身体じゃねェ。中身だ」

 

 精神的な面を言っているのだろう。未だ心を折られるような事になったことがない非色だが、堪えているに過ぎない場面だってある。一方通行の時とか、まさにそれだ。

 

「良いか、テメェがどういうつもりで吐いた戯言だが知ンねェけどよ、勝手にそう宣言しておきながら、オレの知らねェ所でクタバったら、もう一度殺しに行くぞ」

「……なんか宣言したっけ?」

「言ってたろォが。友達だとか、なンとか」

「……」

 

 言われて、非色は少し意外そうに目を丸くする。もしかして……柄にもなく心配かけてしまったのだろうか? 

 確かに、一方通行ほどの強さなら、巻き込んでも怪我したりしないだろうが……いや、言いたい事はそこじゃないのだろう。

 

「ありがとう。じゃあ、二丁水銃二号に……」

「それはやらねェ」

 

 と、四人で歩いた。

 三人を病院に送り終えた後は、病院の前でウロウロしていると、走っている上条と衝突した。

 

「痛ッ‼︎ な、なんだ、電柱か⁉︎」

「いや、人なんですけど」

「! 固法、助けてくれ! 俺今……」

「捕まえたわよ、上条!」

「うぐえっ……!」

「公衆の面前で秋沙のズボンを脱がした罪の重さを知れ!」

「だ、だからあれはわざとじゃ……ひぃっ!」

 

 吹寄の頭突きが迫る直前、上条の前に非色が立ち塞がり、頭突きを胸で受け止めた。

 

「ちょっ、落ち着いて下さ……大丈夫ですか?」

「あなた……普段、金属でも食べて生きてるの……?」

「すみません……」

「食べてるの⁉︎」

「いえ、食べてませんが……」

 

 額を抑えて蹲る吹寄。少し悪いことをしたと思い、前で膝をついて額を撫でながら、上条に聞いた。

 

「で、脱がしたんですか?」

「……転んで両手がズボンに当たって」

「謝りました?」

「謝る前に、吹寄に追いかけられて……」

「まずそこからでしょうに……」

「うぐっ……だ、だよな……」

 

 と、何故か他所のラッキースケベを解決し、とりあえずいつものメンバーに合流しに行った。

 

 ×××

 

 さて、そしていよいよ日が沈み、夕方。丸一日遊んでいるわけにはいかない、と決めた非色は、ヒーローとして活動を始めた。

 後夜祭の場を見て回っていた。ビル街を移動していると、地上にいるメンバーから歓声が上がる。

 

「うおっ、二丁水銃! 二丁水銃だ!」

「すげぇ、本物?」

「見てるとやっぱすげえわ。なんで自分の体あんな軽々持ち上げられるわけ?」

「化け物!」

 

 何とも言えない声援だが、やはり嬉しいものは嬉しかった。

 そんな中だ。キキーッという甲高い音と共に、乗用車が明らかに違反した速度を飛ばして行動を走っていた。

 

「オラオラ、どけどけェ〜っ! オラァ、今かぁ、未来に帰うんだおおおおお!」

 

 酔っ払い運転のようだ。落雷でも待って落ち着いて欲しい所であったが、放っておくわけにはいかない。

 ビルから一気に降下した非色は、車の上に着地すると、まずフロントガラスを叩き割った。

 

「ああっ⁉︎ なんだコラ! やんのか、アア⁉︎」

「俺も好きだよ。マーティとドク。でも、なんだかんだ1が一番好きかな」

「うるせえ! 誰だ、変なマスクつけやがって⁉︎」

「でも、あんたが帰るべきは未来じゃなくて刑務所」

 

 そう言った直後、叩き割ったフロントガラスから、まずは運転手を引っ張り出し、通り過ぎたビルに向かって投げつけ、糸を出して動きを封じた。

 続いて、そのまま車の前に降りると、正面から車と相撲を取り、強引に持ち上げ、タイヤを浮かせてみせた。

 

「よっ……と!」

 

 その後、持ち上げたまま車をひっくり返して地面に下ろした。

 

「おいおい、本物の化け物かよ!」

「良いぞ、ヒーロー!」

「応援ありがとう、通報はよろしく!」

 

 それだけ言うと、またすぐにビルの真上に戻ってパトロールを続けた。

 そんな中だった。ぷるるるっと電話がかかって来る。

 

「もしもし?」

『あ、非色さん。今、お時間ありますの?』

「あ、白井さん。無理です」

『は? な、何故? まさか、また事件でも……』

「パトロール中ですので」

『なら、話は早いですの。いつも通る公園に、10分後に集合していただけます?』

「え、いや無理って今……」

『来なかったら……そうですわね。この前のオリアナさんの事、お姉さんに紹介を』

「行きます」

 

 それだけは勘弁して欲しかった。悪い人ではないけど、普通にちょっと良い思い出がない。かなりからかわれてばかりだった気がする。それに、その……胸も、見てしまったし。

 半ば強制的に参加させられた非色は、すぐにその公園に姿を表した。人のいない所でスーツを解除し、しばらく歩いていると、何やらやたらと明るい場所が目に入る。

 キャンプファイアーを上げて、フォークダンスをしていた。中に、上条と美琴がいるのも見える。

 

「遅いですわよ」

「……あ、し、白井さん……」

「こういうのは普通、殿方から誘ってくださるものだと思っておりましたが……まぁ、良いですわ」

「?」

「私と、踊っていただけませんこと?」

「……」

 

 思わず、それを聞いて頬が赤くなる。相変わらず、同級生と思えないくらいチャーミングな顔なのに、表情や落ち着きは同級生と思えない。

 しかし、女性の方がそう言ってくれているのなら、自分もそれ相応の態度で返さないといけない。

 強引に笑みを浮かべ、余裕のある態度を作り、思い浮かぶ限り紳士的な対応を心がけた。

 

「よ……」

「……よ? (よろこんで? よろしく?)」

「よ…………よいですけど、俺経験ないんですけど……」

「……」

 

 ダメダメだった。さっきから第六感センサーにビンビン伝わって来ている、自分と黒子を監視している馬鹿達から落胆するような何かを感じ取れる程度にはダメダメだった。

 

「ふふ……まぁ、非色さんですものね」

「っ……ご、ごめん……」

「今の返事がダメだという自覚が芽生えただけでも、大きな進歩ですわ」

 

 不思議と褒められた気がしなかった。

 

「あなたの運動神経なら、私の動きを真似することなど容易いでしょう? 合わせて動きなさいな」

「え……いや、でも……」

「参りましょう?」

 

 強引ではあったが、それくらいでやらないと非色は自分から動けない。

 非色の手を取り、実に緩やか且つ洗練された動きで、黒子は舞う。それに必死に合わせようとする非色……だが、上手くいかない。

 その拙さも、黒子は許容するどころか抱擁するように合わせ、踊る。

 

「……し、白井さん……上手ですね……」

「それはもちろん。これでも、お嬢様ですので」

 

 正直、合わせるので精一杯だった。その隙をついたように、黒子は強引に非色の手を、自分の元に抱き寄せるように引き込む。

 

「っ、な、え……?」

「非色さん、こんな時に……いえ、このような場ですから、改めて言わせて下さいな」

「な、なんですか……?」

 

 しかし、力も体重も非色の方が強い。どちらかと言うと、黒子が自分から引き寄せられるために、腕を引いた。

 クルクルと体を回しながら、非色が広げた腕に背中を預け、上を向きながら顔を近づけ、赤くなった頬のまま、一世一代の勝負に出た。

 

「私は、固法非色さんの事をお慕いしております。……私と、恋人になってくださいませんこと?」

「っ……ふえ?」

 

 思わず、間抜けな声が漏れる。ムードとしては十分、あり得る可能性ではあったのに。

 そんな慌てているのが目に見えてわかる非色を見て「くすっ」と微笑んだ黒子は、分かりきっている答えを急かした。

 

「お返事は?」

「っ……っっ…………!」

 

 悩んでいる。かなり、悩んでいる。恐らく、付き合いたいという気持ちと、ヒーローとしてそれが許されるのかを考えているのだろう。

 気持ちは分かる。最近になって、分かるようになった。彼が戦う相手は本当に危険な相手が多いし、元は大したことなくても、あらゆる手を使われることで恐ろしい相手に成り代わることもある。

 でも、だからこそ黒子は強く思った。ナメるな、と。自分の身は自分で守る。自分で守りきれない相手でも、必ずヒーローの足は引っ張らない。色んな人に助けてもらう。

 そんな意味を込めて、少し挑発的に微笑んだ。

 

「あなたには……私を守りながら、強敵と戦う覚悟も度胸も、ないのですか?」

「っ……」

 

 それを聞いて、非色は一瞬出し抜かれたような表情になる。が、やがて自分の中で気合を入れ直した。

 そうだ、自分はヒーロー。好きな人一人、守れないようではこの先、何か守れるわけがない。

 

「よ……よろしく、お願いしましゅっ……」

「ふふ、相変わらず締まらない方ですわ」

 

 そう言いながら、二人は周りの視線など気にすることなく、炎の周りで踊り続けた。

 

 




大覇星祭終わりです。
この後、ドリームランカーをやるのか、木原くんとかヴェントとかのとこをやるかは決まっていません。


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ドリームランカー編までの繋ぎ編
辻褄合わせの設定はしっかり練り込め。


 大きなイベントが終わるとともに、学園都市の生徒達は冬服へと変わる。

 例えば、柵川中学の白いセーラー服は濃紺の長袖へ、そして常盤台中学は袖無しのベストからブレザーへと変わる。

 そんな季節だが、ヒーローのコスチュームに変化はなかった。

 セブンスミスト……学園都市にある大型商業施設の一つで、中には中高生がよく利用する洋服屋さんや、ゲームセンターが入っている。

 そんな建物なだけあって、高さもそれなり……にも関わらず、その屋上から飛び降りる影がある。しかも、頭からだ。

 地面に激突する勢いで急降下するそれは、顔面に装備したサングラスから布を生やし、顔を覆い、側から見たら不審者にしか見えない外見をしている……が、彼を知っている人にとっては、むしろ心強い街の味方に見えた。

 地面に当たる前に、その男は左手の平と右手に持つ水鉄砲から、液体を発射し、ビルに貼り付けると遠心力を利用して跳ね上がった。

 糸を銃口と手の平の発射口に、僅かに備えついている刃で切り落としつつ真上にジャンプすると、空中で2〜3回転しつつ、街灯の上に止まり、そこを踏み台にして前へ進む。

 ヒーローが進む先には、やたらとスピードを出して移動しているバンが見えた。

 

「ダメだな。鬼ごっこに車を使うのは反則だよ!」

 

 そう言いながら真上に乗ろうとした直後、バンのトランクが開く。何事? と、眉間に皺を寄せたのも束の間、覆面の男が火球を放って来た。

 その一撃を、二丁水銃は別の壁に糸を放って腕力で壁沿いに移動し、慌てて回避する。

 

「コラコラ、火遊びは良くないな」

 

 壁を走りながら車を追い、連続して放たれる火球を回避しながらジャンプする。

 そんな時だ。電話がかかって来た。サングラスのフレームにあるボタンを押し、応答する。

 

「もしもし?」

『あ、非色くん? 何してるのさ。もう朝のホームルーム始まってるよ!』

 

 同級生の佐天涙子からだった。それに少し冷や汗を流しつつ、答える。

 

「あ、あー……今、急いで登校中。バスに乗り損ねちゃって」

『は? バス? ……ていうか、なんか爆発してる音聞こえてるけど』

「真横を花火が通っただけだから、気にしないで」

『……戦ってるの?』

「い、いやまっさかー! 姉ちゃんに迷惑かかるし、登校中にATM空き巣帰りの連中を見つけて追ってるなんてこと……!」

『説明ありがとう。白井さんに電話するね』

「やめてー! お願いだからやめてー……っと、危なっ⁉︎」

 

 さらに飛んでくる火球を避けて、水鉄砲の照準を合わせる。狙う先は、まず火球の奴だ。

 パシュッという乾いた音と共に射出された液体は、一撃で火球を飛ばして来る男の身体を包んだ。

 その隙に、一気にバンの真上に飛び乗ってみせる。

 

『ホント、早く来ないと遅刻になっちゃうよ。ただでさえ、ヒー……そういう活動してるの御坂さんには早い段階でバレてたのに、それで遅刻が増えたら学校の人にもバレるかもよ』

「わ、わかってるよ!」

「何がだ、クソヒーロー!」

 

 正面から金属バットを振るわれるが、それを回避しながら足を払い、浮かせたところで脚を掴み、車の扉に叩き付け、液体で固定させる。

 

「とりあえず、先生に言い訳しておいてくれない⁉︎ なんか、こう……遅刻の言い訳! 仕方ないねって思われる」

『いや、学校遅刻しても許される理由ってどんなのよ』

「おい、さっきから何の話だ!」

「うるさいな! 人が電話してる時に騒ぐな!」

「いやお前が乗り込んで来……ゴフッ!」

 

 目の前から来る電撃を、一度車の中から出て上に上がって回避しつつ、窓から両足を揃えた蹴りで突入しつつ、電撃使いをダウンさせる。あとは助手席と運転席の二人のみだ。

 

「や、だからこう……なんていうの? 道に迷ったとか……」

『いやそれに騙される人はいないでしょ』

「じゃあ……ち、遅延! バスの!」

『いや、徒歩でしょ。登校』

「うぐぐっ……んっ?」

 

 運転席を覗き込むが、中に二人とも人がいない。サングラスを使って付近を捜索すると、金らしきトランクを持って徒歩で逃走していた。おそらく、片方が念動力使いで、運転席から動いたまま逃げたのだろう。

 マーキングは終わった……が、それ以前にやらなければならない事がある。運転席に人がいない車……それはつまり、ただの暴走車なわけで。

 

「だーもうっ、面倒だな!」

 

 再び窓から出ると、車の真上に乗って辺りを見回す。かなりの速度を出しながら蛇行を始めていて、通行人を巻き込みそうになっていた。

 真っ直ぐ車が向かう方向にいるのは、自分と同じく遅刻ギリギリなのか、走っている学生だった。

 ちょうど車に気づいたようで、こちらを向いて「えっ」と声を漏らす。ガードレールはあるものの、過信はできない。

 

「このッ……!」

 

 衝突する前に、非色は車から飛び降りてその子を当てる角度から退かしつつ、車の前に目を向ける。ガードレールに衝突した車は、動く方向を変えて別の人の方へ走った。

 

「じゃあアレだ! 溺れてる人を助けたとか!」

『それは私が目撃者じゃないと時系列的に矛盾しちゃうよ。あと制服も濡れてないと不自然だし』

 

 言いながら、車より早く走ってその人を退かす。さらに車の動きを先読みし、次の人を見つけては、退かし、交通整理をしながら走り続ける。

 そんな中、目に入ったのは交差点。それも、赤信号だ。運良く対向車が来ていなくて対物事故以外は凌いで来たが、それでもこればっかりは無理。

 そう踏んだ非色は、次の先読みを考えて車の前に立ち塞がった。

 

「あー……じゃあこれは?」

『どれ?』

「交通事故に遭ったとか」

 

 直後、正面から車に突進した。ボンネットを掴み、強引に両腕の力を込める。

 

「ふんぐっ……!」

 

 車を持ち上げた。縦に、腰が直角に逆方向へ曲がるが、それでも耐えている。すると、押し込まれていたアクセルペダルの力が抜け、ようやく車の動きが消えていく。

 それを見て、ようやくホッと一息ついた。

 

『それは普通に病院沙汰でしょ。超人だって隠す気ある』

「あ、そっか」

 

 嘘ではなかったのだが……と、思った時だ。なんか、カチカチと音がする。ボンネットの内側から。

 まさか、と非色は冷や汗をかく。まさか、なんて思うまでもない。確信を持って理解した。爆弾だ。中々、やってくれるものだ、さっきの強盗も。というか、中にいる強盗達も死にかねない。

 

「よっ、と!」

 

 どれだけ時間があるのか分かったものではないが、このままには出来ない。車を下ろすと、まずは中で寝ている強盗達を降ろして、その辺の電柱にくくりつけて固定すると、車を担ぎ上げた。運転の仕方を知らないので、このまま運ぶしかない。

 

「佐天さん、初春さん近くにいる?」

『いるよー』

「この周囲で爆発しても平気そうな場所探してもらえる?」

『あ、うん。分かった』

 

 佐天も、もう色々と理解しているようで詳細を聞くことはなかった。「はい、初春。非色くんから」「なんですか?」「周りで爆発しても良さそうな場所だって。……学校の設備でハッキングとか出来るの?」「ちょっと待ってて下さい」と、言う声が聞こえる。

 一応、非色は万が一に備えて、車に片方の糸を貼り付け、もう片方の糸を上手く使い、近くのビルの上に登った。もしもの場合は、空中にぶん投げて爆発させる。それでも破片が地上に落ちるので二次被害はゼロではないが、地上で起爆するよりマシだ。

 

『白井さん、至急柵川に来てもらえますか? ……はい、私を一七七支部までお願いします。非色くんが助けて欲しいみたいで』

「助けて欲しいなんて言ってないから! ただ場所を探して欲しいだけ!」

『ええ、はい。とにかく急いで……はい。人命救助だと思うので……はい。可能な限り早めでお願いします』

「ねえ、聞いてる⁉︎」

 

 それから約1分後、タンッという音が聞こえる。その後に続いて「うおっ、な、なんだ……?」「常盤台の制服?」「お嬢様だ……!」「可愛い子……」みたいなざわめきが響く。黒子が距離を刻んで、やって来たのだろう。

 

『行きますわよ、初春』

『はい、お願いします』

『あ、待って。ていうか初春それ私の携帯……』

 

 そのまましゅばばばばっという数回テレポートで刻むような音が耳に聞こえる。

 そしてようやく一七七支部に到着したようだ。

 

『着きました。少し待ってて下さいね』

「はいはい。位置情報は送ったから、後よろし」

『そこから北東に1キロほど向かって下さい。川があるので、そこならば今の時間帯、二次被害は少ないと思えます』

「早ッ!」

 

 そう言った直後、動き出した。ビルとビルの上を走り、言われた場所に向かう。

 大きくジャンプして、川の方まで来た。そのままダイビングするつもりで大きくジャンプし、車を振りかぶる。川の上に落とした後、自分は糸を使って逃げる予定だった……が、川の真上に到達した時、ボンネットの内側から、ピーッという電子音が聞こえる。

 

「あ」

『『あ?』』

 

 ヤバいと思い、左手首の腕時計を掴んで左手を覆うように鋼鉄のグローブを着けた直後、爆発した。

 水面に大きな波紋が伝わり、朝であるにも関わらず夕陽のような鮮やかなオレンジと赤が反射する。車の部品が粉々になってパラパラと水の中に落ちる。

 そんな中、やたらと大きな何かが炎上しながら川の中に落ちる。お陰で火は消えたが、コスチャームは少し燃え、制服にも穴が空いてしまっている。

 

「けほっ、けほっ……あー、クソ。やってくれたな」

『非色くん、生きてますか⁉︎』

「生きてる生きてる……コホッ。あーあ、また木山先生にスーツ作ってもらわなきゃ……」

『生きているのであれば良いですけど……怪我はありませんの?』

「平気ですよ。初春さん、白井さん。すみません、朝から」

『いえいえ。学校には「迷子の小学生の道案内」と伝えておきますね』

『……それで、何があったかご説明は?』

「まだ終わってないので後で。犯人が後二人います。白井さんと初春さんは学校に戻っていて下さい」

 

 さっきマーキングしたから、逃走経路はすぐに追える。川から上がって動き始めると、声が聞こえて来る。

 

『私もお手伝いしますわ』

「いや、いいです」

『そうは行きませんの。あなたばかりに負担は……』

「電波が悪い」

 

 切ってしまった。

 

 ×××

 

 今回の相手、やり口はかなり姑息だった。仲間が車の中でダウンしているのに爆弾を作動させた時点で、何となく違和感があった。カチカチと音はしていたが、時限式の爆弾ではなくリモート式。

 そのまま爆弾の処理を終えるまで爆破しなかったのは、ヒーローから逃げる時間を少しでも稼ぐこと。実際、サングラスに追跡機能が無ければ逃げられていただろう。

 悪くない手口ではあったが、それでも追い詰めた。二人の男が隠れているボロボロの倉庫にやって来た。

 どれだけの相手だか知らないが、油断は出来なさそう……と、思って中に入ると、人影が一つ、見えた。確か逃げた奴は二人のはず……と、思ったのだが、その二人は地面に突っ伏している。

 じゃあ真ん中のは誰だ? と思ってマスクの機能を使う。

 

「むっ、お前はヒーローか?」

 

 が、サーチする前に気付かれた。姿を現し、ゆっくりとその男に近付く。

 運動会は終わったのに巻かれた鉢巻、季節の変わり目に半袖短パンと、その上に羽織られたジャージ、ギラギラした眼差しと、野生児のような黒い髪……削板軍覇だった。

 

「あ……えっと、この前の……軍覇さん?」

「おう。なんでここにいるんだ?」

「ATM強盗を追って来たんですけど……あなたは?」

「ATM強盗っぽい奴を見かけたから、とっちめてやった」

 

 なるほど、と非色はホッとする。まぁやってくれたのならそれで良いだろう。一先ず、もう学校に行かないといけない……いや、その前に着替えた方が良い。

 

「じゃあ、俺はそろそろ……」

「待て、ヒーロー」

「……なんですか?」

「ここで会ったのも何かの縁だ。俺と一戦、どうだ」

「一線? 何を超えるんですか?」

「違う、戦えって言ってるんだよ」

「え、やだ」

 

 なんでそうなると、頭の中で少し困ったようにため息をつく。

 

「前から気になっていたんだ。その異常な膂力と、無類のタフネス。それに追加し、他の人とは違う力を、自分ではなく他人のために使う根性……是非とも、拳を交えてみたいと思ってた!」

「そ、それはそのぉ……えへへ」

 

 褒められると、やっぱり少し嬉しい。それも、レベル5となれば尚更だ。他の超能力者は、第一位はなんか厳しいし、第三位も先輩なだけあって基本、アタリが強いし、第四位は殺されかけて以来、会っていないし、第五位にも基本、生意気と思われているみたいだし。

 

「だから、決闘しようぜ!」

「いやそれはおかしいでしょう」

 

 とはいえ、それとこれとは別問題である。意味のない喧嘩なんて、極力したくないものだ。

 が、目の前の男は、超能力者の中で、一番人の話を聞かない漢である。すぐに拳に何やらエネルギーらしきものが込められる。

 

「じゃあ行くぞ!」

「いや話聞いて下さいよ! 

「すごいパーンチ!」

「ふおおおおおおお!」

 

 手から放たれた何かを、慌てて天井に回避する。貼り付いたが、そこはさらに連続で放たれるビームのようなパンチ。それをとにかく避け続けた。

 

「パーンチ! パーンチ! もういっちょ、パーンチ!」

「あ、危なっ! ちょっ、やめっ……てかなにこれっ……!」

「ちょこまかと……よっ、と!」

 

 直後、軍覇本人が迫ってきた。近距離から、さらにそのすごいパンチとやらを放たれる。

 両腕をクロスしてガードしたものの、勢いに負けて天井から弾き出され、外に転がりながら屋根の上に着地した。

 その後を追うように、軍覇も屋根の上に乗っかる。

 

「どうした、ヒーロー。戦い方を知らないのか? それとも、レベル5が相手は怖くて戦えないか?」

「……」

 

 それを聞いて、少しイラッとしてしまう。本当に、力のある奴には困った奴が多い。このままボコボコにしてやろうか、とも思ったりしたが、ここで買ってしまってはヒーローとして失格である。

 

「……俺はこんな下らない喧嘩のために、この力を使うつもりはないよ。俺と戦いたければ、ATM強盗でもカツアゲでもしておいでよ。そしたら、相手になってやる」

「……自分がボコボコにされてもか?」

「まぁ全く抵抗しないことはないけど」

「……」

 

 言うと、軍覇は腰に手を当てて少し黙り込む。真下を見たまま、しばらく足を止めた後、小さくため息をついた。

 

「よしっ、お前……気に入った!」

「……は?」

「お前がもし、何かに巻き込まれた時は、俺がヒーローをやってやる!」

「いや、結構です。あなたやり過ぎそうですし」

「俺が決めた事だ! 何、相手に根性があれば、死にはしない!」

「だからそれじゃダメなんですって……!」

「そうと決まれば、早速パトロールだ! うおおおおおお!」

「ちょっ……もう……」

 

 お願いだから、手間をかけさせて欲しくなかった。あのまま放っておけば、自分の両腕に割と痺れと火傷と痙攣と内出血を残したあのパンチを連発されてしまう。

 仕方ないので、見張りのために後を追った。

 

 ×××

 

「ゼェー、ひぃー……」

 

 なんだかんだあって、登校はお昼頃になってしまった。結局、何一つ非色の意図を汲み取ってくれていなかった軍覇は、スキルアウト達を容赦なく叩きのめしていたので、慌てて止めるしかなかった。

 自分の仕事を手伝ってくれるのは結構だが、殺さないように……或いは一生背負う事になる後遺症は残さないようにして欲しいとか、あと公共施設を必要以上に壊れるような攻撃はしないとか、とにかく人命優先とか、色々な事を言い聞かせ、その度に「任せろ!」しか言われなかった。多分あれは分かっていない。

 街中を飛び回り、もうほとんど虫の息になりながら、一度家に帰って着替えを済ませ、コスチュームを引っ込めて学校に到着した。

 

「……怒られるなぁ……」

 

 と、言うよりも、軽く騒ぎになっている可能性すらある。

 なるべく、シレっと最初からいたかのように席に向かいたい所だが……いや、向かうべきだ。すぐに教室へ……と、思った直後だ。電話がかかって来た。発信源は、固法美偉。

 

「……もしもし?」

『あ、非色? 学校から連絡あったんだけど……あなた、学校行っていないそうね?』

「……」

 

 そりゃそうなるだろう。

 

「いや、違うんだよ。姉ちゃん、これは……」

『白井さんから聞いたけど、また事件に首突っ込んだそうね?』

「……そ、それは……」

『で、その後は第七位さんと追いかけっこして遊んでるの見たってSNSに多数、上がっているわ』

「……」

 

 逃げ道を確実に封鎖して来ていた。

 

「……違うんだよ。追いかけっこしてたわけじゃなくて……」

『はぁ……もう良いわ。どうせ、変な人に巻き込まれたんでしょう?』

「ま、まぁ……」

『でも、毎日こんなことするようなら許さないわよ』

「うっ……わ、分かってます……」

 

自分だって、別に学校をサボりたいわけではない。あまり学ぶことは多なくないが。

 

『それと、学校には体調不良って連絡入れておいたから。午後からでもちゃんと授業を受けるように。じゃないと許さないわよ』

「わ、分かりました……」

『うん。良い子。……別に、悪い事してたわけじゃないんだから、堂々としていなさいよ』

「……はい。ごめんなさい」

『はい』

 

 とりあえず、勇気を振り絞って学校に入った。もちろん、初春と姉の証言の食い違いから「お前ただのサボりだろ」と思われて怒られ、生徒指導室に連行された。

 

 



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好きな人のためだからこそ空回りしてしまう。

 放課後、非色は空中を移動しながら、今日もパトロールに勤しむ。……いや、今日の移動はパトロールではなかった。

 単純に、高速で移動するにはヒーローの格好をしているのが一番、手っ取り早いという話だ。

 一気にシュバババっと忍者のように移動したかと思えば、目的地付近に来たら人がいない所を探し、移動。そのままマスクとスーツを解除し、早着替えを終えて待ち合わせ場所に歩く。

 そこでふと目に入ったのは、もう既に到着していた風紀委員の少女だった。

 

「あ……し、白井さん……!」

 

 声を掛けると、ツインテールをひょこひょこと揺らしながら振り返る。幼くも大人にも見える表情、落ち着いた空気と、黙っていれば淑女の一言に尽きる外見……白井黒子だった。

 つい先日、その少女とは恋人関係になってしまった。未だに正直、恋人とはどんなものか分かっていない非色だが、なった以上は少しでも男として振る舞うつもりだ。

 

「お待たせしました」

「だいぶ待ちましたわ。殿方が淑女を待たせるなんて、普通はあり得ませんのよ?」

「うっ……ごめんなさい」

「ふふ、冗談ですので、そう肩を落とさないで下さいな」

 

 言いながら、黒子はニコリと微笑む。そんな笑みが、非色には少し眩し過ぎて。思わず頬を赤らめてそっぽを向いてしまう。

 

「……い、行きましょうか……」

「ふふ、照れていらっしゃるのですか?」

「う、うるさいです!」

「可愛らしい方ですね」

 

 クスリと微笑みつつ、黒子は非色の腕に自分の腕を絡める。

 

「では、参りますわよ。初デート」

「っ……は、はい……」

「何を緊張していますの? あなたから誘って来たくせに」

「や、まぁ……でも、白井さんはパトロールっていう名目ですし……ちょっと後ろめたくて……」

「固法先輩から許可を得ているので、あなたが気にするようなことではありませんのよ」

 

 それはその通りだが……と、非色は少しヒヨってしまう。誘ったのも、かなり急な話になってしまったのは否めない。

 しかし、ちょうど買い物の予定があったのだ。自分では何を買えば良いのか分からないため、こうして一緒に来てもらう他無かった。

 とりあえず、いい加減さっさと出掛けたかった黒子は、非色の腕を引いて歩き始めた。

 薄くても立派に柔らかい胸が腕に当たり、少し恥ずかしそうにする非色の事など分かっていても意に返さず、黒子は聞いた。

 

「それで、どなたの退院祝いなんです?」

「あ、ああ……えっと……俺と同い年くらいの男の子と、小学生くらいの女の子です」

「ふむ……どんな組み合わせ?」

「まぁ……色々ありまして」

 

 御坂美琴も絡んでいる話なので、下手な事は言えない。なんなら、御坂美琴でさえ打ち止めの存在は知らない事だろう。

 本当なら非色から話してやれれば良いのだが、なかなかタイミングがなかった。

 

「片方に一つずつ買って差し上げるんですの?」

「うん。男の方は甘いもの好きじゃなさそうだし、逆にもう片方は女の子ですから。食べ物とかで統一は無理かなって」

「そうですか……となると、やはり地下がベストでしょう。色々なお店がありますし」

 

 9月の頭に起きた事故により半壊しかけた地下街だが、もう復興して営業再開している。学園都市の科学力は本当にすごいものだ。

 さて、二人は早速、地下街の降り口に向かった。

 さっきからずっと非色を翻弄していた黒子だが、実は内心、割と緊張している。何故なら……つい最近までお姉様一筋だった女の子が、男の子と二人きりなんて慣れるはずがないからだ。

 黒子も、風紀委員に入った理由は「正義のヒーロー」に憧れたから。それを体現した……いや、今はまだ「しようとしている」だろうか? なんにしても、そんな人とお付き合いを始め、デートをしているのだから緊張しないはずがない。

 恋愛経験値は低い黒子だが、たまに美琴が読んでる週刊誌を覗いたりしているし、それを参考に考えた結果……最低でも今日、キスくらいはしておきたい、なんて考えていた。

 オリアナ姉さんも言っていた。あの男は押しに弱い。押しときゃなんとかなる、と。

 よしっ、と気合を入れた黒子は、早速隣にいるはずの男に声をかけた。

 

「非色さ……え?」

 

 いない。組んでいたはずの腕が、いつの間にか抜けられている。辺りを見回すと、いつの間にかコスチュームを身に纏い、交通事故の現場に飛び出していた。

 子供がボールを追いかけて飛び出したのを見て、即座に動いていた。車と子供の間に入り、子供を抱えてジャンプで回避しつつ、子供を避けようとして明後日の方向に向かおうとする車に糸を放ち、引き止める。

 

「ブレーキ、ブレーキを踏め!」

 

 キキーッという甲高い音で、ようやく静止する車。

 

「ふぅ、危なかった……コラ、君。飛び出したら危ないだろ? ボールと命、どっちが大事?」

「ご、ごめんなさい……」

 

 素直に頭を下げる子供の頭を一撫ですると、糸を切りながら歩道まで歩いて子供を下ろした。

 

「次からはちゃんと周りを見るように。良いね?」

「はーい!」

 

 それだけ話すヒーローを眺めながら……黒子は少し複雑になる。いや仕方ないのはわかる。わかるが……仮にもデート中なのだ。もっとこう……いや仕方ないけど。

 

「白井さん、ごめなさい。つい……」

 

 いつのまにか現場から姿を消し、全く別方向から走って来るヒーローが頭を下げて来る。

 悪いことはしていない。それでも、悪いという意識がある、という事だろう。そんなの、少し可哀想だ。

 ヒーローとお付き合いするというのは、少なくともそういう事、と改めて理解した。

 何より、自分は彼のそういうところを好きになった。そう思い返し、下げられている非色の頭に手を置いた。

 

「デート中、なんて事は気になさらなくて結構ですの。あなたの本職はそちらでしょう? ですから、そんなペコペコするのはよしなさいな」

「っ、し、白井さん……」

「では、今度こそ行きましょう」

 

 そう言って、黒子は非色の手を取り、買い物に向かった。

 

 ×××

 

「で、何か目星はついているんですの?」

「うん。小さい方はともかく、男の方の趣味はブラックコーヒーくらいしかないから、それ関係を渡したいと思ってます」

 

 地下街を見て回りながら、とりあえず黒子が聞くと、意外とまともな返事がくる。

 

「ミルが良いかなって思うんだけど……」

「え、そ、そういう感じですの?」

 

 普通、退院祝いといえば失せ物ではないだろうか? 一気に「やっぱ非色は非色か」と少し冷めてしまう。

 

「あいつ、退院後どうする予定なのか分からないんです。なので、家具はちょっとアレかなって……」

「いえ、私が懸念しているのではそうではなく」

「あ、今聞いてみようかな?」

「……まぁ、お任せしますわ」

 

 普通、家はあるでしょ、と黒子は思ったが、非色でさえ置き去り出身である事を思い出し、黙っておく。

 まぁプレゼントに関しても、選ぶのは非色自身だし、あまり口を挟まない方が良いのかもしれない。

 その間に、非色は電話を耳に当てながら聞いた。

 

「もしもし、一方通行? 今、平気?」

「ボフォッ‼︎」

 

 今、なんて言った? と、黒子は思わず吹き出してしまった。

 一方通行、その能力名を知らない者は、少なくとも学園都市にはいない。何せ、90万人以上が住むこの街の学生でトップに立つ男だ。

 なんでそんな男と知り合いなの? とか、なんでその男が入院してるの? とか、思う所は色々とあり過ぎるが、今は電話中だ。

 

「うん、そう。でさ……もうすぐ退院でしょ? 何処に住むのかなって。どうせ一方通行の事だから、前住んでた所は荒らされてそうだし……いや、貶してるんじゃなくて。そんな所に打ち止めは生活させられないだろうし……うん、そうなの。……ああ、黄泉川先生が? 良かった。じゃあ、住む所はあるのね」

 

 聞いたことある名前が出てきたが、もう少し会話に耳を傾ける。

 

「え、いやなんでかって……せっかくだし、遊びに行きたいなーとか……え、なんでダメなの! 良いじゃん、別に。いや、そうだけど……たまにはさ。上条さんは家にあげてくれたけどなー。いや、じゃあ良いよ。そんなに嫌がるなら意地でも行くから。ジュースとポテチ持って。……うん、分かった。分かったから。持って行くならコーヒーにするから」

 

 ……いつまで話しているのか。普通、そういう電話はさっと切るべきだろうに。仮にも彼女と一緒にいるのに。

 少し、イラっとしたので非色の耳たぶを摘んだ。

 

「うん。分かった。その銘柄は地雷いいいい痛たたたたッ! ちょっ、白井さん! 電話中なんですけど⁉︎」

「こっちはデート中ですの!」

「あ……あ、そ、そっか……ごめん、アっくん。呼ばれたから俺もう……あ、はい。もう二度とアっくんとは呼ばないのでチョーカーの電源入れるのはやめて下さい……」

 

 そんな話をしながら、ようやく通話を切った。恐る恐る自分の方を見る様子が、なおさら普通にイラっとして。

 腕を組んで強めに問い詰めてしまう。

 

「今の電話の相手、一方通行なんですの?」

「え? あ、そ、そう」

「……随分、仲がよろしいんですのね? 彼女とのデートを忘れ去れる程度には」

「……ゃ、ま、まぁ……仲良く見えます?」

「何嬉しそうにしてやがりますの⁉︎ こっちは怒ってるんです!」

「す、すみません!」

 

 この男、正直過ぎる。少しムカつくくらい。普通なら、一方通行との関係を小一時間ほど問いただしたい所だが、そんな考えにまで及ばない程ムカついてしまった。

 

「次、私とのデート中、他人との電話にうつつを抜かしたら、タダではおかないので、覚悟の方をお願いしますの」

「は、はい……」

 

 そんなわけで、とりあえずミルやコーヒーメーカーを見に行った。

 

 ×××

 

「お、きた……きたきたきたきたきた……!」

 

 すぅーっ……と、アームの先っぽが獲物を捕らえる。いや、獲物に備えついているタグ、と言うべきだろう。

 それが引っ掛かり、ぷらぷらとぬいぐふみを揺らしながら景品を受け取る出口に向かう。

 そして、徐々にアームが開かれ、引っ掛かっていたタグの紐も緩んできた。

 ポトッ、と、景品が落ちると共に、二人は抱き合った。

 

「よしっ、取れたあああああああッッ‼︎」

「やりますわね、非色さん!」

 

 取れたのは、電気うなぎのぬいぐるみだった。中々に形容し難い外見をしているが、一時期流行った「きも可愛い」という奴なのだろう。

 試行錯誤を重ねて、ようやく手にしたそれを持ったままハグする中、ふと周りの視線に気がつく。それにより、少し恥ずかしくなって頬を赤らめたまま二人で離れた。

 

「……あ、ありがとうございますの……非色、さん……」

「ん、お、おう……」

 

 別に、黒子もそれが欲しかったわけではない。ただ、偶然目に入ったので、なんとなくデートっぽいことがしたくて、とってと言ったら意外と上手に取ってくれただけの話だ。

 そして、思った以上に嬉しかった。別に景品が欲しかったわけでもないので、何が嬉しかったのか、なんて正確には分からないが、とにかく嬉しかったのだから仕方ない。

 これでは、自分のルームメイトを「少女趣味」なんて馬鹿には出来ない。とりあえず、このぬいぐるみは大切に鞄の中へ……と、しまっていると、非色から声が届いた。

 

「って、違うよ。何してんの俺ら」

「……あっ、そ、そうでしたね」

 

 こんな事してる場合ではない。いや、割と楽しかったのが本音だが、それ以上にやるべきことはあるのだ。

 

「それで、ミルにするかコーヒーメーカーにするか、でしたわね」

「はい。……まぁ、中にはミル機能があるコーヒーメーカーもあるらしいけど」

「というか、それ黄泉川先生の家にありませんの?」

「あ……た、確かに」

 

 あるものを渡されても困るだろう。……というか、この際なので最初から黒子が思っていたことを聞いた。

 

「そもそも、退院祝いって普通、失せ物……食べ物とかではありません?」

「え……そ、そうなんですか?」

「はい。改まっってわざわざ渡すのも最近では珍しいと思いますが……まぁ、そういうのは気持ちが大事ですからね。あまり相手が気を使うような、高価なものは控えた方がよろしいかもしれませんわ」

「……え、じゃあやっぱ缶コーヒー?」

「それくらいでも良いかもしれませんけど……でも、もう少し良い物を差し上げたいのでしょう?」

「ま、まぁ……」

 

 その気持ちは尊重してやりたい所だ。それならば、黒子には良い案がある。

 

「でしたら、一先ずこんなのはどうです?」

「どんなの?」

 

 と、非色が聞いた直後だった。どこかで聞いたような声が耳元にまで届いて来た。

 

「わっ、麦野見てー! パンチングマシーンあるってわけよ!」

「ああ? こんなもんオモチャだろうが。だからなんだよ」

 

 そんな声が聞こえ、ビクッと非色は肩を震わせてクレーンゲームの影に隠れてしまう。その非色の動きを見て、黒子は数回、瞬きを繰り返す。

 

「? どうかしましたか?」

「ちょっ、し、白井さん……来て!」

「???」

 

 とりあえず、黒子も非色の方へ向かう。ヒーローの視線の先にあるのは、さっき黒子に「やって」と強請られたけど、壊すのを恐れてお断りしたパンチングマシンがあった。

 そこにいるのは大学生くらいの女と、金髪外国人の二人組。何処となく、只者ではないのは黒子も感じていた。

 ……とはいえ、殺気が漏れているわけでも臨戦態勢に入っているわけでもない。単純にゲーセンに立ち寄った二人組に見える。

 

「麦野、やってみてよ」

「ふざけんな。やりたきゃ自分でやりゃ良いでしょ? オフの日に無駄な体力使ってられっかよ」

「でも……オフだからこそストレスは発散したほうが良いでしょ?」

「……ちっ、仕方ないわね。一回だけよ」

 

 そんな話をする二人の近くで、黒子は非色に聞いた。

 

「……どういうご関係ですの。あの二人と」

「……あー、昔……ちょっといじめられて……」

「いじめ……?」

 

 それを聞いて、黒子の体温が急激に上がったのを、非色は敏感に感じ取った。

 実際、非色をいじめられる人物なんているはずがない。それでも非色が「いじめ」という表現をした以上、黒子の中に芽生えた推理は一つだ。

 ……つまり、ヒーローの力を使わない生身の非色をいじめたということ。喧嘩になれば自分が勝つことを理解している非色は、少なくとも私怨で手は出さない。

 その非色をいじめるとは良い度胸だ……と、普通に勘違いした。

 

「……人の彼氏をいじめるとは……良い度胸ですわね。ちょっと行ってきます」

「いや、ダメだって……! てか当時はまだ付き合ってなかったから……って、待って待ってダメだって……! てか俺は行かないからあえ?」

「ちょっとそこのお二人?」

「テレポートで先に行かせるのはズルくない⁉︎」

 

 力じゃ敵わないのだから仕方ない。

 声をかけられた二人は、怪訝そうな顔で振り返る。……が、風紀委員の腕章を見た直後、すぐに「面倒な事になる」と理解したのだろう。素顔を知っている非色が思いっきりドン引きするほど爽やかな笑みを浮かべた。

 

「何か御用かしら、風紀委員さん?」

「私達、何か悪い事しちゃった?」

「おえ……」

 

 直後、二人に睨まれ、非色は目を逸らす。それを見て、黒子は何かあると確信した。

 

「このお方が以前、あなた方にいじめを受けたという話を聞いたのですが、事実ですの?」

「まさか。……と、言いたい所だけど、人の顔を見て吐き気を催す失礼な男なら、有り得ない話でもないかもね?」

「……なんですって?」

「というか……お兄さん、どこかで会った?」

「っ、い、いやいや! 全然会ってないです! 初めまして!」

「……」

 

 こんな所で身バレはごめんだ。ただでさえ、前にやり合った時はかなり怒らせてしまったまま逃げたのだから。

 とりあえず、真実を伝えるべきなので、非色は黒子の耳元で囁いた。

 

「……し、白井さん……!」

「問題ありませんわ。ここは、私に……」

「じゃなくて。あの人、ヒーローの時の俺をいじめに来た人なの」

「……え?」

「特にあの大きい人はヤバいから……だから、身バレする前に行こうよ」

「……そ、そうでしたか……そうですわね……」

 

 少し自分の迂闊さを呪った黒子は、すぐに頭の中を切り替えた。とにかく、ここから離れた方が良い。

 

「……失礼いたしました。人違いだったそうです」

「……」

「謹んで、お詫び申し上げますわ」

 

 誠心誠意の謝罪。本当なら頭を下げるのはゴメンなのだが、自分のプライドよりも非色の身を案じることが大事だ。

 それを言うと、二人ともそれ以上、攻めてこなかった。風紀委員に目を付けられるのは嫌だったのだろう。

 ……が、麦野は代わりに、と言わんばかりに口を開いた。

 

「そこの良い男、待ちなさい」

「っ!」

 

 ビクビクっと、再び肩を震わせる。

 

「……な、何か……?」

「やっばり……あなた、何処かで会わなかった?」

「え……」

「その声とガタイ、なーんかムカつく奴に似てるのよねー。全身タイツに覆面の不審者に」

「ヒーローでしょ? 麦野、あいつに負けてからホント……」

「フレンダ。お、し、お、き、されたいのかにゃー?」

 

 バレてる? と、非色も黒子も大量に汗を流す。強引に逃げても良いが、それでは「正解です」と自分で言うようなものだ。

 だが、ここで黒子が口を挟むのも何か怪しい。その体に対しては、非色自身が上手く誤魔化す他……。

 

「き、気の所為ですよ(裏声)」

「なんで急に声跳ね上がったの?」

 

 ダメだ。嘘をつく才能が欠如してる。どこまで誠実な人なのか、と思う程だ。

 

「あんた、ちょっとこれやってみなさいよ」

「え……?」

 

 そう言う麦野が親指で指し示したのは、パンチングマシンだ。

 意図はすぐに分かってしまった。試したいのは、非色が持つ膂力。所詮、ゲーセンのおもちゃとはいえ、記録されている最高威力を大幅に更新すれば終わりだ。

 とはいえ、嘘をつけない非色は全力で打つフリも出来ない。

 

「……」

 

 どうしよう、と黒子は冷や汗をかきつつも、頭の中で策を巡らせた。

 

 




ヴェントの所はやりません。オリキャラが絡める所ないし、ヒーローが天罰乗り越えたらピンチになりそうな敵も出てこないし、何よりここでヒーローをマジギレさせるわけにいかないので。


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カップルとは奢る奢られるではなく、助け合うもの。

 麦野沈利の様子がおかしくなったのは、ヒーローに負けた直後だった。フレンダがミスをしてもなんかやたらと優しかったり、絹旗が小腹をすかせた時は、シャケ弁当の一部を分けてあげたり、楽しみに取っておいたアイスを滝壺が食べちゃった時はアジトの壁を犠牲にして許してくれたり、とにかくやたらと優しかった。

 その行動の奥底にあった真意は、とりあえず仲間から大切にすることにしたのだ。ヒーローみたいに、大胆に動けない。暗部の活動を無視して上層部に逆らうのは、流石に無理だ。

 そもそも、人の命なんざ知った事じゃない、と思う程度には、倫理観は欠如しかけている。……しかし、仲間の命は別だ。

 ヒーローのようになろうとは思わないし、赤の他人の為にあそこまで命を張るのもゴメンだが、確かにあの男の言う通り、学園都市の言いなりになるのも面白くないと思えた。

 だから、まずは仲間を大切にする事から始めることにした。……あとは、まぁ……でもやっぱり、あのヒーローはムカつくし一発殴ると。

 そんな割と情緒不安定な麦野であったが、そんな中で出会ったのが、目の前のカップルだった。

 女の方はどうでも良い……が、男の方はあまりにもヒーローに、声とガタイが似過ぎている。

 特に、声だ。あの人をおちょくるような声音は、いつ思い出しても腹が立つ。それと似たようなストレスを、少しずつ感じる声だった。

 

「なぁ、どうしたよ。打ってみろよ、その太い腕からパンチを」

 

 それを聞いて、あからさまに目の前の男は大量の汗をかいている。なんか、本当にヒーローなのかもしれない。

 

「いや……お、俺実は今、骨折してて……」

「なめてる?」

「あ、いえ……すみません……」

 

 嘘が下手にも程があった。眼光だけでヒヨるあたり、その辺の度胸がないのはヒーロー感ないが、それでもやはりどこが似ているような気がしてならなかった。

 

「麦野、どうしてそんなに詰め寄ってるの?」

「黙ってなさい、フレンダ」

 

 隣の外国人を制して、麦野は引き続き少年に詰め寄る。

 

「その子、彼女?」

「あ、はい。一応……」

「ふぅん?」

 

 緊張しているからか、割と素直に答えた。それを見るなり、麦野は100円玉をマシンに入れる。テレレッテレーと古典的な電子音の後、的が起き上がり、麦野は横に紐がついてるグローブを手にはめる。

 軽く両肩と両肘を伸ばした後、胸前に構えた直後……右拳の親指を内側に捻り込んだストレートをかました。

 カンカンカーンっと、ボクシングのKOシーンのようなベルが鳴り響き、記録は現在の最高記録を大幅に上回った。普通に常人離れしている威力である。

 

「おお〜……! む、麦野すごい! カッコ良い!」

「でしょ? フレンダ。……さ、あんたの番」

「な、なんで……」

「良いじゃない。私を疑った罰よ。彼女の尻拭いは、彼氏がしてあげなさい」

「……」

 

 とにかく、逃がさない。麦野を上回る膂力を誇る人間はそうそういない。少なくともこれまで会ってきた中では、窒素装甲を身に纏った絹旗以外では、あのヒーローだけだ。

 

「俺お金なくて……」

「50円くらいあるでしょ。……ていうか、別にゲーム1プレイくらいで割り勘なんて思ってないわよ」

「し、白井さん……」

「……加減しなさいな。それなら、まぁ……」

「……」

 

 仕方ない、と少年はグローブを嵌める。加減すれば一眼で分かる。……とはいえ、ヒーローだとしたら、あのパワーでは本気で打てばゲーム機そのものを爆破しかねないので、結局加減をするのは目に見えている。

 要するに、判断材料はそこなのだ。加減したまま自分に勝てば、ほぼ超人確定である。

 マシンの前に立った少年は、軽く拳を引く。さて、どうする? と、麦野はジっと少年を見る。

 直後、拳を振るった。

 

「よっ、と……うわっ!」

 

 ……のだが、足元を黒子が引っ掛けた事により、顔面から的に頭突きしてしまった。強打した額を抑えながら、思わず蹲ってしまう。

 

「な、何すんですか白井さん⁉︎」

「随分と、その女性の言うことを素直に聞くんですね。……私の言うことは聞いてくださらないのに」

「え……い、いきなり何……?」

 

 それは麦野とフレンダも同じ感想だった。もしかしたら、喧嘩でもして仲直りしたてだったのだろうか? 

 

「もう結構です。私、帰りますので」

「えっ、ちょっ……ま、待ってよ白井さん!」

「失礼します」

 

 そのままヒュッとテレポートでゲームセンターから出て行ってしまった。

 

「す、すみません! 失礼します!」

「あ、おい!」

「ホント、また今度会ったときにやりますので!」

 

 とにかく焦った様子で後を追う非色。あんまりにも急な展開に、麦野もフレンダもキョトンとするしか無かった。

 

「……なんで急にジェラったわけ?」

「……あの制服、常盤台だったよな? お嬢様だし、自分以外の女と彼氏が仲良くするのは、些細な事でも嫌だったとか?」

「お嬢様ってプライド高そうだもんね。麦野と一緒で」

「フ、レ、ン、ダ、ちゃーん?」

「うげっ……く、口が滑ったってわけよ……!」

「二度目はねえぞコラアアアアッッ‼︎」

 

 とりあえず、ヘッドロックをかました。

 

 ×××

 

 非色はサングラスの機能を使い、すぐに黒子の後を追った。正直、急に怒られた理由はわからなかったが、とにかく後を追わないわけにはいかない。

 幸い、このサングラスなら追跡は簡単だ……と、思って、すぐに追いついた。場所は地下通路のカフェの前。自分に気づいた黒子は笑みを浮かべて手を振って来る。怒っている、どころか少し申し訳なさそう顔をしていた。

 

「早かったですわね」

「え……いやまぁ、怒らせてしまったみたい、ですし……?」

「いえいえ、あれは演技ですので。申し訳ありません、急にあのような態度を取って……」

「え……演技なんですか?」

「少し強引でしたが、ああ言わないとあなたの正体がバレていたと思うので」

「……」

 

 なるほど、と非色は即座に理解する。

 

「どうです? あなたの彼女になりましたが、何もあなたの足を引っ張るばかりではないでしょう?」

「……」

 

 それを言われるとその通りかもしれない。むしろ、今回は助けられたというべきだろう。

 

「ありがとうございます。白井さん」

「……はい。今後も、好きなだけ頼って下さいな?」

「はい」

「では、続きのデートと参りましょうか」

「あ、うん。……えっと、どこまで決めてたっけ?」

 

 もう完全に忘れてしまった。それ程、さっきまでのやりとりに、テンパってしまっていたようだ。

 

「コーヒーをプレゼントするにあたって、良い案があるという話ですの」

「どんなの?」

「インスタントコーヒーですわ」

「え……それ良いの?」

「インスタントコーヒーは、なかなか馬鹿に出来ないものですよ? 最近のその手の食品は皆、レベルが上がっているそうですの。高級なものであれば、有名な飲食店と大差ありませんわ」

 

 勿論、佐天涙子や初春飾利からの情報である。普通のお嬢様である黒子に、本当にそうなのかは知ったことではない。

 

「固法先輩は買いませんの? コーヒーとか……」

「姉ちゃんはずっと牛乳だよ」

「あ、そ、そうでしたわね……」

「もしかして、コーヒーのためにここで待っててくれたんですか?」

「もちろんですの」

 

 やはり、助かる……が、なんだか助けられてばかりな気がする。自分は仮にも男であり、彼氏なのに。

 今日は本当に、何かお世話になったら一つ、お礼をした方が良いだろう。それこそ、自分にできることならなんだってする勢いで。

 店内に入って、そのインスタントコーヒーの詰め合わせを選んだ。

 

 ×××

 

 その後は用事が終わったので、二人揃ってショッピング。幸運と呼ぶべきか、風紀委員やヒーローが必要になるような事件も起こらず、割と普通のデートっぽく回ることが出来た。

 さて、そしてそんな事があった日の夕方。非色は早速、病室に顔を出していた。

 

「と、いうわけで、二人に退院祝い!」

「わーい! ありがとう! と、ミサカはミサカは天真爛漫にお礼を言ってみる!」

「退院明日だぞ」

「明日は黄泉川先生とか来るんでしょ? 今日のうちのが良いかなって」

「開けても良い⁉︎」

「良いよ」

 

 結局、思ったよりもコーヒーの詰め合わせの値段が高く、これひとつで二人分になってしまった。まぁその内のコーヒーには、カフェオレに合う種類のものもあったので、大丈夫だろう、

 

「わっ、これ……なに?」

「インスタントコーヒーの詰め合わせ。打ち止めが飲めるようにカフェオレに合う種類も入ってるよ」

「ホント⁉︎ 美味しい⁉︎」

「美味しいよそりゃ。……大人の味さ」

「大人の、味……! と、ミサカはミサカは思わぬ所に現れた大人の階段に足を踏み入れてみる!」

「うるせェ、バカどもが」

 

 口を挟んだのは一方通行。

 

「てか、改めて聞くけどよォ、テメェはホントどンな神経してやがンだ。俺は、テメェのその手首をぶった切ったンだぞ。そンな奴に、退院祝いなンざ……」

「? だから?」

「……」

 

 そんなの、もう過去の話と割り切っている。何度も同じ事を言われて、少し飽きているような態度でさえあった。

 

「そんな事よりほら、言うことないの? 言うこと」

「……なんの話だよ」

「えー? 打ち止めは開口一番で言ってくれたんだけどなー?」

「……チッ」

 

 ニヤニヤしながら言われて、一方通行は舌打ちしながら、ベッドの上で寝返りを打つ。

 言おうか言うまいか、おそらく悩んでいるのだろう。素直じゃないことは非色もよく分かっていた。

 しかし、なんだかんだ言って筋は通すのがこの男だ。だから、自分に協力すると言ってくれる事もある。

 しばらく沈黙が続いた後、一方通行からボソリと呟くような声が聞こえた。

 

「……アリガトな」

「もっかい!」

「調子に乗ンなガキが!」

 

 当然のように怒られた。

 

 ×××

 

 常盤台の女子寮では、黒子が幸せそうに部屋のベッドでニコニコしていた。それはもう本当に幸せそのものの笑顔で、胸元で電気ウナギというお世辞にも可愛いとは言えないビジュアルを抱き締めている。

 今、部屋の中には自分しかいないのだから、少しくらい他人に見られたら恥ずかしいことをしても構わない、そう思っていた。まぁ、それはすぐフラグになるわけだが。

 

「ごきげんね、黒子。そんなに初デート楽しかったのかしら?」

「それはもう! ちょっとトラブルもありましたが、楽しかったですわ! 少しでも、彼の力になることが出来て、とても良かったです」

「昨日、寝たフリして私が寝た後に起きて、一人で立ててた計画通りキスはできたの?」

「はっ、そ、そういえば……デートが楽し過ぎて忘れていまし……」

 

 そこでハッとする黒子。つーか、誰と喋ってんの自分? みたいな。顔を恐る恐る後ろに向けると、美琴がニヤニヤしながら立っているのが見えた。

 

「ふーん? 随分、楽しかったみたいね。黒子?」

「あ、あの……いつから、そこに……」

「最初から」

 

 カアアアアッと、白井黒子なのに顔が真っ赤になってしまう。

 

「いやいや、おちょくったりはしないから安心してよ。ただ、うん。つくづく私の後輩は可愛いなって思うだけだから、うん」

「それが一番恥ずかしいんですの!」

「分かるわ。だからこそ私は痛快なの」

「お姉さま⁉︎」

 

 割と街中で散々な目に遭わされて来た美琴から、あからさまな逆襲を受けていた。

 ……とはいえ、やはり黒子としては「素直にさえなれなくて何一つ上手くいってない先輩に言われたくないです」という致命傷を負わせる一撃を飲み込むのに必死ではあったが。

 

「ちなみに……何してきたの?」

「はい。実は……非色さんが入院中のお友達の退院祝いを買ってあげたい、との事でして……」

「え、あの子に友達なんているの? ……それとも、あのバカまた入院したのかしら?」

「それが……驚かないで聞いていただきたいのですが、それがあの『一方通行』のようでして」

「…………は?」

 

 あまりにさりげなく、そしてサプライズにしてはあっさりし過ぎた告白に、美琴は過去最大クラスに間抜けた表情を浮かべてしまった。

 名前を聞いて思い浮かべるのは、夏休みの光景。自身と同じ顔をしたクローン……今では「妹」として受け入れた二万人の内、約一万人を、たかだか最強になる為に虐殺した白髪頭。

 同じレベル5でありながら、自分一人では全く歯が立たなかった学園都市最強の男……何より、固法非色の左手を機械にした張本人。それが、友達? 

 

「? お姉、様……?」

 

 明らかに顔色が悪くなった美琴に、控えめに聞く黒子によって、少し正気に戻った。

 

「っ、な、何……?」

「どうか、なさいました……?」

「え、いや……な、何でもないのよ」

「とても、そうは見えなかったのですが……」

「ごめん、何でもないわ」

「……お姉様」

「今は、少し待って。話せる時になったら、話すから」

「っ、は、はい……」

「それより、デートの時の話、聞かせてくれる?」

 

 黒子の頭を一撫でして、そのまま話に耳を傾けた。

 

 



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大人げない人の大人な部分は子供には見えない。

 翌日、放課後になり、非色はいつものように活動を始める。街の生徒を見下ろせるよう、高層ビルの上を辿っての移動。気持ち良さそうに、風を浴びながら街を見て回っている中、ふと電話が入る。

 

「? 御坂さん?」

 

 珍し……くはないが、いやこうやって急に電話をして来るのはやっぱり珍しい。何事かと思い、応答する。

 

「もしもし?」

『話があるんだけど』

 

 開口一番それかよ、と、思ったが、とりあえず口には出さずに耳を傾ける。……とはいえ、何かしてしまっただろうか? 黒子関係? いやでもデートを終えたばかりでまさかそんな……。

 などと頭の中で少しずつ悪い想像を広げていると、そんな考えを読んだように美琴が口を挟んだ。

 

『安心しなさい。黒子関係じゃないから』

「え、あ、そ、そうですか……」

『今何処?』

「今、今は……てか、俺からそっちに行きますよ」

『そう。じゃあ、橋が近くにかかった土手沿ね』

「あ、はい」

 

 なんでそんな所? と、少し気になったが、自分が今いる位置から5分かからない。

 建物の上を飛ばし、街灯や電柱を利用して移動。そんな間でも、頭の中で何の用なのか考えてしまう。呼び出しを食らった時の声音から、もうなんか不機嫌に感じたから。

 そんな中、なんの要件なのか、思い当たると同時に土手沿いに到着し、変身を解除した。

 

「まさか……恋人が出来た白井さんが羨ましくて、自分も上条さんとの距離を縮めたいから手伝わされるとか⁉︎」

「レールガーン」

「あぶねええええええええええ‼︎」

 

 光速で飛んできた稲妻を帯びたコインを慌てて回避した。後ろを見ると、相変わらずお嬢様には見えない活発な先輩が後ろで立っている。

 

「な、何するんですか! いきなり人に必殺技かまします⁉︎」

「どうせ避けられるんでしょうが」

「いや、そういう問題じゃないでしょ。じゃあ俺が今から石投げても、どうせ避けられるし許されるんですよね⁉︎」

「な訳ないでしょ」

「暴君だ!」

「人がいない間に、他人が恥ずかしくなる独り言を言うのは良いわけね?」

「……」

 

 そうだった、自分が悪かった。というか、ガッツリ聞かれていた。

 

「すみませんでした……」

「別にそんなのいいわ。それより、聞きたい事があるんだけど」

「なんですか?」

「あなた……」

「あらぁ、御坂さんじゃなあい☆」

 

 そんな中、ふと別の声が割り込んでくる。二人してそっちに顔を向けると、少なくとも美琴にとっては絶対に見たくない顔が見えた。

 

「げっ……食蜂」

「あ、食蜂さん!」

「なんであんたそんな元気なのよ……」

「だって、前はお互いの背中を守り合って戦った仲ですからね。ね、食蜂さん!」

「そうねぇ。年下のあなたの方が、年下の隣の子より礼儀がなっているわね?」

「チッ」

 

 ……逆に、非色としては同じ中学で同じ学年で同じレベル5なのに、何故こんなに仲悪いのか、気になって仕方なかった。

 

「あんた、なんでここにいんのよ」

「いやね、偶然よ」

「嘘こけ!」

「本当のことなのに……ヒーローくん、人の話を信用できない人ってどう思うかしら?」

「酷いですよねー。人間関係は、まず信頼からだというのに」

「そうねぇ」

「どの口が言うかぁ! 食蜂!」

 

 むっきーと怒る美琴。食蜂は食蜂でケタケタと笑っている。そんな二人の様子を眺めながら、非色は続ける。

 

「ていうか、御坂さん。何の話かわかんないけど……立ち話じゃなくてファミレスとか入りません?」

「いや、そんな所で出来る話じゃないから。……てか、食蜂。あんたさっさと帰りなさいよ」

「ふふ、そういえばぁ……御坂さんにこの前の借り、まだ返してもらってないわよね?」

「っ、な、なんの話よ……!」

 

 また会話から外されている非色。こいつら自分達だけの世界に入り過ぎではないだろうか? ……まぁ、言わぬが花っぽいので黙っておいたが。

 

「ほら、何処かのエレクトロマスターさんが爺さんに嵌められて暴走した件? アレの解決に、私も尽力したのよねぇ。ヒーローくんと」

 

 ね? とウインクして非色に微笑みかける食蜂。普通に「可愛い」と狼狽えてしまった。

 その非色の頬を、ぐいーっと美琴がつねる。

 

「あ、ん、た、は! 黒子がいるのに何をデレデレしてんのよ!」

「し、してふぁへんよ!」

「ふふ、しても良いのよぉ? あなたぐらいのお年頃だと、年上のお姉さんとか好きそうだものね」

「あんたも誘惑すんな! た、確かにこいつは私とかあんたみたいに年上の知り合い多いんだから、黒子が困るでしょうが!」

「あら、御坂さんも年上のつもりなのね。体型は白井さんと大差ないのにぃ」

「どういう意味だコラァッ‼︎」

「ちょーっ、す、ストップストップ! 喧嘩はダメですって!」

 

 ビチバチッと稲妻を漏らす美琴の前に、まるで食蜂を庇うようにして立ち塞がる非色。

 

「あんたは食蜂の味方なわけ⁉︎ 私との方が付き合い長いでしょうが!」

「いや、味方とかじゃなくて、能力使うと怪我人が出ますから! ね?」

「ふふ、そうよ御坂さぁん? 年上なのに、年下に仲裁されちゃうなんて、流石の貫禄ねぇ?」

「退きなさい、怪我じゃ済まないわよ」

「ちょっ、食蜂さんも煽るなっつーの!」

 

 アワアワと慌てた様子で二人の間で手を翳す。しかし、元々犬猿の仲なだけあって、喧嘩は徐々にヒートアップしていく。

 

「何、非色。あんたホントどっちの味方なわけ? そもそも私が集めたのになんで食蜂の肩ばっか持ってんのよ」

「いや、ですから……俺は、別にどっちの味方とかじゃ……」

「非色くんは弱い者の味方よねぇ? 私と脳筋の御坂さんが正面から戦ったら、間違いなく私が黒焦げにされちゃうもの」

「いや間違ってないけど、だからってあんま煽るのは……」

「少なくとも、その胸だけ大人な女よりは私の方が大人でしょ。普段、接してるからこそ分かるわよね? 私、こう見えて年下の子とかちゃんとまとめてるし」

「そうですけど……どっちが大人でも良いから……」

「私は年上の人もまとめられるけどねぇ? 能力なんて使わなくても、私に尽くしてくれる良い子はたくさんいるしぃ。少なくとも精々、3〜4人しかお友達がいない御坂さんよりは私の方がまとめる力もあると思わなぁい?」

「ああん⁉︎」

「いや、とりあえずキレるのやめませんか御坂さん。あと、食蜂さんも一々、競い合うのやめようよ。カリスマ性にも色々あるんだからさ……」

「……」

 

 そんな中、少しだけ冷静になった美琴が、ふと怪訝そうな表情になる。異変に気づいた非色と食蜂が「どったの?」と視線で問うと、非色の方を見て聞いた。

 

「ていうか……非色。あんたどうして私には敬語なのに食蜂にはタメ口なわけ?」

「え?」

「あら……確かに」

 

 そういえばそうかも、と非色は顎に手を当てる。なんでかな……と、思って思い出すが、すぐ理由は理解した。

 出会った時、普段の時かヒーローの時かの差だろう。美琴とは素で出会ったから、年上のイメージが強くて敬語がそのまま続いてしまったのに対し、食蜂と出会い、そのまま協力したのはヒーローの時。しかも、ヒーローのまま顔を晒す事さえあった為、素の時もタメ口で話すようになっていた。

 つまり、特に扱いに差があるわけではない。そのまま話そうと口を開……こうとしたのだが、先に勝ち誇った表情で美琴が大声を出した。

 

「つまり、それは私の方が敬われてるって事でしょ! あんたはこいつに舐められてんのよ!」

「いやなんでそうなるんですか⁉︎」

「……」

 

 ジロリと食蜂に睨まれ、冷や汗をかく非色。いや全然全くそんなことないのだが、それを言って信じてもらえるだろうか? 

 たらりと頬から冷たい汗を垂らすと、ふと食蜂は笑みを漏らした。

 

「ぷっ……ふふっ」

「っ、な、何笑ってんのよ」

 

 その小馬鹿にしたような笑みが、一々美琴の癪に触る。声のトーン、口元に上品に添えられた手、そして僅かな仕草でも確かに揺れる胸、全てが腹立たしい。

 それを、まるで承知しているように食蜂は告げた。

 

「ホント、脳筋ねぇ。食べた栄養は脳にもいかず胸にもいかず……一体、どこに向かっているのかしらぁ?」

「ああん⁉︎」

「敬われるかどうかが年上としての魅力ではないわぁ。生まれた年が先、という時点で多少の優劣が発生するのは当然だもの」

 

 それはその通りだろう。小馬鹿にした態度とは真逆にまともなことを言われ、非色だけでなく美琴も聞く態度を示す。

 

「……じゃあなんだってのよ」

「つまり、彼にとって私は、年上であるにも関わらず親しみやすいということよ? むしろ、この方が大人な証拠ではないかしらぁ?」

「んなっ……!」

 

 確かにそういう見方は出来る……と、非色は思えたが、そもそも出会いの時の姿の差だから、お門違いも良い所だ。

 ……いや、そう考えるとこの喧嘩の原因は自分にある気さえしてきた。

 

「そ、そんなわけないでしょ⁉︎ じゃあ何、私がまさかよりにもよってあんたより親しみづらいとでも言うわけ⁉︎」

「そう聞こえなかったのかしらぁ? そもそも、私が御坂さんに劣っている部分なんて、脳筋さんな面以外にないしぃ」

「言ったなこの牛乳コラァッ‼︎」

「すぐ胸のことにしかいかないわけえ? どれだけ拘ってるのよぉ。あなたのそのA弱の胸も、需要ある人にはあるんじゃないかしらぁ? 主に、ロリコンさんとかぁ?」

 

 ブチっ、と、何かが切れる音が美琴から聞こえた気がした。それと同時に「ゴロゴロ……」と、なんか天気が一瞬だけ悪くなったような気配も。

 

「だ、れ、が、ロリだゴラァァァァァァァァァッッ‼︎」

「御坂さんストップ!」

「退きなさい、非色! そいつ殺せない!」

「殺しちゃダメですってば! ……てか、食蜂さんも! 煽るなって言ってんでしょうが⁉︎」

「あらぁ? 私は本当のことを言っただけよ?」

「全然、ホントじゃないですから! 俺にとっては御坂さんも食蜂さんもお友達なので、そんな敬語ひとつに左右されるような優劣とかないので!」

「……」

「……」

「き、気に入らないんならどっちかの口調に統一しますから!」

 

 そこまでは良かった。仲裁役として、しっかり言うべきことは言い、二人を落ち着かせるに至っている。

 しかし、いくらマスクをかぶると軽口が叩けるとか言っても、二重人格などではない。つまり、非色の時でも余計なことを言ってしまう事は多々あるわけで。

 

「良い年した年上が、こんなくだらない事で能力使わないで下さいよ! レベル5になってまで得た能力は幼稚な喧嘩用じゃないでしょうに⁉︎ そんなんじゃどっちも大人には見えませんから!」

 

 ビギッと、二人の額に青筋が立つのと、ヒクっと引き攣るのが同時だった。あれ、また何か言っちゃった? なんて思った時には遅い。正論ならどんな言い方をしても良いわけではないのだから。

 生意気な口を叩いたヒーローの腕を、二人は両サイドがガッシリ掴む。嫌な予感が脳天から足の裏にまで伝った。

 

「へぇ……言うじゃない、中学一年生」

「相変わらず、相手が誰であろうと舐めた態度をとるのねぇ?」

「いやそんなつもりは……」

「悪気がないなら尚更だわ。色々と歳上として教えてあげる」

「主に、礼儀と言葉遣いをね? 内容が正しければ、何を言っても良いってことは無いって事を教育してあげるわぁ」

「え、あ、あの……もしかして、怒ってます?」

「「言われなきゃわからない?」」

 

 死んだな、と、我ながらそう判断せざるを得なかった。

 

 ×××

 

 コテンパンにとっちめられた非色を放置して、美琴は今更になって聞きたいことを聞き損ねたことを思い出した。

 が、なんかもうどうでも良くなってきてしまったため、今日じゃなくて良いや、という感じになっていた。

 そんな美琴は一応、聞くことは聞いておくことにした。

 

「……で、あんたはなんでついてきたわけ?」

「偶々、学校で白井さんとすれ違った時、頭の中を覗いたら普通に妹達やら一方通行やらの話をあなたにバラしてたのが見えたのよ。……御坂さんがどうなろうが知ったことじゃないけど、あの子がその絡みで責められるのは気が引けただけよ」

「……あんたが、他人の心配?」

「私、あの子の事、結構気に入ってるし、信頼も出来ると思っているのよ? 私の事を、恐れ多くも『友達』なんて平然と言える子、中々いないもの」

「……」

 

 それはその通りだ。多分、彼に肩書きなんてものは通用しないのだろう。まぁ一方通行に勝ったわけだし、そうでなくてもジャイアントキリングと呼べる成果を挙げて来た男だ。

 肩書きなんかにビビるタマではないのだろうし、おそらくそいつが今、反省して悔い改めるようなことがあれば、許し友達になることも平然とするのだろう。木山春生などが良い事例だ。

 もしかしたら……例えそれが、一方通行であってもそうなのかもしれない。

 

「あなたも非色くんのお友達なら、気をつけて見ていてあげなさあい。何度か彼の頭の中は覗いたけど……科学の街で誰よりも人のために尽くすけど、誰よりも機械的な子だから」

「……」

「でも、機械的に見えるだけで、機械じゃない。いつか、何かきっかけがあると爆発する事もあるから」

 

 それだけ言うと「じゃあね」と言って食蜂は立ち去った。その背中を眺めながら、美琴は倒れている非色を見下ろす。少し、いじめ過ぎたのか、体育座りをしたままブツブツと呟いている。

 人のために尽くすけど機械的……その言葉はやたらとしっくり来た。

 

「……」

 

 自分も、可能な限り彼を見ていてあげる必要があるのだろう。それこそ最悪、他の気に食わないレベル5と協力するハメになっても。

 そう噛み締めつつ、とりあえずヒーローを捨て置いて美琴も帰宅した。

 

 




9月ってまだ衣替えしてなかったんですね。気にせず次からドリームランカー行って、その次に暗部行きます。


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ドリームランカー編
男を男にするのは先輩の男。


 風紀委員に、休日はない。オフの日はあるが「土日なら休み」とか「祝日なので仕事無し」など明確なものはないのだ。

 それ故に、大覇星祭後も固法美偉はいつものように一七七支部で仕事をしていた。黒子は表で見回り、そして初春は最近、話題のアプリの調べ物をしている。

 そのアプリの内容は、表向きは宝探しアプリ。だが、その場所を細かく調べると、実態は未来の事件現場を予測するアプリでもあった。

 あまり気持ちの良い話ではない。予知能力者などならともかく、未来予知を気取って事故を起こしているのだとしたら、明確な犯罪だ。

 

「どう? 初春さん」

「アプリ自体を調べてみましたが、特殊な何かは含まれていません。多分、狙って事故を起こしているなら、他所から介入していると思われますが……」

「そう。……今度、現場を調べてみるしかなさそうね」

「今度で良いんですか? 今からでも……」

「事故を起こされてるんだとしたら、近くに犯人がいるかもしれないでしょ? 備えも無しに動くのは危険よ」

「そうですね……。じゃあ、私は事故現場付近の監視カメラをハッキングして、共通の人物が映っているか探してみますね」

「ハッキングはやめなさい……まだ、事件って決まったわけでもないのに……」

 

 大人しそうな顔をして、たまにそういう強行的な事を抜かすのだから、本当に人とは一面以外の顔も持っているものだ。

 そんな中、ヒュンッと事務所内にもう一人の風紀委員が姿を現す。白井黒子だった。

 

「パトロール、終わりましたわ」

「お疲れ様。じゃあ、お昼にしましょうか」

「ですね」

 

 そう言って、各々が食事の準備を始めようとした時だ。コンコンと窓をノックする音が聞こえる。顔を向けると、ヒーローの顔が窓に張り付いているのが見えた。

 

「あら、非色。どうしたの?」

 

 声を掛けながら、窓を開ける美偉。二丁水銃が鞄から取り出したのは布の袋だった。

 

「はい、姉ちゃん。弁当忘れたでしょ」

「え、う、嘘?」

「台所に置きっぱなしだったよ」

「ありがとう。助かったわ」

 

 たまにこういうドジをやらかすのは、いい加減なんとかしないとと思ったが、とりあえず有能な弟を持ってホッとするしかなかった。

 

「わざわざありがとね?」

「ううん。俺もこれから上条さんの所、遊びに行くとこだったし」

「あらそう。ちゃんと節度を持って、ご迷惑かけないようにね?」

「はーい」

 

 それだけ話してから、非色は黒子と初春にも手を振る。

 

「ごめんね、仕事中に邪魔しちゃって」

「いえいえ、これからお昼にする所でしたから」

「良いタイミングでしたわ」

「そっか、良かった。じゃ、またね」

 

 それだけ話して、壁際から立ち去って行った。ヒュンヒュンと建物の屋上を移動する非色を眺めながら、美偉は思わず感慨深く呟く。

 

「なんか……やっぱり私の弟、すごい子なのね……」

「ヒーローに忘れたお弁当持ってきてもらえるの、固法先輩だけですよ?」

「そうやって聞くと特別に感じるかもだけど……いやでもなんかやっぱり特別感ないわ」

「それは非色くんだからでは?」

 

 なんて会話を、美偉と初春がする中、黒子は難しい顔をして顎に手を当て、ブツブツと呟いている。

 そんな状態が気になって、美偉は小首を傾げながら聞いた。

 

「どうしたの? 白井さん」

「私が忘れたお弁当を届けてもらうには、どうしたら……」

「食べましょうか」

 

 残念ながら、そればっかりは叶えようが無いことである。少なくとも、常盤台の生徒ならなおの事、不可能だ。

 

 ×××

 

「上条さーん」

「あ、来た」

 

 上条の他に、土御門と吹寄、さらにもう1人、青い髪の男が一緒だった。何でも、今日は「男の遊び」を教えてもらえるらしい。

 

「こんにちは」

「よう、固法」

「早かったぜい、ひろひろ」

「こんにちは、固法くん」

「カミやん、この子が?」

「ああ、青ピは初めましてか」

 

 それを呟いてから、上条は紹介する。

 

「固法、こいつは青髪ピアス。俺達と同じクラスの変態だ」

「えっ……」

「カミやん、その説明は酷いなぁ。ボクは別に変態ちゃうよ?」

「どの口が言ってんのかにゃー?」

「いや、あんたも大概よ、土御門」

 

 そういえば、吹寄が一緒とは聞いていなかった。何せ、今日は男の遊びとやらを教えて貰うために来たのだ。女の人が一緒でも出来ることなのだろうか? まぁ、遊びに男も女も無いだろうから、大して問題に思ってはいなかったが。

 

「吹寄さんも来たんですね」

「ええ。昨日、このデルタフォースが『固法に男の遊びを教えてやる』とかなんとか言ってたからね。……エッチな本の買い方なんて教えられたら、堪らないもの」

「おい、吹寄。上条さんはそんなの教えませんことよ?」

「あんたはそうでも他二人はどうかしら?」

「にゃー! どういう意味にゃ吹寄ー! そもそも俺はもうエロ本なんかに興味はないぜい! これからの時代、例えエロはなくてもメイドだにゃー!」

「僕は変なことなんて教える気あらへん! ただ、男として当然の矜持と義務を……!」

「あんたら……」

 

 直後、吹寄はゴキゴキと首を左右に倒して鳴らし始める。その様子は、まるで頭突きの前準備でもしているかのように見えた。

 が、そんな中でふと吹寄は隣の非色を見下ろす。今言われたことのほとんど意味が分かっていないようで、キョトンと小首を傾げていた。

 そんな、多分暴力も振るったことのない子の前で、頭突きは良くない。そう思った吹寄は、ため息をつきながらグイッと自分の方に非色を抱き寄せた。顔が胸に埋められ、非色の顔は真っ赤に染まり、男三人は「えっ」と声を漏らす。

 

「言っておくけど、あんたらこの子に変な事を少しでも吹き込んでみなさいよ。その時は、色々と後悔させてあげるから」

「……いや今一番、変なこと吹き込んでるの吹寄じゃね?」

「羨ましいにゃー。あの子もカミやん病だにゃー」

「年上の巨乳お姉さんからのパフパフ……王道だけど、いや王道だからこそ最高や」

「返事!」

「「「はい!」」」

 

 軍隊ばりにハリのある返事を聞き、満足そうに頷く吹寄の胸の中で、非色は早くもダウンしかけていた。

 

 ×××

 

 その後は、吹寄の監視もあってか、割とまともに遊び回った。ゲームセンターに行ったり、ボウリングではしゃいだりと、とにかく遊び尽くした。

 現在は、カラオケで熱唱中。あまり音楽について詳しくない非色だが、雰囲気だけでも楽しむことは十分、可能だった。

 そんな中、ふと全員の飲み物がなくなっていることに気付き、非色は席を立った。

 

「俺、飲み物取ってきますよ。みんな何飲みます?」

「僕も手伝うわ」

 

 隣で立ち上がってくれたのは、青髪ピアス。他の人達も、歳上らしく細かい所で、一番年下の非色に気を利かせてくれていた。

 

「ありがとうございます」

「ええよええよ。何飲むん?」

「サイダー」

「麦茶」

「アイスティー!」

「ほな、行こか」

「はい!」

 

 二人で部屋を出て行った。こうして飲み物を取りに行くタイミングは、ちょうど良いクールタイムとなり得る。カラオケに行くと、どうにも熱が上がってしまうので、落ち着かせる時間が必要だった。

 

「なぁ、固法クン」

「はい?」

 

 飲み物を注ぎながら、青髪は不意に声をかけて来る。

 

「インディアンポーカーって、知っとる?」

「え……さ、さぁ?」

「最近、巷で流行っとるんよ。自分の見た夢を、他人にも見せてあげられるカードのことや。非正規商品なんやけど……僕はこれ、素晴らしいものやと思っとる」

 

 急になんの話? と思いつつも、耳を傾け続けた。

 

「夢の世界なら、どんな自分にもなれると思わへん? 実際に実現出来ないことも可能やし、逆に夢で経験したことを現実に活かせることもあるかもしれへん。夢を通し、色んな人たちに自分の経験を伝えることが可能なんよ。例えば……あの有名な二丁水銃。彼のような経験さえ、夢であれば可能になり得る……そう思わん?」

「そ、そうですね……?」

 

 他人に自分の戦闘を体験させる、そんなのはごめんだが、でも夢であれば怪我もしないし、ヒーローになれる、という憧れを実現するのは確かに夢のある話かもしれない。

 

「僕も、その夢を作るソレにハマっとってな。……良かったら、僕の夢を一枚差し上げるで?」

「え、でも俺、使い方……」

「使い方は単純や。寝る前にこいつを額の上に乗せるだけ」

 

 言いながら、青髪はポケットから一枚のカードを取り出した。

 

「でも、流行ってるんですよね? 頂いてしまってよろしいんですか?」

「勿論。中には、こいつで金を稼ごうとする輩もおるようやけどなぁ……僕は、ただ純粋に僕の夢をみんなにも楽しんでもらいたいだけなんよ。そんな中に、お金が発生する理由があらへん。……そう思わん?」

「確かに……そうですね!」

 

 流石、上条の友達だ。あの胡散臭い土御門の友達と聞いた時は、正直大丈夫かなと思ったが、こういう人ならば良い人なんだと分かってしまう。

 

「そのカード、僕からもらったっちゅーことは、みんなには内緒にしといてや」

「あ、は、はい! ありがとうございます!」

 

 ヒーローなんてやっていると、たまに最悪の夢を見ることもある。特に自身の力が進歩した際は、研究所にいた時を思い出すことだってあるのだ。

 だが、今日は少なくとも良い夢を見れる。そう思うだけで少し楽しみだった。

 

「さ、そろそろ戻らへんと」

「そ、そうですね」

 

 飲み物を人数分持って、二人で戻った。

 

 ×××

 

 帰宅した非色は、カードをポケットにしまったままにしておいて、夕食にする事にした。

 姉と2人で食事。遊びに行っていたとはいえ、どうせそのままパトロールなりなんなりしてくると思っていたのだが、早い帰りに美偉は少し意外だったが、まぁ気にせずに食事をする事にした。

 

「で、どうだったの? 今日は」

「楽しかったよ。年上の人ばかりだったけど、みんな良い人だった」

「あら、その上条さんって人以外にも誰がいたの?」

「うん。土御門さんと青髪さんと吹寄さんっていう人たちが……」

「……青髪?」

「うん。なんか多分、本名じゃないけど青髪ピアスって呼ばれてる人」

「……」

「知ってるの?」

 

 少し嫌そうな顔をした美偉。今日、自分に夢までくれた人に嫌悪感を出すのはやめてほしかった。

 

「その人、私今年度に入って40回以上は職質してるのよ」

「え、な、なんで……?」

「変態さんだから」

「へ、変態って……でも、普通に優しい人だったよ? カラオケとか行ったけど、飲み物取りに行くの手伝ってくれたりして」

「それは勿論、人の顔は一つじゃないから、変態なだけで優しくない、なんて言うつもりはないわ。……でも、そういう面もあるって事」

 

 ……なんだか、少しこのカードを使うのが怖くなってきてしまった。まぁ、流石に夢だからと言って、変な真似は……いや、夢だからこそ? むしろ警戒すべきは夢? しかし、一緒に遊びに行った中に吹寄もいたし、そんな場で変態的なものを渡すだろうか……? 

 

「どうかした?」

「い、いや……あ、そ、そうだ。姉ちゃん、インディアンポーカーって知ってる?」

 

 聞かれて、思わず誤魔化すように話題を逸らしてしまった。

 

「え、し、知らないけど……」

「他人の夢を見ることが出来るって、今流行ってるらしいんだよね」

「そんなのが流行ってるのね……」

「うん。佐天さんとか詳しいかもだし、良かったら聞いてみたら?」

「考えておくわ」

 

 次の日、固法美偉は後悔した。この時、そのインディアンポーカーとやらを、青髪ピアスから受け取った事に気付かなかった事を。普通に考えたら、その辺の確認はしなければならなかったというのに。

 後日「BLAU!」ともてはやされる胡散臭い関西弁野郎を袋にしたのは、また別の話。

 

 



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シスコンじゃない、家族愛です。

 気がつくと、非色が立っていたのは土手沿いだった。橋が近くにあるのにひと通りは少なく、悪さをするには持ってこい、そんな印象がある場所。

 そんな場所で、非色は一人、体育座りをしていた。学校は上条と同じ高校の制服。そこでようやく、今自分は青髪ピアスの夢の中にいることを思い出した。

 

「すごいな……これが、インディアンポーカー……」

 

 自分の服装まで変わっている。青髪ピアスの視点で夢の中にいるからだろうか? 上条が通う高校の制服と同じものだった。

 しかし、これではあまりに普通の日常過ぎる。何せ、土手沿いで突っ立っているだけなのだから。いや、正確に言えば紙袋を抱えて立っている。これでは「漢の夢」と呼ぶには余りにショボい。

 ……そういえば、この紙袋の中身はなんだろうか? と、思い、中を覗いてしまった非色を誰が責められよう。

 中に入っていたのは、ハードなエロ本だった。

 

「ふぁっ⁉︎」

 

 思わずびっくりして両手の力が緩んでしまう。そうなれば、紙袋は地面に自由落下、中身もバサバサと散らかってしまう。

 

「ちょっ……嘘、えっ……? な、何これ⁉︎ なんでこんなものっ……!」

「コラ、まーたあなたなのね⁉︎」

「ふえっ⁉︎」

 

 声を掛けられ、ビクッとしながら聞こえた方向を振り向く。そこに立っていたのは、非色の義姉である固法美偉だった。

 

「っ、ね、姉ちゃん⁉︎」

「あなた、何度聴取されれば気が済むんですか? また18歳にもならないうちにそんなもの買って!」

「いや、買ってない買ってない! なんか俺の手元にあっただけで……!」

「そんなにそういうコトに興味があるのなら……私が、相手して差し上げましょうか……?」

「……へ?」

 

 そう言った直後、いつのまにか美偉は自身の目の前に迫ってきて、舌で唇を湿らせていた。

 それと同時に、非色の手を引き、土手の下へ強引に引っ張り込んだ。

 

「ね、姉ちゃん! どこ行くの⁉︎」

「ふふ、ラブホまで行く時間が勿体無いもの。他人に見られなければ良いのなら、何処でシたって構わないものね?」

 

 言ってる事が理解できない。意味が分からない。……というか、理解しちゃいけない気がした。

 というか、自分の身体をあまりに簡単に引きずられ過ぎているのは気の所為だろうか? 

 そのまま行き着いたのは、橋の下。そこで何をされるのかと思った直後、美偉は自分の足元にしゃがみ込んでいる。いつの間にか胸元が開かれて第二ボタンが外され、胸の谷間どころか、ノーブラの所為か乳首が透けて見えていた。

 

「ね、姉ちゃん⁉︎ 外で、なんでそんな格好……!」

「これからもっとあられもない姿になるんだから、そんなに焦らないの」

「焦るわ! ていうか、やめっ……ズボンのチャック……!」

「嫌なら抵抗すれば? 嫌じゃないなら……特別な職務質問、始めちゃうわよ?」

「〜〜〜っ」

 

 オーバーヒート直前。何が人の夢か。こんなのゴミクズの妄想以下だ。とにかく、これ以上、自分の姉の変な姿は見たくない。

 そう決めた非色は、歯茎から血が出るほど噛みしめた後、勢いよく起き上がった。

 

「姉ちゃんを……変な目で見るなあああああああああああッッ‼︎」

「きゃああっ⁉︎」

 

 起き上がった直後、悲鳴が聞こえる。肩で息をしながら、気を落ち着かせつつそっちを見る。そこでは、おそらく本物と思われる美偉が、自分の枕元で尻餅をついていた。

 

「ねえ、ちゃん……?」

「あ、あなた……大丈夫? すごい汗よ……? かなりうなされてたし……怖い夢でも見たの?」

「ーっ、ーっ……」

 

 荒んだ息を沈めながら、胸に手を当てて落ち着かせる。心配そうに自分を眺める美偉は、起き上がりながら自分の頭を撫でてくれた。

 

「姉ちゃん……本物?」

「はい?」

「土手の下で、ノーブラでズボン脱がそうとしてない?」

「殺すわよ?」

「……」

 

 夢、夢か……と、ホッとしつつ、心の中に一つの感情が芽生えた。この夢を、あの男は意図的に生み出しているとでも言うのだろうか? というか、あの男と姉はどういう関係なのか? 考えれば考えるほど、怒気と殺意が大きくなっていく。

 

「ひ、非色……?」

 

 再び、姉に顔を向ける。もし、もしこの姉と本当にあんな体験をしたのなら……そして、あの夢をたくさんの人に見せているのだとしたら……生かしておくわけにはいかない。

 

「青髪ピアス……ブッ殺す……‼︎」

「……は?」

 

 直後、パジャマのまま非色は窓から飛び出した。割と高い位置にある寮から飛び降りたが、地上で平然と着地して見せると、クレーターを全力で作りながら地上をかけていった。

 

 ×××

 

 30分後、超人の勢いで移動をした結果、途中で足を捻って転び、そのままビルの上で2〜3回ほどバウンドするように転び、川の中に突っ込み、気絶しているのを、能力を使って後を追った美偉に発見され、無事に帰宅した。

 

「で……何があったの?」

「……なんでもない」

「言わなきゃあなたの場合はわからないと思うから言うわね。私、割と怒ってるわよ?」

「っ……」

 

 ズイッ、と目前までジト目で迫られ、思わず目を逸らしてしまった。フラッシュバックしたのは、さっきの夢の光景。美偉に迫られた時の絵だ。

 だが、怒られてる時に目を逸らせば、それは姉として見過ごせないわけで。

 

「言、い、な、さ、い!」

「ひぃっ⁉︎」

 

 強引に両手を頬に当てられ、前を向かされてしまった。それがなおさら、非色の中の恐怖を掻き立ててしまう。

 思わず、怯えたように手を振り払い、後退りしてしまった。

 その反応に美偉は少しイラっとしたものの、違和感がそれに勝った。どうにも、普段怒っている時と、怯え方が違う。

 時刻は、とっくに日を跨いでしまっている。

 

「……非色。もしかして、お姉ちゃん何かしちゃった?」

「っ……」

「だとしたら、謝るから……ちゃんと話して欲しいな」

「ち、違うから! むしろ、その……謝るのは……青髪ピアスのゴミカス野郎……!」

「あの、何があったか知らないけど、ホントやめてよ? あなたの場合は殺しかねないんだから……」

 

 とりあえず、話しやすい環境から作ってやることにした。一度、台所に立ち、温かいココアを注いでやる。

 

「はい。非色」

「あ、ありがとう……」

「とりあえず、落ち着いて。私、本当に怒らないから。……ね?」

「……うん」

 

 入れてあげたココアを口に含むと、ようやく非色は落ち着いてきたようで、口を開き始めた。

 話してくれた内容は、青髪ピアスにインディアンポーカーなるものを貰ったこと。そして、その内容が美偉がエッチなことをしようとして来た事だった。

 そんな話を聞くなり、思わず美偉は盛大にため息をついてしまった。

 

「はぁ……下らない」

「っ、な、何が」

「所詮、夢じゃないの。そんな事で一々、腹を立てちゃダメよ。……確かに、少し恥ずかしくはあったけど、でも私の本当の身体が汚されたわけじゃないでしょう?」

「そ、そうだけど……」

「あなたは、私のそっくりさんが夢に出て来たと思えば良いの。そんな下劣な輩のために、わざわざあなたが腹を立てて手を汚すことないわ」

 

 今更になって、確かにそうなのかも、と非色は頷く。考えてみれば、その人の裸を見た事がないと、正確な裸体とは言えない。

 つまり、あの裸の美偉は、少なからず青髪の妄想補正が掛かっていると見て間違い無いだろう。

 なんだか、その事で本気であの男を殺そうとしていた自分が恥ずかしくなってきた。

 そんな非色の頭に、美偉の手が置かれる。ふわりと優しい感触に、非色は目を丸くしながら前を向いた。

 

「でも、私のために怒ってくれたんでしょう? その夢も、途中で目を覚まして、理性的に拒絶してくれたみたいだし」

「っ……ま、まぁ……」

「ありがとう。非色」

「……っっ!」

 

 あまりに慈愛に満ちた笑みを浮かべられ、目を逸らしてしまった。これはこれで、なんだか普通に気恥ずかしい。

 

「で、でも……このままだと、やっぱりえっちで下劣な奴らが美味しい思いをするばかりなんじゃ……」

「大丈夫よ」

「?」

「そういう人達には、いずれ必ず天罰が下るから。科学の街だけど、そういう因果応報は必ず訪れるものよ?」

 

 美偉の言ったことは本当で、翌日には常盤台のレベル5二人が、容易く完全犯罪を犯して天罰を下したのは、また別の話。

 

 ×××

 

 夜更かししてしまった為、美偉は少しいつもより起きるのが遅くなってしまった。

 目を覚ましたきっかけは、やたらと良い香りが鼻腔を刺激したため。起き上がってリビングに顔を出すと、朝食が完成していた。

 並んでいるのはこんがり焼き上げられたベーコンに白米に、キャベツの塩揉みとお味噌汁。どれも美味そうだ。

 

「あ、姉ちゃん。おはよう」

「おはよう……どうしたの? 朝早くから……」

「ご飯作った。……その、昨日は迷惑かけたから」

「ありがとう。……って言いたいところだけど、これ食べられるの?」

「食べられるよ! 上条さんに料理何回か教わってるし!」

「ふふ、冗談よ。さ、食べましょうか」

「先に顔洗っておいでよ。目やについてる」

「冷めちゃうじゃない。先に食べるわ」

「……そ、そっか」

 

 少し嬉しそうに、非色は俯いて頷く。

 そのまま、二人で食事にした。早速、こんがり焼かれたベーコンを口に運ぶ美偉。

 その自分の様子を、非色はソワソワしながら眺めていた。

 

「……うん、美味しい。焼き加減もちょうど良いわ」

「! ほ、ホント⁉︎」

「ええ、ホント」

「よ、良かった……!」

 

 本当にこんな事で一喜一憂するなんて、素直で可愛い弟だ。とても、ヒーローなんてやっているようには見えない。

 そんな非色が、表情を明るくしたままさらに声をかけてきた。

 

「じ、じゃあ、お味噌汁はっ?」

「うん。待ってね。……ずずっ、んっ……うん、美味しい」

「じゃあじゃあ、サラダは……!」

「ふふ、もう落ち着きなさい。ご飯くらいゆっくり食べさせてよ」

「あ、そ、そっか……」

 

 引き下がり、自分も食べ始めたものの、視線だけはしっかりと美偉に向けられていた。この子、下手したら中学一年生よりも精神年齢は下かもしれない。

 

「美味しい?」

「ええ」

 

 結局、聞いちゃうんだ、と思いつつ、食事を続ける。しばらく食べた後で、非色が再び口を開いた。

 

「そうだ、姉ちゃん。今なんか事件とか起こってないの?」

「? どうして?」

「俺も手伝うよ。役に立てるか分からないけど、多分立つから」

「大した自信ね……まぁ、確かに一つだけあるわよ。まだ事件として扱って良いのかも分からないけど」

「それはもう事件でしょ。怪しいって思ったら、とりあえず疑っておけば良いじゃないの」

「……あなた、風紀委員向いてないわね」

 

 ヒーローなんて始めて、風紀委員に入らなかった理由がそれなのだろう。

 

「……手伝うからには、そういう強行的な行動は慎んでもらうわよ?」

「そんな事しないよ。俺、こう見えて暴力嫌いだし」

「戦いながら挑発するように軽口を叩いている人に言われても説得力が無いんだけど」

「いや、あれは相手の動きを単調にして次の行動を読みやすくするためなんだけど……」

「とにかく、私の言うことが聞けないなら、せっかくだけどお手伝いは無しよ」

「うん。まぁそれでも良いよ」

「え……い、良いの?」

 

 あまりにあっさりと言われ、少し意外そうな声を漏らしてしまった。というか、そもそもこちらの捜査を手伝うと言い出すこと自体が珍しい。

 

「非色……何かあったの?」

「な、何が?」

「あなたがお手伝いなんて言い出すなんて……少し、気になったから」

「ん、別に? ……ただ、今一人になると……ついうっかり青髪ピアスと遭遇した時、宇宙まで投げ飛ばさない自信がない」

「……手伝ってもらうわね」

 

 そんなわけで、風紀委員に参加する事になった。

 

 ×××

 

 早速、一七七時部に到着。部屋の中に入ると、黒子と初春がわざわざ立ち上がって美偉を出迎えていた。

 

「おはようございます」

「固法先輩……と、非色くん?」

「おはよう」

「どうもー」

 

 軽い挨拶と共に、我が物顔で支部内を見回す非色。そういえば、正体を明かしたままこの部屋に入るのは初めてな気がする。

 

「すっげー、パソコンがいっぱいじゃん」

「固法先輩、何故彼が?」

「その子、とってもシスコンさんになっちゃったのよ」

「シスコン……って、何?」

「御坂さんに対する白井さんみたいな人のことですよ、非色くん」

「うーいーはーるー?」

「え、俺そんな変態的じゃないよ姉ちゃん! 普通に姉として大好きなだけだよ!」

「2人ともそこへ直りなさいな」

「はいはい。良いから早速、昨日話してたことからまとめるわよ」

 

 美偉が手をパンパンと叩くと、黒子と初春は大人しく席に着く。

 

「あの、姉ちゃん。俺ホント違うからね。白井さんみたいに御坂さんのパンツを被ったりなんて……」

「分かったから座って」

「待ちなさい。非色さん、それ誰に聞いたんですの?」

「え、いや初は……」

「っ……っ……(全力で首を横に振る花飾り)」

「……は、花飾りさん……」

「それ答えですよ!」

「初春、少し二人きりでお話しましょうか?」

「いい加減にしなさい……」

 

 せっかく引き締まった空気が、また弟の所為で緩んでしまった。次に緩んだらキレる、と心に決めつつ、美偉は話を進めた。

 

「まず、今日からしばらく非色がお手伝いしてくれます。理由は……話す?」

「やめて。思い出したらあの人また殺したくなる」

「じゃあ、白井さんと一緒に居たいから、だそうです」

「あの、取ってつけたように私を理由にするのやめてもらえませんの?」

「それもホントの事ですよ、白井さん」

「……ほんと、ずるい人……」

「はい、非色。一応、他の風紀委員と鉢合わせになった時には研修ってことにするから、これつけて」

 

 言いながら、棚から取り出して差し出されたのは、腕章だった。それも「風紀委員(見習)」と書かれたもの。

 

「えー、ダサい」

「手伝う以上は?」

「はい。言うこと聞きます……」

 

 聞くしかなかった。

 さて、あらためて会議が続く。美偉がそのまま進行役として話を進めた。

 

「今日は、引き続き昨日の件を追うわ。初春さん、非色もいるから、最初から教えてあげて」

「あ、はい。……えっと、今話題になっているこのアプリ。表向きは宝探しゲームとなっていますが、その裏では宝がある場所で必ず何かしらの事故や事件が起こっています。昨日の事故も含めて、6件中6件。つまり100%です」

「場所に関連性は?」

「え?」

「非色さん、どういう意味ですの?」

 

 唐突な質問に黒子が聞き返すと、非色はすんなり答えた。

 

「百発百中でそのアプリが事故現場を偶然、引き当てるなんてありえないでしょう? あり得る可能性は二つ。予知能力者の仕業か、予知アプリを作る為に事件を実際に起こしてるか。前者の可能性は考慮しなくて良いですよね。それならばむしろ風紀委員への協力者ですから。故に、考えるべきは後者の場合のみです。予知アプリを気取る理由は、ザックリと考え得る限り……四つかな。アプリの広告のため、野次馬を増やして被害をさらに大きくするため、風紀委員に恨みがあり、誘い出して事故の巻き添えにするため……後は、何かしらのメッセージがあり、残すため」

「……だから、とりあえず場所と?」

「そうです」

 

 相変わらず、戦いやら事件に関しては頭が回る男だ。今の一瞬で、よくそこまで考えられるものだ。

 本当に非色本人なのか怪しく思えてきたので、試すように聞いてみた、

 

「非色さん、胸が大きな女性は好きですの?」

「えっ、な、何急に⁉︎ ……い、いやそれは……そんな、つもりないけど……で、でも……ど、どうだろう……あ、白井さんは今のサイズで十分……痛ッ⁉︎」

 

 頭の上に、近くにあった椅子をテレポートさせた。わからない。バカなのかバカじゃないのか。

 そんなやりとりを無視し、美偉がまとめるように言った。

 

「まぁ、分かったわ。前者であれば、それはそれで良いし、後者のつもりで備えておこうというわけね」

「そう」

「そして、どのパターンであっても、アプリの作成者は現場にいる可能性が高い。こうしましょう。初春さんはここに残って過去の現場から相違点を割り出す。私と白井さんはアプリをインストールして、次の予測地点で張り込み」

「「了解!」」

「え、いやあの……俺は?」

「じゃあ非色もこっち」

「はーい」

 

 早速、行動を開始した。

 

 



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過程と誠実さは大事。

 さて、早速三人は事故が起きると思われるポイントに現着した。見通しの良い片側二車線道路。三人がいる側の歩道の上には、階段が設置されている。

 

「で、事故は?」

「ワクワクしない。あと、あなたは動かないように」

「え、な、なんで……?」

「ヒーローセット着けていないし、表向きは見習いなんだから。あの変な水鉄砲も禁止だからね」

「うっ……り、了解……」

 

 そう言われれば仕方がない。特に、まだ姉には手が取れたことは言っていない。それだけはバレたらさらに心配かけさせてしまうので言えない。

 ……とはいえ、このままでは自分が来た意味がない。何かやる事はないかなーと、辺りを見回すが、特に何もない。

 

「姉ちゃん、暇」

「いやあなた事件だけでなく事故も防いだりしてるんだし、注意すべき点とかないの?」

「俺は事故が起こってから動いてるから、あんまり予測とかしてないんだよ。反射神経と脚力だけで助けてるから」

「事件の場合は任せて良いの?」

「それも一緒」

 

 基本的に、起こる前に対処するのではなく、起こってから大事になる前に対処する事の方が多かった。

 

「大丈夫。俺と白井さんなら、起こってからでも十分、対処出来るし。てか、姉ちゃんのその目でも凶器の有無とか分かるし、事故が起こるって分かっていれば何とかなるでしょ」

「……まぁね」

 

 そんな話をしながら、三人でしばらく道路で待機。時間には多少のズレがあるため、本当に待たされるハメになっていた。

 そろそろ非色が辛抱たまらなくなる頃かも……と、美偉が冷や汗を流した時、電話がかかって来た。

 

「……あら、初春さんから」

「事件⁉︎」

「白井さん、ちょっとその子の相手してあげてて」

「ふふ、先程からお姉さんにばかり構って……非色さんにとって所詮、私は二番手の女、なのですね……」

「えっ、ち、違いますよ! し、白井さんも姉ちゃんも大事です!」

 

 外国の魔術師さんに教わった「男を構わせるテクニック」をフル活用して翻弄する黒子の隣で、美偉は電話に応答する。

 

「もしもし?」

『あ、固法先輩。一応、場所によってヒントがあったりとか、現場付近に共通する何かが無いかを見てみましたが、特に関連性は見られませんでした』

「そう……となると、愉快犯である可能性が高いわね……ありがとう」

『他に何か調べることはありますか?』

「大丈夫よ。ありがとう」

 

 それだけ話して、一度電話を切る。少なくとも、メッセージはない。頭を使う理由が一つ減った。

 だが、まぁこれから起こるかもしれない事件が解決したわけではない。一先ず、気を引き締めておいた。

 そんな中、ふと視界に入ったのは、二人の女学生とすれ違いそうな通行人の男三人。フードを被り、マスクをした荒い息の男、柄が悪く大きな声で電話する男、そして大型二輪に跨いでいる男。

 少なくとも、見た目はこのまま何か起こりそうだ。ゴクリ、と緊張気味に唾を飲み込む黒子。美偉も能力を使い、非色は軽くジャンプしつつ関節を伸ばし、そして首を左右に倒して準備運動をしておく。

 いつでも来い、と言わんばかりに準備を整え、そしてその光景を眺め続けた。

 

「へっくし!」

「あ、すみません」

 

 ……そして最後に、ブロロロっとバイクも普通に通り過ぎていく。何一つ問題なく。

 三人の間に、気まずい沈黙が流れた。

 

「……これ、デマだったのでは?」

「かなり時間に左右されているみたいね……」

「姉ちゃん、俺トイレ行きたい」

「行ってきなさい。ついでにお茶買ってきて。お金出すから」

「では、私は紅茶で」

「はーい」

 

 そのまま非色は欠伸をしながらその場を後にした。まぁ、気持ちは分かるのだから困る。まるで違反車が多い道でポイント稼ぎをするために待機している警察車両の心地だった。

 そんな中、今度はトラックが街を通りかかった。制限速度も守られていて、特に周りにも人はいない。

 これは関係なさそう……と、黒子が目を閉ざした時だった。その隣を、子供がボールを追いかけて車道に飛び出したのは。

 そして、そのトラックの隣の追越車線を走る一般乗用車が追い越した。

 

「……!」

「危なっ……!」

 

 声を漏らしながら、美偉が手を伸ばす。黒子は油断なく付近を見ていた。僅かに事故現場からズレがある。

 その追い越した乗用車は、子供を避けるため強引にハンドルを切った。……が、その先にいたのは、反対車線を歩いていた女子高生。

 

「そこ……!」

 

 今度こそ、予測地点ピンポイント。すぐに黒子はテレポートして、その少女を救い出した。

 

「大丈夫ですか?」

「は、はい……」

 

 聞きながら、車の方へ振り向いた。テレポートして逃げてしまったが、車の運転手にも何かあったら……と、思ったが、いつの間にか戻ってきていたヒーローがビニール袋を片手にぶら下げたまま、両腕で追突前に押し留めていた。

 

「寝坊でもしていましたか?」

「人をパシっといてよく言うよ」

「あなたから買いに行くと仰ったのではありませんか?」

 

 そんな軽口を叩いていると、車が完全に静止したので、非色も力を緩める。

 

「大丈夫ー?」

 

 その確認に、運転手の男は指で「OK」を作って答える。さて、と非色は顔を上げた。

 ここから見える範囲で、このポイントを見渡せるビルはいくつかあるが、事故の全貌を見渡せる場所はそう多くない。

 と言うか、一箇所だけだ。そちらに顔を向けると、非色はサングラスの機能を使い、拡大した。小学生くらいの少年が1人、こちらをじっと見ているのに気がついた。

 

「……あれか。俺行くね」

「待ちなさい。私が行きます」

「え、なんで?」

「あなた、スーツの使用許可、固法先輩から降りていますの?」

「……」

 

 降りていなかった。まずいと思ったからすぐに変身してきたのだ。

 

「あなたは早く変身を解いて謝って来なさいな。今回ばかりは、仕方ないと許してくれるでしょう」

「あ、ありがとう……でも、気を付けてね?」

「分かっていますわ」

 

 それだけ言うと、黒子はその場から立ち去る。非色も周りにバレないよう、一度建物の屋上まで駆け上がり、変身を解除。

 ……黒子はああ言ってくれていたが、約束には厳しい姉の事だ。また怒られてしまうかもしれない。幸い、今は飛び出した子供を抱き抱えながら交通整理をしているし、見られていない可能性だってある。誤魔化した方が良い気がしてきた。

 少し遠回りして、何食わぬ顔で美偉の元へ合流した。

 

「姉ちゃん、なんかあったの⁉︎」

「いやあなたが車止めたの見てたから。素直に言うならまだしも誤魔化すなら怒るわね。後で覚えておきなさい」

「……」

 

 死を覚悟した。ニコニコした怒りが一番怖いことを改めて身にしみていると、すぐに黒子が戻って来た。……小学生の少年の肩に片手を添え、抱えるようにテレポートして。

 

「お待たせ致しましたわ」

 

 その姿を見て、非色は真顔になり、美偉は少し冷や汗をかく。

 

「白井さん、その子は……?」

「そちらのアプリの作成者ですの。詳しい話は、支部ですると致しましょう」

 

 そう言われると、その少年は非色を見上げ、少し警戒気味に黒子の背中に隠れる。

 

「? どうしました?」

「あの人は?」

「ああ、見習いの方です。お気になさらないように」

「……ふーん。見習いの人が一番、マッチョなんだね」

「「……」」

 

 言われて、非色は目を逸らす。というか、美偉と黒子も明後日の方向を向いた。

 

「まぁ、そうだね。俺、男の子だし」

「失礼だけど、お兄さんは歳いくつ?」

「おにっ……」

 

 直後、今度は美偉と黒子は顔に手を当てて空を見上げてしまった。何せ、根も志しも基本的には子供みたいな男だ。コーヒーなどの好みを除いても、基本的には幼くて幼稚で素直な性格をしているヒーロー様。

 そんな人に「お兄さん」なんて言ってしまっては、それはもうアレだ。

 

「お兄さん、13歳だよ」

 

 かつてないほど嬉しそうな声でそう言うのを見て、普通に引いてしまった。が、少年は読み取りづらい真顔のまま声を漏らす。

 

「……じゃあ、僕と二つしか変わらないのにすごいね」

「そ、そう? まぁ……そうね。すごいんだ、俺」

「それより、何処でお話するの?」

「一度、私達の支部へご案内しますわ」

 

 そんなわけで、少年と一緒に支部へ戻った。

 

 ×××

 

 黒子は少年の体調を気遣ってテレポートで移動してしまったが、非色は姉とのんびり歩きながら帰宅。その間、普通に怒られながら帰った。

 支部内に入ると、先に黒子と初春が少年との打ち合わせをしていた。

 

「あ、来ましたわ」

「お疲れ様でーす」

 

 二人の挨拶に、姉弟も「お疲れ様」と挨拶を返す。

 

「ここまで、彼から聞いた話をざっくりまとめさせていただきますわ」

「よろしく」

 

 聞いた話をまとめると、少年……美山写影がアプリを作った張本人。予知能力者であり、インスタントカメラを使って未来に起こる事象を念写出来る。

 それに写るのは惨劇の瞬間のみ、その上、ひどく不鮮明で見づらいものだ。

 そして、それをアプリで通して撮ることで、場所と時間を含めた情報を得られる。

 早速、自分でも惨劇が起こることを物理的に回避させようと試みたが、それは出来なかった。

 その現場での事故は回避できても、別の場所で似たような目に遭ってしまう。運命のようなものがあるのは明らかだ。

 それを覆すために、その運命に干渉できる能力者を探し出した。そして、それが……。

 

「……白井さんだった、と」

「うん。僕は、そう思ってる」

「ふーん……」

 

 半分くらい聞いていなかった非色は、少し複雑そうな表情で余所見をしながら相槌を打つ。

 その非色を眺めながら、少し美偉は冷や汗を流した。こんなことを思っている場合ではないのだが、まぁ気持ちは分かる。要するに、あの子供が「運命を変えられる相手が黒子」と言っているのが複雑なのだろう。

 

「……まぁ、実際にやって見せた方が早いよ。ちょっと待ってて」

 

 言いながら、美山はペンライトを目に当てる。直後、目を大きく見開き、ズズズッ……と、空間が歪む。ほんの数秒の間にかくとは思えない大量の汗を流しながら、インスタントカメラのボタンを押す。

 ジーッと出て来たのは、やはりなんの写真だか分からないもの。それを、アプリで撮って、場所を特定した。

 それを見て、美偉が黒子に声を掛ける。

 

「行きましょう。白井さん、非色も。初春さんはここで待機」

「ええ」

「了解です」

「俺はパス」

「「「えっ?」」」

 

 しれっと断ると、非色は椅子の背もたれにもたれ掛かりながら、少し拗ねたように言った。

 

「ど、どうしたの? 非色……」

「そ、そうですよ。非色くん! 何処が悪いんですか?」

「非色さんの大好きな厄介ごとですのよ?」

「俺をなんだと思ってるの……だって、なんか俺いらなさそうだし。聞いた話だと、白井さんが助けないとダメ、って事でしょ? じゃあ別に行かなくても良いじゃん」

「そ、それはそうかもだけど……」

 

 ……どうやら、割と頭に来ているようだ。これは、姉として後で落ち着かせる必要がありそうだ。

 

「そんなわけで、俺もここで待機で良い?」

「……まぁ良いわ」

 

 とりあえず、許可を出しておいて、美山を連れて美偉と黒子は現場と思われる川の近くに急行した。

 

 ×××

 

 テレポート先では、小学生くらいの女の子が二人で、川の方へはみ出た木に引っかかってしまった帽子を取ろうとしていた。

 だが、途中で足を滑らせて帽子と共に川は落下。溺れる前に浮き輪を用意した黒子が救出に入った。

 その様子を眺めながら、美山が美偉に声を掛ける。

 

「……これで、能力の証明にはなったかな?」

「そうね。私達にとっても、事件が未然に防げるし、悪い事ではない、と……」

「うん。どうかな、僕と組んで欲しい」

「……」

 

 確かに悪い申し出ではない。大きな事件になる前に、それを防げる。さっきの少女の一件だって、一歩間違えれば溺死していただろう。

 だが、それをすることによる、目の前の少年のメリットは何か、と考えてしまう。自分にメリットがなくて動く人間なんて、少なくとも美偉は一人しか知らない。

 

「……」

 

 ……だが、まぁ一先ず乗っておいても良いだろう。どちらにしても、事件や事故は見過ごせない。彼自身、自分の能力を大人に知られてはいけないと思い、警備員より風紀委員を選んだのだろう。

 

「……ええ、良いわよ」

「ありがとう」

 

 その返事を聞いて、美山は内心、大きくホッとした。

 小さな女の子の面倒を見ながら軽く指導して家に帰した風紀委員の二人は、改めて美山と協力者として手を組み、連絡先を交換した。

 他人を利用するようで気が引けるが、これも友達を守るためだ。運命には抗えないものだと思っていたが、それがさっき覆されたのだ。このチャンス、逃すわけにはいかない。

 そう決めて、今日の所は帰路についた……そんな時だった。

 ──突如、自身の腕に糸状の液体が付着し、真上に引き上げられた。

 

「うわっ……⁉︎」

 

 真上に垂直に飛んだかと思い、意識が戻った時は空中。ジタバタと足を動かすも、何かが付くことはない。

 が、それも一瞬だった。ビルの屋上の柵の内側に着地し、キョトンとしたまま辺りを見回す。そこにいたのは、ヒーローのマスクを被った男だった。

 

「ウォ……二丁水銃?」

「どうも」

「すごい……本物?」

「まぁね」

 

 驚いた……というより、感動してしまった。正義の味方が好き、なんて子供っぽくて周りには知られたくないが、それでも正直、好きではある。

 だが、だからこそ分からないことがある。

 

「……僕に何か用? あとサイン欲しいな」

「残念だけど、俺はサインとかないんだ。……漢字で二丁水銃って書くだけになるよ」

「それでも良いよ。ちょうだい」

「……」

 

 少し、狼狽えて様子で渋々、カバンの中のカメラにサインしてくれた。

 

「それで、何の用?」

「ああ、うん。俺は仕事柄、風紀委員にも友達が多くてね。たまに情報収集の為に、風紀委員の支部に盗聴器を仕掛けることもあるんだ」

「……」

 

 嘘っぽい。というか多分、嘘だろう。この人、嘘下手すぎ、と普通に引いた。

 

「それで?」

「あくまでもその場にいたわけじゃなく、盗聴した時に聞いた話だが……運命がどうとか言っていたね」

「うん。……まぁ、そんなオカルトじみたものがあるかはわからないけど」

「そんなものは無いよ」

「……え?」

 

 急にどうしたんだろう、というのが最初の感想だった。が、ヒーローさんはそのまま話を続ける。

 

「俺は、何度も死にそうな目にあってきた。それでも、まだ死んでいない。その戦いには、白井さんもテレポーターもいなかったことの方が多い。もし運命なんてものがあるのだとしたら、それは俺が力を尽くしたから勝てたわけじゃなく、そういう運命だったから勝てた、ということになっちゃうでしょ」

「そうなのかもよ」

「相手が、超能力者だったとしても?」

「……」

 

 その言葉に、押し黙る。確かに「運命」なんて言葉を使うと、そういう見方も出来てしまう。

 

「君は多分、今まで救えなかった人達しかいなかったんだろう。だから今回、風紀委員を頼った。それは正解だ。でも、その被害者達が生まれてしまったのは運命の所為じゃない」

 

 言いたいことが、なんとなくわかった。この人は、おそらく今まで今度も惨劇が起こる未来を覆して来たのだろう。

 その中には、この人が言った通り超能力者との死闘で死にかけた事もあったし、救われた命もあった。それらが、運命のおかげなんて呼ばれるのは、少し嫌だったのかもしれない。

 

「あと、君には俺みたいなスーパーパワーはないし、白井さんみたいな空間転移能力もない。だから、大切な人の為に他人を利用するのは結構だ。……でも、協力してもらう以上、その人には誠実になりなさい」

 

 その言葉を聞いて、胸の奥で隠していたことが明るみに出たように、ドキっと高鳴ってしまった。

 

「助けて欲しければ、助けてもらう相手に誠実になり、出来る手は尽くす事。大事な部分を隠して力だけ借りるのは、相手にも失礼だよ」

「……でも」

「風紀委員に話しづらい事なら、俺に言えば良い」

「っ、そ、そっか……」

 

 ヒーローが風紀委員に所属しない理由はなんとなく察しがついていた。ルール違反でも正しい行動が取れるからだろう。

 もしかしたら、この人なら処分対象の野良犬を、助けてくれるかもしれない。

 そう思った時、本当の意味で頼れる人が来てくれた、と思ってしまった。それと同時に、この人は本当に人気とか度外視で、人の為を思ってヒーローをしているのだと理解した。

 そう思った時には、思わず口から漏れていた。

 

「……お願いします。二丁水銃さん」

「何?」

「友達を……助けてください」

「……任された」

 

 



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キャプテン・スパイダー・ウィンターソルジャー。

 さて、でかい口を叩いた以上は、自分もなんとかしないといけない。

 その上で、なるべく直前まで風紀委員に言うべきではない。何故なら、信頼に関わるから。あの子は規則的に見て「野良犬は駆除対象」と言う現実を見て、風紀委員にその面を隠している。

 ならば、不可抗力以外でその情報が漏れるのはダメだ。

 そして、それに追加して犬を助けるのは白井黒子でなくてはならない。予知能力者に干渉出来るのは、空間転移だけだから。

 その仮説が正しい保証はない。非色としては、もう一つの可能性として「単純に事故が起こってから助ければ良いのかも」という説を推したかった。

 何せ、美山がやった方法は「事故が起こるポイントを避ける方法」というもの。事故が起こった所をギリギリで助ける、と言うやり方は試していない。

 小学生だし、自分が怪我する可能性の方が大きいから仕方ないが、それであれば自分も救援に行ける。

 ……とはいえ、人の生き死に、あるいは怪我がリスクにある以上、確実に助かる方法があるのに試すわけにはいかない。

 そんなわけで「何も知らない黒子に犬を助けさせる」しかないのだ。今日は支部内にヒーローとして参加した非色は、既に美山を含めた全員が集まっている部屋の中に入り、開口一番で挨拶した。

 

「こんにちは。所で白井さん、犬って超可愛いと思いませんか⁉︎」

「え、なんです急に?」

「ちょーっとこっち来てくれるお兄さん?」

 

 唐突に立ち上がった美山が、非色の手を引いて支部から出て行った。入り口前で低身長ながらに壁ドンをして来るが、あまり怖くない。でも、子供ながらに気迫はあった。

 

「っ、ど、どうしたの……?」

「何? あの聞き方。バラしたいの? バラすなら普通にバラしてくれない?」

「いやそんなつもりは……」

「あんな聞き方したら、誰だって引っかかるから。今までどうやって生きてきたの? 頭脳戦とか出来ないの?」

「え、そ、そう……?」

「そうだから。あんまり下手に意識をすり込ませようとしないで」

「す、すみません……」

 

 小学生に迫られ、謝るヒーローがそこにいた。貫禄なんてゼロである。

 改めて二人は部屋の中に戻る。

 

「どうしたの?」

「サイン欲しかったんだって。ペンと紙ないから保留だけど」

「それ、今必要ですの?」

「あ、あはは……まぁ、美山くんもまだ子供ですから」

 

 適当に誤魔化しながら、改めて話を進める。

 

「で、今日の現場は?」

「ペットショップ? 俺、犬が見たい!」

「なんです? さっきからその犬推しは」

「はい、だからヒーローさんちょっとこっち。鞄で良いからサインして」

 

 再び外につまみ出された。再び壁ドンするように手をつき、無表情ではなく眉間に皺を寄せて低い声を出す。

 

「だからさ、何? 何なの? 一々、押さないと気が済まないの?」

「いや、あの……少しは犬が好きになれば、もしかしたらって事も……」

「その結果、駆除対象になったらどうしてくれるの? 助ける助けない以前の問題になっちゃうんだけど」

「あ、はい……スミマセン……」

 

 そのまま鞄にサインだけして部屋に戻った。二度目なので、ほか3人はジト目で眺めている。

 

「ねえ、さっきから何してるの?」

「何か私達には隠し事でも?」

「そうです。共有できる情報は教えてくれないと、信頼出来ませんよ?」

「「何でもない、何でもない!」」

 

 慌てて首を横に振った。が、疑念は晴れない。ジト目で睨まれてしまっていた。

 

「そ、そんなことよりほら! 次の予知の場所行かないと!」

「……そうね。次の予知まであとどれくらい?」

「あと、10分ほどです」

「よし、急ぎましょう」

「そうだよ! もしかしたら、犬の散歩をしている人が巻き込まれているかもだし」

「ヒーローさんヒーローさん」

 

 言った後、後悔したがもう遅い。自分の腕を強くツネっている小学生が、自分を真っ直ぐと睨みつけて言った。

 

「出て行って」

 

 追い出された。

 

 ×××

 

「最近の小学生って怖いですね……」

 

 そう不満をぶち撒けるのは、スーツを解除した固法非色。そして、それを聞くのは、木山春生だった。

 

「いやいや、君が悪いだろう。少しは人との会話力を磨いた方が良い」

「変なこと言ってました? 俺は来るべき予知の時に備えて、動物愛護の心を白井さんに……」

「やり方だろう、問題は。不自然に犬の話をねじ込み過ぎな部分だ」

「不自然ですか?」

「不自然極まりないだろう」

 

 言われて、非色は顎に手を当てて唸る。……今にして思えば、確かにそうかもしれないな、と今更ながら思うようになって来た。

 

「……俺が悪かったかー……」

「まぁ、失敗を繰り返して学ぶのが人間だ。特に、君の周りの人達は、その程度の失敗で距離を置くような人種ではないだろう?」

 

 白井黒子も、固法美偉も、御坂美琴も、佐天涙子も、初春飾利も、自分と離れることはないだろう。何せ、人外と分かっても一緒にいてくれているから。

 

「……そうすね」

「それより、これを使いたまえ」

「?」

 

 差し出されたのは、いつもの変身に使うプレートだった。受け取ると、若干前より重い感じがしたが、それ以外に大きな差は感じない。

 

「何が変わったんですか?」

「まずは変身だ」

 

 勿体ぶられてしまった。

 とりあえず、サングラスで顔を包んだ後、胸にプレートを当てて、ボタンを押しつつ軽くジャンプする。それにより、プレートを中心に布が広がり、自分の身を包み込んでいく。

 特に大きな差があるようには感じない。それを察してか、木山は次の指示を出した。

 

「次は、マスク内で『盾を』と言ってみたまえ」

「『盾を』」

 

 言われるがまま言った直後、胸のプレートの中央が、フチを残して外れた。大きさは直径30センチ弱……であったが、手に持った直後、周りから格納されていたシールドが広がり、直径50センチほどにまで広がった。

 

「盾、ですか……?」

「そうだ。君は相変わらず自分を大事にする事を知らない男だからね。余計な世話を焼かせてもらった」

「おお……か、カッコイイ……!」

 

 目を輝かせて、その盾を見下ろす。そこで、ふと気がついたのは広がった盾の端が、ゴムのような材質で出来ていること。

 

「ゴム、ですか?」

「盾自体は左手と同じ材質だが、それでは君が盾を攻撃に使った際、殺傷能力が高くなってしまう。気持ち程度のものだが、相手に大きな怪我は負わさないようにした。……実際に、投げてみるかい?」

「良いんですか?」

「なるべく、壁を狙ってね。パソコンや機材にはぶつけないように」

 

 言われて、非色は盾を持つ。フリスビーなどやったことは無いが、そこは要練習だろう。

 とりあえず壁に目がけて、フチを包むよう手首から腕を沿って持つと、身体を回転させながら一気に投げた。

 飛ばされた盾は、壁に衝突すると跳ね返り、パソコンの方へ向かった。

 

「やばっ……!」

 

 慌てて走り込み、ヘッドスライディングをするように飛び掛かって被害を出す前にキャッチし、受け身を取った。

 

「と、そのように角度を調整して放てばバウンドもする。一度の投擲で、複数の相手を大きな怪我なく圧することも可能だ」

「先に言ってくださいよ!」

 

 とても「機材を壊すな」と言った人の言動ではなかった。完全にからかわれている。

 

「投げる際、バウンド先の計算はサングラスがやってくれる。慣れるまで、それで測った方が良い」

「分かりました」

「それから、左手の腕時計……或いは鉄の手袋であれば、強引に盾を回収することもできる。それらの操作も、マスクの音声認識がこなしてくれるから、その辺は自分で慣らしてくれ」

 

 すごい、と非色は内心で感動する。今、非色の身の回りにあるあらゆる装備を使ってコントロールできるようになっている。

 これで、守れる人の数もさらに増えそうだ。

 

「これ……もし壊れたら?」

「私が直す。遠慮する事はない」

「なんか……すみません。何から何まで」

「言ったはずだ。私は君に助けられた。ならば、今度は私が君をサポートする、と。……けど、忘れないで欲しいのは、君自身を守るためのものでもあるということだ。自分を、もう少し大切にする事は、必ず頭に入れておくように」

「はい!」

 

 ここまでして貰えば、流石に自分を大事にしないわけにはいかない。少しは頭の片隅に入れておくことにしながら、とりあえず盾を手にした。

 

「これ、変身前に盾にすることはできます?」

「もちろん。ただ、悪い奴に悪用されない為に、解除などは全てマスクの音声認識にしてある。君の声……或いは、君がサングラスを貸し出すと判断した際の人間にしか使えない」

「分かりました」

 

 それを理解し、非色はもう一度、盾を投げる。ゴン、ゴインッ、ゴウンッと鈍い音を立てながらバウンドを繰り返し、機材に被害を出す前に音声で回収し、左手に戻す。

 中々アリだ。早速、使ってみたいが……追い出された以上、一七七支部の応援に行くわけにはいかない。

 そもそも、黒子にしか助けられない人もいるのなら、下手に介入も出来ないのだから。

 

「あの、木山先生。何かお手伝いすることはありますか? お礼に何か出来れば……」

「大丈夫だよ。私は、君が元気な姿を見せてくれるのなら、それで良いのだから」

「で、ですが……お世話になりっぱなしというのは……」

「私は今、君に掛けてもらった世話を返しているんだ。実験の被害者であったあの子達、そして君達が元気でいてくれていれば、それ以上の報酬はない」

「……」

 

 それを言われると、非色は何も言えない。本当に、木山先生は義理堅い人なのだろう。

 

「私の事は構わず、若者は元気にしてくれたまえ。何事も、元気ならばそれで良いさ」

「なんか……木山先生、おばあちゃんみたいですね!」

「おばっ……」

 

 直後、一気にショックを受けたように木山は硬直する。非色としては褒め言葉だった。自分のお婆ちゃんなど見た事はないが、よく姉が見ているドラマに出てくる「孫を見るおばあちゃん」にそっくりだった。

 まぁ、そんなことを言えば、女性がキレるのは当然であって。

 

「君はそろそろ、言って良いことと言ってはいけないことを学ぶべきのようだ……」

「え?」

「そこまで言うのなら、手伝ってもらおうか。私の仕事を」

「いやあの……さっきはいいって……」

「女性に無礼な口を聞いたらどうなるか、身を以て知ったら良いさ」

 

 その日、非色は日付が変わるまで帰ることはできなかった。

 

 ×××

 

 一方で、黒子と美山達は、手際良く事件や事故を解決していった。浮気現場の仲裁、輸送中の爬虫類の捕獲、カツアゲへの介入、他に何度も間に入った。

 一つ一つは楽な仕事ではあるものの、数が溜まれば疲れも溜まるというもの。

 

「ふぅ〜……」

 

 肩を軽く揉みながら一息つく黒子に、美山はハンカチを差し出した。

 

「お疲れ様、相変わらずの手際だね」

「どうも」

「足、擦ってるから使って」

「あら……ありがとうございますわ」

 

 ありがたく受け取り、ほんの一滴とはいえ、血が流れ落ちる脚にハンカチを当てる。

 

「フフッ、無感情に見えてレディの扱いは心得ているようですわね」

「まぁ、できるだけ女性に対しては気を使うべきだとは思っているよ。……とはいえ、黒子に気を使うと、あまり良い思いをしない人もいるみたいだけど」

 

 美山が言うその男は、言うまでもなく固法非色の事だ。

 

「あなた、気付いていましたの?」

「うん。前の事故の時、僕も一部始終を見ていたからね。その間に、黒子と非色が仲良くしているのを見ていたから」

「意外と抜け目ないんですのね……」

「美偉と非色は姉弟なんでしょ?」

「ええ」

 

 義理の姉弟であることは黙っておく。超人である事はヒーローである事に直結してしまうから。

 自身の怪我の手当てをするのは慣れているから、黒子は軽く足の傷を拭くと、応急チューブを使って処理する。

 その慣れた手つきを見て、美山はふと聞いた。

 

「黒子は何故、風紀委員に?」

「へ?」

「僕には、どちらかと言うと黒子もヒーローのようなことをしたがるように見えるから」

「……それ、どういう意味ですの?」

「別に他意があって言っているわけじゃないよ。ただ、他の支部との縄張り荒らしとか、警備員がやるべき仕事も黙って勝手にやっちゃうあたりとか、ルール無視で自分のやるべきことをしているように見えたから」

「それを他意って言うんです」

 

 そこをまず訂正してから、黒子はため息をつきつつ答えた。

 

「ヒーローなんてやろうとする程、常識がなかったわけではありませんでしたので、その発想さえありませんでしたわ。風紀委員に所属した理由なんて……そうですね。一応、学園都市の治安維持のため、といった所でしょうか」

「ふーん……つまり、正義の為ってこと?」

「まぁ……そういうことになるのでしょうけど……」

「でも……風紀委員にはルールがあって、それに従う以上は黒子の正義じゃなくて、風紀委員の正義を守ってる、って事になるよね」

 

 その言い方にも、やはり他意を感じてしまう。つまり、この少年は何が聞きたいのだろうか? 

 

「どういう意味です?」

「ごめん、別に風紀委員を否定したいわけじゃないんだ。……けど、二丁水銃とこの前、話して、やっぱりこの人は風紀委員とは違うなって思ったから」

「……そうですわね。あの方は、私達とは違いますの」

 

 黒子の目から見ても明らかだ。と言うより、美山よりも強くそれは感じている。

 

「どちらの方が正義に近いか、と問われれば、私は間違いなく答えられます。ヒーローの方にありますわ」

「……」

 

 その答えを聞いて、美山は目を丸くしてしまった。まさか、風紀委員の口からそんな答えが出るとは夢にも思わなかった。

 

「意外、ですか?」

「うん。少し、驚いた」

「私達が行う正義は、いわば『学生に行える範囲での正義』です。ですが、彼の場合は『自分がやるべき範囲の正義』です。故に、普通の学生が飛び込もうとは思わないような、危険な範囲にも足を踏み入れる事が出来ますの。それは危険域だけでなく、自分の中の基準やルールをしっかりと持った上で、ですわ」

「……それを聞くと、ただの利己的な人にも聞こえるよね」

「ええ。それどころか、傲慢でさえあります。……しかし、夏休みに起こった『幻想御手』の事件は覚えてます?」

「うん」

 

 あの事件は割とニュースなどで大々的に取り上げられた。美山にはそんなものに興味は無かったが、自分より年上の人達に何人も被害者が出たらしい。

 

「あの時、能力が大幅に強化され、好き放題暴れ始めた武装集団を鎮圧する必要が出ました。それらを鎮圧する許可が出ているのは警備員のみ。風紀委員の仕事でもありませんわ。であれば、一般生徒の介入など以ての外。しかし、実際に鎮圧したのはヒーローでした」

「……なるほど?」

「ルール違反ですが、正しい行動ではありましたの。勿論、自分が信じた正義を行う人間だらけになってしまえば治安は悪くなるでしょう。私達が行っているのは、その何通りもある正義の最大公約数となり得る基準を守る事。しかし、それでは止められない犯罪を止めるのが、ヒーローの役割だと考えています」

 

 勿論、間違っている面は黒子が止めた。正義に身を捧げ過ぎて孤独になろうとしたりするのは、どう考えても違う。

 ヒーローと風紀委員、共闘出来れば、学園都市の治安はさらに良くなる事だろう。

 

「あなたは、どちらを選びますの?」

「え、僕?」

「あなたにも、興味がある話でしたのでしょう? ……ここだけの話、ヒーローにも協力者はいます。正義に憧れがあるのなら、考えてみてはいかがですの?」

 

 そう言うと、黒子は報告のため初春に電話を掛ける。その黒子の背中に、微塵も迷いは感じられない。

 黙り込んでしまった美山は、青空を眺めながら言い訳をするように呟いた。

 

「筋道や解法のないものは、僕にはよく分からないや」

 

 



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学園都市は日本人から見ても外国。

 盾を得た非色は、人気の無い使われなくなった立体駐車場のビルの中に来ていた。サングラスによって人が実際にいないことは確認済み。あまり見られたく無い為、ここを選んだ。

 変身前のまま来ると、変身アイテムの盾を出し、左手の時計につける。

 駐車場内は薄暗く、窓もない。あるのはフロア番号が書かれている柱のみ。練習するには持ってこいだ。

 

「さて、これは練習しないとなぁ……」

 

 まずは、縦に変形させるとこだ。せっかくなら、この音声認識もカッコ良いものにしたい。

 

「『アイギス』」

 

 知ったかぶりの知識でつけた名前を言った直後、左手首についているプレートが広がり、盾になった。もうそれだけでカッコ良くてニヤケを抑えるので精一杯だった。

 さて、まずは練習である。盾のフチを抱えるように持つと、身体を絞ってかまえる。

 サングラスに、投げてバウンドを重ねた結果、自分の元に戻ってくるルート、を計算させると、一気に解き放った。

 

「フッ……!」

 

 ゴウンッ、ゴインッと柱から壁、また柱へとバウンドにバウンドを重ねていく。

 が、自分の元に戻ることなく転がった。おそらく、僅かに投げたポイントにズレがあったのだろう。

 ボルダリングと一緒で、数ミリ、或いは一つのズレが後々において大きく影響して来るのだろう。

 

「うーん……難しいな」

 

 左手の機能を使い、盾を引き寄せる。犬の予知までもう少しある。この盾が救助に役立つかは分からないが、護る役割をする以上、役には立つだろう。

 そう思って、何度か練習を繰り返した。まぁ、言ってしまえば左手の時計を使えば引き寄せる事は簡単なのだが、微細なコントロールの練習と思えば必要な事だ。

 また、キャッチングからのスローイングも滑らかにしないといけない。

 そう思いながら、何度も何度も繰り返していると、携帯から音楽が鳴り響く。アラームだ。残念ながら、練習にばかり身を割く暇はない。ちゃんとヒーローとしての活動もしなければならない。

 そんなわけで、ビルから出てヒーロースーツを着ていざ……と、思った時だ。やたらと街中でキョロキョロしている女性が真下にいるのが目に入った。

 

「……迷子かな?」

 

 気になったので、道案内をしてあげることにした。困っている人は、何も不良に絡まれたり事件に巻き込まれている人だけでは無い。

 とりあえず、ヒーローのままだと目立つので、また変身を解除してから降りた。

 

「どうも。もしかして、道に……」

 

 と、聞きかけたところで、思わず唖然としてしまう。

 何故なら、そこにいた女は、非色より遥かに背が高く、大きな刀を帯刀している。落ち着いた空気を見にまとっていて、少し見惚れそうになる程、綺麗な顔立ちをしていたから。

 ……のだが、それ以上に気になったのはその服装。ジーンズを半分破き、上半身のTシャツもおへそを出すように捲し上げ、縛ってある。

 よって、思わず自分から絡んでおいて失礼な事を口走ってしまう。

 

「っ、な、なんですかあなた⁉︎ 痴女⁉︎」

「なっ……!」

 

 落ち着いた空気、が一気に崩れたように顔を真っ赤にした。

 

「だ、誰が痴女ですか誰が⁉︎」

「鏡見ろ鏡! 風邪引きますよ⁉︎ もう10月ですし……!」

「ほ、放っておいて下さい! 別に趣味でこんな格好をしているわけではないので」

「いやいや、とにかく……はい!」

 

 言いながら、非色は上着を脱いで肩の上から羽織らせる。

 

「ほら、とにかく着てください」

「っ、い、いえ……本当、大丈夫なので……」

「あなたが良くても他の人がダメです! そんな男を挑発するような服装で外を出歩いては、あなたが被害者になったとしても、原因を作ったのはあなたになってしまいます!」

「大丈夫です。被害者になる程やわではありませんので」

「そういう問題じゃねえんですが! そんな人が手を出したら、怪我させちゃうでしょ⁉︎」

「うぐっ……」

 

 なるべく平和でいたい非色が捲し立てると、女の人は押し黙る。

 

「とにかく、目的地があるのならそこまで案内しますから、それは羽織っていて下さい」

「……わ、分かりました……」

「まったく……まるで痴漢現場を押さえて慰謝料をもらおうとするミニスカJKみたいな人ですね」

「そ、その言い方はやめて下さい!」

 

 そんなわけで、非色はヒーローになる前に、道案内をする事にした。

 

「で、どこに行きたいんですか?」

「あ、はい。上条当麻という少年の自宅です」

 

 それを聞いて、非色は片眉を上げる。

 

「上条さんに何か?」

「お知り合いですか?」

「ええ、まぁ……私の友人を預かってもらっている、借りを作りっぱなしの方です」

「友人……ああ、インデックスさんですか?」

「ええ。……お知り合いですか?」

「たまに会ったとき、挨拶する程度ですけどね。前に常盤台で一緒に飯を食べたりしましたよ」

 

 あの時が初めて会ったっけ、と思い出す。というか、今更だけど彼女は何歳なのだろうか? 黒子と同じ位にも見えるし、もっと下にも見える。

 

「そうでしたか……あの子がお世話になりました」

「あ、いえいえ、そんな面倒見たとかじゃないので」

「いえ……あの子にとって、楽しかった思い出というのは貴重ですから」

 

 それを聞いて、非色は思わず少し真顔になってしまう。訳ありだ、とは前から思っていたが、この人と繋がっている以上、只者ではないのだろう。この人自体、さっきから歩き方や重心移動がえげつない。

 

「……着きましたよ」

「あら、ご丁寧にありがとうございます」

「いえいえ、これくらい別に全然、平気ですよ」

「この御恩はいつか必ず、お返し致します」

「そんな大袈裟ですから。他人に対し親切に接するのは人として当たり前な事です」

「……」

 

 言うと、神裂は目を丸くして非色を眺める。なんですか? と、視線で問うと、神裂はそのまま続けた。

 

「学園都市の方々は、皆そうなのですか?」

「え?」

 

 言われて脳裏に浮かんだのは、上条当麻。学園都市の外から来ただけあって、知り合いは上条くらいしかいないのだろう。

 本当にこういう人ばかりなら良いのだが、残念ながらそうはいかないのが現実だ。

 

「いえいえ、中には面倒くさがって『忙しい』って一蹴する人もいますから。俺の知り合いは、助けてくれる人ばかりですけど、学園都市だって親切な人ばかりじゃないですよ」

「……そうですか」

「まぁ、でも風紀委員とかなら、その辺なんとかしてくれますし、基本は良い人が多いですよ。少なくとも生徒は」

 

 何とか取り繕うように言った。元々、こちらに親友を預けているという話だし、あまり印象を悪くすると上条とインデックスを離れ離れにさせてしまうかもしれない。

 が、まぁ学生寮の前で長話も良くない。神裂も、笑みを浮かべて改めて非色に頭を下げた。

 

「……ありがとうございます。最後に、お名前だけ聞かせていただいてよろしいですか?」

「あ、固法非色です」

「固法非色、さん……ですね。では、また後日」

「あ、はい」

 

 だからお礼はいいのに……と、思いつつも、そのまま立ち去った。

 

 ×××

 

 さて、今度こそヒーローとなり、街の見回り……をしようとした所で、電話がかかって来た。相手は、固法美偉だ。

 

「もしもし、姉ちゃん?」

『非色? 少し協力して欲しいことがあるんだけど……今、良い?』

「すぐ行く」

 

 そんなわけで、すぐ戻った。

 せっかくなので、新たな移動方法を試す。胸の盾を出すと、それを建物の真上から放り投げた。

 後に続いて、軽くジャンプしてから糸を飛ばし、くっ付ける。それにより、身体は引っ張られて自動で動ける。

 

「あはっ、これ楽だ!」

 

 何もしなくても移動出来るのは良かった。まぁ、直進しか出来ないわけだが。

 それでも空中ならば方向転換の必要がない。空に道なんてないから。

 衝突前に速度を落とし、窓から侵入した。

 

「おいっすー」

「来たわね」

「美山くんは?」

「白井さんが病院に連れて行ったわ」

「は? なんで?」

「あの子の強引な予知能力、身体に負担がかかっていたみたい。貧血程度で済んでいるけど、これ以上、彼を酷使するわけにはいかないわ」

「……なるほど」

 

 それは迂闊だった。確かに、今のレベル以上の能力を使っているのだから、副作用があってもおかしくなかった。

 内心で反省しつつ、とりあえず今は仕事をすることにした。

 

「で、次の予知の場所は?」

「公園よ。写真によると、大規模な火事が起こるわ。予知で出た人影も少なくない。その上で、白井さんが助けないといけない。……忙しくなるわよ」

「警備は?」

「残念だけど、証拠が予知能力者ってだけじゃ、警備員は動かせない……けど、すぐ出動出来るようにはしておいてくれてる」

「それだけじゃ足りないでしょ」

「分かってる。風紀委員を他所の支部から集めてある。何が原因で出火するか予測する為に、表向きは『事故防止強化月間』って事で、公園の入り口で私も待機するから」

「なるほどね」

 

 確かにそれなら、大怪我をする人は現れないかもしれない。だが、どんな原因で火事が起こるか、それも考えておくべきだろう。

 

「他に何か欲しいと思うものはある?」

「酸素ボンベは用意してあるんでしょ?」

「ええ、もちろん」

「他には……そうだな。俺もいるし、何よりあんまり装備を整え過ぎると白井さんの邪魔になるんじゃない?」

「なるほどね……じゃあ、こんなもんで良っか」

 

 さて、それならばさっさと準備に取り掛かろう。……とはいえ、非色はヒーロースーツでいくので、一緒にいるわけにはいかないが。

 

「あなたはどうするつもり?」

「サングラスの機能で、入園した人の顔をブックマークして追跡、火事が起こった時、園内にいる人をピックアップして白井さんに知らせる。間に合いそうになければカバーするよ」

「……あなたの事だから、いらない心配かもしれないけど、気をつけるのよ? 怪我一つでもしたら、私も白井さんも悲しむからね」

「分かってるよ。新武装もあるし、なんとかなる」

「また新しいものもらったの?」

 

 ……しまった、と非色は目を逸らす。アイテムのことは内緒にするべきだろうに。

 

「もらってないよ?」

「……」

「……もらいました」

「はい。今度、また菓子折り持っていかないとね……」

「え、今まで持って行ってたの?」

「当たり前じゃない。仮にも親代わりですもの。お世話になったのなら、それなりに挨拶しないと」

「……」

 

 ……やっぱりこの人は姉なんだな、と改めて思った。血が繋がっていなくとも、こうして自分が他の人とより良い関係を築くために色々と見えないところでお世話をしてくれている。

 

「なんか、ごめんね。姉ちゃん」

「別に平気よ。……で、どんなの?」

「いや、法に触れるようなものじゃないよ。盾だから。『アイギス』」

 

 唱えた直後、胸から丸いプレートが飛び出した。それを、左手の機能を使って引き寄せる。ガキン、と金属音が耳に響くと共に、腕に引っ付いた。

 シャキン、シャキンッと円形の縁が広がり、盾になった。

 

「あらまた立派なものを……」

「殴ってみる?」

「じゃあ、一発」

 

 直後、美偉から廻し蹴りが放たれる。それを非色は肘を折り曲げ、盾を外にして受けた。ゴウゥゥゥンッッ……と、鐘のような音が響き渡った。

 

「……本当に立派な盾じゃない」

「俺も初めて使った」

「あなた、自分で試さなかったの?」

「俺が試しちゃったら、流石に壊れると思うから」

「なるほどね……」

 

 とはいえ、非色のパワーに耐えられる左手の時計と同じ素材で作ってあるので、2発くらいなら耐えられたかもしれないが。

 

「にしても、本当に華麗に可変してたわね。どんな仕組みしてるのかしら?」

 

 言いながら、美偉が能力を使ったのが、運の尽きだった。その目が捉えたのは、盾の向こうにある非色の左手。その中が、機械で出来ていた。

 反射的に、美偉は非色の左手首を掴み上げた。

 

「非色!」

「っ、な、何……?」

「ど、どうしたの……? この、左手……」

「え? 何が……あっ」

 

 遅れて非色が「あっ、やべっ……」と言わんばかりの反応をする。それを見て、さらに美偉は確信してしまった。

 この弟、まだ自分に隠し事をしていた。しかも、左手が機械なんていう大きな隠し事を。

 

「どういう事よ……!」

「や、こ、これは……」

「そんなに言えないことなの⁉︎」

「ち、違うんだよ。えっと……これは、この前、ラーメン屋で火傷して……」

「火傷でどうして切断になるのよ! 下手くそな嘘はやめなさい!」

「じ、じゃあ、交通事故で……」

「じゃあって言ってる時点で嘘じゃない、それ」

 

 嘘をつけばつくほど、墓穴が掘られていく。そもそも、嘘をついてまで隠そうとする時点で、美偉の視点では「それだけ重要なことが隠れている」ようにしか見えないのだ。

 このまま問い詰めて、場合によってはやはりヒーロー活動の停止を……と、思った直後、電話がかかって来た。

 

「……もしもし?」

『固法先輩ですの? 美山の容態は一応、安定しました。能力の使用は控えるように言われてしまいましたが……』

「……わかったわ。とりあえず、現場へ向かいましょう。もう時間もないし」

 

 しかし、今はこれから起こり得る火事を最優先に考えなければならない。

 とりあえず保留にしつつも、美偉はあとで必ず問い詰める、そう決めた。

 

 



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これでも成長してるらしい。

 さて、問題の現場。公園の封鎖と、風紀委員……それも透視能力を持つ固法美偉による検問もあり、万全を期して事故の対策が行われた。

 付近の風紀委員の支部にも協力を呼び掛け、白井黒子は初春がハッキングで用意したスカウターを装備し、ヒーローまでもが街灯の上に配置され、準備は万端だ。

 ……唯一の懸念は、予知能力者である美山が貧血で現場に来れない事だが……まぁ大丈夫だろう。

 いや……もう一つ問題はあった。黒子には、街灯の上で座っているマスクのヒーローが、少し元気ないように見えた。

 死ぬ心配なんてしていないが、死の危険性は十二分にある任務にこれから当たる。早めに解決させておいた方が良い。

 ……が、ヒーローの性格は知り尽くしている。一年にも満たない付き合いだが、わかりやすいから。従って、普通に聞いても「なんでもない」と逃げられるだろう。

 ……つまり、逃さない方法を取るのがベストだ。

 

「受け止めて下さいな〜!」

「? くおっ……⁉︎」

 

 二丁水銃の真上に横になってテレポートした。すぐに反応したヒーローは慌ててお姫様抱っこでキャッチ。

 

「な、何してんの⁉︎ バカなの⁉︎」

「固法先輩となにがあったのか、お話し願えますか?」

「え……そ、その事のために投身自殺未遂を⁉︎」

「ええ。信用していましたので」

「……別に、何もないよ」

 

 なんというか、本当に学習しない男である。だが、そこまでは予想できた。なので、いらつかないように堪えて声を掛けた。

 

「なるほど。では、私は恋人にはなりましたが、相変わらずあなたに信用されない女性と言う事ですのね。まぁ、別に全然、構いませんが」

「えっ?」

「私はあなたを信用しきっていたので、このような文字通り身を投げる博打に出たのですが……まぁ、あなたには出来ませんよね」

「や、あの……」

「分かりました。世の中のカップルには様々な距離感がございますが、私達はその程度の関係という事で……」

「あーもう、わかった。わかったから……!」

 

 拗ねられる前に謝ったのは正しい判断と言えるだろう。実際、黒子はそれを聞くなり笑顔で満足げに頷いた。

 

「はい、よく出来ました」

「……幼稚園の先生かっつの」

「はい?」

「いえ、なんでも」

 

 にっこり微笑むと、ヒヨったように目を逸らされる。度胸があるのかないのか、分からない男である。

 

「で、何が?」

「……後でもよろしいですか? 今、話すと……その、事が起きた時に困るので」

「……」

「や、ホント逃げませんから」

 

 ……本気で言っているようには見える……が、信用は出来ない。何せ、相手は逃げの達人である。

 

「……まぁ、分かりましたわ」

「ほっ……」

「ただし、逃げたら……」

「え、に、逃げたら……?」

「そうですね……放課後、あなたの中学に行って、校門前で接吻して差し上げましょう」

「せっぷく?」

「キスのことですの」

「勘弁して⁉︎」

「では、逃げない事ですわね」

 

 そう言いながら、クスッと楽しそうに微笑んだ黒子はその場を一度、テレポートで立ち去った。

 本当に操りやすい……と、思う反面、自分で言ったことが少し恥ずかしくなる。人前でキスするなんてはしたない真似を、よりにもよって自分が言うなんて……。

 でも、まぁ……人前かどうかはともかく、そろそろ彼氏とキスするのはアリかも……なんて思っている時だ。

 ボンッ、と眩し過ぎる閃光が公園から光った。

 

「!」

「始まった」

「白井さん!」

 

 美偉の掛け声で、黒子は出撃。非色もその後に続いて、火の海の中へ飛び込んだ。

 被害者に一時的に装着するための酸素ボンベを持ち、黒子自身もそれを咥えて。

 

 ×××

 

 夢を見た。自身がこのような行動に出る事になった、きっかけとなる夢を。自身が望んで手に入れたわけでもない能力に対し「悪趣味」とケチをつける人間がいる。

 そして、自分の能力は何故か、惨劇の瞬間のみが映し出され、いつしか「自分が不幸を呼ぶ」とさえ言われるようになった。

 そんな事があってか、友達と呼べるのは人間ではなく一匹の野良犬のみ。しかし、それに別に不自由を感じたことはない。

 それでも……やはり、この街にいる以上、能力を使わないわけにはいかない。幾度も繰り返すうちに、次に起こる惨劇を捉えた。

 対象となる子は、自身をいじめていたリーダー格の少女。いつも顔を見ていたからすぐに分かった。

 虐めていた相手……だからって、見捨てるわけにはいかない。学園都市にいる変なマスクのヒーローだったら、絶対に見捨てない。

 だから、研究所から秘密で写真を持ってきて対策も立てた。……が、やはり避けられなかった。

 その少女からは「やっぱり自分が不幸を呼ぶ」と責められ、お見舞いに行っても追い出され、唯一の友達に愚痴りに行った。

 そんな中、次の被害者はその友達だった。やはり、自分が不幸を呼ぶのか……いや、あきらめきれない。ペロがいなくなったら……とにかくなんとかしないと。

 そして、動き出してようやく見つけたのが……ツインテールの風紀委員だった。

 

「っ……!」

 

 ハッとして目が覚める。最初の予知の時刻は過ぎている。故に、自分の友達が凄惨な目に遭う時間にも近付いているわけだ。

 

「しまっ……!」

 

 慌てて病室を出て行った。ヒーローには犬のことは伝えてある。けど……助けるのはヒーローではなくあのテレポーターでないとダメだ。

 どうするつもりなのかわからないが、自分だけここでじっとしてはいられない。すぐに、公園に向かった。

 

 ×××

 

 炎の海、と最初に揶揄したのは、確か何かしらの本のタイトルだっただろうか? それを読んだことがあるわけではないが、見事に的を射た表現だな、とその中にいれば思う。

 見渡す限り炎、炎、炎。サングラスの機能がなければ、目が焼けていたかもしれないし、被害者の姿さえ見えない。

 その上、自身が作り出した液体は炎や電気などの高熱に弱い。従って、炎の中での活動は予想以上に厳しかった。

 それでも、やるしかない。それが、被害者を見捨てる理由にはならないから。

 

「きゃああああ!」

「ヤバい、ヤバいって!」

「やべっ、息が……!」

「息を整えて落ち着く所から始めてみようか。人間、まずはリラックスしないと落ち着いた思考は出来ないからね」

 

 逃げ惑う三人の男女の間に降りたヒーローは、腰につけているポーチからボンベを取り出し、口に付ける。

 

「っ、ひ、ヒーロー?」

「た、助かった……」

「うん。もう助かったよ。よく頑張ったね。じゃあ、君は背中、君は右脇腹、君は左ね」

 

 言いながら、三人を持ち上げて地面を蹴った。マスクの機能を使い、黒子を見つけると大声を上げる。

 

「サンタさん、煙突を通ってプレゼントを届けてあげて!」

「任せなさい、トナカイさん!」

 

 黒子は黒子で助けた人をテレポートさせ終えた後、そこに向かってさらに三人、放り投げられる。

 

「「「嘘おおおおおおおお⁉︎」」」

 

 三人が絶叫したのも束の間、それらに触れた黒子が、見事に公園の入り口までテレポートさせる。

 

「ナイス!」

「なーにがサンタさんですの?」

「被害者を待つ医療班の方々の元に、炎の中、届けてるんだから的外れじゃないでしょ?」

「不謹慎ですわ。いいから、さっさと仕事をなさいな」

「はいはい。……無理しないでね?」

「こちらのセリフですの! 酸素ボンベもしないで!」

「カッコ悪いからヤダ」

「このお子様!」

 

 実際、必要はないのだが、あったほうが安全ではあるのだ。

 

「原因は分かった?」

「いえ、まだなんとも……ただ、燃えているのは桜の木だけのようですの」

「そういや、時期外れの桜が咲いてるんだっけ……」

「それより、今は被害者の救助を優先しましょう」

「はいはい」

 

 そのまま再び二人で被害者の捜索をする。黒子はモノクルで、そして非色はサングラスで。

 特に、非色には野良犬を助けると言う使命もある。今回の功労者である少年だけ救われない、なんて事は許されない。

 そんな風に思いながら移動する中、ふと遠くに目に入ったのは被害者二人の姿。女性の方が倒れてしまっている中、横たわってしまい、そしてその背後には炭になって今にも倒れそうな木が見える。

 

「『アイギス』!」

 

 液体は使えない、そのためすぐに盾を使うことにした。

 胸から外れたそれは丸盾の形を為し、思いっきり投擲する。狙いはリフレクト。

 盾は、倒れている女性を庇うように、その上に四つん這いになった男の真上を抜けて倒れそうになる木に直撃。木を弾くと共に、男の方の背中に直撃し、男を非色の元へ吹っ飛ばし、再びバウンドして吹っ飛ばした木に直撃。

 再度、バウンドすると、今度は倒れている女性にも当たり、バウンドして女性もこちらへ、そして盾も木にバウンドして非色の方へ迫って来た。

 

「「ぎゃああああああ!」」

 

 吹っ飛ばされて来る男女を迎えに行くように走り込み、キャッチした後に、最後に向かってくる盾をバク宙しながら、爪先で掠らせるように蹴り上げ、フル回転させながら少し宙に浮かせた後、キャッチするように盾を胸で受け止め、収納する。

 

「ナイスガッツ、彼氏さん」

「は、吐きそう……」

「え、や、やめて……白井さん!」

「人使いが、荒い事!」

「人手が足りないからね!」

 

 二人をまた黒子の方へ放ってテレポートで公園の入り口まで送ってもらう。

 

「ふぅ……よし。セーフ」

「何ですのその盾」

「カッコ良いでしょー?」

「……あなた、どこを目指しているんです? キャプテン・ウィンター・スパイダーマン?」

「あとアイアンも入れたいなぁ……」

「ハルクだけは混ぜないように」

「気を付けます」

 

 なんて話しながら、二人で捜索を続ける。

 しかし、犬は見つからない。この公園の中にいる被害者の数は把握している。それらを探す過程で犬が見つかれば良かったが、そう簡単にもいかないようだ。

 そんな中、ふと黒子から「あっ」と声音が漏れる。

 

「どしたの?」

「あれは……?」

 

 呟きながら、木の根元にテレポート。片膝をついて見かけたのは、何かしらのアンプルだった。

 

「これは……」

 

 声を漏らした直後だった。ふと黒子に影が差す。ハッとして上を見上げると、木の枝が焼け落ちてきたのが見えた。

 

「え……」

 

 声を漏らした直後だ。その間に挟まる非色。盾を片手に頭上で構え、木を塞いで見せた。

 

「! ひ、ヒーローさん……」

「ダメでしょ、油断したら」

「っ……い、いえ……あなたが来ると、信じていましたので」

「膝、震えてるけど?」

「い、いけずなお方ですのね……」

「普段は、そっちの方がいけずだからね……」

 

 燃え盛る炎の中、二人はうっとりした表情で見つめ合う。もちろん、当たり前だが黒子は初春には通信しっぱなしなわけで。

 

『二人とも、私には声が聞こえてますよ?』

「「……」」

 

 捜索を続けた。

 

 ×××

 

 そのままとにかく二人で怪我人を救助し続け、特に大きな怪我をした人を見つけたわけでもなく、全員大事には至らずにそれを完了した。

 真夏よりも暑い環境にいた中でようやく仕事を終えた黒子と非色が戻って来る。

 

「これで全員……ですわね?」

「お疲れ様、白井さん。非……ヒーローくん」

「ありがとうございますわ」

 

 美偉が声を掛けるが、非色は返事もしないで逃げるように街灯の上に戻る。そして、再び炎の中に戻った。

 

「えっ、ちょっと⁉︎」

「……あのバカ」

 

 逃げた? と黒子が思う中、美偉は呆れたようにため息をつく。

 すぐに黒子が後を追おうとしたが、それを美偉が止めた。

 

「待ちなさい。放っておいて」

「え……ですが」

「どうせ、炎の中を突っ切って私から逃げる気だから。今はそれよりも、火事のことを優先しなさい」

「……」

 

 もしかして……さっき非色の様子が変だったのは、美偉の事だろうか? 

 ていうか、多分そうだろう。よく喧嘩する姉弟だなぁ、と思う反面、まぁ今は確かに火事のこと優先と思うのも分かるので、とりあえず黙って自分も報告すべきことをすることにした。

 

「固法先輩、こちら……桜の木に刺さっていたアンプルです」

「アンプル?」

「公園内を見て回っていると、激しく燃えているのは桜の木だけでしたので、何かあるのではと思い、持ち帰りましたわ」

「ありがとう。すぐ調査するわ」

 

 そう言いながら、化学班の人に手渡しに行く義姉の姿を眺めている時だった。

 黒子のスマホに電話が入る。非色からだった。

 

『白井さん?』

「非色さん、あなた何して……」

『もう一人、助けないといけない子がいる』

「……はい?」

『白井さんは信用してる上で言うけど、野良犬なんだよね。美山って子の友達らしい』

「野良犬……なるほど。あなたらしい理由ですわね」

 

 つまり、逃げたわけじゃない。

 野良犬は駆除対象。姉は喧嘩中。信用出来るのは黒子と初春だけ、ということだろう。

 

『初春さんに俺の携帯、逆探知してもらって。犬が見つかったら、テレポートして助けてもらいたいな』

「ええ、了解致しましたわ」

 

 頼ってくれてる、そんなことが少しだけ嬉しくて、笑顔で頷いた。

 

 ×××

 

 数日後、ヒーローと白井黒子の阿吽の呼吸とも呼べるコンビネーションにより、怪我人も犠牲者も出す事なく、事件は終えた。

 火事の犯人は女学生。秋にも桜が咲いたら素敵だな、と思ってインディアンポーカーで学んだ知識を活かしたアンプルを作ってみたら、火事になってしまった……と、とにかく謝り倒していたらしい。

 さて、そんな話はさておき、白井黒子、初春飾利、固法美偉は病院に訪れていた。今回、様々な事件解決に力を貸してくれた美山のお見舞いである。

 一応、外を歩ける程度には回復したため、病院の庭で出歩いている。

 

「……ペロは、前の学校の友達が預かってくれることになったんだ」

「それは良かったですわね」

「うん。離れ離れにはなっちゃうけど……でも、生きていれば会えるから」

「そうね」

 

 当分、能力のリミッターを外すのは禁止と言われてしまったが、まぁ仕方ない。

 

「所で、白井」

「なんですの?」

「ヒーローさんは、どうしてるの?」

 

 直後、バギッと何かを握り潰す音。何かと思って顔を向けると、美偉がニコニコしながら、携帯を握り潰してしまっていた。

 

「あらいけない。力入れすぎちゃったわ」

「……え、こ、怖っ……」

「……固法先輩。落ち着いて下さいな」

 

 黒子は聞いていた。何があったのかを。左手の件がバレたらしい。隠していた方が悪い感じもあるが、だが言いにくかった気持ちも分かる。何せ美偉は保護者の立場。その弟の片腕がなくなってた、なんて知ったら、責任感ある人なら普通にまず自分を責めるだろう。

 そうならないよう隠す気持ちも分かってしまった。

 

「ま、まぁまぁ。ヒーローでしたら、どうせ何処かの事件でも追っかけて、いるのだと思いますわ」

「そっか……お礼、言いたかったんだけどな」

「その必要はありませんわ。何せ、彼はヒーローですから。助けるのは当然、とでも考えていると思いますの」

「……ふぅん。そっか……」

「ほーんと、カッコつけさんですからね?」

 

 初春がニコニコしながら頷く。しかし、だからこそ多くの少年少女にとっては憧れの的になってしまうわけで。

 空を眺めながら、美山はポツリとつぶやいた。

 

「……僕も、なれるかな。ヒーローに」

「やめておきなさい」

 

 その美山を止めたのは、固法美偉。流石に看過出来ない、とでも言うように口を挟んだ。

 

「ヒーローなんて、結局の所、利己的で自己中心的で、一番大事なものを見逃すものよ。あなたが本当に他人のために力になりたいと思うのなら、ちゃんと公的な活動を行う場所にするべきだわ」

「そう……かな?」

「ええ、そうよ。……あなたも、もし風紀委員に興味あったら、いつでも私たちに連絡しなさい?」

「……うん。ありがとう」

 

 その会話を聞きながら、黒子は少しだけ冷や汗をかいた。本当に、今ヒーローは何をしているのか気になる。

 自分にはちゃんと打ち明けてくれたが、姉の元にはもうずっと帰っていないらしい。

 彼の抱え込み、それを漏らすくらいなら逃げてしまう性格に、黒子は少しだけ嫌な予感がしていた。この先、取り返しがつかないようなことになりそうで。

 そんな中、その黒子に再び美山が声を掛けた。

 

「そうだ、黒子。これ……」

「? なんです?」

「予知の写真を撮ってきた中で、一枚だけまだ起こってない事件がある」

「……どれですの?」

「これだけど……ちょっと、強烈だから。覚悟して見た方が良いかも」

 

 手渡された写真を受け取り、三人で覗き込んだ。

 直後、三人とも顔を顰める。何故なら、あまりにも現実離れした化物の写真だった。

 全身は赤く、非色の筋力を余裕で超える、上半身。怒りに満ち溢れたその化け物は、一緒に写っているホスト風の男の四倍は広い体積を誇る肉体をしていた。

 何せ、一緒に写っている男の頭を握り潰すかのように広げられた手の平は、明らかに男の上半身より巨大だ。

 

「……漫画の1シーンですの?」

「その割に、画風のタッチはリアリティがありますね」

「ていうか、どんな未来を撮ったらこうなるのよ……」

「僕もそう思うよ。……でも、これまで僕の予知が外れた事なんてない。本当なら、ヒーローさんにも見て欲しかったんだけど……とりあえず、お姉さん達に預かっておいてもらいたいな」

「まぁ、一応ね」

 

 美偉が受け取った。

 もう一度、三人で写真を見る。この真っ赤な筋肉が肥大化した人間のような外見。そこから感じるのは、ただただ怒り……純粋な怒気が強く感じられる。

 何にしても、この太い腕や足から攻撃を貰えば、一撃で死にかねない。

 何が起こってこうなるのかは分からないが、とりあえず頭の片隅に入れておくことにした。

 

 



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暗部編
変わったようで変わってない。


「なるほど……左手の件、バレてしまったか」

「は、はい……」

「というか、まだ隠してたんだねぇ」

 

 それを聞いて、少しだけ「うっ……」と声を漏らす。相変わらず自分の意気地の無さが腹立たしい。

 場所は木山の研究所。相変わらず困ったらここにくれば良い、という考えが染み付いてしまっている。

 自分でもこれが良くないことであるのはわかっているが、どうしても帰ることができない。怖くて。

 

「……はぁ、心配……してるのかなぁ」

「それはしているだろう」

「でも、キレ方がいつもと違うんですよ……あれ、多分間違いなくヒーロー辞めさせるつもりだと思います」

「……まぁ、後遺症どころか、身体の一部がなくなってしまっているわけだからねぇ」

 

 普通の保護者ならやめさせる。正直、木山自身も悩むことがなかったわけではない。

 だが……それでも、やはり助けられた身として、他にも助けを待つ人達のことも考えてしまう。そして、それを助けられるのはヒーローだけなのかも……と、思うと、やはり許可をするしかない。

 だから、装備や武器を提供し、非色にも非色を大切にする事を理解してもらおうとしていた。

 

「すみません、木山先生。もしかしたら……木山先生にも姉からクレームが入るかもしれませんね……」

「そんな事、気にしなくて構わないよ。それを覚悟して、私も協力している」

「もし、訴えられるとかそういう話になったら、俺に無理矢理、従わされてたとか言って良いので……」

「言わないよ。……というか、そういうとこだよ。君のお姉さんが君にヒーローを続けさせたくなくなるところは」

「えっ」

 

 良い提案のつもりだったのだが、割と怒っているような声音で返されてしまう。

 

「もう何度言っているかわからないが、なんでも自分で背負い込み、罪さえ被ろうとするのはやめたまえ。頼ってもらえない、ということもまた、他人にとっては酷く堪えることに繋がることに、いい加減、気がついた方が良い」

「……そ、そうですか?」

「一方通行の件で、それは少しは学んだと思っていたが?」

「……」

 

 そうだった。それで、白井黒子を泣かせてしまった。あんなことも、繰り返してはいけないことなのに。

 

「……謝ってきた方が、良いでしょうか?」

「君がそう思うのなら、そのようにした方が良い」

 

 そうだ、いつも正しさにこだわって行動してきた。それを、間違っていると分かってて踏み外すのは、ただの逃げでしかない。

 

「よし、謝って来ます!」

「うん。頑張ってきたまえ」

「……その前に、謝る練習だけ付き合ってもらっても良いですか?」

「……」

 

 戦う練習はしないのに、謝る練習は必要なあたり、やはり半年ほど前まで小学生だった名残はあるヒーローだった。

 

 ×××

 

 さて、帰宅しないといけない。姉に謝るために、とりあえず研究所を出てスーツを着込む。

 とりあえず、自宅に向かって高速で移動を始めた。夜の学園都市を駆けて移動する……それは、実は割と楽しかったりする。街灯のみが照らされる街並みの空中を移動するのは、少しだけ気が晴れることがある。

 そんな事を思いながら移動する事しばらく。ふと視界に入ったのは、ファミレス。そこから出てくる麦野沈利達、アイテムの面々だった。

 

「げっ……!」

 

 慌てて見つかる前に近くの建物の屋上に着地し、スーツとマスクを解除する。あの麦野とかいうレベル5……一度、負かしたからか、とても強い恨みを自分に抱いている。ような気がする。

 なので、見つかったら街中でもぶっ放してくるかもしれない。気付かれたら……いや、待て。確かあの中の黒い髪の女の人……確か、追跡能力があった気が……こんな急な動きで逃げてしまったら、怪しさはさらに……。

 

「よっ、と。あ、超一人います。誰か」

「ふぁいっ⁉︎」

 

 ドスンッ、と。目の前に降ってくる少女。というか、研究所で戦った一番小さいのに一番怪力の少女だ。

 マズイ、やはり勘づかれてる。もう少し慎重に動けるようにならないといけない……と、冷や汗をかいている間に、その少女……絹旗最愛はこちらへ歩いてきた。

 

「そこのあなた、超いくつか聞きたいことがあるのですが……」

「ど、どうぞ?」

「なんで私達を見て超隠れました?」

「か、隠れてないけど全然? 俺かくれんぼ苦手だし、なんなら隠れるという行為そのものを恥ずかしくさえ感じ」

「こいつ、隠れようと超してたっぽいです。敵対組織かもしれませんし、吐かせます」

 

 ヤバい、と冷や汗をかく。というか、そろそろ追加のアイテムが来る気がする。

 ヒーローだとバレないようにここを離れるには……いや、そうだ。冷静に考えろ。まだ今現在、自分の素顔を見たのは目の前の少女。

 暗部の人間は基本的に表には出てこない。出てきても、表の人間と必要以上に触れ合うことは無いだろう。

 SNSに書き込まれる可能性はあるが……いや、ない。自分を殺したがっている上司がいるのに、ただでさえ恨まれているヒーローが殺されやすくするような情報を不特定多数にばら撒くとは思えない。

 その上、現在非色の顔を見ているのも目の前の絹旗のみ。つまり……。

 

「……そこのあなた、もしかして……」

「感心しないなぁ、小学生がこんな時間にウロウロするなんて」

「……は?」

 

 いつしか、似たようなセリフを彼女に放った覚えがあるセリフ。それを向こうも覚えていたようで、いらりと眉間に皺を寄せられる。

 

「オマエ……まさか、滝壺さんが超言ってた通り……!」

「じゃあなっ」

「逃げンなッ……!」

 

 殴りかかってきたのを、ジャンプで回避しながらマスクを装備しつつ、手の平から糸を放って空中移動。その後に続いて、さらにスーツも起動した。

 

「っ……!」

 

 スピードでなら、自分に勝てるのは一方通行くらいだろう。そのまま……念の為、今日は家に帰らず野宿する事にした。万が一にも後をつけられていた時、自宅がばれるのは困るから。

 姉に謝るのは……明日にせざるを得ないだろう。

 

 ×××

 

 翌日も学校。従って、昨日は風呂にも入れずに学校に来てしまった。

 

「佐天さん……今日、部屋のお風呂貸してくれない?」

「え、昨日お風呂入ってないの?」

「というか、家にも帰れてない……昨日は野宿した」

「ええ……な、なんで?」

「ちょっと……色々あって」

 

 なんだろうか。野宿せざるを得ない色々って。殺し屋にでも狙われていたのかな? と、佐天は割と的を射ていることを思ってしまったり。

 まぁ、何にしても、それは少し良くないと思って、注意しておくことにした。

 

「ちゃんと帰らないと、固法先輩心配するよ」

「あー……うん。まぁね」

「……もしかして、左手のことで野宿したの?」

「や……まぁ、最終的にはそうなるのかな?」

「……ほんとバカなんだね」

「うるさいな……」

 

 というか、情けない。本当にこれヒーローだろうか? どんなに活躍しても疑問は晴れない。何なら、今からでもマスクの下はロボットでした、と言われれば信じてしまうかもしれないほどだ。

 

「……なんか、あれだよね。非色くんって、全然人のこと信用してないみたいだよね」

「えっ?」

「怒られても怒られても同じ失敗繰り返すし、他人に全然、相談しないで抱え込んでもっと酷い目見てるし……なんか、バカみたい」

「えっと……もしかして、悪口言われてる?」

「や、そういうんじゃないけど」

 

 佐天自身、らしくないことを言っている自覚はあったが、そう思ってしまったのだから仕方ない。

 

「人を頼ったり野宿する前に、謝ったら?」

「も、勿論謝るけど……」

「じゃあなんでお風呂借りようとしたの?」

「あ、謝っても許してもらえなかったら……」

「ほら、全然信じてないじゃん」

「え……」

「固法先輩に『謝ったら許してもらえる』と思って謝るつもりが全くないじゃん。もうダメだった時のこと考えてるし」

「そ、それは……」

「ダメだった後の事を考えるより、どう謝るか、今後はどうするか、本当はどうするべきだったかを考えたら?」

「……」

 

 言い過ぎてしまった。ハッとしたときにはもう遅い。非色は涙目になって、席を立ってしまう。

 

「…………トイレ……」

「あ……うん」

 

 そのままトボトボと教室を出て行く非色の背中を眺めつつ、思わず少しだけ自己嫌悪。

 その佐天の後ろから、ホワホワした気の抜けるような声音が耳に届く。

 

「珍しいですね、佐天さんがあんなに言うなんて」

「あ……初春。うん……ちょっと言い過ぎたかも。……でも、昨日固法先輩から心配の電話もらったし……」

 

 昨夜、マンションに非色が帰らなかったことを心配した美偉から電話があった。その時の、まるで何一つ非が無いにも関わらず、自分を責めるような声を聞いてしまえば、少しは言いたくなってしまう。

 

「佐天さんにも、電話があったんですね」

「やっぱり、初春にもあったんだ。……てことは」

「白井さんにも、御坂さんにも来てるんでしょうね……」

 

 これは揉めそう……と、思いつつも、はっきり言って非色に非がある気がする。巻き込まないとか、そういうのは分かる。特に、佐天は自分が非力である自覚もあるし、足手まといになるとは分かっているから、自分を巻き込まんとするのは分かる。

 だけど、強い弱いの問題ではなく、そういうので納得しないのは本当に強い美琴と、ただの友達以上の関係になった黒子、そして家族である美偉だろう。

 それは、プライドの問題ではなく、単純に自分達が知らない所で非色が傷付けば「自分達がいればそうはならなかったかもしれないのに」と思ってしまうからだろう。

 

「……私、今回は非色くん助けてあーげないっ」

「そう、ですか……」

「もう、とことん話し合うか……もしくは、非色くんも同じ思いするしかないんじゃない?」

「もう、そう言う冗談はやめて下さい」

 

 なんて冗談めかして言いながら、佐天は小さく笑った。まぁ、そんな思いをさせる事態なんて起こらない方が良いので、実際、冗談で言ったわけだが。

 でも……少しだけ美偉が気の毒だった。親代わりで育ててきたつもりの子供が、全然自分を頼りにしてくれない……そういうのは、経験していない佐天でも複雑になる気がして仕方なかった。

 住む世界が違うといえば、佐天にも最近、変わった友達ができた。外国人なのに、やたらと日本語が上手な少女。

 一度も学生服を着ているところを見ていないし、周りの視線なんて全く気にせず好きなものに夢中なところ、比較的に昼間はレスが早いけど、夜は遅いこと。

 でも、それでも良いと思っていた。今でも、十分楽しいから。

 さて、それよりも今日の放課後は、また新しいインディアンポーカーを仕入れに行こう。

 

 ×××

 

「はぁ……全くだよなぁ……」

 

 そんな呟きを漏らしたのは非色。放課後になって、セブンスミストの屋上でマスクだけ外したヒーロースーツ姿で、腰を下ろしていた。

 謝れていないどころか、失敗した時のことばかり考えて行動している。それは確かに、姉を信頼していない、と言うのと同じことなのかもしれない。

 でも……色んな事件に首を突っ込めば突っ込むほど、闇に触れれば触れるほど、この街にはヒーローが必要だと言う自覚が出てくる。

 こうして、街を見下ろしているだけでも……。

 

「……やれやれ」

 

 遠くの公園で爆発音。気が付いた非色はすぐにマスクを展開して突撃した。爆発音はしたが、実際に爆発したわけではなさそうだ。爆煙が出ている様子はない。代わりに、ゴミ箱やベンチなど公園の設備が吹っ飛んでいる。

 規則性があるとは思えない……つまり、能力の暴走。

 

「うわああああ! 止まらなーい!」

 

 公園の街灯の上に立つと、中心では小学校高学年くらいの子の片手から目に見えない何かが放たれ、周囲のものを弾き飛ばしている。

 公園内で遊んでいた子供達も巻き込まれかねない。その為、まずは周囲の子供達を公園から出す……! 

 直後、宙に舞い上がったベンチが、子供達の元に落ちているのが見えた。

 

「!」

「うわっ……!」

 

 すぐに、その子供達の前に着地し、ベンチをキャッチする。

 

「! 二丁水銃……!」

「カッケー!」

「はいはい、ありがとう。とりあえず落ち着いてね!」

 

 そう言いながら、子供達をベンチの上に乗せていき、そのベンチを担いで公園の生垣を飛び越え、強引に外に出た。

 

「なるべく遠くに逃げて!」

 

 そう言って子供達を逃してから、すぐに公園に戻る。暴走している子供を前に、サングラスの機能を使い、AIM拡散力場を視認。そこから安全なルートを選んで突撃すると、子供の身体を抱えた。

 暴走がどうしたら止まるかなど分からないが、こうなったら吐き出すだけ吐き出させれば良いだろう。

 そう決めて、子供を抱えたまま、空にジャンプした。

 

「うわっ……う、二丁水銃⁉︎ た、たたた叩かないで!」

「叩かないよ! 俺が叩くのは、悪い奴だけ!」

 

 高度400メートル程で身体は止まる。なんという高さ……と、子供は呆気にとられる。人生でここまでの高さに来たことなんてないだろうから。

 

「た、高っ……!」

「大丈夫、落ち着いて。この高さまで来れば、学園都市も綺麗に見えるでしょ?」

「う、うん……!」

「夜だともっと綺麗だよ」

 

 そう答えて落ち着かせた直後だ。手から出ていた能力が止まる。落ち着いたからか、それとも能力を使い切ったからかはわからない。何にしても、一件落着だろう。

 

「ところで、二丁水銃」

「何?」

「着地は?」

「衝撃に備えて」

「えええええええ⁉︎」

「冗談だよ」

 

 そう言うと、もうすぐ地面に……と、予感する地点まで落ちてたから、非色は盾を真下に放り投げた。回転しながら地面に向かった直後、ゴインっと跳ね返って非色の元へ。

 その盾を足場にして、真後ろにバク宙しながら受け身を取り、地面に着地した。

 

「うえっ……ぷっ、よ、酔った……」

 

 子供をおろしてから、また地面に当たって真上に跳ね返る盾に糸状にした液を飛ばし、自分の方に引き寄せてキャッチし、胸に戻した。

 

「ふぅ、よし。大丈夫?」

「あ……ありがとう……」

「多分、警備員が来ると思うから、一応検査受けるように。じゃあね」

 

 それだけ言って、非色は大きくジャンプをし、近くのビルの上へ。

 例え悪意がなかったってこれだ。能力開発なんてやっているから、事故の多さも名古屋を超える。

 だから、ヒーローをやめるわけにはいかない。

 

「……はぁ、でも……」

 

 姉のためにも、弟をやめるわけにも……と、思っている時だった。

 

「今日は黄昏れておられていますのね」

「っ……し、白井さん……」

「佐天さんから連絡を受けましたわ。言い過ぎて凹ませちゃったかも、と」

「いや……そんな気にしてないし……」

「そんなしょぼくれた声で言われても、説得力なんてかけらもありませんのよ?」

「……」

 

 そう言いながら、ビルの上で腰を下ろした。

 

「……まぁ、姉ちゃんのことだよ」

「予想はしていましたが。謝らないんです?」

「うん、いやまぁ……謝れば良いのは分かるんだけどさ……」

「うん。まぁ……謝るつもりなんだけど……でも、佐天さんに言われたことが、やっぱりちょっと引っ掛かって……」

 

 他人を信じていない……というのは、その通りなのかも、なんて思ってしまった。自分は確かに他人に頼るという発想がほとんどない。それは見方を変えれば、他人を信用していないって事なのかもしれない。

 

「……俺、人間不信なのかな……」

「そうかもしれませんわね」

「うっ……は、ハッキリ言うね……」

「ハッキリ言わないと相談を受けている意味がないでしょう」

 

 それはその通りだわそんなことない、なんて言われても気休めにしかならない。

 

「まぁ……あなたの考えも、もしかしたら間違っていないのかもしれません。何せ、私も固法先輩も、あなたが見てきた景色は見ていないのですから」

「……」

「ヒーロー活動をこなす上で、もしかしたら私達が想像もしない地獄を見たのかもしれません。あなたが思う以上に卑劣な輩がいたのかもしれません」

 

 その通り。ヒーローと違って、悪党がやれる事は誘拐、人質、脅迫なんでもござれだ。それを大人がやるのだからタチが悪い。

 

「でも、少なくとも私も固法先輩も、あなたに巻き込まれて、仮に怪我をしたとしても……最悪、命を落としたとしても、あなたを恨むことはありません」

「っ……」

 

 そう微笑みながら告げられ、非色は頬を赤らめてしまう。嬉しいやらでも困るやらで少し複雑……でも、そこまでの覚悟を決められているのなら、やはり話すしかないか……。

 大丈夫、何かあっても、自分が守れば良いだけの話だから。

 そう覚悟を決めて、とりあえず姉に謝ろうと思った時だ。スマホが震えた。公衆電話からだ。

 

「ごめん、白井さん。電話」

「あら」

 

 マスクと同期させて、応答した。

 

「もしもし?」

『非色くん!』

 

 なんだろう、尋常じゃない声……というか、佐天の声? 何故、公衆電話から? と、何か嫌な予感がする。もしかして、姉関係で義憤にかられたのだろうか? 

 

「どうしたの?」

『助けて!』

「……わかった」

 

 そのセリフに事情は分からないものの、頷いておいた。

 

 ×××

 

 唐突な事だった。インディアンポーカーを買ったら、急に知らない人達に襲われたと思ったら、今度は金髪の女の人に助けられてしまった。

 だが、今度は手強い相手から追われ、敵の姿も見えないまま血を流し始めてしまった。自分だけならともかく、一緒にいる金髪の女性が、だ。

 このままじゃ、やられてしまう。狙われているのは自分……それも、最初は眠らされて連行されそうになった以上、自分は生捕りのつもりだったのだろうが、守ってくれている女の人は殺されるかもしれない。

 そんなの嫌だったから、二手に別れることを提案すると、こちらの覚悟を汲んでくれた。

 

『足手まといにしかならない無能力者も、命を投げ打つ覚悟があるなら、立派な戦力って訳よ‼︎』

 

 そのまま作戦通りに動き、自分はパニックに紛れて逃げることが出来た。

 でも、あの人はまだ戦っている。……それなら、自分も戦わないといけない。今、無能力者として自分が出来ることは一つしかない。

 偉そうに説教した相手に助けを求めるのは、本当に申し訳ない。住む世界が違う人達の戦闘……おそらくだけど、二人とも自分と同じ無能力者なのに、あそこまで激しく血みどろの争いになるなんて、自分は何も分かっていなかった。

 だから、本当に謝りたいけど。謝っても謝り足りないかもしれないけど、助けを求めることにした。

 

「佐天さん」

 

 ビルの真下で心配そうに上の様子を眺めていると、上から声が聞こえる。

 

「! 非い……ヒーロー君」

「ヒーローに君付け?」

 

 言いながら、自分の前に降りて来る。少し気まずい……と、目を逸らす佐天。本当にどの口で協力を求めるのかわかったもんではない……が、そんなことまるで関係ないように非色は聞いてきた。

 

「で、どいつが敵?」

「っ……狙われてるのは、私だけど……今、戦ってるのは、あそこ」

 

 そう言って佐天が指差したのは、ショッピングモール。ガラスの一部分だけ割れている。

 

「お願い、友達を……助けて。金髪の外国人の子!」

「……もちろん。白井さん」

「はいはい」

 

 いつの間にいたのか、佐天の後ろには黒子がいた。

 

「佐天さんをよろしく」

「お任せ下さい」

「じゃあ、行ってきます」

 

 そう言って、非色はビルの方へ跳んでいった。

 なんだかんだ、黒子にもちゃんと頼っているところを見てしまった。なんだか、学校での自分の発言が尚更胸に刺さってしまった。

 そんなのが、顔に出ていたのだろう。

 

「気にすることありませんわよ、佐天」

「え……?」

「あなたが仰ったことも間違いではありませんし、あのお方はきちんと受け止めていますので」

「……」

「それより、参りましょう。狙われているのなら、こんな所で悠長にしているのも危険ですわ」

「……うん」

 

 そう言って、黒子と共にテレポートした。

 

 ×××

 

「ッ……!」

 

 金髪の少女……フレンダと暗部組織スクールのスナイパー、弓箭猟虎の戦闘は、激しさを増していった。

 ほぼ互角の攻防戦。フレンダは我ながららしかないことをした自覚はあったが、あの年下の少女はただこちらに頼りっぱなし、守られっぱなしじゃなかった。

 まぁ……これで負けて死んでも悔いがないと言ったら嘘になるけど……でも、あの子を恨むことはない。

 そう決めて、戦闘を続ける。お互いの肉弾戦となり、弓箭の蹴りを回避して手刀を放ち、それを受けられるとボディに拳がきて、それをいなして蹴り返し、それがガードされるも、後ろに下がられる。

 距離を置かれそうになったので、小型爆弾を放る。すると、その爆弾を見事に弓箭は撃ち抜き、爆発して煙が広がった。

 

「ちっ……!」

 

 まずい、とフレンダは奥歯を噛み締める。……いや、この後敵は接近戦を仕掛けてくる。もうそろそろあの子も離れた頃合だろうし、ちょうど良いだろう。

 次の奇襲を敢えて受けて転がり、起爆させる……! と、思った時だった。パリィンっとガラスが割れる音。

 

「っ⁉︎」

「誰……⁉︎」

 

 自分と、おそらく近くに潜んでいた弓箭の声が漏れる。いや、誰かなんてすぐにわかる。このタイミングで窓から介入。まず能力者。その上で、アイテムのメンバーは今日のことを知らない。何せ、自分はプライベートだし。

 それ故に……敵の増援……! と、奥歯を噛み締めた時だ。

 

「双方、手を引いて」

 

 この声……と、フレンダはすぐに理解した。前に殺そうとして失敗した標的……あれ以来、自分の上司の様子がおかしくなった奴。

 

「二丁水銃……!」

 

 フレンダが奥歯を噛み締めた直後だ。その男に手を向ける弓箭が目に入った。助ける義理はないし、むしろ大きな隙になる。

 弓箭がレーザーを撃つのと同時に、自分はあの女をぶっ飛ばす……! と、作戦を立てた時だ。

 そのレーザーを、ヒーローは鋼鉄の手で弾き飛ばした。

 

「……は?」

 

 いやいや、あの光線銃は人の体に軽く穴を開ける。なんだ、あの手は……人間をやめたのか? 

 なんて思ったのも束の間、今度はヒーローが自分が距離を詰めようとした弓箭の間に割り込み、弓箭に手のひらを、そして自分に水鉄砲の銃口を向けた。

 

「手を引けって言ったよね。友達に怖い思いさせられて、結構頭にきてるよ俺」

 

 確かに、前のおちょくってるような声音ではない。マジのトーンで自分と弓箭を見比べていた。

 

「なんであんたが出張ってくるわけ?」

「その顔、見覚えあるなぁ。相変わらず派手な真似してるみたいだね」

「ちっ……無視?」

 

 ダメだ、動けない。爆弾を起爆して逃げる? いや、多分爆弾じゃ殺せない。普通に煙の中から出てきて、捕まって終わりだ。

 それなら……投降した方が身のためか……と、思った時だ。

 

「……そっか。佐天さんの友達って、君だったんだね」

「佐天……⁉︎」

「心配してたよ。君の事。だから助けに来たんだけど……」

 

 まさかあの子、ヒーローと繋がりがあったとは……! と、フレンダは冷や汗をかいた。まさか、売られた……いや、繋がりがあったと言っても、ヒーローの正体は誰も知らないはず。

 あの子、なかなか危なっかしい性格をしているし、何度も助けられているうちに顔を覚えられたってところだろうか? 

 何にしても、そこまでの敵意は向けられていない。

 

「そうと決まれば……今回の問題児はそっちの子か」

「っ……!」

 

 言われて、ヒーローがジロリと弓箭に目を向けた。敵ではない……もちろん、味方でもないが。しかし、それだけでここまでこのヒーローが頼もしく見えるとは、とフレンダは少しだけホッとしてしまう。

 弓箭は完全に勝てないと理解しつつも、ヒーローに吠える。

 

「な、なんですあなた? 関係ないでしょう!」

「あるよ。ヒーローは、あらゆる悪事を止める存在だから」

「思っていた倍くらい痛々しい方……!」

「投降するなら、痛い目見ないで済むけど……どうする?」

「っ……もちろん、こうするだけです!」

 

 不意打ちをかまそうが無駄なのに、とフレンダが思ったのは案の定だった。弓箭のレーザーを容易く避けつつ、手のひらから液体を放ち、体を拘束した。……というか、今、手から出た? と、フレンダは唖然とする。

 

「よし、終わり。じゃあ……警備員に……」

 

 と、非色が声を漏らした直後だった。コツ、コツと足音が聞こえる。

 

「おい、弓箭。何をしている」

「! 誉望様……!」

 

 今度こそ、敵の一味のようだ。名前を呼ばれたその男の頭にはゴーグルがついており、冷徹に自分とヒーローを見下ろしていた。

 

 



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それもある種の逃げだよね。

 唐突に現れた大能力者。頭にヘッドギアをしている男は、ヒーローを視界に収めた。

 

「……ヒーロー……なるほど、弓箭では荷が重い」

「……ええ。超人の恐ろしさは、嫌と言うほど思い知らされていますので」

 

 何せ、自分達のリーダーにも一人、超人の知り合いがいる。その超人の恐ろしさはとんでもない。何せ、引き金を引いた後の銃弾さえも避けられるレベルの瞬発力、片手でトラックを止める膂力、パラシュート無しで高度2000メートルから飛び降りても活動可能な耐久力……と、はっきり言って関わり合いになりたくない相手だ。

 それ故に、誉望の判断の早さは流石の一言だった。

 

「ヒーロー。俺達は撤退する。お前もその女を守りたいのなら、引いたほうが良いんじゃないか?」

「何その頭の奴。何のコスプレ?」

「世界で一番、お前にだけは言われたくない」

 

 というか話を聞いているのだろうか? 

 

「そんなのダメに決まってんじゃん。お前もこの子も捕まえて警備員に突き出す。こんな騒ぎを起こした奴を互いに利があるからって逃すかよ」

「やめておけ。お前の力は俺たちもよく知っている。その上で、その女を守り切って戦えると思うか?」

「ハンデがあっても戦うの怖い人?」

 

 煽って来るものだ。というか、戦う気満々、と言った所か。何にしても、あれだけの殺意を秘められれば、素直に逃してはくれないだろう。

 ……それに、誉望としても悪い機会ではない。超能力者にはトラウマを背負わされるほどの苦渋をなめさせられたが、超人にまでそれをされるつもりはない。

 元々、自分の能力は大能力者以上である事は間違いないのだから。

 

「良いだろう。遊んでやる」

 

 それを聞きながら、ヒーローは身構えつつ、女に視線を下ろす。

 

「立てる?」

「っ、さ、触らないで……!」

「え、臭い? スーツちゃんと洗ってるんだけど毎日……」

「そういう問題じゃないって訳よ! あんた私達が前に、あんたに何したか忘れたわけ⁉︎」

「何って……え、何かしたっけ。もしかして、ファミコンの借りパクとか?」

「……」

 

 声をかけられた女……フレンダは、少しだけイラっとしたように青筋を浮かべる。

 相変わらず口が減らない男だ。何にしても、こいつは本気で自分を助けるつもりらしい。

 ……本当なら、室内にある程度、仕掛けておいた爆弾でなんとかしようと思っていたのだが……何にしても、味方ならこれ以上に頼もしい存在はない。何せ、麦野に勝った男だから。

 

「立つくらい、楽勝って訳よ……!」

「上等。じゃあ、逃げて」

「……は?」

「あいつらは、俺が相手するから」

「ひ、一人でやるつもり?」

「十分でしょ」

「甘く見ない方が良いって訳よ! あいつら、本当に……」

「いいから。逃げて。佐天さんの友達なら、失うわけにもいかない」

 

 そう返しながら、ヒーローは身構える。視線の先では、男が今の会話の最中に能力を使って弓箭の液を外していた。

 これで2対1……本当なら願ったりなのだ、逃げろと言うのは。自分ならこの場を後にするくらい楽勝だ。ましてや、ヒーローなんかに何一つ義理はない。

 なのに、何故……このまま嫌いなはずのヒーローを見捨てて行きたくない、なんて思ってしまっているのか。

 麦野も変わった。多分、ヒーローに当てられたのだろう。任務中も任務後も、自分や絹旗、滝壺を気にかけてくれるようになった。

 ……なら、自分も。妹を守る為に、少しは勇気を振り絞る事が必要なのかもしれない。

 

「……冗談じゃないってわけよ……! あんたなんかに借りを作ったら、麦野に殺されるっつーの」

「うん。じゃあ殺されそうになったらまた呼んで。その時にまた助けるから」

「違うわー! 今のは意気込み! 少しは分かったら⁉︎」

「え、いやそっちこそこっちの気持ちを……」

 

 と、思っている時だ。レーザーが飛んできた。すぐに非色はそれを片手で弾き飛ばす。

 それとほぼ同時、ヒーローは胸から円形の何かを射出。シャキン、シャキンッと金属音を立てて広がったそれは、盾となる。

 それを、投げ飛ばした。狙いは男の方。しかし、その盾は男の前で停止する。

 

「テレキネシス……!」

 

 その直後、炎を飛ばしてきた。それをヒーローはジャンプで避け、そのまま糸を飛ばして吹き抜けを利用して上のフロアへ向かいながら、銃口を向ける。

 

「あ、待ったヒーロー!」

「へ?」

 

 直後、上に行ったと思ったら、近くのぬいぐるみがカッと光る。

 えっ、なんて思う間もない。爆発した。上のフロアには、フレンダが仕掛けていた爆弾が大量にある。相手のヘッドギアの男が発火出来るなら起爆させられると思ったが、大正解だったようだ。

 

「ええええっ⁉︎ あれだけ格好つけてたのにやられちゃった訳⁉︎」

 

 思わず声を漏らした直後だ。その自分にレーザーサイト。やばっ、とすぐに近くの柱に身を隠した直後、その柱の反対側から弓箭が距離を詰めてきた。

 

「! ヤバっ……!」

「再戦です、よ!」

「ちっ……!」

 

 舌打ちをしながら、両手をクロスしつつ後ろに跳び、ガードしながら衝撃を殺した。

 しかし、身体が浮き上がり、弓箭はニヤリとほくそ笑む。ふと悪寒。後ろから誉望が迫っているのが見えた。

 なんだあのヒーロー、全然当てにならない……! と、思った直後だ。今度は3人に影が差した。

 

「!」

 

 降って来たのは、モール内の柱だ。それが、自分と弓箭で囲んでいた柱に直撃してそれをへし折り、柱がフレンダを囲む事により、敵二人と距離を置かせた。

 

「ちっ……やっぱり生きてるか」

「誰だあんなとこに可愛い爆弾置いたのは!」

 

 私です、なんて答える以上に、あれだけの爆風を受けてピンピンしているヒーローが怖かった。

 煙の中から姿を現し、片手から糸を出して地面に落ちている盾を回収しつつ、誉望に距離を詰める。

 

「ちっ……お前の相手は後だ」

「いやいや、俺以外の人の相手はやめてよ。妬けるでしょ」

 

 言いながら、ヒーローは盾を投擲。狙われたのは弓箭だが、その盾を弓箭はしゃがんで避ける。

 その隙に誉望は自身にテレキネシスを発動。空中で身動きを止めさせると同時に、炎を片手に出す。

 

「なんだ、思ったより大した事ないな、超じ……んっ!」

 

 だが、それは放たれなかった。最初に放った盾は、元々躱される予定だったからだ。壁と柱にバウンドし、死角から誉望の背中に直撃。

 演算を乱し、炎は四散してヒーローを拘束していた力が解け、それと同時にヒーローはさらに反射して自分の元にバウンドしてくる盾をキャッチして、正面に構えて誉望を押し出した。

 

「誉望さ……!」

「そこ!」

「っ……!」

 

 フレンダの廻し蹴りが、完璧に弓箭の顎に入った。グルンっと目が上に暗転し、意識を失い、そのまま後ろに倒れた。死んでるかもしれないが、今は安否を確認する余裕はない。

 というか、この高さから飛び出したヒーローがどうなったのか見に行った。ビルの外では、空中戦が繰り広げられていた。

 能力を使って宙に留まっている誉望と、壁に糸を使ってくっ付きながら、直接攻撃を仕掛けようとするヒーロー。

 目撃者が増えそう……と、思ったが、警備員が人払いを済ませている。おそらく、暗部の息がかかった部隊だろう。

 だめだ、流石に外での戦闘に自分は介入できない。とりあえず、下の階に降りて、外での戦闘を見ることにした。

 

 ×××

 

 AIM拡散力場を視認できるモードを起動した非色は、誉望が繰り出す能力を視認しながら攻撃を回避し続けた。

 壁沿いに走りながら、軽くジャンプをして、男の後ろの壁沿いに糸をくっ付け、引き寄せて蹴りを放つ。

 それを能力でガードしつつ壁の方へいなして叩きつけた誉望は、接近しつつゴーグルのコードを伸ばし、ヒーローの頭にくっ付け、電流を流す。

 

「ッ……!」

 

 普通に感電死する量の電気が流れ込んでいるはずだが、最強の電撃使いにやられた事もある非色には耐性がついている。死角から糸を出し、足にくっつけた後、下に強引に引き込んで、壁に叩きつけた。

 さらに、上から液をくっつけて貼り付けた直後、再び糸状にした液を壁にくっつけ、軽くジャンプ。そして、両腕で身体を壁に引き寄せ、両足を揃えた蹴りを叩き込む。

 能力で勢いこそ殺されたものの、そのままガラスをぶち割って再び建物内に入った。

 叩き込まれた誉望は、能力を使って強引に受身をとる。そこで目に入った、コロコロと転がってくる球体。

 

「!」

 

 直後、破裂。グレネードの類と読めていた誉望は、周囲に能力でガードを張る。その判断は正解だった。破裂したのは奴が使う拘束用の液体だったから。

 しかし、それによってガードが薄くなったのは否めない。正面から盾が飛んできて胸に直撃し、後方に弾き飛ばされた。

 

「グッ……!」

 

 正面から飛んできて正面から跳ね返った盾を、後から入ってきたヒーローは殴り飛ばし、さらに誉望の肩に直撃。さらにそれを今度は蹴り返して腹に当ててきた。

 

「調子に、乗るな!」

 

 すぐに正面にガードを張ったが、今度はヒーローは盾に廻し蹴りを放って跳ね返し、柱と壁をバウンドして誉望の後ろから直撃した。

 今度は前に転がされたわけだが、それはまずい。非色の間合いに入ってしまい、ボディに蹴りをもらって柱に叩きつけられた。

 トドメ、と言わんばかりに液が発射され、そのまま柱に括り付けられる。

 

「終わりだよ。もう諦めたら?」

「っ……!」

 

 マズい、と誉望は冷や汗を浮かべる。このままでは本当に警備員の御世話になる。それは裏から手を回せば問題ないが、それ以上にヤバいのはリーダーにバレる事だ。

 スクール二人がかりでこのザマ……しかも、それなりの大きさの騒ぎ。粛清されるかも……と、冷や汗を流す。

 そんな時だった。コツ、コツ……と、ヒールの音が聞こえてくる。ハッとして顔を向けると、そこに立っていたのは自身の組織の一員だった。

 

「随分と手こずったのね」

「っ……すまない……!」

 

 赤いドレスの女……心理定規。他人との心の距離を決められる、恐ろしい能力を持つ女だ。自分達の帰りが遅かったからか、様子を見にこられてしまったらしい。

 

「平気よ。まさかその子が絡んでくると思わないもの」

 

 既に能力を使用しているのか、ヒーローは動かない。ただただ、心理定規の方を眺めている。

 

「動けないでしょう?」

「っ……」

「今、私はあなたとあなたの恋人さんくらい、距離を縮めているの。そのまま動かない方が、あなたの身のためであり、心のためよ?」

 

 相変わらず恐ろしい女だ。強引に人との心の距離を詰めるため、誰であっても動けない。

 何せ、人間は何だかんだ自分のためにしか動かないからだ。目の前のヒーローだって、正義ヅラしているが好きな女がもし悪事に手を染めたら見逃すに決まっている……と、思った時だ。

 心理定規の身体に、液が射出された。

 

「!」

「なっ……⁉︎」

 

 この液を飛ばせるのはヒーローしかいない。つまり、あの男は恋人に向かって自身の武器を飛ばしたことになる。

 

「甘く見るな……! 俺は、彼女だろうと姉ちゃんだろうと、悪事に手を染めてたら迷わず止める……!」

「ちっ……!」

「辛い生き方ね。ヒーローごっこの癖に、自分を殺すだけよ、そんなの?」

「悪党ごっこをするだけの、あんたらよりマシだ!」

 

 そう言って距離を詰めようとした直後だ。ドンッ、と背中に赤い穴が空いた。

 ドシャッ、とその場に倒れ込み、そのまま意識を失う。背中を撃たれたのは初体験なこともあり、修復に時間がかかる……いや、修復が終わる前に死ぬかもしれない。

 

「……そういうことか」

「そう。否菜くんにも頼んでおいたの。……いくわよ。ピンセットの情報は別のとこで見つかったわけだし」

「ああ。弓箭は?」

「もう回収したわ。金髪の子はいなくなっちゃったけど……あんまり関係ないみたいだし、放っておきましょう」

 

 誉望の能力で液を外し、そのまま二人はそのフロアを立ち去る。否菜……もう一人の超人……ピンセット? 何それ……でも、金髪さんは無事で良かった……と、思いながら意識を手放した。

 

 ×××

 

「あーあ……あれだけ格好つけてやられてちゃ、世話ないって訳よ」

 

 そう声を漏らしたのはフレンダ。狙撃を警戒するために、一度スモークを張ってから、ヒーローの体を射線が通らない場所まで動かす。

 本当は死なせたって良いのだろうが、今日は借りがある。背中を止血しながら、ふとフレンダはヒーローの顔を見る。このマスクの下……気になる。

 

「にひひっ、まぁ減るもんでもないだろうし……!」

 

 ニヤリとほくそ笑んだフレンダは、マスクを掴んだ。どうやって脱がすのかなーと、思いつつ、顔をジロジロ見ていると、マスクのフレームの縁にボタンを見つけた。

 

「これ……?」

 

 何度か押してみると、マスクが解除された。その顔を見て、少し目を丸くする。見知った顔だった。確か、麦野と地下のゲーセンにいた時、ツインテールの女とデートしていた男。

 それと同時に、彼女がいたことにも少しだけ驚いてしまったり。

 

「ふーん……」

 

 美味しいネタを手に入れた……と、思いながらも、とりあえず今はそろそろ助けてやることにした。スマホを取り出し、佐天に電話をかけた。

 

 ×××

 

「っ!」

 

 ハッと目を覚ますと、病院だった。背中が痛い。でもこのくらいの痛みは問題ないし、多分もう傷口は塞がっている。入院の必要はないだろう。

 しかし……効いた。あのライフル、特注品かもしれない。否菜、という名前が出た。もしかしたら、常人では耐えられない反動を発する代わりに威力につぎ込んだライフルを使われたのかもしれない。

 

「あっ」

 

 それより、マスク……あれ、自分はどうやってここまで運ばれた? まさかとは思うが、正体がバレ……。

 と、思っていると、病室の扉が開かれた。

 

「非色!」

「非色さん!」

「非色くん」

「っ……あ、ね、姉ちゃん……⁉︎ 違っ……これはやられたんじゃなくて、ひっくり返って背中の下に剣が刺さってて怪我しただけで……」

 

 言い訳も虚しく、無視した美偉にギュッと抱き締められた。

 

「あんた、ホントもうっ……!」

「い、いやいや……このくらい」

「うるさい! 黙ってて! この姉泣かせ!」

「アッ、うん……」

 

 何せ、何日か家を開けて、久しぶりに会えたと思ったらこのザマである。

 

「……もう、お願いだから……心配かけさせないで……」

「……」

 

 そんな風に言われても、もう遅い。あの組織、何の話か知らないが「ピンセット」とやらで悪事を企んでいる。

 それを止めないわけにはいかない。おそらく今回の件、同じ暗部の金髪さんが対立していた所を見ても、学園都市からの依頼、という感じはしない。そもそも、何故佐天を追っていたかも分からないが、明らかに一般人なのに襲っていた時点で、情報不足なのは明白だ。

 その上で、非色は笑顔で答えた。

 

「分かった。もう……危険な真似はしないよ」

「……本当でしょうね?」

「うん」

 

 それを見て、美偉の後ろで黒子と佐天は顔を見合わせる。信用されてない、なんて事は分かっている。自分でも信用しないから。

 それでも、今は姉の気持ちを考慮する時間も余裕もない。

 

「非色さん、あなた……」

「信用してくれないかもしれないけど……じゃあ、マスクの没収でどう?」

「えっ」

 

 それを聞いて、美偉が声を漏らした。

 

「良いの?」

「うん。ていうか、どちらにせよ背中の修復が終わらないと思うし、しばらくは無理。背中撃たれたのなんて初めてだったし、多分、背骨も折れてる」

「……あっそう。じゃ、遠慮なく」

 

 そう言いながら、サングラスを手渡した。非色が何より恐れているのは身バレだ。正体を知っている人たちを強制的に巻き込むことになってしまうから。

 だから、マスクがないとヒーロー活動はしない。しても、ヒーローじゃないフリを出来るレベルの相手との戦闘になると思うから、そんな奴を相手にするのなら問題ない。

 

「これで安心?」

「え、ええ……」

「良かった。じゃあ、明日から休めるね」

 

 そう言って、非色は微笑む。何か企んでいる、黒子と佐天はそんな気しかしなかったが、とりあえずその日は病室を後にした。

 

 ×××

 

 その日の夜、病室の窓から抜け出した非色は、あらかじめ連絡をしておいた女性との待ち合わせ場所に到着した。

 

「こんな時間に女の子を呼びだすなんて、本当に礼儀がなってない子ねぇ?」

「ごめんごめん」

 

 現れたのは、食蜂操祈。最強の精神系能力者であり、なんやかんやで友達になってしまった子……なのだが、全く知らない代理人を操って出て来た。

 

「今日はヒーローの格好じゃないのねぇ?」

「いろいろあったからね。そっちこそ、見ず知らずの人を操ってここにくるのはやめなさい」

「バカねぇ、この時間は常盤台は門限違反なんだゾ?」

「じゃ、日を改めてって断れば良かったでしょ」

「それより、お話はなんなのかしらぁ?」

 

 さっさと本題に入れ、と言うように先に進められてしまった。

 まぁ、それならそれで構わない。

 

「姉ちゃんの記憶を消して。一週間」

「……はぁ?」

「俺に関することだけで良いから。……多分、裏ででっかい事件が起こる」

 

 裏、というのは、この学園都市の裏で暗躍している暗部達のことだ。何か嫌な予感がしている。今回のことがきっかけなのか、それとも既に途中経過の一部なのかは分からないが、たくさんの人が死ぬような、そんな気配。

 止めるしかない。だが、今姉と自分の関係は最悪だ。そんな姉に知られれば、間違いなく止められるが、今はそんな議論をしている場合ではない。

 それを食蜂操祈に頼んだのは、早い話がこちらの意図を話さずとも汲んでくれるからだ。

 頭の中を読んで全てを理解した食蜂は、目を閉じて控えめにため息をつく。

 

「……良いわよ。お姉さんの分だけで良いのかしらぁ?」

「うん。白井さんと御坂さん、初春さん、佐天さん、あと木山先生には話すから」

「あら、進歩したのねぇ?」

「食蜂さんならなんか掴んでるでしょ。次の事」

「ええ、まぁ?」

「だから、誰が相手か、教えてあげて欲しい。ていうか、俺にも教えて欲しいくらいだけど」

「で、万が一にも巻き込まれそうな時、適切に対応できるようにして欲しい、と?」

「そう」

 

 逃げるか、戦うか、保護してもらうか、そのどれかは可能だろう。それに、美琴か黒子が一緒なら何とかなるだろう。

 

「……わかったわぁ。まったく、損な役回りねぇ」

「ごめん」

「気にしないで。……でも、その手の嘘は自分に返ってくるわよ?」

「大丈夫」

 

 それだけ話して、非色は病院に戻った。本当に、姉には申し訳ないと思っている。

 でも、仕方ない。自分が平和に暮らしている間に、誰かが命を落としているのなら、少しでもその人数を減らす努力をしないといけない。それが、力を持つ者の義務だ。

 そう強く宣言して、黒子達に話をするため、明日の予定を空けてもらうことにした。

 

 



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配慮する相手は選ぼう。

久しぶりの投稿なのに短くてすみません。


 トリガーとなったのは、あらゆる関係者にとって死角になっていたデパートの施設だ。そこにいた人材派遣の青年が「グループ」の土御門元春に捕まったことから始まった。

 その人材派遣を下部組織が護送している際……その護送車両の中に、突如として現れたゴーグルの少年、誉望万化。それが……少年の両手を切り落とした。

 

「ぐっ、ああああああ⁉︎」

「……残念だ」

 

 別に助けに来たわけではない。本人は助けられると思っていたらしいが、口封じに来ただけである。

 すでに護送の人員も全員倒したし、あとはこの男だけ。懐から銃を抜き、銃口を静かに眉間へ当てた時だ。

 ガタンっ、と車が大きく揺れた。直後、自身の体を浮かせて倒れ込むようなことはなかったが……すぐに理解した。攻撃されていると。

 どうせ両腕を切り落とした後。放っておいても出血多量で死ぬだろう。なら、敵に備えるしかない。

 そう思い、扉を破壊して外に出た直後だ。顔面に見覚えのある盾が飛んで来る。

 

「っ⁉︎」

 

 反射的に首を横に傾けて避けた直後、視認出来ない速度で突っ込んできたのは、ヒーロー。テレキネシスで止めようとしたが、その勢いは止まらなかった。胸に片膝をもらい、車の中に戻された直後、顔面に拳を叩き込まれ、失神させられた。

 

 ×××

 

『片付けた。警備員呼んで』

「了解。仕事が早いのねぇ?」

 

 授業を受けながら、食蜂操祈は適当な返事をする。彼への協力のため、色々と遠距離から情報を流す役割である。

 しかし……まさか本当に美偉の記憶を消させられるとは思わなかった。この子も中々、手段を選ばない。

 

『こいつから得られる情報は多い。食蜂さんなら出来るでしょ?』

「ええ。……けど、良かったのかしらぁ?」

『何が?』

「結局、白井さんや御坂さんにも伝えてないんでしょう?」

『……』

 

 情報収集の役割を担っている際に見つけたのは、これから何かが起ころうとしている事に「スクール」の垣根帝督が絡んでいると言うこと。

 つまり、学園都市第二位の超能力者だ。それと分かるや否や、誰にも相談することをしないで作戦決行に乗り出た。

 

『だって……危ないでしょ。御坂さんでも危ないって』

「あなたは危なくないつもり?」

『大丈夫。……今回は、ちょっと容赦する余裕がないと思うから』

 

 今までは容赦している、と言わんばかりの口ぶりだが、まぁ確かに優しい子だしパンチ一発で人を殺すことさえも可能なのだからキープしていたのは嘘でもないのだろう。

 それを意図的に外すのは結構だが……それでも垣根帝督に勝てるつもりなのだろうか? 

 ……食蜂自身、別に彼とは長い付き合いでもないが、どうも様子がおかしい気がする。

 

「あなた、ヤケになってないでしょうねぇ?」

『ないよ。……ただ、そもそも子供に殺しを命じる暗部って存在が気に食わないだけ。だから容赦しないって決めてんの』

「……それは分かるつもりだけれど、あなたも子供であることを忘れないように。良いわね?」

『……分かってる』

 

 ……分かってなさそうだが……まぁ、それをどうにかする為に自分は協力している。このアホなヒーローは自分が守る。そう思いながら、とりあえず仕事をする事にした。

 

 ×××

 

「なーんか、最近誰かのことを忘れてる気がするのよねー?」

「そ、そうなんですか?」

 

 初春飾利と一緒にパトロールをする固法美偉は、そんなことを呟く。

 

「そうなのよ。家に見覚えのない男の人のパンツとかあるし」

「えっ……そ、それは怖いですね……?」

「怖いわよほんとに……あと、私の部屋に男の人の部屋があったり、初春さんが通ってる柵川中学の制服があったり」

 

 固法美偉は、頭の中で弟の存在を消されている。だから、何故か家にそういう名残のようなものがあっても記憶にないのだ。

 だが……流石にここまで誰かと一緒にいた形跡があると、もしかして同居している人のことを忘れてる? となるものだ。

 

「えっ、それ……」

 

 だが……初春飾利は非色を忘れていない。だから、すぐにピンと来た。それ全部多分、非色のものであることを。そして、非色に関する記憶を消されていることを。

 犯人? それは勿論、察しがついている。非色に依頼された食蜂操祈だろう。あの二人に絡みがあることは知っているから。

 

「……また何か勝手な事してるなぁ……」

「? 何が?」

「あ、い、いえっ、なんでも……!」

 

 隠して良いのだろうか? 話した方が良い気もする……いや、話した所で騒ぎになるだけだ。非色がそこまでするほどの相手なら、絶対に黒子や美偉、そして美琴に佐天も動き出す。

 ……だけど、少し前に佐天が誘拐されたこともあったけれど、明らかに戦い慣れた二人組がバチバチやり合っていたらしい。最終的に二丁水銃も介入し、デパートに大きな被害が生じたらしいが、そんな被害を出したのはヒーローの暴れっぷりだけではない。

 つまり……プロの殺し屋レベルが暴れた後、ということだ。

 

「……」

 

 言った方が良い。そんな渦の中に、非色を一人で行かせるわけにはいかない。

 

「あ、あの……」

「ねぇ、あれ何をしているのかしら?」

 

 声をかけた直後、それを遮るように口を開いた美偉の視線の先では、タクシーの運転手と小さな女の子が揉めていた。

 

「ここで降ろして降ろしてって言ってるのに、どうしてミサカを離してくれないの⁉︎ って、ミサカはミサカはほっぺを膨らませて抗議してみたり!」

「そ、そうはおっしゃられても、目的地までの料金を既にもらっている以上は……」

「その言い訳の隙にミサカはミサカは逃亡を図ってみる!」

 

 そんなやりとりの後、女の子の方は走ってどこかへ逃げ出してしまった。

 

「ちょっと、見に行きましょうか」

「そ、そうですね……」

 

 仕方ない、揉め事を解決するのも風紀委員の仕事だ。まぁこの件を片付けてからでも良いだろう、と初春は美偉と共にあのアホ毛の女の子の後を追った。

 

 ×××

 

 チームの1人、海原光貴が消息不明になった事を確認したが、グループのメンバーは特に捜索を開始することはない……はずだった。だが、この中で一番動きそうにない男が舌打ちをしながら立ち上がる。

 

「チッ……仕方ねェ」

「あら、どうしたの?」

「救援が必要だろォが」

 

 一方通行が、杖をつきながら首を左右に倒す。それを見て、結標淡希が意外そうな顔で声を掛ける。

 

「何よ、助けに行くの? 意外ね」

「うるせェ」

 

 忌々しい事だが、見捨てる気にはならない。自分をぶっ飛ばしたくせに、自分の病室に一々、顔を見せに来ていたあのガキならそうする、そう思うと行く気になると言うだけの話だ。

 ……まぁ、もっとも土御門の話によれば、変身能力を持っているのでどこかの組織に潜り込んでいるらしいのだが。

 だが、その自分に土御門から声が掛かる。

 

「待て一方通行」

「アア?」

「下部組織から連絡が入った。人材派遣が消えたらしい」

「……どォいうことだ」

 

 土御門が捉えた男の事だ。この男の手で犯罪組織が作られてしまった為、捕獲して何をどうするつもりだったのか尋問するつもりだったのだが……残念ながら、そうもいかなくなったらしい。

 

「なら、尚更海原は必要だろ。アイツが潜り込ンでやがる連中なら人材派遣もいンだろ」

「いや、残念ながら人材派遣を連れ去ったのはその組織じゃない」

「どういうこと?」

 

 結標にも問われ、土御門は実に楽しそうな声でわざわざ丁寧に現場の状態から説明を始めた。

 

「現場は、襲撃された車のボンネットに大きな凹みがあり、窓ガラスが破られてヘッドギアをつけた男が拘束されている状態らしい。……つまり、正面から車を強引に抑えた後、様子を確認するために車から出ようとした男を急襲し、気絶させてから中の人材派遣を連行した、ということだ。ご丁寧に警備員まで呼んでそのゴーグルの奴は逮捕されたそうだ。……胸への一発で肋を折られて、顎への一発で顎骨にひびが入っているらしい」

 

 嫌な予感、と一方通行は冷や汗を流す。土御門も、それは楽しそうな顔をするわけだ。

 

「シンプルな暴力と、不殺主義に通報……何処かの誰かが思いつかないか?」

「……勿体ぶらずに言いやがれ」

「二丁水銃以外いないに決まってるにゃー」

「……チッ、あのバカ」

 

 何をしているのか。偶然見かけただけにしては手口が鮮やかすぎる。つまり……事前に情報を得ていて、自分から首を突っ込んで何かをしようとしているのだろう。

 

「あら、あなたあのヒーローと知り合いなの?」

「うるせェ」

「知り合いどころか一回負けた相手だにゃー」

「黙りやがれ」

「えっ、あのヒーロー結構やるのね……」

「イイから、さっさとあのクソガキ探すぞ」

 

 自分が電話をすれば、おそらく出てくれるだろうが。携帯を取り出し、耳にあてがう。案の定、すぐに出た。

 

『もしもーし、アッくん?』

「うるせェ。殺すぞ」

「まずは挨拶大事でしょアッくん」

「相手は年下なんだからそんな凄むなよアッくん」

「お前らも黙ってろ」

 

 ていうか、スピーカーにしていないのに耳が良過ぎる。何にしても、さっさと話を動かした方が良い。

 

「テメェ、今何処にいる?」

『え? ヒーローのアジト』

「それが何処だって聞いてンだよ」

『あの、周囲に黄泉川さんとかいない?』

「いねェよ」

 

 警備員に知られちゃまずい、とか思っているのだろう。こっちだってそんなことを知られたくはないのでそこは安心して欲しい。

 

『木山先生のラボ……って言って分かる?』

「アア。そこにいろよ」

『あーごめん。それは無理。もう直ぐ出ないといけないから』

「テメェ、今度は何に首を突っ込ンでやがる」

『……あ、そっか。アッくんなら強いから相談してみても良いかな』

「アア、話せ」

 

 初めて学園都市第一位の称号が役に立った気がした。こちらとしては非色にも手を引いて欲しいまであるのだが、まぁ言って聞くやつではないのでそこはスルーだ。

 

『今、スクールって連中が利用してた人材派遣って男が目の前にいるんだけど……まーこいつが結構、悪いことしててね』

「……スクールだ?」

 

 そんな奴らがいるのか、と少し面倒な話になる。

 

『メンバーは4人。そのうちの1人は肋折って顎砕いたから残りは3人。人材派遣が仲介して雇ったのは「砂皿緻密」。スナイパーだよ』

「……それを使って何をするつもりだ」

『そこまではまだ分かんない。俺もこれから第二位にちょっかい出しに行く』

「第二位だと? オイ、バカお前何しに行くつもりだ!」

『目的が何にしても捕まえて吐かせれば万事解決でしょ』

「テメッ……待ちやがれ! オイ!」

『もう行かないとだから。アッくんも手伝ってくれるならスナイパーの方よろしく』

 

 切られてしまった。この野郎は本当にどこまでも勝手だ。

 

「上ッ等だあの野郎……!」

「何か分かったのか?」

「敵はスクールって連中らしい。第二位、それから人材派遣で雇ったのはスナイパー。その人材派遣は木山って奴の研究施設にいるらしい」

「結標、木山の研究室を頼む。俺と一方通行でスナイパーをなんとかする」

「はいはい」

 

 本当に困る。あのガキ、ちょっと分からせてやろうか。

 

 



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