マスターとマシュの一時帰省 (ノウレッジ@元にじファン勢遊戯王書き民)
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マスターとマシュの一時帰省
日本が東京と言えば、地球全域を見回しても類を見ない超大都市だ。
総人口は1000万を超え、都の公務員数は20万人に迫る程。経済規模や治安の点でも群を抜いており、世界でも上位5位に入ると言われる。
反面、人口が密集しすぎており、パンデミックのような人口密度が密接に関わる点には脆弱でもあるのだが、今回は関係無いので割愛。
複数回に渡る人理修復を乗り越え、藤丸立香は一時的な里帰りをしていた。
地元・東京には観光名所こそ多数あるが、今回の目的は観光より人里を巡るという意味が強い。
「お待たせ、マシュ。はい、クレープ」
「ありがとうございます、先輩」
どちらかと言うと、今回は人間社会で暮らした事の無いマシュを案内するためだ。
特別な名所はそれだけデータがあるし、何ならVR等で疑似体験もできる。土産物だっておやつや置物以上の価値を見出すのは難しい。
何よりカルデアに約20年滞在し続けた彼女に重要なのは、実地体験だ。古代ローマや聖地エルサレムも良いが、どうせこの21世紀に生きているのなら、東京やニューヨークも見聞きして欲しい。そう願ったマスターが、里帰りの際に連れ出したのである。
「次はどこへ?」
「そうだねぇ、自宅に帰るのは明日だし……。次は動物園とかどう? 博物館も近くにあるし、この辺は美味しい物も沢山ある。ちょっと電車に乗れば山奥や海にも着くよ」
「素晴らしいです! 先輩の地元は先輩のように最高なのですね!」
「いやぁ、どうだろ……」
マシュに褒められるのは嬉しいけど、東京に思い入れは特には無い。
そも自分が生まれ育ったのはここから離れた比較的閑静な住宅街であり、大都会は中学を卒業してからの関係なのである。
まぁ、彼女が喜んでいるのだ、ここは素直に受け取ろう。
「お昼も近くなって来たし、一度どっかでお昼にしよう。どこ行く? マック、モス〇ーガー、大〇屋、〇き屋、吉〇屋、サイゼ、すか〇らーく、デニ〇ズ。何でもあるよ、この辺! あ、円亀もあったかな!」
「それでしたら、その……、前から一度食べてみたかった物が……」
「何々?」
「あれ、なんです……」
おずおずと少女が指差した先には、日本で一番チェーンを広く展開している7と11のコンビニエンスストアが。
「……もしかして、コンビニ弁当?」
「はい……」
成程、牛丼やパスタやうどんはカルデアでは作って貰った記憶はあるが、しかしコンビニ弁当という完成した一個の製品は流石に無い。
ワンプレートに詰め合わせた米と肉と少しの野菜なんて、栄養面を考えるオカン達のメニューでは考えられない。確実にエミヤママに怒られて婦長から指導が入るだろう。
「うん、良いよ。一緒に飲み物とおやつも買おう。イートインがあるコンビニ探す? それとも公園かどっかで食べる?」
「折角ですし、イートインというのを体験してみたいです!」
「OK! ならデザートにアイスとか付けちゃおう!」
マシュがそれを欲するなら是非も無い。そう言えば自分もコンビニ弁当なんていつ以来か。
折角だ、資金もそれなりにあるし、デザートのアイスはハー〇ンダッツにしてしまおう。
「先輩、先輩!」
「何?」
「私、お昼が済んだらプールに行ってみたいです! それからゲーセンやショッピングモールも!」
「うんうん、良いよ」
目をキラキラさせながら言うマシュに、否を唱えるつもりは欠片もない。今なら“キラキラのシールダー”として名を馳せそうな彼女の笑顔を、どうして曇らせる事ができようか。
マスターとして彼女の願いは、全面的に叶えたいというのが藤丸立香何某の本心であった。
「後は黒ひげ氏が言っていたショーパブという謎の施設にも興味があります!」
「黒ひげぇっ!!」
ただし例外はある。
☆
これ、美味しいです! と後輩は笑った。
何の変哲も無いコンビニの焼き鳥に。
これ、楽しいです! と後輩ははしゃいだ。
やり込んで飽きたゲーセンの筐体に。
これ、凄いです! と後輩は驚いた。
いつの間にか慣れてしまっていた街角の巨大ビジョンに。
これ、面白いです! と後輩は微笑んだ。
売ろうと思ってそのままになってたギャグ漫画に。
これ、可愛いです! と後輩は破顔した。
幼稚園の時に流行った古いぬいぐるみに。
これ、これ、これ……。
後輩は事あるごとに笑い、驚き、興奮し、和み、そしてまた笑った。
思っていた以上に彼女は良い反応を繰り返してくれた。
(自分は、思っていたよりずっと恵まれていたのかも知れない)
まるでタイムスリップした昔の人のように、マシュははしゃいで楽しそうに全てを謳歌している。
それだけで東京に連れて来た甲斐があるというものだ。
マシュにはもっと沢山の思い出を作って欲しい。哀しい事はもう無くなって欲しい。
彼女の残り数十年が祝福され、幸運に溢れ、いつも笑顔に……。
「マシュ、日本は楽しい?」
「はい、とっても!」
「良かった、連れて来た甲斐があったよ」
満面の笑みで返す彼女が、永劫その相貌を崩す事がありませんように。
☆
実家の両親は、連れて来たマシュに対して非常に好意的であった。
まぁ無理もない。マシュはあの輝けるフィン・マックールが求愛する程の美人だし、気立ても良い。健気で努力家で、更に日本語もできて礼儀正しいと来た。これで悪印象を受ける人はよっぽどのヘソ曲がりか捻くれ者だろう。
「ねぇ、マシュ」
居間でお茶を一服していたマシュに、先輩が声をかける。
「はい」
「また、日本に来ようね」
「はい!」
だからそんな可愛い後輩には、もっともっと楽しい思い出を作って貰いたいと願うのは間違いではあるまい。
日本に、いや世界中にある楽しい事を片端から経験して貰って、人生に笑顔の花畑を咲かせて欲しいのだ。そうして彼女には紛う事無き人間として生きて欲しい。
ふふっ、と立香は微笑みながら、携帯端末を起動させた。
「さて、それじゃあ明日の予定なんだけど」
言いかけた瞬間、メールが届いた音がした。
カルデアから連絡のようである。
「ん、メールだ」
「誰からでしょう?」
「待って、読んでみる」
電子メールを開くと、どうやらカルデアに早く帰って来てくれというSOSのようだ。
差出人は新しくカルデアにやって来た新規マスター候補生の1人。ところどころ綴りや文法が滅茶苦茶な所を見ると、相当慌てて打ち込んだらしい。もしくはパソコンの使い方がよく分からないのかも知れない。
画像データが添付されているが、正直怖くて開けない。見るのは後にしよう
「あー、新入マスター達が助けてって」
「もしかして仮契約の英霊の皆さんを怒らせてしまったのでしょうか」
「多分……」
休暇に入るにあたり、時計塔から新しくやって来た新マスター数名を思い出す。
誰も彼も英霊に敬意を払わなさそうとは思ったが……。
(上から目線は絶対駄目って念押ししたのになぁ)
どうやら休暇は切り上げる事になりそうだ。
「これ多分、明日カルデアに戻るパターンかも」
「そうですか……」
「でもマシュ、絶対また、日本に来ようね!」
「はい!」
まぁ、そういう事もあるだろう。
長い人生だ、また何度でも東京に来れば良い。
未来は、良くも悪くも白紙なのだから。
とっぴんぱらりのぷぅ
マシュには幸せになって欲しい侍
隣にぐだもいて欲しい祭り
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