日常系は推理モノより事件が多い!? (あずきシティ)
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【1話】部室は共用!?

俺はただの高校2年生、鈴木善治だ。

 

俺の通う高校は文化祭も終わり、樹木は赤く色づき始めた秋本番だ。いよいよ高校生活も折り返し、進路のことも考えなければいかんなぁ……。

 

そうは思いつつも、まぁ真剣にはなれない。まだ先だしなぁ……。

だらしないと言われそうだが、そう思う同志は多いと思うぞ。

 

 

 

さて、今現在、体育館に全校生徒が集められて学校行事が行われている。どうやら生徒会の選挙らしい。

え?もっと関心を持てって?確かに3年生が引退し、生徒会の選挙も同期が出ているのだが、それにしたって知らん人だ。だいたい立候補者が少ないし、生徒会長に至っては立候補したのも1人だけ。信任投票だから、どうせ当選だしな。

会長候補が何やら改革がどうのこうのと言っていたが、まぁ言うだけだよなぁ……。

恐らく、この体育館にいる全校生徒がそう思っているだろう。現実はそんなもんだ。どうせ言ってる本人もそうだろう。

しかしまぁ……今年の会長候補は女子だし、しかもかわいいな。常に笑顔だし、軽くゆるく巻いた髪がとてもいい。明るい声のトーンも好きだ。

どうせ知らん人だが第一印象が良いだけで投票用紙の信任に○を付けるのも躊躇いがなくなるというものだ。

 

……あれ?あの会長候補ってどっかで会ったこともあるような気はするな……。

まぁ同期だし、そりゃ見たことくらいあるか。

 

生徒会長候補には好印象、他の生徒会役員候補にはまったくの印象は無いまま演説会は終わり、教室で投票とホームルームがあり、今日の授業は終わりとなった。

この後、選挙の開票作業があるらしい。結果は全員当選で見えているが……。

 

 

俺の放課後は、というと今日は週に一度の部活だ。部室は移動教室で使われる教室だ。

部室のドアをガラッと開けると1年生たちの「おはようございます!」と元気な声が飛んでくる。なんか気恥ずかしいな。軽く会釈しながら部室の隅に行く。

 

先輩だから堂々としろと言われそうだが、残念ながら俺は彼ら彼女らの先輩ではない。ややこしい話だが、種明かしをしよう。

 

今、元気な挨拶をしてくれたのは演劇部員だ。

そして俺は文芸部員。学校の後輩ではあるが、部活の後輩という訳ではないのだ。

 

しかし演劇部と文芸部の部室は共用で、礼儀正しい演劇部員たちは俺にも挨拶をしてくれている。そんな状況というわけだ。

もともと演劇部も文芸部も部員が少なく、俺が入学する前は一つの部活で劇団文芸部だった。

 

俺としては、何か部活はしなくちゃと微妙な焦りと、社会に出るときに何かしら面接でも受けることがあったときの話題が欲しい。

しかし精力的な活動はしたくない。

幸いにして、文字を書いて話を作るのは苦手ではなかったし、人数が少ない劇団文芸部で脚本担当という裏側ポジションでこっそり部活をしようと思って入部した。

 

ところが、同期で劇団文芸部に入ろうという人間が多く、いっそのこと演劇部と文芸部に分離してしまおうということになってしまった。

俺は人前に出るのは苦手だし、書くのを目的に入部したのだから文芸部員になった訳だが、どういうことか俺以外は全員演劇部員になった。せめて5人くらいは文芸部員になってくれると思ったんだがな……。

 

 

以上の経緯と文芸部の活動内容から大々的な部室は不要と判断され、部活としては分離したはずの演劇部と文芸部は結局、同じ部室を使うこととなった。

 

その後、俺1人となった文芸部は週1回だけ活動……と言っても普段は何もすることなく演劇部の観客だ。

文化祭ではさすがに何もしないのももったいないので、小説を書いて同人誌を作った。後はそれを無料配布する。以上、終わり。

 

そんな部活と言っても良いのか分からないレベルの活動をしてきただけだった。

ま、これはこれでお気軽に部活を続けた実績を手に入れられるしいいか。

そんな軽い考えしかないもんだから、全国津々浦々の真面目にやってる文芸部員の皆様にはお詫び申し上げたい。

 

そうは思いつつ、今日の部活も演劇部の観客だ。ちなみに今日の演劇部にはもう進路が決まったらしい先輩が遊びに来ていた。

「リキ!お前はもうちょい力抜け!!抑えろ!!!」

失礼、先輩は遊びに来たのではなく、熱いご指導をされているようだ。

舞台にひたむきで後輩たちを厳しく指導している。

あんな先輩を見ると、ほんのちょっとだけ羨ましくなるが、まぁ俺だったら耐えられないかな。

 

 

部活が始まり数十分。生徒会選挙の結果が校内放送で流れた。まさしく予想通り、全員が信任で当選とのことだった。

一応、今日の気になることは終わったし部活は終わりにするか。

俺は荷物を片付けて、真面目に活動する演劇部に挨拶をして部室を後にした。

 

 




どうも~
あずきシティです。

青春系なものを書いてみたくなり、こんな作品を世に送り出すことにしました。

色々「オイオイ」と言いたくなる部分はあるかもしれませんが、それはまぁフィクションということで。

これからしばらくよろしくお願いします。


日常系を書くわけなんですが、コロナウィルスや感染症対策で学校がお休みになって
この日常系も日常じゃないなぁとは思いますね……。


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【2話】廃部決定

生徒会選挙から1週間、やっぱり何も変わらないなぁと思いつつ、再び部活の日がやってきた。週1回の部活だ。

演劇部はなんだか大会が近いらしく、いつもより盛り上がっている。熱血指導していた先輩は今日もお出でのようだ。

「ふーん……で?……それで心に響くと思ってんの?」

かなり厳しい熱血指導だなぁ

ちなみにこの熱血指導している先輩は庄司先輩といい、ぱっと見は、柔らかい物腰と親しみやすいタメ口で、舞台さえ絡まなければすごく優しい男性だ。

女子からもモテるとかなんとか……。

フツメンでも人間、中身がしっかりしてれば良いんだなぁ……。

 

「お、鈴木ー来たか。」

おっと珍しく庄司先輩が俺を呼んでる。こういう時は演劇部の手伝いでも頼まれるもんだが……

「さっき、上田が来て文芸部の部長に用があるってよー。生徒会室に来いってー」

「へ?上田?」

思ってもない方向から思ってもない話だな。ってか上田って誰だ?

 

俺が頭にハテナマークを飛ばしていると、庄司先輩は若干、蔑んだような目をしながら補足説明してくる。

「1年の時、演劇部にいた上田江美。今は生徒会長の」

あっ、あの生徒会長か!というか演劇部にいたのかよ……。道理でなんか見たことあるような気はしてたんだ。話した覚えとかは、ほとんど無いんだがな。

 

庄司先輩はあくまで俺が思い出す思い出さないは無視して続けた。

「よく頑張ってたし、なんで辞めたかなぁ……まぁそれはともかく、俺は言ったからな。先週から毎日呼び出しに来てたしな。」

 

生徒会長が毎日、呼び出しに来ていたって果てしなく嫌な予感しかしないじゃないか……。というか毎日来ていたのを知ってる庄司先輩も毎日来ているということだよな。暇なのかな。いや熱い先輩なんだということにしとこう。

 

 

 

俺は生徒会室に向かうとする。

さすがに、事故とはいえ1週間近く、呼び出しをガン無視していた訳で、事と次第によってはタダじゃ済みそうにないしな。そういえば、そもそも生徒会室ってどこだっけ?普段、用がないから場所もあまり分かっていない。

とりあえずここだっけ?というところに行くと「生徒会室」と札がある。ビンゴみたいだ。

一応、ノックしてみると中から声が聞こえる。演説会で聞いた明るいトーンの女の子の声だ。

促されて入室すると、会長が1人で待っていた。一応、挨拶してみるか……。

「失礼します。文芸部の鈴木です……」

すると、会長は朗らかに笑いながら明るいトーンで話しかける。

「あははは!鈴木くんどうしたの?そんな他人行儀で?」

「え?」

「部活は違うけど部室は同じだったじゃん!…ってそっかー。ほとんど話すこと無かったもんね~」

会長というからには堅苦しい人かと思ったが、そうではないらしい。あまりのフレンドリーさに呆気にとられる。

 

「じゃあ初めまして!生徒会長の上田江美です!よろしくお願いします!」

「ど……どうも……」

「同期なんだし、そんな緊張しないで!会長はえらいとかそんなんは無いから!はい!リラックス!」

緊張というか、あまりにフレンドリー過ぎて、軽く引いている。

まぁ話しかけるだけで事案とか言われるより、よっぽど良いんだがな。

ただ相手は生徒会長だし、こんな世間話をするために呼んだ訳じゃないだろう。

 

「で、会長」

「会長じゃなくてー出来れば名前が良いかな?」

「じゃあ上田。何で文芸部を生徒会室に呼び出したんだ?」

「あぁ~、その話ね。」

 

上田はもうちょい雑談をしたくもあったみたいだが、残念ながら俺がこれ以上、女の子と話すネタがない。上田は特に残念そうな顔をするわけでもなく、明るいトーンのまま話をし始めた。

 

 

「じゃあ本題からね。文芸部は廃部対象になりました!」

 

はい!?急になんだって!?

 

「まぁアレよ。今時働き方改革とかどうとかっていう先生方の事情で、活動内容などから部活として実績とかがない部は廃部にしようみたいな流れなの。」

 

なるほど、モロで大人の事情なんだな。で、その矛先が俺しか部員のいない文芸部に向いたと。確かに上田からしても大して活動していなかったのは知っているだろうし、仕方ないか。

 

「分かった。いつで廃部なんだ?」

「そうよね!?到底受け入れら……え?」

「まぁ大人の事情には抗えないよなぁ。で、いつなんだ?もしかして今日いまこの時か?」

「時期は来年度末なんだけど……そうじゃなくて!」

 

廃部なんだよな?何が言いたいんだ?

 

「悔しくないの?一応、1年半やってきたのよね?」

 

悔しいっちゃ悔しい気もしなくはないが……

 

「そもそも、廃部は上田の意向だろ?そういえば演説会でも改革がどうとか言ってたし……」

 

先生からすれば、大人の事情も受け入れて言うことを聞く、いい生徒会長を手に入れたもんだな。そんな風にも思ったが、上田は最初の朗らかな笑顔が消えていた。

 

「はい!?廃部が意向なわけないでしょ?私はあくまで言われただけで本当は廃部とかそういうネガティブなのは嫌いなの!」

 

どういうこっちゃ?

 

「つまり先生方の意向は部活は潰したいし、学校行事も減らしたい。で言うことを聞きそうな私を生徒会長にしたの。」

 

うぉう……急に闇だなぁ……。

 

「ただそんな大人の事情で私たちの青春を邪魔されたくないじゃない?だから表向きは言うことを聞くけど本当は戦いたい!そんな大人の事情に流されたくないの!」

 

なるほどな……。大人の事情に抗いたい気持ちは分からなくもない。上田の人となりが、まだ100パーセント掴めてはいないが、悪い人では無いみたいだしな。

とはいえ、こんな話を打ち明けられたところで何をすればいいのか分からないのもまた事実だ。直接聞いてみるか。

 

「……で、俺はどうしろと?」

「来年度末までに廃部にならないような実績を作る。」

「なるほどな……。実績なく廃部なら実績を作れと。」

「簡単でしょ?」

 

上田はそう言いながら元の明るいトーンに戻っていた。

だが、それって言うのは簡単でも実行するのは難しくないか……。

 

「じゃあ今日は忙しいところ来てくれてありがとう!頑張ってね!!」

「……頑張ってってどうやって実績を上げるかは考えてくれないのか!」

 

「………」

 

少し間が空いた後、上田はまるでキラキラな星でも出してるかのように

 

「てへっ☆」

 

と満面の笑みを向けた。

 

すべて忘れられそうな素敵な笑顔だった。俺はそんな上田に見送られ生徒会室を後にした。

 

 

 

 

って待て!よく考えたらめんどくさい部分は俺に丸投げで上田のリクエストを聞いただけじゃないか!

あれ?

俺もしかしてうまくハメられた?

 

 




大人の事情 VS 青春



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【3話】ダンゴムシ食べたい!

上田からの廃部宣告から1週間、また部活の日がやってきた。

 

いつも通り、部室で演劇部員たちの挨拶に小声で返しながら隅っこの文芸部活動スペースに向かう。

文化祭前は一応、小説を書いたりもしているが、今は完全にフリーの時期だ。

部室で座って、大会が近い演劇部を眺めて、帰るだけ。ごくまれに演劇部の台本をチェックしたりすることもあるが、ほぼ活動はしていないに等しい。

取り潰しになるのも納得と言えば納得だし、来年度末に廃部なら俺が在校生の間は関係ないじゃないか。

 

そんな風に思い、演劇部の練習風景を眺めること約20分。

 

庄司先輩の熱い指導が入る。

「リキ、だいぶ良くなったな!あとナイスフォロー!」

前に庄司先輩は厳しい熱血指導と言ったが、褒めるときはちゃんと褒めている。ここらへんが、やっぱり信頼されるのだろう。

 

と、そんな風にのんびりしていると、部室のドアが開いた。

反射的に演劇部員が「おはようございます!」と挨拶をするが、入室してきたのは演劇部員ではなく上田だった。

なんで生徒会の会長さんが部室に?演劇部に復帰か?

 

「お邪魔しまーす!」

 

上田は明るく挨拶しながら、俺の元に来る。え?目的は俺か?

上田は文芸部活動スペースに来て近くのイスに座る。そして普通に俺に話しかけてきた。

 

「去年と変わってないな~。何もしてないでしょ?」

「まぁな。否定は出来ない。」

「確かに先輩がいたわけでもないし、何をどうしたらいいか分からない今時の若者みたいになるのも分かるわ」

 

今時の若者なのはお互い様じゃないか。

 

「で、上田はここに何しに来たんだよ。」

「鈴木くんに会いに来た!」

「はい!?」

「っていうのは冗談で、文芸部のことよ。」

 

ほんの一瞬、動揺してしまった。というか上田は案外、お茶目なんだな。生徒会長という堅苦しい肩書きの人間とは思えない。ちょっと不安なところでもあるが。

 

「きっと『実績上げろ』って言われても何をしたらいいか分からないだろうなぁって思って様子を見に来たのよ」

 

俺の考えはお見通しかよ。

 

「で、実績をどうやってあげるかの方法は見つかった?」

 

うげぇ……。そうストレートに聞かれると困るな……。俺表情を見て、答えを聞く前から上田はしゃべり出す。

 

「やっぱり図星ね……。確かに1人で考えても何も思いつかないだろうし、大人の事情が相手だから覆すのは難しいって気持ちも分かるわ……。」

 

俺がそこまでやる気じゃないだけなんだがなぁ……。上田はとても好意的に解釈してくれているみたいだが。

 

「もしかしてなんだけど……鈴木くんは文芸部で1人だし、そこまで力も入れてないし、卒業と同時の廃部なら、それもアリかなーっとかて考えてる?」

 

前言撤回。すべて見透かされているみたいだ。

 

「あはは!やっぱりね~。」

 

割とクズな面がバレたような気もするのだが、上田は朗らかに笑う。ここまでお見通しの上で乗り込んでくるって……会長としての器はある人間なんだなぁ。

 

「でも、それじゃダメ。前も言ったけど、大人の事情に抗いたいの。だから来たってわけ。私のわがままだから私も協力する。」

 

確かに廃部に反対なのは俺より上田の方だな。だからそれを行動で示しているというわけか……。

 

「悪いけど拒否権は無いわよ?」

 

どうやら逃げ場はないらしい。まぁ上田は信用も出来そうだし、そこまで言うなら俺も廃部にならないように出来るだけ頑張ってみるか。

 

「で、何をしたらいいんだ?」

「ほら~それ!鈴木くんは文芸部の部長なんだから自分で考えてみなよ!」

「くっ……もっともなことを……」

 

いきなり言われても難しいな……。

 

「じゃあ単純に、廃部にならない部活ってどんなだと思う?」

「うーん……まぁ部員がいっぱいいれば無くならない?」

「そうよね~どこか絶対に廃部にしなければいけないってなったら、部員が100人以上いる吹奏楽部を廃部にしようとはならないよね~。じゃあ文芸部も部員を増やしてみたら?そうね~30人も集まれば廃部なんて声上がらなくなるわ!」

「30人て……うちの学校、兼部はアリだし幽霊部員でも在籍してればOKか?」

「あのね……一応、仮にも生徒会長に幽霊部員はアリかなんて聞く?」

「……ごめん。」

「まぁ私からOKとは言わないけど、そもそもあと29人も入部届を書いてくれるアテがあるの?」

 

確かに言われてみれば怪しい。

 

「それに幽霊部員が明らかになったら、それをネタに先生たちが廃部に動くと思うわ……」

 

確かに、あり得なくはないな……。つまり部員30人なら活動する部員を30人集めろと……。一応、実は演劇部にゴーストライターはいるんだがなぁ……。それで1人……。あと28人とは、まぁ無理な相談だ。

 

 

「俺、ダンゴムシ食べたい!」

そうか……ダンゴムシか……って、え?今の庄司先輩?

「あ、庄司さんの代役みたいね」

上田が解説する。どうやら休んだ部員の代わりに庄司先輩が練習に入ってるらしい。

上田も気になって見てしまうようで、結局この場面の練習風景を10分近くずっと見てしまった。

 

「つい見ちゃったなぁ。文芸部のために来てくれたのにすまんな。」

「いいわよ~。庄司さんの小学生役なんて見れないしさ~。今日はいいもの見させてもらったわ~」

 

俺は少し申し訳なくなったが、上田は笑いながら流す。ついでに話題も流れてしまった。

 

「さて、私もそろそろ生徒会長の仕事に戻らなきゃ。じゃあ鈴木くん、文芸部の実績作り考えておきなさいよ~。私も手伝うからさ。また次の活動日ね。ばいはい!」

 

まぁ当然っちゃ当然だが、やっぱり考えるのは俺の仕事か……。部員30人なんて出来るのか……?というか次の活動日も上田は来るつもりなのか……。会長になったからって大変だなぁ……。

 

 

ん?上田は最後に「生徒会長の仕事に戻らなきゃ」って言ったな。ここに来ていたのは生徒会長の仕事としてではないって意味か?それとも単なる言葉のあやか?意外と上田は何も考えていないような気がするし、何も考えていないように見えるだけなのかもしれないし……。分からないな……。




ごめんなさいサブタイで釣りましたww

生徒会長の上田さんはなんでこんなに文芸部に肩入れするんでしょうねぇ……
まぁ大人の事情に抗いたいからなんだろうけども……


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【4話】ツブヤイター

前回の部活から1週間が経った。また部活の日がやってきた。

しばらくしたら上田がまた来るだろう。それまでにこの1週間で考えたことを整理しておく。

 

そもそも文芸部の部員を30人というのが無理な相談だ。こんな得体の知れない部に入る人間が30人もいるなんて思えない。

さらに言うと、俺の持論なだけかもしれないが、文章を書くということ、それ自体のハードルが高いのだと思う。

こんなこと言うとまた全国の真面目な文芸部に申し訳ないが、俺は何かを書くときに、適当に書いている。確かに部活ではあるが、プロになるつもりなんてない俺はゆるーくでいいと思っているのだ。

だが、この状況を知らない人間からすると敷居が高く感じてしまうのかもしれない。

 

「おはよーございまーす」

 

そうこう考えをまとめているうちに、上田が挨拶をしながら部室に入ってきた。

なんかもうナチュラルに部室に溶け込んでるな。まぁもともと演劇部員だし、何も違和感がないというのも大きいが。

さて、せっかく来てくれた上田には申し訳ないが、やっぱり部員を大量に増やすことは難しいことを伝える。

 

「なるほどね……。確かに部の性質的にもたくさん部員を……ってのは難しいね。」

 

と、肯定してくる上田。これだけでも珍しく部活のことを真面目に考えた甲斐があるね。

コウテイペンギンの赤ちゃんをモチーフにしたキャラクターが流行るのも納得だ。

ただ、上田は会長らしく、そこから一言付け加える。

 

「ただずっと1人で活動は寂しいんじゃない?いろんな意味で」

 

まぁ確かにな。上田が入部してくれたら面白そうだし、生徒会長パワーも使えそうだが。

 

「私は入らないわよー。そもそも部活と掛け持ち出来るほど生徒会長は楽じゃないし。」

 

そりゃあ残念だ。

 

「ただ、文芸部を何も知らない人には確かに敷居が高く感じるっていうのは当たってるわね。活動自体はゆる~くなのか、キビキビやるのか……っていうのは鈴木くんの部なんだから鈴木くんが決めたらいいけど、外からまったく何も分からないっていうのは『あ、この部面白そう♪』みたいな興味すら持たれにくいと思うのよね……。」

 

確かに、それは分かっているんだが……。

 

「今年は無理にしたって、来年、新入生来て欲しいじゃない?」

 

まぁそりゃ、俺だって先輩って呼ばれ頼られたいみたいな願望も0ではない。

 

「だったらまず文芸部が何をしているか。宣伝していくところからじゃない?」

 

なるほど。得体が知れないならまず知らしめようということか。

 

「何をしているか分からせてあげて、それでも部員が集まらなければ、また違う手も考えましょ。それにこれ以外の方法も同時並行でやるわよ!」

「そうだな……。というか、そもそも論だが、うちの部が何やってるかってどうやって宣伝するんだ?」

「え~そこから~!?もうしょうがないなぁ……スマホ貸して」

 

なんだかんだ言いながら上田は案外、ノリノリである。

俺からスマホを受け取ると、サクサクと何やら作業する。3分ほどでスマホは返ってきた。

 

「はい!文芸部のツブヤイターアカウントを作ってあげたわよ!」

「お……おぅ……ツブヤイター?」

「え?まさかツブヤイター知らない?」

「一応、それは知っているが……やったことはないな……」

「今の世の中、SNSを活用しなきゃ。ツブヤイターならユーザーも多いし、これ以上ない宣伝が出来るわよ」

「は、はぁ……」

「これからは部活の日は必ずツブヤイターで活動内容をつぶやきなさい!いい?」

「は、はい……」

 

半ば強制的に了承してしまった。SNSとかろくにやってないし、なんだか難しいな……。

 

「今日の分はつぶやいといてあげたから、次からはちゃんと自分で考えてね!あと私の連絡先も入れといたから。」

 

今日の呟きは代わりにしてくれたのか……。それをお手本にやるっきゃないな……。後で確認しておこう。

 

「じゃあ私は生徒会の仕事に戻るからね!それにテストもあるし、しばらく部活は無しだから、テストも頑張るのよ!じゃあ、また次の部活でね!」

 

上田はそう挨拶して、部室から出て行った。やっぱりここに来てるのは生徒会長としてではなく上田個人として、という意味なのだろうか……。

ん?テスト……?やべぇ忘れてた。部活が2週間休みになる引き換えにとんでもない爆弾が飛んできたな……。まぁテストこそ範囲も決まってるし、なせばなるでどうにかするしかないな。

 

 

 

っと帰る前に今日の呟きを確認してみるか。

 

 

頼もしい助っ人と来年度の作戦会議!

次の活動は定期テスト後だよ!!(部長 鈴木)

 

 

 

これ……本名出していくスタイルなんだな……。ご丁寧に俺と上田の手と机の紙だけ写ってマジで会議してる感は出てる。頼もしい助っ人……なのも、まぁその通りだしな。

これからは、これに続くように呟くのか……。ハードル高いぜ……。

 

 




私はツイートするタイプのSNSはやってませんからね。
この鈴木くんの気持ちはめっちゃわかります。
でも生徒会長こと上田さん、鈴木くんによると、とっても明るい雰囲気の人みたいですしね。こういわれちゃうと断れない部分はあるのかもしれないっすね~


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【5話】休憩とか書いてるお城みたいな建物

さて、何週間かぶりに部活の時間がやってきた。

ん?テストの結果?知らんな。気にしたら負けだろ。

とりあえず、何かをツブヤイターに呟くために何かしら活動をしなければならないが……。

 

そうは思いつつも俺の関心は演劇部の練習へ。

なにやら庄司先輩とうちのゴーストライターという野郎2人が2人して小学生の女の子を演じているようだ。

 

「こないだ街で先生見たよ~」

「あたしも見た見た~なんか男の人と一緒に歩いてた~」

「私が見たときは男の人と2人でお城みたいな建物に入っていったよ~」

「なんか休憩とか書いてた~」

 

どうやら2人してアドリブが楽しくなっているらしく、中身が中身だけに先生役の女の子がとても困り果てている。

やがて何かを決心したのか飛び出していく。

 

「あの男とは別れたわよ!!そんなことより柿本さん!今日は三者面談でしょ?おうちの人にプリントは渡した!?」

 

先生役の子はなんだか吹っ切れたように突入し、話題を豪快に変えた。うまく庄司先輩他1名の悪乗りを自然にぶった切りやがった。

 

 

 

「って鈴木くんはいつまで演劇部の覗き見してるの?」

 

うわぁ!びっくりした!?いきなり上田から声をかけられてついビクッとしてしまった。

 

「ちょっと!?人の顔を見てそれって失礼なんじゃない!?」

「あ……あぁすまんすまん!つい……ってかいつ来たんだよ?」

「ついさっき。お城みたいな~のくだりあたりで。真面目に練習してたから静かに入って来ちゃった。そしたら案の定、鈴木くんには気付かれなかったわけね……」

 

上田は、ほんの最初の方はプンプンと怒っていたが、すぐにいつもの柔らかい雰囲気に戻る。

 

「まぁ、仕方ないわね。劇に人を引き込む力があるのは事実だし。それだけ鈴木くんが夢中だったなら彼らも役者冥利ってヤツだろうからね。でも、文芸部の活動に戻るわよ。」

「はいはい……」

「で、ちょっとコレ見て」

 

上田は俺に何やら新聞を渡してきた。そして一つの記事を指差す。

 

「これ、中学の時の友達なんだけどね」

 

そう紹介され記事を呼んでみると、別の高校の制服を着た女子が写っている。内容は、何やら当人が書いた作品が何かの賞を取ったということだった。

 

「この子ね、文芸部なんだって」

「つまり、俺も何か賞を取れと?」

「その通り、よく出来ました~♪」

「おいおい冗談は……」

「まぁ何かしらの賞、直樹賞とか芥河賞でも取れば、学校も認めてくれるでしょ♪」

「さすがに直樹賞、芥河賞は無いだろ……」

「でもさ、まず文芸部なんだし何かしら書いて、それを知らしめるために、何かしらに応募をするっていうのは大事じゃない?」

「それは一理ある。」

「あと、根本的な話なんだけど活動が週1回は少ないわよね?さすがに休日やりなさいとまでは言わないけど、せめて週3回くらいは活動した方がいいんじゃない?これは何か用事があるなら無理にとは言わないけど」

 

特にバイトとかをしているわけでもないから、特段の用事はない。

上田と会えるのが週に3回になるなら、それも面白そうだと思った俺を誰が責められよう。

 

「週3回も大丈夫そうね。じゃあそれでいきましょう。これまで通り私が週1回来てあげるから、毎週新しい作品を用意すること。」

「毎週新しい作品を書けと!?」

「うん!長編書くなら6週間で終わらせる事ね!」

「案外、キツいこと言ってないか?」

「そう?もう仕方ないなぁ……じゃあ誤字脱字のチェックと、どっかしら新聞か何かへの投稿くらいはしてあげるわ。」

 

結局、上田に押し切られて俺は毎週新しい作品を書くことに同意してしまった。

というか部活が週3回でも上田が来てくれるのは、週1回だけなのか……。

ちょっと残念……って俺は一体、何を期待しているんだか。

 

「じゃ、私はそろそろ生徒会に戻るから。」

 

と、上田が退席しようとしたところで庄司先輩がやってきて、止める。

 

「11月〇〇日はヒマか?」

 

庄司先輩は突然、上田と俺に同時に予定を聞いてきた。その日は数週間後の日曜日で特に予定は無い。

 

「俺は特に何も……」

「私も何もないです!」

「じゃあ演劇部の地区大会があるから、観に来てくれ!場所は……」

 

庄司先輩は断る暇を与えないまま場所と時間を伝えてきた。

そういえば去年もそうやって演劇部の舞台を観に行ったなぁ……。まぁ暇だし今年も観に行くか。

 

「庄司さん、退部した私にも声かけるって……」

「舞台は観てもらって初めて成り立つからな。退部とか関係ない。」

 

観てもらって初めて成り立つか……。

なるほど。文芸部としての俺は書いたらOKというスタンスで来たが、演劇部員だった上田からしたら、書いたものが読まれて初めてOKというスタンスなんだろうな。

だからここまでSNSを活用したりするアピール術を思いついたりするのかもしれない。

結局、庄司先輩から詳しいことを聞いてから上田は去っていった。

 

 

そういえば上田はなんで演劇部を辞めたんだろうな……。見た感じわだかまりがあるとか人間関係が……という風には見えないし。

気にはなるし庄司先輩なら何か知っていそうだが、そこをズケズケと土足で踏み入れるほど俺は野暮じゃないつもりだ。

いつか信頼関係が出来てから上田自身から語ってくれることを期待しよう。

 

 

それよりも今は突然、上田から1週間で作るよう言われた新作の創作が最優先だ。




生徒会長からの指示はとにかく書け!ということ。
これ、受験で作文の試験がある人(高校受験とかそういうレベルね)はわかっててほしいんだけど「とにかく書く」は案外役に立ちます。
作文なんて試験によって問題も全然違うし練習しても意味ないやん
って言いたいかもしれませんが、何かしら書く っていうのを続けていれば自然に文章能力が出てきます。
作文苦手やしポイ!って人はとりあえず日記を書くとかそういうことでもいいから始めてみましょう。

今回の鈴木くんは書くこと自体はそこまで苦でもないなんて言ってますが
じゃあとにかく書いて!と生徒会長のアドバイス。
まぁ廃部でもいっか なんて言いながら可愛い女の子に頼まれると断れないんですね~
気持ちはわかるw


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【6話】ショッピングモール

それから毎週、上田が来るのに合わせて短編小説のようなものを用意する日々が続いた。基本的に放課後や休みの日にスマホや何かのメモ帳にネタやら小説を書いて、それを部活の日に部室のパソコンに打ち込んでいく。それが間に合わないときは、手書きの原稿用紙に書いて上田に渡した。上田が来るのは週1回と言ってはいたが、原稿を受け取ると、じっくり読みたいからとそのまま持ち帰り、次の活動日にそれなりの感想を用意して俺に伝えてくれた。実質、上田と会うのが週2回に増えた格好だ。

 

必ず読んでくれる人がいて、しかも感想も用意してくれるというある種の安心感と謎の責任感から真面目に創作をしてしまう。

部活の日以外も、何かしら書いたり考えたりしてるから、ある意味で部活が毎日になったような気分だ。

 

 

そんな風になって数週間、ある土曜日の晩に上田から連絡が来た。連絡先を交換しても向こうから何もなかったし俺も何もしなかったから、こうして連絡を取るのは初めてだな。

 

「明日の演劇部の地区大会は観に行くの?」

 

おっと……すっかり忘れていたぜ。ここんところ珍しく部活が忙しかったからな。明日は暇だ。幸いにも今書いてる新作は割と順調だし1日サボっても大丈夫だろう。

「観に行くつもり」と返信する。すると上田からまた返信が来た。

「せっかくだから演劇部に差し入れを買いたいんだけど、一人で選ぶと不安だから一緒に行かない?」

 

お……おぅ……。いや目的もハッキリしてるし、特に深い意味は無いんだろうなぁ。上田は、ちゃっかりしてそうだし、俺の役目は荷物持ちだろう。

俺たちは地区大会の会場になっている高校の近くのショッピングモールで朝待ち合わせることとなった。

 

「おはよう~ちゃんと来てるわね~」

と元気そうに上田は現れた。そういえば上田の私服を見るのは初めてだな。

 

「まぁな。で、差し入れって何を買うんだ?」

「それを決めてもらおうと思って鈴木くんを呼んだの♪」

 

マジか……。上田って意外とノープランなんだな……。まぁ、ショッピングモールなら色々選べるし時間的にも見て回る余裕もありそうだ。

 

「個別包装の方がいいわよね……」「舞台で疲れるだろうから甘いモノがいいかしら……」「タケノコの山とキノコの里ってどっちがいいかしら……」

 

上田は色々なお菓子を真剣に見比べながら選ぶ。

これを見ている限り、少なくとも上田は何か揉めたりして演劇部を辞めたというわけでは無さそうだが……。

ただ円満なら辞める理由が無いような気もするし。なかなかに謎だ。

むしろこれを題材に何か書きたいくらいだが……。それを上田に見せるわけにはいかないし、そもそも真相を知らないから書けないな。

 

しばらく悩んでから、レジに行く。買ったのはチョコレートをラングドシャクッキーで挟んだお菓子だ。甘さは遠慮しないタイプを買ってみた。

 

「甘いもの好きだったらいいけど……」

 

上田のとても小さな独り言はレジ店員の声にかき消された。

ちなみにお会計はワリカンとなった。俺は同じ部室ということでお世話になっているし俺が買うべきと言い、上田は上田で、そもそも自分が言い出したからと言い結果的にはワリカンになった。大した金額じゃないし別に良かったんだけどなぁ。

まぁ人にはそれぞれ主義主張もあるしな。

彼氏に「他の男から奢られるな!」とか言われてる可能性だって……。

 

 

そういえば上田って、そもそも彼氏いるのか?なんだか急に心がもやっとしてきたぞ。知りたいような知りたくないような……、まぁ今はそれを聞けるほどの仲かどうかもまだ怪しいし、それについてはいったん保留とするか。

 

地区大会の会場である女子校に着くと上田は迷う事なく、劇場として使われているホールに向かう。ついて行くか。

 

「迷わないんだな。」

「まぁね~去年に何度か来てるし、勝手知ったるなんとやらよ。」

「差し入れはどうするんだ?」

「私たちは一応、部外者でただのお客さんだから、受付に預けちゃうわ。」

「へ~。」

 

そう言うと、ホールに入り受付にいた、他校のどっかの学生に差し入れを渡してテキパキと名前を書いてその紙も渡した。

 

「慣れてるな。」

「まぁね~去年、受付の手伝いとかもしたしね。あ、ちゃんと差出人は鈴木くんと私にしといたから!」

「そりゃどうも。ありがとうな」

「お礼を言うのは私の方よ。今日は付き合ってくれてありがとう。」

「どういたしまして。」

「それじゃ、お芝居見ましょ」

「だな」

 

ちょうど前の高校が終わり、ホールのドアが開く。俺たちはホールに入り適当な席に陣取り観劇させてもらうことにした。

 

 

舞台の感想については文句なく面白かった。それに感動もさせてもらった。家族の話やらアンドロイドの話やら、これは舞台を観た人じゃなきゃ通じないだろうなぁ。「広くてすてきな宇宙じゃないか」というその作品は有名な劇団の脚本らしいから、興味があれば観てみて欲しい。

 

上田に至っては感動して、涙目になっている。

 

「泣いてない。泣いてないわよ!ほら、せっかくだし他の高校さんも観ていくわよ」

 

とド下手なごまかし方をしていた。ホントに元演劇部なのか?と言いたくなるが、まぁかわいいからなんだってOKだろう。上田はいつも本当に良い表情を見せてくれる。

もし彼氏がいるのだとしたら、ソイツがうらやましいレベルだ。

 

 

ひとしきり、観劇が終わると俺たちは部外者なのでさっさと帰ることにした。上田は自分の高校の成績が気になるし評論も聞きたそうにはしていたが、やがて自分から「まぁもう私は部外者か……鈴木くん帰りましょ」と言ってきた。

なんというかここまで、深入りしたがったり実際に首を突っ込む姿を見ていると本当になんで退部したんだろうなぁ……。その理由を俺は上田の口から聞ける日が来るのだろうか……。

 

帰り道も舞台の感想で盛り上がったが、上田本人の話題になることなく、その日は解散となった。




生徒会長の上田さん
良い印象だけど何かしら裏があるのかつかめない部分が多いですよね。
まぁそこが彼女の魅力なのかもしれませんが……

上田さんのそういうところに鈴木くんは惹かれているのかも知れませんね。
ってそんなことを言ったら鈴木くんに怒られそうだなwww



「広くて素敵な宇宙じゃないか」は一応出演という側で私が学生時代にかかわった作品です。ホント、楽しい作品です。高校生にも人気の作品ですし、何かしらで見ることもあると思います。もし何かで見かけたらと。

ちなみに、「広くて~」には前作と言える作品がありまして
「銀河旋律」っていうんですけどね。
らき☆べるの15話( https://syosetu.org/novel/151513/15.html )~21話で使われてますので気になるようならぜひ(という宣伝w)


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【7話】煩悩

演劇部の舞台を観に行った以外、特段変わったこともないまま、年の瀬も近づいてきた。

 

そういえば、俺が色々書いて上田に提出した作品たちはいったいどこに消えたのだろうか。何週間かの間に文化祭で無料配布した同人誌くらいの量にはなるはずだが……人知れずどっかに応募とか投稿をしてくれてるのかもしれないな。

 

今日で期末テストも終わり、いよいよクリスマス……うちの高校ではクリスマスフェスティバルという名で文化部がかわりばんこに毎日何かやるイベントがある。具体的には冬休み前の最後の一週間の放課後に軽音楽部、演劇部、ギター部、合唱部、吹奏楽部と日替わりで何かしら発表や演奏をしているのだ。文化祭は当番とかもあって全部見ることが出来ない代わりにこのクリスマスフェスティバルはじっくり楽しませてもらうつもりだ。

 

さて、そんな風に今年もラストスパート、期末テストも終わった今日はゆっくり羽を伸ばしたかったが、上田から連絡が入りそうもいかなくなった。

 

「今日は部活してください!テストもあったし今週は原稿も出来てなくても大丈夫だから」

 

さて、上田は何を考えているのだろう。本命はクリスマスフェスティバルに文芸部も参加しろ!のような気がするな。生徒会長の力を使えばクリスマスフェスティバルにもう一つ、ねじ込むことも出来そうな気がするし。

 

 

あ、そうか……。そういえば、もうすぐクリスマスなんだなぁ。

クリスマスの予定を聞かれる……なんてことは無いだろうか。俺はクリスマスはヒマしてるんだがな。向こうは暇とは限らないし難しいな……。

 

そんな風に考えていると、もはやいつもの通りに上田が部室にやってきた。そして挨拶もそこそこに何やら冊子を渡してきた。

 

「じゃじゃーん!出来ました!」

 

上田が笑顔で渡す、その冊子には俺が文化祭終わりから書いた短編たちをいい感じに並び替え、上田が良いと思った作品を選り抜きしたものだった。

 

「ほら?すごいでしょ?」

 

と上田は褒めて欲しそうに言ってくる。俺としても作ったモノが形になると嬉しい。

 

「まさか、こんなにいい形に仕上げてくれるなんて嬉しいな~ありがとう」

「喜んでもらえて何より♪よし製本するわよ!」

 

はい?製本?俺の手元にあるのはもう製本された完成品なんじゃないのか?

 

「クリスマスフェスティバルでこの本を配布するの!」

「え!?マジか!?」

「他の文化部が頑張る良い機会なんだから、一緒に乗っちゃいましょ!」

 

クリスマスの件、ではなくクリスマスフェスティバルの件だったのは、ほんの少しだけ残念な気がしたが、まぁそれはいい。

というかここまでしてもらってる俺が何かお礼をすべきかもしれないな……。

 

「さぁ行くわよ!」

 

って、どこに行くんだ?

 

「生徒会室に。あっ職員室から台車借りてきて!」

「お、おう分かった……」

 

台車?いったい何が待っているのか?そういえば煩悩にかき消されたが、製本するって言ってたな。まさか……。

 

 

「とりあえず印刷はしといたから、まずは部室に運びましょ」

 

生徒会室で俺は大量の紙を台車に積む作業をしていた。

上田は俺が色々と書いた原稿から作られた同人誌を、どうやったのかは知らないが大量に印刷しており本気で製本すれば配布できる状態にしてあった。

しかもご丁寧に適当な空き箱を用意し、そこに入れてあるため汚れたりもしていない綺麗な状態だ。

俺はその紙束を台車に積みながらも不思議な顔をしていたのだろう。上田が補足説明し始めた。

 

「気にしないで。文芸部の余った部費を使わせてもらったから!」

 

え?部費?なんだそりゃ?

 

「ほら、学校からクラブには部費が出てるでしょ?まだ今年の分がいっぱい余ってたから紙代として使わせてもらったわ。あ……ごめんね、毎年余らせてたから……」

「いや……勝手に使ったどうこうより、そんなお金が出てたっていうのが初耳なんだが……」

「え!?……言われてみれば文芸部が出来てから部費って1円も使ってなかったもんね……」

 

上田は、ちょっと暗い表情になる。まずい、気を遣わせちまったかな。

 

「いや、俺こそ何も知らなくて逆に申し訳ない。むしろ今年も部費を使わなければもったいないところだった。それに文化祭以外で何かをするっていう発想が俺には無かったし、本当にありがとう。」

「ちょっ……なんか、自分から欲しがっといてアレだけどちょっと照れるね。ほら!運ぶ前に写真撮ってツブヤイターにアップしなさい!クリスマスフェスティバルで配るよ!ってアピールして存在感を見せるのよ!」

「はい、了解。」

 

俺は言われたとおりに、ネットに呟く。未だにSNSは慣れないなぁ……こうしてマネジメントしてくれる人がいてありがたい限りだ。

部室に戻ると上田は先回りして、ドデカいホッチキスを持って待っててくれていた。上田を待たせるというシチュエーションはなんか新鮮だ。

 

「重そうね。はい、これ」

 

笑いながら、そのホッチキスを俺に渡す。

 

「漫研から借りてきたから。終わったらちゃんと漫研に返しに行ってね!」

 

少なくとも今日1日では終わらないだろうよ。

 

「じゃあ私は生徒会に戻るから!頑張ってね!」

 

え?いつものように上田はこれで退室か?

まぁ確かに文芸部の部員は俺一人なんだが……

 

ほんの一瞬、ある種の寂しさからそんな感想が出たが、よく考えれば部外者がここまで下準備をしてくれたことに感謝すべきだな……。

そのうち何かお礼をしなければならないが、はてさて……。

今はとりあえずクリスマスフェスティバルに間に合わせるように製本作業が先だな。

 

・・・

 

 

製本作業を始めて数時間。演劇部の練習を眺めながら製本作業をしていると思ったより、はかどったが、それでもまだまだ終わらない。

っていうか文化祭の時もこんなにはならなかったはずだが、いったい何部印刷したんだ?

 

やがて下校時間が近づいてきた。次はまた次の活動日にしようかな……。そんな風に思っていると、上田がやってきた。1日で2回目の来訪はなかなか珍しい気がする。もしかしたら初めてかもしれない。

 

「お~すごい!もうこんなに出来たんだ~」

 

まぁ期末テスト最終日だったから活動時間は長かったしな。

 

「生徒会の仕事も終わったし、あの量だから手伝いに来たんだけど、あまり心配は無さそうね……もう、帰る?」

 

通常の時間で活動を切り上げて帰るか、上田が手伝ってくれるという誘いに乗るべきか。まぁ答えは決まってるよな。

 

「よし、残ろう!」

「OK!下校時間を過ぎる届出はしといたから、あと1時間がんばるわよ~!」

 

と上田は張り切っている。延長届も出してくれているなんて、気が利くな。

 

「上田、残るんか~?」

 

演劇部の方から帰り支度を整えた庄司先輩が声をかけてきた。

 

「はーい!1時間くらい残りまーす!」

「じゃあ、部室の鍵任せていいか?」

「分かりました~!」

 

今にも帰りますという雰囲気の庄司先輩から上田は部室の鍵を受け取り、演劇部を見送る。

そういえば俺、部室の戸締まりとかしたことないな。どうすりゃいいんだろ。

 

「戸締まりは後で教えてあげるから、まずは製本作業を進めましょ」

 

やけに機嫌がいい上田はそういうと早速、作業に取りかかり始めた。

まぁ考えてみれば、上田の機嫌はいつもいい気もするんだがな。

ふわっとした笑顔が多く、ある意味では掴みにくいような気がする。

ただ大人の事情に刃向かいたいといっていたときの目は本気そのものだったし、感情自体は豊かでとても営業スマイルだとは思えないのだが。

 

「どうしたの?」

 

考え事をしていたら声をかけられる。さすがに「上田のことを考えていた」なんて気持ち悪いことは言えないので、真面目に部活の話題をする。

 

「同人誌、めっちゃ刷ったなぁって思ってな。これを全部配りきれるかなぁ?と」

「え?あぁこれ?全部は配らないわよ?」

「はい?どういうこと?」

「来年度、新入生が入ってきて部活の見学に来るとするでしょ?でも作品なんてその場で作るもんでも無いじゃない?」

「まぁ……」

「だから、こんなん作ってます!っていう手土産にするためにたくさん刷ったのよ。」

「なるほど……そこまで先のことは思いつかなかったな……」

「あとはどうしても余ったら来年の文化祭で配るって手もあるしね。部費は使い切らないともったいないから、ね」

 

なんで本物の文芸部員より、よく気付くんだよ色んな事に……。

 

「あぁうん!これまでがどうとかそんな話をしたいわけじゃないの!誰も教えてくれなきゃ普通は気付かないし、私も生徒会長になって色んな資料読んで初めて知っただけよ!だから気にしないで!」

 

俺がどんな顔をしていたのか分からないが、すかさずフォローをし始める。

 

「大丈夫大丈夫。事実、何もやってなかったからな。」

「それも、なんか『そっか~』って流しにくいわね……。まぁ見てきたとおりなんだけど」

 

上田はそう言いながら笑う。こう軽いノリで話せるってなんかいいな。ずっと部員が俺1人だったことに初めて寂しさのようなものを感じた。

 

「はーいはい。ちゃっちゃと作っちゃいましょ。延長しても1時間しか残れないんだし」

「ういっす。」

 

ここには上田と俺しかいない。何も話さないのもアレなのでちょっと気になっていることを聞いてみるか。

 

「なぁ上田ーハイ質問!」

「ん?何、鈴木くん?」

「なんでここまで文芸部にかまってくれるんだ?」

「あれ?もしかしてありがた迷惑だったりしたかな?過干渉ってやつだった?」

「いやいや、ありがたいのはもちろんありがたいんだが、なんか色々してもらいっぱなしで申し訳ないような気がしてな。」

「あ~……うん、それは生徒会長の勤めだからさ~。」

「その割にはよく『生徒会の仕事に戻る』って言ってるよな」

「っ……意外に鋭いところをつくわね。」

「答えたくなかったら答えなくてもいいが……」

「じゃあ答えない。で♪」

 

上田は嘘をついたりするのは苦手みたいだな。割となんでも素直に受け答えをしてくれる。

言いたくないとスッパリ言われたのは多少凹むが、まぁ誰しも踏み込まれたくない部分はあるだろいし仕方ないかな。

 

「もちろん、文芸部を残して大人の事情に打ち勝ちたいっていうのはあるのよ。前も言ったと思うけど。」

 

ただ、それ以外にも文芸部に目をかける理由があるということか。

 

「後はまぁ……そのうちね」

 

そのうち何かネタバラシされるというのか……。

 

「それよりさ、私ね、よく『顔に出てる』とか『嘘がつけないよね』とかって言われるんだけどそんなに分かりやすいかな?」

「……あぁだいぶな。」

「えぇ!?鈴木くんもそう思ってたの!?」

「今さっきもそれは思った」

「うーん……やっぱりそういうのって直さなきゃいけないのかなぁ……」

「それはいいんじゃないかな?」

「ホント!?」

「裏表はない方が好かれると思うぞ。」

「そっか~」

 

落ち込んだと思ったら、すぐに明るい表情に戻る。なかなかに見ていて楽しい。上田は今度は何かひらめいたかのような表情をして話しかけてくる。

 

「でも鈴木くんが書いた作品には裏表ある子が出てくるよね?鈴木くんの好みの女の子はあーゆーのなの!?」

 

ぶっ!?いきなりなんてことを言い出すんだ!?いや待て。ここは落ち着いて釈明だ。

 

「あれは確かに裏はあるけど隠しきれず表に出てきてるだろ!?だから言うほどの裏表はないんだよ!」

「へーじゃあ裏表ない子の方が好きなんだ?」

「だから……なんて言ったらいいかなぁ。人間だから好き嫌い合う合わないはあるし、悪いことを考えたり思いつくこともあるだろ。それを包み隠して……というよりは、そういう面があってもある程度は見せてくれている方が好きって話であって」

 

つい、何やら訳の分からないことを熱弁してしまう。それを見た上田はやっぱり笑顔だ。

 

「鈴木くん、面白いね。そっかー……悪い面があってもいいのかー……」

「人間だしな。犯罪的な悪いことはダメだが、確か好き嫌いとかは仕方ないと思うぜ。」

「ふーん……鈴木くんが好きな人もそんな感じ?」

「好きな人はいねぇよ。」

 

急になんてストレート投げてきやがるんだ。

 

「ふーん……じゃあ気になってる人は?」

「それ、さっきの設問とどう違うんだよ……」

「あはっ☆」

 

強いて言うならお前だよ。とは流石に言えるわけもない。確かに気にはなるが、それは文芸部としてだ。うん。上田は俺の微妙な顔をどう読み取ったのか分からないが話を続けた。

 

 

 

 

 

「私はねー……気になってる人はいるよ」

「!?」

「はーい、今日のサービスタイムはおしまーい☆」

 

え?ちょっと待て頭が追いつかん。

 

「しゃべってると時間ってすぐ過ぎるね。ほら下校時間だよ。戸締まりの方法を教えるからついて来て」

 

そう言って上田は鍵を持って立ち上がり、事務的に俺に戸締まりの方法や鍵の返却先などを教えてくれた。が、半分くらいしか覚えていない。最後の発言が気になって仕方ない。

 

 

上田は気になってる人がいる……のか。



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【8話】ごめんね

「なんだって!?メ□スはキチ[ぴー]なのか!?」

「はい!メ□スは走らずに家でぐーたら寝ております!」

「おのれぇ……!」

 

 

 

俺は視聴覚室で今、クリスマスフェスティバルの演劇部公演を観ている。

大会の時、裏方だった庄司先輩は今回は役者らしく、練習の時に見たような悪乗りを全開している。

にしても、このメ□スは確かに走らないし、親友の処刑が迫る中でグータラ寝ているし自主規制を入れているとはいえ、キチ[ぴー]というのは色々とまずいんじゃないか。

 

そうは思ったが校内公演であり、なにより生徒会長にも大ウケなところを見るに、問題なさそうだ。

 

庄司先輩もいつも部活で指導している時より演じている時の方が、イキイキしているように見える。

 

 

 

さて、文芸部の本番は演劇部の公演が終わってからだ。

 

あらかじめ、同人誌を用意し机も設置済み。公演が終わったタイミングで、外に出て声をかけながら配る。

 

演劇部の舞台は無事に終わりカーテンコールとなった。

俺はこっそり先に退室し、視聴覚室前で同人誌を配布する準備をする。実は昨日、今回配る用の在庫は半分くらい出たんだよな。これはもう、今日で配り終わるかもしれん。

 

「どうもー文芸部でーす。同人誌の無料配布やってまーす。」

 

視聴覚室から出てくる人たちに声をかけていくが、なんと昨日と比べて今日はあまり皆、興味を示さない。なんだよ、演劇部のお客さんはノリが悪いなぁと思いかけて気付く。昨日と同じお客さんだ。そりゃ同じ冊子を2冊も3冊も要らないよな……。

 

結局、今日はほとんど受け取られないまま終わってしまった。

 

 

「お疲れ様。ごめんね、はい差し入れ」

 

昨日との落差に落ち込む俺に缶ジュースを持った上田が現れた。

 

「ありがとう。いくらだ?」

「いいわよ。私のおごり」

「いや、悪いって」

「受け取って。」

 

何故だか妙に気を遣う上田から缶ジュースを受け取る。ジュース代は受け取ってくれないようだ。

 

「ごめんね。先に言っといた方が良かったわよね?」

 

上田の謎の謝罪。

 

「今日は同人誌があまり受け取ってもらえなかったでしょ?」

「あぁ……その件か。」

「2日目以降は同じ人が観に来るから、こうなることは分かってたんだけど、うっかり言い忘れてた。ごめん。」

「ん?あぁ……なんだそんなことか。」

 

 

俺はてっきりこの深刻ムードだから『昨日は私が用意したサクラだった』とでも言ってくるのかと……。

 

 

「って私は神経に気にしてたのに『そんなこと』!?」

「だって、顔見てりゃ昨日と同じメンツなのは分かるし、深刻ムードだからもっと何かあったのかと……」

「むぅ……心配して損した」

 

上田はちょっとだけ怒りながらも内心は安心したような顔をする。

 

「ごめんごめん!お詫びにジュースおごるからさ」

「ほんと!?じゃあ自販機行きましょ」

 

すぐに機嫌を直した上田に俺はさっきのお返しで缶ジュースを買うことにした。

 

さて、この後も苦戦は続いたが、最終日でありビックイベントの吹奏楽部の演奏会のタイミングで配る作戦は功を奏した。

他の部活が校内行事だが、この吹奏楽部だけは、ご近所住民や保護者を巻き込んだビックイベントだけに、うまいことこれまで手に取らなかった人たちまで行き渡らせた。

 

吹奏楽部よ、勝手に俺の部活の土台にしてすまない。

うちの高校が志望校らしき中学生に渡せたし、吹奏楽部に行く新入生を1人でも横取りできたらなぁなんて邪な考えをしてしまった。

これまで無気力な部活だったが、本腰入れて活動していると何故かマジになっている自分がいる。結果に一喜一憂することもあるが、それを含めて楽しい。

この楽しさを教えてくれたのは、紛れもなく上田だ。今日で年内の学校は終わり。

明日から冬休みだし、冬休み中の部活は無い。年内、最後か……。上田に礼の一つでもしときたいんだが……。

 

同人誌を入場前の人たちに配り終え、演奏会が始まり、俺もホールに入るが、上田はいない。これまでクリスマスフェスティバルの公演や演奏中は必ずいたのに、こんな時に限ってなんでいないんだよ。

 

と、思ったが先週の会話を思い出す。「気になってる人がいる」というあの話。終業式の今日は折しもクリスマスイブだ。つまりはそういうことなのか……。今、上田は誰かと……。

だからどうしたのかと問われれば、どうもしないんだけどな。

確かに俺は上田を気にしてはいるが、それは文芸部としてだ。

後は、なんで演劇部やめたの?とかそういう、ただの下世話な好奇心程度だ。それ以上の何かなんて持ち合わせてはいない。うん、そうなんだ。

 

結局、この日に上田を見つけることは出来ず、わざわざクリスマスに邪魔をするのもいけないと思い、数日後にSNSを使って上田に今年のお礼メッセージを送った。上田からの返事はいつものように「私のわがままに文芸部を巻き込んでゴメン」という内容だった。

確かに巻き込まれたのは事実だが、そうでなきゃ部活に精を出したり、上田とこんなに話したりすることもなった、と考えると逆に巻き込んでくれてありがとうなんだよなぁ。

上田が、そんな俺の気持ちを分かっているのか、俺が気を遣っていると思われているのかは分からないが……。

 

ちなみに終業式兼クリスマスイブのあの日は生徒会の仕事として、学校外から来た来客の案内のため、高校の最寄り駅まで送り出されていたらしい。校内で道理で見かけなかったわけだ。

さらに夕方はそのまま生徒会の役員で忘年会に行っていたそうだ。堅いイメージのある生徒会もそんなことをやるんだなぁと、ある意味でとても驚いた。

と同時にクリスマス話から、前の話の続きでも引き出せるかと思ったが、それはなかった。ホントにあの時は謎のリップサービスだったな……。それを俺に言ったのは、何も考えていなかっただけなのか?あるいは……、

 

 

ってこれじゃ俺が自意識過剰なだけだな。はいはい忘れた忘れた。

 

年の瀬に何考えてるんだろうなぁ俺は……。




それぞれのクリスマスが過ぎていく……。

すれ違う想い。
自分の気持ちに気づかない鈍感さ……。

時間は待ってくれない……。




って私、すごいまじめ風な後書きにしてますけど
普段の後書きから考えると、こんなこと言っても薄っぺらすぎて笑われそうだなww


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【9話】ハッタリーポッター

新年だ。気付いたら年が明けた。

まぁお正月なんでお正月らしく家でぐーたらさせてもらった。学校も休みだし最強だな。

そうは思いつつ、本気で何もしていないタイミングは何故か寂しさを感じる。贅沢慣れかな。あぁ恐ろしや。

 

 

ということで、気分転換も兼ねて初詣に行くことにした。家の近所の神社ではなく、少しだけ電車に乗って、有名な神社へ行く。人混みは好きじゃないが、大勢の人で賑わっている場所の方が気は紛れると思ったからだ。

神社の最寄り駅に着くとそこから神社までは大混雑だが、片側通行にするなどの対策は行われており、人の波におされて、流されるがままに神社まで向かっていく。感覚としては向かうと言うより運ばれるの方が、しっくり来るんだが。

 

 

「お、鈴木ー」

 

流されて神社に向かっているとそんな声が聞こえて立ち止まる。帰る客の波の中から声の主が姿を現した。庄司先輩だ。珍しい人と会うなぁ。

 

「あけましておめでとうございます。」

「あけましておめでとうございます。」

 

いつもフランクな庄司先輩だが、新年一発目の挨拶だけはとても丁寧だ。さらに庄司先輩だけでなく、演劇部員たちもいっぱいいる。

 

「あけましておめでとうございます。今年もよろしくお願いします。」

「あけましておめでとうございます。こちらこそ今年もよろしくお願いします。」

 

礼儀正しい演劇部員たちが挨拶してくるので俺も礼儀正しく挨拶を返す。そして

 

「鈴木くんも初詣?あけましておめでとうー今年もよろしくね!」

 

上田もそこにはいた。

 

「あけましておめでとうございます。今年もよろしくお願いします。」

 

俺も文言こそ変わらないが、さっきの演劇部員たちの時と違い軽い言い方で挨拶する。

 

「これから初詣なんだ?私たちはこれからカラオケなの。じゃあまた学校始まったらね~。」

「おう。じゃまた学校始まったらな~」

 

人混みの波の中で長時間立ち止まる訳にもいかず、これだけの挨拶で俺たちは別れる。

 

演劇部with上田でカラオケか。楽しそうだな。というか元は同じ部活とはいえ、ホント仲良いなぁ……と、正直うらやましい。マジでなんで辞めたんだよ。

 

 

結局、その後は誰かに会うこともなく初詣を終わらせた。演劇部とは同じ部室だしカラオケ乱入も考えたが、よそう。俺は同じ部室なだけの部外者だからな。

 

 

結局、冬休みはそれ以外に特にこれと言うこともなく始業式の日を迎えた。この日は部活もなく終了。そして翌日、新年初部活の日を迎えた。いつもは上田の来ない曜日だったが、今日はやってきた。

 

「改めて、あけましておめでとうございます。今年もよろしくね♪」

 

そんな月並みな挨拶を交わす。ちなみに演劇部は何か仕込んでるらしく、しばらく部室ではないところで活動するらしい。

 

「また来週から週1回、原稿もらうから頑張ってね!」

 

そういえばテスト前までそんなことしていたなぁ。ほんの1ヶ月前なのに、なんだか既に懐かしい気持ちになる。

 

「それと前に長編なら6週以内って言ったけど、あれはクリスマスフェスティバルに間に合わせるためだから、もうどんだけ長編でも良いわよ?私が最後まで読みたいから卒業までに終わらせては欲しいけど。」

 

お世辞なのか事実なのかは別として読みたいと言ってくれるのは純粋に嬉しいな。

 

「だからその気ならハッタリーポッター並みの長編もどんと来いだよ!」

 

それは俺ができる気しないな。

 

「じゃあ今年も頑張ろうね!いざ廃部阻止!」

 

最初は乗り気じゃなかったが、上田のこの笑顔を見てると裏切りたくはないような気持ちになる。俺って単純だな……。

上田が退室し、演劇部もいない。少し寂しい。ハッタリーポッター並みのモノは書けないにしても、数週間連続モノくらいは書きたいかなぁと構想を練る。

 

ただ気持ちとしては一番最初の読者である上田の好みに合わせたものにチャレンジしてみたいというような思いがある。

とはいえ、何を書いても、まともかつ肯定的な感想をくれるものだから、上田がどんな作品を読んでみたいのかがさっぱり分からん。

 

確かに俺の部活だし、俺が書きたいから書くというのが一番だと言われれば、その通りなんだが……廃部阻止の件といい、部活動の内容といい俺というより上田が主導権を握っているような気がするんだよなぁ。生徒会長をやってるくらいだし、上田には人を束ねたり動かしたりする才があるのかもしれないが。ただ、そうして上田が主導権を握ったことは確実にいい方に進んでいる気がする。

 

それに結局、上田には世話になりっぱなしだし、それのお礼もしなければならないと思いつつ出来ていないな……。

 

そういえば、上田が言っていた気になってる人って誰なんだろう。あの会話の流れだと、気になるのは恋愛的な意味だよな……多分。上田の交友関係は広いからなぁ……上田のクラスも俺はよく知らんし、生徒会関係も分からん。

演劇部関係も他校まで知ってる奴はいそうだし、俺がいる文芸部のような弱小部活で他の部も廃部危機とか言って首を突っ込んでるかもしれん。

ただ俺のところに来るのは生徒会長としてではなく個人としてとも言っているし、まさか俺……?ってそれはさすがに自惚れすぎだな。

 

 

 

……いかん、小説を書くのには必要ないことばかり考えてしまう。逆転して考えよう。このモヤモヤ感を利用して恋愛小説を書いてしまおう。

 

俺はメチャクチャなことを考えながら、メモ帳に登場人物やストーリーを考えて書いていく。これを小説にする……って恥ずかしいな。ただ多少の自己犠牲を使えば更なる情報は引き出せるかもしれないし、何より俺が書くのはフィクションだから。割り切ってしまえ。これまでと違う系統の小説だが、上田はどんな顔をするか楽しみだ。

 

 

俺が一人勝手に恥ずかしい思いをしながら書いた恋愛小説は上田には、いつものように好評だった。

 

そういつものように、だ。

 

つまり狙ったような効果は得られなかった。ただ書き始めると書いてるのは楽しいため、やっぱり挑戦は楽しいなぁと思う。

上田は、ここまでなることを想定して演技をして俺を釣ったのか?……いやいや、さすがにあり得ないか。なんとなく上田が超人のような気がするときがたまにある。

 

 

 

さてさて、そんな風に思っていながら数週間が経った。

今日の部活は上田が来る日のはず……なんだが来ない。クラスが違うから分からないが、もしかして風邪でもひいて休んでいるのか?

そうも思ったがカレンダーを見て、分かった。

 

そう今日は2月13日だ。

 

確かに単純な体調不良等の可能性もあるが、日付から考えると明日の準備でもしてるんじゃないかと考えた方が自然だと俺は思いたい。

 

というか、 上田が体調不良で苦しんでいる姿を見たくないっていう方が強いのだが。

 

嘘かホントかは分からんが、あんなことを言っていた訳だし、上田にとって明日は大事な日なのかもしれんしな。今日、文芸部に来ないのは仕方ない。とりあえず平常通りに部活をして、下校時間となる。

 

そういえば上田には感謝していて、何かお礼をしたいと思いながらも、何もできていないことを思い出す。年末から、そのことを考えていた。

明日、2月14日はイベントデーだ。ちょうどいい機会だな。

 

俺は下校途中にコンビニに寄る。棚には色々なチョコレートが陳列されていて、どれも美味しそうだ。

さすがに手作りするだけの能力は無いし、そもそもなんとも思っていない(はずの)男子から、そんなのを貰っても上田は困惑するだろう。百貨店の高級品だと気を遣わせるかもしれない。そこで俺はコンビニの中の高め商品をプレゼントすることにした。

 

色々見て回るとゴディババアのチョコレートを発見。これなら高級感もあるし喜んでもらえるんじゃないかな。

 

コンビニなので包装はなく、店員はそのままコンビニ袋に入れる。これでいい。飾り気は無いし、余計な気は遣わせないはずだ。

 

コンビニを出てからは明日、このゴディババアをどうやって渡すか考える。

クラスに乗り込むか?いや、教室はあの期待しながらも期待していない風を装う空気でどこも気まずいだろうし。一応、人目につかない場所の方がいいか?下駄箱に入れる……のは古典的過ぎるな。

放課後渡しに行くか……。上田なら生徒会室にいるだろうし。

それと聞いた話だが、生徒会は上田以外はまったくやる気がないらしい。

これも大人の事情で、どうやら生徒会がやる気で色々やると教師の仕事も増えるから、あまりろくでもなさそうで何もしなさそうな生徒ばかりを担いで生徒会役員にしたと上田から聞いた。

じゃあ、そこで会長だけは何故、やる気のある上田なのかというとこの無気力生徒会でも束ねて最低限必要な活動をしてくれて、なおかつ教師の言うことを素直に聞いてくれそうだからだということらしい。闇が深いな。

 

そういうわけで、生徒会として必ず何かが必要なタイミング以外は生徒会室には上田しかいないということらしい。

 

つまり放課後の生徒会室なら上田しかいないはずだし、日頃の感謝だけを伝えてゴディババアのチョコレートを渡し帰る。うん、一番いい作戦だ。

 

まぁ生徒会室に上田すらいなかったら後日にすればよい。俺が買ってきたのは市販のチョコレートだ。感謝を伝えたいのが一番の目標だから、2月14日に必ずしもこだわる必要は無い。

 

それならそもそも2月14日の上田は個人的な用事で忙しいかもしれないし、最初から後日に渡そうかな……。

 

いや先延ばしにすると結局、恥ずかしくなったりして賞味期限が切れたりして渡せなくなりそうだ。14日か遅くとも15日には渡そう。

メッセージカードを用意して、簡潔に……

 

いつもありがとう。これからもよろしく。

鈴木善治

 

これでヨシ。これならなんも深読みされることも無いだろうし。あとは明日だな。

 

翌日、2月14日バレンタインデーを迎えたが、実際問題は特に何事もない平日だ。下駄箱に何か仕込まれていることも無ければ、誰かが休み時間に尋ねてくることも無かった。当然と言えば当然だがな。

 

上田の姿を見ることも無かった。まぁ上田と俺はクラスも離れているし、放課後以外は見かけることもほとんど無いので、いつも通りと言えばいつも通りだ。ゴディババアのチョコレートはちゃんと持っている。

家に忘れるなどという古典的なボケはしなかった俺を褒めてくれ。

 

 

そして放課後がやってきた。

 

 




さぁさぁ初詣から一気にバレンタイン前半まで来ましたよ~!

闇の深すぎる生徒会……
決してほかの登場人物を出すのがめんどいとかそんなんじゃないですよww

でも今回はね~極力モブキャラは出さないようにして名前がついてる登場人物は全員が何かしらで登場人物のうち誰かしらとは濃厚接触という形にしたいと思ってます。

ってこんなこと言うとネタバレになるかもだなwww


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【10話】なんとか接点を増やそうと…

前回のあらすじ
今日はバレンタインデーです。


放課後は早速、生徒会室に……行くと、さすがにがっつきすぎだな。

とりあえず今日は活動こそ無いものの部室に行く。

演劇部はどこかに旅立ったまま帰ってこない。まだ校外活動が続いているみたいだ。

俺以外は誰もいない部室で20分ほど、いつもやらない掃除をして小綺麗にする。

 

 

さて……そろそろ生徒会室に行くか。

 

 

生徒会室の前で深呼吸。そこまで緊張する話ではないし、なんなら昨日、上田が受け取らなかった原稿も持っているから、それを渡しに来た口実もある。我ながら作戦の完成度は高いはずだ。

 

え?コソコソする意味がないんじゃないかって?

いやいや、日が日だけに関係ない人間にあらぬ誤解をされるかもしれないからな。感謝を相手に伝えるはずが迷惑をかけてしまうというのは避けたいところだ。

 

なんて考えていると、生徒会室に着いた。

中から上田の声は聞こえるが、会話というよりは独り言みたいだ。他には誰もいる気配がしない。

盗み聞きは趣味じゃないし、さっさと渡すもん渡して帰ることにするか。とりあえずノックしてみる。上田から返事はなく、独り言が続いてる。

もう一度、ノックした。が、やはりスルー。独り言が続く。思い切って突入してみる。もちろん挨拶もする。

 

「こんにちはー失礼しまーす」

 

俺の挨拶をスルーして上田は独り言を続ける。まさか俺が来たことに気づいてないのか?さすがに同室ともなると独り言は嫌でも耳に入ってくる。

 

「はぁあー結局、義理だと思われちゃったなぁー……あそこで『違うんです』って言えたらなぁ……」

 

あら……なんだかかなり困ったような顔をしているなぁ。というかこんな独り言って、もしかして俺に気づいていない?

 

上田の独り言はさらに続く。

 

「言えたら苦労しないよね……いつも告白しようとして、できないでいるし今さら逆に無理よねぇ……はぁあぁー……」

 

そろそろ俺の存在にも気づいてもらいたい。会話に入り込んでみるかな。

 

「渡せたなら、相手に多少なり意識させられたんじゃないか?」

「んんーそう思いたいけど、これまでも色々やってきたつもりなんだけど、あんまり響いてないみたいなのよね……」

「強引にでも意識させるには、いっそ告白するしかないのか……」

「そうなんだけど、それが出来れば苦労しないわよ……」

「まぁそうだよな……。っていうかそもそも誰なんだよ。」

「庄司さん……んー庄司さんはどう思ってるのかな……」

「確かに庄司先輩って、なんとなし分からんなぁ……」

「鈴木くん……」

「ん?なんだ?」

 

急に上田のトーンが低くなった。

 

「いつからいた?」

「え?『義理だと思われた』のあたりから?」

「うっ……」

「一応、2回もノックしたし入ってからも挨拶したぞ……」

「……。」

 

上田がみるみる青ざめていく。なんか見たことない表情だな。このままここにいるのは良くないかな……。さっさと用を済ませて帰るとするか。

 

「じゃ俺はハッピーバレンタインってことでチョコレートと、渡せなかった昨日の分の原稿を置いて帰るから。」

「待ちなさい……。」

 

そそくさと帰ろうとしたところ止められてしまう。マジかよ……。

 

「ゴディババアのチョコじゃん。ありがとう。」

「どういたしまして……じゃ」

「そうじゃなくて聞いたわよね?」

「……何を?」

「さっきの私の独り言」

「……はい聞きました。」

 

するとまた上田は沈黙。俺も沈黙。どうしたらいいか俺も分からんからな。

分かったのはただ一つ。上田のいう気になる人が庄司先輩だったということだけだ。

 

 

「はぁぁぁー」

 

 

クソでか溜め息をつく上田。一応、俺は上田の味方になるしかないか……。

 

「ねぇ、どうしたらいいかな?」

 

上田は、おおざっぱな質問を投げてくる。

 

「わかんねぇよ……。というかもしかしてアレか?文芸部によく顔を出してたのって……」

「庄司さんとなんとか接点を増やそうと……」

 

マジかよ。健気過ぎるだろ。自分のことならイチコロにされていただろうな。

 

「あ、もちろん文芸部を廃部にはしたくないっていうのに嘘はないよ?」

 

そりゃそうだろうけども……俺の心境は複雑だ。

 

「鈴木くんごめんね。変なこと聞かせちゃって」

 

そこをお詫びされても……俺が答えに困る。

 

「ゴディババアは本当にありがたく受け取っとくから。ありがとう!あと出来れば今日のことは内緒にしてね!いつかは……自分で決着をつけられると思うから」

 

俺は生返事だけして帰っても良かったはずだ。だが、そうはできなかった。

 

「いつかは……ってもう庄司先輩の卒業まで半月しか残ってないぞ。さらに言うと、もう3年生の先輩が登校するのは卒業式とその前日だけだ。」

 

諭してみるが、俺としてもこの後、どう転んでほしいか分からん。なんともデリケートな問題に直面しちゃったなぁ……。俺の話を聞いてどう思ったか知らんが、上田は何かを決意したらしく話し出した。

 

 

 

「決めた!卒業式の日に告白する!それでこの気持ちとも決着をつける!」

 

 

「その決断、なんで俺に聞かせたんだよ……」

「誰かに言ったら、実現出来そうな気がして」

 

有言実行の精神か……。上田らしいと言えば上田らしい気がするな。

 

「鈴木くんごめんね!帰るところだったのよね?」

「あ?あぁそうだった……。」

「じゃまたね!お疲れ~」

 

それ以上の深い話をしたりしないまま、流されるように俺は帰宅することとなった。

そうか……上田は庄司先輩が好きで卒業式の日に告白するのか。俺はその背中を押したような形になるのかな……。

 

 




青春は待ってくれないぞ!!!


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【11話】ヒトカラ

寝れん。

 

 

 

 

何故だか分からんが眠くならない。

 

 

 

 

……なんてこった。

 

 

 

上田が俺のことを好きなんじゃなくて、俺が上田のことを好きだったという話じゃないか……。

 

 

 

 

 

 

結局、睡眠不足が良い意味に作用し2月末の期末テスト勉強は捗った。逆に勉強して自分の感情をごまかし続けてみた。テストの手応えもいいぞ。全然、嬉しくない。

 

そして今日はテスト最終日だが曜日的に部活は無し。今日も午前中だけで帰宅だ。

 

なんだか無性にムシャクシャしていた俺は高校の最寄り駅の近くにあるジャボンカラオケ広場に入店する。そうヒトカラだ。

 

昨今、ヒトカラをする人は増えたとはいえ、俺はまだ恥ずかしく感じてしまう。コソコソと隠れるように受付を済ませて、ドリンクバーに向かう。

 

ドリンクバーで飲み物を2杯、並々に注いで部屋にこもろう。そう思い、2杯目の飲み物を注いでいた最中だった。

 

 

「あっ鈴木さん!おはようございます。お疲れ様です。」

 

 

何者かに声をかけられる。そこにいたのは演劇部の後輩女子だった。

名前は悪いが覚えていない。ほぼ接点がないからな。にしても見られたくないところを見られてしまったな。

逆に顔見知りレベルの人間だったので助かったとでも思っておくか。

 

 

「お、おう」

「ではでは~」

 

 

話すことも大して無いため、挨拶だけで会話終了した。

俺は2杯の飲み物を持ち、自分の与えられた部屋に向かうが、演劇部の後輩女子も2杯の飲み物を持ってついてくる。どういうつもりなんだ!?と思いきや、俺の部屋の隣の部屋に入っていった。

おいおいマジかよ……。いくら顔見知り程度とはいえ隣の部屋なんて店員め、恨むぞ……。

結局、これが気になって思い切りは歌えないまま時間だけが過ぎた。延長しますか、と部屋に備え付けの機械が提案してきたが、落ち着かないのでヤメにする。

 

 

さっさと帰ろう。今日は厄日だ。いや、あれ以来ずっと厄日だ。気がいっさい晴れない。

 

 

レジの機械はセルフ化しており、受付時に渡されたバーコードをかざすだけで、必要な金額が表示される。それをさっさと操作して出ようとしたが、うまくバーコードを読み取ってくれない。おいおいマジかよ……。焦るとうまくいかないものでかざしなおしても、やっぱりダメだ。後ろには人も並びはじめたしなぁ……。

 

 

「これな、読まんときは下の数字を直接打つといけるぞ」

 

 

後ろに並んでいた人から、そんなありがたいアドバイスが飛んできた。

俺はすかさず、バーコード下に印字されていた数字を打ち込むと、金額が表示されお会計をすることに成功した。

 

「ありがとうございます。助かりました!お待たせしてすいません!」

 

俺は振り返って、このワザを教えてくれた神様と呼ぶべき後ろの客に挨拶をする。

 

「いいって、いいって」

 

が、この声聞いたことあるなぁと下げた頭を上げて分かった。

 

「じゃあな、鈴木」

 

そこにいたのは、庄司先輩だった。よりにもよって、一番会いたくない人に会っちゃった……。

それだけではなく、先ほど会った演劇部の後輩女子が庄司先輩と腕を組んでいる。他に演劇部員はいないみたいだ。

俺は庄司先輩に礼を言った後、お邪魔にならないように、そそくさと逃げ去る。なんだか見ちゃいけないものを見た気分だ。

 

 

 

 

 

ジャボンカラオケ広場から逃げ帰った俺は、家でもう一度、見たものを整理しよう。

 

あの庄司先輩と演劇部員の後輩女子が腕を絡ませてカラオケボックスという密室から出てきた。

他に演劇部員はおらず、恐らく2人きりだったと思われる。

後輩女子の幸せそうな顔も追加だ。

 

ここから導き出される答えは1つだ。あの2人が付き合っているということ。

 

直接、聞いた訳じゃないが……少なくとも俺にはそうとしか見えなかった。

演劇部の部活を見る限り、そんな素振りはなかったから同じ部室でも気付けなかったぜ……。

後輩女子はともかく、庄司先輩はオンオフの切り替えもうまそうだし、うまく校内では包み隠していたんだろうなぁ。

 

 

いや、違う。隠すつもりはハナから無かったんだ。今日、俺に見られても堂々としていたどころか、俺に声をかけてきたくらいだからな。

 

意図的に隠したりしない結果、あまりに自然に物事が進んでたから一切、気付かなかったんだ。我ながら己の鈍感っぷりに辟易する。

 

 

 

 

そして、俺はもう一つの問題にもぶち当たる。

 

 

 

 

俺が見たこの光景は上田に伝えるべきなのだろうか。そもそも上田が最初から知っている可能性もあるか?

 

“そのまま黙ってりゃ、上田は卒業式で自爆だ!心が砕けたところを、うまくすくい取れればイチコロだぞ!!”

 

自室には俺しかいないから今聞こえたのは俺の心に住む悪魔のささやきだ。俺の中の悪魔はなかなかとんでもないことを言っている。悪魔はさらに続けて言いやがる。

 

“だいたい、お前が『庄司先輩と演劇部女子が付き合ってる』って言って信じてもらえなかったとき、お前の評判だけ下がるんだぞ!どう見ても付き合っていそうなシチュエーションだが決定的な証拠は無いんだし動いちゃいけねぇって!”

 

悪魔は言っていること自体は理にかなっている。

こんなとき、だいたい天使と悪魔で喧嘩になるはず。やっぱり天使の声も聞こえてきた。

 

“ダメよ!教えてあげなきゃ上田さんが傷つくわ!ここは優しく親身に上田さんを説得しなきゃ!彼女が傷つかないようにうまくフォローしながら鈴木くんが彼女にとって唯一無二の存在にとってかわるのよ!”

 

あれれ……天使も大概、ろくでもないことを言ってやがるぞ。まさかのどっちもクズか……。

そうだな、相談されたら天使に乗る。何も言われなきゃ悪魔に乗る。出たとこ勝負しかないか。

なんだか今日はかえってスッキリしたぞ。庄司先輩に高確率で彼女がいるということが分かり、なんだか頭がすっきりした。今晩はひさびさに安眠出来るかもしれないな。




まぁ天使も悪魔も中の人は同じだからねw
言うことは同じだよねwww


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【12話】恋する乙女はかわいい。

期末テスト終了の翌日は卒業式前日だ。

俺たち在校生はテスト返却まで1週間ほど休みとなる。卒業式前日と卒業式は生徒会が参加する他は自由登校となる。つまり俺は登校する必要は無いのかもしれないが、曜日的には部活の日だし、上田の件もあるので登校して部活に励む。

上田の件を見届けたいのかと言われると、正直半々だ。

 

部活を黙々と1人で続け、時刻は昼過ぎ。卒業式の予行が終わった頃、部室に上田が現れた。

 

 

「失礼しまーす。おっ、いた!?」

 

俺はいないと思っていたのか、上田は軽く驚きながら入ってくる。

 

「今日は原稿の日だろ?」

「そうだけど……ふふっしっかり文芸部してるじゃん!」

「まぁなぁ~。次こそは新入生が来るかもしれないしなぁ~。」

 

我ながら、それっぽいことを言うなぁと感心する。俺も演劇部に向いてるんじゃねぇか?

なんてな。

 

「しっかり頑張ってね!じゃっ!」

 

上田は原稿を受け取るとそのまま引き上げる。

明日、庄司先輩に……という例の件は一切スルーだ。

 

ちょうど昼なので俺も一旦、部室を出て近くのコンビニに向かう。腹が減った。昼飯を買わなきゃならん。

 

コンビニ弁当を買って部室に戻り、1人弁当を食べ始める。しばらくしていると部室のドアが開いた。現れたのは庄司先輩だ。

 

「おー鈴木がいる」

 

庄司先輩は笑いながら近付いてくる。昨日の今日なんだが、それに触れるのもなんだかなぁと思い、当たり障りのない挨拶をする。

 

「庄司先輩、明日卒業ですね。おめでとうございます。」

「あざっす!」

 

それ以上、話すことはないし、どうしようかと思う間もなくさらに……

 

「鈴木くんお昼食べよー」

 

そんな風に言いながら、上田が入ってきた。

 

「あ!庄司さん!卒業おめでとうございます!」

「ありがとうありがとう」

 

なんちゅう鉢合わせだ。

 

「じゃ、俺は演劇部に顔出してくるわ」

 

庄司先輩はそう言って、退室しようとするが、上田が声をかける。

 

「庄司さん、明日の卒業式が終わってから、少し時間もらえますか?」

「ん?おぉ」

「よろしくお願いします!」

「分かった。じゃお疲れ~」

 

俺の目の前で上田は庄司先輩と明日会う約束を取り付けた。そして庄司先輩は去っていった。

お弁当を持った上田は俺に微笑みかける。そして言い出した。

 

「えへへ……ホントは明日、どうやって庄司さんを呼び出そうかなって相談しに来たんだけど……うまく約束できちゃった♪」

 

上田はそう嬉しそうに語りながら、お弁当を食べ始める。

恋する乙女はかわいい。

それは事実なんだなぁとある意味、他人事のような顔をしながら見てしまう。待ち受ける明日のことを考えると、心が痛い。

 

「それでね!校長先生が臭くってさ~」

 

上田は楽しそうに今日の卒業式予行であったことを話してる。完全なる雑談だ。庄司先輩にどんなセリフを言うのかを教えてくれたりするわけでもなく、一切スルーだ。そりゃまぁ他人に告白のセリフなんて言いたくはないよな。

だいたい赤裸々に色々言われても俺が苦しい。

だが、昨日見たことを伝えるなら今しかないよな……。

何も知らない(と思われる)上田にこのまま行かせて撃沈させて……、で本当に良いのだろうか。

とはいえ、ここまで動いた上田に伝えたところで、先に撃ち落とすだけであって、撃沈という結果には変わらない。なら本人が思うようにさせるしかないのかなぁ。

 

「どうしたの?私の顔に何か付いてる?」

「いや、別に……。良かったな、明日の約束を取り付けれて」

「えぇ?あぁ……うん!」

 

それ以上、俺からかけられる言葉は無かった。

 

食べ終わった後、上田は卒業式の準備に消えていく。俺はモヤモヤしたまま部活を続けていたが、やっぱり手につかない。結局、時間的には早いが帰ることにした。

 

 

が、帰っても悩む。

あの時、庄司先輩には彼女がいると言うべきだったのか、言わずに今のままでいいのか。SNSで繋がっているから上田に今から言うことも出来るが言うべきなのか……。

 

せめて庄司先輩がいるときに彼女の話題でも振ることが出来たなら、上田に間接的に伝えることも出来ただろうに……。

 

後悔先に立たずとは言うが、自分からまったく行動を起こせなかったことを悩む。まぁ行動を起こさないというのが最良だったのかもしれないため、なんとも言えないけどな。

考えても答えが出ない上に俺からしたら蚊帳の外……、そう思い悩んでるうちに心の悪魔が言っていたことを思い出す。

上田が振られて傷付いて、その時にどこまで俺に付け入る隙があるのだろう。

こうなってしまった以上、上田は悔いなく想いを伝えればいい。そしてその後を俺がどれだけうまくすくい取れるかを考えるべきだろう。我ながら腹黒いな。とはいえこれは自然の成り行きだ。

俺が何かをした結果ではないんだから勘弁してほしい。俺にとっての本番はまさに明日からだ。

 




とんでもな話だね。
でも気持ちはわかる。

天使も悪魔も同じ人。腹黒いことも考えちゃうよね。


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【13話】妹か?

卒業式の日がやってきた。

俺は送る先輩もいないし、登校するつもりはなかったが、やはり気になって登校してしまう。

もちろん気になるのは上田の動向だ。

あれだけ話はしたんだし、結末に関しては向こうから連絡が来るだろうと予想する。

と、なれば上田が「今すぐ駆けつけて!」なんて言ってくる可能性も0じゃないわけだし、とりあえず登校しておいた方が良いだろう。

 

そんな邪な考えの俺はハナから卒業式が終わるくらいの時間に登校する。

今日はさすがに演劇部員たちが部室にたむろしているようなので、それを避けて教室で待機だ。

卒業生は自分たちの教室に行くはずだし、送る側の在校生は基本的に部室などの先輩との共通の思い出の場所に集まるだろう。2年生の教室は基本的に誰もこないのだ。

 

俺はここで上田からメッセージが来るのを待つ。

俺の予想は「振られちゃった。庄司さん彼女いるって♪」と案外、メッセージなら朗らかに来るかな……。

ただ実際に会うとかなり精神的にキてて……という風になりそうだ。とりあえず、向こうが呼び出さなければ俺から呼び出すのもアリか?

「残念だったね。とりあえずご飯でも行く?今回は俺ごちそうするよ?」

くらいな感じか?

いや、これだと攻めすぎか?

下心アリアリみたいだし警戒されるか?

あくまでお友達ポジションだし、向こうが話したがるまで一旦、あっさりした返しがいいかな?

そんな風にしばらく考えているうちに卒業式の終了から1時間半が経とうとしている。

 

 

そしてSNSでメッセージが届いた音が鳴る。送信主は上田だ。きた……。

 

 

若干、震える手を抑えながらSNSを開きメッセージを読む。

 

 

「後押ししてくれてありがとう!」

 

 

 

お?なんだこのメッセージ……。続いて画像が送られてきた。

手と手が握られた、その部分だけの画像だ。顔は写ってないし誰と誰の手なのか分からない。

と言いたいところだが片方の手はいかにも女の子のか細い手、もう片方は剛毛とかそんな分かりやすい情報は無いものの、明らかに男の手だ。

 

 

 

……?

 

急にめまいがしてきた……。

 

上田が他人のこんな写真を撮って俺に送ってくるわけがないよな……。

 

つまりこのか細い手は上田の手か。

 

で、状況から考えてこの特徴の無い男の手は庄司先輩……しかないよな。

 

画面が滲んで見えだしたため一旦、目を閉じて深呼吸。

 

改めて画面を見直し、さっき見たのが何かの間違いではないことを確認する。

 

 

なんとか絞り出した俺の返信は一言だけ。

 

 

「おめでとう」

 

 

それ以上は、何も送れなかった。

上田からは「ありがとう♪」とだけ返信が来て、それ以上は何もない。「おめでとう」に対して「ありがとう♪」と返ってくると言うことは、何かの間違いやドッキリではなく、告白がうまくいったという意味なんだよな?

 

ここで、ふと思い出す。なんで俺がここまでガックリくるのか。

上田に対して好意を抱いていたのは事実だが、庄司先輩には彼女がいるのだから振られるだろう。

そんな風に考えていたからだ。

なのに告白は成功し2人は付き合い始めた。

 

じゃあ、あの演劇部の後輩女子はなんだったんだ?

この2日の間に破局した?

あんなにラブラブに見えたのに?

そもそも最初からそんな関係じゃなかった?

分からんな……。後輩女子の名前すら分からないのに情報が少なすぎる。

 

名前が分からない……ということは、まさかと思うが、あの後輩女子は庄司先輩の妹か?

そう思えば確かに話はつながる。

くっそ……名前くらい覚えるか聞いておけばよかった。

完全にぬか喜びじゃないか……。

 

ひとつだけ良かったと言えるのは上田に嘘を吹き込まなかったってことくらいか。

 

 

 

俺にとっては完全に終わったがな……。

 

 

 

ここまでスッキリ、片が付いたんだ。今日は逆に安眠できそうだ。

 

 

まぁここ数日は俺の誤解により、ずっと安眠していたんだけどな。

 

 

 

 

 

翌朝、目覚めて何も考えずいつものルーティーンで学校に向かう。

登校中に思い出したが、今日もまだ休みだな……。部活のある曜日だし、帰っても何もすることはない。そのまま登校する。

部室でも何も手につかず、ぼんやりとしていると昼も過ぎて午後になる。俺、もしかしたら廃人になるかもなぁ……と、頭の悪いことを考えていると部室のドアが開いた。

 

 

「おはようございますー」

 

 

挨拶しながら、上田が入ってきた。

 

「おっ鈴木くん!ちゃんと来てるね!」

 

いつもの調子で上田は声をかけてくる。

 

「ん?今日はいつもの原稿の日じゃないよな?どうした?」

 

俺は極力、平静を装いながら答える。すると上田は1枚の紙を渡してきた。

 

「はい、これ。新入生関係の日程表よ!」

 

そこにはいつ入試でいつ合格発表、いつ入学式などの細かい予定が書かれていた。

 

「合格発表と説明会の日から新入生争奪戦は始まっているわ!まずはビラ配りだから頑張ってね!」

 

いつもの調子で上田はスケジュールの書かれた紙を手渡してきた。そうか、もう新入生が来る季節なんだな。

 

「ビラの作り方は裏にまとめといたから!とりあえず合格発表と入学式ではビラ配り以外禁止のルールだし最初が肝心よ!頑張って!」

 

渡された紙の裏を見るとビラの作り方、具体的なビラ用の用紙の保管場所や各部で使える枚数、裁断機の使い方など細かい情報が手書きされていた。上田の気遣いが、かえって俺の心を揺さぶる。

 

「廃部阻止のための大事な新歓よ!じゃあ新入生獲得頑張って!」

 

いつもの明るい調子で上田は去っていく。果たしてこの間、俺はどんな顔をしてただろうな……。




事前のサーチはお忘れなく!
妹だったオチなんて現実で起きたら笑えませんからね!!!


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【14話】おい待てや。

上田に言われたとおりに合格発表と新入生説明会、入学式の日と俺は登校してビラを配った。あとは実際に始業式を迎えてから、仮入部でどれだけ集まるかと言うところになる。

 

 

新学期が始まり、俺もめでたく3年生に進級した。

あれから上田とは部活で会うが、なかなかプライベートな話をする事はなく、事務的な話ばかり。

そして最初の放課後、仮入部期間が幕を開けた。今年こそ、誰かが入部してくれたらなぁ、楽に廃部阻止となるんだけどなぁ、と甘い考えを持つ。

この期に及んで上田の希望を叶える意味については有るのか疑問だが、理由はどうであれ半年間頑張ったんだ。

その頑張りまで捨ててしまうのはもったいない。ここでくたばったら何も残らない。

 

仮入部期間くらいは毎日部活をやって新入生を大量に集めてやるぜ。

 

 

 

部活が始まって数十分。俺も部室に戻った演劇部も暇そうな顔をしている。新入生が来ないのだ。

まぁ仮入部期間1日目だし、まだ気にするほどではない。

 

にしても気になるよな……。

 

ただこうも新入生に期待していた分、暇になってしまう。

演劇部も基礎練が終わり多少、暇そうだ。文化部希望なら出足は遅いだけならいいが……。

 

演劇部の側も庄司先輩の熱烈な指導は消え、なんというかほんの少しだけ大人しい雰囲気になった。時代は移り変わってゆくのだなぁ……。

じゃなくて、新入生も来ない今こそ、部活じゃない方の件で確かめるべきだろう。

 

俺は少し暇そうにしている同期の演劇部員、水原にこっそり声をかける。

この水原っていうのは前に言った俺のゴーストライターだ。

文化祭のたびに1本か2本ほど俺の名前で作品を生み出している。

名前も知らない演劇部員が多い中で、数少ない顔と名前が一致する演劇部員だ。

 

「なぁ水原……」

「ん?」

「庄司さんって……?」

「いやいや鈴木ちゃん、庄司さんは卒業したからwwwOBで来ることはあっても、さすがに新年度すぐからは来ないってw」

「実会話に草を生やすな!」

 

おや?庄司さんという名前の演劇部員はいないのか……妹説は吹き飛んだぞ?

そこに例の演劇部の後輩女子がやってきた。

 

「庄司さんがどうかしたんですかー?」

 

水原のデカイ声に反応してしまったらしい。

俺がこっそり話しかけたのに空気を読まないヤツめ。俺が言い訳するより先に水原が答える。

 

「いや、鈴木ちゃんが『庄司さんいないな』って。さすがにいないでしょ。」

 

それ以上、深読みした発言はない。助かった。

後輩女子は嬉しそうに語る。

 

「まぁ今週末、会うんですけどね♪久しぶりに」

 

その幸せそうな顔を見ながら、水原は呆れたような顔で

 

「はいはい、よかったよかったね」

 

とめちゃ適当な返事を返している。

この反応からして、少なくとも水原は「庄司先輩とこの後輩女子が付き合っている」というのを知っているのだろう。

なんなら演劇部内では周知の事実かもしれん。

 

 

 

 

って待てや。

 

じゃあ上田が好きな庄司先輩って誰なんだ?

もしかして庄司って名前の先輩は2人いたのか?

んなわけないよな?

んなもん部活どころの騒ぎじゃないぞ?

 

考えられるのは庄司という名前の先輩が2人いた説と、上田とは破局して演劇部後輩女子と復縁した説か……。

前者はやっぱり考えにくいし、後者だとしても言うて1ヶ月ちょっとの間の話だし早すぎねぇか?

 

上田の幸せを願い身を引くか、なんて考えもあったが……少なくとも今の話を聞いちまった俺は一体、何が起きたのかを知りたかった。

とはいえ、さすがにいきなり生徒会室に乗り込んで「別れたのか!?」と聞くなんて無粋なことも出来ないし……。

 

 

 

もやもやしたまま新入生も来ず、1日目は終わる。

 

 

 

2日目は、まずホームルームの時間を使って体育館で部活紹介があり、俺は淡々と部活を紹介した。

運動部でもないし、パフォーマンスとかも無いしな。変に熱くやると逆に来るものも来なさそうだからな。

 

その結果、放課後には部室に新入生がやってきた。

が、その新入生は演劇部に吸い込まれていく。

 

 

さらにしばらくして部室に何者かがやってきた。変な時間だし、よその部の見学から流れてきた新入生かと思いきや、上田だった。

 

「お疲れ~。どう?新入生来た?」

「見ての通りだ」

「誰もいないわね……」

 

さすがの上田もいつもの朗らかな笑顔ではなく苦笑いだ。

 

「まぁ……さすがに拉致とか誘拐はダメだから、見学とかに来た子はなんとか捕まえてね!」

 

確かにそうだな。来た子はなんとか入部させる!そこくらいは最低限やらなきゃな。

 

「私もたまには様子見にくるから」

「いっそ上田が入部してくれ」

「だーめ。意外と生徒会長って忙しいから掛け持ちは出来ないのよ。」

 

俺は冗談半分にある意味、見学に来た上田を捕まえようとしたが無理だった。

ガチで新入生……来てくれるのか?

仮入部期間も始まって数日。まだ折り返し地点でもないんだが、多少諦めムードを1人出しながら、部室にいたときだった。

 

「すいません、文芸部の見学に来たんですが……」

 

そう言いながら部室に新入生の女の子が現れた。しかも美人だ!うぉ!?マジか!!??

 

一応、表向きは平静を装いながらも内心は大興奮しながら、その子を文芸部スペースに呼び込み席に座らせる。

あ、大興奮って変な意味じゃないぞ。その女の子は用意された椅子にちょこんと座る。

とりあえず俺の名前と学年を自己紹介し、相手のことを聞き取ってみる。

 

「虎谷七海です。」

 

とらたに ななみ……なんか名前からして凄そうだ。虎の谷と七つの海ってそんなんカッコいいのオンパレードだな。

 

 

……って自己紹介、以上かよ!?名前だけ!?いやいや引き出す側の俺の技量が試されているのか!?……よし乗ってやろう。このままこの子を手放すわけにはいかねぇからな。

 

「虎谷さんは何でこの部活に来てくれたんだ?」

「なんとなく……ですかね?」

「っ……ってそりゃそうか……ほかの部とかも気になったりしてる?」

「まぁ……」

「文芸部で何か書いてみたいとか?もしくは読みたい何かがあったり?」

「んー……まぁ」

 

や、やべぇ……。話が弾まない。前言撤回、ただの冷やかしかもしれない。

すると虎谷の方から話しかけてきた。

 

「もしかして、話が続かない……とか思ってます?」

 

えっ!?何、読心術者なの?一応、正直に答えておくか……。

 

「ん……んん……新入生来るのが初めてだから正直、何を話したらいいか分からない部分はある……」

「フフッ」

 

鼻で笑われて流された!?何者なんだよこの新入生!?

いやいや落ち着け。相手は2つも年下だぜ?流されるんじゃねぇ……。それに冬に上田の協力もあって冊子を作ったじゃないか。

俺は冬に作ってあった同人誌を手渡してみる。ついでに紹介もする。

 

「一応、文芸部で作品を作って年に何回かはこうして同人誌を作り配布しているんだが……」

「そうなんですね。読んでも良いですか?」

「あぁもちろん。」

 

彼女は受け取った同人誌を黙々と読み続ける。ちゃんと作戦通り渡せたのは良かったが、それっきり彼女はそれを読んでいて話しかけることが出来ないまま部活の終了時間を迎えた。

チャイムが鳴ると、パタンと同人誌を閉じ俺に返してくる。

 

「はい、ありがとうございました。」

 

ちゃんとお礼を言ってくれた……。礼儀知らずとかじゃないんだな……。

 

「いや、それはあげるよ。仮入部に来てくれた新入生のために何冊か用意してるんだ。」

「そうなんですね。では、ありがたく……」

 

彼女は返そうとした同人誌をカバンにしまい帰っていった。

 

 

それと入れ替わりに上田がやって来た。なんとなく雰囲気は上機嫌な感じだ。

 

「お疲れ~、今の子ってもしかして?」

「お疲れ様。あぁ、うちに見学に来てくれた子だ」

「やったじゃない!どうどう?入ってくれそう?」

「正直、分からん……なかなか掴みどころがなくてな」

「へ~そっか……あ、ちゃんとクリスマスの時に作った本、渡した?」

「あぁ。ずっとそれを黙々と読んでたぞ」

「へ~じゃあ割と可能性あるんじゃない?」

「そうか?」

「今って若者の活字離れとか言うじゃない?そんな中でずっと読んでいられるって意外と気に入ったんじゃない?」

「ん~そういう考え方もあるな。」

「あ!鈴木くん嬉しそう!やっぱり自分の作ったものが評価されると嬉しいわよね~」

 

言われてみれば、そうかもしれない。後一つ、気付いたことが、上田はやっぱり話しやすい。

すごく柔らかな雰囲気で、部活中ずっと緊張してた俺をほぐすように話しかけてきてくれる。

本当にありがたい存在だ。

庄司先輩が卒業して彼女がこの部室に顔を出す意味もなくなった気がするんだが……今年度も上田はこうして顔を出してくれるのだろうか。

 

「来ないで!って言われたらアレだけど、もちろん来るつもりよ。あの件と文芸部の件は別。付き合えたからもういい、とかってわけは無くて文芸部の存続は私の希望であるっていうのに変わりはないから。」

 

あくまでも庄司先輩の名前は出さないのな。まぁ演劇部もいるしそりゃそうか。

そういえばなんで今日の上田はやけに上機嫌なんだろうか。

 

「知りたい?実は彼とこの週末にUFJに行くのよ」

「UFJってあのUFJか?」

「そう!楽しみ~」

 

おいおいノロケかよ。うらやましいぜコンチクショウ。

 

ちなみにUFJとはユニバーサル・ファンタジック・ジャパンの略だ。テーマパークで家族連れやカップルで賑わうスポットだ。

金融機関じゃないぞ。

俺も小学校の卒業遠足で行ったな。

 

そうか、そんなところに2人でデートに行くのか。

もう諦めたつもりだったがチクチク胸は痛むな。

 

「じゃあ、その調子で新入生勧誘頑張って!またね~」

 

上田はそう言うと、生徒会室の方へ帰っていった。

マジで文芸部の様子見とノロケ話のためだけに来たのかよ。俺の気持ちも分かってくれ……ってそれはさすがに俺の自己チューかな……。

 

 

 




片思いの相手の幸せそうな話……
これキツイなぁ

キーパーがいたらシュートを打たないのか!?
って意見もあるだろうけど。


キーパーに止められるとわかってシュートしますかね??

って部分もあるよねぇ


ただ、問題はその彼の裏の顔なんだけど。


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【15話】蓋をしたはずの感情

週末にデートだと言っていた両者がどうなったのか、さすがにストーキングする訳でもなく、俺にとっては何もないままの週末を過ごした。

 

というか同一の庄司先輩ならバッティングしてるような気すらしてくるんだが……。

あ、土日で2日あるしバッティングはしないか。

ってバッティングしないなら本気であの人が二股してることになるじゃねぇか。

 

……あかん、考えるのはやめよう。俺に出る幕は無い話だ。

 

 

そして週明け、仮入部期間の2週目に突入した。

仮入部期間はまるまる2週間、つまり来週半ばまでとなる。これまでに見学に来たのは1人。

同室の演劇部には4~6人程度は来ていたように見えるので、やはり少し悪い意味で気になってくる。そもそも見学に来た虎谷もなんとなく何考えてるかわかんねぇしな。

 

しかし今日、新入生は誰も来なかった。

演劇部もほぼ確定で入部の新入生以外は見えず、暇になっているようなので、また水原のところへこっそり話しに行く。

 

水原はまた例の後輩女子からノロケ話を聞かされているようだ。

俺としても気にしないつもりでもやっぱり気になる庄司先輩の二股の確証が欲しい。

後輩女子は俺が来て、話を丁寧に最初からし始める。

 

「日曜日UFJ行ってきたんですよ。彼、めっちゃUFJ詳しくて~もう昨日現地で予習してきたの?ってレベルで季節のイベントとかも含めて詳しくてホントすごいんですよ~」

 

そこに上田がにゅるっとインしてきた。

 

「へぇ~良い彼氏さんね~。私も土曜日、彼とUFJ行ってきたんだけど、UFJ初めてでさ。私もあんまり行ったこと無いから、2人で年パス買って、どこ見たらいいかも分かんないまま色々歩いたりして……まぁ2人で考えておしゃべりしてって、そういうのももちろん良いんだけどね!」

 

あれ……これ二股なら上田を練習台にしてるってことか?

一方で演劇部後輩の方は2人で色々考えるとかはナシにして遊ばれてる?

俺の疑念には、もちろん2人とも気づかないまま、俺と水原を置いてけぼりにして女子トークが続いてる。

 

「まぁ会長も2人で年パス買ったんだったら、これから2人でいろんな楽しみ方を探せますし良いですよね」

「それはもちろん、そうなんだけどやっぱり女の子としてはエスコートしてほしいかな?って部分もあったり……まぁそこまで言うのって贅沢よね~」

「難しいですよね~。確かに『次はここ行こうぜ』って決めてくれるのはありがたいですし、色々考えてくれてるなぁって嬉しくなりますけど……そうですね。贅沢というか無い物ねだりというか」

「お互いに『隣の芝は青い』ってだけなのかしら。」

「ですかね」

 

それ……、本当に隣の芝なのだろうか……。俺には同じ芝の話をしているような気がしてならない。

 

「はい、休憩終わり!演劇部集合!」

 

そのかけ声で水原と後輩女子は話を切り上げ集合する。

俺も文芸部スペースに戻るかな。

 

「文芸部が気になって見に来たけど」

「今日は見ての通りの開店休業だ。」

「やっぱり厳しいわね~」

「ツブヤイターも結構、頑張っているんだけどなぁ。なかなかうまくいかないぜ。で、上田は今日は何しに来たんだ?」

「ん?文芸部の様子見よ。新入生は来てほしいだろうし、男の子1人だと入りにくいって思う子もいるかもしれないでしょ?」

「なるほど……なんだか申し訳ないな。」

「いいのよ。鈴木くんには文芸部の廃部を阻止してもらわなきゃいけないんだし」

 

あぁ……そうだった。そのためには新入生が30人だっけ?無理だろ。いくら上田がかわいいって言ってもそんなに入部してくれないだろうし、何なら上田目当てなら生徒会絡みのとこに行くだろうしな。

 

「だから頑張ってね♪文芸部の部長さん♪」

 

だから、その素敵な笑顔を俺に向けないでくれ……。

蓋をしたはずの感情が起き上がってしまう。

 

「ん?どうしたの?あ、見て見て~アトラクションで写真撮ってくれるんだけど私の顔ヤバくない?」

 

そういうと上田は笑いながら写真を見せてくる。何かのホラー系アトラクションで驚かされた瞬間が収められた写真だ。なんともまぁかわいい。が、隣にいる男を見てスッと感情に蓋がされる。やっぱり、あの庄司先輩だ。さすがにここまで証拠が揃って、双子でしたなんてオチは無いはず。二股確定だ。だが、それを伝えるべきか?

 

「さっきはあんなこと言ったけど、やっぱり楽しかったな~……フフッ」

 

上田のその幸せそうな顔を見てると、俺はこれを壊そうなんて気にはなれなかった……。

俺の複雑そうな顔をどう察したのか、上田はまた話し出す。

 

「?……あっそうか……ごめんね?大丈夫よ!新入生きっと来てくれるわよ!」

 

そうじゃないんだが……まぁ、そういうことにしとこう。

 

「そうだよな。まぁまだ仮入部期間は半分も終わってないしな。頑張ってみるよ」

「私もできる限り顔は出すわ!頑張りましょ」

 

俺も単純だなぁ……。上田ができる限り顔を出してくれるらしい。それだけで、もっとやるか!って気になってくる。やれやれ。

 

---

 

上田に乗せられ新入生集めを頑張ろうと思ってからの今週。今日は既に金曜日だ。

この間に起きたことと言えば女の子3人組は来たが、10分で帰られた。ありゃ脈無しだな。

なんとなく、乗っ取ろうとでもいうような雰囲気だった。S○S団とかをそんなのがやりたい感じな雰囲気だ。10分ほどでそれは無理だと悟ったのだろう。

そんな事がしたいなら大人の事情がない学校に進学すべきだったな。

で、今日は金曜日に至るわけだが、目新しいことはなく俺は黙々と原稿を部室のパソコンに入力していた。ちなみに文芸部としての真面目な活動場面を見せるという目的もあり、上田の週1回原稿ノルマは仮入部期間もアリとなっている。

ん?今日はよく見ると演劇部の仮入部に虎谷がいるなぁ。

文芸部の見学に来てくれたが、結局はそっちに行ってしまったか。

 

原稿が打ち込み終わる頃、ちょうど下校時間が近付いてくる。仮入部期間も来週あと2日くらいだったはずだし、もう終わりだ。

こうなりゃ校門前でキャッチでもするか?

ってそれでうまく行くわけもないしなぁ。

ってかキャッチで捕まえた新入生が長続きするとも思えないし、厳しい問題だ。

とりあえず、今日はまだ来ていない上田が来るかもしれないしちょっとだけ待ってみるかな。

演劇部員たちが帰り支度をしているが、マジマジと眺めるのも変なので、俺はパソコンを見たまま何やら考えているフリをする。

 

が、後ろから声をかけられた。

 

「ねーねー鈴木さん」

「?」

 

振り返ると虎谷がいた。手には数枚の紙が入ったクリアファイルがある。

 

「書いたんで読んでみてください。」

「お?おぅ……」

 

それだけ言うと虎谷は帰ろうとしたが、俺はとっさに引き止める。

 

「コレ、部外に編集さんみたいな人がいるんだが、その人にも読ませていいかな?」

「いいですよ、じゃお疲れ様です」

 

虎谷はあっさり挨拶すると、すっと帰っていった。

 

って入部するのかどうか聞けよ、俺!

 

もう帰っちゃったし仕方ない。何より、渡されたものが気になる。見たところ小説か?マジかよ……。これも気になるが、まずは編集さんこと上田のためにコピーを取りながら原稿の中を入部届を探すが無い。

えぇ……もしかして2人目のゴーストライターにしかならないのかな……。

そういえば上田も色々よくはしてくれるが、入部はしてくれないしな……。

 

正式な部員になってもらう……ってそんなハードルが高いのか……。

 

とりあえずツブヤイターには敷居の低さをアピールしとくかな……。

 

「お疲れ~お!やっぱりいた」

 

そう思っていると上田がやってきた。

 

「ごめんね~今日、原稿回収の日だったわよね~ちょっと用事が立て込んで遅くなっちゃった」

「まぁ生徒会長は忙しいもんな。お疲れさん。はい、あと俺の分の原稿」

「忙しいのは、お互い様よ~。で、どう?新入生は来てくれた?」

「それが……演劇部を見学してた子がコレを。今さっき渡されたから俺もまだ読めていない。」

 

俺はそういいながら虎谷が書いてきた原稿を渡してみる。

上田は多少驚きながら受け取った。

 

「ん?……何!?え!?新入生がこれ書いてきてくれたの!?すごいじゃない!!土日の間に鈴木くんのも含めてじっくり読ませてもらうわ!やったね!新入生獲得じゃない!」

「いやぁそれが入部届はくれなかった……」

「え!?あ……ごめん……まだ悩んでるのかしらね。でも、これはなんとなくあと一押しの気がするわ。」

 

虎谷の顔を思い浮かべる……。何考えてるかやっぱり分からん。

が、それゆえにゴースト路線ではなく実は上田が言うとおり迷ってるだけで入部してくれる可能性もあるのかもしれない。

 

「じゃあ頑張ってね!せめて1人、出来れば30人の新入生を獲得よ!」

 

振り幅でかくないか?

 

「また来週。お疲れ様~」

 

上田はそう言うと荷物を持って帰っていった。あ……また二股の件を言いそびれたな。

というか言う気があるのか俺自身も分からないレベルだが。

俺も支度して帰るか。

 

帰ってからは、虎谷が書いてきた原稿を読むことにする。

幸い、今日は上田のノロケ話とかは聞いていないため、落ち着いた気持ちで読めそうだ。

 

……

………

…………

 

なんだこれ……。持ち込まれたのは長編の最初の部分みたいだが、続きがとても気になる。

しかも面白い。

これはヤバいぞ。

正直、虎谷が入部したら俺の存在意義が無くなってしまうレベルだ。

が、そんな俺のプライドはどうでもよく、純粋に続きは読みたいし、入部もしてほしい。これは色んな意味でヤバいな。

 

いよいよ仮入部期間も部活をやるのは、あと2日だが、虎谷は来てくれるのだろうか……。

 




完璧超人が現れた!?!?

立つ瀬ない状況に追い込まれた時、あっさりそれを認められるのか
プライドが邪魔してちょっとでも上に立とうとするのか

そういうところで人間の器っていうのが出てきますが、さてさて・・・


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【16話】隣にいるのは俺じゃない

さらに週明け、月曜日はまったく何も起こらず、気付いたら仮入部期間も最終日だ。

 

これまでの見学者、4名!

ここから30人入部なんて考えられないな。せめて虎谷は入部してほしいんだが……。

 

部室に行くと演劇部が集まっている。文芸部のスペースにはもちろん誰も……いた!

いつもは誰もいないのに今日は誰かいる!

 

少し浮かれてステップを踏みながら向かうとそこにいたのは上田だった。

 

いや、俺はそれでいいんだよ?

だが、日が日だけに新入生を期待してしまうじゃないか。

 

「ハロ~。ごめんね~新入生じゃなくて。」

 

俺の考えは上田に読まれていたようだ。まぁここまできたらどんと構えるしかないな。

 

「一応、私も部員のフリして新入生の子が入りやすいようにしているのよ。」

「分かってる分かってる。ありがとうな。」

 

ちょっと顔を膨らませながらプンプンしている上田はやっぱりかわいい。

 

「こんにちはー」

 

続いて、ちょこんと顔を出したのは虎谷だった。演劇部にも見学は来ていたし、どちらの部員も来てほしいと息をのむが……。

彼女はトコトコと俺たち文芸部の側へやってきた。

 

「こないだ渡したアレどうでした?」

「アレって小説か?ん、普通に面白いし続きが読みたくなった。上田は?」

「そうね~まず文体が丁寧でとても読みやすいわね。中身もとても面白いし鈴木くんが言うように続きが読みたくなったわ。」

「フフッ……あ、これお願いします。」

 

俺たちの感想を鼻で笑って流し、虎谷は何やら紙を取り出した。部長として俺が受け取る。

入部届。まさか俺がこれを受け取るような日が来るなんてな。

 

 

「じゃあ改めて……文芸部にようこそ!」

「ようこそ~!」

 

俺と上田で新入生の入部を歓迎した。

 

「フフッ……ありがとうございます。で、この人は?」

 

この虎谷という新入生は鼻で笑うような笑い方が基本みたいだな。

で、虎谷が気になるのは上田みたいだ。そりゃそうか。前はいなかったもんな。

 

「え?私?」

「はい。入学式の日に何か挨拶してましたよね?」

「うん。私ね、生徒会長の上田江美っていいます。文芸部員じゃないんだけど、時折、こうして文芸部の手伝いをしているの。1人じゃ大変だろうからね」

 

この部室に足繁く通うキッカケはそれじゃないだろ……なんてツッコミは野暮だろうな。

あれ?でもそれなら演劇部は辞めないか?なんかややこしいぞ。

まぁそこはそのうち本人が語るかな。

上田と虎谷が挨拶と互いに自己紹介をしてから俺は改めて部活のことを説明する。

 

「じゃあ部活はとりあえず週三回だから。明日からよろしくな。」

「はい、よろしくお願いします。」

 

虎谷はちょこんと頭を下げてから退室する。ってか俺の部活紹介って活動日だけかよ。

 

「良かったわね~新入生が来てくれて」

 

虎谷が退室したのを見てから上田が話しかけてきた。

 

「そうだなぁ。」

「でも、なんだか不思議な雰囲気の子ね」

「確かにそれは俺も思う。悪い子では無さそうだが。」

「歓迎会とかする?」

「あぁ……考えたこと無かったな。なんせ新入生が来るなんて初めてだし俺が新入生の頃から1人だしな」

「そうよね~。歓迎会とか打ち上げとかに連れ立って行く演劇部を寂しそうに見てたもんね。」

「おまっ……それも見てたのかよ」

「まぁ演劇部で人間観察は片っ端からするように指導されてたしね~」

「愛しの彼からか?」

「こら~!そういう言い方しないの!」

 

うっ……怒られた。が、否定はしないのかよ!

怒り方もマジな方じゃないし、さては言われたがったな?

俺、自分から地雷踏んで自爆したな。話を戻そう。

 

「新入生歓迎会やるなら上田も来るか?」

「え?いいの?」

「上田が良いならな。ってか仮に虎谷しか入部しなかった場合、俺と虎谷の2人で……っていう方が色々マズいだろ。」

「そう~?好都合じゃない?色々と手を出したりとか……」

「アホか!ってか生徒会長がそれを推奨すんな」

「へぇ~鈴木くん結構マジメなんだね」

「えぇ?あ、あぁ……?いや、今のは上田がおかしなことを言ってただけじゃないか?」

「そう~?私は後輩を可愛がろうねって意味しかないわよ~?」

「はーいはい」

「っていうかさ、私ばっかり色々話してるけど鈴木くん大丈夫?」

 

不意に謎の心配をされても焦る。

とりあえず上田と話をする分には楽しいから大丈夫だぞ。

 

「まぁ前からそんなに口数多い訳じゃないもんね。にしても他に新入生来ないわね……」

 

真横で演劇部に新入生が複数人来ているのを見るとやっぱりなんだかなぁと思ってしまう。

 

結局、他に入部届を持ってくる新入生もおらず、新入生は1人で確定してしまった。

 

「まぁ……こればっかりは仕方ないわね」

 

上田はあくまでフォローをしてくれる。が、ここで一応、俺も確認しとくか。

 

「廃部の件はどうなりそう?」

「部員が2倍になりました!で先生にはかけ合ってみるわ。結局どうなりそうかは虎谷さんにも言わなきゃだしね。」

 

新入生に入部した途端、廃部の予定を告げる。かなり酷な話だが……

 

「酷なのは先生たちよ……。先生たち大人の事情に私たち生徒会や文芸部みたいな少人数の部活が振り回されているんだから……」

 

いつも朗らかで明るい笑顔の上田が珍しく疲れた表情を見せた。

上田にこんな顔をさせた学校の運営にはキレたいし、なんなら上田の味方として守ってあげたいという気持ちはやはりある。

 

 

 

 

 

ただ上田の隣にいるのは俺じゃないんだよな。




最後の1文。

切ないなぁ……



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【17話】新入生歓迎会

※この作品の世界ではコロナウイルスは猛威を振るっていません。
※大勢での会話をしながらの飲食は、感染症拡大のリスクがあります。


そして新たに部員が2人になって初めての部活。さすがの上田も暇じゃないのか今日は来ない。

俺は一通り、部室のパソコンの使い方を教える。

 

「じゃあ今度から書いてきた作品はパソコンに打ち込んどいたらいいですか?」

「え?あぁ出来そうならやっててくれ。文芸部の共有フォルダに入れてくれるとありがたい」

「分かりました。」

 

虎谷は一度でサラッと俺が言ったことを把握し、原稿を取り出してパソコンに打ち込み始める。かなりスピードも速い。

俺としては文化祭まで時間もあるし、もうちょっと落ち着いてのんびりやっていっても良いと思うのだが。

 

「でも鈴木さんと会長が早く続き読みたいって言ったんですよ?」

 

あぁそれでか……。あまり無理はしないでくれよ。疲れました辞めますなんて聞きたくないからな。

 

「無理はしてないです」

 

言葉を投げると、ちゃんと返ってくるな。

素っ気ないし、何を考えてるかイマイチ掴めないこともあるが、根はいい子なんだな。

以降、虎谷は黙々とパソコンに打ち込んでいるため、俺も黙々と原稿を書くことにする。なんだか不思議な感覚だ。

 

「ちなみにノルマとかあります?」

「ん?んーこの半年くらいは一応、週1で短編か長編なら1話分は作ろうって決めてたかな。」

 

上田からの指示だけどな。

 

「分かりました。」

 

虎谷は短く返事をしたらまたパソコンに戻る。ってか新入生で入部して1日目で「分かりました」って言ってこれに乗っかるってマジで何者だよ。

 

 

……

………

 

 

しばらくして下校時間がやってきた。帰る前に虎谷に上田のことについて伝えておく。って言っても何曜日に来て原稿をもらい何曜日に来て感想を伝えてくれるとかそういう事務的な話だ。

 

「印刷が良いんです?それともデータですか?」

「ん?一応、データで渡してる。間に合わないときは手書き原稿かな。それで渡したら次来るときにはワードに打ち込まれてデータでくるんだよ。あまり頼りっきりも良くないからなるべくはデータにしてUSBで渡してるかな」

「フフッ……分かりました。渡す分はデータで用意します。」

 

また鼻で笑われた……。多分、深い意味は無いんだろうな。

 

「じゃお疲れ様です。」

 

気付くと虎谷はとてつもないスピードでパソコンを片付けて、荷物をまとめて帰っていく。なんだ……あの速さ。

俺も片付けて部室を出るが、やはり虎谷はすでに下校した後。なんちゅう速さなんだよ……。とんでもない新入生が入ってきたもんだ。

 

あ、歓迎会のこと相談出来なかったな。

 

--

 

 

さて、それから数日。彼女は週三回の部活のうち1日だけはパソコンに向かって原稿を打ち込み残り2日は原稿を書くか、俺と雑談するか、演劇部を眺めるか……というこれまでの俺の活動と同じ事をし始めた。まだ入部して1週間も経たないうちから、もうすっかり馴染んでいる。

ちなみに今日は上田が原稿の受け取りに来る日だ。下校時間まで30分ほどになってから俺はパソコンを立ち上げて、これ専用に使ってるUSBにデータを移すのだが……。

なんだか見慣れないファイルが3つくらいある。

俺のじゃないなら虎谷が作ったファイルか。俺はとりあえず聞いてみる。

 

「虎谷ー。上田に渡すデータ用意してるんだが、どれを渡せばいい?」

「全部いっていいですよー」

「はい?」

「3つくらいですよね?全部出来てるんでいいですよ」

「え!?全部!?もうこんなに書いたの?」

「短いですけどね」

「え!?すげぇ……やばいよ。ちなみに俺も読んでも?」

「いいですよ。」

 

俺はすかさず、虎谷の書いた小説を印刷しカバンに入れる。

出来上がったものの完成度がどの程度か分からないが、質より量だったとしてもこれだけあれば将来は有望だ。

それに入部前からあんなのを見せられているわけで、中身もとてもゴミとは思わない。

 

まさか小説家志望なのかな。まぁそのあたりは、機会があれば聞いてみるか。

今、いきなり聞くのはなんだかぁ……って感じだしな。

さて、上田に渡すデータの準備が出来て、後は上田が来るのを待つのみとなった。

 

「ねーねー鈴木さん」

 

ん?虎谷が声をかけてきた。何だろうか。

 

「ご飯行きましょーよ」

「はい?え?今から?」

「はい。」

 

お?いったい何が起きてるんだ?と、このよくわからない状況の中で、さらに上田がやってきた。

 

「お疲れ様ー原稿取りに来たよー」

 

とりあえず虎谷の発言は置いといて、俺は原稿を上田に渡す。

すると、虎谷はさっきの調子で上田にも声をかける。

 

「鈴木さんとご飯食べに行くんですけど、上田さんも来ます?」

「えぇ?いいの?」

 

上田は若干、驚いた顔をしながら俺と虎谷を見比べる。

というか俺はもう行くこと確定なんだな。

まぁいいが。

俺は虎谷と2人にされても何を話したらいいか、会話の迷子になりそうだし、上田の「いいの?」は俺に向けたものだろうから、俺は上田に軽くうなずく。

 

「本当にいいの?じゃあお言葉に甘えて……」

「じゃあ行きますよ。鈴木さん、はい準備して」

 

え?気付いたら虎谷は下校の準備が完了している。

上田はそもそも原稿を受け取ったら、そのまま帰るつもりだったらしく、もう行ける。

俺だけがパソコンを片付けたり色々と帰り支度をしなければならなかった。

この後、虎谷に散々、煽られながら急いで部室を後にした。

 

 

上田と虎谷と俺の3人で高校から近くの繁華街に向かう。

 

「どこ行くんだ?」

「どこがありますか?」

「うーん……まぁ色々あるわね」

 

3人が3人とも目的地不明かよ……。

結局、悩んでても仕方がないため、たまたま見つかったサイ世リヤに入る。

まぁ高校生だしな。ここは身の丈にあったところにしないと。

まだ早めの時間であり、すんなりと入店し席へ通された。

 

「せっかくだし、これを新入生歓迎会ってことにするか?」

「いいですよ」

「私もいるけどいいの?」

「いいですよ」

 

上田はどうしたいんだろうかと疑問だが、それはともかく3人の合意を得た上で適当にシェア出来そうなピザとかとドリンクバーを注文する。

荷物番もしながら交代でドリンクを取ってきたところで虎谷が話しかけてきた。

 

「じゃあ新入生歓迎会ということで文芸部の部長さん、ご挨拶をどうぞ。」

 

えぇ……ここで無茶ぶりかよ!?とはいえここは先輩らしくまともに挨拶しよう!

 

「えーこの度は御日柄もよく足下の悪い中、」

「どっちなのよ」

 

上田からツッコミを受ける。あれ?今日の天気ってなんだっけ?

 

「曇りでどっちでも無いんで続けてください。」

 

なかなかキツい指令が虎谷から飛んでくる。慣れてないことはやっぱり難しいが、続けるか。

 

「ご参加いただきありがとうございます。そして虎谷さん入部ありがとう、これから文芸部としてよろしくお願いします。それと……」

「お待たせいたしました、こちらマルゲリータになります。」

 

俺のしゃべりを割って店員が料理を持ってきた。つくづく邪魔されるなぁ。

 

「はい、無理お願いしてすいませんでした。」

 

虎谷が俺に謝りだす。

半笑いだし謝罪と言うより冗談半分の雑な振りに応えてくれてありがとうという感じだ。

 

「私はもっと短い言い回しが好みだなぁ~」

 

上田が冗談めかして茶化す。分かった分かった。次はさっぱり簡潔に

 

「これからよろしく!乾杯!」

「乾杯~」

 

バッサリとセリフを切られた俺の心情はともかく、こうして明るい空気のまま歓迎会が始まった。

 

「でさ、でさ、なんで文芸部入ったの?」

「なんとなくですかね」

「え~ほかに気になった部活とかある?」

 

上田は楽しそうに虎谷に話しかける。虎谷は俺と話すときと同じような調子だ。

ははーん、さては上田が後輩がいることを楽しんでるな?

上田は1年で演劇部を辞めているし、生徒会では会長として気を張ってるだろうし、落ち着いて後輩と遊べるというのが新鮮なのだろう。

俺からしても初めての後輩だし、かなりワクワクしているのが正直なところだ。

 

そんな風に2人の微笑ましい様子を眺めている。

ぼやーって眺めている様子を上田はどう思ったのか、俺にも話題を振ってきた。

 

「虎谷さんホントかわいいわ~。鈴木くん、どう?」

 

どうってなんだよ。俺はそのとんでもない文才に圧倒されっぱなしだ。将来は小説家になりたいとかなのか?と疑問には思う。

 

「いやぁ~特に小説家になりたいとかって事はないですね。」

 

なるほど。ホントになんとなく入部しただけってことかよ……。

うちの部に小説ガチ勢がいなくて良かった。下手をしたらプライドズタズタにされてしまうところだぞ。

 

「じゃあじゃあ将来の夢とかあるの?」

 

上田は将来の話を掘り下げようとする。

 

「ないですねー」

「へぇ~そっか……」

 

と、上田は話の掘り下げに失敗して少しだけ落ち込む。何だろう、虎谷は話のかわし方がうまい気がする。

 

「ちょっと……虎谷さん防御力高いわ……」

「そうだなぁ……まぁいい子なのは分かっているんだがな~」

「仕方ない。かくなる上は……」

 

後輩という存在に慣れていない上田は、普通に盛り上がりそうな話題を探そうとしたらしい。

 

「じゃあさ、じゃあさ、高校始まって3週間くらい経ったけど気になる人とかできた?」

 

それ、今のご時世、地雷じゃないっすかね……。

 

「うーん……」

 

虎谷は珍しく少しだけ困った表情をする。が、特に躊躇いもなく言う。

 

「無いですかね。というか私、彼氏いますしね」

「へぇ~そうなんだ~え?いつから?うちの高校?」

「4年くらい前からですかね?うちじゃないです。」

「4年!?めっちゃ長いじゃない!?へぇ~」

「まぁまぁ」

「鈴木くん残念だったわね♪」

 

はい?

何が?

 

確かに4年も付き合ってるなんてどえらい話だなぁとは思ったが、すごいなぁ。終わり。まる。だけだぞ。

なんというか表情は変わらないが、なんとなく虎谷が楽しそうに見える気もする。

やはり女子なんだろうな。こういう話題は好きなのだろう。

ただ俺は今、この手の話題に触れると自爆しそうだ。上田に任せておくことにしよう。

 

 

 

サイ世リヤの歓迎会はこうして数時間、だべりながら楽しく話をして終わった。

相変わらず虎谷に謎は多いし、今日分かったのは長く付き合ってる彼氏がいることくらいだが、それでも最初とは変わってきていると思いたい。

虎谷も上田と打ち解けたのか何なのか分からないが、最後には会長ではなく"上田さん"と呼んでいた。

 

「上田さんも文芸部に入部してくださいよ」

「う~ん、やっぱり会長としてそれは出来ないわね。ごめんだけど」

 

そんな声も聞こえ、虎谷も勧誘はしていたようだが上田は入部してくれるということはなかった。

 

今日は楽しかったし、虎谷もある意味では馴染んできたかと思うが……それ故に廃部になる話もしづらくなったな……。上田が廃部阻止に動いているわけだし、あれ以降、何も言ってこないから事態は好転したと捉えていいのだろうか……。




日常回ですね。
高校生がサイ世でたむろする日常。

あったでしょ?私の記憶にはないけどさwwww


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【18話】先輩としては情けない

次の部活の日。上田は早々にやってきて歓迎会の日に渡した原稿の感想を伝えてくれる。紛いなりにも創作をしている俺にとっては割と楽しみな瞬間だ。

俺が1人の時は、いつも感想を伝えたら生徒会室に帰っていってたが、今日は感想を伝えると、表情を堅くして俺に声をかけてきた。

 

「この間の件、結果が出ました。虎谷さんはどこまで知ってる?」

 

この間の件って廃部の話か。虎谷には、まだ何も言っていないな。

 

「分かった。最初から説明するわ。虎谷さん、ちょっと来てくれる?」

 

上田は演劇部から目のつかない部室の隅っこに虎谷と俺を呼び寄せる。

 

「実は文芸部は3月で廃部になります。」

「へー……」

 

虎谷は相変わらずの素っ気ない返事で、流す。

俺が実質、初めて上田と会って廃部を告げられたときのリプレイを見ている気分だ。

 

「一応ね、理由も説明しておくと生徒会の陰謀とかじゃなくて、先生の働き方改革がどうこうで顧問が用意できないとかそういう大人の事情なの!」

「そうなんですね。」

「だから廃部を阻止したい!で、新入生も入ったし、なんとか……って先生に言いにいったんだけど……」

 

お?その先の展開は俺も知らないぞ。

 

「やっぱり部員2人、来年度残るのは1人では文芸部を存続させることは出来ないとの回答でした。」

「ふーん……」

 

虎谷はいたって冷淡な反応。

俺も冷淡な反応ではあるが、上田の期待に応えられなかったことは内心、悔しい。

 

「他に何か方法は無いのか……」

 

つい俺はそんな風に口を滑らす。

 

「それを先生にも聞いてみたんだけど『文芸部に考えさせればいい』って。」

 

なんかそれ……文芸部なら何も思い付かないだろうとナメられてる気がするな。

いつになく、神妙な面持ちの上田は話を続ける。

 

「気がするじゃなくて完全にナメてるわよ。過去、実績が無いからどうせ何も出来ないって思ってるんだわ……」

 

ここで会長の発言にリアクションしたのは虎谷だ。俺としては少し意外だった。

 

「んーそれはちょっと腹立ちますね。」

 

表情はいつもと変わらないが、虎谷の明確な意思表明だ。珍しい。

 

「そうなのよ!ハナから諦めて上から来るのが腹立つのよ!だから私は抗いたい!絶対に大人の事情で廃部になんてしたくない!」

 

上田の言葉には熱がこもる。

部室に来るようになった理由はまぁ他にあるが、やっぱり廃部阻止には本気なんだと改めて思う。

 

「ってことで3人寄れば文殊の知恵よ!私たちで頭の固い先生たちをギャフンと言わせましょ!」

 

上田の熱い宣言に俺と虎谷は頷く。

 

「で、何か案あるかしら」

 

上田は近くの席に座ってさっそく俺たちに意見を求め始めた。3人寄れば文殊の知恵とはいえ、そうすぐには思いつかないよなぁ。

 

「そもそも文芸部って書くか読むかくらいで、全国大会行ったとかそういうのが無いからなぁ……活動もこれまで本を配るだけだし……」

 

俺はこれまでの活動を思い出しながら語ってみる。

 

「じゃあ、もっと本を出したらどうですか?」

 

虎谷はふわっと、そんな事も言い出した。もっと出す……?

 

「長い小説は連載にしたら気になる人はずっと受け取ってくれますし、存在をアピールし続けられると思うんですよね。」

 

なるほど……。確かに地道でも文芸部らしく、なおかつ存在感はアピール出来るな。

 

「確かにアリね……月刊誌として毎月製本作業とかをしなきゃいけないから大変だけど、出来そう?」

 

上田からもGOサインが出た。製本作業くらい、俺が居残りでもなんでもすりゃ出来るだろう。上田はこの案を気に入ったらしい。

 

「それで固定ファンを獲得して、先生に対して数の暴力で文芸部存続を訴える感じね……なるほど。部員2人だけじゃダメなら、部外からいっぱい人を集めればいいのね……」

 

俺としては毎月、魅力ある同人誌が作れるのか不安にはなったが、あの虎谷のハイスペックを考えればいけそうな気がしてきた。

先輩としては情けない限りだが……もう慣れた。

 

 

話し合いの結果、同人誌をひとまず夏休みまでに4冊発刊することになり、その実績を元に夏休み直前に再度、先生に交渉することで決まった。

この4冊には文芸部が廃部の危機であることも後書きに文芸部のメールアドレスも載せて先生への抗議も含めて、感想を募集する旨も記載した。この作戦がうまく行くと良いんだがな……。

そんなこんなで今日も下校時間を迎えた。

 

「じゃお疲れさまです。」

 

いつの間にか帰り支度を整えた虎谷はすぐに下校する。なんてスピードだ。俺たちもさっさと帰るか。

 

「鈴木くん、ちょっといい?」

 

しばらくいつもの朗らかな笑顔に戻っていた上田が再び神妙な表情で俺に話しかけてきた。

 

「ちょっと……ここじゃなんだから……」

 

上田はそう言いながら俺を手招きする。とりあえず部室の戸締まりを演劇部にお任せして、上田とともに部室を出る。

他人に聞かれたくない話か……。

一体、何が出てくるのやら……。

そのまま上田に連れられて生徒会室までやってきた。

 

「ここなら多分、誰も来ないわ……。」

 

そう言いながら、俺と上田が生徒会室に入ると、上田は生徒会室に鍵をかけた。よほど誰かに聞かれたくない話か……。

 

 

「私もあんまりよく分かんないんだけどさ……庄司さん、他に女の子がいそうなの……。いや、分かんないんだけど……」

 

上田は小声でそんな事を言い出した。うぉう……まだ1ヶ月ちょっとなのに、もう気付くとは……。

俺としては洗いざらい喋りたいが、ここで庄司先輩を貶すのは早い。

上田の気持ちはまだ庄司先輩に向かってるはずだし、引き剥がすような真似をすると俺が悪者だ。

やんわりと上田が庄司先輩から離れるようにしたいんだが……。

とりあえず、上田がどの程度、本気で気付いているのか探るか。

 

「何か、そんな風に思うことがあったのか?」

「なんかね……うーん気にし過ぎだとは思うんだけど……どこに遊びに行っても、なんか予習に行ってるって感じなのね」

「予習?」

「なんていうの?どこでどう撮ったらSNS映えするか、みたいなのをいっぱい調べてたり……」

「あぁ……でもそれは上田といい感じに写りたいんじゃないのか?」

「私も最初はそう思ってたけど、それだけ熱心に調べてる割に私の携帯でしか写真は撮らないの」

「……それは確かに適切な説明が思いつかない。電池が切れてた?」

「それは無いわ……なんか着信が来たりしてたし」

 

庄司先輩よ……。二股かけるのも最低だが、隠すのがヘタクソじゃないかい?

 

「それにもう一つ、変なのよ」

 

まだあるのか……。

 

「ジャボンカラオケ広場のポイントが異様に高く貯まってる」

「なんだそりゃ……」

「2人でジャボカラにはよく行くんだけど、ポイントの溜まり方が異様に早いのよ」

「それは単に上田と行ってから次に上田と行くまでにヒトカラしたりとかしてるだけじゃないか?」

「うーん……それはもちろんそうだと思いたいんだけど、一つ気になると他も気になっちゃうというか……」

 

まぁ気持ちは分からんでもない。

 

「あとね、こないだ繁華街で後ろ姿なんだけど庄司先輩っぽい人を見かけて……」

まぁ本人だったとしても繁華街にいること自体はおかしくないけどな。

「女の子と一緒だったのよ。」

 

あら……、それはそれは……。

もはやコメントが見つからないな。

 

「私の知らない子だわ。集会とかで探したけどうちの高校にはいない子だから多分、同じ大学の子じゃないかしら……。」

 

ありゃ?演劇部の後輩女子じゃない?他人の空似か?

 

「彼はその日、家族と旅行って行ってたけど……お土産を買ってきてたわけでもないし旅行先の写真とかも一切見せてくれないし土産話の一つすらないのよ……。本当に旅行に行ってたのかしら……?」

 

うわぁ……それ、旅行と嘘ついて別の彼女と遊んでただけだろう……。

と喉元まで出かかったところで止まる。

演劇部の後輩女子じゃないということはガチで他人の空似って可能性もあるからな。

 

「はぁあぁ~。なんか疑心暗鬼になる自分が嫌だわ……。ごめんね、こんな話聞かせちゃって」

「まぁ些細なことで不安になるのも仕方ないよ。俺は別に気にしてないからさ、それは気にすんな。それより疑念を払拭する方が大事だろ」

 

上田が傷つかないように、と口から出任せにしゃべる。

なんか俺の方が自己嫌悪に陥りそうだ。

本当は、庄司先輩とさっさと別れてくれって思ってるんだけどな……。

それが俺の口からは言えなかった。

 

「帰りましょ。ちょっとしゃべったらスッキリした。鈴木くん、今日はありがとう。」

 

 

結局、俺は何も言えないまま、この日は下校した。

 

 

 

 

数日後、演劇部の休憩中に後輩女子に探りを入れてみる。

 

「え?最近ですか?ラブラブですよ~」

 

淡々としているが、楽しそうに語る後輩女子。こちらは平和そうで何よりだ。と、思いきや後輩女子はちょっと雲行きの怪しい発言をし始める。

 

「SNSで毎日やり取りしてますよ~。ただ前にUFJ行ってから会えてないんですよね~。大学が忙しいみたいで。」

 

なるほど。それってもしかして、大学(で作った新しい彼女の相手)が忙しいって意味じゃないのか?

これ……三角関係にきかない可能性もあるぞ。せめてもの救いは各々が気づいていないという点だが……。

 

「鈴木さん!ほら4月分の月刊誌にどれ載せるか、相談しますよ!」

 

虎谷に引き戻され、これ以上の情報は無いまま文芸部に戻る。

そうだな、今の俺にはやらなきゃいけないことがある。

庄司先輩絡みの事案は俺じゃなんとも出来ない。

まずは文芸部の廃部をなんとしても阻止して、上田の希望を叶えてやろう。

何より大事な大事な後輩も入ってきたからな。

 

そこも含めて、なんとかしてやらなきゃな。先生からナメられっぱなしに腹が立つのは俺も同じだしな。

 

まずはやることをこなしてから、それからだ。



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【19話】ウニクロ

さて、今日は5月の末だ。文芸部で発刊した月刊誌はめでたく第2号を迎えた。

配分方法は部室前と上田の協力で生徒会室前の2ヶ所に「ご自由にお取りください」コーナーを設置した。

さすがに配り歩くわけにも行かないからな。

4月末に出した冊子は無くなるまでに学校がやってる日数で10日かかったが、5月末の分は何日かかるかな。

 

「うーん……7日くらいですかね」

 

虎谷は期待も込めたのか、先月よりは早くなくなると予想する。

俺も、そうだな~、先月よりは早く7日くらいで無くなってくれたら嬉しいのだが。

発行部数やこの無くなるまでの日数も全部、記録することにした。

上田曰わく、先生たちには数字で結果を見せないと納得してもらえないだろうから、とのことである。

アンケートも入れている。どの作品が面白かったかや、どう思ったか等々……。結果は、虎谷の作品が人気になる傾向だ。悔しいとかは無いぞ。

というか、もう勝てない。

先輩のプライドとかそういう意味のないつまらないものは捨て去っている。

結果、誌面も割合も7:3となってしまったがな。ちなみに7が虎谷だ。

 

「ねーねー鈴木さん、ご飯食べに行きましょーよー」

 

虎谷がまたそんな事を言い出した。そこへ上田もやってくる。虎谷は上田が来る日を狙って俺を誘っているのかな。

 

「上田さんもご飯食べに行きましょー?」

 

やっぱりな。俺としても色んな意味で上田がいてくれた方が嬉しいし、良いんだけどな。

 

「ごめんなさい!今日はちょっと用事があってね!ダメなの……ごめんね!また誘って!!」

 

そういうと上田は申し訳なさそうにさっさと帰ってしまった。

 

「さ、鈴木さん、行きますよ!」

 

お?上田がいないからキャンセルかと思いきや、2人で行くのかよ。

今回は2人になったが、また高校近くにあるの繁華街に向かった。

というか虎谷は彼氏いるのに俺みたく別の男と2人で食事に行くって大丈夫なのか……。

 

「彼氏から許可はもらってますよ」

 

なるほど、そりゃ安心だ。手を出したりするつもりは1ミリも無いが、彼氏から許可が出てるなら美人局って事もないだろう。

繁華街に着いて、どこに行くか相談した結果、行き先は牛丼チェーンの吉野屋になった。

 

「吉野屋好きなんですよね~」

 

そう言いながら牛皿と焼肉皿に味噌汁とご飯の付いたモーモー定食を美味しそうに虎谷は、ほおばっている。

ここでよかったのか一瞬不安だったが、別に俺に気を遣ったとかではないみたいだ。

とはいえ、吉野屋なのですぐに食べてすぐに店を出る。前のサイ世リヤみたく数時間もダベったりはできない。

 

「じゃあ次は、百均いきますよ」

 

解散かと思いきや、虎谷は俺を連れ立って、百均に向かう。拒否権無く、そのまま2人で百均に向かう途中、虎谷は立ち止まり俺に話しかけてきた。

 

「あれ上田さんじゃないですか?」

 

虎谷の目線の先には、喫茶店があって上田がいる。楽しそうで幸せそうな顔をしている。庄司先輩も同席しているな。

 

「まぁ口挟まな方が良さそうだな」

 

つい見てるのが、しんどくなってそんな風に口走る。

 

「まぁ邪魔したら悪いですもんねー」

 

俺の意図に気付いているのか、気付いていないのか分からないが、さっさと歩き出す。

虎谷は百均で何やら探した後、見つからなかったと言いながら何も買わずに出てきた。

 

「じゃあ次はウニクロ行きますか」

 

拒否権は無いまま、俺たちはウニクロに向かう。ウニクロでは、虎谷が何やら服を見ながら手に取ったり鏡の前に立ったりして似合うかどうか試している。

 

「どっちが良いですかね~?」

「うーん……どちらかと言えばこっちの方が好きかなぁ」

「そうですか」

 

2着のどちらにするかを悩んだ結果、俺が好きと答えた方を買ってきた。

なんだろう、何か言葉にしにくいが、すごくいいと思ってしまう。

が、これも全部、彼氏に報告されているんだろうなぁと思うと、心は揺れないけどな。

 

いや、俺の心が揺れないのは、まだ上田に未練があるからなのだろうが……。

でも、あの幸せそうな顔を歪ませたくもないんだよな……。

 

「鈴木さん、どうかしました?」

 

虎谷は、案外よく気付くな……。とはいえ本当の事は言えず適当にごまかす。

 

「なんか甘いものでも食べるか?」

「あーイチゴ大福が食べたいですねー」

 

虎谷のリクエストに応えてコンビニでイチゴ大福を買い、適当なベンチに座ってのんびりする。頭が回っていない俺もまったく同じイチゴ大福を買ってきた。

 

しかしまぁ、あんなことを言っていた上田に笑顔が戻っているなら疑惑は良い意味で解消されたのかな。

 

そんな風に思いながら遠くの景色を眺めていると庄司先輩らしき人影を見つけた。

のだが、手をつないで一緒に歩いているのは上田ではない別の女子……、見たことない女の子だな……大学が同じとかか?

 

俺はとっさに、スマホで写真を撮ろうとしたが、虎谷がいたことを思い出し、スマホをしまう。このままじゃ俺がただの盗撮犯だ。

だいたいこんな証拠写真撮ってもどう使えばいいか分からないし。

 

「ごちそうさまでした。イチゴ大福おいしかったですね~」

 

満足そうな虎谷とは裏腹に俺は大福の味なんて分からなかった。

この後、さらに虎谷の買い物に付き合うことはなく、ここで解散となる。上田の件は、また後日に探りを入れてみるしかないな……。

 




同じ日の同じ時間にダブルヘッダーはやんちゃすぎるだろwwww


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【20話】クズ過ぎる面

「ホントに7日で無くなりましたね。」

 

虎谷と俺で文芸部としての成果を記録する。

5月号は予想通りに7日で配布する在庫が無くなった。

原稿回収に来た上田もあまりの順調っぷりに驚いているようだ。

 

「すごいわね~。これなら文芸部が人気で取り潰しに反対!っていうのも筋が通るわ。」

 

確かに、固定の応援してくれる人が増えれば、廃部に対して異論を唱える人も増えてくれるだろう。そう思いたい。

ちなみに7月は夏休みなので発行せずとなり、6月分までの3ヶ月分での実績で先生と交渉することになった。いつも上田に任せっぱなしもいけないので俺も乗り込んで直談判という形だ。

 

さて、この2ヶ月の文芸部の活動には手応えを感じつつ今日も下校時間を迎える。

 

「じゃあ、お疲れ様です」

 

虎谷はいつの間に帰る準備をしたのか分からないが、ソッコーで挨拶して2分で見えなくなってしまう。ホント静かに帰っていくんだが彼女はくの一か何かなのか。

 

「あ、そうそう例の話の続きなんだけど聞きたい?気になる?」

 

上田はいつものテンションで話しかけてきた。

例の話というのは恐らく庄司先輩の浮気疑惑だろうな。

こないだ見かけた、あの上田の幸せそうな顔から結論は知っているため、聞きたいか聞きたくないかで言えば微妙だ。

あの俺に向けられることはない幸せな笑顔……。

非常に複雑な心境だが、嘘偽り無く言うなら……と俺は返事した。

 

「確かに気になっている。聞いて良いなら聞かせてもらおうかな……。」

 

結末がどうなるか気になっているのは紛れもない事実だ。

 

「じゃあまた移動しましょうか。」

 

 

俺たちは生徒会室に移動する。上田が鍵を閉めて厳重に警戒しながら言う。

 

「やっぱりね……庄司さん、同じ大学の同級生に目移りしてたって……。」

 

同じ大学の同級生ってことはやっぱり、俺が見たあの女性か……。

 

「でさー……『やっぱり江美が一番だ。今回のことは水に流して欲しい!』って額をテーブルにこすりつける勢いで謝られちゃって……」

「え!?……それで?」

「もう二度としないからって言われちゃって……今回は許すことにしたの。」

 

で、その告白があった後のあの笑顔か……。上田の独白に口をつっこむつもりはなかったが、つい口が滑る。

 

「それ……上田としては許せたのか?」

 

上田は少し困った表情をしてから答える。

 

「まぁ……気持ちは複雑だけど、他に目移りしちゃうのは私に魅力が無いのが、いけないんだろうし……それに、そんな私でも『江美が一番』って言ってくれたし……それだけで私には十分よ」

 

上田は苦笑い気味にそんな事を言う。なんか自己否定はしながら、妙に本気っぽさが入るのが俺からしたらツラい。

 

「ごめんね?こんな話聞かせちゃって。他人の色恋沙汰なんて面白くないわよね」

 

俺の表情を見てどう思ったのか、上田は謝ってきた。

ただ俺がつまらない表情をしているとしたら、それは上田の話がつまらないからではなく、庄司先輩が好き勝手しているという点がつまらないのだ。

こんな庄司先輩に良いようにされている上田を見たくない。

さらに言うと演劇部であんなにカッコ良かった庄司先輩の恋愛事情がこんなクズだったとも知りたくなかった。

上田をフォローするついでに、ほんのちょっとだけ核心に触れてみる。

 

「すまんすまん、俺から聞き出したんだ。気にしないでくれ。それに結果は気になっていたしな。………でさ、もし、もし仮に、の話なんだがまた庄司先輩が浮気してたら……どうする?」

 

仮に、というよりは繁華街で上田と会った後に別の女性と会っているわけで、ダブルヘッダーで二股、もしかしたら三股関係は継続中みたいだがな。

俺からの質問に迷った上田はしばらく考えてから、明らかな作り笑顔で答えた。

 

「もう浮気はしないって約束だし、大丈夫と思うわ。……まぁ仮にそんな事があれば……もう、別れるかな……やっぱり私に魅力がないのかなってことになるしね……。そこまで彼に無理して付き合ってもらうのも申し訳ないし……。」

 

寂しげに語る上田に俺はなんと声をかけたらいいか分からなかった。ただ一つ言えるのは上田が悪いわけでなく、そもそも最初から二股前提で受けている庄司先輩が悪いという事だ。

 

「なんかごめんね。こんな話しちゃって。鈴木くんは何か無い?なんかいい子とか見つかった?」

 

上田は気を遣いながら俺に雑な話題振りをしてくる。どう答えりゃいいんだ……。

 

「まぁ虎谷さんに彼氏がいたのは残念だったわね~♪」

「別に残念でもなんでもねぇよ」

 

からかうように言う上田を適当にかわす。まぁ残念でもなんでもないっていうのは本心だがな。

それ以上、つっこんだ話はせずに今日は下校となった。

なんというかバレンタインデーに上田が庄司先輩のことを好きだと知ったときにはきれいさっぱり俺は部外者になるつもりだったのにな……。

歯車がずれた結果、訳の分からない事態になっちまったぜ……。にしても、カッコいい先輩のクズすぎる面は知りたくなかったな……。



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【21話】人の幸せを他人が語るべきではない

7月初旬のテスト終わり、俺たち文芸部は6月号の冊子を配布場所に置きに行く。

ホントは6月末に配布したかったが、上田に「テスト期間中に出したら、それをダシに廃部させられるかも」と忠告され、やむなくテストが終わってからとなった。

いつの間に文芸部はそんな反社会的勢力みたいな扱いになったんだ。

ちょっと変なことしたら迫害されるのかよ。

 

まぁテスト期間中は部活禁止だし、仕方ないと言えば仕方ないのだろうけど。

 

 

そういうことでテスト明けの配布分までで文芸部としての実績を夏休み前にまとめて廃部阻止に向けて先生に直談判しにいく予定だ。

 

「先生に直談判しに行くときは虎谷も来るか?」

「嫌です。」

 

それ以上、入り込む隙間はなく断られる。虎谷と多少は打ち解けたつもりなんだが……、いや打ち解けてきたからハッキリ意思表示をするようになったと考えよう。

よそとの折衝、交渉は先輩として出来る数少ないことだしな。

と、ここで演劇部を覗いてみると例の後輩女子はなんとなくいつもより暗そうに見える。

気のせいかもしれないし、そういうタイミングなだけかもしれないが。

そんな風に思っていると、演劇部の休憩時間になって水原が俺のところにやってきた。

 

「ちわっすちわっす。」

「ん?どうした?」

 

水原は、こうしてたまに遊びに来るのでいつも適当にあしらっている。

 

「いやぁ~ほらあれ」

 

水原はそう言いながら目配せする。いつになく小声で話しかけてくるので、あまり他人に聞かせる話でも無いのだろう。水原の視線の先には例の後輩女子だ。

 

「別れたんだってさ~……で負のオーラが出ててヤバいから遊びに来たw」

 

だからリアルの会話で草を生やすな。

だいたい、なんでそれで水原が気まずくなってるんだよ。

 

「いやさぁ……ここだけの話、庄司さんの庄司さんはだらしないから、『すぐ別れるぞ~』『すぐ浮気されるぞ~』ってからかってたんだけどね。」

「最低だな。ってかなんだよ『庄司さんの庄司さん』って。」

「ストレートに言うと、庄司さん、女癖が悪いというか浮気癖?そういう話をよく聞くのよさ。うちとこの他の先輩とか他校の先輩から後輩から……」

「マジ?」

「だから、からかってたらマジでそうなってワイが気まずい。」

 

水原の話は全部を鵜呑みにするわけにもいかないが、上田の件と合わせて考えるに割とホントっぽい話に思える。

 

「ちなみに破局した理由とかは聞いたか?」

 

上田の件が気になるというのもあり、ついつい俺は水原の話に乗っかってしまった。

 

「なんかね、お察しの通り浮気っすわ。大学で良い彼女が見つかったんだとよ」

 

うわぁ……ってかその彼女を俺、繁華街で見たぞ……。

 

「私からしたら庄司さんのそういうところは尊敬できないし、破局した方が幸せでええとすら思うんだけどね。」

 

人の幸せを他人が語るべきではない、と水原に忠告したかったが今の話を聞いていたら言えないな……。

 

「鈴木さーん。ちょっと」

 

虎谷が俺を呼んでいる。水原との会話を打ち切って俺は部活に戻った。

虎谷は、なんかのサイトを開いて俺に言った。

 

「こういうのに応募とかどうですか?」

 

そのサイトには『学生小説大賞』などと書かれている。

 

「ん~良いかもしれないな。こういうところで取り上げられれば部としての存在を認めてもらえそうだ。」

 

それに、この大賞がどんなものか知らんが虎谷の文才なら何かしらの賞には引っかかるだろう。

 

「じゃあ応募しました~」

 

虎谷はあっさり言う。仕事が早すぎるだろ。というか俺がOKする前から準備してたな!?まぁ良い意味での暴走はいいか……。

 

「どの作品を送ったんだ?」

「ん~『クズな俺と今カノと元カノ(未来形)』です」

「ってそれ俺の書いたヤツじゃねぇか!!しかも内容がアレで校内誌への掲載はボツになったし」

「えぇ~だってこれ一番面白いですよ?それにもう送りましたし……」

「ま、マジか……」

「ちなみにこれ、未発表作品に限るらしいので」

「なるほど。ボツにならない虎谷の作品は、未発表のストックがなかったわけか」

「はい!」

 

いつになくキラキラした眼差しでドヤッている虎谷に文句は言えないな……。

それにこういう賞を見つけてきたのは虎谷の手柄だしな。とはいえやってくれたぜ……。

俺の一二を争う黒歴史をどっかに投稿しちまうとは……。

そんな虎谷のかわいい?いたずらもありながら今日の部活は終了となった。

いよいよ廃部阻止に向けて俺も先生と交渉をする時が近付いてきたな……。

どんなことを言ってどんな交渉をすべきか考えなくてはな……。




それ、私が言うべきことじゃないんだよなぁ

と思うことに限って言いたくなっちゃうことが多いですよねぇ

多いですよねぇ


多いですよねぇ……


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【22話】教師vs主人公

終業式まであと数日に迫ってきた7月のある日。

テスト明けに配布した月刊誌の結果も出た。

今回は6日で無くなった。

ペースが伸びなくなったが固定ファンはついた一方で新規は見込めなくなってきたのかもしれない。

いよいよ先生に直談判するときがやってきた。

 

数日前に上田から「生徒会担当の先生と予定を調整してるので準備だけするように」と言われ、一応は活動実績をまとめた用紙を印刷した。

延べ何人の人に文芸部の作品を届けたか、具体的な数字も入れて俺の中では反論しづらいように明確な活動実績を作ったつもりだ。

後は活動していて固定ファンもいるだろう文芸部の取り潰しはおかしいのでは?と訴えていくつもりだ。

 

 

そして今日、部室に上田がやってきた。

最近は下校時間頃に来ていた上田が今日は早めの登場だ。

つまり生徒会担当の先生と調整がついたのか……。

 

「鈴木くん、今から良い?」

 

やっぱりいきなりの呼び出しになったか。まぁ想定していたけどな。

俺は立ち上がり虎谷に挨拶をしておく。

 

「じゃ、行ってくる」

「頑張ってください。かなり厳しいことになると思いますけど……」

「おう!」

 

普段、虎谷には圧倒されっぱなしだ。ここくらいは先輩らしくビシッと廃部をひっくり返したいところだな。

虎谷の声援を背に受けながら俺は上田と生徒会室に向かった。

 

生徒会室はいつものように誰もいない。

入室すると、いつも内緒話をするため鍵を閉める上田だが、今回は鍵は閉めないままだ。まぁそりゃ当然か。

 

「先生は準備出来たら来るわ。座って待ってて。」

 

上田はそう言いながら自分の定位置らしき席に座る。俺はどこ座っていいかわかんねぇよ。それに生徒会の先生とやらが来るんだ。座って待ってて、いちゃもんつけられたくもないしな。

そう言えば生徒会の担当って誰だっけ?会ったこともない気がするし分からんな……。

インテリヤクザみたいなのが出てきて静かに恐喝でもされるのだろうか……。

 

「そんな怖がらなくても……多分、大丈夫よ。……多分。それに会長としても私もいるから、何かあったりつい言葉に詰まったら手助けするわよ。……多分。」

 

上田はそう言ってフォローしながらも『多分』と強調する。死亡フラグじゃないか。

どこに座っていいかも分からず立ちながら待っていると、数分してコンコンと生徒会室の扉をノックする音が聞こえた。

 

「どうぞー」

 

上田がノックに答え入室を促すと、扉が開いて先生が現れた。

体育会系な雰囲気の漂う大柄な男性教師だ。

ただ体育教師では無いのだろう。

ネクタイを締め、何かの教材や資料が入っていると思わしきエコバックを持っている。少なくとも、この先生の授業を受けたことはないな。

思わぬ風貌でリアルファイトでは勝てなさそうな体格、それでいて頭も良さそうな書類を持っている先生に圧倒され、俺はポカーンとしてしまう。

すると先生から声をかけてきた。

 

「生徒会担当の石橋です。今日、文芸部さんとお話させてもらいます。よろしくお願いします。」

 

体育会系でイケイケっぽい見た目に反した丁寧な挨拶に驚きつつ、俺も挨拶する。

 

「文芸部の部長で3年の鈴木です。よろしくお願いします。」

 

お互いに軽くお辞儀すると、石橋先生は近くの席に座る。そして座った席の向かい側の席へ手を差し出す。

 

「どうぞ、お座りください。」

「えっ!?あ……失礼します。」

 

俺は石橋先生に促されるままに着席する。なんだこの緊張感……。想像の何十倍もの緊張感だ……。

俺の緊張をどう察したのか分からないが、石橋先生は軽く笑いながら俺に話しかける。

 

「これは試験とかではないので、まぁ気楽に。雑談みたいな感じでお話ししましょう。」

 

改まってそんな言い方をすると、逆に緊張感が増す。何が雑談だよ。

 

「改まってこういう場を作られて、話をしろと言われても難しいと思うので僕の方から文芸部さんにまず説明させてもらってもよろしいですか?」

 

石橋先生は今度は笑顔がなくなり、急に真剣な顔をし始めた。

俺も真顔でその説明とやらを聞く。

 

「本校では働き方改革による教職員の勤務休憩時間のフレックス化などを目的として学校運営のスリム化を進めることになりました。安全面などのあらゆる観点から部活動における教職員の顧問は必須との校則は変更出来ませんが、今後数年間で現在の教職員数と顧問を確保することは難しく、生徒会や本校後援会、教職員と協議をした結果として部員3人以下の部活については一律に今年度末の廃部として取り扱うことになりました。」

 

その大人の事情を丸出しにした堅苦しい説明は、もういいや。

 

「で、これについて生徒会から廃部対象の部活に対してご理解ご協力を賜りたいところです。が、生徒会というのは学生主導の団体であり、廃部決定には教職員側の都合なども少なからずあることから今回、生徒会担当の教師として石橋がお話させていただきます。何か質問や異議申し立てなどについて丁寧にご説明させてもらいます。」

 

なるほどな。生徒会が矢面に立たないよう先生が出てきたというわけか。

しかし見た目からしてヒットポイントも高そうだし、生徒会よりも口説き落とすのは困難だと思うんだが……。

というかこっちは高校生なのに、そっちは大人っておかしくないか?

まぁそんなところで争っても仕方ないのでひとまずストレートに行くしかないな。

 

「まず、廃部には大反対です。」

 

俺の意見に間髪入れずに石橋先生は返答する。

 

「気持ちは分かります。しかし方針としては決定してしまっています。」

 

まぁそうなるよな。

ただ、あんだけ理屈並べといて何が『気持ちは分かります』だ。

感情論だけではなんともならない相手のようだ。

だが相手は大人の事情、それで無理を押し通そうものならどこかで破綻するはず。

こうなったら質問攻めにしてしまうか。

 

「先生、分かりました。納得は出来ませんし、廃部を受け入れるつもりもありませんが……質問させてください」

「どうぞ。」

「そもそも一律部員3人以下っていうのがどういう基準か分かりません。なんでそんな基準なんですか?3人はダメで4人ならいいんですか?」

「今回の3人という基準ですが、そもそも現状で活動を一切していない部員0人の部活もあります。ただし現時点で0人としても廃部は早いうちから周知しないといけません。現時点で部員が0人の部活も定期的に入部や退部があり1年365日部員が0人というわけではありません。そこで廃部までの間に部員0人で活動しない時期がある可能性が高い部活を廃部の対象としました。」

「??……つまり?」

「部員が3人以下の部活は部員0人になる可能性が高いため廃部に決定しました。もちろん、各部活によって少数でも永続的に活動できる部活もありますし、多人数でも3年生が引退した途端に部員0人の可能性はあります。が、多数ある部活ひとつひとつの状況に合わせた判断は難しく一律で部員3人以下という基準を設けました。」

 

長ったらしくてよく分からないが、要約したら『たまたま部員3人以下だから廃部』になっただけって意味じゃないか?

なんだか説明を聞けば聞くほど納得出来なくなってきたぞ。

石橋先生は表情は申し訳無さそうな雰囲気漂う真顔のまま、エコバックから何やら書類を取り出して俺に見せてきた。

 

「廃部の代わりと言ってはなんですが……外部の文芸サークルのパンフレットです。高校の部活にこだわらずとも、外部にも選択肢はあります。あとこれが出版社のパンフレットで、進路としてこういう仕事に就くという選択肢もあります。今回は求人票も取り寄せました。」

「石橋先生ちょっと待ってください!これはおかしいです!そもそも学内の部活で、同じ学校の生徒としての交流や志を同じくする者が集まって部活です!外部とか就職とかそういう次元の話ではないと俺は思います。」

 

つい俺は石橋先生の言葉を遮って抗議した。今のは明らかに論点をズラそうとしたからだ。

 

「外部とか就職とかは考えるとしても俺の問題です。俺がこの選択肢を選んで俺1人は良いとしても、今いる後輩や来年以降に入部する新入生から部活という選択肢を奪ったことには変わりません。」

「……失礼しました。」

 

一瞬だけ石橋先生の目が俺を鋭く睨んだ。思惑通り誘導出来なかったのが悔しかったのか……。石橋先生は外部サークルのチラシや出版社の求人票をエコバックにしまう。

 

「このチラシや求人票は僕が預かりますので、鈴木くん個人として気になるなら後で取りに来てください。で、文芸部として廃部は受け入れられないというのが、文芸部としての意見ですね。」

「はい。」

「ただもう決まっているんです。部員3人以下の部活動はどんな活動しているかも不透明で、そもそも活動していない可能性も高い部活動は廃部とする方針です。」

「どんな活動をしているか不透明……?」

「これも一律での取扱いですが先ほどお伝えした部員が0人になる可能性が高い部活については、部としての活動内容も不透明であるとしています。」

 

さっきから聞いていれば難しい言い回しで適当なことばかり言いやがって……。政治家かよ。

あ……そうか、上田もきっと同じ説明を石橋先生から聞いているんだ。

だからSNSやクリスマスフェスティバルの参加など何をやってる部活か明確にしたらいいと言っていたのか。

ひっくり返す糸口はここかもしれない。俺は、あらかじめ印刷しておいた資料を出す。どのタイミングでどんなものを発刊し、何部配布したかという資料だ。

部員が0人になる可能性は確かに否定できないが、だから部活として何やってるか分からんという理論はおかしい。

 

俺は資料からこの半年ちょっと、どれだけ爪痕を残してきたか、数字という絶対的なものさしを使って説明した。

少なくとも活動が不透明なんて言わせてはならない。

 

一通り資料に目を通した石橋先生は、ため息をつき天を仰ぐような素振りを見せた。

 

そして話を切り出す。

 

「存じております。ですが、先ほど申し上げましたように個々の多数ある部活ひとつひとつの状況に合わせた判断は難しく一律で部員3人以下という基準で活動内容について不透明である可能性が高いという判断になりました。」

 

いかんな、同じ話にループしている。

 

「なんで一律なんですか?多数ある部活って言っても全部あわせて100とか1000とかじゃなくて30とか40とかしか無いじゃないですか。その上、部員3人以下ってその中のいくつってレベルですよね?仮に半分の20が廃部対象としても1日1部活見て回れば1ヶ月で済みますよね?無理ということは無いですよね?」

「……。」

 

石橋先生はついに黙った。ただ俺は論破したかった訳ではない。

 

「先生、廃部には無理な理論じゃないですか?」

 

 

 

石橋先生は黙ったままだ。このまま無言か……?

 

 




私の作品を好き好んでみてる(人がいるとは思えないけど)方は分かると思いますが
この生徒会の先生は「らき☆べる」からのゲストキャラクターですね


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【23話】一緒になって廃部を覆してくださいよ!

何も話さなくなった石橋先生を前にして、ここまでずっと沈黙していた上田が急に声を出した。

 

「先生、そろそろその説得は無理じゃないですか?それで納得してくれるほど文芸部は甘くないと思います。」

 

 

上田の発言に石橋先生は微動だにしない。

 

が、これまでの難しそうな単語を並べて突き放そうとしていた石橋先生とも何か雰囲気が変わってきた気がする。

上田の援護射撃があったこのタイミングでさらに俺も石橋先生を囲い込もうとする。

 

「石橋先生、今回の廃部はやっぱり強引過ぎます。理由も浅いですし、おかしいです。それに少なくとも文芸部は何をやってるか分かるようにしてきたつもりです。」

 

石橋先生は俺たちの問いかけに黙ったままだが、急にエコバックを漁り始めた。そして何かを見つけて、それを取り出しながら話し始めた。

 

「全部知っとるわ。」

 

関西弁?というか、さっきまでの敬語で堅苦しい雰囲気が一発で消えた!?

 

「これも読んだ。」

 

そう言いながら、エコバックから今年に文芸部が発刊した3冊を取り出す。

 

「俺、虎谷の担任やぞ。だいたいのことは分かっとる。」

 

なんだって!?まさか、この話し合いに参加したがらなかった理由は石橋先生だったっていうのか!?……そこは俺の自尊心のために、俺を頼ってくれたことにしておこう。

 

「ってか先生も文芸部について分かってくれてるって言うなら廃部は取り止めで良いじゃないですか!?なんでそれを難しい話で説得しようとしてきたんですか!?」

 

俺は強い口調で言っているが、間違ったことは言っていないつもりだ。

だが、石橋先生はそんな俺を見て深いため息をしてから、ゆっくり話す。

 

「あのな、今回の主題は部活の内容とか、やる気とか、実績とか、功績とか……」

 

だから、それは見せているだろうと言いたかったが……

 

「そんなもん関係ないねん。要はどうやって、顧問減らして教師のサービス残業減らして教師の数減らして……ってしたいだけなんや。上の考えは何部が廃部でもどうでもええねん。」

 

……はい?急に何を言い出すんだ?本音と言えば本音なんだろうが、だったら俺たちの努力は一体……?

 

「ちょっと待ってください。だったら文芸部や他の廃部になる部活がいくら頑張ったとしても」

「結果は変わらん。何を言ってもやっても変わらん。そりゃ廃部寸前の運動部が突然、全国大会優勝でもしたら別やけど。」

 

な、なんだと……。俺はついブチギレる。

 

 

「あんたそれでも教師か!?部活動をバッサリ切り捨てるだけじゃなくて努力ごと否定するのかよ!?勉強さえ出来てたら、他はこうやってグチャグチャにしても良いって言うのか!?」

「鈴木くんストップ!一旦、落ち着こ。深呼吸深呼吸」

 

叫んでしまった俺に対して、上田が言葉で止めにかかる。

石橋先生は目線は伏せているが、堪えている様子はない。俺がキレても、関係ないといった感じだ。

 

が、冷静さを欠いたのは良くないな。上田の言うとおり深呼吸を2回する。

 

「上田、ごめん」

「いいのよいいのよ。言いたくもなるわよね。そりゃ言いたくもなるわよ。表向きの廃部理由を聞かされて、それを避けるように頑張って、それが実は無駄でした。なんて言われたら怒りたくもなるわ。私も最初は怒った。」

 

上田のフォローもあり、気持ちは落ち着いてきた。

 

「だが、やっぱり許せねぇ……納得出来る訳なんてない……」

 

多分、まだ俺は石橋先生を睨みつけている。石橋先生はやれやれという顔をしながら語りかけてくる。

 

「あのな……勘違いされたら困るんやけど、俺が廃部に決めたわけちゃうで。言わされてやってるだけや。ってそんなんで同情されたくないし安っぽい味方みたいにもなりたくないから言わんかったけど」

「はい?なんですかそれ?」

 

 

意味が分からず、素に戻ってしまう。

 

「鈴木の言うとおり、理論は破綻してる。アホやでこんなん。んなことに知恵回してる暇あったら部活の顧問で学生の面倒見てる方がええわ。」

「えっ……」

 

これが石橋先生の本音か……。

いや、まさしくこれが同情を誘う作戦の可能性も0ではないが、そこは言い出したらキリがないか。色々、気になることはあるが、まずひとつ、気になることをぶつけてみる。

 

「石橋先生……そこまで分かってるなら逆になんで、こんな廃部を進めるようなことやってるんですか?丁寧に説明とか言って……」

「ん?これが仕事やからな」

「いやいや、先生なら生徒と一緒になって廃部を覆してくださいよ!なんでそれが出来ないんですか!?ましてや自分でも理論が破綻とか言ってるのに……!」

 

俺は至極まっとうなことを訴えているつもりだが、石橋先生はため息をつき……数秒黙ったあとに語り出した。

 

「あのな……鈴木もそのうち分かる日が来ると思うねんけど、社会は理不尽で出来てるんや。俺は公立高校の教師や。今でこそ、こうやってなんちゃって進学校やからええけど、偏差値30のカスみたいな高校にでも異動になったらどないすんねん?」

 

なんだそりゃ。ってか、色んな意味でヤバすぎる発言だろソレ。

 

「俺は教師になりたくてなってん。動物園の飼育員になりたいわけちゃうねん。」

 

だいぶ、やばい発言のような気がする。つまり偏差値30の高校は教師じゃなくて動物園の飼育員って言いたいのか……。

 

「それ……先生の勝手ですよね」

「あぁ、俺の人生やからな。」

 

石橋先生は開き直りとも取れる発言をし始めた。

 

「俺の人生やからな。俺のやりたいようにやる。お前らもそうしたらええ。廃部は学校としては決定やけど、覆すためにやるだけはやったらええねん。」

 

でも、それで色々やってるが、それは認めてもらえないから問題になってるんじゃなかったか?

 

「誰も活動を認めへんなんて言うてないで?」

「はい?」

「まぁ上田の誘導があったとは言え鈴木は自分らで何とかしようってしてきたわけやん。その実績は認めてるから。廃部なんは決まってるけど、ちゃんとした理由も言ったったやろ。」

「ちゃんとした理由……って部活動の数を減らして先生の数を減らして云々ってヤツっすか?」

「おぉ。最近はモンスターペアレントとかブラックなんとかとかで教師になりたがるヤツがおらんから、採用試験もガバガバや。さらに教師の数は減ってる。この流れは止められへんし、だから部活動も削減して教師の顧問負担を減らそうやって流れは変わらんねん。」

「で?」

「廃部の理由がそれって分かるんやったら、それにあわせた対処法も自分らで考えられるやろ?」

「いや、そんなすぐには考えられないですけど……だって今の話って先生増やすとかお金増やすとかめちゃくちゃな……」

「そうやな。上が何とかする話やな。ただそれは出来ひんから何とかせぇって言ってるんや」

 

そんなのギャグマンガの定番、大金持ちのお嬢様とかがいないと無理だろ。

もしかして、と上田を見てみるが……。

 

「生徒会にも私にも教員人事に介入する力なんて無いわよ?ただの生徒会長のJKだから……」

 

そりゃそうだよな。最初から出来るなら廃部になんてならないよな。

にしてもここまで来ると別の疑問が出てくる。

 

「どの部活にもこんな無理難題をふっかけてるんですか?」

「いや、上田と文芸部だけやな。他の部活は表向きの理由だけで諦めたからな。」

 

確かにまともに活動してなければ「まぁ、一律で決められたなら仕方ないか」で済ましていただろう。

1年前の俺だと多分そうなってる。

 

とはいえ、廃部は避けられないということを改めて知らされてもなぁ……。

 

「さっきも言うたけど、文芸部のことは評価してるんやで。上田からの又聞きやけど廃部って聞いてから、刃向かってもきたし、ここでもこんだけちゃんとしゃべれとるし。だからホンマのことは言っといたろと思ってな。」

 

なんか良い話風にまとめようとしているのか?

 

「あとな、部活は学生のもんや。どないしても残したいならやり方は自分で考えろ」

 

それで色々とやってきたあれこれを今、否定されたんだが……。

 

「否定したけど、糸口になるようホンマの廃部理由は教えたったやん。」

「だから、それどうにもならんでしょ……」

「上が決めたんやから上……やから教育委員会とか知事とか仮病総理とかその辺が氏んだらええんちゃうか」

 

 

石橋先生は急にどぎついことを言い出し、上田も俺も何も話せなくなり真顔になる。

 

石橋先生は数秒で笑顔になり

「嘘やってー。」

とか言い出す。いやそりゃ嘘じゃなきゃ困る。

 

「ただな、アピールすべきが誰かは分かったやろ。俺は仕事やから矢面に立ってるだけで、俺が『すごいなぁ』って思うアピールをしてもあんまり意味はないんや」

 

なるほどな……。でも、それ無理難題にしか思えないぞ……。

 

「よし、ほなもう聞きたいこともないやろ?俺は職員室に戻るわ。」

 

そう言うと石橋先生は立ち上がる。確かに色んな意味で聞きたいことはなくなったが……。

俺も石橋先生につられて一応、立ち上がる。

 

石橋先生は最初に見せていた丁寧な雰囲気に戻り

 

「本日は貴重な学生の意見をありがとうございました。」

 

と丁寧な口調で挨拶する。

 

「いえいえ、こちらこそ色んな意味でありがとうございました。」

 

俺は軽く皮肉も込めて挨拶し返したが、石橋先生は営業スマイルで振り返り軽くお辞儀して退室していった。

 

 

 

 

「鈴木くんお疲れさま。思わぬ方向になって大変だったと思うけどホントお疲れさま」

 

上田が優しく声をかけてくる。確かにな……。説得するはずが流されていってしまったぜ。上田は一応と、補足説明をする。

 

「私も最初は活動云々だと思ってたの。で、4月に生徒会の担当が石橋先生に変わって、最初は文芸部を認めてもらうために頑張ってたんだけど……そのうちに『確かにお前らの頑張りはよく分かったけど、実はな』って急に関西弁で話し出してさ。ホントなんなの!?って感じよ」

「まったくな……」

「とりあえず今のもふまえて虎谷さんと今後の文芸部のことも話さなくちゃいけないし、部室に戻りましょうか?」

「そうだな……」

 

俺は上田と共に部室に戻ることになった。

 

だがなぁ……、唯一の後輩である虎谷にはどう説明したら良いもんだろうな……。




しばらく部活編のストーリーが進んでいきます。

鈴木くんキレちゃったなぁ

先生は先生でグレーな発言連発だし
大丈夫なのかこの学校……



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【24話】既成事実を作ったもん勝ち

部室に戻ると、虎谷は少し楽しそうな顔をしながら話しかけてきた。

 

「お疲れさまです。どうでした?」

 

どうもこうもなんと説明したら良いものか……。

 

「やっぱり石橋先生でした?」

「ん?あ、あぁ……」

 

そういえば石橋先生は虎谷の担任なんだったな。

 

「石橋先生、関西弁なりました?」

「え!?あ、なったなった」

「お~!」

 

虎谷は石橋先生が関西弁になったことを聞いて楽しそうな顔をしながら音のでない拍手をする。

 

「ってことは、あのめちゃくちゃな話を聞いたんですね~」

「え?あ……確かにメチャクチャだった。って虎谷も知ってたってことか?」

「はい、ちょっと前に聞かされました。」

 

なんてこった。紛いにも部長の俺が一番、平和ボケな状態だったなんてな。

 

「で、どうするんですか?文芸部……」

 

虎谷はそんなことを聞いてきた。

そうだよな……あまりにも……あまりにも、な話を聞いたわけで、やる気が出るか出ないかというと難しいところだ。

だが、石橋先生は廃部が決まっていると言いつつも、廃部の理由が分かったならそれにあわせた対処法を考えろとも言った。文芸部を諦めろとは一言も言われていない。

 

それにこれは高校生活の部活だ。仮に本当に廃部になったとしても、そこまでのすべてが無駄になるわけじゃない。現にこの半年、色々と発刊した同人誌は目の前に形として残っている。

 

「やるだけのことはやるっきゃないだろ。ここで諦めたら大人の事情に対して負けを認めることになる。虎谷はここで負けを認めたいか?」

「嫌ですね。」

「なら決まりだな。」

 

文芸部として新たな生き残りの道を模索することに決まった。

 

「はい!じゃあ改めてどうするか、話し合って決めましょう」

 

俺たちのやり取りを見ていた上田もそこに乗っかる。ホント、上田も入部してくれたらいいのにな。

 

「ってことで私は生徒会から何か分からないか漁ってみるから、文芸部も頑張ってね!」

 

上田はそれだけ言うと部室から出て行った。

あら……普段は三人寄れば文殊の知恵とか言って残って話し合いに参加してくれるのになぁ……。

そんな風に思いながら俺は虎谷と席につき考える。

 

「そういえば、もうすぐ夏休みだが、夏休み明けどうする?月刊誌はやるか?意味があるかないか怪しいが。」

「やったらいいんじゃないですか?あれはあれで活動として必要だと思いますし。」

「そっか……部活が何やってるか分からなくなったら、表向きの理由に潰されるのか……」

 

虎谷と話しながら、演劇部をチラッと見てみるとOBの庄司先輩が遊びに来ていた。

なるほど、上田がさっさと生徒会室に戻ったのはコレか?

 

「鈴木さん、そういえば文化祭はいつなんです?何するんですか?」

 

そういえば夏休みが明けると文化祭が近づいてくるのか。それも考えなきゃならんのだな。俺は虎谷に文化祭の時期と去年は何をやったか説明する。

 

「今やってることとほとんど同じですね」

「言われてみればそうだな……まぁ部活自体が同じだから仕方なくないか?」

「そうですね……」

 

これにて文化祭の話は終了。

多少、去年より何かを付けるとしても根本的には変わらないよな。文化祭よりそれ以外で存続する方法を見出すか。

 

「あと夏休みどうします?」

 

そうだな、例年は活動無しだったが、そういうわけにもいかないだろうし。

 

「7月、8月も冊子作って配布します?」

 

夏休み中だし文化部しか校舎内にいないことを考えると、なかなか厳しいものはありそうだ。

どうしたものかと考えたとき、ちょっと前に虎谷がどっかに俺の小説を投稿していたのを思い出す。

 

「夏休みは冊子作る代わりにそういうのを探して、ありとあらゆるところに投稿しまくるか」

「え~」

 

虎谷は若干、嫌そうな返事をしながらもすぐに部室のパソコンの電源をつけた。やる気満々じゃねぇか。

 

「鈴木さんのボツ作品をまとめるだけですよ」

「いやいや俺だけじゃなく虎谷の作品も投稿するぞ」

「え~」

 

また嫌そうな返事をするが本気の嫌がりというよりは、ただのリアクションという感じだな。

 

多分。

 

今、考えるともし何かで入賞でも出来れば、○○××入賞の虎谷(または俺)を輩出した文芸部を廃部なんて出来ないだろう。対外的なイメージが悪くなる。

 

この作戦、望みは薄いかもしれんが、かなり真っ正面から大人の事情に立ち向かったつもりだ。

既成事実を作ったもん勝ちだろ。

学校ホームページにも部活紹介のところにも廃部の話は載っていない。その状態で先に、すごい部活だとアピールすればひっくり返せる可能性は十分だ。

 

 

「問題はそんなにすごい部活になれるかどうかですけどね。」

 

虎谷はチラッとそんなことを言った。俺的には虎谷頼りでそれは出来そうかな、なんて思っていたりする。

気付くと下校時間になる。夏休みからの活動方針も決まったところで、今日の部活は終わり。

虎谷はいつものごとく最速で下校する。俺は下校……の前に生徒会室に寄るか。

上田が生徒会から何かのアプローチをしてきてくれてるみたいだしな。それも聞いてから帰るとしよう。

 

 




そろそろ部活パートからまた上田と鈴木のパートになると思います。
日常系っていろんな事件があっちこっちからふってわいてきて大変ね


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【25話】廃部第2弾候補リスト

生徒会室に入ると上田は何やら紙を眺めていた。

 

部室から出て行った理由は庄司先輩がいたからだと思ったが、それとは別に真面目に上田は上田の出来ることを考えてくれていたみたいだ。

本当にありがたい。

俺が入ってきて、これまでの真剣そうな顔からいつもの笑顔に戻った上田は話しかけてくる。

 

「お疲れ~文芸部は何か出た?」

 

俺は文芸部が夏休みの間、何かに入賞できるように手当たり次第に投稿する方針であることを説明した。

 

「なるほどね~。まぁもし本当に入賞出来たら全校集会で賞状渡すから」

「マジか。それだいぶハズいぞ」

「その瞬間を写真に収めて生徒会便りみたいなのにも載せてあげるわ。感謝しなさい♪」

 

イタズラっぽく笑う上田。そういえば運動部が何かの大会で勝ってきたらそんな事やってたなぁ。俺には無縁だと思って気にしてなかったが、まさか同じ舞台に立てと言われることになるとは……。

 

「で、会長さんは何か見つかったか?」

「だから~会長じゃなくて名前で良いってば~」

 

と笑ったあと、上田は真顔になって話を進める。

 

「文芸部他、少人数の部活を廃部した後の廃部第2弾候補リストを見つけた……」

 

な、なんだって。上田は真顔で生徒会室に鍵をかける。

これは他の誰かに聞かれてはマズい話のサインだ。

 

「第2弾は4年後くらいの廃部をメドに、今はまだ素案って感じであくまで廃部も候補であって決定ではないみたいだけど……」

「4年後なら俺たちどころか今の在校生には一切、関係ない……とはいえ見過ごせないな。ってか、その情報ってどこから仕入れたんだ?」

「石橋先生が忘れていったUSB……」

「なんてこった……ってかそんな機密情報忘れるなよ……先生のUSBってことは他にも生徒の成績とか色々まずいものが……?」

「それは一切無くて、この廃部案だけ。だから多分、石橋先生はわざとこれを忘れたんだと思う。私に廃部案を見せるために……」

「なんでそんな……」

「石橋先生はあんな人だから……自分から戦うつもりはないんだわ……でも、さすがにおかしいと思ってる。だから私たちに託したいんじゃない?」

「なるほど……ちなみに廃部の候補って……」

「かなりたくさんあるわよ。なんなら吹奏楽部みたいな部員100人を超える大所帯も対象だわ」

「なんだそりゃ……んなもん暴動レベルだぞ。よく知らんがうちの吹奏楽部ってレベル高かったろ?」

「えぇ……賞状渡しの常連よ。」

「なんでそんなとこまで廃部なんだ?」

「本音は顧問を減らしてどうこうっていう大人の事情だと思うけど、表向きの理由は考えてる途中みたい。言っちゃ悪いけど吹奏楽部よりかなり人数が少ない茶道部や漫研は廃部候補じゃないのも気になるわ。」

 

確かに、その差は気になるが、最終的にはうちの高校の部活が全部無くなりそうな勢いだな……。

 

「私はこの廃部第2弾候補に選ばれた部活と選ばれない部活から共通点を見つけてなんとかならないか調べてみようかな……って思うんだけど」

「よろしく頼む。俺たちは真っ向勝負しかできないからな。」

「さっ帰りましょ。もう下校時間だし」

 

帰ろうとしたが、その前に一つだけ。さっき気になったことを聞いてみるか……。

 

「なぁ、上田。さっき部室からすぐ出て行ったのって……」

「あー、見られちゃった?」

 

てへっ☆とでも言うような笑顔で立ち止まる。

 

「うーん、そうね。鈴木くんには言っておこうかな。私ね、庄司さんと別れちゃったの。」

 

やっぱりな……。まぁ庄司先輩の二股三股の話を見たりしてた俺としては、良かったと思うが………それは黙っておこう。上田の話は続く。

 

「結局、大学生の彼女とは別れてなかったし……なんか、そもそも『浮気された』って言うよりは『私が浮気』だったみたい。なんか、私が告白したときにも別の彼女がいたとかなんとか……もうバカらしくなっちゃってさ~。ならその大学の彼女とお幸せに~って言って別れたの」

 

上田は笑って言うけど、内心はどうなんだろうな……。

 

「なんだろう。私がやることってだいたいうまく行かないのよね~。」

 

上田は笑顔で話すが目は笑っていない。確かに演劇部をやめた件も含めて、何かしらうまくいかないことはあるんだろうなぁ。

 

「なんだったらゆっくり話を聞こうか?」

「え?んー悪いわよ……鈴木くん、忙しいでしょ?」

「俺は暇だぜ?駅前のワクドナルドでもミセスドでも繁華街のサン○クでもいいし、上田が忙しいなら後日でも良いし、言いたくないならナシでいい」

 

我ながら強引な誘い出しだが、上田は数秒ほど考えた後、答える。

 

「ん。じゃあ駅前のワックに行きましょ。」

 

俺たちはそのまま、下校して駅前のワクドナルドに向かった。

 

放課後に上田と2人きりでどっかに行くって案外、記憶にないな。

 



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【26話】夢だった……過去形か……。

ワクドナルドで適当にポテトをつまみながら席に座る。

学校ではにこやかだった上田は、今はあまり見ない顔をしている。

普段、見せない顔を見せてくれているのだが気分は複雑だ。

 

「とりあえず、お疲れさま。なんて声かけたらいいか分からないけど」

「なんか、ごめんね。」

「ん?俺は別に大丈夫。それより上田が心配だからな……」

 

だいたい、俺は庄司先輩のクズっぷりをチラチラ聞いていたおかげで今日の話を聞いて、ある意味でホッとしたくらいだ。

 

「私は大丈夫よ……。あ、大丈夫って自分から言うときには大丈夫じゃないわよね。うん、でも心配ないわ……。ちょっとショックだったのは間違いないけど……」

「まぁ浮気だもんなぁ……」

「そこはもういい……というか仕方ないんだけど」

「いいのかよ!?」

「真相を知らないまま平和に過ごしてたことがね……一応、4ヶ月付き合ってたのよ?それで他にも女の子がいたことを見抜けなかった……っていう方が悲しいわ……」

 

一応、俺は聞き役だからな……。何も突っ込まないつもりだ。まぁぶれるかもしれんが。

 

「私さ、何やっても案外うまくいかないことが多いのよね」

「そうか?」

 

聞いてはみるが、少なくとも庄司先輩との件はうまくいかなかった判定なのだろう。

演劇部を辞めたのも何かがうまくいかなかったのだろう。

生徒会長として大人の事情に抗いたいと言いながら現状では文芸部の廃部方針は変わらず、うまくいっていないといえばそうなのかもしれない。

 

上田は力無く笑いながら話を続けた。

 

「ほら、鈴木くんでも分かるくらいうまくいっていないでしょ?」

 

もちろん、その裏にはうまくいった事象もたくさんあるはずだが……。

 

「私さ、庄司さんの役者としての部分しか見てなかったんだと思う。」

「役者としての部分?」

「カッコいい役でもコミカルな役でもなんでも出来ちゃうでしょ?」

 

確かに小学生の役なんかも練習でやってたしな。

 

「それに他の人のお芝居をよく見てるし、それでいいアドバイスをしたりもする。言っちゃアレだけどデコボコなメンバーをうまく整えて舞台を作るし、求心力もすごい。」

 

他意はないと思いたいが、そう褒めているのを聞くのは少しつらい。

 

「そういう表向きの部分に惹かれていって、実際、庄司さんがどんな子が好きとか演劇以外がどんな人なのかとか、そういうのが見えてなかったのね。私は……」

「なるほど……。」

「職場恋愛はよくない みたいに言う大人たちの気持ちがほんの少しだけ分かったかな。」

「ん?そういえば、上田が演劇部辞めたのって部内恋愛禁止とかそういうことなのか?」

 

俺はさりげなく、ずっと気になったことを聞いてみた。

上田には悪いが、今なら答えてくれそうな気がしたからだ。

 

「ん?あぁ~部内恋愛禁止とかはないし、それはほとんど関係ないわよ。うーん……まぁ今思えば関係なくもない?って感じだけど……」

「ん?どういう?………まぁ嫌なら言わなくても良いんだけど」

「……嫌ってことは無いんだけど……」

 

上田はそう言いながらも、なかなか打ち明けてくれない。

これが今の上田と俺の心の距離ってことか……。

 

 

 

「まぁ鈴木くんには言っても良いかな?恥ずかしいから皆には言わないで欲しいんだけどね……」

 

 

かなりの間が開いてから上田はそんな事を言い出す。

気にはなっていたし、言いふらすつもりもないので頷いて話を聞く。

 

「実はね。私は将来、役者になるのが夢だったの。」

 

夢だった……過去形か……。

 

「で、演劇部に入ったの。安直でしょ?」

 

まぁ……でもそこはそれで普通だと思うがな。

 

「役者って色んな役で色んな人になれるし、それに観てくれた人を笑顔にしたり泣かせたり出来るっていいなぁ……って。まぁそれもありきたりな話なんだけど。」

 

確かにありそうな話だが、それも普通に良いと思うんだけどな。

 

「で、幼稚園とか小学校とか中学校で何かお芝居とかしたら、みんながチヤホヤしてくれるじゃない?」

 

確かに……批判的にドンドン責められるってことはないよな……。

 

「それで私は特別だし、さぁドンと行こう!~って感じで演劇部に入部したのよ。じゃあ周りは先輩も同期も、みんなすごくて……私なんて普通以下……いや演劇部で一番下?みたいにすら感じちゃって……」

 

さすがにそれは自己評価が低すぎだろ。

俺は1年の時から演劇部を見てきたつもりだが、特別に酷いとかを思ったことは一度も無いぞ。

 

「まぁ客観的に見たらそこまでだったのかもしれないけど、私からしたらもう悲惨よ。これまで自分は特別って思ってたわけだし。」

 

まぁ確かにこれまでが打ち砕かれたみたいな感覚はあったのかもな。

 

「今思えば、庄司さんは単に演劇のためだったんだろうけど、私がド下手だから夜遅くまで練習に付き合ってもらったりもしてたのよ。」

 

そして惹かれていったわけか……。

なんだか、廃部の話を聞いてからの俺の状況に似てるな……。

 

「ただ私も公演が近付くと毎日、そうやって迷惑をかけるのが申し訳ない気がするし……何より、そういう状況に心が折れちゃった。鈴木くんがどう思ってるか分からないけど、私は結構打たれ弱いのよ……。役者になりたいって気持ちはもちろんあったけど、役者の世界は厳しいじゃない?」

 

確かにテレビとかでも売れるまではバイト掛け持ちとかって話もよく聞くな。

 

「最初の私は『自分には才能もあるし特別』みたいな気持ちもあったから多少つらい下積みがあっても頑張れる……みたいに思ってたんだけど、その根底が崩されてね。」

 

で、役者になりたいという夢が過去形になったのか……。

 

「そういうこと。お芝居するのはやっぱり好き。楽しい。でも私なんかが身を置く世界じゃないというのも分かってる。……その心の中のすれ違いが辛いから、逆に演劇が出来ないってなってね。それで演劇部を退部したのよ。」

 

んー……なるほど。

完全に自己都合で誰かと揉めたりしたわけじゃないから、人間関係は良好なままだったのか。

 

「役者になるのも諦めて、演劇部を辞めて……。普通に進学して就職して普通に生きよう。そう思ってた時に、生徒会長に抜擢されて。私は自分には芽生えないことが分かったから自分でその芽を摘んだわけだけど、先生が無理矢理に芽を摘み取るなんて許せなかったから、文芸部の廃部阻止に動いたのよ。」

 

自分で自分の芽を摘み取ったっていうのが悲しいな……。ただだからこそ同じ思いを他人にはして欲しくなかったのか……。俺としては上田にもそんな思いはして欲しくなかったんだけどな。

 

「はい、私の内緒話は終わり♪もう良い時間ね。帰りましょうか」

 

言われてみるとワクドナルドに入って1時間くらいが経っていた。そうだな、帰る時間だな。

 

「次は鈴木くんの内緒話を聞くから覚悟しててね~♪」

 

上田は普通の笑顔に戻って帰り支度を始めた。

なんか久しぶりに見た気がする顔で安心する。

 

……ん?次の時は俺が何か暴露しなきゃいけないだと?トンデモ爆弾を投げ込まれたな……。




鈴木くんは何を暴露するんですかねぇ……。


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【27話】♪僕の風、僕の風、僕の風~♪稼げる男に僕はなる~♪

上田の真相告白から数日。

早いもので、もう終業式だ。明日から夏休みとなる。

そんな今日は上田から呼び出され虎谷と2人で生徒会室に向かうことになった。

 

こないだ語った夢の話……とかではなく、第二次廃部候補の演劇部に聞かれたくない話、聞かれたらマズイ話とのことで、おそらく上田が何かに気付いたということだろう。

 

「鈴木くん、ご名答~。」

 

やっぱりな。上田はなにやら印刷した資料を俺と虎谷に見せてきた。

 

「これ、生徒会の部活ごとの予算資料とかをまとめたんだけど」

 

うーん……俺にはこういう難しい書類はどこをどう見たらいいか分からん。虎谷も珍しく少しだけ渋い顔をしている。

「私、こういう資料とかを読み解くの苦手なんですよね。」

 

虎谷はそんな事を言った。虎谷でも苦手なものがあるんだなぁと少し意外に思う。

 

「端的に言うとお金の話よ。」

 

わぁお、大人の事情の次は金の話かよ。やっぱり大人の事情じゃねぇか。

 

「うちの高校は部員の数で出せる部費が決まってるんだけどね。」

 

つまり部員が多いと支出する金額も大きくなると。

 

「もちろん額は私たち個人からしたら大きいけど、学校的にはそこまで大きくないわ。事実、吹奏楽部は学校からの部費だけでは活動出来ないから、部員も月いくらって払ってるらしいし。」

 

へぇ、そうなのか……。言われてみればコンクールとかでデカい楽器運んだりとかって結構な金額がかかるだろうしな。冷静に考えれば当然なのだろう。

 

「この部費っていうのは部員の数でいくらって決まってるから、大所帯な支出する金額も大きくなるのは当たり前で、問題はこっちの枠を見て欲しいの。」

 

上田は資料の支出額ではなく、雑益と書かれた枠を指差す。

なんだ?これ……。だいたいの部活は0円だがいくつかの部活で金額が記されている。

金額が記されている部活は確か上田が廃部候補ではないと言っていた部活だ。

 

「例えば漫研さんだと同人誌を販売したり、茶道部さんもお茶会を開くわよね?いやらしい言い方をすると、そこでお金を取っているのよ。運動部でもごく一部、文化祭で3Pシュート決めたら景品みたいなイベントをやったりしてるのね。そういう何らかの方法でお金を取ると、それが雑益としてここで扱われるの。」

 

なるほどな。

俺の知る限り吹奏楽部のコンクールやら校内演奏会やらは当然のように無料だったし、演劇部の舞台も校内公演は無料だったはず。

上田と観に行った地区大会も無料だったしな。

 

「どうやらこんな風にお金を取ってくる部活を残したがっているみたいなのよね」

 

上田は真顔でそんな事を言う。

まぁ確かにお金は大事だし、入ってきたお金が先生とか教育委員会のポッケにないないされるなら部活だって残そうって気になるか。

 

「まぁ大人たちもさすがに吹奏楽部取り潰しにする口実は思い付かなかったからナシになったみたいだけど……校内の演奏会とかに適当な理由をつけて有料化しようみたいな企みがあるみたいね。」

 

高校生の部活でお金を吸い上げようなんて、なんというか最低な話だな……。

 

「健全なJKビジネスとか言ってるみたいね。石橋先生もさすがに『学生使って金儲けするんはFラン大学運営のすることや』って反対してくれてるみたいだけど……」

「Fラン……まぁそこは置いとくにしても『健全なJKビジネス』っていう言葉がそもそも健全じゃねぇよ。」

「そうね。私たちのところまで話が降りてくる時には『学生の時からお金の大事さを学んで欲しい。』みたいな話になると思うわ。」

 

上田はそう言いながらため息ひとつ。確かにそんな大義名分作られたら従わざるを得ないよな。

 

 

すると虎谷はポツリとこんなことを言った。

 

「じゃあ私たちもお金を儲けたら存続ってことになるんですかね?」

 

確かに乱暴な理論だがあり得るかもしれん。上田も神妙な面持ちで頷く。

 

「そうね。それが廃部を阻止するってことである意味では一番、現実的かもしれないわ……」

 

今回の廃部騒動の一番の敵は大人の事情だ。金で叩くのが一番、現実的だがその金を用意するのは現実的な話ではない。

 

「生徒会長としても一個人としてもJKビジネスに手を出すのも手を出させるのも看過出来ないしね。」

 

そりゃ当然だろう。俺もJKビジネスをやれなんて言いたくない。

 

「じゃあ鈴木さんがやったらいいんじゃないですか?」

 

虎谷がそんな事を言う。

 

「え?俺?あれか、繁華街で走ってるトレーラーのやつか?」

 

確か延々と音楽を鳴らし続けるウルサいトレーラーを繁華街で見たことあるな。

上田も思い当たったようで

 

「あぁ~あの『♪僕の風、僕の風、僕の風~♪稼げる男に僕はなる~♪』ってヤツね!」

 

とご丁寧に音楽を口ずさみながら言う。いったい何の仕事かサッパリ分からん音楽だ。

 

「じゃあ鈴木さん、頑張ってください。」

 

虎谷は笑顔で俺にそう言ってくるが、待て。俺はやるなんて言ってないぞ。

 

「生徒会長として特別に許可するわよ♪」

 

上田も笑顔でそんな事を言う。

そんな得体の知れない仕事、許可するんじゃねぇよ!俺はやらないからな!

断固拒否の俺を見て、わざとらしくやれやれというような表情の2人。

さては2人とも俺で遊んでたな?

 

「ごめんごめんってば~」

 

上田は笑いながら謝罪、最近はきつそうな表情を浮かべてることが多かったし、この笑顔を見てると許すしかないな。

 

そして虎谷は一通り、落ち着いてから言った。

 

「じゃ、文化祭で文芸部も同人誌を売りますか。」

 

文化祭の同人誌を"売る"だと?

いつもは無料でやってるから気付かなかったぜ。

 

というよりは、あれで金を取るのか。

 

「あ~なるほどね。灯台下暗しだったわ。」

 

上田も一瞬フリーズしたが、虎谷の提案の意味が分かったようだ。

 

「ってそれ売れるのか?」

 

俺が根本的な疑問をつい口に出してしまう。

 

「『売れるのか?』じゃなくて『売る』んですよ」

 

虎谷はサラッと恐ろしいことを言う。さらに上田も続いて言う。

 

「そうよ、高収入アルバイトとかより断然いいわ。それに文化祭が終わったら生徒会長も交代だし、鈴木くんも引退でしょう?」

 

そういえば文芸部の引退っていつなんだ?まぁそれこそ後で考えたらいいか。

 

「正直、生徒会長の私がこれだけ暴れたから次は100パーセント先生の言いなりにしかならない会長になるだろうから、この文化祭が最後のチャンスよ。」

 

なるほど、確かに可能性はある。

そもそも1年生の虎谷しかいなくなれば、新しい会長とは同期ですらないから、去年みたいに会長から働きかけてきてくれる可能性もガタッと減るわけか。

 

俺の顔を見て、何を察したのかは分からないが、上田は続けて言う。

 

「まぁ文化祭の出店でお金を扱うのは色んな部活でやってるわ。あんまり深く考えないで。」

 

お金を扱うことより、そもそも金出してまで受け取ってもらえるのかがプレッシャーなんだが……。

 

「そこは部長でしょ。なんとかがんばってください」

 

虎谷からの手厳しいツッコミが入る。そうか……俺、紛いなりにも部長なんだよな。

 

「じゃ決まりね!私は漫研さんから生徒会への報告書見て価格帯とかページ数とかそういうのを研究しとくから!がんばってね~」

 

上田が後方支援をしてくれるとのことだが、作品を作るのは俺たちだ。大変なミッションを背負いこんだな……。

 

 

この後、俺と虎谷は部室に戻る。

文化祭向けの準備は、書くのは夏休み中からだが製本したりするのは夏休み終わってからで良いだろうということになった。

そして夏休み中の活動は週1回に決まった。

そもそも書きためるのは家でやって、部活では投稿先を探して投稿するというルーティーンに決まった。

これまで長期休暇に活動したことなんてないからな。これだけでも非常に大きな進歩と言えよう。

 

「そういえば売れた時のお金ってどこに行くんですかね?」

 

虎谷はそんなことを聞いてきた。言われてみれば、どこに行くんだろう。

文化祭でクラスの模擬店とかもやったが、その売上金がどこに行ったかは分からんな。

 

「その行き先こそ大人の事情ですかねぇー」

 

虎谷はそんな風に言う。

そうだな、それこそ生きて高校卒業したければ気にしない方が良さそうだ。

この後は、小説の投稿先の期限などを確認して今日の活動は終わりとなった。一応、何日の部活でどこに投稿するかを決め効率的にあちこちの賞やなんやに投稿する予定だ。

 

「また『クズな俺と今カノと元カノ(未来形)』くらいの名作が読めるのを楽しみにしてますね。」

 

虎谷はそんな事を言っているが迷作の間違いだろ。

 

「そういえば、男の人って1回は浮気するって聞いたことあるんですけど、本当ですか?」

「ぶっ!」

 

つい吹き出してしまった。とある先輩の顔が浮かんだからだ。

断じて俺自身のことではないぞ。

 

「まぁ、人によるんじゃないか?」

 

我ながら無難すぎる回答をしていると思う。

 

「ふぅーん。」

 

俺をジト目で見るんじゃない。だいたい浮気以前に本気の方の話がないっての。

 

……ん?そういえば、上田って庄司先輩と別れたんだった。大事な部分を忘れてたぜ。

 

「あ、鈴木さん悪い顔してる」

「どういう意味だよ。」

 

そんなたわいのない会話をしながら、今日の部活は終わった。明日から夏休みか……。

 

そんなこんなで下校時間を迎える。

 

「ではお疲れ様です。また来週~」

 

虎谷は相変わらず、めちゃくちゃなスピードで帰る。

俺は、夏休みの文芸部の活動予定を上田に伝えに行くとする。

強制ではないんだが、気にかけてくれてるし、伝えといたら遊びに来たりも出来るだろうからな。

 

「ってことで、もし時間があったら文芸部にも顔出してくれ」

「それを伝えに?ありがとう~。でもその連絡ならSNSでもよかったんじゃない?」

 

うげっ、他意はないと思うが痛いところをつかれた。

こうなったらヤケだ。自分の気持ちにはケリをつけておきたいしな。

 

「まぁまぁ、そうなんだがな。せっかくの夏休みだし近いうちにどっか遊びにでも行かないか?という誘いも兼ねてな」

 

ここでキッパリ断られたら、俺もどうでもよくなれる。上田は呆れたような顔をして俺を見ている。

 

「あのねぇ……私たち受験生よ?」

 

そうだよな。ダメだよな。さぁ振られておしまい。

 

 

 

 

「まぁ1日くらいいいか。普段から勉強してればなんてことないもんね。」

 

 

 

「へ?今なんと?」

「乗ってあげるわよ。どんな企みがあるのか知らないけど……ま、悪いこと考えてる訳じゃないだろうし。」

 

傷心の上田につけ込もうという、とっても悪いことを考えてるんですが。

 

「じゃあ予定確認して連絡するわ。よろしく、期待してるから♪」

 

 

しかも期待された。もしかして上田も俺のことが好きなのか……。

 

 

 

 

んなわけないな。俺がそうあってほしいと思っているだけだ。

 

「じゃ帰りましょ。下校時間だわ」

 

そう上田に促され、下校した。

 

よく考えたら断られなかったのは波風を立たせないようにするためで、後で『行ける日か無い』とかって返事が来そうな気がするな……。あまり舞い上がらず、のんびり構えるとしよう。

 




今回は金の話ですね~
お金お金お金お金・・・・

現実世界でも嫌な話をフィクションに持ち込んでゴメンナサイ


にしても男性高収入求人ってなにをするんやろか・・・


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【28話】デートと言っても差し支えない

今日は夏休みが始まって数日の平日、俺は繁華街近くの駅までやってきた。

時刻は昼前の11時………より1時間前の朝10時だ。

 

なんでこんな猛暑の夏まっただ中に俺はこんなところにいるのか。

 

理由は簡単である。

 

上田から実際に暇な日の連絡が来たのだ。

 

そして今日、午前11時に待ち合わせることになったのである。

まさか本気でOKされるとは思っても見なかった。

これは、デートと言っても差し支えないのではなかろうか……やめとこう、向こうは何も考えずに単に予定を教えてくれただけだ。

 

ちなみになんで集合時間の1時間前にいるのかと、今日発売の新刊が欲しいとか、先着200人限定のお菓子が食べたいとか、そういう理由ではなく単純に楽しみすぎて着くのが早過ぎただけだ。

小学生かよ、俺。

 

この1時間の間にとりあえず、考えてきたプランを再度確認する。

気合いを入れすぎた結果、分刻みのスケジュールになってしまった。

 

上田がゆっくりしよ~って言えばこのスケジュールは闇に葬ることになるが。まぁそれくらい想定の範囲内だ。

 

 

 

………にしても待ち時間って暇だな……。

 

 

10時45分、集合時間までまだ15分もあるのに上田はやってきた。

マジで来てくれた……こんな暑い日に、しかも集合時間の15分も前に。

 

「おはよ~。早いわね!」

「おはよう。上田こそ早いじゃん。」

「まぁ一応、10分前に着くようにって思ってね!さらに5分前行動したら、今着いちゃった。って鈴木くんの方が早いじゃん!何時からいたの?」

「10時からかな」

「はやっ!?そんなに楽しみで?……ってそうじゃなくて、どうせ新刊か何かの発売日でしょ?」

「ん?あぁ、まぁそんなとこだなー」

 

と、ここでヒヨってしまうからいけないんだよな……。分かっちゃいるが……。

 

「で、どうする?どっか行きたいところとかある?」

「一応、予定は考えてきたんだが」

「ホント!?へ~結構、気合入れてきたのね。なんか嬉しいわね~」

「気合を入れすぎて分刻みのスケジュールになった……」

「ってえぇ……。まぁそこまでキッチリにしなくても適当で良いんじゃない?その方がのんびりできるし。ってか暑くてキッチリキッチリなんて出来ないわ……。」

「だな。俺も予定立てたは良いが暑さを甘く見ていた。とりあえず暑いし、どっかで涼むか?」

「そうね。モールの中をフラッとしましょ」

 

猛暑の屋外にいるのはキツいしな。

 

 

2人で近くのショッピングモールに入る。

 

「とりあえずウニクロ寄ってもいい?」

「お?いいぜ」

 

そういえば前は虎谷とウニクロに行ったな。

 

「せっかくだし、鈴木くんに選んでもらおうかなぁ~」

 

クルックルッと回りながら、軽くステップを踏んでウニクロに向かう上田。

 

かわいい、ヤバい。

 

やっぱり好きだな。

 

 

あの件で忘れようとしても無理だったしな。

 

向こうは俺をどう思っているんだろうな。ただの友達くらいなのだろうか。

ウニクロであれでもない、これでもないと何やら選んでいるようだ。

 

「う~ん部屋着をね~……何か良いのがないかなぁ……って。ねぇねぇ!どっちが良いかな?」

 

そう言ってTシャツを2着、見せながら話しかけてくる。ハムスターと無地……どっちもいいんだが……男の子としてはハムスタープリントの方を推したくなる。理由は察してほしい。

 

「って、鈴木くんどうしたの?もしかして部屋着だから誰かに見られるわけでもないのに……みたいなこと考えてる?」

「ん?違う違う。普通にどっちが良いかなぁって」

「ホント?『部屋着見せる相手もいないのにw』とか思ってない?」

「思ってない思ってない。ってかいないのか?今度は誰とか」

 

いたら今度こそキッパリ諦められるが。

 

「いないわよ~。しょ……Sさんのことはもういいんだけど、だからハイ次!って探すのも何か違うかなって。自分から行くのはちょっと控えめにしようかなって」

 

わざわざ名前を伏せなくても……本人からしたら消したい記憶なのかもな。

 

しかしまぁ、こう言われると、神様はどうしても俺に諦めさせたくないのかもな。

 

なら、もう玉砕覚悟で突っ込むしかないだろうし。今この瞬間ではないが。

 

「とりあえずTシャツはやっぱりハムスター柄かな。かわいいし」

「そう?じゃあコレにしちゃおうかなぁ~」

 

一旦は会話の中身を最初に戻す。いつかはハッキリしときたいが、さすがにウニクロの店内で言うのはおかしいだろう。

サクッと会計を済ませた上田は小走りで俺の元にやってくる。

 

「お待たせ~」

 

いいなぁこの風景。これだけでも俺には十分過ぎる幸せな景色だ。

 

「そろそろお昼ね?ちょっと早いけどお昼ご飯にする?」

「おっ、そうだな。何か食べたいものとかある?」

「ん~パッと思いつかないわね~立ててきた予定表はどうなってるの?」

「11時52分にどこかの店に入ることはきめているが、どこかは決めていない」

「え~ん~じゃあ……どうする?」

「困ったときはサイ世リヤ……でもいいかな?」

「賛成~!」

 

いつもいくような場所なので提案するのは少し勇気がいったが、上田は気にしないみたいで助かった。

 

こうして2人でサイ世リヤにやってきた。早速、適当な料理とドリンクバーを注文し長居する体制になる。

 

「鈴木くんは座って待ってて!私、鈴木くんの分のドリンク取ってくるから!」

「いや、いいよ。自分で行くし」

「いいって!いいって!ほら、荷物番しててほしいから気にしないで!」

 

上田はそう言いながら、めっちゃ笑顔でドリンクバーに向かう。なんか申し訳ないな、とは思いつつも何故かウキウキしてる上田の申し出をあまりしつこく断るのも悪い気がしてお願いしてみる。

そういえば、なんの飲み物がいいか希望は聞かれなかったな……。

 

なんか急に嫌な予感がしてきた。

 

しばらくして上田は白い半透明な飲み物を持って帰ってきた。見た感じは普通の飲み物に見えるが……。

 

「どうしたのー?変な顔して」

 

上田に声をかけられ、とっさに返事をする。正面から何の飲み物か聞いてみるか……。

 

「ん?あぁサンキュ!ちなみに何だ?……まさか白ワインか?」

「いやいや、さすがに会長の立場でお酒は勧めないって。これはただの白ブドウジュースよ」

 

ふぅ、良かった。『飲んでみてのお楽しみ』とか言われたらヤバすぎるからな。

 

「あとはハイ、これ」

 

上田はそう言うとどこからかタバスコを取り出してきた。そこに店員もやってくる。

 

「お待たせしました~こちらマルゲリータでございます」

「は~いありがとうございま~す」

 

突然現れたタバスコにポカンとする俺を差し置いて、上田なニコニコとピザを受け取る。

 

「ん?しょうがないな~私が取り分けてあげるわよ~」

 

えらく上機嫌で上田は俺の目の前にあった皿を取り上げ、そこにピザを一切れ(というのだろうか)を乗せる。

実に手際が良い。

そして、俺にそれをくれる……前に手に持ったタバスコをドパドパっとかける。そしてそれを俺に差し出してきた。

 

「えっ?上田さん……?これはどういう……」

「時にはスパイスも必要だよ♪はい、どうぞ♪」

 

上田は、いつにもまして良い笑顔で真っ赤なピザを渡してくる。

 

 

えっ……これを……?とてもヤバい雰囲気しかしないんですが……。

 

「ん?食べさせてほしいの?しょ~がないな~はい、あ~ん♪」

 

上田はピザを取って俺に食べさせようとしてくる。

 

が、男というのは単純な生き物でこうされるとたとえ劇物が目の前にあるとしても口を開けてしまうのだ。

 

したがって、俺は上田の『あ~ん♪』の後から記憶がない。

ピザ(と思われる赤い物体)を食べる前は端から見ればバカップルだな、とか思っていた気がするんだが……。

 

 

 

多分、数時間は経っているのだろうが次に記憶があるのはサイ世リヤを出たところだ。

うん、幸せ過ぎて記憶がないんだと思おう。

なんしか気付いたときには、上田はプンプン怒っている。

 

「もう、ワリカンでいいって」

「まーまーまーまーそこは一応、俺が男だし」

「そういう考え方ってもう古いんじゃないかなぁって」

「じゃあ、まぁ今回は俺が誘ったんだし」

「んーそうじゃなくて……じゃあハイ、ごちそうさまでした!」

「どういたしまして」

「次は私がおごるから!大人しくおごられなさいね!」

「ういっす」

 

なんとか、俺の体裁は保てたかな……。

 

「次どうしよっか?」

 

おっ……ここで解散にならない。

おごるワリカン問題はそんなに悪影響は与えてないんだな。よしよし。

 

「なぁ、上田はゲーセンとか行ったりするか?」

「生徒会長としてそのような風紀が乱れる場所は……なーんて言わないわよ。ゲーセン行く?」

「おっ!じゃあ行くか」

 

流れでそのままゲームセンターへ向かう。

そうだよな、気張って何かをするのも良いかもしれないがゆるくゲームセンターで遊んだりするのもいいよな。

 

「ちなみにさ、鈴木くんはクレーンゲームとか得意?」

「まぁ得意なわけがないよな。」

「そっかー。私も苦手なんだけどね。欲しいのがあるとついやっちゃうのよね」

 

なんだか、本日二度目の死亡フラグが立った気がする。

 

「あ、鈴木くん見て見て!コウテイペンキンの赤ちゃんに似てるイルカのキャラクターのぬいぐるみがあるわ!」

 

おぉ……フラグ回収が早くないかな?

 

「このキャラ好きなのよ!ちょっとやってもいい?」

「おう。頑張れ」

 

上田は数百円流しながら、イルカのぬいぐるみを落とそうとするが、なかなか落ちない。

 

「悔しいわね……あと100円あれば取れそうなんだけど……。」

 

そう言いながらもうすぐ1000円に達しそうだ。好きな人が目の前でクレーンゲーム破産するのを見たくもない。俺が代わるか……それこそが俺が死亡フラグだが。

 

「あーもう……」

「ちょっとやってみても良いか?」

「かなりアームが弱いわよ……」

「まぁもともと景品をくれーんゲームって言うくらいだから……」

「寒っ!?」

 

誰かのギャグをもろパクりした結果、大火傷をした。

が、それはさておき、とりあえず500円を投入する。500円なら6回プレイ出来るしな。

 

「豪快ね……1回で取れたらって思ったらなかなか500円一気には入れられないわ……」

「アーム弱いんだろ……長期戦ならこうしないともったいないからな……」

 

そう言いながら1度目チャレンジ。アームはイルカのぬいぐるみを掴み、そして離さないままポトン。ありゃ、まさかの一撃か……。

 

「え~すごいっ!いいなぁいいなぁ」

「ほい、プレゼント」

「えっ!?いいの!?悪いわよ?」

 

そう言いながらすでにイルカの背びれを掴む上田。

 

「まぁ元からそのつもりだったしな。」

「ありがとう~カバンに……あれ入らないわね……」

 

上田はイルカを無理やり、カバンに押し込もうとしていたが、そのうちに諦めてゲームセンターから袋をもらい持ち運ぶようにしたようだ。




いい青春してるなぁ~・・・・・・


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【29話】ワンチャン

この後、ボンゴの達人など適当なゲームで遊んでから、喫茶店に入ることにした。

店の外にある食品サンプルでパフェの上にケーキが乗った見るからにヤバそうな食べ物に上田が反応したからだ。

入店し席に案内され店員が注文を取りに来る。

 

「鈴木くん甘いのイケる?」

「まぁだいたいは……」

「じゃあショートケーキNYカットケーキパフェを2つでお願いします」

 

さて、食品サンプルではSNS映えしそうなヤバいヤツだったが、どんなものが運ばれてくるかな……。

 

しばらくして店員が高さ30cmはあろうかという物体を持ってきた。

パフェの上にドスンとケーキが乗った食品サンプルで見たヤツだ。いや、食品サンプルよりもワンチャンさらにデカいかもしれん。それが俺たちの目の前に置かれた。

 

「思っていたより大きいわね……」

「なんかパフェからケーキがはみ出してるし」

 

どうやって食べるんだよコレ。

一応、取り皿も渡されたが……、大人しく取り皿にケーキを落として食べることにする。

まぁ見た目はSNS映えだからこういう飾りつけになるんだろうな。

 

「え?このままいかないの?」

 

上田はパフェからケーキがはみ出した部分から手を着け始めている。よくそのままいくな。

 

「ん~!おいしい~!」

 

そうだな。にしても幸せそうな顔してケーキを食べるもんだ。

しかもはみ出したケーキも落とさず、うまくすくっている。ものすごい器用だ。

 

「やっぱり甘いモノはいいわね~!」

「確かにうまいな。これはいい」

 

ギッシリとクリームが詰まったケーキを食べ進める。

これはいろんな意味で破壊力抜群だ。

 

「上田は甘いものが好きなんだな」

「そうね~いろんな意味で甘いモノが好きかしら」

「いろんな意味?」

「スイーツはもちろん好きだし、他には甘過ぎる将来の夢とか?」

「ってそんな触れづらい自虐ネタかよ」

「まぁ見通しと自己分析は甘かったわね~」

 

中学生の自己分析とかがしっかり出来過ぎていたら逆に怖いわ。

 

「上田はもう役者になる気は無いのか?」

「無い!!…………けど、そんなきれいさっぱり諦められるものかというと正直、微妙ね……。でもまぁこのまま大人になって、まぁまぁな会社に就職して、それっぽく……っていうのも、悪くはないかな。それも一つの幸せよ」

 

なんとなく本心じゃないなぁ、と直感する。

が諦めたからこそ、こんな風に言い聞かせているのかもしれない。

俺は1年生のとき、同じ部室で上田のことはあまり印象に無い。

つまり特別に大根役者だったとかって言う訳じゃ無いはずなんだが……。

本人としてはそれでは不足なんだろう。

 

「それに今は生徒会長として色々経験させてもらったし。就職の時に面接の話の種くらいにはなりそうじゃない?だからあんまり深く考えるようなことは無いわよ。」

「なるほどな……。確かに演劇部でいたままなら生徒会長の経験は出来なかったか……ん?いや、兼任は出来るよな……?」

「先生曰わく『会長職は掛け持ち出来るほど甘くないから帰宅部じゃないと』だって。まぁ本音は廃部とかを断行するのに部活してる人じゃ都合が悪かったからだと思うけど」

 

上田が生徒会長なのはそんな裏事情まであったのか……。

 

「おかげさまで大人の世界の………まぁ汚さ?みたいなのも知ってしまったし。」

 

そう語る上田の顔はどこか寂しげだ。ちなみにそんな話をしながらも上田はケーキを食べ進め、ケーキはあと一口にまできている。

それをパクッと食べて、ほっこりした顔をしている。俺はまた思いつきで気になったことを聞いてみる。

 

「ちなみにこの将来の夢から今までの経緯って他に誰が知ってるんだ?」

 

親と親しい友人、庄司先輩、あとはもしかしたら石橋先生あたりかな。

そう思っていたが答えは意外なものだった。

 

「夢だった話も含めて知っているのは鈴木くんだけかな。」

 

えっ?俺だけ?

 

「まぁ聞かれたら答えてもいいかなぁって人は何人かいるけど、聞かれないし」

「なんか俺がデリカシー無かっただけじゃないかな……」

「いやいや、それはないって」

 

上田は笑顔で否定してくれるが、確かにデリカシーが無かったかもと思うのは事実だ。

 

「それに退部した理由とかも誰にも言わなかったし……ホントはちょっと誰かに聞いて欲しかったところもあるかな」

 

女の子は単に話を聞いて欲しいだけ、ってどっかで聞いたことがあるな。

そういうことか……?

 

「って私の話は前もしたじゃん。今日は鈴木くんの内緒話を聞くわよ~」

 

そういえば、そんなこと言ってたな。ただあいにく、俺は公明正大に生きているもんだからな。

 

「そんなこと言って~。虎谷さんとか彼氏いなかったら狙ってたんじゃないの?」

 

まぁ無いな。いい子だとは思っているんだが、それとこれとは話が別だ。

 

「ふぅ~ん。じゃあさ、じゃあさ、部活じゃなくてクラスとかでも気になる子とかいないの?」

 

マジか……。話の方向はそっちに向かうのか。

それ俺に告白しろと言っている……わけは無いだろうが、そのチャンスになるのか?

 

俺がパタッと黙ってしまったのを上田はどう思ったか知らないが、彼女は話を続ける。

 

「沈黙……ってことは、いるんだね~。まぁ面白がってるのもあるけど、私さ一応、生徒会長だし顔も広いつもりだから協力してあげるわよ?ほら言っちゃいな」

 

協力っていうか、あなた自身なんですが……。

 

「ほらほら、ここだけの話にしとくからさ。……それとも、私ってそんなに信頼無い?」

 

 

 

「……上田だよ。」

 

 

 

 

 

「………えっ?」



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【30話】保留

前回の最後らへん

「ふぅ~ん。じゃあさ、じゃあさ、部活じゃなくてクラスとかでも気になる子とかいないの?」

 

マジか……。話の方向はそっちに向かうのか。

それ俺に告白しろと言っている……わけは無いだろうが、そのチャンスになるのか?

 

俺がパタッと黙ってしまったのを上田はどう思ったか知らないが、彼女は話を続ける。

 

「沈黙……ってことは、いるんだね~。まぁ面白がってるのもあるけど、私さ一応、生徒会長だし顔も広いつもりだから協力してあげるわよ?ほら言っちゃいな」

 

協力っていうか、あなた自身なんですが……。

 

「ほらほら、ここだけの話にしとくからさ。……それとも、私ってそんなに信頼無い?」

 

 

 

「……上田だよ。」

 

 

 

 

 

「………えっ?」



煽られて、つい言ってしまった。まぁいつか伝えようとは思っていたしな。これほどのタイミングは無かったから良いだろう。俺は改めて言う。

 

「改めて、俺は上田のことが好きなんだ。付き合ってほしい。」

「えっ……?私?」

「はい」

 

本人は想定しない切り返しだったようで、なんだか困惑している。

なんなら俺も言う心積もりなんてしてなかったからな。

どうやって話を続けたらいいか分からない。

やがて先に話し始めたのは上田だった?

 

「ドッキリ?それとも罰ゲーム?」

 

もちろん、テッテレー!ドッキリ大成功とはならない。

 

「ドッキリでも罰ゲームでもない。ガチ……」

「えぇ?えー……どの辺が……?」

 

何?急に志望動機を聞かれるとか面接か?とはいえ答えて欲しいなら答えなきゃな。

 

「なんてったってかわいい。いつも良い笑顔を見せてくれるし話しやすいし、それでいて真剣に物事には向き合ってくれるし、一緒にいて楽しい。あとは直感とか……」

 

俺はこれまで言葉にしなかった感情を、なんとか言葉で絞り出す。

恥ずかしくて多少、うつむきながらしゃべってる俺に対して上田はニコニコと聞いていた。

そして俺の口上を聞いた後は、嬉しそうに話し始めた。嬉しそう……?だったと思う。

 

「はい、よくできました!……鈴木くんがそんな風に想ってるなんて知らなかったし、人から告白されることなんてないから、なんて言ったらいいか私も分からないなぁ~」

 

えっ!?まぁ、唐突だったのは認めるが……。

そこで上田がそれだけ言って黙ると俺も色々となにを言えばいいのか分からないんだが……。

 

とはいえ、分からないで済ますわけではもちろんなく、少し沈黙の後に上田は話し始めた。

 

「ありがとう。鈴木くんの気持ちは分かった。……ただ私の気持ちが分からない……もちろん、鈴木くんのことは好きなんだけど、恋愛的にどうかと言われると……ちょっと分からない……。」

 

上田は眉をハの字にして笑いながら謝ってくる。

上田にこんな顔をさせるなんて、なんかこっちこそ申し訳ないな。

 

「……とりあえず保留でいいかな?」

「保留?」

「うん。『とりあえず友達からで』とか言うところなんだろうけど、そもそも私たち友達じゃん?だから保留。ゴメンね、すぐに答えは用意できない……。」

「そっか……。」

 

社交辞令……とは思いたくない返事だ。上田の性格的にも社交辞令ではないはず。

 

「よし、じゃあ保留を解除してもらえるように頑張る!」

「そ、そんな……私のために頑張るよりもっと他に良い人がいたり……」

「じゃあ頑張らずに頑張る!」

「プッ……くっくっくっ……何それハハハ」

「おっ笑ってくれたな。いつもの笑顔に戻ってくれたな」

「だって『頑張らずに頑張る』って一行で矛盾してるんだもん。」

 

そう言いながらツボに入ったのか笑続ける上田。

そうだよ、俺が見たいのはこの笑顔だったんだ。

俺はアイスが溶け始めたパフェを食べながら、上田を見る。上田はいつの間にかパフェは食べ終えていて、それで俺をつついて話を聞こうとしていたらしい。

そしたら告白に繋がったと。

待たせるのも良くないので俺もパフェをさっさと食べる。あぁもちろんおいしく味わってはいるからな。一応、振られたわけじゃないしパフェの味も分かる。おいしい。

そして会計の時には俺は先に店を出された。

 

「さっきの約束、次は私に大人しくおごられること!ほら先に出といて」

 

なんとなくカッコ悪い気もしたんだが、上田にもプライド的なものはあるのだろうな。

 

「鈴木くんお待たせ~」

「ごちそうさまでした」

「さっきのサイ世リヤもあったしお互い様よ。……そっかぁ……もしかして今日ってデートしたくて私を誘ったの?」

「お?おぉ……その通りだな。」

「ふ~ん。そっかぁ~じゃあ手くらい繋ぐ?」

「はい?」

「それくらいいいわよ?ほらデートなんだし」

 

そう言いながら上田は手を差し出してきた。

参ったなぁ、そんなことは考えてなかったんだが……とは思いつつその手を握った。

 

「ってカッコつけて言ってみたけど、かなり恥ずかしいわねコレ……」

「すまん、離そうか?」

「……いや、いい。この後はどうするの?」

 

いいんかい!?

どういうつもりかは読めないが、上田の手はあたたかく、でも夏なのにそのあたたかさが心地よかった。と気持ち悪い感想を垂れ流す前にこの後の予定だな。

時計を見ると夕方。そろそろラッシュアワーも近付いてくる頃だ。

 

「実はそろそろ帰ろうか?って思っててな」

「え?あぁそうなんだ。あんなこと言うくらいだから、もっと夜遅くまで色々予定を考えていたのかと」

「うーん……付き合ってもいないし、今日告白するつもりも無かったし、夜遅くまで連れ回すのは悪いなって考えていたからな」

「そっか……鈴木くん真面目だね。」

「そりゃ一応、真剣勝負だからな」

「ハハッ……じゃあ改札まで送ってくれる?今日はそこで解散ね」

「ういっす!」

 

そのまま歩いていき、割とすぐに駅の改札までたどり着いた。

 

「じゃあまたね!」

 

そう笑顔で手を振る上田。俺も振り返す。

 

「おぉまたな!」

 

上田はそのまま改札から消えていった。俺も帰るか……。

 

 

そう言えば最後に『またね』って言ってたな……。今日は楽しんでもらえたのかな……。



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【31話】賞金100万円

その日の晩、上田からメッセージが来た。

今日のお礼だけで告白のことは触れられていない。

もうバレちゃった以上は仕方ないので、俺は開き直って返事をする。こちらこそ今日は来てくれてありがとう、楽しかった、また誘ってもいいかなっと……。

 

「一応、受験生なんだし節度はもってね!」

 

上田からの返事はそんな感じで可とも不可とも言わないものだった。

実際、どう思われているのか不安になる。

ただ聞くのも怖いし、本人は保留と言った以上、答えをもらえるまで待つしかないよな……。

 

 

さて、それから数日後。今日は週に一度の部活だ。

午前中はお互いの作品を交換して読みながら誤字脱字をさがす。

午後からは虎谷が見つけ出した小説応募に参加する。

もはや部活が事務作業で、家で文芸部らしい活動をしてると言っても良いレベルだろう。

 

「賞金が出るところの方がいいですかね~?」

 

虎谷はそんな事を聞いてきた。

 

「まぁ大人の事情は金で黙らせることができるならなぁ」

「はい、鈴木さんの作品をそういうとこに応募しました!」

「相変わらず仕事が速いなぁ」

 

そう言いながら虎谷が応募したサイトを見てみる。

どれどれ……最優秀作品は賞金100万円と弊社読み切りに掲載、さらに弊社より新作の連載を……ってどう見てもプロなレベルじゃねぇか!

賞金100万円ってレベル高すぎて怪しいし。

 

「もしかしたら引っかかるかもしれないですよ」

 

どっちかというと身の丈に合ってない応募をしてる時点で俺たちの方が罠にひっかかったような気分だ。

 

「罠ってなんですか?」

「ん?あぁ個人情報が抜かれる的な?」

「大丈夫ですよ。」

「あぁ学校名と文芸部で応募した?」

「いえ、鈴本善治で応募しました。」

「偽名じゃねぇか!?しかも偽名って分かりにくいし!せめて明らかなペンネームみたいなんにしてくれよ」

「まぁまぁ。じゃあ鈴本善治をペンネームにしましょう。」

 

こんなショートコントみたいなやり取りをしながらポチポチとパソコンを操作して、色々な賞などに投稿する。

ちなみに俺の作品の方が数が少ない上に虎谷は異様に作業が速い。

虎谷は良作を大量生産しているため、俺が読んで誤字脱字をチェックするにも時間がかかる。

結果として俺が忙しく作業に追われてる中、虎谷が先に暇になって俺に話しかけてくる流れとなっている。俺にも虎谷を圧倒できるだけの質と量を書ける文才があればなぁ。

 

「鈴木さん、まだですか?」

「すまんすまん、あと5分」

「えぇ~ほらぁもう帰る時間ですよ~」

 

活動時間の終わりが近づいてくると虎谷が煽ってくる。

ここだけ切り取ると俺が書いてて虎谷が編集みたいだが、現実は真逆という意味不明な事態だ。

 

「お疲れ~おっ!ちゃんと活動してるね~!」

 

そこに上田までやってきた。ややこしい状況をさらにややこしくしそうだな。

 

「ん?鈴木くんどうしたの?私の顔に何か付いてる?」

 

逆になんで上田はこうも平然としてるんだよ。

 

「ほら、鈴木さん!よそ見しないでチェックしてください!」

「は、はいごめんなさい!」

 

もうちょっと上田と世間話をしたいところだが、バッサリと斬られる。

上田と世間話をするミッションはあえなく虎谷に奪われてしまった。

それはそれで色々な意味で気になって作業が進まないんだが……。

 

「虎谷さんうまく尻に敷いてるわね~」

「敷いてないですよ」

「いやいや言うわね~なかなかスパンって言ってたわよ~」

「敷いてないですって」

「そっかぁ~面白い関係ね~!」

 

上田が朗らかに笑ってる。俺も混ざりたいが、作業もあとちょっとだしな。

ここで終わらせなきゃ虎谷にまた煽られる。俺、完全に尻に敷かれてるなぁ。

 

「そうそう文芸部としての調子はどう?」

「まぁまぁですかねー」

「確か、いろんなところに応募してるんだっけ?」

「はい、もう30作くらいですかね」

「すっすごいわね……」

「そーでもないですよ」

 

ちなみにその30作のうち23作くらいは虎谷が書いている。

完全に俺の立つ瀬は無い。せめて今は自分の仕事をするしかないか。

色々な意味で話に混ざりたいんだがなぁ。

 

「よし、じゃあその調子で頑張ってね!夏休みが明けたら、文化祭ね!私の方でもいくらくらい集めたら実績になるか調べとくわね」

「はい、よろしくお願いします」

「うん、じゃまたね~」

 

あら、上田が帰ってしまう。せめて挨拶くらいは虎谷も怒らないだろう。

 

「お疲れ様ー文化祭の件よろしくなー」

「うん。お疲れ様~」

 

普通に手を振りながら上田は帰っていった。

ホントに何事も無くほっとしたような、ちょっと寂しいような……。

 

「で、鈴木さん終わりました?」

「ん?あぁ後はこれをクリックしたら投稿完了だ」

 

俺はそういいながら、最後のワンクリック。今日の部活はこれにて終わりだ。

 

「はい、じゃあお疲れ様ですー」

 

虎谷は俺が作業を完了させたのを見てから、秒で帰り支度を済ませる。

何気に作業完了は待っててくれたんだな。

俺が帰り支度をする頃には、もう校内にいないし、それだけ一瞬で下校して何があるのかは分からんが……。

あ、彼氏に会いにでも行っているのか。いいなぁそれ……。

俺は宙ぶらりんの状況だし1人で下校するか……。



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【32話】『やった』っていうのが大事

夏休みは早くも終わり、今日は始業式だ。

 

文芸部は今日も部活だ。部室に集まり、夏休み中に投稿したところから何か連絡が無いか確認する。今日も特になし。まぁそう簡単にはいかないか。

 

「まぁまだ締切が来てないのもありますしね~」

 

虎谷がそんな冷静なコメントをする。確かに、その通りだな。

ただそれって入賞したとして、存廃議論にケリが着くまでに間に合ってくれるのだろうか。

生徒会長が代替わりする前に結論を出してしまう、つまり残された期間は文化祭までの限られた時間となるのだが……。

 

と、中途半端に部活が始まって少し経ったこのタイミングで上田からSNSのメッセージが届いた。

 

「"文芸部"にお話ししたいことがあります。お時間のある時に生徒会室に来てください。」

 

わざわざ文芸部と強調するあたり、俺個人に対してどうこうの話はないんだろうなぁ。とはいえ、保留された返事がどうなるかも分からないし、俺個人を呼び出してきたとしても素直に喜べないがな。

 

とりあえず上田の呼び出しに文芸部として生徒会室へ向かうか。

 

「虎谷ー。」

「なんですか?」

「上田が文芸部に話があるって。一緒に聞きに行くかー?」

「えぇ~」

 

虎谷は嫌そうな返事をしながらも立ち上がって俺についてくる。

本気で嫌がってる訳じゃないみたいだが、なんというか気ままな猫みたいなヤツだな。

あ、虎なんだから猫か……。

とまぁ、そんなどうでも良いことを考えてるうちに生徒会室にたどり着く。

 

上田しかいないと思い、俺が軽くノックをして入室する。

すると中には上田の他に石橋先生もいた。おいおい、また精神的に疲れる心理戦なのかよ、と思ったが石橋先生は俺たちを見てそそくさと立ち去ろうとする。

俺は軽く身構えたこともあって、うっかりこちらから声をかけてしまう。

 

「あれ?また先生が立場的に立ちはだかるためにいるんじゃないんですか?」

 

先生は営業スマイルの時と関西弁の本音の時と足して2で割ったようなオーラを出しながら答える。

 

「何言うてるねん。文化祭や部活は学生のモンやで」

 

そう言いながら消えていった。なんかあるなぁありゃ……。

 

「確かに何かありそうですね」

 

虎谷もそんなことを言う。そう言えば虎谷の担任が石橋先生だったな。今は一言も交わしてなかったけど。

 

「まったくよ~。あ、適当なところに座って」

 

上田はそう言って笑いながら、俺たちに着席を促す。

 

「また石橋先生が何か言ってきたのか?」

「そうよ~。『これやっといてや』って……」

 

上田はそう言いながら紙を見せてくる。そこには『文化祭予算圧縮命令』と書かれている。

 

「文字通り文化祭にかかる予算を圧縮しなさいって~」

 

んな、めちゃくちゃな……。ってか生徒会長に丸投げってどんなんだよ……。

 

「で、予算圧縮で文化祭もろくに出来なくなりそうなのか?」

「ん?あぁこの命令は無視するわよ?」

「は!?えぇ……いいのか?それ」

「石橋先生が私に言ってくるってことはそう言うことよ。これに合わせた文書だけ作って努力しましたよって雰囲気を出せって意味よ」

「は……はぁ」

 

ここで虎谷も口を挟む。

 

「確かに石橋先生はよく『やった』っていうのが大事なんやって言いますよね。」

「言う言う~案外、報告書とかも中身が伴ってないのにOKしてくれるのよね~~」

 

中身が伴ってない報告書出したのかよ……。

 

「なんか、夏休み前までの改革(大人の事情)がどれだけ出来ました。みたいな報告書を出せって言われてさ。私は良い意味で何もしてないからどうしたらいいか聞いたら、何もしなかったことをそれらしく理由つけたらいいよって言われて、その通り書いたらイケたわよ」

「それチェックされてないんじゃないか?」

「紙が出たってことが大事みたいね。だから今回のこの予算圧縮も適当に『やるだけやりました』って感じで出すわ」

「そんなん出来るんですね?」

 

虎谷は至極当然な疑問を投げる。しかし上田もケロッと答える。

 

「例えば吹奏楽部の演奏会の時間を例年、45分で取ってるのね。これを今年は5分にします。そしたら照明やパンフレットなど、また観客数が減って用意するパイプ椅子を減らしたりして、理論的には諸々の費用や労力を圧縮出来るでしょ?」

「それ、文化祭のために一生懸命練習してきた吹奏楽部から暴動が起きるぞ……」

「実際にはやらないわよ~。」

「えぇ……どういうことだ?」

「ただしくは演奏会45分を演奏会5分、アンコール40分にしてしまうの。そうすれば演奏会の時間短縮で表通りの効果を得たことになりながら実際には45分あるから吹奏楽部も満足行くパフォーマンスが出来るわ」

「ありなのか……それ。」

「ん~……まぁいいんじゃない?ライブで乗ってアンコールしちゃった☆ってことで。一応、石橋先生には根回しするし。後はカンパ制にしてお金を取ろうとするとかね」

「それ、吹奏楽部がOKするのか?」

「吹奏楽部の意志は関係ないわよ?カンパ箱も生徒会室に置くだけだし。いくら集まったより、集めようと努力した"ことにする"のが大事だから。」

 

なんというか、朗らかでちょっとお茶目な上田はどこへやら……。

上田は一気に大人の階段を上ってしまったような気がする。

 

「何~?鈴木くん、幻滅した?」

「いや、そうじゃなくて……なんか遠くなった気がするなぁ……って」

「あはは、何それ。これが生徒会長としての私。仮面の姿で本当の私は鈴木くんの知ってる私だよ~。」

 

上田は、いつものふんわりした笑顔に戻った。よしよし。

 

「で、文芸部はどうしたら良いんですか?」

 

虎谷は話を本題に戻す。あ、そうだったそうだった。それが大事だ。

 

「あ、そうだったそうだった。文芸部は文化祭で本を『販売する』って方針で間違いなかった?」

「あぁ、そのつもりだ。」

「じゃあまず事務的に書いて生徒会に出さなきゃいけない書類を渡しとくね」

「おぅサンキュー」

「あと、ここからが本題で、どんな感じの本になるとか分かる?」

「ん~……一応、いつも配布してるヤツをちょっと厚くするくらいかな?」

「価格帯とかは考えてる?」

「一応、100円と……B○○K○FFとかも100円コーナーがあるし、手に取りやすい金額が良いかなぁと」

「なるほどね~…確かに文化祭で500円とか普通は払わないわよね~」

 

上田は俺が言った内容をメモする。

 

「紙の質とかは考えてる?良い紙使うとか、学校で用意できるわら半紙にするとか……」

「そこはまだ……」

「何部刷るとかも決まってる?」

「そこは逆に何部なら採算とかが合うんだ?ってところだな」

「なるほどね」

 

上田はそう言いながら目の前にある生徒会室のパソコンを操作する。カタカタっと操作して、しばらくすると俺たち2人を手招きした。

俺と虎谷でパソコンの画面を確認しに行く。

 

「ページが去年の倍、1冊100円だと先生がニヤツく金額を稼ぐにはこのあたりね」

 

そこには具体的に何冊売り上げたら良いかの数が表示されていた。

 

「労働力は計算しなくて良いから100円―原価で計算しただけなんだけどね。」

 

少し苦笑いしながら、上田は数字を見せる。

こうして見てみる先生がニヤつく金額とやらはかなり大きな数字だ。

 

「一応、コッソリ石橋先生に聞いたのよ。いくらくらい稼いだらいいのか。そしたら『教師の打ち上げ飲み会代くらいはほしいなぁ』って。」

「それでこの金額か……。」

 

正直、自信はないがそれを口にするわけにもいかない。

こんな俺とは逆に虎谷はいつものように薄いリアクションだ。

 

「ふーん……。」

 

やっぱり何考えてるか分からないときが定期的にあるな。

 

「とりあえず紙とかは文芸部の部費で手配しとくから、文芸部はこの数、売り上げることを一番に考えてね!……でいいかな?」

「お、おう」

 

せっかく上田が計算してくれたんだからと俺は肯定的な返事をする。

すると虎谷が

「おぉ~」

となにやら感心したような声を出す。どうしたんだ?

 

「いえ。やる気だなぁって思っただけです。」

 

なんだそりゃ。

虎谷のよく分からない発言はさておき、俺たちは上田の試算をどっかにメモしてから部室に戻る。上田があんな計算式まで考えてくれていたとは……。

 

 

 

部室に戻って一息ついて虎谷がポツリ。

 

「あの目標、やるんですね」

 

ん?意外と怖じ気づいたりしてるのか?

 

「というよりは鈴木さんがGOサイン出すと思わなかったです。結構、キツい目標じゃなかったですか?」

 

確かにかなりキツいし達成出来るかどうかは分からん。もしかしたら無理かもしれない。

 

「キツい目標なのは分かってるが何もしなけりゃこのまま廃部だ。目標が仮に99%失敗して廃部になるとしても、100%廃部よりは良いだろう。」

「…………そうですね。確かに言うとおりですね。」

「なんか妙な間があったが、何かあるなら言ってくれよ。文化祭が終わったら名実共に虎谷の時代なんだからな。」

「ん?いや……鈴木さんは事なかれ主義なのかなぁと思ってたので意外だっただけです。」

「あぁ……そう言うことね……。確かに事なかれ主義だった気がするんだがな……」

 

確かに事なかれ主義だったはずなんだが、いつの間にかマジになってる俺がいる。

まぁ主に上田のお陰だな。それは虎谷には言わないけど。

 

「まぁさすがに廃部って言われたら何とかしようって気になるだろ」

「ふーん……。」

 

虎谷は俺の言い訳に何やら分かったような分からないような顔をしている。もしかしたら察したのかもしれないな。

とはいえ虎谷はそこに踏み込んではこない。ありがたいような寂しいような……。

 

「分かりました。じゃ文化祭までに本を作ることを最優先にまずは頑張りますか」

「だな。あと結局、誌面は限られる。長い作品を載せるとキツいこともある。とはいえ短いモノばかりだとなんだかなぁ……とも思うんだが……。ほら、一応どっかに応募して落ちた作品とかも使いたいだろ。というか俺のストックが厳しいって話だが」

「じゃあ2種類作ったらいいんじゃないですか?そうしたら2冊買ってくれる人もいれば数も増やせますし」

「あっそうか。そりゃそうだな。1冊しか売れないって考えしか思い付かなかったぜ。」

 

こうして虎谷のアイデアもありつつ文芸部は文化祭で同人誌を販売する。

そこで稼ぐという実績を持って廃部という大人の事情を立ち向かうことに決まった。

これが最後の勝負だな……。



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【33話】学校の授業では教えてくれないタイプの勉強

文芸部の方針が決まってから数週間。

部活はとりあえずは書くという作業が中心となっている。文化祭の少し前までに色々と書きためて、その中から良い作品を冊子に入れるつもりだ。

2冊も作るのだから、そりゃ沢山書かないとな。結局、虎谷にはかなわないんだが……。

 

そして俺はもう一点、気になっていることがある。

上田の件だ。

告白の返事をもらってないまま、もうすぐ1ヶ月になろうかという事態だ。

ちなみに言うと、この間もSNSで雑談したりはしていて部活以外に全く接触がないわけではない。

が、一方でこの話題に触れることもない。

なんだか中途半端に胸を締め付けられるような感覚だ。このまま自然消滅するくらいなら、いっそ振られた方が気が楽なんだがなぁ。

いや、振られたいわけじゃないけどな。

 

そんな風にモヤモヤしながら今日も下駄箱から靴を取り出し、帰ろうとする。

ちなみに同じ時間に部活を終えたはずなのに虎谷は既に下校している。普通に片付けと動きがめちゃめちゃ速い。

 

「あら?鈴木くんも今帰りー?」

 

その声に振り返ると、ちょうど上田がいた。

 

「おぉお疲れー」

「お疲れ様~」

 

俺としては出来る限り自然に振る舞う。

上田もぎこちなさとかは特になく至って自然だ。それが演技なのかマジで何も思ってないのか分からないが。とりあえず自然に自然に……。

顔を見合わせてもSNSの時と変わらない雑談だな。

 

「この時間まで生徒会って大変だな」

「フフッ、まぁね~。って鈴木くんもでしょ?」

「ん?まぁ俺は好きでやってるだけだからな。」

「そっかぁ~。まぁ私も無理矢理、生徒会長にさせられはしたけど、今はそれなりに楽しんでるのよ。いろんな意味で将来に役立ちそうな勉強も出来るし。」

「いろんな意味って……あれか。学校の授業では教えてくれないタイプの勉強か」

「そういうこと~。」

「上田はすげぇな。もう社会に出てからのところまで考えてるんだな……」

「そうね~。夢は諦めたし、そうなると現実の世界でまぁ幸せになる方法を探そうかなって」

「そうか……。諦めた、か……。俺みたいに何の夢も希望も無い人間からすると、もったいないなぁなんて勝手に思っちまうな。」

「もったいない……か。ありがとう。でも良いのよ。生徒会長になってからは現実もよく見るようになったし。」

 

俺は直感した。

多分、この言い方は諦めきれてないのを無理に言い聞かせているな、と。

ただそこまで上田の心の内にもぐり込もうとするのも良くないか……。

 

「っていうか鈴木くんも夢は知らないけど、今は希望はあるじゃない?」

「ん?」

「文芸部を存続させるって希望が」

 

言われてみればそうだったな。

というか好きバレしてるから理由を口に出しても、ある意味で問題は無いか。

 

「それな、上田にいいところを見せたいだけだよ。」

「え!?」

「もちろん後輩が来て部活を守らなきゃってのはあるが、根本的には上田の『大人の事情に抗いたい』ってので、なら俺も…ってなっただけだ。」

「えぇ……もしかして、なんか悪いことした?」

「いいや、むしろ本来、やらなきゃいけなかった部活のことにも目を向けられるようになったし。感謝してるぜ。」

「そう?だったら良いんだけど……私の勝手に巻き込んだりしてない?」

「まぁ正直、巻き込まれてはいるかな。おかげで上田とは知り合ったんだし、俺にとっては良いことばっかりだったかな。」

「あっ……」

 

雑談をしているとすぐ校門に着く。帰る方向が違うため、上田とはここでお別れだ。

 

「じゃお疲れ様なー」

 

俺は上田に声をかける。

 

「あ、鈴木くん!」

「ん?どうした?」

「こないだの告白の件なんだけど」

 

おっと、ここで急にか……!

 

「長い間、保留でごめんね!今、文化祭とかでバタバタしてて……」

 

あっ……角が立たないように言われるだけで、このパターンは……?

 

「だから今すぐ、考えられないのよ。もうちょっと保留でもいい?」

「うん……ん?あ、あぁ……はい」

「待たせちゃってホントにごめんね。文化祭が終わったら色々と向き合える……と思うから。」

 

まさかの保留続行か……。良かったのか悪かったのか……判決の時期だけズラされた気分だな。

 

「まぁ、気にしてない……ことはないけど、大変なのは分かっているつもりだ。体調だけは気をつけて、無理しないようにな」

「ありがとう。じゃまたね!」

「おぅ」

 

そんな挨拶を交わして俺たちはそれぞれの道へ帰る。文化祭後まで返事はお預けか……。

まぁある意味、俺も文芸部として部活に打ち込めるな。

なんだったら、俺のこの話ごと小説にしてしまうか……。そんな想像すらしてしまう。泣いても笑っても文化祭まであと少しだな……。

 



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【34話】男の人って一回は浮気する

さて、気づけばもう文化祭まで1週間というタイミングまでやってきた。

これにて創作活動は打ち切りだ。後は編集してどれを掲載するか決める……。

最後に製本。思えば1年前はこんな風になるなんて思わなかったな。

 

ということで、虎谷の作品をダーッと読んでいく。

どれも面白いので取捨選択が出来ない。

逆に俺の主観で好みから選んだらいいかな、なんて思う。

そして俺はほんの一息ついたタイミングで虎谷に話しかける。

まぁホントにただの雑談なんだが。

 

「なぁ、虎谷ー。ネットとかで恋愛小説……まぁ二次創作とかでも読んでたらさ」

「どうしたんですか?」

「女の子がヤカラとか不良とかチンピラにちょっかいかけられて主人公男に助けられてキュンキュン……みたいなシーンあるよな。」

「そうですかね?」

「まぁそれより前から好印象を持っている前提はあるんだけどさ。あれって実際にキュンキュンなのか?」

「まぁ……?変なのに絡まれてる時に助けてくれた人には良い印象は持つと思いますね。」

「まぁそりゃ助けてもらったらそうはなるか……。」

「じゃあ惚れるかというとそれは別問題だと思いますけどね。知らない人が知り合うキッカケくらいにはなるんじゃないですか?」

「あぁ……そっか……。」

 

確かに知らない人を助けて「名前だけでも!」「名乗るほどのものじゃありません」的なやり取りは古典的だよな。

ただ実際問題、そこから発展した話を俺は聞いたことがないしな。

 

「私としては、そもそもそんな危険な目に遭いたくないですけどね。」

 

確かに虎谷の言うとおりだ。

仮に上田が何かチンピラに絡まれていたりしたら、もちろん助けるが、そもそもそんな窮地に陥る姿を見たくない。

 

「まぁ小説とか二次創作のフィクションなら良いですけど、実際には吊り橋効果を狙われたらたまったもんじゃないですよ。」

「虎谷の言うとおりだな。相手にトラウマを残すのは気が引ける。」

「……で、鈴木さんの書いた小説ではヒロインが危ない人に襲われるシーンは無いんですね。」

「ま、まぁなぁ……。」

「フフッ」

 

鼻で笑って虎谷は話を終わらせる。何を考えてるんだろうな。

というか、虎谷は気付いていないだろうし気付かれても困るが、虎谷の言ってる話は俺の実話を脚色したものだ。

まぁ実際問題、上田からの好感度は上げたいがそのために危険な目には遭わせたくないし遭って欲しくないな。

 

虎谷は思い出したかのように話の続きを始める。

 

「そもそも昔は知らないですけど、いまどきそんなんに絡まれる事がないですよね。」

「確かに。見たことも聞いたこともない。治安が良い地方というのもあるかもしれんがな。」

「私としてはそういうので危機を迎えるのも嫌ですが、そういうのって最悪誰かは助けてくれそうじゃないですか?自力は無理でも警察呼んでくれたりとか」

「まぁ確かに……」

「それよりも浮気とか今流行の不倫とか、そういうのの方がいろんな意味で危機ですよね。」

 

虎谷はえらく鋭いことを言い出したな。とりあえず聞いておくか。

ある意味、関係ない話ではないからな。

主に心のケア的な意味で。

 

「男の人って一回は浮気するって聞いたんですけど本当ですか?」

「いきなりえげつないこと聞いてくるな……。」

「どうなんですか?」

 

なんか虎谷のスイッチが入ったのか、えらくグイグイ来るなぁ。

 

「全員が浮気するかどうかは分からないし、俺は相手を傷つけたくもないからするつもりはないが……。」

「………が?」

 

ある顔が頭に浮かぶ。名前は……出さないでおこう。

 

「3股交際してた知り合いならいたなぁ」

「えぇ……最低ですね。逆によく出来ましたね。」

「相手が2コ下、1コ下、同い年でうまくバレないようにしていた……のかな?」

「へぇ~詳しいですね」

「関係者4人のうち3人は知り合いだからな……。」

 

俺の顔から虎谷は何を察したのか分からないが、それ以上は何も言わなかった。

この件はある意味、俺も関係者かもしれないがな……。

 

君の運命のヒトは僕じゃない。辛いけど否めない。

そんな歌をどっかで聞いたことはあったが、あの時の俺はそんな風に思っていた。それに今もそう思うところはあるが……そこらへんは考えないでおこう。

 

「鈴木さん、何黄昏てるんですか?」

「ん?んー……気にすんな。ちょっとその三股事件を思い出してただけだ。」

「そうですか……。」

「さて、文化祭に向けて作業するか。一応、俺は虎谷が書いた分で使いたいのはピックアップした」

「ほとんど全部ですね。」

「正直どれも切れないから一応、好きな順で優先順位って形にしといた。あとはここからページ数考えて決めるぞ」

「分かりました。」

「虎谷、任せてみても良いか?案が出来たら見せてくれ」

「えぇ~」

 

丸投げされた虎谷は嫌そうな声を出しつつも、すぐに作業に取りかかる。

やはりこういうところが信頼出来るなぁ。

もちろん、俺も丸投げして暇するわけではない。

 

「じゃあ俺は発注しといた紙を受け取りに行ってくるわ」

「はい、では」

 

正直、力仕事くらいしか出来ないからな。俺は学校の倉庫へ紙を取りに行った。

 

ちなみにこの日は部室に紙を運び込むのに時間がかかり、それで部活は終了となる。

虎谷の同人誌の案を見るのはまた後日になった。




私、ハーメルンで好きな作品の2次創作を何作か読んだんですよ

で1回か2回くらいヒロインがチンピラだか不良だか酔っ払いだかに絡まれてるシーンがあったような気がするんですよね

そんなこと現実にあります!?

って思っただけw
まぁフィクションの世界に現実のことを持ち込む私の方が野暮なんかな
それ以外は読んでて楽しかったんですけどね

それを言い出すと私の作品も金にまみれて部活をつぶそうとする大人たちなんて存在しない(だろう)しな


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【35話】今のままではいけないと思います。だからこそ今のままではいけないと思っている。

文化祭まであと数日。文化祭で販売する同人誌は印刷が完了しあとは製本するだけとなった。自分で言うのもなんだが、かなり順調に行ってる。

理由は明確で虎谷がすべてをちゃっちゃと片付けてしまうところにある。彼女のおかげですぐに物事が片付いてしまうのだ。

ちなみに同人誌の中身もだいたいは虎谷の作品になっている。先輩のメンツなんて関係ない。

 

「2冊にまたがって掲載しているのは鈴木さんの作品ですけどね」

 

虎谷はそんなことを言っているが、それも俺に作品まとめる能力が無いからの話だ。

 

「だいたい俺作のんなんてそれ1本だけだろ」

「私は気に入ってますよ。」

「ありがとよ。それを信じておくぜ」

「多分、2冊にまたがったおかげで2冊とも売れますよ」

 

虎谷がなんだか優しいコメントをしてくれている。今回は真に受けておこうか。

 

「そうよ~!私もちゃんと買うから、自信を持っていきなさい!」

 

そう言うのは上田だ。

ちなみに上田は文化祭を前に生徒会長として文化祭の配布物などはすべてに目を通しているらしい。祭り上げられただけの会長なのにご苦労さまだな……。

 

そして今は人数が少ない文芸部のために今は製本作業の手伝いに来てくれた。本当にありがたい。

 

「まぁ困ったときはお互い様よ♪」

「上田が生徒会長として困ってるのを見たこと無い気がするんだが……」

「ん?そんなことも無いかなぁ。石橋先生の要求に合わせて詭弁考えるの結構大変なのよ?」

「あー……『今のままではいけないと思います。だからこそ今のままではいけないと思っている。』みたいな?」

「そんなの却下されるわよ」

 

オレ流ポエムへの評価は手厳しいなぁ。まぁ詭弁を考えるのは向いてないからそれ以外のところで何かサポート出来ることがあればするか。

 

「って言ってももうすぐ文化祭で私の任期も終わるけどね。」

「そうか……割と早かったな。」

「終わってみるとあっという間ね……ってまだ文化祭本番が残ってるわよ!」

「あっそうだったそうだった。」

「あれ、前日の準備とかヤバいのよ?」

「そうなのか?」

「私も経験無いから分からない」

 

上田はそう言いながら笑う。

確かに生徒会長になる前は生徒会の役員とかでも無かったわけだし、知らないか……。

 

「じゃあ鈴木さんも手伝いに行ったら良いんじゃないですか?」

 

虎谷がいきなり意味不明なことを言い出した。

 

「あ!それ良いわね!」

 

上田もそれに乗っかる。なんでそんなノリノリなんだ!?

 

「だいたい俺は生徒会に入ってないのにダメだろ」

「あら、ボランティア的なのは募集してるし大丈夫よ♪」

「それ誰が参加するんだよ……」

「ほとんど参加者はいないわね……文化祭に参加する部活とかだと、自分のとこで精一杯みたいだし」

 

確かに言わんとすることは分かるが……。

 

「それにほら、大人たちの陰謀で生徒会役員でまともにやる気ある人が……」

「あっ……」

 

どうやら、俺に拒否権は無いらしいということを察する。

 

「それに困ったときは……?」

「お互い様だな。よし、じゃあ前日は準備を手伝うことにするよ」

「ありがとう♪」

「いいぜ。今は文芸部の手伝いをしてもらってるわけだしな。」

 

よく考えれば俺個人としては拒否する理由も無いわけだしな。

文芸部の方が前日に準備出来ないという点はあるっちゃあるが……。

 

「今日、全部製本するんでそれは大丈夫ですよ」

 

虎谷はきっぱり言い切った。確かに異様にハイペースな虎谷を見てると行けそうな気はしてくるな。

 

 

しばらくして下校時間は過ぎてしまったが、予定していた分が完成した。

これまでに見たことのない冊数だ。

 

「お疲れ様!」

 

俺の声に2人はパチパチと拍手する。

 

「これだけあると壮観ね~」

「これを売り切れば存続の道も……!」

「見えるかもしれないわね!」

 

上田はいつも通りににこやかに返してきたが、さすがに売り切れば門前払いされる現状は打開できるだろう。

 

「じゃあ私は生徒会の方を覗いてから帰るから!お先ね!」

 

上田はそう言って生徒会室へ向かっていった。俺たちは帰るとするか。

 

と虎谷はいつものように最速で下校せず残って話しかけてきた。

 

「ねーねー。あれで良かったですか?」

 

問いかけの意味が分からず、聞き返す。

 

「はい?何が?」

「上田さんに手伝ってもらったお礼の件」

 

なるほど。そのことか。

まぁ本人が困るくらいなら俺が手伝いに行くくらいナンボでも……って感じだな。

なんなら虎谷も来るか?

 

「いえ、私は邪魔をする気はないので」

「邪魔?いやいや虎谷の能力ならまさに百人力だろう。」

「フフッ……じゃあお疲れ様です~」

 

虎谷は意味深な笑いを残して帰っていく。

出会って半年になるが、やっぱり何を考えてるか掴めないときはあるなぁ……。まぁいいか。俺も帰ろう。

 



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【36話】やったか……!?

そしてやってきた文化祭前日だ。明日から2日間の文化祭が始まる。

 

まずは文芸部に行き、明日の動きについて確認する。そして同人誌を……

 

「はい、あとはやっときますんで鈴木さんは生徒会の手伝いに行ってくださいホラ」

 

虎谷はそう煽ってくる。まぁ生徒会の手伝いも大事かもしれんが俺は文芸部員だ。

優先すべきはこっちだと思う。

 

「私1人で出来ますからホラ、早く向こう行ってください。」

 

なんだかえらく急かしてくるな。

 

「『お手伝い』が大事でしょ。それにだいたいの準備は昨日までに終わらせてますから。」

 

そこまで言われると、素直に引き下がった方がいいのか……?

まぁ虎谷の言うとおり、準備はほとんど片付いているしな。

 

「分かった。じゃあ行ってくるから明日の朝、よろしくな。」

「はい。」

 

淡白なのに強情な虎谷の見送りを受けて俺は生徒会の手伝いに行く。って言ってもどこにいきゃいいんだ?

 

とりあえず生徒会室に行くと、貼り紙があり不在にしていて体育館にいるとのことだ。

で、体育館に向かってみると、だだっ広い体育館で上田がパイプ椅子を並べている。

体育館は明日からクラス劇などに使われるので、そのための客席作りだろう。

 

ただ気になるのは作業している人員が明らかに少ない。

 

俺に気付いた上田が手を振りながら笑顔で駆け寄ってくる。

このシーンだけ切り取ればなんとも微笑ましい胸が高鳴る瞬間なんだが、現実はそうも行かないんだろうなぁ。

 

駆け寄ってくる上田以外に2人が俺のところへやってきた。

誰かと思えば石橋先生と水原だ。

サブキャラ大集合かよ。

 

「お疲れ~来てくれてありがとう~」

 

上田が手を振りながら言うがまさか作業してるのってこの3人だけか。

石橋先生は素の表情で話しかけてくる。

 

「お疲れ。文化祭設営の手伝いに来てくれたんやな?」

「えぇはい」

「助かるわ。ほんならとりあえず、俺が椅子出していくから、それを並べていってくれ」

「並び順とか間隔はどうしたら……?」

「適当でええで。こんなもん並んでたらええんやから。」

 

えらいむちゃくちゃだな……。

 

「ま、そういうことだから頑張っていきましょ!」

 

上田はそうやって明るく話しかける。

 

「N700系普通車のシートピッチは1040ミリだからそれくらいだとかなり余裕があると思います」

 

水原が何か言ってるが、一切何言ってるか意味が分からない。

 

「というか人数これだけか?」

「これだけね!」

 

俺の質問に上田は笑顔で答えるが、目が笑ってない。

やる気のない生徒会役員が大半という以前の話も思い出し、察してしまう。

なんなら何故かいる水原も生徒会の人間じゃないはずだしな。

 

石橋先生が体育館のステージの下に収納されたパイプ椅子を引き出し、それを3人で手分けして並べていく。

もっと上田とダベりながらのんびり作業したいところだったが、どうやらそれは叶わないらしい。数が多すぎる。椅子を引き出し終えた石橋先生が俺たち3人に手招きをする。

 

「野郎3人で椅子を持って行くから上田はええ感じに並べてくれ」

 

石橋先生のその号令で完全に役割分担されてしまった。

まぁ確かに女の子に椅子を運ばせるのも申し訳ないしな。

そうこうしているうちになんとか体育館全体にイスが並んだ。

綺麗な観客席の完成だ。

 

俺の気持ちとしては「やったか……!?」って感じなんだが、これはフラグだ。

つまりまだ作業はあるらしい。

石橋先生が俺たち3人に言ってくる。

 

「俺と水原はこれから、音響とかのセッティングがあるんやけど鈴木は分かるか?」

 

残念ながら、機械類はほとんどわからん。ましてや専門的なのは完全にダメだ。

 

「アカンのか………上田は?」

「キカイハサッパリワカリマセン」

 

上田も珍しくカタコトだ。

 

「マジか……ほなもう仕方ないから上田が見回り行ってもらおか。」

 

どうやら校内で何か変なところがないか、なおしておかなきゃいけないものが出ぱなっしになってないかの確認をするらしい。

 

「鈴木も行ったってくれるか。不審者でもおったりしたら盾になったってくれ」

 

上田の見回りに同行することに異存は無いが、縁起でもないことを言うなよ……。

 

「分かりました。じゃ鈴木くん、行きましょう」

「了解」

 

既に日は落ちているし、下校時間も過ぎている。

さっさと見回りも済ませた方が良さそうだな。

 

「ちなみに私もあんまり機械よく分かんないんですが……」

水原もそんなことを言ったが

「んなもん適当につないで音が出たらええんや」

と石橋先生に一蹴されていた。

 

なんか俺たちとも違う扱いを受けているな。まぁ石橋先生と水原の関係については俺には関係ないな。そんなスピンオフまでフォローは出来ない。

 

「じゃあよろしくな」

 

石橋先生はそれだけ言う。え?懐中電灯とかは無いのか?

確か下校時間は過ぎてるから体育館とか職員室以外は照明も落ちてるよな?

 

「スマホのライト使えや。ほな、はよ行ってきてな。」

 

石橋先生はそう言うと追い出すような仕草をする。

 

「仕方ないわね。行きましょ」

 

上田はスマホを取り出しライトを点灯させる。

これ以上、なんか言っても時間の無駄かな。上田が体育館を出ようとするので俺もついて行く。

図らずも2人にされてしまったな……。

 

 

電気が消えた夜の校舎というのはなんだか不気味だ。

正直、来たくないとすら思う。肝試しとかを学校でやりたがるのも納得だ。

 

さて、俺も肝試しのような扱いを受けている。

スマホのライトはあるが、あれはどちらかというと一筋の光というような感じで全体は照らしてくれない。

そんな不気味な場所を好きな人と2人で歩くというのはなんとも複雑な心境だ。

 

「まぁ石橋先生はあんなこと言ってたけど不審者なんていないわよ~」

「そりゃ……そうだけど景色からして不気味じゃないか?」

「まぁ確かにそれはね……。」

 

上田と並んで夜の校舎を見て回る。

教室外に出ては行けないモノが出ていないかと、下校時間を過ぎて残っている生徒がいないかどうかの確認だ。無言で回るのもしんどいので、上田に話しかける。

 

「いよいよ明日、文化祭だな」

「そうねぇ~」

「上田は文化祭の間ってどうしてるんだ?」

「ん?もしかして誘ってる?文化祭でどっか遊びに行こう的なお誘いしてる?」

「ご名答だ。じゃ単刀直入に文化祭、一緒に見て回らないか?」

「良いわよ……と言いたいところなんだけど、生徒会は見ての通りだしゴメン!約束は出来ない」

「そうか……」

「そんなしょんぼりしなくても……あ、うん!どうなるかは分からないから当日に連絡とかでもいい?」

「おぅ!大丈夫大丈夫。嫌なら無理にとも言わないし。」

「嫌ってことは無いわね。仕事してなきゃ1人でいると思うし、誰かといた方が楽しいからね」

 

こう言ってくれるだけ嬉しくは思うが、そこに深い意味は無いんだろうなぁ、とも思ってしまう。

 

「ん?ストップ!」

 

上田は歩みを止める。何かに気付いたらしい。

 

「人のいる気配がしない?」

 

言われてみると確かに微かな音というか振動が聞こえる。

 

「多分、上の階ね。次に見回りに行く場所だわ……。」

 

まさかマジで不審者か……。

誰だよ、そんな死亡フラグ立てたんは……。

 

階段までやってきた。ここから上の階に上がるわけだが、もし不審者と対峙するなら、上田にはここに残ってもらった方が安全か?

ただ不審者が複数だったり別の階段から降りてきたりするリスクを考えるなら、上田を1人にしては危険だ。

 

「どうする?ここで待つか?」

「ん?なんで?見回りって元は私の仕事よ?」

「まぁ……万が一、不審者がいたら……」

「あぁ~……へぇ~鈴木くん守ってくれるんだ?」

「当たり前だろ?」

「じゃあ……」

 

ニタニタって笑った上田は半歩下がって俺の服の裾をつまむ。

時々、反則的にかわいいことをしてくるんだよなぁ……。心臓がヤバい。

 

「はい!これで盾になってね!……なーんて……」

 

おい、冗談のつもりかよ。

 

こんな役得、冗談にはしねぇよ。

 

「よし!盾になるかなら行くぜ!」

「えっ……」

 

驚きながらも、というか驚いたからなのか、俺が歩き出すと上田はその手を離さないままついてくる。

かわいい。

上の階に着くと電気がついた教室がある。

 

「あれは音楽室ね……」

 

上田はそう言いながらスマホを取り出し電話をかける。

片手でそれをして、もう片方は俺の服をつまんだままだ。

 

「もしもし石橋先生?音楽室で消灯漏れが……」

 

上田が先生に報告してる中、電気が消えた。俺たちの気配に気付いたのかもしれない。……人がいることは明らかだな。

 

「消灯したので中に人がいるのは確定です。えぇ……えぇ……不審者なら110番&速やかに現場から離れて、学生なら臨機応変に。電気が消えて気付かなかったなら仕方ない。ですね?はい」

 

通話が終わった上田は改めて俺を見て言う。

 

「聞こえてた?」

「あぁ。俺1人で見てこようか?」

 

ここでカッコをつけなきゃ男が廃る。

 

「………行く。私も行く。」

 

上田はそう言って裾をつまんだまま離さない。仕方ない、このまま行くか。

こっそり音楽室を覗くと何やら人がいるが息を潜めている感じに見える。

スマホのライトで照らしてみると、どうやらバンド演奏の練習をやってる途中で慌てて隠れたような雰囲気だ。

上田は俺に隠れながら後ろから窓を覗き込む。

 

「あら?軽音部さんじゃない?」

 

安心したのか俺からスッと離れて音楽室のドアを開け、躊躇なく電気をつける。

 

「やばい!生徒会が来たぞ!!」

 

軽音部の元気そうな女子がそうやって言う。

上田は呆れたような安心したような笑顔で応える。

 

「はいはい。で、何やってるのよー?」

「見てわからんかー!?練習だ!練習!」

「今、分かってる?下校時間過ぎて、かなり経ってるのよ?」

「わーってるよ!でもこーゆー徹夜で作業とかが楽しいんじゃん!」

 

生徒会長に食い下がる軽音部の女子。

なんか本来ありそうな姿だな。

ちなみに上田はそう食い下がる軽音部員を尻目にスマホを取り出して電話をかける。

 

「そんなぁ~……お代官様ぁぁ……」

「もしもし?石橋先生?音楽室の件ですが私の気のせいでした。はい、異常なしです。」

 

何!?私(上田)の気のせい!?

 

「はい。私たちは何も見てないから。鈴木くん行きましょ。音楽室の電気は気のせいだったわ。」

「上田……なんで?」

「私は生徒会長。生徒の味方だから。それに悪いことしてる自覚があるならバレないように出来るでしょ?」

 

上田の言葉に、5人の軽音部員たちは目をキラキラさせている。

 

「じゃあ明日と明後日、楽しみにしてるからね!」

 

そう言いながら、上田は音楽室から立ち去ろうとする。

俺も一礼してここから離れるとするか。

 

 

 

「さっきはありがとうね」

 

上田は急にお礼を言ってきた。

 

「ん?何がだ?」

「さっき。1人だったら多分、心細かったから。一緒に来てくれてありがとう。」

 

俺としては役得くらいに考えていたから、なんとも言いづらいな……。

 

「さ、他も見回りしましょ。ほかにも残ってる生徒がいるかもしれないし」

「いたら、また見逃すのか?」

「相手次第かな?意味もなく悪気もないっていうのは帰ってもらうかな?」

「なるほどな……生徒のための生徒会長。残ることがためにならないなら帰すということか。」

「そういうこと。明日の文化祭も楽しんでもらうために私はやってるのよ。」

「えらいな……」

「へへ~」

 

上田の笑い顔は真っ暗な校舎でよく見えなかった。どういう表情だったんだろうな。



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【37話】一杯いくか?

「校内は異常なしでした」

「お疲れ、こっちもようやっと終わりそうやわ。」

 

 

 

上田と石橋先生が報告しあっている。どうやら体育館の作業も終わりそうみたいだな。

 

「一杯いくか?」

 

え!?いや待て、先生がそれ誘っちゃいかんだろ。

 

「はいはーい!行きます!」

 

上田はノリノリで返事をする。おいおいマジかよ……。

と言いながらも上田が行くなら俺だって、と手を挙げる。

 

「水原はどうする?」

「私は今晩は配信があるので遠慮しておきます。すいません。」

「おっしゃ分かった。ほな3人で行こか。」

 

どういう状況なのかよく分からないが、こうして上田と俺と石橋先生の3人でどこかに行くことになる。

やってきたのは駅前の居酒屋だ。そのまま石橋先生に連れられて入店し席に案内される。

 

「ほな俺、生中とお前らは?あっソフトドリンクにしろよ。さすがに酒頼んで知らん顔してくれはナシやからな」

「じゃあ私はオレンジジュースで」

「あーカルプスオメガで」

 

ある意味、ホッとした。さすがに学校の先生がアルハラ強要とかは無くて良かったぜ。

 

とりあえず乾杯し石橋先生が話す。

 

「明日からの文化祭がんばっていきましょう!あと上田はこれまで俺の無理難題に応えてきてくれてありがとうな。」

「へぇ先生、無理難題のつもりだったんですね~。」

「ま、上田ならイケると思っててんけどな。とにかくあと少し、頼むわな。」

「はい!」

「で、鈴木はなんで手伝いに来たんや?」

「え?まぁ頼まれたから……」

「ほーん……」

「私が呼びました!」

 

上田は渾身のドヤ顔を見せる。

 

「弱みでも握ったんか?」

 

石橋先生はクリティカルでヤバいことを言うなぁ。

弱みじゃないが秘密は握ってるしなぁ。

 

「さすがに先生でもそれは言えませんよ~」

「ほーん……ほな直接、体に聞いてみたろか」

 

石橋先生はそんな風に言いながら指をポキポキ鳴らす。

 

「アハハッ……先生それしたら色々マズいですよ~。鈴木くんがちゃんと証拠残してくれますよ?」

 

上田は笑いながら受け流す。

石橋先生は偽物の不快感を表しながら俺に話しかけてきた。

 

「お?なんや?鈴木は俺の味方やな??おぉん?上田の味方をするんか?」

「先生スイマセン。俺は上田の味方をします。」

「ええ度胸やなぁ。まぁ今日は見逃しといたろ」

 

なんだか答えを言ったようなもんな気もするけどな。

 

「ほんならさ、まぁ教師から立ち入られたくないやろうけどさ。最近どないなん?」

 

急に質問の意図が分からんな……。

 

「上田はホラ、こないだ浮気男に振られたやん?」

「ちょっと先生~!ズバッと言いますね」

「それからどないやねん?って、まぁ今は聞くんはやめとこか。今日は鈴木の話を聞こか」

 

おいおい!俺かよ!!

 

「誰が好きなんや?言うてみぃや」

 

単刀直入にエグいこと聞いてくるな、この先生。

 

「先生、そんなざっくり聞いちゃおもしろくないじゃないですか~。ってか鈴木くんけっこう真面目かもしれませんよ?」

「まぁ真面目なら真面目なりな話は聞くで~。ほら話してみぃや」

 

そんな生中片手に語られてもなぁ……。

とはいえ上田がいる手前、嘘をつきたくもない。

 

「……いますよ。」

「おっ!!誰や?俺から担任に聞いたるで。同い年か?うちの高校か?」

 

普通に笑いながら結構、踏み込んでくる。

まぁこの関西弁モードな石橋先生なら信用してもいいか……。

 

「そうっすね。……うちの高校の同い年っすね」

 

なんなら今は俺の隣に座っとるわ。

 

「マジか~。え?付き合っては?」

「いないんですよね……残念ながら」

「振られたん?」

「いや、振られた訳では……」

「いつから好きなん?」

「まぁ……今年の始め?2年生の終わりくらいから……」

 

俺の中途半端な回答に石橋先生は次第に真面目な顔になっていく。

ちなみに上田がどんな表情で聞いているのかは恥ずかしくて見ることが出来なかった。

 

「まぁお前のことやからな、好きにしたらええんやけどな。もう半年経つわけやろ?行くだけ行って当たって砕けてもそれも経験や。大人になったらセクハラとか言われて出来ひんようになるからな。」

「俺の想いは、相手には伝えてますよ。」

「そうなんや!!ほんならこれ以上は今は聞かんとこ。相手がある話になってるんやったら俺から言うことは無いしな。」

 

石橋先生はそれだけ言うと残った生中をグイッと飲み干す。

 

「すんません生でー!……上田、今の話聞いてみてどう?」

 

石橋先生は飲み物を注文してから今度は上田に話を振る。

 

「………」

「上田!?」

「えっ!?あぁごめんなさい。ちょっと考え事してました」

「ぼやっとしてるなんて珍しいやんけ。今の鈴木の話聞いてどう思う?まぁ相手にどう思われるかは別として」

「そうですね!言ってもらえるのはとても嬉しいことだから、それはやっぱり伝えてくれてありがとうってところはありますよ」

「お~聞いてへんかった割にはメチャメチャ深いこと言うやん」

「エヘッ」

「あっ、コイツ考えとったな」

「まぁ~私ほどのスーパーな人間になると、先生の考えることはお見通しですよ」

 

上田は得意げにドヤ顔を決めている。

 

「ほんなら今、俺が考えてること分かるか?」

「うーん……鈴木くんの想い人が誰なのか?ですか」

「ちゃうな。答えは……すんません!勘定で!」

 

そうきたか……!

石橋先生の突然の締めにより、今日の飲み会は御開きとなった。

ちなみにお会計は石橋先生が全額払うという太っ腹を見せつけてくれた。

なんだかんだ良い先生だと思ってしまうあたり、俺もチョロいな……。

 

 




更新ペースでお察しだと思うんですけど、これ書き溜めてるんですよね

これ書いたときにはこんなにコロナが大変になるとは思っておらず
2杯で退店したのは割と遅い時間に入店だったのと、条例的な意味で高校生を22時までに家に帰すためだったりします。

先生は……なんか深そうなことを言ってますが、現実には学生と遊びたかっただけなんでしょうね。


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【38話】文化祭の日がやってきた。

翌朝、文化祭の日がやってきた。

 

登校して職員室にいた石橋先生に昨日のお礼を伝えてから、クラスの教室で出欠確認を受ける。

その後はすぐに部室へ。作って箱詰めした同人誌を体育館近くのスペースに持って行く。生徒会が用意した販売スペースだ。並びには3年生の飲食店があり人通りも多い好立地だ。

まぁ浮いているのは否めないが、どこでやっても同じこと。

なら徹底的に浮いているのを利用しようと言うことになったのだ。

 

一般開放と最初のプログラムが始まるまでの30分で一気に準備完了!あとは文化祭が始まるのを待つばかりとなった。

 

「いよいよ来ましたね~」

 

初めての文化祭でしかも自分の書いた作品でお金を取るというなかなかな状況にもかかわらず、虎谷はいつも通りの余裕な表情だ。

 

「すいません!一冊ずつください!」

「はい、ただいま!」

 

こんなすぐ、いったい誰だと見ると上田だった。

 

「ねぇねぇ一番乗り?一番乗り?」

「あぁ一番乗りだな」

「やったー!」

 

なぞのはしゃぎ具合を見せる上田。コレを見るだけでも頑張った甲斐があったね。

 

「200円です。はい、ありがとうございます。」

 

虎谷が会計を淡々と済ませる。彼女の堂々たる雰囲気には救われるぜ。

上田が立ち去ると虎谷が話しかけてきた。

 

「店番ってどうするんですか?」

 

あっとそう言われてみれば……。去年までは無料配布だったので極端な話、店番をしなくても良かったんだが今年はそういうわけにはいかない。決めてなかったな……。

 

「いけるときにどっちが来て、最悪どっちの都合もつかない時は閉めるか。」

「分かりました。では早速ですいません。午前中はクラスの方があるので行ってきていいですか?」

「おう。」

 

虎谷はスタスタと消えていく。

あんな部活に力を入れているのに、クラスの方でもちゃんとやってるのかと感心してしまう。

ま、虎谷ならわけなく出来そうだよなぁ。

 

さて、困った。

横の食べ物の模擬店は大声で呼びかけているしその方が活気もあって良いというものだが、文芸部はイメージ的にそれをするのも微妙だよなぁ。

「へい!へい!へい!へい!らっしゃい!」とか言わないよなぁ……。だいたいそのかけ声は恥ずかしいから嫌だな。

 

「すんません、1冊ずつください!」

「あ、はいただいま!……って水原かよ」

 

購入第2号がほぼモブに近いキャラなんて悲しいぞ

 

「水原かよとは失礼な。お客様だぞ~?ヘヘッ……まぁ冗談は置いといて、そんなしみったれた顔してたら売れるもんも売れねぇよ?」

「うるせぇ!」

「うわぁ過去のゴーストライターに厳しいなぁ……」

「まぁ水原の言うとおりかもしれないな……。どうすりゃいい……初めて過ぎて分からん……」

「隣みたいに大声出すか!?」

「それは合わんだろ……」

「じゃあとにかく話しかけて買わせるとか?」

「お前、何言ってんだよ……」

「祭りだぁ~!って雰囲気を最大限利用すんだよ!例えば……」

 

水原はキョロキョロしてから近くを通りかかった生徒を捕まえて話しかける。

 

「すいません、例えばなんですけども、桃太郎が極悪で鬼が石橋先生みたいな話とかどっすか?」

「はい?」

「まぁそんな話がね~あるんですよ」

「はぁ……石橋先生が鬼?」

「正確には石橋先生みたいな人ね。そのあたり権利的にめんどいから。で、そんな話が入ってるのがコレなんすよ。去年の文芸部の本。まぁもらってって~」

 

水原はそう言いながら半ば強引にどこからか出した去年の文芸部作品を見ず知らずの学生に渡した。

 

「とまぁこんな感じ。」

「強引じゃねぇか!ってかやるなら今年のを売り込めよ!」

「だって今年のはまだ読んでないし。今年の書いたなら出来るだろ。じゃ頑張れな~」

 

水原はそれだけ言って立ち去る。まったくとんでもない話だなぁ……。

と15秒くらい考えたが、何もせずよりはマシかと思い立つ。

その時、誰かの保護者と思わしき大人の女性が通りかかった。

何も生徒に売るだけが能じゃない。大人の方がお金も持ってるはずだしな。

 

「文芸部でーす」

 

俺の声に保護者は一瞬立ち止まる。ここしかない。

 

「すんません、1冊どうですか?」

「いやぁ……」

「あぁ……じゃまぁ……青春とかどうですか?今の学生の恋愛とか気になりません?」

「んんー……まぁちょっとは……」

「ちょっとそんな話も入れてみたんです。買ってってください!」

「………はい、分かりました。いくらですか?」

「1冊100円です。ただ恋愛の話は2冊に分かれてるんですよ……」

「はいはいじゃあ2冊ともください」

「ありがとうございます!!」

 

半ば強引に押し込んだ気もするが売れた。身内票ではないちゃんとした売上だ。

文化祭という雰囲気を利用して、このままやるか。

 

……

 

「まぁ浮気とか最悪ですよねぇ」

「でしょー。ただまぁ浮気してる側って言うのがどんなんか。そういう視点も見てみたくないっすか?」

「うーん……基本、浮気してたら燃やすつもりだからなぁ……。」

「燃やしたら話できないし、まぁ話したくもないだろうけどw」

「それなwwwww」

「ってことで、浮気した側の思考がいかにクズか書いたんで読んでくださいや」

「………なんでそんなこと書けるの?」

「文芸部なので!……ってのは冗談で、実際に俺の好きな人の好きな人は浮気というか三股やってるやべぇ話だったもんで」

「そこが元ネタ?」

「えぇ……」

「文芸部のお兄さんも大変だね。じゃあお兄さんはその三角、あ、四角関係に」

「入ることすらできなかったね。あ、これはここだけの話で。」

「はいはい。なんかかわいそうだから2冊とも買ってあげるよ」

「ありがとうございます!」

 

見ず知らずのJKと舌戦をしながら、また2冊売れた。

おしゃべりしてから売るまでこぎつけるから時間はかかる。

ただ売れた実感があるのは嬉しいな。

 

「お疲れ様です」

 

虎谷が戻ってきた。もうすぐ昼だ。意外に早いなぁ。

 

「どうですか?売れてます?」

「まぁまぁってとこだな」

「ですねぇ……多分、これペースだと間に合わないですよね?」

「うっ厳しいこと言うなぁ……例年、明日の方が客が多いからと楽観視してるんだが……」

「そうなんですか?」

「今日は金曜だから……明日は他校の人が遊びに来たりするだろ」

「あぁ……まぁ。そうですけど、いけます?」

「正直、難しそうかな……」

「はいはい。じゃあ鈴木さん、お昼行って良いですよ。私代わります。」

「お、おう」

 

虎谷に促されるまま、一旦文芸部から離れて腹ごしらえに行くことにする。

確かに売れたことに手応えはあったが、このままじゃ全部はさばけないよな……。

 

とりあえず俺は適当に焼きそばを2つ買って文芸部に持ち帰る。ちなみに片方は虎谷の分だ。

ということで数分で文芸部に戻ってきた。

目の前で同人誌が売れていくのが見える。ポツポツだが売れているのが嬉しい。

 

「お疲れ。どうだ?」

「まだ数分ですよ。お昼食べてきたんですか?」

「買ってきた。ほい虎谷の分」

「あ、ありがとうございます。いくらですか?」

「いや、いいよ。それより売れてるか?」

「まぁまぁですね。」

 

虎谷はまぁまぁとか言ってるが、どうやら俺が1時間かかって売った数が、ものの数分で売れたように見える。

 

「なんか魔法とか使ったか?割と売れてるじゃねぇか」

「立ち読みを許可してみました。みんな数分後には買って帰るんですよ。」

「なんだと……?」

 

言ってる意味がよくわからない。するとまた1人通りかかる。

虎谷はちょっとちょっと、と手招きをする。

 

「立ち読みしても良いですよ。」

 

そう言って差し出すのは俺が買いた作品の後半が載った方だ。

確か主人公の想い人の恋人が浮気しているという場面だった気がする。

 

「どうです?」

「これって続き?」

「はい、前半はこっちですね。立ち読みします?」

「立ち読みで良いんですか?」

「私は良いですけど。まぁ帰っても読めますし、今読まなくても……」

「あぁそっか。体育館で待ち合わせしてるんだった。ほなとりあえず買って帰って読みます。」

「ありがとうございます。200円です」

 

強引な気もするが、俺みたいに舌戦を繰り広げたあげく買ってもらえないとかよりはコスパも良さそうだな……。虎谷だから出来る技なのかもしれないが。

 

虎谷は俺から焼きそばを受け取ってちゃっちゃと食べる。

その間は、俺が店番だ。つっても虎谷みたいな技は使えないしなぁ。

 

「私、ここにいるんで売り歩きに行ったら良いんじゃないですか?」

「なるほど、その手があったか。確かにブースはここだが、歩いて売りに行くってのはアリだな。」

 

俺も焼きそばを食べながら終わったらその作戦を使わせてもらおう。

店の方は虎谷に任せた方が良さそうだしな。

 

さて、とりあえず何冊かずつ適当にエコバックに入れて店から離れる。

俺には水原がやってたようなやり方しか思いつかないし、知らない人と話すのはプレッシャーもあるが逃げてられない。よこしまな考えかもしれないが、結局は上田に良いとこを見せたいから廃部も阻止したいわけだしな。

最低限、そこはブレたらいけないと思う。

 

「あら?鈴木くん?」

 

おっと噂をすれば影だな。上田が声をかけてきた。

 

「どうしたの?休憩?」

「いや、出張販売だ」

「あら?またすごいことしてるわね~」

「虎谷のアイデアだけどな。」

「ホントあの子すごいわね……分かった。私も何か協力しようかな。」

「マジか!?無理はしないでくれ。これは文芸部のことだからな」

「大丈夫!大丈夫!それにもともとは私が持ち込んだ話だしね!ちょっと待ってて」

 

上田は駆け足でどっかに行き、少しして戻ってきた。

首からかけるタイプの板っぽいヤツに文芸部と書かれた紙が貼られている。

さながら駅のホームの弁当屋みたいな雰囲気だ。

 

「ほら、これでまず『売ってる』って雰囲気が出てくるでしょ?エコバックだけじゃ電子たばこのセールスみたいだしね。」

「上田って時折、変な知識を披露するよな」

「えへっ。あ……あとコレ」

 

そう言いながら、文芸部と書かれた紙に文言を付け足す。

 

「無料悩み相談……?なんだこれ?」

「相手から話しかけてもらいやすくするためよ!悩み相談に来た人に答えてあげて、ついでに本を売りなさい!」

「サラッと大変なことを言うなぁ」

「鈴木くんなら出来るって思うから。じゃあ頑張ってね!」

 

 

謎の信頼だな……まぁ応援もされたし行くっきゃねぇなぁ。

 

上田と別れて俺は人の多そうなところへ向かう。




いよいよ文化祭編開幕です!
これで文芸部の運命は決まる!!……のか?

そして上田と鈴木の運命はいかに!?


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【39話】一緒に

そして早くも1日目が終わる時間がやってきた。

悩み相談作戦はうまく行ったと言えばうまく行ったのかもしれない。

持ち出した冊数はすべて売れた。

お客さんの話を聞いて真面目に考えてで話をしていたもんだから回転率は悪かったがな。でも俺が店番してても回転率は悪くなるからこっちの方がいいのかもしれない。

 

「どうです?売れました?」

「持って行った分は売れたぜ」

「お~!」

「そっちは?」

「まぁまぁまぁまぁ」

 

そう言いながら虎谷の手元を見ると在庫はほとんど残っていない。あと数冊だ。マジかよ……。

 

「補充はしてないんでまだ部室に残ってますけどね」

 

それはそうなんだけどな。実はまだ部室に全体の6割近い在庫はある。

 

「一般がいない今日、全体の4割弱売れたなら上出来だろう。と俺は思うが……」

「まぁ……そうですね」

 

もちろん明日は今日より売らなきゃならないわけだが、ある程度の満足をしたってバチは当たらないだろう。虎谷は不満そうな顔をしているのが気になるが……。

 

「明日の方が人は多いし今日より売れるって」

「そうですかねー……」

 

そんな風に話していたところに上田がやってくる。

 

「お疲れ様~鈴木くん探したよ~」

「俺か?どうした?」

「出張販売うまくいった?」

「おぉうまくいった!あの悩み相談の貼り紙だから話しかけてもらいやすかったし助かった!」

「おぉ~!」

 

なんだかニコニコと上機嫌になる上田とそれを見てちょっと虎谷が不機嫌そうな顔になる。

 

「鈴木さん、私への感謝は?」

「そうだったな。虎谷が出張を言いだしてくれたんだもんな。ありがとうな。」

「フフッ」

 

なんか感謝しろと言う割に真面目に感謝を伝えると鼻で笑われた。出会って半年になるがやっぱり掴みにくいなぁ。悪い子じゃないのは間違いないんだが。

もう一歩だけ押すかな。

 

「よし、何かスイーツでも食べようか?おごるぜ?コンビニで良いかな?」

「あーチーズケーキ食べたいです。コンビニ行きましょ。」

 

おごられるのはちょっとと断ることも多い虎谷が珍しくアッサリ受け入れたな。

案外、慣れないこと続きで疲れているのかもな。

 

「いってらっしゃい~」

 

上田が笑顔で手を振るがちょっと待てよ。

 

「上田は来ないのか?」

「え?私は文芸部じゃないけどいいの?」

「いつも助けてくれるし、感謝してるって意味じゃ虎谷だけじゃなくて上田にも感謝してるぜ?用事がなかったらせっかくだし来てくれよ。」

「う~ん……じゃあごちそうさまです!すぐに帰る準備するわ」

「よし!」

 

つい声にガッツポーズが出てしまったが、まぁそれはともかく3人でコンビニに向かう。

コンビニでチーズケーキを買ってから3人は解散して帰る。妙に疲れた雰囲気で会話は少なくケーキを買ってお礼と挨拶だけで帰る。

 

俺も帰宅すると何ともいえない肩こりに襲われる。知らない人に話しかけ続けたストレスが一気に来たんだろう。

しんどくなってゴロゴロとしていると、着信音が鳴る。

メッセージじゃなくて電話か……。珍しいな。

 

誰からだろう、と画面を見るとなんと上田だ。突然のことに慌てて出る。

 

「もしもし、鈴木くん?今、大丈夫?」

「おぅ大丈夫。」

「今日はチーズケーキありがとうね。美味しくいただきました~」

「おぅ良かった良かった」

 

このお礼を言うために電話をかけてきたのだろうか?

 

「それでね、一昨日の晩の話覚えてる?文化祭でどっか回ろうよって話なんだけど」

「おぉ覚えてる覚えてる」

「その件なんだけどね。ちょっと時間が作れないのよ……。」

 

あらら……。

そりゃ俺にとっては非常に残念だが、あの生徒会の様子なら無理もないのか……。

それとも俺を避けているのか……?

後者は考えにくいし考えたくもないが……。

 

「本当にごめんね!それでね、いろんなところを見て回るのは出来ないんだけども……」

 

ん?上田の話には続きがあるのか。

 

「私ね、明日の午前中は2年のクラス劇を観なきゃいけないのよ。優秀賞とかそういうのを決めるためにね。」

「へぇ……あれ、生徒会で決めてるのか」

「ホントは先生と生徒会が話し合って……なんだけどね。多分、他の人はそんなことするつもりが無いみたいなのよね。で私1人で多分決めると思う。」

「ひぇっ……寒気のする話だな……」

「でね、もし明日の午前中にヒマだったら一緒に2年のクラス劇、観ないかな?さすがに1人では決められないし」

 

俺としては嬉しい誘いだが、元演劇部員とただの素人じゃ、俺には能力不足じゃないかな?

 

「お芝居は楽しませたもん勝ちだから、元演劇部とか関係無いわよ。それに……」

「それに?」

「鈴木くんの文化祭を一緒に回ろうって誘いを断ってるわけだしね。埋め合わせ……には、ならないと思うけど……鈴木くんが良かったら一緒に観劇くらいはどうかな?って」

「そうか……」

 

上田が俺の軽い誘いにそこまで向き合ってくれていたのか……。

 

なら俺の回答は一つだな。

 

「分かった。じゃあ明日の午前は2年のクラス劇を観に行くよ。あんまり舞台のことはよく知らんからお手柔らかに頼むな。」

「ありがとう!よろしくね♪」

「こっちこそ、よろしく!」

 

これにて通話終了。俺にとっては最後の文化祭で好きな人と過ごせる時間が作れた。

色んな出店を見て回ったりは出来ないが、クラス劇を観るのもなかなか面白そうだしな。

 

明日が楽しみだ。



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【40話】クズな俺と今カノと元カノ(未来形)

夜が明ける。今日は文化祭2日目だ。

 

上田との約束はあるが、その前に文芸部の準備をしないとな。

まずは部室に行って残った同人誌を下の文芸部ブースへ運ぶ。せっせと運んでいると虎谷もやってきた。

そうだ、午前中は不在にすることを謝っておかねば……。

 

「おはようございます。昨日はありがとうございました」

「おぅ。それとな、すまんのだが今日の午前中、店番頼めるか?」

「良いですよ。何かあるんですか?」

「ちょっとな。2年のクラス劇でも見ようかと。」

「分かりました。楽しんできてください!」

「おぅ!じゃあ悪いけど頼むわな!」

 

虎谷に在庫を託して俺は体育館に向かう。虎谷なら大丈夫だという信頼もある。

体育館に着くと入口の近くに上田はいた。

 

「おはよう!ごめんね呼び出しちゃって」

「んん、こっちこそなんか気を遣わせたかな?ごめん」

「大丈夫!さっ適当に席見つけて座りましょ。どこか希望とかある?」

「特には……上田のオススメ席は?」

「無いかなぁ。お芝居はどこから観ても楽しいからね!」

 

そう言って笑う上田を見ていると、どうやらやっぱりまだ舞台は好きなんだなぁと思う。

 

「じゃ、一番後の席でいい?」

「OK!ちなみにその心は?」

「一応、私は今回、優秀賞とかの審査をしなきゃいけないのよ。だから他のお客さんの反応も見たいし」

「なるほど……真面目だなぁ」

「まぁ仕事だし、それに2年生の皆が遅い時間まで練習してるのも見てるからちゃんと評価しなきゃ。ホントは私なんかが評価できる立場じゃないんだけど」

「そうかな……俺は上田ほどの適任者はいないと思うけど」

「そう?夢も無理ってなって部活も辞めちゃうような人間よ?」

「俺はそこよりも、ちゃんと生徒を見て、しっかり評価も出来るし一番信頼出来ると思うんだけどなぁ。」

「ふふっ。おだてても何も出ないわよ。」

「そうかい。まぁ上田が適任だとは思うぜ」

「ありがとう。ちょっと自信は出た」

 

そんな風に話をしているとブーとベルが鳴る。気付いたら席もかなり埋まってきた。

放送部員が司会をする。

 

「おはようございます。文化祭2日目を始めます。まずは2年3組『走れメロヌ』です。」

 

そのアナウンスでスイッチが入ったのか上田は普段見ないほど真剣な眼差しになる。

どこからかノートを取り出し、メモを取る準備すらしている。

 

普段の朗らかさと、たまに見せる真剣さに俺は惹かれていったんだろうなぁ。

 

俺も真面目に舞台を観るとするか。

 

 

数十分で1つ目の舞台が終わる。

 

俺の感想は、面白かった。

くらいしかないんだが原作が分かりやすいのと、声が後の席までよく聞こえたこともあって面白かった。

 

「鈴木くん、どうだった?」

 

上田は俺に感想を求めてきたので、そんな風に伝える。

 

「やっぱりそうよね~。話が伝わることって大事よね~。」

「それはそうと、そのノートは?」

「ん?あぁこれは秘密♪私の自習ノートだから気にしないで。」

 

まぁそう言っているものを無理に見ようというつもりはもちろん無いが、自習ってことは本当は役者の夢も諦めていないんじゃないかなぁ、なんて邪推をしてしまう。

 

 

この後、舞台を見ては軽く感想を言うだけの時間がしばらく続く。

俺としては寂しいような気もしたが、この真剣モードの上田が見れるからいいか。

 

気付くと、2年生の劇は最後のクラスが終わった。

 

「これで終わりね。どうだった?鈴木くんはどこが最優秀賞、優秀賞がいいかな?」

「俺に聞くのかよ!?いやいやここは上田先生のご意見賜りたいところだが……。」

「先生って……」

 

なんだか満更でも無さそうな笑顔を見せる上田。

 

「まぁ俺も一応聞かれたから答えると、俺は3組と6組が好みかな……完全に俺の好みだが」

「あら、奇遇ね。私も好みは3組と6組よ。バカバカしいところも含めて吹っ切れて好きだわ。ただ生徒会長の立場として、自分の好みで選ぶのはどうかと思ってね。1組なんて良い話だった気がするのよ。よくセリフは聞こえにくかったけど……」

「難しい話だなぁ。ただセリフが聞こえにくかったというか俺にはほとんど聞こえなかったしなぁ……」

「うん、相談に乗ってくれてありがとう!私は私の演劇部員時代に習ったことも思い出して答えを出してみる。」

「おぉそりゃ良かった!」

「私から呼び出したのにあんまりおしゃべりできなくてごめんね!」

「そこは気にすんな!劇観るのもなかなか無い機会だしな。」

「じゃあ私はちょっと生徒会室で考えて石橋先生に案を提出するから。鈴木くんは文芸部?」

「そうだな。虎谷に任せてきたからな。文芸部に戻るとするよ。」

「そう……虎谷さんによろしくね!鈴木くんも頑張って!!」

「おぅよ!」

 

クラス劇が終わり体育館は次の準備が始まる頃、上田とは一旦解散する。

 

さて楽しい時間を過ごしたわけだし、文芸部に戻って上田を喜ばせるために俺に出来ることをやるかな。

 

 

「お疲れ様~」

 

文芸部ブースで本を売る虎谷に声をかける。さすがに売り切ってはいないみたいだが、朝より数は明らかに減っている。

 

「お疲れ様です。」

「調子はどうだ?」

「まぁまぁですかね……」

「おなか空いてない?交代しようか?」

「お願いします。」

 

虎谷と事務的な会話をしながら、店番を交代する。

ブースを改めて確認すると「占い 無料」という貼り紙もある。

これはもしかしたら、昨日の俺……というか上田のアイデアを使ったのか。

何も考えていないように見えて、しっかり考えて行動してるんだなぁ、と謎の親心のようなものさえ芽生える。

 

「すいません、占いってやってくれますか?……あれ?かわいい女の子が占ってくれるって聞いたんだけどなぁ。」

 

そんな風に話しかけてくる男子が現れた。かわいい女の子じゃなくて悪かったな。

ってかそんなに噂になってんのか?

 

「とりあえず、何を占ってほしいですか?」

「んん……まぁ恋愛運的なのをね……」

 

ラッキーだ。この客ならうまくごまかしていけそうだぞ。

 

「なるほど……見える!見える!」

「マジっすか!?水晶玉とか手相も見ないのに何が見えるんですか!?」

 

意外に鋭いなぁコイツ。

 

「まぁなんとなーくは分かりますよ。」

 

 

俺はこの後、適当なことを言い続けてなんとか同人誌を売りつけた。

 

「後はコレ読んで勉強します!」

 

謎の信頼は得たみたいなのでヨシとしよう。

 

「おぅ、次は俺の話を聞いてくれや」

 

そう言って声をかけてきたのは石橋先生だ。何か悩むことでもあんのかよ。

 

「あるわ。まぁ聞いてくれ。上からは廃部させろとか色々言われて、下からは納得できひんと文句言われてどないしたらいい?」

 

割とがちなヤツじゃないか……。

とはいえ、この件は俺が文句を言ってる側だからなぁ。

 

なんとも言いづらいので俺は雑に打ち返す。

 

「これ読んで先生が自分で考えてください」

 

そう言って俺は同人誌を売りつける。半ば強引だが、舌打ちをした後、先生はちゃんと購入した。

 

「覚えとけよ」

「毎度ありがとうございます」

 

俺が過去になくいやらしい笑いを浮かべてやる。

まぁある意味では俺は石橋先生のことも信頼しているのかもな。

 

石橋先生と入れ替わりで虎谷が戻ってきた。

 

「今、石橋先生来てました?」

「あぁ来てたな。」

「石橋先生に売れました?」

「あぁ売ったぜ」

「おぉ~」

 

虎谷が音を出さない拍手をする。そんなにすごいことなのか?

 

「虎谷はこのあと、文化祭観るか?俺はここで店番しておくが」

「私もやりますよ。占いとか鈴木さん出来ました?」

「俺は無理矢理、押し切った。さすがに占い師は難しくて出来ないぜ。」

「ですよね。」

 

俺は自然と虎谷に席を譲る。占い師が立っているのはなんとなく変な気もするしな。そしてこのあと、俺はえげつない光景を見る。

 

虎谷が座り数分すると、チラホラと女子が集まってくるのだ。

それもうちの高校だけでなく私服の中学生や他校生など、おおよそ虎谷の知り合いでも無さそうな人も多数見受けられる。

 

どういうことなのか聞き耳を立ててみると、虎谷の占いがどうやら謎の評判を呼んでるらしい。なんでも「当たりそうな気がする」という不思議な評判だ。

 

そしてそんな当たりそうな占いをする虎谷が書いた作品が載っているということもあり、同人誌も昨日の比では無いレベルで売れていく。

俺は完全にレジ担当になっていた。

 

 

とまぁ、なんとも俺の立場がない恥ずかしさと、同人誌はパタパタと売れていく忙しさに満足していると上田がやってきた。

 

「繁盛してるわね~」

「おぉそうだな。」

「そんな鈴木先生に朗報よ!」

「先生??」

「ほら、文芸部で色んなところに応募してたじゃない?その中の1つが入賞したらしいわ」

「マジか!?」

「それも鈴木くんが書いた『クズな俺と今カノと元カノ(未来形)』で、なんと審査員特別賞だそうよ!」

 

あんな黒歴史作品が入賞なんて複雑な気分だが、上田が喜んで教えてくれたわけだし、ここは喜んでおこう。

 

「一応、これだけ速報ね!全校集会で賞状も渡すから楽しみにね!」

「お、おぅ……」

「何?嬉しくないの?」

「いやぁ……恥ずかしいなぁって」

「何言ってるのよ!こんな機会滅多に無いわよ!それに廃部を阻止するタネにもなるしね!」

 

そういえば、そうだな。廃部という結論からはまた一歩、遠くなったのかもしれないな。

 

「じゃあ、また後で!文化祭ラストスパート頑張ってね!」

 

そう言って上田はどこかへ行く。

忙しい中、わざわざ伝えに来てくれたんだなぁと少し感動。本当にいい子だなぁ。

 

「鈴木さん、お客さん!」

「おっとすまない!200円です。」

「はい。そういえば何か入賞とかって」

「俺が書いた作品でどっかの出版社に応募したヤツが入賞したらしいです」

「へぇ~!!すごい!入賞だって!!」

 

余韻に浸るのは虎谷が許してくれなかったがな。

たださっきの会話を聞いたお客さんが割とデカい声で言うおかけで近くの人がざわついた。これも噂になって追い風が吹けばいいなぁ。




今、この2人の関係って絶妙に友達以上、恋人未満なんですよね。
こういうのが一番楽しい……

のかなぁ?

この作品はフィクションです。
とはいえ フィクションなんで、こんなこと現実にはねーよ とか言わずに読んでほしいんですよね。
好きだった人に好きな人がいた。ってなった時、この主人公の鈴木善治は一歩引きつつ様子を伺いつつ、ということをしていますね。
皆さんはこういう時、どうします……?
完全に諦めてしまうとそこで終わりですが、彼は諦めなかったんですね。
それってすごいことなんだなぁって私は思います。
あなたはできますか……

僕はできないっすよwww


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【41話】後夜祭

ふと気付くと日が傾き始めている。時間的には体育館で最後の予定である吹奏楽部の演奏会をやってる頃合いだな。

 

流石に文化祭のメインかつビックイベントである吹奏楽部の時間は誰も来ない。在庫はあと数冊だ。

 

あぁそうだ。忘れちゃいけないことがある。

 

「虎谷、いいか?」

「なんですか?」

「俺も1冊ずつ買う。ほい200円」

「ありがとうございます……って別に部員は持って帰って良いんじゃないですか?」

「まぁ良いんだけどな。ある意味で記念だからな。」

 

俺は200円を虎谷に渡して同人誌を取る。これは思い出だな……。

結局、俺が最後の客となり体育館から拍手の音が聞こえる。どうやら吹奏楽部の演奏会が終わった合図だな。

 

「残りましたね……」

 

虎谷は何やら悔しそうに言うが残ったのは手で数えれるくらいだ。

 

「俺はこれでもすごいと思うぜ。虎谷のおかげだ。ありがとうな」

「私、何もしてませんよ」

「いやいや出張販売やら占いやら色々と手段を考えてくれたろ。それに作品だっていっぱい書いてくれたしな。虎谷のおかげでここまで来た。ありがとうな。」

「フフッ」

 

俺の謝辞を虎谷は鼻で笑って流す。

まぁ悪気があるわけじゃなくて、虎谷なりの感情表現なのかなと今なら思えるが。

 

「これにて文化祭のすべてのプログラムが終了しました。」

 

放送部がそんな放送をする。クラスルームで出欠確認して後片付けという段階だな。

幸いたくさん売れたもんでほとんどブースをほとんど片付けるだけで終わりだ。

これなら1人で出来るだろう。

 

「じゃ後は俺が片付けとくから虎谷はクラスの方にでも行ってこい。」

「良いんですか?私片付けますよ?」

「俺の最後の仕事だ。任せてくれ。」

「分かりました。ありがとうございます。」

 

こうして虎谷と俺は解散する。

ホームルームを終えて俺はまず売上金を事務室に持ち込む。

ここで金額を計算し明細を発行してもらう。売った数と金額はバッチリ合ったので精算はこれにて終了。

次はブースの机や何やらを部室に戻しに行く。これも量が少ないので2往復もしたら終了だ。

 

 

すんなり終わって俺は体育館に向かう。確か後夜祭があったはずだからな。

 

 

 

体育館に着くと、イスの片付けなどが始まっていた。

準備をした時は上田と俺とその他2名だったが、今回は大勢が片付けを手伝っている。

 

「お疲れ~」

 

俺の姿を見かけた上田が駆け寄ってきて挨拶してくれる。

 

「お疲れ様。何をすればいい?」

「イスの片付けをお願い!今回は後夜祭に参加する人全員に片付けをお願いしてるからすぐ終わると思うけど……」

 

上田の言葉通り、みるみるうちに片付いていく。俺も加勢するかな。

どれだけ後夜祭を楽しみにしてる人口がいるのか分からないが、一致団結したら早いものだな。

俺もポツポツとイスを片付け、15分もすれば土足用のマットを直す作業までたどり着いた。

この作業だけは多人数でするわけにもいかないので、俺たち関係のない加勢組は体育館をいったん出る。

ここは生徒会と石橋先生の出番だ。

 

その間に俺は教室に戻って帰り支度をしてから、再び体育館へ。

体育館では入り口で待ち構えていた上田が何やら棒を渡してくれた。

なんだこれ。

 

「折ったら光る棒よ。サイリウムっていうのかしら。これは石橋先生からのプレゼント♪」

 

なんだかんだ気の利く先生だなぁと思いつつ、そのサイリウムとやら受け取って体育館に入る。

どうやらサイリウムは後夜祭の観客全員に配っているらしいな。気前が良すぎて不気味だ。

 

「何が不気味やねん。」

 

おっと、石橋先生からツッコミが……って心を読まれた!?

 

「声に出とるわ。普段、学生には色々と無理強いさせとるしな。俺のせいちゃうけど」

「分かりました。先生ありがとうございます」

「俺も出るから、サイリウムはありがたく使えよ」

「はい……はい??」

 

石橋先生はそれだけ言い残すとステージの方に向かう。

しかもどこからかマイクを取り出して。

そしてしゃべりながらステージに飛び上がった。

めちゃくちゃなことをするなぁ。

 

「おっしゃぁ!後夜祭始まりや!!お前ら持ってる棒を折れ!!!」

 

これまた見たことのないタイプの顔を見せる石橋先生。

言われたとおりに棒を折ると、確かに発光し始めた。

そしてどっかで聞いたことのある曲が流れ始める。

 

「ほないくぞ!!」

 

そう言って石橋先生はどっかで聞いたことのあるノリのいい曲を歌い出した。

多分、幼少期に見ていたアニメの曲だろうなぁ。

 

「サンキュー!」

 

歌い終わるとノリノリで挨拶。そして別の曲が流れ始める。

 

「見てるか!!みんな!!!」

 

その馴染み深い声に心が躍る。

石橋先生がステージから飛び降りると舞台の裾から上田が飛び出してきた。

 

「1!2!3!GO!!」

 

上田が聞いたことはないもののとてもノリのいい曲を歌う。

演劇とは違うが、そもそも上田が舞台に立つ姿をなんだかんだ初めて見るが、とても生き生きしてるように見えるなぁ。

 

「一緒なら So Beautiful world!!……ありがとうございま~す!!生徒会でした~!次は軽音部さんです!」

 

上田はそう言うと持っていたマイクをステージのマイクスタンドにセッティングし裾へ戻っていった。

1曲だけだったか……。もっと聞いていたかったな……。

 




いやぁ切り位置ミスったなぁとwww
文化祭パート残りが少なかったので前回の最後に押し込んで今回は後夜祭だけにするべきでしたね~
ごめんね~

後夜祭はとりあえず歌って盛り上がればいいと思うwwww


そして・・・
後夜祭が終わったら、もう結論を出さなきゃね・・・・・・
時の流れは速いよなぁ



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【42話】近いうちに結論が出る

「あぁカミサマお願い二人だけのー」

 

軽音部がかわいい歌を演奏している中、上田が俺の元にやってきた。

 

「お疲れ様ー。まさか上田が歌うなんて思ってもなかったぜ。」

「私も急に言われてさ~どうだった?どうだった?」

「すげぇ輝いてたな。いつも輝いてはいるが、あんなイキイキした顔見たこと無いぜ。」

「そ、そう?なんか思ったよりまともな感想でビックリだわ。てっきり音痴とか言われたらどうしようかと……」

「言うわけないだろ。ってか普通に歌うまいじゃん。」

「ホント!?」

「上田は時々、自分のことを過小評価するよなぁ。もっと自信を持って良い。って俺は思うぞ」

「へへへっ~そう~?」

 

上田は嬉しそうに笑う。やっぱり舞台で何かをして、それを誰かに見てもらいたいんじゃないかと思う。

まぁ本人が諦めたというのに俺が深入りするような話でもないかもしれないが。

 

上田はちょっとだけまじめな顔になって俺の方を向く。なんだろう?

 

「鈴木くん、聞いていい?」

「ん?改まってどうした?」

「一昨日さ、石橋先生と飲み会で好きな人がどうこうって話ってさ。あれ私のことよね?」

「あぁ」

「2年生の終わりの頃からってアレもホント?」

「マジだ。」

「じゃあさ……鈴木くんはそう思っていながら……アイツ……あー庄司さんとの件を見てたの?」

「正直、そういうことだな。」

「ふーん……正直、どんな気持ちだったか聞いても大丈夫?」

「正直、しんどい部分はあったさ。でも上田が幸せなら俺は俺で別に幸せを見つけりゃいいか。なんて思ったりもしていたかな。」

「そうだったんだ……」

「まぁ最終的に別れてしまったとも聞いたから、諦めきれずという感じかな……とりあえず伝えるだけ伝えたい気持ちもあったしな」

「ふふっ……そっかぁ。ごめんね。変なこと聞いて」

 

上田はそれだけ言うと、この話を終わらせる。

 

えぇ……返事はもらえないのか……。

一瞬、そう思ったが、さすがに後夜祭で騒がしい中で返事をもらうのも変な話か。

騒がしいとはいえ、誰が聞いてるかも分からないしな。

 

軽音部の演奏が終わると入れ替わりに今度は有志が出てきて漫才を始める。

 

「後夜祭良いわね~これって生徒会もあえてノータッチだから何が出てくるか私も知らないのよね~」

「へぇ!」

「だからいきなり歌うことになったんだけどね。とりあえず出たがりな人たちが何かしら披露して満足したら終わり。なかなかない、ゆるさよ~」

「大人たちがよく許容したなぁ」

「一応、表向きは石橋先生が進路指導セミナーをやってることになってるわ。」

「ちょっおまっ」

「いいのよ。文句を言うべき大人たちは私たちのことなんて見てないから、本当に進路指導セミナーをやってると思ってるわ。」

「いいのか……」

「いいのよ。一応、進路指導セミナーっぽいのも用意したし。私が編集したのよ?」

 

何のことだ?とステージを見ると漫才が終わりステージにプロジェクターから映像が流れる。

それは「今でしょ!?」でお馴染みの予備校のCMをパクった映像で先生たちがモノマネをしながら面白いことを言ってるムービーだった。

 

「依頼文をどう読んでくかと言うことー」

 

石橋先生も出演していた。実際はノリノリな先生なんだなぁ。

 

「この依頼文って大人の事情による依頼にどう対抗するかを教えてくれてるんだって」

上田が楽しそうに言う。この動画は上田が編集したらしい。

「人に何かを見せるのが好きなんだな」

「まぁね~。役者になりたかったときもそうだけど人を笑顔にしたいっていうのはあるわね」

「ホント楽しい性格だな。正直、尊敬するレベルだ」

「ふふっ褒めても何も出ないわよ~」

 

そんな風にしゃべりながらステージを見る。CMが終わると次はまた別の有志が出てきてバンド演奏を始めた。まとまりはないが、これが普通に楽しいことだけやっているような感じで良いな。

 

1時間半ほどの後夜祭は始まるのが突然だったように終わるのも突然だった。

誰もステージに出てこないと思ったら上田が「終わりね」とつぶやきゴミ袋を持って体育館の入り口に向かう。

使用済サイリウムの回収らしい。

俺も手伝うことにして、上田の持つゴミ袋ではなくその辺に捨てられたサイリウムを拾い集める。拾い集めたサイリウムは上田の持つゴミ袋にポイだ。

 

「ありがとうね!生徒会でもないのに手伝ってくれて!」

「これまで文芸部員でも無いのに色々やってもらったからな。そのお返しだ。」

「そっかぁ。でもありがとう♪」

「どういたしまして。」

 

そんな風に言葉を交わしていたら石橋先生がやってくる。

 

「お疲れー。ほなもう遅いから今日は解散や!」

「分かりました。先生!」

 

そう言って、話は終わる。高校最後の文化祭はいつも以上に色々やったが、おかげでいつもにはない充足感があったな。

上田と2人で下校する。ただし校門前までのすごく短い時間だ。

 

「じゃあ今日はありがとうな。お疲れ様。」

 

俺がそう言うと上田は立ち止まる。そしてほんの少しだけ迷ったような顔を見せてから、意を決したように言った。

 

 

 

「文芸部の件、近いうちに結論が出ると思うから、覚悟しててね。」

 

 

その表情は良い答えが返せるか分からないからなんだろうな。その気持ちは痛いほど分かる。

 

現実は厳しいかもしれないしな。

 

 

 

だから俺は声にこそ出さなかったが言いたいことがあった。

 

 

 

 

 

 

「そっちかい!!!」




おまけ
冒進ハイスクールCM

「性癖をこじらす一番簡単な方法は1.犯罪」モブ先生(政治)
「エロなんて言葉なんだ!こんなのヤれば誰だって出来るようになる!」石橋先生(保健)
「依頼文をどう読んでくかと言うことー」石橋先生(現代社会)
「公式は金で瞬時に買い取れる」モブ先生(数学)
「刑期がちょっとでも曖昧になってくると途中でまぐわって喰うんだよ。」モブ先生(刑法)
「大人(クソ)の事情(ゴミ)が一番怖いってことを今日何度も言っときます」上田(生徒会)
「じゃあいつ殺るか?今でしょ」モブ先生(殺害)


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【43話】一旦、保留

文化祭から数日後、明日は生徒会長の選挙という形だけのイベントが待ち受けている。

つまり上田が生徒会長でいるのも明日までということだ。

思えば上田が生徒会長になって、生徒会室に呼び出され、文芸部の廃部方針などを聞かされてから1年が経つのか……。

 

ちなみに俺は文化祭をもって文芸部引退ということになり、いまは虎谷が1人で部活をしている。

といってもまだその体制も始まって数日なんだがな。

 

そんな今日は上田から生徒会室に呼び出された。

呼び出しは俺個人ではなく文芸部あてだ。つまり文芸部の廃部問題に結論が出たのだろう。

俺は引退してるし、虎谷1人で行ってこいと言うべきなのかもしれないが、俺も結果は気になる。こればっかりは俺も生徒会室に一緒に行くことにする。

 

 

さて、虎谷と2人で生徒会室の前にたどり着き、俺はここで深呼吸。

 

「入らないんですか?」

「入る!……入るけど……ってか緊張しないのか」

「まぁ」

 

良いのか悪いのか虎谷はいつも通りだ。

 

まぁこの顔を見てると、俺は先輩なんだしドンと構えて行かなきゃな、とは思う。

生徒会室の扉をノックすると、中から上田の声が聞こえ入室を許可される。

入るといつものように上田がいて、他には誰もいない。

 

「いらっしゃい♪まぁ座って座って」

 

なんか逆に怖くなるようなノリの軽さだな。

虎谷は普通に促されるがまま近くの席に座る。なんでそんな堂々としてられるんだよ。

 

まぁ今さらジタバタしても遅いわけで、俺も破れかぶれ、虚勢でしかないがドシっと構えて近くのイスに座る。

座ったことを確認して上田は話し始めた。

 

 

「今日は来てくれてありがとう。もうお察しかもしれませんが、改めて。今年の文化祭までの活動記録などを基に文芸部の廃部撤回などを求めて抗議をしました。そして先生方から一定の回答が出ました。今日はそれをお伝えするために文芸部を呼び出しました。」

 

 

上田は過去になくもったいぶってくる。

この妙に堅い言葉を並べてくる感じはさながら初期状態の石橋先生みたいだな。

 

 

「で判決は?」

「判決って、そんな大げさじゃないわよ~。じゃあ言って良い?」

「あぁ言ってくれ」

 

「落ち着いてちゃんと最後まで聞いてね………………文芸部は廃部」

 

 

 

 

マジか……やっぱり大人の事情には一切勝てなかったのか……。俺は上田の発言で肩を落とす。

 

 

 

「……が一旦、保留となりました。」

 

 

はい?保留?

 

 

「だから最後までちゃんと聞いてねって言ったじゃない♪」

「聞いてますよ。」

「虎谷さんじゃなくて鈴木くんに言ったのよ。過去最高にわかりやすい顔してたから。」

「ふふっ」

 

なんだか女子2人が俺をディスってる気がするが……。

 

「とりあえずちゃんと説明するから聞いてね。文芸部の廃部方針は変わらないものの時期が今年度末から来年度末まで保留されることになりました。」

「全部の部活がか?」

「いえ、文芸部だけよ。やったじゃない!文芸部は文化祭のアンケートとかでも評判が良かったのよ。あと売上金もあったし。さらに文化祭以外でも鈴木くんが書いた『クズな俺と今カノと元カノ(未来形)』が賞を取ったのもあるわ。そういう多数の目に見える活動実績が廃部決定をひっくり返したのよ!」

「おめでとうございます。」

 

かなり朗らかに笑いながら説明してくれる上田と、何故か淡々と祝う虎谷。

まぁ、でもこれで俺もちゃんとした形で後輩にバトンを渡せたことになるかな。

 

「虎谷さんなら大丈夫と思うけど、一応言っておくね」

「なんですか?」

「今回は廃部が保留になった。大人たちはまだ廃部にするのを諦めた訳じゃない。来年も今年と同じかそれ以上のレベルを求められるからそのつもりでね」

「分かりました。」

 

虎谷は淡々と答える。まぁ俺よりも有能な虎谷のことだから大丈夫だろう。

 

「それと鈴木くん、ありがとうね」

「んん?何がだ?」

「廃部を阻止して!って最初に言い出したのは私だからさ。今回、保留ってことだけど事実上、廃部は阻止できた。本当にありがとう。」

「あぁ~……いやいや、こっちこそ上田の協力あってこそだからな。ありがとうな。あと虎谷も、俺についてきてなんなら引っ張ってもくれて」

「ふふっ」

 

このあと3人で数分程度、雑談をしてこの会合は終わりとなった。

 

 

「さぁ私の生徒会長としての仕事も終わったわ!明日からは新しい会長になるし!」

「そうだったな。上田も1年間お疲れ様!」

「上田さん、お疲れ様でした。じゃあ私は部活に戻りますね。」

 

虎谷が先にスイッと生徒会室を出る。続いて俺も出て帰ろうとする。

 

「あ、鈴木くん。ちょっと待って。私も帰るから。」

「ん?おぉ」

 

上田に呼び止められ一旦、止まる。上田が身支度を整えて出てきた。

 

「ちょっとだけ話がしたいんだけど時間ある?」

 

上田がそんな風に言う。なんだか珍しいことを言うなぁ。

 

「ちょっとついて来て」

 

上田からは、そんな風に言われて一緒に校門を出る。するとお互いに帰る方向ではない方に向かう。

 

 

 

どういうつもりなのだろうか。

・・・いや何となくはわかるんだが・・・・



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【44話】ゆっくりゆっくり

上田に連れられ数分歩いてたどり着いたのは公園だ。閑静な住宅街の中の普通の公園だ。

公園のベンチに上田は腰を下ろして、俺に隣に座るように促す。

 

「改めて、文芸部の件ありがとうね。」

「ん?んん。俺こそ、上田に言われなきゃ何も出来なかったわけだしな。」

「怒らないで聞いてね。私さ、あんなこと言ってはいたけど正直、廃部になると思ってた。最初はそんことも無かったけど、石橋先生からそもそも廃部ありきで話が進んでると聞いてもう無理かなって。」

「俺も正直、あの時は無理だって思いはしたさ。石橋先生は何言っても機械的に同じことばっかり言うし。」

「でもそれを鈴木くんはひっくり返してくれた。頼んだ私が聞くのも変だけどさ、なんで諦めたり投げやりになったりしなかったの?後輩の虎谷さんがいるから?」

「まぁそれもあるっちゃあるがな。一番は上田だよ」

「私?」

「上田に良いところを見せたい。希望を叶えたい。もちろん大人の勝手に振り回されるのも嫌なんだが、一番はそういう……まぁ下心だな。」

「ふふっ下心って……。ある意味すごいわね。それでこの1年?」

「そうだな。年明けたくらいからだな。」

「諦めなかったの?」

「諦めそうになった時はあったが、やっぱり諦めきれなかった。」

「そう……」

 

ここで会話が一旦、止まる。周りには誰もいない。上田は俺の気持ちも知っている。

 

待ってくれと言われた文化祭も終わった。俺は改めて上田の方に向き直る。

 

 

「上田……」

「ん?何かしら」

 

何を言われるのかを察したように彼女は笑う。

 

 

 

「俺……上田のことが好きだ。付き合ってほしい。」

 

 

「しょうがないなぁ~。そこまで言うなら付き合ってあげるわよ」

 

上田は笑いながらそう答えてくれた。

この答え、考えてたな…。

 

そう思いながらも、やっともらえたいい返事に俺も自然に顔が綻ぶ。

 

「そんなに嬉しいんだ……鈴木くん意外と純情なのね」

「うるせぇ!……はははっ……今日ほど清々しい気持ちなことも滅多にないぜ」

「そう……早速で悪いけど、私からのお願い聞いてくれる?」

「ん?どうしたんだ?」

「私たち、受験生だから受験が終わるまで遊びに行ったりとかは出来ないけど良い?」

「それはもちろん。」

「後もう一つ。大事にしてくれる?」

「あぁもちろん。」

「じゃよろしくね!」

 

上田はそんな当たり前のお願いだけ言うとウインクをひとつ。かわいい。

 

「あ、あとひとつ。いい?」

「ん?なんだ?」

「私のこと、名前で呼んで。」

「……江美。これでいいか?」

「鈴木くん……あー……いや、善治くん。これすごい恥ずかしいわね」

「……だな。」

 

上田の顔がみるみる赤くなる。

 

「善治くん、顔赤いわよ?」

「江美、そらお互い様だ。」

 

 

そんなことを言って笑いあう。なんだろう、この幸せは……。

 

 

このあと、俺たちはそれぞれに帰路へ向かう。

 

このままどっかへ遊びに行ったりするのは受験生という身分が許してくれなかった。まぁそういうことは受験が終わってからすればいい。

 

ここに至るまで長かったんだ。この先も長くて良いだろう。

 

 

ゆっくりゆっくりと歩んでいけばいい。



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【45話】夢

こうして江美と俺は付き合うことになった。

しかしまぁ分かっていたことだが彼女は根はとてもまともな性格だ。

 

初詣は一緒に行ったが、それ以外には学校で会うくらいしかない。

SNSでやり取りするのは付き合う前からやってたしな。

まぁそれも時期が時期だし仕方ない。

 

学校が自由登校になると、いよいよ会うこともなくなってきた。

まぁこれだけの甲斐もあり俺は地元の大手企業に就職した。

俺たちの通う高校はなんちゃって進学校だしFラン進学して後で詰むよりは、たまたまあった大手企業とのご縁を選ぶことにした。

 

 

 

そして今日は江美の第一志望の大学の合格発表だ。

 

本人の強い希望で俺も一緒に発表を見に行くことになった。

 

朝、駅で待ち合わせる。

 

「お はよ う 善 治 く ん」

「おはよう……うわっぎこちない!」

「そ そ ん なこと な いわ よ」

 

半月ぶりに会う江美はなんだかすべてがカクカクした動きをしている。

 

「善治くん は 緊張 しない の?仮にも 彼女 の 第一 志望よ?」

「緊張するが……まぁ俺は受かってるって信じているしな」

「ふふっ……なんかそれ聞いて安心して緊張が解けたわ……行きましょ」

 

そう言いながら彼女は目的地と反対に行く電車に乗ろうとするので手を引いて止める。

 

緊張解けてないじゃないか……。

 

「ほら、そっちじゃないだろ」

 

俺は江美の手を引いて連れて行く。そしてちょうどやってきた電車に乗る。

 

「江美、本当に大丈夫?」

「ちょっと大丈夫じゃないかも……今思うとあの問題とあの問題と……」

 

ありゃ……こりゃ相当ナーバスになってるなぁ。

 

しばらくして大学の最寄り駅に着いた。

 

「降りるぞ。ほら」

「善治くん……」

「ん?どうした?」

「手握ってて……」

「はい」

 

俺は江美の手を握って、そのまま電車を降りる。手が冷たい。相当だなぁ。

 

「手めっちゃ冷たいけど大丈夫か?」

「1人じゃ無理……」

「分かった分かった一緒に行くから。」

 

俺はあくまで大丈夫と信頼しているからな。こうなったら俺が引っ張っていくしかないだろう。

そうしてなんとか、番号が掲示される近くまでやってきた。番号のところは人が群がっている。

 

「善治くん、ここで待ってて……」

「1人でいけるか?」

「大丈夫……ここまで来たら平気……」

 

いつになく笑顔も元気もないまま江美は俺の手を離すとそのまま番号の方へ向かっていった。

 

 

体感にして数十分、実際には数分して江美は戻ってきた。

 

俺が元の位置から動いてなかったことを確認してから駆け出して俺に飛び込んでくる。

 

急に積極的に来たなぁと思うと俺に抱きついてきた。

 

こんなことは初めて過ぎて戸惑ってしまう。

 

 

「善治くん……ここは抱きしめ返すところだよ……」

「お、おう……」

 

 

そうは言っても江美は普段はそこまでには見えないものの案外、華奢で力を入れたらポキッと折れてしまいそうだ。最大限、優しく手を添えるレベルで抱きしめる。

 

 

「あった……あったよ。受かってたよ……」

「おめでとう……」

 

数十秒、その体勢のあとは自然に離れてお互いにとびっきりの笑顔でハイタッチ。

 

「イェーイ!!」

 

うん、やっぱり江美はそっちの笑顔の方がよく似合う。

 

「ちょっと親にも言ってくる。」

 

そう言って江美は一旦、少しだけ離れて報告の電話を入れた。

江美が報告を終えてから俺たちは近くの喫茶店に入る。

第一志望の試験が終わった後も、まだ滑り止めがあるとかで勉強していたため、ひさびさにゆっくりおしゃべりという感じだ。

 

「合格おめでとう」

「ありがとう~!」

 

 

「ってことで善治くんには言っておきたいことがあるんだけどね。」

 

 

「どうした?改まって……」

 

「私さ、昔は夢があった話って覚えてる?」

「役者になりたいっていう話か?」

「そうそう!そのことなんだけど」

「もう一度目指してみたい……って話か?」

「えー!?先に言っちゃうの!?ってかなんで分かったの!?」

「まぁ諦めたって言ってても舞台に立ったりするのが好きなんだろ?文化祭、後夜祭でそれはよく分からせてもらったしな」

「そう……大学入ったら、勉強もちゃんとするわよ。でもその中で劇団のオーディションとかに参加したりしてもがいてみようと思うの。」

「なるほど。」

「でも善治くんが『ダメだ。おまえに才能は無い』って言うなら……」

「言うわけ無いだろ。江美の人生なんだからさ。才能云々は分からないが、江美はもっと自信を持って良いと俺は思うぜ?」

「そうかな……。じゃあさ、じゃあさ。善治くんは応援してくれる?」

「もちろん!」

「……ふふっ。言質はとったからね」

「あぁ。頑張れよ」

 

 

江美は新たな人生の第一歩を歩むことを決めたわけだな……。

 

俺も4月から社会人だしな。どんなことが待っているのやら。

 

「ちなみに、私が夢を諦めなかったのは、どっかの誰かさんが諦めない大切さを見せつけてくれたからよ♪」

「なるほどな……だったら、なおさら俺は応援する立場だな。」

 

 

 

そう言って笑い合いながら時間は過ぎていった。

 

 

 

いつまでもこんなまったりとした時間が続くことを祈りたいもんだな。

そしてこう笑いあえる幸せをずっと持って生きたいもんだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「改めてこれからもよろしくね!」

「あぁ、よろしくな!」

 

 

おしまい




ということで、これまで読んでくださったみなさま、ありがとうございました

この二人の物語は僕が書く部分についてはこれでおしまいです

この先のふたりの未来はお二人にお任せしようと思います

それではまた、何かでお会いすることがあれば


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