『Fate/Losers night』  (ばたけ)
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『どこへいこうか』

ーーふと、目が覚めた。

 昔の夢を見ていた気がする。とても幸せだった頃の夢だ。

 負けっぱなしだった僕が、はじめて勝負に勝てたときの夢だ。

 

 もっとよく思い出そうとしてーー

 

「ーーーーっ!」

 

 激痛が走る。

 さすような痛みだ。息がつまるほどの痛み。それが延々と続く。当然息ができない。

 痛みだけは、どうやっても慣れることができない感覚と聞いた。

 

 なるほど。その通りだ。

 

 昔から無茶なことばかりやって、痛みになれたつもりでいたが、全然だった。

 

 

 楽しいことを考えよう。

 幸福な空想をしよう。若干のアドレナリンを使用。

 そうしたら少しは楽になるかもしれない。

 

 少し考えて、無理だと悟った。

 

 根っからのマイナス思考な僕には、楽しげな空想なんてできない。

 

 だったら、せめて楽しかった思い出を。

 

 どこまでも不幸だった僕を、幸せにしてくれたあの学園生活を。

 

 思い出せば、楽になれるだろうか。 

 

 でも、思い出にすがるってのも僕らしくないよな。

 

 先輩としての威厳ってもんがなくなっちゃうぜ。

 

 「っ!ーーー」

 

 ああもう、今調子を戻そうとしているんだから邪魔するなよ。

 格好がつかないじゃないか。

 

 それにしても本当に痛い。

 

 涙が出てしまいそうになる。

 

 

 

 今まさに、脳を咀嚼されているのだ。

 

 痛いに決まっている。

 

 脳に痛みを感じる器官などないと聞いたけれど、理屈なんか知るか。痛いもんは痛いんだ。

 

 壁を見ると、数多の蟲達が蠢いている。

 

 そしてはじめて、まだ眼球が残っていたことを理解した。

 

 

 

『ねえ、だーーげふっ、ご、ぁ、あ、がっ」

 

 誰かいる、と声を出そうとしたとたん、気管を食い潰された。

 

 これじゃあしばらくまともに口を利くことも出来なさそうだ。

 

 喋って現実逃避をすることもできない。

 

 全く厳しい蟲たちだぜ。

 

 

 

 そんなことを考えていたら、また意識が途切れた。

 

 

 意識が戻ると、すべてがなかったことになっていて。

 けれどこの、致命的な状況だけはどうにもならなくって。

 ああ、死んだんだな、と理解した。

 

 

 

 ーーそうだ、ひとつ空想をしよう。 

 

 例えばこの醜態を誰かに見られたとする。

 

 そうしたらその人はどんな反応をするだろうか、という空想。

 

 例えば今や帰らぬかもしないしひょっこり帰ってくるかもしれない彼女なら、「全くひどい様だねえ」と嗤うだろう。

 

 あるいはありがたいことにに心配をしてくれるかもしれない。

 

 いや、それは本当に有難い。きっと無いだろうな。

 

 例えば僕が大好きで大嫌いだった主人公の彼女なら、「立てないようなら手を貸すぞ」といつぞやのように言ってくれるかもしれない。

 

 でもこんな汚いところに彼女が来るなんて考えたくないし、まあ考えられない。

 

 じゃあ普通に優しい僕の後輩なら、ーーーまあ絶句するかな。

 

 それでーーー

 

 

 

 赤。

 

 

 

 血。

 

 

 

 融解。

 

 

 

 それは瞬間的で終末的だった。

 劇的で激的で撃的だった。

 

 一瞬ですべてが融解した。

 

 地を大量に這っていた蟲も。

 

 僕の血管に絡み付くようにして血をすすっていた蟲も。

 

 目の前の景色も。

 

 そして当然、僕自身も。

 

 どろどろの血の塊のようになって、べしゃりと床にこぼれ落ちた。

 

 

 

 それは数秒で終わった。

 

 それで十分だった。

 

 部屋に残るほぼすべてのものは、どろどろになって死に絶えた。

 

 

 

『無かったことにした。』

 

 

 

 手を動かす。指が微かに動いた。

 

  足を動かす。力が入る。

 

 

 

 10年ぶりだろか。

 

 

 『大丈夫。一人で立てる。』

 

 

 いつぞやの台詞を、声に出して言ってみた

 

 邪魔をする蟲はもういない。

 血だまりの中から、ずるりと、立ち上がる。

 

 

 封印は溶けた。

 

 

 

 きっと彼女だ。当たりはついている。

 

 

 

 きっと何かあったのだろう。桜ちゃんは無事だろうか。

 

 

 戦闘衣装の水槽学園の制服に、決別したはずのそれに、10年ぶりに袖を通す。

 

 

 

 するり、と驚くほどあっさり、着なれた制服は体に合った。

 

 

 

『成長してないってことじゃん。』

 

 まあ死に続けていたし、成長もなにもないのだろうけれど。

 

 けれどみんな大きくなっているんだろうなと思うと、劣等感を感じる。

 

 ああーー、いつもの感覚。

 

 

 

『さて、と。』

 

 ぐい、と伸びをする。

 

 もうこんなところはごめんだ。

 

 カンカンと音をならして石の階段を登り、蟲蔵から出る。

 

 十年間住み慣れた虫蔵を後にする。

 十年間死に慣れた虫蔵を後にする。

 十年間慣れることなく死んだ虫蔵を後にする。

 

 もう蟲もいないのだから、ただの蔵かな。

 

 いまやそれはもはや恐怖の象徴でもなんでもなく、ただの小さな部屋だった。

 

 十年前、僕が『こう』したかったんだけれどなあ。

 

 ヒーローにはなれそうにないぜ。

 

 でも英雄の根本があんなのなら、ごめんって気もするなあ。

 

 

 入り口のドアノブを捻ると、扉は嫌な音を出して開いた。

 

 

 

『どこへいこうか。』

 

 

 

 僕、球磨川禊が十年ぶりに見た冬木市の空には、白々しく満月が浮かんでいて、それは驚くくらいきれいだった。

 

 綺麗は汚い、汚いは綺麗。

 誰の言葉だっただろうか。

 

 

 道を歩いていると、どこからか剣が飛んできて、僕の胸に突き刺さった。

 唐突の出来事。

 致命的な出来事。

 それはそのままの勢いで飛んでいき、僕を塀に磔にした。

 

『ぐぁぁああああああ!!!痛い!痛いいいいい!!!』

 壁でのたうち回る。

 危機感不足。

 ここは冬木市。夜の冬木市は、一時の余談も許さない戦場だ。

 そのことを失念していた。

 

 今後気を付けよう!

 

 やっべー制服に穴開いちゃったなあ。お母さんに怒られてしまう。

 

『標本にされる昆虫って、こんな気分なのかなあ。』

 そう口にして、傷口から目を背ける。

 現実から目を背ける。

 

 

「此度の聖杯戦争に、貴様の出番なぞないぞ。ルーザー。」

 

 目の前には、ジャージ姿で、金髪赤目の男が立っていた。

 

 えーとだれだっけ。何せ十年も前の話だ。

 

 でも何となくビジュアルは覚えている気がする。

 ビジュアル系だった気がする。

 ブルジョア系だった気もする。

 成金趣味ともいう。

 

 思い出した気もする。 

 

 イメージの中での彼の、昭和の少年漫画の主人公みたいにツンツンに逆立てていた髪は、昨今のラノベ主人公みたいに前に下ろされていた。

 

 

『あれ?イメチェンした?』

 

 ブスリともう一本。今度は顔だ。

 このままでは喋れないので、無かったことにする。

 

『もしかしてだけどイメチェンした?』

 

 ブスブスブスリと三本。

 

 男は語る。

 王として語る。

 十年の歳月を超え語る。

 

「球磨川禊よ。ルーザーよ。貴様は十年の地獄に耐えた。それは絶死の地獄であっただろう。我は貴様を認めざるを得ない。人の身で、凡百の身でその地獄に耐え抜いたこと、我は貴様を、強き命として認めなくてはならない。」

 

『僕は弱いよ。何よりも弱い。』

 

「我は貴様を認めよう。貴様は次代に残るべき素晴らしい生命だと。『すべてを無かったことにする能力』だと!そんなものは貴様の真価ではない。」

 

『大嘘憑き《オールフィクション》なんて、ただの手品だ。』

 

「だが貴様は認められぬ。その在り方が認められぬ。強き弱者など、矛盾している。その矛盾は秩序を破壊し、社会を蹂躙し、構成を棄却する。ゆえに貴様は認められぬ。」

 

『僕はエリートが嫌いだ。何でも持ってるやつが嫌いだ。お前なんか嫌いだ。そう生まれられた出生も、そうあれた幸運も、そんななのに主人公な性質も持ってるお前が大嫌いだ。だからお前が憎いしうらやましい。十年前僕をあの牢獄にぶち込んだことも恨みに思ってるけど、それ以上に僕はお前が大嫌いだよ』

 

 会話は何も生まないという。

 軋轢は生まれたようだった。

 

 縫いつけられた剣を刺したまま、壁から離れる。

 

 体から飛び出た剣先は血で濡れそぼっていた。

 

『ペアルックにしてやるよ』

 

 却本作り《ブックメーカー》。

 僕の始まりのマイナス。

 精神的なものである僕の過負荷は、霊体であるサーヴァントには特別効き目があるらしい。

 

 十年の間、運動不足だった僕だ。

 さあ、準備運動と行こうじゃないか!!!

 

 

 

 

 

 

 

 

『また勝てなかった』

 負けた。完敗だった。ずるずると這って、道を行く。

 闘争には成功した。逃走にも成功した。

 でも多分これは見逃されているだけだ。

 帰る場所なんてないのに。

 どこへ行こうというのだろう。

 

「……あれ、球磨川先輩?」




感想、助言いただけたら幸いです。
モチベにつながります。
ひよっこですので、何分よろしくお願いします。


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