小鳥たちは大空を目指して (鳴海真央)
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翼の折れたボーカルガール

 ――選抜オーディション、不合格。

 その時、私の全てが終わったように思えた。

 

 昔から、私は歌うことが好きだった。大好きだった。

 だから、四ツ星学園に入学して、歌組を選んだ。

 歌組S4の東雲奏葉(しののめかなは)先輩に憧れを持つ子。

 歌をうたうことに人一倍情熱を持つ子。

 私と同じように歌うことが好きだから、歌組に来た子……。

 皆が切磋琢磨して、奏葉先輩のようなS4になることを目標に頑張っていた。

 私はどっちかというと、歌組で歌を極めようというモチベーションはなかった。

 そして、選抜オーディションで皆が見せてきた実力に、恐怖を覚えてしまったのだ。

 

(――すごすぎる)

 

 そのせいか、足がすくんでしまい、アピールチャンスの時に、躓いてしまったのだ。もちろん、結果は……。

 

 -◆-◆-◆-

 

(歌うことを捨ててしまったら、私に何が残るんだろう……)

 

 その日の夕方、私はお気に入りの、正門前の崖になっているような場所に立っていた。

 元々、歌組にいることすらも怪しい実力となるし……、とまで考えている。

 ハハハ……。何も残らないわね……。

 

「――あれぇ?」

 

 後ろから、活発そうな声が聞こえた。

 振り向くと、S4の制服を着たショートカットで、何事にも目を光らせるような、綺麗な色の瞳を持っている女の子だ。

 

「確か、村雨夕凪(むらさめゆうなぎ)ちゃん、だったよね?」

「……小鳥遊涼風(たかなしすずか)……先輩?」

 

 その人は、舞組のS4、小鳥遊涼風先輩だった。

 

「どうしたの、そんなところで、黄昏れちゃってさ?」

「あ……。えっと……」

 

 私は小鳥遊先輩に事のいきさつを全て話した。

 

「ふぅーん……。なるほどねー……。――夕凪ちゃんも、"飲まれちゃった"ってわけかぁ~……」

「――?」

 

 小鳥遊先輩の言葉に首を傾げる私。

 

「奏葉ちゃんが言うには、こういう女の子が出るのは仕方ないんじゃないかな、って」

 

 となりに立って、同じように空を見ながら言う小鳥遊先輩。

 

「ほら、歌組の皆って、かなり真剣じゃん、って見えない?」

「そう、ですね……」

「だから、浮ついていると、足元をすくわれる、なんて感じの。――それに、奏葉ちゃんに憧れて、極めたいっていう子が多い。

 夕凪ちゃんが不合格になったオーディションで、不合格になった子、そこそこいたらしいよ。

 それで、立ち上がるか、夕凪ちゃんみたいに凹んで黄昏に来るか……。なんてね」

 

 そして、鉄の柵に背中を預けて、私の方を向いて続けた。

 

「夕凪ちゃんは、どうしたいって、思ってる?」

「……少なくとも、歌組で頑張ろうっていう気力は、もう、ないですね……」

 

 歌うことを捨てる。

 大好きなことを捨てるのは勇気がいる。

 それを簡単に手放すことが出来れば……。

 

「……翼が折れちゃった、かな? そうだね……っと。――ひとつ、提案があるんだけど、どう?」

「提案?」

 

 小鳥遊先輩は、背後から私の手を握って、引っ張って何処かへ連れて行こうとしている。

 

「ちょ、ちょっと、先輩……!」

「いいから、ほらほら~♪」

 

 ――後で知ったことだけど、これが小鳥遊先輩が使う勧誘の常套手段だったらしい……。



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飛び立つために必要なもの

 小鳥遊先輩に舞組のスタジオに連れて行かれた私は、歌組との違いを感じ取れた。

 

「皆、楽しそうでしょ?」

 

 あくまでも、私の感性ではあるが、歌組はどこか殺伐としたところがあったように思う。

 小鳥遊先輩があっけにとられてる私を見て、そんなことを言った。

 

「歌組で飛べなくなったとしても、ここでなら、飛べるようにしていこうよ、ユウちゃん」

「先輩……」

 

 そして、数日後、私は組替えを決意して、舞組に入った。

 

 -◆-◇-◇-

 

「――!!」

 

 夢の内容にびっくりして起き上がる。

 

(また……。あの夢、か……)

 

 頭を左手で抱えながら、首を横に振った。

 

(辛いことがあったりしてそれを乗り越えた後って、決まってこんなクソッタレな夢を見るのね……)

 

 起き上がって、鏡を見る。銀色の髪に青緑色の瞳。

 その瞳にうっすらと、雫が流れた後が見てわかる。

 ため息をひとつ吐きながら、朝の身支度を始めた。

 私の見た目が、日本人離れしているのは、父親の遺伝子のなせる業である。

 私は父親も母親も嫌い。よく、親は子供の味方だ、なんて聞いたりするけど、私はそうじゃない、と思っている。

 虐待された、というわけではないが、母親の言動や行動に嫌気が差しただけ。

 そりゃまあ、私を育てていくために必要なことだったかもしれないけど、受け入れることが出来ない。

 それに私は他人と関わっていくことが苦手で、見た目が日本人じゃないことも相まって、どこかでほころびを生み、仲間はずれにされることもあった。

 そんな私を拾ってくれた当時の友達たちに、連れて行かれたのが、歌組S4の東雲奏葉(しののめかなは)のライブ。

 その時に私は、歌を聞いたり歌ったりすることが好きだったんだ、というのを思い出した。

 それに気がついた私は、公立の学校に通ってほしいという母親の反対を振りきって、友達とともに、四ツ星学園へと入学を決めた。

 でも、その友達は別の組へ行ってしまい、結局私は一人で、歌組に行くことに。

 その際に喧嘩別れをしてしまい、あてがわれた部屋には一人でいる。

 身支度を整えた私は一人、食堂へ向かう。

 外を見ながら、朝ごはんを食べていると、数日前に小鳥遊先輩と話していた女の子が目の前に座った。

 

「村雨夕凪、って、あなた、だよね」

「そう、だけど……。あなたは?」

「ああ、ごめんごめん。私、能代美空(のしろみそら)っていうの。よろしくね」

 

 肩まで切り揃えられた黒色の髪。濃い茶色の瞳。……日本人って感じだ。羨ましい。

 

「よろしく……」

 

 朝からあまり人と話したくないな、って感じていたせいで、その後は何も話さず、もそもそと朝ごはんを食べていた。

 

「ねえ、村雨さん」

「夕凪、でいいよ。能代さん」

「夕凪さん。あなたって、本当は寂しがり屋で、なにか熱くなれるものを探していて、それでいて、熱い性質を持っているんじゃない?」

 

 見透かされた!? なんでそんな直ぐわかるの!?

 驚いた顔をしていると、能代さんが「当たってしまったのね」と。

 

「小さい時から、この手の力があって、結構、ぼんやりとしたイメージで見える時があるの。

 夕凪さんの場合は、赤とオレンジ色をしたウサギがイメージされたのね。だから、実際は寂しがり屋で熱い性質を持ってるんじゃないかなって。

 ……思い当たるフシはない?」

 

 ないわけじゃないけど……。

 

「うんうん。今回も当たり、ってことね」

「――ごちそうさま」

 

 人の本質をあっさり見抜いてしまうこの娘は怖い、って感じたのか、もうこれ以上話したくない、と思ったのか、私はそそくさとその場を立ち去った。

 こんな娘が舞組にいるなんて……。

 

 -◇-◆-◇-

 

 レッスンが終わり、後はご飯を食べて寮に戻るだけ、となった私は、ジャージ姿でランニングを始めた。

 

「アイカツ……、アイカツ……」

 

 朝言われたことが、少しモヤモヤ、としていた。

 

『あなたって、本当は寂しがり屋で、なにか熱くなれるものを探していて、それでいて、熱い性質を持っているんじゃない?』

 

 母親には愛されていたかもしれない。でも、自分から拒絶しているのかも。

 ――けど、父親と離婚を決めて、生活するためにとは言え、仕事ばっかりであまりかまってくれないのは嫌。

 ふと、横から誰かが走っている感じがして振り向くと、能代さんが走っていた。

 

「やっぱりね、いると、思った」

「どうして、ここが分かったの」

「運動靴を履いてね、グラウンドの方に、行く、なんて、……ここ、ぐらいしか、思い浮かばない、から……!」

 

 走りながら喋るから、息が上がりやすくなってると思うんだけど。

 歌組には2ヶ月しかいなかったけど、肺活量だけは増えてたみたい。

 

「能代さん」

「な、に?」

 

 私が走るのをやめて止まると、能代さんもそれに合わせた。

 能代さんは、はぁはぁ、と肩で息をしていた。

 

「ははっ……。夕凪……ちゃんに……、合わせるの、疲れちゃうね」

「体力差があるから、無理に合わせる必要なかったのに」

「そ、……そうだね」

 

 ――少し、言い方がきつかったかな。

 結局、自分から居場所を破壊しているようなものだよね。……別にそれでもいい。それが因果応報なら。

 その後、自分の部屋に戻ると、二段ベッドの上から、聞いたことのある声がする。

 ――紛れも無く、能代美空、その人だったが。

 

「能代さんも……ここなの?」

「んや、小鳥遊先輩が『美空っちが一人なら、ユウちゃんと共に生活してみたら~?』なんて言っちゃったから」

「はぁ~~~!?」

 

 何やってくれちゃってんですか、小鳥遊先輩。

 

「あ、それに、生徒会長で美組S4の衣笠(きぬがさ)先輩もいいんじゃない、なんて言っていたみたい」

 

 美組S4の衣笠先輩……。同じ組に妹がいるらしいのは、風のうわさで聞いてる。

 

「……仕方ない」

「仕方ないも何も、夕凪ちゃんに拒否権は行使出来ないよ」

 

 拒否権行使不可能って本気で……。

 まるで正反対のような能代さんとの生活が、今日から始まったのであった。



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鳥カゴの扉を開いて

 ――鳥カゴに閉じ込められていた鳥。それは私。今、飛び立ちたいと思う。

 傷つき折れた翼を捨て、別の翼を広げて飛ぶために――。

 自分で自分を縛っていたのかもしれない、と思うことが出来るようになったのは、能代さん……、美空との生活のおかげかもしれない。

 美空は、私が閉じ込められていた鳥カゴを壊してくれた、女の子かもしれない。

 私は美空と友達以上の存在になりたい――。

 そう、思うのは、私の我侭なのだろうか。

 

 -◇-◇-◆-

 

 ――季節は流れて、夏の季節が訪れようとしていた。

 どうやら、今年も夏のイベント『アイカツ☆アイランド』が行われようとしていた。

 1年全員が参加して、上位4人がオープニングイベントのライブに出るそうだ。

 ランキング1位には、歌組の生駒霧絵(いこまきりえ)という女の子。

 

(歌組……か)

 

 美空と生活するようになって、歌組という『鳥カゴ』は忘れようとしていたのだけれど……。

 アイカツモバイルを見ながら、色んな感情が渦巻こうとしていた、が……。

 

歌組(とりかご)よね、夕凪にとっては……」

 

 掲示板前でアイカツモバイル片手に持っていた私に、声をかけてきたのは美空だった。

 

「そうね」

「だと、思った」

「でも、今は……大丈夫」

 

 乗り越える壁なんだ、歌組(とりかご)過去(とき)は……。

 

「フフッ……。そうよね、夕凪」

「私には、美空がいる。だから、怖くない」

 

 美空に笑いながら、私は言う。

 

「もし、ランキングで対決することになっても?」

「そ、……それは、わからないけど……、でもっ」

 

「そうね。……『それでも』と言い続けていきましょ、夕凪」

 

 美空は私のモバイルごと両手を握った。

 

「美空……」

「さあ、行きましょ。レッスンやお仕事に!」

 

 -◇-◇-◇-

 

 ある日の夜の帳が下りた頃。月がこんなにも綺麗で。

 ルームメイトである美空は、まだ帰ってきていない。

 そう言えば、彼女は仕事で帰ってくるのが遅くなるって言ってたっけ……。

 美空がルームメイトになって、こんな寂しい夜になるのは久しぶりなんじゃないかな……。

 

(美空に触れたい……)

 

 寝間着に着替えて、ベッドの中で悶々と美空のことを考えていた。

 私にはない黒髪に濃い茶色の瞳。美空は私の見た目が羨ましい、と言っていた。

 それは、共同生活を始めてから、しばらく経ったお昼時。

 

「夕凪のその見た目、羨ましいよ」

「どうして? ……私は、こんな見た目、好きじゃないのに」

「日本人離れしているから?」

 

 それに頷くと、美空は私の右頬に右手で触れた。

 

「――キレイ」

「キレイ……? 私が?」

「そうよ。宝石みたいな瞳……吸い込まれちゃいそう……」

 

 身体をテーブルに乗り上げて、私の唇に触れる美空。

 

「!? ちょっと、美空!?」

「あ……。ごめん」

 

 それが、美空とのファーストキスだった。

 そのキスをキッカケに、私たちは、どちらかの感情が高ぶると、抱擁したり、唇を重ねたりすることが起きた。

 二人一緒に受けたあるオーディションのあとは、今でも覚えている。

 就寝時間を過ぎているから眠ろうとした。

 しかし、興奮冷めやらぬまま、という感じで、眠ることが出来なかった。

 その時、美空が添い寝しようと提案して、抱き合ったまま、目を閉じたら、目覚ましが二人の耳に鳴り響くまでぐっすりだった。

 

(もう、これ……、友達だとかルームメイトだからとか、っていうのを超えちゃってる気がするなあ……)

 あとはもう……、えっちなこと……ぐらいしか、二人でやったことはないんだけど……。

 そもそも、どうするんだろう……。

 もしかして、私は……。美空に対して恋心を抱いているのかな……。

 そんなことを考えながら、眠りについて、朝起きた時には涙を流していたらしく、枕が少し濡れていた。

 

 ◇

 

「珍しいね、美空がアタシたちのところに現れるなんて」

 

 私、能代美空は、夕凪とのつきあい方に対して進歩したい、と思っていた。

 しかし、どうしていいかわからなくなってしまい、小鳥遊先輩たちの元へと向かったのであった。

 

「――涼風ちゃんが、真面目なトーンで話す、ということは、穏やかじゃない、ってことかしら」

「ちょうどいいところに来てくれて嬉しいよ、望海(のぞみ)

 

 美組S4、衣笠(きぬがさ)望海先輩も現れた。

 そして、私は、S4の両名に村雨夕凪のことを全て話した。

 

「……なるほどね。それなら、私たちが解決できるかもね、涼風」

「そうだね、望海。……やり方だけ、教えてあげようか。流石にさ」

「ええ。――馬に蹴られて地獄に落ちたくないし」

 

 どうやら、衣笠先輩は、話した内容から察したらしい。

 

「それにしても、いろいろと疑問があるんだけど、この際だし、聞いてもいいかしら、涼風」

「涼風に答えられる内容だったら、何でも」

「ひとつ、歌組で失意の内にいた夕凪ちゃんを引っ張ったこと。

 ふたつ、それに関連して。美空ちゃんと同じ部屋にしたこと。それを私に聞いてきたこと。

 答えられる範囲でいいわ。質問の全てに答えてちょうだい」

 

 近くの椅子に腰掛けるように言われ、私が腰掛けたと同時に、小鳥遊先輩は話し始めた。

 

「ユウちゃんを引っ張ったのは、奏葉ちゃんが話した不穏な雰囲気から引っ張りだしてあげたかった。

 アタシは可愛い子が落ち込んでいる姿を見るのは余り好きじゃないから。

 美空と同じ部屋にしたのは、部屋に帰っても一人、というのは、寂しいだろうから、という理由。

 その節は、望海に迷惑をかけた。ごめん」

「別にいいわよ。そのことは。

 ――そうね。不穏な雰囲気、というのは、私の目から見ても異様な光景、っていうのはわかる。

 生駒霧絵……。あれが特別すぎる存在だから……、かしら」

「多分」

「そうよね。……歌組でトップクラスの実力者で、奏葉ちゃんに最も近い存在。

 でも、彼女のせいで、偶にいさかいが起きてしまう……、だったかしら」

 

 そんなことが……!?

 

「まあ、でも、それは奏葉ちゃんがあくまで、彼女の目で見ただけのことだから、ホントにそうかはわからないわよ。

 ――そこだけは、勘違いしないようにね、美空ちゃん」

 

 衣笠先輩は、紅茶を飲みながら言う。

 生駒霧絵……。

 もし、彼女と夕凪が対決するようなことがあったら、絶対に勝てるようにさせなきゃ……。



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別の翼を広げて風に舞う

 ある日の昼飯時。私は、美空とともに、食堂でお昼ごはんを食べていた。

「美空」と、私は口火を切ったが。

 ここ数日、『アイカツ☆アイランド』のランキングを見ている私の行動を知ってるからか、美空は私の唇に人差し指を置いて「それ以上は言わなくていい」という挙動を取った。

 

「……言いたいことはわかるわ」

 

 言いながら人差し指を離した美空。

 

「まだ、何も言ってないのに」

「だからこそよ。

 ――生駒霧絵(いこまきりえ)を勝負して、勝ってみせる。そして、歌組(とりかご)過去(とき)と決別する、かしら」

「はい……。その通りです……」

 

 口から出そうとしたことを逆に言われ、頭を垂れるしかなかった。

 

「けど、生駒霧絵はかなりの実力者らしいわよ。……歌組を失意の内にやめてしまったような夕凪(あなた)に勝てるの?」

「今のままじゃ、勝てないのはわかってる。でも、彼女に勝ってこそ、過去と決別できる……。そう思っているの」

「鳥カゴ……ね」

 

 ボソッと美空は呟いた。

 

「なにか言った……?」

「なにも言ってないよ。……とにかく、レッスンあるのみね。お仕事はセーブするように」

「えっ……。もしかして……」

 

 ガタガタ震えるような反応をしていると、美空が「特訓よ、特訓!」と牛乳を飲み干しながら、力強く言ったのだった。

 ――それから、生駒霧絵を倒すための特訓が始まった。

 早朝ランニング、発声練習、身体の動きの再確認。特にキレが大事だ、なんて言ってた……。

 中には、「これ本当に特訓のアイカツ?」と思うようなこともあった。安全具も何もつけずにジャージ姿で崖を登るとか。

 

 -☆-★-☆-

 

 そして、運命の『アイカツ☆アイランド』前の最終ライブの当日。

 主催者側にお願いして、対決形式なライブを用意してもらった。

 私が乱入するような形なのは、主催者、私、美空、小鳥遊先輩を筆頭としたS4の面々しか知らない。

 霧絵の楽曲は学園汎用曲の「アイカツ☆ステップ!」。私は白銀リリィさんの「Dreaming bird」。

 私がこの曲を選んだ理由は、歌組の過去を『鳥カゴの時』と呼ぶぐらい、という単純な理由。それと歌詞の内容が、強く惹きつけられたのだ。

 

『……いくよ。私の味方……』

「――村雨夕凪……。今こそ、羽ばたく時……!」

 

 アイカツシステムに、学生証を読み込ませ、ドレスカードをトップス、ボトムス、シューズ、アクセサリーの順に読み込ませる。

 今回使うドレスカードは、【SPICE CHORD】のカード。

 舞組に移動してからのメインブランド。歌組の時は、【My Little Heart】のブランドも使っていたけど、引き出しにしまいこんでいる。

 ステージに立つと、生駒霧絵のライブでテンションの上がっていた観客を更に上げてしまったらしい。

 曲の力なのか、それとも……。

 ともかく、私は呪縛の鳥カゴを破壊し、別の翼でこのステージという大空に羽ばたくしかないのだから……!!

 そして、持てる力をすべて出し切り、華麗にステージを舞った、つもりだ。

 

「……ふぅ」

「お疲れ様、夕凪」

 

 ステージから降りた私を出迎えてくれたのは、タオルを手に持っている美空だった。

 

「ありがと……」

「――ねえ、体調に変化はない?」

 

 心配そうな声で私に問いかける美空。

 

「へっ……?」

 

 汗を拭きながら、キョトンとする私。

 

「ステージで踊っていた夕凪のオーラが違ってたし、私が知っている『村雨夕凪』じゃなかった気がしたの……」

 

 美空の知らない私が、ステージに……?

 その時の私は、疑問しかわかなかったのだけれど、あとでリプレイを見ると、上にかかるリボンのような青白いオーラとともに、鎖のようなオーラもまとっていた。

 しかし、その鎖のオーラは所々、外れかかっていて、鎖の様をなしていなかった。

 ――そのライブ結果だけども。アピールポイントは私のほうが上だった。

 

「つまりは……」

「夕凪の勝利、ってことになるんじゃないかしら」

 

 私の勝利……。

 

「勝ったのね……。私が……! 美空ッ……!!」

「――おわふっ!? ど、どうしたの、夕凪!?」

 

 思わずそのまま美空に抱きつく私。

 

「――参ったわね。まさか、アンタに負けるなんてね……」

 

 茶色の長い髪に青色の目をした女の子が近づいてきた。

 

「生駒……霧絵……」

 

 歌組の1年ではトップクラスの実力者の、生駒霧絵だった。

 

「どうして、こんなところに」

「――こんなところに、か……。勝利者を祝福しに来たのよ」

「いいの?」

「ハハハッ。……私にだってそれぐらいの器量はあるわよ。……にしても、歌組ではあんまり目立たなかったアンタがね……」

 

 声に気がついたのか、美空が霧絵の方を見た。

 

「――ホントは悔しいんでしょ」

 

 その言い方がすごく煽ってるように聞こえるけど、大丈夫なの……。

 美空は私に抱きつかれたまま、霧絵を口撃するかのような口ぶりで言った。

 

「まあ、アンタの仰る通りで。実際は悔しいに決まってるじゃない。

 ――今度、対決する時は、アタシが勝つからね。覚えておきなさいよ、村雨夕凪……!」

 

「フンッ! ”私の”夕凪が、そう簡単にアンタなんかに負けるわけ無いでしょ!?」

 

 美空、完全に霧絵を敵だと思ってる……。口調が強い……。

 

「……な、何があったの、美空……」

「いいっ、夕凪ッ!」

 

 引き剥がしてキスでもできそうな距離に顔を近づけて言う。

 

「あんなヤツに負けるなんて、今後は承知しないからねッ!」

「えっ、ちょっ……。は、はい……」

 

 美空の勢いに、私は顔をひきつらせながら、返事をした。



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望海と海来

 夏フェスの組み合わせ結果が、発表された。

 夏フェスは、各組の1位とS4が組んで、ステージを披露するということだが、美組は偶々、衣笠望海(きぬがさのぞみ)衣笠海来(きぬがさみらい)の組み合わせとなったのだ。

 その時、S4と組むことになった1年がコメントを発表するのだが、美組だけ様子が違ったのだ。

 

「――姉の望海だけには負けたくありません」

 

 どういうことなんだ、と会場が騒然。

 あわや、キャンセルかと思いきや、そうではないらしく、一安心だとは思われた。

 しかし、この雰囲気はただごとではない、と会場にいる皆が共通して思ったことだ。

 

 -☆-★-☆-

 

夕凪(ゆうなぎ)

 

 組み合わせ発表後、夕凪と美空(みそら)は昼食を取るため、食堂で向かい合っていた。

 美空の表情は、なにか真剣な表情だった。

 

「なにか、見えたの、美空?」

「見えたの。……羽ばたこうとしている小鳥がね。でも、その前に親鳥が羽ばたかせてくれないから、その翼をばたつかせてる、って感じの」

「ちょっと……、わかりにくいかも」

「かもしれないわね……。けど、この女の子、ただ事じゃないって感じは伝わる」

「そうね……。他の子達とは全然違う発言だもんね」

「――そういう、夕凪も彼女ほどじゃないけど、変わってたわよ」

 

 美空の言葉に首を傾げる夕凪。

「『涼風(すずか)様とステージに立てる身に余る光栄。恥じないように頑張ります』って固すぎ。苦笑いが浮かんでもおかしくなかったわよ?」

「そ、それは……」

「それに涼風様、ってアンタ……」

「いいじゃない、もう。……それで、美空はどうするの?」

「私? ――そうね。その、衣笠海来って子とコンタクトしてみる」

「会うつもりなの?」

「同じ1年だし、会う機会はいくらだって作ろうと思えば作れるでしょ。……ただ、美組だし、いつコンタクトとれるかわからないけど」

「あー……」

 

 同じ美組の友達がいるのであれば、そっちの方が早かったんじゃないかな、なんて思う夕凪。

 

「このまま、放っておく訳にはいかない、と私の直感が告げてるの。……夕凪、アンタはS4のツテでもなんでもいいから、情報を集めてきてくれる?」

「――バレバレ、か」

「ええ。夕凪の見えるイメージが変わってるから」

 

 どう見えてるの、と聞いた夕凪。

 

「つがいのウサギが見えるの。片方は灰色。もう片方は青色の」

「青色……。涼風様の瞳の色……」

 

 夕凪の目に映るセカイに一瞬だけ、涼風の顔が写り込んだ。まるでサブリミナル効果の様に。

 

「――夕凪?」

「ン……? あぁ、ごめん。ともかく、衣笠姉妹の情報を集めてくればいいのね」

「そういうこと。お願いね」

 

 -◇-★-◇-

 

(絶妙なタイミングだ)

 

 その夜、涼風に呼び出され、S4城に向かい、寮に戻る途中。

 誰かの気配を感じ振り向くと、両腕が暗闇から伸びてきたのが見えて硬直する夕凪。

 その両腕はネグリジェ姿の衣笠望海のものだった。

 

「き、衣笠先輩、そんな姿でうろうろしていたんですか……!?」

「ええ、大体。……ほとんど下着の姿を見るのは、同じS4か幹部ぐらいなものだから」

「それで、私を捕まえた理由は、やはり……?」

「――そこまでわかっていて、なんで抵抗しないの?」

「聞きたいことがあるからです」

 

 はっきりと言う夕凪。

 

「聞きたいこと?」

 

 オウム返しで望海は言う。

 望海の部屋に招かれた夕凪は、望海とテーブル越しに対面してすぐに話を切り出した。

 それを聞いた望海は、にこやかな表情を浮かべながら、長くなるけどいいのかしら、と言う。

 

「長くなってもいいので」

「……じゃあ、覚悟しなさい。一応、寮長には連絡を入れておくわ」

 

 すぐさま、寮長に連絡を入れる望海。一言二言で済んでしまい、早速話し始める。

 

「――さて、私と海来ちゃんの関係性は、どこまで知っているかしら」

「姉妹で、同じ美組にいる、という程度で……」

「そう……。それは誰もが知っている情報ね。……本当は、仲良くしていたい、と思っていることは知らないわよね。

 それに、海来ちゃんの本来の性格は、こんな性格じゃないって言うことも」

 

 望海の言葉に首を傾げる夕凪。

 

「あとは――シスコンだってことも」

「シスコン……!?」

 

 夕凪は、望海のシスコン発言に、びっくりした表情をする。

 

「そうよ。出かけるのも、ほとんど何をするにしても一緒だったのよ。好きなことをするにしても。

 ……けど、学園に入ってからはそういうこともなくなってしまったし、寂しいなって思っていた矢先に、海来ちゃんも入学してきてくれて嬉しかったのよ。

 でも、いつもあんな調子なの。だから、私もどうしていいかわからなくて」

 

 そう話す望海の顔は、寂しそうな表情をしていた。

 兄弟のいない夕凪には、理解することは難しかったが、仲違いをしている、と感じることは出来た。

 

「……まさか、その埋め合わせを?」

「それこそ、まさか、よ」

 

 濃茶色の長い髪をふわりとさせながら言う。

 

「私は元々、可愛いものが好きで、可愛い女の子も好き、ってだけ。つい、自分の物にしたくなっちゃう、ってだけ。

 ……これが同性愛者の考え方だとかナントカ言われたら、否定はしないけど」

「じゃあ、私も狙っていたんですか……?」

 

 その問いかけに肯定する望海。

 

「狙っていなかったのは、千歳(ちとせ)ちゃんだけじゃないかしら。……あの子は、同じように夕凪ちゃんが失敗したオーディション見てたけど、特に何も感じていなかったような表情をしていたし」

「そう、でしたか……」

「――話が脱線しちゃったわね……。それでね。海来ちゃんが私に対して、ツンケンな態度だから……」

「うーん……」

「無理して倒れなきゃいいけど……」

「過去にそういうことがあったんですか?」

「あったのよ」

 

 望海は、護身として武術を始めた海来が、練習に熱を入れるあまりに、無理がたたってしばらく動けなかったことを話した。

 そこから、望海は自分を越えるためにかなり無茶なレッスンをしているのではないか、と心配していると。

 

「無理をさせるな、ということですか」

「そうなんだけど、夕凪ちゃんと海来ちゃんは別の組だから、見つけることはほぼ不可能よね。美組の誰かに頼めれば、いいのだけれど……」

(美組のS4だ、って言ったって、妹のこととなると、ただのお姉ちゃん、だったわけね……)

 

 夕凪はそのまま、望海の部屋で就寝することにした。

 自分から切り出しておいて、こんな美少女に沈んだ表情をさせたままにしておくのは、と考えたからだ。

 その後、目がさめると、すごく近くに望海の顔があって、望海の目に涙が浮いていたのが見えた。

 

 -☆-◆-☆-

 

「……ってこと」

 

 その日の昼に、夕凪は美空とお昼を食べながら、情報交換をしていた。

 

「なるほど。……私の方は、美組の子と話ができてね。衣笠海来のことを少し、聞いてきたわ」

「――で、なんて?」

「入学当初から、話しかけづらいっていう雰囲気だったみたい。今でもそれが少しあるみたい」

「話しかけづらい……」

 

 本来の海来はそんな子じゃない、という望海の声音で脳裏によぎる夕凪。

 

「ストイック、なのかな」

「かもしれないね。……今度は、本人に直撃してみるわ」

「えっ、衣笠海来に!? いきなり過ぎない!?」

「次はもう、その手段しかないかなってさ。……夕凪の方は、結構知っている感じだったわね」

「まあ、その姉である望海先輩に聞いたし……」

「さすが、夕凪。……S4と接触するのに全く抵抗ないでしょ?」

「まっさかぁ。ただ、涼風様に見初められたってだけの話よ。それでいつの間にか、ってなだけ」

 

 長方形の紙パック牛乳をずぞぞぞ、と音を立てながら飲み干す美空。

 

「そう言えば、美空は昼ごはんの時はいつも牛乳飲んでるよね」

「ああ、これ? 願掛けもあるんだけど、好きなものの一つだから、かな」

 

 果たして、その願掛けに意味はあるのか、と思ってしまう夕凪であった。




今回と次回は、原作となったアイカツスターズ!のあるお話を踏襲しているため、第三者視点で描いております。


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海陸風が運んだ幸せ

 美空(みそら)のお節介もあって、夕凪(ゆうなぎ)は、衣笠望海(きぬがさのぞみ)の妹である海来(みらい)とよく話す仲となった。

 

「海来ちゃん、ちゃんと食べないと身体が持たないよ」

「――いいの」

 

 夏フェスも近くなったある日のお昼ごはん。

 夕凪と美空は、食パンや白ご飯などの炭水化物に野菜など、主食と副菜のバランスの良い食事にしているのだが、海来は簡易栄養食しか食べていない。しかも、その分量も少ない。

 昼食にしては軽すぎる食事を終わらせた海来は、食堂をあとにした。

 

「それで、思い出した。夕凪、アンタも熱中症に気をつけなよ」

「熱中症……?」

 

 聞きなれない症状を聞いたような反応をする夕凪。

 

「そ。今日みたいに暑い日は特にね。この前も、それで倒れて保健室で休んだあと、寮の部屋に休養を取らざるを得なくなった子もいたって」

「水分補給とかしてなくて?」

「それもあると思う。多分、身体にこもった熱を放出できずに倒れちゃったんじゃないかって」

「あー、なるほど……。それで、その子はその後どうなったの?」

「スポーツドリンクをこまめに取るようになったし、簡易冷却が出来るスプレーを使ったりしてるみたい」

「海来ちゃんもそうなりそう」

「夕凪もそう思う? それは私も思う」

 

 ――二人の予感は的中した。

 

 -☆-◆-☆-

 

「……!」

 

 海来が気がつくと、保健室の白い天井が目に飛び込んできた。

 

「……あれ……、私は……」

「レッスン室で倒れかけていたのよ」

 

 保健医に言われ、何も返さなかった海来。

「偶然、彼女たちが見つけなかったら、どうなっていたか……」

「? ……彼女……たち……?」

 

 起き上がって見ると、銀色の髪に青緑色の瞳を持つ、海来と同じぐらいの少女と、黒色の髪に濃茶色の瞳を持つ少女がそこに立っていた。

 

「やっぱりね」

「身体が持たないって私、言ったじゃない。……こんな気温で、あれだけしか食べなかったら、そりゃ、そうなるって、頭の悪い私でもわかるわよ」

「夕凪……美空……」

「それに、海来ちゃん、貴女は頑張りすぎるって、聞いたわよ。だから、無理しちゃ……」

「海来ちゃんが倒れたって聞いたから……! って、……あれ? 夕凪ちゃんがなんでそこに?」

 

 保健室の入り口で、肩で息をするS4の制服を着た少女。……海来の姉、衣笠望海、その人であった。

 

「なんか心配だったんで、美組のレッスン室を見ていたら、ふらついて床に頭をぶつけかけた海来ちゃんの姿が見えたんで、美空と共に拾い上げて、保健室に連れてきたんです」

「ああ……。それはありがとう」

 

 姉の来訪に海来は気まずそうな顔をしていた。

 

「私を越えようとして、限界までやろうとするから……」

 

 立てると言いながら、手を差し伸ばした姉の手を振り払う海来。

 そのまま、ベッドから降りてその場を去ってしまった。

 その挙動に何も言えなかった望海。

 

「お言葉、かと思いますが」

「さっきのは流石に……」

「でも、海来ちゃんが、歩けるまで回復してくれてよかった」

 

 どこか物憂げな顔をして、望海も保健室を出ていった。

 

「ただ事……じゃないね」

「このままは、まずいっしょ。ね、夕凪」

「モチのロンよ。……ふふっ、美空のお節介が感染っちゃった」

「ふふっ、ごめんしてー。……それじゃ、行きましょうか」

 

 歩けるまで回復したとはいえ、おぼつかない足取りの海来の後を追う美空。

 

「待って!」

 

 その言葉に振り向く海来。

 

「これからどうするの。まさか、またするんじゃないでしょうね……」

「流石に、寮に戻るわ」

「ああ、そうよね……。なんか心配になっちゃってさ。――姉を越えたいっていうのはわかるけど、自分を殺しちゃうのは良くないんじゃない?」

「美空には関係ないでしょ」

「あるよ! そりゃ、アンタとは友達とはいえない関係かもしれないけど、私は、一度知り合った人は、気にするタイプなの! ……本当は、あの時だってお姉さんに心配してもらって嬉しかったんじゃないの?」

 

 海来に避けられてもいい、と、そう思いながら、はっきりと思ったことを口に出す美空。

 図星だったのか、顔が険しくなる海来。前を向いて、そのまま歩みを始めるが、左にふらついてしまう。

 

「ッ!」

「――! ……っと……。なんとかぁ……なったかしらね……」

 

 とっさの反応だった。倒れそうになった海来を片腕で引っ張って、抱え込むように受け止める美空。

 

「美空……」

「全く。……一緒に戻ってあげるから、行きましょ」

「ごめん……」

「いいのいいの。……そのかわり、どうしてお姉さんに対抗心やら何やらを燃やすキッカケ、今度は話しなさいよね?」

「そう……だったわね……」

 

 美空に要所要所支えられながら、寮まで歩く海来。その道中で、美空に言われた内容を話していた。

 

 -☆-★-☆-

 

「なるほどね。やっぱり、仲直りしたいっていうのは、お互いにありそうね」

 

 海来が倒れた翌日。美空は昼食を食べながら、海来から聞いた話を、夕凪に話していた。

 

「海来の口からも聞いた。お姉ちゃんが何をするにもほとんど一緒だったって。

 そんなお姉ちゃんが好きだったけど、学園に入る、って言い出した時は、少しムッとしたみたい」

「境遇がほんのすこし似ているね」

「そっか。夕凪は母親に反対されたけど、学園に入学したんだっけ」

「そうそう。……結局、姉を追いかけて入学したって言うなら、もうこれ役満じゃない」

「役満……?」

「実は、どっちも仲直りしたいっていう気持ちが、ってことよ。……さて、これをどう仕掛けるか……」

「キッカケさえ作ってあげれば、後は野となれ山となれ、ってヤツ?」

「そうそう。……あ、海来ちゃん」

 

 濃い茶色の瞳に淡い茶色の髪色の少女が、トレイを持っていた。

 そのトレイにはサンドイッチと小さめの器、長方形の紙パック飲料が乗っかっていた。

 

「ふふっ。ホント、いい子なんだね、海来ちゃん」

 

 にこやかな顔をしながら言う夕凪。

 

「きょっ、……今日はたまたまよ、たまたまっ」

 

 海来は言いながらも、夕凪と対面する位置で座る。

 

「ねえ、夕凪」

「ンッ、お?」

 

 鶏もも肉を口に運んでから反応する夕凪。

 

「美空から聞いたんだけど、お姉ちゃんとも会う機会があるんだって……?」

「んくっ。……ン、そうだよ。理由はわからないけど、望海先輩……、海来ちゃんのお姉さんに目をつけられてさ……。たはは……」

「夕凪って可愛いのかな」

 

 海来の何気ない一言に、夕凪の箸が止まった。

 

「うーん……。可愛い、ではないだろうけど、涼風先輩と同じような見た目だからじゃないかな?」と、美空がフォロー。

「涼風さんと同じ……。とすると、夕凪はハーフなの?」

「まあ、ね……。でも、この見た目、あまり好きじゃなかったけど、涼風様が愛してくれたから……」

 

 今度は、海来のサンドイッチを掴んだ手が止まった。

 

「マジで言ってるの?」

「言ってるけど……」

「ちょっとびっくり。涼風さんがそんなところまでいっていたなんて……」

「ン? 海来ちゃん、涼風様と知り合い……、なんだよね?」

「そうだよ。お姉ちゃんと仲いいし、私も会ったことあるよ。……私が知り合った時は、まだそういう人じゃなかった気がするけど」

「そうなんだ」

「まあ、私は、別に女の子が女の子を好きになる、っていうのは良いんじゃないかなって思うの。お姉ちゃんがお姉ちゃんだしね……」

「なるほど。……じゃあ、今度会った時に言えばいいのかな」

「お願いしちゃっていい……?」

 

 もちろん、と夕凪は首を縦に振った。

 

 -☆-★-☆-

 

 いよいよ、夏フェスが明日となったその日の夜。

 海来は、中央にある校舎から見て左の噴水前で、姉の登場を待っていた。

 

「おまたせ」

「来てくれたんだ、お姉ちゃん……」

「――夕凪ちゃんから、話は聞いたわ。……海来ちゃんの方からそういう提案してくるなんて、思ってもみなかったから」

「お姉ちゃん、ごめん」

 

 海来の謝罪の言葉に、微笑みながら頷く望海。

 

「お姉ちゃんが海来ちゃんに何も言わずに、学園に行ったことが気に入らなくて、それで……かしら」

「そう……。だから……」

「――海来ちゃん」

「うん」

「それならそうと、ちゃんと言葉にしてくれなきゃ……ね?」

「うん」

「ツンケンな態度されても、お姉ちゃんは海来ちゃんのお姉ちゃんだし、ね」

「うん……」

「だから……。今度から、ちゃんと言葉にしてね。……心配だから」

「うん……。お姉ちゃん……」

 

 海来は、姉の望海に抱きつくように飛び込んだ。

 

「ふふっ……」

 

 ◇

 

 夕凪と涼風は、衣笠姉妹の仲直りを影で見ていた。

 

「ふぅ……よかったよかった」

「やったぜ、ですかね」

「そうだね。ユウちゃん、グッジョブ」

「……それで、なんですけど」

「夏フェス、だね。……あの二人には負けてられないよね?」

「ですね」

「……さ、冷えちゃうから帰ろっか」

 

 あの二人は、これから衝突することはあっても、すぐにもとに戻るだろうと確信した夕凪と涼風は、それぞれ自分のいるべき場所へと戻っていった。



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小鳥たちは夜に啼く・前編

「……涼風(すずか)

「なぁに?」

「無理矢理にでも連れてきて正解だったと思うわ、夕凪(ゆうなぎ)ちゃん」

 

 アタシと同じベッドの中で、アイカツモバイルを片手に言う望海(のぞみ)

 

「『私の目に狂いはなかった』的な?」

「そうね。……けど、あのオーディションの後、涼風がいなくなってたから、なんでかなーって思ってたこともあったのよ。

 後から言わせてもらうけどね。……ピンときたのかしら。可愛さに」

「それもあるかな~」

「フフッ。……もしかして、手篭めにしたかったとかは?」

 

 持っていたモバイルをベッド脇のテーブルにおいて、アタシを見る望海。

 

「あはは、それは流石に……だけど、反論できないかなー」

「したかったのね。それで、美空ちゃんをつけた、ってことは……?」

「多分、ユウちゃんと美空(みそら)っちは絶対仲良くなるって確信があったし、涼風とのぞみんみたいな関係性も出来るんじゃないかなーっていう考えもあった」

「……この同性愛傾向者奴(レズビアンめ)……、とか言ったら、ブーメランなんだけどね。この娘と結ばれたいって気持ちを制御できると思う?」

 

 こんな感じに、とアタシを抱きしめる望海。

 

「理性が鎖をつけてくれるでしょ」

「その理性すらも破壊されてしまうような、だったら」

 

 アタシの髪の毛を撫でながら言う望海。

 

「適当な理由をつけて、呼びつけて唇を奪う。のぞみんにもその経験あるんじゃない?」

 

 軽い気持ちで言ってみたら「ある」と即答だった。

 望海は半端ないね。アタシより、同性愛傾向感あるじゃない。

 

「――そんなことをさらり、と言っちゃう、望海さんにしては、かなり理性が効いたほうじゃないの? ユウちゃんと美空っち見て、踏みとどまれたって」

「……あの後、もう吐きそうになるぐらいにムラムラしてました」

 

 うわっ、と口から漏れるアタシ。

 

「いつかさ、あの二人と、ヤりたいな、って……」

「このレズビッチ。怖いよ、望海」

「あらぁ、心外」

「ごめん、思ったことをつい口走ってしまった」

「……本音、ってわけね」

「その通りだぞ」

「しょうがない子ね、涼風は……」

 

 ……と、またアタシはのぞみんに抱かれる。

 ――この関係は、学園に入るほんの少し前に遡る。

 アタシと望海は、幼馴染のような関係で、昔から仲が良かった。

 可愛くなっていくアタシを見た望海が、じゃれついてきたのが始まりだった。

 そのじゃれつきがいつしか、性的興奮を伴ってきてしまい……。

 ――というところで、思考が途切れる。

 絶妙な加減で、望海はアタシの頭に快楽を流し込んでくる。

 

「の……望海……」

「まだ、イッちゃだめよ。もう少し、……耐えて」

「む、無理……。気持ちよすぎて……飛んじゃいそうだから……ぁ……」

 

 落ちていきそうな意識の中、アタシは夕凪と美空が、こういう行動をされて、どんな声で啼くのか、というのを思っていた。

 こんな穢れも知らなさそうな、あの二人の……。

 ――アタシの意識はそこで途切れた。

 

 -☆-★-☆-

 

 望海とセックスした夜が明けた日のお昼。食堂に行くと、いつものように夕凪と美空が食事をしているところを見かける。

 すごく仲が良さそう。お互いの話で笑っているようにも見える。

 少し距離を置いて、お昼ごはんを食べていると、美空の方から夕凪に近づいた様子が目に入った。

 

(えっ……。ちょっと待って……。この場で、それって不味いんじゃない……!?)

 

 自分たちがするキスは、恥ずかしくもなんともないのに、他人のキスシーン見るのは、少し恥ずかしい……。

 あとで、二人はしまった、って顔をしていたけど、誰も気に留めなかったらしい。

 うーん。あの二人の関係性、アタシが思ってる以上に進んでいる感じがする。

 一応、美空の方にはどうやるのか、っていうのは、言ったけど……。それとなく、あとで二人に聞いてみようかな……。

 ……と、思っていたら、数時間もしない内に、人の気配があまりない食堂で二人と話をすることができた。

 どうやら、どっちかの感情が高ぶると、キスしたりするらしい。

 

「……それで、夕凪は美空をどう思ってるの?」

「私は……、美空に対する感情で振り回されてます」

「振り回されてる……か。じゃあ、美空を『友達として』好きなのか、『女の子として』好きなのか、っていうのはわからないんだね?」

 

 はい、と答えた夕凪の顔は、しょんぼりしているようにも見えた。

 

「なるほどねえ……」

「あの……。私は、どうしたらいいんでしょうか」

「んー……。どうするもこうするも、『心のままに』でいいんじゃないかな」

 

 そう、それでいい。ともう一人のアタシが、アタシに肯定してくれる。

 結局、アタシも望海と関係を続けているのは、望海が優しいからのもある。

 お互いを見合わせる二人。

 

「そっか……」

「心のままに……か」

 

 声を揃えてありがとうございます、と言って、二人はその場を後にした。

 少しは、変わるといいな。アタシが面白いと思う方向に。



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小鳥たちは夜に啼く・後編

「まさか、二人揃ってオフになるなんてね」

 

 学園長に二人揃ってオフを取って、と言い渡されてしまったのだ。

 

「それで夕凪(ゆうなぎ)はどうするの?」

「……少なくとも、実家には帰らない」

「どうして」

 

 夕凪に聞くと、その表情が鬼のような形相になった。

 

「ああ、ごめん……」

 

 彼女の背後に怒れる軍神のようなモノが見えるイメージが私によぎったのだ。

 その時、アイカツモバイルに着信が。

 

「もしもし? ……うん、お休み貰ったから帰るよ。……えっ、夕凪を連れてきてもいい? ホントに、いいの? うん、分かった。またね」

 

 アイカツモバイルを切って、夕凪に「今度のお休み、私の家に行こうよ」と提案した。

 あとで聞いた話だけど、お休みの前日に夕凪にも着信があったらしい。その相手が母親だったらしくて、即切りしたそうだ。

 夕凪と母親に何があったんだろう……。

 

 -☆-★-☆-

 

 3ヶ月ぶりの我が家。出迎えてくれたのは両親。

 どちらかがいないことが多くて、二人揃っているところは、珍しい方になる。

 

「おかえり、美空(みそら)。隣の子が夕凪ちゃんね」

「そうよ」

「はじめまして、村雨夕凪といいます」

 

 夕凪は私の両親に軽く会釈をしながら言う。

 

「……まずは、ふたりとも上がりなさい。その荷物は重たかったろうに」

 

 よっこらしょっと、と言いながら、お父さんは私と夕凪のキャリーバッグを持ち上げて、リビングに置いていく。

 そして、私たちは靴を脱いで、敷居をまたいだ。

 ダイニングテーブルで紅茶を飲みながら話していたら、夕凪自身の話になり、彼女がタブーとしている家族の話になってしまった。

 不味い、と思って、話題を変えようとしたが、しなくても良かったらしいことはあとで気がついた。

 ――変な話だとは思うけど、夕凪自身がとつとつと話し始めたのだ。

 夕凪の母親が、海外留学で父親と知り合って、恋に落ちて、国際結婚して、その結果として夕凪が生まれた。

 でも、10年ぐらい前に夕凪は突然、父親側の祖国に連れて行かれてしまった。

 母親がそれを知って、夕凪の返還をすぐに父親側の国に要求。

 話し合いの結果、夕凪は日本に戻ってこれて、母親とともに生活している。

 でも、夕凪の母親は、夕凪に対して殻に閉じこもれと取られるような対応を始めたらしく……。

 ちなみに、夕凪の両親は離婚しているそうだ。

 

「帰ってきても地獄だった、かしら」

「でも、私から見れば、の話なんで、本当はどうかはわからないんですけど。……けど、私は日本に戻されてよかったと思います」

 

 夕凪は言いながら、隣りに座っていた私の手を握った。

 

「こうして、四ツ星学園に入学できましたし、美空とも出会えたし……」

 

 私と出会えたことを嬉しそうに語る夕凪。

 

「夕凪ちゃん、今が幸せかい?」

 

 お父さんが尋ねると、夕凪は強く頷いた。

 

「それなら、よし」

「それに、夕凪ちゃんの見た目、可愛いじゃない」

 

 お母さんが夕凪のヘアースタイルを見ながら言う。

 その日はたまたま、ツインテールだったのだ。

 可愛い、と言ってくれた経験が少ないらしく、すごく嬉しそうな顔をしてた。

 ――私もそう思う。

 銀色の流れるようなきれいな髪。曇りのないガラスのように透き通り、宝石のようにきれいなエメラルドグリーンの瞳。

 そして、整えられた鼻筋。健康そうな色合いの唇。……そう言えば、そんな唇に何度も触れたことがあったっけ。

 ああ、もうっ。親の前だから、我慢できてるけど、結構キツイのよ……。これ……!

 

「――ッ!」

(あ、やっべ……。力がこもってた)

 

 握ってきた夕凪の手を握り返したら、無意識に力がこもっていたらしく、アウチ感パない。

 すぐに手を離したけど、それでも夕凪は話して数刻も経たない内にまた手を握ってきた。

 やっぱり、勇気がいることだったんだろうなあ、なんて……。

 

「何かあったら、美空を通してでもいいから、言ってくれてもいいよ」

 

 夕凪がその言葉を聞いて、泣いているのか、彼女が座っている位置に水滴が落ちていた。

 味方が増えたことに喜んで、夕凪自身も泣くとは思っても見なかったんだろうな、って……。

 エメラルドグリーンのきれいな瞳から、ポツポツと降る雨のように、涙が溢れていたのを私は見ていることしかできなかった。

 

 -☆-★-☆-

 

 節約という理由もあって、一緒にお風呂に入る事になった。

 ……やっぱり、顔の見た目がいいから、スタイルも良いのかしらね……。

 これ、あと2年したら、結構おっぱいとか大きくなるんじゃないかしら……。

 夕凪は、その片鱗が見える感じのスタイルだった。

 

「ン? どうしたの、美空?」

 

 夕凪は前に、自分の見た目を好きじゃないって言ってたけど、今はどう思っているのかな。

 

「……言っていい?」

「うん、何を?」

「今はどう思ってる?」

「自分の見た目のこと?」

 

 その問いに頷く私。

 

「今は、好きだよ。……美空が私を見てキスしてくれたりするし」

 

 そこ!?

 

「美空の家に招かれてよかったと思う」

「夕凪……」

 

 夕凪の柔らかい身体が、私の身体に密着する。

 

(……夕凪がどう思ってるのかわからないけど、私はもう色々と限界)

 

 そう思っていた矢先のことだった。

 

「――美空」

 

 夕凪は優しくささやきながら、股間に手を伸ばしてきたではないか……!

 

「ちょ、ちょっと、夕凪!?」

「――知ってるよ。ここ、触られたりしたら、気持ちいいんでしょ……?」

「夕凪、貴様ッ! 誰から聞いたァ、そんなことォ!?」

 

 思わず、そんな口調で夕凪に言う私。

 

「えっ? ……涼風(すずか)様に」

 

 小鳥遊(たかなし)先輩だとォ!?

 ……っていうか、今聞きづてならない言葉を聞いたわよ、私!?

 え、なに、先輩に下の名前で様付け!?

 ってことは、今……私の股間をさわさわしている夕凪は……処女じゃないのか!?

 漫画的に表現するなら、ぐるぐる目になってる。そうなっているほど、今、私は混乱している。

 

「――!?」

 

 ちょっ、乳首まで手が伸びてる!?

 やめろ、本気でやめて……。

 

「ふふ……。美空、可愛いよ」

 

 シャワーの流れる音に私の嬌声が交じる。

 自分でもあんまり触ったことのない場所に、夕凪の華奢な手が伸びる……。

 ヤバい……。気持ちいい……。

 このまま、夕凪にイカされてもいいかな、と思い始めた時、夕凪が私を振り向かせ、キスした。

 

(ああ……、ダメ……。このまま、夕凪と……エッチなこと……したい……)

 

 夕凪のやつ……、何を仕込まれたんだろうなあ……。

 一通り満足したのか、夕凪は快楽の熱に浮かれる私の足に水を浴びせた。

 

「うわっふ!?」

 

 水がかかったことの刺激で、思考がもとに戻る。

 

「――ごめん、ちょっとやりすぎた」

「うん、やりすぎ」

「でも……、気持ちよかったでしょ?」

 

 それには頷く私。

 その後は、普通に身体を洗って、普通に上がった。

 

 -☆-★-☆-

 

 そろそろ寝ようかな、と思って、二人でベッドに潜る。

 本来なら、別々に寝るのが一番いいんだろうけど、私が夕凪と添い寝したかった、というのがある。

 半分期待も含んで……。

 

「小鳥遊先輩に、そういうの仕込まれたの、いつごろ?」

「オフが言い渡されてから、すぐに。涼風様に呼び出されて……」

 

 と、すると、ほんの数日前かぁ……。

 

「つか、なんで、小鳥遊先輩をそういう風に?」

「それは――」

 

 夕凪が事の顛末を話す。要約すると、様付けは自然に飛び出したもので、そのまま定着してしまったらしい。

 涼風様、ねえ……。あ、そう言えば、舞組の幹部もそんな呼び方をしていたわね……。

 

(先輩、って呼ぶより、そっちの方が愛しています、なんていうイメージを呼び起こすのかしら)

 

 小鳥遊先輩にどういうことを教わったのかしら……。

 なんて思っていたら、夕凪がキスしてきた。

 

「夕凪……?」

「ねえ、美空……」

「……したいの?」

「したい。……美空も、そういうこと……期待しているとか……ない?」

 

 図星だった。してました。夕凪とだったら、こういう関係になってもいい、と思ってました。

 

「してた」

「……ふふっ」

 

 にこりと笑う夕凪。……お風呂場で聞いた声だ。

 

「それじゃあ……しよっか……」

 

 布団を剥いで、着ていたものを全て脱ぎ始める夕凪。

 お風呂場で見た綺麗な肢体が、私の視界に飛び込んでくる。

 

「美空のも……脱がせちゃうね」

 

 首を縦に振って答える私。

 その後は、夕凪が小鳥遊先輩に教えられたという技で、どんどん攻められてしまい、抵抗するまでもなく鳴かされてしまいました。

 

 ――翌朝。

 私が目を覚ますと、銀色の髪にエメラルドグリーンの瞳が私を見ていた。

 ……言うまでもなく、村雨夕凪、その人である。

 

「おはよ、美空。……可愛かったよ」

 

 起き抜けにそんなことを言われるから、返事をする前に顔を赤くしてしまった。

 ……服を着て寝た記憶が無いので、素っ裸のはずだ。

 ドキドキしながら起き上がると、布が見えたのであれ、となった。

 

「あの後、服を着せて寝かしたんだよ?」

「そこまでしたの? 覚えてない……」

「そうだと思った。……まあ、私が悪いし、シカタナイネ」

 

 夕凪が言う。

 遂に私は、夕凪とシてしまったんだなあ……なんて思いながら、私は夕凪とともにリビングへ降りていくのであった。



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止まり木に佇む小鳥たち

「……暑い」

「そう言っちゃあ、お終いですよ、涼風(すずか)様」

「いやー、でも、暑いものは暑いでしょー? あー、もー……」

 

 なんでこんなクッソ暑いのよ、なんて、ブーブー言いながら、涼風様はソフトクリームを舐めていた。

 急に誘われ、私は涼風様と近くの公園で木陰にあるベンチに座っていた。

 

「大盛況の内に『アイカツ☆アイランド』も終わってしまったしさ」

「あ、ああ……。そうでしたね……」

「ホント、この夏は『穏やかじゃない』っていう感じの夏だったね。ユウちゃんにとっても」

「ええ……。『アイカツ☆アイランド』の出来事は……」

 

 ――それは、数週間前に遡る。

 

 -☆-★-☆-

 

 真夏のイベントである『アイカツ☆アイランド』。

 私たち一年生は、オープニングライブを終わらせた後は、スタッフとして東奔西走していた。

 落ち着いた頃、四ツ星学園のトップアイドルが合同で記者会見をしている映像を見た。

 私はこの時初めて知ったのだが、トップアイドルを目指す男の子たちも通っている。

 こちらのトップアイドル4人組がS4、というように、彼らのトップアイドル4人組はM4、というらしい。

 そして、その記者会見の内容は、アイランドが開催されている島に眠ると言われる伝説のドレス。

 それを模したスペシャルオーディションをするということだった。

 そのドレスは、古くからの言い伝えとして残っているらしい。どんなドレスなんだろうか、という興味は止まらなかった。

 しかし、そのオーディションは二人一組が条件。伝説のドレスを着たのは、二人組だったというのも関係しているそうだ。

 ……だとすると、私は美空と組むことになるのかな、と思ってた。『その時』が来るまでは。

 

 その後、美空(みそら)から伝えられた言葉。それは、夕凪とは組めない、ということ。

 私の不思議な力らしきものに問題視してるらしい。

 それにちょうどよかったし、海来(みらい)と組んでみるのも悪くない、と言い出したのだ。

 期待を砕かれた私は、美空と言い争いをしてしまい、しばらく口を利いていなかった。

(なんかこうして黄昏るの、いつ以来かしら……)

 歌うことを捨てたあの日とは景色は違うし、空色も違うけどね。

 

「夕凪……?」

 

 振り向くと、海来が半袖短パンのレッスン服で立っていた。

 動きやすくするためか、それか暑いからか、海来は茶色の髪をポニーテールにしていた。

 

「どうしたの、ぼんやりと空なんか見ちゃってさ」

「ン……。美空がさ、なんてね」

「ああ、私とやりたい、とかいう話で?」

「そうそう」

「んー……。私はそれでもいいかなー、なんて思ってたけど、夕凪のことを考えたら、二つ返事では出来なくってさ。

 まあ、そうなることを前提でレッスンはしてるけど、どうにも気が入らなくってさ。それで私もここに来たってわけ」

「へっ……?」

 

 黒色の瞳がどこまでも広がる青い海を、私の隣に座りながら見ていた。

 

「――だって、わかってしまうもの。美空の本心は、夕凪なんだって。

 私は別に、美空と組んでもいいけど、片方がその気じゃないなら、歯車が噛み合わない気がするの」

「海来……」

「出ちゃえば、夕凪。美空と組んで」

「でも、美空は私を……」

「やれやれだわ」

 

 海来は私の手を握って、立ち上がらせた。

 

「海来、何を!?」

「何をって。美空のところへ連れて行く! 拒否権なんてない!」

「えーっ!?」

 

 ……とまあ、海来がおせっかいを『返して』きて、私は美空とユニットを組んで、伝説のドレスオーディションに参加することに。

 あとで海来に聞いたら、お姉ちゃんと仲直りできたのは、夕凪たちのおかげだし、と言ってた。

 全く……。情けは人のためならず、っていうことかしらね。

 そして、オーディションの結果、私と美空は、S4と同じステージに立つことが出来てしまった。

 その時、他のS4とも出会ったんだけど、美空が気になることを言っていた。

 

奏葉(かなは)先輩は、傷ついた海鳥。でも自然治癒で治るレベルの、だけどね。

 千歳(ちとせ)先輩も同じイメージが見えたんだけど、こっちは深刻。何か悩み事でもあるのかもしれない。

 あと、望海(のぞみ)先輩のイメージは、どこまでも飛んでいけそうな渡り鳥。……渡り鳥だから、いつかは……なんてね』

 

 美空の目には、S4の面々が様々な種類の鳥に見えたらしい。……涼風様のイメージだけは、教えてくれなかったけど。

 

 -☆-★-☆-

 

「……と、まあ、あのステージの裏側にはそんなことがありまして」

「なるほどねー。そういうことがあったわけかー。……あの時、少し泣いてたよね、ユウちゃん。

 あれは嬉し泣きなのか、感極まったのか、どっちだと自分では思う?」

「両方があったと思います。自分でもどうしてあの時、涙を流したのかはわからないですけど」

 

 私のセリフを聞いた後、涼風様はソフトクリームの包み紙を近くのくずかごに投げ捨てた。

 どうやら、ソフトクリームのウエハース部分まで食い尽くしたらしい。

 

「さてっと。――あ、もしもし」

 

 そして、涼風様は立ち上がって、アイカツモバイルで何処かに電話していた。

 

「ええ、すいません。急な用事ができまして……。はい――」

 

 予定があったのか、涼風様の口から謝罪の言葉が次々と飛び出す。

 あまり聞いたことが無いせいで、涼風様でも謝ることがあるんだなあ、と感心してしまった。

 

「一生分、謝った気がする」

「あの……涼風様……?」

「――このまま、デートに流れ込むよ、夕凪!」

「えっ? はっ? えっ?」

「せっかく、夕凪といるんだし、もう少し一緒にいたいなって思ってさ! 今日の予定、ぜ~んぶ断ってきちゃった!」

 

 思いっきり良すぎるでしょ、涼風様!?

 というか、真面目な話をするわけでもないのに、私のことを呼び捨てにしてませんか、いいのかしら!?

 

「さあ、夏はこれからだゾ、夕凪! なにをする? どこに行く? アタシはどっちでもいいよ!」

「涼風様、何を!?」

 

 涼風様が目を輝かせて言うものだから、混乱してしまう私。

 

「――んー、そうだ! お金はアタシが出すから、空いているプールのあるアミューズメントパークに行こうか!」

「は、はい、そ、それはいいですけど……。えーっと、予定は……」

 

 アイカツモバイルのスケジュール帳を見ると私の予定が全て空いている!? なんで!?

 

「ああ。さっきの電話ね、アタシの予定は自分で消して、夕凪の予定は結依(ゆい)ちゃんに頼んで消してもらったゾ!」

 

 えっ、私に断りもなく!? ……って、えっ、結依ちゃんって、先生ですよね!? なんでちゃん付けなんです!?

 ちなみに私が自分の予定が消えていることを確認できたのは、ネットワーク上で予定を同期しているからである。

 

「はぁ………。わかりました……」

 

 涼風様、名前とは違って暴風なことをしてくれますね……。

 

「ン? どったの、夕凪?」

「いえ、なんでもないです……」

 

 諦めの表情を見せた私を、満面の笑みを浮かべながら、引っ張っていく涼風様。

 ――そう言えば、私が翼を折ってしまった時も、こんな感じで引っ張って、別の翼をくれたのは、この人だった……。

 そんなことを思い返しながら、私は涼風様に振り回されていた。

 でも、自然と嫌な感じはなかった。

 自分が楽しみたい、私も楽しませたい。

 涼風様はそう思っているように見えたのだ。




「小鳥たちは大空を目指して」はこれで終わりです。
次回更新からは雰囲気を大きく変えたストーリーになると思います。


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