乙女ゲームの破滅フラグしかない悪役令嬢に転生してしまった2周目に転生してしまった… (蒼樹物書)
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【1】

「「「「「「「「カタリナ攻略RTA、はぁじまぁるよー」」」」」」」」


 「医者を呼べ―!!」

 「カタリナ様、聞こえてますか!?」

 

 額を血の赤に染めた、『彼女』が仰向けに倒れている。

 紺色のドレスに身を包んだ幼い少女。それを囲むように執事やメイド、そして僕が見下ろしている。

 メイドは一際大きな声で『彼女』の名を呼び続け、かなり混乱しているようだ。同じように僕も混乱していた。

 

 ――これは、二度目だ。

 

 「どうして」

 

 愕然としながらも記憶を辿る。

 昨日は卒業式だったはずだ。親友のニコルに在校生代表として挨拶を交わして、それから友人兼恋敵達と楽しいひと時を過ごして――。

 

 そこまでだ。そこから先の記憶は欠落し、今の状況に直結している。

 自身の手が記憶より遥かに小さい。『彼女』と同じだ。僕も、幼くなっている。

 

 「――ッッッ!!?」

 

 がばり、と『彼女』は突然身体を起こす。それに驚く執事たちを尻目に、僕は『彼女』の背に腕を回す。

 

 このまますぐ、倒れるはずだから。

 果たして、予想通り『彼女』は再び意識を失って僕の腕に体重を預ける。その温もりに愛おしさが溢れてくる。

 必ず我がモノとしたい。誰にも渡したくない。

 時を超え、幼い日に戻った今もこの想いは変わらない。

 

 むしろ、より燃え上がった。

 

 今度こそ。否、まだ、最後の記憶の時『彼女』を失った訳ではない。あのままならば『彼女』を手に入れたのは、婚約者たる僕だったはずだ。

 これが夢や幻でないのだとすれば。

 幸運に感謝しよう。もう一度『彼女』と同じ時を歩める。もっと『彼女』との時間を重ねられる。

 

 「カタリナ……」

 

 愛おしいカタリナ。

 今度も、必ず。否、もっと、確実に。

 

 僕のモノにしてみせる。

 

 

 一人、城の自室で机に向かい続けていたがペンを置く。もう、こんな時間か。大きく取られた窓の外は、すっかり夜の帳を下ろしてしまっている。

 あれから数日間。確認し得る全てを確認していった。

 

 まず自身の事。

 僕の名はジオルド・スティアート。王国第三王子であり、魔法の属性は火。

 家族構成から自国の歴史などなど調べに調べても僕の知っている事と相違ない。

 弟のアラン、第四王子である彼にもそれとなくこの異変について確認してみたがどうも僕だけが二回目らしい。

 カタリナを心配する体を取って……本心だが、調べてみるがやはり人が変わっているように様子が違うようだ。

 

 王家の者として人の秘密を見透かすことも、自身の秘密を隠す事も得意だ。

 さらに前回まだ若かったとはいえ二回目の人生、自身のことを秘めつつ探るのは簡単だった。

 

 理由は不明だが、あの日に戻っていた。

 カタリナと出会い、灰色の人生が彩を得たあの日に戻っていたのだ。

 

 最初は額の傷の責任を取るという名目で、言い寄る面倒な女どもの風除けとして使い捨てるはずだった彼女。

 なのにあの日を境に突然人が変わったように控え目に、なのに型破りに。

 

 ――しらない。僕はこんな人間を、知らない。

 

 天才と幼い頃から大人達に称えられ、どんな難しいとされる課題もどうして難しいとされるのかも理解できなかった。

 こんなに簡単なことが分からない人間が、どうしようもなくグズでつまらないモノにしか映らない。灰色の世界。このまま僕もつまらない灰色に呑まれてしまうのだろう。

 

 そう、思っていた。

 

 最初は頭を打っておかしくなったのだと思ったが。

 地位だけの馬鹿女、その相場通り彼女は我儘で傲慢だったはずだ。なのに、突然自身の非を認め、真の淑女のように控え目になって。

 かと思えばいきなり畑を耕し始め土に汚れた頬をそのままに、太陽のように笑うのだ。

 僕の知っている世界を破壊し光を差してくれた彼女。

 僕の世界は、極彩に照らされた。

 

 「必ず、また」

 

 手に入れる。

 その為にも状況を確認した後整理、今後の方針を策定する。

 王家の、それも次期国王として可能性のある男子として当然の心得。自身の有利となる道筋を固め、すべき行動を取捨選択していく。

 

 まず前回の状況から。

 周囲の恋敵達に比べ有利であったはずだ。僕はカタリナの婚約者であり、あのまま数年もかからず結婚となっているだろう。

 そういう意味では二回目であるこの状況はあまり歓迎できる事ではないが、もう一度彼女との時間を重ねられることを幸運と思うことにする。

 あの事件を回避することもできるし、ね。

 

 では続いて今後の方針。

 基本は前回と同じでいい。彼女を傷モノにしたという口実の下に婚約。後は余計な虫がつかないようにして、学園卒業まで守り切れば僕の勝利だ。

 卒業後はすぐに結婚してしまえば名実共に僕のモノ。楽勝だ。天才の僕に間違いはない。

 

 なんだ、本当に楽勝じゃないか。

 神に感謝する。

 再び幼少の時を共に過ごし、大人になった彼女と結ばれる。日に日に魅力を増していくカタリナと、また共に在れる。

 なんと幸運なことだろう。なんと幸福なことだろう。

 

 「……愛していますよ、カタリナ」

 

 明日は、クラエス公爵邸を訪ねる約束を取っている。

 カタリナが傷を負ったあの日から数日が経ち、見舞いの名目で訪れるのだ。

 前回の記憶を持つ僕は気を失った彼女にずっと付き添っていたかったが、むしろ迷惑となるので控えて状況の確認をすることにしたが。

 

 一回目の僕はあの傷を理由として、彼女を都合よく使う為に婚約を申し出たが今度は違う。

 今度こそ、僕は本気の婚約を申し込む。

 

 彩をくれた君に。

 

 

 「カタリナお嬢様は気分が優れないようですので、お引き取り下さい」

 「……」

 

 門前払いだった。

 クラエス公爵邸の門前、小柄な姿。

 メイド服に身を包んだ金髪の少女は笑みを満面に、帰れと言い放ってきた。

 

 ウェーブのかかったショートヘア。身分が天と地ほど違う相手に一応柔らかな笑みを浮かべてはいるが、隙間から覗いた碧眼は妙に冷たい。否、宿敵を射すくめんとばかりに鋭い。

 隣にいた黒髪のメイドが慌てて頭を下げ、無理矢理に金髪の少女にも頭を下げさせる。

 

 「も、申し訳ございません! 新人が大変失礼なことを!!」

 

 カタリナ付きのメイドが涙目で釈明するにはこうだ。

 

 突然、公爵邸に訪れた平民の少女。身元も明らかではない少女は、三日三晩も一睡もせず門前に留まりここでの奉公を願い続けた。

 リハビリの為、庭を散歩していたカタリナがそれを憐れみ雇い入れたのだという。

 少女はとても努力家で、何よりカタリナに並々ならぬ愛情を以って奉仕したという。

 その働きを周囲も認め始め、これまでのカタリナ付きのメイドと共に見習いとして来賓の応対にも出向かせたというのに。

 

 「……」

 「……」

 「申し訳ございません! 申し訳ございませんッ!!」

 

 敵を見る目だった。

 一応王子だぞ僕。平民のメイドがしていい目じゃないよね?

 

 というか、どこか見覚えがある。幼いせいか最初は気づかなかったが。

 

 柔らかな少女然としている癖に泥臭く芯の強い在り方。カタリナと出会う前ならば、心を奪われていたかもしれない。

 僕は今回『まだ』会ったことのない彼女を良く知っている。

 状況と、彼女が幼くメイド服であるという異常からその可能性に思い至らなかったのだ。

 

 「……君、名前は?」

 

 努めて、王家の僕に失礼を働いた平民のメイドに向けて声をかける。

 頼む、怯えて竦んで無礼を詫びてくれ。カタリナと同性でありながら最大の恋敵であった彼女。

 そうではないと言ってくれ。

 神よ。

 

 「マリア・キャンベルと申します。ジオルド王子」

 

 神は死んだ。否、くたばれ。




というわけで始まりました始めちゃいました。
腹黒主人公な感じですが真主人公がそんなこと許しません。カタリナ様をおしたおしたい。

だいぶ間が空きましたがそこらは活動報告にて。とりあえずカタリナ様可愛い。


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【2】

 何時ものように、誰の為でもないお菓子を焼いていた時だった。

 

 「……カタリナ、様……」

 

 見慣れた、古ぼけたオーブンの前で立ち尽くしながらその名前を口にする。

 『今』知っているはずのない、名前。

 

 「カタリナ様……」

 

 ああ。

 声にする度、心が震える。温かくなる。

 つい先ほどまで冷え切っていたはずの心が、ぽかぽかと温もりを感じている。もっと、もっとそれを感じたくて。

 

 「カタリナ様、カタリナ様……っ」

 

 言葉にする程愛おしさが溢れてくる。慕う心が心音を跳ね上げていく。思い出した。

 光の魔法に目覚めたことで父に捨てられ、母とも疎遠となり独りぼっちになった私。義務から魔法学園に入学した私は、そこで彼女と出会ったのだ。運命の出会い。

 

 ……あの時、私は全てを諦めていた。

 学園に入ったのも義務感や今後の進路を明るい物にすれば、愛する母に楽をさせてあげられるという考えだけ。

 だから私は、友達との楽しい学園生活なんてものを期待しなかった。ただの足掛かりと思っていた。

 実際たまたま魔法に目覚めた平民に対する貴族の方々の目は冷たかったし、理不尽や不平等は当たり前だった。

 

 唯一、成績上位者が選ばれる生徒会の方達……地位も高い方々は教養に秀でている為か、そうした虚栄心を満たす為だけの行為はしなかったが。

 それでもやはり、貴族社会において『使える』相手でなければ積極的に関わることもない。ただの平民相手に時間を使うほど暇ではない。

 淡々と、それぞれが仕事をこなしていく。私もその方が楽だった。このまま日々をやり過ごし、消費していくだけだと。

 

 諦めていたのだ。

 

 「――カタリナ様!!」

 

 諦めて、いたのに。

 あの方が現れた。

 

 

 成績上位者のみで構成される生徒会に出入りする異例の女生徒。公爵家の娘でジオルド様の婚約者。初めは、特権を振り回すありきたりの貴族令嬢だと思っていた。

 とはいえ、平民の私が邪険にする訳にもいかない。だから会長の淹れたお茶を飲む彼女にお菓子をご用意する内に。

 

 惹かれた。

 

 天真爛漫とはこういう人を言うのだろう。

 無邪気に私の出したお菓子を頬張り、今度は私の手作りお菓子を食べたいという。その言葉には打算も何も感じられず、純粋な好意だけを叩きつけられる。

 ……それでも、また裏切られるのではと迷いながらも。何時もより、丁寧に作ったお菓子を用意して。

 

 『光の魔力を持っているというだけでチヤホヤされて……!』

 『こんな平民が作った貧相なものを生徒会の方々に食べさせようなんて、不相応にも程があるわ!!』

 

 何時ものように向けられる悪意。嫉妬……ああ、やっぱり。時折私を目障りそうにしていた女生徒達に囲まれ、私はただ言われるがままでしかいなかった。

 私なんかが、望んじゃいけないんだ。また、失うだけだった。

 

 お菓子が入った籠が叩き下ろされ、踏みにじられそうになる。

 

 『――やめなさい!!』

 

 颯爽と現れたその背中。私を囲み、叩き潰そうとする悪意を遮るその背中。

 いつもの、お茶とお菓子を美味しそうに楽しむだけの普段からは想像もできない程の鋭い声。背に守られているはずの私すら、身が竦みそうになる。

 

 『あなた達、一体何をしているの!?』

 

 怒気をはらんだ声に、貴族の少女達が蜘蛛の子を散らすように退散していく。私は突然の出来事に呆然としていた。

 ……たすけ、られた?

 

 その事実を受け止める前に、地に落ちたお菓子の前に腰を下ろすカタリナ様。

 躊躇なくお菓子を食べ始めるカタリナ様。

 それはもう美味しそうにぱくぱく、多めに作っておいたお菓子を完食するカタリナ様。

 カタリナ様?

 

 混乱した。

 

 え、カタリナ様は公爵家のご令嬢ですよね? 平民の私とはいえその高貴さは知っているつもりだ。貴族の中でもトップクラス、王家との婚姻も許されるお立場。雲の上の人。

 なんで拾い食いしてるのこの人。

 混乱し困惑する私に、カタリナ様は何一つ偽りはないとばかりに美味しかったと言ってくれた。

 

 ――私にとってお菓子作りは数少ない趣味だ。なんの価値もない平民で、皆に避けられ忌み嫌われる私の。

 生徒会に日々贈られる、高級シェフ達が作る豪華なお菓子に比べて地味で平凡で貧しい私のお菓子。

 だからそんな私の、趣味の産物がこの高貴なお方に認められるはずがないのに。

 

 『……ありがとうございます』

 

 ただ、お礼を言うことしかできなかった。

 久しぶりに、笑った気がした。

 

 

 

 それから貴族令嬢達の嫌がらせは加速し過激化していったが、そんなものは耐えられた。

 カタリナ様に手作りのお菓子をお出しする。カタリナ様の課題をお手伝いする。

 そんな日々が、どんなに冷たく心を刺す悪意も溶かしてくれた。

 

 なのに。

 

 『平民のくせに!』

 『魔力が特別だから贔屓されたに決まっているわ!』

 

 痛い。急所に突き立てられる、氷柱のように冷たい悪意の言葉。いたい。いたい。耐えられる。カタリナ様さえいてくれれば、こんな言葉。そのはずなのに。

 

 頑張っているのに。

 

 スタートラインから劣っている私は、授業についていくのに他の人より勉強するしかない。授業中に理解し切れなかったことを復習し、明日の為に予習を出来る限りしていく。

 睡魔に負けるぎりぎりまで続ける。続けていかなければならない。疎遠になったとはいえ、たった一人残った家族である母の為にも。

 

 彼女達が言うように贔屓があったのならば、どれほど楽だったことか。

 

 努力を義務としている私に、遊び回っているだけの彼女達の言葉は何より心を刺した。

 わたし、がんばっているのに。

 結局、理解されない。私の努力に価値なんて――。

 

 そして。再び。

 

 カタリナ様……。

 貴族令嬢達の前に立ち塞がってくださるカタリナ様が、彼女達に反論し始める。

 

 この学園は公爵家の娘である自身にすら贔屓しない平等であり、私の成績は実力に依る物であることを。

 一生懸命に努力する私を認めてくれているからこそ、生徒会の方々も一緒にいてくださることも。

 

 私を、私のしてきたことを見ていてくれた。私の努力を認めてくれた。

 それを否定する貴族令嬢達を、否定してくれた。ありもしない贔屓を想像して妬み、ただ悪意を向けるだけの彼女達には『破滅』が待っていると。

 

 ……気づけば、ぽろぽろと涙が溢れていた。

 止まらない。止められるはずがない。

 

 困惑し、慰めてくださるカタリナ様の為に止めたくても止まらなかった。

 嬉しかったから。

 こんなにも嬉しいことがあるなんて、想像もしなかった。この方に認められて、この世界に在れることがこんなにも嬉しいことだなんて知らなかった。

 

 初めから何の期待もしていなかったはずの学園生活。

 ――平民の、たまたま資格を得て紛れ込んだ女の子が。

 王子様や高貴で華麗な殿方との運命的な出会いをして、恋をする。乙女が夢見るそんな物語はなかったけれど。

 

 こんなにも素敵な運命の出会いがあった。

 

 

 ……思い出した。

 そうとしか言えない。八歳の私が経験しているはずのない、十五歳の時の記憶を思い出したのだ。魔法学園、生徒会、夏休み、あの事件、卒業式。そして、カタリナ様のことを。

 

 なんで? どうして? と思う前に身体が動いていた。

 家にある僅かな私物や着替え、日持ちする食べ物を搔き集める。目指す場所までは馬車でなら日帰りだが、お金はないのだからこの短い手足で駆けていくしかない。

 それがどれほど難しいことかは考えが至らなかった。逢いたい。ただ逢いたかった。

 

 今は家を空けている母に置手紙を残す。

 

 大切な人に逢いに行きます。決して家出ではありませんのでご心配なく。また連絡します。愛してます。以上。

 

 たぶん、いや絶対混乱すると思うから次の連絡はできるだけ早めにしよう。

 搔き集めた物を古ぼけたリュックサックに詰め込んで背負う。

 小さくなった私の身体に一瞬、違和感を感じるがそんなものに構わず駆け出す。

 見慣れた田舎町、そこから飛び出して。

 カタリナ様に逢いたい一心で。

 

 

 

 それから。

 八歳の女の子がたった一人で、どうやって田舎町から公爵邸に辿り着いたのかはよく覚えていないが私は成し遂げた。

 門前では物乞いと思われ最初は相手にされなかったが、ただひたすらクラエス家での奉公を願い続けた。

 ただの平民の少女である私が、カタリナ様にお会いするにはこれしか思いつかなかった。十五歳になれば『前』のように魔法学園でお逢いできるのだが、我慢できるわけがない。

 しかしそんな身元の知れない者を、それも公爵家が簡単に招き入れるはずがない。

 

 だから、ひたすらに願い続けた。

 朝から晩まで、ずっと門前で。夜が更けても立ち続ける。迷惑かと思わなくもなかったが、こちらにも譲れないものがあった。

 

 意識が朦朧としながらも我慢比べを続けていると、困った門番に呼ばれた短髪のメイド……アンさんから事情を聴かれた。

 流石に『前』の話をするわけにはいかなかったので、立派な公爵家であるクラエス家にお仕えしたいということにする。

 クラエス家についてはある程度知識はあったし、それに加え光の魔法を発現していることもしっかりアピールする。自分に並べられる武器を全て晒し、彼女の許に至る為に全てを差し出す。

 

 アンさんは終始厳しそうな眼……主人を守る為の、品定めの為のそれを向けていたが。

 最後にはリハビリの名目で、私に目が届く所までカタリナ様を連れ出してくれた。

 ボロボロになっていた私にカタリナ様はすぐ気づき、今すぐ家に入れてやれと言って下さった。

 

 全てアンさんの算段だ。

 お風呂と食事、そして温かい寝床を与えられて。その後はアンさんに付いて見習いとしてお屋敷で働くことを許された。

 

 「マリアさん、よろしくね!」

 「……よろしくお願いします、カタリナ様」

 

 新人の見習いメイドである私に、まるで新しい友達のように接してくださるカタリナ様。まだ私と同じく八歳、幼いながらも十五歳の頃の面影がある。

 ともすれば気が強く意地悪に見える吊り上がった目尻と鋭い眼、しかし人懐っこい笑顔がそれをアンバランスな魅力にしている。

 幼くも、間違いなくカタリナ様だ。

 

 逢いたかった。

 泣き崩れ、抱きしめたくなる衝動を必死に我慢する。今の私はカタリナ様に仕えるメイド。かつてのように級友の間柄ではない。

 それでも今この時を一緒に過ごせることが嬉しい。ジオルド様やメアリ様達は、彼女と幼馴染だったから。

 カタリナ様はそんなことで贔屓したりはしないけれど、やはり昔話が一緒にできないのは少し寂しかったのだ。

 

 「同い年なのね、嬉しいっ。仲良くしてね!」

 「はいっ……嬉しい、です……」

 

 あ、ダメだ。

 ぽろり、と溢れてからは止まらなかった。ぽろぽろと零れていく涙を止めることができない。

 カタリナ様が何か悪いことをしたかと心配して下さる。違うのです。嬉しいのです。とても、とても。貴女と同じ時を、『今』からまた始められることがこんなにも嬉しいのです。

 

 今、この状況がどうしてもたらされたのかは理解できない。

 これから、一体どうなるのかはわからない。

 

 けれど。

 誠心誠意、尽くそう。今はカタリナ様のメイドとして。

 

 

 

 メイドとして働き始め。最初にしたのはカタリナ様の額に出来た傷痕を癒して差し上げることだった。

 光の魔力は癒しの力、傷や病気を治す。田舎町では不気味だと周囲から厭われたこの力が、カタリナ様をお助けできることが嬉しかった。

 

 ――痛々しい、出来たばかりの傷痕は光の魔法により綺麗さっぱり消えた。

 

 幼い女の子が魔法をこれほど使いこなせることは異例であるようで、周囲の大人達は大騒ぎしていたが感謝してくれるカタリナ様の愛らしさに呆けて耳に入ってこなかった。

 

 

 

 ああ、そういえばカタリナ様とジオルド様の婚約のきっかけは確か……思い出したのは、それからだいぶ後のことだ。




マリアの実家はクラエス邸から馬車で日帰りの距離、馬車を時速10km/h程度と想定して20~30km程の距離と想定しています(夏休みのマリア家訪問の描写から)
成人の徒歩が時速4km/hとして子供で3km/hくらいと想定。つまり10時間くらいの距離ということですね。
8才のマリアちゃんは10時間くらい駆け抜けた後三日三晩カタリナ邸の門で待ち続けました。
なにそれこわい。


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【3】

 「ではこれより、第一回カタリナ・クラエス破滅エンド回避の為の作戦会議を開幕します」

 

 議長……私の開幕宣言により会議が始まる。

 この会議の参加者は私、私、私、私、私の五名だ。要は脳内会議だ。

 

 ――頭を強く打ったことで前世の記憶を思い出した。

 きゅうりを咥えたまま交通事故に遭った日本人学生の私は、乙女ゲームFORTUNE LOVERの世界に転生してしまった。

 夢であって欲しいと願いながらも状況を整理し調べていくが、そうとしか思えなかった。

 しかも転生先はゲームの意地悪なライバルキャラ、カタリナ・クラエス。ハッピーエンドでもバッドエンドでも大体死ぬか国外追放という、破滅フラグしかない悪役令嬢だ。

 

 嘘でしょ。

 死んだ上に、次の輪廻が破滅を待つだけの身だなんて。

 混乱して何も考えずに受け答えしたせいで、腹黒王子……ジオルドからの婚約も受けてしまった。非情に不味い。完全に原作通りの展開だ。

 というわけで緊急会議だ。

 

 「何か良い案のある方はいらっしゃいますか?」

 「はい」

 「ではカタリナ・クラエスさんどうぞ」

 

 私が問いかけ私が手を挙げ私が許可する。脳内会議だから。

 発言を許可された私が婚約破棄を提言してくる。そうよね、婚約の発端となったのは額の傷痕だ。しかし傷痕は既に消えている。

 

 事の始まりとなった怪我から数日後、我が家のメイドとして働き始めたマリア。

 平民では稀な魔法を発現しており、しかも属性は超レアな光。癒しの力を持つ光の魔法で、あっという間に額の傷痕を消してくれた。

 一生残るかもしれない傷痕すら完治させる力……その希少性も頷ける。

 しかもマリア超いい子。勤め始めてすぐなのに、私のことを全て知っているかの如く奉仕してくれる。

 手作りのお菓子も素朴なのにとっても美味しくて、食べ過ぎてアンに怒られてしまうくらいだ。

 

 しかし。

 

 「ジオルドの方から申し出てきた婚約で、こんなにも家族も喜んでいる状況でそんなことできると思いますか?」

 

 ……確かに。ジオルド・スティアートは王家の第三王子。公爵家とはいえ、簡単に婚約を断れるはずがない。

 それに王家との婚約ということで、母を含め周囲は祝福モード。婚約を破棄することは難しいだろう。

 破滅を避ける為、学園へ入学しないことやそもそも主人公を虐める悪役令嬢にならなければ、という案も出るが確実ではない。

 

 あ、そういえばFOTUNE LOVERの主人公もマリア・キャンベルという名前だったわね。すごい偶然だわ。

 超レアな光魔法の発現者という所まで一緒だけれど、主人公が悪役令嬢の所でメイドしてたなんてありえないから偶然に決まっているけれど。

 

 紛糾する会議だが、とにかく目の前のフラグを回避する為の方針を立てる。

 剣の腕と魔力を磨くこと。まず剣で殺されないようにし、国外に追放されても生計を立てられるようにするのだ。

 FORTUNE LOVERのカタリナはジオルドを追いかけてばかりでろくに勉強もしなかったのだ、今から頑張れば何とかなるはず。

 

 

 

 それから方針に従い剣を学び、魔力を高める為土と対話する。つまり畑を作る。アンやマリアは良く分かっていないようだったが、祖母の教えが間違っているはずがない。

 作業着に頭巾で、鍬を地面に突き立てる。ざっくざっくざっく。土の声が聞こえる。これが土との対話……!

 

 「お待ちください!」

 「カタリナお嬢様は気分が優れないようですので……」

 「マリアぁッ!?」

 

 門の方が騒がしい。アンが悲鳴のような大声を上げている。何か争っているようだ。

 

 「……これはこれは。畑を耕している気分が優れないご令嬢がいらっしゃるようですね」

 

 天使の笑みを浮かべた、腹黒ドS王子が現れた。

 後ろからお待ちくださいと懇願しながら追いすがるアン、身分のことさえなければ今すぐ物理的に噛みつきそうなマリア。誰にでも優しい聖女のような彼女が、あんなにも敵意を露わにするのを初めてみたなぁ、と思っていると。

 

 「本日は婚約の件で正式な挨拶に参りました。私との婚約、お受け頂けますか?」

 

 ジオルドが片膝を付き、幼いながらも堂に入った動作で掌を差し出す。金髪碧眼、美麗で完璧超人のような男子に求婚される。乙女ならば誰もが即応してしまいそうな状況に、手を伸ばしかける。

 

 「……奥様、お気をしっかり。カタリナ様が王妃候補になってしまいますよ?」

 「――っ!? そんなの無理だわ無理よ無理!?」

 

 三回言った。作業着を着て畑で王子の求婚を受けそうになっている娘に対して、三回言った。

 お母様に囁いたのはマリア。

 魔力の鍛錬中に突然現れたジオルドに自失となっていたお母様はその一言で覚醒し、娘を全力否定した。お母様? 私も傷つくんですよ? 王妃が務まるわけないということは同意ですが。

 

 「額の傷痕も私の魔法で完治しておりますので、ジオルド様がお気に病まれる必要もないかと存じます」

 「……いえ、傷物にしたという事実こそが重要なのです。『偶然』光の魔力を持つ貴女がここにいなければ、どうなっていたか」

 「私はここにおりますので。王子は何か焦っておられるようで」

 

 こわい。

 私を背にしてジオルドと対峙するマリア。互いに笑顔でいるのだが、周囲の従者達が口も挟めぬほど怯えている。

 破滅フラグを避けたい私からすれば、婚約破棄に味方してくれているマリアを応援したいのだが何故かそれも心が痛む。

 ジオルドと私はほとんど初対面のはずだ。だから望みである婚約の障害に対し、焦った顔を見せる彼。それに胸を締め付けられる必要はない。彼は私を破滅に導く悪魔のはずだ。

 

 「あの、とりあえずお返事に時間を頂けませんでしょうか……?」

 

 ばちばちと火花を散らすように向かい合う王子とメイドに、そう提案する。状況は私の処理能力を超えている。

 けれども、二人が争う状況に耐え切れない。

 提案に、お母様も乗ってくれる。断れるはずがないと判断しつつも、作業着で王家の求婚を受けるという事態は避けられる利を認めたらしい。

 

 「……いいでしょう。君、ちょっといいかな」

 「はい。失礼いたします、カタリナ様」

 

 不承不承ながら、といった感のジオルドが踵を返す。去り際にマリアに声をかけ、それに彼女も望むばかりと応じてその後を付いていく。

 まさか、マリアのことを罰するつもりじゃ……!?

 

 「あっ、あの、ジオルド様!」

 「なんでしょう、カタリナ様」

 「――うちのメイドが無礼をしました。けれども、マリアは私のメイドです。どうか」

 「……わかっています」

 

 大きく頭を下げ願い出る私に一瞬、ジオルドは苦虫を口いっぱいに噛み潰したように表情を歪める。

 まだ勤めて数日のマリア。しかし彼女は私に、クラエス家に精一杯尽くしてくれている。優しくて努力家の彼女が、何故ジオルドにこれほど激しい態度を見せるのか分からないけれど。

 彼女は見習いとはいえ私付きのメイドだ。主従という制度には未だ慣れないけれども。

 

 私は彼女の奉仕に対して、返すべきものがあることは知っている。

 

 聡明なジオルドはその一言で察してくれたようだ。従者の無礼は主の責任。責を負うにしても、従者の受ける罰は主が決定する。例え、主従揃って吊るされることになろうと。

 ……破滅フラグを避けたいはずだったのに。

 でも、マリアの為ならそれでもいいと思った。

 

 

 「……君、二周目ですよね?」

 

 クラエス邸を離れ、お付きの従者達を払い二人きり。何故かメイドになっていたマリア・キャンベルへ、一言目で告げる。

 何の障害もないはずの、二回目の人生。カタリナとより幸せな日々を過ごせるはずの今生に現れた、最大の衝撃。

 

 ――マリア・キャンベル。

 

 魔法学園に入学した平民の少女。多くは貴族が目覚める魔法に覚醒したという異例。しかも希少な光魔法適正という異例尽くめだ。

 ……物覚え付いた頃から単純で、理解し得ないことの無いつまらない世界。そんな中に在って目を引き得る存在だ。カタリナと、出逢う前ならば。

 

 僕は、もう出逢ってしまっていた。

 

 だから、彼女は惹かれる相手ではなく。

 恋敵。

 十五歳になり魔法学園に入学して。そこで『前回』僕らは彼女と出会った。

 道に迷ったから、木に登り周囲を確認しようとした彼女。ああ、カタリナみたいだなと思った。それくらいで気にも留めなかったが。

 

 いつの間にか、彼女はカタリナに誑かされていた。

 生徒会で接点を得ていたようだが、どうも僕の婚約者は関わる人間全てを誑かさないと気が済まないらしい。平民ということで虐められていたところをカタリナが助けたらしく、それで墜ちたようだ。

 彼女はカタリナを慕うようになり『あの事件』の時、欠かせない程の力となってくれた。妻となるカタリナに、心強い友人が出来たことは喜ばしいはずだが。

 

 マリア・キャンベルは、恋敵だ。

 

 恋敵と断ずるのは、直感という他ない。天才と持てはやされる僕がそんなものに振り回されるはずがないなのに。

 けれども。それは確信だった。彼女は、マリア・キャンベルは最大の恋敵だ。カタリナと同性であることなど問題ではない。

 法、国……例え『世界』が相手であろうとカタリナの為なら戦える。マリア・キャンベルはそういう相手だ。

 

 だから、すぐに分かった。彼女が僕と同じく二周目であることも。

 

 「え、えっと……」

 「『あの事件』を、回避する為に君の力を借りたい」

 「……っ!」

 

 彼女は恋敵ではあるが、カタリナの為という点においては頼もしい味方だ。

 だから、この言葉を選んだ。

 

 「ジオルド様も、ですか」

 「はい、二周目です。だがカタリナにあんな目には、二度と遭って欲しくない」

 

 マリアも今の状況……二周目という今に困惑し、助けを望んでいる。そして、今の状況だからこそ出来ること。カタリナの為に出来ることを模索している。

 互いに最大の恋敵と認識し合ってはいるが、カタリナの力になりたいという願いは同じだ。

 『あの事件』。生徒会長に依るあれを回避したいというのは、僕らの願いだろう。何とか解決したとはいえ、死に向かい眠り続けるカタリナ。

 

 ……あんなものは、二度と見たくない。

 ならば、光の魔力を持つマリア・キャンベルの力は必要だ。闇の魔力、そのカウンターとして機能する彼女の力が。

 既に『彼』について調査の手を伸ばしてはいるが……生贄の儀は、成された後だったようだ。

 王子としての権力、僅か八歳の身ではもどかしい程のそれでは手を打ち切れない。

 現状『あの事件』を完全に回避するのは難しい。また、あの最悪の絶望を味わうことになるかもしれない。

 

 ――僕も、マリアも既に味わっている。

 

 「私も、カタリナ様をお慕いしております」

 「僕もだ」

 

 カタリナの為。その為に僕らは共闘できる。それを確認して、今後を話し合う。

 

 ……『あの事件』を回避することを第一目標として協力する。僕は王族としての力を遠慮なく振るい『彼』の動向を探り、マリアはカタリナの傍に寄り添い身を守る。

 僕だけでなくマリアも二周目……前回の記憶を持っていることから、他にも同じ人間がいる可能性がある。用心は必要だ。

 危害を加える可能性がある相手以外にも、警戒が必要な相手は沢山いる。何しろ僕の婚約者は人を誑かすことに置いては世界一だから。

 

 「とりあえず、婚約のお返事はしばらく待つことにします」

 「カタリナ様のお茶会デビューは、出来る限り先延ばし致しますね」

 

 勤勉で賢い彼女は、僕の意をすぐに理解してくれた。カタリナと出逢う『前』のことも沢山聞いていたマリアは『今』の状況を理解している。

 ――『あの事件』対策はする。それはそれとして、恋敵の参戦は遅いほど良い。

 

 カタリナが婚約しなければ、代わりにクラエス家後継ぎとなるキース・クラエスは養子になることはない。つまりキースはカタリナと出逢うことはない。

 それを決められるのは僕の立場あればこそだ。返事をもらうのを保留しても、権力を盾にいつでも婚約を押し通せる。王族万歳。

 カタリナ初めてのお茶会……それに参加しなければ主催のハント家、その四女メアリと出逢うことはない。これはクラエス家の内で決められることだから、現状僕の手が届き難い。メイドの立場であれ『前回』を知っている彼女なら上手く立ち回ってくれる。まだ作法に疎いカタリナに、お茶会デビューは早いとクラエス夫妻に吹き込んでもらう。

 

 ……利害は一致した。僕の有利は確保しているが。

 義弟として同じ家に住まい、何時でも実力行使に出れるキース。弱気で内気だったはずが、カタリナとの出逢いで恐ろしくなったメアリ。

 二人をカタリナと出逢うまで、少しでも先延ばしに出来るのは互いに利益だった。

 

 こうして。

 奇妙な協力体制は確立した。全てはカタリナと自分の為。

 お互い、キースやメアリ達を憎く思っているわけではない。良い友人達だ。むしろ幸福を祈っているが、僕がカタリナの隣に在る為に他の幸せを探して欲しい。

 いずれ再会したいが、今はもう少しカタリナを独占したい。

 

 「では、連絡は密に」

 「心得ております、ジオルド様」

 

 前代未聞の状況に在ってマリアは平然としている。それに妙な頼もしさを覚えながらも、負けていられないと自身を奮い立たせる。

 

 今度こそ、彼女を確実に手にする。

 

 片っ端から周囲を誑かしていくカタリナを捕らえ、籠の鳥にする。協力者で恋敵のマリアは物語ならば主人公の器だ。

 とても難しい舵取りが必要となるだろう。

 ――僕は天才だ。世界を思い通りの、つまらない灰色に塗り潰す。僕だけの極彩を灰色の檻に収めてみせる。

 

 カタリナ……僕の彩を。




火と光の重いラリーが続いておりますが、重いのは二人だけではないのでご安心下さい。
次回、奴が来る。


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【4】

 「うーん、今日もいい天気!」

 

 畑仕事日和だわ。

 ジオルドが正式な婚約の挨拶にきてから三か月。未だに返事は保留している。

 

 『ゆっくりで構いませんよ。思えば、僕は焦ってしまったようです』

 

 にこり、と優しい笑みで待つと言ってくれている。王子との婚約という破滅フラグを避けたい私からすれば、ありがたいことなのだけれど。

 

 「今日はスイカの苗を持ってきましたよ、カタリナ」

 

 昨日はおすすめの肥料、一昨日は精巧なカカシだった。そう、ジオルドはほぼ毎日クラエス家を訪れている。おかげで我が家の畑はどんどんパワーアップしていった。

 第三王子ともなれば八歳という幼さでも、かなり忙しいはずなのに。

 

 「いつもありがとうございます、ジオルド様」

 「ジオルド様、他の御用事はよろしいのですか?」

 「……まるで僕が暇みたいに言うね、マリア」

 

 いつの間にかマリアとも仲良しになっているし。偶にこっそり二人きりで話してるみたいだし。

 今もあんなにも見つめあっちゃって……まさか私に婚約を申し込んだものの、マリアに心を奪われたというの!?

 だから私が、婚約を保留しているのを許している。焦ってしまったっていうのは、私なんかを選んだことを後悔しているっていうこと!?

 間違いないわ、マリアはすごくいい子だしすごく可愛いし。

 

 「どうしたんだいカタリナ?」

 「あの、やはり婚約の話はなかったことに……」

 「ゆっくり考えてからで構いませんよ」「いやその」「ゆっくりで構いません」

 

 どうしよう聞いてくれない。

 恐らく公爵家の娘である私に婚約を申し込んだのに、平民のメイドに心惹かれたことが問題になると思っているのだ。

 そんな、私がマリアの恋路を邪魔することになるなんて……!

 まるで悪役令嬢……悪役令嬢なのだけれど。これは問題だ。今夜また脳内会議を開かなければ。

 

 問題といえば。

 

 「はぁ……どうしてかしら」

 

 畑の前に座り込む。植えられた野菜が、しんなりと萎れてしまっている。確かに私は前世でも植物の世話が得意ではなかったけれど。

 庭師のトムじいちゃんが手入れしている畑は、元気に青々としてるのに。寡黙な彼に教えを乞うてみるも、なかなか上手くいかない。

 何が違うのかしら。

 

 ……あの特別な『手』が私にもあればなぁ。

 

 

 

◇三か月前◇

 

 

 

 目覚めた。

 そうとしか言いようがない。何時ものように一人、花々が咲き誇る庭園の手入れをしていた。

 

 ――メアリの手は、緑の手なんだわ。

 緑の手。植物を育てる特別な才能のある手。緑の手を持つ私を、特別で素晴らしい存在だと彼女は言った。

 

 

 

 ハント侯爵家に後妻として入ったお母様の娘である私は、母の死後義姉達に疎まれていた。

 

 赤褐色の髪が汚らしい。

 身分の低さが溢れ出ている。品がない。

 

 ……厄介者。

 

 自分の価値が信じられないことは、とても辛いことだった。

 父は再婚の負い目もあり、表立って味方することはできない。義姉達からすれば自分達と違う血を持つ異物は、格好の標的でしかなかった。

 貴族社会の倫理に照らせば、遠慮なく気晴らしにできる相手と『今』は理解できなくもないが。

 その頃、私は無価値であることを認め義姉達の背に隠れ……いや、彼女達を輝かせる為の添え物として息を潜め生きるしかない存在だったのだ。

 

 周囲に味方のいない、私の唯一の慰めは庭園だった。

 貴族令嬢の嗜みとして庭園弄りは良くあることだったが、義姉達はあまり興味を持っていなかったので私が自由にできた。

 

 たった一つの自由。花々は水をやらねば萎れてしまう。移動するのにも植え替えという人の、私の手が必要だ。

 その不自由が自身と重なって、愛おしく思えた。だから本をたくさん読んで勉強して、のめり込んでいった。

 

 気づけば、植物についていくらか詳しくなっていた。だが、そんなものに大した価値はない。庭師も舌を巻く知識を身に付けたとはいえ、貴族令嬢にとって庭弄りは手慰み程度の価値しかない。

 

 だから無価値な私は貴族の力の倫理に従って、適当な所で使われて終わりだろう。王位継承の可能性が低い、末席に近い者との政略結婚とか。

 貴族社会における結婚とはそういうものだ。好きとか嫌いとか、そういう話ではない。力関係で決められ、利害を最優先に決められる。

 

 そうして自身の価値を決めつけていた私に。

 彼女は、新風を吹き込んだ。

 

 ただの手慰みだったはずだ。貴族令嬢にとって、植物を上手く育てられるなんて価値があるはずがない。才能と呼べるはずがない。

 特別なはずがない。

 価値のない私が、特別なはずが、ない。

 

 カタリナ・クラエス様。

 

 公爵令嬢も迎えたお茶会で、私は何時ものように息を潜めて庭園に引き籠っていた。そこに通りかかったらしい彼女は、私の手入れしていた花を認めてくれた。

 はじめは、腕のいい庭師がいるのだろう。紹介して欲しいと言ってきた。

 ……四女とはいえ侯爵家の娘、おべっかにはいくらか慣れている。打算から貰う賞賛はいくつも身に浴びている。

 だからこそ、そんなことは頭にないとばかりにこの花々を素直に賞賛してくれている彼女に。

 

 私は、心惹かれたのだ。

 

 この庭を世話しているのが私だと正直に告白する。賞賛されていることに恥ずかしさを覚えながらも、手を挙げてしまいたかった。

 褒められたい。認めてもらいたい。自身に、価値があるのだと。

 

 それから。

 自分の庭で野菜を育てているというカタリナ様に驚きつつも、植物の手入れについて話し実際にクラエス邸の畑を訪れて。

 真っすぐに私を見て認めてくれる彼女。いつしか私の世界の中心は彼女になっていた。

 

 カタリナ様の、隣に立ちたい。

 公爵家令嬢で、王子と婚約したカタリナ様。立派で優しい、彼女の隣に。

 劣等感に浸り内気だった私。そんな私が彼女の隣に立つことはとても険しい道のりだ。

 

 それでも。

 カタリナ様と一緒にいたい。

 その一心で、これまで気が乗らなかった貴族令嬢の作法や立ち振る舞いも必死に勉強することができた。心から手にしたいモノがあることで、積極的になれた。

 

 欲しい。その為に自分に価値が足りないのならば、作り上げてみせる。

 欲しい。その為ならば臆病で弱虫で、逃げてばかりいた自分の心も鍛え上げることが出来る。

 

 ――そこらの軟弱な令嬢とは違うのよ。

 

 

 

 「カタリナ、様……?」

 

 目覚めたという他ない。『今』知っているはずのない、彼女との記憶。

 それに身体が硬直してしまう。

 戸惑いながらも。

 

 『今』なかったはずの、欲しいという感情が渦巻き高ぶっていた。

 

 とにかく、状況を確認する。

 ……私、メアリ・ハントは『今』八歳。十五の時に、先輩の卒業式を迎えたその日から記憶を継承したまま幼くなっていた。

 周囲に日付や状況を確かめても、時間が巻き戻っているとしか判断できない。

 クラエス公爵家の娘、カタリナ様も私と同じく八歳のようだ。その他の状況も、あの頃とまるで変わらない。

 

 「そんな……」

 

 『今』の私は、カタリナ様をお茶会に招く前。確かあれは九歳の頃だった。

 つまりカタリナ様に出逢う一年ほど前ということになる。

 

 自身を無価値と断じて息を潜め、怯えていた日々の中にある。

 誰からも認められない、路傍の石のような私。

 カタリナ様と出逢い、彼女の隣にあろうと走り始める前。弱かった頃の私。

 

 ――だが、私は既に走り始めた後だ。あの頃よりも、だいぶ強くなっていた。

 

 とりあえず、私を虐めてくる義姉達に逆襲してハント家での発言力を高める。人が変わったように堂々として、知略を巡らせる私に義姉達は手を出せなくなっていった。

 邪魔さえしないのであれば、これ以上義姉達へ反撃する必要はない。恨んで虐め返すより、やることがあるから。

 

 後妻の娘という負い目を利用して、お父様にも遠慮なく甘える。義姉達とやり合えるようになったことで、お父様も義姉達と平等に愛してくださるようになった。

 なので甘えまくって、既に水面下で進められていたアラン・スティアート様との婚約を推してもらう。

 

 突然若返り昔に戻っているという異常事態に、最初は面食らっていたがとにかくカタリナ様が欲しい一心で行動する。

 

 まず、最大の恋敵はアラン様の兄であるジオルド・スティアート様だ。

 何しろ婚約者。親友で終わった私に勝ち目はない。王子様相手に侯爵家の娘、立場も違えば性別の壁もある。

 

 だから負けることを前提とした計画を立てる。

 ジオルド様が、彼女と結婚してしまったとする。その時に弟であるアラン様と結婚している私は、義理の妹ということになる。

 

 負けてもカタリナ様の義妹。義理とはいえ家族になれる。

 

 そうして『前』と同じく安全策を確保しておく。今回はその時期を早める。

 後は攻め手。

 性も立場も障壁となる。この国では彼女の隣に立つことは難しい。

 

 だったら出てしまえばいい。国から。

 

 国外へ駆け落ちする可能性を模索する。一応お嬢様育ちの私にとって、それは大きな難問だが完璧王子達を相手取るよりよほど簡単だ。

 ……『今』の私は、以前よりもカタリナ様が欲しいという気持ちが増している。

 ともすれば荒唐無稽で、妄想のような手段だが私は本気だった。

 各国の情勢を調べ、逃亡先の選定。第三とはいえ王子の婚約者を拐かすことになれば、追手のかかる可能性が高い。

 どうしたものか……ああ、あの手がある。よし。

 

 計画を進めながら、カタリナ様の状況についても探っていく。

 ジオルド様は既に婚約を申し込んでいるようだが、まだカタリナ様は返事をしていないらしい。

 こういった情報は積極的に社交界に顔を出す事で手に入った。『前回』のように内気だった頃ではなし得なかったことだ。 

 

 アラン様との婚約も決まった。彼を保険のように扱うのはとても心苦しかったが、全てはカタリナ様をこの手にする為。

 それに私は『前回』の時からずっと、慕ってはいたのだ。ただカタリナ様と先に出会い、緑の手を持つ私を特別だと言ってくださったから。だから、彼は二番目。

 貴族令嬢として立派な王家である彼と結婚することに異議はなかったし、妻として愛するつもりだったが一番はカタリナ様だ。

 ……言い訳がましくなるが、貴族社会ではよくあることだ。家の為に結婚し、恋愛は別でする。

 

 

 

 手を打ち続け、もう三か月が経った。逢いたいという気持ちは積り続けていた。

 カタリナ様との出会いは九歳の時に招待することになるお茶会だが、我慢できずに何度も招待状を送っている。

 なのに、来ない。理由はあれこれそれらしい事が書かれているが、どうにも私とカタリナ様の再会を邪魔しようという意図が見える。

 

 まさか。まさかまさかまさか。

 ――キース様が、クラエス家に入ったのはいつだ?

 社交界に出入りしていれば、公爵家に養子だなんて話聞かないはずがないのに。まだ、キース様はクラエス家に入っていない。

 『前回』と違うのかも。

 

 「私だけじゃ、ない。他の方も……?」

 

 理屈が通る。ジオルド様だ。彼が既に動いている。

 私と同じく彼も『二回目』というならば、恋敵を排除しカタリナ様を独占する為に動く。私もそうであるように。

 

 婚約の返事を気長に待っている。これはキース様が、クラエス家に養子として入ってくるのを阻止する為だろう。

 ハント家……私からのお茶会の招待を断り続ける。私とカタリナ様の再会を妨害する。どうやってクラエス家の内部のことまで手を回したのかわからないが、頭の回る彼なら成し得るだろう。

 やはり恐ろしい相手だ。

 

 「どうりで、来ないわけだわ」

 

 愛用の植物の本を手にし、執事に声をかける。

 来ないならこっちから行く。

 計画の準備に時間がかかることやあわよくばもう一度、緑の手を褒めていただきたいと『前回』と同じ流れを待っていたが。

 これ以上、ジオルド様の好きにはさせない。

 

 

 「……マリア?」

 「……人違いです」

 

 突然の私の来訪を迎えたメイド……私と同じくらい幼くなっているマリア・キャンベルはだらだらと冷や汗を流しながら顔を背けた。

 いやマリアでしょう貴女。幼いながらも面影がある。何故彼女がメイド服を着てここにいるのか。ジオルド様には、共犯者がいたということだったのね。

 

 「どうしたのマリアー!?」

 「……」

 

 必死に他人のふりをする従者に、何の頓着もなく大声で名前を呼ぶ主。

 ほっかむりに、作業着。およそ大貴族である公爵家の一人娘がする姿ではなかったが。

 

 「カタリナ、様……」

 

 マリアを追ってきた、その姿に視界が歪む。目頭が熱を持ち、零れそうになる。

 ――逢いたかった。

 不思議そうに私を見る彼女を、抱きしめようとする腕を抑えるのに必死だった。

 

 「初めまして。ハント家四女、メアリ・ハントです」

 

 この挨拶をするのは、二度目だ。けれども、今度は堂々と。

 

 「カタリナ様が面白い庭を作っておられると耳にしまして。とても興味が湧きましたので、お邪魔してしまいました」

 「ああ、そういうことなのですね! でも、実は……」

 

 用意してきた理由を並べる。面白い庭というのは、既に噂話で耳にしていた。やはり今回も歴史ある公爵家の庭園に畑を作っていたようだ。

 それがあまり上手くいっていないのも、前回と同じ。予定より少し早いが、幼少時のカタリナ様との繋がりはこの件が大きい。

 前と同じように、私の緑の手でお世話を手伝おう。

 

 それはそれとして。

 

 「あら、ジオルド様」

 「……メアリ・ハント……っ!?」

 

 よくもやってくれましたわね王子様。

 突然来訪した私に、畑でお手伝いをしていたらしいジオルド様が蛇でも見たように驚いている。

 

 「まさか、君も……」

 「何のお話でしょうか?」

 

 『前回』と行動を変えた私に、自分と同じく二回目である可能性を考えているのだろう。マリアがここでメイドをやっていることから、私もそうであると。

 マリアのことまでは想定外だったが予定通りとぼける。

 

 態度や行動から、可能性の多寡は測れるが確信は持てないだろう。私は安全策を敷き、その上で国外逃亡という鬼札を隠し持つ計画を立てた。

 ならば敵からそれを悟られぬよう、欺瞞をかけ調べる労力を強制する。いずれ疑問は確信に変わるだろうが、時間を稼げる。鬼札を切るまでの。

 

 恋敵のジオルド様は天才だ。それに対する私は、努力するしかない凡人なのだ。

 これくらいの事はさせてもらう。

 

 カタリナ様との再会に、喜んでばかりではいられない。

 今度はただの親友では終わらせない。ただの親友では我慢できない。

 だから止まらない。止まれるわけがない。

 

 カタリナ様にとっての『特別』になってみせる。




というわけでメアリ・ハントで走るカタリナ攻略RTAはぁじまぁるよー。
基本方針は正規ルート。保険用意しつつワンチャン狙えるのがメアリ編の醍醐味です。
今回はクッソ強化済になりますので手順の省略が可能。本編開始前から計画発動できてしまいます。

……そんな感じで奴が来ました。
色々不憫な子達はまた後程。別に弟属性が嫌いなわけではないです。


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【5】

 カタリナ様にお仕えして、三か月が過ぎた。

 

 『前回』を思い出し、感情のままに駆け出してしまった私だが。

 母との繋がり、文通は続いている。

 

 突然熱に浮かれたように駆け出し、公爵家のメイドになった娘。

 勤め始めてからできるだけ早めに顔を見せたとはいえ、お母さんからすれば戸惑いしかないだろう。

 

 ……光の魔法に目覚め不義の子と扱われていた私。

 きっと母は、その罪悪感から私と距離を取っていた。『前回』の記憶がある『今』は、わかる。

 

 ただ夫を愛し腹を痛めて産んだ子に、あらぬ疑いをかけられて。

 友達が離れてゆき、孤立していく我が子。無力な自分に罪を感じていただけだったのだ。

 

 『大切な人が、出来ました』

 

 もう、私には大切な人がいる。その人と生きていくことで私の人生は彩を得られると、私の人生は価値があると面向かって伝えた。

 

 『産んでくれて、ありがとう』

 

 お母さんが謝る必要なんてない。貴女のおかげで、私は大切な人と出逢えた。

 

 その理由を母はよく分からないようだったが、私が幸せであることは理解してくれた。

 ただ娘の幸せを願ってくれる、お母さんだから。

 

 ……そうして、心懸かりだった母。『今』はこんなにも早く心の壁を溶かすことができた。

 『前回』は、私が魔法学園に入学した後。七年も後だった。

 カタリナ様が突然に実家を訪れいつの間にか母の心、それに突き刺さった棘を抜いてくれた『前回』よりも早く癒すことができた。

 

 ――心のままに駆けてしまったが、結果的に良かったのだと思うことにする。

 

 私の、幸せ。

 カタリナ様と『今』一緒にいられる。

 大切な人と『今』在れることが、何より幸せだった。

 

 

 「では第二回、カタリナ・クラエス破滅エンド回避の為の作戦会議を」

 「議長! 緊急の為、議題変更をお願いします!!」

 

 脳内で開催されるカタリナTV(LIVE)、提供カタリナ・クラエスによる会議。

 乙女ゲームの破滅フラグしかない悪役令嬢である、私による私の為の脳内会議。

 

 「メアリ・ハントの件もそうですが、マリアの恋路が重要と考えます!!」

 「許可します」

 

 ……メアリ・ハント。この世界、FOTUNE LOVERで彼女はアランルートでのライバルキャラ。

 

 私、カタリナと同じライバルキャラであまり仲が良くない設定だったはずだが。

 なのにいきなり我が家へやってきた。

 

 原作バッドエンドでも婚約者のアランと結ばれ、ハッピーエンドなら身を引いて婚約者を祝福するという人格者。

 破滅フラグを回避したい私からすれば、同じライバルキャラとしてその扱いの差に不満を感じないでもなかったが。

 

 私の畑のことを聞きつけて訪れたメアリ。マリアやジオルドはおかしな態度を取っているが、植物に詳しい彼女は大きな力となってくれるだろう。

 あと、すごく可愛いから邪険になんてできない。

 

 とりあえずメアリと仲良くしたいのは既定路線として、何よりマリアのことだ。

 

 「まさか、ジオルドとマリアが惹かれ合っているなんて……!」

 「私にこそこそ隠れて会っていることから、マリアも本気よ! そうに違いないわ!!」

 

 弱気私と、強気私が声を上げる。

 はっ、と気づいたように真面目私が語り始める。

 

 「平民のマリアと王子のジオルド。その恋に立ちはだかる公爵令嬢。まるでFOTUNE LOVERのジオルドルートです」

 「魔法学園にすら入ってないのに始まってるわけないじゃーん!」

 「その通りですね。マリアがあのマリア・キャンベルなはずありませんからね」

 

 ハッピー私の言葉に、議長私が同意する。FOTUNE LOVER、私にとって破滅のストーリーは魔法学園入学から始まるはずだ。

 その前、つまり今……主人公が悪役令嬢の所でメイドやっているわけがない。そんな設定はない。

 

 「それでは二人の恋路を応援することにしましょう」議長私。

 「……で、でもジオルドからの婚約申し出がありますし……」弱気私。

 「確かに。公爵家の娘とはいえ、王族からの婚約を断るだなんて簡単じゃありませんね」真面目私。

 「何とかするのよ! マリアにはいつもお世話になっているんだから!!」強気私。

 「平民の女の子と王子様の恋だなんて、すっごい素敵!!」ハッピー私。

 

 紛糾する脳内会議を、議長私が無理矢理まとめる。

 

 「それでは、メアリと仲良くしつつマリアの恋を応援する……そういうことでよろしいですね?」

 

 異議なし、と全会一致する。脳内会議なのでその結論に異論はありようがない。

 ひとまず方針が決まり、どう行動しようと考えていると。

 

 

 

 「カタリナ様。旦那様と奥様がお呼びです」

 

 メイドのアンが、一人自室にいた私に声をかける。えっ、どの件? 庭園の川の魚を、釣りで全滅させたことかしら。それとも、ジオルドの助力もあって庭を四割くらい畑にしてしまったことかしら。

 心覚えがあり過ぎて不安しかない。アンに連れられクラエス夫妻……お父様とお母様の待つ部屋に入る。

 両親は深刻そうなお顔だ。どれ!? どの件なの!?

 

 「……カタリナ。婚約の申し出、まだ返事をしていないけれど」

 

 お父様がそう切り出す。

 王家、第三王子のジオルド・スティアートからの婚約申し出。ジオルドからその返事はゆっくりでいいと言われながらも、既に三か月近く経っている。

 例え貴族として最上位にある公爵とはいえ、それを先延ばしにし続けるというのは良くない。それくらい、身分制度のない現代日本から転生した私にも分かる。

 

 「ジオルド王子との婚約、君は嫌なのかい?」

 

 幼い私に、優しく問いかけるお父様。

 公爵家、クラエスの当主であるお父様。国内有数の力を持つ彼は、貴族の論理に従う義務がある。

 力ある王家との婚姻に娘を差し出す。そうして権力を増し、領内の民により多く富を分配する義務がある。

 

 それが正しい。間違ってはいないはずなのに、こうして私に問いかけてくれている。だから、私は。

 

 「嫌では、ないのです……ただ、お時間を頂きたいのです」

 

 心からの言葉で応えた。

 ジオルドとの婚約は破滅への道だ。原作通り婚約し、主人公と彼の恋路を邪魔すれば私には破滅が待っている。

 今、私のメイドとして心から仕えてくれているマリア。その恋路も応援したい。邪魔になる私は、婚約の申し出を断ってしまいたい。

 

 けれど。

 ジオルドの申し出を断れば、どうなる?

 

 マリアとジオルドの繋がりは、私を介してでしかありえない。平民と王子の繋がり。本来あり得ない繋がりは、私を介さなければ途切れてしまう。

 恋路を邪魔するはずの悪役令嬢が必要だなんて。

 それでも、マリアは大事な私のメイド。美味しいお菓子を作ってくれた。苦手な勉強も根気強く、親身になって教えてくれている。

 

 ――彼女に、幸せになってほしい。

 

 平民の彼女が、王子様と結ばれる方法。私には、そんなもの思いつきもしなかったが。

 ただ、繋がりを絶つことはできない。

 時間を稼ぐ。マリアが幸せになる為に。

 それくらいは、私にも出来るはずだから。

 

 「そうか。てっきり、ジオルド様を嫌っているのかと思ったよ」

 「ジオルド様は大変素晴らしい方です! 私なんかが、相応しいかどうか……」

 

 破滅フラグ回避の為ともう一つ、ジオルドと結婚となれば王家に入ることになる。

 今でさえお母様にマナーがなっていないと叱られ続けているのに、務まるはずがない。

 

 「……カタリナ、君はまだ幼い。自分の気持ちを、しっかり整理してから決めればいい」

 

 王子からの、婚約申し出を三か月も先延ばしにし続ける令嬢。そんな娘に、まだ好きにしろと言い放つ。

 社交界デビューもしていない私にでも、その重さは理解できる。

 あり得ない。王子様からの婚約をずっと保留にするなんて。

 貴族の親からすれば、王子様と結婚だなんて幸せに決まっているのに。

 

 「相応しいかどうかじゃない。好きになった人と、一緒になりたい。僕もその一心でミリディアナと結婚したんだ」

 「――っ!?」

 

 お父様の隣に座る、お母様……ミリディアナ・クラエスが突然肩に手を乗せられ赤面する。

 いつも私を叱ってばかりのお母様が、見せたことの無い乙女の顔になる。

 

 「だ、旦那様!?」

 「僕はね、カタリナ。親の意向なんて関係なく、彼女と恋をしたから一緒になったんだ」

 

 私のお母様……アデス公爵家二女、ミリディアナ・アデス。その険しく感じさせる目筋や社交的でない性格から、いき遅れ周囲から揶揄された母。

 お父様のルイジ・クラエス。彼は公爵家後継ぎであり容姿も優れ頭脳も身体能力も素晴らしい、令嬢達の憧れの的だった。

 

 そんな二人は出会い、互いに恋をした。

 だが。

 

 片方は、あんなに素敵な殿方が私を愛するはずがない。きっと恩義ある義父アデス公爵の為、余り物だった私を引き取って下さったのだと。

 片方は、彼女に一目惚れだった。恩義や義理なんて関係ない。ただ、彼女を欲しただけだった。だが権力を以って、僕と無理矢理に結婚させられたと彼女は思っているのだと。

 

 そんなすれ違いが、娘を成しながらも二人の心を遠ざけていた。

 

 「険しい道かもしれない。でも、好きになったのなら。諦めたらきっと後悔するから」

 

 お父様は、ちょっと酔っている。晩酌のワインを多めにやっていたのかもしれない。抱き寄せられそんな彼を見つめるお母様も、色々酔っているようだ。

 

 「複雑な乙女心なんだよね。ゆっくり決めればいい……けれど、好きになったら真っすぐ進みなさい。僕が、ミリディアナにそうしたように」

 「だ、旦那様……いえ、ルイジ……!!」

 「ミリディアナ!!」

 

 娘の前で、突然イチャ付き出す両親。爆発していただけませんでしょうか。

 

 ……悩んでいた私がアホみたいだった。

 色々すれ違っていたらしい両親は、こうして熱愛夫婦になってしまった。お父様とお母様が仲睦まじいことは、喜ばしいことなのだけれど。

 そんな二人に私……その願いは全身全霊で応援されることになる。

 

 まだ、時間を。何なら、断ってしまってもいいと。

 王家の婚約申し出を断るだなんて、いくら公爵家と言え簡単に許されるはずがない。

 

 しかし、恋愛脳に染まり切った夫婦は娘を応援した。

 呆れながらも、マリアの恋路を応援したい私はそれを受け入れたのだ。

 

 ――平民の、メイドの少女と王子様の恋。

 最近この世界のロマンス小説にハマり出した私にとって、それはそれは燃える展開だ。お父様とお母様に当てられたのかもしれない。

 

 マリアの幸せの為に。

 

 私はジオルドと彼女の繋がりと保ちながら、二人の恋路を応援しよう。

 婚約の返事はしない。

 私が時間を稼いで、何とかマリアとジオルドが結ばれる道を探すのよ!

 そのヒントを得る為にも、ロマンス小説をもっと読もう。特に平民と貴族が結ばれる奴。

 

 貴族社会では残念ながらその手の物語は下賤とされており、クラエス家の膨大な蔵書でも数少ない。

 ……もっと、もっと読みたいのに。

 ロマンス小説仲間でもいればお勧めを教えてくれたり、貸してくれたりするのかしら。

 

 

 「おかえりなさいませ、お兄様」

 「……新手の嫌がらせですか、アラン?」

 

 けらけらと、可笑しそうに応える僕の弟……アラン・スティアート。

 すっかり遅くなった王宮への帰宅を出迎えた彼。

 

 「あっはっは、俺はお前の味方だぞジオルド」

 

 当初、マリアがそうであったように彼も『二回目』ではないかと疑った。最初アランはそんなはずがない、これは夢だ。そう断じて『二回目』であることを否定したらしいが。

 王宮で生活を共にする内、明らかになった。

 やはり、アランもそうなのだと。

 

 あまりにも、彼は朗らかだったのだ。

 

 ――『前回』、僕とアランの関係は冷え切っていた。

 血を分かつ兄弟。だが、王家の子。王の座が実力で以って選ばれるこの国の王家では、骨肉の争いが避けられない。

 僕は、つまらない灰色に染まった世界での王座になんて興味がなかった。

 だから兄達に王座を譲るつもりで、のらりくらりと躱していたつもりだが。弟であるアランにはこの権力争いの中でそつなく何でもこなす、優秀な兄に見えたらしい。

 

 女の子一人、モノにすることができないのにね。

 

 そんなつもりはなく、僕はアランに劣等感を植え付けてしまった。

 親族ですら蹴落とす対象である王家にあって争いに興味がない僕は、それに申し訳なさを覚えてはいたのだが。

 僕が何を言っても、彼を救うことはできない。下手な言葉をかけても見下されていると思われ、僕の言葉は彼の傷に塩を塗り込むだけになる。

 

 けれど、カタリナは。

 『前回』あんなにも簡単に彼の心を溶かしてくれた。

 

 カタリナと出逢い。アランは、アランでいいのだと。

 僕より剣や魔法に秀でていなくてもいい。勉強の成績だけが全てじゃない。

 アランは僕にはなれないし、僕もアランにはなれない。完全上位になることはできないし、なる必要もない。

 

 そんな風に、カタリナはアランの心を救ってくれた。実際、彼には音楽の才があった。僕では決して届かない才能。

 カタリナと出逢ってからそれは、更に花開いていった。

 

 切欠となった悪戯については、未だに根に持っているが。生き物にとって毒牙を持つ蛇は根源的な恐怖の象徴だいくら理性で抑えようとしても突然足元に現れれば怯え飛び上がるのも当然だ僕が特別苦手なわけではない。

 ……まぁ、いい。

 とにかく、アランはそれから素直に笑うようになった。自身を縛るモノ、その殻を突き破りありのままのアランとして。

 

 「信じていますよ、君だけは」

 

 にい、と僕の言葉に返すアラン。『今回』、彼は僕の協力者だ。

 『前回』との差異を問い詰め続け、その内アランは僕と同じ『二回目』であることを認めた。

 

 ――やっぱり、こういう所はジオルドに敵わねぇなぁ。

 

 負けを認めているのに、妙に楽しそうに言い放った。

 やはりアランも『二回目』。僕と同じ状況から、幼い頃に戻っていたようだ。僕とマリアだけでなく、アランも。

 

 「メアリも黒……カタリナはやっぱり白扱いでいいんだよな」

 「そう判断して間違いないと思います」

 

 アランが手元のメモに書き加えていく。

 黒、つまり『二回目』。メアリはとぼけていたが言動からみて黒だ。

 八歳の今……カタリナと出逢う前の彼女は弱気で、庭に興味を持ったといきなり公爵家に押し掛けるような性格ではないはず。

 共犯、否、協力者であるマリアがマリア・キャンベルであると気づきもした。彼女は、黒だ。

 

 ……黒か、白か。

 前と違う行動をしている僕とマリアによる影響もあるだろうが、誰が『二回目』であるかそうでないかの選別は必要だった。

 何しろ今後の方針に影響する。カタリナが誑かし、恋敵になり得る人間は僕を除き五名。その白黒を見極めなければ。

 マリア、メアリは黒。

 残るは三名。一人は、未知数だが。

 

 これまで確認している黒はマリアとメアリ、そしてアランだ。唯一の白はカタリナ。

 彼女は何一つ変わらない。『前回』と行動を変えた僕らに影響されず彼女は彼女のままだ。

 

 「どうもメアリが妙な動きをしているようだが、そっちは俺が何とかしておく」

 

 婚約者だしな、とさらりと言ってのける。

 

 「頼みます。シリウスの方は?」

 「調査中……あの事件が起こったのは間違いないし、婦人の方の証拠固めをしているんだがな」

 

 シリウス・ディーク。

 あの事件を起こした生徒会長。

 カタリナの話によれば、彼もまた被害者だったらしいが……防げるのならば必ず防ぐ。その為にも僕らは動いていた。

 残念ながら僕らが『前回』を思い出した時、ディーク婦人による闇魔法の儀式は成された後だった。

 闇魔法、人の命を捧げることにより得られるそれ。婦人の願いの為に、既に実行されてしまっていた。

 ならばやはり、あの事件がまた起こる可能性がある。

 

 ――不可思議な『二回目』。けれども、カタリナをあんな目に遭わせない。その一点では『二回目』の僕らは結束できる。

 

 「本人は行方不明。調べはしながら、守りを固めるしかないな」

 

 平民相手とはいえ、闇魔法絡みの殺人だ。ディーク婦人は重い罪に問われることになる。

 しかし、シリウス本人が行方不明ということが気にかかる。直接の守りは、マリアならば信頼できる。後は僕らが打てる手を打っていくしかない。

 

 「その、後……彼の方は」

 「問題なさそうだよ、やっぱり」

 

 言いにくそうにする、僕の言葉を察して答えてくれるアラン。

 ……彼、キースのことだ。僕の悪巧みにより、『前回』と違いまだクラエス家に入っていない彼。

 

 キース・クラエス。

 彼はあまりにも危険だ。クラエス家養子として、カタリナの義弟の立場にあり毎日屋根を共する彼。

 

 『前回』カタリナは無事だったが、彼が本気になれば……『二回目』であり黒ならば、初日にカタリナを奪う可能性がある。それが何より恐ろしかった。

 カタリナ自身はただの可愛い弟くらいにしか思っていなかったようだが、僕が彼の立場ならさっさと既成事実を作る。

 だから、遠ざけてしまった。

 

 「そんなに気にするなら、さっさと婚約すればいいだろう」

 「したいの、ですけれどね」

 

 アランにはキースの様子も確認してもらっている。クラエス家の分家、その末端に産まれて。

 暴走してしまった魔法で、兄弟を傷つけたキース。

 

 辛い幼少時代を送っていたらしいから。

 もし白ならば、未来の義弟として必ず助けるつもりだったから。

 

 ……調べによると、切欠となった魔法の暴走は起こっていないようだ。しかも分家当主と娼婦の間に産まれた彼は、何故か悪い扱いを受けていないらしい。

 

 恐らく、彼は黒……『二回目』だ。

 だからこそ、その沈黙が恐ろしい。早く彼と会って確認したいのだが。

 

 「クラエス家当主……ルイジ様から、婚約についてまだ時間を頂きたいと」

 「マジかよ……」

 

 頭が痛い。

 未来の義父にこんなことを言いたくないが、だいぶ親馬鹿だあの人。

 貴族社会において王子である僕の申し出を断ることが、どれほどの痛手になるかわかっているはずなのに。

 

 「ま、何とかできるだろ、お前なら」

 

 ――そうだね。

 アランもまた、カタリナに惹かれていたはずだ。その恋心に気付くまで随分とかかっていたが、『今』はもうそれを自覚している。

 なのに、身を引いてくれた。

 

 俺は、ジオルドには勝てないよ。

 

 『前』はあんなにも悲痛に、自身の存在意義を否定されたと叫んでいた言葉。

 なのに『今』は、笑いながら言ってくれる。勝つ負ける、そんな論理から解放された『今』だから言える言葉。

 

 「カタリナを俺の義姉に。家族にしてくれるんだろう?」

 「当然です」

 

 言ってから、アレが義姉かぁ……と残念そうにするアラン。でも本当は、楽しみにしてくれている。

 だから、必ず。カタリナを僕の物にしてみせる。僕の力になってくれる弟の為にも。

 僕は、負けない。

 

 「それにしても、俺達主催のお茶会……『前』はもう少し先だったはずだが、もうやっていいのか?」

 「ええ。彼らに動向がないのが、気掛かりですので」

 

 ……彼ら。あの兄妹にも、動きがないことも恐ろしい。

 だから、『前』では九歳の頃。半年以上先に催した、僕とアラン主催のお茶会を前倒しにする。

 メアリのように何かしらの準備をしているのか。それともカタリナと同じく白であるのか。

 

 それを、見極める。

 

 このお茶会で『前』彼らはカタリナと出逢った。

 彼らの危険度は、キースと同等と僕は評価している。常識的な兄は、親友の婚約者であるカタリナを奪うなど考えもしていなかったが。

 

 婚約が成立していない今。

 黒であるならば、最強の敵になる。




お前BGMそういうとこだぞお前。走れや! あらすじ詐欺になるじゃねーか!
サブイベントのフラグをさくさく済ませながら、兄妹登場フラグが立ちました。インフレが止まらない。


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【6】

 「略奪愛略奪愛略奪愛」

 「や、やめてくれ……」

 「奪うのが雄の本能です。戦い勝利し奪う。それが雄。奪いましょう攫いましょう」

 「お、俺は……」

 

 後一歩。

 

 「カタリナ様は、まだ婚約のお返事をされていません。つまりまだ迷われておられます」

 

 その言葉は毒を垂らすように。

 清く正しく美しく、常識的な彼を唆す。

 

 「『今』ならば、出来る限り傍にいたいだなんて諦観ではなく……手に入るのですよ?」

 「カタリナを……!」

 

 唆す。道理を重んじ、親友の婚約者を寝取ろうだなんて頭にもなかった彼。

 それでも、自身の幸せを共感してくれた彼女に惹かれていった彼。

 

 「諦める必要なんてありません。『今』は悪魔が微笑む時代なのです」

 「俺が、カタリナを手にする……!!」

 

 お兄様程の殿方が、何を遠慮することがあるのか。魔性の魅力を持つお兄様が、心から欲する方を望むことに何の罪があるというのか。

 老若男女、誰もがお兄様に心惹かれた。

 そんなお兄様なのに、望むことが憚られる。そんな『前』と違う『今』。

 常識や義理なんてものに縛られる必要はない。『今』、そんなものはないのだから。

 

 「カタリナ様を、お兄様のものにしてしまいましょう?」

 

 今は、悪魔が微笑む時代。

 全力で唆す。

 

 私の、たった一つの願いの為に。

 

 

 

 呪われた子と、忌み嫌われた私。

 お兄様や両親は心から愛してくださったが、だからこそ。

 そう揶揄されることが同情の仮面を被った家族への中傷となり、とても辛かった。

 だから私は、社交が義務とされる宰相の家に産まれながらも表に出ることへ積極的になれなかったのだ。

 

 私が忌子だと気味が悪いと言われることには、傷ついても耐えることができた。

 

 ただ、守ってくれる家族が傷つくことには耐えられなかったのだ。

 人前に出れば、自身の白髪が老人のようだ。赤い瞳は血のように気味が悪いと囁かれる。

 そんな子が産まれてしまった我が家は呪われている。不幸だ。可哀そうに。

 

 誰もが望んでいなかった不幸。

 

 ……生まれついてしまった、身体的特徴から加えられる偏見と攻撃。

 彼らは生物的本能に依ってそんな排除をしている。自分達と違う。違うモノは危険だから、遠ざけなければいけない。

 差別が起こる理由。それは生き物として、自然に湧き上がる感情だ。

 

 自然を科学で解き明かし、それを御して文明を発展させる。科学が自然を凌駕して、進化を進める。

 そういった理論や意識は『前』にはなかった。だから、幼い私はその自然という名の理不尽に従う他なかった。

 

 私は引き籠りがちになり、その心を癒すのは本だけになっていった。

 ――本の世界は自由だ。理不尽に縛られない世界。

 その中でなら、私は何者にもなれる。王女様に恋する平民の女の子にも。異世界から転生した遥か極東の女の子にも。

 

 孤独で、独りよがりな楽しみだったかもしれないけれど。自身と、家族を守る為に必要だった。

 他人と会えば、また忌み嫌われる。排除される。

 哀れみが愛する家族を傷つけてしまう。

 

 けれど、『今』は。

 

 『今』……それを自覚した時、何時ものように図書室で本を読んでいた。

 お気に入りのエメラルド王女とソフィア。何度も読み返していた、彼女との出会いの切欠となったその本を手にしていた。

 

 「――まるで絹のように綺麗な髪ね」

 

 言葉が、その本の台詞が口から漏れる。エメラルド王女とソフィア……お忍びで街に出かけた王女が、美しい少女に目を奪われることで始まるロマンス小説。

 

 その言葉ぴったりに、私の忌み嫌われた白髪を褒めてくださったあの方。

 小説のソフィアは私と違い、黒髪黒瞳の少女。同じソフィアなのに、と自嘲していたのに。

 

 カタリナ様は綺麗だと。

 白黒の色ではなく、ただ綺麗だと褒めてくださった。

 絹のような白い髪も。ルビーみたいに輝く赤い瞳も。とても、綺麗だと。

 

 そうして、私に初めて友達ができた。

 カタリナ・クラエス様。

 貴族の間では下賤とされるロマンス小説、それに夢中だった彼女。私にはそれしかなかった世界に、彼女は偏見も遠慮もなかった。

 王家と繋がり、庭園弄りが趣味という公爵令嬢。まさに雲の上の人だというのに。

 

 ……同好の存在が、こんにも嬉しいものだなんて。

 

 知らなかった世界が目の前に広がっていく。差別と偏見に押し込められていた世界が、こじ開けられた。

 だから私は……私も、彼女に惹かれた。彼女ともっと強く繋がりたい。

 カタリナ様となら、どんな世界にも跳んでいけると思えたから。ロマンス小説のような夢物語の世界にでも。想像もしない遥か未来の異世界にでも。

 

 残念ながら同性の私が、カタリナ様と添い遂げることはできない。家族になることはできない。

 

 しかし、兄がいた。

 ニコル・アスカルト。

 幼い頃から誰にでも好かれる美貌。宰相家の後継ぎとして、文句なしの秀才。

 

 彼にとって私は唯一の汚点だった。人とは違う容姿の私……妹が、あんなだなんて。

 違う。彼は、お兄様は両親と同じく私を愛してくれていた。勝手に同情してくる周囲に、最初は反論してくれていた。

 

 『俺は幸せなのに』

 

 けれど、いくら言っても分かってもらえない。そんな姿が辛くて、私は引き籠るようになり。兄も悔しさの中、もういいと反論することを諦めていった。

 誰にも理解されない幸福。家族が誇らしく、愛おしいという幸福。

 家族の中だけの幸福に、私と同じように引き籠っていた。けれど。

 

 素晴らしい家族がいて、本当に幸せ者ですわね。

 

 カタリナ様は、そんな私達の幸せを認めてくださった。

 自身の幸せを認めてくれた彼女に惹かれながらも、兄は親友の婚約者を寝取ることはできないと身を引いていた。

 積極的に言い寄ることなんてできない。ただ、出来る限り傍にいたいと願っていた。

 

 愛するカタリナ様と、愛するお兄様。

 『前』では叶うことのなかったはずの。

 私の、たった一つの願い。

 

 

 

 「間に挟まりてぇー……」

 

 

 

 ――はっ。

 宰相家令嬢としてありえない言葉が漏れてしまった。

 なんだろう、『前』を自覚して以降どうも言動に異変を感じる。内面の価値観にも変化がある。

 知っているはずのない言葉遣いや知識が、どこからか心の中に現れる。まるで時代も土地も違う人の意識が、頭の中に流れ込んだようだ。

 

 こんな言葉遣い『前』もしていなかったのに。

 しかしお兄様とカタリナ様の間にある自分、それにとてつもなく心惹かれる。アガる。萌える。

 

 気づけばお兄様に囁き、唆す日々が始まって早三か月。

 ひたすら略奪愛の素晴らしさを説き、腹黒王子から魔性の魅力を持つ殿方が公爵令嬢を奪う本を勧め続けた。

 『前』の記憶は私にも、お兄様にもあった。その記憶があり、カタリナ様を手に入れることに積極的になれないお兄様を洗脳……いや、説得し続けた。

 

 最初は『前』の記憶がある。その事実に混乱し状況を確かめるのに時間をかけたが、その分状況を理解している。

 まさかマリアが、クラエス家にメイドとして入り込んでいるとは思わなかった。だからこそ、その異常に『今』が二周目なのだと分かった。キース様も前と違い、クラエス家の養子になっていないようだ。

 

 それに何故かジオルド様は、カタリナ様と婚約を成立させていない。

 

 『前』、既に婚約していた二人にお兄様は遠慮して、その想いを露わにすることはなかった。ジオルド様とお兄様は、幼い頃からの親友だったから。

 カタリナ様を愛していると、欲しいと伝えることはなかった。

 

 しかし、『今』。

 遠慮すべき事実は存在しない。お兄様は詰め切れない親友に譲る必要なんてない。三か月ひたすら洗脳し続けたお兄様は、ようやくその気になった。

 私を間に挟め。

 お兄様がカタリナ様と結婚し、私を義妹にしろ。あくしろよ。

 ……おっと知らない人の意識が。

 

 その願いが私、ソフィア・アスカルトの背を押す。

 お兄様と、カタリナ様の間に在る私。そんな幸せに向かって、駆け出させる。

 

 

 吠える犬設置完了。

 

 今日はジオルド様とアラン様主催のお茶会だ。

 つまり私とカタリナ様の出会いの日。

 

 あの日、呪われた子と貴族令嬢たちに囲われ虐められていた私を救って下さったカタリナ様。『前』、吠える犬に追いかけられて偶然その場に居合わせていたと話しておられたが。

 確実を期す為に、鎖に繋がれていたはずの犬を放しておく。ちょっと元気で人懐っこい子で、間違っても噛むことはないので安全だ。

 

 あの時背にしていた木があそこだったから、お茶会会場との間を計算して……。

 犬の鳴き声が聞こえる。しばらくして止んだことから、恐らく彼女は例の木の上。

 タイミングを見極めながら誘導した、私を囲み虐める令嬢達を煽っておく。

 

 「違っ……私そんなつもりじゃ……っ!」

 

 背には例の木。へいへい、呪われた子だぞ私? せっかくの王子様主催のお茶会を台無しにする女ぞ?

 一方的に嬲られるだけに見える私に、口々に罵詈雑言を投げつけてくる令嬢達。

 涙目も演出していると、ザッ! と彼女が背後に降り立った。きたー!!

 

 「――そこをどいて下さいますかッ!!」

 

 予定通り吠える犬に追い込まれた木の上から、スーパーヒーロー着地するカタリナ様。あれ膝に悪いんだ。

 その威圧に、蜘蛛の子散らしたように去っていくいじめっ子達。とぅんく。

 知らない人に思考を引きずられながらも、『前』と同じく私とカタリナ様の出会いイベント消化。

 そして名も告げず去っていくカタリナ様……ああ、やはり素敵です……。

 

 必ずお義姉様になっていただく。その為にも次のステップだ。

 

 

 (はあぁぁぁぁぁぁぁ……)

 

 声に出さないようにため息をつく。あちこち挨拶に回るだけでくったくただ。

 

 ジオルドとアラン主催のお茶会。

 招待された私は、お茶会に参加したことすらないのに王宮で催されたそれにいきなり放り込まれた。

 恋愛脳に支配された両親は、荒波に揉まれた末の出逢いにロマンスを感じてしまうらしい。

 

 お目付けとしてマリアを共にさせてくれたが、王家が持て成すお茶会。そこで供されるお茶やお菓子はどれも絶品だ。

 参加者は皆、主催の二人へ挨拶することに必死でほとんど手がつけられていない。一緒に来ているメアリも、侯爵家令嬢として応対に忙しそうだ。

 こんなに美味しいのに……タッパーがあったら詰めて持って帰りたい。

 

 「カタリナ様。まさか余っているお菓子を持ち帰ろうとなどと、思っていませんよね?」

 「すごいわ! よくわかったわね!」

 

 マリアはいつも、完璧に私のことを分かってくれる。まるで前世から一緒だったかのように。

 

 「クラエス家の品位を疑われます。奥様にばれたらまたお菓子禁止にされてしまいますよ」

 「そ、そんな……マリアのお菓子も禁止だなんて……!!」

 「――まぁ、その? パンケーキまでなら食事なのでお菓子ではないですし」

 「やったぁ! マリア大好き!!」

 

 ぎゅう、とマリアを抱きしめる。彼女の焼いたパンケーキは最高だ。お菓子が禁止されても、それだけで生きていける。

 つまりお母様に禁止されても問題なし。

 何故か上の空になってしまったマリアを尻目に、目の前のお茶とお菓子を胃に流し込んでいく。

 マリアの作ってくれる素朴なお菓子も大好きだけれど、珍しいお菓子もたくさんある。こんな機会なんて滅多にないもの!

 

 「……少し、失礼しますわ」

 

 お腹がちゃぽちゃぽ……。でも大丈夫! お母様に鍛えられた貴族令嬢としての立ち振る舞いで、優雅にお手洗いにいけるようになったのよ!!

 限界を迎える前に花摘みへ、まだぼんやりしているマリアを置いて早足に会場を後にして。出逢ってしまった。犬に。

 

 前世から犬に追われる宿命にある。

 

 チワワだろうが土佐犬だろうが全て、敵意剥き出しで追われる。犬猿……野猿と讃えられた私の宿命だろうか。

 

 「待って待って勘弁して!?」

 

 吠えながら追ってくる犬から逃げ、目についた木に登る。数少ない私のスキル、木登りで危機から逃れる。

 ……やっと行ったわね。吠える犬が離れて。ようやくお手洗いにいけると安堵していると。

 

 なんか人が集まっているんですけどー!?

 

 私がいる木の下。何故か人が集まってしまっている。これでは、こっそり木から降りるなんて出来ない。

 誰かを囲み言い合っているようだが、無理限界。この歳でおもらしするより、木登りする公爵令嬢の方がいくらかマシのはずだ。

 

 一息に飛び降り、着地。

 そんな私に貴族の子供達の注目が集まるが、それに弁明する余裕はない。漏れる。早く通してトイレに行かせてトイレにー!

 

 余裕のなさから睨むようになり「退いて」の声にも、ちょっと怒りが籠っていたように思われたのかもしれない。 

 囲まれていたらしい少女は固まっていたが、その他の子供達は怯えながら走り去ってしまった。

 

 そうして。

 一人残った少女。

 綺麗だった。真っ白な髪に赤い瞳、透けるような肌。なんて……。

 

 「うっ」

 

 我慢が限界だった。とてつもなく綺麗な彼女はともかく色々限界だった。

 控え目に私を呼び止めようとする彼女に断り急ぐ。決壊する前に。

 

 「……間に合って良かった」

 

 なんとか間に合ったが、急いでいたからマリアともはぐれてしまった……王宮に招待されるような、高位の貴族ばかりのお茶会。多くの人が集う社交の場。

 ――前世、田舎育ちだったから人が多いというだけで混乱する。何より貴族としての立ち振る舞いにも慣れていない。

 不安に、心が乱れてしまう……早く、早くマリアと合流しないと。

 

 「あのっ」

 

 人混みの中、声をかけられる。視線の先には、先ほどの少女。美しいという言葉を、形にしたかのようだ。

 まるで絹のように綺麗な……。

 

 「妹がお世話になったそうですね。兄のニコル・アスカルトと申します」

 

 その隣に現れたのは。

 なんだこの絶世の美少年は。ジオルドも凄い美形だが、それとは方向性の違う美しさ。

 今の私と同じくらいの歳に見えるが……何というか妙な色気がある。花開くような微笑も、恐ろしい程に魅力的だ。

 万人を魅了するような……。

 

 「妹のソフィア・アスカルトです。先ほどは助けていただきありがとうございました」

 「な、何のことかわかりませんがどういたしまして……?」

 

 困惑しつつも、名乗り返す。

 どうもソフィアを虐めていた令嬢達を、突然登場した私が追い払ってくれたと思っているらしい。ただトイレに行きたかっただけなのに。

 お礼の必要なんてありません、と伝えるが是非また改めてクラエス家に伺いたいと言われてしまう。

 

 「そ、そんな……」

 「お受け頂けませんか?」

 

 ――はうぁっ!?

 頭がくらくらする。ニコルの眉が下がり、悲しげな表情で乞われる。これほどの美少年に懇願されるだなんて、耐え切れない。

 結局押し切られるように、願い出を受け入れてしまった。

 

 ニコル・アスカルトとソフィア・アスカルト。

 その二人が、FORTUNE LOVERの登場人物だと気づいたのはだいぶ後のことだった。




ソフィアで走るカタリナ攻略RTAはぁじまぁるよー。
兄を結婚させることが目標となりますが一周目ルートの場合発動できないスキル、魔性の笑みが今回の二周目では洗脳により使用できるようになります。
使用さえ解禁されれば即出会いイベントをこなし、兄とカタリナを接触させる口実を作ります。
あとは二人きりにしてスキル使用すれば落ちます。たぶんソフィア編の最速です。

そんなこんなで準備完了して襲い掛かる魔性兄妹。
『あ』の人も二周目なので、ちょっと成分濃くなっております。


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【7】

 「どどどどうしよう……」

 

 王子主催のお茶会から数日が経ち。

 ついに約束の日が来てしまった。

 

 偶々ソフィアを助けたことのお礼に、彼女達が我が家へ訪れる約束の日。

 ソフィア・アスカルトとその兄ニコル・アスカルト。

 

 ニコルは、FORTUNE LOVERの攻略対象の一人。

 宰相の息子で私やジオルド達より一つ年上、無口な美形の先輩。ニコルルートはまだプレイしていなかったから、知っていることと言えばこれくらいの基本情報。

 あとは先にゲームをクリアしたオタク友達から聞きかじった情報だけだ。ライバルキャラはニコルの妹だったかしら……つまりソフィア。

 

 破滅から免れるためにも冷静にならなくちゃ。

 ニコルルートでのライバルキャラがソフィアということは、私と関わっている可能性は低いだろう。確認する手段がない以上、そう考えるしかない。

 たぶん大丈夫。破滅フラグはきっと立たない。ヨシ。

 

 ……それにしても二人とも凄い美形だった。

 ソフィアもだけれど、ニコルも恐ろしい程の魅力がある。あんな男の人から、本気で迫られたら……。

 

 破滅フラグを回避する為に日々努力していたが、乙女としての感情が湧き上がる。

 

 ゲームでは魅力的だったジオルドは、カタリナとなった私には破滅へ誘う存在。その弟であるアランも、偶にジオルドと一緒に会うけれどメアリの婚約者だし。

 そういう意味では、初めて出会う原作ゲームの魅力的な男性。前世、色恋には無縁な人生だったけれどもしかしたら……。

 

 ――いけない。

 マリアとジオルドの恋を応援しようとか両親が急に熱愛夫婦になったから、自身もそっち方面に思考が流されやすくなっている。

 未知のニコルルート。どこに破滅フラグが潜んでいるかも分からないというのに。

 それに。ゲームの画面越しで感じていた感情が今、現実のモノとして目の前にあることが……。

 

 「お嬢様」

 

 いけない、と思考を切り替える為に頭をぽかぽか叩いていると。

 妙に頬を紅潮させたアンが、自室にいる私へ声をかける。どうやら、二人が到着したらしい。

 気は重いが行くしかない。

 

 

 「……そんな風に、カタリナ様は私を助けて下さいまして」

 「なるほど。いや、あの子がそんな立派に……」

 「うっ……あのカタリナが……!」

 

 クラエス家を訪れた私とお兄様。

 出迎えたカタリナ様のご両親、ルイジ様とその妻ミリディアナ様。カタリナ様との馴れ初め、その雄姿を語る私に涙している。

 はじめての社交、それも王子主催のお茶会に娘を放り込みながらだいぶ親馬鹿だこの人達。

 

 ――将を射んとする者は、まず馬を射よ。私が知るはずのない世界の言葉に従い、カタリナ様が出てくる前に外堀を埋める。

 

 先日のお礼の為に訪れた私達、それを出迎えたクラエス夫妻に事情を語り。

 ちょっとその雄姿を盛っておく。カタリナ様は超素敵でしたけれども更に盛る。ましましだ。

 

 「妹が大変お世話になりました。とても、素敵なご令嬢に」

 

 私に付き添ったお兄様がにこり、と礼をする。魔性の笑み。

 

 「そんな……不肖の娘が」

 

 目元をハンカチで覆う、未来のお義母様。

 対して公爵家当主たるルイジ・クラエス様は男女問わず魅了する、その笑みをものともせず冷たい声で問う。

 

 「――素敵、か。まさかニコル様は、第三王子のジオルド様が婚約を申し出ている……カタリナに懸想しているのではあるまいね?」

 

 それは、娘を持つ父親が無自覚に持つ直感だった。

 

 「俺は……いや、僕はカタリナに恋をしました」

 

 公爵家当主たるルイジ・クラエス様はその言葉に身を硬くする。

 お兄様の、本心からの言葉。

 娘を持つ父親が何より恐れるその言葉。

 

 「王家から婚約を申し込まれた公爵家の娘。それを奪いたいというのかね、宰相の息子が」

 

 僅か九歳の男児。それに対して、ルイジ様は貴族社会の倫理に依る刺すような言葉を向ける。

 

 国家運営を実質任される宰相……とはいえ、王家の権力は絶対だ。

 そんな王家から申し込まれた婚約。

 先延ばしにした上、破棄にするなどと。いくら王家に近い血筋を持つ公爵家といえ、できるはずがない。

 だが。

 

 「――俺は、彼女が欲しい」

 

 本音のまま、立場すら忘れ。

 真っすぐに自身を睨むように見据える男児。覚悟を決めた、男の眼に自身が重なる。

 

 ならば、良い。

 自身もいくつもの障害を越えて今、妻であるミリディアナを我が物とした。そうして成した一人娘を、今また飢えて欲する男が我が物としようとしている。

 これも、因果か。

 

 「アン。カタリナを呼んできてくれないか」

 

 ルイジ様の表情がすっ、と柔らかくなる。お兄様を見る目が、温かいものになる。

 まるで、未来の娘婿を見るように。馬射った。やったぜ。

 

 これで勝つる。腹黒ざまぁ。おっと、また知らない人が。

 

 国政を王から任される宰相。その息子が王子の、未来の花嫁を寝取る。

 場合によっては国を割る大事だ。だがしかし、そんな事実を理解しながらクラエス夫婦はお兄様を認めてくださった。

 お兄様を本気にさせることも難題だったが、実はこの両親を堕とすことも難題の絶対条件。

 なぜかは知らないが、波乱の恋とか許されない愛に寛大になっているらしい。

 

 風はこちらに向いている。

 

 勝てる。手強い恋敵達に勝てる。

 『今回』こそ、カタリナ様とお兄様が結婚して。

 私は彼女とより強く繋がれる。お義姉様と呼ぶことができる。

 間に挟まれる。最高かよ。

 

 ――勝った。

 

 邪魔する王子達に侯爵家の令嬢は、お父様にお願いして足止めし得る用事を捻じ込んでいる。もう間に合わない。

 そして未来のご両親も、お兄様が堕とした。

 

 後は、お兄様とカタリナ様を二人きりにして愛を囁かせる。

 魔性の魅力で、幾人も無自覚に堕としてきたお兄様。それを正面から浴びせれば、いくら恋に疎いカタリナ様とて必ず墜ちる。

 

 「あ、あのぉ……」

 「カタリナ様をお連れしました」

 

 黒髪のメイドに連れられ、カタリナ様がやってくる。クラエス夫妻は、それと交代するように部屋を後にする。

 

 「改めて、先日はありがとうございました」

 「いえ、そんな……私は何も」

 

 お礼を告げる私達兄妹に、どうもカタリナ様は緊張しておられるようだ。

 兄と視線を合わせたがらないし、彼女らしくもなくもじもじしている。可愛いが過ぎる。いや落ち着け。

 もう既に勝ち筋は見ている。

 

 「カタリナ様が助けて下さった時、まるでロマンス小説の殿方のように思いましたわ」

 「……えっ、ソフィア様もロマンス小説を読まれるのですか!?」

 

 かかった。

 目論見通り、私とカタリナ様の大事な繋がり……ロマンス小説の話題に食いついてくれた。

 私と出逢う前、彼女はロマンス小説仲間に飢えていたはず。

 

 後は話を盛り上げていく。二回目の私はその手の知識を多く蓄えており、カタリナ様の好む話題に事欠くことはない。

 

 そうして、少しずつ話題を誘導していく。

 カタリナ様の蔵書に興味があると。カタリナ様の私室に招き入れられるように、話が進むように。

 場を作り上げる為に。

 

 今、この場では駄目だ。

 クラエス夫妻は退室したが、私たち兄妹とカタリナ様以外に超睨んでくる金髪メイドがいる。

 滅茶苦茶警戒されている。恐らく腹黒当たりの差し金だろうが、どうも私達は危険視されているのだろう。

 

 「じゃ、じゃあ私の部屋にお越し頂けませんか!?」

 「喜んで♪」

 

 ロマンス小説の話で、すっかりカタリナ様の緊張も解けた。警戒も、解けた。

 楽しそうに私室へ案内してくれるカタリナ様。騙しているようで心がちくりとするが、今度こそ私は彼女の特別になりたい。

 カタリナ様の私室。まずカタリナ様、そしてお兄様が続く。私と金髪メイド……マリアはその後方。

 そこで。

 

 「あら、魔法が暴走してしまいましたわー」

 

 私ってばうっかりさん!

 カタリナ様とお兄様が部屋に入った途端、風の魔法が暴走してドアが閉じられ歪んでしまいましたわー。うっかりですわー。

 みしみしびきっ、と悲鳴を上げてドアはバリケードとなった。お兄様とは打ち合わせ済みだ。

 『前』では魔法の制御はあまり得意ではなかったが、この為に死ぬほど練習した。この為だけに。

 

 「……カタリナ様ぁ!」

 

 マリアが扉を叩く。しかし公爵家の頑丈なドアはびくともしない。

 ほんの、僅かな時間だろうが。

 

 二人きり。

 お兄様とカタリナ様を、その状況に出来た。

 これで。

 

 

 「すみません、カタリナ様……妹は魔法の制御が、苦手なところがあって」

 「そんな、お気になさらず……」

 

 まだ灯りを付ける前の、薄暗い自室。

 マリアが扉を叩いてくれているが開きそうにもない。ニコルもどうにかしようと押したり引いたりしているが、まだ幼い少年の力ではどうにも出来そうにない。

 他に、この部屋から出る経路はない。永遠にこの部屋に閉じ込められるなんてありえないが、急に不安が押し寄せてくる。

 よりにもよって、彼と二人きり閉じ込められるなんて。

 

 「本当に、すまない。けど、大丈夫だから」

 「ニコル様……」

 

 なんだろう。しらない感情が、湧き上がる。

 真っすぐに私を見て。頼りになる言葉を囁いてくれる。この人に、付いていきたいと思ってしまう。

 私がカタリナになる『前』にも、感じたことのない感情。そんなしらない感情が押し寄せてくる。

 

 ……こわい。

 

 「大丈夫」

 

 ニコルが私の震える手を取り、強く握る。少年ながらも、私のそれと違う男の子の手。

 温かい。不安に凍えた私は、この手に縋りたくなってしまう。

 

 けれども、これに縋れば。

 たぶん私は『変わってしまう』。それが、なによりこわかった。

 

 「カタリナ様ッ、ドアの近くにいるようなら離れて下さい――ッ!!」

 

 ぶぉん。何か、巨大で重いモノを振りかぶる音。

 

 ――光。

 

 閉じられ、薄暗い部屋に差す光。

 重厚なドアは一撃の下にこじ開けられた。

 私を差す光……その先で、ドアを破壊したらしいハルバード片手に。

 マリアが、微笑んでいた。

 

 

 八歳の時、前世を思い出して七年の時が過ぎた。ついに十五歳になってしまった。

 本当に色々あった。

 破滅フラグを回避する為に方針を決め、対策してきたが。

 

 あまりにも状況が混迷している。

 

 まずジオルド・スティアート。

 私の破滅を招く可能性が一番高い彼。FORTUNE LOVERでは私……カタリナが、彼と婚約していたことに端を発している破滅フラグ。

 だが、申し出を受けて七年、未だにその返答をしていない。

 両親が庇っていることなど色々要因はあるものの、ずいぶん気が長いと私でも思う。

 マリアとジオルドの仲を応援したい私からすれば、ありがたいのだけれども。

 

 マリア・キャンベル。

 日々、メイドとして私と共に育っていく彼女。段々、気づき始めた。

 

 ――マリア・キャンベルはマリア・キャンベルなのだと。

 

 FORTUNE LOVERの主人公マリア・キャンベル。

 当初そんなはずはない、主人公が悪役令嬢の下でメイドなんかやっているはずがないと思っていたが。

 成長し、その可愛い顔が原作のそれに近づいていく。認めざるを得なかった。

 

 ……マリアとジオルドの恋を、応援したい。

 二人はずっと定期的に私から隠れて逢っているようだし、恋仲に違いない。

 マリアとジオルドが結ばれるということは、ライバルキャラである私は破滅フラグまっしぐらかもしれないが……それは何とかしよう。

 

 大好きなマリアの為だもの。

 

 彼女の幸せの為ならば、ジオルドに斬られる……それはちょっといやだけれど、国外追放くらいなら耐えられる。その為にも、国外でも生きていく糧である農業の知識も蓄えたのだもの。

 

 アンに付いて、私の専属として一緒にいてくれたマリア。

 優しくて、努力家で。

 彼女がこっそりくれる、素朴な手作りお菓子はとても美味しくて。

 なのに無欲なマリア。私なんかに仕えているだけで満足だと言ってくれる。

 

 彼女の幸せを望むならば、私には破滅が待っているのかもしれない。

 けれど。

 

 それでもいいと、思ってしまった。

 

 ……ま、まぁ最悪斬られそうになったら、この改良を重ね続けた蛇の玩具でジオルドを怯まさせて逃げればいいのだし。

 国外追放になっても何とかやっていけるだろう。たぶん。

 それに頼もしい仲間もいっぱいいる。

 

 メアリにソフィア。アランやニコルも。

 

 時間を積み重ね、皆いいお友達だ。

 メアリは妙に二人だけの海外旅行に誘ってくるし、ソフィアは平民と王子のロマンス小説を読みたい私に略奪婚の小説を推してくる。

 アランは、ジオルドと話している私を楽しそうに見ているだけだが……ニコルはちょっとこわい。いやすごく紳士的で素敵なのだが、二人きりになりたがるというか。

 その度にマリアが間に入ってくれている。彼と二人きり、真っすぐ向き合えばたぶん私は変わってしまう。

 

 それが何より、恐ろしかったのだ。

 

 皆と共にある。この世界が壊れてしまうことが。

 私が変われば今ここにある状況は一変してしまい、これまでと同じような世界は崩れ去る。

 

 ジオルドやメアリ、そしてマリアが畑仕事を手伝ってくれて。アランも偶にきてくれて。

 ソフィアと小説の話で盛り上がって、ニコルがそれを楽しそうに見守ってくれる。

 

 こんな日々が、何時までも続いて欲しい。

 周囲の皆が笑っている世界。

 私が誰かを選んで誰かが泣いてしまうなんて、いやだ。

 

 そう願い続けて七年。気づけば、魔法学園への入学の時が来てしまった。

 

 「ついに、恐れていた乙女ゲームが始まってしまうということ……!」

 

 乙女ゲームの攻略対象とその関係者たちとの物語が。

 設定とはかなり違う感じにはなっているが。

 

 ゲームが始まれば、恋が始まり恋は人を変える。この前読んだロマンス小説にも書いていた。

 

 けれど、願わくば。

 これから始まる乙女ゲームを破滅なく無事に乗り切り。そして。

 

 ――皆とずっと一緒にいられますように。

 

 マリア、メアリ、ジオルド、ソフィア、ニコル、アラン……。

 ……誰か、足りない気がするけれど。




ここまでやって墜ちない野猿。

シャイニング(光)がシャイニング(映画)。Here is Johnny!
悪役令嬢が主人公のフラグ奪うなら、主人公が悪役令嬢のフラグ奪ってもいいよね。

ようやく七年経ちました。次回、魔法学園入学。
お待たせし続けた彼の出番です。


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【8】

 ――記憶が、蘇った。

 

 

 『鳥がいるぞぉ!』

 『どけよ!』

 

 僕を突き飛ばす、義兄弟達。

 分家とはいえ公爵の血筋を持つ、傲慢な子供。甘やかされ、自分達は特別なのだと思ってしまった彼ら。そんな彼らは、無邪気に暴力を振るう。

 野鳥の巣に、石が投げられていた。鳴き声をあげる雛鳥。身を挺して親鳥がそれを守ろうとしている。

 やめて。

 僕は、それを止めたかっただけだったのに。

 

 

 

 ご当主様と娼婦の間に産まれ、三歳の時この家に引き取られた僕。

 そんな僕は奥様や義兄達からすれば、さぞかし目障りだったのだろう。

 僕は、孤独だった。家族の中にあって、誰も家族がいなかった。

 だから一心に餌を与え続ける親鳥、それに甘えて口を開く雛鳥達。

 当たり前の、家族の在り方に目が離せなかった。独りぼっちの僕は、時折その巣を見上げて。

 うらやましいと、ただ眺めていた。

 

 ……なのに。

 

 その巣に、義兄弟達が石を投げつける。

 法や道理を知らない、幼い子供は残酷だ。それも、一方的に暴力を加えられる相手ならば猶更。

 

 『今』ならばそういうことも理解できる。そんなことをしてはいけないよ、と大人として子供を諭すことができる。

 『前』は、それが出来なかった。ただ、野鳥の家族を守りたくて。

 土の魔法を使い、暴走させてしまった。

 

 幼い子供が発現するはずのない、強力な魔法。地を砕き、岩を炸裂させる土の魔法。

 頬に、生暖かいモノ。それが、義兄の血だと気づいたのはだいぶ後のことだった。

 

 『恐ろしい……』

 『お前は部屋から出るな!』

 

 ただ、彼らを止めたかっただけ。僕の憧れだった家族を、守りたかっただけなのに。

 娼婦の息子に産まれ、貧しく飢え死ぬだけだったはずの僕が生き永らえたのはご当主様に拾っていただいたからだ。

 お優しいご当主様に感謝しろと言われ続け、幼い僕でもそれくらいは理解できた。

 

 そんなご当主様の、後継ぎになられる義兄達を傷つけたこと。それは、罪だと。

 

 だから一人、部屋に半ば軟禁されることも。ばけもの扱いされることも。

 諦めるしかなかった。

 

 だが、八歳の時。

 僕は魔法の才能を認められ、本家に養子として招かれることになる。

 そこで出逢ったのが、義姉に当たるカタリナ・クラエス様だった。彼女が王子様と婚約し、クラエス家の跡取りがいなくなるということで養子となった僕。

 噂通り、我儘な公爵令嬢ならば……僕は、歓迎されないだろう。

 

 分家でもそうだった。自分達の利益を奪う、他所の子供。

 貴族社会にあっては当然だろう。

 だから僕はいつものように一人で、静かに息を潜めて生きよう。誰かと関わらなければ、誰かを不幸にすることなんてない。

 

 ――僕は、恐ろしいばけものだから。

 諦めて、いたのに。

 

 『キース! 今日はとってもいい天気だから庭を案内するわ!』

 『キース、私達は義姉弟になったのだから私のことは義姉さんって呼んでいいのよ』

 『死なないでキース―!!』

 

 僕が本家へ養子に来た翌日。

 クラエス本家の庭を、案内してくれた。釣りもできる小川。その上で見る景色が最高だという木。

 木登りを教えててくれるという義姉さんが落っこちて、僕を下敷きにしたりもしたが。

 

 義姉さん。

 そんな日々は、紛れもなく僕が憧れていた家族との生活だった。

 

 僕が養子として来たことで、お義父様……ルイジ・クラエス様の隠し子疑惑が発生してしまい、ひと悶着あったそうだが。

 義理の両親はそれから、義姉さんと同じように愛情を以って接してくれる。むしろ色々不安な義姉さんを頼むと、お義母様からお願いされるほどだ。

 

 畑を耕し、剣の稽古に励む公爵家令嬢。

 そんな規格外の義姉さんだが、何時も僕に愛情をくれた。何時も、一緒にいてくれた。

 

 ……なのに。

 また、僕は罪を重ねた。

 

 土の魔法に興味があり、僕の魔法が見たいという義姉さん。お義父様から、きちんと先生から学ぶまで魔法を使うことは禁じられていた。

 けれど。

 いつも愛情をくれる義姉さんに、何か恩を返したかった。幼くも女の子にいい所を見せたいというのは、男の子の本能だった。だから、僕は間違えた。

 

 魔力を込め、巨大化させた土人形。義姉さんに乞われるまま、歩かせる。

 落ち着いてさえいれば、その頃でもこの程度の制御は簡単だった。

 なのに。

 突然、土人形へ駆け寄ってしまう義姉さん。僕の制止も間に合わず。

 

 義姉さんを、傷つけてしまった。また、僕は罪を。

 

 ……僕は、お義父様にありのまま全て伝えた。全て、僕が悪いのだと。

 どんな罰でも受けます。

 家族を傷つけた。それも養子の、貰い子の僕が。

 

 やっぱり、僕は一人じゃないといけないんだ。僕なんかが、家族を望んではいけなかったのだ。

 ばけものは恐れられ、誰かを傷つけないよう……一人でいないと、いけないのだ。

 

 暗い闇に埋められた自室に、籠る。誰にも開けられないように鍵を手に握り、扉を施錠して。

 今思えば、なんと浅はかなと笑ってしまうけれども。だからこそ、純粋な願いだった。

 

 もう、誰も傷つけたくなかった。一人でいれば、それは叶う。

 

 義姉さんが、部屋の前に立つ。扉越しに、僕に心配の声をかけてくれる。

 心が暖かくなる。優しい義姉さんの顔が見たい。でも。

 

 『僕はもう、義姉さんの傍にはいられないんです』

 

 反論するように、激しい音で扉が叩かれ鍵のかかったドアノブが捩じられる。

 この扉を開いてはいけない。開けて、義姉さんの顔を見てしまったら。僕はまた、家族を望んでしまって。

 また、傷つける。

 

 『キースッ! ドアの近くにいるようだったら離れてね――ッ!!』

 

 ぶぉん。何か、巨大で重いモノを振りかぶる音。

 

 ――闇が、開く。

 

 まるで、主に道を作るように闇が開いて。その先に、義姉さんがいた。

 ドアを破壊したらしいハルバードを投げ捨て、地に伏せ額を擦り付けるように謝罪してくる義姉さん。

 なんで。なんで、義姉さんが謝るの?

 悪いのは僕なのに。恐ろしいばけもので、義兄達を傷つけ今度は義姉さんも傷つけた。

 強力なくせに魔力をコントロールできない僕は、一人でいなければならない。

 

 『魔力がコントロールできないなら、これから出来るように頑張ればいいじゃない!』

 

 一緒に、魔力の訓練をしていきましょう。

 そんな風に、簡単に言ってくれる。

 

 ……義姉さんは、僕と一緒にいてくれるの?

 それが、当然だと。

 一緒にいるのが当たり前の、家族。

 僕の手を握り、一人ぼっちになってはいけないと言ってくれる義姉さん。

 

 産みの母と別れ拾われた父にも見放されて。

 もう一度拾われたここで、ようやく僕は家族と出逢えた。

 

 義姉さん。これからも、一緒にいてね。

 

 

 「鳥がいるぞぉ!」

 「どけよ!」

 

 僕を突き飛ばす、義兄弟達。尻餅をつく僕。

 この展開を知っている。これは、にかいめだから。

 『前』の記憶が蘇った僕は……。

 

 「な、なんだ!?」

 「土人形……!?」

 

 土の魔法を使い、投石から野鳥の巣を守る。

 『前』……既に本家で家庭教師から勉強し、魔法学園でも学んだ僕は魔法を完全に制御していた。以前のようにのっぺらぼうの土人形ではなく、甲冑姿のゴーレム騎士。

 自分たちの数倍も大きい、土の巨人を操る僕。

 

 「おやめ下さい、義兄さん。高貴な男児が、このような恥ずべき行為は」

 

 十五歳だった『前』からすれば、目の前の義兄さん達は子供だ。あの時のように感情のままに傷つけてしまうなんて、ありはしない。

 

 「す、すげー! かっけぇー!!」

 「キース、これお前が操ってんのかよ!?」

 

 窘める僕に、義兄さん達は目を輝かせる。

 大きく、強大な力。僕が操る土人形……その巨大さが、どこかの琴線に触れたらしい。

 

 それから。

 これまで拾われた子として、何もかも受け入れるように親の言うことを聞いていた僕だったが。

 『今』の僕は両親に、事情を理路整然と説明した。

 何故か尊敬してくれるようになった義兄達が、味方してくれたこともあり。

 

 ――『前』とはだいぶ違う家庭環境になってしまった。

 

 実の父、分家当主であるお父様は。性に奔放な嫌いはあったが、わざわざ僕を拾ってくれたことからそれほど悪い人でもなかった。

 『前』の暴走で、僕を恐れてしまっただけだったようだ。

 義兄達も、親に倣い僕を邪険にしていたが……あの一件以降、認められたらしく遊びに誘ってくれるようになった。

 お義母様も急に拾ってこられた僕に、実の息子達が立場を追いやられるかもしれないという危機感から僕を遠ざけていただけらしい。

 仲良く子供同士遊んでいる内、お義母様もそんな警戒を解いて同じ息子として認めて下さった。

 

 義姉さんと出逢う前、僕にとって居場所のなかった分家。

 『今』は、家族になれてしまった。

 

 「……どうしよう」

 

 兄達がいびきを立てながら眠っている子供部屋。そこで、八歳の僕は頭を抱えていた。

 

 どういうことだろう。

 確かに魔法学園で過ごした日々が頭に刻まれている。『前』の記憶が確かにある。

 時間が巻き戻っている?

 『今』僕は本来なら、兄達を傷つけ孤独になり……ジオルド王子が義姉さんと婚約したことで、クラエス本家の養子になっている頃のはず。

 しかしそうはならなかった。『前』と違う。

 

 僕と家族の仲が良好にあること。

 そして、ジオルド王子は義姉さんとの婚約を成立させていない。後マリアとかいう妙に聞き覚えのある名前の少女が、メイドとして働き始めたらしい。何やってんのあの子。

 

 どうなってるの。

 分家として末端にあるとはいえ、本家の情報は耳に入る。そこから得た情報だが何もかも滅茶苦茶だ。

 

 「どうすれば」

 

 家族の仲は良好。最近は出来た子だとお義母様も認めて下さって、義兄さん達の面倒をお願いされるほどだ。家庭内が居心地良くなって、お父様も火遊びをしなくなった。

 おそらく本家の養子にくれと言われても、簡単には手放さないくらいには良好になってしまった。

 

 そもそも義姉さんが婚約を成立させていない。つまり、本家の跡取りを必要とすることはない。

 申し出の相手が王族だから、時間の問題だとは思うけれど……少なくとも、すぐ僕が本家に呼び寄せられることはない。

 

 つまり。

 僕は義姉さんの弟になることが、できない。義姉さんと一緒にいることができない。

 ……『今』の家庭環境は、夢にまで見た幸せだ。『前』のあの頃、手にしたはずのない幸せ。

 

 けれども、このままでは義姉さんが義姉さんでなくなる。

 僕は彼女にとって分家の、ただの親戚。義姉さんと呼ぶことすらできない。

 

 「そんな……」

 

 幸せな家族を手にしながらも、僕はここにいない義姉が欲しいと思ってしまう。一人でいるべきだなんて、考えていたはずなのに。

 強欲になってしまった。両親と義兄達に囲まれて幸せなはずなのに。

 だから僕は必死に考え、その為に必要なことをしていった。

 

 分家の、それも末っ子の僕が本家の一人娘に近づく方法はない。

 あるとすれば。

 魔法を発現した者、貴族平民の区別すらなく入学することになるそこでしかあり得ない。

 

 『今』僕と義姉さんは会ったこともない親戚。他人と言ってもいい間柄だ。

 他人なのだ。

 だから『前』とは違う、共に在れる方法がある。

 

 もう、義姉さんと呼ぶことは叶わない。けれど。

 

 ――カタリナ様。

 

 一人の女性として、彼女をそう呼ぶことができる。

 一人の男性として、彼女に近づくことができる。

 

 また、家族になれる。今度は、夫と妻として。

 

 『前』、僕は義姉さんに女性には優しくすべし、決して相手を傷つけるような軟派をしてはいけないと教えられてきた。

 義姉さんより扱いが難しい女の子なんていなかったけれども、おかげで義姉さん以外の女性にはあまり耐性がなかった。義姉さんの面倒を見ながら、他の女性にかまけている暇なんてなかったから。

 

 でも『今』は。

 分家の末端にありながら社交界に、できる限り顔を出す。あわよくば、義姉さんと逢えるかもしれないという下心と。

 ……女性の扱いについて、耐性をつける必要があった。

 今回、義姉さんは初対面の女性だ。いくら『前』長い時間を一緒に過ごしたとはいえ、どう話しかければいいのかすら分からない。

 結局義姉さんと出逢うことはできなかったけれども、ずいぶんと経験を重ねることができた。

 

 エスコートを自然にこなせる様になり、女性の目を引く立ち居振る舞いやお洒落……とにかく男性として磨いていく。自信をつける。

 途中、幾人もの貴族令嬢達に言い寄られたが……勘違いさせてしまい、ごめん。僕は、彼女の為にしていることだから。

 他人同士となってしまった『今』、彼女だけを軟派する為に。

 

 そうして、七年の月日が経った。

 魔法学園入学の日。

 

 『前』とはずいぶん違う十五歳になった僕。

 

 「義姉さん……」

 

 僕と同じく、大人になった彼女を遠巻きに見る。その姿を見るのは、七年ぶりだ。

 心が張り裂けそうになる。今すぐ駆け寄って、抱きしめたい。

 

 友人達やメイドに囲まれ、無邪気に笑う彼女。そこに僕はいないけれども。

 だからこそ『今』ならば、弟扱いで進めなかった位置にまで踏み込むことが出来る。

 

 義姉さん。いや、カタリナ様。

 また、家族になろう。




キースで走るカタリナ攻略RTAはぁじまぁるよー。
二周目の場合、義弟にならない選択肢が解放されます。
本家に入った場合イベ消化即押し倒すのが最速なのですが、今回は分家ルートでの最速。
家庭環境は驚きのビフォーアフターしているので、魅力値稼ぎに幼少期を費やせます。分家イベもifとして面白いのですが、RTAなんで全スキップです。
あとは学園に入ったら魅力値の暴力で殴ります。野猿は死ぬ。

お待たせしました。
時期的に分家での魔法暴走もうちょっと前な気がしますが、捻じ込みました。
本当に待たせてごめんよう、キース……しかし義弟という安地を捨てた彼は一気に強キャラです。
原作ゲームの軟派と一周目の純愛が両方備わり最強に思える。


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【9】

 魔法学園。

 十五歳を迎えた魔力を持つ者達は国中からここに集められ、二年間の教育を受ける。

 ここで、ついにゲームが始まってしまう。FORTUNE LOVERの始まり。

 物語の敵役、悪役令嬢の私はここで破滅を迎える運命にある。

 

 前世を思い出して七年。

 色々と状況がおかしく……それに、何かを忘れている気がするが。

 とにかく、始まってしまった。

 破滅フラグを回避する為に、出来る全てをした。

 

 ジオルドによる破滅を免れる為に剣の稽古をして、彼が苦手とする蛇の玩具のディテールアップに励んだ。

 国外追放されても生き抜くために、農業の知識もたくさん学んだ。

 

 ――×××による破滅を免れる為に、可愛い義弟を甘やかし……あれ?

 

 私が前世を思い出して、記憶を整理する為に書いたマル秘ノート。

 そこに記された×××のこと。

 悪役令嬢であるカタリナ・クラエスには、義弟がいたはず。愛情不足の反動で、チャラ男に育つ――。

 ゲームの知識以上に、×××を知っているはずがない。『今』私は、彼をFORTUNE LOVERの世界でしか知っているはずがないのに。

 

 

 

 「こここれ、君のだろう? 返してほしければ、ぼ、僕と遊んでよ」

 

 魔法学園、その入学式を終えて。

 珍しいお菓子があるからと、ジオルドの部屋に誘われて向かう途中。

 落としてしまったハンカチを拾ってくれた彼。妙にどもっているけれども。

 私は×××……彼を、直感でそう呼んでいた。

 

 「――キース。誰これ構わず軟派するような義弟にはなってはいけないと、教えたはずよ」

 

 ゲームでは軟派に、けれども孤独に在ったキース。

 それを癒す主人公と惹かれ合い、ライバルキャラである私は破滅を迎えることになる……その予防という建前の下、単純に弟が欲しかったから溺愛していた。

 何故、彼……『前』のキースのことを知っているのかは分からない。

 けれども義姉を軟派する義弟に、とてつもない違和感があったから。

 

 「そんな……義姉、さん?」

 

 キースは信じられないという顔で、私を見つめている。

 ありえないはずの事態。『今』キースと私は他人同士のはず。

 『前』より女性好みするお洒落をして、少し強気で軟派になってしまっているキースだけれども。

 

 キースは私の義弟だ。

 

 名乗ってもいない彼だけれども、これは確信だった。

 ……あれ、何故キースと『今』出会ったの? そもそも、マリアが何で昔馴染みのメイドで……?

 

 『今』……『前』が、在ったの?

 

 会ったはずのない、ずっと一緒にいたキース。

 まだ出逢っているはずのないマリア。

 その衝撃により足元が崩れ去る。

 

 頭を打ったことで始まった第二の人生。カタリナ・クラエスとして始まったはずの人生。

 

 『前』とは違う『今』。

 『今』は、二回目だ。

 

 混乱する。理解できない。脳内会議でも、整理し切れそうにもない。『前』? 『今』?

 処理しきれない情報に、頭がオーバーフローしてしまう。

 

 「カタリナ様……!」

 

 熱暴走を起こし、意識を失う私をマリアが抱き留めてくれる。

 その柔らかな感触に包まれて。

 私はとりあえず、慣れた心地よい腕の中で休むことにした。

 

 

 カタリナ様のメイドとして、魔法保持者の生徒として共に入学式を終えて。

 

 ジオルド様のお部屋に招待されていた、カタリナ様の前に現れたキース様。

 『前』と見違えるように、お洒落で色気のある殿方になっていた。

 カタリナ様のお供として後ろに控えている私が、息をのむ程魅力的……一番はカタリナ様ですが。

 そんな彼が不埒にもカタリナ様を軟派した瞬間。

 

 カタリナ様は、彼を義弟と言った。

 

 キース様が思わず彼女を義姉と呼ぶ。

 『今』二人は遠い親戚、顔も見たことがないはずなのに。キース様は、義姉と応えたことから『二回目』で間違いない。

 カタリナ様は、いつも通りだったはずだ。お慕いし、今回はメイドとして幼い頃からずっと付き添っていたのだから間違いないはず。

 

 「ぁ……」

 「カタリナ様!」

 「義姉さん!」

 

 熱暴走を起こしてしまったかのように、カタリナ様の身体が倒れ伏しそうになる。

 それを抱き留め、呼びかけるが意識がない。光魔法での癒しを試みるが、病気や怪我ではないようだ。

 少し熱っぽいが眠っているだけ。急転した事態に、意識を遮断したようだ。

 

 「……キース様?」

 「ひっ。い、いや僕が悪いの!? 義姉さんを軟派しようとしただけだよ!?」

 

 充分不埒で万死に値する行為ですが、少なくともキース様がカタリナ様を害したわけではない。姉弟愛の少し強すぎる彼が、そんなことをするはずがない。

 では、何故……。

 

 「マリアさん」

 

 カタリナ様を抱き締めている私と、困惑しているキース様。そんな私達に声をかけたのは。

 

 「……会長」

 「そんなに睨まないで欲しいなぁ」

 

 『前』……カタリナ様を陥れようとした彼。

 シリウス・ディーク。

 魔法学園の生徒会長であり、成績も魔力も学年トップ。生徒会の仕事も完璧で、平民の私相手でも優しかった彼。

 

 その裏で、彼は復讐の為の牙を研ぎ続けていた。

 闇の魔法の儀式、その為に母を生贄に捧げられた彼。自身は他人の記憶を植え付けられ、その他人を演じ続けることを余儀なくされた。

 全ては、仇であるディーク侯爵夫人に復讐する為の仮面。

 

 『前』その仮面にヒビを刻んだカタリナ様は、彼に陥れられた。

 死ぬまで眠り続ける……そんな窮地に。

 だから『今』私達は、彼を警戒していた。二度と、あんなことを起こさせはしないと。

 

 一年先に彼と入学しているニコル様も、彼を警戒し探ってくれていたが。

 今日まで尻尾を出すことはなかった。

 

 「反応を見るに、君達も『二回目』だね」

 

 ざわり。

 会長の柔らかいはずの笑顔が、底知れず恐ろしいモノに見える。

 『二回目』。その符丁。

 でも、それならば彼は既に――。

 

 「とりあえず、生徒会室でカタリナ様を横にしてあげよう」

 「……はい」

 

 私とキース様はまだ警戒を解かずに、会長の先導についていく。

 

 「他に『二回目』を確認した人がいるのなら、呼んできてくれるかな。話したいことがあるんだ」

 

 罠の可能性はある。

 だが、彼の言う『二回目』の人々は信頼できる。カタリナ様の身をお守りするのならば、心強い仲間だ。

 人目のある学園の廊下で仕掛けてくるとも思えないので、呼ぶべき方々をキース様に伝える。

 ジオルド様、アラン様、ニコル様、ソフィア様、メアリ様。

 全員なの!? と面食らっていたキース様だが、とりあえずは状況を呑み込んで走ってくれた。

 

 カタリナ様を慕う方々。

 『今』全員が生徒会室に集った。

 

 

 

 「うん。やっぱり全員だったね」

 「最初に言っておきます。僕は貴方を、許していません」

 

 ずらりと居並ぶ私達に囲まれ、笑顔の会長に。

 ジオルド様が突きつけるように告げる。

 

 「虚偽や企み……またカタリナに手を出した、これから出すようなら」

 

 この場で焼きます。

 

 ――。

 室内の全員が、震え上がる。彼は、本気だ。

 王家の者はみだりに魔法を使ってはいけない。その理由の一つとして、その強力さがあげられる。

 もし、本当に焼くと言うのならば。

 彼の炎は骨すら残さず、会長を燃やし尽くすだろう。

 

 「と、とりあえず焼かれたくないので先に言いますが、僕はカタリナ様に何かしようなどと考えていません」

 

 振るえる両手、その掌を上げて敵対の意思がない事を示す会長。

 

 やはり。

 『前』彼はカタリナ様に救われた。

 闇の魔法、その犠牲者となって。

 復讐に囚われていた彼の心を、カタリナ様は解き放った。

 彼に憑りついた、靄のような闇が払われたのをこの目で見ている。そして『今』も闇の力は感じられない。

 役人の下へ自ら向かい、罪を告白した彼……カタリナ様に恩ある彼ならば。

 『二回目』の彼であるのならば、また手にかけようとするはずがない。

 

 「会長も『二回目』ということですね」

 「ええ。ですから、前のような事件は起こしません。僕はシリウス・ディークではなく」

 

 もう、ラファエル・ディークなのだから。

 助勢する私の言葉にそう応え。手の震えが収まる会長。

 

 しかしそれならば何故、今この時まで私達に接触してこなかったのか。

 結果的に憂慮だけで済んだ。だが何か歯車がかけ違えば、危険なことになった可能性もあった。

 

 「……話して、頂けますか?」

 

 ジオルド様に促され、会長が語り始める。

 

 『二回目』。

 私達、全員が見舞われた異変。なのにカタリナ様はいつも通り。

 そのはずが、突然にキース様を『思い出した』。

 

 その理由を。




火力があろうが当たらなければ意味ないって三倍の人も言ってました。キース……。
そして隠れキャラ登場。真相が語られます。

残り二話も連続投稿になります。


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【10】

 何故、今なのだ。

 何故、この瞬間に記憶が舞い戻ってしまったのだ。

 

 陽の入らない、ランプの灯りだけが照らす薄暗い部屋。

 囲う壁にはびっしりと儀式実行の為の、魔術文字が書かれている。

 

 十人近い大人達が、二人の少年。片方は既に抜け殻だが……囲んでいる。

 抜け殻の少年は綺麗な布の上に横たえられ。

 もう一人の少年は、縄で縛られている。

 

 屈強な男達を従え、煌びやかな真紅のドレスを身に纏った女はそんな少年を見下ろしていて。

 

 「……おかあさま……」

 「ああ、シリウス! あなたなのね!!」

 

 赤の女……奴は、何の罪もない母とその息子を贄にして得たと『思っている』少年を抱きしめる。

 

 ――ああ、知っている。知っているとも。俺はこの後殺される!

 何故、今この時に舞い戻っているのかはわからない。だが、殺されるわけにはいかなかった。

 

 奴が周囲の男達に命じる前に、闇の魔法で記憶を奪う。何故ここにいるのかすら、理解できないように。何故、奴に従っているのかすら忘れてしまうように。

 これで、赤の女の手勢は木偶となった。

 

 「奥様。私を、騙していたのですね?」

 「な、なにを……!?」

 

 赤の女……ディーク侯爵夫人は、まだ状況を呑み込めていないようだ。

 家族を人質に取られ、従順に禁忌である闇魔法の儀式に臨んだ私が。家族と共に故郷へ帰ることだけを願っていた私が、反逆するなど思ってもいまい。

 私も、未だこの状況を理解し切れていない。

 

 だがこれだけは理解している。

 『前』この女が私の家族を殺したことを。恐らく『今』もそうだということを。

 愚かしくも『前』の私はそんなことを知ることもなく、この女に従っていた。そして用済みとなった私も殺されたのだ。

 

 「必ず、地獄に落とす。『前』は叶わなかったが、『今』は」

 

 呆けている男の腰から鋭剣を引き抜く。

 突然の事態に怯え、這いずるように逃げる背中。『前』は叶わなかったが、私は舞い戻り……この手で、叶えることができる。

 ああ、これで叶わなかった復讐を果たすことができる。家族の、仇を討てる。

 

 「やめろ!!」

 

 ――なのに。

 縛られている少年……シリウス・ディークの魂を流し込まれた、哀れな犠牲者が声を上げる。

 攫われ、実の母を目の前で殺され。今度は他人の器にされそうになった。

 直接手を下したのは私だが、この女は少年にとっても憎むべき相手のはずだ。何故、止める?

 

 「僕も『二回目』だ!」

 「……っ!?」

 

 まるで事態を呑み込めない侯爵夫人を尻目に、少年を見つめる。彼も『前』を知っているというのか?

 だったら何だというのだ。

 あの公爵令嬢に助けられて、今度は自分がこの女を助けたくなったのか?

 

 「……僕は覚えている」

 

 『前』。

 殺され、怨念の塊となった私に憑りつかれ。憎い仇から愛情を受けながら、復讐の時を待ち続けた少年。

 聖女と出逢ったことで、その感情はかき乱された。

 

 聖女は万能の、物語の主人公などではない。

 あの時、救うと言ったのならば少年は彼女を憎むことが出来た。

 

 ――お前に何が分かるのだと。

 差し伸ばされた手を払うことが出来た。少年が、聖女を憎むように出来たのに。

 だが、そうはならなかった。だから私は心残りのまま消え去り――。

 

 「地位も権力も奪い尽くし、地獄に落とす。あの時貴方は、そう宣言した」

 

 『今』。

 この場で殺せる。そんな喜びに舞い上がっていた私に、少年の言葉が刺さる。

 そうだ。ただ地獄に落とすだけでは足りない。家族を奪われた私はその無念を晴らす為、やり切れない思いを少しでも返済させねばならない。

 殺すだけでは駄目だったのだ。

 

 「必ず、全てを奪って地獄に落とす。だから、まだだ」

 

 そう言って嗤う少年。その言葉で、彼が『二回目』であることを確信する。

 私は彼の母を殺した仇であり。

 そして、首謀者である侯爵夫人を仇とする同志だ。

 

 『前』は死後に怨念となり。

 彼を唆して憎悪に心を染めさせ、復讐へ走らせた。

 しかしその成就を見届ける前に聖女によって、彼は私を……怨念を払った。私は侯爵夫人の破滅を見届けることなく、消し去られた。

 

 「『前』は貴方がいなくなった後、復讐は成された。彼女の何もかも、奪った」

 

 それは、悪魔の囁き。

 私が彼にしていた、それだ。

 

 「『今』なら。君にも、彼女の破滅を見せてあげられるよ」

 

 無念の内に殺された私。

 今度は私に囁かれる悪魔の言葉に、心から笑ってしまった。

 

 望んだ復讐。同じく侯爵夫人を恨む者として、唆し操っていた彼が今度は私を唆そうとしている。それがあまりにも可笑しかったから。

 

 「いいだろう」

 

 怨敵であるこの女を殺すのが、惜しくなった。

 ただ殺すだけでは足りない。奪える全てを奪った上で、地獄に落とす。

 

 『前』私はそう宣言したのだから。悪魔の囁きに従おう。

 女に向けていた鋭剣を下ろして。

 縛られている少年を抱え、儀式の間を後にする。

 

 突然に裏切り、剣を下ろし。少年を攫って出ていく私に侯爵夫人は、呆然としている。

 ――待っていろ。

 お前には、必ず破滅をくれてやる。

 

 私と、少年が。

 

 ◇

 

 それから数日間。

 

 儀式の間を後にした僕と黒衣の男はディーク侯爵夫人の罪、その証拠品を搔き集めていった。

 死の淵にある息子を救おうとしたとはいえ、闇の魔法を得ようとしたこと以外にも様々な非合法を行っていたから。

 シリウス・ディークの記憶を受け継ぎ『前』に行っていた、復讐の準備が役に立った。

 

 あとは、これを持って僕が証人として告発するのみとなった。

 

 「あ……おかえりなさい」

 

 証拠品を一人整理していると、黒衣の男が隠れ家に帰ってきた。

 自然に出た僕の言葉に、彼は自嘲するように笑って。

 

 「……私を、憎んでいないのか」

 「許すことはできません。貴方は、母の仇だ」

 

 侯爵夫人が全ての元凶だと理解していても、直接手にかけた彼を許せるはずがない。

 

 だが。

 証拠品を集め、確実に侯爵夫人を破滅へと導く。

 その為に隠れ家で寝食を共にしながら準備を進めるうち、不思議と憎いと思うことはなくなった。

 二人きりで作業を進めながら、互いの話をした。

 

 彼が遠い故郷に産まれ、魔法の才があることで侯爵夫人に目をつけられたこと。そして、儀式の為に家族を人質に取られていたこと。

 僕が侯爵に手をつけられたメイドの子として産まれ、田舎へ越して母子二人で幸せに生きていたこと。

 

 ただ、憎しみのままに『前』心の中で共にあった彼……『今』こうして、面と向かって話せたことで。

 

 何かが解決するわけではない。僕の母はもう死んでしまったし、彼の家族も既にこの世にいない。

 侯爵夫人への復讐を互いに誓いながらも。

 辛く悲しい心は、和らいだ。

 

 ――人を救うことなんてできる訳がない。でも、傍にいることはできるから。

 

 ああ、そういうことだったのだ。

 カタリナ様が僕を助けてくれたあの言葉。物語の主人公のように奇跡を起こすことなんて、人間にはできない。

 だが、悲しみに寄り添いそれを分け合うことはできる。

 

 ずっと一人ぼっちで憎しみを育んでいた『前』とは違う。

 『今』は互いの悲しみを知り合うことができた。

 互いの悲しみを分け合い、互いの悲しみを少しでも癒すことができた。

 

 「それでいい。どちらにせよ、私は君に追われる立場だ」

 「では」

 「ああ。準備は整った」

 

 家族の遺骨も回収できた、と寂しそうに笑う黒衣の男。

 これから、遠い故郷に帰り家族を弔うのだという。その後は、国外に出るそうだ。

 

 「悪いが、今この場で君に殺されてやるつもりはない」

 「僕もその気はありませんよ。せいぜい追手に怯えながら、生き延びて下さい」

 

 王国に、証人として全てを話す。そうすれば例え脅されていたとはいえ、実行犯の彼にも追手がかかる。

 

 奇妙な数日間。母の仇と共に作業をし、寝食を共にしていた。

 彼は僕を拘束すらしなかった。

 侯爵夫人を地獄に落とすという約束をしているとはいえ、何時でも寝首をかけたはずなのに。

 

 おそらく、それでもいいと彼は思っていたのだろう。だから、僕は彼を手にかけなかった。

 母の仇である彼に対する、僕の答えだった。

 

 「そうするよ。もう一つの復讐も果たせたしな」

 「もう、一つ?」

 

 ――カタリナ・クラエスを手にかけた。

 黒衣の男がそう言った瞬間、手近にあった包丁を握る。

 『前』彼の目論見はカタリナ様によって破綻した。侯爵夫人と同じく、恨みを向ける可能性に気付かないなんて……!

 

 「待て。出来たのは、結局嫌がらせ程度だったよ」

 

 彼は夜中にクラエス邸へ侵入し、眠っているカタリナ様に闇の魔法を使ったらしい。

 

 「悪意を増幅させて、破滅に落としてやろうと思ったのだが」

 

 やはりどこにも増幅させるモノがなかった。

 そう言って、大笑いする黒衣の男。

 

 「だから、記憶を消してやったよ。あんな子供の記憶が消えたところで、大した仕返しにはならんが」

 「……」

 「おっと。これは、殺される前に逃げた方が良さそうだ」

 

 言い捨てて、隠れ家から逃げ去っていく。追うが、子供の身体で追いつけるものではない。

 黒衣の男を見失った僕は、証拠品を手に王国へ告発するしかできなかった。

 

 

 

 王国は闇の儀式の事件について、既に証拠集めをしていたらしい。どこからか、第三と第四王子が事件について嗅ぎつけていたようだ。

 僕は身柄を保護され、黒衣の男にも追手がかけられた。

 そうして、大量の証拠品と僕という証人が現れたことで事件は立証され。

 

 ディーク侯爵夫人は身分剥奪の上、国外追放。黒衣の男は、この沙汰を恐らくどこかで見届けただろう。

 これに満足しないのであれば……追放された彼女に、直接手を下すかもしれない。だが、僕には十分だ。後は彼が自由にすればいい。

 

 僕は禁忌である闇の魔法に関わった者として、しばらく魔法省で身柄を拘束されていたのだが。

 十五歳となり、魔法学園に入学を許された。

 僕が強く願い出て、今まで捜査に協力的だったことから許可が下りた。元々僕は風の魔法を持っているので、例外とし辛いこともあったのだろう。

 とはいえ、事件に関する一切は秘密とすること。卒業後は、再び魔法省に身柄を預けることを約束した。

 

 

 

 「これが、事の顛末です」

 「秘密、話しているじゃありませんか」

 「王子様に脅されて話せと言われれば、仕方ないですよね」

 

 呆れたように告げるジオルド王子に、にこりと笑いながら答える。

 僕はこの状況をずっと待っていた。

 

 「一年前、一緒に入学したニコルに話すべきか……同じ『二回目』なのか探っていたんですけどね」

 

 『前』幼馴染だったニコルは、基本無表情で心の内が読みにくい。

 ラファエルの名を使っていることから『二回目』であることには、彼は気づいていたはずだが。

 結局僕に対する疑念を払いきることはできず、そして僕も確信できない以上ここまで秘密を守るしかなかった。

 

 「……その、すまない」

 「いいよ。こうして君と、一緒に卒業出来そうだから。叶わなかった望みが叶ったから」

 

 僕は『前』卒業前に事件が発覚したことで、ニコルと最後まで学園に通うことができなかった。それも、僕が入学を望んだ理由だ。

 

 「つまり、こういうことでしょうか」

 

 複雑に絡み合い混迷し、突拍子もない現状。

 物語に造詣が深いソフィアが最初にその事実に辿り着く。

 

 「ここにいる全員が『二回目』である。カタリナ様も」

 「えっ、いや私は」

 「メアリ。もうバレてるから」

 

 何故かとぼけようとしているメアリさんを、アラン王子が窘める。

 その通り。だから、カタリナ様は初めて会ったキースを義弟だと断じた。

 

 「しかしカタリナ様は、闇の魔法で『一回目』の記憶が消されていた」

 「おかげで僕らは白か黒かの選別にあちこち警戒していた……だからこそ、真相に辿り着くまで時間がかかった訳ですね」

 

 流石ジオルド王子。頭の回転が速い。

 

 黒衣の男がカタリナ様を襲ったことも勿論、役人に話している。

 闇魔法絡みであることから、調査は秘密裏に進められたが……カタリナ様には闇魔法による影響はない、というのが結論だった。

 なぜ黒衣の男がカタリナ様を狙う理由があったのか、それは話せずにいたことから襲撃自体なかったのではないかと思われているようだ。

 

 理由を話すには『前』の話をする必要がある。

 荒唐無稽な話を信じてくれるのは、同じ『二回目』の相手のみだ。ニコルは先ほど述べたように、確信が持てなかった。

 うかつに秘密を洩らせば、死罪になる可能性がある。

 残念ながらここまで、僕だけの秘密となってしまった。

 

 「でも、義姉さんは僕を思い出した」

 

 そう。義弟ではない、キース・クラエスという強烈な齟齬。

 恐らくそれが最後の条件となりカタリナ様の記憶は回復した。

 

 「強い衝撃が最後の一押しになった。けれども、それが成せたのは」

 「……私、ですか?」

 

 僕が視線を向けた先。

 カタリナ様を、愛おしそうに膝枕をしていたマリアさん。

 光の魔法の保持者。闇の魔法を感知する光とはいえ、悪意の増幅ではなく記憶の消去のみを施された為に気づくことはできなかった。

 

 これは未解読なことが多い、闇の魔法に対する僕の個人的な知見だが。

 メイドとして幼い頃からカタリナ様に寄り添い続け……記憶の回復を促進していた。無自覚ながらもカタリナ様を想う心が、見えない闇を照らし続けたのだろう。

 

 様々な要因が重なり、絡まり合って。

 カタリナ様は僕達と同じ『二周目』になった。

 全ての懐疑は解かれ……関係性は変わってしまったけれども。

 ただ無邪気に、学園生活を楽しめる日がやってきたのだ。

 

 

 

 さて。

 これでハッピーエンドだ。背負っていた荷が、ようやく下りた。

 一人になった生徒会室で、椅子の背に体重を預ける。

 皆はまだうとうとしたままのカタリナ様を、部屋まで連れて行った。

 

 ハッピーエンドの向こう側。ようやく、本腰を入れてそこへ進むことが出来る。

 闇の魔法を実際に受け、様々な要因から記憶の回復をしてみせたカタリナ様。僕が将来入ることになる魔法省も、さぞかし興味を持つことだろう。

 

 長年魔法省と関わって人脈を作り上げた『今』。

 彼女もそこへ入ってもらうための算段を準備している。復讐の準備なんてモノではなく、未来の幸福の為の準備。

 

 たった二年在籍する学園……僕と彼女の場合は、歳の差があるから一年だけ。

 幼い頃から彼女を慕う、手強い恋敵たちを相手取るには短すぎる。

 だから、未来の時間を作るのだ。新人として魔法省に入った彼女を先輩として助け、たくさんの時間を共にすることができるように。

 

 カタリナ様。

 僕と、聖女の未来の為に。




ラファエルで始めるカタリナ攻略RTAはぁじまぁるよー。
隠しキャラの彼ですが攻略は復讐イベ消化後でないと出来ないので、実質復讐RTAです。
二周目の場合は黒い人を止めることが出来るので、そこから共闘ルートに入り赤い人を即破滅させます。
学園では好感度ゲージが溜まりきらないので卒業後の準備に費やしましょう。入省後は真面目に仕事せず好感度を上げてエンドです。

(ピロロロロロ…アイガッタビリィー)
カタリナ・クラエスゥ! 何故君だけが『一回目』だったのか! 何故以下略。
というわけで、次回最終話。連続投稿です。


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【END】

 「また、友情エンドに終わりましたね……」

 

 FORTUNE LOVER最後のイベント……入学して一年、先輩達の卒業式を終えて。

 脳内会議、カタリナ・クラエスの破滅エンド回避の為の作戦会議。

 

 「色々あったけれど、最高にハッピーなエンドだからいいじゃない!」

 

 議長私の、ため息交じりの言葉にハッピー私が応える。

 そう、本当に色々あったけれど。

 

 『二回目』であることを思い出した私は、周囲の様変わりした状況に混乱しつつも。

 

 ゆっくりと、受け入れていった。

 義弟ではないキースが一番違和感があったが『前』と同じように、義姉さんと呼んでくれるのだから応じることにした。

 『今』私達は姉弟ではないが……それでも可愛い義弟だもの。

 そうして『前』のように事件は起こらず。ただ、楽しい日々を送れたのだ。

 

 

 夏休みには、メアリと海外旅行に行った。

 初めての海外、この世界で初めて海を見た。薫る潮風に、島国である故郷を想った。

 絶対に付いていくというマリアと、二人きりで行きたいというメアリでひと悶着あったが。

 結局皆で行った旅行は、とてもいい思い出になった。

 

 避暑地の湖にも行った。

 ジオルドに誘われ、マリアを伴って。

 暑さに項垂れていたから、涼しく綺麗なそこでとてもはしゃいでしまって。

 疲れて帰りの馬車で寝てしまったが、マリアの膝枕の温もりが心地よかった。

 

 アランの演奏会に招待された。

 『前』と同じくアイドルのコンサートみたいに、令嬢達の歓声を受ける彼。

 演奏が終わった途端、ぶっきらぼうになるのも『前』と同じ。けれど、今回も初めて聞く曲だった。

 曲名は「家族になりたい」。どこかで聞いたような曲名だったが。

 それを隣で聞いていたメアリは、ちょっと怖い顔になっていた。マリアはもっと怖い顔になっていた。

 

 アスカルト兄妹とお買い物にも行った。

 本やアクセサリー、スイーツ。楽しい時間は、やはりあっという間に過ぎてしまって。

 『前』よりも時間が遅くなり、慌てて取った宿で何故かニコルと二人きりになった。

 あの時はマリアが駆け付けなければ、ちょっと危なかったかもしれない。

 

 貴族の舞踏会。

 そこで会長……ラファエルに会った。

 あの事件により落ち目にあるディーク家だが、優秀な彼が後継ぎとなることから貴族社会での人気は『前』と変わりないようだ。

 令嬢達に囲まれていた彼に声をかけられ、婚約話に華が咲く。

 生徒会長で、卒業後は魔法省で重要なポストを任される彼。ご婚約の話には事欠かないだろう。

 なのに、未だに婚約者が決まっていないらしい。あまり乗り気ではないのか。

 

 「それとも、誰か気になる方がいらっしゃるとか?」

 

 私の問いに、ラファエルは。

 

 「いますよ。心から、気になる方が」

 

 にこり、と太陽のように笑顔のラファエル。気になって、追及したくなるが。

 

 「カタリナ様、人様の恋路に踏み込んではいけません」

 「そ、そうよねマリア! うふふ、どんな方であろうと応援しますわ!」

 「……」

 

 マリアの忠告に自らを恥じる。そうよね! これ以上、野次馬根性で踏み込んではいけない。

 ラファエルも黙ってしまっているし。秘めたい恋心、他人が踏み荒らして言い訳がないわ!

 

 キースの実家に招待された。

 ご両親とお兄様方に盛大に持て成され、素敵な家族に囲まれているキースに安心した。

 『前』のようにあーんしてあげようとしたら、顔を真っ赤にしていた。

 皆でそれを笑っていたけれど、マリアだけちょっと笑顔が引きつっていたような気がする。

 

 『前』とちょっとだけ違う、夏休み。

 やっぱり夏休みの課題集は少ししか進んでいなかったので、マリアに手伝って貰いながら死ぬ気でやることになったが。

 

 

 

 「『二回目』……何故こんな事態に陥ったのか、謎は残りますが」

 

 真面目私が顔をしかめる。

 そもそもカタリナ・クラエスになってしまったこと自体、謎なのだが。

 

 「『前』よりもっと無茶苦茶です……どこに破滅フラグが潜んでいるやら……」

 

 弱気私が破滅に怯える。

 もうゲームの知識も役に立ちそうにない。最終イベントであるニコルと、そしてラファエルの卒業式イベントも終わってしまった。

 

 「破滅フラグなんて折って見せるわ! 私だって『二回目』なのだから!!」

 

 強気私がそれに応える。

 そうだ。皆より遅く『前』を思い出した私だが……それでも、農業の知識をよりたくさん蓄えている。

 

 「皆幸せそうだし、いいんじゃないの!!」

 

 ハッピー私が声を上げる。

 『前』とはだいぶ違う『今』。けれども、少し違う形で大団円を迎えることが出来た。

 

 「――皆と一緒にいられますように。願いは、叶いました」

 

 議長私が締めくくる。

 マリア、メアリ、ジオルド、アラン、ニコル、ソフィア。

 そして、キースとラファエル。

 

 『前』とは違うけれど、それでも破滅を免れ皆と一緒にいられる。

 

 「乙女の道筋は一つではないということでしょう。それでは」

 

 議長の木槌が打たれる。カタリナ・クラエスの破滅エンド回避の為の作戦会議。

 これで、ピリオドは打たれた。

 

 ――幸福の未来に、ごきげんよう。

 

 

 何回目か、もう数えるのすら億劫になった誕生日。

 田舎の男爵家に産まれ、十五歳の時からクラエス家に行儀見習いとして長い月日が流れた。

 とっくに行き遅れと揶揄される歳となってなお、この日を厭う気になれない。

 

 男爵様とメイドの母の間に産まれた私。

 主の言う通りに。お気に召されるように、振舞うよう母から言われて育った。

 

 ただ、言われるがままの道具として在ること。

 主の言葉にただ従う。ただ主の望むモノであることに努めた。

 そうすれば、日々は問題なく過ぎてゆく。

 

 火事で母を失い背中に傷を負ったことで、男爵様に捨てられ。クラエス家に身を移しながらもそれは変わらなかった。

 私が専属として付いたカタリナ様。甘やかされ、我儘で高慢な彼女に他のメイド達は長く続かなかったが。

 

 主に従うだけの、人形の私。

 帰る家がない私には、彼女の欲するまま合わせる以外の選択肢はない。

 

 しかし転機は、突然訪れた。

 頭を打ち、我が主は変わられた。

 高慢さはなくなり、我儘も言わなくなった。

 前のように賞賛の言葉を望むこともなくなった。

 

 ただ人形であった私は、彼女の急変に困惑した。意思がない人形は、豹変した彼女にどう応えればいいのかわからなくなった。

 しかも、彼女はあまりにも危う過ぎた。

 庭に生えていた茸……シイタケの匂いがするから食べられると言い張ってお腹を下したり。

 木登りが得意といいながら、偶に落ちる。幸い大怪我はなかったが。

 

 目を離せば、仕えるべき主はいなくなってしまう。あまりにも危うい主。

 カタリナ様がいなくなれば……主によって動く人形である私は、何をすればいいのか分からなくなる。

 

 気づけば、私は自身の意思で言葉を話すことを覚えていた。

 

 主を窘め、時にはその身の為に反論する従者……邪険にされ、すぐさま首になってもおかしくないはずなのに。

 カタリナ様は、実の姉のように慕ってくれた。

 評判の悪い、親よりも年上の子爵と結婚させられそうになった時。私を必要なのだと、守っていただいた。

 

 そして初めて、誕生日プレゼントをもらった。毎年贈られる、主から従者へのプレゼント。

 公爵令嬢なのだから、いくらでも使えるお金で買う、簡単に贈れる物ではなく……手作りの木彫り人形や、手書きの肩叩き券。

 

 肩叩き券というものがよく分からず、カタリナ様に聞いてみたがマッサージをお願いできる券とのことだ。

 ……マッサージというのは、どの部位をどの程度までして頂けるのか。

 思わず前のめりになりそうだったが、もったいなくてまだ使っていない。

 カタリナ様から毎年頂いたプレゼントは全て、大切に保管している。額に入れたり、箱に仕舞ったそれらを度々眺めるのは私の幸福だ。

 

 ――『二回目』。

 カタリナ様が頭を打った所で始まった、奇妙な『今』。

 周囲の方々は気づかれていないようだが、私……アン・シェリーも同じ『二回目』だった。

 

 不可解な状況だが、規格外な我が主に振り回され続けた私にとってはいつも通りだ。ただ、カタリナ様の傍にいてお仕えする。

 カタリナ様と何方が添い遂げられるのか。

 それが誰であれ、私は従者として主と共に在る。

 

 例えその結果が破滅だとしても。

 幸福な未来でも、最悪の未来であろうと我が主と共に在る。

 自動的に決めていた『前』とは違う。自身の意思で、主と決めた人の為に尽くす。

 

 今年も贈ってくれた手作りのアクセサリーを胸に、誓いを新たにする。

 『前』も『今』も関係ない。私は、カタリナ様のメイドだから。

 

 「――『今』は、私もそうですよ?」

 

 いつの間にか、隣に立っていた。

 私の後輩として、カタリナ様の専属となったマリア・キャンベル。

 

 カタリナ様の寝顔を見つめ、物思いに耽っていった私に。

 何故釘を刺すように口にするのか。空恐ろしいモノを感じながらも、安心する。

 

 何時まで経っても危うい在り方の我が主。

 けれども『二周目』で周囲もより深く、彼女を愛して。力強くなった。

 

 そんな彼らに囲まれたカタリナ様に、破滅などあるはずがない。

 想像の斜め上を行く我が主。何時だって前向きに、真っすぐ進む彼女には。

 

 幸福の未来が待っている。




これにて乙女ゲームの破滅フラグしかない悪役令嬢に転生してしまった2周目に転生してしまった…やっぱり長い! 完結となります。
本作全体のあとがきについては、後ほど活動報告にて。

本当にたくさんのUA、お気に入り、ご感想ありがとうございました。


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