インフィニット・ストラトス 重力戦線 (ディニクティス提督(旧紅椿の芽))
しおりを挟む

01.始まり

(待てコラ、おい。ふざけてるのか、この状況は? 俺を精神的処刑に処する気か?)

 

俺は現在、死にかけていた。なんで、こうなったんだろうな、そう思わずにはいられない。

明らかに大きな校門の前に俺は立っている。時刻は、十一時。明らかに遅刻だ。そう、此処は学校だ。それも、超有名校。だが、俺は歩き出す気力が湧いてこない。

何分か経っただろうか、緑髪の女性が俺の方に歩いてきた。

 

「あ、来たんですね〜。よかったです。私は、貴方のクラスの副担任を務める山田真耶です」

 

山田先生は、俺の顔を確認してホッとしたような表情をしている。そんなに遅れた事が心配だったのか? それも仕方ないだろ。こっちはアフガンから直通で来たんだぞ、遅くなるに決まっている。それにしても日本の土を踏むのはいつ振りだろうか、最後にこの国にいたのがいつだか思い出せない。

 

「ええ。それじゃ、よろしく頼みますよ、山田先生。早いとこ行きましょう」

「そうですね。早く行かないと、大変な事になりますもんね。ではついて来てください、雨田君」

 

俺は山田先生の後をついて行く。これから教室に向かうのだろうが、この空気をなんとかしてくれ。お前もそう思うだろ、ーーーーーーー。

 

 

「此処が、貴方のクラスの一組です。少し、織斑先生と話してくるので待っていてくださいね」

「何処にも逃げやしませんよ、俺は」

 

そう言って山田先生は教室に一人入って行く。廊下に一人残された俺だが、もう慣れた。一人で国外へ飛ぶことだって何回もあったからな。その慣れだ、慣れ。

それはそうと、教室の方から何やら怒鳴り散らすような声が聞こえる。一体何があったんだろうか。

 

「おい、入って来い」

 

突然、怒鳴り散らす声はなくなり、凛として響く声が聞こえてきた。ああ、この声はブリュンヒルデか。しかし、何故世界最強が此処で教師を?

そんな疑問を頭の片隅にいれながら、教室に入る。

入った瞬間、集まるのは視線。うわ、やだやだ。ただでさえ目立つのは嫌いだっつーのに、これだけ好奇の目を向けられるとな、精神的処刑になるぞ。ああ、今フランスにいるあいつに早く会いたいものだ。あの癒しは誰にも真似できんだろ。

 

「諸事情により入学が遅れたやつが今来た。これより、自己紹介をしてもらう。雨田、やれ」

 

やれやれ、しなければならないのか。こんな面倒なことしていられるかっての。だが、しないと殺されそうな気がする。何故だろうか、わからないが本能的にそう訴えている。まぁ、やるか。

 

「雨田士郎だ。趣味は読書。二人目のイレギュラーだが、まぁ仲良くしてくれるとありがたい。よろしく頼む」

 

俺、雨田士郎は本日付でここ特別教育機関「IS学園」に入学した。はぁ…………胃薬持ってくりゃ良かったぜ。

 

 

 

 

 

「それで、俺が中断してしまったような気もするが、誰が怒鳴り散らしていたんだ? 廊下にまで響いていたぞ」

 

とりあえず、この場の状況を理解できてない俺は、教室にいる全員に状況を説明してもらうことにした。だって、状況が明らかに読めないものだからな。何があったんだ、本当に。

 

「今、クラス代表を決めようとしているところだ」

「そんな平和な話し合いの中で、マシンガン並の速度で怒声を放つやつが何処にいるんですか? アホなんじゃないんですか?」

 

俺がそう言った瞬間、誰かが勢いよく立ち上がった。金髪で縦ロールの髪…………貴族か。あれは、確かイギリスの代表候補生、セシリア・オルコットじゃないか?

 

「あ、貴方も私を小馬鹿にしていますの⁉ そこの文化的にも後進的な極東の猿と同じように⁉」

「ほう…………つまり、あんたが怒鳴り散らしていた訳か。あと、発言には少し気をつけろよ」

 

俺はオルコットのところまで歩み寄って耳元で囁くように、言葉を出す。短い文だったが、十分そこにいるファーストイレギュラーこと織斑一夏の事と日本をバカにしているのはよく伝わった。

 

「あんた、代表候補生だろ? お前の言葉は国の言葉。不用意に言葉を言えば、お前が戦争のトリガーになるんだが、その時責任とれるか?」

 

そう言った瞬間、オルコットの顔が引きつった。今更になって気づいたのかこいつは。

 

「…………あんたも大変だな、織斑一夏」

「一夏、でいいぜ。とりあえず、日本をバカにされたのをやり返してくれてありがとうな」

「別にこれくらい普通にやるんじゃないのか? やられたらやり返す、そんなもんだろ」

 

ファーストイレギュラーーー一夏に礼を言われた。うむ、別にバカにされたのを反撃したんじゃないんだけどな。ただ、日本が戦争するのはまず自殺行為だしな。戦力はほとんどないに等しいし。そこだけは止めさせておきたかった。

 

「決闘ですわ‼」

「話の脈絡が見えねえ‼」

「貴方達二人に決闘を申し込みますわ‼」

 

やっかいだな。そんなこんなで、まともに授業が進むことなく、オルコットを相手するのに、一夏だけでなく俺までもが巻き込まれた。ちくしょー、ついてねえ。

 

 

 

 

 

昼休み。俺は食堂の方に向かっていた。ただし、飯は用意してある。ここの飯は基本タダで食えるからな。これも、国民の血と汗と涙で出来た税金から作られていると考えると、なんでだか切なくなってくる。

 

「ああ、すまない。同席してもよいか?」

 

突然見知らぬ女子に話しかけられた。髪型はポニーテール、それでも腰のあたりまで髪は伸ばされている。…………何年、切ってないんだ?

 

「ああ。別に構わん。ところであんたは?」

「私か? 私は篠ノ之箒だ。お前は確か」

「雨田士郎。好きに呼んでくれて構わん。とりあえず飯を食わせてくれよ、箒さん」

「いきなり名前か⁉」

 

まあいいだろう。女友達がまた増えた。これで、公式には二人目か。

 

「それで、俺に何か用があってきたんだろ」

「ああ、そうだった。あの時は一夏が迷惑をかけた。済まなかったな」

 

そういうことね。だが、箒さんにとってはあまり意味のないことではないのか。

 

「幼馴染のやらかしたことをこっちで必死こいてフォローするのは大変なんだ。これも私の運命なのか…………」

「幼馴染、ねえ」

 

もう少し箒さんと会話しておこうかと思ったが、それは突然入った放送によって中断させられた。

 

『一年一組、雨田士郎は職員室へ速やかに来い。くり返す、雨田士郎はーー』

 

お呼び出しがかかった。どうせ、仕事の話だろ。そう思って席を立つ。

無言で、職員室に向かった。

 

 

「早かったな。その様子だとまともに食事は取れなかったか?」

「いえ。飯は胃袋にぶち込んでおいたんで、問題はないです」

 

職員室にいった瞬間、ブリュンヒルデに捕まった。

 

「それで、俺に何の用で?」

「いや、お前の事だ」

 

聞いてきたか。答えてもいいんだが、話がややこしくなるぞ。

 

「俺の事、ですか」

「ああ。調査書にもお前が国連に所属している以外ほとんど情報が無かったからな。話せる部分だけで構わん。教えてくれ」

 

別にいいか。遅かれ早かればれるかもしれなかったからな。

 

「俺は、国連極東方面軍機械化混成大隊所属第08小隊長、雨田士郎少尉だ。…………今のところ話せるのはこれだけです」

「尉官だったのか…………これは失礼をした」

 

ブリュンヒルデはそう言って俺に敬礼をしてくる。いや、うちの小隊はそんな事滅多にしねえし。大隊長にもそんな事やったか? というか、大隊長も大隊長でだるそうにしてるし。エアコン嫌い、治らないのか…………?

 

「敬礼なんていらないですよ。どうせ、俺は一士官にしかすぎません」

「僅か十六歳で士官になったやつが、どの口で言ってるんだか。だが、此処は学校だ。軍人としては扱わんからな。…………昼休みも終わりに近い、次の授業には遅れるなよ?」

「わかってますって」

 

俺は職員室を出た。ため息だけが漏れる。

ん? 俺の性格が、明るいのか暗いのかはっきりしろって? 今日はいろいろあり過ぎて疲れているだけだ。

 

 

 

 

 

『はっはっは、お前も有名なったものだな。国連軍の中でも話題になってるぞ』

「…………どの口が言うんですか、コジマ大隊長。貴方のせいで客寄せパンダ状態ですよ。どうしてくれるんですか」

 

俺はディスプレイに映し出された初老の男性からの言葉に心底呆れた。

この男性はコジマ大隊長。極東方面軍機械化混成大隊の指揮官だ。もっとも、大隊長よりおやっさんと呼ばれる事が多いが。

俺は、少し嫌味を込めて大隊長と呼んでやった。この人が、口を滑らさなきゃ平和だったのに…………

 

『済まん済まん。その事なんだが、追加武装を送る。明後日までには着くように手配しておいたからな。それで、勘弁してくれ』

「…………パッケージの種類は?」

『RTX-440と追加武装コンテナ一式だが』

「…………了解しました。では」

 

そう言って通信を切る。俺はそのままベットの上に寝転んだ。いろいろあり過ぎて疲れが、異常に溜まっている。…………てか、俺抜きであいつら(08小隊)は大丈夫なのだろうか?

 

 

 

 

 

「エレドア‼ お前、また他の隊の女にナンパしたのか、このお調子者‼」

「そ、曹長‼ スパナは投げていけませんよ⁉」

「お、おいカレン⁉ 俺を殺す気か⁉ ミケル、カレンを止めてくれ‼」

「そ、そんな⁉ む、無理ですよ、エレドアさん‼」

「…………隊長、自分は不安でいっぱいです」

「サンダース‼ お前もそこのお調子者を捕まえてくれ‼」

「や、やめろカレン‼ 俺はまだ死にたくなーーギャアアアァァァァァ‼」

 

あながち、士郎の予感は外れていなかった。コジマ大隊の基地に関節が外れる音と、悲鳴が響き渡った。

 

 

 

 

 

俺が入学してから丸一週間が立った。大隊長からの贈物も受け取ったし、問題はない。…………08小隊が、また問題を起こしたらしいが。

まあ、それを気にしたらダメだ。それに、やっとの事で調子がいつものやつに戻ってきたんだ、ここで落としたらまずい。

 

「それにしても、お前達…………剣道だけやってて勝てるのか」

「「…………」」

 

俺がそう言うと、後ろにいる一夏と箒さんの二人は露骨に目をそらした。実を言うとこの二人、この一週間ずっと剣道だけしかやってない。まあ、座学なんて必要ないと思うが、もうちょっと別な方法があったんじゃないか?

 

「し、仕方ないだろ。体育教師(ジム・トレーナー)とは比べ物にならない勝負だったんだから」

「わ、私だってこいつに負けたくなかったんだからな」

「それで、勝負にばっか気を取られ過ぎてまともな特訓をしなかったと?」

「「…………はい、その通りです」」

 

過ぎた事はどうしようもないんだがな。

 

「それより、俺の専用機はまだ来ないのか?」

「わ、私に聞くな。雨田、お前は何か知っているか?」

「今日中に届くみたいな事は聞いているが、それ以外は知らんな」

 

これは事実。国連側から今日中に一夏の専用機が届く話を聞いた。日本政府が用意するみたいなんだが、こんな調子で大丈夫なのだろうか?

 

「雨田、時間がない。試合はお前から始めてくれ」

 

どうやら、時間の前倒しで俺からやるようだ。よし、じゃ頑張るとしますか。

 

「わかりましたよ、織斑先生。行くぞーー来い、陸戦型ガンダム」

 

その言葉と共に、俺は光に包まれた。装甲が全身にまとわれて行く感覚を感じながら、俺は左腕にショートシールドを呼び出す。

眩い光が収まると、視界がクリアーになる。

 

「進路クリア。RX-79[G] 発進どうぞ」

 

山田先生からの合図と共に、俺はカタパルトに乗る。

 

「陸戦型ガンダム、出るぞ‼」

 

俺はリニアカタパルトによって押し出され、滞空する事せず、そのままアリーナの地面へと着地した。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

02.地上のIS

俺がアリーナに降り立つと、そこには既にオルコットがいた。彼女は、蒼い機体に身を包んでいる。

 

ーーデータベースと照合完了。イギリス製第三世代型試験機、ブルー・ティアーズ。特殊兵装有り。

 

陸戦型ガンダムからの情報が直に頭に流れ込んでくる。第三世代機か…………陸戦型ガンダムは安定性と継続戦闘力などその他諸々が普通の機体よりも上だが、所詮は第二世代型だ。しかも、"跳躍"はできても"飛行"はできない、本当の意味での陸戦型。スラスターはあるが、滞空はできない。故に、地上でオルコットを見上げている。

 

「遅かったようですわね」

「すまんな。一夏の野郎の機体が届かず、変更までに時間がかかっただけだ」

「別に、そんな事はどうでもいいですわ。それよりも、貴方に最後のチャンスをあげます」

「何…………?」

 

チャンスだと? PICを切って、地上戦でもしてくれるのかい? それなら嬉しいんだが。

 

「今此処で、泣いて謝るのでしたら、許して差し上げますわよ」

 

そのセリフに俺は、オルコットのアホさ加減に頭を抱えそうになった。まあ、女尊男卑のこのご時世だ。こんなやつも多かれ少なかれいるだろう。

 

「残念だが、その要求だけはのめない」

「そうですか…………ならばーー」

 

ーー敵、六十七口径特殊レーザーライフルの初弾エネルギー装填を確認。回避してください。

 

「ーーお別れですわね‼」

「見え透いた攻撃をどうも‼」

 

俺はその場から一歩後ろに飛び退く。その直後、俺のいた場所をレーザーが貫いた。

俺も対抗するべく、右手に100mmマシンガンを装備する。戦車砲クラスの弾丸が、オルコットへ飛んで行く。

 

「なかなかやるようですわね…………‼ ですが、此処からは私の奏でるワルツ、その独壇場ですわ‼」

「中二病、乙‼」

 

レーザーは絶え間無く俺を狙って飛んできやがる。避けるために俺は、走る。とにかく走る。たまにブーストもするが、走る。マシンガンも結構当たっているようだが、中々落ちる気配はない。

 

「そ、その銃は、マシンガンなんですの⁉ 明らかに、戦車砲の直撃と同じ威力ですわ‼」

 

結構ダメージは入ってるみたいだ。だが、それでも落ちないのは、エネルギーに余裕があるからなのだろう。多分、六百くらい。

 

「ああ、マシンガンだぞ。それも片手で撃てるサブマシンガン」

「有り得ませんわー‼」

 

オルコットが何か叫んだようだが、俺はそのライフルに驚いているぞ。それってスナイパーライフルの類だろ? スナイパーライフルって、そんなバスバス連射できんの?

 

「これ以上はやらせませんわよ…………行きなさい、ティアーズ‼」

 

オルコットがそう叫ぶと、両肩のあたりに浮いているユニットから四つのパーツが外れる。そして、こちらにその全てが飛んでくる。

 

「おいおい…………四基もビットがあるのかよ。どうやって、避けろっていうんだ?」

 

飛んできたものーービットの先端にはスリットが入っている。つまり、

 

「ぬぅっ⁉」

 

レーザーが放たれるわけだ。レーザーは俺の顔の真横を通り抜けていった。幸いにも、ダメージはない。

 

「さぁ、此処からが私のターン。華麗に踊りなさい」

「俺は踊るのは無理なんだよ‼ 胸部マルチランチャー、スモーク‼」

 

ーー胸部マルチランチャー、スモークグレネード装填完了。

 

「こいつはどうだ‼」

 

胸部マルチランチャーよりスモークグレネードが放たれ、煙幕が張られる。いくらISのハイパーセンサーがあろうとも、人間の目視による判断が重要になる。

スモークを張ったおかげか、レーザーは飛んで来ない。俺は、この隙に六連装ミサイルランチャーを左手に装備、赤外線シーカーをオルコットに合わせる。

 

「そこだぁぁぁぁっ‼」

 

ミサイルを二発撃ち込む。スモークの中を突っ切って、ミサイルが何かに直撃する。その爆発によってスモークが晴れる。

 

「小癪な手を使ってきますわね‼」

「ティアーズが二基落ちただけか‼」

 

どうやら、オルコットはティアーズを盾にしたようだ。だが、それでもダメージは入っている。その証拠に、彼女の顔には焦りが見て取れる。

俺は再びマシンガンを撃ちつつ、たまにミサイルを放つ方向に切り替えた。

 

「捉えました‼」

「ぐっ…………‼」

 

右肩のフックをビットのレーザーが掠めていった。シールドもごく僅かだが、削られた。だが、陸戦型ガンダム自体装甲が硬いため、ダメージとしては表面が焦げたくらいだろう。俺も、負けじと近くに飛んできたビットを膝蹴りで破壊する。

 

「残り一基‼」

「やるものならやってみなさい‼」

「うおぉぉぉぉぉぉっ‼」

 

俺はミサイルを撃ち切ると、左手にもう一丁のマシンガンを取り出す。まるで、2丁拳銃のように俺はマシンガンを放つ。反動が手にじんじんと伝わってくる。

 

「くっ‼ この程度、なんとも有りませーー」

「よし、ビットを全て破壊したぞ‼」

 

別にオルコットを狙ったわけじゃない。厄介なビットを破壊するためだ。残りのビットを破壊し、残るは隠し球だけだ。だが、代わりにマシンガンが両方とも残弾ゼロ。仕方なく、格納する事にした。

こうなると、遠距離からの攻撃は無理だ。俺は、スラスターをふかして、オルコットへ飛んで行く。

 

「ーーかかりましたわね」

 

その時、オルコットの口角がつり上がった。

 

「あいにく、ブルー・ティアーズは六基ありましてよ‼」

 

その言葉と共に腰の突起が外れ、俺へと向かってくる。あれはミサイルか。だが、これくらい想定済みだ。

 

ーー胸部ガトリング砲、掃射。

 

胸部ガトリング砲による射撃でミサイルを迎撃、撃ち落とす。その時に生じた爆煙を突っ切って行く。

 

「これで終わりーー」

「最後まで隠し球を持っていたのはいいが、油断は禁物だぜ?」

「‼ 何故⁉」

「あいにく様、固定兵装があるものでな」

 

俺は胸部ガトリング砲と胸部マルチランチャーの照準を至近距離のオルコットに合わせる。

 

「少し痛いが、まあ我慢しろ」

 

ーー胸部ガトリング砲、胸部マルチランチャー、一斉射撃。

 

多数の弾丸が、オルコットを襲う。俺は重力に引きずられ地表へと落ちて行くが、照準はずらさない。圧倒的連射速度の胸部ガトリング砲によって、ダメージは一気に蓄積されるだろう。

しばらくして、オルコットが意識を失った事を知らせるアラートが鳴った。俺は、落下してくる蒼い機体を両腕で受け止めた。

 

「まぁ、これ以上はやめておくか」

 

少し、灸を据えてやろうかと思ったが、それはやめた。なぜなら、彼女の顔には憑き物が取れて楽になった、そう語っているような安らかな笑顔をしていたからだ。

 

『勝者、雨田士郎』

 

そのアナウンスと共に、アリーナは歓声に包まれた。

 

 

 

 

 

「今戻ったぞ」

「凄いな、士郎‼ 代表候補生に勝っちまうなんてさ」

「そうか?」

「そうだろ。だって、千冬姉の量産型みたいなもんだろ?」

 

ビットに戻ると、一夏のぶっ飛んだ発言を聞いてしまった。は、ブリュンヒルデの量産型だと⁉ そんなものがあったら、戦争になるぞ⁉

 

「…………せめて、劣化コピーと言え。てか、誰だ、そんな事教えたやつ」

「私だ」

「お前か、箒さん‼」

「まぁ、落ち着け雨田。とりあえず、よくやったな。織斑の機体も届いたところだが、お前が戦う必要はない」

「なんで、そうなるんだよ千冬姉ーー」

 

突然、戦車砲のような音がピットの内部に響き渡った。ん⁉ 何が起きたんだ⁉

よくみると、潰れたカエルのようになっている一夏と、煙をふいている出席簿を持ったブリュンヒルデの姿が…………。出席簿、何でできているんだ?

 

「織斑先生だ。第一、雨田はクラス代表に立候補してない。よってだ、お前はオルコットとのみ試合を行う。いいな?」

「…………はい、織斑先生」

 

一夏がのされているのを尻目にみながら、俺はピットを出て行く。

 

「雨田、一体どこに行くのだ?」

「ん? 見舞いだよ、見舞い。そろそろ目を覚ましただろうよ、あの天狗は」

 

 

 

 

 

(…………うぅん…………ここは、一体…………?)

 

気を失っていたセシリアは、目を覚ました。視界にはいるのは見知らぬ天井。だが、鼻につく医薬品の匂いにより、ここが保健室である事に気づいた。

 

「どうやら、目は覚めたみたいだな、お嬢さんよ」

「だ、誰ですの⁉」

 

突然声をかけられ動揺するセシリア。辺りを見渡すと、声の主は意外と近くにいた。

 

「おおっと、そう身構えるな。俺だ、雨田士郎」

「あなた、ですの?」

 

いたのは、先ほどまで戦っていた士郎だった。

 

「…………この私を笑いにきたのですか。あれだけ大口を叩いてこのザマなんですもの、笑われても当然ーー」

 

セシリアは、どこか陰鬱とした空気で、言葉を紡いで行く。あれだけ大口を叩いたのに負けてしまった、その事は彼女のプライドに大きな傷を作っていた。それが、自分で作ってしまったものだということも、彼女が一番理解している。

だが、士郎はそんな彼女の言葉を切って、口を開いた。

 

「いや、俺は笑ったりしない」

 

彼の口から出た言葉に、セシリアは一瞬理解が追いつかなかった。

 

「誇り高いってのは別に悪いことじゃねえし、あんたは十分な戦いをした。それに、負けを知らないやつなんてのはこの世界にいないさ。誰もが一回は失敗して、そして次に繋げるんだ。あんたはそれで十分さ」

 

その言葉を聞いた途端、セシリアの心にあった傷がすうっと消えていった。いつの間にか、彼女の表情には笑顔が戻っていた。

 

「ふふっ、貴重なお言葉ありがとうございます。少し、話を聞いていただけますか?」

 

そしてセシリアは語り出す。自分が英国貴族の一つオルコットの血を引いてる事。父が母に媚びへつらうような人間だった事。そして、二人はもうこの世におらず、一人で財産を守っている事。

その全てを目の前の男に話していた。

 

「あんたは、守る為に戦ってきたわけだな。高嶺の花のように、自分の家を触れさせない為に」

「はい…………」

 

それっきり二人は、言葉を交わさなくなってしまった。というのも、空気が重すぎて喋れそうにないという、"交わさなくなった"というより"交わせなくなった"状況なのだ。

ふと、何かを思ったのか士郎は胸から銀色の懐中時計を取り出す。だが、時間は決して見ずに裏の蓋を開ける。そこには、士郎と並んで写る金髪の少女の姿があった。

 

「何を見ているんですの?」

「ああ。昔の知り合いだ。会いたいと思っているんだが、何処にいるのか…………フランスにいるってのは確かなんだがな」

「レディの前で、他の女性の話をするのは少々マナー違反ですわ」

「そうなのか? これからは気をつけるよ」

 

セシリアは士郎に注意をすると、柔らかく微笑む。それはさながら、聖母のような美しい微笑みだった。

 

「じゃ、俺はこれで行くとするよ。またなオルコット」

「ええ。それと、私の事はセシリアとお呼びください」

「そっか。じゃ、また明日な、セシリア」

「ごきげんよう、士郎さん」

 

士郎は保健室を退出して行き、セシリアは再び訪れた眠気に負けて眠った。とんだ出会いの仕方の二人だったが、今此処で友情が芽生えたのは間違いではないはずだ。





オリキャラ紹介

雨田士郎(アマダ・シロウ)

国際連合極東方面軍機械化混成大隊、通称コジマ大隊に所属。階級は少尉。何かと問題を起こす第08小隊の隊長を務める。
会いたい人間がいるらしいが、再会はできてないらしい。
最近の悩みは、気が強すぎるカレンとお調子者のエレドアが引き起こす大捕物の始末書。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

03.信頼への距離

試合が終わった翌日、教室は賑わいを見せていた。

 

「それじゃ、一組のクラス代表は織斑一夏君になりました。あ、なんだか一繋がりでいいですね」

 

クラス代表を巡る一件は、一夏がクラス代表になる事で全ての終わりを見せた。ちなみに、試合の結果は一夏の負け。悪燃費って恐ろしい…………。

 

「先生‼ 異議あり‼」

「拒否権の発動」

「ちふーーじゃなかった、織斑先生、汚ねえ‼」

 

そして鳴り響く戦車砲の音。これも聞き慣れてしまった。今じゃ、クラスの誰一人として驚いていない。初めて聞いた時は、全員ビビっていたらしいが。さすが、ブリュンヒルデ。やる事のスケールが違う。

 

「先生、なんで雨田君はクラス代表にならないんですか?」

「ああ。それなら理由がある。一つは候補に上がってないからだが、もう一つを教えるには、雨田もう一度自己紹介をしてくれ」

 

仕方ないか。候補に上がってないだけだと、このやかましい女子たちは納得しないだろう。ちなみに上層部のほうもコジマ大隊長の働きかけによって、面倒ごとには首を突っ込ませないようにしているらしい。代わりといってはなんだが、任務が追加されたくらいだ。

俺は教壇に立ち、再び自己紹介をする。

 

「国連極東方面軍機械化混成大隊所属、雨田士郎少尉だ。まあ、こんな事実を知っても、普通に接してもらえるとありがたい」

 

自己紹介をし終えると、レベルがぶっ飛んだ発言をされた為か、クラスの殆どが口をポカーンと開けている。唯一、アクションを見せているのはセシリアくらいか。

 

「そ、そんな…………わ、私は軍人の方に決闘を申し込んだだなんて…………もしかして、私、本当はここにいなかったのでしょうか?」

 

いやいや、殺す気はねえし。コジマ大隊の連中は皆根はいい奴らだから、そんな事しない。てか、民間人に手を出した時点で、軍人としての意義を問われる。軍人は民間人を守る盾と鉾のような存在だからな。…………女尊男卑のこのご時世で、そんな事言ってるの、極東方面軍だけなんだけどな。

 

「つまりはそう言う事だ。いちいち国連軍のほうから召集がかかって忙しいやつに任せられる訳がないだろ。だから、暇そうな織斑にしたわけだ」

「暇そうって…………実際そうなんだから、言い返せない」

 

一夏も見事に言いくるめられて、あえなく撃沈。

 

「それでは、クラス代表は織斑一夏で異存はないな?」

「「「はい‼」」」

 

女子の結束力ってすごいものだなと、改めて実感させられた。少しだけいい経験したな。

 

 

 

 

 

その夜。

どうやら、寮の食堂の方で一夏のクラス代表就任パーティを行うらしいが、少し面倒になった俺はまだ寮に帰ってない。寮監のブリュンヒルデにはすでに自由にできる許可を得ている。

というか、寮は女子と同室なのだが、その女子が全く顔を見せてくれない。何故だ、俺のせいなのか?

ふと、アリーナの格納庫にあたるところを過ぎようとした時、格納庫の明かりがついているのが見えた。こんな時間に何をしているんだろうか? 気になった俺は、向かって見る事にした。

 

「こんな時間に一体何をしてるんだ…………?」

 

俺は格納庫の扉を開けて中に入る。すると、中には一機のISを調整する女子の姿があった。

 

(ん? 少し様子が変だぞ?)

 

だが、女子は少し疲れが溜まっているのかふらついているようにも見える。一体、どうしたんだ。俺は、彼女に聞いてみるために近づいて行った。

その時だった。なんの前触れもなく、その女子が倒れた。

 

「って、お、おい‼ 大丈夫か‼」

 

俺はすぐさま駆け寄る。もしかして何かの持病なのかもしれない、と思い、陸戦型ガンダムの無駄なのか使えるのかよくわからない機能「人体スキャナ」を使う。病気とか障害などの異常を調べられる機能だ。戦場で医師が頼れない時には使える機能だ。

ガイドレーザー(人体に無害)を当て、直ぐにスキャンする。

 

ーー診断結果、疲労と睡眠不足。

 

どうやら持病とかそっちの類ではなかった。その事にホッとした。

 

「とりあえず、寝かせてやるか」

 

俺は近くにあったソファに彼女を寝かせ、冷えないように上着をかけてやった。

 

 

 

 

 

「…………う、うん…………?」

「あ、気がついたか」

 

何分が過ぎただろうか。彼女が目を覚ました。と言っても寝ぼけているようだが。よし、名前を聞く時は"あんた"から"君"に変えておこう。その方が警戒されずにすむかもしれない。

 

「…………貴方は?」

「俺か? 俺は雨田士郎。一組の者だ。君は?」

「…………わ、私は、四組の更識簪、です…………」

 

彼女ーー簪さんは相当な内気な性格のようだ。それに、声も小さくて聞き取りにくい。カレンのやつならよく聞こえるんだが…………比べる対象が違うか。

とにかく、俺は何故簪さんはこんな時間に一人で何をしていたのか、それを聞こうとした。

その時、突然腹の虫が鳴った。ちなみに俺ではない。となると

 

「あ…………」

 

簪さんは、それが恥ずかしくてたまらなかったのか、顔を赤くして俯いている。

 

「腹、減ってるのか?」

「…………(コクッ)」

「レーションなら直ぐ出せるが…………食べるか?」

「…………うん…………」

 

そして再び陸戦型ガンダムの使える機能、というか空いている拡張領域内に保存してあるレーションを取り出す。一般的な軍のレーションと比べて、極東方面軍のそれは味が良いのが売りだ。

俺はレーションを開ける。中にはパック飯のチキンステーキと缶詰のパン、その他缶詰いろいろ。結構いろいろ入っていた。

 

「ほら、好きなのとっていいぞ」

「…………え、いいの?」

「腹、減ってるんだろ。いいから、食べなって」

「…………じゃあ、お言葉に甘えて」

 

そう言って簪さんは、パック飯のチキンステーキと缶詰のパンと何故か入っている鮪の大和煮を選んだ。極東方面軍のレーションには必ずと言っていいほど、鮪の大和煮が入っている。これは、極東方面軍の間で一つの謎になっている。でも大隊長、これ好物だもんな。もしかして、大隊長のえり好みでできているのか?

 

「…………冷めてるけど、美味しい」

「そうか。それはよかった」

 

簪さんは美味しそうにパンを頬張る。そこまで喜ぶものなのだろうか。

俺はレーションの箱の中をもう少し見る。すると、中にあるものが入っていた。

 

「簪さん、これもやるよ」

 

俺はそれを簪さんに投げ渡す。

 

「これは…………?」

「チョコレートクッキーだ。俺はいらないから、それも食べていいぞ」

「…………ありがとう」

 

何故、こういう甘い物が入っているのか。本来は、甘い物を与えて士気をあげる為だろうが、疲れている身体に直ぐブドウ糖が補給出来るからとも俺は考えている。あと、こんな感じに女性を喜ばせる為にも使えるかもしれない。

 

「…………ごちそうさま」

「はいはい。腹一杯になったか?」

「…………うん。ここ最近はずっと、まともな食事もとってないし。それに、ここに住み込んでいたから…………」

そう言われるとお菓子の袋とかがそこら辺に転がっている。健康に良くないな。せめて、飯くらいはまともに取れよ…………。

 

「さて、腹も満たされた事だし、一つ聞いてもいいか?」

「…………え、えと…………なに、かな?」

「簪さんは、此処で何をやっているんだ? ISの整備にしては、いささか大きすぎるだろう」

「…………」

 

俺が、気になっていた事を聞いた瞬間、簪さんの表情に曇りが見えた。

 

「あれは…………私の専用機。今、組み上げているところ…………」

「専用機を組み上げる? 企業の方はどうしたんだ?」

 

普通、ISを個人で調整する事はよくあるが、組み立てるのはまずない。企業の方で組み立てられるからだ。陸戦型ガンダムも国連御用達のヤシマ重工のラインで組み上げられたものだからな。整備でも十分大変なのだが…………それを組み上げるとなると、並大抵の努力では無理だ。

 

「…………倉持は、白式に人員を割かれて」

「そういう事か。人員を割かれて開発がストップしてしまったという事か」

 

簪さんは、小さく首を縦に振って肯定を表す。一夏の白式、あれも倉持技研製だったな。だが、確か裏の情報ーーというより、極東方面軍の間では、何処からか送られてきた白式を解析するのに時間がかかって遅れた、という噂がある。真偽かどうかはわからないが。

 

「だが、何故自分で組み上げようとしているんだ? 残った開発陣とやれば効率もいいと思うがーー」

「……そ、それじゃ……だめ。……一人でやらないと……お姉ちゃんに……追いつけないから…………」

 

その言葉は、その目標に追いつこうと必死になっている姿と、それと同時に置いていかれる恐怖や悲しみ、それらを俺の脳裏にイメージさせた。

彼女の姉は一人で何を成し遂げたのだろうか。そんな事、俺には知る由もない。だが、この俺にも言える事はある。

 

「なぁ、簪さん。君の姉さんが何をしたのか、俺には全くわからない。だが、これだけは言える」

 

俺は間を置いてから、言葉を続ける。

 

「君は君。決して君の姉さんじゃない。君の姉さんにできて、君にできない事もあるし、君の姉さんにできて、君にしかできない事だってある。だからさ、誰かを頼る事はしてもいいんじゃないか? それに、俺からしてみれば十分凄いと思うぞ、ISを自力で組み上げようとするのはさ」

 

簪はその言葉を聞いて、心底驚いたような表情をしていた。

 

「私……そんな事言われたの……初めてかも」

「そう、なのか?」

「うん…………いつもお姉ちゃんと比べらていたから…………」

 

そんな事を話す簪さんの表情は、とても辛そうなものだった。やはり、コンプレックスみたいなものを抱いていたのかもしれない。

 

 

「でも……雨田君の言う通りなら……私は……いいのかな、誰かを頼っても…………?」

 

その言葉には疑念と不安が織り混ざったような、そんなものが感じとれた。誰かに助けを求めているようにも見えた彼女に、俺は自然と言葉を紡いでいた。

 

「ああ。人を頼るのは、恥ずかしい事じゃない。一人でやっていたら、いつか限界がくる。でも、二人でやっていたら、支え合ってやっていけるだろう?」

「……うん……うん…………‼」

 

簪さんは大きく頷いて、何処か納得したような表情をする。

 

「それじゃ……お願いがあるの……‼」

 

簪さんはさっきと打って変わって、俺に頼み込むように言ってきた。

 

「一緒に……専用機作るの……手伝って…………‼」

 

その言葉に一瞬、返答に困ってしまった。俺は軍人だ。製作にはサンプルデータも必要だが、技術提供なんてもってのほかだ。だが、俺が技術を流さなきゃいいだけの話じゃないか?

気がつけば、俺はいつの間にか、彼女の頼みに返答していた。

 

「ああ。いいぜ、簪さん」

 

明らかな肯定の意思と共に。

それを聞いた簪さんは、

 

「ありがとう…………‼ ……そ、それと……さん、は……いらない……か、簪で……いい……」

「そうか。なら、これからよろしくな、簪」

 

いつの間にか、また友情とも呼べるものが生まれていた。俺はまたもや仲間を増やしてしまったようだ。だが、悪いことじゃない。俺もこれでよかったと思っている。

 

「じゃ……早速ーー」

「待て」

 

俺は直ぐに作業へ取り掛かろうとした簪に制止をかける。

 

「な、なんでーー」

「疲労と睡眠不足。診断データにはこんな事があった。今日は寮の方で寝た方がいい。此処で寝るのは疲れるだろうから」

「…………わかった、そうする」

 

簪は少し不服そうな顔をしたが、自分の健康状態を知ってか、渋々だが今日の部は諦めてくれた。

 

「一旦、帰るぞ。電気だけ消してくれ」

 

俺達は、格納庫をでて寮へと続く道を歩く。外は月明かりが照らしているせいか、そこまで暗い事はなく、歩く事に支障はなかった。

 

「そういえばさ、簪の部屋って何処なんだ?俺は1035室だが、同室になっているはずの女子が顔を出さないんだよ」

「それ……きっと私。私も1035室だから…………」

 

そ、そうなのか。俺は答えに戸惑いながらも、返事を返す。でも、まあなんでいなかったなんて事も聞ける事だし、良しとしよう。

 

「楽しみだね……」

「何がだよ?」

「明日の組み立て作業……かな……?」

「何故、疑問系なんだ…………」

 

寮までの短い距離だったが、俺と簪の心の距離はそれよりももっと短くなった、そんな気がする。

途中、何やら道に迷ったらしい代表候補生を案内するという事態も起きたが、それ以外は特に何もなく、寮までの道のりを歩いて行った。

自室についた途端、簪は眠ってしまった。相当、疲れていたのだろう。俺は、彼女を起こさないように、静かに身の回りを整理してから、意識を暗闇へ手放した。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

04.頭上の悪魔

クラス対抗戦当日。

丸一日を試合に費やすこの行事は、一年生の実力を図り、そして向上の為の競争意識を高める為に行われる。だが、殆ど実戦レベルが低い一年生の試合では、専用機持ち達や各国の代表候補生が大きなアドバンテージを有している事には違いない。

その専用機持ちの一人である俺だが、俺は観客同然だ。これはクラス対抗戦。クラス代表たちで行うものだ。つまり、俺は自由に見ていていいはずなんだ、そういいはずなんだ。

 

「…………何故、俺を此処に連れて来たんですか、ブリュンヒルデ」

「その名で呼ぶな。まあいいじゃないか、此処はある意味特等席だぞ」

 

俺は、その自由を奪った元凶のブリュンヒルデに問いかける。

もともと、一般観客席で俺は見るはずだった。その方が気が楽だ。だが、こんな管制室に放り込まれるとは…………いや、待て。考えようによってはこれで良かったのかもしれない。此処なら下手にアクションをしかけられる事はない。もしや、ブリュンヒルデはこれを見越していて、俺を連れて来たのだろうか。

 

「一夏の初戦の相手は凰か…………何をしでかすかわからんぞ。そう思わないか、セシリア」

「そうですわね…………あれだけ言われてはいけない事を言われたのですから。波乱の予感がしますわ」

 

箒さんとセシリアが何かボソボソと言っているようだが、なんの事なのだろうか。

モニターには一夏の姿が映された。対峙するのは、中国の代表候補生、凰鈴音。専用機は第三世代型[甲龍]。白式と同じ近接格闘型だ。だが、第三世代型だ。どんな兵装を積んでいるのか、見当もつかない。

だが、それより気になるのは凰の顔だ。物凄くいい笑顔をしている。本当に何があったんだろうか。一組に宣戦布告をしかけて来た時は、あんな表情ではなかったはずなのだが…………。

それと、専用機で思い出したのだが、簪の専用機[打鉄・弍式]はまだ完成してない。最近は一夏達とは離れて、ずっと簪の手伝いをしていた。よく知らない事が多いのはその為だ。だが、そこまで尽力したにも関わらず、武装面が手付かず状態。結局、簪は代理を立てる事にしたようだ。

 

「では、一回戦を始めるとしようか。山田先生」

「はい。それでは一回戦、一組代表織斑一夏対二組代表凰鈴音の試合を始めます」

 

アナウンスで指示が伝わり、二人は身構える。多分、開始と共に突撃をしかけるつもりだろう。

 

「両者、試合開始‼」

 

その言葉を皮切りに、二人は激突した。

一夏は反りのある太刀、雪片弍型を振るう。それに搭載されたバリア無効化攻撃、試合の流れを破壊するバランスブレイカーが凰へと振られる。

だが、その情報は事前に知られている。凰は焦る事なく、手に持つ青龍刀によって初撃を受け流す。無論、受け流すだけでなく、その流れるような動作で切り返す。

 

「ああ、もう‼ 私の教えた三次元躍動旋回を使いなさい‼」

 

セシリアがモニターに映る一夏へ何か叫ぶが、こちらの声が向こう側に聞こえるはずもなく、一夏は少し押され始める。

逆に凰は試合の流れを掴んだ。彼女はもう一本の青龍刀を取り出すと、その柄同士を繋ぎ、まるで薙刀のようにして振り回す。一夏はその凶刃を避けるべく、一度距離を大きくとった。その時だった、一夏の身体が大きく吹き飛ばされたのは。

 

「な、何なのだ、今の攻撃は? 何も見えなかったぞ…………」

「恐らく、衝撃砲ですわね。空間に圧力を掛け砲身を形成し、その余剰エネルギーを撃ち出す。私のブルー・ティアーズと同じ第三世代兵装ですわ」

 

セシリアがその謎の武装についての解説をしてくれる。つまり、圧縮空気を撃ち出している、いわば空気砲のようなものなのだろうか。ISはつくづく、奇抜なものを生み出す。ふと俺は何気なく、モニターの端に目をやる。その時、俺は恐るべきデータを目にしてしまった。

 

「衝撃砲には、射角制限がない、だと…………⁉」

 

凰の持つあの兵装は、射撃武器を避けるのが必死な一夏にとって、鬼畜ルール以外のなんでもなかった。それに舞い上がる粉塵の量から、相当な破壊力と連射力を兼ね備えているようだ。そこに射角制限無しという性能がつく。避けるのはまず無理だろう。

だが、その見えない弾丸を一夏は今日に避けていく。まるで、見えているかのように。先ほどまで、優位に試合を進めていた凰の表情から余裕が消えていった。もしかして、一夏は戦闘のセンスがあるのか?

 

「ふっ、どうやらそろそろ仕掛ける様だな」

「仕掛けるって、何をです?」

「なに、ただの瞬時加速さ」

 

一夏は、縦横無尽にアリーナの中を駆け回る。まるで、凰の隙を作り出す様に。そして、凰の反応が遅れたその一瞬。一秒にも満たないその僅かな隙を一夏は逃さず、スラスターを点火した。振り抜かれる雪片弍型は、凰の身体を捉えるはずだった(・・・・・)

 

その瞬間、二人の間に割って入る様な形で、眩い光の奔流が降り注いだ。

 

「システムに異常発生‼ 何者かがアリーナのシールドを突破してきた模様です‼」

「被害状況は⁉」

「シールドの破損以外にありません。サイバー攻撃の類は見受けられないです」

「了解した。すぐさま試合を中止、織斑と凰は離脱しろ‼ 生徒は直ぐに避難だ‼」

 

ブリュンヒルデと山田先生はこの攻撃に対する処理を迅速に行う。だが、その表情はとても焦りに満ちていた。どうやら、創設以来こんな事はなかったと見受けられる。

俺は俺で先ほどの光の奔流ーービームについて考えていた。発光は水色、ビームの直径はとても大きかった。となると、あれだけの破壊力を持つ奴は限られてくる。

俺は山田先生に一つ頼む。

 

「山田先生、監視カメラの角度を上にあげてください」

「え?」

「いいから早く‼」

「は、はい‼」

 

モニターに映る景色が上にずれていく。その時、なにか大きな物体が映った。それは、曲面の多い装甲を持ち、一つの卵を抱く姿にも見え、その中心には大型の砲口が見える。間違いない。あれは

 

(アプサラス…………‼)

 

破壊力の高いメガ粒子砲を搭載した装甲兵器、アプサラス。あのビームの威力は、あらゆる構造物を融解させるほどの熱量を誇る。そんなものを此処で放たれたら…………最悪、全滅だ。

 

「ブリューーいや、織斑先生‼」

「なんだ?」

「俺を出させてくれ‼ このままだと全滅するぞ‼」

「ダメだ。出撃は許可できない」

 

俺はその言葉に絶句する。は? ブリュンヒルデは生徒を犠牲にするというのか⁉

 

「あんたは、残っている生徒を犠牲にする気なのか⁉」

「そんな事を言っているわけではない‼ お前だって、今は生徒だ。死なせるわけにはいかん」

 

見殺しにする気はないようでよかった。軍の俺まで死なせる気はないらしい。だが、

 

「俺は国連の一軍人だ‼ 俺の犠牲で多くの命が助かるなら、その方がいいはずだ‼」

 

俺はその言葉に真っ向から対立する。俺がブリュンヒルデに啖呵を切ったのがそこまで珍しいのか、箒さんや山田先生、セシリアまでが目を見開いていた。

俺は肩で息をするように、声を張り上げて訴えた。ブリュンヒルデは、しばし苦虫を噛み潰したような表情をする。そして、その表情を解いた時、口を開いた。

 

「…………絶対に死なない、と約束しろ」

 

その言葉は、出撃してもいいが生きて帰って来い、という意味だった。俺はその言葉を聞くなり、近くのカタパルトデッキまで急いだ。

 

 

俺はカタパルトに着くなり、陸戦型ガンダムを展開する。

 

「競技用リミッター解除、ミリタリーへ」

ーー競技用リミッターを解除します。

 

そして、俺はこいつのリミッターを解除した。競技用の出力が抑えられている状態では、アプサラスを撃破するのは、まず無理だ。

 

『こちら織斑だ。現在、生徒の避難は完了している。織斑と凰もこちらで回収した。…………後は任せたぞ』

「了解」

 

俺はその合図を聞き、僅かに生きているカタパルトを手動で作動させた。

アリーナの中はそれは、凄惨な光景なっていた。地面は一部がガラス化し、所々が抉れている。観客席も一部が吹き飛んでいる。生徒の避難が完了した後だった模様で、死人はいないようだ。それだけが、幸いか。

 

「ッチ…………誰だ、こんな化け物を作り出した奴はよ」

 

奴の赤い一つ目が俺を見つめてくる。そして、砲口をこちらへ向けてきた。砲口の周りには青白い光が集まり始めている。くっ、メガ粒子のチャージが始まったか‼

 

「撃たせるかぁっ‼」

 

俺は手にレールキャノンを展開し、放つ。現在、俺の陸戦型ガンダムに搭載された兵装の中で最大の威力と破壊力を持つキャノンの砲弾を、奴の下にある球体の部分に直撃させる。

直撃したHEAT-MPの爆発によりバランスを崩したのか、若干姿勢制御が不安定になり、チャージされたメガ粒子の奔流は空へ放たれた。

 

「クソ‼ 国連のISめ‼」

 

アプサラスの搭乗員と思われる女性の声が聞こえる。どうやら、俺を殺す気でいたようだ。だが、此処で殺されるわけにもいかない。

俺は場所を移動しながらアプサラスの球体を狙いつつ砲弾を直撃させようとするが、その度に強固な装甲に阻まれる。一発目が直撃したところは比較的装甲が薄い部位だったようだ。

 

「ちくしょう、なんて硬い装甲だ…………‼」

 

砲口を狙えば一撃で潰せるかもしれないが、あれの奥には核融合炉がある。それ破壊した途端、洒落にならない爆発が生じる。それは、カンボジアのジャングルの一部を吹き飛ばす威力を持っている。それだけは避けるべきなのだ。それに、核の汚染も否定できない。よって、砲口を狙う事は自殺行為に等しい。

 

『済まぬ、連絡が遅れた。少尉、聞こえているか?』

「なっ‼ だ、大隊長⁉」

 

突然、通信が来たと思いきや、相手はコジマ大隊長だった。

 

『台湾の方で出現したアプサラスが東シナ海を通って、IS学園の方に向かっていった。海上の為、こちらでの戦闘は不可能。よって、IS学園側での迎撃を行ってもらう。無論こちらからも援軍を送る。必ず、撃破してくれ』

「言われなくても…………わかってる‼」

 

こうして、大隊長との通信は切れた。

このアプサラスは少々改造されているらしく、機銃が取り付けられている。以前にもSマイン装備の奴もいたから、いてもおかしくはないと思うが、攻めづらいのは確かだ。俺は、その銃撃をシールドで防ぎながら、100mmマシンガンを叩き込む。狙うべきなのは一つ目の頭部。その下に搭乗員の乗るコクピットがある。そこさえ破壊すれば、後は終わりだ。

だが、この下に件のメガ粒子砲と核融合炉がある。ちょっとでもずれると大惨事だ。

次に脆いのが、球体の部分。そこを破壊すれば飛行できなくなる。俺はそこへと重点的に叩き込む。

 

「フハハハッ‼ 無駄よ、無駄‼ 対IS用にクラフトも装甲を固めて来たからねえ‼」

 

搭乗員の言葉通り、ダメージはあまり通ってないみたいだ。接近するにも、Sマインが装備されているかもしれない。極力シールドエネルギーの消費は抑えたいため、中々接近できずにいた。

そんな時だった。

 

「隊長ぉぉぉぉぉぉぉっ‼」

 

叫びと共に、砲弾がアプサラスに取り付けられたスタビライザーの片方を吹き飛ばした。そして、パラシュートを背負った陸戦型ガンダムが降り立つ。今の声って、もしや

 

「サンダース‼ 援軍とはお前の事なのか?」

「はっ‼ コジマ中佐からの命令により、只今派遣されました‼」

 

テリー・サンダースJr。階級は軍曹。俺と同じ08小隊所属。小隊の中では俺の右腕とも呼べる存在だ。…………年上にいっていいセリフなんだろうか、自分の右腕とも呼べる、って。

サンダースは銃口から硝煙が出ている180mmキャノンをその手に持っている。こいつでスタビライザーを吹き飛ばしたのだろう。制御用のスタビライザーを破壊されたアプサラスは不安定な動きをし始めた。

 

「クソッ‼ よくも、よくもやりやがって‼」

 

アプサラスの搭乗員は、メガ粒子砲のチャージを始めた。だが、そのチャージ速度は最初のやつと比べてはるかに遅い。

 

「サンダース、援護を頼む。俺が斬り込む」

「任せて下さい。支援射撃は自分の得意分野ですから」

「それじゃ…………行くぞ‼」

 

俺は右の脹脛より、円筒状の物体を取り出す。それを握ると同時に、ビームの刀身が展開される。ビームサーベルだ。俺はそれを構えて、スラスターをふかす。

 

「うおぉぉぉぉぉぉぉっ‼」

「バカめ、こいつには機銃だけじゃなく、Sマインも装備してあるんだよ‼」

 

上方のハッチが幾つかひらく。あれが恐らくSマインの発射口だ。厄介なクラスター爆弾だ。だが

 

「やらせはせんぞ‼」

 

その発射口と片側の機銃は、サンダースのはなった榴弾で破壊される。

 

「がはっ‼」

 

さらにバランスを保てなくなり始めたアプサラスへ突撃していく。

 

「や、やめろ…………こっちに来るなぁぁぁぁぁっ‼」

 

どうやら、ビームサーベルを構える俺の姿か恐ろしく映って見えるようだ。まぁ言われても仕方ない。ビームの出力は中の上クラスだ。並大抵の装甲なら融解させることだって可能だ。

 

「それなら…………攻めてくるんじゃなかったな。じゃあな、名もなきパイロット」

 

俺はビームサーベルをコクピットに突き刺した。装甲が圧倒的な熱量で溶けていき、肉が焼けるような音が聞こえた。搭乗員の女は確実に死んだ。

それっきり、アプサラスは活動を止めた。

 

「こちら81。敵機の沈黙を確認。回収の手配を頼みます」

『了解した。ミデアで回収班を送る。ご苦労だった』

 

大隊長に回収の手配を頼み、俺は手に持っていたビームサーベルの柄をサーベルラックにしまった。

 

「終わりましたね、隊長」

「ああ。後は回収班の到着を待つだけだな。サンダース、お前はどうするつもりだ?」

「自分は直ぐに基地に戻ります。隊長からの命令ですから」

「ああ、そうだったな。08の面々を押さえるのは何かと大変だろ? 特にカレンは」

「そうですね」

 

その後、俺がいない間にエレドアがナンパしてカレンに殴られたりとか、エレドアが調子に乗ってカレンにスパナを投げつけられたりとかした事をサンダースから聞いた。…………正直言って、頭を抱える内容だ。大体、カレンとエレドアが騒動の中心だからな。

そうやって、他愛もない話をしながら回収のミデアが来るのを待っていた。

…………情報の開示とか求められるのだろうか? そんな事が頭の中をよぎって行った。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

05.戦いの後

「これより、先日の襲撃についての会議を行う」

 

俺は現在、会議室に呼ばれている。議題は、先日のアプサラス襲撃事件だ。それにより、第三アリーナは全損、復旧のめどがたってないらしい。それもそうだろう、あれだけ強力なメガ粒子砲を撃ち込まれ、地面やら観客席やらが吹き飛ばされてしまったからな。

会議室にいるのは、俺とブリュンヒルデと轡木学園長の三人。一応、軍人と学園最高責任者と教師部隊の指揮権持ちが集まった事から、機密事項として扱われるに違いない。

 

「では、まず交戦した雨田少尉から。あれは一体、何なのだ? 少なくともISには見えないが」

 

どうやらアプサラスの事が気になるらしい。だが、軍の最高機密をそうやすやすと話す訳にはいかない。そう思っている時、

 

『公表してもいいんじゃないのか、少尉』

「ライヤー大佐…………」

『そこには諜報シールドもはられているようだし、漏洩はまずないだろう』

「…………わかりました。ではこの場では公表する形で」

 

そうして通信は切れる。まさか、極東方面軍司令、イーサン・ライヤー大佐から通信が来るとは思いもしなかった。もしかして、通信機能入れっぱなしだったのだろうか?

 

「はい。確かに、あれはISではありません。我々はあれをアプサラス(天の踊子)と呼んでいます」

 

そして、中央のモニターに大まかな図が公開される。

 

「全高18.7m、全幅22.6m、重量不明、主兵装大型メガ粒子砲一門。形状から見てわかるとおり、地上戦には不向きで、上空からの砲撃を行います。そのため、ISのように常時飛行する事も可能です。誰が何のために作ったのかはわかりませんが、その破壊力はアリーナのシールドを突破してもなお減衰はあまりないです」

「そのような兵器が…………PICかISコアでもなければ無理なはずだぞ‼」

 

確かにブリュンヒルデの言ってる事もあながち間違いではない。だが、

 

「確かにアプサラスにはPICと類似したシステムが搭載されていますが、動力源にはISコアは使われていません」

 

俺がアプサラスに搭載された飛行制御システム、クラフトシステムについて話し、ISコアが使われてない事を話した途端、ブリュンヒルデが声を上げてきた。

 

「何⁉ あのような機体にISコアが使われてないだと⁉ なら、何故ビーム兵器なんかが使えるんだ‼」

「織斑先生落ち着いて下さい。雨田少尉、あれの動力源には何が使われているんだ?」

 

学園長は真剣な眼差しで俺に聞いてくる。俺はそれに応じて答えた。

 

「核です。二基の小型常温核融合炉が動力源になっています。爆発による汚染はないので心配いりません」

「だそうだ。学園長、これからどうしていきましょうか。私には、教師部隊ではいささか不安があるのですが…………」

 

ブリュンヒルデがそういうのも無理はない。教師部隊といえども、機体は訓練機、しかも戦闘慣れなどしていない民間人だ。これでは、死に急いでいるようにしか思えてこない。

 

「そうだな…………少尉、君は小隊長だったね?」

「そうでありますが…………その情報リソースは?」

「イーサンだよ」

 

どうやら学園長は大佐と繋がりがあるらしい。ならば、問題はない…………のか?

 

「それで、要件は?」

「君の部隊を学園の護衛に頼みたいのだが、できるかい?」

「無理ーー」

『よかろう、十蔵。08小隊を護衛につけよう』

「…………ライヤー大佐、人の回線を勝手に開かないで下さい」

 

突然の大佐の乱入により、08小隊の護衛投入が決定した。

 

「いいのか、イーサン。そんな、勝手に決めて」

『問題などない。極東方面軍の小隊は08を含め、精鋭揃いだからね。小隊の一つや二つ抜けてもカバーできる』

「本音は?」

『コジマ中佐のストレス解消』

 

ブツっ。俺は大佐の回線を切った。そして、後はもうかかってきませんように、と五回祈った。

 

「…………というわけなので、極東方面軍第08小隊はIS学園の護衛につきます」

「そ、そうか。それでは会議は終了だ。では、私はこれにて」

 

学園長はそう言って会議室を後にした。ただ、広い空間に俺とブリュンヒルデが残された。

 

「それでは、俺も」

「まぁ、待て」

 

俺は退室しようとしたが、それをブリュンヒルデに呼び止められた。一体なんなのだろう。

 

「お前に幾つか聞きたい事がある。答えてくれよ」

「…………誰にも喋らない条件なら」

 

ブリュンヒルデはその条件をのみ、質問してきた。

 

「何故、お前はそんな若い年で尉官に昇格した? 普通なら、士官学校を卒業しなければならないはずだが?」

 

その事に聞いてきたか。俺は大体、その事について聞かれると思っていた。確かに16歳で少尉というのもおかしいものだ。

俺はなんで、ここまでの階級に上り詰めたのかを話し始めた。

 

「あれは、俺の初陣でしたねーー」

 

 

 

 

 

八年前ーー

俺は、所謂孤児というもので、日本で一人路上生活していた。原因は白騎士事件だ。何故か? 撃ち落とし損ねたミサイルが俺の住む地区を吹き飛ばしたんだ。住むとこも、財産も、家族も失った俺は路上生活を送る毎日になったわけだ。そんなある日だった。俺の前に二人の男性が現れたんだ。

 

『しかし、白騎士事件の影響か、孤児が見られますな、中佐』

『全くであります、大佐。ですが、我々にはーー⁉』

『中佐、どうしーー⁉』

『この子供、誰かに似ていませぬか? 私はそう思いますが』

『奇遇だ、私も同じ事を思っていたところだ。この目といい、顔立ちといい、似ているな。思い出せないが』

『大佐、我々でこの子を引き取りませんか?』

『軍人として、それは同感だ。君は私達と来るかいーー』

 

彼らこそ、極東方面軍司令イーサン・ライヤー大佐と大隊長コジマ中佐だった。俺は彼らの後についていく事を決め、日本の地を去った。

 

『何? 国連軍に入りたい? また何故?』

『俺は、義父さんがしている仕事に誇りを持てる。なら、俺にもその仕事をさせてくれ。世界がどうかは知らないが、俺は俺と同じ目に遭う人を一人でも多く減らしたいんだ‼』

『それが、命を落とす結果になってもか?』

『…………俺は、命を落とすよりも、何もできなかった自分の方が怖い。だから、少しでも力になれるんだったら、できる事はしたいんだよ』

『そうか…………イーサンに掛け合ってみよう。話はその後だがな』

 

こうして、俺は軍に入ったんだ。確か、十二歳くらいの時だったな。流石に一般兵と同じ訓練をこなすのは大変という配慮からか、少し軽めのやつが使われた。だが、すぐにこなしていったため、十四歳の時には、08小隊の一員としていた。この時俺の階級は軍曹だった。いつ昇格したのかって? 確か、テロ組織の排除任務を幾つかこなして、全員救助した時、ライヤー大佐から直接辞令で、昇格したんだよな。

 

『本日付でこちらに配属になりました、雨田士郎軍曹であります』

『同じく、テリー・サンダースJr軍曹であります』

『同じく、ミケル・ニノリッチ伍長であります』

『へぇ、また若いのが来たねえ。こんなご時世にも軍人志願はいるんだな』

『まあ、俺たちはそういう堅苦しいのが好きじゃないからな。楽にしていいぜ』

『ですが、まだ隊長への挨拶が済んでいないのですがーー』

『隊長なら後方の病院へ入院。ノイローゼだってさ』

 

俺と同じ時期にサンダースとミケルも入ってきた。俺には今の愛機ーー第二世代機である陸戦型ガンダムが割り当てられた。08小隊に配属されてからは様々な任務をこなした。極端な女性至上主義者達が引き起こしたクーデターの鎮圧や、パワードスーツを保持するゲリラ兵の排除、そしてアプサラスや一つ目のパワードスーツ「ザク」の撃破など。

気がつけば、アプサラスの単騎での撃破数は五を超え、ザクはその倍近い数を撃破していた。そして、二階級特進で少尉にまで上り詰めた。

後に知ったことなのだが、俺らのような男性IS操縦者は士官学校を卒業しなくても、少尉にまでなれるとのことだ。最も、軍規などはコジマ中佐が教えてくれたけどな…………エアコンなしの部屋で。

 

 

 

 

 

「ーーということがあって、現在にいたります」

 

話し終わると、ブリュンヒルデはその表情に僅かな曇りを浮かべた。何があったのだろうか。

 

「…………そうだったのか。それとだ、お前の機体は何故あんな重火器を使える? 戦車砲クラスのマシンガンなど普通は両手でも無理だと思うぞ」

 

ブリュンヒルデは次に陸戦型ガンダムについて聞いて来た。戦車砲クラスのマシンガン。例えとしては妥当かもしれないな。実際、100mm徹甲弾を撃つからな。ちなみにマガジン装填弾数は48発。

 

「それですか。何と言ったらいいんですかね、国連の地上戦専用ISには浮遊するためのシステムを取っ払って姿勢制御システムのみにし、そのエネルギーを駆動系に回しているだけとしか言いようがないですね。そのおかげで300mmクラスの火砲なら扱えますよ」

 

俺はそうとだけ答えた。実際、それだけで300mmの火砲を扱えるだけのエネルギーは確保できない。だから俺たちにも搭載されている、小型常温核融合炉(………………)が。

 

「そこが調査書になかったからな。どうやら、相当な機密だったようだ。それと、最後に一つ」

 

ブリュンヒルデの声をバックに俺は、出口に向かって歩いていく。

 

「弟を…………一夏を頼む」

 

俺は返事せず、会議室を後にした。一夏頼む、ということは先日のアプサラス襲撃事件のような事から護ってくれということだろう。そんな事、わかっている。俺にかせられた新任務は、『織斑一夏の護衛』なのだから。

 

 

 

 

 

「だ、大隊長‼ そ、それは本当ですか⁉」

「ああ。ライヤー大佐からの命令だ。これより08小隊はIS学園の護衛に向かってもらう。明日までに着任してもらうぞ」

「しかし、我々はどうやって向かえば?」

「ミデアを用意してある。各員、機体とホバー、各種兵装を積んでおけ」

「ですが、IS学園にミデアが着陸できる場所なんて…………」

「ん? 誰が着陸するといった? パラシュートパックでの降下で入ってくれ」

「げげっ…………マジで?」

「早く準備をせんか。0530には出すぞ」

 

その夜、コジマ大隊の基地では慌ただしく動く08小隊の姿があったとか。




えーと、IS並びに08の原作からの変更点。
・白騎士事件でミサイルは全て撃墜できてない。
・コジマ大隊長とライヤー大佐は何故か馬があっている。
・上記の二人はーーー。
・ライヤー大佐の競争意識的なものがない。
・アプサラスが量産されている。
・クラス対抗戦で、ゴーレムではなくアプサラスが乱入。

あと、感想もらえると嬉しいです。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

06.転校生

「高度190……180……170……」

 

上空五百メートルでミデアより射出されたカレン・ジョシュワ曹長は、陸戦型ガンダムを展開し降下している。

降下目標地点は、IS学園。彼女を含む、国連極東方面軍第08小隊は、IS学園の護衛の任にあたるのだ。

 

「120……110……噴射‼」

 

背中に背負うパラシュートパックのスラスターをふかして、着地するカレン。久しぶりの降下で、若干緊張していた彼女だが、着地する事ができて安心している。

時刻は0630。丁度朝日が水平線上から昇ってくるのが見えた。

 

「綺麗だな…………」

 

カレンは思わず感想を口にする。だが、そんないい雰囲気をぶち壊すやつもいた。

 

「おお、愛を語るには最高のロケーションじゃないの〜。な、カレン?」

 

次に降りて来たのはM353A1ブラッドハウンド。通称、ホバートラック。所謂指揮車輌である。そのソナーを担当するのが、エレドア・マシス。階級は伍長だ。

彼の放った一言により、カレンは一気に機嫌を悪くする。

 

「そ、曹長⁉ なに無言で、ツインビームスピアなんてものを出そうとしてるんですか⁉ 僕らが死にますよ‼」

 

カレンがツインビームスピアを出そうとするのを見て、それと止めようと一人ホバートラックから出てくる。彼はミケル・ニノリッチ伍長。ホバートラックのドライバー担当である。そして、08小隊の中で数少ない常識人でもある。

 

「心配するなミケル。エレドアに説教するだけだ。殺しはしないよ」

「…………なぁ、カレン。俺、何か悪い事したか? 最近、お前、俺に対して過激じゃね?」

「気のせいだ」

 

大抵、08小隊の引き起こす問題の多くがカレンとエレドアによるものだったりする。

 

「それにしても、隊長がまだ来ないな。ここで合流する手はずになっているんだが」

 

もう一機の陸戦型ガンダムのパイロット、テリー・サンダースJr軍曹は手に180mmキャノンを持ちながら、隊長である士郎を待っていた。

そんな時だった。

 

「⁉ ロックオンだと⁉」

「何者だ、貴様ら‼」

 

突然、カレン機のロックオン警報が鳴ったと思いきや、後ろには打鉄を纏った教師部隊がアサルトライフルを彼らに突きつけていた。

 

「ひぃぃぃっ‼ や、やっぱり無茶だったんですよ‼ こんな、敵陣のど真ん中に降下するものですって‼」

「な、何でもいいからお助けを〜‼」

 

まともな装甲を持たないホバーにとってISの火器は脅威でしかなかった。

 

「おい、俺の部下に何をしている?」

 

だが、教師部隊は後ろからやって来た、左肩にマーキングのある陸戦型ガンダムを見ると、サッと後ろに下がった。

 

「久しぶりだな、皆」

「「「「隊長‼」」」」

 

彼は第08小隊の隊長、雨田士郎であった。

 

 

 

 

 

「これで、全員揃ったな」

 

一度、機体を解除した俺は全員来ているかどうかを確認する。サンダースにカレン、エレドアとミケル。全員いるようだ。

 

「よし、全員揃ったなら挨拶に行くぞ。こっちだ、ついて来い」

「挨拶って、誰にです?」

「決まってるだろ、世界最強(ブリュンヒルデ)にだよ」

 

一度俺は、職員室に連れていく事にした。

 

 

「それで、私のところに来たというわけか」

「ええ。それが、妥当かと思いまして」

 

という事で、俺は08の面々を職員室に連れて来たわけだ。ただ男がこんなにいるのが珍しいのか、この時間に職員室にいる教師は驚いている。

ちなみに、先ほど08の面々を侵入者と勘違いした教師部隊の教師もいる。まあ、そりゃ以前の事があるからピリピリしてるもんな。

というかエレドア、お前少し鼻のした伸びてないか?

 

「そういえば名前を聞いてなかったな」

「カレン・ジョシュワ曹長であります」

「テリー・サンダースJr軍曹であります」

「自分はエレドア・マシス伍長であります‼」

「ミケル・ニノリッチ伍長です」

「そうか。とりあえず、学園長には私の方から話しておく。雨田は、まあ授業に遅れるなよ」

「了解っと」

 

そう言って、ブリュンヒルデは立ち上がり、職員室を後にする。特に用もなくなった俺たちも、その後に続くかのように退室していった。

 

「でも、僕らはどうしたらいいんでしょうか? 下手に干渉するのはまずいですよね」

 

これから何をすればいいのかとミケルが聞いて来た。それはそうだろうな、俺も何をさせたら良いのか聞かされてないし。

 

「ひとまず、ホバーで待機。指令が下り次第、連絡をいれる」

「了解。あたしはメンテの方しとくよ」

「自分も同じく、そうさせていただきます」

「僕は少し休憩をとらせてもらいます」

「あ、それじゃ俺も同じく」

 

…………本当、やりたい事バラバラだよな08って。

 

「俺は学業の方に行くから、後は頼んだぞサンダース」

「はっ‼ 了解しました」

 

08の残りの事をサンダースに預け、俺は教室へと向かった。ん? 飯、いつ食ったって? ゼリー状の栄養ドリンク一本飲んでおけば何とかなるさ。

 

 

 

 

 

教室へついた途端、耳にはいつもの賑わいが入ってきた。どうやら、ISスーツの注文時期らしい。俺には関係の無い話だ。陸戦型ガンダムは基本、平服でも起動・展開可能な上、エネルギー消費もほとんどない。もっとも、普通は国連軍に支給されたツナギを着るが。

 

「おい、もうすぐSHRの時間だ。とっとと、席につけ」

 

そして入ってくるのは、一年一組の教導官ことブリュンヒルデ。これまた威厳のある登場だ。エース級の風格を示している。

その後ろから山田先生が入ってくる。その表情は、何処か疲れが見て取れる。

 

「えーと、今日は転校生を紹介します。しかも、二名です‼」

 

どうやら、転校生が来るらしい。だが、俺はそんな事知らないし、聞かされてもいない。

噂にもなっていないのか、女子達の間にも波紋が広がっている。

 

「さぁ、入ってきてください」

「失礼します」

 

俺はその声を聞いた瞬間、何かが脳に逆流していくのを感じた。そして、教室にはその声の主が入ってきた。輝くような金髪を後ろに流し、先端をリボンで束ねている「彼」は、教壇の前に立ち、自己紹介を始めた。

 

「シャルル・デュノアです。フランスからやってきました。いろいろと不慣れな事があると思いますが、皆さんよろしくお願いします」

 

シャルルと名乗った「彼」の目と俺の目があった。向こうも、俺を見て驚いている。表情には出てないが。

 

「「「きゃ……」」」

「え?」

「「「きゃあぁぁぁぁぁぁっ‼」」」

「きた‼ 二度目の春がきた‼」

「金髪の美形‼ 守ってあげた〜い‼」

「ソロモンよ、私は帰ってきたぁぁぁぁぁぁ‼」

 

そして、何故か発生したソニックウエーブ。その威力は窓ガラスを振動させるほど。隣では一夏が耳を抑えて悶え、シャルルも耳を塞いで涙目になっている。ちなみに俺は、陸戦型ガンダムがオートで耳に防音壁を展開してくれたから無事だ。

 

「うるさいぞ‼ 静まらんか‼」

 

だが、それもブリュンヒルデの一声により静まった。なるほど、これが世界最強の実力か。最高のカリスマ性じゃないか。

 

「皆さん静かに‼ まだもう一人の紹介が終わっていません‼」

 

そう言うと、今度はもう一人の方の転校生に目が移った。ただ伸ばしている銀髪、冷たい感覚を与える赤い瞳。それとは対象的に、左眼には眼帯。その少女は一向に口を開こうとしない。

 

「ラウラ、自己紹介をしろ」

「はっ、教官」

「私はもう教官ではない。さっさと自己紹介しろ。二度も同じ事を言わせるな」

 

ラウラと呼ばれたその少女はやっと口を開き

 

「ラウラ・ボーデヴィッヒだ」

 

とだけ言って、口を閉ざした。

 

「あ、あの〜、それだけですか?」

「以上だ」

 

するとボーデヴィッヒは一夏を見つけると、その目つきを変え、一夏へと迫っていく。そして、手を振り上げ、その手に何か光るものが見えた。

俺は何かまずい予感がし、手が一夏へと振り下ろされる瞬間、

 

「がはっ‼」

 

その手を掴み、背負い投げし、床に伏せさせる。そして、腕をひねり上げてから、首元に保持許可の出てるスタンナイフを突きつけた。ボーデヴィッヒの手の平には画鋲らしきものがついていた。

 

「何をするつもりだ、貴様? 場合によっては、拘束するぞ」

「貴様…………ただの少尉が、少佐である私に逆らう気か‼」

 

ボーデヴィッヒは少佐らしい。だが、

 

「それがどうした? 俺は任務のもと動いただけだ。そこに階級はあったもんじゃない。お前が護衛対象に何をするつもりだったのか、それだけで十分拘束可能だ」

「ぎっ…………‼ 織斑一夏、貴様があの人の家族である事など、この私が認めん、認めんぞ‼」

 

ボーデヴィッヒは俺の拘束を抜け、自分の席へと向かった。

 

「んんっ‼ 次は、グラウンドで二組と合同で実習を行う。遅れたりするなよ。それと織斑、雨田。デュノアの面倒は任せたぞ」

 

そう言うとブリュンヒルデは教室を後にする。どれ、俺達も動くとするか。

 

「君が、織斑一夏君だよね? 僕の名前はーー」

「ああ、そんな事はどうでもいい。とにかく、早く行くぞ」

 

一夏はシャルルの手を握り、そのままリードしていく。だが、肝心のシャルルは少々恥ずかしそうである。

 

「おい一夏、突然手を握ったりしたら、シャルルが驚くだろ。離してやれって」

「お、それもそうか。悪りぃ、済まんかった」

「う、ううん。気にしなくていいよ」

 

と、動きながら話しているのだが、そろそろやってくるだろうな。

 

「あ、噂の転校生発見‼」

「ああっ‼ 織斑君も雨田君もいる‼」

「者ども、出会え出会え‼」

 

噂を嗅ぎつけた女子達の群れに、俺たちは見つかってしまった。まずい、このままではブリュンヒルデの餌食になる。それだけは避けねばならない。

 

「…………許せよ」

「え、ちょ、きゃぁっ⁉」

 

俺はシャルルを、所謂お姫様抱っこし、そのまま窓に向かって走り出す。

 

「お、おい、置いていく気か、士郎⁉」

「一夏、現地で合流しよう」

「見捨てた⁉ あいつ、俺を見捨てーーギャアァァァァァァァッ‼」

 

一夏の断末魔をバックに、空いている窓から飛び降りる。その間に俺は陸戦型ガンダムを展開、地面に着地し、そのままアリーナに向かう。

 

シャル(………)、怪我はないか?」

「大丈夫だよ、シロー(………)

 

そんなやり取りをしながら。

 

 

「よし、何とか時間通りについたようだな」

 

授業開始まで残り七分。そのくらいの時間にアリーナの更衣室についた。ちなみに俺は着替える必要は皆無だ。制服の下にツナギを着ている。

 

「さて、久しぶりだな、シャル」

「だいたい八年ぶりだね、シロー」

 

もう気づいている人もいると思うが、俺と「彼女」シャルは昔からの付き合いがある。といっても、ただ二年くらい俺の家の隣に住んでいた程度だし、今じゃそこは消し炭だ。思い出など記憶にしか残ってない。

 

「そうだな…………家族が死んでそんなに経ったか」

「ん? 何か言った?」

「いや、何でもない。とりあえず、早く着替えた方がいいぞ。俺は向こう向いてるから」

「…………気づいてた?」

「お前の事を忘れない限り、気付くだろ」

 

俺はロッカーの方をしばらく向いていた。まぁ、なんだ、すこし聞こえるんだよな、衣擦れの音とか、その息づかいとかが。いつの間にか意識している。俺は、必死に邪心を振り払った。

 

「終わったよ?」

「あ、ああ。ん? 何故、男性用の方を着ているんだ?」

「…………いろいろあってね」

 

シャルは俯き、暗い表情をしてしまった。

 

「すまん、配慮が足りなかった」

「ううん、気にしないで。それよりも早く行かないと遅れないかな?」

 

そう言われて、時計を見る。開始まで残り四分。ここからグラウンドまで走って五分…………無理だ。かくなる上は

 

「シャル、ちょっと抱き上げるぞ‼」

「わ、わかった‼」

 

俺は陸戦型ガンダムを再展開、再びシャルをお姫様抱っこし、そのままグラウンドまで走っていった。やはり、生身で走るより全然早い。

 

 

「し、士郎…………俺を殺す気か…………」

「…………よく、生きて帰って来たな」

 

ぜぇぜえ、と荒い息をしている一夏を尻目に授業は始まった。

 

「今日から、射撃及び格闘における実践訓練を行う。まず、見本にオルコット、凰。前に出ろ‼」

「やれやれ…………なんで、こうなっちゃうのかなぁ」

「なんというか…………見世物のような気がしてなりませんわ」

 

ブリュンヒルデに指名させられた二人だが、そのやる気ゲージは最低レベルのようだ。顔にやる気が全然見受けられない。

 

「全く、お前ら少しはやる気出せ。あいつにいいところ見せられるぞ?」

 

ブリュンヒルデが二人に何か吹き込んだ瞬間、表情に変化があった。

 

「どうやら、ここはあたし達代表候補生の出番のようね‼」

「ふふふ、私の華麗な戦いを皆さんにお見せしますわ‼」

 

一気にやる気が満ち満ちていった。一体何を吹き込んだのだろうか。シャルも一緒になって考えている。

 

「それで、お相手は? 私は別に鈴さんとで構いませんが」

「それはこっちのセリフよ。返り討ちにしてやるわ」

「黙れ、小娘共。お前らの相手は」

「きゃあぁぁぁぁぁぁ‼ ど、どいてくださ〜〜〜い‼」

 

ーー警告、上空より急降下中の機体有り

 

悲鳴が聞こえたと同時に陸戦型ガンダムからも警告音が鳴る。声からして、山田先生だろう。俺はネットガンを取り出し、落ちてくる山田先生目掛けてはなった。

 

「きゃうん‼」

 

謎の悲鳴を上げた山田先生に、ネットが絡みつく。ネットの先端には小型のバルーンがついている。そのおかげにより、山田先生は勢いよく墜落する事なく、軟着陸した。

 

「何やっているんですか、山田先生」

「す、すみません。雨田君、ありがとうございます」

 

山田先生は俺に礼を言ってくる。だが、俺はそれを軽く受け流す。そうでもしないとな…………シャルが、こっちをジト目で見てくるんだよ。

 

「まあいい。お前達の相手は山田先生だ」

「え? ですが二対一はいささか問題が…………」

「心配するな、今のお前達ならすぐに負ける」

 

流石にそう言われて、流せるような人間ではなかったようで

 

「手加減なしで行くわよ、セシリア‼」

「私達の実力を見せつけましょう、鈴さん‼」

 

完全に燃えている。一方の山田先生はというと

 

「む、無理です‼ 負けますって、センパ〜イ‼」

 

涙目ながらに戦う羽目になった。

 

「…………シロー、山田先生って大人のふりをした子供だよね?」

「…………言うな、それを言ったら終わりだ」

 

 

 

 

 

現在、昼休み。俺とシャルは一夏に呼ばれ屋上にきていた。というのも、昼飯を一緒に食わないかとの事だ。

 

「…………これは、どういう事なんだ?」

 

何故か、不機嫌な箒さんを目の前にしてだが。いや、凰にセシリアもいるのだがな。

 

「いやぁ、飯食うんだったら大勢で食った方が楽しいだろ?」

「それはそうだが…………」

 

箒さんは異様によそよそしい態度をとっている。後ろには弁当箱が二つ。なるほど、

 

「…………愛妻弁当作戦か」

「あ、雨田⁉ な、何か言ったか⁉」

 

俺のボソッとした呟きに箒さんはすごい勢いで反応する。もしや、図星だったか?

 

「まあまあ、落ち着けって箒。とりあえず、今は飯だ。早いとこ食おうぜ」

 

一夏は惣菜パンを出しながら、そういう。

 

「はい、一夏。酢豚作ってきたわよ。前から食べたいって言ってたでしょ」

「おお‼ いいのか、鈴?」

「当然よ」

 

凰は一夏に酢豚の入ったタッパーを投げ渡す。よくこぼれないものだ。

 

「僕たちも食べようか」

「そうだな」

 

俺達も買ってきた惣菜パンを取りだす。シャルはタマゴサンド、俺はカツサンドだ。うむ、普通にうまい。

 

「あの、士郎さん、デュノアさん。私、こんなものを作ってみたのですが、お一つどうでしょうか?」

 

セシリアがおもむろに、バスケットを差し出してきた。気になる中身はサンドイッチだった。

 

「なんか、美味しそうだね」

「どれ、じゃあ一つもらってみようか」

 

俺はその中から一つ選んで取り出し、口にして見る。うむ、程よい酸味と甘み、異様に柔らかい何かと異常に硬い何かが混ざりあってーーーー

 

「し、シロー⁉ しっかりして、シロー‼」

 

何故か、シャルの悲鳴だけが俺の頭の中に響いてきた。そこからの記憶はほとんどない。

 

 

 

 

 

「あ〜、暇だ〜。やる事なんてねえよ〜」

「愚痴らないでくださいよ、いつものエレドアさんらしく能天気でいてください」

「どういう意味だよ、それ…………」

 

08のマーキングがあるホバートラックの中で、仕事が全くないエレドアとミケルはダラダラと過ごしていた。索敵をしても、レーダーに反応なし。本当に暇人であった。

 

「ん? エレドアさん、あれ」

「どうしたんだよ」

「あれ見てくださいよ、あれ」

 

ミケルは黒髪と金髪の男(?)二人組を指差す。

 

「あれ、隊長じゃね?」

「ですよね。それにしても、朝と比べて何か様子がーー」

 

ミケルが何か言おうとした瞬間、黒髪の方が突然崩れ落ちた。

 

「た、大変ですよ‼ た、隊長倒れちゃいましたよ‼」

「なに⁉ 隊長がぶっ倒れただと‼ ミケル、様子見に行くぞ‼」

「言われなくても行きますよ‼」

 

二人はホバーから降りると、真っ先に二人の元へ向かった。

 

「シロー‼ ねぇ、僕の声が聞こえる⁉」

「…………ぁぁ、なんとか…………」

 

一方の倒れた士郎はというと、シャルルに支えられて歩いていたものの、全身に毒が回ったのか、呼吸困難にすら陥りはじめている。目の焦点すらあっていない。

 

「隊長‼ 無事ですか⁉」

「…………ミケル…………エレドア…………」

「お、おい隊長、今のあんた、最高にやべーぞ‼ ミケル、ホバーもってこい‼」

「は、はい‼」

 

士郎を見つけたミケルとエレドアは、何故このようなことになったのか把握できてはいないが、このままではまずい事を理解し、医療設備がある程度揃っているホバートラックを持ってくる事にした。

 

「あ、あなた達は一体?」

「ん? 俺達か? まぁ、あれだ。護衛だよ、護衛」

 

シャルルの質問にエレドアは答えるが、どこか納得できていない様子だ。

 

「エレドアさん、早くホバーの中に‼」

「おう‼ すぐに医療キットの用意だ」

 

ホバートラックを持ってきたミケルは、車体中央のハッチを開き、士郎はエレドアに担がれて中へと入って行った。

 

「お願い…………シローを、シローを助けてください‼」

 

シャルルの切な願いは、二人も同じ気持ちであった。

 

「診断結果…………異常なし? こんなに重症なのに?」

「おい、そこの嬢ちゃん」

「(え? そんなにバレバレ⁉)え、えーと、何でしょうか?」

「あんた、その様子からして隊長といたんだろ。何か悪い物でも食ったか?」

「い、いや別に。セシリアさんのサンドイッチを食べてから急に瀕死状態に…………」

「…………原因、それじゃね?」

「とりあえず、試しに胃の中を洗浄してみますよ」

「仮定だとしても、人を瀕死に追い込む飯…………バイオ兵器か?」

 

 

 

 

 

「…………ぅぉ…………?」

 

俺が目を覚ますと目の前には

 

「川か。とりあえず、渡ってみるか」

「だ、ダメだからね⁉ その川、渡ったちゃダメだよ‼」

「隊長⁉ しっかりしてください‼」

「た、隊長さんよ、こっちに戻ってきてくれ‼」

 

どうやら、あの川は渡ってはいけないらしい。そんなに危険なのか、この川。

というかさ、

 

「何で俺、ホバーの中にいるんだ? 俺はさっきまでキリストとかと酒盛りしていたような気が…………」

「「「ちょっと待て⁉ マジで死後の世界に行ったのかよ⁉」」」

 

と、シャルとミケル、エレドアに突っ込まれた。でも、確かに俺、キリストに会ったような気がするんだよな…………

 

「とりあえず、今は何も食う気がわかないんだ。何でだかわかる?」

「…………言った方がいいのか?」

「…………いや、言わない方が得かもしれないですよ」

「…………僕も、そう思いますよ」

 

なにやら、ヒソヒソと三人が話している。何を話しているんだろうか?

 

「ところで今何時なんだ? 早くしないと授業に出れないんだが…………」

「そ、それがなんですね隊長。今、午後六時です」

「マジで?」

「半日近く、気を失っていたようだぜ」

 

…………どうしたらいいのだろうか。明らかにブリュンヒルデの戦車砲級出席簿が落ちてきそうだ。

 

「その事だけど、特別に見逃してくれるって、織斑先生が言ってたよ」

「ん、そうか。それならいいんだ」

 

俺はそう言ってベットから降りると、そのままホバーの外へと出た。

 

「とにかく、ミケル、エレドア、助かった。俺は寮に戻る。お前達も休みとってくれよ」

「「了解」」

 

俺はそのままの足で寮に戻る。

何故か記憶が一部あやふやだが、シャルと再会できてよかった。俺の懐中時計が俺達を繋いでくれた。そう、俺は思いたい。

 

「ところで、シャル、お前の部屋は何処になるんだ?」

「1035号室だよ。相部屋らしいけど」

 

シャル、一言言わせてくれ。お前が来たら、三人部屋だ。

なにも知らないシャルをよそに、俺は同居人()にどう説明しようかと、悩む羽目になった。



目次 感想へのリンク しおりを挟む




評価する
一言
0文字 ~500文字
※目安 0:10の真逆 5:普通 10:(このサイトで)これ以上素晴らしい作品とは出会えない。
※評価値0,10は一言の入力が必須です。また、それぞれ11個以上は投票できません。
評価する前に
評価する際のガイドライン
に違反していないか確認して下さい。