精霊に文学少女がいないのはおかしいと思う (山野化石)
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一華アイデンティティ
01


精霊に文学少女がいないのが我慢ならなくなったので初投稿です。
え?ニ亜?あれは別のナニカだから。


白石一華の人生を表すなら中途半端に悲惨というのがふさわしいだろう。母親の連子として今の家に来て10年になるが父親とは殆ど話した事がなく、母親も後から生まれた弟にかかりきりだった。

その後、両親は弟の教育のためという名目で海外に行ってしまった。

残されたのは一人で過ごすには広すぎる家と毎月の生活費。その為、暮らすには困らなかったがどうしようもなく惨めになった。いっそのこと生活費がなければ両親を恨めただろうがそれも出来なかった。

そして学校ではいじめの標的となり、今でもその時の名残りは続いている。学校では一度大事にしたため、安全に過ごせるようになったが、予備校などでは未だに続いていた。

今日もそんな風にいじめられていた。

相手は同じ予備校に通うギャル3人組だ。

「この後、ウチらカラオケなんだけどさー、カラオケ代貸してくれない?」

「この前貸した分も返ってきて無いんですが…」

「そんなの今カンケーないから。サイフ出せよ!ホラッ!」

カバンを引ったくられサイフの中を漁られる。その間私は蹴り飛ばされて壁に打ち付けられていた。

「やっぱお金持ちの家って小遣いもいいんだねー。羨ましいわー。」

「オッ、諭吉はっけーん。まぁこれでいいや。じゃーねー。」

そういうと彼女達は去っていった。

数分程経っても自分はまだ立てずに壁にもたれかかっていた。

『大丈夫かい?』

「大丈夫…に見えますか…」

こんな自分に話しかける物好きがいたとは驚きだ。

『力が欲しいかい?』

顔を上げてみるとそれは人ではなく、モザイクが集まったモノだった。人ですらないモノに心配されるとは。

「その力でなんとかできるんですか…こんな状況を…?」

物理的な力でどうにかできる程人間関係は甘くない。できないのならそんな物は持て余すだけのものだ。

『できるよ。偶然拾った合成品でもそれくらいはできる。』

余程このモザイクは自分に力とやらを渡したいらしい。なら受け取ってやろうじゃないか。合成品だろうが関係ない。

「じゃあください。その力とやらを。」

そう答えるとモザイクは宝石の様な物を放ってきた。やたらと刺々しい形をしていたそれを受け取ると変化はすぐに現れた。

さっきまで着ていた制服はどこかへ消え、代わりに映画などに出てくるような鎧を纏っていた。

『へぇ、適性の高そうな子を選んだけどこれは想像以上の結果だ。これなら本当に予備にも使えるかも。』

そう言うとモザイクは何処かへ消えていった。

残されたのは鎧の少女と少女を囲む様にしてできていた直径1m程のクレーターだった。

 

 

 

それから3ヶ月ほど経ったが私はこの力を完全に持て余していた。

ギャル達からお金を取り戻したり、関わらない様にするのには役立ったもののそれ以外の使い道がなかった。一度ASTとかいう組織に襲われて以来、力を使う事を最大限避けているのも理由のひとつだが。少なくとも高校に同族や敵がいなくならない限りこの力を使う事は避けた方がいいだろう。

「委員長!このイタリア語の本借りたいんだけど!」

「説明。耶俱矢は先日見たアニメに影響されてカッコいいイタリア語を使いたがっている様です。」

この様に関わらざるを得ない場合があるからだ。

「耶俱矢さん。まずは先週貸したラテン語の本を返却してからにして下さい。夕弦さんもこの前貸し出した小説がまだ返却されていないですよ。期限内には返して下さいね。」

「うげっ。流石委員長、私達が借りた本覚えてるんだ。」

「伊達に3年間も図書委員長をやっていませんから。」

それに、同族として注目せざるを得ないからだ。幸いまだバレてはいないようだが油断はできない。

「驚愕。委員長は一年生の頃から委員長だったのですか。」

「なし崩し的にですけど。この委員会はサボる人ばかりで私しか仕事をしないんですよ。だから私が3年間、委員長をさせてもらっています。」

「へー。じゃあサボらなかった人とかいなかったの?」

「今年はいませんけど去年は一人一年生の子が頑張ってましたよ。その時は私も楽させてもらいました。」

「そんな人いたの?私の知ってる人?」

「そういえば今年は殆ど来てませんね。図書委員になれなかったとは聞いていましたが…。貴方達と同じ二年生ですから名前は知っているかもしれませんよ。五河士道君っていう子なんですけど知ってますか?」

「えっ、士道って先輩と一緒に委員会してたの?」

「はい、そうですが。」

「疑問。二人っきりで?」

「そうですね。顧問の先生も殆ど来なかったので二人で活動してましたね。」

「まさか…委員長もライバルだったなんて…」

「驚愕。一年間のアドバンテージは膨大。

これは手強いライバルです。」

今年に入ってから彼の周りに女性が絶えないとは聞いていたがこの二人もその内のメンバーらしい。

「あの、私は五河君に対して特に何も思っていませんから、安心してください。大丈夫ですから。」

馬には蹴られたくない。それに彼女達とはあまり関わりたくはないのだ。

「じゃあ士道がよく借りてた本とか教えて欲しいんだけど。」

「五河君がよく借りてたのは料理本なんかが多かったですね。この図書室には雑誌なんかも置いてますし。」

彼がたまにライトノベルを借りていたのは秘密にしておこう。何故か嫌な予感がする。

「やっぱりそっち系かー。」

「納得。それであのレパートリーの多さにも合点がいきます。」

何故この二人は彼の料理を日常的に食べているのだろうか。より彼の女性関係が分からなくなってきた。

「二人とも、不純異性行為はダメですからね。」

「そ、そ、そんな事してないし!?」

「肯定。そういった行為はまだしておりません。」

「まぁ他人の恋路の邪魔はしませんが気をつけてくださいね?」

「よしっ!言質取ったからね!」

まぁ別に他人がどうなろうと私には関係ない。ただ日々を安心して暮らせれば良いのだから。

 

 

 

   フラクシナス内にて

「そろそろあの映像を見せるべきかしら。」

「たしかに。一区切りついている今ならば彼女の捜索も簡単でしょうし、そろそろ士道君にも見せても良い頃合いでしょう。」

「あんたに聞いてるんじゃないの!」

「オウフッ!いい肘打ちです!司令!」

「令音はどう思う?」

「いいんじゃないか?時間もあるし映像を見せるくらいなら問題はないだろう。」

「そうね、神無月。士道を呼んで頂戴。士道が来たら『パラディン』攻略会議を始めるわよ。」

 







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02

「琴里、会議ってなんだ?まさか新しい精霊が出たのか?」

「ええ、そうよ。まぁ今までは他の精霊の対処で忙しかったから言わなかったのだけれどそろそろ頃合いだと思ったのよ。」

「それでは概要を説明するよ。三ヶ月前に天宮市内の路地裏にて直径1m程のクレーターが発見された。そこには微量ながらも未確認の霊力が観測された事により新しい精霊がいると分かったんだ。」

「そんなに前からいたんですか!?」

「美九の例もあるから不可能ではないのだろうね。だが少なくともこの精霊は人間に溶け込む事においてはどの精霊よりも上手なのは確定的だろう。」

「実際、最初のクレーター以降、こちらから発見する事は出来なかった。存在すると分かってはいてもその正体が掴めなかったのよ。」

「なるほど、だから俺には知らせなかったのか。」

「ええ、そうね。どこにいるのか分からない精霊よりも目の前にいる精霊を攻略した方がいいからね。」

「そして一ヶ月前に時崎狂三と接触しているところをASTが発見。その後時崎狂三は逃走したがパラディンは逃げ切れずにそのままASTと戦闘を開始した。その時の映像がこれだ。」

映像にはASTの隊員が金の鎧を纏った金髪碧眼の精霊を取り囲んでいる様子が映し出されていた。

命令(ディクリー)。這いつくばれ。』

精霊が口に出すと囲んでいたASTの隊員は全員が叩きつけられたみたいに地面に這いつくばった。

「なんだよこれ…」

「まだ、これからよ。」

命令(ディクリー)。そこの貴方、貴方の装備を全て頂戴』

すると隊員の一人が自分が着ていたワイヤリングスーツをも含んだ全ての装備を外し、精霊に差し出した。

そして自分の映像が撮られている事に気が付いたのだろう。

指示(コマンド)。爆ぜろ。』

そんな事を呟くと映像が不自然に途切れた。

「ここで映像は終わっている。その後、回収したドローンは内部から爆発した形跡が確認された。」

「これがパラディンの姿を映した唯一の映像よ。」

「ここから分かることは今回の精霊は人間だろうが機械だろうが問答無用で命令を聞かせる能力を持っていると判断して良いだろう。」

「そんなのどうやってデートすればいいんだ?命令されたら攻略どころじゃないだろ。」

「大丈夫よ。その能力、精霊には効果が薄いみたいだから。」

「そうなのか!?」

「ええ、狂三にも何か命令したようだけどあまり効いてはいない様子だったわ。つまり士道にも効きが悪いはず。でも無効化できてるわけではなさそうだから気を付けなさいよ。」

「分かった。それで充分だ。」

「なら、パラディンの捜索はこっちでやっておくから報告があるまでは待っていて頂戴。」

「ありがとう琴里。」

「礼を言うなら封印してからにしてちょうだい。」

 

 

 

次の日

「士道!お昼食べよう!」

「勧誘。一緒に食べましょう。」

「耶俱矢に夕弦。いいぞ。殿町と一緒で良ければだけど。」

珍しい。いつも二人は自分の教室で食べていたから驚きだ。

「オイオイ!隣のクラスの八舞姉妹じゃないか!お前、いつの間に仲良くなったんだよ?」

「それはいいだろ殿町。お前、少しは自重しろよな。」

「そんな事したら俺のアイデンティティどうなるんだよ。特徴なくなっちまうだろ。」

「いや、お前のアイデンティティはそんな事じゃゆるがないな。」

「さっすが五河君!よく分かってらっしゃる!」

「はいはい。どうかしたのか?いつもは自分達の教室で食べてるだろ。」

「あー。少し聞きたいことがあってさ。」

「聞きたい事?」

「質問。委員長についてです。」

「委員長?委員長がどうかしたのか?」

ウチの委員長と何かあったのだろうか。

「夕弦。言葉が足りないわよ。あー白石先輩の事。図書委員長の。」

「あー、先輩のことか。先輩がどうかしたのか?」

懐かしい名前が出てきた。今年に入ってからあまり会わなくなっていたが元気にしてるだろうか。

「いや、さ。去年一緒に委員会してたって委員長に聞いたからさ。どんな感じだったのかなぁって思ったんだ。」

「いい先輩だったよ。優しいし、なんでも知ってたし。」

「あー、そういえばお前去年図書委員だったな。それで白石先輩と知り合いになってたと。」

「殿町も知ってるのか?っていうかお前が誘ったんだろ。美人の先輩がいるから一緒にやろうって。」

殿町は最初こそ真面目に仕事をしていたがある時からサボる様になってしまった。

「そうだったっけ?まぁいろんな意味で有名だからな、あの人。」

「いろんな意味?」

「まぁまず、第一に美人だろ?川の様にきれいに伸びた黒髪。知的に光る眼鏡。それでカウンターで本読んでる、なんて姿見たらそんなの男はみんな虜になっちまうからな!」

「随分と俗な理由だな。」

だがそれなら美人な先輩で済む話の筈だ。

まだ何かあるのだろうか。

「後は、言いにくい話なんだが。あの人、色々と黒い噂があるんだよ。」

「噂?何それ。」

「疑問。別に悪い人ではありませんが。」

「まぁ聞けって。あの人、中学時代にいじめられてたらしくてさ。その時に取った方法がヤバかったらしい。証拠を残して、教育委員会に根回しして、主犯格どころか担任だった教師を辞任するまでに追い込んだらしい。」

「なんだそれ?聞いた事ないぞ。」

そんな事する様な人には見えなかったが。

「そりゃお前、秘密になるに決まってるだろ。生徒が教師を辞めるまで追い込むなんて。」

「まぁそうだな。」

「そこからなんだがまぁ色々と噂が立つんだよこれが。曰く、夜の路地裏に入って行くのを見たとか、やたらと大きな家に一人で住んでるとか、昔の事を覚えていないとかな。下らないところだとあの眼鏡は伊達だって噂もある。」

「眼鏡の噂は本当だぞ。」

「マジかよ!うわー、これはメガネ好きを敵に回したぞお前。」

「本当だって。先輩が言ってたんだから。疲れ目予防のやつだって。」

「そうだったのか…。これは俺が墓場まで持っていくしかないな。」

「カッコつけんな。」

「まぁ、それで何も知らない一年生はほいほいと図書委員に立候補するんだが、その後に噂を知って離れてく。そんなわけでまるで誘蛾灯みたいだって影で言われてる。」

酷い話だ。勝手な噂話で先輩が大変な目にあっているなんて。

「うわ、最低。」

「同感。最悪です。」

二人も同じ気持ちだったらしい。

「あー。お前ら、何かしようと思ったなら何もするな。あの人は気にされるのが嫌いらしいからな。」

「なんでだよ。放っとけっていうのか!?」

「前に同じ様な事をした奴がいたらしいんだが、次の日、そいつは恐ろしい程にやつれていたらしい。」

「なんでそんな事に…」

「理由を聞いても答えたくないの一点ばりだったらしい。」

「そうなのか…」

「だからいつも通りに接してやれ。そうするのが一番喜ぶだろうさ。」

「分かった。」

嫌な話だ。飯がまずくなった。

 

 

「じゃあ私達は戻るね。」

「謝礼。一緒に食べてくれて嬉しかったです。」

「おう、じゃあな。」

 

 

「先輩の言う通りだったね。殿町君を我慢すれば一緒にお昼を食べられるって。」

「肯定。十香やマスター折紙がいない今、士道とお昼を食べるのは容易でした。」

「でも、私はもういいかな。」

「同意。流石にあのテンションは我慢できません。」

「まぁ、情報も手に入ったし結果オーライだね。」

「同意。有益かどうかは不明ですが。」

「そうだねー。」

 

 

 

五河君に手を出さない事の証拠に彼と昼食を食べる方法を教えてみたがどうだっただろうか。

「そんな事よりもやはり謎だらけですね。」

精霊の力、霊装を展開すると見た目が変わる。服が変わる程度は他の精霊も同じらしいが、髪や目の色が変わるのは私だけらしい。

「まぁ、金の鎧を着ているのに黒髪では似合わないでしょうが。」

ミスマッチにも程があるだろう。兜があれば

意外性があって映えるだろうが兜らしき物はない。

「後は、実験で使いたかったから強奪しちゃいましたがどうしましょう。」

ASTとかいう組織から奪ったこの武装一式だが、使えないわけではなさそうではある。

少なくとも身の危険に対して使えなかったでは働き損である。

しかし、問題があるとすれば

「こんなピチピチスーツを着るなんて絶対に無理ですね…」

まるで痴女みたいな格好だ。鎧はまだコスプレだと思えば我慢はできるがこれは許容範囲外だ。

「剣と銃。後はバックパックくらいですね。使えそうな物は。」

支配騎士(カシエル)

指示(コマンド)。私に使われて。』

私の天使、『支配騎士』はとても便利な能力だとは思う。人や機械に対し強制的に命令を遵守させる。機械なら知識がなくとも勝手に改造する事もできる。生き物なら物理法則に逆らう様な命令も下す事ができる。戦闘には向かない能力だが心配はない。

もう一つの力が私の戦闘能力に対して絶対の安心を約束していた。

『支配騎士【十冠】(テンズクラウン)コール、囁告篇帙』

ひとつのメガネを取り出す。本家よりは劣化しているが調べ物には丁度いい。

「えーと、この剣の起動方法についてっと…」

『支配騎士』のもう一つの能力。それは他の精霊の天使を使う事ができるというものだった。




白石一華
age18
height163cm
B-81/W-65/H89
来禅高校3年生 図書委員所属 役職 委員長
好きな物 読書 特に実用書
嫌いな物 メルヘン系 特にアリスシリーズ


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03

自分の能力である『十冠(テンズクラウン)』は他の天使を使える能力である。と言えばとても強く聞こえるだろう。

しかし、この力にはあまりにも大きすぎるデメリットがあった。まず一つ目に、出てくる能力は全て劣化品であるという事。

例えば、時を操る能力を持つ『刻々帝』は全部で12の技があるらしいが自分のは加速と減速の二つしか使えない。それでも便利ではあるがオリジナルと比べるのも烏滸がましいレベルだ。この様に全てが劣化品か能力の一部しか使えない不完全品、マシな物でもオリジナルの7割程の出力が限界であるという始末。

「一番相性が良いので7割ですか…不完全な再現が4つ、出力が5割未満なのが4つ。そして7割程出るのが2つですか…。合成品とは言ってましたがここまで酷いとは聞いてませんでした。これでは他の精霊と戦っても勝つのは難しいですね。」

二つ目の問題点は先ほども言ったが出力が足らない、という事だ。この問題は私の霊力に対して出した天使の方が対応しきれていない事に起因する。要は燃料は充分だがエンジンの方が燃料の性能に追いつけていないという状態だ。

これにより起こる現象が、出力上使えない技がある、もしくは使うのに条件がいるなどといった事だ。

「高火力系はやはりダメみたいですね。やはりチマチマと戦うしかないようです。」

そんな訳でASTの装備が使えないかと思ったのだが…

「使えそうなのはブレードくらいですね。他は使えそうにないですし。ブレードにしても霊力を込めて手榴弾みたいに投擲するしか使えそうにはありません…。やっぱり働き損でしたかぁ…」

溜息が漏れる。やはり逃げておくべきだった。精霊のスペックが知りたいとはいえパルクールなんてやっていたから同族と遭遇するのだ。精霊に命令が効かないのにも驚いた。

これでは私の強みがないではないか。残っているのは劣化コピーの能力と腰に差してある細い直剣だけ。AST程度ならば命令すれば良いだけだが、同じ精霊に対しては対策を練らなければならない。

「あぁ、また髪を染めなくてはいけませんね。こうも染める回数が増えると染料代もバカになりません。どうにかなりませんかねぇ。」

能力の使用で金髪になってしまった髪をいじりながら溜息をついた。

能力を使うたびに髪を染めなくてはいけない。これだけは面倒だ。力を使うたびに髪の色が変わるのは勘弁してほしい。

 

 

 

 

「今日の夕飯はどうするかな。」

昨日は魚だったので今日は肉料理にしたいがうまい事アイデアが浮かばない。今日は休日なのでおそらくみんなで揃って夕飯を食べるはずだ。

「そうだ。今日はオレ○ジページの発売日じゃないか!何か参考になるかもしれない。」

そうして本屋に足を向ける事にした。

 

「あっ、五河君じゃないですか。久しぶりですね。」

白石先輩がいた。

「あっ、お久しぶりです先輩。」

「よかったです。覚えていてくれて。今年に入ってからあまり図書室に来ないので忘れられたのかと思いましたよ。」

「先輩の事、忘れるわけないじゃないですか。一年間も同じ委員会だったんですよ。」

「そうですね。それで、五河君は今日は何を買いに来たんですか?」

「俺はオレ○ジページを。今日の夕飯の参考にしようと思って。」

「それはいいですね。私もレパートリーを増やす為に買っておきましょうかね。」

「ところで先輩は何を買いに来たんですか?」

「私は、ちょっと実用書とパルクールの本を…」

チョイスが独特だ。実用書の方にはやたらと堅苦しいタイトルが書いてあるし、パルクールとは。

「先輩、パルクールとかやるんですか?意外でした。」

「最近始めたんです。意外と楽しいですよ。」

あの図書室でずっと本を読んでいた先輩がまさか運動をそれもパルクールなんてものを始めていたとは。半年という時間の長さを思い知った。

「私は既に進路も決まっているので何か始めるにはいい機会だったんです。」

「なるほど…だからパルクールを。」

「じゃあ並びながらお話しでもしましょうか。」

 

 

 

「やっぱり、耶俱矢と夕弦に何か教えてたのは先輩だったんですか。」

「はい。二人には五河君に手を出さない証拠としていくつか情報を渡しています。」

だからいきなり昼食に誘ってきたのか。合点がいった。

「すみません。二人が迷惑をかけて。」

「五河君があやまる事ないですよ。それにあの程度の事迷惑とは思っていませんから。」

それは良かった。しかしそうなると困る事がいくつかある。

「先輩、変な事教えてないですよね。」

「ええ、五河君がたまに変なセリフを大声で叫んでいた事や、厨二向けのライトノベルを借りていた事は秘密にしてありますよ。確か…瞬閃轟爆破でしたっけ?」

「先輩…黒歴史をほじくり返すのはやめてください…」

やはり人に見せるものじゃない。恥ずかしすぎる。

「ふふっ。あれにはびっくりしました。まさか図書室の隅であんな事をする人がいたなんて。」

「あれは、その、若気の至りというかなんというか…すみません、忘れてください。」

「はいはい。忘れますよ。」

一頻り笑った後先輩はそう言ってくれた。

これで黒歴史は守られた。

「それにしたって全然列が進みませんね。」

「そうですね。何かあったんでしょうか?」

「私が様子を見てきます。少し並んでてもらっていていいですか?」

「はい、気をつけてくださいね。」

 

 

五河君と離れてからすぐに私は天使を発動させていた。髪は金髪になり目の色は青くなった。あれから姿が変わるのはどうにかならないかと考えた結果、刻々帝で染髪を速める事にした。これで三分程で染める事ができるようになった。目はどうしようもない。カラコンを入れて誤魔化すしかない。というか力をもらってから戻っていないのだ。ずっとカラコンで誤魔化してきたが天使を使えばカラコンもどこかへ消えてしまう。だから私の鞄にはカラコンと染料がずっと入っている。

「さすがにあれだけ待ってもいっさい進まないのでは周りの迷惑になりますからね。これは必要な事です。」

彼には少し待ってもらうが仕方ない。

 

レジの先頭では老人が店員に対して烈火の如く怒っていた。何か問題があったのだろうが既に老人の話は全く関係ない事に飛躍していた。

「はぁ、これは『命令』ではダメですね。」

『命令』には効果時間がある。およそ三十分。それを超えると途端に強制力を失ってしまう。

指令(オーダー)。人の迷惑になる行動は謹んでください。』

『指令』は強制力が命令よりも弱いが効果時間がない能力だ。これであの老人も落ち着くだろう。

「さて、急いで髪を染めますか。」

私はトイレに駆け込んだ。

 

 

 

「霊力波感知!この反応は…パラディンのものです!」

「AST緊急出動!やっと尻尾を出したわね。ここで倒すわよ!」

「「了解!!」」

 

 

「司令!パラディンの霊力波を感知しました!」

「士道を向かわせて頂戴!」

「その必要はない。既にシンはパラディンの近くにいる。」

「何でそんな所にいるのよアイツ!?でも好都合だわ。士道に連絡して頂戴。」

 

 

「士道!アンタの近くに金髪の女はいない!?」

「琴里?何でそんなに焦ってるんだ?」

「パラディンがでたのよ!今、士道の近くにいるのよ!早くして!今見逃したら次はいつになるか分からないわ!」

「分かった!」

急いで辺りを見渡す。すると駆け足で移動する金髪の少女を見つけた。しかし…その少女は先程分かれた先輩と同じ格好をしていた。

「何で先輩と同じ格好なんだ?…まさか…先輩がパラディンなのか!?」

 



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04

今週UA数にてデートアライブないか第7位に入りました。皆さまありがとうございます。


「先輩!待ってくださいよ!」

「えっ…五河君…いえ、私は先輩などではありません!人違いでは!」

「俺の事を知ってる時点で先輩じゃないですか!」

恐ろしく下手くそな嘘をついている。声も上ずってるし。ここまでポンコツになっている先輩は見た事がない。

「分かりました!分かりましたよ。あれだけたくさんの精霊と関わってる士道君なら知ってると思いますから白状します。私は『パラディン』と呼ばれる精霊です。」

あっさりと白状した。もっと誤魔化すかと思っていたのだが。

「その…驚きました。まさか髪の色が変わる精霊がいるなんて…」

「多分、私だけですよね…ここまで姿が変わるのは…おかげで今までバレなかったんですが…遂にバレてしまいました。」

「あの…先輩!」

「はい?どうかしましたか?もうすぐASTとかいう組織がここにくるはずですから早く逃げた方がいいですよ。」

「俺と…デートしませんか!」

「えっ、あっはい。」

なんか勢いでデートに誘ったらノリでOKされた。

「えっと…じゃあ…日程は後ほど連絡するので、とりあえず避難してくださいね。」

「あっはい。」

そして俺は急いでとシェルターに避難していった。

 

 

 

 

 

「何やってんのよこのバカ士道!!そこは『俺が守ってやる』とか言って助ける場面でしょうが!何、勢いでデートに誘って避難してるのよ!アンタの使命を忘れたの!?」

「すまん、琴里。色々と驚きすぎて正常な判断が出来なかった。」

「まぁ、落ち着きたまえよ琴里。シンもちゃんとデートに誘っているし、完全に役目を忘れたわけじゃないだろう。」

「そうです司令。士道君はちゃんとパラディンの正体を突き止めてなおかつデートの約束まで取り付けてくれました。これでパラディンの封印に現実味を帯びてきました。」

「それに、彼女の正体が分かったのが大きいですね。彼女の個人情報もすぐに分かりましたし。」

「ハァー……。士道。今回は許してあげるけど次はちゃんと守ってあげなさいよ。」

「分かってる。十香の時みたいにはさせない。」

二度とあんな光景は見たくない。全てを憎んで壊してしまう様なものは。

「ふーん。良い顔になったじゃない。それじゃあデートプランの計画を立てるわよ。」

 

 

 

 

 

「もう五河君も避難した頃ですかね。」

既に避難が済んだ街の光景を見て少し安心した。

「というか、私、勢いに任せてとんでもないことしてしまったのじゃ…」

彼からのデートのお誘いは嫌ではなかった。むしろ喜ばしくさえあった。

「八舞さん達。すみません。約束、守れそうにありません。」

なんなのだろうか、彼には精霊を誑かすフェロモンでも出ているのだろうか。

「去年はなんとも思ってなかったんですがねぇ…」

去年はただの真面目な後輩。それだけだった。間違いなくそれだけの感情だった。

八舞姉妹にでも当てられたのだろうか。そうだとしたら中々に酷い話だ。

「他人の感情に当てられて絆されるとか私もチョロい女ですね。」

ならばせめて彼とのデートを楽しく過ごすためにこんな所で躓いている場合ではない。

「やっときましたか、ASTの皆さん。」

『支配騎士。命令。ここには何もいなかった。』

命令ならば相手の認識すら書き換える。絶対遵守の能力ゆえの無敵さだ。対人無敵。それが『支配騎士』の持つ強みだ。

「空間震警報は誤報。精霊の出現は確認出来ず。これより帰投する。」

「さて、デートの下準備をしないといけませんね。」

何しろ生まれて初めてのデートだ。失敗しない様にしないといけない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

目の前に鍵のかかった扉がある。

昔からたまに見る夢だ。

明晰夢らしいこの夢は時折私に何かを告げる。今回もそういうタイプなのだろう。

『デートするんだ?』

幼い少女の声が響く。

「ええ、別に関係ないでしょう貴方には。」

『うん、関係ないね。でも、貴方がデートなんてできるの?誰かを信じた事もないくせに。』

「うるさいですよ…」

『図星じゃない。誰も信じてこなかった女が誰かを愛するなんてできると思ってるの?』

「もう、喋らないで下さい…」

『まさか今さら変われるとでも思ってるの?子供じゃないんでしょ?そんなチャチな希望は捨てちゃいなよ。』

「うるさい!ずっと閉じこもっている貴方には言われたくない!」

『へえ、ここまで反論するのは初めてだね。驚いたよ。記憶無し。』

「私が何をしようと関係ないでしょう!」

『うん、関係はないね。最初に言った通り私には関係ない。でもいつかそれは貴方にとって最悪の結果になるよ。』

「そんなのあるはず無いでしょう。」

『まぁいいや。精々頑張りなよ。』

「貴方に言われるまでも無いです。」

『じゃあね、記憶無し』

「くたばりなさい、引きこもり。」

 

 

「ん…久しぶりに見ましたねあの夢。」

あれは結局なんなのだろう。気が付けば見るようになっていた。私の事を記憶無しと呼ぶくらいだ。私の昔の記憶なのだろうか。

「いつかは話さないといけませんよね…」

自分の記憶の話。流石に記憶障害はなんとかしなければ。それこそあの少女の思う壺なのだろうがそれでもいつかは知らなければならない。

何故自分には10年前から昔の記憶がないのか。

 



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05

お待たせしました。


「みんな注目。新しい精霊が出たから情報共有するわよ。」

夕食後にみんながゆっくりとしている時に琴里が言い出した。

「ん、何だ?何か問題でもあったのか?」

「今回の対象が対人に特化しすぎてるのよ。

少なくともAST程度じゃ話にならない。」

「懐疑。それほど危険なのですか?」

「まぁ、一応そうとも言えるわね。何しろ、人を強制的に従わせる事が出来るんだから。」

「なるほど…。それでなんで私達が必要なの?」

「対象の天使は精霊に対しては効きづらいのよ。だからいざという時のための保険ね。デート当日はみんなフラクシナス内で待機。いつでも出れるようにしておいて欲しいのよ。」

「それで新しい精霊とはどんななのだ?」

「織別名『パラディン』、本名白石一華。

貴方達の先輩に当たるわね。」

「嘘…委員長が…精霊?」

「疑問。それは本当ですか。」

「本当よ。士道が既に接触しているわ。」

「士道…それ…本当なの?」

「本当だ。金髪になってたけど白石先輩だった。」

「先輩…嘘ついてたのかな…。」

「それはないと思うぞ。」

あの後すぐに先輩からメールが来た。デートの予定ではなく、二人に向けた謝罪だった。

「先輩からメールが来たんだ。デートの約束よりも先に二人に謝罪しないといけないって。約束は守れそうにないって書いてあった。約束ってたしか…」

「うん…士道に手を出さない、その証拠に先輩から情報をもらう約束…」

「肯定。耶俱矢が勝手に言い出した約束でしたが、先輩は快く受けてくれました。こうなった以上先輩を恨むのはお門違いかと。」

「結構わがままな約束だったのか…」

先輩にとってメリットが一切ない。これでよく先輩が受けてくれたと思う。

「まぁ、パラディンと二人の関係は置いといて、この精霊は精霊に対してはあまり強くないと思うわ。だからこそみんなの力を借りたいの。いざという時の保険としてね。」

「分かった。いざとなったら私に任せてくれ。」

「分かり…ました…。」

みんな頷きながら了承してくれた。

「ありがとうみんな。じゃあ士道、デートの確認をするから後でフラクシナスに来て。」

「ああ、分かった。」

 

 

 

「士道。白石一華の事なんだけど。」

「どうかしたのか?」

「多分、美九の時よりも面倒くさいわよ、彼女。」

「なんだよ。先輩がそんな特殊な人に見えるのか?」

先輩は美九の様な特殊な性癖持ちではない。

何を心配しているのか。

「あんた、パラディンの目の色が変わったって言ってたわよね。」

「ああ、先輩の目の色は黒だったはずだ。」

だから、最初は信じられなかったのだから。

「士道、人が初めて精霊になる時にある現象が起きるの。」

「空間震の事か?」

「違う。それはその時にある人体の異常を治すって事よ。美九の失声症が治ったのもその影響よ。」

「そんなのがあったのか…」

「普通、気が付かないわよね。でも今回ので確証が取れた。」

「まさか、先輩の目の色が変わったって…」

「ええ、彼女は元々目の色が青かったのでしょうね。今、令音に調べてもらっているわ。」

「じゃあ髪の色が変わったのも…」

「元々金髪だったからね。」

「本人は不思議がっていたけどそれはどうなんだ?」

「本人に施術の時の記憶がないとかかしら。目の色を変えるなんて相当危険な手術のはず。」

辛かったから記憶に封をしたという事か。一体どれだけ辛かったのだろうか。

「じゃあ先輩が記憶喪失って噂は…」

「本当の可能性が高いわね。少なくとも自分の髪と目の色が変わったのを覚えていないのならそんなのもう病気よ。」

「そんな…」

「だから面倒なのよ。下手に記憶を刺激すれば攻略どころじゃないわ。記憶を取り戻したいのなら封印した後にしなさい。」

「それがラタトスクの見解か。」

「記憶を取り戻す方法も分からないからこうするしかないのよ。」

「なんかそれ、すげぇ嫌だな。」

すごくもやもやする。

「でしょうね。でもしょうがないのよ。封印し終わったらラタトスクも記憶を取り戻す手伝いはする方向でまとまってる。だから今はデートに集中しなさい。」

「分かった。後で絶対に手伝ってもらうからな。」

「封印してから言って頂戴。」

「任せとけ。」

 

 

 

 

 

 

私はルイスキャロルの本が嫌いだ。

正確にはアリスシリーズが嫌いだ。

特に大した理由はない。内容が嫌いだとかそう言った話ではないのだ。昔、文庫版を読んだ時は別になんとも思わなかったのだから。

しかし、家にある英語版のハードカバーだけは嫌いだった。相当年季が入った物だとは思う。恐らくは記憶を失う前から持っていたのだろう。何故それが家にあるのかは分からないがそれを見た時、私は言い表しようのない気持ちに襲われる。だからいつもは本棚の奥にしまっておくのだが、時折引っ張り出して手に取って読まずに元に戻す。その度に感情を揺さぶられるのだが、感情の薄い私にとってそれは唯一はっきりとした感情の発露だった。少なくともかなり尖った実用書でもここまで感情を揺さぶる事はできない。だからこそ私にとって一番嫌いな本であり、一番大事な本なのだ。

「まぁ、此処まで理由なく嫌っているのも不思議な話ですけどね。」

この本が嫌いなのは恐らく、あの夢の幼女だろう。内容が大事なのではなく、あの本である事が重要なのだ。

「まぁ、此処までは今までに分かっていた事です。」

だが、この前にあった時には私もそうだったが彼女も随分と荒れていた。今までも適当な助言はしていたがあそこまで酷くはなかった。

「つまり、誰かに対して特別な感情を抱く事を彼女は恐れている。そしてあの本に対しても恐れている。」

ならばデートの後にでも読んでやろう。そうしたら何か分かるかもしれない。

「これはますます明日のデートが楽しみです。耶俱矢さん達には悪いですが。」

そう言いながら私は眠りについた。




プロフィールが更新されました。

白石一華
age18
height163cm
B-81/W-65/H89
来禅高校3年生 図書委員所属 役職 委員長
好きな物 読書 特に実用書 五河士道?
嫌いな物 家にある古いアリスの本


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06

お待たせしました。


俺が待ち合わせの五分前に行くと、既に先輩がいた。

「おはようございます、先輩。待たせちゃってすみません。」

「いいえ、私も今来たところですよ。」

「じゃあいきましょうか。」

「はい。」

 

 

 

先輩とのデートはスムーズに進行していった。今までの様に突然のアクシデントや突飛な選択肢、突然の襲撃もなく、これぞデートとでもいうかの様に普通のデートだった。

先日買うことの出来なかった本を買いに行ったり。

「五河君、この前買えなかった本を買ってもいいですか?」

「じゃあ一緒にいきましょうか。」

最近知った美味しいスイーツのお店を回ったり。

「ここのクレープが美味いんですよ。」

「五河君が言うなら間違いないですね。」

 

今までとは違う普通のデートというやつに俺は戸惑っていた。エスコートしたり、されたりと恋人の様なデートは初めてだった。

今までは変則的なデートだったと思い知る。

十香達とのデートが楽しくなかったわけではない。恋人の様にデートしてこなかったわけでもない。しかし、攻略時に此処まで平和なデートは経験がなかった。まだまだ自分が未熟であると実感がさせられるばかりである。

 

 

「ここまで普通のデートは初めてね。」

「そうだね。今までのケースだといつも何かしらのアクシデントが起こっていたが今回はそれがない。我々の負担も少なくていいじゃないか。」

「そうも言ってられないのよ。いつもだったらアクシデントを起点に好感度を上げていたけれど今回はそれがない。つまり、このままだと今回のデートでは封印は無理なのよ。」

「確かに、このままだと封印するには少しだけ足りないな。こちらでトラブルでも起こすかい?」

「相手は対人無敵の精霊よ。ヘタなマッチポンプは本人で対処できてしまうわ。それじゃあ意味がないわよ。」

「それもそうか。なら人員は監視に留めておこう。」

「ありがとう。後は士道に任せるしかないわね。まさか、普通のデートで一番苦戦するなんて、まだまだ私達も未熟って事ね。」

 

 

「五河君、そろそろお昼ご飯にしましょうか。」

「じゃあどこかいいお店でも探しましょうか。」

「私、いいお店知ってますよ。オムライスが美味しいお店です。」

「いいですね。じゃあそこにしましょうか。」

 

 

先輩に連れられて向かったお店は商店街の外れにある静かなカフェだった。

「さっきも言いましたがここのオムライスが絶品なんです。」

此処まで先輩がオススメするのだ。相当に美味しいに違いない。オムライスとコーヒーを二人分注文する。

「五河君。今日はありがとうございます。」

「そんな、俺の方こそありがとうございます。あんな急に誘っちゃったのにOKしてくれて。」

「まぁ、五河君の目的は知ってます。精霊の封印が目的なのも。」

何故それを知ってるのだろう。ラタトスクのセキュリティは簡単に破れるものじゃないはずだ。

「なんで…それを知っているんですか…。」

「簡単な話…ではありませんが。私の能力は命名を強制させるだけのものじゃありません。私は他の天使の能力が使えるんです。その中には情報を収集するものがあるんです。」

だからそれを使って調べた、と先輩はなんでもない様に言った。

「じゃあ、十香や四糸乃の能力も使えるんですか?」

「十香さんのは今見せるのはちょっと難しいですね。でも四糸乃さんのなら出来ますよ。ほら。」

すると先輩がコップを指で弾く。すると入っていた水が凍っていた。

「これで、信じてもらえましたか?」

信じないわけにはいかなかった。

「すごいですね…。そんな能力があったんですか…。」

「それ程でもないですよ。これはこれで使い勝手が悪いですし。」

そうとは思えなかった。

「さぁ、そろそろ料理がきますよ。」

「あっ、はい。」

先輩がそう言ってから割とすぐに料理が出てきた。料理は先輩がオススメするのが分かる程美味しいものだった。

 

 

 

「私、最近ようやく料理を美味しいって思えたんです。」

料理を食べ切った後、食後のコーヒーを飲んでいると先輩はそう切りだした。

「どういう事ですか?」

「そのままの意味ですよ。私は最近まで美味しいって経験が無かったんです。味は感じるんですけどね。」

意味が分からなかった。味は分かるのに美味しいが分からない。そんな事があるのだろうか。

「私は元々感情というものが薄い人間なんですよ。昔はそうじゃなかったみたいなんですけどね。忘れちゃったものはしょうがありませんし。」

「そんなの…辛くはないんですか。」

「辛いって感情も薄いんですよ。喜怒哀楽が薄いんですから。だから初めてなんです。こんなに楽しくて、美味しくて、嬉しいのは。」

琴里が言っていて事を思い出す。確かに彼女は美九の時よりも手がかかるのかもしれない。人として当たり前の事を体験ではなく知識として記憶している。本人がそれを自覚していないのがそれに拍車をかけている。それでは悲しすぎるではないか。

「先輩。いや、一華さん。」

「はい。なんですか。」

「今日は最高に楽しませて見せます。」

「っ…はい!」

 

 

「ふーん、やるじゃない。これで相手の情報が引き出せたわね。」

「それに、白石一華の情報も集まった。なんというか、これは推測だが、彼女は意図的に記憶を失ったのではないかね。」

「意図的に?どういう事よ。」

「これを見てくれ。おそらく、彼女が記憶を失う原因だと思うんだがね。」

「何よ…これ…、こんなの、思い出させちゃいけないものじゃない…」

 

 

 

「士道君。今日はありがとうございました。初めてのデートが貴方で本当に良かったです。」

「こちらこそありがとうございました。」

「ではこの辺で。また、学校で会いましょうね。」

「はい!」

 

 

 

 

「ふぅ、楽しかったなぁ。」

あんなに楽しかったのは初めてだ。

霊結晶を取り込んでから感情というものが強くなっている気がする。今までならなんとも思わなかった事もどうでもよくなくなっている。

「これは…喜ぶべきなんでしょうか?」

流石に八年間も過ごしていれば自分が歪んでいるのは理解している。およそ自分が人間らしくはない事も。それが人間を辞めてからようやく人間らしくなっているのは何という皮肉だろうか。

「まぁ、士道君の目的上また誘ってくれるでしょうから次のデートの時に確認するのもいいでしょう。」

「さて、今日の夕飯は何にしましょうか?

魚もいいですが前に作ったハンバーグが残っていたはずですからそれにしましょうかね?

おや……家の前に車が止まってますね。何か用でしょうか?」

 

 

「すみません。私の家に何か用でしょうか?」

「ようやく帰ってきたか。久しぶりだな。」

「えっ……お義父さん……?」




ご指摘、感想お待ちしております。


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07

エターから少し復活したので再投稿です。



どうして……帰ってきたんですか…………イギリスに行ったんじゃ……。」

「何、簡単な話だ。またあの女が高飛びしたからだ。」

「っ……嘘………」

「本当の事だ。今頃、ヨーロッパの男と諸国漫遊でもしてるだろうさ。」

「私…はどうなるんです……?」

「その話をしにきた。既に離婚届は提出してきた。お前の親権は向こう持ちになる方向だ。だから、私にはお前を養う気はさらさらない。しかしだ、先程家の中を見させてもらったが管理はお前に任せて正解だったらしい。それなりに綺麗に保っていた様だな。」

そう言われた。そもそもこの家は広すぎるのだ。自分では扱いきれず、使っている部屋よりも空き部屋の方が多いくらいだ。だから月に一度の掃除でも十分に清潔さを保てたのだ。

「それで、だ。家の管理をしていた報酬としてお前に預けていた通帳は中身ごとお前にやることにした。それと、お前の私物だが、こちらで外に出しておいた。後で場所は伝える。必要な物があれば拾っておけ。だからさっさとどこへでも行け。もう二度と私の前に顔を見せるな。」

ああ、この人は最初から私の事など見てはいなかったのだ。すっかり忘れていた。

血も繋がっていない娘を養うほど甘くはないだろうとも思っていた。しかし、現実にこうなるとかなり堪える。あの本だけは保護しなければ。あれは絶対に必要なものだ。あれは私が持つ唯一のアイデンティティなのだから。

 

 

結果を言おう。本は見つからなかった。

一通り探し終えた私は学校関係の物だけ抱えて独りで夜の町を無気力にふらふらと彷徨っていた。正常な判断は既にできていなかったのだろう。

「あっ…メガネ持ってくるの忘れていましたね…」

ふいに、メガネを掛けていなかった事を思い出して囁告篇帙を取り出す。すると、ひとつの情報が脳に流れこんできた。

「これは…まさかあの本のある場所ですかね?」

すっかり忘れていたが情報収集の能力である

囁告篇帙を使えば直ぐに場所は分かった筈だ。正常な思考ができていなかった事を恨んだ。

私は地図の場所に急ぐ事にした。

 

 

 

「あら、思いの外、時間がかかりましたわね。」

「時崎狂三…」

たどり着いたのはビルの屋上。以前、彼女と遭遇した場所だった。

「貴女ならもっと早く来ると思っていましたが。どうやら見込み違いだった様ですわね。」

「ひとつだけ聞きます。貴女が本を持っているの?」

「ええ、貴女が探しているのはコレの事でしょう?」

こちらに見せつける様に取り出したのはまさしく私が探している本だった。

「……!返して下さい!」

「返さない、と言ったら?」

「力づくで奪い返させていただきます!」

それしか無い。幸いにも彼女は精霊の中でも勝算のある方だ。

「ここで倒して差し上げるのも優しさですわね…。」

『刻々帝ー【二の弾】!』

『刻々帝ー【加速】!』

相手の時間を遅らせる弾に対して加速の弾をぶつける。

すると彼女の弾は加速の弾を貫いた後、消滅した。

「なっ…!?」

「やっぱり、相反する効果の弾同士をぶつけることで相殺できる!」

「わたくしの能力が使えるのは知っていましたがこういう使われ方をするとは予想外でしたわ。」

「褒め言葉として受け取らせてもらいます!」

『支配騎士 突撃形態!』

蛇腹状になった剣を使って敵の弾を躱し、打ち消し、払う。緊迫した時間が数分程続いていく。敵から放たれる攻撃を紙一重で捌き続ける。

「随分と厄介ですわね…ならこれはどうです!」

『刻々帝ー【七の弾】!』

時間停止の弾。当たれば即敗北の反則技だ。

対応する弾が無く、打ち消す事はできない。

しかし、対応手段が無いわけでは無い。

『氷結傀儡!』

打ち消せ無いのならば止めてしまえばいい。

氷の壁で七の弾を防ぎ、減速弾で牽制し、剣を相手に叩き込む。

しかし、突如真横から強い衝撃を受けた。

「ガハッ!?」

そこには正面にいるはずの時崎狂三が立っていた。

「な、なんで…そこに…?」

「【8の弾】。有り体に言えば分身の弾ですわ。貴女ならば対策くらいはしていると思いましたが期待外れでしたわね。」

ああ、なぜ勝算があるから勝てると思っていたのだろう。

やはり純正品の精霊はバケモノなのだ。

能力の使用に寿命を使う彼女ならばまだ勝ち目があるだろうと思っていた。ガンガン攻めては来ないだろうとも。

予想外だった。まさか分身するなんて。

「まさか…勝てるなんて思っていましたの?」

ざっと数えただけでも50人以上の時崎狂三がいた。時間を操る能力の予想外の攻撃に私は戸惑っていた。ただでさえ一対多戦闘は苦手な上に能力弾の代償を霊力で肩代わりしていたせいで既に私の霊力は空っけつに近い。

これでは逃げる事もできないだろう。

さらに、先程受けた銃創から血が流れていくのがより逃れる事を許さないのを痛感させていた。

 

《逃げないの?》

仕方がない。敵は強すぎるのだから。逃げる事も出来ない。

《貴女は何がしたいの?》

あの本を取り戻したい。私が私足る唯一の物。それを諦めたくはない。

《なら変わってあげようか?》

今回はヤケに優しい。いつもの生意気な態度はどうしたのだろう。

《目的の一致。あれは私にとっても大切な物だから》

彼女がこんな態度を取るなんて思わなかった。まぁ、もういいだろう。私ではもうどうしようもない。ならば彼女を解き放ってあげよう。

《ありがとう。ゆっくり休んで》

鍵が壊れる音がした。意識が遠のいていく。

死ぬ時はこんな感じなのだろうか。もう起きる事はないだろうというのに下らない事を考えてしまっている。それくらい未練というのはないのだろう。

『あぁ…でも…もう一度でいいから、彼とデートをしてみたかったかな?……』

 

 

 

 

 

 

 

「始原の精霊への練習と思いましたがこれでは参考にもなりませんわね。」

横たわる彼女を観察する。【一の弾】や【ニの弾】を相殺してきたのには驚いたがせいぜいその程度だ。

「まぁ、反転しかけていたのですからこうする他ないのですけれど。」

彼ならばあの状態からでも救おうとするのだろうが自分ではどうにもできない。

「この本ももう必要はないですわね。」

何処かで捨てるか売るかしよう。デザインは好みだが持っていたところで役に立つわけでもないだろう。

 

 

《復讐騎士 破城形態》

突如何かが頬を掠めた。

そこには彼女の身の丈ほどもあるだろう大槌が構えられていた。先端に杭の様な物がある。それを打ち出したのだろう。

「まさかあの出血で生きていたのですか!?」

彼女は何も答えない。

「しくじりましたわね。反転してしまいましたか。」

金色の鎧は既に禍々しい黒に染まっていた。籠手には獣を思わせる爪が付いており、靴にも攻撃用と思われる爪があった。対象的に髪は全て白髪になっており、瞳からは色素が失われて髪と同じく白くなっていた。

《霊結晶91番から100番連結開始。完了。顕現開始。》

腰から延びたワイヤー、その先に付けられた金属板を重ねて作ったかの様なブレードは先程出していた天使の様な道具の形とはまるきり別物だった。機械のような見た目で生物の様に動くそれは機械的に喋る漆黒の騎士に不思議と似合っていた。

「まさしく合成天使…いえ魔王とでも呼べば良いのでしょうか。」

《返却希望。さもなくば攻撃を開始する。》

「とはいえ、まだ不完全なようですけれど。」

未だに人格部分が不完全だが油断ならない相手だ。

『【八の弾】!』

『模造-暴虐公』

無造作に振るわれた一撃で分身の半数近くが消し飛び、爪による追撃により、さらに多くの分身が消えた。

「なるほど…相当な威力をお持ちな様で。しかし…これでは獣ですわね。」

復讐騎士(バルバトス)-破城杭』

杭が発射される。

直撃こそ避けたがまた多くの分身が消し飛んだ。

「これはまずいですわね…」

これ以上の消費は今後の計画に支障が出る。

ここは隙を見て撤退するのがいいだろう。

『威力調整、形態変更。』

大槌と尾が消えその代わりに黒い大太刀が握られていた。

『過剰投与-偽典 終焉の剣チャージ開始』

黒い光の奔流。鳴り響く悲鳴の様な金属音。まさしく魔王の一撃と称するのが相応しい光景。合成品故の威力不足を霊力の過剰投与によりオリジナルを超える威力で放つ必殺の一撃。本来、不壊であるはずの天使が悲鳴を上げる程の過負荷。いかに精霊であろうと直撃すれば消滅は免れないだろう。

「なっ…!?この街ごと私を消し飛ばすつもりですか!?」

『チャージ完了まで残り十秒。』

「……ッ!行きなさい!私達!」

効率度外視の分身。大量の分身が一華に向かって突撃していく。先頭の分身は途中で消滅した。次点の分身もそこから十歩も進めずに消滅する。一人、また一人と消えていく。

「…間に合いなさい!」

『過剰投与-偽典-終焉の剣、発射』

発射される寸前、分身の一体が構えられた大太刀を蹴り上げる。

それにより必殺の一撃は一華の後方に空高く打ち上げられた。想定外の方向に発射されたためか彼女は地面に叩き付けられていた。

「ハァ…ハァ…、面倒な事をしてくれましたわね。」

予想外の出費に、それに見合わない収穫。完全に赤字だ。

「趣味ではありませんがここは撤退ですわね。」

そして、ビルから飛び降りて夜の街に消えて行った。

 

 

 

 

「人格浮上完了。あのゴスロリはもう逃げちゃったかな」

数分後、黒い騎士はおもむろに立ち上がった。

「久しぶりに表に出てみれば中々面白い事になってるね。」

先程と同じくに淡々とした様に、しかし先程よりも明るい声だった。

「ふむ、なるほどなるほど。彼女も甘いね。こんなやりたい放題できる能力を使わないなんて。もったいない。だから…」

「私が使ってあげる。」

《復讐騎士 星世転変》

 

 

その日、世界はそのあり様を塗り替えられてしまった。

 



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