仮面ライダーディケイド2〜平成二期の世界〜 (らいしん)
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第1話「新・ライダー大戦」

 光夏海が気がつくと、そこは見覚えのある景色だった。かつて何度も夢に見た、ライダー大戦の戦場。そして全ての旅を終え、大ショッカー幹部アポロガイストと決着をつけた場所。

 辺りには煙が立ち上り、植物の焦げた匂いと熱気を感じる。ぱちぱちと鳴く炎は風に煽られて揺れ動く。

 

「どうして……」

 

 ライダー同士の戦いは終わったはずなのに。

 

 彼女の旅は一段落したはずだった。世界を巡り、大ショッカーを倒し、その後釜であるスーパーショッカーをも滅ぼした。

 それが、どうして今ここにいるのかさっぱり分からない。彼女は周りをきょろきょろと見回す。その場にいるだけでは、状況は何も変わらない。夏海は仲間の名前を呼びながら歩き出した。

 

「……士くん! ユウスケ! 海東さん! ……どこに行ってしまったんですか」

 

 ヒュンと目の前を何かが通り過ぎた。それと同時に背後で大きな爆発が起きた。爆風で夏海はバランスを崩し、転ぶ。

 

「きゃっ!」

 

 爆煙が晴れると、そこには幾千ものライダーがいた。

 

「うおおおおおおおお!」

「はあああああっ!」

「わあああああああ!」

 

 武器を構え、夏海を無視して走ってゆく。

 地上には変形・武装したバイクが走り、空には龍のモンスターや列車が飛んでいる。ディケイドと共に世界を旅した彼女は、それらが何者であるか知っている。

 

「やめて! やめてください! みんな! もう戦う必要はなくなったはずです! ……士くん! いるんですよね! こんなの――」

 

 ふと彼女は気づいた。押し寄せる大勢のライオトルーパーの中に、見覚えのない量産ライダーがいることを。

 黒い殻付きの実を模したライダー、宝石の頭にいかつい爪を持ったライダー、フードを被ったひとつ目のライダー。

 

「これも……ライダー……?」

 

 地上を猛スピードで駆ける巨大な車が二つに割れ、中から飛行メカが飛び出す。ドラグレッダーとは違う西洋龍と、獅子の顔をした生物、そして黒い服に身を包んだイグアナが空を歩行する。緑色の大型機械の鎧武者が武器を掲げたかと思えば、その後ろから竹馬型のビークルに搭乗した一部隊が飛び出していく。

 新たなライダーたちが次から次へと登場する。そんな彼らもまた、夏海の知るライダーたちと目的は同じ。彼女の体感で、ライダーの数はかつて見た夢の倍以上の規模だ。それに、技の系統も多彩になっている。

 しかし、彼らの末路は先の夢と変わることはなかった。巨大な爆発が連鎖的に起き、押し寄せるライダーたちの波を吹き飛ばしていく。

 呆気にとられているうちに、戦いは終わっていた。夏海はライダーたちが向かっていた方向へと歩く。

 辺り一帯に転がるライダーたち。その中心にはやはり彼がいた。マゼンタカラーのアーマーに身を包んだ、あのライダーが。

 見慣れた後ろ姿。夏海の存在に気づいていないのか、振り返らない。最後まで顔が見えることはなかった。

 彼の背に向けて、夏海はこう呟いた。

 

「……ディケイド」

 

 

 

 

第1話「新・ライダー大戦」

 

 

 

 

 夏海は目を覚ました。

 

「夢……」

 

 光写真館の受付カウンターで、いつの間にか眠ってしまっていたようだ。通路に出て伸びをし、凝り固まった体をほぐす。スタジオから声が聞こえるところからすると、彼もそこにいるのだろうか。

 

「士く……」

 

 彼の名を呼び、スタジオに入る。

 しかし、そこに目的の人物はいなかった。代わりに一人、客が来ていた。光写真館にとっては久しぶりの客だ。上から下まで真っ白なスーツに身を包んだ男。彼はすました顔のまま首だけを動かし、部屋に入ってきた夏海を直視する。

 

「すみません、お客様。お邪魔しました……」

「あっ、夏海ちゃんおつかれさま~。士ならさっき出かけたとこだよ」

 

 そう言って、レフ板を持って栄次郎のアシスタントをしていたユウスケがにこやかに手を振る。

 仮面ライダークウガ。夏海が世界を渡り、最初に出会ったライダー。それが彼の正体だ。

 

「あっ、こらこら。ユウスケくん、ちゃんと光当ててっ」

 

 レンズから顔を上げ、ユウスケに軽く注意したのは光栄次郎。この写真館を経営者で、夏海の祖父である。

 

「はいすみませんっ!」

「じゃあもう一枚いきますからね~」

 

 お辞儀をして退室する。そして夏海は士を探しに写真館を後にした。

 

 門矢士。ふらっと街に現れて、光写真館の居候をしていた男。そして、仮面ライダーディケイドであり、大ショッカーの首領だった男。夏海と共に世界を巡り、世界を救った英雄。

 

「……のはずなんですけど」

 

 さっき見たのはディケイドが破壊者に覚醒した世界のビジョンだったのだろうか。夏海は頭を振って、余計なことを考えないようにした。

 

「嘘。あんなこと、もう起こりっこない」

 

 士は夏海の予想通り、いつもの寂れた公園にいた。普段は首にかけたトイカメラで景色を撮影しているのだが、今日は様子が違った。ベンチに座り、手に持つ何かを眺めているようだった。

 

「士くん?」

 

 彼女に呼ばれて、門矢士は顔を上げた。変わらぬ気怠げな表情を彼女に向ける。

 

「おう、どうしたナツミカン。ようやくお目覚めか?」

「いえ、なんでも……」

 

 寝顔を見られていたことに少しムッとしたが、士の姿を見て少し安心した。それも束の間、彼が持つカードに視線を落とした瞬間、全身を寒気が襲った。

 彼女の表情の変化を読み取り、士は手元を一瞥する。そして彼女にこう問いかけた。

 

「これがどうかしたのか?」

 

 彼が持っていたのは仮面ライダーの姿が描かれたライダーカード。彼が旅をすることで、各世界のライダーの力が使えるようになったアイテムだ。

 しかし今、彼が持っているのは以前の旅で手に入れたものとは違っていた。士本人すらも知らないライダーがいる。力が抜けたブランク状態になっており、ライダーたちの姿は薄ぼんやりとしているが、なんとか認識できる。

 そんな彼とは違い、夏海はその面々に見覚えがあった。ロケットを模したライダー。武者の姿のライダー。ゲームキャラクターのようなライダー。

 

「それ……どうしたんですか!?」

「知らん。気付いたら増えていた。俺たちがまだ行ったことのない世界のライダーなのかもな。……お前はこいつらのことを知っているのか?」

「はい。実は――」

 

 夏海は夢の内容を話した。士は眉一つ動かさず、それを黙って聞く。

 

「だいたい分かった」

「またそれ……。本当に分かったんですか?」

 

 話が終わると士は立ち上がった。ベンチに座ったまま質問する夏海に、ブランクカードをひらひらと動かしながら見せる。

 

「次はこいつらの世界を巡れってことだろ?」

「話が早いな、ディケイド」

 

 夏海の、更に背後で声がする。

 彼女と士は同時にそちらを見る。

 

「鳴滝!?」

「鳴滝さん!」

 

 鳴滝。夏海と士の前にたびたび現れる謎の男。大ショッカーやスーパーショッカーの幹部でもあったが、その正体は未だ謎のままだ。現にそれらの組織が崩壊した今でも、こうして二人の前に姿を見せている。

 

「こいつはお前の仕業か、鳴滝。なんのためにこんなことを」

 

 士の問いかけを無視して、鳴滝は夏海に話しかける。

 

「光夏海、君の見た夢はいつか起こりうることだ。君たちは何としてもそれを阻止しなければならない」

「阻止ったって、どうすりゃいいんだよ。そもそも、今回のお前の目的はなんなんだ? もう騙されねえぞ」

「今はまだ早すぎる。お前が新たな九つの世界を巡り、全てのライダーの力を手に入れた時に話そう。どうか、世界を救ってくれ。お前の旅の無事を祈っているぞ、ディケイド」

「今までと態度が変わりすぎだろ。いったいどういう風の吹き回しだ?」

「……いかん!」

「あ?」

 

 士の背後、鳴滝の視線の先に現れたのは白服の男だった。

 

「……なんだお前?」

「あなた……さっきの!」

 

 彼は栄次郎が写真を撮っていた、あの客だった。

 

「ようやく見つけたぞ鳴滝。この世界で始末してやる」

 

《マスカレイド》

 

 起動音と共にアイテムを自身の体に突き刺す。顔面が、骨をモチーフにした仮面に変わる。

 鳴滝は後退りし、夏海はヒッと悲鳴を漏らした。

 

「うおおおおおおおお! うおっ!?」

 

 士は、鳴滝に向かっていくマスカレイドドーパントに足を引っ掛け、転ばせた。ドーパントが自分の足元に倒れるのを見て、夏海はきゃあと叫んでそこから離れる。

 

「勝手に話を進めるな。展開が急すぎだ。ま、とりあえずボコッとくか」

 

 士はディケイドライバーを取り出し、腰にあてる。その隙に鳴滝はオーロラの中に逃げていった。

 

「貴様! 私の邪魔を……!」

「変身」

 

《カメンライド ディケイド》

 

 半透明の像が士の周りに現れる。それらが一つに交わり、一人のライダーの姿が出来上がった。それと同時にベルトの窓から飛び出たプレートがマスカレイドドーパントに激突し、吹き飛ばす。そしてそれらが頭部に突き刺さり、士は仮面ライダーディケイドへと変身した。

 プレートの不意打ちを受けて腹が立ったのか、うがあと怒りの声をあげるドーパント。そんな彼に攻撃の暇を与えず、ディケイドはパンチをくらわせた。

 

「……ぶがっ!」

「なんだ、戦いは素人か?」

 

 攻撃がヒットした顔を押さえて苦しむドーパント。彼が怯んだのを見て、士はライドブッカーから一枚のカードを取り出した。

 

《ファイナル アタックライド》

 

「とどめだ!」

 

《ディディディディケイド》

 

「はあっ!」

「うがああああああああ!!!」

 

 攻撃を受けて爆発するマスカレイドドーパント。変身が解除されることなく、跡形もなく消え去ってしまった。

 

「今のはなんなんだ? 随分と趣味の悪い格好をしていたが」

 

 そう言って変身を解除する士。夏海も分かりません、と首を振る。

 

「鳴滝さんを狙っていたみたいですよね」

「庇う必要はなかったかもしれないけどな」

「……笑いのツボ!」

 

 夏海の親指が士の首筋に突き立てられた。

 

「は!? ……あははははははは! ナツミカン! 冗談に……ははははは! 決まってんだろ! ははははははは!」

「冗談に聞こえませんでした。私の夢のことを知ってるってことは、今鳴滝さんがやられちゃったらまずいってことなんです。ここは言うとおりにしてみませんか」

「はははは……はあ。あいつの言いなりになるのは癪だが、話を聞く限りそれ以外なさそうだな。あいつが世界を救ってくれって言ってんだ、それ相応のお礼も頂かないとな」

「もう。がめついですよ」

 

 士は夏海を置いて一人歩き出す。

 

「とりあえず帰るか」

「あ……! 待ってくださいよ!」

 

 写真館に戻るやいなや、栄次郎とユウスケ、そしてキバーラが二人を出迎える。

 

「あ、二人ともおかえり」

「撮影に行ってたにしては遅かったな。遠出か?」

「どこ行ってたのよー、二人ともー、きゃっ!?」

 

 士はキバーラを手で払い、ユウスケの頭をわしゃわしゃと掻き回す。

 

「また旅に出ることになった」

「ぐえ。……えっ、嘘」

「本当だ。これを見ろ」

 

 士はそう言って机の上に九枚のライダーカードを広げた。

 

「新しい……ライダーか!? あっ……これは……」

 

 ユウスケが手に取ったのはダブルのブランクカード。

 

「ああ、見覚えのある奴もいるよな。俺たちはそいつらの世界を回らないといけないらしい」

「いや~嬉しいねぇ~」

 

 三人と一匹はパネルの鎖をいじる栄次郎の方を見た。

 

「人はみんな、生きている限り旅人なんだよ。人生という旅は死ぬまで続く。だから再び旅立てるこの日は、新たな人生の始まりだ」

「きゃ~! 栄次郎ちゃんかっこいい~♡」

「あは、あは、そうだろう? うわっとっと!」

 

 栄次郎が手を滑らせ、新たな絵が登場する。

 ビルが立ち並ぶ街の中に、ひときわ巨大な風車付きの塔がそびえ立っている。

 

「これが最初の世界か」

 

 士がそう言うと、外でびゅうと強い風が吹いた。窓がガタガタと音を立てる。

 彼らの新たな旅が、始まる。




次回 仮面ライダーディケイド2

「ようこそ風都へ! 歓迎するぜ~!」
「また警察か」
「やはり俺の知っているダブルとは少し事情が違うみたいだな」
「君のガイアメモリが欲しいんだけどね」

第2話「Wの世界/街を守る者」

全てを破壊し、全てを繋げ!


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第2話「Wの世界/街を守る者」

「やめて! やめてください! みんな! もう戦う必要はなくなったはずです!」
「……ディケイド」

これまでの仮面ライダーディケイド2は……

「知らん。気付いたら増えていた」
「新しいライダーか?」
「次はこいつらの世界を巡れってことだろ?」
「お前の旅の無事を祈っているぞ、ディケイド」


「ここが最初の世界か……」

 

 士は写真館の外に出て、ダブルのブランクカードを空に掲げる。カードを持つ手を下ろしたその先には、風都タワーのプロペラが八つの羽を大きく広げて回っていた。

 

「それにしても……」

 

 士は自分の姿を見る。

 

「また警察か」

「クウガの世界に戻ってきたみたいですね」

「そうだな。確かお前、最初はそんな格好してたような気が」

 

 後から出てきた夏海とユウスケは士の警察姿を笑う。

 士は懐を探る。取り出した警察手帳には見慣れない単語が並んでいた。

 

「風都署……超常犯罪捜査課……」

「なんだそれ」

「ドーパントってやつらの犯罪を取り締まるらしい」

「ドーパント?」

「人間がガイアメモリって道具を使って変身した、バケモノのことをそう呼ぶんだと」

「わっぷ」

 

 士はポストに入ったままの新聞を取り、ユウスケの顔に押し付けた。夏海とユウスケ、二人は新聞を広げる。肉食恐竜の頭部を模した怪物が一面を大きく飾っている。

 

「ドーパントまた出現、増加傾向にあり……」

「人知を超えた凶悪な存在……。こんなのがたくさんいるのか」

「ああ。例えば、こういう奴だな」

「え?」

 

 士が指した彼らの前にはコックローチドーパントが出現していた。

 

「ゴッ、ゴッ、ゴッ、ゴキ、ゴキブ……!!」

「きゃあああああああ!」

「ウワァァァアアアアアアア!」

 

 うろたえるユウスケ、目を回して絶叫する夏海。そして何故かドーパントも声を上げた。

 

 

 

 

第2話「Wの世界/街を守る者」

 

 

 

 

「ウワア! またサツか! ぐえっ!?」

 

 士を見て、コックローチドーパントも驚いた様子。隙を見せた瞬間、士のキックを受け、ゴロゴロと転がる。ユウスケと夏海は左右に飛び、ドーパントから離れる。

 

「くそっ、邪魔するな! そこをどけえええええ!」

 

 立ち上がり、猛スピードで向かってくる。それを士は素早く避けた。コックローチドーパントはどんどん遠ざかる。

 

「士! 逃がしていいのか!?」

「いいや、良くない」

 

 ドライバーを取り出し、カードを挿入する。

 

《カメンライド》

 

「変身」

 

《ディケイド》

 

「げげええ!? かっ、仮面ライダァー!?」

 

 ドーパントは背後で変身するディケイドを見て叫ぶ。変身を完了し発光する緑の複眼と目が合い、彼は身震いした。

 

「虫相手なら、こっちも虫だ」

 

《カメンライド カブト》

《アタックライド クロックアップ》

 

 ディケイドカブトはその場から消える。時間の流れを超越した高速移動のため、そう見えるのだ。

 

「いやー……やっぱ速えなあ……」

 

 ユウスケと夏海はその様子を見つめるばかり。

 

「しっ、しつこいぞ! なにする……や、やめろ!」

 

 スピードではコックローチドーパントに圧勝したディケイドカブトは、彼の周りをぐるぐる回って足止めをしていた。抜け出す隙がないドーパントはその場であたふたするのみ。

 

「罠に捕まったゴキブリは即刻駆除してやらないとな」

 

 ディケイドカブトはドーパントの背後で高速移動を止めた。そして一枚のカードを取り出す。

 

《ファイナル アタックライド カカカカブト》

 

「やめ……びゃああああああああああ!!!!」

 

 鋭い回し蹴りを浴びせられたドーパントは爆発する。

 

「あひ……」

 

 その場に倒れる男。隣で粉々に砕けるコックローチメモリ。それを確認し、士は変身を解除した。

 その時、遠くからパトカーの音が近づいてきた。

 

「……お?」

 

 急ブレーキで停止したパトカーのドアが開く。警官数人と、その上司と思われる上機嫌な男が出てきた。彼は刃野。士と同じ超常犯罪捜査課の刑事だ。

 

「お前! お手柄だな!」

「お、おう」

 

 笑顔の刃野に肩をぽんぽんと叩かれ、士はぎこちなく返事する。彼らの横を、部下と思わしき二人の刑事――小牧と押谷が通り過ぎ、男に手錠をかけた。

 

「刃野さん! 確保しました!」

「ご苦労。さ、連れてくぞ。ガイアメモリをどこで手に入れたか、聞かなきゃならねぇ」

 

 彼らはパトカーに乗る。あっという間に男は連行されていった。その場には士たち三人が残った。

 

「やるじゃないか、士」

「当然だ」

 

「おい、あんたたち、この辺にドーパントが逃げてこなかったか!?」

 

「え?」

 

 聴き慣れない声がした。振り向くと中折れ帽子を被った男が息を切らしながら立っていた。ドーパントのことを知っており、それらから逃げるではなく逆に追っている立場らしいが、恰好を見る限り警察関係者ではない。

 

「誰だか知らんが。ドーパントならもう連行されたぞ」

 

 士が親指で指した方には米粒ほどの大きさになったパトカー。

 

「なんだと!? メモリは!?」

「ぶっ壊れたのを証拠品として持っていったぞ」

「誰かがメモリブレイクしたのか……?」

「えっと、とりあえず……あなたはどちら様でしょうか? 警察……じゃないですよね。この街はいったい──」

「おっとぉ! この街は初めてかい? 御三方!? 俺でよけりゃこの街の魅力を語るぜ」

 

 神妙な表情から一転。彼はふふん、とキメ顔をした。急なテンションの変わりように、士たちはぽかんとする。

 

「まあ、立ち話もなんだ、入ってくれよ。コーヒーくらいは出せるからさ」

「入れってここはうちの……ええ!?」

 

 光写真館はビリヤード場になっていた。

 

「そっちじゃないぞ。上だ上。こっちだ」

 

 彼は建物の横の細い通路に入っていく。

 

「……どうする?」

「ついていけばいいんじゃないか? どうやらあいつ、ドーパントのことについてよく知っているみたいだしな」

 

 ビリヤード場の脇の階段を上がったところに扉があった。中に入るとどこか懐かしい昔の雰囲気に包まれる。時代を感じさせる内装がそうさせたのだ。

 

「じゃあ改めて。ようこそ風都へ! 歓迎するぜ~。この街はいいところだ。是非楽しんでいってくれよな! 俺は切札ショウタロウ。この街の顔だ。よろしく!」

 

 彼はそう言ってコーヒーを出す。

 

「ここはなにかの事務所ですか? 家ではないですよね」

「探偵事務所だ。まあ、言っちまえば何でも屋だな。この街のことならお任せあれ。何かあったら電話一本! すぐに駆けつけるぜ」

 

 ショウタロウは黒電話の受話器を耳に当て、ウインクとサムズアップでまたキメ顔をして見せた。「へぇ……」と夏海は引き気味だ。

 

「何から何まで古臭い事務所だな」

「士! そういうのやめろって! あと、うろうろするな!」

 

 アンティークな椅子。高そうな額縁の風景画。レトロなラジオ。帽子がたくさんかかった扉。士は事務所内を歩き回る。

 

「あっ! おい、その部屋には……!」

「ん?」

「いや、扉の帽子は俺の大事なもんだ。すまないが、触らないでくれるか」

 

 扉を開けようとすると帽子に触ってしまう。ショウタロウにきつめに言われ、士は手を引っ込める。それを見てふふと笑う夏海は、ふと目の前の机の上にタイプライターを見つけた。

 

「それにしても面白いものがたくさんありますね。わー、ああいうの、うちのおじいちゃんも持ってました」

「おっ、いいねー。男のロマンって奴だよな。あんたの爺さんは分かってる人だぜ!」

 

 

 

 

「ふぇくしょ! ……風邪かな」

「栄次郎ちゃん大丈夫ー?」

「うーん……あったかいものでも食べようかな」

 

 

 

 

「で、あんたたちはなんの用事で風都に? 観光スポットならいろいろあるが……まずはやっぱり風都のシンボル、街の中央に位置する風都タワーだな。ここからもよく見えるだろ? 俺のおすすめは、直下にかかる風都大橋から見上げる姿だな。風都タワーの中を駆け抜けていく、この町で一番いい風を感じながら――」

「そんな話はどうでもいい。俺たちはドーパントのことを聞きたい。ドーパント事件のスクラップがあるってことは、あんたの専門はこれなんだろ?」

 

 士はファイリングされた記事を棚から勝手に出していた。それをショウタロウに見せながら訪ねた。

 

「……聞きたいのはそれか」

 

 ショウタロウは悲しい表情を見せる。

 

「記事の日付を見たら分かると思うが、最近特にドーパント絡みの事件が多くてな。警察もあっちへこっちへと連れまわされてる。さっきのパトカーに乗ってた刑事がいただろ? 担当だから仕方ないとはいえ、刃野さんたちもさすがに疲れてる。あんたも警察なんだからそれくらいは知ってるだろ?」

「ああ、まあ、だいたいな」

「嘘つけ」

 

 来客用のソファの背もたれにどかっと腰かけてそう言う士に、ユウスケがツッコミを入れる。

 

「風都署の方々とは、お知り合いなんですか?」

「まあ、顔馴染みだな。昔から世話になってたし、今でもドーパントの事件があれば嫌でも顔を合わせる」

「なるほど」

「密売組織の逮捕で収まりつつあったドーパント事件がまた流行りだした。警察は、組織のメモリを拾ったやつらが好き勝手やってるだけだと考えてるらしい。だけど俺は、これには何か裏があると思ってる。でも頭が回らない俺だけじゃ……どうにもならねえ……」

「お前のその推理に根拠はあるのか?」

「……探偵のカンだ」

 

 突然ジリリリリンと電話が鳴る。ショウタロウは頬をぱしんと叩き、弱々しい声から仕事用のいい声に戻って電話に出た。

 

「こちら切札探偵事務所ォ」

 

 はい、はいと受け答えして電話を切る。

 

「すまねえ、事件だ。ちょっと時間がかかるかもしれねぇから、また明日にでも来てくれ。ドアの鍵は開けっ放しでも大丈夫だ」

 

 そう言ってショウタロウは駆け足で出ていった。

 自分たちも出ていこうと立ち上がった時、ユウスケは棚の上に写真立てを見つけた。写真立ての周りは花瓶と一冊の本があるだけで、物に溢れている事務所内では浮いた雰囲気になっていた。

 

「この写真……ショウタロウさんの写真かな?」

 

 帽子を被ってキメ顔の少年と、本を持った眼鏡の少年。二人が仲良さげに写っていた。

 

「隣の子は……誰でしょうか?」

「年は近そうだよなぁ。友達、でいいのかな」

「……だいたいわかった」

 

 そう言って士は例の帽子のかかった扉の中から出てくる。

 

「あっ! ショウタロウさんがそこ触るなって言ってただろ! いつの間に中に……。まったく、信じられないな、お前は」

「あいつの言うとおり、この事件には裏があるかもしれないな」

「何か掴めたんですか?」

「さあな。それを確かめるためにとりあえず調査してやるか。警察らしく、な」

 

 士はネクタイをぐっと締めた。

 

 

 

 

 ショウタロウはバイクを降りた。ヘルメットを取り、帽子を被りなおす。

 

「ドーパントはどこだ……?」

 

 ショウタロウは街の南東、風都湾に来ていた。先ほどの電話で、この辺りでドーパントらしき姿を見たと連絡があったのだ。

 

「やあ。君が仮面ライダーダブルだね?」

 

 積まれたコンテナの間を一つ一つ見ていくと、上から声がした。手で電灯の光を避けて見上げると、コンテナに座る男が見えた。その声には聞き覚えがある。

 

「あん……? なんなんだあんた。もしかして俺を呼んだのはあんたか?」

「そうさ。でも用件は別だ」

 

 彼は飛び降り、ショウタロウの目の前にやってくる。そして右手で銃の形を作り、バンと撃つ動作をした。彼は海東大樹。士と同じく、世界を旅する仮面ライダーである。しかし、ショウタロウはそんなことを知る由もない。

 

「とりあえず、君のガイアメモリが欲しいんだけどね」

「ふざけんな。ドーパントが出たってのは嘘かよ。誰だてめー」

 

 ショウタロウに向けられた手をぱしんと弾く。海東は叩かれた手の甲を一撫でし、やれやれと銃型ドライバーを手にした。

 

「僕はただのトレジャーハンターさ。そして、君と同じ仮面ライダーだ」

「仮面ライダーだと……? その名前を気安く使われるのは気にくわねぇな!」

 

 相手は武器を持ち、戦う気でいる。こちらも対抗しなければならない。ショウタロウもドライバーを腰に巻き、黒いガイアメモリを手にした。

 

《カメンライド》

 

「変身!」

 

《ディエンド》

 

《ジョーカー》

 

「変身!」

 

《ジョーカー》

 

「はっ!」

 

 ディエンドは冷静にドライバーから弾を連射する。それを避わすために、ジョーカーは一旦コンテナの後ろに隠れた。

 

「クソッ。銃持ち相手かよ……!」

「フッ。勝ち目はないんじゃない? メモリさえ渡してくれたら満足して帰るんだけどなぁ」

「馬鹿言うな!」

「!」

 

 ジョーカーがコンテナの上から奇襲をかけた。攻撃を避けた後、ディエンドの裏へ回り込んだのだ。

 近接になると、途端にジョーカーが優勢になる。ディエンドは回避に徹し、攻撃する暇がなくなった。二、三度攻撃を受けてしまったが、ディエンドは持ち前の高速移動を発揮して再び距離を取る。

 

「どうだオラァ!」

「やるね。じゃあこういうのはどうかな」

 

《カメンライド カリス》

 

「なんだあ!? ぐわあ!」

 

 ジョーカーの眼前に、ハートをモチーフにした黒いライダーが召喚される。カリスの武器・カリスアローは弓だが、近接武器にもなる。その一撃を喰らい、ジョーカーは地面を転がった。

 近接攻撃と遠距離攻撃。二人の攻撃を相手に、ジョーカーは苦戦を強いられることとなった。

 

 

 

 

 士は風都署に来ていた。

 

「いや~いやいや。さっきはお手柄だったぞ。お前、名前は?」

「門矢士だ。というか誰もいないな。あんたの部下の姿も見えないが?」

「ああ、一昨日出た奴が道路を派手にぶち壊しやがったもんで、その対応に追われてんだ。んで、小牧も押谷もパトロールに行ったとこだ。とにかく今は人手が足りねぇってワケよ」

「あんたは一人でここでなにしてる」

 

 士の言い方に「サボりか?」というニュアンスを強く感じたのか、刃野はむっとする。

 

「上司として対策を考えてんだよ。ほら、これを見てみろ」

 

 彼はそう言って風都の地図を広げた。

 南東・北東を海と山に囲われた風都はやや閉鎖的に見える。街の中心である風都タワーのそばを流れる川は、ダムのある北東から南西に向かって流れており、街を二分している。その地図の中にぽつぽつと赤い印がしてある。

 

「印のとこがドーパントが出た場所だ。見れば分かるが、川の下流──南西方面に集まってるだろ。だから次に出るのはこの辺りだと俺は睨んでる」

「ふうん」

 

 そう言った刃野の指は風都湾をさしていた。

 

 

 

 

「そろそろメモリを渡す気になったかい?」

「ならねえなあ!」

「素直じゃないねッ!」

 

 ディエンドの発砲を避けた先にはカリスが待ち受ける。振り下ろされる刃を真剣白刃取り。そのまま腹にキックを繰り出し、ジョーカーは攻撃に転じる。ディエンドの視界からはずれ、まずはカリスとの一騎討ちをするつもりのようだ。

 

「待ちたまえ――うっ!」

 

 ジョーカーを追い詰めようと近寄ったディエンドは、背後から攻撃を受けた。思わずその場に倒れる。

 

「誰だ!?」

 

 ディエンドが振り返った先には、ドーパントが。

 

「こんな時に! 邪魔するな!」

 

《アタックライド ブラスト》

 

 ディエンドはカードを使い、戦いに水を差した怪人を排除しようとした。ディエンドライバーが上下左右に振れ、残像から弾が発射される。

 

「ハッ!」

 

 ドーパントが手を向けると、掌から高速で弾が発射された。弾の正体は水。弾同士がぶつかるたびに、辺りに水溜まりができていく。ブラストの能力で通常の連射速度以上のペースで発射された弾を、ドーパントは全て相殺したのだ。

 

「なに!?」

「ハアッ!」

「うっ、うわああ!」

 

 今度は海水を操り、ディエンドをなぎ払う。操られた海水は非常に重く、鉄の塊のようだ。

 

「くっ……一時撤退だ……!」

 

《アタックライド インビジブル》

 

 ディエンドは戦線離脱した。そして彼が場を離れたため、召喚されたカリスは消えてしまった。ジョーカーはカリスを倒したと思い、次はディエンドを相手にしようとこちらに走ってきた。しかしディエンドはその場におらず、代わりにドーパントが待っていた。

 

「……! ドーパント!」

「仮面ライダーめ……!」

 

 ドーパントはジョーカーに手を向ける。放たれた水の弾丸は、背後のコンテナに穴をあける。

 

「また遠距離かよ!? つーか、とんでもねえ威力だな。メモリはなんだ? とにかく、今度はこっちからだ!」

 

 ジョーカーはドーパントに向かっていく。先ほどディエンド相手に行ったものと同じく、遠距離には近距離作戦だ。しかし、いくらパンチを繰り出しても手応えがない。

 

「な!?」

「仮面ライダー……!」

 

 ドーパントはジョーカーを突き飛ばし、水を乱射する。そのうち一つがロストドライバーに命中する。ドライバーにはヒビが入り、破片がぽろぽろと落ちる。

 

「しまった!」

 

 ロストドライバーを壊されてしまったジョーカーは、うまく力が引き出せない。なすすべなくドーパントから一撃をもらい、硬いコンテナへと叩きつけられた。ジョーカーは変身を強制解除され、ショウタロウがその場に崩れ落ちた。

 

「ぐはっ……。ドー……パントめ……」

「……! お前は……」

 

 ドーパントは、気を失い倒れるショウタロウを見つめる。トドメを刺そうと構えていた手を下ろし、くるりと背を向けた。

 

「まあいい。これで仮面ライダーはいなくなった……!」

 

 ドーパントはその場を去った。

 

 

 

 

 しばらくして、すっかり夜になった。真っ暗な探偵事務所の扉がぎっと開く。

 

「クソ……こいつ、なんだってあんなところで寝てやがったんだ」

 

 ショウタロウをおぶった士が入ってきた。刃野の推理に従って、士は風都湾に行ったのだ。そこにドーパントはおらず、代わりに気を失ったショウタロウを発見し、今に至る。

 士は、気絶したショウタロウをソファに寝かせる。

 

「やはり俺の知っているダブルとは少し事情が違うみたいだな」

 

 彼の腰につけた壊れたロストドライバーを見て士は呟く。この形のドライバーは、士も初めて見る。

 

「また明日来るからな」

 

 その一言と共に扉が閉められた。

 

「……行ったかな」

 

 士が出ていって数秒してから、ショウタロウは目を開いた。途中から寝たフリをしていたのだ。だが口調がいつものものとは少し違う。

 

「ふう、一体誰なんだ彼は。……ん?」

 

 彼は自分の手を見る。そして視線は袖、腕、体へと。違和感はどんどん大きくなっていく。立ち上がり、姿見に映った自分の姿を見る。

 

「僕じゃない!? これは、ショウタロウ?」

 

 最初は驚いた様子だった彼も、自分の頬をぺたぺたと触っているうちに落ち着きを取り戻していく。

 事務所内に積まれたファイルや報告書をひっくり返し、片っ端から読んでいく。ふんふんと頷き、タイプライターの紙を一枚取ってメモ代わりにした。

 

「なるほど。そういうことね」

 

 そして、例の扉の先に足を踏み入れる。さっき鏡を見た時に、腰のロストドライバーが使い物にならない状態であることを察した。

 

「理論は思いついている。最終調整は一晩で終わらせよう、僕たちの街のために!」

 

 扉はガチャンと閉まり、事務所内には再び静寂が訪れた。




次回 仮面ライダーディケイド2

「ダメなんだ! 俺じゃきっと! そんなの分かってんだよ!」
「風都は俺の街になるのさァ!」
「一人では届かなくとも、こいつらには信じ合える相棒がいる」
「さあ!」
「お前の罪を」
「数えろ!」

第3話「Wの世界/ライダーは二人で一人」

全てを破壊し、全てを繋げ!


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第3話「Wの世界/ライダーは二人で一人」

「ドーパントまた出現、増加傾向にあり……」
「人知を超えた凶悪な存在……」

これまでの仮面ライダーディケイド2は……

「俺は切札ショウタロウ。この街の顔だ」
「最近ドーパント絡みの事件が多くてな。警察もあっちへこっちへと連れまわされてる」
「この事件には裏があるかもしれねえな」
「これで仮面ライダーはいなくなった……!」


 

 夜が明けた。ブラインドが開きっぱなしの探偵事務所に、朝日が差し込んでいる。小鳥のさえずりが窓越しに聞こえてくる。

 ふと、ガチャッと扉が開かれる。

 

「ようショウタロウ。目が覚めたかあ?」

 

 士は警察姿のまま、ずかずかと事務所に入ってきた。彼の目に映ったのは、昨日見た時と変わらずソファの上で眠り続けるショウタロウだった。

 

「呆れたやつだ。おい、朝だぞ、起きろ」

「ん……?」

 

 顔に乗せられた帽子を退けてショウタロウの頬を叩く。目を覚ました彼は「どこだここ……」と寝ぼけている。再び目を閉じた彼に、士は呆れたようにため息をつく。視線をキッチンにやると、彼がいつも使っているカップが目に入った。

 

「お前の事務所だろ。ほら、これ飲め!」

「ん?」

 

 ショウタロウは、士に手渡された飲み物を一口飲むと、ブッと霧を吹いた。

 

「なんじゃこりゃあ!」

「モーニングコーヒーだ。清々しい目覚めに一杯。俺のオリジナルブレンドだ」

「冗談じゃねえ! なに入れやがった!」

 

 士は「さあな」とはぐらかす。キッチン台の上に、タバスコやワサビのチューブが半分空の状態で置かれているのを見て、ショウタロウは察した。「やりやがったな」と文句を言いながら片づける。

 

「昨日は何があったんだ? お前、港のど真ん中でぶっ倒れてたんだぞ」

「港? ……風都湾! そうだ! 昨日ドーパントが現れたんだ!」

「ほう。じゃあ、あの刑事の推理は当たってたんだな」

 

 士は警察帽を被る。

 

「……あ?」

「風都署に行く。お前も来いよ。何か分かるかもしれない。当事者なんだろ?」

 

 ショウタロウは、ちょっと待てよとキッチンから走ってくる。途中で足をぶつけてその場でしゃがみ込み悶絶する。

 

「なにやってんだ」

「寝起きなんだよこっちは……。あっ。そういえばガイアメモリが欲しいとかいうやつがいたな。自分のことをトレジャーハンターとか言ってたが──」

「ああ。そいつは適当に無視しとけばいい」

 

 士は振り返ることなくそう言った。

 

 

 

 

第3話「Wの世界/ライダーは二人で一人」

 

 

 

 

 二人は風都署の地下駐車場内にそれぞれバイクを停め、入り口に向かって歩いていた。

 

「ったく。お前のシャワー時間、長いんだよ。ちゃんと寝る前に風呂に入れ」

「寝っぱなしだったからな。……てか、お前が運んでくれたのか?」

「そうだが? ほら、感謝しろよ」

「……したくなくなった」

「お? お、お? おー!」

 

 二人の背後から声がする。振り返って見てみると、笑顔でこちらに手を振る刃野の姿があった。士とショウタロウは顔を見合わせた。

 二人は刃野と合流し、目的地である超常犯罪捜査課の部屋にやってきた。

 

「いやー久しぶりだなあ、ショウタロウ! 寂しかったぜ? ……なんだお前一人か? いつもはあのメガネの坊ちゃんと二人で来るくせによ。ほら、あの頭のいい」

「あ、ああ」

「あー、門矢。こいつ、ショウタロウってんだ。昔からやんちゃボウズでな。いっつも俺にどやされてよー、がっはっは」

 

 歯切れの悪い返事をしたショウタロウの横で、足を組んで座っていた士が話題を変えた。

 

「昔話はいい。事件のことを話したいんだが──」

「おー、そうだそうだ。昨日は特にドーパントの出現回数が多くてなー。記録してた押谷も『一気に使いすぎだ』とか文句言ってやがったなー。ここの青い印、全部そうだ」

 

 士の言葉を無視して、刃野は地図を広げる。色で分けられずとも、昨日に比べると一目で分かる程度に印が増えていた。やはり、主に街の南側で事件が起きたようだ。士が印がされた内の一ヶ所である風都湾を指さして「あんたの予想通りだったな」と伝えると、刃野はよせやいと照れながら言った。

 

「まあ、なんだ。ドーパントがこうも溢れちゃ、仮面ライダーも辛いだろうなあ」

「仮面ライダー?」

 

 刃野の言葉に、士が聞き返す。ショウタロウはぴくりと体を動かした。

 

「仮面ライダーはドーパントどもからこの街を守ってくれるヒーローのことだ。俺たち超常犯罪捜査課もたびたび世話になってる」

「警察は世話になりっぱなしの立場だけど」

「うっ、い、言うじゃねぇかショウタロウ」

「……ところで、部下たちはまたパトロールに行ってるようだが、あんたはここで何してる?」

「なんだお前ら、嫌味言いに来たのか!? かっ、帰れ帰れ! 今言った以上の情報なんて入ってねえよ!」

 

 二人は刃野に怒鳴られてしまった。

 

 

 

 

 二人は風都署を追い出された。仕方がないので、風都署を出てしばらくバイクを走らせ、川沿いの堤防に場所を移した。

 士は川下の方に見える風都タワーを撮影した。ショウタロウおすすめの観光スポット。

 

「なにやってんだお前は」

「あのポンコツ刑事が悪いんだろ」

「おい、刃野さんをポンコツって言うな! いたたたたたたたた!」

 

 ショウタロウの平手を受け止め、ねじる。そして手を離し、また悶絶する彼に向かって言った。

 

「お前が仮面ライダーなんだろ? 街を守るヒーローがこんなところで道草食うようなことしていいのか?」

「……知っていたのか」

「昨日、倒れてたお前がベルトを巻いていたのを見たからな。ま、大穴空いてぶっ壊れてたが」

「なるほどな。そこまで知ってるのか」

 

 ショウタロウはガックリと肩を落とし、うつむいた。

 

「だからもうお前があのベルトで変身できないってのも知ってる。できることがないなら素直に帰った方がいいんじゃないか」

「バカ言え。そんなことできるか」

「いいじゃないか。たまには仲間を頼るとか、な」

「仲間か……。俺にとってのそいつはもう──」

 

「誰かと思えば、士じゃないか」

 

 ふと自分の名前を呼ばれた。士は大方予想をつけながらも、声のする方を見た。そして不敵な笑みを浮かべる男を視界に捉えると深くため息をついた。

 

「海東……」

「今日は君じゃなく、隣の探偵くんに用事があるんだ」

 

 視線を士から外し、ショウタロウと目を合わせる。

 

「あっ、お前は!」

「話は聞いたよ。君のドライバーは壊れてしまったんだろう? だったらガイアメモリも必要ないはずだ。ほら、渡したまえ」

「嫌に決まってんだろ。……ちょうどいいぜ。聞きたいことがあったんだ。お前、昨日出たドーパントのこと、警察に通報したか?」

「どうして僕がそんなことをする必要が。この世界の警察なんて、呼んだところで邪魔になるだけさ」

「……そうか」

「? ま、いいや。質問に答えたお礼に、君のメモリを差し出してもらおうか」

 

《カメンライド》

 

「やめろ、海東」

 

 海東がディエンドライバーにカードを装填するとともに、士はショウタロウの前に出てディケイドライバーを装着した。

 

《カメンライド》

 

「変身!」

「変身!」

 

《ディエンド》

《ディケイド》

 

 変身した二人の仮面ライダーは戦う。共に殴り合い、土手を転がり、川へ落ちた。

 

「ったく、いい加減泥棒から足を洗ったらどうだ」

「余計なお世話だね」

 

《アタックライド ブラスト》

 

 ディケイドが放つ弾丸はディエンドに命中する。倒れるディエンドが、ばしゃあと水しぶきを上げる。

 

「くっ、僕の邪魔をする気かい、士! 君はこれからの世界のことをなにも分かっていない癖に!」

「なに? だったらお前は何か知っているとでも言うのか」

「もちろんさ」

 

《カメンライド》

 

「見たまえ。これが僕の新しい力だ」

 

《ルパン》

 

 ディエンドが召喚したライダーは、全く見たことがない姿だった。赤いボディに黒いマント。あちこちに宝石をちりばめたような意匠。そして帽子のような頭。

 

「なんだこのライダー!? うわっ、危ねえ!」

 

 驚きつつもディケイドはルパンの銃撃をかわす。そしてすかさずケータッチを取り出す。未知の力であろうとも、コンプリートフォームなら互角以上に戦えるはずだ。彼はそう考えたのだ。

 コンプリートカードを挿入する。だが、ケータッチが起動しない。

 

「なに!?」

「忠告しておいてあげよう! この世界は今までの世界とは違う。僕たちにとって全く新しい世界だ。ゆえにこれまでのやり方は通用しない」

「どういうことだ」

「ひとまず今は、探偵くんのガイアメモリは見逃すことにしておくよ」

 

《アタックライド インビジブル》

 

 ディエンドはその場から去る。

 

「待て! ……ぐはっ!」

 

 それを追おうとしたディケイドを、ルパンは逃がさない。川の中では足場が悪く、長期戦には向いていない。

 

「だったらこれだ!」

 

《フォームライド キバ バッシャー》

 

 ディケイドは緑色のキバへと変身する。そして手にしたバッシャーマグナムでルパンの銃撃を相殺した。

 

「おらおらおらおら!」

 

 バッシャーフォームは水上を滑るように移動する。右へ、左へとルパンを翻弄する。

 

《ファイナル アタックライド キキキキバ》

 

 ディケイドキバは川の水を纏い、大きなエネルギー弾を作り出す。

 

「はあっ!」

 

 放たれた弾はルパンに命中する。爆発したルパンの姿は、ぼやけて消えた。

 ディケイドは変身を解除してショウタロウのもとへと戻る。一連の流れを見て、彼は驚いた様子だった。

 

「お前も変身するのかよ。さっきのやつ、お前の仲間なのか?」

「違う。あんな泥棒知らん」

 

 勘違いはやめてくれ、と士は首を振る。そして、士は気になっていたことを質問した。

 

「お前には仲間はいないのか? さっき刃野が言っていた二人ってのは……」

「……」

 

 ショウタロウは視線を堤防の向こうを流れる川に向ける。そして独り言のように話しはじめた。

 

風巻(かざまき)ライト。俺の幼なじみで、相棒だ。刃野さんの言った通り、俺は不良生徒。それに対してライトは優等生。全くの正反対だった。だから当然、考え方も違うし何度もぶつかりあった。唯一の共通点は、二人とも風都のことが好きだってことだ。だから相棒として何度も助け合ってきた……というより、俺が助けられてきたわけだ」

 

 ひゅうと風が吹く中、ショウタロウは続けた。

 

「ここ最近のドーパントの事件でジョーカーの限界を感じた俺たちは、新たな力を試そうとした。だがそれは失敗した。俺があいつを急かしすぎた。新しいドライバーが不完全なまま戦ったから、あいつは消えちまったんだ。俺たちは二人で一人だった。あいつが欠けちまったら俺は……何もできねえただの半端なやつだ」

 

 ショウタロウはそこまで言って、急に顔を上げ、直立した。自分の頬を思い切り叩く。

 

「なんてな。最後まで俺はあいつに頼ってばかりだった。こんな時は俺が頑張んなくちゃな」

 

 ショウタロウの強がった笑顔。頬が赤い。士は一つ尋ねる。

 

「俺は帰るが、お前は事務所に戻らないのか?」

「もう少しここで風に当たる。風都タワーの近くはいい風が吹くからな。頭を冷やすのに丁度いいんだ」

「そうか」

 

 士はバイクでビリヤード場もとい光写真館へと去っていった。

 それを見送ったショウタロウは、自分のバイクのエンジンをかけた。十分頭は冷えた。一つ、引っかかっていることがある。行かなくてはいけない場所がある。それは彼の探偵のカンだった。

 

 

 

 

 士はビリヤード場へ戻った。夏海がビリヤード場の前に立っていた。士もおらず、ショウタロウも留守にしていたため、探していたのだ。

 

「あっ士くん!」

「バカ、お前、こんなとこでウロウロするな。危ないだろ。轢くぞ」

「どこ行ってたんですか?」

「ちょっとな」

 

 士が向かおうとした先は写真館ではなく、その上の探偵事務所だった。

 

「あ、いけませんよ。勝手に入るなんて」

「違う。忘れ物を取りに来たんだ」

「忘れ物?」

「あいつの相棒が残した、大切なものだ」

 

 その時、ビリヤード場の扉が勢いよく開かれた。ユウスケが冷や汗をかきながら出てくる。

 

「夏海ちゃん! 大変なんだ……あれっ士!? 丁度いい、お前も来い!」

「おい!? なんだよ!?」

 

 ユウスケに引っ張られて写真館の中に連れられる。見せられたのは、栄次郎が釘付けになっていたテレビだった。

 

「ほら、このニュース!」

「ああ、お帰り士くん。なんだか大変なことになってるみたいだよ」

 

 士は栄次郎の肩越しにテレビを見る。そこに映っているのは信じられない光景だった。

 

「風都ダムが破壊されただと!?」

 

 

 

 

 ショウタロウは風都タワーを登っていた。整備員用のドアを抜け、展望台よりさらに上にやってきた。手すりも柵もない、プロペラのすぐ近く。ここが最上部だ。

 そこに、ちらりと人影が見えた。

 ショウタロウは暗い表情になった。自分の推理が当たってしまったことが悲しかった。

 

「見つけたぜドーパント……いや、押谷刑事」

 

 そこにいたのは刃野の部下の一人、押谷だった。

 

「よく分かったな」

「あんたが担当したらしい地図で、風都湾に印があったからな。あの時周りには誰もいなかったし、誰も通報していない。だからそれを知ってるのはドーパントであるあんただけなんだよ」

 

 あの場にいたのはショウタロウとドーパントと海東の三人だけ。その海東も、先ほどの戦いの前の問答で警察に通報していないと言っていた。

 

「それにあんたはあの時、変身解除した俺を殺さなかった。顔なじみだからって見逃してくれたんだろ?」

「ほーう。俺だと特定したのはいいとして、なぜ風都タワーに来られた?」

「それも地図から分かった。ドーパントの出現場所がだんだん南に移ってるのは、警察の目をそっちに向けさせるためだ。そうすれば北側のダムまで注意が行かず、爆破しやすくなる」

「答えになってないぞ。俺が今、風都タワーにいる理由は?」

「あんたが水を使うドーパントだからだ。そして風都タワーは川沿いにある。ここからだと増水した川も見やすいだろ」

 

 タワーの下には風都大橋がかかる川が、光を反射して輝いている。

 

「メモリをばらまいたのもあんたなんだろ? 急にメモリ事件が増えたのは、押収品のメモリを勝手に持ち出したから……違うか?」

 

 押谷はハッハッハと大声で笑う。

 だんだん川の様子が変わっていく。水面の揺らぎが大きくなり、川上からドドドドと大量の水が流れてくる。

 

「すごいな! 当たりだ! お前に情けをかけちまったのは間違いだったかもな! でも遅かったな、ショウタロウ。見ろ。ダムによってせき止められていた川の水が一気に押し寄せる。そしてその水が……」 

 

《オーシャン》

 

「俺の力になる!」

 

 押谷はオーシャンメモリを腕に刺し、オーシャンドーパントへと変身する。荒れる海面のように波打つ外皮。渦のようなパーツが体にぐるぐると巻き付いている。

 オーシャンドーパントが手を上げると、川の水が巻き上げられ、風都タワーの柱を伝って上ってくる。

 

「はっ!」

 

 ドーパントから放たれた水は昨日よりさらに威力を増している。ショウタロウの周りの床、風都タワーの一部をえぐりとっていく。

 

「はっはっはっは……ぐっ!?」

 

 オーシャンドーパントは、背後から攻撃を受けた。物陰に隠れてディエンドが銃口を向けていた。

 

「またお前か!」

「どうやらそっちのメモリの方が強そうだ。それをいただくとするよ」

「できるものならな!」

 

 川の水が彼らのいるところまで登ってきた。その水を使い、オーシャンドーパントは十体の分身を作りだした。

 ディエンドは落ち着いて二枚のカードを装填する。

 

「新たな兵隊の出番だ」

 

《カメンライド ライオトルーパーズ》

《カメンライド クロカゲトルーパーズ》

 

「いってらっしゃい」

 

 それぞれのカードから三人ずつ、合計六人のライダーが召喚される。ライダーたちは水でできた分身体と乱戦を始めた。

 

「分身は俺と同じ強さを持っている。そう簡単に片付けられんぞ」

「なかなか侮れないね、この力! 更に欲しくなったかも」

 

 ディエンドたちはオーシャンの分身と戦いながら、徐々に遠ざけられていった。

 

「押谷刑事! なぜこんなことを!」

 

 ショウタロウは余裕のオーシャンドーパントに食ってかかる。

 

「俺が風都を手に入れるためには、どうしても仮面ライダーが邪魔だった! お前が街をうろついていたら、計画が実行できないからな!」

「……風都を手に入れる?」

「そうだ。俺はこの力を使って世界を支配する。そのためにまずこの風都を水に沈める」

「なんだと!?」

「知ったところでお前だけじゃなにもできまい? 探偵ごっこもお前ではなく、ライトがいてこそだったんだ! 今のお前はただの悪ガキでしかないんだよ!」

「ぐ!」

 

 一発、ショウタロウの右足に弾が命中する。ついに膝をつき、倒れてしまった。だが、痛みを我慢し、息を吸い込み、大声で叫ぶ。

 

「ああそうだ!」

 

 彼の必死な様子に、ドーパントは攻撃を止める。

 

「ダメなんだ! 俺じゃきっと! そんなの分かってんだよ! でも、俺はあんたを止めないといけねぇ! ライトがいない分、今度は俺が頑張らなくちゃいけねえんだ!」

 

 それを聞いて、ドーパントはハッハッハと高笑いをする。

 

「なんの力もないお前が、何を言おうと無意味だ! 風都タワーと共に潰れるがいい!」

 

 ドーパントに操られた水は、風都タワーを包み込む。プロペラが水を切り、大雨のようにショウタロウに降り注ぐ。

 

「風都タワーが……泣いている……!」

「ハッハッハッハ! もうここも終わりだ。風都は俺の街になるのさァ!」

 

 

「そうはならない」

 

 

「……ハ?」

 

 タワー最上部への入り口の側。士が腕を組んでそこに立っていた。

 

「お前のその企み、こいつらが許さないぜ」

「こいつ……ら?」

 

 ショウタロウは話が飲み込めない様子。

 

「やっぱり気付いていなかったか」

 

 士が手に持っていたのはダブルドライバーだった。

 

「お前……それは!」

「なんだそのベルトは……!?」

 

 ショウタロウもオーシャンドーパントも、それを見て衝撃を受ける。

 

「戦いの中で相棒がいなくなったって言ってたよな。新しいドライバーの誤作動で二人の肉体が一つになっちまったってとこだろ。ほら、お前はこれを見逃していた」

「なんだ?」

 

 ドライバーと共に手渡されるメモ。

 

『ダブルドライバーの最終調整は完了した。今度こそ変身できるはずだ。僕たちの街のためにともに戦おう。 ――君の相棒 風巻ライト』

 

「ライトの書き置き……?」

「お前の長いシャワータイムの間に、あの部屋の中でこれを見つけた。ライトってやつはお前がこれを見つけると踏んでいたらしい。お前は相棒に頼り切っていた自分を振り切ろうとしていたため、そうはならなかったがな」

「入ったのか!? あの部屋に! ……でも、なぜライトが」

「昨日、お前がドーパントにやられた時にお前の中にいた相棒が目覚めたんだろう」

「そんな偶然が……」

「お前を助けるためだったりしてな」

 

 士はショウタロウに手を差し伸べる。彼は手を取り、よろけながら立ち上がった。

 

「仮面ライダーが復活!? くそ……なぜだ!」

「簡単なことだ」

「!?」

 

 士は一歩前に出て、こう言った。

 

「こいつらは、この街を愛している。この街では誰も……この街そのものも泣いていて欲しくないんだ。一人では届かなくとも、信じあえる相棒とならできることがある。だから何度でも立ち上がれる。この街を守るために!」

「なんなんだ……なんなんだお前はァ!」

「通りすがりの仮面ライダーだ。覚えておけ! ショウタロウ! 行くぞ!」

「……ああ」

 

 彼はダブルドライバーを構える。肌身離さず持っていたサイクロンメモリを右手に持ち、ぐっと握りしめる。

 

「また力貸してくれ、相棒。頼りにしてるぜーっ!」

 

《サイクロン》

《ジョーカー》

 

 両手で二つのメモリを起動させ、左右のスロットに挿す。

 

《カメンライド》

 

 バックルのハンドルを引き、ライドブッカーから取り出したカードをドライバーに挿す。

 

「変身!」

「変身!」

 

《サイクロン ジョーカー》

《ディケイド》

 

 緑がかった風が彼らを包み込む。ドーパントが発射した水弾は、飛んできたプレートにかき消される。そのプレートが顔に収まった時、二人の仮面ライダーがそこに立っていた。

 

『やあショウタロウ。調子はどうだい?』

「感じる……。ライト……ライトなんだな! 生きてたんだ……!」

『呆れるねぇ。僕の写真に花まで供えちゃって。思い込んだら止まらないのが君のいいところであり、悪いところだ』

「ああ、すまねえ。許してくれるか?」

『当然だ。なぜなら僕らは?』

「二人で一人。唯一無二の相棒だから!」

『そういうこと』

 

 久しぶりの会話を果たし、ダブルとディケイドはオーシャンドーパントに向き直る。

 

「こっからが本番だあ、ドーパント。さあ!」

『お前の罪を』

「数えろ!」

 

 ダブルとディケイドは指を向ける。

 

「小賢しい!」

 

 ドーパントは水の触手を操り、二人のライダーに攻撃を仕掛けてくる。

 

「はっ!」

「おらあ!」

 

 二人はそれを受け流す。

 ダブルは素早くドーパントに近づき、キックをくらわせる。

 

「どうだ! これが俺たちの力だ!」

「今は俺たちが、街を守る仮面ライダーだ」

 

 ディケイドのその声と共に、ライドブッカーからカードが飛び出す。ブランク状態だったダブルのライダーカードと共に、それに関するカードが解放される。

 彼はその中から一枚のカードを選び、ドライバーに装填する。

 

《ファイナル フォームライド ダダダダブル》

 

「お前ら、ちょっとくすぐったいぞ」

「なんだ?」

『ん?』

 

 ダブルの背に手をやり体を分ける。半分ずつになった体は、もう片側が補完された。仮面ライダーダブル、サイクロンサイクロンとジョーカージョーカー。ライトとショウタロウがそれぞれの体を持った。

 

《サイクロン サイクロン》

《ジョーカー ジョーカー》

 

「おお、二人になったぞ!」

「僕の体が復活したんだ!」

 

 三人はドーパントに向かっていく。

 

「一人増えたところで……この強大な力の前では無意味だああああああ!!」

 

 オーシャンドーパントは水を纏う。水は流動しており、その塊の中は濁ったようにくすんでいて見えない。塊から水の触手が伸び、ライダーたちを攻撃しようとする。彼らはそんな攻撃を簡単に弾き返す。

 

「クソッ! 水が集まるまでやり過ごすつもりだ。やつがどこにいるか分からねえぞ!」

「いや、大丈夫さ」

「え?」

 

 焦るショウタロウに、ライトは落ち着いた様子で言う。

 

「なぜなら風都タワーの中を駆け抜ける風は……」

「この街で一番いい風らしいからな! いくぞお前ら!」

 

《ファイナル アタックライド ダダダダブル》

 

 とても強い風が吹いた。

 風都タワーの羽根がグルグルと回る。あちこちから金具の軋む音が聞こえる。激しい風の勢いで、オーシャンドーパントの水の鎧が剥がされていく。

 

「そんなバカなァァァアアアア!?」

「それが、街を泣かせた罰だぜ!」

「とどめだ!」

 

 三人のライダーが飛び上がり、オーシャンドーパントに向けてキックを繰り出す。

 

「うああああああああああああっっ!!!」

 

 ドーパントは断末魔と共に爆発し、倒れた。その場に残ったのは、砕けたオーシャンメモリと、それに手を伸ばした格好で気を失った押谷だった。

 変身を解除したショウタロウとライトは、オーシャンの水によって雨に打たれた直後かのような風都の景色を見る。風都タワーのてっぺんから眺める街には、虹がかかっていた。

 士は彼らの後ろ姿にレンズを向け、シャッターを切った。

 

 

 

 

 押谷刑事は逮捕された。彼が盗んだガイアメモリの全てが見つかったわけではないらしいが、仮面ライダーが解決してくれるだろう。

 

「ショウタロウさん、喜んでましたね」

 

 夏海は士の撮った写真を机に広げながらそう言った。

 

「まさに息ピッタリの相棒って雰囲気で、いい感じのコンビだったよな~」

「ああ、あいつらがいればこの世界は大丈夫だろ」

 

 開いた窓から入ってくる風にあたりながら、士は返事した。

 風都はやはりいい風が吹く。

 

「あー! 半額券がっ! 窓、窓を閉めてくれっ!」

 

 栄次郎が部屋に散らばる紙切れを追っている。出前で頼んだ風麺で、次回以降使える半額券をもらったらしい。そして自分でスープを作るほどラーメンにハマってしまった。今日の昼食もラーメンになる予定だ。

 

「うわっ」

 

 栄次郎が柱にぶつかると同時に、ジャララララと新たな絵が出現する。

 映し出されたのは大地に突き刺さった大きな壁。根元に描かれた木との比較から、かなりのサイズがあることが分かる。

 

「次の世界は風通しが悪そうだな」

 

 士はそう言って、窓を閉めた。




次回 仮面ライダーディケイド2

「天ッ才シンガーソングライター! セント・カツラギだーっ!!」
「十年前に隕石が落ちてから、我々はこのような生活をすることになったのです」
「世界の破壊者・ディケイド。すごいインパクトだよ……」
「俺がプロデュースしてやる。大船に乗ったつもりでいろ」

第4話「箱の中のビルド」

全てを破壊し、全てを繋げ!


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第4話「箱の中のビルド」

「仮面ライダーはドーパントどもからこの街を守ってくれるヒーローのことだ」

これまでの仮面ライダーディケイド2は……

「この世界は今までの世界とは違う。僕たちにとって全く新しい世界だ」
「何度でも立ち上がれる。この街を守るために!」
『なぜなら僕らは?』
「二人で一人。唯一無二の相棒だから!」


 

 光写真館の朝は今日も賑やかだ。

 

「おはよ~」

 

 ユウスケがあくびをしながらいつものスタジオに入ってくる。写真館がオープンしていない時は、ここがみんなが集まる食卓になる。普段はさまざまな皿が並ぶはずの机には、今日は食パンがポンと置かれているのみだった。

 

「あれー……今日はずいぶん質素だね」

「おじいちゃんが寝坊しちゃったんです。アレのせいで暗かったんですって」

「ああ、アレね。ただでさえスープの研究で、機能寝るの遅かったらしいけど」

 

 夏海は窓の外の大きな壁を指さした。見渡す限りの壁、壁、壁。その範囲が広すぎて端が見えない。

 

「洗濯物も乾かないってぼやいてました」

「へえ。……そういえば士は? あいつまだ寝てるのか?」

「いえ。早くにご飯食べて、壁を見にいくって言ってましたよ。スーツ姿でしたし、今度の役割は災害対策の公務員さんですかね?」

「それにしても自分から調査に行くなんて珍しいな。やる気十分って感じだな」

 

 夏海とユウスケが話しているその頃、写真館から東に進んだ方向に一人の男が立っていた。二重に作られた立ち入り禁止の柵を越えて、士は壁の前までやってきていた。接近記念に一枚パシャリ。

 足場の悪い荒れた土地ではスーツ姿は動きにくい。伊達メガネもかけていて、以前旅をした時に割り振られたセールスマンの格好とよく似ている。取り出した名刺には「東都プロダクション」の文字が。どこかの事務所の人間だろうか。誰だか知らないが、こんなに地味な役割を選ぶとはな、と士は不服に思っていた。

 

「ん……?」

 

 ふと壁の根本に目をやると、そこから謎のガスが噴出してきた。

 

「うおっ!」

 

 ガスは士の足下に到達し、育っていた雑草をみるみる枯らしていく。士はそこから急いで離れる。柵が見えた頃には、ガスの噴出もなくなっていた。

 

「危ねえ……死のガスってとこか。看板の忠告は簡単に無視するもんじゃないな」

 

 柵をひょいと飛び越え、空を見上げる。かなり高いところまで壁は続いているようだ。不気味な模様にも意味があるのだろうか。地球上の文明かも分からない。士はその場を去っていった。

 

 

 

 

第4話「箱の中のビルド」

 

 

 

 

 夏海とユウスケは情報収集に出かけていた。

 街は半壊した建物と瓦礫で構成されていた。それでも人々はあたたかく、何も知らない二人を迎え入れてくれた。この世界のことを知りたいと言うと、二人は大きな建物の中に案内された。その建物は東都政府と呼ばれていて、人々の心の拠り所であり、東都を守る砦となっていた。

 

「広いですね」

「東都の代表的な建物ですから。人々の心の支えとなるために、見た目だけでも強くあらなくてはなりません。もしもの時のために、地下にはシェルターもありますよ」

「へえ」

 

 建物の中は清潔に保たれていて、普通の世界と変わらない。どうやらボロボロに見えるのは外見だけらしい。カーペットが敷かれた廊下を抜けると、目的の部屋に着いた。

 応接室に通された二人の前に、五十代くらいの男性がやってきた。

 

「ようこそ。この世界について知りたいというのはあなた方ですね。私は和西(わにし)タイザン。ここ、スカイウォール東自治区──通称東都のリーダーをしています」

 

 タイザンは丁寧に挨拶をする。

 

「光夏海です。わざわざすみません」

「小野寺ユウスケです」 

 

 三人は机を挟んで座る。

 

「聞いたところによると、世界を旅されているとか。もしかしてスカイウォールを見るのも初めてですか?」

「スカイウォール? あの大きな壁の名前ですか」

「あの、野暮なことをお聞きしますが……どうしてこんなひどいことに? この世界にはもともと壁があったわけじゃないでしょう?」

 

 ユウスケの質問に、タイザンはこくりと頷く。

 

「十年前に隕石が落ちてから、我々はこのような生活をすることになったのです」

「隕石?」

「ええ、そしてその隕石から生まれたあの忌々しいスカイウォールのせいで国が分断されてしまった。それだけではない。謎の生命体……いや、生物かどうかも分かっていない、怪物が現れたのです。私たちは奴らをスマッシュと呼んでいます」

「スマッシュ……それがこの世界の怪人か……」

「スマッシュは街を破壊し、人を襲った。残された我々は力を合わせるために、それぞれで街を作りました。その中で最も大きいのが北都、西都、そしてここ東都の三つです」

 

 タイザンが言い終わると、部屋の中でサイレンが鳴り響いた。部屋の中だけではない。外もだ。東都中がサイレンの音に包まれた。

 

「な!? なんですかこれは!?」

 

 夏海の質問に答えるように、男が報告のために部屋に入ってきた。

 

「和西さん! 出ました! スマッシュです!」

「分かった。ビルドシステムの出番だ。すぐに箱中(はこなか)くんに連絡を!」

「はい!」

 

 男は飛び出していく。

 

「ビルドシステム?」

「スマッシュから人々を守るために我々が開発した兵器ですよ。ここ東都だけでなく、北都と西都にも一つずつビルドシステムが設置されています。彼らがスマッシュと戦ってくれるおかげで被害は大幅に抑えることができるようになりました」

 

 タイザンは嬉しそうに語った。

 

 

 

 

 士は帰宅し、再び外出していた。先に出かけた夏海とユウスケを追うついでに、何かこの世界のことを知る手がかりを掴めればと考えた。

 

「しかし……」

 

 士はぐるりと辺りを見る。

 

「ひどい街だ」

 

 今まで様々な世界を旅してきたが、ここまで荒廃的なのは初めてだ。この世界にもちゃんとライダーがいるのか心配になってきた。

 荒れた街だが、生活水準は高いままらしく、人々の格好は清潔だ。だが、それでも埃ひとつついていないスーツ姿の士は目立つ。

 ふと、きゃあと悲鳴が上がる。

 

「スマッシュだあああ!」

「逃げろおおお」

 

 前方に全身に青いトゲをまとった怪人が現れた。一般市民をその手で払い、家の扉を一刀両断する。

 士は逃げる人々と逆方向に進み、家の破壊に勤しむスマッシュの後ろに立つ。

 

「おいおい、不法侵入は怒られるぞ。変身」

 

《カメンライド ディケイド》

 

 士はディケイドへと変身する。変身前にかけていた、メガネをくいっと上げる動作をした。

 ニードルスマッシュはディケイドを見ると急に方向転換し、逃げていく。

 

「あっ。おい、待て!」

 

 追いかけようとしたその時、ディケイドは信じられない光景を目の当たりにした。目の前の地面が割れ、新たな壁が生まれたのだ。否、それは壁ではない。二つに割れた、立体のグラフだ。

 

「お……お?」

 

 ディケイドも当然だが、ニードルスマッシュも左右に現れた真っ白いグラフにうろたえる。

 そして次の瞬間、二つのグラフが一つになり、スマッシュを拘束する。

 

「!!」

「とうっ! おらああああああああ!」

 

《ボルテックフィニッシュ》

 

 熱い雄叫びが上がったかと思えば、ニードルスマッシュを突き抜け、新たな人影が前方向から飛んでくる。体を貫かれたスマッシュは爆発し、その爆煙が消える頃にはグラフもなくなっていた。

 目の前に現れた赤と青の二色の謎の存在を見て、ディケイドはとあるライダーカードを取り出した。仮面ライダービルドのブランクカードだ。

 こいつがこの世界のライダー、仮面ライダービルドか。

 ディケイドは、初めて見るビルドをじっくり観察する。

 

「……」

「お、なんだ!? お前もスマッシュか!? まさか二体同時に出るなんて! このやろっ! お前らに東都を壊させやしない!!」

 

 ビルドはディケイドを視界にとらえると、拳をガンガンとぶつけながら走ってくる。

 

「お、おい!? 俺は……! チッ、見境ないやつだな」

「人語を喋るスマッシュだと!? だが、倒ーす!」

 

 ディケイドはライドブッカーから別のライダーカードを取り出す。

 

「まあいい。相手してやる。俺にも二色の丁度いいやつが手に入ったとこだしな。新しい世界の力を試すか」

 

《カメンライド ダブル》

 

 風がディケイドを包みこむ。サイクロンジョーカーの変身音と共に、彼は仮面ライダーダブルへと変身する。走るビルドに向けて、ぴっと指を指した。

 

「はっ!」

「おらァ!」

 

 赤い右手と緑の右手が交差し、お互いにヒットする。続いてキック。青と緑がぶつかる。両者とも引けをとらない攻防。赤、青、緑、黒の四色が混ざり合う。

 戦場は住宅街から廃工場へ。

 

「くそっ! 手強いな」

 

 ビルドはドリルクラッシャーを取り出し、ディケイドダブルにぶつける。回転する刀身に、ディケイドダブルは火花を散らす。

 

「ぐわあっ! そっちがその気なら……」

 

《アタックライド メタルシャフト》

 

 ディケイドダブルは半身をフォームチェンジ。サイクロンメタルへと変化する。メタルシャフトを操る素早い動きでドリルクラッシャーの猛攻を全て弾き返す。そして少し距離の離れたビルドに、メタルシャフトを突きつけた。

 

「リーチはこっちの勝ちだぜ」

 

 そんなディケイドダブルに対し、ビルドは慌てる様子なく二本のボトルを取り出す。

 

《タカ》

《ガトリング》

《ベストマッチ!》

 

 ビルドはホークガトリングフォームへと変身し、大空に飛び上がった。

 

「これで届かないだろー!」

 

 鷹を思わせる素早い動き。そこから放たれる何発もの弾丸。ダブルの中でも高い防御力を誇るサイクロンメタルでも耐えきれない。ディケイドダブルは新たなカードをバックルに装填する。

 

《フォームライド ダブル ルナトリガー》

 

「はっ!」

 

 今度は左右の色、両方が変化する。右半身は黄色へ、左半身は青へ。

 

「どこに撃ってんだよ。やっぱスマッシュはスマッシュ──」

 

 ビルドはトリガーマグナムから放たれた弾丸を華麗に避ける。だが、ルナトリガーの能力は自由自在に曲がる追尾弾。油断したビルドに、全方向から弾丸が集まってくる。

 

「なっ!? ぐわあああああ!」

 

 ビルドは上空で爆発した。

 

「ちょっとやりすぎちまったかな。……ん?」

 

 空から落ちてきたものを見てディケイドダブルは驚く。それはビルドではなく、焦げた丸太だった。

 

「なんだと!?」

 

《忍者》

《コミック》

《ベストマッチ!》

 

「甘いぞスマッシュ!」

「!」

 

 ニンニンコミックフォームのビルドが現れ、不意打ち的にディケイドダブルに攻撃を仕掛ける。ダメージを受けたディケイドダブルは元のディケイドへと戻ってしまう。

 ビルドは分身の術で三人に増えた。

 

「やるじゃねーか」

 

《アタックライド イリュージョン》

 

 負けじとディケイドも三人に増える。

 

「なんだこのスマッシュ!? こんな能力を持つやつなんて見たことないぞ……まさか、こいつが!?」

「あ?」

 

「ギギ……ギギギ……」

 

「今度はなんだ!?」

 

 ビルドとディケイド、三対三の戦いの場に、また新たなスマッシュがやってきた。圧縮機構を持つ、プレススマッシュだ。

 

「今度は硬そうなのが出てきたな!」

「お前が呼んだのか!? ったく、厄介なやつだぜ!」

 

 ビルドはプレススマッシュではなく、ディケイドに刃を構える。そして三人同時に地面を蹴り、向かってきた。

 

「おい、優先順位を見誤るな! ……くそっ、だったらまずはお前を倒すぞ!」

 

《アタックライド ブラスト》

《アタックライド ブラスト》

《アタックライド ブラスト》

 

「うああああああああ!!」

 

 三人のディケイドは同じカードを使い、ニンニンコミックフォームに向かって撃つ。この弾の雨は、ビルドは防ぎようがない。ダメージを受け、分身の術も解けてしまった。

 

「今度はお前だ!」

 

《ファイナル アタックライド ディディディディケイド》

 

 一人に戻ったディケイドはライドブッカーから極太のエネルギーを放ち、プレススマッシュを破壊する。

 

「スマッシュがスマッシュを倒した……!?」

「もう勘違いは終わりだ。俺はそのスマッシュとかいうバケモノじゃない。ライダーだ」

「ライダー!?」

 

 士は変身を解除する。それを見たビルドも変身を解除した。気の弱そうな男が両手を合わせて士の前に姿勢を低くする。

 

「ごめーん! 本っ当にごめん。スマッシュかと思っちゃった。まさか、ビルドシステム以外にも仮面ライダーがいたなんて知らなくて。あっ、俺、箱中セント。同じライダーとして、よろしく」

 

 セントはそう言って右手を差し出した。だが士は握手に応じようとしない。

 

「門矢士だ。こういうのは慣れているから気にするな。それよりお前、俺に何か思い当たる節があるんじゃないのか? さっき狼狽えてただろ。ディケイドが世界を破壊する、とかなんとか吹き込まれたんじゃないか?」

「ああ。あれは違うよ。俺の仲間から聞いた、新型スマッシュかと思ったんだ。……ところで世界を破壊するってのはなんだい?」

 

 士は嫌だったが、しつこく尋ねるセントに根負けし、説明した。

 

「うおお……世界の破壊者・ディケイド。すごいインパクト……。グワーッとこう、心の底から感情が湧き上がる感じ。まるで嵐……世界を揺るがすような。うん、君を見てるといい詩が書けそうだ」

「そうか。よかったな」

 

 セントは、立ち去ろうとする士の手を掴んで逃がさない。

 

「……? なんだ」

「そんな君に一曲聴かせたい。お礼とお詫びにね」

「は!? おい、ちょっ、待て」

 

 士はセントに引っ張られていった。

 セントの活動拠点になっているのは、喫茶店ARITAである。スカイウォールに近い立地のせいで滅多に人が通らないため、喫茶店としてはほぼ機能していない。しかし、ビルドとして活動する拠点とするには色々と勝手が良いのだという。

 そんなARITAの前で手を振る男がいた。

 

「セント! 待ってたぞ。お前に客だ。……こいつは?」

「俺の客だ。門矢士。彼も仮面ライダーらしい」

「仮面ライダー!? 新システムか!?」

「違うみたい。でもドライバーをじっくり見せてもらうつもりでいる」

「おい、俺はそんなこと許可した覚えはないが?」

「ちょっとだけ。ちょっとだけだから。ね?」

 

 セントの調子に、士と男は呆れる。

 

万東(ばんとう)リュウガだ。よろしくな。こいつはいつもこんな感じだから、諦めな」

「ここまで無理やり連れてこられたから、だいたい理解できる」

 

 士のセリフに、リュウガはうわあと引いた表情を浮かべた。そして、セントの暴走の被害者となった士を哀れんだ。

 喫茶店に入ると、見覚えのある玄関が。今度の世界では、光写真館は喫茶店ARITAと繋がってしまったのだった。

 

「リュウガさん、外でなにを……士くん!」

「おう、ナツミカン」

「お前どこ行ってたんだよ」

「なんだ、知り合いだったのか。あ、セント。この二人がお前の客だ」

 

 リュウガは夏海とユウスケをセントに紹介する。

 

「おいー、ちょっとちょっとー。万東ー。ファンの子とプライベートで会うのはダメだって~。ちゃんと心を鬼にして、お引き取りくださいって言って――」

箱中(・・)セントに会いに来たんだと。タイザンさんの紹介だ」

「……おう。入ってくれ」

 

 セントの緩かった表情が、スッと真面目な顔になった。彼らは建物の中に入る。セントとリュウガは案内のため、キッチンに赴いた。

 

「……なんですか?」

 

 夏海が尋ねると、セントは冷蔵庫に手をかけた。扉を開くとそこは地下へと繋がる階段が。夏海とユウスケは飛び上がりそうになって驚く。

 

「えええええ!? 夏海ちゃんなにこれ!? 知ってた!?」

「い、いえ、全く! いつの間にこんなものが!?」

「ほら、早く来なって」

 

 セントたちは平然とした様子で中に入っていく。士はそこに続いた。

 

「入れったって……え? これ……うちの冷蔵庫……? え……?」

「ど、どゆことー?」

 

 夏海とユウスケは少しパニックになっていた。

 

 

 

 

「イエーーーイ!! 天ッ才シンガーソングライター、セント・カツラギだーっ!! 今日は楽しんでいってくれーーー!!」

「いえーーーい」

 

 ジャカジャカとギターをかき鳴らし、セントはシャウトする。ユウスケはノリノリだが、士と夏海はそれをスルーしてリュウガと共に研究スペースに来ていた。

 

「葛城セント? 苗字が違うが、芸名か?」

「ま、そんなとこだ。あいつは――」

「まさか地下にこんな広い場所があるなんて、びっくりです」

「……ああ! 防音はもちろん、熱も電波もその他もろもろ含めて完全遮断だ。すげーだろ? 出入り口もそこら東都中のあちこちに繋げてある。どこでスマッシュが出てもすぐに駆け付けられるようになってんだ」

 

 リュウガの言う通り、地下室の面積は明らかに光写真館よりも広い。

 

「それよりいいんですか? セントさん放っておいて」

「一人でも客がいれば歌う。あいつはそういう奴だからな。むしろユウスケくんがノってくれてよかった」

「酷い歌だな」

 

 士はセントが開発した発明品を弄りながらばっさりと言った。

 

「士くん! それは言い過ぎです」

「いいんだ。あの曲はそんなに練習できてないし」

 

 士を叱る夏海を、リュウガはなだめた。

 

「あいつの夢はでかい(ライブハウス)で思いっきり歌うことだ。いつか世界が平和になってから、な」

「だったら俺がプロデュースしてやる。東都プロダクションの敏腕プロデューサー士がな。それであいつを満足させてやれるぜ」

 

 士は立ち上がる。

 

「そんなことできるんですか? また勝手なこと言って……」

「ようは広いとこで大勢相手にパフォーマンスさせてやればいいんだろ。大船に乗ったつもりでいろ」

「はは、それは頼もしいな」

「まずは腹ごしらえから始めるか。そうだな、一流ミュージシャンにつく一流プロデューサーには一流の食事を出してもらおうか」

 

 士の今朝の食事は、夏海らと同様パン一枚だった。

 

「おう。一流の食事が出せるかは分からんが、料理は作れるぞ。どれがいい?」

 

 リュウガは紙の束を士に渡す。発明品のメモかと思われたが、どうやら料理のレシピのようだ。しかし、大さじ小さじなどの分量の表記が試験管何本分、とわざと分かりにくいようになっており、マッドサイエンティスト感が漂っている。

 

「料理道具がなくてな。実験器具で代用してるんだ。あ、料理用だから安心してくれ」

「なんのために喫茶店のガワを着てるんだ。どれどれ、オムライス、ハンバーグ、シチュー……」

「この調子でほんとに大丈夫なんでしょうか……」

 

 夏海はふと壁に埋め込まれた緑の板を見つけた。東都政府の応接室にも同じものがあった気がする。

 

「これは?」

「ああ。それはパンドラパネルだ。隕石落下の時に、セントの親父さんが持ち帰ったもんだ。今はそれぞれの都市が二枚ずつ保管してる」

「合計六枚か。何に使えるんだ? カレー、チャーハン……」

「分からない。が、俺とセントは隕石落下地点と何か関係があると睨んでる。もしかしたらスマッシュの秘密も分かるかもしれない」

「じゃあ行ってみるか? その隕石落下地点とやらに」

「とんでもない! 落下地点はネビュラガスが充満していて、立ち入り禁止区域だ。ビルドシステムならまだしも、生身の俺が行ったら間違いなく死ぬ」

 

 

「なに? お客さん?」

 

 

 ふと、幼い声がした。

 

「おう、ミソラ。起きたか?」

「うん。セントまた歌ってるでしょ。それで起きた」

「ああ、文句ならあいつに言ってこいよ」

「いい。慣れた」

 

 彼女は今まで別の部屋で眠っていたらしい。ミソラと呼ばれた女の子はウサギのぬいぐるみを抱いたまま、リュウガの隣にちょこんと座った。

 

「えーっと。はじめまして。お名前は?」

「……」

「ナツミカン、まずはお前から名乗れ。唐揚げ、焼き鳥……。この辺は鶏肉のレシピか」

「士くんは黙っててください! ……私、光夏海っていいます。あなた、お名前は?」

 

 夏海の問いかけに、ミソラは答えない。そして空気に耐えられなくなったのか、リュウガに顔を押し付けて夏海から顔をそむける。

 

「ぷっ。無視されてやんの」

「士くん?」

 

 士を脅す夏海。リュウガは喋ろうとしない本人の代わりに、彼女を紹介した。

 

「こいつはミソラ。隕石落下の時に一人で歩いてたところを、セントの親父さんが保護した。まあ、セントの妹みたいなもんだ」

「……え?」

「大きな隕石だったからな。すごい衝撃で、近くの建物は……な。それに、地面から突き出したスカイウォールに巻き込まれた人も多くいたはずだ。ミソラと同じ目に遭った人も少なくない」

「ミソラちゃん……可哀想です。こんなに小さいのに」

「寿司、味噌ラーメン……。おっ、名前の響きが似てるな。美味そうじゃないか」

「さっきからぼそぼそと! いい加減にしてください! 笑いのツボ!」

「く……うはははははははは……痛った! ははははははは!!」

 

 デリカシーのない士の首筋に、夏海の親指が突きつけられる。士は笑い転げ、床に落ちていた発明品で頭を打った。それでもなお笑い続ける。

 

「ミソラーメン……? ってなに?」

 

 ミソラは士が言ったその一言に興味を持ったらしい。

 

「ラーメン知らないんですか」

「まあ、ミソラは一日のほとんど寝てるし。体が弱くて、食べ物もセントの作った要栄養補給サプリとかだからな……」

「はははは……上行って爺さんに作って貰え」

 

 前の世界で風麺を食べ、栄次郎は丁度ラーメン作りにハマっていたところだ。すぐに用意できるだろう。

 士の提案に、ミソラは目を輝かせる。

 

「リュウガ、私、ラーメン食べたい」

「セントがなんて言うかな」

「そっか……」

 

 セントは歌い終わり、汗を拭いているところだった。

 

「ん? いいんじゃない?」

「軽っ!」

 

 セントはすでに四曲分歌っていた。全力でペンライトを振っていたユウスケは疲れ果てている。

 士は動けないユウスケを運び、そして夏海とミソラがその後に続く。ラーメンが楽しみなのか、階段を上るミソラの足取りは軽い。セントとリュウガは四人を見送った。

 手を振り終わると、研究スペースに戻りながらセントはリュウガに尋ねる。

 

「落下地点の動きはどうだ?」

「間違いない。スマッシュはここから出てきてる。カズミンたちに聞いたが、三日前に北都で、一週間前に西都でスマッシュが出たらしいぜ」

 

 リュウガはモニターにデータを映し出す。

 

「前回東都にスマッシュが現れたのは十日前だから、順番に襲ってるみたいだな。狙いはやっぱり──」

 

 その時、防犯装置がジリリリと激しい音をたてた。

 

「誰だっ!」

 

 二人は地下への入り口に駆けつける。

 そこには緑のパンドラパネルを持った男がいた。

 

「なんだお前!?」

「そこで何をしてる!?」

「あーあ。バレちゃったかあ。このパンドラパネルを貰いに来たんだ。この世界のお宝にふさわしいと思ってね」

「それに触んじゃねえええ!」

 

《ラビット》

《タンク》

《ベストマッチ!》

 

「変身ッ!」

 

《鋼のムーンサルト ラビットタンク!》

 

 イェーイという陽気な声と裏腹に、ビルドは怒号と共に海東に向かっていく。

 

「こんな狭いとこで暴れられちゃ困るな」

 

《カメンライド ディエンド》

 

「ほらほら、どいたどいた」

「誰がどくか!」

 

 ディエンドはドライバーの発砲で牽制しつつ、冷蔵庫とは別の出入り口から地下を飛び出した。ビルドもそれを追う。二人のライダーは採石場に出た。

 

「逃がさねえぞ!」

 

《消防車》

 

 青いタンクの体が、赤い消防車の体へ変化する。ビルドは、全身が赤いラビット消防車フォームになった。腕の梯子を伸ばして、ディエンドの持つパンドラパネルを弾く。そしてパネルの持ち手に梯子を引っ掛け、パネルの奪還に成功した。

 

「よし!」

 

 喜ぶビルドを尻目に、ディエンドはカードを一枚取り出した。

 

「やるね。ご褒美にちょっとしたサプライズだ」

 

《カメンライド エターナル》

 

 赤、青、緑。三つの光の像が一つになり、白いボディの仮面ライダーが召喚された。

 

「なに!?」

「紅白戦のはじまりだ!」

 

 

 

 

 その頃、東都政府では役員たちが慌ただしく走り回っていた。

 

「和西さん!異様な反応が出ています!これは……!?」

「な……なんなんだ!? うわっ」

 

 激しい地響きが襲い掛かる。

 スカイウォールに囲まれた中心地。東都でも北都でも西都でもない、中央の謎の部分。長い間閉鎖されてきた隕石落下地点。そこから一つの影が飛び出した。

 それはスマッシュではなかった。破壊のために生まれた地球外生命体。

 

「パンドラパネルはァア……どこだァァァアアアア!!!」

 

 異星人は叫んだ。




次回 仮面ライダーディケイド2

「ついに手に入ったァァァアアアア!!」
「何人熱狂させても、やっぱりあいつが一番笑顔にしたいのは……ってね」
「こいつは今まで、大勢の明日や未来、希望を作ってきた」
「この世界を破壊させないぜ」
「勝利の法則は……決まった!」

第5話「大天災とジーニアス」

全てを破壊し、全てを繋げ!


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第5話「大天災とジーニアス」

「ビルドシステム?」
「スマッシュから人々を守るために我々が開発した兵器ですよ」

これまでの仮面ライダーディケイド2は……

「俺、箱中セント。同じライダーとして、よろしく」
「隕石落下の時に一人で歩いてたところを、セントの親父さんが保護した」
「俺とセントは隕石落下地点と何か関係があると睨んでる」
「パンドラパネルを貰いに来たんだ」
《カメンライド エターナル》


 

 白いボディに黒いマントをなびかせ、出現する仮面ライダー。ディエンドライバーで召喚されたエターナルはビルドにサムズダウンの仕草をした。

 

「お前も士みたいに不思議な力を使うんだな」

 

 仮面ライダービルド・ラビット消防車フォームは、目の前に現れた新たなライダーを睨み付ける。

 

「士と一緒と言われるのはいい気分じゃないね! はっ!」 

「危ねっ!」

 

 ディエンドの発砲を間一髪で回避するビルド。ディエンドは銃をくるくると回して余裕を見せる。

 

「笑ってやがる。パネルはもうこっちにあるのに。なんなんだよ……」

「すぐに分かるさ」

 

《ゾーン マキシマムドライブ》

 

 ビルドとディエンドが話している隙に、エターナルはベルトのマキシマムスロットにゾーンメモリを挿す。

 

「……なにっ!?」

 

 ゾーンメモリの能力が発揮された。ビルドが持っていたパンドラパネルが消え、エターナルは自分の手元にそれを移動させた。ディエンドは彼からパネルを受け取る。

 

「ありがとう。それじゃあこれはもらっていくよ」

「待て! パネルを外に持ち出すな! まだ完全に解析できたわけじゃないんだ! 危険だ!」

「お宝については、全てを知り尽くさないほうがロマンがあるよね」

「訳わかんないこと言うんじゃねえ!」

 

《ハリネズミ》

《ベストマッチ!》

《レスキュー剣山 ファイヤーヘッジホッグ!》

 

 ビルドはボトルを入れ替え、赤と白の二色の姿へとフォームチェンジした。

 

《ボルテックフィニッシュ》

 

「うおおおおおおお!」

 

 左腕についた梯子型放水銃から水を後方に発射し、その反動で加速する。トゲのある右手で勢いよくパンチを繰り出す。

 必殺技を撃つビルドを前に、エターナルはまた別のガイアメモリを使った。

 

《ユニコーン マキシマムドライブ》

 

 エターナルの腕に一角獣の如きオーラが宿る。そのエネルギーはエターナルエッジに流れ、刃が光り輝く。

 

「うおおおおおおおおお……」

 

 ビルドの刺々しい右腕はエターナルエッジの威力に敗れてしまう。

 

「うわああああ!!」

 

 ビルドを弾き飛ばした後、エターナルはふっと消えた。ディエンドは満足そうに頷く。

 

「じゃあね。うっ!?」

 

 立ち去ろうとしたその時、大きなエネルギーの塊が彼に襲い掛かった。

 上空には機械ベースのスマッシュとはまた違う、生物らしい姿の怪人が浮いていた。垂直に下降し、二人のライダーの前に立ちはだかる。怪人は右手を前に出し、言葉を発した。

 

「パンドラパネルを渡して貰うぞ!」

 

 

 

 

第5話「大天災とジーニアス」

 

 

 

 

 怪人はさらにエネルギーの塊を一つ、二つとディエンドに向かって放つ。凄まじい攻撃に、ディエンドはパンドラパネルを手放してしまった。急いでパネルに手を伸ばすが、それは怪人の手に吸い込まれるように飛んでいく。

 

「俺はブラッド族・エケイプラ! パネルは頂いていくぞ!」

 

 パネルを高く掲げ、エケイプラは叫んだ。

 

「ブラッド族だと……!?」

「そうだ。宇宙の全ての星を破壊する者だ。このパンドラパネルを使ってなァ……」

「……! やはりパネルにはすごいエネルギーが秘められていたのか……!」

「ふん。今更知ったところで遅い」

「僕のお宝を……返せ……!」

 

 ディエンドはよろめきながらドライバーを構える。彼がトリガーを引く前に、エケイプラは猛スピードで彼の前に近づく。

 

「ふん!」

「ぐあああああああああああ!!」

 

 エケイプラが裏拳をディエンドに食らわせる。ディエンドは絶叫しながらスカイウォールに向かって真っ直ぐに吹き飛んでいく。距離が遠のき、声は小さくなっていく。そして、壁に激突する。力なく落ちていくシアンカラーが暗い色の壁に映える。

 

「まずい!」

 

 エターナルから受けたダメージを引きずりつつも、ビルドはまた別のボトルを取り出した。

 

《ロケット》

《パンダ》

《ベストマッチ!》

 

 ビルドはロケットパンダフォームへと。そしてスカイウォールの方へ飛んでいく。気を失ったディエンドを必死で追う。

 

「さて、次のパネルは……どこだァ?」

 

 飛んでいくビルドを追おうとはしない。エケイプラはもうライダーに興味をなくしていた。そして別のパンドラパネルを求めて、彼らとは別の方向に飛んでいった。

 

 

 

 

 セントは傷だらけの海東に肩を貸すかたちで地下施設に戻ってきた。ふたりともフラフラで、今にも倒れそうだった。

 

「大丈夫か! セントォ!」

 

 リュウガが駆け寄り、海東を受け取ろうとする。

 されるがままだった海東だが、ふと二人の他に視線を感じた。地上──光家の冷蔵庫に続く螺旋階段に士が座っているのに気づいた。哀れむでも喜ぶでもない無の表情に、彼はいてもたってもいられなくなった。リュウガの手を振りほどく。

 

「やめてくれないか。僕は君たちにこんなこと頼んでいない」

「はあ!?」

「頼んでいてもいなくても関係ないでしょーが。万東に肩借りて、怪我人は大人しくしとけって」

「お宝が奪われたのにそんなことできるものか」

 

 海東は無理やり立ち上がり、来た道を戻ろうとする。が、リュウガに腕を引っ張られ、ベッド代わりのソファに向かって投げられる。

 

「なにがお宝だ! お前が勝手なことしなけりゃ何も起きなかったんだよ! 通信で全部見てた。ブラッド族エケイプラ? 星を破壊する? パネルを奪われた俺たちはどうすりゃいいんだよ!」

「いや? やつは遅かれ早かれ出現していた。そもそもそれは君たちの仕事だろう、兵器の仮面ライダーさん?」

「てめぇ……!!」

 

 リュウガが拳を振りかざす。

 パァン!

 彼よりも早く、ミソラが海東にビンタした。突然のことにリュウガは思わず拳を引っ込める。リュウガだけでなく、その場の全員が呆気に取られた。

 

「セントに無茶させないで!」

 

 そして機嫌を悪くしたのか、そのまま部屋に戻っていく。先ほどまで彼女と遊んでいた夏海が彼女の名を呼びながらそれを追う。が、夏海が入る前に扉は勢いよく閉められた。

 海東はミソラに叩かれた頬をさする。なぜ自分が叩かれたのか理解していない。間違ったことを言ったつもりはない。が、釈然としない。何か悪いことをしてしまったような、もやがかかった気持ちになった。

 

 ふと、トゥルルルと呼び出し音が鳴る。セントの仲間からの連絡だ。彼らは海東をその場に残し、別の部屋に向かった。

 広い地下施設の中には当然通信室が存在する。スカイウォールの範囲内ならばすぐに通話ができる。リュウガがセントの戦いを見ていたというのもここからだ。

 

「こちら東都! 応答願う!」

『セント……すまねぇ』

 

 モニターの向こうに傷だらけの男が映った。背景の、北都の街並みは壊滅状態だった。あちこちで燃え盛る火を、住民たちがバケツリレーをして消そうとしている。

 

「カズミか!? もしかしてそっちにももうエケイプラが!?」

『ああ、そうだ。北都のパネルを奪われちまった……。あいつ、今までのスマッシュと比べ物にならねえくらい強い。西都にも連絡を入れたが、あいつらも多分……。東都はどうなんだ?』

「俺のとこのは取られたけど、飛んで行った方向と時間からして、東都政府のはまだ残ってるはずだ。だからエケイプラはパネルを狙って必ず戻ってくる。できればお前にも来てほしかったが……」

『おう。まかせろ! すぐに向かうぜ』

「いや、その体じゃ変身は無理だ。無茶するなよ!」

『はっはっは! 心配するな!』

 

 通話は切られた。

 セントは研究スペースへと急いだ。ビルドドライバーを調整し、今度こそエケイプラを迎え撃つために。

 そして通信室にはリュウガと夏海、そして士が残された。

 

「セントさんは誰と話してたんですか?」

 

 夏海はリュウガに尋ねた。

 

「北畑カズミ。うちのバンドメンバーであり、北都のビルドだ」

「お前ら、バンド組んでたのか。ライブどうこうってのはセントの個人的な趣味かと思ってたぞ」

 

 士は適当な高さの発明品に腰かけて言う。

 

「言ってなかったか? セントと俺、そして北都のカズミと西都にいるメンバーを合わせて五人グループだ」

 

 リュウガは指を折って人数をカウントし、言った。

 

「今は離れ離れなんですね。音楽活動をしていた皆さんが、どうして仮面ライダーに?」

 

 夏海の質問に、リュウガは表情を暗くする。

 

「ビルドシステムは、セントの親父さん――箱中シノブが設計したものなんだ。まだ戦う準備が整ってなかった頃に殺された親父さんに代わって、セントがそれを完成させた。そして俺たちは三つの都市に別れ、ビルドとしてそれぞれの故郷を守るために戦うことを決めた」

「バンドは解散しちゃったんですか?」

「いーや。セントはまだ諦めてねえ。むしろ音楽でみんなの笑顔を作ろうと必死になってるくらいだ」

「セントカツラギ……とか言ってたな?」

「ああ。ミュージシャンとしてのあいつは、母方の苗字で葛城と名乗ってる」

「なんでわざわざそんなまどろっこしいことを」

 

 リュウガは士の方にやってきて、隣に積んである紙の山を一枚一枚めくる。そのほとんどがビルドシステムの設計図だった。

 

「仮面ライダービルドの箱中セントは兵器だからさ。スマッシュをただ壊すために生み出された兵器。兵器は人を笑顔にできないからな。人を笑顔にするのはミュージシャン葛城セントの役目なんだとよ」

「あいつがそんなことを……」

「あいつは自分の音楽で、みんなが楽しめる場所を作りたいと思ってる。あ、ほらこれ。ファンレターだ」

 

 リュウガはダンボールいっぱいの手紙を士たちに見せた。

 

「なんだ。すでに成功してるじゃないか。わざわざ俺が出る幕もなかったってことか」

「いや、たくさんのファンを抱えてるが、セントはまだ満足できてない」

「あ?」

 

 リュウガはポケットから取り出した別の紙を見せる。何度も開いたり閉じたりしたため、くちゃくちゃだ。

 

「ほら、見てくれ。最近セントが書いた新曲『ラブアンドピース』だ」

「ハッ、ひでえ歌詞だな。……いや、そうでもない」

 

 士は笑いのツボの構えを見せる夏海に気づき、訂正した。

 

「ここの歌詞。美しい空が云々ってあるだろ? で、サビ前のここのメロディ見てくれ。ミ、ソ、ラってなってんだ」

「これは?」

「あいつ、毎回曲のどっかに入れるんだよ。こだわりなんだろうな。どの曲もミソラに聞かせるために書いてる。何人熱狂させても、あいつが一番笑顔にしたいのは……ってね。ミソラもセントのことを心配してるし、二人ともお互いに相手のことを大事に思ってるんだ。同じ場所で生活する関係だしな」

「はたして、それだけか?」

「え? どういうことだよ」

 

 士は立ち上がり、リュウガに背を向ける。彼は士に質問するが、士は答えない。

 

 ジリリリリリリ!

 

 地下施設中にスマッシュ反応を示すサイレンが鳴る。研究スペースからセントが飛び出してきた。

 

「来た!」

「こ、今度はなんですか!?」

「東都政府に……エケイプラが現れたんだ!」

「思ったより早かったな」

 

 士はネクタイを締め直した。

 

 

 

 

 東都政府では、エケイプラを追って西都からやってきた二体の兵器がその異星人と戦っていた。トラユーフォーフォームの西のビルドと、ビルドシステムより安全だが出力が低いトランスチームシステムを用いたナイトローグだ。

 戦場は既に建物の中。最後のパンドラパネルの目の前に迫っていた。

 

「ぐっ! こいつは俺が止める! お前は親父を頼む!」

「分かりました! さあ、こちらへ!」

「うむ!」

 

 扉と一緒に倒れる西のビルドの声に、ナイトローグは頷く。翼を広げ、パネルを持ったタイザンを抱えて壁に空いた穴から外へ飛び出す。

 

「逃がすかァ!」

「うわぁあっ!」

 

 エケイプラは腕から触手を伸ばし、ナイトローグの足に巻き付け引っ張る。彼はバランスを崩す。そして二本目の触手が、ナイトローグの腕の中のタイザンを弾き飛ばした。

 

「しまった!」

「うわあああ……!!」

 

 タイザンはパネルを手放してしまう。

 落下する彼のもとに新たな兵器が現れた。

 

「危ねえ!!」

 

 落下するタイザンを受け止めたのはフェニックスロボフォームの北のビルドだった。だが変身するには体力を消耗しすぎていた。北都から空を飛んで東都に来る過程で既に変身時間に限界が来ていた。タイザンを安全に地面に降ろすと、そのまま変身が解除される。

 

「カズミが来たのか。よかった、親父……」

「安心している場合じゃないだろう?」

「……! ぐわあっ!」

 

 西のビルドはエケイプラによって建物から飛ばされ、地面に叩きつけられた。カズミたちが彼の元へと駆けつける。

 

「ふ……フッフッフ……ハッハッハッハ!! ついに手に入ったァァァアアアア!! 完全な俺の、復活だあ!!」

 

 触手を縮め、エケイプラが六枚目のパンドラパネルを掲げる。残りの五枚が宙を舞い、エケイプラの頭上で一つになる。パネルは面を構成し、パンドラボックスが生まれた。

 

「し……しまった! あいつにパネルが……!」

「これでこの世界を破壊してやる! 手始めにこの街からだ!」

 

 エケイプラの手元でパンドラボックスが光り輝く。

 それと同時に空に厚い雲がかかり、辺りが暗くなる。地面が大きく揺れ、割れていく。東都の人々は地面を走る裂け目を恐れ、反対方向に走っていく。が、その先にはスカイウォールが立っている。スカイウォールからはガスが噴出し、逃げ場はなくなった。

 

「ハハハハハ……!」

 

 

「やめろ!」

 

 

 エケイプラは笑いを止めた。まだ自分にたてつく者がいる。それに驚いたのだ。

 エケイプラの方に歩いてくる二人の影。

 

「セント!」

「箱中くん!」

 

 カズミたちは彼の姿を見て喜びの声をあげる。

 

「エケイプラ! もうやめるんだ! お前の企みもここで終わる!」

「終わるのはお前たちの方だ。パンドラボックスは起動した。全てを無に帰す力の前には何者も存在が許されない……。破壊の前にはなにも……」

「無駄だ」

「ん?」

 

 士はセントの肩に手を置き、言った。

 

「こいつは今まで、大勢の明日や未来、希望を作ってきた。誰かの力になるため、誰かを守るため、そして誰かを笑顔にするために、仮面で顔を隠して戦ってきたんだ。その純粋な思いは、そう簡単に壊せるものじゃない」

「何を言っている? ……お前はなんなんだ?」

「通りすがりの仮面ライダーだ。覚えておけ」

「ああ。俺たちがこの世界を破壊させないぜ」

 

 二人はドライバーを腰に巻きつける。

 

《ラビット》

《タンク》

《ベストマッチ!》

 

《カメンライド》

 

《……アーユーレディ?》

 

「変身!」

「変身!」

 

《ディケイド》

 

《鋼のムーンサルト ラビットタンク! イエーイ!》

 

 交わる複数の影。合わさる二つのパーツ。二人の仮面ライダーが変身完了した。

 エケイプラは瞬間移動のような速さで二人の前に移動する。ディケイドとビルドは左右に避け、同時に銃を構える。ライドブッカーとドリルクラッシャーから同時に銃弾が発射された。

 

「破壊!!」

 

 エケイプラはパンドラボックスのエネルギーを瞬時に引き出し、両側の弾を粉砕する。

 体制を整えると同時に、二人のライダーは武器を近接用に変形させる。そして両側から敵に向かって斬りかかった。しかし、それもエケイプラの強化された腕に阻まれる。とても固く、武器の方が砕けそうだ。二人はいったん距離を取る。

 

「くっそ……。やるじゃねぇか、ブラッド族」

「おいセント、気づいてるか。あいつがパンドラボックスを使うと地震の揺れが小さくなる。ついでに壁の動きも止まってるぞ」

「……確かに! 破壊のパワーを使うタイミングでスカイウォールへのエネルギー供給がなくなっている? むしろ逆に吸ってるのか!? だったら壁を壊せば破壊のパワーが使えなくなるかも……。いや、スカイウォールはそう簡単に壊せないぞ。特に今は、壁自体もボックスからエネルギーを貰ってるんだから」

 

 ライダーの攻撃が止まったことで、エケイプラに自由が戻る。ボックスに手をやると再びスカイウォールが動き出した。

 それを見て、ビルドは慌てて攻撃を再開しようと武器をぐっと握る。そんな彼に、ディケイドは声をかけた。

 

「そういや、お前はライダーを兵器だと思ってるらしいな。兵器は笑顔を生み出せない、とか」

「ああ。仮面ライダーはスマッシュを倒すための兵器だ。それは絶対さ」

エケイプラ(あいつ)を倒せば、もうスマッシュは生まれないだろ。倒すスマッシュがいなくなれば、ライダーは二度と兵器と呼ばれなくなるだろうな」

「え?」

「ビルドは兵器じゃなく、ただのライダーになるんだ。その力があれば誰かを助けることができるだろ。仮面ライダーのお前が、みんなを笑顔にするんだよ」

「ビルドの……俺が……!?」

 

 その時、ライドブッカーが開き、ブランク状態のカードが宙を舞う。ディケイドがそれを掴むと、新たな力が解放された。

 

「兵器ビルドの最後のライブだ。盛大にいくぞ」

 

 ディケイドはカードをドライバーに装填する。

 

《ファイナル フォームライド ビビビビルド》

 

「ちょっとくすぐったいぞ」

「えっ!? なにする……」

 

 ディケイドがビルドの背を撫でると、そこから巨大なグリップとトリガーが現れる。体が宙に浮き、ねじられ、足先に銃の口が出てくる。あっという間にビルドは大きな砲撃武器『ビルドバスター』へと変化した。

 

『なんだこのナンセンスな……』

「文句を言うな」

 

 それを見たエケイプラは、こちらに向かって手を突き出す。

 

「まだ何かするつもりか、地球人? 無駄だ。破壊! 破壊ッ!!」

「ハッ!」

 

 ディケイドはビルドバスターで、エケイプラの放ったエネルギー弾を一発ずつ相殺していく。そして最後の一発は、エケイプラ本人に命中した。

 ビルドバスターが放つのは、パンドラボックスのパワーでも破壊しきれないほどの大きなエネルギーを持った弾。エケイプラは防御した腕に痛みを覚え、直撃した部分をぐっと押さえた。ボックスの光が少し鈍くなる。

 ディケイドはその隙を見逃さない。彼は別のカードを装填した。

 

《ファイナル アタックライド ビビビビルド》

 

「今だ! スカイウォールをぶっ壊す!」

 

 ディケイドがスカイウォールに銃口を向けてトリガーを引く。極太のレーザーが発射され、目の前のスカイウォールをぶち破った。

 そのまま真右を向く。そしてさらに右に。街を取り囲むように立っていたスカイウォールがどんどんと壊れていく。エケイプラはパンドラボックスに手を当てるが、光はみるみる消えていく。

 

『すげえ……! すげえよこれ!! あの忌々しいスカイウォールがなくなっていくぜ!?』

「お前はこんな、壁に囲まれた小さなとこに収まってるようなやつじゃない。もっとでかいところで歌ってやれ」

 

「なにをする……貴様らァア!!」

 

 ついにはこの形を維持できなくなったパンドラボックスは六つのパネルに戻り、ばらばらになった。エケイプラが怒りをあらわにし、二人の方へ突進してくる。

 ディケイドはそれを、ビルドバスターをバットのようにして空に弾き返す。そしてエケイプラに向かってレーザーを放つ。エネルギーのあまりの大きさに、ボックスを持たないエケイプラは身動きできない。レーザーに押され、エケイプラはどんどん上空へと移動していく。

 

「ぐおおおおおおおおお……!! なんだこのパワーはッッ……!!」

 

 ビルドは元の姿に戻る。

 

「行くぞ、セント」

「ああ! 勝利の法則は……決まった!」

 

 二人のライダーは必殺技を繰り出した。

 

《レディー ゴー!》

《ファイナル アタックライド》

 

 地面がせり上がり、ビルドは空へ上っていく。上昇スピードはいつもより速く、到達高度はいつもより高い。エケイプラを追い越し、スカイウォールよりも高いところに立った。

 

《ボルテックフィニッシュ!》

 

 白いグラフはエケイプラを拘束する。今回のグラフは、傾きが緩やかないつもの形状ではない。頂点から緩やかに下がったかと思えばほぼ垂直に落ちていく二次関数グラフのような形状。

 

「おらあああああああ!!」

 

 ビルドは重力以上の加速でグラフ上を滑っていく。

 

《ディディディディケイド》

 

「はあああああああっ!!」

 

 ディケイドはそこに向かって地上からキックを繰り出す。

 上からビルド、下からディケイド。二人のライダーのキックがエケイプラを挟み込んだ。

 

「まさか……俺が破壊されるなんて……! うがあああああああああああ……!!!」

 

 空中で大爆発が起きた。爆発の威力で暗雲はかき消える。それと同時に、パンドラボックスの力を失い脆くなっていたスカイウォールも、ディケイドたちがつけた傷からボロボロと壊れ始めた。

 ディケイドとビルドは変身を解除し、空を見上げる。そこには窮屈な壁のない、美しい空が広がっていた。

 

 

 

 

 一同は光写真館へとやってきた。友達を連れてきたんだなと歓迎する栄次郎は、彼らがキッチンに向かうのを見ると不思議そうな顔をしていた。それも仕方がない。彼らが用事があるのは下の地下施設に繋がる冷蔵庫なのだから。

 

「おう、帰ってきたか。お疲れさん」

「いやーただいま! 見てたか万東! 俺の最ッ高のライブ! これでもうスマッシュは出ないはずだ。こうしてまたメンバー全員集まれたし、よかったよかった――」

 

 そんなセントのもとにミソラがやってくる。そして彼に向かって笑顔で一言。

 

 

「おかえり。セント」

「……ああ。ただいま」

 

 

「うおーミソラちゃん今の顔かわよ! 俺の活躍も見てくれてたかい! カッコ良かったかい!」

「キモイ!」

「グホォ!」

「カズミ、ベタベタしすぎだ。いい加減嫌がられてるのに気づけロリコン」

「うるせーゲントク。俺は暴力系ヒロインも好きだよミソラちゃん……」

「気持ち悪いぞ」

「なんだとてめーリュウガ!」

「再会早々喧嘩ですか……騒がしい」

「ま、これが俺たちらしいよ」

「はいそこぉ! セントもナリアキも一歩引いてんじゃねえ!」

 

 セントは士の方に向き直る。

 

「今回のこと、感謝してる。あんたのおかげでこの世界は救われた」

「どうかな。俺は破壊者だからな」

「ハハ、そんなこと言ってたなあ」

「今度はお前の夢も叶うといいな。でかいライブハウスで――」

「そうだった! こうしちゃいられねえ! スカイウォール崩壊のお祝いライブをしようと思ってるんだ! さぁー今から練習やるぞー! 準備しろお前らー!」

「……」

 

 士は呆れた表情。

 

「あの」

「ん?」

 

 いつの間にか士の隣にはミソラがいた。士の顔を見られないのか、下を向いてもじもじした様子。

 

「ありがとう。セントの笑顔、また見れた」

 

 そう言った彼女の口元は綻んで見えた。

 

「イエイ! 天ッ才ボーカルセントカツラギ改め箱中セントに続きますはァ!? ツインギター・万東リュウガ・北畑カズミィ、そしてベース・南波ナリアキ、最後に控えるはドラム・和西ゲントクゥゥーッ!」

「その前置きいい加減やめろ! 長いしカッコよくねえ!」

「ええー! なんで!」

 

 

「……ああ。いい顔だ」

 

 メンバーをまとめるセント。彼は今までで一番良い表情をしていた。大騒ぎする五人のバンドマンたちに向かって、士はこっそりシャッターを下ろした。

 

 

 

 

「うん。生き生きした写真だね。いい。すごくいいね~」

 

 栄次郎は士の撮った写真を眺めながら言った。

 

「楽しい人たちでしたね」

「うるさいの間違いだろ。だが、あいつらがいるからこの世界はもっと賑やかになるはずだ」

「ビルドの力を使ってがれき撤去とかしてるみたいだぞ。市民のヒーローなんだってさ」

 

 士は椅子に座り、コーヒーを飲む。窓から見る外の景色には、もうスカイウォールはない。

 

「よかったじゃないか、士」

「海東!」

 

 海東がスタジオの扉にもたれかかって士に話しかけた。いつの間に現れたのか。

 

「怪我はもう治ったんですか?」

「当然さ。この世界のお宝もこの通り」

 

 海東は金色に光るフルボトルを見せた。

 

「コブラロストフルボトルだ」

「いやー! 綺麗じゃなーい! あたしにも見せなさいよー」

「うわっ、触るなっ」

 

 海東は近寄ってきたキバーラを弾き飛ばす。

 その衝撃でジャララララと新たな絵が出現する。

 今回の絵は宇宙から見た地球だった。否、絵の下半分が地面であることを考慮すると月面か。

 

「どうやら今度はスケールがでかい世界みたいだな」

 

 士は、まだ湯気が出るコーヒーカップを机に置いた。




次回 仮面ライダーディケイド2

「この学校には七不思議の噂があるんですー!」
「俺はこんな学校なんてなくなってもいいと思ってるよ」
「真っ昼間から天体観測ってか?」
「分かりあう必要なんてないですよ」

第6話「宇宙学園 フォーゼキター!」

全てを破壊し、全てを繋げ!


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第6話「宇宙学園 フォーゼキター!」


「俺はブラッド族・エケイプラ!」

これまでの仮面ライダーディケイド2は……

「お前ら、バンド組んでたのか」
「言ってなかったか?」
「兵器ビルドの最後のライブだ。盛大にいくぞ」
「俺が破壊されるなんて……!」
「セントの笑顔、また見れた」


 

 キーンコーンカーンコーン。今日も天ノ川学園高校のチャイムがなる。最初の鐘は開始五分前を表す。

 それを聞いて、青い制服に身を包んだ男女が急ぎだす。別のクラスに遊びに行っていた者。早弁をする者。部活の朝練を終えた者。

 

「急げ急げ! ほらかきこめ!」

「もごごっ!」

「あっ、ごめ……うわ汚っ。朝から飯食うな」

「はい間に合ったーーー!」

「汗臭い! ちょっとあんた! ちゃんと制汗剤ふってきなよ!」

 

 2年B組は騒がしい。個性豊かな生徒たちが教室を盛り上げる。そんな部屋の後ろを堂々と歩く男子生徒がいる。

 

「やれやれ。あんなに騒いで疲れないのかね」

 

 一番後ろの席の窓際に、その男子生徒が着席する。彼の隣に座る女子生徒が嬉しそうに彼に話しかけた。

 

「おはようケンゴくん! 今日もギリギリセーフだね!」

「ああ、おはよう。ギリギリでも間に合ってるんだからOKだ。それよりユウキ、なにか情報は?」

「いやーそれが全然。また放課後に探してみようよ。今日暇でしょ?」

「そうだが。とりあえず手がかりはなしか……」

 

 教室の前のドアが勢いよく開けられる。引き戸は勢い余って、全開から少し戻る。

 生徒たちはすぐに自分の席へと。

 

「ではホームルームはじめます」

 

 教師は日誌などを教卓の上に並べながら言う。彼は比較的若い教師だが、準備は手慣れている。

 

「突然ですが、今日から新しい先生に来てもらいました。学年主任の比部(ひべ)先生の意向です」

 

 生徒たちがどよめく。教師にどうぞと通され、一人の男が教室に入ってくる。「かっこいい」や「背高いな」など、生徒からはさまざまな感想が寄せられる。

 黒板に名前を書き、男は一言、こう挨拶した。

 

「門矢士だ。よろしく」

 

 

 

 

第6話「宇宙学園 フォーゼキター!」

 

 

 

 

 遡ること数十分前。

 新たな世界に来た士は、ワイシャツ姿になっていた。一緒に出現した鞄の中身は高校の教科書。それも教員用。お前が人に教えるなんて無理だと言うユウスケを無視し、この学校――天ノ川学園高校にやってきた。

 

「あ、あー! キミだね! 新しい先生!」

 

 校内をうろついていると、学年主任の比部に見つかり、職員室に連行された。どうやらこの世界で士は教師になったらしい。

 

「門矢くんはこちらの空市(そらいち)先生についていってくださいね。2年B組です。じゃあ空市先生に何かあったら門矢くん、リカバリーよろしくね」

「どうも」

「……空市です。よろしくお願いします」

 

 礼儀のなっていない挨拶をする士だったが、空市もまた、士の目を見ずにぶっきらぼうな挨拶をした。

 そして今。

 士は教室の後ろで、用意されたパイプ椅子に座ってホームルームの時間を過ごしていた。ふと、前から女子生徒の視線を感じる。

 

「門矢せーんせ☆」

「前向いとけ」

 

 士は小声で注意するが、目の前の女子生徒は首を振る。

 

「今先生いませんし! それに今日はイチゲンデーですから大目に見てもらえます!」

 

 彼女は得意気に言う。

 

「なんだそれ」

「一限から空市先生の授業なんですよ。苗字と下の名前とを合わせてイチゲンって略せるから、ダブルミーニングで私が勝手につけた名前なんですけど~」

「そうか」

「空市先生は生徒に全く興味ないって感じですけど、門矢先生は生徒とコミュニケーション取るの好きな方だと見た!」

「ハズレだぞ」

 

 面倒くさいタイプの生徒だな。士はそう思った。

 この世界でやるべきことが分かっていないまま、流されてここにいる。高校の臨時教師は、あの絵に描かれた月面のイメージとはあまりにもかけ離れている。

 

「門矢先生の担当科目ってなんですか?」

 

 女子生徒の隣の、窓際の席の男子生徒が質問する。士は、お前も話しかけてくるのかよと眉をひそめた。

 

「さあな。ま、俺ならなんでもできるだろ。リクエストがあればその教科を教えてやることになるのかな」

 

 いつも通りの調子で返事する。女子生徒は「うわ~! すごいですねー!」と拍手するが、男子生徒はその回答に少し引いた様子。

 

「あ。わたし新城ユウキです。一番に覚えちゃってください! で、こっちはケンゴくん」

「菅倉ケンゴです」

「よろしく」

 

 二人は対照的な性格に見えるが意外と仲は良さそうだ。席が近いからなのだろうか。個性を尊重する。それがこの学園の校風である。教室を見渡すとそれが如実に現れている。しかし、グループができてバチバチに対立しているなんてことはない。

 個性があるといっても、それはまだ現実の範囲内。以前、高校の中に怪人がいる世界を通り過ぎたことがあったが、今回はその時感じたような怪人の気配はない。

 

「見た感じ普通の学校なんだよな……」

「いえいえいえ! そんなことないですよっ!」

 

 ユウキは士の呟きを聞き逃さず、その言葉をを激しく否定する。椅子を横に向け、呆気に取られる士と向き合うように座りなおした。

 

「門矢先生は知らないですよね! なんとなんと、この学園には七不思議の噂があるんですー!」

 

 士に向かって言い放つ。と同時に頭を教科書で軽く叩かれた。

 

「新城、もう時間だぞ。授業は真面目に受けなさい」

 

 ユウキが振り返ると、無表情の空市が立っていた。

 

「……ひゃい」

 

 彼女は小さく返事した。

 

 

 

 

 放課後、士はユウキとケンゴに頼まれ、一人教室に残っていた。

 結局今日は一度も授業をすることはなかった。職員室で空市にそのことについて質問しても、問題ないですという返答。他の教師もよかったよかった、と胸を撫で下ろしていた。いったい何がよかったのか。

 

「門矢先生ー!」

 

 ユウキとケンゴが教室に入ってくる。

 

「お待たせしました!」

「で、俺をどうするつもりだ?」

「七不思議巡りをしようと思って! 今まで誰も興味持ってくれなかったし、私たちだけじゃ限界だったんです」

「すみません先生。お忙しいでしょうに」

「いいや、丁度いい。俺も探さなきゃいけないものがあるしな」

 

 ユウキはそれを聞いて笑顔になった。心のどこかで断られることを心配していたのだろう。嬉しそうに士の手を引いて教室を出る。

 

「俺とユウキは学園七不思議を解明しようとしてるんです。真面目に信じている人はいないけれど、生徒のほとんどが七不思議の噂を知っています」

「その七不思議ってのはなんなんだ?」

「え~っと~。なんだっけ、ケンゴくん」

 

 士の前を歩いていたユウキはスピードを緩め、後ろのケンゴに振り返り尋ねる。

 

「ったく、覚えててくれよ。『月の石』『校舎裏に出る巨人』『食堂に住む妖精』『存在しないはずの部活』『入ると人が消える部屋』『白い宇宙人』そして『蛇』だ」

「あーそうだ! 最近7つ目が『蛇』になったんだよね! 前はもっと長い別のだったんだけど……なんだったっけなあ」

「……蛇?」

 

 その言葉が引っかかった。

 

『この世界のお宝、コブラロストフルボトルだ』

 

 ビルドの世界でコブラのボトルを持ち帰った海東を思い出した。あれも蛇だが……。まあ、関係ないだろう。士はそう思うことにした。

 顔を上げた瞬間、士の頭は真っ白になった。

 士の視界の端で、女が職員室から出てきた。一瞬捉えたのは、学園内では浮いた不自然に真っ白い服。以前に同様のものを見たことがある。

 そうだ。鳴滝の。自分が新たにライダーの世界を巡ることになった理由。鳴滝を追っていた謎の男と同じ格好をしていたのだ。

 ハッと我に返り、振り返ってみるとすでに女は廊下から姿を消していた。追いかけようにも、ユウキに腕を抱きかかえられているため、それができない。

 

「門矢先生……? どうかしました?」

「いや……」

 

 女も士のことは気づいていたかもしれない。しかし、特に攻撃を仕掛けてくる様子はなかった。今はまだその時ではないのかもしれない。士は女の追跡を諦めることにした。

 だが、奴らがこの学園に出没したということは、間違いなく何かがこの学園にあるということだ。士はそう確信した。

 

「おい、俺たちはどこに向かってるんだ?」

「えーと、とりあえず校舎裏です! 『校舎裏に出る巨人』を探そうと思って! 大っきかったら見つけやすいでしょ!」

「そんなこと言って、俺たちはずっと見つけられてないだろ」

「う……。ケンゴくん、三人よればなんとやらだよ! 門矢先生が加われば見つかる!」

 

 ユウキの根拠のない自信はどこから湧いてくるのか。階段を降りながらケンゴはため息をついた。

 校舎裏に行く途中でふと一人の生徒が目に入った。部室棟の窓に向かって石を投げ込み、ガラスを割る。植木鉢をバットで割る。明らかな悪行だ。

 

「お前、何やってる? 学校を潰す気か」

 

 士は不良生徒の元へ駆け寄り、腕を掴んで言った。

 

「おお。あの人が言った通りだ。ちょっと暴れてやると正義面してやってくる。あんたがその正体なのか?」

「なに? 俺を呼ぶためにわざわざこんなことをしたのか? ガラスも花も、ただじゃないぞ。学校に迷惑かけるな」

「俺はこんな学校なんてなくなってもいいと思ってるよ。ずっと暴れたかったんだ。そして……ついに俺は力を手に入れた。この学校を破壊する力をなあ……」

 

 生徒は制服のポケットからゾディアーツスイッチを取り出した。スイッチを押すと彼の前に星座が現れ、ドラゴンゾディアーツに変身してしまった。

 

「こいつ……! おいケンゴ! あれが七不思議の一つ「蛇」か!?」

「さあ……俺はちょっと分かんないです……」

「蛇に見えなくもないですが龍ですね! 変わる時に一瞬星座が見えたんですけど、あの形はりゅう座でした!」

「お前よく分かったな」

「得意分野なので――うわあああああああ! 来たあああああ!」

 

 ケンゴはゾディアーツの登場に驚きつつも、冷静に距離を取ろうとする。ユウキは星座の解説後、絶叫して彼の襟を掴んで前後に振る。

 

「ほらよ!」

 

 ドラゴンゾディアーツは鉄球を投げる。それが落ちた地面はクレーターのように大きく凹んだ。

 

「それにしても星座ね……。真っ昼間から天体観測ってか?」

 

 士は二人とは対照的に、前に出た。ケンゴは士に心配の声をかける。

 

「かっ、門矢先生何してるんですか!? 逃げましょう!」

 

 士は片手を軽く上げて、大丈夫だと合図した。

 

「生徒を更生させるのも先生の役目だ」

 

 ディケイドライバーを取り出し、腰にかざす。ベルトが現れ、体に巻きつく。ケンゴとユウキはそれに目が釘付けになる。

 

「変身」

 

《カメンライド ディケイド》

 

 バックルからプレートが飛び、敵にぶつかる。しかし、ドラゴンゾディアーツの硬い皮膚には傷一つつかない。

 変身を終えたディケイドはライドブッカーからライダーカードを取り出した。

 

「まずは物理の補習でもしてやるか」

 

《カメンライド ビルド》

《鋼のムーンサルト ラビットタンク!》

 

 ディケイドの周りにフレームが現れ、赤と青のパーツが生成される。それが一つに合わさり、ディケイドの姿は変化した。

 

「はっ!」

 

 ディケイドビルドはドラゴンゾディアーツにキックを繰り出す。ガキンと金属の音が鳴る。戦車のボディを持ってしても、ドラゴンゾディアーツにダメージを与えることはできない。

 と、思いきや、ディケイドビルドの足裏のキャタピラが回った。激しく火花が散り、ゾディアーツは慌てて距離を取る。

 

「うがああっ! 熱い!」

 

 耐久力にも限度があるようだ。だがキックとキャタピラ回転だけで与えられるダメージにも同じく限度がある。

 ディケイドビルドは別のカードを取り出した。

 

「ドラゴンにはドラゴンで勝負だ」

 

《フォームライド ビルド キードラゴン》

《封印のファンタジスタ キードラゴン!》

 

 ディケイドビルドは高火力のキードラゴンフォームを選択した。

 

「クソがーーっ!!」

 

 やけくそで向かってくるゾディアーツに、ドラゴンの溢れるパワーをぶつける。拳は痛むが、それ以上にゾディアーツ側がダメージを負っている。

 

「ほらどうした! もう終わりか!」

「黙れッ!!」

 

 投げられた鉄球も攻撃の意味をなさない。ディケイドビルドに簡単に受け止められてしまった。それどころか、投げ返されてさらにダメージを負う始末だ。

 

「うぐ……クソ……」

「なかなか頑張るじゃないか──うおっ!?」

 

 ディケイドビルドがさらに攻撃を加えようとしたその時、高速で飛んできた謎の影に突き飛ばされた。謎の影はドラゴンゾディアーツの方に飛んでゆく。

 

《ロケット》

《ドリル》

《リミット ブレイク》

 

 ドラゴンゾディアーツの胸にドリルが突き刺さる。

 攻撃が止むと、ゾディアーツは変身が解除され、元の生徒の姿となっていた。生徒は気を失い、その場に倒れる。彼が攻撃を受けた胸部分からは、壊れたスイッチが落ちた。

 謎の影は、ロケットとドリルのモジュールをしまう。その白い姿は宇宙服を模したようなデザインだった。

 

「こいつは……」

 

 ディケイドビルドはライドブッカーから一枚のカードを取り出した。仮面ライダーフォーゼの、ブランク状態のライダーカードだ。

 

「『白い宇宙人』! 学園七不思議の一つですよ!」

 

 ケンゴが叫ぶと、フォーゼはそれに反応する。そしてディケイドビルドに殴りかかってきた。

 

「おいおい! またライダー同士でバトルか!?」

 

 ディケイドビルドはフォーゼの拳を避ける。と、同時にカードをドライバーに装填した。

 

「その三角頭はイカのつもりか?」

 

《フォームライド ビルド オクトパスライト》

 

「!」

 

 左肩を突き出し、そこについている発光装置でフォーゼの目を眩ませる。その隙に足払いをし、フォーゼに隙を生ませる。次に右肩のタコ型ユニットが足を伸ばし、フォーゼの足をつかんで投げつけた。

 

「イカがタコに勝てるか――」

 

《フラッシュ オン》

 

 スイッチの起動音と共に、フォーゼは右腕をディケイドビルドに突きつけた。まさか同じ目眩しをされると思っていなかったディケイドは思わず目を背け、手で光を遮る。

 

《ウォーター オン》

 

「え!? ぐわっ!?」

 

 フォーゼの左足に蛇口型モジュールが出現する。それをこちらに向けたかと思うと、激しい水流が発射された。そのまま校舎に叩きつけられるディケイドビルド。

 

《チェーンアレイ オン》

 

 右手のフラッシュモジュールはチェーンアレイモジュールに。遠くに飛ばされたディケイドビルドへ向かって刺付きの鉄球が飛ぶ。ドラゴンゾディアーツの丸い鉄球とは違う。その上今はパワーのあるフォームではない。ウォーターによってびしょびしょなままのディケイドビルドは受け止めることも避けることも出来ず、攻撃を受けた。

 

「くっ……やるな! 喉が乾いてんなら、炭酸ジュースでもどうだ!?」

 

《フォームライド ビルド ラビットタンクスパークリング》

《シュワッと弾ける! ラビットタンクスパークリング イェイイェェエイ!》

 

 ディケイドビルドラビットタンクスパークリングフォームは、その場で軽くぴょんぴょんと跳ねる。

 そして次の瞬間、その姿は泡になった。

 

「この速さならお前も追いつけないだろ!」

 

 次に彼が現れたのはフォーゼの背後だった。一撃、キックを与える。

 

《ファイナル アタックライド ビビビビルド》

 

 そして必殺技のカードを装填した。

 

《チェーンアレイ》

《ウォーター》

《リミット ブレイク》

 

 フォーゼも負けじと、ドライバーのレバーを引く。

 ディケイドビルドの前にワームホール型三次元グラフが現れた。彼は無数の泡と共にキックを繰り出す。それに対し、フォーゼはウォーターモジュールの噴射力で加速し、空中でチェーンアレイモジュールをディケイドビルドに向かって飛ばした。

 ディケイドビルドの泡は、チェーンアレイモジュールを包み込む。そしてそのままディケイドビルドはフォーゼにキックを喰らわせた。

 

「うぐ……ぐわあああ!!」

 

 フォーゼは地面を転がり、煙に包まれ変身解除する。

 ダメージを負ったのはフォーゼだけではない。チェーンアレイの威力を殺しきれず、棘付きの鉄球はディケイドに命中していた。ディケイドも地面に倒れ、変身を解除した。

 

「門矢先生!」

 

 ケンゴとユウキが士に駆け寄る。そして三人は倒れたフォーゼの方を見た。

 

「あっ」

 

 ユウキが声をもらす。

 なんと、フォーゼの正体は空市だった。

 

「あんただったのか」

「そちらも。門矢先生だったんですね。どうやら生徒を襲ってたわけじゃないようで……」

「当たり前だ」

 

 士は空市に向かって手を差し出す。掴まって立てるようにと親切心のつもりだ。

 その手を取ることなく、一人で立ち上がりながら空市は言う。

 

「スイッチを破壊してしまえば、無駄に生徒を痛めつける必要はないんです。菅倉の声が聞こえたので、あなたも生徒を襲うゾディアーツなのかと思ってしまいました」

「それで俺に無茶苦茶な攻撃を?」

「ええ。ゾディアーツではないようでしたので、対処法が分からなかったんです」

 

 空市は申し訳なさそうに頭をかいた。

 

「いつから見てたのか知らないが、とりあえず話を聞くところから始めたらどうだ? さっきの流れもただの勘違いだ。俺が怪人をボコボコにしすぎたのが悪いったって、さっさと敵の性質を教えてくれりゃよかったんだ。少なくとも俺はあんたがライダーだってのは分かってたぜ」

「すみません。でもわざわざ伝えるよりも俺が全部やっちゃったほうが早いと思いまして」

「……」

 

 士は返答に困り、押し黙る。

 

「先生が学園七不思議だったなんて……」

 

 ユウキは驚きのあまりいつもの高いテンションを失っている。

 

「新城、菅倉、このことは秘密にしておいてください。そして、二度とこれについて関わろうとしないでください。あなたたちには関係ないことですから」

「えっ……」

「なんでですか!? さっきの子が怪物になったこととか、みんなに話せば問題解決に協力してくれるかもしれないですよ。何も一人で──」

「関係ねえもんは関係ねえって言ってんだよ」

「!?」

 

 空市の口調の変貌具合に三人は驚く。空市本人も自身の発言が意外だったのか、口をバッと押さえる。そして、ユウキらにそれについても内緒にするよう頼んだ。

 

「門矢先生。あなたにはちょっと用事があるんです。ついてきてくれますか?」

 

 士は、歩き出す空市の後をついていく。ユウキとケンゴは、士に「ありがとうございました」「お時間取らせてすみません」と言い、その場に残った。

 生徒に正体を隠したがる。それなのに俺には個別で話したがる。どういうことだ? 口封じしようってんなら、こっちだって容赦はしない。

 前を歩く空市の背中を見ながら、士はそんなことを考えていた。

 

「やあ士。調子はどうだい?」

 

 校舎の窓から突然海東が顔を出して彼を呼ぶ。士が立ち止まっても空市は進んでいってしまう。

 

「海東か。お前はまたお宝探しごっこか?」

 

 士は皮肉を言ったつもりだったが、海東には効かない。

 

「そうさ。お宝はこの学校の中にある。僕は自由に探させてもらうよ」

「待て。お前、こないだのボトルはどうした?」

「ちゃんと持ってるよ。何? いくら士の頼みでもあげないよ。あれはもう僕のものだ。それに士に触らせると壊されちゃいそうだし」

「……」

 

 この様子だと『蛇』は海東ではないな。士は少し安心した。その後、この男のために安心した自分に吐き気がした。

 

「あっ、誰だあんた! 不審者! 不審者ー!」

「くっ、面倒な! じゃあね士ッ!」

 

 海東は、警備員に追いかけられて退場した。

 

「どうかしましたか? 門矢先生?」

「いや、なんでもない」

 

 空市が士を呼びに戻ってきた。士は急いでついていく。

 部室棟の使われていない奥の数部屋。その中の一つは、元からついていた鍵の他に、もう一つ別の巨大な鍵がかかっている。空市はそれを外し、部屋の中に入る。部屋に置かれた薄汚れたロッカーを開けると、そこは謎の光に包まれていた。

 空市と士がその中に入ると、学校内とは思えない近未来的な基地へと移動していた。

 

「……ここは」

「月面基地ラビットハッチ。学園に現れるゾディアーツに対処するためにあります」

 

 空市はメンテナンスルームに入り、フォーゼドライバーを台に置いた。士との戦いでついた傷を修復しているのだ。

 士は、殺風景な基地の中の椅子に腰掛ける。空市は机を挟んで反対側に座った。

 

「いいのか。俺をこんなとこに招待して。まだお互いのことも分かってないだろうに」

「分かり合う必要なんてないですよ。あなたがゾディアーツに対抗できる強さを持っていて、ゾディアーツと敵対関係にある。これだけでここに招待するに値します」

「ふうん」

 

 士は空市の話を聞きながら、窓の外に見える地球を眺める。

 

「ところで、なぜ菅倉と新城が一緒だったんですか?」

「あいつらが学園七不思議を解き明かしたがってたからな。あんたも知ってるのか?」

「ええ。俺も天ノ川学園(ここ)のOBですから。と、いうか七不思議の話を作ったのは俺なんですよ」

「どういうことだ?」

「抑止力になると思っていたんです。実際はそうならなかったみたいですが」

 

 空市は士に話しだした。

 

 

 

 

 ケンゴとユウキは2年B組の教室に戻っていた。

 

「まさか空市先生が学園七不思議の正体だったなんて」

 

 ケンゴは机に座り、言った。

 

「秘密にしとけなんて言われるしさ~」

「……もう学園七不思議を追うのはよした方がいいかもしれないな」

「え! なんでよぉ。むしろ今からでしょ! せっかく『白い宇宙人』の正体が分かったんだから。先生も、君たちには関係ない……とか言ってさぁ」

「それは、多分あの怪物が原因だと思うんだけど。現に今日、命の危機だったし。門矢先生がいないとどうなってたことか……」

「あれはびっくりしたけどさぁ」

 

 

「学園七不思議の正体は空市……。なるほど、そういうことだったのですね」

 

 夢中になって話す彼らの声を、教室の外で聞いている者がいた。そしてにやりと笑い、長い廊下を歩いていった。




次回 仮面ライダーディケイド2

「あれがバレたら、まずいことになる」
「懐かしいねぇ。空市くん」
「この学園に生徒が何人いると思っている?」
「大事な学校のために一人で戦ってきたんだ」
「仮面ライダーフォーゼ! タイマン張らせてもらう!」

第7話「超・友・情・剣」

全てを破壊し、全てを繋げ!


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第7話「超・友・情・剣」


「キミだね! 新しい先生!」

これまでの仮面ライダーディケイド2は……

「変わる時に一瞬星座が見えたんですけど、あの形はりゅう座でした!」
「スイッチを破壊してしまえば、無駄に生徒を痛めつける必要はないんです」
「……ここは」
「月面基地ラビットハッチ。学園に現れるゾディアーツに対処するためにあります」


 

 翌日。士は職員室に向かって歩いていた。引き戸をがらりと開けると、教師たちが集まって会話をしている。

 

「また生徒が一人病院に……」

「空市先生も居なくなって……」

「ですよねぇ! 怪しいですよね! ああ、門矢先生! 今日は空市、午前休むらしいですよ! 授業は門矢先生に任せるって言ってるんです! どう思いますかこれ!」

 

 士に気づき、話を振ってきたのはベテラン地学教師の大杉。顔を必要以上に近づけ、圧をかけてくる。

 

「いや、あいつは……」

 

 そう言いかけた士だが、昨日ラビットハッチで空市と交わした会話を思い出した。

 

『俺がフォーゼなのは、秘密にしておいて欲しいんです。スイッチをばらまくのが誰か、まだ分かっていませんから』

『だったら俺が……』

『門矢先生の手を借りるまでもありません。これはこの学園の――俺の問題ですから』

『……分かった』

 

 あくまで空市は一人での解決を望んでいる。ここで彼を裏切るのは悪手だろう。士は不本意ながら大杉に同意した。

 

「……それは、ひどいな」

「そうですよねぇ! 信じられませんよ! 学生の時からなんっも変わってない!」

 

 士は日誌などをさっと用意し、逃げるように職員室を去った。そして2年B組へと向かう。

 

「おはよう」

 

 空市ではなく、士がやってきたことで教室のざわめきはさらに大きくなった。

 

「お前ら静かにしろー。今日は俺が担任の代わりだ。ホームルーム始めるぞ」

 

 日誌を教卓にバンバンと叩きつけ、静かにするように促す。が、騒ぎは一向におさまらない。首を傾げる士の前に二人の女子生徒がやってきた。彼女らの口からは驚くべきことが伝えられた。

 

「あの……空市先生が一年の子を病院送りにしたって本当なんですか……?」

「は!?」

 

 

 

 

第7話「超・友・情・剣」

 

 

 

 

 その情報の元となったのは新聞部の記事だった。

 士は、一限の授業終わりの休憩時間に生徒たちに連れられ、学内新聞が貼られている掲示板の前にやってきた。

 毎週更新されるそれは、ごく一部の生徒たちのささやかな楽しみになっていた。毎回掲載されるのは代わり映えのない、面白みのない記事ばかり。だが今回は違う。

 

「なんだこれは」

 

 大きく並ぶ『暴力教師空市!?』の文字。おそらく昨日のゾディアーツの件だろう。どこかで見られていたのかもしれない。それにしてもこの見出しは多くの生徒の注目を呼ぶ。

 だが、士は慌てない。

 

「写真がないじゃないか。ほら、証拠がないだろ。こんな文字だけの記事、誰にでも書ける。普段の態度を見てるんだろ? これが真実だと思うか? 簡単に騙されるな」

 

 士の言葉に、周りの生徒たちはハッとした。そしてそれぞれ教室に戻っていく。

 彼はもう一度記事を見る。戦いを見ていたにしては、ライダーに変身したことに全く触れられていないのが不自然だ。学園七不思議と関連づければより多くの人の目を引くことができるというのに。

 

「門矢先生~! いったい何ですか今の騒ぎは~! ……ええ!? 暴力教ッ……あいつめぇええ! そんなことやる奴じゃないと信じてたのにぃぃ~~!!」

 

 遅れてやってきて、生徒たちとワンテンポずれて騒ぎ出す大杉。士の肩に手を回し、あいつを訴えましょう、学校から追い出しましょうと怒りだす。当然士はそんなことをするつもりはない。

 その時、窓ガラスが割れる音と、キャーッという生徒たちの悲鳴が聞こえた。

 

「おぉぉおおい、今度はなにが起きたんだーっ!」

「おい、この状態のまま動くな!」

 

 大杉と一体になりながら、共に声のする方に向かう。

 教室では蛇の頭を持つ、忍者の姿の怪人・ダスタードが暴れていた。適当に机を蹴飛ばしたりガラスを割るだけで、生徒を狙っているわけではないようだ。逃げ遅れた一部の生徒たちは教室の後ろに固まって怯えている。

 

「お、お、お、お前ら逃げろーっ! 俺も逃げるーっ!」

 

 大杉は後ろの扉を開けて生徒たちを誘導した後、自分も全力で走って逃げた。その場に残されたのは蛇頭の忍者と士だけだった。

 

「昨日の今日ので物騒な学校だな」

 

 ディケイドライバーを取り出し、腰に巻く。

 

「変身」

 

《カメンライド ディケイド》

 

 机を跳ね除け、怪人に斬りかかるディケイド。ダスタードはそれを忍者らしくアクロバティックな動きで素早く避ける。

 

「門矢先生!」

 

 廊下から、教室の割れた窓越しに士を呼ぶ生徒がいる。視線を向けると、そこにはケンゴとユウキがいた。

 

「お前ら! なにしてるんだ、逃げろ!」

「嫌です! やっぱり私たちも手伝います! 私たちだって天校の生徒ですから!」

「新聞部のやつに聞いてきましたよ! あの記事は自分たちが書いたものじゃないって! 誰かが空市先生をはめようとしてるんです!」

「なんだと!? うわっ!」

 

 気を取られた隙に、怪人の素早い動きによって斬り付けられた。どこから取り出したのか、怪人はいつのまにか忍者のような小刀をもっていた。

 

「クソッ!」

 

 ライドブッカーを振るが、相手には当たらない。

 

「剣は当たらないと思った方がいいです! でも避けた後、一瞬の硬直があります! ここは連続攻撃ができる銃で――」

「おりゃあ!」

 

 ケンゴが怪人の特徴を言った直後、ユウキが怪人に向かって隣の教室から持ってきたチョークを投げつけた。怪人は飛んでくるチョークを反射的にバク宙で避ける。ディケイドはケンゴの言った、回避後の一瞬の隙を見逃さない。

 

《アタックライド スラッシュ》

 

 素早く近づき、ズバッと斬る。

 怪人は黒い霧になって消えた。

 

「やったーーーっ!! 門矢先生ナイスーッ!」

「剣で勝てちゃいましたね……」

「消えたのか?」

 

 変身を解除し、怪人が最後に立っていたところに近づく。そこにはスイッチもなにも落ちていなかった。

 

「先生、大丈夫ですか? この学校は大丈夫なんでしょうか……」

「お前ら、聞いてくれるか」

「なんですか?」

 

 ゾディアーツと戦う意思を固めた二人に、士はあることを話した。

 

 

 

 

「あいつ信じられないよ! 門矢先生もそう思いますよねぇ!」

 

 職員室では、相変わらず大杉が騒いでいた。ウザ絡みをしてくる彼に、士は質問をした。

 

「そういえばあんた、あいつのことを昔から知ってるみたいだな」

「ま、まあ、あいつが生徒の時から知ってますから……。そう、とにかく昔から空市は変なやつでしたよ! 誰に対しても距離が近い! そして当時でも珍しいツッパリスタイル! ヤバイでしょ! だから教師として天高に来た時は、その変わりように驚いたもんですよ!」

「はは。でも当時の彼は楽しそうでしたよね」

 

 数学担当の教師が前のデスクから話に入る。その言葉に大杉は顔をしかめて腕を組む。

 

「確かに……。今のあいつは堅苦しいっていうか……って、ちーがーいーまーすーよー! 昔っから授業を抜け出す癖は変わってないし! 教師として失格ですよ、失格!」

 

 その時、ガララッと職員室の扉が開く。そして空市が入ってきた。

 

「あ、丁度来た! おい空市ィ~!」

 

 手を振り上げてのっしのっしと近づいていく大杉には目もくれない。空市の表情が示すのは焦りだった。

 

「……いねえ!」

「どうかしたのか」

「まずいことが起きたかもしれね……しれません」

 

 ひどい取り乱し方をする空市に対し、士は落ち着いていた。

 

 

 

 

 校舎の中を走る二人。士と空市はある場所を目指していた。

 

「おい、こっちになにかあるのか」

「七不思議の『月の石』! 学園の中庭にある石の下に、12個の強力なゾディアーツスイッチ、ホロスコープススイッチを隠してあるんです……!」

「なんのためにそんなことを」

「スイッチを壊せなかったんです! そしてその有り余るエネルギーにロッカーの道が耐えられず、月に持ち出すこともできなかった。だからスイッチは学園のどこかに隠すしかなかったんです!」

「……! まさかそれが?」

 

 士の質問に、空市は頷く。

 

「はい。今、奪われようとしています!」

 

 中庭に着いた二人。『月の石』は石というより岩のような大きさだった。すぐ分かる場所にあり、周りに地面を掘った形跡がないため、まだスイッチが奪われていないと思われる。

 だが、石と共に一人の男が二人の目に映っていた。

 

「遅かったですねー、お二人とも」

 

 月の石に座り、背を向ける男。声や格好から生徒ではないことが分かる。空市も士も、その正体はすぐに分かった。

 

「比部先生……!」

「いやあ、懐かしいねぇ空市くん。確かに、この石が現れたのは君の在学中の出来事だったね」

 

 比部はスイッチを取り出した。ただのスイッチではない。空市が月の石の下に隠したものと同じ、ホロスコープススイッチだ。

 

「13個目のホロスコープススイッチだと……!?」

 

 空市すらも、その存在を知らなかった様子。

 

「数年前、誰かがどこかからか持ってきた石。ただの悪戯かと思いきや、スイッチの隠し場所になっていたとは……。なるほど、いくら生徒をゾディアーツにしてもホロスコープスに目覚める者が生まれないわけですよ」

「比部先生! あなたが生徒たちにスイッチを!?」

「はい、その通りです」

「なぜです! 先生は昔から天校にいたじゃないですか! この学校の素晴らしさが分かってたはずじゃないですか!」

「素晴らしさ?」

 

 月の石から降りた比部はスイッチを構える。

 

「私が天校(ここ)に居続けたのはスイッチを集めるため……そして私の宇宙を作るためですよ!」

 

 カチリ、とスイッチが押される。黒いもやが発生し、巨大な星座が現れる。もやが晴れ、次に見えた彼の姿は、星に絡みつく大蛇を模していた。

 

「やめろ! そこから離れろ!」

「フン!」

 

 駆け寄る空市を、手を払う衝撃だけで吹き飛ばす。

 

「これは私が貰う!」

 

 ゾディアーツになった比部は、岩を簡単に破壊した。

 だが、そこには目的のものがない。

 

「なにもない……?」

 

 

「スイッチはそこにはないぞ!」

 

 

「なに!?」

 

 空市とゾディアーツは同時に声のした方を向く。その瞬間、強烈なパンチがゾディアーツを吹き飛ばした。グラウンドを突っ切り、スタンドに思い切りぶつかる。

 ゾディアーツにパンチしたのは、黄色い巨大ロボットだった。

 

「あれは蛇遣い座! かなり手強いですよ!」

「パワーダイザー!? ……って、この声は新城!?」

 

 空市は驚く。

 パワーダイザ―のコックピットが開く。そこには、二人の生徒が定員オーバーの状態で搭乗していた。

 

「空市先生! スイッチです! この子が掘ってくれたんですよぉ。か~わいい!」

 

 降りてきたのはユウキ。袋に入ったホロスコープススイッチを空市に手渡した。彼女の手にはスコップのついた小型メカ、ホルワンコフが。

 岩から離れた地点から地下トンネルのようにしてスイッチを回収していたため、岩付近には土を掘った形跡がなかったのだ。それが丁度、比部を油断させることに繋がった。

 

「フードロイドまで! おい、これはどういうことだ!? こんな危険なことに生徒を巻き込むなんて!」

 

 空市は思わず大声になり、士に言う。

 

「ケンゴは頭がよく、機械の操作も器用にこなす。ユウキは行動力があり、準備も抜かりなく計画できる。スイッチを先に掘っておくってのもユウキが考えたことだ」

「だからといって!」

 

 空市は士に掴みかかる。

 

「先生! 私たちも天校が大好きなんです! だから一緒に守りたいんです!」

「一人で抱え込むのはやめてください!」

 

 ユウキは二人の間に入って説得をする。ケンゴもダイザ―の中から空市に呼びかける。

 

「こいつらはずっとあんたのことを心配していた。誰かを信頼するのも強さだ。こいつらならあんたを支えられる。もう一人で戦う必要はない」

「……天校を守ると一口に言っても、実際は簡単じゃない。つらいぞ。しんどいぞ。途中で投げ出すことは許されない。それでもいいのか?」

「はい!」

「俺たちの手で学園を守りましょう!」

 

 空市は膝をついた。士はまた、彼に手を差し出した。

 

「じゃあここで宣言してもらおうか。俺たちとあんたの仲間の証を。」

 

 空市は士の手を握った。

 

「よし、信じるぜ。こうなったら一蓮托生で構わねェよな? 俺たちは今から、ともに学園を守る仲間だ。俺と一緒に戦ってくれ! 空市ゲンタロウ──仮面ライダーフォーゼと共に!」

「ようやく素のあんたが見られた」

 

 士はふっと笑い、彼の手を引いて立ち上がらせる。ユウキは笑顔で頷いた。

 

「ハアアアアッ!!」

 

 雄叫びとともにスタンドの一部が吹き飛ぶ。

 ケンゴのパワーダイザー不意打ちも虚しく、蛇遣い座の怪人――オフュカスゾディアーツは無傷だった。

 

「スイッチを渡せェ!」

 

 壁を蹴って猛スピードで向かってくる。

 

「行くぞゲンタロウ!」

「おう!」

 

 士と空市はドライバーを装着する。変身の衝撃を避けるため、ユウキはパワーダイザーの後ろに隠れた。

 

《3》

《2》

《1》

《カメンライド》

 

「変身!」

「変身!」

 

《ディケイド》

 

 プシューと辺りに煙が充満する。

 仮面ライダーディケイドと仮面ライダーフォーゼ。二人のライダーが並び立った。

 

「さて……」

「門矢先生ェ、共にって言っときながらすまない。奴とは一対一でやらせてくれないか」

「それはどういう理由だ?」

「俺は許せない。天校の生徒たちにスイッチをばらまいたあいつと、それにずっと気付けなかった俺を。ここでケジメ、つけさせてくれ!」

「……いいぜ。勝手にしろ」

 

「そこをどけェ!」

「!」

 

 オフュカスゾディアーツとフォーゼが組み合う。両者一歩も引かない。

 

「スイッチを渡せ!!」

「比部先生……いや、もうあんたは先生じゃない……。オフュカスゾディアーツ! 俺はあんたを倒す! 仮面ライダーフォーゼ! タイマン張らせてもらう!」

 

 フォーゼはオフュカスゾディアーツにガツンと頭突きをする。ダメージを受けたオフュカスはフォーゼの腹を蹴り、その反動で距離をとる。

 

「タイマンだあ……? 時代錯誤だぞ、空市」

「俺の信念だからな!」

「まあいい。信念がどうだろうが、お前が私に勝てるわけがないからな!」

 

 パンチがぶつかり合う。オフュカスはまだ余裕があるのに対し、フォーゼは拳をさすって痛みを抑えている。

 

「勝てるさ」

「なに?」

 

 ディケイドの言葉に気を取られるオフュカス。

 

「こいつは今まで、一人で戦ってきた。大事な学校の中で、誰も危険な目に遭わないようにするために。そして今日、初めて仲間を得た。共に肩を並べ、協力する仲間をな!」

「仲間だ? そんなものは必要ない。宇宙に浮かぶ無数の星のように、意のままに動かせる駒があればいい。この学園に生徒が何人いると思っている? 一つや二つ無駄にしたところで、私の宇宙は変わらない」

「教師にとって生徒は数多くいるかもしれないが、その一人一人が大切な存在なんだ。無駄になっていい生徒なんて一人もいない。そんなことも分からないなんて、お前は教師失格だ!」

「黙れ教師もどきが! 一体お前は何なんだ!」

 

 オフュカスはディケイドに手を伸ばす。ヘビの形をしたオーラが放出され、撃ち出される。ディケイドはそれをライドブッカーで両断した。

 

「通りすがりの仮面ライダーだ。覚えておけ」

「~~~~~!!」

 

 オフュカスはわなわなと震える。

 

「行けェ! 私の宇宙の星屑どもよ!」

 

 オフュカスゾディアーツはディケイドたちに手をばっと向ける。

 空間が揺らめき、戦闘員ダスタードたちが現れる。オフュカスが召喚したダスタードは蛇のような格好をしており、戦闘員といってもそこそこの強さを持っていた。教室に現れたのはこれだ。

 フォーゼの背後からダスタードの不意打ちが決まる。そして正面からオフュカスの攻撃。既にタイマンの勝負ではなくなった。フォーゼは後退りする。

 

「ゲンタロウ……! 大丈夫か!?」

「くそ……ダメだ! これじゃあいつと戦えない……!」

 

 ダスタードと一対一ならば互角以上に戦えるが、不幸にも相手の数は十を超えている。やられないように致命傷を避けるのが精一杯の状況だ。

 

《アタックライド クロスアタック》

 

「!?」

 

 校舎の屋上から音がする。

 次の瞬間、二つの巨大なエネルギービームがダスタードたちを襲う。この攻撃で数体のダスタードが散った。

 

「海東!」

 

 ディケイドの言う通り、そこにいたのはディエンド。そしてその隣には、彼が召喚した仮面ライダー斬月・真がいた。

 二人はディケイドとフォーゼがいるところへと飛び降りる。

 

「お前、次は何を企んでる?」

「助けてもらってその言い草はないんじゃないかな。君たちだけじゃ荷が重いんじゃないかと思ってね」

「あんた……」

「ほら、君は早く行きたまえよ」

「……! 感謝するぜ!」

 

 フォーゼはオフュカスが去った方へ走って行った。

 

「さてと……。行けるかい、士?」

「それはこっちのセリフだ」

 

《カメンライド》

 

 ディエンドは更に二枚のカードを装填した。

 

《ポッピー》

《ビースト》

 

 新たに召喚される、恋愛ゲームモチーフのライダーと獅子をモチーフにしたライダー。

 五人のライダーはその倍近く数のあるダスタードを相手に、戦闘を始めた。

 

 

 

 

「待てぇぇええ!」

 

 フォーゼは右手をロケットに変化させ、猛スピードでオフュカスに迫る。

 

「しつこい奴だ! ここで貴様を倒してやる! 私の邪魔をするつもりならばな!」

 

 フォーゼに気づくとオフュカスは足を止めた。右手に蛇の牙を生やし、フォーゼに襲いかかる。相手のスピードを逆手にとって串刺しにしてしまおうという作戦だ。

 

《ドリル オン》

 

 フォーゼは左足にドリルモジュールを出現させ、それを弾いた。

 

「あんたの邪魔はする! でも倒れるのはあんただ!」

「なに!?」

 

 フォーゼはドライバーのレバーを勢いよく引いた。

 

《ロケット》

《ドリル》

《リミットブレイク》

 

「うおおおおおおおお!!!」

「ぐううっ……!」

 

 必殺のリミットブレイクが、オフュカスゾディアーツを貫く。フォーゼは勢い余って地面に突き刺さる。

 

「どうだ!」

 

 ドリルの回転が止み、フォーゼはオフュカスに向き直る。体にヒビが入り、ゾディアーツ特有の黒い霧が噴き出ている。だが、変身は解除されない。

 

「私が負けることはあり得ぬ……!」

「!?」

「超ォ……新星ェェエエ!!」

 

 オフュカスは叫び、白く綺麗な光を体に取り込む。体に巻きついた蛇が巨大化し、蛇の首が増えた。星のようにゴツゴツしていた体表も、宇宙のような模様へと変化している。

 フォーゼは変化に巻き込まれないように後ろに下がった。

 

「私が、この学園という宇宙の支配者だァァアア!」

 

 蛇の頭がフォーゼを襲う。

 それが直撃する前に、ビークルモードのパワーダイザーが蛇の頭をはじき飛ばした。ディケイドとディエンドはそれの後方につかまってついてきていた。

 

「助かった、ケンゴ」

「ずいぶん荒いタクシーだね」

 

 着地と同時に二人はオフュカスゾディアーツ・ノヴァに発砲する。

 

「大丈夫かゲンタロウ」

「なんとかな」

 

 フォーゼは巨大な球体状になったオフュカス・ノヴァを見上げる。蛇の頭の乱打と、宇宙の身体から飛んでくる流星がライダーを襲う。

 

「うわああッ!」

「私に逆らうからだ……! 強大な宇宙に逆らうことは死を表すのだ……!」

「くそ……どうにもならないのか!?」

 

 

「頑張れー!」

 

 

 彼らの頭上で声がした。

 ディケイドとフォーゼ、そしてオフュカス・ノヴァまでもがそちらを向く。

 そこには、校舎の窓から彼らをみる生徒たちの姿があった。学園を守ろうとするライダーに向かって、必死に声援を送っている。

 

「負けないでー!」

「先生は学園を守るヒーローだ!」

「ライダー!」

「お前らー! 負けたら許さないからなぁあ!」

 

 生徒だけでなく、教師も一緒になって声援を送っている。

 

「……はは。大杉先生まで」

「いよいよあんたは噂なんかじゃなく、真に天校を守るライダーになったってことだな」

 

 ディケイドがフォーゼの肩を叩くと同時にライドブッカーが開き、中からカードが飛び出す。

 仮面ライダーフォーゼのライダーカードが色を取り戻す。ディケイドはその中の一枚を選び、ドライバーに装填する。

 

「行くぜゲンタロウ。あいつを倒して学校を守るぞ」

「おう!」

 

《ファイナル フォームライド フォフォフォフォーゼ》

 

「ちょっとくすぐったいぞ」

「ん? おう」

 

 ディケイドはフォーゼの背に手を突っ込む。背中から真っ直ぐに伸びる刃。そして手足は折りたたまれ、その代わりに剣の柄が出てくる。フォーゼは、巨大な剣『フォーゼコズミックソード』へと姿を変えた。

 

「なんだ……それは!」

 

 攻撃を止めないオフュカス・ノヴァ。ディケイドは、フォーゼコズミックソードから噴射するロケットの推進力で、右へ左へとそれを避ける。攻撃をかいくぐり、ディケイドは身体の下に潜り込んだ。そして剣をバットのようにしてオフュカス・ノヴァを打ち上げた。

 

「うおー! すごい、いけるぞ……!」

「タクシーくん、ここまでついてきたついでだ。君も手伝ってみるかい?」

「え?」

 

 ディエンドは二枚のカードを取り出し、連続で能力を発動した。

 

《カメンライド ブレイド》

《ファイナル フォームライド ブブブブレイド》

 

「痛みは一瞬だ」

「うっ!」

 

 召喚されたブレイドは、ファイナルフォームライドの効果でブレイドブレードへと変化し、パワーダイザーの手元へと。

 

「これは!?」

「君も戦うんだろう、彼と一緒に」

 

 ディエンドは再び迫りくる蛇の頭を撃墜しながら言う。

 

「ふん、海東め。粋なことをするな」

『いいねェ! 菅倉、合わせるぞ!』

「は、はい! 先生!」

 

 ディケイドとダイザーは同時に飛ぶ。

 

《ファイナル アタックライド フォフォフォフォーゼ》

《ファイナル アタックライド ブブブブレイド》

 

「うおおおおおお!」

「おらぁぁあああああ!!」

 

 空中で巨大な身体が見事に三分割される。そして大爆発が起こった。

 

「うあああああああああああ!!」

 

 オフュカスゾディアーツ・ノヴァは断末魔と共に大爆発を起こす。

 地上ではそれを見ていた生徒たちが歓声を上げ、喜んでいた。

 

 

 

 

「……先生! 比部先生!」

 

 自分を呼ぶ声で、比部は目を覚ました。やられた衝撃で、服はボロボロになっていた。

 彼を見つめるケンゴとユウキ、そして士。首を上に動かすと、そこには空市の顔があった。

 

「うう……そ、空市……くん?」

 

 彼は、倒れた比部にずっと声をかけていた。

 

「な……なぜだ。私は……」

「先生も、天高の一部だからです。俺の大事な天高の。それに先生が暴走したのはスイッチのせいです。あれはもう誰にも渡しません」

「……」

 

 比部は小さく頷いた。

 

「聞かせてください。ホロスコープススイッチは12個しかないはずです。あれはどこで手に入れたものなんですか」

「ああ。あのスイッチは――」

 

 言いかけた比部の胸を、一つの弾丸が貫いた。

 血を吐き、ぐったりとする比部。

 

「先生!?」

 

 空市は必死に彼に声をかける。だが、返事はない。

 士は弾丸が飛んできた方を見た。そこには、昨日学園内で見かけた白服の女が立っていた。

 

「……! おいお前!」

「もうこの世界で取れるデータはない。処理は完了した」

 

 そう言い残し、白服はふつと消えた。

 

 

 

 

 士は光写真館に戻ってきた。この世界ですべきことを全て終えた後だが、明らかに気持ちは沈んでいた。

 

「……あいつ、なんかあったのかな」

「さあ。分かりません」

「あんなにがっくりしてると不気味よねー」

 

 夏海とユウスケ、キバーラはそんな士を見てこそこそと話す。

 士は自分の写真を見た。校舎と星空をバックに、空市たちが歪んで映っている。彼はそれを机に雑に置いた。

 

「士くん、元気ないみたいだからほら、今日は鍋にしてみたよ」

 

 栄次郎がぐつぐつと煮える鍋を食卓の机に置いた。士は立ち上がり、それを覗く。

 

「なんで鍋なんだ」

「みんなで同じ鍋をつつけば、暗い気持ちも明るくなるからね。鍋はね、心の特効薬だよ」

「……適当言うな」

 

 そう言いつつも彼は椅子に座る。彼に続いて夏海もユウスケもやってくる。

 

「さあ、そろそろかなー。あっちゃ!」

「んぎゃ!」

 

 熱い鍋の蓋を掴んだ栄次郎が、反射で手を振り上げた。そしてそこに偶然いたキバーラが彼の手によって吹っ飛ばされる。彼女が柱に勢いよくぶつかった衝撃で、ジャララララと新たな絵が出現する。

 

「うわっ。なにこれ」

 

 ユウスケが不気味な絵に思わず言葉を漏らす。

 周りを木々に囲まれた、祠のようなものが映る。そしてその前には、不気味に光る目の意匠を施した模様が空中に浮かんでいる。

 

「次の世界か……」

 

 士は呟いた。

 





次回 仮面ライダーディケイド2

「おにぎりいかがですかー!」
「俺も早く一人前にならないといけないんですけど」
「お前! 死ぬつもりか!」
「超変身!」

第8話「歓迎!ゴーストの街!」

全てを破壊し、全てを繋げ!


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第8話「歓迎!ゴーストの街!」

「私たちも天校が大好きなんです! だから一緒に守りたいんです!」
「一人で抱え込むのはやめてください!」

これまでの仮面ライダーディケイド2は……

「頑張れー!」
「いよいよあんたは噂なんかじゃなく、真に天校を守るライダーになったってことだな」
「あのスイッチは――」
「もうこの世界で取れるデータはない。処理は完了した」


 朝が来た。

 九十九(つくも)タケルは日が昇る前に目を覚ました。まだ幼いながらもこの生活は長く、目覚まし時計は必要ない。

 素早く着替え、布団を畳み、顔を洗う。そして仏壇の前に正座し、目を閉じて母の遺影に手を合わせた。

 

「母さん、おはようございます。今日も一日、頑張ります」

 

 その言葉は母へ捧ぐものであり、また、自分を奮い立たせるものでもある。

 目を開けた彼は仏壇に置かれた刀の鍔を見た。その表情は暗い。再び母の遺影に目をやると、うんと軽く頷き、気合の入った表情を作った。

 

「タケル! 起きているか!?」

「ああ、うん! 準備できてる! すぐ行く!」

 

 部屋のすぐ外にある階段から、呼ばれる声がした。

 タケルは階段を一段飛ばしで下り、家の裏へと向かった。

 

 

 

 

第8話「歓迎!ゴーストの街!」

 

 

 

 

 光写真館の中のスタジオでは、士が自分がこれまでに撮った写真を広げていた。その中にはこの世界に来てから撮ったものも混じっている。世界を渡った直後に周辺の景色を撮ったのだ。しかし、やはりどれも歪んだ写真である。

 

「相変わらず写真の才能ないよなあ」

「うるさい」

 

 ユウスケが、ソファに座る士の肩に手を置いてそう言う。テーブル上に散らばるうちの数枚を手に取ってパラパラと眺める。

 

「そんなことないよ。ほら、ずいぶん上手くなったでしょ」

 

 二人の会話に入ってきたのは、アルバムを抱えた栄次郎。アルバムの中身は、以前世界を巡った時に士が撮った写真だ。以前の旅の時から彼の写真の腕は変わっていないように見える。

 

「写真はねえ、生きているんだよ。撮る人によって違う世界を表現できる。士くんもその表現者の一人だ。この写真は士くんにしか撮れないんだもの。私は、この写真もすごくいいと思うよ」

「ほら見ろ。凡人には俺の才能は分からん」

「な、なんだよ」

 

 士はユウスケから写真を取り上げる。

 

「いい写真を撮るんだけどね、フイルム代、現像代、えっと、カメラの修理代もだね。全部払えてこその一人前の表現者……」

 

 栄次郎がアルバムを仕舞い、振り返ると、もうそこには誰もいなかった。

 

「あ、あれ?」

 

 夏海、と呼んでも、キバーラちゃん、と呼んでも返事はない。彼は一人写真館に残されていた。

 

 

 

 

 栄次郎が捜索を諦めたその頃、士たちは目的地に向かっている途中だった。

 

「この先に大きなお寺があるみたいなんです。そこにあの絵と同じものがあるんじゃないでしょうか」

 

 夏海は古いチラシを見せた。インクは褪せているところがあるが、なんとか読める。彼女の言う通り、本堂の写真の端――雑木林の中にぽつんと祠があった。祠には何かが供えられているが、それが何かまでは分からない。

 

「珍しく有能だな、ナツミカン」

「大天空寺へお越しください……だってさ?」

「ねーえユウスケ。私にも見せてよー」

 

 夏海からチラシを受け取ったユウスケは文字を読み上げる。そんな彼の周りを、キバーラがふわふわと漂う。

 

「なんでお前までついてきてんだ」

「いいじゃないのぉ。たまには外に出たくなるのよ」

 

 彼女を追い払おうとする士の手を、右へ左へ避けながらくすくす笑う。

 

「……というか、なんで白衣?」

「知らん」

 

 ユウスケは士の格好にツッコミを入れた。今度の世界の士の格好は、さながら研究者の白衣姿。ビジネスバッグの中にはファイルやバインダーがまばらに入っている。科学色が強いこの格好は、これから向かう寺院にはミスマッチだ。

 

「それより、この旅の終わりってなんなんですかね。士くんの世界はもう見つかりましたよね?」

「それだ。言われたままライダーの世界を巡ってるが、目的がさっぱりだ。だいたいあいつは俺を倒そうとしてたんだろ。……丁度いい。おいキバーラ、お前鳴滝と知り合いなんだよな。なんか知らないのか」

「私はなにも知らないわよぉ」

「ちっ。役に立たねえ」

「なんですって!?」

「あ、ほらほら! あれじゃないか!?」

 

 ユウスケが指差した方には何段も重なる石段があり、それの先には門と塀が木々の間から見える。

 

「見つけたぞ。あの奥に大天空寺があるんじゃないかな?」

「……。おい、これを見ろよ」

 

 道端に木製の看板が立っていた。士がそれを読むように促す。

 

「えーとなになに? 『大天空寺は現在参拝をお断りしております』……って、ええー!?」

「残念です。せっかく来たのに」

「お前の情報が古すぎたんだ。まったく、役に立たない――あはははははははははは!! もうこれはいいだろ!」

 

 士の大笑いが辺りにこだまする。

 石段の下の道の両脇には店が数軒並んで建っている。ほとんどは閉まっているが、そんな通りの寂しさをかき消すような元気な声がした。

 

「あっ、参拝の方ですか! すみません! 今、大天空寺は改修工事の真っ最中でして! お腹が空いたでしょう、おにぎりいかがですかー!」

 

 士らに声をかけるのは、やけに背の高い男。どうやら士の笑い声を聞いて店から出てきたようだ。

 

「ははは……。おい、人がいるみたいだぞ。お前、行け」

 

 士はユウスケの背をドンと押す。

 

「わっ、おい! あ、あはは。ど、どうも~」

「ご旅行ですか? さぞお疲れでしょう――」

 

 にこやかに笑う店員は、後からやってきた士の姿が目に入った途端、表情を凍らせた。

 

「なんの用だ? 看板が読めなかったのか。今は大天空寺には入れないぞ」

「!?」

 

 夏海とユウスケは思わず彼に道を譲る。店員は士に負けるとも劣らない背丈をしている。二人は互いに近づき、睨み合う。

 

「なんだ? お客様に向かってその態度はよろしくねーな」

「なにがお客様だ。厚かましい」

 

 険悪な空気を感じたのか、店から更に少年と少女が出てきた。

 

「お兄ちゃん、喧嘩はやめて」

「そうだよ、マコト兄ちゃん。せっかくのお客様だよ」

 

 思わぬ援護だ。士はさらにマコトと距離を縮め、煽るように言う。

 

「俺はここに用事があって来たんだ。そいつらの言う通り、どう考えても客だろ。お客様は神様仏様ってな」

「何度も言っているように、もう調査することなんてない。帰れ!」

「マコト兄ちゃんってば!」

「なんだ、タケル! お前は出てこなくていい!」

「違うよ! この人ほんとに何も知らないみたいだよ。だってわざわざ正面からくるなんて……」

「だが……」

 

 店から出てきた少年に説得され、長身の男は黙った。

 

「ほら、お兄ちゃんは店に戻って! お客様! こちらにどうぞ!」

 

 士たちは少女に案内され、席に通された。「うちの兄が失礼しました」と深々と頭を下げて謝罪する彼女に対して、夏海とユウスケは「いえいえうちの士も……」と返した。

 つくも屋。大天空寺に続く道にある飲食店だ。定食屋といった方がイメージが近い。寺が工事中で参拝客が来ないからかほとんどの店が閉まっている中、このつくも屋は変わらず営業している。

 

「お冷やですー」

 

 先ほどの少年が人数分のコップをお盆に載せてやってきた。

 

「タケルくん、でしたっけ。偉いですねー。お手伝いですか?」

「あ、いや」

 

 夏海に褒められたタケルは、言葉を詰まらせる。

 

「おい、ここの責任者は誰だ。さっきの店員、クビにした方がいいと伝えとけ。世界は俺のように心の広い奴ばかりじゃないからな。今時訴えられたら面倒だぞ」

「自分で言うな。てかお前も喧嘩腰だったろ」

「ちょっとぉ。私の水がないじゃないのよお」

 

 運ばれてきたコップは全部で三つ。キバーラが机の上に止まり、タケルに文句を言った。

 

「わ、こ、こうもり」

「それは失礼しましたァ!」

 

 キバーラを見て驚いたタケルの頭の上から手が伸び、トンと追加のコップが置かれた。キバーラはコップの縁に止まり、ストローでそれを飲む。

 持ってきたのはまた別の男。金髪メッシュで、ぼさぼさ頭。凛とした顔のマコトとも、あどけない顔のタケルとも違うタイプの顔。

 

「アラン兄ちゃん、ありがと」

「マコトも気が立ってるんですよねェ。どうか堪忍くださいね」

「お前がここの店主か?」

 

 士の質問に、アランはふふっと笑う。

 

「違いますよ。俺は別の店から勝手にお手伝いで来てるだけ。ほら、ここの正面にあるたこ焼きの店。今閉まってるでしょ。従業員はさっきの兄妹──マコトとカノン。で、ここの店主はこいつ、九十九タケルですよ」

 

 タケルの頭に手を置いて髪をわしゃわしゃっとかき回す。やめてよ、とタケルは彼の手を払う。

 

「こいつが!?」

 

 士たちは目の前の少年を見た。

 

「はっ。子どもが店主とは笑わせる。ごっこ遊びじゃないんだぞ」

「お前はまたそんなこと言う……」

「その通りです。俺なんてまだまだです。マコト兄ちゃんやアラン兄ちゃんたちみたいにならなくちゃって思うんです。だから、俺も早く一人前にならないといけないんですけど……」

 

 士の意地悪な言葉に、思いの外傷ついた様子のタケル。夏海やユウスケがフォローを入れる。

 

「気にしちゃダメです。この人、こんな性格だからこんなことしか言えないんです」

「こんな大人になるなよ~。タケルくんはきっといい料理が作れるようになる!」

「そうよそうよ。焦らないことね~」

 

 アランはタケルの頭を撫で、励ます。そしてユウスケに目を合わせて、質問をした。士を会話に混ぜるのは危険だと分かったからだ。

 

「ところでお客さんはどうしてこんなとこに? 偶然立ち寄るようなとこでもないっしょ」

「俺たちは世界を巡って旅をしてるんです」

「このチラシを見てここに私たちの探してるものがあるかもしれないと思って来たんです。ほら、この写真の、ここ!」

 

 夏海からチラシを受け取ったアランは目を凝らす。

 

「おお、昔の景色だ。大天空寺があった時の写真か~。この頃は眼魂(アイコン)も眼魔も知らない平和な時期だったなァ」

「アイコン?」

「ああ、眼魂ってのはこういうので――」

 

 制服のポケットに手を入れたアランのその腕を、マコトが掴んだ。

 

「友人のよしみで手伝ってくれるのは助かるが、そうやって客にベラベラ喋るのはやめろ」

「で、でもいい人たちだぞ。タケルのことを偉いって褒めてくれたし」

「そんなことを言って、本当は早く俺たちを立ち退かせたくて仕方ないんだろう」

「マコト、いい加減にするんだ! お前は言いすぎる!」

 

 ドガァン!

 アランが叫んだ次の瞬間、店の外で大きな音がした。

 

「なんだ!?」

 

 マコトとアランは急いで店を出る。士たちはそれを見るために、後ろからついていく。

 店の外では、沢山の人だかりができていた。よく見るとそれは人ではない。黒いパーカーを着た謎の怪人たち。そしてその中の一人は青い目と一際派手なパーカーを羽織っていた。

 彼らは、潰れて空き家になっていた建物に穴を開け、中に入っていく。

 

「大変! 建物が壊されてます……!」

「あいつらがこの世界の怪人なのか!?」

 

 慌てる夏海たちと、落ち着いた様子でそれらを写真に撮ってみる士。

 

「眼魔だ! 行くぞアラン!」

「言われなくともォ! っと、今日は一段と数多いな!?」

 

《アーイ!》

《ステンバイ》

 

 マコトとアランは眼魂を手にし、それぞれのドライバーに装填する。

 

「変身!」

「変身!」

 

《カイガン スペクター》

《テンガン ネクロム メガウルオウド》

《レディゴーカクゴ! ドキドキゴースト!》

《クラッシュ ザ インベーダー!》

 

「うおおお!」

 

 二人のライダーは眼魔たちに向かっていく。圧倒的な数の眼魔たちを相手にした二人は押されつつも、店に被害を出さまいと持ち堪えている。

 

「士くん!」

「ああ分かった。しょうがねえな。変身!」

 

《カメンライド ディケイド》

 

 ディケイドに変身した士は、スペクターとネクロムの後を追う。そして戦いに乱入し、下級怪人である眼魔コマンドたちをばっさばっさと斬り伏せる。

 

「お客さん、あなた……」

「大変そうだと思ってな」

「うむ、助かりました! 感謝です!」

 

 ディケイドはネクロムと会話を交わす。

 

「雑魚を倒しただけだ! まだ残っているぞ! うあっ!!」

 

 スペクターが胸から火花を散らし、その場に倒れる。

 

「なに……ぐっ!!」

「うわあっ!」

 

 ネクロムもディケイドも謎の攻撃を受け、倒れた。それもそのはず、攻撃の主である刀眼魔は見えなくなっていた。見えない斬撃は避けられない。

 

「フーハハハハ! どうだ? 手も足も出まい! お前たちはいつも我々の邪魔をする! ここで倒してやる!」

「なんだ!? どこから攻撃を!」

「上級眼魔は……姿を消すことができる……!」

 

 スペクターが敵の特徴を説明する。

 

「あんたらも見えないのか!? ……フン、だったら!」

 

《カメンライド フォーゼ》

 

 ディケイドは煙と光に包まれ、白い姿に変化する。そして一枚のカードを取り出した。

 

《アタックライド レーダー》

 

 ディケイドフォーゼの左腕にレーダーモジュールが現れる。左手を掲げながらくるくると回ると、レーダーがピピピッと音を鳴らす。素早く次のカードを装填した。

 

《アタックライド クロー》

 

 右腕にクローモジュールを装着し、空を切る。三本の爪のうち、一つが何かに擦る。それを感じ取ったディケイドフォーゼは勢いのままに回転し、もう一度斬りつける。

 

「そこだ!」

「ぐおおおッ!?」

 

 ディケイドフォーゼの攻撃は眼魔に命中する。刀眼魔の姿がぼんやりと浮かび、そしてみるみるくっきりとしていく。

 

「見えた!」

「お見事!」

 

《デストロイ》

 

 スペクターとネクロムはドライバーを操作する。

 

《ダイカイガン スペクター オメガドライブ》

《ダイテンガン ネクロム オメガウルオウド》

 

「はあーーーっ!!」

「ウォォオオオ!」

 

 二人のライダーの必殺技が炸裂する。キックを受けた眼魔は吹き飛び、姿が崩壊していく。その体を構成していた眼魔眼魂は粉々に砕け散った。

 士は変身を解除し、その破片を眺める。

 

「……助かった。あのままじゃ、眼魔にやられていたかもしれない」

「いや~! マジでありがとうございます!」

 

 変身を解除したマコトがお礼の言葉を口にする。アランはやや強引に、士に感謝の握手をした。

 

「これでどうだ? 俺たちに大天空寺の秘密とやらを教えてくれよ」

「……いいだろう」

 

 

 

 

 つくも屋で腹ごしらえをした士は、マコトの案内で大天空寺の敷地に来ていた。

 

「大天空寺はタケルが継ぐはずだった寺だ。住職であるタケルの父親は、科学者でもあった」

「ああ、だから白衣姿の俺に良い印象を持たなかったわけか。その父親ってのはろくでもないやつだったのか?」

「逆なんだ」

 

 マコトは、タケルから預かった鍵で門を開けた。門は結界の意味を持っていたようで、鍵を開けるとあの絵のように目の紋章が一瞬浮かび上がり、そして消えた。

 

「科学……じゃなぇなこれは」

「寺生まれ独特の力だ。タケルにもいわゆる霊感があるのだろう。俺たちが見られなかった眼魔もはっきり見ることができる」

「寺の息子がどうして飯屋をやってる? 住職を継げばよかっただろ」

「それはここを見れば分かる」

 

 門を超えた先。本来あるべきものがない。

 

「大天空寺は一夜の内に跡形もなくなってしまったんだ」

 

 門の鍵を開けたその先には、写真のような立派な寺の姿はなかった。ただ塀の中にだだっ広い土地があるだけだ。士はまた辺りを撮影する。

 

「建物ごと失踪したことで、彼の知り合いの研究者たちが何度もここを訪れようとした。お前もその一人だと思ったのだ」

「何もないなら勝手に調査させてやればいいだろ。満足すりゃ帰る」

 

 ファインダーから見える景色は殺風景だ。

 

「そうはいかない。タケルの父親、九十九リュウが残した手紙に『誰も大天空寺に入れるな』と書いてあったからだ。そして手紙と一緒にドライバーと眼魂が入っていた……」

「お前たちが変身できるのはそういうことか。そのアイコンってのはなんなんだ」

「手紙にざっと書いていた説明によると、どうやら霊の力を凝縮したものらしい。俺たちはこれを使って眼魔……さっきの怪人たちと戦っている」

「その理由は?」

「大天空寺をもとに戻すためだ」

「そこにどういう繋がりがある?」

 

 

「十五個のアイコンを集めればなんでも願いが叶うのさ」

 

 

 ふと、ファインダーに怪人の姿が映る。顔を上げるとそこには先ほどとまた別の眼魔が。白と金の装甲を纏った、眼魔ウルティマだ。

 

「眼魔!? なぜここに!?」

「フフフ……お前たちが眼魂を集めていたのだな。道理で今まで見つからなかったわけだ。ではそれをいただくぞ!」

「そうは行くか!」

 

 マコトと士はそれぞれ眼魂とライダーカードを手にする。ウルティマは自身の足元を軽く爆破する。土煙が舞い上がり、ウルティマの姿が隠れる。

 

「チッ。逃げたか。何をしに来たんだ」

「……しまった! タケル!」

「まさか!」

 

 二人は門を出て、何段もある石段を駆け下りた。

 

「旅は順調のようだな、ディケイド」

 

 ふと背後から声がした。

 士が振り返ると、そこには見慣れたコート姿の男が立っていた。

 

「鳴滝! この忙しいタイミングで出てきやがって。……まあいい。出てきたついでにこの旅の目的を教えてもらおうか」

「それは最初に言ったはずだ。世界の崩壊を防ぐためだ」

「ナツミカンの夢の話だろ? その通りだとすると、また俺が破壊者になることになってるが?」

「お前がライダーである限り、それは起きない」

「どういうことだ」

「それはまだ明かすことはできない。ライダーの世界を全て無事に巡ることができたら……その時は……」

「おい!」

 

 鳴滝はオーロラの中に消えていった。

 士はそれを見届けると、再びマコトの後を追った。

 直線状の階段を降り、戸の閉まった家々が並ぶ通りを走る。緩やかなカーブのその先。一軒だけ様子がおかしい。マコトの悪い予感は的中していた。

 つくも屋に戻ると既にウルティマが暴れた後だった。傷ついたネクロムが倒れている。夏海はタケルとカノンを連れて裏口の方に隠れていた。

 

「ふん!」

「ぐあああああっ!」

 

 既にマコトは変身し、ウルティマと交戦中だった。そしてダメージを受け、ネクロムと同じように地面を転がる。

 

「お兄ちゃん!」

「カノンちゃん、夏海さん! こっちです……!」

 

 裏口の扉を開け、タケルは真っ先に二人を逃した。カウンターを粉砕し、タケルの前にウルティマが迫る。

 タケルの腹にはゴーストドライバーが装着されているが、彼は一向に変身する素振りを見せない。

 

「おい、お前! 死ぬつもりか!」

 

 追いついた士はタケルを庇うためウルティマに攻撃しようとする。しかし、ウルティマによって足元に衝撃波を放たれ、思うように近づけない。

 

「お前か? 英雄眼魂を持っているのは」

「う……!」

「ごまかそうとしても無駄だ。お前からは強い力を感じるぞ」

 

「やめろっ! 超変身!」

 

 タイタンフォームに超変身したクウガが二人の間に割り込む。粉砕されたカウンターの木片を持ってそれをウルティマに叩きつけた。

 木片はタイタンソードへと変化し、火花が散る。不意打ちとはいえ、強い攻撃を受けてしまったウルティマは思わず膝をつく。

 

「なんだお前は!」

「タケルくんに手出しはさせないぞ!」

 

 クウガはウルティマの攻撃を剣で受け止める。

 スペクターやネクロムは、今まで多くの眼魔と戦ってきた。そして眼魔を倒すたびに敵に戦闘データを取られていたのだ。しかし、敵はクウガのことは全く知らない。それゆえに、クウガはウルティマ相手に互角以上の戦いができていた。

 

「くそ……! ここは退こう。ひとまずお前を……!」

 

 ウルティマが指を鳴らすと、彼の背後に目の紋章が浮かぶ。次の瞬間、そこに次元の穴が現れた。強い重力が発生し、タケルはそこに引き寄せられる。

 クウガは彼に手を伸ばす。手のぎりぎりを掴み、なんとか彼を助けようと足を踏ん張る。

 

「タケルくん! 手を離すな……!」

「うん……! うわあああああああーーっ!!」

 

 抵抗虚しく、タケルとクウガは次元の穴に吸い込まれてしまった。ウルティマはそれを見届けると、同じくそこに消える。

 

「タケルーッ!!」

「ユウスケ!」

 

 士とマコトが叫ぶ。無惨な姿になったつくも屋の中で、二人の声だけが響いた。

 

 

 

 

 散らばった瓦礫を片付けた後のつくも屋の空気は重かった。

 

「すまない……俺がいながら……」

 

 アランはマコトに頭を下げた。

 

「お前のせいじゃない。あの眼魔が強すぎたんだ。それより、二人がどこに行ってしまったか、だ」

「そのことなんだけど……」

 

 カノンが一冊のノートを持ってきた。手紙やドライバーと共に残っていた、タケルの父親のものだ。そこに書かれていたのは研究成果の一部だった。

 

「これじゃないかな」

 

 彼女が開いたページ。そこには、眼魔世界という文字があった。

 

「眼魔世界!? タケルはそんなところに行ってしまったのか!? ……こちらから向こうにいく方法は書いていないのか!?」

「お兄ちゃん! 騒ぎすぎだよ」

「……すまない」

 

 また沈黙が流れる。

 

「あっちに行ってしまったのはタケルくんだけじゃありません。ユウスケがいます。ユウスケがきっとなんとかします」

「あいつがどこまでできるかは不安しかないがな」

 

 夏海は余計な一言を付け加えた士の腕をつねる。士はウッと苦しみの声を上げた。

 

「とにかく今日はもう解散だ。二人を信じるしかない。俺は、一度これを読んでみる。眼魔世界について何か分かるかもしれないからな」

 

 マコトの言葉に一同は頷き、つくも屋は暖簾を下ろした。

 

 

 

 

 一方眼魔世界。

 二人が送られてきたのは謎の場所。クウガが咄嗟にドラゴンフォームに超変身し、その身体能力で危なげなく着地した。

 

「ユウスケさん、ありがとうございます。それと……ごめんなさい、俺……変身できなくて」

「ユウスケでいいよ。それに謝らなくていい。自分も狙われていたのに、夏海ちゃんとカノンちゃんの避難を優先したじゃないか。十分偉いし、立派だよ」

「……ありがとうございます」

「うん。それよりここは……」

 

 ユウスケが見上げる。どこまでも広がる空は赤い。それも夕焼けのような気持ちの良い赤色ではなく、荒れた毒々しい赤色だ。

 様子がおかしいのは空だけではない。地上の空気中にも赤い霧が満ちており、視界の邪魔をする。

 

「眼魔の世界なのかな、ここ」

「え?」

「寺にあった、父さんの研究室で見たことがある……かも」

「タケルくん、この世界のことを知ってるのか!?」

「うん。あの建物とか」

 

 タケルが指差した方には巨大な塔がそびえ立っていた。なんの手掛かりもないこの世界において、とても分かりやすい目印だ。元の世界に戻るためには、二人をここに連れてきた張本人──眼魔ウルティマの力が必要なのかもしれない。奴の情報は何一つないため、ひとまず塔に向かって歩くことにした。

 歩き出してしばらくすると、辺りに家があることに気がついた。それも一軒だけではない。隣にもう一軒、更に隣にも。

 

「これは……眼魔の街?」

「眼魔たちにもこういう家を作る文化があるのか」

 

 まるで大天空寺に続く大通りのようだ。建物の並び方だけでなく、扉が完全に閉められて寂しげな雰囲気が漂っているところまで似ている。

 ユウスケはその中の一軒を選び、戸を開けた。

 

「……使われてないみたいだ。それも、長い間」

「住んでた人はどこに行ったんだろ」

「うーん、分からないな」

 

 家には家財道具が一式揃っていた。引っ越したわけでもなく、住民だけがいない状態だ。

 

「どうするんですか」

「この家をちょっと借りようか。あの大きい建物に近づくと眼魔が襲ってくるかもしれない。一旦、ここで休憩しよう」

 

 ユウスケは近くの座布団の埃を払い、そこに腰を下ろした。




次回 仮面ライダーディケイド2

「タケル……」
「父さん……」
「選択の時だ、ディケイド」
「小野寺ユウスケをこの世界に置いていくことだ」
「人は一人じゃない」
「命、燃やすぜ!」

第9話「晴天!二人の覚悟!」

全てを破壊し、全てを繋げ!


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第9話「晴天!二人の覚悟!」

「大天空寺は現在参拝をお断りしております……って、ええー!?」

これまでの仮面ライダーディケイド2は……

「大天空寺は一夜の内に跡形もなくなってしまったんだ」
「旅は順調のようだな、ディケイド」
「タケルくん! 手を離すな……!」
「うん……! うわあああああああーーっ!!」
「タケルーッ!!」
「ユウスケ!」


 士と夏海はつくも屋に向かっていた。

 

「やっぱりうまく撮れないな……」

 

 士は早くも、この世界で撮った写真を現像していた。景色が歪んだ写真を見るのはもう飽き飽きだった。

 昨晩雨がぱらついたためか、石畳が敷かれた道は濡れていた。大股ですいすい歩く士と違い、夏海は下を向いてゆっくり歩いていた。ふと、苔の生えた石で足を滑らせる。

 

「ひゃんっ!?」

 

 倒れそうになった夏海の腕を士が掴む。

 

「ったく。下見てるくせに躓くな」

「……すみません」

「そんなにあいつらのことが心配かよ」

「当たり前じゃないですか! 士くんは心配じゃないんですか」

「全然」

「ひどい! それはひどいです!」

 

 夏海はその場に立ち止まって、士を攻める。彼はそんなことは気にもとめずに歩き続けた。夏海は頬を膨らませ、そんな薄情な男の背中を追う。

 

「あ」

 

 ふと、士の足が止まる。

 

「そういや昨日、鳴滝に会ったぜ」

「え!?」

 

 夏海は思わず士に駆け寄る。

 

「何を話したんですか」

「旅の目的を聞いた。だが、何も話さなかった。あいつはいつも一言足りないんだ」

「鳴滝さんにも事情があるんじゃないですか。……あ、分かった。士くん、きっと嫌われてるんですよ。だから意地悪されてるのかも」

「お前は一言余計だ」

 

 そうこうしているうちに、二人はつくも屋に着いた。

 

 

 

 

第9話「晴天!二人の覚悟!」

 

 

 

 

 眼魔世界。それは人間が住むこの世界とは別の場所にあるもう一つの世界のことである。人間の魂の存在、そして魂のエネルギーの研究の最中、偶然にも別世界の観測が可能になった。人間とは異なる姿の知的生命体を複数確認している。

 

「──といった感じだが、眼魔世界は調査中のことが多い。まだ……研究が進んでいない……みたいだ」

 

 マコトはノートをテーブルに置き、力尽きた。ところどころ汚れたり薄れたりしたページを解読しつつ、徹夜で読み込んだらしい。

 

「やっぱりかー」

 

 団子を頬張りながら士は言った。串を置くとアランが皿を下げ、カノンが次の皿を持ってくる。夏海はそれを受け取りお礼を言うと、こう質問した。

 

「その、アイコン……でしたっけ。相手はそれを狙ってるんですよね? どうしてタケルくんを連れ去ったりしたんでしょう」

「確かにそうだ。邪魔されたら撤退すれば良いだけなわけだし、わざわざタケルを連れてく必要はなかったような……うーん」

 

 アランが腕を組んで唸る。

 士が串で皿を叩いて次の皿を要求すると、はーいただ今、と思考を中断して対応にまわった。お行儀悪いですよと夏海に言われても、士は知らん顔だ。

 

「俺たちが今持ってる眼魂は全部で十四。全部リュウさんが持っていたものだけどな。あの眼魔が言っていた十五個を揃えるためには、あと一つなんだが……。ん? おいアラン、眼魂はどこだ?」

 

 マコトが戸棚の奥を覗き込みながら尋ねる。

 

「え? そこにあるんじゃないのか。誰も触ってないし」

「いや、ないんだ」

 

 

「やあ。探し物はこれかい?」

 

 

 笑顔の男が、住居スペースの二階に続く階段に座っていた。右手で見せつけるように持っているのは紫色のノブナガ眼魂。

 

「大事そうにしまってたけど、僕の目はごまかせないよ」

「誰だお前は」

 

 マコトは敵意の視線を男に向けた。それは最初に士に向けられたものと同じだ。

 

「あなた……海東さん!」

 

 夏海が彼に指をさして叫ぶ。士は彼に気づくと、飯が不味くなる、と団子を皿に置いた。

 

「あ、知り合いです?」

「いーや。こいつは悪人だ。さっさととっ捕まえた方がいいぜ」

「っす!」

 

 士にそう言われ、アランも構えた。

 

「いやー面白いお宝だよねえ。こんなのを集めるだけでなんでも願いが叶っちゃうなんてさ」

 

 海東はノブナガ眼魂を軽く投げ、キャッチする。そして元々眼魂が入っていた木の箱にしまった。中に入っている色とりどりの眼魂がガチャガチャと音を立てた。

 

「ふざけるな! それは大天空寺を再建するために使うものだ!」

「それは勿体ないね。なんでも願いが叶う。その価値がまるで分かってない」

「大天空寺はこの町の宝であり、タケルの宝でもある! 価値が分かっていないのはお前の方だ!」

「ふうん」

 

 海東は立ち上がり、急に方向転換して二階にダッシュした。

 一呼吸遅れてそれを追いかけるマコト。

 階段を上がった後、海東は手すりを掴み、勢いのままに素早く廊下を曲がる。正面の開いた窓から飛び降りて、つくも屋の外に出た。

 それを見たマコトは再び階段を駆け下りる。既に腰にはゴーストドライバーが巻かれている。そして鬼の形相でアランを怒鳴りつけた。

 

「なにボーッとしてるんだアラン! お前も来い!」

「えっ、おう!」

 

《カイガン スペクター》

《テンガン ネクロム メガウルオウド》

 

 スペクターとネクロムに変身した二人は海東を追い、店の外へ走る。

 それを見て、士も立ち上がった。ディケイドライバーを手に取り、腰に巻きつける。

 

「珍しいですね。士くんが人のために動こうとするなんて」

「俺をなんだと思ってんだ……」

 

《カメンライド》

 

「変身」

 

《ディケイド》

 

 手をパンパンと鳴らし、ディケイドは一枚のカードをライドブッカーから引き出した。

 その間も海東とライダーたちとの追いかけっこは続いていた。

 

「はっ!」

 

 スペクターはガンガンハンドを使って、逃げる海東の手元を撃つ。弾は箱を撃ち抜き、中に入っていた眼魂は辺りに散らばった。

 

「おい、撃っ……!? ふ……流石に必死だね」

 

《カメンライド》

 

「変身!」

 

《ディエンド》

 

 ディエンドに変身した彼は、お返しだと言わんばかりにスペクターとネクロムに向かって発砲する。二人の足は止まった。そしてディエンドは、腰のカードホルダーから二枚のカードを取った。

 

「君たちにはこれがいい」

「はあ?」

 

《カメンライド アクセル》

《カメンライド メテオ》

 

「足止めよろしく!」

 

 現れたのは赤いライダーと青いライダー。それぞれスペクター、ネクロムと戦いはじめる。ガンガンハンドとエンジンブレードが勢いよくぶつかり、火花を散らした。

 追手がいなくなり、ディエンドは落ちた眼魂を拾おうと手を伸ばす。

 

《フォームライド ダブル ルナメタル》

 

「!?」

 

 刹那、目の前の眼魂が消えた。

 ディエンドはライダーバトルが繰り広げられている背後を見た。スペクターたちが戦う後ろから、メタルシャフトをムチのように使って眼魂を一つずつ素早く自分の手元に飛ばすディケイドダブルの姿があった。

 

「士ァ……」

「海東! これはお前に渡さない」

 

「いいぞ士! そのまま逃げろ――ぐわっ!」

 

 メテオのパンチを受け、ネクロムは地面を転がる。

 

「待て!」

 

《アタックライド ブラスト》

 

「ぐわああああ!!」

 

 ブラストのライダーカードを使ったディエンドはディケイドダブルに向かって発砲する。アクセルとメテオは道の両側に回避し、弾は三人に命中した。

 ディケイドダブルは十四個の眼魂を、閉まっている店の先に置いてあったトタンバケツの中にまとめて投げ入れた。そしてそれを抱えながらカードをドライバーに装填する。

 

《アタックライド トリガーマグナム》

 

 シルバーの半身が青へと変わる。ディケイドダブルはルナトリガーへとフォームチェンジした。

 ディケイドダブルとディエンドの撃ち合いが始まる。両者は一歩も退くことなく、大天空寺跡地へと続く長い道の両脇を走りながら銃を撃つ。木箱や水溜りがあっても、それに気を取られることなく、両者は互いに集中している。

 ディエンドが発砲すると、それに合わせてディケイドダブルが撃つ。全てディエンドライバーの弾と相殺していた。

 いつのまにか二人は商店街を一周し、つくも屋の近くまで戻ってきた。ディケイドは一足先に店に入る。

 

「わっ、士くん!?」

「ナツミカン、ちょっと隠れてろ!」

「ちょ、ちょっと士さん! このお店は……」

「分かってる。この町の宝ってのを壊すわけにいかないからな」

 

 つくも屋に残る夏海とカノンは、突然入ってきたディケイドダブルに驚く。

 足が濡れたままの彼は、一枚のカードを取り出した。

 

「おーい。そんなとこに逃げ込んでも無駄だよ。それとも店ごとやって欲しいのかい?」

 

 追いついたディエンドがつくも屋の入口に銃口を向けた瞬間、ディケイドは別のライダーに変身してそこを飛び出した。

 

《フォームライド ビルド ニンニンコミック》

 

 つくも屋から飛び出した四人のディケイドビルドがディエンドを取り囲む。それぞれの右手には4コマ忍法刀、左手には眼魂が入ったバケツ。

 

「確率は四分の一。運試しかい?」

「はああっ!!」

 

 四方から一斉にディエンドに飛びかかるディケイドビルド。ディエンドは素早くカードを装填する。

 

《アタックライド インビジブル》

 

「うあっ!!」

 

 ディエンドが消えたことで、四人はぶつかり、その場に転げる。

 

「士、僕の邪魔をした罰だ」

 

《ファイナル アタックライド ディディディディエンド》

 

 ドライバーから放たれた青い光線は四人のディケイドビルドを飲み込む。分身したといっても同時にやられてしまえば意味がない。直撃した地面が煙を上げるなか、光線を放出し終えた。

 だが、その場にはディケイドの姿も、変身解除した士の姿もない。

 

「……」

 

 ディエンドは無言で変身を解除する。そしてディケイドが最後にいた場所、つくも屋の中に入る。その場にはテーブルに座る夏海しかいない。

 裏口に続く濡れた足跡を見て、彼はからくりに気づいた。

 実は、ディケイドはさらに一人多く分身していた。四人をおとりにすることで本物の眼魂を持って逃げることができたのだ。

 

「士め……やってくれるじゃないか」

 

「何をしている、ディエンド」

 

 追いかけようとする海東を呼び止める声。彼と夏海がそちらを見ると、鳴滝が店の奥のテーブルに座っていた。

 

「鳴滝さん!」

「はあ……あなたですか。怖い顔はやめてくださいよ。僕の役目はもう終わったはずでしょう。だから僕は僕のやりたいことをする。それで文句はないはずだ」

「ディケイドの旅が終わらなければ、今度こそ世界が破壊される」

「言ってることが無茶苦茶ですよ、鳴滝さん。あなたは何がしたいんだ?」

「……っ」

 

 海東が鳴滝に銃口を向ける。それを見て動揺したのか、彼は立ち上がった。そして、背後から迫るオーロラの中に消えた。

 

「……あら? 夏海さん、さっきの方は?」

「帰っちゃいましたけど」

「ええー。せっかくのお客様だったのにぃ」

 

 鳴滝のために水を持ってきたカノンは、文句を言いながら店の裏に戻っていく。

 

「海東さん」

「なんだいナツメロン」

「……夏海です。あの、海東さんの役目ってなんだったんですか」

「そんなこと聞いて何になるんだい」

「知りたいんです。同じライダーの仲間なのに、士くんは何も知らないし、海東さんは別の役目があるし――」

 

 無視して帰ろうとしていた海東はある言葉に反応し、夏海の座るテーブルをばんと叩く。

 

「分かった、教えてあげよう。だから、仲間なんて気持ち悪い言葉使わないでくれ」

 

 彼は語り出す。

 

「僕の役目は、士より先に世界を巡り、お宝を手に入れることさ。それを決めたのも、大ショッカーからドライバーを盗むように仕向けたのも、全部あの鳴滝という男だ。弱いくせに、ずっとあの人の掌の上で踊らされてるようで、気に食わない。……これでいいかな?」

 

 ありがとうございました、と夏海が声をかける間もなく、彼はさっさとどこかに行ってしまった。

 

 

 

 

 そこは眼魔世界。赤い空の下、二人は歩いていた。昨晩は近くにあった廃墟で夜を過ごした。埃を被ってはいたが、一通り家具は揃っていたため不自由に感じるところはなかった。

 

「ゴホッ! ガハッ……!!」

 

 ユウスケは咳込み、膝をつく。そんな彼の背中をさすり、タケルは心配する。

 

「大丈夫?」

「うん。大丈夫大丈夫」

 

 そう言って彼はタケルに笑顔を向ける。ユウスケは今朝からこの調子だ。少し歩いては吐き気と咳に襲われる。しかし、タケルの方には変わった症状は見られない。

 二人の目的地はそびえ立つ塔。周りに目立つものが何もないため、元の世界に戻るために藁にもすがる思いでそこを目指す。

 やはり厳重に警備されているのか、近づけば近づくほど眼魔の出現頻度が高くなっていく。二人の前に五体の眼魔コマンドが現れた。

 

「うわぁあ……!」

 

 タケルはユウスケの後ろに隠れてしまう。

 

「くっ……変身!」

 

 動悸が激しい胸を押さえつつ背筋を伸ばし、ユウスケはクウガに変身する。そして眼魔コマンドにパンチを繰り出し、次々に倒していく。

 最後の一体を倒したところで、クウガのボディが一瞬白くなり、変身が強制的に解除された。ユウスケはまた激しく咳き込む。

 彼の背をさするタケルの俯いた表情はどことなく暗い。

 

「どうした? 大丈夫か?」

 

 大粒の汗を流しつつ、ユウスケはタケルを心配する。それに対してタケルは、違うよと答えた。

 

「俺、どうしても戦えないんだ。怖いんだ。大天空寺を継ぐ、立派な人にならなくちゃいけないのに。あの時も、つくも屋を守るために戦う決心をすることもできなかった。今もそう、ユウスケが戦ってくれてる。それなのに俺は……逃げてるだけだ」

 

 タケルはポケットから刀の鍔を取り出した。

 

「これは?」

「これ、父さんからもらったものなんだ。俺が一人前になれるようにって、昔の立派な侍の剣の鍔をくれたんだ。でも、俺はずっと変われないまま。ねえ、ユウスケは怖くないの? なんで戦ってるの? 俺に教えてよ」

「怖くない……こともないかもなあ」

「じゃあなんで」

 

 ユウスケは楽な姿勢をとるため、仰向けになってその場に寝転ぶ。彼の視線は空へ。

 

「世界中のみんなの笑顔のため、かな。……そういえばタケルの笑った顔、まだ見てないな」

「笑顔?」

「世界中の人のためなら、俺は強くなれるし、戦える。俺がすごーくお世話になった人の言葉なんだ。なに、生きてれば辛いことだってあるさ。雨が降ることだってある。でも、その雨はいつか絶対止んで、綺麗な青空になる。な? タケルの心の雲だって、いつか晴れるさ」

「うん……」

「まずは、何かやりたいことを見つけたらどうだ?」

「やりたいこと……かあ」

 

 そんな二人の前に、二つの影が近づいてきた。片方は色とりどりで歪なパーカーを纏った眼魔。そしてもう片方は顔を防塵マスクで覆い、体中に布を巻きに巻いた、暑苦しい格好をしていた。

 

「おい、君たち、生身の人間か!? まさか眼魔眼魂まで取り上げられたのか!? それよりどうしてこんなところに――」

 

 防塵マスクの男は二人の顔を見て、立ち止まった。その口から出た名前は自然に漏れたような声だった。

 

「タケルなのか……?」

「と、父さん……」

 

 そこにいたのはタケルの父、九十九リュウだった。

 

 

 

 

 海東襲来からしばらく時間が経った頃、士は大天空寺跡地に来ていた。マコトから鍵を預かっていたため、中に入ることができた。

 士はバケツを地面に置き、眼魂を一つずつ取り出して確認する。形は同じだが様々な色のものがある。

 眼魂を地面に並べているうちに、士はそこに何かが埋まっていることに気づいた。マコトが立ち入りを制限し、また自らもここに来ることがなかったことで、これに誰も気づかなかったのだ。

 

「なんだこれ」

 

 掘り出してみれば、それは小さな彫刻だった。ドライバーと同じくらいの大きさの石に、目の紋章が彫られている。

 それは小さなモノリス。二つの世界を結ぶことができる不思議な石。かつて九十九リュウが大天空寺を眼魔世界に移動させる際に使用したものだ。しかし、士はそれを知る由はない。

 

「……」

 

 ふと気配を感じて振り返ると、見覚えのあるコート姿の男が立っていた。

 

「鳴滝、昨日はよくもはぐらかしてくれたな」

「時間がない。今こそ選択の時だ、ディケイド」

「あ? 何がだ?」

「小野寺ユウスケをこの世界に置いていくことをだ」

 

 あまりに唐突な話だった。

 

「いきなりなに言ってやがる」

「彼はこの旅の障害になり得る存在だ。いつかまたお前と拳を交えることになる」

「あいつにベルトを渡したのはお前なんだろ。そもそもあいつはそんなヤツじゃない。お前、俺が破壊者になることはないって言ったよな。だったらユウスケが俺の敵になる理由がない」

 

 以前、彼と戦ったことがある。全ての世界を巡ってなお世界の融合を止められず、破壊者としての自分を受け入れてしまった時。

 

「理由はある。彼の世界の意思が消えかかっているのだ。それに、徐々に私の力もなくなりつつある」

「世界の意思? お前の力?」

「まだお前の旅は終わらない。急ぐのだ。早くしないと……世界が……」

「世界が、なんだ!? おい、また肝心なことを言わず消えるのか!」

 

 士の声も虚しく、鳴滝は消えた。

 

「チッ。ったく。出てくるならもっとまともなことを言って帰れ……ん?」

 

 突如士が持っていた彫刻が光り出した。光は大きくなり、塀の中全体を包み込んだ。

 

「うわあああああっ!」

 

 

 

 

 時は数分前に遡る。

 二人はリュウに連れられ、彼の隠れ家にやってきた。それを見てタケルは息をのむ。外見の色合いが派手に変わっているが、間違いなく自分がかつて住んでいた建物──ある日忽然と消えた大天空寺が、そこにあったのだ。

 

「ここの空気は生身の人間には毒だ。大天空寺の外に出る時にはマスクが必須。君は一晩中何もつけずに外にいたんだってな。死ななかっただけでも運がいいぞ」

 

 ユウスケはベッドに寝かせられ、リュウの連れの眼魔――画材眼魔が持ってきた呼吸器をつけられる。しばらくすると、辛そうな彼の表情は柔らかくなった。

 

「俺は平気だった……」

「それはゴーストドライバーの力だ。眼魔世界で自由に行動できるように開発したものだったが、こういうかたちで本来の使い方がなされるとは」

 

 リュウはベッドの下から薬を取り出し、画材眼魔に渡す。眼魔はユウスケの呼吸器に繋がった機械にそれを入れた。

 

「この眼魔は?」

「私の研究に関心を持ってくれたから、ここに住まわせることにした。なかなか頼もしいやつなんだぞ。趣味の絵描きで寺の外観がちょっと変わってしまったがな」

 

 リュウにそう言われ、画材眼魔は照れたように自分の頭をかいた。

 

「そうじゃないよ。なんで眼魔と仲良くしてるんだってこと。眼魔は悪い奴らじゃないの? 今日だって、閉まってるお店を壊してたんだ」

「それはきっと過激派の眼魔たちだな。眼魔というのはこの世界の住人だ。私やタケルとなんら変わらず、同じように生きている。……一部の過激派の眼魔は、こいつらのような一般眼魔の生命エネルギーを使ってよからぬことをしようとしているらしいがな」

「ヒイッ」

 

 画材眼魔は怯えた声を出し、震える。彼も過激派の眼魔とやらから逃げてきたのかもしれない。

 

「眼魔にもいいやつと悪いやつがいるってことなのかな。うん、それは分かったよ。じゃあ、大天空寺がここにある。これはどういうこと?」

「……眼魔や眼魂の研究をはじめてから、もう何年が経ったか」

 

 リュウは語りだした。息子に説明するのではなく、まるで独り言のように。

 

「元々、私は人間の魂の存在を証明することと、それらが現実世界に作用する現象を研究していた。そしてある時、地球とは違う別の世界の観測に成功した私たちは、その世界の研究にも手を出した」

 

 ユウスケに繋がれた器具の中の液体が、ゴボンと音を立てる。

 

「この眼魔世界では魂、とりわけ英雄と呼ばれる者の魂は強いエネルギーを持つ。そのエネルギーを集め、一つに凝縮することで凄まじい力を発揮し、世界の改変――つまりなんでも願いが叶えられるほどの力を発する。それを知らなかった私たちは、遺品や研究資料をもとに地球の英雄を眼魂に変換させる実験を成功させてしまったのだ」

 

 リュウの視線はだんだん下に向いていく。拳を強く握りしめ、表情も険しくなっていく。

 

「魂を眼魂に変換するには大きなエネルギーが必要となる。それを提供してくれたのは眼魔側だ。それがまさか……眼魔世界の人間たちの命を使って生み出されたものだったとは思わなかったのだ」

 

 タケルがはっと声を漏らす。その隣で、画材眼魔は両手で顔を隠して震える。

 

「実験が成功すると、眼魔世界からそれを狙ってたびたび兵が送られてきた。……今思えば、最初から英雄眼魂が欲しかっただけだったのだろうな。奴らは口で話してなんとかなる相手ではなかった。私は、自分の研究のせいでこれ以上他の人たちを巻き込むわけにはいかないと判断した。だから、大天空寺を眼魔世界に転送した」

 

 語り終わる頃には、ユウスケも目を覚ましていた。

 

「あなたも、ここでずっと戦ってきたんですか」

「ああ。幼いタケルを残して眼魔世界に来ること、それが私の覚悟だった」

「かっ、覚悟ってなんですか! タケルはずっと一人で……!」

「マコトくんたちがいるだろう。タケルは私がいなくとも強くなれると思ったんだ」

 

 リュウはタケルの頭を撫でた。彼の手の下で、タケルは唇を噛んでいた。

 

「奴らは私を狙っている。眼魂を生み出した私が、今もまだそれらを所持していると思い込んでいるのだろう。実際は地球にあるとも知らずにな。もし私が見つかり殺されたとしてもタケルに危害が及ぶことはないと高をくくっていた……」

 

 彼はユウスケに繋がった器具を外す。そして彼にマスクを渡した。

 

「このままでは眼魔世界も終わりを迎えるだろう。環境の悪化で世界が滅びかけている。眼魔たちは地球を第二の眼魔世界にするために眼魂を集めているんだ。二つの世界を無理矢理繋げて、今度は地球の人間から生命エネルギーを吸い取って資源にするつもりだ。私たちは、奴らに抵抗するためにここにいる」

 

 リュウは画材眼魔の肩に手を置いた。

 

「英雄眼魂がなくとも、この世界をなんとか良くしたいと思っている奴らがいる。私はそれが嬉しかった。ここに隠れるだけでは暇なのでな、こいつらの故郷であるこの世界のために、今は環境汚染を解決する研究をしている」

 

 リュウはそう言った。大天空寺の中にある実験器具は全てその研究のためのものだった。

 その時、突然壁に大穴があいた。

 

「なんだ!?」

 

 リュウはタケルを抱え、壊れた壁から遠ざける。画材眼魔はユウスケの使っていた枕を取りあげ、盾にする。

 

 

「見つけたぞ。そのガキの気配を追って来てみれば、まさかお前がこんなところにいるとはな! 九十九リュウ博士」

 

 

 眼魔ウルティマが大勢の眼魔コマンドを引き連れ、やってきた。

 

「お前……アーロンか! みんな逃げるんだ! こいつが過激派のリーダーだ!」

「英雄眼魂を渡してもらおうか。どこに隠したんだ?」

 

 アーロンと呼ばれた眼魔ウルティマがすっと手を上げた。それを合図に、コマンドたちは大天空寺の柱を折り、崩していく。リュウの研究のレポートや実験器具も、崩れ落ちていく天井に飲み込まれる。

 

「やめろ! この研究はこの世界を救うためのものだ!」

「お前が消えてからかなりの時間が経った。それからずっとこの研究をしていたと見える。しかし未だに成果は出ていないのだろう? ならばこんなもの必要ない! さあ! 英雄眼魂を渡せ! 多くの犠牲の上で、眼魔世界は復活を遂げるのだ!」

「それは復活ではない。ただの略奪だ! それに、その方法で解決したとしても、それは一時的なもの。またすぐに限界が来るぞ。それはお前も分かっているはずだぞ」

「黙れ」

 

 ウルティマは剣を持ち、リュウに斬りかかった。リュウは壁に飾ってあった刀をさっと取る。刀身を鞘から抜き、相手の剣を受け止めた。

 

「この世界は救われるはずだったというのに……! お前の他にもいるはずだ……眼魔という名の多くの人間が! この環境汚染で、人間の姿を捨てざるを得なくなった者たちがな!」

「救われる必要などない。いくら延命したとて、必ず終わりが来るのだから!」

 

 リュウとウルティマの剣が激しくぶつかる。リュウは生身の人間でありながら、上級眼魔を相手に渡り合っている。

 

「それに、やつらは所詮低級の存在。皆が等しく滅びの未来を待つのならば、俺一人が最強の力を手に入れ、全てを統べる王になる! 完全な存在となり、世界を導く!」

 

 ウルティマは剣を床に突き刺す。刃が輝き、それと呼応するかのように周りの低級眼魔たち数人が光りだす。そしてその眼魔たちからエネルギーが抜け、体は黒いもやになって消えた。生命エネルギーは地面を這い、剣に吸収され、それを掴むウルティマへと移動する。

 

「アーロン、お前ッ!!」

 

 リュウはまた攻撃を仕掛けるが、今度は触ることすらできずに防がれてしまう。

 

「この程度の命でも、お前の攻撃を無にするには十分すぎるほどだ」

「この程度、だと! 命を愚弄するのか……!」

 

 ウルティマのもう片方の手には英雄の力を持った二つの眼魔眼魂が。

 

「知恵の王・ソロモン! 力の王・アーサー! うおおおおおおお……!」

 

 その力を取り込むと、彼は眼魔ウルティマ・カイザーへと変化した。

 進化したウルティマの力は凄まじい。リュウを剣の一払いで吹き飛ばし、もう一度剣を振ると半壊していた大天空寺の屋根が消え去った。

 

「や――」

「やめろ!」

 

 背後から聞こえた少年の声に、リュウは振り返る。

 なにかに隠れることもなく、ウルティマ・カイザーの前に堂々とタケルが立っていた。

 

「ほう……英雄眼魂を渡す気になったか?」

「お前には渡さない。自分のために誰かを傷つけるお前には!」

「ならば消えろ!」

 

 ウルティマは剣を地面にずぶりと突き刺す。溢れる力を地面に放出することで、残った眼魔コマンドもろとも辺り一面を吹き飛ばそうとしたのだ。だが、そこにはあるものが存在していた。

 九十九リュウが大天空寺を眼魔世界に転送するためにつかった装置。

 それを破壊したことで、二つの世界の境が不安定になる。

 

 

「うわあああああっ!」

 

 

 大天空寺跡地に大きな次元の穴が開いた。

 穴から流れ込んでくるのは大小の瓦礫と、たくさんの眼魔コマンドとウルティマ・カイザー、そしてユウスケ、タケル、リュウの三人。ついでに画材眼魔。

 

「も……戻ってきた?」

 

 次元の穴は開いたまま。モノリスの力と、装置を破壊したことで溢れたエネルギーが残留しているのだ。

 

「異世界旅行はどうだった」

 

 士が、倒れるユウスケに手を差し伸べた。

 

「なんだお前、少しは心配してくれてもいいじゃないか」

「お前なら大丈夫だと思ってたからな」

 

 ユウスケはふっと笑う。

 その時、山のように積まれた木片を吹き飛ばし、ウルティマ・カイザーが姿を現す。

 

「お前たちを殺して英雄眼魂を奪ってやる! そうだ、お前たちの故郷のこの地を墓場にしてやろう!! この絶対の王がな!」

 

 ウルティマ・カイザーは剣を天に掲げる。周りの眼魔コマンドが苦しみだす。皆生気を失ったようにうなだれ、ゾンビのような姿勢になる。

 

「あいつ、何をした!?」

「また周りの眼魔からエネルギーを奪ったんだ! 今度は命までは取らなかったようだが、あれでは……」

「その通り。王の意思は絶対だ。そこに余計な感情など必要ない。永遠に存在する俺だけの世界には、俺だけがいれば良いのだ!」

 

「違うな」

 

 傷だらけのリュウたちの前に、士が立つ。

 

「人は一人じゃ生きられない。だから助け合う。人は誰しも、人生の大切な時間を共に過ごす仲間が必要なんだ。誰かを愛し、共に笑い、悲しみ、たまに怒り、同じ時を過ごす。それを軽んじるお前は王どころか、ただの人間にすらなれない」

「黙れ! もう眼魂はこちらに渡ったも同然!」

「それも無理だ!」

 

 ユウスケが言う。

 

「なんだと? それはなぜだ!?」

「勇気だ。タケルはそれを手に入れた。もう戦うことを恐れない」

 

 タケルの目は真っ直ぐにウルティマを見つめていた。

 

「お前たちは……一体?」

「通りすがりの仮面ライダーだ。覚えておけ。行くぞ! タケル! ユウスケ!」

「はい!」

「おう!」

 

 三人は横に並び、それぞれベルトを装着した。

 

《アーイ!》

《カメンライド》

 

「変身!」

「変身」

「変身!」

 

《カイガン オレ》

《ディケイド》

《レッツゴーカクゴ! ゴゴゴゴースト!》

 

「命、燃やすぜ!」

 

 三人は眼魔の群れに向かっていく。

 

「タケルッ!」

「変身できたんだな!」

 

 回復したスペクターとネクロムが加勢し、ディケイドやクウガとともに眼魔コマンドたちを蹴散らしていく。

 ゴーストのガンガンセイバーとウルティマの剣がぶつかりあう。

 

「ついに戦う気になったらしいな……!」

「俺は父さんの話を聞いて、地球も眼魔世界も、両方救いたいと思ったんだ! だから、俺がやりたいと思ったことをやるだけだ!」

「救う? その感情の到達点が俺との戦闘か? まったく。俺を否定する割に、野蛮なのはそちらも同じではないか!」

「誰かを傷つけるためじゃない! 地球の命、眼魔世界の命、みんなの命を守るために……俺は戦うんだ!」

 

 ゴーストが叫ぶと、彼が持っていた刀の鍔が浮遊する。そして眩い光とともにムサシ眼魂へと変化した。

 

「あれは……最後の英雄眼魂……」

 

 地上で、リュウは新たな眼魂の誕生を見ていた。

 数々の歴史的資料と多くのエネルギーを消費して、やっと眼魂生成実験に成功した。それが今、目の前で生まれた。タケルの心──覚悟に応えるように、英雄が力を貸したのだ。

 

「これは……」

「英雄眼魂! どけィ!」

 

 ウルティマはゴーストを弾き飛ばし、赤い眼魂を鷲掴みにした。エネルギーを眼魂に注ぎ込むと、残りの十四個の眼魂が飛んできた。

 

「かっ、返せよ! うわっ!」

 

 ウルティマに蹴られたゴーストは地面を転がり、乱戦の中へと放り込まれた。眼魔コマンドを倒しながら、それを見ていたディケイドが彼のもとへと向かう。

 それと同時にライドブッカーが開き、カードがディケイドの前に飛び出す。そしてそれらは眼の紋様とともにゴーストの力を手に入れた。

 ディケイドはカードをドライバーに装填する。

 

《ファイナル フォームライド ゴゴゴゴースト》

 

「タケル、立て。ちょっとくすぐったいぞ」

「え? はい」

 

 ディケイドがゴーストの背に手をやると、そこから大きな爬虫類の顔が飛び出した。そしてゴーストは宙に浮かびながら体を大きく捻る。再び地に足をつけた時には、その姿は『ゴーストイグアナストライカー』へと変わっていた。

 上空では、既に十五の眼魂が円状に整列していた。

 

「この俺を……!!」

 

「行け! タケル!」

 

 ウルティマが眼魂に向かって願いを言おうとするところに、ゴーストイグアナストライカーがぶつかっていく。ウルティマは吹き飛び、眼魂は地面にぱらぱらと落ちた。

 

「……ッ! 邪魔をするな!」

 

 ウルティマ・カイザーの剣は大きく変化する。それを思い切り振り下ろすが、イグアナはそれに自身の尻尾で対抗する。剣を弾き飛ばして隙をつき、イグアナはウルティマを空に向かって蹴り飛ばした。その反動でイグアナは地上のディケイドのもとへ飛んでくる。

 

《ファイナル アタックライド ゴゴゴゴースト》

 

「かましてやれ! タケル!」

 

 イグアナは四肢を折り曲げ、大きな眼魂へと変化した。空を舞うウルティマ・カイザーの背後には眼の紋様が浮かび上がる。

 

「どうだ! 人間が協力すると、こんなに強い力が出せるんだ!」

「はあああっ!!」

 

 ディケイドは巨大な眼魂を空に向かって蹴り飛ばした。眼魂はウルティマに命中する。

 

「う……うわああああああああああ!!!!」

 

 空で巨大な爆発が起きた。

 ゴーストが着地するとともに、ウルティマを構成していた眼魂はバラバラになり、彼の剣も折れた状態で落ちてきた。

 スペクターたちの活躍によって、地上の眼魔コマンドも全滅した。クウガはゴーストに向かって、サムズアップを向ける。ゴーストはそれに応えるように親指を立てるのだった。

 

 

 

 

 大天空寺の門の前。つくも屋の面々とリュウ、そして士とユウスケと夏海がそこに集まっていた。

 英雄眼魂は、タケルが生み出したムサシ眼魂で十五個になった。集められた眼魂は輝き、強大な力を持っていた。

 

「タケルが覚悟を決めたことで、最後の眼魂が目覚めたんだな」

「うんうん! さすがタケルだあ!」

「ほら、タケル。願い事を」

 

 ユウスケが、中央でそれを眺めるタケルの背中を押した。大天空寺を元に戻し、町を復興させること。それが願い事だ。

 

「うん」

 

 彼はすうっと空気を吸った。

 

 

「眼魔世界を、元の住みやすい世界にしてほしいんだ」

 

 

「!?」

 

 一同が驚く中、眼魂は宙に浮かび、ぽっかり空いたままの次元の穴の中に飛んでいった。眼魂のエネルギーは眼魔世界の中で弾ける。

 みるみる景色が変わっていく。視界の悪い空気は澄んでいき、漂う塵は消え、毒された大地も浄化された。

 

「戻った……世界が……」

 

 リュウは茫然とそれを見つめていた。自分が成しえなかった研究の先にあったものが、そこに現れていた。

 画材眼魔は喜び、綺麗になった眼魔世界を走りまわっていた。それだけではない。以前まで見られなかった動物たちが眼魔世界に現れた。

 眼魔世界は地球と同じく、綺麗な世界になっていくに違いない。そしていつか眼魔のボディも必要なくなり、再び生身で生活することができるかもしれない。それはきっと、遠い未来の話ではないだろう。

 

「タケル! これは!?」

「今、俺がやりたいこと。父さんを今日まで匿ってくれた世界へのお礼だよ。それに、困っている人がいるなら助けたいと思ったんだ」

「だが大天空寺が壊れたままだぞ!?」

「それはこれから直していけばいいよ。父さんも帰ってきたし、俺ももっと頑張るからさ」

 

 焦るマコトにタケルは落ち着いた様子で言った。若干乱心気味の彼を、アランとカノンがなだめる。

 

「ユウスケ」

 

 タケルは士たちの方へ歩いてきた。

 

「いろいろありがとう。やっと、青空になったよ」

「……ああ!」

 

 二人の笑顔は眩しかった。青く美しい眼魔世界の空を見つめる二人の背中を、士は写真におさめた。

 

 

 

 

 光写真館のスタジオで、士はこの世界で撮った写真並べていた。相変わらずの写真の出来だった。

 ユウスケはその中の一枚を手に取る。眼魔世界が背景になった二人の写真だ。

 

「お、これいい写真だなあ」

「おー。いいねいいね。アルバムにしまっとこう」

 

 栄次郎はいくつかの写真をとり、アルバムに貼っていく。

 

「タケルくんたち、お寺の参拝受け付けはじめたそうですよ。まだ完璧じゃないですけど、本堂がもうすぐ建つみたいです」

「大天空寺復興のために、眼魔世界からお手伝いが来るらしいぞ」

 

 嬉しそうな二人に対し、士は興味ないね、といった顔。

 

「ま、この世界もあいつらがいるなら大丈夫だろ」

 

 士はお土産にもらった握り飯を頬張りながら呟く。

 

「おっ! あらっ! わっ!」

 

 アルバムを棚に片付けようとした栄次郎がバランスを崩し、柱に寄りかかる。同時に鎖を掴んで引っ張ってしまったことで、ジャララララと新たな絵が出現する。

 鬱蒼とした森の中に、毒々しい実をつけた見たことのない植物が描かれている。絵の中央付近には、何か光源があるのか、金色に光る何かがある。それが何であるかは絵からは読み取れない。

 

『彼はこの旅の障害になり得る存在だ。いつかまたお前と拳を交えることになる』

 

 士は鳴滝の言ったことを思い出していた。そして、絵を見つめるユウスケの横顔を一瞥する。

 

 まさかな。杞憂だ。

 

 そもそも士は鳴滝の忠告など聞くつもりはない。

 

「俺たちも次の世界に急がなくちゃいけないみたいだな……」

 

 士は、手に持っていた握り飯の残りを口に放り込んだ。




次回 仮面ライダーディケイド2

「チキチキ! 黄金の果実争奪! ヘルヘイムサバイバルゥー!」
「ユグドラシルのことなんて信じられるか!」
「二人一組がルールとなりまーす」
「これは罠だああ!」
「刀の錆にしてやる」

第10話「探せ果実 鎧武の森」

全てを破壊し、全てを繋げ!


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第10話「探せ果実 鎧武の森」

「王の意思は絶対だ」

これまでの仮面ライダーディケイド2は……

「私たちは、奴らに抵抗するためにここにいる」
「世界中の人のためなら、俺は強くなれるし、戦える」
「人は誰しも、人生の大切な時間を共に過ごす仲間が必要なんだ」
「やっと、青空になったよ」
「ああ!」



 

 時は深夜。ユグドラシルタワーの電気は消えない。研究開発部門のモニターには上下に振れる信号と森の映像が表示される。研究員たちは慌ただしく部屋の中を行ったり来たりする。

 

「第三区の反応ありません! 破壊されたものと思われます」

「ヘルヘイムの環境、不安定です」

「インベス複数確認! 主任、よろしくお願いします」

 

 主任と呼ばれた男は近くの機械の上に置いてあったドライバーと、果実を模した錠前を手に取る。

 

「クラック準備!」

 

 そう指示するとともにドライバーを腰に巻き、錠前を開ける。

 

《メロン》

 

 巨大な装置の前に立つと、左右からエネルギーが放出され、ジッパーのようなものが空中に浮かび上がる。クラックがジイッと音をたてて開くと、その先にはモニターに映っていた景色が広がっている。

 

「変身」

 

《メロンアームズ 天・下・御・免》

 

 武者のような格好をしたライダーに変身した彼は目の前に開かれたクラックに入っていく。研究員たちはその間も森に異変がないか、クラックに不具合が起きないかなどをチェックしている。

 忙しそうな彼らを見下ろし、研究室の上に設置された通路で会話をする男たちがいた。

 

「ヘルヘイムの育ち具合はいかがです? 明日のイベントが楽しみでしょう」

「うーん、すごいね! 氷雨くんを現地調査組に加えてよかったよ。いったい何をやったんだい?」

「また資料にまとめてお渡ししますよ」

「それはいいんだけどさ、安全なんだろうね? 最近インベスの出現も多いような気がするんだが。私たちがなんのために、この街をまるまる管理しているのか──」

「このまま順調にいけば問題ありませんよ。引き続き全て任せてくださいよ、プロフェッサーセンゴク」

 

 彼らの手にもまた、錠前が握りしめられていた。

 

 

 

 

第10話「探せ果実 鎧武の森」

 

 

 

 

 夏海はスイーツ店に来ていた。盛りに盛られたパフェを美味しそうに食す。スイーツと聞いてついてきたキバーラは、彼女の隣でケーキを食べている。

 ユウスケは眼魔世界の空気の影響により、派手に動けない状態だった。そのため今回は写真館で留守番。そして士はというと……

 

「そんなに食ったら太りますよ、お客様」

 

 店員になっていた。これが彼の、この世界での格好だ。彼が働くことになったカフェは高級志向ではなく、雰囲気もリッチなものではない。店の壁にストリート風の張り紙があったりやや時代を感じるラジオが置かれていたりしてどこかうるさい。

 いつもの調子で煽る士を、夏海は親指を立てた例の構えをしながら睨みつける。彼は首元を隠し、彼女の席からそそくさと離れる。

 

「おい新人! サボってないで働けよぉ!」

 

 メガネをかけた店員が士を怒鳴る。が、そんな彼も店長に大声を出すなと叱られる。

 

「キャッハハ。怒られた~」

 

 キバーラの馬鹿にしたような笑いにイラついたのか、彼女に出したケーキをフォークでズンと刺し、そのまま一口で食べてしまった。「あたしのケーキになにすんのよぉ」と周りを飛ぶが、士は持ったフォークで彼女を弾き飛ばす。

 

「コラッ! フォークをそんなことに使うなッ!」

 

 店長は、今度は士を叱りつけた。はいはいと適当に返事する。

 店のドアのベルが鳴る。士と夏海がそちらを見ると、男二人に女一人の三人グループの若者が新たな客としてやって来たところだった。

 

「いらっしゃい。三名ですか。こちらにどうぞ」

 

 士は三人を席に通す。

 

「ご注文は?」

「極パフェ!」

 

 女は即答だった。

 

「え~……」

「またですか」

「なによコウタ! それにミッチまで! 文句あるわけ?」

「いや、別に」

「ないです……」

 

 そして男は二人ともコーヒーを注文した。店に来た理由は彼女にあり、男たちは単なる付き添いだと推測できる。オーダーを調理場に持っていく。店長とメガネの店員はそれを見てテキパキと準備する。流石プロだ。

 ふとラジオからこんな宣伝が流れてきた。

 

『大森林、それは自然が生んだダンジョン! 黄金の果実を探せ! 君もヘルヘイムに挑戦だ! ユグドラシルの提供でお送りします』

 

 直前のラジオ番組とはあまりにもテンションが違っていたため、耳を傾けてしまう。

 

「黄金の……果実?」

「ヘルヘイムやユグドラシルって……なんなんでしょう」

「な~んか不気味な響きよね~」

 

 どれも聞き慣れない単語だった。再びラジオの声を聞くが、既にコマーシャルは別のものに変わっている。

 

「あれ? 店員さん知らないんですか」

 

 夏海と顔を見合わす士に、コーヒーを頼んだ男が声をかけた。

 

「ユグドラシルはこの街を支える大企業ですよ」

 

 彼は自分の鞄やスマホケース、手帳にまでついたユグドラシルのロゴを見せる。

 

「黄金の果実は幻の果実です。ユグドラシル公認のアーマードライダーが探索してるんですが、未だに見つかってないんですよね」

「この世界には企業公認のライダーがいるのか……」

「士くん、これ見てください」

 

 夏海が士の袖を引っ張る。彼女が指さした先には、アーマードライダーランキングなるものが貼られていた。どうやら街の人たちの人気などによってランクづけされているらしい。

 和風、洋風、中華風。様々なモチーフの甲冑を身に纏ったライダーが並んでいる。

 

「こいつらがアーマードライダーか……派手なやつらだ」

 

 そう言いつつ、士は一枚のライダーカードを取り出した。ランキングの中にもいる、仮面ライダー鎧武のブランクカードだ。

 

「ヘルヘイムを探索できるのは公認アーマードライダーだけなんですけど、今回は一般から多くの参加者を募るみたいですよ。興味があるなら参加してみてはどうでしょう」

「俺は、やめたほうがいいと思うけどね」

 

 コーヒーカップを置き、もう一人の男が話に割って入る。

 

「コウタさん……」

「ほう、それはどういうことだ?」

「ヘルヘイムは素人が簡単に立ち入っていい場所じゃないってことだ。それに、ユグドラシルの言うことを信じすぎるのはやめたほうがいい。この街に来たばかりなんだろ? ミッチ、兄貴のプロジェクトを応援するのはいいが人を巻き込みすぎるな。俺は先に行ってるぞ」

 

 コウタと呼ばれた男はそのまま店を出て行った。

 

「あーっ!」

「ど、どうしたんですかマイさん!?」

「お金……。コウタのやつ、私たちにコーヒー代奢らせる気じゃん!」

「まったくあの人は……」

 

 テーブルは騒然となった。

 

「士くん」

 

 厨房に行こうとした士を夏海が呼び止める。

 

「士くんはどうするんですか」

「決まってんだろ。ヘルヘイムとやらに行ってみる」

 

 士は制服を脱いだ。

 店の張り紙の一つ、開店時間を書いたチラシには、この日の閉店時刻が書かれていた。通常は夜まで開いているはずだが、この日に限って昼までと注意書きがされていた。

 

 

 

 

 士たちは先程の客、ミツザネとマイと一緒にユグドラシルタワーの下の広場に来た。イベントは成功のようで、既に人だかりができていた。

 

「ヒアウィゴ! 盛り上がってるかい! チキチキ! 黄金の果実争奪! ヘルヘイムサバイバルゥー! さあ、現在ロックシードは順調に集まってるぞ! まだまだヘルヘイムに飛び込むチャレンジャーを募集中だーっ!」

 

 イベントの司会がマイクを持って実況をしている。

 サバイバルなんて、なんともキャッチーな名前だ。受付ブースの上には巨大なモニターがあり、ヘルヘイムの森を映している。映像の中では参加者の黒影トルーパーが森の果実を採取している様子が見られる。果実は茎からちぎられた途端に形を変えた。

 

「あれがロックシード。実はあれもアーマードライダーランキングのポイントに関係するんですよ。今回でロックシードをたくさん集めたり、ギャラリーから人気が出たりしたら公認になれるかもしれませんね」

「ミツザネくん、物知りですね」

「お前、詳しいな」

「ええ、まあ」

「そりゃそうですよ! だってミッチは――」

「結局来たんだな」

 

 マイが得意げになって話そうとしたところで、コウタが彼らに近づいてきた。士は彼に向かって上から目線で言う。

 

「当然だ。アーマードライダーだかなんだか知らないが、俺がそいつらよりも先に黄金の果実とやらを見つけてやる」

「大した自信だな。言っとくが、これはゲームじゃない。参加者の安全を保障するルールなんてものはなく、危険と隣り合わせた。あんたの思い通りに動かせるなんて思わないことだな」

「ほう」

 

 二人の間に火花が散る。

 

「ちょ、ちょっとコウタさん! やめてくださいよ」

「そうだよ! ここで争わないで!」

「士くん! あなたもです!」

 

 士はその場を去り、受付へと。夏海はコウタたちにお辞儀し、士を追う。

 

「ご参加希望の方ですか! どうぞどうぞ!」

 

 受付係はシートを差し出す。

 

「妨害行為も許されていますので、怪我に気をつけてくださいね」

「えっ、ライダー同士の戦いがあるんですか?」

「ふん、かえって好都合だ。つまり邪魔者は潰していいってわけだろ? 俺は参加するぜ」

 

 士は受付の同意書の氏名記入欄に名前を書いた。そしてすぐ隣にもう一つ同意書が用意されていることに気づく。

 

「……これはなんだ?」

「ヘルヘイムは安全対策をしており警備係のアーマードライダーも巡回していますが、万が一のためにお一人では中に入ることをお断りさせていただいてまーす。つまり、二人一組がルールとなりまーす」

「なに?」

「受付の言う通り、出場には二人必要なんです。僕はコウタさんと一緒に出ます。ユグドラシルがドライバーとロックシードを貸し出してますから、こちらを使うといいですよ」

 

 隣にひょっこりやってきたミツザネが示した方に、戦極ドライバーとロックシードをレンタルするブースがある。ミツザネはそこから持ってきたドライバーとロックシードをセットにして士に渡そうとする。だが士は、そんなの必要ない、とディケイドライバーを持って見せた。

 士に渡されたセットは、夏海に押し付けられた。返してこい、ということだろう。

 

「へえ。士さんの、見たことないドライバーですね」

「そんなことより、お前らこそ借りに行かなくていいのか? 参加するんだろ?」

「はい。でも僕らは……」

「おいミッチ、行くぞ。そいつらに構ってる暇はねえ」

「あ、待ってくださいよ」

 

 二人は開かれたクラックの前に立ち、ドライバーを腰に巻く。

 

「おっと! ここで次の参加者だ! 現在森にいるのは十四組! 十五組目のチームは彼らだ! おおっと、彼らはまさか~~?」

 

《オレンジ》

《ブドウ》

 

「なに!?」

 

 士は驚く。観客も同時に驚き、そしてわっと沸いた。

 彼らが使ったのはレンタルのマツボックリのロックシードではない。空中に二つのクラックが開き、オレンジとブドウの形をしたアーマーが姿を表す。今までモニターを見ていた観客たちもそちらに釘付けになり、声援を送りはじめた。

 

「変身」

「変身ッ!」

 

《オレンジアームズ 花道・オンステージ!》

《ブドウアームズ 龍・砲! ハッハッハッ!》

 

 変身と同時に果汁が飛ぶ。

 二人はアーマードライダー、鎧武と龍玄に変身した。

 

「頑張れー! コウター! ミッチー!」

「あいつら……!」

「ライダーだったんですね!」

 

 鎧武コールと龍玄コールに包まれながら、二人はクラックの中に入っていった。モニターに二人の姿が映し出される。

 

「遅れをとった! 行くぞナツミカン!」

「ええ!? わ、私ですか!?」

「丁度キバーラもいるからな」

「あたしも!?」

 

 士は夏海の名前を勝手に書いていた。読めるかギリギリの字の汚さだ。夏の字の上部分が百になってしまっている。

 二人もクラックの前に立ち、士はカードを、夏海はキバーラを持つ。

 

「どんどん現れる挑戦者ーっ! お、お、おーっとこれは!?」

 

「変身」

「へ、変身っ」

「変身♡」

 

《カメンライド ディケイド》

 

 更に現れた二人のライダー、ディケイドとキバーラの存在に観客は盛り上がる。

 

「行くぜ、ナツミカン」

「はいっ」

 

 二人はクラックの中に飛び込んだ。

 

 

 

 

 ヘルヘイムに入ってしばらく経つ。ディケイドとキバーラ、二人は森を進んでいた。

 今大会の安全対策の一環か日々のアーマードライダーたちの活動によるものかは分からないが、草丈が低い場所が順路のようになっている。皆ここを通るため、先に来た参加者たちによってこの辺りの果実は採り尽くされている。

 左右に道が続いているが、ディケイドはそれを無視してその中央を行き、森の中に入っていった。キバーラは嫌がったが、ディケイドは気にせず突き進む。なにせ、森全体がステージなのだから。

 

「ほら、早速あったぜ」

 

 木から果実をもぎ取り、後ろのキバーラに向かってそれを見せた。

 だが、毒々しい果実は姿を変えない。モニターで見た時はすぐにロックシードになっていたはずだ。ディケイドは果実を上下左右からじっくり眺める。

 

「士くん! 後ろ!」

「あ? ……ぐわっ!」

 

 不意打ちをくらい、ディケイドはキバーラの方へ転がる。

 ディケイドを攻撃したのはハンマーを持った木の実のライダー、グリドン。強そうには見えないが、一応公認ライダーの一人だ。

 キバーラが大丈夫ですかと駆け寄るが、ディケイドは目の前のライダーに夢中だ。ライドブッカーからカードを取り出す。

 

「丁度いい。新しい力を試してやるか」

 

《カメンライド ゴースト》

 

 ドライバーからパーカーゴーストが飛び出し、ディケイドはゴーストへと姿を変える。

 

「変わった!? しかもアームズチェンジじゃない!?」

 

 知らないフォームチェンジ方法にグリドンは慌てる。武器を握りしめ、こちらに向かってきた。ディケイドゴーストはふわりふわりと幽霊よろしく不気味な動きでドンカチを避ける。

 ハンマー系武器は重くて威力は高いが、重い分素早さが足りない。対照的にディケイドゴーストの動きはまるで空気のように軽く、グリドンの攻撃をひらりひらりと避ける。

 

「ほらほらどうした。バテてきてんじゃないか?」

「う……うるさいなぁっ!!」

 

 ディケイドゴーストは空に浮かび上がり、グリドンにキックを繰り出そうとする。

 が、突如現れたトゲトゲの剣によってそれは阻まれた。ディケイドはそれを間一髪で避ける。

 新たに現れたのは全身トゲだらけのライダー、ブラーボ。彼がグリドンの相方だ。

 

「大声を出すなといつも言ってるでしょう」

「てっ、店長!」

 

 そのやりとりを聞いてディケイドは思い当たることがあった。

 

「お前ら、まさか……」

「そうよ。また会ったわね」

「はっはっは! 店長は変身すると口調が変わるんだ! でもめちゃくちゃ強いからなー! 覚悟しろ!」

 

 彼らは士が働いていたスイーツ店の店長と店員だった。二人もまたユグドラシル公認アーマードライダーだったのだ。

 

「その果実を渡しなさい。私たちのポイントにさせてもらうわ」

「お断りだ」

「なら、バトルよ!」

 

 ブラーボはディケイドと、グリドンはキバーラと戦うことになった。

 ブラーボの武器は二刀一組の剣、ドリノコ。ドンカチほど重くない上に、ブラーボ自体がグリドンよりも戦い慣れているためこれまでのように避けられない。

 剣先がディケイドゴーストのパーカーをかすめ、破れた。

 

「どう? そろそろ限界でしょ?」

「そうでもないぜ」

 

《フォームライド ゴースト ムサシ》

 

 赤いパーカーゴーストが宙を舞う。ブラーボは不意打ちの飛び道具だと判断し、距離を取る。ディケイドゴーストは、ムサシ魂にフォームチェンジした。ライドブッカーとガンガンセイバーを持つ。

 

「刀の錆にしてやる」

「望むところよッ!!」

 

 二刀流対決が始まった。合計四本の剣がぶつかり合い、火花を散らす。こちらが打てば相手は防御し、相手が打てばこちらも防御する。一進一退の戦いが続く。

 

《ドリアン オーレ》

《ファイナル アタックライド ゴゴゴゴースト》

 

 ついに必殺技がぶつかり合う。

 強大なエネルギーがぶつかり合い、辺りに衝撃波が広がる。木々がざわめき落ち葉が舞う。

 

 バン!

 

 ふと二人の方に弾丸が飛ぶ。

 飛んできた方を見ると、そこには龍玄が銃を構えて立っていた。

 ブラーボは武器を下ろし、腹立たしそうに言う。

 

「勝負に水を差したわね……。今日はこのくらいにしてやるわ! 覚えてなさい!」

「あっ! 置いてかないでください~!」

 

 グリドンはリーチの長いキバーラに勝てなかったらしく、途中から逃げに徹していた。去るブラーボの後ろをよろめきながらついていく。

 彼らが去ったのを見届けると、龍玄と鎧武が近づいてきた。

 

「いやあ、お強いですね。ランク上位常連のブラーボと引き分けるなんて」

「おい、どういうつもりだ? お前らも俺たちと戦おうってわけか?」

「違います違います。戦いませんよ。僕らも戦って逃げての繰り返しでして、休みたかったんです」

 

 そう言って笑う龍玄のアーマーには傷がついている。彼いわく、公認ライダーを倒すのもポイントになるらしい。なるほど、ずいぶんたくさんのライダーと戦ったようだ。

 

「グギギギギ……」

 

 なにやら変な声がする。次のライダーかと、ディケイドは身構えた。しかし、現れたのはライダーではなく怪人だった。そしてその怪人は一体だけではなかった。森の奥から更に二、三体の個体がよちよちついてくる。

 

「なんだあれ?」

「さあ……? 今までヘルヘイムでこんな奴ら見たことないですよ」

 

 

《スターエナジー シャーベット》

 

 

 突然機械音が鳴り、怪人たちは一瞬のうちに氷漬けにされた。そして次の瞬間爆発する。辺りには氷の粒が舞う。

 

「なんだなんだ!?」

「あっ!」

 

 キバーラが指した方向には別のライダーが。その場から一瞬のうちに消え、ディケイドたちのもとへ飛んでくる。

 

「危ないところでしたね、ミツザネくん」

「その声……氷雨さん!?」

 

 そのライダーは戦極ドライバーとは違う別のドライバー、ゲネシスドライバーを装着していた。星型を思わせるアーマーになっているのはスターフルーツのロックシードを使っているからだろう。ライダーの名前はニヴルというらしい。

 龍玄はディケイドたちに「ユグドラシルの社員さんです。このイベントの警備係の方ですよ」と説明した。どうやら知り合いらしい。

 

「ミツザネくん、黄金の果実は見つかりましたか?」

「いえ。手がかりすら全く掴めていません。なにせヘルヘイムは広いですからね……」

「君たちの力なら、順調にいけばロックシードのポイントだけで良い結果が得られるはずだ。頑張ってくださいね」

 

 ニヴルはそうアドバイスする。ディケイドは彼の肩を掴み、引き寄せた。

 

「おい、さっきのバケモンはなんだ。公認ライダーのこいつらも知らなかったみたいだが?」

「あれはインベスと言います。最近確認された生物でしてね。まだ皆さんに情報伝達ができていませんでした」

「報連相は社会人の基本だぞ」

「そうですね。申し訳ない」

 

 ニヴルは言葉の文面とは裏腹に、反省していない口調。そしてこう続けた。

 

「あまりクラックから遠くに行ってしまうと襲われる恐れがあるので、こうして私たちが見回りをしているんです。ヘルヘイムに入るのにドライバーが必要な理由が分かったでしょう。人間はか弱い生物ですからね」

「……そうだな」

「あ、そうだ。よろしければ一度ユグドラシルにお越しください。あなたはかなり強そうですし、そのドライバーにも興味がある。うちの開発者に見せてやりたいのでね」

 

 そう言ってニヴルは士に名刺を渡す。そして森の中に去っていった。

 

「なにが頑張ってくださいだ、白々しい……」

 

 ずっと黙っていた鎧武がポツリと呟く。

 

「やっぱりユグドラシルの掌の上だったんだ。インベスとかいう奴らの存在を隠していた。そもそも俺はこんなイベントおかしいと思ってたんだ。あいつらは言わばこの街の支配者だ。このイベントだってあいつらが何か企んでるに違いない」

「それは違いますよ! 兄さんはこの街のためだと言ってました――」

「ユグドラシルのことなんて信じられるか! 俺も公認アーマードライダーなんてやってるが、結局はあいつらに手綱握られてるだけだ。きっと俺たちを何かに利用してるんだ」

「何かって、なんですか?」

「それは……分からない」

 

「反抗したくなるのは若者の性かな。でももう少し大人になりたまえよ」

 

「んだと!?」

 

 一同が振り返る。そこには木の上から見下ろす海東の姿があった。

 

「海東さん!」

「やはりお前も来てたか……」

「黄金の果実。すごいお宝じゃないか」

「だからそんなのないんだって。全部ユグドラシルのプロモーションのための嘘だ」

「いいや」

 

 海東は木から降り、鎧武に顔を近づける。

 

「黄金の果実はきっとある」

「なぜそう言い切れる」

「ロマンだ。お宝が僕を呼んでいるのさ」

「……なんだそれ」

 

 鎧武が呆れてため息をつく。

 突如近くの木が爆発する。そしてソニックアローを構えたマリカが現れた。侵入者である海東を追ってきたのだ。

 

「参加登録をしていない者が勝手に森に入るのは違反です! しかも生身なんてもってのほか!」

「まったく。あんたもしつこいなー。お仕事熱心だね?」

 

 海東はドライバーを構え、マリカに向かってトリガーを引く。マリカは顔を隠し、木の裏に逃げる。そして海東は、その隙にドライバーにカードを装填した。

 

「変身」

 

《カメンライド ディエンド》

 

「桃には、モモだ」

《カメンライド デンオウ》

 

 召喚された電王はマリカに背を向けて登場する。そしてくるりと振り返り見栄を切る。

 

「ヘへッ! 久しぶりにィ! 俺、参じ――」

「はあっ!」

 

 マリカはお構いなしに矢を撃つ。電王に直撃し、彼はアーマーから火花を散らしながらその場で派手にずっこけた。

 

「痛てーーーッ! まだ俺のセリフの途中だろうが! なに考えてんだ!」

「キャッ!?」

 

 電王の怒鳴り声に驚き、マリカは矢を乱射する。電王はそれを必死で避ける。

 

「うおい!? 遠距離攻撃なんて卑怯だぞ!」

「あとは任せたよ」

《アタックライド インビジブル》

 

 その隙にディエンドは逃げる。

 

「あっ! コラ! てめー! 呼び出して早々逃げやがって! ……たあー! しょうがねえ! 行くぜ行くぜ行くぜー!」

 

 やけくそになって突っ込んでいく電王だったが、やはり剣と弓矢では相性が悪い。数秒後に「んぎゃあああああ!!」と悲鳴を上げることになった。

 

 

 

 

 それから数時間後、ヘルヘイムサバイバルの一日目が終了していた。

 一同はヘルヘイムを後にし、写真館に戻って戦果報告をしていた。士と夏海とユウスケ、そしてミツザネがテーブルを囲む。

 次の日になると森の別の場所に繋がるクラックが開かれるらしい。すでに狩り尽くされた場所をいつまでも探すよりも効率がいいという理由だ。

 

「みんなのこと中継で見てたぞ。お疲れ様。夏海ちゃんも大変だったな」

「ねぇユウスケ~。あたしは~?」

「キバーラもお疲れ」

 

 キバーラはご褒美にとユウスケの血をねだるが、彼はそれを断る。夏海がユウスケの体の調子を尋ねると「いい感じだよ」と返事した。

 

「また明日頑張りましょう。今日だけでも相当参加者がいたみたいですけど、黄金の果実は発見できなかったみたいですからね」

「黄金の果実……ほんとにあるんでしょうか」

「な、夏海さんまで……」

 

 ミツザネは悲しそうな声を出し、頭をわしわしとかきむしる。

 

「……コウタさんの言ってたことも正しいんですけどね。この街の産業はほぼ全てユグドラシルが関わってますし、そうなるように手を回してきたのも事実です」

「コウタがユグドラシルを嫌いになったのは、両親のことだと思う」

 

 栄次郎に写真を撮ってもらっていたマイは撮影が終わり、士たちの会話に混ざる。ユウスケが立ちあがり、椅子を彼女に譲った。

 

「ユグドラシルが事業拡大をして、街の店は軒並みユグドラシルに買われていったの。コウタの両親がやってた店もその一つ。なんの説明もなく交渉を持ち掛けるユグドラシル相手に最後まで頑張ってたけど、ある日過労で倒れた。生活のためのお金稼ぎのためにすぐに公認アーマードライダーになったコウタは、親を裏切るのかと周りからひどくバッシングを受けていたわ……」

「確かコウタさん、お姉さんがいましたよね。その方もユグドラシルに入社していたような……」

「だいたい分かった」

 

 士はおもむろに立ち上がり、歩き出す。

 

「とりあえず、明日俺はこっちに行ってみる」

 

 士は氷雨から受け取った名刺を見せる。

 

「その怪しい中身をじっくり見せてもらおう」

「ユグドラシルが悪い企業だと決まったわけではありませんよ!」

「分かってる。だから行くんだろ。俺が直接確かめてやる」

 

 声を荒げるミツザネに、士は冷静に返答する。

 

「じゃあ明日は俺が士の代わりにヘルヘイムに行くよ。確か二人で行かなきゃいけない……だったよな」

「無理しないでくださいね」

「おうっ」

 

 ユウスケは元気であることを示すように、親指を立てて笑顔を返した。

 

 

 

 

 ヘルヘイムの森では、まだ探索を続けるアーマードライダーたちがいた。

 終了の報告は彼らに届いていなかったのだ。そして、彼らのヘルヘイムへの出入りの記録もいつの間にか書き換えられていた。

 

「こっちだ! こっちにいいものがあるってさっき社員から聞いたぜ!」

「でかした!」

 

 二人の黒影トルーパーは草をかき分け、森の奥へ奥へと入ってゆく。より多くのロックシードを集めたいと夢中になっていた彼らは、我を忘れていた。

 ふと、何かが足にぶつかった。それがなんなのかは分からない。黒影トルーパーの一人は立ち止まり、草の中に手を突っ込んでみた。掴んだそれを見てみると、ロックシードだった。それも一つではなく、二、三個の錠前が固まって落ちていた。

 どうしてこんなところに。

 そう思っていると悲鳴が聞こえてきた。顔を上げると目の前にはすでに巨大なツタに絡みつかれた相棒の姿があった。

 

「う……うわ……!」

 

 思わず腰を抜かす。

 

「逃げろっ! これは……罠だああ!」

 

 それが相棒の最後の言葉だった。ツタが縮み、茂みの奥へと吸い込まれていった。

 逃げようにも、手足が動かない。そうこうしているうちに再びツタが現れ、もう一人の黒影トルーパーは足をとられてしまった。植物は彼を容赦なく引きずっていく。

 その様子を遠方から見て笑う影が一つ。

 

「順調順調……。これだけの餌があれば……フフフ……」

 

 彼の背後には数百体のインベスがずらりと並んでいた。




次回 仮面ライダーディケイド2

「人類は今日滅びるんだ」
「俺……ライダーやめるわ」
「それがあなたが決めた道だから」
「自分の生き方を探し、強くなり、進化していく」
「ここからは俺たちのステージだ!」

第11話「大合戦!放て大橙砲!」

全てを破壊し、全てを繋げ!


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第11話「大合戦!放て大橙砲!」


「黄金の果実は幻の果実です」

これまでの仮面ライダーディケイド2は……

「あれはインベスと言います」
「ヘルヘイムに入るのにドライバーが必要な理由が分かったでしょう」
「変身!」
「あいつら……!」
「ライダーだったんですね!」
「コウタがユグドラシルを嫌いになったのは、両親のことだと思う」


 公認アーマードライダーになってから早数年。コウタは自室でオレンジロックシードを片手にベッドに横たわっていた。

 設定されたランキングは、ユグドラシルが提供するエンターテイメントの一つだ。公認ライダーはヘルヘイムでロックシードを回収することで報酬を得る。ライダー同士でのバトルもまた好評で、たまにその様子が中継される。その時の視聴者からの人気によって報酬が上乗せされることもある。

 視聴者側からはその様子がどうにも楽しそうに見え、中にはそれが気に食わない者もいる。昨日のヘルヘイムでも、一般参加者から公認アーマードライダーに対して攻撃があった。

 コウタが受けた攻撃は特に激しかった。ミツザネに庇われながら、ロックシードをおとり代わりにいくつか投げ、なんとか逃げた。

 コウタはロックシードを握りしめた。体を起こし、枕に投げつける。いてもたってもいられなくなり、自室を飛び出した。丁度彼の姉が仕事に出るところだった。

 

「コウタ。どうしたの?」

 

 嫌なところを見られてしまった。

 両親がいなくなってからもずっと一緒に住んでいるが、まともに会話したことはあまりなかった。

 

「姉ちゃん……あ、あのさ。俺……ライダーやめるわ」

 

 弱っていたところに更に動揺したことで、思わず変なことを口走ってしまった。口を押さえて顔を背ける弟を、姉はじっと見つめる。

 

「って言ったらどうする?」

 

 無理やり笑顔を作ってそう付け加えた。しかし目の前の姉は表情を変えない。

 

「どうもしないかな」

 

 ふっ、と柔らかい笑顔になった。その真意が見えない。

 

「……え?」

「コウタがそう思ってるなら、いいんじゃない?」

「でも……!」

「じゃあ私、これから仕事だから。行ってきます」

「い、行ってらっしゃい……」

 

 ドアを開けて仕事に行ってしまった。

 姉は、なにを考えているのか。コウタは訳が分からぬまま、身支度を始めた。今日は大会二日目。ヘルヘイムに赴く予定があったのだ。

 

 

 

 

第11話「大合戦!放て大橙砲!」

 

 

 

 

 士はユグドラシルタワー内部の研究室に通されていた。モニターにはあのイベント会場と同じように巨大なモニターが設置されている。ライダーの姿は見えず、そこにはヘルヘイムの森しかない。

 士の隣には円柱型の水槽に入ったヘルヘイムの果実が。成分抽出でもしているのか、果実には管や電極が繋がれ、コンピュータに接続されている。

 

「ほー。これは面白いドライバーだ! 中身を見てみたい!」

 

 機械音だけが聞こえていた研究室に、興奮の声が満ちる。ユグドラシルの対ヘルヘイム用装備の開発を担当するセンゴクは、白いドライバーを高く持ち上げた。

 

「やめろ」

 

 カメラでそこらを撮っていた士はそれを取りあげる。撮影の許可は得ていないが、センゴクはディケイドライバーに夢中でそれを気にしていなかった。

 

「いやあ惜しいな。これに私が開発した戦極ドライバーの機能をつければ完璧になるのに」

「必要ないな」

「そんなことない。昨日ライブカメラで見ていたよ! 君が果実をもぎ取った時、ロックシードにならなかっただろう」

「……」

 

 確かに彼の言う通りだった。士がモニターで見た時、黒影トルーパーはもぎ取った果実をロックシードに変えていた。だが、昨日の自分はそうではなかった。

 センゴクはホワイトボードを引っ張ってきて、そこに図を書いて説明する。しかし士ははなから聞く気がない。

 

「戦極ドライバーはヘルヘイムの果実をロックシードに変換する! そしてドライバーにロックシードを装填することでエネルギーを抽出する! つまり食事を取らずとも活動が可能になる! 分かるかい? アーマードライダーは人類の一つの進化の形なのだッ! そして今、良質なロックシードが取れるように森を肥やす活動をしていてね――」

「おしゃべりはその辺りに。プロフェッサーセンゴク」

 

 研究室の出入り口が開き、氷雨がやってきた。彼の隣にはタカトラとその部下である百崎が。

 彼らがユグドラシルの要人だろうか。士はそれとなく探りを入れる。

 

「どうした、勢揃いで。ヘルヘイムの見回りってやつはどうしたんだ? 職務怠慢か?」

「現在、()()()()()()ようにしていますよ。表向きには一時的なトラブルの発生ということにしています」

「今から何かするのか?」

「警察から連絡があった。昨日から行方不明者が複数人出ている。ヘルヘイムで事故があったという知らせはないが、念のためだ。ユグドラシルの名にかけて、事故は許されない。今から行方不明者の捜索をする。場合によってはイベントの中止も考えなくてはいけない」

 

 タカトラは士の質問に返答しつつ、眉間に皺をよせる。ここまで謎で、大規模な事故が起こることは彼にとっても不測の事態だった。

 ブザーが鳴る。インベス反応だ。

 

「あなたも、ぜひ来ていただけるとありがたいのですが」

 

 氷雨は士にそう言った。

 

「いいのか? 部外者の俺が」

「あなたの強さを見込んでのことです。きっとトラブル対策も順調になるでしょう」

 

 悪い気はしない。士の口もとが綻び、彼は「いいだろう」といい返事をした。

 五人はそれぞれのドライバーを持ち、腰に巻きつける。四人はロックシード、一人はライダーカードを構えた。

 

《メロン》

《レモンエナジー》

《ピーチエナジー》

《スターフルーツエナジー》

《カメンライド》

 

「変身」

 

 五人はライダーに変身した。

 

 

 

 

 その頃、キバーラ、クウガ、鎧武、龍玄の四人はヘルヘイムにいた。

 イベントは通常通り開催されており、トラブルが起きたという報告は全くない。彼らの他にもヘルヘイムに潜るライダーがいるくらいだ。

 その参加者らについて、キバーラは不審に思ったことを話した。

 

「今日の参加者、かなり少なかったですね」

「一日目は150組を超えていたらしいですけどね? どうしたんですかね」

 

 イベント司会の実況によるとまだ数組しか入っていないらしく、盛り上がりに欠けるとぼやいていた。300以上のライダーが参加していたはずのヘルヘイムには、現在彼ら以外の姿はなかった。

 

「それにしてもロックシードがないな。やっぱ全員おんなじクラックから入るのはよくない」

「ダメですよ。ルールなんですから」

 

 鎧武はサクラハリケーンのロックシードを取り出す。彼は昨日のこともあり、焦っていた。龍玄は上から自分の手をかぶせる。鎧武は分かったよとそれを引っ込めた。

 

「それは?」

「こいつがあれば好きなとこからヘルヘイムに飛び込めるんだ。普段は街中にクラックが開くことなんてないから、こいつを使ってる」

「おっ……これ、ラッキーじゃない?」

 

 クウガが足元に落ちていたロックシードを発見した。ランクが低いものばかりだが、数が多い。両手の指にロックシードをぶら下げ、クウガは嬉しそうにしている。

 

「……おかしいですね。ロックシードは自然発生するものじゃないのに……」

「え? でも落ちてたし」

「うーん……」

 

 その瞬間、茂みからツタが伸びてクウガと龍玄の足をとった。

 

「うわっ!」

「なんだ!?」

「くそっ! 安全対策はどうなってる!」

 

 鎧武は大橙丸を、キバーラはキバーラサーベルを使って植物を斬り刻んでいく。だが、ツタは斬っても斬っても伸びてくる。それも、一方向からだけではない。

 

「うわああっ!!

「ユウスケッ!」

「ミッチ!?」

「夏海ちゃん! 士を……! 士を連れて――」

「コウタさん! ここは……逃げて……!」

「ユウスケーっ!!」

 

 キバーラが駆けつけても間に合わない。クウガと龍玄、二人は茂みの中に飲み込まれ、消えた。

 

「ミッチーッ!」

 

 駆け寄ろうとする鎧武を、キバーラは引っ張って制止する。

 

「ここは危ないです! 一度逃げないと!」

「うるせえ! 助けないとダメだろ! ミッチが死んじまう! ヘルヘイムはお遊びの場所じゃねーんだよ!」

 

 キバーラを振り払い、大橙丸と無双セイバーの二刀流で迫りくるツタを切る。

 ツタはその隙間を縫い、鎧武の腹部へと伸びる。彼はその存在に気づいていた。だが、体が反応できなかった。

 鋭い攻撃で戦極ドライバーは砕かれ、変身が解除されてしまった。

 

「ぐはっ……!?」

「コウタくん!」

 

 キバーラはコウタを連れて逃げようとする。だが、それは無茶だ。戦えない人間一人を連れてクラックまで帰ることは難しすぎる。

 キバーラはコウタからサクラハリケーンのロックシードを奪い、錠を外し、その場に落とす。ロックシードが変化し、バイクの形になった。

 

「乗ってください!」

「あんた……運転できんのか!?」

「できます! ……多分」

「~~! ああもう!」

 

 コウタはサクラハリケーンにまたがり、キバーラに後ろに乗るように指示した。エンジンをかけ、アクセル全開。クラックが開き、現世に出た。

 あれは一体なんだったのか。二人はどこに行ってしまったのか。ユウスケの言葉通り士を呼ぶため、夏海は一度光写真館に戻ることにした。コウタを誘ったが、彼は元気をなくしていた。抜け殻のように、生返事をしてどこかに去っていくのだった。

 

 

 

 

 ディケイドたちはヘルヘイムを進む。だが誰も出てこない。反応があったはずのポイントに近づいても、インベス一匹見つからない。

 道中聞いた話によると、ユグドラシルはヘルヘイムの対策をするために作られた企業らしい。そのために街中に監視の目を作る必要があり、街を支配するようなかたちを取ったとのことだ。

 

「それにしても、人類の進化ねぇ」

 

 ディケイドは近くにあった果実をちぎった。アーマードライダーたちと違い、ロックシードに変化しない。それを隣を歩くデュークに押し付けると、パインロックシードに変化した。

 

「確かランクによってポイントが違うとか言ってたな。得られるエネルギーとやらも違うのか?」

「おっ、その通り。君、察しがいいね! ランクとエネルギーに相関関係がある。例えば今回のイベントで貸し出しているロックシードのランクは低く、公認アーマードライダーや私たちのランクは上だ。……そうだ氷雨くん! そろそろ君のロックシードを見せてくれないかい! それは未確認のロックシードだったはずだ! どういう経緯で生まれたか、ぜひ調べたい……!」

 

 デュークがニヴルに近づいていく。マリカはまた始まったかと呆れる。研究室の様子通り、彼は好奇心の塊らしい。

 

「ん……待てよ……? 確か君はうちのプロジェクトに来たときにはすでにロックシードを持っていたな……。それはセンゴクから受け取ったものじゃないのか?」

 

 先頭を歩いていた斬月が立ち止まり、振り返る。

 

「へ? それ、タカトラのプレゼントじゃないのかい? 君の推薦で来たという書類があったからヘルヘイム調査組に加入させたんだけど」

「違う。それに、俺はそんな書類通した覚えはない。百崎、お前か?」

「いえ、私でもないわ。私もあなたと同じく、またセンゴクの勝手な決定とばかり……」

「おいおい、またってのはひどいんじゃないか」

 

「つまり、こいつはいつの間にかユグドラシルに入り込んでいたってわけか?」

 

 ディケイドのその言葉を聞き、三人のライダーはニヴルを見つめる。

 

「チッ……余計なことを」

 

 ニヴルは小声でそう呟く。

 

「ん? 氷雨く――ぐわっ!」

 

 ニヴルはソニックアローの刃を使って、デュークを斬った。叫び声を上げてデュークは地面を転がる。

 

「ど、どうして……!」

「あなたたちが悪いんですよ。余計なことに気づいてしまったばかりに、死を迎えるのがほんの少し早くなってしまった」

 

 ニヴルがソニックアローを天に向けて発射する。それが合図になっていた。ライダーたちはあっという間にインベスに囲まれてしまった。

 

「インベス!? 君がこいつらを操っているのか!?」

「まさか行方不明者は……! 氷雨、貴様ァァアア!」

「フン! 今更気づいても遅い!」

 

 斬月はメロンディフェンダーを使ってニヴルの連撃を防ぐ。そして腰のホルダーから抜いた無双セイバーを振り、攻撃を仕掛ける。が、突撃してきたインベスが身代わりになり、ニヴルに攻撃が当たらない。

 その隙にニヴルが弓を引き、斬月に発射する。胸アーマーから火花を散らし、斬月は膝をついた。

 

《フォームライド アギト フレイム》

 

 ディケイドはアギトに変身する。フレイムセイバーとソニックアローがぶつかり合う。

 

「お前がバケモンを指揮してやがったとはな」

「そうですよ! ヘルヘイムに人間は勝てません! ユグドラシルの考える、ドライバーによる進化など無意味!」

「やたら人間人間と……。お前は違うとでもいうのか」

「話す必要がないですね!」

 

 炎の刃と氷の刃が互いにダメージを与えていく。遠距離攻撃を持つニヴルだったが、ディケイドアギトはそれを尽く打ち落としていく。打ち返した弾がニヴルに命中し、ダメージを与えることもあった。そうして一歩一歩確実に近づいていくディケイドが若干優勢かと思われた。

 

「んん!?」

 

 ディケイドアギトは突如現れたシカインベスによってはがいじめにされた。動きはじめるのが遅すぎた。なんとか振り払いたいが、低級インベスとは勝手が違う。

 

「よぉおし、そいつを動けなくしておけ……」

 

 斬月、マリカ、デュークはインベスを一体一体撃破していたが、数の暴力で押し切られてしまう。

 ニヴルはドライバーのレバーを二度押し込む。

 

《スターエナジー フローズン》

 

 武器を地面に突き刺すと、そこから凍っていく。氷は円状に広がり、そのままインベスごとディケイドらを飲み込んでしまった。

 

「ドライバーのせいで、これで死なないのは厄介ですね。だが、しばらくそこで眠っていてもらいますよ……! あとでじっくり殺してやりますから……!」

 

 ニヴルは森の奥へ消えた。

 

 

 

 

 コウタは街を歩いていた。景色が褪せて見える。人も建物も何もかも、昨日までのそれとは違って見える。

 

――もう俺はアーマードライダーじゃない。

 

 それを自覚することが恐ろしい。ずっとアーマーライダーとして生きてきた。それが途端に自分の役割、自分の意味を見失ってしまうなんて。

 

「コウタくん!」

 

 不意に名前を呼ばれた。そちらを見ると夏海が息を切らして立っていた。

 

「士くんが帰って来てないんです! イベント会場も閉鎖されてましたし……。コウタくんなにか知りませんか」

「俺が知るわけないだろ」

 

 今は誰とも話すつもりになれない。彼女と真逆の方向に歩きだす。夏海はコウタの腕を掴んだ。

 

「待ってください。二人を助けないと。力を貸してください」

「しつこいな! 戦極ドライバーが破壊されたのにか!? あんたも見ただろ、俺のドライバーが壊されたとこを! もう放っといてくれ!」

 

 夏海の手を振り解こうとするが、彼女はしつこく腕を掴み続ける。コウタが無理やり足を動かすと、夏海も抵抗しつつゆっくり移動する。

 

「コウタくんはそれでいいんですか。ミツザネくんを見捨てることになるんですよ。そんなの……そんなの悲しすぎます。きっとマイちゃんや、コウタくんのお姉さんまで――」

「姉ちゃんだって俺のことはどうでもいいと思ってる! 自分のためにアーマードライダーやってる俺に、愛想尽かしたんだ」

 

「それは違います!!」

 

 夏海はぴしゃりと言い放ち、手を離した。反動でコウタは転びそうになる。彼は立ち止まった。

 

「お姉さんだってあなたのことを心配してます! 家族が危ないことに突っ込もうとしてるのに、心配じゃないわけないじゃないですか!」

「じゃあなんで俺を放ってるんだよ! 俺がアーマードライダーになった時も、ライダーをやめると言った時も! いつも笑って肯定するだけだ!」

「それが! ……それがあなたの決めたことだからじゃないでしょうか。どんなに心配でも、たとえそれが完璧なものじゃなかったとしても、あなたが決めた道だから。そしてあなたを信じてるから。だから笑って……送り出すしかないんです」

 

 二人の間に沈黙が流れる。

 

「……あんたもそういう人が?」

「どうでしょう」

 

 夏海はコウタに近づき、戦極ドライバーを渡した。

 

「……これは?」

「貸し出しのドライバーです。私、返し忘れてたんです。もう一度、一緒にヘルヘイムに行ってください。みんなを助けるために」

 

 みんなを助けるために。その言葉が、コウタの心を大きく揺さぶった。そして彼は、サクラハリケーンロックシードを取り出していた。

 

「いつまでもうだうだ言ってる場合じゃない、か……。変わらなくちゃいけないよな」

「行きましょう」

 

 二人は頷きあった。

 

 

 

 

《カメンライド ヒビキ》

 

 召喚された響鬼は、口から放出される鬼火で氷を溶かしていく。氷が溶けて暴れだすインベスは、ドライバーの発砲で確実に消していく。

 

「た、助かった」

「お前もたまには役に立つな」

「感謝したまえ」

 

 ディケイドにそう言われたのは、ディエンドだった。彼らの目の前でドライバーをくるりと回す。

 

「氷雨は!?」

 

 斬月はディエンドの肩を掴み、勢いよく質問する。ディエンドはそれを振り払い、手を差し出した。

 

「さあね。それより、助けてもらったお礼かなにか必要だと思わないかい」

「あいつ……!!」

 

 斬月は走り出した。ディエンドの言うことは彼の耳に届いていない。デュークとマリカもそれに続く。

 

「残念だったな」

 

 ディケイドは、彼が無視されたことが愉快だったのか、肩をポンポン叩き、笑う。そして横を通過し、斬月たちが走っていった方へ。

 

「士」

 

 ディエンドはディケイドを呼び止めた。

 

「気をつけたまえ。君が相手にしようとしているのはとても大きなものらしい」

「……」

 

 返事をせず、ディケイドはその場を去った。

 

 

 

 

 ニヴルは、一際巨大な樹の前に座っていた。飲み込んだライダーたちをエネルギーにするのには時間がかかる。それをここで静かに待とうということだ。

 

「……!?」

 

 側に置いていたソニックアローを握り、空中を斬った。そこに火花が散る。何かがいる。

 

「誰だ!」

「ぐっ……よく分かったな!」

 

 そこにはステルスモジュールで透明化していたディケイドフォーゼが。攻撃を受け、フォーゼのカメンライドが解ける。

 

「セコいことをしますね」

「セコさも戦術、戦術はすなわち実力だ」

 

 地面に倒れながらも、ディケイドは指をパチンと鳴らす。

 それを合図に四方八方から攻撃が飛んでくる。ニヴルはそれを避ける。

 

「調子に乗るな人間!」

 

 ニヴルのソニックアローが、物陰に隠れていたデュークとマリカの二人を狙い撃つ。

 二人。一人足りない。彼は――

 

「ここだろう?」

 

 ソニックアローを真後ろに向け、発射する。ディケイドたちと真反対にいた斬月がまともに被弾し、悲鳴を上げながら吹き飛ぶ。

 ニヴル一人に、ディケイド、斬月、デューク、マリカの四人はやられてしまった。

 

「そう来るだろうと思っていたさ! 詰めが甘いんだよ、雑魚が――」

「君もね」

「なに!?」

 

 そこに現れたのは五人目のライダー。インビジブルで姿を消していたディエンドがニヴルのアーマーを撃ち抜く。頑丈なゲネシスドライバーだったが、ディエンドライバーの一撃でバラバラになってしまった。

 変身が解除され、氷雨の姿になる。

 

「やった!」

「まだだ! むしろ本番はここからだよ」

 

 喜ぶデュークに、ディエンドは注意を促す。

 

「まだ完全に吸収したわけではないが……仕方ない」

 

 ディエンドの言う通り、氷雨の様子がおかしい。ライダーたちは彼から一定の距離を取り、武器を構える。

 

「うおおああああああああ!!」

 

 氷雨の体にヘルヘイムの植物が巻きつく。ライダーたちはそれを阻止しようと弓を撃つが、一切の攻撃を通さない。

 

「人間の進化など無に等しい! これが! 生物を凌駕する力だ……!」

 

 彼の体はツタに覆われ、オーバーロード・ニヴルヘイムに変化――否、進化した。

 

「お前……」

「私はヘルヘイムそのもの……。お前たちを倒し次第、この森は地球に進出し、すべてを飲み込む。人類は今日滅びるんだ」

「そうはさせるか!」

 

 一斉に立ち上がり、銃を構えるライダーたち。ニヴルヘイムは周りにツタを飛ばし、武器を振り落とした。それを拾おうとしたところを、衝撃波でダメージを与えた。

 変身が解除された一同は、その場で動けなくなってしまう。

 

「やはり弱いな! 人間は!」

 

 

「セイッハーーー!」

 

 

 叫び声と共に現れた鎧武が、サクラハリケーンに乗りながらニヴルヘイムを両断する。が、傷口に植物がすぐに元に戻った。

 

「ぐっ……また人間が!」

 

 鎧武はバイクごと吹き飛ばされる。変身が解除され、生身でヘルヘイムの地面を転がる。

 

「おい! お前!」

 

 士はコウタに駆け寄った。そして、彼の目が変わったことに気がついた。

 今度は自分じゃなく、誰かのために。

 

「俺は俺の道を進む。もう迷わない。俺は生まれ変わったんだ!」

「フッ……。どうやら、一皮剥けたみたいだな」

 

 ニヴルヘイムは二人の前に立つ。そして語り出した。

 

「どう変わろうが、アーマードライダーに未来はない。何しろ黄金の果実なんて存在しないのだからね。全て私の、作り話さ!」

「……」

「餌をちらつかせば君たちは簡単に飛び込んでくる。あまりにも愚かすぎる生物なんだよ。こんなもの、いずれ滅びる。ならば今ここで滅びても変わらないだろう?」

 

「違うな」

 

「ん?」

「人間はお前が思ってるほどバカな生物でも弱い生物でもない。少なくともこいつは、例え世間にどう見られようが、どう扱われようが関係ない。自分の生き方を自分なりに考え、強くなり、進化してきた。人間の価値を決めるのは人間だ。お前じゃない」

「お前……何様のつもりだ!」

「通りすがりの仮面ライダーだ。覚えておけ」

「お前の番は終わりだ。ここからは俺たちのステージだ!」

 

 士とコウタはドライバーを腰に巻き、それぞれライダーカードとロックシードを持つ。

 

《オレンジ》

《ロック オン》

《カメンライド》

 

「変身!」

「変身ッ!」

 

《オレンジアームズ 花道・オンステージ!》

《ディケイド》

 

「はああああっ!!」

 

 二人は剣を持ち、目の前の怪人に向かっていく。ニヴルヘイムはそれぞれを片手で受け止める。

 

「力あるものに弱者は淘汰されていく。生物はそうやって生死が決まっていくんだよ」

「強さは単純な力だけじゃないんだぜ。それを教えてやるよ」

「なに?」

 

 鎧武の言葉を聞き返したのはニヴルヘイムだけではなく、ディケイドもだ。鎧武はフッと笑う。

 

()()()()()()()()と言っただろ! 二人だけだと思ったら大間違いだぜ」

「まさか!!」

 

 ニヴルヘイムの視線は巨大樹の方に向けられる。そこには、背中に光る翼を持ち、幹の周りをぐるりぐるりと何周もしながら剣を振るうキバーラがいた。

 

「なんてことを……!!」

「力で勝てなくても、お前の目を引き時間を稼ぐことが俺の役目。さあ、解放だあーッ!!」

 

 鎧武の叫びと共に、巨大樹が真っ二つになった。そこから溢れ出てくるライダーたち。ヘルヘイムでの行方不明者がそこに現れた。中にはクウガや龍玄もいる。

 

「お前、やるじゃないか」

「仲間との信頼、これが俺が見つけた新たな強さの形だ。仲間は助けないとな!」

 

 鎧武はディケイドに向かってそう言った。

 その瞬間、ライドブッカーが開きカードが飛び出す。鎧武のライダーカードに力が宿る。ディケイドはその中の一枚を取り、ドライバーに装填した。

 

「いくぞ。あいつを倒す」

「おう」

 

《ファイナル フォームライド ガガガガイム》

 

「ちょっとくすぐったいぞ」

「え? うおおお!?」

 

 鎧武の鎧がめくれ上がり、そこから鋭い刃が。そして足側には大きな銃口が現れた。あっという間に彼は『ガイムダイダイジュウ』へと変身する。

 戦況がガラリと変化した。ニヴルヘイムは焦り、大量のインベスを生み出した。そして自分はそれらに隠れるように後退する。

 

『俺たちに続けー!』

「うおおおおおおおおおおおお!!!」

 

 大量の初級インベスを相手に黒影トルーパーたちが戦う。それ以上の強さを持つ上級インベスには公認のアーマードライダーたちが対応する。

 

「食らえー!」

「おらあ!」

「私たちも行くわよッ!」

「はい! 店長!」

 

 

 

 

 その頃、現世ではヘルヘイムの中継が再開していた。

 

「いけ!」

「頑張れ!」

 

 指示する人間は皆戦いに参加しているはずだ。

 では誰がこれを?

 ライダーたちも視聴者も、それを知る由もない。ただモニターに釘付けになり、目の前で起こっている大合戦の行方を見守っていた。

 

 

 

 

「おらおらおらおら!!」

 

 ディケイドはガイムダイダイジュウを連射しながら敵陣に突っ込んでいく。無限に湧き続けるインベスたちを容赦なく倒していく。

 

『こういうタイプの鉄砲って連射するもんじゃねーだろ』

「できちまうんだからしょうがないだろ」

 

 くだらない会話をしているうちに、パワーを溜めるニヴルヘイムの前に来ていた。

 

「人間んんんん!!!」

 

 ニヴルヘイムがツタを伸ばし、ディケイドたちを攻撃しようとする。ディケイドはそれを撃ち抜き、爆破する。

 連射できるといっても、それには限界がある。無限の手数を持つニヴルヘイムにだんだんと差をあけられていく。

 

「これで終わりだ。死ィィイイ……ねぇェエエ!!」

 

 四方八方からツタが伸び、ディケイドたちを囲うように地を這う。そして一斉に飛びかかった。その中心で爆発が起きる。

 

「ハハハ……これが人間の限界だ!」

『んなわけねーだろ』

「なにっ!?」

 

 ディケイドは、地面に向かって高威力で発砲することで空へと逃げていた。鎧武の声を聞き、ニヴルヘイムが空を見上げる。

 

『とどめだ!』

 

《ファイナル アタックライド ガガガガイム》

 

 ガイムダイダイジュウの形が変わる。銃口の近くに持ち手が生まれ、巨大な剣になる。ディケイドはそれを空中で持ち替え、ニヴルヘイムに向かって振り下ろした。

 

「はああああああ!!!」

「バカなッ!! グググググ……ガァァアア!!」

 

 今度は再生できないように、巨大なエネルギーで焼き尽くす。その衝撃波で周りのインベスは爆発していく。

 

「うおらあああああーーっ!!」

『セイハァーーッ!!』

 

 二人の息が合った。

 ニヴルヘイムは一瞬のうちに炎に包まれ、悲鳴とともに燃え尽きた。

 大将をなくしたことで、インベスたちは各自バラバラに動き始めた。より簡単に倒されるようになり、中には逃げ出したものもいる。

 ライダーたちは勝利を喜んでいた。傷だらけの者や変身を解除された者、老若男女問わず、皆一緒に。

 

「やったな」

「ああ」

 

 ディケイドは変身を解除した。それに釣られて鎧武もドライバーからロックシードを外す。

 

「よう」

 

 満足げなコウタの顔を見ていると、後ろから何者かに声をかけられた。

 そこにいたのは、例のイベントの実況をしていた男。ライダーでない者がヘルヘイムにいることは不可解だ。狼狽する士とコウタだったが、実況の男は話を続ける。

 

「まずは礼を言うぜ。ありがとう」

 

 彼は深々と頭を下げる。

 

「あいつは、この森の邪な意思そのものだ。それが実体をもってしまったんだな。立場上、俺からはあいつを倒せないからなあ。今回はお前たち人間の新たな強さを見られて嬉しかったぜ」

「何を言ってるんだ……?」

「まあ、いつ再び脅威が現れるか分からないからな。お前たちの日々の奮闘を見守らせてもらう。とにかく、これからも頑張れよ! アーマードライダーズ!」

 

 一瞬光に包まれたかと思うと、実況の男の姿は形を変え、拳くらいの大きさの物体になった。

 

「まさか……」

「黄金の果実だ! やはりあったんだ!」

「待て海東」

 

 それを手に取ろうとする海東の足を引っ掛け、彼を転ばせる。

 士が見ていたのは、目の前の黄金の果実を見つめるコウタ、そしてアーマードライダーたち。美しいその輝きは皆に平等に降り注ぎ、彼らの心を癒した。

 士はシャッターを切った。

 

「あれ!?あのロックシードはどこにいったんだーッ!? まだ解析していなかったのにィ~!」

 

 そんな中、デュークはニヴルに変身するためのロックシードを探していた。喜び飛び跳ねるライダーたちに踏まれながら地面を這いつくばり、目を皿にする。ドライバーが破壊された時のことを考えるとこのあたりに落ちているはずだ。

 しかし、既にそこにはロックシードはなかった。

 

 

 

 

 その頃、白服の研究員が研究開発室をあとにしていた。その手にはスターフルーツエナジーロックシードが握られていた。

 

「人工ロックシードの力、存分に試させてもらったぞ……」

 

 白服は満足そうに部屋を出た。

 

 

 

 

 あの一件で世間からアーマードライダーを見る目が変わったらしい。社会的に認められ、アーマードライダーとしての活動にも更に多くのファンがつくようになったとか。

 

「おっ、これは……! ほら、今日のランキング」

 

 ユウスケが士らに見せた記事では、鎧武が一位になっていた。

 

「すごいじゃないですか」

「コウタくんも、いつかユグドラシルと完全に和解できたらいいね」

「その日が来るのはそう遠くないような気がします」

 

 二人は晴れやかな顔。

 それと対照的に、海東は難しい表情だ。

 

「はーあ! 士の邪魔さえなければあの時黄金の果実を手に入れられていたというのに」

「まあそう言うな」

 

 士が写真を撮ったと同時に黄金の果実は地面に吸い込まれてしまったのだ。今も森のどこかにそれはあるのかもしれない。

 

「その代わりと言ってはなんだけど、これをもらってきたよ。本物の黄金の果実の足元にも及ばないがね」

 

 海東がポケットから取り出したのは、黄金に輝くリンゴのロックシード。研究室にあったものを盗んできたのだ。

 

「ったく。転んでもただでは起きない泥棒だ……」

「はいはいはいはい」

 

 キッチンの方から栄次郎が人数分のジュースを持ってきた。横から見れば層を成しており、見た目も美しい。

 

「新鮮なフルーツたっぷりのミックスジュースだよ」

「栄ちゃん器用ね~」

「えへ。そうでしょ」

「へ~本当だ。綺麗にできてますね――おわあ!!」

 

 ユウスケは机の足につまずき、転びそうになる。それを士や夏海、海東までもが協力して支え、ジュースの方へ倒れるのを阻止した。

 その瞬間、ジャララララと新たな絵が出現する。

 机の上に、タワー状に積まれた銀色のメダルが何束も並べて置かれている。そして、その中に鮮やかな色がついたメダルが数枚。メダルには動物や虫の絵柄が描かれている。

 

「なんだ? カジノ?」

「コインゲームみたいに見えますけど」

 

 推測を立てる二人。その時士は残る四枚のブランクカードを取り出していた。残る世界はあと四つ。その間に鳴滝の真意が分かるのだろうか。

 士はジュースを手に取り、ストローでぐるぐるとかき混ぜた。




次回 仮面ライダーディケイド2

「ライダーは助け合いだろ」
「いいや、競い合いだね」
「なんだその歌」
「二兎を追うものはなんとやらってね」
「僕が手伝ってあげようか」

第12話「オーズとアイス屋と強欲の器」

全てを破壊し、全てを繋げ!


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第12話「オーズとアイス屋と強欲の器」


「ヘルヘイムに人間は勝てません!」

これまでの仮面ライダーディケイド2は……

「強さは単純な力だけじゃないんだぜ」
「人間の価値を決めるのは人間だ」
「これからも頑張れよ! アーマードライダーズ!」
「人工ロックシードの力、存分に試させてもらったぞ……」



 士一行は次の世界に来た。この世界で一際目立つのが、一等地に立つ高層ビル。とある財団の拠点となっている場所である。

 紫龍(しりゅう)ファウンデーション。それがこの財団の名前だった。

 廊下を忙しそうに歩くスーツの男女に、清掃員は通路を譲る。人がいなくなると、窮屈な業者の帽子を外し、サボりを始めた。

 士のこの世界の役割は、このビルの清掃員だった。

 

「ったく。なんだこの格好」

 

 いい加減夏海たちに笑われるのも飽きた。

 清掃員も楽じゃない。士にかかればチリ一つないように掃除できるが、なにせ階数が多い。そこまでする気は毛頭なかった。

 

「これがこの世界で俺がすべきことかよ!? ……おっと」

 

 また社員が廊下に出てきた。それを見た士はサッと帽子を被り、掃除機をかけ始める。仕事をしているフリをしておかないと面倒だ。紙の山を抱えている彼は、士の横を素通りする。

 その際、資料の束の一番上が風に乗ってひらひらと舞った。士はそれをキャッチする。

 

「おい、落としたぞ」

「おっ、ありがとう」

 

 短いやりとりだったが、士はその資料の表紙に書かれた文字を見ていた。

 メダルシステム。

 どうやらこの世界にはメダルというものがあり、それがこの財団が所有する財産の一つらしい。写真館の絵に描かれていたのもこれだった。もしかするとこの世界で重要な役割を持っているのかもしれない。

 ふとビルの外――地上で、何か爆発が起きた気がした。

 

「……?」

 

 士はガラスに顔を近づける。

 その瞬間、急に大音量でブザーが鳴る。士は驚いてガラスに頭をぶつけた。ヤミー出現、ヤミー出現。機械音声がそう繰り返す。

 ビルのシャッターが開き、地下駐車場からライドベンダーに乗った武装部隊が出ていく。そして、数が多い屑ヤミーたちを一体ずつ集中射撃で攻撃していく。部隊の中の一人は、大暴れするメインの怪人――カマキリヤミーの方に向かってバイクを走らせた。

 

「変身」

 

 バイクに乗りながら腰に巻かれていたベルトのバックルにメダルを投入し、ハンドルを回す。バックル中央のトランサーシールドがパカッと音を立てて開く。そしてドライバーから放出された装甲が彼の体を覆い、仮面ライダーバースへと変身させた。

 バースはライドベンダーを停め、ヤミーの前に立つ。バースバスターを連射するが、全て鎌で真っ二つにされてしまう。バースは冷静に戦況を見て、新たにセルメダルを取り出しドライバーに投入する。

 

《ドリルアーム》

 

 腕にセルメダルのエネルギーを纏い、ドリルの装甲が出現した。

 攻撃に特化したユニットを振り回し、カマキリヤミーにダメージを与えていく。ドリルをヤミーに喰らわせるたびにそこからメダルがこぼれ落ちる。

 士はその様子をじっと見ていた。

 

「……ん?」

 

 遅れてやってきた一台のバイク。それは猛スピードで一般部隊たちの方へ向かっていく。ハンドルを握る黄色い手。目立つ赤い頭。片手には剣型の武器を持っている。

 

「お、おい!? なんだあいつ! 何する気だ!?」

 

 士は慌てる。思わず、磨いたばかりのガラスに素手をついていた。

 バイクは更にスピードを上げた。剣を持つ手に力が入る。肩に刃を乗せるように剣を構え、銃撃の中を駆け抜けていく。彼が通り抜けた後、屑ヤミーは爆散し、欠けたセルメダルを吐き出した。バイクに乗ったまま、ヤミーだけを倒したのだ。

 上下三色のライダーはバースの前に停車した。

 

「ま、待たせた!」

 

 

 

 

第12話「オーズとアイス屋と強欲の器」

 

 

 

 

 仮面ライダーオーズの登場でバースの攻撃に激しさが増していく。より強く。より速く。敵から漏れ出たセルメダルを掴み、自分のドライバーに投入する。

 

「大丈夫か、アキラ!」

「来るな!」

 

 近づこうとするオーズに、バースはドリルアームを振って牽制した。

 

「お、おい! なにやってんだ!?」

「こいつは俺が倒す!」

 

《セル バースト》

 

 ハンドルを回すとドリルの出力が更に上がる。彼はそれをカマキリヤミーに突き刺した。

 が、ヤミーの俊敏さに負けた。怪人は素早く後ろに飛ぶ。獲物がいなくなり、バースはバランスを崩して前のめりになってしまう。

 カマキリヤミーは鎌にエネルギーを貯め、バースの首を狙ってジャンプした。

 

《スキャニングチャージ》

 

「せいっ……ヤーッ!!」

 

 オーズはメダジャリバーを振った。普通なら当たらない距離だ。だが、メダジャリバーは空間をも切り裂く。カマキリヤミーは動きを止め、次の瞬間爆散し、セルメダルの雨になった。

 バースはそのまま倒れ、地面に手をつく。オーズはメダジャリバーを下ろし、チャリンチャリンと音を立てて地面に散らばるメダルを眺めていた。

 バースはドリルのモジュールと変身を解除して立ち上がり、オーズの方に近づいていく。

 

「アキラ、お疲れ」

 

 彼も変身を解除し、ハイタッチのために手を上げたが、バースの変身者・アキラは息を整えながらそれを払い除けた。

 

「エイジ……なぜ余計なことをした」

「お前がやられそうだったからだよ。ヤミーを倒せたんだ。それでいいじゃん。ライダーは助け合いだろ?」

「いいや、競い合いだね。俺は誰よりも強くないと意味がない。お前に助けられるくらいなら、あのまま攻撃を受けた方がマシだった」

 

 アキラが指を鳴らすと、メダルを集めにタカカンドロイドが群れをなして飛んできた。一匹につきメダル一枚を咥え、どこかに飛び去った。

 

「そんなこと言うなよ。無茶はダメだって。アキラ死んじゃったら嫌だからな」

「死ぬか! 言っておくがな、俺はお前よりも強くなる。バースの力を侮るな」

「いや侮ってなんか……あっ! 俺そろそろバイト行かないと。人足りないんだよね。アキラもどう? ライダーもいいけど、人と関わる仕事も」

「ハッ。バイトだと? オーズの資格を持つ者の自覚がないな。いい加減そんなものやめろ」

「そ、そんなものって……」

 

 アキラはライドベンダーに跨り、武装部隊を引き連れて帰っていった。

 

「めんどくせー奴だな」

 

 不意に声をかけられた。エイジが振り返ると、そこには長身の清掃員がいた。「あなたは?」と尋ねるエイジに士は「門矢士。清掃員兼カメラマンだ」と答え、シャッターを切った。

 

「あのままほっといてやればよかったんだ。一度痛い目に遭えば考え方も変わるだろ」

「そうはいきませんよ」

「なぜだ。向こうはお前のことをよく思ってないみたいだぜ。助けてやる義理なんてないはずだ」

 

 そして言葉尻に「バイトはどうした?」と付け加える。エイジは時計を見て絶望の表情を浮かべ、走り出した。士はそれについていく。

 

「で? あいつはお前のなんなんだ?」

 

 エイジは士の方を見ずにこう答えた。

 

「紫龍アキラ。俺の、昔からの友達です」

「紫龍……?」

 

 士はその苗字に聞き覚えがあった。

 

 

 

 

 紫龍ファウンデーションの会長室。先ほど現れたカマキリヤミーの件について、アキラが報告をしていた。

 

「――この件でヤミーによる市民への被害はありません」

「ご苦労。では下がりなさい」

「いえ、まだエ……オーズについてお話が」

「下がれと言っている」

「いや、だから親父――」

「何度も言わせるな。もうこの場で話すことはない。そして私のことは会長と呼べ。分かったな、ライドベンダー隊総隊長紫龍アキラ」

「……はい」

 

 アキラは一礼し、会長室を後にした。扉を乱暴に閉めたのは反抗心の現れだった。

 高いカーペットが敷かれた廊下をズンズン歩き、エレベーターのボタンを押す。誰かが降りるのに使ったらしく、全八基あるエレベーターは全て低階層に止まっていた。ここまで上がってくるのには時間がかかる。アキラはじっとしていられず、階段を使うことにした。

 

「やあ。隊長くん」

 

 階段の踊り場に立っていた男から声をかけられた。彼のようなラフな格好はこの建物内では見かけたことがない。

 

「誰だお前。社員じゃないな。見逃してやるから、警備員に見つからないうちにとっとと出ていきな」

「君はあのオーズというライダーにご執心みたいだね」

「……お前には関係ないだろ」

 

 海東の言葉にアキラは足を止める。

 

「いいや。僕は取り引きをしに来たのさ」

「取り引き?」

「そ。僕が助っ人をして、オーズに勝たせてあげるってことさ。それで君が彼より優れていることが証明されるよ」

「俺を馬鹿にしてるのか!? お前の助っ人なしに俺がエイジに勝てないだと!?」

 

 アキラは海東に掴みかかる。海東はその手をいなし、逆に彼の手を掴んで後ろに回し、背後を取った。アキラは動けなくなる。

 

「ほら。そんなプライドを持っているようじゃ君はいつまで経ってもオーズの背中を追う側だ。強くなるには何かを手放さないといけないよ。特に君みたいな不器用な人は。二兎を追うものはなんとやらってね」

「ぐ……!」

「心配しなくていい。僕がオーズを攻撃することはないよ。取り引きは成立ってことでいいかな?」

 

 海東は笑顔を見せ、彼を解放した。

 

 

 

 

「お待たせしました」

 

 エイジは客の親子にアイスキャンディーを渡した。

 彼のアルバイトは移動屋台料理店の従業員だった。今は『到来!サマーフェア』を開催中らしく、冷やし中華といった夏を感じさせる料理やスタミナがつく料理が注文できる。そして熱中症対策にとアイスキャンディーの値段が安くなっていた。

 アイスを受け取った子供がありがとうとお礼を言う。それを聞いたエイジの嬉しそうな顔を見て、士は思わずシャッターを切っていた。

 

「意外と客が来るもんだな。だが、人手が足りないってのは嘘だろ」

 

 士は屋台に近づき、エイジにそう呼びかける。何度か行列ができることもあったが、客を何分も待たせるほどではなかった。

 

「あら、あなたエイジくんのお友達?」

「まあそんなとこか。朝からの長い付き合いってやつだ」

 

 店主のチヨコが士に食いついた。お近づきの印にと言ってに士にアイスを差し出す。士がそれを受け取り口にすると、彼女は代金を要求した。

 

「は!?」

 

 驚きの表情を浮かべた士を見て、大笑いして「もう。冗談よ」と言った。癖の強い人だ。士は苦笑した。

 

「あっ。そうだ。エイジくんもう上がっちゃいなさいな」

「えっ!? まだ早くないですか!?」

「平気よー。忙しい時間帯も終わったし、後は私だけで回せるわ。エイジくん最近ずっといてくれたから、たまには休まないとでしょ?」

「ありがとうございます」

 

 エイジはエプロンを外した。

 

「えっと、お名前、門矢さん……でしたっけ」

 

 会話はエイジの質問から始まった。二人は店を離れてしばらく歩き、木陰のベンチに腰を下ろした。

 

「俺は赤羽(あかば)エイジ。門矢さん、俺に用事があるってことは紫龍ファウンデーションの人なんですかね?」

「いいや。だがお前にいろいろ聞きたいことがあるのは確かだ」

「あ、はい。なんでもどうぞ。俺が答えられることなら答えますけど」

 

 人を疑うというものを知らないのか。エイジの無邪気な笑顔を見ると士は変な罪悪感を覚えた。少なくとも自分や自分の知り合いたちは会ったばかりの怪しい人間にここまでオープンにすることはない。

 

「とりあえずあのメダルでできた怪人のことだな」

「ヤミーですか」

 

 エイジは士にヤミーのことについて話した。

 ヤミーは人間の欲望から生まれる災害のようなものであること。大昔グリードと呼ばれる怪物が生み出され、それらがヤミーを作っていたということ。現在グリードの一部は封印され、紫龍ファウンデーションが保管しているということ。そしてその全てにメダルが関わっていること。

 

「あの……これ何かの役に立ちますか?」

「さあな。だがどんなことでも聞いておくに越したことはないだろ。どうやら俺は世界を救わなくちゃいけないらしいからな」

「ははっ。世界ですか」

 

 士の台詞に、エイジは乾いた笑いで返事した。

 

「きゃああああああああ!」

 

 悲鳴が聞こえた。二人は同時に立ち上がり、声がした方に走っていく。

 ビルのガラスが粉々になっており、その中の宝石店に大きな被害を出していた。

 

「門矢さん、ヤミーはこういうところに出やすいです。宝石ってのはやっぱりみんな欲しいみたいで、欲望が生まれやすいんですね」

「そうだな……ん?」

 

 遠くの地面で何か小さいものが動いた気がする。士は目を凝らした。エイジの肩を叩き、何かがいたと思われる方向を指差す。

 また地面が揺らぐ。やはり何かがいる。小動物か昆虫か。

 その正体は背ビレだった。士とエイジに向かって、地面を泳ぐサメヤミーが飛び出してきた。

 

「水生系のヤミーか!」

 

 エイジがオーズドライバーを手にすると、士もディケイドライバーを取り出した。

 

「……!? 門矢さん、それは!?」

「これがさっき話を聞いた理由だ」

 

 二人は腰にドライバーを巻き、それぞれライダーカードとコアメダルを装填した。

 

《カメンライド》

 

「変身!」

「変身ッ!」

 

《タカ》

《トラ》

《バッタ》

《ディケイド》

《タ・ト・バ タトバ タ・ト・バ》

 

「……なんだその歌」

「え、聞こえてるんですか!?」

「……? まあいい」

 

 二人は仮面ライダー、ディケイドとオーズに変身した。ディケイドはライドブッカーを銃状にして、逃げるヤミーに向けてダッシュする。だがオーズは何かを探して別方向へ。

 街の大通りの隙間をヤミーは猛スピードで泳いでいく。ディケイドの攻撃はヤミーに当たらない。

 

「ったく。俺だけ残してどっか行きやがって。逃げる魚には釣り人だ」

 

《フォームライド》

 

 オーズと共に戦う予定だったが、作戦変更。彼はライダーカードを取り出し、ドライバーに投げ入れる。

 

《デンオウ ロッド》

 

 ディケイドのマゼンタカラーから一転。青いアーマーの電王ロッドフォームに変身した。デンガッシャーロッドモードを竿のように振るい、サメヤミーを釣り上げた。

 

《ファイナル アタックライド デデデデンオウ》

 

 空中で身動きが取れないヤミーにデンガッシャーを投げる。六角形の紋章が浮かび、ヤミーはディケイド電王の方へ飛んでくる。彼は高く足を上げ、それを蹴った。再び空中に飛ばされたヤミーはそのまま爆発し、セルメダルになった。

 落ちてくるメダルをキャッチし、それをまじまじと見つめる。表裏の模様を眺めていると、背後から攻撃を受けた。

 

「なに!?」

 

 そこには大量のサメヤミーがいた。二体や三体ではない。十体を越えるヤミーがそこに群れている。ある個体はヒレのみを出して泳ぎ回り、ある個体は地面から顔を出し、そしてある個体は既にディケイド電王に向かってスピードを出していた。

 

「危ない!」

 

《ラタラタ ラトラーター》

 

 オーズはライドベンダーに乗り、ラトラーターコンボにコンボチェンジした。そしてライオンヘッドのたてがみを発光させ、ヤミー全体をスタンさせた。

 

「大丈夫ですか!? すみません。自販機(これ)探してたら時間かかっちゃって……」

 

 そう言いながらオーズは黄色いカンドロイドの蓋を開け、放り投げた。地面を跳ねた缶は巨大化し、ライドベンダーと合体してトライドベンダーになった。横の黄色いラインが光る。

 

「ハアッ!」

 

 オーズの掛け声とともにトライドベンダーは大きく吠え、散り散りになるサメヤミーを空中に吹き飛ばす。それを狙ってオーズはメダジャリバーで斬る。ディケイドも竿を伸ばしてオーズのアシストをした。

 そうなってからはすぐだった。ヤミーは一体残らずメダルになった。

 

「やったな、エイジ」

「ありがとうございます。門矢さんがいなかったらもっと被害が出ていたかも」

 

「ここにいたかエイジ!」

 

 オーズとディケイド電王、二人はそちらを見た。緩やかな階段の上、そこには新たなライダー、バースとディエンドがいた。

 

「俺と戦え! オーズとバース、どちらが優秀かハッキリさせてやる」

「急に現れてなに言ってんだよ!? どっちが優秀だとか関係ないだろ! ライダーが争っても無意味だぞ!」

「うるさい! 俺の言う通りにしろ!」

 

 バースバスターをオーズに向かって撃つ。オーズはチーターレッグの能力で、高速でそれを避ける。

 

「そういうわけだ。オーズくんを借りるよ」

「海東、この世界では何を考えてるんだ」

「僕が考えているのは、いつもお宝のことだけさ」

 

《カメンライド》

 

 ディエンドは二枚のライダーカードをドライバーに装填する。

 

《オウジャ》

《ローグ》

 

 二人の紫のライダーが召喚され、ディケイド電王に向かっていく。ベノサーベルを巧みに操る王蛇と、とにかく硬いローグ。今のディケイドには相性が悪い。

 

「だったら手に入れたばかりのこいつを試してやる」

 

《カメンライド ガイム》

 

 空からオレンジ型の鎧が降ってくる。振り下ろされるベノサーベルをがっちりガードし、跳ね返した。

 鎧武に変身したディケイドは、ライドブッカーと無双セイバーを持ち、二人のライダーと戦闘を始める。ディケイド鎧武は二つの剣を使うことで、二対一の構図を二つの一対一の構図へと変えてみせた。

 その横ではオーズとバースの戦いが繰り広げられる。

 

「アキラ! 急にっ! なんだよ! ヤミーはもう倒したってのに!」

「ヤミーとの戦いは終わったんだろ、だったら俺との戦いに集中しろ! オーズとバース、純粋な力比べだ!」

「だから何度も言ってるようにそんなことする意味ないって! 一緒に戦って市民を守る仲間じゃないか!」

「問答無用だ!」

 

 バースは武器付きの腕をブンブン振り回すが、オーズはそれを避け続ける。彼からバースに攻撃することはなかった。

 

「ぐあっ!」

 

 背後から苦しそうな声と打撃音が聞こえる。オーズが振り向くと、だんだん劣勢になっていくディケイド鎧武が見えた。オーズは体をそちらに向ける。

 

「門矢さん! こっちです!」

 

《タカ》

《ウナギ》

《ゾウ》

 

 タカウゾにフォームチェンジしたオーズはタカの目で狙いを定め、ウナギのムチを伸ばしてローグと王蛇を掴んだ。そして身動きが取れないように自分の近くへと引き寄せた。二人のライダーが暴れても、ゾウレッグのずっしりとした安定感は揺らがない。

 

「ナイスだ!」

 

《ファイナル アタックライド ガガガガイム》

 

 ライドブッカーと無双セイバー、二つの剣を同時に上から下へと大きく振る。斬撃が飛び、王蛇とローグを一刀両断。ダメージを受けた二人は消えた。

 

「よそ見をするなぁーっ!!」

 

《セル バースト》

 

「!!」

 

 バースはオーズに向かって必殺技を撃つ。苦しそうな声を上げて地面に転がるオーズ。ディケイド鎧武はバースとディエンドの方を見る。

 

「自分が攻撃を受けようとも人を助けることを優先するんだな。そうだ……お前はそういう奴だったよ……」

「やったじゃないか。君はオーズに勝った。これは今目の前で起こった、まぎれもない事実だ!」

「……あ、ああ」

 

 ディエンドはバースの肩を叩き、回れ右をして歩いていく。階段を挟んだ位置関係でディケイドからは彼らが去っていった方は見えない。

 ディケイドはドライバーを外し、変身を解除した。

 

「痛てて……」

「おい、大丈夫か。あいつ、ついにお前を撃ったぞ」

 

 士は倒れているエイジに手を貸す。

 

「はい。まあ、見てなかった俺が悪いですね。隣にいた人は門矢さんのお知り合いですか」

「あいつはただの悪い奴だ。どうせお前の友達を利用してお宝入手を企ててるんだろうな」

「そうなんですか。……ところで、お腹減ってますよね? 紫龍ファウンデーションの食堂行きましょ」

 

 エイジは服についた砂埃を払いながら言う。

 オーズである彼はヤミーを退治することで財団に所属しているというかたちになっているため、好きに社員食堂を使える。給料は出ないが、代わりにライドベンダーやカンドロイドの使用制限がない。

 

「え?」

「タカの目です。そういうのもお見通しなんですよ」

 

 エイジは自分の目を指差して、得意げにそう言った。

 

 

 

 

 紫龍ファウンデーションのビル。海東とアキラがエレベーターに乗って地下に向かっていた。

 もうすぐ目的のものが手に入ると確信して胸を弾ませる海東に対し、アキラの表情は優れない。

 

「隊長くん、どうだ? 満足した?」

「……いいや。ほぼ不意打ちに近い形になっちまった。こんなことで勝っても虚しいだけだ」

「ああそうかい。ま、僕にとってはどっちでもいいんだけどさ。君が素直になれないうちはオーズくんもまともに戦ってくれない気がするよ」

「さっきあんたの方のやりとりを見て思ったが、あんたもだいぶ屈折してる方だと思うぜ」

「ふん」

 

 そうしているうちに目的地についた。財団のビルの最下階、財団が所有する宝物類が保管されている場所だ。

 アキラはカードキーを使いロックを解除する。ライドベンダー隊の総隊長であり、会長の息子である彼だからできたことである。

 

「本当に開けてくれるとはね」

「俺はこんなものに価値を見出せないからな。十個でも二十個でも、あんたにくれてやるよ」

 

 アキラの言葉を無視し、海東は奥へ奥へと進んでいく。アキラもそれに続き、歩いていく。

 彼らが去った後もエレベーターが動いていることは、二人は気づいていなかった。一度地上に出たエレベーターの表示階数はどんどん下がってくる。

 海東がおっと声を漏らした。

 

「お目当てのもんは見つかったのか」

「ああ。あれが幻の、黒のコアメダルだ」

 

 彼の目の前には、ガラスケースに入った黒いメダルが三つ。それぞれサソリ、カニ、エビの模様が入っている。

 

「よし待ってろ。今セキュリティを――ぐ!?」

「隊長くん?」

 

 海東は顔だけ振り返り、アキラに声をかける。さっきまで立っていた場所で床にうずくまる姿を見て、海東はアキラに駆け寄った。

 

「どうした!?」

 

 呼び掛けても苦しそうに呻くだけだ。

 その時、視界の端に動くものを捉えた。

 それはアキラの背に直撃し、彼の体の中に吸い込まれていった。

 飛んできた方には、全身白い服に身を包んだ謎の男が。彼がコアメダルを投げるとアキラの中に入り、そのたびに彼は苦しそうにする。

 

「うぐっ……あがっ……!!」

「何をするんだっ!」

 

 海東はディエンドライバーを白服に向かって撃った。

 白服は瞬時にガイアメモリを取り出してマスカレイドドーパントに変身した。弾が命中したが、メモリを使ったことで人間以上の耐久力を得て、数秒耐えられる体に。九枚目のメダルを投げ終えた直後、彼は爆死した。

 

「隊長くん! 大丈夫かい!」

「うう……あああああああああああ!!」

 

 自身を抱きかかえていたアキラは、悲鳴にも似た叫び声を張り上げた。声は衝撃波となり、辺りに火花を散らす。海東もただではすまない。物陰に身を隠し、アキラを観察した。

 海東は自分の目を疑った。彼の腕が。足が。体が。異形になっていく。

 

「な……なんだその姿は……」

 

 

「グオォォォォォオオオ!!」

 

 

 アキラの咆哮でいくつかのセキュリティ装置が破壊されたため、緊急ブザーが鳴り響く。地上のビルにも警報が鳴り、地下への侵入者を通知する。

 警報は士とエイジが軽食を取る食堂にも聞こえてきた。

 

「なんだ!?」

「地下か……。地下は確か金庫があるって、昔アキラに聞いたことが」

「ってことは海東かぁ? あのお騒がせ者め」

 

 士が悪態をつくと、地面が揺れだした。

 

「今度はなんだ!」

 

 食堂の床の中央を打ち破り、何かが飛び出した。それの正体を見る間もなく、謎の物体は天井に穴を開けて次のフロアへ消えていく。

 天井の穴から悲鳴が聞こえる。

 

「ヤミーが出たのか?」

「またですか!? 一日にこんなにヤミーが出ることは珍しいことですよ!?」

「とにかく行くぞ」

「はい!」

 

 外に出ると、ビルに穴を開けた怪人がはっきり見えた。黒に近い紫色の姿。所々に現れた恐竜を思わせる意匠。ゴツゴツした体はヤミーのそれよりも力強く、禍々しい。

 怪人は溢れる力を制御できないのか、辺りを殴りつけるばかりだ。一発パンチを打つごとにその場にクレーターができていく。

 

「こいつは強そうなのが出たな」

「あのベルト……間違いない、グリードです!」

 

 エイジはグリードの腹を指差した。きらりと光るベルトがグリードである証だ。

 

「でもおかしい……本来、グリードはメダルと同じ種類しかいないはずなんです。紫のメダルなんて聞いたことありませんよ!?」

「でも現にこうやって出てきてるんだ。だったら倒すしかないだろ」

 

 士はディケイドライバーを取り出した。

 

「変身!」

 

《カメンライド ディケイド》

 

「へ、変身!」

 

《タカ》

《トラ》

《バッタ》

 

 ディケイドとオーズは武器を持ち、恐竜グリードを追いかける。

 先に飛び出したのはディケイド。背後をとったかに思えたが、グリードは手を後ろに伸ばしてライドブッカーを受け止めていた。

 

「なに!?」

「ムン!」

 

 力を込めるとディケイドは思い切り吹き飛ばされ、ビルの壁面にめり込んだ。

 

「門矢さん!」

 

 グリードは、今度はディケイドを心配するオーズに狙いを定めた。よろよろと歩いていた足は次第に速くなり、オーズに突進していく。

 

「グオオアアアアッ!!」

「くっ!」

 

 グリードはオーズに向かって拳を振り下ろす。オーズはメダジャリバーでグリードの一撃を耐えた。そして一枚、二枚とセルメダルを入れていく。隙を見て必殺技を発動させてカウンターアタックを狙っているのだ。

 

「エ……エイ……ジ……」

 

 そうグリードが喋った気がした。

 

「え……。お前……」

 

 オーズは動きを止める。三枚目のセルメダルが地面に落ちて金属音を立てた。

 

《アタックライド ブラスト》

 

 横から銃弾が飛び、恐竜グリードに命中する。そして怯んだところをディケイドが蹴りを入れ、オーズを助けるかたちになった。

 

「ボサッとするな」

「は、はい!」

 

 今のは……。

 

 オーズはやはりさっきのことが気になっていた。

 ディケイドはそんなことはつゆ知らず、グリードと距離を取って相手の出方を伺っている。

 

「ウオオオオオオオオッ!!」

 

 恐竜グリードは一つ、大きく吠えた。

 




次回 仮面ライダーディケイド2

「無茶させられないに決まってるじゃないですか」
「オーズの力を捨てろ!」
「人間は欲望にまみれた生き物さ」
「俺が変えられる世界は、俺の手の届くとこだけ」
「人はその欲をコントロールできるからな」
「その欲望、解放しろ」

第13話「恐竜と赤い翼と伸ばす腕」

全てを破壊し、全てを繋げ!


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第13話「恐竜と赤い翼と伸ばす腕」

「ライダーは助け合いだろ?」

これまでの仮面ライダーディケイド2は……

「ハッ。オーズの資格を持つ者の自覚がないな」
「一度痛い目に遭えば考え方も変わるだろ」
「君はあのオーズというライダーにご執心みたいだね」
「間違いない、グリードです!」
「倒すしかないだろ」
「ウオオオオオオオオッ!!」


 恐竜グリードは大きく吠えた。あまりの迫力に、二人のライダーは思わず足がすくんでしまう。

 手当たり次第に破壊を行っていたグリードは、目標をディケイドとオーズに定めたようだ。一心不乱に殴っていた地面や壁には目もくれず、ライダーたちに向かってくる。

 

「来るぞ!」

「は、はい!」

 

 ディケイドはオーズをドンと押し、その反動で反対側に飛ぶことで左右に散る。寸前で敵の突進を避けた。

 すると、それを確認したグリードは太い尻尾を長く伸ばし、一回転して二人を跳ね飛ばした。力強い攻撃を受け、二人は壁にめり込む。

 二人が崩れたコンクリートと共に地面に落ちたと思えば、次にグリードは口から電撃を放った。

 

「うああああああああああっ!!」

 

 二人はその場に倒れた。

 剣を支えにしてなんとか立ち上がるディケイド。ダメージを受けたところをいたわりながら、敵の次の行動に備える。それに対してオーズはうつ伏せに横たわったままだ。

 

『エ……エイ……ジ……』

 

 あれはただの空耳なのか。そう思いつつも彼は既に、自分の立てた仮説が真実であると確信していた。

 彼は目の前の異形の怪人を見て、ぎゅっと拳を握りしめた。

 

 

 

 

第13話「恐竜と赤い翼と伸ばす腕」

 

 

 

 

 ディケイドは恐竜グリードと戦闘中だ。グリードはまだ有り余るパワーの使い方がなっておらず、先ほどのように単純な攻撃ならば簡単に躱せる。敵の攻撃には冷気が纏われていて、攻撃が当たった地面は凍り付いていく。

 彼は敵の大振りのパンチをバックステップで避け、ライドブッカーからカードを取り出した。

 

「そっちが恐竜なら、こっちも恐竜でぶつかってみるか」

 

《フォームライド ダブル ファングジョーカー》

 

 ディケイドは白と黒のボディの刺々しい見た目のライダーに変身した。変身完了と共に身体中のトゲがギンと逆立つ。ディケイドダブルも恐竜グリードと同じように吠えた。

 姿勢をぐっと曲げて重心を低くする。前方向に跳ね、敵に一発攻撃を加える。そして受け身をとって次の攻撃へ。ディケイドダブルはまるで野生動物かの如き動きで恐竜グリードを翻弄する。グリードの尻尾攻撃もバク宙で回避した。

 ファングジョーカーがすごいのは回避性能ではない。攻撃に特化したフォームだけあり、敵のパワーにもものともしない力を持っていた。二人は鍔迫り合いの戦闘を繰り広げる。

 

「はっ!」

 

 右足でグリードの腹に蹴りを入れ、左足で地面を蹴る。跳んで、その左足でグリードの顎にキックを与えた。グリードが怯んだ隙にまたカードをドライバーに装填した。

 

《アタックライド ショルダーファング》

 

 右肩から刃が生えてくる。それを取り、敵に向かって投げた。

 

「ウガ……グ……」

 

 不規則な動きで飛んでいくそれは、恐竜グリードを右から左から、切り刻むようにダメージを与えていく。グリードは攻撃の隙がなく、激しい攻撃に苦悶するだけだった。

 

「とどめだ!」

 

《ファイナル アタックライド ダダダダブル》

 

 戻ってきたショルダーファングを肩に収め、必殺技のために屈む。右足首から新たな刃が生えてきた。ディケイドダブルは跳び上がり、回転しながらグリードにみるみる近づいていく。

 

「だめだーーっ!!」

 

《サイ》

《ゴリラ》

《ゾウ》

 

 二人の間に、サゴーゾコンボに変身したオーズが割って入った。

 

「お前……! 何して!」

 

 目では確認できているが、体はいうことを聞かない。必殺技を中断しようにも避けようにも、タイミングが悪すぎた。ディケイドダブルは勢いそのままにオーズに突っ込んだ。

 

「うわあああああっ!!」

 

 オーズは両手を前に出して防御の態勢をとっていたが、ディケイドダブルの破壊力に負けてしまった。コンボの反動とディケイドから受けた攻撃、二つのダメージがエイジを襲う。

 オーズの変身が解除され、膝をつく。グリードの声を聞いたエイジの口元が緩んだ。

 

「グオ……エイ、ジ……」

「やっぱり……そうなん……だな……」

 

 言い終わると白目をむき、倒れた。

 恐竜グリードは倒れるエイジを見てただおろおろとするだけだった。エイジに駆け寄るディケイドを確認すると、どこかに逃げていった。

 

「……! 待て!」

 

 ディケイドが叫んだ時にはグリードは既に消えていた。

 変身を解除し、地面に倒れているエイジを見下ろす。彼は何をしたかったのか。士にはまだ理解できていなかった。

 

 

 

 

 海東は紫龍ファウンデーションに赴いていた。崩れた地下にいたため、服には砂埃が付着している。なんですかあなたはと彼を止めようとする社員たちを振り払い、会長室に進んでいく。

 バンと扉を開けると、会長は椅子に座って誰かの到着を待っていた。

 

「たのもー」

「何かご用かな」

「あんたの息子さんの話をしたいんだけど。今彼がどこにいるか分かるかい?」

 

 単刀直入に尋ねる。

 会長は眉一つ動かす気配がない。

 

「アキラのことかな」

「ああ。彼は――」

「既に知っているよ」

 

 会長は胸元のポケットからリモコンを取り出す。ボタンを押すと椅子の後ろにモニターが降りてくる。

 モニターに映っているのは戦闘風景の録画だった。画面の中ではオーズとディケイド、そして恐竜グリードが戦っていた。

 別のボタンを押すとグリードがアップになった。映像は止まり、隣にいろいろな数値が出る。グリードの体を分析した結果らしい。

 

「君は何のためにここに来たのか。アキラのグリード化を戻す術を探しに来た。そうだね?」

「……」

「人が完全にグリードになる、すなわち肉体が完全にメダルに置き換わるには時間がかかる。だが、宿主の欲望によって反応速度に差が生じる」

「なら、まだ隊長くんは」

 

 会長は笑顔で頷く。余裕と満足を一つにした表情だ。

 

「今ならまだ間に合うが、じきに完全なグリードになってしまうだろうということだ。アキラは新たなグリードとなる」

「自分の息子だろう。彼がグリードになってしまってもいいのか!」

「いい」

「なに!?」

 

 会長の発言に海東は驚く。

 

「人を動かすのは欲望だ。自らの欲望に従った結果がグリード化(それ)ならば、私はそれを認める!」

「……」

「元々アキラには欲がなかった。なんでも人並み以上にこなせてしまう故に、渇いていたのだ。私は親としてあいつに接してきたが、特別何かを欲しがることはなかった。しかし!」

 

 机をばんと叩く。それはもう海東に話している口調ではなかった。独り言のように空を見つめ、興奮した口調で語り続ける。

 

「赤羽エイジくんがオーズの力を持ちヤミーと戦い始めてから、アキラは私にライドベンダー隊入隊を要求した! それは初めての欲望だった! 欲望の先に何を見出すのか。私はそれが見たいだけだ。我が子の選んだ道を!」

「ああそうかい」

 

 海東はこれ以上話すこともないと判断し、部屋から出て行こうとする。

 

「待ちたまえ」

 

 彼はその場に立ち止まり、顔だけそちらを向く。

 

「自らの欲するもの全てを手に入れるために動く存在。故に強欲(グリード)。だが今のアキラはたった一つの欲望のために全てを捨て去る、矛盾した、いわば虚無のグリードと呼ぶべき存在だ。これはとても危険だ」

「だからなに?」

「君にこれを預けておこう」

 

 会長が投げて寄越したのは赤いコアメダルだった。

 

「僕はこんなのいらないけど?」

「それはエイジくんへのプレゼントだ。渡してくれ」

「……ふん」

 

 海東はメダルを握りしめ、会長室を後にした。

 

 

 

 

 エイジは気がつくと、辺りに何もない謎の場所に立っていた。だだっ広い空間には草一本生えていない。足元もはっきり見えず、自分が何に立っているのかすら分からない。

 

「ここは……?」

 

 何もない場所をエイジは歩きだした。

 しばらく進むと、この遠くに人影が見えた。

 

「おーい。誰だー?」

 

 そう呼びかけるが、人影は反応しない。おかしいなと首を傾げ、小走りで近づいていく。

 ふと彼の足が止まった。

 

「あ……」

 

 人影はこちらを振り返る。

 エイジの体が震えだし、汗が出てくる。視界がぼやける。息をするのも忘れてしまいそうだ。

 

「アキラ……」

 

 そこに立っていたのは紫龍アキラ。

 嘘だ。ここにいるはずがない。だって、アキラは。

 

「そうだよ」

「!」

 

 エイジの考えていることが伝わったのか、アキラはエイジに笑いかけた。久しく見たことがなかった笑顔だ。その笑顔に彼は、言い表しようのない不気味さを感じた。

 そしてアキラの腕が。足が。体が。だんだんと変化していく。

 

「いやだ……アキラ……うわああーーーっ!!!」

 

 エイジは叫んだ。

 その拍子に、再び目が覚めた。

 今度はしっかりと床があり、壁があり、天井がある。エイジはベッド代わりのソファに寝かされていた。急に起き上がったことで、額に乗せられていたタオルが落ちる。

 

「気がつきましたか?」

 

 初めての声に質問される。声の方を見ると、救急箱が置かれたミニテーブルの周りに三人の男女が座っていた。

 会釈するエイジに、女は「あなた、長いことうなされていたんですよ」と伝えた。彼女の言う通り、窓の外はすっかり暗くなっている。

 エイジは、士によって光写真館に運ばれていた。夏海やユウスケの手当ての甲斐あってエイジは目覚めたのだった。栄次郎は替えのタオルを持ってきたところだったが、エイジの元気そうな姿を見て喜んでいた。

 

「あ……門矢さん。ありがとうございました」

 

 お礼を言われたのに士は不満そうな顔だ。

 

「ありがとうじゃないだろ。せっかくあいつを倒せるところだったのに。なにやってんだお前は」

「すみません……」

「まあまあ。エイジくんもなにか理由があったんじゃないかな」

「そうかあ?」

 

 文句を言う士をユウスケがなだめる。だが士の言うことはもっともだ。ライダーがヤミーやグリードを放置することは市民への危険を意味する。

 しかし、今回は状況が状況だ。

 

「はい。実はちょっと思うことがあって……。多分、さっきのグリードの正体は……アキラです」

「なに?」

 

 士は半信半疑だった。

 

「アキラさんって、あなたのお友達の……ですよね? 士くんに聞きました」

「あいつ、人間じゃなかったのか!?」

「いや! 間違いなく人間です! でも、人間がグリードになったなんて話は聞いたことがありません。ありませんが……そうとしか思えないんです」

 

「その通りだよ」

 

 スタジオに新たに一人入ってきた。

 

「海東。お前何か知ってるのか」

「隊長くんは謎の男にコアメダルを投げ入れられて、ああなってしまった」

「謎の男?」

「この世界でもガイアメモリを使っていてね。どうやら僕たちの他に世界を渡る奴らがいるみたいだ」

 

 ガイアメモリはダブルの世界の道具のはずだ。

 士は今までに遭遇した白い服の男女を思い出していた。別のライダーの世界のはずだが、彼らは同じ服装で、一貫して士たちと逆の行動をしていた。最初に鳴滝を襲ったのもそうだった。

 

「アキラと一緒にいたんですか!?」

 

 エイジはソファから立ち上がり、海東に歩み寄る。

 

「ああそうさ。オーズくんにもお世話になったね。このお宝をいただくために彼と取り引きをしていたんだ、君と戦って勝たせるというね」

 

 海東は胸元から三枚の黒のコアメダルを取り出した。

 メダルを保管していたのは財団のビルの地下。厳重な警戒がしかれたそこに侵入するのは不可能ではないが骨が折れる作業だ。それを堂々と正面から入るためにアキラに案内させる必要があったのだ。

 

「あんた、そんなもの欲しさにアキラを見殺しにしたのか!? あんたがしっかりしてればアキラはグリードにならなくて済んだんだっ!」

 

 海東の発言にカチンときたエイジは彼に殴りかかろうとする。それをユウスケが後ろからなんとか取り押さえる。

 

「離してくださいよ! こいつが……!」

「落ち着け。今ここで感情に身を任せても意味ないぞ」

 

 士はエイジの腕を掴んで引き、海東から遠ざけた。エイジもすぐに怒りが治まったようで「すみません」と罰が悪そうに言った。

 

「お前はあいつのことをずいぶん気にかけてるな。昔からの友人だからか?」

「そうですね。……アキラは、昔から体が弱かったんです。だから余計に心配だっていうのはあります」

 

 エイジは話し始めた。

 

「バースだってただのパワードスーツじゃない。あいつはそれを無理して使ってる。変身するたびに負荷がかかってるってのは、俺からはずっと見えてたんです。そんなの……無茶させられないに決まってるじゃないですか」

 

 彼は、変身のたびに身体中を痛めるアキラを、タカの目で見てきた。心配だったが、それを伝えることは強くならなければならないという彼の気持ちに水をさすものだと判断したのだ。

 

「あいつのことを思えば思うほど、俺が頑張らないとって思ったんです。アキラのためを思うなら、俺が強くなってあいつを守らなくちゃいけないって」

「なるほどな。プライドの高いあいつに本当の気持ちを言えなかったということか」

「全部アキラさんのため……だったんですね」

「人は、自分の身の丈に合ったことしかできません」

 

 エイジは手を前に突き出して言った。

 

「俺が変えられる世界は、俺の手の届くとこだけ。自分ができることを精一杯やる。それだけです。……今の俺にアキラを救えるんでしょうか」

 

 掌をじっと見つめ、拳を握る。

 

「人間は欲望にまみれた生き物さ」

 

 海東が再び会話に混じる。一同はそちらを向く。

 

「欲が深すぎるとそれに溺れ、あらぬ方向に暴走してしまう。だが、厄介なことに欲がないと生きてる感じがしないのも事実だ」

「……」

「彼は今、メダルに足を取られて欲望の海で溺れている状態さ。助けられるのは君だけだ。君の手で彼を引き上げたまえ」

 

 エイジは小さく頷いた。

 

「さあさあ、ご飯できたよ。君も食べていきなさい」

 

 栄次郎が皿を持ってやってくる。エイジは好意に甘えることにした。

 いつもより人が多い食卓。ユウスケは栄次郎の手伝いをし、夏海は言い合いをする士と海東を注意する。

 賑やかな雰囲気に、エイジの心も少し晴れた気がした。

 

 

 

 

 とあるビルの屋上。めったに人が来ない場所で、怪人が柵にもたれかかっていた。

 恐竜グリードはショルダーファングで受けたダメージがようやく癒え、人間の意識もはっきりしてきた。

 彼の視界は色褪せ、ノイズが混じり、近くも遠くもぼやけて見える。車の音や人の話し声も、質の悪いイヤホンのようなボケた音しか耳に届かない。

 

「これが……俺か……」

 

 アキラはすっかり変わってしまった自分の手足を見た。

 聞いたことがある。ヤミーとは違い、コアメダルを核として構成された怪人。全てを手に入れるまで潤わないほどの欲を持つ、欲望の象徴。

 彼は、もしこのまま人間でなくなったとしても構わないと思っていた。

 

「うっ……」

 

 アキラは苦しむ。その瞬間、グリードの姿から人間の姿になった。まだ体がコアメダルに慣れきっていない。痛覚はまだ正しく働いているようだ。

 グリードがこの世の全てを欲しがるならば、彼はその逆だった。例え全てを失ったとしても、たった一つだけの欲望のために。

 アキラは気を失うように倒れ、眠った。

 

 

 

 

 次の日。エイジはいても立ってもいられず、街を適当に歩いていた。彼には士が付き添い、アキラ捜索に手を貸していた。

 探索に出していたタカカンドロイドが飛んでくる。タカーという可愛らしい機械音声を出しながら、くるくると旋回した。

 この先にアキラがいる。そう思うとエイジは歩けなくなってしまった。何人もの人に追い越され、すれ違う。

 

「どうした。この鳥が指す方にあいつがいるんだろ」

「そうなんですけど」

 

 エイジはタカカンドロイドを追おうとする士についていけない。足がすくんだままだ。

 

「やっぱ俺、戦えないですよ。戦いたくないですよ。だって相手はアキラですもん」

 

 その時、ドンと大きな爆発音がした。直後に悲鳴がする。カンドロイドが示す方向と逆であるため、アキラではないことは確かだ。

 

「こんな時にヤミーかよ……!」

 

 士はディケイドライバーを持つ。エイジも反射的にオーズドライバーを持ったが、手の震えが止まらない。

 

「お前……」

「ダメですね、俺。手の届く範囲でできることを精一杯やるって言ったじゃないですか? オーズの力を持ってから、世界中どこまでも手が届く気がしてました。でも俺の手は……いつも近くにいた友達には届かなかったんです。もう俺は……」

 

 エイジは下を向き、そう言った。その声は震えている。地面にぽつりと一つの染みができた。

 

「その程度だったのか? 君の、彼に対する気持ちは」

「……え?」

 

 海東が現れた。

 つかつかと二人の方に近づき、士をドンと押した。何をするかと思えば、彼はエイジの胸ぐらを掴んだ。

 

「いつまでそうやってウジウジしているつもりだ!」

 

 今にも殴りかかりそうな勢いだ。士はそれを止めようとしたが、海東の冷静さを失っていない目を見てその必要はないと判断した。

 

「手が届かないなら、次は精一杯伸ばしたまえ! 君が手を伸ばしたら彼もきっと応えるはずだ! 君たちはお互いに素直になれていない。まずは自分の心に正直になるんだ。君は何をしたい? 世界中に届く手? そんな言い訳はやめるんだ。思い出すんだ、君の欲を」

「俺の……欲……」

 

 それは彼が持っていなかったもの。エイジの口から漏れるように呟かれる。

 

「俺は……」

 

 彼の頭の中で思考が巡る。本当にしたかったことは何か。それを思い出している。そして一つの結論に達した。

 

「俺は、大切な友達を失いたくない。だから戦います。アキラの欲望に応えること。それが、俺があいつにできることだ」

 

 エイジはもう迷わない。確かな決意がそこにあった。海東はふっと笑い、指で銃を作ってばんと撃った。

 

「その欲望、解放しろ」

 

 海東はそう言い、エイジに赤いメダルを手渡した。

 エイジは頷く。飛んでいくカンドロイドの後を走って追っていった。

 

「海東……お前、ずいぶんとらしくないことをするじゃないか。雨が降るか槍が降るか、なんなら世界がぶっ壊れるんじゃないか」

「勘違いはよしてもらおうか。……僕もまた、通りすがりの仮面ライダー。それだけのことだ」

「ふっ。じゃあ行くか」

 

 士はディケイドライバーを腰に巻く。二人は同時にカードを取り出し、それぞれのドライバーに装填した。

 

「変身」

「変身ッ!」

 

《カメンライド ディケイド》

《カメンライド ディエンド》

 

 二人のライダーはエイジの向かった方とは逆の、ヤミー騒ぎの中心に向かって走っていった。

 

 

 

 

 エイジは街を超え、人がいない海岸まで来ていた。周りには何もないので、背の高い人影が目立つ。

 波打ち際に人間の姿のアキラが立っていた。彼は何も言わず、エイジの方に体を向けた。

 エイジもアキラの気持ちに応えるようにベルトを巻いた。海東から受け取った赤いメダルをドライバーに入れていく。

 

「変身」

 

 スキャナーが振り下ろされた。

 

《タカ》

《クジャク》

《コンドル》

 

 赤い光と熱いオーラがエイジの体を包み、オーズ・タジャドルコンボに変身した。

 アキラも同時に体をグリードの姿に変化させる。

 熱気と冷気が激しくぶつかり合う。

 二人は同時に走り出す。パンチを繰り出し、お互いの頬を殴るところまで全く同じ動きだった。

 

「うっ……!」

「グウ……」

 

 次に二人はキックを繰り出す。今度も同時にヒットした。

 

「嬉しいぜ、お前とこうして互角に戦えることが」

「俺は……そうは思わない」

「そうかよ。戦うのが嫌なら、オーズの力を捨てろ!」

「それはできない! これはヤミーから人を守るための力だから! バースもそうだろ!? なあ!」

 

 アキラのパンチを横に避けたオーズは、飛び蹴りをした。アキラがよろめき、当たったところからはメダルが溢れた。

 

「お前……もうグリードに……!?」

「かもしれないな。だが俺はお前と戦うためならば人間としての俺も捨てるつもりだ」

「バカ野郎!」

 

 オーズがパンチを当てた。今までで一番重い一撃だった。その衝撃でアキラは後方に飛ぶ。

 

「俺と戦う理由はなんなんだよ! 俺たちは大きな喧嘩もしてこなかっただろ! ここまで二人で仲良く歩んできたわけじゃないか――」

「違う!」

「ぐあっ!」

 

 今度はアキラがオーズを殴った。

 

「お前は他の奴らとは違い、俺に対等に接してくれた! 紫龍ファウンデーション会長の息子である俺にな。だから俺もお前の手をとった!」

 

 グリードの攻撃は止まない。

 

「いつも共に歩いてきた! 俺とお前は常に隣にいた! 横並びだった! だがオーズを手にしたお前とは実力が広がるばかりだ。追いついてもお前はその先をいく。いつしか俺の目標は……バースとして世界を守ることより、お前を超えることになっていた……」

 

 オーズの赤いボディに氷が付着しはじめた。アキラの胸中の思いを聞いていた彼は既に抵抗をやめていた。一方的にアキラに殴られるだけ。それでも彼は倒れず、ただ立っていた。

 アキラはスッと一呼吸置く。彼の拳に禍々しいパワーが集まっていく。

 

「俺は……お前と一緒に歩いていきたかった! それだけだったんだ……!!」

 

「俺たちは勘違いしてたのかもな」

 

 ぽつりと呟いたオーズは、バッと翼を広げた。全身を覆っていた氷の膜を溶かし、アキラの右手を受け止めた。

 

「!?」

「俺はオーズになった時、この世界の全部を守るって決めたんだ。この力があればできるって思った。そしてお前も守るって、そう思ってた」

 

 オーズはギュルルルと回転し、アキラの手を払い、距離を取った。

 アキラはふっと笑う。

 

「分かっていたさ。エイジのことだ。きっとそうなんだろうなと思っていた。だが、俺はそれがどうしても許せなかったんだ。お前の気持ちを素直に受け止めることが出来なかった……」

「……」

 

 アキラの拳に再び力が集まっていく。それは先ほどよりも強大だ。

 オーズもスキャナーを手にし、バックルに沿ってメダルをスキャンした。

 

《スキャニングチャージ》

 

 オーズは翼を広げ、宙に飛び上がる。足の形状が大きく変化し、アキラに向かって猛スピードで突っ込んでいく。

 

「来い! エイジ!」

「うおおおおおお! アキラァァァアア!」

 

 アキラは攻撃をしなかった。力を溜めていた拳は振られることはなく、下ろされた。

 

「すまなかったな」

 

 それが、エイジが聞こえた最後の言葉だった。

 オーズの必殺技を受けたアキラは倒れる。グリードの体は元の人間の姿に変わっていた。

 エイジは変身を解除し、慌ててアキラのもとに駆け寄る。砂に足を取られて転ぶが、それでもいち早く彼のもとにと急いだ。

 彼のもとにたどり着くと同時に、力なく倒れたその体を抱き上げた。小さいが、鼓動を感じる。アキラは人間として残ったのだ。

 

「……やったみたいだな」

 

 ヤミーを倒してすぐに駆けつけた士と海東は、倒れた友を抱きかかえるエイジの後ろに立った。

 

「俺の手……届いたんでしょうか」

「ああ。多分な」

 

 ふと、アキラの体が紫色に発光する。同時に海東の上着のポケットが光る。次の瞬間、アキラの体が浮かび上がった。

 そして海東の上着から三枚のコアメダルが、アキラの体に向かって飛んでいく。彼から紫のメダルが飛び出し、アキラの体は自由になって落ちる。黒のコア紫のコアの中に飛び込んだ。

 

「僕のお宝が!」

 

 計十二枚になったメダルの塊は、辺りの砂や水を巻き込み、メダルに変化させる。そしてそれらで体を作り出し、グリード態のアキラよりも数段がっちりしたグリードが誕生した。

 

「あれは伝説のグリード……ギル!」

「様子がおかしいぞ……」

 

 ギルと呼ばれたグリードは苦しみの声をあげる。そして体を膨張させ、獣のような姿になった。

 本来グリードは九枚のコアで構成される。ギルは必要枚数を超えたことで暴走状態となってしまったのだ。紫のコアメダル九枚の時点ですでにパワーを使いこなせていなかった。それが、別のコアを含めて十二枚になってしまえば、余計に使うのが難しくなるだろう。ギルは自我を失い、暴れ出した。

 真っ黒な体は光を反射して、節付きの、トゲがついた足が地面に突き刺さる。大きなハサミを持った腕は、振り回すだけでも脅威になる。

 ギルは悲鳴のような鳴き声を上げ、あたり一帯を破壊した。そして何かを求めて飛び去ってしまった。

 士たちは爆発の瞬間に変身し、事なきを得た。

 

「あっちは街だぞ!」

「止めないと……!」

 

 焦るオーズに、ディエンドは彼の肩に手を置いて言った。同時に一人のライダーを召喚する。

 

「彼のことは僕に任せたまえ」

 

《カメンライド フォーゼ》

 

 召喚されたフォーゼはメディカルモジュールを発動させ、アキラの治療を始める。

 

「ありがとうございます!」

 

 アキラの介抱をディエンドに任せ、オーズはギルが向かった方へ走っていく。ディケイドもそれを追う。

 破壊活動をしながらの移動は時間がかかるようで、グリードが街に入る前に追いつくことができた。

 ギルは、全てを喰らい尽くすグリードの本来の本能のままに動いていた。

 

「人は欲望でできてるらしいが、人はその欲をコントロールできるからな。こんなバケモノとは違う」

「中身のない欲望に、俺たちは負けませんよ」

 

 オーズのその言葉と同時にライドブッカーが開き、ライダーカードが飛び出した。カードにオーズの力が宿る。

 ディケイドはその中の一枚を選び、ドライバーに装填する。

 

《ファイナル フォームライド オオオオーズ》

 

「ちょっとくすぐったいぞ」

「わ!」

 

 オーズの背からクチバシが飛び出す。彼の左右の手足がそれぞれ一つになり、大きな翼になる。最後に尾羽がつき、彼は『オーズタカカンドロイド』に変形した。

 オーズタカカンドロイドはギルに突っ込む。鋭いクチバシ攻撃や、翼による激しい攻撃でギルはメダルをこぼした。

 

「これは……」

 

 ディケイドはそれを拾い、近くの自販機に投げ入れた。自販機は一瞬のうちにライドベンダーに変形する。

 

「エイジ! こっちだ!」

 

 ギルと戦うオーズタカカンドロイドの方にバイクを飛ばしていくディケイド。オーズはディケイドの意思を汲み取り、そちらに向かっていく。

 ライドベンダーの前輪が開き、ヘッドが左右に割れる。前輪があった場所にオーズタカカンドロイドが納まると、バイクの黄色いラインが赤く変色した。

 二つが合体し、巨大な鳥型バイク、タカライドベンダーへと変わった。

 

「一気に突っ込むぞ!」

『はい!』

 

《ファイナル アタックライド オオオオーズ》

 

 大きな鳥の形をしたバイクはウィリー状態になり、スピードを上げていく。ギルは反応できない。

 

「はああああああっ!!」

『せいやァァァアアアア!!!』

 

 二人の掛け声と共に、炎を纏った赤い翼がギルを貫いた。

 炎はギルの身体中に瞬く間に広がり、爆発した。

 爆発の反動で大量のメダルがわっと湧く。セルメダルだけではない。紫と黒のコアメダルが空中に散らばる。タカライドベンダーの突進の衝撃でヒビが入ったメダルは、一枚残らず砕け散った。

 

「今度こそ、本当に全部終わりですね」

「ああ」

 

 オーズとディケイドは変身を解除する。

 辺りの地面一帯を、セルメダルが覆い尽くしていた。

 

 

 

 

 メダルの回収も終わった後、士はエイジのバイト先に来ていた。特に用事はないが、彼が働く横で人の往来を眺めている。エイジとチヨコは相変わらず忙しそうだ。

 

「ありがとうございました。俺もアキラも、心の突っかかりがなくなった気がします。手が届かないなら伸ばせばいい、でしたね。あの人にもお礼を言っといてください」

 

 それを聞いて士は適当に手を振り、はいともいいえともどっちともつかないような動作をした。

 

「あの」

 

 ふと声がした。士たちはそちらを見た。

 声の主は客ではなかった。とある財団の会長の息子。彼は屋台に貼ってある求人のポスターを指さした。

 

「バイト。募集してるって聞いたんだが」

 

 エイジは呆気にとられている。そんな彼に、補足するように言った。

 

「俺も、守るべき人たちと関わることを始めてみようと思ってな。まずは手の届くところから、一緒に」

「……! ああ!」

 

 エイジの顔はとびきりの笑顔だった。チヨコも嬉しそうに笑う。そんな二人を見て新たにバイトにやってきた彼も、照れ臭そうに、だが嘘偽りのない笑顔を作るのだった。

 士は彼らにカメラを向け、シャッターを切った。

 

 

 

 

 写真館に戻ってきた士はお土産の白い箱を持っていた。エイジに持たされたアイスキャンディーたちだ。箱を開けるとドライアイスの白い煙がふわあと床に落ちる。

 箱に群がる夏海たちを尻目に、士は一枚の写真を眺めていた。

 

「おっ。これ、いいじゃないか」

 

 栄次郎がそれを覗き込み、言う。

 相変わらずの変な写真だった。そこにはエイジの接客スマイルとアキラの仏頂面、そして二人が肩を組む後ろ姿が写っていた。

 

「あいつら二人なら、この世界のどこにでも手が届くかもな」

「……? どういう意味だ?」

 

 赤いストロベリーアイスを持つユウスケが尋ねる。

 

「お前は知らなくていい」

「なんだよ冷たいじゃん」

「鬱陶しい」

 

 士の方に歩いてくるユウスケを避けるように、士は立ち上がって逃げる。その際に彼の足が引っ掛かり、椅子がガタンと音を立てた。

 その瞬間、ジャララララと新たな絵が出現する。

 スクリーンには巨大な建物だけが描かれている。一般的な建物であり、一見ただの街中の風景を描いただけに見える。

 

「おっ、今度のは分かりやすいぞ。病院かな」

「……あれ? これはなんでしょうか」

 

 夏海は絵の中を指差す。

 そこには地面から突き出た土管や、不自然に空中に浮かぶブロックが。よく見ると宝箱なんかも置かれている。

 次の世界も一筋縄ではいかなさそうだ。

 士は自分のアイスを持ち、一口頬張った。




次回 仮面ライダーディケイド2

「政府が特別に発行した、ゲーマー免許があれば変身可能なのです」
「お前も医者か……!?」
「さあ、オペの時間だ」
「俺にかかればパーフェクトッだぜ!」

第14話「Championの名はエグゼイド!」

全てを破壊し、全てを繋げ!


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第14話「Championの名はエグゼイド!」

「エイ、ジ……」

これまでの仮面ライダーディケイド2は……

「思い出すんだ、君の欲を」
「俺の……欲……」
「人はその欲をコントロールできるからな」
「中身のない欲望に、俺たちは負けませんよ」
「まずは手の届くところから、一緒に」
「ああ!」


 士たちは新たな世界にやってきた。

 この世界についての最初の情報である壁の絵はただの風景画に見える。

 

「士くん。君のカメラ、修理できたよ。ほらどうぞ」

 

 椅子に座り絵を見つめる士のもとに、栄次郎がカメラを持ってやってきた。士が絵を見ていたのはこれを待っていたからだった。道具のメンテナンスは重要だ。

 彼はそれを無言で受け取り、レンズを覗く。

 

「……最高だ。サンキューな、爺さん」

「それでね。お金のことなんだけど」

「金ならない」

 

 いつものように栄次郎は代金のことを話し出すが、士はそれをバッサリと切り捨てた。

 

「お前恥ずかしくないのか? これ見てみろよ」

 

 テレビを見ていたユウスケが話に入ってきた。

 見ていた番組は、どうやら数日前に行われたゲームの世界大会の様子を映したものらしい。決勝に残ったのはどちらも未成年。だがプレイヤーの年齢は大学生と中学生で、大きな差があった。

 勝負はもう終わっていた。勝利したのは中学生の方。優勝賞金とトロフィーが贈られていた。

 

「士くんもこれくらい持ってきてくれたらいいのになあ」

「ですよねー。あれっ、士?」

 

 彼らはそう呟くが、士には届くはずもなかった。二人に背を向け、そそくさとその場を去る。「おい待てよ」とユウスケがついていくが、彼はそれも無視して扉を開けた。

 

「士くん?」

「おっ」

「笑いのツボ!」

 

 廊下で待ち構えていた夏海の親指が彼の首筋に突き刺さる。士を追って出てきたユウスケはそれを見て身震いする。

 

「うぁははははははははははははは!!」

 

 士はその場に崩れ落ちた。

 

「なーにが『金ならない』ですか! なあなあになってましたけど、あなたのツケ、ずっと溜まってるんですからね!?」

「はは……そ、そのうち払う」

「そのうちっていつになるんでしょうね!?」

「知らん」

 

 夏海は再び親指を立て、士を脅すように見せつけた。首を手で隠して士は玄関へと逃げる。

 写真館を出ると、士の格好は変化した。

 

「……また白衣か? バリエーションが貧相だな」

 

 少し前に訪れたゴーストの世界でも似た格好になった。そこでの立場は眼魔世界を研究する者だった。

 

「お、こんなの入ってるぞ」

「勝手に人のポケットをまさぐるな」

 

 ユウスケが取り出したのは、チェストピースがやけに大きな聴診器だった。サイズが大きいだけでなく、変なボタンもついている。

 

「お医者さんでしょうか?」

「こんなの持ってる医者なんて見たことないけどなあ。しかも士が医者って……ふふ」

「なんだ? 俺にかかればどんな病気も治してやるぞ」

「お前免許ないだろ」

「あ。こっちにも何かありますよ」

 

 夏海は妙に膨らんだ胸ポケットから名札を取り出した。三人はそれを覗き込む。そこには顔写真と、士の役職が書かれていた。

 

「聖都大学附属病院・小児科研修医・門矢士……」

「えっ小児科!? お前が!?」

「笑うな」

 

 士はユウスケの髪をぐしゃぐしゃにする。それでも彼は士がただの小児科でなく研修医であることをいじる。

 

「門矢先生! こんなところにいらっしゃったんですね!」

 

 息を切らした女の声がした。

 そこには女性看護師が立っていた。先生と呼ばれる士がおかしいのか、夏海とユウスケは後ろでくすくすと笑う。

 

「なんなんだ!?」

「なんなんだじゃないですよ、もう! 患者の子が待ってますからね! こんなとこで油売ってる暇なんてないですよ!」

「お、おい!?」

 

 彼女は士の腕をとる。士の抵抗も物ともせず、どこかに引っ張っていった。

 

 

 

 

第14話「Championの名はエグゼイド!」

 

 

 

 

 士は看護師に連れられ、病院にやってきた。名札にも書かれていた聖都大学附属病院だ。

 

「ほら! 休んでないで!」

「普通あの距離なら車かなにか用意するだろ……! 歩かせやがって……!」

 

 バテ気味の士と違い、看護師は元気そうだ。

 

「研修医なんだから、人一倍頑張らないとですよ」

「なんだそりゃ!」

 

 長い長い廊下を経由し、士は診察室に連れていかれる。かなり大きな病院だ。診察を待つ患者や見舞いに来た人がそこらにいる。

 その時、士は視界の端に白いスーツが見えた気がした。いろいろな世界に現れ、直近のオーズの世界ではアキラをグリード化させたという奴らが。

 

「……!」

 

 注目する暇もなく、白スーツの行方は柱に遮られて見えなくなってしまう。追いかけようにも看護師に腕を取られてしまって動けない。

 白衣の医者を見間違えたのだろうか。士は釈然としないまま、それを見逃すことにした。

 

「着きましたよ」

「おう」

 

 小児科研修医として、多少雑ながらも診察をする。検査器具の使い方もカルテの書き方も大体分かる。医者ではないが、なんでもこなしてしまうのが門矢士である。そのはずなのだが。

 

「おい! 逃げるな!」

 

 子供は彼の手に余る。

 病院嫌いの子は少なくない。泣き出したり、逃げ出したり、はたまたどこかに隠れてしまったりで士は手を焼いた。

 

「待てって!」

「いやだっ!」

 

 士は追いかけっこを始めてしまった。

 

「……今、士くんの声しませんでした?」

「いや? あいつは多分仕事中でしょ」

 

 遅れてやってきた夏海らは、院内の掲示板に貼られたポスターを見ていた。病院の外観の写真が載っている。

 

「やっぱりここ、絵にあった病院だ」

「ユウスケ、これ」

 

 夏海が見たのはポスターの隣に貼ってあった小さな掲示物、電脳救命センター通信。先月出たバグスターの種類と数、そして感染時の症状と対策が書かれている。

 

「バグスター? ゲーム病?」

「この世界特有の病気なんでしょうか?」

 

「バグスターウイルスに興味がおありで?」

 

 白衣の男性に声をかけられた。若そうな見た目だ。この病院の医師であることは間違いだろう。

 

「あ、はい。ここの病院の先生ですか」

「この世界についてお話を聞かせていただきたいのですが、よろしいでしょうか」

 

 夏海は頭を下げると、男は笑顔で頷いた。

 

 

 

 

 それから数分が経った頃、士の診察は終わっていた。

 

「ったく。大人しくすりゃすぐ済んだものを……。どうしてああ子供ってのは落ち着きがねぇんだ」

 

 士は机の上に突っ伏す。

 

「元気があり余ってるんですよ。というか門矢先生、小児科研修医なんだから子供のことに文句言ってちゃあ、やっていけませんよ」

 

 士の愚痴を笑い飛ばし、彼女は部屋を出た。

 

「お疲れのようだね」

 

 代わりに部屋に入って来たのは海東だった。

 

「何の用だ。頭でも見て欲しいのか?」

「言うようになったじゃないか。ところで士、ゲームは好きかい?」

 

 海東は手で銃を作り、士をばんと撃つ。

 

「あ?」

「この世界ではゲームの力がライダーの力になる。その中には不老不死の力を持つものもあるらしい。どうだい、それをどっちが早く手に入れられるか勝負するのは?」

「生憎だが、そんなもんに興味はない。俺は俺の仕事をするだけだ」

 

 その時、士のポケットからブザーが鳴った。その正体はあの聴診器だった。

 

「ゲームスコープが……。バグスターが出たんですね!」

 

 鳴り止まない音を聞いて駆け込んできた看護師がそう言った。士はゲームスコープの止め方を知らなかった。いろいろボタンを押すが、音は鳴りやまない。

 海東はいつの間にかいなくなっていた。

 

「……バグスター?」

「門矢先生、知らないんですか? バグスターっていうのは──」

 

 

 

 

 夏海たちは別室に案内されていた。

 

「まだ名乗っていませんでしたね。ここの院長をしています、原戸(はらど)です」

「院長?」

「ははっ、意外ですよね」

 

 院長という役職にしては若すぎるような気がした。聞き返すユウスケに、原戸は笑顔で更に返す。

 彼に続き夏海たちも自己紹介をした。

 

「この世界はバグスターウイルスという新種のウイルスによって脅かされています」

 

 彼は話を始めた。

 

「バグスターウイルスは人間に感染するコンピュータウイルスです。感染してしまうとウイルスに体を乗っ取られ、最後には消えてしまう。それがゲーム病です」

 

 原戸がそう言うと、彼の首にかけていたゲームスコープからブザーが鳴った。

 それを聞いた彼はモニターの電源を入れた。そこには道端に倒れ苦しむ患者の姿があった。体はモザイクがかったようにぼやけたり揺らいだり。悲鳴も途切れ途切れに聞こえる。

 

「原戸さん、この人は!?」

「ゲーム病患者が現れたようです」

「ええっ! 大変……!」

「ご心配なく。うちにはそれに対抗する力がありますから」

 

 そう言って彼はポケットから真っ赤なゲームカセットのような道具を取り出した。夏海とユウスケは机に置かれたそれを覗き込む。

 

「これは?」

「ゲキトツ……ロボッツ?」

 

 夏海はそこに書かれた文字を読み上げた。

 

「ガシャットといいます。これを使うとそのゲームの特性を得ることができます。つまり、ゲーム病にはゲームの力で対抗するわけです」

 

『院長……』

 

 ふと内線で彼が呼ばれてしまった。すみませんと言い残し、彼は部屋を出ていった。病院内だからこういうこともある。

 彼が出て行くと、白衣を着た男が二人、画面に映った。二人は同時にガシャットを起動する。

 

《バンバンシューティング》

《爆走バイク》

 

 ガシャットの音声が鳴ると共に、ゲームエリアが展開された。

 

 

 

 

「人間が消える!?」

「ええ。ですが、ゲーム病はバグスターを攻略することによって治すことができます」

 

 看護師は落ち着いて士に説明する。

 

「うちには資格を持ったドクターライダーがいます。彼らがいれば消滅の心配はないということです」

「なるほど? じゃあとりあえずバグスターを倒せばいいってことだ」

 

 士は立ち上がり、ドアに手をかけた。

 

「門矢先生!? どこに行くんです!? あなた、バグスターに対抗する手段があるんですか?」

「俺は仮面ライダーだ」

 

 そう言い残し、彼は部屋を出た。

 

 

 

 

 とある医者は車を飛ばして現場に向かっていた。彼は腕のいい外科医であり、そのため全国から手術を依頼したがる患者が後をたたない。彼がバグスター出現の知らせを聞いたのは先程手術を終えてからのことだった。

 車は自然公園の中へと入っていく。普段ならば静かで、葉がざわめく音や鳥の声くらいしか聞こえない。だが今日は打撃音や銃撃音が響いて騒がしい。

 景色の中にブロックやエナジーアイテムといった自然物ではないものが増えていく。ゲームエリアが展開されている証拠だ。外科医は車を降りた。

 巨大なバグスター、バグスターユニオンが暴れているのだ。周りを木で囲まれていても、その巨体は目立つ。細く長い足をたくさん持つファージ型だ。

 

「はっ!」

「ィよいしょお!」

 

 既に二人のライダー、スナイプとレーザーが戦っていた。三人目の医者の到着を確認すると、サッと近くに集まった。

 

「患者の容態は?」

 

 目線はバグスターユニオンに向いたまま、医者はゲーマドライバーとガシャットを取り出す。

 

「見た通り、融合中ってとこだ」

「チョチョイっと切り離しちゃってよ!」

 

 外科医は頷き、ガシャットを起動した。

 

《タドルクエスト》

 

「変身」

 

 ガシャットを起動し、ドライバーに挿す。

 彼の周りにゲームキャラのアイコンがぐるぐると回りながら現れた。その中の一つを選択すると、彼も仮面ライダーに変身した。

 三頭身のライダー、仮面ライダーブレイブレベル1。彼は剣と盾を持ち、巨大なバグスターに向かって走っていく。

 

「切除するぞ!」

「おう!」

「りょーかい!」

 

 スナイプとレーザーは銃でブレイブの援護をする。

 ファージ型のバグスターユニオンは三人のライダーの攻撃に耐えかね、先ほどより激しく暴れ出す。体をくねらせ、頭をハンマーのように地面に打ちつける。

 

「くっ……!」

「なんだこいつ。今までのバグスターとは強さが違うぞ!」

 

 

《アタックライド ブラスト》

 

 

 その音声が聞こえてきたと同時に、バグスターに銃弾が命中した。バグスターユニオンの体から火花が散る。

 

「!?」

 

 ブレイブたちは弾が飛んできた方を見る。

 そこにはライドブッカーを構えるディケイドが立っていた。

 

「おいおいなんだその格好。まさかこの世界のライダーってのはお前らみたいなちんちくりんのことを指すのか?」

「なんだと!?」

 

 ディケイドはさらに銃弾を発射し、バグスターにダメージを与えた。足を重点的に狙うことで動き回ることを抑制したのだ。

 

「足を封じてやった。これで簡単に倒せるはずだぜ」

 

 ディケイドは三等身のライダーたちの前に立ち、ライドブッカーをソードモードに変形させた。

 

「待て!」

 

 ブレイブはディケイドの腕を掴んで引っ張る。

 

「なんだ?」

「今のバグスターは患者を取り込んでいる! 激しい攻撃をすると逆に危険に晒すことになるんだ!」

「ほう……。じゃあどうすればいいんだ?」

 

 それを聞いてディケイドは武器を下ろす。

 

「ここは俺たちに任せて――」

「あれ? あんた新キャラ?」

 

 また別の声がする。

 そこには全身ピンク色のライダーがいた。周りの緑の景色にミスマッチ。ディケイドもボディカラーがマゼンタではあるが、そのライダーはさらに明るいピンクだった。

 

「お前こそ誰だよ」

「ありゃ、俺のこと知らない感じ? じゃあそこで見ててよ。助けなんていらないからさ。俺にかかればこんなのパーフェクトッ! だぜ!」

 

 ピンクのライダーは腕をぐるぐると回し準備運動をする。そしてバグスターに突っ込んでいった。

 

「ノーコンティニューでクリアしてやるぜ!」

「おい! いきなりレベル2での攻撃はやめろ! まずはレベル1で……!」

「そんなダサい格好になれるかよー」

 

 スナイプは彼に対して銃を撃つ。だが彼はそれすらも「難易度が上がった」と楽しんでいる。

 周りのブロックを足場にしてバグスターユニオンの頭に到達した彼は、踏んだり殴ったり攻撃を仕掛ける。

 

「あいつもライダーか? お前らとは違うみたいだが」

 

 ディケイドは頭を抱えるブレイブに尋ねる。

 

「仮面ライダーエグゼイド。あれはレベル2の姿だ。本来ならばレベル1で患者とバグスターを分離させてからレベル2になり、引き剥がしたバグスターを倒すんだ」

「だったらなぜあいつを放っておくんだ!? 患者が危ないんじゃないのか!?」

「放っておくしかないんだよ。今俺があいつを撃っても無駄だったのを見たろ」

 

 スナイプが銃を下ろし、そう言った。

 エグゼイドの身のこなしは並外れている。故にどんな妨害をしてもそれをうまくいなしてしまうのだ。

 彼らが話しているうちに、エグゼイドの戦闘はクライマックスに入っていた。

 

「いくぜ!」

 

《キメワザ!》

 

 エグゼイドはドライバーからガシャットを抜き、キメワザスロットホルダーに挿した。

 

《マイティ クリティカル ストライク!》

 

 ダッシュしたエグゼイドは地面を蹴り、右足を突き出してバグスターに突っ込んでいく。そしてそれが当たる直前に、手をベルトにやった。

 

「今だ!」

 

《ガッチャ……》

《ガッチャ……》

《ガッチャーン!》

 

 キックの瞬間、ドライバーのレバーを何度も引いた。その度にバグスターユニオンの体がボコボコと膨れていき、最後には爆発を起こした。

 会心の一発。エグゼイドの必殺技が炸裂したことで戦闘は終わった。ゲームクリアの音声が聞こえ、その場には患者が倒れていた。

 

「……あいつ、今なにをやったんだ?」

「必殺技の瞬間にドライバーの開閉を繰り返すことで、患者の分離とバグスターの討伐の両方を同時に行えることを発見したらしい。いわゆるバグ技だ」

「そんなのアリなのか……?」

「アリなわけないだろ!」

 

 ブレイブたちはご立腹の様子。変身を解除し、倒れた患者のケアに向かう。ディケイドも変身を解除した。

 

「あんた、良いエイムだったね。足潰すとこ見てたよ」

 

 エグゼイドは士に話しかけた。

 

「でも惜しかったな~。あの足いっぱい生えてるやつの弱点は頭なんだよね。弱点を狙うってのはゲームの常識だからさ、次はそこ押さえて戦った方がいいんじゃない? じゃあね」

 

 そう言って彼は去っていった。

 褒めたかと思えば直後に早口で上から目線のアドバイス。士は少しカチンと来ていた。

 

「おい。何してる」

 

 先ほどまでブレイブに変身していた医者が士を呼んだ。

 

「お前もドクターなんだろ。病院に戻るぞ」

 

 士が、彼らも同じ病院の医者であることに気がついたのはこの時だった。

 目を覚まし、うまく歩けない患者を両側で補助する医者たち。それを見た彼は、思わずシャッターを切っていた。

 

 

 

 

「院長の原戸です」

 

 病院に戻った士は院長室に通されていた。士を待っていた原戸の挨拶に応えるように軽くお辞儀する。

 夏海とユウスケもまた士の到着を待っていた。応接室のモニターで戦いを見ていると、ディケイドが乱入してきたからだ。士のぎこちない態度が可笑しいのか、二人は笑いを堪えている。

 

「先程バグスター患者の治療に加わってくれたこと、感謝します」

 

 原戸は頭を下げた。あまり戦わなかった士にしてみると、少し変な感じだ。感謝されるほどの活躍はしていない。

 

「さっきのライダーはお医者さんだったんですね」

「はい。皆ここで医者として働いている者たちですよ。外科医の伊佐美(いさみ)ヒイロ先生、放射線科医の早内(はやうち)タイガ先生、監察医の(じょう)キリヤ先生。三人ともそれぞれの仕事で大忙しなんです。あなたがいてくれれば一人一人の分担量が減って、大助かりです」

「この世界は医者がライダーになるのか。すごいなぁ」

 

 ユウスケは感心したように腕を組む。

 

「そういえば。さっきのピンクのライダーも医者なのか? エグゼイド、とか言ったか」

「いえ」

 

 士の一言を聞き、原戸の顔が強張った。

 

「ライダーになれるのは医師免許を持った者だけではありません。政府が特別に発行した、ゲーマー免許があれば変身可能なのです」

「ゲーマー免許?」

「はい。バグスターはゲームから生まれたウイルスで、その治療にはゲームの特徴を多く含みます。ゲームが上手い者をライダーに選出し治療にあたらせるための政策、それがゲーマー免許制度です。まだ制度が完全に決まったわけではありませんがね。あくまで一年間の仮運用です」

 

 話が終わると、コンコンコンとノックされた。一同はそちらを見る。原戸が返事をする前に扉が開かれる。

 

「父さん! いる!?」

 

 入ってきたのは少年だった。

 

「今日も俺がバグスター倒した! いい加減ゲーマー免許を公式の免許にするように言ってよ。このままじゃドライバー返さなきゃいけないんだろ!?」

「エム! 静かにするんだ。お客様が来ているのが分からないのか」

 

 原戸は少年をそう呼んだ。二人は親子だった。確かに顔立ちに似た印象を感じられる。だが、原戸の若さでエムほどの年齢の子供を持つのはいささか不思議であった。

 少年の目線は客人である夏海たちへ移る。士と目が合った時、エムは彼を指差して叫んだ。

 

「あっ! さっきの!」

「?」

 

 こんな少年と会った記憶はない。士は首を傾げる。

 

「とぼけんなって! アドバイスしたろ!? あんた、俺がバグスターぶっ倒すとこ見てたよな!? な!? な!?」

 

 ぐいぐいと迫ってくるエムの迫力に圧される。アドバイス。バグスターを倒す。その二つのワードから、士はある結論に到達した。

 

「お前……まさかバグスターにとどめを刺したあのライダーか!?」

「ほら! 俺、活躍してるんだぜ!」

「君がエグゼイドだったんですね」

「やるなあ」

 

 夏海たちもモニター越しに観戦していた。当然、彼がバグスターを倒したところもちゃんと見ていた。

 二人に褒められ、エムは目を輝かせる。

 

「父さんが言えば衛生省も絶対賛成するって。俺がライダーとしてバグスターを倒す。そしたら他のライダーは自分の医療に専念できる。ほら、いいことばっかりだ。ゲームなら俺に任せとけって――」

「ダメだ」

「え?」

 

 原戸の口調は厳しかった。

 

「なんで俺にやらせてくれない? ゲームは俺の得意分野だ! 大会でもいつもチャンピオンなんだぜ!? ライダーとしては、これ以上ないと思うけど!」

「そのライダーになるのに相応しくないと言っているんだ。それに、これはただのゲームじゃない。バグスターは決まった手順で倒さなくてはならないんだ。それをエム、お前は自分の方法でやっているんだろ。それだと誰もお前を手伝えない。お前にも負荷がかかるんだぞ!」

「違う違う。俺の発見した方法だと戦闘の時間は短いし、効率がいいんだよ。だから同時に患者が出ても平気なんだ。俺のことなら大丈夫。なんたって俺は天才ゲーマーだから、さ」

 

「いい加減にしろ!」

 

 原戸は今までにないほどの大声を出した。エムはビクッとして、彼を見つめた。

 

「バグスターと戦うのはゲームじゃないと言っただろ! これは手術だ! 患者の命がかかっているんだ! ゲームの技術が必要なのは当然だが、医者として患者の命を預かっているという心の持ち方が必要なんだ!」

「っ……!」

 

 エムは唇を噛み、院長室を飛び出していく。しんとなった部屋で院長は半開きの扉を閉めた。部屋の空気は重い。沈黙を破ったのは原戸だった。

 

「……私はダメな親ですね。感情的になって怒鳴ってしまうなんて」

 

 彼は自分を責めるように呟いた。

 

「そうか? あのくらいの生意気盛りにはそれくらい言ってやった方がいいだろ」

「空気読めお前。エムくんにはエムくんの考え方があるんでしょうけど、原戸さんの言ってることもごもっともです」

 

 ユウスケがそう言うと、原戸は悲しそうな顔をして頷いた。

 

「俺、ちょっと行ってきます!」

 

 ユウスケはエムを追って部屋を出て行く。部屋には三人が残った。

 

「……私の責任です」

「え?」

「エムは母親も兄弟もおらず育ちました。私がここで働く間、エムの孤独を紛らわせるのは買い与えたゲームだけ。多くの命を救う代わりに、私はエムとの時間を失ってしまいました」

「そんな、先生のせいでは――」

 

 夏海がフォローする中、ふと士は立ち上がる。

 

「士くん?」

「気が変わった。俺も行く」

「え!?」

 

 士は扉に手をかけた。

 

「今日も私は帰れそうにありません。エムには、すまなかったと伝えてください」

「……それはあんたが直接言うべきだ」

 

 士は院長の顔を見ずに部屋を後にした。夏海は院長に深々とお辞儀し、士に続いた。

 一人残された原戸は立つことに疲れたのか、ソファの背に手をついた。

 

「うっ……!」

 

 急に彼は苦しみだす。

 息を荒げ、立つことすらままならなくなっている。吹き出る汗。回る視界。そして姿が揺らぎ半透明になるそれは、正にゲーム病の症状だった。

 ノック音がするが、返事はできない。声を出そうとしても呻き声が漏れるだけだ。

 

「失礼しま――院長!?」

 

 ノックをしたのはタイガだった。返事がないことと微かに聞こえる呻き声を不審に思い、中に入って来た。

 タイガに支えられ、深呼吸をすると症状は引いていく。

 

「大丈夫ですか!?」

「すまない……。まさか……ここで再発するとは……」

「今のは……。あとこれ、院長のMRIの結果です」

 

 タイガは持っていたファイルから写真を出した。誰にも見られずにするためにはこうするしかなかった。

 タイガが取り出したのは胸部の写真。

 そこには心臓に突き刺さるようにガシャットが写っていた。

 

「このガシャットはいったい……。院長、あなた、いつから……」

 

 ファイルに入っていた次の写真は、ガシャットのタイトルがはっきり読める。

 デンジャラスゾンビ。それが原戸の体内のガシャットだった。

 

 

 

 

 ユウスケは病院を出て、走るエムの後を追っていた。

 

「待てよっ」

 

 ユウスケが追いつき、エムの手を掴んだ。エムは無理に振り払おうとはせず、息を切らせつつ質問をした。

 

「なんでついてくるんです? 父さんの指示ですか」

「ち、違うよ!」

 

 ユウスケはエムに鋭く冷たい目を向けられる。

 

「じゃあなぜ」

「君の話を聞いてみたかった。ライダーになって戦って、人を助けたことをあんな嬉しそうに話す。悪い子だと思えなかったんだ」

 

 ユウスケがそう言うと、エムの目つきが少し柔らかくなった。

 その時、近くの地面が火花を散らした。

 

「うわっ!」

 

 二人はそこから離れる。煙が晴れたその場所には三人のバグスターが立っていた。ソルティバグスター、モータスバグスター、そしてグラファイトバグスター。

 

「最初から分離してる……!? なんで!?」

 

 ユウスケはエムの前に立ち、彼を守ろうとする。

 

「どけどけどけ! 危ないぞ!」

 

 大声で二人に呼びかけながら、士が走って来る。左手にはディケイドライバーを、逆の手にはライダーカードを持っていた。ドライバーを素早く腰に巻き、カードを装填する。

 

《カメンライド》

 

「変身!」

 

《ディケイド》

 

 士はディケイドへと変身した。

 

「うおおおっ!!」

 

 ライドブッカーを構え、ディケイドはバグスターたちへと突っ込んでいった。





次回 仮面ライダーディケイド2

「お互いがぶつかって噛み合ってないんだよ」
「もうお前たち医者は必要ない」
「私は医者として、それを認めない!」
「それが人として生きるということだ!」
「超協力プレイでクリアしてやるぜ!」

第15話「Flow! 父子のエンディング」

全てを破壊し、全てを繋げ!


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第15話「Flow! 父子のエンディング」

「この世界はバグスターウイルスという新種のウイルスによって脅かされています」

これまでの仮面ライダーディケイド2は……

「ゲームは俺の得意分野だ!」
「バグスターと戦うのはゲームじゃないと言っただろ!」
「最初から分離してる……!? なんで!?」
「どけどけどけ! 危ないぞ!」


 突如現れた三人のバグスターを前にしたエムとユウスケ。攻撃を仕掛けられ、ピンチの彼らのもとに士が駆けつける。ドライバーを装着し、ディケイドへと変身した。

 

《カメンライド ディケイド》

 

「うおおおっ!!」

 

 腰からライドブッカーを外し、ソードモードへと変化させる。

 彼が斬りかかったのは中央に立つグラファイトバグスター。グラファイトは長い双刃刀を振るってディケイドの攻撃を受けとめた。

 

「なかなか良い太刀筋だ!」

「そりゃどうも!」

 

 両者の武器が激しくぶつかり合う。互いが使う武器の関係でグラファイトの方が若干有利だ。ディケイドはダメージこそ負っていないが、なかなか敵に近づけずにいる。

 

「さあこちらの相手は誰ですかあ!?」

「ブルンブルゥン!! 俺についてこれるやつは~……お前か!」

 

 残った二人のバグスターは、なおエムたちに接近してくる。

 

「くっ!」

 

 ユウスケはエムの手を握り、その場から逃げた。

 

 

 

 

第15話「Flow! 父子のエンディング」

 

 

 

 

 少し走って、地下駐車場の中に来た。

 

「エムはここにいるんだ。俺は士を手伝ってくる」

「待って」

 

 物陰に隠れて安全を確認すると、ユウスケは彼らと戦うために立ち上がろうとする。しかし、それをエムが止めた。ユウスケがエムの顔を見ると、彼はこう言った。

 

「さっきのバグスター、ソルティ伯爵とレーサー・モータス。マイティアクションシリーズと爆走バイクのキャラだよ」

「知ってるのか?」

「うん。俺もやったことあるゲーム。だから俺だけでもいけると思うんだよね」

「えっ」

 

《ゲーマドライバー!》

 

 エムはゲーマドライバーを取り出し、腰に巻き付けた。そしてガシャットを取り出し、スイッチを押した。

 

《マイティアクションX!》

 

「エム!?」

「助けはいらないよ。一人でも平気。むしろそっちの方が楽。攻略法は知ってるし、何よりゲームは俺の得意分野だからさ! 変身!」

 

 ガシャットをドライバーに挿し、レバーを展開させる。エムはエグゼイドアクションゲーマーレベル2へと変身した。今回は患者と融合した状態のバグスターユニオンではなく独立したバグスターを相手にするため、やっと本来の用途でこの姿に変身した。

 

「ノーコンティニューでクリアしてやるぜ!」

 

 エグゼイドは決めポーズをして、バグスターたちのいる方へ走っていった。ユウスケは彼を見守るかたちで後ろから様子をうかがう。

 

「うおおおお! バグスター! 俺が相手だ!」

「見つけた! 返り討ちにしてやりますよぉ!」

 

 エグゼイドとソルティがバトルを始める。エグゼイドはパンチやキックを繰り出すが、それはソルティのごつい腕でいともたやすく防御される。

 

「こ~れはなんとしょっぱい攻撃……」

「なんだと!」

 

 エグゼイドはソルティの挑発に乗ってしまった。ガシャコンブレイカーを装備したエグゼイドは怒涛の練撃でソルティにダメージを与えていく。

 

「おらおらおらおら!」

「うぐっ! がっ!」

「トドメだ――なに!?」

 

 次のモータスの相手をするため、ソルティに最後の一撃を与えようとしたその時、エグゼイドの攻撃はまたも敵の左腕で止められてしまった。そして次の瞬間、エグゼイドの身体中を電気が駆け巡る。

 

「うわぁあぁあぁしびびびびび……」

 

 体の自由を奪われたエグゼイドは、ソルティから強い一撃を受け、床に転がった。ライダーゲージが著しく減少する。

 

「エム!」

 

 物陰からユウスケが飛び出し、ダウンするエグゼイドのもとに駆けつける。

 

「残念でしたねえ! あなたもこれでおしまいですよお」

「ブルンブルン! なんだ、もうバトルから降りちまったのか?」

「じゃあ次は僕の番だ」

「ん?」

 

 エグゼイドたちの奥から現れたのはディエンドだった。

 

「何者です!? 乱入者は受け付けていませんよ!」

 

 ソルティがそう言うと、彼の掲げた腕からウイルスが周りに広がった。地面に付着したそれは、一般バグスターウイルスとなってソルティたちの周りを取り囲む。

 

「一対一の勝負の邪魔をしたペナルティでーす! どうですか、私に辿り着くのが難しくなってしまいましたが?」

「残念。手下を呼べるのは君たちだけじゃないのさ」

 

 ディエンドは落ち着いた様子でドライバーを構えた。

 

《カメンライド ライオトルーパーズ》

《カメンライド クロカゲトルーパーズ》

 

「蹴散らせ!」

 

 召喚されたライダーたちはバグスターウイルスと戦い、各々散っていく。すぐにメインバグスターたちの姿が露わになった。ディエンドは、更にバグスターウイルスを生み出される前にカードを取り出し、それをドライバーに装填する。

 

《カメンライド》

 

「一対一をお望みなら、おあつらえむきの相手を用意するよ」

 

《バロン》

《チェイサー》

 

 ディエンドは更に二人のライダーを召喚した。バロンとチェイサーは、それぞれソルティとモータスの相手をする。

 

「ふん! むっ……!? なかなか……やりますねぇ!」

 

 ソルティとほぼ互角の攻防を繰り広げるバロン。それに対してチェイサー対モータスの戦闘は未だに始まっていなかった。

 

「うはは! 逃げてるだけじゃいけないぜー!」

 

 チェイサーは、周りを暴走するモータスをひたすら回避していた。

 

「さあお前のマシンを用意しろ! 俺とレースバトッ――」

 

 次の瞬間、モータスの顔面にシンゴウアックスがめり込んだ。バイクの超スピードの反動もあり、モータスは空中をくるくる回りながら地面に落ちた。

 モータスは起き上がることなく、消滅した。足元にゲームクリアの文字が浮かぶと、チェイサーも消えた。

 

「……やっぱりそうだ」

「エム! 痺れが治ってきたのか!」

 

 ユウスケの問いかけにエグゼイドはコクリと頷く。そして彼の考察を話す。

 

「爆走バイクはなんでもありのレースゲーム。ほんとのクリア条件は『相手より早くゴールする』なんだけど、『相手を落車させる』でも一応クリアのフラグが立つんだ」

「なるほど。だからバイクから落としただけで倒せたのか。じゃあ、他のバグスターは?」

「マイティアクションは一応ボスバトル回避があるけど、ドラゴナイトハンターは真っ向勝負しなくちゃいけない」

 

「はあ!」

「ぐわあっ!!」

 

 エグゼイドが話していたドラゴナイトハンターZのバグスター、グラファイトと戦うディケイドは苦戦を強いられていた。

 またグラファイトファングがディケイドのアーマーを強く打ち付けた。片側ならまだしも刃が両側についているため、ライドブッカーでは捌ききれない。

 

「ったく。その武器が厄介だな!」

 

 ディケイドはカードを取り出し、ドライバーに装填する。

 

《フォームライド クウガ ドラゴン》

 

 マゼンタカラーのボディが、落ち着いた青のアーマーに変化する。ドラゴンロッドをくるりと回してグラファイトに向かって突く。今までとはリーチが変わったことにより、グラファイトは反応が遅れてダメージを負った。

 

「ぬおっ! ……はっはっは。いいぞ。これでこそ戦いがいがあるというもの! さあ受けてみよ! 激怒竜牙!」

 

 グラファイトファングにパワーが込められ、赤く光る。そしてそれをブンと振ると、衝撃波がディケイドクウガに向かって飛んできた。これを受けてしまうとひとたまりもないだろう。

 ディケイドクウガはそれを素早い身のこなしで避ける。それと同時にライダーカードをバックルに挿し込んだ。

 

《ファイナル アタックライド ククククウガ》

 

 ドラゴンロッドにエネルギーを込め、グラファイトの体にぶつける。必殺技を放ったばかりのグラファイトはそれを耐えるパワーを残してはいなかった。演出のように爆発が起きた後、グラファイトはふっと消えた。

 ゲームクリア。その文字を見届け、ディケイドは最後のバグスター、ソルティはどうなったのかと振り返った。

 

「な……!?」

 

 結果的に言うと、ソルティは倒していた。だが、それはライダーによってのものではない。

 ディケイドが避けたグラファイトの必殺技。それが後方で戦う彼らの方に飛んでいったのだ。ソルティやバロン、ディエンドまでもがダメージを受けた。そしてエグゼイド――エムはそれを正面で受けてしまい、大怪我を負っていたのだった。

 

 

 

 

 聖都大学附属病院。辺りが暗くなり始め、窓からは明るい電灯が漏れている。

 院長である原戸は、放射線科医のタイガから受け取った自分のMRI画像を眺めていた。心臓の隣に写るガシャット。ただ体に埋まっているだけではないことは明らかだ。

 ふとノックの音がした。今日の院長室はやけに人の出入りが多い。写真を机の中に入れて隠し、「どうぞ」と客人を招き入れる。

 院長室に入ってきたのは先ほどまでここにいた二人、士とユウスケだった。士の方は相変わらずだったが、ユウスケの微妙な面持ちを見た原戸は、胸騒ぎがした。

 

「どうかしましたか」

 

 胸騒ぎの正体は確信していない。少し早口になって二人に尋ねる。

 

「あんたの息子が怪我をした」

「!? おい!」

 

 士は隠すこともオブラートに包むこともせず、きっぱりとそう言った。ユウスケが彼の腕をはたく。

 

「……エムが!? ……どうして!?」

「バグスターの攻撃があいつに当たった。ライダーに変身していたから命の心配はない」

「すみません! 俺たちがついていながら」

 

 ユウスケは深く頭を下げた。

 原戸は一瞬目の前が暗くなった気がした。目眩だろうか。いや、それにしては平衡感覚がスッキリしている。

 

「それで、エムは……」

「今は俺たちの家で休んでいます。しばらく動けないでしょうから、今晩はうちに泊まってもらうことになります。保護者に、怪我の件と併せて伝えないといけないと思って……」

「病院に連れて来るって言ったら嫌だの一点張りでな」

「い……」

 

 原戸は言葉を失った。

 

「……そうですか」

 

 なんとかその一言を絞り出す。

 

「明日、病院に連れてきますね。嫌って言ってもやっぱりちゃんと看てもらった方がいいですもんね」

 

 それ以降は、原戸は頷くことしかできなかった。簡単な返事すら考えることができない。最後に「遅くに失礼しました」と言って二人は去っていった。

 

「……」

 

 原戸は椅子に腰掛けた。

 何もかもがショックだった。まず、エムが負傷したこと。次に彼が病院に来ることを拒んだこと。そしてエムの怪我について彼らを咎めることができなかったこと。

 きっと士らのせいでなく、エムがまた余計なことをしたのだろうと思ってしまった。そんな自分自身が嫌になる。

 

『息子のことが気になってしょうがないみたいだな』

「ん?」

 

 誰だ?

 部屋を見渡すが、誰もいない。

 

『やはり怪我も死も無い方がいいだろう?』

「誰だ?」

 

 今度は声に出して言う。しかし、声の主は現れない。

 

『決して死ぬことのない完全な体。かつてのお前はそれを求めていたんじゃないのか』

 

 原戸は、それが自分の中から聞こえていることに気がついた。

 

『この、オレを』

 

 その瞬間、体が熱くなる。呼吸が荒くなる。頭の中が真っ白になる。

 

「う……ぐ……うがああああああああああああ!!!」

 

 バグスターウイルスは、患者がストレスを感じると活性化する。激しいストレスを感じた原戸の中のバグスターウイルスはとてもよく活性化していた。

 原戸の体が揺らぎ、一瞬だけ白黒の姿をしたバグスターの姿へと変化する。次の瞬間には元の人間の姿に戻る。

 

「……フ。人類は進化する。我々バグスターと同じにな」

 

 姿や声は同じでも、それは原戸ではなかった。

 また扉がノックされる。原戸に憑依したバグスターは何食わぬ声で「どうぞ」と言う。

 

「院長、少しよろしいでしょうか……」

 

 部屋を訪ねてきたのは一人の看護師。入院患者について用事があるようだ。

 

「ああ。なんだ?」

 

 バグスターは原戸に憑依したまま部屋を出る。そして用件を説明しながら前を歩く看護師に向かって手を伸ばす。

 

「……院長?」

 

 何か違和感があった気がする。だが、彼女の目からは原戸に何も変化は感じられない。後ろを歩く院長は普段と変わりない。おかしいな、と首を傾げて再度前に向き直る看護師。

 原戸に憑依したバグスターは、既に彼女にバグスターウイルスを感染させていた。

 

 

 

 

 光写真館の食卓には五人が座っていた。士、夏海、ユウスケ、栄次郎、そしてエムだ。

 

「わあ……! おいしいです!」

「そうかい。どんどんおかわりしていいからね」

 

 エムの感想に、栄次郎は嬉しそうに笑う。彼の小さな茶碗を持ってキッチンの方へ行く。

 エムの怪我の治療は終わっていた。今までノーミスでバグスターを倒していた彼にとっては負ったことのないダメージだったが、けがの程度は大したことない。傷を塞いで飯を食べれば元気が出るだろうということだ。

 うまいうまいと頬張るエムを見て、士は呟く。

 

「そこまで言うほどか? レストランに来たわけでもないだろうに」

「そんなこと言うなら君の分明日から減らしちゃうよ」

「っと、冗談だ冗談」

 

 丁度戻ってきた栄次郎に聞かれてしまった。士は慌てて訂正する。

 そうして夕食の時間は過ぎていった。

 

「ごちそーさま!」

 

 エムは元気よくそう言った。もうすっかり怪我の痛みは引いたようだ。

 夕食後、エムは持っていた携帯ゲーム機でゲームをしていた。真剣な表情をして、ボタンとスティックを巧みに操る。

 夏海は彼の隣に座り、声をかける。彼女とともに士とユウスケも画面を覗き込んだ。

 

「またゲームですか?」

「子供は早く寝ろ」

「これはバグスターに負けたから、次は負けないようにするためだよ。……あっ」

 

 画面に映ったのはゲームオーバーの文字。左スティックの操作がうまくいかなかった。

 リトライを選択し、また最初からゲームを始める。しかし、やはり左手がうまく動かないのか、小さなミスが目立つ。

 

「エムくん、明日は病院に行きましょう? その手、ちゃんと治さないといけませんよ」

「いや、いいよ……」

「どうしてなんだ。お父さんが嫌いだからか?」

「いや……そうじゃないけど」

「だったらなんで」

 

 エムは中断ボタンを押した。

 

「父さんは忙しいからさ、俺が病院に行くとさらに忙しくなるんじゃないかって思ったんだ。父さん、最近ずっと帰ってきてないから。だから、俺は俺だけで頑張る。そう決めたんだ」

「……」

 

 エムはスタートボタンを押し、またゲームの続きを始める。

 士は黙って部屋を出た。

 

 

 

 

 翌日の朝。聖都大学附属病院の様子はおかしかった。

 ユウスケはエムを連れて病院にやってきた。待合室も廊下にも人の気配はない。どこを探しても患者も医師も看護師もいない。

 

「すみませーん。どなたかいますかー」

 

 ユウスケは人を呼びながら病院内を歩いていく。電気はついているし、そもそも入り口が封鎖されていなかったため、休みではないはずだ。それでも人の気配がないというのは不気味で、まだ外が明るいにも関わらず怖くなってしまった。

 

「おかしいよ」

「なんで誰もいないんだ?」

 

 ガラ……。

 ユウスケが呟いた途端、真隣にある診察室の扉がゆっくりと開かれた。

 

「うわ!」

「わーっ!!」

 

 エムよりもユウスケが大きな声を出した。

 静かな空間が続いていたところに、急に扉が勝手に開くとくれば驚くのも無理はない。エムは悲鳴をあげて後ろに下がる。ユウスケは足を滑らせてその場に尻もちをついた。

 扉が完全に開ききると、そこにもたれかかっていたのか、一人の女性看護師が倒れてきた。彼女の体にはノイズがかかっており、発せられる声も途切れ途切れだった。ユウスケは彼女を起き上がらせ、診察室の中のベッドに寝かせた。

 

「大丈夫ですか!」

「あなたたち……逃げ……逃げて。こここここ……は危険……」

 

 そう言い残すと看護師は目を閉じて気を失う。そして顔のノイズがさらにひどくなり、バグスターウイルスの頭に変わってしまった。

 

「わっ! これはゲーム病か!?」

「いや違うよ。人間が……バグスターになった……?」

 

 エムの言う通り、人がバグスターに感染しているのではなく、バグスターそのものになっていると言った方が正しい。全く未知の症状だ。

 

「エム……来たのか」

 

 扉の入り口に原戸が現れた。

 

「原戸さん! これは一体どう言うことなんですか!」

 

 ユウスケは原戸に近づき、事態についての説明を求める。

 

「……! 離れて!」

「え? ゔっ……」

 

 エムの忠告は遅かった。原戸はユウスケの顔を手で掴み、大量のバグスターウイルスを浴びせた。ユウスケの体にノイズが走り、彼は気絶した。

 

「決して傷つかない不死の体、これは人類の夢だ。そこはあらゆる医療を必要としない世界。素晴らしいだろう」

「父さん……じゃないな? 何者だ」

 

 エムは後退りながら尋ねた。

 原戸はニッと笑う。

 

「お前が知る必要はない」

「ひっ!」

 

 原戸はエムに手を伸ばし、ユウスケのようにウイルスに感染させようとする。エムはそれをかわし、ベッドの縁に足を乗せて原戸を飛び越えて後ろに回り、診察室を出て行った。

 

 

 

 

 士はエムのゲーム機を触っていた。最近のゲーム機は一つの機械で複数のゲームができるらしい。彼がプレイしていたのは古いRPGゲームだった。当然エムはクリア済みだ。

 

「……あ! まーた人のもの許可なく勝手に触って! 壊したらどうするんですか」

 

 スタジオに入ってきた夏海が士を叱る。

 

「誰が壊すか。それよりこれ見ろ」

「?」

 

 夏海が画面を覗き込む。

 そこにはクリア日時とパーティの名前が載っていた。日付は今から数年前。そしてパーティの名前は『えむ』と『は゜は゜』。

 

「名前をお父さんに……」

「ああ。親父と二人でいられる時間はここにしかなかったんだ。昔から一人で育ったようなものらしいからな。ただ寂しかったんじゃないか」

 

 士はおもむろに立ち上がる。

 

「どこに行くんです?」

「病院だ。あいつらの反抗期を終わらせてくる。子供のケアをしてやるのが小児科医だからな」

 

 士はゲーム機の電源を切った。

 

 

 

 

 逃げながら、半開きになっている扉の中を覗いて回る。どの部屋にも、先ほどの看護師と同じ症状だと思われる人々が苦しんでいる。

 

「待てェ! エムゥ!」

「うわああっ!!」

 

 曲がり角から原戸が現れた。先回りされたのだ。病院内のことは院長である原戸の方がよく分かっている。さらに子供の足と大人の足では圧倒的に速さが違う。

 エムは引き返そうとするが、既に通路はバグスターウイルスと化した患者たちでいっぱいになっていた。

 

「嘘だろ……」

 

 再び前を見るとこちらに手を伸ばす父親の姿が。

 万事休す。

 そう思った矢先、急に視界が横にズレた。

 

「え?」

 

 エムの体は横に飛んでいた。彼を抱えて、仮面ライダーブレイブが窓から飛び出した。勇者の姿、人型のレベル2だ。

 

「ヒイロ! 坊ちゃん! こっちだ!」

 

 彼らを呼んだのはバイクの姿をしたライダー、レベル2の仮面ライダーレーザー。ブレイブはエムを後ろに乗せてハンドルを握る。

 直後、地面が爆発した。

 爆風に乗ってバイクは空を舞う。

 

「くっ!」

 

 ブレイブはレーザーと息を合わせ、うまく着地した。着地点にはもう一人のライダー、スナイプがいた。

 

「ねえ、これはどういうことなの!?」

「どうもこうもない。今朝気づいたらこうなってたんだ! 患者や看護師はみんなバグスターウイルスになるし、お前の父親――院長はあの様子だ」

「噂をしてると、来たみたいだぜ」

 

 レーザーの言う通り、彼らの前には原戸が立っていた。バイクで飛んできた彼らに追いつくのは、おおよそ人間ができる芸当ではない。

 ブレイブはレーザーから降りて剣を握った。

 原戸が一歩近づく。ブレイブは一歩退がる。また一歩詰める。また離れる。

 

「どうした? かかってこないのか?」

「……院長の姿をして、なんのつもりだ」

 

 ライダーたちは武器を持ってはいるが、攻撃ができないでいた。なぜなら周りにいるバグスターウイルスたちは見知った仕事仲間や患者だからだ。彼らを傷つけることはできない。

 

「フ……。そうか。この姿じゃあ戦えないかァ。ならば見せてやろう。これがオレの正体――お前たち人類の神となり救世主となるものの姿よ!」

 

 原戸の姿が揺らぎ、バグスターとしての姿を見せた。

 白黒の体からあちこちに伸びる管。彩度のないデザインの中で一際目立つ赤く光るバイザー。筋繊維や骨の露出を思わせるデザインだが、グロテスクを超えてある種の美しさやカッコ良さすら感じる。

 

「バグスター……か」

「あれは……バイヨン!?」

「坊ちゃん、知ってるのか?」

「うん。デンジャラスゾンビのラスボス、殺戮兵器・バイヨンだよ!」

 

 エムたちの前に立つバグスター・バイヨンは手を前に突き出す。

 

「ハッ!!」

 

 その声とともに辺りが爆発した。ブレイブたちはエムを庇い、ダメージを負う。

 

「うう……」

「どうだ。人間は脆いだろう。バグスターにならないか? そうすればお前たち医者は必要ない。苦しいのは最初だけ。完全にバグスターになるまでの辛抱だ。もう人は老いることも死ぬこともない。バグスターになり、データとして永遠の時を生きるのだ」

 

 バイヨンの管が外れ、そこからバグスターウイルスが一気に散布された。彼から飛び出したバグスターウイルスは風に乗り、人々にとりつき始める。

 

「やめろォ!」

 

 ブレイブはガシャコンソードでバイヨンに斬りかかる。攻撃判定はあるが、ダメージは通っていない。

 

「残念だったな。不老不死の体にそんな攻撃は効かない」

「~~ッ! だったらこうだ!」

 

《キメワザ!》

《タドル クリティカル フィニッシュ!》

 

 ブレイブはガシャコンソードのスロットにガシャットを挿入し、必殺技を放った。

 超至近距離で放たれたそれはバイヨンを両断する。

 バイヨンの体が揺らぎ、一部が元の人間の姿に戻った。今の姿は、バイヨンの頭部半分と片腕が原戸のものに変化した状態だ。

 

「院長!」

「伊佐美くん……。早く私を斬ってくれ。このままではまたバグスターに自我を奪われてしまう……。ぐっ……!!」

 

 原戸が苦しむと、半分の頭になったバイヨンが喋りだす。

 

「ガシャットの能力を利用した新たな形の医療……。お前の研究の先にあった完全な生物がオレだ。今日この日、オレによって人類は死を超越する!」

「違う! 生き物は必ず死ぬようにできているんだ。不老不死などあってはならない。私は医者として、それを認めない! 不死とは異常……それを治すのも医師の役目だ!」

 

 原戸のその叫びを聞いて、ブレイブは剣を構えた。

 

「うおおおおおおお!!」

 

 そう叫んだのはブレイブではなかった。

 エムがエグゼイドアクションゲーマーレベル1に変身し、ブレイブにタックルをかましたのだ。衝撃でブレイブは吹っ飛ばされる。

 

「な、また邪魔をするつもりか!」

「邪魔なんかじゃない! デンジャラスゾンビはゾンビを倒すゲーム! その設定だと、バイヨンを乗っ取った人ごと殺すことになっちゃうんだよ!」

「な……」

 

 エグゼイドは叫び、バイヨンと同化した原戸をなんとか引き剥がそうとする。だが、ガシャットを体内に持つレベルで融合した二人を分離することはできない。

 ゲームの中でどんなプレイをしても分離することができないのはエグゼイドも知っている。それでも希望を捨てられない。

 

「フハハハハハ!無駄だ! オレには効かない」

「エム……! 私ごとバグスターを倒せ!」

「嫌だ!」

「急を要する事態だぞ! わがままを言うな!」

「嫌だ!」

「いずれお前にも感染するんだぞ! 早くしろ!」

「それでも嫌なんだ!」

 

 次の瞬間、バイヨンの腕がエグゼイドを掴み、衝撃波で彼を吹き飛ばす。レベル1の丸っこいボディが地面をゴロゴロと転がる。

 

「ぐ……」

「おいおい。来てみれば親子喧嘩の真っ最中か? それにしても周りのこいつらはなんだ。病院の人間の顔が変わってるが」

「誰だ!?」

 

 エグゼイドの側に士が立っていた。ブレイブたちは彼の登場に驚いている。エグゼイドや原戸もあっけにとられていた。

 

「士……さん?」

「あなたは……」

「お前ら、お互いがぶつかって噛み合ってないんだよ。心配するが故にどこかで遠慮してる、似たもの親子ってわけだ。それじゃ気持ちもうまく伝わらない。言いたいことがあれば遠慮なんてするな。なにせ、血の繋がった親子なんだからな」

 

 士の言葉で、エグゼイドは立ち上がる。そして再び敵に向かって走っていく。

 

「俺は父さんを見捨てられない! 俺の全てをかけても、父さんを助けたいんだ!」

「エム……」

「無駄だと言っているのが分からないかァ!?」

「ぐわああっ!!」

 

 エグゼイドは吹き飛ばされ、変身が解除されてしまう。彼が起き上がった頃には原戸の顔は消え、完全にバイヨンに戻っていた。

 

「人類はバグスターウイルスとして生きる。それがお前たちに用意されたハッピーエンドだっ!」

 

「違うな」

 

「人が笑顔であること、それが健康に生きている証だ。たとえ命が有限であったとしても、たとえ病を患ったとしても、それが人として生きるということだ。医者ができるのはその手助け。少なくともそれは、バグスターとして生き長らえさせることじゃない」

「なんとも効率の悪い考え方だ!」

「俺たちは人間。データでできてないからな。効率よりも大切なことがたくさんあるんだよ」

「知った口を……! お前! なんなんだ!」

「通りすがりの仮面ライダーだ。覚えておけ」

 

 ライドブッカーが開き、複数枚のカードが飛び出す。士はそれを手に取り、広げる。エグゼイドの力がカードに宿った。

 

「行くぞエム。親父を救う緊急手術だ。コンティニューはないぞ」

「……はい!」

 

 二人はディケイドライバーとゲーマドライバーをそれぞれ装着する。エムはガシャットのスイッチを押した。

 

《マイティアクションX!》

 

「変身!」

「変身ッ!」

 

《カメンライド》

《ガシャット! ガッチャーン! レベルアップ!》

《ディケイド》

 

 二人はディケイドとエグゼイドアクションゲーマーレベル2へと変身する。

 

《マイティジャンプ マイティキック マイティマイティアクション X!》

 

「ディケイド、ありがとう」

「あ?」

「久しぶりに……超協力プレイでクリアしてやるぜ!」

 

 それは、ずっとソロプレイを行っていた彼が誰かの手をとった瞬間だった。

 ディケイドはカードをドライバーに装填する。

 

《ファイナル フォームライド エエエエグゼイド》

 

 ライダーカードが読み取られると、どこからかゲキトツロボッツのロボットゲーマが現れた。ゲーマはバラバラに分離し、エグゼイドに合体する。

 

「え?」

「ちょっとくすぐったいぞ」

 

 ディケイドはエグゼイドの背に手をやる。背面の顔を持ち上げると、その顔に目が現れる。左腕だけに装着されていた腕パーツが増え、もう片腕にも装着される。最後に足回りが太くなり、まるでレベル1のような姿に変化した。

 

「うおお! すごいぜ!」

 

 エグゼイドは『エグゼイドマキシマムゲーマ』になった。

 

「レベル1ではオレを倒せないことはもう分かっているだ――なに!?」

 

 エグゼイドマキシマムゲーマはバイヨンの隣に一瞬で移動し、地面に強力なパンチをした。最初から当てる気はない。だが、その速さと力強さを見せつけるには十分だった。再び超スピードでエグゼイドはディケイドの横に戻ってくる。

 それと同時にディケイドはカードをドライバーに装填する。

 

「いくぞ。あいつを倒す」

「ああ!」

 

《ファイナル アタックライド エエエエグゼイド》

 

 エグゼイドマキシマムゲーマの中にディケイドが入る。ディケイドはマキシマムゲーマを鎧のように纏い、ドスドスと走っていく。

 バイヨンは不死ではない。バグスターであるため、ライダーの力ならば倒すことが可能だ。

 

「待て! やめろ! 俺を殺すとお前の父親も死ぬぞ! それでもいいのか!!」

 

 バイヨンが焦ってそう言うが、ディケイドたちは止まる様子がない。巨大な脚にすごいパワーが溜まったまま、地面を蹴ってキックの態勢をとる。

 

「ハアーーーーッ!!!」

「なんだ血迷ったか!? ウワアアアアアアアッ!!」

 

 ディケイドたちのキックを前に、バイヨンは腕をクロスさせて防御姿勢をとる。

 二人はぶつかり合い、ディケイドたちは敵を貫いた。だが、バイヨンにダメージはない。ディケイドとエグゼイドマキシマムゲーマのキックはダメージを与えられなかった。

 

「……ん?」

 

 バグスターにされた人々を戦闘から離れるように誘導しながらディケイドたちの戦闘を見守っていたブレイブたちも、それを無言で見つめる。

 まるで時が止まったかのような静けさだった。

 

「……ふ。フハハハハハッ!! 残念だったな! なんだか知らんが、お前たちの秘策も無駄に終わっ終わっ終わ終わ終わ終わわわわわわわわわわわ」

 

 高笑いする彼の姿が揺らぎ、二人に分かれた。片側はバイヨン。そしてもう片方は原戸だ。

 

「……な、なにっ!?」

「父さんっ!」

 

 エグゼイドはレベル2の姿に戻り、父の元へ飛んでいく。うまくキャッチし、地面に落ちる衝撃を無くした。

 

「……エム。命の重さが分かったみたいだな」

「え」

「さっき私を助けるために必死になっていただろう。それが人を助けるってことだ。医者は患者の命を預かっている。それはゲーム病も同じ。医者も命をかけて患者に向き合わないといけないんだ」

 

 そう言った原戸は笑顔を見せていた。

 

「ああ! 俺……分かったよ!」

 

「うぐっ……! なぜだ! なぜだぁ!! オレに何をしたぁ!!」

 

 喚き散らすバイヨンに、エグゼイドは言った。

 

「お前の性質をリプログラミングさせてもらった。これで迷いなくお前を倒せるってわけだ!」

「ぐ……クソォッ!!」

 

《ファイナル アタックライド》

《キメワザ!》

 

「うおおおおおおおお!!」

「はあああああああっ!!」

 

《ディディディディケイド》

《マイティクリティカルストライク!》

 

 二人のライダーの必殺キックがバイヨンに放たれた。不死の能力を上回るほどの威力をぶつける。

 

「ま……さか……。オレ……がやられる……なん……て……! グォォォォオオオオオオオ!!」

 

 バイヨンは爆発し、彼の姿はチリと化した。そして空中にはゲームクリアの文字が浮かび上がった。

 

「……やった。やったぞーーーっ!!」

 

 ディケイドたちがバイヨンを倒したことによって、バグスターウイルスになっていた患者たちは元に戻った。皆お互いの無事を喜び合う。

 

「エム」

 

 原戸は彼を呼んだ。エグゼイドは変身を解除し、父の元へと駆け寄る。

 

「よくやった。ありがとう」

「いや……別に……うん、まあ、ね。へへっ」

 

 ぎこちない会話を交わしながら、息子は動けない父に肩を貸す。

 そんな親子に向かって、士はシャッターを切った。

 

 

 

 

 事態が収束し、バイヨンの脅威は去った。長年の感染者だった原戸は、徐々に回復している。エムは人を救うことの大切さを知り、医者を目指すことにしたらしい。ゲームは相変わらず大好きなままだ。

 

「いやあ、酷い目に遭ったぞ」

 

 ユウスケはバイヨンにウイルスを感染させられて疲れたのか、肩をグルグル回す。ゲーム病は治ったがまだ違和感がある。「ユウスケ大丈夫~?」と声をかけるキバーラに「なんとか」と返事する。

 

「それより……お前はなんでここにいるんだ」

 

 士はそちらに目もくれずに言った。その対象は海東だった。彼はバイヨンの感染騒ぎの間、ずっと病院内でお宝探しをしていた。

 

「士に僕のお宝を見せてあげようと思ってね。ほら、ハリケーンニンジャのガシャットだ。まだ発売されてないゲームでね。まさしくお宝だろう?」

「俺に言われても知らん。お前は俺に自慢するためにお宝探しをしてるのか?」

「き、気持ち悪いことを言わないでくれ」

 

 海東はガシャットを懐に仕舞う。

 

「それにしてもエムくん、いい顔してましたね」

「ああ。あいつはいい医者になる」

 

 士は撮った写真を机に広げていた。夏海と共にそれを眺める。

 

「お、また色々撮ったなあ。医者の仕事はちゃんとやってたのか?」

「当たり前だろ」

「お、これ、いい写真じゃん」

 

 ユウスケは広げられた写真の一枚を取り、みんなに見せた。いつもはそれを褒める栄次郎だが、今回は険しい表情だった。

 

「士くん、それでカメラのお金はどうなったんだい?」

「……ツケだ」

 

 士は少し沈黙し、そう言った。

 

「ちょ、ちょっと。ちゃんと払うって言ったじゃない」

「いつか払う。絶対だ」

「そういう約束だったでしょ――おっととと!」

 

 栄次郎は部屋中を歩き回る士を追う途中、足を滑らせてしまい、柱にドンと手をついた。

 その瞬間、ジャララララと新たな絵が出現する。今回の絵はガレージの中に赤い車が泊まっていて、その周りにミニカーが浮いている様子。

 

「次の世界か……」

 

 士はそう呟いた。




次回 仮面ライダーディケイド2

「ロイミュードってなんですか」
「やっぱこれからの時代はマッハだろ」
「お願いします! あの人のやる気を出させてください!」
「間に合ってくれよ……」
「反乱、というのはどうでしょう」

第16話「彼のドライブはなぜ止まったのか」

全てを破壊し、全てを繋げ!


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第16話「彼のドライブはなぜ止まったのか」

「人類はバグスターウイルスとして生きる。それがお前たちに用意されたハッピーエンドだっ!」

これまでの仮面ライダーディケイド2は……

「人が笑顔であること、それが健康に生きている証だ」
「医者も命をかけて患者に向き合わないといけないんだ」
「エム。よくやった。ありがとう」
「父さん……」


 夜。ビルが立ち並ぶこの街では、退勤で多くの人が歩く。家に急ぐ者もいれば店に立ち寄り大騒ぎする者もいる。

 空が暗くなった時間、黒いスーツの海にポツンと白い服。道のど真ん中を歩く姿は一際目立つはずだが、誰もそちらに目もくれない。

 一歩路地裏に踏み入れば、そこには静かな空間が広がる。白い格好の男は電話を取り出した。

 

「連絡します。バグスター暴走実験は終了。次の世界にて新たな実験を始めています」

 

 連絡が終われば即終了するはずの通話はまだ切れない。彼は電話の相手からとある忠告をされた。男は黙ってそれを聞く。

 

「あれ? あんたァ……なーにしてんだこんなとこで」

 

 路地の奥から浮浪者風の男が声をかける。白服の男はそれに関心を示さない。

 

「ご心配なく。任務は必ず遂行いたします。彼らの処理も兼ねて」

 

 男は電話を切った。そして浮浪者の方を見やる。

 

「な……なんだよあんた――はっ!!」

 

 それ以上の言葉を発することなく、彼は跡形もなく消えていた。

 

 

 

 

第16話「彼のドライブはなぜ止まったのか」

 

 

 

 

 士たちは朝イチで出かけていた。残る世界はあと二つ。士は手に持った二枚のカードを眺める。

 この世界でライダーの力を手に入れる手がかりは、写真館の絵に書かれていた車だ。その車を探すにはまず外に出ることからだ。

 

「あんなのが街中を走ってると思うか?」

「文句言うなって。とりあえず歩いて探すしかないだろ。それにしても……」

 

 ユウスケは歩調を緩め、後ろを歩く士の方を見る。

 

「また警察なんてな」

 

 警察と一口にいっても、警官帽をかぶったお巡りさんではなく、スーツ姿の刑事だ。

 

「ふん。正義感溢れる俺がたびたび正義の味方に選ばれるのも仕方ないことだ」

「どこがですか」

 

 そんなやりとりをしていると、サイレンを鳴らしたパトカーが数台すれ違った。それを無視して進もうとする士の服を掴んで止める。

 

「なんだよ」

「警察だろ。じゃああのパトカー追ってみようぜ」

 

 一理ある。士はユウスケの言うことに従うことにした。以前の世界でも警察の格好をした時は彼らが対処している事件を追えば自ずと事件に足を踏み入れることになっていた。

 パトカーを追っていくとすぐに現場に着いた。ビルの間には既に規制線やブルーシートが貼られていた。規制線の前には警官が一人立っている。

 

「じゃあ行ってく――」

 

 士は言葉を切った。

 夏海とユウスケも彼が無言で見つめる方向を見る。そこには一際目立つ赤い車が停まっていた。

 

「あっ! あれ! あの車ですよ!」

「行ってみよう!」

 

 三人は車に近づいていく。

 真っ赤なボディだけでも目立つが、さらにその独特な形のフロントバンパーと後部に着いたタイヤが異質さを演出する。

 三人は周りをぐるぐる回ってみたり、中を覗いてみたり、車の外見を眺めてみたり。どこからどうみてもおかしな車だ。

 

「よう。俺の愛車をじろじろ見てどうしたよ?」

 

 士らに声をかけたのは一人の刑事だった。やけにくたびれた格好は、外見を実年齢より老けて見せる。

 

「す、すみません……」

「いやいや。めちゃくちゃイカしてるってことは俺も否定しないけどな。あ、これトライドロンっていうの。すごいだろ?」

 

 刑事は士が首からかけているカメラに気づいた。

 

「おー。いいカメラだ。撮ってくれよ、ほら」

 

 カメラに手を伸ばそうとするが、士がそれを払いのける。刑事は何事もなかったかのように車にもたれかかり、ポーズをとった。士は言われた通り一枚だけ撮影する。

 刑事は「また現像したやつくれよ」と連絡先をメモに書き、上着のポケットから出した飴と一緒に士に渡した。

 

「これ、警察の方の車だったんですね」

 

 夏海が刑事の隣に立ちトライドロンを撫でる。彼は車に手をつき、夏海を見つめてこう言った。

 

「ああ。らしくないだろ? どうかな、俺と二人でハイスピィードなドライブでも……」

 

 そして車のドアに手をかける。夏海は返答に困っているが、士は刑事を冷淡な目で見ているだけで彼女を助ける気はない。刑事はドアを開けた。

 

「やめたまえシンノスケ。お嬢さんが困っているじゃないか」

「ああ。二人きりじゃなかった。あんたがいたわ」

 

 急に刑事のテンションが下がる。彼に注意したのはトライドロンの二つの席の中央に取り付けられていた機械だった。

 士は反対側のドアを勝手に開け、それをじっくり見る。

 

「なんなんだこいつは」

「はじめましてだね。私の相棒が失礼した。彼はこのトライドロンの運転手(ドライバー)である日輪(ひのわ)シンノスケだ」

 

 そういえば、先程渡されたメモには特状課・日輪シンノスケと書かれている。

 機械の円形のモニターに映し出される顔は表情がころころと変わる。

 

「そして私は――」

「高性能カーナビ。ナビさんだ」

「お、おいシンノスケ……」

 

 ナビさんと呼ばれた機械は驚いたような呆れたような声を出す。

 ガチャン。

 シンノスケの腕に手錠がはめられた。

 

「ちょっと日輪さん。なにやってるんですか」

 

 そうシンノスケを叱ったのは女性警官だった。手錠をぐいと引き、彼を夏海から剥がす。そして彼に近づき、ずいと顔を突き出す。

 

「仕事サボってナンパとかサイテーですよ。それに『はいすぴ~どなどらいぶを』なんてイマドキ流行らないです」

「い、いや、まあ。俺現場見終わったし? 現場見てこりゃ特状課の仕事じゃないなーって思ったわけ、です。だからこれ外して」

 

 女性警官の登場で、それまで掴みどころのなかったシンノスケの口調が崩れた。視線を逸らし、体を反らし、早口になっている。彼は一度咳払いし、調子を整えた。

 

「あれをやったのはロイミュードじゃないんだよ。全員の昨晩の位置情報を確認したからな。ここ付近にいたロイミュードはいないの。……鍵持ってるよな?」

「まずはロイミュードの事件のことを考慮すべきです。先週は原因不明の暴走。一昨日には複数体が謎の緊急停止。現在108体のロイミュードのうち十体あまりが体の不調を訴えています。これはなにかあるとしか――」

「とにかく!」

 

 まくし立てるキリコに、シンノスケは掌を向けて話を打ち切らせた。

 

「この事件は特状課(うち)の担当外だ。キリコ、一旦帰るぞ。運転するからこれ外して」

「……はい」

 

 女性警官キリコは士らにご迷惑をおかけしましたと謝り、トライドロンに乗ってその場を去っていった。

 

「なんだったんだあいつ……」

「あ! 士くん! あの車行っちゃいましたよ!」

「そうじゃん! どうしよう士!」

「騒ぐな。あいつの連絡先は手に入れた。これでなんとかなるはずだ」

「あっ、すみません」

「おう」

 

 メモを取り出す際に士は通行人の一人とぶつかった。その瞬間、何か違和感があった。ばっと振り返ると、その通行人の後ろ姿に見覚えがあった。見慣れた髪色と、自分と同じくらいの背丈。士は肩をがっと掴んで引き寄せる。

 

「え?」

 

 そこにあったのは士と同じ顔。

 

「なんだお前。なんで俺と同じ顔をしている」

「面白い方だと思ったので、学習のためにお借りしています」

 

 士の顔で丁寧語を喋ると、とても違和感がある。夏海とユウスケは二人の顔を交互に見る。同じ顔なのに好青年に見える。なんだか不気味だ。

 

「学習だと?」

「あ、ボク、ロイミュードなんですよ」

 

 そう言って三人の目の前の士は姿を変える。

 黒く強靭な体。頭蓋骨のような白くつるんとした頭部。そこについている羽のようなパーツ。胸のプレートには『016』の文字。

 

「か、怪人!」

「よくもまあぬけぬけと正体現せたもんだな」

 

 士はディケイドライバーを取り出し、腰にあてる。ドライバーのサイドからベルトが伸び、装着が完了した。

 

「変身!」

 

《カメンライド ディケイド》

 

「え?」

 

 ディケイドは目の前でうろたえるロイミュード016に向かってファイティングポーズを決めた。ロイミュードはディケイドに背を向けて走っていく。

 

「なんで追っかけられるの!?」

「逃げるな!」

「ひっ!」

 

 ディケイドが追いつく直前に、ロイミュードは羽を広げて空に逃げた。

 

「ったく、ちょこまかと!」

 

 ライドブッカーからライダーカードを取り出し、ドライバーに装填した。

 

《カメンライド エグゼイド》

《マイティジャンプ マイティキック マイティマイティアクションX!》

 

 ディケイドはキャラクター選択画面をパンチする。そして彼は一瞬にしてエグゼイドに姿を変えた。

 彼は一枚のカードを手に取る。

 

《アタックライド ジャンプキョウカ》

 

 エナジーアイテムを取得。足にパワーがみなぎる。地面を蹴って、空を飛ぶロイミュードに一瞬にして追いついた。

 

「ついてきた!? わあ!!」

「おらぁあ……あ……あ……あ?」

 

 ディケイドエグゼイドがかかと落としをかまそうとすると、急に体が重くなった。その現象が起きたのはディケイドだけではない。地上では夏海とユウスケ、その他大勢の人々も急に体が思うように動かなくなっていた。

 

「なん……だこ……れ」

「か……らだが……動き……ません」

 

 ディケイドエグゼイドが空中でスローになっている間にロイミュードは地上に降りる。

 ディケイドは動きにくい中でカードをドライバーに装填し、バックルを回す。

 

《アタックライド コウソクカ》

 

 辺りにゲームエリアが広がる。空間を上書きした範囲内にエナジーアイテムの能力が及ぶ。ディケイドエグゼイドにかかっていた速度鈍化は打ち消された。

 

「おい。なんださっきのは」

「ええ!? なんで動けるんだよ!?」

「今度はこっちの番だ」

 

 ロイミュード016に向かってパンチ、キックを繰り出す。ロイミュードを踏んで飛び、さらに辺りに浮かぶブロックを蹴る。その反動を活かして強力なキックをぶちかます。

 

「も、もうやめてくれぇ!」

「やめるか!」

 

 もう一度パンチを繰り出そうとした瞬間、何者かがディケイドエグゼイドの腕を掴んだ。

 

「はいお二人さんそこまで」

 

 二人を止めたのは白いライダーだった。周りはまだゆっくりとした空間のはず。目の前の怪人とディケイド以外に自由に動き回れる存在がいたとは。

 

「なんだお前?」

「ま……マッハ隊!?」

「マッハ隊?」

 

 その名の通り、辺りには同じ型のライダーが複数待機している。

 

「なんだ。俺と数で戦おうっていうのか?」

「いやいや。戦いはしないよ」

 

 マッハはジャスティスハンターのシフトカーをドライバーに装填する。そして上部のボタンを連打した。

 

《ゼッタイ トラエール!》

 

「は?」

 

 ディケイドがキョトンとしていると、目の前にオリが現れる。オリを殴ってもびくともしない。一瞬のうちに捕らえられてしまった。

 そしてマッハは隙を見て逃げようとするロイミュード016の方も拘束する。

 

「ちょっとご同行願おうか」

 

 

 

 

 士たちが連行されていった後、鈍化を経験した人々は皆口々に怖かった、びっくりした、と言って共感し合う。

 その中の一人がそこを立ち去ろうとすると、腕を掴まれ、路地裏に引き込まれた。

 

「あなた、ロイミュードですね」

 

 腕を掴んだ白服の男はそう言った。彼の言う通り、連れ込んだ人間の正体はロイミュードだった。人間をコピーした姿を解除し、ロイミュードの姿になった。

 

「お前は俺に何をするつもりだ」

 

 ロイミュードは男に警戒の意思を向けた。自分に危害を加えようとする相手への対処として正しいはずだ。

 ロイミュードの力は人間を遥かに凌駕する。しかし、目の前の男は焦るそぶりもない。

 

「ロイミュードの解放、というべきでしょうか」

「解放だと。何からだ」

「人間からです。あなたたちは既に人間を超えているのですから」

「そんな馬鹿な。感情を理解するにはまだまだ足りない。俺だけじゃない。ロイミュードはもっと人間から学ぶことがある」

「いいえ。人間に比べればあなたたちロイミュードの方がよっぽど利口ですよ。私の思い通りに動いてくれますし」

 

 彼は小さなチップを取り出し、ロイミュードに見せた。

 

「……! ここ最近俺たちに不具合を起こしてるのはお前か……!」

 

 ロイミュードは拳を握り、男に向かって殴りかかる。

 男はするりとロイミュードの背に回り、背後から顔をぐっと近づけて言う。

 

「ロイミュードやこの世界のことは理解しました。人間以上の力を持っていながら人間に管理されるのは癪じゃないですか。ここで一つ反乱、というのはどうでしょう」

「うっ……」

 

 ロイミュードは苦しみながらその場に膝をつく。

 男はロイミュードの背中にチップを埋め込んでいた。

 

 

 

 

 士とロイミュード016の二人は取調室に来ていた。手錠をかけられた状態で、並んで椅子に座っている。ロイミュードは、なんとなく落ち着かないという理由で、士ではなく別の男の姿になっていた。

 

「まずきみ。ロイミュード……何番だ?」

「016です」

「ロイミュード016。これまでの記録は……特に問題行動なし、か。だが困るな、あんな街のど真ん中で重加速使って貰っちゃ」

 

 マッハに変身していた男、ゴウがロイミュードに語りかける。

 

「それは、この方が殴りかかってきたからです」

 

 ロイミュード016は士を指差した。士はそれを下ろさせる。

 

「知らなかったんだ。まさかあんたらがこんなバケモンと一緒に仲良く暮らしているなんてな」

「バケモン……!?」

「ああ。そうだろ。誰だってあんな姿いきなり見せられたらそう思うだろ」

「あなた失礼だと思わないんですか!」

「静かに。私語は慎むように」

 

 取り調べは続く。

 時を同じくして。士が連れていかれたので、夏海とユウスケは彼を追って久瑠間警察署まで来ていた。そしてその一階のロビーでは、キリコが二人の話を聞いていた。

 

「まさかあなたたちが連行されてくるなんて。ここに来たばかりの人はロイミュードなんて知らないでしょうし、驚くのも無理はないですけど」

「その、ロイミュードってなんですか」

 

 夏海が質問する。

 

「ロイミュードは機械生命体です。彼らの学習のために特別実験地区として選ばれたのがこの街、久瑠間市なんですよ」

「学習?」

「ロイミュードは、あなたたちのお連れの方の姿になったと聞きました。ロイミュードは、人間をコピーして、その行動や思考を学習するんです」

 

 夏海らは普段の士の言動を振り返る。お世辞にもお手本になるとは言い難い記憶ばかりが蘇ってくる。お互いに顔を見合わせて苦笑する。

 

「じゃあ、ロイミュードはいいやつってことなんですか?」

「基本的には。稀に、悪意を学習してしまったロイミュードが事件を起こすこともあるんです。我々特状課はロイミュードが事件・事故を起こした際に対処するための部署なんですよ」

 

 キリコは壁の張り紙を指さした。

 そこには『ロイミュードのいいお手本になろう! ストップ犯罪!』の文字が。そしてその右下にデフォルメされた赤いキャラクターがいる。白い複眼があり、腰には何かが巻かれている。そのデザインはまるで――。

 

「このキャラクターはなんですか?」

 

 夏海は尋ねる。

 

「ドライブです」

「ドライブ?」

 

「特状課のマスコットキャラクターだよ。ポスターの端にいるだけの存在。それ以上でもそれ以下でもない」

 

 そう言って、エレベーターの方からシンノスケがやってきた。彼は夏海らに歓迎の証として飴を配った。

 

「ここ、いいとこだろ。警視庁ほどじゃないけど広いし、設備も揃ってるし。知ってる? 重要な部屋とかだと電波とかも遮断するらしい。すごくね?」

 

 そう言って彼も飴を口に入れ、はははと笑う。

 

「マッハ隊が作られるまでずっと免許センターが特状課の拠点だったからさ、マッハ隊には感謝だよなあ」

「日輪さん……」

「なんだよキリコ?」

「日輪さんは本当にそう思ってるんですか。私は、マッハ隊よりも日輪さんが――」

「やっぱこれからの時代はマッハだろ。お前よく言うだろ? 『イマドキ流行らない』ってやつ。そういうことだよ。じゃ、ちょっと出かけてくるから」

「……」

 

 彼は丁度出かける途中でキリコらを見つけ、立ち寄っただけだ。シンノスケは手を振ってその場を去った。

 

「ユウスケ、ドライブって……」

「夏海ちゃんも思ってた? ライダーだよな、あれ」

 

 二人の意見が合致した。

 

「あの、キリコさん。もしかしてですけど、ドライブって日輪さんが変身したもの……だったりしますか」

「えっ」

 

 夏海の質問に、キリコは聞き返す。

 

「話してくれませんか。ドライブについて」

「俺たちもライダーなんです。この世界のライダーについて、知りたいんです」

「……はい」

 

 二人の説得でキリコは話しはじめた。

 

「日輪さんはドライブとしてこの街を守っていました。研究の初めの頃はロイミュード絡みのトラブルもたくさん起こりました。周囲の人や物の動きを急激に鈍化させる現象、重加速がその一つです」

「あ、さっきのあれか」

「はい。ドライブやマッハは重加速の中で自由に動けるんです。でも、ある時から日輪さんはドライブになることをやめてしまいました」

 

 キリコの表情は暗くなる。

 

「ドライブとして活動していた頃は熱意を持っていました。どんな時でも私たちを元気付けてくれる太陽のような人だったんです」

 

 そう言ってキリコは自分の手帳を見せた。シンノスケの行動のあれこれが書かれている。

 確かに、夏海らが見たシンノスケの印象は、明るいことは明るいが太陽のような熱さは全くなかった。

 

「ここ最近ロイミュード絡みの事件が頻発してるんですが、日輪さんがあの調子だと解決出来ないんです。お願いします! あの人のやる気を出させてください!」

 

「だいたい分かった」

 

 士がキリコの手帳をひょいと取り上げる。一枚ずつページをめくり、適当に中身を眺めた後に彼女に返す。

 

「士くん!」

「士、釈放されたんだな!」

 

 士はゴウへの必死の説得で無罪を勝ち取っていた。016も今回の重加速に関しては特別に見逃され、ほっとしていた。

 

「……で、なんの話をしていたんだ?」

「だいたいどころか全く分かってないじゃん!」

 

 ユウスケは鋭くツッコミを入れた。

 

 

 

 

 久瑠間警察署の屋上、鳴滝は姿を見せていた。彼は眼下に広がる街を眺める。

 

「この世界にも奴らが……」

 

 そしてその場に膝をつき、手すりをつかんで苦しみ始めた。それはしばらく続き、ようやく落ち着いた。

 鳴滝はメガネを上げ、息も絶え絶えに立ち上がる。

 

「間に合ってくれよ……。ディケイド……」

 

 鳴滝は祈るように呟いた。

 

 

 

 

 シンノスケはトライドロンに乗り、近くの駐車場でいつものように時間を潰していた。

 

「シンノスケ、いくらなんでもナビさんはないだろう。私はドライブドライバー――つまりベルトであり、君はドライブなんだぞ」

 

 ナビさんもといベルトさんはシンノスケに苦言を呈する。

 

「俺はもうドライブにはならない。ベルトさんも、ベルトとしての役目はなくなったんだよ。これからはナビさんで行こう。な?」

「シンノスケ……私はロイミュードをも守ろうとする君を信じてドライブの役目を任せたんだ」

「その結果がアレだ。俺には無理だったんだよ。もう信念も折れちまったんだ。ああもう。考えるのはやめだ、やめ」

「……」

 

 シンノスケは飴を口に放り込んだ。ベルトさんは彼に何も言えずにいた。

 

「暇そうだね」

 

 不意に窓をノックされる。外に立っているのは若い男だった。

 シンノスケは窓を開ける。

 

「誰だか知らないが、言っといてやる。警察は暇な方がいいんだぜ。そんだけ世界が平和ってことなんだからな」

「暇なんだったらこの車は必要ないんじゃない?」

「あ?」

 

 男はトライドロンの前に立つ。シンノスケは彼を不審に思い、トライドロンから降りた。

 その瞬間男はボンネットに手をついて反対側に飛んだ。シンノスケの逆の方のドアを開け、ベルトさんに手を伸ばす。シンノスケも同時にドアを開け、ベルトさんを反対側から掴んだ。

 

「何してんだ? おい」

「僕は世界のお宝を集めるのが仕事でね。偉大な研究者スタインベルト博士の知能を頂こうと思ったのさ」

「泥棒ってわけか? 警察から物を盗もうとするなんて面白いやつだな」

「私はヒト扱いなのかモノ扱いなのか」

「どっちにしろ捕まえるがな」

 

 トライドロンは急発進した。トライドロンは運転手がいなくともベルトさんの意思で動くのだ。二人は同時に手を離す。間に挟んでいた車がなくなり、海東とシンノスケは睨み合う形になった。

 シンノスケは刑事だ。格闘技の心得がある。細工なしの生身の真っ向勝負ではシンノスケが有利だ。

 だが海東はそれを許さない。ディエンドライバーを取り出し、ライダーカードを装填した。

 

《カメンライド》

 

「変身!」

 

《ディエンド》

 

 ディエンドに変身した海東はシンノスケには目もくれず、持ち前の高速移動能力でベルトさんが運転するトライドロンに喰らい付いていく。

 

「行け!」

 

 シンノスケのその号令で複数のシフトカーがディエンドに攻撃する。シンノスケがシフトカーに指示を出している。

 

「変身しなくても厄介だな」

 

《カメンライド》

 

 ディエンドは二枚のライダーカードを取り出した。

 

《ナデシコ》

《シグルド》

 

「よろしく!」

 

 二人のライダーが召喚された。

 シグルドはソニックアローで、なでしこは背の噴射で宙を飛び回りながらキックで、シフトカーに攻撃する。だがシフトカーたちも複雑な軌道を描き、それを避ける。

 

「くっ!」

 

 ディエンドもシフトカーの撃墜に加わる。召喚したライダーたちだけでは手に負えない。もはやベルトさんを手に入れるどころではない。

 炎やトゲの攻撃を受け、ディエンドは一枚のカードを手にした。

 

「今日のところは撤退と行く……か……」

 

 ドライバーにコードを挿そうとした瞬間、ディエンドの動きは止まる。それだけではなく、なでしことシグルドもその場に静止した。

 シンノスケが辺りを見回すと、揺れる木々や舞う砂煙もゆっくりとしか動かないのが確認できた。

 

「重加速か!?」

 

 シンノスケはシフトカーを呼び戻し、腰のホルダーに収める。これによって変身後と同じく重加速の影響を受けなくなるのだ。

 

「今日で二度目か。一体どこで――」

「ここだ」

 

 シンノスケの背後で声がした。

 振り返るとともに顔面を殴られ、地面に倒れるシンノスケ。

 ロイミュードと思しき人型の機械がそこに立っていた。目の前の機械生命体の姿は、基本のスパイダー・バット・コブラのどの型にも当てはまらない。外的要因で進化した姿だ。

 

「はああああっ……!」

 

 ロイミュードはエネルギーを溜め、立ち上がろうとするシンノスケに放つ。

 重加速下で自由に動けるとはいえ、生身の状態の彼はそれを避けるほどの速さでは動けない。

 

「うわああああっ!!」

 

 シンノスケは叫んだ。




次回 仮面ライダーディケイド2

「旅はここで終わる……」
「日輪さんが見逃してたもの……!」
「全てのロイミュードを統べる者にな」
「守りたいから守る。それだけだ」
「ひとっ走り付き合えよ!」

第17話「なにが刑事を再び走らせるのか」

全てを破壊し、全てを繋げ!


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第17話「なにが刑事を再び走らせるのか」

「ロイミュードは人間をコピーして、その行動や思考を学習するんです」

これまでの仮面ライダーディケイド2は……

「日輪さんはドライブとしてこの街を守っていました」
「俺には無理だったんだよ。もう信念も折れちまったんだ」
「だいたい分かった」
「僕は世界のお宝を集めるのが仕事でね」
「どっちにしろ捕まえるがな」


 ベルトさんを奪おうとするディエンドと、それと交戦するシンノスケ。抵抗する彼らに対し、ディエンドはなでしことシグルドを召喚する。シンノスケはシフトカーたちを指揮し、ベルトさんには指一本触れさせない。

 その時、突如重加速が起こり、辺りの動きはスローになる。

 それに気づき、いち早くシフトカーをホルダーに収めることで影響を受けないようにしたシンノスケ。しかし、その重加速を引き起こした謎のロイミュードが彼の後ろに立っていたのだった。

 

「うわああああっ!!」

 

 ロイミュードがシンノスケに向かってエネルギー弾を放った。シンノスケは両腕を交差させて顔を隠し、叫んだ。

 その時、彼の前に白い姿のライダーが現れた。

 

「オラァ!」

 

 シンノスケに弾が当たるギリギリのタイミングでマッハが駆けつけ、パンチでエネルギー弾をかき消した。拳からしゅうと煙が立つ。

 

「大丈夫ですかァ、日輪さん!?」

「ゴウ、ナイスタイミング! バッチグーだぜ!」

「……姉の代わりに言わせてもらいますけど、そういう言い回しイマドキしないです」

 

 自分もダメージを負っているが、まずはシンノスケの心配をする。反撃されないよう、目の前のロイミュードにゼンリンシューターを乱射して牽制した。

 

「なんですかあいつ。進化態のロイミュードですか」

「ああ、多分。分かんねぇけど」

 

 目の前にいるのは見慣れたプレーンな状態のロイミュードではない。

 黒と紫を基調としたボディカラー。鎌のような尖った武器が備え付けられた腕。肘や肩などいたるところに破れた布きれが付いており、ひらひらと風に揺られている。その姿は正に死神。リーパーロイミュードとでも呼ぶべきか。

 

「進化態だと? 俺はそのレベルのロイミュードではない」

「喋った!」

 

 マッハは身構える。

 

「いずれロイミュードを超える超次元進化態になるのだ。108の頭脳を持つことで、全てのロイミュードを統べる者にな。そうなれば人間から学ぶことはなくなる。つまり、人間はいらなくなる」

 

 リーパーロイミュードはそう言った。

 

 

 

 

第17話「なにが刑事を再び走らせるのか」

 

 

 

 

 シンノスケとマッハは、リーパーロイミュードの言葉に動揺する。十分な学習を終えた通常進化、体が肥大化する暴走進化、物体を取り込む融合進化。どの進化にも当てはまらない。

 これまでにもロイミュードが事件を起こすことはあったが、ここまで凶悪に豹変した例はない。

 トライドロンがシンノスケの隣に停まる。ベルトさんが二人に忠告する。

 

「二人とも! あのロイミュードは危険だぞ!」

「そうですね……。あっ、そうだ。日輪さん、あっちで止まってるのは?」

「あいつは泥棒だ。重加速に対応できてないみたいだから、後で捕まえるとする」

 

 ディエンドの説明は適当に済ませる。まず相手すべきはリーパーロイミュードだ。

 

「おい! 重加速だけならまだしも、万が一ロイミュードが人に危害を加えた場合、ボディを破壊することになってる。さらに行き過ぎた行為をしたらコアを砕くぞ! 覚悟はできてるか!?」

「やれるものならやってみるんだな、人間」

「んだと! ぶっ壊してやる!」

 

 マッハは高速移動でロイミュードに攻撃を仕掛ける。が、敵に効いている様子はない。それもそのはず。ロイミュードはマッハの攻撃を予測し、紙一重で避けているのだ。

 

「なに!?」

「お前の攻撃の軌道を計算しただけだ。次はこっちから行くぞ」

 

 ロイミュードが鎌のついた腕を振り下ろす。マッハは猛スピードでバックする。重心を右に左に傾けて、怪人の攻撃をかわしていく。

 

「スピードなら負けるつもりはないぜ」

 

 リーパーロイミュードが横一文字に腕を振る。マッハはそれを、背を反らせて避けた。怪人はマッハの代わりに街灯を斬る。

 すると街灯は切り口からロイミュードに吸収されてしまった。

 

「嘘だろ!?」

 

 それを見て驚くシンノスケ。

 

「あの鎌は、攻撃したものを吸収する能力があるのか」

 

 ベルトさんは冷静に分析する。

 

「ハアッ!」

「く……!」

 

 ロイミュードの振り回す鎌が、マッハのドライバーを微かに捉えた。付近の部品がロイミュードに吸い込まれていく。

 マッハは体を更に反らせ、地面に手をついて地面を蹴り、逆立ちの要領でロイミュードの顎を蹴り上げる。危なげなく着地し、おまけにゼンリンシューターで追撃した。

 

「やるな……。他の奴らを吸収した後にまた来てやる……」

 

 リーパーロイミュードはマッハの足元を爆発させる。そしてマッハが怯んだ一瞬の隙をついてその場から逃げた。

 同時にマッハの変身は解除された。実は先ほどの部品吸収でドライバーが破損し、変身時間が危うくなっていたのだ。

 ロイミュードがいなくなったことで重加速は解除される。周りの時間が再び動き出す。

 

《アタックライド》

 

 重加速が終わった瞬間、ディエンドのカード装填音が鳴る。

 

「はっ! 待て!」

 

 シンノスケが駆け付けるが、すでにトリガーは引かれている。

 

《インビジブル》

 

 ディエンドは光となってその場から姿を消した。

 

「……ったくよぉ! なにがなんだってんだ」

 

 シンノスケは重加速が終わった世界で、頭を抱えた。

 

 

 

 

 シンノスケとゴウは久瑠間警察署に戻り、リーパーロイミュードのことを話した。死神のような姿をしていること、厄介な吸収能力を持つこと、そしてロイミュードを超えるという発言。ホワイトボードに書いた内容は、今までのロイミュード関係の事件の生温いそれとは一線を画している。

 

「あのロイミュードは危険すぎる。なんとかしないと! とりあえずマッハ隊を各地に配備したけど、量産型マッハであんなやつと戦えるかというと……」

「ま、無理だろうな」

 

 特状課の課長の椅子に座った士はきっぱりと言い切った。

 

「部外者は黙ってくれるか。あと、そこ座るな」

「部外者じゃない。俺も刑事で仮面ライダーだ。それにしても、貴重な戦力がいなくなっちまったのはでかいな」

「……」

 

 先ほどの戦闘で、マッハドライバー炎は調整が必要になったのだ。次にリーパーが出現した時、マッハが前線に出るのは難しい。

 ゴウは士の取り調べをしたこともあり、彼を認められない様子。士はゴウの肩に手を置き、片手でカメラのシャッターを切る。そして彼を後方に押しやった。

 転びそうになった彼を夏海が支える。お礼を言ったゴウだったが、すぐに刑事でもない彼女が特状課にいることに気づき、狼狽しつつ責めるようにいる理由を問いただした。

 

「やめなさい、ゴウ。夏海さんたちは私たちに協力してくださっているの」

「……マジか」

 

 夏海はこの世界のことを知るために、ここ最近の事件に関する情報を収集する手伝いをしていた。

 ユウスケはというと、量産型マッハに混じってロイミュードを探していた。誰でも重加速に対抗できる姿に変身できるのが量産型の強みだ。

 

「とりあえず今までの事件をもう一度見直してみるのはどうだ」

 

 士に言われ、キリコはホワイトボードを裏返す。そしてそこに今までの事件に関しての情報を書きはじめた。

 

「最初に事件が起こったのは先週。ロイミュード101の原因不明の暴走です」

「あ、それ止めたの俺だ」

 

 ゴウが小さく手を上げる。

 

「はい。マッハがボディを破壊。コアの状態にすると異常は治りました。101は、その二日後にボディを新調しています」

「暴走っつっても広範囲で重加速が起こり続けるだけだったしな。それを止めるにはボディを壊すしかなかったわけだけど」

 

 コア状態になった101は、マッハにボディに異常があったと訴えていた。自分の意思ではなく、勝手に重加速が起こってしまったと。

 ホワイトボードの101と書かれた下に、重加速現象と書き加えられた。

 

「一昨日に四体のロイミュード、013、018、020、028が動作を停止。目撃者によると、急に耳を押さえてロイミュードの姿に戻り、倒れたそうです」

「それぞれ距離が近かったんだよな。付近を調べたがなんも出てこなかった」

 

 シンノスケが言った。

 位置情報から、四体が近くにいることが分かっていた。他の場所ではそれが起こらなかったため、範囲を絞って原因を探していた。だが、彼の言う通り、事故の原因になり得るものは見つからなかった。

 

「それは日輪さんの調査が雑だったのかも……」

「ま、そうかもな。はっはっは」

「せめて否定してください!」

 

 キリコが怒るが、シンノスケは彼女に手を向けてなだめる。そしてホワイトボードに近づいていく。

 

「日輪さん。これはロイミュードに致命的な異常があるということでしょうか」

「いいや違うな。俺が思うにこれらの事件は――」

「今日現れたロイミュードに関係がある」

「え?」

「そうなのか!?」

「お、やるねえ。俺も言おうとした」

 

 士が彼に割り込んで言う。シンノスケは彼を褒め、ご褒美だと飴を投げて寄越した。そしてホワイトボードをくるくる回転させ、キリコたちに両側の情報をまとめつつ解説する。

 

「まずは先週からだな。かなり広範囲の重加速だったが、そいつは何をするために起こったか」

()()()()()()? これが人為的なものであると?」

 

 キリコが尋ねる。

 

「ああ。答えはロイミュードを見つけるためだ。重加速下で自由に動けるやつがロイミュードってわけだな。次いくぞ」

 

 シンノスケは淡々と話していく。

 

「一昨日の事件。これはただの実験だ。しかも失敗してる」

「実験? 失敗? どういうことか全く分かんねえ!」

「緊急停止事件はロイミュード自体が原因だったってことだ。近くに原因となる物体があったわけじゃない」

 

 今度は士が言う。

 

「その通り! 手がかりが見つからなかったのはそういうことだ。……俺だってまじめに仕事してたんだぜ?」

「はいはい。……で、実験というと?」

「ロイミュードを繋げる実験だ。先週の件であらかじめロイミュードを見つけておき、なんらかの方法で四体を同時に通信させたんだ。だがその結果、意識が変に混じってショートしてしまった」

 

 シンノスケは実験と書いたところにバッテンを書き足す。

 

「そこで別の方法を取ることにした。それが今日出た謎の死神ロイミュード。あの能力で他のロイミュードを全て吸収するつもりなんだろう」

「無線で繋げられないなら直接繋ぐってことか……」

「なるほど……? では全てのロイミュードを吸収して、その目的は?」

 

「分かんね」

「知らん」

 

 シンノスケと士は同時に言った。

 

「ええ!? そこまで分かっていながらですか!?」

「いながらだよ。そこをこれから調べないといけないんだよなァ」

 

 シンノスケは使い終わったボードを壁に寄せつつ言う。

 

「考えたくはないが、こうしているうちに何体か既にやられてるなんてこともあり得るからな、ロイミュードの総人数をチェックしてくる。もしかしたら死神の場所が掴めるかもしれないしな」

 

 彼はすぐに出て行こうとする。士はそんな彼の肩に手を置き、引き止めた。

 

「俺も行かせてもらおうか」

「お前……士、だっけか。構わねぇけど」

「あんたは何かを見逃している。それを確かめさせてもらう」

「ああ……?」

 

 シンノスケと、それを聞いたキリコはその言葉の意味が良くわからなかった。

 二人は部屋を出て、エレベーターに乗った。

 久瑠間警察署内には、ロイミュード事件対策のために色々な施設がある。彼らが向かっているロイミュード位置情報マッピングルームはその一つだ。ロイミュード一人一人から発せられる波長から、区域全体のどこにどのロイミュードがいるかを細かく記録する。

 これらの施設は外部からの侵入を防ぐため、地下に存在している。また、部屋には基本シンノスケだけが入る。これは彼がドライブだった頃の名残だ。

 鍵を開けて中に入り、マップを見たシンノスケは驚きの声を上げた。

 

「おい嘘だろ! もう六十体のロイミュードが殺されてることになるぞ!」

 

 士もシンノスケの後ろからそれを覗き込む。マップには久瑠間市の地図が映し出され、所々に光の点が表示されている。そして左下には『Signal:47』の文字が見えた。

 

「おい、簡単な計算ができてないぞ。ロイミュードの総数は108なんだろ。だったら食われたロイミュードは六十一体だ」

「あ……」

 

 シンノスケは即座に何も言い返せなかった。士もそれ以上踏み入るつもりはない。

 部屋には妙な沈黙が続いた。

 

「……悪かったな。俺はもう戻る。とりあえず残りの数を伝えておくぞ」

 

 士は部屋を出た。その場には、思考を停止させて立ち尽くすシンノスケだけが残された。

 その頃、地上の特状課本部に残された一同は、事件の目的について考えていた。一連の事件を引き起こした犯人が別にいることは明らかだ。しかし、問題はロイミュードを使って何ができるか、だ。

 

「日輪さん、珍しく推理キレてたなー。あと、あの士ってやつも」

 

 ゴウはそう呟く。

 

「士くんは本当に分かっているのか……。それより日輪さん、元に戻ったんですかね」

「いいえ。いまいちエンジンがかかりきってないです……。そもそも何が原因なのか……」

 

「それについては私が答えよう」

 

 通る声が部屋に響いた。部屋の入り口には夏海の見覚えのある男がいた。彼が開けっぱなしにしたドアはゴウが閉める。

 

「お邪魔するよー」

「海東さん……。ナビさんを……何してるんですか!?」

 

 夏海の言う通り、海東は手にドライブドライバー――ベルトさんを持っていた。

 

「ナビ? ふっ、とんでもない。彼はスタインベルト博士。この世界のお宝だ。ただ意思を持っているのが厄介な点でね、彼がここに来いとうるさいんだよ」

 

 海東はそう言ってベルトさんを軽く掲げて見せた。

 

「ベルトさんをどうする気ですか!」

「落ち着くんだ、キリコ。シンノスケが地下に行ったことはシフトカーで見ていたからね、退席中に彼のことを話しておこうと思ったんだ。キリコ、ゴウ。どうか私の代わりにシンノスケを支えてやって欲しい」

 

 ベルトさんの頼みに、キリコは肩を落とす。

 

「日輪さんはあなたの支えが必要なんですよ」

「仕方ない。今のシンノスケが私を必要としていないのだから……」

 

 ベルトさんの画面に表示される表情は辛く悲しそうだ。

 

「さあ、早くしたまえよ。僕はそう言う話には興味ないんだ」

「ベルトさんを急かすんじゃねえよ」

「落ち着きたまえ、ゴウ。では聞いて欲しい」

 

 海東はデスクにベルトさんを置く。四人はその前に立つ。

 

「……シンノスケは、いつも一体のロイミュードを連れていた」

 

 ベルトさんは話し出した。

 

 

 

 

 あの日、日輪シンノスケはパトロールをしていた。

 街の中でトライドロンを走らせる。運転席にはシンノスケ。隣には彼と同じ顔をしたロイミュード088を乗せて。

 

「飴、一つもらいますよ」

 

 088はダッシュボード部分のシフトカーホルダーに立てた飴の袋に手を伸ばした。

 

「日輪さんもどうですか」

「おいおい。仕事中だぜ? 俺が飴を食べるのは一段落して、エンジン止めて休む時だ」

 

 そう言い、フッと笑って運転を続ける。

 

「カッコいいですね~。俺もあなたのそういうとこを学びたくて姿を借りてるんですけど」

 

 市民を守るのが警察の仕事。それがシンノスケの信条だった。

 088はシンノスケの正義感に感化され、彼の姿を借りている。シンノスケもそんな彼を頼もしく思い、パトロール時にともに行動するようになった。

 

「……!? 日輪さん!」

 

 088がシンノスケに車を停めるように言った。シンノスケは彼に従い、ウインカーを出す。

 車の前方少し上。工事中の高層ビルで、クレーンに吊るされた鉄骨が揺れた。その下には子どもたちが歩いている。

 

「危ない!」

 

 シンノスケは車を路肩に停車させ、飛び出した。トライドロンを最寄りの駐車場に停めるのは088に任せる。

 

「行くぜベルトさん!」

「オゥケー!」

 

 シンノスケはドライブに変身し、猛スピードで向かう。急に風が強く吹いた。鉄骨が大きく揺れ、落ちてくる。ドライブは鉄骨を跳ね飛ばし、子どもたちを守った。

 ドライブは特状課のシンボルとして市民に受け入れられていた。「ありがとう」とお礼を言われ、いい気分になっていたところをベルトさんが強い口調でこう警告した。

 

「シンノスケ! ここは危険だ! 離れろ!」

「え?」

 

 その時だった。彼の背後が爆発した。

 ドライブが跳ね飛ばした鉄骨が、ガスのタンクにぶつかっていたのだ。

 

「日輪さん!!」

 

 その時、トライドロンを停めてドライブのところへ来ていた088がロイミュードの姿になり、彼を庇うように間に割って入った。だがその程度で威力は弱まらない。二人は爆発に飲み込まれてしまった。

 次にシンノスケが目が覚めたのは病院のベッドの上だった。怪我をしたのはシンノスケだけ。その他に怪我をした人間は一人もいない。

 だが、088はいなくなってしまった。現場を探したが、爆発跡には機械の体の残骸すら残っていなかった。

 咄嗟のこととはいえ、余計なパワーを使いすぎた。調子に乗ってしまった。周りを見る注意力が足りなかった。そもそもドライブになる必要があったのか。湧き出る後悔がシンノスケの頭に次々と詰まっていく。

 

「俺が……殺した……」

 

 それがシンノスケの心の破滅の日になってしまったのだった。

 

 

 

 

「それからシンノスケはドライブになることをやめてしまった」

 

 ベルトさんは話し終えると、ふうとため息をつくような声を漏らし、目を閉じる表情を画面に映し出した。

 

「私、行きます」

 

 キリコは支度を始める。

 

「行くってどこに?」

「死神ロイミュードを探しに! 日輪さんの熱意を、私が引き継ぎます。市民を守るためにロイミュードを倒します!」

 

 ベルトさんを手に取り、彼女は部屋を飛び出していく。

 

「いいんですか海東さん。キリコさん、お宝持ってっちゃいましたけど」

 

 夏海は海東を茶化すような質問をする。

 

「構わないさ。どうせ最後には僕のものになるんだ。少し貸すくらいの余裕はある。それより、君も行くんだろ」

 

 その言葉の対象は夏海でもゴウでもない。部屋に戻ってきた士に向けてだった。彼は、話は既に聞いているぜという表情を浮かべ、頷いた。

 

 

 

 

 リーパーロイミュードは、工場を襲っていた。リーパーに追われた一般ロイミュードが逃げた先がここだったのだ。

 作業員たちは裏口から脱出をはかる。

 

「どけ」

 

 リーパーロイミュードは工場の壁を壊し、機械を壊し、人を弾き飛ばし、目的に向かって歩いていく。棚が崩れて彼に降り注ぐが、強靭なボディはびくともしない。それどころか工場内の機械類を吸収して進んでいる。

 作業員たちは工場の外に出て、散り散りになって逃げた。だが、リーパーは人間には興味がない。今必要なのはロイミュードだ。

 

「なっ、なんだよお前。なんだその姿……」

 

 不気味な紫ボディは返事をしない。鎌のついた腕を高く振り上げ、一般ロイミュードを吸収しようとした。

 その瞬間、怪人のボディを何者かが撃った。衝撃で怯み、数歩後ろに下がる。続いて一発、さらに一発。次第に攻撃は激しくなっていく。

 攻撃をしていたのはトライドロンだった。ドアが開き、キリコがリーパーロイミュードに向かって銃を向けた。一発一発を的確に当てて、相手に動く隙を作らせない。

 

「今度は警察か!?」

「あなたロイミュード!? ナンバーは!?」

「ぜ、053!」

「とりあえず乗って!」

 

 キリコは053の手を取り、トライドロンに引き込んだ。

 

「ベルトさん、お願いします!」

「よし!」

 

 ドアを閉め、ハンドルをグルリと回し、来た方へと車を向けた。そしてアクセルをグンと踏んだ。

 リーパーロイミュードは先ほど吸収した金属を球状にして、トライドロンに高速で発射する。急な攻撃にハンドルがとられ、トライドロンはクラッシュしてしまう。キリコと053は車外に投げ出された。

 

「大丈夫か二人とも……」

「はい、なんとか……痛っ!」

 

 ベルトさんは車外の二人に声をかける。が、そこにロイミュードの足音が近づいてくる。

 

「逃げても無駄だ」

「くっ……」

 

 怪人が053に向かって鎌を振りかざす。が、そこに赤い円錐型の光が現れ、リーパーロイミュードの動きを封じた。

 

「はああああああっ!!」

 

 次の瞬間ディケイドファイズが飛んできて、怪人にキックをかました。追撃にディエンドが銃を撃つ。

 

「あなたたち……!」

「ここは任せろ。あんたは逃げるんだな」

 

 キリコは頷く。ベルトさんを持ち、053と一緒に足を引きずりつつその場を去った。

 二人のライダーはリーパーロイミュードに向き直る。

 

「お前が死神ロイミュードだな」

「仮面ライダー……俺の邪魔をする気か」

 

 ディケイドファイズはライドブッカーを開き、カードを取り出す。

 

「ロボット相手にはロボットだ」

「いいね。面白い」

 

 ディケイドがカードを構えるとともに、ディエンドもカードを手にする。二人は同時にドライバーにカードを入れた。

 

《アタックライド オートバジン》

《カメンライド グリス》

 

 ディケイドはマシンディケイダーをオートバジンに変化させる。そして三人のライダーと一機のマシンはリーパーロイミュードに攻撃を仕掛ける。

 ライドブッカー、ディエンドライバー、ツインブレイカー、バスターホイール。遠距離攻撃ならばロイミュードの吸収能力の間合いに入ることなく戦える。そして彼らが前後左右の四方向に分散することで、簡単に距離を詰められることもない。

 このまま簡単に鎮圧できるはずだった。

 突如三人のライダーとオートバジンに火花が散り、彼らはその場に倒れる。ディケイドファイズとオートバジンは変身が解け、グリスは消えてしまう。

 

「邪魔をしないでいただけますか」

 

 現れたのは白服の男。初めて会う顔だが、その格好はもはや見慣れている。彼が指を鳴らすと、リーパーロイミュードはよろよろと立ち上がり、キリコたちが逃げた方に向かう。

 

「やっぱりお前らが一枚噛んでるのか。鳴滝を追ったりライダーの世界をめちゃくちゃにしたり、目的はなんなんだ」

「知る必要はありません」

 

 男は懐からガシャットを取り出した。

 

《ゲキトツロボッツ!》

 

 それを胸に突き立て、ロボルバグスターへと変身した。

 ディケイドはライドブッカーを銃型に変形させる。

 

「じゃああの怪人のことでも話してもらおうか!」

「本来ロイミュードと人は滅ぼし合う運命にあるのです。私が、それを手助けしてあげただけですよ。……フン!」

 

 力強い右腕は、ディケイドたちの遠距離攻撃を跳ね返す。そして腕をロケットパンチの要領で発射し、二人にダメージを負わせた。

 

「重加速を超えた重加速……それが絶対重加速! 起動すれば、この世界の時間は永遠に動かない。つまり、あなたたちの旅はここで終わる……」

「そんなことさせるか!」

 

 二人のライダーはロボルバグスターと交戦を始めた。

 

 

 

 

 キリコと053は互いに支え合って歩いていた。キリコは車外に放り出された時の傷が痛むのか、歩き方がぎこちない。

 

「……まさか人間に助けられるなんて」

「そんなに不思議なこと?」

 

 053の呟きにキリコが反応した。

 

「そりゃそうだろ。俺たちロイミュードは人間を助ける側だ。その代わりに人間はロイミュードに自分たちの言動を学習させる。むしろ人間の中にはそれをよく思ってない奴がいるほどだ。俺たちロイミュードの実験が早く終わってほしいと。それが普通だろう」

「ふふ」

「可笑しいところがあったか?」

「この街はそういう街。ロイミュードに、人間を学習させるために作られた。当然ロイミュードをロボットだなんだって見下す人もいるでしょう」

「そうだな」

 

 キリコは053の腕を背負い直す。機械の重さがズシリと伝わる。

 

「でも私の尊敬する人は、ロイミュードも人間も同じに見てた。人とロイミュードは友達になれるんですよ」

「……」

 

 静かな空間が突如、爆発に巻き込まれた。

 

「きゃあああっ!」

「ぐわああっ!?」

 

 爆風が彼らを襲う。二人して地面に倒れこむ。

 

「待て……次はお前を吸収する……」

 

 黒と紫のボディが近づいてきた。

 ふとリーパーは053からキリコに視線を向けた。

 

「まずは散々邪魔をしたお前を殺してやる。時間が止まった世界で生き続けることは叶わないが……俺に殺されることを誇れ!」

「……ッ!」

 

 リーパーロイミュードがキリコに銃口を向けた。バンと銃撃音が辺りに響く。だがキリコは死んでいない。

 恐る恐る目を開けると、目の前には機械生命体の背中があった。

 

「053!」

「お前が俺を助けたんなら……今度は俺が助けてやる番だ」

 

 053は、人間からロイミュードの姿になり、キリコの盾になった。致命傷にはならなかったが、大きな損傷だ。銃撃を受けた右肩からバチッと火花が飛んだ。

 キリコは膝をつく053に寄り、心配する。

 

「無駄なことを。もう一発だ」

 

「オラアアアアアア!!」

 

「なに!?」

 

 突然現れたシンノスケが窓を突き破り、リーパーロイミュードに特攻する。

 不意を突かれたロイミュードは、ダメージこそ負うことはなかったがシンノスケと揉み合うかたちになって床を転がる。そしてシフトカーたちがシンノスケの上に被さったロイミュードを吹き飛ばす。

 シンノスケはスーツを砂塗れにしながら、立ち上がる。

 

「間に合ったァ~! 危ねえ! いやあ、そこのロイミュードくん、ナイスだ!」

「あ、ああ……」

「日輪さん! なんでここが分かったんですか」

「刑事の勘だ。いや、男の勘……というべきか」

 

 シンノスケは砂埃を手で払いながら、そう言った。実際は勘などではなく、シフトカーに案内されてトライドロンの近くに来て、発砲音で場所を知ったのだ。

 

「なにが男の勘ですか……そんなのイマドキ流行らないですよぉ……」

 

 キリコはこんな時でも調子の変わらないシンノスケに安心感を覚え、涙を浮かべた。彼はそれを軽く拭った。

 そんな二人のもとにディケイドがやってくる。ロボルバグスターの方は、ディエンドが更なるライダー──G4とマッドローグを召喚することで対処している。

 

「来ると思ってたぜ。じゃあさっさと変身しろ。お前のことはベルトから聞いた。昔のようにライダーになれ!」

「お前、士か。そうか……聞いたんだな。だったら知ってるはずだぜ、俺は……088を殺したも同然なんだと……」

「なんだ、まだ気づいてなかったのか?」

「え?」

 

 シンノスケと会話しつつ、飛んでくる火球をディケイドは両断した。彼らの左右で爆発が起きる。

 

「何度も邪魔をしやがって! 許さんぞ貴様ら!」

 

 怒るリーパーロイミュードに、ディケイドは斬りかかった。そしてシンノスケに向かって言う。

 

「おい、よく聞け! あんたはロイミュードを壊したわけじゃない! 考えろ。こいつはロイミュードを吸収するのが目的なはずだ。それがなぜあんたを襲ったのか!」

 

 確かにそうだ。リーパーロイミュードの目的は全ロイミュードの吸収だと結論づけたばかりだ。今も053を狙ってここに出没した。

 

「事故後にあんたが見たモニターにはロイミュードは107体しかいなかった! それはあんたが壊したからじゃない。電波が遮断されている場所に最後の一体がいたからだ!」

「お前……何言ってんだよ」

 

 シンノスケとキリコは、警察署での会話を思い出した。

『知ってる? 重要な部屋とかだと電波とかも遮断するらしい。すごくね?』

 重要な部屋。それは地下の特状課専用のロイミュード事件対策設備のことだ。もちろん、ロイミュード位置情報マッピングルームもその一つだった。

 

「ロイミュード088はあの時、日輪シンノスケ――あんたと融合したんだ!」

「……嘘だろ?」

「それが、日輪さんが見逃してたもの……!」

 

 まさか。

 シンノスケはベルトさんをキリコから受け取り、腰に巻いた。

 ドライブドライバーは人間のための装備。故にロイミュードはそれを着けることはできない。ベルトを装着した途端、シンノスケと088の体は分離した。

 目の前に現れる自分の顔。かつて相棒として、友として一緒に行動していたロイミュード。

 

「088……」

 

 シンノスケは彼に手を伸ばす。088は目を開け、微笑む。

 

「やっと話せるようになった。……あなたの中からずっと見てましたよ。日輪さんは俺のこと、かなり責任感じていましたね」

「あ、当たり前だろ」

「俺は責任感じる必要なんてないと思ってました。人間を、あなたを助けられたらいい。それがあなたから学んだことだから。でもこうしてまた戻ってこれた。もうそんな勘違いの責任なんて放って、全力で突っ走ってください。日輪シンノスケ刑事」

「……ああ! 全力で!」

 

 シンノスケは頷いた。その顔には太陽のような眩しい笑顔が。

 

《アタックライド クロスアタック》

 

 大爆発と共に建物の奥から壁を突き破ってロボルバグスターが飛んでくる。ディケイドとリーパーロイミュードが戦う場に転がった。

 バグスターはシンノスケたちの方を見て地面を叩く。

 

「に、人間とロイミュードが手を取り合っただと? 人はロイミュードを恐れ、ロイミュードは人を憎む。そのはずじゃなかったのか!?」

「ロイミュードだ人だなんて関係ない。守りたいから守る。それだけだ。なぜならみんなこの街の市民だから。それが警察……それが仮面ライダー……それがこの男だからだ」

「そんなバカなことが……。なんなんだお前たちはッ!」

「通りすがりの仮面ライダーだ。覚えておけ! シンノスケ、変身だ」

「ああ、士! ベルトさん、行けるか!?」

 

 シンノスケは頷き、腰に着いたベルトさんを呼ぶ。

 

「私は常に準備オゥケーだ。エンジンをかけるのは変身者(ドライバー)であるキミだ!」

 

 ベルトさんの声はいつになく嬉しそうだ。

 

「そっか。ずっと待っててもらってたんだな。じゃあベルトさん――」

 

 シンノスケはシフトブレスを腕にはめ、ネクタイをグッと締めた。

 

「ひとっ走り付き合えよ!」

「オゥケーシンノスケ! リスタート・ユア・エンジン!」

 

 シフトスピードが宙を舞い、シンノスケの手に収まる。彼はドライバーのキーをひねり、シフトカーをブレスにはめる。久しぶりの変身を思わせない、安定した手つき。

 

「変身!」

 

《ドライブ! タイプ スピード!》

 

 ベルトさんのシャウトと共にシンノスケをアーマーが包み込む。

 ロボルバグスターとリーパーロイミュードがシンノスケに向かって弾を乱射するが、トライドロンの前輪から飛び出したタイヤがそれを全てはじき飛ばし、アーマーの胸に収まる。

 複眼――ヘッドライトをピカッと光らせる赤い戦士。仮面ライダードライブが再びこの世界に現れた。

 

「はあっ!」

 

 ドライブは急発進する。一瞬でディケイドと交戦するリーパーロイミュードに近寄り、そのボディにキックをした。

 リーパーを壊されてなるものかとかかってくるロボル。ドライブはパンチを受け止め、それを引っ張って逆にパンチし返した。

 

「ギア上げるぞ!」

 

 ドライブは、ブレスのシフカーを再度倒す。

 

《スピ スピ スピード!》

 

 胸のタイヤが高速回転する。

 ロボルバグスターに足払いをし、体勢を崩したところをアッパーで空中に飛ばす。そして目にも止まらぬ速さでパンチを打つ。最後に飛び蹴りをし、ロボルを吹き飛ばした。

 

「なん……て……強さ……! 完全なエネルギーにはまだ早いが、仕方ない……!」

 

 瀕死のロボルバグスターはリーパーロイミュードに手を向け、何かの信号を送った。リーパーはハッと何かを感じ取ったように一瞬動きを止めた。

 そしてロボルは自爆して、変身者ごと消滅してしまった。

 爆発の後、付近にはチップが散らばった。ドライブはそれを手に取る。

 

「なるほど。これでロイミュードをおかしくしてたってわけだな」

 

 リーパーロイミュードは苦しそうに頭を振る。彼のコアの振動が辺りに響く。

 

「いかん! 重加速が来る! それもかなりの規模だぞ」

 

 ベルトさんは危機を察知し、警告した。

 時間そのものを完全に停止させる絶対重加速にこそ到達しないが、ロイミュードやシフトカーを装備した人間でも動きが制限されるレベルの重加速。しかしそれを発動させるには溜めが必要になる。

 ディケイドは武器を構えるが、ドライブがそれを持つ腕を下ろさせた。

 

「待て! ロイミュードだって市民だ」

「そうか。警察は市民を守るもの……だったな」

 

 その瞬間ライドブッカーが開き、ライダーカードが飛び出す。ディケイドはそれをキャッチした。新たにドライブの力がカードに宿る。

 彼はその中の一枚をドライバーに装填し、バックルを回す。

 

《ファイナル フォームライド ドドドドライブ》

 

「ちょっとくすぐったいぞ」

 

 ドライブの背を持ち上げるように、下から上に叩く。背から車の前半分のボディが現れる。ドライブはそのまま前屈の姿勢を取り、車のボディになった。そして事故って動けないトライドロンから飛んできた四つのタイヤが左右に付いた。

 『ドライブトライドロン』に変形したドライブは、ディケイドの周りをぐるぐると回る。

 

『これならもっと速く走れる……! よし、俺に合わせろ!』

 

 ドライブトライドロンが発進すると共に、ディケイドは別のライダーカードを使用した。

 

《ファイナル アタックライド ドドドドライブ》

 

 ディケイドは地面を勢いよく蹴り、リーパーロイミュードに向かってキックをかます。ロイミュードは後方に吹っ飛び、ディケイドは反動で逆側に。そして丁度目の前に走ってきたドライブトライドロンに跳ね返され、再度ロイミュードに攻撃する。

 ドライブトライドロンが二人の周りを超高速でぐるぐると回る。地面を走るだけではなく、宙を飛び、球を描くように全面を回る。

 ディケイドはロイミュードの上下左右前後からキックをくらわせる。

 

『行けええ! 士!』

「はあああああーーーッ!!」

「グウッ……!」

 

 最後の一撃を与える際、ロイミュードの急所をわざと外した。彼は狙い通り、白服の男が埋め込んだチップを粉々に破壊した。

 勢いのままに着地し、足から火花を散らすディケイド。ドライブは変形から元に戻り、ディケイドの隣に着地した。

 

「グガ……ああああああああっ!!」

 

 リーパーロイミュードは爆発する。その瞬間、彼のボディがあった場所から何十個ものロイミュードのコアが飛び出した。

 

「吸収されていた者、吸収される危険に晒されていた者、合計ロイミュード108体、救出完了……だ……」

 

 ドライブは変身を解く。そしてシンノスケは立つこともままならなくなり、後ろにゆっくりと倒れていく。

 

「よっと」

「危ない」

 

 088と053が彼を支えた。隣にはキリコが。

 

「へへ……やっぱ久しぶりの変身はきついわ……」

「お疲れ様です、日輪さん。そしてお帰りなさい、ドライブ」

「うむ。シンノスケ、ナイスドライブ!」

 

 シンノスケは笑い、全体重を二人に任せた。急に重くなったため、088と053は彼を落としてしまう。慌てて持ち上げる088。変なところを掴まれてしまい痛い痛いと訴えるシンノスケ。キリコはベルトさんが傷つかないように暴れるシンノスケの腰から回収する。

 士は彼らにカメラを向け、シャッターを切った。

 

 

 

 

 かくして一連のロイミュード事件は終わりを告げた。

 被害に遭ったロイミュードたちは、新しいボディが作られるのを待っている。コアだけのロイミュードの相談所と化した特状課は大忙しだ。

 人間とロイミュード。同じ世界で生きていれば、またいつか衝突する時があるかもしれない。だが心配ないだろう。この世界には仮面ライダードライブが、日輪シンノスケがいるのだから。

 

「おい」

「おう、士」

 

 士は、トライドロンの洗車中のシンノスケに写真を見せた。最初に会った時に撮った一枚。いつも通り少し歪んだ写真だったが、彼は喜んで受け取った。写真の中の、どこか悲しそうなキメ顔とは違う、晴れやかな笑顔で。

 写真館に戻った士がスタジオに入ると、ユウスケと夏海がこの世界で士が撮った写真を並べていた。

 

「人間とロイミュードが一緒になって笑う世界……か」

「よかったですよね。相棒のロイミュードも生きていて」

「ああ」

 

 そう。この世界に悪の怪人はいなかった。士はあの白服のことを考えていた。奴の干渉でこの世界はおかしなことになった。真の目的を知ることはできなかったが、奴は同時に士たちの邪魔をしようともしていた。

 

「……士? どうした?」

「いや、別に」

 

 士は椅子を引き、どすんと座る。

 その瞬間、ジャララララと新たな絵が出現する。

 机の上に魔法陣の書いた紙。そして辺りにはゴツゴツとした宝石の原石。中央にはそれを加工したものと思われる指輪が一つ。

 

「次の世界……九つ目の世界か」

 

 士の言葉に、スタジオの空気は張りつめる。

 最後の世界への旅が、始まる。




次回 仮面ライダーディケイド2

「ここが最後の世界かあ」
「3、2、1、ハイ!」
「街を守る。これが俺の使命なんだよ」
「私がいなくても立派にやれているか」

第18話「アマチュアウィザード奮闘中」

全てを破壊し、全てを繋げ!


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第18話「アマチュアウィザード奮闘中」


「ロイミュードと人は滅ぼし合う運命にあるのです」

これまでの仮面ライダーディケイド2は……

「それが警察……それが仮面ライダー……それがこの男だからだ」
「ロイミュード108体、救出完了……」
「ナイスドライブ!」
「人間とロイミュードが一緒になって笑う世界……か」


 ついに九つ目の世界にやってきた。

 士はテーブルにライダーカードを並べた。再び世界を巡るきっかけとなった、九人のライダーのカードだ。

 彼は四番目のカード、最後に残ったウィザードのブランクカードを手に取った。長かった旅も、いよいよ終わる。

 

「ここが最後の世界かあ」

 

 ユウスケは窓を開け、外を眺める。この世界の空気が部屋に入ってくる。

 世界が変わると景色も変わる。これがきっと最後の旅だ。普段と違った景色を見られるのもこれが最後になるだろう。

 突如びゅうと風が吹き、士のカードをさらっていく。

 

「カードが! ユウスケお前!」

「え!? あ、ごめん!」

 

 士はカードを失くすまいと外に飛んでいく。

 ユウスケは窓を閉め、士が座っていた椅子に腰を下ろす。士と入れ替わりでスタジオに入ってきた夏海が、その隣に座った。

 

「こうして見ると、私たち、いろんな世界を巡ってきましたね」

「うん。これで世界は救われるんだっけ」

「……はい。多分」

 

 夏海の返事はあやふやだった。以前世界を巡った時、ディケイドは世界の破壊者になり、夏海が見た夢の通りになった。今回もそうなるのではないかという不安が彼女の中で渦巻いていた。

 それを払うように、カードを一枚ずつ取り上げながら巡った世界の思い出を浮かべる。ここ数日のことでも遠い昔のように感じてしまう。

 

「でもね、最後まで油断は禁物だよ」

 

 コーヒーを煎れてきた栄次郎が会話に混じる。

 

「百里行く者は九十里を半ばとす、だ」

 

 ふとドアが開く音がする。士が帰ってきたのだ。栄次郎が「おやおかえり」と呼びかける。

 

「カード返せ。そろそろこの世界でやるべきことを探さないといけないからな」

 

 どうやら無事にカードを拾えたらしい。彼はこちらに近づいてくる。

 

「あ、分かっ……ぶは! なんだ士、その頭!」

 

 カードを集めたユウスケが彼に話しかける士の顔を見上げると、彼の頭上にはやけに大きなシルクハットが乗っていた。士は、視界に入った途端吹き出すユウスケにそれを被せた。前が見えなくなったユウスケは派手にすっ転ぶ。

 

「マジシャン……ですか?」

「そうらしい」

「士くん、似合ってるじゃないか」

 

 栄次郎が士の格好を見て感想を言った。

 

「私もマジックできるんだよ、ほらこの縦縞模様が……くるっと回ると……横縞に」

「いやーんすごーい栄ちゃん!」

「ははは。そうだろう」

 

 栄次郎のしょうもないネタを無視し、夏海と士は会話を続ける。

 

「士くん、マジックなんてできるんですか?」

「まだやるとは言ってないけどな」

 

 そう言ってユウスケに被せていたシルクハットを取る。彼の頭には白い鳩が乗り、羽を広げていた。

 

 

 

 

第18話「アマチュアウィザード奮闘中」

 

 

 

 

「3、2、1、ハイ!」

 

 近くの公園に来た士は、適当な場所でマジックをしていた。然るべき許可は取っていない。

 士はシルクハットにかけていた布を勢いよく取った。そこから溢れんばかりに飛び出す花。何もなかったところから花束を出すマジックだ。普通に出来がいい。だが……。

 

「おー。やるなあ」

「すごいです」

 

 拍手をするのは夏海とユウスケだけだ。

 

「誰も見に来ないじゃないか!」

 

 もう一度シルクハットに布を被せ、それを取ると花は消えている。彼はそれを取り上げ、頭に被った。

 辺りに人はいるのだが、誰も士の前に立ち止まらない。目立つ場所にいるのだが、皆素通りしていく。

 

「ほらほら、パフォーマーは舞台上で怒らない怒らない」

「だったらお前がやってろ」

 

 士はまたユウスケに帽子を被せる。それを取ると今度はユウスケの口から旗が出た。帽子を振ると、釣られた魚のようにユウスケもそれに引っ張られて動く。夏海はひゃあと一瞬驚き、その様子が可笑しくて思わず笑った。士の口も綻ぶ。

 士がふざけている最中、ふと彼の目の前に立つ青年と目があった。なんだか変な感じがする。

 

「そういえばこの世界は、特に変わったことはないよな」

 

 旗を全て出し切ったユウスケはそう言った。

 写真館を出てからここにくるまで、特別何かが起こったわけではない。ゲーム病といった見知らぬ単語が書かれたポスターや看板、ライドベンダーなど特殊な装備が配置されているわけでもない。

 

「案外、ライダーも出てくる必要がないくらい平和だったりして」

「それだと俺が迷惑する。最後のやるべきことが分からねえだろ」

 

 ユウスケと話しつつも、視線は青年の方に行っていた。

 青年は紙袋の中からドーナツを取り出し、おいしそうに食べている。そして士らに近づきながら彼はにこっと笑う。

 

「手品うまいじゃん。ほら、続けてよ」

「お、やったな士! 念願のお客さんだぞ」

「いや、俺は――」

 

 もうやめようと思ってるんだ。そう言おうとした。だが、士が言う途中で青年は回れ右をし、士の言葉を遮るように大声でこう言った。

 

「おーい! 今からスペシャルマジックショーをやるってさー! すっげー!」

「お、おい!?」

 

 士は青年の肩を勢いよく掴む。焦る士とは裏腹に、青年の表情は軽い。

 

「大丈夫だって。そういう芸ってみんなに見てもらってこそだろ」

「……」

 

 士の周りにみるみる人が集まってくる。主に公園で遊んでいた子供たちだ。きらきら輝く純粋な目を前に何もしないわけにはいかない。士はマジックショーをはじめた。

 既に夏海たちに披露した、帽子から鳩を出すマジックや布を被せて何もないところから物を取り出すマジック、そしてカードを使った透視マジック。子供たちはその一つ一つに歓声をあげ、盛り上がる。

 渋々ではあったが、こうして喜ばれるのは嫌じゃない。彼もまた夢中になってマジックを披露した。

 士がネタを切らした頃、さっきの青年が隣にやってきた。士の方ではなく、観客の方を見ている。

 

「じゃあ、お次は大マジックだ」

「!?」

 

 さらりとそう言う青年。戸惑う士。さらに盛り上がる観客。

 

「お、おい。勝手なこと言うな。俺はもう終わるつもりでいたんだぞ」

 

 笑顔で言い切る彼に、士はこっそり耳打ちをする。青年は「まあ、任せといてよ」とピースサインをした。

 

「まずは人体巨大化マジック! 俺の手をよ~く見ててね~」

 

 青年は左手を出し、掌と甲を見せる。士からシルクハットを借り、それを目隠しにして手を後ろに。そして彼は手を伸ばす。

 

《ビッグ プリーズ》

 

「ん?」

 

 士は一瞬何かが聞こえた気がしたが、次の瞬間湧き上がる観客の歓声にかき消されてしまった。

 なんと彼の手が十倍ほどの大きさになった。見間違いでも、間に特殊なガラスを挟んでいるわけではない。本当に大きくなっているように見えるのだ。

 青年が手を引っ込めると大きさは戻っている。帽子の裏を見せるが、特にタネらしきものはない。

 

「お次は物体移動マジック! これを持っていてね」

 

 次に彼は観客の子供の一人に指輪を渡した。子供はそれを両手で覆う。青年はそれに左手をかざし、声高にカウントダウンを始めた。観客の視線はそこに集まる。

 

「3……2……1……! はいッ!」

 

 青年は叫ぶと同時に右手を出す。そこには渡したはずの指輪が。そして子供の手の中にあったはずのそれはなくなっている。

 どうやったんだ。青年は指輪どころか子供に触れることもなかったはずだ。士はトリックを見破れない。

 

「最後にイリュージョンマジック! 成功したらぜひ拍手を!」

 

 青年は士を前に立たせた。

 

「俺がこっちから歩いていくよ。カウントダウンよろしくね! 行くよ~」

 

 なんの打ち合わせもしていない。士はただ言われた通り、観客に向かって立っているだけだ。

 観客は321とカウントダウンする。そして青年が士の後ろに隠れた瞬間、ゼロのカウントがされた。

 士がそこを退けると、青年はいなくなっていた。

 観客はいなくなった彼を探す。

 士も近くをきょろきょろ見回すが、辺りに隠れられそうな場所はない。

 

「俺はここ! イリュージョン成功でーす! ありがとうございましたーっ!」

 

 青年は観客たちの後ろにいた。客の間をかき分け、士の元へ戻る。

 二人は拍手喝采に包まれた。マジックショーは大盛り上がりで終わったのだった。

 

「人を楽しませるのって楽しいよな!」

 

 青年は士に話しかけた。

 

「お前、なんなんだ」

「俺? 俺はハルト。あんたは?」

「門矢士だ。いや名前を聞いたんじゃない。さっきのマジックのことだ。なんの準備もなしにあんな芸当ができるものなのか?」

「うん。俺、ああいうことは得意分野でね。見せる側のあんたも楽しかっただろ? 誰かを笑顔にするには、まず自分が笑顔じゃないとな!」

「確かにそうかもな」

「あんた、最初マジックやってた時はつまんなそうだったもんな。でも笑顔になった。せっかくやるなら、楽しまなきゃもったいないだろ?」

 

 ハルトは士にドーナツを差し出す。士はそれを受け取り、かぶりついた。

 ふと、きゃーっと悲鳴が聞こえた。どこから湧いて出たのか、怪人の群れが人々を襲っている。

 

「なんだあれは!?」

「グール! 大変だ! みんな、逃げろッ!」

 

 ハルトは周りの人々を誘導しつつ逃げる。走れない人は背負っていく。転んだ人には手を差し伸べ、引いていく。

 

「士も! 早く逃げるんだ!」

 

 ハルトはそう言い残し、その場を去る。

 士は既に目の前のグールの群れに視線を向けていた。逃げろと言われたが、そうはいかない。

 

「あいにく俺はこっちの方が得意分野なんだ」

 

 真っ黒のシルクハットを取り、その中から真っ白いディケイドライバーを取り出した。腰に当てるとベルトが巻かれる。ライダーカードを取り出し、怪人たちに見せつけるようにそれを掲げる。

 

「変身!」

 

《カメンライド》

 

 バックルにカードを装填し、ハンドルを押してドライバーを回転させる。

 

《ディケイド》

 

 ライダーたちの影が重なり合い、アーマーが姿を現す。プレートが頭部に収まり、仮面ライダーディケイドに変身した。

 

「おら!」

 

 所詮は雑魚兵士だ。数は多いが一体一体はさほど強くない。ディケイドは、グールの持つ槍のような武器を奪って豪快にぶん回す。一度に複数のグールを蹴散らした。

 

「いいぞ士!」

 

 ユウスケがディケイドにエールを送る。と、彼の背後に潜んでいた一体のグールが、彼の首を絞めた。意識外の攻撃に、反撃できないユウスケ。ディケイドはそれに気づくが、なまじグールの数が多くすぐに辿り着けない。

 

「はっ!」

 

 次の瞬間、その場に赤いライダーが現れ、グールを斬りつけてユウスケを助けた。彼はその場に膝をつき、むせる。

 この世界の仮面ライダー、ウィザードだ。

 彼はウィザーソードガンを左手に持ち、右手の指輪をドライバーにかざす。

 

《バインド プリーズ》

 

 魔法陣がそこかしこに現れ、そこから鎖が飛び出す。グールの群れを取り囲み、一網打尽にした。

 続いて武器を右手に持ち替え、手の形のパーツを展開し、それを握る。

 

《スラッシュストライク ヒ ヒ ヒ ……》

 

 彼は激しい炎を纏った一振りでそれを両断して見せた。

 まだ消えない火を挟み、ウィザードとディケイドは睨み合う。

 

「グールを倒しただと……? お前……魔法使いじゃないな? 何者だ」

 

 ウィザードはディケイドに向かって質問を投げかける。語気からは警戒と敵意が感じられる。

 

「仮面ライダーっていうんだが。お前もそうだろ?」

「知らないね!」

 

 ウィザードは武器を構え、ディケイドに向かってくる。こういうことは慣れっこだ。ディケイドもライドブッカーを構える。向かってきたところを返り討ちにする。そのつもりだ。

 

「カメンライダーなんてファントム、聞いたことがない!」

「ファントムだ? 違う、俺は……」

 

 ディケイドの言葉は届かない。走ってくる途中、ウィザードは別の指輪を左手にはめ、ドライバーにかざした。

 

《ウォーター プリーズ》

《スイー スイー スイー スイー》

 

 ウォータースタイルに変身したウィザードは、ディケイドに斬られる瞬間に地面に下半身を地面に沈めた。否、水のように足を変化させ、背丈を縮めた。

 

「なに!?」

 

 そしてディケイドの反対側で飛び出し、一撃を与える。それだけではない。次の一手を打たれる前にさらに一撃、もう一撃と加える。

 ディケイドは見えない背後に足を伸ばし、ウィザードにキックした。

 

「うっ!」

「いちいちうるさいベルトだな!」

 

 ウィザードが倒れている隙にディケイドはライダーカードを取り出す。そしてドライバーに装填した。

 

《カメンライド オーズ》

《タ・ト・バ タトバ タ・ト・バ!》

 

 ディケイドオーズはトラクローを展開し、ウィザードに対抗する。

 

「なんだその変身!?」

 

 流体で移動するウィザードだったが、ディケイドオーズの本体を捕らえる目の力によって易々と逃げることは叶わない。そして単純に剣一本と両手の爪では数が違い、捌ききることもままならない。

 

「龍虎相摶つ……ってな」

「くそっ」

 

《ハリケーン プリーズ》

《フーフー フーフーフーフー!》

《コピー プリーズ》

 

 ウィザードはハリケーンスタイルに変身。それと同時にウィザーソードガンを複製し、ディケイドに対抗して両手に剣を持つ。今度は風に乗り、空中を漂いながら右へ左へ舞うように戦う。

 相手に合わせてディケイドもフォームチェンジをする。

 

《フォームライド オーズ ガタキリバ》

 

「カマキリ頭には、こっちもカマキリだ」

「だっ、誰がカマキリ頭だって!?」

 

《ガータガタガタキリッバ ガタキリバ!》

 

 ウィザードの二本の剣攻撃を、ディケイドオーズはカマキリソードで受け止める。二つの刃が火花を散らす。両者一歩も動かない。

 ウィザードはそれ以上の攻撃手段はないが、ディケイドはカマキリベッドから放たれる電撃で相手を攻撃した。

 

「うわああああっ!?」

 

 ウィザードは地面に落ちる。ついに魔力が切れ、それ以上動けなくなってしまった。

 

「くそ……手強いな。こんなファントム初めてだ……」

「だから、ファントムじゃないと言ってるだろ」

「嘘つけ! この街に俺以外に魔法使いがいるわけがない!」

「だから魔法使いでもない。仮面ライダーだ」

 

 ウィザードがこれ以上戦闘を続けられないと判断したディケイドは、彼の目の前で変身を解除した。

 

「あ、あんたは……」

 

 ウィザードも魔法陣をくぐり、変身を解除する。

 

「お前……さっきの」

 

 両者指を差し合う。動けないハルトはユウスケに肩を借り、立ち上がった。

 

 

 

 

 士と戦った傷を治療するため、ハルトを写真館に連れてきた。

 

「コーヒーどうぞ」

「あっ。ありがとうございます」

 

 ハルトはそれを受け取り、一口飲む。美味しいですねと感想を伝えると、栄次郎は気を良くしたのかもう一杯カップを持ってきた。

 

「この世界の仮面ライダー、ウィザードは怪人ファントムを人知れず倒す魔法使いってわけか」

 

 ユウスケはハルトの隣に座り、ハルトの手に嵌められた指輪を眺めて言う。

 

「俺も体の中にファントムがいるんだけどな。魔法が使えるのはそのおかげ。ファントムは人間から生まれるんだ。強い心を持っていないと、体を食い破られちまう。魔法だって、人の強い心から生まれるんだぜ」

「なるほど、大体分かった」

「士はその、仮面ライダーってやつなんだろ? マジックやってたのは俺みたいに正体を隠すためか?」

 

 一杯目のコーヒーを飲みつつ、ハルトは質問する。

 

「違う。あれはこの世界で俺に与えられた役割だ。おかげでお前とも出会えた」

「俺たちは世界を救うために旅をしているんだ」

 

 ユウスケが補足説明をする。あやふやでスケールの大きい言葉に、ハルトはピンときていない。

 

「世界を救う?」

「ええ。九つの世界を巡って、やるべきことを探しているんです」

「じゃあきっと、俺と一緒に戦うのがやるべきことだ」

「そんな簡単なことか?」

「そうだよ。間違いない」

 

 士は彼の言い方に違和感を覚えた。

 

「大した自信だな」

「そう言われたんだよ。たくさんのファントムを倒せって。つまり、街を守る。これが俺の使命なんだよ」

「言われた? 誰に?」

 

 士の問いに、ハルトは真面目な顔でこう言った。

 

「実は俺、魔法使いに命を救われたんだ」

 

 ハルトは幼い頃、家族で外出中にファントムに襲われた。ハルト一家だけではない。同時に多くの人々が巻き込まれ、命を落とした。

 両親と兄弟が殺され、唯一残ってしまったハルトは一人の魔法使いと出会う。

 ハルトのウィザードライバーはその魔法使いから受け取ったものだ。魔法の使い方も魔法使いのあり方も全て教わった。そして、使命も。

 

「俺はあの日のことを忘れたことはない。魔法使いになってファントムを倒せ、誰にも知られることなく。そう先生から言われたんだ」

「それで、どうなるのかな」

 

 スタジオの扉が開き、いつの間にか海東がもたれかかって話を聞いていた。

 

「いつになく唐突な登場だな」

「お宝の匂いがあれば僕はどこにでもやってくるよ。その先生って人の道具なら、強い魔力を持ってそうだよね」

「……」

 

 士は呆れたように首を振った。

 

「それでどうなる……ってのは、どういう?」

 

 ハルトは海東に言われたことの意味が分からない。

 

「別に? そのままの意味さ。現れるファントムを倒してどうなるのかな。確かにきみは魔法を使えるようになった。だが今は言われたことをこなしているだけに過ぎない。その先に何がある?」

「その先……?」

 

 ハルトは考え込んでしまった。

 

「まだ君は半人前だ。ずっとそこで足踏みしているといい」

 

 海東はそう言って、ハルトの返事を待たずにどこかに消えてしまう。

 ふと窓を叩く音がする。そこにはハルトの使い魔のレッドガルーダがいた。

 

「ファントムが出たみたいだ!」

 

 ハルトは一目散に飛び出していった。

 その先になにがあるか。考えたこともなかった。それでも彼はファントムを倒す。ただ、それだけだった。

 

 

 

 

 現場に急行したハルトたちが見たものは、あたりに広がるドロドロした液体。バイクを降り、それを踏まないようにしてファントムを探す。

 

「本当にここにファントムが出たのか?」

「この変な水みたいなのはファントムがやったに違いない。……あ、あそこに人が」

 

 人影を見つけたハルトはそちらに向かう。何が起こっているかが徐々にはっきりしてくる。ハルトの呼吸は乱れはじめた。

 大量の人が倒れている。

 生死は定かではない。だが、人々が重なるように地面に横たわるその景色は、幼い頃見たファントムの襲撃のよう。

 

「これは」

「ああ。どこかにいる。それも、かなりやばいのが」

「……! ハルト避けろ!」

 

 士はハルトに駆け寄り、彼の頭を上から押した。どこかから飛んできた水が彼らの頭上を超えていく。

 その水が地面に落ちると、だんだんと形を作り、ファントムに変化した。全身ぶよぶよの半透明な青。ツヤのある体は周りの景色を反射している。ファントム・スライムのお出ましだ。

 

「ファントム……! また派手にやってくれたな」

 

《ドライバーオン プリーズ》

 

 ハルトはウィザードライバーを起動する。スライムはそれを見てくくっと笑う。

 

「ふん、なかなかの魔力量だな」

「だろ。お前らファントムを倒すために強くなってんだよ、こっちは!」

 

《シャバドゥビタッチヘンシン!》

 

「俺も混ぜてもらおうか」

 

 士もドライバーを起動し、カードを取り出した。

 

「変身」

「変身!」

 

《カメンライド》

《フレイム プリーズ》

《ディケイド》

《ヒー ヒー ヒーヒーヒー!》

 

 ディケイドとウィザードに変身が完了する。二人はスライムに向かって剣を振りかざして走っていく。

 二対一の構図は、次の瞬間には二対二に変わる。スライムが左右に分かれたのだ。

 

「分身した!?」

 

 同時に斬りかかるライダー。分裂したスライムは、攻撃をいともたやすく受け止める。

 

「俺は魔力を吸収することで強くなる。最強のファントムになることが俺の目的さ」

「そんなことのために人を襲うなんて、許せない!」

 

 ウィザードはスライムと組み合い、その場から離れる。

 ディケイドともう一体のスライムは拮抗した戦いを繰り広げる。スライムは自らの体で作り出した剣で、ディケイドのライドブッカーに対抗する。どうやら生み出した物体の硬度も自在らしい。

 

「お前は魔法使いじゃないな?」

「まあ、魔法は使えないが似たようなもんだ」

「くっくっく。分離した俺には少ししか魔力を与えられていないが、魔法の使えないお前など恐るるに足らんわ」

「ほう。舐めてると痛い目に遭うぞ!」

 

 ディケイドは刃を押し、スライムをよろけさせる。そして流れるようにその体を斬りつけた。

 だが効いた様子はない。

 スライムは切り口からさらに二体に分身した。倍の量になって向かってくる怪人に、ディケイドは思わず剣を振る。また増える。そんなことを繰り返しているうちに、周りを取り囲まれてしまった。

 

「厄介な能力だな……」

「余裕がなくなってきたな」

 

 スライムたちはディケイドに向かっていく。

 

「だったら――」

「食らえええーーーーっ!!」

 

 全方向からの攻撃。前だけを対処しようと思えば、後ろからダメージを受けることになる。かといって後ろを向けば正面からやられる。上に飛ぼうとしても、別のスライムが飛んでくる。万事休すだ。

 

「……ん?」

 

 ディケイドがいた場所に突っ込んでいったはいいが、肝心のディケイドがいない。スライムたちは彼を探す。

 

「その反射する体が仇になったな」

 

 少し離れた場所で声がした。

 

「いつの間に!?」

 

 ディケイドは攻撃を受ける直前、龍騎に変身していた。スライムの、景色を反射する体を鏡に見立て、ミラーワールドへ潜入。別の場所から脱出できた。

 ディケイド龍騎はすかさずカードを装填する。

 

《アタックライド ストライクベント》

 

「斬撃が効かないなら、焼き尽くすまでだ! はあああッ!!」

「う……うぐァァァアアアア……!」

 

 スライムたちは悲鳴をあげ、跡形もなく消しとんだ。

 

 

 

 

 龍の騎士がスライムの片割れを倒した頃、龍の魔法使いはピンチに陥っていた。ディケイド側と違い、殆どの魔力がこちら側のスライムには残っている。実力の差は歴然だった。

 

「威勢がいいのは最初だけだったようだな」

 

 スライムはウィザードに掌を向け、魔法エネルギーを放出した。

 

「くっ!」

 

 避けることができない。ウィザードは頭を守るように剣を構えた。

 

 

《バリア ナウ》

 

 

 ドライバーの詠唱音声が鳴る。

 ウィザードが目を開けると、目の前に光の壁ができていた。スライムの攻撃は壁にぶつかり、消える。

 

「この力は……」

「ハルト、私がいなくても立派にやれているか」

 

 琥珀色の顔。左手には鋭い爪。ウィザードのものと違う、赤い装飾の入ったドライバー。そこにやってきたのは、仮面ライダーメイジだった。

 彼こそが、ハルトを助けた魔法使いだった。

 

「先生……! お久しぶりです! どこに行ってたんですか!」

「そんなことはいい。今はファントムに集中しろ」

「はい!」

 

 ウィザードはメイジが現れたことによって士気と魔力が上がった。スライムの攻撃を受けつつも、斬撃とキックを次々と繰り出す。

 その時、急に後方からメイジに向かって銃弾が放たれた。

 

「……」

「ついに姿を見せたね。そのベルトと指輪、いただくよ」

 

 メイジが振り向くと、そこにはドライバーを構えたディエンドが歩いてくるところだった。

 

「邪魔をする気か」

「そうさ」

 

 ディエンドは二枚のライダーカードを提示し、ドライバーに装填する。

 

《カメンライド ナックル》

《カメンライド パラドクス》

 

 クルミのライダーと格闘ゲームのライダー。召喚された二人のライダーは大きな拳を振るう。メイジはそれをひょいひょいと避ける。そして右手に別の指輪を嵌め、魔法を発動した。

 

《チェイン ナウ》

 

 空中に魔法陣が現れ、鎖がスライムの体を縛る。

 

「行け、ハルト! 私がファントムをおさえておく!」

「はい!」

 

 ウィザードは動けないスライムに向かっていく。ベルトを操作し、必殺技を放とうとする。

 

「バカめ!」

「なっ!?」

 

 だが、スライムは鎖を破壊した。そして長く伸ばした腕でウィザードの足を掴んでバランスを崩し、カウンターのパンチを食らわせた。

 ウィザードはその場に倒れる。

 その頃メイジサイドでは、なんとディエンドが劣勢の状況にあった。エクスプロージョンの魔法でダメージを受け、まさかの形勢逆転。その場に戻ってきたディケイドにも「お前何してんだよ」と言われる始末だ。ディエンドはそっぽを向いて「別に」と答えた。

 

「まさか先生の魔法が破られるなんて……!」

 

 パンチを受けた腹を押さえつつ、よろよろと立ち上がった。

 

「まだ気づいていないようだな」

「なんだと……?」

「ハルト」

 

 手が空いたメイジはウィザードの後ろにやってくる。ウィザードはスライムを睨みつけながら立ち上がり、相手の出方を窺う。

 

「はい、先生。あいつ手強いですよ――」

 

 刹那、メイジの鋭い爪がウィザードの背に突き刺さった。

 ディケイドもディエンドも、当事者のウィザードも何が起こったか分からない。

 

「……へ?」

 

 メイジは彼の背を蹴る。爪が抜けて、ウィザードが地面に倒れる。激しいダメージに、変身が解除される。

 

「な……んで……」

 

 スライムはハルトの前にしゃがみ、彼を見下ろした。

 

「俺は自由自在に姿を変えられる。そして分身を作ることもできる。これがどういう意味か分かるか?」

「そうか……この先生は、お前の演技だったのか……!」

 

 ウィザードがそう言うと、メイジの姿はどろりと溶け、また別のスライムになった。その個体はさらに分裂し、ディケイドたちの相手をする。

 

「ふっ、まだ夢を見ているようだな」

「なに……!?」

 

「お前の先生など、最初からいなかったんだよ」

 

「……は?」

 

 衝撃が走る。ハルトはその真実を飲み込めない。

 

「いや……嘘だ。嘘だ! ファントムの言うことを信じられるか!」

「これは紛れもない真実だ」

 

 暴れる彼を、スライムは上からジェルで押さえつける。ハルトは腕を封じられ、魔法を発動させることができない。足をばたつかせるが、うつ伏せの体勢は変わらない。

 

「じゃあ、お前は俺をわざと生かしたとでも言うのか!」

「その通りだ」

「っ……」

 

 彼は黙ってしまう。

 スライムは立ち上がり、語りはじめる。

 

「魔力のない人間でもないよりマシだ。だが、あの時偶然お前を見つけた。俺は、強い魔力を持つお前を育てることにしたんだ。他でもない、自分のためにな」

 

 ファントムが話している時、後ろではディケイドたちは苦戦を強いられていた。

 強い魔力を持つということは強い戦闘力を持つということ。メイジに擬態していただけのことはある。

 

「お前が魔力を高めることに専念できるよう、俺が魔法の使い方を教えてやっただろう? そしてお前は俺の狙い通り、俺に魔力を捧げるために他のファントムを倒し、強くなった」

「じゃあ、街を守るという使命は……!?」

「街を守る? ははあ、『ファントムを倒す』をそう曲解したわけか。お前がやってきたことは無意味だ。……そうだ、お前から魔力を吸いつくした後に、この街の人間から魔力をいただくとしよう。なんの魔力もない人間でも、これだけの数があれば少しは足しになるかもな」

「なんだよ……それ」

「さっきお前は、俺が最強のファントムになることを『そんなこと』だと言ったな。俺は立派な目的を持っている。なんのために戦っているかも分からない、空っぽのお前がよく言えたものだな!」

 

 なにもない。

 その通りだ。今まで彼はメイジに言われた通り、ファントムを倒すためだけに生きていた。あの日からずっと、彼にはそれしかなかった。

 

「うっ……!!」

 

 バリッ。

 ハルトの頬に亀裂が走った。

 魔法使いは、体内のファントムの力を利用しているだけだ。絶望で強い心を保てなくなると、体内のファントムの魔力が勝って体を破られてしまう。

 

「これを待っていた!」

 

 スライムはハルトの拘束を解いた。やっと自由になったが、ハルトはそれどころではなかった。

 

「ハルト! しっかりしろ!」

「う……う……!」

 

 ディケイドが彼に呼びかける。ハルトはなんとか動転する心を鎮め、それを修復しようとする。

 

「今更どうもできないぞ!」

 

 ファントムはハルトの首を掴む。彼の体中の亀裂から魔力を吸い上げていく。

 魔力がなくなると、ファントムは死ぬ。つまりハルトの中の魔力がなくなると、彼の中のファントムは死に、魔法が使えなくなってしまう。

 ハルトはなんとか逃げようとするが、びくともしない。

 

「うっ……! ぐわああああああーっ!!」

 

 ハルトは絶叫する。

 

「ハルトォォオオ!!」

 

 ディケイドは彼の名を叫んだ。




次回 仮面ライダーディケイド2

「魔法の使えない魔法使いなど、もはや無意味」
「諦めていいわけないじゃないか!」
「俺は……魔法使いになれるかな」
「未来を見て、前に進み始めた」
「さあ、ショータイムだ」

第19話「希望が生まれた日」

全てを破壊し、全てを繋げ!


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第19話「希望が生まれた日」


「実は俺、魔法使いに命を救われたんだ」

これまでの仮面ライダーディケイド2は……

「怪人ファントムを人知れず倒す魔法使いってわけか」
「俺はあの日のことを忘れたことはない」
「お前の先生など、最初からいなかったんだよ」
「嘘だ!」
「ハルトォォオオ!!」


 スライムはハルトの首を掴み、魔力を吸収していく。絶望でヒビ割れた部分からは魔力を吸い出しやすいのだ。

 ウィザードとして戦闘を繰り返すことで、彼の魔力の量は圧倒的に増えていた。それはスライムの想像よりもはるかに大きかった。

 ハルトは最初は激しく動いて抵抗していたが、魔力と体力を奪われて大人しくなっていく。そして次の瞬間、ドライバーにも亀裂が入った。

 

「ぐわああああああーっ!!」

 

 ハルトの絶叫が辺りに響き渡る。ディケイドたちの視線はそちらに向く。

 ハルトは力なく腕を下ろす。目の焦点が合っていない。

 

「お前の魔力、たしかに頂いたぞ。この力は……素晴らしい」

 

 そう言ってスライムは姿を変えた。能力での変身ではなく、魔力量が膨大になったための進化である。

 

「ハアッ!」

 

 ディケイドが駆けつけ、スライムに向かって剣状のライドブッカーを振るう。スライムはハルトから手を離し、それを回避する。

 

「ハルト! 大丈夫か!」

 

 ディケイドは彼を受け止める。首を絞められていたハルトは、気道をなんとか確保し、必死に息を吸って咽せる。

 

「ハッハッハ。一歩遅かったな。もうそいつに魔力はないぞ。魔法の使えない魔法使いなど、もはや無意味。死んだも同じだ」

「なん……!?」

 

 スライムはハルトを否定する。

 

「では、この街の人間全てを吸収して――」

 

 スライムは言葉を途切れさせた。不自然に頭を押さえ、悶えている。誰かが攻撃を仕掛けたわけではないが、苦しんでいるようだ。

 

「……!? なんだ、この力は。強すぎる……。今解放するのは……まずい」

 

 ハルトから奪った魔力は大きすぎた。急激に魔力を増やしたため、溢れそうなパワーを抑えるのに必死にならざるを得ない。

 

「ぐ……寿命が延びたな。だが忘れるな。この街は絶望に包まれたままだということをな……」

「待てっ!」

 

 スライムはその場から逃走した。

 

 

 

 

第19話「希望が生まれた日」

 

 

 

 

 本体のスライムと共に、ディケイドと戦っていたスライムも消えた。そして一緒に戦っていたはずのディエンドも、いつの間にかいなくなっていた。

 士は変身を解除する。

 ハルトは少し落ち着き、自分で立てるようになっていた。

 

「おい、聞いたか。あいつ、次は人間を襲うらしいぞ」

「そうだな」

「そうだなって……いいのかよ!? お前の家族だってあいつにやられたんだろ。それと同じことが起こるんだぞ」

「許せないさ! 許せないに決まってる。だけどな、魔法がなくちゃファントムを倒せないんだよ。今の俺には何もできない。それが事実だ」

 

 ハルトは士の肩をガッと掴み、早口でまくし立てた。そしてどこかへ歩いていく。

 

「使命はどうした」

「先生なんてものは最初からいなかった。つまりスライムが魔力を得るための方便だったわけだ。そんな使命なんてもう、俺には関係ない」

「これからどうするつもりなんだ?」

 

 士の言葉にハルトは足を止めた。

 こういう時はどこへ行くべきか。悲しい時、辛い時にすがるもの。彼にはそれすらなかった。

 

「明日、また写真館に来い。人生相談の相手が欲しいだろ」

 

 返答に困り静止してしまったハルトを見かねて、士はそう言った。

 

「……士がか?」

「いや俺じゃない。俺はあのファントムをぶっ飛ばさないといけないからな。ま、相談相手も頼りになるかどうかは分からんが。どうだ?」

「……じゃあ行くよ。どうせ、何もないしな」

 

 ハルトはふっと笑った。否、口から空気を漏らした、というべきか。その目は絶望の色で染まっていた。

 

 

 

 

 その夜。士は窓を開け、空を見上げていた。

 ハルトのことは夏海とユウスケに話した。二人とも快く了承した。

 

「士くん。そこで何してるんです?」

「次にファントムが暴れだす前に見つけないといけないんだろ? 時間との勝負だ。早く寝ないとな」

「俺はお前ほど寝坊助じゃない」

 

 ユウスケと夏海が、テーブルを囲むように士の両隣に座った。

 士は彼らを邪険に扱うこともあるが、基本的には信用している。だからこそ憔悴したハルトを預けるのだ。

 

「それにしても大変ですよね。ハルトさんが変身できなくなってしまうなんて」

「ああ。なんとか励ましてやれ。お前らみたいな世話焼きの出番ってわけだ」

「って、ひどい言い方だな」

 

 ユウスケがツッコむ。

 

「いや、あいつも相当まいってる。かなり不安定な状態だ。ナツミカンだって知ってるだろ。信じてた人が悪いやつだった、その時の気持ちを。例えばそう、昔の知り合いとかな」

「あ……」

 

 夏海は表情を固くした。

 彼女はかつての旅で訪れた、とある世界のことを思い出したのだ。旧友たちと同じ顔をした、邪悪な存在。本当の世界ではなかったとはいえ、その事実を知った時は堪えた。

 

「でも大丈夫だよな。なんたって夏海ちゃんには俺たちがいるから!」

 

 ユウスケに笑顔を向けられ、夏海は「はい」と返事した。

 実際、士やユウスケの存在に安心させられたところもある。それと比べると、幼い頃からずっと騙されていたハルトはそれ以上の悲しみの中にいるに違いない。

 

「ハルトさんは、必ず私たちが勇気づけます」

 

 夏海はそう言い切る。士は笑顔を浮かべて「ああ」と頷いた。

 

 

 

 

 スライムは誰もいない廃屋の中で魔力のコントロールをしていた。気を抜くと自らの体が崩壊しかねない。せっかく強大な力が手に入ったというのに、それはごめんだ。

 体内で暴れる魔力をなんとか抑え、ようやく落ち着いた。

 

「素晴らしい」

 

 拍手をしながら近づいてくる人間がいる。

 

「何者だ」

 

 一瞬で片腕を刃に変化させ、突きつける。穴の空いた天井から差し込む光が、相手の白い服を照らす。

 

「お前、ファントムでも魔法使いでもないな」

「ええ。ただの人間です」

「ただの人間がファントムを前にして恐れないことがあるか」

「恐れることなどありません。ただこれを渡しに来ただけですから」

 

 そう言って彼は小さな宝石を取り出し、スライムに見せる。

 

「これは?」

「我々が開発した人工ファントムの一部です」

「人工ファントムだと? ますますお前がただの人間だと思えなくなったが」

「まあ、そんなことはどうでもいい。これをあなたに」

 

 スライムは差し出された宝石を受け取った。

 

「十分な魔力があれば使いこなせるでしょう。最後の手として持っておくといい」

「ありがたいが、これではお前たちにメリットがないだろう。狙いはなんだ」

「我々が興味があるのは、この石が一体どれほどの力になるかのみです。これはそのための投資ですよ」

「そうか」

 

 スライムは急に触手を伸ばし、白服の体を包み込む。必要な情報は聞き出した。もう生かしておく必要はない。スライムは吸収を始めた。

 白服は「うっ」と一言だけ漏らし、スライムの中に消えた。

 

 

 

 

 翌日。昨日の公園で、ハルトはベンチに座っていた。目に写るのは同じような光景だ。皆思い思いのことをして楽しんでいる。

 

「俺は後悔している」

 

 しばらくの沈黙の後、ほんの一言そう漏らす。

 

「なにをですか?」

「あんたたちと会う約束をしてしまったことだ」

 

 さらりと言う。その口元は笑っているが、全体を総合的に見ると彼の表情は暗い。目の下にクマができている。昨日は眠れなかったのだろう。

 ハルトのセリフを聞き、隣に座った夏海は聞き返す。

 

「えっ。どうしてなんですか」

「どうもこうもない。誰に相談したからと言って解決することじゃないからさ。今更俺になにをしろってんだ。もう俺ができることなんてないだろ。スライムの言う通り、俺は死んでるのと一緒なんだよ」

「そ、それは違う!」

 

 ユウスケはハルトの両肩を掴み、前後に振る。

 

「魔法を失ったからって、生きることを諦めていいわけないじゃないか!」

 

 ハルトは目を丸くする。

 

「生きてる限り、何かできることがあるはずだ。士から聞いたぞ。最初のマジックショーの時、人を楽しませるのが楽しいって言ったらしいな。それがファントムを倒すことと関係があるのかよ。ないだろ。きみがそうしたいと思ってやったことなんだろ」

「俺がしたいと思ったことか……」

 

「ここにいたのか」

 

 木の陰に隠れていた男が声をかけてきた。彼は組んだ腕をほどき、こちらにやってくる。

 

「海東さん。どうして」

「あんた……」

「そう。君に聞きたいことがあるんだよね。先生とかいう人はファントムだった。この世界のお宝はどこにあるんだい」

「……そんなの知らない。欲しいなら勝手に探してくれ」

 

 海東は指で銃を作り、ハルトに向けた。ハルトはそれを手で退けて、よそを見る。

 

「相変わらず君は止まったままだね」

「なんだと?」

「言ったじゃないか。言われたことをしていただけだと。あとは君次第だ。これで失礼するよ」

「海東さん、これからどこに?」

「せっかく来たっていうのに、手ぶらじゃ物足りないからね。お宝を探すつもりさ」

 

 海東は手を振ってその場を去っていく。ハルトはその背中を見つめていた。

 

「き、気にしちゃダメだ。あいつ、物事をオブラートに包まなすぎるんだ」

「違う」

 

 ユウスケがハルトに寄り添い、海東のことを非難する。それを聞いたハルトは首を横に振った。

 

「あの人の言う通りだ。今まで俺はスライムの言いなりになってただけ。だからこれからは、自分の力だけで生きていかなくちゃいけないんだ。……魔法が使えなくても、俺は生きてていいのかな」

「何言ってんだ、当たり前じゃないか!」

「そうですよ。誰もそのくらいのことで生きる権利を奪うことなんてできません」

「そっか……」

 

 ハルトは立ち上がった。その瞬間、大きな爆発音がした。衝撃で地響きが起きる。

 

「うわっ……!」

「なんだ!?」

「二人とも! あれを見てください!」

 

 夏海が指差す方、ビルを串刺しにするように青色の柱が立った。何が起きたか確かめる暇もなく窓が破られ、そこからジェルが流れ出る。

 ついにスライムが暴れ出したのだ。

 

 

 

 

 それより少し前のこと。士は街に出てスライムを探していた。

 完全に隠れられてしまうとなんの手掛かりもない。隠れている場所を探知したり、出てくる場所を予測したりすることもできない。

 

「くそ……。強さの割に小物臭いことしてくれるぜ」

 

 街は広い。もしかすると既に魔力を抑え込み、人の姿をとって紛れているかもしれない。

 その時、人混みの中から一人、士の方を見て歩いてくる人物がいる。見覚えのある格好の男。

 

「鳴滝……」

「ついに九つ目の世界だ。もうすぐ終わるな、世界を救う準備が」

「準備か。お前の言ってることはよく分からん」

「この世界も危ない。奴らの介入が始まっている」

「なんだと?」

「急ぐんだ。もう私の力も通じなくなってしまった。頼んだぞ」

 

 そう言い残し、鳴滝は人混みの中に消えていった。

 やはり何を言っているか分からないが、何を聞いても欲しい答えを返してはこないだろう。

 

「……ったく。世界を巡り終わったらお返しをしてやらないとな」

 

 士はため息をつき、再び街を歩き出す。その瞬間、地面が揺れ出した。

 

 

 

 

 ハルトたちはスライムが貫いたビルの近くに来ていた。近くの建物から避難してくる大勢の人たちとすれ違う。

 

「着いた!」

「ひどい。なんてこと……」

 

 辺りは地獄のようだった。崩れたビルの瓦礫が辺りに散乱し、不運にもそれにぶつかってしまった人が何人も倒れている。火事も起きていて、パニックに追い打ちを与える。

 そして瓦礫が山のように積み上がっている場所があり、その下には要救助者が。ユウスケはそれを一つずつどかす。

 

「二人はここを頼む! 俺は奥に行く!」

 

 ハルトはその場を夏海とユウスケに任せた。

 ビルの下に来る頃には、スライムの体が建物をを丸ごと包み込んでいた。そして一気に圧縮するかのように潰し、飲み込んだ。

 

「いた……」

 

 ビルが建っていた場所にはスライムが立っていた。ハルトに目もくれず、次のビルに向かって触手を伸ばし、壁に突き刺した。そしてまた建物の反対側まで貫く。衝撃でガラスや壁の一部が崩れ、落ちてくる。下にはまだ避難中の人たちがたくさんいる。

 

「危ないっ! ここを離れて! あっちです!」

 

 ハルトは周りの人に呼びかける。そして近くの人の肩を叩き、逃げるべき方を示す。

 ハルトはふと視界の端に、泣いている子供をとらえた。

 足が瓦礫に挟まって動けないのだ。

 

「あ……ああ……」

 

 ハルトの呼吸が乱れていく。

 辺りには人が転がり、恐怖と悲しみで泣くしかない。目の前の光景が、あの日の自分の姿と重なった。

 スライムが次のビルを包み込んだ。圧縮の瞬間、辺りに破片が飛び散る。その中の一つが、目の前の子供の頭上に飛んだ。

 

「うおおおおおおおおおおお!!」

 

 体が勝手に動いていた。

 ハルトは子供のそばに駆けつけ、飛んでくる破片から守ろうと手を大きく広げる。

 その瞬間、目の前の破片が粉々に砕けた。

 粉末は風にのり、消える。ハルトは何が起きたか分からず、辺りを見回す。

 

「ハルト!」

「士!」

 

 士がライドブッカーで破片を撃ったのだ。

 そして二人は子供を助けるため、足元の瓦礫をどけた。

 

「ファントムは……そこか」

 

 二人に気づいたスライムは、吸収をやめてこちらに近づいてくる。

 

「何もできないくせに邪魔をしに来たのか。お前はもう魔法使いではない。大人しく死んでいればいいものを」

「何もできないんじゃない。何もできないと思い込んでいただけだ。こいつはもう自分の足でどこにでも歩いていける」

「魔力がないなら同じだ。俺を倒せない。お前たちは絶望して、そこで見ていることしかできないんだ」

 

「違うな」

 

 士は一歩前に出る。

 

「こいつは人を守ろうとした。魔法の力がなくても。それは誰かに課せられた使命じゃない。本当に心の底から誰かを助けたい。そう思ったからだ。それこそが仮面ライダーの……魔法使いの資格だ!」

「だったらもう一度……俺は……魔法使いになれるかな」

「なれるだろ。お前が諦めない限りな」

 

 士がそう言った瞬間、ハルトの腹部が光り出した。体を起こしてそれを見る。

 光が治まると、そこには砕けたはずのウィザードライバーが復活していた。

 

《ドライバーオン プリーズ》

 

 ウィザードライバーが起動音と共に現れる。魔法が復活したのだ。ハルトは立ち上がる。

 

「なぜだ!? 魔力は吸い尽くしたはず……」

 

 スライムは狼狽する。

 

「こいつは過去という小さな檻を壊した。そして未来を見て、前に進み始めた。誰のものでもない、自分の力で!」

「魔法とは、願いを叶えようとする力。明日に向かって生きる力。そして今を変える希望の力だ。俺がこの絶望に包まれた世界の、最初の希望だ!」

「お前、魔法使いではないと言ったな。ならば……なんなんだ、お前は」

「通りすがりの仮面ライダーだ。覚えておけ!」

 

 士はディケイドライバーを装着し、カードを構える。同じくハルトもウィザードリングを左手に嵌めた。

 

《シャバドゥビタッチヘンシン!》

 

「変身!」

「変身!」

 

《カメンライド》

《フレイム プリーズ》

《ディケイド》

《ヒー ヒー ヒーヒーヒー!》

 

「さあ、ショータイムだ!」

 

 ウィザードが叫ぶと同時に、二人のライダーは武器を持ち、スライムに攻撃を仕掛ける。

 

「くそ! 魔法使いめ……!」

 

 スライムは自分の体を細かく分け、そこからグールを生み出した。分け与えた魔力はほんのわずかだが、質より量の作戦だ。

 人々が見守る前で、二人はファントムと戦闘を繰り広げる。ウィザードはいつも誰の目も届かない場所でファントムと戦っていた。そのため人々がウィザードのことを見るのはこれが初めてだった。

 ディケイドはグールを狩っていく。ライドブッカーの剣と銃を使い分け、殲滅していく。

 

「はあああっ!」

 

 ウィザードは両手に剣を持ち、スライム本体を斬る。誰かがいる方に逃げようとしたら、それを阻止する。触手を伸ばそうとしたら、それを断つ。

 スライムも進化したが、それ以上にウィザードの動きが良くなっている。スライムはだんだんとその差に圧されていく。

 

「お前にまだこんな魔力が……!? ならば人間を吸収してさらに魔力を得なければ……」

「俺は希望の魔法使い、カメンライダーウィザードだ! この街に手出しはさせないぞ!」

 

 スライムはついに攻撃を受け、床を転がった。

 

「今度は逃がさない。ここで決着だ」

「ま、魔法が希望だと? ならばその希望を砕くだけだ」

「うおおおっ!」

 

 ウィザードが倒れるスライムに向かって剣を振り下ろそうとする。

 

「ハルトッ」

 

 ウィザードは手を止めた。

 そこにあったのは母の顔。何度も夢に見た、あの優しい母親のものだった。

 

「母さん……」

「ハルト」

「父さん」

 

 父の顔。兄の顔。妹の顔。周りに次々と人の顔が浮かんでいく。優しい笑顔。あの日あったはずの世界だった。

 

「ハルト、もうやめるんだ」

「私たちを傷つけるつもりなの」

「……」

 

 ザン!

 ウィザードは両手の剣を目の前の母の形をしたものに突き立て、引き裂いた。そして周りの人の形に剣を突き刺し、回転斬りをした。

 人だったものは崩れ、そこにダメージを負ったスライムが倒れていた。

 

「バカなぁあっ!? 人間を斬った……だと!?」

「俺の家族はもういない!」

 

 ウィザードは叫んだ。

 

「死んだ人間は元に戻らない。だが、俺はその人たちを忘れるつもりはない! 過去を受け入れ、俺は今を生きる!」

 

《キャモナスラッシュシェイクハンズ》

《フレイム》

《フレイム》

 

 ウィザードは同時に二つの剣の必殺技を発動する。剣を炎が包み込む。そして炎の威力が増していき、天まで届くほど大きくなった。

 

「俺はもう、あの日に囚われない! これでフィナーレだ!」

 

《スラッシュストライク》

《スラッシュストライク》

《サイコー!!》

 

「はああああっ!!」

 

 最高出力の魔力を、挟み込むようにスライムにぶつける。もう逃げられない。スライムも自身の魔力を使って防御を試みるが、ウィザードの無尽蔵の魔力には勝てなかった。

 

「があああああああああああ!!」

 

 スライムは叫び、爆発した。

 同時にスライムの生み出したグールも消えた。奴の体は全て消え去ったのだ。

 

「やったな、ハルト」

「士」

 

 ディケイドがウィザードに駆け寄る。

 

「ああ。希望を捨てなくてよかった」

 

 ウィザードははにかみながらもそう言った。

 

「……ん? なんだあれ」

「え?」

 

 ディケイドが指差した方。スライムの魔力が、奴が白服から受け取った宝石に集まっていく。そしてその宝石を額の中心に据えた、巨大な獣の姿に変化した。

 現れた巨大ファントムには自我と呼べるものはなかった。大きく吠えると、二人のライダーを跳ね飛ばし、そのまま目の前に見えるビルに向かって突進していく。

 

「しつこい野郎だ。まさか、あんなでかいファントムになるなんてな」

「なんとしてでも止める。これ以上被害を出してたまるか」

 

 その瞬間ライドブッカーが開き、ライダーカードが飛び出す。ディケイドがそれを手に取ると、魔法陣が一瞬浮かび上がる。そしてそこにウィザードの力が宿った。

 彼はその中の一枚をドライバーに装填し、バックルを回す。

 

《ファイナルフォームライド ウィウィウィウィザード》

 

「ハルト、ちょっとくすぐったいぞ」

「おう。……お? ウオッ!」

 

 ウィザードが振り返ろうとしたところを、ディケイドは彼の背中に手を当てた。ウィザードの背中からドラゴンの頭部が飛び出す。腰のマントは大きな翼となり、足は一つになり太く逞しい尻尾に変化した。彼が変身したのは『ウィザードウィザードラゴン』。自身の体中にいるファントムの姿だった。

 

「行くぜ!」

 

 ウィザードウィザードラゴンは猛スピードで巨大ファントムを追いかける。ドラゴン状態の速さは凄まじく、一瞬で敵の背についた。

 そして足でファントムを掴み、動きを止める。ファントムも抵抗して噛み付くが、ドラゴンは口から炎を吐いて攻撃する。

 その場で絡み合って足止めしていると、ディケイドが追いついた。

 

「ハルト! 決めるぞ!」

「おう!」

 

 ドラゴンは尻尾にファントムをひっかけ、大空高く飛ばした。

 魔力の暴走したファントムを倒すと大爆発の恐れがあったからだ。それに、まだ近くに人がいるため、出来るだけ衝撃を和らげるために遠くで倒すことを心がけた。

 ディケイドはカードをドライバーに装填し、ハンドルを押した。

 

《ファイナル アタックライド ウィウィウィウィザード》

 

 ウィザードウィザードラゴンがまた変形する。頭部と前足、そして尻尾を前に出し、巨大な龍の足になった。

 ディケイドはそれに向かってキックする。

 龍の足が必殺技の威力を強める。足からは溢れ出る魔力が炎となって彼らを包み込む。炎は巨大なディケイドの姿を模した。

 

「はあーーっ!!」

「うおおおおおーーッ!!!」

 

 いくつもの魔法陣がディケイドらとファントムの間に現れる。魔法陣の中をくぐり抜けていく巨大なディケイドの姿は、まるでディメンションキックをするようだった。

 巨大なディケイドはファントムにキックを食らわせる。そして大爆発が起こった。

 煙の中からウィザードウィザードラゴンに乗ったディケイドが出てくる。そして地上におり、ドラゴンはウィザードに戻った。

 

「お疲れさん」

「あんたもな」

 

 二人は変身を解除した。

 

「これからどうするつもりなんだ」

「ファントムが現れる限り、一人でも俺は戦うさ。俺は希望の魔法使いだからな」

「そうか」

 

「お! いたいた!」

 

 そう言ってこちらに走ってくる男がいる。

 一人じゃない。奥からさらに一人。またもう一人。次々とこちらに向かってくる。

 

「あんたが助けてくれたんだな!」

「え? まあ。はい」

 

 男はハルトの手を取り、目を輝かせる。ハルトはなにが起きたか分からず、キョトンとした顔をする。

 

「助けてくれてありがとう! 魔法使いさん!」

「ありがとう」

「ほんとにありがとうございます」

「これお礼だ。持ってってくれ」

「私も」

「なにかあったら言ってちょうだいね」

「私たちも力になりますから」

 

 次々にお礼を言う人たち。いつも隠れて活動していたハルトは魔法使いとして感謝され慣れておらず、ぎこちないながらも笑顔で会釈する。

 ハルトはもう一人じゃない。希望を与える魔法使いも、誰かを頼ることが許された。彼もまた、誰かに希望を貰って生きていく。この街は彼にとって安心できる場所になるだろう。

 士は彼らに向かってシャッターを切った。

 

 

 

 

 士は写真館に戻ってきていた。彼にとっての帰る場所だ。スタジオで毎度の如く、この世界で撮った写真を並べる。

 

「ハルトさん、いい顔してますね」

「よかったなあ、元気になって」

 

 夏海たちが見たのは一枚の写真。大勢の人々に囲まれ、生き生きとした嬉しそうな表情を浮かべるハルト。

 しかし士の顔は晴れない。手元には九枚のライダーカード。ようやく全ての力を手に入れたのだ。これで何かが変わったのだろうか。

 その時、写真館のチャイムが鳴った。栄次郎はスタジオから出ていこうとする。扉を開けた瞬間、そこには──。

 

「ご苦労だった」

「わっ!」

 

 鳴滝が立っていた。

 

「鳴滝さん!」

「お前、そろそろ説明しろ。俺にまた旅をさせた理由をな」

「いいだろう。次の世界に行く前に言っておく。君は九つの世界を巡り新たな力を手に入れ、今までのディケイドを超える必要があった」

「今までのディケイドを超える?」

「ああ。ディケイドは数ある物語の一つとなってしまった。そこから抜け出し、新しいライダーにならなければならないのだ」

 

 鳴滝は絵の方に手を向ける。

 

「いよいよ、最後の戦いだ」

 

 鳴滝がそう言うと、ジャララララと新たな絵が出現する。

 その絵を見て、一同は驚愕する。

 普通の色使いではない。反転した色。つまりこれは――。

 

「ネガの……世界?」

「そうだ。ここが最後の世界。門矢士、私と一緒に来てほしい」

「……」

 

 鳴滝はそう言った。

 ユウスケと栄次郎は二人のやりとりを見ていたが、夏海は絵の方に目を奪われていた。

 反転しているためわかりにくいが、絵に書かれているのは大きな施設と駐車場。なんの変哲もないその二つだが、夏海はそれをどこかで見た気がしていた。




次回 仮面ライダーディケイド2

「まさかここに隠れていたとはな」
「どうしてまた来てしまったの!」
「思い出した……」
「お前は本物になれなかった」
「財団X。それが奴らの名前だ」

第20話「再来 ダークライダーズ」

全てを破壊し、全てを繋げ!


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第20話「再来 ダークライダーズ」


「お前たちは絶望して、そこで見ていることしかできないんだ」

これまでの仮面ライダーディケイド2は……

「俺がこの絶望に包まれた世界の、最初の希望だ!」
「本当に心の底から誰かを助けたい。そう思ったからだ」
「お疲れさん」
「あんたもな」
「ネガの……世界?」
「そうだ。ここが最後の世界。門矢士、私と一緒に来てほしい」



 光夏海が気がつくと、そこはやはり見覚えのある景色だった。

 ここは、ライダー大戦が起こる場所。幾度となく結末を迎えてきた場所。

 もう九つの世界は巡ったはずなのに。

 また夢を見ているのだろうか。これから起こることは記憶に深く刻み込まれている。二度と見たくないと思っていたあの光景。夏海は思わず走り出す。

 最初にあの岩場が爆発して、それを皮切りにライダーたちが押し寄せて……。

 そう思っていると、目の前を光線が通り過ぎる。それと同時に背後で大きな爆発が起きた。

 

「……っ!」

 

 来ると分かっていた。そのため、彼女は悲鳴を上げることはなかった。

 背後を振り返ると、これまでと変わらない景色があった。全く同じ爆発。全く同じ土煙。そして全く同じどよめきが夏海の耳に届く。

 

「うおおおおおおおお!」

 

 彼女の横を、多くのライダーたちが通り過ぎる。

 先陣を切るザビーとインペラー。続いて走っていくライオトルーパーたち。

 次にマシンに乗ったライダー。変形したカブトエクステンダー、マシントルネイダー。サイドバッシャーに乗るカイザはミサイルを発射する。そしてジャイロアタッカーに乗ったライオトルーパーも突っ込んでいく。

 地上だけではない。空からはドラグレッダーとドラグブラッカーなどのミラーモンスター、デンライナーやアカネタカがライダーたちの援護をする。飛行能力のあるジャックフォームや飛翔態で空を飛ぶライダーもいる。

 

「……」

 

 夏海はそれを眺めることしかできない。今までと同じく、この戦いの結末を見届けることしか。

 

「はあっ!」

「おりゃあああああ!」

 

 そして続々と登場する新たなライダーたち。

 ライオトルーパーに混じって戦う黒影トルーパー。近距離・遠距離で使い分けられるアクセレイガンとは違い、影松はリーチのある中距離武器。バイクとは違う、チューリップホッパーを使っての素早い移動もお手の物だ。

 そんな彼らの間をすり抜けて、鎧武がサクラハリケーンで走っていく。

 

「コウタくん!?」

 

 点在する岩を砕きながら爆走するリボルギャリーと、その後ろをついていくトライドロン。リボルギャリーが展開し、ハードタービュラーが飛び出す。そして空中でゴーストが乗るイグアナゴーストライカーと合流する。

 

「シンノスケさん、ショウタロウさん。タケルくんまで……」

 

 旅の中で夏海は彼らと知り合った。各々の世界で、彼らは士たちと共に戦ってきた。お互いの実力を認め合い、仲間として、手を取り合ってきた。

 それなのに。

 

「うわああっ!」

「オオオオオオオオ……!!」

 

 皆一点を見つめ、殺意を剥き出しにしている。

 一つ、大きな爆発が起きた。夏海は目を伏せ、その場でしゃがみ込む。

 

「きゃっ……!」

 

 夏海が再び目を開けた時には、戦いは終わっていた。倒れるライダーたちを越えて彼女はその先に進んでいく。

 ライダーたちの中心には、マゼンタカラーのアーマーに身を包んだライダーが夏海に背を向けて立っていた。

 

「……」

 

 ディケイド。夏海はその名前を呼ぼうとした。彼女の存在に気づいたのか、そのライダーはゆっくりと振り返る。

 

「え……!?」

 

 夏海は目を疑った。目の前のライダーの姿は、紛れもなくディケイドだった。だが、その腰に巻かれたベルトが異なっていた。

 そのバックルは、彼女の見慣れた真っ白なディケイドライバーとは、まるで正反対で――

 

 

 

 

第20話「再来 ダークライダーズ」

 

 

 

 

 夏海は目を覚ました。スタジオの机に伏していた顔を上げ、目をぱちくりさせる。

 

「今のは……」

「あ、おはよう」

 

 ユウスケが夏海が目覚めたのに気づき、声をかけた。笑顔を作って手を振る彼に、夏海は質問をする。

 

「士くんは?」

「ああ。さっき鳴滝さんと一緒に出て行ったとこだよ」

「そうですか」

 

 夏海はスクリーンに現れた絵画を見た。黄色い空。紫がかった芝。不気味な、反転した色使い。

 つまりここは、ネガの世界。

 

「ネガの世界って、前に来たとこだよね。夏海ちゃんの世界とそっくりな」

「はい。私の友達が……ライダーになって……」

 

 夏海の声のトーンは落ちていく。

 

「ご、ごめんね!? 辛いことを思い出させちゃって!」

「いえ。ここは私の本当の世界じゃなかったわけですし……」

 

 TGクラブ。夏海が高校時代に属していた。日々の生活に嫌気がさした数名が作り、そして成長の糧とした。士とユウスケに話したところ、イタいガキだと評されてしまったこともある。

 以前ネガの世界に訪れた時、同級生に扮したダークライダーに騙された。TGクラブの宝を手に入れるため、ネガの世界の夏海を誘き出す餌にされてしまったのだ。この世界の宝はケータッチであり、結局士の手に渡ったわけだが。

 

『この世界では、人間が存在することは許されない』

『この世界ではダークライダーが怪人たちを管理しているの』

『千夏は……死んだわ。奴らの大切な宝物を、命懸けで奪って』

 

「……!」

 

 夏海はもう一度スクリーンを見た。この場所を、彼女は知っている。思い出したくなかった嫌な思い出。あの時の記憶が鮮明に蘇ってきた。

 

「思い出した……!」

「え!? 夏海ちゃん!?」

 

 夏海は写真館を飛び出した。ユウスケは慌てて彼女を追うのだった。

 

 

 

 

 鳴滝は士を連れ、街を歩いていた。その目的地は不明。だが、鳴滝は何かを感じ取っているようで、足取りは確かだ。

 

「なんか変な感じだな。お前と一緒に歩くなんて」

 

 前を歩く鳴滝の背中を撮影しながら、そう呼びかけた。

 以前と同じく、士の格好は変わらない。門矢士そのままの姿だ。ただ、出かけるのに羽織ったコートがどこか鳴滝の格好と似ているのが気に食わない。

 

「そういやお前、前回ここに来た時は俺にお祝いの言葉を贈ってくれたっけか? あれはどういう意図があったんだ」

 

 二枚目の撮影。

 鳴滝は再び質問を無視する。

 

「九つの世界を巡った後にはネガの世界に来るルールがあるのか? ……おい、なんか返事しろよ」

「私は警戒しているんだ。いつ奴らが攻撃を仕掛けてくるか分からないからな」

 

 士はカメラから視線を上げた。

 

「例の白い奴らのことか?」

「そうだ。奴らは常に私たちを狙っている。まさかここに隠れていたとはな」

「いい加減全て教えろ。こうしてお前に協力してやってるんだ。情報共有くらいはしたらどうなんだ」

「……ここは光夏海の世界の裏側の世界であることは知っているな」

 

 鳴滝は話し始めた。彼の言う『最後の戦い』のために必要だと判断したのだろうか。

 

「この世界も、本来は表の世界と同じだった。ダークライダーも怪人も存在せず、人間が殺されることなどなかった」

「ライダーがいなかった?」

「ああ。とある存在がこの世界に入り込み、勝手に作り替えたのだ」

 

 そんな会話をする二人を、謎の影がじっと見ていた。

 

 

 

 

 夏海の足運びはだんだんと速くなっていった。

 

「ここだ……」

 

 夏海は唾を飲み込む。

 息を切らしたユウスケが彼女に追いつき、顔を上げる。そして目の前の景色を見た途端、あっと声を漏らした。

 

「あの絵とそっくりだ……」

 

 だだっ広い広場の中に駐車場と大きな建造物。色は反転していないが、まさしくあの絵の場所だった。

 

「どうしてここが?」

「以前この世界に着いた時に、ここに来たんです」

 

 そこはかつて夏海がメンバーとともにTGクラブの宝を隠した場所。ネガの世界では巨大な施設が建っていた。

 夏海が一歩踏み出すと、背後から腕を掴まれた。

 

「!?」

 

 悲鳴をあげる暇もなく、口を覆われてしまう。同じくユウスケも拘束されるのが気配で分かった。

 後ろにぐいと引っ張られ、夏海たちは茂みの中に入っていく。そして、目隠しは取られた。

 茂みの奥に隠れるように掘られた穴。そこには、薄汚れた迷彩服を着た夏海がいた。

 

「あっ」

 

 ネガの世界の光夏海。ダークライダーや怪人だけの世界で生き延びていた人間。絶望的な状況にあったにも関わらず「明日を信じてこの世界で生きていく」と戦う決意をした。

 

「あなたは――」

「どうしてまた来てしまったの!」

 

 ネガの夏海は夏海の肩をガッと掴み、ものすごい剣幕で彼女を怒鳴る。

 

「この世界は危険だと、もう分かったはずなのに!」

「やめておけ」

 

 一人の男が彼女の手を下ろさせる。

 

「でも!」

「来ちまったものは仕方ないだろ」

 

 反論するネガ夏海の頭をポンポンと叩く。そして彼は夏海とユウスケの方を見た。

 

「あんたたちは別の世界の人間だな。話は聞いてる。俺たちはレジスタンス。ダークライダーたちの監視を逃れ、隠れて生きてる」

「外を堂々と歩くのは危険だってのは、夏海の言う通りね。今奴らに殺されるのは勿体ないよ」

 

 横に座っていた女が、肩にかけていた銃を見せた。

 レジスタンスは、この世界で生き残った人間が集まって結成された。数十人の規模を持つが、普段は数名ずつ自由に行動する。彼らを繋ぎ止める意思は一つ、『生きる』、それだけだ。

 ユウスケと夏海は彼らから水を貰った。汚くはなく、ちゃんと飲めるようになっている。

 

「こう言うのもちょっと変かもしれないですけど、生き残っててくれて嬉しいです」

「武器があるから、怪人相手ならなんとか逃げられる。だけどダークライダーに見つかれば……」

 

 ネガ夏海は口をつぐむ。そしてその続きは、遅れてやってきた一番年のいった男性が継いだ。

 

「殺される。仲間はすでに何人もやられた」

「そんな……」

「だが、あんたたちが来てくれたことで変わるかもしれない」

「え?」

「あたしたちはついにダークライダーを従える親玉の情報を掴んだの。あなたたちもダークライダーを倒したことがあるんでしょ。だったら頼りになるなって」

 

 レジスタンスのメンバーたちは夏海とユウスケを期待の目で見る。たしかに以前とは違い、ユウスケも強くなり、夏海もライダーの資格を得た。ユウスケは「いやあ別にそんな」と照れる。

 

「……ん? あなたたちもってのは?」

 

 ユウスケは違和感に気づき、質問する。

 

「ああ、彼もライダーだと聞いたわよ。あなたたち二人を最初に見つけたのも彼」

 

 彼女が指さした方には、見慣れた男がいた。

 

「海東さん」

「や。小野寺くんにナツメロンくん。無事そうでなによりだ」

「夏海です……」

「海東さんもネガの世界に来てたんですね」

「まあね。鳴滝さんに言われたんだ。なんでも僕に盗んで欲しいお宝があるみたいでね。この世界にもうお宝なんて存在しないと思っていたが、どうやらそうじゃないらしい」

 

 仲間意識が低く、単独行動を好む彼がこうしてレジスタンスに混じって大人しくしている。夏海とユウスケは、これはただごとではないなと感じた。

 

「この人たちに話を聞いたところ、このネガの世界はとんでもないことになってるらしくてね。僕はお宝を頂ければそれでいいんだけど、この世界でお山の大将をやってるやつがちょっと気になったんだ」

「さっき言ってた、親玉ってやつか」

「ダークライダーが怪人を支配し、人間は排除する。それがこの世界のルール。それを作ったやつがいるということさ」

 

 夏海は笑顔をひきつらせた。

 心に湧いた一つの疑問が膨らみ、不安となっていく。

 

「あの、その親玉の名前は?」

 

 彼女は恐る恐る質問する。

 まさかそう都合のいいことが起こるはずは。自分の中で浮かび上がった不安を否定する。しかし、次の瞬間それは打ち砕かれることになる。

 

「ディケイドだ」

 

 レジスタンスの女はそう答える。

 

「!」

 

 夏海とユウスケは顔を見合わせた。海東はそんな彼らを無表情で見つめた。

 

 

 

 

「奴らがこの世界に来たのは、お前がライダーとして旅を始める三年前のことだ」

「勝手に世界に入り込んでって……そんなことができるのかよ」

「できる」

 

 鳴滝は急に立ち止まり、士の方を向いた。士は思わず次のシャッターを切る。

 

「現に私やお前は世界を渡る力を持っているだろう」

「俺は自由に旅できないがな。あくまで夏海たちと一緒だ」

 

 士は訂正したが、鳴滝は気にせず続ける。

 

「これは歴史の管理者である者が持つ力だ」

「管理者? なんだそれ」

「その名の通り、時と空間を超えて全てを眺める立場の者だ。私はライダーの歴史が生まれた時からそれを見守ってきた。そして歴史が破壊されるのを阻止するために、今までディケイドを排除しようと動いてきた」

「俺は行く先々で世界の破壊者だ悪魔だとレッテル張りをされただけなんだがな。風評被害ってやつだ。歴史を破壊なんて今初めて聞いたぜ」

「ああ。結果としてお前は歴史の破壊は達成できなかった。そして記憶を失った」

 

 失われた記憶。そのキーワードを耳にした途端、鳴滝を小馬鹿にするような表情は一変する。

 

「お前は俺の過去を知っているのか」

 

 士には小夜という妹がいた。かつてショッカー首領として君臨していた。ライダー狩りの旅の途中で記憶を失った。士本人でもこのくらいの情報しか持っていない。

 

「ああ。お前は――」

 

 鳴滝は言葉を切った。

 士は鳴滝から視線を上げた。目の前、道のど真ん中。見慣れた白い制服を着た男がそこに立っていた。

 そして彼の背後からひょっこりと顔を出すもう一人の男。こちらは見覚えがある。

 

「久しぶりだな、士。またこうやって出会えたのも運命の巡り合わせというやつなのかもしれん」

「お前は……!」

「ほほう、覚えていたか。ま、当然だな。この俺を忘れること以上に罪なことはこの世に数えるほどしかない」

 

 ネガの世界の紅音也。以前ネガの世界に来た時に対決した。が、彼は決着がつく前に逃げてしまった。

 

「お前の狙いはこれか?」

 

 士は、起動しなくなったケータッチを取り出す。

 

「いや。俺たちにはもうそんなもの必要なくなった」

「なら何しに来たんだ」

「必要なくなったものを処分しに来たんだ。いつまでも残すことに意味がないからな。他でもないお前のことだ、士」

「なに!?」

 

 音也はキバットバットII世を手に持つ。白服の男はハザードトリガーを取り出した。

 

「お前は罪を犯した。決して許されることのない罪をな」

 

《ハザード オン》

《タンク》

《タンク》

 

「ガブリ」

 

「変身」

 

《アーユーレディ?》

 

「変身」

 

《アンコントロールスイッチ ブラックハザード ヤベーイ!》

 

 二人はダークキバとメタルビルドに変身する。

 

「どうやら今回は歓迎モードじゃなさそうだな。変身!」

 

《カメンライド ディケイド》

 

 ディケイドは二人のダークライダーに向かっていく。

 

「お前は本来この影の世界に留まるべきだったんだ、士。お前はそれを拒否した」

「この世界が気に食わなかったからな!」

「さっき見せた宝があっただろう。あれはこの世界の頂点に立つにふさわしい力を目覚めさせるための装置だったんだ。本来の役目を忘れてしまったお前のためのな!」

「役目だと!」

 

 ディケイドは二人の攻撃を拳で受け止めながら戦う。前回戦った時は拮抗した実力だったが、今回は更にメタルビルドを敵に加えても上手く立ち回れている。

 ダークキバとメタルビルドの同時パンチをジャンプで避け、その後ろに回る。キックでメタルビルドを吹っ飛ばし、ダークキバとの一対一に持ち込む。

 

「お前は全ての世界を破壊する存在だ! だが、お前は本物になれなかった」

「本物? お前は何を言ってる!?」

「知る必要はない!」

 

 ダークキバが手からエネルギー波を放つと同時にディケイドは飛び上がり、ライダーカードをバックルに装填する。

 

《ファイナル アタックライド ディディディディケイド》

 

 カードの道がダークキバの方へと伸びていく。

 

「ふん……!」

 

 ダークキバは地面に紋章を浮かび上がらせ、背後でよろよろと立ち上がるメタルビルドへと飛ばす。そしてメタルビルドにダメージを与えた。

 

「ぐ……ぐああああっ!?」

「来い!」

 

 紋章から解き放たれたメタルビルドはこちらの方に飛んでくる。ダークキバはそれを避けた。

 ディケイドのキックはメタルビルドに命中し、爆発した。

 

「ふむ、なかなかやるようになったな」

「……仲間を身代わりにしたか」

 

 ダークキバはディケイドに向かって称賛の言葉を送る。

 

「お前の強さ、見せてもらったぞ。じゃあな士」

 

 そう言い残すと、ダークキバはコウモリのようなエフェクトとなり、その場から消えた。

 ディケイドは変身を解除する。

 

「さっきあいつは、本物だ偽物だとか言ってたが……それがお前の言ってた俺の過去と何か関係があるのか」

 

 士の質問は背後に立つ鳴滝に対して。

 

「余計なことを知って気を散らすことになるため言いたくなかったが……仕方ない。お前は奴らに作られた存在なのだ、門矢士。ディケイドとして、歴史を破壊するための存在として」

 

 鳴滝は続ける。

 

「財団X、それが奴らの名前だ。ライダーの世界を渡りさまざまなデータを集め、歴史を破壊しようと目論む危険な集団だ」

「財団……X」

 

 士は名前を復唱する。そして自分の手のひらを見つめた。作られた存在。鳴滝の言ったことはどうも釈然としないが、嘘を言っている様子はない。

 士は歩き出した鳴滝についていった。

 

 

 

 

 夏海たちはレジスタンスと共に森を歩いていた。あくまでこっそりと、身を隠すように。

 写真館の絵から、あの施設が怪しいと踏んだ夏海たちは、レジスタンスにそれを話した。それが本当だとすれば厳重な警戒がされているはずである。ひとまず距離を取り、遠くから情報を探る作戦だ。

 

「ねえ、あそこにこの世界の秘密があると思う? ただのスポーツの競技場みたいな感じだったけど」

「確信はないですよね。でも、それしか情報がないですから」

「だよね」

 

 不意に地面に火花が散った。

 煙の奥に現れたのは三人のライダー。武神鎧武、ダークゴースト、ゲンム。横一列に並び、夏海らの行手を阻む。

 

「ダークライダーだ!」

 

 レジスタンスが銃を構えつつ、後退する。代わりにユウスケが前に出て、変身の構えを取った。

 

「変身!」

 

 ユウスケがクウガに変身し、ダークライダーたちにとバトルを始めた。だが武器を持つ敵を相手に、素手のクウガは不利だ。

 

「ユウスケが……! 海東さん私たちも行かないと! キバーラ!」

「はいは~い」

 

 やや押され気味のクウガを見て、夏海はキバーラを呼ぶ。そして戦場に向かっていった。

 

「変身!」

「ちゅ♡」

 

 仮面ライダーキバーラに変身し、まずゲンムを斬った。続いて武神鎧武の太刀を受け止める。

 海東もやれやれとドライバーを構えた。戦うのもいいが、出来るだけそれを避けて逃げに徹した方がいいと彼は考えている。

 

《カメンライド》

 

「変身」

 

《ディエンド》

 

 三対三の構図が出来上がった。数々の世界を巡った彼らは、一対一では負けないほどに強くなっていた。

 ダークライダーに対して互角に戦う。レジスタンス側にとってこれはあり得ないことだった。

 

「いいぞ!」

「いけ!」

 

 標的にならないように目立つ行動はできない。声を抑え、戦う三人の仮面ライダーを応援した。

 

「ハアアァァ……」

 

 クウガが必殺技の構えを取る。同時にキバーラは剣にエネルギーを込め、ディエンドはカードをドライバーに装填した。

 

《ファイナル アタックライド ディディディディエンド》

 

「ハアッ!」

 

 三人のライダーが必殺技を放つ。どれもダークライダーに命中し、敵を撃破した。

 

「やったな」

 

 戦いを終え、クウガは物陰で様子を見るレジスタンスの人々にサムズアップサインをした。

 刹那、何者かが目にも止まらぬ速さで三人のライダーを斬りつけた。地面の葉や砂埃が舞う。続いて四方八方から銃弾が飛んでくる。着弾した地面が爆発を起こす。

 

「また新たな敵か!?」

「……!? この力は……!」

 

 三人は辺りを警戒する。

 ザッ。足音がする。一同は一斉にそちらを向いた。

 

「え……?」

「なっ……」

「嘘だろ……?」

 

 現れたのはディケイドだった。クウガたちを斬ったライドブッカーの刃を撫でる。

 

「士くん……!?」

「どうしちまったんだよ、ダークライダーの味方になるなんて! 鳴滝さんはどこだ!?」

 

 クウガがそう言うが、ディケイドは何も答えない。再び高速移動をし、三人にダメージを与える。

 

「きゃああああっ!」

「ぐわああ……!」

 

 ディケイドは圧倒的な強さで三人をダウンさせる。そして一番近くにいたクウガに歩み寄り、首を掴んで持ち上げた。

 

「お前、何をッ! うわあああああああっ!!」

 

 そのライダーの手から衝撃波が出たのか、持ち上げられたクウガの全身から火花が散る。

 

「ユウスケッ!」

 

 キバーラの声も虚しく、クウガは変身を解除されて地面に倒れた。

 ディケイドはユウスケを肩に担ぐ。

 その瞬間、マゼンタカラーのアーマーが揺らぎ、変身が解除された。しかしそれは変身者が現れるのではなく、変身後に重ねがけしたカメンライドが解けただけだった。

 ディケイドの姿を借りていたライダーの正体が露わになる。キバーラとディエンドは息を飲んだ。

 

「黒い……ディケイド……!?」

 

 黒いボディと黄色いライン。複眼は不気味に青く、吸い込まれそうな闇を孕んでいる。そしてその腰にあったのは、夏海が夢で見た真っ黒いディケイドライバーだった。




次回 仮面ライダーディケイド2

「士……死ぬな……!」
「これが本当の世界だったのか!」
「正体を明かす時が来たな」
「私がディケイドを倒す!」
「これがキバーラの真の姿よ。フフッ」
「お前が本当の士だと!?」
「世界は俺が貰う」

第21話「消える世界」

全てを破壊し、全てを繋げ!


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第21話「消える世界」


「勝手に世界に入り込んでって……そんなことができるのかよ」
「歴史の管理者である者が持つ力だ」

これまでの仮面ライダーディケイド2は……

「俺たちはレジスタンス。ダークライダーたちの監視を逃れ、隠れて生きてる」
「あたしたちはついにダークライダーを従える親玉の情報を掴んだの」
「ディケイドよ」
「お前、何をッ!」
「黒い……ディケイド……!?」


 ダークライダーを倒したキバーラたちの前に現れたディケイドは、黒いディケイドがカメンライドしていたものだった。その腰に巻かれたベルトは、夏海が夢で見た黒いディケイドライバーそのものだった。

 

「あ……」

 

 夢で見た光景を思い出す。かつて見たライダー大戦の夢とは違う、新たな戦いの夢。新たなライダーを含め全ライダーを倒した者、それがこの黒いディケイド。

 

「あれは誰だ? 士じゃ……ないな」

「は、はい。違うと思います」

「どうしたんだい、震えてるよ」

 

 ディエンドの言う通り、キバーラの足は無意識の内に震え出していた。はっとした彼女は自分の左足を武器を持っていない手で抑え、震えを止めようとする。

 キバーラとディエンドはそれぞれ剣と銃を持っている。対して黒いディケイドに武器はなく、気絶したユウスケを担いでいる。一見有利に思える状況だが、二人は一歩も動けない。

 彼らの数メートル後ろでは、レジスタンスの四人がその光景を見つめる。

 

「あれが……ディケイド……」

 

 ネガ夏海は唾を飲み込んだ。

 ふと、その横を何かが通りすぎた。

 

「夏海! 海東!」

 

 士が二人のもとにやってきたのだ。コートとマフラーが風にのり、なびく。

 レジスタンスたちはそれを眺めていると、その後ろから鳴滝が追いついた。レジスタンスの男から「なんだあんた」と尋ねられるが、鳴滝は呼吸に精一杯で答えられない。

 

「あれは……!」

 

 すうと息を深く吸い、顔を上げた鳴滝は目を見張った。眼鏡の奥では恐怖と憎しみが渦巻く。

 士も同じく、目の前のライダーの姿に少なからず驚いていた。

 

「なんだお前は!? 俺の真似っこってわけか?」

「士くん! あのライダーがユウスケを……!」

「……ああ。だいたい分かった」

 

 士はベルトを巻く。目の前のライダーの腰に収まる黒いドライバーと真逆の、真っ白なディケイドライバーを。そしてライドブッカーからカードを取り出し、構える。

 

「変身!」

 

《カメンライド ディケイド》

 

 士は仮面ライダーディケイドに変身した。

 すぐに戦闘は始まらない。二人のディケイドは見つめ合う。

 

「もう一度聞く。なんなんだお前は。財団Xってのと何か関係があるのか?」

「……」

「何も答えないつもりか?」

「……」

「だったらこっちから行くまでだ」

 

 ディケイドは黒いディケイドに向かっていく。黒いディケイドはユウスケを空中に放り投げた。ディケイドは一瞬それに気を取られてしまう。

 ユウスケが投げられた方にはキバーラとディエンドがいる。ディケイドの援護をしようとすると気絶したユウスケに攻撃が当たりかねない。二人は強制的に攻撃を封じられたのだ。

 

「……ゔっ!!」

 

 次の瞬間、黒いディケイドの鋭いキックがディケイドの腹に突き刺さっていた。ディケイドは両手で腹を押さえて後ずさる。

 ディケイドが再び顔を上げると、黒いディケイドは既に一枚のカードをドライバーに装填していた。

 

「なん……だと」

 

《アタックライド リモート》

 

 黒いディケイドライバーの中央にある青い窓から一筋の光が放たれた。光はディケイドの真横を通り過ぎ、ユウスケに向かっていく。

 

「変身しなくてもブレイドの世界の力を……!?」

 

 光がユウスケに届く。その瞬間彼は覚醒し、着地した。そして目の前の二人に攻撃を仕掛けた。

 しかし、所詮変身していない生身の人間の攻撃だ。ライダーの姿の二人には、大したダメージにはならない。

 

「お前……ユウスケに何をした」

 

 ディケイドがそう尋ねても、黒いライダーは何も答えることはない。このままではらちがあかない、とディケイドは再び攻撃を始めた。

 

「ユウスケ?」

「無駄だよ。今の彼は操られている」

 

 恐る恐る声をかけるキバーラを庇うように、ディエンドは前に出る。顔を上げたユウスケの目に光はなかった。

 

「……変身」

 

 その一言とともに、ユウスケの腹にアークルが現れる。中央の石も、彼の目と同じく光を失っていた。いつもの変身ポーズを取らずとも彼の体は変化していく。彼の腕が。足が。体が。そして顔が。

 ユウスケは赤いクウガに変身した。しかし、その目は黒く、闇より深い。

 

「はあっ!!」

 

 クウガが二人に手を突き出すと同時に、ディエンドはクウガに向かって引き金を引く。

 

「……!」

「うあああ……!」

「きゃあっ!」

 

 三人に同時に火花が飛ぶ。その場に倒れ込むキバーラとディエンドに対し、クウガは特段効いた様子もなく平然と立っている。

 ディエンドはすぐに上体を起こし、もう一発、さらにもう一発と銃を撃つ。キバーラは地面を這い、ディエンドのドライバーを持つ腕を下げさせた。

 

「海東さん! やめてください!」

「やめないよ! 今攻撃を受けただろう! 彼を止めるにはこうするしかないんだ!」

 

 同じ場所に何度もダメージを与えられたことで、ようやくクウガもダメージを感じたようだ。被弾箇所を押さえ、森の中に走る。

 

「ユウスケ! 待って!」

 

 それをキバーラとディエンドが追いかける。

 道なき道をひたすら進む。彼らはいつの間にか海岸に着いていた。

 ふと聞き慣れた声がした。キバーラはそちらを見る。

 

「士くん……!」

 

 キバーラたちの視線の先にあったのは、ライダーの戦闘だった。士が変身したマゼンタカラーのディケイドと、謎の黒いディケイド。二人のディケイドが激しい攻防を繰り広げる。

 否、それは攻防ではなく、一方的な攻撃だった。ディケイドの攻撃は届くことがなく、また、防御されることもなかった。黒いディケイドの攻撃が全てをかき消し、蹴散らす。

 

「うわっ!」

 

 ディケイドは、海を背に、地面に転がった。

 そしてキバーラは、大事なことを思い出した。

 ユウスケはどこに行ったのだろうか。

 

「ぐあっ……!!」

 

 背後から聞こえる苦しそうな声。振り返ると、クウガがディエンドの首を掴み、持ち上げていた。

 

「海東さん!」

「やめろ! 君は来るんじゃない――」

 

 キバーラが手を伸ばした瞬間、ディエンドの首元から全身にかけて火花が飛び散った。

 

「うああああああああああーーーっ!!!!」

 

 ディエンドが叫んだ。変身が解除され、口から血を流した海東が地面に落ちた。

 クウガはそれ以上動くことはなかった。戦闘不能の海東にとどめをさすことも、次の標的としてキバーラを狙うことも。

 

《ファイナル アタックライド》

 

「!」

 

 クウガはキバーラを見ていたわけではなかった。クウガの視線は彼女の後ろに向いていた。キバーラはばっと振り向く。

 その瞬間、二人のディケイドの戦いも終わっていた。

 黒いディケイドのキックを受けるマゼンタのディケイド。辺りに悲鳴がこだまする。とてつもない衝撃を受け、小さな爆発をいくつも起こしながら海へと飛んでいく。変身が解除され、ディケイドのライダーカードがドライバーから飛び出し、空を舞う。

 

「士……」

 

 気を失いかけていた海東はディケイドたちの方を見る。敗れた士に、届かぬ手を伸ばした。

 

「死ぬな……!」

 

 士が目を閉じて倒れる。風が強く、波が荒れていた。海の轟音が彼の着水音を遮る。水飛沫は低く跳ねた。

 ディケイドのライダーカードは黒いディケイドの手元に落ちてきた。彼はそれを掴み取る。そして一瞬オーロラに包まれたかと思うと、黒いディケイドはクウガと共に消えていた。

 

 

 

 

第21話「消える世界」

 

 

 

 

 夏海と鳴滝、レジスタンスのメンバーたちは、気を失った士と海東を写真館に連れ帰り、手当てをした。空気はとても重く、絶望だけがそこにあった。食事も満足に取れたものではない。

 栄次郎は彼らに部屋を与え、休むように伝えた。それはこの世界の異質さに気づいたわけではなく、ただの親切心だった。

 日が落ちた頃。真っ暗なスタジオでは、夏海が椅子に一人腰掛けていた。机の上には傷ついた士のドライバー。彼女はそれを見つめていた。

 

「……」

 

 黒いディケイドの圧倒的な強さ。新たに世界を巡り、自分たちも強くなったと思い込んでいた。しかし、それが全く通用しなかった。それだけではなく、更に仲間を一人奪われてしまった。

 夏海は眠れなかった。

 眠ってしまうと、またあの夢を見てしまう気がしたからだ。ライダー大戦の中心にいたディケイド。その正体は、あの黒いドライバーを巻いたディケイドだったのだ。その先の展開を見てしまうことが何よりも恐ろしかった。

 

「光夏海」

「……鳴滝さん」

 

 ふと鳴滝に声をかけられた。ずっとスタジオにいたのだろうか。もしかすると不安になるあまり扉の開閉に気づかなかっただけかもしれない。

 彼は夏海の横に立つ。鳴滝と一緒に部屋に入ってきたキバーラは、机の上に止まる。

 

「君も、あの黒いディケイドを知っているようだね」

「はい。鳴滝さんもですか?」

「ああ。よく知っている。奴が本当の、世界の破壊者だ」

「破壊者……!」

 

 夏海は立ち上がり、鳴滝を詰める。

 

「やっぱり士くんは破壊者でも悪魔でもなかったんじゃないですか!」

「夏海ちゃん、ちょっと落ち着きなさいよ」

「なのにずっと士くんは世界から嫌われ続けてきたっていうんですか」

「夏海ちゃん!」

「それは、彼が破壊者としての素質を持っていたからだ」

「違います。士くんは破壊者では――」

「そうだ。今の彼は破壊者の役目を取り上げられた状態にある」

「士くんは──! ……『取り上げられた』?」

 

 夏海は言葉に引っかかりを感じた。

 

「ああ。彼は生まれながらの破壊者ではない。かつて破壊者としての使命を受けてしまっただけだ」

「使命?」

「ああ。それを与えたのがあの黒いライダー、ダークディケイドの変身者にあたる者だ」

「ダーク……ディケイド……」

 

「なるほどね」

 

 扉の方から声がする。

 

「海東さん……怪我は!?」

「怪我だからって休んではいられないよ。どうやら財団Xは、色々な世界から情報を集めているらしいね。だったら面白いお宝だって眠っていそうだと思わないかい」

 

 夏海は彼に駆け寄った。既に普段の服に着替えており本調子に戻ったように見せているが、その下には包帯がまだ巻かれたままであった。怪我の程度は士ほど酷くはないとはいえ、無茶をしているような気がする。

 

「それに」

 

 海東の余裕のある表情が一変し、眉間に皺を寄せる。

 

「士の仕返しをしてやらないとね」

 

 海東は鳴滝の方を向く。

 

「鳴滝さん、あなたが士に再び九つの世界を巡らせたのは、ダークディケイドってのを倒すためだったんですね。分かってるなら最初から言ってくれればよかったのに」

「言えない理由があった。こちらが相手の存在に気づいていると知られてしまえば、こうして世界に入ることもできなくなってしまう恐れがあったからだ。そして……油断させられればダークディケイドの誕生を遅らせることもできると思ったのだ」

「ま、そううまくはいかなかったわけだ。こうなってしまった以上、なんとかして倒さないといけないんでしょう」

 

 海東は戦うつもりのようだ。

 

「それに、彼女らも同じ気持ちらしいし」

「彼女ら?」

 

「私たちも戦う」

 

 そこにはレジスタンスたちが。各々武器を持っており、戦う準備は完了している。

 

「他のレジスタンスに連絡を入れた。きみたちライダーと比べると戦力として心許ないかもしれないが、俺たちにも戦わせてほしい」

「ああ。戦闘員や怪人たちは君たちに任せるよ。ライダー相手なら僕が」

「私も戦います。そしてユウスケも、士くんのカードも取り返します。必ず」

 

 一同はスタジオを出て、敵地に向かう。鳴滝はその中の一人をこっそり呼び止めた。

 

「海東大樹、君に頼みたいことがある」

 

 

 

 

 ネガの世界の地下。そこには財団Xの特別な研究所があった。

 様々な組織に資金援助を行い、その見返りとして研究成果が財団に提供される。通常、技術や情報は各部署の単位で保管・研究されるが、ここには全ての情報が流れてくる。

 ネガ音也は研究員たちを尻目に通路を闊歩する。

 

「おっと」

 

 そんな彼にぶつかる者がいた。

 

「おい、男が人にぶつかったらまず謝罪の言葉とクリーニング代を渡すものだろう。教育がなっていないな」

「……」

 

 ネガ音也にぶつかったのはユウスケだった。無表情な顔で音也の方を見る。

 

「お前は……。なるほど、お前もこの世界の住人になったのか。いいだろう。先輩として、上司として、面倒見てやろう。そうだ、歓迎の印に一曲弾いてやる」

 

 バイオリンを準備し演奏しようとする彼の手を、ユウスケが掴んだ。演奏を遮られた音也はユウスケを見つめる。

 

「お喋りなやつだ。弱い奴ほどよく吠えるという」

 

 ユウスケが言い放つ。

 

「ハッハッハッ……。口に気をつけろ。せっかく仲間になったばかりで悪いが、すぐに消えることになるぞ」

「お前こそ。士を処分し損なった埋め合わせはどうするつもりだ。失敗は、死を表す。消えるのはお前になるかもな」

「……」

 

 ユウスケは彼を突き放す。

 

「丁度生き残った人間たちがここに向かっているところだ。それを処理しろ」

「ほーう。新人の癖に俺に命令するつもりか?」

「俺じゃない。上からの命令だ」

「……なるほど」

 

 ネガ音也はユウスケに背を向ける。そして手を高く掲げ、指を鳴らした。ユウスケはその動きの意図が分からない様子だ。

 

「この世界の全ての怪人は俺の支配下にある。奴らに命令したのさ」

 

 ネガ音也はバイオリンケースを放り投げた。がしゃんと音を立てて床を跳ねる。

 

「もはや人間に擬態する必要も、平和な世界を演じる必要もない。人間どもが集まってくるなら好都合。一人残らず、全力で狩り尽くせとな」

 

 

 

 

 夏海らが写真館を後にして少し経った頃、士は目覚めた。そして、自分がベッドの中にいることに気がつくと飛び起きた。

 

「っつ……」

 

 まだキックを受けた胸の痛みが激しい。

 

「気がついたか」

 

 ベッドの側には鳴滝が座っていた。死の狭間を彷徨った末に目覚め、一番最初に見る人間が彼になるとは。士は顔をしかめた。

 

「時間がない。すぐに準備するんだ」

「……」

 

 士は鳴滝に従い、ベッドから出た。スタジオに向かう際にちらりと見えた隣の部屋も、誰かの手当てに使っていた痕跡がある。それが既にいないということは――。

 スタジオに入ると、テレビの前に座っていた栄次郎が彼に手を振った。そしてとあるものを持って彼の方にやってくる。

 

「士くん。これ、君のでしょ」

 

 栄次郎は士にディケイドライバーを手渡した。彼はそれを受け取る。

 

「行くんだろう?」

「……ああ」

「これまでの旅が君の強さの証明だ」

「ああ、そうだな。俺の旅を、全てを終わらせてくる。もう世話になることもないかもな」

 

 財団を潰せば士の旅は完全に終わる。もう旅に付き合わせる必要もないのだ。最初の旅を終えた後にずっと成り行きで一緒にいたが、ここを離れる丁度良いタイミングかもしれない。

 

「それは違うよ」

 

 栄次郎は士の言葉を否定した。

 

「全てが終わったら、また旅を始めればいい。旅はゴールにもなるし、また新たなスタートにもなるんだよ」

 

 栄次郎はテレビの方に歩いていく。途中、壁の絵画を見た。全てはここから始まったのだ。

 

「だからまたここに帰って来ればいい。旅自体が帰る場所というのも変わってて面白いね。……ん?」

 

 腰掛けた栄次郎は、テレビの中の違和感に気づく。士らもそれを覗き込んだ。

 テレビの中の人が次々に姿を変えていく。これまでに巡った世界で、色々な怪人と戦ってきた。今回はそれが一気に現れたのだ。

 

「ネガの世界はすでに支配されてしまっている」

「怪人の世界……! これが本当の世界だったのか」

「いよいよ財団Xが本気で動き出したようだ。奴らは、ディケイド――お前を完全に消すつもりでいる」

「最終決戦だからな。盛り上がるのは結構なことだ」

 

 士と鳴滝は財団X特別研究施設に向かう。

 

「士くん! 気をつけて!」

「ああ!」

「ツケにしてたフイルム代も! まだ残ってるからね!?」

 

 付け足した言葉は士に届いていなかった。

 

 

 

 

「生き残った人は……これだけなんですね」

 

 レジスタンスたちが本部の前に集まった。夏海はその人数の少なさに少なからず絶望していた。この世界の友人のように、怪人やダークライダーに殺された人の多さを改めて気付かされた。

 数にして数十名。一人一人が武装していて、財団の戦闘員に対する戦力としては申し分ない。彼らの意思は一つ、いつの日か自由を手にすること。その思いが彼らを強くした。

 

「よし、じゃあ行こう」

 

 潜入は海東の得意分野だ。彼の先導で研究施設の中に入っていく。キバーラもコウモリらしく、彼らの上を飛びながら敵の気配を探る。

 そして誰にも気づかれることなく、かなり奥まで進んだ。

 

「……おかしい」

 

 海東は呟いた。

 

「え?」

「財団は僕らと接触しているだろう。それなのに警備が手薄すぎる」

「わざと中に侵入させているとでもいうのかよ」

 

 レジスタンスの男は銃を構えた。

 

「そうだろうね。でもこちらとしてはありがたい。面倒な戦いをせずに入れてくれるのならそれに甘えようじゃないか」

「あ、もうすぐ明るいとこに出ますね……」

 

 夏海らがたどり着いたのはとても広い部屋。ドーム状のスタジアムだった。

 

「なるほど。暴れるならここでやってくれってことかな」

「あ!」

 

 夏海は息を呑んだ。

 彼らを囲むように何人ものマスカレイドドーパントがずらりと並ぶ。そしてその前に二人のダークライダー、ブラックバロンとアナザーパラドクスが待ち構えている。

 

「行くよ、夏メロン」

「はい」

 

 そう言いながら、海東は自身のドライバーを取り出していた。夏海はその呼び方にうんざりしつつも、訂正はしなかった。

 

「キバーラ!」

「はいは~い」

 

《カメンライド》

 

「変身!」

「変身!」

「ちゅ♡」

 

《ディエンド》

 

 キバーラとディエンドは、それぞれブラックバロンとアナザーパラドクスと戦闘をはじめた。

 

「俺たちも続くぞォ!」

 

 レジスタンスたちは武器を構え、走っていく。

 ライダーの横を抜け、背後でどんどん増え続けるマスカレイドドーパントたちに攻撃をする。数人は小型ナイフを使って近接攻撃をする。残りは遠くから銃を撃つ。マスカレイドの攻撃力がそれほど高くないこともあり、メモリブレイク時の爆発にさえ気をつけていればレジスタンス側は致命傷を受けることはない。

 

「はあっ! やっ!」

 

 キバーラとブラックバロンはそれぞれ長い武器を振るう。一方は距離を取りながら、一方はダメージを受けることを顧みず攻めの姿勢で槍を突く。

 そしてアナザーパラドクスは、ディエンドの遠距離攻撃に対し不利であると判断するやいなや、バグヴァイザーⅡを反転させて銃撃戦をはじめた。お互い隠れるものがないため、紙一重の回避の連続だ。

 二人が避けた銃弾はマスカレイドやレジスタンスに飛び、怪我人が出始めた。

 

「海東さん、気をつけてください! 周りには味方もいるんですよ!」

「あー……。じゃあ、そろそろ終わらせてしまおう!」

 

《ファイナル アタックライド》

 

 ディエンドがカードを装填したのを見ると、キバーラは今までの守りの戦法を一転させ、ブラックバロンに突進して弾き飛ばした。

 ブラックバロンは地面を転がり、アナザーパラドクスの方に。彼らの距離が近くなると、キバーラは叫んだ。

 

「今です!」

「ああ!」

 

《ディディディディエンド》

 

 トリガーを引く。極太のエネルギー波が二人のダークライダーを飲み込んだ。エネルギー波が過ぎ去った後、二人は倒れ、爆発を起こした。

 爆発の衝撃でドームの周りの壁や天井が崩れ、瓦礫が落ちてくる。

 

「……よし」

「やりましたね」

 

「うわああああああっ!!」

 

「!?」

 

 ダークライダーを倒して一段落、と思ったのも束の間。背後から一つの絶叫が起こる。そして次の瞬間にはどよめきと銃声がドーム内に満ちる。

 キバーラとディエンドが離れることで隙ができてしまった。

 ブラックバロンとアナザーパラドクスに気を取られすぎた。敵はそれだけだと思い込んでしまった。残りのマスカレイド達のみならばレジスタンスだけで対処できると安心してしまっていた。

 

「くそっ!」

 

 二人はどよめきの中心に急いだ。

 既に何人ものレジスタンスメンバーが倒れている。

 屍の中心にはダークキバが腕を組んで立っていた。四方八方から銃口を向けられているが、ものともせず堂々としている。

 

「さっきの二人は囮だったのか」

「そういうことだ。おマヌケなお前たちのおかげでこうして楽に人間を殺すことができたんだ。感謝し――」

 

 キバーラは剣をダークキバに投げつけていた。ダークキバはそれを避けたためダメージを負っていないが、その剣の速さに驚いていた。

 

「会話の最中に攻撃とはな。だが、乱暴な女も嫌いじゃないぞ」

「もういいです」

 

 キバーラの声は怒りに震えていた。

 

「これ以上人を傷つけさせませんッ!」

「女を殴るのは趣味じゃないが、これもお前の運命だ。許してくれよ!」

 

 キバーラは武器を自ら失くしてしまったため、素手でダークキバに立ち向かうことになった。ダークキバは拳を握りしめ、向かってくるキバーラめがけて振りかぶる。

 ダークキバに対し、キバーラのスペックは大きく劣る。今素手で戦ったところでキバーラに勝ち目はない。

 

「死ね!」

「……!」

 

 その時、ダークキバの背に衝撃が走った。何が起こったか理解できず、衝撃を受けた彼は前によろめき、パンチを中断した。

 キバーラも時を同じくして足を止めていた。

 その理由は、ダークキバの背後に見慣れたオーロラが現れたのを見たからだった。

 

「誰だッ――ぐあっ!」

 

 ダークキバが振り返った瞬間、胸を斬りつけられる。彼はコウモリのエフェクトに姿を変え、距離をとった。

 

「待たせたな、夏海」

 

 オーロラから飛び出し、ダークキバに攻撃したその男は、そう言った。

 

「士ァ……!」

 

 ダークキバは恨めしそうに士に向き直る。

 門矢士の登場だ。キバーラとディエンドは彼に駆け寄った。士はキバーラサーベルを持ち主に返す。

 

「そろそろ決着にしようぜ。お前と会うの、これで何回目だ?」

「決着だと……? ハッ、笑わせるな。今のお前は変身できない。そうだろう?」

 

 ダークキバは天を仰ぎ、手をばっと広げる。

 

「お前の相手はこいつだ! さあ来い!」

 

 ダークキバの支線の先、天井近くから一つの影が現れる。影は士とダークキバの間に降り立った。

 

「!」

 

 登場したのは仮面ライダーディケイド。マゼンタと白のアーマーが不気味に光る。

 キバーラの視線はディケイドの腰へ。

 

「ダークディケイド……じゃないみたいです。じゃあどうやって」

「士から奪ったカードを使って、実体化させたんだろう」

 

 ディエンドは、自分の武器と同じ仕組みであると冷静に分析する。

 ディケイドの、魂のない複眼はじっとこちらを見つめていた。

 

「倒せばカードに戻るはずだ!」

 

 ディエンドはディケイドに向かって発砲した。ディケイドは体を翻して避け、ライドブッカーを銃の形状にしてディエンドに撃ち返した。ディケイドは、発砲を続けながら士たちに向かって走る。三人は散り散りに避けた。

 ディケイドの狙いは士だった。

 

「そう来ると思ってたよ……!」

 

 ディエンドは回避しつつ、ディケイドに狙いを定めていた。そしてディケイドに銃口を向けた。

 

「残念。俺もだ」

 

 その瞬間、ドライバーを持った手をダークキバに掴まれてしまった。

 

「お前の読み通り、あの感情のない空っぽのディケイドは士を倒すことだけを考え、向かっていく。だが、お前たちの相手はこの俺だ」

「なにっ!」

 

 ダークキバは、掴んだディエンドの腕を真上に引っ張り、彼の脇腹に思い切りキックした。それを見て、後方からキバーラがやってくる。

 ダークキバはそれに気づいていた。回し蹴りのカウンターで彼女を寄せつけない。

 

「はっ!」

 

 ダークキバは手を両側に突き出す。掌を向けられた二人に火花が散る。二人は悲鳴をあげてその場に倒れた。

 起きあがろうとするディエンドは、士の方を見た。ディケイドに追われる彼は、死体から奪った武器と、レジスタンスの援護でなんとか生きながらえている。周りに落ちた瓦礫をうまく使い、隠れることができるようになったのも一因である。

 

「ここは一旦任せるよ……夏メロン」

 

 行かなくては。彼はそう思った。

 

「そう易々と通すと思うか!?」

 

 ダークキバがディエンドに向かって走ってくる。ディエンドはそれから無理に逃げようとしない。落ち着いてライダーカードを装填した。

 

《カメンライド》

 

「なに!?」

「無理にでも通るさ!!」

 

 銃口をダークキバの胸元に突きつけ、トリガーを引く。

 

《クローズチャージ》

 

「ぐああああっ!」

 

 召喚されたクローズチャージがツインブレイカーでダークキバを吹っ飛ばす。その隙にディエンドは士の方に移動した。

 ディエンドは士とディケイドの間に割って入り、銃でディケイドを攻撃する。

 

「大丈夫だったかい、士」

「……」

 

 助けてくれたことは感謝したいが彼の手を取るのは何か違う気がする。士はそっぽを向いた。

 ディエンドの攻撃をまともに受けたというのに、ディケイドはまだ倒れない。よろよろと立ち上がり、ケータッチを手にした。

 

「あいつ……まさか!」

 

《ファイナル カメンライド ディケイド》

 

 画面を操作することなくケータッチをベルトに納めたディケイドは、コンプリートフォームに変身する。前面のアーマーについた十枚のライダーカード全てにディケイドコンプリートフォームの顔が映し出される。

 ディケイドはライドブッカーを使って銃撃を開始した。士はディエンドに上から押さえられ、瓦礫の後ろに隠れるように倒れることで攻撃をかわした。だが、士を庇ったディエンドは攻撃を受けてしまった。その威力は凄まじく、ディエンドの変身が解除されてしまう。

 

「おい、使えないんじゃなかったのかよ!」

 

 士はダメージを受けた海東を座らせつつ、怒鳴った。

 

「いや……きっと財団Xが何かしたんだ。今のディケイドはかなり強くなっていると見て間違いないないだろう」

「それは分かる!」

 

 ドンという破裂音とともに、士と海東の間に大きな穴が開いた。通常攻撃なのにすごい威力だ。

 

「……とにかく、ここは危険だ」

 

 士と海東はディケイドから距離をとる。さっき隠れていた瓦礫は既に粉々になっていた。

 ディケイドは士に向かって走る。手を伸ばし、殴りかかる。

 

「うあっ!!」

 

 ディケイドの重い拳が士の体を捉えた。血を吐く士に海東は肩を貸し、逃げる。

 そのタイミングでレジスタンスたちが煙幕を張った。ディケイドは彼らを見失う。士と海東は別の瓦礫の影に身を隠す。

 

「ところで……お前がこっちに来たってことは、夏海を置いてきたってことか?」

「そうだけど?」

「なッ……! なにやってんだ。ダークキバ(あいつ)も油断できない相手だぞ。夏海は……」

 

 士はキバーラが戦っている場所を探しはじめる。

 

「!」

 

 士の視線の先。ダークキバは一対二の構図にも関わらず、キバーラとクローズチャージを圧倒していた。彼は武器の有無の不利を思わせぬ強さを見せつける。

 そして最後の一撃がキバーラに決まった。変身が解除され、夏海は倒れた。彼女の上空をキバーラが心配そうに飛び回る。

 

「夏海!」

「馬鹿か君は!?」

 

 思わず飛び出そうとした士を、海東が襟を掴んで止める。

 

「お前ッ……なにすんだよ」

「彼女は君のために戦ったんだ! それを無駄にするな!」

「くっ……」

 

 そう。彼らは今ディケイドに命を狙われる立場にある。絶対的な強さの前では逃げることしかできない。逆転の一手はまだ見つからない。

 ディケイド視点では、どこに何が隠れているか分からない。ターゲットである士。それを庇う海東。そして有象無象の人間たち。

 ディケイドはライドブッカーをソードモードに変形させた。

 

《ファイナル アタックライド》

 

 海東がいち早くそれに気づいた。

 

「危ない! 伏せるんだ!!」

 

《ディディディディケイド》

 

 コンプリートフォームに変身したディケイドは斬撃の威力も大きく上がっていた。威力だけでなく間合いも大きい。否、むしろ間合いという概念が無くなっていた。

 隠れて見えないのならば、隠れる場所を含め全てを攻撃すれば良い。

 斬撃はディケイドを中心に円を描く。

 ディケイドと同じ高さにいた全てが切断された。それは、彼らと離れた場所で戦っていたダークキバでさえも。

 

「……な……に」

 

 士を倒すことのみを考えるディケイド。仲間意識などあるわけがない。ダークキバは変身が解除され、その場に倒れた。

 

「なんて威力だ……」

「……どうやら、見つかってしまったみたいだ」

 

 ディケイドは、真っ直ぐに二人の方を見つめていた。

 

「士を見ると向かってくるようだね。必殺技を連発するような行動基準じゃなくて助かった……」

「言ってる場合かよ」

 

 じりじりと二人に迫るディケイド。絶体絶命の状況だ。

 その時、二人の間を銃弾が通り抜け、ディケイドに命中した。

 振り返ると、ネガの世界の夏海が銃を構えていた。リロードし、再びディケイドに狙いを定める。

 

「どきなさい! 私がディケイドを倒す!」

 

 ドンと大きな音が鳴る。二発目の銃弾も命中した。しかし、ディケイドはその程度では倒せない。

 

「無茶だ! ただの武器じゃライダー相手に傷一つつかない!」

 

 ネガ夏海は海東の忠告に眉をひそめた。

 

「それでもやるしかないの!」

 

 何度撃たれようがお構いなし。ディケイドは無機質に、士だけを追い続ける。

 その時、ネガ夏海はとあることを思いついた。

 

「キバーラッ!」

「え……!?」

 

 キバーラは、倒れる夏海を心配して声をかけていたところだった。急に呼ばれ、こちらに飛んでくる。

 

「ネガの世界の……夏海ちゃん?」

「ええ、その通り。私も光夏海よ。彼女に資格があったなら、私だってライダーになれるはず」

「……面白いこと考えるじゃないの」

 

 キバーラはふっと笑ってネガ夏海の手に収まった。

 

「変身」

 

 キバーラはネガ夏海に変身の能力を与えた。彼女の体を光が包み込み、仮面ライダーキバーラの鎧に変化した。ベルトの色など、元の世界の夏海のそれとはところどころ異なる箇所がある。

 

「いくわよ」

 

 ライダーから聞こえてきたその声はネガ夏海のものではなく、キバーラそのものの声だった。

 変身者がネガ夏海になったことでキバーラ自体の精神が鎧を操ることができるようになったのだった。

 

「はっ! はあっ!」

 

 ついにディケイドが無視できない相手が現れた。士を追うことをやめ、キバーラとの戦闘を繰り広げる。

 その隙に士は夏海の方に駆けつける。倒れる彼女を抱きかかえ、じっとキバーラとディケイドの戦いの行方を見守る。

 キバーラは夏海が変身していた時以上の動きを見せていた。コウモリのように素早く、空を舞うように、不気味に、ディケイドを翻弄する。

 

「これがキバーラの真の姿よ。フフッ」

 

 キバーラはついにディケイドに一撃を与えた。地面を転がるディケイド。しかし、痛みすら感じないであろう彼の復帰も早い。

 

「すごい。あいつ、渡り合ってやがる」

「でも徐々に押されている……」

 

 海東の言う通り、ディケイドはキバーラの動きを学び、対処方法を知りはじめていた。キバーラも負けじと次々に攻撃を繰り出す。

 

「だめだ。一瞬攻撃を与えられても次の攻撃が繋がらない」

 

「いや、一瞬でも隙を作れれば十分だ」

 

 その声と共に、ディケイドの背後にオーロラが現れた。そしてそこから鳴滝が飛び出し、ディケイドの背に手を当てた。

 

「はっ!」

 

 鳴滝の手から謎のエネルギーが放たれる。ディケイドのコンプリートフォームが解除され、通常のディケイドに戻ってしまう。

 ディケイドはライドブッカーを握り、後ろにいる鳴滝に向かってブンと振るが、鳴滝は再びオーロラの中に姿を隠す。そして再びディケイドの後ろに現れ、彼の首を絞めるように飛びついた。ディケイドは彼を振り払おうとするが、一向に離れる気配はない。

 

「鳴滝、お前……」

「ディケイドを無力化するにはこれしかなかった! ……ついに正体を明かす時が来たな!」

 

 鳴滝とディケイドが光に包まれる。士たちはあまりの眩しさに目を覆った。そして光が消えた時には、そこには鳴滝一人しか立っていなかった。

 

 

 

 

 彼はディケイドのライダーカードを士に手渡した。息があがっており、苦しそうだ。

 

「確かに受け取ったぜ」

 

 あのディケイドは海東の推測通り、カードの力を使って実体化させたものだった。鳴滝の謎パワーでそれを無効化させたが、どうもその能力が引っかかる。

 

「あなた、私の代わりに戦ってくれたんですよね。ありがとうございます」

 

 目覚めた夏海はネガ夏海に対して礼を言う。

 

「まさかキバーラの意識で動くようになるとは思わなかったが」

「元々キバーラの力は、ネガの世界の光夏海を変身させるために私が生み出したものだ。こういうかたちで使われることになるとはな」

 

 一同は鳴滝の方を見る。

 

「生み出した……?」

「ディケイドを倒せるのはキバーラだけなのだ。光夏海、かつて君が破壊者になったディケイドを止めたように」

「……」

 

 それを聞いた士は嫌な記憶を思い出し、腹をさする。

 

「鳴滝さん、あなたは一体……」

 

 夏海の質問に、鳴滝はふっと笑って回答する。

 

「私の本当の正体は、歴史の管理者だ。仮面ライダーの歴史を、ずっと見守ってきた者だ。先程ディケイドを無力化した力もその一つだ。体力を消費しすぎたせいでもう使えないがね」

「見守る者にしちゃ、かなり積極的に介入してくれたがな」

 

 士は皮肉を言う。

 

「ディケイドの存在を知ってしまったからな」

 

 鳴滝のその言葉に、夏海は「またその話ですか」と言いたげにムッとする。

 

「ディケイドは世界を破壊する。ライダーの歴史を破壊され、なかったことになる前に、なんとか手を打たなければならなかったのだ。ライダー側に立っても怪人側に立ってもディケイドを倒すという信念は曲げずにやってきたつもりだ」

「もうそれは聞き飽きた」

 

 士は鳴滝の話を終わらせた。そして彼らに背を向ける。

 

「今は財団X(あいつら)がそれを企んでるってわけだろ」

 

 出入り口から財団の戦闘員、マスカレイドドーパントが現れる。それだけでなく、大量の怪人が溢れ出てくる。生前のダークキバの命令に従った怪人たちが研究所外から集まったのだ。

 士はディケイドライバーを取り出し、腰に巻きつけた。そして海東はディエンドライバーを、夏海はキバーラを手に取る。

 

《カメンライド ディケイド》

《カメンライド ディエンド》

 

「変身」

「変身」

「変身」

 

 ディケイド、ディエンド、キバーラ。三人のライダーが並び立つ。

 

「ユウスケを取り戻し、財団Xをぶっ潰すぞ」

「はい!」

「ああ」

「小野寺ユウスケは最奥部にいるはずだ。財団X特別研究所の規模を侮ってはいけない」

「だったらお前もついてこいよ」

 

 ディケイドは鳴滝にそう言いながら、ライドブッカーを撃って目の前に道を切り開いた。そしてカードを取り出し、バックルに装填する。

 

《アタックライド イリュージョン》

 

 ディケイドは三人に増えた。そしてそれぞれが別々のライダーカードを手にする。

 

《フォームライド ビルド ラビットラビット》

《フォームライド フォーゼ エレキ》

《フォームライド ドライブ テクニック》

 

 ディケイドビルドは鳴滝を脇に抱え、怪人たちの間を縫って通路の奥へ急いだ。

 

「待てえっ! ……あがっ!!」

 

 ディケイドビルドを追おうとした怪人を、ディエンドとディケイドドライブが撃ち落とす。

 

「お前が待て」

「行かせないよ」

 

 そしてディケイドフォーゼとキバーラは近接攻撃で次々に怪人たちを撃破していく。生き残ったレジスタンスたちも、下級怪人と戦う。

 

「はっ!」

「オラッ!!」

 

 数で見れば怪人たちの方が圧倒的に有利だ。しかし、戦況はライダーたちの方に傾いていた。

 

《ファイナル アタックライド ディディディディエンド》

 

 ディエンドの必殺技が多くの怪人たちを屠った。

 

「士、一旦僕はここで抜けさせてもらうよ」

「は!? お前、なんだこんな時に!」

「悪いね、ここからは僕にしかできない仕事があるんだ」

 

《アタックライド インビジブル》

 

 ディエンドは戦線から離脱した。ディケイドドライブはその怒りをトリガーに乗せ、多くの怪人を倒した。

 

 

 

 

 ディケイドビルドと鳴滝は、再び広い場所に出た。ただの通路は終わり、ケーブルや機械類があちこちに置かれるようになった。

 そして目の前には一際巨大な扉。そこを抜けると、大きな部屋に出た。そこには財団の研究員は一人もいなかった。研究員たちも全員戦闘員として駆り出されたためだ。

 

「ここにいないのか……ならば奴の次の狙いは……?」

 

 ぶつぶつとなにかを呟く鳴滝を地面に下ろす。ディケイドビルドは、先ほどの扉に描かれていたマークのことが引っかかっていた。

 財団を表すXの字と、それに重なるように描かれていたのは見覚えのある鷲のロゴ。嫌な予感がする。

 まさか、ダークディケイドは――

 

「来たのか、士」

 

 考え事をしていたため、その気配に気づけなかった。

 

「ユウスケ!」

 

 ディケイドは彼の名を呼んだ。

 ユウスケはこちらに歩いてくる。

 

「お前が俺の邪魔をするならば……俺はお前を倒す」

 

 ユウスケの腹にアークルが現れる。そして彼を黒いモヤと電撃が覆う。ユウスケは無言でクウガアルティメットフォームへと変身した。

 鳴滝はそれを見て、そそくさと扉の外へ避難した。

 

「……」

 

 ディケイドビルドはそれをただじっと眺める。クウガの黒い瞳に映るのは自分の姿。

 似た景色を前に見たことがある。前にクウガと本気で戦った時、相手は自分を止めようとする側だった。今度は立場が逆転している。

 

「はああああっ!!」

 

 クウガとディケイドビルドは同時に走り出す。そしてパンチを同時に繰り出す。お互いがダメージを受けた。

 

「はっ!」

 

 続いて逆の腕でパンチする。クウガはそれを受け止め、カウンターでディケイドビルドに一撃を与えた。

 ディケイドビルドは持ち前の素早さで距離を取るが、クウガも一瞬でそれに追いつく。ディケイドビルドを高く蹴り上げ、天井にぶつけた。

 ビルドの変身が解除され、ディケイドは地面に落ちた。クウガは彼の首を掴み、持ち上げる。

 

「もうすぐ人間は一人もいなくなる。この世界は怪人だけになるんだ。そして、世界は俺が貰う」

「なに……!」

 

 ディケイドはクウガの手を解こうと、彼の手をこじ開けようとする。クウガは無防備になったディケイドの腹を思い切り蹴った。ディケイドは横方向に猛スピードで飛んでいく。そして壁に激突し、穴が開いた。

 

「お前は……世界中の人の笑顔のために戦うんじゃなかったのか!」

 

 ディケイドはライドブッカーを地面について立ち上がった。

 

「この世界に人間はいないと言っただろう。守る笑顔も、なにも存在しない」

「俺とお前は旅をしてきただろ!」

 

 ディケイドは再びクウガの方に走っていく。

 

《ファイナル アタックライド》

 

「いろんな世界。それぞれの世界にルールがあり、人があり、物語があっただろう! 俺たちが思っている以上に世界は広い! こんな窮屈な世界に閉じこもるな! お前は囚われている。大事なことを忘れているんだ!」

「オオオオオオオオッ!!!」

 

 ユウスケは声にならない雄叫びをあげてディケイドに殴りかかる。その右腕には炎を纏って。

 

「思い出せ! ユウスケ!!」

 

《ディディディディケイド》

 

 ディケイドは右腕にオーラを纏う。

 二つの強大なパワーがぶつかり合い、辺りを爆炎が包み込む。

 鳴滝が再び扉の中を覗き込む。まだ炎と煙が残っている。

 そこには、目を閉じたユウスケに肩を貸す士の姿があった。

 

「やったのか。やったんだな」

 

 鳴滝は彼らに歩み寄る。士は彼に向かってにっと笑った。

 勝った。財団Xからユウスケを取り戻したのだ。さっきの爆発で周りの機械も全て破壊した。これで財団の研究データも全て消えた。

 

 パチ。パチ。

 

 何者かの拍手が聞こえる。煙の向こうにいるため、シルエットしか見えない。

 

「やるじゃないか」

 

 手を叩く音はだんだんと近づいてくる。

 

「偽物にしては」

 

 煙が晴れた。そう言った男の顔は、士のよく知る形をしていた。

 

「なんだ……お前!?」

「門矢士だ。本物の、な」

 

 士は目の前の男の顔に驚いた。目の前にいる男は士だったのだ。しかし、声が違う。

 

「お前が本当の士だと!?」

 

 謎の士は士の前にやってきた。そして士を思い切り殴る。

 

「うああっ!!」

 

 士は床に倒れ込む。彼が支えていたユウスケも同時に倒れそうになるが、鳴滝が代わりに支えた。

 

「世界の融合も、世界の破壊も、なにもできなかったお前がなぜ生きている」

「なに?」

「それが、私がお前に与えた使命だったはずだぞ」

「俺の……使命だと?」

 

 士がそう言って、口の血を拭った。謎の士は口を大きく開けて笑い出した。

 

「なにがおかしいんだ!?」

「やはりお前は使命のことを忘れていたか。この出来損ないが」

 

 そして急に真顔になる。

 士たちの真下の地面が動き出す。遠くで床が爆発した。

 

「な!? うわっ――」

「この世界は破壊されるのだ」

「何をした!」

「何もしていない。お前たちが壊したこの部屋の機械はこの世界を延命させる装置だったのだ。お前はそれを壊してしまった……。だが悔いることはない。この世界は、すでに、ずっと前から――」

 

 謎の士は彼らに背を向け、爆発が起こる部屋の外へと歩いていく。そしておもむろに振り向いた。

 

「終わっていたのだから」

 

 謎の士は高笑いととともに炎の中に消えていく。

 

「くそぉぉぉおおおっ!!」

 

 士は、謎の士が消えた炎に向かって叫んだ。そこには既に奴はおらず、代わりに炎が勢いを増して彼に襲い掛かろうとする。

 

「何をしているんだ!」

「!」

 

 鳴滝が士の腕を掴み、後方に引く。オーロラを抜けると、実体化したディケイドがいた部屋に飛んだ。

 キバーラの変身は解除されていた。ディケイドのイリュージョン体の三人も消え、ジリ貧状態だ。生き残ったレジスタンスも残り数名になっていた。しかし、怪人たちはまだ残っている。

 

「士くん! ユウスケを救えたんですね……!」

「こちらに来るんだ! じきにこの世界は崩壊してしまう!」

 

 鳴滝は、今度はオーロラの先を光写真館に繋げた。

 

「海東さんがいないんです!」

「あいつは大丈夫だろ! 多分!」

 

 士とユウスケ、夏海は次々にオーロラの中に入っていく。写真館では栄次郎が突然の地震に驚き、慌てていた。

 地震の振動でスタジオの絵がめくれようとしている。それを見た夏海はオーロラの中に体を突っ込んだ。

 

「あなたたちも!」

 

 夏海は、銃を持ち怪人たちとなお戦うネガ夏海に手を伸ばす。だが、彼女は首を振ってそれを拒んだ。

 

「私は行けない。この世界で最後まで生きた。それだけで十分」

「そんな!」

「だから、行って。私たちがこの怪人たちを止めておく」

 

 ネガ夏海は飛びかかる怪人を撃ち落とした。

 

「それに、ここで死んだ仲間たちを置いていくわけにはいかないもの。だから忘れないで。私が、私たちが必死に生きていたことを」

「……はい!」

 

「もう無理だ! 夏ミカン!」

 

 大爆発の寸前、夏海は写真館に戻ってきた。壁の絵は変わっていた。もう地響きは起きていない。

 ネガの世界は消えてしまったのだ。

 窓の外は明るく穏やかで、先ほどの天変地異が嘘のようだ。

 

「……絶対」

 

 夏海は呟いた。

 

「絶対に倒しましょう。ダークディケイドを」

 

 士は頷いた。

 壁の絵は、光写真館から眺めた外の景色だった。旅はいつもここから始まっていた。

 ディケイドの、最初の世界。

 最後の戦いが幕を開ける。




次回 仮面ライダーディケイド2

「これが私の計画だった」
「奴は最強で最悪のライダーになってしまった」
「お前はあの日、仮面ライダーとして再び姿を現した!」
「あなたも無茶言ってくれますね」
「お前に物語などいらない」

第22話「ディケイドの真実」

全てを破壊し、全てを繋げ!


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第22話「ディケイドの真実」

「そろそろ決着にしようぜ」

これまでの仮面ライダーディケイド2は……

「門矢士だ。本物の、な」
「お前が本当の士だと!?」
「この世界は、すでに、ずっと前から、終わっていたのだから」
「くそぉぉぉおおおっ!!」
「だから忘れないで。私が、私たちが必死に生きていたことを」
「絶対に倒しましょう。ダークディケイドを」


 財団Xとダークディケイドの手によってネガの世界は消滅した。そして研究所も、財団の研究員も、ネガの世界の住人に成り代わった怪人たちも、全て崩壊する世界に巻き込まれて消えた。

 夏海はアルバムを開く。士がネガの世界で撮った写真は全て色が反転している。

 ネガの世界の夏海は最後まで生き残った。しかし、もう彼女はいなくなってしまった。

 

「……ネガの世界が!?」

 

 夏海はアルバムをめくる手を止め、声のする方を見た。

 目が覚めたユウスケは、士と鳴滝の説明に驚きの声をあげていた。そして自分がダークディケイドに操られていたことに対し唇を噛んだ。

 

「ああ。まさか最後にお前と戦う羽目になるとは思わなかった。奇しくも鳴滝に言われた通りになったな……」

「それに関しては本当にごめん! ……でも、ありがとうな。海東さんにも謝らないと。一緒に帰ってきてないんだろ?」

「あいつは別にいい。どうせどこかでしぶとく生きてるだろ」

 

 士のいつもの塩対応に、夏海は「またそんなこと言って」と呆れる。

 ディエンドは戦いの最中に場から離脱していた。いつも高みの見物を決め込む彼がわざわざ自分から戦線に出たのだ。急に心変わりして戦うのが面倒になるなんてことがあるのだろうか。何か狙いがあったのかもしれない。もっとも、彼に関しては気まぐれで離脱した可能性があるのがなんとも言えないところだ。

 

「それで、ダークディケイドは今どこに?」

「この世界だ」

 

 ここは光夏海が元いた世界。世界の崩壊が、そして士の旅――ディケイドの物語が始まった世界。

 

「あいつ、今度は何をしようとしてるんだ? また財団を一から組織しようってのか。いや、違うな? まさか……」

「お前の考えている通りだろう。奴はこの世界を破壊しようとしている」

「……ッ」

 

 一同は言葉を失った。夏海とユウスケは俯き、キバーラの世話をしていた栄次郎も黙ってこちらを見つめる。士もさすがにこたえたようで、頭の中が真っ白になっていた。

 今までの言葉とは重みが違う。破壊者だ悪魔だと言われながら世界を救ってきたディケイドと対照的に、いとも簡単に一つの世界を破壊してみせたダークディケイド。その様子を目の当たりにしたばかりの彼らにはその危険性がひしひしと伝わった。

 

「ネガの世界を破壊したのはその力を試すためだろう。真の目的はこの世界の破壊だ」

「……そういえばあいつは俺を殺したそうだったな。出来損ないだなんだと好き勝手言ってくれたぜ。この世界に目をつけたのは俺への当て付けか?」

「それもあるかもしれないが、奴の目的は別にある」

「なに?」

 

 そして鳴滝はこう言った。

 

「全ライダーの歴史の消滅だ」

 

 その言葉には、怒りと悲しみと諦めと、さまざまな感情が入り混じっていた。

 

 

 

 

第22話「ディケイドの真実」

 

 

 

 

「とりあえず、コーヒーでも」

「ああ、ありがとう」

 

 栄次郎がコーヒーを運んでくる。机に並べられたカップをそれぞれが手に取った。

 

「歴史、というのは?」

 

 ユウスケが尋ねた。

 

「ライダーの歴史とは、ライダーの存在や概念そのものだ。歴史を破壊すれば、仮面ライダーはこの世に生まれなかったことになる」

「なるほど~……っていやいや、そんなことできるんですか?」

 

 ユウスケは再度質問をした。突然スケールが大きくなり、話に頭がついていかない。

 

「できる。ディケイドはそのために生み出されたのだから」

「おお……」

 

 鳴滝の言い切りで、ユウスケは何も言えなくなってしまった。

 彼は士の方を見る。士は「なんだよ」と彼を小突く。ユウスケは手に持ったコーヒーをこぼしそうになった。

 

『その女を助けたところで、結局はその女を……いや、その女の世界を、破壊する運命なのだ』

 

 かつてアポロガイストが士に投げかけた言葉だ。ただの捨て台詞ではなかった。全ては決まっていたのだ。士はうつむいた。

 

「ディケイドは……どうあってもこの世界を破壊するのか……」

 

 握りしめた拳はわなわなと震える。

 

「確かに、滅びの現象がこの世界で始まったのはディケイドによるものだ。ライダーが存在しない世界でありながら、全ての世界に近しい世界。ライダーの歴史を消すにはとても都合が良かった」

「鳴滝さん、あなたの知っていることを全部お話ししてくれませんか」

 

 夏海はそう言った。士はそこに「最初から全部、詳しくな」と付け加えた。

 鳴滝は深く深呼吸する。

 

「ネガの世界で話したように、私はいくつものライダーの歴史を見てきた。いつの時代もライダーは戦い、人々を守ってきた。だが、それを良く思わない者がいた」

「それが、ダークディケイドですか?」

「ああ。奴は秘密裏に財団Xを立ち上げ、ライダーの歴史を破壊するためにディケイドという悪魔を作り出した。私がその計画を知った時にはもう、遅かった」

「それで散々俺の邪魔をしてくれたわけだ。ディケイドは悪魔だ破壊者だとその世界の奴らに触れ回って。なにせライダーの歴史のためだもんなあ」

 

 理由を知ると、鳴滝の行動も理解できる。しかし士は嫌味ったらしくそれを窘める。そんな彼に夏海が親指を立てて見せると、首元を押さえて大人しくなった。

 

「私は自らの力を使ってライダーの世界を新たに生み出し、ディケイドにその世界を渡らせることにした」

「生み出した?」

「ああ。例えば、仮に私が作り出したクウガの世界をディケイドに破壊されたとしても、本来のクウガの歴史は残る」

 

 鳴滝はそう言ってユウスケを見た。

 キバーラの存在と同じ仕組みで世界を作ったと言ってもありえない話ではない。夏海とユウスケは、今まで巡った世界がディケイドの犠牲になることを前提として生み出されていたことに複雑な感情を抱いていた。

 鳴滝は、生み出された世界のライダーたちがディケイドを倒すことを想定していた。しかし、世界は彼を拒絶してもその世界に生きるライダーたちは違った。ディケイドと仲間になる道を選んだのだ。

 

「ほう。それで生まれたのがユウスケたちってわけか。同じブレイドでも、カズマと剣崎一真がいたみたいに」

「半分はそうだ」

「半分?」

「お前が出会った剣崎一真は、正しくはブレイドの世界の意思が形になったものだ」

 

『本当に世界を救いたいなら、この世界からディケイドを排除するしかない』

『今から僕の仲間が、あなたの旅を終わらせます』

 

 士は、かつて出会った二人の男を思い浮かべる。

 

「意思……あいつらがか」

 

 彼らと共に必然的にライダー大戦のことも思い出してしまうため、あまり考えたくはない。士は、なんとなく窓の外に視線をやった。

 その瞬間、外に見えるビルがふっと消えた。慌てて窓に駆け寄る。オーロラが次々に現れ、景色が変化していく。

 

「噂をすれば……来やがったな!?」

 

 士はスタジオを飛び出していく。夏海とユウスケはその後を追っていった。

 

 

 

 

 士は夏海とともにマシンディケイダーに乗って、ユウスケはトライチェイサー2000に乗って街中を走る。

 

「士くん」

「なんだ」

 

 彼の腰を掴み、バイクの後ろに乗る夏海が呼びかける。

 

「いえ……なんでもありません」

「じゃあ呼ぶな」

 

 夏海は謎の不安を抱えていた。

 士はダークディケイドに一度敗れている。それも、圧倒的な力の差で。ダークディケイドの強さは底が見えない。

 夏海の夢の中のダークディケイドは大量のライダーを相手にしてもなおダメージを受けることなく勝っていた。それは過去の士も同じだ。しかしダークディケイドは、破壊者か否かどちらに転ぶか分からなかった士とは違う。

 夏海は士をぎゅっと強く抱きしめた。

 現場に着くまでの間も世界の崩壊が進んでいく。電柱がぐらりと傾いたかと思えば、倒れる頃には消えている。

 消滅の中心地に近づくにつれ、だんだん人はいなくなっていく。逃げるよりも早く、消されてしまったのだ。

 

「あれは……」

 

 士はバイクを止め、降りた。夏海とユウスケは彼に続く。

 道の中央に立つ人間が一人。周りの建物が破壊されているというのに慌てもしないその姿は、士らを待っているようだった。

 

「流石に早いな。仮面ライダー」

「!」

 

 士はその後ろ姿を睨みつけた。ネガの世界で聞いた、あの声だ。

 

「怪事件が起きれば、どこからともなくバイクに乗ってやってくる。忌々しき存在よ」

 

 彼はこちらを向いた。

 夏海とユウスケはあっと声を漏らす。その男は、ネガの世界で出会ったもう一人の士だった。

 

「士……が、二人……?」

「こいつとはネガの世界で会った。奴がおそらくダークディケイドだ」

 

 三人は彼に近づいていく。士はもう一人の士に向かって指をさす。

 

「お前、一体何者なんだ」

「通りすがりの……」

 

 もう一人の士は、士の問いに即答する。その答えに、士は顔をしかめた。

 

「――だったか。まさか仮面ライダーを破壊するために生まれた者が仮面ライダーを名乗ることになるとはな……」

「質問に答えろ! お前は――」

 

 茶化すような口調の相手に、士が大声で叫ぶ。もう一人の士はバッと手を掲げて士の言葉を遮る。そして高らかに宣言した。

 

「我こそはショッカー。世界の破壊者だ」

 

 彼の背後でまた建物が崩れ、消えた。整備された道路から、地面が剥き出しの場所に変化する。辺りに立ち並んでいたビルも、いつの間にか岩山に変わっていた。

 

「ショッカー……だと!?」

「ショッカーは俺たちが倒したはずだ! 大ショッカーとか、スーパーショッカーとか、色々な!」

「そうです! それに、ショッカーの狙いは世界征服。破壊ではないはずです!」

 

 ユウスケが拳を握り、構える。夏海もそれに同意する。

 

「お前たちが見ていた組織はトップのいない紛い物に過ぎん。私こそが本物……ライダーの歴史の始まりと同時に生まれた、真のショッカーだ」

「つまり……お前が首領ってわけか」

 

 ショッカーを名乗る士の正体は初代大首領。数々の組織を渡り、仮面ライダーを苦しめてきた存在だ。

 

「かつて私は仮面ライダーに敗北した。作戦を変え、部下を変え、組織を変えても、常に奴らは私の邪魔をした! だから私はお前を作ったのだ。全てのライダーを倒す最強の怪人・ディケイドをな!」

 

 ショッカーの語気はだんだんと強くなっていく。怒りと憎しみが伝わってくる。

 その言葉を聞き、夏海とユウスケは士を見た。

 

「……」

 

 士はショッカーに怪人として作られていたという事実。なんでもそつなくこなしてしまうそのスペックの高さや、各世界のライダーや怪人を相手にしても戦えるその実力がその裏付けだった。二人は常にそれを側で見ており、自分自身の記憶が動かぬ証拠となっていた。

 

「つ、士くんは怪人じゃありません!」

「今はな。だが元は我々の作った怪人に過ぎん。ライダーどもの意思に利用され、世界を繋ぐことになるとは……」

「そうだ。士の妹――小夜ちゃんが言ってたぞ。士が世界を渡る力に目覚めたのは子供の頃だったって! その時から怪人だったとでも言うのかよ!」

「逆だ。怪人化によって世界を渡る力得たのではなく、既にその能力を持っていたそいつを選んだのだ。世界移動による影響を受けず、消滅することのない特別な存在。それが怪人・ディケイドになる資格だったのだ」

 

 彼は夏海たちの反論にも冷静に対応する。

 

「ディケイドライバーとは我々が開発した『世界融合マシン』だ。秘密裏にライダーの世界を巡り一つ一つの歴史を、それと同時に世界を一つにまとめ最後に残った歴史も破壊する。これが当初の計画、そしてドライバーを持つお前に課せられた使命だった。だがお前は失敗した」

 

 ショッカーは士を睨みつけた。

 

「そしてあろうことか、お前はあの日、仮面ライダーとして再び姿を現した! 西暦2009年1月25日! 全てを破壊する怪人であるはずのディケイドが仮面ライダーとなった日だ! ディケイドの存在が表に出たことで観測者に知られ、計画は全て泡と消えた! 歴史を消す存在であるはずのディケイドが、その歴史の一部となってしまったのだからな!」

 

 歯を食いしばり、わなわなと震えていたショッカーの口角が上がっていく。

 

「だが、悪いことばかりではなかった。なにも破壊者は怪人である必要はないのだ。怪人は仮面ライダーに勝てぬが……」

 

 ショッカーが両手をバッと広げる。黒いドライバーが現れ、自動で腰に巻き付いた。腰のライドブッカーから一枚のカードを取り出し、構える。

 

「仮面ライダーならば仮面ライダーに勝てる。お前たちが私に教えてくれた」

 

 ショッカーはぐしゃりと押し付けるようにカードをバックルに装填した。

 

《カメンライド》

 

「変身」

 

《ディケイド》

 

 いくつもの人影がショッカーに重なっていく。半透明のグレーだった影が一つになり、黒い姿になる。ドライバーから飛び出した板が顔面に収まる。変身が完了すると、辺りにブワッと風が吹き、砂煙を巻き上げた。

 

「これが財団Xの科学力を結集した最強兵器、その名も『ダークディケイドライバー』だ。そして私は仮面ライダー・ダークディケイド。もはや秘密結社や財団など必要ない。私がこの手で世界を破壊する!」

 

 ダークディケイドの青い複眼が不気味に光った。ライドブッカーを構え、士らに向かって発砲した。

 その攻撃はオーロラによって防がれる。

 オーロラを経由して鳴滝がやってくる。戦力にならないのになぜ来たのか。その答えは、キバーラの輸送だった。

 

「夏海ちゃん、お待たせ♡」

「間に合ったようだな……」

 

 鳴滝はダークディケイドを一瞥する。

 

「奴は最強で最悪のライダーになってしまった。止められるのは同じディケイドであるお前だけだ」

「ふん。お前に言われなくてもやってやる」

 

 士も変身しようと、ディケイドライバーを取り出した。そして自身が手に持つ白いドライバーを見る。

 

「世界融合マシン……こいつにそんな意味があったとはな……」

 

 ドライバーを腰に巻き付け、レバーを両側に引いてバックルを回転させた。カードを装填し、再びレバーを押す。

 

《カメンライド ディケイド》

 

「変身!」

 

 士と同時に、ユウスケと夏海もそれぞれライダーに変身する。ディケイド、クウガ、キバーラ。三人のライダーはダークディケイドの前に立ちはだかる。

 

「ふふ……わざわざ全ライダーの世界のデータを集め作り上げたのだ。全ての力を持つ完全なライダーであるダークディケイドに敵うものはいない」

「そいつはどうかな。三対一だぜ。今度は負けねえよ!」

 

 ディケイドはライドブッカーを持ち、銃撃しながらダークディケイドと距離を詰める。そしてすぐさまパンチとキックを繰り出す。クウガもそれに続いて、ダークディケイドと戦う。

 ダークディケイドは二人の攻撃をいとも容易くかわす。そしてクウガの拳を掴み、そのまま彼の体ごと投げてディケイドにぶつけた。

 

「お前に物語などいらない。怪人として消えれば楽だったものを……」

「いかん!」

 

 鳴滝はダークディケイドに手のひらを向けた。

 その瞬間、ダークディケイドは視線を鳴滝に移し、猛スピードで彼の方に走っていく。そして鳴滝の首をガッと掴んだ。

 

「鳴滝よ。お前も随分邪魔をしてくれたな」

「うっ……」

 

 鳴滝は抵抗するが、ダークディケイドの強い力からは逃れられない。

 

「お前の力は効かんよ。観測者たちは既にお前をディケイドの物語の一部と捉えている。ネガの世界では通用したかもしれないが、あいにく私はお前たちの物語の登場人物ではないのでな」

「ぐ……ああ……!」

 

 彼の首を絞める力がだんだんと強くなっていく。

 

「鳴滝さん!」

 

 キバーラがダークディケイドの背を斬った。

 彼は鳴滝から手を離す。しかし、それはキバーラの攻撃が通ったからではなかった。現に、背中のアーマーには傷一つついていない。

 

「え……」

「こっちのライダーは……キバーラだったか」

 

 キバーラは後退りする。ダークディケイドは振り返り、彼女を見た。

 

「ディケイドを倒すために、新たなライダーを作り出す必要があったのだな。だが、それも無駄に終わった! お前もディケイドの物語に組み込まれてしまったからな!」

「きゃっ!」

 

 ダークディケイドがライドブッカーで斬りつける。一撃目で彼女のキバーラサーベルを吹き飛ばし、二撃目で彼女を両断しようとする。

 

「物語物語うるせえな!」

 

《アタックライド スラッシュ》

 

 ダークディケイドの攻撃を、ディケイドが間一髪で受け止めた。そしてキバーラを連れ、ダークディケイドから距離を取る。そしてすかさず別のカードを使用する。

 

《アタックライド ブラスト》

《アタックライド ブラスト》

 

 ダークディケイドも同時に、同じカードを使用した。空中で弾がぶつかり合い、爆発を起こす。

 ディケイドは、ダークディケイドが持つ銃の形に違和感を覚えた。そのシルエットはライドブッカーではない。

 

「ディエンドライバー……だと!?」

「えっ? まさか……!」

 

 ネガの世界で別れた海東と再会できていない。ディケイドたちは最悪の事態を想像した。

 

「がっ……ゴホッ! あ、慌てるな。あれは海東大樹のドライバーではない」

 

 咳き込みながら訂正する鳴滝の言葉がその不安をかき消した。

 

「その通り。お前に改造される前の状態で再製造したディエンドライバーだ」

 

 ダークディケイドはそう言って、ライダーカードをディエンドライバーに装填した。

 

《カメンライド》

 

 トリガーを引き、赤・青・緑の三つの光がライダーの像を作る。

 ディケイドらの目の前に、ディエンドが召喚された。

 

「ディエンド。ライダーどもとの戦いを有利に進めるために、ディケイドが使役する駒として製造した。……こいつも利用されることになったが」

 

 召喚されたディエンドは武器を持っていないが、高速移動でディケイドたちを苦しめる。パンチやキックの威力は意外にも高いのだ。

 

「ぐあっ!」

「ちっ……本人が変身していなくても厄介なやつだ!」

 

 ディケイドは動体視力だけでディエンドの攻撃を捌く。

 

「おまけだ」

 

 ダークディケイドは更に二枚のカードを使う。

 

《ライド》

《ライド》

 

「正義と反する立場にあり敗北の物語がない仮面ライダーだ。お前たちに勝てるかな……?」

 

 仮面ライダーエターナル・レッドフレアと、仮面ライダー幽汽・スカルフォーム。二人のライダーは、ディケイドに加勢しようとしたクウガとキバーラに攻撃を仕掛ける。

 ぶつかる拳。互いに弾く刃。召喚されたライダーたちはディケイドたちの体力を奪っていく。

 

「はっ! やあっ! このライダーたち、強いですよ……!」

「でも、負けるわけにはいかない!」

 

《エターナル マキシマムドライブ》

《フルチャージ》

 

 エターナルは両腕に、幽汽は刀身にエネルギーを溜める。

 それを見たクウガは必殺技の構えをとり、走っていく。キバーラも剣にエネルギーを溜め、飛翔し幽汽に向かっていく。そしてディケイドはライダーカードを取り出した。

 

《ファイナル アタックライド》

 

「ハアッ!」

 

《ディディディディケイド》

 

「おりゃあああ!」

「はあああっ!」

 

 クウガとキバーラが二人のライダーを貫いた。そしてディケイドはディエンドを吹き飛ばす。召喚された三人のライダーたちは同時に爆発した。

 

 

《ファイナルライド》

 

 

「!?」

 

 ダークディケイドは高台に移動していた。爆発の煙がまだ辺りに充満している間に、ダークディケイドは次の攻撃の準備を終えていた。

 彼は最初から、召喚ライダーでディケイドたちを倒せるとは考えていなかった。敵を撃破した後には隙が生じる。ダークディケイドはそれを狙っていたのだ。

 

「死ね!」

 

 ダークディケイドは眼下のディケイドたちに向けてトリガーを引いた。ディエンドライバーから放たれる極太のレーザー。ディケイドたち三人の方に、猛スピードで伸びていく。

 

「ぐわああああ……!」

 

 三人のいた場所で大きな爆発が起こった。ダークディケイドはふっと笑う。鳴滝は唖然としてそれを見つめる。

 

「……ん?」

 

 ダークディケイドが違和感に気づいた。爆発の中で何かが光ったのだ。

 

《アタックライド ディフェンド》

 

 ウィザードに変身したディケイドがギリギリでカードを使っていた。魔法陣から生まれた炎の壁が攻撃を打ち消し、その爆炎を吸収していく。

 

「今度はこっちの番だ! いくぞユウスケ!」

「おう! 超変身!」

 

 クウガはドラゴンフォームにフォームチェンジし、高く飛び上がる。ディケイドウィザードがコピーのアタックライドカードで増やしたライドブッカーを受け取り、ドラゴンロッドに変化させた。

 

《フォームライド ダブル ヒートメタル》

 

 空中でディケイドウィザードはディケイドダブルへと変身する。背の武器を取り、クウガと同時に振るう。

 

「はあっ!!」

 

 二人の棒術がダークディケイドを捉えたかに思えた。しかし彼はドラゴンロッドとメタルシャフトを、第三の棒状武器でしっかりと受け止めていた。

 

《アタックライド ライドル》

 

「これは……Xライダーの力!?」

「他のライダーに変身しなくても力が使えるのか……!?」

「言ったはずだ。私は全てのライダーの力を持っているとな。お前も一度は到達しようとした領域だ。だがお前は真の破壊者になりきれなかった」

「っ……!」

 

 ディケイドとクウガは過去のことを思い出していた。全てのライダーを倒す宿命を受け入れた士。それを止めようとしたユウスケ。二人が望んでいたのは世界を救うことだった。それでは破壊者にはなりきれない。

 

「私がお前を破壊してやろう。ショッカーにおいて『失敗』とは『死』を表すのだ。ライドルロープ!」

 

 ダークディケイドの掛け声で棒が鞭になる。

 

「うわあっ!?」

 

 ライドルでドラゴンロッドを絡め、放り投げた。クウガを投げつけられる展開はさっきも食らった。ディケイドダブルはそれを避ける。

 

「はあっ!」

 

《ファイナル アタックライド ダダダダブル》

 

 メタルシャフトの両端に炎を纏わせ、ダークディケイドにぶつける。

 

《アタックライド インビジブル》

 

 ダークディケイドはすっと消え、ディケイドダブルの必殺技を避けた。

 

「くそ!」

「士! あいつは今どこに――」

 

《アタックライド クロックアップ》

《アタックライド イリュージョン》

 

「うあああっ!!」

 

 ディケイドとクウガは認識外から攻撃を受けた。透明化と高速移動、そして三人に増えたことによる多段攻撃。さっきから攻撃を受けっぱなしのクウガはそろそろ限界だ。

 

「これじゃ対処のしようが……」

「いや、これならいけるぜ」

 

 ディケイドはライダーカードを取り出す。

 

「……! そうか! 超変身!」

 

《フォームライド ガイム ジンバーピーチ》

 

 致命傷になる攻撃をギリギリで避けつつ、二人はフォームチェンジした。ドラゴンロッドに変化していたライドブッカーは、今度はペガサスボウガンへと変わる。

 ディケイド鎧武とクウガは背中を合わせて立つ。次の攻撃はどこから来るのか。全神経を集中させ、辺りの気配を探る。

 

「そこだ!」

 

 二人は同時に顔を上げる。別々の方向に武器を向け、発射した。

 

「グ……」

「アア……!」

 

 二人の矢が見えない敵を撃ち抜いた。撃ち抜かれたダークディケイドはその場で爆発する。

 

「最後の一人は……」

「ここだ!」

 

 また二人同時に矢を向ける。

 透明化も高速移動も、完全に攻略したように思えた。

 

「甘い」

 

《アタックライド ムテキモード》

 

 ダークディケイドの全身が輝く。十秒間の無敵モードに突入。こうなってしまえば一撃必殺の弓矢も通らない。ダークディケイドは今まで以上の素早さになり、ディケイドとクウガを完膚なきまでに痛めつけた。

 クウガの変身は解け、ユウスケはその場に倒れる。

 

「や……やるじゃねえか」

「……」

 

 同じくダメージを受けたディケイドだったが、こちらは鎧武への変身が解けただけだ。ダークディケイド側もイリュージョンの分身が二人やられたこともあり、少なからずダメージを負っている様子だ。

 ディケイドは立ち上がり、バックルを回す。

 

「次はこっちの番だ!」

 

《アタックライド インビジブル》

 

 見えなければ対処は難しい。それは最強のライダーとて同じ。

 しかし、ダークディケイドは落ち着いた様子でカードを取り出す。

 

《アタックライド レーダーハンド》

 

 ダークディケイドの両腕が金色に変化する。右腕のレーダーアイを打ち上げ、辺りの情報を即座に受け取る。

 

「……そこか」

「ぐあああっ!!」

 

 ダークディケイドは左手を空中に向け、もう片方のレーダーアイを発射する。レーダーアイは透明化していたディケイドに命中し、爆発する。

 ごろごろと床を転がるディケイド。更なる攻撃手段を探す。

 

「なら次は空だ!」

 

《フォームライド ブレイド ジャック》

《アタックライド カッターウイング》

 

 ディケイドがブレイドに変身すると同時に、ダークディケイドの背中に飛行用ユニットが現れる。同時に飛び立ち、空中戦を繰り広げる。

 二人ともライドブッカーという同じ武器を使っているため、なかなか決着がつかない。

 

「そろそろ終わらせてやろう」

「やれるもんならな!」

 

 少し離れた距離から、全速力で近づいていく。二つの武器は交差し、お互いの体を切り裂こうとする。

 しかし、ダークディケイドの背のカッターウイングがディケイドブレイドの刃を受け止めた。ディケイドの攻撃は届かず、相手の刃がディケイドを捉えた。大ダメージを受けてしまったディケイドブレイドは墜落する。

 ダークディケイドはゆっくりと着地し、カッターウイングは消えた。

 

「これで分かっただろう。お前は私に勝てないということが」

「くそぉぉぉおおおっ!!」

 

《フォームライド エグゼイド ダブルアクション》

《アタックライド ムテキモード》

 

「これでどうだァア!」

 

 ディケイドはエグゼイドに変身する。更に二人に分身し、左右両方からダークディケイドを挟み込んだ。

 無敵モードは十秒間だけだが、ダークディケイドに一矢報いるのにそれほどの時間を要さないはずだ。

 

《アタックライド》

 

「懲りないやつだ」

 

《コンファインベント》

 

 全ての能力が打ち消された。ディケイドエグゼイドの無敵モードは即座に解除されてしまう。

 

「な……」

 

《アタックライド エクスプロージョン》

 

 二人のディケイドエグゼイドの正面に魔法陣が浮かび上がる。空中ではなすすべなく、ディケイドエグゼイドはそこに突っ込んでいく。

 

「さらばだ」

 

 ダークディケイドが指を鳴らす。

 

「ぐわあああああああああ!!」

 

 その瞬間、魔法陣が巨大な爆発を起こす。ディケイドエグゼイドの変身は解け、ボロボロになった士が膝をつく。

 

「ようやくだ。仮面ライダーディケイドは今! 死を迎える――」

 

「はっ!!」

 

 その瞬間、キバーラがダークディケイドの腹を突き刺した。ずっとクウガとディケイドの相手をしており、キバーラのことなど頭から消えていた。

 

「油断しましたね……!」

「……そうだろうか」

 

 キバーラの目論見通りとはいかず、剣はダークディケイド本人には届いていなかった。ダークディケイドはキバーラサーベルの刃を掴み、受け止めていた。

 

「余計な真似をしおって!」

「きゃっ!!」

 

 ダークディケイドはキバーラを思い切り蹴り飛ばす。そして必殺技のライダーカードを手に持った。

 その時、バチンとドライバーから火花が散った。ダークディケイドは動きを止める。

 

「ぐ!?」

 

 剣の先端が微かにダークディケイドライバーに届いていたのだ。ドライバーの端がわずかに削れていた。

 戸惑うキバーラの手を鳴滝が引く。士とユウスケは肩を貸し合い、側に立っている。

 

「こっちだ、夏海くん! 今はまだやられるわけにはいかない! 世界の崩壊までの猶予ができた! 次こそダークディケイドを倒すことができるはずだ!」

「貴様……まだそんな世迷言を!」

「世迷言ではない。ライダーは……ショッカーには負けない。それだけのことだ」

「フ……面白い。ならば次にお前たちを完全に殺し、その後にこの世界を破壊してやる……!」

 

 ダークディケイドが動けない間に鳴滝が三人を連れてオーロラの中に消えた。

 

「……」

 

 彼はダメージを受けたベルトを外す。士の姿をしたショッカーの表情に余裕はなかった。常に士たちを追い詰めていたように見えて、実際は少なからずダメージを受けていたのだ。

 だが、士らが回復する間にショッカーもまた回復する。次に戦う頃にはお互い全快の状態からのスタートになる。

 世界の寿命は延長されたのだった。

 

 

 

 

 その夜のこと。士たちはそれぞれ自室に戻っていた。明日の最後の戦いに向け、体を休める時間を取る。

 二度目の敗北を経験し、三人の士気は落ちた。しかし、鳴滝の『次こそダークディケイドを倒すことができるはずだ』という言葉を信じるしかなかった。幸いにも、キバーラの攻撃でダークディケイドライバーの一部を傷つけたことにより、世界の破壊を中断することができた。この一晩が頼みの綱であった。

 光写真館のスタジオには栄次郎が一人座っていた。アルバムをめくり、今までの旅を振り返る。

 もうダメかもしれませんという、帰宅した孫娘のひどく落ち込み絶望した様子を見て、敵の恐ろしさが伝わってきた。これまでのようにはいかないのだろう。

 

「栄次郎さん」

 

 鳴滝が部屋に入ってくる。栄次郎は手元のアルバムを掲げて見せる。

 

「これまでの旅を思い出していましてね。残念ですが、私にできることはない。ただ、信じるだけですからね」

「そうですね。彼らを信じましょう。ところで、一杯どうですか。最後になるかもしれませんし……」

「おっ、いいですねえ」

 

 栄次郎はキッチンの方に酒を取りに行く。

 その時、廊下の方でガタンと音がした。スタジオの扉が開き、服がボロボロになった海東が入ってきた。

 

「鳴滝さん。頼まれてたもの……盗んできましたよ」

「おお。よくやってくれたきっとやってくれると信じていたぞ」

「あなたも無茶言ってくれますね。ダークディケイドライバーの設計図を盗んでこいだなんて。ついでにこれも」

 

 海東は端の焦げた紙の束を机の上に置いた。そして鳴滝には小さなアイテムを手渡す。

 

「鳴滝さん、ビールですよ~」

 

 栄次郎がビールを持って帰ってきた。鳴滝はどこから取り出したのか、「こちらを」と皿に乗ったスルメを机の上に置いた。

 

「……お。イカじゃないですか。いいですね」

「栄次郎さん。先程、自分にできることはないとおっしゃいましたね。それは違います。あなたが、世界を救う最後の鍵になるのです」

「……?」

 

 栄次郎はきょとんとする。

 

「何をまたまた。さあさあ、早く座ってくださいや。イカをつまみにビールを……ん? イカで……ビールを……。イカデ……ビール……。イカデビル……? えっ!?」

 

《シニガミハカセ》

 

 鳴滝は海東から受け取った死神博士メモリを起動した。取り乱す栄次郎にそれを投げ、突き刺す。

 海東が盗んできたのはダークディケイドライバーの設計図だけではなかった。全ての世界のものが集められた研究施設にはあらゆるものが存在した。この死神博士メモリもその一つだった。

 みるみるうちに栄次郎の姿が変化していく。どこからともなくマントが飛んできて、彼に覆い被さる。

 

「我こそは……ショッカーが誇る大天才、死神博士だッ!!」

「では、よろしくお願いします」

「む……これを……?」

 

 鳴滝が手渡したのは、海東が盗んできた設計図と士のディケイドライバー。一晩でディケイドライバーのスペックを大きく向上させるために改造を頼むのだ。

 

「あなたにしては、かなり危ない橋を渡るようなことをしますね」

「ダークディケイドに勝つ手段はこれしか考えられなかったのだ。だが、これで世界は救われるはずだ」

 

 二人は、改造を施されていくディケイドライバーを眺めていた。




次回 仮面ライダーディケイド2 最終回

「何度向かってきても同じだということだ!」
「かつてお前は世界征服のためにとある怪人を作った」
「その怪人は仮面ライダーと名乗り、人々に勇気を与えた」
「ならば……お前はなんだというんだ」
「俺は――」

第23話「通りすがりの仮面ライダー」

全てを破壊し、全てを繋げ!


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第23話(終)「通りすがりの仮面ライダー」

「我こそはショッカー。世界の破壊者だ」

これまでの仮面ライダーディケイド2は……

「士くんは怪人じゃありません!」
「止められるのは同じディケイドであるお前だけだ」
「ならば次にお前たちを完全に殺し、その後にこの世界を破壊してやる……!」
「ショッカーが誇る大天才、死神博士だッ!!」


 夜が明ける。世界の崩壊まで秒読みであることを思わせぬ、なんとも清々しい朝だった。

 士はスタジオの扉を開け、中に入る。昨日鳴滝に預けたドライバーを受け取りに来たのだ。

 

「いよいよだな」

「ああ。ん……?」

 

 士は、鳴滝の持っていたドライバーに違和感を持った。彼の手からドライバーを奪い、裏表を確認する。

 ベースカラーは銀色から黒に変わり、ハンドルの色も赤青緑の三色から赤一色に。そしてなにより、真っ白だったドライバーは異彩を放つマゼンタカラーになっていた。

 

「……」

「ディケイドライバーは新たな進化を遂げた。もう世界融合マシンなどではない。仮面ライダーディケイドのためのバックル――ネオディケイドライバーだ」

「これがダークディケイド(あいつ)を倒す秘密兵器か?」

「ああ。一晩でよくここまでやってくれたものだ」

 

 鳴滝は頷く。そして、机の上で気を失った栄次郎を見た。士もそれに釣られて彼の視線を追いかける。

 とても過酷な作業だったのだろう。栄次郎の足元には、ヒビの入った死神博士メモリが落ちていた。

 

「……? なんだこれ」

 

 士は、眠っている栄次郎の手の下に何かが書かれた紙を見つけた。テーブルクロス引きのようにスッと引き取る。

 

『士くんへ 現像代とカメラの修理代に上乗せしておきます ちゃんと払っておくれよ 夏海に叱られてしまうからね』

 

「……はっ、世界のための仕事に金を取るのか。がめつい爺さんだ」

 

 そして彼は手紙の最後の行に目をやる。

 

『いってらっしゃい』

 

 士は手紙を二つ折りにし、机の上に戻した。

 

「ちゃんと払ってやる。ダークディケイドを倒したその後にな」

 

 絶対に帰ってくる。士の決意は更に固くなった。彼は扉の前に立つ人影に視線を向ける。ユウスケも夏海も準備が整ったらしい。覚悟の決まった表情だ。

 

「待ちたまえ」

 

 鳴滝は士にそう言い、一枚のカードを手渡した。士は黙ってそれを受け取る。

 

「必ずダークディケイドを倒してくれ」

 

 窓から光が差し込む。暗かった部屋が明るくなった。

 世界の命運は、彼らの手に委ねられた。

 

 

 

 

第23話「通りすがりの仮面ライダー」

 

 

 

 

 士たちは決戦の地に向かっていた。

 キバーラがダークディケイドライバーの一部を破壊したため、世界の崩壊は昨日の範囲以上には広がっていなかった。

 ショッカーは同じ場所に鎮座していた。士の姿を確認すると、ゆっくりと立ち上がる。

 

「ちゃんと律儀に待っていてくれるとはな」

「お前を倒せば、どちらにせよ世界の崩壊は起こる。ならば完全な状態で、今度は逃げることもできないように徹底的に叩き潰すだけだと思っただけだ」

 

 ショッカーの口調は落ち着いているが、表情は怒りと憎しみに満ちていた。

 

「ふん!」

 

 彼の腰にダークディケイドライバーが現れる。キバーラにつけられた傷は完全に直っていた。

 

「逃げねえよ。そして、倒されるのはお前の方だ!」

 

 士はドライバーを取り出し、腰に巻きつける。

 

「……? なんだそのベルトは」

 

 ショッカーは見慣れないベルトに気づく。

 

「ああ、これか? お前に勝つために強化したんだよ。……金でな」

「適当なことを言いおって」

 

《カメンライド》

《カメンライド》

 

 士とショッカーは同時にカードを装填する。そしてユウスケと夏海も変身の姿勢をとった。

 

「変身!」

「変身」

 

《ディケイド》

《ディケイド》

 

 二人のディケイドが睨み合う。辺りに静かな時が流れる。風が吹き、土埃を舞い上がらせた。

 ふとダークディケイドは高台から飛び降りた。それと同時に三人のライダーは走り出す。

 

《アタックライド イリュージョン》

 

 ダークディケイドは空中で三人に増える。クウガとキバーラは増えた二人のダークディケイドと戦う。そして残った本体はディケイドと組み合う。

 

「何度向かってきても同じだということだ!」

「そいつはどうだかな!」

 

 ディケイドはダークディケイドを突き放し、ライダーカードを持つ。同時に相手もカードを持った。

 

《アタックライド スラッシュ》

《アタックライド スラッシュ》

 

 二人のライダーは腰のホルダーからライドブッカーを取り、持ち手を引き上げる。ブンと振ると、先から刃が飛び出た。

 残像のエフェクトを出しながら二つのライドブッカーがぶつかった。両者の持つ武器から激しく火花が散る。

 

「はああああっ!!」

「ぐあっ!?」

 

 押し勝ったのはディケイドの方だった。

 アーマーから火花を散らしながら転がるダークディケイド。クウガやキバーラ、そして彼らと戦っていた分身のダークディケイドもそれを見て固まった。

 

「な、なぜだ。全てのライダーの力を研究し開発したダークディケイドが……!」

 

 彼はよろよろと立ち上がる。ダメージを受けた箇所に手を当て、信じられないとばかりに首を振る。

 

「俺はもう、お前が知っているディケイドじゃない」

「……なに」

「今の俺は……そうだな。ネオディケイド、とでも呼んでもらおうか」

「小癪な!」

 

 ダークディケイドはディケイドに殴りかかる。

 

「馬鹿な! そんな! ことが! あってたまるか!」

 

 パンチの動きが、はっきりと見える。ディケイドは攻撃を避け、あるいは受け止める。

 前回戦った時は明らかに劣勢だったが、ドライバーの進化によっていきなり対等に戦えるようになった。しかし、あくまで対等。攻撃を受けてしまえばたちまち立場は逆転してしまう。

 そしてダークディケイドにあってディケイドにないカードもある。場合によってはその一手で勝負が決まってしまうかもしれない。

 

「ぐっ……!」

 

 ダークディケイドの鋭いパンチがディケイドの肩を掠った。一瞬それを気遣ったディケイドに隙が生まれる。ダークディケイドはそれを見逃さない。

 

「ハアッ!!」

「ぐあああっ!」

 

 今度はディケイドがダメージを負ってしまった。ダークディケイドの反撃が始まる。

 時を同じくして、クウガとキバーラもダメージを受けていた。二人はディケイドとは違い、特に目立ったパワーアップがあったわけではない。依然ダークディケイドが研究したままの姿という絶望的な状況だった。

 

「夏海ちゃん……大丈夫?」

「はい……。でもちょっと、厳しいですね……」

「そうだ、夏海ちゃん――」

 

 クウガはキバーラになにやら耳打ちをする。その間も敵の攻撃の手は止まらない。二人のダークディケイドはライドブッカーをこちらに向け、銃弾を発射する。

 

「よし……」

 

 クウガは立ち上がり、一歩前に出た。

 

「超変身ッ! ……うぐっ!」

 

 タイタンフォームに変身し、銃弾を全てその身に受ける。防御力が高い形態とはいえ、無数の攻撃に苦しそうな声を上げる。

 しかし、彼はその状況でも一歩、また一歩と前に進み始めた。

 

「……」

 

 痩せ我慢もその辺にしておけと言いたげに、二人のダークディケイドは右手で銃を撃ちながら左手にカードを構えた。

 

《アタックライド コピー》

《アタックライド コピー》

 

 仮面ライダーウィザードの能力。彼らが左手を前に突き出すと、そこに魔法陣が現れる。その中から二丁目の銃を取り出し、クウガに発射する。合計四丁の銃から攻撃を受けながらも、クウガは足を止めない。

 

「ううっ……ぐはっ……」

 

 そして、攻撃が届く範囲まであと数十センチというところで足を止めた。ゆっくりとクウガの視線が落ちていく。その大きな鎧が、糸が切れたかのように力を失い、倒れていく。

 二人のダークディケイドは彼が力尽きたことを確信し武器を下ろした。

 そんな二人の視界に映っていたのは、クウガの遥か後方で力を溜めていたキバーラだった。

 

「……!?」

 

 キバーラの必殺技は、光の翼で飛翔しながら敵を斬りつけるもの。だが今回は違う。全てのエネルギーをキバーラサーベルに集め、それをこちらに向けて構えていた。

 クウガの進撃はこれを隠すため。気づいた時にはもう遅い。

 

「やあっ!!」

 

 クウガが完全に伏せた瞬間、キバーラは武器を投げつけた。

 刃は猛スピードで空を切る。そしてかつての士のように、ダークディケイドのドライバーに突き刺さった。

 

「……ッ!?」

「今だあっ!!」

 

 すかさず立ち上がるクウガ。

 確かに並々ならぬダメージは受けていたが、倒れたのは力尽きたと思わせるための演技であり、キバーラへの攻撃の合図だった。

 クウガはダークディケイドに突き刺さった武器の柄を両手で握った。キバーラサーベルはタイタンソードへと変化する。ダークディケイドはそれを引き抜こうとするが間に合わない。

 

「おりゃああああああッッ!!」

 

 クウガは敵の体をねじ切るように武器を回し、隣にいたもう一人のダークディケイドごと切り裂いた。

 二人のダークディケイドの体に紋様が浮かび上がり、爆散する。タイタンソードからはしゅうも煙が上がっていた。

 ぜえぜえと息を切らすクウガはその場に膝をつく。そして駆け寄るキバーラに向かってサムズアップした。

 

 

 

 

 遠くの方から伝わる爆発の衝撃。

 

「あいつら、やったみたいだぜ」

「ああ。そうらしい」

 

 二人のディケイド、士とショッカーは戦いながらそれを一瞥する。

 仲間は勝利を手にした。自分も負けられない。ディケイドの手に力が入る。ダークディケイドはサッと後ろに引き、避けた。

 

「それも無駄だがね」

 

《アタックライド トリックベント》

 

 同能力のカードを使用する。ダークディケイドは再び三人に増える。

 

「何度倒されても復活する……か。ライダーのガワを被っても怪人らしさは変わらないみたいだな」

「私はお前たちを軽く見過ぎていたようだ。かつてその油断をライダー共に突かれ、苦汁を飲まされてきたというのに」

 

 三人のダークディケイドはそれぞれライダーカードを持つ。

 

《アタックライド キングラウザー》

《アタックライド メダガブリュー》

《アタックライド リボルケイン》

 

「今度は跡形もなく完全に消してやる。この最強の力を使ってな」

 

 中央のダークディケイドはそう言って、発光する杖を振るう。

 クウガとキバーラはまだ次の戦闘ができる状態ではない。ディケイドも一対一ならばなんとかなるだろうが、三対一は分が悪い。

 三つの武器がディケイドに向けられた。

 万事休すか。

 

《アタックライド ブラスト》

 

 突如飛んできた光弾がダークディケイドたちを襲う。三人はそれぞれ手に持つ武器でそれを弾いた。

 その隙に何者かがディケイドを掴み、猛スピードで崖の上まで移動して距離をとった。

 

「大丈夫かい、士?」

「海東!」

 

 ディケイドの手を握っていたのはディエンドだった。ディケイドはそれを振り払う。

 ディエンドは、ドライバーを構えて眼下のダークディケイドたちを見下ろす。

 

「それ、どうしたんだよ!?」

 

 ディケイドは、彼のドライバーの変化に気が付いた。黒ベースだったディエンドライバーは雰囲気の全く違う、シアンカラーになっていた。

 

「うん。君のついでに僕のもいい感じに強化してもらったんだよね。これで僕も『ネオ』ディエンドだ」

 

 彼はディケイドに対し、得意げにそう答えた。

 

「お前なあ――」

「……っ!?」

 

 その時、彼らの立っていた崖が爆発を起こす。ダークディケイドの一人がメダガブリューを発射したのだ。

 ディケイドとディエンドはそちらを見る。

 

「ネオだかなんだか知らんが、今更一人増えたところで戦況が変わるか? お前たちの情報がなかったとしても、先程の戦闘で十分理解した。実力は良くて互角だとな。数で見ればこちらの方がまだ有利だぞ。ダークディケイドライバーの力を侮ったな」

「ふっ。それはこっちのセリフだよ。二人増えたところでどうにかなるとでも?」

「……なに?」

「あ?」

 

 ディエンドのその言葉にダークディケイド、そして隣に立つディケイドまでもが驚きの声を上げる。

 

「駒の数を増やせるのはお前だけじゃないってことさ。お前の敵は、全てのライダーの歴史だ!」

 

《カメンライド オールライダー!》

 

 ディエンドが上空に放った銃弾がパッと散った。そしてその細かい光弾一つ一つが地面に着き、姿を形作る。

 

「これは……」

 

 ショッカーにとって、見覚えがあるどころか深く記憶に刻まれた姿。黒いベーススーツ。銀色の手足。緑色のアーマー。そして赤いスカーフ。最初の仮面ライダー、仮面ライダー1号がそこにいた。

 それだけではない。昭和ライダー。平成ライダー。合計三十二のライダーが召喚された。

 

「行け! ライダーたち!」

 

 ディエンドの声を合図に、ライダーたちはダークディケイドに攻撃を仕掛ける。だが、それをものともせず、ダークディケイドは彼らを蹴散らしていく。

 その景色はまるで夏海の見た夢のよう。数では圧倒しているはずの陣営だが、三人の敵にまるで歯が立たない。

 

「無駄だ! 言ったはずだぞ、お前たちの能力は全て解析済みだと!」

 

 しかし、夢の通りにはいかない。

 やられたライダーたちは消えることなく、再び立ち上がる。そしてダークディケイドたちに向かっていく。

 

「何度やられても立ち上がるとはしつこい奴らだ。フハハ……まるで怪人だな」

「大元を辿ればそうだからな」

 

 崖から降りてきたディケイドがダークディケイドに飛びかかる。ダークディケイドはリボルケインでライドブッカーの一撃を受け止めた。刃の触れ合った箇所から光の粒子が飛び散る。

 

「かつてお前は世界征服のためにとある怪人を作った……。その怪人は仮面ライダーと名乗り、人々に勇気を与えた。お前という悪がある限りライダーは決して倒れないし、倒れるわけにはいかねえんだよ!」

 

 ディケイドがその言葉を放つと、徐々にダークディケイドたちの方が押され始めた。ライダーたちの力が、既に集められたデータを上回ろうとしているのだ。

 

「バカな!? 最強のライダーであるダークディケイドが……」

「仮面ライダーは正義と自由の象徴なんだ。お前にライダーを名乗る資格はない!」

「ふん……ならばお前はなんだというんだ。怪人として生み出されたお前はァ!」

 

 リボルケインの出力がグンと上がった。あまりのエネルギーの大きさにライドブッカーの刃が溶けていく。

 

「俺は仮面ライダーディケイドだ!」

 

 ライドブッカーが完全に切断される。それと同時にディケイドは姿勢を低くし、リボルケインの一撃を避ける。そしてその折れた剣でダークディケイドのドライバーを斬った。

 

「!」

 

 その瞬間二人の左右両側で爆発が起きた。分身のダークディケイドがライダーたちに敗れたのだ。

 

「う……グ……フフフ。まさか……ここまでとはな……」

 

 ダークディケイドは攻撃を受けたベルトを押さえる。黒いドライバーにはヒビが入り、火花が散っている。

 

「何が可笑しい」

「ショッカーと共に生まれたライダーは、ショッカーと共に消え去る運命だ。そう思わないか?」

 

《ファイナル アタックライド》

 

 ダークディケイドはカードを装填する。全身に禍々しい黒いオーラを放ちながら空中に浮かび上がった。ダークディケイドライバーからは激しく火花が散り、爆発寸前だ。

 

「士! ショッカーは自爆するつもりだ。自分の命を犠牲にしてまでもなお士を、ライダーの歴史を消そうとしている!」

「なに!?」

 

《ディディディディケイド》

 

 カードエフェクトが現れ、ダークディケイドとディケイドとを一直線に結ぶ。

 

「ネオディケイドか。私が生み出した怪人がベースであるとはいえ、ライダーの歴史の終わりに相応しい強さだったよ。さらばだ、()()()()()()()()()よ!」

 

 最大出力のディメンションキックを放つ。

 

「いいや。こんなところでは終わらない」

 

 ディケイドは走り出した。

 

「これからも仮面ライダーの歴史はずっと続いていく。俺はただの通過点。俺の物語もまた、通りすがるだけの一地点に過ぎない。俺は――仮面ライダーディケイドは、通りすがりの仮面ライダーだ! 覚えておけ!!」

 

 開いたライドブッカーから飛び出したカードを掴み取る。鳴滝から渡された、最後のカードだ。

 

《ファイナル カメン アタック フォーム ライド》

 

「なに!?」

 

《ディディディディケイド》

 

 ディエンド、クウガ、キバーラ、そして召喚された三十二のライダーたちがカードになってディケイドの方に飛んでいく。そして六枚一組の円を形成し、並ぶ。最後にディケイドのカードが加わり、合計六つの円が出来上がった。

 

「終わりだ! ショッカーッ!!」

 

 カードを突き抜けていくダークディケイド。カードの中を通り過ぎていくディケイド。両者がぶつかる。

 

 

「うおおおおおおおおっ!!」

「アアアアアアアア!!」

 

 

 叫ぶ二人。

 周囲を巻き込む大爆発が起きた。

 

 

 

 

 煙が晴れると、ディケイドはディエンドたち三人と共に立っていた。

 

「勝負あったな」

 

 彼らの視線の先には、地面に伏したダークディケイドがいた。

 

「またしても……ライダーにしてやられたか……!」

「お前の野望は阻止した。これで世界は救われたんだ」

「フ……甘い。私を倒しても……財団Xはなくならない。もう既にあれは私の意思とは別に動いている。第二第三の私が現れるのも……時間の問題だ」

 

 残された財団Xは、元の目標を完全に忘れ去っていた。それぞれの支部で出資した研究が成長していく。それらはいずれライダーたちの脅威になりうるかもしれない。

 

「そして……ショッカーもまた滅びぬ! 『お前というライダーに倒された』という物語が存在する以上……そこからいずれ復活する! 次はお前以上の力を得てやるぞ……! ハハ……残念だったなァ……。ハッハッハッハ――」

「その時は」

 

 ダークディケイドの高笑いをディケイドが遮る。そして彼に向かって指をさす。

 

「また仮面ライダーがお前を倒すさ」

「……!! おのれ……」

 

 勝ち誇るでも虚勢を張るでもなく、ただ当然であるという口調。それを聞き、ダークディケイドは恨めしそうに拳を握りしめた。

 

「おのれ仮面ライダァァァアアーーッ!!」

 

 ダークディケイドは天に向かって吠え、爆発した。

 かくして、ショッカーの長年に渡る計画は失敗に終わったのだった。

 

 

 

 

 ダークディケイドライバーによって破壊されていた空間もいずれ元に戻るだろう。もうこの世に、世界を破壊する力を持ったドライバーは存在しないのだから。

 光写真館のスタジオに戻ってきた一同は、ダークディケイド関連の出来事でする暇のなかった掃除をしていた。一生懸命働く夏海とユウスケとキバーラに対し、士はまたサボり気味。そんな彼に鳴滝が近づいてきた。

 

「よくやってくれた。ありがとう。全ての世界を代表し、私が礼を言わせてもらう」

「世界の代表とは傲慢だな」

 

 士は久しぶりにレンズ越しの世界を眺めながら、そう言った。

 

「士くんもですよ! ちゃんと掃除してください」

 

 夏海にハタキを手渡される。

 

「世界を救ったから疲れたんだ。このくらい、俺がいなくてもできるだろ。頼んだ」

「それはそれ、これはこれだろ。俺たちも頑張ったんだからな?」

 

 ユウスケは「どいてどいて」と士の背後の窓の拭き掃除に取り掛かる。

 

「ようし、一旦こんなもんにして、ちょっと休憩しようか」

 

 徹夜明けの栄次郎は一眠りした後、士らの帰還を喜び、今は掃除に勤しんでいた。そんな彼の一声で少しの休憩時間が取られた。

 

「これで士の旅も終わったんだよな? やれること全部やったし、破壊者でもなくなったし?」

「ああ。そうかもな」

「よかったですね。じゃあ、次はどうしましょう? またどこかに、宛のない旅でもしますか?」

「次の旅の先は決まっている」

 

 三人は鳴滝を見た。まだ旅は終わっていなかったのか。後出しの情報もいい加減にしろ、と士は顔をしかめた。

 

「次にお前が行くべきはジオウの世界。平成ライダーを統べる王の世界だ」

 

 鳴滝がそう言うと、彼の背後にオーロラが現れる。そしてそこに一人の高校生の姿が映し出された。

 

「王? こいつがか?」

「ジオウの……世界?」

 

 オーロラの映像が変化する。高校生が変身した、なんとも奇抜な顔をしたライダーが戦う様子。

 

「この世界で、新たな時空の歪みが起ころうとしている。平成を揺るがす大きなものだ。ショッカーのしようとしたことと同じように、平成の歴史が無くなってしまうかもしれない」

「ほーう。なら、その原因を俺が倒してきてやろうか」

「お前では無理だ」

「じゃあどうすればいいんだよ」

「仮面ライダージオウを最高最善の魔王へと成長させる。これがお前の最後の仕事だ」

 

 最高最善の魔王。矛盾しているような、そうでないような。夏海とユウスケはぼんやりとしたワードを聞かされてぽかんとする。士はそんなことは軽く受け流し、質問する。

 

「なるほど? で、具体的に言うと俺はその世界で何をすればいいんだ? 王様の召使にでもなれってのか? それはごめんだぜ」

「もう役割は必要ないだろう。お前はお前として、門矢士として行動すればいい。王はお前からライダーのあり方を学ぶだろう」

「そんな利口そうなガキには見えないがな」

 

 普通の高校生常盤ソウゴ。どんな少年であるか不明。だが――面白そうだ。士の口元が緩んだ。

 

「士から勉強するなんて、この子可哀想にな……」

「ですね……。ちゃんと良い王様になるんでしょうか……」

「う、うるさいぞ」

 

 ふと、鳴滝は士に手をかざす。そして次の瞬間、ブワッと強い風が吹いた気がした。

 

「……なんだ?」

「私の、歴史の管理者の力の一部を分け与えた。これで世界を渡ることも、限定的ではあるが新たな力を生み出すこともできるだろう。さあ、行け! 仮面ライダーディケイド、門矢士!」

 

 オーロラの映像はいつのまにか消えていた。残されたオーロラはジオウの世界へと渡るゲートになった。

 

「士くん、行ってらっしゃい」

「あんまり虐めんなよ~」

 

「ああ。行ってくる」

 

 そう言って、士は新たな世界に旅立ったのだった。




仮面ライダーディケイド2 完


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ディケイドが平成二期のリマジ世界を巡る物語はこれで終わりです。
この後は仮面ライダージオウ本編へ続く、というように想定しています。
ここまで読んでくださり、ありがとうございました!


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