悲しませるのが嫌なので、防御力に極振りしたいと思います。 (日名森青戸)
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極振り防御とキャラ紹介。

(・大・)<キャラ紹介コーナー。

(・大・)<なお、随時更新予定です。

(・大・)<それからいきなり話が消えた剣についてですが、

(・大・)<挿入投降というのが今回初めてだったので、テスト代わりに一旦入れてまた削除という形をとらせていただきました。



※8/25修正しました。


アバター:メイプル・アーキマン

 

現実:本条楓

 

年齢:15

 

メインジョブ:【盾士(シールダー)】(盾士系下級職)

 

<エンブリオ>:【毒葬死龍】ヒドラ

 

紹介:

世界派。

理沙に勧められてデンドロを始めたが、エンブリオ孵化前に理沙がPKされるのを目の当たりしてしまい、それが原因で恐怖に囚われてPTSDを患ってしまう。

以来デンドロに対して恐怖心を持っていたが、PKテロ終結と共に理沙を死なせないという理由で再びログイン。ギデオンに向かう道中でエンブリオが孵化する。

痛いことに対する耐性がほぼ皆無なのはPTSD発症前から。なので、理沙に勧められて始めたゲームは基本全て防御力に極振りしてる。

即答レベルで防御関係のものを選んだのでチェシャからは若干引かれてた。

 

追記:

原作版と比べると多少落ち着いた感じが付与されている。

デンドロでの生活が濃かった影響かもしれない。

 

(・大・)<原作メイプルがマンチカンなら、この作品のメイプルはトイプードルかもしれない。

 

(=□ω□=)<例えが可愛すぎてあんまり変わらない気がする件。

 

 

 

 

アバター:サリー・ホワイトリッジ

 

現実:白峯理沙

 

年齢:15

 

メインジョブ:【闘牛士(マタドール)】(闘牛士系下級職)

 

<エンブリオ>:【呪転舞踊】カーレン

 

紹介:

遊戯派だが、普段はメイプルに合わせている。

かなりのゲーマーで、今までプレイしたゲームの中で身に着けた集中力による人外級の回避力を持つ。

デンドロを進めた張本人だったが、動機はメイプル(楓)と一緒にゲームをしたいから。だがその為にエンブリオ孵化直後にPKされてしまい、メイプルに痛烈なトラウマを植えてしまった。

PKテロ終息後はそのまま辞めようと思っていたが、メイプルに促されて再びデンドロを始めることに。

デンドロ外では明るい部分が多いが、デンドロ内では戦場の戦士みたいに冷静さが見える。

過去のトラウマ体験故に今もホラー系全般が苦手。一度幽霊と認識してしまえば悲鳴を上げて我先にと言わんばかりに逃げ出す。

 

追記:

記述の通り、彼女の才能は経験で養われた後天的なもの。先天的天災児と比べると劣るが、それでも人外級。

優勝したゲーム大会の一つに、FPS部門等に分かれて行ったものもあり、そこで某大佐と顔合わせした。

 

 

 

 

 

アバター:クロム・B・ワークス

 

メインジョブ:【???】(???系?級職)

サブ:

騎士(ナイト)

呪術師(ソーサラー)

死兵(デス・ソルジャー)

決死隊(フォーロン・ホープ)

暗黒騎士(ダークナイト)

死騎(デス・キャバリア)

 

<エンブリオ>:【不滅文長】フナサカ

 

紹介:

遊戯派だったが、レイとユーゴ―と同行したイベントクエスト後に世界派になったかもと自覚している。

けっこうゴツい体型。そのため軽装よりも鎧が似合う。面倒見がよく誠実でおおらか、真面目。

ちょくちょく王都内の神造ダンジョン<墓標迷宮>で特典武具の動力源である怨念を補填目的に潜っていたが、奇跡的(?)にも〈超級〉のフィガロとは殆ど顔見知り程度。本人曰く、「フィガロは気にも留めてないと思っている」。

PKテロの時にはエンブリオの能力と致死ダメージ回避アイテム切れ、更に〈K&R〉の〈マスター〉の〈エンブリオ〉との相性差故にPKされてしまったが、本人は助けた相手のほうが気がかりらしい。

デンドロの先輩として、メイプルやサリーの負担を減らそうと思っている。

 

追記:

防振り原作のユニークシリーズの装備(鎧)はイズ手製となっている。ユニーク入手前の姿は普段着みたいなものとして使っている。

頭部装備は特典武具。この中ではデンドロ歴は2番目くらいに長いが、なぜかレベルはベテランの平均程度。ステータスもルーキー〈マスター〉数十人がかりのリンチにできる。

 

(・大・)<ただし殺せるとは言っていない。

 

 

 

 

 

 

アバター:イズ・フローレンス

 

メインジョブ:【高位鍛冶師(ハイ・スミス)】(鍛冶師系上級職)

サブ:

鍛冶師(スミス)

鎧職人(アーマーマイスター)

高位鎧職人(ハイ・アーマーマイスター)

錬金術師(アルケミスト)

爆破師(ボマー)

 

<エンブリオ>:【真造炉心】ブリギット

 

紹介:

世界派。

現実では天才的な腕を持った彫金師。こちらではDDC所属の鍛冶師。

自分の作品の発表の為の海外旅行で起きたある事件で右手の薬指と小指を損失。

幸いすぐに見つかって縫合してもらったが、以前の感覚まで回復できないことを知り、絶望のどん底に突き落とされる。

失意の中、もう何もないと自殺を考えていたが、ある日乗り込んできた担当医の娘からデンドロの事を知りログイン。孵化した直後に就いた【鍛冶師】でアイテムを作り上げた時、感動のあまり周囲がドン引きされるほど笑っていたという。その後、エンブリオの特性もあって生産職一筋になった。

王都封鎖の一件で自分の所属する国家が原因と勘付き、メイプルとサリーに対して多少の罪悪感はある模様。

 

追記:

(・大・)<多分この中でトップクラスに過去が重い人と思っている。

 

 

 

 

 

 

アバター:カスミ・ミカヅチ

 

メインジョブ:【鬼武者(オーガー・ザムライ)】(武士系統上級職)

サブ:

武士(サムライ)

剣士(ソードマン)

鑑定士(アプレイザー)

 

二つ名:〈嘘吐狩〉

 

<エンブリオ>:【怨刀追蛇】キヨヒメ

 

紹介:

世界派。

現実では剣道部所属で実家が歴史研究家。そのためか骨董品ものには目が無く、時代劇を好んでよく見ているサムライガール。和歌山出身。

男女分け隔てなく話す性格でコミュニケーション能力は高めで、落ち着いた物腰。

2年前ある小学生に「あなたの剣はどういうものなのですか?」と質問されたところ、返すことができなかった。以降考えを巡らせても自分の剣がどういうものか見出せず、それが原因で剣道でのスランプに陥ってしまう。

このまま足を引っ張るより足を洗ったほうが良いと判断し、退部届を提出すると、部長からデンドロの存在を知り、自分の剣がどういうものなのか模索している。

因みにメイプルと同等クラスの即答で天地スタートしたので担当したラビットからある種感心されていた。

 

追記:

小学生というのは原作読んでる人ならもうお分かりですよね?

因みに彼女だけリアルの地域が紹介されている。

 

(・大・)<おそらくこの中では上から数えたほうが早いくらい

 

(・大・)<ジョブ構成がイメージしやすかったキャラ。

 

 

 

アバター:カナデ・ベアトリス

 

メインジョブ:【鋼鉄術師(メタルマンサー)】(魔術師系統金属操作魔法特化型上級職)

サブ:

魔術師(メイジ)

彫金師(ゴールドスミス)

 

<エンブリオ>:【磁界空域】スタージャン

 

紹介:

遊戯派。

ずば抜けた記憶力を持った天才少年。ただし、当人はそれを快く思っておらず、人付き合いは消極的。ただお祭りのようなイベントには積極的に参加する。

ギデオンに拠点を移そうとしていた所をメイプル達に会い、PKテロの被害者という理由で同行することになった。

彼もPKテロに遭っており、<超級殺し>ことM氏に不意打ち紛いに後頭部から撃ち抜かれた。

食生活と睡眠は割とめちゃくちゃ。食事は栄養さえあればいいとしている。そのことを豪語したらクロムの拳骨を頂いた。

 

追記:

実は竜車での会話でマリーが自分を殺した〈超級殺し〉ではないかと目を着けていた。そのこともあってルークからは関心めいた僅かなライバル心を抱かれている。

ある時2人の口論に出くわした霞(三人娘のほう)も妄想が捗ってオーバーヒートでぶっ倒れた。

 

(・大・)<霞の空想空間ではそりゃもう捗りに捗ったでしょう。

 

 

 

アバター:ユイ・フィール

 

メインジョブ:【壊屋(クラッシャー)】(壊屋系統下級職)

サブ:

投手(ピッチャー)

 

二つ名:〈崩壊姉妹〉

 

<エンブリオ>:【合縁白槌】ルイーゼ

 

紹介:

世界派。

馬鹿げた攻撃力の根幹は現実世界での筋力に乏しさから。身長も弄れるとトゥイードダムから聞いたので早速身長も高くしようと思ったが、その際に決定ボタンを押してしまった為に現実とほぼ同じ身長になったのを後悔している。

現実で自分と瓜二つのマイのリアルの姿に苛立っていて、先述の動機で彼女のいないデンドロにログインしたが、そこでばったりマイと会ってしまう。口論の中でレイレイと会い、彼女の下で修業することに。

だがマイとの共同生活で我慢の限界が来たのか、怒りと衝動でマイとPK紛いの喧嘩に発展。その後、海道に迷い込んだUBMをマイとタッグで撃破。その後、マイと和解したと同時に現実でも姉妹であることが判明する。

上記の事もあってか、レイレイの事を師匠と呼び慕い、彼女からシュウが【破壊王】だということも知っていた。

エンブリオ孵化後に図書館で元ネタの小説を見つけて読んでみると、ルイーゼと自分との境遇がそっくりで、親近感を得ている。

 

追記:

最近師匠であるレイレイさんと会ってなくて残念がっている。

しかしイズに自分達用の熊の着ぐるみを貰ったのでシュウとおそろいということで割とご満悦。

 

 

 

 

アバター:マイ・ルナー

 

メインジョブ:【壊屋(クラッシャー)】(壊屋系統下級職)

サブ:

投手(ピッチャー)

 

二つ名:〈崩壊姉妹〉

 

<エンブリオ>:【奇縁黒斧】ロッテ

 

紹介:

世界派。

馬鹿げた攻撃力の根幹は現実世界での筋力に乏しさから。身長も弄れるとトゥイードルディーから聞いたので早速身長も高くしようと思ったが、その際に決定ボタンを押してしまった為に現実とほぼ同じ身長になったのを後悔している。

現実で自分と瓜二つのユイのリアルの姿に苛立っていて、先述の動機彼女のいないデンドロにログインしたが、そこでばったりユイと会ってしまう。口論の中でレイレイと会い、彼女の下で修業することに。

だがユイとの共同生活で我慢の限界が来たのか、怒りと衝動でユイとPK紛いの喧嘩に発展。その後、海道に迷い込んだUBMをユイとタッグで撃破。その後、ユイと和解したと同時に現実でも姉妹であることが判明する。

上記の事もあってか、レイレイの事を師匠と呼び慕い、彼女からシュウが【破壊王】だということも知っていた。

エンブリオ孵化後に図書館で元ネタの小説を見つけて読んでみると、ロッテと自分との境遇がそっくりで、親近感を得ている。

 

 

追記:

最近師匠であるレイレイさんと会ってなくて残念がっている。

しかしイズに自分達用の熊の着ぐるみを貰ったのでシュウとおそろいということで割とご満悦。

 

 

 

 

 

アバター:ペイン・トーマス

 

メインジョブ【協会騎士(テンプルナイト)】(騎士系統派生型上級職)

サブ:騎士(ナイト)

騎兵(ライダー)

聖騎士(パラディン)

殿兵(リア・ソルジャー)

両手剣士(バスター・ソードマン)

司祭(プリースト)

 

二つ名:〈聖剣〉

 

<エンブリオ>:【血戦王剣】ペリノア

 

紹介:

世界派。

〈集う聖剣〉のオーナー兼〈円卓決議会〉サブオーナー。

王国の騎士団や近衛騎士団とは交流が深く、リリアーナとも旧知の仲だった。

しかし第1次騎鋼戦争により〈円卓決議会〉のオーナーの裏切りにより、【天騎士】の元へ駆けつけたが全員死亡。

騎士団長を喪ったショックで一時ログインしなかったが、再起の為にギデオンに拠点を移して〈集う聖剣〉のオーナーとなった。

 

追記:

リリアーナとは騎士団長健在のころから彼の姉弟弟子の仲。

ふとしたことから口喧嘩するほどだが、近衛騎士団もクランメンバーもいつものこととスルーしている。

そして当然〈ATEL連合〉もといリリアーナのファンからは怒りの矛先を向けられている。

 

(・大・)<因みに【協会騎士】の条件『宗教施設を運営している団体の主要人物からの推薦』は、

 

(・大・)<〈月世の会〉の手の及んでいない教会で行いました。

 

(・大・)<曰く「〈月世の会〉に交渉すること自体危険すぎる」とのこと。

 

(・大・)<追記その2。

 

(・大・)<設定段階の彼の〈エンブリオ〉の名前はモルドレッド。

 

(・大・)<キューコの逆で敵対者の種族と同じ種族別討伐数に応じた自己バフを与え続ける能力でした。

 

 

アバター:ドレッド・ジェフリー

 

メインジョブ:【襲撃者(スニーク・レイダー)】(奇襲者系上級職)

サブ:

奇襲者(レイダー)

短剣士(ダガーマン)

斥候(スカウト)

兇手(デッドハンド)

暗殺者(アサッシン)

 

 

<エンブリオ>:【潜影刃】カルンウェナン

 

紹介:

世界派。

〈集う聖剣〉のサブオーナー。

〈円卓決議会〉時代には【斥候】や【奇襲者】のスキルでの王国内エリアのモンスター状況の報告を中心に活動していた。

基本ものぐさな正確なため、仕事やクエスト以外での厄介ごとはなるべく手を出さない主義だが、自分以外にやれないと判断した場合はスイッチを入れて行動を起こす。

騎士系統の職業は持っていなかった為、近衛騎士団とはペイン達よりは交流が浅い。

第1次騎鋼戦争の時、彼の部隊は寸での所でアドルフの裏切りに気付いたのだが、一足遅かったことを後悔している。

元天災児らしいのか勘が鋭く、特に身の危険を感じるものには過敏に反応する。某三兄妹の妹と同じくらい。

 

追記:

勘の鋭さは鍛え上げられたものというか元かららしく、現実でも山岳救助に用いているらしい。

 

(・大・)<要するに危険察知型の元天災児。

 

 

 

アバター:ドラグ・シャーロット

 

メインジョブ:【狂戦鬼(ベルセルク・オーガ)】(狂戦士系上級職)

サブ:

戦士(ファイター)

狂戦士(バーサーカー)

壊屋(クラッシャー)

大斧戦士(ギガ・アックス・ファイター)

 

二つ名:〈地割り〉

 

<エンブリオ>:【激情激斧サグラモール】

 

紹介:

世界派。

〈集う聖剣〉所属。

〈円卓決議会〉時代には自らの〈エンブリオ〉の性能を生かした切り込み隊長的な活躍をしていた。

言動は荒いが根は優しい。クラン内でも良き兄貴分として信頼されている。

しかし行動理念がフィガロ寄りの脳筋であり、「クエストを邪魔するなら叩き潰して押し通る」という考えを無意識に実行している点はペインを筆頭によく注意されている。

第1次騎鋼戦争の時、オーナーの裏切りにより包囲されてしまうも何十人も道連れにしたのだが、フランクリンの改造モンスターと裏切ったクランメンバーの物量の差に潰され死亡した。

バトルスタイルで視野が狭いんじゃないかと思われがちだが思った以上に周りを把握でき、ペインがいない場合は事実上即席司令塔のような役割を持っている。

 

追記:

装備を選ぶ際は性能重視だが、脳筋王子やファッションセンス壊滅級よりはまだマシなほう。

 

(・大・)<ファッションセンス壊滅級が元呪いの上半身鎧を着た姿を初見で見た時は彼のジョブを【暗黒騎士】じゃないのかと思わず考えてしまったらしいです。

 

ネメシス「常識人がこんな近くに居たとはな……」

 

 

 

 

 

 

アバター:フレデリカ・クーパー

 

メインジョブ:【高位召喚師(ハイ・サモナー)

サブ:

魔術師(メイジ)

賢者(ワイズマン)

召喚師(サモナー)

障壁術師(バリアマンサー)

 

<エンブリオ>:【霊獣甲冑キャスパリーグ】

 

紹介:

世界派。

〈集う聖剣〉所属。

〈円卓決議会〉時代には伝令役兼魔術支援のリーダーを務めていた。

基本しっかりしているが、抜けている点があることを指摘されても素なのか中々治せていない。

それでも自信はあるほうであり、立ち直りも早い。

第1次騎鋼戦争の時、真っ先に後方支援部隊を率いていた自分達が襲われ、最終的には自決デスペナを選び死亡。

間接的にメイプルにトラウマを植え付けた張本人でもあり、その点については今も後悔している。

召喚方法は自らの〈エンブリオ〉を媒体に行い、エレメンタル系の猫型モンスターを召喚する。

因みにルーキー時代は自身の〈エンブリオ〉の使用方法が良く分からかったらしい。

 

追記:

装備を選ぶときは見た目重視。ポーチは見た目とは裏腹に盗難対策を施されている。いつも必需品はこの中に入れている。

 

(・大・)<ファッション(ryが元呪い(ryを着た姿を初見で見た時は絶句して卒倒しかけたようです。

 

ネメシス「本当に済まない……主に私の〈マスター〉のファッションセンスのせいで……」

 

 

 

(・大・)<お気付きの方もいらっしゃるかと思いますけど、

 

(・大・)<〈集う聖剣〉の面々はアバターネームに何かしらアーサー王伝説に係る人物の名前が入っています。

 

(・大・)<この4人は著者の名前が含まれています。

 

 

 

ペイン=トマス・ロマリー

 

ドレッド=ジェフリー・オブ・モンマス

 

ドラグ=シャーロット・ゲスト

 

フレデリカ=スーザン・クーパー

 

 

(・大・)<なお、ドラグだけはシャーロットの名前をゲストの方と勘違いしていた模様。

 

ペイン「オノノイモコ、という偉人を女性と勘違いするレベルだからな。俺も最近まで勘違いしてたが」

 

 

 

 

 

 

アバター:ミィ・フランベル

 

メインジョブ:【大赤龍道士(グレイト・パイロタオシー)】(道士系炎属性特化型超級職)

サブ:

道士(タオシー)

赤龍道士(パイロタオシー)

魔術師(メイジ)

 

二つ名:〈炎帝〉

 

<エンブリオ>:【炎凰巫女スザク】

 

紹介:

世界派。

黄河帝国のクラン〈炎帝の国〉のクランオーナー。当人も討伐ランキング上位10位以内に名を残している。

凛々しいカリスマ性あふれる振る舞いをしているが、素は気の弱い少女。

〈エンブリオ〉孵化のきっかけとなった盗賊クランからティアンを救った際、その凛々しさに惚れた〈マスター〉達から注目され、素がばれないようにと演技し続けた結果引っ込みがつかなくなって苦労している。

その愚痴は主に自分の〈エンブリオ〉たるスザクに向けられている。

 

追記:

デンドロに来た理由は「素の自分を受け入れてくれる友達が欲しい」とのこと。現実でも現状と大差無い生活を続けていたのだろうか。

 

(・大・)<ある意味〈エンブリオ〉イメージがとりやすかったキャラクター、パート1。

 

 

 

 

アバター:マルクス

 

メインジョブ:【土龍道士(ランド・タオシー)】(道士系地属性魔法特化型上級職)

サブ:

道士(タオシー)

罠師(トラッパー)

発破工(ブラスター)

呪符道士(カースド・タオシー)

 

二つ名:〈罠屋敷〉

 

 

<エンブリオ>:【殺戮牙城フィッチャー】

 

紹介:

遊戯派。

〈炎帝の国〉所属。

少々根暗の気もある心配性。だが相性の差もあるが逸話級UBMを葬るほどの実力を持つ。

成功しても元来の性格ゆえに自信が付くことも無いが、調子に乗って失敗することはあまりない。

特殊な素質を持つ無自覚型元天災児であり、傍から見たら適当に置いた罠が周囲が引くほどに当たり続ける。ただし、本人曰く「ドレッドのような危機センサーに優れた相手にはあまり効果がない」とのこと。

罠の制作も黄河にいた頃から手慣れており、罠の解除が別の罠の起動スイッチにしてしまう二重トラップは容易く仕上げられる。

 

追記:

デンドロに来た理由は「気兼ねなく自作の罠を作ったり使える環境が欲しかった」とのこと。彼の逸材はリアルでの事情により幼少から罠制作や設置に携わっていたもの。つまり後天的型の元天災児。

 

(・大・)<なお、対人の戦闘方法は〈エンブリオ〉に閉じ込めてからの罠の応酬による嬲り殺しである為、

 

(・大・)<ある意味ミィほどではないが、クラン内では上から数えたほうが早いくらい敵から恐れられている。(当人は全く気付いてないが)

 

 

 

アバター:ミザリー・クレティアン

 

メインジョブ:【司教(ビショップ)】(司祭系上級職)

サブ:

司祭(プリースト)

生贄(サクリファイス)

魔術師(メイジ)

閃光術師(フラッシュマンサー)

付与術師(エンチャンター)

医師(ドクター)

 

二つ名:〈鉄血聖女〉

 

<エンブリオ>:【鉄血聖杖ディンドラン】

 

紹介:

世界派。

〈炎帝の国〉所属だが、元は〈円卓決議会〉所属だった。

後方支援及び回復魔法のスペシャリストであり、かつてはフレデリカと共に後方支援のエキスパートであり、当時は彼女とも良く交流していた。

第1次騎鋼戦争の時はフレデリカの時と同様、真っ先に襲撃され、最終的には自決デスペナによって死亡。その後、王国には居られないと言い残して一人黄河へと渡った。(黄河へのルートは王国西部からぐるっと航路を渡った)

最強ビルドのひとつだった『生贄MP特化理論』を今も愛用している。

 

追記:

現実でイズと面識のある……というか、彼女がイズにデンドロを伝えた張本人。イズを治療した医師は彼女の親にあたる。

両親を説得して自力で入手し、それをイズに手渡したのがきっかけ。自分はその1年後くらいに始めた(その時には【女教皇】のジョブは取られていた)。

 

(・大・)<なお、ルーキー時代は自分の〈エンブリオ〉のリソースに血が必要と表記されていたのを真に受け、

 

(・大・)<孵化直後早速補填しようとフルチャージした所失血死でデスペナ。

 

(・大・)<デスペナ明け直後に概要を見てみたら、ボトル1つにつき血液の1/3を持ってくのだと気付きました。

 

(=□ω□=)<2/3も取られて失血死にならなかったのが奇跡だよ。元ネタの死因も失血死だったし。

 

(・大・)<なお、彼女のファミリーネームの元ネタはクレティアン・ド・トロワ。

 

 

 

アバター:シン・ライアース

 

メインジョブ:【大双剣士(グレイト・ツインソードマン)】(双剣士系上級職)

サブ:

剣士(ソードマン)

戦士(ファイター)

剛剣士(ストロング・ソードマン)

双剣士(ツインソードマン)

 

二つ名:〈無方斬撃〉

 

<エンブリオ>:【増殖双剣】ポケットビスケッツ

 

紹介:

遊戯派。

〈炎帝の国〉所属。

元は王国所属だったが、様々な場所を見てみたいということで旅を続けており、戦争時には黄河に居た。

戦争での現状を知って王国に戻るかどうか悩んでいた所、〈炎帝の国〉にスカウト。踏ん切りをつける為に決闘での採用試験で合格し、同時に黄河所属となった。

戦闘スタイルは普通の剣士ではありえないような複数の方位からの連続攻撃を得意とする。

 

追記:

〈エンブリオ〉の理由は「誰もが使った事の無いような武器を使ってみたい」という願望から。【剣聖】も手に入れたのだが、スキルを使うと飛刃すべてが連動してしまうのを知って断念してジョブリセットした。

現実はレイと大差ない年齢の青年。

 

(・大・)<ある意味〈エンブリオ〉イメージがとりやすかったキャラクター、パート2。

 

(・大・)<ちなみに登場前の設定は「L(ライアース)・キッド」になる予定でしたが、なんかクロムと被るので「ライアース」に止めておきました。

 

(・大・)<当然ながら声優ネタによるもの。

 

 

 

 




(・大・)<そしてこれまでの特典武具保持者リストは以下の通り。


特典武具無し:メイプル、サリー、カナデ、イズ、ドレッド、フレデリカ、ミザリー、シン。

特典武具1つ所持:ユイ、マイ、クロム、カスミ、ドラグ、マルクス。

特典武具2つ所持:ペイン、ミィ。



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PROLOGUE:極振り防御とBADEND
極振り防御と可能性。


2045年 3月6日。 本条楓(ほんじょうかえで)

 

 

 

「これが〈Infinite Dendrogram〉……」

 

帰宅した私は部屋に戻るなり買い物袋の中からあるものを取り出す。

正方形の箱の面にロゴだけのシンプルなものだけど、これは世界中が熱中するゲームなんだとか。

小学校からの友人の白峯理沙(しろみねりさ)は、中学に入ってから幾つも押し付け紛いのゲーム紹介の中でも群を抜いて熱を入れていたのを覚えている。

私はあまりゲームに興味は持たなかったし、高校の合格発表の後だったので、これからどこへ行こうかという時に彼女に連れられ流れ流れで購入して今に至っています。

 

そんな折、突然私の携帯から着信音が鳴る。

こんな時に誰が――いや、もう誰なのか見当はついている。

 

「もしも――」

 

『楓!?デンドロもうやった!?どうだったどうだった!?絶対ヤバいよねこれやったのやったのやったのやったのやったの!?』

 

「うるさいから黙ってて」

 

興奮状態の理沙が矢継ぎ早に畳みかけてきた。

本当にうるさい。散歩に連れてけとせがむ犬じゃあるまいし。

 

『ごめんごめん。ああそうだ。例のジョブは王国にあったよ』

 

「本当?」

 

『他の国にもあったけど、アルター王国のほうが初心者向けだから集合場所は王都の噴水の前ね』

 

「OK。じゃあデンドロで」

 

『早くインしてよね!もう我慢の限界だし涎も止まらないし――』

 

早々に通話を切った。切ってやりましたとも。

絵面にすると色々アウトだし、親友の評価を駄々下がりさせないための処置です。

そしてさっきの台詞を思い返す。

イヌ耳を生やし、大好物(ゲーム)を前に涎を垂らしながら必死に飼い主の命令で待つ理沙の光景を。

……いかんいかん、想像したら若干引いてきた。この件はとっとと忘れよう。

 

「まぁログインだけしといて、なんとかってのが孵化したら終わりにしよっか」

 

自分の想像を振り払いつつそう思ってパッケージを開けると、ヘルメット型のゲーム機と説明書がお目見えに。

説明書の内容はちんぷんかんぷんだったけど、唯一分かった指示通りゲーム機を頭に装着してベッドの上であおむけに寝転がり、ゲームを始めるのだった。

 

この時は、まさか自分が心の底から〈Infinite Dendrogram〉に対する憎悪と恐怖を抱くとも知らずに――。

 

 

 

 

 

 

「いらっしゃーい」

 

暗転した直後に視界に広がったのは、洋風の書斎のような部屋。

次に目にしたのは二足歩行の小さな猫さん。

 

「僕は〈Infinite Dendrogram〉の管理AI13号のチェシャだよー。ここでゲームの設定とかしておくからねー」

 

「よ、よろしくお願いします」

 

妙に間延びしているけど、どうにも緊張感が抜けない。

というか、ゲームにしてはリアルすぎる……。本当にゲームだよね?

 

「ちゃんとゲームだよー」

 

猫さんの言葉に思わず声をおぉぅ…、と漏らす。頭の隅じゃ異世界に飛ばされたのかと思っちゃったよ。

描画選択はとりあえずそのままにしておき、次はプレイヤーネームに。

これは理沙に付き合って始めたゲームの幾つかで使っていたものを。

 

「メイプル・アーキマンです」

 

名前の「楓」と苗字の「本条」を英読みをアレンジ。簡単すぎるね。

 

「はいはーい、次はアバターの容姿を決めてねー。あ、容姿は一度決めると二度と変えられないよー。別ハードを買っても脳波で記録してあるから、同じアバターになっちゃうから気を付けてー」

 

今度はのっぺらぼうのマネキンとたくさんの画面が現れた。

スライド式のバーだけでなく、目や鼻のパーツを収めた画面。もう数えるのも面倒くさくなってくる。

現実の姿をベースにできればそこからちょっと弄ってれば楽なのに……。

 

「できるよー。ちょっと待ってて……ほい!」

 

チェシャさんが指を鳴らす。肉球のその手でどうやったのか気になりつつ、アバター画面に振り返るとマネキンが私の現実の姿そっくりになっててびっくりした。

ああ、これなら簡単だね。後はちょっと目の色を変えたり身長を削ったり、ベースとなる人種を変えた時はお腹を抱えて笑ったっけ。

色々弄って10分くらいしたところでやっと納得のいくものが完成した。ショートボブにアホ毛を付けた、身長145センチくらいの女の子に。

 

ホントはもっとグラマー体系とかにも憧れてたけど、サイズの合わないものを装備してきつい思いをしたら意味ないからね。理沙も「回避特化を目指すならグラマースタイルより自分の体に合わせた方が良い!」って苦渋の決断してるだろうし。

 

次にアイテムボックスと一般配布アイテムを受け取――頭上に降ってきたカバンが頭に直撃した。

ショルダーバッグを思わせるけど、アイテムボックスはこれにも容量や盗難防止のものもあるとか。時間に余裕があったら見てこうかな。

 

「それじゃあ初期装備――」

 

「大盾ってあります?」

 

「早いよ。あるけど」

 

我ながらなんて即答レベル。チェシャさんも思わず素に戻ったように突っ込んだ。

元々痛いのはかなり嫌なほうだから、この手のゲームは防御力を優先してるからね。

服のほうはレザーのシンプルなものを選んで、木の大盾とナイフ、そして路銀の5000リルを貰って準備完了。

 

「いよいよ〈エンブリオ〉を移植するよー」

 

「〈エンブリオ〉?」

 

「あれ?発売から1年は経ってるから、もう情報が出てるんじゃない?先に来たプレイヤーとかから」

 

……情弱な初心者です。

 

「じゃあ説明しとくねー。〈エンブリオ〉はプレイヤーのパーソナルに応じて進化するオンリーワンのシステムさ」

 

それって、レトロゲームにある色違いとかのアレのこと?

そんな疑問をぶつけると猫さんは首を横に振る。

 

「そんなんじゃないよー。似たようなスキルが出るかもしれないけど、完全に同じものはこのゲームの中では一切存在しないんだ。一応大まかな共通カテゴリーはこんな感じだよ」

 

プレイヤーの武具や道具になる、デンドロ内でも最も多いTYPE:アームズ。

プレイヤーを護衛するモンスター型のTYPE:ガードナー。

プレイヤーが登場する乗り物型のTYPE:チャリオッツ。

プレイヤーが居住できる建物型のTYPE:キャッスル。

プレイヤーが展開する結界型のTYPE:テリトリー。

 

ざっくり分けて5つ。まぁ、自分の意思じゃ決められないのはちょっと残念。

 

「移植かんりょー」

 

「えっ」

 

チェシャの言葉で私は左手を見ると、卵型の宝石が埋め込まれていた。

 

「孵化した後は宝石が消えてそこに紋章が浮かぶよー。それがティアンと〈プレイヤー〉を見分けるから、隠さないようにねー」

 

どこまで精巧なんだろう……そんなことを思っていたらふと頭の中である疑問が浮かぶ。

……よくよく考えたら、これって壊れることもあるの?

 

「あるよー」

 

いやいやいや、もしそうなったら大変じゃないの!?唯一の可能性が消えちゃうじゃん!

 

「大丈夫ー。〈エンブリオ〉は第0ならダメージはマスターが受けるし、第1以降は壊れても時間をかけて修復するからー」

 

とりあえず壊れたら終わり、って事はないので安心した。

 

「最後に所属国家を選択してねー」

 

チェシャさんは書斎の机に地図を広げる。アニメとかで見たことのある古い地図が広がるとそれから7か所が光が立ち上って街々の様子が映し出される。

 

 

白亜の城を中心に、城壁に囲まれた正に西洋ファンタジーの街並み

騎士の国『アルター王国』

 

桜舞う中で木造の町並み、そして市井を見下ろす和風の城郭

刃の国『天地』

 

幽玄な空気を漂わせる山々と、悠久の時を流れる大河の狭間

武仙の国『黄河帝国』

 

無数の工場から立ち上る黒煙が雲となって空を塞ぎ、地には鋼鉄の都市

機械の国『ドライフ皇国』

 

見渡す限りの砂漠に囲まれた巨大なオアシスに寄り添うようにバザールが並ぶ

商業都市郡『カルディナ』

 

大海原の真ん中で無数の巨大船が連結されて出来上がった人造の大地

海上国家『グランバロア』

 

深き森の中、世界樹の麓に作られたエルフと妖精、亜人達の住まう秘境の花園

妖精郷『レジェンダリア』

 

 

正直、どこにも魅力を感じた。理沙と一緒に〈エンブリオ〉が孵化したら、観光をしたりして全部の国を見て回ってみたい。子供の頃クリスマスのライトアップを初めて見た時の感動が蘇るようだった。それと同等かそれ以上の魅力を、このマップに感じた。

とまあ、本当はここで迷う所なんだけど、理沙との約束もあるし。

 

「盾を使う職業ってあります?」

 

「盾?それならアルター王国で【盾士(シールダー)】になれるよー。上位には仲間をかばうのを得意とする【守護者(ガーディアン)】や、盾スキル特化の【盾巨人(シールド・ジャイアント)】――」

 

「アルター王国でお願いします」

 

「早いよ。もう一度言う。早いよ」

 

他の場所にも行ってみたいけど、まずは自分のプレイスタイルに徹しないと。痛いのは嫌だからね。

それに理沙もアルター王国の噴水で待ってるって言ってたし。

因みに所属国家を変えられる方法もあるから、気になったらやってみよう。

 

「……このゲームではね、誰もが無数の可能性に満ちている」

 

「英雄にも魔王にも、王になるのも奴隷になるのも、善人になるのも悪人になるのも、何かするのも何もしないのも、この世界に居ても居なくても、誰も咎めるものはいない。君の手にある<エンブリオ>と同じ。これから始まるのは無限の可能性さ」

 

さっきの間延びした口調から、語るようなものに変わる。

今の私にはこの言葉の真意は掴めていないかもしれない。

 

 

 

「これからの君を待つのは、その手に持つ<エンブリオ>と同じ、無限の可能性」

 

 

 

「<Infinite Dendrogram>へようこそ。“僕ら”は君の来訪を歓迎する」

 

 

 

「……それじゃあ、いってきます」

 

私自身、なんでそんな言葉を出したのかわからなかった。この小さなAIさんに感謝するように。これからの旅を見守っていてほしいという意味合いもあったのかもしれない。

 

「いってらっしゃーい。あ、そうそう、最初は“落ちる”けど、死なないから安心してねー」

 

……え?落ちる?

訳が分からず足元に目を向けると、さっきまでの地図と同じ世界が広がって……。

ここで予感した私はパニックになってチェシャさんに止めるよう叫ぶ。

 

「ま、待った待った待った!まさかここから落ちるの!?今から!?アルター王国へ!?無理無理無理無理無理無理!痛いのは嫌だけど絶叫アトラクション系も同じくらい嫌だから!普通こういうのって何も無い所から扉が現れて自分から扉の向こう側の世界に――」

 

自分でも信じられないほどの活舌でそこまで言っていたが、次の瞬間には落下の感覚が。

 

「そんなのないよー」

 

チェシャの無情な一言を聞いていたけど、正直それどころじゃなかった。

このパラシュート抜きのスカイダイビングは、今後私のトラウマBEST5でも第3位に刻まれることとなったでしょう。声量なら間違いなく1位です。

ダントツの第1位は……正直、思い出したくも無いものです。

 




メイプルの天然が発揮される希少シーンかつチェシャのツッコミ。
感想、評価待ってます。

次の話は一気にプロローグ後まで書き終えてから上げる予定です。


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※タイトルはあとがきに用意してあります。

さよなら平和。
また来てトラウマ。


アルター王国王都アルテア中央広場 メイプル・アーキマン

 

 

 

いきなりのスカイダイビングにまだ心臓がバクバクしてる……。初ログインした人は毎回こんなのを経験してるんだね……。

だけど、ふらつく足で南門をくぐった先の光景で、さっきのスカイダイビングの恐怖が嘘のように消え去った。

往来する人々、肌を撫でる風、耳から入る活気の音や声、日の光に照らされる光と影。全てがゲームとは思えない臨場感だった。

 

「そういえば理沙がここで待ち合わせとか言っていたけど……」

 

よく考えたら私の姿がどうか向こうは知らないし、私も理沙がどんな姿なのか知らない。

一応まっすぐ進んで見つけた噴水広場には到着したので、とりあえずそこで待っていることにした。

 

「えーっと……楓、だよね?」

 

右に左に、誰が理沙なのか目で追っていること10分。

一人の少女が声をかけてきた。その声はリアルで何度も聞いたことのある声。

黒に近い茶髪と瞳。私より背の高い155センチくらいの女の子。服は私と同じレザー調の服とショートソード。

 

「ええ。私は楓ですけど……ひょっとして」

 

「そ、改めて自己紹介ね。こっちの名前はサリー・ホワイトリッジよ」

 

理沙も名前を逆転して白峯の英読み。顔もリアルをベースにしていたので予感あった。

 

「宜しく……って、向こうで毎日会ってるからおかしいよね」

 

「いやいや、リアルネームは余程の人じゃなきゃマナー違反みたいなものよ」

 

「じゃあ私も、メイプル・アーキマンです」

 

早速理沙――サリーとフレンド登録してギルドホームへ。この世界じゃ職業に就かないとレベル0のままなんだって。因みにステータスはこんな感じ。

 

 

 

 

 

メイプル・アーキマン

レベル:0(合計レベル0)

職業:無し

HP:96

MP:11

SP:19

 

STR:9

END:12

DEX:10

AGI:7

LUC:18

 

 

 

 

サリー・ホワイトリッジ

レベル:0(合計レベル0)

職業:無し

HP:80

MP:15

SP:20

 

STR:11

END:8

DEX:11

AGI:15

LUC:10

 

 

 

 

 

冒険者ギルドで私は【盾士(シールダー)】、サリーは【闘牛士(マタドール)】――道中【隠密(オンミツ)】がよかったとぼやいていた――を選択。

これで冒険者として準備万端になった。今は雑貨店で2人の路銀、合わせて1万リルを使ってアイテムを揃えている最中だ。

雑貨店の棚には様々なポーション、攻撃魔法を封じたジュエルというアイテムに許可証も――。

 

「あの、この許可証は?」

 

「それは王都に所属するマスターが〈墓標迷宮〉に入る為の許可証だよ。聖騎士様なら話は別だけどね」

 

「それは必要ない!」

 

ティアンらしき店員と許可証の話をしてるとサリーが青い顔をして拒否する。そういやお化けの類駄目だったんだっけね。

それからサリーは初期ポーション数本と一応の閃光玉を買って、改めて準備完了。

その後は王都の色々なところを見て回って、気が付いたら夕方になっていた。

 

「これから戦闘なんだねー。うまくいくかな?」

 

「んで、どうする?王国の東西南北が初心者狩場だけど……」

 

この王国には東西南北に分かれた狩場がある。

北は〈ノズ森林〉、

東は〈イースター平原〉、

西は〈ウェズ海道〉、

南は〈サウダ山道〉。

どこに行っても面白そう。街を観光するのも良いけど、サリーは今にも戦闘を楽しみたいみたい。

 

「じゃあサウダにしよう」

 

「賛成!」

 

早速その〈サウダ山道〉に行こうとした時、早速問題に気が付いた。

 

「ところでどうやって行くの?」

 

「あ」

 

サリーもそこまで考えてなかったみたい。こういうのは誰かに話を聞けばいいんだけど……。

往来する人の中、一人のプレイヤーを見つける。

金髪のポニーテールを揺らし、煌びやかな装飾が施された杖、魔法使いらしいローブ。ブーツ。腰にはポーチ。見るからに魔術師風の私達と同い年の女の人だった。左手の甲に紋章があるからプレイヤー……もとい〈マスター〉に違いない。

 

「あの、すみません」

 

「ん?」

 

「私達、今日ここに来てこれから〈サウダ山道〉に行こうとしてるんだけど、どこにあるのかわからなくて」

 

「ああ、それなら南門を出て道なりに行けばすぐだよ」

 

「「ありがとうございます」」

 

幸い親切な人だったみたいで、その人にお礼を言うと早速南門へ向かっていった。

今思えば、これが私の運命の転換だったのかもしれない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「おい聞いたか?」

 

「ああ、最近ここらの狩場で網を張ってるガラの悪いクランの連中のことか?」

 

「今日もマスターが何十人もやられたらしいんだ。でもあいつらなら3日もすればここに戻ってくるんだろ?」

 

「西の奴らは誰彼構わずだ。マスターじゃない奴らも被害に遭ってるって聞いたぞ」

 

「お陰で都市間の往来が難しくなって困ってるんだよな。確か南は……」

 

「忘れたのか?凶城だよ。あいつらティアンはスルーだからまだいいけど、それでも網を張ってるから行商人がビビっちまって困ってるんだよな……」

 

 

 

 

 

サウダ山道

 

 

「よっ、ほっ、ふっ!」

 

夕方から夜に代わる黄昏時、到着早々狩りを始めた私とサリーは出くわした3体のゴブリンとの戦闘へ。

とはいえ現在3匹のゴブリンの3方向攻撃をまるでおちょくるようにスレスレで回避している。

一方のゴブリンといえば、何度剣や斧を振っても当たらない現状を延々と繰り返しているうちに疲弊が溜まってきたのか、肩で息をしている。お互い目配せしているから、「俺達は蜃気楼でも相手にしてるのか?」と感じているかもしれない。

 

「ハイ終わり」

 

『『『!?』』』

 

瞬間、3対のゴブリンの胴体がすっぱりと切断される。当のゴブリン達は自分の身に何が起きたか理解するより早く、光の塵となって消滅した。

 

「すごいすごーい!」

 

「うん、3体までなら余裕かな?」

 

対するサリーは大きく息を吸って脳に血を巡らせる。サリーのこの神がかった回避は集中力と洞察力の高さからだとか。

ゴブリン達が落としたアイテムをサリーが拾い、アイテムを確認しているとサリーの左手の甲から光があふれる。

 

「おっ、これは……」

 

〈エンブリオ〉の孵化が始まったのを、サリーも直感で感じた。

左手の甲に填められた宝石が外れ、それがサリーの履いている靴と同化し始め、靴からも光を放つとともに変化が起きた。

革のブーツから動きやすさを重視したスニーカーのような赤い靴に。光が収まるとサリーの左手の甲に、青い線で踊る女の人の紋章が刻まれる。

これが、〈エンブリオ〉の孵化……。

思わず感嘆に浸っていたが、ふと我に返った私がサリーに尋ねる。

 

「サリーに赤は似合わないよね?」

 

「ぅッ……た、確かにそうだね。私もどっちかっていうと青が好きだし……」

 

若干好きな色と異なる変化を遂げて肩を落とすするサリーだったけど、早速〈エンブリオ〉のステータスを確認する。ついでに私も横から。

 

「名前は……【呪転舞踊 カーレン】。TYPE:アームズね。モチーフは【赤い靴】みたい」

 

「赤い靴って、童謡の?」

 

「ううん、童話のほう」

 

それって、切り落とされた足を履いたまま踊り続けた靴だよね?大丈夫?

 

「大丈夫。呪いの類は無いみたい。疲労軽減と拘束耐性がセットになってる……。私に合ってるかも」

 

そう言ってサリーはステータス画面を閉じ、コンコンとつま先で地面を小突く。

 

「……うん、割と気に入った」

 

「呪われないよう気を付けてね?」

 

サリーがご満悦ならいいか。

それでも、早く孵化しないかな。私の〈エンブリオ〉。

どんな〈エンブリオ〉なのか、名前は?姿は?能力は?

そんなことを思ってた次の瞬間、

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『よぉ』

 

「……え?」

 

私とサリーの前に、巨大な鎧が降ってきたのです。

 

 

 




第2話タイトル
《極振リ防御/ト/初心者/ガ/狩ラレル場》


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極振り防御と凶城(マッドキャッスル)

まだまだ連続投降いきまっせ。


サウダ山道 【闘牛士】サリー・ホワイトリッジ

 

 

私のエンブリオ、【呪転舞踊 カーレン】が孵化した直後、いきなり現れた鎧に私達は思考が停止した。

見るからにこの場に合わない巨体と威圧感。フルフェイスのヘルムと地肌の見えない鎧は初心者からみても分かる。

 

「いたいた!おカシラがが先回りするなんて珍しいですねぇ!」

 

『クカカカカ!俺らが陣取ってたところにこいつらがノコノコ来ただけだ』

 

「これで30人目だなぁ!今日もがっぽりじゃねぇか!」

 

「可哀想なお嬢ちゃんたちねぇ~?」

 

逃げようとしたところで、ギャング風の男やモヒカン頭の男など、見ただけでガラの悪いプレイヤーたちに囲まれる。

 

「な、なに?何なのこの人達?サリーの友達……じゃないよね?」

 

パニックになるメイプルの隣で、私は今の状況を理解できた。

――こいつらの獲物はモンスターじゃない、私達だ。

 

『じゃあとりあえず……そこのチビから潰れちまいなぁ!!』

 

「……!?」

 

思考停止とパニックで動けないメイプルを鎧が手にした盾で潰そうと振り下ろす。が、それより早く私がメイプルを担ぐ形でギリギリ攻撃を回避できた。

あとは一直線に逃げれば生き残れる。と思っていたらさっきのプレイヤーに退路を阻まれる。

やばい、こいつら見た目よりも統率が取れている。

 

『逃げ足だけは一丁前だな。その靴が〈エンブリオ〉のようだが、まだ第1形態だろう?この中じゃ一番弱ェ、簡単な――あン?』

 

鎧がメイプルの手の甲に気付いたのか、言葉を遮った直後に大爆笑する。

 

『ダァーッハッハッハッハッハァ!!こりゃ傑作だ!このガキまだ第0じゃねぇか!!』

 

「ぶほっ、マジですか!?」

 

「ドンだけトロいんだよそいつの〈エンブリオ〉!」

 

「ちょ、やば、お腹痛い~!」

 

メイプルの〈エンブリオ〉が孵化してないのを見て爆笑が伝染する。

けどこっちは全然笑える状況じゃないし、今の装備じゃこの取り巻き達にすらダメージを与えられない可能性が高い。

だったら……。

 

「目的は何なんですか?」

 

メイプルを下ろして率直な意見を投げかける。

 

「あァ?んなもん教える必要がどこにあるんだよ?」

 

「いやいや、もしかしたら私達、貴方達の欲しいものを持ってるかもしれないんですよ?お金もありますから」

 

嘘だ。

でもこれで応じずともこいつ等の目的が分かるはず。

 

『ほぉ。で、どれくらいだ?』

 

「合わせて1万リルってところでしょうか?」

 

『ハッ、2人で1万だぁ?そんなんで割に合うと思ったら大間違いだぞ?』

 

「そうそう。2人で1万より2人で2万じゃねぇか?雇った奴が1人1万でPKし放題のほうが俺たちにとっちゃ楽な仕事だろ?」

 

つまり1人1万リル――現実で10万円相当――でPKを請け負ってるってことね。

向こうにとっては美味しい仕事だけど、狩られる側はたまったもんじゃないわよ。

でも情報は割れた。後ろの鎧の奴がフルフェイス越しでも苛立ってるのが分かるけど、さっきのギャング風の男の失言に気を悪くしてるみたい。

 

「じゃあアイテム!アイテムがならどうです?」

 

『バカかお前。第1に第0のマスター2人でどんなものを持ってるんってんだ?『私は初心者です』って書いた看板持ってフィールドをうろついてるモンだろうが。お前ら、もう御託はその辺にしてとっとと狩っちまいな』

 

ガラの悪いプレイヤーが獲物を構えて私達ににじり寄る。

このままいけば私達は抵抗虚しくPK()される。けど、このアイテムを使えばメイプルだけでも……。

 

「メイプル、一旦目をつぶって」

 

「え?」

 

怯えるメイプルにそっと耳打ちして、カバンの中のあのアイテムを起動し――。

 

「約束通り……これをあげますよ!」

 

“それ”をPK(プレイヤーキラー)に投げつけた。

 

「なんだこれ?」

 

投げられた“それ”を反射的にモヒカン頭の男が受け止め、

 

『ッ!捨てろバカ!!』

 

鎧が盾を構えた瞬間、

 

 

 

 

“それ”が、ショップで購入した閃光玉が破裂して激しい光を放つ。

 

「ぐああああッ!?」

 

「目がッ、目がああああああ!?」

 

「ぎゃひいいいいぃぃぃ!!」

 

「メイプル、ごめん!」

 

「えっ、うわぁ!」

 

光の中、メイプルを再び抱え上げて斜面を滑り降りていく。

この世界でログアウトをするには、誰にも触れられず、攻撃もされてない状況でしかできない。しかも30秒の時間を要する。

犯罪防止の為とはいえ、これじゃあ逆にPK(プレイヤーキラー)にとって有利すぎるシステムだ。とにかく遠くへ。メイプルだけでもログアウトできる時間を稼げる所へ逃げるしかない。

 

 

 

 

 

『――クソッ、何やってんだてめぇら!!』

 

「す、すいやせんおカシラ!」

 

「あの青チビ、絶対に許さない!」

 

『連絡だ!ジョーダン、魔ムドー!テメェらは南門の道に先回りしろ!王都に逃げ込ませるな!ゴロー、晩ブル、モヒカンXは俺と一緒にあのガキを追うぞ!!』

 

 

 

 

サウダ山道:道外れ

 

 

 

「サリー、ここ王都への道じゃないよ!早く引き返して!」

 

「ううん、あいつら無駄に統率が取れてるし、PKに手慣れてるから先回りしてるかもしれない!気付かれずにログアウトするしか方法が無いの!」

 

ログアウトすればセーブポイントに帰還できる。でも、あいつらがそんなに生易しいならこんな苦労はしない。

どこか、どこか隠れる場所があれば……!

 

「!」

 

焦燥感に駆られる中、小さな横穴を見つけた。丁度目立たない場所で掘られていて、私達サイズの人一人なら余裕で入られる。

その近くまで来た私はメイプルを下ろし、不安のさなかにいるメイプルに言い聞かせる。

 

「いい?私が奴らを引き付けるから、すぐにログアウトの準備をして」

 

「ま、待って!サリーはどうなるの!?一緒にログアウトしたほうが……!」

 

「それだと2人とも確実にやられる可能性が高い。とにかくメイプルはここでログアウトが完了するまで隠れてて。あ、ちゃんと再ログイン場所はセーブポイントに設定してよ?」

 

駄々をこねるメイプルも、渋々ログアウトの準備と共に洞穴に身をひそめる。近くの茂みを刈り取ってそれを洞穴に被せて偽装していると、奴らの声が聞こえてきた。

ここにいたら折角の作戦が全部パーだ。広く、そしてメイプルから離れた場所に誘導しないと。

 

 

 




次はサリーのターン(嘘)。


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極振り防御と刻まれた傷。

ここでようやくプロローグ完結。


メイプルを洞穴に隠した私は手近な小石を投げつけ、3人のPKに気付かせる。

 

「いやがったぞ!」

 

「野郎、完全におちょくってやがる!」

 

さっきの閃光で逆上しているのが手に取るように分かる。

そこから間もなく、丁度洞穴の正面20メートルの所で開けた場所で囲まれる。

これで計画の肝心部分に踏み込んだ。ここからは、私の頑張り。そして、こいつらとの騙し合い。

今ので“4秒”経った。

 

「メイプル!あと“30秒”私が時間を稼ぐから何とか頑張って!」

 

「!!やっぱりログアウトが目的ね!」

 

「だったらテメーを捕まえてお友達の場所を白状してからPK()してやらぁ!!」

 

振り返って雑木林のほうへ叫ぶ。それに伴い剣を持ったギャングう風の男が襲い掛かる。

けど、

 

「ッ!?」

 

大丈夫。激情の分単調になった攻撃なら熟練のPK相手でも避けられる。

次々と迫る攻撃、一撃受ければ確実にデスペナルティを受けるだろう。

当たれば、の話だけど。

 

「何してるの、遊んでる暇は無いのよ!」

 

「わ、わかってる!」

 

「どけ、私が仕留めてやる!」

 

ギャング風の男から女PKが鞭で攻撃を仕掛ける。

だったら――。

 

「《流転》!」

 

「えっ、がっ!?」

 

くるりと闘牛士が猛牛を華麗に避けるように、鞭を避けて肉薄。すれ違いざまに首の動脈目掛け切りつける。

当然ダメージは無い。けど、相手は切りつけられた感覚で思わずたじろいだ。

 

「な、なんだ今の?」

 

「どけ!俺が消し飛ばしてやる!《フレアブラスト》!」

 

続くモヒカン頭の男が魔法を仕掛ける。何発もの炎の弾丸が迫る。

 

「《誘いの円舞》!」

 

僅かに身体を動かして相手の軌道からずれて、魔法を避ける。

背後の木や茂みが炎に当たって爆発し、炎を焚き上げる。

 

「なんだ、魔法の軌道が逸れた?」

 

「だったら一斉にやっちまうぞ!」

 

上手くいってる。痺れを切らして一斉攻撃されるのも想定内。なんとか行ける。

後“15秒”を切った。

 

『テメェら何をしてやがる!!』

 

PKのリーダーの鎧が合流してきた。

あと少しだというのに、こんな厄介な奴が……!

 

「おカシラ!このガキとんでもねぇチートスキルを引き当てたらしくて攻撃が……!」

 

『チートだぁ?……なるほど。で、どっちを向いて叫んでた?』

 

「え?あの雑木林ですけど……」

 

何かPK連中と話をしている。

でも、私の中の本能が警鐘を鳴らしているのが感じられる。

 

『――ハッタリに乗せられすぎだバカ共が!!お前らもう一人のチビの居所を探せ!』

 

――気付かれた!!

やばい、この鎧脳筋に見えて相当頭が切れる!

 

後ろの3人が慌ててメイプルを探しに森に入っていく。

止めなきゃ。前に出て3人を追おうとする私の前に鎧が立ちふさがる。

 

『俺達を騙そうとするなんざ、大したルーキーだな』

 

近くで見てそいつから放つ威圧感に潰されそうになる。

けど、ここで逃げだすチャンスを与えるほどこいつは生温い奴じゃない。

現に、周囲を見ると茂みの陰から逃がさないように奴とつるんでると思われるPKが獲物を手に待機している。

 

『テメェらは手ぇ出すな。チマチマ避けられて時間を稼がれたら厄介だ』

 

手を出すな、か。

見た目だけならあいつは防御を相当高めているはず。

攻略サイトでも防御力を高めたり、ダメージを軽減するスキルをちらっと見たことがある。

そうでなくとも傷一つ負わせるなんて今の私には不可能だ。

 

『臥ァ!!』

 

「ッ!」

 

鎧が盾を剣のように振るう。かろうじて避けられたが、あんなのを喰らったら確実に体が真っ二つになる。リアルじゃないのがせめてもの救いだ。

けど見立て通り、防御を高めた分機動力は低い。攻撃も昔のレトロゲームにあった、巨大生物を狩る狩人が大剣を振るう動作のように大振りのものが多い。

あと“7秒”。このままいけばメイプルを逃がせ――。

 

『《天よ重石となれ(ヘブンズ・ウェイト)》!』

 

刹那、私の身体が地面にめり込んだ。

な、なんなのこれ?身体が、全身の隅から隅まで鉛のように重く……!?

 

『お前、そのバケモンじみた回避力は、相手が“個”や“群”だったら相当力を発揮するだろ?』

 

動けない中、鎧が私を見下す。その口調は悪漢そのものだが、言葉には知性が感じられる。

 

『だが“面”の、俺のエンブリオ【大天蓋 アトラス】のように壁や結界のように、そこに作用する能力を行使する奴とは相性が最悪だ。逃げられるのも面倒だから範囲を3倍重力の10メートルにしといて正解だった。――もう姑息な回避はできねぇぞ?』

 

その言葉にはまるで勝利の愉悦を感じられない。むしろ今の言葉から感じられたのは、“屈辱”。

自分たちをコケにした私に対する、“怒り”だった。

 

『ぶっ潰れろ小娘ぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!』

 

鎧が私めがけて盾を振り下ろす。

こんな状況じゃ回避なんてできやしない。

でも30秒経った。時間は稼げた。今から探してももうメイプルがPKされることは無い。

ざまあみ――――。

 

 

 

 

 

 

 

 

【メイプル・アーキマン:ログアウトによりパーティ解散】

 

【致死ダメージ】

【パーティ全滅】

【蘇生可能時間経過】

【デスペナルティ:ログイン制限24h】

 

 

 

 

 

時は、“7秒前”に遡る。

 

 

「あと7秒……」

 

ログイン画面を見て、洞穴でメイプルが呟く。

 

「サリー、まだ来ないのかな?」

 

幸い、この洞穴までは鎧――バルバロイ・バッド・バーン――の射程から離れていたためにログアウト待機時間が中断されなかった。

 

「……!」

 

そこで、見てしまう。

サリーが地面に突っ伏したまま動けず、今まさに鎧のPKに叩き潰されそうになっている場面を。

 

「――!」

 

声を上げようとした。けど、声を出したら気付かされてしまう。

ログアウトまであと3秒。

そして――。

 

 

 

 

 

 

『ぶっ潰れろ小娘ぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!』

 

鎧が持つ盾がサリーを潰し、血と肉片を撒き散らすのを目の当たりにし、

 

「理沙ああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁーーーーッ!!!」

 

メイプルの悲鳴と共に、

 

【ログアウト準備時間経過】

【またのご帰還をお待ちしています】

 

メイプルは<Infinite Dendrogram>(この世界)からログアウトした。

 

 

 

 

鎧巨人(アーマー・ジャイアント)Barbaroi(バルバロイ)Bad(バッド)Burn(バーン)

 

 

生意気な小娘をPK()した直後、もう一人のガキの悲鳴が聞こえた。

場所はここから正面といったところか。まいったな。あいつを潰すことに夢中になりすぎた。

 

「すいやせんおカシラ!あのチビにログアウトされました!茂みと影に紛れた洞穴を使ったみたいです!」

 

『そうか』

 

「……テンション低いですね?」

 

確かに思う存分PKできて昨日は特にハツラツだった。ルーキー1人につき1万。最高の仕事だった。初日だけで100万リル――つまり100人PK()した――稼げた。

今日も大体同じくらい稼ぎだ。だが今日はどうも腑に落ちない。俺達があのガキにまんまと一杯食わされた感が、墨汁の汚れのように抜け落ちねぇ。

 

「でも妙だな。あいつの台詞からだとあと3秒くらい残ってた筈なんだが……」

 

台詞?

ゴローがぼやいたその言葉が引っ掛かった。

事情を聞くと、奴が振り返って叫んだのを吾郎だけじゃなく他の2人も聞いたと証言している。相手に触れるだけならそれだけあれば十分だが……。

――なるほど。

 

『お前らあのルーキーに嵌められたって事か』

 

その言葉で晩ブル、ゴロー、モヒカンXが面食らってた。他の連中も3人を嗤うよりも訝し気に眉間にしわを寄せてやがる。

とりあえず順を追って説明する。悪役ロールはそのままに思考だけリアルに戻しとけ。

 

『奴の算段はあのチビを逃がすことだった。その為にお前らを挑発しつつ偽のスキルを使って時間を稼いだ』

 

「ふーん……ちょっと待った、偽のスキル?」

 

晩ブルが鳩が豆鉄砲食らった顔で聞き返す。

<Infinite Dendrogram>のエンブリオはとてつもない力を持っている。

だがそれは余程の例外を除けば第4以上に進化したものだ。俺のエンブリオも第6だしな。

こいつらが翻弄された《流転》と《誘いの円舞》はただの出まかせ。ハッタリだ。そのスキルは【闘牛士】にも存在しなかったはず。

 

「じ、じゃああれは!?スキルじゃなかったらチートとか?」

 

それは無いな。今の所俺はチーターに会った事は無いが、運営がそんな馬鹿げた奴を見落とすとは思えない。そもそも〈超級(スペリオル)〉連中は公式チート同然だろ。

だがひとつだけ、あの人外級の回避に説明できるものがあった。

 

『あれはチートやエンブリオでもない、リアルから持ってきた技術だ』

 

今度は俺以外の全員がどよめいた。

が、それ以外に確固たる確証も無いのも事実。だが相当なゲーマーであることは確定した事実だ。じゃなきゃあんな反射神経はどうやって鍛えたという。リアルはサーベル一本で銃弾飛び交う戦場を駆け抜けて敵兵士を殲滅した大総統……なワケ無いよな。我ながらアホらしい。

恐らくVRやオンラインの類は<Infinite Dendrogram>が初めてじゃないという感じだ。ただのルーキーなら最初の時に喚いて逃げ出して、機転を働かせる思考力なんて無いはずだからな。

 

『……』

 

ふと、奴が潰れた場所を見る。

血や肉片は光の塵となって消えたそこに数ミリの円形の陥没の中で、刀身が真っ二つに折れたショートソード。

数秒前に死んだ奴の顔。あれはこれまでPK()された奴らが見せてた恐怖や絶望じゃない。

『私の勝ちだ』『どうだ、お前らから友達を逃がしてやったぞ』。という勝利の笑み。

PK()される直前まで奴の心は微塵も折れていなかった。

俺はあいつをPK()した。だがメンバーが、俺が奴の掌の上で踊らされたというのもまた事実。このすっきりしない気分はそれが根幹だろう。

だが……。

 

『――あいつ、いつかリベンジに来るぞ』

 

「え?なんでそう思ったんですか?」

 

『あ?それはだな……なんでだ?』

 

理由はわからんが妙に予感した。

あいつはいつか俺達の――俺の前にやってくる。

 

『とりあえず今日はあと何人かPK()って終いにするぞ』

 

その戦利品を拾い、俺達はまた次の獲物を探しに散開した。

 

 

 

 

2045年 3月6日 地球

 

 

「理沙ッ!!」

 

<Infinite Dendrogram>からログアウトした楓は反動的に起き上がる。

全身から汗を流し、呼吸も悪夢から覚めたばかりのように荒れていた。

やっとのことで呼吸が整うと、我に返った楓は震える手で携帯を操作して理沙に連絡する。

 

『もしもし、楓?』

 

「理沙ッ!大丈夫なの!?」

 

切羽詰まる気迫で叫ぶ楓。

電話越しの理沙も思わず携帯から耳を遠ざける。

 

『大丈夫よ。デスペナされても丸1日ログインできないだけ――』

 

「何言ってるの!!」

 

思わず楓が叫ぶ。電話越しににも分かるように、嗚咽交じりだった。

 

「私……私、理沙が本当に、ひっく、殺されたかと思って……!」

 

『ご、ごめん……明日は学校があるからまた明日ね』

 

「あ、理沙……!」

 

『ん?』

 

「……死なないで」

 

理沙の後ろ髪を引くように、離れてほしくないという願いを込められたその言葉を当時の理沙はあまり気にしていなかった。

 

『うん。また明日ね』

 

それを期に通話が途切れる。理沙が生きていた事に、風船の空気が抜けるように安堵する楓だった。

だが、ログアウトした彼女に訪れたのは安堵では無かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――おい。

 

 

聞きたくない声が聞こえて、思わず身を震わす。

声の先は僅かに空いたクローゼットの中。

 

 

 

 

――また会ったなァァァ……。

 

 

 

 

 

「あ……ああ……!」

 

 

 

誰もいないはずのクローゼットの扉に手をかける。

人と呼ぶには太すぎる鎧と金属の擦れる音を耳で聞きながら。この世界にいないはずの〈マスター〉が現れる。

 

 

 

 

 

 

――テメェをぶっ殺せるなんてなぁぁぁああああああああ!!!

 

 

「いやあああああああああああああああああああああ!!!!!」

 

 

 

 

PROLOGUE:BADEND.

 

 




【呪転舞踊 カーレン】

TYPE:アームズ。
紋章:バレリーナ風の女の人(少女)
能力特性:回避によるステータス底上げ。呪怨変換。
モチーフ:グリム童話の【赤い靴】。

備考:
サリー・ホワイトリッジが覚醒した〈エンブリオ〉。ステータス特化。
サリーの『回避特化になる』という目標から発現した。
戦闘及び普段は赤いスニーカーだが、場所や時期に応じて自ら草履やヒール、長靴にもなる。意思でも持ってんのか。
ステータス補正はSPとAGIはCだがそれ以外オールG。回避特化に不要なものを容赦なしに断捨離した結果である。
因みにサリーの好きな色と違っていた事に関してショックを受けていた。やっぱ意思みたいなのあるよね?




スキル:

血染めの舞踏会(ブラッド・マスカレイド)》Lv1
その戦闘ごとに攻撃を避けた回数を参考にSTRを、ダメージを負わなかった時間を参考にAGIを底上げする。時間は秒間1%上昇し、最大100%。回避回数も1回につき1%上昇して最大100%。
その戦闘が終わると強制的に解除され、上昇したステータスも元々の数値に戻る。
パッシブスキル。


《疲労軽減&拘束耐性》Lv1
消費SPを10%固定で軽減。また、疲労感も若干和らげてくれる。
更に【拘束】と【麻痺】、【呪縛】耐性を共に5%上昇。
パッシブスキル。
平凡だがサリーにとっては便利なスキル。だがバルバロイとのエンブリオの差によってあっさりやられてしまう。




《流転》
近接攻撃を避けて肉薄しつつ攻撃する反撃系アクティブスキル……というのはメイプルをログアウトさせるためにサリーが吐いた嘘。
現状、上記の2種類しかないために時間稼ぎの為に偽のスキルを演じた。ふつうにすごい。



(いざな)いの円舞》
相手の遠距離攻撃を弾道予測線とは僅かなズレを生じさせ、相手に魔法がズレたと思わせるアクティブスキル……というのはサリーが吐いた真っ赤な嘘。
ただの反射神経頼りのスレスレ回避とそれに伴う体捌き。サリーすごい。


因みにたまたまこの戦いを観戦していたハンプティダンプティも「あれ?こんなスキルあったっけ?」と一瞬疑問に思ったが、カーレンを確認したことで嘘だと判明した。


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第1章:極振り防御と私の可能性(アポストル)
極振り防御と癒えない傷痕


2045年 3月7日(水) 白峯理沙。

 

 

 

 

「え、楓が無断欠席、ですか?」

 

「ええ。こんなことこれまでもなかったのに……」

 

翌日、中学最後の1週間の2日目になっても関わらず、楓は顔を出さなかった。

普段なら風邪でも引かない限り学校を休まなかった楓が、しかも理由が無断欠席だということに私はわずかながらに面食らった。

でも流石に1日だけならショックも抜けないだろう。明日になればコロッと忘れて、「理沙おはよう!」と元気に言ってくるだろう。

 

その日は授業を終えて帰宅すると、<Infinite Dendrogram>のデスペナルティ期間が残り2時間を切っていた。

 

「とはいってもなぁ……」

 

またあんな奴らと出会うのであれば今は控えたほうが良いかもしれない。

改めて<Infinite Dendrogram>に関するニュースを検索した。

昨日の事件の記事はすぐに見つかった。

私達の惨劇は<Infinite Dendrogram>界隈の掲示板で一大ニュースとなっていたからだ。

 

〈サウダ山道〉以外の3か所でも、同じくプレイヤーが狩られ続けていた。しかもアルター王国の王都周辺のみ。

明らかに一クランというレベルではなく、一定の組織のバックアップが伺えた。あの鎧が率いたPKグループも、「1人1万リル」と口を滑らせていた。その組織が奴らと同じように莫大な報酬と引き換えに初心者狩場を制圧していたのはわかった。組織のほうも相当数の財力を有しているのも。

王国所属のプレイヤーも黙っておらず、有志のプレイヤーが何人か討伐に向かったが……圧倒的な戦力差で4か所すべてで敗北。

 

それからしばらくして、デスペナ期間が終了した。けど私は王都周辺のPKが鎮圧されるまで<Infinite Dendrogram>から離れることにした。

 

 

 

 

暗い空間の中、一人の少女が泣き叫ぶ。

 

――嫌だ。いやだ。いやだ。やめて。助けて。

 

叫ぶ先は脚を折られた親友。幾ら助けようと伸ばしても、届かない。

そして現れる、天を覆わんばかりに巨大な鎧。自分の親友を殺した、自分の畏怖の対象。

鎧は嗤いながら、ウジ虫を潰すかの如く親友をその大盾で叩き潰した。

目の前の現実を受け入れる前に、鎧は再び盾を、ビルの如き腕を振り上げる。

 

――逃げなきゃ。逃げなきゃ逃げなきゃ逃げなきゃ逃げなきゃ逃げなきゃ逃げなきゃ逃げなきゃ逃げなきゃ逃げなきゃ逃げなきゃ逃げなきゃ逃げなきゃ。

 

生命の危機による脳からの命令に反して、脚が凍り付いたように動かない。迫る死の絶望に完全に体が動かない。

そして涙と絶望に顔を歪められた楓を見下ろした鎧はまた笑いながら、その腕を振り下ろした。

 

 

 

 

「――!」

 

その直前でガバリと起き上がる。

身体から昨日と同じくらいの汗を流し、呼吸もひどく乱れている。

時間は午前2時。悪夢にうなされた彼女の起きる時間は大体これくらいだ。

 

「また……」

 

このまま脱水症状になってしまうのかといわんばかりの量の汗まみれの手を見る。ふと、さっきの夢を思い返す。

 

「私が……弱かったから……」

 

あの時自分の〈エンブリオ〉は孵化の兆しすらなかった。

もし孵化していたらあの鎧達から理沙を守れたかもしれない。自分も助かったかもしれない。

なんでこんな結果になったの?なんで私の〈エンブリオ〉は孵化しなかったの?なんで理沙を見捨てたの?

 

 

――お前が弱かったからだよなァ?

 

 

耳から聞こえてくる、いるはずのない奴の、聞きたくもない嘲笑。

恐怖に駆られた楓は布団にくるまり、枕で耳をふさぐ。聞きたくない奴の声を聞かないために、恐怖の対象から、少しでも逃げるように。

夜が明けるのは、まだ早い――。

 

 

 

 

2045年 3月14日(水) 白峯理沙。

 

 

あれから1週間。結局楓は終業式の終わったその日まで姿を見せなかった。

7日連続の無断欠席したとなれば教室内でもざわめきが感じられる。

私も流石に奇妙に思い、担任に相談して私が楓の家に行くことを頼んだ。担任も私を指名しようとしていたらしく快くその提案を受けてくれた。

早めの終業式を終えて帰宅した後、私は楓の家に向かっていった。

 

「楓、いる?」

 

「いい…よ…」

 

小学生の頃は何度も通ったことのある楓の部屋。

返ってきた返事は妙に弱々しいものだったが、私は気にせず扉を開けた。

 

そこで目の当たりにした光景に絶句した。

 

「か…楓、なの……?」

 

「理沙……来て、くれた……?」

 

私を部屋で迎えてくれた楓は、1週間前

ボブカットの黒髪の先端が所々色を失い、目を見ても分かるように生気の大半を削がれている。

当然肉体にも顕著な変化があった。幼さを残しながらも健康さを思えた面影はかろうじて残っているものの、必要最低限の働きしかできないような筋肉で、あと数か月もすれば衰弱死してしまうだろう。

私に触れる手も、指も、骨の上に皮を被せたようにか細く、弱々しい。

 

「な……何があったのよ!?どんな事をしたらこんな――」

 

激情に駆られるままに私は叫ぶが、途中で言葉を止めた。その原因がすぐにわかったからだ。

 

「わた、し……?」

 

原因は、私だ。

私が<Infinite Dendrogram>を無理に勧めたから、楓が苦しんだ。

私が<Infinite Dendrogram>で狩場に行こうと提案しなければ、楓を傷つけることは無かった。

私が<Infinite Dendrogram>で自分も楓も助かる道を選択していたら、今の楓にはならなかった。

 

 

後悔に苛まれる中、楓はたどたどしい口調で経緯を説明してくれた。

 

あの日からあの惨劇が悪夢に現れるようになったこと。

その翌日に診断して貰った結果、PTSDを発症し、併合して拒食症も患ってしまったこと。

見る見るうちに食欲が失せていき、今に至るまで4日も掛からなかったこと。

食事はできるものの、摂取する量より嘔吐で吐き出す量が多い事も拍車をかけていた。

そして、今も在宅治療がやっとの状態だということ。

 

「ごめん……!私が、私がこのゲームに誘ったばっかりに……!」

 

「…理、沙。泣かな、いで……」

 

楓が私を宥めるように頭を撫でる。

――違う、私の所為だ。私の好奇心が楓の心に深い傷を負わせたんだ。私が楓に慰められる資格なんて無い。

事情を聞いた私は、5分ほど彼女の不安を和らげるために居座った後、私は逃げるように帰っていった。

 

それから私は、またデンドロをする気にはなれなかった。楓を壊しかけた、あのゲームに入ることを躊躇っていた。

それが例え、私の身勝手な自己満足だとしても――。

 

数日後。デンドロを引退する前に開いた例の掲示板で、あるニュースを目撃する。

 

 

【王都周辺のPKテロ、王国の〈超級(スペリオル)〉により完全制圧】

 

 




ここで原作(アニメ)の3話辺り。


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極振り防御と初クエスト。

2045年 3月18日(土) 白峯理沙。

 

 

 

ログインする前に開いた掲示板では、ある組織からの情報が掲示されていた。

その組織は〈デンドログラム・インフォメーション・ネットワーク〉通称DIN。デンドロ世界の新聞社らしい。

その掲示板には東西南北の狩場を占拠していたPKはすべて壊滅。当然私とメイプルが遭遇した〈凶城(マッドキャッスル)〉も、だ。

超級(スペリオル)〉の強さにあこがれるプレイヤーや、これで安心できるとプレイヤーたちは安堵していたが、私はどうも気に食わなかった。

 

「今更終わったところで……」

 

今更解決しても、メイプルのトラウマは刻まれたまま。

私もデンドロを引退するためとはいえ、最後に会ったあの人に話をして、<Infinite Dendrogram>から引退しようと、ログインを開始した。

 

 

 

 

同刻、2045年 3月18日(土) 本条楓。

 

 

 

ネットで見たアルテア周辺のPKテロの終結。

きっとこれを見た理沙は、また<Infinite Dendrogram(あの世界)>に行くだろう。

そしてまた、理沙はあの世界でモンスターに殺されるかもしれない。〈マスター〉に殺されるかもしれない。

起こりうる事実に、私の身体が震える。襲い来る恐怖が私の思考を塗り潰す。

 

「……収まれ、収まれ収まれ」

 

自分に言い聞かせるように、自らの身体の震えを抑え込む。

 

「収まれッ!!」

 

聞き分けの聞かない飼い犬を叱りつける様に叫ぶ。そうしてなんとか震えは収まったが、今度は胃からせり上がる感覚が襲い掛かる。

すぐに部屋から出て胃の中のものをトイレで全部吐き出した。

あの世界は理沙にとってはVRMMO、ゲームだと思っている。だけど、今の私にはあれがゲームとは思えない。

部屋に戻った時にはもう決心していた。

 

「また理沙が死んじゃうくらいなら……」

 

Infinite Dendrogram(あの世界)>は凄く苦しくて、凄く辛くて、凄く痛い。

でも、また理沙が死んでしまうのを甘受してしまうのなら、私はまた後悔に苦しむことになる。悲しい思いをしてしまう。

私は嫌悪と恐怖の対象とみなした<Infinite Dendrogram>に足を踏み入れる。

一番近くにいる私しか、理沙を守れないんだ。

 

 

 

 

 

アルター王国 王都アルテア 【闘牛士(マタドール)】サリー・ホワイトリッジ

 

 

 

ログインした直後、私の隣にいた楓――メイプルもログインしてきた。

現実の悲惨な姿を忘れ去ってしまったかのような、健康優良体の姿のメイプルが。

 

「楓、何を考えてるのよ!?これ以上この世界にいたら本当に楓自身が壊れちゃうかもしれないんだよ!?」

 

思わず現実での名前を叫びながらメイプルに食って掛かる。

これ以上メイプルが、楓が<Infinite Dendrogram>にログインし続けるなら、きっと楓の人格は壊れてしまう。

私のわがままでこれ以上楓を壊したくない。楓を傷つけたくない。必死に<Infinite Dendrogram>からログアウトするようせがむが、楓から返ってきたのは意外な返答だった。

 

「私のせいで、サリーのやりたいことを奪いたくなかったから……」

 

その答えに、私は言葉を失った。

――違う、楓は悪くない。悪いのは私だ。楓が無理強いをする必要なんてない。

そのことを口に出そうとして――。

 

「いたああああああああぁぁぁーーー!!!」

 

――横やりを入れられた。

 

 

 

 

アルター王国〈嵐牛亭〉 【闘牛士】サリー・ホワイトリッジ

 

 

「ほんっっっっっとぉぉぉにごめんッ!!!」

 

1ヶ月に会った女の人――フレデリカ・クーパーという名前らしい――がテーブルに頭を打ち付けてもなお謝罪する。

1ヶ月前のPKテロはこの人も私達と別れた直後にPKテロの事を知ったらしく、駆け付けた頃には私達はもうPKされた後だったと〈凶城(マッドキャッスル)〉のPKから聞かされていた。

 

「いや、もう良いですよ」

 

「それ、新人2人を地雷原のど真ん中に放置した人に言う台詞?」

 

事件の大本はPKクランだったが、フレデリカさんは元を正せば自分が原因だと必死に謝罪している。

あの後のことをざっくり話したら「もう他人事レベルじゃないじゃん!」と喚いていた。

 

「あいつを始末した後数日掛けて王都中を探し回ったんだけど全然見当たらなくて……ログアウトしてたんなら納得だけど」

 

現に初心者を中心に、これまで王都の〈マスター〉はログインを控えていた。商人系の職業に就いていた〈マスター〉ならちらほら見かけたが、それでもログイン量はPKテロ前よりも減っていたそうだ。

 

「で、こっちに来る前掲示板でテロが終わったって聞きましたけど……」

 

「そのことなら僕たちが説明しようか?」

 

また横やりが入る。

横やりを入れた相手は私の後ろのテーブルの2人組だ。

赤のキャスケットをかぶり、赤と黒のチェック模様のコートを着た私達と同年代の少年と、彼の正面の席に座る赤い鎧の男の人。

 

「貴方達は?」

 

「僕はカナデ・ベアトリス。この人はクロム・(ブレイド)・ワークス。どっちも王国所属の〈マスター〉さ」

 

「よろしくな」

 

こっちも自己紹介を済ませ、少年――カナデに尋ねる。

 

「こっちも〈DIN〉から買った情報だけど、4つのPK連合は4人の王国の〈超級〉に討伐された、が結論かな」

 

そう言ってカナデは事の巻末を教えてくれた。メイプルの事を軽く説明して、南だけ結末だけでお願いして。

東の〈イースター平原〉は、被害者の中に〈月世の会〉の信徒がいたらしく、クラン総出でPKクランの〈K&R(カアル)〉を壊滅させてしまった。流石の熟練PKクランも1千人規模のクランの物量戦には敵わなかったようだ。

西の〈ウェズ海道〉は、ティアンすら獲物にする野盗クラン〈ゴブリンストリート〉が“酒池肉林”のレイレイというプレイヤーの配達物を奪ったのが運の尽きだったらしく、ティアンの強盗殺人もあって大多数が犯罪者プレイヤー専用のエリア“監獄”へと送られた。

北の〈ノズ森林〉。ここはPKの実行犯も討伐に当たった〈マスター〉も名前が記されていない。唯一分かっているのはPKの実行犯はかつて一国レベルに匹敵するティアンの大量殺人犯“国絶やし”こと【疫病王(キング・オブ・プレェグ)】を葬った、通称〈超級殺し〉。片や討伐ランキング堂々の1位、【破壊王(キング・オブ・デストロイ)】“正体不明”。だが北だけはその猛攻を掻い潜り、〈超級殺し〉は生き延びたという噂がある。

そして南。〈サウダ山道〉は、ギデオンへの通路を封鎖された事で【超闘士(オーヴァー・グラディエーター)】フィガロが一人でクラン1つを余裕で壊滅。契約書というアイテムもあってか、彼らは二度と〈サウダ山道〉にのさばることは無いだろう。

因みにカナデは北で、クロムさんは東でPKテロに巻き込まれてしまったらしい。

 

「それでこれからどうする?」

 

「……一つ、クエストを受けたらそこで辞めようと思っています」

 

メイプルが答える。けど周りには「クエストを一つ達成したらログアウトする」と受け取っていたらしい。

丁度フレデリカさんのパーティメンバーが承諾したものがあったらしく、私達も同行できないかと相談したら、その人も承諾した。

 

 

【クエスト【ギデオンまでの物資配達と護衛――ラングレイ・フォンベル 難易度:四】を受け付けました】

【クエスト詳細はクエスト画面をご確認ください】

 

 

かくして<Infinite Dendrogram(この世界)>での最初で最後のクエストに挑む。

攻略対象は難易度:四。

メイプルの選択による、私の最後のわがままをハッピーエンドで閉める為にも。

クエスト、スタート。

 

 

 

 

「サリー、武器は?」

 

「あっ、ロストしたみたい……」

 

「リルも私のと合わせてナイフを買えるかどうか位だけど……」

 

「……あたしが立て替えとくから武器揃えてね」

 



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極振り防御と都市への道のり。

ここでやっとクエストへ。
かなり長かったなぁ……

因みに原作アニメだと……。


レイ達:山道の中腹。
メイプル達:貴族街前。


王都アルテア貴族街前 【盾士(シールダー)】メイプル・アーキマン

 

 

最初で最後のクエストを受けることとなった私達は、フレデリカさんが武器を新調してくれた後で彼女のパーティメンバーと合流した。

その人は金髪青目の長身の綺麗な人。装備は青いラインの入れた真っ白な鎧であるから、騎士系統であることは間違いなかった。

 

「あんがとねーペイン。そっちも夜通しで頑張ってたんでしょ?」

 

「まあな。【協会騎士(テンプルナイト)】のペイン・トーマスだ。道中よろしく頼む」

 

自己紹介を済ませると、さっそく依頼主が用意した荷車に私達は乗り込んだ。馬車のほうは依頼主さんの私物らしく、昔絵本か何かで見たような豪華な装飾が施された立派な馬車だった。

でも、馬車にしてはサイズが少々オーバーな気が?

 

「ええい、何をもたもたしておったのだ!こっちはすでに準備を整えてたというのに!」

 

「すみません。うちの連れがギデオンに行く用事のあるマスターも同行させたいと……」

 

「ふんっ、言い訳など見苦しい!お前達もとっとと荷物を載せろ!今日中にアルテアを立つぞ!」

 

そこに現れたのはずんぐり体系のナマズ顔の貴族風の男の人。

さっきのペインさんにも強く当たっていたが、さっきのクエストの依頼主のラングレイさんだろうか。

 

「んじゃあ後は……」

 

【フレデリカ・クーパーからパーティ加入要請が届きました】

【パーティに加入しますか? YES/NO】

 

私とサリーの目の前にウィンドウが現れる。

今回はレベル差もあってか、貢献配分というものだけど私には関係のない話だ。

 

「YES、っと」

 

サリーも私と同様YESを押下。

直後にパーティ用の簡易ステータス画面が開き、フレデリカさんの名前が加わった。

彼女のステータスはこんな感じ。

 

 

 

フレデリカ・クーパー

 

職業:高位召喚師(ハイ・サモナー)

 

レベル7(合計レベル227)

 

HP:1340

MP:4300

SP:743

 

 

 

「結構強いんですね」

 

「余計なお世話だよ!でも、2人ともこのクエストは私にドーンと任せなさい!」

 

「それ、死亡フラグって知ってます?」

 

 

 

 

同じようにサリーとパーティを組んで――ペインさんはクロムさんとカナデと組んだ――準備完了。

御者とラングレイさんが乗り込んで……そこで私は疑問を口にした。

 

「あれ?お馬さんは?」

 

御者が馬を用意する前に御者台に乗ってしまったのだ。それに、この荷車も馬車も馬が牽くには重すぎるような……?

ひょっこり荷車から顔を出した私にラングレイさんは多少の罵声を交えて説明する。

 

「無能めが。これは馬車ではない、竜車だ」

 

「りゅう、しゃ?」

 

「今からお見せしましょう。《喚起(コール)》――バルモス」

 

御者が呪文を唱えた後、右手に埋め込まれた宝石が発光し、名前を呼ばれたモンスターが現れる。

 

『VuWOOOOOOooo!!』

 

そこに現れたモンスターを簡潔に説明するなら、サイの姿をした四足歩行の竜だった。けど、現実で見たことのあるサイより2周り分大きい。

巨大な体躯を覆いつくす堅い外皮は外部からの隙を寄せ付けない姿はまるで重戦車。極めつけは鼻先から生えた角。円錐を形作りながらも内側へ僅かに反りつつ、本気の突進で城壁に風穴を開けるくらいは余裕だろう。

どう見たって私とサリーが手に負えるレベルを突破している。

 

「ふわぁ~。【獣角衝亜竜(ライノホーン・デミドラゴン)】か。これなら明日には到着するよ」

 

「強い、よね?」

 

「ざっくり言うと健康優良な【三角衝亜竜(トライホーン・デミドラゴン)】と同レベルってところかな」

 

カナデからのざっくりとした説明の間にもバルモスと呼ばれたモンスターの体躯と竜車がつなぎ終えた。

そして御者の一言と共に、短い間お世話になったアルテアを後にした。

それからしばらく、山道に入るまで私は離れていくアルテアを見ていくのだった。

 

 

 

 

サウダ山道 山頂

 

山道の道中は本当に楽になった。 ギデオンに戻るつもりだったラングレイさんには感謝している。

モンスターは主にクロムさん達がやっつけてくれたらしく、御者さんがバルモスと呼んだ【獣角衝亜竜(ライノホーン・デミドラゴン)】も、ボス級の熊モンスターを倒したら周りのモンスターも下手に襲い掛かる事も無くなったらしい。

“らしく”とか“らしい”というのは、その間私は荷車の隅で震えていたからだ。

このエリアが怖い。あの鎧、バルバロイというプレイヤーが契約書を使ってここでのさばることは無いと言われても、サリーが死んだこのエリアにまた奴らが来ると思うと、私は自分を抑えるので精一杯だった。サリーとフレデリカさんが傍にいてくれなければ、私は自分を見失ってパニックになっていたかもしれない。

襲い来る吐き気が収まったのは山頂付近に到着してからだった。

 

交代制で野生のモンスターが襲ってきたならペインさんのパーティで各個撃破ということで、私達は山道で一夜を過ごす。

けど私は眠る気にはなれなかった。気分を変えようと森を背にして外に出る。

月明かりに照らされて光を反射する私の〈エンブリオ〉。いまだに孵化の全長らしきものは感じられない。

 

「どうして……孵化しないの……?」

 

ふと、孵化しない自分の可能性に怒りを覚えた。

僅かな火の粉だったそれは、まるで油の中にでも飛び込んだかのように燃え上がる。

足元に目をやると拳大の石が転がっていた。

それを掴み、左手の第0形態の〈エンブリオ〉目掛け叩きつける。

 

 

――第0形態の〈エンブリオ〉に攻撃しても、ダメージはマスターに入るよー。

 

 

チェシャからの言葉の通り、叩きつけた衝撃が自分に痛みの無い衝撃となっていくのを感じる。

構うものか、それでもガンガンと石を叩きつける。

 

「なんで、なんで孵化すらしないの!あの時孵化してれば理沙を守れたのに!あいつから理沙を助けられたのに!!私がこんなに苦しむことも無かったのに!!!」

 

衝動任せに思いの内を叫ぶ。

だけどどれだけ叩いても卵型の宝石には傷一つ付かない。

 

「何やってんの!?」

 

その時、私の後ろからの声で我に返った。

振り返るとそこには、巨大な影。

私の友達を殺した、畏怖の存在。

 

「ぁ……」

 

怒りが、急に恐怖に変わった。

逃げなければ殺される。

それだけが頭を支配し、私は逃げだした。

直後、身体が突然の浮遊感に包まれた。

 

 

 

 

鋼鉄魔術師(メタルマンサー)】カナデ・ベアトリス

 

 

今僕は、見張りをしながら星空を特等席で眺めていた。

ギデオンに拠点を移そうとした時にペインさんからクエスト同行の許可を貰えたのはラッキーだった。

〈ノズ森林〉での〈超級殺し〉と【破壊王(キング・オブ・デストロイ)】の対決は、森林を丸ごとを消し炭に変えるほどだった。近衛騎士団は森林火災を鎮めるため、ペインさんも同行して鎮火に当たっていたらしく、山道のふもとまでの道のりは荷車で熟睡していた。

 

「ま、ドライフ以外だってのは見当ついてるんだけどね……」

 

まるで自問自答するようにつぶやく。

僕がデスペナルティでログアウトされた後、掲示板では例のPKテロが話題になっていた。彼らの中では、ドライフ暗躍説が濃厚だった。

僕もデンドロ時間で半年前の戦争は知っている、というか、初ログインがまさにドライフとの戦争の真っただ中でドライフとアルターをスタート地点に選択できなくて、担当したジャバウォックがレジェンダリアを勧めたから、渋々同盟国のレジェンダリアに拠点を置いたのは今となってはもういい思い出だ。

 

デスペナ中にその掲示板に『そもそもドライフどんだけ財力凄いの?』と疑問を提示したところ、彼らも『ドライフは相当な財力を持ってる!』説が浮上しだしたが、ある人物がそれを遮った。

 

 

『いやいや、自分ドライフの者ですけど正直苦しい状況ですよwあと2回やったら余裕で破綻しまーすwww』

 

ふざけ半分のその書き込みは、当然ドライフの財力目当てだったらしい彼らによってその書き込みは炎上してしまったが、僕個人としては納得できるものだった。

あの戦争は、本来ドライフの破格の褒章は完全にアルター王国を潰す為のもの。だが三巨頭が出てしまった為に本土の警備も手薄になった所をカルディナに突かれて止む無く痛み分けとなった。

それなのに王国PKクラン連合を纏め上げて、相当な額の報酬を提示する余裕なんて、果たして経済破綻寸前の皇国にあるのだろうか?

 

「……ん?」

 

けど、その考えは何かを叩く音に中断された。

起き上がってその正体を見ると、メイプルの後ろ姿を見つける。自分の左手の宝石目掛け、石を叩きつける姿を。

 

「何やってんの!?」

 

思わず叫んだ。彼女も気付いて振り返ったのだが、様子がおかしい。

まるで目の前に強大な力を持ったモンスターとでも鉢合わせしたかのように、顔が恐怖で塗りつぶされていたから。

その疑問が頭の中で膨らむ前にメイプルは逃げだした。

待て待て待て待て。あの先は崖……!

 

「ッ!距離設定3メテル、《スチールウォール》!《サンダーショック》!」

 

彼女が中空に放り出されたと同時に、僕は魔法を発動。僕の正面3メートルの位置に地面から鉄の壁が出現する。

同時にエンブリオも起動して鉄の壁に電気を流す。これで条件は達成した。彼女の盾は背中に背負っている。いける。

 

「《起動(アクション)》!」

 

メイプルが落下する直前に僕のエンブリオ、《【磁界空域】スタージャン》を起動。

直後、崖下に転落するはずだったメイプルの身体は鉄の壁に吸い寄せられた。

いや、正確には電磁石となった鉄の壁がメイプルの木の盾の留め具に使われた金属を引き寄せたのだ。

 

「ったく、何考えてるんだよ!?危うく死ぬところだったじゃないか!」

 

「え?あ、か、カナデ!あの鎧が!あの鎧のPKが森にいたんだよ!」

 

「はぁ!?」

 

壁に捕らわれたままメイプルの支離滅裂な言葉に思わず素っ頓狂な声を上げてしまった。

頭痛のする頭を押さえ、今も激しい発作に襲われる彼女の肩に手を置いて説得する。

 

「あのねメイプル。契約書ってアイテムは条件を書き込んでサインした後でその条件を破ると、破った側がマイナス効果を受けるの。分かる?例え契約書の契約が不成立だったとしても、ギデオンとの交通を遮ってまであいつやそのクランがここでPKをして入るメリットが存在しないの」

 

そんなことをしたらまたフィガロさんにデスペナを受けかねない。僕ならあんな残虐ファイトに参加されるくらいなら大人しく身を引くに決まっている。

説得が効いてきたのか、メイプルもやっと大人しくなった。それを見て僕は《アイアンウォール》を解除する。

 

「ご、ごめん……」

 

呼吸を整えてやっと荷車に戻るメイプル。

これは相当拗らせてる。厄介な事にならなければいいと思っていると、クロムが入れ替わりにやってきた。

 

「交代だ」

 

「おっけー。で、聞いてたの?」

 

了承と共に飛ばした質問にクロムは沈黙。

つまり肯定でいいですね?

 

「……結論を言うと、あの子にこのゲームはキツ過ぎる」

 

確かに。

リアルと寸分違わない人間との人付き合い、自分の身体を動かす感覚、その上での行動そのもの。それらが面倒になって辞めてしまう人もいるのは小耳に挟んだことがある。また、PKなどの悪辣な行為でトラウマを負ってしまったりとか。続ける人にはよくあることだ。

すぐに辞める人の理由は最初の戦闘の後。これはチュートリアルで視覚をリアルのままにしてしまった人が多い。

そして、ここではティアンの死は、マスターの死と違い永久ロスト。つまり死んでしまった以上二度と蘇生することは無い。現に戦争で王国は皇国に王と騎士団長、宮廷魔術師を筆頭に相当数を殺された。彼女のようなタイプには辛すぎるのも納得だ。

 

メイプルの場合、理由はトラウマ。今すぐ辞めても誰も文句は言わなかったのに、それでもあの子はここに足を踏み入れた。PTSDが悪化したり、人格障害を起こしかねないリスクを伴ってでも、友達を守りたいという理由で。

 

「先輩として、あの子の苦痛を少しでも和らげられればって思ってもいる」

 

「……ロリコン」

 

直後、クロムから拳骨を貰った。痛い。

 

「あ、クロムは〈K&R〉からPKされたんだよね?」

 

「まぁな。そのことに関してはあの子らほどの問題は無い。ただ……俺は別の問題が気がかりでな……」

 

〈K&R〉というと、東で〈月世の会〉の信徒を……あぁ、そういうことか。

 

 

 

 

ネクス平原

 

 

山道を抜け、平地へとやってきた一行。

ラングレイ曰く、この平原の道をまっすぐに進めばギデオンに到着する。

クエスト達成も目前に迫る中、ペインは荷車の屋根の上でクエスト画面を見ていた。

 

「やっぱり気になるの?」

 

「ああ。物資配達系のクエストの難易度は、余程捻くれた所じゃなきゃ精々難易度:二。それなのに今回は倍の難易度:四なのか気になってな」

 

「そこは私も思った。護衛でも難易度:三当たりくらいのはずなんだけどね……」

 

難易度:四のクエストは下級職1つカンストしてるパーティでも困難必須と言われている。だが、パーティの中に上級職が一人でもいればその難易度はグンと減る。

現にこのクエストに挑んだ六人のうち、メイプルとサリーを除けば全員上級職。失敗する要因は何一つない。

 

「……あー、訂正。なんとなくわかったかも、今回の難易度の理由」

 

「……みたいだな」

 

「……30人強か」

 

ふと、フレデリカとペイン、装備を血塗れの騎士のような風貌のものへと変えたクロムが東側の森林地帯に視線を向ける。各々武器を携えて。

 

刹那、御者目掛けて飛来した一本の矢が飛び出したクロムの盾に弾かれる。同時にそれに吊るしてあったのか、小さな布袋が音を立てて破れ、中の液体が大盾にぶちまけられる。

 

「な、なんですか!?」

 

「団体さんのお出ましだ!」

 

すかさずペイン、クロム、カナデが荷車から飛び降りる。

森林から現れたのは、数十人単位の山賊だった。

 

 




エンブリオ紹介。


《【磁界空域】スタージャン》

TYPE:テリトリー

到達形態:Ⅳ

能力:通電による電磁石化。

モチーフ:電磁石の発明家、スタージャン。

紋章:電磁石の磁界の断面図。

備考:
テリトリー内部の電気を帯びた鉄を電磁石化させる。現在の最大距離500メートルの半球型。
電磁石化した鉄は《起動(アクション)》の意思をトリガーに起動し、周囲の鉄を吸い寄せるほど強力な電磁石となり、《切断(クローズ)》でただの鉄に戻る。電磁石化した鉄は電気を流せば何度でも使用可能。その前に対象を選択することで一部だけに影響させることも。
解除しない場合、帯電している電気量に応じて電磁石となる時間が異なる。当然電気を流した量が多ければ持続時間も長くなり、所持者も微弱ながら電磁石の影響を受け、長時間その武器を手にしていると所持者にも【電磁石化】の状態異常に陥る。

弱点は一々鉄に電気を浴びせない限り効果を成さないことと、磁石に着かない金属には意味が無いし電磁石化も不可。当然布類などの鉄以外のものを直接電磁石化も不可能。
例として対象を選択しないことで相手の鉄製の武剣を電磁石化した場合、所持者は電磁石化しないがその分長持ちする。

カナデの場合、補給源の鉄は職業でほぼ無限に生み出せる上に、電気も【魔術師(メイジ)】の時に修得した下級電気魔法を使っているので他よりテンポが遅い分、詠唱省略しても強力な電磁石をもって制圧する。


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極振り防御と毒の使徒。

ネクス平原:山道口 【盾士】メイプル・アーキマン

 

 

「こいつらは……千獣山賊団!」

 

「数十人規模の山賊相手に要人警護とは、本来の倍の難易度なのも納得だな!」

 

森林から現れたのはティアンの山賊たち。

全員サーベルや槍を手にこちらを笑みを浮かべながら睨んでいる。

狙いは嫌でも解る、私達の乗っている荷車だ。

 

「たかが数十人程度……10分もあればこの程度!」

 

荷車を降りたペインさんが剣を引き抜き、盗賊団にその剣を向ける。

 

「ま、待って!まさか殺すつもりですか!?山賊でも相手はティアンですよ!?」

 

「どこまで馬鹿なんだそこの小娘は!山賊や犯罪者ならティアンだろうと殺しても犯罪扱いにはならん!」

 

ラングレイさんが私の言い分を罵声を上乗せして論破する。

一応安心したが、正直人を殺す場面を見て喜々としていられなかった。

 

「おっさんたち、狙う相手を間違えてない?」

 

「クハハハ!ワルいな!こっちも実入りゼロが1ヶ月もツヅイちまったんでな!ソロソロ稼ギがホしかったんだよ!」

 

更に森の陰から1人――いや、1匹と呼んだほうが適切かもしれない――現れる。

その姿はサリーがやっていたゲームで見たことのある【リザードマン】と呼ばれる爬虫類と人の混合体。だが鋭い犬歯のようなものが並んでいる。

背丈は私達の乗っている荷車が窮屈に感じられるほど、私の背丈の2倍はある。山賊であるにもかかわらず、服は焦げ茶色のコートとあまり山賊を連想させるファッションではなかった。

 

ガチガチとラングレイさんが怯える中、その爬虫類は名乗り上げた。

 

「俺が千獣山賊団頭目、高位薬剤師(ハイ・ファーマシスト)のパルキスだ!」

 

 

「ああそう、じゃあくたばっときな!」

 

名乗りを上げた直後にフレデリカが杖を構える。同時に彼女の足元に円形の魔法陣が広がる。

 

「……ハッ、そんな余裕があれば良いがな」

 

遠く景色を見やり、確証を得たところでパルキスが一言。

 

「Uwuuuuu……」

 

「!!」

 

何か予感したクロムが振り返る。

そこにはいつの間にか現れたモンスターの群れが列を成していた。

体躯の良いゴブリン、ティーウルフ、ホーンラビット――。まるであらかじめ用意でもしていたかのように、モンスターがひしめいていいる。

 

「嘘でしょ……!?」

 

「一体何処からやって来たんだ?……ッ!?」

 

クロムはここで理解する。

先程の矢から撒かれた液体を防いだ自分の盾から、酸味の効いた果実の芳醇な香りがしているのを。

 

「――【歩き葡萄(ウォーキングバイン)】の実!」

 

「まさかこの匂いにつられたって事?」

 

「ペイン、モンスターのほうは俺が何とかする!」

 

「私も行く!――召喚、キャスパリーグ!」

 

ペインさんが率先してモンスターの群れに飛び込んでいく。

続いてフレデリカさんも、青い炎の巨大な猫型モンスターを召喚し、その背に乗り込む。

疑似騎兵と化したフレデリカさんも、クロムさんの後を追ってモンスターの群れの中に飛び込んでいった。

 

「分かった、頼んだぞ!」

 

ペインさんが2人に送った言葉は、確かな信頼が含まれていた。

だけどこの状況、非常にまずい。たった2人でこれだけの数を守りながら戦うなんて、ペインさんでも荷が重すぎる――。

 

「カナデ!」

 

「分かってる!《アイアンスフィア》!《ショックボルト》! 《フィールド内の対象を敵対ティアンの武器に設定》――《起動》!」

 

すかさずカナデがボーリング大の鉄の球を出現させ、それに電撃を浴びせる。

私を助けたカナデの常套手段。

 

「な、なんだ?」

 

「ぶ、武器が……!」

 

電磁石と化した鉄の球に、盗賊の剣が、矢が、斧ががガチガチと音を立てて吸い寄せられる。

 

「ごめん、思ったより数が少ない!」

 

「大半は【拳士(グラップラー)】崩れの【山賊(ブリガンド)】集団か!」

 

すぐさま武器を奪われなかった山賊が襲い掛かる。

ペインさんにとってはなんてことはない。迫る相手をすれ違いざまに切り倒していく。

 

「《メタルコーティング》!《アイアンフィスト》!」

 

カナデは電磁石にした鉄の球に更に液体金属が流し込まれて一周り大きな鉄の拳を生成。それを思いきり山賊集団に叩き込む。

良かった。これなら2人でも――。

 

「うごぅ!?」

 

「よっし、捕まえました!コイツ人質にしますか?」

 

「バカ!〈マスター〉なんざおアソビでここに来てるだけだ!そこに押さえつけとけ!他のヤツらは竜車を抑えろ!」

 

まずい、鉄の拳の隙を見計らってカナデが捕まった。

ペインさんは今も山賊に囲まれて竜車の護衛に行けない。クロムさんとフレデリカさんは鷹に連れ去られたまま……。

 

「私が行く」

 

「!?」

 

その時、サリーがとんでもないことを言い出した。

守りに行く?サリー一人で?あの山賊相手に?

 

「む、無理だよ!危険すぎる!」

 

「このままだとラングレイさんも御者さんも危ない。クロムさんとフレデリカさんが戻ってこない以上、私かメイプルが出るしかない」

 

「だけど――!」

 

「その手でどうにかできるの?」

 

サリーに言われて自分の手を見る。

震えが止まらない。簡易ステータスにも【恐怖】と記されている。

 

「だから、私が助ける」

 

その一言で、サリーは私の手を振り払って、竜車へと行く。

 

「《スラッシュスマイト》!」

 

私が恐怖で震える中、サリーのレイピアの一閃が山賊の腕に傷をつける。

 

「護衛は任せてください!」

 

サリーは一言、それを告げるとペインさんも包囲網を切り崩すのに集中する。

 

「邪魔すんな小娘!」

 

他の山賊が丸太のような腕を振り下ろす。けど、サリーにとっては止まって見えているのも同然。

 

「《カウンターステップ》!」

 

拳が当たらないギリギリの範囲で避けつつ、体勢を崩したところへ心臓へ一突き。流れるような一連の動作で一人のティアンの命を消し去った。

 

「ホゥ……」

 

今まで静観していたパルキスが、懐から小さな便を取り出しふたを開ける。

飲み物という類ではない。ふわりと上がった煙が風に乗って、竜車へと流れていく。

その時、サリーが突然地面に倒れこんだ。

 

「!?」

 

「ぁ……ッ、が……ッ!?」

 

「ぅう……」

 

「こ、これは……!」

 

いきなり何が起きたのかわからなかった。簡易ステータスを見ると、サリーのステータスに【衰弱】と【脱力】の2つが加算されている。

 

「やっぱコレが一番だよナァ……!」

 

そこで私はあの瓶の中身の正体に気が付いた。

状態異常の薬を調合したお香。あらかじめ煙をため込んで風に流したんだ。

 

「さて、もう逃げられないよなァ?」

 

その時、私の脳裏にあの光景がフラッシュバックする。サリーが死んだ、サウダ山道のあの光景に。

怖い。サリーをまた死なせてしまうのが。

怖い。また目の前で誰かが死んでいくのが。

怖い。また見捨ててこの世界から消えてしまうのが。

 

 

 

 

 

「うああああああぁぁぁーーーッ!!」

 

もう、無我夢中だった。

サリーを死なせたくない。ティアンの人を見捨てたくない。それを一心で頭がいっぱいだった。

パルキスの前に飛び出した途端、ぐらりと体の力が抜ける。当然先刻までの【恐怖】に加えて【衰弱】と【脱力】の状態異常が出ていても構うものか。

 

「ナンのつもりだ?」

 

「もう……これ以上はやめて!」

 

倒れそうな身体を無理矢理立たせ、震える声で叫ぶ。

けど相手はそんな私の叫びなどお構いなしに銅の剣を抜いて私の盾をX状に切り裂いた。

 

「ハッ、〈エンブリオ〉もフカしてねぇ〈マスター〉が調子に乗ってんじゃねぇよ!」

 

「に、逃げて……メイプル……!」

 

見下す声も聞こえていなかった。

 

「わ、私はデスペナになる……でも、本当に死ぬわけじゃ……」

 

「なんでそんなこと言うんだよ!!」

 

サリーのか細い声に私は怒鳴り声で返す。

 

「サリーが死んで、私がどれだけ心を抉られたかと思ってんの!?ゲームみたいにホイホイ死んでやり直そうって、なんでそう考えられるの!?こんな痛い思いや悲しい思いをしといて、そんな選択できるわけ無いでしょ!!」

 

それが起爆剤だったのか、爆発のようにとめどなく思いをぶちまける。

 

「それとなんなのこの世界は!?AIもゲームゲームって言ってるのにちっともゲームに見えないじゃない!いきなりPKに友達殺されるし、クエストじゃ山賊に襲われるし、今度はティアンの人も殺されかけて!こっちの嫌なことばかり起きて!私に対する罰ゲームか何かなの!?」

 

ダムが決壊したようにとめどなく叫ぶ。ここまで叫んだのはいつ以来だろうか?記憶に無いし、覚えていても思い返すほど頭は回っていない。

 

「……命乞いは済んだか?」

 

パルキスが剣を振り上げる。その剣の刀身は銅の色。鉄ではないからカナデのエンブリオでは引き寄せられない。

私の目の前には、感情を爆発させても未だ孵化しない宝石。

 

「ねぇ……いい加減起きてよ……」

 

私は、願う。

 

「もう誰かが死んじゃう所を見るのはもう沢山なんだ……」

 

今まさに竜車ごと3人の命を奪わんと剣を振り上げる怪物の前で、願いを紡ぐ。

 

「もう、いい加減目を覚まして……!」

 

自分の左手に、未だ目覚めない可能性に、無力な自分に、怨嗟を込めて願う。

 

「いい加減目を覚まして、こんな世界をぶっ壊してよおおぉぉぉッ!!」

 

「何がぶっコワせだ!そのマエにテメェらをぶった切って終いだあああぁぁぁ!!」

 

あざ笑うパルキスが竜車ごと3人の命を両断せんと青銅の剣を振り下ろし、

 

 

 

 

 

 

『その嫌忌と矛盾せし願い、聞き入れた』

 

 

紫紺の霧が噴き出すとともに、その攻撃は防がれた。

 

 

 

 

ネクス平原 森林

 

 

「おや?」

 

それは、パルキス山賊団が一つの竜車を襲っていた場面を目撃する。

その姿は一言でいうならペンギンの着ぐるみ。

それはそこから山賊に囲まれてる金髪の【協会騎士】、それとは別に押さえつけられた【鋼鉄魔術師】、倒れ伏す初心者の【闘牛士】とその初心者をかばうように立ちはだかり、今まさに自らの〈エンブリオ〉が孵化した【盾士】。

それはその光景に、興味をそそられた。

 

「へぇ。面白いじゃないか。矛盾した使命を持つ〈マスタ―〉なんて、初めて見た」

 

これから起こる逆転劇に、それは期待を寄せていた。

 

 

 

 

ネクス平原:山道口 【盾士】メイプル・アーキマン

 

 

「……?」

 

まるで理解が追い付かなかった。

目の前に起こるはずの悲劇も、私達を切り裂く衝撃も無く、目の当たりにした奇跡を理解できなかった。

 

頭目と私達の間に、見知らぬ少年が立っていた。

 

霧と同じく紫紺の髪をなびかせ、その肌は中東系特有の黄色。

紫のコートを着たその姿は少年そのもの。ただ、手首足首から先は爬虫類のそれの如く鱗に覆われ、鋭い爪が突出している。極めつけは、しなやかながらも強靭さを伺わせる尻尾が付いていたこと。

振り返った少年の瞳は、滴る血を思わせる朱。

 

「よう」

 

開口一番、彼は私にそう言った。

 

「な、なんだテメェは!?どっから現れた!?」

 

「抜かしてんじゃねぇよトカゲモドキが。よくもまあ散々うちのマスターをゲラゲラ笑ってくれたなぁ?」

 

応えた時とは裏腹に、その口調は獰猛そのもの。巨大な敵に対しても消してひるまない。そして青銅の剣を受け止めた少年はそれを掴み、膝蹴りの要領で剣をへし折った。

けど、少年のその言葉に私は理解した。けど、旨く言葉が出せない。

 

「こ、この野郎……!だったらテメェもぶっ殺してやる!」

 

「マスター、悪いが話は後だ。まずはあいつを消すぞ」

 

「は、ッ!?」

 

私が訪ねる前に、少年が人型を失って紫紺の光となった。

それらが私の両手でそれぞれ集まり、その姿が変貌する。

左手には、竜の鱗を思わせる黒い大盾。

右手には、鍔の無い片刃の短刀。

 

『いいか、次の攻撃を防ぐことだけを考えろ』

 

たったそれだけ。至極短い言葉に私は覚悟を決めたように構える。

そして私がしくじったら、サリーも、後ろにいるラングレイさん達も死ぬことになることもはっきり理解できた。

パルキスが再び懐から今度はクリスタルを取り出し、それを躊躇いも無しに砕く。

 

「阿阿阿ァァァ!!《ストラングル・フィスト》ォォォォォ!!」

 

そして雄叫びと共に放たれた正拳突き。サリーのように回避はできなくとも、この攻撃なら防ぐことならできる。

力の抜けた身体で正面からの正拳突きを受け止める。吹き飛ばされそうな衝撃が襲い掛かっても、気力で踏み止め――竜車の扉に背中を打ち付けて、正拳突きを受け切った。

 

「なんだとォ!?」

 

『――楯突いたな?』

 

ギラリと、赤い宝石のような目と盾の中央の装飾の下でガゴン、と口が開く。

 

『――《第1の首は猛毒滴る竜鱗の盾(メナスティル・ヴェノム)》!』

 

咆哮と共に紫紺の液体が水飛沫のように飛び散り、パルキスの身体に振り注ぐ。

まともにパルキスが浴びた液体は、その後まるで意識を持ったかのように鱗の間、皮膚の間に吸い込まれていった。

 

「……はっ、何かと思えばただの盾をツカった毒液のカウンターか」

 

パルキスは一瞬体に触れたが、そのあとでパルキスにはダメージを受けた様子は無い。

それどころか、私達にとんでもないことを暴露する。

 

「ザンネンだったなァ。俺には【護毒のアミュレット】を持っている。毒の状態異常は効かねぇんだよ」

 

「んな……ッ!?」

 

『ほぅ』

 

絶望の淵に追い込まれた私と対照的に、盾はひどく冷静だった。

一方のパルキスは私の絶望した顔が余程うれしかったのか、笑い声をまき散らし――同時に血もまき散らした。

 

「……え?あ……、なんだこれ?」

 

理解が追い付くより早く、パルキスの身体に異変が起きる。

急に口を抑えたと思ったら、指の隙間からボタボタと血を流していく。

それだけじゃない。鱗の無い皮膚の部分が所々紫色に浸食されたかのように変色し、血管も浮き上がる。

それでもパルキスは、この毒をどうにかしようと解毒剤を求めてアイテムボックスの中を漁る。だが、手に取ったところで――。

 

「ア゛ッ、ア゛…ア、ア゛ア゛アアアアッ!?――」

 

私が、サリーが、カナデが、ペインさんが、ラングレイさんが、御者さんが、山賊の生き残りたちが見る中、手にした解毒剤を手にする前に、喉を抑えて天を仰いだパルキスの絞り出すような声が止まった。

そして膝から崩れ落ちた頭目が地面に倒れ伏し、動かなくなった。

 

「え?お、お頭……?」

 

「な、なん――ギャアア!?」

 

「いい加減離れろっての!!二人とも大丈夫!?」

 

「な、何とか……」

 

「とりあえずこれ飲んで。メイプルとラングレイさんと御者さんも」

 

呆けていた盗賊の拘束から脱出したカナデが駆け寄る。そして何とか立ち上がったサリーと私に状態異常のポーションを渡し、次にラングレイさん、御者さんの順でポーションを飲ませる。

ペインさんもこの隙に包囲網から脱出し、頭目が消えた場所へと駆け寄る。そこで頭目が落としたらしい【箱】とアミュレットを拾い上げた。

 

「ま、間違いない!本物だ!本物の【護毒のアミュレット】だ!」

 

「はぁ!?じゃあなんで毒が効かないお頭が毒で死んだんだ!?」

 

ラングレイさんの持つスキルで本物だと知った途端、山賊の生き残りが一斉に喚きだす。

私も訳が分からないまま盾となった少年を見て、少年が答えた。

 

「当たり前だ。だって――」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()からな」

 

……はい?

それを聞かれた私が一番理解できなかった。誰もが理解できていなかったように沈黙が包んだ。

それでも山賊の生き残りは、一人二人を殺してしまおうと言わんばかりの殺気で武器を構えるが――それは不可能になった。

 

「ごめん遅れた!」

 

「お前ら無事か!?」

 

モンスター討伐に出ていたフレデリカさんとクロムさんが、青白い炎の猫を思わせるモンスターの背に乗って合流してきたからだ。

ペインさんを包囲していた時とはあべこべに、今度は自分達が4人のマスターに包囲されてしまう。

 

「さぁ~て、大人しく捕まるか、全滅するか。どっちがいい?」

 

右にモンスターを従えた騎兵、左は電気を帯びた鉄球を浮かばせる鋼鉄魔術師、正面は幾多の仲間を葬った協会騎士、そして背後は逃げた自分達を血祭りにせんと待ち構える死神。

もう彼らに、投降以外の道は残されていなかった。

 

「全く、無茶するんだから!」

 

山賊達を荷車に押し込み終えるとサリーが私に怒鳴ってきた。

正直反論したかったけど、戦闘を終えた興奮が抜けないのか、声を出そうにも出てこない。

 

『どうやら終わったみたいだな』

 

盾が再び光の塵となり、少年の姿に戻る。

そして私は、やっとの思いで少年に一つの可能性を尋ねることができた。

 

「あなた、私の……〈エンブリオ〉……?」

 

「ああ」

 

その少年は二つ返事で私の質問を肯定し、そして自己紹介をした。

 

「俺はヒドラ。TYPE:アポストルWithアームズのヒドラだ。今後ともよろしく頼むぞ、〈マスタ―〉」

 

少年――ヒドラが自己紹介と共に差し出された手を、私―、――手―握――と――――て―――――。

 

 

 




ようやくエンブリオが孵化しました。



Q:メイプルの孵化が遅かった原因は?

A:9割ガードナーとして決定していたが、PK騒動の際に第0形態の時にログアウトしてしまい、デンドロで1ヶ月後に(メイプル)の性格に変化がみられており、再び1から創造し直した。その時に<Infinite Dendrogram>への嫌忌感を露わにしていたことにより、ガードナーに加えてアポストルも加わった。

つまり、PK騒動の前後でメイプルのステータスに変化が起きたためにエンブリオがパーソナルの検証を2回分する羽目になったということ。
某盾の勇者先輩の召喚直後から本編までの出来事と同じことが起きたと考えればいい。

備考:メイプルの性格に多少変化はありましたけど、基本は原作寄りですよ?


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極振り防御と私のスタート。

ここからレイ達と合流。


「メイプルッ!」

 

ぐらりと倒れこむメイプルの身体を、正面のヒドラが受け止めた。

サリーが駆け寄ると、【気絶】の状態異常が簡易ステータスに表示された。

 

「ったく、戦闘直後にこれか。世話が焼けるな、っと」

 

ひょいと気絶したメイプルを担ぎ上げるヒドラ。

 

「……ねぇ、気になってたんだけど、毒が効かない相手をどうして倒せたの?」

 

「お前に教える必要がどこにある?マスターが尋ねたんなら教えるが、他人に教える道理は無い」

 

「なっ、どういうことよそれ!私はメイプルの――」

 

「幼馴染兼親友だからって、俺が教える理由にはならないだろ?」

 

サリー相手にも冷たく当たるヒドラに若干イラっと来るサリー。思わず「こいつ、ご主人様第一主義かよ」と思っていた所で竜車のほうも準備が整った。

 

 

その後は〈マスター〉は歩きでギデオンを目指す一行。

10分後、ギデオンまでもう少しという所で今度は馬車に出くわした。

 

「敵か?」

 

「……あれは。おぉーい、アレハンドロかぁ~?」

 

ラングレイが呼びかけたのは、ラテン系の彼と同年代の商人風の男だった。

相手もこちらの気付いたのか、手を振って呼び返す。

 

「あなたもここに来ていたのか!」

 

「おう、山賊共のせいで飛んだ足止めを食ってしまったがな」

 

旧友らしいアレハンドロとの会話の中、ラングレイは横目で草原を見る。

炎に焦げた芝生、返り血を浴びた地面、戦闘から生き残ったらしい傷を残すティアンの傭兵たちが片付けている最中の布。

明らかにここで戦闘を繰り広げたらしいのは彼には――彼と同行した〈マスター〉とヒドラも――察することができた。が、あえてそれは尋ねなかった。

 

「で、そちらの方はマスターとお見受けするが……荷車の人は誰なんだ?まさかラングレイ氏、【奴隷商(スレイブディーラー)】でも始めるのか?」

 

「なっ……、馬鹿を抜かせ!人を売り買いして暴利を得ようとするほど落ちぶれとらんし、そんな下衆な趣味も持っとらんわ!こいつらは山賊!これからギデオンの詰め所に放り込む生き残りどもだ!!」

 

アレハンドロの質問に逆上紛いの勢いで答える。

ペインに宥められたところでやっと頭が冷えたのか、ラングレイは改めてアレハンドロに提案する。

 

「まぁいい、どのみち目的地は一緒だ。こいつらも歩き詰めだろうし、ワシの荷車は残党でいっぱいだからな。小娘だけでも荷車に放り込んでおけ」

 

その提案にアレハンドロは快く承諾してくれた。

フレデリカの召喚獣が今は小型犬サイズにまで縮んだものの、余計な気を起こした山賊を見張っているために逃げる心配はない。

横転した馬車を起こす作業はクロムが率先してやってくれた。

 

「ではまずは自己紹介ですね」

 

そう名乗り上げたのは、ファンタジーの中にも関わらず黒スーツにサングラスの女性だった。

 

記者(ジャーナリスト)】マリー・アドラー。

女衒(ピンプ)】ルーク・ホームズ。その〈エンブリオ〉TYPE:ガードナーのバビこと【堕落天魔 バビロン】。

聖騎士(パラディン)】レイ・スターリング。その〈エンブリオ〉TYPE:メイデンWithアームズの【復讐乙女 ネメシス】。

 

こちら側も自己紹介を済ませると、黒い少女、ネメシスがヒドラをまじまじと見てくる。

 

「それにしても、男版のメイデン、アポストルとは珍しいのう」

 

「生まれて1時間足らずの俺が言うのもなんだが、女版アポストルもそうは見かけないな」

 

「……」

 

「……」

 

「おい、何張り合ってますみたいな空気を出してるんだ?」

 

竜車に揺られて2人のエンブリオが僅か張りに張り合う空気を作る。幸い隣のレイが止めてくれたおかげで両方とも大人しく身を引いてくれた。

それから日が傾いた夕刻。一行は決闘都市ギデオンに到着した。

 

 

 

決闘都市ギデオン 冒険者ギルド

 

 

山賊の生き残りギデオンの詰め所に放り込み、アレハンドロとラングレイと別れた一行。

 

 

【クエスト【ギデオンまでの物資配達と護衛――ラングレイ・フォンベル】を達成しました】

 

 

メッセージが表示され、達成感を味わった一行。ただし唯一、サリーだけは物寂しさも含んだ表情だった。

その後、レイが討伐した【ガルドランダ】討伐報告と配達クエストの為に冒険者ギルドへと向かい、ギルドに到着したところでメイプルが目を覚ました。

 

「ぅん……?」

 

「やっと起きたか?」

 

「あれ、私……?」

 

寝ぼけた頭でいつの間にか見知らぬ街に到着していたことに気付いていなかったが、意識がはっきりしてくると我に返ってヒドラに詰めかかる。

 

「そうだ!あの山賊は!?」

 

「もう終わったぞ」

 

「は?終わったって……?」

 

「もう討伐して生き残りも牢屋に放り込んで、後念のための報告」

 

メイプルが混乱する中、カナデがこれまでの経緯を説明する。その中でレイ達とも出会ったことも。

改めて自己紹介を済ませると、ギルドの中へ入っていった。

 

「で?そろそろトリックを説明してくれないかしら?」

 

クエストの清算をレイとペインに任せ、サリーがヒドラに尋ねてきた。

ルークやマリーも千獣山賊団との戦いを聞いたので、メイプルも冷静に思い返していたら、疑問が膨れ上がってきた。

疑問は当然【護毒のアミュレット】の存在にもかかわらず、パルキスが毒殺されたことだ。

 

「護毒のアミュレットは文字通り【毒】や【猛毒】の状態異常を一切受け付けなくなるアクセサリーです。割と高価なものなんですが、そもそも耐性効果を無視するなんてボクでも聞いたことがありません」

 

「ねぇ、どういうこと?」

 

「そうだな。理由はステータス画面を見れば分かる」

 

ヒドラに言われ、早速メイプルが『詳細ステータス画面』を見ると、『〈エンブリオ〉』という項目が増えているのに気付いた。

早速開いてみると、ヒドラの姿とパラメーターが並んだウィンドウが表示される。

 

 

 

 

ヒドラ

TYPE:アポストルWithアームズ

到達形態:Ⅰ

 

 

 

 

HP99

MP66

SP82

 

 

 

装備攻撃力:14

装備防御力:60

 

 

ステータス補正

HP補正:‐

MP補正:‐

SP補正:‐

STR補正:‐

END補正:‐

DEX補正:‐

AGI補正:‐

LUC補正:‐

 

 

 

※【‐】はステータス補正0%

 

 

「……弱っ」

 

「初期値のネメシスより酷いな……つか、補正が皆無じゃねぇか」

 

思わずメイプルとレイが口にしてしまったが、当人は気にする様子もない。

 

「ならスキルはどうだ?」

 

今度はネメシスに促され、『保有スキル』のほうを目にする。

 

 

 

『保有スキル』

 

《死毒海域》Lv1:

武器状態の〈エンブリオ〉を装備した〈マスタ―〉、または人型状態の〈エンブリオ〉を中心に特定の範囲内の病毒系状態異常耐性を時間経過で減少させる。

視覚補正でサークルが浮かび上がり、範囲内の病毒系状態異常を伴う固有スキルの攻撃での相手ダメージは現状態異常耐性に反比例する。

アクティブスキル。

 

 

 

※Lv1での範囲は使用者を中心に直径20メテルで、耐性減少は秒間1%ずつ減っていき、最大30%。

※【猛毒】の場合、発生から減少HPが増大していき、最大で秒間500までの勢いで減っていく。

※スキル発動中、MPを秒間1ポイント消費し、SPが0の場合発動できない。発動中にSPが0になった場合、このスキルは強制解除される。

※視覚補正はこの〈エンブリオ〉の〈マスター〉のみに発動する。

※サークルは一つしか存在できず、発動中のどちらかが解除しない限りもう片方は発動できない。

 

 

 

 

第1の首は猛毒滴る竜鱗の盾(メナスティル・ヴェノム)》:

敵対者の攻撃を受け止めた時、毒液を浴びせて100%の確率で【猛毒】の状態異常を付与する。

既に対象が【毒】、【猛毒】の状態異常を受けている場合は発動しない。

アクティブスキル。

 

 

《毒竜眼》

 

病毒系状態異常を無効化する。また、混入された毒薬を見抜くことができる。

この効果はマスターには通用しない。

 

 

「……今度は凄いものですね。生物相手ならほぼ無敵じゃないですか」

 

ルークが若干引きながら感想を漏らす。

大盾になって防御し、耐性を削ったうえで攻撃してきた相手を確実に相手を毒にしてHPを削り殺す。

固有スキル以外の攻撃や武器に付与している状態異常は対象外というのが唯一の救いか。そうでなかったら管理AIに目を付けられるのは目に見えている。

 

「にしても凄い奇跡だな。【衰弱】と【脱力】の極悪コンボにもめげずに反撃の固有スキルと《死毒海域》のコンボで倒せたって事か」

 

「【高位薬剤師】って名乗ってたから、独自に調合したその薬を使ってたのね。で、根こそぎ奪った後で《歩き葡萄》の実を倒れた御者や護衛に浴びせて野良モンスターの餌にする、か……」

 

フレデリカが彼らの手段を推理する。ルークも「それには僕も賛成です」と同意してくれた。

見た目に反して知能犯だったらしい。あの瓶もサリーが竜車の護衛に回って手こずった所で使っていた。

もし、【歩き葡萄】の実と同時に瓶に入っていた状態異常の薬品を使われていたらまず間違いなく無数のモンスターと山賊団に苦戦は強いられていただろう。

今回の千獣山賊団壊滅のきっかけは、自分が【毒】や【猛毒】に陥らないという頭目の慢心、それと自分が想定していた以上の【猛毒】の浸食に、解毒剤を投与する時間が無くなってしまった事だった。

 

「こっちは終わったぞ」

 

「あれ?クロムさんとカナデ、どうして入ってきたんですか?」

 

そんな時、クロムとカナデが“再び”ギルド内に入ってきた。

受付ではペインがまだ説明している所だ。外に出る用事があるわけでもないのに。

 

「実はあいつが落としたアイテムボックスの中身を確認しようとして、俺が職員と一緒にギデオンの外に行ってたんだ」

 

「なんでわざわざギデオンから出たんですか?」

 

「実はな、昔組んでたパーティで同じように盗賊退治のギルドクエストを受けたことがあってな。その時頭目が命乞いをしてアイテムボックスを出してきたんだ」

 

「それで?」

 

「一応そいつは俺が衛兵に引き渡したんだが、直後にパーティの誰かが奴のアイテムボックスを開けたららしくて……壊した途端中に仕込んであった爆弾か何かが爆発して俺以外全員デスペナった」

 

経験を語るクロムは「俺と衛兵は軽いケガだけで済んだんだがな……」と目がどことなく虚ろに見えてくる。

今回はその前に殺されてしまったが、職員が中身を拝見するときにもしかしたらと思い、その職員同行でギデオンの外に来た。もちろん、風向きはギデオンから離れる北風の時に。

念入りにカナデの魔法で厳重にロックをした後でアイテムボックスを破壊し――案の定クロムの予感は当たった。途端にアイテムと共に毒ガスが噴き出し、風に流れたそれを吸ったゴブリンが苦しそうにもがいて最後には動かなくなってしまったという。

 

「お前ら、もしこういうことに出くわしたら躊躇わずその頭目をぶっ飛ばせ」

 

クロムのその言葉は経験者ゆえの重みを感じるのだった。

 

 

 

 

その後、千獣山賊団の討伐を証明したことにより賞金が配られた。

頭目は60万、山賊の討伐兼生け捕りの5人の計40人は一人につき1万で、合計100万リル。

 

「で、どうしてこうなっちゃうの……?」

 

メイプルが深い溜息を吐く。それは、目の前の賞金の分配についてだ。

10万リルはカナデのポーションの補給という名目が立ったが、そのあとが問題だった。

 

「だから、6人の均等配分で良いんじゃないのか?」

 

「いやおかしいだろ?こっちはモンスターの相手で参加できなかったんだぞ」

 

「そーだそーだー。モンスターでガッツリ稼いだぞー」

 

「こっちももう何人斬ったか覚えてないからな……」

 

「クロムはクロムでアイテムボックスの中身をとる権利はあるんじゃないの?」

 

「そのセリフ、そっくりそのままメイプルに返してやろうか?」

 

クロムもフレデリカも、ペインもカナデも等配分の提案に不満を持っていた。

ここは自分の取り分を増やすところだろうが、全員活躍度合い故に取り合いどころか自分の報酬が多すぎるという訳の分からない論争が続いている。

隣でも現に、【ガルドランダ】の討伐報酬で3人がもめていた。こっちとほぼ同じ理由で。

こちらでも埒が明かない論争(?)が続いていたが、ヒドラが挙手する。

 

「……だったら、まずメイプルが23万でペインが17万。お前らが一番討伐したんだから、これくらい貰う権利があるが、ペインは同じ額にしたら断わろうとしたんだろ?」

 

「はぁ……」

 

「俺も構わん。メイプルと同じ額なら文句を言っていたがな」

 

「次に討伐したカナデとサリーが15万」

 

「オッケー」

 

「なるほどなるほど」

 

「で、クロムとフレデリカが10万。モンスターのドロップ品も売却に回せば、合わせて15万くらいになるだろう」

 

「いいぜ」

 

「こっちもドロップ品で設けたからね」

 

綺麗に纏め上げて打ち上げも完了。

これでメイプルとサリーの最初で最後のクエストは成功に終わったのだった。

そこでメイプルとサリーはお互いを含めた5人とフレンド登録し、解散。2人はギデオンのセーブポイントを設定したところでログアウトしようとする。

 

「これでさっぱりデンドロから足を洗えるね」

 

「……ねぇ、サリー。こんなこと私が言うのもなんだけどさ……」

 

すっぱり引退しようとしたサリーの後ろで、メイプルが呼び止める。

振り返ったサリーが続きを促すが、どうもメイプルは声に出そうか口ごもってなかなか言葉が出ない。

 

「――続ければいいんじゃないのか?」

 

彼女の思いを代弁したのはヒドラだった。

自分の言いたいことを勝手に言い出したヒドラにメイプルは言葉を失ったが、それはサリーも同じことだ。

 

「ちょっ、本気!?あれだけぶちまけといてまだ続けるって……!?」

 

「……うん。実は気絶している時に夢を見たんだ」

 

ヒドラの代弁により詰め寄ったサリーに、メイプルも観念したように吐露した。

内容は気絶中に見た夢。毎夜自分と友達を殺したあの鎧の夢だったが、内容が少し違っていた。

大盾となったヒドラを手に自分が鎧の攻撃を受け止め、《第1の首は猛毒滴る竜鱗の盾》で反撃。猛毒を受けて苦しむ鎧はそのまま足を滑らせて奈落の底へと転落していったというものだ。

 

「それで、目が覚めた後で……もしかしたら勝てるんじゃないかって」

 

サリーは考える。

確かにあの鎧――バルバロイはメイプルの能力をまだ知らない、〈エンブリオ〉も孵化していない〈マスター〉だと認識している。

そこに対策必須レベルの【毒】系統のアクセサリーを付けても耐性不可の【猛毒】を喰らってしまえば精神的に面食らってしまうだろう。

今のところ目立ったスキルは無いが、成長次第では現実味を持っている。

 

「うん、メイプルがやりたいなら私も付き合うよ」

 

「……ありがとう」

 

自分のわがままに付き合ってくれた親友にただ一言、礼を言ってログアウトした。

 

 

 

 

地球 楓の自室。 本条楓。

 

 

目を覚ますと、見慣れた天井が視界に映る。

長いようで短かった<Infinite Dendrogram(あの世界)>でのクエストで、私は可能性を、目標を見つけた。

一つは、サリーを、ティアンを、そしてフレンドのみんなを守れる可能性。

もう一つは、あの鎧のプレイヤーキラーへの雪辱戦。

 

目標を見つけたことで、自然と気分が落ち着いていた。久しぶりに自分に訪れた僅かな平穏に、安堵の溜息を吐く。

 

「…まずは強くならなきゃ、か……」

 

ふと呟いたのを最後に、<Infinite Dendrogram(あの世界)>での疲労が今になって出てきたのか、再び眠りについた。

 

 




次はエピローグで終わりです。


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エピローグ:極振り防御とその裏で。

とあるチャットルーム。

 

 

参加者 ― 教授

 

【将軍がInしました】

【じゅうおうがInしました】

 

参加者 ― 教授、将軍、じゅうおう

 

 

 

教授:こんばんはぁ。

 

じゅうおう:こん。

 

将軍:どういうつもりだ。

 

教授:あらら、挨拶も無しとは将軍閣下はご機嫌斜めのご様子ですか?

 

将軍:いきなり「ヤバい奴が現れたんで映像を見てほしい」と言われて、目前のUBMを逃した俺の気を害しただけで十分不服だ。

 

じゅうおう:けいかくのこと?

 

教授:ええ。今回呼んだのはそれもあります。ユーも【奏楽王(キング・オブ・オルケストラ)】も、それから将軍閣下が雇ったアイツもギデオンにいますが、計画までデスペナされないよう念押ししときました。【奏楽王】はすっかり馴染んでるようですが。

 

教授:今回の計画、じゅうおうがいれば確実にギデオンを潰せます。彼が自分の抵抗虚しく蹂躙される街を目の当たりにされたら、さぞ面白い反応をしてくれるでしょうねぇ(笑)。

 

教授:でも正直、流行病と時期が被ってるから可能性は薄いですけど。

 

将軍:おい。

 

教授:失礼、話が逸れてしまいました(笑)。実は彼とは違うルーキーを見かけたんですよ。レベル5の【盾士】で第0の〈エンブリオ〉の。

 

将軍:あれはなんだ?人型ならメイデンだが、少年の姿のメイデンなんて初めて見たぞ。

 

じゅうおう:……《アポストル》?

 

教授:大正解大正解!流石ですねじゅうおう。

 

教授:仰る通りあれは《アポストル》というレアカテゴリーです。

 

教授:まぁ、将軍閣下が知らないのも当然でしょうね。私も実物を見たのは初めてでしたし、恐らく確率はメイデンより低いかと。

 

じゅうおう:アポストルの孵化にたちあえるなんてなんてこううん。

 

教授:因みに私は存在自体は3年前のバレンタインデーイベントの事件で知ってました。

 

将軍:“般若”のハンニャによるレジェンダリア領土内における市街地倒壊PK事件か。

 

将軍:確か動機が元カレへの復讐だったと。

 

じゅうおう:わたしは“監獄”のアイツのときに。

 

教授:おそらくですが、アポストルになるには第0の状態から相当デンドロを嫌っている、デンドロに対して恐怖心を抱いていることですね。確証ではありませんが。

 

教授:いやぁ、でも凄いですよね。デンドロを嫌ってるくせにお友達の為に健気に大嫌いな世界に乗り込むなんて!

 

教授:私もう感動で涙が止まりませんでした!!(笑)

 

じゅうおう:かんどうするひとの、リアクションじゃない。

 

将軍:ペインもそうだが俺はそのお友達とやらだな。【闘牛士】らしいが、あんな繊細な動きがあの職業でできたか?

 

教授:おや、将軍は【闘牛士】にご熱中ですか。貧乳年上おねーさんならじゅうおうの〈エンブリオ〉がいますよ(笑)。

 

将軍:くたばれ。

じゅうおう:くたばれ。

 

教授:でも彼女の〈エンブリオ〉、あの山賊とのやり取りで2つほどわかりました。

 

教授:一つは毒系の耐性を減少または無視。二つ目は一つ目の効果を使うにはある程度の範囲内でなければならず、現段階ではそれほど範囲が広くないこと。

 

教授:これなら命令を加えて対処できますが、一つ試したいことがあるんですよ。けどもうこっちの配置も《パンデモニウム》のモンスターも準備完了しちゃってるんですよねぇ。

 

教授:アンデットやゴーレムがいればなんとかなりますが、私も将軍閣下もそんなスキルありませんし、彼を呼ぶのも時間的に不可能ですからねぇ。寝返り組にもいないし。

 

将軍:そんな雑魚など放っておけ。どうせ大した障害でもあるまい。

 

教授:学者がやる実験というのは、些細な疑問が主な動機なんですよ。

 

教授:空白の解答欄を見るとどうしても回答を埋めたいように、ね。

 

じゅうおう:……ひとつ、いい?

 

将軍:珍しいな。じゅうおうから声をかけるとは。

 

じゅうおう:もし、あのこが【猛毒王(キング・オブ・ヴェノム)】になったら、どうするの?

 

教授:…………。

 

将軍:…………。

 

じゅうおう:…………?

 

将軍:あいつの範囲が一国レベルに広がった上で戦争中に耐性無視の毒がバラまかれたら、それこそ【疫病王】クラスの被害を被るぞ!?

 

教授:幸いDEXは皆無でしたから、じゅうおうや将軍閣下が危惧する事態にはならない……ことを祈るしかありませんねぇ。

 

将軍:誰でもいいから奴より先に【猛毒王】の席に座れば問題ない、か。

 

教授:座れば、ですがね。

 

 

EPISODE1 END.




後はこの章を上げて完成。
もう第1章終わったんか。


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第2章:極振り防御とギデオンの一日
極振り防御とイヌミミ聖騎士(パラディン)


この時点で原作第2章です。ここから楓の木と集う聖剣の面々が登場。


決闘都市ギデオン 中央広場【盾士(シールダー)】メイプル・アーキマン

 

 

朝方、セーブポイントを設定したギデオンの広場で私は再びログインしてきた。

 

「おう、マスター。気分はどうだ?」

 

左手の紋章から飛び出し、1日ぶりに顔を合わせたのは孵化したばかりの私の〈エンブリオ〉、ヒドラ。

今の時間――デンドロ内部で――は午前6時。太陽が昇ったばかりだ。現実の時間でいうと午前3時。

昨日気付いたけど、デンドロの3倍時間は便利である反面ややこしく、時差ボケが起きてしまいそうだ。

 

「でも、今日は割とまともに寝られたほうかな?」

 

「みたいだな。顔色は見てきた中で一番良い」

 

実を言うと、今朝も夢にうなされて起きてしまったが、その時までは十分な睡眠がとれたと自負している。

そういえば、ルークやレイさんが、ヒト型の〈エンブリオ〉は〈マスター〉の記憶を覗けるって言っていたっけ。

鏡もまともに見れなかったし、そんなに酷かったのだろうか?

 

さて、問題はここから。

サリーのほうは未だリアルで熟睡しているだろうから、それまで観光がてらギデオンを回ろうと思っていたが、肝心の店はまだ軒並み閉店のまま。

人気(ひとけ)の無い街を回るのも物悲しい。

 

「んで、レベ上げは?」

 

「あ、そっか」

 

ヒドラに言われてステータスを見てみる。

最初の戦闘でレベル3、昨日の戦闘で一気にレベル12まで上がっている。

スキルも《瞬間装備》や《盾技能LV1》、《シールドアタック》なんてのを得ている。

 

 

《盾技能LV1》

 

盾士の代表的なスキル。

盾で攻撃を受けた時、ダメージを10軽減する。

パッシブスキル。

 

 

 

 

《シールドアタック》

盾を構えた状態で攻撃する。

低確率でノックバックさせる。

アクティブスキル。

武器スキル。

 

 

続けて、自分のステータスを確認。

 

 

【メイプル・アーキマン】

 

盾士

LV12(合計12)

 

HP520

MP33

SP76

 

STR45

END88

AGI43

DEX41

LUC35

 

 

意外と伸び幅はENDを軸にバランスよく育っている。

装備も一式で発動する【ライオット】シリーズで、《HP増加LV1》と《ダメージ軽減LV1》で、外のモンスターとも1対1なら互角に戦える。

武器もヒドラがいるから問題ない。

 

「あ」

 

早速平原へ行こうとした時、2人分の人影を見つけた。

白と黒、丁度今の私とヒドラと同じ色合いの恰好のコンビが。

 

「レイさーん!」

 

私が白い人影の名を呼ぶと、2人のほうも気付いて振り返ってくれた。

 

「おはようございます」

 

「応、おはよう」

 

「随分早起きだな」

 

「目ェ冴えちまったからこっちに来たんだよ文句あっか?」

 

こらこら、そこは〈エンブリオ〉同士で喧嘩しない。

なんでこうヒドラはネメシスに食って掛かるんだろうか。ツンデレ対応?

 

「所でレイさんも平原で自主トレを?」

 

「そんなところかな。これのテストも兼ねて」

 

そう言ってレイさんは自分の両手の籠手を見せてくれた。赤と紫の鬼の顔を思わせる、左右それぞれで色の違う手甲を。

 

 

 

 

ネクス平原

 

 

 

レイさんが言うには、今装備している籠手は【瘴炎手甲ガルドランダ】という装備品らしい。

私達と千獣山賊団の戦いの70メテル先で〈UBM〉と呼ばれるモンスターを撃破し、そのMVPを手に入れたそうだ。

それを聞いた私は感嘆の域を漏らす。2つの意味で。

前者はその怪物をたった1人で倒したレイさんへの尊敬。後者はUBMと当たっていなかったことへの安堵。

流石にヒドラの能力が強くても、そんなに強いモンスターとの戦闘をあの場面で戦るのは勘弁したい。絶対に死ぬ。あの山賊も〈UBM〉と正面から戦り合うつもりは無かった為に私達に狙いを移したのかもしれない。

既にこの世にいない〈UBM〉に黙とうしつつモンスターを探してうろついていると、【ゴブリンウォーリアー】を見つけた。幸い見える範囲に仲間はいない。

 

「じゃあ、私とヒドラが先に出て、合図を出したらお願いします」

 

「応」

 

武器化したヒドラを装備した私が前に出る。今更だけど、大盾ばかりに目をやっていたから気付かなかったけど、短刀のほうも綺麗だ。紫や黒で染めた束に対して、鍔元から先は曇り一つない輝きを放つ銀色。

短刀を眺め終えた私は足元の小石を【ゴブリンウォーリアー】目掛け投げる。頭に当たった振り返った【ゴブリンウォーリアー】も、私達に気付いて武器を振り回しながら突撃を仕掛けてきた。

 

「疾ッ!」

 

武器の攻撃を受け止め、露出している胸目掛け短刀で斬り裂く。

真一文字に緑の肌に切り傷を残したが、浅く、致命傷じゃないのが目に見える。

再び攻撃。防御。反撃。右腕、右胸、右頬――。

連続で短刀の攻撃が決まるが、当然の如く浅い当たりだ。

 

『メイプルッ!』

 

「《シールドアタック》!」

 

【ゴブリンウォーリアー】が武器を両手で振り上げたのを見計らって、ヒドラの合図とともに盾の攻撃。

盾での殴打、というより武器のサイズ上の問題で盾を前方に構えたままの体当たりという形になったが、無防備な腹部と顔面に直撃して隙が生じる。

 

「今だ!」

 

後ろからのレイさんの合図で武器状態のヒドラが人型に戻り、私を背負って【ゴブリンウォーリアー】から離れていく。

同時にレイさんが前に出て、“手のひら”を【ゴブリンウォーリアー】に向ける。

 

「《煉獄火炎》!」

 

レイさんがスキルを宣言し――。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

レイさんの上半身が猛烈な勢いで放たれた紅い炎に包まれた。

 

「「ええええええええぇぇぇぇぇ!?!?」」

 

いやいや待て待て待ってくださいぃ!?

どうしてスキル宣言した人がいきなり自分のスキルでやられちゃってんの!?

あ、そういや“手の甲”が鬼の顔っぽかったからひょっとして手の甲向けないと自爆しちゃうって事!?

って、ああああぁぁッ!さっきの【ゴブリンウォーリアー】が火だるまのレイさんに追い討ちかけてる!

バックバック!ヒドラ、カムバック!ステイ!ステーイ!ステーーーーイ!!

 

「落ち着けって!言ってることが滅茶苦茶になってるぞ!?」

 

急いで【ゴブリンウォーリアー】との戦闘に復帰し、レイさんが回復アイテムとスキルを使いまくってる間に私も必死に攻撃して何とか勝利した。

聞いた話によるとレイさんはあのPKテロ騒動の時に1度北でやられたらしい。けど、2度目の死がこんなバカげた形で迎えるのは後世の笑い者にされる。

……痛いのも死ぬのも嫌だけど。

 

「死ぬかと思った!」

 

 

 

 

 

気を取り直して《地獄瘴気》のテスト。

次の相手は【歩き葡萄(ウォーキングバイン)】。千獣山賊団がこのモンスターの実と頭目が調合した毒薬を使って、動けない傭兵や御者を平原のモンスターの餌にしていたのは記憶に新しい。

 

「植物なんだし、焼いたほうが手っ取り早いんじゃないのか?」

 

「大丈夫だ。問題ない」

 

「問題しかないんですけど」

 

立てるようにはなったがまだ【火傷】の状態異常は抜けていない。

が、今度はちゃんと手の甲を向けて《地獄瘴気》を噴出した。

レイさんの狙い通り【歩き葡萄】を包み――直後吹き込んだ向かい風でこっちに襲い掛かってきた。

 

「ぎゃあああ!?」

 

「うわあああ!?」

 

「……んぶっ」

 

私達は慌てて逃げだし――って、ヒドラが棒立ちしたまま瘴気を直撃したー!?

 

「ちょ、大丈夫!?」

 

「平気平気。俺病毒系は効かねーから」

 

瘴気が風に流されたところで様子を見てみると、状態異常に苦しむ【歩き葡萄】に対してヒドラはぴんぴんしたままこっちに向かってきている。どうやら本当に病毒系は効かないらしい。

その時、状態異常で苦しむ【歩き葡萄】が、自分の実を投げつけてきた。不意打ち気味の攻撃(?)にレイさんは思わず実を飲み込み――直後に血を吐いた。

 

「レイさん!?」

 

「これ、俺がアイツにかけた状態異常……!?」

 

あの葡萄、モンスターを引き寄せるだけじゃなくて、自分が受けた状態異常も与える能力もあったの?

……あれ?

モンスターを引き寄せる果汁の匂い、それが周囲の地面や私達にもついている。そして地平線から獣系モンスターと【ゴブリン】の群れ……。

 

『自主練で集団リンチはハード過ぎね?』

 

2対10以上。初日の自主練は私の想像以上にハードな結果となりました。

 

 

 

 

うん、死ぬかと思った。

切った張ったのモンスターの集団との戦闘は《第1の首は猛毒滴る竜鱗の盾(メナスティル・ヴェノム)》とネメシスの《逆転は翻る旗の如く(リバース・アズ・フラッグ)》で強化されたレイさんのおかげで【歩き葡萄】を含めたモンスターの集団は残らず全滅した。

こっちも分かったことが二つ。

《第1の首は猛毒滴る竜鱗の盾》は《死毒海域》抜きの単体で発動できること。その時は普通に耐性も含んだ計算式になるが、難しすぎて頭がパンクしそうだから割愛しておこう。そもそもMP量でただでさえ30秒程度しか発動できないのに、一々オンオフしていくよりも、《第1の首は猛毒滴る竜鱗の盾》だけで十分コスト効率が良い。

もう一つは《第1の首は猛毒滴る竜鱗の盾》で放つ毒液は扇状に放たれるので、敵対者の近くにいたモンスターすら巻き込むこと。相手が多数でもこれなら多少は戦えそうだ。乱戦では流石に使えないけど。

因みに今のモンスターリンチの乱戦で一気にレベルが3上がった。

 

「そ、そっちはどうですか……?」

 

「一応大丈夫……」

 

レイさんのほうはといえば、《逆転(リバース)》の効果が切れて今も地面に突っ伏したまま。このままじゃ這いずって街に戻らなきゃらない。

私が運ぶにも、レイさんの体格と私のAGIじゃ日が暮れそうだし、助けを呼ぶにも手間だし……。

 

「ん?」

 

何か良いアイデアは無いかとふと振り返ると、レイさんとネメシスのほかにも、平原にいる人影が増えていた。

けどそれは【ゴブリン】のような人型モンスターの類じゃない。

 

『……』

 

ペンギンの着ぐるみが、レイさんを見下ろしていた。

一応ここ、ファンタジーメインなんですよね?着ぐるみなんてファンタジーならぬファンシーなんですけど。

 

「あんた、何者だ?」

 

『フフフフフ……』

 

着ぐるみがさっきの沈黙を粉砕するようにその場でくるくると回転し、ビシッと全身Vの字ポーズを決める。

 

『私の名はフラ……あっ。…ミンゴ!!天才【研究者(リサーチャー)】ドクタァァァァ、フラミンゴッ!!』

 

……どう見てもペンギンだよね?

 

『細かいことはいいじゃあないか!それより君!状態異常で困っているようだねぇ!これを飲みたまえ!』

 

フラミンゴと名乗った着ぐるみは腹部のポケットから薬瓶を取り出した。ポーションらしい。

なんだ、着ぐるみでも中身は良い人――。

 

「ちょっと待て。調べさせてもらうぞ」

 

そんな時、横から首を突っ込んだヒドラがフラミンゴからポーションを奪い取る。

 

『ちょっと何すんの?人が親切で渡したアイテムを横から掻っ攫うなんて、酷くないかねぇ?』

 

「……いや、大丈夫だ。毒の類は無い」

 

『……え?今見ただけで分かったの?』

 

「ああ。俺は毒の混入を見抜けるんだよ」

 

そういえば、ヒドラのスキルは病毒系状態異常を無効化するだけじゃなくて、毒が混入されてないかどうか見抜けるんだっけ。

レイさんも改めて受け取って――一応ネメシスの《逆転》を発動したまま――ポーションを飲む。

 

『飲んだね?』

 

直後、レイさんが頭を抱えて苦しみだした。

 

「何ッ!?」

 

「レイさん?!嘘、毒は無いんじゃなかったの!?」

 

その間にもレイさんの頭痛が強くなっていくのか、両手で頭を抑え込んでいる。ネメシスが《逆転》を使っても、バフ効果が出ている様子は無い。

どうすればいいのかわからずパニックに陥っている間にもフラミンゴは続けた。

 

『さっきから君を見ながら考えていたんだよねぇ。君にはどんな薬が似合うだろうと。そう、そして結論は出た!これしかないと!!』

 

「……あ、あれ?」

 

ペンギンが自己満足気味に叫んだ直後、レイさんがスックと立ち上がった。まるでさっきの頭痛が嘘、のよう、に……?

 

「れ、れれれれれ、レイさん?頭、大丈夫ですか?」

 

「頭?いや、さっきまでの痛みが嘘のように引いて……毒とかの状態異常も治ってるぞ?」

 

「ち、違います!頭触ってください!頭!」

 

「え?」

 

ネメシスもヒドラも今のレイさんの姿に絶句。

当のレイさんも私に言われて頭を触り――。

 

 

もふっ。

 

 

「……?」

 

その感触で異変に気付き、

 

 

『やっぱり似合うじゃないか!“その耳”!』

 

ペンギンがいつの間にか持った姿見でレイさんを写し……。

 

「…………な、なんだこりゃああああああああああああ!?!?!?」

 

頭に見事な金色のイヌ耳を生やしていたことに気付いたのでした。

 

 

 

 

『実は……私の開発した【ケモミミ薬】の被験者(モルモット)を探していたんだけど、良い感じに君らがいてねぇ!!お陰で【ケモミミ薬】大成功!!完璧なイヌ耳だよ君ィ!!』

 

実験が成功してハイになっているフラミンゴが動機をつらつら述べる。

頭痛の時間は見積もって3、4秒といった所だろうけど、これで痛みが長引かないなら、時間的にも私も我慢できるかもしれない。

 

「あの、さっきのお薬って――」

 

まだありますか?とペンギンに尋ねた所、当のペンギンは大剣モードのネメシスに突きつけられていた。

 

『すんません。ジャパニーズ土下座で謝るんでどうか大剣を下げてくれませんか?あぁ!裂ける、裂ける!着ぐるみも、私の喉も!』

 

「よく聞け。俺には一生身につけないと決めたモノが3つある」

 

『ち、因みにそれは?』

 

「眼鏡、女装、そして動物の耳型ヘアバンド、だ」

 

「あ、それですっごく気が立ってると」

 

女装は……分かる。友達か誰かの悪ふざけに巻き込まれたんだと思う。

ケモミミヘアバンドも……さっきの理由と同様だろう、多分女装とセットでやらされたのかも。

眼鏡は……眼鏡?眼鏡に関する苦い過去って何?全然思い当たる節が無いんだけど?

 

『眼鏡良いよ眼鏡。こっちじゃ色々スキル付くし』

 

「――黙れ」

 

『「「殺気!?」」』

 

『すみましぇん!?』

 

眼鏡に殺気向けられるものなの!?

 

「良いからとっとと治せ」

 

『頭から直接生えてるから外せないんだよ。でも今からこっちの時間で10時間位には自然になくなるよ。あ、因みにログアウトした時間はカウントされないから。そうじゃないと面白くないし』

 

「面白くないだとこのマッドペンギン?」

 

さっきまでの親しい感じが嘘のように消え失せたレイさんが凄く怖く見えるんですけど。

 

「あ、あのぉ~……さっきのお薬ってまだあります?」

 

レイさんに切られる覚悟でペンギンにさっきまでの疑問を投げかけた。

怖い。後ろで殺気をたぎらせるレイさんの視線が。

怖い。こっちまで切りかかられるかもしれない未来が。

怖い。こんな朝方にこんな殺気を孕んだ空間を生んだレイさんが。

 

「おい、何あの時の決意を捩った言い回ししてるんだ」

 

……ごめん。

 

『ああ、あれね。実はバリエーションが1つだけだとつまらないから、ネコミミやウサミミも用意したんだよ。お嬢ちゃんもそれ飲んでレイ君と一緒にスクショでも……』

 

私がペンギンからそれを貰う前に、レイさんが無言で切りかかった。相手を失った大剣はそのまま私の首筋ギリギリ触れないところまで降りぬき、直前で止まった。

ペンギンはといえばそれを避け、そのまま脱兎のごとく街のほうへ逃げていった。ペンギンだけど。

 

『フハハハハ!さらばだー!』

 

「何だったのだ、あ奴は?」

 

「スクショとか言ってたから多分〈マスター〉だと思うけど……」

 

レイさんが何か引っかかったように口ごもる。

それはさておき、ネコミミになるチャンスを逃した私は渋々レイさんと共にギデオンへ戻るのでした。

 

 



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極振り防御とガチャ装置。

決闘都市ギデオン 中央広場【盾士】メイプル・アーキマン

 

 

北門でレイさんと別れた私達。戻ってきてみれば朝方だというのに凄い人だかりが待っていた。

昨日は戦闘の疲れやら何やらで気が付いていなかったが、人々の空気に熱気が孕んでいる。アルテアでは感じられなかった空気だ。

それはきっと視線の先、決闘都市中央大闘技場から伝わってくるのだろう。

古代ローマのコロセウムを2回りも大きな大闘技場のほかにも、この街には12棟もの闘技場が等間隔で配置されていて、日々決闘や競技が行われている。

往来する人々の中にはファンタジーで亜人と呼ばれる人々も大勢見かけた。地理的にレジェンダリアとも近いから、そこからの観光者も多いのだろうか。

 

「それで、どうする?」

 

「ラングレイさんのお店に行こう」

 

この前は気絶しちゃったから一言言えなかった事もあるし。

衛兵のティアンからお店の場所を聞いてみると、場所は9番街。貴族街付近でやっているらしい。

 

 

 

 

11番街 フォンベル宝石商店 分店

 

 

9番街だけでなく、12、3、6番街は宿泊施設や飲食店のお店が立ち並ぶ。その通りを一つ抜けると、さっきまでの街並みとはけた違いに豪華な建物が並ぶ。目的地の隣、10番街は貴族の居住区で、闘技場周辺以外は専用の許可証が無ければ足を踏み入ることは許されない。

だけど私達の目的地はその外。10番街と12番街の間にある綺麗なお店だ。

 

「ごめんくださーい」

 

呼びかけると、店員らしい女性がこちらに応じた。

 

「ラングレイさんはいますか?」

 

「申し訳ありません。ラングレイ氏は本店のほうで承っているものでして……」

 

「本店?」

 

「本店は貴族御用達であって、こちらに顔を出すことは……」

 

聞いた話ではこっちは【ジュエル】を専門に扱うのであって、ラングレイさんが経営する宝石商の本店は貴族街のど真ん中だとか。

通りでこの綺麗な雰囲気にそぐわない冒険者が陳列されている宝石を見ている訳だ。現に【大死霊(リッチ)】なんて職業に就いてる人も普通に入店して【清浄のクリスタル】の値札を見て買うかどうか迷ってるし。

この宝石店の【ジュエル】は、凡庸な下級魔法からアレハンドロ商店には無い強大な魔法を封じ込めているものもある。万が一暴発でも起こしたらここら一角が吹っ飛ぶと女性が笑顔で答えていたが、全然笑えません。

 

「あれ、メイプルも来てたんだ」

 

アレハンドロ商店に行こうとしたら、聞き慣れた声が。

 

「カナデ、こっちに来てたんだ」

 

「やっほー。あ、これお願いします」

 

カナデは手にしていた【ジュエル】をカウンターに渡す。

 

「それ攻撃系の【ジュエル】だよね?魔法職には【ジュエル】の必要は無いんじゃない?」

 

「そんなんでも無いよ。スタージャンは電気を通した鉄類じゃなきゃ電磁石にならない。強力な電磁石にするにはこうして電撃系の【ジュエル】が必要になってくるんだ」

 

便利そうに見えて結構不便なんだね。

 

「魔法じゃダメなの?」

 

「上級職は2つ、下級職は6つまで就けるんだ。僕は【鋼鉄術師(メタルマンサー)】と【魔術師(メイジ)】、【彫金師】に就いてるんだ」

 

「彫金師?」

 

「鉄鉱石を媒体に生成した鉄を使って、こんなのを作ったんだ」

 

そう言ってあるものを取り出した。長さは20センチ近い細身の棒で、ストローのように管状になっていて、途中コイルを巻いている。片方の先端にはグリップらしい細身の棒が付けられていた。

まるで猟銃。だけど、不要な部分をすべて取っ払ったようなフォルムだ。

 

「何に使うの?」

 

「何に使うんだろうね?」

 

結局カナデはにやけ面をしたまま教えてくれなかった。

そのあとカナデと別れ、今度は四番街へ。

中央広場に来た時点で、サリーがログインしてきた。

 

「メイプル、もうこっちに来てたの?」

 

「うん。これからアレハンドロさんのお店に」

 

「んじゃあ、私もそろそろ装備品を整えとくか」

 

そういえばサリーはこっちに来るまで私の色違いの初心者装備だった。

ここは闘技場なんだし、【闘牛士】に合う装備もあるかもしれない。

 

 

 

 

4番街 アレハンドロ商会

 

 

無数のバザーが立ち並び、物と人の迷路を抜けてアレハンドロ商店へとやって来た私達。

大きな店舗の中に入ってみると、中には相当な客と定員、そして多種多様の商品が並んでいた。

まず【ジュエル】のコーナーを見てみた所、アレハンドロ商会とラングレイ宝石店との違いが分かった。

アレハンドロさんのお店は多種多様。【ジュエル】以外にも武具や食料品、美術品などもある。

逆にラングレイさんのお店はニーズを限定している代わりに、こっちには無い【ジュエル】を多く扱っている。【大死霊(リッチ)】のお客さんまで見かけたくらいだ。

 

「あ、レイさん達も来てたんだ」

 

再びのエンカウント。今度はルークとバビの2人も一緒だ。

 

「あれ?その耳――」

 

「ミミガドウカシタカ?」

 

「なんでもありましぇん!?」

 

レイさん、ケモミミに何が――いや、これ以上は聞かないほうが良い。カタコトで喋ってた分怖さが強調されている。

 

「ん?そのコートはどうしたんだ?」

 

今度はヒドラがルークに尋ねた。私が気が付いた時には装備してなかったものだ。

金属質の輝きがクールで細部の装飾も凝っている。袖の長さが違うのもお洒落だ。先に買い物を済ませたのかな?

 

「はい。僕もリズはとても気に入ってます」

 

リズ?

ああ、ブランドものの名前か。

 

 

 

 

そしてサリーが装備品選びを終えた直後、私も下位ポーションの買い足しを終えた。

サリーが選んだのは【スティード】シリーズ。防御力を上げてくれるだけでなく、AGIにも恩恵を与えてくれる青を基調としたコート型の装備品だ。

スキルも《反撃強化LV1》持ち。回避をメインにしたサリーにはもってこいだ。

 

 

《反撃強化LV1》

 

反撃系スキルのダメージを上昇させる。

また、回避からの攻撃のダメージを上昇させる。

パッシブスキル。

 

 

レイさんのほうも【ブレイズメタルスケイルコート】というコート型の装備品を購入。瘴炎手甲に合わせたようだ。

サリーの装備品は4万、レイさんのコートは8万。サリーのほうがレイさんの半分以下だなんて買い物上手。

清算の為にカウンターに向かうと、その横であるものを見つけた。

 

「あれは……」

 

それはリアルではよく見る代物だった。

レバーが付いたプラスチック製のケースの中で、中には丸井カプセルが幾つも収まっている。

貨幣を投じてレバーを捻れば中のカプセルが出てくる機械。所謂ガチャと呼ばれるものだ。

 

「……よし」

 

あ、サリーの目の色が変わった。

 

 

 

 

決闘都市ギデオン アレハンドロ商会【闘牛士(マタドール)】サリー・ホワイトリッジ

 

 

ガチャ。それは現代でも続く夢と欲望の装置。

現実に存在するガチャは100円玉を入れてレバーを捻れば色んなおもちゃが手に入る。

だけどどれが欲しいかは入れた本人でも解らない。

 

現実での装置なら微笑ましい話だが、ゲームの中なら話は別。

携帯端末やPCブラウザで遊ぶソーシャルゲームでは手っ取り早く強くなるために課金する必要がある。

1回300円前後でガチャを引き、アイテムをゲットできる。そしてレア度に比例して性能も高まる。

ユーザー、Eスポーツ選手は戦いに勝つために、のんびりプレイしたいプレイヤーは押しキャラを愛でる為にガチャを引く。

ただしそれらはすべてデータ。当たりを引かれても運営は全く懐へのダメージは無いし、ユーザーは逆にハズレを引くたびに欲望を増幅させ、さらに金をつぎ込む。

 

結果として、基本無料で月10万をもつぎ込む者という話がゴロゴロ転がっていた。中には100万つぎ込んだ猛者も存在する。

これは、かつて本当にあった話。

本当にあった、恐ろしい話……。

 

 

 

 

で、VRゲームでのRMT(リアルマネートレード)は全体的に禁止されてるから現実の財布にダメージは無いんだし、1回くらい良いよね?

 

「オイコラ全部言い訳か」

 

「だって引きたいもん」

 

ゲームでもお財布の2割はゲーム購入に使ってたし。こういうの好き。

さて、そのガチャだけど形こそ現実のそれと同じだけど、いくつか違う点がある。

まず、入れる金額。

小さな行列を作っていた冒険者達は100リル硬貨を入れる者や、1万リル金貨10枚入れる者もいた。説明書きによればガチャの景品にはSからFの7段階。

Cなら同等、Fで1/100の価値、Sなら100倍以上のアイテムが出るらしい。

投入金額は最低100リル、最大10万リル。リスクに比例してリターンも大きくなるのか。

でもこういうのって、商品管理が大変そうな気もする。

 

「いえ、このマジックアイテムの管理は私どもですが、この景品や投入された金銭には関与していません」

 

「というと?」

 

「あれは元々〈墓標迷宮〉から出土した宝具なんです」

 

曰く、あのガチャは金銭を投入すると100倍から1/100の価値の範囲でアイテムを排出するというもの。

他にもいくつか出土した記録があり、中には苦労の末に分解に成功した者もいたが、中身はすべて空っぽだったらしい。

金銭を供物にしてどこかから景品を召喚しているらしく、一度投入した金銭は取り出せない。つまり商売として成立しない。だからここで買い物をしたお客限定で引ける取り決めをしているようだ。

その取り決めは大当たりの成果を引き出した。ガチャ目当てで他の商品も買っていく好ましい流れができている。営業マンもアレハンドロさんのような手腕をこっちで習って現実で活かせることはできないだろうか。

 

「で、どうやって手に入れたんですか?」

 

「前の持ち主が破産したので、その後で購入されたそうです」

 

「……Oh」

 

つまり前の持ち主はガチャの回しすぎが原因で破産してしまったらしい。

アレハンドロさんの客寄せ計画は、その持ち主の二の足を踏まないようにとの動機もあるようだ。

こういうの熱くなると際限無くなるし。

説明してくれた店員さんにお礼を言って、私を前にレイさんが行列の最後に並ぶ。

 

「で、幾らつぎ込む?」

 

「「10万」」

 

ヒドラの質問に答えた瞬間、レイさんはネメシスからのボディーブローを、私はヒドラからの肘鉄を喰らった。

 

「テメェらは破産したボケナスの話をもう忘れたのか?」

 

「ほら、1回10万は高いけど高額アイテム当たればラッキーじゃん」

 

「それ、ダメ人間定番の言い訳だよ?とにかく10万はダメ。もし本気でつぎ込もうならヒドラに命じてでも止める」

 

メイプルさん、目が据わっていらっしゃる。本気で5桁以内に抑えなきゃ潰される。

 

「じ、じゃあ5万!これでどう?」

 

「……許可します」

 

メイプルからの承諾を貰って、やがて私の番が巡ってきた。

5万リル、もとい1万リル金貨5枚を1枚ずつ投下。レバーを回してカプセルが排出。

これを開けると中のアイテムが解放されるらしい。

カプセルの表面には「B」と書かれている。

10倍、つまり50万リル相当の価値がある。

私は列から離れ、カプセルを開封した。

 

 

 

 

 

【【氷結のレイピア】を手に入れた】

 

 

 

 

 

カプセルから蒼い鞘に納められた細身の剣が現れた。

試しに抜いてみると、刀身は氷のように透き通っていて、僅かながら冷気を帯びている。軽く振るってみると意外と感触も悪くない。

同時に使ってみてわかったが、これはレイピアというより、それと同等の長さと質量の警棒を持っている感じに近い。

 

 

 

【氷結のレイピア】

 

氷結結晶の欠片を集めて作った細剣。

強度は下位鉱石に劣るが、折れても海属性の魔法で再生可能。

 

 

装備補正

 

攻撃力+75

海属性耐性+10%

 

装備スキル

《凍結LV1》

《刀身再生LV1》

 

 

 

《凍結LV1》

確率で攻撃した箇所を【凍結】させる。

LV1での確率は5%

 

《刀身再生LV1》

刀身が折れても海属性魔法を鞘の中に入れ、剣納めていれば再生可能。下位の海属性【ジュエル】を接続しても代用可能。

完全再生には<Infinite Dendrogram>内で32時間の時間を要する。

 

 

装備制限

 

装備可能職業:【闘牛士(マタドール)】系列、【闘士(グラディエーター)】系列、【剣士(ソードマン)】または【剣聖(ソードマスター)】、【貴剣士(ノーブル・ソードマン)】系列、【騎士(ナイト)】系列。

上記のメインジョブレベル10以上。

【強化進化可能】

 

 

 

 

なかなか。鍛冶師に頼めばこれより強くなれるのも気に入った。しかも、これと予備の武器を買っておけば武器に対する費用もグンと減るわけだ。

攻撃力は低めだが、一撃重視より手数重視の私なら問題ない。

 

レイさんは何を引いて――。

 

 

 

「おぉう……」

 

……どうやら〈墓標迷宮〉の探索許可証を当てたらしい。

だけどあの落胆を通り越しての絶望のリアクション……多分手持ちとダブったんだ。現にルークに渡してるし。

 

「ワンモア」

 

「少しは懲りぬか!?」

 

気を取り直してまだやる気だよこの人。私はこれで十分満足してるけど。

 

「いや、2連続で許可証は無いはずだ!今のは当たりを引き寄せる為の乱数調整!」

 

「危険な思考になっとるぞ!?」

 

「レイさんそれ破滅フラグ!」

 

レイさん、本気でヤバいんじゃないんですか?

相棒を押し切ってのセカンドチャンス。その結果は……。

 

「え?」

 

X、と書かれていた。そう、SからFのどれでもない文字が書かれていた。

あれ?最高Sで最低Fだよね?どういうこと?

 

「これは……私共も見たことがありません」

 

……マジで?

なんかすごい物が出てきそうな予感がするんだけど……。

 

「結局30万リルも使っちゃったんだね」

 

メイプルも薬瓶と幾つかの小道具を抱えてこっちに来た。

どうやらメイプルもガチャをやりたかったようで、4万リル投入で結果は「C」ランク。その結果が今抱えている物だ。

 

 

 

【楽々ポーション作成&ブレンドキット】

 

素人でも簡単にポーションが作れちゃう道具一式セット(説明書付き)。

市販品のポーションにアレンジを加えて、味変も追加バフもお手の物!

薬剤師(ファーマシスト)】や【錬金術師(アルケミスト)】ならより高性能なポーションも作れちゃいます!

……ポーションに毒を盛ることもできますよ?

※本製品は生産やアレンジは【ヒーリングポーションLv5】まで対応できます。

 

 

「今必要無いんだよなぁ」

 

ホントに金策に使おうと思うんだったら売ればいい。けどメイプルの懐事情は初心者にしては潤ってるほうだ。

……やっぱりもう一度ガチャを挑戦しようか。

 

「おい」

 

ヤバいヒドラが睨みを利かせてる。

やっぱネクストチャレンジはメイプルがいないときに……ん?

 

「あ、レイさん。なんだか当たりみたいです」

 

……OK、ここで状況を整理しよう。

カプセルの色は虹色。

周囲の反応は一様に驚愕。

表面の文字「S」。そう、最高ランクの、「S」。

――ええええぇぇぇ!?なんで!?なんでそこで冷静なの!?つーかいきなりで大当たり引き当てやがったよこのイケメン野郎!?

 

「い、幾らつぎ込んだの!?」

 

「10万です」

 

「何回?」

 

「一回です」

 

……ファーストトライで1000万リル相当を引き当てやがった!?

半ばパニックに陥った私を他所に、ルークはカプセルをその場で開封してみる。

 

 

 

 

【【断詠手套ヴァルドブール】を手に入れました】

 

 

 

 

「これ……〈UBM〉のMVP特典みたいです!」

 

「凄ーい!」

 

本当にすごい。まさか〈UBM〉のMVP特典なんてものまで入って……ん?

MVP特典……?

 

「レイさん、ちょっと向こうへ」

 

「え?どうしたんだ?」

 

ルークも“それ”に気付いたらしく、レイさんを連れて外へ。

私もメイプルを連れて別の場所へ。

横目でガチャの行列の盛況さが増しているが、今の私にはそんなことどうでもよかった。

 

 

 

 

「で、どうしたの?」

 

四番街のカフェ。そこの一番ドアから離れた場所で注文も取らずメイプルと向き合っていた。

周囲に聞き耳を立ててる人がいないのを確認した私は、メイプルに打ち明ける。

 

「ルークが当てたあの装備品、多分“ティアンが手に入れたUBM装備”だと思うの」

 

「ティアンでもやろうと思えばできるんだね」

 

メイプルが感心するが、肝心は点はそこじゃない。

昨日ログアウトした後で色々調べているうちに、〈UBM〉に関する情報も得ていた。MVP特典は本来持ち主にしか使えず譲渡もできないのも織り込み済みだ。

例えば私がレイさんの特典欲しさに彼をPK()したとしても、私には使えず奪えず、装備すらできない。

だがこれは相手がプレイヤー、もとい〈マスター〉であった場合だ。

 

例外は“その持ち主がティアンである”こと。

そのティアンが死亡した場合、MVP特典はどこかに回収され、再び神造ダンジョンの深部のレアドロップや、さっきのガチャの景品になりうるということ。

そこまで聞いてメイプルもやっと理解が及んだらしい。

 

「まさか、特典欲しさにティアンを殺す人も出てくるって事?」

 

「ええ。ルークもそれに気付いて、そそくさ出ていったんだと思う」

 

もしメイプルがあれを手に入れたらあの場で読んでしまい、ティアン殺しに走る人の確率がグンと増えただろう。

ある種、あの場で最も運が良かったのはルークかもしれない。

 

「それにお目当ての特典を持ったティアンを殺しても、それが自分のものになるって保障は無いからな」

 

「確かに……ん?」

 

後ろからの言葉に相槌を入れたが、直後振り返る。

……誰もいない。

気のせいかと思い座りなおした瞬間、メイプルとヒドラの間に割り込んで外套で口元を覆った男の人が座っていた。

 

「うわぁ!?」

 

いつの間に!?まさか、さっきの話を――。

 

「動くな」

 

「!?」

 

後ろから別の男の人の声が聞こえ、左肩をがっしり掴まれた。

目線を後ろに動かすと、筋肉質のいかにも戦士風の大男が私の肩をがっちりつかんでいた。

まずい、この人達話を聞いていた。ここから逃げようにもメイプルもヒドラも外套の男が何をするか明白で身動きが取れない。ログアウトしようにも私もメイプルも肩を掴まれていてログアウトすらできない。

このままじゃ確実に殺される。避けようのない未来に血の気が失せた次の瞬間……外套の男が両手を上げた。

 

「え?」

 

「まぁ落ち着きな。自分から敵の目の前に出る【襲撃者(レイダー)】が居るか?」

 

「そういうこった。本気にしてるんだったらとっくに出てってウワサを広めるか、お前らを始末してるだろ」

 

外套の男に同意するように戦士風の大男も私の肩から手を放す。避けようのない死から回避できて私もメイプルも安心する。

この点のリスクはこの人が言った通り、目当ての武具が自分のものになる可能性が極力低いということ。

可能性がゼロじゃないとはいえ、ハイリスクローリターンだ。指名手配になるリスクの割りに得られるものが少なすぎる。

私もレイピアから手を放し、彼の話を聞いてみる。

 

「うちのオーナーと一緒に来た奴に手ぇ出すほど、俺らも落ちぶれちゃいねぇよ」

 

「オーナー?」

 

「ペインだよ。……その様子だとフレデリカやペインから聞いてないな」

 

外套の男の人は頭を掻いて溜息を吐き、そして自己紹介をする。

 

「俺はドレッド・ジェフリー。クラン【集う聖剣】所属の【奇襲者(スニーク・レイダー)】だ」

 

「俺はドラグ・シャーロットだ。【狂戦鬼(ベルセルク・オーガ)】で、同じく【集う聖剣】所属な」

 

……どうやら敵じゃないみたい。この人の言った通り、本気で私達を殺すつもりならとっくに2人分の死体が転がっている。そうしなかったのも、自分に敵意が無いのを証明したかったんじゃないだろうか。

一応の警戒は解かないまま――メイプルは完全に警戒心を取っ払ったけど――、私達も自己紹介をした。

 

 

 

【アナウンス 空腹】

 

 

 

丁度その時、視界の端にウィンドウが開いた。

メイプルのほうにもウィンドウが開いたのがリアクションで分かる。

 

「アナウンスか。とりあえず現実で野暮用済ませておきな」

 

そう言ってドレッドさんは住所を書いたメモを渡す。

 

「それはうちのクランの拠点だ。一応渡しておくから、何か聞きたいことがあったらここへ来な」

 

罠の可能性もある。だけどペインさんとフレデリカさんの名前を知ってる以上100%悪人、とも言い切れない。

一応メモを受け取り、私達は現実へログアウトした。

 

 




ポーションキットは後々のフラグです。



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極振り防御と壊屋姉妹。

決闘都市ギデオン 中央広場【闘牛士】サリー・ホワイトリッジ

 

 

さっきの【奇襲者】から逃げるようにログアウトした私達。それから現実で朝食を取って再びログインした。

メイプルのほうは食事量も増えたという。やっぱり〈エンブリオ〉の孵化で自信が付いたらしい。私にとっても喜ばしいことだ。

 

「これから私はクロムさんに鍛冶師にコレを見てもらおうと思ってるけど、メイプルは?」

 

「私は闘技場のほうを見てくるよ」

 

護衛にヒドラもいるし、問題は無いからね。

 

 

 

 

中央闘技場へ行くメイプルとヒドラを見送った後、広場を見渡せばまるで大道芸のような賑わいだった。

太鼓を叩き、フルートを吹く2頭身くらいのコボルトとケットシー、バイオリンを弾く褐色のケンタウロス。それら指揮して音楽を奏でている仮面の指揮者。その曲は急用で急ぐ者でも思わず立ち止まるほどの名曲だ。

そこだけじゃなく、左を見れば道化がジャグリングを、またある道化は松明に点いた炎を飲み込み、さながら竜のように火炎を吹く様を見せつけたりと、賑わいに興じていた。

これだけ見ればPKテロの王都封鎖が嘘みたいだ。

 

「……あれ?」

 

噴水のほうへ視線を移すと、妙な人影が。

身長は大体130センチくらいの小柄な体系。おそらく自分より年下だろう。

白と黒を基調とした衣装に同じく白と黒の、体形に合わない巨大なハンマーを背負っている。

ここまでくれば割と普通のパワーファイターに見えただろう。だが、問題は首から上。白と黒の熊の着ぐるみですっぽり頭部を隠していたのだ。しかも手には立て札を持ち、『うぇるかむ、きぐるみさん』とでかでかと書かれていた。

ティアンらしき子供たちも「なんだこいつー」とか、「へんなのー」とか言って集まっている。

 

「……なんじゃありゃ」

 

正直、あれに関わるには勇気がいる。

あの2人組の幼女は子供たちに囲まれているが、その様子は迎えるというより困っている様子だ。

 

『おやおや、どうしたクマー?』

 

そんな折、また来訪者が現れる。

今度のは一言で言うと……身長2メートル強の熊の着ぐるみだった。

一人の子供が着ぐるみを見つけると「あ、きぐるみさんだ!」と駆け寄り、他の子供達も2人組から着ぐるみへと集まっていく。

2人組も子供たちから解放されて安心したらしい。

 

それから10分後、お菓子を手にクマの着ぐるみにお礼を言いながら家路に帰る子供達を見送った。残ったのは私と着ぐるみ、そして首から上が着ぐるみ2人組。

 

『おや?お嬢さんは帰らないクマ?』

 

「ああいえ、私は――」

 

「着ぐるみさんですよね?」

 

ふと、2人組の黒いほうが着ぐるみに対して尋ねてきた。

 

『その通りクマ』

 

着ぐるみが答えると、2人組は「やっぱり!」と嬉しそうに被り物を脱いだ。

同じ腰までのロングヘア。あどけない顔持ち、まさに双子という言葉がぴったりだった。

強いて言うならの違いは目の形。黒いほうはタレ目気味で白いほうはややツリ目気味。

 

「良かった、師匠の友達だからと聞いて会いに来たんです!」

 

『師匠?誰クマ?』

 

「はい。“酒池肉林”のレイレイさんのです」

 

黒いほうの返答に着ぐるみも思わず素が出たように『えっ』と声に出してしまった。

暫くの沈黙の後、着ぐるみは『場所を変えるクマ』と私達を近くのカフェに案内した。

 

 

 

 

『なるほどなるほど。あのレイレイさんが弟子を持つとは思わなかったクマ―』

 

あの後、クマの案内で私達は広場からほど近いカフェのオープンテラスでドリンクを飲んでいた。私はアイスコーヒー、2人組と着ぐるみはオレンジジュース。

 

『改めて、俺はシュウ・スターリングだクマ。見ての通り、愛らしいクマだクマー』

 

「私はサリー・ホワイトリッジって言います」

 

「私はユイ・フィールです。こっちはお姉ちゃんの……」

 

「マイ・ルナーです。苗字のほうはある物語の主人公のをちょっとアレンジしました」

 

「お姉ちゃんってことは、リアルでも姉妹なの?」

 

「はい。というか、その件ではレイレイさんのおかげという感じで……」

 

聞いたところによると、ユイちゃんとマイちゃんはデンドロを始める前は相当仲が悪く、当初の動機は「お互いが居ない世界に行きたい」というものだった。

だけどいざ来てみたら両方ともドンピシャで鉢合わせてしまい、喧嘩になった所を偶然鉢合わせたレイレイさんがその喧嘩を止めて2人を弟子にするという形で面倒を見ることになった。

始めの頃は文句を垂れつつ修業や手伝いをしていたが、ある時不満が爆発。店中であるにも拘らず殺し合い紛いの喧嘩に発展していった。それに関しては直前にレイレイさんがログインしたおかげで事態は大ごとにならずに済んだのだが。

ユイちゃんは我慢できずに出ていったが、直後に〈UBM〉が現れたのを知り、マイちゃんとレイレイさんが駆け付けた。

その時レイレイさんは、「そのUBMを2人で倒しなさい」というとんでもない事を言い出したのだ。結果、最初は喧嘩し合いながらもUBMと互角に戦い、最後は連携を決めて見事に勝利を収めた。その時にはすっかり仲直りし、同時に自分達が幼少の時に親の離婚で別れた姉妹であることも判明したのだった。

 

「それで、2人とも何時ギデオンに来たの?」

 

「デンドロで3日前くらいに」

 

「ギデオンに行く前にキオーラに寄って行ったんです。せっかくだから王国をぐるっと巡って行こうかと思って」

 

「それって、リアルで何日前?」

 

「えっと……大体15、6日くらい前には王都を出ましたね。確かひな祭りの次の日でした」

 

つまり、PKテロの前に王都を脱出した為に被害に遭わなかったらしい。幸運なんだかどうだか。

 

『ふむ……【猿門白衣ウキョウ】と【猿門黒衣サキョウ】か。随分名前が似通ってる特典クマね』

 

「向こうも2体で1体の〈UBM〉を名乗ってたらしくて」

 

『俺も一つ目の下級職の時に、フィガ公と2体の〈UBM〉をそれぞれ1対1で戦ったし、これまで見かけた〈UBM〉でも2人が戦ったのと同じパターンの〈UBM〉見なかったクマ。もし2人にやられてなかったら〈イレギュラー〉相当になってたかもしれないクマね』

 

……今、ナチュラルに鑑定してたことにはツッコミは入れないの?

 

「で、職業は?」

 

「【壊屋(クラッシャー)】でレベルは35です」

 

確か【壊屋(クラッシャー)】って、STR極振りの攻城戦専用の職業よね?戦闘面じゃあんまり活躍できるイメージは無いと思うけど?

 

「私達、現実じゃ身体が小さくて力も無いんで……」

 

「この身長も現実とほぼ同じなんで……」

 

単に深く考えてなかったんだ。

それより、私は喉の奥にとどめていた質問を投げてみる。

 

「あのさ、2人はなんであんな格好を?」

 

「それは師匠から着ぐるみさんが常時着ぐるみを着ていると聞いたものですから、私達もそれを装備していれば気付いてくれると思ったんです」

 

「けど、この有様じゃ手ごろな着ぐるみが無かったから……」

 

だんだんと口ごもる姉妹に納得した。

2人の身長では身体に合った着ぐるみが無くて、仕方なく頭だけでも買っておいたということか。

いや、着ぐるみなのに頭だけ買えたってどういうこと?売れ残りからもぎ取ったとでもいうのか?

 

「というか、なんであなたも着ぐるみなんですか?」

 

『これには聞くも涙語るも涙の話があるんだクマ……』

 

ぐずり、と着ぐるみの口から涙が垂れる。傍目からなら幼女2人に舌なめずりをするクマ、あるいはロリコンの変態不審者にしか見えない。

が、ユイちゃんとマイちゃんは次に来る理由に食い気味にテーブルから身を乗り出している。

 

『……キャラクタークリエイトがあるだろ?』

 

「はぁ」

 

『殆どのマスターが自分をベースにキャラメイクし、俺もそうしようとしたんだが……』

 

「まぁ私もメイプルもそうしました」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『うっかりそのまま決定しちまった』

 

 

 

「うわぁ……」

 

『クマー』

 

要するにこの着ぐるみの中はシュウさんの現実の要旨そのままって事か。

オンラインで完全素顔アバターとかアウト中のアウトでしょ。

流石に姉妹も呆れ……。

 

『その気持ち、すっごくわかります!!』

 

『私達も身長現実のままうっかり決定しちゃったもんだから!!』

 

うっかりさんがここにもいた。

感極まってテーブルを叩いたが、奇跡的にもテーブルは無事だった。

泣き叫ぶ姉妹を落ち着いたところで、シュウさんが席を立つ。

 

『俺は用事があるからこの辺で。レイレイさんに会ったら宜しく言っといて欲しいクマ~』

 

「「ありがとうございました~」」

 

シュウさんは私達の分の代金まで払って一足先に去って行った。

私も四番街へ行く用事があったので、姉妹とフレンド登録してそのまま人と物の迷路へと足を踏み入れた。

 

 




ユイマイ姉妹のエピソードは後日番外編にて掲載する予定です。


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極振り防御と生産職。

決闘都市ギデオン 四番街マーケット【闘牛士】サリー・ホワイトリッジ

 

 

壊屋姉妹と別れた後、私はクロムさんを探しに人と物の迷路へと迷い込んだ。

よく見れば通路の両端には露店のように売り物が並びたてられている。アレハンドロ商店では見なかったものも多い。

っと、今は物より人。クロムさんを探さないと。クロムさんならデンドロ歴も長いだろうし。基本〈墓標迷宮〉で探索に行ってるとはいえ、あっちには正直足を踏み入れたくない。

 

「なぁそこの姉ちゃん、ちょっと見てくかい?」

 

ふと、左側の道端で露店を出している男性に声をかけられた。紋章があるからマスターだろう。

 

「見てくれよこの装備品の数々!今なら安くしとくよ?」

 

露店にはフルプレートの鎧、分厚い大剣、槍に斧とまるで一種の武器屋みたいだ。

どれも上等な装備品だ。私が使わないにしても売れば相当な額になるだろう。

 

「今ならこの装備品セットで10万リルで全部あげちゃうよ!」

 

「じゅっ、10万!?」

 

流石にそれは高すぎない!?私の持ち金ほぼ消し飛ぶじゃん!!

たじろいだのを見て責め立てに来たのか、更に露店の主は【ジュエル】を取り出す。

 

「今ならこの亜竜クラスの【ジュエル】もあげちゃうよ。今なら損は無いと思うよ?」

 

「いや、私そんなに従キャパ(従属キャパシティの略)は……」

 

「ちょっと良いかしら?」

 

詰め寄られて困っている所、一人の女性が声をかけた。

歳は20代前半だろうか、水色の髪を腰まで伸ばし、茶色のロングコートとゴーグル、焦げ茶色のブーツを着けていた。右手に紋章があるからマスターであることに間違いない。

 

「これ、一つ手に取っていい?」

 

「おお!お姉さんも興味があるのかい?」

 

「その前にちょっと試したいことがあるけど良いかしら?」

 

「試したい事?」

 

「貴女がこの鎧を着てその大剣で防御して、そこに私のピッケルで砕くから」

 

そう言ってピッケルを取り出した。先端の部分は黒い姿に陽の光を反射している。

思わず女性の提案に私も店主も面食らっていたが、店主のほうは直後に逆上したように食いかかる。

 

「ふっ、ふざけんじゃねぇよ!!いきなりしゃしゃり出て店のモンぶっ壊すだぁ!?何言ってやがる!?」

 

「あなたも生産職の端くれでしょ?自分の作品くらい自信をもってこの提案に挑んでみなさいよ?」

 

「こんのアマ……!だったらテメェをぶった切って試してやらぁ!!」

 

逆上に任せて店主が商品の大剣を手に女性を切り伏せようと振りかざす。

だがそれより早く女性のピッケルが大剣を受け止め――ぶつかった瞬間大剣が折れてしまった。

 

「は、え?」

 

呆けている間も無く女性のピッケルが男の首目掛けて突き刺した。

短い悲鳴の後、店主のマスターは断末魔と共に光の塵となって消滅。その場所には金貨といくつかのアイテムが落ちていた。

 

「危なかったわね。あいつどうやら【詐欺師(スウィンドラー)】だったみたい」

 

「ど、どうも……」

 

現実なら白昼堂々の殺人でこの女性は速攻で警察に確保されているだろう。

だけどここは<Infinite Dendrogram>、ゲームの中だ。非犯罪者のティアンに対する障害や殺人は国から指名手配を受け、殺されれば犯罪者専用のエリア“監獄”へと飛ばされる。

しかしマスター同士の犯罪はこっちではノータッチ。だから今の女性がやった行為も犯罪としてカウントされないのだ。にしてはかなり大胆な制裁方法だったけど。

 

「これ、使ってみて」

 

女性が手渡したのは小さなモノクルだった。

試しに着けてあのマスターが売っていた商品を見ると、《スティールソード》と名前が表示された。安物の剣だ。アレハンドロさんのお店でも1000リル程度の値段だったのを覚えている。【ジュエル】のほうも、モンスターや奴隷の収容する【ジュエル】自体は本物。だが中身は亜竜どころかモンスターが1匹もいなかった。

ふと、女性が商品だった贋作の鎧を手にした。

そして――。

 

「……?」

 

「…………あぁもう、何なのよこの酷すぎる駄作はぁ!!!」

 

瞬間、女性が怒りを当たり散らした。

 

「どっかの【鍛冶師(スミス)】のマスターか誰かが作ったか知らないけど、まず着装者の身体への負担を度外視している!!こんなの採寸もしないで適当に繕っただけじゃない!!観賞用の鎧でもこんな酷い鎧モドキにはならないわよ!この斧もそうだわ!!長さが適当に測ったのが見て分かる!これじゃ両手斧なのか片手斧なのかわかりゃしないじゃないの!!オーダーメイド品にしても素材の結合が最悪!!適当に段ボールをはっ付けて作った子供の工作じゃないのよ!!」

 

デスペナを受けたマスターか、これを作った【鍛冶師】に怒りをぶちまけつつ、商品だった武具にダメ出しを続けている。

なんとなく、エンブリオが孵化する直前のメイプルとやけに姿がダブった。

やがて一通り怒りを発散させて気が済んだのか、肩で息をしている。

 

「あ……ごめんなさい。つい酷い生産品だったから抑えが効かなくて」

 

「い、いえ。お気遣いなく……それよりひょっとして、あなたも?」

 

「ええ。よかったらうちのクランに来る?こんな駄作より良いものを作れる保証はあるわ」

 

 

 

 

女性に案内されたのは一つの石造りの建物だった。

まるで昔の工房を思わせる風貌で、中に入ると熱気が私を迎え入れた。

ここは武器や防具が並んでいるが、奥に部屋が続いている。そこから鉄を赤い光や鉄を叩く音が聞こえてくるからして、ここは武器の商売や受付をして、奥は武具の生成や強化。熱気も多分あそこから流れ出たのだろう。

 

「改めまして。私はイズ・フローレンス。《(デンドログラム)(ディストリビューション)(カンパニー):アルター支部》所属の【高位鍛冶師(ハイ・スミス)】よ」

 

「さっきはありがとうございました。私はサリー・ホワイトリッジです。あの、支部って?」

 

「本部はここじゃないのよ。ここではオーダーメイドや武具強化での流通を行っているの。ティアンやマスター関係なしにお客が多いのよ」

 

つまり、あの武具は買い手の決まった武器や防具ばかりということか。さっき渡されたモノクル越しに見ても、相当気合の入った本物の逸品だというのが分かる。

 

「実はクロムさんに会おうと思ってたんですけど、逆に丁度良かったかも」

 

「クロム?あぁ、うちのお得意さんの一人よ。あの死神みたいなデザインの鎧あるじゃない?あれ実は私の作品なのよ。後着けで向こうが呪いを付着したって感じ」

 

マジか。

あんな禍々しい見た目の鎧をこんな美人さんが作ったとは思えない。

「でも、今日はこっちに顔を出してないわ。来る人は武器の強化とかがメインだし」とぼやいていた時、別のクランメンバーが声をかけてきた。

 

「クロムだったらさっきイヌミミ生やしたマスターと一緒にクルエラのほうに向かっていったわ」

 

「クルエラ?狩りでもしてんのかしら?」

 

「さぁ?なんか見たことのないイケメン君と白い女の子のマスターと5人で、なんか切羽詰まった様子で向かっていったわよ」

 

イヌ耳を生やしたマスター……レイさんと一緒ということか。レベ上げか何かにしては切羽詰まっていたというのが引っ掛かる。

でもクロムさんを探す手間が省けたというのも事実。とりあえずこのレイピアの強化素材の情報を聞いてみよう。

 

「あの、これの強化素材って解りますか?」

 

私はカウンターに【氷結のレイピア】を置く。

イズさんはレイピアを引き抜いて刀身を眺めたり、2、3度軽く振ってみる。暫くして剣を鞘に納めてカウンターに置く。

 

「一応2つ先の進化レベルまでならこっちでも素材のストックがあるし、〈ストークス海岸線〉の氷洞から採取できるわ。素材込みとそうでないとじゃ料金が倍近く違うけど」

 

「本当ですか?じゃあレベ上げついでにそこへ行くってのもありですね。そう駆け足気味に強くなる必要も無いし」

 

「何か理由でもあるの?」

 

「実はいつか、リベンジしたい相手がいるんです。私あるPKクランにやられちゃったんですけど、それでもまだそいつに挑む気で……」

 

「えっ?」

 

思わず声に出てしまった、といった感じでイズさんが声を上げた。

わたしが「どうかしました?」と尋ねるとイズさんは「何でもない」と笑ってごまかす。

そして頬杖をつくとため息交じりに続ける。

 

「話を戻しましょう。この武器は5段階の進化ができるの。最終進化したものは最大でレベル200相当な代物になるわ」

 

……最低でも今の職業含めた下級職2つと上級職1つカンストしなきゃいけないってこと?

 

「問題はレベルじゃなくて素材よ。4段階目への素材は厳冬山脈のふもとや山頂付近で採れる【永久樹氷の枝】や【氷獄樹氷の幹】がどうしても必要になる」

 

なんかすごくレア度が高そうなアイテムが出てきたんですけど。

 

「とはいえ、神造ダンジョンの深層にいてもおかしくないような強力なモンスターや、三大竜王の地竜の生息地でもあるの。ただでさえ普通に歩くのが困難な環境だというのに、そこに適応した強大なモンスターがごまんといる超危険地帯よ。現にあの山脈を踏破した人は10人も満たないわ」

 

……うん、無理。今行っても砂漠すら超えられない。というか、耐寒以前に砂漠越え用の装備も必須になっちゃうじゃん。

せめてもの情けか、第3段階まで進化できるって言うんだから、とりあえず厳冬山脈の話は今は頭から取っ払おう。

 

「〈ストークス海岸線〉は【ランドウィング】の足で半日あれば十分よ。ティアンの【従魔師(テイマー)】がレンタルショップを開いてるから、そこへ行けばいいわ」

 

「ありがとうございます。あ、フレンド登録しときますか?」

 

「良いわよそこまでしなくても。――それ以前にそんな資格無いし」

 

「え?」

 

「あ、ううん、何でもないわ!」

 

最後の一言が気がかりだったが、私は〈ストークス海岸線〉の氷穴に向かう為に、工房を後にした。

 

 

 

 

決闘都市ギデオン四番街 クラン〈DDC:アルター支部〉【高位鍛冶師】イズ・フローレンス

 

 

うちのクランに現れた一人のルーキー。

彼女が口走ったPKテロ。その言葉に思わず反応してしまった。

その発端はドライフじゃない。私達の本部、カルディナにある。

 

カルディナは砂漠の国でもあり、同時に金さえあればすべてを得ると豪語するほど、金銭の力が強く、金や自身の欲望の為に国民や所属マスターが人を殺すことがザラにあることから、【共食いの国】なんて呼ばれている。

かつては最弱の国なんて呼ばれていたけど、今じゃ〈超級〉が九人なうえにハイエンドプレイヤーが多く集う最強の国へと成り上がった。

 

そしてその国の最強クラン《セフィロト》から《DDC》に指示が下った。

 

 

 

【PKクランを雇い、王都アルテアを封鎖せよ】

 

 

 

資金は常にカルディナから送られてくる。それを元手に3つのPKクランと1つの個人PKに依頼を送った。

そして私のグループの担当は南。〈サウダ山道〉。勿論証拠が残らないよう入念なチェックをしたり、【変声】のスキルで

彼らは早速承諾し、日夜山道に来たマスターを次々とPKしていった。

サリーのあのセリフ、きっと彼女らも〈サウダ山道〉に行き、〈凶城(マッドキャッスル)〉のマスターにPKされたんだろう。

そのことを思い返すと、胸に針が刺さったような感覚を受けた。

 

「イズさん?」

 

クランのメンバーに呼ばれて我に返る。

いけないいけない、仕事があるんだから集中しないと。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

でも……。

 

 

 

 

 

 

 

もしあの子たちへの贖罪の機会があるとしたら……。

 

 




(デンドログラム)(ディストリビューション)(カンパニー)
カルディナのドラグノマドに本部を置く産業クラン。現在、7か国すべてに支部を置いている。メイン活動は物資生産とそれに伴う流通の発展。また、素材調達の為に冒険者ギルドに依頼を出したり、クランの中にも戦闘要員がいる。
ただ、イズの回想にもあったように《セフィロト》の傘下でもあり彼らからの伝達も役割を担っていて、売り上げも国の税金等の他に本部への賃金として送られている。
クランランキングは全て圏外。だが同時に情報量も多く、支社のクランメンバー同士で情報共有している。
主な活動は以下の通り。

アルター:メインは武具の生産。それと錬金術。【鍛冶師】が大半を占め、マスターティアン問わず冒険者や衛兵の愛用者が多い。2044年のバレンタインデーイベントの事を尋ねるは禁句。

ドライフ:《叡智の三角》と共同。【技師(メカニック)】が多く、最近は【マーシャルⅡ】の1/40の原価でできる空中浮遊装置、所謂浮遊バイクみたいなものの開発を計画している。

グランバロア:造船や漁具の生産をメインとしている。【花火師】の技術を利用した水中爆弾の開発も段取っていたが、某“人間爆弾”の力を思い知らされ、断念。彼の〈エンブリオ〉を利用した水用爆弾の計画も上がったが、発案者が彼に文字通り爆殺された模様。

レジェンダリア:魔法道具生産。腕は立つ職人はいるものの、支部の中では最も人員が少ない。大半は所属している〈超級〉が原因によるトラウマでログインが減ったり引退した人が多いため。

天地:農作物の生産特化。戦闘要員は結界系スキルをカンストしており、数人がかりなら野盗30人前後でも破られない。【農家(ファーマー)】の〈マスター〉は現実でも地方産業や農業関係者が多い為、実践学習も兼ねているとか。現実とだいぶ違うけど。

黄河帝国:食品生産特化。【料理人(コック)】が多く出揃っていて、本気になれば現実の5つ星レストラン級の料理も楽しめる。しかし半数が某ランキング1位のクランを兼任しているとかいう噂もある。

カルディナ:本部。宝石品などのアクセサリー売買。また、超級クランの指示の伝達も担っている為、飛行モンスターをテイムしている【従魔師】が伝令役となっている。


……こうして見ると黄河とレジェンダリアの支部が一番被害受けてね?


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極振り防御とサムライオーガ。

決闘都市ギデオン 決闘都市中央大闘技場【盾士】メイプル・アーキマン

 

 

時間は少し遡り、私がサリーと別れて闘技場へ向かった時の事。

 

「闘技場、っていう割には中は結構しっかり整備されてるんだね」

 

内部の通路は、外見の歴史を感じさせるものとはうってかわってスポーツ施設を思わせた。

ここで自販機とはあったら飲んでいただろうに、生憎この世界にそんなものは無い。ただ、それでもマスターなのかティアンなのかそれぞれ判別するのも億劫になりそうな人の多さだ。満員電車ほどではないが。

それに、天井から所々吊るされている垂れ幕には細身の男性と、顔面にお札を貼った怪物――キョンシーの写真が写っている。

 

「あの、何かあるんですか?」

 

「明日この中央大闘技場で〈超級激突〉が開かれるんだ。この都市の決闘ランキング1位のフィガロと黄河帝国の迅羽の対決!俺もガキの頃からこの闘技場での戦いを観てるんだけど、超級同士の対決はこの決闘都市始まって以来の大イベントだ!!」

 

ティアンの男性に尋ねると、彼は興奮しきったように語りだす。

近頃の熱気はこの〈超級激突〉が原因らしく、これ以上ない位今お祭り騒ぎなんだとティアンの男性は続けてくれた。

 

「なあ、あの闘技場って誰でも参加できるのか?」

 

「あぁ?確かにマスターも参加できるけど……お前さんレベルは?」

 

「いや、俺はこの子の〈エンブリオ〉だから。因みにレベル15」

 

「じゃあ無理だな。ここに限らず闘技場の結界はレベル51以上じゃなきゃすり抜けちまうんだよ」

 

最低でも下級職一つカンストしなければならないってことかー。

 

「まぁでも中央大闘技場は主に興行用だからな。他の12のコロシアムに行ってくればいい。あそこを見てみな」

 

ティアンの男性が指したのは、受付の横の壁の掲示板のようなもの。

一つ違うのはそこにある数字とランプの点灯。私が見てるうちに赤いランプ点灯していた8番が黄色、青に変わり、同時に2番が青いランプが点灯する。

 

「あれは休業しているコロシアムの空席状況を知らせてるんだ。赤が満席、青なら余裕、黄色は空席ありって感じだ」

 

となると、今は8番と2番が空席に余裕があるということか。

その人に礼を言うと、私はここから近い2番闘技場へ歩みを進めるのだった。

 

 

 

 

2番闘技場内。

 

 

そこへの道中はどこもかしこも、さながら夏祭りの出店の街道を歩くような雰囲気だった。

やはり〈超級激突〉は相当大きなイベントなんだろうと思いつつ、闘技場の中へと足を踏み入れる。

 

「わぁ……」

 

思わず声を漏らす。

まるで室内テニスコートのように、幾つもの結界が張られ、その中で様々なマスターが戦闘を繰り広げている。

正直、闘技場というからにはケガや死亡のリスクも考えていたけど、受付の人から結界の説明を受けていたからこそ安心したんだと思った。

 

この闘技場の結界内では、確かにレベル51未満のマスターは通り抜けてしまう為に観客の安全を保障できないという理由から参加資格は無い。

けれど、この結界の中で受けたダメージや損傷、破損や消費した武具やアイテムはデメリットスキル、デスペナルティも含めて戦闘終了後には無かった事になる。

つまり、休場の闘技場ではスパーリングの為に“安全な死闘”ができると言うわけだ。

ホッとしたのもつかの間、私もヒドラも、ここ2番闘技場に来て思わぬ落とし穴に気が付いた。

 

「対戦相手、決めてなかった……」

 

「完っ全に失念してた……」

 

これに気付いてショックを受けた後、私達は順番待ちのマスターに声をかけた。

けど誰も「もう対戦相手は決まっている」とか、「レベルが話にならない」とか言う理由で断られ続け、結局参加待ちの〈マスター〉全員に声をかけてみたが結果は全滅に終わってしまった。

サリーを待つにも、いつになったらここに来るかわからないし、それ以前に休業の期間が終わってしまう。

 

「もし、少しよろしいか?」

 

悩んでる所へ誰かが声をかけてきた。

その方へ振り向くと一人の女性だ。この人が私に声をかけてきたんだろう。

その女性は艶のある黒髪を腰まで伸ばし、服装はこれでもかといわんばかりの和服。いや、正確には和服8に対して鎧2の割合の衣装だ。腰に刀を下げていて、私が振り向いた時には左手の甲を見せていた。

そこに刻まれた紋章は炎に包まれる釣鐘と、怒りの形相を露わにした蛇の正面画。

 

「決闘相手に困っているようだが、私でよければ相手になってあげようか?」

 

「良いんですか?でも私、レベル低くて……」

 

「それは承知の上だ。こちらも、アポストルの〈マスター〉というのには興味があってな」

 

「要は俺らとの戦闘で、〈アポストル〉がどういうものか知りたい、って事か?」

 

「私は別に良いですよ。ここで待ちぼうけを食らうよりは良いかなって」

 

女性マスターもヒドラの憶測に「その通りだ」と肯定する。

私としても、サリーを待つよりかはそちらのほうが十分なので、女性の案を受けることにした。

 

「あ、私は【盾士】のメイプル・アーキマンです。こっちは〈エンブリオ〉のヒドラ」

 

「私はカスミ・ミカヅチ。【鬼武士(オーガ・ザムライ)】だ」

 

おーが・ざむらい?こっちじゃ聞かない職業なんだけど、そんなのアルターにあった?というか、人間にしか見えませんよ?

 

「無理もない。【武士(サムライ)】系統は《天地》限定だからな」

 

《天地》。

確か、遥か東の島国だとチュートリアルで聞いたことを思い出す。

天地からここまでどれだけの距離があるのだろうか。いや、たとえ天地からアルターに来たというくらいだからかなり強いのかもしれない。

それこそ、今の私の手の届かないところに。

 

「ん?」

 

「どうかしました?」

 

「いや、頭のそれはどうした?」

 

「頭?」

 

まさか、あのフラミンゴと名乗った着ぐるみ【研究者】が盛ったケモミミ薬が、レイさんが蓋を開けた時に風に流れてこっちにも影響してケモミミが?

的外れな期待を自分の胸の内で膨らませながら頭に手を伸ばすと、チクリ、と何かが指に刺さった。明らかにケモミミの類じゃない。

 

「?」

 

『Hype』

 

「すみません」

 

横から声をかけられた。

見るとカスミさんとは違う女性が立っていた。

外見は二十代前半くらいで、恰好はアルターに合わせたファンタジー風。だけど雰囲気が秘書っぽい。

左手に紋章があるから、この人も〈マスター〉か。

 

「うちのベヘモットがご迷惑を」

 

「あ、ひょっとしてこの子ですか?」

 

ベヘモット。確かベヒモスという怪物の別称みたいなものか。

私の頭から飛び降りて女性の胸に飛び込んでくる。その生物はハリネズミとヤマアラシの中間に位置するような、かわいらしい小動物だった。

 

「あの、先程のお詫びと言っては何ですが、あなたたちのスパーリングのレンタル料を私が払います」

 

「いいのか?」

 

「はい。見失った私の責任もありますので」

 

「ありがとうございます」

 

でも、こんなかわいい子だったら毎日でも頭に乗っけたいけど。小さなほっぺを小突きながら名残惜しく闘技場へと入っていった。

 

 

 

 

「勝負本数は5本で構わないな?」

 

「それくらいあれば十分です」

 

結界を展開しカスミさんが刀を構える。

なるほど、服も合わさって似合っている。私も武器化したヒドラを構えて、カウントが0になるのを待つ。

 

「一つ、よろしいですか?」

 

ふと、後ろでベヘモットのマスターが声をかけてきた。

 

「なんですか?」

 

私は振り返らず言葉だけを投げる。

 

「貴女はこの世界を……<Infinite Dendrogram>を好き好んでますか?」

 

カウントが5になる中、マスターがわけのわからない事を尋ねてきた。

何故今更?思わずベヘモットのマスターのほうを振り向こうとしたけど、それでも私は答えを口にする。

 

「……好き、といった所でしょうか」

 

口から出したのは、その場凌ぎの嘘。

詳しい事情はあとで話すとして、今はカウントが3を切った決闘に集中をしなければ。

改めてカウントが0を示し、決闘が開始され――。

 

 

 

 

直後に私は自分の身体がずり落ちる感覚に襲われ、地面にあおむけに倒れる。

理解が追い付かないまま目を下に――さっきまで立っていた場所――向けると、上半分を失った盾を構えて直立したまま、腰から上が切断された自分の下半身が写っていた――。

 

 

 

 

「あの、どういうことですか?」

 

よもや秒殺――いや、瞬殺とも呼べる決着に私の頭は混乱していた。

切断された身体も元通り、傷一つ付いていない。ヒドラも元通り。本当に安心したよ、だって本当に殺されたかと思ったくらいだし。

 

「お前、あの時嘘を言ったな?それが原因だ」

 

え?嘘を言ったから、負けた?

 

「カスミさん、もう一度説明してくれます?」

 

「ああ。それよりも、だ」

 

説明に応じたカスミさんは目線を観客席のベヘモットのマスターに向ける。

 

「今の質問はあえてやったことか?」

 

「ええ。だとしたら不味いことをしてしまったのかもしれませんね」

 

ベヘモットのマスターの答えにカスミさんも「やっぱりな」と息を吐いた。

そこで思考が置いてけぼりの私に、目線を戻して説明してくれた。

 

「結論から言うと、私の〈エンブリオ〉には『嘘を吐いた相手のENDを減算し、その者への与ダメージを10倍にする』というパッシブスキルを持っている」

 

「10倍?」

 

「厄介なことに、例え善意故の嘘や薄っぺらな冗談でもキヨヒメの〈真偽判定〉では嘘と捉える。元が元だけに、嘘に対してコイツは容赦も妥協もしないからな」

 

確か清姫って、嘘を吐かれて激怒して蛇になったお姫様が、お坊さんをお寺ごと焼き殺したって伝説のアレだよね。

それにしては随分とピーキーなスキルだ。対人戦ならまだしも、モンスター相手には完全に特性が死んでいる。それを補うために今の職業を選んだんだ。

 

「それでは話を変えるぞ――お前、この世界を好きとは思ってないな?」

 

ふと鋭い目線に射抜かれた。

まるでさっきの刀のように鋭く、嘘を吐いた途端今度こそ殺されそうなさっきも滲ませながら。

 

「……確かに、さっきの言葉は嘘になります」

 

観念した私は、この世界に対して率直な感想を述べた。

正直、私は余りこの世界は好きとは思えない。他のVRゲームならPKされてもいざ知らず、<Infinite Dendrogram>でのPKは私の中では“本当の殺人”にしか思えなかった。それが今も怖くて、辛い。

 

「やはりそうでしたか」

 

私の感想を聞き終えたベヘモットのマスターは、思った通りだと言わんばかりに頷いた。

 

「あの、今のってどういう意味だったんですか?」

 

「《カテゴリ別性格診断》ってのを知ってますか?」

 

「なんですかそれ?」

 

「〈エンブリオ〉のタイプから逆算して〈マスター〉の性格を知ろうっていう話です。私の知り合いはそれを嫌ってましたけど」

 

〈エンブリオ〉は卵の期間の間、〈マスター〉の行動や心理を観察してから生まれる。

〈エンブリオ〉はイコール〈マスター〉のパーソナリティに起因するから、結構精度が高そうだ。

 

 

TYPE:アームズなら猪突猛進、傷つくことを恐れない人。

TYPE:ガードナーなら臆病な人、傷つくことを恐れる人。

TYPE:キャッスルなら内向的、協調性のある人、職人肌。

TYPE:テリトリーなら独善的、一匹狼、自分ルールを持つ人。

TYPE:チャリオッツは残念ながら憶測の域を出ないが、演技派やノリが良い人らしい。

 

 

こうしてみると、私としてはガードナーがあってると思っていたんだけどな。アームズなんて性に合わないし。

 

「ん?アポストルやメイデンはどうなるんだ?」

 

ここでヒドラが疑問を口にした。

今までは基本カテゴリの5つ。ヒドラの《アポストル》やネメシスのような《メイデン》はまだ知らされていない。

 

「まずメイデンのマスターは、この世界をゲームだと思っていない、この世界の命が現実と同価値と感じているとみられています」

 

そういう点は……意外にも理解できた。

ラングレイさんや道中出会ったアレハンドロさん、宝石店のスタッフなどNPCと呼ぶにはリアルすぎる。ティアンだけじゃない、モンスターもまるで現実のように思えた。

 

「そしてアポストル。これも憶測でしかありませんし、観測例があなたを含めた3つしかありませんが……共通する点は一つ――」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「第0形態から<Infinite Dendrogram>に対して嫌悪感を抱いている、だそうです」

 

ベヘモットのマスターの矛盾した言葉に私は息を呑み、そして納得した。

今や5桁を優に超える〈マスター〉に<Infinite Dendrogram>が好きかどうか尋ねても、<Infinite Dendrogram>に興味を惹かれたから、<Infinite Dendrogram>が好きだから始めたと答えるだろう。サリーもその中の一人だ。だけど、〈エンブリオ〉が孵化するまでの間に<Infinite Dendrogram>を嫌いになる人なんてまずいない。

ましてや目の前で友人を殺された私のような異分子なんて、広大な砂漠の中から一粒のジグソーピースを探すくらいに少ないだろう。

というか、今のって逆説的に私以外にも2人はいるってことだよね?

 

「で、どうする?今のは事故みたいなものだったし……続けるか、やめるか?」

 

カスミさんの言葉は決闘を続けるかどうかという質問だったけど、私には<Infinite Dendrogram>から去るのか残るのかという疑問に聞こえた。

 

「続けます」

 

今度は心の奥底から、自分の意思を伝えた。

 

「もう、友達を殺されるのを見過ごしたくないんです」

 

 

 

 

それから4本続けて行われた。

2回目は《死毒海域》を展開した直後に首を落とされて敗北。3回目は短刀と盾で挑んだものの、技量の差で敗北。4回目、刀スキルが見てみたいと言ったばかりにカスミさんの持ちうる全ての刀スキルで文字通り全身解体。ご丁寧に光の塵となって消えるまでに帝王切開で内臓まで幾つか摘出して。この時は解体されるニワトリさんや、船の上で包丁の露と消えるお魚さんの恐怖が分かった気がします。またトラウマ増やすつもりですか。あ、増えたトラウマの原因はほぼ自業自得か。

そして最後の5戦目。ここでベヘモットのマスターが声をかけてきた。

 

「カスミさん、これを」

 

そう言って渡したのは解毒用ポーション。一応結界はアイテム使用の許可不許可も設定できるので、今度はアイテム使用の許可をした状態で結界を展開。

 

「そろそろスキルの一つでも見せてもらいたいものだな」

 

「分かってます。じゃあ今度は盾に攻撃してください」

 

今更だけど、《第1の首は猛毒滴る竜鱗の盾》は盾状態のヒドラで相手の攻撃を受けなければならない。盾そのものが壊れてしまえば当然発動は不発に終わる。

5度目のカウントダウンが始まり、私は《死毒海域》を展開し、その中でカスミさんは刀を構える。

そしてカウントが0を刻み、カスミさんは瞬時に盾越しにいる私ごと攻撃する。さっきまでとは異なる直線的な攻撃に私は対応し、今度こそ大盾で受け止めた。

 

「《第1の首は猛毒滴る竜鱗の盾》!!」

 

5度目の正直といった所か、扇状に広がる毒液をまともに食らうカスミさん。そして毒液が意思を持ったようにカスミさんの体内の中へと浸透していった。

 

「……ぐふっ!?」

 

すると、数秒もたたない間にカスミさんが血を吐いて倒れる。

よし、これで一気に止めを――。

 

 

 

 

 

――ドクン……。

 

あれ?この光景、どこかで……。

 

 

 

 

【警告。心拍数上昇、脳波異常を感知】

 

 

――ドクン。

 

そうだ、あの時と同じだ……。

 

 

 

 

【バイタリティの異常値を確認。早急なログアウトを推奨します】

 

 

――ドクン!

 

サリーが死んだ、あの、山道の……!

 

 

 

 

決闘都市ギデオン 2番闘技場【鬼武士(オーガ・ザムライ)】カスミ・ミカヅチ

 

 

 

「……ぐふっ!?」

 

いきなりの吐血で、思わず倒れてしまう。

まいったな、自分から提案したとはいえここまでとは。

状況を説明する前に、私の職業【鬼武士】について説明しておこう。

東方限定の職業【武士(サムライ)】。ポジションは西方三国で言う【闘士(グラディエーター)】や【戦士(ウォーリアー)】に近い。

しかし鬼武士は【剛剣士(ストロング・ソードマン)】並みのステータスと共に、【武士】系統の剣術も得意とするが、大きな特徴がある。

その特徴の一つが、人ならざる者、鬼への転身。アバター制作の時のような見た目だけの変化じゃなくて、ステータスにも影響を及ぼす意味で、だ。

鬼になってしまえば新たに職業を得たとしても、二度と人間へと戻ることは無い。【大死霊(リッチ)】やレジェンダリアの【血戦騎(ブラッド・キャバリア)】、黄河の【僵尸(キョンシー)】も同様。

そしてその鬼の特徴はSTR、END、AGIの強化補正。そして耐性補正だ。炎、闇、毒に強く、光、聖に対して弱くなる。ティアンだけしか得た者がいないと言われる《聖別の銀光》もこれの範囲に入る。

【鬼武士】としての私も、キヨヒメのスキルデメリットを考えてこれを選択した。まあ鬼になっても髪が白くなって肌が赤くなって角が生えた程度だから気にはしていない。固有スキルの中に《人化の術》があったから普段はこれを使っているが。

 

とはいえ格下相手に常に毒の体制を得ていた私が毒で倒れるとは思っていなかった。鬼の身になってから毒に対しての耐性が上がったのは自覚している。

倒れ伏した自分に何やっていると私喝しながら起き上がり、ベヘモットのマスターから渡された解毒ポーションを呑下した。

……なるほど。どうやら治せない、という訳ではなさそうだ。ポーションを飲み終えた瞬間【猛毒】の状態異常が消えた。

 

「どういう理由で私の毒耐性を削ったか知らないが、タネはわかった。さぁ――」

 

仕切り直しだ、と言いかけた所でメイプルの様子が変わったことに気付いた。

呼吸が乱れ、瞳孔が開きっぱなし。何かに対する恐怖に捕らわれている。私以外の何かに。

ついにメイプルの体制が崩れ、胸を押さえて両膝をつく。

 

「メイプル、どうした?」

 

『やばい……!早く決闘を中止しろ!!早く!!!』

 

いち早く異変に気付いたヒドラが叫ぶ。

私も言われるままに決闘を中断して、パニック寸前のメイプルを連れて闘技場のグラウンドを後にした。

 

 

 

 

決闘都市ギデオン 2番闘技場ロビー【盾士】メイプル・アーキマン

 

 

「ごめん……」

 

漸くトラウマによる発作が収まり、一息吐く。

私は今、カスミさんとベヘモットのマスターと一緒にヒドラが買ってくれたドリンクを一気に飲み干したところだ。後の2人はまだカップにドリンクが残っているけど。

 

「アポストルの理由はそれですね」

 

ベヘモットのマスターが推測を立てる。

多分、その憶測は当たっている。

 

「現実で10日前、〈サウダ山道〉でPKに遭ったんです」

 

忘れかけていた、あの時の恐怖を私は語る。震える声で、時折恐怖がぶり返しそうになったのをヒドラが懸命に私の背中をさすって抑えてくれたりして余すことなく伝えきった。

 

「なるほど、その状況と私の今の状況がダブってしまった、という訳か」

 

「折角付き合ってくれたのに、ごめんなさい」

 

「気に病むな。私の落ち度もある」

 

最後の最後で決闘が中止となっては、相手のほうにも不完全燃焼が起きるだろう。

だけどカスミさんは自分のほうにも落ち度があると言って宥めてくれた。

 

「さて、私はこの辺で」

 

「あ、闘技場のレンタル料工面してくれてありがとうございました」

 

ベヘモットのマスターが席を立つ。

一応お礼を言うと、その人は去って行ってしまった。

 

ともかく、私も少し落ち着いたらレベ上げに行こう。

 

「なら、私とフレンド登録するか?」

 

「いいんですか?」

 

「ああ。あと、敬語はいい」

 

こうして私はカスミさ――いや、カスミとフレンド登録した。第2闘技場を後にした私は、重くなった足を引きずりながら気晴らしに〈ジャンド草原〉へと向かうことにした。

 

 

 

 

2番街街道【??】???

 

 

 

正直、がっかりしました。

彼女は期待外れのようです。

 

――あのアポストルの能力が見れただけでも収穫だったけどね。レポートはコピーしておいて。

 

確かに。

こちらの観測レポートを早々に済ませて、片方はフランクリンに渡しておきましょう。“ゲーム”には参加しないとしても、あなたの言葉を借りるのであれば、不穏分子への対策は基本ですから。

しかし彼女……メイプルとい言いましたけど、ああいうタイプは壊れやすいです。

 

――そうだね。あんな症状抱えてでもこっちに来るなんて正気の沙汰じゃない。それが強迫概念だったら何かの拍子に壊れちゃう。

 

そして壊れてしまった以上、二度と直ることは無い。

ああいう手合いはとっとと引退してくれたほうがせいせいします。

 

――あのさ、今思ったんだけどね。

 

どうかしました?

 

――私達を倒せるくらい強い人を、私達が育てるってのは?

 

……そういうのは戦争が終わった後にしてくれませんか?冗談でも笑えませんよ?

というか、本気だったとしても私達を倒せるレベルなんて、それこそ現実で何十年かかると思ってるんです?

 

――ごめん、今のは忘れて。どうかしてた。

 

それこそ賢明な判断です。

 

 




《緊急ログアウト》


〈マスター〉のリアルでの体調異常を検知し、【推奨】の黄色から【強制ログアウト】レッドゾーンまでの状態でログアウトを選択すると、30秒間の待機時間を要することなくログアウトされる。
ただし、次のログインの時には強制的にログアウトした場所でのスタートとなる。




※次の話とエピローグは15:00以降掲載予定です。それまで感想やコメントはお控えください。


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極振り防御と可能性の進化。

〈ベルメン湿地帯〉【盾士】メイプル・アーキマン

 

 

 

あの後、何とか調子を取り戻した私はサリーと合流して草原へ向かって行った。。草原に行くまで私達は、お互いのこれまでの経緯を話していた。

サリーは【壊屋】姉妹のユイちゃんマイちゃんの事、《DDC》のイズさんの事。

私は決闘場での【鬼武士】のカスミと出会った事。

そして現在、私達は〈ジャンド草原〉――から南西の〈ベルメン湿地帯〉でのレベ上げに専念していた。

 

「メイプル、3体連れてきた!」

 

「わかった!」

 

サリーが全速力で私の元へ戻っていく。後ろには灰色のトカゲが迫ってくる。普通のサイズじゃない、どれも大人の柴犬くらいの大きさで赤い目をしている。

【スワンプ・リザード】。あのトカゲの名前だ。湿地帯に住み、毒を吐いて獲物を弱らせる性質を持っている。

サリーが私の後ろへと駆け抜けていくと同時に、私が大盾を構えて待ち構える。【スワンプ・リザード】の毒液を盾で防ぎ、飛び込んできたところを盾で防いで短刀で切りつける。

 

「まだまだ!」

 

すかさず、鋭く踵を返したサリーがレイピアで私が傷つけた個所を的確に突く。そこから氷が浸食していき、三度突きを受けた【スワンプ・リザード】が光の塵となって消えていく。

残る1匹は遠くから見ていたが、仲間がやられたのを見て逃げ出した。

 

「行くよヒドラ!《シールドスロウ》!」

 

『任せろ!』

 

そこへ私が大盾をハンマー投げの要領で放り投げる。盾は放物線を描き、3メートル弱の所で盾から人へと姿を変え、着地と同時にそこから一気に駆けていき、逃げだした【スワンプ・リザード】の首を掴み、鋭利な刃物と化した爪で【スワンプ・リザード】の首を裂いた。

 

「よっし!アームズとハイブリッドのアポストルやメイデンって、こんな戦い方もできるんだね」

 

「いやいや、そんなの思いつくのメイプルくらいでしょ?普通自分の〈エンブリオ〉投げる?」

 

「俺としてはお勧めしないが、メイプルが思いついたんならやるしかないだろ」

 

「ごめんね。思いっきり投げて……って、何飲んでるの?」

 

戻ってきたヒドラは首からの出血で虫の息の【スワンプ・リザード】の血を傷口からゴクゴク直飲みしていた。

待って。確かそのトカゲって毒持ってなかった?飲んで大丈夫?

 

「何が?」

 

……これ以上は何を言っても無駄なのかもしれない。あのトカゲのドロップ品の中に【沼トカゲの血毒】があったから、ヒドラ用に幾つかとっておこう。

それにしても……ヒドラがおいしそうにゴクゴク飲んでいるのを見て、私も思わず口の中の涎を嚥下した。まずい、あのトカゲを料理したらおいしそうと思ってきた。最近ロクにご飯食べてないから、誰かがおいしそうに食べてるのを見てるとこっちもお腹が空いてくる。

 

「普通に食ったら死なないまでも、身体壊すぞ」

 

……読まれてた。

でも、毒とか気にしないで食べられる方法ってないかな……。

 

「にしても、トレインを応用したやり方がここまでうまくいくとはね」

 

サリーが袖で汗を拭く。おっとこっちも思考を戻さないと。

トレイン。モンスターを大量に自分に引き寄せて、他者に送り付けるPK行為だ。MPKとも呼ばれている。当然多くのゲームでは悪辣なマナー違反であり、処罰対象になっている。

だけど今回はPK目的のそれとはちょっと違う。【スワンプ・リザード】の生態を利用し、サリーが思いついた効率的な“狩り”だ。

 

このトカゲたちの特徴は現実のトカゲのように15匹ずつの群れを作り、そこから狩り要員として3匹ずつのグループに別れて行動する。そのうちの1グループを目安にサリーが周辺を偵察しながら、目を付けたグループにわざと見つかりやすい場所に現れる。

そこを見つけたトカゲが追うのを諦めないような絶妙なスピード調整でおびき寄せ、そこを待ち構えていた私がサリーと一緒に倒す。仲間がやられてしまった時、最後の1匹は逃げて他のグループに知らせるのだが、そこはヒドラかサリーが追って迎撃。

お陰で余計なモンスターを引き寄せることも、好奇心で足を踏み入れ、強力モンスターと鉢合わせるリスクも偵察のおかげで極力減ってきている。当然安全にレベ上げに専念できるのだ。ついでにさっきヒドラの食癖も知れたし。それに、これまでの狩りで戦闘にもいろんな面でだいぶ慣れてきた。

 

「今のでどれくらい倒した?」

 

「5グループかな。多分遠目から見ていた他のグループが身の危険を感じてさっさと引き上げたのかも」

 

この湿地帯には彼らの巣もある。だけど2人で10匹以上相手取るのはしたくない。その危険性は今朝のレイさんのテストに付き合った時に経験済みだ。

おっと、まだなんでここにいるのか説明してなかったね。

〈ジャンド平原〉で私達は狩りをしていたけど、途中ニッサ伯爵領から来たティアンが、「湿地帯には特殊なモンスターがいるらしい」と教えてくれたのだ。

サリーも興味があったらしく、足場の悪い場所での立ち回りをしてみたかった理由でこの湿地帯まで足を伸ばしたのだ。

 

「あっ」

 

「どうしたの?」

 

レベルも7上がって私が22、サリーが24にまで上がった所でさあ帰ろうかと思ったところであるものを見つけた。

7メテル程先の湿地。そこから地面が人型を形成するように、植物を巻き込んで5メートルほどせり上がっていた。頭部は球体の頭に目と口に穴を開けたようなシンプルなもの。腕も手の形が分かる五本指に、胴体は飲み込まれた木々以外はオウトツの無い身体。表面は絶えず湿地帯の泥のような沼のようなものが、フォンデュに使うファウンテンという装置のように上から下へ絶えず流れ落ちている。

 

「あれ、何かな?」

 

「ボスモンスターじゃない?なんか雰囲気違うし」

 

「……最後にアレに挑む?」

 

「本気?」

 

「うん。ちょっと闘技場の件でヒドラの弱点が分かったし、多分あれ生物の類じゃない」

 

そもそもあんな生物がいるんだったらゾンビも生物の類に入ってしまう。明らかにゴーレムかスピリットの類かもしれない。

 

「一応試しておきたいんだ」

 

「OK。未知の相手に攻略を挑むってのもゲーマーとして燃える要素だからね」

 

茂みに隠れ、泥の怪物が背後を向けたのを見計らって背後から奇襲を仕掛けるサリー。背中を刺された箇所が凍り付くが、すぐに泥に覆われて氷を、凍った泥を押し流す。

振り返った泥の怪物――【マッドスワンプ・ゴーレム】――はゆっくりと振り返り、サリーと私に気付いて雄叫びを上げる。

 

『UOOOoooooo!!』

 

さっき振り返った時よりも素早く腕を振り下ろす。けど、サリーからすれば遅いほうだ。私でも見切れるくらい。

腕よりギリギリ外側に身体を置いて避け、弱点を探るべく胴体へと連続で突きを放つ。

 

『UOO!!』

 

【マッドスワンプ・ゴーレム】も黙っておらず、サリーを潰そうと再び彼女目掛け拳を放つ。

だけど今度はサリーは避けようともしない。

 

「任せて!《死毒海域》!」

 

訂正。避ける必要が無かったんだ。

もう既に私が前に出て、サリーをかばうように盾を構える。

私自身も、【スワンプ・リザード】の体当たりで散々経験した。

普段の足場より重心を前のめりにするイメージで、力み過ぎないように、

 

「《第1の首は猛毒滴る竜鱗の盾》!!」

 

――インパクトの瞬間だけ脚の踏ん張りを強める!

防御した瞬間をトリガーに放たれる毒液。それが【マッドスワンプ・ゴーレム】に毒液が浸透する。

普段ならこれで倒れる……はずだった。

 

『???』

 

まさに、何をされたと言わんばかりのリアクションだった。毒で苦しむ様子もない。

予想通り。闘技場から抱いていた私の疑問が解消された。

 

「どういうこと?毒が効いてる様子は無いんだけど?」

 

「ううん。私としては予想通りだよ」

 

「ヒドラ、分かる?」

 

『ああ。一応こっちに来るまでに話しておくべきだったが、メイプルが疑問に気付いた時からいずれ気付くだろうと思ってあえて言わなかった』

 

やっぱりヒドラも気付いてたんだ。まぁ、自分の能力を自分が一番理解できるのは当然だ。

 

「《毒が効くのはあくまで生物の範囲内》。そうでしょ?」

 

「……ああ、そういうこと」

 

サリーもここでやっと気付いたようだ。

ヒドラの特性は毒による状態異常。守り切ると同時に相手のHPを毒で削り殺す。

だけど<Infinite Dendrogram>は誰も彼も簡単に無双できるようなものじゃない。モンスターにもジョブにも、〈エンブリオ〉にも当然欠点がある。ヒドラの場合、それは【非生命体には効果が期待できない】ということ。

この能力はあくまで対生命体によるもの。ゾンビやスピリットに効くのかと言われれば、今なNOと自信をもって答えられる。

そして闘技場で知ったもう一つの欠点。普通の状態異常と同じく【回復されてしまえばそれまで】だということ。

 

『GIEEEEEEE!?』

 

突っかかっていた疑問を解消して《死毒海域》を解除しようとした次の瞬間、別の場所から全く別のものの悲鳴が上がる。

悲鳴の先は【マッドスワンプ・ゴーレム】の2、3メテル先の泥の中。そこから泥を纏ったザリガニのようなモンスターが苦しみながらはい出てきた。だが、地上へ出るまでに最後の気力を振り絞ったのか、出た瞬間にばたりと倒れて消滅した。

どうやら【マッドスワンプ・ゴーレム】に与えた毒が流れて湿地帯の泥の中に浸み込んでしまったらしい。あ、レベルが上がった。ザリガニさんごめん。

 

『UOO!!』

 

おっと、こっちの戦闘にも集中しなければ。【マッドスワンプ・ゴーレム】のボディプレスを回避して、生じた泥の波を私の盾が防ぐ。

起き上がった所でサリーが前に出て今度は頭部を突く。

 

――ガキン!

 

『UOo!?』

 

頭を刺した途端、ゴーレムが反応を見せた。明らかにダメージを受けたリアクションである。

 

『弱点は頭か!』

 

5メートルもある相手の頭部に弱点当てなきゃなんて、【狙撃手(シューター)】や【弓手(アーチャー)】でもなければ難しいんじゃないの?

と、そんなボヤキが許される状況じゃない。

相手の身長は5メートル。私達はその1/5にも程度。

またボディプレスを仕掛けてくることを祈るより、直接飛んで頭を狙ったほうが早い。

けど、ジャンプすれば回避の手段がなくなり、泥の腕で叩き潰されるのは明白。

 

「だったら……」

 

そこで私は思いつく。

回避できない空中なら、攻撃する前にサリーを回収すればいい、と。

 

「サリー、攻撃は任せていいね?」

 

「言われるまでも無いよ」

 

サリーが湿地を駆け、跳ぶ。そこからゴーレムの頭、内部の弱点目掛け刺突を繰り返す。

【凍結】の起きたのか、内側から濁った色の氷が目から飛び出し、直後に泥に流れて消える。

 

『UOoooo!!』

 

それは同時にゴーレムにもチャンスが訪れる。両手で拍手の要領で潰そうと両手を広げ、サリー目掛け振るう。

空中にいる相手ほど捉えるのは容易なことだ。同時に空中での完璧な回避は難しい。

だがそれは、1対1の状況でならの場合だ。

足元で私が盾を下から上へ、すくい上げる要領で振り上げる。

 

「ヒドラ、人に戻って!」

 

『分かってる!』

 

瞬時に粒子が盾から人へ形を変え、ヒドラが人型になる。

そして尻尾がサリーの近くまで伸ばし、サリーがそれを足場にさらに飛ぶ。

直後、サリーがいた地点に泥の両腕が叩いた。

 

『UO?』

 

潰したはずの感触が無い。叩いた手を見ても潰れたマスターがそこにはいない。

ならどこに行った?消えたサリーを探そうと左右を見渡していると――。

 

「《スラストス・トライア》!」

 

3度の刺突。それらすべてが弱点に直撃した。

 

『UOoooo!?』

 

たまらず頭上のサリーを振り払おうと頭の上で振り回す。

だがもうそこにはいない。着地して再び私の元へ戻ってきている。

そしてサリーを見つけたと同時に彼女から頭を攻撃され、ヒドラの脚や尻尾を足場に再び頭部へ追撃。

そのループをかれこれ8分以上繰り返していき……。

 

『UOOOoooaaaaa……』

 

ついに力尽きたのか、【マッドスワンプ・ゴーレム】の身体が崩れていく。まるで足元の湿地に同化していくように溶けていき、最後は光の塵となって消滅した。泥の中から手のひらサイズの泥まみれの花が出てくる。

 

「まさかヒドラの尻尾を足場に利用するとはね」

 

「うん。サリーならいけると思ったし、ヒドラの尻尾も踏ん張りを利かせるかもって」

 

「よくまあホイホイ思いつくよな、うちのマスターながら。俺の弱点の件もあるし」

 

そう?頭の中でふっとよぎったんだけど。

それに、ヒドラの弱点の克服のヒントみたいなものも無かったし。

 

「あ、ザリガニさんの【箱】はサリーが貰って」

 

「良いの?」

 

「うん。あのモンスターのがあるし」

 

「というか、あれボスじゃなかったのね。なんか苦労の割に合わないなー」

 

ザリガニさんが消えた場所には【箱】があった。多分あれがボスモンスターだったんだ。

 

 

【適正レベルにおける特定行動の規定値達成を確認。武器スキル【カバー】を習得しました】

 

 

「え?」

 

「お」

 

「あ」

 

私が【マッドスワンプ・ゴーレム】からの戦利品を拾っていると、イベントリが開き、サリーとヒドラと共に同時に声を上げた。

 

「なんかスキルゲットした!」

 

「「第2形態に進化した!」」

 

3人――いや、ヒドラは私の〈エンブリオ〉だからノーカンで2人か――同時にって、マジですか。

 

「どうする?見てく?」

 

「うーん……もう疲れたし、ギデオンに帰ってお風呂入って、その日はログアウトして明日見てみよう」

 

「賛成」

 

新品の装備品も泥だらけだ。早くお風呂に入って洗濯して、さっぱりしたい。

その前に私はザリガニさんが消えた場所に木の棒を突き立てた簡易的なお墓を作って、黙とうをした後で私達はギデオンへと帰っていった。

 

 




次はエピローグ。
カバーの詳細等は次の章となります。


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エピローグ:極振り防御と運営るーむ。

防振り原作の運営の苦悩を管理AIの皆さんでやってみましたwww


少し戻って、とある運営。

 

 

 

 

「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛ー!!」

 

一人の女性が叫ぶ。その女性は人間と呼ぶには所々おかしな点が見られる。

耳や手足などに肉食動物のパーツがちらほら見られる。それに伴い顔も人間のものをベースに肉食獣の要素を合わせたような出で立ちだ。

服装は王冠に赤いドレスと、ファンタジーの王女そのものといった所だろう。そんな女性がモニターを前に喉が張り裂けんばかりの悲鳴を上げた。

 

「ちょ、どうしたのクイーン?急に大声なんて上げて」

 

引きつらせながら訊ねたのは管理AIのチェシャ。メイプルをはじめ、数多くのプレイヤーを<Infinite Dendrogram>に送り届けたAIだ。今はチュートリアルのほかに他のAIの補佐もこなしている。

今はモンスター担当の管理AI、クイーンの補佐をしている。

 

「【亜竜甲殻蜊蛄(デミドラグ・クレイフィッシュ)】がやられた!!私の自信作が!!」

 

「あれって、クイーンが〈UBM〉候補として作ったボスモンスターだよね?でもあのマップって【マッドスワンプ・ゴーレム】もいなかった?」

 

「その通りだ……マッドスワンプは個体ごとにランダムに異なる部位に出現するコアが弱点だから、まだ何とも無いが……というか正攻法じゃなくて裏技のほうが何倍も手っ取り早く設定したはずなのに!」

 

「裏技抜きでやっつけちゃったのかー。逆にすごいねー」

 

クイーンの言う通り、【マッドスワンプ・ゴーレム】は時間が経てばコアが生成され、神造ダンジョンのモンスターのように別個体として復活する変わったモンスターだ。だがボスクラスではないものの、個体ごとに同じ場所に弱点であるコアが異なっている。1体目が右目であっても2体目が脇腹にコアがあるように。当然泥ゆえに【毒】や【麻痺】などの大抵の状態異常も通用しない。

彼女の言う裏技は、火炎魔法による泥の蒸発からのコアもろともの粉砕、または【マッドスワンプ・ゴーレム】をコアごと潰す範囲型物理攻撃。あらゆる属性耐性が高い中、火炎魔法に対する耐性だけはマイナス補正に調整されている。つまり流動体の泥の水分を蒸発して固め、そうすることでどこにコアが生成されても関係なく、適正レベルの【戦士】の攻撃で粉砕すれば簡単に倒せる。その分ドロップするアイテムも減るが。もう一つの範囲攻撃は単純に個体であるコアを流動体の体内から探す必要も無いが、そんな方法は数ある<Infinite Dendrogram>のスキルの中でも、あの湿地帯の適正レベルの〈マスター〉のジョブで覚えられるものは少ない。〈エンブリオ〉であろうとそうはいないだろう。

だが彼女の悲鳴の問題はそこではない。事故同然に斃された【亜竜甲殻蜊蛄】だ。

 

「アイツは泥の中から音を探知して、地上のモンスターを倒して油断したところを泥の中に引きずり込む奇襲を得意としていた……!それが奇襲どころか泥の中にいた時点でやられたんだぞ!?条件特化型を目指してたアイツが!!!」

 

「ちょっとモニター失礼するよー。あ、メイプルちゃんだ」

 

ヒステリックを起こしているクイーンの横でモニターを再生するチェシャ。

モニターには丁度【マッドスワンプ・ゴーレム】を倒した直後だった。そこから、問題のシーンがどこにあるのか巻き戻していく。

 

「へえ。あの子《アポストルWithアームズ》になったんだ。てっきりガードナーになるかと思ったんだけど……って、うわぁ……何あの動き?」

 

「人型と武器形態を切り替えて戦っている。ルーキーのくせにあんなトリッキーな真似できるものなのか?」

 

「《Withアームズ》だと、無意識に武器形態に頼らざるを得ないからねー。メイプルちゃんみたいなやり方は、僕らが知ってる限りじゃ片手で数えられるくらいだよ。あ、ここか」

 

メイプルの戦い方に若干引いたが、問題のシーン付近まで巻き戻した。戦闘自体に変なところは無い。バグが発生したとしてもすぐに〈マスター〉に気付かれない程度に収束させるし、外部からの攻撃はバンダースナッチが対処してくれる。

“監獄”のフウタの〈エンブリオ〉みたいに世界を糧にバグモンスターを産み出したわけでもないし、モンスターのドロップも正常。どうしてこんな事態に至ったのかチェシャも眉間にシワを寄せて考えていたが、【マッドスワンプ・ゴーレム】の攻撃を防いだメイプルを見て、あることに気付く。

 

「ねぇ、【マッドスワンプ・ゴーレム】って火炎系以外はあまり効かないんだよね?」

 

「ああ。元々エレメンタルを基礎にゴーレムの形にしたものだし、奴には毛ほどにも感じてないはずだ。あのレイピア程度の【凍結】なら、そこごと泥で押し流してしまえば問題ない」

 

「じゃあ相手から受けた毒はどうしてるの?」

 

「どうって、一旦体内に集めて自分の真下の地中に集中させた毒を丸ごと浸透させていく。あそこは基本毒を栄養に変えて成長してるのが多いから環境に問題はない」

 

「【亜竜甲殻蜊蛄(デミドラグ・クレイフィッシュ)】の毒耐性は?

 

「20%前後。言っただろ?条件特化型の〈UBM〉を目指してたって……あ」

 

「多分それだよ」

 

さて、ここでクイーンの証言を踏まえてあの時の事故を考えよう。

あの時メイプルは《死毒海域》を展開したまま《第1の首は猛毒滴る竜鱗の盾》を発動。その毒は体内に収束され、足元から地中に送られる。そして【亜竜甲殻蜊蛄(デミドラグ・クレイフィッシュ)】は《死毒海域》の影響下で、20%の病毒系状態異常の耐性を削られ、ダメージ量が増えた【猛毒】での継続ダメージ。

そんな中で起こる結果は……こちらとなります。

 

「つまり地中で獲物が油断してるのを待ってる時にいきなり【猛毒】を食らってゴリゴリHPを削られて、訳も分からないままにとりあえず地上に出たはいいけどその瞬間絶命したという訳です」

 

「ふざけんなああああああああ!!!」

 

「条件特化型は条件が噛み合った相手には弱くなるからねー。もう運が悪かったって受け入れるしかないよー」

 

チェシャの冷静な指摘にクイーンも激昂して椅子を放り投げた。余程あのモンスターに自信を持っていたのか、こんな事故同然の最期に怒りが火山噴火の如く爆発する。

周りから見れば迷惑極まりない八つ当たりだが、管理AIにとっては日常的なものだと認識している。現にチェシャもその一人だ。

 

「じゃあ僕はジャバウォックの補佐に行ってくるよー。暴れるのもいいけど仕事忘れないでねー」

 

「お、応……。私も少し頭も冷えてきた。とっとと仕事に――」

 

一通り暴れた所でクイーンも頭が冷えたのか、仕事に戻り――、

 

 

【(〈UBM〉認定条件をクリアしたモンスターが発生)】

【(履歴に類似個体確認――類似個体無し。〈UBM〉担当管理AIに通知)】

【(〈UBM〉担当管理AIより承諾通知)】

【(対象を〈UBM〉に認定)】

【(対象に能力増強・死後特典化機能を付与)】

【(対象を逸話級――【怨霊牛馬ゴゥズメイズ】と命名します)】

 

 

「……あ゛?」

 

「……あっちゃー」

 

――掛けた瞬間最悪すぎるタイミングで、クイーンが今最も聞きたくないアナウンスにチェシャも声を上げる。

兎に角八つ当たりの対象になる前にそそくさとジャバウォックの元へ避難しようとした時、後ろから首を掴まれた。

 

「どこへ行く。クソ猫」

 

「ジャバウォックの補佐に行くって、さっきも言ったよ」

 

「……少し待て。逃げたら皮を剥いで天地特有の弦楽器(シャミセン)の素材にしてやる」

 

意外にも冷静、かつ冗談抜きの脅しを彼に伝えると手紙のようなものを書き始めた。

そして3分後、無言で突き出されたそれを受け取ったチェシャは改めてジャバウォックの補佐に向かうのだった。

チェシャが出ていった数秒後、クイーンの激昂した悲鳴とそれに伴う破壊音が彼女の仕事場から響いたのは言うまでもない。

 

 





〈ベルメン湿地帯〉

この作品オリジナルのマップ。
ギデオンから西南にまっすぐ進んだニッサ伯爵領内辺境の湿地帯。
推定レベル20前後のモンスターがはびこる狩場だが、「いきなり発生する毒の状態異常がウザい」、「【マッドスワンプ・ゴーレム】の対処が面倒くさい」、「倒したと思ったらいきなりデスペナされた」などの理由でマスターからは〈旧レーヴ果樹園〉に次ぐ不人気狩場として名高い。
実をいうと管理AIのクイーンが【亜竜甲殻蜊蛄(デミドラグ・クレイフィッシュ)】を〈UBM〉になるまで育てるための飼育所であり、【スワンプ・リザード】等のモンスターや毒沼ギミックは彼に有利な環境を作って狩られないようにするためのもの。また、【スワンプ・リザード】以外の毒物も採取しやすいのでたまに【毒術師】が素材集めに来る。

感想OKです。
あとちょっと編集したりしておいたりするのでご了承ください。


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接続章Ⅱ>Ⅲ
極振り防御と暗躍の夜。


決闘都市ギデオン 某所

 

 

「……随分も盛り上がってんな」

 

ギデオンを見下ろす建物の屋根の上で、一人の青年がつまらなそうにつぶやく。

その男の風貌は、ペインのように鎧に包まれた騎士。だが、右腕だけ素肌を曝した左右非対称のものだった。色は幾多の血を吸ったかのような黒地に赤のライン。銀の鎧に青のラインのペインとは真逆のデザインだ。

顔はまるで肉食獣そのもの。獲物を噛み裂かんばりの犬歯を生やし、双眸も獲物の息の根を止めるかのように鋭い。上空ゆえにエメラルドグリーンのような翠緑の髪が風になびいている。

 

「……頭に来やがる」

 

彼が口にしたのは、怒りを孕んでいた。自分達が蹂躙した死にかけの国だというのにまるで巻き返してやると言わんばかりの活気。皇国から遠い故の慢心か、それとも本当に逆転の秘策があるのか。

原因がその2つでなくとも、この活気は彼を不快にするには十分な素材だった。

そんな折、彼の懐から軽快な音楽が鳴る。音源である【携帯式通信魔法器】を取り出し、通話を受ける。

 

「どうした?」

 

『こんばんはぁ。そっちはどうですか?』

 

「ああ。今設置を完了した。明日ここがモンスターの群れになると思えばワクワクするな」

 

電話の向こうの人物は男の言葉に大爆笑する。余程ツボにはまったのだろう。

 

『こちらは“クラブ”と“ハート”、“クイーン”、“ジャック”も準備は万端だそうです。計画が始まったらこの街もおしまいですからねぇ』

 

彼は内心、「管理AIにも同じ名前がいたよな?」と突っ込んだ。そして直後に「ああ、こっちはトランプで向こうは登場人物だからセーフか」と結論付けていた。

 

「そうだな。特に【集う聖剣】の本部がある2番街は徹底的に潰してくれ。ま、最終的に“スペード”で吹っ飛ばすつもりだろうけど」

 

『私としてはあれは使いたくない、もし使うとしても対【地神】用ですからね』

 

「つーかお前もあの男を殺すつもりだけってのに、随分手の込んだ復讐劇をするんだな。今朝方毒殺しちまえば早かったんじゃないのか?」

 

『私もそうしたかったんですがねぇ。情報の無い〈イレギュラー〉相手に博打をするほど無謀じゃありませんよ。当初の計画通り混ぜ物仕込んだものを渡してよかったです。馬鹿正直に毒を渡してたら、そもそもの計画が破綻する危険もありましたから』

 

「例の〈アポストル〉連れの〈マスター〉か」

 

『獣王から送られたレポートがこちらにありますが、概ね私の予想通りでした。今はモンスターの命令を追加するだけで十分でしょう。死なない限りは私の描いた結果とだいぶ離れますが』

 

「まるで後々脅威になりそうな言い草だな。ただのルーキーだろ?あ、お前の計画もレベル0のルーキーに潰されたんだっけ?」

 

『……痛いとこを突いてくれますねぇ。あ、ペイン・トーマスが討たれるところを将軍閣下に見せれば、面白いリアクションしてくれるでしょうねぇ』

 

「ペイン……?」

 

通信機越しの相手が口にした名前に眉を顰める。

 

『おっと失礼。禁句でしたっけねこれ』

 

「あいつは俺が殺す!近衛騎士団の首を一人ずつ撥ねて、最後に姉弟子のあいつを何度も串刺しにして殺したあとで殺す!!」

 

男は直後に怒りを爆発させる。

まるでペインが仇敵であるかのように、怨恨を交えた怒声は通信機越しの相手も思わず耳を遠ざけたらしい。

 

『おー怖い怖い。ですが近衛騎士団は『RSK』のテストに使いますから、副団長はともかく下っ端は勘弁してください。私も彼と当たるのは勘弁です。相性最悪ですし』

 

「だったら精々俺があの男の息の根止めるのを録画しときな」

 

『はいはい。じゃあそう言うことで』

 

電話越しの相手との通話を終え、男は眼下に映る大闘技場を見下ろし、手にした槍をそこに向ける。その槍は円錐状に伸びた騎士槍であり、根本はドリルの機関のような溝が見られる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「首を洗って待っていろペイン、待っていろ【集う聖剣】。このアドルフ・ペンドラゴンと【傷痍魔槍(しょういまそう)ロンゴミニアド】が、テメェらの守りたいものの何もかもを蹂躙しつくしてやる!」

 

翌日に控えるは一大イベント〈超級激突〉。

だがその裏で、もう一つの計略の歯車も着実に動かしていた。

 

 

――To be NEXT EPISODE.

 

 




第3章は原作の〈超級激突〉に沿って動きます。
けれど……はっきり言って、執筆期間もめっちゃ長いです。原作第1部のクライマックスみたいなもんですから、詰め込みまくるのでご容赦ください。
※ひょっとしたらいくつか溜まったら各話数日おきに投稿するかもしれません。


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第3章:極振り防御と狂宴ゲーム。
極振り防御と黄河の使者。


(・大・)<今回いよいよ、

(・大・)<みんな大好きあの人の登場。


 

アルター王国 〈クルエラ山岳地帯〉道中。

 

 

東の空から昇る朝日を、道を行く十五台ほどの竜車が受ける。

竜車ははたから見ても分かるほど高級そうで、それらを牽く亜竜も揃って体格が良い。そしてどの竜車にも旗が掲げられ、正面から来る優しい風に靡かせている。

その旗の文様は黄河帝国の国旗。

黄河から大砂漠が国土を占めるカルディナを横断し直接西方へ運ぶ方法は珍しいが、別に無理という訳では無い。そして同時に、その竜車が商人のキャラバンでないことも明確だった。

 

「西の王国は亡国寸前とお仲間が言っていたけど、本当かしらね?」

 

「さてな。私も西方の地を踏むのは無かったが……シンやミザリーはそこから来たと言っていたな」

 

「あの二人は来国は積極的じゃなかったわね。こっちにも行く用事があったから良いものの」

 

「まぁ、西はアイツとその信者らがやってくれるだろう。まともじゃないのも確かだけど」

 

そんな会話をしているのは最後尾の竜車の御者。

どちらも赤を基調とした衣装に身を包み、片方は魔術師風の軽装に身を包み、炎の如き赤いマントを纏った少女、もう片方は黄河での魔術師職【道士(タオシー)】と呼ばれるチャイナ服を戦闘用に改造したような女性だった。どちらも髪と瞳は赤く、素肌以外は殆ど赤一色といういかにもな姿だった。

 

「……」

 

「……あの岩場ね」

 

亜竜の手綱を握りつつも、数百メートル先の岩場を睨む魔術師風の少女は無言で道士服の女性に一枚の【符】を渡す。

すると女性は動く竜車から飛び降り、道から外れた雑木林の中へと入っていく。

――刹那。少女のいる竜車の屋根から甲高い金属音が響いた。

 

「……」

 

「もう向かったぞ」

 

「そうカ。あいつラ程度なら奴だけで十分かもナ」

 

少女の言葉に応じた声は独特のイントネーションを発しながら、これから起こるであろう蹂躙を予期していた。

 

 

 

 

「すみません、初弾外しました!」

 

数百メートル先の岩場で寝そべっていた女性が焦りをにじませながら報告する。

彼女だけじゃない、他にも数人の男女が同じように寝そべって銃を構えていた。

 

「おいおい、【狙撃名手(シャープシューター)】の射程は一キロはあるんじゃなかったのか?」

 

「どうやら竜車の移動速度を見誤っていたみたいです」

 

襲撃者、野盗クラン〈ゴブリンストリート〉のメンバーである狙撃手が外したと、当人も含めて考えていた。

だが、そこに異議を唱える一人の男。

獅子の如き鬣の付いた紅色の何かで染まったジャケットを着こんだ赤毛の男だ。

 

「違うな、ニアーラ。外したんじゃなくて弾かれたんだ」

 

「オーナー。でも弾いたって、弾丸は超音速ですよ?」

 

「弾いた奴も俺と同じ芸当ができるって言ったらどうする?」

 

まるで他人事のような男の言葉に周囲もどよめく。

オーナーである男に対してではなく、自分たちの標的とした竜車の上にいる人物に。

 

 

 

この<Infinite Dendrogram>において、〈マスター〉同士の抗争やPK、略奪行為は罪に問われない。

しかし、〈マスター〉がティアンに対して、ティアンがティアンに対して重大な犯罪行為を行った場合は話は別。国内、あるいは国の垣根を超えて指名手配される。

復活地点として設定した国家でセーブポイントにしていた〈マスター〉が斃されてしまった場合、次のログイン先は専用のエリア“監獄”のセーブポイントへと送られる。

現に〈ゴブリンストリート〉の大半のマスターは“酒池肉林”のレイレイたった一人に“監獄”に送られて全盛期に比べて半分近くまでメンバーを離脱していった。

 

 

 

そしてこの男、強盗系統超級職【強奪王(キング・オブ・バーグラリー)】の座に就いているエルドリッジは王国のPKの中でも最強の一角と目されている男であり、現実での用事の為にログアウトして九死に一生を得たのも事実だった。

そしてメンバーは同時に思う。

もしもオーナーがログインしていたら、〈超級〉でも返り討ちにしていただろう、と。

 

「恐らく黄河の超級職だろう。俺がそいつとサシで潰す。お前らは他の竜車を襲え。それで終いだ」

 

そう言いながら男は己の左右の手を開き、前方の竜車に狙いを定める。まるで、彼の視界には両手の中にスコープが写り、そこから標的を狙い撃つように。

 

「《グレータービッグポケット》、《グレーターテイクオーバー》……セット」

 

彼が宣言したのは【強奪王】の専用スキルのうち二つ。

射程距離、半径100メートル以内の相手から、譲渡可能なあらゆるアイテムを奪い、アイテムボックスに仕舞う《グレーター・ビッグポケット》。

同じく射程距離内の相手の部位を、自分の手でつかめるサイズならどこであろうと直接毟り奪い取る《グレーター・テイクオーバー》。

彼の狙いは竜車の列の最後尾。あれは最上級の高級品である移動式セーブポイントだ。王国内のセーブポイントが全滅した彼にとっては我先にと奪わずにはいられない。

標的までの距離、300メートル。速度からすればあと1、2分で射程距離に入り、彼の専用スキルの餌食となるだろう。

その瞬間竜車を奪って体制を崩し、次に首を奪い取って終わり。そしてのこった御者やティアンは手下たちが掃討する。エルドリッジの打算の全容はそれだった。

 

 

――彼の計算は正しかった。

――彼が想定した計算なら、高確率でそうなっていた。

――強いて補足を入れるとすれば、2つ。

――ひとつは銃弾を止めた相手の値を黄河の超級職と呼んでいたこと。

――もうひとつは、相手が一人だけと、最初の狙撃の直後からもう既に反撃が行われていると想定していなかったこと。

 

 

竜車が彼の射程距離に入る刹那、下から上へ赤い何かが飛来した。

 

「なんだ?」

 

メンバーが思わず見上げた先は、青い快晴に――火の粉をまき散らし、赤々と燃え盛る鳥。

首も、くちばしも、翼も、足も、尾羽も、すべて炎が鳥を形作ったかのような姿の生物が、こちらを見下ろしていた。

 

「これは……火?」

 

一見すれば海底のマリンスノーのような、赤とも黄色ともとれる色の粒子が今も降り注いでいる。一見すればその神々しさに誰もが目を惹くだろう。

そして火の粉の一つが〈ゴブリンストリート〉の一人のもとに降りてくる。

そのマスターは無意識にその光を受け止めようと手を差し伸べ――。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

それが触れた瞬間、そのマスターは灼熱に包まれた。

 

 

 

「なっ!?」

 

誰もが、何が起きたのかわからなかった。ただ起きたのは、あの火の鳥がマスター1人を火だるまにした程度。

炎に包まれたマスターはその姿が外からでは黒い影までしか識別できないほど激しい炎に包まれ、10秒もしないうちに【炭化】で形が崩れ落ち、灰になったそのマスターは光の塵となって消滅した。

 

「お前ら逃げろ!火の粉に振れたらヤバイ!!」

 

危険を察し、スキルを解除したエルドリッジが我に返り、手下に叫ぶ。狼狽したメンバーはその一括で蜘蛛の子を散らしたように逃げ出した。

彼も踵を返して逃げようとした――。

 

『――遅イ』

 

刹那、火の鳥から言葉が発せられたかと思えば、翼を翻して――まるでボールの投擲のように羽を振り下ろした。

その羽から無数に飛び出したのは、火の粉と呼ぶには大きすぎる、火炎の礫。流星群のように降り注ぐそれらに撃ち抜かれ、次々と火だるまになっていく。礫をかすっただけで済んだ何人かのマスターも、安堵した瞬間彼らと同じ運命を辿った。

エルドリッジは次々と炎に呑まれていくメンバーを横目で見ながら必死に逃げるが、直後、彼の目の前の道が炎の壁に覆われる。

 

「くそっ、こんなのって……!?」

 

佇むだけで肌が焼ける。呼吸するだけで肺が焦げる。噴き出す汗が瞬く間に蒸発し、全身から水分が奪われる。

蹂躙の如き灼熱の中で、エルドリッジは信じられないものを見て絶句した。

 

 

 

 

――炎が自分達だけを燃やしているにもかかわらず、周囲の植物は燃えた痕跡すら無いことに。

 

 

 

 

そこでエルドリッジは理解した。あの竜車には迅羽以外の〈マスター〉がいたことを。

普通に魔法やブレスで炎を放てば、木々にも燃え移って風に吹かれてあっという間に山火事になるはずだ。それだというのに、この炎は自分達よりも燃えやすい木々や茂みには目もくれず、自分達だけを燃やしている。まるで意思を持って自分達だけを焼き払うかのような、形の無い兵士のように。

 

「まさか……《炎帝》!?」

 

焼け付く喉でエルドリッジが叫ぶ。

彼はかつてクラン全盛期だったころに噂を耳にしたことがあった。

遥か東、黄河帝国に灼熱の鳥の〈エンブリオ〉を駆る、燃え盛る炎をヒトのカタチにしたような〈マスター〉の話を。

しかし今になってしまえばもう遅い。迫る炎に焼き殺されるか、脱水症状で倒れるか。

 

(射程距離に入らないのも【強奪王】のスキルを知ってて警戒しているのか。こっちも自滅覚悟で、跳躍からの《グレーター・テイクオーバー》と《グレーター・オールドレイン》を使うしか手が無ェ……だが)

 

【強盗王】の持つ第3のスキル、《グレーター・オールドレイン》。与ダメージに応じて相手のステータスを奪い取り、自分のステータスへと変換する。

あの燃え盛る火の鳥から《グレーター・テイクオーバー》を使えば確実に自分の懐も燃えてしまうだろう。だが《看破》によりあれもステータスを持つ存在だということを理解した。かつてガードナーを従えたマスターからこの手を使い、ガードナーのステータスを奪い取れたのも実証できた。

それに、彼なりのプライドはある。こんな蹂躙をした火の鳥相手に一矢報いることも無くやられてたまるかと。

アイツの首を盗って、ステータスを奪い、当初の予定通り竜車と〈超級職〉の首を奪い取る。

跳躍し、無理矢理範囲内に入った瞬間――。

 

エルドリッジの視界が赤く染まった。

 

「ゴフ……ぁ?」

 

目から、鼻から、耳から血を流し、血反吐を吐く。

どうした?何があった?

いきなり起きた現象に半ば混乱しかけた。だが、その原因は目の前の火の鳥ではないことと彼は不思議と直感した。

七孔噴血の彼は、一つの異変に気付く。いやに静かな気分だった。

静かすぎる。本来聞こえるはずの音を聞き取れない。

スキルが不発に終わった腕で胸を触り、漸く彼は現状に気付いた。

 

(ああ……そういうことか……)

 

落下していくエルドリッジは視線を迅羽に向ける。

日光に反射して煌めく金属製の爪を持った迅羽の右手には、赤黒い何かが握られていた。

握り拳程度の大きさの、今まで脈打っていたように痙攣するそれ。

 

(……奪われちまったのか)

 

輪切りにされたそれの正体を知った直後――王国最強のPKと呼ばれた男は消滅した。

 

 

 

 

「どういうこと?」

 

火炎の蹂躙が終わってから暫くして、酷く不機嫌な様子で女性が竜車に戻ってくる。

まるで竜車から降りた時と変わらなかったが、違いが一つある。

少女から手渡された【符】を持っていなかったことだ。

 

「流石です炎羅様!すごくきれいでした!」

 

「ありがとう皇太子さま。ちょっとどいてくれるかしら迅羽と話があるから」

 

関心ともとれるリアクションをしたのは蒼龍。黄河帝国の皇帝の第三子にあたる皇族である。彼の率直な感想を丁寧に受け流し、本題の相手に向かう。

彼女――炎羅が尋ねたのは4メートルほどもあるキョンシー。異様な風貌とは裏腹に込められた威圧感を、女性は真正面から対峙する。

 

「あなた私の獲物を横から掻っ攫ったのはどういう了見なの?」

 

「オマエがとんだウスノロだからだヨ。オレならものの数秒でカタを付けられたからナ」

 

そういってキョンシーは道服の袖から手――と呼ぶには聊か物騒すぎる鋭利な刃物を向ける。

 

「《炎帝》程度に潰されるようじャ、この国の〈超級〉もタカが知れてるナ」

 

「……それは、私達に対しての宣戦布告かしら?」

 

炎羅と、自分達の乗っていた竜車から一つ前の竜車の中の彼らも雰囲気を変えた。

キョンシーに対しての威圧を放つ。今にも〈ゴブリンストリート〉の面々と同じ運命に合わせてやろうと言わんばかりの殺気を込めて。

だがキョンシーも、威圧感に気圧されるどころかケタケタ笑って返す。

 

「止めておケ。お前ら全員コレをセーブポイントに設定していてもソンナ烏合の衆、オレなら瞬殺できるゾ?」

 

キョンシーには当然と言わんばかりの自信がある。ティアンだけを残し、自分に牙を向けているマスターの首だけを撥ね落とす事を、秒の間に仕上げてしまうことが。

 

「よさないか、お前達!」

 

その空気の中、赤い少女が臨とした声を上げた。2人の気はお互いから少女へと向けられ、威圧も消え去る。

 

「私達の目的は蒼龍皇太子を王都までお連れすることだ。この場で騒ぎを起こし、指名手配されては元も子もない。ただの私情で外交に亀裂を入れるつもりか」

 

「ミィ様の言う通りです。早く王都へ行きましょう。迅羽様はギデオンに用があるのですし」

 

「……アア、そうだったナ」

 

しばしの沈黙の後、炎羅と呼ばれた女性も迅羽と呼ばれたキョンシーもお互い手を引いた。

 

「どの道行先は王都、それからギデオンだ。オレは超級激突、お前は職業の為に。魔術師ギルドは西方にしか無いからナ」

 

迅羽は再び最後尾の竜車の屋根に乗り、金属製の煙管に似せたシャボン玉用の細管から泡を飛ばす。

次いで炎羅も同じく最後尾の竜車の御者席に座り、再び一行は王都へと向かう。

 

(依頼主、ギデオン伯爵とやらは地元のヒーローのフィガロに勝ってもらって住民を活気づけようと考えてんだろうが……勝敗までは言ってなかったな)

 

そこで迅羽はアイテムボックスからある1枚のアイテムを取り出す。

でかでかと書かれていたのは、〈超級激突〉を銘打ったイベントのチラシ。

 

(勝敗まで気が回らなかったのか、それともフィガロが勝つと確信してんのか。どのみちオレはそのフィガロを斃す。全力で戦って、な)

 

迅羽は甲殻を上げて笑みを浮かべる。

帽子から貼られている札の陰から見えるその笑みは、獰猛そのものだった。

 

「クカカカカカ、ちったぁ楽しませてくれヨ、アルター王国の〈超級〉さン」

 

そして竜車は山道を去って行く。

その道から外れた雑木林の中からは、山賊のなれの果てである焼死体に残り燻ぶった炎が、風に吹かれて消え去った。

 

 




……大丈夫。エルドリッジは〈超級〉に挑みました。
準〈超級〉に仲間を殺されても〈超級〉の横槍で殺されました。
なので〈超級〉に挑み〈超級〉に殺された。セーフ、のはずです。
やっぱ原作見て確認しておくのは重要だと思い知らされました。



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極振り防御と《円卓議決会》。

決闘都市ギデオン とあるカフェ【盾士】メイプル・アーキマン

 

 

現実で日を跨いでログインした私達。

あの後ギデオンに帰る途中でサリーが得た【箱】を開けてみた。

結果、中身は泥の塊だったが、洗い流してみると【亜竜蜊蛄】の甲殻と換金アイテムである【エメンテリウム】と判明。甲殻のあの量は昨日のザリガニさん丸ごと1匹分はあったと思う。

それで今は2番街のカフェでフレデリカさんとばったり合流。こっち側での朝食をとっている。因みにヒドラの食癖を見てたフレデリカさんは「大丈夫なの?」ってドン引きしていた。

 

「強くなりたい?」

 

「ああ。あの鎧のデカブツをぶっ潰す為にな」

 

「なるほどなるほど」

 

事情を知るフレデリカさんはうんうんと頷く。自分がPKテロの渦中へ追いやった負い目からか、すんなりとアドバイスをしてくれた。

 

「今回レベル差や〈エンブリオ〉の到達形態は置いといて。あいつは十中八九END重視のタンク型ね」

 

「つまりそれ以上の攻撃力を持たなきゃならないって事か……でも痛いのは嫌だし……」

 

「メイプル、痛覚設定OFFにしてあるの忘れてたの?」

 

え、痛覚設定?そんなのあったの?

サリーに言われてメニュー画面から設定を見てみると、確かに【痛覚設定】がOFFを示している。

 

「そういや第0の俺をぶっ叩いた時も痛覚感じてなかっただろ?」

 

……見てたんだ、あれ。

でも衝撃は感じるからあんまりダメージ受けたくないんだよなぁ。

 

「それにヒドラのスキルがある以上、メイプルは相手の防御力を無視しても構わないわ。毒で耐えきって勝つってのが板についてきたし」

 

「でも、相手が大人しく状態異常になってくれるかな?」

 

「だったら答えは一つ。ヒドラが盾のアームズなら、ステップ1は【盾巨人(シールド・ジャイアント)】を目指しなよ」

 

「盾巨人?私背は低いほうだって自覚はしてあるけど……」

 

「違う違う、職業の話。【盾巨人】は盾スキル特化型で、【盾士】の派生型上級職なのよ。強力な盾スキルに高いEND。STRもそれなりだし、ピッタリでしょ?」

 

「なるほど。――あ、スキルって言ったら昨日私達第2形態に進化したんです!」

 

そう言って私達は〈エンブリオ〉のスキルを見せる。

 

 

我、毒をもって試練を制す(グラッジ・ウォー・ヴェノム)

 

自分が毒物、または毒が混入されたアイテムを捕食した時、エンブリオの到達形態に合わせてHP、MP、SP以外のステータスが倍増する。

このスキルの発動中、自分の耐性値を無視して【毒】または【猛毒】になり、2分間解毒不可。

※ONOFF切り替え可能。

※最大5倍。現段階の第2形態の場合は2倍。

※効果時間は2分。

パッシブスキル。

 

 

 

 

 

「毒を自分で飲んで強化なんて、随分変わった特性だこと」

 

「あと、《死毒海域》も50メートルまで広がって最大50%まで耐性を削れるんです」

 

「私は《拘束耐性》と《呪怨耐性》がアップしました。あと、メイプルは《カバー》も覚えたらしいんです」

 

 

 

《カバー》

【盾士】や【守護者】が覚える味方をかばう防御技。

対象が自分以外かつ、自分の周囲1メートル以内にいる味方1人へのパーティメンバーへの攻撃をENDを10%上昇して防御する。

パーティを組んでいない場合、このスキルは使えない。

アクティブスキル。

 

 

 

「《カバー》ね。パーティを組むなら最適なスキルじゃん」

 

守って、【猛毒】にして、耐え抜いて勝つ。私の理想としてはそれが一番だ。

けど……。

 

「問題は〈エンブリオ〉のスキルね。私も〈DIN〉から情報を買ったんだけど、あいつの〈エンブリオ〉の特性は超重力と拘束は間違いないと思う。そこはサリーも同意見でしょ?」

 

フレデリカさんの指摘にサリーもうなずく。あの鎧のスキルを体感したからこそ、それに勝つ対策をしなければならない。

 

「重力のほうはSTRを高めれば抵抗できるけど、〈エンブリオ〉の【拘束】は話がちょっと変わってくるわ。対抗系アクセサリーの2つ3つじゃ、どうにかならないかも」

 

「そうですか……」

 

あの【拘束】はカーレンの【拘束耐性】をあっさり破ってしまった。現状有効な打開策が無いために私達はがっくりと肩を落とす。

 

「なら、今は見える場所からカタを付けたほうが良いかもな」

 

そんな時、ヒドラが声をかける。その言葉には自然と私達を元気づけるものが感じられた。

 

「そうね。ならまずは【盾巨人】になることから始めようか」

 

「おっけー。冒険者ギルドで【盾巨人】への転職条件があるから、まずは4番街に行ってみなよ」

 

「ありがとうございました。あ、じゃあフレデリカさん達のクランにも立ち寄らせて良いですか?」

 

そう言って私達は会計を済ませて3人で【集う聖剣】のクランホームへと向かっていった。

今は立てられるだけの対策を立てる。レベルアップと【拘束】への対策手段は追々考えることにしよう。

 

 

 

 

 

2番街《集う聖剣》本部。

 

 

 

《集う聖剣》の本部は2番コロシアム付近の大きなお屋敷だった。

50人前後の〈マスター〉で構成され、活動内容は自警。つまり衛兵やギデオンの騎士団と連携しての警護に当たっているとか。

フレデリカさんの案内でそこを訪れた私達は、ロビーでペインさん、ドレッドさん、ドラグさんと再び出会った。

 

「よく来てくれた。歓迎するよ」

 

「ありがとうございます」

 

内部の部屋はホテルのような場所であり、私達は客間へと案内された。

 

「おいおい、この2人を勧誘するつもりか?」

 

「馬鹿言わないでよ。私はうちに立ち寄りたいって言ってる2人の後輩を案内しただけ。〈月世の会〉の勧誘じゃあるまいし」

 

「ああ、あの2人は気にしないでくれ。さて。何から話す?うちに入りたいって訳じゃないだろ?」

 

「んじゃあ早速聞いてみるか」

 

 

 

 

 

 

 

「お前ら、なんで近衛騎士団を避けてる?」

 

遠慮のないヒドラの質問に客間の空気が一変する。

一気に張り詰めたものとなり、全員口を重く閉ざしている。

その空気に私は戸惑っていたが、ヒドラの質問も決して無視できるようなものじゃない。

フレデリカさんがこの場所へ案内している時、巡回中の近衛騎士団のティアンを避けているように見えた。「指名手配にでもされたんですか?」と尋ねた所、「そんなんじゃない」と返された。

少なくとも指名手配されたのが理由じゃないらしいけど……。

 

「外に掲示板、あるだろ?」

 

ペインさんの言葉に私達は窓の外へと視線を移す。窓の外からは第2闘技場の付近の広場の噴水、そしてその傍に佇む立派な掲示板。

 

「あれは王国のランキング掲示板だ。デンドロ内で3ヶ月、現実では1か月ごとに更新される」

 

あの掲示板が掲示するランキングは3種類。

モンスターの討伐数を競う『討伐ランキング』。

決闘の戦果がそのままランキングに直結する『決闘ランキング』。

クランの規模によりランキングが決定される『クランランキング』。

その上位30組があの掲示板に表示されるシステムらしい。

因みに〈集う聖剣〉はクランランキング18位。ランキングでは中間地点にあるとはいえ、王国のクラン全体で見れば相当実力派のクランらしい。

 

「うちのクランは、《円卓議決会》というクランの残存のメンバーを集めて作ったものなんだ」

 

「《円卓議決会》?」

 

はて?あの掲示板にはそんなのは無かったはず。

 

「半年前に解散したんだから無理もねぇよ」

 

「解散?何かあったんですか?」

 

「その理由を知るためにも、これから面白くない話をするが、良いか?」

 

ドレッドさんからも重い雰囲気が感じられる。多分、彼らにとっては自分の傷を抉る話なのかもしれない。私と同じように。

それでも、聞く価値はあると思った。

 

「現実で2ヶ月前、こっちで半年前に機械皇国から王国への侵略戦争があった」

 

ドライフというと、王都から更に北にある機械文明が発達した国だったはず。プレイヤーが開始時に選べる所属国家の一つだね。

 

「結果は王国の惨敗。領土の三分の一を奪われ国王、大賢者、騎士団の半数が犠牲となった……」

 

「酷い……」

 

「…あの、ドライフってそんなに強いんですか?そんなに戦力差が傾くとは思えないんですけど」

 

嘆く私に対して、サリーはあくまで冷静だった。

 

「嬢ちゃんの指摘通りだ。国力、兵士のレベル、主要人物の戦闘力は互角だ。だが、上乗せされる〈マスター〉となると話は別だ」

 

「参加者の差って事か?」

 

ヒドラの指摘に4人とも黙り込む。まるで図星と言わんばかりのリアクションが私にもわかった。

そんな空気の中、今度はドラグさんが口を開く。

 

「割と近いな。参加可能だった王国側の〈マスター〉の大半が参戦を見送ったんだ」

 

「見送った?」

 

「王国側は国王の威光があって、褒賞を出さなかったんだ。対して皇国は明確に褒賞を設定した」

 

ドラグさんの口から語られた戦争の経緯で、ドライフが賜った褒賞は傍から見ても破格だった。

王国兵を倒せば一人5000リル。

王国所属の〈マスター〉ならその10倍の50000。

王国側の主要人物を倒せば別途でレアアイテムや国内での優遇といった特典が与えられた。

中には「ドライフで参加したい」、「国が滅んだら何かのイベントが始まるのか?」などと言い出す〈マスター〉もいたらしい。

 

「それが理由で皇国と王国で士気の差が著しくなっていったんだな」

 

正直、その人の心境が考えられない。考えたくもない。

その人はゲームだからと楽しんでいたわけだが、国が滅ぼうが国王が死のうがおかまいなしというのは正直どうかしている。

 

「で、そこからさらに決定打になったのは双方の国の〈三巨頭〉の参加への応否ってわけ」

 

討伐ランキングトップ。名称不明の【破壊王(キング・オブ・デストロイ)】は『不用意に顔を曝したくない』とのこと。この直後ドラグさんが「森林丸ごと吹っ飛ばしてよく言うぜ全く」と呆れていた。

 

決闘ランキングトップ。【超闘士(オーヴァー・グラディエーター)】フィガロという人は『雑な戦いに興味ない』とのこと。

 

クランランキングトップの《月世の会》オーナーの【女教皇(ハイプリエステス)】扶桑月夜は『国との交渉で折り合いが付きませんでしたので』と。何の交渉をしたっていうの?

 

ともあれ結果的に低いモチベーションがさらに失せてしまったようだ。

そうして多くのランカーを欠いたまま戦いは始まってしまった。

参加したのは少数のランキング入りクランと、そこに間借りしたティアンのファンクラブのメンバーや、純朴なプレイヤーばかり。ペインさん達〈円卓決議会〉もその中にいた。

結果は当然の如く、戦場の光景は蹂躙としか呼べない惨憺たる有様だったという。

そしてドライフの〈三巨頭〉が全員参加していたこと。

 

討伐ランキングトップ。名称不明の【獣王(キング・オブ・ビースト)】。

 

決闘ランキングトップ。【魔将軍(ヘル・ジェネラル)】ローガン・ゴッドハルト。

 

クランランキングトップ。《叡智の三角》オーナー、【大教授(ギガ・プロフェッサー)】Mr.フランクリン。

 

3人のうち2人は〈超級〉であり、その力も絶大だった。

そのまま行けば間違いなく亡国になるはずだったが、その〈三巨頭〉が皇都から離れたことを機にカルディナが進行してきたことで攻め落とした領土の駐留軍を残して撤退。

間一髪、王国は首の皮一枚つながった。

 

「………」

 

「………」

 

「………」

 

……なるほど、確かに面白い話じゃない。

この国が滅びかかっていたなんて今の今まで気付かなかった。

 

「ペインがローガンを追い詰めたとはいえ、倒せたとしても状況は変わらなかったかもな」

 

「……え?」

 

ドレッドさん、今なんて?

ローガンって、決闘ランキングの?

ペインさんが、追い詰めた?ドライフの闘技場の王者で、〈超級(スペリオル)〉を?

 

「【将軍(ジェネラル)】系統は基本物量戦を得意としていてね。大規模な配下の《軍団》を使った人海戦術モドキを得意とするの」

 

それからフレデリカさんはどこからか用意した紙とペンで、さらさらと〈超級職(スペリオルジョブ)〉の分類を簡単に説明してくれた。

 

 

(キング)】・【(プリンセス)】系統:得意分野のステータス特化。数種のスキルも得られる。

将軍(ジェネラル)】系統:《軍団》による物量戦特化。4桁以上の配下の軍団をスキルで強化しながら戦う。所謂自前の《軍団》専用の支援職。

(ザ・ワン)】系統:技巧特化。スキル数が最も多く、スキルの手数だけでなく、スキルそのもののカスタマイズや、新たに作ることもできる。中には「開始直後(生誕)からリセット引退(死亡)まで全く武器を装備しないこと」でしか成れない捻くれた職業も存在する。

(グレイト)】・【(オーヴァー)】系統:バランス型。万遍なくステータスが伸び、スキルもある程度覚えられる。癖が無い。

 

※大の名を関する職業は名前が上級職から変わったものであり、超は下級職から使われている職業になる。

 

 

 

なるほど。種を明かせばそのローガンって人は、決闘でも物量戦、ひいては召喚した何かで勝ってきたという訳か。

 

「物見遊山を決めている相手ほど、いきなり戦線の真っただ中に放り込まれれば誰だってパニックになるって事ね」

 

サリーのおっしゃるとおりである。型にはまると中々抜け出せないのはその人によるサガというものだ。

 

「ペインの〈エンブリオ〉は条件を満たせば強いし、相手の数も必殺スキルでどうにかできるからね。んな状況になったら前衛職対戦闘経験ゼロの支援職みたいなものよ」

 

「必殺スキル?」

 

「〈エンブリオ〉が持つ、その特性に関した最大の必殺技よ。最低でも所得までには上級に進化する必要があるけど」

 

そうまでして追い詰めたけど、勝てなかったってことですか?

 

「……《円卓決議会》の、うちの前のオーナーがね、ドライフと通じてたんだよ」

 

「なんですって?」

 

サリーが思わず声を上げた。

それってつまり、オーナーが自分のクランを裏切ったってこと?

 

「あのクランは元々、『アーサー王伝説』が好きな奴らで組んだんだ」

 

ペインさんはそう言って《円卓決議会》について語ってくれた。

 

 

当初は『アーサー王伝説』に興味を抱いた人たちがサークルを組み、クランへと至ったという。そのメンバーは王都の自警団だったらしく、近衛騎士団ともよく顔を合わせていたし、合同訓練も行っていた。

けどオーナーには、『王になる』という夢を抱いていた。次第に夢は野望となっていき、サブオーナーだったペインさんとの衝突も絶えなかった。以降、ペインさんのような近衛騎士団とも友好的だった世界派の〈マスター〉の『ペイン派』と、オーナー同様遊戯派で占められた『オーナー派』に別れていたらしい。フレデリカさん、ドレッドさん、ドラグさんは勿論『ペイン派』のマスターだ。

そして戦争の前日、そのオーナーはドライフのある〈マスター〉を通じて皇族に交渉を持ち掛けた。

 

 

 

 

 

 

――『内側から王国を潰すので、そちらへの転属を所望したい』。

 

 

 

 

 

最初、皇族を始めとした多くの人たちがその要求を突っ撥ねた。多額の褒章を提示したから勝ち戦は目に見えているからだろう。

だが宰相だけはその要求の詳細を尋ねた。すると返答代わりに送られたのは、彼が編成する陣形の詳細と主要人物の配置場所。自分のクランメンバーの詳細なデータを纏め上げた資料だった。

宰相はそれを受け、それに準じた陣形を〈三巨頭〉以外の〈マスター〉に伝えた。

当日、オーナーは自分のクランの配置を事細かに伝え、『ペイン派』の人間がうまいことばらけるよう配置した。

そして戦争がはじまり、蹂躙が始まった時――『オーナー派』が王国に牙を向いた。

結果、兵士を始めとした騎士団の犠牲者の大多数や〈マスター〉を襲い、ドライフのマスターを支援し、『ペイン派』のマスターも次々と彼らの手に掛かって倒された。

奇襲から免れたペインさんは先代騎士団長、リリアーナという人の父親の元へ駆け付けた。【魔将軍】との決戦で窮地に立たされていた騎士団長の元に間一髪駆け付けた。その後は【魔将軍】を追い詰めたものの、オーナーの不意打ちでペインさん倒され、騎士団長も死なせてしまった。ペインさんが倒された後、『オーナー派』のマスターが士気を強めていき、倒され、自決した人もいたらしい。

 

結局、戦争終結まで生き残ったマスターはドレッドさんと、彼が率いていた【奇襲者(レイダー)】をメインとした少数のマスターだけ。

戦争後、ドレッドさんから惨憺たる戦争の結果を知らされたペインさんは当然の如く絶望のどん底へ突き落された。ショックで10日ほどこの世界へ来なかったと言う。それはきっと、私がサリーを、理沙を殺されたのを目の当たりにしてしまったものと似たようなものかもしれない。

その後、オーナーはメンバーの了承も無くクランを解散。《円卓決議会》の8割を占めていた『オーナー派』のマスターと共にドライフへ転属。残る2割の『ペイン派』のマスターは王国を離れた者もいたが、ペインさんや王国を心配して自分なりに王国を助けていこうと残った人もいた。

それから立ち直ったペインさんを中心に、拠点をギデオンに移して新たに《集う聖剣》として活動を再開したという。

 

「これが、うちができた経緯だ」

 

「……」

 

話を聞き終わって、全員の感想は沈黙だった。というより、私達は言葉が出せなかった。

自分の野望の為に、それまで親しかった騎士団を裏切るなんて……。

 

「あンの野郎……!もうオーナーでもなんでもねぇ!!奴に加担して出ていった奴らも、全員ただの売国奴連中だ!!!!!」

 

怒りに耐えかねたドラグさんが壁に拳を叩きつける。思わず壁に放射状に亀裂が走った。

信頼していたオーナーに突然裏切られて、剣友であるティアンの騎士たちの命を奪っていった人を、許せるはずがない。

 

「それに、俺はグランドリア団長に剣技を教わった身でな。リリアーナも姉弟子みたいなものだったんだ。彼女や生き残りの騎士たちからすれば、俺達も戦争に参加しなかったマスターも同類と捉えているだろうな」

 

 

 

 

あれから《集う聖剣》の本部を後にした私達。

だけど足取りは重かった。私達の脳裏にはついさっき聞いた話と、それに伴うペインさんたちの沈んだ表情。

 

「まさか、あんなことになっていたなんてね……」

 

「うん……」

 

「ペインさん達、大丈夫かな?」

 

「うん……」

 

「メイプル、聞いてる?」

 

「うん……」

 

サリーに横からほっぺをひっぱられ……べへへえぇい!?

 

「何すんの!?」

 

「絶対聞いてなかったでしょ?」

 

「あ、うん……」

 

「あの人たちの事は、あの人たちに任せるしかないよ」

 

「そういうことだ。今は【盾巨人】への転職を考えておけ」

 

ヒドラにもそう言われた。

私も両頬をぺちぺち叩き、気合いを入れ直した。

 

「よしっ、冒険者ギルドに行こう!」

 

 

 

 

《集う聖剣》本部。

 

 

「みんな、よく集まってくれた」

 

メイプル達がクランホームから出ていった後、ペインはクランメンバーを招集した。

 

「実は街の熱気に交じって、妙な連中がいた。王国所属だったが、近年の情勢から寝返りする予定らしい」

 

「そいつらは潰していいのか?」

 

「いや。今はまだ機会を伺っているだけにしか見えない。今の状況でPKしたって意味は無い。が、用心するに越したことはない」

 

「つまり今は用心して見張っておけ、って事?」

 

「そういうことだ。今日は夜にサブイベントにロードウェルVSチェルシー、そしてメインの〈超級激突〉もあるが、全員中央大闘技場の周囲を中心に警戒にあたってくれ」

 

「あの、一つよろしいですか?」

 

的確な指示を与えている中、一人のクランメンバーが挙手する。

 

「どうした?」

 

「先程ギデオンの周辺警護にあたっていたんですが、中国風の衣装の赤い奴らを見かけました。全員〈マスター〉です」

 

「赤い〈マスター〉?――おそらく黄河帝国の者だろう。黄河は王国と同盟を組んでいるから問題は無い。有事の時には彼らと連携するかもしれないから、そこはオーナーに伝えておく」

 

「じゃあ俺らは主に周辺警護で良いんだな?」

 

「ああ。多分夕刻までにはこちらを訪れるだろう。じゃあこれで解散だ、各自行動に移ってくれ」

 

そう言ってクランメンバーは警護へと向かっていった。

そして残ったのはペインを含め4人。

 

「しっかし、サブオーナー時代の杵柄ってやつか。もしかしたら【天騎士(ナイト・オブ・セレスティアル)】になれるんじゃないのか?」

 

「空席だったとしても取るつもりは無いさ。むしろリリアーナが【天騎士】になってくれればって個人的に思っているよ」

 

「歴代の騎士団長の仕来りってやつか。んじゃあお偉いさんの件は頼んだぞ」

 

そう言ってドレッド、フレデリカ、ドラグも部屋から去って行った。

残るペインは一人、だれにでもなく呟いた。

 

「まるで、立ち直ったばかりの本部みたいだな……」

 

思い返し、感傷に浸っていたペインも頭を振って自分のやるべきことを果たすべく、部屋を後にしていった。

 

 



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極振り防御と上級職への道。

冒険者ギルド【盾士(シールダー)】メイプル・アーキマン

 

 

「で、これが条件……」

 

冒険者ギルド到着した私達は、さっそく受け取った分厚いカタログから【盾巨人(シールド・ジャイアント)】の転職条件を見ていた。

【盾巨人】への転職条件は「【盾士】のレベルが50に到達」、「亜竜級モンスターのHPを30%以上盾の攻撃で削って討伐する」「自分の身長の3分の1以上の盾を装備」の3つ。

3つ目は既にクリアしている。1つ目も今のレベルは30なのでレベ上げしていけばすぐだ。

 

「亜竜級を討伐しなきゃならないんだ……」

 

よくよく考えたらロクに飛ばない《シールドスロー》や一々体当たりをしなければならない《シールドアタック》よりも《第1の首は猛毒滴る竜鱗》で倒した数が多い。

このあたりに亜竜級のモンスターはいないか相談してみたら、間の悪いことにギデオン周辺には存在しないんだとか。

 

「あれがアクティブだったのは幸いだったな。もしパッシブだったら諦めるしかなかったし」

 

ヒドラも遠い目で自分のスキルを思い出して呟く。確かに防ぐ度に毒液をまき散らしていたんじゃ盾で討伐なんてできやしない。

 

「ともあれ転職条件はわかったんだし、討伐系のギルドクエストで戦闘に慣れていこう」

 

転職カタログを受付に返し、討伐系クエストを見る。なるべく今のレベルに合った討伐クエストを探して。

 

「――うん、これが良いんじゃない?」

 

そう言ってあるページを指した。

 

 

難易度:三【【ブルーレミングス】討伐依頼―決闘都市ギデオン】

【報酬:50000リル】

『ギデオン周辺に生息しているブルーレミングスの討伐を依頼します。今後の食糧保存の為にも100匹討伐してきてください。討伐数が100匹以上の場合、10匹の追加討伐で報酬も追加されます』

 

 

「……群れで行動してるが弱いモンスターなんだな。これならメイプルにピッタリじゃないのか?」

 

「そういうこと。まずは戦うことに慣れていかないとね」

 

よくよく考えれば私が戦闘をしたのは昨日のレイさんとの【瘴炎手甲ガルドランダ】の実験とベルメン湿地帯のみ。ここを拠点としている割には聊か経験が足りなすぎる。

盾で30%削ってしまえばいいのだから、残りは防御に回って仲間に削らせてもらえばいい。まともに戦闘するならこのモンスターで大丈夫だろう。もう受注したけど、サリーはいかにも満足して異様な顔をしている。

 

「あれ?ひょっとして気に入らなかった?」

 

「ああ、違う違う。幾ら弱いと言っても100匹もの群れで襲われたら私達じゃキツイと思ってね」

 

「パーティを組もうっていうんだね。クロムさんは?」

 

「〈超級激突〉の立見席チケット手に入れたから無理っぽい」

 

「カナデは?」

 

「まだログインしていない」

 

「イズさん」

 

「あの人多分生産系ビルドで埋めてると思うから無理」

 

「ドレッドさんやフレデリカさんは?」

 

「強すぎて話にならない」

 

……知り合いほぼ全滅じゃないですかーやだー。

……知り合い?

 

「「あ」」

 

私とサリーが同時に声を上げた。

そうだ、まだ3人いた。

 

「「ちょっと探してくる!そっちも?じゃあ後でここに集合ってことで!ヒドラはここで待ってて!」」

 

「お前ら息ぴったりだな!?」

 

同時にお互い提案し、そして去って行く。

 

 

 

 

冒険者ギルド 【毒葬紫龍】ヒドラ

 

 

 

「「ちょっと探してくる!そっちも?じゃあ後でここに集合ってことで!ヒドラはここで待ってて!」」

 

「お前ら息ぴったりだな!?」

 

俺の〈マスター〉、メイプルとサリーはほぼ同時に言うと冒険者ギルドを弾き飛ばされたように出ていった。多分、メイプルはアイツを探しに行ったんだろう。

俺といえばメイプルが待ってろと出て行ってしまった為に、同行したかったが待機することに。

つーか、自分の〈エンブリオ〉置き去りにする〈マスター〉がいるか?

ま、メイプルがそうしてくれって言ったんなら大人しく待ってるつもりだけど……なんか不安。あいつの記憶を漁ってみたんだが、あいつ警戒心は2桁未満の子供程度なんだよなぁ。

 

「あれは……手配書か?」

 

暇を持て余しているうちに、掲示板に貼られている顔写真付きの紙に目が行った。紋章も記されているから〈マスター〉だろう。

手配書には『被害増大中!討伐求む!』と書かれていて、懸賞金も今受けた【ブルーレミングス】の報酬が塵芥にも思える額が記されている。

 

「こいつ等は?」

 

「戦争以前から王国を騒がせている〈マスター〉です」

 

受付の一人から手配書の〈マスター〉に関して話を聞いてみた。多少の暇つぶしにはなるし、不安もまぎれるだろう。

 

 

まず《同胞殺戮》のMiss.ポーラ。

容疑は『千単位のティアンの大量虐殺』。“監獄”にいるキャンディ・カーネイジとかいう奴と比べれば軽いほうだ。虐殺に重いも軽いも関係ないと思うんだが。

ある村のティアンが突然動機も無い相手を殺害したことがきっかけで、伝染病のように次々と『ティアン同士の殺戮』が始まり、結果的にその村が滅んでしまった。

その後、一部始終を目撃した〈マスター〉の聴取であるマスターが起こした事件だったと発覚。その後間をおいてマスターのみで編成された討伐隊が向かったが、見つける前にその村のティアン同様に理由もなく同士討ちを始めた。

結果的に野放しとなり、今も王国の不安の種だという。

 

 

 

そして《魍魎船長》のヴァルデューム。

こちらは『千単位のティアン大量虐殺』に加えて『町村及び森林壊滅』。

コイツは構成員が全員アンデッドのクラン《魍魎船団》のオーナーであり、生きた人間を次々とアンデッドへと変えていき、村3つを滅ぼしたとされる。

こちらも到底無視できない被害を叩き出した為に討伐に向かったものの、当然の如く返り討ち。というか、こちらはティアンの騎士団だったために相手にとっては餌がこちらに来たといっても過言じゃない。しかも通った場所はあらゆる命が奪われたかのような凄惨な跡地だけが残っているという。

 

 

巫山戯(ふざけ)たマスターもいたもんだな」

 

こんなことするマスターがいたんじゃ、ティアンからの評判も駄々下がりになるに決まってる。実際、報酬を出さなかった為に王国の〈マスター〉は戦争に加わらなかった。それも拍車をかけているんだろう。

こんな連中と会わなきゃいいと思っているが、なんでもこいつらは王国在住。ギデオンにいないとも言い切れない。

 

「お待たせー!」

 

その時、マスターとサリーが戻ってきた。当然の如くメイプルはカスミを、サリーは俺やメイプルには初見の双子を連れて。

全く、今度はちゃんと注意してやらんとな。

 

 

 

 

〈サウダーデ森林〉【鬼武士(オーガ・ザムライ)】カスミ・ミカヅチ

 

 

メイプルからいきなり「クエストに行こう!」と呼ばれたときには仰天した。

ギルドでサリーという【闘牛士】から事情を聞くと、どうやらメイプルの上級職への条件達成に手を貸してほしいんだそうだ。

因みにメイプルはヒドラからこってり絞られた。雷の如き説教の類じゃなく、無言の重圧で。

そのサリーからユイとマイの姉妹〈マスター〉とも知り合った。

さて、上級職への道のりを駆けあがる肝心のメイプルは……。

 

「《シールドアタック》!《シールドアタック》!《シールドアタック》!《シールドアタック》!《シールドアタック》!《シールドアターーック》!!」

 

……ご覧の通り、唯一まともに使えるという《シールドアタック》の乱打で【ブルーレミングス】を潰していた。

本来なら盾を使った殴打だというのに、武器化したヒドラ――武器化したヒドラを見たユイマイ姉妹は大層驚いていた――は小柄なメイプルの肩から下まである大盾なので、ラグビーのタックル、もとい飛び跳ねるカエルのような動きだった。

恐らく大半は『死毒海域』と私を毒に陥れたアクティブスキルのコンボを主用していたらしく、今までの戦闘経験は皆無に近い。ログイン最初期もサリーの戦闘を見ていただけと言っていた。亜竜級モンスター討伐の為の練習のつもりだが、私からすれば相手の実力不足で正直効果的とは思えない。

 

因みに今の役割分担はサリーが偵察。メイプル、ユイとマイが討伐。私は3人の護衛。この中で唯一上級職の私はパーティを組まずに、極力殺さない程度にダメージを与え、メイプル達に放って彼女たちの経験値稼ぎに助太刀している。

目の前の30匹単位の群れを片付けた直後、サリーが叫ぶ。

 

「みんな、5時の方角に50匹!」

 

「えぇーっ!?」

 

さっきからこんな調子でぶっ続けでネズミの群れを相手にしている。

ロクに休憩してないし、このままじゃ身が持たないぞ?

 

「ユイ、マイ。あの群れは私達で数を減らすぞ。メイプルはその間に少しでも身体を休めておけ」

 

「え、でも……」

 

「ここで死んだら元も子もないだろ」

 

「メイプルさんは回復に集中してください!」

 

「私達が数を減らしておきます!」

 

私の後ろにユイとマイが立ち並ぶ。さながら将棋の美濃囲いと言った所か。将棋は齧った程度だから詳しくないけど。

 

「とにかく数を減らすよ」

 

「うん」

 

マイとユイがそれぞれ岩にしがみつく。その大きさは姉妹の得物と同じく1.5倍はあるだろう。

しかし【壊屋】の極振りSTRで地面から引き抜く。それをウェイトリフティングで胸から頭上へと上げるように岩を持ち上げた。

となると彼女らの次の行動は――。

 

「「《投擲》!!」」

 

やはり【投手(ピッチャー)】のスキルでの遠距離攻撃か。爆心地を見ても今ので20匹強は倒されただろう。あんなSTRで投げられた一撃は相当効く。的になる側にならなくて良かった。

 

「まさか、壊屋固定砲台理論をする奴がいるとはな……」

 

 

 

 

〈サウダーデ森林〉【盾士】メイプル・アーキマン

 

 

森林に突入から30分。最後の1匹を倒すとアナウンスが流れ、ようやく目標の討伐数を稼げた。

それを知った私は地面に大の字で仰向けになる。

 

「こ、これで100匹討伐……」

 

長かった……本当に長かった……。

もうそれしか言う台詞が無い……。

 

「一応付け足しとくが、クエストは報告するまでだからな?」

 

「ああ、そうだった……」

 

正直どれだけ倒したのか数えてないけど、こんな事になるとは思ってなかった。3人を誘ってなかったら返り討ちにされたと思うし、正直疲れた。

 

「ユイちゃんマイちゃんもお疲れ様ー」

 

「こちらこそパーティに誘ってくれてありがとうございました」

 

「お陰で【投手】のレベルも12になりました」

 

おお、この中じゃ最年少なのにもうそこまで行ったんだ。

私も負けていられない。今度は亜竜級モンスターと対決して――。

 

「みんな、ちょっと岩場か何かに上ってくれる?」

 

休憩を終えて帰ろうとした時、サリーが声を上げる。

いやになく、トーンの低い声色だったので、尋常じゃないことだと瞬時に感じ取った。

 

「あの、何が……?」

 

「良いから上っておこう。ほら、ユイちゃんも」

 

「は、はぁ……」

 

ユイちゃんとマイちゃんは何が起きたのかわからないままに、私の身長の1.5倍くらいある岩のてっぺんへ上る。てっぺんの面積も5人乗っても十分なスペースだ。残るサリーはそのまま、とカスミは他の木の枝に上って待機。

そして10秒後、軽い地響きのような振動の後に茂みの影から大量の【ブルーレミングス】が、私達の正面から川のように我先にとこちらへ向かってきた。

 

「なっ、なにこれ!?」

 

『明らかに1000匹近くいてもおかしくない大群だぞ!?ギルドの連中観測を誤ったのか!?』

 

正確には私達を通り過ぎ、森林の中の誰かに住処を追われた幾つかの群れが膨れ上がり、森林から出ていくようだった。

私とユイちゃんマイちゃん姉妹はネズミの大群が去って行った方向を見ていたが、サリーとカスミは正面を見据えたまま動かない。

 

「この奥、相当強い奴がいるぞ。どうする?」

 

「どうもこうも、正直今の私達じゃ全滅は必至。けど襲ってくる気配はないみたい」

 

「となると、逃げの一手か。私が殿(しんがり)殿を務めても?」

 

「お願い。――3人とも、もうクエストは達成したんだし帰ろう。ゆっくり、相手を刺激しないようにね」

 

サリーがこちらを振り返らずに私達を先に森林から出ていくよう促す。

何か嫌な予感がしながらも、私達はカスミを最後尾にして森林の奥の何かにおびえながら遠ざかり……〈サウダーデ森林〉を脱出した。

 

 

 

 

〈サウダーデ森林〉深部。

 

 

ふぅ。今回の狩りも上々だったが……いかんせん獲物の量が悪い。これなら西まで足を運ぶ必要はなかったな。

ネズミや狼なぞ、幾ら狩っても1日の食料で終わってしまう。今なら純竜級なら倒せると思うが……そういう自惚れから成る挑戦心は捨てておこう。

隠れ、見て、学んで、習得し、自分の力にする。強くなるにはこれが一番都合が良い。隠れて相手の弱点を探るのは、強くなる方法と同じくらい重要な強者を斃す方法だ。

戦闘そのものを生き甲斐とする奴らの心情は理解できん。

 

「……」

 

向こうに5人――いや、6人分の気配を感じる。

恐らく自分の気配を察したのだろう。だが襲ってくる気配はない。

こちらも無駄に暴れてエネルギーを消費する上に、騒ぎになると狩りに支障をきたす。

相手のほうも実力不足と感じて下がってくれているのだろう。ありがたいことだ。

奴らと鉢合わせないようにも、少し遠回りするか。

 

 

 

 

「♪~」

 

やはりあのハプニングはこちらにとってもプラスになるものだった。道中追加の獲物を狩って、今日の分はこれで十分だ。

味も――うん、悪くない。が、いかんせんオオカミやネズミだと小さいし数が足りない。

紋章持ちが餌だったら腹の足しにはなったんだがな。消えて食えないものを遺すなんて空気読めなさすぎる。

――もういい、帰りに亜竜級を狩って住処に戻ろう。あそこは今までの中で最高の住処だから。

どこかの誰だか知らないが、馬鹿みたいにデカいクレーターを作ってくれた奴には感謝しないとな。

 




投手(ピッチャー)】。
銃士(ガンナー)】、【弓手(アーチャー)】、【狙撃手(シューター)】などと違い自らの腕でアイテムを投げることに特化した戦闘職だ。飛距離は他と比べると当然最短だが、威力だけなら遠距離系だけに絞ればトップクラス。
魔術師同様枝分かれし、それぞれに特化した物を投げつける。ステータスで見ればSTRとDEX、SPがよく伸び、次にAGI。
一番最初に覚える《投擲》は汎用スキルであり、【投手】系統では基本であると同時に最も重要なスキル。短剣であれ礫であれ鉄球であれ、片手で投げられるものなら何でも投げられる。
上級職は精密性と飛距離を追求した【名投手(スナイプ・ピッチャー)】。
飛刃を投げ範囲攻撃に特化した【飛刃投手(ブーメラン・ピッチャー)】。
短剣を投げ状態異常や近接の武器スキルなどを習得する、手数重視の【短剣投手(ダガー・ピッチャー)】。
槍を投げ敵を壁越しに貫く【投槍投手(ジャベリン・ピッチャー)】。
STR次第で両手で担ぎ上げなければならないような重い物も大きい物をも投げられる【剛肩投手(ストロング・ピッチャー)】。

※某兄妹デンドロ記にも投手はありましたが、こっちは種類の多様性を出しました。


『壊屋固定砲台理論』
【破壊者】と【剛肩投手】のビルド。
単純ながら、低レベルの純竜クラスでも頭に何度も当てられたら【気絶】まで追い込める威力がある。ただしその分アイテムがかさばる上に常に補充しなければならないことと、射程がかなり短い欠点を持ち合わせている。クランやパーティに生産系職業を持たせて事前補充する人もいたらしい。

『地属性魔術師投擲理論』
『壊屋固定砲台理論』の応用ビルド。上級の【黒土魔術師】や【鋼鉄魔術師】の魔法職の味方から球や槍を生成してもらい、【名投手】や【投槍投手】の《投擲》で投げる『地属性魔術師投擲理論』も存在する。こちらは費用=味方のMP回復ポーションというコストパフォーマンスに優れた分、パーティ運用前提である為にソロ専を決め込んでいるマスターには無縁。


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極振り防御と〈炎帝〉と炎羅。

決闘都市ギデオン【盾士】メイプル・アーキマン

 

 

あの後ギルドの報酬を受け取り、5等分した後で私は再び転職カタログの【盾巨人】のページを見る。

2番目の条件は未だ未達成のままだが、レベルのほうはかなり上がった。【ブルーレミングス】の戦闘で一気に39まで駆けあがりあと11。こちらは目標まで見えてきた。

 

「もし転職にお悩みでしたら、適職診断をしてみてはいかがでしょうか?」

 

受付のティアンの人がカタログを真剣に見ている私に声をかけてきた。

そういえば私は即答で【盾士】になった為に、そういうのはしていなかったっけ。

物は試しと早速私で試してみた。5分ほどの質問を繰り返していって、その結果が出た。

 

「【毒術師(ポイズン・マンサー)】……?」

 

なんとまあ。

私が想像していたものとは予想外のものだった。

確かにヒドラがアームズじゃなくてガードナーだったらこれも選択肢に入っていたと思う。

けど、スキルを見てみると病毒系状態異常への耐性を上げる《病毒耐性》や、毒への状態異常強化の《猛毒化》もあったから、これも視野に入れてみようか。

 

「サリーもやってみる?」

 

「オッケー」

 

今度はサリーの番。きっと【隠密(オンミツ)】や【暗殺者(アサッシン)】が似合いそうだ。

結果は……。

 

「【幻術師(イリュージョニスト)】だった」

 

「えー……」

 

また裏切ってくれたねカタログ君。サリーが後衛に回るなんてちょっと想像できない。

けどサリーが言うには、あの時ガチャで手に入れたレイピアを最終段階まで進化させるには〈厳冬山脈〉という場所まで赴かなければならないとのこと。勿論サリーはそこに行けるレベルになっても戦闘するつもりは無い。【冒険者(アドベンチャラー)】が必要になる前に、幻術を使って逃げの一手に尽くそうとレベル上げて備えておけってことですか?

諦めて大人しく【大闘牛士(グレイト・マタドール)】になろうと思い、私も横から条件を見てみる。

条件1『闘牛士のレベルが50に達している』。条件2『《回避》のスキルの使用数を含めた回避を、100回以上成功』条件3『反撃系スキルで与えたダメージが累計1万以上』。

 

「私は……あと20回か」

 

いつの間にか条件3をクリアしていた。因みにサリーのレベルは41で、あと9で条件1は達成される。

順当にいけば明日中には【大闘牛士】になるかもしれない。それと、厳冬山脈チャレンジ用に【冒険者】のページも見ていた。

 

「これからどうする?」

 

「解散しとく?大闘技場は〈超級激突〉で入れないし」

 

「そうだね。各自ご飯を食べに行こーってことで」

 

「ああ、ちょっと良いか?これを持っていってくれ」

 

解散しようとした時、カスミが3つのカフスを取り出した。

 

「これは?」

 

「《テレパシーカフス》だ。フレンド登録も済ませてあるし、これを使えばギデオンと同等の範囲で念話で会話できる。今後の為にも連絡できるならと思ってな」

 

「私達は中央大闘技場に行ってきますね」

 

「何から何まで、今日は本当にありがとうございました」

 

カスミからカフスを受け取って、改めてパーティを解散して別々の行動へ。

6番街を中心に散策していた私は、レストランやカフェを見回しながらどこにするか迷っていた。

 

「んー……」

 

「あんまり食いすぎると後が困るぞ。主に財布と体に」

 

「だって、現実じゃろくにご飯食べてないし……」

 

「……あんなスキルを手に入れたのって、それが原因かもな」

 

「どゆこと?」

 

「お前のその《毒入りでもいいから気兼ねなく食べたい》って願望が進化に影響しちまったんだと思う」

 

「そんな、私は<Infinite Dendrogram>を始めた後は食が細くなったんだよ!」

 

「逆説的にそれ以前は食が太かったってことじゃねぇか!」

 

閑話休題。

 

しばらくして一つのカフェが目に入った。なんとなく気にいったので入ってみることにした。

中に入ってみると、どうやら現実でいう猫カフェのようなものみたいで、室内で猫が放し飼いになっていた。

にゃーにゃーと気まぐれに鳴いたり、登り棒に上ったり、先客が持っていたおもちゃで遊んだりと、見てるこっちも癒される。

その店内で、

 

「うぅぅぅ……疲れたあぁぁぁ……」

 

「まあ仕方ないんじゃない?皇子護衛の後で跳んでいったのを追って、何人か残して竜車でこっちに来たんだし。メイハイ大使は頼れる部下が護衛に就いてるし」

 

「私とマルクスとシンとミザリーだけで行くつもりだったのに、まさかクラン丸ごとついてくるなんて思ってなかったよぉ……」

 

「私が孵化した時にティアンと護衛のマスター達を狙っていたあの下劣なマスターに天誅を下したのはいいけど、それを目の当たりにした彼らに崇拝されるとはね。とんとん拍子で今やクランランキングと討伐ランキング15位内に食い込む精鋭クランとして知れ渡ってるもの」

 

「助けた時は無我夢中だったし、ティアンの人を殺すとか言ってて頭に来ちゃったのにぃ……」

 

「やっぱり根っからの世界派ね。でもいいじゃない。みんなの前では《炎帝》の、私の前ではいつもの貴女であればいいのよ」

 

「……そっかぁ。ありがと。おかげでなんか気が晴れてきた」

 

「あ、でも私がうっかり口を滑らせてもそんなミィも尊いなぁとか言い出してより結束力が高まったりして?」

 

「ちょっ、何その上げて落とすやり方は!?」

 

「冗談よ冗談」

 

なんて会話をしている真っ赤な二人が猫と戯れていた。

あ、ちょっと待って。これ入る店間違えたかも。

 

「……あら」

 

あ、こっちに気付いた。

チャイナ服の女の人に続いて魔術師風の女の人がこっちを向いた。

 

「……いつから聞いてた?」

 

「えっと、ごめんねってところから……ぶっ!?」

 

いきなり顔に何かが貼られた。

そしてチャイナ服の人がミィと呼んでいた女の人がガシッと私の肩を掴む。

 

「店は燃やしたくない。だから今見たことは全て忘れろ」

 

「ひ、ひゃい」

 

それはもう、脅し以外の何物でもなかった。

 

 

 

 

「さっきは失礼しました」

 

「いやいい。さっきは私も悪かった」

 

あの後、チャイナ服の人が道士服の女の人を落ち着かせてくれた。

ちなみに私はハンバーグプレート、ヒドラはドリア(毒入り)、ミィさんはスフレパンケーキ、そしてチャイナ服の人、炎羅と名乗ったその人は現在カレーライス(辛口+黄河産の唐辛子の粉末投入)を食べながら談話していた。

 

「私はミィ。黄河のクラン《炎帝の国》のオーナーを務めている」

 

「私は炎羅よ。《炎帝の国》のサブオーナーを務めてるわ」

 

「私はメイプルです。こっちが私の〈エンブリオ〉のヒドラ」

 

「ども」

 

黄河というと、カルディナを挟んだ先にある王国と連盟を結んでいる国だ。

そういえば〈超級激突〉に参加している迅羽って人も黄河に所属している。

 

「ミィさんは何しに来たんですか?」

 

「私は迅羽――もとい、メイハイ大使の付き添いだ。私のクランの中にも【罠師(トラッパー)】や【紅蓮魔術師(パイロマンサー)】を取りたかった者がいたから、あと2人――もとい、クラン総出で王国に来たという訳だが」

 

「んで、お前らの職業は?」

 

「ミィの今のメインは【大赤龍道士(グレイト・パイロタオシー)】よ。【大赤龍道士】っての【紅蓮魔術師】の範囲特化の超級職って言った所かしら」

 

【紅蓮魔術師】はともかく、【大赤道士】は聞いた事が無いから、多分黄河限定の職業なんだろう。

それにしても……どっちも赤々としている。共通点が多くてユイちゃんマイちゃん姉妹を思い出してしまう。

 

「お二人は姉妹、ですか?」

 

思わず口に出てしまった質問に対して――、

 

「そう見える?」

 

炎羅さんがどや顔気味に返し、

 

「そうは見えないだろ」

 

ミィさんが引き気味に答えた。

 

「ちょっとそれどういう意味?」

 

「いや、お前と姉妹って流石に引くだろ」

 

「引くってどういうことよ!?こんなお姉ちゃんがいて幸せじゃないの?」

 

「からかいまくってる姉を持った分不幸だと感じてる」

 

「酷い!!お姉ちゃん泣いちゃう!!」

 

傍から見れば姉妹の会話。それとも幼馴染同士の会話にしか見えない。

にしても、黄河か……。

 

「あの、黄河ってどんなところですか?」

 

「興味を持ったのか?」

 

「はい。実際アルター以外の国にも興味があったので……」

 

事実私はそのアルター王国もロクに回れてない。

この世界は私の心に傷を負わせた癖に、私はこの世界をまだ知っていない。

ここに黄河から来た人がいたのは幸いだった。

 

「黄河はカルディナの向こうにある国だ。今は皇帝が収めていてな……」

 

それから私はミィさんから黄河の話を聞いた。

自分達がここまでの旅路、野盗クランを潰したこと、〈UBM〉との戦いの事。

色々話しているうちにすっかり日も暮れ、完全に夜になってしまった。

夕食も食べたことだし、そろそろお暇しようとした。

その時、中央大闘技場から火柱が上がる。それも細い線じゃない。太く大きく、観客すらも巻き込みかねないような炎の奔流が夜空を昼間の如く照らし出した。

 

「なっ、何あれ!?」

 

「《真火真灯爆龍覇》だな。【尸解仙(マスター・キョンシー)】の奥義だから、多分迅羽が使ったんだろう」

 

「にしてもあの火柱、観客巻き込んでねぇだろうな?」

 

「大丈夫よ。レベル51以上のマスターの攻撃なら突き破られる心配は無いわ。観客に被害は無いから安心して」

 

……天井の結界貫いちゃってるんですけど。

 

「……ん?」

 

「どうかしました?」

 

「いや、クラン用のカフスから連絡が来たんだ。どうした?」

 

ミィさんが席を外して通話に対応する。

何が起きたのか気になったが、私達は料金を払ってお店を後にした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「どうだった?」

 

「王国所属で妙な動きをしているという報告があった。多分夕刻会った《集う聖剣》からの情報と一致しているかもしれない。ドライフとカルディナの〈超級〉も見かけたと報告が入ったが、彼らの手に負える相手じゃないから監視だけを言っておいた」

 

「相変わらず炎帝モードになるとキリっとするわね。嫌いじゃないけど」

 

「うるさいな。――あれ、メイプルは?」

 

「中央大闘技場のほうへ行ったわ」

 

「中央大闘技場?まずいな……」

 

「どうしたの?」

 

「どうもそこにいる王国所属の奴らが〈超級激突〉の前に出ていった奴が何人かいたという報告を受けた。私達も闘技場に行くぞ」

 




(・大・)<次回から、《極振り防御と狂宴ゲーム。》シリーズが始まります。

(・大・)<端的に言えばフランクリンのゲーム開始。

(・大・)<現在執筆状況は第1戦を終えて第2戦クライマックスの辺りです。

(・大・)<読み返してみたけど、正直長い。

(・大・)<今現在9話分で、多分あと3つか4つ増える。

(・大・)<エピローグも加えると全体で15,6はあると思う。


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極振り防御と狂宴ゲーム。ぱにっく。

(・大・)<やっと投稿です。

(・大・)<今見返してみたら11話分もあった。

(・大・)<原作3章のフランクリンのゲーム開始時から終了までの話数が22話だったので、

(・大・)<実質2/1はあります。


 

中央闘技場 付近街路。

 

 

あれからメイプルとヒドラはアレハンドロ商会に行き、素材の売却した金額でポーションと念のための解毒剤を購入し、中央大闘技場へ。道中サリーとも合流し、そのまま中央大闘技場に向かっていく。

道中もう一回、さっきの《真火真灯爆龍覇》という火柱と同等といっても可笑しくない光の柱が昇った。あれで観客が無事だというんだから、闘技場のシステムに改めて驚かされるメイプル達だった。

 

「クロムさん、きっと楽しんでるんだろうなぁ……」

 

「私が入ったカフェからも見えたよ。〈超級〉ってのも凄いんだね」

 

あれだけの力の領域に入れるのは、職業系列1つにつき1人と受付の人から聞いたことがあるとメイプルは思い出す。

そんなことを思い出しているうちに、中央大闘技場に差し掛かった。

 

「……」

 

「サリー、どうしたの?」

 

「あの人たち、おかしくない?」

 

「え?」

 

「ほら、闘技場の外」

 

急に建物の影に隠れたサリーがある一点を指す。

そこには何人かのマスターが外で往生しているが、入る様子は無い。

まるで外に出てくる相手を待ち構えているような……。

 

「……〈超級激突〉のあぶれ者、って感じじゃなさそうだな。メイプル、一旦引くか?」

 

「……そうしたほうがいいかも」

 

「ここまで来て戻るのは癪だけどね」

 

今闘技場へ向かうということは、あの〈マスター〉の集団を相手にするということ。

そんな自殺行為は〈サウダ山道〉で十分だ。

早々に立ち去って、後で出てきた〈マスター〉に事の事情を説明してもらえばいい。

とりあえずさっきメイプルとヒドラが寄っていた店にでも避難しようかと思ったその時。

 

『何やってんだ?』

 

後ろから反響する声が聞こえてくる。

サリーの背後に突然サイを獣人化したようなデザインの、3メートル大の鎧の大男が現れていた。

 

「……!」

 

その姿にメイプルはある光景がフラッシュバックする。

サリーを殺したあの鎧のPKの姿を。

 

「あ……ああ………!!」

 

『ハハッ、俺が一番乗りだなぁ!』

 

斧を振り上げてサリーに凶刃を振り下ろそうとする。

振り下ろされるその瞬間、ヒドラの跳び蹴りがサイの鎧の顎に叩き込み、サリーがメイプルを抱えて広場に飛び出る。

 

「ん?どうした?」

 

『闘技場から抜け出た奴だ!』

 

「何ッ!?――近くにいる連中は奴らを始末しろ!」

 

革鎧の男は面食らったリアクションを取る者の、すぐに指示を出す。

その指示と共に近くにいた〈マスター〉が襲い掛かる。

 

「メイプル、立てる!?」

 

「えっ、あっ……」

 

脚を動かそうにも震えで言うことを聞かない。

腰から下が力が抜け落ちたように動かせない。

 

「――だったら!」

 

サリーはメイプルを抱えたまま中央大闘技場へと走り出す。

今最も近い安全地帯はそこしかない。持てるAGIをフル活動してPKの群衆から一目散に逃走する。

 

女の狩人が放った矢が、魔術師の放つ魔法が、投擲された短剣が襲い掛かる。

普通なら立ち止まって防御するのが一番だが、サリーのステータスでは防ぐような術は無いし、レベル200以上もの差を持つ相手の攻撃を受けては確実に死ぬ。

 

「なんのぉ!!」

 

それらをサリーは、【闘牛士(マタドール)】の持つ《回避》を発動。

メイプルを抱えて、背後から迫る攻撃を、自分とメイプルが被弾しない場所へと大きく回避する。

 

「だったらこれならどうだぁ!《魔法射程延長》ゥ、《魔法発動加速》ゥ、《魔法多重発動》ゥ!――《ヒート・ジャベリン》!!」

 

モヒカン頭の男が、二重に《詠唱》を重ね、灼熱の槍を放つ。

高速で放たれた灼熱の槍は、狙撃銃の弾丸の如き速度で2人を迫る。

 

「死んでたまるかぁ!」

 

炎の槍に対しては《回避》のスキルではクールタイムが間に合わない。

それでもサリーは1発目を跳んで回避。2発目を再度ステップで左へ避け、3発目を身を屈めて回避した。

 

「んなぁ!?」

 

卓越した回避を目の当たりにして屯していた〈マスター〉達があ然となる。

あの回避はサリーのこれまでのゲームで成したプレイヤースキルによる賜物。スキル頼りの技術では到底成し得ない技だ。

 

「……って、何やってんだ!もうすぐ闘技場に入っちまうぞ!レッド、さっきのをもう一発だ!」

 

「わ、分かった!」

 

再びモヒカン頭の〈マスタ―〉が詠唱を開始する。

その時、彼の足元に斧が突き刺さる。

拍子に魔法を思わず中断した〈マスター〉を筆頭にその方向へ振り向き、絶句する。

彼らの目に映ったのは、戦士風の褐色の〈マスタ―〉をハンマー投げの要領で振り回すヒドラの姿。

 

「――あああぁああぁああぁあぁあぁぁぁぁ!!?」

 

「うぅ……るぅあああッ!!!」

 

特大のフルスイングで放り投げられた先程まで詠唱していた魔術師風の〈マスター〉を直撃。

その隙に乗じて中央大闘技場へと猛ダッシュする。

 

「こんの……ッ!!」

 

先回りした戦士風の〈マスター〉が両手剣を地面スレスレに、斬り上げるように振るう。

剣閃を跳び越え、男の頭を足場に更に加速。一気に闘技場内部にまで転がり込んだ。

 

「どうだ!?」

 

滑り込むと同時に振り返る。

襲ってきたマスターはヒドラが闘技場内に入ったのを見て地団太を踏み、仕方なく持ち場へと戻って行ったのを見て安堵した。

 

「メイプル、大丈夫?」

 

漸く安全な場所が取れて安心したサリーがメイプルを下ろす。

だが、降ろされたメイプルは俯いたまま沈黙していた。

 

「……メイプル?」

 

「……もう、嫌だ」

 

「え?」

 

柱を背にうずくまったまま動かなくなってしまう。

 

「こんな世界、もう嫌だ……」

 

心の底からの恐怖から解放された弱音。それはまるで、絞り出したかのようにか細く、嗚咽を交えているようにも聞こえた。

原因はわかっている。先程の全身鎧のマスターからの襲撃で、燻ぶっていたトラウマが再発してしまったのだ。

下手をすれば取り返しのつかない領域にまで悪化してしまうかもしれない。

それを恐れているのか、サリーは慎重に言葉を選ぼうにも言葉が出なかった。

 

「何があったんですか?」

 

その時、横から聞きなれた声を耳にする。

振り向くと昨日会ったルークとバビ、レイとネメシス。そしてクロムと着ぐるみのシュウだった。

 

「それが……」

 

「トラウマ、ですね」

 

事情を放そうとした途端、ルークがサリーの言葉の先を伝えだす。

 

「え?なんでわかったの?」

 

「メイプルさんの僅かな痙攣、表情、呼吸から推測したんです。おそらく原因はそう――例のPKテロの時にですね?」

 

まるで直接記憶を漁ったかのような推測にサリーも言葉を失った。

嘘や誤魔化しをしても、まるで何事も無いように見透かされる。思わずそう評価し、同時に警戒もしてしまうサリー。

沈黙の後、サリーは彼らだけに届くような声で伝えた。

 

「……なるほどのう」

 

沈黙の後、ネメシスが未だ蹲るメイプルの前に立つ。

一呼吸分の間を置いた後、ネメシスが言葉を投げかけた。

 

「お主、鎧のPKとリベンジをするのであろう?」

 

「……もういい。そんなの」

 

「今動かなければ、この国は戦争の前に立ち向かう気概を折られてしまう。それでもいいのか?」

 

「……そんな大きなこと、私の知ることじゃない」

 

「この場で逃げるというのか?目の前に可能性が転がっている中で、それらに目を背けるというのか?」

 

「……自由なんでしょ?私が辞めようが関係無いでしょ」

 

投げやり気味に返したメイプルの後、沈黙が走る。だが、一つだけ違う点があった。

ネメシスの握る拳の力が、掌に爪が食い込んで血を流さん勢いで力が込められていっている。

そして沈黙が破られる。

痺れを切らしたネメシスがメイプルを引っ(ぱた)いた。

 

「な……何するん――」

 

メイプルの激高するより早く、ネメシスがメイプルの胸ぐらを掴んでぐいと迫る。

 

「いい加減にせぬかこのたわけがぁ!その腑抜けた根性でリベンジを果たす!?目の前の悲劇から逃げうせる臆病者が戯言をぬかすなど100万年早いわ!!私もマスターを、レイを目の前で殺された!己の無力さに腹を立てた!けどレイは2人で強くなってリベンジしようと誓った!その言葉は本当に嬉しかったのだぞ!!!ただただ目の前の可能性を否定する貴様が、雪辱を果たすなどおこがましい!!」

 

息もつかせぬ怒号の後、ネメシスは突き放すようにメイプルから離れた。肩で息をするその様は、自分自身がメイプルに対しての不満不服の爆発の跡を物語っていたようにも取れる。

 

「……ちょっとだけ、考えさせて」

 

ふらつく足でメイプルが入り口から去って行った。ヒドラも、彼女の元へついていくのだった。

 

「……追わなくていいの?」

 

「うん。ヒドラがいてくれるし、メイプルも一人でいたほうが頭も冷えるかもしれないから……」

 

――それに、私にはそんな資格は無い。

人ごみに紛れるメイプルとヒドラを見て、どこか寂しそうにサリーはその背中を見るのだった。

 

 

 

決闘都市ギデオン 中央大闘技場ロビー 【盾士(シールダー)】メイプル・アーキマン

 

 

ネメシスの怒号のあと、私はふらつく足で通路に設置されたベンチに腰を下ろした。

さっきまで私を蝕んでいた恐怖も、ぶり返したトラウマも、今は落ち着いてきている。事実、【恐怖】も【脳波異常】も消えている。

 

――目の前の悲劇から逃げうせる臆病者が戯言をぬかすなど100万年早いわ!!

 

――私もマスターを、レイを目の前で殺された!己の無力さに腹を立てた!

 

――けどレイは2人で強くなってリベンジしようと誓った!その言葉は本当に嬉しかったのだぞ!!!

 

――ただただ目の前の可能性を否定する貴様が、雪辱を果たすなどおこがましい!!

 

さっきのネメシスの怒号が幻聴のように聞こえてくる。同じ幻聴だけど、あの鎧のような恐怖心を掻き立てるようなものではなく、今の自分を非難する声。

思い返せば自分と同じ立場の私に対しての苛立ちだったのかもしれない。

 

ふと、自分の手を見る。私の手はまだ小刻みに震えていて、ついさっき訪れた恐怖がまだ消えていない証拠。

 

「私は……」

 

「メイプル、ちょっと良いか?」

 

どうすればいいのかわからない。そんな時、横から声をかけられた。だが、サリーではない。

振り向くと紫一色のコートを着た人型の〈エンブリオ〉、

 

「ヒドラ……」

 

「隣座るぞ」

 

どかり、とベンチに腰を下ろしたヒドラ。

眼前には何かのパニックに直面していたのか、〈マスター〉達があちこち右往左往している。

 

「ネメシスに言われたこと、気にしてんのか?」

 

「うん……」

 

「まぁそうだろうな」

 

「凄いよね、レイさん……」

 

思わず口に出てしまった。

 

正直、レイさんは凄いと思っている。それは事実だ。

昨日のレイさんの話を聞いた。〈ノズ森林〉で〈超級殺し〉というPKに殺された。

けど、あの人は微塵も諦めていなかった。2人の力不足だったと改めて自覚し、強くなるために前へ進んでいき、ガルドランダとゴゥズメイズという2体の〈UBM〉を討伐した。

 

それに比べて私はどうだろう?

サリーが殺されるのを目の当たりにしておめおめとログアウトし、PTSDを発症して悪夢にうなされて、昨日今日で連続して収まりかけてたPTSDを発症。

情けない。情けなくて惨めで、この世界からさっさと消えて、メイプル・アーキマンではなくてただの本条楓に戻りたいと思ったこともあった。

 

「お前はレイ・スターリングじゃない」

 

自己嫌悪に陥っていた私を、ヒドラの言葉で引き上げられた。

今も彼の目線は正面のマスターたちの往来を見ている。

 

「同時にレイ・スターリングはメイプル・アーキマンじゃない」

 

けど、その言葉は正面じゃなくて、私に向けられたものだと解った。

 

「要は真似ても結局は真似事。そればっかじゃ本物には敵わないってことだ」

 

「じゃあ、どうするの?」

 

「自分なりの強さを見つけていく、それしかねぇだろうよ」

 

自分なりの……。

 

『ちょっと失礼するクマ』

 

再びの横槍。

今度は大きな、2メートルくらいありそうなクマの着ぐるみだ。サリーから聞いたけど名前は確か……。

 

「シュウ、さん?」

 

『アイツは目の前の悲劇を見過ごせないからな。それが強さの地力となっているんだろう』

 

悲劇を見逃せない、か……。

――私はどうなんだろう?

 

『自分の強さを見つけていきたいなら、今自分が望むことを探せばいい。自分の強さってのは、そうしていくうちに自然とついてくるもんだ』

 

「やりたいこと……」

 

『やりたいことが見えないなら、他の奴らとも話をしたほうが良いだろうな』

 

やりたい事。それには私の心の中に思い当たるところがあった。

いや、多分この感情は私が、私がもう一度〈Infinite Dendrogram〉(この世界)に入ろうと決意したときから、既にあったのかもしれない。

 

 

 

 

 

「私は――」

 

逃げたくない。

 

「――強くなりたい」

 

見捨てたくない。

 

「サリーを、友達を殺されたくない」

 

また、誰かが起こした悲劇で――、

 

「だから……誰かが悲しむのを見たくないんです!」

 

『……十分だな。心の底から言えるその思い、大切にしとけよ』

 

思いの内を曝した私の頭に、シュウさんが着ぐるみの手を置いてくれた。

自然と、私の中で枷が取れたような気がした。のしかかっていた恐怖も和らいで今ははっきりと、自分のやるべきことを言えるかもしれない。

 

「……ヒドラ」

 

「解ってる。俺はお前の〈エンブリオ〉だ。お前がやると決めた以上、止めるつもりは無ねぇよ」

 

「……ありがとう、ネメシスにも後で謝らないと」

 

状況は理解できない。けど、これから起こるのは悲劇であることは間違いないだろう。

足取りは重い。けど、鬱屈によるものじゃない。これからの戦いの決意のような、そんな力強く闘技場の床を踏みしめる。

 

 




(・大・)<原作読んでる人は気付いてるけど思うけど……。

(・大・)<クマニーサンは常時着ぐるみですので、

(・大・)<シリアスな絵面でもなんかファンシーに思えてしまうでしょう。

(・大・)<そんなわけで今日は2話分投稿します。

(・大・)<


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極振り防御と狂宴ゲーム。はんげき。

決闘都市ギデオン 中央大闘技場【盾士(シールダー)】メイプル・アーキマン

 

 

「ごめんなさい!」

 

それはもう見事な直角での謝罪だった。

謝罪の対象であるネメシスも出会い頭に頭を下げた私に一瞬たじろいだが、すぐに気を取り直してくれた。

 

「そ、そうか」

 

「どうやら迷いが晴れたみたいですね」

 

その指摘は一時的かもしれない。だけど、今は逃げたくない。これが私が作った、今私がやりたい事だと決めたんだ。

 

「それで、この騒ぎは何なんだ?」

 

「フランクリンが起こしたゲーム、だそうだ」

 

レイさんが言うには、〈超級激突〉の直後に乱入したフランクリンが第2王女を誘拐。そこで彼は自分を倒して王女を救い出せというゲームという名のテロを宣言した。

1時間もすれば闘技場内にいる【オキシジェンスライム】などのモンスターがギデオン中にばらまかれる。

それを止める方法は2つ。

フランクリンの持つスイッチの破壊か、フランクリン自身をPK()すこと。

そこでフランクリンを探そうと中央大闘技場を出ていこうとしていたが、結界が張られていて出るに出られなかったという。攻撃すればモンスターが解放される罠付きで。

今思えば襲ってきた〈マスター〉もフランクリン側に付いていたんだろうと思う。そうでもない限り今頃モンスターの対応に追われているはずだ。

でも、私達には疑問が残っている。

 

「結界ってあった?」

 

「なんだ、おぬしらは元からいたのではないのか?」

 

「元からも何も、俺らは外から来たんだぞ」

 

顎をしゃくって後ろを指すヒドラ。

後ろでは、まだ私達を襲ったマスター達がこれ見よがしに待ち構えている。

そんな時、あるマスターが私に質問をなげ駆けた。

 

「なあ、君らの合計レベルは?」

 

「え?39ですけど?」

 

「私は41……あぁ」

 

その答えにサリーも納得し、ベテランたちが他にも伝えようとこの場を後にする。

さっきまでのパニックとは一転、活路を見出したように行動が早い。

 

「要するに、レベル50以下なら素通りされちゃうのよ」

 

「そっか!」

 

そこで私も理解できた。

つまり、私やレイさんのように低レベルのマスターならここから出て外の援軍に行くことができる。

理解した時にはもう既に集め終えたのか、20人前後の低レベルのマスターが集まっていた。

 

「外は任せた。俺はモンスターの始末に回る。おそらくペインたちは外にいるはずだ。見つけ次第合流しておけ」

 

「お願いします」

 

現状、クロムさんはここから出られない。闘技場内のマスターと共に、暴れるモンスターの対応に出てくれる。

あとは、私達が外にいる人たちと一緒にこのゲームを終わらせるために奔走する。

 

「はいはーい、ちょっと良いかしら?」

 

後は出撃といった所で、一つの声がマスター達の注目を集めた。

音頭を取ったのは、水色のロングヘアの女の人だった。傍らには白い聖女のような人、いかにもな吟遊詩人風の人。全員〈マスター〉だ。

 

「イズさん?」

 

「私達もちょっと協力させてほしいのよ」

 

「ちょっと離れてくれる?」と集まったマスターを、直径5メートル以上離して空間を作る。

そしてイズさんが左手を掲げて宣言した。

 

 

 

 

 

「ブリギッド、レベル3」

 

瞬間、イズさんの眼前で巨大な鍋が現れる。いや、むしろ西洋の暖炉と竈、そして中世時代の工房を合わせたと言ったほうが近いか。

私が疑問を浮かべているうちに竈に火が灯され、臨戦態勢の如く燃え上がる。

それを見たイズさんは、アイテムボックスから取り出した袋の中身を鍋の中にぶちまけた。

そして眼前に現れたウィンドウを操作する。

 

「《制作》【御守り竜鱗】、製造数100。コスト、【三重衝角亜竜(トライホーン・デミドラゴン)の竜鱗】100枚を確認。製造開始」

 

ウィンドウの操作を終えると、煮えたぎる液体が踊るように泡を吹き、炎も一段と威力を増す。

すると、1分も経たない内に「チーン」というレンジで聞くような音と共に鍋から白煙が立ち上る。それが全て消え、イズさんが鍋がひっくり返すとその中から、楕円形の緑色の竜鱗が砂の如くこぼれ出る。

 

「これは?」

 

「簡単に言うと劣化版【身代わり竜鱗】といった所かしら。相手の攻撃を1回だけ30%軽減させるわ」

 

「凄い、こんなに沢山!」

 

全員が2枚ずつ持ち込めば、【身代わり竜鱗】や【救命のブローチ】よりは低いものの、生存率は高まった。

ルーキーにとってはこれだけでも十分戦力の増強につながる。

 

「それでは、次は私ですね。少々集まってくれますか」

 

次々にイズさんにお礼を言う中、次に出たのは聖女。手にしている杖は、赤い液体の入った3つのペットボトルのような筒がリボルバーの弾倉のように束になっている。

彼女に言われるままに20人単位のマスターが彼女の元へ集まってくる。

 

「まず初めに、私の〈エンブリオ〉【鉄血聖杖ディンドラン】は回復と支援強化に特化したものです。あらかじめ装填しておいた自分の血を糧に、味方へのバフを強めることもできます」

 

……それってつまり、その液体は自分の血って事ですよね?

意味を理解した途端、何人かのマスターが若干引いている。当人も苦笑していたものの、聖女は血で満たされたストックの2本を空にする。

 

「二重発動、《我が命よ、呪病を祓いたまえ(ディンドラン)》」

 

杖の石突を床に打ちつけると、私たちの頭上から赤い光の粒子が降り注ぐ。

何かのバフか何かと思いきや、降り終わってステータスを確認しても何の変化も無い。必殺スキルにしてはやけに地味な気がする。

何が起きたのか尋ねる前に聖女は下がり、次に前に出たのは旅人。彼はまるで演劇の役者のように大げさな身振りで声を上げる。

 

「さあさあご来場の皆様方!これよりお聞きかせ願うは、狂宴ゲームに参加せし勇猛なるルーキー達への応援曲!この【管楽王(キング・オブ・ウィンド)】バルミッドと我が〈エンブリオ〉パイモンと共に鳴り響かせて、混沌の戦場の地を踏む者たちに万人勝りの力を――」

 

「ねえ、ちょっといい?」

 

「あらぁ!?」

 

旅人の演説を遮り、フードの男性が声をかけた。演説の中断に思わず旅人はずっこけ、一同はそのフードのマスターのほうを見る。

 

「マルクス、どうしたのですか?」

 

マルクス、と呼ばれた〈マスター〉は立体映像として映し出されたマップを見せる。

マップには赤い点と青い点、緑の点が映し出されていて、緑と赤は散らばり、青い点の殆どが中央に集まっている。多分この青い点は私達で、赤い点は敵だ。そこにルークが割って入って尋ねてきた。

 

「これはあなたの〈エンブリオ〉ですか?」

 

「いいや。これは特典武具のスキルだよ。広域の敵味方を把握できる能力を持っててね。まあ情報の無い相手にはただの生命探知程度しか使えないけど。それより問題はここだよ」

 

マルクスさんがある一点を指す。中央大闘技場の傍の裏路地の一点、隣り合って動かない2つの青い点。その付近にある4つほどの赤い点は何かを探しているように右往左往し、やがて散り散りに去って行った。

 

「ここの点、敵対者に追われてあの場所に隠れたって思うけど、2人一緒ってのがおかしいんだ」

 

「そうですね。路地裏なら隠れる場所は限定されていますし、下手に戦闘となっても得物の取り扱いにも制限があります」

 

「昼間、路地裏に空の樽がいくつかあったのを見たんだけど、あんなの子供くらいしか隠れられないよ?」

 

子供……?

 

 

 

――中央大闘技場に行ってきますね。

 

 

 

 

「……まさか、サリー!」

 

「今連絡してる!」

 

あの点は間違いなくユイちゃんとマイちゃんに違いない。

青い点は消えていないから生きているとはいえ、巻き込まれたなんて言うのは心臓に悪い。

やがて【テレパシーカフス】からの通信を切ったサリーが、私に知らせてくれた。

 

「あの2つの点、間違いなくあの2人だった」

 

「うわぁ……」

 

本当にうんざりするほど嫌な予感って当たるものなんだね。

目の前には数十人の敵対マスター。奴隷やテイムモンスターも含めればルーキー2人が敵う相手じゃない。

 

「それはここにいる俺らにも言えるんじゃないのか?」

 

……確かに。

ただのルーキーであるのは私達も同じだ。真正面から挑めば敵うはずがない。

 

「あの、僕に作戦があります」

 

そんな時、ふいにルークが挙手した。彼の顔には自信にあふれている。

それに興味を持ったのはマルクスさんだった。

 

「作戦って、どんな?」

 

「それは――」

 

ルークからの作戦は、この状況では非常に強い物だった。

相手からすれば、こんな強力な反撃は予想していないだろう。

 

「その為にも……バビ、これを外の2人に渡してきて。《透明化》を使えば比較的楽に辿り着けるから」

 

「おっけー!」

 

ルークからバビが受け取った物、それは上級〈マスター〉から貰った2本のボトルを渡す。

見慣れないそれを周りの人に尋ねてみると、それはあらゆる状態異常を治癒するというアイテム、【快癒万能霊薬(エリクシル)】というものらしい。

それを受け取り、《透明化》のスキルで姿を消すと闘技場の外へと出ていく。

 

「よし、目の前の彼らはルーク君の作戦を採用。こっちの案も流用させてもらうよ。そのあとは僕が指示するから、各所味方の上級〈マスター〉と合流して鎮静に当たって。それとミザリー、旅人の人。長らく待たせてごめんね」

 

「いえいえお気遣いなく」

 

折角の見せ場を邪魔されたのに、この旅人はまるでどこ吹く風といわんばかりのリアクションで返してくれた。

 

「ではでは改めまして。――《連結演奏》、《演奏圧縮》、《ハイ・ソングス・ストレングス》、《ハイ・ソングス・エンデュランス》、《ハイ・ソングス・アジリティ》」

 

旅人風のマスターが手にしたフルートらしき横笛を手に、演奏を開始する。

この緊急事態には似つかわしくない軽快な演奏に、思わず私達も心を弾ませてしまった。

 

「《オーディナル・ブレッシング》」

 

演奏と共に聖女が再びスキルを使う。

そのスキルに《蘇聖》、《祝福》が得られる。

演奏も佳境に入り、激しい旋律が闘技場全域に響くようなフルートの音色が私達の耳に溶けていく。

そして演奏が終了し、ステータスを見ると、聖女の使った2つのほかに《活力》、《速度強化》、《胆力》エトセトラと、数えるのも面倒なほど大量のバフが与えられた。

 

「これで30分はバフの効果が得られました」

 

「30分!?」

 

聖女、ミザリーさんの言葉にベテランの一人が声を上げた。

大抵のゲームでのバフは3分前後が基本。明らかに長すぎる。けど、質問する前に私は今初めて聖女の必殺スキルが理解した。

凡その予想だが、あのスキルは「ストック1つにつき、次に自分か味方の使うバフの時間を10倍にする」。多分2回使ったから聖女と旅人のバフがこんなになったんだろう。

 

『3つの演奏を1つ分に繋ぎ、範囲を縮めてルーキーのバフを強化しまくったのか。普通の演奏の効果よりバフの威力は下がる分、範囲を広めたんだな』

 

「然様でございます、着ぐるみ殿」

 

これで準備万端。

目の前のマスター達をなぎ倒して、フランクリンの元へと急ぐ。

その為の前哨戦で、躓いている暇はない。

 

「往くぞ、レイ」

 

「応」

 

「トラウマ克服の前哨戦だ。気ィ抜くなよ?」

 

「解ってる」

 

レイさんがネメシスの手を取って、黒い大剣へと姿を変えたネメシスを握りしめ、私も大盾と短刀へと変じたヒドラを握りしめる。サリーも私の隣で、レイピアの持ち手を握りしめた。

 

「行くぞみんな!反撃開始だ!!」

 

総勢26名。この闘技場から出られるルーキーは、〈超級〉の仕組んだゲームの中へ足を踏み入れた。

 

 




(・大・)<感想OKです~。

(・大・)<明日は広場戦とサリー戦を投稿します。


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極振り防御と狂宴ゲーム。よそうがい。

最初に言っときます。
デンドロ二次小説で某作者が推してる(?)サブキャラの〈マスター〉がこの話で真っ先に死にます。
某作者はそれをご了承の上でお読みください。



決闘都市ギデオン 中央大闘技場前広場

 

 

 

「奴さん共、さっきの3人で結界のトリックに気が付いたみたいだな」

 

「にしてもよぉ、さっきの女の回避、ルーキーにしちゃ手慣れてるみたいだったな」

 

「さっき《看破》したら【闘牛士(マタドール)】だったわ。多分《回避》で避けたんじゃない?」

 

「亜音速の魔法をか?」

 

そう会話するのは、大闘技場広場に陣取る〈マスター〉の中でリーダー格だった。

 

剛剣士(ストロング・ソードマン)】ライザック。

司祭(プリースト)】みゃんな。

紅蓮魔術師(パイロマンサー)】モヒカンレッド。

 

利益の為に王国を離れ、皇国へと亡命を志願した者たち。フランクリン曰く、“寝返り組”。

瀕死の王国に対して見限りをつけ、他国へと亡命するのはティアンもマスターも同じこと。

マスターの中には「亡命する前にドライフにとっての手柄を立ててから移住する」と考える者も、彼らを筆頭にそれなりにいる。

最も、寝返り組といっても彼らには2種類がある。

 

優秀な戦力を持つ者と、凡庸であるが亡命を希望する者。

前者は闘技場にいない上級戦力を撃破し、後者は下級ルーキーの掃討に配置。

仕事は楽なものだが、裏を返せばスポンサーからすれば低評価、といえばわかるだろう。

だが、彼らも合計レベル100以上、先程の3人に至ってはレベル300に達している。

「よーい、ドン」で戦えばどちらが勝つか、それは誰の目にも明らかだろう。

 

 

 

 

待ち構えている寝返り組のその背後、裏路地付近の樽の一つがこっそり上蓋を開く。

 

「ユイ、どう?」

 

「まだ居座ってる……」

 

樽の中からひょっこり顔を出したのはユイとマイ。

彼女らはメイプル達と別れた後、闘技場に向かおうとしている時にライザックたちは異なる“寝返り組”と遭遇。幸い見つかった場所が裏路地で、付近にこの空樽があったので、そこに身を潜めていたのだ。

だが“寝返り組”が街中をうろついている以上、出るに出られないのもある。

 

「もしもーし」

 

「でもどうするの?このまま樽の中ってのは流石に窮屈だし」

 

「でも、一つの樽に2人すっぽり入っちゃうなんてね。現実ベースの身体がこんな形で役に立つなんて……」

 

「もっしもーし」

 

「このまま樽を転がすのは?」

 

「いや、それだとコントロールできないし目も回すよ?樽が壊れたらそれこそ一大事だし」

 

「そっかー……」

 

「ねぇねぇ、聞こえてるー?」

 

「「え?」」

 

さっきから声のする中、やっと姉妹は顔を上げた。

いつの間にか蓋が取っ払われ夜空がぽっかり顔を出した中で、バビがにゅっと顔を出した。

 

「「――――――!!」」

 

「なんだ、どうした?」

 

突然現れたバビに姉妹の悲鳴が上がる。

当然ライザックたちの耳にも入り、一様に振り返る。

ライザックが見たのは無人の路地、そして何かの拍子に倒れた空樽とその蓋。人影は見当たらない。

 

「――気のせいか」

 

早々に切り上げ、再び配置地点に戻るライザック達。

だが、それは間違いだった。横倒しになる前の樽の影、丁度ライザックたちの死角にあたる場所にユイとマイ、そして彼女らの口を押さえている《透明化》したバビがいたからだ。もう少し注意深く探したり、高度の《心眼》を使えばバビだけでも見破れただろう。

 

「ごめんね驚かせて。あ、バビは味方だから安心して」

 

「み、味方?」

 

「話はあと、これ飲んで」

 

姉妹を落ち着かせたバビはすぐさまルークから渡された【快癒万能霊薬(エリクシル)】を手渡す。

そしてルークの提案した作戦を伝えると、

 

「……条件を入れていいですか?」

 

「条件?」

 

「あの連れられている、ティアンの人やテイムモンスターには攻撃しないって」

 

ユイから提案は、ティアンとテイムモンスターへの攻撃の抵抗感からだった。

生贄(サクリファイス)】という職業はあっても【奴隷】という職業は存在しない。故にあのティアンもどこからかの【奴隷商(スレイブディーラー)】から売られたのだろう。見知らぬ地で誰かに殺されたなんて、例え故郷が分からなかったとしても、例え自分達の視界がアニメ画像となっているとしても、いくらなんでも酷すぎる。そう判断しての提案だった。

それを聞いたバビは2人を安心させるようにウィンクと同時に親指を立てる。

 

「大丈夫。ルークの作戦は、マスターだけをやっつけるから!」

 

「そうですか……分かりました。私達も参加します」

 

姉妹も快く承諾してくれた。

樽の外からは、ライザックたちが闘技場から出てくるルーキーを迎え撃つ準備を進めている。

合図は《地獄瘴気》の後。ティアンの奴隷が【ジュエル】に格納され、戦力が下がった時だ。

 

 

 

 

「《地獄瘴気》、全力噴出」

 

レイの右手に着けた手甲から、黒紫の煙が猛烈な勢いで噴出した。

闘技場の結界で煙は闘技場の内部に入らなかったが、中央広場に煙幕の如く蔓延し、中にいる寝返り組の四割近くが大勢を崩した。

 

「な……これ、は……?」

 

ライザックがパーティメンバーの簡易ステータスを見ると、自分には【酩酊】、他のメンバーにも【猛毒】と【衰弱】のオマケつきのバッドステータスが付与されていた。

 

「さ、三種の状態異常の毒ガス……!?」

 

「おい!【快癒万能霊薬】だ!」

 

「え、でももったいない……」

 

幸い、この毒ガスのうち、2つはライザックのアクセサリーで掛からずに済んだ。

だが周囲では【快癒万能霊薬】の使用を躊躇っていた。使うのが本人だけならばまだしも、連れているモンスターや奴隷への使用を、コストから躊躇って【ジュエル】に戻すことで解決していく。当然戦力は目減りする。

その中で高レベルの3人は判断が早かった。早々に【快癒万能霊薬】を服用――できなかった。

 

「あがっ!?」

 

「うぶっ!?」

 

「うわっ!?――あぁ!【快癒万能霊薬】が!!」

 

何者かが煙の中で視界が悪い中を、あたかも昼間の如く駆け抜けて【快癒万能霊薬】を使おうとしたところを妨害したのだ。

摂取量が不十分だったために、状態異常はそのまま残り続けて寝返り組を苦しめ続ける。

 

「チッ!みゃんな、回復急げ!」

 

慌ててライザックが予備の【快癒万能霊薬】を飲み干すが、周囲では【快癒万能霊薬】を叩き落した犯人が別の場所で同じことをしている。

彼女も自分の【快癒万能霊薬】で回復し、叩き落され使えなくなった仲間への回復を急ぐ。

 

「解ってるわよ!《アンチドー」

 

直後、みゃんなの胴体が吹き飛んだ。

 

「あ?」

 

「ひゃは?」

 

煙を裂いて、一陣の黒い何かが飛来しみゃんなの胴体を砕き、前方に集まっていたマスターを巻き込んで台座に突き刺さる。

みゃんながデスペナルティになったと同時、何かが煙を巻き込みながら飛来し、マスターの顔面や身体に直撃する。煙を突き抜けるそれの正体は、瓦礫。

 

「あそこだ!レッドは正面のルーキー、他の遠距離系は瓦礫の飛んできた先に一斉攻撃だ!」

 

「任せろぉ!《クリムゾン・スフィ」

 

突き抜け開けられた風穴の先を見据えたライザックに応じ、モヒカンレッドが正面のルーキーに奥義魔法を、他の魔法職がその先へ無数の魔術を叩き込もうと《詠唱》を開始した。

しかし――。

 

「――《断詠》」

 

彼らの背後から聞こえた涼やかな声と指をはじくような音。

次の瞬間、モヒカンレッドが、魔術師たちが詠唱を終えていたはずの奥義魔法は、襲撃者を葬る前に雲散霧消した。

直後、振り返った彼らの目に映ったのは三本角の亜竜が、【酩酊】と【衰弱】によって反撃すらままならないマスター達を轢き潰す光景だった。

 

「あれ?魔法が……」

 

「なにやってんだ!?」

 

「違うぜぇ!魔法をキャンセルした奴が……」

 

『ライザック!』

 

その時、全身鎧の男が2人のもとに駆け付ける。

 

「どうした?」

 

『煙の中でガキを見つけた!50の【壊屋(クラッシャー)】だ!』

 

「よし、俺が行く。レッドはルーキー掃討にあたれ!」

 

すかさずライザックが鎧男の案内でその場所へ向かう。

10秒もかからないうちに、彼らは未だ寝返り組相手に暴れ続ける白い〈マスター〉を目撃した。

 

(なんだ?やけに強すぎる……?)

 

勝ち目はないはず。そう踏んでいたのに少女の動きは寝返り組の前衛にも引けを取らない戦いぶりだ。

鎧男はすぐに戦いに行ったが、ライザックは《看破》を使う。そして、青ざめた。

 

「おいバカ待て!そいつの攻撃力――」

 

 

 

 

 

 

 

 

「1万オーバーしてやがるぞ!!」

 

ライザックの言葉に硬直した彼らに、鎧男が横から現れた黒い斧に叩き潰され、次いで動きを止めた寝返り組を、白いハンマーが次々と叩き潰す。

あの黒い少女はいつから現れた?まるで煙に身を潜めていたみたいじゃないか。

ライザックは目の前の状況を目の当たりにしたおかげで更に混乱の極みに陥る。

本来、カンストした【壊屋】の攻撃力は精々1千。STRも500が限界だ。

だが、ライザックが《看破》した姉妹のステータスは……。

 

 

 

 

ユイ・フィール

 

レベル50(合計レベル62)

 

職業【壊屋】

 

HP:92

MP:8

SP:65

 

STR:55000

END:34

DEX:42

AGI:11

LUC:17

 

 

攻撃力:14700

防御力:68

 

 

 

 

 

マイ・ルナー

 

レベル50(合計レベル62)

 

職業【壊屋】

 

HP:94

MP:5

SP:68

 

STR:5500

END:33

DEX:42

AGI:11

LUC:15

 

 

攻撃力:14700

防御力:66

 

 

 

明らかにおかしかった。普通の【壊屋】カンストで他は普通だとしても、STRだけがカンストした【壊屋】にしては異常に高い値を叩きだしていた。

〈エンブリオ〉の補正でも、ここまであり得ない数値を叩きだせるのか?これではそれなりのレベルを経た壊屋系上級職の【破壊者(デストロイヤー)】といっても差し支えないじゃないか。

だがそれでも、ライザックの混乱は軽い物だった。

 

「だ、だが……【壊屋】なら戦闘は度外視している!」

 

故に倒せるはず。そう踏んだライザックは姉妹に迫る。

背の差故、そして長いデンドロ歴故にライザックのほうに軍配が上がる。

そしてこれもデンドロ歴の差故か、マイの槍斧の軌道を見極め、回避と攻撃をこなしていく。

 

「ふっ!」

 

「っ!」

 

マイに蹴りを入れ、体勢を崩させた。そして剣で斧を弾き飛ばす。宙を舞う斧はライザックの背後の位置に突き刺さった。

 

「お姉ちゃん!」

 

「終わりだ――《枢崩斬硬剣(デュランダル)》!」

 

無防備な少女にライザックの剣が迫る。

ステータス差は歴然。《瞬間装備》で新たなハンマーで防ぐのを見越して、ライザックは必殺スキルを発動していた。

デュランダルの必殺スキルは、一撃に込めるタイプではなく、刀身の強化。

発動から1分間、デュランダルに切れないものは無い。

目の前の少女を切り伏せんと剣を振るい――、

 

「こっちだ!」

 

その時、ユイの叫びに思わずライザックが声のするほうへ振り向く。

そして彼の視界に映ったのは、瓦礫をゴルフスイングの要領で飛そうとしているユイの姿だった。

 

「――危ねぇ!!」

 

瓦礫の発射と同時に身を捻り、寸での所で瓦礫の弾丸を回避した。

もしあれの直撃を食らえば、流石のライザックもただでは済まなかっただろう。

そして同時に思う。先に白い少女を片付けるべきかと。

 

(――いや、あいつは無視だ。先に黒いほうを片付ける!)

 

STR特化の【壊屋】は、AGIが特に壊滅的だ。

こっちに追いつく前に先に目の前にいる相手を潰したほうが何倍も速い。

長年の経験からそう判断したライザックはマイのほうへ向き直り、

 

(ん?どこいった?)

 

目の前の少女を見失った。

今の攻撃に巻き込まれたのか、それとも煙の中に逃げたのか。

前者なら手間が省けてラッキー、後者なら優先的に殺す必要が無くなっただけのこと。

 

「だったら――」

 

そしてライザックはこの中で最も優先的にデスペナにする必要のある〈マスター〉、ユイへと標的を切り替え――

 

 

 

 

 

 

 

 

直後に胸にハンマーが直撃した。

 

「ぅぶぉえ?」

 

正面から白いハンマーを振るい、最上段からの構えでがら空きになった胸にハンマーが直撃したのだ。

そして黒い少女は白いハンマーを手に、腰を落として力を籠める。

避けなければ即死級のダメージが来る。だが、【胸部骨折】でふらつく身体では回避もままならない。

 

「――はあああああぁぁぁぁぁぁ!!!!」

 

そして【壊屋】でありったけに上昇した理不尽級の暴力(STR)による追撃。

スキル抜きの打撃ダメージにライザックは弾丸の如く飛ばされ、民家の壁に打ち付けられ、風穴を開けてしまった。

 

「なん……で……?」

 

一見すればあり得ない光景を前に、血反吐を吐きながらやっと疑問を口にし、光の塵となって消えた。

 

「この野郎、ガキのくせに調子に乗りやがって!《クリムゾン・スフィア》!」

 

再びモヒカンレッドが、今度は《詠唱》を挟まずに奥義魔法を速射する。

直撃すれば白い少女は塵も残らず消し飛ぶだろう。

【壊屋】はSTR特化。魔法への対処なんて、最初から捨てているも同然だ。

それ故に、直撃せずとも爆発の余波で

結果として、この火球が双子を焼き尽くしたかどうかを答えるならば、否。

 

「んなぁッ!?」

 

モヒカンレッドが叫ぶ。

前に出たマイが、大斧を振りかぶって振り下ろした一撃が、《クリムゾン・スフィア》を両断して消し飛ばした。

眼前で起きた理不尽に気をとられ、右に回り込まれたユイへの反応にワンテンポの遅れが生じる。

そのワンテンポの遅れは、魔法職や支援職、遠距離攻撃主体の相手にとっては致命的な遅れであり、当然魔法職たるモヒカンレッドにはユイのハンマーは避け切れない。

デスぺナルティとなったみゃんな同様に肉体に直撃、他愛もない耐久値に耐えられるはずもなく消滅した。

 

 

 

 

リーダー格3人が倒されたことにより、ルーキーの反撃を受けて次々とデスペナルティになっていき、ついに中央大闘技場に屯していた寝返り組は壊滅した。

その一部始終を民家の屋根から、占い師風の衣装を着た女性がくすくすと笑っていた。

 

「フフフフフ……素晴らしいわ。どちらも遺憾無く〈エンブリオ〉の力を使いこなしている……」

 

「覗き見はよくないよー?」

 

その女性の背後から、気の抜けた声が注意する。

声の主は頭に猫を乗せ、前髪で目を隠した青年だった。

 

「あら13号。あなたも観戦に来たのかしら?」

 

「この姿はトム・キャットって呼んでよー。【破壊王(キング・オブ・デストロイ)】の次はあの姉妹に興味を持ったのー?」

 

青年、トム・キャットが占い師をたしなめる。

だがその間延びした口調は、大半のマスターなら違和感を感じるだろう。最初に聞いた管理AI13号のチェシャそのものに似ていたのだから。

 

「そんなことろかしら。あの〈エンブリオ〉は第0になる前、いいえ。彼女たちのログインした時点で私の予想を覆した、UBMで言う所の〈イレギュラー〉に該当する代物よ」

 

「でも、さっきのはどうなのさ?普通なら【壊屋】一つカンストした程度の〈マスター〉にあんな一方的にやられると思う?」

 

青年の疑問はライザックが目の当たりにした光景だ。

だが占い師は微笑を崩さずに、まるで用意していたかのように答えを返す。

 

「共有、よ」

 

「え?」

 

「あの〈エンブリオ〉達が持つスキルよ。お互いの距離に応じてSTRを強化する。今のあの子らなら、攻撃力は1万以上は軽いわ。機動力は特典武具の影響もあるけど」

 

「……要するに、2人が傍にいればとんでもない攻撃力になるってこと?」

 

「その通り。多分元が原因だったのかもしれないわ。今となってはわからないけど」

 

肩を竦めた占い師の言葉に思わずトムも空を仰ぐ。同時に「本っ当にとんでもないスキルだねー」と心の底から溜息をもらす。

 

「ひょっとして、準【破壊王】を育てるとか言い出すんじゃないよね?」

 

「無理ね。【破壊王】の解放条件の一つは双子の連携が枷になってるからほぼ不可能。第一彼が就いてるからもう無理よ」

 

「それでもあの2人、パワー系の超級職を見つけてもおかしくないかも……」

 

【破壊王】や【獣王】、【地神】のような〈超級(スペリオル)〉内の規格外が産まれるであろう未来にトムは思わず頭を押さえた。そんなトムに対し、占い師はあり得そうな未来に期待しているかのように微笑を浮かべていた。

目的の為とは言え、規格外になりつつある彼女らの可能性を示すのを放棄した。

 

「で?あなたは参加しないの?仮にも王国の〈マスター〉でしょう?」

 

話を変えて、占い師が青年に尋ねる。その問いに青年は首を横に振った。

 

「〈マスター〉が起こした事件なら〈マスター〉で解決するのが筋ってものでしょー。いちいち僕らが首を突っ込んだら育つものも育たなくなっちゃうよー。他のみんなも傍観を決め込んでるしねー」

 

「グローリアの事件でフィガロを殴り飛ばしといた分際で?」

 

「……そこは言わないでー」

 

かくして彼らが、この世界にいない筈の管理AIが傍観を決める中、ルーキー達はモンスター撃破の応援とフランクリンの捜索に向かう。

しかしこの戦いは、あくまで前哨戦。そしてルーキーが上級のベテランに敵うはずがなかった。

寝返り組にとって無数の想定外があったが、突き詰めれば4人のルーキー。

レイとルークという規格外な戦力と、ユイとマイ。後に【崩壊姉妹(デストロイ・シスターズ)】と呼ばれる姉妹の存在に他ならなかった。

 

 

【フランクリンのゲーム第1試合:闘技場前】

 

敵陣:寝返り組40名。

 

自陣:ルーキー26名。

 

勝者、ルーキー2名+α。

 

備考:ルーク・ホームズの作戦、バビの魅了スキル、レイの《地獄瘴気》、ユイ・フィール及びマイ・ルナーの圧倒的攻撃力による殲滅戦。

 

 




Q:えー、一昨日ほどサリー編と共に載せるとおっしゃっていたのに巡り巡って今日の夜に投降したバカは誰でしょう?

A:(・大・)<俺だよ。

本当にすいませんでしたぁ!!
一応言い訳がましいんですけど、オリガミキングやらで投稿に手が付けられずにいました!
明日は必ず、サリー編の3つを載せます!!絶対に!

( ̄(エ) ̄)<それ絶対約束忘れる奴の言い訳クマ。


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極振り防御と狂宴ゲーム。“くぃーん”。

ついに……ついにお気に入り100人達成ー!
お気に入りに追加してくれた皆様方に感謝して、もっと精進していきます!


決闘都市ギデオン 6番街

 

 

風の噂では「STR極振りはデンドロに不向き」と聞いた事がある。しかしあの姉妹の戦い方は、それがデマじゃなかったのかと思うほどに、一方的に中央広場を陣取っていた敵を薙ぎ払っていた。

今サリーはメイプルと共に12番街のモンスターを衛兵のティアンと一緒に退治している。

 

『VSGUUAAAAAAA!!』

 

PBS(プレパレイティブ・ブルート・サウルス)】と表示されたアロサウルスに似たモンスターが、牙を剥きながら襲ってくる。

 

「メイプル、突進来るよ!」

 

「分かった!《カバー》!」

 

【PBS】の攻撃を衛兵をかばうようにメイプルが防ぐ。そこにサリーが他の衛兵と共に喉を重点的に攻める。

 

『VSGUUAAAAAAA!!』

 

「んぐっ……!こいつ、強い……!」

 

「気をつけろ、亜竜以上はあるぞ!」

 

彼女たちがこれまで戦った中で、目の前のモンスターほど純粋にステータスで強い相手と戦ったことは無い。

亜竜は下級職パーティ相当と聞いて、サリーは納得する。

 

「メイプル、次の突進が来たらお願い!」

 

「任せて!その前に《死毒海域》!」

 

『!!』

 

メイプルがスキルを発動した途端、【PBS】が飛び退いた。さっきまで殺す気満々で牙を剥いていた時とはうって変わって、反撃を恐れているように観察しているように見える。

 

「な、なに?メイプル何かした?」

 

「うえぇ、私ただ《死毒海域》を展開しただけで……」

 

まるで毒に侵されるのを恐れているみたいに、15メートル先の私達に攻撃しようとしない。

試しにメイプルが一瞬だけ解除したら再び牙を剥き、発動したらまたバックステップで下がってしまった。

 

「……ひょっとして、これ使えるんじゃ?」

 

サリーの頭の中である方法が思いついた時、彼女らの背後から何かが飛来した。

それは人であり、<Infinite Dendrogram>では見かけなかったヒーローのようなマスクをつけた〈マスター〉彼のはなった跳び蹴りがPBSの顎を確実にとらえ、大打撃を与えた。

ぐわんと、大きくのけぞって立っているのもままならない。脳震盪を起こしてしまったようだ。

それでも力を振り絞って眼前の私達を……襲おうとはせず、今度は背後からの一太刀で首を落とされ絶命。光の塵となり、アイテムを落として消滅した。

 

「2人とも無事か?」

 

「カスミ!そっちも無事だったんだ!」

 

「ああ。妙な奴と鉢合わせていたからな」

 

「だーかーらー。僕は敵じゃないって言ってるでしょ?」

 

カスミが引っ張る縄の先を見てサリーとメイプルは絶句した。

縄の先は縛られて連行されるカナデだったから。

絶句したままサリーはカナデにこうなった経緯を尋ねてみる。

 

「えと……何があったの?」

 

「ログインしたらそこの着物美人に斬られかけた」

 

「あー……。カスミ、その子味方だから。ほら、フレンドリスト」

 

「……本当だ。いや、すまなんだな。いきなり声をかけられて敵と勘違いしてな。カスミ・ミカヅチだ」

 

漸く誤解が解けたらしく、刀で縄を切ってカナデを解放する。別の意味で安堵したのもつかの間、サリーの頭には再び疑問がよぎる。

あの攻撃してきた飛翔体は誰だ?

その疑問に応じたのは先程の〈マスター〉だ。

 

『俺だよ。ああ、俺はマスクド・ライザー。ここの決闘ランキング6位の者だ』

 

「ありがとうございました。それで、どうしてここに?」

 

『自主的なパトロールだったんだが……まさかこんなことになるなんてな』

 

「他にもまだいるってことですよね?」

 

『そうだ……よし。ここは二手に別れて倒していこう。君は〈炎帝の国〉の人たちと6番街に向かってくれ』

 

仮面の〈マスター〉、マスクド・ライザーはメイプルを指した後〈炎帝の国〉のマスター達を指して指示を出した。

 

「サリー……」

 

「大丈夫。すぐにこっちのモンスター片付けてそっちに行くから」

 

「…でも、実力じゃ不安だし……」

 

正直、サリーは内心この約束を果たせるかどうかわからないと感じていた。実力云々ならまだルーキー。フランクリンのゲーム参加者の中では弱い分類に当たる。

 

「じゃあ約束。私は絶対死なないし、メイプルのピンチに駆けつける」

 

「……本当?」

 

「本当だよ。もう悲しませたりしないから」

 

「……うん。絶対だよ?」

 

何とかメイプルを説き伏せて〈炎帝の国〉のマスターと同行した後、ライザーに尋ねてみた。

 

「あの、どうして私とメイプルを分けさせたんですか?」

 

『実はちょっと厄介な奴らに睨まれてな……そこにいる奴、かくれんぼは終わりだぞ?』

 

ライザーが背後に声をかけると、路地裏から一人の女性が飛び出してきた。

その女性は服のあちこちが戦闘に巻き込まれたかのような焦げ跡を残し、金髪も戦火の煤で汚れている。そんな彼女が息を切らして倒れこみ、必死の形相で助けを求める。

 

「ああ、助けてください!奥のほうからマスター達が追ってきます!」

 

「フランクリンの手勢か!わかりました、我々が対処しますので中央大闘技場に避難を――」

 

その女性に衛兵の一人が彼女を起き上がらせようと近付き……。同時にカスミも動いた。

 

「《納刀術》、《兜討ち》!」

 

背後から刀を鞘に納めたまま殴打武具として近付いた衛兵を殴り倒した。

いきなり起きた出来事に全員――ライザーを除いて――驚き、もう一人の衛兵は声を荒げてカスミに異議を唱える。

 

「お、おい!何をするんだ!」

 

「……失礼した。彼女の言葉からキヨヒメが“嘘”を見抜いたから、咄嗟に殴り倒してもらった」

 

その時サリーはメイプルから聞いた事を思い出した。

カスミの〈エンブリオ〉は嘘を見抜く特性を持っていると。

 

「……あら?もうバレてしまったの?」

 

女性は悪びれる様子もなく、さっきまでの必死の形相が嘘のように消え失せ、飄々とした雰囲気を見せる。

 

「貴様、何者だ?」

 

カスミに誰何された女性は不服を漏らして名を名乗った。

 

「私の?普通は自分から名乗りを上げるものなのでしょうけど……私はMISS.ポーラ。現在は“盤上のクイーン”を名乗らせてもらうわ」

 

悠々と名乗りを上げた女性に、サリーの頭にある紙のイラストが思い出される。

指名手配犯の〈マスター〉、謎の同士討ち事件主犯の【同胞殺戮】の二つ名。

カナデもその名前を知っていたらしく、彼の周囲にはいつの間にかバチバチとスパークがほとばしる鉄球を展開していた。

 

「まさか指名手配犯とご対面だなんてね。協力してフランクリンと戦おうなんて都合の良い解釈はしなくていいよね?」

 

「ええそうよ。話が早くて助かるわ。むしろその逆……あなたたちを殺してドライフに城を移すことかしら」

 

女性、ポーラが手を叩くと次々と建物の影から手勢らしき人間が現れる。その数ざっと20。騎士に衛兵、軽装の大男に町娘風の女性と様々。

それぞれが武器を構え、臨戦態勢をとっている。

 

「それがあなたの戦力ですか……なら、なぎ倒して叩くだけ!!」

 

前に出たサリーがスピードを利用して駆けていく。一番前の衛兵に標的を定めた時だった。

 

『そいつらはPKじゃない、全員民間人だ!!下手に殺したら“監獄”に送られるぞ!』

 

「――ッ!?」

 

ライザーの悲鳴の直後にレイピアの矛先を腕を捻って無理矢理逸らす。レイピアの刺突はティアンの頭の横の空間を突いただけに終わった。

そして跳躍で後ろに跳び、呼吸を整える。

たった数拍、ライザーが伝え損ねていたら、気付いていなかったらティアン殺傷で指名手配待った無しになるところだった。

 

「あなたも《看破》をとっていたのね」

 

「相手を操るスキル……これって【傀儡師(マリオネッター)】のスキル?」

 

『いや、【傀儡師】なら5体、【高位傀儡師(ハイ・マリオネッター)】でも10体が限界だ。というか、あれは傀儡人形か【傀儡】になった相手だけ。つまり……』

 

恐らくカナデやライザーは気付いているだろう。

この時サリーは本気で自分も《看破》を手に入れておかないと今後の戦闘に支障が出るかもしれないと感じていた。

 

「……呪怨系状態異常による操作か」

 

「その通り。ご褒美に良い物見せてあげるわ」

 

推測を立てたカスミにポーラがぱちぱちとわざとらしい拍手をし、辞書のような分厚い本を左手の紋章から出現させた。

 

「私の〈エンブリオ〉、【絶対原書】メアリー・スーはこの紙に取り憑かれた相手を、その命令を忠実にこなす下僕にする。私だけのTYPE:アナザールール・レギオンよ」

 

「紙1枚1枚がレギオンって事か……」

 

「まさか、この人たちはその能力で兵士にしたって事?」

 

ポーラの手勢であるかのように見えたティアンもまた、彼女の〈エンブリオ〉で無理矢理下僕とさせられたこの街の者だった。

彼らを斬れば指名手配。それが嫌なら下僕からの集団リンチ。いつの間にかサリーたちは、最悪な二者択一を迫られていたのだ。

 

「さあ命令よ。彼らを始末しなさい!」

 

命令の直後、襲い来る損傷不可の肉の壁。ポーラにとっては指名手配のリスクを齎す人質を盾に、相手の攻撃を制限。

同士討ちも使えばまともなパーティほど混乱に陥りやすい。

 

「くっ……!」

 

操られたティアンに対して、拘束する術を持たないサリーは逃げるしかない。

ライザーも殺さない程度に加減した格闘術で【気絶】に追い込もうとしてるが、何分装備やリスクが枷になって思うような戦闘が封じられている。いや、デメリットが無くとも彼らにとって住民を人質に取られているのと同意だ。

 

「だったら……《魔法範囲拡大》、《マッドクラップ》!」

 

カナデが下級拘束魔法の範囲を広げ、衛兵2人と騎士1人を、泥のような粘液と化した地面に拘束される。

 

「――――――!!」

 

「ちょっ、バカ……ッ!大人しくして!」

 

必死に拘束を抜け出そうともがき、獣のような声を上げる。無理矢理身体を動かし、口も最低限の動きしかさせないために、言葉を発することはできなかった。

だがこれで何とか助けられた。そう思った時だった。

 

 

――ガチッ。

 

 

「……え?」

 

何かを噛み千切った音がした途端、拘束された3人のうち1人が口から血を垂れ流し、動かなくなった。

そして同時に気付く。舌を噛み千切った人物――ギデオン騎士団の騎士が今、何をしたのかを。

 

「舌を……噛み千切った……?」

 

「あらあらなんてこと。折角戦力増加に借りた子は返すつもりだったのに」

 

『ふざけるな、お前が命令したんじゃないのか!?』

 

「とんでもない!私は操って声を出せないようにしておいただけよ?どうせくだらないプライドの為に死んだほうがマシって思ったんじゃない?なんて騎士道精神に満ち溢れたティアンなのかしら」

 

全員が硬直する中、わざとらしく悲しさを表現するポーラに怒りがこみ上げる。

刹那、石畳を抉り突き進んだ2つの衝撃波がポーラの胴体を捉え、肉体に大きな裂傷を刻んだ。そこから更に白い影がすれ違いざまに、4度の斬撃を刻む。

 

「――見え透いた嘘は吐くだけ無駄だ」

 

【武士】系統の斬刀系武器スキル、《斬空》。魔力を糧に、斬撃を伴った衝撃波を居合の要領で放つ、【弓武士(ボウ・ザムライ)】以外では珍しい遠距離攻撃、文字通り“飛ぶ斬撃”。

キヨヒメの特性上、嘘を吐いた相手に対してENDを下げ、とんでもない与ダメージを与えるパッシブスキルを持つ。

相手がどんなに強固な壁役だろうと、嘘を吐いた相手ならばたやすく切り裂ける。

カスミが《看破》した時、相手の職業は【高位呪術師(ハイ・ソーサラー)】。【救命のブローチ】は1つしか装備できず、破損すれば24時間装備できない。【身代わり竜鱗】は装備数に制限は無いが、それでも1度使えば確実に破損。

それゆえに、2度の《斬空》でブローチと竜鱗の一つを、4度の斬撃はポーラにとって確実な死を意味する――はずだった。

 

「……酷い人。折角の【救命のブローチ】が壊れちゃったじゃない」

 

「何!?」

 

だが、ポーラの身体はブローチは砕け散ったものの、彼女の身体は傷一つ無い。それどころか、カスミには【身代わり竜鱗】が破壊された痕跡すら確認できなかった。

カスミの攻撃は非戦闘職には耐えられるはずがなく、6撃目の攻撃で確実に倒れるはずだった。

まるで2つ目からの斬撃が、避けられない死を否定するように自ら回避したように。

 

「《私のお願いは何でも叶えてくれるの》、“カスミ・ミカヅチ。あなたは【救命のブローチ】を装備していない私を攻撃できない”」

 

『なんだ?』

 

「“マスクド・ライザー、あなたは操られた者達を殴れず、蹴れない”。“カナデ・ベアトリス、あなたは自分の魔法で私を傷つけられない”」

 

彼女は自分の望みを口にするかの如く、言葉を並べる。

何を訳の分からないことを。カナデがそう思いつつ格好の的であるポーラを斃さんと《アイアンフィスト》を生成し、数秒後には鉄拳が彼女の頭を砕いただろう――。

だが、その瞬間にカナデの身体が硬直する。

 

「……ッ!?」

 

まるで見えない力に止められたように、身体が動かない。

何度身体を動かそうとしても、ポーラに向けた途端にビデオの停止状態のように動かなくなる。

 

『これは……!?』

 

ライザーやカナデのほうにも異変が起きていた。

気絶させようと拳を掲げた途端、カナデと同様に動きが止まってしまい、寄りかかられたものの何とか振り払い脱出。後ろから羽交い絞めにしようとしたティアンを、今度はタックルでけん制。だがこれは動きを止められることは無かった。

カナデは身代わりの類の無いポーラに再び切りかかろうとするが、刀が接着剤で張り付けられたように抜けなくなってしまった。

 

「行動制限の呪い!?」

 

「アッハハハハハハハ!!今頃気付いたの!?とんだマヌケね!!」

 

「貴様、何をした?」

 

「わざわざ手の内をバラしておいたのはなんでだと思う?」

 

「はぐらかすな、貴様――」

 

はぐらかすポーラに苛立ちを隠せないカスミが思わず石畳を踏みつける。だがその時、紙を踏んだような感触を受けて思わず目線を足元に下げた。

一見しただけではわからないが、拾い上げると石畳と同じ絵が描かれた紙だった。裏には何も書いていない白紙。

なぜこんなところに紙が?

一瞬疑問が生じたが、ピクリと動いた紙を見た途端、居合斬りの如き速さで手にしていた紙を両断した。

両断された紙は重力に従って落ちるでもなく、ふわりと自我を持ったように浮かび、瞬く間に折りたたみ、紙人形が2体出来上がった。

 

「これが私の〈エンブリオ〉の本当の姿。どう?お気に召した?」

 

『『FUFUFUFUFUFU……』』

 

「クソッ、こっちも手が離せないのに……!」

 

「君たちは彼女を何とかしてくれ!きっとどこかに弱点があるはずだ!」

 

唯一呪いの制限を受けていないティアンの衛兵も、相手とつばぜり合いをしたまま動けない。だが拘束すれば先程のように血迷って舌を噛み切る危険もある。

それに、仲間意識の強い衛兵は自ら強要された友ごとポーラを斬ることは考えもしないだろう。

 

(このままじゃジリ貧……けど、制限されてない私はまだチャンスはある……)

 

サリーは操られた者達を掻い潜り、ポーラの喉を裂く為のルートを探していた。

彼らを相手にしても捕まらないよう回避を中心に立ち回り、やがてルートを見出し、駆けた。

傀儡の間を裂き、暗夜を駆け抜け、一気にポーラへと肉薄する。数秒後にはレイピアに刺し貫かれるだろう。

 

 

 

 

 

 

「“サリー・ホワイトリッジ、あなたは私から一番近い操られた人に首を絞められる”」

 

刹那、サリーの首に誰かの手が掴まれる。

サリーが見出したルートに、突然腕が伸びて彼女の首を掴んだ。

彼女は傀儡の対応できないルートを走って行った。気付かれても自分のAGIなら抜き去れる。非戦闘系上級職でも一撃食らわされば大ダメージは必須だった。

それなら何故彼女は首を掴まされた?

決まっている、ルートを誤導させられたのだ。誤導させられた先の傀儡に、首を掴まれたのだ。

 

「あ……が……」

 

「まさか、私があなただけ忘れていたなんて思っていたのかしら?」

 

騎士に首を掴まれ、そのまま絞められる。

徐々に力が籠められていき、簡易ステータスにも【窒息】が表示される。それに応じ、どんどんHPも減少していった。

例え痛覚設定をOFFにしていても、窒息の苦しみが消えるわけではない。現にサリーの意識は今も朦朧とし続けている。このまま窒息による気絶も時間の問題だろう。

 

(どうする……?指名手配されないためには手を切り落とすしかない。痛覚があるなら、切りつけるだけでも痛みを受けて怯む筈だけど、そんな抜け道を残しておくわけがない……)

 

指名手配去れないためにも、今自分の首を絞めている手を切り落とす。その後急いで止血して中央大闘技場に戻り、ミザリーを始めとした上級のヒーラーに腕を付けてもらう。

ともあれこれを脱出した後はスピードが命。倒し、助け、治す。その3つを迅速に行わなければならない。

薄れる意識の中、サリーは必死にレイピアを握り、そこで自分の頬に何かが垂れたのを感じた。

血ではない、透明な水滴……涙。

 

「……て…」

 

「……え?」

 

 

 

 

 

 

 

 

「殺して……くれぇ……!」

 

それは、嗚咽。

肉の壁となり、王国の牙になり、唯一の希望を刈り取る。それに耐えかねた最初の騎士は、手駒よりも死を選んだ。

恐らく、それを考えてるのは先の騎士や首を絞めている騎士だけではない。衛兵もギデオンの騎士も、ギデオンに住む一般人も、皆王国に無理矢理牙を剥いてしまう現状を受け入れがたいのは必然だった。

同時にサリーも、ある面影と重なってしまった。そして薄れゆく意識が完全にブラックアウトしたと同時――。

 

「ああああああ!!」

 

カナデの鞘を納めた刀の一撃が、サリーを解放した。

急いで容態を診ると、HPも僅かに残り、【窒息】が消え【気絶】が現れている。

 

「《カース・オブ・マリオネット》」

 

『チィ!』

 

ライザーの蹴りを入れる直前、ポーラは自分自身を【傀儡】を付与する。

正面にはいずれも操られたティアンの衛兵や騎士や市民、その奥のポーラは自ら傀儡化し、操られたものに対しての拳や蹴りを封じられたライザーにさえ、ポーラを倒す手段が消えてしまった。

――之即ち、絶体絶命。

 

 



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極振り防御と狂宴ゲーム。さりー。

 

???【闘牛士(マタドール)】サリー・ホワイトリッジ

 

 

 

自分が夢の中にいたのはすぐに理解できた。

姿は<Infinite Dendrogram>のアバターのままだが、全身にもやがかかっている。明晰夢という奴か。

しかし、周囲の様子や自分の状態は良く分かる。

この夢が過去の、それも楓の心に深い傷を負ったのを知った夜。

ベッドに顔を埋めて泣きじゃくる私が良く見える。

 

『…………』

 

さらに言えば、隣では持ち主のいない靴が隣にいた。

いや違う、この靴の持ち主は私。私の〈エンブリオ〉のカーレンだ。

普通こんな光景を見れば誰の目にも止まるだろうこの景色も私がこれを夢だと判断した材料。

そうでなければ、私が2人いるというこんな馬鹿げたことは起きない。

 

『…………』

 

「……どういうこと?」

 

『さ…い…げ、ん……』

 

再現?

つまりあなたの仕業なのね。

靴が発した声の主は私が会った中にはいない。

いや、それより重要なことがある。

 

「私は、死んだの?」

 

『い、きて…ま、す、……き、ぜ、つ』

 

多分誰かが首を絞められた私を助けてくれたんだ。それでデスペナを免れたらしい。

というか、それっていつでもトドメ刺せる状態じゃない。

 

「どうやったら目が覚めるの?」

 

『みお、わっ、た、ら…おき、ま、す』

 

「何を?」

 

『あな、たの…ぱあ、そな、る』

 

私のパーソナル?

 

『いま、の、あな、たに、は…“じ、ぶん、は、さばか、れるべ、き、そんざ、い”と…あり、ました』

 

「……そういうこと」

 

私のパーソナル。

当初の『回避特化になる』というパーソナルから私の〈エンブリオ〉はこの姿になった。

そしてカーレンから告げられたのは、『自分は裁かれるべき存在』というもの。

 

……後者に関しては、心当たりは大いにある。

あの時、楓の家から逃げ帰った後、私は泣きじゃくった。

私が楓を傷つけて、壊しかけた。その事実を前に、堪える事なんてできなかった。抑えられるはずがなかった。

 

 

 

 

 

――神様。

お願いです。

親友を傷つけてしまった私を罰してください。

私に、楓と同じ苦しみを与えてください。

私に、楓と同じ傷を与えてください。

私の心を、楓の代わりに砕いてください。

 

 

 

 

 

私は欲した、自分自身への裁きを。

宵の月にすがり、願った。

ただ……神様は何もしてくれなかった。

<Infinite Dendrogram>を去ろうとした私に、楓は再び自分を壊しかけた世界に足を踏み入れた。私のやりたいことを奪いたくないという理由で。

そうして理解した。私に下された判決は、――赦し。

苦痛も傷も与、奪われることも、絶交されても、恨まれることも覚悟していた私を、赦してくれたのだ。

メイプルのあの一言は、今も私の心に強く絡みついている。希望ではなく、呪縛として。

 

 

 

――違う。私は赦してもらいたい訳じゃ無い。

私のわがままであなたを壊しかけたというのに!!

どうして私を赦すの!?どうして私に友達だと呼べるの!?どうしてあなたを壊しかけた私を恨まないの!?

私はあなたの親友である資格なんて無い!私が赦される資格なんて無いのに!!

 

 

 

その言葉を出そうとして横やりを入れられ、結局伝えることができなかった。

今思えば、意識を失う前に見えた騎士の顔も、あの時の私と同じ目をしていた。

手駒として踊らされ罪を重ねるよりも、殺されて命を失ったほうが楽になると考えていたのかもしれない。

 

「……赤い靴と一緒ね」

 

『そ、れ、は、?』

 

私は本棚の中、ゲームの攻略冊子の片隅にある絵本を手に取る。既に紙も古く、所々色褪せた跡があったが、それでも私は手放さなかった絵本。

タイトルは『赤い靴』。

幼稚園の時に買って貰ったのはいいけど、その時は内容が怖くて二度と開くことは無かった。

中学に入ってあの絵本と同じものを図書室で見つけて、今度はパソコンを使って調べてみた。

あの童話は、キリスト教からすれば傲慢に値する罪を、少女がその後の慈善活動で赦されたというもの。

 

「本当に……バカみたい……」

 

自然と涙が頬を伝い、ぽたぽたと足元の床に小さな水たまりを作る。

今思えば、私はこの童話の主人公と同じだったのかもしれない。

自分の身勝手な我儘を楓に押し付けてしまった私と、赤い靴に夢中になって養父母の恩を忘れてしまった少女。

PKテロに巻き込まれ、私自身が犠牲になったと同時に楓の心を傷つけてしまった私と、恩を忘れたが為に延々と踊らされ続け、終いに自らの足を切り落とした少女。

小さな欲望と大きな代償。

私は、サリー・ホワイトリッジというアバター(ドレス)を着て<Infinite Dendrogram>(舞台)の上で延々と踊らされ続けている。

今更泣き喚いた所で、自分がしでかした罪を悔いた所で、踊るこの身は止められない。例え、全身をバラバラに切り刻まれたとしても。

本当に私の今は、カーレンという少女とそっくりだった。

 

『もし……あなたが、あやま、ちを……ざんき、してる、の、なら……』

 

赤い靴が言葉を発する。

……今気付いたけど、なんかどんどん言葉が滑らかになってきているわね。

 

『あなたが、すべ、き、つぐないは、いきること』

 

「生きる……?」

 

『あなたが、生きて、しんゆうを、悲しませないために、ひつような時、しゅ段を、えらばない……誰もが、生きのこる、せんたく……』

 

「……生き残って可能性を掴め、か」

 

夢の世界に亀裂が走り、崩落していく。足元の感覚も無くなり、私も落下していった。

不思議と、その時は恐怖は感じられなかった。

欠片と共に落下する中、靴が私のもとにふわりと寄ってきた。

 

『私は道具。貴女の償いが終わるまで、そしてあなたが赦された後の世界で、共に踊る靴』

 

「カーレン……」

 

『私は、あなたの罪を、理解できました。貴女も、私を、仲間を理解してください』

 

落下する中で聞く言葉は、私の心を縛る枷をしずかに、確かに溶かしてくれるように優しい声だった。

 

『だから、あなたも、無数の絶望の中にある、希望を掴み取ってください。私と、貴女の全部で、これまであって来た仲間と共に』

 

その言葉を最後に、私は次第に現実へと帰還していく。

 

「……ありがとう」

 

 

 

 

 

【第三形態への進化を完了しました】

【スキル《この身朽ちるまで踊りましょう(タンゴ・ウィズ・ディペンデント)》を獲得しました】

 

そんな折、現れたウインドウを横目で見て、私は現実へと帰還した。

 

 



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極振り防御と狂宴ゲーム。かーれん。

『クソッ。あの女、もうそこらの〈UBM〉より厄介だぞ……』

 

ライザーが忌々しく呟く。

状況は極めて最悪。民間人を人質に取られ、5人のうち3人は呪いを受けてポーラを攻撃できない。

加えてこちらは守る状況に立たされ、ただでさえ制限された行動が5人を更に縛る。

 

「貴様、なぜこんなことをする?」

 

「何故?何故ですって?決まってるじゃない」

 

カスミが目の前の理不尽な状況を繰り出した元凶に尋ねた。

その元凶、ポーラは下らないことを言うなと言わんばかりに答える。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「このゲームが楽しいからよ」

 

『……なんだって?』

 

返って来たのは至極意外な、そして単純な答えだった。

 

「だってそうじゃない?このゲームでは誰もが主役。そう、この私が主役となり、世界を動かすの。私がこの世界の一番に君臨するの!当然彼らは私の手駒。こんなに代えの効く道具はどこにあるのかしら?ねぇ?」

 

高らかにティアンを指して断言するポーラ。

だが、5人にとっては神経を逆なでるのと同じだ。

狂っている。彼女の価値観は、傍から見ればそう表現しかできないもの。

彼女は自分がこの世界の頂点であるかのようにふるまい、手駒として使う者を、その事情を無視して利用してしまおうという意思が彼女にはあった。

彼女の価値観は、自分が頂点として称えられること。自分以外はすべて劣った存在だということを信じて疑わない。自分以外の価値観は捨てて当然と言ってティアンを操り、無法地帯の如き同士討ちを引き起こす。

遊戯派なら彼女の行動は狂っているとしか言い表せない。仮にこの場に遊戯派のマスターがいたとしても、彼女の価値観は相手によっては彼らと同じようなことを思い浮かべただろう。

それほどに、彼女の価値観は他者からすれば破綻していると言っても過言ではない。

 

「……ねえ、一応作戦があるんだけど」

 

「なんだ?この際どんなものでも構わない。奴に一撃加えられるなら何でもいい」

 

カスミに促され、カナデは自分の【テレパシーカフス】を装備して念話で伝える。

 

【――ってわけ】

 

【ああ、理解した。しかし……】

 

【どうしたの?】

 

【一つ聞くが、お前は遊戯派なのか?その割には相当怒っていたようだが?】

 

【……ああ、遊戯派さ。だけどね、彼女は明らかに遊戯派としての節度を逸している。それに、彼女のルールが気に入らないだけだ】

 

カナデの価値観からすれば、〈凶城(マッドキャッスル)〉も〈K&R(カアル)〉も、〈超級殺し〉も節度を守ったロールプレイをしていた。〈ゴブリンストリート〉のような輩はカナデ視点からはグレーゾーンではあるが、やられて“監獄”に送られる覚悟があるならそれもよしとする。

自分たちのルールを守り、そのルールを破ることなくプレイし続けた。

だが、彼女は明らかにそのルールを逸脱した存在だった。

最早、悪以外の形容では彼女を指す事はできない。

 

(何かを考えてるつもりだけど、無駄なあがきね。連中はティアンを攻撃できない。《バビロニア戦闘団》は特にね。こいつらを殺した後、私は東から抜け出して彼にこの手駒どもを渡して……)

 

ポーラがそんな打診をする中、一人の少女が立ち上がった。

 

「……」

 

「サリー?」

 

その少女、サリーが音もなく立ち上がる。

だが、様子がおかしい。カスミの声に反応している訳でもなし、まるで自我を失ったまま身体だけ立ち上がったようだ。

 

「あら、もう起きたの?なら丁度良いわ。お願いの変更よ……《サリー・ホワイトリッジ。あなたは子供をその武器で刺し貫くのよ》」

 

『貴様ッ、この期に及んで……!』

 

「貴方達はティアンの2人の動きを止めなさい。多重命令、《マスクド・ライザー、カナデ・ベアトリス、カスミ・ミカヅチ、あなたたちはサリー・ホワイトリッジへの命令に対して妨害できない》」

 

起きて早々に残酷な命令を出してきた。

当然止めようと動き出したが、サリーを止めようとした途端また体が硬直してしまった。

 

「……」

 

「あ、ああ……」

 

「よせっ、やめろサリー!」

 

コツコツと歩くサリーの前に、少年が立ちはだかる。当然自分の意志ではなく、ポーラに操られて無理矢理動かされている。

すらりと引き抜いたレイピアが、数秒もすれば正面で泣きじゃくる少年の血で染まるだろう。

そしてサリーは……、

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――少年の横を素通りした。

 

「は?」

 

「え?」

 

「あ?」

 

『なんで?』

 

「あれ?」

 

「どした?」

 

「……うそ?」

 

それを見た6人――少年とMiss.ポーラを含めた――が現状に合わない間の抜けた声を出した。

それでもコツコツと歩みを止めないサリーに、我に返ったポーラが命令を下す。

 

「……ッ!命令変更!《サリー・ホワイトリッジ、あなたは操られた者を攻撃できない》!」

 

命令の直後、不意に風が吹いた。

数秒後に何かが落ちる音が6番街の大通りに響く。

 

「……え?」

 

それは彼女にとって非常に見慣れたものだった。

昨日貴族街で見つけたお気に入りの宝石をちりばめた指輪をつけた左手。

それは……自分の左手だった。

 

「い………ッ!ギャアアアアアアアアアアアアアアア!!!!??」

 

「アナタの演目は、つまらない」

 

初めて上げるポーラの悲鳴に、サリーはやっと声を上げる。

だが、その声色はサリーであって、口調はサリーではない。

 

「アナタは、ジブンだけを主役とした舞台で、独りよがりの踊りを続けている――」

 

血に染まったレイピアを振り払う。曲線を描くように撒かれた血が、石畳を汚す。

 

「独りよがりでジブンだけを照らして高笑うのなら――」

 

続けて左耳目掛けた突きを放つ。かろうじて避け掠っただけだが、そこから【凍結】し、壊死した耳が崩れ落ちる。

 

「アナタを舞台から降ろしてしまいましょう。血だまりの舞台でワタシが踊りましょう」

 

サリーが顔を上げる。

顔も、声も、視線も、その何もかもがサリー・ホワイトリッジだった。

しかし、動きで、口調で全員が察してしまった。

目の前のサリーは、白峯理沙が操作していないという事実に。

 

「嘘みたい……」

 

今のサリーを《看破》したカナデが、間の抜けた声を上げた。

今の彼女の簡易ステータスには異変は無い。

――【肉体操作権限喪失】という項目以外は。

 

「クッ、《デッドマンズ・バインド》!」

 

すぐさまポーラが右手の指輪型のマジックアイテムに搭載された禁呪を発動。それは【拘束】、【呪縛】、【脱力】の三重状態異常。

かつての【大死霊(リッチ)】がレイに与えた状態異常は、下級職のサリーには脱出不可の拘束が施される。

 

「斜ァ!」

 

「うごぉ!?」

 

だが、その状態異常を物ともしていないかのように鋭い刺突がポーラを襲う。

胴の直撃は【身代わり竜鱗】で防がれるが、それでも下級と上級のステータス差を感じさせない連撃で、残る【身代わり竜鱗】も一瞬で4枚を粉々にする。

 

「くっ、お前達!私を守るのよ!メアリー・スー、サリー・ホワイトリッジにとり憑きなさい!」

 

すぐに4人を取り押さえていた手駒を呼び戻し、サリーを包囲する。そして同時に自身の〈エンブリオ〉をサリーを標的に定めようとした。

だが、紙人形は周囲を探すように左右を見渡すばかり。まるで紙人形にはサリーの存在が、視界から消え失せているように。

 

「何をしてるのメアリー・スー!!目の前の女にとり憑くのよ!!」

 

「……もしかして」

 

「何かわかったのか?」

 

「うん。その為にも始めるよ。カスミはティアンの武器を叩き落として。ライザーさんはこれを」

 

目の前の現状をいち早く理解できたカナデが、操られていない衛兵から剣を抜き取る。単に装備する為じゃない、逆転への布石を用意する。

ライザーもカスミも半ば理解できないままだったが、それでも行動を開始する。

 

【サリー、おいサリー!聞こえているか?】

 

【――カスミ?】

 

【あ、通じるんだ……って、お前大丈夫か?】

 

作戦を決行する中、カフス越しに聞こえてきたサリーの声。

思わず動きを止めたが、それでも住民が振り下ろそうとした包丁を峰打ちで叩き落す。

 

【……平気。今私の集中力を回復するためにカーレンが頑張ってる】

 

【……聞き捨てならない台詞が飛び出てきたんだが、それは後だ。私が武器を落とす。お前は武器の無い奴らの相手をしてくれ。あと、血眼でお前を殺そうとしてる奴の相手も】

 

手駒から次々と武器を払い落し、蹴りを入れて遠くへ滑らせるカスミ。手駒の包囲の中で、攻撃を次々と回避するサリー。

着々と準備が進む中、ポーラの怒りは最高潮に達していた。

 

「このガキがぁ……!調子に乗るなぁ!!!《世界は私のためにあるの(メアリー・スー)》!!!!!」

 

激昂と共に本を取り出し、必殺スキルを発動。

同時にカスミから、ライザーから、カナデから、サリーから、手駒としていたティアンから紙が剥がれ落ち、ポーラの頭上に集まってくる。

それだけではない。出現した本型の〈エンブリオ〉からも、街道にカムフラージュされていた全てのページが、同じように一点に集まる。そしてそれらが意思を持ったかのようにぐるりと、サリーの周囲を包囲した。

 

「あれは……」

 

「……2人とも、今なら身体が動く。今のうちに避難させるぞ!」

 

カスミが肩を回すが、別に問題は無い。

好機と言わんばかりにティアンの衛兵と共に、操られていた市民や騎士たちを避難させる。

 

「よくもこの私にこんな傷を……この私への大罪を……!!《さあ、私の気持ちを空の果てに》、《ブラッドリィ・リバー》!!」

 

サリーを包囲する紙が、次々に折り紙の要領で簡易な紙飛行機へと姿を変え、赤黒く染まっていく。

程なくしてが赤黒く染まった包囲の中、紙飛行機はついにその薄い矛先をサリーへと向けた。

 

「掠った瞬間そこから【出血】の呪いを施したわ!私を侮辱したお前は簡単には殺さない!真っ赤に染まっていく自分の身体に絶望しながら死になさい!!」

 

「何が何でもワタシを殺すつもりですか。先程の余裕はどこへやら、ですか?」

 

傍から見れば絶体絶命の中、サリー――もとい取り憑いたカーレン――はポーラを煽る台詞を述べる。

 

「赤の他人にジブンの世界が崩され、今もなおジブンの世界に縋りつく。ああ、なんて悲しい事でショウ。自分の描く物語が駄作だと気づかないなんて」

 

「黙りなさい!格下の分際で、この私に指図するな!」

 

「あらあら、なんてこと。もっと悲しいことを知ってしまいました」

 

 

 

 

 

 

 

「ジブンが最低最悪の駄作だと気付かないまま部隊を進めていたなんて」

 

その時に見せた表情が、まるで憐れみを通り越して滑稽だと言わんばかりの微笑が、ついにポーラの限界を突破した。

 

「こッ……!殺せメアリー・スウウウゥゥゥゥゥゥ!!!!この女を血祭りにしてしまええええええええええ!!!」

 

怒号の刹那、赤黒い紙飛行機が即死の刃と化して迫る。

 

「マスター、そちらの準備は如何ですか?――そうですか。なら……」

 

無数の紙飛行機が迫る刹那、サリーが誰にでもなく呟き、

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……任されよ!」

 

サリーへと戻った瞬間、紙飛行機を回避した。

 

 

 

 

「なんというか……凄まじいな」

 

メアリー・スーから解放された市民たちの避難を終えたカスミが、現状を見て率直な感想がこぼれる。

衛兵も最初助けに入ろうとしたが、目の前の光景に手を出す気すら失せて、いや、自分達の手が出せない領域に達したそれを本能的に理解してしまったのだ。

サリーを今も襲う、無数に近い即死の紙飛行機の編隊からの総攻撃に自分が突っ込んでも、犬死にだと。

 

「おい、あれじゃあまるで……」

 

「ああ……」

 

「……踊っている」

 

最早助太刀する気も失せてしまった衛兵が、目の前の事象に感服するかのごとく感想を述べた。

 

「なんで……?」

 

死角から襲う編隊を、タンゴのターンの要領で回避。

 

「なんで……なんで……!?」

 

左と足元から襲い来る編隊を、フィギュアスケートアクセルの如く身体を捻っての跳躍で回避する。

 

「なんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんで!?」

 

上から濁流の如き紙飛行機をバックステップで避け、包囲網の付近に迫った所を、前へ踏み込むステップで避ける。

 

「なんで……なんで当たらないのよぉ……!?」

 

掠った瞬間絶命不可避の紙の刃を、まるで踊るように回避し続ける。

目の前の理不尽な現実を、ポーラは否定したかった。

『自分以外はすべて、自分の存在を目立たせるだけの存在』というパーソナルから産まれ、他者を操り続けたメアリー・スー。

モンスターを、ティアンを操り同士討ちを引き起こして経験値を上げてきた。

ある裏ワザを発見してから、マスターも今までの方法とのコンボで始末してきた。

だからこそ、第6形態に進化して必殺スキルを得たメアリー・スーの能力で、確実に仕留めてきた。

それなのに、今目の前にいるルーキーに、自分の全力がまるで児戯の如くあしらわれている。

確実に殺すための必殺技たる無数の紙の刃を、悉く回避され続けている。

 

【サリー、準備ができたぞ】

 

【了解。相手も気付いていないみたいだから、このまま注意を惹き続けるよ】

 

カスミからの伝言に応じ、サリーも回避を続ける。

チャンスは一度きり。これを逃せば彼女は逃げだしてしまい、またどこかで今夜のような惨劇を繰り返すだろう。

そんな惨劇をさせないためにも、彼女は何としても、ここで倒さなければならない。

 

「ポーラァァァァァァ!!!」

 

「ッ!」

 

雄叫びと共に、あるものをポーラに向けた。

コイルのように螺旋を形作る鉄に巻き付けられた鉄のパイプ。それがまるで銃のように、こちらにパイプの口を向けていた。

コイルのほうには電気が帯びており、まるでレールガンのように、電気の道の如く遮蔽物の無い空間をつないでいる。

 

カナデが昨日の昼間、フォンベル宝石店でメイプルに見せた鉄の棒。

その正体は、磁力線の密接して作り上げた電磁銃、コイルガン。

今時実験として造るだけなら、カナデでなくとも簡単だった。

造るだけなら科学で十分。そしてそこに動力である電撃系魔法を使えば、それこそ鉄パイプ程度の簡単な素材を足し算形式で組み合わせれば、現実で得た技術や知識で実用化されたコイルガンが出来上がる。

金属の加工、形状変化に特化した【鋼鉄術師(メタルマンサー)】や【彫金師】なら、銃弾の弾頭を作るのも容易いだろう。現にカナデもそれを作った経験があるので<Infinite Dendrogram>でも作ろうと思い至った。

 

高密度の磁気の渦の中で押し出された鉄の礫は、それこそ音速の領域に入らんばかりの速度に達し、ポーラの横をかすめた。

心臓が飛び出す勢いの衝撃が襲ったが、狙いが逸れたお陰でデスペナルティを免れた。

 

「な、なによ……とんだハッタリじゃない!私の隙を見て殺すつもりだったでしょうけど、詰めが甘かったわね!」

 

「ちっ……!《起動(アクション)》!」

 

「《デッドマンズ・バインド》!!」

 

再び横に逸れてコイルガンを撃とうとし、ポーラの呪縛で封じ込められた。

 

「アナタはそこで見ていなさい!この女を殺したら次はあなたたちよ!そしてこの街中の奴ら全員を操って同士討ちをさせてやる!王も奴隷も、ティアンもマスターも関係ない!仲間と争うバトルロワイヤルを開催してやるのよ!!」

 

高笑いするポーラは、既に勝ちを確信していた。

もし、ポーラの精神面がもう少し気丈だったら、この時より前にこの異変に気付いていただろう。

この時点でポーラは我に返って2つの異変に気付いた。

1つはこの場に2人、マスクド・ライザーとカスミがいないことに。

もうひとつは剣が等間隔で、まるでレールのように敷かれていたことに。

 

「《影縫い》」

 

刹那、死角からカスミが投げた短刀がポーラの足元の影に突き刺さる。

同時に突然金縛りに遭ったかのように固まる。

忍者系統、隠密系統のスキル《影縫い》。相手の影を刺すことで実体をも《拘束》に陥らせる。拘束系スキルにしては能力は低いが、一瞬でも確実な拘束を施す。

その一瞬さえあれば良い。

音速で突っ込んでくるマスクド・ライザーのルートに固定できれば。

剣の道に差し掛かった瞬間、ライザーの〈エンブリオ〉、ヘルモーズは一気に音速を抜け、超音速の領域に差し掛かった。

 

「な……っ!?まさか、この布石の為に!?」

 

彼女の目には、某特撮ヒーローのライザーが、死人の首を片手に霊馬を駆ける死神に見えただろう。

だが彼女も終わらない。

念のために必殺スキルに集めた紙の内、1枚だけライザーに貼ったままにしておいたのだ。

 

「わっ、《私のお願いは何でも叶えてくれるの》!、“マスクド・ライザー。あなたは私に近付いたらブレーキをかける”!」

 

命令を放つ。

これで止まった後、上書きして命令を放って小娘を殺す。

ポーラの算段は既についていた。自分は負けるはずないと確信した。

それこそ、自分の欠点に微塵も気が付かずに。

 

『《悪を蹴散らす嵐の男(ヘルモーズ)》!』

 

「なっ!?」

 

 

 

――憶測だけど、多分あいつの命令スキルは“自分の認識”に依存していると思うんだ。

 

 

――つまり、自分が認識していたものが消えると、その命令も無効化されると思う。

 

 

――さっきはそれに従っての結果かどうかわからないけど、やるだけの価値はあると思う。

 

 

――あなたの必殺スキルって、一体化するんだよね?バイクと。

 

 

 

予めカナデから命令のトリックを聞いたライザーは、命令を聞いた直後に必殺スキルを発動。命令の対象としていたヘルモーズと一体化して命令を無効化し、勢いを維持することに成功した。そして刺した剣に電気を通し、並べられた武器1つ1つをN極とS極に設定し、ライザーはスタージャンの効果範囲内でヘルモーズを《ストーム・ダッシュ》で可能な限り飛ばし、今必殺スキルを用いてキックを放たんとするポーズをとっていた。

要領はリニアモーターカーだ。磁力によって遠くへ行く乗り物。

剣はレール、ライザーとヘルモーズはリニアモーターカー。撥ねる相手は【同胞殺戮】と言わしめたMiss.ポーラ。

全ては策略。確実に目の前の悪を“監獄”へと送るリニアモーターカーを作るための。力を合わせて作った産物。

 

ポーラが逃げようともがく中、

 

『《ライザーキック――』

 

ライザーの足がポーラの顔を捉え、

 

『――超加速式――』

 

《影縫い》のスキルが限界を迎え、スキルに使った短刀が影から弾かれるように宙を舞い、

 

『――超電磁砲(レールガン)バージョォォォォォォォォォォォォォン!!!』

 

ポーラもろともに射出されたライザーが彼方へと飛ばされていった。

同じ上級職、第6形態のマスターであるにも拘らず、【疾風騎兵(ゲイル・ライダー)】と【高位呪術師(ハイ・ソーサラー)】ならどちらが勝つか?

――結果は言うまでもない。

 

『KYAAAAAAAAAAAAAAAAAAA!!!!!』

 

ポーラとライザーが夜の決闘都市の果てへと消えた直後、紙の怪物が断末魔と共に消滅した。

それは、ポーラの確実な死を意味し、戦いの終わりを告げるものだった。

 

「……勝ったか」

 

「……みたいだね」

 

強敵を下し、倒れる様に寝そべるカナデ。カスミも刀を納め、店の壁に寄り掛かる。サリーもまた、壁に背を預け座り込んでいた。

 

「さて、私はメイプルの所にいかないと、っと……」

 

それでも立ち上がったサリーの足元はおぼつかなかった。

倒れる所をカスミが受け止める。

 

「無理をするな。先の戦闘のダメージが深刻じゃないのか?」

 

「大丈夫。首絞められた以外でダメージ受けてないし」

 

「あれ全部避けてたって事?凄いというかなんというか……」

 

「というか、ライザーさんは?」

 

「あー、あのままどっか行っちゃったみたい。止める方法考えてなかったし。後で蹴り食らわされるかも」

 

「ともあれ、あの下衆を倒せたことに変わりない。まずは身体を休めて、次の戦いに備えておけ」

 

〈エンブリオ〉の特性で疲労を軽減しているとはいえ、相当な激戦だった。

削られたHPやSP、MPをポーションを嚥下して回復していった。

 

 

【フランクリンのゲーム第2試合:6番街の戦い】

 

敵陣:盤上の“クイーン”ことMiss.ポーラ、及び彼女の手駒。

 

自陣:サリー、カナデ、カスミ、マスクド・ライザー。

 

勝者:サリー・ホワイトリッジ、カナデ・ベアトリス、カスミ・ミカヅチ、マスクド・ライザー。

 

備考:援軍のティアン2名の衛兵と共に、手駒兼民間人のティアンの生き残りを救出に成功。

 

 

 

 

〈シャンド平原〉【大教授(ギガ・プロフェッサー)】Mr.フランクリン

 

 

機動性、良し。

耐久性、良し。

攻撃性、良し。

 

近衛騎士団を相手にした【RSK(レイ・スターリング・キラー)】のテストも順調。

彼を潰す算段は着実に揃いつつある。そして目の前にはたった今駆け付けた私の宿敵が。

 

「クハッ」

 

思わず変な笑い声をあげてしまった。

彼のお得意の戦法が通じなかった時の顔が思い浮かぶ。いやはや楽しみだ。

その傍ら、エリザベート殿下に渡した端末の予備機を見て、ある一点に気付く。

 

(ありゃ。“クィーン”がやられちゃいましたか)

 

予備機のレーダーの示す地図の中で、“Q”のマークが消えていました。

彼女がいた地点には青い光点――王国のマスターの現在地――が3つと、そこから来たに離れた所に赤い点の群れを消した青い点1つ。

 

(彼女には〈炎怒〉や〈炎帝〉には近づくなと念押ししましたが、何分女王気質が凄まじいですからねぇ)

 

計画の説明の為に集まった時、彼女は「あなたのお粗末な計画が無くたって、この私1人でも十分落とせるわよ!」と息巻いてました。ありゃ将軍閣下と良い勝負ですね。

ついでに私の計画をお粗末と言った彼女が“監獄”に送られてちょっとスカッとしました。直接手を下す手間も省けて一石二鳥です。

 

(あの様子だと、自分の欠点に気付いてないんじゃないんでしょうかねぇ……)

 

彼女の〈エンブリオ〉は人を操る能力に関しては【傀儡】のそれを上回る。

が、強者を操る為には同じ命令を何枚も用意しなければならない。それに加えてジョブの構成も察しが付く。

高速で諸本をコピーする【高位書記(ハイ・セレクタリー)】。

紙にデバフが籠められるのを知ったということで呪いの成功率を高める為の【高位呪術師(ハイ・ソーサラー)】。

そしてカムフラージュの為の【絵師(ペインター)】。

 

ほら、上級2つに下級3つ。所得できる職業が残り下級3つになっちゃってる。

それにあの〈エンブリオ〉自身のステータスは私の勘では皆無。範囲外からの狙撃や不意討ちもそうですが、さっき“クラブ”がデスペナしてやったビジュマルのような炎を操るタイプは天敵。

つまる所総合的に彼女は、『他者を操る事にリソースに特化した為に、事前に情報を知られていると対策を立てられやすい』ということ。

私も彼女と対峙した場合、オキシジェンスライム――愛称デストロイヤー君――をぶつけりゃ彼女はほぼ詰みます。

 

(むしろ鬼門は“ジャック”と“キング”といった所でしょうか)

 

“ジャック”と“キング”は私の用意した戦力の中では“クラブ”同様トップクラス。

といっても“ジャック”の場合作戦内容はほぼそちら任せですからね。

“キング”は……思案するだけ無駄といったところでしょう。

 

「まあそれはともかく……」

 

この思考は一旦保留ということで。

まずは彼を叩き潰す算段が組み上がった【RSK】をぶつけて、彼を散々に甚振ってやりましょう……!

 

 

 

 

 

 

 

「――俺は、アンタを、ブン殴る。首を洗えよ、〈超級(スペリオル)〉」

 

「やってみろ……ルーキー!」

 

宣戦布告を宣言した彼は、私の作り上げた【RSK】へと駆け出した。

 




(・大・)<ちなみにメアリー・スーの弱点はフランクリンが言ったもの以外にも幾つかあり、ざっくりまとめるとこんな感じ。


1:〈エンブリオ〉の補正ステータスがアポストル並み、つまり皆無。
2:〈エンブリオ〉の操作にはより紙を使う上に、判定はレベルや本人のキャパシティにも通じる。
3:操る相手は“貼り付ける”必要があるので、実体のある“生物”限定。生物でない無生物やアンデッド系、実体の無いゴースト系やスピリット系は対象外。
4:『この〈エンブリオ〉のマスターの命令を絶対に遂行する』という具体的な指示が無い命令は無効。
5:そもそも本体は“普通の紙”なのでメッチャ脆い。
6:防具越しにも通過先の肉体に触れれば命令は伝えられるが、【鎧巨人(アーマー・ジャイアント)】の場合だと指先等に貼っても操れない。



《この身朽ちるまで踊りましょう》:第3形態に進化したカーレンが会得したスキル。カーレンの意志をサリーに憑依させる。【操作権限喪失】により相手の呪術の対象から自分を除外する。サリーの意識を集中力の回復に回したり、相手の攻撃の癖やモンスターの弱点を見抜くのに回ったりなど、応用性は意外と高い。憑依している間はMPを消費し、0になると強制的に解除される。途中で切り替え可能で、マスターに切り替わればMP消費も止まる。クールタイムは3時間。

《納刀術》:アクティブスキル。《居合い》等の一部スキルを除く刀系スキルと通常攻撃を鞘に納めたまま放つ。ダメージは0になる代わりにすべての攻撃にノックバックが付与される。当たり所によっては【気絶】も起きる。


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極振り防御と狂宴ゲーム。“きんぐ”。

決闘都市ギデオン12番街【盾士(シールダー)】メイプル・アーキマン

 

 

サリーと別れた私はその後、〈集う聖剣〉のマスターと合流。〈炎帝の国〉のマスターと一緒にモンスターやPKの掃討に当たっていた。

そして、累計して10体近いモンスターを討伐した頃。

 

「こっちはあらかた片付いたな。次は西のほうへ行くぞ」

 

指示に従い次に西門へ。

ふと見上げると、空中に映像がホログラムのように映し出されていた。

白衣の男の人――おそらくこの人がフランクリン――は自ら端末を不気味な怪物に食べさせてしまった。あの怪物を倒さない限り、あと10分もすれば怪物は解き放たれ、ギデオンは壊滅してしまう。

今すぐにでもあそこに駆け付けて助けに行きたいけど、今はそんなことを言ってる場合じゃない。

あんな人の陰謀を野放しにするわけにはいかない。

ギデオンを潰させる訳には行かない。

何より……あの場所にいない私達は、フランクリンには手を出せず、あの場所にいるレイさん達に任せるしかない。

 

「……我々は手筈通りモンスターとPK討伐に向かうぞ!」

 

《集う聖剣》のメンバーが私達を促す。

あの場に向かってフランクリンを止めたいのは、私たち以上のはず。

だけど、レイさんに任せるしかない。

最短ルートで西門に向かおうとした時――、最後尾にいた《炎帝の国》のマスターが倒れた。

背中にククリ刀を刺された状態で、直後に消滅した。

 

「なっ!?」

 

「なんだ、誰にやられた!?」

 

「これは……《バックアタック》!【奇襲者(レイダー)】のスキルだ!」

 

確か、【奇襲者】はドレッドさんの部隊に多くいたはず……。

でも、それって《集う聖剣》側のマスターに裏切った人がいるって事……?

 

『メイプル後ろだ!』

 

「え?」

 

ヒドラのひっ迫した声に振り返ると、黒い鎧のマスターが刃物をこちらに向けていた。

このまま突き刺されて終わってしまう――かに見えた。

鳴り渡る金属音。割り入ったのは短剣。刹那に貫かれた相手の悲鳴。

 

「ハッ、この程度の不意討ちなんざ余程油断してた奴か初心者くらいしか狩れねぇよ!」

 

現れたのは、闇夜に紛れて短剣を装備したドレッドさんだった。

 

「メイプル、大丈夫?」

 

「お前らも無事みたいだな」

 

そこからフレデリカさん、ドラグさんも駆け付けてくる。

 

「どうやら相手は素人――半年前に就いたばかりのようだな」

 

「どうしてわかるんですか?」

 

「奇襲の仕方にムラがある。こんなに隠れる場所が限定的なところでやらない筈だ。少なくとも、俺や《集う聖剣》に残っている【奇襲者】系統に就いている奴らはな」

 

ドレッドさんが説明ている間にぞろぞろと、先程のマスターと同じような装いをしたマスターが次々と包囲するように現れる。その数は10や20なんかじゃない。50人は下らないだろう。

 

「こ、この人達って……!?」

 

「《円卓議決会》の連中か……!」

 

周囲の敵にドレッドさんは短剣を構え、フレデリカさんは召喚獣を呼び出し、ドラグさんは身の丈の1.5倍もある斧を構える。

 

「……お前ら、他のモンスターを潰してこい」

 

「ああ」

 

「ちょっ、本気ですか!?」

 

「こいつ等相手にしてもたついてたら街への被害がデカくなる。つか、俺に寄越せ」

 

ドラグさんの言葉は怒りを抑えているのか、斧の持ち手を圧し折らんばかりに歪みかけている。

私はその威圧に圧され、フレデリカさんが呼んだ召喚獣に、彼女と一緒に乗り込む。

それを合図に――

 

 

「――《激情の騎士は、荒れ狂う竜の如し(サグラモール)》!!!」

 

ドラグさんが自分の必殺スキルを発動し、呼応するように両刃斧の刃の部分が光を帯びる。

刹那、地を裂かんばかりの衝撃波が私達の正面の退路を塞いでいたマスターを吹き飛ばした。

 

「お前らも全力で走れ!巻き込まれたら死ぬぞ!」

 

ドレッドさんが先陣切って駆け抜け、次いで私達。最後に〈炎帝の国〉と〈集う聖剣〉のマスターが包囲網を突破する。

私は包囲網を抜ける中、ただ一人残ったドラグさんを不安そうに振り向き、言葉を失った。

 

「おい、奴を止めろ!拘束系魔法だ!!」

 

「だ、ダメだ!止まらねぇ!!」

 

「■■■■■■―――!!!」

 

私の視界に飛び込んできたのは、木の葉宜しくなぎ倒される黒い騎士たちと、それを薙ぎ払うドラグさん。

いかつい顔は狂相に変容させ、殺気の混じる呼気と共になぎ倒す一騎当千の光景だった。

 

 

 

 

2番街市街地

 

 

「あの、ドラグさんは大丈夫なんですか?」

 

「大丈夫よ。正直ドラグの〈エンブリオ〉って、味方も巻き込み上等の範囲攻撃メインだからね。必殺スキルはステータス極強化だけど」

 

私の不安を拭うようにフレデリカさんが説明する。

ドラグさんの〈エンブリオ〉、【激情激斧サグラモール】はまさしく使用者に【狂戦士(バーサーカー)】系統のジョブを取れと言わんばかりのスキルを持っていた。

もし私があの場に残ろうと言い出しても、ドレッドさんかフレデリカさんが無理矢理私を引き離していただろう。

 

「フレデリカ・クーパー!」

 

不意に、下からの声がフレデリカさんを呼び止めた。

召喚獣が足を止め、フレデリカさんが下を見ると、さっきの人たちとは異なる鎧を着たティアンの人たちが見上げていた。

 

「あんたら……近衛騎士団?」

 

疑問の念を交えてフレデリカさんが近衛騎士団の3人の呼び止めに応じて止まる。

私もフレデリカさんが抱えている疑問に察しが付いた。

フランクリンが王女を攫った今、近衛騎士団は当然王女奪還に向かうはず。そして今レイさん達と共に戦っているはずだ。

普通ここにいるはずないと感じたフレデリカさんだったが、近衛騎士団の一人が答える。

 

「実は昼間に少しだけあなた方を見かけて……それを報告したら、副団長から我々はあなた方と合流してほしいとの言伝を頼まれた」

 

「……そう。――ッ!?」

 

さっきからフレデリカさんは騎士団から目をそらしている。

1回目の戦争で彼らの団長、ひいてはリリアーナのお父さんを守れなかった負い目からなんだろう。

刹那、フレデリカさんが袖口に隠していた宝石を砕く。

 

「《クリスタルバリア》!」

 

同時と言ってもいいタイミングで杖を翳すと私達を守るように四方に障壁が展開される。

次の瞬間、黒い暴風が建物を砕き、障壁も破壊され、吹き飛ばされた。

その攻撃に私の【御守り竜鱗】が3つ破壊されて消滅する。攻撃が終わった後フレデリカさんの元へ駆け寄り、言葉を失った。

 

「ふ、フレデリカさん……脚が……」

 

「だっ、大丈夫よこんな傷……!」

 

フレデリカさんの右脚、膝から先が切り落とされていた。脚はすぐそばで見つかったものの、私にこの脚を取り付ける術も、だらだらと湧き出る血を止める術も無い。

私が混乱に陥る中、フレデリカさんは冷静にアイテムボックスからポーションを取り出し、傷口に振りかけてる。が、ある程度の出血は抑えられたが、まだ止血に至っていない。

 

「な、なんだ今の攻撃は!?」

 

私達を吹き飛ばした一撃は、建物を抉り貫いていた。

高レベルのフレデリカさんがこんな目に遭った以上、私や近衛騎士団は耐えられないだろう。

その相手が、再びこちらに向けて構えているのが見えた。影りで誰か分からないが、ドリルのような回転音を唸らせる機械音は、明らかにこちらを狙っている。

 

「――ヤバい…!」

 

その時私は、ここにいる全員は理解してしまった。

――次の攻撃に、私達は確実に殺される。

否応無しに迫る死に恐怖を抱いた刹那――、

 

 

 

 

 

 

 

「――《何人も我が決闘を憚る事は許されない(ペリノア)》!」

 

 

 

 

「――え?」

 

目の前の逃れない死から待っていたのは、中央大闘技場の前の広場だった。

助かったの?普通なら起こりえなかった光景に、私は周囲を見渡す。

脚を損失したフレデリカさんと、その脚を持つ近衛騎士団の3人。

 

『……誰だか知らないが、助かったみたいだな』

 

一足先に現実に思考が戻ったヒドラの一声を聞いて、私も胸を撫で下ろした。

――って、そんなことしてる場合じゃない。急いでフレデリカさんを直さないと。

 

「ミザリーさん!急患です!」

 

「どうしたのメイプル――って、フレデリカ!?」

 

「話は後です!とにかくフレデリカさんを……えっと……その……と、とにかく脚を縫ってください!」

 

「おーぅ、ルーキーにぬいぐるみ扱いされちゃったよ」

 

ともあれ近衛騎士団の人達の手伝いもあってフレデリカさんを闘技場内に連れ込む。

私が闘技場内に入るとミザリーは急いで手渡した脚の接続の為に回復魔法を始める。

 

「……でも、どうやって助かったの?」

 

「奇怪の源は青銀の鎧纏いし聖剣の担い手の異能なり」

 

疑問を口にした私に後ろから答え――という割には意味不明だったけど――を述べてきた。

そこを向くと、ゴシックドレスらしき軽装を纏った剣士。

 

「ジュリエット。丁度良いわ、私の代わりにメイプルを4番街まで連れてってくれる?」

 

「然り」

 

『誰だコイツ?』

 

「大丈夫よ。口調と見た目はともかく、ジュリエットは強いよ。私が保証する」

 

フレデリカさんが私達を安心させるようにかみ砕いた説明をしてくれる。

対してゴシックアーマーの少女、ジュリエットは「ともかく…」と呟いて軽くショックを受けているようだった。

だけどすぐに気を取り直して私に手を差し伸べてくる。恐る恐る彼女の手に触れると、背中から黒い翼を翻す。

 

「え?」

 

「我が翼、危難の地へ」

 

ぐい、と引っ張られる感覚を受けた直後、私は飛んだ。

 

 

 

 

 

時はメイプル達が消えた直後に遡る。

 

「――外したか」

 

男は舌打ち気味に標的を仕留め損ねた事を知る。

そして自分の穿った建物の隣から来る足音の主のほうへ槍の矛先を向ける。

 

「まだ呑気に騎士ごっこをしてたのかペイン」

 

「お前も相変わらずか、アドルフ」

 

相対するのはペイン・トーマス。彼もまた両手剣たる自身の〈エンブリオ〉の切っ先を相手に向ける。

 

「何故この場所に来た?自分から王国を捨てた癖に、フランクリンのテロに加担する必要性があったのか?」

 

「そうだな。強いて言うなら……《集う聖剣》を完全に叩き潰す為、だな」

 

「叩き潰す?」

 

「そうだ。例の皇国との戦争で実力差は嫌というほど理解しただろう?それなのに王国は〈マスター〉が参加しなかったからという理由でまだ活気を残している……」

 

王国は皇国との戦争で国王を【大教授(ギガ・プロフェッサー)】フランクリンに、【大賢者(アーチ・ワイズマン)】を【獣王(キング・オブ・ビースト)】に、【天騎士(ナイト・オブ・セレスティアル)】を【魔将軍(ヘル・ジェネラル)】に殺された。それでもなお王国は抗う力を失っていない。仮に王国の〈超級(スペリオル)〉が1人でも参加していたら、状況は一変していただろう。

そこまで言うと、アドルフの言葉に苛立ちを爆散させるかの如く叫ぶ。

 

「いい加減ウンザリしてるんだよ!!俺の要望を聞き入れなかった王国の分際で、まだ抵抗しようってのか、あぁ!?〈超級〉が参加してたら勝てました見たいな言い訳してんじゃねぇよ!!テメェらもテメェらだ、くたばり損ないの国にいつまでもすがってんじゃねぇよ!!」

 

「――黙れ」

 

怒声を一括するかのごとく、ペインが相手の怒声を切り捨てる。

再び沈黙。アドルフもその沈黙で落ち着いたのか、再び構えなおす。

 

「それを聞いて吹っ切れた。アドルフ、改めてお前を倒す。ギデオンを、王国をこれ以上お前らに壊されてたまるか!」

 

「そうかよ。じゃあこっちはテメェを潰してテメェの守りたかったもの全部を蹂躙し尽くしてやる!」

 

無人となった空間は、アドルフとペインの決闘の場となった。

この空間から出る方法はたった一つ。どちらかが倒れ、決闘に終止符を打つことのみ。

それがペインの〈エンブリオ〉――【血戦王剣ペリノア】の必殺スキル。

 

 

 

 

騎士(ナイト)系統派生上級職、【聖騎士(パラディン)】ペイン・トーマス」

 

「盤上の“キング”兼、槍士(ランサー)系統派生職、呪槍士(カースドランサー)系統超級職【呪槍王(キング・オブ・カースドランス)】アドルフ・ペンドラゴン」

 

まるで騎士の試合でも始めるかのように、自ら名乗りを上げる両者。

そしてペインは同時に思う、【呪槍王】という職業は、【槍士】の派生上級職【呪槍士】の超級職のであると。

 

(……ただでさえ奴の能力は厄介なんだが、超級職のオマケ付きか)

 

エンブリオの能力も、到達形態も、ペインは自分が知っている時のものより強大になっているだろう。

だが、仮に必殺スキルを使わずに逃げたとしても、彼は破壊を繰り返す。放置して何のメリットも無い。

 

(触れたら終わりと同意義の相手に敵うのは少ない。一番の最善は、リリアーナ達がここに来る前に奴を倒すことか)

 

嘗ての裏切り者を前に、リリアーナは果たして平静を装えるだろうか。

自分の知る限りそんな人間ではないのだが、ふとした拍子にタカが外れてしまうという可能性を捨て去るほど、ペインは愚かではなかった。

 

「――とっとと片付けてやるよ裏切り者」

 

「――その台詞ノシ付けたついでに返してやるよ」

 

呪槍と聖剣が交差する。

たった一人、王に坐する名を持つ裏切り者との決闘は、部外者を追い払った地で始まる。

 

 




感想書いたって~。


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極振り防御と狂宴ゲーム。“じゃっく”。

(・大・)<ここからミィ編です。


決闘都市西門周辺

 

 

「――《紅燕》」

 

静かに呟かれたその言葉と共に、ミィの周りの炎から紅い燕が現れる。

右手を正面に翳すと弾丸の如く放たれ、被弾した寝返り組の全身が炎に包まれる。

 

「――《灼火》」

 

続けて街路の道幅いっぱいに【符】を貼り付ける。

そこに10人単位の寝返り組がミィの首を取らんと迫った時、手元に残した【符】を掲げる。

次の瞬間には炎が円の内側にいた寝返り組を包囲し、そのまま焼き尽くすかのように火柱となって燃え上がる。

 

「――《爆龍》」

 

最後に自らの正面の地面に【符】を貼り付け、それらが赤く輝く。

幾つもの符【符】から炎が巻き起こり、1頭の赤い龍となって夜空を昇る。

標的は夜空を我が物顔で羽ばたいていた、プテラノドン似のモンスターの群れ。真下から昇る炎の龍に対し、プテラノドンのモンスター達は旋回する暇も無く焼き尽くされ、跡形もなく消滅した。

 

「くそっ、別の女を狙え!」

 

寝返り組がミィに対して敵わないと判断すると、標的をミィから炎羅へと切り替える。

 

「あら、今度は私?」

 

炎羅は対して驚く様子もなく、軽やかで、それで一切の無駄の無い動きで寝返り組をいなしつつ、【符】を貼り付ける。

 

「なっ、なんだこの紙切れ?」

 

「はーい、お疲れ様ー」

 

戸惑う中、炎羅が指を鳴らすと火花が走り、一番近いPKに貼られた【符】が発火して瞬く間に寝返り組の身体を包み、そこからまた別の寝返り組の【符】が……そんな具合に連鎖発火が起きる。

70近い寝返り組も、気付けばたった2人に半数以下にまで減らされていた。

 

「まっ、まだだ!奴らさっきから炎しか使ってない!水属性で攻めろ!」

 

生き残りの一人が指示を下す。

そして魔術職に就いた者達が水属性の魔法を仕掛ける。

 

「よし!撃――」

 

しかし、その攻撃が2人に直撃することは無い。

突然背後から飛んできた何かが魔術職の面々の首を切り裂いた。当然持ち主を失った魔法はマスターの消滅と共に光の塵となる。

 

「な、何が起こっ――ぐあああ!?」

 

「ボサッとしてんじゃねぇよ」

 

先程の指示を出したマスターも背後からの刺突でデスペナルティとなり、消滅。

 

「すっごーい。あっという間にやっつけちゃった」

 

「凄い実力ですね」

 

戦闘終了後にそんな言葉をかけたのは、ルーク・ホームズとそのエンブリオのバビ。

2人も寝返り組を相手に抵抗しようとしたが、結果は見た通り、作業のような殲滅に手を貸す暇すらなかった。

 

「どうやら向こうも終わったようだな」

 

崩れた剣がひとりでに元の長剣へと戻り、金と銀の双剣を納めながら中継を見て安堵を得る。

中継映像の先は、まさに【聖騎士(パラディン)】殺しと言わんばかりのギミックを詰め込んだ異形を風の爆弾によって吹き飛ばし、再生途中の外殻に腕を突っ込みそこから火炎放射で焼き殺したレイの姿が。

まるで、悪夢の終わりを告げるように【炭化】した右手を上げていた。

 

「ありがとうございました。えっと……」

 

「ああ、紹介が遅れたな。俺はシン・ライアース。〈炎帝の国〉所属だ。こっちの赤いのがうちのオーナーのミィ・フランベルと、サブオーナーみたいな立場の炎羅だ」

 

「エンブリオのバビだよー。こっちがマスターのルー……ク?」

 

バビが自己紹介しながら振り向くとルークは未だ中継を見上げたまま険しい顔を崩していなかった。

まるで、レイがあの怪物を倒したことが前哨戦だったのではと疑問を残しているように。

 

「どうした?まだなんかあんのか?」

 

「いえ、あのマスターから少々今回の計画を伺ったのですが、少々不可解な点があったんです」

 

「不可解?」

 

目線で拘束されているユーゴーとキューコを示し、そして2人から聞いたプランを説明する。

 

第1のプランA。決闘都市の一大イベント〈超級激突〉を観戦に来た多くのマスターを中央大闘技場に閉じ込めたうえで王女を誘拐。次いで街中にモンスターを放つという脅迫で内部のマスターの動きを封じ、結界に捉えられない者や闘技場外のマスターをPKやユーゴ―、“クラブ”と呼ばれたベルドルベルの手で押さえ、フランクリンは王女を連れギデオンから逃げおおす。これで追う国民からのマスターへの信用は失墜というもの。

超級職のベルドルベルというマスターやユーゴ―がいれば十中八九成功するはずだった。

それが崩れた場合のプランB、仕掛けたモンスター解放装置を起動させ、ギデオンが混乱している間に逃走するというもの。フランクリンが想定外の不意討ちを喰らったとしても、こちらに移行していた。もしそれに気付かず彼をデスペナルティになってしまった場合、今以上の混乱になっていただろう。

仮に〈超級〉クラスのマスターが観戦しに行ってない場合でも、予めギデオンに楽団として馴染ませておいたベルドルベルと、同種族の討伐数に応じて相手を凍結させるという、決闘都市を拠点とするマスターにとって天敵のユーゴーのスキルがあれば問題ないとフランクリンは踏んでいたという。

 

「で、どうですか?」

 

「……変じゃねぇか?」

 

シンの疑問にルークは無言で答えを待つ。

だがその顔は、予想通りと言わんばかりのものだった。

 

「前に俺は、あいつをデスペナしたっていう奴がモンスターに殺られるのを見たんだ。そいつの知り合いから聞いた話だと、かれこれ1か月以上殺され続けているらしくてな。ありゃ相当執念深い性格だぜ」

 

「でしょうね。僕も彼がこの程度で済むハズが無いと思っています。何より……これまでのプランは意図的にティアンへの被害を抑えている」

 

「……おい、なんか嫌って程お前の言葉が察せてしまったんだが?」

 

「――ティアンへの人命被害を度外視したプランを残してる、でしょ?」

 

炎羅がつないだ言葉にルークは肯定を示すよう頷いた。

そこに否定するかのように叫んだのは、この計画の“ハート”の役割を持っていたユーゴ―・レセップス。

 

「馬鹿な、ありえない!あの人は私と同じだ!ティアンをタダのNPCではなく、命であると理解している!あの人が虐殺なんてするものか!」

 

フランクリンは虐殺を辞さない人間と断言するルーク。それは決してユーゴーが許容できるものではない。

必死にその理論を否定するように怒気を露わにして訴える。

 

「あの人はそんなことはしない!私は、ずっと前からあの人を見ていたんだ!ただの赤の他人の君らに何が分かる!」

 

「確かに私はフランクリンという者は伝聞と今回の事件でしか知らない。だがな、これは誰にでも推測しようと思えばできる事実だと私は断言する」

 

「何故だ!?」

 

「知らないからこそ、といった所か。奴の所業を並べたその先を予想すれば、それくらいしか思いつかない。最も、さっきも言ったがこれは誰でもしようと思えばできる推測だ。それほど感情を露わとしている以上、私の言い分の例外はお前くらいだろう」

 

ミィの推測は当然のことだった。

前回の戦争で多くの兵士と国王をモンスターの餌にした者であり、この国の王女を攫い、王国のマスターに対しての信頼を失墜させるためにギデオンの破壊しようとした者。

そんな相手が……たった2度の頓挫で終わりだとは思えない。

大多数の意見を言うミィの中、ただ一人と言っても過言ではない少数派にいるのは、ユーゴーだけだと言う。

 

「ずっと前から見ていたなどとのたうち回っておきながら、貴様はフランクリンという上辺だけの見てくれしか気づいていない。ろくに本質を知ろうとしない。言い換えれば犯罪を犯した子を、「全て被害者が悪い」と弁論してる母親同然だ」

 

辛辣な言葉を下すミィに対し、ユーゴーは鋭く彼女を睨む。もし拘束されていなかったらユーゴーは彼女を殴りかかっていただろう。

ミィの後ろでルークが「僕の言いたい事全部盗られた……」と苦い顔をしていた。

中継映像の先のフランクリンは両方のプランの失敗を察して頭を抱えていた。だが、悔しさは無く、苦笑しているといったほうが表情が正しい。

 

『全く、本当に参っちゃうよねぇ。プランAもダメ、プランBもダメ……。もうすぐ闘技場から怖ーい脳筋共が出てくるだろうし、もうこうなったらプランCを開始させるしかないよねぇ?』

 

「…………え?」

 

中継映像からのフランクリンの言葉に、ユーゴーの口から疑問の声が漏れた。

彼だけじゃない、今宵の計画に加担したフランクリンと、残る“キング”と“ジャック”を除くマスター全員が、ユーゴーと同じリアクションを取っていた。

 

『プランC……残った私の戦力と五万六千八百二十六体の私の改造モンスターによるギデオン殲滅作戦を開始しちゃいましょうか』

 

「ごま、……ッ!?」

 

フランクリンが言い放った本命に、炎羅が言葉を詰まらせる。

 

「冗談……な訳無いよな?実は同数のリトルゴブリンでしたってのも冗談にしては心臓に悪すぎるぞ?」

 

顔を引きつらせながらミィがルークに尋ねる。

それもそうだ。超級職の【大教授(ギガ・プロフェッサー)】や【従魔師(テイマ―)】系統などの従属キャパシティが高い職業に就き、アクセサリー全装備で底上げしたとても、そんな数値に届くはずがない。

キャパシティをオーバーすれば、モンスターはフルスペックで戦えない。パーティ枠使用でも【指揮官(コマンダ―)】系統でパーティ枠を増やしてどうこうできる問題じゃない。

 

「僕も【女衒(ピンプ)】に就いています。ですが、この前のログアウト中に攻略サイトを見たんですが、5万なんて数値は不可能なはずです。仮にその数値に到達できたとしても、ギデオンを蹂躙するには亜竜級以上のモンスターが必要最低限……従属キャパシティだけではそれだけの数を補えません。ですが、あの人の〈エンブリオ〉は伝聞によればモンスターの製造と運搬……キャパシティに無いモンスターを運搬することは可能……」

 

「……ねぇ、私なんか予想できちゃったんだけど。あいつがやろうとしてること」

 

真っ赤な装いの炎羅が顔を青くしてルークに尋ねる。しかしルークの顔は炎羅の予想を知っているかの如く険しいものとなっていて、無情にも彼女の答えを読心術で導いてしまった。

 

「予め用意した改造モンスターの“従属権利を片っ端から放棄する”。ですね」

 

要領は発想の逆転。

逃がすことで、制御を放棄することで従属キャパシティによる制限を無視し、モンスターの本領を発揮させる唯一の方法。

自分にも牙を剥くリスクも、制作時にあらかじめ命令を刷り込ませればいい。フランクリンが自ら作り上げたモンスターだからこそ簡単に実行できるのだ。

フランクリン自身に及ぶリスクは、再生産のコストが莫大に膨れ上がること以外、大した損害はない。

 

「それに、彼は逃走経路に南北は最初から除外しています。南のレジェンダリアは王国と同盟で、下手に刺激して得になることはありません。北は当然ドライフ。東もカルディナの行動を警戒していて、残るは海に続く西のみです」

 

それでも旧ブリティス伯爵領にとんでもない被害が出る事は確定ですが、とルークは続けた。

 

「……ルーク、お前はそこのルーキー達と共に〈ジャンド草原〉に行け」

 

「ありゃ、気付いてた?」

 

申し訳なさそうに路地裏から出てきたのは【蛮戦士(バーバリアン・ファイター)】イオ、【魔術師(メイジ)】ふじのん【召喚師(サモナー)】霞。

ルークやレイと共に西側に行き、モンスターの討伐に当たっていたルーキーだ。これだけでは戦力としては心許ないが……。

 

「――《地獄門》、解除」

 

澄んだ声が響いた瞬間、凍結していた30人のマスターが次々と氷結地獄から解放される。

その声の主、ユーゴーは沈んだ顔でルークに言う。

 

「少しは戦力の足しになる。早く行け」

 

「あなたはどうするんです?」

 

「……少し、考えさせてもらいたい」

 

絶対にティアンを殺さない。そう信じていたユーゴーにとって、この計画は大打撃を受けることとなった。

ルークはユーゴーとキューコを解放する。周囲から「また攻撃されるんじゃないか?」と異議を唱えられたが、「だとしたら皆さんとっくにやられています」と一蹴。

そしてミィとシン、炎羅のほうに向きなおる。

 

「ミィさんはどうするんですか?」

 

「奴は残った戦力と言っていたし、もうそろそろ結界が破られてもおかしくない。私達はメンバーと合流して、奴の戦力の討伐を――」

 

「その必要はないぜ」

 

ミィの言葉を遮って、凍結したマスターの頭上に着地する一人のマスターが呼び止める。ドレッドだ。

 

「《集う聖剣》のメンツから情報が入った。“クイーン”はライザーとルーキーたちが倒して、“キング”はペインが抑えている」

 

「となると、俺らは“ジャック”の捜索だな」

 

「とりあえずマルクスとごうりゅ――危ない!!」

 

炎羅が捜索に当たろうとした次の瞬間、悲鳴を上げた彼女が咄嗟にユーゴーとキューコを突き飛ばす。

刹那、巨大な影が先程まで2人のいた場所の頭上に現れ、その空間を刺し貫いた。

 

「炎羅!?」

 

ミィの叫びを合図に、上空から鋭い何かが降り注ぐ。

いきなりの不意打ちにシンとドレッド、ミィは対応できたが、ルーキーや凍らされたベテランはいきなりの不意打ちに対応が遅れ、幾人かが貫かれて光の塵となって消えてしまう。

 

「ありゃあ……【イヴィル・ランスバード】!」

 

突き刺さったのは槍のようなくちばしを携えた鳥型の悪魔。

1体のコストが30と召喚される悪魔全体から見ても軽く、高速移動の貫通付与の攻撃は上級の壁役の防御を容易く貫く威力を持つが、1回攻撃した後はそのまま消滅するという【魔将軍(ヘル・ジェネラル)】系統の上級職のひとつ、【悪魔騎士(デビルナイト)】が使役する下級悪魔の1体だ。

 

「総員迎撃に当たれ!ルーキーたちが草原に駆け付けるまでの時間を稼ぐぞ!」

 

ミィの素早い合図とともに、《炎帝の国》のマスターとシンが急降下する悪魔に魔法を放ち、分裂体で迎え撃つ。

ドレッドも持ち前の機動力で【イヴィル・ランスバード】をすれ違いざまに切り裂いていく。

 

「――そこか!」

 

3体目を斬った後、クロスボウ機能を付けた手甲を向け、射出。

円錐状の鎖は何も無い空間に、堅い壁に当たったかのように弾かれた。

 

「テメェが“ジャック”だな?」

 

「いかにも。私は盤上の“ジャック”、《LotJ(ロウ・オブ・ザ・ジャングル)LotJ》所属の【悪魔騎士】、オーンスタインです」

 

空間が歪み、光学迷彩で姿を消していた相手が、お目当ての名乗りを上げた。

その相手は口元をマスクで隠し、サングラスのように鏡面が黒いゴーグルに黒コートと逆立つ白髪以外は全身黒尽くめ。

そして背後には5人のマスター。恐らくオーンスタインの仲間だろう。

そしてオーンスタインが従えるのは、十数体にも及ぶ悪魔の兵隊。

 

「〈LotJ〉……皇国3位のクランの奴らが相手か……」

 

すらりと剣を抜き、構えるシン。

 

 

 

 

 

明らかにただの戦力じゃない。それを直感した3人は武器を構えなおす。

 

 

 

 

〈ジャンド草原〉【聖騎士】レイ・スターリング

 

 

かつて俺は、フィガロさんから「墓標迷宮の逆光でモンスターと間違えた」と攻撃されたことがあった。

だが、そんな事はプランCを始めたと同時にフランクリンが見せた光景に比べれば、果てしなくどうでもいい事だった。

黒大剣のネメシスよりも圧倒的に異様で、圧倒的な存在感を見せつける〈エンブリオ〉。

TYPE:プラントフォートレス【魔獣工場】パンデモニウム。

第七形態に達した、俗世で言う〈超級(スペリオル)エンブリオ〉。

蜘蛛の脚と竜の頭、そして巨大な立方体を合わせた異形は、竜の口から改造モンスター、“スーサイド”シリーズを文字通り解き放つ。

こうしちゃいられない。数分もあればモンスターの波はギデオンの街を蹂躙し、街を壊滅するだろう。

HP残量は1万近い最大HPの内、半分も無い。

――訂正。半分もある、だ。

 

『は、ハハハ……おいおいおいおい、その満身創痍でまだやれるってのかい?君は自分の戦いを終えたんだから、あとはお休みしてれば良いじゃないか』

 

「終わってなんかないさ」

 

『……?』

 

「まだ終わりじゃない。この歩みと件を振る腕を止めるにはまだ早い。――眼前に、お前と悲劇がある限りな」

 

それは多分、俺でも無意識だったと思う。

目の前の悲劇を放っておけない。これから起こる悲劇は何として求めて見せるという、俺の心底からの決意の言葉だったのかもしれない。

そんな俺を見たフランクリンは盛大に溜息を吐き、言い放った。

 

『やれやれ。こうなるんだったらイレギュラーにバレるのを承知で、毒薬を飲ませるべきだったかな?』

 

なんだって?

 

『本来これはプランBとして、やってきた近衛騎士団を物量戦で皆殺しにするつもりにだったんですよ』

 

『あやつ、最初からギデオンにモンスターを解き放つ気だったではないか!』

 

「だったらなんで最初からそれを使わなかった?」

 

俺をデスペナにしてしまえば、【RSK】――【レイ・スターリング・キラー】――だけでも【聖騎士】で編成された近衛騎士団を楽に蹂躙できたはずだ。それに街中にモンスターを解き放つ仕掛けもしなくて済む。

元々1度ミリアーヌを餌に、リリアーナを殺そうとした計画を潰した俺を折るための計画だ。あの執念深さなら、俺にギデオンが壊滅される様を見せつける意図もあると思うのだが。

フランクリンはその質問にわざとらしく考え込むポーズを取り、指を3本立てた。

 

『大まかに理由は3つ。1つは君が予想している通り。王国もとい、君を完膚なきまでに圧し折らせる為だよ』

 

「となると、2つ目は【RSK】をより完璧に近づける為か?」

 

ついさっき、【RSK】との戦闘中に種明かししたのを思い出す。

昨日の今朝方、【劣化快癒万能霊薬】と【ケモミミ薬】のブレンドポーションに潜ませた【PSS(ピーピング・スパイ・スライム)】を飲ませ、ゴゥズメイズ山賊団との戦いで俺の戦法を――1つを除いて――全て把握していた。

ネメシスのスキルも、《煉獄火炎》も、《地獄瘴気》も、聖属性攻撃も効かず、ただの攻撃も、《地獄瘴気》と《逆転》のコンボもさせない。

近衛騎士団がここまで苦戦したのも、俺が左手を【炭化】させてようやく倒せたのも、【RSK】に【PSS】で得た情報を基に改造したのだから。

――ヤバい、思い出したらまた吐き気がしてきた。

 

閑話休題。

 

 

だが後の1つ、奴の言うイレギュラーはなんだ?俺は朦朧となっている頭を必死に回転させて該当する人物を探していく。

見当の付いている〈超級殺し〉。

圧倒的な攻撃力で寝返り組のマスターを蹂躙した姉妹。

決闘ランキングにも名を刻んでいる、実力者の面々。

どれもこれも俺の中で違うと思っている。が、それ以外に俺が知りうる人物はいないはずだ。フィガロさんや迅羽も候補に入りかけたが、闘技場に閉じ込められていることを前提の為すぐに除外した。

やがてフランクリンが腕を交差させてバツ印を作る。

 

『ざんねーん!タイムアップでーす!』

 

すげー腹立つ。

 

『じゃあ改めて正解は……メイプル・アーキマンの〈エンブリオ〉さ』

 

『「あ……」』

 

俺とネメシスが同時に、我ながら間の抜けた声を出してしまった。

 

 

 

――俺は毒の混入を見抜けるんだよ。

 

 

 

至極、あっさりした答えだった。こんな状況でも思わず呆けてしまった。

あの時ヒドラが、ひいてはメイプルがいなかったら俺はこいつに毒殺されてたのか。

 

『あの時の大立ち回りは凄かったねぇ。お陰でこっちも情報得られてラッキーってことで、彼女の分はチャラにしておいたよ。まあ、先んじて用意した五百体には『彼女が特定のスキルを発動した時、15メートル以内から離れ、近付かないこと』と急ピッチで命令したもんだから忙しかったですよ』

 

『このツケは君に払ってもらうからねぇ』とフランクリンは肩を回す。相当大変だったんだな。

どのみち俺の戦術を知るため【RSK】を投下。それが無理なら数の暴力で潰してしまおうという算段か。

無駄な話に思わず足を止めてしまったが、俺のやることは変わりない。

俺は少しでも時間を稼ぐべく、ギデオンへと突き進む五千の悪意の先頭へとシルバーを駆けさせた。

 

 




(・大・)<本日連続投稿。


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極振り防御と狂宴ゲーム。“えんてい”。

(・大・)<本日2話目。

(・大・)<話の都合上、いつもより倍の長さになってしまいました。


決闘都市ギデオン西門周辺。

 

 

複数の悪魔を従えるオーンスタインを討つべく、ミィ、ドレッド、シン、炎羅が迎え撃つ。

1体1体は大した力は無い。だが、降り注ぐ槍は致死の雨と言っても過言ではない。

【イヴィル・ランスバード】は持続時間こそ短く、【ソルジャー・デビル】に比べると、MPは0、LUCは3、AGI以外は50と脆弱であるものの、AGIが300という高速特攻を持ち味とする。尖った性能と軽いコスト。使いこなせれば【ソルジャー・デビル】の物量戦以上の成果を果たせる尖兵だ。

それだけでも十分厄介なのに、【黒土魔術師(ランドマンサー)】のマスターが地面を隆起させて作った防壁の影から【銃士(ガンナー)】系統に就いたマスターが銃撃で援護するので中々拮抗を崩せない。

 

「ミィ、大技で吹っ飛ばして!」

 

「それができたらもうとっくにやっている!」

 

【大炎龍道士】に限らず、【道士(タオシー)】系統は【魔術師(メイジ)】と違い、魔法スキルを使うには【符】を要する。つまり、大技になればなるほど大量の【符】を設置する必要があるのだ。

相手もそれを見越してか、【イヴィル・ランスバード】をすぐに全軍特攻させるわけではなく、突撃する悪魔を数体に分け、時間差で突撃を指示して攻撃の合間が途切れずに襲い来る。

 

「ただの物量戦のごり押しよりも、波状攻撃で隙を極力減らしてんのか」

 

ある種理に適っている戦闘方法であり、【魔将軍(ヘル・ジェネラル)】本来の戦い方でもあるだろう。

しかし、悪魔の特攻を捌きながらもドレッドにはある疑問が生じていた。

 

「おい、もう2分以上経ってるだろ?」

 

「……何のことですか?」

 

「そいつの時間だよ。上で旋回してる奴ら、もうとっくに消滅してても良いんじゃねぇのか?」

 

ドレッドの言う通り、【イヴィル・ランスバード】の召喚時間はたったの10匹召喚して2分。3千というAGIでも【狙撃名手】の有効射程範囲程度しか届かない。

それなのに、オーンスタインの頭上で旋回する10匹の鳥型の悪魔は時間を経過した後でも旋回を続けている。

 

「ああ、彼らですか?私の〈エンブリオ〉をコストに使っているからですよ」

 

そう言って腰に下げた袋から一握り分の土を取り出す。

 

「“我、ここに己の系統樹の証を捧げる――開け放たれる地獄の窓より現れて、天を覆え魔鳥”――《コール・イヴィル・ランスバード》」

 

その土が光の塵となり、地面から闇が瘴気のようにあふれ出る。その瘴気から巣立つように現れる、【イヴィル・ランスバード】の群れ。

だが、注目するのはそこではない。

 

旋回している【イヴィル・ランスバード】が自らの肉体から、別の【イヴィル・ランスバード】が産まれたのだ。

 

直後に抜け殻の役割を担った【イヴィル・ランスバード】が突進してきた。

 

「……増殖スキルか!?」

 

思わず叫ぶミィ。

その推測は、半ば当たっていた。

 

 

 

 

オーンスタインのエンブリオ、TYPE:アームズの【増殖捲土ソクジョウ】。

補正ステータスも低く、単体では何の意味も効果も与えないただの土で、当初彼も生産系〈エンブリオ〉と思い作物に試してみたが、それが育つ形跡は見受けられなかった。

お陰で彼はクランの中での活動は主に事務処理をこなしているだけだった。

クランが皇国からの破格の褒章を貰っても自分に回ってきたのは微々たるものだった。

他のメンバーから嘲笑交じりの陰口を叩かれても何もできなかった。

それでも彼は感情を表に出さなかったが、彼の中の不満は日に日に増していった。

彼が自分の〈エンブリオ〉の真価に気付いたのは、第一次戦争から2週間ほど後のことだった。

【降魔士】として自身の〈エンブリオ〉を生贄として悪魔を召喚したとき、戦闘を終えて悪魔が還る時時に気付いたのだ。

召喚した覚えのない2体目の悪魔が存在していることに。

それこそがソクジョウの唯一かつ、絶対的なスキル――時間経過による分裂増殖。

 

その数日後、上級職の【悪魔騎士(デビルナイト)】に就いた後、【イヴィル・ランスバード】を召喚して試したところ、分裂で産んだ側の【イヴィル・ランスバード】は時間通り消失したが、産まれた側はそこから時間まで生存し続け、同じように消滅した。

そこから彼は、まるでカードゲームのデッキ構築を考えるかのように、召喚可能な悪魔を片っ端から召喚しまくり、実験と称して日頃彼の陰口を叩いてストレスを発散していた〈マスター〉を皇国の初心者狩場で潰しまくったのだ。

 

時間を追うごとに増える悪魔。最初彼を侮っていたマスターは泉の如く増え続ける悪魔の軍勢に半ば恐怖を覚え、とうとう力尽きて悪魔の蹂躙を受けて消滅していった。

 

 

その頃から暫くして、クラン内でも度々彼に対してこんな評価が上がっていき、口々にぼやかれた。

――『ローガンが別の超級職に就いていたなら、コイツが最も【魔将軍】に相応しい戦い方をしているんじゃないか』と。

 

 

 

 

ふいに、鳥型悪魔の1匹が4人の防衛線を通り抜ける。その標的は、拘束されたユーゴー・レセップス。

 

「――ッ!」

 

その攻撃を、《炎帝の国》のマスターの一人が体当たりをしてユーゴーを突き飛ばし、【イヴィル・ランスバード】に貫かれる。

 

「――おい!」

 

「ミィ様……シン様……!後は……」

 

身を挺してかばったマスターは後を託して消滅。

己の不甲斐に苛立つのを抑え、ミィは火炎魔法で悪魔を焼き払う。

 

「――よし!」

 

ドレッドが焼き払われた悪魔の陣形の隙を見出し、《跳躍》を駆使して間合いを詰める。

オーンスタインもそれに気付き、【デビル・ソルジャー】で正面を固める。

 

「避ける訳ねぇだろ?」

 

悪魔の軍勢が正面に現れたのを見計らい、跳躍。壁として集まった悪魔の頭を飛び石の要領で踏み越えていき、オーンスタインへと迫る。

そして完全にオーンスタインを捉え、構えた短剣ですれ違いざまに切り裂けば終わる。

 

「――!」

 

だが、その刃はドレッド自らが収め、手甲から街灯に鎖を飛ばし、巻き付ける。

そして着地するように両足を前に出すと、オーンスタインの前方3メートルのあたりでダンッ!と足を付け、そして跳躍で距離を取る。

 

「なんだ、防がれた!?」

 

「あれは――【障壁術師(バリアマンサー)】の《クリスタルバリア》!」

 

「防衛の術は会ったほうが良いでしょう?」

 

ちらりと後目にいる〈マスター〉を見ながらさも当然だと言わんばかりの言葉を返す。

【障壁術師】――魔術師系統の派生下級職。

攻撃魔法のほとんどを犠牲に防御に特化したものであり、地属性に分類される粒子魔法の応用たる《クリスタルバリア》はその代表的な魔法スキルだ。

更に言えば【降魔士(サタニスト)】等の超級職に【将軍(ジェネラル)】を含む職業は、基本運用は指揮官であり、全体的にステータスは超級職の分類で比べれば低い。自衛スキルを持たずに一人の戦士として攻撃に回るのは自殺行為に等しいだろう。

それならば、自衛スキルを持ち込み自らは指揮する悪魔の支援に回るのが一番適した戦い方だ。

 

「ねぇ、もうそろそろ教えてくれないかしら?どうして彼らを狙うの?」

 

「理由ですか。それは至極簡単ですよ。――彼は裏切った。それですよ」

 

「裏切った?」

 

一瞬疑問符が上がったが、すぐに納得した。

本来のフランクリンの計画なら、ユーゴーはこのままギデオンを拠点とするマスターを凍結で足止めさせ、レイ以外を通さない算段だった。

それをフランクリンが発動したプランCを知った時、彼は自らの意思で《地獄門》を解除した。

オーンスタインはそれを裏切り行為とみなし、襲い掛かってきた。遊戯派の彼の行動は当然と言えば当然だ。裏切り者を放置すれば、いずれフランクリンの計画に支障が出る可能性を放っておく訳が無い。

 

「やはり、まとめて吹き飛ばしたほうが効果的ですね。頼みます」

 

やがて痺れを切らしたようにオーンスタインが指示を下す。同時にオーンスタインは《コール・デヴィル・レジメンツ》で【ソルジャー・デビル】を呼び出した。

そして指示を受けたマスターが先程よりも激しい銃撃を行い、後方で待機していたマスターが1メートル台の球状の岩塊を作り上げる。

 

「ったく、面倒ごとを次から次へと――!」

 

銃弾をはじきながらドレッドがぼやいた直後、岩塊の陰に回ったマスターが銃撃。ビリヤードの要領で転がる岩塊を放ち、直線状にいたドレッドを轢き潰す。

 

「よっし!1人殺ったぞ!」

 

「――クソッ!《紅燕》!」

 

ミィが悪態と共に、【符】を用いた魔法を放つ。

標的はそろってオーンスタインへと定めて突進し――吸い込まれるように消滅した。

 

「何!?」

 

「時間ですね」

 

ミィ達の驚愕と同時、オーンスタインが呟く。

それと同時に周囲の悪魔が次々と消滅していく。

そしてオーンスタインの頭上に、禍々しい炎が集まっていく。それがバズーカを構えたマスターの砲口へと吸い込まれていく。まるで先程ミィの《紅燕》が消えていったように。

 

「……シン、防御に徹しろ」

 

「待て、君はどうするつもりだ?」

 

その光景を見て腹を括ったかのように指示を下すミィに対し、ユーゴーが彼女を呼び止める。

ミィはユーゴーを一瞥すると、袖の中から仕込んだ【符】を取り出し、告げる。

 

「あの攻撃を相殺する」

 

「待て!君一人であれをどうにかするというのか!?並大抵の海属性の【符】でもあれは防ぎようが――」

 

「悪いが海属性の【符】は使ったことも作ったことも無い。だが、減衰は無理でも相殺爆破は可能だろう」

 

バズーカに炎が溜まっていく中、ユーゴーは防げないと断定する。

それでもミィは動じることはない。

 

「いいから離れなさい。巻き添え喰らっても知らないわよ。そこの番兵も急いで!」

 

ユーゴーとキューコを下がらせる。番兵もシンの後ろへと集めた所で、SP回復ポーションを嚥下したシンが金の刀身の剣と銀の刀身の剣を構える。

 

「いきなり最大だぜ!《次々増える魔法のお菓子(ポケットビスケッツ)》!!」

 

10万もの分裂体が宙にばらまかれると、刀身の無い剣を振るう。分裂体はそれに応じて自らシンの正面の地面に次々と突き刺さり、巨大な壁を作り上げる。

その直後、ミィが【符】をばら撒き、それらが紅く光るのと、チャージを完了したマスターが砲口を正面へ向けた。

 

「《炎龍灼火――紅龍炎》!!」

 

「《猛り狂う火炎の咆哮(チャンティコ)》!!」

 

片や奥義、片や必殺スキル。2つの炎がぶつかり、爆発と共に衝撃と熱波が周囲へと広がっていく。

 

「あっつ……!」

 

「しっかり気ィ張れよ!これでも全力の防御なんだからなぁ!」

 

炎から守られたといえど、熱気は止めようがない。シンも、ユーゴーも、番兵も熱波と黒煙を受けて【熱傷】を負う。

やがて爆発からの煙が晴れると、西門周辺は凄惨な有様となっていた。

家屋の木造部分は芝生は火を立て、石は表面を焦がして煙を立ち上らせ、街灯は熱で歪んでしまい、もう街灯として機能しないだろう。

そしてミィは、炎と熱をまともに食らい、ヒトのカタチを保っているとはいえ、その身体は完全に【炭化】してしまっていた。

地獄の業火でも投下されたかのようなその光景に絶句していたが、やがて一人のマスターが声を上げる。

 

「やりぃ、超級職の丸焼き一丁」

 

それが発せられたのは、オーンスタインの側だった。

心無い言葉を発したのは、石壁の先でバズーカを構えたマスターだった。

 

「味方の土魔法で余波を防いでいやがったのか」

 

「当然でしょう?彼の必殺スキルは膨大な熱量を欲していてね。前にさっきの奥義を使えるかどうか試したのが功を奏したよ」

 

男の〈エンブリオ〉、【真火砲哮チャンティコ】。

外部リソースの炎の熱量を吸収し、蓄えた熱量を弾として砲撃するTYPE:アームズのエンブリオ。

蓄える炎は自然火でも魔力火でもなんでも良い。蓄えれば蓄えるほど弾も増え、威力も上がる。例えば【紅蓮魔術師(パイロマンサー)】の奥義《クリムゾン・スフィア》1発なら、同等の威力で1発生成できる。それを分断してファイアボール級の威力の弾丸を複数生成するのもできる。

最大の必殺スキルは60秒のチャージ後、ストック全てを使い切った火炎の砲撃。例え直撃を防いでも、爆心地の熱や炎が空気を焼き尽くし、【窒息】を齎すだろう。

弱点の一つは1発1発の弾の威力は固定されており、弾2つ分を一撃で放つことはできても、1発分を割いて威力を低い弾として放つことはできないということだ。

ある種、〈炎帝〉と呼ばれるミィに対してのメタとも言えるだろう。

強いて言うならレイ対策として《煉獄火炎》を封じる事も、《カウンター・アブソープション》のストックを減らせることも出来ただろう。最もフランクリンは、一発でも撃てば《復讐するは我にあり》で反撃されるリスクを知って配置しなかったが。

 

「さ、もう良いでしょう。あなたがたのオーナーは今灰燼となった。もう受け入れなさい、負けを」

 

もう終わりだと言わんばかりに、オーンスタインが投降を促す。

最早目の前でミィも倒され、残る〈炎帝の国〉の面々もその光景で折れているだろう。後は残る雑兵とシン、裏切り者のユーゴーを始末して任務に戻ればいい。

 

「全く、舐められたものね。〈炎帝〉のミィ様も西方には名を轟かせ切れなかったのかしら?」

 

勝ちを確信していたオーンスタイン達の思考を遮り、炎羅が呆れたように声を上げる。

オーンスタインもチャンティコのマスターも、ユーゴーとキューコさえも呆けていた。

 

「というか、ミィを炎で殺そうなんて100万年早いわよ。そうでしょ?」

 

すたすたと焦げ付いた石畳を歩み、焼死体と化したミィに呼びかける。

 

「は、はは……何言ってんだあの女。とっくにくたばってる相手に抜かしてやがるよ」

 

「……おかしい」

 

ユーゴーは炎羅の言葉で異変に気付く。

〈マスター〉であるミィの焼死体が()()()()()()()()。本来ならとっくに消滅している時間だというのに。

 

「…まさか……!」

 

何かに気付いて言い切る前に、突如発火した炎がミィの焼死体を包む。

異様な光景にオーンスタイン達やユーゴーがが戸惑う中、必殺スキルを解除したシンがユーゴーに言葉を投げかける。

 

「お前、さっき訳が分からないって言ってたよな?」

 

「え?ええ……」

 

「アイツは最初っから避ける気なんて無かったんだよ。後ろにいるルーキー達に被弾しないためにもな」

 

「あ……」

 

「お前、フランクリンの件で気が動転してたんだろうな」

 

確かにミィが回避の指示を出していれば必殺スキルで“スーサイド”シリーズの掃討にあたっているレイやルークを含めたマスターを吹き飛ばしてしまっただろう。

それを阻止するためにもミィは奥義を用いて必殺スキルの相殺を選んだのだ。

 

「……馬鹿げている」

 

オーンスタインが絶句する。今の行動は【符】の量を誤れば味方諸共やられてしまう諸刃の剣だ。多すぎればより周囲への被害は甚大となり、少なければ押し負け、シン達すらその攻撃に巻き込まれていた。その絶妙な力配分をミィはあの一瞬で成し遂げたのだ。

それに、それ以前に、いかに不死の〈マスタ―〉といえど、自ら炎の奔流に身を置こうと考える者はまずいない。それこそユーゴーが昨日共に戦った、フランクリンが宿敵と見定めたルーキーのような人でもない限り。

それでも自分たちの目の前でそれを成した相手は、やがて炎に包まれながらむくりと形を起き上がる。

――まるで、中にいる人間が生き返ったかのように。

 

「――やるぞ、炎羅」

 

「了解よ」

 

炎をかき分けるように振り払った炎帝に、彼女は答える。

同時に2人が駆け出す。

 

「1分お願いしますよ」

 

「任せとけ!」

 

すかさず先程のバズーカのマスターが【紅蓮魔術師】の火炎魔法と共に砲撃を繰り返す。

ミィは火球の攻撃を回避し、炎羅が炎を引き裂いた。そして一瞬で肉薄すると、その肉体に掌底を叩き込む。

吹っ飛ばされると同時に全身に炎が纏わりついた。

 

「うごぁ!?」

 

それでもそのマスターは致命傷とはならなかった。彼の懐から砕けた【ブローチ】が零れ落ちる。

直後に他のマスターが銃撃で炎羅を引き離し、火だるまになったマスターも地面を転がって鎮火させる。

 

「炎を使う〈エンブリオ〉だ!」

 

彼らからすれば、炎羅は掌に炎を宿し、炎属性を付与する武術を得意とすると判断する。それに今まで隠していたのは近接攻撃のみということ。それなら銃撃で制圧してしまえばいいと安易に判断する。

だが、一部のマスター――ユーゴーは半ば確信していた――そうでないと言いたかったが、あえてその言葉は口にしなかった。

 

「準備完了ですよ――《コール・デヴィル・メガロファイター》」

 

オーンスタインが合図とともに召喚したのは、人間大の悪魔だった。

1.5メートル強の身体に金属鎧を纏い、ヴァイキングの兜を被った頭部は人の頭蓋骨にそのものに色を変えたようなものだった。そして自分の身の丈と同等の、メイスのような棍棒を担いでいる。

これまで召喚した【イヴィル・ランスバード】や【ソルジャー・デビル】とは比べ物にならない、【悪魔騎士】が召喚しうる最大級のインスタントの悪魔。その性能は、逸話級と同等の力量を誇る悪魔の戦士。

 

『WOOooo……』

 

「まったく、本来これはベテラン連中を潰す為の切り札だったんですがね」

 

「どういう意味だ?」

 

「逸話級〈UBM〉相当なんですよ。この悪魔はね」

 

「その通りだ!AGIは2千5百、STRとENDは3千もあるんだぞ!」

 

口調は変わらずとも、絶対的な自信がその口ぶりから感じられる。取り巻き達も切り札の登場に興奮している。

それでも彼女らは引く気などない。もし引いたり、倒されたりしたら彼らは奥で足止めしているルーキー達にこの悪魔をけしかけるだろう。

 

「ミィ、ここで止め――」

 

シンも必殺スキルを解除して迎撃しようとし、炎羅がミィに投げかけた所で――言葉は遮られた。

亜音速で肉薄した【メガロファイター】に棍棒をまともに受け、壁に叩きつけられ風穴を開ける。

 

「よっしゃぁ!まず1人!」

 

「流石【メガロファイター】!一撃でデスペナだぁ!!」

 

「――いいえ」

 

他のマスターが炎羅のデスペナルティを確信していたが、オーンスタインだけは未だに土煙を上げる民家の壁を見て動かない。

直後、土煙が晴れた場所に炎羅は倒れていた。所々出血し、ボロボロになっているものの、呼吸を示すように胸が僅かに上下している。即死とまでは至らなかったようだ。

 

「今ので死なないとは。やはり【ギーガナイト】より下なのは否めませんね」

 

だがそれでも炎羅に抵抗する力は残っていない。

ゆっくりと迫る【メガロファイター】は、倒れる炎羅の前まで近づくと棍棒を彼女の顔に向け、振り上げる。

そして棍棒を振り上げ、炎羅に止めを刺そうとした時――、

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

背後から飛んできた炎が炎羅を焼き尽くした。

 

『Wo!?』

 

「――んなっ!?」

 

「はぁ!?」

 

召喚された【メガロファイター】を含め、〈炎帝の国〉所属のマスター以外の全員が絶句した。

その炎を放った人物は他の誰でもない、ミィ本人だったのだ。

 

「あ、貴女何を……!?」

 

「悪いが、もうこれ以上お前達に付き合う必要はない。次で決めさせてもらう」

 

「そっ、それが今の攻撃とどう関係してるんだよ!?」

 

チャンティコのマスターの言葉はこの場にいるほとんどの者の代弁に聞こえた。

彼の言葉を受けてミィは言葉を返した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――《紋章偽装》解除」

 

それは、スキル解除の宣言だった。

凛とした声と共に、炎に包まれた炎羅の左手の甲に刻まれた紋章が、炎に焼き尽くされるかの如く消える。

キューコが「やっぱり」という呟きと同時。炎の中で炎羅がむくりと起き上がり、同時に人の姿を捨て去ってその身に炎を纏う。

5メートルを誇る体長、その肉体全てが炎で形容されているかのような、赤々と燃え滾るその姿となり【メガロファイター】を焼き尽くして飛翔する。あたかも、ミィの内に宿る炎を具現化したような威容。

これこそがミィ・フランベルの〈エンブリオ〉。

 

 

TYPE:メイデンwithガーディアン――スザクの真の姿。

 

 

そこでオーンスタイン達は思い知らされたのだ。

自分達がとんでもない大ハズレを引いてしまった事に。

 

「めっ、【メガロファイター】!早くミィのほうを――」

 

「《スニーク・レイド》!」

 

今度はオーンスタインの言葉が途切れた。

背後からの一閃で首を斬られ、【救命のブローチ】を砕かれる。そして瞬く間に他のマスターにも斬撃が浴びせられ、身代わり系アイテムが全損。攻撃を防ぐ手立てが無くなってしまった。

いきなりの不意打ちに混乱する最中、火の鳥と化したスザクが炎を滾らせて急降下。避ける間も無くオーンスタイン達を中心に大爆発が巻き起こった。

爆心地からは炎が立ち上り、人影は跡形もなくなっていた。

 

「……ドレッド、いつからだ?」

 

「悪いな。あの悪魔が出た時にケリをつけるつもりだったが、お前の〈エンブリオ〉を利用させてもらったよ」

 

すらり、と黒い刀身の短剣を見せるドレッド。

『全く紛らわしいわね。死んじゃったかと思ったじゃない』とガーディアン形態の炎羅が呆れたようにずい、とドレッドに顔を寄せる。

 

「まあいいさ。お前はこれから向こうの援軍に行くのか?」

 

「そのつもりだ。シン、お前らは――」

 

「解ってる。お前ら、俺らはギデオンのモンスターとPKを潰しに行くぞ!」

 

HPポーションとSPポーションで体制を立て直したシンが残った〈炎帝の国〉のマスターに声をかける。

彼らは素直に応じたが、一人だけそこに待ったをかけた。

 

「あの……シン様、彼はどうするのですか?」

 

「ああ、放っておいても問題はねぇよ。さっきの連中の独断であれそうでなかったであれ、アイツにできることはない」

 

シンはそれだけ言うと〈炎帝の国〉のマスターと共にPKやモンスター征伐へと行動し、ドレッドもまた単独行動。ミィは炎羅と共に〈シャンド草原〉へと飛んでいった。

 

「…………」

 

そして、一人残されたユーゴーは深く息を吐く。

正直、シンの言っていたことは半ば否定しきれない。

それでも彼は、彼女――ユーリ・ゴーティエはフランクリンを――フランチェスカ・ゴーティエをこのまま見捨てる選択を持ち合わせてはいない。

 

「…………私は、どうすればいいのかな」

 

その呟きに対して、誰も答える者はいなかった。

 

 

 

 

 

【フランクリンのゲーム第3試合:西門周辺の戦い】

 

敵陣:盤上の“ジャック”ことオーンスタイン及び、〈LotJ(ロウ・オブ・ザ・ジャングル)〉のマスター5名。

 

自陣:ミィ、シン、ドレッド。

 

勝者:ミィ・フランベル、シン・ライアース、ドレッド・ジェフリー。

 

備考:ユーゴー・レセップスの防衛成功。

 

 




※ミィの〈エンブリオ〉

(・大・)<炎羅がミィの〈エンブリオ〉だったんだよ!!

( ̄(エ) ̄)<ナ、ナンダッテー(棒)

(・大・)<何その知ってたような口ぶり。


※LotJの5人。

(・大・)<一応あいつらはクランの中じゃ中の下。

(・大・)<オーンスタインは中の上辺り。


※クラン内のぼやき。

(・大・)<ざっくり比較するとローガンは強い悪魔を使ってのごり押し蹂躙。

(・大・)<オーンスタインは自身は指揮官に徹して相手や戦略に応じて悪魔を使い分けるタイプ。


※ドレッドの不意打ち。

(・大・)<トリックのタネはまた後日。





感想OKです。


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閑話:極振り防御と狂宴ゲーム。ぎょうてん。


(・大・)<ここで【破壊王】発覚。

(・大・)<バトルの連続で疲れたんでこんな番外編を作りました。

(・大・)<でもやっと3章の終わりが見えてきました。



 

決闘都市ギデオン 10番街【闘牛士(マタドール)】サリー・ホワイトリッジ

 

 

俗に貴族街と呼ばれるこの街は、私達のようなプレイヤーが無断で立ちいる事は許されない。

だけど、今回のような状況なら話は別。誰もいなくなった貴族街を、私は走っていた。

いや違う、追いかけられていた、だ。

 

「いたぞ!あのガキを追え!!」

 

私を追いかける50を超える寝返り組。少しでも足を止めれば彼らにリンチにされるだろう。

大通りから路地裏へ逃げると、正面には魔法職らしきプレイヤー数名が待ち構えていた。

 

「そっちに逃げたぞ!魔法で潰せ!」

 

「《ガスティエッジ》!」

 

「《ヒート・ジャベリン》!」

 

「《メーザーショット》!」

 

風の爪、炎の槍、レーザーが迫る。

多種多様な攻撃は一瞬で私を潰すだろう。

それでも私は、こんなところで死ぬつもりは無い。

レーザーを跳躍で回避して壁に足を付け、どっかの配管工宜しく壁の間を跳躍で渡って魔法を回避する。

 

「嘘だろぉ!?」

 

「2人とも、今!」

 

「「《投擲》!!」」

 

降り注いできたのは瓦礫の欠片。頭部やら顔面やらに直撃し、ぶっ倒れる。

当然その瓦礫を投げた主はユイちゃんとマイちゃん。馬鹿みたいに高いSTRから投げられる瓦礫は上級のベテランでもたまったものじゃないだろう。

大ダメージを受け、足並みが乱れた所へ――、

 

「今だ、かかれ!」

 

物陰に隠れていたプレイヤーや衛兵達が雪崩れ込む。

レベル差があろうとも、瓦解した陣形の中で集中攻撃を受ければタダじゃすまないだろう。ユイちゃんとマイちゃんも参加し、天上から飛び降りて、落下の直前に豪快に叩き潰していく様に、敵味方お構いなしに顔を青くしていた。

そりゃそうだよね。あんなので潰されたらひとたまりもない。私だったら一撃で死ねる。

暫くして戦闘はプレイヤー数人がデスペナルティになるも、結果的は勝利した。

 

「だいぶ数が少なくなりましたね」

 

「うん。最初に比べればモンスターもPKも減ってきている」

 

〈炎帝の国〉と〈集う聖剣〉。この2つのクランが率先してPKやモンスターの征伐に当たっているおかげか、ティアンの衛兵や騎士への被害も最小限に抑えられている。

そろそろ寝返り組の数も減ってきているし、このふざけたゲームの終わりも近いのだろう。

 

「お姉ちゃん、着ぐるみさんだよ!」

 

「本当?」

 

ふと見上げたユイちゃんに続き、マイちゃんも見上げる。

私も釣られて見上げると、そこには夜空に映し出された中継映像が、映写機のように映し出されている。場所はギデオンの西側にある〈シャンド草原〉という所だろう。

そこに対峙しているのは、原形をかろうじて留めているコートを着たレイさんと、クモの脚と立方体と竜の頭を繋ぎ合わせたような、醜悪で巨大な怪物に乗り込む白衣の男。そして半裸に頭を隠すように毛皮を着た男がレイさんの傍で、白衣の男に宣言している所だった。

あれ?着ぐるみさんは?

 

『あー、テステス。聞こえるか、フランクリン』

 

『……聞こえてるよぉ』

 

『応、そうか。ひとつ言いたい事を言ってやるよ』

 

『……何だい、それは?』

 

『今夜お前主催のゲームで、お前は最大のミスを犯した』

 

毛皮の男はそこで言葉を区切り、

 

『――それは、“弟”と“俺”を敵に回したことだ』

 

……弟?

確か、〈Infinite Dendrogram〉じゃレイさんは『レイ・スターリング』って名前で……

 

「……あれ?スターリング?」

 

待てよ。レイさん以外にその名前使ったのって確か……。

 

『だから宣言するぜ、フランクリン』

 

 

 

 

 

 

 

 

『お前ご自慢のモンスターは――この【破壊王(キング・オブ・デストロイ)】がまとめて“破壊”してやる』

 

――そうそう、カフェのオープンテラスで会ったあの着ぐるみの人が……え?

 

「え?いや、ちょ?え、嘘?あれ?え、なんで?まさか?あれが?ほんとに?」

 

今、私の頭は情報過多でオーバーヒートを起こしているに違いない。

昨日会ったあの着ぐるみが、

レイさんのお兄さんで、

王国の〈超級〉で、

王国の討伐ランキングトップで、

“正体不明”の【破壊王】であると。

――情報が多すぎない?

 

「やっぱり聞くと見るとじゃ大違いなんだね」

 

「!?」

 

不意に呟いたマイちゃんの言葉に私はぐりん、と効果音が付きそうな勢いで首を振りぬいた。

それ、まるであの人の正体を知っていたみたいだよね?

 

「……知ってたの?」

 

「あ、はい。私達レイレイ師匠のお話から、着ぐるみさんが【破壊王】だって知ってました。あの姿も師匠から聞いて知ってましたし」

 

「あの常時着ぐるみのトンチキプレイヤーが王国討伐ランカートップだったの!?」

 

「サリーさん!そんなはっきりと大声でトンチキ呼ばわりしちゃかわいそうですよ!」

 

ユイちゃんに指摘された直後、マイちゃんから「ユイもはっきり言いすぎ」と嗜められた。

 

「と、とりあえず私は一度中央大闘技場に戻るから、後宜しく~……」

 

ここにいたんじゃ頭がパンクしちゃう。

中央大闘技場へと戻る道中、私は中継映像を見るに見られなかった。

そして今後、あの着ぐるみ相手にどう接していいのか悩んでいたのはきっと忘れられないだろう。

 

 




(・大・)<今回は短め。

(・大・)<そしてフランクリンのゲーム、

(・大・)<残り2戦。


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極振り防御と狂宴ゲーム。■■■。

 

決闘都市ギデオン 2番街【盾士】メイプル・アーキマン。

 

 

デンドロで数日前から度々足を運んでいる4番街も、すっかりPKやモンスターによって静まり返っていた。

私の足だと相当時間が掛かっただろうが、ジュリエットの飛行能力は私の100倍以上の速度で到着した。

 

「私はギルドのほうへ行ってきます」

 

「任せた」

 

私はギルドへ、そしてジュリエットは周囲のPK掃討へと向かっていった。

 

 

 

 

もうほとんどの寝返り組やモンスターを討伐してくれたか、私が冒険者ギルドに行くまでの間はPKに遭遇することも無かった。

 

「誰かいますかー!?」

 

その一声と共に冒険者ギルドに入ってみる。

誰の声も返ってこなかったが、不安になって探してみると10人ほどの受付の人たちが一塊になっていた。

 

「逃げ遅れた方ですね。大丈夫ですか?」

 

「す、すみません。モンスターが現れたので思わず……」

 

「だったらここにいてください。助けを連れてきます」

 

ここから中央大闘技場まではかなり距離がある。10人もの大所帯を連れ歩くのは流石に危険すぎる。

ジュリエットに運ばせるのも手間が掛かる上に、あの速度だと物理的にこの人達の身が持たない。

あの人の近くにもPK討伐に向かっている人がいるなら手伝ってもらえるから、そっちのほうが効率が良い。

ギルド受付の人たちにここから動かないよう念を押してジュリエットの所へ戻ろうとした時、後ろから声をかけられた。

 

「おーおー、俺も随分幸運に恵まれているようだな」

 

「!!」

 

ギルドの入り口からの声に振り返る。

魔術師風の衣装に身を包んだその人物は、逆光でよく見えないが肉体はまるで生きている人とは思えないほど痩せ細っている。まるで現実での今の自分を思わせる。左手に紋章があるから〈マスター〉だろう。

その左手には鎖が巻き付いていて、引きずって来たかのような棺桶につながれていた。

 

『味方……な訳ねぇよな』

 

こんな時に希望的観測ができるほどおめでたくはない。

 

「――【盾士】か。まあいい、こいつの遊び相手にはもってこいだろう」

 

ぐい、と鎖を引く。

その瞬間、睡眠から起こされたかのようにガタガタと棺が震えだす。

確か【大死霊(リッチ)】にはアンデッドを使役したりするスキルがあったと思い出す。

十中八九、あの棺桶から相手が使役したアンデットが出てくる。気を引き締めて盾を構えようとした時、

 

『防げ、メイプル!』

 

突然ヒドラがそんなことを叫んだ瞬間、私の身体に衝撃が走りカウンター奥の壁へと叩きつけられた。

 

「が……ッ?!」

 

一瞬何が起きたのかわからなかった。

床に落ちてから無理矢理身体を上げると、1匹のモンスターが腕を振り抜いていた所だった。

所々肉や骨が見えるその異形は、死者たるアンデッドだと物語っている。しかもそのアンデッドを改造したのか、右手首から先は鉄球、左手首から先は、鋭利な5本の刃物に置き換えられている。

明らかにフランクリンが用意したモンスターとは一線を画している。

 

「ククク……こいつは最近できたお気に入りの1体でな。名前はそうさな……【VIK(ヴァイオレンス・イモータル・コング)】とでも名付けようか。やれ【VIK】!まずはそのガキを潰せ!」

 

『VUGAAAOOOOOO!!!』

 

ヒドラの解説も束の間、ゾンビゴリラ――【VIK】が再び攻撃を仕掛けてきた。

まるで廃屋撤去に使われる鉄球のような衝撃が、空気を裂く爪が、【VIK】の攻撃を受ける度に凄まじい衝撃が伝わってくる。

それでも盾を構えて何とか攻撃を防いでいく。

 

「んぎっ……」

 

けど、例え痛みが無いとはいっても純粋な衝撃は伝わってくる。

衝撃を受ける度に腕に痺れが蓄積していく。

 

『このままじゃ埒が明かねぇぞ!』

 

ヒドラの言う事は尤もだ。

だけど《第1の首は猛毒滴る竜鱗の盾(メナスティル・ヴェノム)》を使ってもアンデッド相手には効果がない。

今更ながら、攻撃スキルの乏しさが悔やまれるが、そんな場合じゃない。

 

『VUGAAA!!』

 

「ぅあっ!!」

 

【VIK】が放った爪の一撃で、初ログインから使っていたアイテムボックスが破壊され、中身がばら撒かれる。

 

「ハハハハハ!コイツは亜竜の【亜竜剛腕猿(デミドラグ・アームドコング)】を素体にした改造アンデッド、実力は亜竜級以上だ!たかがルーキー風情に倒せる代物じゃないんだよ!」

 

【大死霊】のマスターが勝ち誇るかのように笑い声をあげる。

確かにこのモンスターは、私が戦った中では強さは別格。おまけに毒が通じない相手となれば私の相性とは最悪だ。

とてもじゃないが、私1人じゃ勝ち目がない。

決着を思ったのか、【大死霊】のマスターが視線を私からカウンターへと向けた。

その途端、私の脳裏に嫌な予感が浮かぶ。

 

「あなた、何を……」

 

「ん?なんだ知らないのか?はは、こりゃ傑作だ」

 

【大死霊】のマスターはたまらず笑い出す。

何がおかしいのか私には理解できない。私の中で苛立ちが燻ぶっていると、相手はとんでもない事を口にした。

 

「ティアンは経験値がたっぷり入るんだよ。狙って損はないだろ?」

 

その瞬間、私は言葉を失った。

 

――ティアンを、殺す?たかが経験値の為に?何の抵抗もできない人間を?

 

そこから先は、まるで燻ぶっていた炎が一気に燃え広がるかのようだった。

 

――ああそうだ、こいつは理沙を殺したあの鎧と一緒だ。

へらへら嗤いながら相手を殺して、何の罪悪感も無しに楽しいからという理由で殺し続ける奴だ。

嘗て理沙の命を奪ったあの鎧と同じようなプレイヤーが、何より許せない。

 

もうそこから先は、単に本能として動いていたんだろうと思う。

【VIK】がティアンに迫る中、私は死に体に鞭打つかのように身体を動かす。

力の入らない手で、普通なら激痛でロクに動けないだろう身体で、回復ポーションを拾って嚥下する。中身がほとんどこぼれているが気にしない。

残存HPが3割から5割になった所で次に私は傍に転がっていた別の小瓶を手に取る。

【沼トカゲの血毒】。名前からして摂取したら【毒】状態になりそうなアイテムだけど、今の私にはこれを用いた方法しか、ティアンを守る術は無い。

 

「ヒドラ、多分これから物凄い無茶をするよ」

 

『顔見りゃ分かる。思いっきり――なんだ?』

 

突然言葉を遮ってヒドラが戸惑う。

彼に疑問を投げかける前に、見たことのないウィンドウが展開された。

 

 

同調者(〈マスタ―〉)生命危機感知】

【同調者生存意思感知】

【<エンブリオ>TYPE:アポストル【毒葬紫龍ヒドラ】の蓄積経験値──グリーン】

【■■■実行可能】

【■■■起動準備中】

【停止する場合はあと20秒以内に停止操作を行ってください】

【停止しますか? Y/N】

 

 

『なんなんだよこれ?クソッ、こんな時に!』

 

ヒドラの声は珍しく困惑を表立たせたようなものだった。

私もこんなカウントは初めて見た。そんな私達を他所にカウントはどんどん減っていく。

でも、一つだけ分かったことがある。

それは――。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「うるさいから黙ってて」

 

――今この状況をひっくり返すのに、この警報はただの雑音でしかないということ。

拳を叩きつけるように【NO】のタッチパネルを押下した。

 

 

【カウント停止】

【同調者の緊急進化の否定意思を確認】

【■■■緊急進化プロセス中断】

【進化に耐えられる程度の負担耐性と、本体のパーソナリティとの調和を計測。……計測完了】

【次回進化は約288000秒後となります】

 

 

「……なんだ、終わったのか?【VIK】、命令変更だ。先にルーキーを潰せ」

 

目の前のゴミを片付けようと【VIK】が動く。

半分賭けだが、今はこれに縋るのが今の私の一番だ。

確信を胸に、私は隠し持っていた小瓶を握りしめる。

 

「……おいおいおいおいおいおい。まさか【毒】にしてやろうって考えてんじゃないだろうな?とっくにくたばってるアンデッドに毒が効くと思ってんのか?」

 

あのマスターは私が次に起こす行動は『小瓶の中の毒液を振りまいて相手を【毒】にしてから仕留める』といったところだろう。

当然彼が思うように、私もアンデッドに毒が効くとは思っていない。

だからこそ、私は手にした瓶の蓋を開け、嚥下した。

 

「!?」

 

いきなり予想外のことで面食らった顔をしている。

それもそうだよね。自分で毒を呑む人なんてそうはいない。

飲み干すと同時に吐血し、同時にHPもゆっくりとだが減っていく。

けどそんなのは気にしない。大盾を構えて【VIK】に向け《シールドアタック》を叩き込む。

直後、【VIK】が吹き飛ばされ、壁に叩きつけられた。

 

「なっ!?」

 

【大死霊】のマスターが驚く中、もう一度《シールドアタック》を叩き込んで吹き飛ばした。

100以上もあるレベルとステータスの差なのにどうして吹っ飛ばせたのか。

理由は第2形態に進化した時に得た《我、毒をもって戦を制す》。

第2形態になった今、HPとMP、SP以外の全ステータスが2分間倍になる。

代償として2分間解毒不可能になるけど、元々のENDは120、STRは90を超えたから、亜竜級の攻撃でもそう易々とダメージを与えられないはず。

 

『VASGAAAAAAA!!!!』

 

そこから先は、【VIK】の攻撃を防ぐと同時に反撃をするというルーティンな戦闘だった。

爪を往なし、鉄球を受け止め、感覚の痺れた手で短刀を握り斬り付ける。

ダメージは浅くとも……それ以前にダメージが通っているのかどうかわからない。

それでも攻撃を防いで反撃を繰り返す。

 

 

――ピシリ。

 

 

その攻防を続けていくうち、嫌な音が私の耳に入った。

その音源はヒドラからだ。激しい攻撃に耐えているうちに、盾に僅かな罅割れが起きている。

 

「ヒド――」

 

『俺に構ってんじゃねぇ!』

 

その叱咤でヒドラに向けかけた意識を【VIK】に戻す。

攻撃、防御、反撃。永遠かに思えるような2分間が続いてく。

【VIK】は傷を与えた傍から傷口が再生していってダメージの蓄積が感じられない。

どうにかしなければ《我、毒をもって戦を制す(グラッジ・ウォー・ヴェノム)》の強化時間が終わって反撃を受けてしまう。

 

「――!」

 

どうにかしなければ。その時に【VIK】の両手首が機械化されているのを発見する。

あれはいわば、改造アンデッド。元々の腕を切り離してあの義手を装着させたものだと判断する。

《我、毒をもって戦を制す》まであと1分を切った。後は一種の賭けとして、反撃個所を【VIK】の両手首に絞る。

今度はザシュリ、と今までの肉を割く感覚とは違う。確かな感覚に私は確信し、反撃を続ける。

 

「この……ッ!」

 

45秒、30秒、15秒、10秒……。

カウントが刻一刻と迫る中、死に物狂いで反撃を続ける。

やがて【VIK】の両手に裂け目が見えた時、

 

「《テラー・バインド》!」

 

急に身体が硬直し、【VIK】の鉄球を受け、三度吹っ飛ばされる。

同時に《我、毒をもって戦を制す》の効果時間が切れる。これでも防御したつもりで、ヒドラに生じた亀裂は全体の8割以上にまで及んでいる。【毒】の状態異常で残るHPは1割を切った。

 

「こ、このガキ……!よくもやりやがったな……!【VIK】、あのガキをぶっ殺せ!」

 

復活した【大死霊】のマスターが呪術で横やりを入れてきた。

【VIK】との戦闘で蓄積されたダメージに加え、【恐怖】と【呪縛】で動けない。たとえ動けても、罅だらけのヒドラではあと1撃防げるかどうかわからない。

フシュウ……、と息を吐く【VIK】が私を殺そうと拳を振り上げた。

――この一撃を食らえば、私は確実に死ぬ。

 

「みんな……ごめん……!」

 

自分の無念を呪いながら私は眼前に迫る死を覚悟した。

その時だった。いつ現れたのか気付かないほど速く私と【VIK】の元へ駆けつけ、私に迫る一撃を、手首を貫いて防いでくれた。

その姿を見て、私の心の中は安堵へと包まれる。

それは私が守ると決めた、青い服の少女。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「やらせない。絶対に」

 

サリーだった。

 

 

 

 

「チィッ、援軍かよ!?」

 

彼にとって、この状況は十分予想できた。

ルーキーを始末して、奥にいるティアンを殺して経験値を貯め込み、そして騒ぎに乗じてギデオンを脱出する。それでうまくいくはずだった。

それなのにどうしてこんな状況に至ったのか?その理由はメイプルにあった。

自ら【毒】に陥りるの引き換えに自身を強化する《我、毒をもって戦を制す》。

それによって下級職カンスト寸前にまで上がっていた【盾士】のステータスが倍化し、亜竜級と互角と言えないまでも、張り合えるまでに至ったのだ。

加えてノックバック攻撃の《シールドアタック》で相手を吹き飛ばしたのも大きい。

そして決定的なのは、無意識にメイプルが【VIK】の影に隠れながら防御に徹していたことだ。

そのせいで下手に呪術のサポートを行えず、今やっとメイプルに呪術を与えられたのだ。

 

それでも男にとってはルーキーが1人増えた所でどうということはない。

 

「たかがルーキーの1人……始末しろ【VIK】!」

 

『VASGAAAAAAA!!!!』

 

標的をサリーへと変えて【VIK】が鋭爪の腕を振り上げる。メイプルと違いAGI型のサリーがあれを食らえば1撃でデスペナルティになるだろう。

サリーがレイピアを構えた次の瞬間、鋭爪が砕け散り、鉄球が手首ごと切り落とされる。

 

「んなっ!?」

 

「ちょ~っと調子に乗りすぎたんじゃないの?」

 

「――危難の刻、我が翼は舞い降りる」

 

その声は【大死霊】の前後からだった。

振り返ると青白い炎で形作られた猫型のモンスターに騎乗する術者、フレデリカ。

そして視線を戻しもう一人に向ける。黒いゴシックドレス調のアーマーに漆黒の翼を生やした剣士、ジュリエット。

 

「フレデリカにジュリエット、よりにもよってコイツらもかよ?!」

 

「サリー、メイプルをお願いできる?」

 

「――もちろん!」

 

入れ違いにサリーがメイプルに駆け寄り、ジュリエットが【大死霊】を、フレデリカが【VIK】に挑む。

 

「覇アアアァァァッ!!」

 

「うおおおぉぉッ!?」

 

有無を言わせぬ斬撃のラッシュに男は魔術を使う余裕がない。距離を開けようにも1万を誇るジュリエットのAGIで距離を開ける暇なんて無い。

幸い、【堕天騎士(ナイト・オブ・フォールダウン)】に対アンデッドスキルは持ち合わせていないため、肉体が切断されるような一撃に用心していれば、例え串刺しにされても致命傷にはならない。

尤も、デスペナルティにならないだけで優位に立てるはずがない。

フレデリカのほうも有利に事を運んでいた。

 

「キャスパリーグ、押さえつけてて!」

 

『BUGYAAAAAAA!!』

 

【VIK】とキャスパリーグと呼ばれたモンスターがロックアップに似た体勢で膠着する。

今のキャスパリーグは今までとは違い、熊の姿に猫の要素を足したような姿となっている。がっちり膠着していることからSTRは【VIK】と互角だろう。

 

「《術式起動:ホワイトランス》」

 

フレデリカが宣言すると、キャスパリーグが口を開ける。そこから白い魔法陣が浮かび、次の瞬間には聖なる光の槍が【VIK】の顔面目掛けて発射された。

1発、2発、3発とゼロ距離から立て続けに放ち、【VIK】に大ダメージを与え、ついに消滅する。

 

「や、野郎……!」

 

「悪いけどこっちもこの子たちをこれ以上殺されると、私も立つ瀬が無いんでね!」

 

開口し、標的を【大死霊】のマスターへと向ける。

その時彼は予感した。【VIK】と同じく、聖なる光の槍でハチの巣にされる自分の姿を。

 

「《――――――》!!」

 

発射と同時にスキルの宣言をする。

被弾し爆発が巻き起こる。

確実に仕留めたか。そう思っていた2人だったが、煙が晴れると意外な光景が答えとなって帰ってきた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

《ホワイトランス》が直撃したのは、【大死霊】のマスターでもなんでもない、ただの【ウーンド・ゾンビ】だったから。

 

「「「!?」」」

 

【ウーンド・ゾンビ】はそのまま肉体が崩れていき、消滅。フレデリカがキャスパリーグに乗ったままその場所を調べるが、古い布の切れ端以外ドロップ品は無い。

 

「……仕留めた、訳じゃ無いよね?」

 

「ええ、多分。〈エンブリオ〉のスキル、それも転移スキルって所かしら」

 

「彼の地に逃走せし、生を踏み外した者を追うか?」

 

「流石に今は襲ってこないでしょ。それよりメイプルちゃんを」

 

追跡よりメイプルの保護を優先した3人。メイプルのほうを振り返ると、サリーが既にHP回復ポーションでメイプルを回復させ、HPも8割がた回復したところだった。

毒の状態異常もメイプルのENDの高さで、思ったより早く自然治癒できたそうだ。

 

「……あの、草原のほうは?」

 

「大丈夫。あっちは終わったよ」

 

フレデリカの話によれば、フランクリンはユーゴーに助太刀されるも彼共々デスペナルティにされ、第二王女のエリザベートも救助されたという。

フランクリンの放った“スーサイド”シリーズもミィと【破壊王】シュウ・スターリングを筆頭にベテランが残らず殲滅し、ギデオンに来ることも無い。

PKや寝返り組はまだ残っているが、流石に今となってはもう手を出して得になる事は無いし、襲われる危険も無いだろう。

 

「良かった……そうだ、フレデリカさん脚は!?」

 

「大丈夫。ほらこの通り。まあ、動かせるのと立ったり歩いたりってのは別だけど」

 

フレデリカが自分の脚を振って見せる。アドルフによって切断された脚もしっかりくっついている。

とりあえず一安心したが、再び表情が曇った。

 

「……何故に愁いを見せる?」

 

「だって、ヒドラが……」

 

次いでヒドラのほうを見る。

盾形態の彼は全体に罅が入り、今にも音を立てて崩れそうだ。短刀のほうも【VIK】の手首への攻撃でギリギリ折れなかったといった所だ。今刃を床や壁に立てれば音を立てて折れるだろう。

 

『安心しろ……壊れても…時間を掛けりゃ、また直る……』

 

「でも……」

 

『……まあ、人型に戻るのも、無理そうだ……紋章ン中で…修復に集中したいから、後は頼む』

 

メイプルを安堵させるようそれだけ言い残して、ヒドラはそのまま紋章の中に戻っていった。

決着したところでサリーに担がれ、ジュリエットとフレデリカがティアンを護衛しつつ中央大闘技場へと向かう。

 

「サリー」

 

「ん?」

 

やっと中央大闘技場が見えた頃、メイプルが唐突に口を開く。

 

「ありがとう、助けに来てくれて」

 

「……約束だからね」

 

 

 

 

【フランクリンのゲーム第4試合:冒険者ギルド内の戦い】

 

敵陣:【大死霊】のマスター。亜竜級アンデッド【VIK】。

 

自陣:メイプル・アーキマン。

 

結果:メイプル・アーキマン、重症ながらもティアンの防衛に成功。

 

備考:途中、サリー・ホワイトリッジ、フレデリカ・クーパー、ジュリエットが乱入。【VIK】を討伐するも、【大死霊】のマスターは逃走。

 

 




※サリー乱入。

(・大・)<実はこのシーン、何気に防振り原作のオマージュをしています。

(・大・)<あの時のメイプルが無駄に格好良く見えた。

(・大・)<ってかよく見たら、原作と立場逆転しとる。



【大死霊】の〈マスター〉。

(・大・)<一応彼の〈エンブリオ〉はテリトリー系統です。能力は察しの通り。

(・大・)<ちなみに引きずってた棺桶はマジックアイテムの一種。

(・大・)<本来の用途だけでなく、【大死霊】や【死霊術師】用の為のアンデッドを複数体保存でき、使用者には重さを感じられないが、取り出すのに手間取る為戦闘前に事前に出しておく必要がある。

(・大・)<ボクタイシリーズの棺桶引きずる太陽少年をイメージすればわかりやすいが、なんであんなの作った?

(・大・)<なお、彼は前にガチャで引き当てた(10万投入でCランク)。



【VIK】
冒険者ギルドを襲った【大死霊】が連れていたアンデッド。
【亜竜剛腕猿】を素体に両腕を爪と鉄球に改造、STRも上方修正させたもの。
魔法耐性は当時その〈マスター〉も耐性を加えようとしたが、素体故に改造しても大して上がらず、魔法(特に聖属性と炎属性)に滅茶苦茶弱い。

因みに【亜竜剛腕猿】はSTR500、END330、AGI110のボスモンスター。腕を使ったスキルが特徴である。


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極振り防御と狂宴ゲーム。まくひき。

(・大・)<ここでやっと終わり。

(・大・)<大トリはペインです。


 

 

決闘都市ギデオン 2番街【女衒(ピンプ)】ルーク・ホームズ。

 

 

凄まじい“決闘”。

今僕の目の前に広がる光景はそんな形容詞がぴったりだった。

フランクリンを倒し、王女も救出に成功。それから20分後には“スーサイド”シリーズも殲滅され、レイさんが力尽きるようにログアウトした後で僕もリズにミスリルを上げたらログアウトしようとした矢先、別行動をしていた近衛騎士団からの報告でお兄さんと共に飛んできたのです。

そして現在に至る訳ということになります。

 

「あ……、あの……これ、私達も助太刀に入ったほうが……?」

 

顔をひきつらせた霞さんが尋ねてくる。はっきり言って、それは愚策です。

あんな決闘の中で僕らが割り入っても邪魔になるだけ。むしろ人質とされる可能性もあります。

遊戯派なら躊躇わずに人質ごと刺し貫くという手も使いますが、おそらく……。

 

「なんなら頭突っ込んでみたらどうなんだ?」

 

不意に声が聞こえてきた。振り返ると建物の影から外套を纏った男性がこちらに向かってきている。

 

「あなたは?」

 

「ドレッドだ。アイツん所のサブオーナーをしている」

 

軽い自己紹介を済ませると、僕は試しに腕を前に突き出した。

――肘から先が消えてなくなった。

 

「ルーク!?」

 

「大丈夫。出血はしていないよ」

 

切り落とされたのなら腕が落ちてるし、何より出血を起こしていないのはおかしい。腕を引くと傷一つ見当たらずに戻ってきた。

今度は思い切って胸まで突っ込んでみる。その先は人一人いない街道であり、振り向くと胸から先の無い僕の身体が見えた。断面図は黒く塗りつぶされた状態で。

 

「結界ですか。それもすり抜けるタイプの」

 

「察しが良いな。この結界は外からは攻撃をすり抜け、内側は通行不可の結界になる」

 

「そして内部の攻撃は吸収される、ですね」

 

「……言ったか、それ」

 

「いえ、ついさっき見えたもので」

 

今さっき、槍使いが放った黒紫の旋風が結界の中に取り込まれるように消えたのを見ました。恐らく通行不可はティアンやマスター、モンスターの類でしょうね。

外からはすり抜け、内側からは攻撃が吸収される脱出不可の牢獄。現状これがあの中で戦っているペインという人の〈エンブリオ〉なのでしょう。

 

「お兄さん、スキルの中にこの手の結界を破れるものはありますか?」

 

僕の質問にお兄さん――着ぐるみモードに戻っていた――は少しの沈黙。

 

『あるにはある』

 

半ば予想の付いた答えを口にする。

霞さん達ルーキーは顔を輝かせますが、『だがな』という言葉で一同再びお兄さんに注目する。

 

『大前提として最低でも俺がデスペナルティになり、2番街が消滅する』

 

「え?ちょ、どゆこと?」

 

『《破界の鉄槌(ワールド・ブレイカー)》と《破壊権限(デストロイオーダー)》の併用だよ。空間そのものを叩き割れば、テリトリー系統の結界だろうとも破壊自体は可能だ。だが使えば俺は確実に死ぬし、近くにいればお前らも巻き込まれて死ぬ。お前らが離れてても2番街は滅茶苦茶になる』

 

「……意味ないじゃん!?」

 

まさに本末転倒。折角フランクリンから街を守ったというのにこれでは意味が無い。

というか、そんなことをすれば今度はお兄さんが指名手配されてしまいます。

 

「それに、助けに行くってのはそれだけペインを弱らせることになる。ステータス的な意味でな」

 

「え?助けに行くのに彼を弱らせるって、どういうことですか?」

 

「推察するのも勉強の一つだよ。それくらい考えな」

 

 

 

 

剣と槍がぶつかり合う。

剣戟を繰り返される。

 

「ハッ、〈エンブリオ〉のおかげで食い下がってるみたいだなぁ!!」

 

「ッ……!」

 

その剣戟の中で、ペインは超級職のアドルフと互角に戦っていた。相手は超級職でレベルも700オーバー。対してペインは戦争から一時ジョブをリセットしたことにより不完全な状態だ。

そんな圧倒的な差で、どうして互角に戦えるのか?その理由は2つある。

一つはペインの持つ剣、それこそが彼の〈エンブリオ〉、TYPE:アームズ・テリトリーの【血戦王剣ペリノア】の特性――《決闘有利》、《一対多数有利》でもある。

未熟なアーサー王を倒したように、それよりも前に幾多の騎士を決闘で葬ったペリノアのように、1人でいる場合自身のステータスが倍加されるパッシブスキル《決闘の老騎士》。

これによりペインは現段階の状態でも超級職に匹敵するステータスを持っていた。

だがこのスキルには続きがある。『自分以外の味方が自分に対して救援行動をする、あるいは自分以外のメンバーがパーティに入った場合、倍化ステータスが無効化され、その人数に応じてステータスが減少する』というもの。

己の娘と知らず、エレインを見殺しにしたことにより、彼女から「最も困っている時に誰からも助けてもらえない」呪いを掛けられてしまった逸話を再現した代償。

ある種、生い立ち故に連携ができないフィガロとは異なるソロ専特化と言える。

そして理由のもう一つが、そのデメリットを利用して弱体化された身で近衛騎士団との鍛錬で鍛え上げたプレイヤースキルによるものだった。

 

必殺スキルを手に入れてから、指名した相手と完全なる一対一の戦いを得意とし、集団戦でも鍛えたプレイヤースキルと強化されたステータスで広域殲滅型に勝るとも劣らない剣士となっていった。

 

「フリューゲル――」

 

アドルフが自らの槍を地面に突き立てる。

スキルの発動を察したペインは後ろへ跳ぶ。

その瞬間、ペインの横顔にアドルフの蹴りが入った。

突然の蹴りに体勢が崩れかけたが、追撃の槍の薙ぎ払いはかろうじて受け止める。

 

「スキル発動をブラフに使ったか……」

 

「戦い方も“自由”、なんだろ?」

 

スキル発動のブラフを挟んだ攻撃はアドルフが得意とする戦術だ。

先程使った《フリューゲル・バースト》は【疾風槍士(ゲイル・ランサー)】の奥義として実際に存在するスキルである。しかし、モーションが違う。

本来の《フリューゲル・バースト》は槍を振り回して矛先に風を集め、正面の体へと放つ奥義である。

アドルフがサブに入れた上級職【疾風槍士】はAGIを基にした直進的な高速攻撃が得意だが、前段階を要して放つ奥義級の範囲攻撃も有している。

呪槍王(キング・オブ・カースドランサー)】は【暗黒騎士(ダークナイト)】とは異なり、呪いや怨念付与した呪術を局所に集中したり、それらを放つ遠距離、範囲攻撃も得手とする。いわば、局所に呪いを集中させる能力に特化したジョブと言ったほうが正しいか。

 

(肉体への直撃は今の蹴りだけか。予想はしていたが、アイツらほどロンゴミニアドの特性を熟知している奴らはいないか。忌々しい)

 

アドルフの持つTYPE:エルダーアームズ【傷痍魔槍ロンゴミニアド】の特性は《治癒困難》と《呪術保存》。

癒えない傷として相手を苦しめるという、アーサー王伝説に登場した逸話同様、この槍で受けた傷は例え掠り傷だったとしても、自然治癒が圧倒的に時間を掛けてしまう。回復魔法ですら本来のHP回復量を劣らせる。

更に言えば予め呪いの条件が整えば1回だけ自動で発動する特性により、この槍にはアドルフ自らが【出血】ともう一つの呪いを与えた。

これで凶悪な特性が、掠り傷イコール深刻な出血を起こす。普通のマスターなら1回相手の肉を裂いてしまえばまともな回復手段では治癒しきれずにデスペナルティ一直線。

この条件でまともに戦えるのは、決闘王者のフィガロか、自分と相性最悪の〈化猫屋敷〉と呼ばれる【猫神(ザ・リンクス)】トム・キャット、それと戦いを熟知しているペイン達くらいだろう。

 

(この結界には外部リソースが必要。もう10分以上戦っているから【聖騎士(パラディン)】のMP量からしてもそろそろ尽きると思うが……MP継続回復のアクセサリーか何かを持ってるか)

 

とはいえこのままではらちが明かない。

お互い戦術を知り尽くしている為に、予想の付く対策はしていた。

それ故に決定打を探っても潰される。

その拮抗を崩すには、相手が予想だにしない一手を打つ必要がある。

 

「オラァ!」

 

「クッ……!」

 

再び始まる剣と槍のぶつかり合い。剣を槍で防ぎ、槍の刺突を剣で受け流す。

お互いAGI2千を超す速度でのぶつかり合いを、掠り傷一つ受けることなく防いでいく。

 

「そらよッ!」

 

不意にアドルフが【ジェム】を放り投げる。それはペインに向かうはずもなく、放物線を描いて彼の後ろへと落ちた。

次の瞬間そこから爆発が起こる。

 

「斜ァッ!!」

 

頭部を狙った刺突を首を傾けて回避。

直後、ペインの身体が突然硬直した。

アドルフが仕込んだもう一つの呪術、《シャドウ・スタンプ》が発動したのだ。

 

「《ダブルスラスト》!!」

 

高速移動を利用した2連撃の刺突が鎧を砕き、ペインの肉体をついに捉えた。

1撃目の刺突で【ブローチ】が砕け散って消え、2撃目が脇腹に深々と突き刺さる。

周囲の王国組のマスターは息を呑み、アドルフは勝利を確信――。

 

「まだだッ!!」

 

――した直後に、ペインの放った一閃がアドルフの左腕を切断した。

本来右腕を狙うはずだった剣は左腕に阻まれる。次の瞬間には切断され右腕も断ち切られるであろうその一瞬でアドルフは突き刺さった槍の穂先を引き抜いて剣閃から免れる。

 

「うごおおぉぉぉォォォ……!!て、テメェ……!」

 

追撃の剣閃を凌ぎ、距離を置くアドルフ。片方は左腕を無くし、片方は治癒困難な傷痍。

重篤な傷を負いながらも、再び得物を構えなおす。

 

「クソが……しぶといんだよテメェは……!」

 

「生憎、しぶとさはこの半年に身についたんでね……」

 

「だがまあ自動回復も限界じゃねぇのか?」

 

減らず口を叩くもアドルフの言葉は的を射たものだった。

3千近いMPは今や500を切っている。1万強を誇るHPももはや4千にまで削られている。

現段階で秒間10ものMPを要するペリノアの結界も、刻限が迫ってきていた。

そしてペインの簡易ステータスには【出血】と【治療困難】、【呪縛】【恐怖】、【吸魔】の状態異常を現し、5桁もあったHPも洗面台の水が排水溝へと流れ落ちるように減ってきている。あと数分もすれば彼はデスペナルティになるだろう。

 

「お前……こんな死にかけの国にどうしてそこまで縋りつく?」

 

「なんだと?」

 

「この国が潰れるのは目に見えている。また勝ち目のない負け戦をしても意味は無いはずだ。いっそ吸収されちまえば皇国とも楽なんだがな」

 

傍目からすれば時間稼ぎにも思える問答。それにわざわざ答える必要なんてないだろう。

 

「――確かに、遊戯派や他の国に所属している〈マスター〉ならそう思うだろうな」

 

「だろうな。だったら――」

 

「だがな」

 

しかしペインは、〈集う聖剣〉は否定する。

 

「このクランを……〈集う聖剣〉を起ち上げた時に俺達は決めたんだ。誰も亡くさない為に、今度は絶対に守り抜くために……」

 

あんな蹂躙めいた戦いを強いるのであれば、二度と戦争を起こさないために。

再び戦争が起こってしまったのならあんな悲劇にさせないために――。

絶望のどん底から這い上がった彼らは、

 

「それをこんなところで裏切ったのだとしたら、俺を信じて付いて来てくれている奴らに申し訳が無いだろッ!!!!!」

 

「……正真正銘のバカだったか」

 

アドルフが槍を振り回す。まるで槍の穂先に風をかき集めるかのように、黒い疾風が集まっていく。

正真正銘【疾風槍士】の奥義、《フリューゲル・バースト》だ。

《シャドウ・スタンプ》による状態異常をMPレジストで自力で解除できたが、この攻撃を受ければまずペインの残りHPが消し飛ぶだろう。

デスペナルティ覚悟の上で剣を構えるペイン。

やがてアドルフの槍に奥義を発動できるほどの風を纏っていき、放たれるのは目前に思った時――、

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『――いったい何をやっているのですかあなたはぁ!!』

 

――静寂を張り裂くかの如く、女性の怒声が響いた。

 

「りっ、リリアーナぁ!?」

 

思わず素っ頓狂な声を上げてしまうペイン。

怒声の主はラングレイ・グランドリア亡き近衛騎士団を率いる副団長、彼の娘でもあるリリアーナ・グランドリアだった。

彼女は怒りを露わにしていて、シュウからひったくるように受け取った拡声機能を持つ指輪から再び怒声を放つ。

 

『全く……勝手に王都から去ったと思ったらギデオンに移籍して、私達がどれだけ心配したと思っているんですか!?野盗クランにでもなり下がったのかと思ってひやひやしてたんですよ!!』

 

「誰がなるか!!大体出会い頭に兄弟子に向かってなんだその口は!?」

 

『誰が!あなたの!妹になったというんですか!?勝手に記憶を捏造しないでください!どっちかっていうと同い年くらいでしょう!?』

 

「捏造した覚えなんて微塵も無いんだが!?兄弟弟子の意味を勘違いするなバカ副団長!!」

 

『ばッ……馬鹿ァ!?心配しているのにバカ呼ばわりしますか普通!?』

 

『ステイ、落ち着け副団長。もたもたしてるとオーナーがマジで死ぬ』

 

『そうだクマ。頭に上った血を他に回す為のクールダウンも必要クマ』

 

『どうしてあなた達はこの状況で冷静でいられるんですか!?』

 

『『お前がこの中で一番頭に血が上ってるからだよ』』

 

興奮するリリアーナを落ち着かせるドレッドとシュウ。

この状況でこんなコント染みたやりとりにイオ、ふじのん、霞の3人のルーキーを筆頭に、近衛騎士達、バビ、アドルフですら絶句した。

 

『とにかく!あれだけ大見栄をきったのでしょう!?だったらさっさと彼を倒してしまいなさい!!』

 

怒声に含まれたそんな言葉には、ペインに対しての彼女なりの信頼が含まれていた。

最初から刺し違え覚悟で挑むつもりだったが、再び剣を構えたペインは新たな決意が産まれた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――任せろ!!」

 

――こんなとこでおちおち死んでいられるか、と。

 

「《フリューゲル・バースト》ォォォォォ!!」

 

【出血】が施された槍から、漆黒の暴風がペインへと放たれる。

今の状況で防ぐのは不可能。常人であれば回避するしかない。

そんな中、ペインがとった行動は――、

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「《ファーストヒール》」

 

たった一言、最下級の回復魔法をただ放っただけだった。

直後、

 

「うおおおおおおおおおおおおおぉぉぉぉぉ!!!!」

 

生身で攻撃を受けたのだ。

最大レベルの《聖騎士の加護》でダメージは軽減されているものの、アドルフのロンゴミニアドの【出血】の強化の前ではあまり意味を成さない。

その行動は、傍目からすれば自殺行為だろう。誰の目にも明らかなそれを見ても、アドルフの顔は晴れない。

 

「あ……」

 

「結界が……消える……」

 

必殺スキルで展開していた結界が、頂点から溶けるように消えていく。

満身創痍のペインにもうアドルフを止める力は残されていない。ベテランが駆け付けるにも時間がいる。その間に彼の破壊を見過ごす訳にはいかない。

そして、万全の超級職ならまだしも相手も片腕を失っている。ルーキーであろうと連携次第で倒せるはずとルーキーを筆頭に武器を構える。

アドルフもまたルーキー達を掃討しようとペインから目を逸らし――刹那、ペインがアドルフに肉薄した。

 

「しまっ――」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「《聖剣折りし一撃》――《崩滅剣》!!!」

 

光を帯びた剣を振るい、アドルフの肉体を袈裟斬りに左肩から両断された。

《崩滅剣》はペインのジョブビルドの中の一つ【両手剣士(バスター・ソードマン)】の持つ武器スキル。ただ単にスキルレベルに応じた威力のダメージを与える単純なスキルだ。普通なら下級職のこのスキルでアドルフに致命傷は与えられない。

そこに隠されたタネは、ペインの〈エンブリオ〉にある。

ペリノアの持つもう一つの特性、《反撃》。

ネメシスの特性と異なり、条件は《結界内からの結界への攻撃及び、使用者または本体へのダメージ》。それらの合計値を、防御能力貫通の固定ダメージとしてそのまま返す。

《カウンターアブソープション》のように、ダメージ無効化スキルを要さない代わりに結界へ閉じ込められた相手はその能力上、ペインを倒さなければならず彼に攻撃を仕掛ける他無い。

そして結界が解除されて安堵した瞬間、その固定ダメージが叩き込まれる。

 

「《フォースヒール》!《フォースヒール》!《フォースヒール》!」

 

アドルフの身体が両断された直後、ペインの頭上から光の粒が降りかかった。

その原因はリリアーナ。彼女の両手には淡い光が纏っていた。

 

「ごふ……っ」

 

両断されたアドルフが血を吐く。

普通なら両断された時点で事切れていてもおかしくない。

それでも数秒後にはデスペナルティになるのは免れない。

そんな状態でも、アドルフはペインを睨む。

怨嗟をまき散らすような怨讐をこれでもかと込めた目で。

 

「…………次は、この国を潰してやる」

 

その言葉を遺し、光の塵となって消滅した。

 

「……させないさ。何度だって」

 

 

 

 

【フランクリンのゲーム最終戦:2番街の戦い】

 

敵陣:盤上の“キング”ことアドルフ・ペンドラゴン。

 

自陣:ペイン・トーマス。

 

勝者:ペイン・トーマス。

 

 

 

フランクリン旗下のPK――死亡あるいは敗走。

 

“クラブ”【奏楽王(キング・オブ・オルケストラ)】ベルドルベル――マリー・アドラーにより死亡(デスペナルティ)

“スペード”【NDW(ニュークリア・ドラグ・ワーム)】――迅羽により死亡。何者かの介入により拘束されていたことを追記。

“ハート”【高位操縦士(ハイ・ドライバー)】ユーゴー・レセップス――レイ・スターリングにより死亡。

“ダイヤ”【大教授(ギガ・プロフェッサー)】Mr.フランクリン――同じくレイ・スターリングにより死亡。

 

“クィーン”【高位呪術師(ハイ・ソーサラー)】Miss.ポーラ――サリー、カスミ、カナデ、ライザーの連携により死亡。

“ジャック”【悪魔騎士(デビルナイト)】オーンスタイン及び〈LotJ(ロウ・オブ・ザ・ジャングル)〉所属のマスター数名――ミィ・フランベルにより全員死亡。

“キング”【呪槍王】アドルフ・ペンドラゴン――ペイン・トーマスにより死亡。

 

決闘都市大規模テロ計画“フランクリンのゲーム”――終結。

 

 




(・大・)<これで本編決着。

(・大・)<次回投稿は日曜日。

(・大・)<そこでエピローグ4つ一気に投稿します。

(・大・)<感想もOKです。


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極振り防御とエピローグ――うんえい。

(・大・)<本日、エピローグを更新します。

(・大・)<午前中に管理AIと監獄、午後に皇国と彼女らの話を上げます。




 

皇国某所。【兎神(ザ・ラビット)】クロノ・クラウン

 

 

『さあ始まりました!【第27回運営イチ押し〈マスター〉決定戦】~!!』

 

『わーわー!』

 

「……」

 

耳に装備したイヤリングから少女の宣言と共に、また別の少女が乗り気で拍手する音が聞こえてくる。

……今の状況を端的に説明しようか。

僕は【兎神】クロノ・クラウン。表向きは皇国のPKという〈マスター〉だが、正体は〈Infinite Dendrogram〉の時間担当である管理AI12号ラビット当人。

ついさっきに入ってきたのは良いが、いつの間にか着けた覚えのない装備品が取り付けられ、外すことができずに戸惑っている所に例の2人の少女、管理AI1号のアリスと11号の片割れトゥイードルディー。

 

……多分これ、アリスと双子の仕業だ。双子は忙しいはずなのに。余裕か。

 

『さぁて恒例になりつつある【第27回運営イチ押し〈マスター〉決定戦】。今回のテロは私達からしても大きい収穫だったわ~』

 

『現に〈超級〉に至る可能性のある〈マスター〉が何人も見つかった。主にテロ鎮圧に尽力したルーキーが多い』

 

『なので!私達管理AI達が独断と期待で決めた相手を紹介していこうというコーナーで~す!』

 

「……とっとと始めてくれる?」

 

もう一方の片割れの説明に苛立ってくる。忙しい身だって解ってて引き延ばしてるよね?

まあでも、朝にでもなれば皇国にも〈DIN〉の新聞で知ることになるだろう。こちらにとってはフライング気味だけどね。

そんな中最初に声を上げたのが、奇怪な喋り方をする男だった。

 

『ワァタクシはサリィ・ホワイトリッジでぇすね』

 

その声は管理AI9号、アイテム担当のマッドハッターだ。

相変わらずの口調は、どうも僕には馴染めない。他のみんなは長い付き合いだから慣れてしまったんだろうけど。

 

『彼女なら、ワァタクシが発見した特別な〈超級職〉、【避神(ザ・エヴィタール)】に成り得るぅと思っったからぁです』

 

「【避神】?」

 

そんなのあった?

 

『“三強時代”開始から1739日と23時間後に、それに就いているティアンをマッドハッターが見つけたのだ』

 

「なるほど。で、条件は?」

 

『前衛戦闘職の合計レベルが100に達すること』

 

は?それが条件のひとつ?

(ザ・ワン)】シリーズって滅茶苦茶条件キツイんじゃなかったっけ?

これじゃあ他の条件も割とハードルが低――、

 

『それとレベル100までに相手から受けた物理、魔法ダメージによる損失HPが100未満であること。失敗したら全ジョブリセットしてやり直し』

 

――くねぇ!?

何そのアホみたいな条件!?絶対達成させる気無いよね!?【武神(ジ・アーツ)】か!?それくらいの罠だよ!!悪辣なトラップだよ!!

というかダメージ100未満なんて今の〈超級〉でも達成できないでしょ!?今の戦闘系〈超級〉が規格外になるまでに何回死んだと思ってんのさ!?

あと失敗したデメリットデカすぎるよ!!全ジョブリセット前提でなんて余程頭のネジが取れた奴じゃなきゃやんないよ!?

 

『ですぅが、【覇王(キング・オブ・キングス)】の時代には、ちゃぁんとそれに就いたティアンがいたのでぇす』

 

「い、いたんだ……」

 

そのティアンの顔が見てみたいんだけど。時代的にもうこの世にいないのが残念だ。

 

『私はあの姉妹よ。確か……ユイとマイね』

 

次に声を上げたのは〈エンブリオ〉担当の管理AI2号のハンプティダンプティ。

サービス当初からシュウとかいう〈マスター〉に目を着けていたが、最近はあの姉妹にも興味を持ち始めたらしい。

 

『あの子たちは気付いていないでしょうけど、あの〈エンブリオ〉は特殊な必殺技を兼ね備えている。気付いたらきっと大抵の準〈超級〉には手が付けられないでしょうね』

 

「そんなに凄いの?たかがルーキーでしょ?」

 

『38人』

 

「え?」

 

『あの姉妹が倒したPKの数よ。勿論、2人合わせれば倍はあるけどね』

 

……どんな〈エンブリオ〉になったらそんなことができるの?

一応相手は全員格上なんだよね?

 

『私はレイ・スターリングだ』

 

今度は〈UBM〉担当の管理AI4号のジャバウォック。

……良かった。今度はまともそうなのが出た。

 

『これまでに2体の〈UBM〉を単独撃破してきたのだ。私の知る限りでは、彼ほど私の望む英雄叙事詩を叶えてくれている者はそうはいない。いうなれば、これからが楽しみということだ』

 

「……」

 

OK訂正。全然まともじゃなかった。

2回も〈UBM〉のMVP討伐なんて普通じゃできねぇよ。遭遇自体稀だし。つか、ゴゥズメイズに至っては完全に単独撃破じゃないか。メイデンの〈マスター〉でもそんな真似そうはできないよ?

閑話休題。

 

 

しばらくして参加者の話も進み、ついに最後の一人を残すこととなった。

大トリを担うのはモンスター担当、管理AI3号クイーン。

 

『私はメイプル・アーキマンだ』

 

「ああ、アポストルのルーキーか」

 

話は聞いていた。

にしてもアポストルなんて珍しい。彼女が来る前は奴を含めても3人しかいなかったくらいだ、否応なしに耳に届く。

 

『あの小娘、私が品種改良を重ねに重ねた【亜竜甲殻蜊蛄】を呆気無く殺したんだぞ……!アイツをけしかけて生かしたまま内臓引きずり出して殺してやる!!』

 

私怨駄々洩れじゃないか。いい加減落ち着けって。どんだけ根深い恨みを持ってんだ。

それにしても……。

 

「アイツって?」

 

『“聖剣王時代”と“三強時代”の間……“乱世の時代”とも呼ぶべきその時代で認定された〈UBM〉だ。今は別の〈UBM〉が寝床にしていて、確か後者はクイーンのデザインしたモンスターだったな』

 

「寝床?認定されたほうはマンション型の〈UBM〉か何かなの?」

 

『あれは色々あったからな。向こうは深い干渉をしないのを条件に寝床を提供している。認定している方は古代伝説級、例のモンスターは伝説級だ』

 

「……みんながみんなそのレイ・スターリングじゃないんだから、ほぼ死ぬよね?」

 

『うんうん。みんな思い思いに期待している人がいるんだねー。私も感激だよ!』

 

「無理矢理参加させといてよく言うよ」

 

『権限で強制ログアウトさせるよりはマシでしょ?』

 

その指摘をされるとぐうの音も出ない。

僕の事情を読み取ってくれたんだか知らないけど。

……あれ?そういえば一つ忘れてるような……?

 

「……チェシャは?」

 

そういえば奴の声はまだ出ていない。

毎回このくだらないイベントに首を突っ込んでいたあの猫が今回に限って参加を見送るとは思えない。

まだトム・キャットして王国にいるのか?

 

『ああ、奴なら13分23秒前からレドキングの所でヘルプの最中だ』

 

返答したのはトゥイードルダムだ。

レドキング……“監獄”の手伝い?

 

『その通り~。例のテロでPKも過半数が“監獄”に送られちゃったからね~。その処理に駆り出されたんだって~』

 

『私も覚えている。チェシャも参加したかったと顔に書いてあったぞ』

 

そりゃ毎年楽しみにしてた矢先に仕事送り付けられたらたまったもんじゃないよね。

それにしても、

 

「“監獄”ねぇ……」

 

そういや、アポストルの〈マスター〉って管理者含めて全員“監獄”関係者だよね。

元カレ殺害とついでの器物損害と傷害罪の暴走マシーン、罪状不明の引きこもり、管理者――。

 

「アポストルの〈マスター〉が1回“監獄”にお世話になるのがジンクスになってない?」

 

ここまで続くとそんな言葉が自然と出てしまうのだった。

 




(・大・)<因みにこの話だけ時系列がテロ終息直後。

(・大・)<他はデスペナ明けなので最低3日後となります。


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極振り防御とエピローグ――かんごく。

(・大・)<午前の部最後兼エピローグ2/4。


 

“監獄” 喫茶店〈ダイス〉。

 

 

その日、喫茶店では異様な空気に包まれていた。

微笑を絶やさない店主のゼクス・ヴュルフェル。

フリルと小さなぬいぐるみでデコレーションしたドレスを着こなすキャンディ・カーネイジ。

そのキャンディを筆頭に“監獄”に送られたマスターは今か今かと首を長くして待ち望むかのようにカウンター越しの壁を凝視している。

ただその中、この中では刑期で下から数えれば短いほうの【狂王(キング・オブ・ベルセルク)】ハンニャとその〈エンブリオ〉サンダルフォンを筆頭に、ここ数日でだけはこの異様な空気に顔を引きつらせていた。

 

「そろそろよ……♪3、2、1……」

 

キャンディの目線は10分前から扉と時計を交互に移っている。そして長身と秒針が12を指し、単身が9を指したところで……カウンターの奥の壁に吊るされたネックレスの中心から光が投影される。

直線状の壁に光が当てられ、そこからプロジェクションマッピングのように異なる風景を映し出す。

 

 

 

 

 

 

『ハァーイ皆さまご機嫌麗シューーーーッ!!!』

 

『YEAAAAAHHHHHHHHHHH!!!』

 

つばの広い羽根つき帽子に長い旅路を共にしたかを物語っているかのような古びた深緑の外套。見るからに旅人風のマスターの画面越しの登場に、キャンディたちは歓声を上げた。

 

「バルちゃん久しぶり~♪」

 

『ヘェーイ、キャンちゃんお久しぶりィ!』

 

「あァ~んもう!バルちゃんの音楽GODの耳と頭の中をとろけさせちゃったあの日から、この日が来るのを今か今かとバイオハザードしたりドレスアレンジしたり、【細菌要塞】に挑戦したりして首を長くしてたんだゾ!」

 

『あー、ごめ。こっちも立て込んでたからね~』

 

キャンディと挨拶を交わしたのはバルミッド。

そう、フランクリンのゲームでルーキー達にバフを与えるサポートをしてくれた、あの【管楽王(キング・オブ・ウィンド)】なのだ。

まるで気の合う親友同士のじゃれ合い宜しく画面越しのハイタッチにトークに花を咲かせたりとテンションをぶっちぎっている。興奮している〈マスター〉達も似たようなテンションだ。

猫なで声のキャンディとのやり取りを見て、一部の〈マスター〉が「キャンバル、バルキャン……イイネ!」とか、「イージャンイージャンスゲージャン!」とか、なんか別方向へ吹っ切れている者もいるがこの場にこの騒動を止められる者は一部を除いて存在しない。

 

『店内デノ許容量以上ノ騒動ヲ確認……コレ以上騒動ガ大キクナルノデアレバ、“戦闘モード”ニヨル排除ヲ開始シマス』

 

「アプリル、彼らにとっての楽しみみたいなものですから戦闘は止めて下さい。ハンニャさんも彼らが男性だというのをお忘れなく」

 

「……そう」

 

戦闘モードになって排除しようとした煌玉人『金剛石之抹殺者(ダイヤモンド・スレイヤー)』の改造兵器『マテリアル・スライダー』を起動しようとしたアプリルを止め、怒りのオーラを噴き出すハンニャを宥める。

喫茶店〈ダイス〉はこれ以上ない賑わいを見せていた。

理由は一つ、不定期にこの“監獄”でのバルミッドのミニコンサートの為だ。

【超越耳目デュランガン】という〈UBM〉の特典武具、【双極通耳目デュランガン】の特性によるものだ。

デュランガンの特性、『子機の視界を本体に送信する』機能を完全再現している。

その代償としてこの武具には装備補正が皆無。

要はフランクリンが用いた【ブロードキャストアイ】の特典武具版といったほうが分かりやすいだろう。

そして特典武具である故に、世界を跨いだ通信も可能となる。

 

「スキルの為にMPをありったけ注ぎ込むとはやりますね」

 

『タダの演奏ならMPなんて必要ありませんからね。さぁて皆様!首を長らくお待たせして申し訳ありませんでした。キリンみたいになった人は今のうちに首を引っ込めておいて下さいね~』

 

バルミッドのジョークに喫茶店内が爆笑に包まれる。

そして自らの〈エンブリオ〉を手に演奏を開始しようとして――、

 

 

 

 

 

 

「ゼクス・ヴュルフェルゥ!!!」

 

――また止められた。

画面越しにバルミッドがずっこけ、つられてキャンディを筆頭に店内にいた大半の〈マスター〉も思わずつられてしまった。

 

「ちょっとちょっと。いったい誰?GODの機嫌を損ねた奴は万死に値するゾ?」

 

「うるさい!あなたに用は無いわ、ゼクス・ヴュルフェルを出しなさい!!」

 

「ここにいますよ。あなたは【同胞殺戮】のMiss.ポーラさんですね?」

 

「知ってるのですか?」

 

対応に出たゼクスにサンダルフォンが尋ねる。彼らからすればポーラとは初対面のはずだ。それなのにゼクスの対応は見知った相手という感じである。

 

「ええ。〈IF(イリーガル・フロンティア)〉のラ・クリマが仕事のツテで知り合ったので。罪状はあなたの〈エンブリオ〉によるティアンの同士討ちによる大量殺戮。それで、何の用ですか?」

 

「何の用、ですって?落とし前に決まっているじゃない!この私が“監獄”なんてゴミ溜めのような場所に送られる要因になったのはラ・クリマ……ひいてはあなたのクランが原因なのよ!!」

 

ビシリ、と効果音でも付きそうな勢いでゼクスを指す。

ポーラのその一言で、一気に会場も険悪なムードが振りきれんばかりの勢いで最悪なものになる。

 

「いや、乗ったそっちが原因ですよね?」

 

「落とし前っていうか、八つ当たりなのネ」

 

当然な指摘をするハンニャと冷ややかな目で見るキャンディが返す。折角のミニコンサートを台無しにされて、〈マスター〉の大半は怒りの矛先をポーラに向ける。特にキャンディはレシェフを発動させてこの喫茶店を起点に大規模なバイオハザードも辞さないほどに。

しかし突如としてハンニャとゼクス、キャンディとアプリルを除く全員がアプリル以外の3人に武器を向ける。

 

「――何をするんですか?」

 

「ち、違うんだ!身体が勝手に……!」

 

「こいつらは私が支配したのよ。もう指一本動かせ無いわ。周囲から滅多刺しにして殺してやるわ」

 

「つまり、今ここでバイオハザード起こしても良いってことネ♪」

 

レシェフを起動させ、本気で殺傷特化のウィルスをばら撒こうとするキャンディ。

操られたマスター達は顔を青くして逃げようとするも、メアリー・スーの呪縛で動かせない。

そもそもそれ以前に、国一つ分の命を容易く根絶やしにするレシェフを前に、完全な閉鎖空間(“監獄”)のどこに逃げれば良いというのだ?

 

『あのー、ゼクスさん?そっち側のを入り口に向けてくれる?』

 

バイオハザードが始まるかと思われたその瞬間、デュランガンからの音声が全員の耳目の注目を浴びた。

 

「……と、仰ってますが?」

 

「……そこ」

 

バルミッドの要求は、誰がどう考えても大したものではない。

ポーラは操った〈マスター〉の一人を使ってデュランガンの向きを入り口へと向ける。

 

『……アレグロで行くか』

 

小さく呟いた直後、演奏が開始される。

曲名はロッシーニの歌劇『ウィリアム・テル序曲第2部:アレグロ』である。

小さく、震えるような横笛の音色が店内に響いていく。戸棚に並べられたグラスなどの食器もカタカタと小刻みに揺れてBGMを作る。

やがて曲は遠方から迫りくる嵐の如く、曲調が荒々しくなっていく。

 

「……ぅぼえ?」

 

「えっ、ちょ、何ッ!?」

 

その時、操られた〈マスター〉数名とポーラに変化が起こる。

まるで血管の中の血液が泡立ったかのように身体の一部が膨張し、やがて膨張が全身に行き渡る。

ヒトの形を失った〈マスター〉達が、暴風の只中を表現するような音楽に差し掛かり、破裂する。

 

「ぷぎゃッ!」

 

「ぷぴぃ!」

 

「ぽぎょっ!」

 

風船が破裂するかのように、次々と〈マスター〉が破裂する。もちろん、直線状に立っていたゼクスも含めて。

演奏と共に加速する惨劇に、煌玉人のアプリルとキャンディ、そして巻き添えを食らった操り人形を除いた〈マスター〉は冷や汗を流す。

 

「に゛ゃ、に゛ゃん゛……で……?」

 

曲がクライマックスに差し掛かり、ポーラにも影響を及ぼした。

必死にメアリー・スーや、操っている〈マスター〉で守りを固めても、音の攻撃にそんな防御はまるで意味を成さない。

ボコボコと身体が膨れ上がり、曲が終わりの一音と共に、破裂した。

 

『……ふぅ』

 

血が、肉片が、臓物が喫茶店前を汚し、やがてデスペナルティでそれらが跡形もなく消え去る。

それらが消えるまで店内に生き残っていた〈マスター〉は誰一人声を出さなかったが、やがてキャンディが口を開く。

 

「わざわざGODが手を出すまでも無かったのネ♪良いメロディを聞けて気分も最高よ♪」

 

『キャンディ、君の場合は手じゃなくて(ウイルス)じゃないの?』

 

軽口での指摘に「そうだった♪」と舌をペロッと出してうっかりしてたと笑うキャンディ。

――あんなの見せられても平常運転かよ。

店内にいる〈マスター〉が2人に対して畏怖と呆れが混ざった感想が浮かんだが、誰も口に出さなかった。

 

『ああそうだ。ゼクス、そっちに鳥の仮面を被ったお爺さんを見かけたかい?』

 

「いえ。そのような装いをした方は今のところ見ていません」

 

バルミッドの問いに黒くて丸い葛餅のようなスライムが、ヒトの形に変わりながら答える。そのスライムがヒトの形になったのは、曲が始まる前のゼクス・ヴュルフェル当人だった。まるで先程の音楽の大嵐に気付かなかったかのようにケロリと元の姿に戻っていた。

 

『そうか……。ありがとう。まあ、彼の目的にティアンは関係ないからね。うっかり()っちゃった、なんてこともあるだろうと思ったんだけど……おや?』

 

「……?何か?」

 

ゼクスに礼を言うと今度はハンニャ――もとい、彼女の傍にいるサンダルフォンと目が合う。

 

『君、ひょっとしてアポストルかい?』

 

「はい。こちらがぼくの〈マスター〉のハンニャ様です」

 

別に隠すようなことでもなく、ハンニャも軽く会釈して自己紹介する。

 

「よろしく。私、そろそろ出所が近いので」

 

『そうか。じゃあ先輩として、後輩がそっちに送られないよう注意しておいてね』

 

「ええ。そうさせて――後輩?」

 

流そうとして、気が付いて数えなおす。

〈Infinite Dendrogram〉にいるアポストルの〈マスター〉は、神造ダンジョンを縄張りとしているフウタ。そしてここにいる自分。

バルミッドの言葉が正しければ面識のない3人目がいるということ。

 

「あの、待って。まさか3人目?え?アポストルの3人目が出てきたんですか?どこで?誰が?」

 

『さあ水を差されて不満をため込んでる皆さんの為に、改めてミニコンサートを開催いたしましょう!』

 

『オオオオオオオォォォォォォォ!!!!』

 

「お、おー……?」

 

改めて始まるコンサートは、置き去り気味のハンニャとテンションを取り戻した観客の完成と共に始まった――。

 

「ぼくら以外のアポストルって、誰なんでしょうね?」

 

「さあ……?」

 

 

 

 

 

 

 

ひとつ、ある男の話をしよう。

彼は音楽家だった。

そして作曲家と同様にその世代での指折りの天才と呼ばれていた。

特に彼は悲哀、悲恋を乗せた楽曲を、長年の相棒たるフルートと共に奏でていた。

それで奏でた音色は、感情の無い者ですら涙を流すと言われ、恋愛ドラマでのスタッフロールでは見るだろう。

本人の気さくさは、悲しさを表し他の感情をデコレーションさせたスイーツのような楽曲とのギャップに人気もあった。

 

けれど、内心彼は悲しい曲にはうんざりしていたのだ。

 

悲哀や悲愴は沈黙を生み、悲しみは心を深い深淵へと突き落とす。

自らの手で悲愴が散漫していく様は複雑な心境だった。

歳も60代から70代へと変わる頃、人気も落ち着いて、第一線から退くこととなって自由な時間が生まれた。

 

意気揚々と自分が描く喜劇のような曲を奏でられると思って。

――しかし、できなかった。

 

どんなインスピレーションなのか。

それを問われると答えが出なかった。

 

形にできなかったのだ。喜劇の曲が。

単なる理想だけでその中身が無かったのだ。

目的地は分かっているのに、その道中の道のりが分からない。

 

男は自分の虚ろな夢を滑稽に思い、自分自身を笑った。

しかし、そのショックは決して小さい物ではなく、それが元でフルートの演奏が一時期できなかった程に。

 

――どうすれば喜劇の曲を奏でられる?

――どうすれば人々の心を躍らせる曲が奏でられる?

 

思い悩んだ彼は、学友でもある作曲家に相談しに行った。

作曲家も、英雄譚の生涯を描いた歌劇の捜索の為に、彼にあるゲームの情報を提供した。

 

――私はこのゲームで英雄たる人物を探している。今は機械の国にいてな。

――近いうちに、どこかで会うだろう。顔は別のものとなっても、己が手で築き上げた音楽は変えようが無いからな。

 

〈Infinite Dendrogram〉。作曲家から提供された情報を基に、男は探し歩いた。

そうして何とか手に入れたものの、当時は正直半信半疑だった。

そして足を踏み入れ、実感が得られる世界に驚愕したのだった。

 

 

 

 

アルター王国〈クルエラ山岳地帯〉【管楽王】バルミッド。

 

演奏会も終わり、喝采の中で私はデュランガンの機能をOFFにして、減ったMPを回復するためポーションを飲み下す。

“監獄”の奴を始末したし、ゼクスもキャンディもいる。しばらくは大人しくなるだろう。

 

「さて、次はどこ行こうかな?」

 

MPを回復し終えると懐からサイコロを取り出した。

これが私が決めたデンドロでのルール。

 

「1がグランバロア、2がドライフ、3が黄河で4が天地、5がカルディナ、でもって6がレジェンダリア、っと」

 

サイコロを振って他の領地へと旅をする。

人々を笑わせ、心を躍らせる曲を奏でるにはこれが良いと思って、かれこれリアルで半年以上続けている。

さてサイコロを、といった矢先であるものを見つける。

《遠視》で見ると、どうやら商隊が山賊に襲われているようだ。《透視》も併用すると山賊は全員左手の甲に紋章がある者、〈マスター〉と分かった。

 

「じゃあ問題ないね」

 

長年の相棒の姿をした自身の〈エンブリオ〉で曲を奏で、山賊殲滅に取り掛かる。曲は『道化師のギャロップ』だ。

その間に私の〈エンブリオ〉について説明しておこう。

【轟曲銀笛パイモン】。その特性は《超範囲》と《音波振動》。

今は1/50に抑えているけど、本気を出せばここからカルディナのコルタナまで届く――らしい。カルディナにそんなこと協力してくれる人いないから試した機会がない。第1でも皇都の1/3の範囲はあるだろう、と思う。これも試してないけど。

《音波振動》は笛の音の微振動で物質に振動を与える。旧式の電子レンジの要領で物質に熱を与えることも、細胞レベルで粉々にするのも可能。【管楽王】のスキルは支援を主体としているのに、パイモンのおかげで山賊は見えない強襲ですっかり足並みが乱れてる。後は衛兵がやっつければ良いだろう。

この笛は案外気に入っている。相棒とそっくりなのが唯一気に食わないけど。

 

「おーい、大丈夫ー?」

 

山賊を全滅させて一息吐いたティアンの衛兵は私の声に気が付き、武器を構える。彼らを襲う理由も無いので、私は両手を上げて何もしないことを示すと、武器は構えたままでも少し警戒心が薄れたらしい。

こっちも良かったよ。パイモンのスキルはどれも範囲内の自分以外は全員攻撃対象になるから、衛兵は範囲に入れないよう気を使って立ち回っていたのが功を奏した。

そんな中声をかけてきたのはティアンの衛兵の一人。装いは他のと比べて性能は良さそうだから、隊長なのかも。

 

「今のはあんたがやったのか?」

 

「まあね。それよりあなた達商隊だよね?どこに行くの?」

 

「ああ、カルディナに向かう所だ」

 

カルディナか……結構ヤバい臭いがしてたけど……日本でいう『乗り掛かった舟』って奴だ。

 

「良ければ同行しましょうか?多少危険も減るでしょうし」

 

「しかし、あんたもマスターだよな?聞く所によると頻繁に異世界に飛ばされてるっていう……」

 

「心配には及びませんよ。こっちで5、6日いても平気です」

 

一日の大半使っちゃってるけど問題は無い。

 

「……それならこちらからもお願いしたい」

 

「こちらこそ」

 

【クエスト【護衛任務――カルディナ商隊隊長 難易度:五】を受け付けました】

【クエスト詳細はクエスト画面をご確認ください】

 

私は商隊の竜車に乗り込むと、商隊は再び移動を開始した。

目指す先は砂上の都市カルディナ。

 

「君はどこにいるんだろうかね、ベルドルベル」

 

離れていく決闘都市を見ながら、同僚の現状を思う。

まあ彼なら無事だろう。

 

 




(・大・)<ポーラ女史、2度目の演奏妨害でデスペナ。

(・大・)<因みに音楽系スキルは術師系の《詠唱》みたいなものとこの二次小説での設定です。


【超越耳目デュランガン】

バルミッドが黄河帝国で討伐した神話級UBM。特殊条件型。
本体は地中深くの洞窟に陣取り、子機が外に出て本体に周辺状況を送っている。
子機にも同じ名前が映るので大抵の人が勘違いで攻撃するが、子機の持つ反撃スキルで殲滅させられている。
バルミッドはティアンや挑んだ〈マスター〉の情報から「本体は別にいるんじゃないのか?」と推測を立て、当時【高位管楽奏者(ハイ・ウィンドパフォーマー)】だったバルミッドが音域探査紛いの方法で本体を探り当て、洞窟を瓦解させ、生き埋めにして討伐した。


(・大・)<午後の部は大体3時以降になるかもしれません。


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極振り防御とエピローグ――どらいふ。

(・大・)<エピローグ3/4投稿。

(・大・)<後半最初はドライフから。




 

 

皇都ヴァンデルヘイム。〈パレス・ノクターン〉

 

 

「ただいま戻りました~……」

 

「応、随分コテンパンにされてきやがったな」

 

〈LotJ〉――〈ロウ・オブ・ザ・ジャングル〉のクランホームである〈パレス・ノクターン〉に数人が倒れ込むように来店……いや、帰ってきたと言ったほうが正しいか。

その筆頭はオーンスタイン。“フランクリンのゲーム”で“ジャック”を務めた〈マスター〉達だった。

モヒカン頭にゴーグル型のサングラスを着けた男、モヒカン・エリートが事の次第を察したような口ぶりで飲料水の入ったペットボトルを彼らに差し出す。

 

「ああ、どうも。――全く、ゲームの中で三途の川を見る羽目になるとは思っていませんでした」

 

「フランクリンの八つ当たりってやつかい?」

 

「あれは八つ当たり程度で済むレベルじゃなかったと思いますが?」

 

デスペナ明け早々、オーンスタインの一味はフランクリンに闘技場に連れられ、そこで延々とモンスターの性能テストという名目のサンドバッグにされていた。

その理由はユーゴーの始末を独断で行った事らしい。

顔には出ていなかったが大層キレていたらしく、『私の秘蔵っ子を勝手に殺そうとした気分はどうだったんだい?ねえ?ねえ!?』と、思いっきりストレス発散の捌け口にされてたんじゃないかと加担したマスターは顔を青くしながら語っていた。

しかも事前に闘技場で連戦設定していたのだ。

殺されてはその場で復活して、また殺されてはすぐに復活……延々と続く無限地獄。

殺された回数だけならば、かつてフランクリンを殺したが故に、延々とメタ能力満載モンスターに殺され続けたマスターよりも多かった。遊戯派でも神経がガリガリすり減らされるレベルの拷問である。

『新しい悪魔の戦略を思いついたから試したい』という単純な理由で参加した代償としては、あまりにも大きい物だった。

 

「帰ったかオーンスタイン」

 

「オーナー。申し訳ありま――」

 

「お前の土食っていいか?」

 

「……第一声がそれですか?」

 

「冗談だよ」

 

「その手のジョークはあなたが言うと本気でやりかねないと思いますがね?」

 

次に声をかけてきたのは伸びた髪で右目を隠した成人男性のマスター、カタ・ルーカン・エウアンジェリオンと傍に帽子を目深に被り、口元を服の袖で隠している人物。帽子の人物のほうは身体つきから女性だろう。

……女性とカタの自分達を見る目つきが、自分達を捕食対象として見ているような気が抜けない。

 

「ああそうだ。その〈叡智の三角〉なんだがよぉ」

 

「よして下さい。今あのクランやフランクリンの名前を聞きたくない……」

 

「だったら事務処理でもするか?たっぷり溜まってやがるぜ」

 

「……気分転換には丁度良いかもしれませんね」

 

オーンスタインはモヒカン・エリートの肩を借りてふらふらと事務処理へ。他のメンツも気分を悪くしたのか、早々にログアウトした。

 

 

 

 

皇都郊外。〈叡智の三角〉ホーム。

 

 

「邪魔するぜ」

 

ノックも無しにフランクリンの部屋に入ってきたのは、アドルフ・ペンドラゴンだった。

フランクリンからは意外な客と思ったのか、机越しに面食らったような顔をしている。

 

「どうしたんです?意外と早い復活ですね」

 

「あ?どういう意味だ?」

 

「いやぁ、因縁の相手にコテンパンにされて、てっきり私は今頃リアルでヒステリー起こして八つ当たりしてるんじゃないかって――」

 

「そうか。じゃあこの話はまた3日後な」

 

「真顔で《フリューゲル・バースト》準備しないでくれませんかねぇ!?」

 

閑話休題。

 

「で、いったい何事なんですか?こう見えて私は今かなり忙しい身ですよ?」

 

「長居するつもりは無いから安心しろ。用件はこれだ」

 

あわや2度目のデスペナを何とかアドルフを宥めて回避したフランクリンが用件を尋ねる。アドルフは改めてアイテムボックスから資料を取り出した。

差し出された資料には、皇国のこれまでの歴史が纏められたものだった。所謂、アドルフ自身が書いたレポートだろう。

あらかた内容を見たフランクリンは資料を放り捨てるように返す。

 

「歴史のお勉強ですか?考古学者のほうがもっといい論文を出してくれますよ?」

 

「ああ悪い。皇国の始まり辺りから片っ端にまとめたのを忘れてた。ツヴァイアーの時代ん所と……これだ」

 

そう言って渡した資料のあるページを指した後、今度は別の資料を渡す。

ウンザリした表情でそれらを見比べて――表情が一変した。

 

「これ……M国の資料ですね?」

 

M国。

かつて世界の3分の1を牛耳っていたと言われる世界でも指折りの大国家の名前だ。

特に機械分野に精通し、現代では当たり前となった機械の発明を手掛けている。

しかし、その栄光は急に途絶えてしまう。

その原因は――ナノマシンのエラーによる土壌汚染。

農作地に栄養分泌ナノマシンを開発したものの、原因不明のエラーにより土壌に過剰な栄養を送ってしまい作物は全滅。向こう100年は植物が育たないだろうと国外の技術者達は結論付けた。

農作物の全滅をきっかけに内乱が始まり、M国各地でテロが発生。そして2023年。地図から、地球上からM国の名は消え去った。今でも荒廃した都市が閑散と乾いた風を受け、不自然に広がった荒野はかつての失敗を明確に物語っている。

当然、〈Infinite Dendrogram〉にはそんな国は存在しない。

M国は――現実に存在した国の名前だから。

 

「ナノマシン技術は癌治療以外ではロクな成果はありませんからねぇ。今じゃ政府ぐるみで適用技術以外でのナノマシンの使用は厳重な審査や検査の裏付けを立証されない限り禁止されてますし」

 

「ここからは俺の推測なんだが、原因は土壌用ナノマシンの活用期間が過ぎたことによる土地の枯渇。今皇国の土壌の殆どがそれらに害されたものになっている。“三強”時代の時も皇国領土内の国は食に関しちゃ流通で補っていたと思っている。それに……」

 

「それに?」

 

「いや、これはあくまで最終手段だ。今情報を集めてるが、8割以上眉唾物って感じだからな」

 

今のは忘れてくれ、と言いかけたその時、着信音が鳴る。

アドルフがアイテムボックスから今度は【携帯式通信魔法機】を取り出し通話に出る。

 

「どうした?ああ、そのことか。A班は【農家(ファーマー)】連中と連携を取りながら作物の生産に当たれ、輪栽式農業を導入する。B班は【整備士(メカニック)】や【大工(カーペンター)】連中と共に穀倉地区の開拓を急げ。本土は放置で構わない。――そういやDDCのドライフ支部が浮遊バイクのテストを頼みたい【操縦士(ドライバー)】の募集を募っていた。奴らン所へ交渉に行ってくる。成功すれば小規模な輸送も実現する。ああ、分かった」

 

「……」

 

「あん?どうした?」

 

余りの手際の良さにフランクリンも絶句。

通話を切って呆然と見つめる自分に声をかけられて、やっと我に返った。

 

「いや……確かあなたここに来た理由って、『王になる』って事でしたよね?」

 

「それが?」

 

「凄い手際ですよねぇ。やり手の社長ですよ」

 

「あの皇女との交渉に応じただけだ。それに、ここ半年農業とかの知識を徹底的に叩き込んだし、実験も試せるだけ試しまくった結果だ」

 

当初、彼は王になるという野望を抱いてペインたちを裏切り、〈円卓決議会〉はドライフへと亡命した。

皇女クラウディアとの交渉も無事に済んだものの、彼が目の当たりにしたのは……死んだ土地だった。

枯れた原因は不明。皇国の技術者達が手を変え品を変え工夫を凝らしても、まともに育つことは無かった。

――このままじゃ俺の王国は成り立たない。

焦燥感に駆られ、彼のクランは旧ルニングス領西地区で新たなクランホームを構え、復興へと尽力していった――。

今では西側の開拓も70%も進んでいるという。セーブポイントがまだ王国領土である分、不便さは否めないが。

彼にとっては仮に戦争が起きなかったとしても、ルニングス領域全部は皇国のものとしたい思いがある。

 

「いっその事リアルで政治家とかになったらどうなんです?案外、まともな世の中にしてくれたりして」

 

「もういっぺん殺してやろうか?」

 

「なんでぇ!?ちょっと褒めただけじゃないですか!?」

 

「口八丁でたぶらかす連中と一緒にすんなよ」

 

「あ、そ……」

 

ロンゴミニアドを紋章に収めるとアドルフは〈DDCドライフ支部〉へと向かう為に〈叡智の三角〉を後にしたのだった。

 

「……やれやれ、変なプライドを持ってる人なんですねぇ。将軍閣下とはまた違った方向で面倒な方だ」

 

呆れたような物言いで苦言を零す。

妹というブレーキを、テロを阻害した責任で旨く丸め込んで追放したとはいえ、面倒な相手は皇国にもいるにはいるものかと頭を抱える。

そして先のやり取りを思い返し、「ナノマシン……極小……現実の応用……」と色々呟いた後――何か思い出した。

 

「そういや、目に見えないほど極小の〈UBM〉もいましたねぇ。――いや、そもそも勘付かれたらアウト……ちょっと待って。確か何かのミステリードラマで……どれだったかしら?」

 

思わず素の口調に戻ってしまった彼――いや、彼女と言ったほうが正しいか――は、その結果を確かめるべくログアウトする。

――2度も自分の計画を覆した、レイ・スターリングを折るために。

 




(・大・)<次でエピローグ最後。

(・大・)<すなわち第3章終了です。


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極振り防御とエピローグ――おうこく。

 

決闘都市ギデオン 4番街、とある宿屋。

 

 

「メイプル、真剣に聞いてほしいの」

 

“フランクリンのゲーム”から3日目の朝。

サリーから呼び出されたメイプルは、ログインして宿屋に向かうと部屋に案内され、テーブルを挟んでサリーと対峙していた。

ヒドラはまだ紋章の中で修復中。今この部屋にいるのはメイプルとサリーの2人だけだ。

 

「ど、どうしたの?急に改まって……」

 

「……いつか話そうと思ってたんだ。このことは後回しにしちゃいけないと思って」

 

何時になく真剣な表情で自分を見つめるサリーに、メイプルは身体を強張らせる。

それからは少し沈黙が部屋を包む。まるでこれから話すことを躊躇っているかのようにサリーは黙り込み……やがて意を決して語りだした。

 

「私は、自分のわがままの為にメイプルに、楓に癒えようの無い傷を与えた。それがずっと私の中に残っていたんだ。私がロクに下調べもしない所為で、楓をこんな目に遭わせたんじゃないかって……」

 

世界的なブームに惹かれ、友達を誘って、そしてその友達を傷つけた。

サリー自身は軽率な行動を取った自分を怨み、友達を傷つけた事実を嘆いた。

 

「私は……あのPK連中と同じだよ」

 

「そ、そんなことないよ。私だけだったら右も左もわからなかったし……」

 

「それでも、外へ連れ出したのは私だよ。楓だけだったら、あの職業に就いていたんじゃない?」

 

メイプルが必死に否定しようにも、サリーは一蹴し、続ける。

 

「あの日にログインした時だって、もう絶交されるんじゃないかって覚悟していた。ここから先は独りでこのゲームをやろうって思っていた……けど、楓は私を赦してくれた。その時は思いっきり反論したかったよ」

 

「そんな、私はサリーの……」

 

「馬鹿にしないでよ!!友達をそんな目に遭わせておいたのをコロッと忘れてゲームにのめり込むほど、私も人間捨てちゃいないわよ!!」

 

サリーの怒声に思わずたじろぐメイプル。

こんなにも感情を露わにしたのは彼女も見たことは無かった。

 

「理沙……」

 

思わずリアルでの名前が出る。

それでも、サリーは静かに肩を落として何も答えない。

再びの沈黙の後、メイプルはサリーを強く抱きしめた。

 

「……っ!?」

 

思わず振り払おうとしたが、メイプルの手首を掴むが、すぐにその手に込められた力が抜ける。

どうしてなのか、理由はメイプルにも、サリーにもわからない。

 

「ごめん。だけど、これだけは言わせてくれないかな……?」

 

メイプルはそのままサリーを抱きしめ続ける。

このまま手を離せば、彼女は自分の手の届かない世界へと言ってしまいそうな気がして、届かなかった手を届かせるように。

 

「私は確かに、この世界は嫌いだよ。それでも、私の勝手で理沙の手から〈Infinite Dendrogram〉を取り上げたくなかった。だけど、悲しい事や辛い事だけじゃない。新しい友達に出会えた。やりたいことを見つけられた」

 

まるで赤子をあやす様な優しい言葉は、サリーの身体から余計な力を溶かす様に抜ける。

 

「だから、サリーも自分のやりたい事に正直になって。」

 

メイプルの言葉は、サリーが架した罪に対しての赦し。

今も信じられないようなサリーが、震えるような声で、メイプルに尋ねる。

自分を抱きしめる少女に縋るように。

 

「楓……楓は、私を赦すの……?」

 

「……うん」

 

「……ダメ。やっぱり私は――」

 

「本当に後悔しているのなら、言ったよね?絶対に死なないって。その約束だけは絶対に守って」

 

「……」

 

カーレンのパーソナルに、サリーは自分が裁かれるべき存在だと言っていた。

だけど、彼女自身無意識のうちに赦されることを待っていたのかもしれない。

メイプルを傷つけてしまったと気付いたその日から、自分を後悔で縛り続けていた。

〈Infinite Dendrogram〉で自分自身に課して、絡みついた罰は、自分自身の親友の手によって。

 

「…はは、やっぱり楓は楓だなぁ……」

 

乾いた笑いを上げたサリーはメイプルの腕を掴む。いや、掴むというより抱擁に答えるかのように、優しき握り返す。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「こんな……救いようのないゲームバカを簡単に許しちゃうなんてさ…………!」

 

その顔は涙を堪え、嗚咽をかみしめていた。

その涙が後悔によるものなのか、赦されたことで張っていた気が緩んだことによるものなのか、その真相は2人にしかわからない。

だけど、彼女らはこれからもこの世界で生きていくだろう。

 

 

 

 

「それで、どうするの?」

 

サリーのひとしきりの涙の後、宿を出た2人。

サリーがくるりと振り返って尋ねてくる。

その顔に後悔はなく、吹っ切れたように明るい笑顔だった。

 

「うん。まずは上級職に、かな?」

 

メイプルのほうも意気込みを新たに左手を握りしめる。

2人ともまだレベル50になったばかり。形態も第3だ。

彼女の道の先、到達点に親友を殺した鎧のPKがいる。だが、それはまだまだ先の話だ。

獲物を決闘都市との交通改善を理由にフィガロに横取りされはしたが、その目標は変わらない。

サリーもまた、心おきなく回避特化への道を邁進するだろう。

 

「やっとスタート地点に行ったんだもの。お互い頑張ってこ」

 

「――うん!」

 

差し出されたサリーの右手を、左手でがっちりと掴む。

彼女たちは漸く、スタート地点に立ったばかりだ。目指す目的は、遥か彼方。

それでも彼女らはそこへ向かい続けるだろう。

ある〈超級〉が、泣きじゃくる弟に言い放った言葉を借りるのであれば、『例え無数のゼロの先の小数点の彼方の可能性』へと、手を伸ばすだろう。

お互いの目標の為に、彼女たちは動き出す――。

 

 

 

 

――駄目だ。まだ足りない。

 

――もっと、もっと強度を高めなきゃならない。

 

――大盾の俺があの程度の敵に壊されてりゃ、この先マスターを守ってやれるはずがない。

 

――……つくづく情けないよな、本当に。

 

――毒殺特化の分際で無生物やアンデッド相手に手も足も出ない上に、亜竜級程度でやられるようじゃ、世話無いってもんだ。

 

――このままじゃ、この先確実に俺は足を引っ張ることになる。

 

――どんな相手にも対応できる毒と、盾の強度の向上。それ以外は考えるな。

 

 

 

 

 

――なんだ?こんな時に新しいスキルか?

 

――これは……。

 

 

EPISODE3 END。

 

 





(・大・)<第3章ようやく終了。

(・大・)<この次の話はリアルの話を1つとギデオンの日常をいくつか。そこから姉妹の話で決闘の閑話になります。

(・大・)<ここまで見てくださった読者の皆様方、評価を入れて下さった皆様方。本当にありがとうございました。

(・大・)<ただし完結とは言っていない。

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3.5章1/3:極振り防御と平穏日和。
極振り防御とリアルエンカウント。


(・大・)<接続章、

(・大・)<日常回です。



 

現実、総合病院 本条楓。

 

 

「……」

 

「……これは、思ったより経過が早いですね」

 

「と、言いますと?」

 

「PTSDの症状が思った以上に優位性が高くなっているのです」

 

「つまり、トラウマの克服が進んだということですか?」

 

「はい。完治した、という訳ではありませんが。4月の入学は無理でも、長くて6月の上旬には登校に差し支えないレベルにまで回復するでしょう」

 

 

 

 

「楓、どうだった?」

 

「うん。長くても6月には入学だって」

 

「じゃあ私も学校生活になったらデンドロは控えておくか。楓の勉強をとっておくのもあるし」

 

迎えに来てくれた理沙に診察結果を話しておき、私は一度両親と別れて理沙と共に帰路に就く。

最初、2人とも渋い顔を見せていたが、私の説得で折れてくれたらしい。理沙も深々と頭を下げてお礼を言うと、久しぶりに2人きりになって歩き出した。

 

「……なんか、久しぶりに思えるね。この景色」

 

現実ではたった数日やそこらだっていうのに、何十年も遠くへ旅立って行って、今日久しぶりに帰郷してきたような気分だった。

それほどまでに、〈Infinite Dendrogram〉での日々が濃かったのかと思う。

 

「……!」

 

「楓ッ、大丈夫!?」

 

――嫌なことも思い出してしまって思わず吐きそうになった。

いけないいけない。こんなんじゃ本当にトラウマ脱却なんてできやしない。

 

「……他のみんなはどうしてるのかな?」

 

「流石にわからないよ。案外近くにいる人も居たりして」

 

話題を変えた理沙の冗談に私も笑いながら頷く。

そしてそこから、もし近くにいるならどんな人がいるんだろうと会話が弾んだ。トラウマによって起きかけた吐き気ももう消えた。

レイさん、シュウさん、ユイちゃんにマイちゃん、カスミ、カナデ……。ちょっと思っただけでも候補がこれだけ思いつく。

 

「……ん?」

 

その時、あるショーウィンドウの前にいる少女を見つける。

黒い髪を肩まで下げた、私達と同い年の女の子だ。背丈は私と変わらない。いや、私よりちょっと低いかも。

スマホで日付を確認してみると、今日は終業式の2日後、つまり春休みは始まったばかりだ。卒業したばかりの私達には関係ないけど。

何か気になったので、暫く木の影から観察を続けてみる私と理沙。

 

「ねえ、あの子知ってるの?」

 

「あー……知らないけど、なんかどこかで会った気がするんだよね」

 

「本当?どこで?」

 

「んー……それがどこなのか思い出せない」

 

どうも最近会った気がしてならない。でも現実であんな子と会った?

その女の子は店の中に入ると、受付の人とやり取りをして晴れやかな顔をして店を出る。

 

「あ……」

 

その顔を見て、私の中に確信が来た。

幸いすぐに信号が青になったので、理沙と共に女の子の所へ駆けつける。

 

「ちょっと楓、どうしたの?」

 

「あ、あの!」

 

「!?な、何か?」

 

女の子も理沙も戸惑っている。特に女の子はいきなり呼びかけられて警戒心が高まっている様子だ。

 

「あ、あの……違ってたらごめんなさい。あなた――」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ジュリエットさん、ですよね?」

 

「……え?」

 

 

 

 

とあるカフェ 黒崎樹里。

 

 

「メイプル・アーキマン、だとぉッ!?」

 

しまった。ショックのあまりどこかのOTONA見たいに言ってしまった。

現在私はロングヘアの子とショートヘアの子に連れられてあるカフェに連れ込まれた。

そこで黒髪の子は自分をメイプルだと明かして今に至る。となると隣にいるのはサリー・ホワイトリッジか!?この子らリアルの漆黒の盟友(友達)か!?

 

「まさか本当にリアルで会うとは思ってなかった……」

 

「……確かに」

 

よもやこんな近くに住んでるとは思ってませんでした。

家もその気になれば行けない距離じゃない。

え?こんなご近所さんとも呼べなくない距離だったの?

 

「んじゃあ改めて自己紹介ね。私は白峯理沙。デンドロじゃサリー・ホワイトリッジって名乗ってるわ。でも驚いたよ。てっきり私より年上かと思ってたのに」

 

「それは……」

 

それはこっちもだよ、と言いたい所だけど言葉が出ない。元来の性格を今日ほど呪ったことは無いと思う。

デンドロでの2人――特に本条さんの容姿の背丈は現実の私とほぼ変わりない。それで私は同い年かと思ってたら、今年高校生になるところらしい。

見かけによらないとはこのことか。

 

(…それにしても、随分やつれてるなぁ……)

 

私の目に留まったのはメイプル――もとい本条さんの姿。

アバターでの容姿はいかにも健康体だったけど、今目の前にいる彼女は今まで病床に伏せていたのか少しやつれていて、伸ばした髪も毛先が色が抜け落ちたように白い。

とはいえ幾ら気になったとしても、多分そこは私が踏み入れちゃいけない領域だ。

 

「……あの、何か?」

 

「ああ、ごめんなさい!考え事してて……!」

 

やっちまったあああああああああああああああ!!!!

何やってんの私は!?そりゃこっちじゃクラスメイトの輪に入れずにぼっちかましてて、デンドロでも決闘ランカーくらいしか知り合い居ないってのにここで好感度下げるなんて自殺行為にもほどがあるでしょ!?

馬鹿なの!?死ぬの!?今日死んじゃうの!?世界の終末戦争でも始まるの!?

 

「ああそうだ。昨日ヒドラが変な奴って言ってごめんね。なんか気にしてたみたいだったから」

 

「ヒドラ?」

 

「楓の〈エンブリオ〉よ。アポストルとアームズの複合だって」

 

アポストル……デンドロにもあったのは聞いたけど、あれだったのか。

あれってどんな条件で覚醒するのか良く分かってないんだよね。どういう心境で覚醒したんだろうか?

……まあ、それも踏み入れちゃならない領域なんだろうけど。

 

「それにしても、VRゲームってあんなにリアルなことができたんだね。……まあ、リアルすぎるのも問題だけど」

 

ふと楓がため息交じりに感想染みた言葉を漏らす。あ、これ完全に<Infinite Dendrogram>のリアルさに辞めた人あるあるな心境だ。

余りのリアルさに、現実と同じ描写で設定したプレイヤーの中にはそれが原因で最初の戦闘などのグロテスクさやモンスターへの恐怖に陥るケースが多々あるというのを聞いた事がある。

多分彼女はそれと同じようなものを抱えているんだと思い、同時に凄いと思った。

そんな状況であるにも関わらずに、果敢に格上の相手に挑み、倒せないまでもティアンを守り抜いたのだから。

“黒紫紅蓮を纏いし光と闇合わさりし勇者”(レイ・スターリング)とまではいかないけど、私よりは賞賛されるべきだと思っている。

 

「そうでもないよ。デンドロより前のは初期のころは特に酷い物だらけだったし」

 

白峯さんの言葉に「そうなの?」と意外そうに返す本条さん。

相槌を入れるならここだ。

 

「はい。〈NEXT WORLD〉は特に……」

 

〈NEXT WORLD〉は人類初のVRMMOだった。勿論当時に<Infinite Dendrogram>なんてのは無かった。

前評判を上げておきながらいざプレイしてみると……プレイヤーからの失笑を買い、落胆された。プレイ中、プレイ後の健康を害して病院に運ばれる人も現れたという。

これらの事情で開発会社は訴訟でも大敗。開発会社の倒産でこの騒動は終わりを迎えた。

それからいくつかダイブ型VRMMOは販売されたけど、成功と呼べるゲームは一つも無い。

 

それからしばらくして〈New World Online〉というVRゲームが発売された。

〈New World Online〉は<Infinite Dendrogram>以前に販売されたVRMMOの中では、先人たちの失敗を教訓に、細心の注意を払いながらも作り上げてきた逸品である。前評判をでかでかと叩きだすような真似はせずに、ただ一心に、課題をひとつずつこなしていった。モンスターも万人受けを狙ってファンシーな初心者用モンスターから強力な力を持ったドラゴンなど、多種多様。そして幾つもの階層をこしらえたステージ。

デンドロのように情報は抑え、大体的な宣伝はしなかったのが功を奏して興味を惹かれる人も多かった。

そして発売日を迎えたのだが……肝心のゲームの難易度が高く、レアスキルの情報も本人のプレイ次第だとか。ハードな難易度を楽しみたい人だったのならまだしも万人受けはできず、レビュアーも次の言葉を記載した。

 

 

 

――『夢に近付けることはできる。それでも誰もが納得のいくクオリティには至らない』。

 

 

 

それでも30年後半代のVRゲームとしては、ある種一番人気であり、<Infinite Dendrogram>のブーム到来と共に円満にサービス終了した。

約5年。10万に近いユーザーがプレイした、長いようで短いそのVRゲームの軌跡は、ゲーム業界では『最も夢に近付けたゲーム』として語り継がれているとかいないとか。

 

「所で、樹里ってどこ通ってんの?」

 

「え?あ、え……F中です……」

 

いきなり話題を振られてびっくりした。

 

「割と近いんだね。私も楓も今度からK高に入学するんだ」

 

「私はしばらく休校だけどね」

 

確かK高って、私が通うF中と割と近い所にあるんだよね?

となると春休みが明けると毎日通学路を通うのかもしれない、と……。

 

……そっかー。通学と下校で談笑しながら通うのかもしれないのかー。

 

(これは俗世で言う“漆黒の盟友”なのではッ!?)

 

ヤバい。

産まれてこのかた友達らしい友達はロクにいなかった私に、これはまるで〈NWO〉最終階層級の難易度をやらせられてるようなものッ!!やったこと無いけど〈NWO〉!

いやいやまてまて待ちなさい。私にとってこんな苦難は一度だって無いよ。曼殊沙華死音との決闘でも、最近知り合ったグレート・ジェノサイド・マックスという新参決闘ランカーとの激戦も、こんなに苦戦することは無かったよ?

 

「そうだ。後で向こうに行ったらフレンド登録する?」

 

「……はい?」

 

今なんて?

私と、フレンド登録?

トドメに更に難易度上げるつもり?

もうこっちはBERRYHARDモードだよ?その上って何?壊滅級か何かでもやれと?

 

「気にしないで。楓はこれでも人懐っこいから」

 

「人をワンちゃんみたいに言わないでよ~!」

 

茶化す理沙に不機嫌になる本条さん。

ああ、これが私に存在しないものだったのか……!

と、そこで楓も気付いたのか、私に手を差し伸べ、笑顔を向ける。

 

「――これからもよろしくね、樹里」

 

――あっ、今わかった。

この子就いてるジョブが【盾士(シールダー)】じゃなくて【天使】なんだ。

 

 





(・大・)<♪~(ドラクエのレベルアップ音)

(・大・)<樹里は漆黒の盟友(仮)を手に入れた!



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極振り防御と上級職。

(・大・)<まだ防御力に極振り状態じゃない?

( ・大・)<この3.5の次の章で明らかになるよ。


決闘都市ギデオン1番街騎士団詰所【錬金術師(アルケミスト)】メイプル・アーキマン。

 

 

私がもう一度この世界に来たのは、この世界の時間で2日が経過した時だった。

ふと教会へと向かうリリアーナさんを見かけ、彼女に連れて行かれて教会へと足を運んだ。

 

「これって……」

 

「……あの時犠牲になった人たちです」

 

その光景に私は言葉を失った。

軽く数えても50以上はある、整然と並べられた墓標。

あの時は思いもしなかったけど、あのテロの事件はティアンの人たちにとっても大きな爪痕を残したのが、今になって痛感している。

 

ギデオンの衛兵23人、近衛騎士団15人、ギデオン騎士団14人。

合計で52人もの人があのテロで命を失ったのだ。

〈集う聖剣〉や〈炎帝の国〉が尽力してくれたのだが、決して軽い物ではない。

 

「……」

 

今も、墓の前に来た家族らしいティアンが、ある墓標を前に花を手向ける。多分、あの犠牲者の家族なのだろう。

それを見ていると、胸を掻き毟られるように痛みが走る。

 

――私がもっと強かったら。

――私がもっと早く彼らのもとに駆け付けて居たら。

 

「……その後悔は、我々からすれば傲慢です」

 

次第に自己嫌悪に陥りかけた私を、リリアーナさんの声が正気に戻してくれた。

部下たちを殺されて、一番辛いはずのリリアーナさんが。

 

「昔、父から聞いた言葉があるのです『騎士は器、民は水』と」

 

「それって?」

 

「『水は零れれば元には戻らない。そうさせないために、器が水を守る。何度欠けようとも、水を守るのが器の使命』と」

 

「……」

 

「〈マスター〉達からすれば、私達は民の為に命をささげるという馬鹿げた行為に理解を示さないでしょう。当然、私達も死ぬのが怖くないと言われれば嘘になります」

 

「……」

 

「ですが、私達が動かなければ何もかも奪われてしまうかもしれない脅威がある。それから逃げてしまうのは容易いです。それでも、そのことを後から後悔するほうがずっと辛い……」

 

「……だから、それらを守るのが使命、というのですか?」

 

「かみ砕いた説明だと、そうなりますね。民を、ひいては国を護るという使命は、付いてまわるものですからね」

 

その言葉に、私はなんて返せばいいのか分からなかった。

確かにリリアーナさんの言葉は、この国の騎士の人達にはさも当たり前のことだと思っている。

けれど私は、自分から死地に飛び込むのは今となってはそれが正しいのかどうか、言葉が見つからない。

少し前の私なら考え無しに「かっこいい」とか、「凄い」とかで返せたかもしれない。

けど、この世界に来てからはどうも深く考えてしまいがちになっている。今も目の前に晒されている、人の生死に関わる話なら特に。

 

「さて、話は変わりますけどメイプルさん」

 

「――えっ?」

 

なんか、ここに来てから自分は変わったと思っていた矢先にリリアーナさんが声をかけてきた。

 

「話によると、あの時あなたは冒険者ギルドの受付の方々を守ってくれたのですね?」

 

「ええ、そうですけど?」

 

「もし彼女に会ったら、我々の代わりにお礼を言ってくださいと伝えてほしいと伝言があったのです」

 

あの時夢中になって気が付かなかったけど、あの人たちも無事だったみたいだ。

人の命を助けた実感が沸いて、無事だった安心感とちょっぴりの誇らしさが身に染みる。

 

「レベルも十分……これで後は3つ目を達成するだけですね」

 

「リリアーナさん?さっきから何をぶつぶつ言ってるんですか?」

 

「ああ、ごめんなさい。この話は彼らからのお礼――というには無理がありますね。これを達成できるかどうかはメイプルさん自身の手に掛かっているのですから」

 

さっきから訳の分からない事を言っているリリアーナさんの本心が掴めない。

私が何のことか疑問符を浮かべながら思案していると、再びリリアーナさんが声をかけてきた。

 

「メイプルさん、ここからはあなたの頑張り次第です。もちろん、これは受け取らなくても構いません」

 

「はぁ」

 

「けどもし、この誘いを受け取るというのなら――」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「報酬は【城塞盾士(ランパート・シールダー)】のジョブ会得、つまり上級職への道を提供します」

 

 

【クエスト【【城塞盾士】会得試験――リリアーナ・グランドリア 難易度:五】を受け付けました】

 

【クエスト詳細はクエスト画面をご確認ください】

 

 

凄い報酬を引っ提げてきた。

 

 

 

 

決闘都市ギデオン とある宿屋【大闘牛士(グレイト・マタドール)】サリー・ホワイトリッジ。

 

 

「おっそいなー、メイプル」

 

『まーまー。ちゃんとメイプルちゃんの分も貰ったんだし、気長に待つクマ』

 

そう言って声をかけてきたのは飛んでも着ぐるみ〈マスター〉もとい元『正体不明』の【破壊王】兼レイさんの兄でもあるシュウ・スターリングさん。

私は今、レイさんの良く使う宿屋の1階で集まっていた。

貰った、というのはギデオン伯爵からの報奨金であり、更には4人に分配にした〈同胞殺戮〉と呼ばれていたMiss.ポーラの賞金と共に、かなりの収入となった。今じゃ1千万リル弱はあるよ。所持金。

ライザーさんは分配する時に「よくティアンを巻き込まなかったな……」とぼやいていた。

彼はあの後、そのまま飛んで行って直進上の建物に激突。デスペナにまでは至らなかったものの、すぐには復帰できないような重傷を受けて泣く泣く戦線離脱したらしい。当人であるカナデからは「デスペナにならなかっただけでも儲けでしょ?」と冗談交じりの皮肉に、本気でデスペナにしようと必殺スキルを発動した所を、ビジュマルさんとカスミに止められていたのが記憶に新しい。

あ、そうそう。ユイちゃんとマイちゃんにも報奨金が送られたけど、私達の中では最も少ない額だった。理由はあの大闘技場前の広場の戦いの為に、石畳を砕いたり、寝返り組やフランクリンのモンスターが破壊した瓦礫を利用したのは良いが、戦闘の余波で滅茶苦茶になってしまったのが原因だったらしい。「指名手配されないだけありがたいと思え」というリンドス卿の警告染みた言葉に2人ともバツが悪かったのか、小さい身体を更に縮むかの如く大人しく承諾するのだった。

 

「でも、あれってそんなにコスト掛かるようなものだったんですか?」

 

『当然クマ。俺とフランクリンの〈エンブリオ〉は、莫大なコストという似通った性質を持ってるからな。スーサイドシリーズのドロップも売却済みだし、ミィが殲滅に協力していなかったら、あの殲滅戦で33億リルは吹っ飛んでたクマ』

 

「「33億!?」」

 

重ッ!!コストが果てしなく重ッ!!

レイさんと声がダブったのも気にならないくらい重ッ!!

 

『あの時本気にならなかったのもあって、一応〈ノズ森林〉の分は届いてなくても思わぬ形で出費が抑えられたクマ。今の俺には彼女が天女に見えるクマー』

 

「そ、そーなんだ……」

 

確か〈ノズ森林〉って、王国の初心者狩場の一つで、〈超級殺し〉と【破壊王】が激突した場所で、その余波で焼け野原にされて、ペインさんも含めた騎士団総出の鎮火に巻き込まれたあの場所か……。

たった1人でマップ丸ごと1つ消し去ったこのクマもそうだが、彼から生き延びた〈超級殺し〉も人の事は言えないかもしれない。

 

「じゃあ暫く全員ギデオンに滞在ということで良いんだな。レイ、お前ランカーやフィガロに模擬戦に呼ばれてんだろ」

 

「まあな。学ぶことも多いし受けようと思っている。今日は大半が都合が悪くて明日に延期されたから、今日は兄貴から貰ったアクセサリと義手を買おう思ってな」

 

「だの。いきなり上級職になったとはいえ、経験はまだまだルーキー同然。〈旧レム果樹園〉での分も返せるのであれば、先に返したほうが良いしな」

 

「そうだな。じゃあ先にアクセサリーショップに行ってくるよ」

 

隻腕となったレイさんは、そのことを気にしていないかの如く前向きな返答でクロムさんに返した。

デスペナになれば五体満足で復活するらしいけど、どうやらレイさんはこの姿のままで暫くやっていくらしい。ワイルドというかなんというか。

 

「ただいまー!」

 

レイさんが出ていこうとしたその時、メイプルが扉を開けて帰ってきた。

なんだか久しぶりに見るわね、この笑顔。

……癒される。

 

「遅かったじゃない。どこほっつき歩いてたの?あ、これメイプルの分の賞金ね」

 

「ごめんごめん。実はリリアーナさんに連れられて……」

 

「リリアーナに?なんでまた」

 

「あ、そうだ。それでそのクエストをクリアしたんだよ!」

 

子供のようにはしゃぐメイプル。

興奮しきってるようでとりあえずどうどうと落ち着かせる。いや、馬か。

 

「それでね、その報酬としてなんと!【城塞盾士】へとジョブチェンジできましたー!」

 

「……」

 

「……あれ?」

 

ビシッ!とピースサインを作ってドヤ顔で報告するが、私達は首を傾げるだけだった。

 

「――2人とも【城塞盾士】なんてジョブ、聞いた事あるか?」

 

「いや、俺は聞いた事は無いな。シュウ、アンタは?」

 

『……確か、クレーミルやカルチェラタンの辺りに就いてたティアンの騎士は何人か見かけたクマ』

 

シュウさんでもそんなに知らないジョブか。そんなレアジョブの情報を持ってたなんてリリアーナさんって割と顔が広いのかも。

 

『ちょっと待つクマ……はい、【適職診断カタログ】~』

 

……なんかポケット型のアイテムボックスから秘密道具出しそうなノリで出してきた。

レイさんは「懐かしいな」と苦笑している。え、何?前科アリ?

そんなことを思っているうちにシュウさんはページをパラパラと捲っていき――開いたページをメイプルに見せた。

 

『これの事クマ?』

 

「そう、それです!」

 

メイプルの横で、私とレイさんもそのページを読んでみる。

一先ず、どういうものか確かめてみよう。

そこにはこう書かれていた。

 

 

 

城塞盾士(ランパート・シールダー)

職種分類:

盾士(シールダー)派生防御スキル特化型上級職。

 

 

説明:

大盾を用いてあらゆる障害を跳ね除ける盾士。

高い筋力と耐久力で前線の維持、主要拠点の防衛を得意とし、複数人でも味方を護るスキルを持つ。

また、大盾と別の片手武器の併用も可能。

 

 

転職条件:

1【【盾士】のレベルが50に達している】

2【パーティ以外の人間範疇生物を3分間、亜竜級以上のモンスターから10人以上守る】

3【王宮騎士団の就職試験に合格する(試験専用装備で行います)】

 

 

 

 

なるほど。あの時の【VIK】も亜竜以上と捉えたらしく、あのテロ事件でモンスター討伐により何気にメイプルのジョブレベルもカンストした。そしてリリアーナさんとのイベントクエストで3つ目も達成して晴れて上級職をゲットしたという訳か。

しかし、試験クリアが3つ目なんてね。でも試験専用装備って何?

 

「そんなに難しいの?」

 

「うん。なんでもなるべく公平な試験を行いたいからって、全員同じ装備品に着替えることになったんだ。装備スキルも全員同じものになったし。それでワークアイって人の試験官が監視の中で始まったんだ。試験の途中でいきなり私の後ろの人が失格になったんだからびっくりしたよ」

 

なるほど。そりゃアームズの〈マスター〉にとってはかなりきつい試験なんだね。テリトリー系やガードナー系、キャッスル系はさほど気にはならないけど、〈エンブリオ〉のステータス補正のみで挑まなきゃならないなんて、ティアンならさほど気にしない。

けど〈マスター〉にとってはほぼイカサマできない状態で始めなきゃなんないんだから、受ける人物にとっては困難になるかもしれない。

 

「じゃあ、第3形態に進化したカーレンの能力お披露目と行きましょうか」

 

「おー!カーレン第3に進化したんだね!おめでとう!」

 

よしよし、思いのほか乗ってくれてうれしいよメイプル君。

 

 

 

 

聖騎士(パラディン)】レイ・スターリング

 

 

俺らが椅子を移動させてある程度の空間を作ると、サリーはメイプルと対峙するような位置に立った。

〈エンブリオ〉のステータスを見せるんだろう。

 

「まずはステータス……あ」

 

「どうしたの?」

 

ステータス補正

 

HP補正:-

MP補正:G

SP補正:D

STR補正:-

AGI補正:C

END補正:G

DEX補正:G

LUC補正:-

 

 

…………。

おい、なんだこれ。

ステータスが第1形態の時に見たネメシスより酷いことになってないか?

 

「どういうこと?」

 

「……かなり無理な進化したっぽくて、足りない分を上げる必要のないステータスから差っ引いたみたい……」

 

聞けばサリーはあの時、指名手配のされていた〈マスター〉の一人である【同胞殺戮】の二つ名を持った〈マスタ―〉と対峙していたらしい。

その際の進化で限界まで切り詰めて今に至るということか。ステータス型とはいえまだ成熟しきってないから、これだけステータスが低くなってしまったのだろうか。

 

「じゃあ次!ウィンドウの情報より実際に見たほうが早いからね」

 

実際に、か。攻撃スキルだったらこんな所で使う訳には行かないが、多分それの類とは違うんだろうな。

サリーはコンコンと、靴のつま先を軽く数回叩く。

次の瞬間、サリーの身体が糸の切れたマリオネットのように崩れ落ちた。

 

「ちょっ、サリー!?」

 

慌てて駆け寄った瞬間、すっと立ち上がる。

 

「ドウモ、メイプル様。この姿では、初めて、ですね」

 

「え?え?」

 

「そちらの方がクロムさん、ですね?」

 

「お、おう……」

 

「そして、レイ・スターリングさんと、ネメシスさん」

 

「ああ……」

 

メイプルもクロムも、サリーの状態に戸惑うばかりだ。いや、俺らもこの光景に言葉が出ないんだけど。

 

「そしてこちらが――」

 

『そのとーり!愛らしいクマさんこと――』

 

「トンチキキグルミプレイヤーの、シュウ・スターリング、ですね」

 

「んぐっ」

 

『ズコーッ!!』

 

いや、いったい何年前のリアクションしてるんだよこの兄貴は。

サリーもサリーでさりげなく酷い事言ってないか?誰情報だよ?兄貴にはのっぴきならない事情があるんだぞ。

 

「まあ確かに、クマニーサンの事情を知らぬ者が見れば、常時着ぐるみのネタ走り〈マスター〉だろうな」

 

ネメシスよ、そこは言ってやるな。

けど、明らかにさっきまでのサリーとは違う。声は本人のものだが、喋り方も仕草も、誰が見ても別人だというのが明らかだ。

これはひょっとして……。

 

「憑依スキルか?」

 

「はい。マスターは今現在も、私の中でこの会話を、聞いています」

 

ふむ。レトロゲームで例えるなら、普段はサリーがキャラを操作して、状況に応じてカーレンにコントローラーを渡すような感覚か。

サリーと比べて喋り方が若干ぎこちない。

 

「……のう、これって俗にいうゆ、幽霊の類ではないのか?」

 

あ、ネメシスがサリーと若干距離をとっている。

良く見たら顔も若干青いし微かに震えている。

【ゴゥズメイズ】の時からゾンビ系に耐性が付いたのかと思ったけど、まだ苦手意識はあるようだ。

 

「安心してください。私が憑依するのは、私の〈マスター〉のみです」

 

……それって安心して良いのか?

 

「で、何の意味があるんだ?」

 

「はい。敵対者の呪術系統の標的にされることはありません」

 

「どれ……。本当だ、狙おうとしてもすぐにサリーを狙えない」

 

呪術師殺しも良い所だな。

 

『【闘牛士】系統はMPとHPはさほど高くないしこのスキルも短時間しか使えないが、いきなり中身が変わった時の対応は初見じゃかなり面食らうだろうぜ。そうでなくとも任意のタイミングで入れ替わるとなると、割と汎用性が高いかもな』

 

そりゃ怖いな。サリーと戦ってる時に、彼女の癖を良く知ってる分その隙を突こうとすればカーレンになって反撃を受ける、ということか。

今度闘技場の模擬戦に誘ってみようかな?メイプルも一緒に。

 

「それに、この姿になって……一言〈マスター〉に言いたいことがあるのです」

 

「サリーに言いたい事?」

 

「はい。それは――」

 

やけに穏やかな微笑を浮かべるサリーもといカーレン。

彼女は胸の内にある思いをまとめたかのように、やがて言葉を紡ぎだした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……色を変化できなくてごめんなさい」

 

謝罪、その直後のバタバタと倒れるような騒音。

その謝罪で、全員盛大にずっこけた。そりゃもう、40年位前のコント番組のようにオーバーアクションでずっこけた。

 

「も、もしかしてあの時の事気にしてたの?」

 

『ど、どういうことクマ?』

 

「私が産まれた時のマスターに言われた第一声が、『青色のほうが良かった』のです……」

 

「相当根に持ってたんだな……」

 

『カーレンのようなタイプは自分の〈エンブリオ〉だからって、時々使用者本人でも予想できない行動をすることがあるからなぁ……』

 

兄貴、なんか後半古傷を切りつけてるような感じだぞ?何かあったのか?

 

「恐らくだが、あの戦艦を爆破させて何かを撃破したのは良いが、修復直後に戦艦に潰されたのだろうな」

 

……やりかねない。昔から可能性を掴むために手段を選ばないからな。アンクラの時もそうだったし。

 

「……ふぅ、とまあ大体こんな所よ」

 

『お帰りクマー』

 

「なんかそれって変な感じですね。後でカーレンにあの時の事謝っておかないと……」

 

あ、聞こえてたんだ今の会話。

【気絶】の状態異常を受けても〈マスター〉には保護プログラムが働いているから、憑依されたとしても意識を失う訳じゃ無い。

レトロゲームよりも、普段は手動運転で、スキル宣言と同時に自動運転に代わるシステムといったほうがしっくりくるな。

 

「次は私の番……って言いたいところだけど、ヒドラがまだ……」

 

『誰がなんだって?』

 

紋章を見つめるメイプルだったが、突然紋章が光りだす。

そこから紫色の光が溢れ出し、ヒトの形を作る。

光が収まると、そこにいたのは、メイプルの〈エンブリオ〉、ヒドラが立っていた。

 

「ヒドラ、戻って来たんだね!」

 

「悪いな。修復に手間取って……あー、戻ってってのはちょっと変か?」

 

「一体何をやっていたのだ?」

 

「【城塞盾士】を取るきっかけになった戦闘でちょっと壊れちゃってね」

 

ああそうか。

【城塞盾士】になるには亜竜級以上の相手からパーティ外の〈マスター〉やティアンを10人以上守らなきゃいけないんだっけ。その時に壊れたのか?

 

「情けないのぅ、たかが亜竜級のゾンビ相手に」

 

「なんだとテメェ、盾の重要性舐めてんのか?大剣モードのテメェを圧し折ってやろうか?あァ?」

 

「抜かせ三下。私の《復讐するは(ヴェンジェンス)》に防御力など紙くず同然なのを忘れたのか?毒だろうが何だろうが私が貴様の天敵であるのを忘れたのか?」

 

分かったから、分かったからいい加減喧嘩腰になるの止めろ。

 

「それで、ただ出てきたってだけなのか?」

 

「ああそうだった。メイプルに2つほど報告があるんだよ」

 

「報告?」

 

俺がネメシスを、メイプルがヒドラを制していると、本題を思い出したようにメイプルに報告する。

そして指を三本立てて、報告の内容を告げた。

 

「修復中に第3形態に進化した」

 




感想お願いします。


(・大・)<因みに進化のフラグはありました。


>【城塞盾士】取得試験

(・大・)<年に2回ギデオンで行われる試験。参加者は事前に契約書にサインする。

(・大・)<騎士団配給された専用装備で挑み、武器スキルと【盾士】のスキル、〈エンブリオ〉の装備スキルはほぼ不可。ただし装備して発動するスキルのみであり、パッシブや非装備でも発動できるスキル、戦闘に直接関係ないスキルはスルー。

(・大・)<試験内容は実技。十数人単位のチームでギデオン騎士団相手に拠点防衛を行う。割と本格的な防衛戦なので、騎士団も本気です。

(・大・)<なお、反則等による失格者はペナルティとして1年間試験に出られない。


【城塞盾士】

(・大・)<詳細はのちの章で明らかになります。

(・大・)<一応言っておきますけど、確かにレアジョブですが、

(・大・)<かなり致命的な弱点を抱えております。


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極振り防御と第3形態?。

(・大・)<3Dマリオコレクションが異様に面白い。

(・大・)<当時やれなかった民からすれば抜け出せない面白さ。

(・大・)<モンハンライズも楽しみにしている中での、

(・大・)<投稿です。


決闘都市ギデオン とある宿屋【錬金術師(アルケミスト)】メイプル・アーキマン。

 

 

復帰早々にヒドラから告げられた第3形態への進化。

そう、進化。

フレデリカさんが言っていた、必殺スキル所得の最低ラインの第4形態まであと一つ。

ここまで来て、上級職になって、初めて実感が湧いてきた。

え?マジで?このタイミングで?

 

「ねえ、どういうの?どんなの?速く見せてどんなのねえ教えてよ!」

 

「あばばばばば!待て待て待て待て!順を追って説明するから一旦タイム!」

 

興奮する私をヒドラが落ち着かせる。

とりあえず、その話を聞いてみようか。

 

「まず《死毒海域》。これは100メートルにまで広がった。耐性も最大マイナス150%まで下げられる」

 

「凄い凄い!一気に増えたね!」

 

「ただ、これからは秒間に消費するMPも1から3へと増えた。上級職になったとはいえ、おいそれと使えないからな」

 

なるほど。サリーもあらかた予想してたけど、強力になる分コストも増えるってのはこのことなんだね。

城塞盾士(ランパート・シールダー)】は防御魔法も覚えるからMPは【盾士(シールダー)】の時よりも多い。けど、相手によっては意味の無いスキルだし、使いどころを選ぶ必要が出てくるんだね。

 

「で、もう一つは?」

 

「形態変化――というか、第1形態のちょっとした改造とそれの付属品(アタッチメント)の追加って感じだな」

 

アタッチメント?盾と短刀のほかに何が付いてくるの?

 

「まあ、それを見せるだけなら問題はないぜ。やってみるか?」

 

「お願い」

 

「応。――Foam Shift【Scale Shield《 》】」

 

「え?」

 

形態名を告げた直後、なぜかノイズでも走ったような声が聞こえてきてそこから先が聞き取れなかった。

 

「ヒドラ、今なんて……わっと!」

 

発言に一瞬気を取られて、久しぶりの感覚に少しバランスを崩しかけた。

ヒドラが変化したのは、見慣れた竜の鱗のような大盾。けど表面には変化は無い。裏側へくるりと返すと、そこに変化があったのが確認できた。

裏側の取っては上側に一つだけだったのだが、今回は裏から見ると漢字の「目」のように2つ目の取っ手が付けられていた。むしろ、2つ目の取っ手は短刀の刃を納める鞘のようにも見える。

よく見ると2つの取っ手の間には何かが収納できそうな四角い線が引かれている。上下へスライドできそうだ。

短刀のほうも拳銃のような引き金が付いている。銃剣というか、引き金を引いて何かのスキルを発動するためのもの、という役割なのかもしれない。

 

「アタッチメントってこれの事?」

 

『いや、盾の中にもある。下側のグリップを下に引いてみろ』

 

言われるがままに盾に着けられた下側の取っ手を掴む。そして思い切り下に降ろすとがこん、という音と共に開いた。

その中からごとりと3つ分の、ポーションとしてよく使われそうな大きさの瓶が転がり落ちた。多分これが付属品なんだろうけど……。

 

「どう使うの?」

 

問題はそれだ。

この瓶をどうやって使うのか?そもそもどうしてこれが付属品なのか?

 

『……わからん』

 

……はい?

 

『いや、冗談とかふざけてるとかって意味は無いんだ。――あー、スキルを見たほうが早いか』

 

どういうことなのそれ?

疑問符を浮かべながら私はメニュー画面を開き、ヒドラのスキルを確認する。

 

 

 

【毒葬死龍ヒドラ】

 

形態:3

 

形状数:2

 

【Scale Shield】

 

『保有スキル』

 

第1の首は猛毒滴る竜鱗(メナスティル・ヴェノム)

 

我毒をもって戦を制す(グラッジ・ウォー・ヴェノム)

 

《■■■■■》(現在解析中。解析率0.05%)

 

 

 

「なぁにこれぇ?」

 

『進化したまでは良かったんだが、それがどんなスキルなのかが俺自身まだ()()()()()()()()んだ』

 

「そんなパターンあるの?」

 

『何せ修復中だったからな。お前らの世界で言う深夜テンション……とか言うノリで修復中にこれを入れたのが原因かも』

 

……これって、解析が完了するまで使えないパターン?

 

『いや、一応《第1の首(メナスティル)》と《我毒をもって(グラッジ)》は普通に使える……筈だ』

 

筈とか言わないで。そういうの決まって失敗するパターンだから。

 

「じゃあ解析が終わるまで、暫くは錬金術師が中心だね」

 

「良いじゃないか。ここの所激戦続きだったんだし、羽を伸ばすみたいにゆっくりしときなよ」

 

がっくり肩を落とす私に、サリーとレイさんが合いの手を入れて慰める。

……いや、UBM2体も相手にして勝った上に左腕犠牲にして〈超級(スペリオル)〉のフランクリンを倒したレイさんには言われたくないです。

 

「そういえば、何故に【錬金術師】を選んだのだ?」

 

「そのこと?実はこれをやる前に、サリーから色々ゲームを勧められててね」

 

あの時は本当にしつこかったなぁ、サリー……。

 

「その中の一つに、洞窟の中の街に住む女の子が錬金術師になるってストーリーのゲームがあったんです」

 

本当、あれってどこから買ってきたのか聞きたいくらい古いゲームだったな……。どこから買ってきたんだろ?

 

「その中の主人公の女の子が、なんとなく雰囲気が私にそっくりに思って……それで、ゲームで錬金術師になれるなら、しばらくしたらそれに就こうって思ってたんだ」

 

「「「『じゃあなんで最初っから【錬金術師】にしなかった?』」」」

 

……方々からツッコミを入れられた。しかもヒドラからも一緒に。酷い。

サリーを含めた5人からのジト目がすっごく痛い。HP減ってないのに手回しドリルでぐりぐり頬を貫かれてるみたいに痛い。

もうやだ、痛いの嫌だ。

 

「あー……もういいか。孵化しちまった以上もうどうすることもできないし」

 

『別のハード買っても脳波データ登録されてるからな……』

 

「……なんかごめん」

 

 

 

 

宿屋でのやり取りを終えてレイさんとシュウさんが去った後、私は錬金術師ギルドに戻ってクエスト用のポーション製作に励んでいた。サリーは回避能力を上げるために、特殊な方法での模擬戦を受ける為にレイさんやカスミと同行。イズさんは《DDM》に戻り、クロムさんアット・ウィキという人のパーティに誘われて神造ダンジョンへ。

幸い、ポーションの製作は【楽々ポーション作成&ブレンドキット】の説明書を忠実に従っていると楽に作れた。

初めの内はイズさんら経験者から出来を見てもらい、アドバイスを受けながら錬金術のジョブレベルを上げていった。

 

「クエスト達成の報告に来ました。納品分のポーションです」

 

「はい……確かに受け取りました。こちらが報酬になります」

 

受付の人から報酬を受け取ってギルドを後にする。報酬は……割と少ないほうです。

元々『ジョブレベル上げるつもりなら、難易度:一のほうが手っ取り早いわよ』ってイズさんからのアドバイスを受けたんだし。

でもお陰で、《ポーション錬金》のジョブレベルは最大の五になった。

クエスト報告した際に【毒術師(ポイズン・マンサー)】のジョブクエストがどういうものか聞いた。

どうも私がイメージしていた物騒な錬金術師というより、ギルドで受け付けているものは基本が魔物を寄せ付けない毒や、害獣、害虫駆除に使われる毒の生成が主だった。

ジョブとしての【奴隷商(スレイブディーラー)】や、ルークの就いている【女衒(ピンプ)】も、多額の税金を納めている公認店しか王国は認めていないらしい。抜け目がないというかなんというか。

 

「そうだ、闘技場に行ってみよう」

 

「随分唐突だな」

 

「だってほら、戦闘職の戦い方って案外ためになるかもだし。今後の為にも見といたほうが良いかもって」

 

「今は生産職だろ?」

 

「はは、確かに……」

 

前はカスミとの模擬戦にしか使っていなかったけど、今はレイさんやランカーの人たちが模擬戦を行っている。

ちょっと顔を出すのも悪くないかも。

確か今は、第3闘技場にいるはず。

幸い錬金術師ギルドから闘技場まではそう遠くなかった。

 

 

 

 

第7闘技場前。

 

 

闘技場が見えてくると同時、その周囲に野次馬が集まっているのが見えた。

 

 

 

 

――おいおい、マジかよ……!?

 

 

――あの人ここに来るの、何気にレアじゃね?

 

 

――どんな用事できたんだ?

 

 

 

 

なんだか野次馬が戸惑っているともとれるリアクションで隣にいる野次馬に話しかけたりしている。

あの奥に誰かいるのかな?

 

「あのー、何かあるんですか?」

 

その時だった。闘技場から何かが地面に叩きつけられたような音がしたのは。

 

「何!?」

 

「またPK連中か!!」

 

「――ッ!!ヒドラ、行くよ!」

 

「……分かった!」

 

私が駆け出すと同時に、一瞬躊躇ったヒドラもすぐに武器形態になって私の手に収まる。

闘技場にランカーがいるから大丈夫だとか、今は【錬金術師】で戦闘力は無いんじゃいのかって疑問は私の頭の中には入ってこなかった。

今行動を起こさなければ、この野次馬達が真っ先に被害に遭う。そんな確信を胸に、音源へと駆ける。

 

「皆さん、急いで避難してください!PKは私達が抑え……え?」

 

避難勧告を出しつつ音源であろうロビーに到着した私は……そこで言葉を失った。

 

『全く、君らのタックルは直撃したらレイレイさんでもタダじゃすまないクマ』

 

呆れ顔――表情が着ぐるみに連動していたから分かった――シュウさんと、

 

「ふきゅう……」

 

「むぎゅう……」

 

地面に寝そべって伸びてるユイちゃんとマイちゃん。

そして、

 

「2人とも久しぶりネ。けどタックルは勘弁ヨ」

 

欧人風の顔立ちのチャイナドレスの女性がケタケタ笑っていた。

 

「……シュウさん、これどういうこと?」

 

『レイレイさんが久しく来たんで弟子の2人が興奮して体当たりしてきたクマ』

 

『そこをこの人が止めた、と?』

 

その言葉にシュウさんが『クマクマ』とうなずいた。

……えーっと、これはつまり……私の勘違いって事?

 

「改めて、シュウの友達で双子の師匠のレイレイダヨー」

 

私が出会った中での3人目、そして王国の4人目の〈超級〉だった。

 




※例のゲーム

(・大・)<メイプルの言うゲームは今も戸棚にあり、専用ゲーム機もあります。

(・大・)<ただし今もやっているとは言っていない。

(・大・)<多分元ネタを知ってる人は声優ネタだと知っているでしょう。


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3.5章2/3:壊屋少女と酒池肉林。
壊し屋姉妹と語り始め。


(・大・)<ここから双子の話。

(・大・)<過去編になります。




決闘都市ギデオン 第7闘技場前。

 

 

このアルター王国には三巨頭と呼ばれる3人を含めた、4人の〈超級〉が存在する。

かつて城塞都市を襲い、幾万もの〈マスター〉とティアンを葬った〈SUBM(スペリオル・ユニーク・ボス・モンスター)〉【三極竜グローリア】を討伐した3人。〈アルター王国三巨頭〉。

 

このギデオンの象徴たる決闘王者、“無限連鎖”のフィガロ。

 

王国のクランランキング1位、《月世の会》オーナー兼教主、“月世界”扶桑月夜。

 

今までその正体の知られなかった元【正体不明】。討伐ランキング1位にて、“不屈”のレイ・スターリングの兄、シュウ・スターリング。

 

そして今目の前にいる、同じく討伐ランカーにして“酒池肉林”のレイレイ。

 

ログイン時間は4人の中でも最も短く、ジョブも上級止まり。ジョブだけなら彼女は最弱の部類だろう。ジョブだけ、なら。

それでもアルター王国三巨頭が並んで「敵に回したくない」と評するのが彼女だ。

その4人目の〈超級〉が、今メイプルの前にいるのだ。

 

「メイプル、いったい何があったの?」

 

騒ぎに駆け付けたサリーもやってくる。

そして彼女を筆頭に次々と、闘技場内にいた〈マスター〉も騒ぎの中心地へと顔を出してきた。

 

『おい、いったい何事――おぉ』

 

「どうしたライザー――って、なにぃ!?」

 

「どうしたの――思いがけぬ邂逅か」

 

ライザー、ビジュマル、ジュリエットがそれぞれリアクションを口にする。

それほどまでに珍しいのかと一瞬戸惑ったが、メイプルは改めて倒れている姉妹に話しかける。

 

「えと……何があったの?」

 

『要約するとレイレイさんが来たのを知って突っ込んできたら師匠にいなされてそうなった』

 

シュウからの答えで沈黙するメイプル。

そして……、

 

「ご……」

 

「ご?」

 

 

 

 

 

「ごめんなさぁぁぁぁぁぁぁい!!!!!」

 

 

 

 

第3闘技場 ロビーのとある一角。

 

 

「まさかPKと勘違いするなんて……」

 

「「本当に申し訳ございませんでした」」

 

「イイヨイイヨー。そういうのは慣れてるからネー」

 

闘技場前のごたごたを終えて休息場に集まった〈マスター〉達。

同じテーブルにはレイレイと、彼女と向かい合う形で座りつつ頭をテーブルに打ち付けて謝罪するメイプルとヒドラ、そしてユイとマイ。

隣のテーブルにいたサリーが彼女にあきれた声を漏らしていた。

 

「まあまあ、ジュースでも飲む?」

 

「ありがとうございます」

 

レイレイから手渡されたジュースを受け取るメイプル。

……若干ユイとマイを含めたサリー以外の全員の顔がにやついているのが印象に残ったが、気にせずジュースを飲もうとして――。

 

「これはテメェが飲め!!」

 

「もごがっ!?」

 

隣のヒドラがひったくり、それをマイの口へと突っ込んだ。

無理矢理にもかかわらず中身をすべて飲み干したマイは、直後にひっくり返る。

 

「お姉ちゃん!?」

 

「やっぱり毒の類を仕込んでやがったか。〈超級〉相手に通じたって事は、ジョブ系統のほうか?」

 

「……なんでわかったの?ちょっとやそっとの《危険察知》じゃ見抜けないと思ったのに」

 

「毒を見抜くスキルを持ってんだよ。固有スキルでな」

 

「というか挨拶代わりに毒渡します!?王国じゃこれが普通なの!?」

 

「ああそっか。お前らレイレイさんの歓迎スルーしてたのか」

 

レイが呆れた物言いで彼女らの経緯を思い出す。

レイレイは新顔の〈マスター〉に対して、「こういう不意討ちもあるから気をつけろ」という教訓を実体験込みで教えている。メイプルは経緯が経緯だけに彼女の洗礼から免れた為に知らなかったのだが。

彼女が専ら使う【神毒鬼便酒(弱)】は、酒のような味に変えてしまう。人命に影響が出るようなものではないが当然毒なので、弱い毒を薄めているとしても飲みすぎれば【宿酔(ふつかよい)】という状態異常が起きる。この状態異常は痛覚設定がOFFになっていたとしても常にズキズキするような頭痛に襲われ、本当の二日酔いを体験してしまうというある意味恐ろしいものだと経験者は語る。

レイも彼女の歓迎を受けて同じような目に遭い、そしてフランクリンのゲームのきっかけとなったイヌ耳騒動(もといレイ・スターリング毒殺未遂事件)も遠からずこれが原因である。

因みにマイに飲ませたものは軽い【酩酊】を与えるものであり、味変効果を加えた毒を混ぜたものだ。

 

「え?この子〈マスター〉じゃないの?」

 

「アポストルの〈エンブリオ〉だよ。ったく、アポストルってそんなに珍しいのか?」

 

『まあメイプルちゃん以外でアポストルの〈マスター〉と会ったのは、俺とフィガ公くらいだからな』

 

「闘技場の費用工面してくれた奴も言ってたが、相当珍しいんだな。てか、動物園に寄贈された珍獣か俺は」

 

「隣の檻には私がいるヨ」

 

「……張り合う必要あるか?」

 

「ごめんごめん。あ、それじゃあ2人と模擬戦やってみる?」

 

軽い悪ふざけの後、レイレイが直後にそんなことを言い出した。

マイは【快癒万能霊薬】を呑んでもまだ目を回していて、とても戦える状態じゃない。

 

「さ、流石に今すぐってのはちょっと……」

 

「じゃあその間は私達がこの子らについての事を話すヨー」

 

「良いんですか?そういうのってプライバシーに違反するというものではないでしょうか?」

 

ルークが挙手をする。

確かにこういったVRMMOには個人のプライバシーポリシーというものが付いて回る。

面白半分に他者が足を踏み入れてはならない領域。個人情報を曝け出すというのはこの中の〈マスター〉の誰もがマナー違反だと十分理解している。そう易々と他人の事を話していい気になれるはずがない。

 

「私達は構いませんよ。リアルのほうまで言わなければ」

 

「わりゃひもしょうひゅうれぇんひゃほぅへぃれひゅ」

 

今だ呂律の回らないマイと共にユイも承諾してくれた。

そして自分の位置を丁度全員と向かい合う所に移して、最初はユイが語りだした。

 

 

 

 

「私達、最初はとんでもなく仲が悪かったんです」

 

 




(・大・)<今回は短め。

(・大・)<次から姉妹の過去編になります。


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壊し屋少女と嫌な奴。

 

 

少女らはその外見が瓜二つだった。赤の他人にしては、まるで自分を基にコピーでもしたかのような外見だった。

片方は設計士の子、もう片方は花屋の子だった。

設計士の子は父親のみの家庭で、父親が仕事熱心なために一人でいることが多く、母親の愛情に飢えていた。

花屋の子は母親のみの家庭だが、それでも家業を積極的に手伝いながらも、父親のいない家庭に疑問を持っていた。

そして同じ小学校で2人は出会った。

見た目は同じでも、性格や好みは所々違う。

花屋の子は活発で、設計士の子は大人しく。

花屋の子は料理の腕は壊滅的で、設計士の子はそれなりに。

花屋の子は音楽が好きで、設計士の子は好奇心旺盛。

 

そしてお互いはやがて――お互いの足りないものを持っている相手に嫉妬した。

最初は小さな嫌がらせ程度だったが、次第に言葉の殴り合いとなり――手と足を出す喧嘩になった。幸いだったのは2人の体躯が小さく、力も弱い事だった。

ガキ大将でも2人の喧嘩に巻き込まれると面倒と思われ、2人の喧嘩を良く止めていた。

そして不満を抱えて帰宅して、壁に向かって八つ当たり。それが2人の毎日だった。

そんな2人に転機が訪れたのは、〈Infinite Dendrogram〉発売から2年後の事だった。

たまたま懸賞にハードが出ていて、それが2人に当たったのだ。偶然、2人の周りには〈Infinite Dendrogram〉の経験者もいて、その人からアドバイスをもらってアルター王国でスタートした。

 

やっと、やっとアイツのいない世界に行ける。

(担当AIが12号と2号だったために)チュートリアル時のハプニングを除けば、2人は安堵と喜びに満ち溢れており、

 

 

直後に落胆に変わった。

 

 

 

 

アルター王国 王都アルター 噴水広場。

 

 

「……ねぇ、どういうつもり?」

 

黒い少女、マイ・ルナーが米神に青筋を立てんばかりの怒りを抑えながら、目の前の白い少女、ユイ・フィールに尋ねた。

 

「そりゃあね、私だって馬鹿じゃないよ?ドライフで活動している子に話を聞いて、ドライフに来ないかって誘われたよ?けど多分あなたが誘いに乗ってくるんじゃないかって思ってわざと乗らなかった訳。この国がヤバい状況だとしても、同じ国にいるのは絶対嫌だって。だってほら、100万歩譲って私達の考えてることそっくりじゃん?それで私はあえて私が選ばないだろうという場所を選ぼうとしたの。それでわざわざハードルの高い天地やグランバロアを選んだら絶対苦労するから嫌だろうなって思うから、私はその逆の逆を選んでストレートに王国にしようと思ったの。その可能性を選んだわけ」

 

「そーなんだそーなんだ。長い言い訳お疲れ様。私もね、ドライフで活動している子に話を聞いて、ドライフに来ないかって誘われたよ?けど多分あなたが誘いに乗ってくるんじゃないかって思ってわざと乗らなかった訳。この国がヤバい状況だとしても、同じ国にいるのは絶対嫌だって。だってほら、100万歩譲って私達の考えてることそっくりでしょ?それで私はあえて私が選ばないだろうという場所を選ぼうとしたの。それで初心者殺しで有名な天地やグランバロアを選んだら絶対苦労するから嫌だろうなって思うから、私はその逆の逆で王国に行こうって決め込んだの」

 

「決め込んだってところ以外殆ど全部一緒じゃない」

 

長い弁舌の結果が御覧の通りである。

深読みし過ぎた結果、王国で鉢合わせしてこの様である。

因みにアドバイスを授けたのは、皇国の決闘王者であり、2人の一つ下の学年である。

更なる備考を付け加えると、アドバイスを授けた全員、直後に同じ人物が聞きに来たので全員驚いたとか。

 

「あー、やめやめ。埒明かないしとっととジョブに就こうっと」

 

苛立ちを払拭しつつ歩き始める。

〈Infinite Dendrogram〉を始める前にいくらか話を聞いており、ジョブに就かなければレベル0のままというのも既に織り込み済みだ。

そうして2人は同じ方向へと歩いていく。

 

「……」

 

「……」

 

「……ねえ」

 

「何?」

 

「私の後ついてくるの止めてくれる?迷惑なんだけど」

 

「私はこの先にあるギルドに用があるの」

 

「私だってこの先のギルドに用があるの」

 

沈黙を貫いていた2人の間に言葉が飛び、次第歩調も強く早くなり……終いには同時に駆け出した。

向かう先は同じく冒険者ギルド。そこのジョブクリスタルで就ける【壊屋(クラッシャー)】のジョブを得るために、お互い一歩も譲らずに駆けていくのだった。

 

 

 

 

アルター王国〈イースター平原〉

 

 

「どうしてこうあなたと被りまくってんのよぉぉぉぉぉぉ!!!!」

 

「知る訳無いでしょ。こっちだってウンザリしてるんだし」

 

ユイの怒声が〈イースター平原〉一帯に轟く。

結論から言って、そこからはほぼ同じだった。

 

同時に冒険者ギルドに登録し、

同時に【壊屋】に就き、

同時に〈エンブリオ〉が孵化。それが同じTYPE:アームズ。

挙句の果てに初戦闘場所も同じ。

 

ここまでくれば2人でなくともうんざりするだろう。

場所は仕方ないとしても、ここまで行動や結果がシンクロしたのは後にも先にもこの2人くらいだ。

 

「唯一の救いが、私達の〈エンブリオ〉が違うってことだよね」

 

「それまで一緒だったら辞めてやった所だよ!!」

 

幸いにも完全なる唯一性たる〈エンブリオ〉は、お互い違うものだった。

確かに双方同じアームズ系統だが、ユイの〈エンブリオ〉は白い両手持ちのハンマー。マイの〈エンブリオ〉は黒い両手持ちの片刃斧。いや、正確には斧状の鈍器と言うべきか。刃物たる斧だというのに、三日月状の刃に当たる部分が潰れており、それを質量で補っている感じだ。

装備補正、ステータス面では攻撃力が高く、他は必要最低限。皮肉にも、少女らが願った「強さ」を反映した結果なのだろう。

しかし、それでいて奇妙な点が2つだけあった。

 

「にしても、スキルが詳細不明ってどういうこと?」

 

2人の〈エンブリオ〉の画面には、余程の例外を除いて最低限1つはあるであろうスキルが、【使用不可】となっているのだ。

試しにその文字に触れても、『条件未達成の為、使用できません』、『スキル詳細不明』と出るばかり。

 

「それに、向こうの人と比べてなんだかくすんでいるみたいだし……」

 

もう一つはそれだ。

近くで戦闘に励んでいる〈マスター〉の持つアームズの〈エンブリオ〉は日光を反射して輝いているのに対し、ユイとマイの〈エンブリオ〉はくすみが特に酷かった。

まるで力が抜け落ちているのか、それともこれが本来の姿なのか。今のマイには見当がつかない。

 

「何かのバグかな?」

 

「普通に使えるよ……っと!」

 

「うひゃあ!?」

 

ユイが画面を見ているマイの背後からいきなり殴りかかってきた。

直前に気付き、辛うじて回避したマイがユイに食いかかる。

 

「ちょっと何するの!?」

 

「あーごめーんてがすべったー」

 

「棒読みがひどすぎる!?絶対わざとでしょ!」

 

「確認テストですー私は悪くないんですー」

 

ユイの開き直る態度にマイも堪忍袋の緒が切れた。

ロッテを振りかざし、ユイも応じてルイーゼを構える。

 

「もう頭きた!モンスターの前にあなたを叩き潰してやる!」

 

「へぇ、やるんだ?まあ私も同じこと考えてたし」

 

じり、じりと、お互いの射程距離に近づく。

近付くにつれ、お互いの得物を握りしめる力も強くなる。

そして――、

 

 

 

 

「「うりゃああああああああああああああ!!!!!」」

 

 

 

お互いの武器を相手に向け振りぬき――

 

 

 

「よーし、今日は西の辺りにでも――おぼがぁ!?」

 

その一撃が割り込んだ相手の腹に直撃した。

乱入者はてんてんとスーパーボールのようにバウンドし、5メートル先へと吹っ飛ばされた。

 

「「……あれ?」」

 

2人の喧嘩に意図せず巻き込まれた乱入者、それが〈酒池肉林〉のレイレイとの出会いだった。

 

 





(・大・)<補足コーナー。

(・大・)<ユイの〈エンブリオ〉はアニメ原作の白ハンマーだけど、

(・大・)<マイの〈エンブリオ〉はMHWIの宮廷十字鎚【鍛星】を黒く染めた感じです。

(・大・)<因みに武器スキルでは鎚系統に分類されるようです。

( ̄(エ) ̄)<見た目完全に斧なのにな。

(・大・)<見た目完全に斧のくせして片手剣やハンマーに入るのはモンハンあるあるです。

(・大・)<鉄球飛ばすスリングショットなのに弓に分類されてるのや、

(・大・)<完全ドリルなのに双剣扱いのもありましたからね。


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壊屋少女と〈酒池肉林〉。

(・大・)<週1かと思ったか?

(・大・)<残念、2話連続投稿だ。


 

 

決闘都市ギデオン 第7闘技場ロビーの一角【聖騎士(パラディン)】レイ・スターリング

 

 

「いや最初の出会いが最悪すぎるだろ!?」

 

思わずツッコミを入れてしまった。

双子の中が悪かったのも対外だが、レイレイさんとの出会いもインパクトがデカすぎる。

他のみんなも一部を除いて唖然としていた。

 

「とはいえ、体当たりで死にかけた奴に言われたくないのう」

 

そう言われると反論できない。

そりゃあね、俺だって出会い頭に死にかけたよ?喧嘩に巻き込まれたっていうか、妹探しの真っ最中の副団長殿に吹っ飛ばされたからね、俺は。

――何の自慢大会だ。

 

「おいおい、幾らなんでも……。あ、でっかいイノシシにド突かれたとか?」

 

「リリアーナにだ。あの時はレベル差が210もあったから当然と言えば当然だがの」

 

「ネメシスぅ!?」

 

勝手に人の過去暴露してんじゃねぇよ!?恥ずかしいわ!なんか周囲の俺を見る目が憐れみを含めててすっげー痛いんだけど!

 

「ともかく、続きをお願いします」

 

ルークもあえて無視するなよ!あえて触れないで上げてるの!?それが優しさなの!?

 

「そ、それじゃあお話ししますね……」

 

若干引き気味のユイが、話を続けてくれた――。

俺に弁明の時間は無いんですか?

 

 

 

 

王都アルテア〈天上三ツ星亭〉

 

 

「で、意気揚々と狩りに行こうとした途端喧嘩に巻き込まれてとんぼ返りしたと」

 

「そゆこと。相手がレベル0だったのが幸いネ」

 

事の巻末を聞いたダルシャンに相槌を入れるように、腹部と口を抑えながらレイレイが同意する。

あの後、何とかレイレイを病院へと運ぼうとした2人だったが、肝心の施設が分からず右往左往していた所をレストランのオーナーに呼び止められ、彼の店へと連れて行った。

幸い彼女らからして格上だったレイレイはあんな攻撃を受けていたにもかかわらず、微量のHP減少だけで済んだ。

 

「「本当いごめんなさい。コイツが悪いんです」」

 

「って、何私のせいにしてるの!?そっちが喧嘩を売ってきたからでしょ!?」

 

「だからってテストとか言って攻撃してきたのが原因じゃない!!」

 

「待て待て待て待て!ここで暴れちゃ困るよ!」

 

お互いに責任を擦り付け合い、口論に発展。

このままでは武器を取り出す事態に発展しかねないとダルシャンが止めに入る。

 

「2人とも本当に仲悪すぎ」

 

必死に取り押さえられる2人に、レイレイはユイとマイを交互に見て考え込む。

そしてぽん、と手を叩いて思いついたように言い出した。

 

「じゃあ、私が2人の師匠になるヨー」

 

「「「「「「「「え?」」」」」」」」

 

その言葉に、3人を含めた店内にいた全員が呆気にとられた。

全員が思わず我を忘れて、呆然と立ち尽くしていると、やがて我に返ったように反論の嵐が飛んできた。

 

「ちょ、ちょっと待ってください!何勝手に決めてるんですか!?」

 

「え?だってそこまで喧嘩するなら、誰かが面倒見たほうが良いデショ?」

 

「それでどうしてあなたが私達の師匠になるんですかって聞いてるんですけど!?」

 

「まさか私達よりも強いとでも?ここで私達と戦うつもりですか?」

 

「へー。私を殴り飛ばした責任は取ってくれないんだー?」

 

「「うぐぅ!?」」

 

その一言に2人は言葉を詰まらせた。

そして便乗するようにダルシャンが挙手する。

 

「あー、戦うのは止めといたほうが良い。2対1でも一瞬でお前らが解かされるぞ」

 

「そういうことダヨー。あ、デスペナ覚悟で挑むっていうなら相手になってもイイヨー」

 

レイレイが若干敵意を向けたその一言に2人は閉口し……肩を落としながらもレイレイの弟子になる事を承諾した。

 

「あ、でもレイレイさんってリアルは忙しいんだろ?師匠って言ったってつきっきりって訳にもいかないし?」

 

「あー、確かに。ちょっと待ってて」

 

ダルシャンの指摘にレイレイは思い出したように返す。

そして何かを思いついたのか、メモ用紙に何かを書き記していく。

 

「じゃあこれにトレーニング内容を書いておくからネ。今日は初戦闘に付き合ってあげるヨー」

 

「はぁ……」

 

「宜しくお願いします」

 

 

 

 

それから数時間、レイレイ付き添いの〈イースター平原〉での狩りは続いた。

 

「ふぅ……ふぅ……」

 

「ぜー……ぜー……」

 

「うーん、なんか妙ネ。妙」

 

内容を強いて言えば、狩りの成果はあまり順調とはいえなかった。

 

「どうして2人とも、図ったみたいに穴が開いてるの?」

 

「「穴?」」

 

そう言われて、2人は自分の周りを見て、そこにレイレイが訂正するように切り出す。

 

「違う違う、戦い方ダヨ。ほら、2人ともどこか完全にフリー……隙だらけなところがあるの」

 

ユイもマイも、これまでの戦闘で武器の扱い方、戦闘における身体の動かし方は大分慣れてきた。

しかしそれでも、レイレイのサポートが無ければ【リトルゴブリン】や【パシラビット】などのような初心者モンスターでも付け入る隙が見分けられるような大きな隙が目立ってきている傾向にある。

 

「まるでユイちゃんは右半身、マイちゃんは左半身だけで戦ってるみたいダネ」

 

「人を人体模型みたいに言わないでくださいよ、気持ち悪い」

 

「それに私達、利き手逆ですよ」

 

「ごめんネー。あ、私はもうそろそろ時間だから、ログアウトするヨ。後はメモ通りダルシャンのお店頑張ってネー」」

 

「あ、ちょっと!」

 

軽く謝罪したのち、2人の制止も聞かずログアウトしていった。

 

それから残された2人はメモに従いジョブクエストをこなしつつ、その日は終了。翌朝は〈天上三ツ星亭〉で掃除のお手伝い。そして開店前に初心者狩り場でレベ上げを繰り返す。

しかし、それでも戦闘効率が向上することは無い。お互い独りで戦っている2人は1対1でもそう容易い戦闘ではなかった。

レイレイの指摘したように2人の隙が大きく、モンスターにそこを突かれる点が多かった。

モンスターを狩って得た金でポーションを買っておけとのレイレイのアドバイスで、戦闘後の回復には問題は無い。

――最も、調子に乗りすぎて初心者モンスターが隠れてからの奇襲でデスペナになってしまったのもあったが。

 

そうしていくうちにレベルも20にまで達することとなった。

 

 

 

 

王都アルテア〈天上三ツ星〉

 

 

そんなルーティンを繰り返していって10日後。

掃除をしているユイが、しびれを切らしたように声を荒げる。

 

「もう、いつまで続けるつもりなのよ!」

 

「ちょっと、ここ最近そればっか言ってない?」

 

毎日毎日、3倍加速の時間の中とは言え、ルーティンを繰り返していったユイには我慢の限界を迎えていた。

彼女がこの〈Infinite Dendrogram〉に入ったのは、マイのいない世界で自由を謳歌する為だった。

それなのに今まさにレイレイに勝手に弟子にされ、一番嫌いな相手と一緒にこの10日間を過ごしている。幼い少女にとって我慢の限界はとっくに超えていた。

 

「レイレイさんの指示もあるんだし、ちゃんと守りなよ」

 

「大人のいう通りにしてれば良いなんて、そんなんだから頭が固いって言われてんのよ!」

 

「誰の頭が石頭よ!そっちこそ我儘過ぎなんじゃないの!?」

 

「こっちはあなたと毎日毎日顔を合わせてるのに我慢してらんないのよ!」

 

「リアルでも毎日毎日学校で顔を合わせてるじゃない!それとこれを一緒にするなんて馬鹿げてるでしょ!」

 

「うるさい!」

 

口論からユイがマイを突き飛ばす。

戦闘中でなかったので、リアルと大差無い力で突き飛ばされ、マイが転ぶ程度のものだった。

 

「もうこんなところにいて何日になるの!?なんの意味も無いことを毎日毎日やらされて、見たくも無い顔も見てばっかで、ウンザリしてるんだよ!!こっちはあなたの顔を見たくないからって思いで始めたのに!これじゃリアルと何も変わらないじゃない!!」

 

「おいおい、落ち着けって。まだ10日だろ?リアルじゃ3日ちょっとじゃないか」

 

「3日だろうと4日だろうと、見たくもない人の顔を毎日見せられてるんですよ!もうほんと、このまま出てって――」

 

止まらぬユイの怒声が突然消えた。直後に轟音が轟く。

 

「……我慢できないのは、こっちの台詞だよ」

 

その轟音の正体は、マイによるものだった。

起き上がった直後に〈エンブリオ〉を実体化させ、渾身のスイングでユイを殴り飛ばした。

お陰でユイのHPは8割方消し飛んだ。

 

「ダルシャンさん、今ここでこの子を潰したらどうなりますか?」

 

「お、おい!いくら〈マスター〉同士の殺し合いが犯罪にならないからって、なにも俺の店で――」

 

ダルシャンとしては、自分の店で本気の殺し合いに発展するのは勘弁してほしかったのだろう。

しかし、発する言葉を誤った。

勿論2人はアドバイスの際に“監獄”の事も聞いている。

今の台詞から、2人は〈マスター〉同士のPKに関しては犯罪にならないということを理解してしまったのだ。

 

「ああそう……。じゃあ、こっちも、殴られっぱなしにならなくても良いってことだよねぇ!!」

 

次の瞬間、今度はマイの小さな体躯が吹き飛び、轟音が再び轟く。

反撃した相手は先程吹き飛ばされたユイ。まるでマイがユイにした事を焼きなおしたような反撃を与えた。

そして同じくマイのHPも8割消し飛んだ。

 

「……!」

 

「もういい加減決着着けようか?うだうだうだうだ、一緒にいるのも嫌でしょ?」

 

「……上等じゃない。〈マスター〉相手に攻撃しても大丈夫なら、遠慮しなくて済むからね……!」

 

ハンマーを向けたユイに、マイも斧を現出させて構える。

【壊屋】のSTRで店内で暴れたらダルシャンとしたらたまったもんじゃない。

しかしそんな話、今の2人は聞く耳を持たないし、考えも至らない。

あるのはただ一つ、目の前の少女をPKすることのみ。

握り手が握力で圧し折れんばかりに持ち手に力を籠め、じりじりと狙いを定める。

 

 

 

 

 

 

「「うりゃああああああああああああああ!!!!!」」

 

 

 

お互いの武器を相手に向け振りぬき――

 

 

 

 

「はーい、ストップダヨー」

 

その一撃は、再びの乱入者の手で受け止められた。

まるであの時の再現のようだが、あの時とは決定的に違う点があった。

その一つは攻撃。あの時はレイレイの腹を直撃してしまったが、今度は彼女が2人の攻撃を受け止めていた。

 

「レイレイさん!?」

 

「何のつもりですか!離して!」

 

「離して?」

 

そしてもう一つは、レイレイの表情。

普段のフレンドリーな表情は身を潜め、獲物を射抜くような冷徹な目。

 

「私がこの手を離したら、また喧嘩しちゃうでしょ?」

 

「「――!!」」

 

その目に一気に怖気づいて腰が抜ける。

そうして骨の髄まで思い知る。

――この人は、自分よりずっと先のステージにいる人間だということを。

 

「さて、とりあえずやる気も無くなったみたいだから、そこに正座ネー」

 

口調や表情は戻っても、そのオーラだけは抜かずに2人に切り出す。

 

「とりあえず原因は端折(はしょ)って、2人とも」

 

「は、はい……」

 

「お互い謝りっこダヨ。ほら、ごめんなさい」

 

「「……」」

 

レイレイに促されるが、2人の間の空気は険悪なまま沈黙していた。

お互いが嫌いな相手だからか、中々謝罪の言葉が出てこない。

 

「……こんな所に押し込めて、何時間も嫌な奴の顔を見っぱなしで!もううんざりなのよこっちは!」

 

怒りをまき散らし、ずかずかとマイの隣から店のドアに歩くユイ。

 

「どこに行くの?」

 

「どこに行こうが自由でしょ。こんなところでずっといるより、もっと素敵なところへね」

 

ドアノブを握り潰さんばかりの力でドアを開け、

 

「ありがとうございました、さようなら。永遠にね!」

 

思いっきり力を込めてドアを閉じる。その衝撃で棚に掛けられた食器が落ちそうなほど揺れ、あわや落下してしまうところだった。

 

「……この2人の仲の悪さ、筋金入りかも……」

 

ユイを見送りながらも、がっくりと項垂れるレイレイだった。

 



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閑話:〈UBM〉、その始まり。

 

そのモンスターは、黄河の山中に産まれた。

洞穴の陰鬱な習慣により、外界との接触を可能な限り拒んでひっそりと生き延びていた。

黒毛の猿の群れの中、彼だけがその因習に嫌気が刺し、長に抗議した。

それが長の逆鱗に触れ、側近の猿に袋叩きにされてしまい、挙句谷底へと捨てられた。

 

何故だ……何故こんなことに……。

 

血に飢えた小鬼から必死に逃げる中、黒毛の猿には理解できなかった。

ただ一言、長に意見しただけだった。

それなのに、この理不尽な仕打ちは何だ?何故こんな目に遭った?

長は洞穴の中での群れの統一のみを考え、相応の平和を保っていた。

彼は長にとって異物だった。

 

逃げて、逃げて、逃げて。

逃げ続けて生きる気力も消えかけ、満身創痍だった彼の目の前に、“何か”が落ちていた。

いつから落ちていたのか、光ってもいないそれは彼の眼には姿を捉えられない。どうにか表現するとしたら……黒い宝石。

既に正常な判断もできないでいた彼は、食料かどうかも判断することも無く、ズタズタの肉体を引きずって近付き……口にした。

丸薬を飲みこむように、そのまま嚥下する。

 

刹那、身体に衝撃が行き渡るかの如く、莫大な変化が生じた。

 

 

 

 

 

【デザイン適合】

 

【存在干渉】

 

【エネルギー供与】

 

【設計変更】

 

【固有スキル《縮地法》付与】

 

【固有スキル《黒猿の闘気》付与】

 

【死後特典化機能付与】

 

【魂魄維持】

 

【〈逸話級UBM〉認定】

 

【命名【猿門黒鬼サキョウ】】

 

 

全く持って理解できなかった。彼が聞いた事の無い無数の言葉が、脳裏を駆け巡った。

そしてその言葉が脳裏から消え去った時、……身創痍だった彼――【猿門黒鬼サキョウ】は、復活していた。

 

「……」

 

復活したその身でまず向かった先は、住処の洞穴。

 

『何をしに来た?』

 

人間の言葉に直訳すればそんな風に聞こえる言葉を発した。

しかし彼は答えず……直後、近付いていた側近の胸を貫手で貫いた。

それを合図に、虐殺が始まった。

長、側近、友人だった者、肉親だった者、年若い子――それらを次々と首を撥ね、骨を砕き、胸を貫く。

10分にも満たない虐殺の中、洞穴の中でただ一人立っていた彼を除いて、全員が血を流し倒れ伏していた。

しかし、倒れている者全員が死んだ訳ではない。骨を砕かれた者――長や側近、そして肉親はまだ生きていた。

彼はあえて生かしておいた者を引きずり、自分が落とされた谷へと捨てた。

皮肉にも、猿共は頑丈だった。

それ故に小鬼らからすれば餌が降ってきた。猿からすれば明確な死が迫っていた。

そうして黒猿はその場から去ろうとする。

 

「ハーーーーッハッハッハァ!!!小鬼共ぉ!天の恵みじゃあ!こぞって奪い合えぇい!!!」

 

その時、反対側から耳をつんざくような声が聞こえてきた。

驚いて振り返ると、自分とよく似た風貌の、白毛の猿が同じく白毛の猿を放り投げている所だった。

どかどかといきなり降ってきたそれに、しぶとく生き残っていた長は運悪く直撃を受け、それから動かなくなった。

色も性格も、全く異なるやかましい猿。

 

「ふぃぃぃ……。これで幾分かすっきりしたであろう――ん?」

 

ふと白猿がこちらに気付いた。

サキョウは思わず森の中へと消え入り、その日は二度と白猿と会うことは無かった。

 

 

それからしばらくして、サキョウは一人でティアンの行商やモンスターを襲っていた。

行商への襲撃は最初は失敗続きだったが、自分の存在が気付かれにくいというのを知った後は、行商の襲撃も成功してきた。

〈マスター〉と呼ばれる護衛も、一瞬で仲間がやられたことに混乱し、最後には矢鱈滅多に振り回すも、彼にとっては赤子の手をひねるより楽な相手だった。

 

「おぉ!やっと見つけた!」

 

その日の行商への襲撃も成功し、一人で荷を漁っている所をあの時の白猿に声をかけられた。

気配も決して人街から離れた山中で、気付かれることは無いと思って悠々と荷物を漁っていた所に現れた。

サキョウは完全に失念していた自分を呪った。

それでもこの猿を始末してしまおうと構える。

 

「いや待った待った!別に上前を撥ねようとは思ってはいない!ちと話を聞こうと思っていただけだ!」

 

白猿は両手を上げて戦闘の意思は無いことを示し、彼もまた構えを解いた。

聊か不用心かもしれないが、何故か彼にだけは警戒を解いてしまった。

 

「ほぅ。やはりあの谷におったのはお主だったか」

 

荷物の中の干し肉を肴に白猿の話し相手になる。というか、サキョウはほぼ聞きに回っているが。

聞く所によると、白猿――【猿門白鬼ウキョウ】は自分の住処だった洞穴の反対側の山に住んでいた。

その山の因習により、自分と同じく外界との接触を拒んでいた。

そんなある日、その山から程近い山村の祭りを彼は目にした。そこから興味を示し、それが炎のように燃え上がった。

その翌日――サキョウが〈UBM〉となった日――にウキョウは里山から出ていこうとして、長達に止められた。

――引くのであれば、手は出さない。

その警告をウキョウは……跳ね除けた。

投げ飛ばし、叩きつけ、彼を止めるべく牙を剥いた群れの9割を返り討ちにしたのだ。

彼が里の同胞を殺したのは恨みによるものではなく、結果としてそうなったのだ。しかし同胞を殺してしまったという罪悪感はこれっぽっちも感じていない。

里に死体を放置するのもどうかと思い、結果として谷に放り捨てた。

常人であるならばツッコミを入れる点がちらほら見えるが、サキョウはたいして気にしなかった。

この活舌な白猿が、どことなく自分と似ていたからだ。似たような境遇の異物として生まれ、周囲から拒絶され、そして周囲の奴らを葬った。

妙な親近感を感じ、お互いが惹かれたのだ。

 

「……ん?おぉ、酒か。丁度良く杯もある」

 

ふとウキョウがサキョウが奪った荷の中から酒と杯を見つける。

何を思ったのか、杯の一つをウキョウに投げ渡した。

 

「……?」

 

「ハハハ、わからん顔をしているか。実は某も良くはわからんが、人間の間では杯を交わせば兄弟になると聞いてな」

 

その推測にサキョウはただ首を傾げるだけだった。

その間にもウキョウがサキョウと、そして自分の盃に酒を注ぐ。

 

「では、これより我らは兄弟となる。よろしく頼むぞ、兄者」

 

「……ん?」

 

思わず声に出してしまった。なぜ自分が兄なのかと。

 

「ん?いや何、ワシは兄というものには性に合わんというものだと思ってな」

 

そこは単にウキョウの、弟の我儘だった。

それをサキョウは疎ましく思うことは無く、杯を掲げる。

 

「では改めて、よろしく頼むぞ、兄者」

 

「……応」

 

ここに、この〈Infinite Dendrogram〉の歴史上他に類を見ないであろう、管理AIですら予想だにしていなかった〈UBM〉の兄弟が誕生した瞬間だった。

 



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壊屋少女と会敵。

(・大・)<虹ヶ咲アニメのせつ菜のキャラソン、マジですごかった……。

(・大・)<という訳で虹ヶ咲とは全く関係ない更新です。


 

アルター王国〈ウェズ海道〉

 

 

「本当にもうあったま来るなぁ!何様のつもりなのよ!!」

 

これまでの不平不満を吐き出しながらユイは一人王都から西へと進んでいった。

ここから先にはホロロ村、そして港町キオーラがある。

だが、不思議なことに自分の〈エンブリオ〉が、王都から離れるほどに重く感じている。

奇妙な感じは抜けてないが、それでも戦闘に支障が出るレベルではなく、出会ってきたモンスターは襲ってきたところを反撃で一撃粉砕。戦闘になる前に潰してしまえばいいという判断をしたユイは、今のところ戦闘向きではない【壊屋】で、最小限のダメージで進んでいっている。

 

「〈ウェズ海道〉……。海、か……」

 

正直、ユイの行きたい場所は東西南北のどこでも良かった。

西を選んだ理由は、なんとなくだ。

なんとなく海を目指したくなって、そしてふと思い返す。

 

(そういえば、小1のころからだったな、あの光景を夢で見るようになったの)

 

ユイは小学校に入学――ひいてはリアルでマイと会った頃から同じような夢を見ていた。

どこかの浜辺が見える遊歩道、隣り合う自分の父親と見知らぬ女性、2人分のベビーカー。

そしてその中にいる、外見がそっくりな2人の赤子。

 

「……やめやめ。こんなの考えてたらキリ無いや」

 

どうしてあんな夢を見るのか、どうして自分の父親の隣に女性が居るのか、どうしてあのベビーカーには2人の赤子が居るのか。

ユイには皆目見当もつかない。

思い当たる節の無い夢への思考を放棄し、西の海道を進んでいく。

距離的に大体王都から30メテル以上離れた所でユイは重大なことに気が付いた。

 

「しまった、ログアウトの事もあったんだった」

 

王国の〈超級〉の2人――特に元天災児(ハイエンド)の不労所得者や虚弱体質の企業嫡子――と違いユイのログイン時間にはそれなりに制限がある。

一応明日は土曜なので学校の心配は無いが、流石にキリの良い所でログアウトしたいのもあった。

それなのに激情任せに出ていったせいで、肝心のログアウトの方法は良く知っていないのだ。レイレイが師匠になってからは毎回王都のセーブポイント前でログアウトしていたのもユイにとっては痛い。

暫く考えていたが、やがてある方法を思いついた。

 

「あ、他の人からログアウトの方法を聞いたら良いんだ」

 

思えば何十万人ものスケールでプレイされているこの〈Infinite Dendrogram〉。自分以外の〈マスター〉も王国にはゴロゴロ転がっているのだ。

左手の紋章を見せればティアンかどうか見分けられる。思いの外悩んでいた解決策が出来て助かった。安心した所である一団が目に入った。

 

「ん?おい、そこで何してる?」

 

「あの、すいません。ログアウト方法を聞きたいんですが……」

 

「あぁ?【壊屋(クラッシャー)】……なんだ、ルーキーか」

 

「いや、だからログアウトを――」

 

「帰れ帰れ。ろくな経験値にもならねぇルーキーが出しゃばんじゃねぇ。ととととログアウトして帰んな」

 

「だから、とっととログアウトする方法を聞いてるんですよ!!」

 

厳つい風貌の中年男性の〈マスター〉に声をかけたが、中々話を聞いてくれない。

やっとの思いで怒声を張り上げながら説明すると、やっと彼の目的と異なっていた事に気付く。

 

「なんだ、違うのか」

 

「ったく、ログアウトしたいだけなのにどうしてこんなに疲れなきゃいけないのよ……」

 

「まあいい、情報が洩れてなかっただけでも良しとするか」

 

「情報?」

 

「テメェにゃ関係ねぇよ!オラ、とっとと行け!」

 

中年〈マスター〉に追い払われたユイは一旦は引き下がるものの、その顔は明らかに不服そうだ。

 

「お頭、良いんですか?」

 

「あ?」

 

ユイが離れた後、手下風の〈マスター〉が中年の男に尋ねる。

そして別の手下が尋ねてきた。

 

「もしあのガキがアイツを討伐しちまったら、折角のアレが台無しになっちまいますぜ」

 

「はぁ?お前そんなこと心配してるのか?たかがレベル20の【壊屋】に何ができるってんだ?精々捨て駒にすぎねぇよ」

 

中年の〈マスター〉――あるクランのオーナーは手下の不安に対してにやにや笑いながら答える。

 

「大方あのガキは自分以上の強い奴には手は出さねぇ」

 

「けど、先に行った奴はどうしやがるんですかぃ?」

 

「ああ、弱った〈マスター〉を先に潰して、それから悠々と俺様が倒すんだよ」

 

中年〈マスター〉の計略に手下である2人の〈マスター〉も納得したようにうなずいた。

彼らの見据える先、そこには今何十人もの〈マスター〉があるモンスターを討伐している最中である。

早い話、漁夫の利狙いということだ。

 

一方、何かあるのかとメニュー画面から『マップ』を開いてみる。

 

「……この先は割と普通だと思うんだけど、何か強いモンスターでも出たのかな?」

 

普通のゲームならモンスターの生息地区に別の強力なモンスターがいることは無い。

もしそうだったとしても、海道から少し外れるがそこを避けて通ればいいだけの事。

そう、()()()()()()なら。

 

「うぎゃッ!」

 

「ぎぇッ!」

 

「がはッ!?」

 

「ん?」

 

背後から3人の短い悲鳴が聞こえた。

何事かと振り返った瞬間、息を呑んだ。

 

「……」

 

身長2メートル台の黒い猿が、先程の3人を光の塵に変えていた光景だった。

リアルの図鑑で見たどんな猿よりも強靭な四肢を持つその猿は、よく見れば鱗でできた防具を纏い、籠手や具足も付けている。

猿はその鋭い目つきで〈ウェズ海道〉の先を見据え、そして駆け出す。

 

「……狙ってたのって、あれの事?」

 

幸い、ユイは茂みの陰に隠れていたために難を逃れていた。

 

 

 

 

王都アルテア〈天上三ツ星亭〉

 

 

時は少し遡る。

 

「すいませんでした。その、勝手なことをして」

 

「気にしないでヨー。こっちもこっちで無理させちゃったみたいだし」

 

ユイが出ていった後、店の片づけをしていたマイとレイレイ。

喧嘩の被害は、幸いレイレイが直前に止めてくれたので大事には至らなかった。

ダルシャンは明日用事があるので、看板を『CLOSED』に裏返し、今日の分の皿を洗っている。

 

「ちょっとは仲良くなると思ったけど……まさか逆効果になるなんてね」

 

「正直あいつと一緒にいてイライラしていたのは同じだったんですけどね」

 

「あはは……悪い事しちゃったネ」

 

片付けもひと段落し、ダルシャンが2人に水を渡す。

 

「……心に届いて響くような歌があっても、相手を理解しないと意味ないってことが更に思い知らされたヨ……」

 

「え?」

 

「いやいや、こっちの話ダヨー」

 

何かと気にはなったが、あえてそこはスルー。

差し出された水を飲み干した所で、ダルシャンが切り出した。

 

「なぁ、今思ったんだが」

 

「ん?」

 

「嬢ちゃんの〈エンブリオ〉、くすみが酷くなってないか?」

 

「そうなんです。なんか、最初に見た時より酷くなってるし、重く感じてもいるんで……すッ!」

 

マイの〈エンブリオ〉は見た目の変化だけではない。最近では斧を振るうのにも一苦労だ。今はバーベル挙げのように持ち上げるのがやっとである。

まるで〈エンブリオ〉自身が力を使うことを拒絶しているように、マイにもリアルでの本来のSTRで、見た目以上の質量と重量を持った塊を振り回しているように重い。

 

「一向に進化しないってのもおかしいよな。今頃もう第2形態に進化してるはずなのに」

 

「……本来の使い方をしていない、ということ?」

 

「本来の使い方?」

 

「ロッテ、ルイーゼ……〈エンブリオ〉の元となった話のように、何かあるのね」

 

「何かって?」

 

「それは――」

 

レイレイが切り出す前に、店に入ってきた。

やれやれといったリアクションをするダルシャンからして、おそらくこの〈マスター〉は彼の知り合いだろう。

 

「おい、もう閉店だぞ?」

 

「悪い。それよりも大変だ!ティアンからの情報なんだが、〈ウェズ海道〉に2体の〈UBM〉が現れたんだ!」

 

「何だって!?」

 

「護衛の〈マスター〉がやられて、俺らはティアンと一緒に逃げられたけど……」

 

息を切らして説明する〈マスター〉に、ダルシャンが思わず声を張り上げる。

 

「〈UBM〉ってそんなに強いんですか?」

 

「強いヨ。最上級クラスだと複数の〈超級〉でも、相打ち覚悟で挑まなきゃ勝てないレベルダヨ」

 

レイレイの言葉にマイの背筋が凍る。

そして同時に嫌な予感も感じた。

 

「あの、〈ウェズ海道〉ってどっちに行けばいいんですか?」

 

「どっちって、王都の西側をまっすぐに進めばすぐだよ」

 

「……私、そこに行ってきます」

 

すぐにマイが弾かれるように〈天上三ツ星亭〉から出る。

しかし、元々【壊屋】のAGI(俊敏性)は壊滅的。全速力でもロクに進めるはずがない。

現状、全速力で走っていてもたった10メートル弱しか進んでいなかった。

 

「……って、遅ッ!?」

 

「そりゃそうだろ」

 

「……乗って!」

 

次の瞬間、レイレイが風のように駆け出し、マイを引っさらって背負うとそのまま高速で〈ウェズ海道〉へと駆けていく。

 

 

 

 

「それで、どうして〈ウェズ海道〉に?」

 

「……なんとなくだけど、アイツもあそこにいるって思ったんです」

 

「なんとなく?」

 

「夢で出てきたんです。お母さんと知らない男の人と、ベビーカーに乗ってる2人の赤ちゃんの光景が」

 

「心当たりは?」

 

「……いいえ」

 

「……それって、昔の記憶なんじゃないカナ?」

 

「え?」

 

「自分の記憶からも忘れてしまうほどの遠い記憶。けど、多分〈エンブリオ〉が影響するほどの大切な記憶なのかもしれないヨ」

 

「大切……」

 

「おっと、そろそろ着くヨ!」

 

「早い!」

 

「これでもそれなりに場数踏んでるからネー!」

 

 

 

 

〈ウェズ海道〉

 

 

(あの猿みたいなの……間違いない)

 

茂みの影から覗き見ていたユイは、その先の相手に確信を持った。

息を切らしている2人の〈マスター〉と対峙している白い猿。背丈は黒猿と同じ。纏う鎧も黒猿とほぼ同じだ。頭上には【猿門白鬼ウキョウ】と銘打つ、普通のモンスターとは一線を画す存在感を放っている。

そこに黒猿が鉢合わせてきた。よく見れば彼の頭上にも【猿門黒鬼サキョウ】と銘打つ名が表示されている。

 

「おう兄者、そっちは終わったのか」

 

「……うぬ」

 

「う、嘘だろ!?〈UBM〉が2体!?」

 

「なぁ!?ひ、卑怯だぞ!2体がかりなんて!!」

 

「それを言うなら無勢に多勢で意気込んだお主らが言える台詞ではあるまいか?」

 

「この野郎!!」

 

自棄になった一人の〈マスター〉が剣を手に攻撃を仕掛けてくる。

しかし、その攻撃はあまりにも単調。ウキョウはあっさりと彼の手首を掴み、片腕で頭上へと放り投げる。

 

「ほれ、返すぞ」

 

「え?」

 

放り投げられた〈マスタ―〉を片手で受け止め、そのまま投球フォームをするようにもう一人の〈マスター〉に放り投げた。

弾丸の如きスピードに、もう一人の〈マスタ―〉も為す術なくデスペナルティとなってしまった。

 

「いやぁ片付いた片付いた。これで全員か?」

 

「…………否」

 

「そうか……鼠はそこか?」

 

「――ッ!!」

 

ぐるりと振り返り、デスペナされた〈マスター〉の得物をそこに放り投げる。

得物はユイの目の前にの地面に突き刺さる。

 

「カッカカカ!1人でやってくるとは面白い小娘よのう」

 

「…え、えーっと……」

 

「何、言うまでも無い。こそこそ見繕っている所を見ると、大方興味本位で突っかかってきたのであろう」

 

「……それじゃあ見逃してくれるって事は?」

 

「なぁに、ワシはともかく……兄者は容赦はせぬようだ」

 

「え?」

 

後ろから妙な気配がした直後、いつの間にかサキョウが自分の背後に回っていた。

ユイが振り返った時には黒猿の手刀が迫ってきていた。

 

「――……!!」

 

「兄者!」

 

刹那、手刀が届く前に黒猿目掛けて何かが飛来してきた。

高いAGI故に飛び退いて回避。そしてサキョウがいた場所――丁度頭があった所を何かが通過し、奥の木に突き刺さる。それはナイフだった。

 

「到着ダヨーッ!!」

 

到達したのは、レイレイと彼女の背に乗せられたマイだった。

 

「れ、レイレイさん!?どうしてここに!?」

 

「フフッ、マイちゃんが『女の子1人で〈UBM〉のいる場所なんて危険すぎる!何が何でも助けなきゃ!』って言って、飛び出したんダヨー」

 

「言ってない!!」

 

レイレイの説明の直後にマイが張り裂けんばかりの大声で否定する。

 

「それにしても……〈UBM〉が2体もいるなんてネー。予想外ダヨー」

 

「……いやはや、先程とは立場が逆になってしまったな」

 

思わず2匹の猿が拳を構える。

その顔には敵わない相手と会敵してしまったような感情もうかがえる。

 

「うーん、確かにパワーレベリングってのはちょっとこっちでもルーキーの伸びしろが縮んじゃうから、嫌なんだけどナー」

 

「ほぅ、それで見逃してくれるとでも?」

 

「だからと言って、こっちもきっかけが欲しいんだよネー。かといって、長々と修行だーとかって事になったらまた暴れだすかもしれないし」

 

うーん、と考え込むレイレイ。ユイとマイも、ウキョウとサキョウも構えたまま動かない。

やがて考えがまとまったのか、レイレイがポン、と手を叩いて閃いたように切り出した。

 

「よし!これが一番の解決策ネ!2人とも!」

 

思いつくや否や、2人に幾つかのアイテムを放り投げて渡す。

アクセサリーの【救命のブローチ】1つ、【身代わり竜鱗】3枚。それぞれを2人に渡した。

 

「ちょっ、なんのつもりですか?」

 

「簡単な話ダヨー。今の手持ちのアクセサリー全部を2人に渡すヨ。それらが尽きる前に――」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あの2体の〈UBM〉、2人で倒してみナ♪」

 

爆弾発言を通り越したバックドラフト発言という名の無茶ぶりを提示してきた。

 

 



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壊屋少女と大決戦。1。

アルター王国〈ウェズ海道〉。

 

 

「――……はぁ!?あの強そうなモンスターを倒すぅ!?」

 

「何考えてるんですか!?始めて10日やそこらのルーキーに何ができるっていうんですか!?」

 

「大丈夫ダヨ。私の知り合いにも〈UBM〉とタイマンで勝った人知ってるネ。1対1でもできたんだから2対2でも別に――」

 

「その人と私達を一緒にしないで!!!」

 

あまりにも唐突に告げられた内容に目を白黒させながら反論する2人。

〈UBM〉の前だというのに、その2体の猿は3人の空気から外れてしまったが、やがて疑問に思った白猿が挙手をしながら訊ねてきた。

 

「のぅ、仮に某らがそこの小娘を始末すれば、お主は手は出さぬというのか?」

 

「そうダヨー」

 

レイレイのあっけらかんとした返答に2匹は考え込む。

ここまで簡単に見逃してくれるというには逆に何かあるのかと警戒が強まるが、彼女と面を向かって対峙するのはそれこそ自殺行為だと本能が告げている。

 

「……よし、受けよう」

 

「本気!?」

 

〈UBM〉側がまさかの受諾にまたもや目を白黒させる。

 

「ほらほら、向こうも承諾したんだし、さっさと準備しなヨー」

 

「「んぎぎ……」」

 

まるで流れるようにとんとん拍子で戦う流れになってしまった。

このまま逃げてしまおうかと2人は考えたが、レイレイが「にぱー」という笑顔を見せているのを見て、「逃がす訳ナイヨー?」という意図が嫌でも読み取ってしまう。

 

「レイレイさん、どうしてこんな真似を?」

 

「知る訳無いでしょ」

 

片や伝説級〈UBM〉が2体、片やレベル20少々の【壊屋(クラッシャー)】で、〈エンブリオ〉も第1形態止まりのルーキー2人。

ともすれば自殺行為としか呼びようのない対戦カード。

流石に文句を垂れることなく修行に励んでいたマイも、この時ばかりはレイレイの心境に対して疑問を抱くほどだった。

 

「さぁてさてさて。先手はお主らに譲ろうかのう」

 

ウキョウの挑発に眉間がピクリと動く。

相手は完全に自分を下手に見ている。

確かに自分達はまだ格下と呼ばれる存在だろう、〈UBM〉相手に敵うかどかは……否寄りだ。

 

「……やるよ」

 

「……珍しく気が合ったね。仲よくしようって事?」

 

「そんなんじゃないわよ」

 

見下されてばかりで大人しくしていられるはずがなかった。

そもそも彼女らは、抑えることをまだ理解しきっていない子供である。

 

(とはいっても、2対2よりも2対1にしたほうがマシになるかもね……)

 

(〈UBM〉と2対2ってのも勝てるかどうかわからない。やっぱり2対1になったほうが良いよね)

 

だが同時に、幾分か冷静さを保って相手を見る。

 

「ほれほれ、2対2でも2対1でもワシにとっては問題は無いぞ?」

 

そして同時に思う。

――2対1で先に相手にするのにあたって、どちらを優先するか?

 

「だったら――」

 

「まずは――」

 

武器を構えて、同時に駆け出す。

狙いは――、

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「「あの口うるさい白いお猿さ……んぎゃっ!?」」

 

同時にウキョウへと駆けだし、肩と肩がぶつかって体勢を崩した。

そこに生じた隙を逃さなかったサキョウがマイに貫手を放つ。

ユイが一瞬だけマイに気をとられた瞬間にウキョウに絵里首を掴まれ、放り投げられる。

木の幹に叩きつけられたユイ、貫手を食らったマイから、それぞれ【身代わり竜鱗】が1枚破壊される。

 

「ちょっとなんで同じ相手に挑もうとしてんの!!あれは私が倒すつもりだったのに!!」

 

「それはこっちの台詞だよ!あっちを倒しなよ!!」

 

「おいおい、いきなり仲間割れか?連携のいろはも知らぬとは呆れて言葉も出ぬわ」

 

活舌なウキョウと同様にサキョウも同意するように頷く。

 

「ともかく、邪魔しないでよ!」

 

「そっちこそ!」

 

喧嘩腰であるが、改めて2体の〈UBM〉に挑むために立ち上がる。

さっきのは偶然だ。そうそうに起こるはずもないだろうと今のを軽く流してポーションを嚥下。回復した2人は、改めて武器を構える。

 

「やあやあ我こそは遠き黄河の地にて産まれし勇猛果敢なる白き猿の鬼、またの名を【猿門白鬼ウキョウ】也!いざ西の地の〈ますたぁ〉よ!あ、いざ尋常にいぃぃ~~~~!」

 

「まだべらべらと……!」

 

再び喋るサキョウに目を向ける。

次の瞬間、いつの間にか正面から肉薄していたサキョウの膝蹴りがマイの腹部を直撃。ユイは一瞬だけ気をとられたが、まっすぐにウキョウへと肉薄する。

迫るユイに対しオーバーアクションで上半身を捩じりながら手刀を繰り出す。

戦闘の素人でも簡単に防げそうな攻撃だ。ユイはそれを左へ飛んで避ける。

直後、反対の手でルイーゼの柄を掴まれた。

 

「――え!?」

 

「敵に咄嗟に掴まれていきなり得物を放すほどできてはいない……ようだなッ!」

 

手刀を形作っていた手も、順手と逆手で柄を握り、両手で力任せに地面に叩きつける。

また、【身代わり竜鱗】が1枚砕け散る。

 

「かはっ――!」

 

「ほれほれどうしたぁ!?こっちは素人相手でも容赦せんぞぉ!!」

 

追撃の踏みつけにユイは地面を転がって回避する。

起き上がってもまだウキョウ、サキョウの攻撃は続く。

貫手と手刀、蹴りを交えた打撃を繰り出すサキョウにマイは防御を繰り返し、掴みかかろうとするウキョウの手を、ルイーゼを紋章に戻したユイが必死に回避する。

 

(また……!さっきからあのモンスターに気をとられ過ぎている!)

 

(1回目も2回目もあの白いモンスターは喋っていた。喋ってるあのモンスターに気をとられて、前から来ていたモンスターに気付かなかった……)

 

必死に回避しながらも思考を巡らせ、戦闘を思い返す。

思えば2回とも、ウキョウが喋っている間にこちらが攻撃に回っていた。そしてサキョウに気付かずに彼に迎撃された。

 

 

「喋ってる間、意識を自分に向けさせる?」

 

「ほほう、童にしては鋭いな。ちと説明を入れさせてもらうぞ」

 

マイの指摘に頷き、そしてウキョウが説明を始める。

ウキョウのスキルには〈舌劇の白猿〉というパッシブスキルを持っている。

自身が喋っている間は敵対者の意識が集中されやすくなるだけのものだ。

そしてサキョウの持つ〈沈黙の黒猿〉はその対極。言葉を発しない限りは自分への意識が散漫になる。

それらは〈UBM〉としては脆弱な部類として分けられるだろう。

お互いのスキルが相乗効果を出さない限りは。

サキョウのスキルが発動すればウキョウのスキルがより顕著に影響が現れる。

より存在を翳し、より存在を陰らせる。

お互いがお互いのスキルを高め合うという、他の〈UBM〉の相乗効果という、偶然の産物。

 

「要するに、相乗効果でスキルが強力になっているというものだ。分かったか?」

 

「なんでそれを話すの?」

 

長々とした説明を終えたウキョウにマイは疑問に思う。

これがPvPだった場合、自分の手の内を曝すという馬鹿げた行為以外に説明の仕様が無い。

その質問に答えたのは、長々と説明を終えたばかりのウキョウ。

 

「何、スキルの都合上位置から説明したほうが手っ取り早いのでな。不意討ちしても良かったのだが?」

 

あえて煽るような言葉をつなげるが、それもスキルの使用上の都合だろう。

喋っている途中で攻撃するのも手だが、サキョウがそれを許さないだろう。ただでさえ意識を散漫させるスキルにウキョウに意識を注目させたうえで認知されづらい攻撃が突き刺さる。

回避不能と呼ぶに値するほどの、貫手の攻撃が。

 

「だったら……!」

 

ユイが直接サキョウを潰そうと駆け出す。

 

「阿呆が。先に兄者を潰すか、スキルの根源たるワシを2対1を選ぶ。それを赦すほど甘くは無いわ」

 

ユイにサキョウの回し蹴り、マイの顔面をウキョウが掴み、そのまま背後の樹木に叩きつける。その衝撃で更に【身代わり竜鱗】が砕け散った。

 

「おごっ……!」

 

「これであと1回。そして――」

 

倒れた2人に追い討ちと言わんばかりに、踏みつける。

 

「これで身代わりの類は全て失せた」

 

その攻撃を食らい、【救命のブローチ】も砕け散り、これで2人の命を守る術は全て絶たれてしまう。

踏みつけられて無理矢理肺の中の空気を吐き出され、思わずむせ返る。

 

「ぐぇっふ!げほっ、ゴホゴホッ!!」

 

「えほッ、えほッ、えほげほっ!!」

 

最後の回避手段を潰され、次に攻撃を食らえば確実にデスペナになるだろう。

 

「どうする?このまま馬鹿正直に突っ込めば確実に死ぬぞ」

 

「ッ……!」

 

これでウキョウとサキョウは低ENDの【壊屋】相手にあと1撃当てればいい。

対してユイとマイはあと1撃喰らえば終わりの崖っぷち。

2匹にはもう勝負は決したと言わんばかりに語りかける。

――諦めろと。

 

「……」

 

「……」

 

重くなった身体を押し上げるように身体を起こす。

 

「もう……なんで言う通りに動かないのさ!?」

 

「そっちだって邪魔してるでしょ!?」

 

そして投げられる、お互いへの怒声。

連携もへったくれも無い。ただパワーを振り回すだけの素人戦術故にお互いが影響せずとも相手に責があると思い込む。

 

「おいおい。とうとう喧嘩に発展してしまったぞ……」

 

「……」

 

状況が状況だけに喧嘩している場合ではないのに、この2人ときたら完全に目の前の自分らを無視している。

それでも2人の少女の怒声は激しさを増していく。もはやレイレイの卒業試験なんてお構いなしに声を荒げていく。

ウキョウがこの2人を放っておいて逃げようかと思った矢先、喧嘩に横槍を入れる者が現れた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――いい加減にせぬか貴様らぁぁッ!!!」

 

他でもない、サキョウだった。

 

「あ……兄者……?」

 

思わぬ怒号に2人は喧嘩を思わず中断し、弟のウキョウすらあんぐりと口を開けて唖然となる。

 

「折角の(ぎょく)を持っているというのになんだこの体たらくは!?貴様ら真面目に我らを討つ気があるのか、エェ!?貴様らは個では役に立たぬ石ころ同然だろうが何だろうが、最初っから1人で戦うと決めつけて我らを倒せると思うな!!そのような当たり前のことに気付けぬような輩に、討たれる気など毛頭ないわ!!」

 

「で、でも――」

 

「でももへったくれもあるかバカ者!!己の得物もロクに振り回せぬ輩が勝てると思うか!?悔しかったらこの身に一撃当てて見せてみろ!そのずさんな連携でなぁ!!」

 

息もつかせぬ怒涛に思わず戦闘中をも忘れて立ち尽くした。

言いたい事を言い切ったのか、サキョウはふしゅう、と息を吐き、怒声を上げる前と同様に落ち着きを取り戻した。

 

「……」

 

「……」

 

サキョウの怒声の後、2人はさっきの喧嘩が嘘のように静まり返っていた。

2人に身代わりの類はもう無い。

次に受けるダメージが、文字通り回避不可の致死ダメージ。

 

「……ねえ、まだやれるよね?」

 

「……言われるまでも無いよ」

 

「……こんなに馬鹿にされて、黙ってられる?」

 

「……そんな訳無いでしょ。解ってる癖に」

 

「……ここまでズタボロのされたのも、初めてかも」

 

「……ここまでされて、あそこまで言われて、何にもできずに泣き寝入りなんてしたくないよ」

 

ふらふらと立ち上がった2人は、それでも向き合う2匹に眼光を向ける。

小学生とは思えぬ鋭い眼光が、2匹を貫く。

 

「……兄者」

 

「……応」

 

「彼奴等、本気で挑むぞ」

 

(サキョウ)の言葉で、(ウキョウ)は理解する。

あの姉妹は、どことなくお互いと出会わなかった自分自身の未来と重なっていると。

あの時、お互いあの谷で見かけて居なければ、たった独りでこの世界を彷徨い、放浪の果てに朽ちるか、冒険者に討伐されていただろう。

兄に、弟に会っていなければ、お互いが連携するなんてことは想像しなかっただろう。黄河からカルディナを超えて、アルターまで来ることは無かっただろう。

それ故に、彼は自然と憤りを蓄えていき……爆発した。

 

「……」

 

「カカ、やはりそうであろうな。本気で挑むのはいつ以来だろうかのう」

 

ふぅ、と息を吹くウキョウが、流石に言い過ぎたか?と言わんばかりに頬を掻く。

改めて2人のほうへと面と向かう。

そして、吠える。

 

「よく聞け、娘ども!」

 

ウキョウの声に2人が思わず身体をびくりと身体を震わせる。

 

「我が名は【猿門白鬼(えんもんはっき)ウキョウ】、遠き黄河の地より産まれし【ハイエンド・ホワイトカンフー・モンキー】の成れの果て、【ゆにぃく・ぼす・もんすたぁ】也!

そして我が右隣に佇むは【猿門黒鬼(えんもんこっき)サキョウ】、我が兄にて、【ハイエンド・ブラックカンフー・モンキー】の成れの果て、我と同じく【ゆにぃく・ぼす・もんすたぁ】の称号を受けし者也!

 

 

いざ尋常に、児戯という名の死闘にて、貴様らを葬らん!

 

 

不死なる益荒男なりし小娘共よ、破滅を受けて泣き寝入るか、我らを超えて行くか、己が誇りを胸に翳して来るがいい!!」

 

吠え猛るウキョウと無言で佇むサキョウ。

2人はまるで硬直したように動けなかった。

圧倒された、というのが正しいだろう。

歌舞伎の大立ち回りの如く、見る者を、聞く者を圧倒する。

 

「私は確かに、この世界に来てから間もない初心者だよ。だけどね……」

 

「だからってこのまま、何にもできずに負け続けるってのは嫌なんでね……!」

 

言葉を返す2人は呼応するように、自らの得物を2匹へと向ける。

白い両手鎚は白き猿を、黒い斧のような両手鎚は黒き猿へと向ける。

無意識かどうかは知らない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「「私は、あなたを絶対に倒す!!」」

 

意識はしていなかった。だが今この時、2人は初めて一致していた。

 

狙いが一致していた。

 

目的が一致していた。

 

心が、一致していた。

 

 

【条件を達成しました。スキルを解放します】

 

その時、突如2人の目の前にウインドウが現れた。

 




(・大・)<今週は豪華3話投稿。

(・大・)<感想はまだ待って。


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壊屋少女と大決戦。2。

(・大・)<すんません、さっき3話投稿とか仰っていたけど、

(・大・)<改めて見たら4話あったので4話更新にします。


 

「な、なにこれ!?」

 

「私達の、〈エンブリオ〉が……!?」

 

ウインドウが閉じると同時、ユイとマイの〈エンブリオ〉が光を放つ。

パチパチと白と黒のスパークが走り、放つ光が増していく。

 

(何が起こった?今更力が覚醒したのか?)

 

サキョウは2人の〈エンブリオ〉の変化に戸惑っていた。

ついさっきまで思い鈍器を振り回す暇も無く一撃で仕留め、そして間を取るというヒット&アウェイの戦法を繰り返していた。

伝説級〈UBM〉と素人〈マスター〉という差はあるが、現に彼らは荷馬車を狙う山賊的行為を繰り返していたために、彼女らとのレベルはそう大差無い。

しかしステータスとしては2人を一撃で仕留めることは容易い。しかし、獣の本能が『今動くのは悪手』だと彼らにブレーキを掛けている。

やがて光が収まっていき、完全に消失すると同時に動き出した。

 

瞬間、ウキョウが駆け出した。

 

「何をしたかは知らぬが、要は力を振るわれる前に叩けば良いだけの事!」

 

ユイの頭部を掴まんと肉薄する。AGIの差故にユイのハンマーを避け、ユイすらも避ける。

腕を伸ばした先は黒い少女、マイの頭をがっちりと掴んだ。

 

「はっ、何も同じ手合いばかりを相手にすると思うたか!」

 

このまま握り潰す、はたまた投げてしまえば終わり。

放り投げようと力を籠め――異変に気付いた。

 

「んごぎッ!?」

 

反射的に掴まれた腕を引きはがそうとウキョウの手を握った瞬間、そこから骨の軋む音が聞こえてきた。

 

「……!」

 

次いでサキョウが駆け出す。

指の関節を曲げて猫の手を形作り、マイへと肉薄する。

叩き込もうとする寸前、ユイの気配を察知して迫るハンマーを受け止める。

 

「……ッ!?」

 

受け止めたのも束の間、凄まじい力によって吹き飛ばされる。

樹木に激突する寸前、受け身をとって衝撃を和らげて大したダメージは無い。

ウキョウも空いた片方の手の貫手でマイを貫こうとして、咄嗟に腕を振り払って避ける。

元から避けるつもりでの攻撃。貫く寸前に止めて飛びのいて回避し、距離をとる。

 

「――軽ッ!?」

 

「この、パワーは……!?」

 

2人にも変化が表れていた。

全体にまで及んでいたくすみは完全に消え去って本来の輝きを取り戻し、今まで以上に〈エンブリオ〉が軽く振り回すことができる。

さっきまでは外見以上の質量と重量が支配していたが、今では小枝を振り回すように軽い。

そして圧倒的で異様なほどのパワー。

攻撃特化の【壊屋】でも、カンストしていない状態ではたかが知れている。それがまるで、一気に10倍以上にまで跳ね上がったようだ。

 

慌ててウインドウを開いて確認しようとした時、ユイにウキョウの膝蹴りが飛んできて咄嗟に身をかがめて避ける。続けて手刀での連撃をハンマーで防ぎつつ、下がっていく。

続けてサキョウの蹴りがマイを襲う。その攻撃を斧で受けつつ、一歩一歩下がっていく。

 

 

ドンッ!

 

 

不意に、ユイとマイが背中をぶつけた。

その衝撃でわずかに現れた隙を見逃さず、ウキョウとサキョウが攻撃を仕掛ける。

 

「「……!!」」

 

刹那、ぐるりと互い違いに振り返って2匹の攻撃を防いだ。

反撃に2人が肉薄し、重量級の武具を振り回す。毛を擦れただけの攻撃は地面を叩くと小規模のクレーターを作る。

ユイがサキョウと、マイがウキョウと、そしてウキョウとユイ、サキョウとマイへと代わる代わる戦闘の相手を繰り返す。

 

「化ァァァ!!!」

 

ウキョウの咆哮と衝撃音をBGMに、繰り返される白と黒の2組のダンス。

一進一退。

互いの命を削る舞踏。

両者の戦いは――まさに互角。

2人の武具、2匹の拳撃と蹴撃がぶつかり、そして互いに距離をとる。

 

「…はぁ、はぁ……」

 

「…ぜぇ、ぜぇ……」

 

2人のHPは既に1ケタになっていた。

もうとっくにHP回復の為にポーションを嚥下する。

 

「……もう終いも近いのかもな」

 

「……」

 

2匹も決着が近いことを悟っていた。

戦闘経験の多さ故に直撃は避け、防いでいた。

それでもHPは減少していないとは言い難い。

攻撃を受け止め、掠っただけの攻撃も十全にHPを減らされていた。

 

「……不可解よのう。本来なら一方的に潰されるはずだ。それ故に不可解なんでな」

 

確かに〈UBM〉はとんでもない初見殺しの能力を持つ上に、大抵のティアンや〈マスター〉では太刀打ちできない。

相性のかみ合わせが悪いと、〈超級(スペリオル)〉クラスでも一方的に攻撃されるというケースにも陥りやすい。

【無限連鎖】のフィガロも下級職の頃、〈UBM〉と戦ったが、彼の〈エンブリオ〉の特性『戦闘時間に比例した強化』と『装備数に反比例した装備品の強化』という汎用性の高い物であった。

ユイとマイの〈エンブリオ〉には勿論そんなスキルは無い。

それでも無意識に2人の連携が2匹の〈UBM〉と互角に張り合えるほどの力を生んでいた。

 

「……どうする?このままじゃ埒明かないよ」

 

「……一応考えがあるんだけど、聞く?」

 

「本当は絶対嫌なんだけどね」

 

「――…………ってこと」

 

「なるほどね」

 

「……どうする?」

 

「……良いよ。好きにしたら?」

 

 

 

 

「……ウキョウ」

 

「どうした?」

 

「……次で決めるぞ」

 

「……承知した!!」

 

腰を据え、正拳突きの構えをとる2匹。

次の攻撃で決着が着く。この場に傍観者がいれば、否応なしにそう感じられるだろう。

 

対する2人も、ゆっくりと腰を据えて力を溜める様に武具を構える。

 

「(あれは……確か《破城槌》とかいう技か)そっちも次で決めるつもりか」

 

ウキョウの投げかけた言葉に2人は睨んだまま答えない。

だが、向けられた眼光は鋭く、言葉よりも多くを物語っていた。

 

「臥アァァァァァァァアア!!!」

 

――吠える。

そして2匹の猿が、2人の少女へと駆ける。

得物の範囲へと足を踏み入れた瞬間、

黒猿が弾かれたように真横へと移動し、白猿が跳躍して頭上を跳び越えて背後を取る。

 

「貰ったァァァアアア!!!」

 

背後と真横。2か所からの同時攻撃が襲い掛かる。

恐らく、サキョウの姿は既にスキルの相乗効果で2人の視界から消え失せているだろう。

ウキョウの攻撃は捌ききれるだろう。だが同時攻撃のサキョウの攻撃はほぼ確実に食らう。

 

肉薄する直前、マイがウキョウの向かう背後へとぐるりと、時計回りに無理矢理身体を捩じる。

 

「やはりこちらへ向かうか!だがもう遅いわ!」

 

攻撃を当てられれば確実にこちらが倒される。

しかし、これまでの戦闘経験から2人の攻撃をダメージ最小限で受け止めることは容易い。

攻撃を受け止め、そして反撃を叩き込む。

このままいけば、2人のデスペナルティは確実だった。

 

 

 

 

 

 

――ユイがウキョウに肉薄していなければの話だが。

 

 

「んなッ!?」

 

予想外の行動に思わずウキョウに隙が生じる。

僅か数拍の隙だったが、戦闘においてはそれが重要なものになる場合も珍しくない。

ユイの狙いは最初からウキョウだった。

マイは最初からサキョウの動きのみに集中し、見失ったとしてもユイと同じタイミングで叩き込む。

それが、たった数秒のやりとりで産んだ計画だった。

 

「「ハアアアァァァァァァアアアア!!!!」」

 

2人のフルスイングは的確に2匹に直撃した。

サキョウの拳を形作った腕ごと粉砕して骨と臓器を砕き――、

ウキョウの肩甲骨と脊髄を同時に粉砕し――、

2つの轟音が〈ウェズ海道〉に轟いた――。

 

 





(・大・)<ダブル〈UBM〉戦、

(・大・)<決着。


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壊屋少女と師匠と弟子。

 

2匹に一撃を叩き込んだ後、2人はそれぞれ白猿と黒猿へと歩み寄る。

 

「ゲフッ……ま、まさかこのような童にやられる、とはな……」

 

「うわ、まだ動けるの……?」

 

血反吐を吐きながらも、見上げる形で尋ねる。

まだ口を利けるウキョウにユイは若干引いていた。

もしこの状態でも戦えるというのなら、ユイの、2人の勝ち目は完全に消え失せるということを意味していた。

だが、ウキョウは静かに首を横に振った。

 

「抜か、すな……首の骨がズレて、もう長くは無い……」

 

「……そっか」

 

「のう……一つ、聞かせて、くれぬか……?」

 

ウキョウは一言、途切れ途切れの掠れ声で疑問を投げかけた。

 

「あの時……あの時、なぜ、無言で攻撃を……?」

 

最後の1撃、それは2人とも無言で、ぴったりのタイミングで叩き込んだ。

あれだけ口論を繰り返し、仲違いをしていたのに。まるでお互いが噛み合ったような連携。

即席なんてレベルを到底超越したものだった。

 

「あ、えっと……なんというか……」

 

その質問にユイは一瞬どう答えようか言い淀み、

 

「何でかわからないけど……」

 

やがて、答えを口にする。

 

「アイツなら絶対やってくれるって思っただけなんだ。なんとなく」

 

答えにならない答えを。

その答えにウキョウは口をあんぐり開けて唖然としたが、暫くしてそれが乾いた笑い声に変わっていった。

 

「カ、ハハ……なんだそれは……?」

 

ウキョウのリアクションにユイも「あれ?変な事言った?」と困惑する。

 

「……のう、いっぺん、あの黒い童と話を、してみたらどうだ…?」

 

「え?」

 

「案外、話せば…馬が合う仲間と、思うがな…」

 

「だっ、誰が!!」

 

思わず反論するユイを無視して、正面――サキョウが跳ばされたであろう直線状を見る。

 

「……兄者よ。長い間、本当に…ありがとう……」

 

それは、感謝だった。

自分の独断だったとはいえ、それを拒絶することなく受け入れ、兄弟として認めてくれた。

ウキョウにとってはそれは感謝してもしきれないといっても過言では無かった。

 

「こん、な……こんな、口数の減ら、ぬ、猿公(エテこう)の戯れに……付き合ってくれて……、ありがとう……」

 

兄であるサキョウへの、自分の我儘に親身に付き添ってくれたことへの感謝を告げた瞬間、ウキョウは事切れ、光の塵になって天へと昇っていく。

 

【〈UBM〉【猿門白鬼ウキョウ】が討伐されました】

【MVPを選出します】

【【ユイ・フィール】がMVPに選出されました】

【【ユイ・フィール】にMVP特典【猿門白衣ウキョウ】を寄与します】

 

機械的なアナウンスが聞こえたが、ユイはそれでも見続けていた。

白と黒、2つの光の塵が風に流れながら天へと昇っていく様を。

 

 

 

 

 

「……倒したん、だよね?」

 

重い足取りでサキョウの元へ近づくマイ。

サキョウが直撃したことで木は圧し折れ、荒い断面を曝し、ものの見事に倒れていた。

その木に背を預けるように、だらりと手足を伸ばしているのは動かないサキョウ。

 

「……何故だ」

 

「ッ!?」

 

マイが近づいた途端、サキョウが語りかけてきた。

思わず武器を構えて遠ざかる。

 

「……安心しろ、骨を砕かれ、臓を潰されては、もう長くない……」

 

サキョウの言葉に少しは安堵したが、それでも武器は構えたままだ。

不用意に近付けば不意討ちを食らうかもしれない。

警戒するマイを諭すようにサキョウが言い放つ。

 

「……案ずるな。もう襲っても……無意味だ」

 

「そうなんだ……」

 

〈マスター〉は殺されても3日後にはこの世界に戻ってくることをサキョウは理解していた。

事実、自分たちの故郷の辺境で怖れられていた猪型の〈UBM〉をある〈超級〉が、形は相打ちという判定勝ちで撃破しているのを耳にしていた。

 

「……一つ、いいか?」

 

マイは「良く喋るなぁ」と思っていた所を、サキョウの問いかけで我に返る。

 

「……なぜ、あれだけの連携を?」

 

「……とても、即席と…思えなかったからな」

 

サキョウの疑問は、ウキョウのそれと同じものだった。

あれだけの仲の悪さを見せつけられていた。自分でも苛立ちを募らせるほどだった。

それがどうだ?結果は最後の最後で頭角を現した連携で自分達を倒してしまったのだ。

 

「あ、えっと……なんというか……」

 

その質問にマイは一瞬どう答えようか言い淀み、

 

「何でかわからないけど……」

 

やがて、答えを口にする。

 

「アイツなら乗ってくれるって思っただけだよ。なんとなく」

 

答えにならない答えを。

その返答にサキョウは一瞬だけ目を見開いたが、やがて納得したように溜息を吐く。

 

「……なるほどな」

 

「……?あの……」

 

「……おい、あの白い娘と…面と向き合って話をしてみろ」

 

「白い……?ユイと?なんであんなのと話をしなきゃいけないの?」

 

「……案外、お主の半身かもしれぬぞ」

 

「はん……?」

 

「……お前が足りないと感じていたもの、を埋めてくれる存在ということだ……我と同じように……」

 

「……!」

 

サキョウの言葉は、マイには自分の事を見透かされたかのような物言いだった。

自分には父親が欠けていた。それがマイにとって疑問に残っていたのだ。

――なんで自分に父親がいないのか?

――自分の父親がどんな人なのか、答えられなかった。

だからこそ、父親のいるユイ見て、嫉妬が沸き上がったのかもしれない。

同じ理由で、母子家庭のマイを父子家庭のユイが嫉妬していたかのように。

 

「……ウキョウよ」

 

そしてサキョウは最期にウキョウが叩きつけられたであろう場所を見る。

彼は産まれた時から独りだった。

家族も、友人も、長も、彼を見ようとしなかった。

古くからの仕来りを守らなかった彼を異物とみなし、差別していた。

〈UBM〉化し、里の者を皆殺した後に出会ったウキョウだけが、自分を受け入れてくれた。

似た境遇で出会ったサキョウも、同じように惹かれて会っていったのかもしれない、と。

 

「……本当に、ありがとう………」

 

それは、感謝だった。

たった独りだった自分に寄り添い、兄弟として受け入れ、支えてくれた。

サキョウにとってはそれは感謝してもしきれないといっても過言では無かった。

 

「……こんな、こんな馬鹿な猿公を兄と呼んでくれて、本当にありがとう……!」

 

もう彼にとっては一生分の感情を捻り出し、綴ったのだろう。

その言葉には、今まで自分を兄として慕い、付いて着てくれた感謝。自分の不甲斐無さ故に敗北してしまった後悔。弟を護れなかった憤り――様々な感情が込められていた。

サキョウの噎び泣きがやがて消え、黒い光の塵となって天へと昇っていく。

 

【〈UBM〉【猿門黒鬼サキョウ】が討伐されました】

【MVPを選出します】

【【マイ・ルナー】がMVPに選出されました】

【【マイ・ルナー】にMVP特典【猿門黒衣サキョウ】を寄与します】

 

機械的なアナウンスが聞こえたが、マイはそれでも見続けていた。

白と黒、2つの光の塵が風に流れながら天へと昇っていく様を。

 

「……ねぇ」

 

やがて、ユイが訊ねてきた。

普段なら声をかけられただけでも不機嫌だったが、不思議と今はそんな感情は出てこない。

 

「これ、本当にゲームなの?」

 

「……さぁね」

 

答える気にもならなかった。

いや、そもそもこの質問は、小学生のユイとマイには難しすぎたのかもしれない。

2人ができるのは、風に消えた2つの光を、ただ黙祷するかのように見つめるだけだった。

 

 

 

 

2人による〈UBM〉討伐は完遂された。戦闘中は他の〈マスター〉による介入も無く、2対2の攻防を制した2人が勝利を収めた。

しかし、2人――特にユイはあることを失念していた。

ユイが出会ったあの〈マスター〉の他にも、あの場所に別の〈マスター〉が存在しているという可能性。

自分が〈UBM〉がいるという情報を知らなかったために、〈UBM〉の強さが個人ではどうにもならないレベルだという情報を知らなかった為に、他の〈マスター〉の存在を忘れていたのだ。

だが、結果的に横槍は入らなかった。

いや違う。横槍を入れられなかったのだ。

 

「おぉ~、やっと決着したみたいネ」

 

チャイナドレスの女性、レイレイが上っていく光を見て決着を悟っていた。

彼女の周りには大量のリルがばら撒かれていて、それが戦闘――と呼べない一方的なワンパンプレイ――の跡だというのを語っていた。

ウキョウとサキョウが、ユイとマイに倒される前に潰していた〈マスター〉と、ユイが出会った中年男の〈マスター〉は接点が無かった。

無理矢理に接点があるかと言えば、獲物と狩人。

 

「けどまあ、《ハンターズ・キル》が出しゃばってくるなんてネ」

 

レイレイが2人に〈UBM〉を任せた後、周囲を探っていると案の定〈マスター〉の一団を発見。

聞き耳を立てていると案の定横取りを考えていたので、先手を打って彼女の〈エンブリオ〉のスキル《フォールン・エンジェル》によって状態異常耐性を削り落とし(2匹と2人に何の変化も見られなかったのは、見守っている間にどちらも状態異常付与、属性付属スキルを持っていないのを確認し、問題ないと判断した為。なお、念のため耐性は下限0に調節しておいた)、基本戦術で手早く全滅させていった。

 

「流石に我ながら無茶かもって思ったけど、フィガロやシュウも下級職1つ目の時に倒してたんだし、結果オーライダヨ~」

 

あっけらかんと語っているが、比較対象が度を越している。

完全ソロ専の脳筋の決闘王者と芸術以外オールラウンダーの元天災児と彼女らでは色んな意味で方々からツッコミを入れられるだろう。

一人ケタケタ笑っていたレイレイだったが、やがてぴたりと笑いを止め、溜息を吐いた。

 

「……自分の想いを伝えるって、結構難しいんだね」

 

思えば、彼女らと会ってからは若干そのことを思っていた。

世界的なロック歌手となったとはいえ、言葉の隔たりから自分の思いを正しく伝えられないという悩みは<Infinite Dendrogram>の言語翻訳によってあっさり叶ってしまった。

だが、仲直りを企てて2人の師匠になったのに、それが逆に仲違いに拍車をかけてしまった。

結果的に〈UBM〉の介入のおかげで多少は鎮圧したものの、もしその介入が無くユイとマイが合流してしまった場合、この〈ウェズ海道〉でのPvP(殺し合い)に発展していっただろう。

 

「私もまだまだね」

 

やれやれと首を横に振る。

思いの伝え方は何も歌だけじゃない。

手紙でも、詩でも、手話でも、思いの伝え方は無数にある。

彼女はその中で自分が最も思いを伝えやすいのが歌だということだ。

次に彼女らに会ったら何をしようか。そんなことを考えながら、〈ウェズ海道〉の公道から満身創痍の状態で歩いてくる2人の少女――ユイとマイに手を振った。

 

「終わらせたみたいだね」

 

「「終わらせました、師匠」」

 




(・大・)<次でラストだよ!正真正銘ラストだよ!

(・大・)<そして最近になってSAOにハマってて、プリコネとSAOのコラボなんて計画やヴァンガードアニメ10周年ものとかも書こうかって無謀な策を思案しているよ!


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崩壊姉妹とエピローグ。

(・大・)<ようやくラストなんじゃ。

(・大・)<クロレコに合わせて投稿後の修正が入るんじゃ。


決闘都市ギデオン 第7闘技場ロビーの一角。

 

 

「――とまあ、あとは王都に戻って、そこでシュウやフィガロの話をして、〈UBM〉の報酬を貰って別れたんダヨー」

 

「……」

 

「……」

 

『……』

 

「アレ?どうしたノ?」

 

「どうしたの、じゃねぇヨ。素人相手に〈UBM〉ぶつけるとか正気の沙汰じゃねぇナ」

 

押し黙る空気の中で、迅羽が代表してツッコミを入れた。それに応じてユイとマイ以外のその場にいた全員が超高速とも呼べる速度で頷くいた。

 

「え?そんなに無理じゃないでしょ?シュウとフィガロも似たようなことやってたし」

 

『〈超級(俺ら)〉とこの子らを一緒にしてんじゃねぇクマ。普通なら確実に殺されてたクマ。攻撃極振りなんてただの的クマ』

 

「大体多人数でも〈UBM〉は強敵なのに、それをタイマンで倒せって言います普通!?」

 

思わずスターリング兄弟がツッコミを入れる。

シュウも見た目はともかく、中身は多才な才能を除けば常識などは持っている。

 

「お兄さん、レイさん。それはあなた達が言えた事じゃないと思いますよ」

 

「山賊団戦を外せばレイも〈UBM〉とタイマンだったのぅ」

 

「攻撃極振りで最強になったシュウが言ったら元も子もないと思うよ?」

 

『フィガ公にも突っ込まれたクマー!完全に四面楚歌クマー!』

 

スターリング兄弟のツッコミがルーク、ネメシス、フィガロによって撃沈される。

彼らを慰めている間に、メイプルが素朴な疑問を投げかけた。

 

「所で、〈UBM〉ってそんなに強いんですか?」

 

その疑問に答えたのはクロムとカスミ、そしてマルクスだ。

 

「馬鹿げてる能力を持ってるってのは確かだ。俺の時は列車型だったな。霊界に連れて行くっていう設定のスキル使われたら即死だし、ブローチで回避したり、【大死霊(リッチ)】みたいにアンデッド系になっていたとしても上空で放り出されて転落死確定」

 

「私の場合は嘘を吐かせる者だ。大人数で挑んだのだが、ありもしない虚言で和をかき乱していたな……最終的にはティアンも〈マスター〉も関係ない混沌とした殺し合いに発展していったなぁ……」

 

「僕の場合は周囲を把握して遠くから光魔法を撃つ奴だったね。仕掛けた罠も殆ど効かなくて大変だったなぁ……最終的には光魔法の熱を利用して酸欠になった所を本命を仕掛けて滅多打ちにしたけど、あんなに苦労するんだったら会わないほうが良いと思うよ」

 

三者三様で思い出を振り返る3人に、メイプルも大方の事情を理解できた。

 

「しかし、2体で行動するなんて本当に珍しい事もあるんだナ」

 

「そうなのか?」

 

『〈UBM〉は基本種族が違うからな。〈UBM〉同士の戦闘はよくある話クマ』

 

「そうだね。フェイウルやクローザーがそうだったけど、〈UBM〉同士が行動を共にするってのは聞いた事が無いよ」

 

「それも相手を利用する形ではなく、兄弟として。つまり同胞としてダ。もしお前ラが返り討ちに遭っていたら、将来的にはオレらでも手こずるレベルになっていたかもしれねェ」

 

この中では〈UBM〉最多討伐数を誇る〈超級〉の考察は、〈UBM〉と遭遇すらしていない者でも納得せざるを得ないものだった。

無論、シュウもフィガロも迅羽も、果てはフランクリンや“魔力最強”と呼ばれる当代の【地神(ジ・アース)】も幾多の〈UBM〉と遭遇し、これを討伐している。

しかし、誰も彼も利用する形での結託はしていたものの、完璧な連携を駆使し、お互いを兄弟と認めるものはいなかった。

管理AI4号(ジャバウォック)があの光景を見てるなら、「〈UBM〉の中で尤も異質で異様な存在」と評するだろう。

 

「で、その2匹なんだがな。成長したらどうなってた?」

 

「〈SUBM〉、とまでは流石に大げさだけど。最悪両方同時に倒さない限り五体満足で復活してHPも回復していくスキルを持ってたら、開始時点で迅羽と戦ってた時の最終的なステータスくらいは欲しい。もし2対多人数を要求してくる奴だったら僕は絶対に降りる」

 

『フィガ公の場合、リアルの件もあるがな。2人が倒せたのは幸運もあるクマ』

 

「なるほど……あ、最後に一ついいかな?」

 

休憩時間にしては十分だったのでそろそろ切り上げて模擬戦を再開しようかとした矢先、サリーが挙手した。

 

「なんですか?」

 

「2人の着ぐるみって頭だけだったよね?何かあった?」

 

「あー、そのことですか……」

 

漸く復活したマイが、バツが悪そうに頬を掻く。

10秒ほどの沈黙の後、観念したようにつらつらと説明した。

 

「あの後、あの時の大勢の〈マスター〉に囲まれて……」

 

「なんでも『俺らの得られるはずだった特典武具を勝手に取ってんじゃねぇ』とかいちゃもんを着けられて、問答無用で襲われて……」

 

「何とか逃げ切れたんですが、どうしようかって悩んでたら……」

 

「OK分かった大体理解した。それで着ぐるみを購入したと」

 

PKから命からがら逃げだしたということである。そして止む無く着ぐるみ(頭のみ)を装備して秘かにやり過ごしたと。

 

「さて、そろそろ模擬戦の続きを始めようか。最初は2人とタッグマッチでどうかな?」

 

「あ、お願いします」

 

「私達も連携の強化をしようと考えていたんです」

 

ユイとマイも乗り気で賛成し、フィガロを筆頭にレイを含めた決闘ランカーが再び闘技場へと向かう。

その一団を見て、レイレイは声をかけた。

 

「2人とも、頑張ってネー」

 

師匠の呼びかけに、2人は振り返りながら応じた。

 

「「解りました、師匠!」」

 

 

 

 

※その後の2人。

 

 

〈ハンターズ・キル〉の包囲網を潜り抜け、キオーラにセーブポイントを設定してからログアウトした翌日、2人はウキョウとサキョウの最期の言葉を胸に、お互いと面と向き合っての話し合いをした。

記憶の事を中心に話していくと、思いのほか両者の記憶のピースが合致していたことに驚いた。職業を知る授業を学校から出された時、これ幸いと2人は自分達の産まれた病院へ行き、そこで話を聞いた時、2人にとって思わぬ真実を知ってしまった。

2人は元々、マイの母親が産んだ双子だったのだ。最初は2人とも育てていこうと思っていたが、職業等の事情から2人は離婚し、双子はそれぞれの親の元育てられたというのだ。

驚愕から立ち直った2人は何とか再婚させようと考えを練り、一冊の本を目にした時――思いついた。

それぞれの親に、自分の子を1週間以内に見破れるかどうかという賭けに出た。2人の親もそれに応じて賭けに乗ってくれた。

お互いの容姿が瓜二つだったのを利用し、お互いがお互いに成りすまして、それぞれの家にもぐりこんだ。

 

結論から言えば、2人は賭けに勝った。そして親は再婚し、2人は正式な姉妹となった。

 

両親の顔も、離れていた時よりも生き生きとしていた。今はまだお互い勝手に離れていったこともあってお互い距離を置いていたが、やがて時と共にその距離も縮んでいくだろう。

そして2人の家の本棚には、2人を繋げてくれた1冊の本が収められている。

 

 

 

そのタイトルは――『ふたりのロッテ』――。

 

 






(・大・)<3.5章2/3、

(・大・)<終了。

(・大・)<ここはちょっと補足を入れます。


※【合縁白槌ルイーゼ】【奇縁黒斧ロッテ】


(・大・)<TYPEアームズの〈エンブリオ〉であり、STR特化。

(・大・)<元々は1つの〈エンブリオ〉がベースであり、ユイマイの出現により分裂。それぞれが2人の元に渡った。どうしてこうなったのか原因は不明。

(・大・)<補足。

(・大・)<当初はお互いの所有者に限り、お互いの〈エンブリオ〉を装備できるというものでした。それに形態も投槍やブーメランもありましたが、

(・大・)<書いていく内に『この設定必要なくね?』と思い、ステータスと性能の両特化になりました。



※《あなたに出会えた奇跡》《あなたに巡り合えた奇跡》


(・大・)<端的に言えば、距離に応じたSTR倍化上昇。

(・大・)<お互いの距離が2メートル以内なら10倍まで増加。

(・大・)<片方でもログアウトしてると最低の1.5倍になる。

(・大・)<条件に『ロッテ(またはルイーゼ)を装備している相手が敵対関係ではなく、共に戦う相手であること』とあるので、

(・大・)<お互いを敵と認識していた時期は2人はこのスキルが封印されていて、攻撃倍化もありませんでした。

(・大・)<そして距離が離れ具合によって扱いも難しくなるという隠れクソ仕様。


※《ハンターズ・キル》


(・大・)<特典武具狙いの集団が集まった《LotJ》みたいなクラン……というか集団。

(・大・)<独自ルートで手に入れた〈UBM〉情報を秘匿しつつ、鉢合わせた〈マスター〉やティアンを襲い横取りを狙っています。

(・大・)<けど特典武具を手に入れた経験はほとんどありません。オーナーくらいなもんです。

(・大・)<そのオーナーも瀕死の〈UBM〉横槍で止めを刺したって感じです。

(・大・)<因みにティアンは基本拘束のみ。指名手配が怖いらしい。


※ユイとマイ、どちらが姉になったのか。

(・大・)<最初はどちらが姉になるのかもめにもめたらしく、

(・大・)<最終的にはじゃんけんで買ったほうが姉という取り決めをして、

(・大・)<3桁のあいこを繰り返してやっとマイが勝ちました。



※何故に手直しを?

(・大・)<クロウ・レコードの最新話にて第3が水上戦ありってのがあったし、原作でも第8がレース競技に使われてたので、手直しと独自解釈として、第7が多人数戦設備込みというものを加えておきました。



(・大・)<感想お願いします。


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3.5章3/3:極振り防御と試行錯誤。
不屈(アンブレイカブル)”と“崩壊姉妹(ディザスターシスターズ)”。


 

決闘都市ギデオン 第7闘技場【聖騎士(パラディン)】レイ・スターリング

 

 

マイが快復するまでの間、俺達は姉妹とレイレイさんとの話を聞いていた。

話し終えた所でようやくマイが快復し、模擬戦を再開。

が、そこで俺の中にある疑問が生じた。

 

「2対2の対戦ってできるんですか?」

 

闘技場は確か1対1のはずだ。

チェルシーVSロードウェル然り、〈超級激突〉然り。

ルールの調整やらはできると思うが、1対多、集団対集団なんてできるのか?

 

「大丈夫だよ。ちゃんとそこも設定できるから。ここは確か、100人までならできたと思うよ」

 

「最大100人って事ですか?」

 

「ううん、実際にやってみた最高記録が100人だった」

 

……この人何気に凄い。

やっぱどこぞの白衣とは違うわ。

閑話休題。

 

闘技場で準備をする中、姉妹との決闘は誰にするのか。

俺達はその問題に当たっていた。

 

「んじゃあ、あたしとレイでどう?」

 

そう名乗りを上げたのは“流浪金海”の異名を持つ【大海賊(グレイト・パイレーツ)】のチェルシーだ。

 

「――幾多の紋章を狩る者を葬った白と黒の双対に挑むか」

 

「ま、ここは先輩として軽ーく相手になってやるよ」

 

「己の力に溺れることなかれ。油断という甘露は汝を破滅の奈落へといついかなる時も誘うのを虎視眈々と狙っている」

 

要約すると、『自分より格下でも油断してたらやられるよ』ということか。

ジュリエットからのアドバイスを受け取った俺とチェルシー、そして既にスタンバっていた双子が対峙する。

 

「それじゃあ、最初の攻撃はそっちに譲るね」

 

「それって、こっちを格下扱いって事ですか?」

 

「そうじゃないよ。あ、蘇生アイテムとかも解禁しとく?模擬戦は基本そうだったけど」

 

「それも必要ありません。どのみち一撃でやられるんだったら、あってもそう変わりないと思いますから」

 

『凄いの。言葉のジャブの応酬だな』

 

黒剣形態のネメシスの関心めいた呟きに俺も同意する。

けど、蘇生アイテムと防御アイテム抜きで挑むなんて、小さいのに中々肝が据わっているな。

そんなことを思っていると、俺達の間にカウントダウンが始まった。

10からカウントダウンしていく間に俺を含めた4人が武器を構えていく。

そしてカウントが1から……0になった。

 

 

 

 

「それじゃあお言葉に甘えまして……」

 

すぅ、と腰を低く据える2人。あの構えは確か、壊屋系統のアクティブスキル《破城槌》というものだ。

兄貴の〈UBM〉戦の話で構えをとりながら説明してくれた。

 

「――ふッ!!」

 

刹那、ユイが一瞬でこちらに肉薄して――いや、速過ぎるッ!?

俺やルーク、バビはもちろん、ランカーやチェルシーも一瞬の移動に動揺を若干あらわにした。

コマ撮りのように一瞬で肉薄してきたのだ。

俺は咄嗟にチェルシーとの間に割り入り、《カウンターアブソープション》を展開して防ごうとした。

 

「――レイ、右ッ!!!」

 

直前、チェルシーの叫びが俺の目を動かし、マイが斧を振りかぶってこちらに迫ってきたのを知らせてくれた。

コイツも速過ぎるだろ!ユイとあまり大差ないレベルだぞ!?

俺がチェルシーをかばうどころか、いつの間にか俺がユイの攻撃の前に、チェルシーがマイの攻撃の前に出た瞬間、

 

「《カウンターアブソープション》!!」

 

 

――ゴッ!

 

 

「んぎッ……!」

 

うめくような悲鳴の直後、鎚の一撃に踏ん張る。

この子の一撃、凄まじく重い……!

 

チェルシーも寸での所で防御、否、受け流した。

直後に起こる、爆弾でも爆ぜたような轟音。

何とか耐えきった俺が見たのは、直径30センチはあろう亀裂を地面に刻んだ。

 

「……なんつー馬鹿力」

 

『これは……フィガロと初めて会った時を思い出すのぅ……』

 

随分懐かしいもん出してきたな。

 

『正直、クマニーサンのパンチを受けた気分だ』

 

「そうか。一応防げるには防げるが、あと2回をあの連続攻撃に使うのは無理だ……なッ!」

 

すかさず剣を振るい、反撃に移る。

剣が当たる直前、ユイが一瞬で3メートルほど後ろに飛び退く。

その一方でチェルシーのほうもマイが一瞬で後方へと下がった。

なあ、【壊屋(クラッシャー)】ってこんなにハイスペックなジョブだっけ?

 

「おー、痛い痛い。ジュリの警告が早速本物になって来たかも……」

 

「どういうことだ?」

 

「良いニュースと悪いニュース、どっちがいい?」

 

「……悪いほうから」

 

「端的に言うと、今の猛攻でちょっと手が痺れてきてます」

 

ちらりと見てみると、確かにチェルシーの手が僅かに震えている。

彼女が言うには、あの不意討ちからの猛攻に思わず攻撃に出るのを躊躇ってしまったらしい。

それが仇になってこの有様か。

 

「でも、良いニュースもあるよ。あの馬鹿力がさっき緩くなった気がしたの」

 

「チェルシーのレベルで手が痺れるほどの威力って事は、攻撃特化型か。時間制の自己バフ……って訳じゃ無いな」

 

それだとマイの攻撃力もあり得ないほど跳ね上がるのは説明できない。

あの移動力は特典武具の影響なのかもしれない。

つまり、俺らが勝つには……。

 

「あの攻撃を避け切って、攻撃を当てるって事か」

 

『サリーの真似事をすることになるとは、無茶ぶりを要求してくるな。しかしレイよ、奴らはかなり相手が悪いのではないのか?』

 

確かに今のダメージ合計値はマイだけだ。2対1で入れ替わりに攻撃されたら《復讐するは我にあり(ヴェンジェンス・イズ・マイン)》を与える機会がぐっと減る。

一応、試す機会はある。

俺が長期戦、多人数戦に弱いように、対人戦だろうとモンスター戦だろうと、必ず欠点が存在する。

恐らくあの2人の弱点は……。

 

 

 

 

『STRって、具体的にどこを指す?』

 

姉妹とチェルシー、レイの2対2の決闘を観戦する中、シュウが不意に誰かに尋ねるように言葉を投げかけた。

 

「えと……攻撃力、ですか?」

 

『半分正解。確かに武器に依存しない素の攻撃力はSTRで上昇するクマ。【武闘家(マーシャル・アーティスト)】にも蹴りを用いるスキルがあるがな』

 

挙手して答えたサリーにシュウが補足を入れつつ答える。

 

「仮に攻撃力にしか影響しねぇなら、重力操る奴に一方的にぶっ殺されてるからナ。重力抵抗はEND(耐久力)よりSTR(筋力)が有効なんだヨ」

 

「……つまり、AGIを意識することで体感時間をゆっくり感じる事と同じように、STRを脚に集中させることで移動力に繋がるって事?」

 

「ざっくり説明すればそうなるナ」

 

ベテランたる迅羽の肯定に、サリーを筆頭に決闘を見ていたランカーが納得する。

だがしかし、シュウだけは双子を見て未だに訝し気の表情を崩さない。

尤も、着ぐるみで表情はそう読み取りやすくは無いのだが。

 

『けど、あの動きは普通に脚力に回しただけじゃねぇな。武術経験はなさそうだが……』

 

シュウ曰く、普通に脚力に集中したら多少の身体のバランスが崩れるものという。

だがあの2人は崩れるどころか一向にブレが生じていない。シュウの目では彼女らが武術を心得ていないらしい。

すると可能性として考えられるのは――特典武具。

 

『STRに応じた高速移動。あれが特典武具のスキルか』

 

「流石に勘付くよネー」

 

勘付いたライザーの言う通り、2人の特典武具【猿門白衣ウキョウ】と【猿門黒衣サキョウ】のスキルは《縮地法:陽》、《跳躍法:陰》がある。

短いクールタイムと少ないコストで、STRを参考にした移動スキルを有している。

移動距離は数メートル程度と特典武具としては存外微妙だが、もしこれが【壊屋】の高い攻撃力がそのまま機動力に直結するとしたらどうなるか?

 

「0から100に切り替わるように、一気に肉薄する【壊屋】。【破壊王(キング・オブ・デストロイ)】で無いにしろ、それは無視できない脅威に成り上がる」

 

「確かにチェルシーも面食らってたな。もし最初の一撃がクリーンヒットしてたら、最悪死んでたぞ」

 

「……あの特典武具のスキルは、今言ったあれだけですか?」

 

「んー、ちょっと試しに使ってみたけど、ちょっと相手の気を逸らしたり、相手に集中されたりする効果だったヨー」

 

レイレイの返答にルークは黙り込む。闘技場での模擬戦で相当音が響くというのに、まるで彼から聴覚だけが機能不全を起こしたように、轟音を物ともせずに思考を巡らせる。

 

(認識の集中と隠避。双子。似通ったスキル。気付かなかった最初の攻撃――)

 

「まるで2つのスキルがかみ合ってるみたいだね」

 

バビが何気なく呟いた一言にルークも注視する。

そして、思考にバビの一言を混ぜていき――、

 

「シナジー効果、ですね」

 

答えに達したのだった。

 

「なんでその答えになったの?」

 

「まず、幾つかひも解いていきます。最初は彼女らの〈エンブリオ〉。単体では力を発揮できず、連携を前提とした第1スキル。この攻撃力で叩かれたら、僕やレイさんは即死。亜竜のマリリンも喰らったらただでは済まないでしょう」

 

「ほうほう、で?」

 

「次に彼女らの機動力。単に攻撃力のみ強化するのであれば、あそこまでの機動力に繋がるはずがありません。ですが、お兄さんの言葉が答えになります」

 

『――STR(腕力)STR(脚力)に変換、ということか』

 

繋げたのはライザーだった。

確かに彼の言う通り、そしてルークの推測通りSTRを指すのは何も腕力だけを指すのではない。生物における全身の筋肉である。攻撃力は元より、肉体に存在する筋肉や臓器にまで影響する。

現にSTRが腕力、攻撃力だけに影響するというのであれば四足歩行モンスターでは碌な筋力が無いということになるうえ、ロストしているとはいえ重力魔法を喰らった瞬間ぺしゃんこに潰されてしまうのと同意。この〈Infinite Dendorogram〉でこんなアホな設計ミスをするとは思えない。

STRを脚力に変換するという芸当は、存外知られていない裏技的なテクニックだ。シュウも10万をゆうに超えるSTRを脚力に回して機動力に直結させることもよくある。

2人の場合はスキルによって機動力を確保しているので問題は無い。

 

「で、ここが本題です。あの武具には相手から向けられる意識を集中したり、気を逸らしやすくするスキル。あれは同時に発動しているとお互いがお互いのスキルを高め合う、シナジー効果というものではないのでしょうか?」

 

「シナジーだって?」

 

「ええ。〈UBM〉でもあの2人はウキョウという〈UBM〉に集中し過ぎてサキョウの攻撃を直撃したりしていたと聞いた所、あの〈UBM〉にはそう言ったシナジー効果のあるスキルがあったのではないのかと思いまして」

 

「確かに鑑定眼で見たけど、【クローザー】と比べると性能は低いみたいだ」

 

「だったらあそこまでチェルシーが苦戦するか?」

 

「確かにビジュマルの言う通りだよ。単体なら、ね」

 

「あぁ?それってどういう――あ」

 

フィガロの推測に、意見を出そうとしたビジュマルが勘付いたように押し黙った。

 

「多分あれは、2つ存在することで初めて意味を成す特典武具っていうことだね」

 

 

 

【猿門白衣ウキョウ】と【猿門黒衣サキョウ】。

装備補正は防御力が固定値で100上昇、STRが割合上昇で30%上昇。

ウキョウの装備スキル【白猿の闘気】は戦闘中相手の意識を装着者に集中させやすくし、サキョウの装備スキル【黒猿の闘気】は戦闘中相手が装着者への意識を削がれやすいパッシブスキル。ただそれだけだ。

単体で見れば【瘴炎手甲ガルドランダ】に比べれば劣っているとも――尤も、ガルドランダのほうが性能が伝説級の枠に収まっているレベルではないかもしれないが――とれる。

しかしそれは、2人の特典武具を単体の性能で見たが故。

元となった〈UBM〉が2体で行動し、双方のスキルを強調していくように、特典武具もまたお互いのシナジー効果を増す。

故にユイとマイがお互い戦闘に突入するだけで、お互いのスキルが強調される。

より相手の意識を集中し、より相手から気付かれなくなる。

それはまるで、彼らの――生前のウキョウとサキョウの誓いを表現しているようでもある。

単ではなく双。

1の強さよりも2の強さを取った2匹。

片方では真価を発揮できずとも、お互いが揃うことで真価を発揮するルイーゼとロッテのように。

 

 

 

 

決闘都市ギデオン 第3闘技場【聖騎士】レイ・スターリング

 

 

「じゃあ、これはどうですかッ!?」

 

俺が作戦をチェルシーに伝える中、双子のほうも動いた。

マイが自分の斧を目の前の地面に突き立てる。1回目に叩きつけられた

まるで切り取るように突き立てた後、亀裂の一つに手を入れる。

そして亀裂に指を入れ、思い切り引き抜いて岩塊を持ち上げる。

 

「――タイミングは任せます!」

 

「OK!」

 

マイがチェルシー目掛け持ち上げた岩塊を放り投げる。

高校野球のストレートのようなスピードで迫る岩塊をチェルシーが真上に振り上げた斧を、重力と片手の力のみで叩き割る。

両断された岩の先にユイがいつの間にか迫っていた。

そして振るわれる、白き暴力。まともに食らえばレベルカンストしたチェルシーですら数発で粉砕されるだろう。

ユイの攻撃に対してのチェルシーの返答は、回避だった。

ポセイドンを敢えて紋章の中に戻し、経験故の最低限の動きでユイの攻撃を回避していく。今の戦闘で防御がリスクを伴うことと判断しての選択だ。

 

「――今!」

 

チェルシーのその合図で、俺が駆け出した。

狙いはユイ。最初の一撃でダメージ合計値は【亜竜甲蟲(デミドラグワーム)】を軽く3、4体は消し飛ばすのが余裕なくらい、過去最高の数値を叩き出していた。

 

「《復讐するは(ヴェンジェンス・)――」

 

俺が近づくとともに、チェルシーは〈エンブリオ〉を出現させてハンマーの頭の付け根の辺りに斧を滑り込ませ、攻撃を防ぐ。

そして俺はその状態に陥ったユイ目掛け剣を振り下ろす。

 

「――我にあり(イズ・マイン)》!!」

 

 

――ガキィン!!

 

 

その攻撃は、不意に現れた斧に防がれた。

咄嗟に飛び込んできたマイが手にした得物で渾身のカウンターを受け止め、勢いそのままに黒大剣を弾き飛ばした。

 

「確かそれって、攻撃を与えた人にしか効かないんですよね?」

 

黒大剣が宙を舞う中、俺はこの試合は半ば不利になると覚悟していた。

決闘ランカーは基本1対1。チーム戦を組んだ経験なんてほとんど無い。強大なボスに対して多人数パーティを組むことや、ある程度の実力者なら連携をとれるが、ルーキーの俺はチェルシーの一時的なパートナーであり、彼女の足枷でもある。

加えて俺の戦闘スタイルは1対1での戦闘を得意とし、こうした多人数戦は相性的に苦手だ。現にこうしてマイに攻撃を防がれ、黒大剣を弾き飛ばされた。

だが、それは俺が一番よく知っている問題だ。

 

知っているからこそ、俺は既に口を開けていた【瘴炎手甲】をマイに向けていた。

 

「《地獄瘴気》!!」

 

「――?!」

 

右手の手甲から状態異常の毒ガスが放たれる。

突然の紫煙に避ける間も無くもろに浴び、【猛毒】、【酩酊】、【衰弱】の状態異常が襲い掛かる。

 

「お姉ちゃん!?」

 

「よし、チャンス!」

 

ユイの気が一瞬逸れたことを機を掴み、出現させた黄金の斧を腹の部分を相手に向ける。

すると黄金の斧が消失し、鍵穴のようにぽっかりと開いた空間から、黄金の海水があふれ出す。

 

「――《金牛大海嘯(ポセイドン)》!!」

 

闘技場で黄金の大洪水が2人を潰さんばかりに襲い掛かる。

大抵の相手なら、反撃も退避も間に合わずにこの洪水に呑まれて終わりだろう。

 

「――お姉ちゃん!!」

 

すぐさまユイがマイの元へ駆け寄り、彼女に手を差し伸べる。

伸ばした姉の手を掴み、抱き寄せるとSTR(脚力)任せの、最高角度の垂直飛びで海嘯を回避する。

しかし、チェルシーも決闘で上位10人に入るランカー。そう甘くは無い。

 

「舐――」

 

チェルシーが右足を強く踏み込む。

 

「―め――」

 

右拳を振りかぶる動作と共に、海嘯が唸りを上げて壁へと突き進む。

 

「――る―」

 

限界で振りかぶった拳に合わせて、海嘯が壁に――闘技場の結界に――激突して飛沫を上げる。

 

「―――なあああああ!!!!」

 

アッパーカットの要領で拳を振り上げる。

跳ね返った波が、再び波打つ。

先程よりも大きく、大量に。高く。

それこそ、宙にいて何もできない姉妹の位置よりも、高く。

 

「んなっ!?」

 

「そんなのありぃ!?」

 

当然の如く、波に呑まれてそのまま地面に激突。

HPが一気に0になり、決着した。

 

 

 

 

「うんにゃあぁぁぁぁ~~!負けた~~!」

 

「割とうまくいっていたのに……」

 

決着した後の控室。先程の結果にがっくりと肩を落とすユイとマイ。

 

「はっはっはー!上位ランカータッグに適おうなんて10年早い!」

 

「いや、俺はランカーじゃないからな?」

 

得意げにふんぞり返るチェルシーだったが、存外内心では――。

 

(あっぶねえええぇぇぇぇ~~~~!!何あの攻撃力!?レイのサポートがあって何とかなったけど、もし2対1と防御アイテムありだったら確実にこっちが潰されてたじゃん!戦い方が素人感が目立ってたからまだ勝てたけど、怖いわぁ。この双子本当に怖いわぁ……)

 

内心は焦りを表に出さないよう必死だった。制圧力、殲滅力では勝る彼女でも2人の個人戦闘型の圧倒的なパワーには、たとえ彼女でも2対1に持ち込まれていたら確実に潰されていたに違いない。

不幸中の幸いといっても過言ではない点は、彼女らの対人戦闘がまだ未熟である点。

逆を言えば、彼女らのレベルが500で頭打ちになるまでの過程で対人戦の技量を身に着けて居たら、もう自分一人では手に負えないレベルに成長しているだろう。

 

「末恐ろしい話だナ。2人で2人以上のコンビネーションのポテンシャルなんてヨォ」

 

『フィガ公とは逆の才能、って奴か』

 

「……うん。彼女らと戦うのはまた後かな。楽しみは後にとっておくよ」

 

順に迅羽、シュウ、フィガロだ。

特にフィガロは、自分とは対極の位置に当たる姉妹を見て、将来の強敵に期待中の眼差しを向けている。

それを見たシュウは思った。「コイツ、あいつらがそれなりに経験積んだら絶対に2対1で挑む気だ」と。

 

「――あ、私はそろそろ落ちるネー」

 

『悪いな。せっかくのログイン時間を無駄にしちまって』

 

「いいよいいよ。2人の成長もこの目で見れたから、十分満足ダヨー」

 

壁に掛けられた時計を見て時間を察したレイレイはメニューを操作してログアウトしようとする。

メニュー画面からでも現実での時刻を知ることができる。しかしこの世界での時間は現実との3倍は進み、時計の時刻もそれに合わせている。

つまり、この世界の時計を見て倍速した時間を差し引いてしまえばメニュー画面を見ずともある程度現実の時間を知ることができるということ。

 

「2人とも、次会う時は何時になるか解らないけど」

 

「ありがとうございました」

 

「また来るときには私達、もっともっと強くなってますね!」

 

「おー、それは師匠として楽しみダヨー」

 

弟子2人に見送られ、レイレイはそのまま消えていった。ログアウトしたのだ。

 

「……なんか、凄い人だったね」

 

「だな」

 

レイレイが去った後、誰でもなく呟いたのは、メイプルとヒドラだった――。

 

 

 






(・大・)<感想をお願いします。

(・大・)<因みにレイレイさんはこれで出番は終わりです。

(・大・)<普段忙しいからね。

(・大・)<ちなみにこの模擬戦回はあと2,3回は行います。



※ルールについて。


(・大・)<最初、チェルシーは防御アイテム有りのハンデでの決闘を提案して双子は拒否してますが、

(・大・)<別に舐めプって訳じゃありません。

(・大・)<というより「どのみち受けたら終わりなんだし防御アイテムあっても無くても変わんないよね?」という考えから出た言葉でした。

(・大・)<完全に脳筋じゃないか。


※【猿門白衣ウキョウ】と【猿門黒衣サキョウ】。

(・大・)<単体ではあまり目立つ効果の無い特典武具。

(・大・)<ウキョウに至っては壁役にでもならない限り無駄に相手からの攻撃を集中されることになる。

(・大・)<ユイマイ姉妹に渡ったのも何かの縁かもしれない。


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極振り防御と純竜戦。


(・大・)<今回めっちゃ長くなってしまいました。



 

 

闘技場でのランカー達との模擬戦は、ルーキーであるレイやメイプル、サリーにとって大きくプラスするものとなった。

蘇生系、防御系アイテムを解禁というハンデを与えられているというのに早々に勝てないというのは流石実力者といった所。

だが、戦績と戦闘技術の向上は比例しない。フェイントへの対応やスキルの応用なども駆使して、彼らはランカーたちに食い下がるところも良く見られた。

サリーは最近、資材調達のクエストを受けて資金を稼ぐ傍ら、以前【亜竜蜊蛄の甲殻】をイズに見せてもらった所、「回避系の防具なら作れる」と返答を貰ったのでその素材調達にギデオンの西、旧ブリディス伯爵領に赴く日が多くなった。

しかし、ヒドラのスキルは未だ解放されておらず、今も30%を上回った所。

スキルも分からない上に、既存スキルが発動するかどうか不安だったメイプルは、しばらくは錬金術による復興用の資材の錬成による納品クエストと、条件を達成したことで解禁された【毒術師】のジョブスキルを上げるために《毒物錬成》による害虫駆除用の毒の錬成にいそしんでいた。

今は《DDC:アルター支部》の元で錬金術の、時折受けるギルドクエストで【城塞盾士】のジョブレベルを上げつつアイテムの錬成を続けていた――。

 

 

 

決闘都市ギデオン《DDC:アルター支部》【毒術師(ポイズンマンサー)】メイプル・アーキマン。

 

 

「王都に行こう!」

 

いきなりやって来てそう切り出したのはイオちゃんだった。

 

「どうした?藪から棒に」

 

「いやさ、この前のクエストで【墓標迷宮探査許可証】ってのを手に入れたんだ。それで霞とふじのんと一緒に地下5階まで降りようとしたんだけど……ほら、あそこってアンデッド系ばっかでしょ?壁役の1人でも欲しいかなって」

 

ばしっと見せつけたのは1枚の紙。その紙の上側には〈墓標迷宮探査許可証〉という文字が書かれていた。

要するに、私にもその〈墓標迷宮〉探索のパーティに入ってくれないかという誘いだった。

あの場所のアンデッドは脆く、物理攻撃の効かないスピリット系の対策さえしていれば5階程度なら行けると思ったのかもしれない。

確かに壁役1人がいれば回復呪文を使えなくても、攻撃役の負担も減る。私もジョブクエストなどでポーションを作っているし、出発前に幾つかポーションを用意しておけば攻略もそれだけ容易になるかもしれない。

けど、問題が一つ。

 

「私、その許可証持ってないけど?」

 

「あー、そっか。じゃあ売ってるお店探してからにする?」

 

持ってないものは仕方ないから、まずは回復用ポーションの生産がてらそのお店を探してみよう。

 

「め、めいぷる……」

 

――と、思っていたら今度はサリーが入店してきた。

今にも死にそうなほどに顔を青くして。

 

「さ、サリー?どしたの?」

 

「が、ガチャでこれ……引いちゃった……」

 

手にしていた物を見せられて、私は納得した。

サリーが持っていたのもイオと同じものだったからだ。

というか、もうガチャ止めなよ……。

 

「そこに未知があるから?」

 

「いっぺんシバき倒したほうが反省するんじゃねーの?」

 

「とりあえず反省の為にイオちゃんたちに付き合ったら?」

 

「リアクションが冷たすぎる!!」

 

仕方ないよ。半分自業自得だし。こんな調子じゃ将来が心配だよ。色んな意味で。

 

「あー、でも私もその〈墓標迷宮〉には興味あるかな。王都に行って探してみるよ」

 

「これあげようか?」

 

「それは責任もって自分で使いなさい」

 

 

 

 

その後、レイさんとマリーさん、ルークとも合流した。

なんでもアンデッドに有効な【聖騎士】のレイさんもふじのんから声をかけていたみたい。

3人とも【許可証】を持っていて、レイさんが前に買ったお店を紹介してくれると言ってくれた。

お金のほうは報奨とクエストの仕事でたっぷりある。多分サリーは私の所持金の半分くらいしかないだろうね。これに懲りてガチャをやる機会を減らせばいいけど。

因みに王都まではルークのオードリーと霞さんの召喚モンスターのバルルン、レイさんはシルバーに乗って一直線でした。

 

「お。大所帯でどこ行くの?」

 

【許可証】の購入後に私達はミィさんと炎羅さん、ミザリーさんとばったり会った。

 

「〈墓標迷宮〉に行くつもりなんだ。お前らはどこに行くんだ?」

 

「私達は〈旧レーヴ果樹園〉よ。何か昆虫モンスターの生息地が急速に入り口付近にまで近づいたから、調査ついでに間引いてほしいって」

 

「状態異常持ちも相当いるので、私も参加します」

 

ミザリーさんも伴えば回復面でも万全。後衛2人とパーティとしては心許ないけど、ミィさんや炎羅の火力なら、大抵のモンスターは近付く前に焼かれるのが関の山だ。

 

「……よし。このクエストは私とレイ、メイプル、それと……そこの少年と共に行く。悪いがミザリーは彼女らと共に〈墓標迷宮〉に行ってくれ」

 

突然切り出したミィさんに思わず彼女のほうへ向いてしまった。

 

「解りました。私も【許可証】は持っていますから、そちらに向かいますね」

 

ミザリーさんは余り気に留めることも無くミィさんの話を承諾してくれた。思い切りが良いのか何なのか。

 

「ほらほら、とっとと行くわよ」

 

「うぐぇ」

 

炎羅さんがずるずると私の襟首を掴んでずるずると引っ張っていく。

 

「ミ、ミザリーさぁ~ん、サリーたちに伝えといてくださぁぁ~~い!」

 

ずるずると引きずられて、遠ざかっていくミザリーさんに要点だけ伝えて、私とレイさん、そして同伴することとなったルークと共に〈旧レ―ヴ果樹園〉へと引きずられていった。

 

 

 

 

アルター王国〈旧レ―ヴ果樹園〉【城塞盾士(ランパート・シールダー)】メイプル・アーキマン。

 

 

セーブポイントでジョブを【城塞盾士】にして数分。

すっかりすたびれた果樹園に到着した。

果樹園……というにはさびれた場所の前に到着した。

格子状の門はツタや植物が絡みつき、石造りの柱や壁にはヒビが入っていて、隙間からはコケが生じている。何年も手入れされていない遊歩道はすっかり獣道同然。最早ここは虫と植物の無法地帯だ。

シュウさん曰く、昔なんやかんやあって遺棄させられた自然ダンジョンとのこと、とレイさんが言っていた。

 

「それにしても、あんなことがあったというのにもう間引きするのか?」

 

「あんなこと?」

 

「ネメシスが生まれた時に、リリアーナと兄貴があらかた潰してったんだ。兄貴が倒したのだけでも100匹以上はいたと思う」

 

流石近衛騎士団副団長と【破壊王(キング・オブ・デストロイ)】。ここらじゃ敵無しだろうね。

にしても、何でこんな場所に来たんだろ?やっぱりクエストとか?

 

「とりあえず、クソ白衣(フランクリン)との因縁の始まりとだけ伝えとくよ」

 

なんか遠い眼をしてる……。とりあえず深く突っ込まずに放っておこう。

閑話休題。

 

 

それから私達は奥へ行くごとに湧いて出てくる昆虫型モンスターを狩り続けていく。

前衛攻撃役のレイさん、壁役の私、中衛で魅了やコートに擬態したリズというミスリルアームズスライムを操るルーク、後衛でモンスターのみを器用に焼き尽くすミィさんと炎羅さん。

回復役が居なくても私の作ったポーションをみんなに分けてあるから、回復の時には私とレイさんのどちらかが前に出て攻撃を凌ぎつつ、もう片方がポーションで回復するという行動を起こせば問題は無い。

あれ?案外このメンバーバランス良い?

 

「てっきりミィが何もかも焼き払うのかと思ってたけど、案外まともに退治してるんだな」

 

あ、それは私も思ってた。

 

「失敬だな。私も【魔術師(メイジ)】には用があったんだ。そもそも、そんな火力で討伐するとここのモンスターも絶滅しかねないからな。あくまで調査。身を引くモンスターまで借る必要はない」

 

確かに手に負えないと判断して撤退してくモンスターには一切の攻撃を仕掛けていない。そこまで考えてるとは。

 

「ミィは元々【紅蓮術師(パイロマンサー)】も取るつもりだったからね」

 

そういえば、そんなこともあったっけ。

まだ10日くらいだっていうのに懐かしく感じてくる。

 

「そもそも炎羅があの姿になったらそれこそ〈ノズ森林〉の二の舞だぞ?」

 

……確かに。隣にいるレイさんも簡単に想像できてしまったらしく、軽く引いている。

 

「それで、僕らを連れてきた理由は何ですか?」

 

ここで、意見を唱えずに中衛の仕事をしていたルークが訊ねてきた。

 

「そうだった。お前達メイデンとアポストルに聞きたい事があったって炎羅から聞いてな」

 

「メイデンって、バビは純粋なガーディアンだよ?」

 

「あれ、そうだったの?ごめんごめん。人間に近いからてっきりメイデンかと思って」

 

『そう易々とメイデンの〈マスター〉が増えるのは困る。私の希少価値がなくなってしまうではないか』

 

メイデンと間違われたバビは改めて自分がルークの〈エンブリオ〉でTYPE:ガードナーの上位、ガーディアンということをビシッ、と効果音が付きそうな勢いで自己紹介する。

私もバビの事はメイデンかと思っていた。ほとんど人間と変わりないし、紋章があったら〈マスター〉と間違えそうだ。

 

「まあいいか。パーティ的には男女比1:7よりも3:4のほうが肩身の狭い思いをする必要も無いし」

 

「それはどうも」

 

ああ、確かにハーレム状態になっちゃうね。

 

「まあともかく。レイにネメシス、あなた達2人に聞きたい事があるの」

 

「聞きたい事?」

 

「あなた、あの赤いパネルを見たことある?」

 

炎羅さんの、これでもかといわんばかりの単刀直入な質問の直後、レイさんが相手にしていたヤツデ型モンスターが、ミィさんの《ファイアボール》で炎に包まれ、瞬く間に灰の代わりに光の粒子になって消滅した。

今の質問は多分――ネメシスに向けてのことだと思う。

 

『……お主、何故それを?』

 

「私達もそのウィンドウを見たからよ。そうね……大体こっちで3、4年くらい前かしら?第3から第4へ上がる時にね」

 

私達――特にネメシスは大剣形態のままとはいえ――、炎羅さんの思い出語りを聞き入るように耳を立てる。

おっと、ウツボカズラ型モンスターがやってきたから話の邪魔にならないようしっかりガードしておかないと。

 

「それで、YESって選択した後は?」

 

「いやー、大変だったわ。第5に上がるまでにこっち時間で1年半もかかっちゃって。遅れを取り戻したくて必死に頑張ったわー。王国に来る少し前にやっと第6になったくらいよ」

 

『い、いちねんはん……!?』

 

「あら?その口はYESを押しちゃった系?」

 

「え、ええ。ガルドランダの時に」

 

「それって、蓄積経験値ってのがイエローだった?」

 

「いや。グリーンだった気がするけど……」

 

レイさんが思い出しながら呟く。

そういえば、私の時にもあったから、聞いておくべきかもしれない。

 

『俺の時にもあったぞ』

 

「なんですって?」『何だと?』

 

私の代わりに発したヒドラの言葉に、ネメシスと炎羅さんが同時に食い入った。ネメシスなんて大剣状態なのにレイさんを引っ張って行くかのようにぐい、と方向転換するほどにだ。

 

『俺もグリーンだったが、その時はメイプルが拒否ってな』

 

「メイデンだけじゃなかったのか」

 

「お二人の話を聞くに、どうやら炎羅さんの言うウィンドウは、危機的状況にありつつ、その〈マスター〉の〈エンブリオ〉がアポストルかメイデンのどちらかであるということになりますね」

 

「どういうことー?」

 

「それは分からないよ。レアカテゴリ、複合型、人型……現状は情報が少なすぎる。どうしてこのカテゴリを生んだのか、運営の意図が掴めません」

 

ルークは少し思考にふけっていたけど、これ以上は埒が明かないと改めてクエスト相手のモンスターに集中する。

バビも【魅了】デバフを中心に、昆虫モンスターの同士討ちを誘って殲滅を促していく。

 

 

 

 

 

「妙だな……」

 

「ミィ、どうした?」

 

「ここの平均レベルって、どれくらいだ?」

 

「レベル?確か25くらいって兄貴が呟いていたけど……あれ?」

 

数分後、狩りを続けていたミィがやがて疑問を投げかけ、レイさんが答えた瞬間に何か疑問を抱いたように呟いた。

 

「たしかここって、虫系しか存在しなかったよな?」

 

「え?植物系もさっきいたはずですよ?」

 

何を言ってるんだとルークが返す。

確かに私も、虫型モンスターに交じって襲ってくる植物型モンスターを対峙していたけど……?

 

『いや、そのようなモンスターはあの時には見かけていなかったぞ』

 

レイさんとネメシスが記憶を探って今までの戦闘の矛盾点に気付く。

その時だった。

 

「――茂みの向こう、何かいます!」

 

「《ファイアボール》!」

 

ルークが叫び、同時にミィさんが火球を放つ。

火球は10メートル先で何かに当たったように爆散した。普通ならここで火の粉が茂みに燃え移って大惨事、なんてことになるはずだけど、その火の粉は一瞬で消し飛ばされた。

次の瞬間、その場所の森が動いた。

 

――いや、何を言ってるんだって言いたいのは分かるけど。実際その通りにしか表現できなかった。

まるでそこで何かが切り取られて移動するかのように、木々をなぎ倒しながら這いずりながら動きだす。

 

「これは……!?」

 

「さっきのモンスター共の中に、レベル40前後の植物型も交じっていた。おそらくはあれの一部だろうな」

 

「一部って、この巨大なモンスターのですか……」

 

先のテロで見たバルドルやパンデモニウムと比べれば、大きさは大した問題ではないと思う。

しかし、50メートルはあろう巨体はプレッシャーを与えるには十分すぎる大きさだ。

鎌首をもたげるその蛇の体表には、鱗の代わりにコケやツタ、背中にあたる部分は小さい茂みや細い木まで生えている。

文字通り、森の一部を背中に貼り付けた大蛇【フォレスト・キングヴァイパー】が、薄い靄みたいなものを纏いながら私達を見下ろしていた。

 

「随分デカいな。おそらく亜竜……いや、純竜の下位辺りか?」

 

「人間のいないここでなら、経験値の虫モンスターを気付かれない程度に狩っていれば良いですからね。おそらく生息地が急に変わったのも――」

 

「アイツに元々の住処を追われたせいか」

 

レイさんも大蛇を相手取るように構え、ルークもバビも警戒を最大限にして、ミィさんもMPを【MP回復ポーション】で回復して炎羅さんも【符】を出して臨戦態勢。

私も盾となったヒドラを構えて《死毒海域を展開した瞬間、鎌首をもたげていた大蛇が一直線に突進してきた。

 

「《カウンター・アブソープション》!!」

 

亜音速級の突進をレイさんが前に出て、薄い膜のバリアで攻撃を無力化する。その隙にミィさんと炎羅さんが回り込み、炎を放つ。

 

「よし、十分効くみたいだな」

 

「こっちもアイツの攻撃は耐えられるぞ!」

 

『今度突っ込んできたら《復讐するは(ヴェンジェンス)》を叩き込んでくれるわ!』

 

ユイちゃんたちとの模擬戦で、攻撃を受けた時の衝撃には慣れたみたい。

案外私の出番無いんじゃないかも。

そう思った時、私の身体が何かに引っ張られるようにレイさんの前に出て、彼を護るように盾を構えていた。

 

「――え?」

 

直後、盾から何かを弾いた感触と甲高い金属のぶつかったような効果音を感じた。

足元を見てみると、鋭い錐のような針が落ちていた。

 

『馬鹿、何ぼさっとしてるんだよ!?』

 

「え、え?今の何!?」

 

「――来るぞ!」

 

私が現状を把握する前にヒドラとレイさんが叫ぶ。

次の瞬間、大蛇の背中から再び何かが飛んできた。

 

「レイさん、伏せて!」

 

言うや否や、弾丸のようなスピードで何かが―多分さっきの針が高速で飛んできた。

全て防ぎきった――というのは当然なく、脚の所々に掠り傷ができていた。

 

「……ぅ!?」

 

直後に私の身体がずっしりと、鉛にでもなったかのように重くなる。

ステータスを見ると、【衰弱】と【麻痺】という状態異常が表示されていた。

 

「こ、これって……!?」

 

急いで【快癒万能薬(エリクシル)】を飲んで状態異常から復帰する。

あの大蛇からだろうけど……。

 

『どうした?』

 

「うん、あの針って本当にあの蛇が出したものなのって思って……?」

 

「針……?」

 

ルークが私の言葉に眉をひそめながら大蛇を見る。

何か気付いたのかと後目に彼を見た途端、彼は右手を掲げる。

 

「《喚起(コール)、オードリー、マリリン》」

 

2匹の従属モンスターを召喚し、直後にルークはオードリーの背に乗る。

 

「オードリー、ヴァイパーの頭上へ。マリリンはヴァイパーの側面を攻撃。針の攻撃が来たら全力で防御を。バビはマリリンの援護」

 

その時、悶えるようにミィさんと炎羅さんを相手にしていた大蛇がこちらに気付いて再び突進する。

さっきより速くて、レイさんのスキルが間に合わない……!

意を決した私は思い切り足を踏ん張り、腰を低く落として《第1の首(メナスティル)》での迎撃に備える。

その意図を読み取ったレイさんと人型に戻ったネメシスは私の肩を掴んだ。

 

「ぴゃっ……!?」

 

「来るぞ!」

 

次の瞬間には大蛇の突進の衝撃が、私達3人の身体に走る。

昔アニメで見た、海を走る列車を巨大なカエルが受け止めるという話があったが、それに違わぬ衝撃に吹き飛ばされそうになる。

ひょっとして、ユイちゃんたちの攻撃ってこれ以上?

 

「ぅおご……ッ!!」

 

「た、耐えろ……ッ!!」

 

ずるずると15メートル先まで後退された。

このまま吹き飛ばされるんじゃないかと思っていたが、やがて突進の勢いが収まってくるのを感じた。

――今だッ!

 

「《第1の首は猛毒滴る竜鱗の盾(メナスティル・ヴェノム)》!!」

 

咆哮と共に毒液が放出され、大蛇を浸食する。突進の時点で減少した毒耐性は60%削った。大抵なら【猛毒】に陥っているはずだけど……。

見た目感じあまり効いていないみたい。《看破》持ってないからわからないけど、多分削ってる量はたいして問題は無いようだ。

 

『にゃろぅ……毒が全然聞いてねぇみたいなツラしてやがる』

 

「レイさん!」

 

苦虫を噛み潰したようなヒドラの声と共に、オードリーが下降して、その背からルークが声をかける。

 

「ルーク、どうした?」

 

「あのモンスターの背を見てみたのですが、植物型のモンスターが何匹か生息しているのを発見しました。さっき針も、それを飛ばすタイプのモンスターからです」

 

なるほど。さっきの針攻撃はその植物モンスターによるものだったのか。

1匹に見えていたけど、その背には何匹もの植物型モンスターが苗床にしているらしい。

 

「あれには少なくとも、状態異常兼遠距離攻撃、迎撃、バフ3種類が生息しています。道中に見た奴らと同じ奴です」

 

「オナモミのように人や動物にタネをくっつけて遠くに生息する植物のようなものか。チャンスがあれば1撃叩き込められれば勝てる見込みはあるが……」

 

何か策は無いか考えを巡らせる。

 

ミィさんの火力で焼き払う――却下。下手したら〈レ―ヴ果樹園〉そのものが〈ノズ森林〉の二の舞になる。

【魅了】によるテイム――却下。巨大ボスにはあまり通じるとは思えないし、純竜相手には効かないと断言している。

レイさんの《復讐するは我にあり(ヴェンジェンス・イズ・マイン)》を叩き込む――困難。あの動きに加えて植物モンスターの迎撃があるとなると近付くだけでも困難だ。

 

せめて、動きさえ止められれば何とかレイさんの攻撃を叩き込められそうなんだけど……。

 

『メイプル、1つ良いか?』

 

「今度は何?」

 

『確かお前、さっき麻痺毒持ってたよな?』

 

麻痺毒?

ああ、それならウツボカズラ型のモンスターが落としたのを拾ったけど……。

 

「それがどうしたの?」

 

『とりあえず解析率は70%といった所だが、読める部分を自分なりに理解してみた。で、装填するところに毒を入れた瓶を入れることは分かった』

 

「瓶っていうと……これ?」

 

取り出した毒入りの瓶にヒドラは「それだ!」と興奮したように言い放つ。

そこまで言われて、私もなんとなくあのスキルが分かった気がする。

 

「レイさん、何分か時間を稼いでください!」

 

「任せろ!」

 

私の言葉に応じたレイさんが前に出る。

あの人ももっとダメージを受けて、《復讐するは》のダメージ合計値を加算しておきたいのだろうけど、だからといって私もぼさっとしてる訳にはいかない。

毒瓶の中身を、装填してあった瓶へと移し替え――案外移し替えは楽に済むよう設計されていた――、再び盾の中に戻してガゴン、と閉じる。

瞬間、盾から白煙が噴き出す。

 

『解析100%になった!』

 

「本当!?」

 

『説明は後だ!もう一度《第1の首(メナスティル)》をあいつに叩き込め!!』

 

「OK!」

 

なんでかわからない。だけど、なぜか私の中で確信を感じた。

この一撃を叩き込んで、一気に倒せると。

 

 

 

 

「2人とも!」

 

大蛇の前へと前進したレイが、空と陸で応戦していた2人に呼び掛ける。

 

「レイさん、どうかしたんですか?」

 

「メイプルが何かするつもりだ。俺も合計値(ダメージ)を貯めてカウンターを叩き込むから、2人は援護してくれ」

 

どうやら今の突進だけでは倍激にしても足りないと感じたのだろう。

メイプルの作戦で動きが止まれば、《復讐するは我にあり》を叩き込める。幾ら相手が純竜だろうともこれを受ければ致命傷は免れない。仮に倒しきれなくてもミィの追撃で討伐できる。

それにはまずダメージ合計値を更に加算させて確実性をより高める事が必須だ。

しかしそれにはリスクもある。

ネメシスのスキルは基本、「何度でも立ち上がり、自分を傷つけた相手に応報を与える」という強敵打破のスキルを特徴としている。

半面、群れを成して襲い掛かる相手や、模擬戦で戦ったライザーのように強大な一撃を持たない相手との長期戦を苦手としているのだ。

彼らが相手にしている【フォレスト・キングヴァイパー】がただの大蛇であったのなら、【聖騎士(パラディン)】が覚える回復魔法とネメシスの補正による高HPで、長期戦に持ち込んで耐え続けていれば、純竜相手とはいえさほど苦戦する相手でもなかっただろう。

しかしその【フォレスト・キングヴァイパー】は背中に生やした植物モンスターで、一種の要塞と化している。

 

「分かりました。背中のモンスターの相手は僕たちに任せてください」

 

それでもレイの言葉を信じ、ルークがオードリーを駆り火炎放射で大蛇の背中をあぶる。

フランクリンのゲームとは異なり、燃え広がらないよう加減はしているとはいえ、背中の植物モンスターが悲鳴を上げるかのように悶えて、次々と灰になって消滅していく。

 

「んじゃ、私も行ってこようかしら」

 

炎羅も屈伸をした後、地面を少し抉るほどの脚力で駆けだす。

その先はまっすぐ【フォレスト・キングヴァイパー】を――目指さなかった。

彼女の先には【フォレスト・キングヴァイパー】突進する【三重衝角亜竜】のマリリンだ。

 

「VAMO!?」

 

「ごめんね、背中借りるよ」

 

マリリンの背に乗ってぐっと身を屈めて、脚にありったけの力を込めて、押さえから解放されたばねのように跳躍する。

綺麗な放物線を描き、着地先は【フォレスト・キングヴァイパー】の背中にすたりと着地する。

着地と同時に出迎えたのは、ウツボカズラ型、ハエトリソウ型、テッポウユリ型のモンスターが一斉に炎羅を取り囲む。

毒液、噛みつき、針飛ばし多種多様な攻撃が襲い掛かる。

 

「あら、熱烈な歓迎ね」

 

「オードリー、バビ!」

 

「KIEEEEEEE!!」

 

「《リトルフレア》!」

 

一斉攻撃を、炎羅を巻き込みながら怪鳥の吐く灼熱と淫魔の小さな火球がはじき返す。

これだけの炎、普通の〈マスター〉ならデスペナになってもおかしくないだろう。

普通なら。

 

「ハッハー!良い炎使ってるじゃない2人ともぉ!!」

 

炎羅は炎の熱量を糧に、強化されていく。当然ルークもフランクリンのゲームで炎羅の力を見ていたので、この戦術は織り込み済みだ。

植物モンスターの一斉攻撃の直後、手足のみをガーディアン形態にして、灼熱を宿した鋭利な鉤爪で茎を切り落とし、ハエトリソウの口を受け止めると同時に灼熱で焼き払う。

 

「ほらほらまだまだぁ!」

 

その後も次々と襲い来る植物を焼き払う。

まるで舞い踊るように、焼き尽くされた植物が、舞い散る火の粉が舞い踊る彼女を更に美しく引き立てる。

 

『GASHAAAAAAAA!!!!!』

 

背中の植物が焼き尽くされたことで大蛇が暴れだし、炎羅を振り払う。

そして背中からブスブスと黒煙を上げながら、ギラリと目を輝かせて正面にいる敵を見据える。

そして全身の筋肉を極限まで縮め、ばねの如く前方へと飛ぶ、先程以上の突進を繰り出した。

 

『来るぞレイ、分かっているな?』

 

「応!」

 

「『《カウンターアブソープション》!!』」

 

再びの突進に合わせて、バリアが展開される。

これは先程と同じような展開だが、そうはいかない。

 

(攻撃に対して並行に展開するんじゃなくて、こちら側を坂道のようにすこし傾けて――)

 

バリアに阻まれた体当たりはその角度から軌道を変えられ、レイの奥で既に準備を終えて構え、死毒海域を展開していたメイプルの上へと落下する。

 

『やるぞ、メイプル!』

 

「うん。一か八かだけど……」

 

『ぼさっとすんなよ!下顎に潜り込め!』

 

落下してなお標的をレイからメイプルに変え、丸呑みにしてやろうと大口を開く。

その攻撃をヒドラの指示の元回避し、下顎に潜って体当たりを防ぐ。

そう、防いだのだ。

 

「『《第1の首は猛毒滴る竜鱗の盾》!!』」

 

再び放たれる、毒液のカウンターが、鱗に覆われていない腹部へと叩き込む。

巨大な地響きと共に巨体が地面に打ち付けられる。

7人が煙の先の大蛇の容態を見やるが、直後に土煙を突き抜け、巨体が起き上がる。その顔は先程と同じく、「何かしたのか?」とでも言わんばかりだ。

ルークとミィ、炎羅が大蛇を見て迎撃を仕掛けようとした時、大蛇に変化が起きた。

巨体が痙攣を起こし、金縛りに遭ったかのように硬直し、再び地響きを上げて倒れ伏す。

 

「こ、これは……?」

 

【フォレスト・キングヴァイパー】の近くまで飛行し、オードリーから降りたルークはオードリーとマリリンと共に【フォレスト・キングヴァイパー】の様子を見る。

目は見開き、森の一部を抉り飲み込まんとした巨大な口をわずかに震わせているが、それでも今すぐ襲い掛かる様子は無い。

 

「これは……【麻痺】?」

 

「凄い……。あ、でもこれって死毒海域の影響なの?」

 

『まあな。肉体が溶けるとかより影響力に関係するから、前に残ってた分も合わさって影響が出たんだろう』

 

「と、言いますと?」

 

『要は俺の能力は毒の影響を強めて、肉体的には影響を及ぼさない。ほら、【麻痺】が消える前にとっととトドメ刺しちまえよ』

 

「っと、すまんすまん」

 

『こんなオチになってしまうとは、どうも釈然としないのう』

 

ネメシスのぼやきにレイは心底同意する。無抵抗の相手に攻撃するというのは本当に釈然としないだろうが、戦いは戦い。

せめて動けない大蛇に一言「ごめんな」と謝罪した後に《復讐するは我にあり》を叩き込み、レイ、メイプル、ルークの初の純竜との戦闘は、呆気ない最後と共に幕を閉じたのであった。

 

 

 

 

アルター王国〈旧レーヴ果樹園〉【城塞盾士】メイプル・アーキマン

 

 

【フォレスト・キングヴァイパー】を討伐した後、アイテムを回収する私達。

【フォレスト・キングヴァイパー】がドロップした【純竜森蛇の宝櫃】は、ミィさんから残したほうが良いとして、オープンさせずに回収した。

で、ここからが本題。

 

「で、今のはなんだったんだ?」

 

「待ってください。今スキルを……」

 

いかにも釈然としない顔のレイさんに促され、急いでウィンドウの〈エンブリオ〉の項目を開く。

 

 

 

第2の首は幾万もの毒袋(ディオセウス・オルガーナ)

 

アームズ形態にアタッチメントが追加される。

毒液、毒が混入された液体を入れた瓶を装填することで、このスキルと《死毒海域》、必殺スキルを除いたすべてのアクティブスキルを装填した毒の種類に応じて状態異常を変化させる。

短剣は納刀時、トリガーを引くことで刀身に毒を纏わせる事が可能。盾はスキル1回、短刀は10回攻撃を当てるかスキルを使用する、納刀時にトリガーを引き続けることで効果が切れる。

パッシブスキル。

 

 

なるほど。つまりはこれに装填された【麻痺】を伴う毒液を装填したから《第1の首は猛毒滴る竜鱗の盾》が【猛毒】から【麻痺】に変わって、【フォレスト・キングヴァイパー】が倒れちゃったんだ。

病毒系状態異常の耐性を下げられていたから、【麻痺】も大ダメージを受けたということだね。

……あ。

 

「そっか、これなら毒の性能を熟知していれば、ゾンビ相手にもある程度戦えるって事だよね?」

 

「ああ。【毒術師】を選んで正解だったな」

 

ヒドラの言葉に私もうんうんと自分の事なのに頷く。

病毒系状態異常にかかり辛くなる《病毒耐性》。

パーティメンバーが有毒モンスターを討伐すると、有毒アイテムをドロップしやすくなる《毒物摘出》。

毒を生成する《毒物錬成》や、おなじみ《鑑定眼》の他にも有益なスキルがあって、これに就く前と後で印象ががらりと変わった。物騒なジョブとか言ってごめんね?

ゾンビ相手なら溶解液系に変えればどうにかなりそう。ゴーレムやスピリットは……まあ、それは後で考えておこう。

 

 

 

 

あの後、私達は王都へと一直線に帰還。

クエストを受けたミィさんが〈旧レーヴ果樹園〉での出来事を報告し、その証拠の【純竜森蛇の宝櫃】を見せてクエスト完了。

あの昆虫型モンスターの大群は、巨大な脅威が消え去った後はまた森の奥に潜むことになるかもしれないが、これからは定期的に【偵察隊(リコノイター)】に就いているティアンが偵察に行くことになるとのこと。

クエスト報酬を貰った後、私は【純竜森蛇の宝櫃】をオープンする。

 

 

【【射針百合の銃器器官】を手に入れました】

【【噛潰植物の鋭牙】を手に入れました】

【【瓶液靭蔓の複合毒液】を手に入れました】

【【純竜森蛇の蛇皮】を手に入れました】

 

 

「4つとも素材アイテムか。4つとも売って、均等分配とするか?」

 

流石純竜ボスクラス。どれもこれも見たことないアイテムばかりだ。

素材だけなら売っても構わない。レイさんもルークもミィさんの提案に同意するようにうなずく。

けど……。

 

「……あの、私はこれを貰っていいかな?賞金は3人より少なくていいから」

 

私が真っ先に手を伸ばしたのは【瓶液靭蔓の複合毒液】という、2リットルペットボトルの形をした入れ物に入った毒液。それを聞いたみんなは当然素っ頓狂な声を上げた。

確かに他のもかなり魅力的だけど、私が思う報酬は、これだと直感したからだ。

 

「そういえば、受付が不思議がっていたな」

 

「何が?」

 

「あの【フォレスト・キングヴァイパー】は、真南のレジェンダリアと王国の堺の森に生息していたって。わざわざ北上する理由が見当たらないって言ってたわ」

 

炎羅さんが気になる事を言っていたが、それを考えるのは後にしよう。

それぞれ素材をアイテムボックスに戻し、売却しに行ってくる。

私のほうは3人が帰ってくるまで、アイテムの整理や新たに手に入れた毒液を使った先述の考察などをして待っていようっと。

 

――サリーのほうはどうしてるんだろう……?

 

 





(・大・)<やっと第3形態のスキル解放。

(・大・)<今見返したら1万字はいっていた。

(・大・)<って事でモンスター紹介~。


【フォレスト・キングヴァイパー】

蛇型の純竜級モンスター。
50メートル級の巨体を持ち、背中がコケで覆われており、これが鱗の代わり。
コケは植物モンスターが生成できるほどの栄養を備えており、何種類かの植物モンスターと共生している。これにより毒への耐性も数十パーセントはある。
ステータスはHPが30万、SPが25万、MPが10万、STR、ENDが5万と純竜の名に恥じないステータス。また、日光があればHPMPSPの自動回復スキルを持っている。
必殺の突進は壁役でもない限りは一撃でデスペナ寸前にまで追い込まれる。また、背中の植物モンスターの援護でそう易々と倒れない。
弱点は背中の植物モンスターを全滅させられると突進と丸呑みしかできないこと。宝櫃を入手した場合、背中に生やしたモンスターに由来する武器屋アイテムもまとめてドロップされる。
これでも純竜の中では中の下辺り。


【ベノムネペンテス】

【フォレスト・キングヴァイパー】の取り巻きその1。
バフやデバフ、状態異常を与える毒液を操るウツボカズラ型モンスター。
下級種はそれぞれ1種類しか使えないが、上位種だと最低3種類は毒液を保持している。
どうやって毒液を変えているかは突っ込んではいけない。
ドロップするアイテムは普通はそれぞれ取り分けられてあるが、稀に数種類の毒が混ざった混合毒液が手に入る。


【バレットリリィ】

【フォレスト・キングヴァイパー】の取り巻きその2。
錐状のタネを撃つテッポウユリ型モンスター。
【衰弱】と【麻痺】の状態異常を持つタネを飛ばすので、ティアン及び〈マスター〉共々蛇蠍の如く嫌われている。
レジェンダリアではドロップ素材を使った弩弓は一線級の武器になるらしい。
〈マスター〉曰く、自然界の重機関銃。


【ヴィーナスバイター】

【フォレスト・キングヴァイパー】の取り巻きその3。
近付くものを誰彼構わず噛み砕くハエトリソウ型モンスター。
皆無同然のAGIをMPとSTRに回したようなステータス配分。
魔力を口の中に溜めて魔法を噛み砕く【魔法粉砕】というスキルを持ち、《ファイアボール》等の射出系魔法をバリバリ噛み砕いてしまう。レジェンダリアではこいつがいる廃村は、ちょっとした植物の独裁国家になっている。
上位種は【ハーレム・ヴィーナスバイター】という名称になり、複数のヴィーナスバイターで不用意に近付いた者を貪り尽くす。こんなハーレム作者は絶対に嫌です。
頭(?)の部分は非常に重要な素材で、そこを使った武器は使用者の反応速度次第では、射出される魔法を片っ端から切り刻むなんてマネもできないことじゃない。
ただし原作の【地神】がやったように生き埋めにしたり、氷漬けや呪怨系の類には全く対応できていない。茎の部分が弱点なので、そこを断たれると一撃で消滅する。



(・大・)<感想をお願いします。

(・大・)<しっかし、長かったなぁ。



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〈超級殺し〉と〈墓標迷宮〉。

(;・大・)<初の神造ダンジョン回のはずなんだけど……。


(;・大・)<いろいろやってたら1万字まで行ってしまった……。


 

 

アルター王国〈墓標迷宮〉 【記者(ジャーナリスト)】マリー・アドラー

 

 

さて、こちらは〈墓標迷宮〉前。お弟子さん3人とミザリーさん、そしてサリーちゃんを加えた6人メンバーで参加することとなりました。

サリーちゃんが頼っていたメイプルちゃんは、なんかレイ君達と一緒にミィさんに連れていかれてしまいました。その時の彼女の顔は完全に希望を打ち砕かれて思考が困惑している時の顔をしてました。どんだけ行きたくないんですか。

 

「……帰りたい」

 

肝心のサリーちゃんは今、枯れ木にしがみついたまま意地でも動かないといわんばかりに離れようとしません。

どんだけホラー苦手なんですか。レイ君からの〈墓標迷宮〉の話を聞いた時のネメシスちゃんも大概でしたけど。

 

「大丈夫だって。ここゲームなんだしそんなに怖がる必要なんてないよ!」

 

「ゲームだろうと映画だろうとホラーは嫌!!」

 

説得してもこのザマですよ。

なんでこの子【許可証】を手に入れちゃったんですか。

 

「仕方ありませんね。イオちゃん、バカ力で無理矢理引っぺがしちゃってください」

 

「おっけー!ほぅら来いー!」

 

「いやああああああー!!!」

 

がっちりと右足と右腕を掴み、無理矢理枯れ木から引っぺがされました。

はいはい、悪あがきもそこまでにして、とっとと入りましょう。

 

「いーーーーやーーーーーだーーーーーー!!!!!」

 

嫌がるサリーちゃんを連れて、いよいよダンジョン探索開始です。

 

 

 

さて、この王国最大の神造ダンジョン〈墓標迷宮〉。

ここに足を踏み入れるには、所持者の名前を記入した【許可証】のほかに、王国所属であることが必須条件とされています。そうそう、王国所属でジョブが【聖騎士(パラディン)】か【協会騎士(テンプルナイト)】であることに限って前者は省略されます。あのクマは戦闘スタイル上知らなかったようですが。

私は今まで無所属だったのですが、最近王国に腰を据えることにしました。取材の為にもね。

いえね、普段からこう所属を変えられませんよ?

最も楽な方法は亡命イベントや先のドライフのように兵士募集に乗るか、長くて面倒だけれど重要な審査と手続きを受けるか、その国の有力な貴族から推薦を貰うかってところですかね?思いつくのはそんなあたりです。

あの女の場合は……推薦や審査は通らないでしょうね。誰も自分から爆破寸前の爆弾を抱えたくないのは良く分かります。

ちなみに私はギデオン伯爵からの推薦です。

 

 

 

 

入って早々目に入ったのは、墓地の地下とは思えないほど整備された地下通路でした。

肩幅の広い人が10人くらい横並びになっても余裕のある通路。多少の戦闘を、運営が想定されているのかもしれませんね。

 

「墓標、という割には意外と整っているんですね」

 

どうやらミザリーさんは初見だったらしいですね。お弟子さんも同じようなリアクションをしています。

フィールドや自然ダンジョンとは異なり、自動でモンスターがリポップし、ダンジョンの外には出ないといういかにもゲームみたいな場所です。

先の戦争も皇国がこのダンジョンを目当てというのも含まれています。それほどの労力を要さない〈墓標迷宮〉は、他国からすれば無限に湧き出る宝物庫を抱えているようなものです。

この迷宮は5階層ごとに出現するモンスターの種類が異なり、地下1階から5階まではアンデッド系の住処です。

因みにあの脳筋、フィガロは普段から闘技場かここにいますからね。攻略サイトにも載ってない階層まで。マラソン感覚で。

 

「しっかりしてください。きっとモンスターもホラーが苦手な人でも対応できるような姿をしています」

 

「そ、そう……?――そっか、よし!そうとなれば一応大丈夫かもしれない!」

 

まだ足ガタガタですけどね。

おっとそうでした。

 

「一応ボクの今のジョブ【記者】の《ペンは剣より強し》は、パーティメンバーの経験値を増やす代わりにボク自身戦闘ができません」

 

「はぁ!?それって一番頼れる人が一時的に役立たずになるって事!?」

 

「一番の役立たずは貴女じゃないんですか」

 

ふじのんさんの鋭い指摘ですね。

 

「そんなことより、もう来てますよ」

 

「え?」

 

ほら、ぞろぞろやってきましたよ。

ホラーゲームなんてなんのそのってレベルのリアルすぎるゾンビ――【ウーンド・ゾンビ】の群れが。

 

「……ッ!?」

 

「おぉ~!ねぇねぇリアルすぎるゾンビたちだよ!あれって噛まれたらこっちまでゾンビになっちゃうのかな?ふじのん試して――あでッ?!」

 

「馬鹿言ってないで戦闘準備」

 

グロテスクなゾンビを前にしても怯まず、お弟子さんたちは準備万端です。

私は【記者】として傍で見守っていましょうか。

 

「よーっし!行くよゴリン――」

 

 

 

――ガツッ!!

 

 

 

「……あれ?」

 

――問題です。

この〈墓標迷宮〉の通路の幅は約3メートルちょい。

イオちゃんの〈エンブリオ〉、【武装転輪ゴリン】の基本形態、モード「断砕」は5メートル強。

この状況で五輪を展開した場合、どうなるのでしょうか?

 

「ちょっ、まっ、つっかえた!?」

 

「なにやってんですか!?」

 

正解はこちら。

イオちゃんが目の前のゾンビどもを粉砕してやろうとゴリンを展開したところ、ものの見事につっかえて使い物にならなくなりました。

慌てる私達を他所にゾンビは奥からぞろぞろと湧いて出てきます。

 

「ふじのーん!魔法はー!?」

 

「今準備中です。けど、この数は……!」

 

アルマゲストを装備して魔法を《詠唱》を飛ばしてスキルを発動するふじのんさん。

霞ちゃんは【バルーンゴーレム】のバルルンを召喚していますがまだ時間がかかりそうです。

 

「サリーちゃん、突っ立ってないで応戦してください!」

 

「……」

 

「あれ?サリーちゃん?」

 

さっきから微動だにしないサリーちゃん。

あれだけホラーに耐性が無いと騒いでいたのに、ゾンビを前にした途端水面を打ったように静まり返っています。

不審に思った私が彼女の顔を覗き込んで、その理由がわかりました。

 

「……」

 

「きっ、気絶!?」

 

この子、立ったまま気絶してました。ご丁寧に【気絶】、【恐怖】がパラメータに表示されています。

いや、器用すぎやしませんか?DEX極振りですかこの子?

なんて言ってる場合ではありません。迫るゾンビに半ばパニックを起こしていて戦線が崩壊しかけています。ここはひとまずジョブを【記者】から【絶影】に変え、あのゾンビどもを殲滅するほかありません。出し惜しみしてたら折角のお弟子さん達がなすすべなくデスペナになってしまうでしょう。

すぐに判断した私は、ポーチからジョブを変更する【ジョブクリスタル】を取り出して――。

 

「《イノセントヴェール》!」

 

【ジョブクリスタル】を使う直前、光の幕が展開されました。

迫っていたアンデッドの群れは光の幕に怯えるかのようにその歩みを止めます。

確かこれは【司教(ビショップ)】の奥義の一つ……。

 

「イオ、貴女の〈エンブリオ〉でこの場で取り回せるものはありますか?」

 

「へ?あ、モード爆砕なら使えます!」

 

「霞ちゃん、召喚準備は?」

 

「か、完了して、ます!」

 

「ふじのんはそのまま魔法を発動してアンデッドの足止め、霞ちゃんは魔法の範囲外にいるアンデッドをお願いします。イオさんは爆砕で目の前のゾンビを粉砕してください。なるべく多く、1体でも倒して!」

 

ビシバシと的確にお弟子さんたちに指示を出したのは、【司教】ミザリーさんです。

VR系に限らず、MMOの類での回復役(ヒーラー)は、単に回復だけではありません。パーティやレイドの全体を見て、個々のステータスを管理したり、指示を飛ばしたりなど指揮系統のプレイヤースキルを求められます。因みに【指揮官(コマンダー)】系統のジョブはパーティメンバーの強化やパーティ上限を増やすことに特化していて、こういうスキルとは関係はありません。

そういった点では《円卓決議会》で一部隊を任せていたので、それで鍛え上げられた賜物でしょう。

そんなことを言っている間にふじのんちゃんの魔法が発動。石畳の通路が突然泥のように柔らかくなり、アンデッドの脚を捉えて動きを制限します。

 

「おぅら、吹っ飛べ!!」

 

直後、バズーカとなったゴリンが火を噴きます。

密閉された空間で爆発が巻き起こり、耳をつんざく轟音と共に爆煙が私達までも覆い隠します。

 

「サリーちゃん、早く起きてください!戦闘ですよ!」

 

バシバシと叩きながらサリーちゃんを起こそうとします。けど、マネキンになったかのように全然起きてくれません。

 

「UGAAAA!!」

 

と、イオちゃんが討ち洩らしたアンデッドの1体がこちらに迫ってきてました。

《イノセントヴェール》の中にいるとはいえ、後衛3人ではこれからの攻略に支障が出てしまいす。

 

「不味いですよ。一旦退却しますか?」

 

「……確かに有利とは言いかねますね。3人とも、撤退の用意を――」

 

ダンジョンに向かないアームズ、後衛3人を含めたパーティ。ホラー耐性皆無の役立たずに置物の私。

〈墓標迷宮〉攻略に向かない6人で、これではまともに進めません。

レイさんの《聖別の銀光》なら、5階まであっさり踏破できるはずですが……生憎彼はミィのクエストと同行している最中です。

ミザリーが撤退を指示しようとして――ふいにすべてのアンデッドが切り裂かれて消滅しました。

 

「……え?」

 

「い、今のは……?」

 

イオちゃんたちには何が起きたのかわからなかったでしょう。

けど、私はすぐに誰がやったのかわかりました。

 

「やれやれ。まだ撤退には、早いです、よ?」

 

「……サリー?」

 

さっきまでとはうって変わって、抜刀した【氷結のレイピア】を鞘に納めつつ冷めた目でこちらを見ています。

その雰囲気で、私達は否応なしに理解しました。彼女はサリー・ホワイトリッジではないと。

 

「……あなたは?」

 

「ああ、待って、ください。私、〈マスター〉の〈エンブリオ〉、です」

 

突き出した両手をぶんぶん振って敵対の意思がないことを伝えています。

彼女の言葉を聞くに、どうやら今サリーちゃんは気絶していて、肉体は彼女の〈エンブリオ〉のカーレンが操作しているとのことです。よく見たら確かに【気絶】が消え、【肉体操作権限剥奪】の状態異常が見受けられました。

 

「ともかく、私も、戦線に出られ、ます。探索を、続け、ましょう」

 

「いいねいいね!前衛が増えるのは心強いよ!」

 

「そうですね。イオが役立たずな分戦える前衛がいるのは助かります」

 

「…私も、5階までは行こうかなって……」

 

お弟子さん達はすぐに引き返すつもりは無いようですね。ミザリーのほうを振り向くと彼女も頷いたので、私もお弟子さんたちと同行していくことにします。

……カーレンに敵対の意思はないとは言え、一応最悪の事態に備えて【ジョブクリスタル】は懐に隠していましょう。

 

 

 

 

その後は私の警戒が杞憂にだったと言わんばかりに順調に進み、4階までたどり着きました。

地属性をメインに操るふじのんや召喚術を駆使する霞がアンデッドの動きを封じ込め、サリー……もといカーレンがそこに斬り込んで討伐していきます。私とミザリーを除けば、この中では唯一の上級職。この程度のアンデッドなら一撃で粉砕です。因みにドロップアイテムは碌に売れそうにないので全スルー。

イオちゃんが道中、「もう1回!モード爆砕なら撃てるからもう1回お願い!」と懇願していましたが、「これ以上地下でバズーカをぶっ放すバカがどこにいるんですか」というふじのんちゃんのツッコミと、「これ以上やったら本当に生き埋めになりかねませんよ?」というミザリーの指摘に論破されてしまいました。

そういやレイさん、〈ゴゥズメイズ山賊団〉のアジトで《煉獄火炎》ぶっ放したそうですが、あれはセーフだったんでしょうか?

 

「ところでサリー……ああいや、カーレン、ちゃん?で良いのでしょうか?」

 

「今は、カーレン、です」

 

「下に降りる度に何か飲んでるのですが、それ何ですか?」

 

私が質問してきたのは、飲み干したばかりの小さなポーションです。

手持ち無沙汰とはいえ、漫画のタネを探す観察眼は結構あるほうだと自覚しているんですけどね。

 

「これは、【MP持続回復、ポーション】、です。メイプル様が、作ってくれました」

 

ひょっとしてその憑依スキル、MPを消費するのでしょうか?

大闘牛士(グレイト・マタドール)】は基本MP補正皆無です。それを飲んでMPを持続回復しつつ、スキルの時間を延ばしていったのですね。

そういや【ホーンテッド・スピリット】にはかなり距離を取っていたり、速攻で潰していたりしていたのですが、それも原因でしょうか。だってあれMP吸い取る攻撃しかしてきませんし。

閑話休題。

 

 

 

その後も大したアクシデントは発生することなく、ボスの前へと到達しました。

カーレンも、ボス討伐までは行けそうです。

 

「それではバフを掛けますね。《純血の加護》」

 

ミザリーさんが早速杖を掲げます。

すると赤い液体の入ったボトルの一つが吸い込まれるようにその中身を減らしていきます。反して杖の先端から赤い水がスプリンクラーのようにお弟子さん達とカーレンに降り注ぎました。

これがミザリーの〈エンブリオ〉、【鉄血聖杖ディンドラン】の能力です。自分の血をコストに用いることで、バフの時間延長や範囲拡大にも使えるのはフランクリンのゲームで知っていましたが、単体でもこのようなバフスキルがあるとは。

バフによってステータスを強化した後、ボスの部屋に突入しました。

遮蔽物も何もないだだっ広い部屋の中、1体のモンスターが6階への通路を阻んでいるかのように立っています。

体長は10メートル以上。スケルトンのように骨だけの細い身体。けれど今までの【シビル・スケルトン】とは異なり3対の腕……もとい鋭い刃状に加工された骨、頭部には頭蓋骨の代わりに脊髄のように連結された骨が蛇のようにうねって、こちらを睨むかのように、先端にも付いている刃がゆらゆら切っ先を揺らしています。

これが〈墓標迷宮〉最初のボス。【スカルレス・セブンハンド・カットラス】です。

 

「これを倒せば5階はクリアです」

 

「それじゃあ今度はあたしも行くよー!」

 

ボスまでほぼ役に立たなかったイオちゃんがゴリンを担いで前線に出てきます。

前に出て6本の刃からなる斬撃のラッシュが繰り広げられます。その攻撃に対して、カーレンは跳び越えたり身を屈めたりして回避し、イオちゃんは攻撃をゴリンで受け止めます。

 

「…《召喚》、バルルン。《多重召喚》、ボムムン……!」

 

壁モンスターを召喚して自分とふじのんちゃんの防御を確立させた後に召喚した爆発モンスター、【エクスプロージョン・エレメンタル】で援護をしてみますが、ボスは頭部の刃をしならせ、ボスに届く前に切り裂かれて爆発してしまいました。

カーレンが刃を掻い潜り、レイピアの攻撃を叩き込みますが、そうダメージは多くありません。イオちゃんはカーレンほど動きは機敏じゃありませんので6本の刃に苦戦しています。

 

「問題は首の刃物ですね」

 

不規則にうねるそれは蛇が狙いを定めて鎌首をもたげるようです。しかも振るわれる速度は高速。迂闊に手を出せば真っ二つは確定的でしょう。

一応彼女らは【救命のブローチ】を持っていますし、いざとなれば私が手を出しますが、そんな状況になってしまっては育てる側からすれば元も子もありません。

 

「カーレン、前!」

 

跳びあがったカーレンを待ってましたと言わんばかりに頭の刃をカーレン目掛け高速の突きを繰り出しました。

空中での高速攻撃は余程の手練れでなければ回避は難しいでしょう。上級の【大闘牛士】でも空中回避は想定されていないはずです。

 

「……ッ!!」

 

確実に直撃するであろう攻撃を、カーレンはレイピアを右から左に持ち替え、反時計回りに身体を捻りました。

直後に高速で迫る頭部の刃がレイピアを削り、揺れる髪の一部を一房千切り、地面を突き刺しました。あれを避けますか。

 

「見事ですねー」

 

「けど、決定打は、まだです。強い一撃を、お願いします」

 

「ならば私が動きを止めましょう」

 

決定打を与えられない実情に霞さんが召喚したバルルンの後ろで、ふじのんさんが己の〈エンブリオ〉、アルマゲストを掲げます。

 

「《星写し(スタースプリンター)》三重展開」

 

宣言の直後に彼女の足元に、合計4つの魔法陣が一つの惑星と、それの周囲を回る3つの衛星のように展開されました。

展開した直後、ふじのんが《詠唱》に入りました。

 

「――我が声に応じ、その威を広げよ

 ――汝が腕は地上の何者をも包む

 ――来たれ、我が魔導」

 

詠唱でした。それもRPGとかで30年前から使われてるマジもんの詠唱でした。

加えて説明すると、《詠唱》というスキルは基本MPの加算による威力上昇や範囲拡大を主としており、別にふじのんさんのように呪文を唱える必要はありません。

早い話、《詠唱》が完了するまでの空白は無言だろうと《詠唱》に分類されるスキルの宣言でも、素数やアルファベットの並びだろうと構いません。

 

そんな説明の間に地面が盛り上がり、巨大な腕が骸骨の、その骨体を握り潰さんと襲い掛かります。

地属性下級拘束魔法《グランド・ホールダー》。本来ならこの程度の魔法で拘束されるとは思えません。

1つだけなら。

 

起動(クリック)、起動、起動」

 

次々と3つの衛星魔法陣が弾け、本来の魔法の他に複製されたものも含めた8本の腕が羽交い絞めにせんと伸ばしてきます。

【スカルレス・セブンハンド・カットラス】も腕に対して反撃に出ました。半数が斬り崩されましたが、残る4本に抑えつけられます。

 

「イオ」

 

「おっしゃー!」

 

拘束された直後、跳び上がったイオちゃんがゴリンを大きく振りかぶらせます。

その大斧がその姿を変え、斧からトゲ付き鉄球へと変化しました。

 

「今まで暴れられなかった分と思うように戦えなかった分と地下だからってバズーカぶっ放せなかった不満とその他諸々も含めて!おんどるぅぃやあああああぁぁぁぁぁ!!!」

 

巨大モーニングスターが頭部を直撃し、そのまま全身骨格を砕き、地面をも穿ちました。フランクリン製のモンスターを叩き潰すレベルです。骨体ではひとたまりもないでしょう。

骨体は見事なまでに粉砕され、辺りに破片を転がして消滅。同時に正面の門が開きました。

 

「よっしゃー!撃破!」

 

「お疲れさまでした」

 

「これで、終わり、ですか?」

 

「ええ、とりあえずは」

 

「そうですか。それは……よかっ――」

 

一息吐いたカーレンが突然糸が切れたように倒れ伏します。

お弟子さん達が何事かと戸惑っていると、不意にサリーさんが突如顔を上げます。

 

「――!みんな、ダンジョンはどうなったの?」

 

「あ、戻りましたね。もう終わりましたよ」

 

どうやらMP切れを起こして今の今まで気絶していたサリーちゃんの意識が表に出たようです。

すっかり【肉体操作権限剥奪】の状態異常も消えています。

 

「お、終わった?」

 

「ええ、カーレンが頑張ってくれたので」

 

「あぁそっか。なんかごめんね、私だけ散々足引っ張っちゃって」

 

「ふふん、この借りは身体で返してもらおうかな?――あでしッ!」

 

「馬鹿言ってないで帰りましょう」

 

「…それじゃ、お先に……失礼します……」

 

まずお弟子さん達が【ジェム】を使い入り口へと転送されます。

残ったのは私とミザリー、サリーちゃんのみとなりました。

 

「どうします?今度は3人で潜ってみますか?」

 

「……いや、いい。ここだと本当に私足手まといになるから」

 

「いえいえ、アンデッド層はここまで。次からは別のモンスターの根城になりますよ」

 

私からのアドバイスもとい攻略サイトの情報を提示した途端、サリーさんは一瞬後ろ髪を引かれている顔をして奥へと続く扉へと振り向きます。そして散々唸った後、バン、と床を叩いて立ち上がりました。

 

「よし!帰ろう!正直私のSAN値もガリガリ削られまくったし!」

 

「そうですね。次の攻略はまた日を改めましょうか」

 

「お二人がそこまで言うならボクも止めませんよ。【ジェム】があれば6階からスタートですからね」

 

二人も〈墓標迷宮〉の攻略を切り上げることを決定し、3人分の【ジェム】を起動して入り口へと戻っていきます。

その後、入り口の雰囲気にいたたまれなくなってしまったサリーちゃんがあらぬ方向へ逃走していくのを私が必死に抑える追走劇がありましたが。

 

 

 

 

アルター王国 王都アルテア中央広場。

 

 

〈墓標迷宮〉の探索の後、〈旧レ―ヴ果樹園〉でのモンスター調査に当たっていた3人のメイデン&アポストル使いとルークと合流したサリー達。

突然ミィに引っ張られて〈墓標迷宮〉の探索をすっぽかしてしまったメイプルは、食って掛かるサリーを宥めるのに必死だった。それでもやっと落ち着いた後、お互いの近況を報告する。

 

メイプルはヒドラの第3形態のスキルが完全に把握できたこと。

 

サリーはカーレンのおかげで〈墓標迷宮〉まで到達できたこと。また機会があれば6層以降からチャレンジしたいとのこと。

 

「それじゃあ帰りましょうか」

 

いつの間にか会話を弾ませていた。このままではだれも止められなくなるのではないかとレイが思い始めた時、マリーのその一言で二人とも我に返る。

一言謝罪を入れつつギデオンへと帰ろうとした。勿論行きと同じくオードリーとバルルンの空の旅だ。

 

「メイプル、置いてくよー?」

 

「ああ、待って」

 

街並みを見回しながら、いつの間にか歩みを遅めていたメイプルが急いで一行へと走る。

 

 

――ドンッ!

 

 

「わたっ!?」

 

と、不意に誰かとぶつかってしまい、尻もちを付いてしまった。

 

「大丈夫ですか?」

 

「ああ、ありが――」

 

「――!」

 

不意に顔を上げた途端、メイプルは息を呑み、ヒドラも足を止める。

相手はなんてことはない、眼鏡を掛け、巨大な盾を獲物にしている女性〈マスター〉だ。

 

「――おい、何やってんだ!!」

 

振り返ったヒドラが女性に怒声を上げながらメイプルの元へと駆け寄る。そのまま女性との間に割り込み、メイプルを護るように身構える。

いきなりの行動に全員ギョッとメイプルのほうを振り返ったが、やがてサリーがメイプルの異変に気付いて彼女の元へ駆け寄る。

 

「メイプル、大丈夫?」

 

サリーが彼女に駆け寄るも、メイプル自身は彼女に全く気付いていない。

一方のメイプルはガタガタと震えだし、遠目から見ても異常と言えるほどに脂汗を流す。目を見開き、過呼吸を激しく繰り返し、明らかに普通じゃない。

 

「メイプル、しっかりして!どうしたの!?」

 

「あの、どうしたんですか?」

 

「どうしたもこうしたもあるか!!コイツは――」

 

 

 

――シュン。

 

 

 

ヒドラが言い切る前に、メイプルが世界から消失した。同時にヒドラもその姿が忽然と消失する。

 

「……え?」

 

「メイプル!ヒドラ!?」

 

突然の消失にレイがメイプルのいた場所に駆け寄る。

彼女がいた場所を見渡すが、落ちているアイテムはどこにも無い。デスペナの類ではないことは判断できたが、そうでないとしたら何が……?

 

「――強制ログアウト」

 

沈黙の中、ルークが呟く。

確か〈Infinite Dendrogram〉の専用ハードは心身の異常によって強制的にログアウトされる機能が付いている。

つまり、メイプルの消失はトラウマによる強制ログアウト――。

 

「私、様子見てくる!3日は空けるから後宜しく!」

 

「待って下さい!何が――」

 

サリーが急いで開いたウィンドウを操作し、ログアウトしていった。

状況に取り残されていた女性〈マスタ―〉が、慌てて呼び止めようとするがその前にサリーはこの世界から焼失した。

 

 

 

 

現実。本条家。

 

 

「楓!」

 

ログアウトした後、理沙は脇目も振らず楓の家へと走って行き、彼女の部屋の扉を開ける。

 

「あ……あぁ……!」

 

そこにいたのは、ベッドの上で強制ログアウト寸前と遜色ないまま過呼吸を繰り返す楓だった。

恐怖に駆られ、不安に潰され、トラウマに苛まれ――今にも爆発しそうな恐怖心が楓の中で暴れまわっている。

 

「落ち着いて、楓……!」

 

「り……理沙……?どこ?どこなの……?」

 

まるで視界が機能していないかのように振るえる体を精一杯に動かして親友の姿を探す。

その姿に理沙の脳裏には、あの時の光景がフラッシュバックされる。自分の過失で彼女に自分の死を脳裏に焼き付けてしまい、拭いきれないトラウマを与えてしまった後悔が。その光景を刻ませた所為で楓を壊してしまった事を知った日が。

不意に思い出した光景に一瞬胸を締め付けられ、まるで鎖に縛られたような感覚に襲われる理沙だったが、それらを振り払わんと楓に抱き着いた。

 

「……ッ!」

 

「大丈夫。私はここだよ。ここにいるよ」

 

優しく背中を撫で、宥めるように囁く。

あの時とは違う、知らずに立ち尽くしていた自分ではない。

 

「ぁ……はぁ……はぁ……」

 

親友の手が、声が、体温が楓の不安を取り除いていく。

 

「り……さ……」

 

「大丈夫だよ。私がいるから……」

 

不安が消え去るまで、理沙は楓を抱きしめる。

やがて呼吸が、脂汗が治まって……弱々しい手で抱き返す。

 

「ありがと……ごめんね……」

 

機械のようにその2つの言葉をか細い繰り返す。

何が起きたのか問い質す気は無い。ただ一言、楓を落ち着かせる言葉があればいい。

 

「ううん。謝る必要なんてないよ」

 





(・大・)<次回、いよいよUBM討伐編開始。

(・大・)<残る決闘話は追々書けたらと思ってます。


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極振り防御とUBM。
極振り防御とUBM。みつけたい。


(・大・)<多分今年最後のデンドロ二次の投稿。




 

 

 

アルター王国 決闘都市ギデオン・冒険者ギルド 【城塞盾士】メイプル・アーキマン

 

 

 

「…何、だと……!?」

 

ギルド内のカフェスペースの一角のテーブルで私達の話を聞いたクロムさんが、驚愕のあまり硬直する。

 

「お、お前ら本気か……?」

 

肘を杖代わりに、何とか上体を起こしているクロムさんが大声を張り上げた原因は分かっている。私が昨日、理沙と――サリーに宥められてからの話し合いで決めたことだ。

 

「古より続く伝説の力を求めるか」

 

「……古代伝説級〈UBM〉に挑む、って事で合ってるね?うん。そのつもり」

 

「うん。そのつもり――じゃあないよ!!本格的に頭のネジがぶっ飛んじゃったんじゃないの!?」

 

クロムさんの隣で、平静を装いながらもいかにも絶句してますよ的な顔をしているジュリエットの独自の言葉を解読しながら肯定。そこにチェルシーが激しいツッコミを入れてきた。

この〈Infinite Dendorogram〉に1体しか存在しない空前絶後のボスモンスター、〈UBM(ユニーク・ボス・モンスター)〉の攻略。

挑むのはランクの中でも上から3番目、古代伝説級のUBMに、だ。

 

「メイプル、お前は5日くらい前まで下級の【盾士】だったんだ。それが古代伝説級に、サリーと一緒に挑むなんて正気の沙汰じゃないぞ?」

 

「古の力は〈超級(スペリオル)〉すらその手を煩わせる。枷を外した6人の同志とて、討ち倒すは至難」

 

「古代伝説級から倒せるのかどうかわからないレベルになってきてるのよ?あたしらも、この前のドラグメイルはシオン共々で苦戦したんだけどさ」

 

「ああ、確か鎧竜王ってのは子連れのドラゴンだよね」

 

「で、外竜王がそのシオンって人がMVPになったと」

 

現実の時間で昨日、私とサリーは大事を取ってあれからログインしなかった。

その間にギデオンはちょっとしたテロ――もとい、UBM種族間の争いが起きていたのをギデオンに到着したマリーさんから聞いたのだった。

メイル・ドラゴンのUBMがアーマード・ドラゴンの住処を奇襲し、護衛と鎧竜王の奥さんを殺したらしく、それがギデオンに場所を移して戦いに発展していった。〈従魔師〉用のモンスターも暴れさせて、9番街はかなり混乱意包まれていたから相当な戦闘だったんだろう。

最終的には……あー、曼殊沙華(まんじゅしゃげ)死音(しおん)…だっけ?その【闇姫(ダーク・プリンセス)】って人が使った奥義と自分の〈エンブリオ〉のスキルのコンボで閉じ込め、結果討伐に至ったのだ。

クロムさんはギデオンにいた〈マスター〉達と一緒にモンスターの鎮圧に勤しんでいたらしい。まあ、ティアンの人の要望もあって、「討伐」じゃなくて「鎮圧」に苦労したらしいけど。

というか、「鎧竜王(がいりゅうおう)」と「外竜王(がいりゅうおう)」って、呼び方が同じで紛らわしくない?

 

「……理由はリベンジか?」

 

クロムさんが察したような声の質問に、私は再度頷いた。

トラウマから復帰した後、私は王都に残ってくれたルークと共にギデオンへと戻り、マリーさんにあの鎧の詳細を聞いてきた。

奴が常に身に着けている鎧は伝説級〈UBM〉の特典武具【撃鉄鎧マグナムコロッサス】という。

かなり素人意見かもしれないけど、つまりは私も特典武具を最低でも1つは手に入れなければならない。

そこで目を付けたのが、マグナムコロッサスよりもランクが1つ上、〈UBM〉全体から見て中位の古代伝説級に挑むことにした。

 

「で、当てはあるの?遭遇自体稀だし」

 

「賞金首リストを見て、ピンと来たのを選んだの。ほらこれ」

 

賞金首リストを広げ私が指したのは《霊峰山亀グランディオス》。古代伝説級のモンスターで一番ピンときた相手だ。

私の狙っている〈UBM〉を見て、更にクロムさんはがっくりと項垂れる。

 

「あのなぁ……そいつの場所は解ってるのか?」

 

「はい。確か〈ノヴェスト峡谷〉です」

 

賞金首のリストにはあの場所から動いていないとのこと。

一番乗りして倒してしまえば手に入れられるかもしれない。

 

「……なぁ、変じゃねぇか?」

 

「どした?」

 

怪訝そうな顔をするクロムさんに毒液入りジュースを飲んでいたヒドラが訊ねる。

 

「あそこはもう生物が住み着くような場所じゃない筈だ。前の戦争の後に見に行ったが、丸ごと消え失せたはずだぞ?」

 

「「「消え失せたぁ!?」」」

 

今度は私とヒドラ、サリーの素っ頓狂な声がギルド内に響いた。

そんな話、私達初耳なんですけど?どんだけ広範囲な殲滅戦したんですか皇国は?全然関係ない場所じゃん。

 

「ああ。といっても、その前のグローリアで生物が住めるような環境じゃなくなったからな。あの時は本当に酷かった……。クレーミルが完全に消えちまって……。なあ、ちょっと見せてくれ」

 

「あ、ああ」

 

「どれ……なるほど。確かにノヴェストにいるみたいだな」

 

ティアンのギルド員が記録したから、多分間違いは無いと思う。

けど、クロムさんが嘘を言っているとは思えない。

 

「……多分だけど、この〈UBM〉は各地をあちこち巡っていて、観測員が見た時にはノヴェストにいたけど、今はもう別の所にいるって事じゃないかな?」

 

つまり、決まった縄張りを持っていないから、観測した場所は偶然って事?

 

「でも、手掛かりがある以上私は行ってみたいと思います」

 

「……無駄骨になるかもしれないぞ?」

 

「それでも、動かないよりはマシかもしれません」

 

「そうそう。それに、1人より2人でしょ?」

 

元々同行する予定だったサリーが椅子から立ち上がる。

そんな彼女に対して異議を唱えるかの如く、ヒドラがサリーを睨んだ。

 

「待てよ。勝手に1人減らすな」

 

「ああ、ごめんごめん。ヒドラも入れて4人ね」

 

「たった4人……正直倒せるかどうかっていうと無理だな。俺でも8人前後で挑んで、そこから乱入した4人でやっとってくらいだ」

 

「逸話級は10人単位がノルマって訳?」

 

そう考えると、私が相手にする古代伝説級は30人……いや、100人でも足りないかもしれない。

クロムさんは更に「古代伝説級は戦闘特化の〈超級〉でも手を焼くレベル」とのこと。いかに自分が無謀かを思い知らされる。

だけど……。

 

「だけど、私はこの〈UBM〉の討伐は止めませんよ」

 

「……そこまで頑固ならもう俺が何言っても無駄だな」

 

そこでついにクロムさんも折れた。

そうと決まれば早速準備しに行かなければ。道具屋へと足を運ぼうとした時、思い出したように私は声を上げた。

 

「早速二人に声をかけておくよ。ノヴェストって西側で合ってるんですよね?」

 

「ああ。西にまっすぐ行けば見つかるよ。渓谷って呼べる代物じゃなくなってるがな」

 

「……あれ?さっき5人って言わなかった?」

 

チェルシーさんがようやくそこに気が付いた。私、サリーを含めて後3人。

今言った人数で、狩りにヒドラをカウントに入れなかったとしても2人。あと2人分足りなくなってしまう。

けど、私達にはすでにその当てはある。

 

「じゃあ、私達はアレハンドロさんの所に行ってくるから。30分後に西門で合流しよう、ジュリ!」

 

「わ、我承諾せり!」

 

ジュリに一言伝言を残して私達はアレハンドロ商会へと足を運ぶ。

本当に幸いに思えるのは、自分のステータスが戦闘以外には意識しない限り影響しないということだ。

 

 

 

 

 

 

「……あれ?ジュリ、いつの間に漆黒の盟友を手に入れたの?」

 

 

 

 

あの後、ジュリと別れた私は、サリーとヒドラを連れてアレハンドロ商会に足を運んだ。

理由は当然、装備品の購入だ。私もサリーも、下級職のころに買った物を今の今まで使っていたからだ。早速武具コーナーへと向かう。

 

「えーっと、金属系の防具が良いんだよね?」

 

「当然防御力も高いだろうからな。ENDも高いほうが良いからな」

 

などとヒドラと会話しつつ、職業上壁役という立場の私が選んだのは【リザード・ラメラーアーマー】という、トカゲの鱗を生かしたラメラーアーマーだ。今まで使っていた「ライオットシリーズ」とは比べ物にならないほど防御力が高く、スキルも〈魔法防御Lv1〉と〈HP増加Lv3〉で長く使えそうだ。試着で装備してみたけど着心地は良かった。

トカゲというと「スワンプ・リザード」を思い出すが、このアーマーに使っているのは「メイル・リザード」だという。トカゲに縁があるというかなんというか、どうなんだろう?

それから頭装備ということで小さい十字のヘアピンの【ミカルのペンダント】を買った。これは〈破損耐性〉と〈精霊の加護〉を持っていて……。要は、壊れにくく、かつ状態異常になり辛くなっているというヘアピンです。

合計で15万はしたけど、賞金に加えてジョブクエストで得た報酬で蓄えは十分だった。

 

そしてアレハンドロ商会で買い物を済ませた後、サリーと別れた私は中央闘技場前広場でその人――ベヘモットの〈マスター〉を探し当てた私は早速相談してみた。

結果は――。

 

「お断りします」

 

――速攻で断られた。

 

「なっ、なんでですか!?」

 

「パーティを組む気は無い。そして面倒そう。私にとって貴方達は邪魔」

 

「ガーン!!」

 

凄まじい言葉の3連パンチに私のハートがTKOされました。多分傍から見たら今の私は「OTL」のようにがっくり膝をついているだろう。

というか、私が邪魔になるってどういうこと?

 

「とまあ、〈UBM〉はまた今度ということで」

 

「ったく、ノリの悪い奴だな」

 

「まあ、行きたくない人を無理矢理連れてくわけにもいかないよね……」

 

「それに、そろそろ時間じゃないか?」

 

見ると、こっち側に合わせた時間がもうすぐ30分の経過を示していた。

 

「本当だ。それじゃあまたあとで!」

 

そう、彼女に告げて去って行く。

言い出したのは私なんだし、遅刻したら話にならないよ。

 

 

 

 

メイプルがレヴィと別れ、彼女が見えなくなった後。レヴィは忌々しい相手が消えたと言わんばかりに深く息を吐く。

 

「……全く、正気の沙汰とは思えませんね」

 

『yup』

 

『全くだクマ』

 

女性に続き、巨大なクマが頷く。

いきなり現れたクマに対して女性――レヴィと呼称する――は大したリアクションも取ることなく、振り返ることなくクマに返す。

 

『例え知らなかったとしても、お前を誘おうなんて思わねぇよ』

 

「随分呑気な事をしているのですね。あなたらそこらの雑魚を潰していたほうが楽なのでは?」

 

『いやいや。お前らと違ってこっちは日々の備蓄が大切クマ』

 

見れば、シュウは普段の着ぐるみではあったが、エプロン姿と中々ファンシーな出で立ちだ。中身が27の成人男性でなければの話だが。

 

「建前は結構。私達の監視が目的なのでしょう?」

 

レヴィの一言に、クマ――シュウ・スターリングは先程までのフレンドリーな雰囲気が消えた。

傍から見れば雑多な人通りの中の会話でしかない。

しかし、彼らと同じ領域に立つものならば、今最もヤバい相手が、フランクリンのテロ以上ヤバい状況になりかねない。最悪、幾多の住民(ティアン)の犠牲が出てもおかしくないレベルの場外決闘が始まりかねない。

 

『お前こそ、毎日物見遊山をしてるとはな。強者の余裕って奴か?【物理最強】さん』

 

「……そうですね。皇国からの指示が無いのは残念です。もし指示が下されたのであれば、今すぐにでもあなたと戦いたいものです」

 

『せめて街中以外で頼むよ』

 

「それより、私はあの羽虫が煩わしいですね。この前の事といい、今回といい……」

 

レヴィの声色には、わずかに苛立ちめいたものが垣間見える。先程の羽虫と呼んだ相手は恐らくメイプルだろう。

カスミと会った際に出会ったのだが、彼女からすればレヴィはギデオンを拠点にしている〈マスター〉という認識をしているだろう。

その相手が皇国――即ち自分の国の敵であり、この〈infinite dendorogram〉最強の〈マスター〉であることも知らずに。

若干だが、彼女の声に苛立ちめいたものが感じられた。《物理最強》からすれば、メイプルは纏わりつく羽虫程度のもの。だが、気兼ねなく接している彼女に鬱陶しさを感じているのも事実。彼女の堪忍袋の緒が切れたが最後、このギデオンは〈Infinite Dendorogram〉の大陸から消え失せているだろう。

 

「この先、皇国が王国を和平したり吸収した後で彼女に会ったのなら、サンドバッグ代わりにつるし上げてやりますよ。頑丈さだけが取り柄のジョブなら丁度良いでしょう」

 

……一撃で潰れるのがオチじゃないのか?

その一言はシュウの中で留めておいた。存外、その言葉は軽い冗談ではないのかもしれない。

 

「それと、あなたからも今後私に近づくのは遠慮してほしいと言っておいてください。私にも我慢の限界がありますので」

 

『……そうだな。いずれお前とも戦り合う時は来るだろうし』

 

 

 

 

「お待たせー!」

 

「我が翼、馳せ参し刻は未だ遠きに在らず」

 

「で、どうだった?」

 

「……5人が4人になりました」

 

息を切らして駆ける私とヒドラが来た時には、すでにジュリエットとサリーが門の前で待っていた。

どうやらジュリは今さっき来た所みたい。

 

「あれ?サリー、乗ってるのって何?」

 

肩で息をしながら肺に新鮮な空気を送り込む中、サリーが乗っている何かに質問する。

その何かは全長は2メテル弱はあろう鳥型のモンスターだ。長い脚に短くてもふわふわな羽毛、そしてその脚ほどではないが羽毛に覆われた首。現実世界で言うダチョウそっくりだ。手綱を着けられているが暴れる様子は毛ほども感じられない。

 

「これはランドウィングっていうモンスターだって。レンタルしてるお店を見て借りてきたの」

 

ああ、所謂レンタカーやレンタル自転車みたいなものか。

借りてる人に何か起きても、ちゃんとギデオンに戻ってくるよう【従魔師(テイマー)】に訓練してもらったらしいから、王国内ならどこでも帰って来られるみたい。

――あれ?もしその人がわざとそのランドウィング殺しちゃったり借りパクみたいな事に遭ったらどうするの?

みたいなことが頭を過ったが、誰も答えない。

 

「そ、それよりジュリエットは良いの?1匹足りないみたいだけど……」

 

「我が持つは翼の加護」

 

要するにフレーズヴェルグがあるから移動も楽ちんだよ、か。

ちゃんとレンタルしたランドウィングは2匹いる。私の分も用意してくれたんだ。

 

「そうそう、メイプルはこれ持ってて」

 

「ん?」

 

そう言ってサリーがあるものを渡してきた。

羽を使った小さなアクセサリーだった。

 

「【騎馬民族の御守り】って言って、《乗馬》スキルが使えるのよ。前に現実で【城塞盾士】の項目見たけど《乗馬》とかのスキル無かったからね。2個手に入れられてよかったよ」

 

「……どこで手に入れたの?」

 

「…ブリディス領での、クエストで」

 

若干目が泳いでいたけど、まあ今回はそういうことにしておいてあげよう。

早速受け取った【騎馬民族の御守り】を装備して、ランドウィングに乗ってみる。

 

「お……おぉう……。本当に乗れた」

 

「鳥でもいけるんだな。《乗馬》なのに」

 

うん。そこは私も思った。

 

「それじゃあ早速――」

 

「おーい、待ってくれー!」

 

早速西へ行こうとした時、後ろから声をかけられた。

振り返ると、同じくランドウィングを走らせてこちらに一人の男の人が来る。

 

「嬢ちゃんたち、これから西へ行くのか?」

 

「はい」

 

「俺も西に用があるんだ。クエストでな。折角だし一緒に行くか?」

 

私達3人は顔を見合わせる。

別に急ぐ旅でもないし、相手のほうも目的が目的なので、邪魔にはならないだろう。

 

「それじゃあ、一緒に行きましょうか」

 

「女の子3人のハーレム状態だけどね」

 

「俺を除けばな。じゃあ俺は紋章に戻ってるから、着いたらよろしくな」

 

ヒドラが紋章に戻り、私とサリーはランドウィングに乗り、西へと駆けていく。目的は古代伝説級〈UBM〉。

無駄骨になるかもしれない。見つかっても倒せないかもしれない。けど、1%でも手に入れられる可能性があるのだったら、それに縋りたい。

当ての無い旅へ――クエスト、スタート。

 

 




(・大・)<了読ありがとうございました。

(・大・)<誤字を見つけたら報告お願いします。

(・大・)<これまで読んでくれた方はもう感付いていると思いますが、

(・大・)<まだこの時点ではメイプルは防御極振り状態じゃありません。

(・大・)<このUBM戦後にいつもの装備が手に入ります。


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極振り防御と〈UBM〉。さがしたい。

(・大・)<遅くなりましたが、2021年初投稿です。


アルター王国西部 【城塞盾士(ランパート・シールダー)】メイプル・アーキマン。

 

 

ランドウィングの背に乗っての王国の旅。旅は道連れ。連れは堕天使に友達、男の人。すたすた駆けて、王国の旅。

 

(よく考えたら、アルター王国はまだギデオンと《旧レ―ヴ果樹園》以外に行った事無いっけ)

 

初日からのゴタゴタで、私のプレイ目標はすっかり路線変更してしまった。

始めはこの世界のいろんな場所を気ままに旅したいと思っていた。けど、PKに襲われてトラウマを植え付けられ、そいつらへの復讐心で一度は私の中はいっぱいになった。

そこからレイさん達と会って、一緒にギデオンに行って、テロに巻き込まれて……。リアルの時間で累計するとまだ2週間弱なのに、色々大変な目に遭って来た。

 

「そろそろ森に入るよ」

 

サリーの呼びかけで物思いに耽っていた私が我に返る。いけないいけない。こんなことじゃお目当ての相手は手に入れられない。早く特典武具を手に入れたい――そんな思いが自然とランドウィングの手綱を握る手に力が込められていって、集団から頭一つ抜き出るように足早になる。

 

「あれ?」

 

後ろで同行者の男の人が訝し気な声を上げる。

 

「どうかしました?」

 

「もうそろそろ森が見えても可笑しくないんだけど、まだなのか?」

 

同行者の男の人の呼びかけで、私は改めて前を見る。

もうすぐ目的地に届くはずなのに、一向に森が見えてこない。

 

 

――あそこは消し飛んだはずだ――

 

 

ふと、クロムさんのそんな言葉が頭をよぎる。

まさか、もう誰かが倒して……?

いや、それよりも前にグローリアとの戦闘に巻き込まれた?

そんなことを考えると私の顔からさぁっと血の気が失せ、手綱を握る力が籠められる。

 

「メイプル、急ぎすぎ!」

 

サリーのそんな言葉も置き去りに、一番乗りに渓谷に差し掛かった。

直後に、ランドウィングが宙を蹴ったような、いきなりの浮遊感に襲われた。

 

「――え?」

 

私の思考回路を置き去りにして、私と、私を乗せたランドウィングの身体が重力に従って落下していく。

すぐに斜面に足を着けたランドウィングは、今の私とは対極的に冷静な脚捌きで転倒することなく滑り降りる。数分もしないうちに斜面の終わり付近、崖の底の辺りと思われる場所にまで到着した。

 

「おい、メイプル大丈夫か?」

 

「う、うん。大丈夫」

 

「メイプルー!」

 

ヒドラが紋章から出てきて私に声をかけると、クレーターの外側で、同じように2匹のランドウィングが滑り降りて私と合流してくる。サリー達だ。

 

「……ここが、〈ノヴェスト峡谷〉」

 

合流した私達は改めてぐるりと周囲を見渡す。

目的地である〈ノヴェスト峡谷〉は、すり鉢状のクレーターが内側から一望できた。

――いや、違う。クレーター()()見当たらない。

人も、自然も、モンスターも、動物も、何もかもが存在しない。まるでスプーンか何かでそこだけをくり抜かれたように、抉れた地形は何も残っていない。

クロムさんが言っていた、「もう生物が住める場所じゃない」という言葉が脳内でリピート再生される。同時に私は納得し、疑問も浮かび上がった。

――峡谷、どこ?

 

「い……いったいどんな奴が戦ったらこんな有様になるっていうの……?」

 

サリーの愕然とした呟きに、私も無意識に戦慄してしまう。

クレーミルという所を消し去り、多大な犠牲と共に3人の〈超級(スペリオル)〉の手によって討たれた〈SUBM〉グローリア。

その戦闘の跡が、地域を丸ごと一つ消し去るほどの大規模なものだと思うと頭がくらくらしてくる。

 

「おい、今はやられたグローリアじゃなくて、グランディオスだろ?」

 

ヒドラの一言で我に返った私達は、ひとまず分かれて捜索することになった。

私と男の人はクレーターを中心に、サリーとジュリは外側の森もどきを捜索していく。

 

 

 

 

「んー、なかなか見つからないね」

 

「うじゃうじゃいたら希少性も減ったくれもねぇし、ゴロゴロ襲って来て貰いたくもねぇがな」

 

それも一理あるけど、正直もう少し楽に見つけられればいいんだけどなー。

それにしても巨大なクレーターだ。軽く見積もっても東京23区が丸ごとすっぽり覆ってしまいそうなほどの広さはある。

 

「あれ?」

 

「どうした?」

 

何も無いはずのクレーターの中で、人影が見えた。がっしりとした屈強な体躯の大柄な男性だ。ドラグさんとそう大差無いけど、年齢は彼より上に思える。

ローブのような簡素な服をしているけど、腕の太さは歴戦の戦士を思わせる。多分この人、相当強い。

 

「あの、こんなところで何をしてるんですか?」

 

私の声に気付いた大男はこちらに振り返る。その時に気付いたけど、左腕でトイプードル程度の小さなドラゴンを抱えていた。

少しその子ドラゴンに対して可愛いと思ったけど、大男の声で我に返る。

 

「こんな所に何の用だ?」

 

「あ、えっと……」

 

「クエストでここに来たんでね。しっかし、初めて来たから、こんな有様になってたのは思いもしなかったけど」

 

私をかばうように前に出たヒドラが適当なことを言ってはぐらかしつつ、警戒を怠らない。

 

「……大層な物好きもいた者だな」

 

「あなたは何しに来たんですか?」

 

相手も私とヒドラを視界から逸らさず、こちらの出方を伺っているみたいだ。

相当戦闘を積み重ねたのか、素人目でもこの人の強さが嫌でも感じられる。

 

「……気配だ」

 

気配?

 

「妙に巨大な気配を感じてここに来た」

 

この人事態、かなり妙な気もするけど発言も奇妙なものだ。

こんな生物の住めそうにない場所で、いったい何の気配を感じたの?

 

「ともかく立ち去れ。興味本位で立ち入っていいものではない。奴の餌になりたくなければ尚更だ」

 

「わ、わかりました……」

 

一先ず大男の警告を受けてその場から離れる私達。

子ドラゴンはちょっと可愛いかったけど、あの人はかなり怖かった。

 

「メイプル」

 

まだ心臓の音がバクバクうるさく脈打つ傍らでヒドラが小声で話しかけてきた。

 

「あいつ、多分ティアンだ。紋章が無かった」

 

「うん。左手は私も見たよ。右のほうも一応見たけど、なにも無かったし」

 

「……何もなかった?」

 

私の何気ない一言にヒドラは声を上げて足を止める。

確かにあの時、少し目線を下げてお男の手の甲を見たけど、両方とも何もなかった。けど、それがどうかしたの?

 

「メイプル。お前とサリーがこっちに戻って来た時、ルークはわざわざ待ってくれて、そのままオードリーの背に乗って移動したんだよな?」

 

「そうだけど……あれ?」

 

ヒドラに言われて私にもヒドラの疑問に気が付いた。

オードリーは亜竜級の【クリムゾン・ロックバード】で、サイズも現実の鳥類ではありえないほどの巨体だ。

待っていたって事はどこかの宿屋にいたのかもしれないけど、街のど真ん中に構えている宿屋であれだけのサイズでも泊まれるような広さは無いはず。それで3日間騒ぎになってないなんてちょっと変な話じゃないかな。

 

「【ジュエル】だよ」

 

「え?」

 

「テイムモンスターを扱う職業(ジョブ)には【ジュエル】っていうモンスター専用の格納庫が必須らしい。あの男にはそれが無かったんだよ」

 

「じゃあ盗まれた!?って、それだとあの子も相当嫌がってないと説明がつかないよね?それだと盗まれたってのも無いかも……」

 

「考えられるとしたら……2つかな?1つはあのドラゴンの親を倒した後で偶然孵化直後のあいつを見つけ、罪悪感から【従魔師(テイマー)】ギルドに引き取ってもらおうと考え、そこへ行く途中俺らと出くわした」

 

なるほど。あり得ない線じゃないね。

で、2つ目は?

 

「何かの経緯で卵を手に入れ、つい最近孵化。まだ幼いから【ジュエル】は買っといたが、入れる必要も無いと判断して王国中を旅している……って所かな」

 

「どっちもどっちであり得そうだね」

 

暫くしてやっと大男の姿が見えなくなると、そろそろサリーと合流しようかと斜面に手を掛けた。

 

「――うん?」

 

次の瞬間、崩れるような音と共にべしゃっと地面に身体を打ち付けた。

 

「あたた……何なのいったい……?」

 

「メイプル、あれ!」

 

起き上がると、私の目の前にぽっかりと大穴が開いていた。自然洞のような穴は奥行きは十数メートルやそこらではない。奥へ奥へと続くような漆黒が奥に続いている。

 

「……これって、ダンジョン?」

 

「……みたいだな」

 

こんな横穴、クロムさんは一言も言っていなかった。見落としていた、っていうのがあり得そうだけど。

 

「ともかく急いで戻って、みんなに知らせよう!」

 

ともかく知らせなくては。待機させていたランドウィングへと戻っていく為に私は駆け足気味にクレーターを走って行った。

この時ほど、平時のステータスが戦闘ステータスに影響されないのが本当に良かったって思っている。

 

 

 

 

アルター王国領内〈ノヴェスト峡谷〉【大闘牛士(グレイト・マタドール)】サリー・ホワイトリッジ

 

 

メイプルと同行者と別れた私は、ジュリエットと一緒に森――訂正、元・森――の探索に出ていた。

 

「生き物らしきものが見当たらないわね……」

 

「頂点に君臨し魔獣を超えるには、紋章を携えた頂点をぶつけるのみ。されど聖戦の余波は生ける者達の希望を奪い去るパンドラの災厄となった」

 

「……どういうこと?」

 

「グローリアは〈超級〉達の手で倒せたけど、戦闘の余波で生き物がすめるような場所にならなくなっちゃったの」

 

わざわざ解説どうも。私はメイプルみたいになんとなくで翻訳なんてマネはできないからね。

改めて探索を続けてはいるが、あるけどあるけど石と地面ばかりしかない。かつては木々が生い茂っていたであろうが、そうだったかと思えば信じられない。

 

「ん?」

 

死んだ森の中で、明らかに異質なものを見つけた。前方5メートル弱。大きな岩の下に転がっていたそれらを拾い上げる。

 

薄い鉄板状のようなそれは所々割れていて、まるでジグソーパズルのピースのようだが、市販品のそれと比べると難易度は大したことは無い。すぐに割れ目を合わせるように置くと、長方形の形が出来上がった。

まるで盾のようだけど、私の《鑑定眼》を使っても【錆びた破片】としか表示されない。

 

「どうしたの?」

 

「ああ、ジュリエット。これ何か解る?私の《鑑定眼》じゃ解析できなくて」

 

丁度そこにジュリエットが来た。折角だし、彼女にこのアイテムの鑑定を頼んでみる。超級職は8つの基本ジョブ構成に含まれないから、《鑑定眼》スキルを持った職業を持っているか、スキルを得ているかもしれない。

 

「……栄光の残骸」

 

「ごめん、わかりやすくお願い」

 

「其は、王都を守るべく立ち上がった騎士の成れの果て。己の命を燃やし、民を護り、主を喪いしかつての栄光」

 

……あー。ひょっとしてこれは、『昔めっちゃ強いティアンの騎士が王都を守る為にこの場所で戦って命を落として、この破片はその時の鎧や剣の残骸が長い年月で錆びちゃった』って事で合ってる?

それにしても私にはいまいちジュリエット語を理解しきれていない。ジュリエット語専用の翻訳語録があれば私でも何とか解読できると思うけど。

 

「それよりもこれ」

 

話題を変えようとしたジュリエットが取り出した握り拳大の石を見せる。別にここらで拾った石だろうと一瞬私は思ったのだが、それに残された痕跡で気が付いた。

 

「……誰かいるの?」

 

その推測にジュリエットはうなずく。

その石は普通に拾ったのではありえない、溶けた痕跡が見つかったのだ。それもごく最近のものが。

フィールドとして完全に死に絶え、誰も立ち寄らなくなったこの地だが、発想を逆転するとここは誰にも邪魔されず、目撃もされない絶好の練習場所でもあるということ。

そしてその石から推測できることはただ一つ……。私達のほかに、〈マスター〉がいる。多分硫酸のアイテムを使うようなヤバい奴が。

 

「場所は?」

 

「日(いず)る地の果て」

 

「普通に西って言ってね?」

 

ともあれ【かつての栄光(ジュリエット命名)】と名付けた錆びた破片をアイテムボックスに入れ、ジュリエットの後を追っていく。

西に数分、大体300メートル近く走った後で岩陰に隠れると、確かに誰かいる。

一人は背の高い大人。大体30代くらいだろうか。雨でもないのにオリーブ色のレインコートと厚手の長靴とゴム手袋。そして下水作業や、テレビで見た池の水を抜き取る番組で使うような似たような色合いのエプロンを装備している。顔は……マスク――というより仮面のような被り物を着けていた。目と、口の位置にある直角を着けた線。それだけのシンプルなデザインの仮面だ。

もう一人は顔は見えないけど、これまた明るい緑色のレインコートに水色の長靴、黄色いゴム手袋とこちらも雨天ファッションに身を包んだユイちゃんマイちゃんくらいの背丈の子供だった。多分あの2人が、あの溶けた石の原因だろう。

 

(確か、テレパシーカフスFは通話相手をフレンドの中から選択できるんだよね)

 

早速ジュリエットに連絡先を切り替える。

 

【――ジュリエット、聞こえる?】

 

【――聞こえる。で、どうする?】

 

【――そうだね……。まず私が出て様子を伺ってみる。ジュリエットは顔も知れてるんじゃない?】

 

【――うん。私は後方で呪術の準備をしておく】

 

即興の作戦を立てて私が前に出る。

 

「すいませーん」

 

私の呼びかけで、2人もこちらに気が付いた。

あくまで「クエストの為にここに来た一般〈マスター〉を演じる事」。不用意に武器に手を取って警戒心を煽るような真似はしない。

 

「おや、こんな所に人なんて珍しいね。君も〈マスター〉か?」

 

「ええ。ここにはクエストで。あ、私はサリー・ホワイトリッジと言います」

 

「私は……ジョージ・ハミルトンです。こちらは息子のヘイグと言います」

 

『よろしく』

 

良かった。向こうも害意は今のところ無いみたい。

 

「こんな所で何をしてるんですか?」

 

「私のスキルが存分に使えるから、トレーニングがてらここに来てるんです。誰も立ち寄らないから巻き込む必要も無いからね」

 

どんだけ広範囲なスキルを使うんですか?

とはいえ、ちょっとこの人に対して疑問が出てきた。スキルを試すんだったら闘技場でも構わないはずだし、あそこの結界が易々と壊れるはずがないと思う。シュウさんのパンチ並みの威力がある訳じゃあるまいし。

 

「いや、どうも闘技場は好きにはなれないからね。多少遠くとも、こっちのほうが落ち着くんだ」

 

「ああ、そうですか」

 

“多少”か。大体ギデオンから30キロメートルは超えてそうな距離を徒歩で来ると?見た目もそうだけど行動も奇妙な人だ。

 

「サリーーーーーー!!!!」

 

そんな時にメイプルの声が飛び込んできた。

いきなりの大声に全員クレーターのほうを見る。その先にはランドウィングを駆るメイプルの姿だった。

 

「友達かい?」

 

「はい。メイプル、どうしたの?」

 

「うん!それがね――うわった!?」

 

慌てて降りようとして落鳥――ランドウィングだから――しかける。けど何とか持ち直したメイプルは一息つくと、興奮気味に切り出した。

 

「見つけたんだよ!〈UBM〉の手掛かりが!!」

 

 

 



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極振り防御と〈UBM〉。たたかいたい。

(・大・)<夜中の地震はマジでビビった。

(・大・)<大地震になるんじゃないかって気が気じゃなかった。

(・大・)<そんなことより投稿です。


アルター王国〈ノヴェスト峡谷〉跡地。

 

 

「で……ここにグランディオスっていうのがいる訳?」

 

「うん!」

 

大慌てでサリーの元に駆け付けたメイプルに連れられた一行――ジョージとヘイグを除いて――は、彼女が見つけた横穴に案内した。穴の直径は20メートルやそこらで済むものではない。まるで巨大な獣の気道か食道か。そんな風にも思えるほど巨大な横穴だ。

 

「根拠は?」

 

「私の勘!」

 

子供のように目を輝かせるメイプルにサリーはこれ以上問いただす気も失せた。

 

「とりあえず中に入って、探索しておこうか」

 

「賛成賛成!」

 

ぴょんぴょんと飛び跳ねるメイプルを他所に、一旦ランドウィングをクレーターの縁に置いておく。仮に〈UBM〉との戦闘になっても、クレーター内に留めておけば巻き込まれる心配は薄れるだろう。

その一方で、男のほうも右手の甲からモンスターを召喚する。【ジュエル】を用いたことからテイムモンスターだろう。その鳥の脚に何かを巻きつけ、空へと放つ。

 

「お待たせ。こっちも準備完了だ」

 

「じゃあ早速、出発!」

 

意気揚々なメイプルを先頭とし、横穴へと突入していった。

 

 

 

 

洞窟の内部は自然洞窟というより、むしろ坑道に近い感じだった。崩れそうな土壁に反して、一定距離感覚に置いてあるようなアーチ状の岩石は、土壁の崩落を防ぐ役割を担っている。

 

「かなり暗いな」

 

歩き続けて10分。当然この洞窟の中は坑道のように壁にランタンが掛かってる訳ではないだんだん暗闇が濃くなってくる。

 

「ちょっと待ってて。ランタン点けるから」

 

もう数メートル先も見えないような暗闇に差し掛かろうとした所でサリーがランタンに火を点ける。

暗闇が一気に明るくなり、周囲の状況も分かるようになった。

 

「ひっ!?」

 

「ちょっ、どうしたの?」

 

「この壁……動いてる!?」

 

明るくなった瞬間壁の状況もあらわになった。先程の土壁とはうって変わって内臓のような紫色の壁になっていた。よく見ると脈打つかのように動き、まるで生物のようだ。

 

「うわぁ、グニュグニュしてて気持ち悪いね」

 

「揺らがぬ胆力……」

 

「うらッ!!――っと、どうやら入り口の土より丈夫そうだな」

 

「蹴りを入れんな蹴りを!」

 

力を込めて押し込むメイプルと、上段回し蹴りを叩き込むヒドラ。

そんな様子を見てサリーはやっぱりヒドラもメイプルから産まれたんだと妙に納得してしまうのだった。

そんなやり取りをした後、横穴が上下に分かれた地点に差し掛かった。

 

「……こっち」

 

一瞬目配せをして上の道を選択する。サリーは自力で、メイプルはヒドラに背負わされて、男はジュリエットに運んで行ってもらってさらに進む。

やがて開けた場所に出ると、その中心で何かを見つけた。

 

「……何あれ?」

 

そこは、まるで動力炉と言うべき場所だった。部屋と言うべき開けた空間の中央に、円形にくり抜かれた溝の内側の地面をせり上げた台座のように鎮座し、そのうえで光を放つ何かがある。

球体のガラスの器のように、淡い光の中に閉じ込められているように何かがいる。黒に近い濃い緑色の甲羅と、そこから覗く深緑の四肢と頭と短い尻尾。幼いリクガメのような風体だ。

 

「こ、これが〈UBM〉……?」

 

メイプルが信じられないと表情で立ち尽くす。だが、サリーは確信していた。彼女の目には部屋の中央で鎮座するその亀の頭上に《霊峰山亀グランディオス・コア》という〈UBM〉特有の銘を持っていることに。

サリーとジュリエットを除いた3人が信じられないといった表情で立ち尽くしていると、グランディオスと銘打つ幼亀がこちらに気が付いた。

 

『珍しいね。この中に入ってこれるなんて』

 

「喋った!?」

 

『モンスターだからって喋らないとは限らないでしょ?』

 

ぎょっと思わず身構える5人に対して、グランディオスは幼児のような声で呆れたように首を横に振る。

 

「じゃあ、あなたが〈UBM〉で良いんだよね?」

 

『そうだね。正確にはコアだけどね』

 

「それで、ここまで来たって事は大人しくやられてやるって事か?」

 

『うん。そうだよ』

 

「は?」

 

さらっと告げた返答にサリーは思わず素っ頓狂な声を上げた。

 

「良いの?倒しちゃって?」

 

『うん。もう何百年も生きてるからね。ああいや、アンデッドだからもう死んでるのか』

 

「いやアンデッドにしちゃノリ軽すぎない?もっとこう……ぎゃおー、とか、あぁぁー……、とかのじゃないの?」

 

『そうかな?僕以外のアンデッドなんてもう見かけないし、良く分かんないや』

 

正直、ここに居る全員が思わなかっただろう。自分から殺してくれと頼み込む〈UBM〉がいるなんて。

 

「あのさ、これってチャンスじゃないのか?」

 

「あ?」

 

だがここに、1人だけ例外が居た。メイプル達と同行する男だ。

 

「だってそうだろ?わざわざ殺してくれなんて頼む〈UBM〉なんて滅多にいないだろ。今の内に殺っちまえば楽に特典武具が手に入るじゃないか!こんなに楽に手に入る〈UBM〉の提案受けるべきだろう!」

 

「だからって、わざわざそれを頼む?」

 

提案に乗りかかろうとした男をサリーが引き留める。

彼女には相手の提案が罠でしかないと警戒しているのだ。

 

「そうかよ。じゃあ……」

 

サリーの腕を振り払った男は仕方なしと応じる。サリーも身勝手な行動を慎んでくれたと一息吐いた。

その瞬間、男が袖に仕込んだクロー武器を手の甲に装着する。

 

「俺がそいつを始末してやるぜ!!」

 

「野郎、最初から奴が狙いか!!」

 

途端に駆け出し、グランディオスに爪を立てんと迫る。

ワンテンポ遅れてヒドラが駆けたが、相手のAGIが高いのか、ギリギリ追い付きそうにない。

このまま男に特典武具を取られてしまうのか。誰もがそう思い絶望した時だった――。

 

 

――グシャッ!!

 

 

 

男が突然頭上から何かに押さえつけられたように、地面に叩きつけられた。

 

「なっ!?」

 

「は?」

 

「え?」

 

「嘘?」

 

4人が呆けた声を上げた瞬間、男の身体からぶちゅりと嫌な音が鳴って光の塵となって消えた。

一瞬の出来事に4人はまるで理解が追い付かなかった。普通ならあの男の爪によって特典武具となるはずだった。

 

「…まさか!」

 

やがて4人の中でいち早く我に返ったジュリエットが、黒翼を翻して漆黒の風の刃を放つ。男が潰れた地点で風の刃がVの字に圧し折れて消滅した。

 

「……重力の檻」

 

『やるねお嬢さん。あ、お姉さんって言ったほうが良かった?』

 

「ちょっと意地悪が過ぎるんじゃない?殺してくれって頼んでおいて、近付いた相手を圧殺なんてさ」

 

漸く我に返ったサリーがレイピアを構える。メイプルも大盾と短刀になったヒドラを構える。その一方でグランディオスは悪びれる事なく続ける。

 

『殺してくれってのは事実だよ。さっきの人は話を最後まで聞かなかったからああなっちゃったんだ。今飛び込んでもさっきの人になるのが関の山だよ』

 

『おいおい、魔法まで通さないスキルで身を固めといて殺してくれは無いだろ?』

 

『まあその話はこれからするよ』

 

武器を構えたまま、なおかつ近付くことのできない相手に警戒心を張り詰めながら、3人はグランディオスの言葉に耳を傾けた。

 

『ルールは簡単。この結界を解いて僕を殺す事。この結界は四肢にある魔力核を破壊しない限り解除されないから。魔力核は分かりやすいと思うよ』

 

「随分簡単に言ってくれるね」

 

ポンポンとメイプル達に有利な条件を出してくるグランディオスだったが、どうも腑に落ちない。

なぜこんなに自分達に有利な案件を出してくる?飛びつきたい気持ちをぐっと抑え、グランディオスの話の続きを静かに待つ。

 

『まあその1時間が過ぎても良いけど。君らにとってデメリットになるよ』

 

その言葉にサリーの眉がピクリと動いた。

 

「あのさ、もし仮に断ったら私達に起こるデメリットって何?」

 

思わずサリーが訊ねた。

何故ノルマを提出する?普通ならノルマなんて言葉は使わず、制限時間という言葉を用いるはずだ。『時間を過ぎると自分達にデメリットが降り注ぐけど、それと討伐失敗は直結しないよ』と言っているような雰囲気に、疑問を拭えないのも当然だ。

 

『デメリット?そうだね……』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『王都が崩壊すること、かな』

 

 

 

 

〈ノヴェスト峡谷〉

 

 

『お父さん、あの人たち大丈夫かな?』

 

クレーターの淵にいたヘイグは、隣のジョージに心配そうに話しかける。彼らの見る先には、先刻メイプル達が入っていった洞窟が見える。

 

「もうかれこれ1時間……。戦闘音のような派手な音は聞こえなかった」

 

『じゃあハズレだったって事?〈UBM〉はいなかったの?』

 

「いや、それなら半分もあれば帰ってきているだろう。多分だけど、あの洞窟は予想以上に複雑だったのかも――」

 

息子に説明しようとした時、ジョージの声が不意に止まる。

 

『お父さん?』

 

「ヘイグ。私の目はどうかしてしまったのか?」

 

『え?』

 

「あの洞窟に下顎みたいなものは無かったはずだよね?」

 

突拍子もないジョージの言葉にヘイグも首を傾げた。

下顎?洞窟に?

信じられないといった様子でヘイグも再び洞窟を見ると、信じられない光景が目に飛び込んできた。

ジョージの言った通り洞窟に下顎があったのだ。そこから徐々に上顎が形成されていく。形成に比例して周囲のクレーターも斜面を吸い取られるように削られていく。同時に、地鳴りのような音と共に地面が揺れだす。

 

「不味い……!何かはわからないが、ここに居ては巻き添えを食ってしまう!」

 

『ど、どうするの!?』

 

「とりあえず王都――それから、ギデオンからも援軍が欲しい。〈超級〉も滞在している。このことを報告して撃退してもらおう!」

 

そう言うと彼は懐から試験管を取り出し、後方の3匹のランドウィングへと蓋を取ってそれを向ける。

 

「――《ウォーター・スライサー》」

 

試験管の中の液体が泡立ち、レーザーのような放水が放たれる。放水はランドウィングではなく、そこから離れた大岩に直撃。ぶすぶすと音を上げて水を被った所が溶け始める。

 

「ここにいては危ない!すぐに立ち去るんだ!」

 

ジョージの呼びかけに反応したのか、それとも単に生存本能を刺激されたのか、3匹のランドウィングが逃走する。彼らの脚なら、今から全力疾走すれば辛うじて助かるだろう。

 

「《喚起(コール):【ロードランナー】【デンゴンパロット】》」

 

続けて右手を掲げて呼んだのは、ランドウィングに似た黒い羽毛のモンスターと、極彩色のオウム型モンスターを呼び出す。

その背にヘイグと共に乗り込み、オウム型モンスターに何か伝えて天空へ飛ばすと、その場から逃走した。

 

 

 

 

龍帝(ドラゴン・エンペラー)】が天寿を全うし、【覇王(キング・オブ・キングス)】が三神に封じられ、【猫神(ザ・リンクス)】が世界から去った後……。各地の特殊超級職が領土を統治し始めて間もない頃。

レジェンダリアにて、当時アンデッドのみで構成された大規模クランを率いた【大死霊(リッチ)】は【聖剣王(キング・オブ・セイクリッド)】が統治するアルターを葬るべく、計画を重ね……レジェンダリア西部の山岳地帯に住まう竜に目を付けた。

自然魔力が豊富な地で育ち、比類なき体躯とあらゆる力を跳ね返す強靭な肉体を兼ね備えた地竜――【峰竜グランディオス】と呼ばれる親竜と、比類なき魔力で地属性魔法を操る子竜はまさに彼のお眼鏡にかなう存在だった。

【大死霊】は早速親を罠に掛けてアンデッドに変え、子もまた同じくアンデッドにさせた。子は親より魔力が強く、激しく抵抗されたものの……結局は【大死霊】に屈することとなった。

その際、【大死霊】の一味は親の身体に魔力核を埋め込み、子に魔法を与えた。今は既に喪失した重力魔法を授け、親竜の核として、体内に組み込まれた。例え動力たる魔力が尽きても外部からの魔力を吸収し、肉体を抉られても大地を吸収し、体内の臓器を変換して補強し、子竜を討たない限り親竜は活動を続ける。まさしく、最悪の兵器。

 

「ついに……ついに完成した……!ハハ、ヒャハハハハハハ!!ついに完成したぞ!!!コイツの進撃でアルターを潰してくれる!!」

 

その【大死霊】は、かつて旅人の身であったアズライト・アルターにその存在を滅ぼされかけた。幸い逃げ果せたものの、クランを潰された彼の胸の内は憎しみに包まれた。積年の憎悪を募りに募らせ、王国の滅亡を生涯の目標とし、亡命先のレジェンダリアの深い森の中で研究を重ね……。ついにそれを創造したのだ。費やした時間は……実に10年。

死した身たる【大死霊】からすれば、数日程度の間隔。だがそれでも、彼からすれば実に有意義で濃厚な10年間だった。

 

「思い知るがいいアズライト!貴様が築いた王国が!我がアンデッド、グランディオスに蹂躙される様を!!さぁ動けグランディオス!その巨体でアルターを蹂躙しつくすのだ!!!」

 

解き放たれたグランディオスに命令を下す。

時は来た。今こそ、憎しみの全てを清算するのだ――。

崩壊した王国を、絶望に打ちひしがれるアズライトの姿を想像するだけで笑いが止まらない。もう彼の笑いを止めることはできない。

 

 

 

彼らの頭上が突然影が差すまでは。

 

 

「――え?」

 

振り返る間も無く【大死霊】は虫けらの如く踏みつぶされた。

そのままグランディオスは我関せずと雄叫びを上げながらどすどすとその場でもがき苦しむかのように足踏みをする。

高度な死体(アンデッド)である彼らは聖属性、炎属性を伴わないただの物理攻撃では死なない。それでも肉体を再生し、再活動までの時間を労することになるが。

それをよそにグランディオスは自身に匹敵するような足踏みを繰り返し、その度にクレーターを刻みつつ暴れまわる。

 

(――馬鹿な、理性を完全に消し去り、心を折った筈!もはやあれは私の操り人形!自我が戻った?あり得ない!)

 

潰されながらも、腐った脳で思考をフル回転させるが、一向に原因は掴めない。

重大なエラーを抱えたままではまずい。最悪このままアムニールに突っ込んでしまったら笑い事では済まされない。

すぐに止めなくては。潰れて肉体の機能を失った身体で必死にもがく。だが次の瞬間、グランディオスが暴れるのを止め、まっすぐ歩きだす。行く先を見てもがくのを止めた。

 

(お?おお?おおおぉぉぉ!!やった!まっすぐアルターへと向かっている!先の暴走は杞憂だったか!フハハハハハ!行けグランディオス!王国を滅ぼすのだ!!)

 

行く先はアルター王国。当初の目的であるアルター王国の滅亡の計画が動き出したことに【大死霊】は潰れた肉体で一人狂喜乱舞するのだった。

 

 

 

 

 

結果だけを告げると、【大死霊】の計画はたった一人の騎士によって頓挫してしまったのだった。

そのたった一人、城塞盾士系超級職【大城塞盾士(グレイト・ランパート・シールダー)】の騎士の身を挺した最終奥義でかの地――後の〈ノヴェスト峡谷〉だった地に封じ込められた。最初は封印を破ろうとしたグランディオスも、魔力の枯渇により活動を停止し、魔力補給を余儀なくされた。

アルターはレジェンダリアのように魔力が豊富な場所ではない。微量な魔力を吸収しても、膨大な魔力を要するグランディオスは、精々不要な器官を体内から少しずつ削り、地面を吸収して、余計な消費を抑えるためにコア以外の昨日を全停止。コアもまた魔力の補給に集中し、意識と呼べるものをシャットダウンした。

そうして王国はグランディオスの襲撃があったなんて夢にも思わず、500年の年月が過ぎ……管理AIの手によって【三極竜グローリア】が王国に投下された。

甚大な被害と多大な犠牲者を出しつつも、3人の〈超級〉に討たれた最大級の戦い。

そして、その後に起きた【破壊王(キング・オブ・デストロイ)】と【犯罪王(キング・オブ・クライム)】の一騎討ち。

2つの戦いの裏で、運よく多少の損壊だけで済んだグランディオスにとっての好機が訪れた。

 

――やっと、集まった。

 

外の状況なんてつゆ知らず、子竜は溜め切った魔力を欠損個所を修復し、残るは頭部だけとなった。

そう、その頭部が今修復を終わらせたのだ。

 

 

 

 

地面が盛り上がる。

クレーターに走った亀裂に沿って地面がくり抜かれる。

次の瞬間には、崩壊するような音を立てて、山のような巨体がその姿を現す。

〈ノヴェスト峡谷〉は既に死した地だった。その追い討ちをかけるかの如く、クレーターを突き破る。

 

「うおおおおおおおおおおおおッ!!!!!!」

 

『嘘でしょ!?ノヴェストが!!とっくに死んだ土地がもっと滅茶苦茶にいいぃぃぃぃぃ!!!』

 

降り注ぐ礫と化した地面を気合と手綱捌きで回避する背後で、その姿を2人は目撃する。

 

 

 

 

 

 

地を揺らし、空気を震わせ、天を覆うような脅威が、今再びの活動を知らしめるかの如く、雄叫びを上げた。

 

「GuuoAAAAAAAAAAAAAaaaaaaaaa!!!!!!!!!」

 

500年前越しの【大死霊】の復讐が、狂気が、王国に今再び牙を剥けた。

 





《霊峰山亀グランディオス》


(・大・)<古代伝説級UBM。滅茶苦茶デカいリクガメ型地竜の親子であり、現在はアンデッド化されている。デカい。

(・大・)<コアは子供で、外側は親。親のサイズは現在【ヴァスター】とパンデモニウムを足したようなサイズ。ドラグノマドよりは小さいが、それでもデカい。

(・大・)<腐敗と先の戦闘から肉体の損傷が激しかったが、不要になった内臓を代価に修復を続け、今ようやく動けるようになった。要は某夢の国に出るツギハギだらけの人形をイメージすればいい。メッチャデカいけど。

(・大・)<もうとっくに命令は創造者が倒されているので無効化されたけど、自分でももうどうしようもないから好きに暴れようって事でとりあえず王都を目指している。デカいのに。

(・大・)<詳しいスキル等は後程。デカいって点以外。

(・大・)<因みに、親竜はアンデッド化されていなかったら近い将来竜王に認定されていた。デカいからって理由とは無関係だけど。

(・大・)<多分【峰竜王】とかみたいになってそう。やっぱりデカい。


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極振り防御と〈UBM〉。まもりたい。

グランディオス覚醒から3分前。

 

 

 

決闘都市ギデオン4番街 【聖騎士(パラディン)】レイ・スターリング。

 

 

 

「しかし、まさか大抵の者が私用でいないとはのぅ」

 

「フィガロさんはソロで、カナデも【Wiki編集部・アルター王国支部】と共に〈墓標迷宮〉へ。後は各々クエストや現実での野暮用。まさかこれほど用事が被るなんて思わなかったな」

 

今日は模擬戦をしようと思っていたのだが、生憎俺の知る限りのメンツは全滅。迅羽達も王都を離れられない用事があるらしく、ルークもマリーも同じく野暮用で今日は無理らしい。

 

『ここまで偶然が重なると、もう槍が降ってきてもおかしくないクマー』

 

「……兄貴はどうなんだよ?」

 

『こっちも野暮用クマ』

 

ついさっきばったり会った兄貴もこれである。

仕方ないから、俺は【聖騎士】のスキルを増やそうとクエストに向かう最中だ。レベルも上がれば何か1つくらいスキルは身に着くとは思うが……。

 

「む?――レイよ、どうやら恰好の相手が来たようだぞ?」

 

ネメシスが指した方向を見ながら俺に話しかけた。

俺もその方向へ見ると、赤い鎧に身を包んだ男――クロムがギルドのほうへ足を進めている所だった。

 

「レイじゃないか。シュウまでどうしたんだ?」

 

「クロム、今暇か?」

 

「今クエストを終わらせたところだ」

 

「じゃあ模擬戦に付き合ってくれるか?」

 

「えっ?」

 

俺の誘いに、クロムは言葉を詰まらせた。

あれ?何か変な事言ったか?

 

「……悪いな。俺、〈エンブリオ〉やジョブの関係で、闘技場だとここの衛兵よりちょっと強いティアン程度しかないんだ」

 

「そうなのか?」

 

『そこらの平原で、【ブローチ】が割れたら負けって方法もあるけど、どうするクマ?』

 

「それも勘弁。ストックや経費を無駄にしたくないからな」

 

「そっか……。残念」

 

「そういえば、私達はおぬしの〈エンブリオ〉を見たことが無いな。どういうものなのだ?」

 

「……確かにそうだな。まあ俺の場合、コスト面もあってそう易々と発動できるものじゃないし」

 

何をコストにしたらそんなに使うのを嫌がるんだ。

そんな折、兄貴が思い出したように口を開いた。いや、全身をすっぽり覆う着ぐるみが動いた訳じゃ無いが。

 

『――そういや噂でしか聞いた事が無いんだが。お前って《断頭台》から10回も生き残ったってのは本当か?』

 

「10回!?」

 

いやいや待て待て。それってつまり10回も生き残れたって事だろ?そんなの不可能じゃないのか?その断頭台っていう物騒な名前の奴の実力云々を差し引いても。

〈レ―ヴ果樹園〉で兄貴が渡してくれた【身代わり竜鱗】で4回は生き残った事は今でも覚えている。【救命のブローチ】はミリアに渡したから使っていなかったけど、アレを合わせても5回は生き残れる。けど後の5回はどうするんだ?【剛闘士(ストロング・グラディエーター)】の《装備拡張》でも3つ程度ってのはフィガロさんから聞いたが、それら全てに【身代わり竜鱗】を装備したとしても8回。あと2回はどうしようって言うんだ。

でも……。

 

「そのストックと10回の生き残りが関係しているってのは理解できたよ」

 

「悪いな。勘付くのはともかく、正体を見るのはまた今度って事で」

 

クロムと分かれてギルドに向かおうとした時だった。

 

『おい、なんだあれ?』

 

と、兄貴が街道の奥を見やりながら声をかけた。

俺達もその場所を目を凝らして見てみると、派手な色合いのオウムが飛んでいた。

 

「何だアレ?」

 

「【デンゴンパロット】?カルディナに生息しているモンスターがなんでこんなところに?」

 

首を傾げるクロムを他所に、見慣れないモンスターが現れて通行人も足を止めて顔を上げる。

 

「【伝言再生】!【伝言再生】ー!『〈ノヴェスト峡谷〉に巨大〈UBM〉が出現。現在王都へ向けて進行中!高機動力の〈ジョブ〉か装備品、従属モンスターを所持している者は急ぎアルテア西部へ急行せよ』ー!!」

 

「〈ノヴェスト峡谷〉?」

 

『――ここから西にあったフィールドだ』

 

「おい待て。そこってメイプル達がグランディオスを探しに向かった場所じゃないのか?」

 

「え?マジで?」

 

『デンゴンバードはスキル重視型だ。【真偽判定】、【伝言記憶】、【伝言再生】のスキルで、現実で言う携帯の役割を持っている。おまけに、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

クロムと兄貴の話で俺の顔からさっと血の気が引く。

もし、それが本当ならかなりヤバい。ギデオンの次は王都で、今度は〈UBM〉の襲来かよ。

他にもデンゴンパロットの能力を知っていた行商人や〈マスター〉の口から広がっていき、不安は瞬く間に3番街に広まっていく。

 

「レイよ」

 

「解ってる!シルバー!」

 

俺はすぐにシルバーを装備し、《風蹄》を使って空を行く。

 

『レイ!王都に着いたらそこの〈マスター〉やフィガ公にこのことを伝えてくれ!俺は援軍にこのことを伝えてくる!』

 

「わかった!」

 

兄貴の言葉を聞き受け、俺はシルバーと共に空を駆ける。眼下では今の連絡で〈マスター〉達が行き交い、ちょっとした騒ぎだ。

そして、上空に出て数分もしないうちに……その〈UBM〉を発見した。

 

「でけぇ……」

 

山が動いている。そうとしか言えない。

俺の眼下には巨大な亀の姿をした〈UBM〉が、〈ウェズ海道〉へ向けて地響きを鳴らしながら進んでいる。あれがクロムの言ったグランディオスだろうか。

その巨大さは、俺に一つの確信を伝えた。

――この〈UBM〉、今の俺じゃ絶対に勝てない。

 

「これだけデカいと、ガルドランダやゴゥズメイズが豆粒に感じるのぅ」

 

「確かにそうだな」

 

フランクリンのパンデモニウムや兄貴のバルドルも、コイツと比べたら子供のおもちゃ同然だ。

と、呆然と空を行くのはほどほどにして、早く王都に降りてフィガロさん達にこのことを知らせなければ。

早々に決めた俺は、シルバーを王都のに向けて走らせた。

 

 

 

 

グランディオス内部 【城塞盾士(ランパート・シールダー)】メイプル・アーキマン。

 

 

「うわわわわわっ!?」

 

突然地面が動きだし、私は思わず尻もちを付いた。

 

「な、何が起きたのッ!?」

 

『外で親を動かしたんだよ。500年ぶりだから動きがぎこちないけど、1時間もあれば十分だよ』

 

「王都が消えるって……本気で言ってるの!?あそこにいるティアンが何人いると思って――」

 

『悪いけど、それは僕の知ったことじゃないよ。というか、もう止める権限は僕には無いし』

 

こともなげに、目の前の子亀は切り捨てる。既に朽ち果てたその言葉からは、もう外の世界がどうなっても良い。そんな壊れた思考回路は、私には理解できない。

更に反論しようとした私を、サリーが私の肩を叩いて止める。

 

「メイプル、言っても無駄よ」

 

「でもッ……!」

 

「それに、このまま放っておいたらティアンの犠牲だけじゃ済まないわ」

 

つまり、この間にも、外では今でもこの〈UBM〉が操るモンスターが王都に向かっている。

もたついてたら本当に王都が潰される。

それは……本当に最悪すぎる展開だ。

 

「――ねぇ、教えて。どうやったら止まるの?」

 

『やっとやる気になったんだね。もう一度説明するけど、四肢の――つまり4つの脚にある魔力核を破壊することだよ』

 

「それって、普通に砕いて大丈夫なの?順番や、一斉にって事は?」

 

サリーが念入りに尋ねる。確かこういうのって、4つ同時とか、順番に砕かないと罠が作動したり、再生しちゃうってパターンだよね?

 

『ううん。何にもない。普通に砕くだけでいいよ』

 

返答に黙りこむ。多分、【真偽判定】での判定を待っているのかもしれない。

そんなことを考えていた私に、ジュリが答えた。

 

「――亡骸に偽りは無し」

 

「それだけ聞けば十分だわ。別れてコアを砕きに行くわよ!」

 

「でも、距離とかどうするの?」

 

「大丈夫。この〈UBM〉が亀と同じ構造で、ここが心臓と仮定すれば、右足が一番近いはず。メイプルは右足をお願い。私は左足を、ジュリは後ろの2本をお願い」

 

「承諾せり!」

 

ジュリエットも翼を翻して奥の通路へと飛んでいった。

 

「俺らもぼやぼやしてる場合じゃねぇぞ。とっとと魔力核ってのを潰しに行くぞ」

 

ヒドラの呼びかけで、私も急いで、右前足に当たる場所へと走って行く。

サリーも私と反対側の通路へと駆け出し、私とヒドラが通路に入った時点でウィンドウが表示された。

 

 

【クエスト【《霊峰山亀グランディオス》討伐 難易度:七】を受け付けました】

 

【クエスト詳細はクエスト画面をご確認ください】

 

 

難易度七。私が<Infinite Dendorogram(この世界)>に来てから受けたクエストの中で、群を抜いている難易度だ。

失敗すれば、王都が潰される。レイさんやペインさん達のように、あそこに深い思い出は私には無い。けど、そんな理由で王都を、あそこに住むティアンを見捨てたら私もPK連中と同じになってしまう。それはもうあの大鎧に復讐する以前の話だ。

 

「絶対に潰させない!」

 

 

 

 

グランディオス内部・右前足内部 【大闘牛士(グレイト・マタドール)】サリー・ホワイトリッジ。

 

 

流石に脚部だけあって、常に地面が動いていて走り辛い。幸い一そこまで入り組んでないから迷うことは無いけど。

それに、リクガメ型なら四肢はひれじゃなくて、脚になっているから、かなり移動に手間取るかと思っていたけどそんなことはなかった。

私はSTRとAGIを脚力に集中させて、バッタ宜しく跳躍を繰り返して揺れの影響を極力受けないように、壁や天井を足場宜しく蹴って奥へと進んでいく。

 

(もし王都が滅んだ事が知られたら、戦争云々以前の問題よ!)

 

メイプルには伝えていないけど、このクエスト、失敗した時のリスクが想像以上に膨大だ。遊戯派の視点からすれば世界派よりもホイホイ思い当たる節が出てくる。

 

王都が滅ぼされた場合、まず起こるのは『〈マスター〉の他国流出』と『アルター王国のルーキー増加の打ち止め』。

王都、すなわちアルター王国の中心が潰された場合、ただでさえ死に掛けの王国は回復不可能な大打撃を受けてしまうし、復興までには年単位の時間を要する。オマケに王国の入り口が潰れてしまえば、〈マスター〉は他のスタート地点を選択し、既に所属している遊戯派の〈マスター〉の大半も他の国へと流れるだろう。それもそうだ。これから遊ぶって時に、スタート地点を態々廃墟に選ぶ人なんていない。

指導者が死のうが生き残ろうが、この結果は変わることはない。

 

もう一つはご存じの通り『ドライフの進撃』。

 

このことがドライフに伝わった場合、千載一遇のチャンスとして一気に攻め入るのは明白だ。復興中の国ほど潰すのに容易いものはない。

前の戦争のように膨大な報奨がまだ出せるのであれば、王国のシュウさんやフィガロさんが参戦することになっても、制圧できないわけじゃない。

 

他にも色々あるけど、総じて最悪の結果は、『地図上からアルター王国、もしくはアルテアが消滅する』ということ。

いつの間にか、私達3人の双肩には王国の未来が掛かっている。メイプルに下手にプレッシャーを感じさせないためにも、早々に行動へと舵を切ったのは正解だった。

 

「――あれか?」

 

通路の奥から光が差し込み、そこへ地面を転がって着地すると、私の目の前に巨大な球体が、柱の一部として組み込まれたまま、心臓のように一定のリズムを刻むかのように光が点滅している。

間違いない。これがグランディオスの言っていた魔力核だ。

 

「……どうか罠とかありませんように!」

 

レイピアを抜刀し、高く跳躍して魔力核へと鋭い突きを放つ。

が、直後に弾かれる。着地してレイピアを見ると、若干先端が欠けてしまっている。

なるほど。そういうこと。

 

「アホみたいに頑丈って訳」

 

最悪だ。

私の今のジョブ構成は堅い相手とは相性が悪い。

回避盾を目指すとか言っていたけど、よくよく考えたら攻撃面はあの時は考えていなかった。そのツケが今になって返ってきたということか。

 

「今度は職人に、頑丈な相手対策で良いのが無いか相談しとこ」

 

これからの事を考え、私は再び魔力核の攻撃を再開した。

 

 

 

 

同刻、右後足方面。

 

 

爆発と共に煙が部屋中を包む。

煙が晴れると、魔力核が砕かれ、上下に分かれた柱が姿を現し、柱にも灯されていた光が消える。

 

「まず一つ」

 

煙を切り抜け、ジュリエットが翼を翻してきた道を高速でUターンして左後足へと向かう。

 

「これだけ硬いと、他の2人は苦戦するかも」

 

ため息交じりに前足のそれぞれを担当した2人を案ずる。だが彼女も魔力核の破壊には時間を要した。理由は2つ。

まず第1に、魔力核そのものの強度。流石にこちらは長い年月で多少脆くなっていたが、それでも硬いことに変わりはない。ジュリエット愛用の剣も食い込むことなく弾き返されたくらいだ。

第2に、魔法耐性。《看破》で調べた結果、この魔力核には《呪術完全耐性》と《闇属性魔法完全耐性》が備わっており、ジュリエットの得意とする呪術と闇魔法が一切意味を成さなかった。必殺スキルで強引に、という手も考えたが流石に脱出も考えるとおいそれと使う訳には行かない。

そこで彼女がとった行動は、《風属性攻撃による破壊》。【黒翼飛翔フレーズヴェルグ】には超音速軌道を齎す他、闇属性と風属性の能力が備わっており、そのスキルを使って破壊に成功したのだ。

 

「ともかく時間も無いし、次の破壊に向かおう」

 

正直、助けに行きたいのは山々だ。しかし〈UBM〉の性質上、自分が下手に討伐に貢献してしまうと折角メイプルが見つけたチャンスをふいにしてしまう。

実力差がかけ離れた2人は〈UBM〉の討伐は不可能だと彼女も内心思っていた。が、メイプルの強い思いに気圧されたのと、自分の初の友達と言う衝撃で思わず断ることができずに同行してしまった。そのことを思い返すと改めて自分が馬鹿らしく思えてくる。

それでも――。

 

「MVPにはさせたいんだよね」

 

なれるかどうかわからないけど、それでも僅かに可能性があるならそれに賭けてみたい。

 

「その為にも、ほどほどの貢献をしないと。がんばれ私。これは難題だよ」

 

ある程度は貢献し、それでいて突出した活躍はしない。

彼女にとっては、自分以上のランカーに勝つ以上の難題に立ち向かっていた。

 

 

 

 

グランディオス内部・左前足内部。

 

 

「や、やっと着いた……」

 

メイプルとヒドラも、今やっと魔力核へと到着した。AGIは【盾士】のステータスも併せて150近い。

彼女も彼女なりに急いで来たのだが、何分ジュリエットやサリーと比べると俊敏性は圧倒的に遅い。

 

「で、どうする?」

 

「どうするって、この魔力核の事?」

 

「ああ。大体10メートルくらいはあるぞ」

 

メイプルとヒドラが揃って見上げる。

ジュリエットのような翼も無ければ、サリーのように身軽でも無い。ステータス補正がされているとはいえ、メイプルの身体能力はそれほど高くはない。

歴戦の〈マスター〉ならたった10メートル上の魔力核を潰すのは容易いだろう。

が、2人にはこの10メートルの高さが、天を貫かんばかりに聳え立つ尖塔にすら錯覚してしまいそうだ。

 

「天井と床に通じている部分を壊して倒してから壊すのはどうだ?」

 

「余計に時間がかかっちゃうよ!」

 

「駄目かー……」

 

「助けが来るまで待つ……いや、これも無理だな」

 

「【ジェム】は……持ってないや。ちょっとはダメージを与えられそうだと思ったのに……」

 

頭をひねっても中々いい考えが浮かばない。ウィンドウを開いてステータスを確認しても、俊敏性が増える筈がない。

筈が無いのだが……。

 

「……あ」

 

何か思いついた。

 

「どうした?」

 

「ねぇ、《カバーダッシュ》って上にも対応できるかな?」

 

「上?上って、頭上とかそういう意味か?」

 

突然発言したメイプルに思わず目を丸くするヒドラ。

 

「そう。それでダッシュしながら攻撃を当てれば、ダメージは入るんじゃないかな?」

 

要するに、彼女は《カバーダッシュ》の移動による勢いを、攻撃へと転換させられるかと言っているのだ。

普通の〈マスター〉、もといプレイヤーならば……おそらくティアンでもそんな方法に考えには至らないだろう。

それこそシュウのように手段を択ばずに可能性を掴むような人物でもなければ。

 

「つったって、あの2人が来るのを待つことに変わりないんじゃ……?」

 

「何言ってるの。目の前にいるじゃない」

 

「……あー」

 

よくよく考えれば、以前【マッドスワンプ・ゴーレム】を人形態と武器形態と切り変えるという戦術で下していた。

こういった他者からは思いもしない視点での閃きや思い付きに至るというのは、メイプルの隠れた強みなのかもしれない。

 

「試す価値はありそうだな。予備は?」

 

「ばっちり」

先のテロで、ヒドラが破壊されてしまった場合を想定しての予備武器をどや顔で見せつける。

双方既に準備は整っていた。すかさずヒドラを現パーティに加えると、直後に彼はメイプルと魔力核を結ぶ前方斜め上の壁の出っ張りを掴む。

緊張を紛らわすために2、3度深呼吸を繰り返し、予備の大盾を構え――。

 

「――《カバーダッシュ》!」

 

STR任せの脚力による跳躍。護衛対象たるヒドラへと突進していく。ウィンチでワイヤーを巻き取るかの如く、まっすぐヒドラに――ヒドラとメイプルの間にある魔力核に激突する。直後に跳ね返され、地面に身体を打ち付けた。

 

「大丈夫か?」

 

「平気!けど、流石に攻撃力が足りなすぎるかも……」

 

「だったら、《ストロングホールド・プレッシャー》も加えたらどうだ?跳躍した勢いとそのスキルの攻撃力を加えれば、亀裂くらいは入るかもしれねぇ」

 

「あ、そっか!」

 

威力が無いなら上乗せすればいい。

思いついたメイプルは、今度は跳躍地点から数メートルほど離れ、そして駆け出す。跳躍はスキルによるものなので余り意味は無いもの。いわゆる気持ちばかりの助走だ。

あらんばかりの俊敏性(AGI)を乗せて、踏み込み地点で脚力に(STR)を込めて、跳び上がり、

 

「《ストロングホールド・プレッシャー》」

 

大盾で殴りつけた。

高い防御力を攻撃力として扱い、魔力核目掛け叩きつける。

先程の《カバーダッシュ》のみの攻撃モドキと違い、わずかながらに魔力核に亀裂が走る。

 

「よっし!」

 

再び落下して、今度はどしっと着地する。ポーションを取り出して、SPやHPを回復すると、確信を得る。

 

「これならいけるよ!」

 

「なら急ぐぞ!時間がねぇ!」

 

壁にしがみつきながら、ヒドラが叫ぶ。

急ぎ魔力核の破壊に、尽力を尽くしに行く。

 

 

 

 

『……』

 

グランディオス・コアは同じ場所で佇みながら、外の世界を眺めていた。

メイプル達が去った後と変わったことと言えば、円周に沿ったウィンドウがグランディオス・コアの周囲を囲むように何枚も表示されている。まるでSFアニメか何かを思わせる。

 

(今の所、王都までの距離は30キロメテル。あれを使う距離としては十分。コア損傷率……後部右脚部、及び後部左脚部100%。前部左脚部78%。前部右脚部52%。なるほど、1か所苦戦してる所があるけどなかなかやるね)

 

だが、無情にも時は止まることなく時針を進め、残り時間は3分を切っていた。

 

(寝すぎたかなぁ……?)

 

正直、彼にとってはどうでもいい事だった。別に、【大死霊(リッチ)】が組み込んだ命令で動いている訳ではない。

親竜と共に静かに暮らしていたのに、どこからか現れた【大死霊】の手によって彼にとっての日常は引き裂かれ、親ともども生きたままアンデッドへと変えられた。

もう日常へ戻ることはないと理解してしまった彼は、既に気力は枯れ果てていた。

――故に、何もかもを破壊しようと思い至った。命令ではなく、自分の意志で。

 

(外で〈マスター〉が攻撃しているみたいだけど、無駄だよ)

 

外部からの攻撃で、グランディオスの進行は若干ながらも遅延に成功している。

が、それはグランディオス・コアにとっては些細な事だった。もう既に王都の殆どが範囲に入っているのだから。

 

『残念だけど時間切れ。潰させてもらうよ』

 

魔力核の損壊率は左前脚は90%に迫っている。

だが、そんなことはもう関係ない。これから王都は滅ぶのだから。

 

『《万里蹂躙セシ大陸ノ槍(ガイナス・グランシャリオ)》』

 

その一撃が、振り下ろされようとした。

 

 

 




(・大・)<難易度が思ったより低いのは、突入前に会ったジョージが連絡を行った事により、大多数レイドになってしまったから。



【デンゴンパロット】

カルディナに生息する極彩色のインコ型モンスター。
スキル型で、ステータスもほぼSPに全振りしている為、戦闘能力は皆無。
【飛行】持ちで長距離飛行に長ける他、鳥類の中では高い知性を持っていて、【真偽判定】、【伝言記録】、【伝言再生】によってカルディナに住むティアンの通信機替わりとなっている。
デンゴンパロット自身も人間との共存が長く生きられると理解している。エサ代も割と安価。《隠蔽》系のスキルが無いと狙われやすいのが欠点。

(・大・)<いわゆる廉価版【ブロードキャストアイ】。

(・大・)<飼育されているのでカルディナのバザールでもよく見かけるモンスター。

(・大・)<ただし主な生息地がカルディナ&有用性の高さからかなりお高い。

( ・大・)<他国でもそれなりにするのに、カルディナだぞ?


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極振り防御と〈UBM〉。おわらせたい。1。

(・大・)<モンハンライズがめっちゃ面白い。

(・大・)<めっちゃ面白いから多分執筆とかも遅れると思うので、

(・大・)<今の内に投稿です。


※ちょっと終盤の辺りを修正しました。




グランディオス内部・左前足内部。【大闘牛士(グレイト・マタドール)】サリー・ホワイトリッジ。

 

 

ヤバいヤバいヤバいヤバいヤバいマジで時間が無い。

グランディオスの言っていた時間までもう10分切ってる。

魔力核はやっと半壊程度の傷になったけど、戻る時間とかも入れるととてもじゃないけど間に合わない。

硬い敵に文字通り歯が立たない私の現状がここまで酷いなんて思いもよらなかった。

しかもさっきの地響きで、もう嫌な予感しかしない。

 

――マスター!

 

不意に頭の中で声がしたと思ったら、私の身体が後ろに跳んだ。

カーレンが操って私を動かしたのか。

勝手に何をやってるのって叫ぼうとしたけど、それより早く【危険感知】に反応してすぐさま下がる。

次の瞬間、巨大な轟音と共に魔力核が柱諸共粉々に砕け散る。それだけじゃない。壁も天井も、ついには部屋中に破壊が伝染する。

 

「うわわわわわわわわわ!?」

 

破壊が破壊を呼び、部屋中が崩れていく。カーレンと【危険察知】のおかげで生き延びたけど、外で何が起きたの?

 

「サリー、無事か!?」

 

その声に、私は思わず目を丸くする。

金髪、赤黒い鎧、右腕に毒々しい紫の手甲を、左腕はどこぞの海賊のようなフック義手。

最早王国の中では知らない人はいない。

ジュリエット命名、《黒紫紅蓮を纏いし光と闇合わさりし勇者》――もとい、《不屈(アンブレイカブル)》の二つ名を持つ話題のルーキー。

レイ・スターリング。

 

「レイさん、どうしてここに!?」

 

「ある人からここに〈UBM〉が来てるって聞いたんだけど、まさかこんな風になってるなんて思わなかったな」

 

ある人……。多分、ジョージって人が連絡を寄越しておいたのかも。

 

「外は大パニックだぞ。こんなデカブツ今まで見たことは無いからな」

 

それもそうね。こんなのが王都に迫ってるなら今頃王都は上の下への大騒ぎだろう。

 

「で、レイさんはどうして?」

 

それはそうと本題。

“どうして”もそうだけど、“どうやって”もある。グランディオスの体内にどうやって入ったのだろうか。

 

「そうだな……ちょっと説明に時間は無いけど……」

 

そう言って、レイさんは私に簡素に説明した。

 

 

 

 

数分前。アルター王国 上空。【聖騎士(パラディン)】レイ・スターリング。

 

 

グランディオスの姿を目視した俺は、そのままアルテアへと向かった。

先に来ていた【デンゴンパロット】の飼い主は既にこのことをギルドに報告していたらしく、聞きつけた〈マスター〉が我先に特典武具を手に入れようとグランディオスを迎撃しに行った。

俺も【集う聖剣】や【炎帝の国】、迅羽にも報告をして今シルバーに乗って再びグランディオスの元へと向かっていった。本当はフィガロさんにも手伝ってもらいたかったが、あいにく〈墓標迷宮〉にいるらしい。

 

「やばい」

 

で、上空に出た俺の第一声がこれ。

グランディオスはもうアルテアまで30キロを切っている。歩みは遅いけど、デカさに比例した1歩1歩の歩幅は当然広い。

 

「畜生、全然倒れねぇぞコイツ!?」

 

「ヤバい、MP尽きた!」

 

「なんでHPが減ってねぇんだよ!?チートか!?」

 

 

地上では特典武具狙いの〈マスター〉が攻撃を開始している。

魔法を中心に攻撃されているが、どの攻撃も致命傷には至らないようだ。

前衛も巨大な足で潰されないかと位置取りに手間取っているらしい。

 

「GuuAAAaaaa!!!」

 

巨大な咆哮に思わず耳を抑えてしまう。それと同時に半径100メートル近い円が浮かび上がり、直後に地面が沈み、大量の光の塵が霧散する。今のでどれだけの〈マスター〉がデスペナになったんだ。

 

『《看破》でもあれば、奴の状態を分かるはずだがのう』

 

「言ってる場合じゃねぇよ。兎に角やるぞ!」

 

既に大剣形態となったネメシスを手に、俺はグランディオスの正面向かって左側にシルバーを走らせる。

そして【聖騎士】のスキル《聖別の銀光》を発動し、グランディオス目掛けて空を駆ける。

 

「おおおおおおおおおぉぉぉぉぉぉぉ!!!!」

 

頭から尻尾へ。剣を突き立てて線を引くように斬る。正直、健在の右腕が後ろに引っ張られて今にも肩からちぎれてしまうかと思うほどに硬い。それでも最後まで耐えきって斬り裂き――、

 

「――全然効いてねぇ!!」

 

ダメージらしきものは受けた様子は無い〈UBM〉に絶叫が出てしまった。

 

『……レイよ』

 

「ああ。見えてるよ」

 

さっき斬った所がすぐに塞がっていく。コイツ、【ガルドランダ】みたいに弱点以外は再生できるのか。

それに多分だが、あれは()()()()()()

 

「《銀光》の攻撃でも再生しやがった……!」

 

《聖別の銀光》は攻撃がアンデッドに対して10倍のダメージを与える聖属性になる上に、再生能力を阻害する聖なる光を纏う。スピリット系のモンスターにも有効だ。

それでもグランディオスは再生した。質量をもったスピリットというなら話は別だと思うけど。あれがアンデッドなら今の傷も治らないはずだ。

 

「あれは……?」

 

ふと目に入った光景に、俺は釣られて眼下の景色を見下ろす。

場所は《ウェズ海道》の果て。地響きと重力の鉄槌で地面にいくつもの小規模なクレーターができている。

それに交じって、草原が抉れている痕を見つける。潰された、と言うよりは吸い寄せられたような……。

その疑問は、グランディオスの足元に目を移すことで解消された。

 

「地面を吸収して再生しているのか?」

 

足元を見ると、グランディオスの4本の足へと地面が吸い寄せられるように蠢いている。

吸い寄せられる地面に比例して、グランディオスの傷も塞がっていく。なるほど、これがトリックの正体って訳か。

 

「アイツ、4本の足が地面についてないと再生できないのか?」

 

『それか、4本足のほうが効率が良いのかもしれぬぞ?』

 

歩いている最中は再生した様子は見られない。あの能力はしっかり地に足を付けていることが発動の限定条件らしい。そうでなかったとしても、4本足ならそう時間がかからないということだろうか。

今も下では〈マスター〉の攻撃で進行は遅れている。このまま攻撃し続けてくれれば、いずれ王都に居るフィガロさんや迅羽にも話が届いて――。

 

『レイ、横だ!』

 

ネメシスの叫びでふと我に返って振り返る。

目の前に迫っていたのは、巨大な岩と土の尻尾。

 

「《カウンターアブソープション》!!」

 

巨人の腕。それは比喩なんてものじゃない。文字通り巨大な攻撃を紙一重で張ったバリアでしのぐ。

が、まるで障子紙を突き破るように数秒のうちに砕け散った。

 

「もう一度ッ!!」

 

再び《カウンターアブソープション》で防ぐ。

2枚目も同様に砕け散り、3枚目を展開。

――それも、数秒で砕かれた。

 

(こっ、コイツの攻撃は《カウンターアブソープション》の許容量ダメージを軽く上回ってるのか!?)

 

眼前に迫る、もう何度も経験した確実な死。

60万を軽く上回ったこの攻撃は、俺のHPを確実に消し飛ばすだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「「――でええええぇぇぇいッッッ!!!」」

 

死を覚悟した瞬間、後ろからの幼い雄叫びで俺は正気に戻る。

耳をつんざく轟音が俺の命を吹き飛ばそうとした岩塊を粉々に打ち砕く。

目の前の死から免れた俺は、すぐさま手綱を操り、踵を返して落下する白と黒をシルバーの背に乗せる。

 

「2人とも大丈夫か!?」

 

「はい、ありがとうございます!」

 

「助かりました!」

 

白と黒、ユイとマイの姉妹を連れ、俺は一旦下へと降りていく。

 

 

 

 

《ウェズ海道:〈マスター〉戦線》

 

 

俺が地面に降りると、バイクに乗った〈マスター〉が声を掛けてきた。

 

『間に合ったみたいだな』

 

「兄貴が言ってた援軍って、ライザーさんの事だったのか」

 

『ああ。【破壊王】に言われてな』

 

頷くライザーさんは、未だに進撃を続けるグランディオスを見上げる。

2人が砕いたのはほんの尻尾の先。奴からすればほんの蚊の一刺しみたいなもの程度だろう。

 

「とりあえず、俺が見つけた奴に関する情報を伝える」

 

このまま放っておいたら王都が確実に潰れる。

俺が知ってる中では《フランクリンのゲーム》並みに未曽有の危機に晒されている。

あそこが〈UBM〉の手によって潰されるのを黙って見ているなんて、そんなの後味が悪すぎる。

そんな最悪な結末を避けるために、俺は発見したグランディオスの情報の一切をライザーさんに伝えた。

 

『足から地面を吸収して再生か……。極論だが、脚部を破壊すれば再生能力をある程度阻害できるって事か』

 

それなら足を崩して再生能力を防いで、本体を見つけて叩くと言いたい所だが、一応初心者狩場も兼ねているこの《ウェズ海道》は、今後アルター王国を選択してくれる〈マスター〉や、ここを使うティアンの為にも、できれば被害を最小に抑えたい。

 

『……強化型の必殺スキルを持つ奴と共に脚部を集中攻撃してもらう。レイ君、君のスキルはどうだ?』

 

「足に風穴を開けるくらいであれば余裕だ」

 

俺の代わりにネメシスが自信満々に答える。いや、その足を砕くのが目的なんだけど。

 

「あれ?こういうのって必殺スキルや奥義で一気に吹き飛ばしたほうが良いんじゃないんですか?」

 

あの怪物を倒す作戦を立てる中、ユイが手を上げて質問した。

 

『確かにそれもアリだが、もしもの可能性も考慮してな。そういうタイプの〈マスター〉には後処理を任せてもらいたい』

 

確かにあれが本体の操作で動き、体内に本体があったとしてもそうでなくても、本体のコントロールが途絶えた瞬間崩れ落ちる可能性もある。

何人応じるかわからないけど、その手の〈マスター〉には協力を仰ぐしかない。

 

「……あれ?」

 

作戦決行しようとした時、マイが声を上げた。

 

「どうした?」

 

「何か、急に止まったんですけど」

 

見ると、グランディオスがその進行を止めていた。

〈マスター〉達も思わず攻撃を中断し、困惑したようにグランディオスを見やる。

何が起きるか警戒していた時、地響きが轟き――、

 

 

 

 

後ろ足2本で立ち上がった。

そう、立ち上がったのだ。

 

「なっ!?」

 

あり得なかった光景に全員絶句した。あんな腐った巨躯のどこにそんな器用な芸当ができるんだ。

いや待て。それ以前にどうしてこんなことをした?

 

「まさか、ここから王都を攻撃をするつもりなのか!?」

 

誰かが叫んで、俺もそれを理解してしまった。

態々ご丁寧にアルテアを踏み潰す必要は無い。広範囲攻撃スキルがあるなら、その射程内まで移動すればいい。

今の今まで重力と巨体に圧倒されて、俺達は範囲攻撃というありふれた可能性を無意識のうちに取り除いていてしまったんだ。

 

『――ッ!!強化系の必殺スキルを持つ〈マスター〉は一斉に発動して〈UBM〉に集中攻撃を仕掛ける!』

 

ライザーさんの声で、一部の〈マスター〉が必殺スキルを発動。強化された一撃を2本立ちのグランディオス目掛け放ちまくる。

俺らもこうしてはいられない。再びシルバーに乗って正面から奴を迎え撃つ為にユイとマイを伴って空を駆ける。

 

「おーい!」

 

上空でグランディオスに迫る中、一つの騎影を見つけた。

炎を思わせる毛並みに、四肢にオウムやカナリア程度の翼を生やして空を駆ける獣。

 

「フレデリカか!」

 

「ドラグさんも!」

 

「よう、とんでもねぇ奴と鉢合わせたみたいだな!」

 

「これで3体目でしょ!?どういう引き運してんのさ!」

 

「今回は俺じゃねぇよ!」

 

ともかくこれで4人。ライザーさんを含めて5人。

これでいけるか?

 

『ともかくやるしかない!』

 

「ああ、そうだな!」

 

立ち止まっていなんかいられない。動かなければその先は確実なバッドエンド。

それを阻止するためにも、わずかな可能性の中から最高のハッピーエンドを掴み取るまで抗うだけだ。

 

「そろそろ射程距離だ。後は頼むぞフレデリカ」

 

「任せといて」

 

「私達も」

 

「準備完了です!」

 

「よし……やるぞッ!!」

 

俺の声と共に、最初にドラグさんがキャスパリーグの背から飛び出した。

 

「■■■■■■■■■――――――ッ!!!!!」

 

必殺スキルと《フィジカルバーサーク》を併用し、叫びにならない雄叫びを上げ、豪快な一撃を右前足叩き込む。

立ち上がったグランディオスが僅かに後ろにのけぞる。

 

「「うりゃああああぁぁぁぁーーーーッ!!!」」

 

追撃にユイとマイが左前足に強烈な一撃を叩き込む。

最大限のパワーで叩き込まれて、同じくらいにのけぞった。

 

『レイ君!』

 

「応!」

 

続けて俺とライザーさんが飛び上がり、ライザーさんが必殺スキルを発動。

狙うは、それぞれの前足……!

 

『《ライザーキィィィィィィィィック》!!!!!』

 

「《復讐するは我にあり(ヴェンジェンス・イズ・マイン)》!!」

 

それぞれの攻撃で、両前足に抉られたような()()()()()()()()()()()()()()

地上の〈マスター〉達も、きっと俺達と同じように絶望に染まっているのかもしれない。

 

『まだ砕け切っていない!』

 

あれだけの攻撃で風穴程度なんて。あり得ないレベルの頑丈さだ。

そして……俺達の対抗手段は完全に使い切ってしまった。

 

『GuoOAAAAAAAAAAaaaaaaaaaaaaa!!!!!!!』

 

巨体が振り下ろされる。それはさながら、巨大な山が空から降ってきたような光景だ。

これが直撃すれば俺も、ユイとマイも、ライザーさんも、ドラグも、フレデリカも、迎撃に出ている〈マスター〉も、そして……アルテアに住む人々も確実に死ぬ。

即ち、詰み――。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――《竜気発頸》」

 

刹那、筋骨逞しい男が掌を叩きつけた。

何が起きた?あの男は誰だ?

停止した俺の脳が再びエンジンを吹かすまで数秒は掛かったと思う。

次の瞬間、見知らぬティアンが掌底を放った場所から無数の亀裂が走り、首を――それだけでは飽き足らず、両前足へと広がっていき……粉々に崩れ落ちた。

 

「うっそだろぉ!?」

 

思わず声が出てしまったけど、多分下に居る奴らも同じ感想だと思う。

そりゃそうだ。自分達が必死こいて攻撃続けていたのに今の今まで掠り傷すら負わせていないのだから。

 

『レイ君、早く!』

 

ライザーさんからの一喝で漸く思考のエンジンが息を吹き返す。

体勢を立て直して再びぽっかりと空いた左前足の断面から、単身乗り込んでいった。

 

 

 

 

「――って訳だ」

 

「ご苦労様です」

 

思わず声を上げてしまう。一応レイは簡素に説明したつもりである。

 

「とりあえずコアの所に戻ろう。ジュリエットは壊してもう戻ってるだろうと思うし、メイプルのほうも、多分終わってるかも」

 

 

 

 

レイと合流したサリーは、彼らと共にグランディオス・コアの元に到着した。そこには既にメイプルとヒドラ、ジュリエットも到着しており、怜を加えた4人は未だに佇むグランディオス・コアに武器を構える。

 

『外の連中はそこの片腕の人の仕業?』

 

「大体そんなところだ」

 

レイの応答にグランディオス・コアはおよそ普通の亀では出せないであろう深いため息を吐いて頭を振る。

 

『全く……甲羅と多少の腐肉しか無い身体で、頭を吹っ飛ばされたのは初めてだよ。超級職のティアンでもいた?』

 

「かもな。俺もよく知らないけど」

 

「けど、これで4つの魔力核は潰したよ。さっきの重力の檻は解除されたんだよね?」

 

『ああ。解除されたよ。しっかり始末してくれよ?』

 

「んじゃあ、とっとと終わらせよう。再生されてまた動き出したら今度こそアルテアが潰されちまうからな。メイプル、これを」

 

早速討伐しようとした矢先、レイがアイテムボックスから2つの小瓶をメイプルに渡してきた。

 

「これは?」

 

「ライザーさんから使えって預かったんだ。身体能力を上げる丸薬と、聖属性を付与する【加護水】だ」

 

レイから受け取った2つのアイテムを、早速メイプルは使ってみる。

丸薬を呑み、武器形態になったヒドラの盾と剣に【加護水】を掛ける。

これで討伐の準備は揃った。

武器化したヒドラを手に、一歩一歩グランディオス・コアとの距離を詰める。

 

「終わらせるよ。これで」

 

『そうだね。終わらせたいよね……。じゃあこっちも切り札を使わせてもらうよ』

 

「え?」

 

『――《重躙世潰》』

 

呟いた瞬間、天井に部屋一帯を覆うほど巨大な魔法陣が展開される。それがゆっくりと下降し、地面に触れる。

刹那、メイプルの身体が非常に重くなり、直後に何倍にも強化された重力が襲い掛かる。

 

「あ、が……ッ!?」

 

「メイプルッ!?」

 

メイプルの異変にサリーが駆け寄ろうとするが、彼女の手をジュリエットが掴んでそれを阻む。

 

「何するの!?離して!」

 

「……状態異常」

 

「は?」

 

「3つの状態異常が、彼女を襲っている……!」

 

すでにジュリエットには見えていたのだ。

メイプルを《看破》で見た時、グランディオス・コアが先程のスキルを発動した直後に【拘束】、【呪縛】、【鈍重】の3つの状態異常に陥っていることに。

 




(・大・)<一応明日も投稿予定。

(・大・)<プリコネのSAO小説はかなり長くなりそうなんで、幾つかに分割予定です。

(銃槍・大・盾)<バサル装備がガンランサーの自分にどマッチしたスキルになってビビッた。




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極振り防御と〈UBM〉。おわらせたい。2。

(・大・)<やっとUBM戦終了。

(;・大・)<……どれだけ話数使った?


 

【霊峰山亀グランディオスという《UBM》について】

 

 

霊峰山亀グランディオスという《UBM》は、一般的な《UBM》の種類としては、多彩なスキルを持つスキル特化型と、ある特定の条件下限定で無敵に匹敵する強さになる特定条件型の複合型に分類される。

外殻――つまり親竜は3つ。

直径500メートル内の重力を跳ね上げ範囲内の敵を圧殺する《重破鉄槌》。

欠損した肉体を不要な臓器と外界の土木を吸収して修復する《吸収再生》。

絶大な範囲を持ち、巨大な地面の棘を隆起させる、必殺技とも呼ぶべき《万里蹂躙セシ大陸ノ槍(ガイナス・グランシャリオ)》。

 

対して中枢核――子竜たるグランディオス・コアは4つ。

外殻と同じ《重破鉄槌》。

自身を中心とした半径30メートル以内の重力が常に数百倍とし、魔法や呪術すらも重力で叩き潰す《重界の檻》。

そして四肢の魔力核を絶たない限り無限に発動し続け、外部からの攻撃、結界外からの直接攻撃を無効化する《零核甲》。

そして子竜が持つ必殺技とも呼ぶべき――最終手段。

相手の動きを封じる【拘束】、呪術によるSTRではなくMPに依存する拘束手段【呪縛】、そしてステータスに関係なく肉体の動作速度、及び動作範囲を制限をかける【鈍重】。それらの状態異常を断続的に与え続けたうえで数百倍にした重力の檻に閉じ込める《重躙世潰》。

合計で7つ――《重破鉄槌》を混合するので厳密には6つ。これでも古代伝説級の〈UBM〉の中では中位に位置するのだ。

それでも内部に侵入されることが無ければ、延々と巨体の鎧を無意味に攻撃し続けることになる。

 

その古代伝説級の力が、今たった一人のプレイヤーに襲い掛かっていた。

 

 

 

 

「あ、……がッ……!」

 

【拘束】と【呪縛】で動きを封じられ、更に【鈍重】で重くなった動作に数百倍の重力で潰される。

《城塞盾士》の高いSTR、そして丸薬のおかげで何とか即死には至らないものの、じわじわとHPが減っていっている。このままデスペナルティになってしまうのも時間の問題だ。

 

「どうするの!?このままじゃメイプルが……!」

 

「だが、手を入れただけでもすさまじい重力だぞ……!」

 

ネメシスが試しに手を伸ばしてみるが、伸ばしきった瞬間に下へ引っ張られる。それほどに強大な重力がこの部屋を支配しているのだ。

だが、助けに行くということは……。

 

「それ以前に、助けに行ったら俺達が特典武具が手に入っちまう可能性が出てくる」

 

率先して特典武具を得んとするなら、もしくは特典に関係なく〈UBM〉を倒すのであれば、この場で救助に当たっていただろう。

だが、今回は『メイプルが特典武具を入手する』という目的が足枷となり、下手に動けば彼女が特典武具を得る可能性がどんどん減っていってしまう。

目的が制約となり、無意識にレイ達の動きが悪くなる。

 

「だがな……」

 

それでも、レイの目は死んではいない。

右手を前に出し、掌をメイプルに合わせる。

 

「《ファーストヒール》」

 

発動と同時にメイプルの身体を淡い光が包む。

同時に目減りしていたメイプルのHPが、僅かに回復する。

 

「俺はとにかく回復で時間を稼ぐ。どうにか逆転の方法を考えるんだ!」

 

レイの回復魔法で何とかHPの減少は抑えられる。だが、それでボヤボヤできるとは限らない。

彼が時間を稼ぐ中、サリーとジュリエットはアイテムボックスの中を探る。

 

「何か……何か使えるものは無いの……!?」

 

ポーション、余ったアクセサリ、採取した素材アイテム……。どれもこれも現状を打破するには弱すぎる。

 

(ジュリエットの呪術……メイプルが特典武具を得られないリスクが高い!レイさんのカウンターは……ストックはさっき使っちゃったみたいだし、攻撃を当てないとそもそも意味が無い!私が突入しても、こんな重力の中じゃ数秒も持たずに死ぬ!)

 

提案が浮かんでは速攻で却下される。アイテムボックスのウィンドウの右端のスクロールバーを何度も上下させるが、それで名案が浮かぶわけでも、ましてやアイテムが増える訳でもない。焦りが募っていく内に、サリーの頭の中で一つの答えがよぎる。

 

――もう自分ではメイプルに何もできない。

 

そもそも、ルーキーを卒業して間もない自分に何ができる?

特典武具も無いくせに、背伸びをして今度は自分が友達を目の前で失うのを目の当たりにするのか?

溢れる絶望感に押し潰されそうになって、周囲を見渡す。

精々頼れるのはジュリエットの特典武具くらいしかない――。

 

「……!あった、これだ!」

 

その時、サリーには光明が差し込んだような思いで溢れた。何かを思い出したように、レイの右手――黒紫の瘴炎手甲を握る。

 

「――そうだ、これがあった!」

 

「え?」

 

「あったのよ、本当に本当の最後の手が!!」

 

「――あぁ!」

 

釣られてレイもようやくその意図に気が付いて思わず声が上がった。

 

「何か思いついたの?」

 

「ああ。とっておきの秘策だ!」

 

レイの表情は確信めいたものを浮かべていた。

ならば早急に行動するべきだ。レイは《ファーストヒール》をメイプルに掛けてHPを回復させると、翳していた右手を握り、黒紫の鬼の顔を模した手甲を彼女に向ける。

 

「え?」

 

『何を……ッ!?』

 

「《地獄瘴気》」

 

黒紫の鬼の口から、濃紫の猛毒ガスが溢れ出した。

 

『何だこれ、霧……?』

 

グランディオス・コアが周囲を漂うガスを見やる。産まれて――死んでから初めて見るガスに困惑し、メイプルへと視線を移す。

外に居る奴らは入った瞬間潰れてしまう。

だから奴らは手出しはできない。

スキルの範囲内のこの少女を潰せばこちらの勝ちだ。

そう思っていた。

 

「……けふっ」

 

ふと、メイプルが血を吐いた。

グランディオス・コアが彼女を見ると、口元から僅かに液体が零れているのが見えた。

さっき見た時には無かった。何があった?

冷静になった幼竜は、素早く思考を働かせ、一つの答えを導き出した。

 

『――毒?』

 

「ああ。どうやら気体は重力に影響しないらしいな」

 

返答したのは、隻腕の聖騎士。その顔は確信めいたものを彷彿とさせた。

重力が影響するのは生物だけじゃない。無生物を始めとした個体や液体にも影響が及ぶ。

だが空気――ひいては気体はどうだ?形の無い煙が重力に影響して潰れるのだろうか?答えは当然、否。

霧の正体を導いた直後に、グランディオス・コアは再び疑問が浮かび上がった。

 

「な……なんで毒ガスを使ったの!?それってメイプルを余計に苦しめるだけでしょう!?」

 

代弁するかのようにジュリエットが半狂乱気味にレイに叫ぶ。

 

グランディオス・コアは竜ではあるが、現状モンスターの分類としてはアンデッドに属している。

当然死者に対して毒が通じるはずがない。完全な骸と化したグランディオス・コアも然り、このガスで状態異常になる事は無い。

つまり、動けないグランディオス・コアにとっては無意味な目晦ましでしかないということだ。

 

『なんでこんな真似を?アンデッドには効かないはずだよ?』

 

グランディオス・コアの疑問は、当人が一番よく知っているのは当然の事。

彼は知らないだろうが、目の前の隻腕の聖騎士はギデオンに到着した翌日、山賊団の成れの果てである〈UBM〉に対して毒ガスを放ったのだ。“状態異常に陥った相手の一部の摂取によって受けた状態異常も、敵対者からのマイナス効果と看做す”という自らのスキルの裏技を経験した事で単独討伐に至ったのだが。

だが、今回はその手は使わない。

――使う必要が無いのだから。

 

「――“空気中の有毒物質を含んだ気体の中で経口呼吸した場合でも、捕食したものと看做す”。この前の検証で知ってんだよ」

 

狙いはガスに感染した腐肉を食すことではない。毒ガスを放つこと自体が彼にとっての作戦。

煙を破るかのように、一人の少女が立ち上がる。

 

「後はお前の役目だ。メイプル」

 

――聖騎士の声に、小さな盾士は立ち上がる。

 

 

 

 

「やっぱり、能力を知るのは大事だよね」

 

「いきなりどうしたの?」

 

事の始まりは【フランクリンのゲーム】後のメイプルのぼやきだった。レイや他の地域で戦った〈マスター〉の話を聞いていく内に、メイプル自身もやっておかなければならないという使命感に掻き立てられ、その日の内に《我、毒をもって試練を制す(グラッジ・ウォー・ベノム)》の実験に敢行した。

メイプルに呼ばれたレイは、待ち合わせ場所である〈ネクス平原〉にやってきた。

そして彼女から相談を持ち掛けられたのだ。

 

「ガスに対しての効果?」

 

「うん。毒液や毒粉ならお菓子やポーションに混ぜることができるけど、気体はどうなるんだろうって」

 

「確かあの時はまだ第1形態だったのだな」

 

【毒】の状態異常は治せなくても、【聖騎士】には回復スキルがある。後は風向きに気を着ければ問題はない。

自分に影響が及ばないように、5メートルほど距離を置いて右手を向ける。

 

「じゃあ行くぞ。《地獄瘴気》」

 

黒紫の鬼の口から放たれる毒ガスが、メイプルを飲み込んだ。

 

「……どうだー?」

 

「うん。けふっ、ちゃんと発動しましたー」

 

「どうやらガスの中で呼吸して状態異常に陥っても発動するようだな」

 

因みに確認の取れた直後、余計な状態異常を受けて動けなくなった彼女を引きずってギデオンに戻るのだった。

 

 

 

 

【麻痺】、【衰弱】、【猛毒】の3つの状態異常を受けてもなお、立ち上がる。

【麻痺】と【衰弱】は検証の後にアレハンドロ商会で購入した【ミカルのペンダント】で――《蹂躙世潰》の影響で重力に潰され、スキルを辛うじて使える程度まで破損している――無効化している。ただ、【猛毒】はスキルで解毒不可の状態にある。

だがそれは関係ない。

メイプルのステータスさえ強化できれば。

HPが尽きる前に、この重力の蹂躙から真正面から立ち向かうことができれば。

 

(……ま、まだだ!まだ終わりじゃない!幾らこのスキルに立ち向かえるほどに強化できても、無限に動ける訳じゃ無い!)

 

確かに《我、毒をもって試練を制す》の効果時間は短い。

グランディオスとの距離はせいぜい2、3メートル弱。ギリギリ届くかどうかの瀬戸際だ。

効果時間の短さゆえに足早に、それでしっかりと地面を踏みしめてコアへと歩み寄っていく。

もう重力に縛られないという、彼女の意志の表れと同時に、グランディオス・コアの討伐が目前だということに相違ない。

 

『嘘だろ……!?なんで……、なんで君はそうまでして立ち向かうんだよ!?』

 

既に詰んだという事実に、取り乱して吠えるグランディオス・コア。

その絶叫は聞いていないと言わんばかりに、メイプルは一歩一歩、〈UBM〉へと近づいていく。

 

『この国の為か!?この国がそんなに潰されるのが嫌なのか!?こっちは何されたのかもわからずに殺されたんだぞ!!そんな国を守って何の価値があるって言うんだッ!!?』

 

ただ静かに暮らしていたのに、突然現れたアンデッドに理不尽に親を目の前で殺され、自分はアンデッドにされて、そして動力炉として組み込まれて、一切の自由を奪われた。

子供からすれば、残酷な有様だった。いや、むしろ残酷で済むレベルではないのかもしれない。

 

「…国、か……私はそんな、まっとうな理由なんかなじゃいよ」

 

『じゃあいったい何が君を動かしててるんだよ!?』

 

狂ったように叫ぶグランディオス・コアとは対照的に、一歩一歩近付きながら静かに答える。

 

「私は、何もできずに友達が殺されるのを見ることしかできなかった……」

 

ログインした初日、【凶城】のオーナーから身を挺して助けた友達が殺されるのを目の当たりにしてしまったから――、

 

「もう誰も、死ぬところを見たくないから……」

 

PDSTを患ってしまってもなお、自分の目の前で誰かが死ぬのが見たくないから――、

 

「それになにより、あの大鎧を殺さなきゃ、私は始まることができないから……」

 

トラウマを刻んだ張本人は、今もなおこの〈Infinite Dendorogram〉にいる。

その相手を殺さない限り、復讐鬼としてのメイプルは終わらせることはできないから――、

 

「だから、あなたを斃して私は先へ進む……!」

 

その先に何が待っていようとも、もう彼女は脚を止めることはない。

 

『……ハハ、なんだよそれ……』

 

乾いた笑いの裏側で、小さな〈UBM〉は遥か遠い記憶の中に埋もれていたティアンと、目の前の少女を重ねていた。

たった一人で無謀にも自分の前に現れ、そして自身の命を代償に封印したあのティアンを。

 

「……ごめんね」

 

すっ、と盾を振り上げる。

その表情は、一瞬だけどこか寂し気で、憐れむようなものを感じていた。

それでも振り払うかのように盾を振り下ろす。

 

「《ストロングホールド・プレッシャー》」

 

大盾の一撃でコアはゴムボールのように地面を2、3度跳ね、数メートル先まで吹っ飛ばされる。

1ケタしかないHPも、聖属性が付与された攻撃で一気に消し飛んだ。

 

『カ……ハハ……それが君の力の根幹って奴、か……』

 

飛ばされたグランディオス・コアが、叩かれた箇所を焼かれながらも振り絞った声を上げる。

既に勝負は着いた。1分もしないうちにグランディオス・コアは消滅するだろう。

 

『……成し遂げて見せなよ』

 

倒れたまま、メイプルを睨む。

小さな少女に対して、大きすぎる使命から逃げるなと言う叱咤故か、それとも自分を斃した彼女への賞賛か――。

ただ静かに、静寂に包まれながら中枢たる子竜の亡骸はその身体を塵となり、光になって消滅。

辺り一帯に、光と塵が広がる光景は、さながら神秘的なものでもあった――。

 

 

 

 

【【霊峰山亀グランディオス】が討伐されました】

 

 

「いよいよか……」

 

メイプルの背後で、シルバーを装備したレイは2度にわたって見てきたアナウンスに神経を集中させる。

この目的はメイプルが特典武具を得るためのものだ。トドメは刺せたものの、功績が高くなったというだけでイコール確実に手に入れられるということではない。

一番危ういのはジュリエットだ。サリーとメイプルが魔力核を1つ破壊したのだが、彼女は2つ破壊しているのだから。

 

「まさか、兄貴の言葉がここまで緊張させることになるなんてな……」

 

 

――“例え小数点の彼方でも、可能性は消えない”。

 

 

兄であるシュウ・スターリングの――椋鳥修一の――言葉が、今では彼の緊張の糸を張り詰めさせる要因となるとは思っていなかった。

自分も僅かながらだが、辻ヒールで彼女のサポートをしたがゆえに特典武具を得てしまう可能性があるのだ。

 

MVPに選ばれる可能性が、1%程度はある。

 

 

 

――1%、メイプルの希望を奪う可能性がある。

 

 

 

【MVPを選出中……】

 

3人が固唾を呑む中、アナウンスの機械室な声の結果発表が木霊した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

【【メイプル・アーキマン】がMVPに選出されました】

 

【【メイプル・アーキマン】にMVP特典【霊峰山亀の超圧縮完全遺骸】を寄与します】

 

「「「――ッしゃあッ!!!」」」

 

MVP選出と同時にサリーが、レイが、ネメシスが思わず叫んだ。

次の瞬間だった。5人に突然浮遊感が襲ったのは。

 

「――え?」

 

サリーが間の抜けた声を上げて、下を見る。

――自分の眼下の遥か下方に、いくつもの浅いクレーターが残る草原が目に入った。

 

(そ、そうか!大きすぎて忘れていたけど、私達はモンスターの体内に居た状態……!コアが倒れて消えたから、外角も消滅して……!)

 

言わば巨大モンスターに食われていたということと同義。コアが消えた瞬間に残るグランディオスの肉体もそろって消滅した。

腐肉を補強していた土塊も、丸々グランディオスの身体の一部と判定されたうえで。

 

「ジュリエット、サリーを頼む!」

 

「承諾せり!」

 

空中に放り出されてもなお、レイとジュリエットの対応は早かった。

乗り込んだレイは義手をホールドして残る右腕で落下するメイプルを掴み、勢い任せに自分の後ろに放り込んで外へとシルバーを駆ける。

ジュリエットは黒翼を翻し、サリーの手を掴んでそのままなだらかに滑空する。

 

『おーい!』

 

徐々に近づく草原で、バイクに跨ったライザーが手を振っているのが見えた。

 

 

 

 

「……どうやら、片付いたようだな」

 

〈サウダ山道〉の奥深く。

一人の男が消滅していくグランディオスを夕焼けに染まる〈ウェズ海道〉の草原を見やっていた。

 

『王よ』

 

その男の元に、強靭な鱗を鎧の如く纏った死足歩行の竜が現れる。

傍目からはその男の従属モンスターかに思われるが、男の右手にはモンスターを収納する【ジェム】が見当たらない。

それもそのはず、その竜は男の従属モンスターではない。そもそも、男も人間ではないのだから。

 

『あの地響きの原因が、あのような《UBM》だったとは……』

 

「すまなかったな。まさか子供まで付いてくるとは思ってなかった」

 

消滅した〈UBM〉の場所を見つつ、アーマード・ドラゴンの背に乗っている子竜を抱きかかえる。

男が子竜を抱えるのを見届けたアーマード・ドラゴンは、一言疑問を呟いた。

 

『ところで王よ。何故あの人間たちに手を貸したのですか?』

 

竜の言葉で王と呼んだ男に訊ねる。

 

「……奴には、借りがあるからな」

 

草原に背を向けて竜と共に男は〈厳冬山脈〉の方角へと進む。

山道を歩くうち、男の姿が人の姿から変わっていく。

赤黒い強靭な鱗を身に宿し、竜の尾を揺らす。一見すると、それはそばを歩く竜を人型にしたような風貌だった。

 

「これで借りは返したぞ」

 

人型竜――【鎧竜王ドラグアーマー】は、人知れずたった一撃の発頸という恩返しを終えて、自分達の住処へと去って行った。

 

 






【霊峰山亀グランディオス】

(・大・)<バカでかいUBM。全長200メートルは言っても可笑しくないレベルの条件特化と技巧特化の複合。盾の勇者は参考にしていない。

(・大・)<親はいわば外殻でどこを何度欠損させてもすぐに復活する。要は【塊竜王】のスキルの簡易版みたいなもんだと思えばいい。操作能力を捨てて再生能力と頑丈さを高めたって事。

(・大・)<因みに魔力核があると後ろ足立ちでも十分再生は可能で、レイの見立ては大体あってた。

(・大・)<一応スキル数は子が親越しに使っているので6つが正しい。

(・大・)<因みにドラグランプなど地属性特化型のタイプにはめっぽう弱い。

(・大・)<背中で【黒城地獄】なんか使われたらニッサの時の倍以上――戦闘形態のサンダルフォンに届くレベルになるかもしれん。



※状態異常【鈍重】。

(・大・)<オリジナル状態異常。分類は制限系。

(・大・)<ステータスに関係なく動きが重くなる。分かりやすく言うと敷布団を何十枚も背負わされてる状態だとイメージすればいい。

(・大・)<時間経過(大体1分)で自然と解除されるが、動きが重くなるのはかなり厄介な分類に入ると思っている。


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極振り防御と〈UBM〉。たのみたい。

(・大・)<待たせてすまぬ。

(・大・)<今回は短め。


 

アルター王国:〈ウェズ海道〉

 

 

「なんダ。結局出番は無かったのカ」

 

迅羽がぼやきながら鉤爪で器用に頬を掻く。

 

「こんなに人、いたんだ……」

 

周囲を見渡すと、あの戦いで生き残った多種多様な〈マスター〉が驚愕を絵にかいたような表情でこちらを見ている。

今の今までメイプル達はグランディオスの体内に居て、外の状況なんてろくに知るはずが無かった。

 

「まあ、土塊ごと消滅したのであれば問題は無いなら良かったよ」

 

「ルーキーで古代伝説級討伐なんテ、前代未聞だヨ。大体、王国の〈UBM〉の登場回数おかしくないカ?」

 

「……確かに」

 

現状、2体の〈UBM〉に遭遇したレイが頬を掻く。恐らく周囲の〈マスター〉の誰もが、「お前が言うな」と思っただろう。

 

「それより、MVP特典を見せてよ!」

 

「う、うん!」

 

サリーに促されてメイプルは早速宝櫃を解放する。

緊張と期待の2つの感情が渦巻きながら宝櫃を解放すると――、

 

「……え?」

 

その中身に唖然となった。

強力な武器でも、強靭な防具でもない。高さ1メートル弱、体長3メートル半のサイズにまで圧縮されたグランディオスの躯だった。

 

「な、なんだこれは?これが特典武具か?」

 

「【ウキョウ】や【サキョウ】とはだいぶ違いますよね……?」

 

「というか、これって武具っていうより……」

 

「……素材?」

 

ネメシス、ユイ、マイ、レイの順でメイプルのMVP特典をまじまじと見る。

 

「い、いや待てって!ひょっとしたらじつは着ぐるみでした、ってこともあるだろ?試しに《鑑定眼》使ってみろよ」

 

否定するようにヒドラがフォローを入れる。

彼だって否定したかった。肝心のMVP特典がこんな使い道のない亡骸なんてあんまりだ。

メイプルが夢であってほしいという一心で《鑑定眼》を発動する。

しかし――、

 

 

 

【霊峰山亀の超圧縮遺骸】

古代伝説級素材(エンシェントレジェンダリー・マテリアル)

 

霊峰の如き地竜の親子の成れの果ての力を秘めた古より伝わる伝説の素材。

武具を作るにはこれだけでも十分だが、鎧を作る場合はこの武具に見合うべき素材が無ければ難しい。

 

 

 

いつだって現実は、形は違えど残酷な事実を突きつける。

当のメイプルががっくりと跪く。あれだけの苦労で手に入れた特典が、何の役にも立たない巨大な亡骸のみ。こんなものが一体何の役に立つというのだろうか。

その空気に感化して、次第に沈黙が広がっていく。

 

『……メイプル、討伐した時のメインジョブは?』

 

その沈黙を破ったのは、ライザーからの質問だった。

 

「……え?【城塞盾士(ランパート・シールダー)】ですけど……」

 

『……案外、それが原因かもしれないな』

 

一言呟いた彼は、続けて周囲に向けて声を張り上げた。

 

『誰かこの中に【完全遺骸】をドロップした〈マスター〉はいるか?』

 

「……俺、ドロップしたけど」

 

ライザーの質問に答えたのは魔術師風の〈マスター〉だ。彼を筆頭にぽつりぽつりと自分もドロップしたと報告する〈マスター〉が現れる。その数は少なく、100人近い中でも最初に答えた〈マスター〉を含めても2、3人程度しかいない。

 

『まだ憶測の域は出ていないが、その素材は加工を前提とするアイテムだ』

 

「加工を前提?」

 

『理由はギデオンで話すよ』

 

話をしながらヘルモーズにサイドカーを取り付け終えたライザーは抱えたメイプルとサリーを雑にサイドカーに乗せると、自分も搭乗してギデオンへと走らせるのだった。

置き去りにされた一行の中、レイが首を傾げながら疑問を口にする。

 

「所で、加工とギデオンってなんか関係があるのか?」

 

「みんないったいどうしたの?」

 

そんな折、細目を丸くしているような声を上げた人物が現れる。

声のした方角を一斉に見ると、誰もが「やっと来たか」と言わんばかりの表情を浮かべていた。

 

「遅かったナ。あのバカでかい〈UBM〉はついさっきやられたゾ」

 

「そうか。あの地響きは〈UBM〉だったんだ」

 

遅れてやってきた人物、フィガロは納得したように頷く。

 

「フィガロさん、ひょっとして〈墓標迷宮〉に?」

 

「うん。ダンジョンに潜っている時に妙な地響きを感じたんだ。潜ってた階層よりずっと上だったから、気になって探索を切り上げたんだけど、やっぱり今回は【エレベータージェム】を使ったほうが良かったかな」

 

「あー、そうしたほうが良かったですね」

 

今更後悔しても、もう後の祭りだということは、誰もがこの上なく理解できてしまうのだった。

 

 

 

 

決闘都市ギデオン〈DDC:アルター支部〉前。

 

 

「……で、なんでここに?」

 

『そりゃ、加工してもらうためだ』

 

「加工とあの亡骸と、何か関係があるんですか?」

 

ヘルモーズでギデオンに到着したメイプルとヒドラとサリー。まずギルド協会に行って討伐の証拠である【超圧縮遺骸】を見せた後簡易的な功績の説明をして報酬を受け取った。

そしてその後〈DDC〉へとやってきて、3人は連れてきた当人に説明を促す。

 

『さっきも言ったが、あれは加工を前提としたMVP特典なんだ』

 

「つまり……加工をしなきゃただのゴミって事か?」

 

『ゴミって……まあ、そのままじゃ使えないのは事実だけどな。多分、【城塞盾士】として戦闘を続けた結果がそれになったかもしれない。それに関しては憶測でしかないがな』

 

つまり、加工をしなければならない段階を挟まなければならないが、それでも使えないことはないとのことらしい。因みに、先の【フランクリンのゲーム】で切り札として投入したモンスターにも〈UBM〉討伐時の特典武具――もとい素材を材料にしたものもいたとか。

 

「にしても、やけに詳しいですね?」

 

『当然だ。俺もMVPで素材を受け取ったからな。その特典素材が出た時にはもしやと思ったんだよ』

 

経験者故の推測で、使い物にならないと断定できなくなったメイプルは軽くなった足取りで店の中に入る。

 

「あら、ライザーにメイプルちゃん、サリーちゃんまで。いらっしゃい」

 

『イズか。丁度良かった。加工を依頼したいんだが……』

 

「加工?別に今すぐ修理を要求する必要はなさそうだけど?」

 

「あ、そうじゃないんです。これを……」

 

カウンターにのめり込むように前に出たメイプルがアイテムボックスを操作して【超圧縮遺骸】を取り出した。

テーブルの上に置かれた特典素材は、取り出さ柄た途端テーブルが重量に耐え切れず全身に亀裂を巡らせ、粉々に崩れてしまった。

 

「ちょっ、これってMVP特典!?なんでこんなものが!?」

 

『この子がMVPになった。以上』

 

「説明短ッ!」

 

「あー、それが……」

 

仰天するイズに、サリーが簡易に経緯を伝える。

話を聞いて漸く状況を飲み込めたイズは、超圧縮遺骸の甲羅に手を置く。

 

「――なるほど。で、これを使うって事」

 

「そういうことです」

 

「……一つ良いかしら?」

 

「はい?」

 

「どうして私に頼んだの?」

 

イズからの質問に、メイプルもヒドラも揃って首を傾げる。

 

『俺の知る限り、王国の生産職の中じゃアンタが一番だ』

 

「そうじゃないわ」

 

代わりに返ってきたライザーの答えをぴしゃりと叩き落とす。

暫くの沈黙。

頭を抱えたり唸ったりしてたっぷり考えた後、イズに向けて自分の答えを出した。

 

「イズさんだから、かな?」

 

「は?」

 

今度はイズが目を丸くする番だ。

 

「サリーから、自分の防具を作ってくれたのがイズさんだったって聞きました。だから、私も装備品を作ってもらう時にはイズさんに頼もうって思ったんです」

 

「そういうことだ。鍛冶なんて俺らの専門外だし、そういうのはその道に詳しい奴に任せるべきだろ」

 

メイプルもヒドラも、初対面であるはずのイズに対しての信頼を持っていた。

だが、それでイズの疑問が消失するとは限らない。

 

「良いの?もしかしたら酷い性能になるかもしれないわよ?」

 

「それもそうですけど、イズさんはそんなことはしないと思うんです」

 

再びの沈黙。

やがてイズのほうから溜息を吐いて、

 

「OK降参、降参よ。作ってあげるわ」

 

依頼を了承した。

 

「――!ありがとうございます!」

 

「ただ、私でもこれだけじゃ難しいわ。最低でも古代伝説級金属と同等の素材が無いと……」

 

『オリハルコン級、か……』

 

要求の素材は、メイプルの手元には当然無い。クランのストックでお望みのアイテムはあるのだが、それだと費用がかさむ。

かさんだ場合の費用を見せて貰ったが、直後にメイプルは崩れ落ちた。

 

「か、かさむ前のほうがまだギリギリいけたのに……」

 

「グランディオスの賞金でも無理じゃねぇか……」

 

「素材って、これは使えないんですか?」

 

崩れ落ちたメイプルを他所にサリーが〈ノヴェスト渓谷〉で手に入れた鉄片を見せる。

その欠片を受け取ったイズが《鑑定眼》を使った途端、思わず言葉を失った。

 

「……驚いたわ。これ、私が考えてた必要な素材が使われてる。一度インゴットにすれば素材として使えるわ」

 

「え、これそんなに凄い金属なんですか?」

 

いまいちピンとこないサリーにイズは頷きながら説明を加える。

 

「当り前よ。経年劣化で壊れちゃったみたいだけど、それでも繋ぎとしては十分過ぎるわ」

 

「じゃあ、これでできるんですね!?」

 

「ええ。一週間ほど時間は掛かるけど、良いかしら?」

 

「構いません!」

 

「それじゃあ……全員清聴!」

 

声を張り上げると、工房内の〈マスター〉達が一瞬だけイズのほうへと視線を移す。

 

「全員今の仕事が終わり次第、特典素材の製造に取り掛かるわよ!」

 

全員イズの顔は見なかった。代わりにいつものように声を上げて、いつもより力強い声で応じた。

特典武具の製造に取り掛かる。〈マスター〉でも重要な瞬間に貪欲なのはいつの時代にも変わら無いものだ。

 

「じゃあまずはデザインから決めるわよ!格好悪いものじゃ締まらないでしょ?」

 

「あ、私デザイン程度なら描けます!」

 

そう言って仕事中にも関わらず製作に熱中するメイプルとイズだった。

デザインが仕上がれば、いよいよメイプルにも特典武具が手に入る。そんな未来にメイプルも興奮を抑えられない。

 

「さあ、早速取り掛かるわよ!」

 

イズもまた、鍛冶師としての血を抑えるかの如く拳を掌に打ち付けた。

 

 





(・大・)<閑話を挟んでいよいよお披露目。

(・大・)<もう勘付いてる方もいらっしゃると思うのでここで暴露しちゃうと……

(・大・)<出来上がる姿はまんま黒薔薇の鎧です。


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閑話:鍛冶師の始まり。

(・大・)<今回はイズさんメイン。



とある〈マスター〉の独白。

 

 

 

私の現実は、ちょっと前までは有能なインテリアを主力にした鍛冶職人だった。

女として産まれた私は、幼いころから連れられて見学した工芸品に興味を持って、将来にしたいと思っていた。

学生になって、本格的な技術を学ぼうとしていた私だったけど、周囲の職人の私を見る目は口に出さずとも語っていた。

 

 

――女の癖に、って。

 

 

私自身、その時はあまり気にしていなかったし、私の腕を目の当たりにした職人はその手際に脱帽せざるを得なかった。

といっても、最初から器用にできたわけじゃない。

虜になった瞬間から、私はその技術を目指して必死に身に着けていった。

課題をそつなくこなし、鍛造技術を磨いていった高校生活。

その卒業課題として、私の高校は海外の工芸品のコンテストに参加することとなった。

優勝を目指していた私は、私の持てる全てをつぎ込んで作り上げた。

そしてコンテスト当日――結果的にコンテストは中止となった。

 

 

 

コンテスト会場で自爆テロが起きたからよ。

 

 

 

数日前から予告していたのに、主催者はてんで相手にせず、開催を強行した。

結果的に死者は出なかったわ。そう、死者は。

自爆に巻き込まれた私が意識を取り戻した直後に視界に映ったのは、

 

 

人差し指と中指が根元から消えていた。

 

 

そこから先は覚えていない。利き手を喪った事でパニックになって、記憶が曖昧になったらしいの。

次に私が覚えているのは、病室のベッドの上だった。

あの後、見舞いに来た警察の話によると、主催者は責任を問われて表舞台から姿を消したらしい。被害を受けた人たちには後でその人から賠償を受けるらしい。

けどその時の私には、賠償なんてどうでもいい。手術で指はつながったものの、その後の鍛造では自分の納得のいくものが作れなくなった。

 

職人たちは「最高の出来だ」と言ってくれた。

それでも、私自身が納得のいくものは創れなかった。

創ることができなかった。

それからというもの、人生の全てに落胆し、引きこもって日々を過ごしていた私に、ある時同級生が箱を抱えて私の部屋に乗り込んできた。

 

 

それが〈Infinite Dendorogram〉との出会いだった。

 

 

それが「本物」を提供してくれるという謳い文句は私も知っていた。

頭では、所詮ゲームはゲーム。気を紛らわす程度でしかないと半ば疑っていた。

けど、彼女の熱心な説得についに折れた私は、球体を繋げただけの芋虫モドキの案内の中、私はそれに一つ質問した。

 

 

――“私のこの手を元に戻せるの?”と。

 

 

その問いに、芋虫モドキはあっさりと私の手が修復される前の姿のアバターを見せてくれた。

それを見て私は狂ったように笑ってしまった。私の手が元に戻った。そんな簡単なことが嬉しくて嬉しくてたまらなかった。

 

そうしてカルディナ、もといコルタナでイズ・フローレンスとして始めた私は、早々にドラグノマドへと移動。ジョブも勉強がてら興味があった【鍛冶師(スミス)】になって、〈エンブリオ〉も鍛冶関係の【真造炉心ブリギッド】へと開花した。

【鍛冶師】の〈マスター〉としてデンドロを続けていた〈DDC〉というクランに入った私は、アルター王国支部に移籍。王国に移ってそこで武具鍛冶を生業としてきた。

 

 

 

 

決闘都市ギデオン〈DDC:アルター支部〉製造工房 【高位鍛冶師(ハイ・スミス)】イズ・フローレンス。

 

 

「全く……どんだけ硬いのよこれ」

 

デザインが決まった2日後。私達鍛冶チームはやっと暗唱を乗り越えた。

盾のほうはすんなりと加工することはできて、今は保存用アイテムボックスに保存されている。

暗礁の理由は、特典武具でもある【超圧縮遺骸】。

とんでもなく頑丈で融点も高く、中々加工が進まない。

これなら同格の古代伝説級金属(オリハルコン)のほうがマシなレベルだわ。

丸3日鍛冶チーム総出で加工に挑み、今朝やっと完成した。お陰で私以外は全員グロッキー状態よ。

 

「なんだよ、この素材……特典武具で言うなら、神話級辺りか?」

 

「流石にそれは……憶測は幾つかあるわ。一つ、グランディオスの体内に鉱脈が紛れて、それが全体に行き渡っていった。一つ、魔力か何かで圧縮され、地質が自然と向上している。一つ、朽ちた遺骸が土壌の質を高めていた」

 

最も、どれも憶測でしかない。

ただでさえオリハルコンは神話級金属(ヒヒイロカネ)ほどではないにしろ融点が高く、加工が難しいと言われている。この王国でもそうはいない。

最も、それはティアン限っての話で、私も加工難易度は高いけど、ヒヒイロカネも不可能って訳じゃ無いわ。成功率3割程度だけど。

 

「それにしても、昔のティアンも良く作れたわねあんな最高傑作」

 

私の関心は特典素材よりも、メイプルちゃんが提供してくれた盾の残骸だったインゴットだ。

私も加工特化の第4形態でヒヒイロカネの加工やそれを使った武具の生産に成功したけど、この盾は〈マスター(私達)〉が来る遥か前の話。

正直尊敬に値する。これだけの装備品を素材に使うなんて私自身赦せるものじゃない。

けど今回は別。あの素材を最高の逸品にするには、どうしてもこの盾が必要だった。

 

「さて、と……」

 

次はこの金属と加工した【圧縮遺骸】と合成して、それを鎧に加工。そうしてやっと完成する。

 

「ほぉら、さっさと起きなさい!次は加工金属同士の合成で合金にするわよ!」

 

倒れているクランメンバーを叩き起こし、加工合成に取り掛かる。

別に焦っている訳じゃ無い。けど、私がここにいる時間はそう残されていないのも事実。その時間が来るまでに完成させて、手を打っておかないと。

 

「精が出るね」

 

そんな折、工房の入り口からオーナーが声を掛けてきた。

この人は〈DDC:アルター支部〉のオーナーのウェルネンという〈マスター〉だ。

 

「あ、オーナー」

 

「特典素材の生成かい」

 

「ええ。漸く本格的な生成に取り掛かれます。有休有眠で4、5日あれば納得のいくものになるかと」

 

「そうかい。ま、これまでの素材も成功できたんだ。しかも今回は第6形態になってレベルもカンスト。必殺スキルも手に入れて、今度ばかりは最高の仕上がりになるんじゃ無いかもしれないよ」

 

「かもしれない、じゃありませんよ」

 

加工された素材を見ながらそう言ってきたオーナーの言葉を、私は否定する。

確かに私がMVP素材から特典武具を作ってきた機会は何度もあった。

それまで私の手掛けた特典武具は、デンドロ内でのジョブや〈エンブリオ〉のレベルの低さもあって、中々自分の納得のいくものはできなかった。

 

「創るんですよ。最高傑作を」

 

けど今は違う。必殺スキルを手に入れ、レベルも最大値まで高めた今の私なら、私自身が望む最高傑作に仕上がる自信がある。

私の持てる全ての力と全身全霊の魂と共に、このMVP特典を最高の鎧へと加工するだけだ。

その前に、この2つの金属を混ぜて合金にしないとね。

 

 

 

 

あれから更に3日後。

やっと合金ができあがった。正直、この過程はよく覚えていない。これが俗にいうプロダクション・ハイって奴なのかしら。

それでも10個近い合金を見て、感慨深い思いに浸ってしまう。これまでの過程は、本当に長く感じた。古代伝説級の素材を使ったのは、今回が初めてだったこともあるかもしれない。

それでも私は気持ちを改め、第1形態である鍛冶場へと姿を変えて加工した素材を並べる。

 

「――《聖女の炎にて偉大な逸品は産声を上げる(ブリギッド)》」

 

必殺スキルを発動して、最後の大詰めを開始した。

 

 




(・大・)<次回、いよいよ特典素材が特典武具に。


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極振り防御とお披露目。


※6/8:特典武具【霊峰黒鎧グランディオス】のスキルと説明文を一部改変しました。


決闘都市ギデオン・3番街 【霊薬術師(ポーションマンサー)】メイプル・アーキマン。

 

 

イズさんに【超圧縮遺骸】を渡してこちらの時間で一週間。

大規模な戦闘を終わらせた私は、精魂尽き果てたといった感じで戦闘関係から暫く離れて、ギデオンを観光したり、模擬戦を見に行ったり、騎士団の人たちの戦闘訓練に参加したり、ジョブクエストでジョブスキルを上げたりして時間を潰していた。

4番目の過程で、ポーションを中心に生成していた時に【霊薬術師】という回復薬(ポーション)系の生産特化ジョブを手に入れ、今もジョブスキル上昇に勤しんでいる。

 

「……んで、今日もスローライフを満喫か?」

 

「あれだけ大規模戦闘があったからね。暫くはのんびりしていたいよ」

 

まあ、戦闘の勘を無くさないためにも騎士団の訓練には参加してるし、たまに模擬戦に参加してもいるけど。

 

「なあ、ひとつ突拍子もないことを聞いていいか?」

 

「うん?」

 

「あのデカブツを斃した後はどうする?」

 

「……あ」

 

本当に突拍子もないことだった。

でも言われてみれば、今の目的はあの大鎧を斃す事。けど、確かにそれを終わらせてからの事は考えてもいなかった。

サリーは多分続けるとは思うけど……。

 

「……悪い。今のは忘れてくれ」

 

「……そうだね」

 

そんな先の事は、今の私にはどう答えたらいいかわからない。

ただ今は、目の前の目標に集中することしかない。

そんな事を考えていたら、扉からノックが聞こえてきた。

 

「メイプルちゃん、良いかしら?」

 

ドア越しにイズさんの声がした。

5日ぶりに聞いた声に、私は思わず期待が膨らんで、駆け足気味に扉を開けた。

 

「イズさん!ひょっとして……!」

 

「ええ。そのひょっとして、よ」

 

イズさんの言葉に私も顔を輝かせて、そしてきょとんと眼を丸くした。

イズさんは全くの手ぶら。アイテムらしいものは何もない。

 

「あの、特典武具は?」

 

「ちゃんとあるわよ。ひょっとして荷台か何かを持ってくると思ってたの?」

 

そう呆れつつもアイテムボックスを取り出した。この中に入っているのが

 

「おぉ……」

 

思わず短観の声が漏れる。

この中に特典武具が入っているとなると、自然と私の期待も高まってくる。

 

「ところで何か悩みでもあったの?」

 

「え?」

 

「だって、ノックする前にヒドラと話していたのが聞こえててね」

 

聞いてたんだ……。そう思うとちょっと恥ずかしいな……。

 

「……イズさん。少し話を聞いて貰っても良いですか?」

 

ここまできて誤魔化すのもどうかと思う。私は目標の後の話を切り出した。

 

「なるほど。今後の事で……」

 

「引退ってのもアリかもしれないけど、なんか煮え切らないっていうか……」

 

「確かに引退ってのもアリね。目的が終わってやることが無くなっちゃったらやってる意味無いし」

 

イズさんの言うことも最もだ。やる必要のない、やりたくもないゲームに誰が好き好んで過ごすというのか。

私の中では今、そんな正論に頷く(理性)もいれば、他にもあるんじゃないのかと待ったをかける(感情)がいる。

2つの私の中で板挟みにされて、答えを見出せない。

 

「メイプルちゃん。一応方法はあるにはあるわ」

 

「方法って?」

 

首を傾げる私とヒドラを他所に、イズさんはその用件を話し始めた。

 

 

 

 

第3闘技場。

 

 

「よし、今回はここまでにしようか」

 

「あ、ありがとうございました……」

 

闘技場では今日も決闘ランカーたちによる模擬戦が行われていた。

今回の対戦はレイと、チェルシーが紹介したグレート・ジェノサイド・マックスという決闘ランカーのルーキーによる10本勝負。

天地からやってきた彼女は、自身の〈エンブリオ〉のイペタムの必殺スキルによる、全方位からの攻撃の圧力と刃を利用した高機動力という、天地らしさを前面に生かした戦術は、レイにとって未体験の相手だった。

元から強力な個による相手を得意としたアームズのネメシスと、無数の刃を標的に向けて射出されるイペタムとでは、性能面からすればネメシスが最も苦手とする相手。お陰で7回は黒星を刻まれた。

だがそれでもレイは諦めなかった。まさに“不屈(アンブレイカブル)”と呼ぶにふさわしい、何度打ちのめされても立ち向かう姿に、マックスは無意識に関心していた。

8戦目。ジュリエットとの決闘では掠り傷からの《ブラッド・カース》で浮遊刃に呪縛を与えて攻略したのに対し、レイは攻撃を受けつつも回復魔法で無理矢理回復させつつカウンターを叩き込むという荒業に打って出た。それでもHPが足りず、マックスの速度に追いつけずに敗北。

9戦目、10戦目はネメシスの的確な指示と、蓄積されたダメージが全てイペタムにあると分かり、猛攻を凌いでイペタムを撃破、続けてマックスも撃破して勝利。10戦目はマックスの大技を《カウンターアブソープション》の連続使用で凌ぎきって勝利した。

 

「だいぶ戦闘技術が板に付いて来たな」

 

クロムが仰向けで倒れているレイに話しかける。

これまでの模擬戦で、レイの戦闘技術は格段に上がっていた。

レイだけではない。ユイとマイもサリーも、この模擬戦に参加し、ベテランランカーとのアドバイスもあってルーキーの中では地力が格段に上がっている。

特にサリーは時間制限込みの模擬戦ではチェルシーやビジュマルは1ダメージも与えられていないとか。因みに今ジュリエットは討伐クエストに行っている。

 

「おーい!」

 

そんな折、一行の元に元気な声が飛んでくる。

 

「どうやら、完成したみたいだね」

 

『みたいだな』

 

予期していた2人、フィガロとライザーは声の主に見当がついていた。

 

『……しかし、一週間か。腕の良い〈マスター〉は作るスピードも違うもんだな』

 

経験者たるライザーの武具は1か月近く掛かった。

ティアンの職人が多い時期と現在。その時間差に時代は変わったんだとしみじみ思いながら、声の主がやってくるのを見守っていた。

 

 

 

 

「それが前に言ってた、メイプルの特典武具なんだね」

 

「えへへ」

 

くるりと、ファッションショーよろしく装備している軽鎧をくるりとお披露目する。

黒を基調とし、赤い薔薇のレリーフとラインが程よいコントラクトを作り、武器形態のヒドラとも十分にマッチする。

【錬金術師】の服装とはうってかわって重厚さが伺える逸品だ。

 

「わざわざ鎧に合う防具まで作ってくれるなんて太っ腹だな」

 

『いや、違うな』

 

じっくり眺めて述べたレイの感想をシュウが隣で切り捨てた。

 

「どういうことだ?」

 

「一つの特典武具に合わせたんじゃない。あの鎧そのものが特典武具なんだよ」

 

「……つまり、クマニーサンの着ぐるみと同じように、あの装備品も複数の装備枠を要しているということか?」

 

「そういうこと」

 

一斉にネメシスの憶測を肯定したイズへと、一同は視線を向けるのだった。

 

 

 

 

【真造炉心ブリギット】。

ケルト神話に登場する医学、芸術、鍛造を司る女神の名を関する〈エンブリオ〉。その特性は【アイテム、武具の創造】

形態に応じてそれぞれ武具生産、加工品生産、消費アイテム生産に特化した工房へと姿を変えるTYPE:フォートレスの〈エンブリオ〉。

イズの持つ『鍛造による創造意欲』をパーソナルとして読み取って産まれたその特性は、『鍛造による生産物強化』。

パッシブスキルの《創造司る炎》は鍛冶による武具の生産の性能を引き上げ、第2形態限定のアクティブスキル【姿変えし創造の炎】でメインジョブが〈鍛冶師〉系統なら、加工時限定でDEXと微量のSTRを上昇させて加工をサポートし、第3形態限定のアクティブスキル《インボルグの創造祭》で素材に応じた一定の性能を持つ消費アイテムの大量生産。

そして必殺スキルたる《聖女の炎にて偉大な逸品は産声を上げる(ヘスティア)》。この能力は鍛冶によって武器化防具を生産する際、その性能を最大限引き上げるという、ごくシンプルなもの。

例えば能力の無い【スティールソード】でも、上級前衛職の〈マスター〉(超級職抜きでレベルカンスト済み)がメインウェポンに匹敵する性能へと強化することも可能だ。

更に性能を代償にスキルを入れることも、【ブレイズアックス】のようなスキルを持った武器のスキルを消して、性能を引き上げることも可能。

ただしその必殺スキルを使用した場合、必ず何かしらの制限が施されてしまう。今言った【スティールソード】の場合、装備する為に合計レベルは300は下らないだろう。

こうしたこともあって、イズは今まで必殺スキルを最大パワーで使うことは無かった。下手に使うと依頼人が使えないレベルにまで陥ってしまう可能性もあるからだ。

だが使う素材が特典素材ならどうだ?MVP当人にしか使えないだけで、レベルの制限が無いなら加減する必要も無い。

事実、MVP特典素材をセフィロトの〈超級〉が持って来た時、「持てる全力で生成できるか」と言われ、彼女自身も試したことの無い領域での製作に挑むことになり、結果的に双方満足のいく出来になった。

 

そして今回。メイプルの為にカンストした自身の最大限の力を発揮し、必殺スキルを用いた鍛造でこれまで以上の最高傑作を作り上げた。

その鎧の名は――【霊峰黒鎧グランディオス】。

 

 

 

 

【霊峰黒鎧グランディオス】

 

古代伝説級武具(エンシェントレジェンダリーアームズ)(加工品)》

 

【霊峰山亀の超圧縮遺骸】から作り上げた黒き鎧。

重厚な輝きを放つ鎧は、機動力を犠牲にあらゆる不条理を跳ね返す。

※譲渡売却不可アイテム・装備レベル制限なし

 

・装備箇所

胴体上下、手套、靴。

 

・装備補正

END+100%

防御力+700

機動力-50%

 

・装備スキル

《重界踏破》

《霊峰の残滓》

《辿威武包》※現在使用不可。

 

 

《重界踏破》

パッシブスキル。

重力の加重、減少の影響を完全に遮断する。

 

《霊峰の残滓》

パッシブスキル。

霊峰竜の僅かなオーラによって装備者に対して外部からの呪いを弱められる。

SPを消費すれば呪術を更に弱められる。

※外部の呪術による弱体化成功率を10%軽減。追加でSPを最大2000消費することで2分間30%まで上昇。

 

《辿威武包》

発動条件不明。現在使用不可。

 

 

 

 

 

「……すっげぇ」

 

シュウから借りた、《鑑定眼》スキル込みの虫眼鏡越しに見たレイの感想がそれだった。

彼がこれまで手に入れた2つの特典武具を軽く上回る性能を持っている。

 

「兄貴、【城塞盾士】って、カンストしたらどれだけ防御力が上がるんだ?」

 

『そうだな。前に編集部の〈マスター〉が検証してな。レベル100の防具サブジョブ抜きで、END3千はあったらしい』

 

「因みに山道を塞いでいたクランのオーナーも、大体それくらいだったよ」

 

それはつまり、ジョブの構成次第では5桁にも届きかねないということに同意するということ。これ以上上がったら流石に倒せるかどうか難しいかもしれないと、レイは背筋を凍らせる。

それに対し、フィガロは腕を組んで考えていた。

 

『どうしたフィガ公』

 

「うん。今考えたらメイプルちゃんが手に入れたMVP特典って、特典のルールに沿っていないって思ってね。近くに生産職が居たってのも、あのテロの時に会ったきりでしょ?」

 

『そういやそうだな。まさか、俺と同じように運営が仕組んでるんじゃねぇのか?』

 

人間範疇生物が特典武具を得たMVPには大まかなルールが存在する。一つは『〈UBM〉の元となったスキルや名前を持っていること』、もう一つは『MVPが必要とする道具であること』の2つ。特別なルールで『MVP自身、またはMVPとなった者の身近な人間範疇生物に生産系の職業に就いている者がいる』というルールで生産用に用いられる『特典素材』が手に入るのだ。

メイプルの場合、一応ルール1の『MVPの元となっているスキルを持っている』を有しているとはいえ、フィガロからすればイレギュラーに近い。

最も、目の前に6年以上もその状態が続いているイレギュラーがいる訳だが。

 

「で、スキルは試したのか?」

 

「ううん。これを試そうと闘技場に来たのもあるんだ」

 

「いや、つっても俺達もついさっき模擬戦を終わらせて……」

 

「なら、俺で試すか?」

 

説明するレイを遮って、ドラグが名乗り出てきた。

 

「最近見回りだけで退屈していたからな」

 

「ありがとうございます」

 

ドラグの〈エンブリオ〉もテロの時以来で、ちゃんと見たことはない。

良い経験なので、メイプル側も快く承諾した。

 

 




(・大・)<長くなったんで今回はここまで。

(・大・)<次回はメイプルVSドラグ。


( ・大・)<……特典武具の性能、こんなんで良かったかな……?


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極振り防御と狂戦鬼。


(・大・)<ドラグVSメイプル。




 

アルター王国《決闘都市ギデオン》第3闘技場。

 

 

「準備は良いな?」

 

「はい。いつでも」

 

大盾となったヒドラを装備するメイプルと、巨大な両刃斧たるサグラモールを担いでいるドラグが決闘場で対峙する。

既にカウントは終了し、いつでも戦闘が開始される。

 

「それじゃあ……よろしくお願いします」

 

すっ、と静かに大盾を前に翳し、いつでも攻撃して来いと言わんばかりに構える。

 

「んじゃ、挨拶代わりに……《アックスチャージ》!」

 

ドラグが早速挨拶代わりの武器スキルによる突進を繰り出した。

まるで猪の如き突進は、10メートル以上の距離を一気に詰め寄り、メイプルを結界まで吹き飛ばした。

 

「おいおいどうした?今のは軽いジャブ程度だぞ。もうKOか?」

 

「――まだまだッ!」

 

「流石に頑丈だな」

 

壁に手をかけ、起き上がるメイプル。

あれだけの攻撃なら大ダメージは必須かと思われたが、実際のダメージは彼女の最大HPの2割程度にも満たない。

 

(《キネティック・レジスト》がぎりぎり間に合ったのか。にしても、スキル込みで1割とは恐れ入るよ)

 

ドラグ自身のショックは小さい。彼自身がスキルを使いつつ攻撃を入れた直後、【看破】で相手のステータスを確認していた。

最初のジャブの後、ドラグは再びサグラモールを構える。

 

(あれだけの防御力なら、炎属性や闇属性くらいしか有効打を与えられないかもな。物理オンリーの奴と互角でも1対1なら弱点を突かれない限り倒れないだろうな)

 

現状、ドラグもその物理オンリーの相手に該当する。

属性防御のスキルも一通り覚えられる。物理、魔法に対する防御力に関してはトップクラスの防御力と、それを生かした防衛戦術を得意とするのが【城塞盾士】の大きな特徴でもある。

 

「まだこれからですよ!」

 

「ああそうかい!」

 

一撃目のジャブが終わり、近接特化の2人がぶつかり合う。

大斧を大盾となったヒドラで防ぎ、短剣で僅かな隙を突いて刺突を繰り返す。無論、《死毒海域》の発動を忘れずに。

 

(……メイプルの奴、立ち回りがうまくなっている。クロムとの模擬戦をやってた経験が身についてるんだな)

 

ヒドラとしてはここ最近模擬戦にも行っていないから戦闘の勘が抜けているのかと思っていたが、案外杞憂に終わったようだ。

しかし、ベテランとの経験差は大きい。次第にメイプルが押され気味になっていく。

 

(やっぱりドラグさん、強い……!あれだけ大きい斧だから、密接してる状態は苦手かと思ったけど、全然気にしてない……!)

 

まるで斧の重量を感じていないかのように軽々と振り回す立ち回りに、次第に隙らしい隙も無くなってくる。

 

(あのスキルは……まだ使えないか。だったら、このアイテムを試してみるか)

 

それでもメイプルの手札はまだ残っている。そのうちの一つを使う為にも、ドラグの攻撃を防ぎつつ一旦距離を置く。

そして腰に下げたポーチから、飴玉大の大きさの粒を口の中に放り込んだ。

 

「なんだ?」

 

ドラグが眉をひそめた途端、メイプルが盾を構えて突進してきた。

 

(《シールドチャージ》!間合いを詰めてきたか!面白ぇ!)

 

斧を構えて真正面から迎え撃つ。

2秒後、両者が激突し、甲高い金属音が闘技場を一瞬だけ響き渡った。

 

「――なるほど。これがフレデリカの言ってた毒状態になる自己強化(バフ)スキル……!」

 

「ぐううぅぅぅぅ!!」

 

「良いねぇ、なかなか面白い!」

 

短剣と両手斧。見るからにパワーもリーチもメイプル側に不利な武器で、対等に渡り合っている。

 

「さっき食ったのは毒入りの自己強化の固形ポーションかぁ?」

 

「……!!」

 

「答える余裕はねぇってか!」

 

ドラグは小枝を振るうかの如く巨大な斧を振り回し、メイプルはスキル《我、毒を以て戦を制す(グラッジ・ウォー・ヴェノム)》による自己強化と積み上げた戦闘技術で短剣を振るう。

どちらも一進一退での立ち合いが続く中、ドラグのフルスイングがメイプルの脇腹に直撃して大きく後退する。

 

「……まだまだッ!」

 

しかし、メイプルはその攻撃を受けてもダメージは殆ど無い。

ドラグが《看破》で見てみると、メイプルのHPは2割も減っていない。

 

「凄い……メイプルちゃん、ドラグさんと、互角だなんて……」

 

「おぉーッ!あんな痛そうな攻撃を受けてもビクともしてないよ!確か【城塞盾士(ランパート・シールダー)】って言ったっけ?あたしも手に入れてみようかな?」

 

「止めておきなさい。イオの性格では試験に入る前の条件で失敗します」

 

見学に来ていた霞、イオ、ふじのんの3人が順に感想を述べる。

 

「ねーねー!メイプルちゃんすっごい頑張ってるよ!」

 

「そうでしょうか?」

 

隣に座っていたルークに訊ねてみたが、ルークは対照的に視線をフィールドに向けたままそっけなく答えた。

ルークだけではない。レイもシュウも、そして闘技場の常連たちは静かに観戦している。

いや、ただ観戦しているという訳ではない。この戦いを分析しているような、そんな雰囲気だ。

 

「……あの、何か……?」

 

『……行動のハンデか』

 

「は?」

 

「ドラグさん、さっきから右からの袈裟斬りと左からの袈裟斬りの2種類の行動しか起こしていません。角度を変えて誤魔化していますが、攻撃もメイプルの攻撃をいなす時に同じアクションを繰り返しています」

 

探偵と怪盗、異色の両親を持つ少年、ルークは既にドラグの行動を分析し終えていた。

彼だけではない。この闘技場で何度も激戦を繰り広げた〈マスター〉ならば、ドラグが手を抜いていると嫌でも解るだろう。

 

「行ける……これなら……」

 

その中で一人、メイプルは気付いていなかった。

メイプル自身も、この防御力に惚れていた。

ひょっとしたらあの大鎧にも勝てるかもしれない――。

 

「――戦闘中に余所見してんじゃねぇよ」

 

若干トーンの下がったドラグの呼びかけで我に返る。

メイプルとヒドラが見たドラグの表情は、まるで先程の自分を窘めるように、先程から雰囲気を一変させている。

 

「忠告しとく点がいくつかある」

 

『注意点?』

 

「一つ、その防御力は見事だが、その気になれば対策のしようはある」

 

「……例えば?」

 

「固定ダメージ、窒息、溺殺、絞殺、衰弱、炭化……軽く見積もってもこれくらいだ」

 

『おい、最初以外レパートリーがエグくねぇか?』

 

レジェンダリアには防具の強制脱装とか、対象の幼児化とか、嫌悪生物化などのよりえげつないものがあるが、そこは割愛しておく。

 

「一つ、【城塞盾士】には呪術や闇属性の対策はあっても弱体化(デバフ)や状態異常の対策は殆ど無い。それに、さっき言った対策も完全なものじゃない」

 

「な、なるほど……」

 

「一つ、そしてこれが最も重要なものだ。――《怒れる形相は猿魔の如し》。《激情の騎士は、荒れ狂う竜の如し(サグラモール)》!」

 

最後の一つを告げる前に、スキルの一つと必殺スキルを発動。次の瞬間には一気にメイプルに肉薄した。2つのオーラが尾を描くほどのスピードで。

 

「ッ!?」

 

「レベル差形態差ステータス量技術戦闘勘応用力!」

 

嵐のような猛攻はメイプルに一切の隙を与えない。口早に告げる言葉を聞き取れる余裕もない。

 

「そして何より……実戦経験が足りない!!」

 

横薙ぎの大振りが繰り出され、更にメイプルが吹っ飛ばされる。

 

「お前、今あの鎧野郎に勝てるって思っただろ?」

 

「……え?」

 

「奴は王国の五指に入るPKだ。ステータスは元より、技術も経験もお前とは比べ物にならねぇ。そんな奴相手に、たがだか特典武具1つでどうにかできると思ってんのか?思い上がりも大概にしやがれ」

 

「お、思い上がりって……」

 

「いいか?俺はそう言った奴とは何人も戦ってきた。ティアンも〈マスター〉もな。そう言った連中は大抵直後に痛い目を見たもんだ。お前みたいにな」

 

ぐぉん、と両手斧をメイプルに向ける。

彼女にはまるで、オーラの揺らめきが、ドラグの怒りを示しているように見えた。

 

「そう言った連中を見ていく内に、一つ思ったんだ――自惚れの芽は、早い内に断ち切るべきだってなぁッ!!!」

 

吹き飛ばされそうになる怒号と同時、ドラグの表情にも変化する。

あの時の【円卓議決会】の〈マスター〉を薙ぎ払った時に浮かべていた――バーサーク状態の狂気の形相に。

 

「……ッ!?」

 

 

 

 

ドラグの〈エンブリオ〉【激情激斧サグラモール】。その特性は2つ。その内の1つ、『自己強化』。豪快な戦闘スタイルを好むドラグ自身を反映した、自己強化を突き詰めたスタイルだ。

フィガロの持つ特典武具【不縛足アンチェイン】ほどではないが、行動制限を緩めるパッシブスキルの《若き屍は狂気に生きる》。

自身のAGIを10分間3%上昇させる《風を切る様は鼬の如し》。

自身の攻撃力を10分間5%上昇させる《怒れる形相は猿魔の如し》。

自身のSTRとVITを10分間5%上昇させる《逆巻く怒号は餓狼の咆哮の如し》。

そして必殺スキル《激情の騎士は、荒れ狂う竜の如し(サグラモール)》。これは各属性の耐性を3%追加される。

ここまで説明して気付いた人もいるだろう――時間と自己強化の量が割に合わないと。

 

由来たる円卓の騎士サグラモールは、勇猛な騎士として描かれており、カムランの戦いでアーサー王の実子たるモルドレッドの手によって討たれるまで、アーサー王の元で戦い抜いた騎士の一人でもある。

その騎士は勇猛果敢さもさることながら、同時に戦闘の中では逆上しやすい騎士としても有名だ。

そう、ドラグの〈エンブリオ〉のスキルの真価は狂化状態の最中に現れる。

自己強化スキルの説明欄にはまだ続きがあるのだ。

――『発動中、狂化状態になった時、スキルの項目が「狂化状態発動から3分間、能力上昇を表示数値の10倍に変更する」』に変更される。

3%上昇するAGIが30%に、それぞれ5%上昇させる攻撃力とSTR、ENDが一気に50%も加算される。多少の行動制限があるにしろ、十分すぎる能力上昇だ。

そしてそれがサグラモールのもう一つの特性『狂化状態の自己強化能力の上昇』である。

 

ドラグの現在の身体ステータスで【狂戦士(バーサーカー)】の代表スキル《フィジカルバーサーク》を使えば……その戦力は、《超級(スペリオル)》の領域に一歩踏み入れるレベルにもなる。

 

 

 

 

その後の模擬戦は、十数秒で決着した。

結果から言うと、ドラグの圧勝だった。

《フィジカルバーサーク》圧倒的なパワーアップによる怒涛の猛攻により、反撃する間も無く倒されてしまった。

 

「……」

 

「ドラグさん……」

 

「あ?何か問題でもあったか?」

 

「フィガロさんと言い、ドラグと言い、王国の〈マスター〉もかなり容赦無いんだな……」

 

「何言ってんだ。これくらいの容赦の無さ、天地じゃざらに居るぞ」

 

「天地とアルターを一緒にすんな。おーいてて……」

 

その結果に観客も一部を除いて全員引き気味である。

普段冷静なルークですら目が死んでるので相当だ。

 

「シュウならどれくらいでいける?」

 

『そうだな、大体20%もあれば十分クマ』

 

「2割であの要塞のような硬さを誇るメイプルを斃せるというのか」

 

『鎧抜きなら3%もあれば十分クマ』

 

「やっぱ化け物だったか」

 

そんな中、いつもの調子の王国の《超級(例外の人たち)》2名はいつもと変わらない様子だった。

閑話休題。

 

「ほんと、コテンパンにされたわね」

 

「……うん」

 

「……大丈夫?」

 

「大丈夫だよ」

 

完敗したメイプルは地面にあお向けて倒れたままだ。余程先程の敗北が効いたのだろうか。

 

「……やっぱ私、まだまだなんだね」

 

「メイプル?」

 

叩きのめされたというのに、メイプルの表情はどこか晴れやかだった。

 

「ドラグさんが言ってたんだ。私が思い上がってるって」

 

「思い上がってる?」

 

起き上がりながら呟いた言葉に、サリーが思わず首を傾げる。

 

「この鎧ができた時に、私思ったんだ。これがあればあの大鎧を斃せるかもしれないって。多分それが、ドラグさんの言っていた思い上がりだったんだと思う」

 

「なるほど。でも私達、まだまだこれからでしょ?」

 

「うん。まだまだこれからだよ」

 

差し伸べられたサリーの手を掴み、起き上がるメイプル。

そんな時、ある疑問が浮かぶ。

 

「そういえば、最後のスキルは何だったんだ?使えなかったみたいだけど」

 

「ええ。私のスキルでも外すことができなかったのよ。まあ、武具のレアリティが高いほど私のスキルに制限が掛けられているけど」

 

残る一つのスキル。

遠巻きにそんなやり取りを見ていたシュウは、唐突にイズに質問をする。

 

『んで、今日ここに来たのはメイプルの装備のお披露目か?』

 

「いいえ。実はね――」

 

「イズさん、ここからは私が」

 

イズが説明しようとした時、メイプルが彼女を遮った。

 

「それで、説明って?」

 

「それはね……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「私、クランを作ることにしたの」

 

 





【霊峰黒鎧グランディオス】

イズたち《DDC:アルター支部》の職人の手で【霊峰山亀の超圧縮遺骸】から作られた特典武具。
本来スキルは5つ存在したのだが、シンプルに防御力と強度、耐久性重視をコンセプトにした予定であり、イズの必殺スキルで不要なスキル3つを取り除いて性能を底上げした。




【真造炉心ブリギット】


(・大・)<武具製造、素材、消費アイテム生産、強化鍛錬の3つに重点を置いたキャッスル型。

(・大・)<必殺スキルはざっくり言うとスキルをコストに性能を上げるが、性能をコストにスキル枠を増やすかのスキル。

(・大・)<能力は全て生産能力に全振りしているために、追加ステータスはアポストルとほぼ同様。


【激情激斧サグラモール】

(・大・)<自己強化と狂化状態のバフ強化に特化した〈エンブリオ〉。ステータス重視型。

(・大・)<自己バフは狂化状態でなければ重複も可能で、狂化状態になるとバフの時間が3分に短縮され、10倍になる。

(・大・)<アンチェイン程ではないが、一応制御は可能。

(・大・)<必殺スキルはかなりの自己強化を得られるが、終了すると【飢餓】、【頭痛】、【倦怠】の3つの解除不可デバフを受ける(解除するには総ログイン時間で10時間要する)。


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極振り防御と〈楓の木〉

(・大・)<今回は割と短め。

(;・大・)<前回投稿しようとしたら2千字にも満たないからびっくりした。


 

決闘都市ギデオン 3番闘技場。

 

 

「……クランって、あのクラン?」

 

「そうなの。実はイズさんから勧められてね。目標の事もあったし、色々聞きながら作ってみようって思ったんだ」

 

クランの活動という、サリーからすれば突拍子もない事だった。

殆どが未だに要領を掴めていないのか、呆けている面々にイズが説明を入れる。

 

「この特典武具を渡した時に、メイプルちゃんが目標の先について考えていたのよ。それでクラン活動を提案したら結構乗って来ちゃったのよ」

 

「クラン活動に興味を持っていたのね」

 

〈Infinite Dendorogram〉でのクランの活動は様々だ。

《集う聖剣》のような王国警護、《ロウ・オブ・ザ・ジャングル》のような傭兵稼業、各国家に所属する《Wiki編集部》のような攻略サイトの編集を生業とするクランと様々だ。

勿論、メイプル自身が嫌悪するPKを生業とするクランも。

 

「けど、イズさんってクランに所属してたんじゃなかったっけ?」

 

「誰が加入するって言ったのよ。クランの複数加入はできないから、私は提案しただけ」

 

呆れたように返すイズ。彼女自身、今のクランから異動する気は無いらしい。

 

「それで、クランに入りたい人を探してたんだけど……」

 

「なら私は入るべきね」

 

早速サリーが名乗りを上げる。

 

「僕も参加して良いかい?」

 

「私も参加させてもらおう」

 

次いでカナデとカスミ。

 

「俺も良いか?」

 

「私達も」

 

「お願いします!」

 

そして、クロムとユイ、マイ。

合計6人がメイプルのクランに参加を名乗り出た。

 

「一気に7人か。クランを起ち上げて早々にしては好調だな」

 

「これがクラン結成の瞬間ですか。なんだか感慨深いものを感じますね」

 

「すっごーい!クラン結成なんて初めて見た!」

 

ルークもバビもクラン結成の瞬間に立ち会って興味津々な様子だ。

 

『そういやレイ、お前は参加しないのか?』

 

「ああ。まだクランに入ることはないよ」

 

「まだお互いいきなり戦争を始めようという訳ではないからの。自分のペースでランカーを目指すつもりだ」

 

レイはまだクランに入らないと、明確に兄に伝えた。

しかしこの日から現実世界で2か月後、自らクランを作り上げることになるとはこの時はまだ誰も――レイ本人も思っていなかっただろう。

 

 

 

 

善は急げと言わんばかりに、メイプル達7人はクラン結成届を提出する為にギルドへと向かった。

本拠地などは結成時には必須となる項目ではなかったので、現在拠点の無いメイプルにとってはありがたいことであり、用紙の作成にもさほど困ることは無くサクサク進んでいった。

 

「……あ。クランの名前ってもう決めてあるの?」

 

ふと思い出したようにカナデがメイプルに質問してきた。

クラン名はいわばクランの看板。最重要項目と言っても過言ではない。現に、クラン結成の届け出の際、記入したクラン名は変更することはできない。

よく考えてみれば、トリックスターな【鋼鉄術師(メタルマンサー)】、デンドロ歴1年の【暗黒騎士(ダークナイト)】、東国からやって来た【鬼武士(オーガ・ザムライ)】、ルーキーながらも圧倒的な破壊力を振り回す【破壊者(デストロイヤー)】姉妹。クランリーダーの幼馴染であるサブリーダーの【大闘牛士(グレイト・マタドール)】。そしてアポストルを従えるクランリーダーの【城塞盾士(ランパート・シールダー)】。

……ここまでくると「個性的」という言葉が可愛く思えてくるのも強ち間違いじゃない。

しかしメイプルはどや顔気味に「ふっふっふ……」と含み笑いをしてきた。

 

「もう決めてあるよ。とびっきりの名前」

 

「なるほどなるほど。でも気を付けてくださいよ、名前が被ってしまってクラン名にできなかったってのはよく耳にしますから」

 

「なるほど。だったらクランの情報に詳しい人に相談でも……」

 

割り込んできた声の主に頷きながらも、言い終わる前に「ん?」とメイプルは眉を顰める。

何事かと振り返ると……。

 

「マリーさんじゃないですか」

 

「取材が終わったのでクエストでも行こうかと思ったのですが、こんな所で会うとは意外ですね。どうかしたんですか?」

 

「クランを組むことになったんですよ」

 

サリーからの説明にマリーは思わずおぉ、と声を上げた。

もっと話を聞こうと傍のテーブルにみんなを集める。

 

「メイプルちゃんがクランを作るなんて、想像しませんでしたよ」

 

「おいコラ、それってどういうことだ?」

 

「こらこら喧嘩を吹っかけない」

 

喧嘩腰になるヒドラを抑え、メイプルが話を続ける。

 

「イズさんからの提案だったんです。私の目的を終えたら、今度は自分のしたいことに全力を尽くそうかなって。それで、まずはクランを作ってみるのも面白いかなって」

 

「なるほどなるほど」

 

「それで、マリーさん」

 

「なんですか?」

 

「マリーさんって、デンドロの情報に詳しいんですよね?クランの名前とか」

 

「ええ。〈Wiki編集部〉よりは劣ると思いますけど」

 

「ちょっとクラン名の事で相談したいんです。被ってるかもしれないって思って……」

 

「ええ。ボクの知る限りとはいえ、お手伝いしますよ」

 

「良かった。それじゃあクランの事なんですけど……」

 

ごにょごにょとマリーにだけ聞こえるように囁いてクラン名の筆頭候補を告げるメイプル。

候補の名前を聞いたマリーからは。

 

「なるほど、そのクラン名はボクも聞いた事はありませんね」

 

「本当ですか!?じゃあ早速登録しに行ってきます!」

 

跳ね上がったメイプルは早速カウンターへと走って行く。

 

「それで、クラン名はどうなったんですか?」

 

「あー、それはですね……」

 

マリーが答える前に、メイプルから「許可が下りたよー!」と元気な声が帰ってきた。

クランの結成にはクランリーダーとサブリーダー、そしてそのクランのメンバーの名前を記入する必要もある。

それぞれが自分の名前を書き終えると、最後にメイプルが自らクラン名を書き込む。

受け取ったギルド委員はそのクランの最終確認を取る。

 

「クラン名は〈楓の木〉で間違いありませんね?」

 

「はい!」

 

力強く返答したメイプルに、メンバーもマリーも納得したように頷いた。

 

「なるほど。メイプルから取ったのか」

 

「良い名前じゃないか」

 

「僕も賛成」

 

メイプルの提示したクラン名にクロムやカスミを始め、高評価だった。

しかし、事情を知っている〈マスター〉が1人……。

 

「……あのさ。そのクランの名前って、本人のリアルネーム使ってるんじゃないの?」

 

「気にすんな。被ってなけりゃ問題ねぇ」

 

「そうですよ。黄河やアルターにも人物名の入ってるクランはありますから。それくらいは妥協案って奴です」

 

乾いた笑いを上げるサリーに、ヒドラはしれっと答え、マリーも同乗するのだった。

そのセリフにヒドラとメイプル以外のクランメンバーが思わず「いや、それはそれで大問題じゃないのか?」と思ったのだった。

 

 

 

 

こうして〈楓の木〉が誕生することとなった。

構成人数はたった7人。まだクランホームも無い少人数クランは、珍しいものではない。

しかし後に、このクランはPK〈マスター〉を標的とするPKクラン――所謂PKKクランとして活動していき、アルター王国付近を活動域とするPKの〈マスター〉からは「金をつぎ込まれても辞退したい」、「毒竜だのゾンビだの鬼だの化け物だらけの訳分らん所」などと呼ばれるのはもう少し後になる。

 

 





(・大・)<なんか無理矢理繋げた感があるけど、〈楓の木〉の誕生です。

(・大・)<見たらわかると思いますが、こちらのクランでは原作と違いイズは加入していません。


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極振り防御とアンデッド退治。


(・大・)<お待たせしました。最新話です。

(・大・)<にしても、投降までの間がほぼ3ヶ月って……。

(;・大・)<間開けすぎだろ……;


 

決闘都市ギデオン 冒険者ギルド:【要塞盾士(ランパート・シールダー)】メイプル・アーキマン。

 

 

 

私の口からクラン〈楓の木〉が結成した翌日。

私達は今、クランの存在を揺るがす大きな問題に直面していた――。

 

「それで、クラン活動はどうするの?」

 

「……あ」

 

事の発端は、カナデからの発言だった。その一言で、私は目が覚めたように思わず声を上げてしまった。

よくよく考えたらクランを作ったは良い物の、どんな活動をメインにするのか全く持って決めていなかったっけ。

クランホームはまだなくても良い。

 

「そうだね……。まぁ、私としてはみんなで楽しく暮らしていこうって考えてるんだけど……」

 

「いや誰も考えてないんですか」

 

冒険者ギルドに足を運んでいたマリーさんにも横から呆れ交じりにツッコミを入れられた。

 

 

「今、採取系のクエストが結構ありますよ」

 

「んー……まずは採取系の簡単なものからやろうかな……?」

 

「いやに消極的だな」

 

いきなり討伐系というにもエンジンがかからないし、今は先の【フランクリンのゲーム】で倒壊した建物の修復の為の素材を収集するクエストが多い。私もそれを受ける予定だ。

そこにヒドラがクエストの書かれた用紙を手に戻って来た。

って、なにそれ?

 

「討伐クエストの依頼書だ。ほら、この間ポーラっつう奴の隣にあったのがそのままだったから、試しにどうかなって」

 

「ああ、ありがと」

 

ヒドラに礼を言って、改めて手配書に目を通してみる。

 

 

 

【魍魎船団】――罪状はティアンの大量虐殺に加えて、クラン活動による町村の破壊。

船長と呼ばれるクランオーナー、ヴァルデュームはその筆頭で、【大死霊】のスキルで次々とティアンをアンデッドに変えていった。

町単位を潰すのは日常茶飯事。アイテムを根こそぎ奪い、平気で人を物言わぬ骸へと変える……。

とても、とても許せる相手じゃない……。

 

 

 

「おいメイプル。どうした?」

 

「――っと、ごめんごめん」

 

危なかった。ヒドラに声を掛けてたから我に返ったけど……。

気を取り直して改めて手配書を見る。確かこういった手配書には今の拠点も記されているから、前々から移動したということにならなければ大体の居場所が――。

 

「あれ?」

 

「今度はどした?」

 

「あのさ、確か船団って船の集団……って事だよね?」

 

「そうだな」

 

「それで、この場所って……思いっきり陸地だよね?」

 

アルター王国の地図と照らし合わせて確認してみたけど、場所はニッサ伯爵領というギデオンから更に南の領土であり……船が絶対に航行できない陸の上にいる。

……いや、船だよね?船団じゃなくて山賊団の間違いじゃないの?

 

「いえ。船団で合っています」

 

混乱する私に助け舟を出したのはマリーさんだった。

同時にますますわからなくなってくる。陸の上で舟って移動できないよね?

 

「リーダーの〈エンブリオ〉が巨大な船らしいのです。けど、航行能力が皆無らしくて専ら建物として使っているようですよ」

 

要するに、チェルシーさんのような感じって事?あの人のクランホームも元は海賊船だったし。

 

「船の癖に水の上に浮かべないとか、とんだでくの坊じゃねぇか」

 

イメージとしては船、というより倉庫のイメージのほうが近いかな?

 

「じゃあ、私達のクエストはこの【魍魎船団】の潰滅。これで良いかな?」

 

7人に最終確認をし、全員が頷いたのを見て私はギルド職員に手配書を見せて受注してもらう。

 

「あ。確かニッサ領って資材調達のクエストで記されていた場所です。案外レイさん達に会えるかもしれませんね」

 

「案外到着した傍からであったりして」

 

案外冗談に聞こえないようなことを言い交した後、私達は早速自然都市ニッサへと向かうのだった。

 

 

 

 

「ふわぁ……」

 

馬車で進むこと数時間。深い森に入った私は思わず声を上げた。

天を衝くかのように伸びる木々、枝に乗って羽を休め、鳴き声を奏でる鳥たち。時折こちらを見て、目線があった途端に逃げ出す動物。

見慣れたギデオンの景色から深い森林へと変わっていく景色は、私にとって新鮮なものだった。

 

「ニッサから先はすぐ国境になってて、そこから向こうがレジェンダリアだ」

 

クロムさんの説明を受けた時には、もうニッサの門が見えてきた。

門の前で人だかりができていて……人だかり?

 

「何あれ?」

 

なんで門の前に人だかりが?門の前で立ち往生してるみたいだけど……?

 

 

 

 

「まさか、本当に鉢合わせるとはね……」

 

「いや、まったくだ」

 

採取系が多かったとはいえ、まさか本当に鉢合わせるとは思わなかった。

商人風のティアン5人のほかに、レイさんとルーク君。フレデリカさんとマルクスさんとドレッドさん。それから同じように依頼を受けた〈マスター〉数名。

いやいや、どれだけ偶然が重なったらこうなったの?

 

「まさか、資材の採取と犯罪者狩りのクエストで場所が被るとはのぅ」

 

レイさんやルーク君を中心とした十数人の〈マスター〉は街の修理の為の資材調達。私達は《魍魎船団》の討伐。それらの場所がニッサ近辺で行われるなんて思わなかった。

とはいえ、資材調達に来たティアンの人達は何やらニッサの門番といざこざが起きてるらしく、言い争いが絶えない。

 

「何かあったの?」

 

「聞いてみたのですが、身内の問題だからの一点張りで答えてくれませんでしたよ。最も――」

 

ちらりとルーク君は門番を一瞬だけ見て、そして私達に視線を戻す。

 

「何か問題があったのは確かなようです」

 

確信したかのようにそう言い放ったルーク君に、私は思わず息を呑んだ。

 

「私も話に立ち合おう。何か隠しているかもしれない」

 

「カスミ、良いの?」

 

「私の〈エンブリオ〉の能力は、メイプルが身をもって知っているだろう?」

 

不安そうに聞いた私に、カスミはそう返して門番と商人とのいざこざの場へと歩いて行った。

傍に鞘ごと刀を突き立てた後、カスミ刀の向かい側に移動してから仲介に入る。

 

「少し失礼する」

 

「貴殿は……〈マスター〉か。申し訳ないが、今は何人もニッサに入ることは許可できない!」

 

「だからなんで許可できないんだ!?こっちはクエストで資材を調達したくてニッサの領主に許可を貰いたいだけなんだぞ!」

 

「何か問題でもあるのか?」

 

「駄目だ駄目だ!第一問題があったとしても、我々で対処できる!〈マスター〉の手を借りる必要などない!」

 

頭ごなしに門番が怒鳴る中、言い切った直後に突然カスミの刀が一瞬だけ震えたと思いきや、ひとりでに抜刀。流れるように門番の脳天目掛けて振り下ろされ――受け止められた。

 

「なッ、なんだ――ッ!?」

 

「おい何やってんだ!?下手したらアンタ指名手配に――」

 

いきなりの光景にカスミ以外の全員が驚愕した。

 

「すまない。だが止めなければこの男の頭が、兜ごとかち割れていたぞ」

 

刀の切っ先を掴んでいた腕は、肘から先がおよそ人の物とは思えないような赤黒い有様になっていた。

未だに獲物に飛び掛からんと小刻みに震える刀を無理矢理抑えるように鞘に押し込める。

数秒間カタカタと震えていた刀は、次第に血抜きされた魚のように震えが治まっていき、やがて何事も無かったように動きを止めた。

 

「どういうことだ?」

 

「キヨヒメの特性は、【嘘の感知】と、【嘘を吐いた相手に対しての強力な呪い】の2つだ。今のように私の手から離れていても、ひとりでに鞘から飛び出し嘘を吐いた相手を斬る。どこへ逃げようとも、再び鞘にその身を納めるまでな」

 

「つまり、今のを嘘だとすると『ニッサの兵士たちだけでは対処できない。〈マスター〉の助力を頼みたい』って事でいいんだよな?」

 

レイさんの憶測に門番が言葉を詰まらせる。

明らかに図星のようだ。

 

「確か清姫って、和歌山の伝説じゃなかったっけ?」

 

「日本の伝説の一つだ。かみ砕いて説明すると、一目ぼれした相手に騙された挙句嘘を吐かれて怒り狂った姫の復讐譚という内容だ」

 

「よくよく考えると、嘘を吐かれて激怒するとはよほど短気だったのだな」

 

伝説とか神話とか現代人目線だと大概オーバーなんですよネメシスさん。

 

「訳を話してくれるな?嘘偽りを語ってもキヨヒメには効かない。中身の無い冗談でも、相手を想うが故の嘘でも、嘘と判断した瞬間キヨヒメはあなたを斬ることを重々承知して頂きたい」

 

「……どうやら、あなた方の手をお借りしなければならないようですね」

 

後ずさる兵士の後ろでそう言ったのは、スーツを着た初老の老人だった。

気のせいだと思うけど、人間にしては血色が無さすぎるような……?

 

「あなたは?」

 

「私はキュオン伯爵に仕える家令です。キュオン様は問題の解決と心労で現在は顔を出す事はできないことをご容赦頂きたい」

 

「やっぱり何か問題があったのですね?」

 

「そうですね。状況を端的に説明すれば……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ニッサが占領されました」

 

「……え?」

 

家令の人からの言葉に、私達は一瞬だけ呆けてしまった。

 

 

 

 

話を纏めるとこうだ。

今から数時間前、現実で言う拡声機能付きの携帯と同じ機能の魔法アイテムから、一言ニッサを占領したと告げられた。

アンデッドを街に潜入させ、要求に応じなければ順次アンデッドの体内に仕掛けた爆弾を爆発させるという。そして要求は――ニッサの住民のティアン1千人と、『清浄のクリスタル』10個。

当然ニッサの領主を含めた有力者は揃えて首を振るつもりだ。短い会議でそう決まった瞬間、有力者の一人の側近が爆発した。幸い離れていたので全員大した怪我はなく――それが警告だということも理解した。

 

「この街にいる〈マスター〉に依頼し、《看破》で使ってみたのですが……アンデッドは見つけられませんでした」

 

「となると、種族まで偽装できるかなり上位の〈エンブリオ〉のスキルを使った可能性が高いということね」

 

「そんなの相手にどうやって見分けを着けようっていうのさ?」

 

納得したように家令の老人からの話をまとめたフレデリカさんに続き、マルクスさんが頭を抱えながら疑問を口にする。

《看破》も聞かないようなスキルを持った相手にどうやって……?

 

「……そうだ!だったらカスミのキヨヒメのスキルを使えば、誰がアンデッドか分かるんじゃない?」

 

「確かに不可能じゃない」

 

そんな折、アイデアを思い付いたサリーがカスミに話しかける。

カスミは一度サリーの提案に同意するようにうなずいた。けどすぐに「だがな」と加える。

 

「問題は【魍魎船団】の手の者と、そうでない者の見分けを点ける為の質問が無いということだ。仮に偽装されたアンデッドが自覚していなければそれはキヨヒメからすれば『真実』と捉えられる」

 

「だったら『爆弾を体内に入れているか?』って尋ねたらどうですか?」

 

「無駄だ。さっきも言ったように自覚が無かったり、当人が知り得ていないことを訊ねても、コイツはうんともすんとも言わない。端的に説明すのなら、より鋭くなった《真偽判定》みたいなものだ」

 

要するに最低条件が『当人が放った言葉が嘘であると自覚している』ことらしい。

敵の〈エンブリオ〉の能力が自身がアンデッドであると自覚していない代物だったら、こっちとしては完全に立ち往生だ。

 

「……いっそ、俺が《銀光》で虱潰しにティアンを小突いて確かめるしかないかもしれないな……」

 

レイさんが本当にやりかねない手を思いついて、私達が若干引いた時、

 

「確か【魍魎船団】は、〈マスター〉だけで構成されたクランだったな」

 

ふと、クロムさんが思い出す様に言葉を漏らす。

私達【楓の木】も〈マスター〉だけで構成されているし、【AETL連合】や、そこから離別した【リリアーナFC】もティアンと〈マスター〉の複合クランも存在する。

けど、それが今回の事と何の関係があるの?

 

「……ああ、なるほど。そういうことか」

 

「え?どういうこと?」

 

「おそらくアンデッドをニッサに紛れ込ませたのは〈エンブリオ〉のスキルだろう。恐らくチャリオッツのハイエンド、アドバンス型だ」

 

「アドバンスは強化パーツ型だ。偽装にステータスを割り振ってるなら、自己防衛程度の戦闘力しかないだろう。残る問題は……」

 

「偽装者の本物が生きてるかどうか、でしょ?」

 

カスミ、クロムさんの憶測のあと、カナデが指摘した。

 

「じゃあ急がないと!本当にアンデッドにされかねない――」

 

「ちょい待ち。これを持ってって」

 

早速と言った矢先、カナデが手にしていた地図を渡してきた。

横からサリーが広げたマップを見てみると、山岳地帯とほど近い三輪地帯が赤く塗りつぶされた部分がある。

 

「なんですかこれ?」

 

「ニッサはレジェンダリアから意外と近いんだ。まあ南下し過ぎることは無いと思うけど、森林地帯はレジェンダリアにいる〈超級〉の縄張り。山岳地帯は【編集部】で聞いた〈UBM〉の縄張りだよ。連中もデスペナを嫌って安全地帯を選んだっぽいね」

 

「あー。確かに危険地帯にクランを置こうとは、普通考えませんからね」

 

「指名手配なら、なおさらですからね」

 

指名手配された〈マスター〉が死んだら次のログイン地点は【監獄】に自動的に送られる。

デスペナのリスクを背負って危険な場所に陣取る必要なんてわざわざ向こうは持ち合わせていないはず。

 

「あなたは領主に、事情を説明してニッサにいる全ティアンを集めて頂きたい。老若男女問わず」

 

「はっ」

 

家令の人がカスミの指示に応じた瞬間、一瞬で姿を消した。

 

「レイと私は街の方で準備に取り掛かる。人質のの状況が分かり次第、連絡を入れてくれ」

 

「助っ人に行かなくていいのか?」

 

「それだと過剰戦力だ。レイは《聖別の銀光》でアンデッドの消滅を手伝ってもらいたい。メイプルとヒドラは、爆発してしまった時の為にレイやネメシス、住人を守ってほしい。レイ、ゴゥズメイズ山賊団と違ってかなり手を挙げ辛いがな」

 

「僕は街に行って〈マスター〉に事情を説明して、奴隷をジュエルに戻すように呼び掛けるよ」

 

カナデとレイさん、カスミもそれぞれの行動に移る。

私も準備を急がないと。

 

「じゃあみんな。軒並みなセリフだけど、頑張って行こう!」

 

「「「「「応!」」」」」

 

私の台詞にみんなが答えて、私達は行動を開始した。

 

 

 

 

〈ニッサ伯爵領〉:とある洞穴。

 

 

「何?〈マスター〉が来ただと?」

 

アンデッドの〈マスター〉のみで構成されたクラン【魍魎船団】。

その頭領たる【魔教(ヘルプリースト)】ヴァルデュームは、部下の報告に眉をひそめた。

 

「我々の要求を拒むどころか、逆に我々を討たんと出たか」

 

「彼らが掴んだ情報では、【不死身(イモータル)】やゲームに参加した〈マスター〉も多数存在してます」

 

「ゲーム?って事はあのガキも居るのか?」

 

「……いいえ。どうやら街に残っているようですね」

 

【大死霊】の一人がその報告で、忌々し気に短杖を床に投げつけた。

 

「あのガキ、今度会ったら絶対にただじゃ置かねぇ……!」

 

「【VIK】とかいう自分の傑作を台無しにされて苛立つのもわからんでもない。だがな、今は奴らに集中すべきではないのか?」

 

「あぁ?」

 

「まずは奴らをこの場所におびき寄せる。我がナグルファルに蓄えた配下を目印の石代わりに使え。その後貴様の能力で各々を、だ」

 

「あいあい。カミーユはどうせ街に出でて遠隔操作できる距離から爆弾を起動させるんだろ?」

 

「片腕の禍々しい身なりをした〈マスター〉も存在しないとなると、奴らの対処に出たのだろう。奴らには銀光対策を施してある。他の連中に対しても、こちらの対抗札は十分」

 

「無駄に慎重なんだなぁ、オーナーは」

 

「ハッ、エバーミンよ。慎重と蓄えは大げさ過ぎるほどが丁度良いと言うだろう。無駄口を叩く暇があったら、罠の準備でもしておけ」

 

皮肉めいた返答に【大死霊】エバーミンは罠を仕掛けるべく行動に取り掛かった。

彼の後姿を眺め、その姿が見えなくなった頃に舌打ちした。

 

「フン、生意気な彫刻家モドキめ。他の連中も超級職になるのを当初の目的と思って躍起になって……」

 

つかつかと悪態を吐きながら、一枚のメモを取り出す。

 

(……この【邪教主(デモン・ポープ)】へと至るには『怨霊のクリスタルの生成』に、『邪教の信者1千名の署名を募らせ、その署名を所持した状態でジョブクリスタルに触れる』、『アンデッドの生成数が1万体以上』……1番目と3番目は既に完了している。あとは要求の100人と攻撃用のスペア、アンデッドのストックを手に入れられればもう用はない……)

 

くつくつと、誰も居なくなった洞穴の中でヴァルデュームの笑いが洞窟の壁を反響して響きわたらせた。

 

 

 

 

???

 

 

――あいつのにおいが消えかけてる。そう易々と消えるものではないと思うのだが、早く急がなければ。

 

 

――自分の住処を奪っのはどこの誰かは知らないが、落とし前は点けさせてもらう。

 

 

――においの先がいつもの狩場だったのは不幸中の幸いだ。あそこなら一番ヤバい2ヵ所を除けば熟知している。

 

 

「Kiki?」

 

 

――おい、なんだお前は。何故急に立ちはだかったりした?邪魔だ。そこをどけ。

 

 

「Kikyaaaaaaaaaaaaa!!」

 

 

――なんだ、やる気か?喰えないような奴め。住処を追われた奴の腹の虫の居所の悪さ、その身をもって思い知らせてやる。

 






【邪教主、魔教について】

(・大・)<いわゆるアンデッド系専用の【司教】系職業。

(・大・)<ジョブの話をすると、下級の【死祭】は呪術師+司祭の複合系。両方のジョブスキルをコンプ+最大レベルで解放。

(・大・)<本来アンデッド系や【吸血鬼(ヴァンパイア)】系、【僵尸(キョンシー)】系は回復魔法や聖属性魔法を受けるとダメージを負ったり消滅したりするが、専用の回復魔法は呪いも含まれている為アンデッドでも回復できる。

(・大・)<因みにジョブを取っても種族は人間のままなので、アンデッド以外に専用の回復魔法を使ったら呪術を受ける羽目になります。


【アンデッド化するジョブについて】


(・大・)<原作ではメイズのような【大死霊】や、迅羽の【僵尸】のほかにも拙作限定で、

(・大・)<物理系ゾンビの【屍鬼(グール)】が存在します。

(・大・)<肉類(食肉や腐肉を含めて)の捕食で自己強化や回復を行うことができる、タンクとアタッカーを担ったジョブです。

(・大・)<アンデッド生成や呪術が使えない分ステータス面で優秀。

(・大・)<上級は【大屍鬼(グレイト・グール)】、超級は【超屍鬼(オーヴァー・グール)】。

(・大・)<そしてタンク性能に特化したのが【創屍(フランケン)】、超級が【名無屍(ノーネーム)】。

(・大・)<因みに屍鬼系が攻撃>耐久、創屍系が攻撃<耐久となっています。


【最後の何?】


(・大・)<UBMの話に出たアイツです。

(・大・)<……いや誰だよ。


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極振り防御とアンデッド戦:らうんど1。

前回までのあらすじ。
【楓の木】最初のクエストは、ヴァルデューム率いる【魍魎船団】の潰滅。彼らが現在拠点にしているニッサ伯爵領まで足を運ぶと、既にニッサは【魍魎船団】の手によって占領されていた。
しかしカスミの〈エンブリオ〉からヒントを得た一行は、メイプル、レイ、カスミ、カナデ、ミザリー、マルクスをアンデット撃退班に、サリー、クロム、ユイ、マイ、フレデリカ、ドレッド、ルークがアジトの捜索に出発した。
その傍ら、森林区に何かが迫っていた――。



ニッサ伯爵領:【サウダーデ森林】。

 

 

二手に分かれた〈マスター〉の面々。カナデから手渡された地図を基に、可能性のある場所を虱潰しに探していた。

 

「それで、救出の方法は解ってんのか?」

 

「まずは俺が潜入する。人質の状況が分かり次第【テレパシーカフス】で連絡を入れるから、その後で動いてくれ。フレデリカ、準備頼む」

 

「おっけ」

 

簡素な説明の後、オードリーに乗って上空から捜索していたルークが戻って来た。

 

「それらしい場所を発見しました」

 

「そうか。フレデリカ、そっちはどうだ?」

 

集団から少し離れた場所では魔法陣の中心で目を閉じて立っているフレデリカに訊ねる。

やがて魔法陣から光が消え、目を開けたフレデリカは遅めの返答をした。

 

「こっちもあったわ。ここから南側」

 

「僕は北側でみつけました」

 

広げたニッサ周辺の地図の現在地から、ルークが北側を、フレデリカが南側を同時に指す。

 

「まったくの逆方向か……二手に分かれて調べてみるか」

 

「なら私はルーク君とユイちゃんマイちゃんと一緒に南側の捜索ね」

 

「はい!」

 

「よろしくお願いします!」

 

ふんす、といった効果音でも出しそうな気合を入れる姉妹。

 

「となると、残った俺らは北側か。2人とも頼むぞ」

 

「はい」

 

「言われるまでもねぇよ」

 

対するクロム側も、軽い調子で返し、3人と4人に分かれて行動を開始した。

 

 

 

 

二手に分かれて行動して数分。ついにクロム達はルークの言っていた洞穴を発見した。

切り立った崖に面したいかにもな洞穴は、くり抜いたようにぽっかりと穴をあけ、その奥を黒く染めていた。入り口にはローブを纏った人間らしき者がいるが、おそらく見張りだろう

 

「あの場所だね」

 

「わかりやすくて逆に怪しいな……ただの無人の洞窟に見張りだけを置いておくだけということも考えられるんじゃないのか?」

 

「ともかく、さっき言ったように俺が先に行く。連絡するまで下手に動くんじゃねぇぞ」

 

「先に行くって……まさかこんな所を堂々と歩くつもりですか?」

 

音も無く立ち上がったドレッドに対して、サリーが素っ頓狂な声を上げる。

この茂みから洞窟までは遮蔽物の遮の字も無い開けた場所が50メートル以上もある。こんな所、堂々と歩いていたら向こうが見て見ぬふりでもしていない限り見つかってしまう。流石に何か方法でもあるだろうと彼女は思った。

 

「誰が真正面から歩くっつったよ」

 

その返答にサリーは目を丸くした。そんな彼女を他所に、木の影に立ったドレッドはマスクを着けると腰から短剣を引き抜いた。

その短剣は刀身が黒曜石――というより、夜そのものを素材にしたかのように黒く、陽光を反射して更にその黒さを引き立たせた。シャムシールと呼ばれる刀剣のように切っ先が僅かに反れている。目立つ装飾も無い。

機能性に特化したような短剣を持った手を、刀身を地面へと向けて正面に伸ばし、印を結ぶかのように人差し指と中指を立てた空いた片手を額に当てるほどに近付ける。

 

「《影に潜んで、影に潜って(カルウェナン)》」

 

スキルの宣言の直後――するりと、ドレッドが地面に沈んでいく。足元の茂みの影がいきなり沼になったかのように。

 

「ドレッドさん!?」

 

「沈んだ……いや、むしろ影の中に潜ったのか?」

 

いきなりの光景に思わず声を上げるサリーに対し、クロムも驚きつつも彼がいた場所を見ながら考察するように呟いた。

 

 

 

 

奇襲者(スニーク・レイダー)】ドレッド

 

 

さて。影の中に入ったのは良いが、あのゾンビども全く動かないな……。まぁ、俺としてはウロチョロされるよりかはありがたい。

ここから先は息が持つかどうか不安だったが、幸いにも洞窟の壁は等間隔で松明の灯りがあってその問題は解決されている。罠は……一応あるみたいだが、俺としては妙に胡散臭く感じざるを得ない。

 

(……俺らを嵌める為の囮か?)

 

罠がこれだけなら相手は実に単純で、俺からすればやり易い。最も、ゾンビを人間に化けさせて爆弾を仕込ませる奴がこんな単純な罠で満足するとは思えない。

兎に角、俺はこの洞窟に人質がいるかどうかを確認することを優先して行動しなければならない。

疑いの余地を残した考察もそこそこにして、俺は泳ぎだした。

 

 

そうそう、一応お前達にも俺の〈エンブリオ〉を解説しておこう。

俺の〈エンブリオ〉『潜影刃カルウェナン』。TYPE:アームズ・ルールで、特性は『影への潜入』。

アーサー王が持つ武器の一つで、文字通り自分の影を媒体に別世界らしき場所へと潜ることができる。――まあ分かりやすく言うなら、同じアバターで同一ゲームの別のサーバーへ移動するってことだ。極論、どっかのVRMMOものの小説に記載されていた『コンバート』と言っても差し支えない。

これくらいしか使えないが、俺としては割と気に入っている。動いているものであれど一度スキルを使えば潜って回避もできるからな。

ただ、影の中の世界はいわば水中と同じで呼吸もままならない。ただ、重力とか概念は無いらしいのか、服を着たままでも一行に沈んだりしない。ここから出るには、スキルを使用した場所へ戻るか必殺スキルが必要だけどな。それから水中じゃないから、水中で発揮されるスキルも軒並み意味が無い。最後に一つ。カルウェナンと身に着けてる装備以外の装備品はこの世界じゃ軒並み出現させることも、持ち込むはできない。

 

(牢獄らしいものがあればわかりやすいが……)

 

影の中からの光景で言う影は表の世界の大きさに比例した白い炎のような光が、物体なら白い輪郭線を持った黒い物体として俺の目に映る。そしてこの世界にいる間は白い影に触れていれば、水面に顔を出すのと同じように呼吸ができる。

松明の炎から作られる影に触れながら呼吸を保ちつつ、洞窟の奥へと潜行し、下へと降りていく。

 

(……あれは、人か?)

 

時間にして5分くらいだろうか。ふと潜行を止めると俺から見て正面から右上に逸れた所で松明や岩とは明らかに違う輪郭を見つけた。数にして5つ。連中が街中に潜ませたアンデッドが何体いるかわからないが、確かめる必要はある。幸い《看破》は1メートル弱にまで範囲が狭まっているが、使うには何ら問題も無い。

そしてその影に触れてからスキルを使い……確信した俺はすぐさまクロム達のいる場所へと引き返した。

 

 

 

 

「人質がいたぞ」

 

ぬっ、と木の影から顔を出したドレッドが出し抜けに報告をした。

 

「うぉっ!?――ったく、心臓に悪い登場だな」

 

「悪かったな。それよりも、人質は恐らく5人。罠らしきものは見た感じ簡易的なトラップだけだ」

 

「それだけなら、今すぐ乗り込んでも問題ないんじゃない?」

 

「そう急ぐなよ嬢ちゃん。ダミーって可能性もあるがな」

 

皮肉めいた言葉で乗り込もうとするサリーに待ったをかけるドレッド。

 

「確かにそうだな。だが人質の救出が最優先だろ?」

 

「……どのみち面倒ごとになるのは目に見えてる、か」

 

クロムの一言に、ため息交じりながらも応じるドレッド。

サリーも【氷結のレイピア】の刀身を見て具合を確かめる。

 

「で、嬢ちゃんはホラー物は大丈夫か?」

 

「正直逃げたいですね。けど、ここまで来て逃げたら後味も悪いんで」

 

サリーの言葉に「そうかい」とドレッドは一瞬で姿を消す。次の瞬間にはアンデッドの背後に回り込み、カルウェナンとは異なる短剣であっという間にアンデッドを切り裂いて消滅させた。

 

「ドレッド」

 

「どうした?」

 

「……もしもの時は、頼むぞ」

 

突入直前、クロムがドレッドに対して妙な言葉を放ったが、ドレッドは小さく頷いた。

2人の短い会話。その意味はサリーにはまるで分らなかった。

 

 

 

 

洞窟内を早足に歩き、トラップを手早く解除するドレッド。

サリーとクロムはその手早い行動に関心しつつも後を追う。

 

「ここまで早歩きでノンストップって凄いんじゃないですか?」

 

「確かにな。俺も【集う聖剣】の連中の事は話に聴いていたが、実際に見るとベテランって感じがするな」

 

そんな感想を述べているうちに、いつの間にかドレッドが見たという牢獄へと到着する3人。南京錠をクロムが破壊して中に入る。

 

「ッ――!?」

 

人質の様子を見ようと顔を覗き込んだサリーが言葉を失った。そのままふらふらと2、3歩下がると尻もちを付いてしまう。

 

「くっ、クロムさん……!これ……!」

 

「酷ェ真似しやがる……」

 

人質の顔は全員、目とその周囲が無くなっていた。無理矢理えぐり取られたとかそういうものではなく、まるでジグソーパズルのピースのように、そこだけが切り取られているのだ。

それだけではない。口には猿ぐつわのようにマスク状のアイテムを口に填められている。

ドレッドはその内の一人の手首を掴み、脈を調べる。――脈は、あった。

 

「十中八九〈エンブリオ〉によるものだな。わざわざ生かしてあるなら、死んだ相手に変身できないって条件があるんだろう」

 

異様な状態の人質を観察する中、ドレッドはあることに疑問を抱いていた。

 

(にしても、こいつらが口に着けてるのって、グランバロアで見かける潜水マスクだよな?人質を溺死させない為か?)

 

「とにかく、この人達だけでも外に連れ出さないと!」

 

サリーが外に連れ出そうと人質に近づく。幸い手足に枷を付けられているだけであって逃げ出さないような重りなども見当たらない。あるのは道中にも見かけた幾つか点在する尖った岩くらいだが、サリーからすればどうということはない。

 

「下がれ!」

 

「え?」

 

ドレッドが叫んだ次の瞬間、尖った岩の一つから何かがサリー目掛けて飛び出した。

咄嗟に身体をのけ反らせると同時にドレッドが投擲用ピックを投げ、サリーの頭があった地点に到達した瞬間、ピックが砕け散った。

その何かの正体はすぐに判明した。腐ったドーベルマンのような風体に、臭気のようなオーラが禍々しさを印象付ける。

そのドーベルマンは再びすぐそばにあった尖った岩に吸い込まれた瞬間、再び同じように襲い掛かる。まるで人質から遠ざけるような攻撃のラッシュに溜まらず3人とも後退し、一つ前の大部屋に戻される。幾つもの薪が壁際に並べられた大広間だ。

次の瞬間、牢屋に続く通路が鉄格子でふさがれてしまった。

 

「ヒッヒヒヒヒ!御一行様ご案な~い!ってか?」

 

「早速ご登場か」

 

アンデッドとなった3人の〈マスター〉。一人はパンクロック風の衣装をまとったゾンビに、魔法師風の法衣を纏ったゾンビ。更にゴーグルを掛け、サーベルを腰に下げた剣士風のゾンビの3人だ。全員左手の甲に紋章を宿している。マスターだ。

 

「あんたらが【魍魎船団】のメンバーね?」

 

「おぉ~、よぉしよしよしよしよしよしよし!やっぱり可愛いなぁお前は!」

 

「あれが、あいつの〈エンブリオ〉?」

 

「お前らが知る必要はねぇよ!」

 

次の瞬間、パンクロック風のゾンビがサリー目掛け突進してきた。突剣(エストック)から繰り出される刺突の連撃を持ち前の俊敏性で避け、レイピアで軌道を逸らす。

 

(やっぱり早い!下級と上級1つずつのステじゃやっぱり対抗するのは難しいか!?)

 

今の所ダメージは無い。普通なら何度か掠り傷を受けても可笑しくないのだが、サリーの反射神経が少しだけ相手との差を埋めている。

 

(にしても、【屍鬼(グール)】ってこんなに俊敏性が高かったの!?あの突剣も変な形だし!)

 

実際、【屍鬼】のステータスはVIT、次にSTRといった鈍足高耐久型だ。それなら今のサリーでも十分に対応できるはず。だがそのパンクロック風のゾンビが

 

「なるほどな」

 

その中でドレッドがいち早く気付き、クロムがサリーの元へと駆けようとした。

しかしその前にサーベル剣士のゾンビが剣を振るい妨害する。

 

「お前の相手は俺だ!」

 

「クロム!」

 

ドレッドが叫ぶ。次の瞬間には彼の前にバスケットボール大の火球が迫っていた。横転してなんとか直撃を免れ、火球が壁に当たって火の粉をまき散らす。

 

「【紅蓮魔術師(パイロマンサー)】か。それで俺が殺せると思うのか?」

 

「殺せるさ。とっておきの手段があるからな!!」

 

肯定の絶叫と共に、火球がドレッドを焼き尽くさんと弾丸の速度で襲い掛かってきた。

 

 

 

 

ドレッドと魔術師ゾンビの戦闘は、弾丸の速度で襲ってきた火球から始まった。

それらを全て避け切り、ドレッドが見張りを倒した時とは違う短剣を手にゾンビに迫る。

 

「――ッ!」

 

3度の斬撃を繰り出し、そのどれもが魔術師ゾンビに深い傷を与えられた。しかし相手はアンデッド。当然通常の攻撃では生物には致命傷の傷でも、アンデッドにとっては痛くも痒くもない。当然それはドレッドも承知済みであり、相手の傷口からは僅かな炎が立ち上っていたが、すぐに消えた。

 

「……手応え的に深くいったつもりだったが、やっぱ《邪神の黒き水》を受けていやがったか。当然《邪神の黒き光》も受けてるんだろ?」

 

《邪神の黒き光》。【魔教(ヘルプリースト)】系職業が得られる呪詛スキルのひとつであり、アンデッドを対象にした場合には聖属性攻撃による被ダメージを30%減少し、再生効果不可に対する耐性を与える。非アンデッドを対象にした場合では【呪縛】の呪怨系状態異常に陥らせる。

当然《聖別の銀光》による効果も反映される為、アンデッドの聖属性対策の代表でもあるスキルだ。しかし再生能力はすぐに発揮されるわけではなく、差はあるものの大抵1時間から2時間後に回復する。

《黒き水》は対アンデッド方法である炎属性に対して同様に30%のダメージ軽減と、延焼を抑えるアクティブスキルである。

 

(アンデッド対策、ってのが裏目に出ちまったな。聖属性や炎属性でなけりゃ効かないし……)

 

思考を巡らしつつ火炎を回避するドレッド。

 

(にしても、なんでここまで火炎を連射する?)

 

ドレッドを近付かせないためなのか、相手はMP枯渇を気にしていないかのように火炎を撃ちまくっている。

 

(俺の牽制……というのもあるが、まるで周りの壁を狙ってるみたいだな)

 

火球は壁に直撃して火の粉をまき散らす。

その壁のいくつかの僅かな隙間から、プスプスと煙が僅かに上がっているのをドレッドはまだ気づかないでいた……。

 

 

 

 

大闘牛士(グレイト・マタドール)】サリー・ホワイトリッジ。

 

 

流石に、ステの差が響いてきた……!クロムさんもドレッドさんも手を貸してくれそうにない……!

 

「ほらほらほらほらぁ!初心者ちゃんの剣技はこの程度かぁ!?」

 

それに、あいつの剣もおかしい。突剣にしては剣の中腹から鍔元までがのこぎりのように小さな突起だらけだ。

 

「ッシャァッ!」

 

相手の刺突が来た。私はそれを好機と言わんばかりにのこぎり刃にレイピアを噛ませ、くるりと回転して横薙ぎと同時に距離を取る。

 

「それは読み通りだぁ!」

 

次の瞬間、ゾンビの肩の棘から何かが飛び出した。あのドーベルマンだ。ワニのようにあんぐりと口を開け、私の頭を丸かじりしようと迫る。

私からすれば完全に不意を突かれた。回避するにも間に合わない。そのまま私の頭がドーベルマンの頭に迫り――噛みつかれなかった。

 

 

――マスター、無事ですか?

 

 

私の頭に声が響く。私の≪エンブリオ≫のカーレンだ。第3形態になったカーレンは私が操作権限を一時譲渡することによって私にできない反応に対応できるようになる。このスキルには何度も助けられたものだ。

すぐに操作権限をカーレンから私に戻し、レイピアを構えて距離を取る。

 

「なんだぁ……?今、あり得ない動きをしたよな?」

 

「教えるとでも?」

 

 

――マスター、私が身体を操作している間に分析を。

 

 

挑発に挑発で返す。

〈マスター〉同士の戦いで〈エンブリオ〉の能力は相手にとってはブラックボックス、自分にとっては最高のカードだ。手の内をバラさず、相手の能力を観て、そして推測を立てる。シュウさんから教わった│〈マスター〉同士の戦い《PvP》の基本(応用編)だ。

距離を取って冷静に考えて、今の戦闘を振り返る。

 

(あいつの〈エンブリオ〉はまずあのドーベルマンで間違いない。となるとガードナーは確定ね。能力としては……どんな能力で現れたのかね)

 

一瞬過ぎて解らなかったけど、あのドーベルマンはあのゾンビの肩――正確には肩のプロテクターの棘――から飛び出した。恐らくそれはテリトリー系統になるだろう。

ともあれ、棘の中から出たり入ったりして攻撃の合間を縫う攻撃は厄介極まりない。

 

「!」

 

ふと、私の身体が首を傾けた。次の瞬間、ついさっきまで私の首があった場所にガキン!と音を立ててドーベルマンが口を閉じた。後ろから襲い掛かってきたのか。

危なかった。危うく頭が噛み砕かれるところだった。

 

(それに、あいつはガードナー系でもレギオン(群体型)じゃなくてガーディアン(個体型)に近い。あとはアイツの戦い方の癖を見分けなきゃ……カーレン、もういいよ。ありがとう)

 

操作権限を私に戻し、再び剣戟の応酬を捌く。にしても、ここまでスピードが速いのは単に【屍鬼】以外のジョブの影響があるから?

私も、レイピアの強化に必要な【冒険者(アドベンチャラー)】を手に入れているけど、まるであれじゃジョブ以外のステータスがあるみたいな……。

 

(待った、ジョブ以外のステータス?)

 

そのことに気が付いた私は一旦距離を取る。

確か少し前に、シュウさんが言っていたあのジョブの裏技――。

 

「……“ガードナー獣戦士理論”」

 

「!?」

 

不意に呟いたその言葉にパンクロック風のゾンビは一瞬表情を強張らせた。今はそれだけで十分だった。その情報が真実なら、対策が立てられる……!

 

 

 

 

パンクロック風のゾンビ――ゾルベートの〈エンブリオ〉は、ガードナー・ルール系統の『尖鋭潜獣ティンダロス』。その特性は『鋭角への潜伏』。

角度が140度以下の鋭角を出入り口とし、ゲームで言う『サーバーの裏側』に潜むことができる。ただし、逆に遊戯派の言うこの『サーバー』には数分間しかその姿を維持できない。

上位とはいえ必殺スキルも習得しておらず、ステータス型の〈エンブリオ〉。最初ゾルベートは外れかと思っていたが、ある理論を知った後にその考えは大きく覆される。

 

 

――“ガードナー獣戦士理論”。

 

 

戦士系派生の一つである【獣戦士(ジャガーマン)】にはたった一つだけ覚えるスキルがある。それが《獣心憑依》。テイムモンスターの能力値をある程度自身のステータスに加算するというものだが、肝心の従属キャパシティが低く、上級職でスキルレベルをカンストしてもポテンシャルの60%程度と扱いが難しかった。

しかし、ある〈マスター〉が『ガードナーの〈エンブリオ〉に対してだけは従属キャパシティが0である』ということに気付き、瞬く間にその理論が産まれたのである。

上位職業を【屍鬼】と【獣戦鬼(ビーストオーガ)】に、下級職に新たに【細剣士(フェンサー)】を加えたことにより、AGIだけを見れば、ゾルベートはゾンビの種族が踏み入れられないスピードの領域へと足を踏み込んだのである。

彼とて、挑発的な態度を取っているが油断はしない。

なぜなら彼が今注意すべき点は、殺してはいけない相手を、この中で唯一始末できる相手に殺させるということだから。

 

 

 

 

(もし、あいつの戦法がガードナー獣戦士理論に基づいたものなら、マスターよりも先に〈エンブリオ〉を潰したほうが早い!)

 

確か、あの理論はステータスの高い〈エンブリオ〉が重要になっている。裏を返せば〈エンブリオ〉さえ潰せばステータスは大きく減少する。まずはあのドーベルマンを斃さないと。

問題はあのドーベルマンの出現するタイミング。一瞬過ぎる上に早すぎる。AGI特化のその速度は、今の私じゃ捉えるのが精いっぱいだ。

 

(――!)

 

その時、背中に何かがぶつかった。

尻目に一瞬後ろを見ると、大盾を構えたクロムさんだった。

 

「嬢ちゃんか。苦戦してるみたいだな」

 

「クロムさんこそ。ドレッドさんは?」

 

「あっちで戦ってる」

 

いつの間にか5メートルくらい先でドレッドさんがサーベル剣士と戦っている……ように見える。

見える、というのは私の俊敏性(AGI)じゃ早すぎて見えないからだ。

その間にもクロムさんの相手をしている魔術師風のアンデッドが拡散する火球を放つ。

その攻撃をクロムさんは盾で防ぎ、私は彼の陰に隠れてやり過ごしたけど、相手はMPの消費を気にせずに攻撃を続けているように思えて仕方がない。

 

 

 

――マスター!

 

 

カーレンからの声に我に返った瞬間、右足を軸に反時計周りにくるりと回転すると、レイピアで迫って来たドーベルマンの顔目掛け斬り払う。直撃は避けられたけど、それはお互い様だ。

 

「余所見かよ?」

 

「あんな戦闘見せられたら、見入っちゃうのは当然じゃない?」

 

「おー、おー余裕そうで何より。つか、そろそろマジでヤバくなってきたんじゃねぇの?」

 

は?それってどういう――!?

 

 

「うえっふ!げふっ!ごほっ!?」

 

 

ちょっと待って、いつの間に!?

見渡してみると、既に大部屋の半分以上が煙に包まれていた。

 

「こいつ等……!最初っから煙で窒息させる腹だったか……!?」

 

洞窟は当然ほぼ密室空間。換気用の窓なんて存在しちゃいない。いや、でもこんなのアイツらもタダじゃすまないはず……。

……いや違う。相手はアンデッドだ。死人である以上呼吸する必要はなく、ひいては窒息の心配はない。生きているマスターだけにしか通用しない戦法だ。

それにしても、この洞窟の中で燃やせそうなものなんてどこにも……。

 

「良い事を教えてやろう。この壁の隙間のいくつかにはしっかり乾燥させた松ぼっくりを詰めてある。あとは地面に潜ませたツタに延焼させて、だ」

 

松ぼっくりって……自然界の超優秀な天然着火剤じゃない!

地面もよく見れば壁際の地面にツタが絡みついていて、まるで私達を逃がさないように激しく燃えている。

早く消火させないと、このままじゃ全員窒息……!

 

「くそっ……!」

 

「――取った!」

 

ぐらり、とクロムさんが片膝をついたのを待ってましたと言わんばかりにサーベル剣士のゾンビがゴーグルに手を掛けた。

 

「オメェのスキルは知ってるぜェ?だからこそ、俺の〈エンブリオ〉が一番の天敵だってことをなァ!」

 

大きくのけぞったサーベル剣士のゾンビが何か言っている。直線状に見て標的はクロムさん……!?

 

「食らいやがれクロム!!《あなたに熱死線(メデューサ)》!!」

 

がばりと上体を起こすと同時に目から紅い光が輝き、同時にクロムさんの盾が弾き飛ばされた。

山なりに飛ばされた盾が地面に落ちると、粉々に砕けてしまった。

 

「……え?」

 

理解が追い付かない。今の攻撃は私が気が付いた時にはすべてが終わっていた。

 

「な、何が起きたの?」

 

むせ返るような空気を吸いながらドレッドさんに訊ねる。

 

「あ、あの野郎……石化光線を放ちやがった……!」

 

 

 

 

サーベル剣士のゾンビ、アルマージの〈エンブリオ〉、【死線眼鏡メデューサ】。TYPE:アームズに分類されるそれの特徴は、『魔力集中』と『光線発射』の2つである。

MPを消費し、3回分まで溜め込む『美女の傲慢』。このストックは1回の攻撃によって1つ消費するが、ストックの上乗せ消費で攻撃力、飛距離が増す。攻撃スキルは通常のビームの『君に熱視線』。放射状に放つ『クジラも倒れる熱視線』。貫通力に特化した『あなたをぶち抜く熱視線』。そして石化効果を付与したビームを放つ必殺スキルの『あなたに熱死線』がある。

欠点としては最大でも3回しか使えず、1回分では範囲も30メートル程度しか届かないということ。注入するMPも1000とそれなりに高く、放つには一々サングラスを取る必要がある。

それでもアルマージは前衛を志願し、【魔法剣士(マジック・ソードマン)】と【生贄(サクリファイス)】の2種類でMPを1万近くまで高めている。MPが高めの前衛といったスタンスだ。

 

そして魔術師ゾンビ、ぶるべんの〈エンブリオ〉、【核種各葉ジャック】。TYPE:アームズに分類されるのだが、その実態は種子である。

種子のままでは何の役にも立たないが、地面に植え、水と陽の光を浴びせることで大樹へと成長し、種を増やす。このサイクルの中で植えた直後に現れるパネルで操作することで、どのような種類の木にするのかを自由に選べるのだ。

例えばツタを何キロにも伸ばし、焙れば大量の煙を吐き出すヤドリギ。例えば本来の物より乾燥しやすく、発火しやすい松ぼっくり。刀のような切れ味を持つススキ――。文字通り各種各様に広がっているのだ。

成長しきるまで三日掛かる事が唯一の欠点だが、芽さえ生えれば苗木を別の所に植えてしまえばしっかりした土があるならどこでも樹木に成るまで成長する。

 

 

 

 

「野郎……だがッ!盾を失った以上最早守る術も無い!次の光線で仕留めてくれる!!」

 

再びアルマージが大きくのけぞり発射準備に移る。

最早3人に防ぐ術は無く、盾は破壊され、酸素不足の為にまともに身体も動かせることができない。

 

(ヤバい……このままじゃ……、全、滅……)

 

サリーの意識がもうろうとする中、膝立ちのままのクロムが焼け付くような空気を吸い込み、喉が張り裂けんばかりに叫ぶ。

 

「……ドレッドォ!!」

 

「ああ、分かった!」

 

渾身の雄叫びに応じ、ドレッドはナイフを袖から取り出した。

 

「なんだ?それで反撃するつもりか?」

 

「……いや、違う!奴を仕留めろ!」

 

ゾルベートは見下したような発言で見ていたが、ぶるべんはいち早く気付いて叫ぶ。

が、それより早くナイフがドレッドから投げられ――クロムの首に突き刺さった。

 

「なっ……!?」

 

サリーの混濁した意識を覚醒するには十分すぎる光景だった。

 

「ど、ドレッドさん……!?な、にを……!?」

 

「いや、これで良い……!」

 

ドレッドの言葉に訳も分からず困惑していたサリーだったが、相手のアンデッドたちも苦虫を噛み潰したような、それでいて驚愕で上塗りされたような表情を浮かべている。

クロムが倒れるなんて、向こう側からすれば瀕死の相手がわざわざ1人消えたのだから喜ばしい状況なのでは?

ぐるぐると思考を巡らせていたが、酸素の少ない中ではまともに思考が動かせない。意識が再び暗黒に沈もうとしたその時、何かを口に当てられる感触と共に新鮮な空気が入り込む。

 

「お前も使え」

 

「こ、これは?」

 

「予備の酸素マスクだ。これで10分は活動できる」

 

「アレを相手に10分って……」

 

「いや、俺らは救助を優先する。あいつらがこんな戦略を使えるのも、人質に酸素マスクを着けて窒息しないようにしてやがった。本物が死ねば偽物の化けの皮が剥がれる仕掛けなんだろう俺らは人質を外に連れ出すぞ」

 

「待って下さい、足止め抜きでどうやって!?」

 

「安心しろ。足止め役ならもういるさ」

 

確信めいたドレッドの言葉の直後、クロムに異変が起きた。

確実に絶命したクロムが起き上がったのだ。サリーの視界の左上にも邪魔にならない程度に映るパーティメンバーのステータスにも、クロムのHPバーは尽きている。

それでも起き上がった。まるで種族をアンデッドに変えたかのように。

 

「今のあいつは、ステータスだけなら〈超級(スペリオル)〉に匹敵する」

 

立ち上がったクロムの目は、ギラリと赤い光を瞳に宿していた。

 




(・大・)<久々の更新で1万字行っちゃったよ。



死線眼鏡メデューサ。


(・大・)<いわゆる「目からビーム!」をぶっ放すエンブリオ。

(・大・)<サングラス自体にビーム発射の能力は無く、マスターの目の水晶体に集約、そして放出するという能力を追加させるもの。いわばビーム漏洩を防ぐフタみたいな役割。

(・大・)<累ねの場合は2回分で60メートル、3回分で90メートルまで飛距離が伸びる。


核種各葉ジャック。

(・大・)<一々種から育てなければならないが、育ててしまえば活用できる植物が出来上がる。

(・大・)<植物の質が上がる(という独自設定の)【農家(ファーマー)】の恩恵も当然得られる。

(・大・)<因みにぶるべんは育てる時はフードを着けてるとか。

(・大・)<いや、日光に弱いのに芽吹くのに日光が必要とか皮肉過ぎるだろ。


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極振り防御と不死(イモータル)

(・大・)<長らく待たせた防振り×デンドロのお話。

(・大・)<しょっぱなから1万3千超えですはい。


 

 

『ある取材記者が受けたインタビュー』

 

 

・ある【鎧巨人】。

 

『戦いたくない相手?おいおい、PK相手にンな事聞くか普通?PKがプレイヤーを殺したくないなんて言ったらオシマイだろ?』

 

あ、いえ。そうじゃありません。ステータスや相性の面で、です。できれば〈超級〉以外のマスターで。

 

『あァ?相性やステの面で?〈超級〉以外?それを先に言えっての』

 

『まぁ基本はAGI型だな。すばしっこくて当たりゃしねぇ。カミシヤみたいなのが良い例だ』

 

遠距離系は苦手ではない、と?

 

『戦い辛いっていう面ではそうだが、防御力無視の攻撃でも来ない限りは大した脅威じゃねぇからな』

 

『あとは……そうさな……。クロムもできれば相手にしたくねぇ』

 

つまり……殺せない相手、と言う事ですか?

 

『殺せないって言われると答えはNOだ。殺せないと勝てないは同じじゃねぇ。奴のステータスはENDをベースにバランスは良いが決め手に欠ける。手練れなら3人。相性の良い奴なら一人もいりゃ始末できる相手だ』

 

ではなぜ彼を挙げたのですか?

 

『それはな。奴は死んだあとが厄介なんだよ。パーティん中にカモと奴が一緒に居たら、奴をカモ共から引き離す手立てがない限りは襲う気は無ぇ。決闘じゃねぇんだ、もしタイマンを要求してやがったら俺らは迷う事無く袋叩きを選ぶぜ?タイマンでやりたきゃカミシヤにでも斬ってもらえってんだ』

 

 

 

 

 

・ある【抜刀神】。

 

宜しくお願いします。

 

「こちらこそよろしくお願いします」

 

それでは、質問ですが……。

 

「はい。僕――もとい、僕のクランは基本的に弱いマスターはPKの標的にしません。それから闘技場ではトム・キャットさんが苦手です。あの人の戦い方は、僕とは相性が悪いですから。あとは……」

 

トム・キャット以外にもいるんですか?

 

「はい。クロムさんというマスターです。あ、でも倒せないって訳じゃないです。倒すのに時間が掛かってしまうんです。決闘ならまだしも、何せ5回は首を斬らなければ死なない相手ですので」

 

 

 

 

 

・ある【強奪王】。

 

「相手にしたくない奴か。その条件ならクロム一択だな」

 

即答ですね。

 

「この間戦ったばかりだからな。首をもいでもすぐに引っ付いて復活しやがった。おかげで何人か殺られかけたし、結局は獲物に逃げられちまった。もうあんな奴の相手はゴメンだね」

 

えっ?

 

「首を取ったらくっついたんだよ。文字通りな」

 

……どういうことですか?

 

「知るか。〈エンブリオ〉の能力じゃないのか?」

 

 

 

 

 

ある〈マスター〉の振り返り。

 

 

俺は〈Infinite Dendorogram〉を手に入れるまで、様々なMMORPGをしていた。そのゲームの殆どを俺は壁役、つまりタンクの役職を担っていた。理由は、戦い甲斐のある役割だったからだ。

タンクと言うのは基本パーティの攻撃を受けるだけの役割と思われているが、いざ自分でやってみると味方に攻撃がいかないようにする立ち回り、パーティのヘイト管理、etc……。

とにかく『ただ攻撃を受けるだけ』が仕事じゃない。『自分に敵の攻撃を集中させる』そして『倒れず守り切る』と言うのがタンク本来の役割だ。

 

戦い甲斐、というのはいつだったか、俺がタンクの役職に気付いた時だ。それからというもの、色々なパーティでタンクの役職を全うしていった。

俺の〈エンブリオ〉は、おそらく俺の経験から汲み取ったのだろう。

 

それがよりにもよって条件が『自殺以外で死ぬこと』になるなんて誰も思っていなかった。

だってそうだろ?倒れちゃならないタンク役の〈エンブリオ〉が、死ぬこと前提のスキルしかないなんて。

 

 

そう。俺の〈エンブリオ〉、【不滅文長フナサカ】は、現状あのDr.フランクリンと同様オンリーワンカテゴリと呼ばれる、『ディストーション・ルール』という〈エンブリオ〉の曲解によって生まれた〈エンブリオ〉だ。

 

 

 

 

立ち込める煙の中で立ち上がったクロムを前に、一際警戒心を強める3体のアンデッド。

先程の挑発的な態度から一変し、大部屋から鳴る音は2種類。ツタを焼く音と、ドレッドが檻の付近の土を掘る音しか聞こえない。

そんな折、動いたのはクロムだった。《瞬間装備》で朱い鎧と、鎧とは裏腹に白骨の口の辺りを模した頭部装備。さながら冥府から湧き出た死人を地獄に引きずり戻す為に現世に現れた地獄の騎士のような出で立ちだ。

 

「さて、ここからは反撃開始だ……!」

 

ナイフを引き抜いたクロムは、貫かれた喉からヒューヒューと甲高い音を立てながら地獄の底から這い出るような声で3体のアンデッドを見据えた。

じりじりと迫るクロム。両者の距離が縮むにつれて3体のアンデッドもより警戒を強める。

 

「どういうこと……?」

 

ただ一人、状況から置いてきぼりにされているサリーは酸素マスク越しのくぐもった声で呟いた。

 

「おい、ぼさっとすんな!嬢ちゃん、お前《ジェム》の中に《ウォーターバレット》があっただろ?それをここにぶちまけるんだ!」

 

「は、はい!」

 

岩壁と檻の間の僅かな窪みを見つけたらしく、すぐさま攻撃を指示する。

 

「……!そんな真似させるかよ、ティンダロちゃん!」

 

横目に檻を破ろうとしたサリーとドレッドを見たゾルベートは、自分の〈エンブリオ〉ティンダロスに指示を出して襲い掛からせる。

 

「GAAAAAAAAAAAA!!!」

 

雄叫びを上げて襲い掛かるティンダロス。弾丸の如く疾走し、牙を光らせサリー達に迫る。

水を掛けた土壁の一部が崩れ落ち、剣を突き刺しててこの原理で鉄格子を無理矢理こじ開けようとしていた所だった。

 

「――やばい!」

 

「それよりこじ開けるのを手伝ってくれ!」

 

レイピアを構えるサリーに、気に掛けるなとドレッドが一喝する。

そんな彼に戸惑っている間にもティンダロスは迫り、サリーの首目掛けて牙を立て――、

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「させねぇよ」

 

牙を立てる前に、クロムの手がティンダロスの頭を後ろからひっ掴んだ。

 

「んなぁッ!?」

 

逃がさぬと言わんばかりにメキメキと頭蓋骨を圧し折らんと握力を徐々に強めていく。

普段のクロムからはあり得ないその光景に、サリーは思わず素っ頓狂な声を上げてしまう。

 

「さて、まずは……1体」

 

《瞬間装備》で鉈のような見た目の短剣から、ノコギリの如く返しの棘を幾つも生やした剣へと換装。

威圧感を含めたクロムの声がしたと思ったら、何の躊躇いも無くティンダロスの首に刃をめり込ませるように叩きつけた。

ぶしゅり、と血のように腐った緑色の液体が腐臭と共にまき散らす。

骨まで食い込んだ鉈はそのまま、獣が獲物の肉を食いちぎるようにティンダロスの首を千切るように両断した。

 

「ティ、ティンダロちゃあああああああああん!!!!!」

 

ゾルベートの悲鳴が洞窟内に響き、泣き別れしたティンダロスの頭はクロムの手から解放されて地面に転がった瞬間、先に地面に落ちた胴体と共に光の塵となって跡形も無く消滅した。

 

「テメェ……!よくも俺のティンダロちゃんをぶっ殺しやがったなあああああああッ!!!」

 

「おい、何をしている!とっとと退くぞ!」

 

「知るかぁ!あの野郎……!もう作戦なんて関係ねぇ!今すぐぶっ殺してやる!」

 

ぶるべんの指示すら聞こえまいとゾルベートが激情任せと言わんばかりに突進してくる。

《獣心憑依》が解除され、サリーとの戦いと比べればはるかに遅いものの、サリーからすれば十分素早い刺突が襲い掛かる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

しかし、その攻撃がサリー達に当たることは無かった。

 

「――がっ!?」

 

待ってましたと言わんばかりにクロムがゾルベートの腹目掛けて蹴りを入れた。

 

「悪いな。人質を狙う可能性も無くはない。そもそもお尋ね者のお前らを逃す気は無いからな」

 

鉈を蹴り飛ばしたゾルベートに向けて言う。

 

「……ちぃッ!」

 

逆上したゾルベートには既にぶるべんの話は聞く耳を持っていない。

止む無くぶるべんは壁の一つのツタに覆われた壁に消えていった。

 

「おっ、おい!?テメ……ッ――」

 

アルマージが叫ぶも、ぶるべんは種を蒔き、生えた植物で横穴を塞いでしまった。アルマージが穴のあった場所を叩くも、そこはもう完全に壁であった。

 

「あ……あの野郎、俺まで置いて逃げやがったなあああぁぁぁぁぁぁ!!!?」

 

「……仲間に見捨てられたか。いや、【魍魎船団】は仲間意識が希薄だって聞いた事があるが、平気で見捨てるとはな」

 

「貴様……!」

 

「さっきも言ったが、お尋ね者のお前らを逃がす気は無い。2人ともここで狩らせてもらうぞ?」

 

「あぁ……!?上等だ!俺もテメェをぶち殺さなきゃ気が済まねぇんだよ!!」

 

「こっちも同じだ……!」

 

完全に逆上したゾルベートとアルマージが剣を構える。

クロムもサリーとドレッドの入っていった通路の前に立ち、何人(なんぴと)も通さないと立ちはだかる。

お互いに武器を構え、じりじりと距離を詰める。

 

「――シャアッ!」

 

最初に動いたのはゾルベートだ。細剣の刺突がクロムを襲う。

その攻撃をクロムは首を傾けて回避し、剣を斬り上げてゾルベートの胴体を切り裂く。

直後飛んできたビームを回避。直後にアルマージのサーベルを盾で防ぐ。

 

(まずは……こいつからか)

 

ゾルベートとアルマージ。2人を一瞥した後標的を絞ったクロムは、ゾルベートを盾越しのタックルで突き飛ばす。

アルマージの曲刀を剣で捕らえて力任せに引く。その勢いに思わず剣を手放してしまったアルマージの腹に剣を突き立て、そのままぐるりと身体を捻ってクロムの背後の壁に突き刺し、背後から迫っていたゾルベートの刺突を盾で防ぐ。

 

「クロムさん!」

 

「先に行け」

 

クロムの背後からサリーが呼びかける。彼女の背には、先程の人質が担がれている。

 

「――クッソがァ!!」

 

クロムが促した瞬間、ゾルベートがサリーに標的を移して駆ける。

しかし、クロムはそれを予期していたかのように炎を彷彿とさせる刀身の剣を手にしてゾルベートの前に周りこんで攻撃を防いだ。

 

「早く!」

 

クロムの再びの叫びにサリーは軽く頷くと入ってきた洞窟の入口へと向かっていった。

それを妨害しようとするゾルベートの前にクロムが立ちふさがり、殴り飛ばしてサリー達との距離を引き離す。

 

「あああああ……!いい加減ぶっ殺されてくんねぇかなァ!?ティンダロちゃん、計画、裏切り、あとその他!これだけでも頭に来てんのに……!大体テメェ、《ラスト・スタンド》が発動してからもうとっくに1分経ってるだろ!?なんで死なねぇんだ!?」

 

「ぎゃーぎゃー騒ぐな騒々しい。俺は人質救助の邪魔をするなら容赦しないって言ったはずだ」

 

「ああそうかい……だったらよぉ……!」

 

わなわなと身を震わせるゾルベートを相手に剣を構えるクロム。ふと彼の目が一瞬だけゾルベートから右上に視界を逸らした瞬間、

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――!」

 

射出されたレーザーがクロムの首を直撃した。

爆煙に包まれた影がぐらりと倒れたのを見て、ゾルベートの口から笑いともとれる声が漏れる。

 

「くっ……!ククククク……!アーッハッハッハッハッハァ!!マヌケが!アルマージを封じたんだろうがレーザーをぶっ放す事を忘れたのかぁ!?」

 

「いくら【死兵(デス・ソルジャー)】の《ラスト・スタンド》とはいえ、それは首から繋がっている場合!斬首されれば問題はねぇ!俺がビームぶっ放せるのを忘れたのか!?」

 

倒れ伏した影を見てクロムを仕留めたと思ったのかゾルベートもアルマージも高笑いを上げる。

その嫌悪感を催す笑いを止める者は、誰一人いなかった。

 

「さぁて。あとは外のあのガキの始末だな。折角だしヤってからじっくり殺すか?」

 

「馬鹿野郎、ドレッドがいるのを忘れたのか?それより、早くこの剣を抜いてくれ。返しがついて全然取れねぇ……!」

 

戦闘の緊張感が取れたゾルベートとアルマージはそんな軽口を叩く。

だが、彼らからすればもう警戒するのはドレッドのみ。彼も正面からの戦闘に持ち込めば大したことはない。

最早かったも同然と言えるこの二人に、肩を叩く者が現れる。

 

「あ?」

 

間の抜けた声を上げた瞬間、ゾルベートの視界が横転する。

ごとりと音を立てて地面に顔面を強打する。

 

「な、なにが……!?」

 

起き上がろうとしたが、下半身の感覚が無い。振り返って見てみると、腰から下が分断されていた。

再び起き上がろうともがく前に、ゾルベートの胸に剣が貫通される。まるで逃がさないようにと地面に固定するように。

何事かと上に視界を移すと、全くの無傷のクロムが立っていた。

 

「はい、お疲れ」

 

「ば……馬鹿な……!?なんで動けるんだ!?」

 

「そりゃお前、防いだからに決まってるだろ?」

 

「ふざけんな!あのビームはそこらの盾で防げるようなもんじゃねぇはずだ!」

 

「物理的に防げなくても、特典武器のスキルならアリだろ?」

 

現実を受け入れそうにないアルマージとは対照的に、クロムは何事も無かったかのようにコンコンと口元の骨を模した装備を軽く小突いて答える。

 

「《朱骨顎甲(しゅこつがくこう)ヨモツダタリ》は怨念を吸収するだけじゃない。怨念を媒体にバリアを貼れるんだよ。まあ、首から上限定でかなり扱い辛いけどな」

 

「バリア……?じっ、……じゃあ、あのレーザーは……!?」

 

「ああ。怨念を最大利用して貼ったバリアを受けて爆発。多少ダメージは入ったが、首が飛ぶほどじゃ無かったよ」

 

嘗てドライフでクロムが退治した逸話級〈UBM〉。【霊骸列車ヨモツダタリ】。

夜な夜な死者の魂を客車に載せて冥界へと運ぶ死者の列車は、歴史的な飢餓の影響で増加死者の魂に惹かれて現れた。しかもこのUBMは地上の被害などお構いなしに山を穿ち、森の木々をなぎ倒し、湖を割り、建物を瓦礫に変え、多大な被害をもたらした。

クロムもその討伐戦に参加したものの、弱点は体内な上に客車はアンデッドだらけ。挙句の果てには身代わりアイテムの能力を無効にしたうえで即死させるスキルを持っているので、討伐にはかなりの苦労を要した。

最終的には最後に生き残ったクロムが〈エンブリオ〉のスキルで強化されたステータスで機関部を破壊してなんとか討伐に成功する。

そしてそのMVPに選ばれたクロムが手に入れた《朱骨顎甲ヨモツダタリ》は、レイが持つゴゥズメイズと同様に怨念を吸収する【怨念吸収】のほかに、怨念をコストに頭部を守るオーラを作る《霊廟顎守》。要は部位限定かつ攻撃性能をオミットした《竜王気》の亜種である。

 

「PvPでは幾つもの重要なことがある。相手が流れに乗る前に自分のペースに持ち込むこと、事前に仕込んだ毒を用いること――。俺の場合は、そうだな……。『可能なら頭部を破壊すること』――だな。《ラスト・スタンド》を持っているかもしれない。そのスキルで一矢報いてやろうって思うのは探せばいるくらいだからな。そうしないためにも頭を砕いて確実に絶命させる」

 

何事も無いかのように語るクロムゾルベートに突き刺した剣の束を握る。すると赤い刀身から熱気が迸り、切っ先まで行き届くと突如刀身が激しい炎を噴き上げる。

 

「まあ、アンデッドなら焼却が手早くて倒すのに効率が良いからな」

 

「ぎゃあああああああ!?」

 

当然貫かれたゾルベートの身体も燃え上がり、瞬く間に腐敗した肉体が灰へと変わっていく。その内に悲鳴が消え、灰も光の粒子となり、切り落とされた下半身も連動するように消滅した。

 

「さて、まず一人……」

 

「ひっ!?」

 

ゾルベートの焼失した跡に突き立てられた剣を引き抜き、ゆらりと次の標的であるアルマージにゆっくりと歩み寄る。

数秒後に訪れる未来に恐怖を感じたアルマージ必死に剣を引き抜こうともがくも、深々と突き刺さった剣はそう易々と抜かれる事はない。そうしているうちにクロムとの距離が1メートル以内にまで埋まる。

 

「ま……待って、待ってくれ!お、俺は反対だったんだよ!あの街からゾンビの素材と金を巻き上げるなんてのはさ!けどよぉ、あいつら俺の話なんて全然聞く耳持たなくて――」

 

アルマージの必死の命乞い。既に死んでいるというのに、醜い命乞いにクロムの苛立ちも次第にふつふつと沸き立っていく。

ぐっと剣を握る手に力を込めて、強制中断するように静かに、強い口調で訊ねる。

 

「――おい」

 

「なっ、何だよ……?」

 

「だったらさ……。お前、だったらなんで異論を唱えなかった?」

 

「……え?」

 

何気ないクロムからの質問に思わず呆けた声を上げる。

 

「いや、それ以前にどうしてこのクランに入った?噂は知ってたのか?」

 

「あ……いや、知らなかったんだ。あのクランが殺人も厭わないところだったなんて……俺も3ヶ月前までは」

 

「あのクランは現実(あっち)で1年前から活動してるんだ。その時から悪名は轟いていたのに何故聞いてないなんて言える」

 

「そっ、それは……その……」

 

「言っておくが、今の言葉全部《真偽判定》で嘘だって解ってるからな?」

 

淡々と告げた事実を言い放ったクロムは手にした剣を握る強さをさらに強め、刀身が赤く染まっていく剣を振り上げる。

 

「テメェの敗因はたった一つ。【魍魎船団】の一員になったことだ」

 

死刑宣告の如きその言葉の直後、アルマージの悲鳴が洞窟内を埋め尽くさんばりに轟くのだった――。

 

 

 

 

「クロムさん」

 

【魍魎船団】の2人を倒した後、洞窟の外の茂みで待機していたサリーが駆け寄って来た。

5人の人質は既に救助されており、茂みに隠す様に全員横たえらせている。

 

「全員脱出させたのか。仕事が早いな」

 

「ドレッドさんが率先して連れ出してくれたの。それにしても、どうやってあんな戦闘の中を潜り抜けられたのか分かんないわね」

 

「そりゃ俺の〈エンブリオ〉の効果だ」

 

疑問を口にするサリーにドレッドが彼女の背後から声を掛けてきた。

 

「わっひゃぁ!?いつの間に!?」

 

「俺は【奇襲者】だぜ?ルーキーの背後を取るくらい訳ねぇよ」

 

「ああそう。――んで、さっきの話の意味は何ですか?」

 

「これだよこれ」

 

そう言ってドレッドは短剣、カルウェナンを取り出す。

 

「こいつには必殺スキルの他にもう一つ、『我影に潜みし者』というものがある。条件さえ揃えばかなり自分の存在を周囲から認知されなくなるんだよ。勿論《感知》系スキルにも引っかからない」

 

「えっ。それジョブとの相性が最高じゃないですか!」

 

驚くサリーを他所にドレッドはため息交じりに皮肉めいた口調で返す。

 

「バカ言え。そんなに万能なら苦労はしねぇよ。こいつを使うには、『自分の影が別の影に覆われて認識できない事』と『自分の周囲3メートル以内に自分以外の人間範疇生物及び非人間範疇生物がおらず、かつ非発見状態であること』なんだよ。因みに最後まで相手に見つからなければ10分は続くぞ」

 

要約すれば、自分の影が覆われて、なおかつ範囲内に自分以外に誰もおらず、かつ見つかっていなければ発動できない。

その代わり常人であれば先程のサリーと同様にすぐそばにいたとしても視界に入らなければ見つかることはない。

 

「それに、クロムさんもなんで平気だったんですか?喉刺されたんじゃ……?」

 

「俺の場合はジョブ半分〈エンブリオ〉半分だな」

 

そう言ってクロムは【ボックス】からルーペをサリーに渡す。

試しにルーペ越しに見てみると、その視界に文字と数字の羅列が現れた。

 

 

 

 

 

クロム・B・ワークス

 

メインジョブ【死皇帝】

 

レベル:25

 

合計レベル:125

 

 

 

HP:14200

 

MP:360(+64371)

 

SP:648(+64371)

 

STR:1920(+64371)

 

END:2397(+64371)

 

AGI:421(+64371)

 

LUC:82(+64371)

 

 

 

 

 

「な、なにこれ?レベルとステータスが割に合ってない……?しかも何、このジョブ……?」

 

「【死兵】の超級職だ。もうロストしてしまったって噂らしいけどな」

 

修正前は異様に低い。低すぎる。確かクロムはサービス開始から1年後にこの世界に来たのだが、それにしてはステータスと時間が割に合わなすぎた。

ルーペ越しのステータスに唖然とした表情をするサリーにクロムが説明を加えた。

 

 

 

 

死兵(デス・ソルジャー)】。

ジョブとしてのステータスは無職の初心者に毛が生えたようなもので、ジョブスキルも《ラスト・スタンド》という、死んでから効果を発揮し、死亡状態から10数秒程度動けるというスキルと、《ラスト・スタンド》以外は全て他のジョブでも習得できる汎用スキルしか覚えない。

しかもこのジョブ、600年前は刑罰用として死刑囚に就かせており、決死隊として使われていた歴史があり、それ故にマスターもティアンも自分からこのジョブに就こうとはしない。大陸より遥か東、天地の四大大名の一つ、とあるマスター曰く戦国時代における島津家のような家門の南朱門(なんしゅもん)家のティアン全員以外は別ではあるが。

そして何も死んでからゾンビのように動く訳でもなく、脳と繋がっている部位の肉体の身を動かす程度でしかない。つまり、首を落されたら死ぬまでの残されたわずかな時間で無益に地面を転がり、死にゆく自分を悟るしかない。

 

進んで就く者も無く、日に日にその存在が忘れられていったジョブにも、当然〈超級職〉は存在する。

その条件は――『〈Infinite Dendorogram〉開始から全世界で《ラスト・スタンド》を使用した回数を含めた人間班略生物の死亡数が44444444を超える』、『《ラスト・アタック》で与えたダメージが累計400万を超える』。

その途方もない条件をクリアし、試練を突破した者が得られる〈超級職〉。その名は【死皇帝(ラスト・エンペラー)】。

ステータスは非超級職のカンスト程度しかないものの、スキルによるステータスアップはすさまじいものだ。

一つは《ラスト・スタンド》。下級職だった頃よりも、3分という長い時間を生存できるようになった。

そしてもう一つは超級職としての固有スキルにして奥義。その名は――《死屍累々(モルトゥス・レコード)》。

これは文字通り、『《ラスト・スタンド》発動後10分間、自身及び所属国家内の人間班略生物が外的要因が原因の死者と同数の数値をHP以外のステータスに修正する』。つまり、寿命や餓死などの自然死の要因を除き、明確に誰かに殺された、何かの余波で殺された人間の数だけ強くなる。皮肉にもこのアルター王国では、現実世界の時間で去年の9月から様々な原因で膨大な死者が出たので……クロムのステータスの上昇に一役買ってしまっているのである。《ラスト・スタンド》発動から10分と言うのが、せめてもの不幸中の幸いと言うべきだろうか。

 

そしてクロムの〈エンブリオ〉。【不滅文長フナサカ】も自身が殺された時に発揮する能力を持っている。

 

アクティブスキル《我、戦地の中あろうとこの身果てず》は3分間のチャージで、ジョブレベル25をストックに変換する。このスキルで得たコストに応じたストックを消費することで他のパッシブスキル発動の権利を得る。

 

パッシブスキル《我、この身滅びることは無し》はストックを一つ消費して、肉体を切断、もしくは肉体を潰されて死亡した場合、血管をつなぎ合わせたり、身体の機能不全を回復させた状態の死体とする。生きている間に損失した個所は、「損失した部位が消失しておらず、かつ死亡場所から周囲1キロ範囲以内」であるなら対象とする。つまりは、自分の死体を損壊前の状態に戻すということだ。上乗せ設定をONにすればストック数に応じてより深刻な損傷もある程度治せる。

 

もう一つのパッシブスキル《我、死の淵にいてもなお死ねず》は、「頭がつながっている場合」、「《我、この身滅びることは無し》の発動」という条件をクリアして初めて使える。一定時間過ぎた場合に死亡しているならHPを1だけ回復して蘇生する能力。《我、戦地の中であろうとこの身果てず》の後で発動し、ストックを3つ消費する。

ただし、レイが【フランクリンのゲーム】の最終決戦の際、《煉獄火炎》で焼失した腕が戻らないのと同様、【炭化】などで消滅欠損した部位の傷痕はそのまま残り、欠損部分も治らない。

 

そして必殺スキルたる《我は死なずの幽鬼なり(フナサカ)》。死亡から24時間、ステータスを3倍にするというシンプルなもの。クールタイムも72時間後と割と短く感じる類だ。

 

 

全て死亡した時に発動するもので、全く意味の無いように見える。だが、全てが死から始まる【死兵】と組み合わせたらどうなる?

死亡した時に発動する《ラスト・コマンド》。そこからステータスが飛躍的に上昇する《死屍累々》と必殺スキル。そして《我、この身滅びることは無し》で蘇生。HP1の状態でもすぐに回復できる手段があれば大した問題ではない。それこそ、HP吸収能力を持つ武器やHPの自動回復能力を持った防具やアクセサリーでも身に着ければすぐに解決する。

この〈エンブリオ〉の唯一のネックは、残機性でその補充にはジョブレベルが合計100も必要であることだ。一々チャージにジョブレベルを回していたら、すぐにコストが枯渇するのは目に見えている。故にクロムも、〈エンブリオ〉に頼らない立ち回りや以前のゲームでの経験を生かした戦闘勘が自然と身に付いていったのである。

 

「ふーん……。でもさ、教えちゃっていいの?〈エンブリオ〉の能力なんて」

 

「……まあ、話のタネくらいにはなったんじゃねぇのか?」

 

「話も済んだんなら、人質を安全な場所に運ぼう。こんな所じゃモンスターに襲われる」

 

「……待て」

 

すぐにでも人質を安全な場所に避難させようとした時、ドレッドが呼び止める。

 

「どうしたんですか?」

 

「――すぐ近くに何かいる」

 

まっすぐ、茂みの向こうの一点を見つめ静かに告げるドレッド。その言葉にサリーとクロムも思わず身を茂みの陰に隠す。

 

「――まさか、私達に気付いた?」

 

「……もしそうだったら、今頃俺ら全員殺されてるはずだ。恐らくだが、考えられる理由は二つ――今も気付いていないか……気付いていたけど目当ての奴じゃないから無視した」

 

「――!」

 

「仮に後者だったら俺としては大いに助かる。こいつ等守りながら戦うのはちと難しい話だったしな」

 

【奇襲者】が正面切って戦うなんて話は、【魔術師】が魔法を使わず杖を振り回してモンスターの群れに突撃するのと同意義である。

餌を求めているのであれば、確実に人質のティアンは全員喰われていたに違いない。

サリーにも事の重大さに気付いて冷や汗を流しながら必死に息を殺す。

その内茂みの奥から、ずさりと黒い巨体が見えた。

 

「――!」

 

軽く7メートルはあろう体長にサリーは生きた心地もしなかっただろう。手で口を押え、必死に息を殺すサリーの横で、ドレッドが何かに気付く。

 

「あれは……」

 

目を凝らしてよく見ると、肘の辺りに何かが引っ掛かっている。まるでローブの切れ端のような……。

その切れ端を見た途端、何かに気付いたドレッドだったが、今は何も言えない。

一瞬だけその黒い何かがサリー達の方に向いた。暫くそのまま何かを確認するようにじっとしていたが、やがて踵を返すと茂みの奥へと姿を消していった。

 

「なんだったの、あれ?」

 

「さあな。とにかく戦おうと考えるだけ無駄だ」

 

ドレッドの言葉にサリーは冷や汗を垂らしつつも身を潜める。

息を殺して潜んでいた3人の耳から、やがて足音が遠ざかっていく。

完全に足音が消え、《気配察知》のスキルでも探知できなくなると、ようやく安堵の溜息を吐く。

 

「……とりあえず危機は去ったみたいだな」

 

「すぐにニッサに戻るのか?」

 

「……いや。あの怪物がうろついてる上にこの3人で5人を運んでニッサに戻るってのは少し難しい」

 

5人をいっぺんに連れてニッサに戻るのはかなり至難だ。あの気配の主は元より、道中モンスターに見つかって手こずったりでもしたら、騒ぎを聞きつける可能性も十分考えられる。

クロムの今のステータスなら5人を連れていけなくはないのだが。

 

「クロム、4人を連れてってくれ」

 

「無茶言うな!?」

 

「冗談だ。あの鉄檻があっただろ?」

 

「ああ、あの。――そっか。それを使って……」

 

「そういう事だ。待ってろ、確かロープが……あった」

 

鉄格子を調達したドレッドは早速両端の格子にロープを結ぶ。そして鉄格子の上に人質を4人ほど載せて準備完了。

ドレッドを先頭、殿をサリー、そしてクロムが鉄格子を引っ張って、3人はニッサへの帰路につくのだった。

 

 

 

 

時は少し遡る。

 

 

「ハァ……ハァ……クソッ……」

 

一人クランメンバーを置いて逃げたぶるべんが、肩を上下しながら悪態を吐いていた。

 

「馬鹿どもが。クロムを殺した瞬間こちらの負けは決まったも同然だというのに……」

 

ぶるべんとてクロムの情報は手に入れてある。本来の計画は、煙を燻し酸欠を引き起こし、【呪術師】にジョブチェンジして《腐敗》の状態異常を与えるスキルでクロムを始末する予定だった。

だがそれより先にドレッドに殺され、〈エンブリオ〉のスキルで膨大なステータスを得たクロムを殺す方法は既に断たれてしまい、一人逃走を選択したということだ。

 

「……まあいい。あの2人がクロムの足止めになっている間に、ひとまず身を隠して準備に取り掛かればいい」

 

アイテムボックスの中身を確認し終えたぶるべんは振り返り、しっかりと閉じた抜け穴に向けて鼻で笑いながら捨て台詞を吐いた。

 

「せいぜい躍起になって暴れてくれよ、マヌケ共。俺はのんびり【死霊王】を手に入れようとするよ」

 

足早に洞窟を去り、逃走を図ろうとした。

しかし、突如何かに気付いて足を止める。

 

(……《生体察知》に反応?)

 

次の瞬間、続けて《殺気探知》の反応で弾かれたように飛び退く。その直後、先程まで立っていた場所が轟音と共に土煙が上がった。

 

「なっ、なんだ!?」

 

土煙の中から7メートル級の、およそ人や生物によるものではない。

ぶるべんがいつでも呪術を使えるように構える中、土煙を裂いてその影の主の姿を晒した。

 

「……!」

 

目の当たりにした姿にぶるべんは思わず呼吸すら忘れてしまう。

5メートル級の黒い巨大な体躯。のっぺらぼうを彷彿としてしまいそうな、目の無い顔。犬歯がびっしりと並ぶ口から垂れ下がる細く毒々しい紫の先端が2又の舌。爬虫類や竜のようにびっしりと肉体を覆う鱗。

手足は虫を思わせる多関節の手足に、獣の如き鋭い爪牙。

 

「……」

 

怪物はこちらに気が付いたのか、蛇が嗅覚の代わりとして舌を出すように、チロチロと舌先を動かしている。

その頭上には、《暴君魔竜ヴォーギャン》と記されているのを見て、ぶるべんは察した。〈UBM〉が自分から舞い込んできた。

すぐさま【ジョブクリスタル】を取り出し、【大死霊】へとジョブチェンジする。

 

「丁度良い!〈超級職〉になる為の戦力アップだ!《アビスデリュージョン》!」

 

無詠唱で放った呪術。【死呪宣告】【衰弱】【劣化】の3重状態異常を与える状態異常魔法。

対策無しに食らえば〈UBM〉とて時間と共に死ぬのは免れない。

 

『……!』

 

しかし、それをまるで見えていたかのように突如横っ飛びをする。

 

「……んなぁ!?」

 

仰天するぶるべんを他所に着地から地面を踏んだ瞬間、瞬く間に距離を詰めるヴォーギャン。

 

「――ッ!《育て豆の木天貫いて(ジャックトマメノキ)》!!」

 

迫るヴォーギャンに対し咄嗟に【核種各葉ジャック】の必殺スキルを発動する。

その効果は発動から3分間、地面に蒔いた種に限り、どんなものでも2秒で育ち切る性質を与える。

ぶるべんが蒔いた種は食獣植物とでも呼ぶような改造種子だ。巨大なハエトリグサのような植物がぐわりとトラバサミのように口を開き襲い掛かる。

しかし、ヴォーギャンは噛み砕かれる前に植物に肉薄し、鋭利な詰めでツタを切り裂き迫る。

 

「くそッ!」

 

再び蒔いたのはヤドリギに似た植物のツタ。生物に絡みついて生命力を奪い取る植物が、ヴォーギャンの身体を拘束せんと絡みつく。

 

「どうだ!そのツタは鋼鉄の鎖よりも頑丈だ!さっきはどうやって避けたのか知らないが、これなら――」

 

勝ち誇った笑いを上げた刹那、ぶるべんの身体がサイコロ状に切り刻まれた。

 

「――え?」

 

理解が追い付かず、表情を高笑いをあげたまま硬直させたその目で見たのは、鋼鉄の鎖よりも頑丈なツタを、地面ごと引き抜いて自由の身になったヴォーギャンが映っていた。

 

(地面ごと根っこを……引き、ちぎった……ァ……!?)

 

さしもの改造種子とて、メインの栄養供給源である根っこを引き抜かれては後は枯れ行く運命にある。

理解した時にはもう遅い。スローになった世界でぶるべんが最後に見たのは、ヴォーギャンが次にぎらりと爪を光らせ、更にミンチになるまで切り刻もうと腕を振り下ろした光景だった。

 

 

 

 

 

VS【魍魎船団】第1回戦。

 

 

クロム、ドレッド、サリーVSぶるべん、アルマージ、ゾルベート。

 

勝者:クロム、ドレッド、サリー。

 

備考:人質救助完了。ぶるべんは逃走したが、《暴君魔竜ヴォーギャン》に遭遇してデスペナルティ。

 

備考2:〈UBM〉と遭遇。戦闘にならなかったものの、要警戒。

 

 





※【死皇帝】


(・大・)<死兵の超級職。平たく言うと《ラスト・コマンド》と自己強化に特化したものとなっている。因みに固有スキルは《ラスト・コマンド》と《死屍累々》のみ。

(・大・)<一応超級職ではあるが、ティアンでは1度きりの必殺技である為ロスト化した。

(・大・)<【死騎兵(デス・キャバリア)】は《騎乗》のスキル込みというのが拙作のオリジナル設定です。

(・大・)<因みに条件1は既にクリアしてたりして。


※《不滅分長フナサカ》


(・大・)<ディストーション・ルールというオンリーワンカテゴリーの〈エンブリオ〉。ステータスはSPのみEで他は軒並みG。

(・大・)<ジョブレベル25を消費してストックを生成し、蘇生のコストとして使う。

(・大・)<同じ残機性のエミリーと比べると燃費は悪いが、ジョブとの相性で一度死んだらとんでもなくステータスが上がる。

(・大・)<一応強化スキルが発動した後のステータスでも獣王には足元にも及ばない。

(・大・)<スプレンディタもリソースさえあれば即座に蘇生可能。この2人に関しては規格外だから気にしたら負けである。


※《潜影刃カルウェナン》

(・大・)<ドレッドの〈エンブリオ〉。アームズとルールのテリトリーのハイブリッド。

(・大・)<『我影に潜みし者』は他の影が自分の影を覆って認識できない状態かつ1分間の間を置いた後自分の存在を希薄にする。要は目の前に現れたり自分の存在を誇示するような真似をしない限り気付かれなくなる。

(・大・)<必殺スキルは影の中に潜る。これだけ。

(・大・)<因みに本来は一つの入り口の影でなければ出られないが、周囲10メートル以内に人のいない場所であれば条件が整っていれば別の場所から脱出も可能。

(・大・)<【フランクリンのゲーム】での戦闘も、必殺スキルのおかげで一命をとりとめたし、

(・大・)<スキルで存在を気迫にしたことで追撃も免れた。


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極振り防御と霧の中。



※6/18 【霧幻牢ジャック・ザ・リッパー】のスキルを編集しました。


 

ニッサ伯爵領:サウダーデ森林

 

 

クロム達が洞窟で救出作戦を決行したそのころ。

フレデリカ、ユイ、マイの3人。

 

「場所としてはこの辺りね」

 

森林の辺りを地図を手に周囲を見渡すフレデリカ。

その場所は周囲には何もない、だだっ広い広場のように開放感のある所だ。

 

「まさか、動物園の檻みたいにそこらへんに安置してるなんてないですよね?」

 

「流石に無いでしょ。だとしても100%罠じゃん」

 

予想するマイに対し、けらけらと笑いながらやんわり否定するフレデリカ。だが、そうだったとしても罠という可能性もある。警戒はしていて損はない。各々が武器を構え、周囲を警戒しつつ歩いていく。

距離にして10メートル進んだところで、視界が霧に包まれていく。

 

「霧が出てきたわ。はぐれないように気を付けて――!?」

 

注意して振り返った後、フレデリカは目を瞠った。さっきまで歩いていたユイとマイが消えていた。

 

(やばっ!もう気付かれてた!?)

 

すぐに判断したフレデリカは、【テレパシーカフス】に手を添え連絡を入れる。

 

「2人とも今どこ!?今から迎えに行くからそこを――」

 

次の瞬間、大音量のノイズが彼女の鼓膜を襲った。余りの音量に思わずカフスから手を離す。

 

(ジャミング!?この霧のせいか!)

 

判断すると同時にすぐさま紋章からネコ科の手足に使うような装具と鞍を現出し、手短に詠唱する。

フレデリカの前に置いた装具を中心に魔法陣が現れる。そして青い炎がひとりでに燃え上がり、装具と鞍を飲み込み、大きな虎のような姿へと形を変えていく。

 

「行くよキャスパリーグ!」

 

『GaU!』

 

ばっと召喚獣に飛び乗ると、キャスパリーグと呼ばれた召喚獣は頷いて駆け出した。

直前に何かを地面に投げ、霧の中へと駆けていった。

 

 

 

 

【霊獣甲冑キャスパリーグ】。TYPE:アドバンスド・アームズに分類される装具。その特徴は『召喚獣強化』と『魔法蓄積及び放出』。

キャスパリーグを媒体として召喚されたエレメント系召喚獣に装備し、形とスキルを与える《ブタから産まれた呪いの猫》。虎は厳密にはフレデリカが召喚した【ブルーウィスプ・エレメント】と呼ばれるエレメント系召喚獣である。それを呼ぶための媒体として使うことで本来球体の姿を虎のような姿に変えることができたのだ。

アクティブスキルである第1スキル《呪いはいずれ災禍へと》。これは〈マスター〉の魔法スキルを吸収、貯蓄。または解放することで要領を増やす。

もう一つのアクティブスキルである第2スキル《咆哮は争いを呼ぶ》。第1スキルで吸収した魔法スキルを発動するという単純なもの。だが、第6段階の現状では30の魔法スキルを蓄えることができる。

必殺スキル《災禍転じて力となれ》。キャスパリーグが保有している魔法スキルを全て消費することで、キャスパリーグを装備している召喚獣のステータス上昇。ステータスを大幅に上昇させる。更に第1、第2スキルのクールタイムをほぼ0にし、瞬時に魔法を保存、発動を可能としている。

発現したばかりのフレデリカは、最初は従属モンスター用の装備品として使うのかと、偶然見かけた《亜竜猛虎》の子供に装備させようとしたが、なぜか装備できずに途方に暮れ、《適職診断カタログ》で【召喚士】が記されたので、物は試しと召喚したエレメントを媒体にしてみた途端、それが当たりだと確信した。

 

 

 

 

「フレデリカさーん!お姉ちゃーん!」

 

そのころ、ユイは突如発生した霧の中で2人とはぐれてしまい、声を上げて探していた。

 

(どうしよう……いきなり迷っちゃうし……連絡しようにもカフスは全然通じないし……)

 

何時も姉と一緒だったユイにとって、この状況は心細くするには十分だった。

当てもなく歩いているが、誰かに会える気配は全く感じられない。

次第に不安が膨れ上がり、頻りに周囲を見渡していくようになる。

 

「お姉ちゃん……」

 

不安が零れるような呟きの直後、彼女の視界の四隅が赤く染まる。《危険察知》のスキルによる反応だ。

 

「――ッ!?」

 

警告が表示されたと同時に前へヘッドスライディングの要領で飛び込んだ。

次の瞬間先程までユイのいた場所の地面が抉られ、砂煙を上げる。

 

「――敵ッ!?」

 

ズサーっと地面を滑ってルイーゼを構える。

砂煙を振り払い、そこから現れたのは2メートル近い巨体のゴリラだった。が、その肉体は所々川が剥がれて筋繊維が剥き出しになり、目も眼球の代わりに青い宝石のようなものが埋め込まれている。両手首から先は鉤爪と鉄球となっている。

 

「うわ……」

 

凄惨なゾンビを前に思わず言葉を失う。

すぐに頭を振って気を取り直した瞬間、ゴリラゾンビが襲ってきた。

鉤爪の攻撃を防ぎ、束を滑らせて受け流し、踏み込みを入れた一撃を叩き込む。

 

「……?」

 

が、その一撃にゴリラゾンビはまるで効いてない。まるで見た目はそのままに質量のみを限界まで削ぎ落したかのようだ。

鉄球の攻撃を後ろに跳んで回避し、再び瞬歩で肉薄してハンマーを叩き込む。が、それもまたダメージにはならない。

 

(これで2回……これくらいで良いかな?)

 

攻撃を回避し、三度ハンマーを叩き込む。が、

 

 

「――解放(リリース)

 

呟いた刹那、ゴリラゾンビの胴体が限界まで膨らませ破裂した風船のように爆ぜた。

腰から上が吹き飛ばされたゴリラゾンビはぐらりと倒れ、二度と動かなくなった。

 

「――はああぁぁぁぁ~~~~~……」

 

ゾンビが倒れた直後にユイも緊張の糸が切れたかのように腰から崩れるようにへたり込んだ。

 

 

 

 

今まで衝撃が無かったのは、【合縁白槌ルイーゼ】のスキル《私の思いは胸の内に》。

これは発動から「解放」を発動するまでの間、3回まで10万までの与ダメージと衝撃を無効化し、解放のワードを合図に次の攻撃にため込んだストック全てのダメージと衝撃の合計値を固定ダメージとして上乗せする。

10万のダメージはジョブと補正ステータスで破格の攻撃力で簡単にストックをフルチャージできるのだ。

これでもルイーゼはまだ第3段階。これから上級に進化していけばストックも増え、このスキルが使用される場面も増えていくだろう。

 

 

 

 

戦闘を終えたユイは、粒子となって消えていくゴリラゾンビを見て、神妙な面持ちになった。

 

「……よりにもよって、猿のモンスター、か……」

 

肺を絞って空気を根こそぎ吐き出すかのように、大きく息を吐く。

かつて戦った〈UBM〉、【猿門白鬼ウキョウ】と【猿門黒鬼サキョウ】の2体を思い返す。

初めて戦った〈UBM〉というだけでなく、〈Infinite Dendorogram〉での生き方に大きな影響を与えた2体の兄弟。

印象が強すぎたが故に、同じ猿型モンスターと敵対した時や従属用モンスターを見た時には、否が応でもあの2体を思い出す。

それが理由で戦えない、という訳ではないが、どうにもわだかまる嫌悪感は抜け落ちない。

 

「とりあえず、待ったほうが良いかな……?」

 

現実のニュースで遭難した子供が三日間風雨を凌げる場所で待っていて、奇跡的に生還したことを思い出す。

下手に動いてマイとの距離を開けるよりか、この周辺に待機してルイーゼの反応を頼りにマイを探しに行くのがベストだと判断した。幸いにも、この霧が保護色となったことで、遠目からは彼女を見つけることは困難だろう。

 

『『『GUUU……』』』

 

「!?」

 

だが、突如現れたゾンビの大群が霧をかき分けて現れる。猪、ゴリラ、虎……様々な改造ゾンビが群れを成してただ1体の獲物、ユイに狙いを定めているかのように唸り声を上げている。

 

「休ませるつもりもないって事……?」

 

軽く見積もっても10体以上ものゾンビを前に、抜けた古紙で無理矢理立ち上がり、ルイーゼを構える。

深く息を吐いた直後、雄叫びと共に10体以上ものゾンビが襲い掛かってきた。

 

 

 

 

そのころ、マイも2人と同じく霧の中を彷徨っていた。

 

「この霧、深すぎる……」

 

濃霧にぼやきながら、ロッテを手に歩いていた。

が、右と左も分からないような霧の中にユイとはぐれてしまっては、本来の力を発揮できやしない。マイも合流の為にカフスを使ったが、結果は同じ。ノイズ音のみでとても通信できそうにない。

こうして当ても無く彷徨っても2人と合流できそうにない。どんどん心細くなっていく中、ふとロッテが目に入った。

 

(……そうだ)

 

何か思いついてロッテを前に構える。探るように左右にゆっくり振り、振り返って同じように振る。ある方角に向けた途端僅かに光が灯る。

 

「……いた!」

 

次の瞬間その方角へ《跳躍術:陰》で跳躍しつつ弩びながら移動する。

 

(このスキルが生きてて助かった!早くユイと合流しないと!)

 

【奇縁黒斧ロッテ】の持つ《あなたに出会えた奇跡》は、【合縁白槌ルイーゼ】の〈マスター〉、すなわちユイとの距離が近ければ近いほどSTRを倍加させる。

が、そのスキルにはある『隠し要素』がある。

それは、『ルイーゼ、ロッテの〈マスター〉がログイン状態かつ互いを認識できない場合、もしくはお互いの距離が10メートル以上離れている場合、ルイーゼはロッテの、ロッテはルイーゼの〈マスター〉の方角を示す』というもの。

つまり距離が離れすぎていたり、お互いを認識できない状況であれば仄かに光がともり、ルイーゼかロッテのいる場所に向けると光の強さが増すのだ。これは索敵に使うものとしてカウントされていないのか、濃霧の中でも船の方角が分かるように暗闇を照らす灯台のように、互いの位置を知らせられる。

どうやらこの霧の中では索敵や通信系スキルに括られないと判定が下されたらしい。

 

(!どんどん光が強くなってきてる。これなら……!)

 

跳躍を続けていく内にユイとの距離が縮まっていることを知る。このまま行けば、すぐに合流できる。

――その時だった。

 

「……ッ!?」

 

目の前にいきなり十字の板が現れ、そこに突っ込んだ途端ガコンと板が箱のように閉じ込める。

衝突して板に直撃した鼻を抑えていたが、次の瞬間には床となっていた所が開いて箱から放り出される。

 

「痛っ!もう、いったい何なの!?」

 

周囲が霧に覆われていることに変わりないが、ロッテを見ると灯っていた光が消えている。少なくとも先程よりも離れた場所に移動させられたらしい。

 

「どういうことだ?」

 

その時、怪訝そうな声を上げて霧の奥からある人物が現れる。

当然と言って良いのか、それはアンデッドだった。そしてその服装はテンプレを絵にかいたような魔術師風の装いをしている。左手には〈エンブリオ〉を宿した紋章が刻まれ、その絵は交差する鎖と錠前だ。

魔術師ゾンビは訝し気にマイを見ていたが、何かに気付いたらしく口を開く。

 

「……あぁ、お前あの白ガキと違うのか」

 

「白ガキ……?それは私の妹の事ですか?」

 

「おいおい似すぎにもほどがあんだろ。【VIK】をぶち壊されて消してやろうと追って、見つけたと思ったら別人かよ」

 

(……【VIK】?)

 

魔術師風ゾンビの口から出た単語に眉を顰めるマイ。過去に聞いた事のある耳に残った単語に、記憶を掘り下げていき……やがて答えに辿り着いた。

 

「……ひょっとして、前にも倒されたんじゃないですか?」

 

「ああ。あの【盾士(シールダー)】のガキが邪魔してなけりゃ、良い素体が手に入れられるはずだったんだがな」

 

その話を聞いて、マイはあることを思いだした。

ギデオンによるテロ事件。そのギルドの職員を襲撃した【大死霊】。彼から職員を守り抜いたメイプル。

同時に確信する。――こいつは、絶対に味方と合流させてはいけない。

ゆっくりとロッテを構え、キッと魔術師風ゾンビを見据える。

 

「なんだ、やる気か?このエリック・ヴェイスに歯向かうってんなら相手になってやるよ」

 

アイテムボックスから棺桶を取り出し、そこから更にアンデッドを引きずり出すように外に出す。

 

「新しい作品の試運転だ!付き合ってもらうぞ!」

 

雄叫びを上げたゾンビが地を蹴り、マイに襲い掛かってきた。

 

 

 

 

キャスパリーグに乗って霧の中を駆けるフレデリカ。

 

(……おかしい。ずっとまっすぐ進んでいるのに、全然霧の中から抜け出せない)

 

かれこれ5分。フレデリカは霧の中を彷徨っていた。しかし、霧を抜けるどころかユイにもマイにも合流できない。

 

「……あれは」

 

ふと霧の中で何かがきらりと光るのを見てキャスパリーグの足を止める。

降りてよく見ると、それは地面に突き刺さったナイフだった。

 

(……何かあると思って目印代わりに使ったけど、ビンゴのようね。この霧、普通じゃないわ。それに……)

 

妙に突き刺されるような感覚に、既に自分が狙われていることを直感している。

そもそも、今日の気候では霧は発生しない。魔力による霧ならばこのニッサでも起こりうることだが、魔力を感知できるフレデリカはその線も無いと断定していた。

気象現象、マナによる発生の線は消えて、残る可能性は一つ。

――敵〈マスター〉によるテリトリー型の〈エンブリオ〉。

 

(真っ当な方法なら〈マスター〉を倒せばいい。テリトリー系は、基本自分を中心に展開するものが多い。つまりこの霧の中にいることは確定。あとはどうやって探るかだけど……)

 

周囲を見渡せば目に映るのは濃霧のみ。1メートル先すら見えやしない最悪の視界にフレデリカは内心に焦りが生じていた。

 

(相手の出方としては、遠距離からの攻撃か近接からの襲撃。場所さえ特定できれば……けど、どうやって?)

 

辺り一面濃霧で何一つ見えやしない。索敵系スキルもジャミングで妨害され役に立たない。

視覚、スキル共に潰され、敵〈マスター〉を探すのはほぼ不可能。

 

 

――なんなら、こんな方法はどうだ?

 

 

その時、耳にある人物の言葉がよぎった。

ペインでも、ドレッドでも、ドラグでも、ミザリーでもない。

――かつて《集う聖剣》のクランリーダーであり、自らのクランを切り捨てた男。アドルフ・ペンドラゴン。

遠き日に新入りだったフレデリカが、敵を感知できない場合の方法を尋ねた時に返された言葉だ。

 

(だったら……)

 

キャスパリーグを送還し、杖を地面に突き立て……そのまま、手の甲を見つめそのままじっと動かなくなる。

 

 

 

 

(……なんだ?急に止まりやがったぞ?)

 

フレデリカを狙っていた〈マスター〉、ベンジャミン・パイザー。彼の持つ〈エンブリオ〉、TYPE:テリトリーに類する【霧幻牢ジャック・ザ・リッパー】。その特性は【通信阻害】と【気配の希薄化】。

第1スキル《霧の中を彷徨う獲物》。自身を中心に通信スキルと探知系スキルを阻害する濃霧を展開。その範囲は最大で直径1キロにまで及ぶ。現在第6形態にまで達したこの濃霧では、自身以下の段階の〈エンブリオ〉――例えば霞の【タイキョクズ】のような――でも、同じように影響を受けることになる。

第2スキル《霧を纏う殺人鬼》。パッシブスキルであるこのスキルは霧の中にいる指定した人間範疇生物及び非人間範疇生物は第1スキルの影響を受けることなくスキルや探索を使うことができる。これはパーティメンバーに入れているメンバーのみに適応される。

第3スキル《霧に潜む殺人鬼》。霧の中の敵対者に対して自身の気配を希薄させる。【絶影(デス・シャドウ)】クラスとまでは行かないものの、隠密性能は霧の中限定で【魍魎船団】トップクラスの隠密性能を誇る。

それらを使い、【兇手】ベンジャミンは次々と討伐を目的に来た〈マスター〉を葬り去って来た。集団を分断させ、通信が効かない状況に困惑する獲物を1人1人、確実に狩る。

今回の獲物もそうなるはずだった。だが、不穏なほどに冷静な彼女に、ベンジャミンは【兇手(デッドハンド)】としての勘が働いていた。

 

(近付いたらヤバいな。ここは……)

 

何らかの罠を仕掛けていると踏んで、距離を取った暗殺に切り替える。

《瞬間装備》で短剣から小弓に換装。矢じりに毒を塗り込んだ矢をつがえ、弦を引き絞り――放つ。

霧を貫き、空を裂いて矢はまっすぐにフレデリカの首筋目掛けて飛ぶ。

そして――、矢が刺さるまであと3メートルほどに差し掛かった時、フレデリカを狙っていた矢が何かに突き刺さったように突然制止した。

 

(――何ッ!?)

 

刹那、霧をかき分け細い何かが胸に刺さる。

 

「うぐっ!?」

 

ブシュッ!と血が飛び出し、大きくのけぞるも、すぐに旨に刺さった何かを確認もせずに放り捨てる。

 

 

『ガアアァァァ!!!』

 

そして追撃と言わんばかりにキャスパリーグが襲い来る。双腕の攻撃は横っ飛びで回避。すかさずHPを回復するためにアンデッド専用ポーションを胸に振りかけて止血する。

 

「流石に直撃とはいかないわね」

 

霧をかき分け、フレデリカがその姿を現す。

その右手には鎖が握られており、鋭利な四角推の重しの先端からは紫の血が付着している。

 

「危険察知か?」

 

思わず口にした疑問。ジャック・ザ・リッパーのジャミングには《危険察知》には効かないものの、《霧に潜む殺人鬼》は《殺気探知》には普通にジャミングの影響を受けられる。だが彼女はそんなそぶりは見せなかった。

対してフレデリカはふふん、と鼻を鳴らすと得意げに説明する。

 

「そうね。タネを明かせば……盾を用意していた、かな?」

 

「……まるで意味が解らんな」

 

動じないふりをしていても、ベンジャミンは内心苛立っていた。

通信を絶たれた〈マスター〉が困惑する姿は、自分の掌で踊らされるようだと愉悦に浸れるものがあった。

だが今その立場は逆転している。フレデリカが霧の中に潜み、自分は暗殺者の癖に標的にその姿を晒していて、同じ【暗殺者】系統のジョブに就いている者が見れば滑稽だと言われても可笑しくないだろう。

 

「……ん?」

 

ふとある一方を見ると、霧が何かに阻まれるかのような動きをしている。このジャック・ザ・リッパーの霧は単に滞留しているのではなく、僅かに時計回りに渦を巻いている。

よく見ると、正方形の板のようなものが霧の流れで判断できた。

 

「……壁?《クリスタルバリア》か!」

 

「大正解」

 

「だが、そのバリアはその場しのぎ程度の強度しかないはずだ。その程度の障壁、この弓なら簡単に貫通できたはずじゃないのか?」

 

ベンジャミンの弓には《貫通力強化》を付与されている。それが無くても《クリスタルバリア》1枚程度なら容易く貫かれる。

ではどうしたか?要点だけ言えば、フレデリカはあの時自分から3メートル離れた場所に障壁を出したのだ。それも1枚ではなく、数枚を直線状に並べた状態で。確実にばれる危険性もあるが、全身を覆うような大きな防壁を作ればその前にばれる心配がある。

しかし、《クリスタルバリア》は強度こそ初心者用の片手盾すらMPを追加で消費すればより厚くなり、強度も増す。最も、上限限界まで注ぎ込んでも通常矢1本止められる程度しかない。それなら数枚用意すればいいだけの事。

これは元々、フレデリカ自身が考え付いたアイデアではない。かつて《集う聖剣》のリーダーだったアドルフが思いついた手段である。

 

「ちっ。随分冴えてるな。アテが外れて毒矢だったらどうするつもりだった?」

 

ベンジャミンの言う事も最もだ。このデメリットは言うまでも無く、当てが外れれば致命傷を受け倒れるのは必至。大抵の度胸を持った程度ではやろうとは思わないだろう。

 

「ご心配なく。回復手段は十分用意してあるし」

 

挑発めいたセリフを吐くフレデリカにベンジャミンは考えを巡らせる。

 

(《霧に潜む殺人鬼》のスキルは、一度見つかると再び見失うまで効果が無効化される。ジョブもあるし、一旦引くべきか。だが、この召喚獣が逃がしてくれることも無い。〈エンブリオ〉のスキルで合流には大幅に時間が掛かるとはいえ、目の前の奴は仕留めるに限る!)

 

すらりと短剣と【ジェム】を構え、迎え撃つ選択をしたベンジャミン。

〈エンブリオ〉とて万能ではない。方向感覚が狂わされた状態にされた〈マスター〉でも偶然合流することは稀にあることは過去の経験から想定していた。逃がすリスクを伴いつつ距離を取るよりか、確実に仕留めて24時間のログイン制限を与えてやった方が今後の仕事が楽になるのかを天秤にかけ……後者を取った。

次の瞬間【ジェム】を短剣の石突で砕き、その中から灼熱の火球が放たれる。《クリムゾン・スフィア》だ。

 

「!!」

 

あの攻撃は防げないと判断して地を蹴り、回避。さっきまでいた場所が灼熱で焼かれ、霧が蒸発する。

 

(やっぱそうきたか。ま、それも計算の内って事よ)

 

内心ほくそ笑んだ瞬間、同じくフレデリカのいた場所付近でカッと光が閃く。次の瞬間煌々と光を放ちだした。

 

「なんだぁッ!?」

 

いきなり激しい閃光が霧の中を覆い尽くし、失明しないように眼を覆う。

光を防ぎながら覗くと、氷でできた杖にも槍にも、街灯にも見えるような柱の先端に、光源らしきものを発見する。

白く、太陽の如く輝きを放つ野球ボール大の精霊。そこから発せられる光に氷の柱に乱反射して周囲の濃霧を貫かん勢いで輝いている。

 

「あれは……《ダズリング・サンライズエレメンタル》!確かあの召喚獣は……!」

 

「そう、太陽光以外の強い光を受けると、自己防衛の為に普段の数倍強い光を放つのよ!」

 

「くっ……!」

 

「ところで一つ聞くけど、これって索敵系のスキルだけを使えなくするんだよね?」

 

「あぁ!?それがどうした!?」

 

「索敵系だけ、なんだね?」

 

「だからそれが何の――」

 

念入りに2度言うフレデリカに苛立ちが最高潮になる。だが、その直後にその意図に気が付いた。

 

 

 

 

――カッ!

 

 

「なんだ?」

 

エリックとマイの戦闘場所。

その最中、霧の向こうから光が差し込んだ。

 

「あの光……ひょっとして!」

 

その光の意図にマイが気付いた直後、ゴリラゾンビがマイ目掛け手首から先が鉄球となった腕を振り下ろしてくる。

その光景に一瞬肝を冷やす思いをするが、恐怖を飲み込んで懐に飛び込み、股下を潜ってゴリラゾンビを抜け、エリックの頭を踏みつけ、地面へと向けて小さく跳ぶ。

 

「クソッ!《脱出劇の幕開け(ショータイム)》!」

 

すかさずスキルを使い十字に展開された箱を召喚。再びマイを捉えようと迫る。

 

「その攻撃はッ!」

 

箱が閉じる瞬間、今度はスライディングで箱の下を滑って回避。直後にバタンと閉じた箱を背に逃走する。

 

「あのガキッ!」

 

振り返った時には既にマイは光のある霧の奥へと消えていた。

 

「チッ、【破壊者(デストロイヤー)】の癖に逃げ足が速ェ!――しかし、あの光は……?」

 

既に足で追いつこうにも、マイの《跳躍術:陰》込みの素早さに自分の脚では追いつけないことを悟る。

しかし、彼女の向かった先、今でも煌々と輝く光を見て考えた後……。

 

「……そうか。ならば――」

 

口角を上げて、【棺桶】から新たなゾンビを取り出した。

 

 

 

 

「……あーもう、どんだけ湧いて出るのよ!?」

 

倒しても倒しても湧き出るゾンビに辟易したように声を荒げる。

 

「墓場か何かでも近くにあるの!?【棺桶】でもここまで入らないよね!?」

 

かれこれ10分、30体以上のゾンビを潰したものの、未だに霧の向こうから湧き出るゾンビにうんざりする。

 

「さ、すがに……1人でやるにも、限界かも……」

 

HPは3分の2を切った状態でもなお追撃を緩めないかの如くゾンビが群れを成す。このままジリ貧になるのも時間の問題だ。

 

 

――カッ!

 

 

「何……!?」

 

その時、ゾンビの群れの背後で強い光が霧の向こうで輝いた。

普通の太陽光ではない。何か、別の要因による光……。

 

「……ひょっとして!」

 

何かを感じ取ったユイは、攻撃を避けた直後に《縮地法:陽》でゾンビの合間を縫って、ゾンビを置き去りにして光へと駆けていく。

 

(動きは遅いから、このまま置き去りにしていけば……!)

 

そんなことを考えながら霧の中を突き進んでいく。次第に目の前の光は強さを増していき、直視できないくらいに強くなっていく。

 

(霧を……抜ける!)

 

纏わりつく霧を突き破り、消えかける光源――氷のオブジェにエレメンタル召喚モンスターの付近にいたフレデリカと合流した。

 

「「フレデリカさんッ!!」」

 

「よっし!おかえり!」

 

光が治まると同時に、ハイタッチを交わす3人。

 

(チッ、合流を許しちまったか……一旦引いてもう一度立て直して……)

 

合流してしまった3人に内心毒づくが、霧の感覚の異変に眉を顰める。

 

「――ッ!!」

 

「ヤバい、逃げ――」

 

一拍遅れて《危険察知》で感知したユイとマイ、ベンジャミンが飛びのき、フレデリカが《クリスタルバリア》を展開した瞬間――、赤黒いオーラと暴風の混ざった暴力が、ベンジャミンを除く3人を飲み込んだ。

 

「うごぉッ!?」

 

「「「きゃああっ!?」」」

 

余波で吹っ飛ばされ、地面を転がる4人。同時に暴風に呑まれた霧と連鎖するように周囲の視界から霧が消えていく。

 

「クソッ……!エリック貴様!俺の〈エンブリオ〉はデリケートなんだ!《デッドリーミキサー》と《ハウリング・ストーム》の合わせ技なんて結界ン中でぶっ放されたらこうなることくらい分かってんだろうが!?」

 

「悪い悪い。霧ン中でこそこそ隠れるチキン野郎を見つけるのも面倒だったしな。光目掛けてぶっ放したらついでにお前がいただけだ」

 

ベンジャミンが怒号を放った先から、くつくつと笑いながら近寄ってくるエリック。その両脇には、胸にひし形の宝石を埋め込まれた両腕の無いゾンビが固めている。

そして別方向からはユイが置いていったゾンビの群れも合流してくる。

 

「それから合わせ技じゃない。《ディザスター・グラッジ》と呼んでもらおうか。苦労したんだぞ?この合体魔法を作り上げるのには」

 

(ヤバい……どれも亜竜以上は下らないわね。奴らを討ち取るように聖属性と炎属性の魔法をありったけキャスパリーグに詰め込んでおいたけど、こいつら全員を真面目に相手してると霧の奴に逃げられる可能性もある。キャスパリーグを2人に回す?いや、こうなる状況を万一想定していたら、逃げる手段も考えているはず。だったら2対1で確実に――)

 

ぴしっと何かを悟られずに飛ばした後、前後の状況を見て目の前のベンジャミンに狙いを定めた瞬間、彼が一歩、大股で下がった。

 

「そう易々と逃がすと思ってるの?」

 

「思ってないな。ここに来た時点までなぁ!」

 

次の瞬間一時マイを捕らえたものと同じ箱が地面からベンジャミンを閉じ込める。次の瞬間ぱたりと箱が展開されるとそこにはベンジャミンの姿は忽然と消えていた。

 

「なッ!?」

 

「おっと、俺の〈エンブリオ〉の紹介がまだだったな。【脱出奇箱フーディーニ】。2つの箱に対して瞬間移動するスキルを秘めているんだよ。まあ、最初はただの箱だと思ってたんだがな」

 

 

 

 

【脱出奇箱フーディーニ】。TYPE:アームズ・ルールの2つを持つその〈エンブリオ〉の特性は《箱の内部の物を転移》。

アクティブスキル《脱出劇の幕開け(ショータイム)》は脱出用の2つで1セットの箱を出現させる。展開した状態や組み立てた状態の現状第6段階では6セットまで出現させ、12個の箱を出現させられる。

アクティブスキル《奇跡の大脱出(エスケープ)》は2つの箱にアイテムや生物が存在し、箱の距離が半径1キロ以内の場合のみ、お互いの位置を入れ替える。つまり、脱出マジックのように瞬時にワープすることができるのだ。かつて【フランクリンのゲーム】にてエリックがフレデリカ、ジュリエットの攻撃から辛くも逃れたのもこのスキルである。

パッシブスキル《脱出王は縛られない》は制限系状態異常【拘束】、【凍結】、【石化】を強制解除する確率が上昇。現状、20%の確率で発動できる。

必殺スキル《脱出王の奇跡(フーディーニ)》。制限系状態異常を無効化し、《奇跡の大脱出》のコストを無視しつつ、クールタイムが0.1秒にまで短縮されるのだ。

 

 

 

 

すぅ、と再び周囲が霧に包まれていく。

 

「不味い、見失う!」

 

「フレデリカさんは追ってください!」

 

「こいつらは私達が!」

 

霧で奥の視界が消え始める中でユイとマイが叫ぶ。

この場で3人と1匹でエリックを含めたゾンビ軍団を相手にするか、それとも暗殺者を追うか。

顔をしかめ、数秒思考を巡らせて……キャスパリーグに乗り込んだ。

 

「……瞬殺で終わらせる!」

 

霧の結界が周囲を覆う前に霧を抜け、フレデリカは奥へと駆けていく。

 

「ガキを残していったか。薄情なもんだねェ、チビを残して逃げるなんてよ」

 

「薄情?何言ってるんですか?」

 

ぐわりと、振り上げたハンマーと斧を正面のエリックに突きつける。

 

「私達があなたを倒して――」

 

「――フレデリカさんがあのゾンビを倒す!」

 

キッと見据えての双子の宣言。

ぽかんと口を開けるエリックだったが、やがて「クハッ」と短い嘲笑の後、杖を双子に向ける。

 

「なら、お望み通り始末してやるよ!行け!」

 

その合図と共に、一斉にアンデッド軍団が襲い掛かってきた。

 

 




次回。極振り防御とアンデッド退治:らうんど2。



(・大・)<長くなって申し訳ありません。

(・大・)<ユイマイ姉妹Vsエリック(メイプルと対峙したアンデッド)、フレデリカVsベンジャミンのバトルです。

(・大・)<大半は仕上げてあるので、週末には公開可能かと。


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極振り防御とアンデッド退治:らうんど2。


(・大・)<ようやく投稿。

(・大・)<長らく待たせて申し訳ございません。


 

「よし……」

 

森林の中、キャスパリーグから降りるフレデリカ。

周囲はすっかり濃霧に覆われ、右も左も分からない。視界の変化と言えば、時折通り過ぎる木々くらいだ。

 

「あとは……」

 

すっと右手の手袋を外す。その甲にはひし形の薄い宝石のようなものが貼りついている。

 

「――《喚起:チェイサー・ハウンド》」

 

薄い宝石に向けるようにスキルを発言。すると宝石が光を発しそこから何かが飛び出した。光が晴れるとそこにはドーベルマン風の一匹の犬が現れた。

 

「頼むよ」

 

血の付いた四角推をその召喚獣の鼻に近付けた。

ひくひくと鼻を動かすと、カッと目を開いて弾かれるように駆け出した。

 

「あとは……」

 

そう呟いて、キャスパリーグを送還。そして同じように魔法陣を描き、キャスパリーグの装具を中心に置く。

再びMPを注ぎ、召喚魔法を行う。

 

(相手はAGI型。こっちもそれなりに対策を用意しとかないと)

 

 

 

 

「範囲1キロとは言ったが、半分の距離でも十分じゃなかったのか?」

 

一方、エリックのスキルで脱出したベンジャミンは再びジャック・ザ・リッパーの濃霧を展開し、たった今それを終えた所だった。

 

(もう一度奴に奇襲を仕掛けて、今度こそ仕留める……!あのガキどもはエリックに任せれば良いか。調子に乗って甚振ってなければもうカタが付いてるだろう)

 

弓に矢を違え、フレデリカに再び奇襲を仕掛けようとした時だった。

 

(なんだ?生体反応が3つ?一つは人間。あとの2つは……召喚獣!?あの女か!)

 

すかさずその場から駆け出した。霧の中を駆けつつ、やがて見失うであろう獲物に対していつでも矢を放てるように構える。

 

(まあいい。奴らが霧の中を彷徨いだすのも時間の問題。見失った所で間髪入れずに奴の喉笛に矢を貫いてやる!)

 

ある程度走った所で振り返り、弓を引き絞る。

普通に突っ込めば確実にやられるだろう。

 

 

 

――バチッ!

 

 

霧の中で一瞬、《ダズリング・サンライズエレメンタル》のものとは異なる光が走る。

――刹那。

 

 

 

「――がふぁあっ!?」

 

いきなり胴体を貫かれ、大きく吹っ飛ばされた。

 

「な、なにが……!?」

 

上下逆転した視界で背後を見ると、そこには細くしなやかな体躯を持った猫型の生物――一見すると豹に近いだろうが、その体躯を構成しているのは時折紫電が走っていることから、雷属性のエレメントの召喚獣だろう。

 

「まさか……」

 

「どうだった?キャスパリーグの形態変化の感想は?」

 

フレデリカがつかつかと、満身創痍に近いベンジャミンへとドーベルマン風の召喚獣を連れ歩み寄る。

 

「な、居場所が分かった……?」

 

「そんなもの使ってないわよ。私は単に、本来生物が持つ感知能力を使っただけのこと」

 

「馬鹿な!この霧の中で探知スキルは一切通用しない!そんな能力が使えるはずが……」

 

「だーかーらー、スキルじゃなくて、元々持っていたもの。五感の内の一つ、嗅覚を使ったのよ。この子のね」

 

そう言いながらフレデリカは先導していたチェイサー・ハウンドの頭を撫でた。

 

五感。聴、視、嗅、触、味からなる人や動物が外界の感知に用いる古来からの5つの感覚。

そして先程フレデリカが召喚した《チェイサー・ハウンド》は《暗視》や《生体探知》、《対象補足》など、獲物を追尾するスキルに長けている。

が、それらはジャック・ザ・リッパーの前では無意味。しかし問題はそこではない。この《チェイサー・ハウンド》の持つ《嗅覚強化》は厳密にはステータス強化であり、探知系スキルではない。早い話、《嗅覚強化》だけであの重しに付着したベンジャミンの血の匂いを追っていったという訳である。

 

「それに……あの召喚獣にあんなスピードは無かったはず……」

 

「うーん。そこは遊戯派の言葉を借りるなら、『裏ワザ』、みたいな?」

 

ふふん、と悪戯っぽいにやけ顔を浮かべる。

キャスパリーグの《ブタから産まれた呪いの猫》にはいわゆる隠し要素がある。

そのスキルで装備するエレメントの属性で、その性質が変化することができるのだ。

炎属性エレメントで構成し、ステータスバランスの取れた基本形態『モデル(タイガー)』。

地属性エレメントで構成し、物理攻撃、防御に特化した『モデル牙虎(ジャガー)』。

雷属性エレメントで構成し、超スピードを誇る『モデル(レオパルド)』。

 

これまでフレデリカはエレメント召喚獣を用いたキャスパリーグの性能を調べ上げ、3つの特性変化を知ることができた。

 

「あんまり時間を掛けたくないからね。介錯は監獄で、ね」

 

《フレイムランス》を出現し、矛先をベンジャミンに向ける。

 

「クッ……クククククク……」

 

「何がおかしいの?」

 

「まさかお前、俺がこの場所に何の考えも無しに来たんじゃないだろうな?」

 

「――?」

 

「最後の一手……指し切れなかったようだな!!!」

 

愉快そうに叫んだ次の瞬間、地面を突き破って展開されていた箱がベンジャミンを隠す。

 

「しま――ッ!?」

 

一拍遅れ、フレデリカが《フレイムランス》を突き刺したがもう遅い。

 

「ァ……アァ……」

 

焼かれ砕かれた箱からは既に別のアンデッドに変えられ、箱諸共に消滅する。

 

「ヤバい!逃げられた!」

 

この霧の中、はぐれてしまえば合流は困難になる。

ましてや再び見つけ出すなんてよほどのことが無い限りそう簡単には見つかりっこない。

 

(あの箱、複数用意できる可能性があったのを完全に失念していた!ゾンビどもにあの2人が合流したら、ユイちゃんとマイちゃんも流石にヤバい!いや、落ち着け。この霧の中はスキル頼りだと絶対に合流できない。だったらさっきみたいに五感を使えばいい!チェイサー・ハウンドが追い付けたのは実証された。まだ追えるはず!)

 

再びチェイサー・ハウンドに重しを近付ける。

全会は痕跡頼りに進んでいたが、今回はワープで一気に別の場所に転移しているのだ。

とても難しいと思っていたが、チェイサー・ハウンドが周囲に鼻を向けてしばらくすると、見つけたと言わんばかりにひと吠え上げた。

 

「――見つけたのね」

 

チェイサー・ハウンドがフレデリカに応えるように頷くと駆けていき、フレデリカとキャスパリーグもその後を追っていった。

 

 

 

 

その頃、ユイとマイがエリックのゾンビと対峙している場所では……。

 

「うらああああああっっっ!!」

 

「――ふぅッ!!」

 

ハンマーの一撃で二足歩行のライオンゾンビが吹っ飛ばされ、斧を頭に受けた猪ゾンビは真っ二つに両断される。

次々とゾンビを叩きのめして光の粒子と化していく。

 

「まだ霧は晴れてないの!?」

 

「通信もできないから、多分探すのに手古摺ってるんじゃない?」

 

「じゃあこのゾンビたちを全滅させても構わないってことだよね!?」

 

自らを奮い立たせ、再びゾンビを倒していく。

 

「貴様ら……人の作品をべキバキベキバキベキバキバキバキ台無しにしやがって!《脱出劇の幕開け》!」

 

痺れを切らしスキルを発動した途端、地面から飛び出した箱がユイを閉じ込める。

 

「しまった――!」

 

すかさず斧で叩き壊すが、その中にユイの姿はない。次の瞬間、マイの後ろでユイがどたりと地面に叩きつけられる。

 

「ユイっ!?」

 

「『デッドマンズ・バインド』!」

 

「『パラライズ・エッジ』!」

 

振り返った瞬間、三重状態異常を産み出す凶悪な弱体化魔法がユイに掛けられ、マイは背後からダガーの一閃を食らい、【麻痺】を受け倒れてしまう。

 

「遅かったなベンジャミン。てっきりやられたかと思ったよ」

 

「誰が。あんなのでやられるかよ」

 

「こいつで終わりだ。『ラスト・カウントダウン』!」

 

【拘束】、【脱力】、【呪縛】の3つを受け、更に【死呪宣告】を受け、完全に動けなくなった2人を見下ろすエリックは愉悦に顔をゆがめる。

 

「ハッハハハハハ!いい気味だ!さて、あのガキには目の前でNPCがアンデッドになっていく様を見させてやるとするか」

 

「NP、C……?」

 

「ティアンの、こと……?」

 

「驚いた、まだ動けたのか?あのガキ――メイプルだったか?奴には【VIK】の件で世話になったよ。その礼として、ニッサのNPCを奴の目の前でアンデッドに変えていく。あれだけの数、俺が【死霊王】になるには十分なアンデッドが溜まる。無力に打ちひしがれながらアンデッドに変えられる様を見せつけられたら、さぞ良い顔をするだろうなぁ?」

 

「おい、何やってる?とっとと始末しやがれ」

 

けらけらと笑いを上げるエリックに姉妹の脳裏にはある言葉が反響する。

何をしたっていい。最初に来た時、チュートリアルに現れた管理AIの言葉だ。

その時は何も考えず聞き流しも同然だったが、今この時初めてその言葉に疑問を持った。

 

――ゲームだからと言って、そんな非道が赦されるのか?

 

そんな単純な質問に対して、管理AIは口を揃えて「その通り」と答えるだろう。

まだ幼い少女である彼女らの疑問は一つの結論に至る。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――こいつは、絶対にここで倒さなきゃならない。

 

 

 

「うぐっ……」

 

「ぐぅ……」

 

鈍重な身体を必死に動かし、エリックの足にしがみつこうとする。

 

「なんだぁ?そんな状態でまだやろうってのか?あぁ?」

 

「見たら……分かる、でしょ……?」

 

「絶対、に……あなたを、倒す……!」

 

「――寝言スカしてんじゃねぇよガキどもが!」

 

姉妹の一言にキレたエリックがマイを踏みつける。

 

「お前……!」

 

「今のテメェらに何ができる?そうやってはいつくばって死ぬのを待つのがお似合いなんだよ!」

 

ガシガシと踏みつけ、ユイも蹴り飛ばす。

 

「残りHPが消えるか、《死告》で終わるか。選べ」

 

見下すエリックに姉妹は再び必死に身体を動かそうともがく。その時、斧と鎚が交差する。

 

(何とかしないと……いけないのに……!)

 

(身体が、動かない……!)

 

頭では分かっているはずなのに、身体が動かせない。高い筋力値も【脱力】で半減され、【拘束】を脱せない。

 

(この人をここで倒さないと、もっと多くの人がゾンビにされる……!)

 

(メイプルさんが守った、ティアンの人達を……死なせない、為にも……!)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(絶対に、ここで倒さなきゃならないのに……!)

 

 

その時だった。

ユイとマイの目の前でウィンドウが表示される。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

【【合縁白槌ルイーゼ】の進化が完了しました】

【【奇縁黒斧ロッテ】の進化が完了しました】

 

【【スキル《小さな家族の大団円(フタリノロッテ)》を獲得しました】】

 

 

「これって……」

 

「必殺、スキル……?」

 

必殺スキル。第4段階――上級以上のステージに立った〈エンブリオ〉だけが持つ、〈エンブリオ〉の名を冠したそのスキルはいわば〈エンブリオ〉の集大成。

ジュリエットの《死喰鳥(フレースヴェルク)》、チェルシーの《金牛大海嘯(ポセイドン)》のように、凄まじい一撃を放つものもあれば、マスクド・ライザーの《悪を蹴散らす嵐の男(ヘルモーズ)》のような自己強化など、その効果は〈エンブリオ〉同様千差万別。

 

(ひょっとしたら……これを使えば……)

 

(この状況を、どうにかできる……?)

 

ウィンドウを操作して確認しようにも身体が思うように動かない。

どんなスキルなのかもわからないものに賭けられるだろうか?

 

「――やるよ」

 

「――うん」

 

「あ?」

 

――否、もう姉妹に迷いは無かった。

これを使えば、今の状況を打破できる。直感した姉妹は武器を交差させたまま、ウィンドウに表示されたその文字を叫ぶ。

 

 

「「――《小さな家族の大団円(フタリノロッテ)》!!」」

 

 

必殺スキルを叫んだ瞬間、姉妹から光が発せられる。

 

「なんだっ!?」

 

思わず下がったエリックに、ゾンビも本能で構える。

発せられた白と黒の光が2人を包み、大きい光の球となり、1つに溶けあうように交わっていく。

 

「な、なにが……?」

 

戻ってきたフレデリカも言葉を失う。

その間にも白と黒が渦巻く光の球体が霧散し――。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その中から、一人の少女が姿を現した。

 




次回

「極振り防御と融合姉妹」


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