シルヴァリオサーガRPG ブランシェ家亡命√RTA 短編集 (TTオタク)
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冥王と霧隠
「毎度悪いなイヴ。毎度お前の店を秘密基地みたいにしちまって」
「いいのよゼファーくん。頼られるのが好きな私に謝罪なんて不要よ」
ゼファー・コールレインは歓楽街にあるイヴの店に来ていた。この店はそういう事をする店であり、防音対策はバッチリである。なおかつこそこそとやってきても文句は言われず、客同士は互いに干渉しようとしないので、密談を交わすには都合が良かった。
ゼファーは至急の密談を要求してきた相手に問う。
「それで? 今回の要件は何なんだ? ミカ・キリガクレさんよ。俺はもう一線を引いた身だぜ? そんな俺に相談することなんてねぇだろ」
ミカは怪しく微笑し、答える。
「あら、つれませんわね元少佐? 私たちは同じ悩みを共有し合う同志でしょう? 雄々しく気合で解決できない者同士、慰め合うのも一興ではありませんか」
「ああそうかい、また例の件か」
ゼファーは理解した、いつもの案件である。
「どうやら帝国の誇る天才集団の
ミカは閉じた扇子で眉間を押さえる。彼女が悩んでいる時によくする動作だった。
「ええ、まったく。あの連中は数式だけでなく国語も勉強するべきですわね。新型という言葉の発する甘い響きを、まったく理解していませんわ」
ミカは憂い顔のままため息をつく、よほど今回の件の事で頭が痛いようだった。
「それで? 新型の
ゼファーの声は重く、また答えるミカの声も暗かった。
「また、ですわ」
ミカは端正な顔を歪める。血涙すら流しそうな表情で、手元の扇子を握りしめる。
「また───干渉性しか伸びませんでしたわ」
───これは、
†
「ふっざけんのもいい加減にしてほしいですわね、ええ、まったく。新型ですからきっと伸びますよ? 伸びましたわ、ええ、干渉性が。欲しいのは収束性か操縦性だって何回言えば分かるのかしら? ああああむしゃくしゃしますわ!」
ミカは激昂しながらビールのジョッキを叩きつける。先ほどのお嬢様オーラはどこへやら。今は仕事のストレスを発散する週末の労働者のようだった。
「ああまったくだ。干渉性ばっか伸びても仕方ねぇだろ。大体よ、干渉できるのはいい、便利だからな。だがよぉ、そっから必要なのは別ステータスだろ? あいつら何考えてんだ? 一点特化なんて糞に決まってんだろ」
ゼファーもノリノリで愚痴を言う。完全にただの飲み会であったが、会話の内容は軍事機密の応酬である。なので漏洩の恐れのなく、情報統制に優れたイヴの元で愚痴っているのだった。通算、12度目の飲み会である。
「本ッ当ですわ。周りは干渉性特化がそんなに羨ましいのかしら? はっきり言って糞ですわよこれ。取れる手順が多いくせに、全部必殺技じゃないとか、羨ましい点は一体どこに? 全部高い方がいいに決まってるでしょう」
ミカの星辰光であるベクトル操作は、いわゆる干渉性特化であった。環境に存在する力の方向性に干渉してねじ曲げるというあり方が、干渉性の素質の高さを表している。
普通は羨ましい能力である、防御に役立ち、攻撃にも利用可能な汎用性の高い能力。だが、隣の芝は青いと言う物で、ミカ自身は不満なようであった。
「まず操縦性! あれが無いと弾丸を決まった方向に返す事すらできないのが糞ですわ。上手く逸らさないと集団戦の時に味方に当たりますし、いちいち味方の位置に気遣って防御するこっちの身にもなって欲しいですわ」
ミカの能力はベクトル操作、つまり「逸らす」能力であって、物理的に「止める」能力では無い。結果攻撃の矛先は別の方向に向かい、その方向に味方の兵士がいた場合などはそちらが負傷することになるという、世知辛い能力であった。
「次に収束性! あれ無いとまともに攻撃力に変換できないじゃありませんの。チドリとの連携でも必要になりますのに。あと維持性も。同じ物をずっと操れないのは不便で仕方ありませんわ」
ミカは不機嫌な顔でビールを呷る。そんなミカを見て、ゼファーは愚痴をこぼす。
「お前はまだいいじゃねえかよ。愚痴る割には操縦性もそこそこあるし、付属性高いんだろ? その上反動少ねえのに何文句言ってんだよ。こっちは反動のせいで何度も死にかけてるんだぞ? あの時なんかなぁ───」
「はぁ? こっちが発動値低くて何度死にかけたと思ってるんですの? ゴリ押しで即死する防御型とかあんまりじゃありませんの。はぁー! まったく持つものはこれだから」
「はい出たー。使い方工夫しろよバーカ。それだけ防御に使いやすくて長期戦できるなら逃げ回れば良いじゃねぇか。こちとら長期戦できないから嫌でも突っ込まなきゃいけねぇんだぞ? できる事を全部やってからにしろよ」
ゼファーの言葉に、ミカは急に真顔になって言う。
「いや、それは。相方が突っ込むからどうしようもない面がありまして……」
「あぁ……」
急に暗い顔になる2人。お互いがお互いの
暗い顔で沈黙した2人に対して、イヴが2人を抱きしめる。
「よしよし。ゼファーくんもミカちゃんも、辛い事があったのね。今夜はずっと予定無いから、心ゆくまで甘えて頂戴」
イヴの豊満な胸に顔が埋まる。そして聞こえる心臓の音。二重の癒しにゼファー達は心を癒した。そう、
「やっぱ巨乳は良いものですわね。心が洗われますわ」
お嬢様言葉で下ネタを吐くミカ。キリガクレ出身とは思えないその姿に、ゼファーは毎度の事ながら呆れる。
「毎度思うが、キリガクレのお嬢様がそんなこと言って良いのか? 俺の知るキリガクレはちょっとピンク色だがその辺はまとも───じゃないが下には走ってなかったぞ」
ゼファーの言葉に返答するミカの言葉は、乳に埋もれている故くぐもっていた。
「私だってどこかの誰かさん達が私の主人ぶっ殺すまでは腐れ霧隠呼ばわりはされていましたが、ちゃんとお嬢様やっていましたわよ。改革後見事に没落するわ処刑されかけるわ激戦地に放り込まれるわで。散々な目にあったストレスで癒しを求めて歓楽街に手を伸ばしたのも仕方がない事ですわ」
ミカはイヴの下腹を撫でる。その仕草は慣れを感じさせる物であり、そういう事柄のベテランである事を示していた。まあそう言うことに抵抗がないからゼファーと友達をやっているわけだが。
「んっ。もうミカちゃんったら。夜は長いんだから急がなくても良いのよ?」
そう言いつつも、イヴは乗り気なようだった。いやむしろ、帝都の快楽の中心地である歓楽街の主らしく、今日こそは3人いっぺんにという思惑すら見て取れた。
ミカは男性とは寝ない質なので3人は無いし、ゼファーとしても親友と寝るのはごめんなので、ゼファーはミカのブレーキを踏む。
「そういえばお前、今年はいけそうか? 誕生日プレゼント」
瞬間、ミカの動きが止まる。そして油の切れた機械のような動作でこちらを向いた。そしてがっくしとうなだれる。
「フフフ、ゼファー、どうしましょう。ここ数年渡してないのに今更渡せる気がしないですわ」
「またかお前。この前のバレンタインでも同じこと言ってなかったか? 渡すだけなんだからさっさとやっちまえば良かったのによ」
ミカはふらりと立ち上がる。ゼファーへ送る視線はひどく生暖かかった。
「あら、そんな事言ってもよろしいんですのゼファー・コールレイン。部隊長もミリィちゃんも、そして貴方の最愛の人であるヴェンデッタさんも、みんなチョコをもらえていないと聞いていますけど、何かの間違いかしら?」
「私ももらっていないわよ、ゼファーくん?」
イヴが優雅に微笑みながらちゃちゃをいれる。
「うっ。今まで渡してねぇのに今更どんな面して渡せってんだよ、ヴェンデッタは絶対からかってくるし、ミリィはなんか恥ずかしいし、チトセはチョコ渡してくるし。渡せる気がしねぇよまったく」
そう、この2人は同族であった。本命以外には行動が早いくせに、いざ大切な人になると二の足を踏む。そんな性格である。だからかつての敵同士でありながら飲み友達をやっているわけであるが。
「それでもヴェンデッタさんには渡してあげたほうが良いと思いますわよ。あの方はああ見えて結構細かい事で落ち込むタイプですし、貴方に似て自虐的な所がありますから、ふとした拍子に限界が来ても私は知りませんわよ?」
「わかってるよそんな事」
「あいつは大切だ、嘘じゃ無い。どうでもいい相手と一緒に暮らすかよ。だがなお前もわかるだろ? こういうのは大切な相手にほど言い出しにくくなるもんなんだよ。俺は素直に愛を伝えられる
愛を伝える事。それは素晴らしく尊い事だが、やはり正しい事は痛いように、伝える事は大変な事である。特に素直になることが下手くそなゼファーのようなタイプにとっては。
その言葉を待っていたと、ミカは笑って言う。
「じゃあ練習しましょう。私をヴェンデッタさんだと思って愛を伝えてみて、同じことを本番でするんですわ。ぶっつけ本番よりはマシになりますわ」
「はぁ? なんでまた」
「ほら、いいから。こういうのはやってみないと始まりませんわよ」
ミカにしては珍しく有無を言わさぬ雰囲気であった。
「わかったよ。やりゃいいんだろ?」
めんどくさそうに、若干気恥ずかしそうにゼファーは言う。
「ヴェンデッタ、お前が好きだ。これからもよろしく頼む」
するとミカはいやに大仰な身振り手振りで言う。
「ストップストップ一旦止まって。いや、簡潔すぎませんこと? もっと情熱的なものでないと盛り上がりませんわ」
「盛り上がりって何だよ……」
「いいから、もっと情熱的に。具体的には大海原に堕ちても消えないくらいの熱いラヴを感じさせるような告白を聞かせてくださいまし」
やけに乗り気な親友に、ゼファーは仕方なしと腹を決める。所詮は酒の席での狂言である。思い切ったことも言っていいだろうと。酒の力を借りてゼファーは言う。
「ヴェンデッタ。お前は小言ばっか言うし、たまに女性陣で俺を包囲して働かせたりするし、たまに養豚場の豚を見るような目でこっちを見るし、とにかく文句は言い出したらキリがない」
先ほどとは違い、カッコはつかないが間違いなくゼファーの本心である言葉が紡がれる。
「それでも、俺はお前と一緒に帰りたいと思ったから俺はここに居る。俺の帰る場所にお前が居ないのは嫌なんだよ。いつも感謝してる、いつも愛してる。遅れたのは俺のせいだし、悪かったとも思ってる。だから───」
一旦バツの悪そうにためらった後、意を決してゼファーは言う。
「受け取ってくれ、ヴェンデッタ。お前を愛してる」
言葉を言い切った直後、鈴の音のような声が響いた。
「50点よゼファー。貴方にしては頑張った方だと思うけれど、他の女性が相手でないと言えないのが頂けないわ」
「ヴェンデッタ⁉︎」
銀髪を揺らし現れたのは、間違いなく告白の相手であるヴェンデッタその人だった。
「ふふ、焦りましたわ。最初の告白でいきなり出てこようとするんですもの。こういうのは本心を引き出してからでないと面白くありませんわ」
にこやかな笑みを浮かべるミカに、ゼファーは今回の飲み会の意図を悟る。
時刻は12時を過ぎ、
†
しんしんと降り積もる雪を眺めながら、ミカは紫煙を吐き出す。あの後は気を利かせて部屋をイヴと一緒に退場し、1人路地の外れでタバコを吸っていた。
「まったく、世話の焼けるカップルですこと。貴方の心配も理解できますわ」
ミカは懐から一通の手紙を取り出す。これはゼファーの妹であるミリアルテ・ブランシェから「兄さんの親友になった人に渡せと預かった物です」と渡された物だった。
差出人は「ダメ人間ゼファー・コールレインの友人」
宛先は「おそらく僕たちの同類へ」
内容は基本的に、ゼファー・コールレインがいかに面倒臭い人物か、ヴェンデッタがいかに美しい至高の女神であるかが綴られた文章であった。
だが、隠し遺産の所在や、
そして最後には「なにかと君に迷惑をかけるだろうが、どうにか2人を助けてやってほしい。それが彼の一親友であり、彼女に恋をした僕からの願いだ」とあった。
「まぁ、親友を助けるくらい、言われなくてもやらせていただきますわ」
ミカはライターを取り出し、手紙を燃やす。これは手紙の内容を否定するためではなく、今際の際まで親友とその恋人の行く末を案じ続けた男への追悼を込めてだった。
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