RASのマネージャーにされた件【完結】 (TrueLight)
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チュチュ編(共通ルート)
1.かーちゃんがち〇こ付けてくれたから


「クッソふざけやがってぇ……」

 

 この日、俺が組んでいたバンドは解散した。建前上とはいえリーダーのはずの俺だけが、そのことを今日まで知らなかった。

 

『な……なんでだよ!? これからって時に!!』

 

 ベース担当の奴は言った。

『すまん、もうついて行けん。お前らレベル高過ぎんよ。めっちゃファンからの俺への当たり強いもん、一人だけ浮いてるってさ』

 

 キーボード担当は言った。

『すまん、もうついて行けん。お前らレベル高過ぎんよ。めっちゃ俺へもファンからの当たり強いもん、浮いてるランキング二位だってさ』

 

 もうちょっと捻れよ。右に倣え過ぎんだろ。

 

 ドラム担当は言った。

『ここで叩いても運命の人とは出会えんでごわす。もっと自分を高めるため、おいどんはアフリカに渡るでごわす』

 

 お前がゴリラ目指してるとは思わなかったよ! ライブハウスの募集でドラム持参してきたくせに! 最初からドラミングしてりゃあ誘わなかったわ!!

 

 そして最後に……一番付き合いの長かった、リズムギター担当が言った。

 

『……俺、モテたいからバンド始めたじゃん?』

『だからなんだよ。今モテてんだろ!?』

 

『……ライブの後お持ち帰りしたファンの子が、さ』

『? ファンがどうした』

 

『その……ゴムに穴開けててさ』

『(白目)』

 

『……パパになっちゃった☆』

『死ねやボケェッ!!』

 

 俺の生涯渾身の一振りを、そいつは危なくも避けやがった。

 

『しゃあねぇだしょ!? いいとこのお嬢さんで家族にも認知されちまった! 向こうの親父さんにゃあ殴られるどころか何故か気に入られて外堀埋められちまってる! 高飛びでもしなきゃ逃げらんねぇんだよぉ!!』

 

 つい一時間前の出来事だ。クソが!!

 バンドの解散なんざありふれたモンだが、もうちょいマシな理由もってこいや!!

 

『バンドマンなんて安定しない職じゃあ生まれてくる子供と嫁さん支えらんねんだ! 悪いが飲み込んでくれ!!』

 

 意外に乗り気でやがったしな。覚えてやがれ、ガキが大きくなったらテメェが本番前にクソ漏らしたこと吹き込んでやる。

 

 ……はぁ。

 

「ままならねぇな……」

 

 怒りに身を任せ、相棒のギターを背中に俺はあてもなく歩いた。

 ちくしょう、これからって時に……。大ガールズバンド時代なんて言われてるこのご時世に、俺たち男五人組のバンドは中々人気があったと思う。

 

 固定のファンだってたくさんいて、ハコは毎回埋まってたんだ。ダフ屋が高値でチケット扱うくらいにはな。運営と協力してボコったけど。

 

 結成から一年。今日が一年目だった。

 

「何がEternity(永遠)だよ。limited(期間限定)もいいとこだ」

 

 バンド名はEternity(エタニティ)。俺の走りがちな演奏にもついて来れる、数少ない……今後出会えないだろうとさえ思えた、最高のメンバーたち。永遠に続きますように……そんな思いで俺が付けたバンド名だった。

 

「独りよがりだったってのか……クソっ!」

 

 何度目かもわからない舌打ち。イライラしながら肩で風を切っていたら、いつの間にか薄暗い路地に来てしまっていた。

 

「……? どのへんだっけ、ここ」

 

「なんでなんで!? 信じられない許さないっ!!」

 

 場所を確認しようと辺りを見回すと、不意に甲高い声が耳を打った。ヒステリックな声色。正直関わり合いにはならない方が良いだろうと思った。

 

 でも何故か……それがひどく気になった。好奇心が疼いた。その一瞬だけ、荒れていた心がどこかに飛んで行った気がした。

 

 だから……自分で蹴り飛ばしただろうゴミ箱、その中身を律義に搔き集める小さなお子様に、声をかけてしまったのだ。

 

「あんなバンド……ぶっ潰してやるっ!!」

「バンドを潰すとは穏やかじゃねぇな」

 

「っ!? What(なに)? 誰っ!?」

 

 びくりと飛び上がってこちらを振り返り、警戒を見せるガキんちょ。どうどうと両手を上げつつ、害意は無いことをアピールした。

 

「通りすがりのギタリストだよ。……いや、廃業したけどね」

「ギタリストぉ……? funny(面白い)! アンタみたいな冴えないのがぁ?」

 

 ……このクソガキャア……。いいだろう、聞かせてやるぜ。どこぞのカスどものせいでライブハウスで披露出来なかった、俺の新曲をなぁ!(涙目)

 

「へっ、耳の穴かっぽじって聞けよ」

「はぁ? そんな暇じゃないんですけどー」

「じゃあ勝手に消えろ。俺は勝手に弾く」

 

 ちびっ子が立て直したポリバケツに尻を乗せ、ギターケースから相棒とピックを取り出す。ぶっちゃけもう誰に聞かせようとかどうでも良い。

 弾きたいと思ってギターを取り出した。手段と目的が入れ替わろうが、そうなったら後は弾くだけだ。

 

「はんっ、なら勝手にするわ。Bye(じゃあね)

 

 髪をなびかせてちびっ子が俺に背中を向けるのと、俺がギターの弦を掻き鳴らしたのはほぼ同時だった。

 

 その瞬間、俺の意識からちびっ子の存在は消える――。

 

【――っ!♪ ――♪ ――――♪ ――――っ♪ ♪♪――――!!】

 

 リズムに合わせて身体を揺らし、手首を暴れさせる。指を躍らせる!

 

 生きていて最高に気持ちいいと感じる瞬間。一人でこれだ、もしバンドメンバーがここに居たら……チッ、雑音が混じった。

 

 一瞬気が散ったが、それでも俺はギター()を掻き鳴らした。どこぞのライブハウスの裏、ゴミ箱の上であろうが表現したいものを出し切ったんだ。

 

「……ふぅ。あ"ー気持ちよかったぁ」

 

 一通り爪弾いたら鬱屈した気持ちが晴れたな。解散したモンは仕方ねぇと切り替えよう。とりあえずは家に帰って好きなMVでも垂れ流して好きなエロ本眺めてオ〇ニーして寝よう。

 

 ギターを仕舞い、よっ、と勢いをつけてバケツと尻をバイバイした俺は、意気揚々と家路についたのであった。

 

 

「――まっ、待ちなさい! Just a moment(ちょっと待って)!」

 

「? あん?」

 

 声の方へ視線を向けると、先ほどのお子様がこっちを見ていた。

「あれ、まだいたの?」

「なっ!? アンタが聞けって言ったんじゃない!」

 

 いや君、帰る気満々だったやんけ。

 

「こほん。まぁいいわ、聞いてください」

 

 なんで急に敬語? 情緒不安定なの? 若い子の考えはわからん……言うて俺もピチピチのティーン(19でギリ)なんだけどな!

 

「あなたを、私がプロデュースするバン、ド、に……」

 

 右手を差し伸べて芝居がかった仕草を取りつつ、ちびっ子は口を開いた。しかし言葉は徐々に勢いを失って、最後には目を見開いて愕然とした表情を浮かべた。

 

 え、なになに? マジでヤバイ子じゃない? コイツ。

 

「あなた男じゃない!!」

「おうそうだよ」

 

 見りゃ分かんだろ。

 

「なんで女の子じゃないのよっ!?」

「っはぁーそらお前、かーちゃんがち〇こ付けてくれたからよ」

 

「ちんっ……!?」

 

 顔を真っ赤にして、そのちびっ子は仰け反る。これが俺とチュチュの出会いであり、そして――。

 

 絶対必要ないだろと自信を持って言える、RASとかいうバンドのマネージャーとなる、その第一歩だった。

 



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2.本当ですかお嬢様!

「ひっろ……」

「驚いた? ここが私たちのプライベートスタジオよ!」

 

 ちびっ子が狼狽えている間にトンズラかまそうと思ったがそうはいかず、俺は引っ張られるままにデケェ建物に引きずりこまれた。

 

 この規模のプライベートスタジオって何……? このお嬢ちゃんもしかして良いとこのご令嬢か……?

 

「ん? 私たち?」

「ええ。さっき言いかけたけど。私がプロデュースするバンドのホームよ!」

 

「ほーん……」

 

 そこそこいい時間だ。他のメンバーはとっくに帰ってるんだろう。っつーか俺も帰りたいんだけど。

 

「んで? 察するにガールズバンドでギターが足りてないんだろ? 俺関係ないじゃん」

「ないけどあるの!!」

 

 なにそれYU-JYO? 見えるんだけど見えないもの?

 

「たしかに探してるのはギタリストの女の子よ。他も足りてないけど。でもあなたの腕前は見過ごせないわ。どうにかしてバンドの糧に……」

 

 糧って……俺は生贄かよ。

 

「とりあえず今日は帰って良いか? 色々あって疲れてんだわ」

 

 あーやだやだ。色々とか言ったら()バンドメンバーのこと思い出してきちまった。早く帰って己を慰めたい(意味深)。

 

「……ご家族と何か予定でも?」

「いんや? 俺一人暮らし……あぁそうそう! 妹がまだちっさくてさー! 両親も帰るの遅いし俺が面倒見てやらないと……」

 

「一人暮らし、ねぇ……」

 

 聞こえてーら。ニヤリと邪悪な笑みを浮かべて、ちびっ子はビシッと俺を指さした。オイ行儀がなってねーぞ。

 

「あなた、今日からここに住みなさい!」

「……パードゥン?」

 

 じっくり聞いたところ、突飛な提案の中身はこうだ。

 

 このちびっ子はここに一人暮らし。家族は海外を飛び回ってるらしい。しかし心配はしているらしく、近々お手伝いを雇おうとしていたとのこと。そこにギターが弾ける人身御供登場だ。食うしかねぇ! ってこったな。ざけんな!

 

「見ず知らずの大人にチョロチョロ指図されたら面倒なのよ! その点あなたはギターが弾けるわ! それに一人暮らし! ここに住むのに何の不都合もないじゃない! 家事手伝いの住み込みバイトだと思いなさいよ!」

 

「俺だってほとんど見ず知らずだろうが! お前はパッと見カワイイ自覚ねぇのか!? 俺がロリコンの変態なら今頃レ〇プされてんぞ!」

 

「かわっ! レ!?」

 

 また顔を赤くしてプシューと湯気を出すちびっ子。なんだ、ませてると思ったらこの辺は相応か?

 

「んっ、こほん! え、演奏は嘘をつかないわ! さっきのギター! それだけで信頼に足ると確信したの! 私は私のプロデュース(ぢから)、引いては人を見る目に絶対の自信を持ってるの!」

 

 だから一緒に住めって? 頭お花畑かよ。……いや待てよ?

 

「ところでお嬢様?」

「……はっ? 何よいきなり」

 

 ゴマをすって下手に出る俺に、ちびっ子は胡乱気な表情を浮かべた。まぁ構うまい。勢いで口論したがコイツの一言は聞き逃せねぇ。

 

「住み込みバイトってことは……お給料は?」

「なによそんなこと? サラリーマンの平均賃金くらいは出せるはずよ? Mom(マム)はそれこそプロを雇おうとしてただろうしね」

 

「マジ!? いや本当ですかお嬢様!」

「なんて手のひらの返し様……。そ、それにこの建物は自由に使っていいし、私室もあげるわ。悪くないでしょう?」

 

 詰め寄った俺に一瞬引いたようだったが、それ以上に自尊心をくすぐられたらしく揚々と説明してくれた。家賃ゼロ……だと……?

 

「私室ってユニットバスとかある?」

「あるけど……もっと大きな浴場もあるわよ?」

 

 マジで大丈夫かこのガキンちょ。よっぽど箱入りなのか?

 

「ガールズバンドってことは女の子が何人も出入りするんだろ? 風呂だのトイレだので鉢合わせなんざゴメンだぞ」

「意外と繊細なヤツね……」

 

 バッキャロー繊細じゃなくてバンドのリーダーが務まるかよ。ライブハウスでの挨拶やら打ち合わせやら、共演するバンドの好みに合わせた差し入れやらめっちゃ気ぃ使うんだぞ!

 

「まぁそんなに好条件なら渡りに船だ。やるぜ、……家事手伝い?」

「書類上はそうね。でも……一応、マネージャーとしてバンドの活動にも参加してもらうわよ」

 

「君らの? ガールズバンドに?」

Yes(そう)! ガールズバンドとは言っても、ファンが女の子だけとは限らないもの。男性視点の意見が取り入れられるのは、他のバンドにはない強みだわ!」

 

 ……なるほど。それに新しく入ってくるだろうギター担当にも、同じ畑の人間として協力できるだろうってとこか。確かにプロデューサーを自称するだけのことはある。……と、思う。本職じゃないしなんとなくだけど!

 

「オーケーお嬢様。よろしくな」

「……言っといてなんだけど、やけにあっさり決めるわね」

 

「俺のバンド、ついさっき解散したんだよ……。季節バイトもちょうど切れたしな……」

Oh(うわぁ)……」

 

 くそが、憐れむような目で見るんじゃねぇ! ……と声高には言いづれぇ。もし気に障ったら旨いバイトがおじゃんだ。男はつれぇよ……。

 

「ま、まぁ従ってくれるのなら問題ないわ。ただし! こちらがお金を払って雇う以上、命令には絶対服従! OK(いいわね)?」

「オーケーオーケー。承ったぜお嬢様」

 

「チュチュよ! これからはそう呼びなさい。……あなた、名前は?」

「ん? ああ、言ってなかったな。音無(おとなし) (そう)だ。よろしく」

 

「ソウ・オトナシ……。なら、今日からあなたはソースよ!」

「ソース? キッ〇ーマン?」

 

No(ちがうわ)! S・O・U・R・C・E! Source(ソース)よ! 源泉となる者……あなたは私の作り上げるバンドを世に轟かせる力になるの! 私のもとでね!!」

 

 ……やっぱ生贄じゃね? そう思いつつも、俺はちびっ子……チュチュが差し出した名刺を受け取るのだった。

 



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3.下僕仲間ですね!

 俺がチュチュのもとで家事手伝いのバイト……という名の奴隷生活を始めて、それなりに日が経った。

 当初は驚いたことに、すでに形にはなっているのかと思っていたチュチュのバンドメンバーは、彼女を含めて二人だけという状況。

 

 そこからは俺が()らせてもらったライブハウスやらの伝手を使って有望株をリストアップし、チュチュが実際に観賞に行ってスカウトする形になった。

 

 まぁガールズバンドに加入できそうな女の子なんて数人しか心当たりは無かったし、そこまで苦労はしなかった。本当に苦労したのは自動車免許を取らされたことだ。費用を出してくれるという破格の待遇だったが、俺を足にする気満々でいやがる。

 

 ついでに言えばチュチュのかーちゃんとも話はついた。よほど娘を溺愛しているらしく、チュチュが決めたのなら問題ないだろうとトントン拍子だ。親子そろって頭沸いてんな。好都合だぜ!(ゲス顔)

 

 それはともかく。チュチュのスカウトによって新たに二人のメンバーが加わった。ベース&ボーカル担当のレイヤ。そしてドラム担当のマスキング。どちらも女子高生で、俺と同じく名前はチュチュが決めた。ネーミングセンスどうなってるの?

 

 ちなみに俺より先に誘われてたらしい娘はパレオちゃん。こちらはなんと中学生らしい。チュチュと同い年らしいが、発育度合いの差が涙を誘うね! どっちにしろお子様には変わらんが。

 

Good(良いわね)! なかなか形になってきたじゃない! ……でも、まだ足りないわ」

「そうですねチュチュ様! あとはギターさえ見つかれば……!」

「間に合わせのセッションや音源はソースでいいにしても、ライブとなるとそうもいかない。早急に見つけないと……!」

 

「音無さんが女の子だったら良かったのにね」

「だよな。レイはサポートの知り合いとかいねぇのか?」

「残念だけど……」

 

「むぅ~……。ちょっとソース、何か案出して」

「そんな雑なパスあります? ち〇こ切ってこいってか?」

 

「バッッッッカじゃないの!? レイヤとマスキングみたいなアテはないのかって言ってんの! Do you understand(お 分 か り)!?」

「そそソースさん! そういうのは良くないですよっ!」

 

 中学生組は可愛いもんだなぁ。レイヤとマスキングが苦笑してるぞ。いや、俺にか? 俺にだな。(確信)

 

「残念ながら、他にアテは無いな」

 俺が首を振ると、ふと気になったというようにレイヤが口を開いた。

 

「あれ、音無さんが私たちをチュチュに紹介したんですか?」

「え? ああ、一応。一緒に演った時のこと思い出してさ」

「……一緒に?」

 

 俺の言葉に、二人は首を傾げた。なんかおかしなこと言ったか? あ、そうか……!

 

 実は俺がライブハウスで演奏する時は、毎回つば長タイプのキャップを(かぶ)っていたのだ。理由は二つ。一つはあがり症のケがあるから。つば長はいいぞ、視界を埋め尽くす客を目に入れなくていいからな! 二つ目は単純。尊敬してるアーティストが似たようなキャップを被ってるからだ。俺は形から入るタイプの人間だった。

 

 つまるところレイヤとマスキングは、俺のEternity時代の顔を知らないんだ……! これはちょっとまずいな、正直知られてないなら、バンドのことは教えたくない。解散の理由がアホすぎるもん……。

 

「ああ、最近解散したって言ってたわね。その前に共演したことあったの」

 

 チュチュが得心いったというように手を叩いた。なんでそう間が悪いんだ、このガキャア……。

 

「最近解散したバンド……?」

「ガールズバンドじゃねぇよな。……まさか、Eternity?」

 

 我慢はしようと思ったんだぜ? 無理でした。ちょっとトラウマだもんね。ビクッとしちゃったよね。

 

「えっ、嘘?」

「しかもチュチュの話じゃギターだろ? 顔割れてないのって一人だけだし……SOUさん、だよな」

「本名だったんだ……」

 

 レイヤとマスキングがどんどん暴いていきよるわ。

 

「へぇ、Eternityねぇ? 随分おしゃれな名前じゃない! とんだLimitedだったみたいだけど!」

 

 おいおい激ウマギャグだな! 誰に教わった? 引ん剝くぞコラァ!! 減給されたくないから心に仕舞っておくがな! 感謝しやがれ!!(クソ雑魚ナメクジ)

 

「チッ。ああそうだよ。()EternityのSOUだ。ご存知の通りギター&ボーカルやってた。帽子被ってな」

 

「うわぁ……」

「マジかよ……!」

 

 俺が拗ねたように言うと、マスキングが興奮したように身を乗り出してきた。近ぇ近ぇ!!

 

「大ファンっす!」

「お、おう。そうなのか。ありがとう、佐藤さん」

「ますきかマスキングで良いっすよ! マジか、マジモンのEternity……!」

 

 ここまで好反応だとビックリだ。共演したことあるし、覚えてはいるだろうと思ってたけど。まさかファンでいてくれたとは……。

 

「解散の事は残念っした……。あたしも似たような経験あるけど、あんなに合ってる(・・・・)バンドが何で、って……」

 

 うわぁ……言えねぇ。言えねぇよマスキングには、解散の真相。墓まで持ってこ。

 

「……解散の件は、俺もまだふんぎりついて無くてさ。悪いけど、詳細は話せない。ドラムの奴は海外に行っちまったし、俺たちメンバーでも話し合ったんだ」

 

 嘘は言ってない。ドラマーは(ゴリラに進化……いや退化か? するため)アフリカへ渡った。話し合いもちゃんとした。なおその時には解散は決まっていた模様。(ブチ切れマンモス)

 

「そうっすよね……。でも嬉しいっす! バンド組む訳じゃないとは言え、SOUさんと一緒に活動できるなんて!」

「私もです。ギターとベースって点で違っていても、ボーカル兼任として憧れてました……!」

 

 まーいい子たち! 二人とも高2らしいから二つ三つしか違わないけど! えぇメンバーやで……。どこぞのカスどもに見せてやりてぇわホンマ。

 

「二人ともありがとう。でも、俺のことはソースって呼んでくれよ。寂しいけど、SOUだった俺とは決別しないといけないしな……。あと、敬語もな。仲間だろ?」

 

「……っすか。そっすよね、これから同じバンドでやってくんだ……!」

「うん……分かった。よろしく、ソース」

 

 俺とレイヤ、マスキングの三人は何とも言えない雰囲気に包まれた。だが悪くない……。久しく忘れていた、青春のかほり……!

 

Hey(ちょっとー)? 何も解決してないんだけどー!?」

 

 そんな尊い(てぇてぇ)空気もお子様にぶち壊される。っはー、これだから()()びの分からんガキんちょは。

 

「わぁったわぁった。考えるってご主人様ー」

「わぁ……下僕(しもべ)仲間ですね、ソースさん!」

 

 えぇ、やだぁその響きキラァイ……。

 



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4.そんなにお兄ちゃんに甘えたいか?

「む……」

 

 いかん、Y〇UTUBE動画のギターアレンジ真似てたらなかなか良い時間になってたぜ。相棒をスタンドに預けて立ち上がる。関節がパキパキ言ってるのが夢中になってた証拠だな。

 

「おぜう様の様子でも見に行くかぁ」

 

 それなりに同じ時間を過ごしてきたが、チュチュについて分かったことはそう多くない。それでも確信を以て言えるのは、あのガキんちょがその辺のなんちゃってプロデューサーなんて及びもつかないほどの天才だってことだ。

 

 作曲、作詞、編曲、ライブを想定した舞台演出。バンドメンバーごとのパートやフレーズ分け、その他もろもろなんだって一人でこなす。マジで俺はお飾りマネージャー(笑)でしかない。一応見せとくとばかりに仕上がったものを見せられ、はえーすごーいと返すだけの立場だ。

 

 ただ、アイツだって人間だ。飯も睡眠も当然必要。あと一個の方は知らん。かーちゃんの方からも生活リズムが乱れ過ぎないよう仰せつかっているし、ちょくちょく監視せにゃならん。もう手遅れだと思いますがね!

 

「チュチュ様ー? どこですか~(裏声)」

 

 気持ちパレオちゃんの声色を真似つつ、たどり着いたのは音楽スタジオ。機器が整いすぎててリハーサルスタジオでもありレコーディングスタジオでもある。チュチュは大まかな作業はここで、煮詰まったら秘密基地みたいな謎の隙間部屋で作業するのだ。よう分からん生態である。

 

「チュチュ様~?」

 

 あれいねぇ。トイレか? チュチュがいつもふんぞり返ってる椅子が空だ。……ぶっちゃけ気になってたんだよね、超座り心地良さそう。俺に用意してもらった部屋のもなかなかだったが、ここまで大仰じゃなかったからなぁ。どれどれ……。

 

「……ひっく」

 

 座り心地は良いんだが、チュチュ用に高さが調整されてるせいでめっちゃ足伸ばすか開脚しないと座れん。

 

 ガチャッ。

 

 そんなこんなしてたら扉の開閉音。視線をやるとチュチュが目元を擦って近づいてきた。

 

「よう、とっくにてっぺん超えてるぜ? そろそろ寝ないと……お?」

「んぅ~」

 

 よほど寝ぼけてるらしいな。俺が座ったままの椅子に上からケツを下ろしやがった。恥ずかしいやつめ。

 

「そうかそうか、そんなにお兄ちゃんに甘えたいか?」

「ん~……すー。すー……」

 

 お……おぉ? からかってやろうと思いきや、ガチで限界らしい。いつもとは違う座り心地に収まりの悪さを感じたようで、もぞもぞ動くと俺の胸に頭を預けて寝息を立て始めたではないか。

 

「……チュチュ様~?(まだ裏声)」

 

 ダメもとで呼びかけるも、返事は無かった。しゃあない、刺激しないよう運んで……。無理やん、どうしたって起きるわ。どうにか立ち上がろうにも、こっちの右腕を抱き枕にしてるせいで外せん。

 

「……憎まれ口叩いてなきゃ、可愛いのになぁ」

 

 妹がいたらこんな感じだろうかね? いや猫感のが強いかも。……どっちにせよ、無理に起こすのはしのびない。起きたら怒髪天だろうが甘んじて受け入れよう。

 

 ギリ自由の利く左手で独特な形のヘッドフォンを外し、仰々しいデスクに置いてやる。掛け布団とか……ある訳ねぇか。空調も整ってるし、風邪ひいたりはせんやろ。

 

 

 

 

 ……まぁ。

 

 

 

 

What are you doing(何してるのよ)!? 信じらんないっ!!」

 

 数時間経って早朝。そんな怒声に寝ぼけ(まなこ)だった俺は、次の瞬間頬に食らった衝撃で完璧に目を覚ました。しばらく俺の顔には綺麗な紅葉が描かれていた。ちっちぇのにパワーあんな……。

 

 あと朝のフルパワーロケットには気づかれずに済んだらしい。ジーンズじゃなかったら死んでいた。

 

「悪かったって。でも普通気づくだろ、椅子の座り心地とかよ。それ以前の問題だけど。もしかして視力終わってる?」

Be quiet(うるさい)! 疲れてたんだからしょうがないでしょ!!」

 

「しょうがなくないっつーの。疲れてる自覚あんじゃねーか。……お前の情熱は知ってる。根詰めるのも分かる。でもよ、それで出来上がったものってクオリティ高いか?」

 

「……何が言いたいワケ?」

 

「お前が夜更かしした翌日とかにさ、出来上がったモン見て破り捨ててるとこなんて何度も見てんだよ。深夜テンションで作ったもの、全部が全部使えてる訳じゃないんだろ?」

 

「…………」

 

 俺の言葉にチュチュは、苦虫を嚙み潰したような渋面を浮かべた。おーおー安心した。ここでまでキレられてたら俺から言えることなんざないし。図星を突かれて黙るってのは、悪い傾向じゃあないはずだ。自分で認めてるようなもんだからな。

 

「せめて寝る時間は決めとけよ。リミットがあるから必死こいて、集中して出来る。そう言うこともあるだろ? 俺なんかより何百倍も、その辺のことは分かってるはずだぜ、チュチュ」

 

 ぶっちゃけメンバーのコンディションとか、それによるパフォーマンスの落差については俺の方が一家言あると思うけどね。チュチュはワンマンが過ぎるところがある。かと言ってこの年齢のガキんちょに説教かましたって意固地になるだけだ。まずは認めてやること。俺がそうしてもらってきたように。

 

「………………I got it(わかった). 寝る時間は決めておく。お飾りでもマネージャーの言うことだしね」

「おう、そうしてくれよ。たまには仕事させてもらわねぇとな」

 

 ニヤリと笑って見せると、チュチュも袖で口元を隠しつつ、くすくす笑ってくれた。いつもこうならなぁ。ま、これも味ってやつか。

 

「とりあえず飯作っちまうか。どうせ間食にジャーキーだろ? 軽めにしとくぞ」

 

「ええ。…………Thanks(ありがと).」

「ヨゥウェルカーン」

 



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5.アイアムアガール

「そういや、レイヤが言ってたサポートギターの子。来るの今日だよな?」

That's right(そ う)! 聞く限り腕は問題ないようだし、テストでデモを弾かせれば……フフフフ……」

 

 悪い顔してるなぁ。何か企んでらっしゃるわ。

 

 場所は音楽スタジオ。いつものように椅子でふんぞり返るチュチュと俺、パレオちゃんが集まっている。ガラスの向こうではマスキングが調子よくドラムを叩いている最中だ。あまり表情に出さないタイプだけど、彼女も今日を楽しみにしていたんだろう。

 

 来るのはレイヤの幼馴染らしい。高校の友達とバンドをやってるらしく、扱いとしてはサポートだ。ちょっと前のレイヤとマスキングみたいな感じだな。二人はサポート専門みたいなとこあったし、生業としてるかどうかの違いはあるだろうけど。

 

 ……チュチュのことだ、多分腕が良いと見りゃあ引き抜きにかかるだろうな……。俺ももうちょっと、本格的にギター担当を探すべきかも知れん。ヘッドハントなんてこういう業界じゃ珍しくない話だが、多感な高校生、しかも友達同士で組んだバンドだ。引き抜かれる側は最悪再起不能になるだろう。これは決して大袈裟な想定じゃあない。

 

「あら? いらっしゃったようですね☆」

 

 言ったパレオちゃんの視線の先には、カメラの映像を表示しているモニターに一人の女の子が映っている。ギター背負ってるし、間違いないだろう。

 

「パレオ、ここまで誘導して」

「かしこまりましたー♪」

 

 エレベーターやら各階の扉付近に設置されているインターホン的な装置で逐一音声案内し、パレオちゃんがサポートの子を誘導する。めっちゃ便利ぃ。便利だけど迎えに行くべきじゃね?

 

 まぁ優秀なパレオちゃんのおかげでそんな進言をする暇もなく、その子はスタジオに入ってきた。

 

「失礼します」

 

 入室と同時、激しくリズムを奏でているマスキングを目にして絶句していた。自分のことじゃないけど、ちょっと嬉しいね。

 

「すごい……」

「いらっしゃいませ~☆ レイヤさんご紹介の方ですか?」

 

 驚く女の子に対し、パレオちゃんがスカートをつまんで会釈しつつ問いかけた。う~んカワイイ。

 

「花園た」

「あなたが。タエ・ハナゾノね?」

 

 女の子が名乗ろうとした矢先、遮るようにチュチュが口を開いた。お客様に失礼だぞコラァ! ……と思わんでもないが、これも印象操作の作戦のうちだろう。この見た目だ、チュチュは自分がナメられやすい自覚はあるはずだ。故に、常に先手を打つように行動する。

 

「はぁ……」

「私がプロデューサーのチュチュよ。そっちがパレオ」

「えへへへへ☆」

 

「あっちはマスキング。んでこっちがソース」

「こんにちは、花園さん」

 

 女の子……花園さんの意識が状況に追いついていないことを理解しつつも、チュチュは畳みかけるように俺たちを紹介した。この時点でどう見ても(ヘッド)はチュチュだ。これで侮ってくる輩はその時点で見込みがない。

 

「レイは……」

「"レイヤ"。……は仕事よ。前の現場の契約だから仕方ないけど。明後日からはNo problem(問題ないわ)!」

 

 ガチャっ。

 

 チュチュが言い終えると同時に、マスキングがガラスの向こうからこちらに移ってきた。

 

「……タエ・ハナゾノ……?」

 

 なんで君もチュチュと同じ言い方するの? 流行ってるの? ……と思ったがそうか、チュチュの言葉がマイクを通して向こうに行ってたのか。いつの間にか身内ノリに乗り遅れたかと思って焦ったわ。

 

「そうよ。デモは?」

「聞きました!」

 

 マスキングに応えつつチュチュが花園さんに問いかけると、彼女はハキハキと敬語で答えてくれる。……うん、チュチュの作戦は成功しているようだ。意図してやってるのか素なのかは知らないけど。

 

「じゃっ、やれるわね……っと!」

 

 危ねぇ! 後ろに飛んで椅子に乗ろうとしたチュチュだったが、どう見ても距離があったので押し出してやった。これでコケてたら折角のカッコつけが台無しだ。

 

「……誰でも良い訳じゃないの」

 

 少し間を置きつつ、見た目には強者感を漂わせてチュチュは言う。お前絶対ヒュンってしただろ? オイ。

 

「私の聞きたい音を出せなきゃ帰ってもらうわ。Ready(準備はいい)?」

「……の。ノーレディ(淑女じゃないです)アイアムアガール(女の子です)!」

 

「んふっ! くっくっくっく……」

「んなっ! ……やるわね……」

 

 英語(ぢから)に難アリっぽい花園さんに、俺は思わず吹き出し。チュチュは一本取られたとばかりに表情を歪ませた。

 

 

 ・・・

 

 

「及第点ってとこね!」

 花園さんのテストが終わり、最後まで残っていたパレオちゃんを見送って。スタジオにはいつものように、俺とチュチュの二人になっていた。

 

「あれで及第点かよ。デモ聞いただけにしちゃあかなりのレベルだったぜ?」

「それは……そうね。サポートとしては十二分だわ。But(でも)……アンタとのセッションと無意識に比べちゃってるのね……」

 

 お、おう。何だ急に照れくさい。褒めても何も出ないぜ。

 

「ねぇソース」

「うん?」

 

「あなたがハナゾノの腕を上げなさい」

「はぁ!? ……あー、そうか。そうなるのか……」

 

 こういう時の為に俺を雇ったんだろうからな。俺からすりゃあ家事手伝いが本業になるが、チュチュからすればバンドの方が大事だろう。じゃなきゃ俺がギタリストである必要が無い。初めから予想はしていたことだ。

 

 チュチュからの仕事が無いときは、大概部屋で何かしら弾いてるしな。その時間が花園さんへの指導になっただけだ。問題はねぇ。

 

「オーケーチュチュ。出来る限りのことはするさ」

Of course(当然よ)! これでパーツは揃った。本格的に始動するわよ……!」

 

 拳を握り、笑みを浮かべ。挑戦的な色を瞳に宿すチュチュ。それを見て俺も、無意識に頬を緩めていた。

 



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6.御簾を上げろ!

 

「はぁ……はぁ……」

「花ちゃん、お水」

「ありがとう。んっ……」

 

 花園さんが思わずと言った様子で息を吐くと、レイヤが気遣って飲料水を手渡す。花園さんは微笑んで受け取り、ストローに口をつけた。

 

 場所は例のごとく音楽スタジオ。レコーディングブースにはチュチュと俺以外の四人が揃っており、つい今しがたまでセッションしていた。

 これまではレイヤの仕事もあって、本格的なセッションは今回が初。俺はここ数日で、少しだけ花園さんの練習には付き合えたが、活動としてはその程度だ。

 

「お前……結構やるな」

 

 セッションの余韻に浸っていたらしかったマスキングが、花園さんに向けて口を開く。うん、俺から見ても結構良い感じだった。テストの時に比べれば段違いだろう。

 

「まっすーさんが褒めるって、凄いですぅ!」

 

 パレオちゃんの驚いたような声に、花園さんは頬を緩めた。バンドのファンだったという俺に対しては割とヨイショしてくれるんだが、このメンバーはあまりお互いを褒め合ったりしない。チュチュのプロデュースの結果か、かなりビジネスライクな関係だ。他のガールズバンドには無い形だろう。良くも悪くも。

 

But(けど)! まだまだよ」

 

 やはりというか、弛緩しかけた空気を引き締め直すようにチュチュが声をかける。

 

「パレオ!」

「アテンションプリーッズ☆」

 

 チュチュがパレオちゃんを呼ぶや否や、パレオちゃんは何かしらのリモコンを操作。ブース内の天井からスクリーンが下りてきて、室内灯の光量が自動で下がった。わぁハイテクゥ。

 

Hey(ちょっと)ソース! あなたも来なさい」

 

 無駄に金のかかった設備に目を剥いていると、ブースの扉に手をかけたチュチュに呼ばれた。え、混ぜてくれんの? やったー。(無邪気)

 

 チュチュの後ろをついて行くと、下りきったスクリーンには既に何かが映し出されている。

 

We are(私たちは)……RAISE A SUILEN(レイズ ア スイレン)! 略してRAS(ラス)よ!!」

 

 チュチュが言った通り、スクリーンの文字はRAISE A SUILEN(レイズ ア スイレン)。なるほど、バンド名か。

 

「……スイレン? 花の?」

 

 花園さんが聞くと。

「ジャパニーズ(すだれ)カーテンって言った方が分かるかしら?」

 

 チュチュがそう答えた。マジで睡蓮のことじゃなかったんだな、俺も花の方を想像したわ。簾ねぇ……。

 

「ああ、御簾(みす)のこと?」

Yes(そう)!」

 

 するとレイヤが得心したように口を開いた。すまん、逆にそっちは知らんわ。ミス? 簾の事ミスとも言うのね?

 

「この名前が表す意味は……"御簾(みす)を上げろ!"」

「イェース☆」

 

 チュチュの宣言に腕を振り上げるパレオちゃん。しかしその拍子でリモコンを押してしまったか、室内灯が再び点灯し、スクリーンがするすると昇っていく。

 

「なぁっ!?」

「ぱーれーお!!」

「はいっ! ご主人様っ!!」

 

 わたわたと慌てふためいた二人だったが、すぐにスクリーンを戻した。なんか緊張感無いな。

 

 しかし再び薄暗くなった部屋の中。スクリーンの中心まで踏み出したチュチュに、雰囲気がヒリついた。……こういうとこだよな。抜けてるとこもあるけど、チュチュのカリスマは本物だと感じる。

 

RAISE A SUILEN(レイズ ア スイレン)……この名前を掲げることが、表舞台に立ち続けるって意思の表明になる! 私の最強(サイッキョー)の音楽で、ガールズバンド時代を終わらせる!!」

 

 大仰に見える動作で言葉を続けるチュチュは、ひと際大きく両手を突き上げた。

 

New world(新世界)が始まるのよ!!」

 

 ……チュチュのもとで活動するようになって、何度も聞いた言葉だ。別に嘘だと思ってた訳じゃない。でも……心底本気なんだと、この時初めて実感した気がする。チュチュは……自分の音楽で、時代を切り拓こうとしている……!!

 

「明日から毎日スタジオに入って! First one-man(初の単独ライブ)打ち上げまでに、最強(サイッキョー)の状態に仕上げてあげる!」

 

「……最強」

Yes(そう)! 最強!! たくさんライブ出るよ! 最初は――」

 

 オイオイ、もう具体的な日取り決まってんのかよ。っつーか、俺で初耳ってことは全員今聞いただろ。まぁ、みんなチュチュに雇われてる立場だ。別で仕事入れてるってことも無いだろうが……いや。

 

 ふと懸念が脳を過り、その対象へ視線を向けた。それは当然、唯一サポートとして入ってる花園さんだ。彼女は他のバンドと掛け持ちしてるし、ブッキングがあり得るからな。

 

「っ……」

 

 明らかに何かあるなこりゃ。息を吞んでらっしゃる……おや? レイヤも花園さんの様子に気付いてるっぽい。二人は幼馴染らしいし、大丈夫そうか?

 

 

・・・

 

 

「んでおぜう様よ。性急過ぎやしませんかね?」

What(はい)? なんの話よ」

 

 スタジオで作業をするチュチュに飲み物とジャーキーを持ってきつつ、俺は問いかけた。

 

「ライブの話だよ。いつの間に決まったんだっつの」

「ハナゾノが加入した時からよ。他のバンドに比べれば遅すぎるくらいだわ」

 

 マジかよ。チュチュの事だ、ハコの押さえどころか演出からセトリから全部終わらせていると見て良い。どころかまだライブが決まってもいない、他のライブハウスにも手を出してるくさいな。

 

「はぁ……遅いとかそういう話じゃねぇよ。突っ走り過ぎだぞ、お前」

「……何よ、文句あんの?」

 

 作業の手を止め、不機嫌そうにギロリと睨み上げてくる。それに対し、俺はルーム内の掛け時計を指さす。

 

「そろそろご就寝のお時間では?」

「分かってるわよ。もう終わるし、続きは……」

それだよ(・・・・)

 

 ため息をつきつつ、俺は苦言申し上げる。

 

「毎日ここまで夜更かしして、まだ作業が残ってるってのがもうおかしいだろうが。自分で増やしてるんだろうけどさ。なぁ……俺にだって出来る仕事はあるだろ? バンドのリーダーとしてライブハウスと折衝したことなんざ俺にもあるんだ。だから」

 

「っ、それじゃあダメなの!!」

「!?」

 

 驚いた、そこまで声を上げることか? やっちまった、何か地雷踏んだっぽいな……。

 

「意見は取り入れる! けど……決めるのは、実行するのは私なの! 私がっ……私がやらないと……! 演奏以外は、私が全部……っ!!」

 

 ……理由は、俺には分からない。なぜこんなにも、チュチュが一人でやることに拘るのか。……いや、それは良い。完璧主義者なら、全部自分でやりたがる奴は少なくない。ただ……なんでそんなに苦しそう(・・・・)なんだ? なんで切羽詰まった顔をする。バンドってのは、音楽ってのはもっと単純で、楽しいモノのはずだ。

 

「落ち着け」

 

 息が荒いチュチュの両肩に手を置き、視線を合わせる。……幾分か自分を客観視できたらしいな、呼吸が穏やかになってきた。

 

 ……今、残念ながら俺に言えることは無い。聞いたって教えちゃくれないだろうし、どころか同じ轍を踏むだけだ。だからまずは、ファーストライブ。それが成功した後、チュチュがどう舵を取ってくのか。それを見ないと動けない。

 

 俺にできるのは、チュチュが効率よく活動に取り組めるよう。身の回りのことをしてやるくらいだ。

 

「悪かったよ、軽々しく口出して。RASはお前のバンドだ。お前の好きにすればいいさ。でも、"これくらいなら"って思えることがあったら、面倒ごとは押し付けてくれよ。お飾りでも……俺はマネージャーなんだ」

「あっ……」

 

 出来るだけ優しく語り掛け、俺は立ち上がった。申し訳なさそうに手を伸ばすチュチュに、少し心が温まる。

 

「んじゃ、俺は部屋に戻るから。時間までには寝ろよ? ……おやすみ」

 

 そうして俺は部屋を出た。

「……Sorry(ごめん)……」

 

 いいのよー。そういうとこが可愛いってお兄ちゃん分かってるから。

 



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7.伝説が幕を開けた

「ようやくこの日が来たわね……!」

 

 早いもので、いつの間にやらRASのファーストライブ当日になってしまった。俺はチュチュが会場の最終チェックに回ってる間、金魚のフン状態で付き添う。関係者とはいえ、チュチュ一人より俺も居た方が何かと話を通しやすいしな。一応、俺自身世話になったバンド関係者もちらほら居るし。

 

 一通り仕事を終え、今はRASのメンバーが集まっている筈の控え室に向かっていた。もう着くんだけど。

 

『まだ……開場しないの?』

『チュチュの奴が会場の最終チェックしてんだろ?』

 

『15分押しですねー』

『それだけ気合入れてるんだよ』

 

 近づくにつれ、四人の話し声が聞こえてきた。どうやら心配させていたらしい。チュチュが悪びれる訳もないがな!

 

 ガチャっ。

「当然よ」

 

 堂々と扉を開き、チュチュは中に足を踏み入れた。俺も後に続き、とりあえずドアの横に控えておく。寂しいがRASのメンバーでは無いからね。かと言って部屋の外に居たってチュチュが中に入れるだろうし。曖昧な立ち位置だ。

 

「レイヤ。マスキング。パレオ」

「はいっ☆」

 

 チュチュがメンバーを順に呼ぶ中、パレオちゃんだけが笑顔で返す。

 

「私たちの最強(サイッキョー)バンド伝説はここから始まるわ! ……ハナゾノ! ……例えサポートでも。この瞬間、この時は私のギタリストよ! 一緒に表舞台に立ちましょう!!」

 

 その力強い言葉に、花園さんは。

「っ……震えさせて見せる……!」

 同じく、覚悟を感じさせる声音で頷いた。

 

 

 

・・・

 

 

 

Sweet(素晴らしい)! Excellent(サイッコー)!! Unstoppable(もう止められない)!! RAISE A SUILEN(レイズ ア スイレン)の伝説が幕を開けたわ!!」

 

「いちいち大袈裟なんだよお前……」

「チュチュの気持ちも分かるけどなぁ……」

「……まぁ、そっすね」

 

 ライブももう二日目だ。一日目、つまり昨日は滞りなく終わり。今日もすでにプログラムの全工程を終了している。初ライブは大成功と言えるだろう。客の反応も悪くないし、配信もしているのでSNSの反響もなかなかのものだ。どういうコネなのか、チュチュ曰くメディアと連携しているので話題性も抜群。はしゃぐのも無理はない。

 

 ……まぁ、ライブはまだ終わってなんかいないんだが。

 

『アンコール! アンコール!!』

 

 ほら来た。楽屋の壁に設置されたモニター、そこに映る会場のお客さん。サイリウムを振って再演(アンコール)を求めてる。初ライブだしお客さんも勝手は分かってないだろうから、されない可能性もあったけど。演奏のクオリティを見てれば確定路線だった。

 

「はぁ~♡ まだ求められてますよぉ☆ 息が上がって苦しいのにぃ……♡」

 ……パレオちゃんってちょっとMっ気あるよな。チュチュにぞんざいにされて嬉しそうにしたりするし。

 

「つべこべ言ってないで行くわよ」

 そしてそれに欠片も取り合わないチュチュ様、マジ尊敬っす。口元緩んでるけどね。

 

「はい~☆」

「しゃあねぇなぁ」

 

 マスキングも当然悪い気はしないらしく、レイヤも次いで席を立つ。花園さんも……んん?

 

「花園さん、どうかした?」

「……いえ、なんでも」

「花ちゃん、行こ」

 

 花園さんの様子がおかしかったような気がしたが、レイヤが声をかけるとそのまま舞台へ向かって行ってしまった。なんだったんだ……? スマホを気にしていたようだったが。

 

「……もしかして」

 

 バンド名とファーストライブの日程が知らされた時。この時も花園さんは様子がおかしかった。レイヤも気づいていたようだし、今日まで特に本人から切り出されもしなかったから忘れていたけど。まさか……今日何かあるのか?

 

 個人的な用事なら調べようもないが、今日開催の大きいイベントならT〇itterでも引っかかるだろう。検索ボックスに周辺地域の地名やら『楽しい』なんかの感想を含めて検索し、最新の呟きを探る。俺の早とちりなら良いんだけど……。

 

「! 合同文化祭……これか?」

 

 勘違いじゃなきゃ、おそらく花園さんの学校は今文化祭中……! 文化祭なんて学生がバンドやってりゃ定番のステージだ。多分これだな……画像に絞って探せばプログラムまで出てきた。

 

 聞き流しててちゃんと覚えてないけど、花園さんにRASの曲を教えてる時、バンド名は耳にしている。見ればわかるはずだ……。

 

Poppin`Party(ポッピンパーティー)……そうだ、こんな名前だった」

 

 確定だ。花園さんは今日のライブと、文化祭でダブルブッキングしてる。プログラムのトリだけど、明らかに出番に間に合わない。くそっ、レイヤに押し付けてないで事前に聞いてれば……!

 

「嘆いても仕方ねぇか……」

 

 アンコールが何曲になるかはRASと客次第だが、俺が車を回せばワンチャン間に合う可能性もある。もし花園さんのバンド枠が空くとなれば、出演が終わったバンドなりなんなりが代打で何かしら披露するだろう。その後花園さんの友達が、どれだけ時間を稼げるかにもよるが。

 

 最悪プログラムの終了時間までに到着すれば、バンド一組が演るくらいのワガママは効くはずだ。営利目的じゃない学生バンドだから考慮できることだけどな。

 

「とりあえず車を回して……勝手に触って悪いけど、花園さんの荷物も載せておくか。地図は……花園さんにナビしてもらおう。よし!」

 

 ぶっちゃけここまでする義理なんぞないが、バンド間にせよメンバーの個人間にせよ、しこりが残るのは良くない。急ぎ足で控え室を飛び出し、入口横に車を寄せた。鍵刺さりっぱなし、エンジンも付けっぱなしにして再びdub(ライブハウス)内へ。一応スタッフにもざっくり事情を伝え、RASがハケてくる舞台袖に待機する。

 

「マスキングがバイクで来てりゃあ速く移動できたんだろうが……」

 

 俺が下手に免許を持ってたせいで、今日は花園さん以外は全員車で連れてきた。彼女を最速で送れるのは俺だけ。ここまで自分の都合を話さなかった彼女だ、他のメンバーを放置して俺を足にしようなんざ考えつかないだろう。

 

 チュチュたちには悪いが、俺が花園さんを送り届けるまで待っててもらおうかね。

 

 

 ・・・

 

 

 よし、やっと終わったか! 初ライブのアンコールなのにあそこまで演ることになるとは。

 

「はぁーっ、はぁーっ。っ? 何してんの、こんなとこで。 まぁいいわ! どう、ソース! 見てた!?」

 

 控え室ではなく舞台袖に立ってた俺を見て、首を傾げつつもチュチュが声をかけてくる。

 

「あぁ見てたよ、お疲れさん。悪い、ちょっと急いでてな」

「? これ以上何があるってのよ?」

「花園さん!」

 

 チュチュの問いに答える時間も惜しい。悪いがスタッフに聞いてもらおう。チュチュやレイヤに次いで戻ってきた花園さんの顔色は悪い。しかも、俺が呼びかけたことでかなり絶望的な表情を浮かべた。

 

 俺の用がまた時間を要すると思ってるんだろうが、むしろ逆だ。そんなに邪険にしないで欲しいね。

 

「表に車回してる! 荷物ももう載せてあるから、急いで乗って!」

「!? っ、お願いします!」

 

 一瞬驚いたような顔を見せたが、聞いてる暇は無いと踏んだんだろう。駆け出した俺に迷わずついてきた。

 

「ちょっ、ソース! どういうこと!?」

「あとで電話する! ちょっと待っててくれ!!」

 

 一度振り返って叫び、あとは勢いのまま車に飛び乗る。花園さんが荷物を詰めた後部座席に乗ったことを確認すると、すぐさま走らせた。直前までチュチュが何か言っていた気がするが、聞こえなかったことにする。

 

「花園さん、学校までのナビよろしく」

「は、はい。でもどうして?」

 

 どうして分かったのか、ってことか。

 

「日程知らされた日、様子がおかしかったからさ。今日まで何も言われなかったから、解決したと思ってたんだけど。アンコール前も変にスマホ気にしてたし、何かと予定が重なったのかなと思って。これ道なり?」

 

「あ、はい、真っ直ぐです。……それだけで……」

「文化祭のプログラム画像拾えたのが大きいね。君のバンドの名前があったからさ。……悪いね、気づくのが遅すぎた」

 

「っそんな! ……私が甘かったんです」

 

 ルームミラー越しの花園さんは、顔に深く影を落としている。……落ち込むのも仕方ないわな。

 

「気持ちは分かるが、切り替えてけよ。間に合わせること、舞台できちんと演奏することだけを考えるんだ。君のライブは、まだ終わってないんだろ?」

 

「……! はいっ……!!」

 

 空元気か否か。どちらにせよ、幾分気迫がもどった花園さんを見て、俺はさらにアクセルを踏み込んだ。

 

 花園さんのナビに従ってスムーズに車を進めていく。今日世間は休日だ、普段より車の往来が少ないのが幸いした。RASのライブが完全に終わって、お客さんが皆出てからだとマズかったかもなぁ。

 

「……? っ! 香澄!? すみません、あの女の子!」

 

 後部座席から身を乗り出して、花園さんは歩道の一角を指さした。

「! オーケー!!」

 

 その子は休日のショッピングにしては派手目な格好をしていた。何のことは無い、花園さんを迎えに来たバンドメンバーだろう。

 

 こちらには気づかず走り続ける彼女の手前に車を寄せる。すでに扉は開いていて、花園さんが体を外に出していた。今は仕方ないけど二度とやらないでね!? 何かあったら捕まるの俺なんだよ!!

 

「香澄!! 乗って!!」

「っ!? おたえ!?」

 

 香澄と呼ばれた女の子が、戸惑いつつも乗車する。二人が車内に収まるのを確認して、俺は車を急発進させた。

 

「ごめん、遅くなって」

「ううん、大丈夫! ここまで来てたなんて思わなかった! これなら間に合うよ……!」

 

 ちらりと車内の時計に目をやると、彼女らのバンドの出番にとっくに差し掛かっている。香澄?ちゃんの口ぶりから察するに、やはりお友達が場を繋いでいるんだろう。青春やなぁ……。

 

「すみません、音無さん。本当に助かりました。ありがとうございます……!」

「あ、ありがとうございます!」

 

 間に合うと聞いて胸のつかえが取れたか、花園さんが深々と頭を下げていた。つられて香澄ちゃんもお礼を言ってくれる。

 

「気にしなくていいさ。うちのボスが無理言ったのは知ってるからね。これでお相子にしてくれよ……お、あれかい?」

 

「! そうです!」

「オーケー。降りる準備してね」

 

 視界に見えた学校らしき建物、周囲に走行中の車が無いのを良いことに、横断歩道上に無理やり停車する。他んとこは柵が邪魔なんだ。許せ。

 

「んじゃあ頑張って。花園さん、お疲れ様」

「お疲れ様です!」

「行こっ! おたえ!!」

 

 二人が脇目も振らずに駆け出すのを見て、俺は静かに車を発進させた。端に寄せてすぐ止まるんだけどね。

 

「……うわぁ」

 

 路駐してスマホを取り出すと、着信通知が結構来ていた。誰からかは考えるまでもない。とりあえず折り返す。

 

 prrガチャっ。

 

『一体どこいってんのよ!?』

 

 はっや。うっっさ。

「花園さんの学校だよ。イベントが被ってたんだ」

 

 どうやらライブスタッフさんの話は耳に入れていただけなかったようだ。

「とりあえず迎えに行くから。まだdubいるよな?」

 

『もう全員タクシーで帰ったわよ! 事情は後で聞く! アンタの給料から代金差っ引くからね!!』

 

 ブツっ。ツー、ツー……。

 

「……いや良いんだけどさ。お前給料から引くって言ってみたかっただけだろ」

 意味は無いと分かりつつ、通話が切れたスマホに呟く。RASのメンバーにはチュチュが金を出しているが、俺に給料払ってんのアイツのかーちゃんだからね。

 

「しかし……どうすっかな。dubに戻らなくて良いなら、ちょっとライブ見て行こうかな?」

 

 どうせ戻ったらどやされるんだし、それなら少しくらい楽しませてもらおう。俺は車をそのまま降り、花園さんと香澄ちゃんが走って行った方へ向かった。走行中の車両の邪魔にはならんだろうし、大丈夫やろ。(適当)

 

「舞台は……あそこか」

 楽器を演奏するような派手なことはやってないっぽいが、ざわざわと大人数がざわめく音が聞こえる。建物の見た目的には体育館じゃなくて講堂かな?

 

 それなりに女子高生とすれ違うが、文化祭と言うこともあって特に見咎められることは無かった。

 

「よーし、花園さんのバンドはまだか」

 随分間を持たせたんだな。結構時間過ぎてるぞ。そして腕時計から視線を舞台に向けた直後――。

 

「「羽丘1年、朝日六花です! っ、く……ギターを弾きます!!」」

 

 一杯一杯な様子でマイクに叫び、舞台の上でその女の子は……シュシュと眼鏡を外し、ギターを構えて見せた。

 

 そして――。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ワアアアアアアアア!!

 

『すごーい!』『ヤバくない?』

『アンコール!』『『アンコール!!』』

 

 

 

「……すげぇな」

 

 意識が飛んだ……いや、奪われた(・・・・)。孤独な舞台の上、自分が奏でるギター以外のどんな音も存在しない世界。そこで彼女は堂々と全部出し切った(・・・・・・・)。他の来場者が歓声を上げるまで、俺は彼女から目が離せないでいた。それくらい衝撃的だったのだ。

 

「……見つけたぜ、チュチュ……!」

 



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8.間接マウストゥマウス

「ただいまーっと」

Late(遅い)!! どこ行ってたのよ!?」

 

 ポピパ(Poppin'Partyの略らしい)のライブまで鑑賞してから、俺は勝手知ったるチュチュのスタジオに帰還した。他のメンバーはタクシーで直帰したんだろうな、待っていたのはチュチュだけだ。

 

「事情を聞かせてもらうわよ! Hurry up(早く)!!」

 

 いつになくプリプリ怒ってるチュチュに催促され、一息つく間もなく俺は拘束された。もともと話す気だったから文句はねーけんど。でもせめて座りません? なんで二人して突っ立ったまま話さにゃならんの。あ、そんなこと言える雰囲気じゃないっすね今すぐ話します。(激弱)

 

 でも買い物袋だけ床に置いとくね?

 

 花園さんがRASのライブと文化祭のイベントでダブルブッキングしてたこと。偶然それに気づけた俺が学校まで送り届けたこと。そこら辺を端的に説明する。あれ、まとめてみると大したことしてないな。

 

「ブンカサイ……そんなのハナゾノの都合じゃない。何であなたが送ってやるワケ?」

「それを言ったらRASに付き合わせたのはこっちの都合だろ? それに彼女の仕事はサポートギター。そこは十分にやってくれた。礼に送ってやるくらい良いだろうよ」

 

「仕事なんだからこっちに合わせるのは当然じゃないっ! 所詮School(学校)のイベントでしょ!?」

 

「……はぁ。遊びだろうが仕事だろうが、花園さんにとっては自分のバンドが大事に決まってるだろ。そこを曲げて参加してくれたんだぜ? 日程の告知も急だったし。もうちょい感謝してもバチは当たらんぞ。あと他の学生バンドの前で、所詮学校の~とか言うなよ頼むから」

 

 んあー伝わってる気がしねぇ。どんどんやさぐれてくもん。ライブは大成功だった、何が不満なんだってばよ?

 

「……なんでよ」

「あーん?」

 

「なんでそんなに、ハナゾノの肩を持つワケ? そんなにハナゾノが大事?」

「え、なんスかそれ」

 

「だってそうでしょっ? 私たちを放って花園だけ可愛がって! ギター教えてる間に惚れたっての!?」

Oh(えぇ)……」

 

 思わずチュチュが感染(うつ)ったわ。何言うてるんこの娘? セリフだけなら昼ドラみたいだぞ。昼ドラよく知らないけどさ。

 しかし茶化そうにもチュチュの表情からは本気しか読み取れない。なんなん、マジで俺が花園さんにホの字だと思ってんの?

 

「んなわけねーだろ? 意味が分からん」

「ならちゃんと説明しなさい!」

 

 花園さんの肩を持つ理由、ってことか? 別にそんなつもりは欠片もないんですが。

 

「……あのな。例えばの話、今回花園さんを俺が送らず、彼女が自分のバンドのイベントに参加できなかったら。どうなると思う?」

「知らないわよそんなこと!!」

 

 ちょっとは考えてもの言えやクソガキャア……! ……ハッ、いかんいかん。ここで俺もキレてたら話が進まねぇ。

 

「まず、花園さんはメンバーに責められるだろうな。参加できるつもりで予定組んでたっぽいし。メンバーが酷けりゃ最悪、彼女がバンド自体を辞めるかも。あとはこっちに矛先が向く。ポピパのメンバーからにせよ、その友達とかファンからにせよ。花園さんがRASのライブに出たってのは隠してないし、花園さんのメンタルやポピパの存続に関わる事態になれば、悪いのはこっちだ。事実はどうあれ、客観的にはな」

 

「ポピパって何」

「花園さんのバンド」

 

 べらべら喋ったおかげか、ちっとはクールダウンしてくれたっぽいな。このまま煙に巻こう。(クズの発想)

 

「仮に今言ったみたいなことにならなくても、花園さんは今後RASに苦手意識を持つだろうし、それはポピパのメンバーも同じだ。お前、花園さんを引き抜こうと思ってるだろ?」

「ぐぬっ……」

 

 いや前から知ってるから。なぜバレた……? みたいな声出すんじゃねぇよ。

 

「なら向こうに嫌われるのは避けるべきだろ? もっと言えば、それがRASの醜聞としてバンド関係者に広がるのもマズい。業界で干されたら終わりだぞ。まだあるけど、もっと聞くか?」

「……一応、聞かせなさい」

 

 まぁ全部予想と想像と妄想のレベルでしかないけどね。

 

「RASの将来を考えて、ってのもある。長くバンドを続けるなら、仕事仲間として色んなバンドと関わることになるだろ。その中には当然ポピパも候補に挙がる。花園さんはチュチュから見て良い腕だったよな? メンバーも同レベルなら、共演するバンドとしちゃあ上玉だ。いつまでもワンマンばっかやる訳あるめぇし、ゲストとして頼れる伝手はいくらあっても良い」

 

「っ、RASが目指すのは私の音楽を表現すること! そして、ガールズバンド時代を終わらせることよ!! 他のバンドと慣れ合うなんてNonsense(バカバカしい)!!」

 

「オイ、俺は一言も"仲良くしろ"なんて言ってねぇぞ。"嫌われるな"っつってんだ。不必要にケンカ売って敵作る意味あるか? ん? 世の中にゃあ何やらかすか分からんバカが沢山いる。ガールズバンドだってファンが仕出かして警察沙汰になったーなんてニュース、腐るほどあるんだぞ。そんなん相手にしたくねぇだろ? そういうやつらは沸点低いんだからよ」

 

 これについてはごく一部の暴走だけどな。でも意識せざるを得ないことでもある。

 

「…………」

 

 あら、黙り込んでしまわれた。分かってくれたのか、あるいはハラワタ煮えくり返って爆発寸前か。クビだけは勘弁してくだせぇ!(懇願)

 

「ま、そういう諸々のリスクを考えてさ。今思いついたのもあるけど。基本的にはRASの為に動いてるつもりだ。俺は心配性なんだよ。別に花園さんに思うところはねぇ」

 

「…………」

 

 うーむ、ダンマリか。これならまだ、怒ってくれた方が分かりやすいんだけどなぁ。さっきのキレ方は意味不明だったが。

 いつまでもこうしている訳にもいくまいと、俺は先日のように膝をついて目線を合わせ、肩に手を置いて話しかけた。

 

「なぁ……何が気にくわないんだよ? 頼むから教えてくれ。俺は、無意味にお前の嫌がることはしねぇし、したくねぇ。ちゃんと言ってくれれば気ぃ付けられるんだ。だからさ……」

 

「……のよ」

「え?」

 

 俺の言葉を受けてか、チュチュはぽつりと口を開いた。しかしその音はあまりに儚くて、言葉尻しか捉えることが出来ない。だが、俯いていた顔をあげ、瞳は揺れつつも視線を合わせてくれる。

 

「お前……」

 チュチュの顔は何故か、羞恥に赤く染まっていた。

 

「一緒に、お祝いしたかったのよ……!」

 恥ずかし気に視線を泳がせては、それでもたどたどしく言葉を続けるチュチュ。

 

「私が集めたバンド。私の音楽を表現できる、最高のメンバー……! パレオ、レイヤ、マスキング。それに……ソース」

 

 涙目で眉を寄せ、それでも最後は視線を重ねて。はっきりと口にしてくれた。

 

「あなたと……RASの皆で、ライブの打ち上げがしたかったのよ! でもっ……あなたが居ないんじゃ、意味がない……!」

 

 ……マジか。正直、俺はRASのメンバーとして認められてないと思っていた。当然だろ? 俺は何もしていない。何もしてやれちゃいないんだ。メンバーの候補を立てたりはしたが、時間をかけりゃあチュチュは自分で見つけたはずだ。花園さんが来るまでのセッションだって、必ずしも必要じゃなかった。デモの時点で十分な完成度だったからな。打ち込みだって出来るし。

 

 俺は俺自身を、RASのメンバーだなんて胸を張って言えない。いいとこ名誉マネージャー(笑)だ。……でも、チュチュ。他ならないお前が。RASを作り上げて、先頭で舵を取るお前がそう言ってくれるのなら――。

 

「……サンキュ。嬉しいよ、マジで。そんで……悪かった」

「…………うん」

 

 俺はどこまでも、お前の……RASの力になる。

 

「ただ、これだけは信じてくれ。俺が今一番のめり込んでるバンドは、RASなんだ。……自分とこがおじゃんになってさ、どこ向かえばいいのか分かんねぇ時……お前が誘ってくれたから。たった一曲弾いただけの俺のギターを"欲しい"っつってくれたからここに居る。それだけは、覚えててくれ」

「……I got it(わかった)……」

 

 ……これで落着、とはならんだろうな。チュチュもRASも、バンドとして依然危うい状態にある。でも……良い方向に向かってる、ハズだ。

 

 まだサポートの花園さんにその思いは向かなかったようだが、皆で打ち上げがしたいと言ってくれた。ビジネスライクなだけのバンドじゃあ思いつかない発想だと、チュチュは自分で気付いていないだろう。大成功の高揚、その余韻がそうさせてるんだ。

 

 チュチュがバンドに傾ける情熱、その根源。まだ話してもらえるとは思えない。根が深い問題っぽいしな。だから、マネージャーとして出来ることをしよう。なに、今まで通りさ。ただ……ちょっと気合を入れる。それだけの話だ。

 

「んじゃあ、いい加減腰を落ち着けようぜ? せっかくの凱旋なんだ。他のメンバーとは後日にしても……ほれ」

「……?」

 

 いつまでも床に放置してたから、中のドライアイスが心配だったんだが……なんとか持ったらしい。

 

「……イチゴのショートケーキ?」

「ああ。一応、お詫びにな」

 

 運良く全員タクシーに乗れたようだが、ライブ後の会場周辺なんてそう捕まるもんじゃないし。正直dubに放置した罪悪感はあったのである。

 

「……いいわ、許してあげる」

 

 うーむ、普段の尊大な言い方も。このしおらしさじゃただのツンデレさんに見える。可愛いかよ。

 

But(でも)、あなたが戻るまでジャーキー食べちゃったから。全部は食べきれないわ」

「じゃあ切り分けとくか」

 

「半分食べなさい」

 

 そう言ってチュチュは自分の椅子を指さした。え、なに?

「座って」

「? はぁ」

 

 座れと言われれば座りますがね、ご主人様。

 

「あっ、オイ」

 すると椅子に背中を預けた俺の上に、チュチュが倒れ込んでくる。それでもお高いチェアはしっかりそれを受け止めた。僕はまだ受け止めきれていませんが。ハート(気持ち)的に。

 

「何してんのよさ」

「食べさせなさい」

 

 ケーキを容器から取り出し、それを無理やり俺に持たせてくる。左手にケーキ、右手にフォーク。攻守が逆転したりはしない。

 

 というかアレか? 半分食うって、この体勢でお前に食わせながら俺も食えって? なんだ急に、甘えんぼさんかよ。

 

「一人で食ったらええがな」

「こんなハレの日に一人でケーキ食べろっての?」

 

「……別にこの体勢じゃなくても良くない? 二人羽織かよ」

「いまアンタの顔見たくない」

 

 こんガキャア……。いや待てよ? 照れ隠しか? ……フンッ、いいだろう……。今日のところは見逃しておいてやるわ。

 

「ハイハイ。ほらよ、お嬢様。あ~ん」

「ん……」

 

「おいちいでちゅか~?」

「ぶっ殺すわよ」

 

「アッ、スマセン」

「ふんっ……マスキングのケーキのが美味しいわね」

 

 そこはお世辞でも美味いって言っとけや! そういうとこやぞホンマ。

 

「あむっ……たしかに」

 うん、マスキングお手製のが美味ぇわ。(確信)

 

「ちょっと」

「あいあい」

 

 短く催促するチュチュに、さらにケーキを食わせてやる。これが猫を餌付けで懐柔する感覚か……。(多分違う)

 ……あ、そういやこれ間接キッスというやつでは? いいのチュチュ様?

 

「今更だけど、フォーク同じのでいいのか?」

「? 何がよ」

 

「間接マウストゥマウス的な」

「……ああ。そんなの気にするの日本人くらいよ」

「え、マジかよ」

 

 そんな他愛無い会話をしつつ、途中からは全部チュチュに食わせてやった。全然入るやんけ。

 最後までチュチュの顔は見えなかったけど、多分満足してくれたはずだ。

 



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9.打ち合わせ

Yes(やったわ)! 狙い通りに大反響よ!」

「おめでとうございまぁす☆ おめでとうございまぁす!☆」

 

 チュチュがSNSを始めとした各メディアのRASに対する反応を見て、喜びの声をあげた。パレオちゃんが応じて紙吹雪を室内にばら撒く。……いや、手伝ってくれるんだろうから強くは言わないけどさ、掃除するの主に俺なんやで……。

 

「マスキング! ケーキ焼いて」

「何焼けば良いんだぁ?」

 

「そうねぇ……最強(サイッキョー)の私たちにピッタリなケーキ……」

 

 そこで一瞬チュチュは思い悩む素振りを見せた。多分イチゴケーキって言おうとしたんだろうな。だがそれは俺が昨日買ってきてやった。さすがに別の味を頼むだろ。

 

「……イチゴケーキ!!」

 

 結局イチゴケーキかよ! いや、下手なモン食わせたせいで、逆にマスキングのが食いたくなったか? どっちにしろ食い意地の張った奴だぜ、まったく。

 

 ガチャっ。

「あっ、花ちゃん」

 

 ……来たか。花園さんが制服姿で部屋に入ってきた。さて、どう転ぶかな?

 

「コングラチュレーショーン☆」

 パレオちゃんがテンションのままに、またも紙吹雪をばら撒いた。うん……片付けの事考えるのやめよ。(現実逃避)

 

「来たわね、タエ・ハナゾノ!」

 

 うーん凄い、さすがチュチュ。俺が事前にRASのサポートやめるかも、って伝えといたのに。それを微塵も感じさせず歓迎して見せた。ま、俺の予想に過ぎないし、チュチュからすりゃあ俺の考えすぎって感じなんかも知れんが。

 

「あなたもすっごく評判いいわよ! 次の主催ライブでギターソロも考えてる」

 それは考えてるだけだよね? ライブハウス押さえてあまつさえセトリ出したりしてないよね?

 

「……お話があります」

 

 来たな。花園さんが神妙に口を開いた。

 

OK(いいわよ)! 最高(サイッコー)に気分が良いから何でも聞いてあげるっ!」

 

 チュチュの喜色満面の言葉に、花園さんは堪えるように唇を結んだ。そりゃあ罪悪感あるわな……。

 

「……RASのサポートギターを、やめさせてください」

 

 そう言って、深々と頭を下げた。

 マスキングは何を思っているのか無表情。レイヤは虚を突かれた様子だ。パレオちゃんは不安そうにチュチュへ視線を向ける。……ま、そういう反応になるよな。マスキングはともかく。

 

 パレオちゃんはチュチュの憤慨を懸念したんだろうが、チュチュはちらりと俺に視線を寄こし、悔しそうに眉根を寄せた。睨むんじゃないわよ、私のせいじゃないでしょう?

 

「……はぁ。ハナゾノ、理由を教えて」

 

 チュチュが静かに口を開くと、レイヤとパレオ、これにはマスキングも意外そうにチュチュを見つめた。キレると思ったんですね? 分かります。

 

「私に力が足りませんでした。ポピパとRAS、二つやる……。RASの音楽は凄いと思います。こんな音、どうやったら出せるんだろう。こんなふうになりたい……っ。……ここでなら、成長できると思ったんです」

 

 そこで花園さんは、ちらりと俺に視線を向けた。……うん、まあ、嬉しい。成長と言うのはメンバーとのセッションによって自分を高めるってことなんだろうが、多分俺の音を目指してくれたんだろうから。自惚れでなきゃな。

 

「だからっ、こんな凄い人たちの中で修行できれば……!」

「修行……?」

 

 アッ。その言葉のチョイスはマズいんじゃないかなー……。横目にチュチュの表情を盗み見ると……はい、怒ってますね。結局キレたわ。

 

「修行って言った……!?」

「あっ……」

 

 花園さんが短く声をあげるのと、チュチュがデスクに拳を落とすのはほぼ同時だった。

 

「私は本気でやってるの……! そんな素人の腰かけ程度でやられると大迷惑なのよっ!!」

「っ、ちが」

 

「そうでしょっ!? ちょっとやってダメならすぐ辞めるなんて、あなた自分勝手過ぎるんじゃないの……!?」

 

 自分勝手に関しちゃおまいう案件なんだが。もちろん口には出さないゾ☆ 俺は慎重な男なんでね。(チキン)

 

「やるなら何もかも全部本気でやりなさいよっ!!」

「……!」

 

 花園さんが絶句していると、レイヤが気づかわし気に彼女の肩に手を置き、チュチュに向き直る。

 

「チュチュ、ちょっといい?」

「……頭冷やしてきなさい」

 

 その返答は花園さんに対してだったが。それを受けて、二人は部屋の外へ出ていってしまう。

 

「あうぅ……はうぅ~」

 

 パレオちゃんは焦ったように声を漏らしていた。こうもわたわたしてる様子を見せられると、チュチュにしか説明していなかったのが申し訳なく感じるな。

 

「……気持ちは分かるが、言い過ぎだぞ。チュチュ様よ」

「分かってるわよ……」

 

 花園さんが本気でやってなかったなんて、チュチュも本心から思っちゃいないだろう。ただ、自分が全力で目指したライブを修行場所扱いされたんだ。キレてもしゃあない。

 

But(でも)! 今辞めるなんてCrazyだ(イカれてる)わ! 伝説は始まったばかりなのに!!」

「……もともとサポートって話だっただろ?」

 

 うん、まぁ……マスキングの言う通りではある。でもチュチュは、ハナっから花園さんを引き抜こうと画策してたしな。ハナだけに!(激ウマギャグ)

 

「残念です……レイヤさんも花さんが入って、凄く喜んでいたのに……」

「まぁな……」

「……チッ」

 

 パレオちゃんの言葉にマスキングが同意し、チュチュは舌を打った。レイヤは花園さんとセッションすると、普段より楽しそうに演奏するからな……。もちろん、彼女はプロ志向の人間だし、その程度でそこまでクオリティに落差は出ないだろう。でも……彼女が楽しそうに歌う姿が、俺は結構好きだ。花園さんがサポートを辞めるのは、俺としても残念に思うところはある。直接練習に関わったりしたしな。

 

 結局花園さんの意思は変わらず、チュチュもそれを承諾した。渋々と言った様子だったが、最後にもう一回、主催ライブを経ての契約終了だ。次は花園さん目当てに来るお客さんも居るだろうし、告知の場としても必要なことだろう。

 

 んで、皆帰っていつもの如く。俺はチュチュと二人でブースに残っていた。

 

「ん」

「なんでやねん」

 

 チュチュが指差すのは専用チェア。いや、昨日のは分かるよ? なんつーか流れ的にね。でも今日はちゃうやろ。なんでまたお前のクッションにならなあかんねん。

 

「あんたの言った通りになった。打ち合わせが必要よ」

「俺が下敷きになる必要がどこに」

「どや顔で説明するあんたの顔なんて見たくない」

 

 ふぁー↑? こんガキャア。(n回目) もうえぇわ、勝手に脳内変換してやろ。つまり……『お兄ちゃんのお膝の上が落ち着くのっ///』ってこったな。仕方ないわねぇ~。

 

「へいへいおぜう様」

「ん」

 

 二人してキシリと椅子を軋ませ、腰を落ち着けた。……昨日も思ったけどかっるいなぁコイツ。もっと肥えさせるべきか……。

 

「で? 何か案はあるんでしょうね?」

「ギター候補を見つけた」

「聞いてないわよっ!?」

 

 どがっ!

 

「んがぁっ!?」

「いぃっ!」

 

 顎に頭突きかますんじゃねぇ! くそっ、あぶねー。舌噛まなくて良かったぁ……チュチュも痛そうに頭押さえてるから許したるわ、まったく。

 

「花園さんを送ったとき、文化祭で見つけたんだよ。ポピパの出番まで時間稼ぐために、舞台に立ってるギタリストの女の子をさ」

「ブンカサイ……昨日あんたも言ってたけど、ユキナも言ってたわね。私の邪魔ばっかりして……!」

 

「ユキナ? 誰だそれ」

Roselia(ロゼリア)のボーカルよ! この私が誘ってあげたのに、バンドの加入どころか、ライブの招待すら断った! 打ち上げの機会も逃すし、ロクなもんじゃないわね、ブンカサイ……!」

 

 え、何? RAS立ち上げる前にRoselia(ロゼリア)にも声かけてたの? 初耳なんじゃが。学生ガールズバンドについて俺はそこまで詳しくないけど、そんな俺でも知ってるくらいには有名な実力派集団だ。メンバーの名前は初耳ですけども。

 

 はぇー……。なんつーか、肝の据わった人っぽいな。ちんまいとは言え、チュチュが本気で相手に意思を伝える時はなかなかの迫力がある。花園さんも結構キてたっぽいし。それを軽々躱すボーカリストか……。ちょっと話してみたいかもな。

 

 っつーか、文化祭に居たってことは花園さんと同じ学校か? いや、合同ってあったし、もう一方かも。とりあえず覚えておくか。

 

「近いうちに絶対ブッ潰す……!!」

 

 ……まぁ、まさか拳で語る訳ねぇし、ガールズバンドのトップを目指す上でライバル視してるって感じか。問題あるめぇ。ガールズバンドのトップが何なのかは知らんが。前に言ってた"ガールズバンド時代を終わらせる"って宣言も具体性に欠けるしな。そういう意気で、全力で取り組むって話だろ。

 

「それは置いといてさ。羽丘って高校の生徒でな。一応、連絡先も手に入れてある」

「……随分手が早いのね」

 

「言い方ァ……。花園さんが抜けるのは予め想定してたんだ、俺も有望株は探してたんだよ」

「……そんな子が居たなら早く教えなさいよ」

 

「花園さんから直接聞くまで、サポートを辞めるのか、それがいつなのかは決まってなかったし。しゃあないやろ」

「で? その子はバンドやってるの? フリーなの?」

 

「なんとフリーなんだなー。しかもバンドがやりたくてメンバー探してる。おあつらえ向きだぜ」

「ふぅん……。良いわ、次のライブまでに接触する。腕が良ければ……」

 

「花園さんとライブでバトンタッチ、か?」

Exactly(その通り)!!」

 

 俺が考えを汲み取ったことが嬉しかったのか、振り返って満面の笑みを浮かべた。ふっ、愛いやつよ……。(ドヤ顔)

 

 このバトンタッチってのは、次のライブで花園さんを降ろして、新しいギター候補に変えるって意味じゃない。おそらくアンコールだかのタイミングで花園さんのサポート終了を告知、さらに新顔登場でギターの立ち位置を交代する。文字通り、舞台上でバトンを渡すのだ。

 

 新顔のお披露目としちゃあ前代未聞だろう。普通そういうのは、デビューライブとして華々しく飾るもんだ。しかし、チュチュの舞台演出はそんな常識に囚われない。花園さんの脱退と新顔の参入、これを一つのドラマとしてライブに盛り込むってこったな。

 

 観客の反応がどうあれ、話題性は抜群だろう。

 

「それで、その子の名前は?」

「ん? ああ、朝日 六花(あさひろっか)さんだ」

 

「ロッカ・アサヒね……。OK(いいわ)、その子をテストする」

「……ただ、一つ問題があるぜ」

 

What(なに)?」

「その子、ポピパの大ファンなんだよなぁ……」

「ぅげっ……!?」

 

 すげぇ嫌そうな声だすじゃん。花園さんに強く当たっちゃったからしゃーないけど。花園さんに言ったことがもし朝日さんに筒抜けなら、朝日さんは会ったことすらないチュチュを敵視してる可能性もあるし。話した印象的にはそんなこと無いと思うけど。

 

「文化祭でバンドも組まず、ポピパのライブまで場を繋げるために、一人でギター弾いたんだぜ? よっぽど好きなんだろうなぁ」

「ぐぬぬ……なんでそんなこと知ってんのよ!?」

 

「そらーお前、ライブ終わった後花園さんに相談したら、朝日さんに挨拶させてくれたからよ。ポピパからしても世話になってる友達らしくてな。ま、その時は勧誘するとは言わなかったけど」

「……他を当たるわ」

 

 まぁそうなるわな。徒労に終わる可能性が高い。チュチュは直接朝日さんの演奏を見たわけじゃないし、ギターの腕も眉唾だろうさ。ただ、そりゃ早計ってもんだ。

 

「まぁ待てよ。その朝日って子がソロで弾いた曲なんだけどさ……『R.I.O.T』だった」

「っ!!」

 

「後に演奏するポピパに遠慮して、花園さんたちの楽曲を避けただけかも知れんけど。RASのライブをネット配信のタイムシフトか何かで見たんだろうな。んで翌日の文化祭二日目で披露。意味、分かるだろ?」

 

「R.I.O.Tを耳コピして、たった一日でソロパートを完成させた……!?」

「しかも、俺が聞いた直後にギター候補に考えたレベルだ。もとの地力も相当なもんだぜ」

 

 俺の言葉を最後に、チュチュはしばらく黙り込んだ。魅力的な人材だ。一日で『R.I.O.T』を覚えるくらいだし、RASとの親和性は高いだろう。しかし花園さんとちょっとしたしこりがある今、大手を振ってスカウトはしづらい。考え込むのもしゃーなしだ。…………言ってみるか。

 

「……俺が」

「え……?」

「俺が、スカウトしてこようか」

 

 これは賭けだ。前は地雷を踏んだ。まだチュチュが、どこまでを己の領分としているのかは読み切れない。でも、ただ俺が見つけて、それを連れてくるくらいなら、勝算はある。花園さんだって、レイヤが連れてきたんだしな。もとが幼馴染だし、スカウトとはちょっと違うかもだけど。

 

「俺はどっちかっつーと、花園さんには信頼を得てるだろう。ギター練習の面倒も見たし、おせっかいで文化祭に間に合わせた。花園さんを通せば、朝日さんとはコンタクトを取りやすい。花園さんもRASに対して引け目はあるだろうし、朝日さんがバンド活動したがってることも知ってるはずだ」

 

「……」

「別に俺が引き入れる訳じゃない。連れてきて、テストして。最終的にお前が合否を出せばいいんだ。……どうだ?」

 

 説得力は十分だ。ここで断られたら……今後、俺が積極的に助けてやれる機会はほぼ無い。いけるか……?

 

「………………」

「………………」

 

 それなりに、長い沈黙が流れた。でも、最後には。

 

「……任せるわ。RASのマネージャーとして、ロッカ・アサヒをここに連れてきて」

「っ! オーケーチュチュ。任せてくれ……!」

 

 俺の胸にぽすんと背中を預け、同時に仕事を預けてくれた。思わず頭を撫でてしまった俺の手を、チュチュは振り払わずに目を細めていた。

 

 



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10.君のギターが欲しいんだ

「今日はよろしく頼むよ」

「任せてください!」

 

 明くる日。俺はたえちゃんに連絡をとって合流し、朝日さんが住み込みでバイトをしているという銭湯に来ていた。たえちゃんだけでなく、彼女のバンドメンバー全員でだけど。もともとポピパの皆も朝日さんに用があったらしい。さすがに全員は車に乗せられないので、俺も彼女たち同様久々の電車移動である。こっちが頼んだんだから文句はない。

 

 ちなみに花園さんの呼び名がたえちゃんに変わってるのは本人の希望だ。彼女たちと合流し、それぞれメンバーが自己紹介をしてくれた時。香澄ちゃんだけ名前を憶えていたから、思わずそのまま呼んでしまったのだ。すると花園さんに言われた。

 

『香澄は香澄ちゃんなのに、私は花園さんなんですか?』

『あっ、おたえ拗ねてるー♪』

『つーん』

 

 という流れでそうなった。真面目な子だと思っていたけど、たえちゃんは友達といる時は結構お茶目らしいな。レイヤと二人きりの時もそんな感じなのかも知れん。

 

「それじゃあ私たち、外で待ってるので!」

 

 ポピパの皆の用件が終わり、たえちゃん以外のメンバーは気を遣って出てくれた。彼女たちはどうやら、文化祭で世話になった朝日さんに改めて感謝と謝罪を伝えに来ただけだったらしい。なんや、いろいろ心配してたけど良い子たちやないかい……。

 

「や、悪いね時間とらせて」

「いっ、いえ! それで、どのような……?」

 

 俺が声をかけると、銭湯の番台をしている朝日さんはおずおずと返してくる。視線は俺と隣のたえちゃんを行き来していた。

 

「単刀直入に言うと。朝日さん、君をバンドに勧誘しに来たんだ」

「……バンド、ですか?」

 

「そ。たえちゃんがサポートやってるバンド、知ってる?」

「は、はい。RAS……RAISE A SUILEN(レイズ ア スイレン)さん、ですよね。……えっ?」

 

 そこでふと気づいたように朝日さんがたえちゃんを見つめると、たえちゃんも肯定するように頷いた。まぁパッと見、俺がRASの関係者には見えないよな。男だし。

 

「俺は一応、RASのマネージャーをやっていてね。それで……文化祭の日、君の演奏を見た。正直驚いたよ……まさかライブが終わった直後に、別のイベントでRASの曲を演奏してる人がいるなんて」

「っ! ごっ、ごめんなさい!! 勝手に弾いたりして……!」

 

「いや、謝らないでくれ。怒ってなんか無いからさ。むしろ逆でね……今言った通り、勧誘に来たんだ。RASのギター担当に、君を」

「私が……RAISE A SUILEN(レイズ ア スイレン)さんの、ギターに……?」

 

 またもたえちゃんに視線を投げかける。まっ、彼女はたえちゃんがRASのサポートだと知ってるしな。

 

「……私は、次のRASのライブでサポートを辞める。その話を昨日、RASの皆に相談したあと、音無さんから連絡があって。改めてロックを紹介して欲しいって」

「へっ? でも……」

 

 朝日さんの反応だと、たえちゃんが自分を俺に推したと思ってる感じだな。

 

「勘違いしないでくれ。俺は別に、たえちゃんから君を推薦されたから誘ってるんじゃない。文化祭の日、君の演奏を見て。その時には既に考えてたんだ」

「私が辞めるって気づいてたんですか?」

 

「初めからサポートって話だったろ? ダブルブッキングの件もあったし、可能性は高いと思ってたよ。 君が辞めると言うなら、契約期間後にこちらが引き留めるのも難しいしね。割と最初から、たえちゃん以外のギター探しは急務なんだ」

 

 驚いたように問いかけるたえちゃんにそう返すと、当日の事を思い出したか、彼女は恥ずかしそうに俯いた。せやろな、言っちゃえば自分の力を過信したが故の黒歴史だし。

 

「気にするなとは言わないよ。スケジュール管理も、それを関係者に伝えるのも。仕事としては当然のことだ。でも、たえちゃんはサポートギター初だったろ? 初めて何かに挑戦する時、それを完璧にこなせる人間なんてそう多くない。うちのボスの暴走もあったしな……。今後に活かしてくれればいいさ」

「……ありがとう、ございます」

 

 言い終えてたえちゃんの頭をなでると、彼女はより顔を赤くして俯いてしまった。ヤベっ、ついチュチュを撫でた時の感覚で。……お、怒ってはいないっぽいかな?

 

 とりあえず手を離して朝日さんに向き直り、場を仕切り直す。

 

「それで、どうだろうか。RASのギター、興味ない?」

「でっ、でも……私なんかじゃ、たえ先輩の代わりには」

 

「たえちゃんの代わりじゃないよ」

「っ?」

 そこは重要なところだ。勘違いされたまま頷かれても困る。

 

「君のギターが欲しいんだ。たった一日で『R・I・O・T』をモノにした、君の才能と実力が」

「……!」

 

「こういう言い方もなんだけど、君の自己評価には興味が無い。それを決めるのは君じゃない(・・・・・)よ。RASを間近で見てきた、俺が欲しいと思った(・・・・・・・・・)。あとは君に……、その気があるかどうか。たったそれだけだ」

 

 ――どうする?

 

 視線で真っ直ぐに問いかける。……正直、答えは分かってるんだ。動揺で泳いでる双眸。その奥にある思い……誰よりも知ってる。

 

 毎朝風呂場で顔を合わせることになる、鏡の向こうにいる男と同じ眼(・・・・・・・・・・・・・)だ。さぁ、答えは――。

 

「……やって、みたいです……!」

 

 そうこなくっちゃな。

 

 



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11.世界一幸せになりたい

「他人の顔色を窺うような音は要らない」

「っ……!」

 

 銭湯の……女将さんかな? が快く朝日さんと番台を代わってくれ、俺はたえちゃんと朝日さんを伴ってチュチュのプライベートスタジオへ戻った。メンバーに軽く紹介を終えた後、すぐに『R・I・O・T』でテストを行ったんだが……チュチュの反応は芳しくなかった。にべもない言葉に、朝日さんは息を呑んでいる。

 

 ……というか俺も、ぶっちゃけ驚いてる。何だ、これ(・・)は? いや、理由は分かってる。正直、実際にセッションをした他のメンバーからの感触は悪くない。総じて『合わせやすい、やり易かった』といった具合だ。そして、それ(・・)が理由。

 

「悪いけど、不合」

「チュチュ、ちょっと待ってくれ」

 

「ソース?」

「朝日さん、ちょっとこっちに。すまんが、皆は俺が戻るまでたえちゃんと合わせててくれ」

 

「あっ、ちょ……たえちゃんってナニ?」

 

 チュチュのデスクに割り込み、マイクで朝日さんを呼び出しつつたえちゃんに視線を送った。彼女が頷くのを確認したら、俺はチュチュの制止は無視して外に出た。

 

 ガチャっ。

 

「あっ、あの……っ」

 

 すぐに朝日さんもついて来てくれる。……うん、中でもセッションを再開してるっぽいな。ありがてぇ。

 

「や、悪いね急に。何か飲む?」

「い、いえ! 大丈夫です。……あの、不合格って」

 

 チュチュが言いかけた言葉だ。朝日さんの演奏が、あいつのお眼鏡に敵わなかったのは間違いない。……だが。

 

「朝日さん。RASの皆と合わせてみて、どうだった?」

「……凄いと思いました。ついていくのが……音を乱さないようにするのが、精一杯で」

 

 やはりそうだ。チュチュの言う通り、周りの顔色を窺った演奏。それはチュチュが求めているような……俺があの時聞いた音じゃない。朝日六花は本当の自分を見せちゃいないんだ。

 

 どうすれば、あの時の朝日さんを引き出せる? 俺が考えるべきはそこだ。

 

「そっか。じゃあ……文化祭の時、『R・I・O・T』を弾いてみて、どうだった? どういう気持ちで、演奏してた?」

「文化祭の時……」

 

 朝日さんは、思い出すように薄暗くなり始めた空を見つめた。

 

「……あの時は、無我夢中で。たえ先輩を迎えに行くって出ていった香澄先輩が……ポピパの皆さんが不安そうにしてるのを見て……! 大好きなポピパの為に、出来ることは無いかって、思ったんです……。そうしたらいつの間にか……ギターを持って、舞台に立ってました」

 

 確かに思い起こせば、あの時の朝日さんは必死な様子だった。自分が応援してるバンド。ポピパの為に時間を稼ごうなんて、その時は考えてもなかったんだろう。種火がそうだっただけで、後は衝動的に。考える余裕なんて無かったんだ。

 

 分からない……今ここに居る朝日さんは、ポピパの為に弾くわけじゃない。かと言って、自分の為に全力で、なんて月並みな言葉で、あの時の演奏を引き出せるなんて思えない。あの時と今。何をどうすれば重なる(・・・)……?

 

 ……そうだ。一つ、あるかも知れない。思い付き程度だが、試す価値はあるはずだ。

 

「……朝日さんさ、文化祭で演奏する時、シュシュと眼鏡外してたよね。何か理由あるの?」

「え、えっと……中学の頃にライブで、緊張してミスしたことがあって……。眼鏡を外すとお客さんは見えませんし、シュシュを外すと集中できる気がするんです。いつもとは違う自分、と言いますか……」

 

「じゃあ、次はそれでやってみない?」

「へっ?」

 

「スポーツ選手なんかのルーティンって知らないかな。プロは本気でプレイする時のスイッチがあって、そのオンオフを自由に切り替えられるって話。それがルーティン」

「噂、くらいは……」

 

「物は試しでさ、次のセッションでやってみて欲しいんだ」

「……わかりました」

 

 朝日さんの表情は懐疑的だ。しゃあないね、俺だって可能性に縋る気持ちだ。これで上手く行って欲しいと思う反面、無理だろうなという気持ちもある。ブース内に視界を埋めるような観客なんて居ないし。

 

「…………」

「…………」

 

 どことなく気まずい雰囲気が流れる中、俺はふと気になることを聞いてみた。なに、バンドやってる人間なら、お互いに何となく質問する類の話だ。

 

「朝日さんは、なんでギター始めたの?」

「……え? えっと……幼い頃、ショーウィンドウのギターを見たのがきっかけで……」

 

「へぇ……なんか、珍しいね」

「そ、そうですか?」

 

「多分ね。聞いたことあるのはモテたいとか、好きな曲を弾けるようになりたいとか……友達に誘われて付き合いでーとか、家族がもともとやってて影響で、とかもあるかな。楽器を見かけたからってのはあんまり聞いたこと無いなぁ。一目惚れ?」

 

「はい……。その時はすごく小さくて、当然買えるようなお金もなくて。だからお年玉だったり、畑仕事を手伝って貰ったお小遣いを貯めて、何年もかけてようやく買えたんです」

 

「そっか。バンドがやりたい、よりもギターが欲しいってのが先にあったんだね」

「もちろん音楽はもともと好きだったんですけど。……そんな、感じです。……その、音無さんは?」

 

 俺? 俺は……。

 

「……ねーちゃんがいてさ。俺の誕生日に、ライブに連れてってくれたんだよ。その時小学生で、ねーちゃんが中学生。別に俺のためとかじゃなかった。自分が好きなバンドのライブに行きたいから、親にねだったんだよ。俺を楽しませたいから二人分のチケット買ってくれってね」

 

「……ふふっ、たくましいお姉さんですね」

「まぁね、尊敬してるよ。真似したくはないけど。……それで、その時に呼ばれたゲストのグループ。主催ライブなんてしたこと無い、無名のバンドだった。でも……衝撃的だったよ。俺の人生が変わった瞬間だった」

 

 今でも鮮明に思い出せる。深く帽子を被って、パッと見は冴えないひょろっとしたバンドマン。そんな彼が……駆けるようにギターを弾いて、心底楽しそうに歌ってた。

 

「なんでそんなに楽しそうなんだ? そう思ったよ。……主催したバンドの、正直おまけで呼ばれたような扱いだった。まともに聞いてる人はあんまり居なかったよ。でも俺は、釘付けだった。帽子で目元が見えなくても、あの人は笑ってる。今世界で一番幸せなのはあの人なんだ(・・・・・・・・・・・・・・・・・)って確信した。……バンドって、そんなに楽しいのかよ、ってさ」

 

「……その人たちは?」

「残念ながら。そのライブが、彼らの最後のライブだった。色々話したけど、全部家に帰ってから調べたことなんだ。また彼らを見たくて必死に探したけど、見つからなかった。でも……忘れられなかった。あの日からずっと、俺の理想はそこにある」

 

 星の数ほどあったバンドの、一つの行く末だ。でも、その光は俺の胸でいつまでも瞬いている。

 

「俺がギターを始めた理由は、憧れた人がいたから。その人になりたい訳じゃない。俺は世界一幸せになりたい(・・・・・・・・・・)と思ったのさ」

 

「世界一、幸せに……」

「ああ。……正直、俺は朝日さんが羨ましいよ」

 

「えっ……?」

「もし可能なら……俺は、RASの皆とバンドを組みたい。あの最高のメンバーと肩を並べて、一緒に会場を沸かせたい。RASでなら、俺は世界一幸せになれるんだ……!」

 

 一度掴みかけた理想は、俺の知らないところで瓦解した。でもすぐに光は現れた。それが、俺にとってのRASだったのだ。

 

 しかし、それは無理な話だ。チュチュの目標はガールズバンド時代の終焉。それが出来るのは、同じガールズバンドだけだ。下から吠えても世界は変わらない。トップが否定するから新しい時代が幕を開ける。男が居れば、それだけで難癖をつけられるだろう。男性が居るから表現の幅が広い。他のガールズバンドが不利だ……。

 

 屁理屈なんていくらでも言える。ガールズバンド関係のイベントにはそもそも参加すらできないしな。同じ土俵に立たなきゃ勝負にならない(・・・・・・・・・・・・・・・・・)

 

「音無さん……」

「……悪い、口が滑った。俺から言えるのは、君が何をしたいか。それが一番大事ってことさ」

 

 先ほどの朝日さんの演奏を思い浮かべながら、まとまらない言葉を口にする。

 

「さっきのセッション、朝日さんのしたいことが『バンドを整える』ことなら、きっとチュチュは合格にしてたよ。本気ってのがそこに出るから。でも、違うだろ? バンドの味を壊さないよう。朝日さんは慎重に指を動かした。演奏はスムーズだったけど……それだけ(・・・・)だ」

 

「……はい」

 

「ナメないでくれよ、RASってグループを」

「っ……!」

 

「君がどんなに自分勝手に弾こうが、衝動のまま指を動かそうが。RASを壊すのは不可能だ。そういう意図があるならともかくね。一人が暴走したところで、他のメンバーは止められない(・・・・・・・・・・・・・)。それがRASってグループさ」

 

 チュチュの目指す最強の音楽。それを表現できると見初められた、最高のメンバー。

 

「君は……ギターが好きか? バンドで最高の演奏がしたくないか?」

「……したいです」

 

ならしろ(・・・・)。やりたいことがあって、やれる環境があって。よっぽどの理由がなきゃ、棒に振るのは馬鹿がやることだ。そんなやつはギターを握る資格すら無い。……やりたくてもやれないバンドマン志望なんて、世の中には腐るほどいるんだ」

 

「っ……!!」

「だから……ワガママになれ。それが許されるうちは。音楽ってのは、自由なもんさ」

 

 ……説教じみた話になっちまったな。もういい時間だ、中の音も聞こえなくなってる。

 

「すまんね、つき合わせちゃって。……俺は君なら、RASに入れるって信じてるし……君に入って欲しい(・・・・・・・・)と、そう思っているよ」

「……はいっ!!」

 



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12.俺の恋人はこのスタジオに居るから

「で? 一体どんな魔法使ったの?」

 

 もはや説明するまでもあるまい。スタジオ内で椅子と化した俺は、チュチュの聞きたがっているであろうことに考えを巡らせた。

 

「割と簡単なことだったぞ? 朝日さん、二回目の演奏では眼鏡とシュシュ外してただろ? あれが一種のやる気スイッチなんじゃないかと思ってさ。俺が初めて彼女の演奏を聞いた時と、同じやり方をしてもらっただけだぜ」

 

 ダメもとだったが意外にも効果を発揮し、朝日さんは無事にたえちゃんの後釜に収まった。チュチュも技術的には納得しつつも腑に落ちていないようで、今はRASのギター担当(仮)ってことに。

 

「……それくらいで、ああまで変わるとは思えないんだけど。他に何か言わなかったの? 結構長く外に居たじゃない」

「まぁ色々話して、俺が見た演奏を引き出せないか模索してたからな。他に……うーむ」

 

 結構勢いで話したから、正直具体的には覚えてないんだよな。(ポンコツ)

 

「とりあえず、セッションでRASのメンバーを気遣う必要はねぇって言ったな。もっとワガママにやったって、あいつらは余裕でいなすぞ、ってさ」

 

「ふ、ふん。分かってるじゃないの。私の集めたメンバーはそんなヤワじゃないわ!」

 

 おやおや、チョロ可愛いやつやの。上機嫌になっちゃって。

 いやぁしかし……強烈だったなぁ、間近で見る朝日さんの演奏は。一回目のセッションとは違い、二回目のテストで彼女は一人でレコーディングブースに入った。

 

 そこで始まった彼女のギターは……ギターじゃなかった(・・・・・・・・・)。一人だろうが『R・I・O・T』という曲を余すことなく表現すべく、なんとギター以外のパートまで同時に演奏しだした(・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・)のだ。

 

 ギター単体の演奏なら、正直俺の方が上手いと思う。RASの曲に限ってはな。でもあれは絶対に無理だ。俺じゃあ真似できん。朝日さんは、紛うことなき"ギターの変態"だった。

 

 でも……それじゃあ意味がねぇ。立ち会った俺以外のメンバーも、全員そう思ったろう。バンドの曲を一つの楽器で演奏できるなんて、確かに凄いの一言だ。だがそんなもん、ただの一発芸でしかない。RASの皆は黙ってレコーディングブースに入って、そのままセッションした。

 

 RASの強烈な面子に囲まれて、ギターのみに集中した朝日さんの演奏は。それこそライブでのたえちゃんに遜色ない高みに達していたよ。一度は加入にノーを唱えたチュチュが、すぐにそれを覆したくらいには。

 

「……これで、ついに揃ったんだな」

「とりあえずは、だけどね。ムラがあり過ぎるわ。人に何か言われた程度で、あそこまでクオリティに差があるなんて。Risky(危険)よ」

 

 うーん、個人的にはあれがルーティンとして確立できてるなら、心配いらんと思うんだが……まっ、ボスの言うことだ。異論はない。それにライブやらこれからの活動で実力を見せていけば、(仮)が外れるのなんてすぐだろう。

 

「でもあなたの言う通り、目先の問題は無くなったわ! 本格的に次のライブを詰めるわよ……!」

「ハイハイ。でも明日からやでーおぜう様。時計殿が『もうそろ寝ろよ』っつってるんでね」

 

「…………むぅ」

 

 こぶしを握って牙を剥いたチュチュに取り合わず、スッとヘッドフォンを強奪してデスクに放った。以前は噛み付いてきたが、ここ最近はほっぺた膨らませるだけで文句は言わない。多分、パフォーマンス自体は上がってるんだろう。それにどうしても邪魔されたくないなら、俺を椅子にしなきゃいいのだ。毎日こうしてる訳じゃねぇし。

 

 テストが終わってからも、ついさっきまでライブに向けてたえちゃんとの演奏を練習してたんだ。チュチュも眠気は感じてるだろう。ちなみに朝日さんは俺と個別練習。前のたえちゃんポジだった。

 

「たえちゃんも心残りが無くなったみたいだし、演奏がさらに良くなってたよな。朝日さんとも友達だし、引継ぎも問題ねぇ。レイヤは寂しそうだったけど……特に心配無さそうだったな」

 

 たえちゃんのサポートギター終了を残念に思いつつ、友達として心配もしてたからな。朝日さんが入って心置きなくポピパに戻れるようになったたえちゃんに、レイヤも安心して笑ってた。

 

「……そういえば、タエちゃんってなんなの?」

「え……あー。なんか流れで。ポピパの子を間違えて名前で呼んだら、自分もそう呼んでくれーって感じで」

 

「フーン……惚れてんの? やっぱり」

 

 ねぇ女子ってそういうコイバナ的なことする時、もっとキャピキャピしてるモンちゃうの? すげぇ冷めた声出すやんけ。

 

「んなワケあるかい。俺の恋人はバンド……」

 

 ……俺の恋人ついこの前消えたばっかだったわ。あー鬱入るー……待てよ? 今の俺のバンド活動って、直接じゃないとはいえRASだよな。チュチュも一応そう言ってくれてるし。

 

「いや、俺の恋人はこのスタジオに居るから。他には興味ないわ」

「んなっ……!?」

 

 白い肌が一瞬で真っ赤になるチュチュ。おいおいどないした? 俺なんか変なこと言って……あっ。(察し)

 

「……言っとくがバンド(RAS)のことだぞー?」

「っ!? わっ! 分かってるわよそんなことっ!!」

 

「えー? ほんとぉ? 自分のことだと思ったんじゃねぇのぉ? うりうり」

「やっ、やめっ! 髪をぐしゃぐしゃしないでっ! それにRASだって勝手に恋人にすんじゃ……っ、Stop(やめなさい)!!」

 

 俺が揶揄(からか)うと、チュチュは太腿の上でバタバタと暴れた。ハハハ、このおませさんめが。

 

「はーっ、はーっ……」

「いーじゃんかよ、それくらいRAS(お前ら)に夢中ってことさ」

 

 しばらく戯れていると、体力の限界とばかりにチュチュは身体を弛緩させた。まったく、椅子の上で暴れると危ないわよ?(おまいう)

 

「悪かったって。大丈夫かー?」

 

 ボサボサになった髪(主に俺のせい)を手櫛で直してやる。……無精してるように見えて手触り良いんだよなぁ。見えないとこでケアしてんだろうな。ライブで恥ずかしいとこ見せる訳にもいかんし。

 

「……おや?」

 

 詫びのつもりだったんだが、予想外の気持ち良さに頭を撫で続けていると。脱力してされるがままになっていたチュチュから穏やかな呼吸音。寝てらっしゃいますねぇ。

 

「……よっ……」

 

 ゆっくりと体勢を移動させ、右肩に頭を乗せつつ肩を抱く。そのまま膝に左腕を差し込んで、慎重に持ち上げた。……体重は軽いから問題無いんだが、深く座り込んでたせいで結構腰に来た。無意識に復讐を果たすとは、こやつやりおる。

 

 そのままお姫様抱っこで寝室に運んでやり、布団をかけて今日の任務終了とした。ホバー移動をマスターしたかも知れん。さす俺!

 

「……服にシワつくけど、しゃーなしだな……」

 

 なお寝間着に着替えさせることはさすがに出来んので、終わったばかりなのに明日の仕事に思いを巡らせる羽目になった。家事手伝いだからね、仕方ないね。

 



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13.また、一緒にセッションしましょうねっ☆

「――♪ ……ふぅ」

「おつかれさまですぅ☆」

「どわぁっ!?」

 

 ギターを取り落としそうになりながらもなんとか堪え、部屋の出入り口に視線をやる。そこには、お茶を乗せたトレイを手に笑うパレオちゃんの姿が。

 

「驚かせないでくれよ」

「申し訳ありません、演奏の邪魔をするのは本意じゃありませんので☆」

 

 手で座るよう促すと、パレオちゃんは会釈して俺のベッドに腰を落ち着けた。プレイボーイと蔑んでくれるな、この部屋には今俺が座っているキャスター付きの椅子が一つ。あとは座れるとこがベッドくらいしかねーのだ。

 

 パレオちゃんが差し出してくれた茶をお礼と共に受け取りつつ、俺は首を傾げた。

 

「今日は早いんだね。どうかした?」

「いえ~☆ 学校が半日授業だったので早めに来たのですが、チュチュ様はお忙しそうでして。練習も皆さん集まってからになりますし、ちょっとお邪魔させていただきました♪」

 

 キーボードはレコーディングブースにあるだろうし、一人で練習しててもチュチュの邪魔になると思って遠慮したのか。健気な子やで……。

 

「何を弾いていらしたんですか? 聞いたことのない曲でしたが……」

「ああ……一応俺の、前のバンドの曲だよ」

 

 今みたいに時間が出来た時は、思いのままに自室でギターを弾いているのが俺の日常だ。他にやること無いし、チュチュに呼ばれたらすぐ行かにゃならんから、買い出しとかでもなきゃ基本外出しない。腕が落ちても困るしな。

 

「へぇ~……曲名はなんとおっしゃるんですか?」

「『TWNCB』。Time will never come backの略で、時間は戻らないって歌」

 

「時間は戻らない……」

「そ。だから一分一秒噛み締めて、一生懸命今を生きよーって感じ」

 

 思い入れのある曲だ。作詞は俺が担当して、これじゃ日本語ばっかでカッコ悪いっつって他のメンバーがちょこちょこ英詞に変えてくれた。当時は何でも略せばイケてると勘違いして、曲名もお粗末なものになったなぁ。

 

「……良かったら、最初から聞かせてくれませんか?」

 

 ……? いつになく真剣な様子だ。いやパレオちゃんが常にふざけてるとは言わないけどね?

 

「構わないけど。んじゃ、行くぜ」

 

 ギタリストが求められたら迷うことなんてねぇ。すぐに俺は足でリズムを刻み、再びギターを弾き始めた。

 

 

・・・

 

 

「――♪ ……センキュー」

「…………。良い、歌ですね……」

 

 弾き語った俺が視線を上げると、ベッドに座ったまま黙って聞いていたパレオちゃんは余韻に浸る様に言ってくれた。

 

 うむ、アップテンポだったり曲調が激しいことが多かった俺のバンドでは、珍しくゆったりしたメロディの曲だ。バラードとまではいかんが。

 

「ありがと。……自分を他人と比べて卑屈になったり。やりたいことをする実力がなかったり。そういう理由を過去に求めてどんより生きても、それが未来に同じ影を落とす。どうせ同じなら何も考えないで、思ったことやってみよう! ……みたいなね?」

 

 実際にギター弾いて歌ってるときは良いんだが、なんつーかこういう、自分の曲の意味とかを詳しく説明すんのこっぱずかしいよね! 滑ったギャグの説明させられる芸人の気分?

 

「はい、なんというか……沁みました」

「ありがとぉー」

 

 ま、パレオちゃんの心になんかしら跡を残せたなら、今の俺には上々だぁね。

 

「……ソースさんは、またバンドを組まれたりはしないんですか?」

 

 また唐突だなぁ。

「もちろん、組んでライブしたいって気持ちはあるよ。……でも、解散がまだ尾を引いてるとこもあるし。今は、RASを見てるのが楽しいからさ」

 

 あのクソみてぇな解散理由は未だに業腹だが、その技術を貶めようなんて気はサラサラない。あいつら以上のバンドはそう組めないだろう。……唯一それを願うとしたら、今のところRASだけだ。

 

「それで、いいのですか……?」

「? パレオちゃんこそ、どうかした? 何か気になることでもあったかな」

 

 いやに追及してくるな。別に不快って訳じゃないが、こうも急だと逆にパレオちゃんに何かあったんじゃないかと心配するわ。

 

「いえ、その……。時折、ソースさんが寂しそうに見えるので……」

 

 寂しそう、ねぇ。……心当たりは、あるっちゃあるか。情けない話だけど。

 

「まぁ、そらーね。目の前に最高のバンドがあるんだぜ? セッションした時は震えたよ。これで一緒にライブが出来たら……君たちの練習を見てると、不意にそんな気分になる。だからこうして、暇なときはつい弾いちゃうのさ」

 

 パレオちゃんは嬉しそうに微笑むも、眉はハの字を描いていた。

 

「ライブは難しいかも知れませんが……また、一緒にセッションしましょうねっ☆」

「ああ、サンキュ。でも、次のライブ終わってからだねー」

 

 なんとなくくすぐったい気持ちになり、俺はパレオちゃんと顔を見合わせて笑った。今はライブに向けての練習が忙しいが、無事終わったら皆に頼んでも良いかもな。朝日さんのリードギターを支える形でリズムを担当するのも手だ。五人編成を前提として"最強のバンド"としているチュチュだし、望み薄ではあるけど。そんときゃ朝日さんに頭を下げよう。

 

 なんてことを考えてのんびり茶をすすりつつ、ちょっとした反省も。

 

 ……RASの練習で俺、そんなに普段情けない顔してんのかな? 他のメンバーもパレオちゃんみたいに心配してくれてるとしたら、大分恥ずかしいぞ……。

 

 年長の、しかも唯一の男がそんなことではイカン。パレオちゃんに一度頷きつつ、もっとしっかりしようと決意を新たにしたのだった。

 

 

 

 ちなみに、急に真顔の俺に頷かれたパレオちゃんは、にこにこしたまま首を捻っていた。うん、カワイイぞ。カワイイ。(大事なことなので)

 



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14.あとは任せた

『ありがとう』

 

 たえちゃんの脱退&朝日さんのお披露目となるライブ当日。俺はファーストライブの時とは違い、観客席でRASの演奏を鑑賞していた。

 

 前のライブは一応、初の舞台ってことで袖に控えてたからな。要らん心配だとは思ったが、バックアップ要員として。でもその時は無事成功したし、今回も必要なかろうって訳でサイリウムを振る側に回っている。だから直接ライブを鑑賞するのは初めてだった。

 

 ……あぁ、やっぱり最高だったなぁ。

 

 モニターを利用してのメンバー紹介から始まり、暗転した次の瞬間にはぶっちがい(斜めからの光を交差させる演出)がRASの面々を舞台に照らしだす。客の意識をステージに引きずり込み、圧倒的な演奏力でライブは幕を開いた。

 

 本当にあっという間で……まだ終わって欲しくないと、近くで見てきた俺でさえ思ってしまった。

 

 続き(・・)を知っている俺でこうなんだ。ここに集まってくれたお客さんは全員、舞台で口を開いたレイヤの一挙手一投足から目が離せないだろう。

 

『――そして』

 

 レイヤからたえちゃんへスポットライトが移動する。たえちゃんがお客さんに最後の挨拶をする予定だ。……名残惜しいけど、俺も舞台袖に移らないとな。これも、ただのお節介なんだけど。

 

 客席からこそこそと駆け寄った俺に、一瞬ライブスタッフは怪訝そうな顔を見せたが。関係者用の腕章を確認するとすんなり通してくれた。すんませんね、紛らわしくて。

 

「朝日さん」

「っ! 音無さん……?」

 

 たえちゃんが脱退の挨拶をしている中、舞台袖では朝日さんがギターを抱き寄せて舞台を見つめていた。

 

「もうすぐ出番だ。大丈夫?」

 

 すでにシュシュと眼鏡をはずしており、臨戦態勢と言った様子だ。それでも大きな初舞台、緊張しないということは無いだろう。

 

「……不安はあります。でも……っ、やります!!」

 

 決意を秘めた眼、力強い宣言。『出来る』ではない。『やる』と朝日さんは言ったのだ。なら彼女は、絶対にやり遂げる。きっと俺の予想や、期待すら超えて。

 

「……うん、最強だ。んじゃ、いってらっしゃい!」

「わっ? っ、はい!!」

 

 舞台上でたえちゃんとレイヤが拳を合わせ、会場が湧いたのを確認した俺は、軽く背中を叩いて朝日さんを舞台へ見送った。……と同時に、俺もRASの控え室に走る! 観客席に戻りたいが、さすがにこのタイミングだと他のお客さんの邪魔になるからな。しかし俺も正面からこのステージを見たいんだ……!

 

 十秒足らずで控え室のモニター前に陣取った俺は、RASの舞台に注目した。

 

 レイヤと拳を突き合わせたたえちゃんは振り返り、そこから舞台袖に歩き出す。行く先からは……RASの新しいギタリスト、朝日六花が現れた。

 

 二人の姿が近づく中、ステージのモニターではメンバー紹介に使われたたえちゃんの映像。それが脈動するように膨張と収縮を繰り返している。

 

 ついに二人が相対すると、たえちゃんがギターのネックを握ったままの左手を差し出し――。

 

『あとは任せた』

 

 向かい合う朝日さんも、同じく左手を前に――互いの手の甲を、コツンとぶつけた。朝日さんがたえちゃんの言葉に頷き、同時に鈍い重低音! 脈動していたたえちゃんの映像は一度大きく膨張し、靄がかったように姿を淡くする。それが収まると、モニターには当然……。

 

『Guitar――LOCK!!』

 

 数少ないライブとはいえ、会場に伝わっていただろうレイヤとたえちゃんの絆に。自らの場所を、朝日さんに託して去り行くたえちゃんに。その期待を背負って、凛とした表情でギターを構える朝日さん――いや、ロックに。

 

 ――そして、新たなRASの再演に――。

 

『ワァアアアアアアア!!』

 

 会場は、今日一番の歓声を上げた!!

 



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15.打ち上げパーリー

「えー、それでは……たえちゃんのラストライブ&朝日さんの加入ライブ成功を祝して! 乾杯!!」

 

Cheers(かんぱい)!」

「乾杯っす!」

「「かんぱーい」」

「乾杯ですぅ☆」

 

 レイヤとたえちゃん息ピッタリだね! チュチュに至っては何て言ったか分からん!!

 

 主催ライブを大成功で終わらせた俺たちは、チュチュのプライベートスタジオに集って打ち上げパーリー(チュチュ談)を行っていた。

 

 音頭はチュチュがとるもんかと思ったが、マネージャーなんだからやれと言われた。マネージャーってそういうもんじゃなくない? いや知らんけど。

 

 ちなみに全員俺が車に乗せて帰って来た。ハイ〇ースワ〇ンでな! 今までは四人乗りの軽自動車に乗ってたんだが、たえちゃんダブルブッキング事件の詳細をチュチュに伝えたら数日後に用意されていたのだ。意味わからん。

 

 普通免許でもギリ運転できる10人乗りなんだが、当然軽自動車と同じ感覚で運転なんぞできん。人の出入りがまばらな公共施設の駐車場で何べん練習したことか……。(遠い目)

 

 まぁその甲斐あって、たえちゃんと朝日さんを加えたRAS全員での打ち上げとなったのだ。文句は言うまい。

 

「しかし、チュチュも粋なことするよな。あそこで朝日さんを認めるなんて」

Yeah(ええ)! あの場に立つってことは、私の目に適ったってことだもの!」

 

 せやろなぁ。ライブまでの練習で、当然ながら朝日さんは何度も躓いた。というのも、演奏に入り込む(・・・・)と出てしまうのだ、一発芸(・・・)が。他のメンバーが奏でる音に重なってしまう。それはチュチュが求めていない、必要のない音(・・・・・・)だ。

 

 しかし朝日さんは挫けず、何度もセッションを重ねて完成させた。あのライブの場に立つことは即ち、朝日六花というギタリストを認めることと同義だったのだ。

 

「……どういうことですか?」

 朝日さんが首を傾げてチュチュと俺に視線を向ける。

 

「朝日さんのギター担当が、(仮)じゃなくなったってことさ」

Yes(そう)! ロッカ・アサヒ。あなたは今日から……L・O・C・K――Lock(ロック)! RASのロックよ!!」

 

「名前を……♪」

「それって……!」

 

 ライブの演出である程度は察していたんだろう。おもくそ『ロック』って紹介したしな。レイヤとパレオちゃん、そして口角を上げたマスキングが顔を見合わせた。

 

 朝日さんは気付いて無かったっぽい。緊張も集中もしてたろうし、さもありなん。

 

「ロック! 今日からあなたを、RAISE A SUILEN(レイズ ア スイレン)の正式メンバーとして迎える!!」

 

 チュチュが珍しく喜色満面で言い放つと、じわじわと実感が伴ってきたのか、徐々に笑みを浮かべて朝日さん……ロックは頭を下げた。

 

「――ありがとうございます!」

「おめでとうございます☆ おめでとうございまぁす!☆」

 

 ロックの正式加入に、メンバーはみな顔をほころばせる。特にパレオちゃんなどは、バンザイしながら喜びを露わにした。うむ、カワイイぞ。

 

「改めて、よろしくね」

「はいっ!!」

 

「良かったな、ロック」

「……はい!」

 

 レイヤとマスキングの言葉に、ロックは感極まったように頷いた。特に、マスキングに対しては瞳が潤んでいる。……ロックはバイト先がマスキングの親父さんが経営するライブハウスだったな。俺の知らないところで友情が芽生えていたようだ。青春やなぁ……。(オッサン)

 

「おめでとう、ロック」

「……たえせんぱぁい」

 

 おや、ついに泣き出してしまった。もともとポピパのファンだったロックの事、憧れのギタリストから後を任されたとなれば、涙腺崩壊は仕方なかろうね。青春(ry。

 

「ハナゾノもお疲れ様。しっかり有終の美を奏でてくれたわね」

「……こちらこそ、本当にお世話になりました」

 

 ぐすぐすと鼻をすするロックを抱きしめつつ、たえちゃんが透き通るような微笑で会釈する。以前言い争ってた(一方的)二人とは思えない、尊い(てぇてぇ)空間が出来上がっている。

 

 これにはパレオちゃんも、『有終の美は飾るものですよぉ?☆』とはツッコまなかった。空気、読めるんやな……。

 

「成長したいんでしょ? 暇なときはまた来なさい。レイヤも喜ぶわ」

「ありがとうございます!」

「ありがと、チュチュ」

 

 おぉ……チュチュさん今日はどうしたんすか? めっちゃ良いひとじゃん!(失礼) あとで熱測ったろ。(超失礼)

 

「それじゃあ音無さん。またギター教えてくださいね」

「ああ。歓迎するよ」

 

 たえちゃんの言葉に、俺もにこやかに応じる。彼女と練習するのは俺もいい刺激になるからな。こう……ゆっくりだが確実に、技術が追い付いて来てる感じがして。負けてられん、そう思える相手は大事だ。

 

What(はぁ)? なんでソースに教わる必要が?」

 

 ……あの、チュチュさん。会話の流れ的に自然ですよ?

 

「RASが集まる時は当然五人セッションがメインの練習だし。たえちゃん余るじゃん。常に余ってる俺と練習すんのが普通じゃん?」

 

「ソースは黙ってなさい!」

 

 はーい☆ チュチュのワケ分からん癇癪は今に始まったことじゃ無いし、大事にはならなさそうだからスルーしよっと。パレオちゃんも何故かニマニマしながらチュチュを眺めてるし。

 

 という訳で。

 

「ヘイマスキング。俺にもチャーハンちょうだい」

「っす」

 

 一緒に今日の料理を担当したマスキングに、彼女特製のチャーハンをよそってもらう。黄金色の飯に紅ショウガが映えて美味そうだ。

 

 しかし、俺に対するマスキングの態度も変わらんなぁ。加入したばかりの頃に敬語は止めるよう言ったんだが、どうしても無理らしい。パレオちゃんなんかは全員に敬語だし気にならないんだが、マスキングは俺にだけそうだからな。もうちょいフランクに話したいよお兄さん。

 

 まっ、言うほど恭しい訳じゃないから良いか。どっちかっつーと運動部の先輩後輩ノリだ。そこまで毛嫌いしたもんじゃない。

 

 あー、このチャーハンおいちー。(退化)

 

「ソースは私のモンなんだから!」

「そういういい方は良くないと思います」

 

「ほらほらソースさん、渦中の人ですがご感想は?♪」

 ちょっとパレオちゃん、僕チャーハン食ってんだけども。っつーかまだやってるの? あの不毛っぽい言い争い。

 

 どういう状況か分かんないけど、とりあえず肯定しときゃええやろ。(適当)

 

「ごくん。その通りですご主人様ー☆(裏声)」

「ちょっとパレオ! もっとちゃんと加勢しなさい!」

 

「ええっ? 今のパレオじゃないですよぉー! に、似てませんよねーっ!?」

 

「案外似てるかも……? 凄いね、ソース」

「フッ。だろ? レイヤ」

 

 いつの間にか隣に座っていたレイヤにドヤ顔を向けつつ、ギャアギャアうるさいラウンジで腹を満たした。この日は結局、マスキングが満を持して披露したイチゴのホールケーキが登場するまで騒ぎは続き。

 

 ケーキを食い終わった後は、ライブの感想や反省に花を咲かせるのであった。

 



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16.そこで動画投稿です!

「動画投稿?」

「はいっ☆ やってみませんか?」

 

 無事にたえちゃんのサポートギター最後のライブが終わり、ロックの正式加入を以て新生したRASだったが……今までに比べると、ちょっと暇していた。

 

 というのもチュチュがMVの撮影を画策しているらしいんだが、スタジオを借りるのに難儀しているとか。バンドがMVを撮影すると人気になるとかいうジンクスがある場所のようで、なんと半年先までスケジュールが埋まってるんだと。

 

 チュチュが伝手を頼って折衝しているらしいが、さすがに時間がかかるようだ。なのでRASの面々は個人で練習するか、定期的に集まってたまに全員で合わせる、くらいの活動に留まっていた。

 

 もちろん俺も、自室で弾いたりロックの練習に付き合ったりしていたんだが……そんなある日、パレオちゃんが部屋にやってきたのである。ロックはバイトで不在だ。

 

「演奏動画ってことだよね?」

「もちろんです!☆ ……ソースさんは、今すぐバンドを組まれる気が無いだけで、セッションやライブをしたいとは思ってらっしゃるんですよね?」

 

 もしかしなくても、この前の話の続きか。

 

「そりゃあ当然」

「そこで動画投稿です! 例えばソースさんと私がセッションするところを撮影して、Y〇UTUBEに上げるんですよ♪ 直接お客さんは見えませんが、ライブとは違っていつでも誰でも視聴できますから☆ 気に入ってもらえれば感想なんかのコメントもいただけますし♪」

 

 なるほどな。俺もよく見てるけど、言っちゃえば『弾いてみた動画』をやろうぜ、ってことか。……うーん、正直興味はあるなぁ。パレオちゃんは俺を気遣って提案してくれたんだろうし、無下にもしたくない。けど……。

 

「……動画撮ったり、それを投稿したりってのがよく分かんないんだよね……。見る側専門というかさ」

 

 ありがたいけど遠慮する、と。俺が情けなくも断ろうと口を開くと、パレオちゃんは待ってましたとばかりに前のめりに。近い。近いよーパレオちゃん。同級生にも同じ距離感なの? お兄さん心配!

 

「お任せください!♪ パレオは動画投稿の経験がありまぁす!☆」

「マジっすか」

 

 思わず敬語になっちゃうぜ。最近の中学生はそんなことも出来ちゃうんですか?

 

「意外と簡単ですよ? スマホだけでもすぐにアップロード出来ちゃいますから☆」

 

 へぇ~……。そこまで気軽に言われるとその気になっちゃうなぁ。最悪誰にも見られなくても、自分の技術がどれだけ進歩したのかを後々確認できるってのはデカイ。技術が上がれば上がるほど、伸びしろは緩やかになっちゃうしね。視覚的に比較できるのは魅力的だ。

 

「……お恥ずかしながら、パレオの演奏動画の視聴回数はさほどでもなく、コメントもゼロに等しかったです……。でもですね、パレオはこの動画をきっかけに、チュチュ様にお誘いいただいたんですよ!♪」

「マジで!?」

 

 これには心底驚いた。Y〇UTUBEに演奏動画なんてどれだけあるのか見当もつかん。その中から探し当てたとなれば……チュチュ様アンテナ高すぎかよ。

 

「メリットはあれど逆は無いと思いますが、いかがでしょう?☆」

「是非やらせてくれ!」

 

 ここまで言われてやらないなんて選択肢はねぇ! こうして俺はパレオちゃん協力のもと、『弾いてみた動画』を投稿することになった。

 

 とりあえずレコーディングブースから必要な機材をパクっ……拝借して、パレオちゃんの私物らしいスマホスタンドをセット。準備万端ですねパレオちゃん! 最初っから撮る気でいやがりましたね? ありがとうございます!

 

「曲はいかがなさいますか?☆ ソースさんが以前弾いていた曲ですか?♪」

「いや、やめとこうかな……というか、え? 弾けるの?」

 

「頑張りました♪」

「すげぇなオイ」

 

 ホンマかいな……。改めて。チュチュは凄い面子を集めたもんだと思うわ。俺が弾いたのはギターで演奏できる範囲だけだし、楽曲本来のキーボードパートとは当然違うだろうけど。それでも『弾ける』って断言できるレベルまで持ってくのは普通じゃない。やべぇ……ワクワクすっぞ!

 

 パレオちゃんとならどんな曲が良いか……いや、どんな曲が弾きたいか。ギターとキーボードだけで十分表現できる曲、という前提で選ぶべきなんだろうが、最初からこれは俺の自己満足。それにパレオちゃんが付き合ってくれてるだけなんだ。

 

 なら好き勝手に、俺の演りたい曲を。

 

「……『READY STEADY GO』いける?」

「ラルクさんですよね? いけます!♪」

 

「よし――演ろう!!」

 

 そして俺はギターを掻き鳴らし、パレオちゃんは指を躍らせた。

 

 

・・・

 

 

「……おぉ~。ちゃんと上がってらぁ」

 

 興に乗って十数曲も演奏しちゃったが、無事投稿できたのは三曲ほどだけだった。うん、俺が暴れて顔が映っちゃったせいだね! ごめんね!

 

「……改めて見ると、ソースさんもおかしいですよね☆ ロックさんとは違った方向に、ですけど♪」

「誉め言葉と受け取っておこうか」

 

「そうしてください☆ ……一つの楽器で、こんなにも鮮やかな音って奏でられるんですね……フィル・インがこれだけあって、このクオリティ……」

 

 パレオちゃんは投稿したばかりの動画を眺めながら、ぽつぽつと口を開いた。うーん、恥ずい!!

 

「ロックさんが『演奏を成り立たせるギター』だとしたら、ソースさんは……『演奏を彩るギター』って感じ……ですねっ♪」

 

 神妙に呟いたと思えば、声を跳ねさせて振り返るパレオちゃんにドキッとした。主にテンションの上下的な意味で。

 

「そう言われると悪い気はしないね。ありがとぉ」

 

 そう、俺にはロックみたいに『他のパートも同時に弾く』ような真似は出来ない。けど……『ギターの音を増やす』ことは可能だ。音と音に隙間があれば、その寂しさを埋めるように指を走らせる。フィル・イン……メロディ間の空白を埋める即興の演奏だ。主にドラムスに使われる言葉だけど。"オカズ"なんて言われたりもする。

 

 一歩間違えば音の響きの余韻やメロディそのものをぶっ壊す行為だが、そんな段階はとっくに過ぎていた。何度もバンド追い出されたっけなぁ……。

 

 まぁ結局、俺が一番気持ちの良い演奏をしてるってだけだ。

 

「でも身体を動かし過ぎですよっ?☆ せっかく手元から上は見切れるようにセッティングしましたのにぃ」

 

「うぐぅ……すんません。つい楽しくなっちゃって……」

 

 演奏に夢中で身体がリズムを刻むこと、あるよね? もっと言えばステップ踏みながらヘドバンばりに頭振りつつ爪弾いちゃうことも……無いですか? 無いですね。……いやあるだろ!!(断言)

 

 ともかく暴走したのは事実だ。俺が頭を下げると、パレオちゃんはくすくすと笑みを浮かべる。

 

「いえいえ☆ 楽しんでいただけたなら提案した甲斐がありました♪ 私も凄く楽しかったですっ☆ ……また、一緒に撮ってもいいですか?」

 

 上目遣いで言わんでも、こっちからお願いしたいくらいなんだが。ねぇ、ホント普段からそんな仕草するんじゃないわよ? お母さん心配だわ!

 

「ぜひ頼むよ! 俺の演奏を褒めてくれたけどさ、それはパレオちゃんが居てくれたからなんだ。今日は俺ばっかり選んじゃったし、演奏したい曲あったら教えてね?」

 

「かしこまりましたぁ☆ 楽しみにしてますっ♪」

 



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17.野生のプロ

「……ふぅ。いやー、気持ちいいね!」

「はいっ♪」

 

 動画を投稿し始めてから、俺とパレオちゃんはまたもRASの練習の隙を見てセッションを撮影していた。自分の好きな曲を演るのは当然として、パレオちゃんが一緒に弾きたいと言ってきた曲を覚えるのもなかなか楽しい。普段は同じようなジャンルばっかり聞いちゃうし、新鮮な気分だ。

 

「さっきの『春擬き』も良かったけど、今の『らしさ』ってやつ好きだなー」

 

 自分の中に譲れないモノがあるから、年月(としつき)を経て変わりゆく色んなことを受け入れるのは間違いじゃない。そうだからこそ、胸の中の宝物は色褪せずにそこにある。……聞く人によって受け取り方は違うだろうけど、俺はこの曲からそんなメッセージを感じたよ。

 

「そう言っていただけると嬉しいです☆ どちらもアニメの主題歌なんですよー♪」

「へ~。ちょっと調べてみよっかな……」

 

 俺が邦楽やアニソンに出会う時って、大体は投稿動画で有名どころがアレンジしてたりとか、ライブハウスで他のバンドがカバーしてるのが耳に残って、とかだからな。

 

 アニソンなんかは物語の内容に合わせて作詞されることも多いみたいだし、それを知ってるかどうかでまた違うものが見えてくるはずだ。曲からアニメに入るのもアリっちゃアリだろう。

 

「それならパレオがおすすめをピックアップしておきますねっ♪」

「マジか! じゃあお願いしちゃう」

 

「かしこまりました☆ さて、ではアップロードを……へぇっ!?」

「どうした!?」

 

 急にスマホを見て素っ頓狂な声を上げるパレオちゃん。俺もそちらを覗き込むが……なんだ? 何を見て驚いてるのか分かんない。ただの、俺たちが投稿した演奏動画ページっぽいが……。

 

「こっ、ここ見てくださいっ!」

「んんっ?」

 

 パレオちゃんが指差した部分。……動画の視聴回数か。

 

「10,060回視聴……へー、結構見てもらえたんだなぁ」

「結構どころじゃないですよぉっ!? チャンネル登録者数……2,000超えてっ!? あわわわわぁ」

 

「? そんなにおかしいの? 有名な人たちって再生数500万とか1,000万とか平気でいってない?」

「それは有名だからですよっ、ソースさん! しかもその方たちは動画の広告収益で稼いでらっしゃる……言ってしまえばY〇UTUBEのプロなんです!」

 

 あー……あれか、Y〇UTUBERって人たちのことか。毎日動画投稿して、その再生回数に応じてお金がもらえるんだよな、確か。

 

「その人たちはもちろん、撮影した動画をさらに時間をかけて編集して、より見やすく、コンテンツによっては字幕などで面白くしていくんです」

 

「ほう」

 

 よく分からんが、字幕編集の重要さくらいは理解できる。アーティストのMVなんかも、聞きとれない歌詞は字幕が助けてくれるしな。

 

「それに比べて私たちは、撮影した元動画のまま編集もナシ、SNSなどでの宣伝もナシ。なのに数日で登録者数2,000……これは事件ですよっ……!」

 

 パレオちゃんの言葉を聞きつつも、俺も自分のPCで動画ページを覗いてみる。……色々コメントも書かれてるみたいだ。

 

『え、どこの誰さん?』

『野 生 の プ ロ』

『機材何使ってますか?』

『誰かこの人たち知ってるかたー?』

『兄弟かな? カップル?』

『ギター暴れすぎやろwww』

『楽しんで演奏してるの伝わっていいな』

『指の動かし方おかC』

『キーボードの子手ぇほっそ!!』

『マジでどこのバンドだよ。素人じゃないだろ絶対』

 

 

「結構褒めてもらえてる……んだよな?」

「はい……野生のプロなんて絶賛されてますよ、凄いですね……はっ! と、とりあえず撮ったものは上げてしまいますね~?♪」

 

 そこでパレオちゃんは我に返ったらしく、今日撮った演奏動画を投稿してくれた。

 

「しかし、演奏だけでこんなに見てもらえるんだなぁ」

 

 大ガールズバンド時代なんて言われてるくらいだし、ここ最近は女の子の視聴者も多いのかも知れんな。Y〇UTUBEの弾いてみた動画再生回数の推移なんぞ、それこそ俺の知ったところじゃないが。

 

「歌を入れればもっと増えるかも知れませんよっ?☆ 私はRASの活動もありますし、ちょっと難しいですが……ソースさんに差し支えなければ、今度は歌ってみますか?♪」

 

 歌か。もしかするとSOUだとバレるかも知れんが、解散してる以上バレたところで特に問題ないんだよな。

 

 ……実は、Eternity時代を知ってる知り合い達から、ちょくちょく連絡が来るんだ。サポートとして参加しないか、とか。またバンド組んだりしないのか、とかな。

 

 その人たちは俺ってギタリストを必要としてくれてるのもあるんだが。それ以上に、解散のショックで俺が辞めてしまわないか心配してくれてるんだ。他のバンドの手伝いで忙しいって断ってるけど、当然RASの事はそこまで広めてない。知ってるのはdubのスタッフくらいだ。

 

 もし動画投稿で名前が知れれば、それはそれで世話になった人たちを安心させられるだろう。あぁ、一応まだギターやってんだな、ってな。

 

「……今度は歌ってみるか!」

 

 そうと決まればウキウキするな。投稿動画は大体パレオちゃんが主旋律を担当してくれたから、俺がギターで好き勝手やってたんだが。歌を入れればパレオちゃんも弾きたいようにキーボード弾けるだろうし、俺もその方がもっとノれる。

 

「はいっぜひ!☆」

 

 笑顔で後押ししてくれたパレオちゃんにグッとサムズアップし、俺たちは次に演奏する楽曲をワイワイと相談し始めた。

 



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18.一緒にやりたい

「それじゃあ、投稿しますよ~☆」

「ちょっと、ドキドキするね」

 

 コントロールルームのPCを操作するパレオちゃんに対し、画面をのぞき込みつつレイヤが言った。俺たちはつい先ほど、レコーディングブースで動画を撮り終えたばかりだ。もちろん演奏動画で、内容は……Eternityの俺の曲だ。

 

 ……なんでこうなったんだっけ?

 

 動画投稿ページのアップロード進捗を示す横棒(バー)を眺めながら、俺は昨日のことを思い出す。

 

Hey(ねぇ)ソース。なにコレ?』

 

 チュチュが就寝時間直前に、俺の部屋へやってきた。コレと言って示されたのはタブレット端末で、画面には……俺とパレオちゃんの動画が。

 

『……俺Y〇UTUBERになったんだ』

『率直に言って著作権法違反なんですが?』

 

 俺のボケにマジレスするチュチュ様。というか何ですか、僕そんなヤベーことしてたの!? 焦ってチュチュに詳しく聞くと、本気でY〇UTUBERとして広告収益目的の活動をするなら、俺とパレオちゃんのように許諾を得ず楽曲をカバーするのは違反になるらしい。危ねぇ……俺たちはまだ、そういう収益を受け取るような申請はしてないからね。ギリセーフだ。

 

『で? なにコレ?』

『見ての通りとしか言えんのだが』

 

 パレオちゃんに勧められて動画を投稿してみただけ。俺がセッションやライブをしたがってるのを察してくれたんだ、ってな具合で説明した。それを聞いたチュチュは考え込むような素振りを見せた後、口を開く。

 

『……ソース、今度は全員で撮るわよ』

『ワッツ?』

 

 意図がさっぱり読めねぇぜ、と肩をすくめ、ヤレヤレと首を振ると。イラっとしたのか脛になかなか鋭いローキックが入った。なにするだァ!! 異議を申し立てようとするも、チュチュがタブレットの画面、その一点を指さして遮る。

 

『登録者数5,000弱……。これは使えるわ』

『ワォ』

 

 いつの間にかそんなに増えてたんか。チュチュの考えによれば、このチャンネルを利用してRASを宣伝しようって話らしい。もちろんMVが完成したら専用のアカウントを作るので、あくまでサブだけど。

 

『このチャンネルはソースのチャンネルとして、そこにゲストって形をとるわ。やることは一緒。弾いてみた動画よ』

『俺は嬉しいけど……良いのか? 男が居てさ。追っかけの男性ファンが噛み付くかも知れんぞ』

 

『RASをアイドルか何かと勘違いしてる輩なんてどうでも良い』

 

 かっけぇチュチュ様……! まぁそんな訳で、RASの皆にEternityの曲を演奏してもらった訳だ。ロックはリズムギターを担当してくれた。感謝やで……!

 

 格好に至ってはみんな普段着だ。俺は一応、ライブで使ってた帽子被ってるけど。ほとんど全身見えてるし、もう誰も正体を隠す気が無い。っつーか宣伝目的だしな! 俺も世話になった人がこの動画で安心してくれると嬉しい。

 

「アップロード完了しました~☆」

「これでいつでも見れるんだよな?」

「そうだよ、ますき」

 

 実感が湧かない風のマスキングに、レイヤが静かに同意する。うん、気持ちは分かるぜマスキング。改めて考えると、たったこれだけで全世界の人間が、俺たちの演奏をどこでも見れるってのは中々凄いことだ。

 

「OK! とりあえずソースチャンネルには、ソースの曲とカバー楽曲だけを投稿していく。私たちの楽曲は、MV用のRASチャンネルができ次第そこに上げるから!」

 

 あ、ソースチャンネルになったんスね、俺のアカウント。別にいいけど……後で更新しとこ。とりあえずそんなこんなで、動画を投稿する時はその都度集まっているRASの面々でセッション出来ることになった。もちろん練習がある時は別だけどね!

 

 

・・・

 

 

「何か始めるなら私にも教えなさいよ」

「忙しいと思てん」

 

 そして夜。よほど俺が勝手に動画を投稿したのが不満なのか、後頭部で鎖骨付近をガスガス攻撃してくる。別にそれ自体は痛くないんだけど、ヘッドフォンが当たりそうで怖いんだよ。これでモノがオシャカになったら絶対俺にキレるもんな。

 

「……私だって、Chance(機会)があれば一緒にやりたいって……」

 

 ……はー可愛いですかよ。お眠のせいか何なのか、この時間帯になるとチュチュは素直に、っつーか……急にデレなさる。いや、俺を椅子にしてる時だけか?

 

 しかし、チュチュがそんなこと言ってくれるとは……。バンドにおけるDJってのは、立ち位置が特殊だからな。それもライブなんかじゃなくて弾いてみた的なセッションになると、リズムを取ったりSEを差し込んだりするのが主になる。

 

 つまり、自分の音楽を表現するというよりも、バンドを調和させる立ち位置になるんだ。最強の音楽を表現するためにひた走ってきた、そんなチュチュが。ただ単に『一緒にやりたい』と言ってくれた。

 

 ……アカン、ちょっと視界がジワってきた。

 

「……悪かった、次から何かするときは真っ先に相談させてくれ。俺も、チュチュが一緒に居てくれた方が楽しいしな」

 

「~~っ!!」

「お、おいチュチュさんや?」

 

 急に両腕の袖で顔を覆って足をバタバタさせるチュチュ。急にどうし……耳真っ赤ですやん。照れてるだけだったわ。いつもなら揶揄(からか)ってるとこだけど、今日はそんな気分にはなれんな。

 

「……いつもサンキュな」

 

 チュチュの奇行には目をつむり、もはや恒例と言うように髪を梳いてやった。奇行が悪化したのは言うまでもないことか。

 



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19.ポピパの主催ライブ前日

「よっ、と。まだ機材あった? ロック」

「いえ、これで最後です。ありがとうございます!」

 

 なんのなんのと手を振って強がりつつ、俺はミネラルウォーターを呷ってその辺の椅子に腰を下ろした。うん、さすがに腰にきたわ。

 

 場所はGalaxy(ギャラクシー)という名のライブハウスだ。マスキングの親父さんがオーナーやってて、ロックがバイトしてるとこだな。

 

 なんでも翌日ポピパ主催のライブがあるらしく、機材搬入を手伝って欲しいってロックに頼まれたんだ。わざわざ俺に声をかけるだけあって男手は少なく、場所も地下なんで運搬作業が女子には辛そうだった。

 

「ソースさんのおかげで間に合いました! 本当に助かりました……」

「こっちこそ、声かけてもらえて良かったよ。最近はこういう作業にもなかなか縁が無かったしな。久しぶりに良い汗かいた」

 

 RASのライブはチュチュがしっかりスタッフを確保してたし、俺の出番は皆無だったからな。俺はこういう裏方作業が割と好きな方だった。

 

 ワンチャン別のライブハウスで世話になったスタッフとか居ないかなーって期待もあったけど、さすがにそんなことは無かった。

 

「そう言ってもらえると……。予想以上に慌ただしくなってしまいまして」

「だろうなぁ……」

 

 学生の主催ライブ、しかも5つものガールズバンドが対バンするらしい。それぞれ学校もあるだろうし、家の事情だってあるだろうからな。普通のライブじゃ当日搬入当日リハなんてザラだけど、学生さんじゃそうもいかんだろう。

 

 ライブハウスの連盟がバックアップしてるらしく、前日からGalaxy(ギャラクシー)を貸切れたのはラッキーだったな。この後は通しでリハを行うとか。

 

 っつーか連盟が学生バンドの活動を後押ししてるって相当恵まれてるよなぁ。……まぁ、チケット代やらグッズの販売収益は全部連盟が持ってく形になるんだろうから、Win-Winの関係と言えるんだろうけど。これも時代というやつか……。

 

「あれ、音無さん?」

「ん? やあ、たえちゃんか。ポピパの皆も久しぶり」

 

 こんにちはーと声を揃えてくれるポピパの面々。息ピッタリねぇ君たち。文化祭のも良かったけど、きっと魅力的なライブになることでしょう!

 

「何してるんですか?」

「あー……、ちょっとロックに話をね」

「機材の搬入を手伝ってもらってたんです!」

 

 うむ、気を遣わせまいと誤魔化しを図ったが、ピュアッピュアなロックのおかげで失敗に終わったわ。

 

 バイト代を払うと言われたんだが俺はそれを固辞したので、完全にボランティアなんだよね。真面目な子はロックみたいに気にしちゃうかも知れんと考え、良かれと思っての嘘だったけど。純真なロックの前だとそれすら悪いことのように思えて来るわ。

 

「そうだったんですか? ありがとうございます!!」

 

 とは香澄ちゃん。彼女が頭を下げると、皆も倣ってお礼を言ってくれた。……変に畏まったりしない100%本心の感謝だった。『ごめんなさい』より『ありがとう』とはよく言ったもんだ。一日の疲れも癒えるというものよ!

 

 搬入作業は三時間あったかどうか程度だけどね! 若干腰をヤッたんだ、これくらいは受け取っても罰は当たらんだろう。

 

「うん、どういたしまして。ライブ頑張ってね」

 

 ポピパの子らと挨拶してると、ぞろぞろ女の子たちが足を踏み入れてきた。共演するバンドのメンバーたちだろう、その視線が俺に集まる。気まじぃ……。ま、男は俺しか居ないししゃーないね!

 

「……音無さん、良かったら明日、来てくれませんか?」

 

 チュチュの飯も用意せにゃならんし、そろそろお暇しようかと席を立つと。たえちゃんがちょいちょいと袖を摘まんできた。

 

「うーん……そうだな、お邪魔するよ」

 

 なんか予定あったかなーと考えてみたが、特に無かったわ。っつーか、たえちゃんから主催ライブやること自体は聞いてたし、興味もある。チケットの取り置き頼めるか聞こうとも思ってたくらいだ。……ただ、今日ロックから聞くまで忘れてたよね!

 

 いや忘れてたっつーか、普段平日だろうが休日祝祭日だろうが、やってること変わんないから、今日が何日とかの感覚が無くなってくるんだわ。家事をこなして、定期的にチュチュの様子を見に行って、暇な時間はギター弾くかパレオちゃんお勧めのアニメを見る。

 

 そんなこんなやってたら、いつの間にかポピパの主催ライブ前日だったのだ。仕方無いってことにして!

 

「今からでも取り置きお願いできそう?」

「そんな! 私が用意するので」

 

「はは、ありがと。でも、他のRASのメンバーも誘いたいからさ。取り置きだけお願いできれば、明日受付で直接買うよ」

「……分かりました」

 

 すごーい不承不承って感じだけど、たえちゃんは頷いてくれた。女子高生のお小遣いでは、何枚もチケットを用意するのは厳しいだろうしな。チュチュのかーちゃんから不相応な金を貰ってる俺は割と懐に余裕があるんだ、これくらい問題ねぇっす。ロックはスタッフとして参加するだろうから要らんとして、五枚分確保をお願いしておこう。

 

「RASと言いましたか……?」

「ん?」

 

 ふと聞こえた声の方を見ると……言い方はアレだが、ちょっとキツそうな女の子が歩み寄ってきた。

 

「急にすみません。RAISE A SUILEN(レイズ ア スイレン)の関係者の方でしょうか?」

「ええ、まあ。マネージャーの音無と言います。形だけ、だけどね」

 

『マネージャー?』『RASの……』『へーっ!』

 

 それを聞くと、周りの他の子たちもぽそぽそざわめき出す。マネージャーが居るガールズバンドなんてそう無いだろうしな。しかも野郎だ。

 

「君は?」

Roselia(ロゼリア)の氷川と申します。……少し、お話を伺っても構いませんか? そこまでお時間は取らせませんので……」

 

紗夜(さよ)?」

 

 氷川さんが続けると、Roselia(ロゼリア)のメンバーらしい子が咎めるように名前を呼んだ。

 

「すみません、(みなと)さん。……最近、RAISE A SUILEN(レイズ ア スイレン)の皆さんは、動画投稿をされていますよね?」

 

 浅く頭を下げつつも俺への質問を止めない氷川さんの様子に、湊と呼ばれた女の子は仕方ないと口を(つぐ)んだ。視線はこっちに向いちゃったけど。

 

「そうだね。RASのって言うより、俺のチャンネルのゲストって感じなんだけど」

 

 あれをRASの公式と捉えられるのはちょっとマズイからな。一応そこは明言しておく。すると……。

 

「っ! で、では貴方は!」

「えっ!? お、おう?」

 

 俺のチャンネルという部分に反応してか、氷川さんは凄い剣幕で俺に顔を寄せてきた!

 

「貴方はEternity(エタニティ)のSOUさんなのですか……!?」

 

Eternity(エタニティ)……!』『マジッスか!?』

『誰?』『さぁ……?』『あっ、動画の人!』

 

 周りが騒がしくなったわ。しかし、ちらほらと俺のことを知っててくれてる人も居るようだ。俺、というよりバンドの方かもだけど。Eternity(エタニティ)を知らなくても、ソースチャンネルの動画を見てくれたっぽい反応もあるな。ありがてぇ話だべ……。

 

「えっと、ハイ。元Eternity(エタニティ)のSOU、です。投稿動画のチャンネル名にもなってるけど、今はソースって事になってる」

 

 氷川さんは一瞬喜色を浮かべたが、すぐに気落ちした様子を見せた。

 

「元、ということは、やはり……」

 

 ……うん、本当にありがたい話だ。氷川さんは、Eternity(エタニティ)のファンだったんだろう。そこまで行かなくても、一度はライブに来て、俺たちの事を覚えていてくれたんだ。

 

 解散については俺も急に知らされたし、まともにラストライブすら出来なかったからな。ライブの宣伝用に使ってたEternity(エタニティ)のSNSで解散するって一言告知したきりだから、実感が湧いてないファンも居るんだろう。全部ヤツらが悪いのだ! 俺は悪くねぇ!(唐突なTOA)

 

「……色々あってね」

 

 詳細は言わないがな! 絶対に! 絶対にだ!!

 

「そうですか……。ギターは、続けていらっしゃるんですよね?」

「もちろん。今はバンド組んでないから、動画投稿くらいしか活動してないけどね。ギターをやめる気はないよ」

 

「……そうですか。安心しました」

 

 彼女の気持ちは読めないけど、氷川さんは俺の言葉に微笑んでくれた。

 

「私は、貴方を尊敬しています。『自分の音』を持っている、貴方を。ライブ中に誰よりも……幸せそう(・・・・)だった貴方を、今でも覚えています」

 

 その言葉に、少しだけ胸が痛んだ。応援してくれていた子から客観的に聞かされると、思い出しちまう。ああ、やっぱアイツ等って最高だった(・・・・・・・・・・・)んだなぁ、ってな。未練がましいこった。

 

「そう言ってもらえると嬉しいよ。動画、見てくれたのかな?」

「……はい。どの動画も、とても楽しそうでした」

 

「そっか……ありがと。これからも投稿してくから、良かったら覗いてみてね」

「もちろんです。私も楽しみにしていますので。……すみません、湊さん。準備に移りましょう。では、失礼します」

 

 氷川さんは一度俺に頭を下げると、バンドメンバーにも謝りつつリハの準備に入った。それを機に、俺と氷川さんの様子を見守っていた他バンドの女の子たちも続く。

 

 すれ違いざまに何人か握手を求めてくれた子が居たが、彼女たちもEternity(エタニティ)のファンだったんだろうか。あるいは動画を見てくれたのか。いずれにせよ、ただの一ギタリストとしての俺を認めてくれたみたいで、思ったより気恥ずかしくなっちまった。

 

 でも……うん。声をかけてくれたロックに感謝だな!

 

「んじゃあ、俺はもう帰るよ」

「えっ!? リハーサル、見ていかないんですか?」

 

「もう手伝えることも無さそうだし、お姫様の夕餉も近いから。楽しみは明日にとっておくことにするよ。客入りまでにトラブったら連絡してね。早めに来て手伝うからさ」

「あ、ありがとうございます! お疲れ様でした!」

 

 チュチュや他のRASのメンバーが誘いに乗るかはまだ分からないけど。今から明日が待ち遠しいな。

 

 人が増えてより慌ただしくなったGalaxy(ギャラクシー)を背に、俺は一人、家路につくのであった。

 

「……あっ、スーパーのタイムセール終わってる……」

 



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20.ポピパパピポパーティにようこそ!

『ポピパパピポパーティにようこそ!』

『『『『『Poppin`Partyです!』』』』』

 

 そんな挨拶とともに、ポピパの主催ライブは幕を開いた。メンバーそれぞれが奏でた楽器の音色に、彼女たちを意識しているであろう統一された色のサイリウムが波を起こす。

 

「すげぇ人気だな……」

 そしてすげぇイベントタイトルだ。ポピパパピポパーティ。口に出すと気持ち良い。

 

 主催ライブなんて開くくらいだし、一定のファンは居るんだろうと思っていたけど。演奏前からこの盛り上がりっぷりは正直予想外だった。なにより凄いのは女子学生であろう客の多さ。

 

 可愛い女の子が集まって歌うってだけで、下世話な話だがそれなりの男性客は付くもんだ。そんな中で同性の、同年代の客が多いってのはそれだけ彼女たちのパフォーマンスが魅力的だと言うこと。

 

 一つのバンドを追っかけるのだって金がかかるからな。例えば高校の同級生がバンドやってたとして、そのライブに毎回行けるか? って話だ。全部に付き合ってたら学生の小遣いなんざいくらあっても足りやしねぇ。

 

 でもここにいる女の子たちは、自分の小遣い削ってでもこのライブを見たいと思って集まったのだ。連盟のバックアップがあっても中々出来ることじゃない。期待が高まるってもんだぜ。

 

「一人で見るのが勿体ねぇなあ……」

 

 そう呟いた俺の周りには、RASの面々は見当たらない。いや、ライブハウス内のどっかには居るはずですよ? ただ今日は俺が単独で早めに来たから、全員集まって鑑賞とはいかなかったんだ。要らん心配だと思ったが、万一に備えて開場二時間前には現地入りした。皆をそれに付き合わせる訳にもいかんからね。

 

 まぁロックやたえちゃんから連絡もなかったし。俺が危惧するようなことは何も起こらず、無事にライブ開始と相成った。

 

『聞いてください。……「Returns」』

 

 おっと、物思いに耽ってるうちに最初の曲が始まってしまう。せっかく来たんだ、余計なことは考えず、ポピパの演奏を楽しませてもらおうか。

 

 

 ――おいおい……。

 

 

「……大変だな、たえちゃんと香澄ちゃんのメンバーは」

 

 思わず笑いが零れた。香澄ちゃんのMCを経て始まった演奏、すぐに応じたのはたえちゃんだったが、他の三人のメンバーは明らかに一瞬、困惑した表情を浮かべた。――暴走だ。

 

 この『Returns』という曲は、少なくとも初っ端に演る予定は無かったんだろう。多分香澄ちゃんがその場の思い付き(・・・・・・・・)でセトリを無視したのだ。到底許される行為じゃない。

 

 そもそも何のためにセトリなんざ作って事前にリハーサルすんだって話になる。共演するバンドにも迷惑がかかるし、スポットライトを始めとした舞台演出はその場で適宜対応する必要が出てくる。

 

 ……正直、主催する側の立場を経験したことのあるバンドマンには……俺には、がっかりする行為だった。

 

「でも……良いバンドなんだろうな」

 

 戸惑ったのも束の間、メンバーは一切狼狽えることは無く演奏を始めた。香澄ちゃんやたえちゃんの突飛な行動は慣れっこと言うことか。ちょっとだけ気分が落ち込んだが、しっかり紡がれていくメロディに、俺も次第に演奏へのめり込んでいく。

 

 

 

 

『――――……♪』

 

 

 

 

「……おぉ……」

 

 そして気づけば、たえちゃんのギターの音色と共に一曲目は終わっていた。マジか……マジかよポピパさん……!

 

 色んな意味で衝撃的だ。だって曲が始まった瞬間、俺は彼女たちにがっかりしてたんだぜ? 何かを目の当たりにする時、それに対して不快な感情を抱いていれば、それだけ評価する時のハードルは高くなるもんだ。

 

 にも関わらず、俺は曲が終わるその瞬間までポピパの演奏に夢中だった。普段の溌溂とした振る舞いからは考えられないような、祈るような……切なくも美しい、そんなメロディだった。

 

 ポピパには、固定観念だとか、偏見だとか……人間が誰だって持ちうるそれぞれの考え方をぶっ壊して、心を直接揺さぶるような"音"がある。さっきまでの落胆がどっかに行っちまいそうだ。

 

「……良い、演奏だったな」

 

 そう、良い演奏だった。ライブ(・・・)はともかく。

 

 心に沁みるような音色に、俺以外の客も感動しているのは手に取る様に分かった。だから、もう終わり(・・・・・)だ。

 

 共演するバンドは四グループ。ポピパの他に二十人もの多感な女の子たちが、この後舞台に立つんだ。ポピパの暴走によってボルテージが極まった観客に、メンタルが左右される子がどうしたって出てくる筈だ。そしてライブってのは、たった一人のミスで簡単にぶっ壊れる。

 

 そうならないためのセトリであり、リハーサルであったハズなんだから。

 

 ……たえちゃんの、ダブルブッキングの件と同じだ。失敗して、次に繋げりゃ良いさ。少なくとも、俺って人間はポピパのファンになった。ライブが失敗に終わろうとな。スタッフと共演者にちゃんと謝って、再スタートすればいい。

 

「……お疲れさん」

 

 まだ見ぬ四つのバンドを不憫に思いつつも、俺の中でポピパ主催ライブは幕を閉じた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ……と、思っていた時期が僕にもありました。

 

「うぉおおおおっ!? パフォーマンスすげぇ!! ってかあの着ぐるみなんだ!? ジェット噴射っ!?」

 

『ハロー、ハッピーワールド!』の度肝を抜く演出に熱狂し。

 

「みんな楽しそうだなぁ。……かわええ……。ん? あれっ!? 大和さん!?」

 

Pastel*Palettes(パステル パレット)』の歌とダンスにきゅんきゅんしつつ、スタジオミュージシャンとして見知っている大和さんに目を剥き。

 

「なんだこのグルーヴ感……! リズム隊……いや、全員だ。全員合ってる(・・・・)……!!」

 

Afterglow(アフターグロウ)』の最強の一体感、ユラギによって生み出される心地よいノリとリズムの快感に背筋を震わせ。

 

「………………」

 

Roselia(ロゼリア)』の荘厳な演奏、会場の空気を全て掌握するような激しさに、口を半開きにしたまま馬鹿ヅラを晒し続けた。

 

 最初のがっかりはもうどこへやら。テンションはMAXのままあっという間にライブの時間は過ぎていき、再び現れたポピパのラスト宣言には、周りの女の子に混じって『えーっ!?』と叫んじまったくらいだ。

 

 香澄ちゃんが作曲したという『Dreamers Go!』で思い切りサイリウムを振って、それが終われば野太い声で再演を望む(アンコール)

 

 

 

 

 

「…………ハッ!!」

 

 俺が意識を取り戻したのは、Galaxyの出入り口の扉が閉まった直後だった。完全に燃え尽きたぜ、真っ白にな……。今日参加してたバンド、どれもが甲乙つけがたい程に良かった。ファンになっちゃったぜ!

 

「また来よ……」

 

 内心まだ高揚を引きずってるが、喉どころか全身ボロボロだ。変だな、周りに合わせてBメロ以降のコールしかしてないはずなのに……。

 

 よろよろ手すりを頼りながら階段を上がっていると、頭上は通りの方から聞き慣れた声が降ってきた。

 

「……ソース……」

 

 頭を持ち上げて視線をやると、パレオちゃんを伴ったチュチュが、どこか悔しそうに眉を寄せて突っ立っていた。

 



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21.ブッ潰してやるから覚悟しなさいよ!!

「……何してんだろ、俺」

 陽が落ちつつある橙の空、建物の隙間からわずかにのぞいたそれを見上げつつ、俺は独り()ちた。……この言い回しカッコイイな。(自己陶酔)

 

 そんなことを思いながら、俺はつい二時間ほど前を回想した。

 

 

 

 ポピパパピポパーティが終わってライブハウスを出た後。俺が通りに歩み出るとチュチュとパレオちゃんが揃っていた。

 

『……ソース……』

『よっ、二人とも。……パレオちゃん、このご主人様どうしたの? ライブ中ヤなことでもあったん?』

 

 ライブを鑑賞し終えた人間とは思えない渋面を浮かべるチュチュを前に、俺は本人ではなく背後のパレオちゃんに問いかけた。

 

『とても楽しまれていましたよっ♪』

『パーレーオっ!』

『はいチュチュ様っ!☆』

 

 答えたパレオちゃんに、チュチュが余計なこと言うなとばかりに声を荒げると。パレオちゃんは両手で口元に×を作って黙ってしまった。やだ、お茶目さん!

 

『……………………』

『……マジでどしたん?』

 

 ライブが終わって客がGalaxyから帰り始めて、それなりに時間が経っている。チュチュはわざわざ俺を待ち構えていたハズなんだが、にしては何やら様子がおかしいな。……あっ。

 

 一つ思い当たった俺は、チュチュ以外に聞こえないよう耳元に口を近づけ、小声で囁いた。

 

『……ウ〇コだな? オーケー、俺がスタッフに言って中の便所を』

『フンッ!』

『いでぇっ!』

 

 俺のあったけぇ思いやりに対し、チュチュはローキックで返答しやがった。何するだぁ!!

 

Are you stupid(バカなの)!? どうしたらそんな発想になるのよ!』

 

 いやおめぇ、ライブ演るにしても見るにしても、腹の調子が悪くなるってのは結構あるあるだろ! えっ、ないの? ホント?

 

『じゃあ何だってんだ』

『……やっぱりいい。ソース、あんたは先に戻ってて』

 

『はぁ?』

 んじゃあなんでわざわざ待ち伏せてたんだってばよ? それに帰る場所同じなのに、別れる必要あるのん? 今日はスーパー寄る予定もねぇぞ。(主婦)

 

『ハナゾノたちに用があるのっ。良いから行って。ほらっ! Go home(帰りなさい)!』

『おっ、おい』

 

 一方的に言うと、チュチュはぐいぐいと俺の背中を押して帰るよう促してくる。っつーかなに、たえちゃんたちってことはポピパになんかあんの? ギター探してた頃はマークしてただろうけど、お前ポピパと接点ないだろ。

 

 そんな俺の胸中は当然知らず、チュチュは早く俺に消えて欲しいようだ。ちらりとパレオちゃんに視線をやると、いつの間にか指でOKサインを作ってた。『パレオにお任せくださいっ☆』ってこったろう。

 

『……わぁったよ。迷惑かけるんじゃないわよ?』

『私を何だと思ってるのよっ!』

 

 最後にひと際強く俺のケツを蹴ると、チュチュはパレオちゃんを連れて近くの路地へ入って行った。あそこは行き止まりになってたから……このまましばらく、ライブハウスの撤収が済むまで出待ちするんだろう。

 

『……ま、わかったとは言ったけど。ほっとく訳にもいかんよなぁ……』

 

 チュチュの視線から逃れたことを確認した俺は、二人が潜む路地の斜向(はすむ)かい、同じような小路に待機する。チュチュが無茶やったらフォローせにゃならんからね! そこまで心配してもいないけど。

 

 

 

「……暗くなってきたな」

 そして現在に至る。お日様もいつの間にやら沈み切ってしまわれた。

 

 Pastel*Palettes(パスパレと略すらしい)とハロー、ハッピーワールド!(ハロハピと略すらしい)は既に帰って行ったし、中で残りのバンドが打ち上げしているとは思えないが……予想より遅い時間になったなぁ。

 

 ちなみに何度か通りに顔を出していたせいで、俺の存在はパレオちゃんにバレている。一瞬吹き出しただけでチュチュに告げ口した様子は無かったし、見逃してくれているようだ。さすが下僕仲間!(諦め)

 

「今日は店屋物で済ましちまうか……お?」

 

 今から帰っても晩飯の用意には時間がかかると思い、どこの店に注文しようか悩んでいると。Galaxyの方から賑やかな声が聞こえてきた。

 

 バレないようこっそり視線を向けると、チュチュが待ち構えていたポピパ。その後ろにはRoseliaにAfterglow(アフグロ派とアフロ派に分かれるらしい)。

 

 成功したライブの充足感からか、朗らかに談笑しながら歩いているのが分かった。……が、この距離じゃ内容までは聞きとれないな。

 

「ん?」

 

 すると俺のスマホが鈍く震えた……と同時に、路地の方からチュチュとパレオちゃんが姿を現す。ポケットから取り出して画面を確認すると、そこにはパレオちゃんからの着信。

 

 あれ? 向こうでチュチュと二人、たえちゃんたちに向き合ってるみたいだが……。

 

「っ! なるほど!」

 

 パレオちゃんの意図を察した俺は、フリックで通話を開始し、耳に当てつつチュチュたちの様子を窺った。マイクをミュートにするのも忘れない。

 

 パレオちゃんには一見して、俺と通話が繋がっている様子などなかった。つまり、俺に向こうの話を盗み聞かせてやろうということだ。パレオちゃん優秀過ぎぃ!!

 

 こうなったら気分はスパイモノのワンシーン。耳にスマホを当てつつ背中を壁に押し付け、肩越しに顔を半分だけ通りに出して様子を探る。男の子なら誰だってテンション上がるシチュだよな!(無邪気)

 

『……な演奏……で……この私を…………感動さ……なんて……』

 

 うん、パレオちゃんのポケットかどこかにスマホを隠してるからなんだろうけど、あんまり声が拾えてねぇ。これチュチュの声だよな?

 

 と、スマホを耳に押し当てる力を強くした矢先。

 

『アンタたちブッ潰してやるから覚悟しなさいよ!!』

「いっ!?」

 

 耳をつんざくような声が俺の鼓膜に叩きつけられた! 驚いて耳を離すと人が駆けているような音が近づいてくる。それが誰なのかは考えるまでもないので、俺は通話を切って再び小路に身を潜めた。

 

 まず顔を真っ赤にしたチュチュが走り去り、次いでパレオちゃんがその後を追って行く。なおパレオちゃんは、俺に一瞬だけ敬礼していったが。『あとはお任せしましたっ☆』ってこったろう。僕らはいつも以心伝心!!

 

「なんてアホ考えてる場合じゃないな」

 

 とりあえずチュチュがどういう考えであんなことを言ったのか整理しつつ。たえちゃんたちにチュチュのフォローをするべく、俺は小路から彼女たちに近づいた。

 



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22.かっけぇ俺……!

「や、みんな。お疲れ様」

「音無さん?」

 

 辺りはもう夜と言い切って良いほどに暗い。ポピパを始めとしたガールズバンドのみんなは俺が近くに歩み寄るまでこちらに気付かなかったようだ。真っ先にたえちゃんが俺を認識して小首を傾げた。なんで居るんだろ? って思うよね。

 

「悪いね、うちのボスが吹っ掛けたみたいで」

 

 こう言えば大体伝わるだろう。ああ、マネージャーとして詫びにきたんだろうな、ってな。チュチュは全くそんなこと望んでないけどね! RASの今後を思えば損にはならんだろ。

 

「あの……チュチュが潰すって」

 

 不安そうに言うたえちゃんに、周りの女の子も何人か不安そうな顔を見せた。言葉の真意がどうあれ、どう考えたって好意的な意味には思えんだろうしな。

 

「あー……チュチュは帰国子女でね。ちょっと日本語の使い方が怪しいとこがあるんだ。君たちのライブが魅力的だったから、ライバル視してるだけなんだよ。別に危害を加えるような意図は無いだろうから安心して欲しい」

 

 万が一そうでも俺が止めるしね、と出来るだけ柔らかく言えば、心配そうに様子を窺っていた子たちはほっと息を吐いたようだった。

 

「そうですか……。あの、ライブどうでしたか?」

「……震えたよ。あんなにテンション上がったライブは久々だった」

 

 たえちゃんが次いで問いかけてきたので、俺は思ったままを口に出した。事実、俺はポピパパピポパーティに参加した五グループ全部を好きになったしな! もちろん、RASの用を置いてまでライブに参加したりする気は無いけど。

 

 俺の素直な感想はお気に召したようで、たえちゃんは満足げににっこりと笑った。するとその後ろから一人の女の子……氷川さんが歩み出てくる。

 

「あの……。見ていただけましたか?」

 

 言葉の上ではどうとでも取れる、曖昧な質問だ。でも、昨日の氷川さんを思い出せばなんとなく意味は分かる気がする。Roseliaの演奏、ひいては氷川さんのギターが俺の目にどう映ったのか。そんなところだろう。

 

 そしてそのどちらにも、同じ言葉が返せる。

 

「ああ、最高(・・)だった。一緒に演るならこれほど頼りになって……これほど怖い(・・)ヤツは居ない。そう思ったよ」

 

 Roseliaに対する嘘偽りない印象だ。対バンすれば成功は間違いない程の実力。同時に……主催バンドだろうが食われかねない(・・・・・・・)。そんな怖さ。

 

 また、氷川さんに対しても。正確無比、努力に裏打ちされているであろう技術。バンドの屋台骨になれるギタリストだ。フリーならサポートに引っ張りだこだろう。

 

 だからこそ、俺には怖くもある。俺やマスキングのように、周りが見えなくなりがちなバンドマンがグループを脱退するのは、氷川さんのような人と決定的に合わない(・・・・)からだ。

 

 彼女が悪いという訳じゃない。むしろ逆だ。常に正確に、完成された"最高"を出力し続ける氷川さんのような人と演奏すると、申し訳なく感じてしまう。俺が出力する"最高"と、彼女の"最高"は並び立つことが非常に難しいのだ。ノリで邪魔する側になる俺のような人間が悪く思うのは道理だ。

 

 だからと言って止められる訳ないからな! ゆえに、怖い。同じ舞台に立つことが、同時にライブの破壊に繋がりかねないから。もちろんこれは誉め言葉っすよ? だって半端なバンドマンと一緒に演ってもノれない(・・・・)からな。"最高"の中に居るからこそ、俺やマスキングのような人間は"もっと先"を目指して走っちまう。心も、演奏もな。

 

「怖い、ですか?」

 

 俺の感覚的な答えに対し、氷川さんは困惑したように瞳を揺らした。ううむ、勝手に脳内で結論付けて、言葉少なに答えるのは悪いクセだな。

 

「真似できないし、比較にならない。最高であるが故に。だからこその怖さ……畏怖、と言った方が的確かもね」

 

 氷川さんが……Roseliaのメンバーが。どれほど真剣に、またどれほどの時間をかけて練習に励んだのかなんて、考えることが馬鹿らしいくらいの完成度。俺みたいなバンドも組めてないギタリストが偉そうに寸評すんのも烏滸(おこ)がましい。

 

 けれど、きっと彼女は(SOU)を尊敬してくれていて。俺の率直な意見を求めてる。もっと上(・・・・)に行くために。

 

「要は、他と比べられないくらい最高だった、ってことさ」

「っ………………ありがとう、ございます」

 

 俺の言葉に顔を赤くして、氷川さんは目を見開いた。数秒固まっていたけど、小さくお礼を呟いて。しずしずとRoseliaのメンバーの元へ下がっていった。何やら自分の演奏に不安を抱えているみたいだったから、これで自分をもうちょっと認めてくれると嬉しい。

 

 知り合ったばかりとは言え、俺はRoseliaの、もっと言えば氷川さんのファンでもある。自分の好きなアーティストが、自分のことを卑下してたら悲しいだろ? それを好きな自分が否定されている気分にすらなるからな。

 

 ……と思って、良かれと口にした言葉だったんだけど。たえちゃんはどこか不満げな様子でこちらを見ていた。

 

「他と比べられないくらい最高、ですか」

 

 据わった目で頬を膨らませる様子を見ると、どこかコミカルで怒っているようにはとても見えないけど。自分らの主催ライブで他のバンドが最高なんて言われれば、ぶーたれるのも仕方ないことか。

 

「別にポピパや他のバンドが劣ってるなんて言わないよ。どのバンドの演奏も、パフォーマンスも。最高に盛り上がったよ(・・・・・・・・・・)

 

 むぅ、と納得していない表情でたえちゃんは唇を尖らせた。暴走の自覚はあったってことなのかな? アレ(・・)は多分他のバンドを信頼してのことだったんだろうし。

 

「実際、ポピパの演奏が始まった瞬間、俺はライブが失敗すると思ったんだ。なのにどのバンドも折れてなかった(・・・・・・・)。感動したよ」

 

 舞台で演った五グループ。誰一人として膝をつくことなく、仲間と心を繋いで演奏しきった。だからこその感動だった。……んだけど。

 

 あれ、俺の発言にまた不安そうな顔を浮かべてるな。……Roseliaの皆はそうでもなさそうだけど。……なるほどな。自覚ナシ(・・・・)だったか。てっきり他のバンドやスタッフを信頼してこその暴走だと思ったんだけどな。ライブ成功という結果だけを見れば、尚更な。

 

 ……あんまり、直接は言いたくないなぁ。ライブ成功の喜びに水を差すことになっちゃうし。でも……失敗が決定的になる前に、誰かが伝えるべきだろう。最悪嫌われることになっても、俺はただの部外者だ。もしかするとRASそのものにネガティブな印象が付くかも知れないけど、チュチュの言葉もあるし今更だな!(開き直り)

 

 という訳で、チュチュのフォローに来たはずが。ヤツと同じようにどころか、それ以上に顰蹙を買うかも知れないムーブをするらしい。

 

「……もしかして、ライブが成功したのは自分たちの力だって思ってるかい?」

 

 視線を向けるのはポピパのリーダーらしい香澄ちゃんだ。突然のことに目を白黒させつつ、彼女は笑顔で答えて見せた。

 

「そんなこと無いです! みんなの力があったから! 私たちは最高に、キラキラドキドキ出来たんです!」

 

 キラキラ……? うん、今はいいや。ニュアンスは何となくわかるし。

 

「そうだね、ライブってのは関わってくれた人全員の力で成り立つ。……でも、ポピパがそれを壊しかけたっていう自覚、あるかい?」

 

「えっ……?」

 

「俺の勘違いだったら恥ずかしいんだけど。『Returns』……あれ、最初に演る予定じゃなかったよね」

 

「でも舞台に立った時、最初から全力で演りたいって……! 私たちも同じ気持ちで!!」

 

 俺に食って掛かったのはたえちゃんだった。……この反応、多分たえちゃんは少なからず思うところはあったんだろうな。ライブハウスでバイトしてたこともあるだろうし、非常識なことだとは承知してたはず。

 

 だからと言って、ここで俺が伝えるのを止めれば、おそらくたえちゃんが機を窺ってポピパに話すことになるだろう。『Returns』……あれを聞いて、RASにサポート加入したことがポピパに暗い影を落とさなかったなんて楽観視は出来ない。彼女たちは想いを伝え合って、困難を乗り越えたばかりのはずだ。その形こそが『Returns』。

 

 なら、たえちゃんはもう少し休んでもいいはずだ。

 

 敢えて俺は表情を険しくし、たえちゃんの言葉を正面から否定した。

 

君たちは(・・・・)それで良いかもね。大事なバンドメンバーだ、想いは一緒なんだろう。……でも、他のバンド(・・・・・)は? 君たちと同じ想いを、他の皆も共有してると言えるか?」

 

「それ、は……」

 

 どういう心境なのかはわからないが、香澄ちゃんはちらりと後ろを振り返った。その先には瞑目したまま腕を組む、Roseliaのボーカルの子。……以前にも似たようなことがあって、Roseliaに迷惑をかけたとか、そんなところだろうか? まぁ、それは良い。俺には分からん事情だ。

 

「セトリを作る。タイムテーブルを作る。リハを通す。音響やら照明スタッフと共有する。そうやって、ライブってのは皆が懸命に土台を作って、その舞台の上で演奏をする。そうだろ?」

 

 ……純粋で、良い子たちだ。俺がチュチュに苦言申し立てる時のような、やさぐれた様子はない。皆落ち込んだように眉を下げて、顔を俯かせている。なら、出来るだけ伝えよう。俺の経験則(・・・・・)を。

 

「……今回は、運が良かった。声をかけたバンドが皆、君たちの想いに応えられる、強い(・・)バンドだった。ライブスタッフの方々が、君らのことをしっかり理解してくれてる人たちだった。でも……もし、別のグループと一緒に演ることがあって。同じことをしたなら……その時傷つくのは、君たちだけじゃない」

 

 俺の暴走を演奏として成り立たせるため、喰らいつくように、押し留めるように腕を振るうリズム隊を。俺に気付かせようと、何度も視線を送ったはずのメンバーたちを。そんな彼らの努力を踏みにじる様に、ライブをぶち壊した記憶が脳裏を過る。

 

 安定しない曲調に照明は対応なんざできず、当然演奏は失敗に終わり。盛り下がった会場をなんとか温めるべく、必死に次のバンドグループはMCを回す。

 

 失敗は成功の母、なんて言うけどな。出来ることなら誰だって、成功だけし続けたいはずだ。そして、親しい人間にも、応援している人間にも。そうあって欲しいと願うのは、きっと自然なことだ。

 

「『Returns』は素晴らしかった。会場は熱狂してた。だからこそ、ライブは失敗したと思ったよ。最高に盛り上がったら後は下がるだけだ(・・・・・・・・・・・・・・・・・・)。続く四つのバンド、どこかでボロが出ると思った。でも結果は大成功だ。他のバンドやスタッフのおかげで(・・・・・・・・・・・・・・・)

 

 思えばハロハピの皆。彼女たちに一番プレッシャーがかかった筈だ。ボルテージマックスの会場、他の三グループは心を落ち着ける暇もあったろうが、彼女たちは満足に話し合う時間もなかっただろう。

 

 なのにボーカルの子はMCで会場を盛り上げ続け、激しいパフォーマンスで観客を魅了した。

 結果良かったからって忘れて良いことじゃない。彼女たちに重荷を背負わせた事実を。

 

 ……でも、これ以上は必要なさそうだな。

 

「……っ、Roseliaの皆さん! Afterglowの皆さん!」

 

 香澄ちゃんが振り返り、RoseliaとAfterglowのメンバーに頭を下げた。

 

「また……ご迷惑をおかけして、申し訳ありませんでした……!」

 

 たえちゃんが言葉を引き継いで、ポピパの皆は揃って頭を下げる。それにいち早く答えたのは、瞑目していたはずのRoseliaのボーカルだった。

 

「次は無い、と言ったはずだけれど。……あなたたちが灯した炎。その熱を冷ますわけにはいかない。あの時そう思ってしまった時点で。私たちも同罪よ」

 

「友希那先輩……!」

 

 やっぱり以前にも、Roseliaと何かあったみたいだな。……ん? ユキナ? ユキナってチュチュがライブに招待を断られたって言う……なるほど。確かにチュチュに何言われても動じなさそうな貫禄があるな。

 

「また、ってのは分からないけど。あたし達も正直、気合入った。……燃えた。だから、おあいこ」

 

「蘭ちゃん……!」

 

 香澄ちゃんが感極まったように名前を呼ぶと、他のメンバーからもフォローが入った。……うん、これ以上はお邪魔そうだな。

 

 え? ハナっから邪魔だった? 知ってるww

 

 薄暗く、俺を注視する目も無さそうだったのでそろっとその場を離れた。……当初の目的とはかけ離れたことをしちまったが、後悔は無い。まぁ……今後のライブにお呼ばれすることが無くなりそうなのは残念だが。

 

 ライブの度に先輩ぶった野郎がいちいち説教かまして来たらうざいだろうからな。

 

「音無さん!!」

 

 それなりに距離が開き、もうお互いの顔も満足に見えないであろう程になって、たえちゃんが呼び止める声が聞こえた。振り返らず、そのまま立ち止まってみる。

 

「「「「「「ありがとうございました!!」」」」」」

 

 その中に、多分ポピパ以外の子の声も混じっていたことに、少し心が弾んでしまう。だが特別用がある訳でも無さそうなので、そのまま足を動かした。

 

「「また来てください!!」」

 

 今度こそ胸の中にある喜びを自覚しながら、俺は片手をひらひらと掲げて、そのまま立ち去った。

 

 

 ……か、かっけぇ俺……!(ナルシスト)

 

 



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23.大好きなんだ

あとがきからパレオ編への分岐を選択できます。(チュチュ編読破後推奨)


「お、おかえりチュチュ。遅かったなぁ」

「……? あんた、なんか息上がってない?」

 

「べ、別にんなことねぇよ」

 

 あ、あぶねぇ! ギリギリだった……!

 

 たえちゃんたちと別れてから急いで車を走らせ、俺は電車で帰宅したであろうチュチュとタッチの差でスタジオに着くことが出来た。

 

 チュチュと別れてから結構時間が経ってるし、さすがに買い物で遅くなったは通じそうに無かったからな。先に帰れてよかった。

 

「ほら、ライブに触発されてさ。部屋でギター弾いてたんだよ」

 

 咄嗟に出たがなかなかの誤魔化しじゃないか? 我ながら(こす)いぜ!

 

「あ、それでさ。ちょっと夢中になってたせいで飯の準備まだなんだよ。今日は店屋物頼もうと思うんだけど、お前どうする?」

 

 そこまで言ってチュチュに目をやると……あり? なんか不機嫌っぽい。今さっきは割といつも通りの顔してたんだけど……そんなに腹が減ってたんだろうか。

 

「……ソース。こっち」

 

 俺の問いかけには答えず、チュチュは静かに移動した。首を傾げつつも逆らわずついて行くと、レコーディングスタジオはコントロールルーム。チュチュはチェアの隣で立ち止まると、振り返って俺に視線を寄こす。

 

 ………………あ、座れってことね。 こいつ、ついに指差したり口に出すこともしなくなりやがった。いいんだな? 俺が座ったらお前も座る、みたいなのが習慣化したら、今度メンバーが居る時に座ってやっからな!

 

 まぁ俺の方に否やも無いので、身体を投げ出すように腰かける。いつものように大きく足を広げると、当然の如くチュチュがちょこんと背中を預けてきた。

 

 しかし頭は前に少し傾けて、

 

「ん」

 

 と一言。ヘッドフォンを外せと、そういうことっすか。ったくしゃあねぇなぁ。(奴隷根性)

 

 最初は嫌がってたくせに……と思いつつもブツをデスクに放り、少し跳ねた髪を梳いてやる。身体を弛緩させたチュチュは、ようやっと後頭部を俺の胸に預けてきた。……なんでここまでせにゃならねん!!(憤慨)

 

「ソース」

「あん?」

 

 今度は何をお望みなのかと警戒してみれば、チュチュはどこか不安そうに。ぽつりと小さく呟いた。

 

「RASは……私の音楽は。最強だよね……?」

 

 俺の名を呼んで口にした言葉だったが。果たしてそれは、俺に対する質問だったのか、それとも……。

 

「……お前の音楽(・・・・・)は、最強なんだろうな」

「……?」

 

 返したのは、どちらかと言えば肯定の言葉だ。チュチュが自身もそう思っているなら、素直に受け入れて問答は終わったろう。しかし、チュチュは肩越しに俺を振り返ると、不安そうな瞳でこちらを見上げてきた。

 

 ……なるほど。俺がポピパのライブに感じ入ったように。チュチュも何かしら思うところがあったんだろうな。

 

「チュチュ、ポピパのライブ見て、どう思った?」

「……想像より悪くなかった。Roseliaとタエの演奏が目当てだったけど……どのバンドも、Roseliaにも負けてなかった。But(でも)……」

 

 その先は、何となく予想がついた。

 

RAS(私たち)の方が、明らかに演奏(ぢから)で勝ってた。なのに……なのにっ。私は……!」

 

『……な演奏……で……この私を…………感動さ……なんて……』

 

 パレオちゃんとの通話でわずかに伝わってきた、チュチュの言葉が脳裏を過る。なるほど、ポピパのライブに感動してしまった、か。

 

「……それに、あんただって……楽しそうだったじゃない」

 

 え、会場で俺のこと見つけてたの? 声かけろやオイ。……いや、スタンディングライブだったし、俺の位置じゃチュチュはステージ見えなかったのか。身長的に。

 

「実際楽しかったしな」

「! …………っ」

 

 端的に返すと、チュチュは上半身だけ振り返り、チェアの肘に預けた俺の右腕を、その小さな左手で強くつかんだ。

 

 きっとそれは、俺に対する不満だったんだろう。RAS以外に興味は無いと、そう言ったのに、って。そんなところかね。だがチュチュ自身が、今日のライブで認めてしまったのだ。最強のハズの自分の音楽、それに比肩するバンドがいくつも存在することを。

 

 まぁ、俺としては今日のライブを楽しんだことが、イコール浮気と捉えられると不本意なんだが。バンドの関係者として尽力するのは、当然RASだけだ。他に対しては(いち)ファンでしかない。

 

「RASが最強って、言ったじゃない……」

 

 弱弱しい言葉だ。苦言の(てい)すら成していない、ただの弱音。ポピパやRoselia、Afterglowの皆に吐いた暴言は強がりだったんだろう。チュチュは今、自分の音楽に。RASという自らのバンドに、自信が持てなくなってしまっている。多分……俺のせいで。

 

「……チュチュ、お前は頭だ」

「え……?」

 

 唐突な俺の発言に、チュチュは困惑した様子で俺の顔を見上げた。まぁまぁ、ちょっと聞いてくれや。

 

「パレオちゃん、レイヤ、マスキング、ロック。メンバーが手足。それがRASってバンドだ。手足(パーツ)が欠けたら補充する。たえちゃんが抜けた後、ロックを据えたように」

 

「……」

 特に異論は無いらしい。視線だけで先を促してきた。

 

「逆に、チュチュの替えは存在しない。お前っていう(ブレイン)が手足に指示を出して、最強の音楽を表現する。だから、お前さえいればRASは成り立つ。RASってのは、お前自身だ」

 

「……そうよ。RASは私が最強(サイッキョー)の音楽を奏でるために集めた、最強(サイッキョー)のメンバー……!」

 

「そうだ。他のバンドには無い、RASの強みだ。……でも、RASには他のバンドが当たり前みたいに持ってるモンが無い」

 

「っ!?」

「ポピパも、多分Roseliaも。他のバンドだって、お前みたいに明確な(ヘッド)なんて存在しねぇ。誰か一人でも欠けたら、もうそれまでのバンドじゃいられない」

 

 脳裏に過ったのは、今日知ったばかりのAfterglow。一人一人が、他の四人がどう演奏するのかどころか、いつどれだけ呼吸するのかまで知り尽くしているような。圧倒的な、異常なまでの一体感。音楽を、バンドを始めてからずっと……あるいは、それより遥かに昔から付き合いを深めてきただろうことが容易に想像できた。もし誰か一人でも欠けたら……バンド自体辞めてしまうのだろうと、そんな気さえする。

 

「けど、だからこそ強い。互いの立場に違いが無いから好き放題言い合って、良い出来事も悪い出来事も共有する。ケンカすることもあるだろうけど、元サヤに収まった時は(切れ味)が増すもんだ」

 

「馴れ合いのお友達グループだから強いっていうのっ……?」

そうだ(・・・)

「! ……っ」

 

 俺が即答するとは思わなかったのか、チュチュは一瞬目を見開いた後、悔しそうに歯を軋ませる。

 

「馴れ合いっつって馬鹿にするのは簡単だ。でも実際は、お前が一人で向き合ってることに、バンド全員……今日のライブに参加したグループで言うなら、五人で向き合ってるってことだ」

 

「五人で……」

 

「ああ。お前が何かに迷ったとき、結論を出すのはそう難しくない。お前はお前の価値観と経験に従って決めるだろ? でも、他のバンドは違う。それぞれの考え方をぶつけ合って、全員で結論を出す。馴れ合えば馴れ合うほど、出した答えが自分らのバンドにとって正解かどうか。その精度は高くなる。音楽の方向性を定めて、五人分のガソリンでエンジンを回すんだ。爆発力は段違いだ」

 

「……! 私の音楽は最強なの! 相談なんかで決めるモノじゃない、もう完成しているの! 必要なのは表現する手足だけ……!!」

 

「落ち着けよ、それを否定なんかしない。さっき言ったろ? お前の音楽は最強だ(・・・・・・・・・)、ってな。だから俺だって、こうしてここに居るんだ」

「ならっ……」

 

「だが、それを手足じゃ理解しようがない(・・・・・・・・・・・・)。指示されるだけの部品じゃ、その音楽の方向性を、在り方を。完全に理解するなんて不可能だ」

 

「っ……! それなら、どうすればいいの……?」

「………………俺に」

 

 少しの沈黙に俺が口を開くと、チュチュはぴくりと肩を震わせて、身を縮めた。気持ちは理解できるが、俺も止まる訳にはいかない。

 

「俺に、話してみてくれよ。俺はRASじゃない。間違ってもRASの表現する音楽に悪い影響なんて出ない……いや、出さない。信じられないなら、俺をクビにしてくれりゃいい」

 

「……なんで。どうして……そこまでしてくれるの? いつも、ヒドいことばっかり言ってるのに……」

「そんなんおあいこだろ? それに、俺だって何度も言ってるハズだぜ。……俺は、RASが大好きなんだ。バイトとかマネージャーとか関係ねぇ。好きなヤツのために、出来ることをしてやりたい。そんだけだ」

 

 俺のその言葉を区切りに、室内は長い沈黙に包まれた。五分以上……下手すりゃ十分くらいはそのまま黙りこくってた。でも……その長い葛藤の末に、チュチュは話してくれた。自分が目指す"最強の音楽"、それがどこから来るのかを。

 

・・・

 

「自分が奏でられないなら、最強のメンバーを、か……」

Yes(そう). それがRAS……私が、私の音楽を託せる大切なメンバー……」

 

 娘を異常に溺愛してる、頭お花畑なかーちゃんだとは思っていたが。金と権力にモノ言わせて、チュチュにコンクールの栄光をプレゼント、か……。そんなもん、音楽が本当に好きな人間にとっちゃ最高の侮辱だ。そりゃあ、チュチュが演奏以外を自分だけでこなそうと固執するのも頷ける。それが、チュチュにとっての最後の砦だったんだな……。

 

「……みんなに話すのは……難しいよな」

 俺の言葉を聞いただけで、チュチュは身を強張らせた。聞かせてもらった話はチュチュのトラウマであり明確な弱点だ。道を同じくするバンドメンバーだからこそ、万が一にも同情なんてされたくは無い筈だ。

 

「どうすればいいの……? このままじゃ……っ」

 

 ……こんなに弱気なチュチュは見たことが無い。今日ライブを見た直後だって、ここまでじゃあ無かった。……俺が、聞き出してしまったから。思い出させてしまったのが原因だ。

 

 多分、時間が解決してくれるとは思う。明日になればまたメンバーを集めて、最高の音楽を表現すべく邁進するだろう。……でも、それじゃあ今までと同じだ。他のバンドのライブを見て、心動かされて、そして歯を食いしばる羽目になる。……そんな思いはさせたくない。

 

「……まずは、知っていこう」

 

 背中を丸めていたチュチュの両肩を引き、俯いていた顔を上げさせる。

 

「RASには……お前とメンバーのみんなとの間には、音楽しかない。お互いが他に知ってることなんて、ホントに些細なことばっかりだろ?」

 

 例えば俺は、パレオちゃんがどういうアニメが好きかとか、マスキングとロックがたまーに一緒に銭湯行ってることとか、レイヤがたえちゃんのバイト先で練習したりしてることとかを知ってるけど。メンバーを集めれば練習練習のチュチュはそんなこと欠片も知らないハズ。

 

「お互いのことを知らない、"知りたい"とすら思えないような面子は、ホントに最強のバンドか? いざって時、ちゃんと足並みは揃えられるのか? ……すぐじゃなくて良いんだ。ちょっと音楽と関係ないことを、その時間を共有するだけで良いんだよ。打ち上げみたいにさ……。そうやって、みんなのことを知って……"自分のことも知ってもらいたい"。そう思えたんなら話しゃいいんだ」

 

「知って、もらいたい……」

「ああ。相手を知りたい、相手に知ってもらいたい。そんなこと思えるのは、大切な人だけだろ? もちろん無理にとは言わねぇよ。合わない、無駄だって思ったら今まで通りにやればいい。損はしないさ。でも……今までのままじゃ、(成長)もしない」

 

「…………」

 

 チュチュが揺さぶられた、他のバンドが持つ力。演奏技術とは全く別の、観客を魅了する力。それを手にするには、どうすればいいか。俺が言ったことだって、あくまで方法の一つだ。俺にはこれしか思いつかなかったが、チュチュなら他に道を拓けるかも知れない。ただ……それはチュチュに言ったように、自分の価値観と経験則だけに縛られたモノ。RASを、自分を。思い描く"最強"に近づけたいなら――。

 

「……はぁ。ソースは、ずるいわ……」

「そりゃあ、最高の誉め言葉だな」

 

 まとめてみれば、みんなともっと仲良くしよっ☆ って言ってるだけだ。しかし、言うは易く行うは難し、というヤツで。しかもそのハードルは、チュチュが勝手に高く設定してるだけ。なんせ、チュチュが馬鹿にした"お友達グループ"が呼吸をするようにしてることだ。

 

 やるなら何もかも、全部本気で。チュチュがたえちゃんに吼えた言葉だったな。

 

「……協力、してくれるんでしょ?」

「当たり前だろ? ご主人様」

 

 おどけてニヤリと言うと、ふっ、と息を吐いて。いつかのように、くすくすとチュチュも笑った。

 

「ま、気負う必要はねぇよ。そうだな、例えば……」

 

 しかし、そこまで言ったところで。

 

 ぐぅ~……。

 

 どこかで腹の虫が鳴る音が聞こえた。うん、俺じゃないから一人しか居ないね! っつーか、俺ら二人とも飯まだだからね! 俺も意識したらペコペコだわ。

 

「……みんなでメシ行くとか良いかもな。いでっ。ファミレスとかで適当にくっちゃべりながらいでっ」

 

 よほど恥ずかしかったか、スルーしてやってんのにガスガスと後頭部で攻撃してきやがる。良いのか? 耳の赤さを揶揄ってやろうかオイ。

 

「とりあえず今だな。何にすっか……」

「…………Pizza(ピザ)

 

 注文先を考えるべく呟くと、チュチュはピタリと動きを止めてそれを口にする。

 

「くくっ、オッケ」

 

 それをどことなく微笑ましく思いながら、少し上半身を起こしてチュチュの髪を梳きつつ続けた。

 

「ジャーキー刻んでトッピングしようぜ、俺やったこと無いんだよ。チュチュもやるだろ?」

 

「……うんっ」

 

 ……いつも椅子にされるのは割と不満もあったりするが、最大の理由はこれだな……。

 その弾んだ声の顔色が見られないことを、何より残念なことに感じた。でも……きっと、そう悪くない表情を浮かべているハズだ。

 



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24.チュチュの気持ち

『バンドを潰すとは穏やかじゃねぇな』

 

 私の音楽を表現するに値するバンド、Roseliaに伸ばした手が叩き落とされた時。背後からかけられた不機嫌そうな声に、私は飛び上がりそうになった。

 

 目深に被ったつばの長い帽子、背中にはギターケース。バンドマンなのは予想できたけど、正直そいつは不気味だった。

 

 薄暗闇で顔はよく見えないし、そして何より大人の男。もしこいつが私をどうにかしようと思ったら、抵抗なんて出来ない。それくらい体格には差があった。

 

 そんな不安が顔に出ていたのか、そいつは両手を上げて肩をすくめる。そして言ったのだ、廃業したギタリストだと。

 

 それを聞いて内心蔑んだ。なんだ、所詮はバンドを諦めた敗北者じゃない、って。こっちが煽ってやると、ちっぽけなプライドでも刺激されたのか、勝手にギターを取り出し始めた。

 

 こっちはそれを聞いてやるほど暇じゃない。アテが外れた以上、早急に軌道を修正する必要がある。……だから、そいつから離れようと足を踏み出した。

 

 ――結局、二歩目くらいのところで振り返ることになったけど。

 

 ゴミ箱の上で足を組んで、上半身でリズムを取りながらそいつはギターを奏でていた。聞いたことの無い曲。それでも……そいつの腕がプロ顔負けなのは間違いなかった。

 

 ギターを廃業? 意味が分からない。私が目を付けたRoseliaのギターにだって負けてない……NO(いいえ). これまで直接目にしてきたどのギタリストよりも魅力的だった。

 

 楽しそうだった(・・・・・・・)。目元は暗くて見えない。ほんの少し、口元が緩んでいるのが分かるだけ。なのに、そいつはどうしようもなく楽しそうだったの。

 

 ――Why(どうして)? その演奏に心を揺さぶられながら、私の頭の中は疑問でいっぱいだった。そんな演奏力があって、そこまで感情を曝け出して。それを響かせられるのに。どうして廃業だなんて言えるの?

 

 ――許されない。私の手を取らなかったユキナ。その時湧き上がった以上の怒りがこみ上げた。要らないなら寄こしなさい! あなたが手に入れば、きっと私の音楽を表現するための足掛かりになる!

 

 暗がりのソロライブに聞き惚れながら、ぐちゃぐちゃの思考をまとめていると。いつの間にかそいつは帰り支度をしていた。

 

 慌てて待ったをかけて、私は再び手を差し伸べた。

 ……そいつが男だと言うことにすら、この時ようやく意識が追い付いて。なんで女の子じゃないのかと八つ当たりしてみれば、言うに事欠いてちっ……!

 

 短い時間で何度もペースを乱された私は、とにかくこいつを逃がしてはならない、その想いだけを原動力に。今はまだ満足に活用できていないプライベートスタジオへと彼を(いざな)った。

 

 

『よっ、おはようチュチュ』

 

 それから、私の生活は変わった。

 

 建前で用意した役職に、ソースは妥協することが無かった。予定より起きるのが遅いと声をかけてきたし、その頃には洗濯も食事の用意も万全だった。私がどんなに早く起きても、彼に先んじることは無かったと思う。

 

『ど、どうだ? マズくないか……?』

 

 最初は、正直勘弁してほしいと思った。ソースの料理は大雑把で、フライパンに刻んだ食材を放り込んで、上から塩コショウをかけたものがしばらく続いた。一人暮らしを続けていたという彼の料理は、お世辞にも美味しいとは言えなかった。言ってやるつもりもなかったけど。

 

 でも、彼は諦めなかった。私が途中で食べるのをやめてジャーキーに手を出しても。テーブルに並んだ皿を無視してデリバリーを頼んでも。私が手を付けた料理(もの)、その反応を覚えて、時には直接聞いてきて。Mom(マム)が用意した費用とは別に自腹で食材を用意しては、私の好みに合った料理を模索していた。

 

 いつの日か、私はソースの料理を一日三食、決まった時間に食べるようになっていた。

 

 作業の目途が付かなくて、食事を忘れたり、徹夜することもあったけど。ソースは何度も夜食を作ってくれたし、部屋に籠った私に声をかけてくれた。

 

 煩わしかった。邪魔しないでほしかった。私は全力でやってる。自分のバンドを手放したあんたと違って、メンバーが集まって無くても完璧に準備をするの!

 

 ……多分、そんなことを直接言ってしまったこともあったと思う。けど、何度だってソースは私を心配してくれた。自分の何もかもを差し出して、私を支えてくれていた。

 

 ちゃんと考えれば……違う。頭のどこかでは理解していた。私が起きている間は、ソースもずっと起きていた。廊下に置いてくれた料理を忘れて作業した時も、私に気を遣わせないように黙って片づけて、それでもまた用意してくれた。

 

『……おいしぃ』

『……! そ、そっか! いやぁ、やっぱ俺って何でも出来ちゃうんだよなぁ~!! たくさん食べてでっかくなるんやで!!』

 

 作業がひと段落して、しっかり睡眠をとって。またソースのご飯を食べた時、気が緩んでふと口にした言葉。本心だった。ソースは一瞬……泣きそうになっていた、と思う。

 

 すぐに誤魔化していたし、本当に一瞬のことだったから、もしかしたら気のせいだったのかも知れない。……それでも、その出来事が脳裏から消えることは無かった。

 

 口ではお金のためだとか、社会人として仕事はしっかりせにゃならんとか、適当なことばっかり言ってたけど。ソースは、私を大切にしてくれていた。

 

 私は、ソースの言うことに耳を傾けるようになっていた。バンド関係のことなら、最初からある程度信頼している。結成したバンド活動自体は一年程度だったらしいけど、それ以前にもサポートやバイトスタッフで得たという彼の経験はとても参考になった。でもそれ以外の、例えば生活習慣が―とかそういうことはいつも聞き流していた。それを改めるようにしたの。

 

What are you doing(何してるのよ)!? 信じらんないっ!!』

 

 思えばそれは、私がいつの間にか寝てしまっていて。ソースがその下敷きになっていたことがきっかけだったかも知れない。ソースの存在にすら気づかず寝てしまうほど根を詰めることが、果たして全力を出すということなのか、と。彼は私に問いかけた。

 

 私が無理を通すことを否定しているワケじゃなかった。むしろ、認めてくれていた。凄いと、尊敬すると言ってくれた。だからこそ、私に(・・)聞いたんだ。問題無いと即答できれば良かった。でも、私は黙ってしまった。それが答え(・・・・・)だった。

 

 私がソースの意見を尊重するように、彼も私の考えに寄り添ってくれていた。最初から強要することは無かったけど、それは私が強情だったから諦めていただけ。でもその時からは、私に無茶をするな、ではなく。無茶が出来る環境を整えることを考えてくれた。

 

 ……私は、気づけば限られた時間の中で、高いパフォーマンスを発揮することを意識するようになった。ソースがある程度の無茶には付き合ってくれると知ったのに。……いえ、これも違う。

 

 私が夜更かしだとか、食事を抜いたりだとか。そんな無茶を重ねれば重ねるほど、ソースも同じことをすると知ってしまったから。

 

 作業に追われていたある日、何度目かの彼の呼びかけに応じて食卓に着くと、何故かソースと私の献立が違うことがあった。

 

 何のことは無い。ソースは私の食べ残しを食べていて、私の料理は時間帯とコンディションに合わせて、たった今作ってくれたものだったのだ。先に食べていたのなら、私と同じタイミングで食事することもおかしい。彼は私が食事を取らないと、自身も決して料理を口にしなかった。

 

 その日は、情けなくて、申し訳なくて、嬉しくて、悲しくて。いつもふかふかの枕に涙を沁み込ませながら眠った。まるで飼い主に忠実な犬のようだと馬鹿なことを考えて、自分でそれを否定した。

 

 あんなに私を大切にして、バカにして。認めてくれて、煽ってきて。鬱陶しいアドバイスにはクビにすると脅してみれば、やってみろやと中指を突き立ててくる。言い過ぎたことを素直に謝れない私に、頭を撫でて微笑んでくれる。あれは断じて忠犬なんかじゃない。

 

『Bro……』

 

 ベッドで零れたソレに、どういう意図を込めたのか自分でも分からなかった。

 

 それから私は、ソースの表情を窺うようになった。どういうことを喜んで、どういうことを悲しむのか。それが気になるようになっていた。

 

 だから、彼が……時折、寂しそうな顔をしているのに気づいた。いつからかは知らない。でも、彼はRASのセッションを見て。打ち合わせを見て。ライブを見て。一歩離れたところから、切なさを瞳に浮かべていた。

 

 私は……それが申し訳なくて、同時に嬉しかった。

 

 RASと演りたいと思ってくれている。凄いギタリストが、私の集めたメンバーに混ざりたいと羨んでいる! ……でもやっぱり、最後に残るのは申し訳ないという気持ちだった。

 

 ソースはRASというガールズバンドに、ギタリストとして参加できないことは重々承知している。自分から領分を侵すこともない。その優しさに甘えて、私はソースの瞳から逃げていた。

 

 ……だから、何度も彼の想いを無下にした。

 

『意見は取り入れる! けど……決めるのは、実行するのは私なの! 私がっ……私がやらないと……! 演奏以外は、私が全部……っ!!』

 

 彼が私の体調を心配して、雑用を手伝うと言ってくれたことは何度もある。そのたびに私は叫んだ。これだけは譲れないと。……ソースがRASに直接混ざれないから、こういうところで力になろうとしている。そんなワケ無い(・・・・・・・)と分かっていたのに。

 

 ソースが真っ先に目をかけて、何度断られても声をかけてくれるのは、結局のところ私のためだった。

 

『……Sorry(ごめん)……』

 

 何度も繰り返して、何度も傷つけて。顔を見て謝ることも出来ない私に、それでもソースはいつも微笑んでくれた。頭を撫でて、私の気持ちを一番に考えてくれた。

 

『そんなのハナゾノの都合じゃない。何であなたが送ってやるワケ?』

 

 初ライブの後も。正直私は、ソースに裏切られたような気分でいた。タエがライブイベントをダブルブッキングしてた? そんなの私には、ましてやソースにも関係ない。何でRASを……私を放って行っちゃったの?

 

 何故かわからないけど、ソースがタエを優先したことが死ぬほど悔しくて……それ以上に、目の前が真っ暗になるほど悲しかった。

 

 でも、事情を聴いてみればRASのためだった。私がタエを引き入れようとしていることを予想していて、彼女に嫌われることが無いようにと考えてくれていた。

 

『一緒に、お祝いしたかったのよ……!』

 

 自分で言ったその言葉が、余りにも都合が良すぎて恥ずかしかった。RASを誰より応援してくれているソースに、何もさせてあげられていないのに。一緒に打ち上げがしたかったなんて、どの口が吐いているんだろう。

 

 もちろん私は……私たちは、ソースが何も力になっていないなんて思ってない。RASがバンド活動だけに集中できるのは、それ以外をソースがやってくれるからだ。彼はそれを、家事手伝いの延長としか捉えていないけど。

 

『……サンキュ。嬉しいよ』

 

 恥知らずな私の言葉に、ソースは本当に嬉しそうに笑った。……また一瞬、泣きそうな顔になっていたのは気のせいじゃないと思った。そんなにも私の言葉を大切にしてくれていることが、とっても……温かかった。

 

 お詫びにとソースが取り出したショートケーキを見て、溢れそうになる何かを抑えるのに必死だった。そして……欲が出た。彼の身体を背中にして、食べさせてもらいたいなんて子供みたいなことを考えてしまった。

 

 我ながら意味不明な理屈だったけど、ソースは渋々ながらも言う通りにしてくれた。軽口を言いながら、戯れるような口喧嘩をしながら。ライブを成功させたっていう高揚感もあって、ソースの温もりは夢の中にいるようにふわふわとした気持ちにさせた。

 

 ソースと暮らすようになって私は……もう、以前の自分とはまるで違う人間になっていると自覚してきていた。

 

『俺が、スカウトしてこようか』

 

 タエのサポート終了が本決まりになってから、ソースはすぐにギタリスト候補が居ると教えてくれた。タエのヘッドハントが失敗に終わる可能性も考えて、ずっとフリーのギタリストを探してくれていた。

 

 自分で勝手に動くことはせず、演奏以外は全てやると言った私に相談してくれた。タエの件もあって、ポピパのファンだというその子を直接スカウトするのに気が引けていた私を慮ってくれた。

 

 何度も何度も、私が怒鳴って断ったにも関わらず。私を心配して、私に嫌われることも厭わずに力を貸してくれる。

 

『別に俺が引き入れる訳じゃない。連れてきて、テストして。最終的にお前が合否を出せばいいんだ』

 

 とっくの昔に、私は負けていた。Source(ソース)。まぎれもなく、彼は私の(・・)力の源だったんだ。そして、それだけでもない。

 

『俺の恋人はこのスタジオに居るから』

 

 ロックを仮のギタリストとして迎えた日、彼にそう言われた時は一瞬、頭が真っ白になった。次に訪れたのは、喜び(・・)。ソースがRASのことだと言うと、勘違いしてしまったことが恥ずかしく、同時に彼が私をそういう対象として見ていないことが分かって、切なくなった。

 

 分かっていた。

 

 ソースは私が椅子に座れと言えば、文句を言いつつも腰を下ろして私を受け止める。私を意識していない証拠だ。彼にとって私は、どんなに好意的に見ても家族の延長線上にいる何かでしかないんだ。

 

 でも、私は彼の言葉で意識してしまった。自分の気持ちの芽生えに気付いてしまった。……もう、止められなかった。

 

 楽しそうにギターのことをタエと語る姿を見て。

 

 ソースの寂しそうな視線に気づいたパレオが、私の知らないところで二人でセッションして、動画投稿していたと知って。

 

 ポピパの主催ライブで、楽しそうにサイリウムを振るソースの背中を見つけて。

 

 私の気持ちは……焦りは、どんどん加速していった。

 

 ソースは私のことを何より大切にしてくれる。そんな日が続いて、それを有難いと思いつつも、当たり前のように受け入れていた。なんでそこまでしてくれるのかを理解なんてしていないのに(・・・・・・・・・・・・)

 

 初めての感情。口に出すのも恥ずかしいけど、きっとそれは……恋心だとか、そういうもの。焦っているのは、彼の周りには魅力的な女の子が何人も居ることを意識してしまったから。そして、そんな彼女たちを私も認めてしまっている。私もまた、彼女たちに魅せられてしまっている。

 

『RASは……私の音楽は。最強だよね……?』

 

 ポピパのライブから帰ってソースに問いかけてしまったソレは、焦って見せてしまった弱さ。

 

 RASは他のバンドに劣っていないよね? ソースは()たちにのめりこんでるって、そう言ってくれたよね……?

 

 私ですら理解し切れていない感情は、運よくソースには伝わらなかった。彼はRASというバンドと他のバンドの明確な相違点を、筋道立てて教えてくれた。

 

 もうそれを聞き終える頃には、自分の恋心なんてどこかへ飛んで行った。RASを一番近くで見てくれていた人が、RASは他のバンドに比べると不利だと示してしまったから。でも、見失ったはずの炎は簡単に燃え上がる。

 

『俺に、話してみてくれよ。俺はRASじゃない。間違ってもRASの表現する音楽に悪い影響なんて出ない……いや、出さない。信じられないなら、俺をクビにしてくれりゃいい』

 

『……なんで。どうして……そこまでしてくれるの? いつも、ヒドいことばっかり言ってるのに……』

 

『そんなんおあいこだろ? それに、俺だって何度も言ってるハズだぜ。……俺は、RASが大好きなんだ。バイトとかマネージャーとか関係ねぇ。好きなヤツのために、出来ることをしてやりたい。そんだけだ』

 

 私の表現する音楽、その根源を、好きだから知りたい(・・・・・・・・・)と言ってくれた。私の気持ちを、自分の立場(バイト)よりも重要だと言ってくれた。

 

『相手を知りたい、相手に知ってもらいたい。そんなこと思えるのは、大切な人だけだろ?』

 

 その通りだ。RASの……他のメンバーに教えるのは、まだ怖い。でも、ソースには話せた。知ってもらいたい(・・・・・・・・)と思ったからだ。そして今は……知りたい(・・・・)

 

 どうして、私をそんなに大切にしてくれるの? 年下で、生意気で、立場を人質に取って憎まれ口ばかりの私を。どうして(・・・・)

 

 それをどう聞いていいかすらわからない。私が切り捨ててきた、馴れ合いだとかそういう、バンドには不要なモノ。これはきっと、そういうものの先にある。……私には、まだきっと難しい。

 

『ジャーキー刻んでトッピングしようぜ、俺やったこと無いんだよ。チュチュもやるだろ?』

『……うんっ』

 

 だから、変わろう。ソースと一緒にピザを食べて、知って行こう。まずはRASのメンバー……仲間のことから。そしていつか……ソースの気持ちを教えてもらおう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 その時にはきっと。私はもっと、ソースを好きになってる。

 

 



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25.近くて遠い感情

 最近チュチュの様子がおかしい。

 

 例えば、今までは俺とパレオちゃんが主導で撮ってた演奏動画をチュチュが撮りたいと言い出したり、あまつさえカラオケ風に字幕編集までしてしまったり。なお動画の再生数はめっちゃ伸びた。

 

 ある日は、近日にライブを控えてないのにメンバーを招集して、俺に買い出しさせた菓子やらジュースやらを広げて雑談に興じてみたり。ボードゲームに手を出した時は大概チュチュの圧勝だった。

 

 これまでは用があれば個々人に直接電話するからと、手を出していなかったL〇NEを全員にインストールさせてチャットグループを作ってみたり。ちなみに俺は皆と連絡先を交換こそしたが、RASのグループには入っていない。ガールズバンドのチャットに野郎一人居ても気ぃ使うだろうし、それは良いけど。

 

 まぁとにかく、チュチュは積極的にメンバーと馴れ合おう(・・・・・)とし始めたんだ。と言っても、別にこれはそこまでおかしい話じゃない。ポピパのライブ後にスタジオで話した通り、他のバンドにあってRASに無いものを手に入れるべく、努力し始めたってことだ。

 

 パレオちゃんにレイヤ、マスキングにロックも最初は戸惑っていたみたいだったが、敢えてツンケンする必要なんぞ当然無いので、その変化は嬉々として受け入れている。意外なことに、反応が顕著だったのはマスキングだった。無表情でちょっと考えが読めないところが目立っていたが、最近のマスキングは笑顔を浮かべていることの方が多い。

 

 おかしいってのは……何故か俺への態度も変わったってことだ。良くも悪くも。

 

『今日もおいしい。いつもありがとね、ソース』

 

 夜更かしなんぞほとんどせず、決まった時間に寝て起きて、決まった時間に飯を食うようになった。しかも、その度に美味い、ありがとうと言ってくる。

 

『ねぇ、このライブハウスなんだけど……。ソース、ここでライブしたことあるのよね? この日押さえられるか確認してくれない? 可能ならスタッフの出入り時間も』

 

 それに俺にもRASのライブ活動を本格的に手伝わせてくれるようになった。本格的と言っても、演奏周りじゃなくて雑用なんだが。お飾りじゃなく、マジでマネージャーがするような仕事を振ってくるようになったのだ。これもあって徹夜の必要が減ったのかも知れない。この辺は良い変化だな。

 

『そ、ソース! どこに行くの?』

『ん? スーパーに買い物に。何か必要か?』

『う、ううん……えと。行ってらっしゃい』

『あ、ああ。行ってくるよ』

 

 ただ何故か、俺が外出しようとするたびに寝室やらレコーディングブースからすっ飛んできて、いちいち俺を見送るようになった。帰るタイミングが分からんからか玄関先で迎えるなんてことは無かったが、帰宅した時にも『おかえり』と必ず言ってくれる。

 

 ……これも、良い変化、なんだとは思う。……でも意図がよく分からんから怖い! 急にどうしたの?

 

 そして、悪い変化はここからだ。

 

『チュチュ様ー? 起きてますかー?』

『っ! お、起きてるから! 入るんじゃないわよソース!』

 

 朝俺が起こしに行くと、今までは入れてくれてた寝室に入れてくれなくなったり。

 

『じ、自分の服は自分で洗うから!』

『え、なんで? 今まで一緒に洗ってたじゃん。つかお前、洗濯できんだろ?』

 

『バカにしないで! 出来るわよそれくらい!!』

『ただ洗濯機に入れればええんちゃうぞ? 素材とか色で分けたり、干し方だってモノによってちゃうんやぞ?』

 

『パレオに聞くわよ! ネットでも調べられるし!』

『いや、お前はRASの活動に専念しろって。そのためのバイトじゃん。 別でやったら水も洗剤も時間も勿体無ぇだろ』

 

『そんなに私の脱いだ服に触りたいワケ!? このヘンタイ!!』

『理不尽すぎんだろっ!?』

 

 洗濯物に触らせてくれなくなったり……いや語弊があるな、別に俺は洗濯物に触りたい訳じゃない。ただ……あれだ。『は? お父さんの洗濯物と一緒に洗濯とかイヤなんですけど?』って娘に言われたような気分だ……。

 

 とにかく、チュチュはどんどん変わってる。多分、俺の言葉のせいで。結果的に良いことなのか悪いことなのかは今は分からないし、俺が決めることでもないが……。やっぱり一抹の不安はある。

 

『ねぇソース。今日、一緒に寝ても良い……?』

『は? 何故に?』

 

『べ、別にいいでしょ? そういう気分なの』

『……ははぁん? ホラー特番でも見て寝るのが怖くなったのかぁ?』

 

『そうだって言ったら、寝てくれるの?』

『え、いや、別にどっちだって良いけど』

『やたっ、えへ……』

 

 極めつけはコレだ。夜中にトイレに起きるのが怖いのかとか色々煽ってみたが全く意に介しちゃいない。毎日とは言わんが、ちょくちょく就寝間際に寝間着で俺の部屋に来ては、布団に潜り込んできやがるのだ。しかも俺が起きる頃にはいつの間にか部屋に戻ってる。マジなんなん?

 

 今日もまた、無理せず作業を切り上げたチュチュは俺の部屋にやってきた。

 

「……なぁ、暑くない?」

「部屋の温度下げてるじゃない」

 

「お前が引っ付いてこなきゃ下げる必要も無いんだが」

「……イヤなの?」

 

 これだ。そんな不安そうに見上げられたら嫌なんて言える訳あるかっつーの。それワザと? だとしたら女優になれるぜ。ところでチュチュは俺と対面するように身を丸めている。頭は俺の胸辺りの高さだけど。完全に並ぶのがハズいなら、最初からやんなきゃいいのに。

 

「はいはい、ヤじゃないよ。ただ、俺が積極的に無駄遣いする訳にゃいかんだろ? 電気代だって安くねぇんだから」

 

 一人暮らしがそこそこ長かったし、安定した収入があった訳でもない。俺は貧乏性なのだ。まぁとにかく、チュチュが部屋に来ること自体が嫌なわけでは無いと、頭をぽんぽん叩きつつ口にした。

 

「良いの、私が良いって言ってるんだから」

 

 それに気をよくしたのか、チュチュは安心したようにさらに身を寄せ、俺の鳩尾に頭を擦り付ける。……そのまま頭突きしたりしないでね? 吐くよ俺。お前の頭上に。(迫真)

 

 正直今は夏真っ盛りだし、冷房が効いてようがチュチュの子供体温とくっついてると暑いんだが……。まぁ、結局あれだ。俺も隣に人がいる温もり、みたいなのは嫌いじゃなかった。

 

「……Sleep tight(おやすみ),Source(ソース)

「? おやすみ、チュチュ」

 

 たまに知らん表現が入るチュチュの英語力に、多分そんなところだろうと俺も返事をする。そうかからずに頭一つほど下の方から、すぅすぅと規則正しい寝息が聞こえだした。

 

「……分からん」

 

 ここ最近、RASは調子が良い。ライブにせよプライベートにせよ、非常に充実していると言えるだろう。SNSなんかで客の反応を見ても、さらに演奏やパフォーマンスが良くなったと評判だ。

 

 今までは圧倒的な演奏と演出を、観客に叩きつけるように表現していたRASの音楽。レイヤ、マスキング、ロックは凛とした表情で楽器を奏で、チュチュとパレオちゃんだけが笑顔を魅せていた(・・・・・)

 

 それがどうだ、このところ五人はライブ中獰猛に笑うようになった。最高を奏でるのではなく、それを超えようとするように挑戦的に、溢れ出るそれを抑えられないというように。

 

 一曲一曲が終わるたびに、客席は一瞬の静寂に包まれ。次いで爆発するような歓声が上がる。RASのライブはそういう色を持つようになった。

 

 これはチュチュの思い描いた、求めていた音楽なのか。俺が示した選択肢は、チュチュの糧になっているのか。俺には分からない。

 

 胸の中で安心しきった様子で眠るお姫様の、今の心境が俺には全く理解できないのだ。

 

「……妹、か」

 

 初めて俺がチュチュの椅子にされた日。(自分で何言ってるか分からんが)

 俺はチュチュのことを妹……あるいは気まぐれな猫のようだと感じた。そのことを思い出し、ふと最近のチュチュの言動を思い返す。

 

 当然のように挨拶をし、同じ食卓を囲んで、外出を見送って、帰宅を出迎えて。洗濯物は別が良いなんぞと抜かし、部屋には入れまいと鍵をかける。

 

「……ああ、そうか」

 

 なんてことは無い。ここにあるのはただの家族(・・・・・)だった。もともと俺はチュチュに対してそうあろうとしてきた気はする。デケェ建物にたった一人、脳みそお花畑の両親は俺みてぇな馬の骨を平気で娘に宛がう。どっかの誰か(・・・・・・)とチュチュを重ねていたんだ。

 

 別にチュチュが俺をどう思おうと気にしちゃいなかった。初めから俺の自己満足だ。でもきっと……チュチュも、そう感じてくれたんじゃないだろうか? じゃないと洗濯物を触られたくないなんて考えもしないだろう。今までがそうだった。雇用主と家事手伝い。そこに互いへの感情なんざ要らないし、どうでも良い人間が何しようがどうでも良いものだ。

 

 でも、大切だからこそ見られたくない、知られたくない、触れられたくない部分だってある。チュチュが俺に過去を教えてくれたこと、RASの皆にはまだ伝えられていないこと。似たようなもんだ。

 

「……ふっ」

 

 そう考えたら、最近のチュチュの様子は可愛らしいものに思えてきた。俺を家族と慕ってくれる。自意識過剰かも知れんが、近しい存在だとは思ってくれてるんじゃなかろうか?

 

「んぅ……」

 

 空調が効きすぎたか、ごそごそ身を捩って身体をくっつけてくるチュチュ。ベッドに広がった髪を梳いてやりながら俺も身を寄せると、眠りが浅かったか寝ぼけ眼で見上げてくる。

 

「くくっ。……愛してるぜ、チュチュ様」

 

 そんなお間抜けな様子が愛らしく、笑いを零しながら頭を撫で続ける。心地よさそうに、猫のように。チュチュも頭を俺の手のひらに擦り付けると、一言呟いて再び眠りに落ちた。

 

「私も好き……好きよ、ソース……」

 



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26.待ち合わせ

「おせぇな……」

 

 とある日の夕暮れ時。俺はチュチュのプライベートスタジオを戴く高層ビルの足元で、スマホの時間を確認すると息を吐いた。

 

 待ち合わせ中。相手はチュチュだ。

 

『そ、ソース! ナツマツリに行くわよ!』

『祭り……? あぁ、商店街のおばちゃんが何か言ってたな。オーケー、他の皆は?』

 

『都合がつかなかったわ。私たちだけよ』

『ん? 二人だけで行くのか?』

 

『な、なに? イヤなの!?』

『嫌ってこたぁないけどさ。ちょっと意外だっただけで』

 

 とは今朝のやり取りだ。最近は何をするにもRASの皆を集めてってことが多かったし、わざわざ俺と二人で祭りに行きたがるとは思わなかった。チュチュは帰国子女だから、こういう催しには縁が無かったのかもな。

 

 しかし何で俺は外で待たされてんだ……? 日も落ち始めて涼しくなってきたが、日中熱されたアスファルトはまだまだ威力を備えている。ぶっちゃけ中で涼みたいです、ハイ。

 

「お、お待たせ……」

 

 ようやっと来たか……おお?

 

「チュチュ、それ……」

「ど、どう、かしら……?」

 

 ……なるほど、何に時間をかけてたのかが分かった。チュチュは浴衣に身を包んでいたのだ。

 

 RASの字面にかけてか、紫色の地に白い睡蓮が咲き誇っている。色調は睡蓮が面積を大きく占めていて、マゼンタカラーのチュチュの髪がよく映えていた。

 

「えと……ソース?」

 

 おっとイカン。想定外の出で立ちに固まっていると、俺の反応に不安を覚えたのかおずおずと上目遣いでこちらを窺ってきた。むぅ……なんだ、格好もそうだが、しおらしい態度も相まってちょっと気恥ずかしいな。

 

「すまん、見惚れちまった。なんつーか……うん、綺麗だぞ。いつもは可愛い系に見えるけど、今日は綺麗っつーのがしっくりくる。美人さんだぜ! ヤマトナデシコってやつだ」

 

「そ、そう? ……え、えへ。へへっ……」

 

 俺が動揺を隠すように早口で言うと、お褒めの言葉がお気に召したのか、チュチュも顔を赤らめてニマニマし始めた。……思ったより喜んでくれたらしい。どうしても顔が緩むようで、両手でむにむにと自分のほっぺたを揉んでいる。

 

 おいおい……めっちゃ可愛いかよ。ご近所さんに自慢して回りたい。高層ビルの最上階に住んでてご近所さんもクソもねぇけどな!

 

「んんっ、ごほん。……それじゃあ行きましょうか、お嬢様?」

 

 普段はふざけて『おぜうさま』などと呼んだりするが、今日は恭しく腰を曲げ、手を差し出してみた。まぁ、この従者ロールプレイが既におふざけみたいなもんだが。

 

「……うん。エスコート、お願いね?」

「……!! お、おう。お任せあれ」

 

 俺の手のひらの上にちょこんと手を置いて。小首を傾げつつ、チュチュも気恥ずかしそうに微笑んだ。……やべぇ、本格的に照れる……! おかしいぞ、チュチュは妹みたいなモンなのに。

 

「か、会場周りは混むだろうから、今日は電車移動になる。足元、気をつけろよ?」

 

 ただでさえ浴衣は歩幅が狭くなるだろうし、今日のチュチュは下駄だ。無意識にいつもと同じスピードで歩かないよう注意せにゃならん。

 

 自分にも言い聞かせるつもりで手をつないだチュチュにそう言うと、チュチュは俺の右手を両手で包みながらそっと身を寄せてきた。

 

 ヤバいヤバいヤバいヤバい! 何がヤバいか自分でも分からんがとにかく何かヤバい!! なんかいつもと何もかもちげぇ!! おかしい!! 相手はチュチュだぞ!?

 

 バクバクうるせぇ左胸を左手で押さえつつ、チュチュの楚々とした態度と自分の緊張さ加減に困惑しながらも。

 

 俺はチュチュを伴って、静かに夏祭りの会場を目指した。

 



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27.夏祭りデート①

「全然空かねぇな……チュチュ、大丈夫か?」

Yes(ええ). ありがと……」

 

 休日とはいえ都内の夕暮れ時、つまり帰宅ラッシュだ。これから家に戻る人たち、あるいは俺たちと同じように祭りへ向かう人たちで電車内はごった返している。

 

 どこぞの漫画のように俺はチュチュを端に立たせ、その上から覆いかぶさるように耐えていた。電車にはつり革ってモンがあんだから、こういうのはフィクション特有の何かだと思ってたんだが……残念ながら、チュチュの身長と車内の状況的にはこれがベストだった。混雑率何%なんだコレ。

 

「ぐっ」

「きゃっ」

 

 何度目かの停車。慣性に従って車内が揺れると、背中に誰かがぶつかってきてチュチュ側につんのめる。家族連れだろうか? 甚兵衛を着たおっちゃんが『すみません』と会釈するのに、『いえいえ』と片手を振って返しておいた。

 

「うぅ……」

 

 視線をチュチュに向け直すと、チュチュは浴衣の帯を両手でギュッと握りつつ、顔を真っ赤にして俯いていた。

 

 ……ううむ、チュチュのこの態度にも慣れちまった(・・・・・・)な。さっきまでは何故かドギマギしてたんだが、電車に乗り込む頃合いには落ち着いた。チュチュはずっとしおらしいまんまだけど。あれがパレオちゃんが教えてくれた、いわゆるギャップ萌えというやつか……?

 

 学生時代からギター馬鹿扱いされてた俺は、恋愛だとかそういう青春ワードに疎い。けどチュチュに対して感じたアレは、そういうものでは無い、と思う(・・・)。俺はロリコンじゃあない筈だ(・・)。身近で思いつく女の子だと、レイヤが一番好みに近い。

 

「ワリ、次の駅までの辛抱だからさ」

「う、うん……」

 

 だからまぁ、今ではいつも通りチュチュに話しかけられる。残念ながら、と捉えて良いのか。チュチュはどう見てもリラックスとは程遠い状態に見えたが。

 

 

 

 

 

 

「とうちゃーく。お手をどうぞ、お嬢様」

「ん……」

 

 無事に電車を降り、チュチュをエスコートする。再び俺の右手に左手で応え、包み込むように手の甲へ右手も添えてきた。……さっきほどの衝撃は無いが、やっぱ照れるな、これ。

 

 と、そんなこと考えてる場合じゃなかった。それなりの人数が同じ駅で降りてる。祭りなんかじゃはしゃいで周りを見てない人間も居るし、そういう時に割を食うのはゆっくり歩いてる人だ。チュチュの歩調を考えると端に寄ったほうが良い。

 

 そんなこんなでチュチュを気遣いながら会場に向かえば、俺の振る舞いに満足いったのかチュチュはある程度いつのも調子を取り戻していた。有り難いね、その方が俺もやりやすい。

 

Wow(わぁ)……! 賑わってるわね!」

「みたいだな」

 

 いざたどり着いた会場は既にたくさんの人が集まっていて、思い思いに出店を冷かしている。完全に日が落ちた今、提灯や屋台の明かりが集まって出来た光景はなかなかの風情を感じさせる。

 

「早く行きましょっ!」

「焦るなって。転ぶぞ」

 

 浮足立ってぐいぐいと俺の腕を引っ張るチュチュを微笑ましく思いながらも、俺も久しぶりの祭りに心は躍っていた。と言っても先にやることは……仮設トイレの位置確認である! 便所で失敗したことのある人間はどんな場所にあっても便所の場所をいち早く把握するものなのだ!

 

 まぁ、チュチュに一言かけるまでもなく見つかったから、そのまま引っ張られて行ったけど。こういうのは大体会場の端にあるからね。

 

「ソース、あれっ! あれ何かしらっ?」

「んー? りんご飴か。定番っちゃ定番だな。食うか?」

Yes(うん)! あっ、じ、自分で買うわよ」

「……お前現金持ってるの?」

Of course(もちろん)! バカにしないで!」

 

 そう言ってチュチュは万札を何枚か見せびらかしてきた。……カードで厚みが増しているだろうチュチュの財布には、硬貨が入ってる様子はない。

 

「まぁ、今回は奢られとけって。おっちゃん、りんご飴一つ」

「あいよ! 可愛らしい彼女さんだなぁ兄ちゃん! まいどあり!」

「どうもー」

「かっ、カノっ!?」

 

 万札を差し出そうとするチュチュに先んじて、張り出されてる金額ピッタリに小銭を差し出す。おっちゃんの戯言にチュチュは動揺しているが、こういうのはいちいち訂正してるとキリないぞ?

 

「ほらよ」

「……Thanks(ありがと). But(でも),次は私が払うから!」

「わーったって、頼むよ。……ところでさ、財布重いから両替えしてくんない?」

 

 そう言って俺は一万円分の英世と小銭を取り出した。チュチュは訝しそうにしつつも、そのまま諭吉を差し出してくる。

 

「なんでこんなに……ちょっとは財布整理しなさい、まったく」

「悪い、気を付ける」

 

 俺が素直に頷いたのに気をよくしたか、チュチュはニコニコとりんご飴を舐め始めた。……特に、俺の行動を不審がってはいないみたいだな。良かった、これでケチ(・・)が付くことは無いだろう。

 

 こういう屋台の出店って、釣銭に使える硬貨が限られてるからな。出来るだけお釣りが出ないように気を遣うのが暗黙の了解だ。と言ってもマナーの域を出ないし、他人に強要するもんでもない。用意してるとこは過剰に釣銭ストックしてたりするしな。

 

 でも、客に連続で万札を使われた店の人間はピリピリしてることも少なくない。そういうタイミングに買い物しちまうと貯まったストレスが全部こっちにやってくる。

 

 せっかく誘ってくれたんだ、チュチュには楽しい時間だけ過ごして、気持ちよく帰って欲しいもんだ。

 

「ソースは買わなくて良かったの? りんご飴」

「ん? あぁ、どうせ食う羽目になる(・・・・・・・・・・)

「……? まぁ、要らないなら良いけど。……~♪」

 

 俺の言葉に首を傾げるも、チュチュは機嫌よくりんご飴を舐めている。安心しろ、すぐに意味は分かるぞ。

 

 ……そして屋台をゆっくり見回りながら歩くこと数分。

 

「……ソース、これ減らないんだけど。硬いし……」

「ぶっ! くくっ……だ、だろうな」

 

 じとっとした半眼で見上げてくるチュチュに、最初からそれを予想していたにも関わらず俺は吹き出した。うん、ぶっちゃけりんご飴って祭りの最初に買うもんじゃないと思う。撤収の時間になると店側も余らせたくないのか、半額以下まで値引きすることもあるし。

 

「っ! し、知ってたのね。こうなるって……!」

「まぁな。言ったろ? どうせ食う羽目になるって。もう要らないなら俺が片づけるよ」

「……お願い」

 

 赤い顔で渋々りんご飴を差し出すチュチュ。それを受け取り、俺は大口開けてバリバリ食べ始めた。

 

「はー……」

「ガリッ。バキッ! ごりごり……。良い子は真似しちゃダメだぞ、はしたないからな」

「ふふっ、そうね。はしたないものね」

 

 どんどん食らっていく様子を呆けたように眺めていたチュチュに言ってやると、お上品に口元を隠して笑い始めた。悪かったな、はしたなくて。

 

 俺がりんご飴を食い終わってからも、食べ物系を中心に回っていく。晩飯まだだからね、しゃあないね。

 

Strong taste(味が濃い)……」

「テイストが強い……? あぁ、濃かったのか。まぁこういうのは雰囲気を楽しむもんだから」

 

「それにしたってソースが……」

「俺がなんだって?」

 

No(ちがう)! 分かってて言ってるわね!?」

「ははっ、悪い悪い。とりあえず色々試せって、食いきれなかったら俺が貰うから」

 

 焼きそばに始まり、たこ焼きにフランクフルト。この辺はチュチュの舌には濃かったらしい。お口直しにかき氷を食べ、その後はクレープに手を出した。チュチュのはテンプレなデザート系、俺は野菜が欲しくなったんで惣菜系だ。

 

「ん~♪ Very sweet(すごく甘いわ)!」

「うまそうに食うなぁ……一口くれよ」

OK(いいわよ)! ソースのもちょうだい?」

 

 チュチュが差し出すクレープをかがんで一口貰い、反対に俺のクレープも口元に運んでやる。

 

「うん、甘いのも良いな」

「うえぇ……」

 

 ホイップクリームと果実の甘さを楽しめた俺とは対照的に、惣菜クレープはチュチュのお気に召さなかったらしい。年相応というか、割と野菜嫌いだからねこの子。知ってた。

 

 

 まだまだ祭りの夜は続く――。

 

 



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28.夏祭りデート②

 いろいろ食い漁って腹を満たした俺とチュチュは、祭り会場の中心地から少し離れた場所にあるベンチに腰を下ろしていた。というのも、射的やら金魚すくいやらの屋台はチュチュの琴線に触れなかったのだ。

 

 ちょっと前に知ったが、チュチュは中学生じゃない。パレオちゃんと同い年ではあるものの、インターナショナル・スクールを飛び級しているらしく、今は10年生……なんと高一に相当するとか。つまり、おつむが良いのだ。

 

 射的? あんなCork gun(コルク銃)でゲームハードの箱が倒れる訳ないじゃない。金魚? すくってどうするの? などなど。

 

 チュチュくらいの年頃なら、それが分かっていても祭りの雰囲気にあてられて少しくらい金をドブに捨てそうなもんだが、結局チュチュがそれらに手を出すことは無かった。

 

 そもそもチュチュは小遣いに困ってないから、どんなに豪華賞品だろうが祭りの屋台レベルになると射幸心なんざこれっぽっちも煽られなかったらしい。

 

「どうだ? ちょっとは楽しめたか?」

 

 多分そこまでお気に召さなかっただろうなと思いつつ、隣に座るチュチュに声をかける。

 

「……Sure(もちろん). とっても楽しめたわ」

 

 するとチュチュは俺を見上げ、ほっぺたを桃色に染めながらにこりと微笑んでくれた。お、おう。俺が思ってたよりは楽しめたらしい。基本食い物ばっかだったし、半分くらいは味が好みじゃなかったっぽいんだが……食い歩きそのものが好きなタイプだったのか?

 

「そうか、なら良かった」

 

 途中でポピパの皆やロックを見かけたりなんかもしたんだが、チュチュが恥ずかしがったので合流はしなかった。もしつまらなかったなら無理にでも合流して女の子同士で遊んでもらうべきだったと後悔したところだ。

 

「ソースは……その。楽しかった?」

「んー?」

 

 何故か上目遣いで不安そうに問いかけるチュチュ。反射的に楽しかったと答えそうになって、何故だかそれが憚られた。ちゃんと思い返すべきだと、そう感じた。

 

 ……まぁ、回想してみても答えは変わらなかったけど。

 

「あぁ、楽しかったよ。祭りなんて久々に来たけど、前はそこまでじゃなかった気がするのにな。今日は……うん、めちゃくちゃ楽しかった」

 

「そ、そうなの。そう…………良かった」

 

 ぽつりと最後に漏れた声を、奇跡的に俺は拾うことが出来た。それほど小さい声だったんだ。……多分思わず出てしまった言葉だ、耳にしたことにちょっとした罪悪感を覚える。けど……それ以上に、嬉しくなっちまう。

 

 俺がチュチュに楽しんでほしいと思っていたように、チュチュもまたそう思っていてくれたって事だろうから。

 そこで言葉は切れてしまったが、俺たちを包む沈黙はそう悪いものじゃなかった。でも、それは割とすぐに打ち破られる。

 

「……お」

Fireworks(はなび)……」

 

 俺たちが座るベンチ、その視線の先で。色とりどりの打ち上げ花火が夜空を彩りだしたのだ。海辺にある別の地区でも似たような祭りがあったんだろうな、運が良いのか悪いのか。

 

Beautiful(キレイ)……特等席ね」

「……あぁ、そうだな」

 

 もっと近くで見られればとも思ったが、チュチュに言わせれば幸運だったみたいだな。辺りに人はほとんど見えないし、そこまで音が響いてもこない。周囲には背の高い建物もなく、俺とチュチュの視界には満点の星空。それに比してなお輝かしい大輪の花が次々と咲いていく。

 

「たーまやー」

「? なぁに、それ」

 

 なんとなく言ってみると、普段と比べて気が抜けているのか、若干たどたどしくチュチュが聞いてきた。えーと、なんだっけか。

 

「昔の花火職人の名前……いや、店の名前だったかな? ライブのコールみたいなもんだよ。素晴らしい景色をありがとう、って意味を込めて、たまやーって応援するんだ」

 

 うろ覚えだけど、そこまで間違ってない筈だ。俺の言葉になるほどと頷き、チュチュも改めて夜空に視線を向ける。

 

「「たーまやー」」

 

 ひと際大きい花火が打ちあがるのと、俺の声にチュチュの声が重なるのはほぼ同時だった。そのちょっとした奇跡に俺たちは顔を見合わせ、二人してくすくすと笑う。

 

 少し離れた場所で祭りの喧騒が続く中、街灯も少なくうす暗い小道、そのベンチで。俺とチュチュは寄り添いながら、花火に視線を向けて、時折"たまや"と口を開いた。

 

 そんな穏やかな時間はいつの間にか過ぎ去り、それでも俺とチュチュは数分前の光景を惜しむように、星々が瞬くのみとなった夜空に瞳を向け続ける。

 

「…………大好きよ、ソース」

 

 だから、チュチュがそんなことを呟いた時、俺はチュチュがどういう顔をしているのか分からなかった。だが、ここ最近のチュチュの様子を思い出して、どういう意味で言っているのか見当は付いた。そして、それを嬉しくも。

 

 俺と同じように、チュチュが俺を家族として(・・・・・)受け入れてくれているということ。だから俺も、想いを口にのせる。

 

「俺もチュチュが好きだぜ」

 

 その言葉と同時にチュチュへ視線を落とすと、チュチュもこちらへ目を向けたところだった。そして、何故か……その瞳は泣いてしまいそうなほどに潤んでいた。

 

 ……やはり、人恋しい想いはあったんだろうな。俺が拾われるまで、あの建物で一人過ごしたチュチュの過去を思い、俺も目頭が熱くなってしまう。

 

「……一緒に、歩いて行こうな」

 

 家族として、チュチュを……RASを支えていこう。

 

 夜といえど夏の暑さのせいで額に汗を滲ませるチュチュ。前髪が張り付いてしまわないようにそこを撫でてやれば……『にへら』と。

 

 いまだにほっぺたを淡く染めながら、年相応の気が抜けた様子で……心底幸せそうに、笑ってくれた。

 



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29.パレオの気持ち

「チュチュ様! 今週末、夏祭りに行ってください!!」

 

 ソースさんがお買い物に出ていらっしゃる隙を見て、パレオはレコーディングスタジオのコントロールルームでRoseliaのライブ映像を見ていらしたチュチュ様に声をかけました。

 

What's that(なんですって)?」

 

 案の定ですが困惑していらっしゃるチュチュ様。ですが時間は限られています! 申し訳ありませんが手短にお伝えしなくては……!

 

「チュチュ様はソースさんがお好きですよね? もちろんLOVEの方です!」

「はぇっ!? なっ、何を言い出すのパレオっ!!」

 

 パレオに食って掛かるチュチュ様ですが、残念ながら反応が分かりやすすぎます。顔は真っ赤ですし目が泳ぎまくっていますよ?

 

 それに最近出来たL〇NEグループですが、一つソースさんのことを伺えば十は答えが返ってくるのがチュチュ様です。レイヤさんも、おそらくまっすーさんもお気づきかと。ロックさんは……多分勘付いていませんけれど。

 

「これは大事な話なのですチュチュ様! どうか誤魔化さずに!」

 

 パレオが縋る様に言えば、未だ状況が分からない様子ながらもチュチュ様は答えてくれました。

 

「ぐっ……。…………そ、そぅだけど……」

 

 とてもとても小さな声でしたが。しかし、チュチュ様が想いを自覚していらっしゃること、そしてそれをパレオに伝えてくれたこと。大事なのはこの二点です!

 

「チュチュ様。チュチュ様は、ソースさんがチュチュ様を恋愛対象として見ているとお思いですか?」

「んなっ……! ……なによパレオ、私をバカにしたかったの? どうせ私は……」

 

 そういってチュチュ様が悲し気に両手を胸元にあてつつ、俯いてしまったのを見て。ようやくパレオは、自分の発言がどう聞こえたのかに思い至りました。

 

「も、申し訳ありませんチュチュ様! 違うんです! チュチュ様はとっても可愛くて魅力的な女の子です!!」

 

 ひったくるようにチュチュ様の両手を掴み、決して蔑むような意図があった訳では無いと弁解します。ああ、パレオはなんてことを……!

 

「……良いわよ、ホントのことだし。背も低くて胸も小さい。ソースはきっと、私なんて相手にしないもの……」

 

 ……普段のチュチュ様からは想像もつかないお姿です。自分を卑下するような言葉も、悲しみに揺れる瞳も。……その様子に胸が締め付けられながらも、パレオはチュチュ様がそれだけソースさんを本気で慕ってらっしゃることに安心しました。

 

「だからこその夏祭りですよ、チュチュ様! 浴衣を着て、ソースさんをデートにお誘いするんですっ♪ 当日ソースさんに予定が無いのは確認済みですし、レイヤさんはハナさんに。ロックさんはクラスのお友達に誘われているみたいです☆ まっすーさんは出店のお手伝いに回るみたいですから、こう言ってはなんですが邪魔は入りません!」

 

What do you mean(どういうこと)?」

「日本にはギャップ萌えという言葉があります! 普段とは違う装いや態度で接して、いつもは目に入らなかった魅力を二人っきりでソースさんに見せつけるんですよ☆」

 

「……それがナツマツリに、浴衣なの?」

「その通りです! あとは出来るだけソースさんに寄り添ったり、柔らかい口調でお話ししましょう♪ パレオの調査によると、ソースさんはそう言ったギャップに弱い傾向にあります!」

 

 パレオがおすすめしたアニメの感想を律義に教えてくれるソースさんですが、ラブコメが主になる物語だと特にそれが顕著でした。

 

「で、でも急にデートなんて……」

「急ではありません! むしろ遅すぎるくらいですっ!」

 

「へっ?」

「お気づきではないかも知れませんが、ソースさんを慕ってらっしゃる方はチュチュ様の他にもいらっしゃるのです。ハナさんもそうですが、『Roselia』のギター担当の方。彼女もそう言った節が見られます!」

 

「サヨ・ヒカワが……?」

「はいっ。ソースさんのバンド『Eternity』の、ひいてはソースさん自身の大ファンであるとの情報もあります。同じギタリストであるお二人とチュチュ様では、おそらくお二人の方が優位と言えるでしょう。なのでチュチュ様は、ソースさんと積み重ねた時間を活かすんですよっ! 同じ時間を過ごした分だけ、普段とのギャップと言うのは大きな威力を発揮します☆」

 

 お二人がソースさんに恋心を抱いているとの確信は持てませんが、憎からず想っているのは間違いありません。お二人に先んじるには、すぐに行動に移す必要があるのです!

 

 パレオの熱弁に一理あると考えてくださったのか、チュチュ様は眉を寄せて難しそうに腕を組みました。それからしばらく時間が経ち、ふとチュチュ様は口を開きます。

 

「……パレオは、どうしてそこまで私の、その……こ。コレ(・・)を応援するの……?」

 

 恋というのを口に出すのはお恥ずかしかったのか、頬を赤らめて言葉を濁しつつも、チュチュ様はパレオに問いかけました。……正直それは、あまり聞かれたくない類の質問です。

 

 ――特に……ちゆには(・・・・)、絶対に言いたくない。

 

 でも、チュチュ様に不審に思われるのは本意ではありません。なので……半分だけ、お伝えすることにしました。

 

「……それはもちろん、チュチュ様のことが大好きだからです☆ チュチュ様がソースさんを慕っていらして、さらに恋人になられたなら……パレオはそれを思うだけで幸せなんです♪ ですので! 他の方に取られる前に、こうしてお話しさせていただきました!」

 

 お二人のことを差し置いても、ソースさんの周りには魅力的な女性がたくさんいらっしゃいます。RASの活動を応援してくださっている中で、他のガールズバンドともさらに接点は増えるでしょうし、早急に最低でもチュチュ様を女の子として意識していただかないと……!

 

「……I got it(わかったわよ)

 

 視線を逸らさず説得する私に折れる形で、ため息を()きつつもチュチュ様は頷いてくださいました。

 

「で、言ったからには手伝ってくれるのよね? 私、浴衣の選び方とか分からないんだけど……」

 

「はいっ☆ パレオにお任せくださいっ♪」

 

 

・・・

 

 そして夏祭り当日! パレオはチュチュ様にも内緒で、影からお二人のデートの様子を窺っていました。ストーカーと謗られても構いませんっ! パレオにはチュチュ様のデートを見守る義務があるのです……!

 

「……さ、さすがですねソースさん」

 

 いざデートが始まってみれば、ソースさんの立ち振る舞いは文字通り紳士的なものでした。チュチュ様の浴衣を初めて目にした時は珍しく慌てた様子だったので、作戦が功を奏したと思ったのですが。

 

 電車を降りて会場に着くころには、いつも通りチュチュ様のお身体を気遣って行動していらっしゃいました。やはり鉄壁でしたね……もしかすると今も緊張はしていらっしゃるかも知れませんが、それを態度に出してはいません。

 

 ……正直、ああやってソースさんにエスコートされるだけでも恋心を抱く女の子は結構居るんじゃないでしょうか? 柔和な表情を浮かべていることが多いので印象は薄いかも知れませんが、ソースさんはかなり整った顔をしていらっしゃいますから。

 

 基本的にはチュチュ様が興味を惹かれた屋台を覗いて、どういうものかをソースさんが教えているようでした。最初こそソースさんがお金を出していましたが、硬貨を持っていないチュチュ様にお渡ししてご自分で買い物が出来るよう促したり。チュチュ様に悟られないように立てて(・・・)いらっしゃいます。

 

 チュチュ様はパレオが進言した内容はさっぱり忘れてしまったと言わんばかりに、ソースさんを引き連れてお祭りを楽しんでいらっしゃいました。……悔しいですが、あのソースさんが相手ですと分が悪いです。あそこまでチュチュ様を気遣いつつ、ご自分も満喫している様子では。面倒なことは忘れて一緒に楽しい時間を過ごした方が良いと思えてしまいますね。

 

 それからもお二人は朗らかに食べ歩きを続けていて。パレオも、これはこれで良かったのかも知れない、などと考えていた矢先に。出店は一通り回ったのか、ソースさんが先導して祭り会場から少し外れた小道に入っていきました。どんどん暗くなっていくそこに、どういう理由で向かうのかと考えていると。何のことは無く、閑散としているベンチが設置されていました。

 

『どうだ? ちょっとは楽しめたか?』

 

 気づかれないようそーっと近づき、会話の内容が聞こえる距離で生垣に身を隠します。盗み聞いて申し訳ありませんが、パレオもここに至っては引けません……!

 

 綺麗に刈り込まれた枝葉の隙間からは、なんとかお二人の表情も見て取ることが出来ました。ここで関係に進展がありそうか測らせてもらいましょう……。

 

『あぁ、楽しかったよ。祭りなんて久々に来たけど、前はそこまでじゃなかった気がするのにな。今日は……うん、めちゃくちゃ楽しかった』

『そ、そうなの。そう…………良かった』

 

 ……ああ、チュチュ様にデートを提案して本当に良かった。

 

 私がこそこそしている間にも会話は続いていて。お二人の顔は幸せそうに緩んでいました。特にチュチュ様は……顔を赤らめつつも、穏やかに微笑んで。私も見たこと無いくらい、等身大の可愛い女の子で。

 

 

 良かった。安心した。この光景を見て良かったと思える自分に安心した(・・・・・・・)

 

 

 

 

 

 ――私は(・・)、ちゆが好き。そして……音無さんが好きだ(・・・・・・・・)

 

 

 

 

 

 きっかけは本当に些細で。そんなことで懸想した自分が恥ずかしくすらあった。

 

『もう遅いし、送ってくよパレオちゃん。もう暗いからね』

『だ、大丈夫ですよ☆ お家近いので♪』

 

『なら尚更だ。散歩がてらさ。こんな時間になるとお家の人も心配してるんじゃない? 一度ご挨拶して、怒られそうなら色々事情も説明するし』

『えっと……ち、近いと言っても電車には乗るんです。さすがにそこまで散歩はどうかなと……』

 

『えぇ? じゃあ車で送るよ、お金もったいない。どの辺?』

『…………です』

 

『え?』

『鴨川、です……』

 

『……車でも一時間以上かかるじゃねぇかっ!!』

『ひぅっ! こっ、このことはチュチュ様にはっ!!』

 

 意地でも送っていくと譲らない音無さんに、折れるように白状し。そんな私を車に無理やり押し込んで、音無さんはどこか不機嫌そうに鴨川へと走らせた。

 

『……はぁ。理由は分かんないけど、チュチュには家の場所、教えてないんだね?』

『……はい』

 

『分かった。黙っとくし、理由も聞かないよ。ただ、送迎はするから。親御さんは? バンドのこと知ってるの?』

『いえ……。帰りが遅くて、私がこの時間に帰宅することも知りません……』

 

 いつもは優しく話してくれるソースさんの怒った顔が、想像以上に怖くて。普段は真面目に過ごしている私には不慣れなその態度に、思わず聞かれたことを正直に話してしまった。

 

『マジか……。悪いけど、親御さんに今度時間作ってもらって。一度直接話したほうが良さそうだ』

『まっ、待ってください。べ、別に育児放棄(ネグレクト)とかそういうものでは……!』

 

 音無さんの口調から、彼が私の親にそういった(・・・・・)文句を言うつもりなのかと考えて、私は思いとどまってくれるよう説得を試みた。……私の考えは、見当違いも甚だしかったけれど。

 

 運転しながらも音無さんは一瞬きょとんとした顔を浮かべ、次いでくつくつと笑い始めた。

 

『安心してよ。っつーか、俺みたいなガキがどうして君の親御さんに偉そうに説教できるんだ? 俺が話したいのは、パレオちゃんがバンドやってるってこと。もし反対されそうなら、説得するのに直接顔を合わせた方が良いだろうってことさ』

 

 その言葉に、今度は私が呆然と口を開いた。

 

『もし補導なんかされて、家や学校に連絡されて。それからバンドが理由って知られたら、間違いなく辞めるよう言われるだろ? パレオちゃんだってそれは望まない筈だ。こういうのは、最初からきっちりしとくもんだぜ。家族のためにも、バンドのためにも……自分のためにも』

 

 ……ああ、私の考えなんて、所詮は中学生が背伸びしてただけなんだ。音無さんに言われて、ようやくそれを実感した。

 

 音無さんに、RASの皆に……ちゆに、迷惑をかけないよう。自分のことは全部自分で背負っていたつもりだったけれど、まったく想像が足りていなかった。

 

 思えば音無さんがさっきまで怒っていたのは、全部私のことを心配してのものだったんだ。あとは、多分……私のことに気づけなかった、音無さん自身に対して。私が気づかれないように立ち回っていただけなのに、この人はそういうところで自分に厳しすぎる。ハナさん……花園さんの文化祭の件でもそうだった。何で気づけなかったんだと、自分を責めてしまう。

 

 音無さんのその優しさに、自分の愚かしさに。思わず頬を濡らして肩を震わせていると。いつものように穏やかな声で話しかけてくれた。

 

『誰だって一回はやることさ。自分はなんだってできる、自分以外は頼れない……そう思い込んで調子に乗る。俺もそうだったし、今でも多分そうだ』

 

 間違いなく私が愚かだった。それでも音無さんは、共感を示してくれる。自分もそうだと。

 

『でも、意識するだけで変わる。これは自分だけの問題か? 話すべき、頼るべき相手が居るんじゃないか? 一回そう考えるだけで随分違ってくる。チュチュには……RASのメンバーには言いづらいだろうけど。俺には頼っておきなよ。俺ほど都合の良い()はいないぞ?』

 

 そんなふうに茶化してくる音無さんの言葉が温かくて、また泣いた。後日、本当にお母さんとお話ししてくれて。私のことを心配するお母さんも安心させるように、普段どういう活動をしてるとか、そういうことを一から説明してくれて。

 

 今ではお母さんも、バンドの活動を応援してくれてる。RASでパフォーマンスをする私を見られるのは、ちょっと恥ずかしいけれど。家族が応援してくれている。その実感があるだけで、まるで羽が生えたように心が軽くなってしまった。自分でも気づいていなかっただけで、私は随分思い悩んでいたらしい。

 

 私の抱えていた荷物を、さらうように背負ってくれて。テーブルに資料を広げながら真剣な表情でお母さんを説得する音無さんの横顔を見て。

 

 ……ああ、素敵な人だなぁ、って……そう思ってしまった。

 

 だから不安だった。ちゆの想いを確信した時……私が音無さんとどうこうなろうなんて考えは無かったけれど。ちゆと音無さんがそう(・・)なった時、私は心から祝福できるだろうか?

 

 そんな不安から、私はこうしてストーカーまがいな奇行に走った。でも……その甲斐は、きっとあった。

 

 いつの間にか上がり始めた花火に淡く照らされた、幸せそうな二人の表情。それはこの世の何よりも尊いものに思えた。最愛の親友と、初恋の男性。その二人が隣り合って笑っている光景を見られることが、心底幸福なことだと思えた。……我ながら歪んでいると思うけれど、誰にも共感されなくて良いし、しないで欲しい。この想いは、()だけのものだ。

 

『…………大好きよ、ソース』

 

 ああ、ちゆは本当に凄い。デートに行くよう提案こそしたけど、ここまで勇気を出すとは思わなかった。音無さんは気付いていないようだけど、ちゆは唇を噛み締めて、泣き出しそうなほど不安げな表情を浮かべている。

 

『俺もチュチュが好きだぜ』

 

 ちゆの顔色を気取(けど)った様子はなく、音無さんはそう返した。……ちゆの、想いが実った。そう認識するのに私は、おそらくちゆも少しばかり時間を要した。

 

『……一緒に、歩いて行こうな』

 

 その言葉を受けたちゆは……これ以上ないくらいに、幸せそうで。音無さん以外には見せないだろう、気の抜けた、最高に可愛い笑顔で。

 

「…………ありがとう」

 

 私は誰にともなく、ぽかぽかとした気持ちを胸に、そう呟いた。

 

 

 

 

 

 ソースさんとチュチュ様のお気持ちがすれ違っていると知るのは、ほんの少し後のことでした☆

 

 

 



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30.藪をつついて蛇を出す

「チャンネル登録者数10,000人突破☆ おめでとうございますー♪」

「おめでとーありがとー。乾杯!」

 

 RASの中で定番の息抜きになりつつある動画投稿を終え、俺は自室でパレオちゃんとグラスをぶつけ合った。今日は珍しく二人のみ。初めはこの二人だけだったのに、随分寂しく感じるようになっちまったな。

 

 レイヤにロック、マスキングは少し遅れるらしく、チュチュも今日は忙しそうだ。なんでも難航していたMV撮影の日程調整に目途が立ったらしい。先方のスタジオは半年先までスケジュールが埋まってるなんて話だったハズだが、さすがの交渉術だ。出所不明のコネも多分に発揮されてるんだろうが。

 

 まぁそんなわけで、久々にパレオちゃんと二人。Y〇UTUBEに上げた動画ページやそのコメント欄を眺めながら駄弁っているのである。

 

「さすがに伸び悩んできましたが、投稿を始めてからのペースで言えばかなりのものですね♪」

「そう、だよな……。一万ってもう数字に実感が湧かないんだよね」

 

 それなりに人気があったと自負していたバンド活動だったが、俺も当然一万人の前でライブなんざしたことは無い。ネット上で再生するのとライブに足を運ぶのじゃあ全然ハードルが違うだろうけど、少なくとも一万人。このチャンネルの演奏動画を楽しんでくれてる人が居るんだ。凄いのは分かるが、それを肌で感じるのは難しい。

 

「でもでも、どの動画もたくさんコメントをいただいてますよっ☆」

 

 パレオちゃんがタブレットを指し示してくれる通り、投稿動画はどれも大量にコメントが送られていて、一番下までスクロールするには少々時間がかかる。ありがてぇ話だべ。

 

『相変わらず上手い』

『あぁ^~パレオちゃんカワイイんじゃぁ^』

『今日は二人だけか。原点回帰?』

『結局コイツRASのなんなん?』

 

『キャーSOUさん抱いてー! わたしをつま弾いてー!!』

『パレオはRASあるけど、この人はライブとかしてないのかな。 バンド解散したんだっけ? もったいない』

『アンちゃんちょっとそこ代われや』

 

『SOUさんの歌ってるとこまた見れるとか嬉しすぎる』

『再結成待ってます!!!!!』

『RAS専用のチャンネル作ってくんないかな~。コメ欄にファン湧きすぎ。ここSOUさんのチャンネルぞ? ゲスト参加してるからしゃーないけど』

 

 RASのメンバーも含めて正体を明かして動画投稿を続けているが、反応は概ね好意的なものだ。ちらほら俺に対する不穏なコメントもあるけど、これくらいなら可愛いもんだな。もっと拒否反応が出るかと思ってたんだが。俺がSOUってことも知ってる人には知れ渡ったみたいだし、当初の目的は十分達したと言えるだろう。なんとなく始めて理由は後付けだから、目的もクソもないけどね。

 

「パレオちゃん人気だねぇ。そこ代われだってさ」

「ソースさんこそモテモテじゃないですか~☆ 男性にも女性にも♪」

 

 そう、意外なことにそうなのだ。RASのメンバーへの風評ばかり気にしていた俺だったが、俺自身のことを応援してくれる人も意外にいらっしゃったのだ。もちろん一万人もファンが居た訳無いから、SOUを知っているのはチャンネル登録者の中でもごく一部だろうけど。これが世話になった人の耳にちょっとでも入ってくれれば願ったりだな。

 

「そうだな、こんなに人気なら、俺にも春が来るかもな~」

 

 このコメント欄の中からそんな存在が出る(わき)ゃ無いけどな! いつものように適当な軽口を言うと……あり? 反応が芳しくないな。てっきり苦笑されると思ったのに。(悲しみ)

 

 パレオちゃんはきょとんとした様子で俺の顔をじっと見つめていた。

 

「………………えと。あ、あはは~ソースさんは冗談がお上手ですね☆」

 

 お、再起動した。

 

「オイオイ冗談とは失敬な。ホントに俺のことスキーって女の子が居て、もしかすると俺がその子と恋人になる可能性もなくは無いだろ?」

 

 無いけど。そう続けるとパレオちゃんはまたもやビシリと動きを止めた。どした? いつにも増して変だな。(失礼)

 

「…………い、嫌ですよソースさん♪ ソースさんには素敵な方がいらっしゃるじゃないですか~☆」

「やだなぁパレオちゃん。そんな素敵な関係の人はいないぞ~?☆ ……言ってて悲しくなってきた」

 

 俺がわざと悲し気に目を伏せるも、パレオちゃんはまだ硬直したままだった。むぅ、熱演だったと思ったんだが、これは通じなかったか。ぶっちゃけ恋愛願望薄いしなぁ俺。

 

 この話題じゃあパレオちゃんのウケを狙うのは難しそうだな、なんて考えながらグラスの茶をごくごくした。空調のおかげであまり汗をかいていないグラスを机に置けば……おぉ? その代わりと言わんばかりに、パレオちゃんの方がだらだらと結露……じゃなかった、汗を額に浮かべていた。

 

 大丈夫? この部屋ちょっと肌寒いくらいだと思うんだけど。

 

「あ、あぬっ……あのぉ、ソースさん。つくぬことを伺いますぐぁ……」

「ん? うん」

 

 めっちゃ噛むやん。

 

「その……今、お好きな女性とか、いらっしゃらないんですか?」

 

 お? コイバナか? しかもその聞きかた、まさかパレオちゃん、俺を……? とはならない。この青い顔色でそんな勘違いが出来たらそいつは多分ナルシストだな。かと言ってどういう意図での質問なのかはまったく分かんないけど。別に隠すようなことでもない。

 

「残念ながらと言うべきか、居ないねぇ。暇があればギターギターギターたまにお歌の時間だったし」

 

 ライブハウスに出入りする関係で知り合った女の人に声をかけられることはあったが、一対一だとほぼ断ったからな。そういうの(・・・・・)にかかずらってる時間でどれだけ練習できるかがいつだって頭にチラついた。今は当時ほど切羽詰まってないけど。誰にだって胸張れるくらいには俺も上手くなったからな。

 

 そんな風に懐かしみつつ応えると、パレオちゃんはまたしばらく黙り込み……そして、意を決したように口を開いた。

 

「……そ、ソースさんは……。チュチュ様のこと、どう思ってらっしゃいますか? その、す……好き、ですか?」

 

『大好きよ、ソース』

 

 パレオちゃんの問いかけを聞くと同時に、夏祭りのあの日、チュチュがかけてくれた言葉が脳裏を過る。次いで、ここ最近のチュチュの様子も。

 

『今日も一緒に寝ても……えへ。……温かいね、ソース…………ソウ。 あっ、な、なんでもなぃ……っ』

 

Shopping(お買い物)に行くのね? 気を付けてね……いってらっしゃいっ』

 

『ねぇソース。今度メンバーを集めて、Roseliaのライブ映像を鑑賞しようと思うんだけど……研究とかじゃなくてっ。あ、あくまで鑑賞会! それでその、もし私がヒートアップしちゃったら、止めて欲しいの……。っ、うん……Thanks(ありがと)

 

 不安そうに。嬉しそうに。楽しそうに。……幸せそうに。コロコロと表情を変えて、俺の名前を呼ぶチュチュの姿が鮮明に思い起こされる。

 

 チュチュのことが好きかって? そりゃ答えは決まってる。聞くまでもないはずだが……ああ、そうか。

 

 パレオちゃんはチュチュの親友だ。本人たちがどう思っていようと、どんな風に接していても。年が近くて、同じバンドで活動してる二人だ、その絆は他のメンバーとは似て非なるものだろう。

 

 俺とチュチュは最近距離が近いからな、不安に思っても(・・・・・・・)仕方ない。チュチュに危険が迫っていないか、とかな。なら安心させてやろうじゃないか、そもそもチュチュ相手に下心なんて湧かないし。……祭りの日、ちょっと普段とのギャップにときめいたのは秘密にしておこう。

 

「ああ、もちろん好きだぜ! 妹みたいに思ってるからなっ!!」

 

 俺が出来る限りの笑顔でサムズアップすると……あれ? パレオちゃんは愕然とした様子で目を見開き……パタリと、俺のベッドに倒れてしまった。えっ、ナンデ!?

 

 

 

 結局、その後集まったRASのメンバーは、当然パレオちゃんも含めて練習に入ってしまい。それから数日の間、パレオちゃんは俺への態度が素っ気なくなってしまった。すぐに戻ったけど……深く聞いたら藪蛇になりそうだし、チュチュに聞く訳にもいかん。俺がハズイしな。

 

 そんなこんなでこの日起きた、パレオちゃんの不審な態度の謎は迷宮入りしてしまったのであった。

 



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31.燃え上がれ

『――♪ ……えー、その。聴いてくれて、ありがとうございます』

 

 画面の中、いつもとは違って一人だけでギターを弾く自分の映像を確認する。

 

『あー……今日はちょっと、皆さんに話したいことがあって』

 我ながらたどたどしい喋り方に恥ずかしくなるが、何のために録画したのかを思い出せば辛うじて我慢できた。

 

『今弾いた曲……「R・I・O・T」ですね。これは普段、動画で一緒にセッションしてくれてる子たちのバンドの曲です』

 

 ロックほどとはいかないが、俺も出来るだけ一人で表現しきれるよう練習し、なんとか形にした。誰に聞かせても、ギターソロにしては不格好になっていないと自信を持って言えるクオリティだ。

 

『そのバンド……RASのメンバーと一緒に弾いちゃうと、それがRAS公認みたいになっちゃうんでね、俺一人で演らせてもらいました。……実は彼女らにも内緒なんですけど』

 

 バレたら消せと言われるかも知れんが、多分みんな、投稿動画の確認なんてしていないだろう。自分たちで上げたその日なら兎も角、俺が勝手に上げてるなんて知りもしないし、仮に知ってもいちいちチェックしない筈だ。

 

『まぁその理由なんですが……実は、近々ガールズバンドの大きなイベントがあるらしいんですね』

 

 そう、これが本題だ。チュチュの話によると、連盟が主導してデカイライブイベントを開催するらしい。予選を勝ち抜き、決勝まで上ればなんと……武道館でのライブが叶うらしいのだ。

 

 これを聞かされた時ほど自分が男であることを呪ったことはないね!

 

 ロックやサポートで入ってくれたたえちゃんには悪いが、もし俺が女なら最初からRASに参加して、このイベントで武道館ライブが叶ったかも知れんのだ……!(血涙)

 

 本気でバンドやってて武道館に魅力を感じない奴なんて極々少数だろう。他に目的があるか、演ってるだけで心底楽しい連中か。

 

 まぁともかく、そのイベントだ。自分が出られないからと腐るつもりは毛頭ない。一ファンとして、そしてマネージャーとして。俺もRASに貢献しようと考えたのだ。

 

『俺もまだ詳しくは分からないんですが、イベントではお客さんから票を集めて、その多さで順位を決めるって話で』

 

 このイベントの件は、チュチュのメタクソ高いアンテナがなんとか拾った情報だ。まだ関係者から広まっていないし、確定情報でもない。でも、秘密にしないといけない話でもないのだ。実際チュチュには伝わってるしな。

 

 他のバンドが認知すらしていない状況で、真っ先に宣伝できるのは大きなリードに繋がるだろう。チュチュがMVを撮ろうと画策しているのも、どうやらこのイベントの存在が理由っぽかったし。

 

『今の演奏、どうでしたか? 我ながら良い出来だったと思います。……でも、RASのライブはもっと凄いですよ。俺のは所詮ギターソロです。でも……他の動画で見ていただけた通り、凄腕の五人が揃ってステージで演奏します。良ければ見てやってください。んで、気に入ったら票を入れてやってください。…………でっ、では次の動画で!』

 

 言いたいことは撮り終えたが、締めを考えていなかったので間抜けな終わり方になった。……ハズいなぁ。撮り直そうかなぁ? でも今俺が一人で撮影できてるのって、RASが全員レコーディングブースに居るからなんだよね。いついち段落ついて呼ばれるとも限らん。

 

 ……ええい、このまま上げちまえ!!

 

 こうしてひっそりと、ガールズバンドのイベントが始まる前に。RASを応援する野郎一人の弾いてみた動画が、Y〇UTUBEに投稿されたのだった。

 

・・・

 

「おねーえちゃん♪ 何見てるのー?」

「っ!? 日菜、ノックを……」

「したよー? あっ、またソーさん?」

「……ええ」

 

 どうやら、よほど夢中になっていたらしい。いつの間にか部屋に入り、私の手元で動画を再生しているスマートフォンをのぞき込む日菜の声に肩を震わせて、ようやく私は我に返った。

 

『近々ガールズバンドの大きなイベントがあるらしいんですね』

 

 少し前に投稿され、SOUさんの動画に添えられていた言葉。私たちが目指しているフェスとは違う、ガールズバンドのイベント。

 ……もし、そこでRASを抑えて優勝することが出来たなら。SOUさんは――。

 

「おねーちゃん?」

「っ。え、ええ。何かしら?」

「だから――」

 

 それからも、日菜の言葉は耳を素通りしていくようだった。私たちには関係のない話。私たちには――Roseliaには、やるべきことがある。まだ告知されてすらいない、ガールズバンドのイベントなんかに……。

 

 頭では、分かっているのに。同じことがぐるぐると脳裏を過る。

 

 RASのマネージャーをしているというSOUさん。RASのギタリスト……ロックさんと言ったか。彼女はおそらく、SOUさんから指導を受けたこともあるのだろう。

 

 そんなロックさんと……彼女が参加するRASと競い、上回ることが出来たなら、私は――。

 

 この日から、私はふとそんなことばかり考えるようになってしまった。もちろん、Roseliaの活動に支障を(きた)したりはしない。けれど、少し思考に余裕が出来ると……。

 

 これではいけない。こういう雑念は、いざという時に足枷になる。Roseliaのメンバーに迷惑はかけられない。しっかりしないと……。

 そうして悶々とした思いを抱きつつも、忙しい日々は瞬く間に過ぎていき。そしてついに、その存在を知ることになる。

 

『夢を撃ち抜け!BanG Dream! Girls Band Challenge!』

 

 CiRCLEでの打ち合わせ中、偶然耳に入ったそれは、間違いなくSOUさんが仰っていたイベントだった。

 

『友希那さん友希那さん!』

『興味ないわ』

『えーっ!』

 

 関心を示す宇田川さんに、湊さんはにべもなく言い放った。……内心、気落ちしたのは事実だけれど。同時に安心もした。これで、雑念を……ありもしない期待を抱くこともなく、目標に向かって邁進できる。

 

 その、筈だったのに……。

 

「バンドリ……ガールズバンドチャレンジに出ようと思うわ」

 

 どういう心変わりなのか、湊さんのそんな言葉に。

 驚愕と、動揺。そして……身に覚えのない高揚が、全身を駆け巡った。

 

 間違いなく、湊さんを諫めるべき状況。なのに、私は――。

 

「……では、そのようにスケジュールを組み直して連絡しますので。各自確認をお願いします――」

 

 追従するように、そんな言葉を吐いてしまった。

 



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32.ガールズバンドチャレンジ開幕

Wow(ワーオ)! Sweet(イイ)! Excellent(すっごくイイわ)!! Unstoppable(やめられないわね)!! 良いアンサンブルだわ!!」

 

 前々からチュチュが画策していたRASのMV撮影があっという間に終わり、俺たちは完成した映像をチュチュのスタジオで鑑賞していた。

 

 いや、マジであっという間だった……。当日の撮影現場では俺も手伝いを申し出たんだが、半年先まで予約一杯というのは当然スタッフも凄腕揃いということで。素人が手を出させてもらえる訳もなかったのである!

 

 控え室でもパレオちゃん主導でメイクしていたこともあり立ち入れず。監督として指示を出すチュチュの後ろに突っ立って進行を見守っていただけで終わっちまった。

 

 ともあれ撮影した動画素材をすぐに編集し、一日足らずでMVとして形にして見せたチュチュは、その出来栄えに大層ゴキゲンな様子だ。

 

「はぁ。ええっと……」

「とっても素敵ってことですよ♪」

 

 チュチュの独特な言い回しに首を傾げたロックには、パレオちゃんが弾んだ声で注釈を入れた。

 

「……っ! あのっ、MV……凄かったです! 指鉄砲(ゆびでっぽう)も、箱に入ったのも……全部、でらかっこよかった!!」

 

 ロックもようやくMVの完成度に認識が至ったのか、興奮した様子でチュチュに言い寄る。うん分かる……でらかっこよかったわ……!

 

 個人的にはロックも言ってた指鉄砲、五人の姿が重なった最後に一瞬だけレイヤに画面が迫って視界が砕ける演出が最高に震えたね!!

 

「シーン一つだけが立っていてもMVは成立しない……全体が上手く重なり合って、ようやく完成する。バンドも同じ」

 

 手を腰にやって誇らしげに語るチュチュ。あぁ、やっぱりチュチュは最高のプロデューサーだった……!

 

「はぁ……」

「楽しかったな、ロック」

「はいっ! あ」

 

 俺と同じく感嘆していたロックにマスキングが言うと、ロックは溌溂と声を上げた。次いで、何かに思い至ったように手を叩く。なんだろ?

 

 ロックの先導に従うと何のことは無く、小腹を満たせるようにと塩むすびを用意してくれていたらしい。RASの皆と揃って口に入れてみれば……う、うめぇ……!

 

 どれくらいかと言われれば、あのチュチュが頬を緩めたくらいと言えば伝わるだろうか? 最近は素直にいただきますして完食して「おいしい♡」と言ってくれるチュチュだが! 最初は俺の飯にほとんど手をつけなかったあのチュチュが! 一発で満足する塩加減!!

 

 カッコ悪いから口には出さんが、ちょっと悔しかったのは内緒である。マスキングも料理上手だし、俺も精進しないとな……! チュチュがロックにリクエストしてたように、ジャーキー入りを試してみるかな? 少量の水でじっくり茹でてやれば、旨味を逃がさずに柔らかく出来るだろうし……。(主婦)

 

「さて、頃合いね……パレオ!」

「はいっ♪ チュチュ様ー☆ みなさま、こちらをご覧くださいませーっ♪」

 

 和気あいあいとおにぎりを手に取ってMVの感想なんぞ言い合っていると、チュチュが立ち上がりながらパレオちゃんを呼んだ。なんだなんだ。

 

 パレオちゃんが掲げたのは……『夢を撃ち抜け!BanG Dream! Girls Band Challenge!』と銘打たれた一枚のビラだった。なるほど。例のイベント、ついに本格的に始動したらしい。

 

「このイベントに出場するわ! 決勝に進んだバンドは武道館でライブをする権利を手に入れる……!!」

 

「武道館っ!?」

「マジかよ……!」

「ぶっ! ぶぶぶ武道館ですかぁっ!?」

 

 今回初めてイベントの存在を知っただろうレイヤ、マスキング、ロックも驚きを露わにしている。っつーか家族がライブハウスのオーナーやってるマスキングが知らないってことは、今チュチュの手にビラがあるのはとんでも無いことじゃないだろうか?

 

That's right(そのとおり)! 決勝に進めるバンドは2グループ。まず間違いなくRoseliaは勝ち進んで来るはずよ! そこでRoseliaを、徹底的にぶっ潰す……!!」

 

 久々に聞いたなぁそれ。しかもRASが決勝に上がるのは前提なのね、否定しないけど。チュチュの発言をどう受け取っているのかとそれぞれに視線を向けてみれば……。

 

 パレオちゃんはいつも通りニコニコ顔。チュチュの決めた道が自分の進む先だと疑わない、献身的な()(よう)だ。

 

 レイヤは困ったように眉を下げているけど……意図せずか口元は緩んでいる。それも当然か、武道館に魅力を感じていない訳がないし。チュチュの強気な発言は、メンバーと己の音楽を信頼してのことだろうからな。

 

 そしてマスキング。こちらはさらに分かりやすい。目を見開いて、口角はこれ以上ない程吊り上がっていた。狂犬とレッテルを貼られ、自分のバンドなんて組める訳が無いと諦めたこともあると聞いた。そんな彼女が、最高のバンドで最高の舞台を目指す。もしかすると、チュチュよりもモチベーションは高いかもな。

 

 ロックは……震えていた。パレオちゃんが提示しているビラの文字を凝視して、口は半分開いている。けど……すぐに、ぐっ、っと両のこぶしを握った。剥かれていた瞳はキッとビラの文字を睨み、震えを武者のそれに変えて己を鼓舞する。ステージでミスしたことがトラウマだと語った彼女が、聖地とも言える大舞台に挑まんとする姿勢は、最高にロック(・・・)だった……!

 

「うん……やろう、私たちで」

「ああ! あたし達がここにいる(・・・・・)ってこと、響かせてやろうぜ!」

「わっ、私も……精一杯やったるでな……!!」

 

「皆さん気合十分ですね♪ もちろんパレオも力の限り(つと)めさせていただきますっ!☆」

Of course(トーゼン)! とっくに御簾は上がってたんだからっ。ステージが整ったのなら、あとはそこで演るだけよ!!」

 

 ……ああ、眩しいな。眩しくて目が潰れちまいそうだ。こんなに近くで、こんな輝きの近くに居て良いのか、不安になるくらいだ。

 

 でも、そんな風にうじうじ悩んでいる暇はない。俺にもきっと、RASが武道館に至るために、Roseliaと頂点で雌雄を決するために。……チュチュの、願いを叶えるために。出来ることはあるハズなんだから。

 

 頷き合う五人に目を細めつつ、ロックに倣って俺もこぶしを握った。するとチュチュがズビシッと俺を指さし、こう宣うのだ。

 

「ソース! 舞台に立たないとは言え、貴方もRASのメンバーなんだから! いつも通り、ついてきなさい!!」

 

 偉そうに言って見せるチュチュに、ふっと笑いが零れた。最近、二人きりだとふにゃけた様子を晒していたのに、いざバンドのことになるとこれだ。

 

 ――どこまでも、ついて行きたくなる。応援したくなるんだ。それに……RASのメンバーだ(・・・・・・・・)と、言われてしまった。今までは俺がマネージャーだと濁していたソレに、逃げることは許されないと。

 

 傍から見たら酷い話だろう。同じ舞台に立てず、雑用を押し付けられ、表面上はメンバーなんだからサボることは許さないと、そう言っているに等しい。

 

 だが、俺の胸にあるのはどこまで行っても喜び(・・)でしかない。だから……今更になって、俺は胸を張ってこう応えるのだ。

 

「任せとけ、出来ることはなんだってやってやるさ。……俺は、RASのマネージャー(メンバー)なんだからなっ!」

 



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33.前哨戦

Yes(やったわ)! 前哨戦は私たちの勝利よ!!」

「おめでとうございまぁす!☆ おめでとうございまぁす!☆」

 

 ついに始まったガールズバンドの大イベント、『夢を撃ち抜け!BanG Dream! Girls Band Challenge!』。通称ガールズバンドチャレンジ。

 

 最初の予選ライブを終えたRASの面々はdubの控え室、イベントページの得票数を見て喜びを分かち合っていた。

 

「Roseliaが約1100、RASが1300……そう差は無いけど、RASが今のとこ一位だな」

「Roseliaは明日も予選に出るみたいだし、油断は出来ないね……」

「得票数が少なくても、回数こなせばいくらでも増えるしなぁ。あたしたちは集まれる日全部ライブに回さないと、結構キツイぞ」

 

 無邪気にはしゃぐ年少二人組に対し、俺とレイヤ、それにマスキングは神妙に頷き合う。いやまぁ、それでも三人して口元によによしてるけどね。やっぱり嬉しいし。ロック? まだ一位の実感が無いらしく、スマホ見て固まってるぞ。

 

 しかし実際、RASは学校もバラバラだから帰りに気軽には集まりづらい。対してRoseliaのメンバーは、以前たえちゃんを送った合同文化祭、協賛した二つの学校に分かれて通っているそうな。立地的に言えばライブハウスCIRCLEと学校をそれぞれ頂点とした三角形を模しており、ライブ会場で合流するのにさほど時間はかからない。RASに比べれば予選ライブの回数をこなすのは楽な方だろうな。

 

 でもまずまずの結果だ。イベントページを見てRASを知らなかった他バンドのファンも認知するだろうし、興味を持ってくれるかもしれない。俺が投稿した応援動画がちょっとでも結果に繋がってればなお良しなんだが……。ちなみにRASのMVが投稿された時点で消した。なんせ本家のMVが最強だからな!

 

 ま、すべては積み重ねだ。ひとまずはチュチュの思い通りに事は運んでいる訳だ。前哨戦なんて言ってるが、RoseliaがRASと勝負している自覚があるのかは知らんが。

 

「ふふっ、今頃ユキナはさぞ悔しがってるでしょうねっ!」

「そうかなぁ?」

 

 あ、やべ。思わず口に出てしまった。

 

「なによソース。私たちはあのRoseliaに勝ったのよ? 票数も200近く離れてる! 誰がどう見たって私たちの圧勝じゃない」

「そこに文句がある訳じゃないって。ただ、RoseliaはRASをライバルと思ってくれてるかなーって。別に、面と向かって『勝負だ!』って言った訳じゃないんだろ?」

 

「言ったに決まってるじゃない」

「マジかよ」

 

 めっちゃ当然みたいな顔されたわ。いや、たしかに俺も四六時中チュチュと一緒に居る訳じゃないし、近場に出かけるって時はわざわざ車出したりついてったりしないけど……。いつの間にやらRoseliaにケンカ売ってたらしい。

 

「私たちが……一位? し、しんじられん……!」

 

 おや、ロックが再起動したようだ。その呟きを耳に留め、チュチュはにんまりと笑みを浮かべた。

 

「信じられない? You're kidding(冗談でしょ)! ロック、あなたは自覚すべきだわ! RASの、ガールズバンドのトップを走る私たちのギタリストだってことを!!」

 

 その言葉に俺は、いやRASの全員がロックに視線を向けた。パレオちゃんは全てを肯定するように。マスキングは『しょうがないヤツだ』と言わんばかりに。レイヤは不安を取り払うようにどこまでも涼し気に微笑む。

 

 俺も……ただただ皆と同じ気持ちだと、笑顔を浮かべ。追従するように大きく頷いた。

 

「……っ、はい!! 私もRAS(ここ)で立ち続けるでね……!」

Of course(トーゼンね)! RASの伝説はまだまだこんなモンじゃないんだから! ぼーっとしてる暇なんてないわよっ!」

 

 チュチュはロックに発破をかけた後、ぐりんと勢いよくマスキングへ顔を向けた。テンションたっかいなぁ……気持ちはすっごい分かるけどね!

 

「それにマスキング! 予選ライブの参加回数なら心配する必要はないわ!」

「何でだ? 実際シビアだろ?」

「いいえ、むしろ私たちの為にある大会形式と言っても過言じゃないわよ! Because(なぜなら)!!」

 

 マスキングの疑問によくぞ聞いてくれたとばかりの声色で、チュチュは大仰に俺へ手を向けた。

 

「RASには優秀な専属ドライバーが居るもの! ライブハウスのスケジュールによっては一日で会場をハシゴするのも不可能じゃないわ!」

 

 ああ……確かに。もともと移動手段(あし)になるつもりではあった。それ前提だと他のバンドと違って、RASは移動だけならかなり身軽だ。各ライブハウスの初参加では難しいだろうが、回数重ねた場所ならある程度演出をテンプレにしてスタッフに把握してもらえば、途中参加も十分視野に入る。俺はそこまで考えてなかったけど、チュチュは最初から想定してたのか……。

 

「どうも、君たちを武道館へ導くカボチャの馬車でございます。安全運転第一なのでケツを蹴る(急がせる)のはご遠慮くださいませ」

 

 レイヤが『良いんですか?』と今にも言いそうな様子だったので、ならばと先手を打っておく。チュチュのように俺を顎で使うのは心苦しいだろうしな。慇懃な態度でふざければ、みんなしてクスリと笑ってくれた。

 

 うむ、ここで遠慮なんぞされたらマジで俺の存在意義が無いからな。ポリスメンに目をつけられるような爆走は致しかねるが、予選会場周りの地理やら混雑する時間帯を把握して、可能な限り多くのライブに参加できるよう力を尽くそうじゃないか。

 



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34.走って、振り返って、そこにある

「ほらー、声出てねーぞー。ハイいっちにーいっちにー」

「ぜぇっ……、ぜぇっ……、いち、にぃ……はぁ、いち……」

 

 とある日の昼下がり。目の前で苦しそうに足を動かすチュチュの背中を俺は追っていた。

 

「そろそろ休憩するかー?」

「はっ、はぁっ……。あ、I'd love to(お願い)……」

 

 多少は暑さも和らいできた今日この頃だが、チュチュの格好は長袖Tシャツにツバの広い帽子。下は短パンとはいえ日焼け対策にタイツも装備しているとあって見ているだけで割と暑い。

 

「ほら、そこの公園入ろうぜ。ベンチで待ってろ、水買ってくるから」

Thanks(ありがと)……」

 

 とろとろと公園に入っていく背中を見送った後、俺は近場の自販機でスポーツドリンクを買ってチュチュの元へ急いだ。敷地内を見回すと木陰のベンチに腰を下ろし、ぐでっと背もたれに身体を預けているチュチュの姿が見える。

 

「はいよ。ゆっくり飲めよ」

「ん……」

 

 隣に座ってペットボトルを手渡してやると、チュチュは頷いてちびちびとドリンクを飲み始めた。

 ここまでで説明するまでも無いと思うが、俺とチュチュは……というか主にチュチュが、体力づくりの為にジョギングしているのである。

 

「しっかしまぁ……スタミナねぇなぁ」

「しょうがないでしょ、今までは何とかなってたんだから」

 

 急にこんなことを始めたのは、もちろんガールズバンドチャレンジに向けてのことだ。今までは一回のライブで済んでいたが、予選ライブを勝ち抜くにあたって……っつーかRoseliaに勝つために、RASは一日で複数のライブハウスにエントリーするつもりでいる。

 

 チュチュの言う通り今までは何とかなっていたが、この先を考えると体力的に無理があるんじゃないかと思ったのだ。とりあえずジョギングを始めてみたけど、結果は……まぁお察しだったな。事が起こる前に分かって良かったと言える。

 

「それでどうよ。続けられそうか?」

「……続けるわよ。決まってるでしょ?」

 

 額に冷えたペットボトルを当てて息を整えるチュチュに言えば、当然とばかりに返してきた。四肢を投げ出して気怠そうに。額を、頬を、首筋を流れる汗をそのままに口を開くチュチュはパッと見やる気無さそうだが、その瞳は光を湛えている。

 

「上がった御簾(みす)を、他でもない私が下ろすなんて許されないんだから」

 

 テメェで始めたくせに、足引っ張る訳にゃいかないってか。健気なこったな。本当に健気で……これだから、どこまでも応援したくなる。

 結成したばかりの頃のビジネスライクなバンドはどこへやらだ。

 

「それにしても……ソースは、体力あるわね」

「そりゃまぁ、女子に比べりゃあな」

 

「にしたって……私と同じ距離走って、荷物も持ってるのに。息も上がって無いのが男だからってことは無いでしょ?」

 

 荷物も何も、ウエストポーチ腰に巻いてるだけなんだが。中身もちょっとした応急手当グッズと財布、あと水くらいだし。飲料水とかじゃなくて傷口なんかを洗い流す用だからそこまで量も入ってないし。

 

「ま、バイトの関係かね。ほら、お前と初めて会った時、季節バイトが切れたから話を受けるって言ったろ? だいたいガテン系だったからさ」

 

「ガテン系?」

「土木工事とかその辺。アスファルト削ってるとことか見たこと無いか?」

 

「あぁ……スタミナ付きそうね」

「まぁな。もともと体力に自信が無いってワケでもないけど」

 

 ふぅん、と気のない返事とともにスポーツドリンクを傾けてから、チュチュは少しだけ居住まいを正して口を開く。

 

「……予選でRoseliaに勝てると思う?」

 

 探る様に俺へ向けられる視線は、いつかのような不安を感じさせるものじゃない。あくまで俺の目から見て、予選ライブがどう動いていくと考えるのか、意見を参考にしたいってところか。

 

 ……どの口がと自分でも思うけど、チュチュは変わったなと。そう思うことが最近増えたような気がする。

 

「そうだな……このままいけば勝てると思うぞ」

 

 ともあれチュチュの質問だ。今のとこ、RASのエントリー回数とRoseliaのエントリー回数は少し後者に軍配が上がる。だが、得票数で言えばRASが未だ一位のままだ。

 

 これにはそれぞれのバンドがメインでエントリーするライブハウスの収容人数……キャパシティが関係している。RoseliaはCIRCLE、RASはdubってとこでそれぞれエントリーすることが多い訳だが……CIRCLEのキャパは500前後。それに比べてdubは1000前後だ。

 

 つまり、客をMAX動員できるのであれば、RASが一回ライブをするまでに、Roseliaは二回ライブをしなければならないのだ。

 

 あとは他のガールズバンドの意識。単純な話、dubがRASのほぼ独占エントリー状態なのに比べ、CIRCLEは対バンライブになり易いのである。dubのキャパに怖気づいちゃう訳だね。そうなるとCIRCLEはエントリー枠と得票数の奪い合いになる。それでもRoseliaがほとんどの票を持ってくだろうが、エントリー数の上限が無い以上今大会の一票はバカに出来ない。

 

 ぶっちゃけRASはすんごい有利なポジションに居るのである。

 

「現状でさえ得票数はRoseliaとツートップで競ってるのに、これからエントリー回数を増やすんだ。Roseliaがよっぽど奇策に走らなきゃ独走出来るんじゃないか?」

 

 今はチュチュの体力づくりの他にも、俺のドライビングスケジュールの作成。ロックのバイト先へのシフト調整もしてもらってる最中だ。融通は効きやすいだろうけどマスキングの実家の八百屋もそうだな。彼女が店番しなきゃならん日もあるだろうし。この辺りが纏まったら本格的にdub以外のライブハウスにも乗り込む訳である。

 

「RASはもう全力で走ってる。このまま走り続ければ勝てるさ」

 

 その言葉を最後にくしゃっと頭を撫でてやれば、片目をつむってくすぐったそうに肩を上げて身を縮める。

 

「……You're right(そうよね). ……全力で、やってきたんだから……!」

 

 何事か呟くと、チュチュはまたも俺の方をじっと真顔で見つめてきて……ふっ、と。緊張が解けたように肩の力を抜いて頬を緩めた。……なんスかね、たまーにこういうことあるからもうスルーしてるけど。意味深ムーブなんなの?

 

「……そろそろ再開するか?」

 

 聞いても答えは返ってこんだろうと諦め、ジョギングの再開を提案するが。俺の問いかけには応じずにチュチュはベンチで横になった。……俺の膝を枕にして。

 

「オイ、もう飽きたんか」

「ちょっとだけ、長めに休憩するだけよ」

 

 いいけどね別に。俺も本心で飽きたのかと思ったんじゃないし。奇行が理解できないだけで。

 

「なに。寝んの?」

「んーん……ただ、なんとなく……もう少しこうしてたいなって。そう思ったの」

 

 目を細めてチュチュは公園の遊具へ視線を向けた。点々と木が植えられている、閑散としたそこには誰もいない。いや誰かいたらチュチュがこうも気を抜くことは無いだろうけど。

 

 都会の喧騒から切り抜かれたような空間、陽射しから逃れて涼しい風が吹くベンチに二人だけ。

 

 ……確かに、周囲に意識を向けてみれば。なんとなく……良い感じ(・・・・)だなって、そう思えてきた。

 特別なことなんて一つもない、誰もが作ろうと思えば作れる状況。だからこそ絶対に普段意識なんてしない、どこにだってある普通(・・)だ。

 

 居るのは俺とチュチュ。そこそこ年の離れた、言っちまえば他人。バンドって接点が無きゃ絶対に築かれなかった人間関係。思いを巡らせてみれば、ここには奇跡があるのだと実感できたような気がしてきた。

 

「……恥ずかしいヤツ」

「なによ。悪いの?」

 

 自分の思考回路を(なじ)ったつもりだったが。当然んなこと知らないチュチュは、自分の言動をからかわれたのかと不満げに唇を尖らせた。

 

「いや、悪くないな。俺ももうちょい……こうしてたいかもな」

 

 俺の言葉ににへっとするチュチュを何となく弄りたくなり、俺は片手でチュチュの両のほっぺたを掴んだ。当然チュチュの顔はタコのように不細工になる。

 

「ひゃめなふぁいぉ」

「ふふっ、はいよ」

 

 ぶーたれる様子が面白かったのですぐに止めてやり、俺はチュチュの額に張り付いた髪を払い、梳いてやった。撫で心地が良いから俺がやりたいだけだけど。

 

 結局、少しだけと言いながら一時間近くものんびりとした時間を過ごし。保育園だか幼稚園だかの帰りか、子連れのママさんらが見え始めてからいそいそとジョギングに戻った。

 

 チュチュはその間ずっとご満悦だったが、俺の太腿はバッチリ痺れていた。ひょこひょこ走る俺をチュチュが気遣うことは無かったとだけ言っておこう。ちくしょうが!

 

 



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35.一騎打ち

「――オイ」

 

 少し言葉は荒いが、どこか気遣うようなマスキングの声に俺は意識を取り戻した。会場の盛り上がりを目にしながら神妙な表情を浮かべているチュチュから視線を離し、それが聞こえた方を一瞥する。

 

「大丈夫か?」

「はっ、はい……」

 

 声がかけられたのは俺じゃなくてロックに対してだったが。場所はdubの舞台袖、RASのメンバーがライブ衣装でスタンバっている。俺はもちろんお見送りだ。

 

「――RAISE A SUILEN(レイズ ア スイレン)Roselia(ロゼリア)より上だってことを証明する時が来た……」

 

 そう、今回のライブはRASとRoseliaの一騎打ち。俺が足となって幾度となくライブを重ねたRASは、ぶっちぎりでガールズバンドチャレンジのランキング一位に君臨している。

 その上で現在二位のRoseliaを対バン相手として指名し、勝者の座を揺るぎないモノにしようっつー……建前(・・)だ。

 

「Roseliaをぶっ潰す! そのPower(パワー)がRASにはある! 最強(サイッキョー)Power(パワー)が! ぶちかますわよ……!」

 

 その顔を見て、俺にはチュチュに迷いが生じているのが窺えた。多分気付いてるのは俺だけだ。チュチュが言葉の後に差し出した右腕、他の四人はすぐに意図を悟って駆け寄ったからな。チュチュの顔ばっか見てたのは俺だけだろう。

 

「ソース、何してるの。あなたも来なさい!」

「お、おう」

 

 お誘いの言葉に、ちょっとした心配は霧散して俺も急ぎ足で五人の輪に加わる。……そう、輪だ。円陣である。以前チュチュから、こういう時ってどうすれば良いの? って相談は受けてたんだ。パレオちゃんはパスパレの円陣に憧れがあったらしく、バンドに対する憧れが強かったマスキングも言わずもがな。プロデューサーとしてチュチュはそれを汲んだ訳である。成長したんやなぁ……ちなみに、有り難くも俺が掛け声(スターター)を仰せつかった。

 

「それじゃあ、いつも通り暴れてきてくれ。――御簾(ミス)をぉ――!!」

Raise it(上げろ)!」「上げましょーぅっ!」「上げよう!」「上げろぉっ!!」「上げるでねっ!」

 

 重なった六つの手、俺が頂上から下へ押しつつ言えば、一度下がったそれらは一斉に振りあがり。そして、まるで合わせる気のない声を上げて花のように広がった。

 

 チュチュの集めた暴れ馬のようなバンドメンバー。彼女たちは知ってる。無理に足並みをそろえようとする必要なんざこれっぽっちもない、最強の仲間が隣にいることを。

 それを意識するように……いや、表明するように。RASの円陣はそりゃあもうバラバラなモンになった。

 

 最後にみんなで、不敵な笑みを交わし合って――ロックはフンスと両腕を胸の前で握っていたけど――五人は舞台へ向かって行った。

 さぁ、始まるぞ……チュチュが求めてきた(・・・・・)直接対決だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『――みんな。残ってくれてThanks(アリガト)

 

 ……集計が、終わった。演奏の最後にロックが倒れるっつーハプニングはあったが、それも軽い体調不良で良かった。俺は横になって顔にタオルを乗せてるロックにつきつつ、ステージを映したモニターのRASとRoseliaに注目していた。MCを務めるのはチュチュだ。企画者だから当然だぁね。

 

『投票はしてくれたわね? ――それでは。結果発表!』

 

 チュチュの声に歓声が上がり、ステージ上のでかいモニターが投票数の集計を表示する。結果は……Roselia:581、RAS:710……!

 

『おめでとうございまぁす!☆ おめでとうございまぁす!!☆』

 

 RASの勝利を示すモニターに、パレオちゃんが花吹雪を舞わせた。あぁ、片づけ手伝わせてもらわにゃ……いやいや、そんなことは今は良い。

 

 その結果を受けて、チュチュは……何かを噛み締めるように、儚げな視線を握ったマイクに向けていた。しかしそれも数秒のことで、チュチュの様子に気付いたパレオちゃんが言葉を発する前に。チュチュは言葉を続けた。

 

『ユキナ――いいえ、Roseliaの皆さん。今回のライブ、受けてくれたことに心からの感謝を。おかげで――RAS(私たち)最強(サイッキョー)のバンドであると、改めて確信したわ』

 

 挑戦的な言葉だ。Roseliaだけでなく、あらゆるガールズバンドに対して。勝者が敗者にかける言葉としてはこれ以上ないくらい不遜な物言い。

 でも内容とは裏腹に、それを口にしたチュチュの表情は……憑き物が落ちたかのように、清々しいものだった。晴れやかという言葉の意味は、今のチュチュを見れば誰だって理解できるだろう。

 

『そして……ガールズバンドチャレンジ。その決勝は今日この時の再演になると確信しています。また、油断していては足元を掬われるとも』

 

 チュチュは、歩き出す。Roseliaの……ユキナさんの元へ。

 

『……またの共演を楽しみにしています。次は――武道館で!!』

 

 左手のマイクを下ろして右手を差し出す。その意図が分からない人間は居ないだろう。……それでも、今までのチュチュの態度からはやっぱり意外性は拭えなくて。RASとRoseliaの両メンバーは固唾を飲んでチュチュとユキナさんを見守っている。

 

『……今回の件(・・・・)は貸しにしておくわ。そして――近いうちに、取り立てに行くことも約束を。……今日のライブは、私たちにとっても意義のあるものになった。礼は不要よ』

 

 滔々(とうとう)と返して、ユキナさんは……チュチュの、その差し出した右手を取った。言い方は遠回りだったが、チュチュに対する返答だ。再び武道館で対バンをしよう、と――!

 会場が再び。言外に健闘を称え合った二つのバンドへ喝采を送ったのは言うまでもないだろう。

 

 それはもちろん、チュチュのことを見守ってきた俺も。思わず熱を持つ両目を意識しながらも、隣で横になるロックが驚かないように。

 音もなく、二つのバンドがステージから去るまで。俺は手を叩き続けた。

 



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36.紗夜の誓い

 ピーンポーン――……。

「ん? お客さん?」

 

 体調を崩し、ベッドで横になる私に構っていた日菜の意識がインターホンに向き、誰が訪ねてきたのだろうと訝しみつつも安堵の息を()いた。

 

「さ~よ~さ~ん! ぐすっ、うぅ~~!」

「宇田川さん、ちょっと……落ち着いて」

 

 それがRoseliaのメンバーが来たことを示す合図で、結局のところ静かに養生とはいかないことを暗示していたけれど。

 

「少し熱が出ただけですから」

 

 心配してくれる仲間にそう言ってみるも、日菜が高熱を出したことを話してしまう。……そう、恥ずかしいことに。dubにおけるRASとの対バンライブを終えて、今日までの練習。私は自己管理を怠り体調を崩して倒れてしまったのだ。

 

Over the Future(オーバーザフューチャー)ライブの直前に……すみません」

「今は身体が大事だよ?」

「紗夜さん、喉渇いてないですか? アイスと果物もありますよ?」

「リンゴ、持ってきたんだ。キッチン借りて良い?」

 

 私としてはしっかりと頭を下げておきたかったけれど。日菜の先導のもと、湊さんを残して流れるようにキッチンへ向かってしまった。……気を遣わせてしまっているな、と申し訳なさが募る。

 

「……湊さん」

「……?」

「こんな大切な時期に、すみませんでした。……少し、無理をしていたのかも知れません」

 

 体調を崩して気が弱ってしまったのか、私は話さなくても良いことまで湊さんへ口にしてしまう。

 

「前回のライブのような思いはごめんですから」

 

 大事なフェスが目前に控えていると言うのに、RASの挑戦に乗ってしまった。何故か分からないけれど湊さんも拒否はしなかったので、私が仕切る様にして練習スケジュールも立ててしまったのだ。普通に考えれば、当初ガールズバンドチャレンジへの出場を望んでいなかったはずの湊さんの心変わりに言及し、止めるべき立場だったにも関わらず。

 

 私の……憧れの人。尊敬すべきギタリスト。そんな人がマネージャーを務めているバンドと共演すれば、何か(・・)が掴めるのではないかと。そう考えてしまった。

 

 そうして蓋を開けてみれば……Roseliaは、RASに敗北を喫してしまったのだ。……会場にいらしていたSOUさんに、情けないところを見られてしまったのではないか、などと考えてしまう始末。

 

 いえ、私たちは最高のパフォーマンスを発揮できた。でも、届かなかった。……もっと高みを目指せたのではないかという後悔に苛まれる自分と、あれ以上の演奏は出来なかったのだからその必要はないと客観視する自分が常に心の内に居て。結局私はずっと気持ちが高ぶったままギターを練習し続けてきた。RASとの共演が終わってからずっと、だ。

 

 それでこの体たらく。あまりの情けなさに穴があったら入ってしまいたい。

 

「紗夜……」

 

 あまり表情が豊かでない湊さんが私の名を口にする。澄んだ瞳が向けられると邪な想いを見透かされているようで、私は誤魔化すように言葉を続けた。

 

「今井さんが送ってくれた画像にあったメッセージにも、申し訳なくて……」

「メッセージ……シール?」

 

「Roseliaのライブを、どれほど心待ちにしてくれていたのか……伝わってきました。……その期待に応えることが出来なかった……っ」

 

 思わず涙が溢れてしまいそうになる。本当に情けない……自分の都合でバンドを振り回しておきながら、泣いて同情を煽るなんて死んでもごめんだ。私はなんとかそれを押し留めて、震える唇をどうにか動かした。

 

「もっとやれることがあったのではないかと……っ、悔しくて……」

 

 潤んだ瞳を隠すように目を閉じる。すると……湊さんは、私を気遣うような様子は見せなくて。滔々と胸の内を明かしてくれた。

 

「私は……嬉しかったわ」

「え……?」

「シールのメッセージ、私は嬉しかった」

「湊さんが……?」

「ええ」

 

 追想するように、私に被せられた布団に視線を向ける湊さん。そこに虚飾は見られなかった。

 

「青葉さん……Afterglowが見せてくれなければ、今も知らないままだった。……それに、知らなかったことは他にもある。まだ見ぬ観客たち(オーディエンス)に向き合うと言うこと」

「まだ見ぬ観客たち(オーディエンス)……」

 

「RAISE A SUILENが、そうだった」

「……プロモーションのことでしょうか」

 

「そう」

「反省会でそんな話も出ましたが、Roseliaの方向性とは違うという結論に至ったはずです」

「ええ。Roseliaとは、違う……。だから、これもRAISE A SUILENとライブをしなければ分からなかった」

 

 ……湊さんも。私と同じように、もっと出来ることがあったのではないかと、悔いる気持ちが……?

 

「Afterglowや、RAISE A SUILENや……他にも。いろんなバンド、いろんな人がいるから。Roseliaだけでは知り得なかったことも、こんな風に……知って行けるのではないかと。Roseliaが、さらなる高みを目指すために」

「湊さん……」

 

 ……今、ようやく分かった気がする。湊さんが、何故RASの……チュチュさんの誘いに乗ったのかを。ガールズバンドチャレンジの頂点に立つ彼女たちから、Roseliaに足りない何か(・・)を見出した。それを確かめるために……。

 

「それで、チュチュさんの挑戦を受けたんですね……」

 

 こくりと頷く湊さんに……敵わないな、という想いが芽生える。私がRASとの共演に抱いた望みは独り善がりなものだったというのに。湊さんは、Roseliaがより高みへ至るための道を模索していた。……顔から火が出る思いだ。

 

「……分かりました」

 

 ――私が、これから何をするべきかが。

 

 一言呟いて湊さんへ視線を送れば、彼女も私の覚悟を悟ってくれたように、静かに微笑んでくれた。それからすぐに日菜とRoseliaのメンバーが戻ってきてくれたけれど、緊張の糸が解けた私は眠りに落ちてしまった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 夕方頃に寝てしまった私は、暗い部屋の中で目を覚ました。……眠る直前に胸に抱いた決意は、未だ熱く残っている。

 

 壁に預けていたギターを手に取り、スマートフォンの録音機能を起動して。習慣化したチューニングを手早く終えた。

 

 そして――やることは一つだけ。

 

「――♪ ――――♪ ――……」

「おねーちゃん……?」

「……ノック。忘れてるわよ」

 

 日菜を起こしてしまったのか……あるいは、起きていてくれたのか。ギターを弾き始めてすぐに部屋を訪れた妹に、お約束のような言葉を返す。

 

「……ちゃんと寝ないと、また熱が上がっちゃうよ?」

 

 ……優しい子。こんな時間まで部屋に来てくれたことを嬉しく思うけれど……やっぱり、今は弾かせて欲しい。

 

「分かってるわよ。でも……音に残しておきたくて」

 

 ――自分でも正体が分からない、疼くような淡い想いに。決別することを誓った、今日この時の音を。いつまでも、忘れてしまわないように――

 



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37.温泉回①

「なーにやってんだってばよ……」

 

 温泉旅館の客室、いそいそと窓際に寝床を確保した俺は、同室になる五人の少女らへキッと視線を向けた。

 

「ここアタシのエリアだから。アンタたち、こっちの襖から絶対入ってくんじゃないわよ? 来たら大声上げるんだからねっ?」

 

「なんなの、その気色悪い喋り方」

「普通逆じゃないかな……?」

 

「そんな離れなくても大丈夫っすよ」

「そうですよ! 私たちソースさんのこと信頼してますから!」

「はいっ☆ 並んで寝るのも大歓迎ですよ~♪」

 

「甘いっ! 甘いわアンタたち! 男ってのはちょっと隙を見せたらすぐ手ぇ出してくるんだから! 女の子ってのはね、慎重すぎるくらいが丁度いいのっ。特に男女のアレコレにはねっ! 分かったっ!?」

 

「だからそれナニ? どこかに頭のパーツ落としてきたの?」

「うるせー! こっちだってテンパってんだよ!」

 

 チュチュの見下すような視線に、思わず素に戻った俺は声を荒げた。なんなん君ら。一晩泊まる旅館でガールズバンドとマネージャーが男女同室だぁ? ありえねーぞそんなの!

 

「くそっ、やっぱ強引にでも帰るべきだったぜ……」

 

 どうしてこんなことになっているのかと言えば、ロックからの応援要請が原因だ。ロックのバイト先のライブハウス、Galaxyが軒を連ねる商店街。そこの長老さんたちが慰労のため温泉旅館を予約してたらしい。ところが大所帯のご老人が揃ってギックリ腰に。当日のキャンセルは通らないらしく、旅館に宿泊して欲しいと頼まれたのである。これには他のガールズバンドも含まれていた。

 

 誘われた直後は断っていたパレオちゃんとチュチュだったが、その理由は前者が自宅との距離。後者は風呂嫌い故である。パレオちゃんの家からだと三時間半もかかるみたいだからな……。でもそんな理由で仲間外れなんて不憫だと、俺が再び足として名乗りを上げたのだ。

 

 参加できるとなればパレオちゃんは喜び勇んでチュチュも誘う。難色を示していたチュチュだったが、パレオちゃんの説得が成功したらしく、こうして参加することに。二人して例の隙間空間でゴニョゴニョ話してたから詳しい話の内容は知らんけど。

 

 で、だ。二人を旅館に送り届けて帰ろうとしていた俺は、当のチュチュに道連れにされたのだった。

 

『行きたくないって言った私を参加させておいて、ソースだけ逃げる……? ふふっ、Funny joke(面白い冗談ね)……。で、来るわよね?』

 

 いつになくドスの効いた声に股間がヒュンとなり、反射的にコクコク頷いてずるずるこんなとこまで来ちまったのだ。おかしい、誰か拒否れよ女子高生ども。

 

「でも、こういう機会も中々無いだろうし。折角来たんだから、楽しまないと勿体ないんじゃない?」

「そうですねレイヤさんっ♪ パレオも温泉楽しみですぅー☆」

 

「……まぁ、そうかもな」

 

 ここまで来たら、俺だけギャンギャン言ってるのも鬱陶しいだろうしな。腹くくるか……。

 

「でもっ! 備え付けの露天風呂は譲ってくれ! この旅館、女性専用風呂はあっても逆は無いみたいだし。俺が外の風呂行ったら他の子たちと事故起こしかねん」

 

「分かったっす」

「ちょっと申し訳ない気もするけど……ソースがそれで良いなら」

「パレオも了解しました~☆ ねっ、チュチュ様♪」

「え、えぇ……」

「わ、私もっ。うっかり入らないように気をつけます!」

 

 ちょっとチュチュが言いよどんだのが気になったが、それより後のロックに意識が行く。マジでうっかりはやめて? 最悪どっちかが驚いて声上げようもんなら旅館の人が様子見に来かねん。そうなったら俺は痴漢の謗りを被る羽目になる……!

 

「はぁ……うしっ! 切り替えて楽しむかぁ」

 

 言いいつつ木製の椅子に腰を下ろして姿勢を崩すと、五人もそれぞれに腰を落ち着けた。来たばっかだし、みんな少しリラックスしてから風呂に行くんだろう。

 

 ……全員が出ていくタイミングじゃないと風呂入りづらいな……。戸に張り紙でもしときゃ良いんだし、そもそもみんな風呂に近寄らないようにしてくれるだろうけど。気になるもんは仕方ない。

 

「んんっ、コホン」

 

 そんなことを考えていると、ワザとらしい咳払いが。そちらへ視線をやれば他の四人も同様に注目している。俺たちの目を集めたのはチュチュだった。

 

「えぇっと……。い、良い機会だから。ちょっと話しておきたいことがあるの」

 淡くほっぺを赤らめてたどたどしく言うチュチュに、俺たち五人はなんのこっちゃと視線を交わした。どうやら心当たりのあるメンバーは居ないらしい。

 

「……その。この前の、Roseliaとの予選ライブ。私のワガママに付き合ってくれて……ぇっと。さ、Thanks(さんくす)……」

 

「…………お、おお。どうしたんだ? 急に」

 いつになく素直な様子のチュチュに思考が停止しかけた俺は、何とか先を促した。四人もキョトンとした表情でチュチュの言葉を待っている。

 

「……わ、私が。Roseliaに挑戦した理由(ワケ)、話しておこうかと思って……。But(でも)っ、べっ、別に聞きたくなかったら良いケドっ!?」

 

 静かに聞き入る俺たちに居た堪れなくなったか、あるいはチキったか。やっぱやーめたとばかりに話を終わろうとするチュチュ。だがその小さな手を両手で包み込んで、凛と声を放ったのはレイヤだった。

 

「聞きたい。チュチュの話。続けて?」

「えぅ……わ、分かったわ」

 

 中途半端に立ち上がりかけていた腰を下ろし、チュチュは更に顔を赤くして口を開く。そしてそれは――いつか、震える声で俺に聞かせてくれた、チュチュが求める音楽の根源。

 

 あの時は、メンバーに話すなんて考えすらしなかっただろう。でもチュチュは、RASの仲間にそれを打ち明ける決心をしたんだ。……思えば、それももう不思議な話じゃないのか。

 

 以前のチュチュは、メンバーの演奏技術を尊敬していても。その個々人のプライベートには毛ほども興味を抱いていなかった。それが、今では大嫌いな風呂にみんなで来るほど仲良くなって。……そして、自分のことを知ってもらいたいと、そう思えるほどになっていたんだ。

 

 LI〇Eなんかのチャットは俺の知り得るところじゃないけど、そこでもきっと親交を深めていたハズだしな。

 

 チュチュの小さな唇から紡がれる内容に、パレオちゃんも、レイヤも、マスキングも、ロックも。目を見開きつつも静かに聞き入っていた。

 

 高名な演奏家を家族に持ち。自身も楽器を手に取ったけれど、どれだけ練習に時間を費やしても上達することは無くて。それでも母は持ちうる力を使って我が子に仮初の栄光を授ける。

 

 望まずとも鍍金(メッキ)で彩られる音楽の道を、チュチュは自らの意思で断ち切った。茨の道に突き進むことになっても、綺麗なドレスが自らの血で汚れようとも。チュチュは自身の音楽を表現すべく立ち上がったのだ。

 

 そして――見つけたのがRoselia。チュチュの考える最強の音楽を表現できるガールズバンド。だが、チュチュが伸ばした手が取られることは無かった。Roseliaにプロデューサーなんて(・・・)必要ない、そう言われてしまった。

 

「私にとって……楽器が弾けない私にとって、バンドのプロデュースは、音楽を表現する唯一の手段だった。それをユキナは侮辱した……! そう、思っていたの」

 

 悔し気なチュチュの顔に、誰もが沈痛な表情を浮かべていた。そりゃあそうだ。ユキナさんに他意は無かったんだろうが、それはチュチュのパーソナリティの全否定だ。敵視するのも無理はない。

 

「ごめんなさい、パレオ。その時にはもう、あなたに名刺を渡した後だったのに……」

 

 あれ、そうだったのか。それは初耳だな……。しかし、この話は色んな意味でデリケートだ。もしRoseliaがチュチュの手を取っていたとしたら、パレオちゃんは誘われておきながらバンド活動に参加できない状態になってたってことだぞ。チラリとパレオちゃんに目をやれば……あれ、なんか嬉しそうだな?

 

「と……とんでもないですチュチュ様! チュチュ様のお気持ちを考えれば無理のないことだと思います。お気に病まないでください……むしろ、パレオは嬉しいですっ。そのお話はチュチュ様から仰らなければずっと隠せたはずです。それを打ち明けていただけただけで、パレオはっ、もう……!」

 

 あぁ……なるほど。チュチュは自らの保身じゃなく、パレオちゃんへの誠実さを優先したのだ。チュチュ至上主義のパレオちゃんにとって、こんなに嬉しいことは無いだろう。

 

 それからも話は続いた。Roseliaに振られた直後、俺に遭遇してマネージャーとして雇い。いや書類上は家事手伝いが本業なんだが。俺の心当たりからレイヤとマスキングを見初め、たえちゃんのサポートを経てロックが加入した。

 

 そこからのバンド活動は順調だった。ガールズバンドとしての評判も上々で、Roseliaにも劣らない……いや、彼女たちを超え得るバンドを作り上げたのだ。そう、チュチュは思っていた。ポピパのライブへ足を運ぶまでは。

 

「胸が躍ったわ。ポピパが……あんなにやる(・・)なんて思わなかった。他のバンドだってそう。RASの方が演奏力は勝ってるのに……どうしてあんなに魅力的だったのか、私には分からなかった。……ソースに相談するまではね」

 

 チュチュがそこで話を一旦区切ると、五人の視線は俺に集まる。え、そういう話の流れになるの? いーじゃん自分で気づいたってことにしとけや……。

 

「ソースに言われた……バンドメンバーを部品(パーツ)みたいに扱ってるようじゃ、ポピパや彼女たちのライブに参加したバンドが持つ魅力は表現できない、って……。But(それでも)私の音楽は(・・・・・)最強だから、無理に馴れ合う必要は無いとも言ってくれたけど。もっと上を目指すには、もっとあなたたちと接するべきだって……殻を破るべきだって、私は判断したの」

 

「ソースがそんなことを……」

 

 レイヤがそれだけ口にして、俺に尊敬のまなざしを向けてくる。というか他の三人も口開かないだけで一緒だ、チュチュはちょっと恥ずかしそうにしてるけど。くすぐったいから勘弁してくれませんかね? 過去の格好つけをほじくり返されてる気分なんだわ……。

 

「些細なことでチャットして、バンドの後は打ち上げParty(パーティ)。そうやってあなたたちと積み重ねた時間は、RASを確かに強く結びつけた。私は……前よりずっと、RASが最強のバンドになったって実感した。……Roseliaなんかよりもずっと、って……」

 

 事実、ガールズバンドチャレンジではぶっちぎりで一位に。そこに至ってついに、チュチュは打倒Roseliaに動き出した。dubの予選ライブ、2グループのみの対バン。そこで得票数を競い、勝敗をつけようと。そしてチュチュは――RASは、100票以上の差をつけてRoseliaを下したのだ。

 

「本当はあの時、会場を煽ってコールでもさせようと思ったわ。舞台袖で円陣を組む直前まで、それが私のPlan(よてい)には組み込まれてた。でも……演奏が終わって、集計が終わって。その時やっと、ユキナが私のプロデュースを断った理由が分かったのよ」

 

「ユキナさんが断った理由……?」

 俺も初耳の話だ。思わず漏らすと、チュチュは頷いて……また、かぁっと頬を染めてぽつぽつと続けた。

 

「自分たちで作り上げたバンド。……キズナ。お互いのことを深く知って、ぶつかって……そうやって築いた輝きが、そのバンドにとって最強の音楽を奏でるのよ。それが、あのライブで分かった。パレオ、レイヤ、マスキング、ロック。……見守っててくれたソース。あの瞬間、私たちは最強のバンドになったんだわ」

 

 羞恥に染まった肌を、もう開き直ったか隠しもせず。チュチュは俺たちの顔を見回して微笑む。……あかん、なんか泣きそうなんだが?

 

「もしRASをプロデュースしたいなんて輩が現れたら、それはただの異物よ。……And(そして)、私はRoseliaにとってのソレだった。あのステージでようやく、そのことに気づけた」

 

 確かにあのライブで、チュチュの様子にちょっとした違和感を覚えてはいたが。そんなこと思ってたのか……。

 

「こっ、こんな機会だし、普段じゃ絶対言わないから。せ、せっかくだし言っておこうと思って。…………その」

 

 旅の勢いってヤツなんだろう。チュチュも何を言いたかったのか、何を言おうとしていたのか、頭の中がぐちゃぐちゃになってるみたいだ。

 

 ……でも、もう十分だ。チュチュが話してくれたこと、そのすべてが堪らなく嬉しかった。パレオちゃんにレイヤ、マスキングにロック。四人も一緒だろう。だから、いつまでも言葉が見つからない様子のチュチュを待つ。言いたいことはなんだって、聞いていたい気分だった。

 

「……RASに入ってくれて。……私に、演奏を預けてくれて。私の音楽を、奏でてくれて。Than(サン)……本当に。本当に……ありがとう」

 

 その言葉を最後に、にっ。と誤魔化すように照れ笑うチュチュへ。

 

「チュチュ様ぁあああっ!」

「チュチュっ……!」

「チュゥゥチュゥゥウウ!!」

「ぢゅぢゅざぁああああん」

「きゃぁあああああ!?」

 

 心打たれたメンバーが飛び掛かったのはしょうがないことだろう。なんなら俺だってギュウギュウ抱きしめてやりてぇよ、怖いからやんないけどね!

 

「ぐぇぇ……Help(たすけて)……」

 

 さっきまで泣ける話をしてた張本人が、四人に潰されてカエルみたいなうめき声を上げる。それを耳にした俺は思わず声を上げて笑っちまった。

 

 その時頬を伝った感触は……多分、笑いすぎたせいだってことにしておこう。

 



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38.温泉回②

「ふぃー……極楽極楽……」

 

 頭にタオルを乗せて露天風呂の(ふち)に背を預けて、年寄りじみたセリフを吐きながら俺は空を見上げた。パレオちゃんを拾ってチュチュのマンションを経由した上での合流だったもんで、日はとっぷりと暮れている。

 

「……良い景色だなぁ」

 

 雲は薄く伸びているが月明りや星の瞬きを遮ることはせず、今頃になって今日が満月であることを知った。月面のクレーターまで見えるんじゃないか……は言い過ぎかもだが、空の底が突き抜けたような夜景。夏目漱石だったかな?

 

 外の風呂に比べれば客室備え付けのこちらは小ぢんまりしているが、それでもひと家族が一緒に浸かるほどのスペースはある。気が大きくなった俺は両腕を縁に乗せ、大きく足を伸ばして絶景を楽しむ。

 

「……寂しい」

 

 いやまぁ、ちょっとだけね? さっきまでRASで集まってワイワイやってたから、その差を感じるってだけで。風呂なんて本来一人で入るもんだし。……でも、この広さに余裕のある露天風呂で一人ってのは、そこまで嬉しいもんじゃないな。……あーやだやだ、こういう時って連中(・・)の顔がよぎって鬱になるんだよな。

 

 感傷に浸るのはやめて、無心で夜空を楽しむとしよう……。

 

 

 ……。

 

 

 …………。

 

 

 ………………。

 

 

 

 

 

 

 カタッ、カラララ……。

 

 ………………。

 

 トッ、とん。ふぁさっ……カタンッ。スー……。

 

『そっ……ソース、入るわよ……?』

「おー……」

 

 スー……カタンッ。

『えっ……と。こ、このSoap(石鹸)使って良いのよね……』

 

「おー……」

 ………………。

 

 キュッ。シャー……。

 

 ………………。

 

 パシャッ、シャー…………キュッ。

『ぉ、OK(よし)。そそ、そっち行くからねソース。こっ、こここっち見るんじゃないわよ?』

 

「おー……」

 ………………あれ? なんかチュチュの声が聞こえたような。

 

 まさかな、と思いつつくるりと首を後ろに向けてみれば。

「なっ!?」

「ちょっ! こ、こっち見ないでって言ったじゃない!!」

 

 何でチュチュがここにいる!? しかも素っ裸で!! いや風呂だし当たり前なんだがそうじゃねぇっ!! 右腕で胸を隠してタオルを身体の前にかけつつ左手は股間を押さえてるから、一応際どいとこは見えてないけどっ……そもそもなんで入ってきた!?

 

「うっ、ううぅ……」

 

 顔を真っ赤にして俺の目を恥ずかしがり、呻きつつチュチュはしゃがみこんだ。気持ちは分かるがそれもマズイっつの……! その膝と膝の隙間を認識しそうになった瞬間、俺はやっとのことで視線を夜景に戻す。あっ、あぶねぇ……!

 

「なんで入って来たんだよっ、張り紙してあったのに……!」

「は、入るって言ったじゃない」

 

「そういう問題じゃねぇっ。理由を聞いてんだよ……!」

 

 わざわざ【男性が入浴中です】って勘違いのしようもない張り紙をしてたっつーのに。そもそもお前らにはここ譲れって言ってあったろ! 全員が風呂入るって部屋出たタイミングで入ったし! お前も一回外出ただろ!

 

「…………」

 俺の問いかけに、チュチュは答えない。だけどゴクリ、と唾をのむ音が聞こえてきた。

 

「とっ、隣。行くから」

「あっ、おい……っ!?」

 

 ようやくかけられた言葉は俺の意思をガン無視したもので、思わず視線を向けそうになり……その途中でまたも無理やり首の動きを中断、俺は顔面を空へ向ける。もう顔の横には一糸まとわぬ細い足が見えていたからだ……!

 

 ちゃぷ……と水面が淡い音を立てて、俺の右隣にチュチュは腰を下ろした。もちろん素っ裸でな!

 チュチュが隣でどういう表情を浮かべているのかは分からない。そっちに視線を向けないようにせざるを得ないからだ。チュチュの顔を見るのはもう裸を見るのとイコールだぞこれ。

 

「…………」

「…………」

 

 チュチュの意図が分からん……。だから俺はチュチュが何かしらアクションを起こすまで黙るしかない。多分用があるんだろうし、俺が先に出ようとすりゃあ止めるだろう。無理矢理追い出すのも論外だ、騒いだら旅館の人やバンドの子らに気付かれる。

 

 それから一分、二分……もう分からん。それなりに時間が経ってから、チュチュが隣で深呼吸。長く細く息を吐いた。

 

「……そ、ソース。こっち見なさいよ」

「はぁ~~~~?」

 

 突拍子の無い言葉に俺は大口開けて疑問の声を上げる。当然お月様に向かってだ。さっきは見るなって言ってたのに今度はなんだ? いや別にさっきも見ようとして見た訳じゃないけど!

 

「わっ、私みたいな年下の裸なんてなんでもないでしょ? ここ、こっち向いたっていい良いじゃない」

「いや俺がどう思うとかの問題じゃないから。公序良俗的なあれだから。それに声が上ずってるから。恥ずかしがってんのバレバレだから」

 

 俺が畳みかけると、チュチュは「ぐっ……」と一言、それからまた沈黙した。なんなんなんなーん?(困惑)

 

 それからまた数分。今度はちょっぴり、比較的神妙な様子でチュチュは口を開いた。

 

「ね、ねぇソース。さっきの話、どうだった? うまく、伝わったと思う……?」

 

 "さっきの話"が何かは、考えるまでもないな。

「……ああ、伝わったさ。俺だって、Roseliaとの話を聞いて、チュチュの想いは伝わったよ。……聞かせてくれて、嬉しかった」

 

 ちゃぷ、とまた水面が揺れる。チュチュが身じろぎしたようだったが、詳細はもちろん分からん。

 

「……あの日。ソースが教えてくれたバンドに、RASはなったわ。私が知りたいと思えて。私のことを知って欲しいと思える仲間になれた」

「そりゃあ……何よりだ」

 

 もっと気の利いた言葉を返したいが、俺も大概テンパってるからそんなことしか言えなかった。だが、チュチュの本題は別にあったらしい。

 

「だから今度は――ソースのことも、知りたいの」

 



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39.温泉回③

「だから今度は――ソースのことも、知りたいの」

 

 その言葉は……嬉しい。素直に。純粋に。でも……なんで今なの……!? よりによって風呂に突入して! 聞くべきことじゃねぇだろ……!

 

「こ、こういうの、ハダカノツキアイって言うんでしょ? わわ私だってそれくらい知ってるんだから。When in Rome, do as the Romans do」

 

「ローマがなんだぁ?」

「だからつまり――日本では日本のルール(流儀)に従うってことっ」

 

 ああ、"郷に入っては郷に従え"の英語版なのね。いやぁチュチュ様は頭が良いなあ! 頭いいのになんで常識に欠けるのかなぁ!!

 

「もういいよ……好きに聞けよ……それで出てってくれるなら何でも答えるよ……」

 

 そう言って俺は遠くを見つめた。ふふ、宝石が散りばめられたような満天の星☆(疲労困憊)

 

「じゃぁ……ギターを始めたきっかけは?」

「……言ったこと無かったか? 俺が小学生のころ、姉ちゃんが追っかけてるバンドのライブに俺を連れてってな。そこで対バンしてたグループのギタリストに憧れて、って感じだ。もう解散したけどな、そのバンド」

 

「へぇ……バンドは? Eternity(エタニティ)。どういう繋がりで組んだの?」

 

 ……まぁ、その手の質問するよな、普通に考えて。あんまり積極的に思い出したくないんだが。

 

「……リズムギターのヤツは中学の同級生。ベースとキーボードが……ライブハウスって、メンバーとかサポート募集の張り紙あるだろ? そんときゃ全員野良で、共通のヘルプしてるうちに顔見知りになったんだ。バンド組んでる連中は解散したりデビューしたりで、入り浸ってたライブハウスからは消えてく。新しいバンドも増えてくけど、変わらない顔が四つあったんだ。せっかくだから組もうぜ、って流れだな」

 

 リズムギター担当とも中学が同じだっただけで、最初はそこまで仲良くなかったからな。すぐにバンド組もうとはならず、ヘルプが重なるタイミングで親交を深めてった感じだ。

 

「それだと四人じゃない。ドラムは?」

「よく知ってんな……調べたら分かるか。しばらく四人でやってみたけど、どうも音に厚みが無いって話になってな。ドラムだけは募集をかけた。そん時にはマスキングも候補に挙がったけど……まぁ、野郎四人にそんな度胸無かったわな」

 

「ふーん……ちょっと、RASに似てるかもね」

「……そうかもな」

 

 話に集中したせいか、裸で隣り合ってるって独特の緊張感は薄れてきたな。不幸中の幸いだ……おそらくチュチュもな。ま、それはともかくとして。

 

 大体のバンドはもともと見知ってる同士が集まって、ってことが多い気がするが、RASもEternityもざっくり言えば野良の集まりだからな。そこだけにフォーカスするなら似てるのかもな。

 

「それじゃあ……なんで、解散しちゃったの?」

 

 ぐっ、と。そこで一瞬息が詰まった。そりゃあその流れになりますわ。誰にも話したことないし、話す気も無かったんだけどなぁ……。どんなツラで聞いてきたのか分からんが、何でも答えるって言っちまったし。仕方あるめぇ。

 

 ……それに、なんつーか。俺も、チュチュに愚痴りたい(・・・・・・・・・・)って気持ちが、少しだけあるような気がした。

 

「……分からん、が正直なとこだ」

「分からない? What do you mean?」

 

「すまん、なんて?」

「あっ、Sorry(ゴメン)……えと。どういうことなの?」

 

 すんませんね、英語力が足んなくてね。よく使ってる言葉とか、ニュアンスやシチュで分かることもあるんだけどね。

 

「……ライブの打ち合わせってことで集まった日、急にメンバーに聞かされたんだよ。辞めるって……解散するってさ。俺だけが……リーダーってことになってた俺だけが、その時まで何も知らなかった……!」

 

 今思い出してもハラワタが煮えくり返りそうになる。

 

「ソース……」

 心配そうな呟きに、俺は眉根を寄せて続けた。

 

「それぞれ辞める理由は言ってたけど、どれもふざけた内容だったぜ。一緒にやってくにゃ技術が足んねーとか。どころかガキが出来たからとかな。あぁ、運命のゴリラに出会いたいからアフリカ行くとか言ってるボケも居たな。クソが!」

 

 つい悪態をついてしまい、空から視線を外す。向けるのはチュチュとは反対方向の壁だ。横からとはいえ今のツラは見せたくなかった。

 

「……そう。大事なメンバーだったのね」

「はぁ? どうしたらそう聞こえんだ」

 

 それを否定はしないが、今の俺の言い方でそう受け取れる要素あったか?

 

「ふざけた内容、って言ったわ。仲間が辞めた理由を。それがもしかしたら、本人にとって重要なことかも知れない。ソースはそれを考えられないようなヒトじゃないもの。でも……その上で、自分とのバンドを解散する理由には値しないって断言したのよ。……仲間を心からリスペクトしてないと、ソースからは出てこないセリフだわ」

 

 ……それは、単なる買い被りってやつだ。でも……俺の元メンバーに対する感情としては、そう遠くない。

 

「……そうだな。技術が足りない? んなワケあるかい。ガキが出来て安定した職に就きたい? 演奏で稼げる腕があんのに? ここで叩いても運命の相手には出会えねぇだぁ? 俺たちなら絶対(ゼッテェ)世界を舞台に戦える! ……そう、俺は思ってたんだ。言う時間も無かったけどな。俺が知ったのは全部決まった後さ。……はぁ……」

 

 一度大きくため息をついて、勢いのまま心の中を吐き出した。

「……そんなに辛いことがあったのに。なんでRASに力を貸してくれるの?」

 

 チュチュがどんな考えでそれを聞いてきたかはやっぱり分かんなかったが、それを測ろうともせず感情が口を動かす。

 

「RASと俺のバンドが似てるって言ったよな? 俺もそう思ってたよ(・・・・・・・・・)。俺は……メンバーへの理解が足りてなかったんだ、きっとな。だから、RASも同じ道を辿るような気がした。……どっかで致命的なコミュニケーションエラーが起きて、知らん間に亀裂が広がって。反省する頃には解散(バラバラ)だ。そうなって欲しく無かったから、思わず口出ししちまってただけさ。……RASにしてきたことなんて……全部が全部、俺の失敗の帳消しっつーか……その代償行動みたいなもんだよ。お前らを助けた気になって、俺が助かろうってこった」

 

 俺が無私の心でRASの手助けをしているなんて、そんな綺麗ごとじゃないのだ。ファンとしてRASを支えたいって気持ちは確かにあったし、マネージャーとして受け入れてもらえていることに充足感もある。でも、俺の根底にあるのは結局そんな歪な行動理念なんだ。

 

「どうだ? 聞いて後悔したんじゃないか?」

 

 女々しくも愚痴から何からぶちまけたことで、俺の心は多少スッとしたが。それを聞かされたチュチュの内心は如何に? ってとこだ。まぁ向こうから質問してきたんだ、多少は開き直っても良かろうもん。

 

「……まだ、聞きたいことはあるわ」

「なんなりとどーぞ」

 

 真剣な声だ。実はRASを不純に手助けされてブチ切れてるとか?

 

「RASに力を貸してくれたのが、あなたのバンドと重ねていたからだとして。――私を助けてくれるのは、どうして?」

「……? そりゃあ……バイトだからな。お前のかーちゃんからデケェ金貰ってるし」

 

「嘘。……とは言わないけど。そんなこと関係なく、ソースは私を助けてくれた。お金も、時間も、立場(バイト)も投げうって、いつだって私を見ていてくれた。最初から(・・・・)。……それは、どうしてなの? それはあなたにとって、どういう(・・・・)代償行動だったの?」

 

「それは――」

 

 ――言いたくない。

 そんな感情が胸に渦巻いた瞬間に、右肩に寄り添うチュチュを感じた。

「私は、何を言われても受け入れる。何を聞かされたって、ソースを嫌いになったりなんてしない。だから……教えて欲しい、あなたのこと」

 

 ……そんな言葉に絆されて。結局俺は、それを物語ってしまうのだ。

 

「……気持ちの良い話じゃないから、要所だけ言う。……俺が園児の頃、親が離婚して……俺は母親に引き取られた。……それは、俺にとって不幸なことだった。母親とくっつきたい無職の父親候補(・・・・・・・)に預けられることが何度もあった。俺は、得体の知れない人間に……俺のことをご機嫌取りの道具としか思ってない輩に、平気で息子(オレ)を任せる母親を恨んだ」

 

「っ……」

 黙って息を呑んだチュチュは、何となく察しただろう。俺がチュチュをどう見ていたのか。

 

「母親は金があって、親父には無かった。母親が俺の親権を勝ち取れたのはそれが大体の理由だ。母親にとっちゃ俺の親権ってのは、トロフィー以外の何でもなかったみたいだけどな。でも……親父は、俺を迎えに来てくれた。再婚して、新しい家庭もあったのに……相手の人。今の俺のかーちゃんとも話して、俺を迎えに来てくれたんだ。裁判まで起こしてな。……大体わかったろ?」

 

「……Yes(ええ)。つまり、ソースは……私のMom(マム)と、あなたのMomを重ねていたのね」

「そうだ。それに、俺と父親候補(・・・・・・)もな。絶対(ゼッテェ)んな風に見られてたまるかって思った。……ま、バイト無くなったばっかだったから、金銭的な面も大きかったけどな。その立場(バイト)がある限り、全力でお前と向き合おうって思ってたんだ」

 

「……でも、それだけじゃないハズよ。あなたにRASのことを相談した時、バイトをクビになっても良いからって、話を聞いてくれたじゃない」

 

 ……痛いところを突いてくるな。というか右側からほっぺたに刺すような視線を感じるんだが。

 

「……そうなぁ。その時にはとっくに、心底RASのファンだったし……それに。まぁ、その」

「それに、なぁに?」

 

「……お、お前のことを家族みたいに思ってたんだよ。多分な。……自分でも分からんっ! 一緒に暮らしてて情が移んのなんて当たり前だろ! そういうこった!!」

 

 くそ、いつもならサラッと言えるのに。根掘り葉掘り聞かれた上に、互いに素っ裸で。あまつさえ隣に寄り添ってきて。恥ずかしがらずに言えってのが無理難題だっつの。

 

「もういいだろ? いいなっ!? はい終~了~!」

 必死に妙な雰囲気を霧散させようとおちゃらける俺に、右からくすりと笑みを零す音が聞こえる。誰のせいでこんな間抜け晒してると思っとんじゃコラァ……!

 

OK(オーケー)。聞きたいことは聞けたわ。Thanks(アリガト)、ソース」

「ならいい加減――」

 

 出てってくれ、と言おうとしたが。遮るような一言に、俺はそれを中断せざるを得なかった。

 

「最後に……聞いて欲しいの。私が……あなたを。ソースを、大好きだってキモチ」

「…………ハイ?」

 



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40.温泉回④

「最後に……聞いて欲しいの。私が……あなたを。ソースを、大好きだってキモチ」

 

「…………ハイ?」

 

 予想外の言葉に俺が硬直するのと、隣でチュチュが勢いよく立ち上がったのは同時だった。ざぱぁっと音を立ててチュチュはそのまま俺の前に回り込んでってぎゃぁあああああっ!!

 

「ななな何やってんだお前は!?」

 

 俺は反射的に両目を閉じ、自分の顔を覆うように両腕を上げた。しかしチュチュ側に向けていた手のひらをそのまま絡めとられて、チュチュは俺に体重をかけてくる……! ちょっとでも目を開けるとマズいぞ、目の前には間違いなく素っ裸のチュチュが立ってるんだから……!

 

「ねぇ、ソース。私、あなたが好きよ。あなたは、私のことを妹みたいに……家族みたいに、思ってくれてるみたいだけど」

「急になんだよ……」

 

 アカン、どう考えても即打破すべき状況なのに、チュチュが真剣な声で言うもんだから聞き入っちまう。頭が冷えてくる。目の前に全裸のチュチュが居るのは変わらないんだぞ……!

 

「私はね、ソース。あなたのことが、異性として好きなの。ナツマツリの……ううん。それよりもきっと、ずっと前から」

「えぇ? いや、その……えぇぇ……?」

 

 何がどうなってそうなったの? へ? じゃあ何か、夏祭りで花火見てた時のアレ(・・)って、そういうことだったん?

 

「Fire……花火を見ながらソースに想いを伝えて、ソースも受け入れてくれて。私はあなたの、恋人になれたと思ってた」

「いや、そりゃあその……」

 

「分かってる。……いいえ、分からされたのよ。私がソースに抱いてる気持ちと、ソースが私に向ける気持ちは違うんだって。……私には、きちんと契約する必要があるんだって……そう、教えられた」

 

 契約……? ……あー、なるほど。なんとなく分かってきた気がするぞ。文化の違い(・・・・・)ってヤツだ。

 

 例えばチュチュは言葉に英語がよく混ざったりするし、帰国子女で日本の文化に疎い部分がある。前にケーキ食った時、間接キスを気にもしなかったし。

 

 つまりどういうことかっつーと、チュチュが暮らしてた英語圏の地域だと、日本のように明確な"告白"って文化が無いんだ。俺もこれは聞いたことがある。チュチュの中で、俺と夏祭りに行ったり、一緒に暮らしたり……一緒に寝たり。そういう積み重ねはイコールとして、恋人になるってことだったんだ。

 

 そんでチュチュの口ぶりからだと、それを指摘した人間がいる。考えるまでもない。俺に好きな人が居るかーなんて聞いてきた、チュチュに接触できる人間。隙間空間でのゴニョゴニョはそういうことか、パレオちゃんェェ……!

 

「だからソース。改めて言うわ……あなたが好き。世界で一番、大切なヒトなの。ソースは、私のこと、好き?」

「……あぁ、大事だよ。でもそれは……!」

 

「家族として?」

「……そうだ」

 

 チュチュの問いに、俺は内心罪悪感を覚えながらもそう答えた。それ以外に答えようが無いからだ。だが、チュチュは特に意外そうだったり、気落ちしたような声は聞かせなかった。

 

「じゃあ、目を開いて」

 しかしそんなとんでも無いことを言いやがる……!

 

「なんでそうなるんだよ……!」

「家族の裸なんて見たって何とも思わないでしょ? ほ、ほら……見なさいよ……」

 

 ぐぐっと俺の腕をこじ開けようと、チュチュが手に力を込める。

「こんの……痴女かっつの……!」

「痴女でも何でも良い……! でも、ソース。今目を開けたら、私は諦める。……あなたと、そういう関係にはなれないんだって、諦めるから……。私を妹以上に見られないのなら、今、目を開けてよ……」

 

 ……なんで、そんなに必死になるんだ。泣きそうな声で言うんだよ、俺なんかのために……。

 

「ぐす……。ソース。あ、あなたが好き。愛しています、だから……私と、恋人同士になってくださぃ……」

「………………」

 

 それを聞いて、俺は……いくばくかの沈黙の後、顔を覆っていた腕から力を抜いた。そして……目を開いた(・・・・・)

 

「……っ」

 

 俺が月を背にしたチュチュの姿を見たことで、チュチュは瞳から雫を溢れさせる。……今、本当に。俺とチュチュを隔てるモノが無いことをようやく実感した。

 

 細い首筋が、なだらかな双丘が。薄いお腹を雫が伝って、その下までもチュチュは隠すことなく。俺を見つめていた。

 

 顔を真っ赤にさせたチュチュに、俺が返せるのは……こんな言葉だけだ。

 

「……16になったら、もっかい言ってくれ。俺は……その時まで、相手なんざ居ないだろうから」

「……っ、それって……!」

「あぁそうだよ、この国で結婚出来る年齢だ!」

 

 目を開いたのは突き放すためじゃない。こういうのは、相手の目を見て話すべきだからな。……だが、ここでめでたしめでたしじゃねーぞ!

 

「いいかっ? 俺にとって恋愛ってのはな、"死ぬまで一緒"と同じ意味だ。親が離婚して、ガキの頃俺がしたような思い、子供にゃ絶対味わわせねー。俺はお遊びで恋愛する気なんてカケラも無いからな。どうだ、俺は重いぞ!! おわぁああっ!?」

 

 俺という人間がいかに面倒か説いてやったら、感極まったらしいチュチュが抱き着いてきやがった! もちろん! 全裸で!!

 

「嬉しい……! 好き、好きよソース……Lovin'you(すき) Lovin'you(だいすき) Lovin'you(あいしてる)……!!」

 

 ……完敗だ。そうだな……うん。俺は、恋愛ってのが苦手だ。自分から距離を置いてきたし、そういう場面では勘違いだと流してきた。チュチュのことが……魅力的に見えるたびに。きっと自分の感情は別のモノだと型に嵌めて飲み込んできた。俺も……夏祭り、いつもとは違うチュチュの浴衣姿に見惚れた日。もしかしたらもっと前から、そんな気持ち(・・・・・・)があったんだ。でも、自分のことをロリコンじゃないと思い込んできた。いやロリコンじゃねーけど!!

 

「ね、ソース……私のこと、好き?」

「……ああ、好きだよ」

「~~っ! おねがい、もっと。名前を呼んで……?」

 

 耳元で甘ったるい声出すんじゃねー……!

 

「チュ……ちゆ。好きだ、誰よりも」

「はぅ……そ、(そう)。私も、誰よりも奏が好き。愛してる……」

 

「そりゃどーも」

「むっ……。ねぇ、もっと言って。ね? 奏……」

 

「ちっ、月が綺麗ですねぇーっ」

「な、何よそれ。はぐらかさないで……ん? 何か当たって……」

 

 はいバレた。自分のこと好きだっつー美少女が、全裸で俺に抱き着いて、耳元で愛を囁いてるんですよ? 一応僕も健全な男の子なので。(白目)

 

「きっ! ~~~~っ!!」

 

 チュチュは赤らんでいた顔をさらに真っ赤にし、叫びそうに……なるもそれはマズいと思ったか堪え。しかし驚いて立ち上がったのちに……。

 

「きゅぅ」

 ついにオーバーヒートして俺の方に倒れ込んできた。そういやコイツ風呂苦手だったね……というか待て。え、俺が運ばにゃならんの? チュチュの身体拭いて浴衣着せてやらにゃならんのか!?

 

「パレオちゃんェェ……」

 

 八つ当たり気味に怨嗟し、俺はチュチュの身体を持ち上げて風呂を出た。あまり視界に入れないよう拭いたり着せたりしてたもんだから、チュチュの身体を客室に横たえる頃にはそれなりに経っており。

 

「ぶぇっくしょーい!!」

 

 身体が冷え切った俺はまた少しだけ湯につかって、改めてチュチュの告白に想いを馳せた。

 

「後悔させないように……違うか。幸せに出来るよう、頑張らないとな」

 

 意外に、というのは違うんだろうが。自分の心と向き合ってみると、一つの確かな感情を実感した。まぁ、それはなんてことは無く。

 

「俺は……チュチュが好きなんだ」

 

 チュチュの告白に流されたワケじゃないことを再確認して。俺は人知れず、安堵の息を吐いた。

 



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41.温泉回⑤チュチュの想い

「よろしいですか? チュチュ様っ。申し上げにくいのですが……ソースさんは間違いなく、チュチュ様のことを恋人だとは思っていません……!」

「………………What(はい)?」

 

 私が温泉なんて場所に来ることを決心したのは、パレオのそんな言葉が原因だった。

 

「わ、私は気持ちを伝えたっ! ソースだって……」

「……これは確認なのですが。例えばお二人のどちらかが『お付き合いしましょう』だとか、似たようなことは仰いましたか?」

 

 パレオが言うには、日本で恋人関係になるにはどちらかが『恋人関係になりたい』と告白して、それに応じて初めてそう(・・)なるらしい。

 

 Oh my goodness(なんてことなの)……!? 確かに言われてみれば私ばっかり舞い上がって、ソースはいつも落ち着いていたような気がする。

 

 パレオの質問に私が力なく首を振ると、

「では今回の温泉を利用しない手はありませんっ! ここで勝負に出ましょう!」

 そんなことを言ってきた。

 

 ソースが自分をフリーだと思っている以上(実際そうなんだけど)、例えば温泉旅館で浴衣の女の子に囲まれたらデレデレするかも知れない。想像するとムカムカとしてきたけど、パレオに言わせればそれはチャンスにもなり得るとか。つまり、その……私がソースをデレデレさせれば良いってコト。

 

「日本には『裸の付き合い』という言葉もありますから♪ お互いに心を打ち明けて、より深い仲になるんです☆ 温泉旅行と言うのは絶好の機会ですよっ♪」

 パレオのそんな言葉に結局頷いてしまい、私は温泉へ行くことになった。

 

 私たちRASが案内された睡蓮の間。そこでメンバーに私の話を聞いてもらえたのは良い練習になった。もちろんそれだけが理由じゃなくて、私のことを知って欲しいって気持ちもあったけど。それで覚悟が決まったの。

 

 お風呂に入るからとソース以外のメンバーが部屋を出たところでパレオにサポートしてもらい、私は客室に戻る。予想通りソースの姿は無くて……備え付けの露天風呂から、僅かにシャワーの音が漏れていた。

 

 今入ると逃げられかねないと考えて、ソースがシャワーを終えてお湯に浸かるのを待つ。心臓はどんなライブの時よりドキドキしていて、鏡を見なくても自分が真っ赤になっているのが分かった。

 

 そして……その時はやってくる。

 脱衣所で制服を……もちろん、下着も脱いで。用意されていたタオルを手に取って身体の前を隠す。うぅ……あまり厚みが無くて面積もないソレはどうにも心細くて、今すぐにでも引き返したくなってしまう。

 

 同い年のコに比べて小さなカラダ。ソースは私を、そういう(・・・・)目で見れないんじゃないか。臆病な心が顔を覗かせた。

 

「……っ。そっ……ソース、入るわよ……?」

 

 ごくりと喉を鳴らして、それでも一歩踏み出せたのは。やっぱり彼との関係も同じように踏み出したいと思えたから。

 

「そっち行くからねソース。こっ、こここっち見るんじゃないわよ?」

 

 身体を洗ってソースの元に歩み寄った時、彼は私の姿を見て驚いた。どうやらぼーっとしていて、私が入ったのに気づかなかったみたい。彼に身体を見られた私は思わずしゃがみこんだ。

 

 恥ずかし過ぎて声を上げてしまいたいという気持ち。でも一方で……ソースになら、すべて見られても構わないという気持ちも湧き上がる。

 

「とっ、隣。行くから」

 私はもう、ブレーキなんて踏まないと今更になって決意した。

 

 色んな話をした。ずっと知りたかった、ソースの気持ちを、過去を知れた。彼が教えてくれたことは、私にとって泣きそうになるほど嬉しいことだった。私はそれがとても勇気の要ることだと知っているし、誰にでも話せることじゃないことも分かるから。

 

 嬉しくてどうにかなってしまいそうだった。ブレーキなんて踏まない? 違う。踏めない。止まれない……この気持ちを、もう抑えられない……!

 

「最後に……聞いて欲しいの。私が……あなたを。ソースを、大好きだってキモチ」

 

 私は裸のまま立ち上がった。すべてを見て欲しい、知って欲しいと、そう願って。ソースは目を閉じて拒んだけど、そんなこと関係なかった。

 

「あなたが好き。世界で一番、大切なヒトなの」

 

 ソースは……応えてくれなかった。切なかったけど、それも想定のうち。私をそういう(・・・・)対象として見れないのなら、身体を見ても大丈夫でしょうと駆け引きをする。今は関係が進まなくても、私を意識してくれる、そのキッカケになるかも知れないから……。

 

「ぐす……。ソース。あ、あなたが好き。愛しています、だから……私と、恋人同士になってくださぃ……」

 

 ……そんな、打算だったハズなのに。ソースに拒まれるのはやっぱり悲しくて、感情をコントロールできなかった。涙まじりにそんなことを言ってしまって……ソースが瞳を開くのを見て、私は羞恥心でおかしくなりそうだった。

 

 愛の告白をして、好きなヒトに裸を晒しているという事実。もう消えてしまいたい、そんな風にさえ考えた。

 

 次の言葉を聞くまでは。

 

「……16になったら、もっかい言ってくれ」

 

 16。どんな意味かは、考えるまでもなかった。頭が真っ白になって、すぐにネガティブな感情が裏返って。

 

「嬉しい……! 好き、好きよソース……Lovin'you Lovin'you Lovin'you……!!」

 

 私は爆発した……! 夢のようで、こんな奇跡が起こって良いのかとさえ思えた。その現実を肌で感じたくて、私はソースに飛びついた。首に腕を回して、両の太腿で彼の腰を挟み込む。

 

 温泉のお湯より熱くて、想像よりずっと逞しくて……肌を重ねるだけで味わったことが無いような幸せに包まれた。

 

 好きだと言った。

 好きだと言ってくれた。

 

 おねだりしたら、初めて……ちゆと、名前で呼んでくれた。

 私も奏と名前で呼んだ。この時ほど他人の名前を愛おしいと感じたことは無かった。

 

 奏。

 私の、大好きなヒト。

 

 もっともっと言いたくて。もっともっと、何度だって言って欲しくて。彼の耳に熱い吐息と共に、おかわり(・・・・)する。

 

「ちっ、月が綺麗ですねぇーっ」

「な、何よそれ。はぐらかさないで……ん? 何か当たって……」

 

 そして、ソースがよく分からない言葉を放った直後。オシリに覚えの無い感触があって――私の意識は、そこで途切れた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ん……」

「あっ、チュチュ様♪ お目覚めになられましたか?」

 

 ここは……? 一瞬状況が分からなかったけど、パレオの浴衣を見て、自分も同じものを着ていることを確認して。私は現状を理解した。

 

「……みんなは?」

「大部屋で枕投げしているそうですよ☆ パレオはチュチュ様が心配だったので……パスパレの皆さんとなんて緊張して無理ですし……」

 

 今ここにはパレオしか居ないし、他のメンバーやバンドは別の場所に集まっているみたい。

 

「あの……いかがでしたか……?」

 パレオの問いかけに、意識を失う直前のことを思い出して……私は顔に熱が集まるのを自覚しつつ、頬を抑えてこくんと頷いた。

 

「っ! そ……それはつまり……!」

「え、えぇ……。ソースと、その……そういう(・・・・)関係になったの。……か、勘違いは無い、ハズよ……」

 

「きゃーーーーっ!☆」

 

 それからのパレオの質問攻めは凄かった。何もかも喋ってしまう……NO(ううん)。パレオには、聞いて欲しかったのかも。

 

「ま、まさかソースさんと一緒にお風呂まで……!」

「? あ、あなたがハダカで話せって言ったんじゃない」

「えぇっ? そんなこと……あぁっ! は、裸の付き合いというのは、本心を打ち明け合うということで……。そのぅ、実際に裸になるという意味では無いのですが……」

「…………なんですってぇーーーーっ!?」

「ひぃーーっ! ごごごめんなさぃーーっ!!」

 

 ……ちょっとした、いいえ大きな伝達ミスも発覚したけど。結果良かったから良しとしましょう。……それに、嬉しいことも分かった。

 

「月が綺麗って……はわぁ、ソースさんも粋な言い回しをされますね……」

「……? なにか違う意味があるの? "ハダカノツキアイ"みたいに」

 

「うぅ、許してくださいよぉ。……それで、"月が綺麗ですね"、というのはですね……」

 

 ソースがはぐらかすように言った、その言葉の意味は……I love you. ……私が、ソースにねだったままの意味で。

 

「……っ、あぁーーーーっ!」

「きゃーーーーっ♡ ステキです、ステキですねぇチュチュ様っ♡」

 

 思わず両手で顔を覆って悶えると、パレオも私に抱き着いて声を上げて。それから四人が帰ってくるまでしばらく、私とパレオのテンションはおかしかった。

 

 その後睡蓮の間で六人揃って夕食を取って、少しだけ雑談してから布団に寝転がる。他のバンドに混ざってマクラナゲ? をやった疲れもあって、レイヤにマスキング、ロックはすぐに寝息を立て始めた。チラッと、向こうでソースが寝ているだろう襖に視線をやって、私も目を閉じた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ……えぇ、分かっていたけど、寝るなんて出来なかった。お風呂から出て少し横になっちゃったし、それに……。

 

 まだ、さっきのことが現実なのか、そうで無いのかがあやふやで。もしかしたら私は一人でお風呂に入って、気を失った間に見た夢なんじゃないかとすら思えてくる。

 

 だから……もう少しだけ、証明(アカシ)が欲しくなった。

 

 ――ソースは私のモノで。私はソースのモノだっていう、証明(アカシ)

 

 私の両隣で寝ているパレオ、ロック。頭を突き合わせるように布団に包まれたレイヤ、マスキング。

 四人を起こさないように静かに寝床を抜け出して、慎重に襖に手をかける。

 

 ソースのエリアを跨ぐと、彼はあどけない表情で眠っていた。……改めて見ると、整っている……カッコイイ、と思った。

 

 彼を見つめているだけで、ドキドキと心臓が跳ねる。身体が熱くなって、胸の奥がきゅぅっとなるのを実感した。

 

 ――好き。

 

 ――大好き。

 

 想いが溢れるのを止められない。

 

 知らずにほぅっと熱を伴った息を吐いて、私は後ろ手に襖を閉じた。

 

 



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42.温泉回⑥

「ん……」

 

 昨日はまぁ疲れる一日だった。長時間の運転、風呂への闖入者、レイヤとRoseliaの今井さんにお呼ばれした枕投げ。唯一の男である俺は手ひどいリンチを受けた。楽しかったけどね。

 

 そんなこんなあり、RASのみんなとあまりお目にかかれない豪勢な和食を食べた後は、慣れない寝床でも割とあっさり意識を手放した……んだが。ふと寝苦しさを覚えて俺は瞳を開く。

 

(ソース……)

「……っ!?」

 

 真上の天井から目線を下ろすと、何故か俺の上にチュチュが覆いかぶさっていた! 思わず声を荒げそうになり、今どういう状況かに思い至ってそれを抑える。襖こそ閉まっちゃいるが、向こうには四人寝てんだ。誰かしら起きてもおかしくないし……このシチュエーション。大体において男性が悪者にされがちなんじゃなかろうか?

 

 ぶっちゃけ俺がチュチュにイタズラ(・・・・)しようとしてる風に映るだろう。

 

(何やってんだお前……!?)

 

 事を荒立てないよう、出来るだけ平静を保ちつつ小声で問いただす。いや全く予想がつかないってワケじゃないよ? でも今じゃなくて良いだろ……! 風呂の時も思ったが、旅先とあってかチュチュは暴走してるように思える。

 

(……ちゆ)

(あん?)

 

(二人の時は、ちゆって呼んで……)

(あー分かったよ。ちゆ、何のつもりだ)

 

 とりあえずチュチュの思惑には深く考えずに乗ることにした。今すべきことはこの状況を脱することだからな。

 しかし、俺の刺々しい物言いでも名前が呼ばれたのは嬉しかったのか。チュチュは元から赤らんでいた顔をさらに赤くして……心底幸せそうに、笑うのだ。

 

 うっ、可愛(カワ)……い、いかん。いかんぞこれは……!

 

(えへ……。わ、忘れ物。取りに来たの)

(忘れ物だぁ?)

 

 思い当たるフシなんぞ無いが、チュチュはぎゅっと目を閉じてコクコク頷いている。

 

(わ、私、奏が好きよ。奏も、私が好き、よね……?)

(あー、ハイ。好きだよ、ちゆが好きだ)

 

 言わせたくせにボッと顔を真っ赤にし、チュチュはほっぺに両手を当ててブンブン首を横に振ってる。マンガなら頭から湯気でも出てそうな雰囲気だ。っつーか俺の上でやんやんするな!

 

(はぅ……だから……ね? 私、あなたのFiance(婚約者)でしょ?)

(フィアンセって……いや、確かにそうかも知れんが)

 

 俺の『16になったら』は確かにそうとしか取れんが。俺としては、それまでにチュチュに心変わりがあっても良いように言ったつもりだ。チュチュの年齢で男女交際が認められないのは、心身共に未熟だと誰もが分かっているから。

 

 俺はチュチュが好きだ。だが同時に、これから成長する中でチュチュの想いはいつか俺から離れるだろうと考えている。近くにいる野郎が俺しか居ないから、チュチュに芽生える恋愛感情は俺にしか行きようが無いんだろうと。

 

(……婚約ってのは、あくまで"約束"だ。"絶対"じゃない。……16になった時、もしかしたら、チュ……ちゆには他に好きな男が居るかも知れない。だろ?)

 

 俺としてはチュチュの自由意思を尊重しているつもりなんだが。当然というべきか、チュチュはむっと頬を膨らませた。

 

(私と奏の婚約は"絶対"よ。言ったでしょ、"契約"するって)

 

 ……風呂場で言ってたなぁ、そんなこと。

 

(ソースは遊びで恋愛する気が無い。私は自分の気持ちを間違えたりしない。これは"絶対"よ。バカにしないで)

(……はぁ、悪かったよ。俺がチキンなだけだったか……)

 

 もしかしたら……俺は、いつかチュチュに振られる未来を怖がってたのかもな。でも……それを認めつつ、好きだって気持ちともっと向き合うべきか。じゃないとチュチュに……ちゆに、失礼だもんな。

 

(……奏も、不安だったのね)

(まーね。でも……今のでハラは決まった。俺はいつか、お前にプロポーズするよ。"絶対"にな)

 

 仮に、その時ちゆの心が俺に向いて無くても関係ない、と。宣言しておこう。これが俺の、最大限の誠意だ。ちゆは……言葉を探してか口をわぐわぐとさせたが、何も思いつかなかったようで。ボフッと俺の胸に顔を押し付けた。

 

(…………不意打ち。ズルい、そんなの)

(風呂にマッパで突撃してくるよりマシだろ)

 

 どうやら一泡吹かせられたようだ。だがただでは転ばぬと、ちゆはガバッと顔を上げて……オイ、なんで顔近づけて来やがる?

 

(……私も、不安だったの。もしかしたら、昨日のことが夢なんじゃないかって)

 

 そう言うちゆの表情は切なそうで。月明かりに照らされ、赤ら顔に潤んだ蠱惑的な瞳へ吸い込まれそうな感覚に陥って。……ちゆと見つめ合い、視線が動かせなくなる。

 

(だから、その……。分かりやすい証明(アカシ)が欲しいの。私は奏のモノで……奏は、私のモノだっていう。そんな証明)

(…………)

 

 いろいろ茶化すような言葉は浮かんだが、とても今のちゆには言えなかった。……ちゆが、心から望んでいるモノ。それは何となく分かる。同時に、俺もきっと心のどこかでは欲していたモノだ。でも、さっきまでのチキンな心がそれを忌避していた。

 

(………………………っ)

 

 俺の沈黙をどう捉えたか、ちゆもしばらく無言で俺を見つめていた。そして、ごくりと喉を鳴らして。震える唇で囁くのだ。

 

(奏…………Kiss me(キスして)……っんぅ!?)

 

 その言葉を耳に捉えた瞬間、俺はちゆの後頭部を右手で掴み、自分の顔に引き寄せた。鼻が、額がぶつからないように顔を傾けて。ちゆの柔らかい唇に、自分のソレを押し付ける。

 

 すぐに俺が応じるとは思っていなかったのか、ちゆは目を見開いて硬直した。でも……すぐにとろんと瞳を蕩けさせ、感じ入る様に両目を瞑る。俺もそれに倣うと、全神経が唇に集約されたように錯覚した。

 

 熱い。

 

 柔らかい。

 

 震えている……収まった。

 

 心地良くて、高揚して………………あぁ、愛おしい。心底そう思えた。

 

(ん……はっ。ちゅ……)

 

 顔を離して、お互いにまた見つめ合って。数秒経たずにすぐ顔を近づけては、啄むようにキスを交わす。俺がちゆの頭から手を離して、次は腰に両腕を回し抱きしめると。ちゆも応じるように俺の頬を包み込んだ。

 

 飽きもせず、幾度となくソレを繰り返して。それでも不慣れな愛情表現で息が切れるのはそう遠くなく。ぷはっと息を吐いてちゆは上体を起こした。つぅっと銀糸が俺とちゆの間に伝って。それを気恥ずかしく思ったのは俺だけでは無かったか、ちゆも誤魔化すように視線を逸らした。

 

 

(……き、今日はこれくらいで許してあげる……)

 

 右手を口に当てて照れくさそうなちゆに嗜虐心がくすぐられた俺は、ちゆの背中に左腕を回したまま起き上がる。ちゆが俺の太腿に跨ってるようなポジショニングだ。他人に見られたら一発アウトである。

 

(えっ、ナニを……)

(証にゃ足りんだろ。もっと持ってけ)

 

 俺は右手でちゆの浴衣の襟元を掴み、鎖骨を露出させた。涼しくなってきたとは言え抱き合って致してたもんだから、血色良く細いそこにはつぅっと薄く汗が流れている。

 

 唇を寄せ、ちゅっとそこに吸い付いた。

 

(んっ……!)

 ちゆは堪えるように息を漏らして、ぷるぷる震えている。俺が何をしようとしてるかなんて考えるまでもないし、嫌がられるかもと思ったんだけど……息を荒くして、むしろ"もっと"とせがむようにちゆは俺の頭を抱き寄せる。

 

(はっ、はぁ……んんっ)

 

 熱い吐息の後、ちゆがぶるりと背筋を震わせた。一瞬俺の頭を抱く腕の力が緩んだ隙に、俺はちゆの手を取って唇を離した。上気した肌には一点、赤い跡が残っている。

 

 ちゆは虚ろな瞳でソレを確認すると、ゆっくり俺を見上げた。切なそうに。蕩けて潤んだ双眸がその先(・・・)を想像させて、血流が速くなるのを感じた。なので。

 

(ちゆ……布団に戻れ。これ以上は……その。俺がヤバい(・・・・・)

 

 耳に口を寄せて囁き……目に入った無防備な唇に。ついでとばかりに俺は口付けた。一瞬の出来事にも関わらずちゆも応じ、ちゅっと吸い付いてきたのは驚いたが。俺の言葉がやっと脳に行ったか、ハッとした様子で両目をギュっと閉じ。真っ赤な顔でぶんぶん頷いた。

 

(う、うん……。Good night(おやすみ)、奏……)

 

 少し慌てた様子で立ち上がり、襖をゆっくり開けるチュチュ。そこで一度俯いて……意を決したように反転して。

 

 ちゅっ、と。

 

 額ではあったが、再び俺にキスを落とした。

 

(I’ll dream of you)

 そんな言葉を残して、てててっと自分の布団に戻って行く。意味は……どうだろう。ドリーム、夢でも会いたいとかそんなところだろうか。

 

 大胆に夜這ってきたかと思えば、年齢相応の可愛い一面を見せて去って行ったちゆに。

 

 ――もうロリコンでも良いや。

 

 そんなことを考え、襖を閉めてから改めて布団にもぐった。いやもちろん、言った通り16まで手ぇ出す(・・・・)気なんぞ無いけど!

 

 レッテルとかそんなモンがどうでも良いと思えるほどに。俺はもう、ちゆに惚れてるんだ。

 

 それから俺がちゆを夢に見たかどうかは……覚えてない、だ。だって、体力的にも精神的にも限界だったからな。気絶するみたいに深い眠りについた。

 

 でも寝起きの気分は最高に良くて。もし夢を見ていたなら、きっとそこにちゆは居たんじゃないかと思えた。

 

 こうして、一泊二日の温泉旅行は幕を閉じる。他のバンドやRASの仲間たちに、この旅行で心境の変化やらがあったかは分からないけど。

 

 少なくとも、俺とちゆにとって。一生忘れられないであろう、印象深い旅となったのは間違いなかった。

 



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43.Beautiful Birthday

「ねぇ奏。私に隠し事してない……?」

「い、いやソンナコトナイヨ?」

 

 温泉で親睦を深めて(意味深)からも予選ライブの日程を順調に消化し、俺たちは12月7日を迎えていた。ガールズバンドチャレンジの決勝に出場するバンドはもう決したとさえ言える状況に少しばかり気持ちが落ち着いたこの頃。ついにちゆは俺に対する違和感を明確なものにしたらしい。

 

「じー……」

「………………」

 

 椅子になった俺の膝の上で、肩越しに訝し気な半眼を向けるチュチュ様から視線をそらし、額に汗が滲むのを感じつつ願った。早く……早く来てくれみんな……!

 

「おっまたせしましたー☆」

「すんませんソースさん、ちょっと混んでて」

「こんばんは」

「おっ、遅くなりました!」

 

 俺が念じるとそれに応じたように、買い出しに行ってくれていたRASの面々がスタジオに入ってくる。ナイスタイミング……!

 

「あっ、あなたたち……Why(なんで)!? 今日はみんな用事があるって……!」

 

 予定にないメンバーの登場にちゆは飛び上がり、俺の膝から下りて距離を取った。実は俺とちゆの関係はだーれにも言ってないのである! ちゆ曰く、RASのプロデューサーとして恋愛に(うつつ)を抜かすなど言語道断、時が来るまで胸の内に秘すべし(意訳)とのこと。ぶっちゃけ恥ずかしいらしいっすね、ハイ。

 

 まぁパレオちゃんは前から知ってるし、微笑ましそうな表情を見ればレイヤとマスキングも察しているのは明らかだ。ロックは存外鈍いらしく、気づいてる様子はないけど。

 

「今日は特別な日ですから~♪」

 

 パレオちゃんがちゆの言葉に答えてから、俺たちに目配せをした。そして俺たちは息をそろえてこう告げるのだ。

 

「チュチュ様、お誕生日おめでとうございます!☆

       お誕生日おめでとうございます!

       お誕生日おめでとう

       お誕生日おめでとう!

       お誕生日おめでとう!!」

 

「…………ぇ……」

 

 そう、今日はちゆの14歳の誕生日なのだ! この日が近づいても全く意識している素振りが無かったので、あまり頓着しないタイプなのは予想できてたけど。マジで自分の誕生日であることを忘れていたようだ。

 

「みんなギリギリ過ぎぃ……もうちょいでバレるとこだったよ」

「間に合ってよかったですぅ……」

 

「誕生日だろ?」

「くすっ、忘れてた?」

 

 俺が胸をなでおろすと、ロックも同様に息をつく。しかし早く祝いたくてしゃーないらしいマスキングとレイヤはちゆに一言告げ、すぐにレコーディングブースへ入って行った。マスキングはともかく、レイヤも意外とマイペースなんだよな……。

 

「ほらどうぞ、お姫様」

「チュチュ様こちらへ~♪」

 

 お高いチェアから腰を上げて持ち主を無理やり座らせると、その背を押してパレオちゃんがブース内へ拉致って行く。困惑してあぅあぅ言ってるのを見てコソコソ準備してた甲斐あったなぁと思いました。

 

What's(なに)? なにするのっ?」

「しぃーっ……」

 

 各々がポジションに立ち、楽器を構える。レイヤがちゆの言葉を封じる中、いつもライブではチュチュが居るはずの場所、マスキングの左隣に俺もお邪魔した。笑顔でギターを手渡してくれたのはロックだ。みんなの楽器はここに置いてたけど、俺のは彼女が部屋から持ってきてくれた。俺の楽器があったら不自然だったからねー。それが無くてもバレそうだったけどなっ!(ポンコツ)

 

 ロックが眼鏡を外すのをきっかけに顔を見合わせ。俺たちは、ちゆへの想いを込めて演奏を開始した。ボーカルのレイヤが紡ぐのは、パレオちゃんが作曲し、そして彼女を中心に作詞した曲だ。

 

 

 

 ――Beautiful Birthday――

 

 パレオちゃんが抱く、チュチュへの想い。それが綴られたこの歌は、だけど決して他のメンバーと無関係じゃない。……もちろん、俺にも。

 

 ちゆが手を取ってくれた。俺たちを、この場所でつないでくれた。RASの中心にはいつだってちゆが居て、ちゆが不敵に笑ってくれるから、並び立ってみんな笑うんだ。

 

 

 広大な電子の海で見初められた、孤独な女の子がいた。

 

 認められど、遠巻きに称賛されるだけの女の子がいた。

 

 足並みの揃わない狂犬だと、恐れられた女の子がいた。

 

 憧れたキラキラの手を取れない、健気な女の子がいた。

 

 足跡は消えて視界が真っ暗な、バンドマン崩れがいた。

 

 

 俺はきっと、どこかへ向かって。向かっているつもりになって。誰も知らない、どこでもない場所をゴールだと妥協して、そのまま消える存在だった。

 

 パレオちゃんも、レイヤも、マスキングも、そしてロックも。そうならなかったかも知れないが、同じような不安や焦燥を抱えたことはあったハズだ。

 

 そこに燦然と輝く光が現れた。ちゆは、俺たちという存在の穴を埋めてくれるピースだった。手を伸ばせばそこへ連れて行ってくれる。自分を昇華させてくれる、唯一無二の星だった。

 

 お前の居る場所へなら、どんな壁だって乗り越えられる。お前が隣にいるのなら、どんな世界でだって生きていける。

 

 相棒をかき鳴らし、パレオちゃんとロックを支える。レイヤの音色に同調し、マスキングとともに加速する。今日限りのリズムギターだ。

 

 ちゆ、お前には……届くだろうか? 『お誕生日おめでとう』、聞きなれた言葉だ。ただのテンプレに成り下がったソレをただ伝えるだけじゃ、俺たちの気持ちは表現出来ないんだ。

 

 生まれてきてくれて、ありがとう。俺たちと……俺と。出会ってくれて、ありがとう。これからも、ずっとずっと、よろしくな。そして一年後の今日、また祝わせてほしい。お礼を言わせてほしいんだ。

 

 ちゆ、俺が恋した女の子。生まれてきてくれて、ありがとう、って。

 

 

 

「♪――――!」

 

 万感の想いを乗せて、俺たちの演奏は終わった。無意識に、呼吸を止めてギターを弾いていたらしく、余韻から覚めるように俺は細く息を吐く。

 

「…………っ」

「……チュチュ、お誕生日おめでとう。――RASに誘ってくれて、ありがとう!」

「レイヤ……」

 

 息をのんで見守っていたちゆにレイヤが言うと、ちゆは切なそうにレイヤの名を呼んだ。それに続いて、口々に『ありがとう』を伝えていく。

 

「お前には……感謝してる。あたしには一生バンドなんか、無理だと思ってた。ドラマーとしてまだまだだけど……支えっから。これからも、あたしを引っ張ってってくれよ、チュチュ!」

「マスキング……」

 

「チュチュさん。私、このメンバーでバンドが出来て嬉しいですっ。刺激的で楽しくて……でら最高や!」

「ロック……」

 

「――チュチュ様、お誕生日おめでとうございます。……大好きですっ」

「パレオ…………っ、こんなのズルイ!!」

 

 チュチュ様の前に歩み出たパレオちゃんがとどめを刺すと、チュチュ様はぎゅっと両目をつむって顔を逸らした。俺のターン? ないよそんなの! 後ほどお二人でごゆっくり♡ なんて言われちゃってるからなぁ! パレオちゃんェェ……!

 

 例の如く、そこからはラウンジに移動し。レイヤにロック、パレオちゃんに主役をもてなしてもらいつつ、俺とマスキングで料理を作り。腹を満たしながらちゆの誕生を祝った。

 

 最後にはマスキングが用意してくれた三段のでけぇイチゴケーキにロウソクを刺し、明かりを落とした室内でちゆが14の(ともしび)を吹き消す。

 

 パチパチと温かい拍手がラウンジに響く中、再び電気を点けたとき。頬を赤らめながら照れくさそうに微笑んでいたちゆの顔を見て、俺たちも同じように笑みを浮かべ合った。

 



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44.I’m here

「さーてどうしたもんか……」

 

 ちゆの誕生日をRASの面々と祝い、パレオちゃんを家に送り届けてしばらく。もう時刻は日を跨ぐ寸前だ。俺が何をしてるかと言えば、自分の部屋で机に向かって唸っていた。向かうというか、椅子に座ってくるくる回ってるんだが。

 

 お祝いの席はそりゃー楽しい時間だった。美味い飯とマスキングのケーキを飽きるほど食べて。トランプやらスマホのアプリでできるパーティゲームに興じた。今日ほどちゆが笑ってるのは見たことが無かったから、きっと満足してくれただろう。

 

 ……だからこそ、今日はもういんじゃね? って思っちゃうんだよね……。机の上にある、小ぢんまりとした包みに視線を向ける。これ渡すの、明日でいんじゃね? 頑張って考えたつもりだけど、滑ったら台無しじゃね? まぁつまるところ、個人的に用意したブツを渡すのにヘタレている訳だ。

 

 ちらりと時計に目をやれば、日付が変わるまで5分を切っている。うん、いつもならちゆももう寝てる時間だ。よし、起こすのも悪いから明日にすっぺ!

 

 ガチャリ。

 

(そう)、起きてる……?」

「ひぃいっ!?」

 

 びくりと椅子の上で飛び上がると、床に接しているキャスターがガチャガチャ鳴った。その音でドアを開いたちゆもビクッとしている。

 

「お、驚かすなよ……」

「そ、Sorry……な、何してたの?」

 

「いや、何ってこともないけど……どした?」

「あぇ、えっと……。き、今日くらい、良いでしょ……?」

 

 ラフな部屋着でもじもじ言っているのは、つまり……一緒に寝たい、ってことだろう。俺はちゆと温泉から帰って以来、今までのように同じベッドで寝たりってことは極力断ってきた。理由は分かり切ってるね、俺だって男の子だからである! 何とか自制してるが、そもそも俺くらいの年齢の野郎なんざ猿だぞ猿。ちゆにも正直に打ち明けており、その時は顔を赤くしつつもコクコク頷いてくれた。

 

 でも、今日みたいなめでたい日は、ってことか……。俺的には例の16歳に近づいた訳だから当然意識するし、むしろ断りたいんですけど……それこそ、俺が断ったことでケチつけたくないし。頷くっきゃないよな。

 

「……あぁ、そうだな。こんな日くらいはな」

「! え、えぇ! えへへ……ゃたっ」

 

 ぐ……小声で喜ぶなよっ。聞こえてんだよ! クソ、可愛いなこやつ……。

 

 俺が受け入れると破顔(ニッコリ)し、とてとて駆け寄ってきてベッドに腰かけた。アカンな……今日は素数をかぞえつつ寝にゃならんかもしれん……。

 

「ぁ……そ、(そう)。ソレって……」

「ん? ……あ」

 

 何かに気付いたらしいちゆが指さした方を見ると、椅子に座った俺の後ろ……机の上に置かれたままの包みが。そら気付くわ、なんで隠し損ねた俺……! 急に来られてビックリしたからってことにしておこう……。

 

 まぁ、これで覚悟を決めざるを得なくなったとも言えるし! 結果オーライ! 滑ったら枕濡らそう! 本人が寝てる横でな!!

 

「……あぁ、誕生日プレゼントだよ。遅くなったけどな」

 

 何気ない風を装って、俺は手のひらサイズのプレゼントを手渡した。店員のねーちゃんが丁寧に包装してくれた桃色の正方形。ちゆも同様に頬を染めて笑んでいる。うん……もう滑ってもいいや、これが見れたんだから。

 

「あっ、開けても良いっ?」

「どうぞ、もうお前のモンだ」

 

 弾む声に年相応の無邪気さを感じ、思わず俺も笑みをこぼして答えた。気持ちが先走ってかワタワタと包みを解いてから、ちゆは手の中のケースをまじまじと見つめている。ちらりと視線でもう一度『開けていい?』と問いかけてきたので、右手を差し出して『どうぞ』とする。

 

 ちゆが箱を両手で開くと、パカっと小気味良い音がして中に収められていたモノが室内灯の光を反射した。

 

「……指輪。奏っ、指輪が入ってるわっ!!」

「そりゃ俺が用意したんだから知ってるよ」

 

 興奮したようにちゆは箱を差し出し、何度も俺の顔と指輪に視線を行き来させている。……よかった、贈り物としてはズレて無かったようだ。こういう経験ないからマジで不安だったんだよ……。

 

「と、取り出すわよ……?」

「だから好きにしなさいって」

 

 まるで宝石でも扱うようにおそるおそる取り出すちゆに、もう安心で気が抜けていた俺は苦笑しつつ言った。喜んでもらえるのは嬉しいけど、ちょっとオーバーじゃないか? 親御さんからもっといいモンいくらでも貰えるだろうに。

 

「……きれい…………」

 

 ちゆはそのリングを天井の光にかざし、ほぅっとため息をついた。装飾はほとんどなくて、一か所だけロゴが彫られているのみだ。言うまでもないね、猫耳のついたヘッドフォンである。

 

 それを嬉しそうに指でなぞったちゆは、何かに気づいたようにリングを瞳に近づけた。やっぱ女の子ってそういうとこ敏感なのね……。指輪の内側には、とある文字が彫ってある。

 

「I'm here……?」

 

 意外な言葉だったのか、ちゆは不思議そうに俺へ目を向けてくる。……意味自体は伝わってるんだろうから、なんでこの文字を? ってことなんだろうけど。……説明するのハズイな。

 

 俺は右手で鼻の頭をポリポリ掻きつつ、なんとなしに時計へ視線を向けてネタを明かした。

 

I'm here(私はここにいる)……RASの意味は、"御簾を上げろ"、だろ? 幕が上がれば、RASはステージの上にいる。そのリングは願掛けみたいなモンさ、舞台でRASがずっと立ち続けられるように。自分たちはここにいるんだって、ずっと言えるようにさ……」

 

 それと、もう一つ。

 

「あとはオマケだけどな。"俺がそこにいる"、って意味だ。どうしても俺が隣に居られないとき、そのリングが俺の代わりに、少しでもお前の背中を押せるようなお守りになれば良いな、ってな」

 

「嬉しいっ!!」

「どぁあっ!?」

 

 勢いあまって飛びついてくるちゆを、俺はなんとか椅子の上で受け止めた。おい、温泉の時みたいなとんでもない格好になってるんだが!? っつーか椅子ごとコケたらどうすんだ! あぶねぇだろ!!

 

「あぁ、嬉しい、大好きよ奏っ。 愛してる!! こんなに嬉しいBirthday(誕生日)初めてだわ、最高(サイッコー)の一日よ……!!」

「……喜んでもらえたんなら何よりだ。改めて、誕生日おめでとうな」

 

 ……怒り損ねたな。腕を首に回して両足で胴体にしがみつき、俺の肩にぐりぐりおでこを擦り付けるちゆは、まるで我が世の春と言わんばかりのはしゃぎ様である。こんなにプレゼントで喜ばれたらそりゃー叱れねぇよ、俺も嬉しいもん!

 

 その後、俺とちゆは一度だけ唇を交わし(それ以上は俺が我慢ならんので)。二人して同じベッドに横になった。ちゆは寝付くまで左手の薬指に嵌めたリングを幸せそうに胸に抱きながら。俺の胸元にすり寄っては『スキ』と連呼していた。

 

 俺? 素数かぞえてたよ察しろ!!

 







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45.迸る情熱

「パレオっ」

「出しまぁす☆」

 

 ガールズバンドチャレンジも予選最終ライブを終え、ついに武道館進出を決定づけるランキングの更新時間を迎えた。ちゆの言葉にパレオちゃんが端末を操作し、スタジオ内のパネルに画面を表示させる。真っ先に映し出されたのは……。

 

【1st.RAISE A SUILEN】

 

 そして、

【2nd.Roselia】

 

「よぉしっ!!」

 

 正直確信はしていたんだが、改めて現実となったRASの武道館進出に、俺は声を上げてガッツポーズした。後半になるとRoseliaはもちろん、ポピパも凄い追い上げを見せていたから油断はできなかったのだ。特にポピパはdubにも乗り込んできたくらいだったしな。

 

「なんでソースが一番喜んでるのよ」

 やれやれと首を振るちゆも、声は高く頬は緩んでいた。他の面々も同じように喜色満面だ。

 

「そらお前、俺はRASの一番のファンだぞ? 嬉しいに決まってるだろ! ……今からでもちょん切れば俺もワンチャンステージに立てるか……?」

 

「なワケないでしょっ!? いい加減その下品なJoke(冗談)やめなさいよ!!」

 

 おかしなヤツだ、全裸で風呂に突撃してきたり、薄着でベッドに浸入するクセにチ〇コの話題はNGらしい。

 

「ふふ……。ソースには悪いけど、きっと優勝するから。応援よろしくね」

 

 透き通った微笑みで言ったのはレイヤだった。うーむ、俺の爆笑ギャグも通じなくなってきたな……躱されちまう。マスキングは苦笑するだけだし、標的にされないようにかパレオちゃんは聞こえませんアピール。真面目に狼狽えてくれるのなんてロックくらいだ、お兄さん切ないよ!

 

「そりゃもちろん、ずっと応援してるさ。ここまで来たら優勝あるのみ! だろ?」

「っす! 一緒に()れないのは仕方ないっすけど……絶対、ソースさんの期待に応えて見せるんでッ!」

 

「……ああ、観客席で楽しませてもらうよ。二人は、確か武道館の経験あったよな?」

 

「そうなんですかっ!?」

「はい☆ お二人ともサポートではありましたが、武道館での演奏経験がおありですよ♪」

 

 俺の言葉に驚愕したのはロック、次いで答えたのはパレオちゃんだった。当のレイヤとマスキングも、目を丸くしているロックに頷きで肯定している。

 

 ちゆは……と思って目を向けると、真面目な顔でこちらを見ていた彼女と視線がかち合った。こっちを見てた……? 偶然かな?

 

「チュチュ、どした?」

「っ……いえ、何でもないわ。……私、ガールズバンドチャレンジの運営にちょっと連絡してくる。ゲネプロ(リハーサル)のスケジュールも出さないといけないしね」

 

 そう言うと、ちゆはスタジオから出て行ってしまう。どしたの? と残された俺たちは顔を見合わせたが、互いに思い当たる節は無いらしく。しゃーないのでレイヤとマスキングの武道館体験談を聞きつつ、本番のイメージトレーニングに時間を費やした。

 

 それからちゆが戻ってきたのは30分ほど経ってからだ。スマホ片手にニンマリとしていたので、本人に言う気が無いなら無理に聞くこともないかと放置する。ただ、一つ気になったのは……。

 

「みんなっ、ぜっっっっったい優勝するわよ! ソース! 最前列でしっかり見てなさいっ!!」

 

 30分前の神妙な様子とは打って変わり、意気揚々と俺に指を向けるちゆの姿だった。電話でなに話してたんだってばよ……?

 ほんの少し不安を覚えたが、それからは六人。武道館ライブに向けて、改めて打ち合わせを始めた。

 

 予選ライブで一度勝利したとはいえ、相手はあのRoseliaだからな。余計なことに意識を向けてたら、それこそ惨敗しかねん。武道館のような大舞台じゃ俺もそこまで有用な意見は出せなかったが、男視点から相談に加わり。俺たちは日が落ちるまで、決勝ライブのことを話し合ったのだった。

 



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46.高鳴る鼓動

「今日は冷えるなぁ……」

 

 12月23日。あっちゅーまにRASとRoselia、彼女たちが雌雄を決する時が訪れた。この日に至るまで、俺はほとんどRASのバンド活動に関わっていない。パレオちゃんの送迎とか、演奏に直接関係しないところは今までのように手伝ってきたけどね。一人のファンとして、先入観なくライブを楽しませてもらおう、ってな感じだ。

 

「……早く入っちまおう」

 

 学生さん、それも女子が多いように見えるファンの群れ、俺が建物の前で突っ立ってると目立つ。しかも、何故かちゆからライブに使ってたつば長キャップを被って来いと言われてる。可能性は低いと思うけど、目元を隠すように被ってるとSOUを知ってる人間に気づかれるかもしれんので、つばは後ろに向けてるけど。ぶっちゃけちょっと恥ずかしいっす。

 

 視線に意識を向けてみれば注目を集めてるような錯覚すら覚えてきたので、俺はこそこそと武道館へ乗り込んでいった。

 

 ライブ中に催したりしないようトイレを済ませ、チケットに指定された場所に腰を落ち着ける。そこは、まぁ、なんだ。コネで入手した最前列。正規の手段で勝ち取ったであろう方々に申し訳なく感じるが、ご容赦いただきたい。なんせこれはちゆに押し付けられたモノだからだ。

 

 多分、一緒に舞台に上がることは出来ない俺に対する、ちゆの……というかRASのみんなからのプレゼントなんだろう。帽子被って来いってのも多分そう。俺というギタリストが、RASがこの舞台に至るための力の源(source)になったと、そういうメッセージ。

 

 ま、自意識過剰かも知れないけど! そう思わせてもらおう。どんどん埋まっていく会場の中を眺めながら、俺はこれからのステージに期待を膨らませていった。だって、まわりの子たちがみんな言ってるんだ。楽しみだね、どっちが勝つのかな? 新曲らしいよ! どっちも勝ってほしい~! ……改めて、どれほどの人たちがこのイベントを見守ってきたのか実感した。

 

 大ガールズバンド時代、そんな言葉が定着するほど少女たちの活躍を目にする機会が増えた今日この頃。恒久的なものではないが、この日に限ろうとも確実に決まるのだ。その頂点が……!

 

 開幕までの時間はそう遠くない。けれど、この日に至るまでの数日間よりも、たった十数分がとんでもなく長いように思えた。しかし、ついにその瞬間はやってくる。

 

照明が落とされ、真っ暗になったステージ。そこに浮かび上がる五つの灯……Roseliaの登場だ……! 演奏の順番は、おそらくランキング下位からとなっているんだろう。しかし、彼女たちの演出、足取りはイベントの段取りだとか、何を目的としたイベントだとか。そういうものを一切感じさせない。

 

 目の前に、Roseliaが居る。ただそれだけを、強大な存在感でもって観客(おれたち)に伝えてくる……!

 

 荘厳なBGMと共に彼女たちは舞台の中心へ集った。そして……一斉に、小さな灯が吐息と共に闇へ消える。

 

 ――瞬間、照明がステージに立つRoseliaを照らし出した。背中合わせに立った五人が、同じタイミング、同じ歩調で歩み出る。

 

 まるで……薔薇の蕾が、花開くように。

 

『――Roseliaです』

 途端に歓声が武道館に響き渡った! 圧倒的カリスマ。後ろからはすすり泣く声さえ聞こえてくる。ガールズバンドの頂点、その一角。すべての観客が湊さんの、五人の一挙手一投足に注目していた。

 

『この大会に参加することで、大切なものを得られました。今日は、その感謝を込めて。――Avant-garde HISTORY』

 

 ひと際大きな声が観客席から上がると、暗転。次いで会場内はサイリウムが星のように瞬いた。照明演出とリズム隊により演奏の口火が切られると、ついにRoseliaのステージが始まった!

 

 凛としつつも透き通った声音が切なく胸を打つ。自身の想いを歌に乗せ。ただのパフォーマンスと感じさせない動作で、彼女たちが歩んできた道程のカケラを、湊さんが紡いでいく。

 

 生真面目な横顔で。溌溂と破顔して。不安を感じさせない微笑みで。演奏はもちろん、コーラスを重ねて四人が湊さんに続いた。

 

 楽しそうにスティックを振る宇田川さんに、微笑んだ今井さんが寄り添う。泰然と氷川さんがピックを操り、白金さんが淀みなく指を躍らせた。

 

 湊さんが大きく腕を薙ぎ、マントが翻るとステージのボルテージはどんどん加速していく……! 赤いライトが観客の熱狂を表しているように思えたが、次々に切り替わるライトカラーが次の舞台へ俺たちを連れて行く。『ついてこい』、そう手を差し伸べるのだ。

 

 ステージの中心部がせり上がると、そこに一人立つ湊さんが否応なく視線を引き付けた。MCでは大きな感情の変化を見せない彼女が、こぶしを握り。腕を振り。眉根を寄せて語りかけてくる。いくつもの困難な道を超え、Roselia(私たち)はここに至ったのだ、と。

 

 ああ……いつまでも、聞いていたいと思わせる。これまでの彼女たちのライブを振り返りながら、その歴史を歌い上げるRoseliaの在り方に思いを馳せていたいと。最近彼女たちを知った俺でさえそうなのだ、Roseliaを追ってこの武道館に訪れたファンの心境はとんでもないことになっているだろう。

 

 なんせ俺の背後から、女の子なんだろうが野太い嗚咽が聞こえてくるくらいだ。終わってほしくない、そう思うのは無理からぬことだ。そして、そんな風に感じてしまうのは。ステージで歌い、奏でる彼女たちが告げているから。

 

 せり上がっていた舞台の中心が、再び湊さんをメンバーと同じ場所へ連れて行く。それに比して、湊さんは高く腕を振り上げた。あんなにもカラフルに舞台を彩っていたライトが、ただ降り注ぐ白に顔を変えた時。

 

『――ありがとう』

 Roseliaのステージは、その終わりを告げたのだ。

 

「っ……凄かったな」

 意図してそんなしょーもない感想を漏らしたのは、俺が立っている場所を思い出すためだ。ここはRoseliaのワンマンライブじゃない。ガールズバンドチャレンジ、その決勝なのだ。やべーよ……いろいろ持ってかれちまったよ……!

 

 そこかしこから、連れの友人たちと語り合う少女たちの声が聞こえる。最高だった、もっと見ていたい。Roselia大好き、行かないでー……。

 

 ――ありがとう。

 演奏のピリオドに、湊さんが告げた一言。それは決して彼女やRoseliaだけが抱いている気持ちじゃなく、応援してきたファンも同様に捧げたい想いだった。

 

 この場に居られたことを、本当に嬉しく思う。とても尊い時間を共有できたことに。

 

 そして――片時と言えど。それを忘れさせられるほどの存在が、御簾を上げる瞬間に立ち会えることに。

 

「――来た……!」

 思わず口をついた言葉通り。スモークに包まれ、せり上がるステージを五人が歩いてきた。俺も用意していたサイリウムを振ると、それは会場すべてが一体になってスモークをライトブルーに染める。

 

『Bass&Vocal――LAYER!!』

 

 チュチュのMCにステージのパネルが同調し、それを背にレイヤが落ち着き払った様子で一礼した。

 

『Guitar――LOCK!!』

 

 次いでロックも頭を下げると、いつものクセでか眼鏡を直すような仕草。直後のごまかすような笑みが、緊張などしていないことを感じさせた。

 

『Drums――MASKING!!』

 

 左手に握ったスティックを掲げ、観客の声援に応えたのはマスキングだ。その表情は活き活きとしていて……レッテルだけで畏怖された、狂犬の姿はどこにもない。

 

『Keyboard――PAREO!!』

 

 普段のお淑やかで愛想がよいキャラクターからか、客席からは『パレちゃーん!』とフランクに呼びかける声も。笑顔でスカートを摘まむ姿は楚々としていて、やはりステージを楽しんでいるようだ。

 

『DJ――CHU²!』

 

 以前のライブではMCとして一歩引いていたチュチュだったが、レイヤがそれを引き継ぐ形でスポットライトを浴びた。少しポカンとした表情を浮かべていたが、演出か、はたまたチュチュにとってもサプライズだったのか。打合せにも参加していない俺には測りかねるね。

 

 だって、そんなことに考えを巡らせている時間なんてくれやしないんだ。

 

『We are……RAISE A SUILEN!!』

 チュチュの蠱惑的な名乗りに観客が沸き。

 

『聞いてください――Beautiful Birthday』

 レイヤの発したその声に、歓声は引き絞るような興奮へ形を変えた。っていうか、その曲だったのか! ちゆの誕生日を祝うべく、パレオちゃんが主体となって生み出された一曲……!

 

 あの日は俺がリズムギターを担う形だったが、今日はそれが無い代わりにチュチュのDJによってRASの曲へと昇華されるのだろう。

 ……実は、いつかこういう日が来ることを願って、俺は作詞にほとんど関わっていない。パレオちゃんにはもっと意見を出してほしいと言われていたが、やはりRASの曲として発表されるとき。そこに五人以外の影は無い方が良いと考えたのだ。一人のファンとして。

 

 そしてそれは、きっと正しかった。

 

 レイヤの歌声とパレオちゃんのキーボードが先導するメロディラインに、チュチュの舞台演出とラップが起点となって加速する。マスキングのドラムが、行き場を失っていたRoseliaへの余韻をかっさらい。パレオちゃんが激しく打鍵するのを支えるのは、ロックの繊細でありながら激しさを伴うリードギター。

 

 眩しい、と久しぶりに感じた。RASの五人が揃ったばかりの頃は、毎日のように感じていた熱量。その活動を手伝えるのは嬉しかった。でも、手伝うことで俺は、彼女たちのステージ演出を先に知ってしまっていた。けれど……今日は違う。どうしてもチラつく自分の影を感じることなく、ありのままのRAISE A SUILENが、目の前に居るのだ……!

 

 レイヤが祈るように歌う。チュチュのラップに寄り添うようにコーラスが響き渡る。円形のステージ、観客を目の前にした彼女たちには当然、メンバーの姿は見えない。しかし、それぞれが暴れまわる。

 

 声を響かせる。鍵盤を叩く。ピックを躍らせる。ビートを刻む。腕を振り上げる。彼女たちはお互いに合わせましょう、ライブを成功させましょう、なんて考えちゃいない。同じステージ(高み)に立つメンバーが。それぞれの出力した最高(パフォーマンス)が、自然に生まれたその重なりこそがRASの存在意義だと信じて疑わないのだ。

 

 レッテルだとか、風評だとか。誰かが決めたルールに、頭を押さえつけるだけの常識なんて不要だと。

 

 自身が、仲間たちがそれぞれに追い求めた理想こそが。美しい世界を作り上げるのだと、そう確信して舞台に立っている。

 

「あぁ……」

 

 牙を剥いて獰猛に。歌い、奏で、観客なんぞ無視して笑い合う。観客(俺たち)どころか、彼女たちこそが心底実感したんだろう。ここに、RAISE A SUILEN(私たちは生まれたんだ)

 

 チュチュが両手を振り上げ、ドラムが一定のリズムを刻む。誰もがその訪れを感じ、しかし止めることなんて出来ようはずもない。RASの全員が瞳を閉じ、それでも腕を止めることは無い。

 

 激しいライトの明滅に、レイヤが腕を振り上げて――!

 

 ……真っ暗な会場が大歓声に包まれる中で、そのステージは終わりを迎えたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『投票時間です。決勝を戦った両バンドのうち、一つを選び、アプリより投票ください』

 

「風情がねぇなぁ……」

 

 ぶーたれてしまうのも仕方ないと思っていただきたい。もう観客席はへとへとだよ? 俺も含めて。そこかしこから息切れが聞こえるし、なんなら泣いてる子も少なくない。後ろの子? 心停止してるんじゃない? 割とマジで。怖いから振り返らないけどね、なーんも聞こえないもん。

 

 まっ、それはそれとして投票だ。決まってるんだけどね! 贔屓目なしに、最高のステージだった……!

 それからしばらくして、集計が終わったのかアナウンスが再開された。

 

『ただいまを()ちまして、投票を締め切らせていただきます。みなさま、大変お待たせしました!』

 

 その言葉に続くように、再度RoseliaとRASがステージの上に並んだ。さぁ、いよいよ結果発表だ! これで正真正銘、ガールズバンドの頂点が決まる……!

 

『それでは! バンドリ、ガールズバンドチャレンジ決勝、結果発表です! ――よろしくお願いします!』

 

 ん? そのまま発表するんじゃないのか? と、思っていたら。一人の女性が杖を突いて歩いてきた。誰だ?

 

「……は? え、このイベントってシセンが運営にいんのか!?」

 

 その正体に気づいた俺と同じ驚き、嬌声は会場の至る所で起こっていた。ただ両バンドの応援に来ただけのファンはキョトンとしていたが。

 

『ミラキュラスカーレット』、通称ミラスカ。ガールズバンドなんて言葉が定着していなかった一昔前の女性四人組バンドだ。特に彼女、シセンはそのギターボーカル。ミラスカのリーダー的存在……!

 

 その知名度は言うまでもないだろう、なんたって世代違いの俺が知ってるくらいだからな。ライブハウスで世話になったスタッフには、ミラスカの全国ツアーに現地組で参加したことを自慢の種にする人がよく居たもんだ。

 

 舞台に立つRoseliaにRASの面々も、これには驚いたようで目を丸くしている。一部興奮してるヤツもいるけどね、マスキングとか!

 

『――みんなの演奏、見せてもらったよ。みんな……見事にやりきったね!』

 

 先達の素直な賞賛に、会場は喝采に沸き。舞台上の彼女らも嬉しそうに笑みを浮かべた。俺も知り合いのシセンファンからインタビュースクラップとか読ませてもらったことあるけど、結構キツイ物言いする人っぽかったからな……。

 

『それじゃあ、結果を発表する。――グランプリは』

 

 驚きと興奮が冷めない中で告げられた言葉に、思わず俺はステージのチュチュへ視線を向けた。そこには、祈るように両手を合わせる姿が。

 

「頼むぞ……!」

 俺も同じように手を合わせ、その続きを待つ。個人的にはRASに軍配が上がったと思うが、人の感性なんて水物だ。その時集まった観客の気分や好みでいくらでも変わっちまう。どうだ……!?

 

『――RAISE A SUILEN!』

 

「よっ!! ……ぉ~し……」

 暗転した会場内でスポットがRASに向けられ、そのバンド名がパネルに表示されたとき。俺は勢いよく『よっしゃぁ!!』と言いそうになり、それを何とか押しとどめた。やべぇ、ハズイハズイ……。まぁ似たようなのはそこかしこにいたし、逆に崩れ去ってるRoseliaファンも居たからそこまでは目立たなかったけど。

 

『やりましたぁ!☆ グランプリですよっ、チュチュ様~♪』

『わ、分かったから! 聞こえてたから落ち着きなさい!』

 

 発表の瞬間には喜色満面だったチュチュだが、忠犬パレオちゃんに抱き着かれてわっぷわっぷしている。その横で『仕方ないやつらだ』と言いたげなマスキングとレイヤも、やはり嬉しそうに微笑んでいた。ロックはポカーンとしている。言っちゃなんだがいつものことである。

 

 Roseliaの五人は残念そうにしていたが、健闘を讃えて拍手してくれていた。ドラムの宇田川さんだけは、しょんぼり具合が群を抜いていたけど。

 

『続いてベストパフォーマンス賞――』

 

 ――は? いやちょっと待て! 賞っていくつあるんだよ!? その獲得数でイベントの優勝が決まるとかじゃないだろうな!! グランプリって普通は最上位だし、それは無いと信じたいけど……!

 

『RAISE A SUILEN!』

 

 これもRASかよ! 脅かすなよ!! ……いや、テレビの企画でよくある、最後に獲得したポイントが一番デカイタイプじゃねぇよなぁっ!?

 

『ベストバンド賞――Roselia!』

 

 これはRoseliaなのかよ! ベストって! 最上位じゃねぇかよ!! 一番いいバンドがRoseliaって言っちゃってんじゃねぇかよ!!

 

『みんな……良いライブだった』

 

 そこで終わんのかよ……。まぁ、厳しい予選をくぐり抜けて大舞台に立った二バンドだ。そこに明確な優劣をつけたくないのかも知れんが……。ぐぬぅ、なんか釈然としないな。

 

 まぁいいさ、大会と言う形式を取った以上、優勝は文字通りグランプリのRASってことになるだろう。賞の数も二つだし。Roseliaファンは『ベストバンドのRoseliaが最強!』って思うかもだけど、運営様からのメッセージかもな。『お前の推しがお前の中のベストだ』みたいなね。

 

 スモークが炊かれ、紙吹雪が舞い散る。それを見て――ついに終わったんだと。観客席の俺たちもそう認識することが出来た。

 

 ん、だ、が……? なんだ? RoseliaはハケてくのにRASは舞台に立ったままだ。シセンが何やらチュチュに言い、Roseliaに続いてステージを去った。そういう段取りか? やっぱグランプリは何かしらあるんだろうか。

 

『――みなさん。今日は足を運んでくれて、本当に……ありがとう』

 

 清々しい微笑みで感謝を述べるチュチュに、会場からは黄色い声が飛んだ。俺もなんか言ったろーかな? なんて考えていたら。

 

『今この瞬間は、私のワガママです。……もしかすると、知っている人もいるかも知れません。RASには――もう一人、大切なメンバーが居ます』

 

 ――ハァ? いや、お前……何しとん!! やべぇよ、何話すつもりだあのちんちくりんは……つーかレイヤ! マスキング! 止めろや!!

 

 ガールズバンドの大会の決勝で、それに白星上げて。そこで言うことがなんで野郎のことなんだよ……。 場合によっちゃ刺されるんじゃないか? 俺が。オイ誰だ、『知ってるー』って言ったヤツ。『動画見たよー』じゃねぇんだよ!! 

 

『その人は男性なのですが……もちろん私たちはガールズバンドなので? マネージャーとして協力を仰いでいます』

 

 ……まぁ、感謝の言葉をくれる、ってことなのかな……。思ったより会場の空気も暖かいし、周りがどう思うかとかより。チュチュが俺に伝えようとしてくれているであろう、言葉の内容に耳を傾けよう。

 

『――ですが、彼は凄腕のギタリストでもあります。彼が女性なら、どんな手を使ってでもRASに引き入れたのに……ロックが加入するまでに、そう思ったことは少なくありません』

 

 やっぱ、君が一番ちょん切りたいって思ってないか? 気のせいか?

 

『彼と同じステージで演奏したい。それは私だけでなく、RAS全員の想いです。なので――私は、決勝進出が決まった時点で。このイベントの運営に一つRequest(要望を出)しました』

 

 ……なんか風向きが怪しいな。っつーか、なんかライブスタッフが人を探してる。最前列付近で。いやまぁ、人探しなら協力するのにやぶさかでないんだが。

 

『それは……グランプリのバンドが。最後に一曲、演奏する権利です。これはRoseliaの皆さんも承諾してくれました。そして、私たちの場合――六人目のメンバーを。今日一度限り、正式なメンバーとして迎え入れるということ――!』

 

「あっ、ソースさんですよねっ!? ささ、どうぞこちらに」

「アッ、ちょっ。待って聞いてないんすけどギター持ってきてないしってなんで用意されてんすかっ!? あっ、ねぇ待って!!」

 

 最前列、つばの長い帽子の男性。その辺りをスタッフに伝えていたんだろう、俺はあれよあれよという間にドナドナされ。円形ステージに至る階段の下に立たされていた。

 

「早く上がってきなさいよ。会場が冷めちゃうでしょ?」

「こんガキャァ……」

 

 ステージで挑発的に笑い、俺を見下ろすチュチュ様。毒づく俺に、人差し指でクイクイとおいでおいで(こっちこいや)した。

 もう何もかも諦めて一段一段、踏みしめるように階段を上がる。

 

 ああ……武道館のステージに上がってってるよ、俺……。いや嬉しいは嬉しいけどさ。雑談程度にだが、俺はあがり症のケがあるとは言ってるハズなんですけどねぇ……。

 

 ちょっとした恨みをジト目に込めて見上げると、舞台に至る数段下でチュチュに頭を押さえつけられた。んだぁ? よくできましたってかぁ……?

 

 そんな考えは露知らず、チュチュは……ぐい、っと。後ろに向いたままだった俺の帽子、そのつばを前に向けて言い放つ。

 

「――うんっ。初めて見たときは、冴えないヤツって思ったけど。……どんなギタリストより、カッコイイわよ」

「っ……。はぁ、そらドーモ」

 

 ――もう、ウダウダ言ってられないよな。こんなお膳立てされて逃げ出すヤツが居たら、そいつはギタリストどころか男ですらない。

 

『紹介するわ――RASのマネージャー! SOURCE!!』

 

 俺がステージに上がりきると同時にチュチュが言い放つと――っ!? お、思ったより歓迎されてるっぽい……! めっちゃ歓声が上がってる!! ……よく考えりゃ、RASが大会で首位に居続けるほど、知名度は上がり続ける。ライブも重ねたし。ファンがネットで調べりゃ、当然RASがゲスト参加した動画に行き着くだろう。つまり――ここにいる人間はほとんど、『弾いてみた動画のソース』を知ってくれてるんだ、多分。

 

 そう思うと、心底ホッとした。ちょっとしたアウェー気分だったが、どころかホームだったらしい。イベントが始まってからは放置気味だったけど、チャンネル作っといて良かったな……。

 

「楽しもうね、ソース」

「……あぁ、せっかくの機会だしな」

 

 この期に及んで疑うべくもないが、みんなしてグルなんだろう。意外な様子は欠片も見せずに言ってのけるレイヤに、苦笑しつつ返すと。

 

「ソースさん……世界一、幸せになりましょう!!」

「っ、お互いにな!」

 

 続いてロックがそんなことを言ってくれた。勢い任せに言ったあの時の言葉、まだ覚えててくれたんだな……。

 

「……最近、ご無沙汰だったんじゃないスか? ここ、アツいっすよ」

「だな……ま、好きにやるさ。俺も(・・)、合わせる気なんてないぜ? マスキング」

 

 ブランクなんて言い訳は許さないと、普段とは打って変わって挑発かましてくるマスキングに返せば。ご満悦らしく獰猛な笑みで応えてくれた。

 

「――お待ちしてましたっ☆」

「パレオちゃん……サンキュな。パレオちゃんが撮影誘ってくんなかったら、多分、これは実現しなかった。……また、一緒に()ってくれるかい?」

「――っ。はいっぜひ!☆」

 

 弾いてみた、歌ってみた動画の件が無けりゃあこんなに観客に受け入れてもらえなかったろうし。チュチュもこれを見越して計画したはずだからな。そう思って礼を言えば、パレオちゃんは……何故か一瞬、くしゃっと泣き出しそうに眉を寄せて。それを誤魔化すようににぱっと笑った。

 

 動画投稿の話は、俺が寂しそうにRASの活動を見ていたから、ってパレオちゃん言ってたしな。今までずっと、俺の気持ちを慮ってくれてたんだろう。本当に、健気と言うか……ありがとう、それだけだ。

 

 メンバー全員と言葉を交わし、自然にそれぞれの持ち場へ移る五人に合わせて俺も歩みだす。いつの間にやら、俺用のスタンドマイクまで設置されているのに何となく笑えた。スタッフさん仕込み万全なのね……。

 

 レイヤから右に、ロック、チュチュ、マスキング、俺を挟んでパレオちゃん。さて、一応RASの曲は全部弾けるつもりだが。ロックとパートが被っちゃ意味ないぞ。それを今更相談しようにも、持ち場についているためにコソコソ確認なんざ出来ない。もう開き直ってマイク越しに聞いてやった。

 

『――それで、チュチュ様。ご命令(オーダー)は?』

 マイクパフォーマンスと受け取ってくれたのか、会場からは割かし黄色い声が上がった。アカン、変に気取らなければよかった。ハズイ……。

 

『貴方が勝手にギターソロ作った曲よ』

 その瞬間、爆発的な歓声が武道館を揺らす。いやみんな知っとるんかいな! ――じゃあ、話は早そうだし、気持ちも分かる。なんてったって、それはRASのデビュー曲であるからだ。

 

『了解。――それじゃあ、俺がMCやるのは絶対おかしいと思いますが、聞いてください』

 

 本当に間違いなく間違ってるハズだが、曲の入りが俺だからこうするしかない。クスクス笑いも聞こえたし、ウケてると思い込もう。

 

『――R・I・O・T』

 



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47.RAISE A SUILEN!

『聞いてください――R・I・O・T』

 

 俺の言葉に上がったあったけぇ歓声が止むのを待たず、チュチュが言ったように、動画用に勝手に作ったギターソロを奏で始める。

 

 するとまるで図ったようにマスキングのドラムがビートを刻みだし、俺の主旋律にロックのリズムギターが重なってくる。パレオちゃんのキーボードがさらに音を厚めるのを全身に感じた瞬間、俺は左後方のレイヤへチラリと視線を送った。

 

 パチリ、と。あまりお目にかかったことのないウインクが向けられたのはほぼ同時で、俺はひそかに胸をなでおろした。"ボーカルは任せて"。そういうことだろう。さすがにメインボーカルまで俺になると、もはや誰のバンドなのか分かったもんじゃないからな。

 

『Come into the world

 響き渡るのは――

 絶妙な存在意義の concerto』

 

 レイヤの歌声、ベースが駆けだしていた演奏にガッチリとハマり、ついにR・I・O・Tが始まった! その黒幕は誰か? 当然――DJ(チュチュ)!!

 

 彼女の役割であるDJはハウスミュージックの華であるが、同時にバンドでは下に見られがちな立ち位置だ。自ら演奏はせず、主にパフォーマンスとSEを差し込む、いわば盛り上げ役なのだと。

 

 けど、RASにおいてチュチュは間違いなく先導者なのだ。俺たちは好き勝手に演奏してるが、それが奇跡的にマッチすることなんて普通に考えてあるワケ無い。それぞれがどのタイミングでどういう音を、どれくらいの強弱で奏でるのか。それらを全て正確に読み取り、コンソールでステージを掌握しているのがチュチュだ。

 

 俺たちは自由に、己の最高を目指して演奏しているつもり(・・・)になっているが、それはすべてDJが俺たちという存在を掌握し、昇華させているだけなのだ。

 

 最高だ――。チュチュが居れば、俺たちは迷わない。自分を、メンバーの全てを信じて、一直線に奏でられる。

 

『分厚いruleは破り捨てて

 Let's shake it down! さあ声高く――

 聴こえたのなら……

 Just follow me, and trust me!!』

 

 レイヤが歌い上げる、RASの。そしてチュチュのメッセージ。Just follow me, and trust me(私を信じてついてこい)

 

 あぁ、どこにだって行けそうだ……!! 抱いた思いのままに指を立てて腕を振り上げれば、背後のメンバーと呼吸が合ったことを確信した。今この時だけはRAISE A SUILEN(俺もここにいる)!!

 

『勝利の女神から always 熱視線受けて――

 passions run R・I・O・T!

 passions run R・I・O・T!!

 無敵な flavor を纏わす』

 

 レイヤに続いてコーラスすると、チュチュが腕を振る姿を幻視した。俺も同調してパフォーマンスしたくなるが、主旋律は俺だ。ぐっとこらえて駆け続ける。

 

『さっさと白旗を振って降参しなと

 passions run R・I・O・T!

 passions run R・I・O・T!!

 無駄な争いには get tired』

 

 ――ここだ。流れが変わる瞬間。(サビ)を起こす蝶の羽ばたき。俺が旋律を絞ると全ての演奏が鳴りを潜め、レイヤの歌声が反して際立つ。嵐の前の静けさってヤツだ。

 

『小細工は要らない。正面から go ahead

 逆らえない衝撃で Bang――!』

 

 激しく点滅するライトの下、俺はレイヤがマイクに唇を寄せるのがハッキリと脳裏に浮かんだ。

 

Don't waste your breath(言うだけ無駄だよ)……』

 

 刹那、演奏はリズムを置き去りにして消え去る。だがそれは終わりじゃない。チュチュの指揮棒(タクト)が振られる合図(サイン)なのだ――R・I・O・T(暴れろ)、と――!!

 

 ギターのネックを床に向け、頭を振って激しく弦をかき鳴らせば、それを諫めるような激しく高い音が響き渡った。マスキングがライドシンバルをぶっ叩いた音だ、テンション上がるねぇ!!

 

 Don't waste your breath(言うだけ無駄だ)、誰も止められやしない……さぁ、暴動だ!!

 

『Come into the world 降り立つ姿は

 絶大な輝きの fantastic art!!』

 

 俺のリードギターが、マスキングのドラムが。それを支えるレイヤのベースにロックのリズムギターが。厚い音色をさらに彩るパレオちゃんのキーボードが。そのすべてを包み込み、花開かせたチュチュが。

 

 ボーカルの歌い上げる絶大な輝き! 文字通り至高の芸術(fantastic art)になる!!

 

『至高の音楽を味わえと

 Let me show you 酔いしれればいい!

 僕らの音は――!』

 

 口角は上がりっぱなし! 誰もが牙を剥いているのが! 獰猛に笑んで、先へ、先へ――! 自らの理想にだけ手を伸ばしているのが分かる!! 小さなナリで、小さな手で。背中を押してくれるチュチュの存在を! 見えなくたって俺たちは感じられる……!!

 

 至高の音楽を味わえと! 考えることを放棄して、その快感に酔ってしまえと! そう誘惑してくるんだ……!

 

 RAISE A SUILEN(御簾を上げろ)!! RAISE A SUILEN(俺たちはここにいる)!! RAISE A SUILEN(理想はここにある)!!

 

『――世界へと憑依する!!』

 

 ピックをかき鳴らして跳ね上げた勢いそのままに、俺は腕を伸ばした。指先が向けられているのは天井でも、ましてやその先の空でもない。

 

 理想へ――! 誰もが無意識に己にかけた、(ルール)を破り捨てて――R・I・O・T!!

 

 息も荒く、明滅するスポットライトが。フェードアウトしていく音が、刹那の奇跡に終わりを告げると同時に。会場を揺らすほどの歓声が俺たち六人を包み込んだ。

 

 こうして――ガールズバンドチャレンジ、その終わりに訪れたちょっとしたオマケ(蛇足)は終幕したのだった。

 



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48.ちゆアフター①:再会

途中から視点が変わります


「まだかなぁ……」

 

 だだっ広いラウンジで一人寂しくジャーキーを貪り、俺は天井を仰ぎつつ独り呟いた。虚しい言葉に返ってくる声は当然ないが、それでも何か口に出さずには居られなかったのだ。

 

「寂しい……」

 

 5月。ガールズバンドチャレンジの最後にRASのみんなと大舞台に立ってから、もうすでに一年と半年が過ぎた。俺は変わらずちゆのマンションに居座っているが、当のちゆは半年前からかーちゃんとこに行ってらっしゃる。

 

 理由的には、RASと誕生日を祝った翌年……つまり去年12月なんだが、ちゆのかーちゃんが家族で過ごしたいと言って呼び戻したのである。RASの活動もあるために最初は固辞したちゆだったが、インターナショナルスクールの卒業予定を考えると一旦向こうへ渡ったほうが都合が良いらしく、俺に留守を預けて海外へ。

 

 こうしてちゆの好物をそんなに好きでもないのにガジガジ齧る様になるほどちゆ恋しさが募っていた俺だったが、ついに今月ちゆの卒業過程が修了したのである! そんでもって今日帰ってくるのだ!

 

 RASのみんなも誘いはしたんだが、今日は二人で再会を祝って下さいとのことだ。こうした気遣いは恥ずかしいが嬉しいもんだね……まぁ半年程度でなんやねん? って思う人も居そうだけど。習慣のせいで二人分飯作ったり、無人のスタジオについ足が向いたりと脳がバグってる当人としちゃあ笑えない。

 

 既に日本に着いてはいるはずだけど、交通事情なのかはたまた道草食ってんのか。早く帰って来んやろか……。と、思っていたら!

 

 タッタッタッタ……徐々に近づいてくる弾むような足音。来たか!?

 

I'm back(帰ったわ)!!」

Wow(ワーオ)!!」

 

 久しぶりのちゆの姿にテンション爆上げの俺だったが、いきなり流暢な一発をくれるもんだから勢いで変な声上げちまったぜ!

 

「奏! 会いたかった……!」

「俺もだ、ちゆ!!」

 

 すぐに俺へ向かって駆け寄ってきたちゆを受け止め、そのまま腰をホールドしてくるくる回る。あぁ、なんて感動的なシーンだろうか……! 全俺が泣いた。まさかこのまま話す訳にもいかんので二、三回も振り回したらすぐに下ろしたが。

 

「あぅ……。そ、奏って、けっこう情熱的だったのね? こんなに強くギュッとするなんて……」

 

 再び床に足をつけつつも、俺の首に回したままの腕をそのままにちゆが上目遣いで言ってきた。耳まで真っ赤にしつつ照れているようだが、喜びもあってか頬はゆるゆるだ。

 

 しかし言われてみりゃ、今までちゆからアプローチをかけてくることはあっても、俺からというのはそう無かったかもだ。でも……あれだ。人懐っこくすり寄ってくる猫に、やれやれと構ってやっていたら、その姿が急に見えなくなって不安になったみたいな?

 

「俺、ちゆがここを空けてから気づいたんだ。俺ってヤツは、ちゆが傍にいないともうダメなんだって。意識してなかっただけで、それくらいお前のことが好きなんだ、ってさ……」

 

 デコ突き合わせたまま想いを告げれば、ちゆは煙が出そうなほど顔を赤くし。我慢できないと言うように腕に力を込めた。それを俺が拒むことはなく、あれほど焦がれたちゆと俺の影は、あっさりと重なったのだ。

 

「ぷはっ……。わ、私も。大好きよ、奏……」

「ああ、嬉しいよ……。改めて、おかえりちゆ」

 

 うっとりと目尻を下げて微笑むちゆに応えれば、細めていた大きな瞳を閉じて破顔し。ちゆは日本語で言ってくれるのだ。

「うんっ。ただいま! ……ね、奏。ちょっとこっちに来て?」

「……うん?」

 

 しかしその後に続いた展開は、ちょっと予想していなかったものだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

♢ ♢ ♢ ♢ ♢ ♢ ♢ ♢ ♢ ♢

 

「ここは……」

 

 私が奏の手を引いて入った部屋は、Mom(マム)が贈ってくれたたくさんの思い出(・・・)。プレゼントの楽器、Competition(コンクール)の記念プレート。……私の歩いてきた道が記されている。

 

 無意識に強く握っていたらしい右手を、さらに強い力で握ってくれる奏。そこから私の心を気遣ってくれているのが痛いくらいに分かって、今までは重かった足が羽みたいに軽くなるのを実感した。

 

「おい……顔色悪いぞ。大丈夫か?」

 

 奏の手を離して、とあるバイオリンを手にしてチューニングしていると、私の考えが読めないらしい彼は、表情を窺うように顔を覗き込んできた。それに笑顔を返せた私は、きっと今までとは違う。そう、思いこむことが出来た。

 

Of course(もちろん)。……奏、今日はとっても素敵な日よ」

 

 急な私の言葉に、奏はやっぱり不思議そうな顔を見せたけど。それならサプライズになると、自分のことには無頓着な彼に少しだけ感謝した。

 

「ね、奏。……最後まで、聞いてね?」

 

 そう言ってバイオリンを構えて、弦に弓を置くと。難しい表情のまま、奏は静かに頷いた。……うん、それでいい。今はただ、聞いて欲しい。

 

 パレオに相談して。――Momに、心を曝け出して。ようやく立てた、たった一人のステージを。あなただけが見てくれれば、それで良いの。

 

 一度深呼吸してメロディを奏で始めた私に、彼は目を丸くした。そうよね、あなたはきっとこの曲を知っている。日本でとってもPopular(有名)な曲だもの。

 

 でも――この曲を選んだのは、それだけが理由じゃない。

 

「――ロマンティック 恋のアンテナは

 嵐で何処かへ飛んでいった

 嘘でしょう 冷たくあしらった

 こしゃくな(エクボ)に ちょっと……心が揺れてる」

 

 初めて会った日を思い出す。怪しげなギタリスト崩れ。目の前から早々に立ち去ろうとした私の足を止めた、楽しそうにピックを躍らせる彼。

 

「ホントは 本気であたしを

 叱ってくれる大事なひと

 ……なんて言ったらアイツは

 得意気になるから もう褒めたりしない」

 

 ただ愛してくれたMomでもDadでもない。今の私があるのは、この広くて寂しい場所にあなたが居たから。口に出すと、あなたは泣きそうになって、それを誤魔化そうと笑っちゃうから。簡単には伝えられないけれど。

 

「タイクツな運命に 飽き飽きしたの

 知らない台詞(コトバ)

 解き放して――ね?」

 

 だから、私は私だけの伝え方で、それを伝えていくべきだと思う。あなたが今まで、そうしてくれたように。それは――間違ってないよね?

 

「ダーリン ダーリン 心の扉を 壊してよ

 たいせつなことは

 ()を見て ()って」

 

 そう――いつか、あなたのことを、そう呼べたなら。ちょっとレトロな表現だけど、あなたに伝えるならきっと分かりやすいほうが良いもの。

 

 小さな世界に閉じこもって、そこから出ようとしなかった私に。何度も手を差し伸べて、そこから連れ出してくれたあなたを。いつか、そんな風に呼べる日が来ると――そう、願いを込めて。

 

「あなたとならば この街を抜け出せる

 今すぐ 連れ出して

 My Sweet Sweet Darling(私の一番 大切な人)――」

 

 ああ――心地いい。楽器を奏でている時間が、こんなに心地いいと感じたのは初めて。誰に認めさせるためでもない。自分が、自分を認めるために。

 

 Momに本心で向き合って、演奏技術を教えてもらった。上達したい、とか。コンクールで優勝したい、とか。そういう曖昧な言葉じゃなく、『あなたの音に近づきたい』と。そう頭を下げて。

 

 初めて私を子供じゃなく、生徒として指導してくれたのは嬉しかったけど、プロのバイオリニストはとっても厳しかった。心が折れそうになることもあった。でも、やっぱり……一人の演奏家として、私と向き合ってくれたことが嬉しかった。

 

「奏――お誕生日、おめでとう」

 

 全部、あなたのおかげ。私の、たった一人のDarling。あなたが居れば、あなたの贈り物があれば。私はいつだって、どんな時だって勇気を出せる。そう、思えるの。

 

「このバイオリンは……私が、自分で奏でることを諦めた日。コンクールで演奏した最後の楽器なの。あの日から一度も、私はこのバイオリンに――ううん。ここにあるどの楽器にも触れてこなかった。けど今は……それが、勿体無かったと思うの」

 

 奏は……泣いていた。なんで泣いてるの? なんて、意地悪に笑ってからかいたい気持ちもあるけど。……私の頬にも、きっと彼と同じくらい、たくさんの雫が流れてると思うから。

 

 だから今は、涙のせいにして。素直な気持ちだけで、彼の誕生日をお祝いしよう。私よりも自分のことに無頓着で、私のことばっかり気に掛けるお人好しに。

 

「……あなたのおかげよ。ただ気持ちを表現するためだけに音を響かせることが。こんなにも幸せなんだって、教えてくれたの。――Happy Birthday、奏。大好き……これからもずっと、よろしくね?」

 

 生まれてきてくれて、本当にありがとう。そう続けるのと、奏が私を抱きしめるのはほとんど同時だった。気持ちが届いて、努力が報われて。RASとは違う形で、私は最高の音楽が表現できたんだって。そう思えた瞬間。

 

 今まで歩いてきた辛い道のりが、天国への階段だったと、そう心から思えた瞬間だった。

 



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49.ちゆアフター②:幸せは腕の中

何度か視点が切り替わります


「んでさー、ぱぱーっつって抱っこせがんでくんの? 可愛くない? 俺の娘世界一可愛くない? なぁ奏、聞いてる?」

 

「あー聞いてる聞いてる。そんじゃ、お疲れー!」

 

「お疲れー奏くん」

「嫁さんによろしく!」

「早く帰ってやるでごわす」

 

「まだ嫁じゃないけどな! サンクス!!」

「あっ、おい奏! まだ俺の話が!!」

「あーハイハイ、僕たちが聞いてあげるからねー」

 

 バカの親馬鹿を聞き流し、俺は急いで楽屋から退散。ライブハウスを後にした。なんでそんなところに居たのかと言えば、そりゃあライブがあったからだ。……再結成した、Eternity(エタニティ)の、である。

 

 俺はRASの皆と武道館のステージに立ったあの日、心底幸せだった。そして……その日のことがいつまでも忘れられなかったのだ。だから、元メンバーに連絡を取った。ちゆの家事手伝い、RASのマネージャーが忙しいという大義名分で目をそらし続けていた、仲間たちの心を知ろうと思ったのだ。

 

 本当に、俺たちのバンドは終わってしまったのか。もう、再結成の目は無いのか、ってな。そしていざ話を聞いてみれば、容易にそれは叶ったのだ。

 

 まずベースとキーボードの二人は、そもそも短大生だった。しかしバンド活動に入れ込んだせいで単位が足りなくなった。親の目も厳しかったもんで学業に専念しようと思ったが、バンドメンバーの足を引っ張るのが嫌だったらしい。

 

 だから、実力が足りないから抜ける、なんて嘘をついた。じゃないと……俺が、メンバーが揃うまで待ってしまうから。それだけ、俺のギタリストとしての腕を買ってくれていたんだ。俺たちなんて待たず、すぐにプロとして活動してほしい、ってな。

 

 ドラムのヤツも似たようなもんだ。腰椎なんとかヘルニア……ドラマーとしては致命的なことに、腰を悪くしていたらしい。若い人間はなりづらいらしいが、図体がデカくて派手にパフォーマンスをしてきた彼はダメージが積み重なって、それが発症したとか。

 

 だからアフリカにゴリラ嫁を探しに行くーなんて言いながら、実際はレーザー治療だかのために海外へ。リハビリを経て復帰しようと考えていたらしい。こいつも、俺に黙っていた理由は一緒だった。

 

 ……情けない話だ。仲間に裏切られたような気になってたが、実際は心配かけてただけなんだ。バンド活動が休止したら、みんな復帰するまで立ち止まっちまうんじゃないかと。

 

 まぁ結局、ちゆと出会ったことでギタリストとしての活動自体は止まっちまったんだが。俺が武道館でゲスト的扱いで演奏したのは彼らの目にも留まったらしく、呼びかけに応じてくれたってワケだ。今組んでいるバンドが居ないなら、ぜひまた一緒にやろう、と。短大も卒業し、腰のリハビリも順調だったみたいだからな。

 

 まぁメンバーの中に一人だけ、マジモンの糞野郎が居るのは事実だがそれは置いておこう。嫁さんやその家族とも順調なようだし、子供も喋るようになってきたようだ。っつーか嫁さん家族がヤツとの婚姻に前向きだったのは、家族ぐるみでEternityのファンだったかららしい。だから嫁さんの両親も、リズムギターとしてバンドに復帰したいっつーヤツの申し出には大賛成だったようだ。

 

 長くなったけどつまるところ、俺は既にRASのマネージャーではなく。EternityのSOUとして再出発したってことだ。と言っても、帰る場所はマネージャーであった時と変わらないけど。

 

 んでもって今日は大切な日だ。12月7日。俺の中で、一年で最も重要な一日。それを知ってるから、バンドの仲間はライブ直後だってのに打ち上げにも参加しない俺を見送ってくれたのだ。一人空気の読めないボケが居たような気がするが、気がするだけだろう。

 

 とにかく、今日という日は早く帰らにゃならん。帰りに寄ってく場所もあるしな。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

♢ ♢ ♢ ♢ ♢ ♢ ♢ ♢ ♢ ♢

 

「そんじゃあ、アタシは帰るぞチュチュ」

「ええ、ありがと。助かったわマスキング!」

 

 来客の多い日だった今日、最後まで残ってくれたマスキングにお礼を言うと、彼女は微笑みながらポンポンと私の頭を叩いた。むぅ……出会ってから数年経った今でも、私とマスキングの身長差は変わらない。こうして子ども扱いされるのはシャクだけど、今日はいろいろ手伝ってもらったから文句は言えないわね……。

 

「まぁ……アタシはそういうのさっぱりだから、大したこと言えないけどさ。……お前なら、きっとうまく行くさ。自信持てって」

「なっ、何よ。別に不安なんてないんだから、トーゼン成功させるわよっ!」

 

「そうかぁ? なんか不安そうな顔してるからさ。……しっかし、お前がなぁ……。大丈夫か?」

 

 私のつま先から頭の上まで視線を往復させて苦笑いするマスキングに、私は赤くなっているだろう顔を背けて口を開く。

 

「だ、大丈夫よ! ちゃんと調べたりしたし! ……そ、奏だって優しくしてくれると思うし……」

「いや、そんなストレートに言われるとさすがにアタシも困る」

「あなたが言い出したんじゃない!」

 

 思わず声を上げると、マスキングは悪い悪いと、ちっとも悪びれずに言いながら帰り支度を済ませた。もう、最近意地悪になってない? 誰かの影響かしら?

 

「はは、お前ならうまくいくってのは、嘘じゃないぜ。RASでアタシたちの手綱握るより、よっぽど気楽だろ?」

「フンッ、大きく出たわね。むしろ最近丸くなってきたんじゃない? 普段はともかく、ライブじゃもっと暴れていいのよ?」

「言ったな? じゃ、お言葉に甘えるさ。……そんだけ強気なら大丈夫だろ、じゃあな」

 

 最後まで憎まれ口のまま、ひらひらと手を振ってマスキングは帰って行った。……日中はいろんなガールズバンドの子が代わる代わる訪ねてきてくれて、とっても賑やかだったのに。一人になったって自覚すると、急に心細くなってくる。変よね、最初はここで、一人っきりで何もかも始めたのに。

 

「奏……」

 

 私は少しだけ冷えたように感じる空気に肩を抱きながら、愛しい彼が帰って来るのを待ち焦がれた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

♢ ♢ ♢ ♢ ♢ ♢ ♢ ♢ ♢ ♢

 

「ただいま!」

 

 急いだつもりだったが、ライブが終わってからちゆのマンション……今ではほぼ自宅と呼べるようになった場所に着いたのは二時間ほどが経ってからだった。

 

「奏! おかえりなさい!」

 ラウンジのソファでプラプラと足を振っていたちゆは、俺の姿を見つけると花開くような笑顔を見せ、パタパタと駆けてきてくれた。

 

「ライブはどうだった? ごめんね、行けなくて」

「いいさ、昼間は忙しかったろ? もちろんイベントは大成功だったよ……はぁーあったけぇ」

 

 寒い室外から空調の効いた部屋の中、しかも腕の中にはちゆだ。この瞬間がたまらん……ちょっと苦しそうに身じろぎしつつも、胸元に頬をすりすりしてくるのがさらに良ろしくない。帰ったばかりなのに、いつまでもこうして居ちまいそうだ。

 

「遅くなって悪かったな。すぐに飯作るからさ」

「あ……えと。それなんだけど……」

 

 抱擁を解いて眼下のちゆに言えば、彼女は照れくさそうに笑って冷蔵庫へ。そこから取り出されたのは、旨そうに盛り付けられた料理の数々。え、どないしたんコレ……?

 

「マスキングに手伝ってもらったけど……一応、作ってみたの。……た、食べてくれる?」

「……………………マジ!? 食べゆ!!」

 

 呂律が怪しくなったが許してほしい。あのちゆが料理!! んなもん食べるに決まってる!!

 俺の言葉にちゆはコクリと頷き、その料理を温め始めた。俺は急いで自室に戻って荷物を置き、着替えて手を洗い。テーブルでその様子をガン見していたのは言うまでもないだろう。

 

 ……ちゆが俺のために作った料理をあっためてくれてる……。最高やな……。

 

 意外に手際よく支度を終えて、しずしずとテーブルについたちゆと顔を見合わせ。お互いに変な笑みを浮かべながら、いただきますと手を合わせる。満を持して口に入れた料理たちは……。

 

「……うまい……」

 マジで、滅茶苦茶に美味しかった。え、これちゆさんが作ったの? ホント? 失礼だけど全部マスキングが作ったとかじゃないの?

 

 しかし、俺の端的な言葉にちゆは心から安堵した様子で、「よかった」と微笑んでいた。いや他人に作らせて出る言葉と表情じゃないよソレ。それからは、空腹もあってバクバク料理を平らげる俺を、ちゆはニコニコ見つめながら自分も食べていた。……なんというか、今までで一番、幸せな食事だった。

 

「しかし、なんでまた急に? 今日みたいな日こそ、何もかも俺にやらせてくれりゃ良いのに。いや、嬉しかったけどさ」

 

 食器を洗うのは任せてもらいつつ背後のちゆに問いかければ、少し間を開けてちゆは答えてくれる。

 

「……こんな日だから、新しいことに挑戦するのも良いかなって。それに、練習自体は前からやってたのよ? マスキングに教えてもらって」

「全然気づかなかったわ……サンキュな、良かったらまた食わせてくれよ」

「ふふ、良いわよ。何度だってごちそうしてあげる。……これからは、奏にばっかり任せるワケにもいかないもの」

 

 ぽつりとこぼれた"これから"という言葉の意味にを察して、俺はつい黙ってしまい。ちゆもそれに気づいたか、二人して食器が片付くまでダンマリだった。

 

 でも、その沈黙は気まずいものじゃなく。なんと言うか、くすぐったくて居心地が良い、そんな感じだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

♢ ♢ ♢ ♢ ♢ ♢ ♢ ♢ ♢ ♢

 

 お風呂に入ってから、後で部屋に行くから、待っててくれ。頭を掻きながらそんなことを言った奏と別れて、私は自分の部屋にいた。ベッドの上で、壁に背中を預けて、布団に包まれて。薄着ではあるけれど、緊張からか身体が震える。膝を抱えて座り込んで、深呼吸で何とか落ち着こうとするけど、全然うまくいかなかった。

 

 今日は――私の、16歳の誕生日。……私が、奏への想いを告白した時に、彼に言われた言葉を思い出す。

 

『……16になったら、もっかい言ってくれ。俺は……その時まで、相手なんざ居ないだろうから』

『……っ、それって……!』

『あぁそうだよ、この国で結婚出来る年齢だ!』

 

 もちろん、私がもう一度告白することで、すぐに彼と結婚できるなんて思ってない。でも、そうすることで彼は一切の誤解をせずに、私の想いを受け取ってくれる。そう思えるの。

 

 それに……ワガママを言うなら、プレゼントが欲しい。そして、受け取ってほしい。奏は自分の恋愛に対する認識が重い、なんて言っていたけど、それは私だって同じ。だから、それを示したい。

 

 コンコン、と。ドアをノックする音が部屋に響いた。ビクッと肩を震わせたけど、ぎゅっと布団を引き寄せて覚悟を決める。

 

「ちゆ、入っていいか?」

「ど、どうぞ」

 

 やるしかない。カチャ、とドアが開いて、ラフな部屋着で私のもとに歩み寄ってくる奏。ごくりと息をのんで、私は彼の言葉を待った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

♢ ♢ ♢ ♢ ♢ ♢ ♢ ♢ ♢ ♢

 

 変な緊張感に包まれながらもちゆの部屋に入ると、彼女は何故か布団にくるまって、ベッドの端で居心地悪そうにしていた。とても部屋の主には見えない。……まぁ、多少気持ちは分かるけども。

 

「……体調悪いなら出直すけど」

「!? ま、まち待ちなさいよ!!」

 

 ぎょっとしてわぐわぐ言うちゆを見て俺がくつくつ笑うと、それが冗談だと気付いたらしいちゆは頬を膨らませてこちらを睨んだ。

 

「意地が悪いわよ」

「今更じゃないか? それに……肩肘張って失敗したくないからさ。いつもみたいにおちゃらけさせてくれよ」

 

 暗にこっちも緊張してるんですよ、と言えば。顔ではむすっとしつつもちゆは留飲を下げたらしかった。その機を逃すまいと、俺は何度か脳内でシミュレーションした通りのセリフを口にする。

 

「……ちゆ、前に贈った指輪、今もつけてるか?」

「? ……ええ、もちろん」

 

 そう言いつつ布団からニョキッと生えてきた左腕。手の薬指には、確かにリングが見える。……しかし、君寒くないの? 肘まで肌色しか見えんが、半袖ですか? 12月っすよ? しかしそんなセリフは想定にないので一旦置いておき、俺はそのリングを指から外させてもらう。

 

 ちゆが少しばかり不安そうな顔を見せたので、いそいそと準備してきたモノにリングを通した。そんな大事にしてくれてたってのは、素直に嬉しいもんだ。

 

「……これからは、首に下げといてくれよ」

 

 それは、シンプルな意匠のネックレスだ。首からリングを下げるためだけの、飾り気のないアクセサリー。だからこそ、どんな場面にも邪魔にはならんだろう、そう思って。

 

 近づいて首の後ろに手をまわし、ちょっと強引だったけど装着してもらう。……表情を見る限り、嫌ではなかったようだ。安心した。まぁネックレスが嫌とか嬉しいとか以前に、リングが返ってきたことに安心してるようだったが。

 

「……それで? 奏は何がしたいのかしら」

 

 まぁ、意味わかんないよね。でもちょっと考えれば予想できそうなもんだが。ちゆには俺の言動から先を考えるという思考回路が無いらしいね。純粋に俺が動くのを待ってる。

 

「……ちゆ。前に俺が温泉で言ったこと、覚えてるか?」

「っ……う、うん。もちろん……」

 

 その問いかけに、ちゆはかぁっと顔を赤くして、首に下がっているリングを見下ろした。良かった、忘れてたらどうしようかと思った。

 

「あの日……16になったら、もっかい告白してくれって。そんなことを言ったと思う。……でも、あれはもういい」

「えっ……?」

 

 俺が神妙に言うと、ちゆは目を見開いて唇を震わせた。いやいや、なんだその悲壮な表情? まるで振られるんじゃないか、みたいな顔してるぞ。

 

 実際は、まるで逆なんだが。

 

「俺に、言わせてほしいんだ。……珠手ちゆさん。愛しています。……一生、俺のそばに居てください」

 

 言葉と共に、見えないよう忍ばせていたケースを取り出す。以前にリングを送った時と同じようなシチュエーションだ。……まぁ、ブツも似たようなモン。だからこそ、すでに指が埋まってるのは嬉しくもあったが都合が悪かったんだ。

 

「そ、それって……」

「婚約指輪だ。どうか、受け取ってほしい」

 

 震える声には、こちらから小さなケースを開くことで応える。奇をてらったりしたくもなったが、やはりこれが最善に思えた。"永遠の愛"。ダイヤモンドが象徴するらしい想いのカタチ。

 

 ちゆからゆっくりと伸びてくる指先を肯定とみた俺は指輪を取り出し。左手で彼女の薬指を握り、そっとそこにプレゼントを嵌めた。

 

「誕生日おめでとう、ちゆ。来年も、その先も。ずっと隣で祝わせてくれ」

 

 左手ごと指輪を抱きしめて、ちゆは両目をギュッとつむったままコクコク頷いた。その頬には、一筋の雫が伝う。……どうやら喜んでもらえたようだ。そんな安堵と共にひそかに息を吐くと、すん、と短く鼻をすする音が聞こえ。次いで、ちゆが口を開いた。

 

「……ありがとう。本当に……本当に、最高のプレゼントよ。夢みたい……もしかしたら、明日目が覚めた時には覚めちゃうんじゃないかって、そんな風に思っちゃうくらい」

 

 そこまで感激してもらえたんなら贈った甲斐があったってモンだ。こっちが礼を言いたいくらいにな。

 

「……だからね、夢じゃないって、教えてほしいの」

「なんだよソレ。頬でもつねればいいのか?」

 

 苦笑しつつ言うと、ちゆは……何故か桃色に染まっていた顔の朱をさらに深め、ごくりと唾をのんで言葉を続ける。え、怖い。

 

「……近い、かも。夢の中って痛くないんでしょ? だから、痛かったら、夢じゃない、よね。だ、だから……」

 

 だから、だからと呟いて、意を決したようにちゆは膝立ちになる。身にまとっていた布団をパサリと解いて、その身を俺にさらけ出した。俺の視界に入ったちゆの肢体には……。

 

「お、おま……!」

 下着! しかも、ベビードールというヤツじゃないだろうか? あまりそういうのに詳しくない俺だが、それでも扇情的な姿に顔が熱くなるのを感じた。

 

「奏、お願い……。はしたないコって、思うかも知れないけど……。わ、私……」

 

 ……その震えが、寒さからじゃないのは見ていれば分かった。それに……いい加減、俺だって我慢の限界なのだ。好きな女の子と毎日一緒の家で過ごしてんだぞ? どんだけ俺が耐えてきたと思ってんだ……!

 

「ちゆっ!!」

「え……きゃっ!?」

 

 後頭部に手をまわしつつも肩を抱いて押し倒し、俺はちゆに顔を寄せて囁く。

 

「……痛みが欲しいってなら、くれてやる。でも、止まれないぞ。多分」

「……いい。それでいいから……! 私の初めて、貰ってほしい。その代わり……奏の初めても、私にちょうだい……? っん……!」

 

 挑発的な物言いに、俺はもう衝動を抑えることはしなかった。いつかのような素数なんぞ遠い彼方に追いやり、恋人と身体を重ね合う。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……おはよう、ダーリン」

「…………ハニーは、ちょっとハズイな」

 

 次の日、互いに生まれたままの姿で、同じ布団の中目を覚まし。朝日が差し込むなか、跳ねた髪を気にすることなくちゆは俺の鼻先に口づける。

 

 幸せそうな恋人の微笑みに何故か不安を覚え、俺はちゆを抱きしめた。……ああ、昨日ちゆが言っていた意味が分かった気がする。幸せ過ぎて、現実感が無くて。つい、目の前の存在が本物か確かめたくなるんだ。

 

「……スキ。大好きよ、奏……」

「ああ、俺も……愛してる。ちゆ」

 

 どちらともなく、再び顔を寄せ。俺は胸の中の幸せ(ちゆ)に唇を落とした。

 



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50.ちゆアフター③:彼女が名前を付けてくれたから

「ねぇぱぱー。なんでぱれおちゃん、ままのことちゅちゅさまっていうのー?」

「んー? んー……それはね、お前を食べるためだよー!!」

「あかずきんちゃん! あかずきんちゃんだ! きゃーっ♪」

 

 俺の膝の上、無垢な顔で割と返しに困る質問をしてくる三歳児。当然俺とちゆの共同作品であるッ! 世界一ぷりちーだ。そんなぷりちーな娘に、「パレオちゃんはママの下僕なんだよ。実はパパも下僕なんだよ」なんて闇深いことは言えんのだ。しょうがないよね!

 

 ちなみに当のチュチュ様とその下僕ちゃんは一緒に料理中である。地元の高校を卒業した後、RASの活動に都合がよいからとパレオちゃんもこのマンションに引っ越してきていた。一応階下に部屋を借りてるんだが、チュチュ様のテリトリーにも部屋はあるのでほとんど意味がない。

 

 つまり、今このマンションの最上階で、俺とちゆ、娘にパレオちゃんの四人で住んでいるわけだ。どういうわけだ。

 

「ぱれおちゃんってあかずきんちゃんなの?」

「どっちかと言えばシンデレラかなー?」

「おひめさまだー!」

 

「ちょっと、適当なこと教えないでよ」

「お待ち遠さまですー☆」

 

 なぜなぜ期に突入した娘の疑問に真摯に答えていると、一緒に料理を作っていた二人が皿を運んできた。美味そうなかほり……娘が出来てからというもの、ちゆはバリバリ家事をこなすようになった。最近じゃあ俺の仕事の方が無くなってしまったくらいである。昔と違って雇用関係にないから無理に手伝うこともないんだが、どっちもバンドで食ってる夫婦だ。分担できるとこは分担すべきだと思うんだが……。

 

 ま、ワイワイパレオちゃんと家事をしている姿を見るのは大変目の保養になるので異を唱えることもせず、俺はもっぱら娘の遊び相手である。

 

「ぱれおちゃんはおひめさまですか?」

「えへへ、そうですね~♪ 優那(ゆうな)ちゃんのママは魔法使いで、パパは……カボチャの馬車なんですよー?☆」

「そうなんですかー!」

 

「懐かしいねぇ」

「そんなこともあったわね……私は魔法使いじゃないけど」

 

 晩飯を食いながらパレオちゃんと娘……優那(ゆうな)のやり取りを聞いていた俺は、いつだったかRASのみんなと話した日のことを懐かしんだ。同じシーンを思い出したらしいちゆと顔を見合わせてくすりと笑い合うと、優那は目を輝かせて俺とちゆを交互に見ていた。パパがカボチャの馬車だと嬉しいんか? 娘っ子よ……。

 

 ところでわが娘は、パレオちゃんと話す時だけ真似っこして敬語で話しおるのだ。死ぬほどカワイイ。そんなこんな娘のクエスチョンに応じつつご飯を終えてしばらくすると、すぐに子供はおねむの時間だ。

 

「優那ちゃん、今日はどちらで寝ますかー?」

「んー……ぱれおちゃんのおへやでねます!」

「かっしこまりましたー☆」

 

 悩むそぶりを見せたが、マイドーターはトテトテパレオちゃんに歩み寄って足にしがみついた。うむぅ……部屋は俺とちゆ、パレオちゃん、優那とそれぞれにあるが、寝るときは大体パパママorパレオちゃん。しかし、最近どうにもパレオちゃん率が高いのだ。なんでだってばよ?

 

「ね、優那。久しぶりに、ママと一緒に寝ない?」

 同じことを思ったらしいちゆがしゃがんで言うと、優那もその気持ちはあるのか口元をもにょもにょさせた。しかし、次の瞬間とんでもねぇことを仰ったのである。

 

「んとね、ぱれおちゃんに、きょうだいはどうやったらできるかきいたの。そしたら、ゆうながぱれおちゃんのへやでねたらできるって」

 

「……へぇ、そうなの? パレオちゃん……?」

「ぴぃっ!? ちちち違うんですチュチュ様これはぁ……!」

 

 ユラリと立ち上がったちゆがパレオちゃんを睨めつけると、パレオちゃんはあわあわと取り繕おうとする。出来てないけど。しかし、俺としてはそこまで毛嫌いしたもんじゃない。むしろ、そろそろ良いかも? って気もする。

 

「ふむ……。よっしゃハニー! いっちょ(こしら)えっか!!」

Jerk(おバカ)!!」

 

 ぐっとサムズアップしてニカっとマイハニーに言えば、スパーンと腕を引っ叩かれたでござる。その隙を見逃さずに動いたのはもちろんパレオちゃんだ。誘拐犯もかくやという手際の良さでマイドーターの脇に腕を潜り込ませ、俊敏な動作でその場を離脱した。

 

「優那ちゃんは責任をもって寝かしつけますので! ごゆっくり~~~~ッ!!☆」

「あ! あはっ! おやすみなさ~~いっ!」

 

 アトラクション気分の娘はきゃあきゃあ言いながら率先して拉致られた。そいじゃ、後はしっぽりとだな……。

 

「さ、僕らも寝ようか、マイハニー?」

 

 そっと腰に手を当てて部屋へエスコートしようと試みるが、無残にもべしっと叩き落される。なんでや!!

 

「そんなことよりダーリン? あなたコラム用の質問リスト、まだ埋めてないんじゃないの? 期限明日じゃなかった?」

「……やべ、忘れてた」

 

 今でもフェスなんかのイベントで会えば挨拶くらい交わすポピパというバンド。そのメンバーである香澄ちゃんの妹さんがバンド雑誌のライターなぞやってるらしく。俺のバンドの解散と、その再結成に至るまでをコラムにしたいとの連絡が入ったのだ。

 

 こっちとしては宣伝に繋がるので断る理由はなく、インタビューに向けて事前に一問一答形式の質問リストを既に受け取っており。実際に顔を合わせる明日までに、その内容を出来るだけ埋める必要があったのだ。

 

「くっ、今日はお預けか……!」

「ふんっ、優那に構って後回しにするからよ」

 

 つーんと言い放ち、すたすたと部屋へ入ってしまうちゆ。ちくせう、これが倦怠期ってやつか? つめてぇじゃねぇか……!

 ベッドでパタパタ足を遊ばせながらタブレットでバンドのMVを視聴しているちゆを尻目に、俺はとぼとぼ机に向かう。……またRoseliaの曲か、ホント好きねぇ……。

 

 いつぞやは潰すだなんだと言っていたバンドの演奏を楽しそうに眺めるちゆに頬を緩め、俺は宿題を解いていく。意外に多いなぁ……。先方も無理に埋めなくていいとは言ってくれたものの、やはり出来るだけ事実に沿ったことをアツく書いて欲しいからね。頑張って埋めていく。

 

 んで、最後の質問までたどり着いたんだが。コラムにタイトルをつけるなら、ねぇ……。とりあえず仮置きで適当なタイトルをつけておき、足を組んでうーむと考え込む。シャレオツな……一見さんがおっ、ってなって、ファンが感動してくれるような見出し……。

 

「……ねぇ、まだ終わらないの?」

 そういってちゆが後ろからしな垂れかかってくる。な、なによさっきはツンツンしてたくせに! 急に甘えた声出したって、(ほだ)されてなんかやらないんだからねっ!

 

「……なに、そのタイトル。それじゃイヤがってたみたいじゃない」

「だって最初は無理やりだったし。どっちかっつーと家事手伝いがメインのつもりだったし」

 

 当時の気持ちを思い返しつつ言えば、内心そこまで興味がないのかハムハムと俺の耳を甘噛みしだすハニー。んあぁゾクゾクするぅ……!

 

「……ね。さっきはパレオの前だったから、キツく当たっちゃったけど……。わ、私もね? そろそろ、いいかなーって……ね?」

 

 ……可愛い嫁さんに、耳元でそんな甘ったるい声でおねだりされて。我慢できる男が居るだろうか? いーやいないね!!

 

「っ、今日はすぐに寝れると思うなよ……!」

「きゃんっ♪」

 

 振り返りざま椅子から降りてちゆをベッドに押し倒せば、楽しそうな声を上げてちゆは俺の顔を抱きしめる。本格的に耳を弄びだしたちゆに、負けじと俺も以下公序良俗に反するので割愛。

 

 結局プロレスは深夜まで終わることなく、バカ夫婦は互いを抱き枕に夢の世界へ旅立った。んでもって、インタビューは遅刻ギリギリ。急いでカバンに詰めた質問リストはチェックなんぞしておらず、雑誌のコラムタイトルはやっつけで決めた、なんともお粗末なものに決まったのだった。

 

 ――RASのマネージャーにされた件――

 




チュチュ編完結!

バカ夫婦に祝福を!(評価)


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パレオ編
P1.パレオちゃんとなら


こちらはパレオ編第一話となります。
チュチュ編(共通ルート)「23.大好きなんだ」からの分岐になりますが、チュチュ編で描写したシーンの大部分をダイジェストでお送りする予定なので、先にチュチュ編をすべて読んでからこちらをお読みいただくことを強く推奨します。


『それなら、どうすればいいの……?』

 

『俺に、話してみてくれよ。俺はRASじゃない。間違ってもRASの表現する音楽に悪い影響なんて出ない……いや、出さない。信じられないなら、俺をクビにしてくれりゃいい』

 

『…………Sorry(ごめん)

 

 ポピパの主催ライブのあと、チュチュの元へ戻ってからの一幕。RASの進む道に、自らの表現する音楽に、ほんの少しこぼれた不安。焦燥。俺がそれを取り払ってやれないかと愚考したが、残念ながらそれは叶わなかった。

 

「ま、しゃあないか……」

 

 ベッドで横になり、天井を見つめつつ俺は呟いた。チュチュもすでに床に入り、今日はもう寝るだけだ。寝るだけなんだが……。

 

「はぁ……」

 

 いらんことが頭の中をぐるぐる回って、なかなか寝付けない。もっと良い言い方は無かったんだろうか? 俺が余計なことを言ったばっかりに、チュチュの音楽に影が射したりしないだろうか?

 

 杞憂なのは分かってるんだ。チュチュにも言ったように、その経験と価値観を基準に、"俺に胸の内を明かさない"ことを彼女は選んだんだから。その道の先に何があろうとも、チュチュはその原因を他人に押し付けたりしないだろう。

 

 でも、俺はRASが。チュチュの表現する音楽が好きなのだ。出来ることなら、その大成に一役買いたかった。

 

「……ふっ。我ながら小さいぜ……」

 

 思わずそんなことをカッコつけて言ってみた。なんだ、考えてみればなんてことは無い。RASの大成に一役買いたい? 自分のバンドもまとめられなかった俺が? ちゃんちゃらおかしいわ! そう、結局のところ、俺の出しゃばりが過ぎたってことだ。やめやめ、考えるだけアホらしい。

 

 明日からはきっと、今まで通りの活動が続く。チュチュもポピパのライブで受けた衝撃をずるずる引きずることは無いだろう。なんせ本人が、我が道を突き進むと決めたんだから。だったら俺も今まで通り。自分に出来る精いっぱいで、チュチュの領分を侵さないように、その活躍を見守ろうじゃないか……。

 

 ヴー……ヴー……。

 

 と、そこまで考えを巡らせたところでスマホに着信が。通知を開くとパレオちゃんからのメッセージだった。しかも一時間前。この端末(ポンコツ)も買い替え時かもな……。画面をフリックしてメッセージを開けば、内容はこんなんだった。

 

『チュチュ様のご様子はいかがですか? ポピパの皆さんにご挨拶して以降、電車の中でもお加減が思わしくないようでしたので。パレオではお力になれそうにありませんでしたが、ソースさんならきっと! と考えています。不甲斐ないパレオをお許しください。そして出来れば、チュチュ様のお力になって差し上げてください!』

 

「ふふっ……」

 

 先ほどの自嘲とは違う笑みがこぼれた。どこまでも健気な娘っ子やね、パレオちゃん……。そうだ、チュチュを手助けするために、俺自身が何か出来ることは無いかーなんて考えていたが。パレオちゃんは、自分では力不足だと考えたら真っ先に俺へ連絡してきた。

 

 俺のように独りよがりじゃなく、心底チュチュの力になりたいと思っている証拠だ。なんというか……自分が恥ずかしくなる。と同時に、励みにもなった。自分と同じように、チュチュを。大切な人を支えたいと思ってくれる人がいるんだ。

 

「"すまん、俺も無理だった。でもパレオちゃんとなら、チュチュの力になれるかも。下僕(しもべ)仲間として協力してね"、っと……送信!」

 

 鬱々とした思考はどこへやら、晴れやかな気持ちで俺はスマホを掲げた。そうすることで送信が早くなったりはせんだろうが、こういうのは気持ちだ。届け! 俺のメッセージ!!

 

 すると数秒経たず、返信が届いた。ちゃんとアプリを開いていればすぐに通知してくれるらしいね、このポンコツスマホ。

 

『ぜひよろしくお願いします!』

 

 その一文と共に、星形のスタンプ。脳裏に溌溂とした笑顔で、メッセージをそのまま口にするパレオちゃんの姿が鮮明に思い浮かび。思わず緩んだ口と心のままに、俺は眼を閉じた。今日は良い夢が見れそうだ……。

 

 なお、なぜかチュチュが投げるフリスビーを俺とパレオちゃんが奪い合う夢を見た。しかも人間のまま。解せぬ……。

 







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P2.パレオの気持ち

「チュチュ様! 今週末、夏祭りに行ってください!!」

 

 ソースさんがお買い物に出ていらっしゃる隙を見て、パレオはレコーディングスタジオのコントロールルームでRoseliaのライブ映像を見ていらしたチュチュ様に声をかけました。

 

What's that(なんですって)?」

 

 案の定ですが眉を寄せていらっしゃるチュチュ様。ですが時間は限られています! 申し訳ありませんが手短にお伝えしなくては……!

 

「チュチュ様はソースさんがお好きですよね? もちろんLOVEの方です!」

「……はぁ? 何を言ってるの? パレオ」

 

 ……あ、あれれ? おかしいですね……思っていたより淡白な反応です。最近交換したL〇NEのメッセージではソースさんのことを伺えばすぐにお返事くださいますし、チュチュ様から話題を切り出すことも少なくありません。普段からソースさんの言動に目を向けていらっしゃるのは間違いないはずですが……。

 

 胡乱なものを見る目をお向けになるチュチュ様に少し勢いが削がれたものの、ここはチュチュ様のために! ……そして、私のために。突っ込んだ質問をさせていただきます……!

 

「こ、これは大事な話なのですチュチュ様! どうか誤魔化さずに! ソースさんのことを、恋人のようにお思いなのではないですかっ?」

 

 パレオの質問に、チュチュ様は……。

 

「べっ、別にそういうのじゃないわよっ。ソースは……その。Bro、じゃなくて、そうっ。か、家族みたいな感じよ!」

 

「そ、それは本当の家族になりたいというような……!」

 

No(ちがう)! そこそこ頼りになる、身近な男性! それだけよ! おかしなコト言わないでパレオ!」

 

 あ、あっれれ~? おっかしいですね~……。頬を赤くして目をそらしているチュチュ様は大変お可愛らしいのですが、表情や言葉のニュアンスは嘘を言っているようには思えません。ほ、本当にソースさんに、そういうお気持ちは無い、のでしょうか……。

 

 困惑して続く言葉が出てこず、口をわぐわぐさせている私をジッと見つめて。チュチュ様は不機嫌そうにこう仰います。

 

「……それってむしろ、パレオ。あなたの気持ちじゃないの? L〇NEでもよくソースのこと聞いてくるじゃない」

 

「そっ! それ……は……」

 

 否定はせず、けれど肯定も出来ずに俯くパレオに。チュチュ様はチェアから立ち上がって、私の頬に手を当てられました。

 

「……パレオ。私はそれを応援しない。でも、否定もしない(・・・・・・)。"感情や欲望をおおい隠すもの"……RASの活動に、今あなたが言ったようなモノを、私は求めてない。けれど、よく考えなさい。その気持ちは、おおい隠すべきものなのか」

 

「私の、気持ち……」

 

 チュチュ様の小さな手の温もりを頬に感じながら、胸に手を当てて考えます。……私の、気持ち。ソースさんへの想い(・・・・・・・・・)。チュチュ様は仰いました。私の気持ちなのではないか、と。その問いに、パレオは……私は、Noと答えるべき、なんでしょうか。

 

「……わ、わたしは……」

 

 思わず口元が震えます。けれど、チュチュ様の澄んだ瞳が、その先を促すのです。そんなおかしな錯覚が、さも現実に起こっているように私に襲い掛かりました。

 

 チュチュ様は、望んでいません。私の気持ちをパレオが認めれば。パレオのRASでの活動に私の想いが影響してしまえば、それが不協和音になると、そう考えていらっしゃいます。

 

 でも……否定はしない、と。ちゆは(・・・)、そう言ってくれた。そのうえで、よく考えろ、と。それは、自惚れなのかもしれないけれど……多分、私を信頼、してくれてのこと……だと、思いたい。

 

「私は……ソースさんが、好き……」

「……そ。あなたがどういうつもりでナツマツリ? ってヤツの話をしたのか知らないけど。それはあなたが行ってきたらいいじゃない」

 

 私の言葉を聞いて、ちゆは興味無さそうに、再びチェアに腰を落ち着けた。それきりライブ映像に目を向けて……この話は終わりだ、と態度で物語っていた。

 

 だから私も、これだけ伝えて……この話題は、おしまいにしよう。

「……ありがとう、ちゆ」

 

 その言葉にちゆは、フン、と。一度だけ鼻を鳴らしたのだった。

 



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P3.待ち合わせ

 とある日の夕暮れ時。俺は鴨川の海沿いにある車道の端に車を寄せ、ぼーっと外を眺めていた。ちらりと手元のスマホに目をやれば、待ち合わせの時間まではもう少しある。

 

『ソース、パレオとナツマツリに行ってきなさい』

 

 とは今朝のやり取りだ。帰国子女ってことでそういう催しに縁のなかったチュチュを気遣って、パレオちゃんが誘ってくれた祭りに行く予定だったらしいんだが。スタジオの機材なんかをメンテナンスする業者の出入りがあるらしく、チュチュは行けなくなったらしい。

 

 家事手伝いとはいえデカイ住処だ、俺が全部掃除やらしてるワケなんて無いので、以前からもろもろ業者の出入りがあるのは把握していた。でも今日は別に予定なかったような……? しかし雇用主(の娘)にそう言われりゃ俺が疑う理由もないんで、チュチュの代わりにパレオちゃんと行って来い、との命令を承った。

 

 俺は別に構わないんだが、パレオちゃんはチュチュの代打が俺で良いんだろうかね? 本人に確認したら一緒に行きたいと言ってくれたが、社交辞令の感が否めない。

 

 楽しんでもらうにはどうすりゃえんやろか……なんて考えてたら、コンコンと控えめに窓ガラスがノックされた。そちらに視線をやると、スタジオに集まる時と同様に髪を黒と白に分けたパレオちゃんが。浴衣も全体の雰囲気に合わせてか、黒色の地に白や淡い桃色の桜が散りばめられており……うん、似合っとるね!

 

「お、お待たせしました~☆」

 

 おずおずと助手席に乗ってきたパレオちゃん。少し気恥ずかしさがあるのか、眉をハの字にして口調もいつもより控えめだ。……その、なんだ。照れてる様子が普段とのギャップを感じさせ、こっちまで顔が赤くなってくる。

 

「むしろ早いくらいだよ。……ところで、浴衣似合ってるね。めちゃくちゃ可愛いよ」

「え、えへへ……ありがとうございます~……」

 

 サラッと素直に伝えたつもりだが、パレオちゃんはより頬に朱をさして膝を見つめてしまう。うーん……やべぇ! なんか甘酸っぱい!!

 

「とっ、とりあえず向かおうか!」

「はっ、はい! おおお願いしますっ☆」

 

 お互いにぎこちなさをごまかすように大きく言うと、俺は車を走らせた。こっから一時間以上運転することになるんだが、大丈夫かな……?

 

 と心配していたんだが、そこは我ながら優良ドライバー。しっかり運転に意識を持っていけばどうしてもパレオちゃんに意識を向け続けるわけにも行かず、それが逆に自然体での会話を可能にさせた。

 

 そもそもパレオちゃんも気遣い屋さんだからな、邪魔にならないよう適度に話題を振ってくれて心地よくドライブできた。っつーか、毎度パレオちゃんと二人で鴨川からチュチュのマンションまで向かってるしな。いつも通りといえばいつも通りである。

 

 マンションの駐車場に止めると業者の出入りに障る可能性があるので近くのコインパーキングに車を預け、そっからは駅に向かう。会場周りは混むだろうことはパレオちゃんも察していたようで、特に疑問を浮かべることなくついて来てくれた。

 

「あはは……混んでますね~?☆」

「だねぇ。浴衣の人も多いし、目的は一緒だろうね」

 

 祭りの会場に向かう電車は停車する度に人口密度を増していき、寿司詰め一歩手前って感じである。パレオちゃんに窮屈な思いをさせまいと吊り革を強く握り、座席の縁に足を添えて踏ん張ってみれば、俺の意図を悟ったらしいパレオちゃんが健気にもこちらの胸元に手を添えて寄り添ってくれる。

 

 一瞬ドキッとしたが、眼下にあるパレオちゃんの耳が真っ赤になってることに微笑ましさを覚え、動揺するのはなんとか抑えられた。いやしかし……良い子すぎない? この娘っ子。

 

 万が一にもパレオちゃんを不快な目に合わせちゃなんねぇと心意気を新たにし、俺は電車内の様子に気を配りながら会場へと向かった。

 



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P4.夏祭りデート①

 

「足元気を付けてね」

「はいっ、ありがとうございます☆」

 

 電車が祭り会場最寄りの駅に停車すると、人の流れを妨げないようパレオちゃんを先導する。……うーむ、思ってたより混んでるなぁ。ちらっとパレオちゃんに目を向ければ、普段履き慣れていないだろう下駄で歩きにくそうでもある。ライブなんかじゃ厚底スニーカーだったりするんだけど、こういうのは苦手なんだろうか。

 

「ちょっと失礼」

「え? あっ……はい……」

 

 パタパタとついてきていたパレオちゃんの手を取り、はぐれないように先を歩く。顔を赤らめつつも微笑んで後を追ってくれるパレオちゃんに、男心をくすぐられながらもどうにか会場へ到着した。

 

「たくさんいらっしゃいますね……」

「晩飯にはちょうどいい時間だしね。食べ歩きで済まそうって人も多いのかも。俺たちも何か食べようか?」

「はいっ♪」

 

 そんな流れで俺たちも夏祭りに参加した。適当に目についたものを買うかどうか相談し、食べるときはそれを分け合いながら感想を口にする。

 

「久々に食ったけど……綿菓子(わたがし)って威力デカイなぁ」

「威力ですか?」

 

「こう、直接糖分ぶち込んでくるというか。いや実際そうなんだけどさ。普段甘いモン食べないから新鮮だ」

「お気に召しませんでしたか?」

 

「美味しいのは美味しいよ? ただ、半分も食べたらもういいなって」

「あー……それは分かります☆」

 

 顔のサイズを超える綿菓子を二人してパクついたり。

 

「はふっ、あふ! はぐ……んぐん。……あ、あっちぃこのたこ焼き!」

「あははっ☆ はい、お水です♪」

 

「サンキュ……でも、人の不幸を笑うヤツはこうだぞ」

 

 パックに入ったたこ焼きをつつく時なんかは、先に痛い目見た俺を笑ってくれたパレオちゃんに、串で刺したブツをほれほれと差し出した。火傷するレベルなら危ないからやんないけど、それほどじゃ無かったから道連れだ。貴様も喰らうがいい……!

 

「えっそそソースさん!?」

「早くしないと落ちちまうぞぉ?」

 

 焼きたてのたこ焼きはしっかり具のタコをぶっ刺さないと、生地が重さに耐えられず落下するのだ。目の前でどんどん垂れていくソレを、パレオちゃんは意を決したようにパクリと一口。

 

「――――っ!? ほ、はふ! あふぅ……!!」

 

 そして当然のごとく悶えた。ひょっとこ口でほふほふしてるところを見られまいと両手で口を覆って、恨みがましく涙目を俺に向けてくる。ひとしきりケラケラ笑ってやると、それからは互いにしっかり冷ましてから最後までいただいた。

 

 しばらくは味の濃いガッツリ腹が膨れるものを食べていき、お口直しに選んだのはかき氷。そこは希望すれば好きなシロップを好きなようにかけて良い店だったので、せっかくだからと挑戦させてもらう。まぁ実践したのはパレオちゃんだったけど。ピーチとブルーハワイを駆使して彩ったソイツはパスパレカラーだそうな。

 

「んむ……口の中がさっぱりするねぇ」

「ですね♪ 味が混ざっちゃうんじゃないかと思いましたが、おいしいです☆」

 

「あぁ、かき氷のシロップって全部同じ味らしいよ。香料と色だけ違うみたいな」

「あっ、聞いたことあるかも知れません!」

 

「全部が全部じゃないっぽいけど、出店とかだと大体そうらしいね。機会があったらちゃんと果汁とか使ってるヤツ食ってみたいかもねー」

「そうですね~☆ その時はぜひご一緒させてくださいっ♪」

 

 二人して同じものを食べつつ出店を回れば、最初に感じていた緊張はもうどこへやら。間接つー的なサムシングを意識してちょいちょいお互いの顔の赤さから目をそらす瞬間はあったけど、比較的普段のように楽しめていた。いやパレオちゃんが照れつつも間接アレを避ける素振りが無いもんだから、俺が避ける訳にもいかずつられて照れてしまうん。

 

 と、それは置いといて。朗らかムードで談笑しながら歩く俺たちに、唐突にかけられる声があった。俺たち、と言うよりはパレオちゃんに、ではあったけど。

 

鳰原(にゅうばら)さん……?」

 

「えっ――?」

 

 思わずと言ったように、短く張り詰めた声を上げるパレオちゃん。鳰原、というのはパレオちゃんの苗字だ。俺は野暮用でご自宅に伺ったことがあるんで把握してるけど、これはRASのメンバーにすら明かしていないらしい。

 

 その理由はともかく、それを知っているということは、だ。視線の先に見えた二人組の浴衣女子、見た目から察するにおそらくパレオちゃんの同級生なんだろう。

 

「やっぱり鳰原さんじゃん! 浴衣カワイイ……! え、髪ってウィッグ!? すごいカワイイ~!!」

「ホントに鳰原さんだ……えと、鴨川から離れてるのに珍しいね? ウチは従妹がドライブがてらって連れてきてくれたんだ。コレは便乗」

「コレってなにさーっ。ねね、鳰原さんは誰と来たのっ? 家族と一緒?」

 

「そ、その……」

 

 カワイイカワイイとパレオちゃんの装いを絶賛する子と、対照的に静かなトーンでパレオちゃんがこの祭りに参加している意外さに言及する子。二人に言い寄られたパレオちゃんが答えに窮した様子で俺に目を向けると、二人組も今気づいたというようにこちらへ視線を寄越す。俺はパレオちゃんの後ろに立ってたから、マジで視界に入ってなかったらしい。

 

「こんばんは、音無と言います。君たちは、パ……令王那(れおな)ちゃんのお友達?」

 

 三人の関係性は俺に分かるハズも無かったが、パレオちゃんの様子はあまりこの邂逅を望んでいなかったように見える。どうにかやり過ごそうと、パレオちゃんの肩を軽く引きつつ入れ替わるように前に出た。

 

「は、はいっ! 同じクラスで、いつもお世話になってて……!」

「ウチ……私も。部活の助っ人とか、助けてもらってます。……あの、お兄さんは、鳰原さんの……彼氏さんですか?」

 

「はは、そう見える? 今日は令王那ちゃんのご両親に頼まれてるんだよ。帰りが遅いらしくてね」

 

 関係を明言せずに返せば、二人はなるほどと頷いてくれた。目論見通り、俺がパレオちゃんの親戚とかその辺だと考えてくれただろう。嘘は言ってないぞ、祭りに連れて行きたいって相談したら「よろしくお願いします」って言われてるし。

 

「二人はその、連れてきてくれた人は近くにいるの? 最近は見ないけど、お祭りなんかじゃおかしな輩がナンパしたりとかあるみたいだし。あまり離れないようにね」

 

「アハハ、アタシらなんかをナンパするヒトいないですよ~! ねぇ?」

「うん」

 

「いやそんなことないと思うよ? 二人とも浴衣、とっても似合ってると思う。あまり強くは言えないけど、自分たちは大丈夫だ、なんて油断しないようにね」

 

「あぇ、えと……ハイ」

「きっ、気を付けマス……!」

 

 ズイっと顔を近づけて言えば、男性に言い寄られる嫌悪感を多少なり感じてくれたかブンブン頷く二人。よし、こんなところでドロンさせてもらおう。

 

「それじゃあ俺たちは行くけど、二人とも気を付けてね。令王那ちゃん、行こうか」

「あ、はい……。そ、それじゃあ、また学校で……」

 

「う、うん! またねっ!」

「ば、バイバイ……」

 

 最後にペコリと頭を下げて、パレオちゃんの同級生らしい二人と別れた。近くを歩いていてもなんなので、少し本道から逸れた木の陰へ。祭りの装飾とは対照的に木陰は暗く、近づかないと人がいることに気づけないだろう。落ち着くにはもってこいだった。

 



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P5.夏祭りデート②

 

「……えっと……すみません音無(・・)さん、なんだか押し付けてしまったみたいで」

 

 パレオちゃんの同級生の二人と別れてから、俺と彼女は二人して口を開かず、しばらく木陰で立ち尽くしていた。そろそろ沈黙を破るべきかと切り口を探ろうとすれば、同じ考えに至ったのかパレオちゃんの方から話しかけてくれる。

 

 ……まぁ、まだ気持ちが落ち着いていないみたいだったけど。

 

「あの二人のこと? こんなとこで急に会ったからびっくりしたんだろ、気にしないでよ」

 

 パレオちゃんは……いや、あえて言い換えれば令王那ちゃんは、俺の言葉に弱々しく微笑んでみせた。本人曰く、パレオちゃんと令王那ちゃんは別の存在で、今ここにいるのは令王那ちゃんなのだろう。

 

 俺がそれ(・・)を教えてもらったのは、正規メンバーではないにせよ年長者として彼女の家にご挨拶に伺った日のことだ。当時令王那ちゃんは、鴨川からチュチュのマンションまでの往復をひっそりと行っていた。

 

 早朝から活動することが分かっている日にはマンションに泊まることもあったが、そうでない場合は練習の解散後、夜遅い時間に一人で長時間移動することがあったのだ。当然俺は送迎を提案し、その流れで家の場所を知り、そして彼女の心中に触れた。

 

 チュチュや他のメンバーにも自宅の正確な位置を明かしておらず、また家族にも心配をかけまいと、バンド活動のことは話していないのだと。親御さんには説明しておくべきだと説得すれば受け入れてくれ、言葉の責任を負う形で俺も家にお邪魔した。そしたら……パレオちゃんは、令王那ちゃんの姿を見せたのだ。お母さんの前で、パレオちゃんが出てくることはなかった。

 

 RASという場所、チュチュの隣に必要なのはパレオちゃんであり、令王那ちゃんではない。逆に学校や自宅では、人によっては浮ついた行為にも取られるようなバンド活動をしているパレオちゃんは不要で、令王那ちゃんで居る必要があるのだ。そんな感じの内容を話してくれた。

 

 さっきまで、俺の隣を歩いていたのはパレオちゃんだった。しかし不意に同級生と出会ってしまったために、在り方が揺らいだ。なんて言ったっけな……仮面(ペルソナ)? それが取れかかってしまったのだろう。

 

 可愛いRASのキーボード担当パレオちゃん。優等生の令王那ちゃん。俺の隣で儚げな表情を見せている彼女は、その境目で揺れているのだ。

 

 ――ちくり、と。胸に微かな痛みを覚えた。

 

「ごめんなさい、もう少し時間をください。そうすれば、いつものパレオに戻れますから……」

 

 ここで、ただ黙ってそれを待っていて良いのだろうか? 彼女はずっと、その仮面を使い分けて生きていくのだろうか?

 

 それは――イヤだな、と。どの立場から見てんだと思いながらも、そう考えてしまった。

 

「じゃあ――そうだな。ちょっとした小話でもしようか」

「え……?」

 

 これはきっと、俺の独善的な考えだ。パレオちゃんに今のままで居てほしくはないと。TPOという言葉がある通り、状況によって言動を変えるのは大切なことだ。しかし、パレオちゃんが、令王那ちゃんが。

 

 それぞれがそれぞれをある場所にはふさわしくない存在だと、そんな風には思ってほしくなかったのだ。……いや、違うか。多分俺が、そう思いたくないだけなんだろうな。

 

「そうだなぁ……あるところに男の子が居たんだ。小学校低学年ね。物静かで、親の言うことをよく聞くお利口さんだ。きょうだいとも仲が良くて、両親に子供二人、幸せな四人家族だ」

 

「…………」

 

 隣で静かに耳を傾けてくれていることを雰囲気で感じ取り、俺は相槌を待ったりはせずに続けた。

 

「ところがある日、男の子はちょっとした失敗をしたんだ。家族がでかけている間、一人で掃除機を手にとってみた。みんなが居ない間に家を綺麗にしたら喜んでもらえるんじゃないかって、そんな可愛らしい思いつきだった。……でも、まぁ。その途中、お母さんが大事に飾ってた花瓶を割っちまうんだな」

 

「――――っ」

 

 息を呑むような緊迫感を覚え、俺はほんの少し嬉しくなっちまった。話し甲斐あるなーってね。まぁんなことより続きだ。

 

「そりゃもう笑えるくらいバラバラに壊した。掃除機かけてる途中に揺らしちまった棚から転げ落ちて割れたソイツに、びっくりして振り向いたらもちろん掃除機もそっちに向ける。遠心力が乗った掃除機のノズルでトドメ刺して、無事花瓶も掃除機のパーツもお陀仏だ」

 

「……そ、それからどうなったんですか……?」

 

 思いの外食いついてくれたらしく、ハラハラした様子で先を促してくる。うむ、聞かせてしんぜよう!

 

「そらもう男の子はパニックだ。とりあえず花瓶の破片を集めて、花を台所に持ってって。ボウルだかに水溜めながら浸して、タオルで床を拭かにゃならんとバタバタ駆け回った。行動だけ見れば落ち着いて対処してるっぽいが、顔はぐちゃぐちゃ、顔面蒼白だっただろうなぁ(・・・・・・・・)

 

 ごくりと唾を飲む音が聞こえたので、焦らしたりせず先を続ける。だいたい流れは想像できるだろうけど。

 

「そこでお母さんが帰ってきた。びちゃびちゃの床、壁に寄せられた破片。そんで――ぜぇはぁ言いながら何やら走り回ってる自分の息子とご対面だ。……男の子の反応は早かった。状況が分かんなくて棒立ちのお母さんに駆け寄って、ごめんなさいって。大声で何度も言いながら、泣きながら頭を下げたんだ」

 

「……な、なんで。そんなに……」

 

「そうだよな、おかしな話だ。小学生くらいのガキにしちゃ過剰反応だ。……でも、男の子にしちゃ死活問題だった。男の子は――お母さんと血が繋がってなかったんだな」

 

「!?」

 

「親父と再婚した相手。そんで住んでる家ももとの所有者はお母さんの方だった。ちょっと面倒な話なんだが、まずお母さんとその娘さん、そして男の子の父親。三人住んでるところに後から住むようになったのが男の子だった。男の子はその前は、実の母親のもとであんまり幸せじゃない生活を送っていたんだ」

 

「…………」

 

「男の子はこの家に引き取られて幸せだった。少なくとも、それより前までは。……だから、絶対に捨てられたりしないよう必死だったんだ。お母さんの手伝いを頑張った。親父には毎日のように感謝を伝えた。年の近いお姉ちゃんには少しばかり意地悪される事もあったが、気に入られるよう努力した。……毎日毎日、誰かの顔色を窺ってばかりの日々だった」

 

「っ、…………それで、帰ってきたお母さんはどうしたんですか?」

 

「おっとそうだったな。えぇと……まず、男の子を怒鳴りつけたよ。何してんの!! ってな。そりゃそうだ」

 

「そんなっ!」

 

「あぁいや、説教とかじゃない。いや説教かな? 実は――テンパって素手で花瓶の破片を集めた男の子の手のひらは、ズタズタで血だらけだったんだ」

 

「えぇっ!?」

 

「はは、アホだよな。でも痛みにも気づかないほど焦ってたんだ。お母さんはすぐに男の子の腕ひっつかんで洗面所で手ぇ洗わせて。丁寧に消毒してから病院連れてってくれたよ。ぐちゃぐちゃの家の中放り出してな」

 

 そこまで話すと、彼女はホッと胸をなでおろしたようだった。随分男の子に感情移入してくれたらしい。

 

「ま、結果的にはハッピーエンドだ。なんで男の子がそんな怪我をしたのか、家の中が散らかってたのかを聞いたお母さんは家族会議を開いた。男の子の気持ちをちゃんと聞き出して、受け入れて。それから男の子は、少しずつ変わっていった。血の繋がってないお母さんが、自分のことを大切にしてくれているって実感できたから。自分が気に入られるためじゃなくて、家族のためにちゃんと手伝いをするようになって、ちょっとはワガママも言えるようになった。お姉ちゃんと喧嘩することは増えたけどね……そんなこんなあって、男の子は今でも幸せに暮らしてますよ、とさ」

 

「……それは……この、男の子は……」

「そ、俺の話」

 

 予想はしていたろうに、それでも彼女は目を見開いて――そして、申し訳無さそうに俯いた。

 

「……どうして、この話を私に……?」

「俺は……パレオちゃんに。令王那ちゃんに、幸せで居てもらいたいよ」

 

「っ!?」

 

 いつかの自分と重ねて、同情してしまっているのかもしれない。それはきっと、彼女に対する愚弄に等しいだろう。でも、それでも……俺は、自分を幸せだと思い込んでいた頃を思い出すのだ。その先に今の俺があるように。パレオちゃんにも、その先にある幸せを掴んでほしい、と。そう考えてしまう。

 

「パレオちゃん。令王那ちゃん。君にはきっと、どちらも必要な在り方だ。でも――どちらにとっても、気を落ち着けられる居場所ってのは必要だと思うんだ。だから……こんなこと言われても困るかもだけど、聞いてほしかった。なんつーか……意外と、幸せってのは手の届くところにあるってことを。知ってほしかった」

 

「……わ、私が。パレオが、幸せではない、と……。そう、言うんですか……?」

 

「そうは言わないよ! 言い方が悪かったな……つまり、その。パレオちゃんがもし、俺の話を聞いて思うところがあるなら。それはきっと、多分……変わりたいって。そういう想いがどこかにあるってことだと、そう思うんだ」

 

 ……やっぱり、出過ぎた真似だった。普段なら絶対に考えないのに、どうしてこんなことを言い出してしまったんだろうか。パレオちゃんがどう周りに振る舞おうと、俺には直接的に関係はないのに。彼女も、俺の干渉なんざ望んでいないはずなのに。本当に、どうして(・・・・)――。

 

「…………では――」

 

 だけど。そんな俺の、胸中の後悔とは裏腹に。彼女は不安そうな表情ながら、俺を見上げて口を開く。

 

「――ソースさんが。……音無さんが、その居場所になってくれますか?」

 

 その言葉に、頭を殴られたような衝撃を覚えた。顔を徐々に赤らめて、祭りの装飾が煌めかせる瞳を揺らしながら言葉を紡ぐ。

 

「貴方の隣で、パレオは……私は、そう(・・)在っても良いですか……?」

 

 それは多分――告白、のように感じられた。俺の隣であれば、幸せ(そう)だと。そう想ってくれていると、聞こえてしまった。

 

 きっと勘違いだ、という冷めた思考以上に。さっきの自分の中に浮かんだ疑問が解消されてしまった。どうして(・・・・)

 

 誰にも話したことはなかった。つまらん自分語りを、どこか重なる部分があるから、なんて曖昧な理由で聞かせてしまった。彼女に幸せを掴んで欲しいなんて場違いにも程がある願いを抱いてしまった。どうして(・・・・)

 

 健気で、努力家で。気遣い屋で、可愛くて。彼女がいる場所は――いや。隣りにいてくれた時、きっと俺はそう(・・)だったのだ。自分のバンド活動が出来ず。どこか腐っていた俺に、唯一気づいてくれた彼女に。動画投稿という道を示してくれたときから、きっと始まっていた感情。

 

「――――隣に、居てほしい。パレオちゃん……鳰原令王那さん。君が好きだ」

 

 自覚した感情のまま。俺が口にした言葉に、彼女は目を見開いて……くしゃっと。表情を崩した。大粒の涙をこぼした。

 

「俺と、付き合ってください」

 

 とめどなく溢れるソレを指で拭う彼女の手首をそっとつかみ、顔を見せてもらう。唐突にもほどがある俺の告白を、その是非を問う。

 

 目元を歪めたまま、唇を引き結んで。パレオちゃんは……こくこくと頷き。そして――。

 

「……ぐすっ。……わたし、も。パレオも、ソースさんが好きです。音無さんが、大好きです。――――隣に、居させてください……!」

 

 その言葉に耐えきれず、俺は彼女の両手を離した。パレオちゃんも応じるように自由になった腕を広げた。

 

 俺と彼女は、まだ続く祭りの喧騒のなか。暗い木陰のした、人知れず想いを通わせたのだった。

 



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P6.秘密

自分のバンド解散
チュチュにバイト(兼RASのマネ)に誘われる
チュチュと兄妹のような関係になる
パレオに演奏動画に誘われる
チュチュがソースに惚れてるのではと考えていたパレオがカウンターを喰らう
夏祭りデートでパレオとソースがくっつく←今ココ



 人生で初の恋人ができた。

 

 それ自体はとても良いことだ、うん。相手が中学生であることはまぁ、あまり周りに声を大きくしては言いづらいけど、そこは俺が自制すれば良い話だし、さらに言えばそれこそ周りに協力を仰げば良い話だ。

 

 前者の周りってのはつまり外野の他人で、後者はRASの仲間とか、そういうことね。外野が騒ぐようなら仲間にプラトニックな関係だと証言してもらおう、みたいな。そのへんはあまりうまく行ってるとは言えないけど。

 

 まずはチュチュ。俺とパレオちゃんがカッポォになった報告をしたまでは良かったんだが、同い年としてどういうとこにデートに行くと良いかーとか。逆にどんなことされたら引くかなーとかそれとなく聞いていた結果、溜まっていたらしい怒り(マグマ)が噴火。

 

Shut up(うるさい)! そんなこと私に聞かないで!!』

 

 とのこった。チッ、これだから独り身のガキンチョは……これが理由か、あるいはパレオちゃんへの気遣いなのか。以前のように俺を椅子にしたりすることも無くなっちまったしな。……さ、寂しくなんかないんだからねっ!

 

 他のメンバーはといえば、バンド仲間の恋愛というものに興味はありつつも表立って関係の進展を聞くのは恥ずかしいのか、積極的に突っ込んできたりはしない。唯一マスキングだけはパレオちゃんにその手のからかいをするけど。野次馬根性というより、赤くなって恥ずかしそうにしてるパレオちゃんが可愛くてやってるっぽい。厄介なやっちゃ。

 

 ということで、言っちゃなんだがRASのみんなは頼れない! なのであまり外目につかないよう、自力でパレオちゃんとの仲を深めるしかないのだ。コソコソし過ぎても怪しいから不審がられないよう敢えて外でデートしたりもする予定だが、そのへんはしっかり計画を立ててから。なもんで大体は屋内……というか俺の部屋で会うことになる。

 

 いつもと変わんなくね? とも思うけどこういうのは気分の問題だ。チュチュもそれこそ気を遣って部屋に近づかないようにしてくれてるっぽいし。

 

「……そ、ソースさん。いらっしゃいますか~……?」

 

 などと夏祭りの日以降を回想していると、コンコン、と控えめにノックが。部屋に招くのは初めてじゃないんだけど、パレオちゃんいわく"こういう関係の相手"の部屋を訪れるというのは何度やろうが緊張するらしい。

 

 女の子視点だといつ襲われんとも限らんしな……じゃねぇや。

 

「待ってたよ。どうぞ」

 

 立ち上がって部屋の入り口へ。ドアを開いて室内に入るよう促した。ちなみに付き合うようになってから、以前は置いてなかった小さなテーブルと座布団を備えている。座るとこがベッドしかねぇとこっちも意識しちゃうかね! やんなっちゃうね!!

 

「お、おっ邪魔します~……☆」

 

 やはり緊張した様子で、しかしそれを見せまいとしてか健気に普段どおりを装って。パレオちゃんはベッドの縁に背中を預けて座布団に腰を下ろした。

 

「あれ、制服に戻したんだ?」

 

 改めてパレオちゃんに目をやると、鴨川からここに連れてきた時に着ていた制服に替え直していた。さっきまでバンドの練習をしていたはずで、その時には白のシャツに黒いワンピース姿だったんだが。

 

「あ……はい。家を出るときは制服なのに、帰る時にRASで活動する格好だと、少し恥ずかしくて……。親に見られると、なんだか……視線が生暖かいんです。い、イヤではないんですけどね?」

 

 ああ……なるほど。まぁなんだ、一応以前、バンドのことは話したほうが良いってことでパレオちゃんの家にお邪魔して、親御さんから了解は得ている訳だが。それを俺がパレオちゃんに言った手前、付き合っていることは隠しておく、なんてのは筋が通らんわけで。親御さんに頭を下げ、なんとか受け入れてもらえている。以前のこともあって誠実な人間だと思ってもらえているようで安心した。

 

 しかし、だ。親御さんからすると、パレオちゃんがバンド活動に行った=彼氏とドライブデートしてきた、とも取れるわけで。なんせ車での往復だけでそこそこの時間になるしな。パレオちゃんがバンド活動の際に着るのは、いわゆる原宿系のカワイイ服だ。彼氏に送られて帰ってきた娘がそんなオシャレしてたら、親としては生暖かい視線も送っちまうだろう。家や学校では優等生で通ってるパレオちゃんならさもありなん。

 

 制服で帰るってのは、それに対するパレオちゃんのささやかな抵抗ってこっちゃ。多感なお年頃だし、複雑よね……。(オッサン)

 

「……あの、着替えないほうが良かったですか?」

 

 すると俺の質問をそういう意図だと予想したのか、不安気に問いかけてくるパレオちゃん。いかんな、俺も彼女も根っこは似たもの同士だから、こうして相手の表情からネガティブな想像しがちなのよね。

 

「いや、そんなことないよ。送迎するときは時間に余裕もないからあんまりまじまじ見たこと無かったけど。……うん、可愛いよ。俺には勿体ないくらいにさ」

 

 RASのセッションでは外しているメガネから座布団に下ろしている腰にかけて視線を往復させて言った。向こうがネガティブに捉えがちだからこそ、好意的な本心は思ったらすぐに言う。本心が伝わる瞬間ってのは、その場ですぐにそれを口にした時だろうから。少なくとも、俺達みたいな(タチ)の人間にはな。

 

「あ……ありがとう、ございます……」

 

 視線を合わせて言った俺に、パレオちゃんはかぁっと顔を赤らめて目を逸らした。

 

「パレオじゃない()に、そう言ってくれて……嬉しい、です」

 

 しかし俺の言葉を本心と受け取りつつも、やっぱりパレオちゃんの中では、制服の……鳰原 令王那としての自分は可愛くない、という認識らしい。部屋に入った直後はさっきまでのRASとしての名残があったが、制服姿で腰を落ち着けたことで、彼女の中では切り替わりつつあるようだ。恋人である俺にはその違いで呼び方を変えてもらうのも申し訳ないから"パレオちゃん"で統一してくれて良い、という話はしたんだが。

 

 そこでふと、俺は最近よく聞いている楽曲のことを思い出した。

 

「ね、パレオちゃん。前に二人で投稿した曲にさ、『らしさ』ってあったじゃん?」

「え? はい、良い曲ですよね」

 

 演奏動画を投稿する時に、パレオちゃんが一緒に弾きたいって言ってくれた曲の一つだ。アニメの主題歌だってことで、俺も気になってそのアニメを見たり。同じバンドの他の曲を聞いてみたりなんかしたんだが……。

 

「パレオちゃんさ、この曲歌ってるバンドの、『秘密』って曲知ってる?」

「いえ……バンド自体は知ってるんですが、アニメから知ったので……」

 

 そりゃそうか。アニメ追ってて好きな曲が主題歌にあったとして、そのバンドの曲全部聞けるかっつったら難しいだろうしな。チュチュとかは全部聞いてたって不思議じゃないけど。

 

「どんな曲なんですか?」

「おっ、気になる? ――それじゃあ、聞いてください」

 

 そこで待ってましたと言わんばかりに俺がギターを手にとって椅子に座ると、パレオちゃんは一瞬キョトンとしたあと、くすりと笑って目を閉じてくれた。

 

 んじゃまぁ、聞いてもらおう。……俺はこの曲に出会って、少し感じるものがあった。パレオちゃんも何か響くものがあったなら……嬉しいなぁと。心から思うんだ。

 

「――好きなこと 好きな人

 大切にしてるこだわり

 胸を張って口にする人は

 とても楽しそうだよな」

 

 イントロを短くまとめて曲に入ると、ちらりと視線をパレオちゃんへ。瞳を閉じたまま薄く笑いつつ、彼女は小さく体を揺らしてリズムに乗ってくれている。

 

「好きなこと 好きな人

 大切にしたいこだわり

 誤魔化してしまうのは何でだろう

 何故嘘までついちゃうの」

 

 ――笑みが消えた。その心中はわからない。気に入った歌詞があって集中したのか、逆に不快だったのか。あるいは――何かが、心を揺らしたのか。

 

「秘密にしている理由が

 確信のない不安ならば

 僕らが望む未来は

 それでも自分を信じられたその先で――」

 

 そこで俺も瞳を閉じる。パレオちゃんに伝えたい『何か』はあっても、それは俺が本心で届けないと伝わらない。だから俺も、好きな曲を好きに弾くために集中してサビに入った。

 

「――歓びに声を上げ叫ぶのは

 幸せに手を叩き笑うのは

 好きなこと 好きな人のことを 

 諦めなかったそんな瞬間(とき)だろう」

 

 きっとそうだと思う。確信がないのは俺もその道のりにあって、その先で笑って手を叩けると。そう願って歩いている最中からだ。

 

「歓びを分かち合うために

 幸せを分かち合うそのために

 ああ――自分自身のこと 誤魔化しちゃいけないんだ

 好きなこと 好きな人 大切にしたいこだわり

 胸を張って口にすることで 未来を照らすんだろうなあ」

 

 そこまで歌って、再びパレオちゃんに視線を向けた。未だ目は閉じられていて、けれど引き結んだ唇は、長いまつ毛は少し震えているように見えた。

 

 しかし、曲はまだ続く。ギターソロで間奏をもたせるのは厳しいので短く区切り、『秘密』の終盤に入った。

 

「――秘密にしている理由が

 確信のない不安でもさ

 あなたが望む未来があるのは

 自分を信じられたその先で」

 

 想いを曲に乗せて。わずかでもメロディを通して俺の心が彼女に届くと、そう願って。彼女がきっかけで出会えたこの曲をこうして奏でていることが、望む未来に繋がると、そう信じて続ける。

 

「歓びに声を上げ叫ぶのは

 幸せに手を叩き笑うのは

 自分のこと 自分の好きなこと

 諦めなかったそんな瞬間(とき)だろう

 歓びを分かち合うために 幸せを分かち合うそのために

 ああ――まずは自分のこと(・・・・・・・・) 愛せなきゃ(・・・・・)

 

「――――っ」

 

 わずかに、室内に今までと違う気配が混ざった、そんな気がした。けれど今は気にしない。いや――だからこそ、止まらず音を奏でよう。

 

「歓びに声を上げ叫ぶのが

 幸せに手を叩き笑うのが

 好きなこと 好きな人のことを

 諦めなかったそんな瞬間なら

 歓びを分かち合うために

 幸せを分かち合うそのために

 ああ――自分自身のこと 誤魔化しちゃいけないんだ」

 

 誰にだって言えないことはある。話せない明確な理由もあれば、言うことで嫌な思いをさせてしまうかも。あるいは口にしたことが原因で、嫌な視線を向けられるかも知れない。そういう漠然とした不安。

 

 それでもやっぱり――それは、大切な自分の想いで。不安があるのは、受け入れてもらえないかも知れないから。逆に言えば、受け入れてもらいたいという気持ちがあるから。

 

「好きなこと 好きな人

 大切にしたいこだわり

 胸を張って口にすることで

 未来を照らすんだよなあ

 教えてよ――

 

 ――あなたの秘密が ちゃんと叶うようにさ――」

 

 この曲から受け取って、この曲で伝えたい俺の想い。簡単なはなし。

 

 令王那ちゃんに、パレオちゃんのことを。パレオちゃんに、令王那ちゃんのことを。

 

 誰でもない、自分自身のことを、愛してほしいんだ。

 

 そのことを諦めず、俺自身のその想いを。パレオちゃんの秘密を。その願いを。彼女の秘密が秘密でなくなった時、俺たちは胸を張って、手を叩き合えるのだと、そう思うのだ。

 

「――って曲。良くない?」

 

 でも、それを口に出したりはしない。俺のパレオちゃんへの想いはあれど、彼女の在り方を否定する気はないんだ。ただ……俺は絶対に、パレオちゃんっていう女の子を諦めないんだって、そういう意思表示だ。

 

 辛いこと、悩むこと、挫折することだってあるかも知れない。でも必ず俺は隣りにいて。

 

 嬉しいこと、楽しいこと。パレオちゃんが幸せだと、そう感じる時。絶対に俺も手を叩いて。なんなら抱きしめて喜びを共有するのだと。

 

 今は多分、受け入れるのが難しいだろう。だから、これは俺の『秘密』だ。胸を張って口にできたなら、その時にはきっと――パレオちゃんが、自分のことを愛していると、そう実感できるはずだ。

 

「――はい。とても、良い曲だと思います。……とても」

 

 何かを堪えるように眉を寄せていたパレオちゃんは、曲が終わったのだと気づくと目を開けて。少し儚げに微笑んでみせた。

 

 そこに部屋に来たばかりの頃のような緊張は見えないけど……その姿がどうにも不安で、俺は心のままにパレオちゃんに近づいた。座布団を移動することもなく、許可も取らずパレオちゃんの横に腰を下ろす。

 

 すると……ちっとも拒否反応は見せなくて、逆に寄り添うように肩を近づけて……俺の腕に、二つに髪を結った頭を預けてくる。

 

「何か感じた? いまの曲聞いてみて」

「……そう、ですね。色々と、考えさせられる歌詞でしたし……ひとつ、やりたいことが出来ました」

「へぇ? 教えてもらっても良い?」

 

 今の曲を聞いて思いついたことなら、それを叶える手伝いをするために、教えてくれるのかなと。そう思って質問すると――。

 

 パレオちゃんに向けていた俺の顔に唇を近づけて。いきなりちゅーされました! ほっぺだけど!

 

「……恥ずかしいので、秘密、です♪」

 

 そうして誤魔化すようににこっと笑う彼女。頬を赤らめて、でも眉は、目元は幸せそうに八の字を描いていて。その笑みは……どちら(・・・)なのか、俺には見分けがつかなかった。

 

「――今の曲聞いて、そりゃないよな」

「えへへ、ごめんなさい」

 

 してやられた、と思ったが。まぁ秘密と言うなら問いただしはすまい。でも――。

 

「でもいつか、教えてね」

 

 やられっぱなしは悔しいもんな。言うと同時にパレオちゃんの後頭部に右手を。左手を背中に回すと、俺も同じように顔を近づけた。

 

 同じ部分が重なり合うと、数秒強張っていたパレオちゃんの肩は徐々に力が抜けて、おずおずとではあるが背中に腕を回してくれた。

 

 進展具合(これ)もまぁ……マスキングにパレオちゃんがからかわれるまでは、俺たちの秘密だ。打ち明けられるのはRASの打ち上げやらなのか、あるいは――もっと大きな舞台になるのか。

 

 それはきっと、彼女の秘密次第なんだろう。

 

 



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P7.自分自身のこと 誤魔化しちゃいけないんだ

 最近隣の席の女子がおかしい。

 

 鳰原令王那さん。うちのクラスの委員長だ。裁縫部? だかの副部長もやってるらしくて、そこの先輩や後輩がよく鳰原さんを訪ねてきたりする。

 

 テストの成績も良くて文化系なのかなと思いきや、スポーツも万能で運動部の助っ人をやってたりもするらしい。名前といいスペックといい、ネット小説の主人公みたいだ。彼女がTS転生モノの主役で中身おっさんでも僕は驚かない自信がある。いやないだろうけどね。

 

 彼女の超人ぶりや、誰に対しても別け隔てなく接する人当たりの良さもあって、中学だと言うのに鳰原さんにだけは名字にさん呼びが定着しているほどだ。僕もその例に漏れない。

 

 そんな鳰原さんの様子がこのごろ変なのだ。例えば授業中にボーッとしていて、先生に心配されていたり。(注意ではなく心配、というところが重要だ)

 

 例えば部活の助っ人に呼ばれたとき、その日の放課後は予定があると断ってその内容を聞かれたら、突然顔を真っ赤にして走り去ったり。そのスピードは校舎二階から校門を出るまで一分を切るほどである。この件についてはその後触れられていないらしいことから鳰原さんの人望が窺える。

 

 他にも色々おかしな言動を取ることが増えてきた鳰原さんに、僕はどうしても気になったことを一つ聞いてみた。

 

「あの、鳰原さん。ちょっと質問してもいいかな」

「え……うん。授業のこと?」

 

「いや、まぁ授業中のことではあるんだけど。たまに『ソース三、ソース』って呟いてるの何かなって。おつかいにしては数も頻度も凄いから、家が揚げ物屋でもやってるのかなって」

 

 僕はテニス部に入ってるんだけど、同級生なんかに比べるとお小遣いが少ない。でも結構食べるもんだから、部活仲間とご飯に行ったりすると割と財布のダメージが大きい。なので、クラスメイトのよしみで安く食べられないかな―と、そういう下心だ。

 

 だったんだけど……。

 

「!? ちっ、ちがっ。家は干物屋で! ソースっていうのは、その……とっ、とにかくなんでもないから……!!」

 

 そう言って鳰原さんは、いつかのように走り去ってしまった。呆然と彼女の後ろ姿を見送ってから視線を感じでクラスの中に目を戻すと、女子たちの視線がたくさん突き刺さった。うん、やっぱり鳰原さんは人望があるなぁ……。

 

 さてそんな隣の席の女子が最近変わったくらいしか特筆すべきことのない僕の学校生活でも、一つのイベントを迎えた。

 

 鴨中祭。つまり文化祭である。こういう催しには当然のように鳰原さんが実行委員に収まるんだけど、各クラス男女一人ずつということで僕もその役を押し付けられた。隣の席だからよく話すだろうしやり易いだろうというアレだ。もちろん鳰原さんがやり易いというのが大事なので、僕の都合なんか考えられちゃいない。文句はないけどね。

 

 鳰原さんの動向が気になってる今日この頃だし。気になっているっていうのは別に好きとかそういうのじゃなくて隣の女子が以前に比べて変な行動を取るようになった原因だとかそのパターンを考察するのが楽しいとかそういうアレなんだけど。とにかく、僕は流されるまま実行委員になった。

 

 そして今は、鳰原さんと一緒にお客さんを待っている状態だ。珍しいことに、今回の鴨中祭にはツテでゲストバンドを呼ぶらしい。ガールズバンドが流行っている昨今、このお知らせには全校生徒が湧き上がった。僕だって好きなガールズバンドくらいいるしね。

 

 来るのがその応援してるパスパレじゃなくてRASっていうバンドらしいのがちょっと残念だけど、そこを願うのは高望みだろう。パスパレはアイドルもやってる人気グループだけど、そのRASってのは最近出てきたばっかりらしいし。だからこんななんの変哲もない中学に来てくれるんだろう。

 

 友達は今一番キてるバンドだって狂喜乱舞してたけど、普通に考えて乗りに乗ってるバンドが縁もゆかりもない文化祭に来てくれるもんか。推しへの贔屓目ってやつだろう。

 

「……ん、あれかな?」

 

 駐車場に入ってきた大きな車……なんだっけ、CMで流れてたハイ○ースワ○ン? それを見て思考を打ち切ると、鳰原さんも「そうみたいだね」とうなずいた。僕と鳰原さんの仕事はRASの人たちをお迎えして、体育館まで案内すること。今日までに機材の搬入とか面倒な仕事は手伝ってきたから、他の実行委員が忙しい中僕と鳰原さんはこの仕事で締めになる。

 

 楽な反面、最後に大きな仕事を押し付けられたな、って感じだけど。

 

「えーと……こんにちは。RASのマネージャーの音無と言います。お出迎えありがとう」

 

 停まった車からバンドのメンバーらしき女子が四人、そして運転席からは男性が降りてきて、男性の方が僕と鳰原さんに駆けつつ頭を下げてきた。あれ、五人グループって聞いてたんだけどな。

 

「いえ、お待ちしていました。鳰原と申します、よろしくお願いします」

 

 隣で鳰原さんがお辞儀したのを見て、僕も慌ててそれに倣う。まずい、僕も自己紹介したほうが良かったかな? あぁでも、流れ的に鳰原さんが話す感じみたいだし、僕が口出すと腰折っちゃうかな……。

 

 内心ドギマギとしながら顔を上げると……あれ? 柔和に微笑んでるマネージャーさんはいいとして、その後ろの四人がキョトンとした顔を見せている。その視線の先は、僕……ではなく、隣の鳰原さんだ。

 

「オイその制服かわっ……」

「ひっ」

 

 突然金髪の人が動き出し、鳰原さんに向かって手を伸ばしつつずんずん近づいてくる。その凶相に僕は思わず引きつった声を上げてしまうけど、猛進を背中でガードしたのはマネージャーさんだった。

 

「おいステイだぞマスキング。話はあとにしてくれ、あまり時間も無いからな」

「……っす」

 

 渋々引き下がる……マスキングさん? 芸名だろうか……その視線はマネージャーさんに突き刺さってるけど大丈夫かな? この人後で殺されるんじゃ……けどすぐにそれは鳰原さんに移る。ギラギラとした目が凄い怖い……! 顔は美人だけどよくバンド組めるなこの人。鳰原さん失神するんじゃないだろうかとチラッと隣を見ると……あれ、苦笑してるだけで平気そうだ。

 

「それでは体育館に案内します。すぐに演奏の時間になりますので、ご準備をお願いします」

 

 鳰原さんがそう言うと、一番小さな子が彼女に近づいて……何やら英語で話し始めたぞ!? 横目に僕を見ながら、鳰原さんにトートバッグを渡している。対して鳰原さんも英語で返すもんだから、僕にはもう何が何やらだ。

 

 結局英語も話せる鳰原さんが案内には都合が良いから僕は先に抜けて良いと言われ、お言葉に甘えて観客席に移動させてもらった。移動距離の問題もあってか本当に時間ギリギリなので、余裕を持って席を確保しているだろう友達のもとへ向かえるのは有り難い。こういうイベントで開演してから動いて注目されるのが僕は大の苦手なのだ。

 

 そう言えば残りの一人がどうなってるのか確認しそびれたな……鳰原さんが聞いてくれてることを祈ろう。

 

「よっ、おつかれ実行委員様!」

「今日はほとんど仕事してないけどね」

 

 普段は並んでいないパイプ椅子で人心地がつくと、隣で興奮した様子の友達が背中を叩いてくる。

 

「いやしっかしRASが来てくれるなんてな!! 今回の鴨中祭は伝説になるぜきっと!! 鳰原さん様様だな!!」

 

 ステージにかけられているバンド名でRASはあれの略なのか……と思いつつ聞いてると、気になる言葉が耳にとまる。

 

「鳰原さん? なんで鳰原さんの名前が出てくるのさ?」

 

「ん? だってRASにゲストお願いしたの鳰原さんだろ? 職員室で先生に言ってるの聞いたぜ俺。外部の人呼べませんか―って。あれがRASのこととは思わなかったけど!!」

 

 だったらなんで同じ実行委員の僕に教えてくれなかったんだろ……。委員仲間の僕が知らないことを隣の友達が知っていることになんとなくモヤモヤしていると、後ろで同じクラスの女子がこれまた聞き逃がせないことを言っていた。

 

「ね、ね! さっき居たの、やっぱ音無さんだよね!?」

「ん……ウチもそうだと思う。動画の時と一緒のウィッグだったし、やっぱり鳰原さんってパレ……」

 

「バンドのマネージャーさんのこと? 知ってるの?」

 

 振り返って話に混ざろうとすると、女子二人はギョッとした様子で僕を見た。え、別に普段から仲は悪くない……というか良い方のクラスメイトなんだけど。なんでそんな顔するのさ。

 

「あー、えーっとぉ……ちょっと前に会ったことあるだけでぇ……」

「…………うん。別になんでも無い。ちょっと見たことあるだけ」

 

 露骨に会話をやめる二人に「ふーん」と返して、僕も舞台に向き直った。隣に友だちもいるしね。また話が再開されないか期待してちょっと耳を澄ましてたけど、女子二人は黙ったままだった。

 

 横から聞こえてくるRAS談義を聞き流しながら開演を待っていると、舞台袖から腕を組んでマネージャーさんが歩いてくる姿が。キョロキョロと観客席を見回すと、僕の席から通路を挟んでほとんど隣と言える場所に腰を下ろす。僕の顔を見つけるとニコッと笑って会釈してきたので、こちらもなんとか返しておいた。

 

 それと体育館の照明が落ちるのはほとんど同時だった。ついに始まるのかと姿勢を正す。

 

「なんでわざわざ観客席に……」

 

 ポツリと聞こえたのは多分マネージャーさんの声だったけど、その意味を考える前にステージの幕が上がった。

 

『――お時間となりました。それでは、ゲスト出演に来てくださいました、RAISE A SUIRENさんの演奏をお楽しみください』

 

 舞台の端でマイクを握っているのは鳰原さんだ。あれ、そんな仕事あるなんて聞いてないぞ……僕も行ったほうがいいのかな? いやでも段取り聞いてない僕が行っても邪魔するだけだよな……。

 

 内心汗をかいていると、ふと違和感に気づく。鳰原さんの服装だ。さっきまでは夏服だったのに、今は冬服を着ているんだ。季節の変わり目ってことで夏服でも冬服でもおかしくはないんだけど、なんで今になって着替えたんだろう……?

 

『Bass&Vocal――LAYER!!』

 

 僕が首をひねっている間に、体育館はいつの間にやら熱気に包まれ始めていた。メンバー紹介をしているのはさっき英語で話していた小柄な女子。ステージに揃った仲間に手を向けると、スポットライトがその人を照らしていく。照明係は有志で募った生徒らしいけど凄い精度だ。彼女たちのファンだったりするのかな……。

 

『Keyboard――PAREO!!』

 

 そして最後の一人……やっぱり、さっき不安を感じたように欠員らしい。キーボードが照らされるとそこには誰も……あれ?

 

 さっきまで舞台袖でライトに照らされながらマイクを握っていた鳰原さんが居ない……と思いきや、なぜか彼女がキーボードの前に立ったではないか。

 

「……え? え? なんで鳰原さんが?」

「「やっぱり……!」」

 

 隣に座る友人と後ろの女子二人の声が聞こえてきたけど、そちらに意識を割くことは出来なかった。なぜならキーボードの前で鳰原さんが冬服を脱ぐと、その下から……RASのメンバーが着ている黒地に緑のラインが走った衣装が出てきたからだ……!

 

『えと……二年の鳰原令王那です。そして……』

 

 最後にかけていたメガネを外して折りたたみ、キーボードの縁に預けると――。

 

『はじめまして!♪ RAISE A SUIRENのキーボード担当☆ パレオと申しますっ!♪』

『Yes!! We are……RAISE A SUILEN!!』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「「「「「ええええええぇぇぇぇーーーー!!??」」」」」

 

 困惑。歓喜。絶叫。体育館は大爆発を起こした! 特に隣!! 僕だって混乱しきりで周りの叫びにつられて声を上げてしまった。鳰原さんが? ガールズバンドのメンバー? え??

 

『Good! いい盛り上がりね! でもそんなんじゃ置いてっちゃうわよ? レイヤ!!』

『オーケーチュチュ。聞いてください――』

 

 そこから先は、確かに困惑してなんかいられなかった。頭真っ白なままじゃ置いていかれてた。知らないバンドの知らない曲、なのに当たり前みたいに立ち上がって、隣の友達と一緒に手を振り上げた。

 

 非日常。でもその中に、たしかに僕にとっての日常が存在した。

 

 鳰原令王那さん。RASのパレオさん。

 

 見たことのない衣装で、見たことのない笑顔で。心底楽しそうにパフォーマンスをしている彼女は、普段の姿とは似ても似つかなかった。演奏中に彼女にばかり視線が向かってしまうのは、きっと僕だけではないだろう。なんたって彼女の人望は学校一と言っても差し支えない。教師生徒問わず、だ。

 

 そんな鳰原さんが……パフォーマンス中に、ふと僕を見た。視線が合った。困ったような、それでも可愛らしく眉を八の字にして、彼女は……僕に微笑んだのだ。

 

 心臓が跳ねた。隠していてごめんね、というようなその笑みに、僕は申し訳ない気持ちに襲われた。きっと苦しかったんだろう、誰にも言わずにバンド活動をすることが。最近の彼女の変わった言動はそれが原因だ。僕はそれに気づいていながら力になれなかった。

 

 多分彼女は気づいていたんだ、僕が鳰原さんのことを気にかけていたことに。でも彼女からそれを口にすることは出来ない。僕から気づくしか無かったんだ。

 

 彼女は優しいから、僕に気を揉ませたことすら申し訳ないと思っていたんだろう。だからこそ、今こうして舞台の上で、僕にだけわかるように笑ってみせた。

 

 あぁ、どんどん魅入られていく。舞台上で次々に披露される曲、その一つ一つを楽しそうに演奏し、パフォーマンスする鳰原さん……いや、パレオちゃん。彼女の苦悩をどれだけの人が理解しているだろうか。

 

 そうしてライブの高揚と同時に鳰原さんの優しさを実感していると、ついにRASの演目が終了してしまった。

 

『――みなさん、今日は本当にありがとうございました。そして……私のワガママで、混乱させてしまい申し訳ありません』

 

 パレオちゃんはその衣装のまま、メガネをかけずに、しかし普段クラスで見せるような笑みと言葉を表した。

 

『でも今日、この日にこうしてライブをすることは、私にとって……大切な目標でした。ここまで秘密(・・)にしてしまって、本当に申し訳なく思っています』

 

 彼女の言葉に多くの生徒が声を上げた。RASサイコー、気にしないでー。可愛いよー……そうじゃない、誰もわかっちゃいないんだ。その胸に秘めた願いを、誰かに気づいてもらいたかったという、多分本人すら気づいていないその気持ちを……!

 

『けれど、全てはこの瞬間に。私をいつだって気にかけてくれた……ある人(・・・)にこの場で、私の想いを伝えたかったから……こうしてワガママを通させてもらいました』

 

「っ!!」

 

 再び胸が跳ねる。僕だ、間違いない。最近のアニメによくある、仲のいい女の子が自分に恋愛感情を抱いているのは勘違い、とかそういう問題にすらならない確信を抱いた。だって僕はこの日まで彼女のことを気にはしていたけど、好意を抱いていたかと言われると首を傾げざるを得ないからだ。

 

 でも、このライブの中で僕はその感情が確かなものだと気づいた。ただ彼女は今日までにそれに気づいていて、そのためにこのイベントを企画したのだ。僕に気付かれないように……!

 

 あぁ、どうしよう。お決まりの流れだと、多分このあと告白がある。僕が段取りを把握してなかったのも、全て僕へのサプライズなのだろう。予想するに僕にスポットライトがあたり、マイクを持ってくる黒子とかが居て返答を求められるはずだ。今さっき好意を確信したばかりだっていうのに、すぐに返答していいものか? いやでもここまで気持ちを抑え込んできた彼女に『待て』をするほうが許されないんじゃないだろうか? ……よ、よし。覚悟は決めたぞ……!

 

 くるなら来い!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『ソースさん……音無さん!! 大好きですっ! ぁ……ぁ愛してますっ!! 改めて言いますっ……あなたの……あなたと一緒に、幸せになりたいです……!』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ………………え??

 

 バッ!

 

 と困惑する僕を置いてけぼりに、通路を挟んで隣の席にギャラリーからスポットライトが当てられた。ササッと通っていた影からマイクを取ったその人にぎぎぎっと視線を向けると……困ったように笑う、RASのマネージャーさん……音無、さん……。

 

『あー……秘密って、これのこと?』

『は、はい……やっと、お聞かせできましたっ……』

 

 …………。

 

『そっか……パレオちゃん、今のライブ。楽しかった?』

『も、もちろんですっ!』

 

 …………。

 

『良かった。……その、うまく言葉が出てこないんだけどさ。……うん。パレオちゃん。俺も君が好きだ、愛してる。誰よりも。……こうやってパレオちゃんのお友達に見られてると恥ずかしいけどね、それ以上に幸せだよ。この場で、好きだと言ってもらえたのが』

『っ……! はい……!!』

 

 静寂のなか、通路を誰かが行く。遠ざかっていく。あれ、なんで僕はそれが誰かわからないんだろう? なんで、足元のブルーシートで視界が埋まってるんだろう……。

 

『――パレオちゃん。俺の秘密は叶ったよ。……君は、どうかな』

『――はい。今、この時に。叶いました……!!』

 

 涙混じりの彼女の声。……その声は、クラスでもライブでも聞いたことのない声だった。

 

『俺と、幸せを分かち合ってくれる?』

『――――はい!!』

 

 その瞬間、床を蹴るような音。ゴトリとマイクが落下する音。そして――トサっと、衣擦れのような。例えば誰かが誰かを抱きとめるような、そんな音が聞こえた。

 

『『ずっとそばにいてください』』

 

 一つのマイクから聞こえた二つの声。短い舌打ちのような音に、思わず舞台へ視線を向けて――。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そこには世界の誰よりも幸せそうな二人が、笑顔でお互いを抱きしめていたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 直後、僕を含めて体育館のほとんどの男子生徒が膝から崩れ落ちたのは蛇足ではないはずだ。女子から上がった黄色い悲鳴で体育館は埋め尽くされたけど、それを不快に思う余裕すら僕には……いや、男子生徒たちには無かったのだった。

 



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