アオハルフォビア (瀬田)
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1:青春の主人公はきっと、間違えない
艦これssを書いていたのですが、某青春ラブコメアニメを見ていたら書きたくなっちゃいました。
このお話の投稿時は外出自粛中ですので、暇つぶしにでもなれば(丁度3期も延期されましたね)嬉しいです。
それではどうぞ!
人生の主人公とは、一体誰なのだろうか。
それはもちろん、自分の人生なのだから、その人生を送る自分自身こそが、主人公であってしかるべきだろう。
何を訊いているのだコイツは、と思われたら申し訳ない。
しかし、考えてもみて欲しい。人生は孤独ではない――否、ここでは異常なほどの
そもそも、人間という言葉の文字列が、得てして我々が我々
参ったな、これじゃあボッチなんて名乗れないなと考え直した俺。しかし上記の主張も俺が成したものであるが故に、この完璧な(屁)理屈を捏ねて見せる相手がいないことに気付いて勝手に落胆した。悲しい。
――いや、違う。本題はそこではない。
そう、大切なのはここから。特定の人間の人生を作り上げるものは、人間という曖昧で包括的な存在であって、特定の人間を名指ししていない。
人と人との血縁上の、もしくは社会的な重要性をもった関係こそがそれに近い。
そんな関係が、
人間は勝手に、それを独立だの、孤高だの、オリジナリティにアイデンティティだのと呼んで満足するだけなのだ。
実際は依存する。自分も知らないところで、自分を見失って、人生を制御しきれなくなる。
それならば――
例えば、人生において、少なくとも自分にとって主要だと信じる関係性をもった相手に対して、
「俺と…付き合って下さい」
こんな想いを伝えたとしよう。
夕暮れの屋上はまさにこんな言葉とベストマッチ。
そうでもしなければ、キョドるどころか焦りに焦った挙句顔芸キャラとしての地位を確立してしまうところだった。ちなみに当時はひぐらしの鳴く季節ではない。
そんな風に考える余裕などなく、言葉を言い終えた俺は、眼前の彼女の言葉を待っていた。
滅多に見る機会のない、大きく掲げられた校旗が未だ冷たさの残る春風にたなびく音が、沈黙によく響いた。
そして、彼女はおずおず口を開き、しかし、きっぱりとこう言うのだった。
「ごめんなさい」
――さて、話を戻そう。こんな一世一代ともいえる感情の発露が、そんな相手に通じなかったとき、届かなかったとき、人はどう感じるだろうか。
ちなみに、当事者たる俺はといえば、結局堪えられず、ショックからか目を点にして顔芸キャラになり下がってしまっていた。一方、彼女はといえば、俺の想いを真っ向から両断したその真剣な表情から、眉を一ミリさえも動かさずにいた。ウケてないぞそれ。
「そ、そうか」
「気持ちは嬉しいの。いつも私を助けてくれて…
おい話戻せてねえぞ俺!
しかも告白した内容を一言一句諳んじられたことを思い出してしまった。あー恥ずか死。
もう諦めて
「でも…だからこそ、私は君の隣に居られないと思った。いつでも優しくしてくれる君の隣に居続けてはいけないって」
「…俺は、それでも」
良い、そう言いかけて、その子の気持ちが理解できた。
もしも、彼女の言葉通りだったとして、いや、彼女がそう思っているのであれば、それを否定するのは違う。
振られたとしても、本気で彼女を好きになったのであれば、最後まで彼女の思いを理解し認めるべきだと、もうほとんど残っていない理性が告げていた。
「…分かった。すまん、時間取らせて。…聞いてくれて、ありがとう」
「ううん。私の方こそ、ごめん……じゃあ、行くね」
申し訳なさそうにそう言って、彼女は横を通り過ぎていく。もうお互いに、目線は姿を捉えようとしていなかった。
俯いた彼女とは対照的に、俺は夕暮れ空を見渡すように上を向いていた。仄かに暗くなっていく町並みの景色が幻想的だったからではない。実際にはそうだったのかも知れないが。
上を向いて歩こう…何が零れないように、だったっけな。歯を食いしばって堪える。
幻の中の彼女が、少し強まった風にセミロングの髪を押さえるその様子が、夕日の沈んだ黄昏時によく映えていた。
俺の人生の主人公は、俺じゃない。俺は、俺の為に捧げようとする対象を失ってしまったから。
俺の中の正しさを形どってくれるものは、もういないから。
―――――――――――――――――――――
「……んが」
目が覚めた。ついでに頭が痛い。
既に明るい陽光が差し込み始めたカーテンの隙間が、異様に高い位置にあるように見える。つまりは、ベッドから落ちたようだ。
「……朝、か」
脳内で某激熱熱血テニスコーチの『あさだあーさーだー』という歌声が響く。朝は心もからりと晴れるとは言うが、一先ず俺には当てはまらない。暑苦しいよぉ…。
寝ぼけ眼の気だるい足取りで階段をどすどす下り、洗面所の冷水で顔を洗う。冷たすぎぃ!
「…ああ、まだこんな時間なのね」
濡れた顔面をタオルで拭きながら、埋め込み式のデジタルウォッチが示す時間を覗き見する。どうやら、家を出る時間の1時間半も前だった。
眠りが途切れたのは間違いなくベッドからの落下のせいだろうが、眠りが浅かったような気もする。
――だとすれば、原因は一つ。
「…まあ、まだ2か月も経ってないからな」
そう、自分に言い聞かせるように、呟いた。
× × ×
コポコポとコーヒーメーカーが音を立てるのを聞き流しつつ、制服に袖を通す。いわゆるブレザーというものだ。
クソダサデザインということで定評のあるウチの制服だが、それだけに、着崩し方やアレンジのセンスが試されるそうな。
俺はこのまま着ますけどね。初対面で「ダサいな」と言い放った三好、てめえは許さん。
「っと…水筒水筒…」
多めに入れたコーヒーは、魔法瓶に入れて学校へ持っていく。こうでもしないと眠いし、何より寒いからだ。
断じてブラックで少し大人ぶりたいお年頃だからではない。ち、違うんだからねっ!
――実際のところ、まだ苦味を感じるのは内緒。
着替えが済んだら、もさもさとトーストを食み始める。母さんが作り置き、というか切り置きしてくれたサラダと、早起きの朝には定番の卵焼きにソーセージも一緒。あとは気が向けばヨーグルトを入れるくらいだ。
「そういや昨日は帰ってきてたんだっけ。ホントに寝るためだけなんだな」
『サラダ補充しておきました』と書いたのは恐らく母さんの筆。ごくたまに帰ってきては、このように飯を作り置きしてくれる。野菜を切るだけだと侮るなかれ、これがなかなか、アレンジによってはその辺の総菜やカットサラダとは訳が違う。
忙しなく働く両親には感謝こそすれ、週末には遊びに連れていけなどとは言えない。というか、もうそんな年ではない。
恐らく父さんの方を手伝うため、俺が起きるのよりも早く出ていったのであろう。頭が下がる。
「…あいつも頑張ってんだな」
置き手紙の後段には、我が妹の近況報告がしたためられていた。どうやら、受験の方は点数も安定してきたらしい。
うむ、俺に似て優秀。
妹は、来年の春から都内の私立中学に通う。いわゆるお受験というやつだが、これが厄介で、転勤の決まった両親がこちらへ越してきてしまうと、俺ばかりでなく彼女も転入をし、小学校5年間の思い出をチャラにしてしまうことになる。
そういう訳で、家族会議の末仕事の拠点である
寂しさはあるが、まあこれが妥当なのではないかと納得したのだ。何も、誰も悪いという訳ではない。
「…うし」
学校に行くのは気は乗らない…というかめちゃくちゃ滅入るが、ここはしっかりとしなければならないところである。
コーヒーの残りをぐいっと飲み干し、支度を終えようと立ち上がった。
「…っと、その前にトイレトイレ…」
―――――――――――――――――――――
「…?????」
無事にトイレを終えた(無事ではないことがあるのか)俺が、戸を開けると、そこには
…何を言ってるか分からねぇと思うが(以下略)、そこには女の子がいた。これは確かに、視界の中で展開されている、少なくとも俺が認知している「現実」だッ!…訳が分からねぇ。
あの
ふわふわと、宙を眺めるようなそれが明瞭で直線的なものに改められるのが早いか否か、目を見開いたその子は、顔を真っ赤にして、一目散に駆け寄ってきた。
「あああああああのっ!お、お手洗い貸してくださいっっっ!」
「へえっ?」
素っ頓狂な裏声でファルセット(違う)を上げた俺。女の子と手を繋いだこともなければ、ましてや同棲を始めた覚えなんて全くもってない。少しくらいキョドるくらいは黒歴史の内に入らないほどである。
俺渾身の自己保身の言い訳などどこ吹く風、女の子は「早くううう!」と俺を揺さぶるばかりである。
「分かった、分かった。どうぞ、ここですから」
「あ、ありがとうございますっっ!!!」
扉を雑に開けて、文字通り飛び込んで行く彼女の横顔をちらり。…うん、結構、というかかなり可愛いよな。
もちろん焦燥感にまみれた表情はどこかギャグアニメのそれを感じさせるのに十分だったのだが、丸顔にストレートのショートカットが似合いすぎているというか、黄金比というか。
フラれた直後にこれかよ!最低だ…俺って…
――そうじゃなくて、その横顔に、どこか既視感を感じたのだ。
残念ながら、俺は10年前に約束した女の子がいるわけでもない。したがって、この既視感は過去のものではないと結論付ける。
…ってか、羨ましすぎるだろ。俺もニセのコイビトとか欲しい。ついでに本物になろうとして、告白の言葉を諳じられた上でフラれちゃうまであるね。いや、フラれちゃうのかよ(定期)。
自己嫌悪のち自己否定にどっぷり浸かるニヒルな俺を、トイレから舞い戻った不思議な少女が不思議そうな目線で見つめていたのであった。
× × ×
「…いや、不思議なのは君だからね?」
どこか不審者を睨むようなその視線に抗議する。
だいたい、鍵掛けてあったのにどこから入ってきたんだよなんて、冷静な言葉は出てこない。出てくるのは、どちらかといえばその場しのぎのような感想ばかり。
ともかく、今は彼女の事情が知りたかった。
「あぁ、すみません。随分と変…あっ、いえ。珍妙というか、奇怪というか、魑魅魍魎…のような目つきをしていらっしゃったので」
「最後のやつ怪物たちの総称だよね?俺を見て怪物だと思ったってことだよね?」
やばい、失敬にも程がある。何コイツ、たぶん年下だよね?こんなに背の低いってことはまだ小学生じゃないかコレ?
あまりにも年不相応な言葉が、その小さな体躯から飛び出した。
幸い(?)俺はまだ中学生だから、ロリコンのお兄さんたちの特殊な趣味嗜好は理解できない。というかこんなのがいいのか?
これならウチの妹の方がまだ可愛げがあるってもんよ…。
「そんなことはどうでもいいのです。本題がまだ――…」
そう言い淀んだ彼女――名前が分からないな。少女Aとでも呼ぶか。古すぎか――そんな少女Aは、なにか、遠くに視線を向けて、「あ」などと短く声を発するだけだった。何?俺は名前を付けるのがめんどくさい時のRPGの主人公じゃねえんだぞ。
「…もうこんな時間ですけど。大丈夫ですか?」
「はぁ?どういうことだよ――」
訳も分からないまま、彼女の向いていた方へ振り向く。そこにあったものは、鋭い針の壁時計。
――絶望の時間帯を指し示していた。
「うおおお!?も、もうこんな時間かよ!?」
「戸締りはしておきます。詳しい説明は放課後にして、もう向かわれてはどうですか?」
「はぁ!?なんでお前がそんなこと――」
「はいはい。その辺も後で後で」
押されるがまま、玄関口。見ず知らずの彼女が戸締りだのなんだの、はっきり言って訳が分からないよ…。
混乱のあまりそれで納得して家を出てしまった。全くもって冷静じゃない。
――けれど。
「いってらっしゃい、
「…おう」
またもや年不相応な、含みのある魅力的な微笑みと、その言葉に、俺は不思議とそれ以上の疑問を抱くことが出来なくなっていたのだった――
―――――――――――――――――――――
九戸小十郎こと俺は、ボッチである。
ボッチと聞いて、もしくは友達と聞いて、『まず友達の定義とは……』なんて語りだしちゃう奴はもれなくボッチである。
ソースは俺。
ともかく、俺が認識し、定義するところの『友達』という存在がいないという意味で、俺はボッチなのである。
まあ、結局ボッチならどうあがいても友達はいないということになるのだが。
「…はぁ」
在籍する市立大浦中学校二年の教室で、独り溜息をつく。今更友達が出来ないだの孤独が寂しいだの言うつもりは全くなく、憂慮すべき点があるとすれば今朝の来訪者である彼女に尽きるのであった。
なんで出てきちゃったんだよ俺。結局鍵は掛けたけどあの子まだ中にいるし。
実際、俺がトイレから出てくるあの瞬間まで、マイ・スウィートホームには外部から破壊もしくはピッキングに類する行為を除いた方法で侵入することはできない筈だった。
破壊すれば音で俺が気付くし、何よりあの子の体躯では不可能である。アル〇ックのあの方とかでないと。
ピッキング…まあ外側からの開錠も出来ないことはないが、新築のあの家は俺が一人で寝泊りすることを踏まえて相当厳重になっている。手ぶらで侵入などもっての外。
つまり、あの時自宅は密室…不可能犯罪。
コ〇ンみたいな展開。『ペロッ…これは青酸カリ!!』みたいな事態になったら俺の命が危ない。
まあそうなればもう諦めるしかないが、恐らく真相は違うのだろう。
(じゃあどういうことなんだよあれは…)
「席に着けー」と、SHRの開始を告げる教師の声が聞こえてきたが、脳裏にちらつくのはストレートのショートカット。
どこの国出身だよ、という感想を抱かせる、亜麻色の艶やかな髪、そして透明な蒼紫の怜悧な瞳。
見た目の年齢からすれば背伸びしすぎな――いや、もはや達観とも呼ぶべきものが彼女の言葉遣いに表れていて、先ほどの特徴が、大人らしさを後押ししていた。
「九戸」の声に、「うい」と返す。これで今日の発言は終わり。
残念なことに、帰宅次第色々と喋らないといけないことが多いと思われるので、素直に喜べない。あんな話の通じなさそうな相手と話すのはかなり気が滅入るのだ。
(…やめとこ。今から疲れてどうすんだ)
考えを先延ばしにして、束の間の安息を得ようと机に伏せる。幸い、これからの授業は当ててくる
(…あぁ…平穏に暮らしたい)
これに尽きる。一途な願いを込め、ひょっとしたら全部夢オチで済むのではないかと、僅かの期待を胸に、意識は深層に落ちていった。
× × ×
ボッチ、とは何だ。
そんな哲学めいた思考に、どこか醒めたような、客観視しようとする自分がいることに気付く。
客観とはつまり、客として観る――主演としての当事者でも、補役としての関係者でもない。猿芝居を下らないと断じる批評家としていたかった。
何度でも言おう。俺の人生の主役は、俺じゃない。一時の感情に惑い、そして選択を間違える自分が、表舞台に立つ主役たりえるとは思えないから。
あの時、あの間違いを犯して、俺はもう、そこへ戻れなくなった。
「――ろう」
「ん…」
「小十郎!」
夢と眠りの
薄目を開け、伏せていた顔を上げると、視界には徐々に眩しさが、耳にはクラスの喧騒が届く。いずれにしろ、孤独と静寂を併せ持つボッチの俺には、どうしても好きになれない。
「…なに」
「飯、食いに行かね?」
――おい、お前ボッチじゃなかったのか、という声があることは認めよう。しかし、それを事実とするのは、断固否定したいところである。
「…いや、いい」
「弁当箱、これだろ?先持ってくぜ」
「…」
止める間もなく、力作の(製作時間2分)食糧の詰まった弁当箱ちゃんを誘拐していくそいつの邪悪な横顔の笑みに、顔をしかめる事しかできない。
仕方なく席を立ち、結局のところ力を発揮することのなかったコーヒーの入った魔法瓶を片手に教室を出ていく。
(…ああ)
奇異の視線?そんなものではない。もっと敵対的で、恐ろしい何かが、少なくともこの空間に存在していて、俺を串刺しにしている。
この教室に拘束――もとい所属している者は等しく、同調圧力というべきか、『あるべきところにある』ことを強制されているように思える。それを決めるのは、教師でも、誰かが勝手に決めるヒエラルキーでもない。敢えて言うならば、
個人の劣等感も、嫉妬も、願望も、個人の域をそうたやすく出ていかれるものではない。それらが縛るのは個人のみだ。
みんな、心にぎちぎちと詰まったそれらが漏れ出す先を見極めている――
誰も主張しない、純粋な本心をむき出しにしない空間は一見心地が良くて、それでも、誰も満足できない。自分で考えて、苦しんで、正解を見つけようとしないからだ。
俺は違う、などと言ったりはしない。けれど、正しいものは見つけられている。
言い訳をして、取り繕う人たちの毎日を見ていると、どこか、哀しさと、不毛さを感じるのだ――
―――――――――――――――――――――
「今日は何だよ」
屋上まで、幽霊でも見るかのような視線を感じつつ廊下を歩いた。ヤダ、この学校出るの?…俺だったわ。
そもそも、こんな目で見られなければならない理由の一端を担うのは彼でもある。
うんざりしてそう声を掛けると、先に着いていたそいつが紙パックを投げつけてくる。
「うおっ」
毎回のやり取りの筈なのに、慣れないそれを両手できっちりキャッチする。片手で取るなんてカッコつけたマネは出来ない。掌の中で暴発したらどうするんだよ。ごめんなさいそもそも運動神経が足りてませんねすみません。
「そんな目するなよ。幽霊の次はゾンビだと思われるぞ」
「誰のせいだよそれは…」
巷の噂ではもう既に…噂にすらなってないか。これで貧乏になんてなったら桃電の実写化だな。触れるもの皆腐らせる。
ニカっと笑う歯の白さが眩しい。イケメンは結構なのだが、近くに居られるとついつい比較してしまうので俺の傍にはいないで欲しいものだ。
奇異の目線――つまり、集団における感情の露出という禁忌を破ることのできる対象を探るもの――は、今の俺たちのような、「そぐわないもの」にこそ注がれるものだ。俺と彼では属するカースト(俺はそもそも属していないが)が違うし、影響力と重要度に雲泥の差がある。
劣等感に苛まれるのも当たり前なのだが待って欲しい。こんなリア充全開のイケメンでクラス内の実力者、部活では県大会の常連で成績も抜群の彼と競おうとすること自体が愚かなのだろう。まあ、俺の方が頭は良いけど。(必死の抵抗)
てか、何だよ政宗って。完全に主人公じゃん、俺なんて小十郎だわ。…いや、それは失礼か。
「それはお前が転入以来碌にコミュニケーションを取ってこなかったからだろ?」
「待て、俺は悪くない」
「誰が悪いとは言わないのな」
んじゃ、食おうぜと言って腰を下ろす彼から少し距離を取った正面へ座る。
解放された弁当箱ちゃんと久々の邂逅を果たしてほっこりしていると、彼の言葉が続くのが聞こえた。
「そんなことより、今日は大発表がある」
「そんなことってなんだよ…。で、何」
はっきり言って、彼の大発表は少なくとも俺にとっては大発表でないことの方が多い。
犬を飼い始めただとか、生徒会に入ったとか、部活のキャプテンに選ばれただとか、何なの?リア充アピなの?俺を嫉妬で溺れさせたいの?
――まあ、唯一驚いたことといえば、その生徒会役員の中には、
「二年二組、九戸小十郎君。生徒会役員への選出おめでとう」
「へぇ…は?」
可能な限り興味のないふりをして聞き流そうとして、それでも二度見、いや二度聞きしてしまった。
理解できない。いや、理解を拒んでいる。
今こいつは、何と言った?
「心の声が聞こえるようだな。なら言い方を変えよう」
一縷の望みを叩き切るように、残酷さすら感じさせる笑みを浮かべて、そいつはそう言った。
「これからの放課後、お前には毎日欠かさず、生徒会室へ来てもらう。大浦中生徒会執行部の、書記としてな」
何度でも言おう。人生の主人公は俺じゃない。
他人に依存して、振り回されて、突き付けられた選択を間違って、そして、後になって、この欠陥だらけの人生を悔やむのだ。
人生の主人公はきっと、間違えないのだから。
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2:それしかないものを選ぶことは、きっと正しい
オリジナルは初めてなので、正直難しいですね…
「ごめんなさい」
夕闇にあの子の声が融けていく。その記憶が頭の中で再生されるたびに、心では彼女の言葉が反響するばかりだ。
つい一月前、黄昏時の屋上にて、俺を振った女の子。
名前は
鎖骨下まで伸びたセミロングの髪は濡羽色と言うべきか、その艶やかさが目に焼き付いている。
生徒会執行部に所属していて、三年の卒業前だった当時は名目上副会長の立場にあったが、
俺はどうやら、明日からあの子と顔を合わせなければならないらしい。
「はあぁ…」
そんな風に、長く長く溜め息を吐いたのは、未だ桜が舞い散る帰り道の通学路。
部活に所属せず、したがってほとんど誰とも交遊関係を築かずに過ごしてきたのが功を奏し、今日も朝から晩までクールに誰とも会話せずに帰宅する。…そのはずだったのだが。
「いきなり家に訳アリ美少女って、どんなエロゲーだよそれ…」
ほとんど風に流されてしまうようなか細い独り言を漏らしたところで、誰が助けてくれる訳でもない。そもそも助けてくれるような関係性にある人間(わざわざ友達と呼ばないのがボッチクオリティ)がいない。
孤独体質の特性上、人生における試練には一人で(ここ大事)、退かぬ媚びぬ顧みぬの精神で挑まなければならないのは、これまでの十数年間の経験で嫌というほど学んできている。
――だからこそ、この未曾有の異常事態を乗り越えられる自信を失っているのだ。
もちろん足取りは重い。帰ればそこにはあの不審者極まりない少女がいるからである。
この際美少女であることは認めよう。だがあまりにも疑わしさが残るばかりに、手放しでは喜べない。
帰りたくない。しかしながら、のろのろと歩くせいで団地の道の多い通学路で同級生の集団と鉢合わせるようなことがあれば、もっと重苦しい雰囲気に包まれること間違いなしである。
「あっ…」とか反応しちゃって、それでいて何もなかったかのように友達と話を続ける山口くんの精神力には感服するばかりだ。絶対許さん。
「…後は、生徒会もか」
ゆっくりと天を仰ぐと、うざったいくらいに澄んだ青空が見える。傾いた陽も相まって、あの日を再現しているように思えてきてしょうがない。
――問題は一つではない。あのイケメン…
だから、俺はあの子のいる教室で、明日からの放課後を過ごさなければならない。
逃げればそれこそ俺という異物の存在を、全校生徒に知られなければならなくなる…いや、そもそも俺と俺の名前を紐づけできるやつがどれだけいるだろうか?
そんな自虐はいつものこととして措いて、まずは目の前の問題から取り掛かろう…気は重いが。物凄く重いが。
僕、折れないよ…意志じゃなくて可能の意味で。
「着いちゃったよ…」
いつもは愛しい我が家の門を開けるのが、これ以上なく鬱屈に感じる。取り付けてある防犯用の鈴だけがちりんちりんと音を立て、俺を出迎えてくれる…この表現はなんだかとっても虚しい。
「…」
念のため、ゆっくりと玄関口に入る。居なかったらいいな。居ないよね?居なくていいよ!!
扉が開くとともに、暗い室内が徐々に明らかになっていく。…頼むから居ないで。
シンプルなシューズボックス、リビング用のスリッパ、先週使ってから戻してない自転車の空気入れ…そして、
「ヒイィ!?」
ビッッックリしたわ!!!(超大声)殺人現場のワンカットやんけ!(大阪弁)
あまりの驚きに落としかけた家の鍵を拾い、恐る恐る電灯を点ける。
「んん…」
西洋チックな明るい亜麻色の髪、間違いない。今朝の子だわ。
近くによって死んでないかを確認しようとしたところ、眩しさを感じたのか、呻くような声が漏れ聞こえた。
「生きてるかー…?」
「うごごご…」
なんだそれ、エク〇デスか?全て無に帰しちゃうのか?怖いんだけど。
多少の恐怖と疑問は残しつつも、今はこの状態について訊かなければなるまい。鞄を置いて、
「い、一体どうした」
「お…」
「お?」
「お腹が空きました…」
「…」
――不審者かどうかはさておいて、こいつ、さてはポンコツだな?
意外と恐れるべき相手ではないのかも知れない…いや、日常を脅かすという意味では脅威ではあるんだけど。
「…はあ、ちょっと待っとけ」
嘆息して、腕捲りをする。台所に掛けてあるエプロンを身に着けながら、そう言い遺すのだった。
× × ×
「…んで、お前は誰なんだ」
「むぐ…」
衝撃の再会から小一時間、ようやく事の詳細について尋ねることができた。
てか食う勢い早すぎかよ。俺の分のオムライスまで手を付けてるし…。
「むぐ、むぐぐ…」
「あーいい。先にそれ飲み込んでからにしろ」
「むぐぐぐ…んぐぅ!?」
「おいおい…」
口に詰め込んだハムスター状態で話していたら、急に胸を叩き始めたと思えば、どうやら喉に詰まらせたらしい。
ポットに入れた麦茶をコップに注いで手渡す。
「ほら、ゆっくり飲め」
「んくっ、んっ…ぷはぁっ」
「どんだけ腹減ってたんだよ…」
肩で息をする彼女に呆れた視線を送る。それに気付いて、抗議をしようと思ったのだろうか、しかし、よく考えてみれば反論要素がないと悟ったようで、顔を赤くして黙りこくってしまった。
「し、仕方ないじゃないですか…この家食べれるものがないんですもの」
「いや、じゃあなんで俺はお前の分までオムライス作ってるんだよ」
「う…げ、原材料はノーカウントですっ」
「料理できないのか」
「で、できますよ?出来ますが、そんなものは使用人の役割ですから」
「はぁ?なに、お前お嬢様なの?」
どうやらこいつがポンコツなのはそういう理由もあるらしい。
しかし、名前よりも先に得た情報が、ポンコツお嬢様か…見る限りそこまで
「んで、なんで俺の家にいるんだ。お前は誰なんだ、いつになったら出て行ってくれるんだ」
「ちょ、ちょっと…一度に質問しすぎです。話しますから」
「よかろう」
「なんで偉そうなんですか…」
敢えて不満顔をアピールするように、どっかりと座りなおす。しかし彼女とはいえば、「えーと、どこから話せば…」などと思案顔である。こうかはないようだ…。
「…こほん。では、お話します。まずは自己紹介からですね。私は、
「九戸小十郎だ。年齢は十四歳…って年上かよ」
「あら、年下だったんですね。人は見かけに依らないと言いますが、意外です」
「それはこっちの台詞だ。そのなりで十六って…」
背は当然俺より低く、元々男としてはそんなに高い方ではない俺に優越感を与えるほどであった。
というかこれで16ってマジ?年齢に対して身長が不相応すぎるだろ…。
「い、言いましたね!?私が一番気にしていることを…!」
「それはどうでもいいから。早くここに来た理由を話せ。そして一刻も早く帰れ」
ぶんぶんと両腕を回して攻撃してくるちっこい年上を軽くあしらって続きを促す。
出来れば本当に即刻ご退場願いたいものだ。
「…はあ。まあいいです。ないものはこれから得ていけばいいのですから」
嘆息したいのはむしろこちら側なんだが。そして自分の胸をチラッと見て「くッ…」とかいうの止めようね。哀しいから。
人は自分にあって、他人にないものに憧れる。時にそれは、羨望とか嫉妬とか、諦念といった感情に形を変えて、なんとか自尊心を保とうと働きかけるのだ。
才能の片鱗が顕れる、もしくは努力が実を結ぶのにはそれこそ数十年単位で時間が掛かることもある。それだけに、この思春期真っ盛りの多感な我々には、
「羨ましがらず、向上心を育てることは大いに結構だな」
「ええ。精神的な向上心がない者はなんとか、と言いますし」
「そこまで言うなら最後まで言えよ…」
それならば、自分にないものを追い求めることは馬鹿なのだろうか。
否、真に軽蔑されるべきは、自分を認めてやれないことだ。嫉妬も、諦観も、不安定な自己肯定感の処方箋として生まれる心の一時的な揺れ動きである。そこに人間的な向上心はない。
そんな刹那的なものに、自分を変えられて、曲げられてたまるか。
「あら、その辺りの学はありますのね」
「生憎な。…っていうか、勉強をしてない中学生なら知っていなくてもおかしくはないが、そんなマニアックな知識でもないだろ、寧ろ一般常識の範疇だ」
そう言うと、彼女――橘だったか。畜生、名前が重なって黒歴史を思い出してしまう――そいつが少しだけハッとするのが分かった。
やがて、瞑目した。「そういえばそうでしたわね…」なぞ漏らしている。何?どゆこと?もうちょいkwsk説明願いたいのだが…。
「どうした」
「…いえ。とにかく、今はこの状況の説明をさせて頂かなければなりません」
その言葉で、すっかり話が逸れていたことに気付く。そうだった、早くお帰り頂かなければ!
「おお、そうだった」
「まず、何からお話ししましょうか。折角ですから、貴方が知りたい順番でお話して差し上げましょう」
「なんで上から目線なんだよ…そうだな」
今朝の騒動を思い返しつつ、思考を巡らせる。訊きたいことはいくつもあるが、それも根本を知ってからでないと飲み込める気がしないからだ。
「…それなら、まず一つ目だ。この家にはどうやって侵入した?」
「そこからですの?」
「時系列だな、返答次第では対応を変える」
「なるほど。それならお答えしましょう。
「…は」
は?と、発音したかった。しかしながら、尻上がりのイントネーションは乾き切った擦れ声に留まる。
こいつは言った。侵入していないと。それならば、何故ここに、俺の家のリビングで、俺が淹れた食後の紅茶を啜っているのか。
俺は頭だけは良い。与えられた条件、状況から、正しい答えを見つけることができる。
それがどれだけ頓珍漢で突拍子のないものだろうが、それしか残らなかったものが正しい答えだという他ない。
だから、自分でも信じられないような事柄を口にすることに戸惑って、躊躇した。
「ここまでで分かりましたか?」
「学があることと理解力があることは必ずしも一致しない。というか、理解力のある俺でも、この状況は分析できない」
「分析、なら出来ているのでしょう?さあ、口に出してみなさいな」
「…」
訂正しよう、この底意地の悪そうな笑みはどう見たってポンコツの成せる業ではない。
というか、今朝の罵詈雑言の時点で気付くべきだった。
「まず、お前は侵入していないと言った。それが正しいとして、意味を真正面から捉えれば、不法に我が家へ押し入るという行為をしていないということになるが…『しんにゅう』にも色々あるからな、総じて意図の有無を問わず、外部から何らかの方法でここへ入り込むこととして定義しよう。ここまではいいか?」
「ええ、どの意味でも私は『しんにゅう』していませんから」
「そうか。それなら、お前がここにいる理由は、元々ここにいたから、ということになる」
「そうですね。概ね間違いはないでしょう」
「…ってことはだ」
侵入、進入という言葉に関わらず、恐らく彼女はこの場所への移動を行っていない。玄関を見たが靴も履かず、食べもの…というか装備品というものがない。現在の服装が部屋着だとすればそれも頷ける。
もっと正確に言えば、彼女は三次元的な空間移動を目的としていなかったということだ、とカッコつけて結論付ける。
そう、突拍子もないのはここからなのだ。こんな中二臭い言い方をしているのも、馬鹿になっていないと冷静な自分が出てきてしまうからで――
「三次元座標上の動きを包含していない…縦にも、横にも、高さにも移動しないでこの場所にいるのだとしたら、昨日まで居なかったお前が俺の前に現れた理由は」
そこまで言って、パチパチとわざとらしい拍手が、同じくわざとらしい笑顔とともに響く。
「よくできました」
「なんだ、結論はまだ言ってないぞ」
「これ以上を答えさせるのは貴方の
「はあ?」
ついつい笑い声とか、見られている訳でもないのに視線を気にしちゃうとか、それくらいには自意識過剰である自信はあるが、それはあくまでも孤独体質
ともかく、前述の理性的とは思えない自分の分析と併せて、納得できない気持ちを押し出した表情で彼女を窺っているのだ――
「貴方の言う通り、私はどこにも移動しておりません。したことと言えば、少し
透明感のある瞳が輝き出す。自信たっぷりな表情はとてつもなく鬱陶しいが、癪なことに、美しくて、看取れている自分が居た。
――だから、彼女の言葉を、その結論を得ていても、まるで飲み込めなかったのだろう。
「私は二百八十九年後の世界から来ました。ただそれだけなのですよ」
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